青空文庫アーカイブ
三人の双生児
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)妾《わたし》なのである。
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)毎日毎日|温和《おとな》しく
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)それが※[#「てへん+宛」、第3水準1-84-80]《も》げることなどを
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1
あの一見奇妙に見える新聞広告を出したのは、なにを隠そう、この妾《わたし》なのである。
「尋《タズ》ネ人……サワ蟹《ガニ》ノ棲《ス》メル川沿イニ庭アリテ紫ノ立葵《タチアオイ》咲ク。其《ソ》ノ寮《リョウ》ノ太キ格子《コウシ》ヲ距《ヘダ》テテ訪ネ来ル手ハ、黄八丈《キハチジョウ》ノ着物ニ鹿《カ》ノ子《コ》絞《シボ》リノ広帯ヲ締メ、オ河童《カッパ》ニ三ツノ紅《アカ》キ『リボン』ヲ附ク、今ヨリ約十八年ノ昔ナリ。名乗リ出デヨ吾ガ双生児ノ同胞《ハラカラ》。(姓名在社××××)」
これをお読みになればお分りのとおり、妾はいま血肉をわけたはらから[#「はらから」に傍点]を探しているのである。今より十八年の昔というから、それは妾の五六歳ごろのことである。といえば妾の本当の年齢が知れてしまって恥かしいことではあるが、まあ算術などしないで置いていただきたい。
妾の尋ねるはらからについては、それ以前の記憶もなく、またその以後の記憶もない。まるで盲人が、永い人生を通じて只一回、それもほんの一瞬間だけ目があき、そのとき観たという光景がまざまざと脳裏《のうり》に灼《や》きついたとでも譬《たと》えたいのがこの場合、妾のはらからに対する記憶である。思うに、それより前は、はらからと一緒にいたこともあるのであろうが、当時妾は幼くて記憶を残すほどの力が発達していなかったのだろうし、それ以後は、妾とはらからとが何かの理由で別々のところに引き離されちまって記憶が絶えてしまったのであろう。とにかく川沿いの寮の光景は恰《あたか》も一枚の彩色写真を見るようにハッキリと妾の記憶に存している。
なぜ妾がはらからを探すのかという詳しいことについては、おいおいとお話しなければならぬ機会が来ようと思うから、今はまあ云うことを控えて置こうと思う。
――とにかく当時は五歳か六歳だった。黄八丈の着物に鹿の子の帯を締め、そしてお河童頭には紅いリボンを三つも結んでいるというのがそのころの妾自身の身形《みなり》だった。妾の尋ねるはらからというのは、その頃寮の中に設《しつら》えられた座敷牢のような太い格子の内側で、毎日毎日|温和《おとな》しく寝ていた幼童《ようどう》――といっても生きていれば今では妾と同じように成人している筈だ――のことだった。
「なぜ、あの幼童は、暗い座敷牢へ入れられていたのだろう?」
今もそれをまことに訝《いぶか》しく思っている。どうしたわけで、あの年端《としは》もゆかぬはらからをいつも暗い座敷牢のなかに入れ置いたのであろう。成人した人間であれば、気が変になって乱暴するとかのような場合には、座敷牢に入れて置くのは仕方ないことだったけれど、あの場合はともかくも五つか六つかの幼童ではないか、乱暴をするといってもせいぜい障子《しょうじ》の桟《さん》を壊すぐらいのことしか出来る筈がない。それくらいのことのためにわざわざ頑丈な座敷牢を用意してあったことは、全く解きがたい謎である。
イヤよく考えてみると、あの幼童は別に気が変になっていたようにも思われない。そのころ妾は四度か五度か、或いはもっとたびたびだったかも知れないが、その幼童の座敷牢へ遊びにいった憶えがあるのであるが、決して乱暴を働いているところを見たことがない。乱暴をするどころかその幼童はいつも大人しく寝床の中にじっと寝ていたのであった。ついぞ妾は一度も起きあがっているところを見たことがない。恐らく幼童は病身ででもあったのだろうと思う。一体病身の幼童を座敷牢へ監禁して置くような惨酷《ざんこく》きわまる親があるだろうかしら。考えれば考えるほど不思議なことではないか。
親といったので、また一つ思いだしたけれど、妾がそのはらからの幼童のところへ遊びにいったときは、いつも必ず座敷牢の中に、妾の母がつきそっていた。母はやさしく、寝ている子供のために機嫌をとっていたようである。広告文にもちょっと書いておいたことだけれど、妾はそのころ髪をお河童にして、そこに紅いリボンを二つならず三つまでもカンカンに結びつけて悦《よろこ》んでいた。なぜそれをハッキリ憶えているかというと、座敷牢のなかの妾のはらからは、そのカンカンに結びつけた紅いリボンがたいへん気に入ったとみえて、或る日妾がツカツカと寮に入っていったとき丁度なにかのことで無理を云って附添いの母を困らしていたかの幼童は、涙のいっぱい溜った眼で妾のカンカンを見ると、突然ピタリと機嫌を直してしまったのだった。
妾はその後もたびたび母に特別賞与の意味でお菓子を貰った上、その座敷牢へ連れてゆかれたように思うが、いつもそのカンカンに紅い三つのリボンを結んでゆくのがお決りだった。それにつけて、また不思議なことをもう一つ思い出すが、妾はそのとき得意になって暗い座敷牢の格子に駈けより、
「いいカンカンでしょ、ばア……」
と顔と髪とをさし入れたのであったが、寝ているはらからはそのたびに味噌っ歯だらけの口を開けてキャッキャッと嬉しそうに笑うのであった。それはいいとして暫くするとそこで母はきっと妾によびかけて、ちょっと庭の方へ行って、立葵の花を一枝折ってきてくれと云いつけるのであった。それはいかにも唐突《とうとつ》な云いつけであった。そんなときはらからの顔はいかにも不満そうにキュウと唇を曲げて母の方を睨《にら》むようにするのであるが、母はそれを優しく慰め、それから妾の方を向いて声をはげまし、早く庭へ下りて用事を果すように厳然《げんぜん》と云いつけたのであった。
妾はしぶしぶ云いつけられたとおり庭に下り、梅雨《つゆ》ちかい空の下に咲き乱れる立葵の一と枝をとっては、大急ぎでまた元の座敷牢へとび上っていった。
「いいカンカンでしょ、ばア……」
妾は立葵を格子の中になげこむと、同じ言葉をくりかえしていうのであった。それを云わないと、母は妾を叱り必ず同じことを云わせられたものだった。幼童のはらからは再び妾のカンカンを見て、いかにも面白そうにゲラゲラと笑うのであった。そういうときに妾は奇妙な思いをしたことがあった。それは大口を明いて笑う幼童の歯並が、或るときは味噌ッ歯だらけで前が欠けていたと思うのに、或るときは大きい前歯が二本生え並んでいたことがあった。これは幼い妾にとっては奇妙なことというより外に仕様のないことだった。
妾はそのほかにも、舌切雀の遊戯を踊ったりして寝ているはらからを悦ばせることをやったけれど、必ずその途中で母の命令が出て、妾は庭へ下りると立葵の花を折ってきたり、蜻蛉草《かたばみ》を摘んできたり、或いはまた大笹の新芽から出てきた幅の広い葉で笹舟を作ってもってきたりするのであった。しかしながら子供ごころにも気のついたことは、庭へ下りて持ってくるのが、立葵であっても蜻蛉草であっても、それからまた笹舟であっても、どれであろうと大した違いがないのだった。つまり妾のはらからにしても、またそれを云いつけた妾の母にしてもが、折角《せっかく》持ってきてやったものを殆んど見向きもしないで、ただ妾が、
「いいカンカンでしょ、ばア……」
と同じことをやるのに対して、たいへん悦び合うのだった。だから妾はたびたび庭に下りさせられるのがすこし不満になった。あまり悦ばれもしないのに、そういちいち力を出して花や草を折ってくるのが莫迦《ばか》らしくなった。それで一度に草花を沢山とって懐中にねじこんで置き、母が庭へ下りて取ってこいと云いつけると、待っていましたとばかり、懐中からヒョイと草花を取出して格子の中に投げ入れたのだった。すると母は顔を赤くして、そんなずるいことをしてはいけない、すぐ庭に下りて新しいのを取ってくるようにと恐い顔をして云いつけるのであった。妾はまたしても無駄骨でしかないことを庭に降りて繰りかえさねばならなかった。その代り、母たちは妾の手折ってくる花や草が、たとえ破けていようが、汚れていようが、決して叱りはしなかった。とにかく妾は必ず庭に一度降りてきて、それからまた座敷に上ってきて、もう一度はじめから同じことをして、かの不幸なはらからを慰めることが必要であったのだ。だがなぜにそんな煩わしいことを繰返す必要があったのか、どうも妾の腑に落ちかねる。
この紅いリボンのカンカンはよほど妾のはらからの気に入ったものらしく、或る日妾が何の気もつかずいつものような紅いカンカンを結んで座敷牢に近づくと、座敷牢に寝ていた幼童はさも待ちかねたという風に、いつになく頭を振っていまだ一度も見たことのないほど悦び騒いだ。妾は何ごとが起ったのだろうと訝しく思っていると、傍に附添っていた母が、
「ホラ珠《たま》ちゃん(妾の名、珠枝《たまえ》というのが本当だけれど)――このカンカンをみておやりよ……」
と妾に云うので、それで始めて気がついてよくよく幼童の髪を見ると、向うでも髪に、妾と同じような紅いリボンを、数も同じく三つつけていたのであった。
「カンカン。……」
と廻らない舌で叫び、あとはキャーッというような奇異な声をあげて、彼女――カンカンを結《ゆ》って喜ぶのだから、まさか「彼」ではあるまい、「彼女」にちがいあるまい――妾と同じカンカンをつけているというので、たいへんな悦びようであった。母はいつも彼女の背後に坐り、その頭の後方にある真黒な切布を覆った枕とも蒲団ともつかない塊の上に手をかけて、妾たちを見守っているのであったが、このカンカン競べのあったときは、どうしたものかその黒い切布をかぶったものがまるで自ら動きでもしたように捲かれてきた。そのとき妾はその黒布の下に、また別な紅いリボンがヒラヒラしているのを逸早《いちはや》く見てとったものだから、たちまち大変気色を悪くしてしまった。
「ずるいわずるいわ、あんたはあたいよりも沢山リボンを持っていて、隠したりなんかしているんですもの……」
と妾は格子につかまって駄々をこねだした。母はその内側でなにかひそひそ優しく叱りつけている様子であったが、それは妾を叱りつけているわけではなかった。と云ってヘラヘラ笑いつづけている機嫌のよい幼童を叱っているのだとも、すこし違っているように思えた。母は暫くしてから格子の外の妾の方を向き、
「珠ちゃん、リボンの数は皆同じよ。ホラよくごらんなさい……」
といった。そういわれてからよく見ると、妾のはらからの頭にはチャンとリボンが三つついていた。さっき四つか五つぐらいに見えたのは思いちがいだったんだわと思ったことであった。もちろんその日も、妾は次の順序として、庭に追いやられた。それから再び座敷へ上ってきてから、
「あんたも今日はいいカンカンしているわねエ、皆同じだわネ」
と同じ祝詞《しゅくし》を呈して、再びはらからの大騒ぎをして悦ぶ様《さま》を見たのであった。
格子のなかの妾のはらからについては、妾はそれ以外に多くを憶えていない。第一どうしても思いだせないのは、彼女の名前だった。母は格子の中に寝ている子供を指して、これはお前のはらからで、同じ年である。お前の方がお姉さまだから、温和しく可愛いがってあげるのですよといったのは憶えているのだが、どうしてもそのはらからの名前が思い出せない。ひょっとすると、母はそのはらからの名前を妾に云わなかったのかも知れない。
妾がはらからについて記憶していることは大体右のような事だけである。その後のことについては全く知らない。その後のことは、座敷牢のはらからのことだけではなく、妾の母についても知るところがない。なぜなら妾はそれから間もなく、母と不幸なはらからとに別れてしまったからである。それは突然の別れであった。それについては、いずれ後に述べることになるが、とにかく思いがけない事件が、妾から母と妹――カンカンを結って喜んでいたはらからのことを、妹と呼んでいいだろう――とを奪ってしまったのだ。
その後ある機会に、妾の母は死んでしまったことを知った。そして残るのは妾の妹(?)の消息だけなのであるが、いま妾の企てている探索がもし成功しないとすれば、あの川添いの家でカンカンを見せ合ったときが、実に母と妹とに対する最後の別れとなるのである。
だが実を云えば、あの新聞広告は、妾のあのはらからの生死を確めることも目的ではあるけれども、妾としてはもっともっと重大な意味があることを一言申しあげて置かねばならない。それはいかなるわけかと云えば、最近妾は偶然の機会から船乗りだった亡父の残していった日記帳を発見し、その中に、実に何といったらいいか自分の一身上について、大きな謎に包まれた記載文を発見したのである。その文意は、気にしないでいるのにはあまりに奇々怪々に過ぎるのである。
――いまから二十三年前の二月十九日の父の日記帳には、次のようなことが書きつけてあった。
「二月十九日。――呪われてあれ、今日|授《さず》かりたる三人の双生児!」
2
三人の双生児?
二人の双生児なら、これはよく分るが、三人の双生児とはどうしたことであろうか。三とあるのは二の誤記ではあるまいかと思ったが、よく考えてみると、双生児が二人なら、別に改まって「二人の双生児」と断る必要はない筈である。三人だからこそ不思議なので、三人のと断ったものだと考えられる。二月十九日といえば、たしかに妾の誕生日なのである。これは妾の手文庫の中にあった妾の緒にチャント書いてあったから間違いはないと思う。すると二月十九日には妾の外にもう二人のはらから[#「はらから」に傍点]が誕生したことになる。
もっとも父は「授かる」と記し、「家内が産んだ」とは書いてないので、疑えば疑えないこともないが、まず授かるといえば、父の子供として認める意志があったように取れるので、出産のあったものと見るのが無難だと思う。
すると妾の母は、三人の双生児を生んだのであろうか。そしてそのうちの一人が、この妾なのである。残りの二人は何処にいるのであろうか。どうして三人で双生児なのであろうか。そういうことはあり得ることではない。二人ならば双生児だし、三人ならばどうしても三つ子といわなければならない。いくら三つ子が生れたからといって、父が三つ子を双生児と書き誤る筈はないと思う。そうなると、三人の双生児という有り得べからざる名称のうちに、何か異状の謎が語られていることになる。
妾はいろいろと縁《み》よりを探してみた。だがそれがどうしてもハッキリ分らない。実は父が死んだときは、妾が十歳のときのことであるが、そのとき父についていた身内というのは妾一人だった。しかも生れ故郷を離れて、妾たちは放浪していたその旅先だった。
前に妾が述べたように、妹とカンカン競べをやったのが最後となって、母と妹とに別れた話をしたが、両人が妾の前から見えなくなって間もなく、父は親類の赤沢さんの伯父さんと大喧嘩をやったことを憶えている。恐らくこの喧嘩は母と妹とが見えなくなった事件と関係のあることだろうとは思うが、詳しいことは知らない。
と、間もなく妾は父に連れられて故郷を立ち、貨物船に妾ともども乗り組んだ。それから妾は父の死ぬまで四五年の海上生活を送ることになり、船の上で物心がついてきたのであった。
「お母アさま、どうしたの?」
と、妾はよくこの質問を父にしたことだった。それを云うと、父は急に機嫌を悪くして噛んで吐きだすように云った。
「おッ母アはどこかへ逃げちまったよ。お前が可愛くはないのだろうテ」
「あの立葵の咲いていた分れ家のネ」
「ウン」
「あの中に、あたしの同胞《はらから》がいたわネ。あの子を連れて逃げちゃったのでしょ」
すると父は首を大きく振って、
「イヤイヤそうじゃないよ。あの子は赤沢の伯父さんが、どっかへ連れていってしまったんだよ。おッ母アは、あの子も可愛くないのだろう」
「じゃお母ア様は、誰が可愛いの」
「そりゃ分らん……赤沢にでも聞いてみるのじゃナ」
父は苦い顔をして応えた。
「ねえ、お父さま。もとのお家へ帰りましょうよ、ねえ」
「もとのお家? なぜそんなことを云うのだ」
と、父は俄かに声を荒らげていうのであった。
「もとの土地へ帰っても、もうお家などは無いのじゃ。あんな面白くもないところへ帰ってどうするんか。この船の上がいいじゃないか。じっとして、どんな賑かな港へでもゆける」
父は故郷を呪ってやまなかった。
「お父さま。あたしたちの故郷は、何というところなの」
「故郷のところかい。おお、お前は小さかったから、よく知らんのじゃなア。イヤ知らなけりゃ知らんでいる方がお前のためじゃ。そんなものは聞かんがいい、聞かんがいい」
と云って、父は妾が何といって頼んでも、故郷の地名を教えなかった。だから妾は、幼い日の故郷の印象を脳裏《のうり》にかすかに刻んでいるだけで、あの夢幻的な舞台がこの日本国中のどこにあるのやら知らないのであった。
いまにして思えば、あのとき何とかして故郷の方角でも父から訊《き》きだして置くのであったと、残念でたまらない。なぜなら、その後父は不図《ふと》心変りがして船を下り、妾を連れて諸所|贅沢《ぜいたく》な流浪を始めたが、妾が十歳の秋に、この東京に滞在していたとき、とうとう卒中のために瞬間にコロリと死んでしまった。そしてとうとう妾は永久に故郷の所在を父の口から聞く術《すべ》を失ったのであった。それから後ずっとこの方、故郷はお伽噺《とぎばなし》の画の一頁のように、現実の感じから遠く距《へだた》ってしまったような気がする。
幸いに父が持って歩いていたトランクの中に、相当多額の遺産を残して置いてくれた。それは主として宝石と黄金製品とであったが、父が海外で求めて溜めていたものであろう。その遺産故に妾を世話する人もあって、こうして東京の地に大きくなることが出来たのであった。いま妾は至極気楽に見える生活をしている。数年前には、話が出来て聟《むこ》をとったけれど、彼は二年ばかりして胸の病気で針金のように痩せて死んでしまった。それからこっち妾は気楽に見える若い有閑未亡人《ゆうかんマダム》の生活をつづけている。再縁の話も実は蒼蠅《うるさ》いほどあるのではあるが、妾は一も二もなくこれをお断りしている。結婚生活なんて、そんなに楽しいものではないからである。それにこの節は、結婚などということよりも、もっともっと気にかかることがあって、その方へすっかり精力を引よせられているので、男のことなんか考えている余裕がないのである。気にかかることというのは、もちろんこれまでにお話したとおり、生死不明の妾のはらからを探しあてることが出来るかどうかということである。そして、妾の名誉のためにも誇りのためにも三人の双生児の謎を解くことができるかどうかということである。
あの新聞広告を出したその翌日から、妾の住んでいる渋谷羽沢《しぶやはざわ》の邸は俄かに賑かになった。それは新聞広告をみてから各種の訪問客が殖えたということである。それはきっと妾のことだろうといって、はらからを名乗ってくる人が毎日十二三人ある。併し随分平気で出鱈目《でたらめ》をやれる人があると見えて、やってくる人の殆んどは三十歳を越している。妾が本年二十三歳なのを考えれば、もっと早く気がつく筈だと思うが、妾の前で滔々《とうとう》として原籍や姉妹のことを喋ってしまって、大分経ってから気がついて急に逃げだすというのが多い。ただその中に三人だけ、妾の関心を持てる人が混っているのである。
まず第一にお話しなければならないのは、速水春子《はやみずはるこ》という女流探偵のことである。彼女はあの新聞広告を見ると、早速《さっそく》妾のところへやって来た。妾はお手伝いさんのキヨに、一応その女流探偵の身形その他を訊きただした上で、客間に招じて逢ってみた。
春子女史は、薄もので拵《こしら》えた真黒の被布に、下にはやはり黒っぽい単衣《ひとえ》の縞もの銘仙を着た小柄の人物で、すこし青白い面長の顔には、黒い縁の大きな眼鏡をかけて、ちょっとみたところ年齢のころは二十五六の、まずポインター種の猟犬が化けたような上品な婦人だった。妾は女探偵などというと、もっと身体の大きな体操の先生のような婦人を想像していたのであるが、速水春子女史はそれとは違った智恵そのもののような女性だった。しかし彼女の眼だけはギロリと大きくて、妾にとってはたいへん気味がわるかった。
「新聞で拝見しましたんでございますけれど……」
と女史はさも慣れ切っているという風に話の口を切った。
「たいへん六《むつ》ヶ敷《し》そうなお探しものでいらっしゃいますのネ。あたくしにお委せ下されば、イエもう永年の経験でこつは弁《わきま》えて居りますから、すぐに貴女さまのご姉妹を探しだしてごらんに入れますわ。……ええと、それでまずその問題のお父上の日記帳というのを拝見しとうございますが……」
妾は手文庫のなかから、父の日記帳をとりだした。それはポケット型というのであろう、たいへん小さな冊子で黒革の表紙もひどく端がすりきれて、その色も潮風にあたって黄いろく変色していた。それを開くと、中は罫《けい》なしの日附は自由に書きこめるという式の自由日記で、尖《さき》の丸い鉛筆を嘗《な》め嘗《な》め書きこんだらしい金釘流の文字がギッシリと各頁に詰まっていた。女流探偵はその中の或る日記を声を出してよみだした。
「ほう、こんなことが出ていますわ。――二月一日、『タラップ』ノ手摺ヲ修繕スル。相棒ガ不慣デナカナカ捗《ハカド》ラヌ。去年ノ今頃モ修繕シタコトガアッタッケガ、ソノトキハ赤沢常造ノ奴ガイタカラ、半日デ片付イタモノダ。彼奴ガ下船シテ故郷ニ引込ンダノハソノ直後ダッタ。モウ一年ニナルノニ、彼奴ハ故郷ニジットシテイテ、ドコニモ働キニ行コウトシナイ。ワシハオ勝ノコトガ心配デナラン。ト云ッテモ、オ勝ハモウスグオ産ヲスル。オ産ヲスルマデハ、イクラ物好キナ彼奴トテモ手ヲ出ス様ナコトガアルマイ。トハ云ウモノノ、女ヲ盗ムニハ姙婦ニ限ルトユウ話モアルカラ、安心ナラン――ほほう、亡くなった貴女さまのお父さまは、この赤沢常造という男を大分気にしていらっしゃるようですが、これはどんな関係の方でございましょうか」
「その赤沢というのは、伯父さんだと憶えています。一度父と大喧嘩をしたので、あたしは知っているのです」
「どんなことから大喧嘩なすったのでございましょう」
「さあそれは存じません」
「それは重大なことですね。……それから奥様のお生れ遊ばしたのは何日でございましょうか」
「その日記の最後の日附がそうなのです」
「ああそうでございますか。そうそう、この同じ二月十九日に、貴女さまはお生れ遊ばしたのでございますね」
そういって春子女史は日記の頁の最後のところまでめくり、
「ああ、ありました。二月十九日、オオ呪ワレテアレ、今日授カッタ三人ノ双生児! これでございますネ。三人の双生児!」
と、女流探偵は深刻な表情をして、三人の双生児! と口の中でくりかえした。
「いかがでございましょう。お心あたりがありまして」
と訊《たず》ねると、女史は、
「これは現地について調べるのが一番早や道でございますわ。探偵が机の上で結論を手品のように取出してみせるのはあれは探偵小説の作りごとでございますわ。本当の探偵は一にも実践、二にも実践――これが大事なので、そこにあたくしたちの腕の奮《ふる》いどころがあるのですわ、奥さま」
「でもその現地というのが雲を掴むような話で第一何処だか見当がついていないのですよ」
「それは奥さま、調べるようにいたせば、分ることでございますわ」
と女史は怯《ひる》む気色もせず云い放った。
「広告にお書きになりましたサワ蟹とか立葵とかは、日本全国どこにもございまして、これは手懸りになりません。でも奥さまは、もっと何か地方的な特色のあることを御存知の筈と存じますわ。お小さいとき、よくお気のつくものとしては物売りの声、お祭りなどの行事、その辺のごく狭い地区の名、幼《おさ》な馴染《なじみ》の名などでございますが、一つ思い出していただきましょうか」
そこで妾は変な諮問《しもん》を受けることとなった。
「物売の声で、なにか憶えていらっしゃるものはございません?」
「さあ、――」
と妾はこの意外な問いにすくなからず驚いた。そして長い間考えていたが、やっと一つ思い出すことが出来た。
「そうです、魚売りのおばさんの呼び声を思いだしましたわ。こうなんです――いなや鰈《かれい》や竹輪《ちくわ》はおいんなはらーンで、という」
「おいんなはらーンででございますか。たいへん結構なお手懸りでございますわ。ではもう一つ、お祭の名称など、いかがでございます」
「さあ、――明神さまのお祭りだとか、それから太い竹を輪切りにしてくれるサギッチョウなどというものがありました」
「ああ左義長《さぎちょう》のことですネ。それも結構です。それからこの辺の村の名とか町の名とか憶えていらっしゃいません」
「近所の地名ですか何ですか。アタケといっていましたわ」
「ああアタケ、安宅と書くのでしょう。ああ、それですっかり分りました」
と、春子女史はいった。
「すると奥さまのお郷里《くに》は四国です。阿波の国は徳島というところに、安宅という小さな村があります。そこならサワ蟹だって、立葵だって沢山あります。ではあたくし、これから鳥度《ちょっと》行って調べて参ります。四五日の御猶予《ごゆうよ》を下さいませ」
女史の探偵眼はたいへん明快であった。どうして、そんな明快な答が出たのか妾には合点がゆかなかったけれど、彼女は別に高ぶる様子もなく、妾の故郷だという四国の安宅村へ、三人の双生児の実相を確めるために発足するといって辞し去った。妾は狐に鼻をつままれたように、女史を見送ったが、後になって一切が判明するまではこの女流探偵の神通眼《じんつうがん》は単に出鱈目だと思っていたのであった。
3
新聞広告を見て妾を尋ねてきた人の中で、第二にお話しておかなければならないのは、安宅真一《あたかしんいち》という青年のことだった。その青年は、背が極《ご》く低くて子供ぽかった。身長五尺四寸に肥満性という女の妾と較べると、まるで十年も違う弟のように見えた。そして痩せている方ではなかったが、顔色は透きとおるように白く、捲くれたような小さい唇はほんのちょっぴり淡紅色に染まっているというだけであって、見るからに心臓に故障のあるのが知られた。顔だちも妾とは違ってメロンのようにまン丸かった。
その安宅という青年が邸に来たとき、妾は彼があまりに年端《としは》もゆかない様子なのを見て、一体何の用で来たのか会ってみたくなった。それで客間に招じて応接してみると、やはり用というのは、自分こそは貴女の探している双生児の片割れであろうと思ってやって来たというのであった。
「嘘を仰有《おっしゃ》い。あんたは一体いくつなの。妾よりも五つ六つ下じゃないの」
と妾は少年――でもないが、その安宅真一を頭から揶揄《からか》った。
「そんなことはないでしょう。僕、これでも二十三か四なんです」
「あら、妾が二十三なのを知ってて、わざとそんなことを仰有るのでしょう」
「いえいえ、そんなことはありません。本当に二十三か四なんです」
「二十三か四ですって、三か四かハッキリしないのは、一体どういうわけなの」
安宅青年はそこで物悲しげに眉を顰《しか》めてから、
「実は僕は親なし子なんです。兄弟があるかどうかも分っていません。どうにかして小さいときのことを知りたいと思って気をつけていたところへ、あの新聞広告が眼についたのです。世の中には似たような人もあるものだナと思いました。とにかく伺ってみればもしや自分の幼いときのことが分る手懸りがありはしないかと思って、それでやって来たというわけです。僕は小さいときのことをすこしも憶えていません。記憶に残っている一番古いことは、たしか八九歳の頃です。そのころ僕は、お恥しいことですけれど、見世物に出ていました。鎮守さまのお祭のときなどには、古幟《ふるのぼり》をついだ天幕張りの小屋をかけ、貴重なる学術参考『世界に唯一人の海盤車娘《ひとでむすめ》の曲芸』というのを演じていました」
そういって語る安宅の顔付には、その年頃の溌刺《はつらつ》たる青年とは思えず、どこか海底の小暗《こぐら》い軟泥《なんでい》に棲《す》んでいる棘皮《きょくひ》動物の精が不思議な身《み》の上咄《うえばなし》を訴えているという風に思われた。真一は言葉を続けて、
「僕を持っていたのは蛭間《ひるま》興行部の銀平という親分でしたが、僕は祭礼に集ってくる人たちから大人五銭、小人二銭の木戸をとった代償として、青いカーバイト灯の光の下に、海底と見せた土間の上でのたうちまわり、自分でもゾッとするような『海盤車娘』の踊りや、見せたくない素肌を曝《さら》したり、ときにはお景物《まけ》に濁酒《どぶろく》くさい村の若者に身体を触らせたりしていました。もちろん見物の衆は、僕のことを女だと思っていたのです。本当は僕は立派に男なんです。けれど生れつき血の気のないむっちりとした肉体や、それから親分の云いつけでワザと女の子のように伸ばしていた房々した頭髪などが、僕を娘に見せていたのでしょう」
「海盤車娘って、あんたの身体になにか異ったところでもあるんですか」
と妾はゾクゾクしながら尋ねたのだった。
「それは異状があれば有るといえるのでしょう。でも結局は興行師の無理なこじつけでした。それで見物の衆はインチキ見世物を見せられたことになると思うのですが、実は僕の背の左側に楕円形の大きな瘢痕《きず》があるんです。そして僕がその瘢痕を動かそうとすると、その瘢痕は赤く膨《ふく》れて背中よりも五六分隆起して上下左右思うままにピクピクと動くのです。ですからどうかすると、むかし僕の背中には一本の腕が生えていたのを、その附け根から切断したために、跡が瘢痕になっているようにも見えるのでした。見世物になるときは、そこにゴム製の長い触手をつけ、それを本当の腕であるかのように動かすのでした。つまり僕は二本の脚と三本の腕とを持っているので、丁度《ちょうど》五本の腕の海盤車の化け物だというのです。いかがです。もしお望みでしたら、今此所でその気味の悪い瘢痕をごらんに入れてもようございます」
「まあ、ちょっと待ってちょうだい――」
出されてはたいへんなので、思わず妾は悲鳴にちかい声をあげた。なんといういやらしい男があったものであろう。新聞広告を出したために、たいへんな人間がとびこんできたものであった。肩口のところで紅くなってムクムク膨れ出してくる第三本目の腕の痕など、ちょっと一と目見たい好奇心もおこるけれど、やはり恐ろしかった。白面《しらふ》でもって、そんないやらしいものを見られるものじゃありゃしない。これは随分変態的な男であると呆《あき》れるより外《ほか》なかった。でもどうしたというのであろう。呆れるという以上に、近頃刺戟に飢えているらしい我が身にとって何かしら、気にかかることでもあった。
「それであんたは妾の兄弟だと思っているの」
と、妾は話頭を転じたのだった。
「さあ、それを確かめたくて伺ったのですけれど、とにかく僕は貴女がなにか関係のある人に思われてならないのです」
聞けば聞くほど、興味の深い海盤車娘《ひとでむすめ》の物語ではあったけれど、妾はそれ以上聞いているのに耐えられなかった。それでもういい加減に、この変な男に帰ってもらいたくなった。それで妾は最後にハッキリと云ってやった。
「こうして話を伺っていると、あたしとあんたとは、たいへん身の上が似ているように思いますわよ。でも、あたしとしては、知りたいと思う一番大事なことが、いまのあんたの話では説明されてないように思うのよ。第一それはネ、あたしと双生児のその相手というのは、あんたみたいに男ではなくて、女だと信じているわ。つまりこうなのよ。あたしが小さいとき、その双生児の寝ている座敷牢のようなところへ行ったときに、その子は頭髪に赤いリボンをつけていたのをハッキリ憶えているのよ。赤いリボンをつけているんだから、きっとその子は女に違いないと思うわ」
「しかし僕は、長いこと女の子にされてしまって海盤車娘というやつをやっていました。女といえば女じゃありませんか」
「さあ、それは違うでしょう。あんたが女の子に化けたのは八九歳から後のことでしょう。興行師の手に渡ってから、都合のよい女の子にされちまったんじゃありませんか。あたしの憶えているのはずっと幼い五六歳のころのことです。その頃のあたしはちゃんと父母の手で育てられていたので、男の子を特別に女の子にして育てるというようなことはなかったと思うわ」
「そうでしょうかしら」
と真一は物悲しげに唇を曲げた。
「それにサ、世間をみても双生児には男同志とか女同志とかが多いじゃないこと。そしてさっきからあんたの顔を見ているのだけれど、あんたとあたしとはまるで顔形も違っていれば、身体のつき[#「つき」に傍点]も全然違っているように思うわ。ね、そうでしょう。どこもここも違っているでしょう。強いて似ているところを探すと、身体が痩せていないで肉がボタボタしていることと、それから月の輪のような眉毛と腫《は》れぼったい眼瞼とまアそんなものじゃないこと」
「それだけ似ていれば……」
「それくらいの相似なら、どんな他人同志だって似ているわよ。とにかくあんたは、あたしの探している双生児の一人じゃないと思うわ」
「そういわないで、僕を助けて下さい」
と真一は両手で顔を蔽《おお》い、ワッと泣きだした。
「ぼ、僕はいま病気なんです。それで働けないのです。僕はもう三日も、碌《ろく》に食事をしないでいます。ますます身体は悪くなってきます。お願いですから、助けて下さい」
こんなことになってしまって、妾はたいへん当惑《とうわく》した。これはなんとかして、早く帰ってもらわないといけないと思った。それには彼が居たたまれないように、もっと弱点をつくことにあると思った。
「あたしは、本当のはらから[#「はらから」に傍点]を見つけたくてあの広告を出したのよ。あんたは知らないでしょうけれど、あたしは双生児でも、三人一組なのよ。つまり三人の双生児であると、死んだ父が日記に書き残してあるわ。この点からいってもあんたの持ってきた話の中には三人の双生児という重大な謎を解くに足るものがすこしも入っていないじゃありませんか。だからたいへんお気の毒だけれど、あたしはあんたを兄とも弟とも認めることができないのよ。ネ、わかるでしょう」
畳に身を伏せて、嗚咽《おえつ》していた真一は、このとき俄かに身体をブルブルと震わせ始めた。それは持病の発作が急に起ってきたものらしかった。彼は苦しげに胸元を掻きむしり、畳の上を転々として転がった。あまりに着物を引張るので、その垢じみた単衣はべりべり裂け始め、その下から爬虫類《はちゅうるい》のようにねっとりした光沢《こうたく》のある真白な膚《はだ》が剥《む》きだしになってきた。そして妾は、はからずもそこに遂に見るべからざるものを見てしまった。真一の背にある恐ろしき瘢痕《きず》!
「おおいやだ――」
彼の話に勝《まさ》って、それはなんという気味の悪い瘢痕だったろう。それは確かに生きている動物のように蠢《うご》めいた。或いは事実そこに腕のような活溌なものが生えていたのかもしれない。そのとき不図《ふと》妾は、いままでに考えていなかったような恐ろしいことを考え出した。それは真一の瘢痕のあるところに、もう一つ別の人間の身体が癒着《ゆちゃく》していたのではなかろうか。いわゆるシャム兄弟と呼ばれるところの、二人の人間の一部が癒着し合って離れることができないという一種の畸形児のことである。つまり真一の場合は、もともと二人であったものが、瘢痕のところで切開されて別々の二体となったものではあるまいか。そうすると別にあったもう一つの人体はいまどこに居るのだろう。そう考えると、たいへん恐ろしいことだった。
「だが、それは真一の場合の恐怖であって、あたしの身の上の恐怖でないからいい!」
と妾は口の中で云ってみた。前にも云ったように、真一と妾とでは、双生児らしく似かよったところがないと思う。双生児に二種あって、一卵性双生児と二卵性双生児とがある。前者はたいへんよく似た瓜二つの双生児が生れるし、後者はそれほど似ていない。似ていないといっても、普通の兄弟姉妹を並べてみたときのように、これははらからだと一見して分る程度にはよく似ているのだった。妾と真一の場合を比べてみると、もちろん一卵性双生児のように瓜二つではないことは云うまでもないが、また二卵性双生児といえるほども似ていない。ややどこかが似ていないでもないが、その程度はとても二卵性双生児などと認められるほどのものではない。だから結局妾と真一とは、それほどの仮定を考えてすら双生児らしいところがなかった。
「その上、もっとハッキリした否定証明がある!」
妾はもう一つ否定証明を考えついた。それは六《むつ》ヶ敷《し》い医学的な証明でない。つまり仮りに真一にシャム兄弟的なもう一人の人間があって、それと妾とが同じ日に同じ母から分娩されたとしたら、これは常識からいっても所謂《いわゆる》三つ子である。つまり丁寧にいえば三人の三生児と呼ぶことが出来てもこれを三人の双生児とは呼ぶことはできないであろう。
結局妾は疑心暗鬼から、たいへん入り組んだことまで考えたが、これは考えすぎてたいへん莫迦をみたようなものであった。まるで抜け裏のない露地を、ご丁寧に抜け路があるかしらと探しまわって草臥《くたびれ》もうけをしたようなものであった。ともかくこれで真一の場合は、妾に関係のないことがハッキリ証明できたように思うのであるけれど、それでいてなお、なんとなく気がかりなのはどうしたことであろうか。それは妾の身の上を離れて、真一が背中にもつあの瘢痕の怪奇性が妾を脅かすのであろうか?
とにかくそんなことは忘れてしまって、妾は父が手帳の中に書きのこした「三人の双生児」という字句が持つ秘密を、別な方面から調べてみなければならない。それはもっともっと別の種類のことなのではなかろうか。「三人の双生児」のなかの一人は、どうしても妾の身上のことなんだからして、残る二人の人間という不合理に見える合理を解きあげて妾の重い負担を下ろすことにしたいものである。
4
四国の徳島へ出発した女流探偵速水春子女史は、越えて十日目に、たいへん緊張した顔付で妾の邸を訪れた。
「まあ、奥さま。どうか吃驚《びっくり》なさいますな。あたくしはとうとう、貴女さまのほんとのおはらから[#「おはらから」に傍点]を探しあてて参りましたのでございますよ」
妾は女史の言葉を、俄かに信ずる気持にはなれなかった。この六《むつ》ヶ敷《し》い同胞《はらから》さがしがそんなに簡単に解けようとは考えてはいなかったからである。
「ねえ、奥さま。お驚き遊ばしてはいけませんよ。詳しいことを申し上げるより前に、まずあたくしのお連れ申して来たお妹さま……とでも申しましょうか、それともお姉さまと申上げた方がよろしゅうございましょうか。とにかく同じ年の二月十九日に、御母堂に当ります西村勝子様がお産み遊ばしたお二方のうち、珠枝さま――つまり奥さま――ではない方のもう一方――その方のお名前を静枝さまと申上げますが、その静枝さまをお伴い申したのでございます。いま御案内申し上げますから、なによりもお会い下すって、よくよく御覧遊ばして下さいませ。あの、静枝さま。どうぞ、こちらへ」
饒舌《じょうぜつ》女史は可愛げもない台詞《せりふ》をのべたててから、次の間の方へ声をかけた。
襖《ふすま》の外では微《かすか》な返事があって、やがてやさしい衣摺《きぬず》れの音とともに、水々しい背の高い婦人が入って来た。妾はその婦人を一目みて、どんなに驚いたことであろうか。まことに吾れながらその顔形といい、躯つきといい、髪や衣服の趣味、さては化粧の癖に至るまでこんなにもよく似た婦人がいるものかと、暫くは呆然《ぼうぜん》と打ち見護っていたほどであった。これが話したいという第三の人物である。
「あら、お姉さまでいらっしゃるの。……まあお懐しッ。あたくし静枝ですわ。おお……」
といって、その静枝嬢はバタバタと畳の上を飛んでくるなり、妾の胸にとりすがって、嬉し泣きにさめざめと泣くのであった。それはまるで新派劇の舞台にみるのとソックリ同じことで、いとど感激の場面が演ぜられたのだった。とり縋《すが》られた途端に妾もハッと胸ふさがり、湧きくる泪《なみだ》を塞《ふさ》ぎ止めることができなかった。
「おん二方さま。お芽出とう御祝詞を申上げます。あたくしも思わず貰い泣きをいたしました」
と速水女史までもが、新派劇どおりに目を泣き腫らしたのだった。
「一体これはどういう事情だったんです」
と妾はいつまでも鼻をかんでいる速水女史に尋ねた。
「いえもうそれは、たいへん混《こ》み入《い》った話になりますが、今日はちょっとかい摘《つま》んで申上げます」
と饒舌女史が語りだした省略話をもう一つ省略して述べると、次のような事情であると分った。
――速水女史が徳島の安宅村というところへのりこんできいてみると、妾の母の勝子はもちろん死んでいて問題の幼童――つまり静枝のことを聞きだすべくもなかった。それから伯父の赤沢常造のところに静枝がいたということであるから、これを質《ただ》してみたが、自分のところに、その幼童をちょっと預かったことはあるが、間もなく母の勝子が連れだしたまま行方不明になってしまって、自分は知らないという。そこで村の故老などにいろいろ聞きあわした末、その幼童が静枝という名を名乗って、徳島市の演芸会社の社長の養女に貰われていたところをつきとめて、それで無理やりに東京へひっぱって来たのである。向うでも永く離したがらないので、四五日滞在したら、なるべく早く帰郷するようにと、養父の銀平氏から頼まれて来たというのであった。
妾は気味のわるいほど実に自分によく似た静枝と、いろいろ故郷の話や、幼いときの話をした。彼女は妾の知っていることは残らず知っていて、すべてはよく符合した。妾を見習ってカンカンに赤い三つのリボンをかけたこともよく覚えているそうであるし、紫の立葵《たちあおい》のこと及びその色ちがいのもので赤や白のものがあることや、日本全国到る処に棲息《せいそく》するサワ蟹のこと、特にその鋏《はさみ》に大小の差があって鋏に糸をつけるとすぐそれが※[#「てへん+宛」、第3水準1-84-80]《も》げることなどをスラスラ語った。
「静枝さん、あなたはどうしてあの座敷牢のようなところに入って暮していたんですの」
と妾はかねて聞きたく思っていたことを聞いてみた。
「それはこうなのでございますわ。あたくしはどうしたものか、極く小さいときから夢遊病を患《わずら》っていたのでございます。それで夜中に起きてどこかへ行ってしまうようなことがあってはと、いつも座敷牢の中に入れられていたのでございますわ」
「でもいつでも貴女は寝てばかりいて、起きてたところを見たことがないわ。昼間から寝てばかりいたのは何故ですの」
「あれはこうなのでございます。あたくしは或る夜、夢遊して外に出たんですの。そして不幸にも崖から川の中へ落ちて足を挫《くじ》き、腕を折り、ひどい怪我をしたことがあるので、それで立ち上れなくて、いつも寝ていました」
「ああそうだったの。気の毒だったわネ。でも、脚を挫いているのなら夢遊でも外は歩けないのじゃない」
「いえそれはこうなんですの。夢遊病者は、たとえ足が悪くても、そのときは歩けるのですから不思議ですわ」
静枝の答は一々明快だった。まだ聞きたいことが沢山あったがあまり尋ねては折角《せっかく》巡逢《めぐりあ》った同胞《はらから》のことを変に疑うようで悪いと思ったので、もう一つだけ重大なことを尋ねた。
「あの、『三人の双生児』とお父さまがお書き遺しになった言葉ね、あれはどういう意味でしょうね。あなたと妾とだけでは二人の双生児で、三人ではありませんものネ」
「ええあれはお父さまのユーモアであったんですわ。つまりお産の褥《しとね》の上には、お姉さまとあたくしとの二人の嬰児と、それからお産を済ませたばかりのお母アさまと、都合三人で枕を並べて寝ていたのを御覧になって三人の双生児とお書きになったんですわ」
「アラいやだ。そんなことだったの」
妾は、このいままで重大視していた「三人の双生児」の謎が意外も意外、あまりにも明快にスラリと解けたので、滑稽《こっけい》でもあり、気ぬけもして、暫くは笑いが停まらなかった。実にそんなことであったのか。妾は今夜はこの新しく見つかった同胞のために、内輪ながら極めて盛大なお膳を用意するよう、召使に云いつけたのだった。そして妾はしばらくの間休息するために、自分の居間に入ったのであった。
そこへチョロチョロと人の足音がして人目を憚《はばか》るようにして、速水女史が入ってきた。そこで妾は、手文庫から二百円の小切手をかいて、謝礼のため女史に贈った。女史はたいへん悦んだがすぐには部屋を出てゆかなかった。「アノ失礼でございますが、この前伺ったときとはちがいまして、お邸の中に変な男の人がいるようでございますが、あれはどうした仁《じん》でございましょう」速水女史は商売柄だけあって、目のつくのも速かった。その不審をうたれた男というのは安宅真一のことだった。彼は妾と始めて話をしたあの日、話|半《なかば》に急病を起して座敷に倒れてしまった。妾は驚いて早速医者を呼んでみたところ、だいぶん衰弱しているから動かしてはいけないという診断であった。妾は迷惑なことだったけれど、そうかといって真一を戸外につきだしたため、門前で斃《たお》れてしまわれるようなことがあっては困るから、仕方なしに邸のうちに留めおいて、療養をさせることにした。それからこっち一週間あまり経ち、真一はずっと元気づいた。妾の見立てでは、この「海盤車娘《ひとでむすめ》」はどっちかというと空腹で参っていたといった方が当っていたように思う。この邸でも、男ぎれというものが全くないので、妾も不用心だと思っていたところであるし、かたがた真一を邸内にそのままブラブラさせて置いたのが、逸早《いちはや》く速水女史の眼に止ったというわけである。妾はそのいきさつを手短に女史に語って聞かせた。
「まあそうなんでございますか」
と女史はいったがそこで一段と眉を顰《しか》めて、
「でもあの安宅さんとやらはどうも人相がよくございませんわ。お気をおつけ遊ばせ。これはあたくしの経験から申すことでございますよ」
女史はそういい置いて、なお心配そうに妾の顔をふりかえりながら帰っていった。
それから三日間というものは、妾の邸のなかは主賓《しゅひん》の静枝と、飛び入りの安宅真一とを加えてたいへん朗かな生活を送った。真一は別人のように元気に見えた。しかし彼の青白いねっとりした皮膚や、怪しい光のある眼つきなどは別に消散する様子もなく、どっちかといえば更に一層ピチピチした爬虫類《はちゅうるい》になったような気がするほどであった。
それに引きかえ、実に妾はこの四五日なんとなく肩の凝《こ》りが鬱積《うっせき》したようで、唯に気持がわるくて仕方がなかった。考えてみるのに、それは静枝が来てからこっちの緩めようのない緊張のせいであろう。それから妾は静枝の対等の地位や静枝を帰すときに頒《わ》け与えたいと思う金のことでも気を使いすぎた。
妾はこの肩の凝りをどうにかして早く取りのぞきたいと思った。どうすればそれは簡単にとることが出来るだろうか
そうだ、いいことがある。
妾はとても素晴らしい遊戯を思いついた。それはなによりも、妾の居間に真一を呼ぶことであった。
「なんか御用ですか」
彼はイソイソと室に入ってきた。
「真ちゃん。貴方に少し命令したいことがあるのよ。きっと従うでしょう」
「命令ですって。……ええようござんすよ」
「いいのネ、きっとよ。――」
と駄目を押して置いて、妾は秘めて置いた思惑をうちあけた。それはこの肩の凝りを癒すために今夜妾の室にきて妾だけにあの「海盤車娘」の舞踊を見せて貰いたいということだった。それを聞いた真一は、ちょっと愕きの色を見せたが、やがて、ニッコリ笑って肯《うなず》いた。どうやら彼は妾の胸の中にある全てのプログラムを知らぬ様だった。妾の全身は、急に滾々《こんこん》と精力の泉が湧きだしてきたように思えて肩の凝りも半分ぐらいははやどこかへ吹き飛んでしまった。
「ねえ奥さん」
と真一はすこし改まった調子で妾に呼びかけた。
「あの静枝さんという女は、ありゃ本当は何なんです」
「オヤ早もう目をつけているの、ホホホホ」
妾はそこで彼女が妾の探していた双生児の一人らしいこと、又速水女史の手で探しだされたことなどを詳しく話した。
「へえそうですか」
と彼は軽蔑したような口調でいった。
「そりゃ奥さん、大出鱈目《おおでたらめ》ですよ」
「出鱈目だって」
「そうです、みんな嘘っ八ですよ。こうなれば皆申上げてしまいますがネ、あの女は暫く僕と同座していたことがあるのです。やっぱり銀平の一団でしたよ。お八重というのが本名で、表向きは蛇使いですよ」
「人違いじゃない? 速水さんの調べが済んでるのよ」
「いまに尻尾《しっぽ》を出すから見ていてごらんなさい。第一年齢が物を云いますよ。あの女は申年《さるどし》なんで、今年はやっと二十一です。奥さんは午《うま》の二十三でしょう。それでいて二人が双生児というのは変じゃありませんか。ま、御用心、御用心ですよ」
そういって真一は立ち去った。妾は彼の話を俄かに信ずることは出来なかった。明日、速水女史に聞いてみよう。とにかく今日は考える力のない妾だったから。
その夜を妾はどんなにか待ちかねた。今夜真一が妾の室で素晴しい海盤車娘の踊りを見せてくれることだろうと。
その夜に入ると、幸にも静枝は外出の支度をして妾のところへ現れた。これから約束があるので速水女史のところへ行ってくるといって、そのまま出かけた。
首尾は極上《ごくじょう》だった。自室の方はすっかり妾の手で準備が整った。そこで妾は決心をして、真一を呼びにいった。彼は呼ぶとすぐ部屋から現れた。そして子供っぽい顔を照れくさそうに赧《あか》く染めて、長い廊下を妾について来た。妾は海盤車娘踊の舞台を、いつも寝室にしている離れの寮に選んだのだった。
そのとき、廊下にバタバタと跫音《あしおと》がして、お手伝いさんのキヨが飛ぶように走ってきた。
「あ、奥さま。お客様がお見えになりました」
「お客様? 誰なの」
せっかく楽しみのところへ、お客様の御入来は迷惑だった。なるべく追いかえすことにしたいと思った。
「お若い紳士の方ですが、お名前を伺いましたところ、奥さまに逢えばわかると仰有《おっしゃ》るのです」
「名前を伺わなければ、あたしが困りますといって伺って来なさい」
「ハア、でございますが、その方……」
といってキヨは目を円《まる》くしてみせながら、
「殿方でございますが、とってもお奥さまによく似ていらっしゃいますの。殿方と御婦人との違いがあるだけで、まるで引写しでございますわ」
妾はギクリとした。自分にそんなによく似ている男の人て誰のことだろう。妾はちょっと気懸りになった。
「じゃあ真さん、先へ入って待っててちょうだい。しかし何を見ても出て来ちゃ駄目よ」
「ははア、なんですか。じゃお先へ入っていますよ」
妾は部屋の鍵を明けると、真一を中へ押しやった。そして入口の扉を引くとそのまま廊下へ引返して、キヨの後を追った。キヨは先に立って御玄関へ出た。
「アラ、どうしたの」
妾は御玄関でキョロキョロしているキヨの肩を叩いた。
「まあ変でございますわねえ。いままでここに立っていらっしゃいましたのですけれど、どこへお出でになったのか、姿が見えませんわ」
「まあ、いやーね」
妾はすこし腹が立って、今夜は逢わないといえと云いつけて、すぐさま真一の待っている離れの間へ引返した。
「真さま、お待ち遠さま」
重い扉をあけて、中へ入ったが、どうしたものか真一は返事をしなかった。狸寝入《たぬきねいり》かしらと一歩、室内に踏みこんだ妾はそこでハッと胸を衝《つ》かれたようになって棒立ちになった。
「まあ、――」
当の真一は蒲団の側に長くなって斃れていた。顔色は紫色を呈して四肢はかなり冷えていた。心臓は鼓動の音が聞えず、もうすっかり絶命しているようであった。その枕もとに水を呑んだらしいコップが畳の上にゴロンと転がっていた。
意外な、そして突然の、「海盤車娘」の死だった!
自殺か、他殺? 他殺ならば一体誰が殺したのであろう?
5
妾は「海盤車娘《ひとでむすめ》」の真一がもう死に切っていると知ると、あまりのことに頭脳がボーッとしてしまった。さしあたり先ず何を考え何から手をつけてよいのやら、まるで考えが纏《まとま》らない。唯空しく真一の屍体を眺めているばかりだった。
そのうちに少し気が落着いてきた妾は、
「医者だ! 早く医者を呼ばねばいけない!」
ということに気がついた。そして立ち上った。医者ならばこの男を或いは助けられるかもしれない――と、始めは思ったものの、しかしもしもこの真一がこのまま生き返らなかったらどうなるのだろうと、それが俄かに気懸りになった。この男は妾の寝室で死んでいるのだ。ああ、そして――今この寝室の中には、他人に見せたくないものがいろいろ用意せられてあるのだった。そのようなものを若《も》し他人に発見されたらば、どんなことになるであろう。若い未亡人がそのような秘密の慰安を持っているのは無理ならぬことだと善意に解釈してくれる人ばかりならいいが、そんな人は十人に一人あるかなしであろう。悪くすれば、そんなことから妾の行状を誤解して、なにか妾が真一の死に関係があるようなことを云いだすかも知れない。そんなことがあっては大変である。妾は医者を呼ぶのをちょっと見合わせて、それより前に、この部屋を整頓することに決心した。
妾は、そこらに転がっているものや、押入れの中にある怪しげなものなどを、大急ぎですっかりトランクにつめ、別室へ持ってゆく用意をした。でも真一の死体の方は、寝具にそのまま手をつけずに放置し、疑惑を蒙《こうむ》ることのないようにした。結局他人が見たとき、この離座敷は妾の寝室として用意したものではなく、真一の寝室として用意されてあったように信じさせねばならぬと思った。
それから妾は部屋を飛びだした。そしてお手伝いさんのキヨの部屋へ行って、
「キヨ。大変なことになったから、ちょっと、来ておくれ……」
というとキヨは縫物を抛《ほう》りだして、
「えッ、大変でございますって……。ま、何が大変なのでございますか……」
妾は手短に、いま真一が離座敷で死んでいることを述べ、医者を迎えるまでに片づけておきたいものがあるからちょっと手をお貸しといってキヨを引張っていった。
「キヨ、いいかい。知れるとうるさいから此室《このへや》からトランクだのを搬《はこ》んだことは、誰にも云っちゃいけないよ。いいかい」
と妾は念入りな注意をすることを忘れなかった。キヨは黙って頭を振って同意を示すだけでいつものようにハッキリと返事をしなかった。どうやら真一ののけぞった屍体《したい》を見てから、すっかり恐怖に囚われてしまったものらしい。
丁度そのときのことであった。ジジーンと、突然玄関のベルが鳴った。折が折とて妾は胸を衝《つか》れたようにハッとし、持ちあげていた荷物をドスンと廊下へ落してしまった。
「呀《あ》ッ。キヨ、入れちゃあいけないよ。入れちゃあいけないよ……」
誰だろう?
警官だろうか。妾の胸は早鐘のように躍った。
ジジーン。ベルは再びけたたましく鳴った――もうお仕舞《しま》いだと思った。
「もしもし西村さん。もうお寝み? あたくし速水なんですけれど」
ああ、速水、――なるほど女探偵の速水春子女史の声に違いなかった。ああ、丁度いいところへ、いい人が来てくれたものである。妾は早速《さっそく》女史を家の中に招じ入れた。
「あら奥さま、すみませんです」
といつになく上ずった調子で
「静枝さま、いらっしゃいますか、一緒に出かけるお約束だったんですが、お出にならぬのでお迎えに伺ったんですけれど……」
と女史は云った。ああ、静枝はどうしたのだろう。女史を訪ねてゆくといったが、これは行き違いになったものらしい。
「まア皆さん、どうかなすったの。……お顔の色っちゃ無いですわ」
突然女史はそういって妾とキヨの顔を見較べた。もういけない。もう隠して置くことは出来なかった。咄嗟《とっさ》に妾の決心は定まった。
「速水さん、ちょっと上って下さいな。実は大変なことが出来ちゃって……」
と妾は速水女史の手を取るようにして上にあげた。そこで女史に、この突発事件について、差支えのない範囲の説明をして、善後策を相談した。
「これは厄介なことになりましたのネ」
と女史は現場を検分しながら沈痛な面持をして云った。
「奥さんは、真一さんの死因が何であるとお思いなんでございますか」
さあそれは妾の知ることではなかった。頓死かもしれないと思うが、同時に他殺でないと証明する材料もないのだ。それよりも妾には真一がここで死んでいることが迷惑千万であったのである。――妾は偽りなくその心境を語った。
「これは奥さまの想像していらっしゃるよりも面倒なことになると存じますわ。お世辞のないところ、奥さまの立場は非常に不利でございますわ。お分りでしょうけれど。ことにこの部屋から物を持ちだして証拠湮滅《しょうこいんめつ》を図ろうとなさっていますし(といって廊下のトランクのことを指し)その上に真一さんが横《よこた》わっている寝具は誰が見ても奥さまの寝具に違いありませんし、それからこの部屋に焚《た》きこめられた此のいやらしい挑発的な香気といい……」
「ああ、もうよして下さい」
と妾は女史の言葉を遮《さえぎ》った。彼女は何もかも知っているのだ。この上妾は黙って聴いているにたえなかった。たとえ妾に恐ろしい殺意がなかったにしろそれを証明することは面倒なことだし、それに妾が寝室へ曲馬団崩《きょくばだんくず》れの若い男を引入れたことが世間に曝露しては、妾の生活は滅茶滅茶になることがハッキリ分っていた。それは自分を墓穴に埋めるに等しかった。どうして堪えられよう。
「速水さん。お願いですから、智恵を借して下さい。十分恩に着ますわ」
「さあ――わたくしも奥さまを絞首台にのぼらすことも、また社会的に葬ることも、あまり好まないんでございますが――」
と女史は意地悪いまでの落着きを見せて、
「でも困りましたねえ――」
「お礼なら十分しますわ」
「いや銭金で片づかないことでございます」
と突っぱねて、
「といってこのままでは絞首台の縄が近づいてくるばかりで……ああ、そうですわ、仕方がありませんから、妾の親しい医師の金田氏を呼びましょう。彼に頼みましてこの場をあっさりと死亡診断させてしまいましょう」
この女史の提案を受けて妾はああ助かったとホッと息をついた。この場がうまく治まりさえすればいい。真一の屍体が火葬炉の中で灰になってくれさえすればそれで万事治まる。妾は女史に謝意を表して早速その金田医師を呼んでくるように頼んだ。女史は別人のように快く引受けると、すぐその手配をしてくれた。
やがて金田医師というのが、駈けつけてくれた。彼は真一を申し訳に診ただけで、
「心臓麻痺――ですな。永らく心臓病で寝ていたということにして置きますから……」
といって、その旨をすぐに死亡診断書に認《したた》めてくれた。
「ああ助かった――」
と妾はそこで始めて胸を撫で下したのであった。
それが済むと、金田医師は手馴れた調子で屍体をアルコールで拭ったり脱脂綿を詰めたりして一と通りの処置をした。速水女史もクルクル立ち廻ってその辺を片づけてくれた。そして枕許にあった冷水の壜《びん》などは、わざわざ持っていって下水に流し、中を綺麗に洗ってもって来るなどと、実にまめに立ち働いた。妾はそれ等をただ呆然と見つめているばかりだった。
丁度そこへ、静枝が外から帰ってきた。彼女は玄関を上ると、今まで速水女史の家で、女史が再び帰ってくるかと待ち合わせていたものの、待ち倦《あぐ》んで引返してきたのだと声高に述べたてていたが、真一の突然の死をお手伝いさんから聞くと、驚いて離座敷に駈けつけてきた。その顔は真青だった。
6
妾の気がすこし落着いたのは、それから十日ほど経ったのちのことだった。
真一の屍体は納棺して密かに火葬場へ送って焼いた。その遺骨はお寺へ預けてしまった。ささやかなる初七日の法要もすんで、やっと妾は以前の気持を取りかえしたのだった。
あれほど気にかかっていた「三人の双生児」の謎も、解けない儘《まま》に、そう気にならなかった。それよりも突然に死んだ真一の死因を早く知りたかった。
真一は病気のために頓死したのであろうか。いやいやあのように元気だった彼が頓死するようなことはない。それよりも問題は彼の枕頭に転がっていた空《から》のコップのことだ。コップで当り前に嚥《の》んだものなら、盆の上に戻されていなければならないと思うのに、コップが空になって畳の上に転がっていたのは可怪しい。コップから水を嚥んで、下に置こうというときに異変が起ってコップを手から墜《お》としたら、ああもなるのではないかと想像される。ではその異変というのは何であろう? それは嚥み下した水の中に、なにか毒物が入っていたというような訳なのではあるまいか。
仮りにそれが本当であったとしたらば、その水瓶の中の毒物は一体誰が投げこんだものであろうか。その恐ろしい犯人は誰なのであろうか。誰が真一を殺さねばならない特殊の事情を持っていたのだろうか。
まさか妾の全然知らない人物が入りこんで殺していったとは考えられない。どうしても犯人はわが家に出入する人物の中にあるのだと思う。その点では、彼が曲馬団時代に怨恨を残して来た者がわが家に忍びよって殺したとも思われない。ただ、曲馬団というので思い出したが、あの静枝はその例外だと思う。
静枝! 静枝!
そうだ静枝が殺したのではなかろうか。静枝のことは、速水女史の調べで妾のはらから[#「はらから」に傍点]ということが判明したことになっているが、真一から聞《き》いたところによると、元同じ銀平の曲馬団にいたお八重という蛇使いだという話であった。彼女の秘密が旧い馴染の真一の口から洩れそうだと知ると、これは殺しかねないことだろうと思われた。だがそれをハッキリ云うには、それほど確かな証拠が揃っていない。それに真逆《まさか》あのような優しい静枝がとは思うが、これは一つ確かめてみる必要があると思った。
「真一を殺したのは、誰だ?」と。
もう妾は静枝を疑う気はしなかった。誰か外《ほか》に真一殺しの真犯人がいなければならぬ。そういえば、あの日気がついたことだが、確かに閉めさせてあったと思った奥庭つづきの縁側の雨戸に締りがかかっていなかった。その奥庭というのは玄関脇の木戸さえ開けばそのまま入って来られるようになっていたのであるから、これはひょっとすると、玄関の方から誰かが密かに縁側へ廻って来て、あの室内の水瓶に毒を混入した。それを知らないで真一が水瓶からコップに水を注いで嚥み、あのように死んでしまったのではないかと考えた。そうでないと、あまりにも不思議な毒物の出現であったから。
そこに気がついた途端に妾はいままですっかり忘れていたあの夜の重要人物のことを思い出した。それは妾が真一と共に離座敷に入ろうとしたときに、キヨが玄関に来訪を告げに来た未知の紳士のことだった。キヨの言葉を借りると、その紳士と妾とは、男と女との違いこそあれまるで瓜二つのように似ていたので愕いたということである。その紳士に逢おうとて、妾が玄関に出て行ったときには、どうしたものか姿が見えなくなっていた。それから妾はキヨにいろいろ命じたりして、約五分か十分経って、妾が離座敷に行ったときには、もう真一が斃《たお》れていたのであった。それから以来、あの妾によく似ているという紳士には逢わないが、彼こそそのような奇術めいたことが出来る立場にあったのではなかろうか。一体あれは誰だったろう。
そこで妾は勝手の方からキヨを呼びよせて、怪紳士のことを尋ねてみたのであった。
「ああ、あの紳士の方のことでございますか」
とキヨは俄かに狼狽《ろうばい》の色を示しながら、
「まあ奥さま、あたくしどういたしましょう。真一さまのことで大騒ぎとなりましたので、忘れていましたが、実はあの夜あれからもう一度、あの方にお逢いしたのでございます」
そこで訊《たず》ねてみると、妾が寝室へ引取ってからものの五分と経たないうちに、彼の紳士はまた玄関に入って来たが今夜は逢わないという奥さまのお云付《いいつ》けを伝えるとそのまま帰った。しかし自分の名前を名乗りもせず、九月の始めになると、また当地を通るから、そのときに気が向いたら寄ろうなどと云ったそうだ。なんという不可解な紳士だろう。話をきくと、妾に好意を持っているようでいて、よく考えると行動の上に於て、この位怪しい人物はないと思われる。黙って殺人をして引取っていったとすると、これは実に大胆不敵な兇漢であるといわなければならない。妾を吃驚《びっくり》させるなんて――殺人者として妾の目の前に立って吃驚させるぞという悪党らしい遊戯かも知れない。
ただ腑に落ちないのは、妾にこの上なくよく似ているということである。静枝がよく似ていると自分でも思っているがキヨはそれよりももっとよく似ているという。未知の同胞《はらから》を探していると公表したけれど、こう後から後へと妾によく似た人物が出て来たのでは、気味がわるくて仕方がない。
妾は、その怪紳士が寄るかもしれないと云い残して置いた九月を迎えるのが、急に恐ろしく感ぜられてきた。
7
八月も末になって、暑さが大分|和《やわ》らいで来た。
或る日妾は、なんとなく家にいるのが堪えられなくなってブラリと邸を出た。久し振りの散歩につい興に乗って、思わずも歩を搬びすぎ、いつの間にか隣村の鎮守《ちんじゅ》の杜《もり》の傍に出た。そしてそのとき杜蔭に思いがけなくも、曲馬団の小屋が掛っているのを見て、たいへん奇異の感にうたれたが、近づいてみると、古ぼけた蝦茶色《えびちゃいろ》の緞帳《どんちょう》に金文字で「銀平曲馬団」と銘がうってあったのには、夢かとばかりに驚いた。銀平曲馬団といえば、これは亡き真一が一座していたという曲馬団と同じ名であった。
そこで妾は、小屋の前へ廻って中を覗いてみたが、生憎《あいにく》一座は休演していることが分った。横手の草地の上には顔色のよくない若衆がいて、前日までの長雨に大湿りの来た筵《むしろ》を何十枚となく乾し並べていたので、妾はそれに声をかけた。そしてこれが紛《まぎ》れもなく銀平の率いる曲馬団に相違ないことを知ったが、丁度幸いにもいま座長の銀平老人は、古幟《ふるのぼり》で綴《つづ》った継《つ》ぎはぎだらけの垂れ幕の向うに茶を飲んでいるということであったから、妾は思いきってズカズカと中に這入《はい》っていった。なるほどそこには浮世の苦労を嘗《な》めつくしたというような顔をした小柄の半白の老人が、ただ独りで渋茶を啜《すす》っていた。
「ナニ、昔咄《むかしばなし》を聞きたいというのですかい」
と銀平老人は一向|駭《おどろ》きもせずに、
「汚穢《きたなら》しいが、まアとにかくこっちへお上りなすって……」
といって筵の上へ招じた。
妾の不意の訪問も、この佗《わび》しい休演中の座長の老人を反《かえ》って悦ばせたらしい。思いがけなく熱い茶を御馳走になって、この老人の行い澄ました心境を覗いたような気がして物を言いだすのに気持がたいへん楽であった。
「もとこの一座にいたという海盤車娘《ひとでむすめ》を御存知?」
「ああ、海盤車娘かネ。海盤車娘もたくさんいるが、どの娘かネ」
「娘と名はついているが、本当は安宅真一という男なんですが……あの肩のところに傷跡の残っている……」
「ああ、真公のことかネ。あいつはついこの間まで居たが、とうとうずらかりやがった。あっしとしては、これんばかりの小さいときから手がけた惜しい玉だったが……貴女さんはなぜ真公のことを訊きなさるのかネ」
そこで妾は、真一が頼ってきて遂に死んだ話をした後、始め真一が幼いときの身の上ばなしをしたが、何かほかに銀平老人が知っていることはないかと訊ねた。
「ああ、真公の生立《おいた》ちが知りたいというのだネ。あれは今からザット十五六年も前、四国の徳島で買った子だったがネ。当時はなんでも八つだといったネ。病身らしい子で、とても育つまいかとは思ったが、肩のところにある瘤《こぶ》が気に入って買ってしまったのさ」
「誰から買ったんですの」
「さあ、そいつは誰だったか覚えていないが、とにかく何処の国にもある人売稼業の男から買った」
「その親は誰なんでしょう」
「さあ、その親許《おやもと》だが」
と老人は暫く考えていたが、「さあ、後に開演中の客席から大声をあげて飛び出して来た若い女がいたがネ、それがなんでも生みの母親とか云っていたが家出している女らしかった。父親というのは徳島の安宅村に住んでいるとか云ったが、その苗字《みょうじ》は……」
と老人は首を曲げて思い出そうと努めているらしかった。妾は銀平老人の話を聞いているうちに真一の語った身の上が想像していたよりも正確であり、妾にとって実に興味のある話であることが分った。
「苗字は安宅というのじゃありませんの」
「イヤ安宅は後になってあっしがつけてやった名前だよ。真公の生れた村の名だからいいと思ったのでネ。さて、本当の苗字はちょっと忘れちまったネ。なんしろ古いことでもありあまり覚える心算もなかったのでね。ひょっとすると、梱《こうり》の底に何か書附けとなって残っているかもしれない」
妾は老人に十分のお礼をするから、その書附を探してくれるように頼んだ。妾はそれから、蛇使いのお八重という女を知っているかと尋ねた。
「ああお八重かネ。あいつも先頃までいたが、可哀想なことをしたよ」
「可哀想なことというと……」
「なに、あの女は真公に惚《ほ》れてやがったが、真公が居なくなると気が変になってしまって、鳴門《なると》の渦の中へ飛びこんでしまったよ」
「まあ、誰か飛びこむところを見たんですの」
「見たというわけじゃないが、岩頭に草履《ぞうり》やいつも生命よりも大事にしていた頭飾りのものなどを並べてあったのを見つけたんだ。それから小屋の中からは、皆に当てた遺書が出て来たが、世を果敢《はかな》んで死ぬると、美しい文字で連《つら》ねてあった。あの子は仲間の噂じゃ、女学校に上っていたことがあるらしいネ」
「死骸は上ってきたんでしょうか」
「さあ、どうかネ。――なにしろあっし達は旅鴉《たびがらす》のことであり、そうそう同じ土地にいつまでゴロゴロして、出奔《しゅっぽん》した奴のことを考えている遑《いとま》がないのでネ。それと鳴門の渦に飛びこめば、まあ死骸の出ることなんざ無いと思った方がいいくらいだよ」
この話では、蛇つかいのお八重はインテリ女らしい。すると、やはりあの静枝はこの蛇つかいのお八重なのであろうか。そこで妾は彼女の素性《すじょう》を訊ねたが、あの娘は二年ほど前に突然一座に転げこんで来たので、前身は知らないと老人は答えた。またそのお八重が申年《さるどし》かどうかも知らなかった。
妾は、果して静枝が蛇使いのお八重であるか、どうかと思って、それとなく、お八重の容貌などについて尋ねてみたが、聞いていた銀平は大きく肯き、
「そういえば、お前さんをどこかで見たような仁《じん》だと思っていたが、なるほどお前さんはお八重に似ているところがあるネ。お前さんはその姉さんか身内ででもあるのかい」
と云ってシゲシゲと妾の顔を見た。妾は真逆《まさか》そんなことがネと、軽く打消した。だが、静枝はお八重に違いない気がする。恐らく彼女は一座と縁を切るために、殊更《ことさら》自殺したらしく見せかけたものであろう。そこには智恵袋の速水女史が采配を振っただろうことが想像されるのであった。でも彼女の前身が分っていないのでは、どうにも仕方がなかった。疑うなれば、なにか別の手段によって、ハッキリした証拠を探すより外はなかった。ただ静枝が真一に恋をしていたということは初耳だった。一方真一は静枝を愛していたのだろうか。そう思うと、妾の全身はカッと熱くなってきた。
思い起してみると、真一が静枝の前身を告げたときも、どっちかというと静枝を軽蔑しているようであったから、これは真一が慕われる方であったとしても、慕う方ではなかったと思われる。妾は僅かに気を持ち直した。
どうも分らないのは妾と両人の血の関係だった。静枝はあの三つの赤いカンカンを結《ゆ》って座敷牢にいた妹らしいと思うのに、一方真一の身の上が妾の幼時と非常に似かよったところがあり、ことに家出をした妾たちの母が曲馬団の舞台にいる真一に声をかけたらしいことから考えると、真一も亦《また》、真実に妾の同胞《はらから》らしい気がした。一体どっちが本当の同胞なんだろう。
「イヤ真一と静枝との二人とも、妾の同胞なのではあるまいか」
と、不図《ふと》そんな疑惑が浮んできた。ああ、そんなことがあっていいであろうか。もし妾たちが同胞だったとしたら、これはなんという浅ましいことだろう。妾はまだいいとして、静枝と真一とはどうであろう。二人の関係は到底妾の知ることを許さなかったが、もしや曲馬団からこっちに何かあるのではなかろうか。もしあったとしたら……妾はペッと唾を吐きたくなった。
ただ慰めは、真一の容貌が、妾や静枝とは大分違っていることであった。ハッキリ似ていると考えられるのは月の輪がたの眉毛と、腫《は》れぼったい眼瞼とだけで、外はそれほど似ていなかった。たとえ二卵性の双生児としても、それはあまりにも似合わしからぬところであった。すると真一は境遇の上では妾の同胞に相当していながら、身体の上の印からはどうしても他人|染《じ》みていた。この不可解な問題は父が書きのこした「呪ワレテアレ、三人ノ双生児!」の謎をときさえすればすべてが氷解することと思う。どうしても妾は、静枝の云うように、彼女と産褥《さんじょく》にある母とを加えて、父が三人の双生児と洒落《しゃれ》らしいことを云ったなどとは考えない。
話によると、体の一部が接《つな》がった双生児を、そこのところから切り離して、全く独り立ちの二人の人間にした手術の話もあることだから、これはひょっとすると、妾の身体の一部に、そんな恐ろしい切開の痕があるのではないかと、今までに考えてみたこともないような恐ろしい疑惑が浮び上って、それは嵐の前の旋風に乗った黒雲のように拡がってゆき、遂に妾は居ても立ってもいられない焦躁の念に包まれてしまった。誰がそんな恐ろしい疑惑をもって、自分の裸身の隅から隅まで検べてみた者があろうか。第一、自分ではどうしても十分に観察の出来ない身体の一部が有るではないかと思うと、妾の心臓は俄かに激しい動悸《どうき》に襲われたのであった。
8
そのような悩みに、独り苦悶《くもん》しているその最中に、妾はまた一つの大きな愕きを迎えなければならなかった。
「ああ、奥様。お客さまでございますが……」
とキヨが顔色を変えて妾の居間に駆けつけた。
「まアどうしたのよオ。お客さまって、誰れ?」
「それが奥さま、いつか夜分にいらっして、名前も云わずにお帰りになった若い紳士の方でございますよ。忘れもしません、あれは真さまがお亡くなりになった晩でございましたわ」
「えッ、あの晩の人が!」
妾はハッと駭《おどろ》いた。妾によく似ているという紳士のことなのだ。あんなことを云い置いていったが、二度と来るものかと思っていた。妾は未だにその紳士が、真一を殺害したのではないかとさえ思っている位だ。その怪しい紳士が、チャンと予告どおりに訪ねてきたというのだ。悪人であろうか。善人であろうか。ちかごろ驚きやすくなった妾は、もうワクワクとして何の考えも纏らなかった。
「お会いするわ。また帰ってしまわれると気味が悪いから、早く客間の方へ上げてよ」
妾に似ているというところを、僅かに安心の足掛りとして、思い切って会ってみることにした。さあ、どんな男だろうか。一と目見て心臓が凍ってしまいそうでもあり、また早く覗いてみたいようでもあり……。
「妾が主人の珠枝でございます――」
頃合を計って客間へ這入《はい》っていった妾は、客という背広の紳士の背中に声をかけた。
「いやア――」
と紳士は、居住いを直しながら、こっちを振り向いた。ああ、その顔――まあ、なんてよく似ている人もあればあるものだろう――と、妾は驚くというよりも感心してしまった。
「ああ確かに貴女だ。こんなによく似ているとは思わなかった。ああ僕は満足です――」
と向うでも容貌の似通っていたことに驚歎して、たて続けに叫びつづけた。
「アノ、失礼でございますが、貴方は誰方《どなた》さまでいらっしゃいましょうか」
「ああ、僕ですか。イヤどうも余りに驚いてしまった、名乗ることを忘れて申訳ありません」
と云いながら、紳士はチョッキのポケットから一葉の名刺を抜いて、妾の前に差出した。
「僕はこういう者です。姓の方に何か御記憶がありませんでしょうか」
その名刺の表には、
「南八丈島医学研究所、医学博士|赤沢貞雄《あかざわさだお》」
とあって、隅の方に「東京府八丈島庁管下」と記してあった。するとこの紳士は赤沢貞雄と名乗る人である。赤沢という姓? ああ赤沢といえば……。
「赤沢というと徳島の安宅の……」
「そうです。よく覚えていましたネ。僕は赤沢常造の息子なんですが、父だの僕だのを覚えていらっしゃいますか」
妾は突然故郷のことを云いだされて、ボーッとなってしまった。しかし赤沢の伯父のことは、何で忘れよう。いつもその伯父は、わが家へ繁く来たではないか。貞雄――という名にも、なるほどそういわれると覚えがあった。伯父のうちに、自分と同じ年の少年がいて遊んだことを思い出した。あれがこの紳士なのであろうか。当時貞雄さんはまだ五六歳の幼童で膝までしかない鶯色《うぐいすいろ》のセルの着物を着た脆弱そうな少年だった。彼はいつも寒そうに、両手を腋《わき》の下から着物の中にさし入れて、やや羞含《はにか》んで歩いていたのを思い出した。
「まア貞雄さんでしたの。大きくなられて――妾すっかりお見外《みそ》れをいたしましたわ」
貞雄は笑いながら、この前は、妾の家を探すのにたいへん手間どってやっとこの家を探しあてたので、待たせてあった円タクを帰すために一度出て行って間もなく引返してくると、お手伝いさんから面会を断られてしまったので、たいへん面喰らったこと、そのとき北海道の大学へ打合わせにゆく途中だったので、また帰り路に寄ればいいと思ってそう云い残してさようならをしたことなどを語った。それを聞いていた妾は、あの夜の心境を想い出して、穴あらば入りたいと思ったことであった。
「でも、どうして名前を云って下さらなかったの。赤沢と仰有《おっしゃ》れば、妾必ず出ていったと思うわ」
「イヤそれはネ。貴女に会って驚かせたかったのさ」
というわけで、二人は直ぐ幼馴染の昔にかえって、打ち融けた。妾は近頃うち続く不安が、貞雄の不意の来訪によって大半拭い去られたように感じたのだった。
聞けば貞雄も、妾と同じように二十三歳だということだった。彼はどうやら秀才中の秀才らしく本年学校を出ると、在学中からの研究事項だったものを一層研究するつもりで、断然南八丈島研究所へ赴任したのだった。何の研究であるのかを訊ねたところ、
「ちょっと説明しても分らんなア。まア遺伝学みたいなものだが、今までのようなものではない。……イヤもうよしましょう。それよか今日は御馳走でもして貰って、昔話でもしたいネ」
「ええ、御馳走してよ。そして是非泊っていって下さいネ。昔話を沢山したいわ。妾もいろいろ伺いたいことがあるのよ」
丁度、妹の静枝は、少し身体を壊している女探偵速水女史に附き添わせて、奥伊豆の温泉にやってあるので、家の中はキヨと二人切りだったので、貞雄を泊らせるには一向差支えなかった。
「いや泊ることだけは断る。僕はこれで、ひとの家にお客なんかになっては中々睡れない性分なのでネ。それにチャンとホテルに部屋をとってあるのだから、心配はいらないよ」
「いいから、ぜひお泊りなさいよ」
「いやいや断る。――」
小さいときもこんな性分だったが、とにかく今の貞雄は学者だけあってなかなか頑固であった。妾は近くから珍らしい料理を狩りあつめて貞雄を饗応《きょうおう》しながら、この機会に妾の悩みを打ちあけて、力になって貰おうと思った。
まず妾は貞雄に向い、あの立葵の咲く家の座敷牢の中に寝ていた妾の同胞《はらから》を探したいという気になって新聞広告をしたことから始めて、静枝や真一などが現れるに至ったまでの話を詳しくして、もしや彼が、妾の同胞を知らないかと尋ねた。
「どうも小さい折のことで、僕はよく覚えていないけれど、いつか夜、父が子供を連れて来たことを覚えている。僕はその顔をみたわけではないが、二階に上げた子供がヒイヒイと泣いているのを聞きつけた。それが君のいう座敷牢の中にいた同胞だろうと思うが、泣き声から想像すると、二人のようでもあったがネ」
「ええなんですって、連れられていったのは二人だったんですって、まア、――」
妾は想像していたところと、まるで、違ってきたので、呆然としてしまった。向うが二人だとすると、妾を入れて三人になるではないか。すると双生児と称《よ》ぶのはいかがなものであろう。それを貞雄に云ってみると、
「幼いときのことだから、ハッキリしたことが分らないんだ。それに父の常造も先年死んでしまったし、母はもっと前に死んでいた。今、安宅村へ行っても、その夜のことや、君の同胞の秘密について知っている人は一人もあるまい」
「そうでしょうか。――」
妾はガッカリしてしまった。その様子を見ていた貞雄は気の毒に思ったのであろう。すこし厳《げん》とした声で、
「でも君の知りたいと思っていることは、絶対に分らないというわけではあるまい。つまりそれは学問の力によることだ。もし君が欲するならば、僕はいかなる手段によってでもその答を探し出してあげようと思う。そう気を落したものでもないよ」
「分る方法があれば、どんなことをしてでも探しだしていただきたいわ。妾、これが分らないと死んでも死に切れないと思うのよ」
と妾は切《せつ》なる願いを洩らした。それは自《ひとりで》に妾の口を迸《ほとばし》り出でた言葉だったけれど、このとき云った、(どんなことをしてでも探しだしていただきたいわ)という言葉が、後になってまさか大変な妾への重荷になろうとは露ほども気がつかなかった。それがどんなに恐ろしい重荷となったかは、この物語の進んでゆくに連れ、だんだんと明白になってくることであろう。
「でも可笑《おか》しいわネ。女探偵の速水さんは、徳島へ行って、静枝という妹を探して来たのよ。安宅へ行ったところ何もかも苦もなく分ったようなことを云ってたけれど……」
というと、貞雄は首を振って、
「どうもその女探偵というのが怪し気だネ。これから一度行ってみると分るだろうが、いまそんなに簡単に分る筈はないと思う。それから『海盤車娘』の真一君の死因だが、これなどは随分不審な点があるネ。たとえば速水女史が水壜の水を早速明けに行ったというのも妙なことじゃないかネ。どうだい珠枝さん。その壜とかコップとか、或いは水の零《こぼ》れを拭《ぬぐ》った雑巾《ぞうきん》とかいうものは残っていないかしら」
貞雄が抱いている疑惑の点を、妾はすぐに察することが出来た。彼は真一の死を中毒死だと思っているのだ。それは貞雄があの部屋の中で口にしたと思われるその水壜の中に一切の秘密があると云うらしい。
「そんなものは、その場で始末してしまったから、有る筈はなくてよ」と云ったものの、よく考えてみると、妾はあの夜離座敷を大急ぎで片づけたことを思い出した。あのとき部屋の中の品物を仕舞ったトランク類はその儘《まま》土蔵の奥深く隠してしまって、その後は一度も開いたことがないのであったが、ひょっとするとそのトランクの中に、なにか当時の隠れた事実を証明するようなものが入っていないとも云えないと思う。そう考えた妾は、恥かしいけれど一切のことを貞雄の前にさらけだした。
「ああそんなものがあるのなら、一度出して検べてみたらどうだネ」
流石《さすが》に医者である彼は、変態的な妾の生活など嗤《わら》う様子もなく、真面目に聞いて呉れたのだった。だから妾はすぐさまそのトランクを開いてみる決心をして、貞雄を案内して黴臭《かびくさ》い土蔵の中に入っていったのであった。
9
貞雄の云ったことは正に図星《ずぼし》だった。
妾たちはトランクを一つ一つ開いてゆくうちに、その一つの中に、あの夜真一が水を飲むに使った大きいコップを発見した。それは狼狽《ろうばい》のあまり妾が他の品物と一緒に抛りこんでしまったものに違いなかった。
貞雄は、そのコップを取り上げて、明りの方に透かしてみたり、ちょっと臭を嗅いでみたりしていたが、やがて妾の方を向き、
「珠枝さん、ハッキリは分らないが、どうやらこれは砒素《ひそ》が入っていたような形跡がある。無水亜砒酸《むすいあひさん》に或る処理を施すと、まず水のようなものに溶けた形になるが、こいつは猛毒をもっている。普通なら飲もうとしても気がつく筈だが、当人が酒に酔っているかなにかすれば、気がつかないで飲んでしまうだろう。砒素は簡単に検出できるから、あとで検べてみよう。しかしまず間違いないと思うネ」
「まア、水瓶の中に砒素が入っていたの、まア恐ろしいこと。一体誰がそんなものを入れたのでしょう」
「いや、今に僕が分らせてみるよ」
妾はホッと息をついた。貞雄の来てくれたお蔭で、妾の疑問としていたところはドンドン氷解してゆくのであったから、感謝をせずにいられなかった。どうか今夜はぜひ泊ってくれといったけれど、貞雄は中々承知しなかった。
「随分貴方は頑固なのネ。貴方と妾とは従兄妹《いとこ》じゃありませんか。泊っていったって何ともないじゃないの」
「ああ。――」
と貞雄はちょっと眉をひそめたが、
「貴女は知らないらしいネ。貴女の西村家と、僕の赤沢家とは、赤の他人なんだよ」
「あら、――でも赤沢の伯父さんと呼んでいたことを覚えているわ」
「ははア、そんなこと、意味ないよ。幼いころは、だれを見ても『おじさん』と呼ぶ。僕は知っているけれど、両家は他人同志だった」
「まア、そうなの――」
すると妾にとって、赤沢は赤の他人なのだ。今まで馴れ馴れしくしたことが悔いられたけれど、その代り他人であればあるだけ、妾は俄かに胸のワクワクするのを覚えた。
「医者として僕は珠枝さんに云って置きたいけれどネ」と貞雄は一向頓着なしに話しかけた。「君は同胞《はらから》を探すことに夢中になっているようだが、たといそれを探し当てても、君はサッパリしないに決っているよ」
「アラなぜ、そうなの」
妾は貞雄が何を云いだすのやら、すこし驚かされた。
「君は、そうした要求の背後に、いかなる本尊《ほんぞん》さまがあるのかを知らねば駄目だ」
「本尊さまって?」
「端的《たんてき》に云えば、君は母性慾に燃えているのだ。君の自分の血を分けた子孫を残したがっているのだということに気がつかないかネ。同胞探しは、その根本的要求が別の形になって現れたに過ぎない。本当のところは、君は子供を生みたいのだ」
「そうかも知れないわ」と妾は云った。「でも妾は男性とそういう原因を作ることを好まないのよ。つまりそういう交渉を極端に億劫《おっくう》がる性質なの。そういう交渉なしに子供が出来るんだったらいいけれども、そうもゆかないでしょう。それに妾は一度結婚生活を送って分ったことだけれど、妾には子供が出来る見込なんかありゃしないわ」
「そんなこともなかろうけれど、結局君のあまりに変態的な生活が、そうした能力を奪ってしまったのかもしれないネ。忍耐づよい夫婦生活が、おそらく自然に君の能力を取り返すだろうと思うが、夫婦生活そのものを極端に忌避《きひ》するようでは困ったものだネ」
といって貞雄は、軽い吐息《といき》をついた。妾自身でもこれは困ったものだと思っているのである。変態道に陥ったばかりに、妾は正しい勤めをさえ極端に不潔に思うのだった。
「しかし本当は、君自身子供が欲しいと思うのだネ」
と暫くして貞雄は尋ねた。
「いく度云っても同じことよ。でも不能者に、子供の出来る筈はないわ。その上にどうも妾は生れつき大きな欠陥があるような気がしてしようがないのよ」
貞雄は気の毒そうな顔つきで、妾をしげしげと見ていた。そのとき妾は、いままで忘れていた大事なことを思い出した。それはいつかも考えたことであるが、ひょっとしたら妾の身体には自分で観察することの出来ない箇所に異常な徴候が印せられているのではあるまいか。それを専門的知識をもって十分に診察してくれる適当な医師としては恐らく目の前に居る此の貞雄の外にないということを感じた。それで妾の胸のうちには、それを確めて貰いたい嵐のような願望が捲き起ったのである。
「ねえ、貞雄さん、妾、医師である貴方にとても重大なお願いがあるのよ。――」
「医師である僕に、どんな願いがあるというのかネ」
妾はそこで思いきって全身に亘《わた》る診断のことを頼んでみた。一つには異状又は異状の痕跡の有る無しのこと、もう一つには妾の懐胎の機能が健全であるか不健全であるかということ、この二つについて早速検べてくれるように頼んだのであった。
「よろしい。そんなことは訳はないことだ。では明日道具を揃えて来て、やってあげよう」
といった。妾としては非常に重大なことを、彼があまりに手軽に引受けてくれたことに対して意外の感にうたれたけれど、医師にしてはそんなことは格別なんのことでもないのであろうと思った。
さて其の夜、貞雄はわが家に一泊を承知しないでホテルに引上げて行った。――そしてその翌朝になると、医療器械のギッシリ詰まっているらしい大きな鞄を下げ、まるで事務員かなにかのように正確にやって来た。
「さあ、こういうことは、午前にやるのがいいのだから、さあ早く支度をして――」
と云って妾を促した。妾はキヨを用事にかこつけて外出させてしまおうと思ったので、それを命じていると、奥から貞雄がノコノコ出て来て云った。
「キヨさんを使いにやるのなら、アレが済んでからにしてはどうかネ」
この貞雄の言葉には、妾はすっかり興《きょう》を醒《さ》ましてしまった。キヨを外に出してしまえば、どんなに落着いて妾の楽しみを味うことが出来るだろうと予期していたのが、すっかり駄目になった。「キヨが居ては、妾|厭《いや》だわ。――」
と妾は、ちょっと拗《す》ねてみせた。
「それはいけない。こういうことは、たとえ医師でも誤解をうけやすいことだ。どうしても誰かに立ち会って貰うのでなくては、僕はやらないよ」
貞雄の頑迷な潔癖さには、妾はつくづく呆れてしまった。また一面に於ては、それだけ彼の人物が気に入った。もう仕方ないので、キヨを立ち合わせることに同意した。
貞雄は、妾の居間を診察室に決め、その隣りの納戸を準備室に決めた。準備室には、何に使うのだか訳の分らないいろいろな器械や器具を並べたて、見たところたいへん大袈裟《おおげさ》でかつ厳《おごそ》かだった。
こうして午前十時から、いよいよキヨ立ち会いのもとに綿密な診察が始まったが、それは約一時間に亘った。妾はあらゆる場所をあらゆる角度から診察され、その上にまるで手術を受けるのかと思うような器械を当てられたり、いろいろな場所にさまざまの注射をしたり、幾度も血液を採取せられたりした。妾はキヨの立ち会っていることなど直ぐ気にならなくなった。どうやら診察が一と通り終ったらしいと思っていると貞雄は静かに妾の傍へよって来て、
「これで診察は終ったよ。君は母性欲が今日は顕著な曝露症《ばくろしょう》の形で現れていたと思う」と笑いもせず云ってのけた。「精《くわ》しいことは、あとで報告するけれど、見たところ君の身体にはさしたる重大な異状を発見しない。子供を育てる機能も充分に発達している。君が考えさえ直すなら、普通の人より以上に健康な体躯の持ち主だということが出来る」
そんなことは云われなくても分っているようなものだった。それよりも、もっと訊《き》き正したいことがあった。
「それよか、妾の身体に、何か変ったところか、瘢痕《きず》のようなものは見付からなくて」
「気の毒だけれど、君を悦ばせるような異状は何一つ発見できなかったよ。――」
それを聴いて妾はホッと溜息をついた。それならばいい。妾は心配したようなシャム姉妹的な存在でもないのだった。妾は一時に身が軽くなったような気がした。それで起きて何かお美味《いし》いものでも喰べようと思って、蒲団から身体を起しかけた。ところがそれを見た貞雄は、駭《おどろ》いてそれを留めた。
「あッ動いちゃいけない。――」
「アラどうして!」
「もう一時間ばかり、そのまま絶対安静にしているんだよ。いろいろな注射などをしたものだから、その反応が恐い。生命が惜しけりゃ、僕の云うことを聞いて、もう一時間ほど静かに横臥《おうが》しているのだ」
そういって貞雄は、妾の肩にソッと毛布を掛けてくれた。――妾は羊のように温和《おとな》しくなった。
貞雄が当地を出発したのは、その翌日のことだった。いずれ冬の休暇ごろには、用があるのでまた当地へ来るから、そのとき是非立寄ると云った。そして例の「三人の双生児」に関する問題も故郷の方をもっと探してみて、面白い発見があれば必ず知らせるということだった。
妾は彼の再訪を幾度も懇願した上、名残惜しくも貞雄を東京湾の埠頭まで送ったのであった。
10[#「10」は縦中横]
五ヶ月という日数は、妾にとってあまり永すぎた。――しかしとうとう、その五ヶ月目がやって来たのだった。
五ヶ月!
その間、妾は貞雄をどんなに待ち佗《わ》びたことだろう。堪えかねた妾は幾度も、南八丈島の彼の許へ手紙を出したけれど、それは梨《なし》の礫《つぶて》同様で、返答は一つもなかった。
その五ヶ月の間を、妾はどんなに驚き、焦《あ》せり悶《もだ》えたかしれない。前には三人の双生児のことで思い悩んだ妾だったけれど、この度はそれどころではなかった。三人の双生児などは、もうどうでもよかった。ましてや真一の死などは何のことでもなかった。彼を殺した犯人が女探偵の速水女史であっても、また静枝が妾の本当の妹でなくても、それはどうでもよいことだった。事実妾は平気で、かの二人の女を同居させていた。二人は全く家族のように振舞っていたのである。ときには、誰がこの家の主人だか分らぬようなことさえあった。その五ヶ月を、妾は一体何事について驚き焦り悶えていたのだろうか。
姙娠!
妾は目下《もっか》姙娠五ヶ月なのであった。
そういうと、きっと誰方《どなた》でもこの余り意外な出来ごとのために、目を丸くなさることだろうと思うが、妾の懐姙《かいにん》は最早疑う余地のない厳然《げんぜん》たる事実なのである。
さらに驚くことは、この懐姙した胎児について、誰がその父親であるのか、妾には全く見当がつかないことである。妾は全く身に覚えがないのに、このように姙娠してしまったのである。乳首は黝《くろ》ずみ、下腹部は歴然と膨らみ、この節《せつ》ではもう胎動をさえ感ずるようになった。婦人科医の診断もうけたが紛れもなく姙娠しているのだった。――相手もないのに身ごもるなどという不思議なことが、今の世にあってよいものであろうか。
妾は早く貞雄に会って、このことについて教えをうけたいと思う。彼のような卓越した学者ならねばこの神秘の謎は解けないであろう。日を繰ってみると、妾は彼が身体の健全を保証していってくれたその直後に受胎したことになるのである。といって彼は決してその胎児の父ではないと思う。なぜなら貞雄は非常に潔癖で妾の家に一泊することすら断ったほどであり、もちろん妾は一度たりとも彼を相手にするようなことはなかった。いや貞雄ばかりのことでない。その外の男という男についても同じことが云える。妾は絶対に誓う。妾は男を相手にして、懐姙の原因をつくるような行いをしたことは一度もないのだ。しかし姙娠していることは、どこまでも厳然たる事実なのであった!
妾も驚いているけれど、ひょっとするともっと驚いている人がありはしないかと思う。中でも女探偵の速水女史と、妾の妹の静枝とがはからずもそれを発見したときの驚きといったらなかった。
「まア驚いてしまいますわねえ。奥さまはどうして姙娠なすったんですの。相手は何処の誰でございますの?」
女史は横目で妾のお臍《へそ》のあたりを睨みながら、あたり憚らず驚きの声を放った。
「まアお姉さま、驚かせるわネ。でもあたくしは存知《ぞんじ》ていますわ。あたくし達が伊豆へ行っている間にお作り遊ばしたんでしょう」
静枝も驚きの目を瞠《みは》ったが、これは嬉しそうな驚きに見えた。しかし速水女史の方はそれ以来ニコリとも笑わなくなってしまった。こうなっては、妾の立場というものがいよいよなくなってしまったのだった。
それだけではなかった。それからというものは女史と静枝とは、暇さえあれば額を合わせて何事かブツブツと口論しあった。それを耳にするにつけ、妾はたまらなく不愉快になっていった。
ところで妾の待ちに待ったる貞雄が、約束した五ヶ月目にはとうとう姿を見せず、遂に七ヶ月目となってまだ肌寒く雪さえ戸外にチラチラしている三月になってやっと妾の家の玄関に姿を現した。
「貞雄さんが来たって?」
キヨからその知らせを聞いて、すぐ飛びだしかけたものの、もう七ヶ月目の腹を抱えた妾のことである。姙娠のことは手紙で知らせはしてあったものの、この醜態を自ら見せにゆくほどの勇気がなかった。
「ほう、随分見事な腹になったネ」
と貞雄は真面目な顔をして入ってきた。彼がそんなに取すましていなかったら、妾はいきなり怒鳴りつけたかもしれない。
「貞雄さん、一体これはどうして下さるの」
と、妾は思う仔細があって、つっかかって行った。
「いや、どうにでもするよ」
と貞雄はさりげなく答えながら、
「今度は君のためにいろいろと大きな土産を持って来たよ。どこか静かなところへ行って、ゆっくり話したいネ」
といって、例の静かな瞳をジッと妾の顔に据えた。妾にはそれ以上つっかかってゆく勇気を持ち合わさなかった。
彼はその日一日をわが家でブラブラしていたが、妾が何を云っても碌《ろく》な返事をしなかった。その代り速水女史に呼ばれると、イソイソと彼女の後についていって、長い間部屋から出て来なかったりした。彼等はわざと注意をしているらしく二人の声は全く洩れてこなかった。
その翌日になると、貞雄は妾を伴って外へ出た。そして連れこんだのは、市内の某病院だった。彼はそこで顔の利く方と見えてズンズン通っていった。そして妾を「レントゲン室」と表札の懸っている部屋へ入れて、三十分間あまり、ジイジイとレントゲン線を発生させて、妾の腹部を覗いたり、写真を撮ったりした。その間、彼はまるで人が違ったように無口だった。
それが済むと、彼は始めて微笑を浮べながら、妾を労《ねぎ》らった。それから再び外へ出て不忍池《しのばずのいけ》を真下に見下ろす、さる静かな料亭の座敷へ連れこんだのだった。いよいよ貞雄は妾に重大なことを云おうとするに違いなかった。妾は並べられたお料理なども全く目に入らないほどの緊張を覚えたのだった。
「珠枝さん――」
と貞雄は静かに呼びかけた。
「貴女は僕に聞きたい色々のことがらを持っているだろうネ。イヤ、暫く黙っていてくれたまえ。僕が適当な順序を考えて一応話をするからどうか気を鎮めてよく聞いてくれ給え。――まず真一君を殺した犯人のことだが、それは今日、本人の自白によってハッキリ分ったよ」
「まア、誰なのでしょう」
と妾は思わず乗りだした。
「そう興奮しちゃいけない。――その犯人というのは、やはり速水女史だった。静枝さんは無関係だ」
「ああ、速水さんが真ちゃんを殺したの」
「そうなのだ。僕は或る交換条件を提出し、その代償として聞いたんだ。で、その条件というのは、君が腹に持っている胎児を流産させることなのだ。イヤ驚いてはいけない。一体、速水女史は事実君の妹でもなんでもない蛇使いのお八重という女を籠絡《ろうらく》して、静枝と名乗らせ、この家へ乗り込ませた。それはお八重がたまたま君によく似ていたので使ったまでで、そうすることによって君の財産をお八重に継がせ、そこで速水女史は軍師の恩をふきかけて結局莫大な財産を自由にしようという企《たくら》みをしたのだ。その計画はたいへん巧く行った。これなら大丈夫と思っていたところ、意外にも意外、君が姙娠してしまったので、速水は大狼狽《だいろうばい》を始めたのだ。なぜなら、君に子供が生れりゃ、一切の財産はその子供が継ぐに決っているからネ。そこでこれはたまらないと悄気《しょげ》ているところへ、僕が悪党らしく流産手術を持ちだしたものだからすっかり安心して、真一君を亜砒酸《あひさん》で殺したことを自白に及んだというわけさ。もちろん想像していたとおり、この家に潜伏していた女史は、酔っている真一が水を呑むのを見越して、水瓶の中にその毒薬を入れて置いたのだ。女史が事件後、真先《まっさき》にその水を明けに行ったのも肯《うなず》かれるネ」
妾はただ呆れて聞いているより外《ほか》なかった。
「ところで真一君だが、あれは紛れもなく君の同胞《はらから》だ。『三人の双生児』の説明は、後で詳しく云うけれど、とにかく亡くなった君たちの母親は、真一と君とを生んだのに違いない。これは徳島に隠棲《いんせい》しているその時の産婆の平井お梅というのを探しだして聞きだしたのだ。書いて貰ってきたものもあるから、後でゆっくり見るがいい。ただし、君と真一とは、あのよく似ていて瓜二つという一卵性双生児ではなくて、すこし顔の違ってくる二卵性双生児であったことは、君にもよく分るだろう。しかしまだその上に、恐ろしい因縁話があるのだ」
と云って貞雄は茶碗からゴクリと番茶を飲んだ。
「君と真一君が、双生児にしては余り似ていないことを不思議に思うだろうが、そこに重大な謎が横たわっているのだ。このところをよく分って貰いたいが、実は君たちは双生児であって、その卵細胞は同じ母親のものながら、その精虫を供給した父親が違っていたのだ。いいかネ、分るだろうか。――つまり、ハッキリ云うと、真一君を生じた精虫は君の亡くなった父親のものであり、それから君を生じた精虫は、実に僕の父親である赤沢常造のものだったんだ。さ、そういうと不思議がるかも知れないが、君はこんなことを知っているだろう。膣内の精虫の多くはその日のうちに死んでしまうけれど、中には二週間たっても生存しているものもあるということを。だからここに二卵性の双生児が出来たとしても、それが同一日に発射された精虫によるとは限らないのだ。そういえばもう分っただろうが、僕の父の赤沢常造の精虫が発射されたその数日か十数日か後に、真一君の父親が船から下りて来てまた精虫を発射する。このとき偶然にも二人の精虫が、君の母親の二つの卵に取りついてこの二卵性双生児が出来上ったのだ。それで合点がゆくことと思うが、君と僕とが、戸籍の上では赤の他人でありながら、実は二人は父親を同じくする異母兄妹なのだ。だから君と僕とが、兄妹のように似ていることが肯かれるだろう」
妾はあまりの奇怪なる話に、気が遠くなるほど駭《おどろ》いた。話は分るけれど、そんな不思議なことが吾が身の上に在るとは、なんという呪わしいことだろう。それにどんなにか慕《した》わしく思っていた貞雄が、血を別けた兄妹であったとは、なんという悲しいことだろう。
「君の愕くのは尤《もっと》もだが、まだまだ愕くべきことが控えているのだよ。――ところでいよいよ『三人の双生児』の謎だが、これは解いてみると案外くだらないものさ。こんなことを日記にかきつけたのは真一の父親だった。彼は船乗りだった。船乗りの語彙でもって『三人の双生児』といったことをまず念頭に置かなくちゃいけない。実は君の方は普通の健全な人間だったけれど、真一君の方はそうでなかった。彼は畸形児だったのだ。手も足も胴体も一人前だったが、気の毒なことに首が二つあった。つまり両頭の人間だったのだ。そういえば思い当るだろうが、真一君の肩にあるあのいやらしい瘢痕《きず》のところには、昔もう一つの首がついていたのだ。その首にはチャンと名前がついていた。西村真二というのだ。いくら子供が可愛くても、この両頭の畸形児を人に見せるわけにはゆかない。そこであの座敷牢があるのだ。君は女の児だと思っていたろうが、子供のときには男女の区別はハッキリしない。殊に終日寝かされて何の変った楽しみもない真一真二の幼童が、たまたま君の髪に結んだ赤いカンカンを見て、あたい達にもつけてよオとせがんでも無理のないことではないか。そして二つの首を見せて駭かすことのないように、母親がいろいろ気を配ったことも無理ならぬことだ。その後、真二は顔に悪性の腫物《はれもの》が出来たので遂に大学で未曾有《みぞう》の難手術をやり、とうとう切ってしまった。そうしないと真一までが死んでしまうおそれがあったからだ。真一君が流浪の旅にのぼるようになったことなどは説明するまでもあるまい。僕は君を大学へ連れていって、アルコール漬になっている真二君の首を見せたいと思うよ。――まあそんなわけだから、君たちが生れたときに、お父さんが『三人の双生児』と呼んだのも根拠のあることだ。身体から見れば双生児であり、首の方は三つあったんだからネ」
ああ、なんという恐ろしい話だろう。これほど怪奇を極めた話が、この世に二つとあろうか。妾は舌を噛み切って死にたいような衝動に駈られた。といって、舌を噛み切って死ねば、妾の腹にある胎児は、暗《やみ》から暗へ葬られるのだと気がつくと、妾はハッと正気に返った。そしてそこで妾は吾が子のまだ知らぬ父親のことが急に知りたくなって、自らを制することができなくなった!
「妾の腹の子の父親のことを教えて下さいな。どうぞ後生《ごしょう》ですから……」
と叫んだ。
「ではそれを教えてあげようが、これから大学まで歩いてゆく道々話すことにしよう」
最早《もはや》妾たちは折角の料理に箸《はし》をつける気もなくなって、そのまま外に出た。池《いけ》の端《はた》を本郷《ほんごう》に抜ける静かなゆるい坂道を貞雄に助けられながらゆっくりゆっくり歩を搬《はこ》んでゆく――が、妾の胸の中は感情が戦場のように激しく渦を巻いていた。
「君の胎《はら》の子の父親はねエ」
と貞雄は耳許で囁いた。
「――駭いてはいけない、この僕なんだよ」
「まア、貴方ですって、――」
妾はそれを聞くとカッとして、思わず貞雄をドンと突き飛ばした。
「ああ悪魔! 恐ろしい悪魔!」
と妾は喚《わめ》きつづけた。
「貴方と妾とは血肉を分けた兄妹じゃありませんか。それだのにこんな罪な子供を姙《はら》ませるなんて……ペッペッ」
と、妾は烈しく地面に唾を吐いた。
「ま、そう怒ってはいけない。君は誤解しているようだ」
と貞雄は恐れ気もなく、傍に寄り添って来ながら、
「僕は誓う。また君自身も知っているだろうが、僕は絶対に君と性的交渉を持ったことはないのだ。ね、そうだろう。――だから怒ることはないじゃないか」
そういわれると、妾にもその忌《いま》わしいことの覚えはなかったが、それにしても……。
「じゃあ、それが本当なら、なぜ妾は貴方の胤《たね》を宿したのです。誰が訛《だま》されるもんですか。嘘つき!」
「君と関係を持たなくても妊娠させることは出来る。――君は覚えているだろうが、この前僕が医師として君の身体を検べたときに、簡単な器械で君に人工姙娠をしといたのだ。造作のないことだ」
「じゃあ、忌わしい関係はなかったんですね」
と妾は稍《やや》安堵《あんど》はしたものの重ねて詰問をした。
「でもなんの目的で、妾を身籠らせたんです!」
「それは君、君の頼みを果しただけのことだよ。君は『三人の双生児』のことを知りたがって、どんな手段でもいい、と云ったではないか、実を云えば、先刻話をした結論の中には欠陥があったのだ。それは私の父と君の母親とが果して関係したかどうかということだ。それを僕は遺伝学で証明しようと思った。調べてみると、君の母親の血統には両頭児の生れる傾向があるのだ。真一真二が生れたのは、君の母親が割合に血縁の近い従兄である西村氏と関係したので、その血属結婚の弱点が真一真二の両頭児を生んだのだ。しかし僕の父とは他人同志だから、とにかく健全な君が生れた。そこで君が私の父の子であることを証明するのには僕の考えた一つの方法があると思うのだ。それはそこでもう一度君が君の血族から受精してみると、きっと血族結婚の弱点で両頭双生児が生れるだろうという――これは僕が論文にしようと思っているトピックスだ。そこで僕は学問のためと君の願いのため、僕の精虫を君の卵子の上に植えつけてみたのだ。その結果……」
「おお、その結果というと……」
妾はハッと思った。
「その結果は、果然《かぜん》僕の考えていたとおりだ。僕は偉大なる遺伝の法則を発見したのだ。すなわち君がいま胎内に宿している胎児は、果然真一真二のような両頭児なのだよ。レントゲン線が明《あきら》かにそれを示して呉れたところだ」
「ああ、双頭児ですって?」
妾は気が変になりそうだ。
「僕の研究は一段落ついた。で、この上は君の希望を聞いてみたいと思う。その双頭児をこれから大学の病院で流産させてしまおうと思うのだがネ」
「ええどうぞ、そうして下さい。是非そうして下さい。妾は親となって育てるのはいやです」
と喚《わめ》き散らした。
そこで妾たちは、大学の医学部教室へ入った。
「ほら、これが真二の首だよ」
そういって貞雄は硝子瓶の中にアルコール漬けになった塊を指した。妾はそれを覗いた。
「ああ、あの子だ」
それは確かに、妾の記憶にある懐しい幼馴染《おさななじみ》の顔だった。実になんという奇しき対面であろう。色こそ褪《あ》せて居るけれど、彼の長く伸びた頭髪は、可愛いカンカンに結って、その先に色を失った三つのリボンが静かにアルコールの中に浸っていた。ああ、なんという可憐な顔だろう。妾はそれをじっと見つめているうちに妾の考えが急に変ってくるのに気がついた。そうだ、今腹に宿っている両頭の子供を下すのは思い止まりたい。例えそれが畸形児であろうとも、妾が母たることに違いはないのだ。血肉を分けた可愛い自分の子に違いないのだ。流産して殺すなんてそんな惨《むご》たらしいことがどうして出来ようか。
妾は貞雄が向うの標本を眺めている隙に、独りで教室をドンドン出ていった。
底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1934(昭和9)年9、10月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「現代推理小説大系8 短編名作集」(講談社、1973(昭和48)年)を参考に、誤植が疑われる以下の箇所を直しました。(数字は底本のページと行数)
○316-上-1 キュウと唇と曲げて→キュウと唇を曲げて
○320-下-22 遠く距《へただ》って→遠く距《へだた》って
○333-上-15【底本では、右の1行が脱落】→「出鱈目だって」
○358-上-22 妾をそれを覗いた→妾はそれを覗いた
※「妊娠」と「姙娠」の混在は、底本通りとしました。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年5月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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