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恐龍艇《きょうりゅうてい》の冒険
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)恐龍艇《きょうりゅうてい》の冒険
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)熱帯|地理書《ちりしょ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)べっこう[#「べっこう」に傍点]
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二少年
みなさん、ジミー君とサム君とを、ご紹介いたします。
この二少年が、夏休みに、熱帯《ねったい》多島海《たとうかい》へあそびに行って、そこでやってのけたすばらしい冒険は、きっとみなさんの気にいることでしょう。
さあ、その話をジミー君にはじめてもらいましょう。
おっと、みなさん。お忘れなく、ハンカチをもって、こっちへ集まってきて下さい。なぜって、みなさんはこの話を聞いているうちに、手の中にあつい汗《あせ》をにぎったり、背中にねっとりと冷汗《ひやあせ》をにじみ出させたりするでしょうからねえ。いや、まだあります。おへそが汗をかくこともあるのですよ。
では、ジミー君。どうぞ……。
熱帯《ねったい》多島海《たとうかい》へ! 夏休みほど、退屈《たいくつ》なものはない。
わが友サムは、そのことについて、ぼくと同じ意見である。
いよいよ夏休みが、あと五週間ののちにせまったときに、サムとぼくは大戦慄《だいせんりつ》をおぼえ、頭のかみの毛が一本一本ぴんと直立《ちょくりつ》したほどである。
ぼくたち二人は、おそるべき夏休みの退屈からのがれるために、どんなことをしていいのか、それについて毎日協議した。
その結果、ぼくたちは、ついにすばらしい「考え」の尻尾《しっぽ》をつかんだのである。それはいつもの夏休みとはちがい、こんどの夏休みには、思い切って、さびしいところへ行ってみよう。それには熱帯地方《ねったいちほう》の多島海《たとうかい》がいいだろうということになった。
熱帯地方の多島海のことは、学校で勉強して知っていた。やけつく強い日光。青い海。白い珊瑚《さんご》。赤い屋根。緑の密林《ジャングル》。七色の魚群《ぎょぐん》。バナナ。パパイヤ。サワサップ。マンゴスチン。海ガメ。とかげ。わに。青黒い蛇(こんなものは、あんまり感心しないね)それからヤシの木。マングロープの木。ゴムの木。それからスコール。マラリヤ。デング熱のバイ菌《きん》。カヌーという丸木舟。火山。毒矢……ああ、いくらでもでてくる。が、このへんでやめておこう。
とにかくすばらしいではないか、熱帯地方の多島海は!
「よし、行こう」
「それできまった。行こう、行こう」
ぼくもサムも、語り合ったり、熱帯|地理書《ちりしょ》のページをくったりしているうちに、すっかり熱帯多島海のとりこになってしまった。もう明日にも行きたくなった。
二人とも気が短い。夏休みはまだ四週間あまりたたないと来ないのである。
「ああ、夏休みになるまで、ずいぶん日があるよ。退屈だねえ」
「今年は暑いから、夏休みを一週間早くしてくれてもよさそうなもんだね」
サムも、ぼくも、好き勝手なことをいう。
が、出発の日まで、それほど退屈しないですんだ。というのは、熱帯地方で六十日をおもしろくあそぶためには、ぼくたちは、いろいろと用意をしておかなくてはならない仕事があったからだ。
そこでいよいよ夏休みの初日が来て、ぼくたち二人は、飛行艇にのりこんで出発した。ははははは、すばらしい冒険旅行の門出である。
飛行艇は、すばらしいね。「すばらしいね」というのは、ぼくやサムの口ぐせだと非難する友人もあるが、しかしほんとうにすばらしいことばっかりにぶつかるんだから、すばらしいといいあらわすしかないんだ。飛行艇が離水する前に、はげしいいきおいで水上|滑走《かっそう》をする。そのとき浪《なみ》がおこって、窓にぶつかる。窓は浪で白く洗われ、外が見えなくなる。そして艇は、もうれつにエンジンをかけているから、ものすごい音をたてて走っている。今にも艇が破裂しそうだ。と、とつぜん、そのすごい音がやんで、しずかになる。すると窓のくもりが取れて、外の景色が見えだす。そのときは飛行艇が離水したのだ。
ぼくは、飛行艇が水上滑走をはじめ、それから離水するまでが、大好きだ。ことに離水した瞬間のあの快《こころよ》い感じは、とてもいいあらわすことができない。ほい、しまった。ぼくは熱帯の冒険の話をするのに、飛行艇のことばかり語っていた。話を本筋へもどす。
その飛行艇は、たった二日で、ぼくたちを、注文どうりの熱帯多島海へはこんでくれた。そして、ぼくたちは、ギネタという小さい町へ入ったのだ。
ギネタは、人口八千人ばかりの、小都会であった。しかし、これでも多島海第一の都会であった。以前は、このギネタに、多島海|総督府《そうとくふ》があり、総督がいたそうな。今はいない。それは、この町のすぐとなりに火山が三つもあって、そのどれかが噴火していて、火山灰《かざんばい》をまきちらし、地震はあるし、ときどきドカンと大爆発をして火柱が天にとどくすさまじさで、こんな不安な土地には総督府はおいておけないというので、ほかへ移したんだそうな。
この町の、世界ホテルというのに、ぼくとサムは宿泊することになった。名はすごいホテルだが、実物はやすぶしんの小屋をすこし広くしたようなものであった。ただ、縁《えん》の下だけはりっぱであった。人間がたったままではいっても、頭がつかえないのである。
縁の下が、こんなにりっぱにこしらえてあるのは、この地方は暑いから、こうしておかないと床の下からむんむんと熱気があがってきて、部屋の中にいられないそうな。
だが、サムもぼくも、そんな縁の下があっても、やっぱり暑くて、ホテルの部屋の中にじっとしていることができなかった。そこで二人して、さっそく町を見物に出た。
町には、貝がらだの、珊瑚《さんご》だの、極楽鳥《ごくらくちょう》の標本《ひょうほん》だの、大きな剥製《はくせい》のトカゲだの、きれいにみがいてあるべっこう[#「べっこう」に傍点]ガメの甲羅《こうら》などを売っていて、みんなほしくなった。
サムなんか、もう少しで、一軒の土産もの店を全部買いとってしまうところだった。ぼくはサムを説《と》いて、はじめは見るだけにして、一ぺん全部を見てあるいたあとで、明日にでもなったら、一番ほしいものから順番に買ってゆくことを承諾させた。サムは、しぶしぶそれを承諾したのだ。
ところが、ぼくたちが海岸に出たとき、ぼくは、せっかくサムにいいきかせた掟《おきて》を自分でぶち破るようなことになった。それほど、ぼくはすばらしくほしいものを見つけたのである。ぼくだけではない。サムもそれを見、その値段のやすいのを見ると、ぼくより以上に、それを買うことに熱をあげた。そのものは、砂浜にゴロゴロと、いくつもころがっていた。それは小型の潜水艇《せんすいてい》であった。二人で操縦《そうじゅう》のできる豆潜《まめせん》なのであった。
売り主の話によると、これらの小さい潜水艇も、前にはずいぶんこの方面で活躍したそうである。ところがこれらの船を活躍させた国は戦争に負けてしまい、これらの船をたくさん置き放《ぱな》しにして逃げてしまったという。そこで豆潜は競売《きょうばい》に出たが買い手がないために売れなかった。そして、なんども競売をくりかえし、なんでも、十何回目かに、今の売り主が一たばにして買ったんだそうであるが、それはとほうもなくやすい値段だったそうである。
売り主が、そういうんだから、うそではあるまい。それに、じっさいその豆潜についている値段札を見ると、ほんとにやすいのである。ぼくたちは、模型《もけい》の電気機関車とレールと信号機などの一組を買うだけのお金で、その豆潜一隻を買うことができるのだった。ただみたいなものだ。
「ジミー、これを買おうや」
「うん、買おうな」
サムもぼくも、このとき、皿のように目をむいて、目をくるくる動かしていたそうだ。ほしいものにぶつかって、うれしさに身体がふるえていたんだろう。
買っちゃった!
豆潜水艇を一隻。とうとう買ってしまったのだ。
すばらしい計画《けいかく》
ぼくたち二人は、しばらくその豆潜水艇|恐龍号《きょうりゅうごう》(どうです、すばらしい名前ではないか)の運転を習うために、ギネタ船渠《ドック》会社へ通った。技士《ぎし》のアミール氏は、元海軍下士官で潜水艦のり八年の経歴がある人だそうで、ぼくたちに潜水艦の操縦を教えるのは上手であった。
「なあに、こんなものの操縦なんか、わけはない。自分が人間であることを忘れて、魚になったつもりで泳ぎまくればいいんだ。ほら、このとおり……」
アミール技士は、潜水艦を海面からさっと沈めたり、また急ぎ海面へ浮きあがらせたり、まるで自分が泳いでいるようにやってみせるのであった。
「ただ、忘れてならないことは、潜《もぐ》るときに、上|甲板《カンパン》への昇降口が閉まっているかどうか、それは必ずたしかめてからにすること。いいかね」
「はいはい。聞いています」
「それから、潜るときの注意としてもう一つ。それは上甲板に水につかっては困るものが残ってやしないか、それに気をつけること」
「なんですか、水につかっては困るものというと……」
「実例をあげると、すぐ分る。たとえば、上甲板に人間が残っている。それを忘れて、そのまま艇が海の中に潜ってしまえば、その人間は、たいへん困るだろう。困るどころか、溺死《できし》してしまうからね」
「ははーん、なるほど」
「第二の例。上甲板に、虫のついた小麦粉を陽《ひ》に乾《ほ》してある。それを中へ入れるのを忘れて、その潜水艦が海の中へ潜ってしまえば、小麦粉はもう、永久にサヨナラだ」
「ああ、分かりました」
ぼくたちは操縦を一生けんめいに練習した。アミール技士は、ぼくたちの熱心さに対し、第一等のことばでほめた。
ぼくたちが、たいへん熱心なのには、別にわけがあった。それはこの豆潜水艇を手に入れてからあとで、サムとぼくとが、すばらしい計画を思いついたからだ。その計画を思う存分行うためには、豆潜の操縦がうんと上手になっていた方がよいのであった。
みなさん、ぼくの大計画が何であるかお分かりですかな。
もうここでお話してしまいましょう。それはね、ぼくたちは豆潜水艇を使って、海の中に恐龍《きょうりゅう》を出すのである。
恐龍! 知らない人はないでしょうね。
数千万年前に、地球の上にすんでいたという巨大な爬虫類《はちゅうるい》である恐龍。頭の先から尻尾まで三十何メートルもあるというすごい恐龍。いつだったか、ヒマラヤ山脈のふもとの村にあらわれて、人々をおどろかしたというあの恐龍。トカゲのくびを長くして、胴中《どうなか》をふくらませたような形をして、列車の上をひょいとまたいで行ったという恐龍。それから今から二十何年前、スコットランドのネス湖《こ》のまん中あたりで、長いくびをひょっくり出していて、土地の人に見つけられたというあの太古《たいこ》の怪獣である恐龍! この恐龍を、ぼくたちは豆潜を使って海中に出す計画なのだ。
いったいどうして、そんなことができるか、えへん、えへん。それがちゃんとできるのである。サムとぼくとで、とうとう考え出したことなのだ。
その仕掛は、みなさんにうちあけると、こうだ。例の潜水艇にはマストがある。このマストに、作り物の恐龍の首をとりつけるのだ。もちろん、海水にぬれても、色や形がくずれない材料でこしらえておく。
こうしておいて、豆潜を海の底から浮きあがらせたり、また急に沈ませたりする、するとどうなるだろう、大恐龍が海の中から首を出したり引込めたりするように見えるだろう。さあそのとき、すぐ前に汽船が通っていたらどうだろう。
――うわっ、恐龍が本船の間近にあらわれた。た、た、たいへんだ!
と、そこで汽船の中は上を下への大そうどうとなり、無電を打ったりして、“大恐龍が熱帯海《ねったいかい》にあらわる。二十世紀の大ふしぎ”とて世界中に報道されて大さわぎになるだろう。
ぼくたちは恐龍の目玉の中にとりつけてある写真機で、汽船のさわぎをいく枚も撮っておく。そして当分知らない顔をしているのだ。そして、夏休みがすんだ頃、“恐龍艇の冒険”と題する例の写真を発表して、全世界をげらげらと笑わせてしまおうというのだ。これが正直なところ、サムとぼくが考えた大計画の全部だった。
ぼくたちは、この計画に必要な恐龍の頭部を設計し、航空便で本国に注文した。ぼくは、そういうものを製作している工場を前から知っていたのだ。その工場からはすぐ返事が来た。おそくも七日目には完成して、航空便でそちらへ送ると書いてあった。
サムとぼくは、顔を見合わすと、うれしくなって、その場に踊り出した。
恐龍艇《きょうりゅうてい》のりだす
それから十日の後に、ぼくたちは、恐龍の頭部の作り物の荷物を受け取った。
思いのほか小さいものであった。といって一メートル立方ぐらいの箱にはいっていた。ぼくたちは、ホテルの一室で、扉に鍵をかけ、この秘密の荷物を取り出した。
すばらしい出来具合の恐龍の頭部が出て来た。さすがにあの工場だ。そしてぼくたちの設計よりもずっとかんたんに便利に、優秀に仕上げてあった。
この恐龍の頭部をつくり上げている材料になるものは、目のこまかい鎖網《くさりあみ》であった。その上に絹製《きぬせい》の防水布《ぼうすいふ》と思われるものがかぶせてあり、これが、恐龍の皮膚と同じ色をし、そして上の方には目もあり口もあるのだ。たたみこむと、わずか一メートル立方の箱の中にらくにはいってしまうが、取り出してふくらますと、すばらしくでかいものになる。
恐龍の目の中に、写真機がとりつけられるようになっていた。その外、ぼくの設計にはなかったが、恐龍が首を上下左右にふることのできる仕掛がついていた。それはあやつり人形と同じような仕掛で、何本かの鎖《くさり》が下に垂れていて、それを滑車《かっしゃ》とハンドルのついた巻取車で巻いたり、くり出したりすればいいので、この鎖はマストの中を通って艇内へ入れるようにと注意書きがしてあった。
とつぜん扉がノックされた。
鍵がかかっているので安心していたら、扉はがたんと開かれ、ボーイがはいって来た。
「きゃーっ」ボーイは、ベッド[#底本では「ベット」、119-下段-13]のシーツをその場にほうりだして、逃げていった。
「しまったね。見られちゃったね」
「扉の鍵は君がかけたんだろう」
「たしかにぼくがかけた。おやおや、これではだめだ。戸がすいているから、鍵をかけても開くんだもの」
ぼくたちは、大急ぎでそれを箱の中にしまった。そしてあとでボーイが支配人をつれて、ぼくの部屋へおそるおそるやって来たときには、ちゃんと片づいていた。ぼくたちはボーイが夢を見ながらこの部屋へ来て、大怪物を見たような気がしたのだろうといって、追いかえした。
しかし、こうなると、この荷物をあまり永くホテルへはおいておけない。そこでその夜、ぼくたちはこの荷物を海岸のギネタ船渠《ドック》の構内にあるぼくたちの潜水艇の中へはこびいれた。あいにく月はない。月は夜中にならないと出ない。
ぼくたちは、その夜、この豆潜の中で眠った。
夜明けの二時間前である午前三時に、ぼくたちは起き出た。片《かた》われ月が空にかかっている。その光をたよりにぼくたちは、恐龍[#底本では「竜」、120-上段-10]の首をマストにとりつけた。
夜明けをあと三十分にひかえて、ぼくたちは恐龍号の昇降口《しょうこうぐち》をぴったりと閉め、そしていよいよ出港するとすぐ潜航にはいった。ずっと沖合《おきあい》へ出てから浮上した。
艇長《ていちょう》と見張番とを、二人で、かわるがわるすることにした。はじめはサムが艇長で、ぼくが見張番をやった。
見張番は双眼鏡で、水平線三百六十度をぐるっと見まわして、近づく船があるかと気をつけるのだ。そのほかに、ときどき空へも目を向けて、飛行機に気をつける。飛行機はおどかすことができまいと思った。おどかせるのは船だけだ。船は見えたら、急いで潜航《せんこう》するのだ。そして船がいよいよこっちへ近づいたら、そのときにこっちはぬっと海面へ浮上《ふじょう》する手筈《てはず》にしてあった。
第一日は、大した相手にぶつからなかった。なにしろこのギネタの町は、そんなに繁盛《はんじょう》している町ではないから、一日のうちに、入港船も出港船も一隻もないことがめずらしくないのである。だから、港外の沖合に待っていたが、その日はついに獲物《えもの》がこなかったのだ。
「今日はだめだったね」
帰って来てから、ぼくはサムにいった。
するとサムは、鞄《かばん》の中から海図を出してきて、卓上《たくじょう》にひろげながら、
「今日のところでは、毎日あぶれるかもしれない。もう三十マイル沖合いに出ると、主要航路にぶつかるんだ。つまり、このへんだ。この主要航路に待ってりゃ、かなり大きい汽船が通ると思うよ。三十マイル往復はちょっと骨が折れるけれど、明日はやってみないか」
「ふーん。やってみよう」というわけで、翌日はエンジンを全速にはたらかせて遠出をした。
ぼくもサムも、昨日と今日の見張で、すっかり陽に焼けて、黒くなってしまった。
「ここもだめじゃないか」ぼくがいった。
「いや、気永《きなが》に待たなくちゃだめだよ。世界中の汽船がここに集まってくるわけのものじゃあるまいし、もっとがまんすることだ」
と、サムは大人のような口をきいた。
しかし、彼もやっぱりつまらんと見え、その日|帰航《きこう》の途についたとき、
「まだ、店開《みせびら》きをやっていないんだから、これから小さな船でもなんでも見つけ次第、一度おどかしてみようじゃないか」と、いった。
「うん、それがいい。よし、第一の犠牲船《ぎせいせん》を見つけてやるぞ」
ぼくは見張りについた。
港まで、あと海上三マイルというところで、ぼくは五、六艘のカヌーが帆を張って走っているのを認めた。一日の漁をおえてギネタの港へもどっていく現地人の舟であった。
「見つけた。六隻《ろくせき》よりなる船団《せんだん》!」
「えっ、六隻よりなる船団だって。おい、よく見ろよ。それは艦隊じゃないのか。艦隊をおどかしたら、大砲やロケット弾でうたれて、こっちはこっぱみじんだぞ」
サムはおそれをなしている。
「よく見た。六隻よりなる船団なれども……」
「なれども――どうした」
「帆を張った現地人のカヌーじゃ」
「なんだ、カヌーか。カヌーじゃ、おどかしばえもしないが、店開きだから、やってみよう」
そして、かねての手筈《てはず》どおりやった。すぐさま恐龍号は潜航にうつり、カヌー舟団を追い越した。そして、ぬーっと浮上《ふじょう》にうつったのである。恐龍はかま首をもたげ、ゆらゆらとふりながら、現地人の、カヌーをにらみつけた。
どぼん、どぼん。ばたん、ばたん。
きゃーっ。きゃきゃーっ。
えらいさわぎだった。現地人たちは、手にしたかい[#「かい」に傍点]をほうり出し、大急ぎで海中にとびこんだ。
ぼくたちは、潜望鏡《せんぼうきょう》でこの有様を見て、おかしくて涙が出て、とまらなかった。
あまり永く恐龍の姿を出していると、正体を見破られるおそれがあるので、いい加減に潜航にうつった。
いたずらの祟《たた》り
大汽船グロリア号に出会ったのは、その翌日のことだった。
「おう。来るぞ来るぞ。こっちへ来る。でかい汽船だ。一万トン以上の巨船《きょせん》だ」
サムが見張番だったが、えらい声をあげた。そこで急ぎ潜航に移った。
あとは潜望鏡だけで覗《のぞ》いている。
巨船は、何にも知らず近づいて来るようである。
「ねえサム。あの汽船は、きっといい望遠鏡を持っているだろうから、遠くの方で浮きあがって、近くへ寄らないのがいいだろう」
「うん。しかし、あまり遠くはなれては、相手の方で恐龍の存在に気がつかないかもしれない。花火をあげる用意をしておけばよかったね」
「恐龍が花火をあげるものか」
結局のところ、恐龍号はグロリア号の針路前を横切ることになった。距離は半マイル。これならいやでも相手は気がつく。
ぼくたちは念入りに、海面から恐龍を出した。しきりに恐龍の頭をふり動かした。口もあいてみせた。
このきき目は大したものであった。巨船の甲板では乗組員や船客が、あわてて走りまわるのが潜望鏡を通して見えた。ライフボートは用意され、船客たちは大あわてで乗りこんだ。
「ふふふ、これが、こしらえ物の恐龍だと分からないのかなあ。船長まであわてているらしい」
「おやおや、針路をかえだしたぞ。逃げだすつもりと見える」
巨船は大きな腹を見せ、浪を白くひいて変針《へんしん》した。そのあわてた姿は、乗組員や船客のさわぎと共に、ぼくらの写真機におさめられた。巨船は、やがてお尻をこっちへ見せて、全速力で遠ざかっていった。
ぼくたちは、手を叩《たた》き、膝をうち、ころげまわって笑った。
恐龍号は、それからギネタの方へ引っ返した。しかし、日はまだ高いので、港へはいることはよくなかった。そこでぼくたちは相談して、ギネタ[#底本では「キネタ」、122-下段-8]の北東七マイルのところにある小さい無人島へ艇をつけ、夕方まで休むことにした。そこはマングロープの密林が海の上まで押し出していたので、その密林のかげにはいっていれば、恐龍の長い首も海面から見える心配がなかった。
ぼくたちは、その無人島のかげへ早くはいってよかったと思った。というのは、それから間もなく、頭上をぶんぶんと飛行機がいく台もとび交《か》い、うるさいことになったからだ。察するところ、例の巨船グロリア号が、ぼくらの恐龍を見てびっくり仰天《ぎょうてん》し、そのことを無電で放送し、救助をもとめたため、救助の飛行機が方々からこっちへ飛んで来て、空中からの捜索《そうさく》をはじめたのであろう。
次から次へと、新しい飛行機がのぞきにやってきた。だんだん大型機へかわっていった。
「しょうがないね。まだ飛行機のやつ、下界をのぞいているぜ」
「困ったねえ。もうすぐ日が暮れる。ぼくたちは夜間航海を習っていないから、明日の朝まで、ここを動くことはできやしないよ」
「そんなら、今夜はここに泊《と》[#底本ではルビが「とま」、123-上段-5]まろう」
ぼくたちは無人島のかげで一泊することになった。夜になっても飛行機はまだ捜索をつづけていた。中にはごていねいに照明弾を落としてゆく飛行機もあった。
「いやに大がかりになって来たね」
「きっと恐龍事件は世界中の大ニュースになって、さわがれているんだぜ」
「痛快だなあ。しかしカ[#「カ」に傍点]が多くていけないや」
夜は白《しら》みかかった。
さあ、早いところ帰航しようと思って、あたりの物音に耳をすました。すると、小さいながらぶーんと飛行機の音が聞こえるではないか。
「だめだ。まだ飛行機が、空にがんばっているよ」
「夜がすっかり明けちまうと、ちょっと出にくいんだ。困ったね」
夜が明けた。飛行機の数はふえた。これではいよいよ動けない。
その日も一|泊《ぱく》、次の日も、やむを得ず一泊した。困ったのは食糧だ。もっと持ってくればよかった。水は完全になくなった。上陸してヤシの実のくさい水をのんで、ようようのどのかわきをとめて生きていた。
恐龍《きょうりゅう》出現《しゅつげん》
四日目の朝のこと、起きて船の外へ出てみると、うれしや飛行機の音がしない。そこでサムを起こした。
「よし、今のうちに出航だ。しかしその前にヤシの実を十個ばかり拾《ひろ》って、艇内にはこんでおく必要がある。これからまだどういう目にあうかもしれないから、水の用意はしておかないといけないんだ」
「なるほど。では二人で、五個ずつ拾ってくればいいんだね。ゆこう」
サムとぼくとは急いで上陸した。それから近くのヤシの林へはいって、なるべく色の青いヤシの実を拾いあつめた。
五個のヤシの実は、やっと両手に抱えて持ちはこびができる。ぼくとサムとは、うんうんいいながら林を出て、艇のつないである湾の方へよたよた歩いていった。
そのときである。サムが、「あっ」といって立ちどまった。
「どうした、サム」と、ぼくはたずねた。
「うむ。ぼくの目はどうかしているらしい。恐龍の首が二つ見えるんだ」
「あははは、何をいっているか」
と、ぼくはばかばかしくなって、湾の方を見た。
「あっ!」
ぼくの腕からヤシの実がころがり落ちた。ぼくの膝は急にがくがくになった。のどがからからになって、声がでなくなった。なぜ? なぜといって、ぼくは見たのだ。ぼくらの恐龍のそばに、もう一頭の恐龍が長い首をのばし、口を開いたり閉じたりして、のそのそしているのであった。それに、作り物の恐龍でないことは、一目で分かった。大きな胴が、マングロープをめりめりと押し倒している。長い尻尾が、ぱちゃんと大きくヤシの梢《こずえ》を叩く。ころころとヤシの実がころがるのが見える。ほんものの恐龍だ。
「逃げよう、本物の恐龍だ」
サムもこのとき悟《さと》ったと見え、ぼくの腕をとった。ぼくは無言で廻れ右をして走り出した。密林の奥深くへ……。
「おどろいたね。この島には本物の恐龍がすんでいるんだよ」
「恐龍島って、ほんとうにあるんだな。あいつは人間を食うだろうか」
「恐龍は爬虫類《はちゅうるい》だろう。爬虫類といえばヘビやトカゲがそうだ。ヘビは人間をのむからね。従《したが》って恐龍は人間を食うと思う」
「なにが『従って』だ。食われちゃ、おしまいだ。ああ、困ったなあ」
「ぼくはそんなことよりも、あのけだものが、ぼくらの恐龍号の恐龍に話しかけても返事をしないものだから、腹を立ててしまってね、ぼくらの艇をぽんと海の中へけとばして沈めてしまやしないかと心配しているんだ」
「あっ、そうだ。昇降口《しょうこうぐち》をしめてくるのを忘れたよ。困った。本物の恐龍は相手が口をきかないものだから、きっと腹を立てるだろう」
「そうなれば、ぼくらは、乗って帰る船がなくなるよ。そしてこの島に本物の恐龍といっしょに住むことになるだろう」
「わーっ。本物の恐龍と同居《どうきょ》するなんて、考えただけで、ぶるぶるぶるぶるだ」
サムは全身をこまかくふるえて見せた。
「ねえ、サム。恐龍は、鼻がきくだろうか。つまりにおい[#「におい」に傍点]をかぎつけるのが鋭敏《えいびん》かな」
「なぜ、そんなことを聞くんだい」
「だって、ぼくはこれからそっと湾の方へ行って、本物の恐龍がどうしているか見てこようと思うんだ。しかし、もし恐龍の鼻がよくきくんだったら、ぼくが近づけば、恐龍に見つかって食べられてしまうからね」
「恐龍の臭覚《しゅうかく》は鈍感《どんかん》だと思う。なぜといって、ぼくらの作り物の恐龍のそばまで行っても、まだ本物かどうか分かりかねていたからね」
「じゃあ行ってみよう」
「ぼくも行く」
ぼくたちは、足音を忍《しの》びつつおそるおそる湾の見えるところまで行った。
「おや恐龍はいないぞ」
「ほんとだ。今のうちに、恐龍号に乗って逃げようよ」
「よし、急げ、早く」
今から考えると、そのときどうして恐龍号にとびこんだか、どうして出帆《しゅっぱん》したか、昇降口は誰がしめたのか、そんなことはすこしも記憶していない。とにかく生命を的《まと》にして、早いところ片づけて、沖合いめがけて逃げ出したのだ。もちろん潜航なんかしない。浮上したままの全速力で白浪をたてて走った。気が気ではなかった。今にも恐龍が追いかけて来るかと……。
ギネタ湾頭の浅瀬《あさせ》に艇をのしあげて、ぼくたちは「やれやれ助かった」と思った。ぼくたちは艇をとび出して、水を渡って海岸の砂の上に馳けあがり、気のゆるみで二人とも、人事不省《じんじふせい》に陥《おちい》った。
ぼくたちは知らなかったが、近くにいた人々は胆《きも》をつぶしたそうな。そうでもあろう。全速力で恐龍が海岸めがけて押し寄せて来たと思ったら、浅瀬にのしあげ、中から二人の少年がとび出してきて、砂の上でひっくりかえってしまったんだから。
ホテルでも、ぼくたちが三日三晩も、もどらないものだから、恐龍にさらわれたにちがいないと、手わけして探していたそうである。
ぼくたちは運よく生命を拾《ひろ》って、本国へもどることが出来た。いろいろ大損害もしたけれど、その後「恐龍艇の冒険」だの「恐龍を見た話」などを放送したり、本にして出版したりしたので、たいへん儲《もうか》って金もちになった。このつぎの休暇《きゅうか》には、日本へ行ってみたい。こんどサムに相談してみよう。
底本:「海野十三全集第13巻・少年探偵長」三一書房
1992(平成4)年2月29日第1版第1刷発行
入力:海美
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月22日公開
青空文庫作成ファイル:このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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