青空文庫アーカイブ
怪星ガン
海野十三
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)矢木三根夫《やぎみねお》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)三角|棚《だな》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ばった[#「ばった」に傍点]のように
-------------------------------------------------------
臨時放送だ!
「テレ・ラジオの臨時ニュース放送ですよ、おじさん」
矢木三根夫《やぎみねお》は、伯父《おじ》の書斎の扉をたたいて、伯父の注意をうながした。
いましがた三根夫少年は、ひとりで事務室にいた。そしてニュースの切りぬきを整理していたのだ。すると、とつぜんあの急調子の予告音楽を耳にしたのだ。
(あッ、臨時放送がはじまる。何ごとだろうか)と、三根夫は椅子からとびあがって、テレ・ラジオのほうを見た。その予告音楽は、そこから流れでていたし、またその上の映写幕には目にうったえて臨時放送のやがてはじまるのを、赤と藍《あい》とのだんだら渦巻でもって知らせていた。
テレ・ラジオというのは、ラジオ受信機とテレビジョン受影機《じゅえいき》がいっしょになっている器械のことだ。みなさんはすでに知っておられることと思うが。……
(臨時放送は、まもなくはじまる。そうだ、すぐおじさんに知らせておかなくては。……あとで「なぜそんな重大なことをおしえなかったのか」などといって目をむくおじさんだから、知らせておいたほうがいい)
三根夫は、事務室をとびだすと、廊下を全速力で走って、いまものべたように、伯父の書斎までかけつけると、扉をどんどんたたいたのである。
なかから、大人の声が聞こえた。
「臨時ニュースの放送か。よしわかった。……鍵はかかっていないよ。こっちへはいってミネ君も聞くがいい」
伯父は三根夫のことを、いつもミネ君と呼んでいる。探偵を仕事としている伯父のことだから、なかなか気むずかしいこともあるが、ほんとはやさしい伯父なのである。
三根夫は扉をあけて、書斎にはいった。
伯父の帆村荘六《ほむらそうろく》は、寝衣《ねまき》のうえにガウンをひっかけたままで、暗号解読器をしきりにまわして目を光らせていた。このようすから察すると、伯父は夜中にとび起きて、なにかの暗号をときにかかったまま、朝をむかえたものらしい。
伯父の頭髪はくしゃくしゃで、長い毛がひたいにぶらさがって目をふさぎそうだ。卵形をしたりっぱな伯父の顔は、たいへん色が悪く目ははれぼったい。三根夫は伯父に同情し、そしてまた仕事に熱心すぎる伯父の健康についてしんぱいになった。三根夫がはいっていっても、伯父はちらりと、ひと目だけ甥《おい》を見ただけで、あとはふりむいても見ず、声をかけようともせず、ますますいそがしそうに暗号解読器をまわしつづけているのだった。
そのとき、臨時放送がはじまった。
アナウンサー田村君の声が、いつになくきんきんとするどく響く。――
「お待たせしました。臨時ニュースを申しあげます――」
すみの三角|棚《だな》のうえにおいてあるテレ・ラジオがしゃべりだす。その器械のまん中にはまっている映写幕には、アナウンサー田村君のきんちょうした顔がうつっている。
「――地球連合通信。九時五分発表。
サミユル博士以下六十名の搭乗しております宇宙艇『宇宙の女王《クィーン》』号が遭難したもようであります。
その遭難地点は、地球より約四千万キロメートルのところと思われます。
『宇宙の女王』号が金星探検のために宇宙旅行をつづけていたことは、みなさんよくごぞんじの通りであります。
地球時間の本日七時五十五分に『宇宙の女王』号は謎の文句をのせた無電を放送いたしました。その文句は、
『……航行不能におちいった、どこの故障なるや解くことをえず。艇および艇内気温異様に急上昇す、室温摂氏三十五度なり。乗員裸となる。二等運転士|佐伯《さえき》、怪星を前方に発見す、太陽系遊星にあらず、彗星にあらず、軌道法則にしたがわずふしんなり。ただいま突然、怪星怪光をあげて輝き、にわかにわれに接近す。われいまや怪星《かいせい》ガン』
電文はここで切れております。
それいらい『宇宙の女王』号よりの無電連絡はとだえておりまして、すでに一時間余を経過しており、同号の安否はすこぶる憂慮《ゆうりょ》されております。
同号は、非常のときに五種の救難信号を発するように設備せられていますが、いままでにその一つもつかまらないのであります。それから推察して、『宇宙の女王』号は、まえに読みました謎の無電の停止した直後に、おそるべき破壊または爆発をとげたものではないかと思われます。
なお、遭難地点にちかき空間を航行ちゅうの宇宙艇にたいし、救難のためその地点へ急行するよういらいをしましたが、調査によれば約三隻あり、そのもっとも近きものは、現場より千三百万キロメートルをへだてた空間にある宇宙|採取艇《さいしゅてい》ギンネコ号であります。
以上がただいまお知らせすることの全部でありますが、十時の定時ニュースのときに、ついか放送することがあるはずでございます。
サミユル博士の『宇宙の女王』号遭難説に関する臨時ニュース放送をおわります」
国際電話で
臨時ニュースを聞きおわって、三根夫は、すがりつくように伯父のほうへ目を向けた。
すると帆村は、いつのまにか暗号器からはなれていて、小さな腰掛のうえに腰をおろして足を組み、膝のうえにメモをひらいて、鉛筆をにぎっていた。三根夫が見たとき、帆村はメモのうえに書きつけた速記文字を熱心に見入っていた。
「おじさん。たいへんなことがおきたものですね」
すると帆村は無言のままメモを持って立ちあがり、しずかに事務机のうえにおいた。このとき帆村の唇が、ぎゅっとへの字にまがった。それはこの名探偵が、何かある重大なる手がかりをつかんだときにするくせだった。
「おじさん。どうしたんですか」
三根夫は、伯父からしかられるだろうと思いながらも、そういって聞かずにはいられなかった。
「うん。これはまさに重大事件だ。わら小屋の一隅《いちぐう》に、マッチの火がうつされて、めらめら燃えあがったようなものだ。見ていてごらん。いまに世界じゅうをあげてさわぎだすようになるだろう」
「いまではもう世界的事件になっているではありませんか。臨時ニュースで放送されるくらいですもの」
「いや、それでもいまは、まだマッチの火がわら束《たば》にうつったくらいだ。やがで世界じゅうの人々が火だるまになってわら小屋からとびだしてくるだろう。――おや、おや、僕はとんでもない予言をしてしまったね。予言することは、このおじさんはほんとは大きらいなんだが……」
そのとおりであった。伯父は、事件の捜査にあたって、いろいろな証言や証拠品がそろって、もうだれにも「かれが犯人だ」といえるようになっても、伯父はけっしてそれを、ひとにいわないのだった。また次の日、犯人がある場所へあらわれることを知っていても、それをけっしていわない人だった。そういうときは、伯父はその日になってその場所へいって待っている。そして犯人がほんとに姿をあらわしたときに、伯父ははじめて「そうだ。そうこなくてはならなかったのだ」と一言つぶやくのがれいだった。
だから伯父帆村荘六が、いままでになく『宇宙の女王《クィーン》』号の遭難事件が、やがて全世界の人々をすっかりおびやかすほどの大事件にまで発展することを予言したのは、伯父がこの事件について、よほどおどろいたせいなのであろう。
いや、さもなければ、伯父はなにかこういう事件の発生を待ちかまえていたところだったので、臨時ニュースを聞いているうちに、それだと知ってきゅうにおどろいたのかも知れない。伯父がメモに取った速記は、いまの臨時ニュースの全文のうつしなのであろう――と、三根夫は思った。
「世界じゅうの人々がさわぎだす事件て、それはいったいどんなことが起こるんですか」
「さあ、それはしばらくようすを見まもっているしかないね」
このときはやくも伯父は、いつもの慎重な探偵の態度にもどってしまった。
そのときであった。けたたましい呼出し音響《おんきょう》とともに外から電話がかかってきた。
「お、きたようだ」
帆村は、かれにしか意味のわからないことをつぶやいて、電話機のほうへ足早にいった。
かれがスイッチを入れたのは、国際電話の器械のほうだった。やはりテレビジョンがついていて、電話をかけてくる相手の顔が映写幕にうつる方式の電話機だった。
映写幕のなかに、血色のいいアメリカ人の顔がうつった。顔の背景に、宇宙図が見えていた。
「やあ、ミスター・ホムラ。ぼくはきみを引っ張りだす役目を仰《おお》せつかったのだ。うちの社できみを雇って、出張してもらおうというんだがね、行先は宇宙のまっ只中だ。聞いたろう、さっきの臨時ニュース放送を……」
ぶっきら棒に、さっそく用件を切りだしたそのアメリカ人は、ニューヨーク・ガゼット新聞の社会部記者として名の高いカークハム氏だった。そして彼カークハム氏は、これまで二、三の事件を通じて帆村荘六と知合いなのであった。
「だしぬけにぼくを引っ張りだして、どういう仕事をやれというのかね、カークハム君」
そういう帆村の声は、いつもの落ちついたしずかな調子であった。
「明朝はやく、こっちから『宇宙の女王』号の救援艇が十|隻《せき》出発する。その一つにきみは乗るんだ。もう救援隊長テッド博士の了解をえてあるが、きみは『宇宙の女王』号の捜査にしたがうんだ。そして記事を全部わが社へ送ってくれるんだ。わが社は、それを新聞、ラジオ、テレビジョンを通じて特約報道としてアメリカはもちろん全世界にまき散らすんだ。――もちろんきみは引きうけてくれるね」
「その他に条件はあるのかね」
「ない。それよりはきみのほうの条件を聞かしてくれ」
「条件は別にないよ――おッと、ちょっと待ってくれ、カークハム君」
帆村は送話口《そうわぐち》でしゃべるのをちょっと中止して、横へ首をのばした。そこには三根夫がいて、しきりにじぶんの鼻を指さしていた。
「ゆきたいのか。……ふーん。しかしひどい目にあって泣きだしても知らないよ。大丈夫か。きっとだね」
帆村は小声の早口で甥《おい》とはなしてから、ふたたび映写幕のなかのカークハム氏と向きあった。
「条件はただ一つ。ぼくの甥の矢木三根夫という少年をぼくの助手として連れていくこと。いいだろうか」
「オーケー。では契約したよ」
カークハム氏はにっこり笑った。
「救援艇の出発一時間まえまでに、社へぼくをたずねてきてくれたまえ。それまでにこっちはいっさいの準備と手続きをしておく」
三根夫の買物
えらいことになった。
きゅうに話がきまって、アメリカへ飛ぶことになった。――いや、アメリカどころか、何千万キロ先のひろびろとした宇宙のまっ只中《ただなか》めがけて旅立つのだ。
帆村荘六は、三根夫に、あと三時間の自由行動をゆるした。そして本日十三時に東京発の成層圏航空株式会社の『真珠姫《しんじゅひめ》』号に乗りこんでニューヨークへたつこととなった。それに乗れば目的地へ五時間でつく。
三根夫は、すっかりうれしくなり、顔をまっ赤にほてらせたまま、往来《おうらい》へとびだした。この三時間に、かれは宇宙旅行の準備をととのえるつもりだった。必要だと思ういろいろな品物を買いそろえなくてはならない。
それから、いとまごいをしておきたい先生や友だちも四、五人あったが、それを全部まわる時間はないかもしれない。テレビ電話をかけて、それでまにあわせることにするか。
いとまごいをするのは、それだけだ。三根夫には両親も兄弟もない。兄弟は、はじめからない。両親は、はやくに亡《な》くなった。だから、一番近いみよりといえば、帆村伯父だけであった。
「さあ、なにを買って、持っていこうかなあ」
三根夫は商店街を歩きまわった。そしてぜひ必要だと思うものを買い歩いた。
たとえばかれは十冊ぞろいの名作小説文庫を買った。また愛曲集と画集を買った。それから工学講義録二十四冊ぞろいも買った。これらは艇内にとじこめられて、たいくつな永い旅行をつづけるあいだに、たのしんだり、勉強をするためだった。
受信機や万年筆や手帳やトランプやピンポン用具などは、買いかけたが、やめにした。こんなものは艇内にそなえつけてあるだろう。
薬品を買うひつようはないであろう。
服装に関するものもないだろう。靴なんかのはきものもいらないであろう。艇内には、そういうものを作ってくれる裁縫師《さいほうし》や靴屋さんがいるであろうから。
だんだん考えていくと、ぜひ買っていかねばならぬ品物があまりないことに気がついた。
もう家へかえろうかなと思った三根夫は、最後に、とうぶん銀座街ともお別れだと思い、そこを歩いた。
昔ながらの露店《ろてん》が、いろいろなこまかいものをならべて、にぎやかに店をひらいていた。それをいちいちのぞきこんでゆくうちに、三根夫は、ある店に、小さな娘の人形が、オルゴールのはいった小箱のうえで、オルゴールの奏楽《そうがく》とともにおもしろくおどる玩具《おもちゃ》を、一つ買った。かれはオルゴール音楽がたいへん好きだったのである。
それからしばらくいった先の店で、かれは一ちょうの丈夫なパチンコを買った。さらにその先の店で、硝子《ガラス》のはまった木箱のなかで、じぶんの身体よりもずっと大きい車をくるくるまわしつづけるかわいい白鼠《しろねずみ》を買った。それは三つの車がついている一番いい白鼠の小屋に、白鼠を七ひきつけて買った。
オルゴール人形、パチンコ、車廻しの白鼠の小屋――なんだかあまりひつようのように見えないへんな買物であるが、とにかくときのはずみで三根夫はそれを買ってしまったのである。いわば、よけいなフロクの買物であった。
しかしこのフロクの買物が、やがて三根夫にとって、思いがけないたいへんな役目をつとめてくれることになろうとは、さすがに気がつかなかった。
三根夫がかえってみると、伯父の帆村はやっぱり寝衣《ねまき》のうえにガウンをひっかけたまま、暗号器を廻しつづけていた。別になんの出発準備をすすめているようすもない。
が、帆村は、三根夫がその部屋へはいっていったとき、
「やれやれ、間にあったぞ」
ひとり言をいって、暗号器から一枚の紙をぬきだしてほっと一息つくと、その紙片《しへん》を八つに折りたたんで、革製の名刺入れのなかにつっこんだ。
「さあ、でかけよう」
伯父は寝衣をぬいで、外出用の服に着かえた。たった一分しか、かからない。それから机の上の雑品をあつめてポケットへつっこんだ。それから戸棚《とだな》から一個のトランクをだして、手にさげた。
「ミネ君。でかけるが、きみの準備はいいかい」
「待ってください、伯父さん。ぼくはこれから荷造《にづく》りをするのです」
「おやおや、そうかい。……でもまだ三十分時間があるね」
救援艇の出発
ニューヨークのエフ十四号飛行場から、十台の救援ロケット艇がとびだしたときの壮烈なる光景は、これを見送った人びとはもちろん、全世界の人びとにふかい感動をあたえた。
帆村荘六と、甥の三根夫少年は、テッド隊長の乗っている一号艇に乗組んだ。
各艇とも、乗員は三十名であった。
遭難をつたえられるサミユル博士搭乗の『宇宙の女王《クィーン》』号にくらべると、搭乗人員ははんぶんであるが、そのかわりこの救援ロケット艇は、最新型の原子エンジンを使っているので、ひじょうなスピードをだすし、またその航続距離にいたっては十億キロメートルを越すだろうとさえいわれる。
うつくしい流線形をした巨体。後部には、軸《じく》に平行に十六本の噴気管がうしろへ向かって開いている。
頭部の一番先のところが半球形の透明壁《とうめいへき》になっていて、その中に操縦室がある。その広さは十畳敷ぐらいあるというから、このロケット艇はかなりの巨体であることがわかろう。
出発のときは、胴体から引込《ひきこ》み式の三|脚《きゃく》をくりだして、これによって滑走《かっそう》した。そのとき、やはり胴体から水平翼《すいへいよく》と舵器《だき》が引き出されて、ふつうの飛行機とどうように地上を滑走した。
もちろんプロペラはないから、尾部《びぶ》からはきだす噴気《ふんき》の反動によって前進滑走した。そしてある十分なスピードにたっしたとき、艇は空中に浮かびあがり、それから、足と翼と舵器とをそろそろ胴体のなかにしまいこむ。
一等むずかしい仕事は、スピードをだんだんあげていくその調子であった。スピードをそろそろあげていたのでは、目的地へたっするのにたいへん年月がかかって、搭乗員《とうじょういん》はみんな老人となり、ついにはみんな死んでしまわなくてはならない。
そうかといって、あまりスピードをあげる割合いを――このことを『加速度のあげ方』ともいう――その割合いをきゅうにすると、搭乗員の内臓によくないことが起こる。ことに脳がおしつけられてしまって、気が遠くなったり、仮死《かし》の状態となり、はげしいときにはそのままほんとうに死んでしまう。そういうことがあるから、あまり加速度をきゅうにあげることもできないのであった。
つまり、その中間の、ほどよい、そして能率のよいスピードのあげ方というものがある。それをまちがいなく正しく調整していくことが操縦員にとってまず第一番のたいせつな仕事であった。
「ああ、なんという壮烈なことだ。どうかこの十台の救援艇が、無事にもどってきてくれますように」
そういって、ひそかに神に祈りをあげる老紳士もいた。
「うまくいくだろうか。三十名十台だから、総員三百名だ。このうち何人が生きて帰ってくるだろうか」
心配する飛行家もいた。
「ああ、勇《いさ》ましい。あたしはなぜいっしょにゆけなかったんでしょう。エイリーンさん、アネットさん、ペテーさんはいってしまった。あたし、うらやましい」
ハンカチーフをふりながら、残念がるお嬢さんもいた。婦人の搭乗者もあると見える。
「どうかなあ。この救援は成功しまいとおもうよ。第一、宇宙はあまりに広いんだ。……それにね、去年の春あたりからこっちへ、ひんぴんとして行方不明の宇宙艇があるじゃないか。わしのにらんだところによると、宇宙のどこかに、兇悪《きょうあく》な宇宙の猛獣とでもいうべき奴がひそんでいて、みんなそれに喰われてしまうんだどおもうよ」
禿げ頭のスミス老人が杖をふりまわしながら、花束を持った四、五人の老婦人を相手にしゃべっている。
「まあ、宇宙の猛獣ですって。またスミスさんのホラ話がはじまったよ」
「なにがホラ話なもんか。わしはきのう、その宇宙の猛獣をつかう恐ろしい顔をした猛獣使いを見つけたんだ。わしは相手に知られないように、こっそりと、その恐ろしい奴のあとをつけていったが――ややッ」
スミス老人は、きゅうに話を切って、おどろきの声をあげた。そのときそばを、顔を緑色のスカーフでぐるぐる巻きにした目のすごい怪しい男が、松葉杖にすがりながら、通りすぎた。
自称《じしょう》金鉱主《きんこうぬし》
スミス老人は、おしゃべりを忘れてしまったかのように、口をつぐんだ。そして肩をすぼめてあごひげを小さくふるわせている。老人の顔色は血《ち》の気《け》をうしなっている。
そのまわりにいた老婦人たちも、スミス老人のただならぬようすに気がついた。そしてスミス老人がぶるぶるふるえだしたわけを、それとさっして、これまた顔色が紙のように白くなり、ひざのあたりががくがくとふるえだして、とめようとしても、とまらなかった。花束までが、こまかくふるえていた。
ずいぶん永い時間、みんなは息をとめていたような気がした。しかしじっさいは、たった二分間ほどだった。その間に、れいの緑色のスカーフで顔をつつんだ松葉杖の男は、人ごみの中にかくれてしまった。
「スミスのおじいさん、いまここを通っていったのが、そうなんですかね」
ケート夫人が、さいしょに口をきった。くだもの店をもっているしっかり者と評判の夫人だった。
「しいッ。あまり大きな声をださんで……」
とスミス老人は大きな目をひらいて言った。
「……わしの言ったことはうそじゃなかろうがな。だれでもひと目見りゃわかる。あのとおりあやしい男じゃ」
「やっぱり、そうなの? あのスカーフの下にどんなこわい顔がかくれているんでしょうね」
「おじいさん。あれが、さっきおじいさんがいった宇宙の猛獣使いなの?」
「そうじゃ。この間から、彼奴《きゃつ》がこのへんをうろうろしてやがるのじゃ。ひとの家の窓をのぞきこんだり、用もないのに飛行場のまわりを歩きまわったり、あやしい奴じゃ」
「なぜ、あの人が宇宙の猛獣使いなの。宇宙の猛獣て、どんなけだものなんですの」
「宇宙の猛獣を知らんのかな。アフリカの密林《ジャングル》のなかにライオンや豹《ひょう》などの猛獣がすんでいて、人や弱い動物を食い殺すことはごぞんじじゃろう。それとおなじように、宇宙にはおそろしい猛獣がすんでいるのじゃ。頭が八つある大きな蛇、首が何万マイル先へとどく竜《りゅう》、そのほか人間が想像もしたことのないような珍獣奇獣猛獣のたぐいがあっちこっちにかくれ住んでいて、宇宙をとんでゆく旅行者を見かけると、とびついてくるのじゃ」
「おじいさん。それはほんとうのこと。それとも伝説ですか」
「伝説は、ばかにならない。そればかりか、あのあやしい男はな、わしがこっそりと見ていると、ひそかに宇宙を見あげて、手をふったり首をふったりしておった。そうするとな、星がぴかりと尾をひいて、西の地平線へ向けて、雨のようにおっこった。だから彼奴は、宇宙の猛獣使いにちがいないんじゃ」
「ほほほ。やっぱりスミスおじいさんのほら話に、あんたたちは乗ってしまったようね」
「おじいさんは、話がおじょうずですからねえ」
「ほら話と思ってちゃ、あとで後悔しなさるぞ。わしはうそをいわんよ。だいいち、あの男の顔をひと目見りゃ、あやしいかどうかわかるじゃろうが……」
「もし、おじいさんのいうとおりだったら、あのあやしい松葉杖の男は、さっき出発したテッド博士たちの旅行に、わざわいをあたえるかもしれませんわねえ」
「それだ。それをわしは心配しておるんだて。それについてわしは、もっといろいろとあのあやしい男のあやしいふるまいについて知っているんじゃ。昨晩あの男はな……」
「あ、おじいさん。あの男が松葉杖をついて、またこっちへもどってくるよ」
「うッ、それはいかん。……わしは、こんなところでおちついで話ができん。こうしようや。みなさんが、次の日曜日、教会のおかえりに、わしの家へお集まりなされ。あッ、きやがった」
スミス老人が、ぎくりと肩をふるわせたそばを、れいの緑色のスカーフに面《おもて》を包んだ男が、ぎちぎちと松葉杖のきしむ音をたてて通りすぎた。
一同が、そのほうへこわごわと視線を集めていると、いったん通りすぎたかの男は、ぴたりと松葉杖をとめ、それからうしろをふりかえった。肩ごしに、首をぬっとまえにつきだして、かれはしゃがれ声でものをいった。
「おい、お年寄り、あまり根も葉もないよけいな口をきいていると、おまえさんの腰がのびなくなっちまうよ」
「……」
「おれは金鉱のでる山を三つも持っているパンチョという者だ。これからへんなことをいうと、うっちゃってはおかねえぞ」
ぎりぎりぎりと、すごい目玉で一同をねめつけておいて、かれはそこを立ち去った。
あとの一同は、しばらくまた息がつけなかった。スミス老人は、いつまでも唇をぶるぶるふるわせていた。
宇宙通信
「なかなか気持のいい旅行をつづけています」
帆村荘六は救援艇ロケット第一号の中から、ニューヨーク・ガゼット編集局のカークハム氏と無電で話をしている。
「はじめは、このような球形の部屋に住みなれなくて、へんなぐあいでしたが、もうだいたいなれました」
テレビジョン電話で話しているから、この部屋のなかが相手のカークハム氏にもよく見える。そのかわり、カークハム氏の事務室の光景が、帆村のまえにあるテレビ電話の映写幕にうつっている。
球形の部屋の一つを、帆村と三根夫少年とでもらっているのだ。なぜこの部屋が球形になっているか。その理由はもっと先になるとわかる。
室内の調度は、みんなしっかり部屋にくくりつけになっている。コップ一つだって、ちゃんとゴム製のサックの中にはめるようになっている。そしてそのサックは壁とか机の上とかに、しっかり取りつけてあるのだ。
「この窓も、もう閉めたきりです。だっていつ窓から外をのぞいても、暗黒の空間に、星がきらきら光っているだけのことですからね」
地上から成層圏のあたりまで航行する間は、それでも外が明かるく見えていて、多少なぐさめになった。しかし成層圏を突《つ》っ切《き》ってからというものは、どこまでいっても、暗黒の空間に星がきらきらであった。
もっとも、そのなかにおける一つの異風景は、昼間は暗黒の空間に太陽が明かるくかがやいていることだった。月よりはずっと大きく、もっと赤味《あかみ》のある光りをはなっているんだが、附近の空間は地上で見るような青空でなく、暗黒の空間であることにかわりはない。それはそのあたりにはもう空気がないから、太陽の光りを乱反射する媒体《ばいたい》がなく、だから太陽じしんが明かるく光ってみえるだけで、そのまわりはすこしも明かるく見えないのだ。
これは宇宙旅行の第一課にそうとうする知識なのである。
地上から二十万キロメートル位のところで、空から明かるさがまったく消えたが、そこまで達するのに、地上出発いらいちょうど十二時間かかった。それいじょうに速くすることは、乗組員の生命に危険があった。
いまも加速度は、ぐんぐんふえていく。それはこの宇宙艇隊の航空長とその部下が、計器をにらみながら、ひじょうに正確にあげているのだ。そのやりかたの良し悪しによって、この宇宙艇隊の乗組員の健康を良くも悪くもし、また原動力の能率を良くも悪くもするのだ。しかもそのけっかが、さらに『宇宙の女王《クィーン》』号の救援作業の成功か不成功かをさだめる原因となるのだ。
「地上では、われわれの救援ロケット隊にかんしんをもっていますか」
帆村もそのことが気になると見え、カークハム氏にたずねた。
「かんしんをもっているかどうかどころじゃない。きみたちが空を飛んでいるところを、二十四時間テレビジョンで放送してくれなどという注文があるくらいだ。新聞記事のほうでも、二面全部をこんどの事件に使っているよ。それでも読者は、まだ報道が少ないとふへいをいってくる」
「なるほど、近頃まれなるかんしんのよせぶりですね。しかしそのわりに、われわれの現場到着はひまがかかるので、みなさんにしびれを切らしてしまいそうですね」
「それはその通りだ。だから一刻もはやく現場へ到着してもらいたいものだ。このあと、ほんとに一カ月半ぐらいかかるのかね」
「そういっていますね、うちの艇長が……」
「これから一カ月半を、どうして読者をたいくつさせずに引っ張っていくか。これはうちの社のみならず各社各放送局でも気にやんでいる。だからねえ帆村君。その間に、なにかちょっとした事件があってもすぐ知らせてくれるんだよ。そしてじぶんの部屋なんかにあまり引きこもっていないで、操縦室にがんばっていて、首脳部の連中のしゃべること考えることをよく注意していてもらいたいね」
「それは、やっていますから安心してください。今、操縦室には三根夫ががんばっていますよ。ぼくと交替で、かれがいま部署についているのです」
「三根夫少年だろう。少年で、首脳部の連中のいっていることがわかるかね」
「あれは勘のいい少年だし、ぼくがこれまでにそうとう勉強させてありますから、大事なことはのがさないでしょう」
「そうかしら。なんだか心配だぞ」
そういっているときであった。艇内電話のベルがけたたましく鳴りひびいた。帆村は手をのばして、卓上から電話機につづいている紐線《ひもせん》をずるずると引っ張りだし、そのはしを耳の穴に近づけた。紐線の端には、線とおなじ太さの受話器がついていた。
「ああ、ミネ君か。……えッ、なんだって。第六号艇がおかしいって。故障? えっ、火災が起こった。爆発のおそれがあるって。それはたいへんだ。ぼくは、そっちへすぐゆくよ」
帆村は受話器をもとへもどして、立ちあがりざま、テレビ電話の映写幕のなかに録音器を抱きあげて目を丸くしているカークハム氏にいった。
「わかったでしょう。三根夫はなかなか使えるじゃありませんか。ではぼくは操縦室へゆきます。あっちからあなたにあらためて連絡します」
帆村はいそいで部屋をとびだした。
刻々危険せまる
三根夫少年は、操縦室の壁ぎわに、頬をまっ赤にして、はりきっていた。
帆村の姿が見えると、三根夫は手をくるくると動かして、なにか合図のようなものを帆村に送った。
「六号艇ハ絶望ラシイ」
手先信号で、三根夫は重要なることを帆村に知らせた。
「どうしたの、第六号は……」
帆村は三根夫のそばへかけよると、小さい声でたずねた。
「いまから五分まえに、後部倉庫からとつぜん火をふきだしたそうです。原因は不明。消火につとめたが、次々に爆発が起こって――燃料や火薬に火がうつって誘爆《ゆうばく》が起こって、手がつけられないそうです。テッド隊長は、『絶望だ』とことばをもらしました」
「わかった。ここはぼくがいるから、ミネ君は部屋へいそいでもどり、ガゼットのカークハム君を呼びだして、いまの話をしたまえ。そしてね。ぼくもあとから連絡するといっておいてね。その連絡がすんだら、きみはもう一度ここへやってくるんだよ」
「はい。そのとおりやります」
三根夫は、いそぎ足で操縦室をでていった。
あとには帆村が壁ぎわに立ち、この部屋でいまむちゅうになって働いている人々のじゃまをしないようにつとめながら、悲しむべき第六号艇の椿事《ちんじ》のなりゆきを見まもった。
いまこの操縦室には、本隊の首脳部がのこらず集まっていた。もちろん隊長テッド博士が中心になって、なんとかして第六号艇をすくう道はないかと、一生けんめいにやっている。
その悲劇の第六号艇の姿は、操縦室の前方側面の壁に、大きくうつしだされている。それは一メートル四方のテレビジョン映写幕いっぱいにうつしだされているのだった。
艇の姿がななめになってうつっている。本艇よりはすこしおくれている。そして艇のうしろから三分の一の部分のところから七、八箇所も、えんえんと火を吹きだしている。その焔にまじって、まぶしいほどの火の塊が、ぼんぼんとはねながらとんでいる。それらの焔と煙とは、むざんな火の尾を長くうしろにひいている。それは艇の全長の五倍にものびていて、見ているだけで脳貧血が起こりそうである。
いったいどうしてこんな大椿事が起こったのであろうか。
第六号艇の艇長ゲーナー少佐は、原因不明だと無電でテッド隊長に報告している。この救援隊の十台のロケット艇がエフ十四号飛行場を出発するとき、地上では不吉《ふきつ》な流言《りゅうげん》がおこなわれたが、それがとうとうほんものになったようでもある。
隊長テッド博士以下の救援隊の首脳部の心の痛みは、災害をちょくせつに身にうけてその生命もいまや風前の灯火どうようの第六号艇の乗組員三十名よりも、ずっとふかく大きかった。
テッド博士たちとゲーナー少佐とは、あれから無線電話でたえずことばをかわしていたのだったが、テッド博士はついに第六号艇の火災と爆発とが、とても人力《じんりょく》によってふせぎ切れるものでないことを見てとると、艇員たち全部の退避をすすめた。
艇長ゲーナー少佐は、沈着な責任感の強い軍人だったので、隊長テッド博士のこのすすめには、すぐにはしたがわなかった。そしてなおも部下をはげまして消火作業をつづけさせたのであった。
だが、それから五分ののちに致命的《ちめいてき》な大爆発が起こり、そのために艇の後部はふきとばされてしまった。そのすごい光景は、司令艇の操縦室の映写幕にもはっきりとうつって、帆村も見た。見たは見たが、あまりに悲壮《ひそう》であってとうてい見つづけることはできなくて、おもわず両手で目をおおったほどだ。帆村だけでなく、他の人びとの多くも目をおおった。
隊長テッド博士だけは、またたきもせず、だいたんにこの地獄絵巻のような第六号艇の爆発をじっと見つめていた。そして艇長ゲーナー少佐にたいし、ふたたび総員退避をすすめた。
「ゲーナー艇長。この次の爆発が起こると、原子力的な大爆発となるだろう。そうすれば、第六号艇だけでなく、のこりのわれわれ九台の宇宙艇もまたぜんぶ破壊するおそれがある。だから一刻もはやく総員を艇から退避させたまえ。きみたち救援のことは引き受けた」
隊長の忠言は、ゲーナー少佐をついに動かした。
「隊長。わかりました。総員退避を命令します。部下を救ってください。お願いします」
少佐はそこではじめて最後の命令をだした。
二十九名の乗組員は、部署をはなれて、空間漂流器《くうかんひょうりゅうき》をすばやく身体にとりつけると、艇外へ飛びだした。黒暗澹《こくあんたん》たる死のような空間へ……。
爆発原因
帆村は、手に汗をにぎって、映写幕のうえに見入っていた。
かれは、しばしばうなった。こうしてじっとして惨劇《さんげき》を見ているにたえなかった。じぶんもすぐ艇外へとびだして、あの気のどくな第六号艇の漂流者たちのなかに身を投じ、ともに苦しみともにはげましあって、この危機の脱出に協力したかった。
だが、そんなことはゆるされない。艇外へとびだしたとて、何のやくに立とうぞ。
第六号艇のまわりには、僚艇《りょうてい》から放射する探照灯《たんしょうとう》が数十本、まぶしく集まっていた。その中には、空間漂流器を身体につけて、艇からばった[#「ばった」に傍点]のようにとびだす乗組員たちの姿もうつっていた。また、すでにその漂流器にすがって空間をただよっている乗組員たちの姿をとらえることもできた。それはどこかタンポポの種子《たね》ににていた。上に六枚羽根のプロペラがあり、それから長軸《ちょうじく》が下に出、そして種子の形をした耐圧空気室があった。人間はこのなかへ頭を突っ込んでいるが、だんだんと下から上へはいりこむと、しまいには全身をそのなかに入れることもできた。
この耐圧空気室のなかには、いろいろな重要な器具や食糧や燃料などがそろっていた。まず発光装置があって、遠方からでもその位置がわかるように空間漂流器全体が照明されている。
無電装置は送受両用のものがついているから、連絡にはことかかない。
原子力発電機があって、ひつようにおうじてヘリコプター式のプロペラを廻して、上昇することもできる。その外にやはり原子力をりようしたロケット推進器がついており、航続時間は約千時間というから、四十日間は飛べる力を持っている。
そのほか、空気清浄器や食糧いろいろの貯蔵もあり、娯楽用の小説やトランプもあり、聖書《バイブル》とハンドブックもあった。
これだけの用意ができている空間漂流器だったから、乗組員はじゅうぶん安心して、これに生命をあずけておくことができた。
だが、それだけで安心するにははやい。なぜなれば、もし第六号艇が、テッド博士のおそれる第二の爆発を起こすようであったら、その附近から大して遠くはなれてない空間漂流者たちは爆発とともに、まず生命はなくなるものと思わなければならない。
「おい、ゲーナー君。なぜきみは早く退避しないのか」
無電で、隊長テッド博士が、ゲーナー艇長を叱《しか》りつけるようにいった。
「もうすぐ退避する。二十八名、二十八名だ。まだ一名艇内に残っている者がある」
少佐は、艇員がもう一名残っているのを気にして、じぶんは危険をおかして踏みとどまっているのだ。
それを聞くと隊長テッド博士は、胸が迫ってきた。
「ゲーナー君。きみは数えまちがえている。二十九名だよ、今空中を漂流しているのは……」
博士は、生涯にはじめて嘘を一つついた。
「二十九名? ほんとうに二十九名が漂流していますか」
「ほんとうだ。いくらかぞえても二十九名いるぜ」
「ははは、ぼくはあわてていたらしい。じゃあこんどはぼくが飛びだす番だ……」
と少佐は壁から空間漂流器をおろして身体にしばりつけようとした。そのとき少佐は、おどろいた顔になって戸口をふりかえった。
「誰だ? まさか……」
もう誰も残っていないはず。が、戸の外からどんどんたたく音がする。人間らしい。そのようなことがあっていいものか。
少佐は漂流器を下において、戸口へとんでいった。そして戸をまえへ開いた。
と、戸といっしょに、ひとりの人間の身体がころがりこんできた。
たしかに人間だった。乗組員だ。しかし誰だわからない。上半身が黒こげだ。顔も両手も黒こげだ。
「誰だ、きみは……」
その黒こげの人物は、火ぶくれになった顔をあげ、ぶるぶるふるえる両手に一つの黒い箱をささえて少佐にさしだした。
「きみはモリだな」
「森です」火傷《やけど》の男は苦しそうにあえいで、
「艇長。これを発火現場で見つけました。本艇の出火はこれが原因です」
「これはなにか」
「強酸《きょうさん》と金属とをつかった発火装置です。艇長、本隊を不成功におわらせようという陰謀《いんぼう》があるにちがいありません。他の艇にも、こんなものがはいっているかもしれません。至急、僚艇へ警告してください」
「うん、わかった。すぐ司令艇へ報告する」
艇長は、痛む胸をおさえて後をふりかえって、テレビ電話のほうを見た。映写幕には、司令艇の隊長テッド博士の顔が大うつしになって、うなずいていた。
『ばんじわかったぞ。はやく退避せよ』と目で知らせているのだ。少佐は安心した。
「報告はすんだ。モリ、さあぼくといっしょにはやく艇から脱出しよう。きみの空間漂流器は……おお、これを着ろ」
少佐はじぶんの漂流器を森に着せようとした。
「それはいけません。艇長のふかい情《なさけ》に合掌《がっしょう》します。しかしわたしはもうだめです。助かりっこありません。艇長、わたしにかまわず、はやくこの艇をはなれてください」
「そんなことはできない……」
「艦長。はやく艇をはなれてください」
森は、最後の力をふるって立ちあがった。そして漂流器を少佐にかぶせた。それから操縦室の床にある自動開扉《じどうかいひ》の釦《ボタン》をおして、床がぽっかりと穴があくと、その中へ少佐の身体を押しこんだ。
すぐその外に、まっ暗な空があった。漂流器にはまった少佐の身体は、ついに艇をはなれた。艇は、ものすごい落下速度がついているので、頭部を下にして急行列車のように少佐のそばをすりぬけて下へ落ちていった。
それから十五分の後、おそるべき第二の大爆発が起こって、第六号艇は無数の火の玉と化して空中にとび散った。
椿事《ちんじ》の原因をとらえた倉庫員森もまた、その火の玉の一つとなったことであろう。
救う者、呪《のろ》う者、魔力をふるう者。
大宇宙を舞台に、奇々怪々事はつづく。……
危機一歩まえ
三根夫少年も帆村荘六探偵も、第六号艇のいたましい最後を涙とともに見送った。
「おじさん。第六号艇は自然爆発したのでしょうか。それとも誰か悪い人がいて爆発させたのでしょうか」
三根夫は、どうもようすがあやしいので、帆村にたずねた。
「さあ。いまのところ、どっちともわからないが」
と帆村探偵は首を横にふり、すこし考えているようすだったが、
「うむ、そうか。これは気をつけないといけない」
といって、顔色を白くした。
「やっぱり悪人がいるんですか」
「うむ。ミネ君にいわれて気がついたんだが、六号艇の爆発した中心部だね、その中心部の位置を考えると、どうしても自然爆発が起こったとは思われない。あそこはぜったい安全な場所だった。……だから、時間の関係から考えても、これは時限爆薬《じげんばくやく》で爆発させられたものと見て、まずたいしたまちがいはないだろう」
さすがは名探偵だ。
爆発がどの場所に起こったかを見落としはしなかった。そして爆発の場所から考えて、それは自爆でなく、他人の陰謀によってこの大惨劇《だいさんげき》がひきおこされたことを推理したのだ。
このことは、あとに六号艇の艇長ゲーナー少佐が救助されたけっかはっきりした。
空間漂流器に身体をまかせて、極寒《ごっかん》のまっくらな空間をあてもなくただよっていた六号艇の乗組員たちは、六名の犠牲者をのぞいて、全部僚艇に助けられた。
そのうちの一名は、みずから艇とともに運命をともにした倉庫員のモリであり、他の五名は、六号艇が爆発したとき、すごい勢いでまわりに飛び散った艇の破片《はへん》によって、不幸にも漂流器をこわされ、あるいは身体に致命傷《ちめいしょう》をうけた人びとだった。
その救助のときはそうかんだった。
九台の僚艇は、全部が六号艇の遭難現場のまわりに集まってきて、四方八方から六号艇のほうへ強力なる照空灯で照らした。あたりは光りの海と化した。六号艇からふきでる火災の煙が、地上の場合とははんたいに、照明をたすけた。顕微鏡で見たみじんこ[#「みじんこ」に傍点]のような形をした空間漂流器が、明かるく光る。それを目あてに、救助作業がはじまったのだ。
しかし六号艇が爆発して飛び散ったときには、みんなひやっとした。それは破片がとんできてじぶんの艇をぶちこわしはしないだろうかと、きもをひやしたのだった。だがさいわいにも、それによる損傷はなくてすんだ。
ゲーナー少佐は、司令艇に救助された。
救援隊長のテッド博士は、少佐をむかえて、しっかり抱きしめた。
「けがはないのかね」
「たいしたことはないです」
「ほう。やっぱりけがをしているんだね。ドクトル、手当をたのみます」
医局長がすぐに手当にかかった。両手と左脚をやられていた。手のほうは火傷《やけど》だ。
「隊長、倉庫員のモリが重大なる発見をしたのです。それは……」
と、少佐は傷の手当をうけおわるのが待っていられないというようすで、艇長に報告をはじめた。
艇長テッド博士は、非常におどろいた。
そばに、それを聞いていた人たちも顔色をかえた。
聞きおわった艇長は、何おもったか、ものをもいわず、いそいでそこを去った。そして司令室にはいった。
「いそぎの命令だ、各艇に時限爆薬がかくされているおそれがある。各艇はすぐさま艇内を全部しらべろ。六号艇の爆破の原因は、時限爆薬のせいとわかった」
隊長は僚艇に無電で命令をつたえた。
たしかにそのおそれがあった。六号艇が特別にねらわれる理由はないようだ。だから時限爆薬は、他の九台の艇にもかくされているおそれはじゅうぶんであった。
この命令をうけた各艇は、ふるえあがった。そんなぶっそうなものがあっては一大事だ。各艇は総員を集め、大至急で艇内の捜査をはじめた。
そのけっか、隊長テッド博士のはやい命令がよかったことがわかった。というのは、第二号艇と第三号艇と、それから博士が乗組んでいる司令艇と、この三台の艇内に、やはり時限爆薬がかくされていたことがわかった。
そのあぶないお客さまは、ただちに艇外に放りだされた。それは木箱にはいっていて、機械の部分を入れた箱のように見えた。もう五分間探しあてるのがおそかったら、司令艇は六号艇とおなじ運命におちいったことであろう。じつにあぶないところであった。
社会事業家ガスコ氏
艇内捜査と時限爆薬のかたづけがすんだあとで、艇長テッド博士は、数名の幹部とゲーナー少佐と、そのほかに特別に帆村荘六を招いた。
「集まってもらったのはほかでもないが、さっきの時限爆薬事件だ。なぜあんなものがかくされていたか、これについて諸君の意見を聞かせてもらいたい。じつにこれはにくむべき陰謀事件であるからねえ」
そこで一同は、あの事件のてんまつを復習し、そしていろいろと意見をのべて、事件の奥に何者がかくれているかを探しだそうとした。
「出航のまえに、じゅうぶん調べたんだがなあ。まったくふしぎだ」
「密航者しらべをしたときに、怪しい品物がまぎれこんでいるかどうか、それもいっしょに厳重にしらべるよう僚艇に伝えたんですがねえ」
「もし、そういう品物がまぎれこんだとすれば、それはやはり出航のすぐまえのことだと思います。つまり乗組員が家族に送られて艇を出たりはいったりしましたからねえ。もしそういうすきがあったとすれば、それはそのときですよ」
これは帆村荘六の意見だった。
「まあ、こうだろうという話は、それぐらいでいいとして、じっさい見たことで、怪しいと思ったことがあったらのべてもらいたい」
隊長テッド博士は、議論よりも事実のほうが大切だと思った。
「べつに怪しい者が出入りしたとは思いませんがねえ。みんな家族なんですから」
「出入《でい》りの商人もすこしは出入りしたね」
「招待客もすこしは出入りしました」
「顔を緑色のスカーフでかくした男がうろうろしていましたね。松葉杖をついていましたから、みなさんの中にはおぼえていらっしゃる方もありましょう」
帆村がいった。
「あっはっはっ」と同席のひとりが笑った。
帆村は、なぜ笑われたのかわかりかねて、その人の顔をふしぎそうに見た。
「それはガスコ氏だ」
「ガスコ氏とは?」
帆村いがいの人びとは、にやにや笑いだした。
「ガスコ氏というのは、こんどの救援事業に、名をかくして六百万ドルの巨額を寄附してくれた風変りの富豪だ。金鉱のでる山をたくさん持っている」
この説明には、帆村も苦笑した。そういう有力なる後援者とは知らなかった。その方面のことは、かれと仲よしのカークハム編集長も教えてくれなかったのだ。この重大なことをなぜ教えようとはしなかったか、ふしぎなことである。
そのとき帆村は、ふと気がついたことがあった。
「……名をかくし六百万ドルを寄附したということですが、それならば、なぜみなさんはそれがガスコ氏であることをご存じなのですか」
帆村は探偵だけに、どうもわけがわからないと思ったことは、わけのわかるまで探しもとめなければ気がすまないのだった。
「それはね、帆村君」とテッド博士が口を開いた。
「出発の日の朝になって、ガスコ氏は本隊へ電話をかけてきて、きょうはじぶんも気持がよいので、こっそり救援隊の出発を見送りにいく。しかし微行《びこう》なんだから、特別にわしをお客さまあつかいしてもらっては困る。それからあの匿名寄附者《とくめいきふしゃ》がわしであることは、今回救援に出発する少数の幹部にだけは打ちあけてくれてもよい――こういう電話なんだ。それで幹部だけは、あの匿名寄附家がガスコ氏であることを当時わたしから聞かされて知ったのだ。きみには知らせるわけにゆかなかったが、まあ悪く思うな」
「なるほど」
帆村はうなずいた。もっともな話である。帆村荘六は通信社から特にたのんだ便乗者《びんじょうしゃ》にすぎない。隊の幹部ではない。
「それで隊長は当日、ガスコ氏をこの艇内へ案内せられたのですか」
「ちょっとだけはね。氏はほんのわずかの間艇内を見たが、まもなくおりてゆかれた。わたしは氏を迎えたとき、氏が『挨拶《あいさつ》はよしましょう。ていちょうな取扱いもしないでください。近所のものずき男がやってきているくらいの扱い方でけっこうです。わしはすぐ失敬します』といった。氏はきょくりょく知られたくないようすで、スカーフを取ろうともしなかった」
「そこなんだが……」と帆村はまえへ乗りだしてきて、「どなたか、その時刻からのち、ガスコ邸《てい》へ電話をかけて、ガスコ氏と話をされたことがありましたか」
「さあ、どうかなあ」
帆村のだしぬけな質問に、隊長テッド博士はすこし面くらいながら、幹部たちの顔を見まわした。
「わたしはその後一度もガスコ氏に連絡しないのだが、諸君はどうか」
その答えは、あのとき以後誰もガスコ氏と話したり連絡した者がないとわかった。
「そうなると、これは調べてみるひつようがありますね。隊長。ガスコ氏を電話に呼びだして話をしてみてください」
奇怪な事実
帆村荘六は、いったい今なにを考えているのであろうか。ガスコ氏を電話でよびだして、どうしようというのだろう。隊長テッド博士は無電技士に命じて、ガスコ邸をよびださせた。
まもなく電話はつながった。でてきた相手は、ガスコ氏の執事《しつじ》のハンスであった。
電話で、相手にたずねることがらは、そばから帆村が隊長にささやいた。
はじめははんぶんめいわくそうな顔をしていた隊長だったが、電話の話がだんだんすすむにつれ、おどろきの色をあらわし顔は赤くなり、また青くなった。
というのは、執事の話によると『旦那さまはこのところ持病の心臓病のためずっと家に引きこもっておられること、去る十三日も一日中ベッドの上に寝ておられ、ぜったいに外出されたことはないし、外出がおできになるような健康体ではない』ことをのべたからである。そして『去る十三日』というのは、テッド博士のひきいる救援隊が地球を出発した日のことであった。だから博士のおどろいたのも、むりではない。
博士は、もしや聞きちがいかと思っていくどもくりかえし、おなじことを執事に聞いたが、執事はぜったいにまちがいでないこと、またそんなにうたがわれるなら主治医に聞かれたいと、すこし怒ったような声でこたえた。
(すると、出発当日、艇のそばへ姿をあらわし、じぶんと手をにぎったガスコ氏と名乗る松葉杖の人はいったい誰だったのかしらん)
隊長の服の袖をひく者があった。そのほうを見ると帆村荘六だった。(話はもうそのへんでいいから、電話をお切りなさい)と目で知らせている。そこでテッド博士は、執事にていちょうに挨拶をしてガスコ氏の病気がはやくなおることを祈り、そのあとで電話を切った。
一同は、もう笑う者もない。みんなかたい顔になってしまった。
博士が、ためいきとともにいった。
「わたしはゆだんをしたようだ。わたしは本隊の出発当日、身許《みもと》の知れない覆面の人物を本艇や僚艇に出入りすることを許したようだ」
そのあとは、しばらく誰もだまっていた。まことに気持のわるい発見だ。
やがて帆村荘六が口をひらいた。
「ガスコ氏だと見せかけたその覆面の人物こそ、時限爆薬を投げこんでいったにくむべき犯人にちがいないと思います。その怪人物を至急捕えなくてはなりません。おゆるしくだされば、わたしはすぐにニューヨーク・ガゼットのカークハム氏に連絡して、検察当局へ届けてもらいます」
「いや、こうなれば、わたしも責任上、公電をうって、この怪事件についての新しい発見を報告しなければならない」
そこで隊長からいっさいのことが地球へむけて通信せられた。
読者は、その怪しい松葉杖の人物が、スミス老人によって、宇宙の猛獣使いとよばれたことをおぼえていられるだろう。
スミス老人は、ほかの人たちが知らないことを知っており、ほかの人たちよりもずっとまえから、あの松葉杖の男に目をつけていたのである。
だが、スミス老人は、かの怪人物についてどれだけのことを知っているのか、今はまだわかっていない。
テッド博士からの報告により、検察当局ではさっそく大捜査《だいそうさ》をはじめた。
だが、だいぶ日がたっていることでもあり、かんじんの人物が覆面しており、そして服装はといえば、ふだんのガスコ氏とおなじようであったので、その本人を探しだすのはたいへんむずかしかった。
せめてスミス老人か、老人のまわりに集まっていた婦人連とでも連絡がつけば、すこしは手がかりらしいものも見つかったであろうが、あいにく検察当局はこれらの人びとに出会う機会がなかった。
「ガスコ氏に似た怪人物の手がかりが見つからない。もっと資料を送っていただきたし」
そういう暗い報告が、検察当局からテッド博士のもとへとどいた。
遭難現場近し
三根夫《みねお》は、音《ね》をあげないつもりであった。しかしとうとうがまんができなくなって、三根夫は帆村荘六《ほむらそうろく》にうったえた。
「おじさん。どうもたいくつですね」
帆村荘六は、本から顔をあげて、目をぐるぐるまわしてみせた。
「そんなことは、いわない約束だったがね。それにミネ君は、いろんなおもちゃを艇内へ持ちこんでいるじゃないか」
「それと遊ぶのも、もうあきてしまったんです」
オルゴール人形、パチンコ、車をまわす白鼠《しろねずみ》ども――これだけのものを持ってはいったのであるが、もうあきてしまった。
白鼠の小屋の掃除をするのが、一番たいくつしのぎになる。といっても、これをいくらていねいにしてみても、ものの二十分とはかからない。
白鼠は、はじめ七ひきであったが、まもなく三びき死んで四ひきとなった。しかしその後はどんどん子鼠が生まれて、一時は五十ぴき近くになった。
五十ぴきにもなると、食物の関係や、場所の関係があって、それ以上にふやせないことになった。そこでそれ以上にふえると、かわいそうだが、かたづけることにした。
白鼠の運動を見ているのは、楽しい時もあったが、地球を出発してからもはや百日に近い。白鼠の車まわしに見あきたのもあたりまえだろう。
「ねえ、帆村のおじさん。いったいいつになったら『宇宙の女王《クィーン》』号に追いつくんですか」
「さあ、それはいつだかわからないが『宇宙の女王』号が消息をたった現場まではあと二、三日でゆきつくそうだよ」
「えっ、それはほんとうですか」
三根夫は、『宇宙の女王』号の姿ばかりを追っかけていた。しかしよく考えてみると、それは今どこにいるかわからない。遭難しないで動いているとしても、あれから四カ月ちかくの日が過ぎたことであるから、その間にどこまで飛んでいったかわからない。
また遭難してじぶんの力で動けなくなったとしても、地上とはちがうんだから、それから四カ月ものながいあいだ、おなじ空間にじっとしているとは思われない。どの星かの重力にひかれて動いていったことだろう。それもそろそろと動くのではなく、谷間に石を投げ落とすときのように加速度をくわえて飛んでいったかも知れない。
が、帆村のおじさんの話によって、そこまで探しあてるまえに、遭難地点の附近をしらべる仕事があることに気がついて、三根夫はなんだかきゅうにたいくつから救われたような気がした。あと三、四日で『宇宙の女王』号の遭難地点にたっするとは、なんという耳よりな話であろう。
三根夫は、いまやすっかりきげんがよくなった。このところさっぱり訪問をしなくなっていたところの操縦室へも、たびたび顔をだすようになった。
そのかいがあった。
それは翌日のことであったが、操縦士のところへ遠距離レーダー係から、
「前方に宇宙艇らしい形のものを感ずる、方位は……」
と知らせてきたので、にわかに艇内は活発になった。
もちろん隊長テッド博士も操縦室へすがたをあらわし、手落ちなく僚艇へ知らせ、監視を厳重にした。
艇内では、この話でもちきりだ。
「やっぱり『宇宙の女王』号は、遭難現場附近にいたね」
「どんなことになっているかな。生き残っている者があるだろうか」
「それはどうかなあ。でもみんな死にはしないだろう」
「すると、この附近に『怪星ガン』もうろついていなければならないわけだね」
「カイセイガンて、なんだい」
「こいつ、あきれた奴だ。怪星ガンを知らないのか。『宇宙の女王』号が最後にうってよこした無電のなかに、おそるべき怪星ガンが近づきつつあることを、知らせてきたじゃないか」
「ああ、あれなら知っているよ。『宇宙の女王』号を襲撃した空の海賊――というのもおかしいが、おそるべき宇宙の賊だもの。きみの発音が悪いんだよ」
「あんな負けおしみをいっているよ」
そんなことをいい合っているうちに、救援隊の九台のロケット艇はどんどん宇宙をのりこえていった。そしてやがてテレビジョンのなかに、かの宇宙艇らしきものの姿が捕えられた。
「おや、これはどうもちがうね。『宇宙の女王』号ではないようだ」
テッド博士は、誰よりも先に、そういった。
「そうですね。形がちがいますね。もっと横を向いてくれると、はっきりわかるんですが……」
まもなく、かの宇宙艇は針路をかえて横になった。
「なあんだ。あれはギンネコ号じゃないですか、宇宙|採取艇《さいしゅてい》の……」
「そうだ、たしかにギンネコ号だ。救援の電信を受取って、現場へいそいでくれたんだな。なかなか義理《ぎり》がたい艇だ」
「ギンネコ号に聞けば、なにか有力な手がかりがえられるでしょう」
「無電連絡をとってくれ」
隊長が命令をだした。
はたしてギンネコ号は、どんなことを伝えてくれるであろうか。『宇宙の女王』号について、ギンネコ号はなにを知っているだろうか。また怪星ガンについてはどうであろう。
おそるべき魔の空間は近いのだ。いや、じつはもうほんの目と鼻との間にせまっているのだ。
テッド博士以下、誰がそのことについて気がついているだろうか。ミイラとりがミイラになるという諺《ことわざ》もある。
怪星ガンの魔力はいよいよ救援隊のうえにのしかかろうとしているのだ。
宇宙|採取艇《さいしゅてい》
いよいよギンネコ号との距離がちぢまった。
救援隊長テッド博士は、九台の艇にたいし、全艇照明を命じた。
この号令が各艇にとどくと、九台の救援艇の全身は光りにかがやいて明かるく巨体をあらわした。つまり艇の外側が、つよい照明によって光りをうけて輝きだしたのである。
九台の救援艇の編隊群は三つにわかれていたが、このときあざやかに美しくその姿を見せた。各艇の乗組員は、それを見ようとして丸窓のところへ集まり、かわるがわる外をのぞいて僚艇の姿をなつかしがった。
ああ、もしいま六号艇もこの編隊のなかに姿を見せていたら、どんなにうれしいことだろうかと、ゲーナー少佐をはじめ遭難の六号艇の乗組員だった者は、おなじおもいに胸をいためた。
それにしてもにくいのは、艇内に時限爆弾を仕掛けていった謎の悪漢《あっかん》だ。きゃつは、どうやら社会事業家ガスコ氏に変装し、松葉杖をつき、緑色のスカーフで顔をかくして、テッド隊長たちをあざむいたのだ。『宇宙の女王《クィーン》』号を助けにゆく救援隊のじゃまするなんて、その悪漢はいったいどんな身柄の人物なのであろうか。
いま、司令艇のテレビジョンの映写幕のうえには、ギンネコ号のすがたが豆つぶほどの大きさにうつっている。ギンネコ号も、このうちの救援隊のほうへ艇首をむけて走っているのだが、あと一時間しないとそうほうは出会えない。
映写幕を見あげている人びとの中に、三根夫少年もまじっていた。そばに帆村荘六も、しずかに椅子に腰をおろしていた。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は宇宙採取艇なんですってね」
三根夫が帆村に話しかけた。
帆村は、少年のほうへふりむいて、だまってうなずいた。
「その宇宙採取艇というのは、どんなことを仕事にするロケットなんですか」
「ああ、それはね」
と帆村はひくいが、しっかりした声で甥《おい》のほうへ口を近づけて語りだした。
「この宇宙には、わが地球にない鉱物などをふくんだ星のかけらが無数に浮かんでいるんだ。その星のことを、宇宙塵《うちゅうじん》と呼んでいる学者もあるがね、とにかく名は塵《ちり》でも、わが地球にとってはとうといもので、宇宙に落ちている宝と呼んでもいいほどだ。ギンネコ号のような宇宙採取艇はそういう宇宙塵をひろいあつめるのを仕事にしているロケット艇なんだ。これは商売としてもなかなかいいもうけになるし、われわれ地球人にとっては、たいへん利益をあたえるものなんだ。つまり地球にない資源が、宇宙採取艇のおかげで手にはいるわけだからねえ」
「じゃあ、隕石《いんせき》を拾うのですね」
「いや、隕石だけではない。もっといいものがいく種類もある。なかには、まだわれわれ地球人のぜんぜん知らない物質にめぐりあうこともある。たとえばカロニウムとかガンマリンなどは、地球にないすごい放射能物質で、ともにラジウムの何百万倍の放射能をもっている。こんな貴重な物質がどんどん採取できれば、じつにありがたいからね。それを使って人類はすごい動力を出し、すごいことができる」
「そんなら国営かなんかで、うんと宇宙採取艇をだすといいですね」
「うん。だがね、そういう貴重な宇宙塵は、なかなか、かんたんには手に入らないんだ、何千か何万かの宇宙塵のなかに、ひとかけら探しあてられると、たいへんな幸運なんだからね。宇宙採取艇で乗り出すのは、昔でいうと、金鉱探しやダイヤモンド探しいじょうに、成功する率はすくないんだ。宇宙塵採取やさんは、世界一のごろつき連中だと悪口をいわれるのも、このように貴重な宇宙塵を見つけだすことがたいへんむずかしいからだ。まあ、そんなところで話はおわりさ」
帆村荘六の説明は、三根夫をかなり、ふあんにおとしいれたようであった。三根夫は、眉《まゆ》をよせていった。
「じゃあ、おじさん、これからぼくたちが出会うことになっているギンネコ号も、やっぱり宇宙のごろつきなんですね。すごい連中が乗組んでいるんですね」
そういうすごい連中と、こんなさびしい宇宙でであうなんて気持のいいことではないと、三根夫は思ったのだ。
すると帆村がいった。
「いや、宇宙採取艇のみながみな、ごろつきだというわけではない。それにギンネコ号なら、たぶんこのおじさんの知っている鴨《かも》さんという艇長が乗組んでいるはずで、あの人は、けっしてごろつきではない」
それを聞いて三根夫は、やっと安心した。
宇宙のめぐりあい
はてしれぬ広々とした暗黒の宇宙だ。その宇宙のなかの一点においてめぐりあう二組の宇宙旅行者だった。
救援艇隊では、テッド隊長の命令によって、各艇の外側に照明をうつくしい七色の虹のような照明にかえた。各艇は輪になって、そのまん中にギンネコ号を迎える隊形をとった。
相手のギンネコ号の方は、そんなはでなことをしなかった。艇首に三つばかりの色のついた灯火《とうか》をつけ、『ワレ、貴隊ニアウヲ喜ブ』という信号をしめしただけであった。そしてひどく型の古い艇身に、救援隊側からのサーチライトをあびながら、輪形編隊《りんけいへんたい》のなかにとびこんできたが、そのかっこうはなんとなくきまり悪そうに見えた。
ギンネコ号が、いったん救援艇の輪のまん中を通りぬけると、こんどは救援隊はあざやかに大きく百八十度の大旋回をして、ギンネコ号のあとを追った。そしてやがてそれに追いついて、再びまえのようにギンネコ号をまん中にはさみ、救援艇九台がそのまわりをとりかこんだ。
そうほうのスピードは、ずんと低いところにたもたれた。こういうかっこうでゆっくりと暗黒の宇宙をただよいながら話をしようというのであった。
隊長テッド博士は礼儀正しい人物であったから、ギンネコ号の艇長にたいし無電をもってていちょうなあいさつを送ったうえ、失踪《しっそう》した『宇宙の女王《クィーン》』号のことについていろいろと貴艇の知っておられるところをおうかがいしたいから、こちらから副隊長のロバート大佐外四名の隊員を貴艇へ派遣することをゆるされたい。そのように申し送った。
これにたいするギンネコ号からの返事はかなり手間どった。救援隊の若い者は、ギンネコ号にたいし、なぜはやく返事をよこさないのかとさいそくの無電を打ちたがったことは一度や二度ではなかったが、テッド隊長は、まあ、まあ、そう相手をいそがせないほうがよかろうと、さいそくの無電を打たせなかった。
三十分もしてから、やっとギンネコ号からの返事がきた。
「本艇は、有力な資料をほとんど持っていない。貴隊から使者のくるのはさしつかえない。ただし五名は多すぎるから、三名にしてもらいたい」
この返事を記した受信紙の周囲にあつまった若い者は、ギンネコ号の無礼にふんがいし、こちらから送る使者のかずに制限をくわえるのはどういうわけかと、ねじこもうと叫んだ者もあったほどだ。だがこれもテッド隊長のことばによってようやくしずまって、それから三名の使者の人選が発表された。
それによると、第一は副隊長のロバート大佐、第二にポオ助教授。この人は、『宇宙の女王』号の艇長であるサミユルの門下生のひとりだ。それから第三に、みんなを意外におもわせたが、帆村記者がえらばれた。
これを聞いた三根夫少年は、帆村荘六の横《よこ》っ腹《ぱら》をつっつき、
「おじさんはいいなあ。うらやましいなあ」
といったが、帆村は笑いもせず怒りもせず、無神経な顔つきで、首を微動もさせなかった。
「それではこれから三名にでかけてもらおう。なにかお土産《みやげ》を持っていってあげたがいいね。新聞と雑誌と、それから果物をいく種類か」
テッド隊長は、こまかく気をつかった。
一行はでかけた。
司令艇の側壁《そくへき》の一部が、するすると動きだしたと思うと、それは引戸のように艇の外廓《がいかく》のなかにかくれ、あとに細長い楕円形《だえんけい》の穴がぽっかりとあいた。
するとまもなくその穴から、円板《えんばん》のようなものがとびだした。それは周囲から黄色い光りを放ちまるで南京花火《ナンキンはなび》のようにくるくるまわって、闇をぬって飛んだ。
これは円板式の軽ロケットで、汽船が積んでいるボートにあたるものだ。くるくるまわっているのはその周囲のタービンの羽根のような形をしたところだけで、まん中のかなり厚味のあるところは廻らない。その中にこの円板軽ロケットの乗組員たちや三名の使者がはいっているのだった。
ぱっぱっと黄色い光りの輪のまわるのを見せながら、円板ロケットは大きい弧《こ》をえがいたあとで、調子よくギンネコ号のうしろから近づいていった。ギンネコ号は知らん顔をして飛びつづけている。しばらくの間、円板ロケットはギンネコ号の下に平行になって飛んでいたが、そのうちに円板ロケットからは、ぽんと引力いかり[#「いかり」に傍点]がうちだされた。
それは円板の中央あたりからとびだしたものであるが、樽《たる》のような形をし、うしろに丸い紐《ひも》のようなものをひっぱっていた。
しかしこれを見ると、紐ではなくて伸びちぢみのする螺旋《らせん》はしご[#「はしご」に傍点]であった。その先についている大樽みたいなものは、艇内から送られる電気力によって、相手のギンネコ号の艇壁《ていへき》にぴったり吸いついた。この引力いかり[#「いかり」に傍点]は、すごい吸引力を持っていて、艇内で電気を切らないかぎり、けっして相手から放れはしないという安心のできる宇宙用のいかり[#「いかり」に傍点]であった。
これでギンネコ号は、側壁の扉を開かないわけにゆかなかった。
すると円板ロケットの中から、三人の人影があらわれ、やや横に吹き流れた螺旋《らせん》はしご[#「はしご」に傍点]の中を上へのぼっていった。そしてはしごをのぼりつめると、ギンネコ号の横っ腹にあいた穴の中へもぐりこんでいった。
このありさまは、救援隊の僚艇から集中するサーチライトによって、はっきりと見えた。そしてその三人の人影が、ものものしい宇宙服に身をかためていることも、双眼鏡でのぞいた人々の目にはうつった。
よくばり事務長
「ものものしいかっこうですが、お許しください」
円板ロケットから、ギンネコ号の中へ乗り移ったロバート大佐は、うしろにしたがうポオ助教授と帆村とのほうへ手をふりながら、ギンネコ号の人々にあいさつをした。
そこは三重の扉を通りぬけたあとの、ふつうの大気圧の部屋であったから、ギンネコ号の人たちはふつうのかっこうをしていた。かれらは日本人ばかりではなかった。むしろ日本人はすくなく、その他の国々の人が多く、まるで人種の展覧会のようにも見えた。
「そのきゅうくつなカブトをおぬぎなさい。それからその服も……」
そういったのは、やせて背の高い白毛の多い東洋人だった。どこからくだ[#「らくだ」に傍点]に似ている。
「いや、はなはだ勝手ですが、このままの服装でお許しねがいます。脱いだり着たりするのには、はなはだやっかいな宇宙服ですから」
と、ロバート大佐は釈明《しゃくめい》をしてから、じぶんの名を名乗り、ふたりの随員《ずいいん》を紹介した。そして、
「あなたは艇長でいらっしゃいますか」と聞いた。
するとらくだ[#「らくだ」に傍点]に似た東洋人は、首を左右にふって、
「いや、わしは艇長ではありません。事務長のテイイです」
「ははあ、事務長のテイイさんですか。それで艇長に、お目にかかりたいのですが……」
「艇長はこのところ病床《びょうしょう》についていまして、お目にかかれんです。それで艇長はその代理をわたしに命じました。ですからなんなりとわたしにいってください」
そういうテイイ事務長のことばに、ロバート大佐はふまんの面持でうしろの随員のほうへふりかえった。
「すると、ご持病で苦しんでいられるのですか」
そういって聞いたのは帆村だった。
「ええ、そうなんです」
事務長は、するどい目でちらりと帆村の顔をぬすんで答えた。
「胆石病なんですね」
「胆石病――ああ、そうです、胆石病です。あの病気、なかなか苦しみます」
事務長のことばに、なぜかあわてたようなところがあった。
そこでロバート大佐は『宇宙の女王』号のことについて、事務長の知っているかぎりのことを話してくれとたのんだ。
「当局からの依頼の無電によって、わがギンネコ号は、ばくだいなる損失をかえり見ず、指定されたその現場へ急行したのです。それには正味《しょうみ》三十五日かかりましたよ。しかもそれからこっちずっとこのあたりを去らないで、あなたがたのおいでを待ったわけですから、本艇はじつに二百日に近いとうとい日数を、なんにもしないでむだにおくったのです。この大きな損失は『宇宙の女王』号の持主か当局かがかならず弁償《べんしょう》してくれるんでしょうね」
テイイ事務長の話は、女王号のことから離れて、じぶんの艇のうけた損失にたいするつぐないを要求する強い声にかわった。
ロバート大佐は、不快をしのんで、それはとうぜん弁償されるでありましょうと答え、そしてこのギンネコ号が現場へきて何を見たかについて話してくれるよう頼んだ。
「それは話さんでもないがね、弁償のことが気になってならんのだ」
と事務長はうたがいぶかい目で大佐を見すえてから、
「この現場へきたが、わたしたちは『宇宙の女王』号の姿を発見することができなかったし、そのほか、その遺留品《いりゅうひん》らしい何物をも見つけることができなかったのです。といって、けっして捜査の手をぬいたわけではない。いく度もいく度も、おなじところをくりかえし探したのだが、さっぱり手がかりなしだ。まことにお気の毒です」
この話によると、ギンネコ号は何の手がかりをもつかんでいないことになる。大佐の失望は大きかったが、気をとりなおし、
「レーダー《無電探知器》で探してみられなかったですか」と聞いた。
すると事務長は、ぴくりと口のあたりを動かし、ちょっといいよどんだ風に見えた。
「レーダーによっても手がかりなしだった。しかし大佐どの。われわれはレーダーを倹約したのではなく、当局から捜査依頼のあった日からきょう貴隊にあうまでの二百日ほどの長期間にわたって、レーダーを一秒間たりとも休めないで捜査をつづけたのですぞ。そのけっか、本艇では高価なるブラウン管を二十何本、いや三十何本かを、とにかくたくさんのブラウン管をだめにしてしまった。この代価もぜひとも払ってもらわねばしょうちできんです」
どこまでいっても、よくばった話ばかりであった。
黒バラの目印《めじるし》
大佐は随員と協議した。
とにかく、きょうはこれで引きあげることにしようではないかと決まった。
そこで帆村から、お土産の贈り物である新雑誌[#「新雑誌」は底本のママ。文脈からは「新聞と雑誌」と思われる。]と果物のかごとを事務長にわたして、席を立った。
このとき事務長は、喜びの顔をするまえに、ふあんな目つきで新聞のページをぱらぱらとめくった。
「では事務長。またおじゃまにあがるかもしれませんから、よろしく。なお、今から二十四時間は、ぜひともいっしょに漂泊《ひょうはく》していただきたいのですが、――これは国際救難法にもとづいての申し入れなんですが、もちろんごしょうちねがえましょうね」
ロバート大佐は、最後の重要事項をあいてに申し入れた。
「本艇の行動は自由です。しかしいまの件は、わたしがしょうちしました。二十四時間たったあとは、どうするかわかりませんよ。もっとも本艇はできるだけ貴隊の捜査に協力する決心ですから安心してください」
テイイ事務長は、このように答えた。
これで会見はおわって、三人の使者は引きあげたのだが、そのとちゅうで、どうしたわけかポオ助教授が「あっ」と声をあげた。
すると、帆村が、
「これは失礼。うっかりして足を踏んで、すみません。どうもすみません」
と、助教授のからだを抱えるようにして、ひらあやまりにあやまった。
まもなく三重扉であった。それを一つ一つ開いてもらい、気圧の階段を通りぬけて三名は外に出、螺旋はしご[#「はしご」に傍点]を下りて円板ロケットの中へかえりついた。
機関員たちは、螺旋はしご[#「はしご」に傍点]の電気を切り、はしごを中へとりこんだ。そのときには、円板ロケットはすでにギンネコ号の艇壁からはなれて、また周囲に火花のような光りを散らしながら、暗黒の空を大きく切って飛んでいた。
円板ロケットのなかで、三人の使者がめいめいの席についたとき、
「帆村君。さっきはどうしたの。ぼくのほうがおどろいたよ」
と、ポオ助教授が、待ちかねたという顔つきで、そういった。
帆村はにやりと笑った。
「あのようにしないと、相手にかんづかれるおそれがあったからです。ポオ助教授。あなたは、あのときギンネコ号の室内に意外なものを発見して、おどろきの声をあげられたのですね」
「ほう。これは気がつかなかったが、いったいどういうことかね」
ロバート大佐が、からだをまえに乗りだしてきた。そのときポオ助教授は、椅子にふかくもたれて、さっきのことを思い出そうとつとめるのか、しばらく目をとじていたが、やがて目を開いて、意外なことを語りだした。
「まったく帆村君の想像のとおり、ぼくは意外なものをあの部屋のなかで見つけたのです。それは発光式の空間|浮標《ブイ》です。はじめその上にカンバス布《ぬの》がかけてあって見えなかったのですが、ぼくたちが帰るとき、テイイ事務長の身体がカンバスにさわって、その布が動いて横にずれた。それで下にあった空間浮標が見えたんです」
「ほう。それはもしや『宇宙の女王《クィーン》』号のものじゃなかったのか」
大佐は先をいそいで、質問の矢をはなつ。
「そうなんです、あの器具は、ぼくが五十箇だけ用意をして女王号にとどけたんです。そしてそれに書きこんでおいたしるし[#「しるし」に傍点]は、黒いバラの花でした。さっきぼくが見たとき、カンバスの下から出ているあの浮標のうえに、たしか、その黒いバラのしるしのあるのをみとめました」
この話は、大佐をおどろかした。
「すると、ギンネコ号は、女王号の空間浮標をひろって、知らぬ顔をしているんだな」
「そうなりますね。ごしょうちでしょうが、あの空間浮標は、宇宙の一点にいかりをおろしたように動かないで、その一点をしめす浮標なんですが、しかしもう一つの使い道があります。それは遭難したときなど、その遭難現場を後からきた者に教える役もします。そういうときには、艇から外へほうりだすまえに、重大な遺書を中へ入れるのがれいになっています」
「では、ギンネコ号は、女王号の遺書をぬすんで、知らん顔をしているのか。じつにけしからんことだ。いったい、なぜこんなことをするのか。よし、これから引き返して持ってこよう」
「まあ、お待ちなさい、ロバート大佐」と、帆村は大佐をとめた。
「だが、このまま本艇へもどっては、わたしの責任がはたせない」
「いやいや、相手はとってもすなおにもどすとは思われません。というのは、あのギンネコ号にはゆだんのならぬ連中が乗組んでいると思われるからです。とても一筋縄《ひとすじなわ》ではゆきますまい」
「しかし帆村君。きみの知っている人格者が艇長をしているという話だったじゃないか」
「そうなんですが、その鴨《かも》艇長がきょうは姿を見せなかったのですから、ふしぎです。かれは病気でも、こんな重大なときには、われわれを病床へでも迎えて、会うほどの責任感の強い人物なんです。それがきょうはでてこないのですから、ゆだんはなりません」
帆村のことばが、たしかめられる時がまもなくくるのだ。あやしむべきギンネコ号の行動。
ギンネコ号と怪星ガンとは、なにか関係があるのであろうか。
残念がる助教授
ポオ助教授は、司令艇へ帰ってきても、こうふんをつづけていた。
帆村荘六は、助教授をなだめるのに一生けんめいだった。三根夫少年は、三人の使者がかえったと知って帆村のところへとんできたが、その場のようすに、三根夫自身も息のつまるような緊張をおぼえたことであった。この息づまるような空気は、救援隊長テッド博士をまん中にした幹部会議の席にまでもちこまれた。
三人の使者のなかで、一番上席のロバート大佐が、ギンネコ号に使いにいったけっかわかったことについて、一通りの説明をし、そのあとでポオ助教授の肩へ手をおいて、
「……そこでポオ助教授から、見おぼえのある『宇宙の女王《クィーン》』号の空間|浮標《ブイ》がギンネコ号の隅にあったことについて、くわしく話をしてもらおう。ポオ君、おちついて話したまえ」
と、助教授に発言をうながした。
待っていましたとばかり、助教授の長身が席からぬっくと立ちあがった。
「あれは、わたしが試験して『宇宙の女王』号へ届けた空間浮標にちがいないのです。形も見おぼえがあり、塗りの色もそうでしたし、さらにまちがいないことは黒バラの目印がついている。黒バラは、『宇宙の女王』号のマークなんですからねえ」
助教授はそういって、卓子《テーブル》のうえを、とんと一つたたいた。ならんでいる人たちの中には、大きくうなずく者もあった。隊長テッド博士は上半身をまえへのりだした。
「そういうたしかな証拠があるかぎりは………」
とポオ助教授はいよいよこうふんの色をしめし、
「ギンネコ号はうそ[#「うそ」に傍点]をついていると断定しないわけにはいかない。ギンネコ号は、現場へかけつけたが『宇宙の女王』号を一度も見なかったといっている。うそです、それは。……ギンネコ号はたしかにわが『宇宙の女王』号に出会っている。あるいはその漂流物かもしれないが、それを手に入れている。しかし相手はそれを白状しないのです。まったく、許しておけないゴロツキどもです」
幹部たちには、助教授のことばの中にある重大性がよくわかった。
「だからです」とこのときポオ助教授はロバート大佐のほうを指し、
「なぜわれわれがギンネコ号のなかにいる間に、あなたはそのてんについて、相手に質問してくださらなかったのか。まったく、大事な機会を逃がしたと思う。あのとき問いただせば、なまず[#「なまず」に傍点]みたいにぬらりくらりしたテイイ事務長といえども、顔色をかえて、泥をはくしかなかったと思う。しかるに大佐は、それをしなかった」
助教授のとなりにいた帆村が立って、隊長に発言の許可をえたのち、口をひらいた。
「いまポオ助教授が大佐にたいしふまんをのべられましたが、それについて、じつはわたしも責任があります。それはわたしは『空間浮標』のことは、われわれが知らないでギンネコ号を引きあげていったと、相手に思わせる必要があると思ったからであります。もし、それをいいだせばギンネコ号の連中は、ロバート大佐をはじめわたしたち三名を、やすやすと引きあげさせなかったでしょう。わたしはギンネコ号が、秘密をもったいやな宇宙艇であることを、艇内にはいると同時にさとったのです」
帆村は、横の椅子に腰をおろしたポオ助教授を気の毒そうにながめながら、
「ですから、ポオ助教授が、あの黒バラ印の空間浮標を見つけて、おどろきのあまり声をたてようとされたとき、それをさせてはたいへんと、わたしは失礼をもかえりみず、ポオさんの足を踏み、それをわたしがおわびするさわぎでもって、ポオさんがおどろきの声をあげたのをごまかしてしまったのです。いや、助教授、あのときは失礼いたしました」
そういって帆村はわびた。
「……それからわたしはいそいでこのことを大佐に知らせ、そしてこの場は、知らんふりをして引きあげるのがいいと思うと申しあげようとしたんですが、さすがに大佐は、さっきからのことも、またわたしの申しあげようとしたこともさとっておられ、余《よ》にまかせておけと合図をされたのです。ですからポオ助教授のふんがいされることはもっともながら、いま申しあげた事情によって、どうかわかっていただきたい」
と、帆村はあいさつをして、席にもどった。
助教授は、まだじゅうぶんにのみこめないといった顔だ。
そのとき隊長テッド博士は、あらたまった口調になって、次のとおりのべた。
「このたびの処置は正しかったと思う。そしてギンネコ号にたいしては、いろいろと対策をかんがえておかなければならない。そして黒バラ印の空間浮標の一件については本国へ向かっての報道を禁止する。事態は重大である」
この部屋の隅で傍聴をしていた三根夫も、このとき思わず身ぶるいがでた。たがいに助けあう友だちの艇と思ったギンネコ号が、意外にもゆだんのならないゴロツキ艇であるらしく、それが身ぢかにいる間は、いつこっちに害をくわえるかもしれず、ほかに警察力もないこの宇宙の一角において、生き残りの九台の救援艇隊にふりかかる運命は、どんなにきびしいものであろうかと心配されるのだった。
ギンネコ号|離脱《りだつ》
その夜、帆村と上下のベッドにはいった三根夫は、上のほうから下へ声をかけた。
「ねえ、帆村のおじさん。ギンネコ号はゆだんのならないゴロツキ艇だってね」
「まあ、そうとしか思えないね」
帆村の返事は、ぶっきら棒だ。なにか帆村は考えごとをしていたにちがいない。そこへ三根夫が声をかけて、じゃまをしたから、帆村はぶっきら棒の返事をしたのであろう。
「でも、まえにおじさんは、あの船には鴨《かも》艇長がのっている。鴨艇長はいい人だから、あの宇宙艇はいい人ばかり乗っているんだろうといったでしょう。おぼえているでしょう。その話とゴロツキ艇の話とは正反対ですね」
「そのことだ」と帆村は低くうなるようにいった。
「とにかく鴨艇長が乗っているかぎり、正義と親切の艇であるはずだ。だからおかしい。艇長は病気をしているとテイイ事務長の話だったが、病気をしているくらいで、乗組員があんなゴロツキみたいに悪くなるはずはないんだがなあ」
「ギンネコ号は、『宇宙の女王《クィーン》』号の遺留品をしこたまひろって、知らん顔をしているんじゃないですか。そういうことをするのを、『猫ばばをきめる』というでしょう。なまえがギンネコだから、きっとネコばばをするのはじょうずなんだろう」
「ははは。ギンネコだからネコばばはじょうずか。これは三根夫クン[#「三根夫クン」は底本のママ。文脈上からは「ミネ君」(前出)もしくは「三根クン」(後出)が妥当と思われる。]、考えたね。ははは」
笑わないことひさしい帆村がかるく笑ったので、三根夫もうれしかった。
「とにかくもうすこしギンネコ号のようすを見たうえで、『宇宙の女王』号とどんな関係にあるかをつきとめるしかない。そうだ、もう一度テッド博士にご注意をお願いしてこよう」
そこで帆村は、またベッドから起きあがると、服を着かえて、隊長のところへでかけた。
さてその夜のことであるが、救援艇隊はひそかにギンネコ号の行動を監視していた。
監視といってもテレビジョンでのぞいているのを主とし、そのほかに、ほんのわずかだけ弱いレーダー電波をギンネコ号にむけて、その位置を注意していた。レーダー電波を、あまり強くかけると相手が気をわるくする。ことにギンネコ号をおこらせ、現場から遠くへ離脱《りだつ》するこうじつを相手にあたえてはこっちの大損であるから、電波でギンネコ号をさぐることはなるべく目だたないようにしていた。
夜にはいって一時間ほどすると、(時計の針のうえだけでの夜だ、その時間には当直のほかはみんな睡《ねむ》ることにしていた)当直の監視員がさわぎだした。
「たいへんです。ギンネコ号がわれらの艇団からはなれてゆきます」
まずはじめに、テレビジョンでそれを見つけた。すぐさまレーダーでも探知してみると、なるほどギンネコ号は、さっきまでこっちの九艇の中心あたりにいたのに、いまはどんどん前進してそこからはなれていく。
「うむ。たしかにギンネコ号は動きだした。国際救難法により二十四時間は救援隊から離脱できないことになっているのに、ギンネコ号は、法規をやぶるつもりか」
このことは、すぐさま幹部にまで報告された。隊長テッド博士をはじめ、みんな起きてきた。そして協議がはじまった。
「法規にはんするから、ギンネコ号に反省をもとめようか」
「まあ、もうすこしようすを見てからにしたほうがいい」
隊長は、そういって、ふんがいする部下たちをおさえた。
ところがギンネコ号は、だんだんに速度をはやめて、はなれてゆく。刻々おたがいの距離はひらいていった。
時計をじっと見ていた隊長は、三十分して無電でもってギンネコ号に連絡させた。
それにたいしてギンネコ号は、返事をうってこなかった。
それから三十分して、テッド隊長は、いよいよたがいの距離を大きくしたギンネコ号にたいし法規をたてに、警告をこころみた。
ところが、それにたいしてもギンネコ号は返事をしてこなかった。そしてますます速度をまして、こっちの救援隊の位置からはなれていった。
救援隊員のなかには、ひどくおこりだして隊長はすぐ全艇に命令をだし、最高速度でギンネコ号のあとを追わせるべきだと論じた。最高速度で追いかけるなら、追いつける自信がじゅうぶんにあった。
だが隊長は、それを命令しなかった。
ギンネコ号が、こっちへ返事の無電をうってきたのは、五回目の警告のあとだった。その返事は、人をばかにしたようなものだった。
「本艇は、貴艇団のまん中において安眠することができない。また、いうまでもなく、本艇の行動は自由である。されど貴艇団にやくそくする、明日九時、本艇はふたたび、貴艇団のまん中へ引きかえすであろう。ギンネコ号艇長」
貴艇団のなかでは安眠することができないとは、よくもぬけぬけといえたものである。
錫箔《すずはく》のかべ
それにしても、この返事がギンネコ号から発せられたので、救援隊としては、これいじょうに文句がいえない。で、そのままにして、引きつづきギンネコ号の位置に気をつけていることにした。
そしてテッド博士以下の幹部も、またベッドへかえった。
帆村荘六はベッドにかえらなかった。そして監視班の当直がつめている部屋の中へはいった。三根夫少年も、帆村につよくねだって、そのうしろへついていった。
四名で当直をしていた。
テレビジョンへ一人、レーダーへ一人ついていた。あとの二人のうち、一人は電源などに気をつけていたし、もう一人は記録をとっていた。
「たいへんですね。なにかあれば、ぼくと三根夫が伝令になって、隊長でも誰でも起こしてきますからね」
と、帆村は当直の人びとにいった。
あいかわらずギンネコ号は、遠くへはなれつつあった。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は、うまいことをいって、にげてしまうんじゃない」
三根夫は心配でしかたがなかった。
「さあ、何ともはっきりしたことはいえないが、さっきあのように返事をよこしたんだから、まさかほんとうににげはしまい」
そう答えた帆村も、レーダー手が新しい距離を測定してそれを曲線図にかいたのを見るたびに心配に胸がいたんだ。
それは十二時近くであった。
「あッ、たいへんだ」
と、レーダー手が、おどろきの叫び声をあげた。
帆村はすぐ椅子からとびあがって、レーダー手のところへいった。
「どうしたんですか」
するとレーダー手は、ブラウン管の膜面におどるエコーの映像を指してダイヤルをまわしながら、
「これごらんなさい、ギンネコ号がおびただしい電波妨害用の金属箔《きんぞくはく》をまきちらしたようです。このへんいったい、そうとうひろく、エコーがもどってきます」
「なるほど。とうとうみょうなことをはじめたな」
ギンネコ号がまきちらしたらしい電波妨害用の金属箔というのは、よく飛行機などが敵の戦闘機に追いかけられたとき空中にまきちらす錫箔《すずはく》などをいう。これをまくと、レーダーの電波は錫箔にあたって反射し、レーダー手のところへかえってくる。そしてそのむこうにいるかんじんの飛行機は、空中にひろがる錫箔のかげを利用して、うまくにげてしまうのである。
だからギンネコ号がそれをまけば、かなりひろい空間にわたって錫箔のかべができてしまい、ギンネコ号はそのかべの向うでにげてしまうことができる。つまり、こっちがその錫箔のかべをむこうへつきぬけないかぎり、とうぶんレーダーは何のやくもしなくなるのだった。
テレビジョンの方も、視界がうんと悪くなって、ギンネコ号の姿を見うしなってしまった。
まさに一大事である。
やっぱりギンネコ号はにげるつもりだったんだな。
帆村は隊長テッド博士のところへとんでいって、きゅうをつげた。
「ふーむ。これはもうほうっておけない」
隊長はついに命令を発し、救援艇の第三号と第五号と第七号の三台に、全速力をもってギンネコ号のあとを追いかけ、電波妨害用の金属箔のむこうへ出、状況をよく見て報告するようにと伝えた。
そこで三台のロケット艇は、隊列からぬけると、うつくしい編隊を組んで、ギンネコ号のあとを追いかけた。
だが、彼《かれ》と我《われ》との距離は、いまはもうかなりへだたっていた。だからこの三台の追跡隊が、金属箔のかべのところまでいくには、四時間もかかって、午前五時となった。
ようやく金属箔のかべをつきぬけたのはいいが、そのむこうにまた金属箔のかべがあった。何重にも、それがあったのである。だからそのうるさいかべの全部をつきぬけるには、それからまた二時間もかかった。
「何かご用でもありますか。いそいで本艇を追っかけておいでになったようだが……」
とつぜん追跡隊へ無電がかかってきて、ギンネコ号からのいやみたっぷりな問いあわせであった。
「ええッ」
といって、追跡隊の人たちも、この返事にはつまった。じつに間のわるい話であった。
こっちをからかいながら、ギンネコ号は、いぜんとはうってかわって、いやにきげんがいい。
ふしぎなことであった。
覆面《ふくめん》の怪人物
さすがのテッド博士以下の救援隊幹部も、また名探偵といわれたことのある帆村荘六も、ギンネコ号がひそかにやってのけたはなれ業《わざ》には、まだ気がついていない。
そのはなれ業のことを、ここですこしばかり読者諸君にもらしておこうと思う。
ギンネコ号が金属箔のかべを作ったあとのことであるが、流星かと見まごうばかりの快速ロケットが、救援隊とは反対の方向からギンネコ号にむかってどんどん距離をちぢめてくるのが、ギンネコ号にわかった。
テイイ事務長などは、そのしらせを受けると、大満悦《だいまんえつ》であった。そしてギンネコ号を、そのほうへ最高速力で近づけるとともに、うしろにはたえずレーダー妨害用の金属箔の雲をまきちらした。
快速ロケットはだんだん接近し、午前三時半頃には、ついにギンネコ号といっしょになった。たくみなる操縦によって、その快速ロケットは、ひらかれたるギンネコ号の横腹《よこはら》のなかに収容されたのであった。
見かけは古くさいギンネコ号には、意外に高級な仕掛けがあったのだ。
そしてこの快速ロケットは、銀色の葉巻のような形をしたもので、全長はギンネコ号の十何分の一しかなく、せいぜい一人か二人乗りのロケットらしかった。
テイイ事務長に迎えられて、快速ロケットのコスモ号から姿をあらわしたのは、身体の大きな緑色のスカーフで顔をかくした人物だった。
「間にあったんだろうな」
その覆面の人物は、きいた。
「はあ、見事におまにあいになりました。やっぱり親分はたいしたお腕まえで……」
「これこれ、親分だなんていうな。きょうからスコール艇長とよべ。おおそうだ。艇長室はきれいになっているだろうな」
「はいはい。それはもうおいでを待つばかりになっております。ええと……スコール艇長」
スコール艇長はマフラーの中で顔をゆすぶって笑った。
「よし、満足だ。安着祝《あんちゃくいわ》いに、みんなに一ぱいのませてやれ」
「え、みんなに一ぱい?」
「おれの乗ってきたコスモ号のなかに、酒はうんとつんできてやったわい」
「うわッ、それはなんとすばらしい話でしょう。さっそくみんなに知らせてやりましょう」
「ちょっと待て。顔の用意をするから、おまえもうしろを向いてくれ」
やがて、もうよろしいと、スコールの声に、テイイ事務長がふりかえってみると、そこには顔全部が灰色の髭《ひけ》にうずまったといいたいくらいの人のよい老艇長がにこにこして立っていた。
「あッ」と事務長はおどろいた。
「ふふふ、これならおれだという事はわかるまい。重宝《ちょうほう》なマスクがあるものだ」
このへんでおさっしがついたことであろうが、快速ロケットのコスモ号で今ここについたスコール艇長こそ、社会事業家のガスコ氏によく似ており、またスミス老人が宇宙の猛獣使いと呼んだ怪人物にもよく似ていた。
いや似ているどころか、まさにその人であったのである。
素性《すじょう》ははっきりわからないが、どうやらすごい悪漢《あっかん》らしい。救援隊の第六号艇を爆破させたのも、またほかの僚艇に時限爆弾をなげ入れていったのも、この人物のやったことである。
何故《なにゆえ》に、かれスコール艇長は、そのようなひどいことをするのか。またかれのいまかぶっている仮面《マスク》の下には、どんな素顔があるのか。それはともに一刻もはやく知りたいことではあるが、もうすこし先まで読者のごしんぼうをお願いしなくてはならない。
さて、朝の午前九時から、ギンネコ号は針路をぎゃくにして、救援艇隊の主力が向かってくるほうへ引っかえしていった。
「なあんだギンネコ号はやくそくどおり、ちゃんと引っかえしてきたじゃないか」
テッド隊長も、気ぬけがしたように、近づくギンネコ号の姿を見て、指先をぴちんと鳴らした。
「きょうはひとつわしがギンネコ号へでかけて、れいの空間浮標の件をかたづけてしまう。帆村君、きみもついてきてくれ」
なにも知らないテッド博士は、そんなことをいって、きげんがよかった。その日こそ、じつは驚天動地《きょうてんどうち》の一大事件が救援艇隊のうえに襲いかかろうとしているのに、まだ誰もその運命に気がついていないらしい。あぶない、あぶない。
宇宙線レンズ
ギンネコ号の事務長テイイは、じぶんの机のまえで、うつらうつらしていた。昨夜らいのガスコ氏いや、いまではスコール艇長のもってきたふるまい酒をのみすぎて、ねむくてたまらないのだった。
「事務長。ちょっとこっちへきてもらいたいね。相談したいことがある」
いきなり戸があいて、ひげだらけの老人がはいってきた。スコール艇長だった。
「はい。ただ今」
事務長テイイは、ともかくもへんじだけをして椅子からとびあがったが、よろよろとよろけて足を机の角《かど》でうって、ひっくりかえった。
「事務長。だらしがないね。きょうはさっそく重大行動をとらねばならないのに、そんなふらふらじゃ困るね。よろしいわしがすぐなおしてやる」
そういったかと思うと、スコール艇長はいきなり事務長のえりがみをつかんでかるがると宙吊《ちゅうづ》りにした。そしてとなりの浴室の戸をあけて、中へつれこんだ。
それからしばらく、生理的なテイイの声がげえげえと聞こえていたが、そのあとで水がばちゃばちゃはねる音がした。と、戸があいて艇長が事務長を猫の子のようにぶらさげてあらわれ、長椅子のうえにほうりだした。
テイイが死にかかっているようにぐったりしていると艇長はどこから取り出したか、いばらの冠《かんむり》みたいなものを手に持って事務長の頭にかぶせた。そしてその冠のうえについている目盛盤をうごかした。すると事務長は、電気にふれたように、ぴくッとなり、棒立ちになってとびあがった。かれの頭髪は箒《ほうき》のように一本一本逆立ち、かれの目は、皿のように大きく見ひらかれている。
「あ、あ、あ、あ、あッ」
かれは唇をぶるぶるふるわせたあとで大きいくしゃみを一つした。するとかれの頭から冠がぽんとはねあがった。スコール艇長はそれをすばやくじぶんの服の中にかくしてしまった。
「ふふふ。人間というやつは、あわれなもんだて、脳や神経の生理について、なんにも知っていない。ふふふ」
艇長ははや口で、ひとりごとをいった。
「艇長、いまなにかおっしゃいました」
「おお、きみの気分はよくなったかと聞いたんだ」
「そうでしたか。おかげさまで、気分がはっきりしました」
事務長は、そういって満足してしまった。もしスコール艇長のあのひとりごとを、他の人間が聞いていたら、さぞふしんに思ったことであろうに。
そこで事務長は、怪艇長のうしろにしたがって、艇長室へはいった。ふたりは、せまいが、ふかぶかとした弾力のつよい椅子に腰をおろして向きあった。その椅子は重力に異常のあったときに、からだを椅子にしばりつけるための丈夫なバンドがひじかけのところについているものだった。
「さて、事務長。あのテッド博士のひきいる残りの九台の救援ロケットは、すこしもはやく破壊してしまわなくてはならない」
「はあ、なるほど」
あんまりはっきりした話なので、さすがの古狸《ふるだぬき》のテイイ事務長も、かんたんな返事しかいえなかった。
「わしがこんど持ってきた器械に、宇宙線レンズというのがある。これは太陽をはじめ、他の大星雲などからもとんでくる強烈な宇宙線を、みんな集めてたばにするんだ。そうしてたばにした宇宙線を、地球じょうで一番かたい金属材料としてしられているハフニウムG三十番|鋼《こう》にかけると、どんな場合でも、まず百分の一秒間に、まっ赤に熱し、たちまち形がくずれてどろどろになり、そしてつぎの瞬間に全体が一塊のガス体となって消え失《う》せる。どうだ、宇宙線レンズはすごい力を持っているだろう」
「へへえッ、それがほんとうなら、大した破壊力を持っていますね」
「破壊力だけで感心してはいけない。またかなり遠方まできくんだ。原則からいうと、無限大の距離でもとどくんだが、まだすこし集めて一本にする技術が完全というところまでいっていないので、まず、四、五千メートル以内なら有効にはたらく」
「四、五千メートルまでなら、じゅうぶん使い道がありますよ。やくに立ちます」
「やくに立たないものなんか、わしは持ってこない。そこでだ、この宇宙線レンズの力を借りて、きょうはテッド博士のひきいる九台のロケットを全部焼いて、九つの煙のかたまりにしてしまおうと思うんだ。しっかりやってくれよ」
「きょうのうちにですか。それはどうも」
と、事務長が艇長の気ばやいのにおどろいてるおりしも、外から電話がかかってきた。
「艇長ですか、テッド博士外一名が、これから二十分後に、こっちへきて、面会したいといって無電をかけてきました。どう返事をしましょうか」
「ふん、そうか」と艇長はちょっと考えて、
「わしのほうからうかがいますといってくれ。なにしろきのうは失礼しましたから、きょうはわしのほうがでかけますというんだぞ」
艇長は、電話を切ったあとで、
「ちょうど、都合がいい。これから向うへいって、相手のようすをよく見てきてやろう。うまくゆけば、テッドのやつの頭を変にしてやろう」
と、平気な顔で、そういった。
いよいよ救援隊にとってゆだんのならない事態になってきた。あやしい、あやしい。
猫かぶりの客
救援隊ロケットの司令艇では、とつぜんのお客さんをむかえる準備にいそがしい。
なにしろあの傲慢で、やくそくもなんにも平気でやぶって、かってなふるまいをしてはばからないゴロツキ艇ギンネコ号の首脳部が、きのうとはうってかわり、わざわざこっちへくるというのであるから、テッド隊長以下の面くらったのはあたりまえだ。
「ギンネコ号から、形の小さいロケットが発射されました。大きくまわって、こっちへ近づきます」監視員が、艇内へ放送した。
なるほどテレビジョンの幕面《まくめん》に、それがうつっている。石油やガソリンを積む貨車に似たロケットだった。背中に、こぶのようなものがとびだしているのが、かわっていた。あっというまに三度ばかり司令艇のまわりをまわったが、あとになるほどスピードをおとして、四回目には母艇《ぼてい》ギンネコ号の探照灯をうけて胴中《どうなか》をきらきら輝かしながら、司令艇の出入り口のうえに、こぶのようなものがすいついていた。あざやかな投錨《とうびょう》ぶりだ。
それから五分すると、そうほうの打ち合わせがうまくいって通路が開かれ、ギンネコ号の乗組員が五名、どかどかと司令艇のなかへはいってきた。
先発は、ひげの老艇長スコール。そのあとに長身でやせぎすの事務長テイイがらくだ[#「らくだ」に傍点]のような顔をこうふんにふりたててしたがった。そのあとに空気服とかぶとをつけた武装いかめしい三人の部下がついていた。三人とも目ばかりぎょろつかせ、みょうな形の機銃らしいものをかまえている。
テッド隊長は、副隊長のロバート大佐をしたがえて出迎えた。そのうしろにポオ助教授の神経質な顔と帆村荘六の面白い顔とがのぞいていた。
「わしがギンネコ号の艇長だ、テッド博士はあなたかね」
スコール艇長は、ぶっきら棒にものをいう。
「わたしがテッド隊長です。よくおいでくださいました。部下の一部を紹介します」
と、テッド博士は礼儀ただしく副隊長以下の接伴員《せっぱんいん》たちを紹介した。そして、こちらへと客間にみちびいた。
帆村はスコール艇長を迎えたときに、大きいおどろきにぶつかった。ギンネコ号の艇長といえば、かれがなじみの鴨《かも》艇長だとばかり思っていたのに、それが意外にも、別人の髭《ひげ》もじゃの老人だったので、もうすこしで「あッ」と叫ぶところだった。
その帆村は、一番おくれて客間にはいった。そのまえにかれは、いつも影のようにかれについている三根夫少年の手をにぎり、指先を使ってなにごとかを三根夫に伝えたのであった。
三根夫は、帆村からの信号をりょうかいすると、さっと青くなり、それからこんどはぎゃくに赤くなった。そして目立たないように帆村のそばをはなれて、どこかへいってしまったのである。
客間では、テッド博士が、スコール艇長にむかい、きのう部下たちが訪問して親切にあつかわれたことについて礼をのべ、また目下の運命の知れない『宇宙の女王《クィーン》』号について情報をもたらしたことを感謝した。
「なあに、助けあうのはあたりまえのことだ。ましてや外に生物もいないこの宇宙のはてにおいて、人間同志はしたしくするほかない。仲よくしましょう」
スコール艇長のことばはよかった。しかしかれの本心からでているかどうか、うたがわしい。
これにたいしてテッド隊長は、どこまでもまじめに相手に礼をいった。そしてこっちもギンネコ号のためにできるだけのべんぎをはかりたいが、もし水や食糧品でもたりなければ、もっとおゆずりしてもいいといった。
「そんなものは、じゅうぶん持っている。おお、そうだ。協力で思い出したが、わしはこのロケットのなかを見たことがない。いいきかいだ。これから案内して、見せてもらいましょう」
ロバート大佐が、スコール艇長の申し出にあるふあんをおぼえ、テッド隊長に注意をしたとき隊長はにっこり笑って、むぞうさにスコール艇長に答えた。
「ええ、それはおやすいご用です。さあわたしがご案内します」
といって立ちあがった。
これはたいへんと、ロバート大佐が隊長に耳うちしようとするのを、しっかり抱きとめた者があった。ふりかえると、それは帆村だった。
「いいのです。そのままにしてお置きなさい」
と、帆村は目で大佐に知らせた。
そこでギンネコ号の五名のお客さんを案内して、テッド博士をはじめ、ロバート大佐、ポオ助教授、帆村の四名が、その部屋をでた。まず操縦室から案内することになった。
スコール艇長は、ひげだらけの顔を上きげんにゆすぶりながら、上下左右へしきりに目をくばり、このロケットの構築《こうちく》ぶりをほめるのであった。それは、かりそめにも害心《がいしん》のある人物に見えなかった。
しかし帆村はもちろん、ロバート大佐もポオ助教授も、ゆだんはしていなかった。だがこの三人がスコール艇長、じつは怪人ガスコ氏の兇暴《きょうぼう》なる陰謀を知りつくしているわけではないから、危険は刻一刻とせまってくる。
三根夫の活躍
艇内を案内されてスコール艇長のガスコ氏が、とくに目を向けていたのは、このロケットの壁の厚さと材料と、その構造についてであった。宇宙レンズで、強力なる宇宙線の奔流《ほんりゅう》をこのロケットにあびせかけたとき、どうなるかをひそかに診察しているわけだった。
(ふむ。だいたいわかったぞ。あとは、一番艇内でたいせつな機関室の金属の壁のぐあいを調べることができれば、それで下調べはすむ)
怪人ガスコは、ほくそ笑んで、足をいよいよ機関室にうつした。
(よし。この部屋がすんだら、あとはすきを見て、まえにゆくこのテッド博士の脳を電波でかきみだしてやろう。ふふふ、もうしばらくだて……)
一同の一番最後から、帆村が機関室にはいった。テッド博士は、そこにならんでいるたくさんの器械器具について非常にくわしく説明をはじめた。
「ああ、どうも暑い。この部屋は暑いですなあ」
そういったのは、テイイ事務長で、ハンカチをだして、額に玉のようにうかびでた汗をぬぐうにいそがしい。
事務長の外のお客さんは、そんなに暑がっていない。スコール艇長も、平気である。
このとき三根夫少年は、たいへんいそがしかった。かれは作業服を着て、一段高い配電盤のまえに立って、一同のほうに背中を見せ、しきりに計器を見ながらハンドル型の調整器をまわしているのだった。誰が見てもそうとしか見えないが、じつは三根夫は反射鏡でお客さんたちのほうを見ながら、エンジンの間にすえつけてある赤外線放射器から、かなり強烈な熱線をだして、スコール艇長の顔へあびせかけているのだった。その熱線のおこぼれが、うしろについているテイイ事務長にあたり、それで事務長は「暑い、暑くてかなわん」とさわいでいるのだ。
しかるにスコール艇長は、平気のへいざでテッド博士の話に注意力のはんぶんをさき、のこりの注意力を機関室の壁や床や天井のほうへそそいでいるのだった。――と、とつぜんみょうなことが起こった。スコール艇長の長い髯《ひげ》がばさりと下に落ちた。つづいて右の頬ひげが脱落した。それから右の口ひげも、顔からはなれて足許《あしもと》に落ちた。
赤外線の熱で、つけひげの糊《のり》がとけはじめたのである。ひげの下から現われた顔は、画にも文章にもかけない醜悪な顔だった。どんな悪魔もこれほどのすごい顔を持っていまい。
「おや、ひげがこんなところに落ちている」
と事務長テイイが、やっと気がついた。そしてぎくりとしてスコール艇長に追いついて、その顔をのぞきこむと、さあたいへん、秘密にしておかねばならないはずの恐ろしい地顔《じがお》がはんぶんほど現われているではないか。
「艇長。あなたの顔が――」
と、テイイの叫ぶ声に、はっとしてスコール艇長は気がついた。かれは「しまった」とうなると、手をポケットに突込み、それから緑色のマフラーをつかみだし、くるくるッと自分の顔にまきつけた。
まえばかり向いて説明をつづけていたテッド博士が、このとき気がついて、うしろにふりむいた。
「どうかされましたか。おや、あなたはガスコ氏!」
博士は、ガスコ氏をいいあてた。が、博士の声は、あんがいあわてていなかった。あわてているのは、当の怪人ガスコだった。
「なにをいう。わしはガスコなんて者ではない」
緑色のマフラーのなかで怪人の口が大きく動いた。と、とつぜんかれは、服の下から、針金を輪にしたようなものをとりだし、頭上高くあげた。そしてそれを高く持ったかれの右手はねらいをつけるためか前後へゆれた。その輪こそ、かれがテッド博士の顔めがけて発狂電波を投げかけようとするおそろしい発射器であった。と、かれの左手が服の下へはいった。そこには電波をだすためのスイッチがあった。
かれはそのスイッチをおした。ああ、博士があぶない。
ほえる怪人
とつぜん、この機関室が鳴動した。
電灯がすぅーと暗くなったかと思うと、天井につるしてあった二つの大きな金属球の間に、すごい音を発して、ぴかぴかッと電光がとんだ。
その電光の一部は、ガスコ氏が高くさしあげた輪の上にもとんだ。
「あッ」
と叫んで、ぱったりたおれた者がある。電光のとびつく輪を持って立っている怪人ガスコのうしろにいた事務長テイイが、悲鳴とともにたおれたのだ。
たおれたと思ったテイイは、すぐはね起きた。そしてげらげらと、とめどもなく笑いだした。
「ちょッ、二度目の失敗だ」
いまいましそうに怪人ガスコは舌打ちして、電波をだす輪を足許へなげすてた。
すると、いままで部屋じゅうを荒れくるっていた電光がぱったりと停り、電灯がもとのように明かるくなった。
「わははは。これはいいおもてなしを受けたもんだ。稲妻《いなずま》のごちそうとは、親善の客にたいして無礼きわまる」
電波が発射されるまえに、三根夫が大放電のスイッチを入れ電光をとばしたので、さしもの電波もテッド博士のほうへは向かわず、かえってあべこべに後へ吹きつけられ、テイイ事務長の頭をおかして、かれの頭を変にさせたのであった。
「おかえりになる道は、こっちであります」
と、ロバート大佐が怪人ガスコにたいし、わざとていねいにいって腕をのばした。
「ふん。わしは礼をいう。いずれ後から、たんまりお礼をするよ。おい、事務長。みっともないじゃないか。さあ、早くこい。引きあげだ」
怪人ガスコは、げらげら笑いの事務長を横にして抱えると機関室をでてどんどん走りだした。そのあとから三人の空気服を着た部下が、おくれまいと追いかける。
帆村とポオ助教授も、それにつづいて走っていく。
あとにはテッド博士とロバート大佐とが残っていて、顔を見合わせた。
「ロバート君。よくまあだんどりよく、あいつの仮面をはぎ、そしてあいつの害心を叩きつぶしてくれたね。お礼をいう」
「幸運でした、隊長。帆村君とポオ君とそれから三根夫少年が、すぐれたチームワークを見せてくれたのですよ。しかし、あれはやっぱりガスコ氏ですかな」
「それにちがいないと思う。あの緑色のマフラー、あの口のきき方、顔を見せないで、変装してきたことなど、ガスコ氏にちがいない。しかしふにおちないのは、飛行場に残ったはずのガスコ氏が、いつの間にギンネコ号にはいりこんだのか、それがわからない。
「怪しい人物ですね。あれはいったいどういう素性《すじよう》の人ですか」
「それは帆村君にも調べさせたんだがはっきりとはわからない。わかっていることは――」
といいかけたとき、警鈴《けいれい》のひびきとともに壁の一方にとりつけてあったテレビジョンの幕面に本艇をはなれてゆく怪人ガスコの乗ったロケットがうつりだした。
「隊長、ごらんなさい」と、高声器の中から帆村の声が聞こえた。
「スコール艇長は、かれの部下のひとりが、最後に乗りこもうとして片足をかけたときに艇をだしたので、かわいそうに、かれはハッチから外へほうりだされて、あれあれ、あのとおり宙に浮いて流れています」
「おお、かわいそうに。非常警報をだして僚艇から救助ボートをだしてやれ」
テッド隊長はむずかしいとは思ったが、いやなギンネコ号の乗組員ながら、ひとりの人命を救うために、重大命令を発した。
怪人ガスコは、ぷんぷん怒って、ギンネコ号にもどってきた。出迎えた艇員の誰もが怪人ガスコのスコール艇長のそばに寄りつけない。
ガスコは、艇長室へはいった。
それからかれの部屋から、ベルがたびたび鳴った。入れかわりたちかわり、いろいろな人が呼ばれたが、いずれも頭や顔に大きなこぶをこしらえて、ほうほうのていで艇長室から逃げだしてきた。
「ちょッ。やくに立つやつはひとりもない。これっきりで、わしがぐずぐずしていた日には、女王《クィーン》から、どんなお叱りをうけるか、たいへんなことになる。こいつはなんでも早いところ、すぐさま宇宙線レンズで、テッド隊のロケット九台を焼き捨ててしまうにかぎる。そうだ。それしか手がない」
怪人ガスコは、卓上のマイクを艇内全室へつなぐと、それに向かって命令のことばをどなった。
「砲員の全部は、宇宙線レンズのあるところへ集まれ。宇宙線レンズ係りは、すぐ使えるようにいそいでレンズを艇の外へ突きだせ。わかっているだろうが、これからテッド隊のロケットをぜんぶ焼きはらうんだ。わしはすぐ、そこへいく。それまでに用意をしておけ」
マイクのスイッチを切ると、怪人ガスコは両の拳《こぶし》でじぶんの胸をたたきわらんばかりに打った。そしておそろしい声でうなった。それはどうしても野獣の叫び声としか思われなかった。
大異変《だいいへん》
ギンネコ号では怪人ガスコの命令により、宇宙線レンズ砲が、むくむくと動きだし、艇外へぬっと砲門をつきだした。
あとは、ガスコの「焼け」という号令一つで、このレンズ砲が偉力《いりょく》を発し、たちどころに救援隊ロケット九台を火のかたまりとしてしまうことができるのだ。
それぞれの宇宙線レンズ砲についている砲員たちは、ガスコの号令をいまやおそしと待ちうけた。
ガスコは、レンズ砲の用意のできたという報告を受取った。よろしい、いまやテッド博士以下を赤い火焔《かえん》と化《か》せしめ、『宇宙の女王《クィーン》』号の救援隊をここに全滅せしめてやろうと、かれは覆面の間から、ぎょろつく目玉をむきだし、相手をにらんで「焼け」という号令をマイクにふきこむために、その方へ口を寄せた。
ああ、テッド博士以下の救援隊員の生命は風前の灯である。全滅まえのたった一秒まえである。ガスコが、のどから声をだせば、すなわちテッド博士以下の生命はおわるのだ。
「ややッ!」
おどろきの叫び声! 叫んだのは、余人でない、怪人ガスコだった。
かれは両手でじぶんの大きな頭をおさえ、はあはあと、あらい呼吸《いき》をはずませた。
「ちぇッ、おそかったか……」
と、ガスコが二度目のおどろきを発したそのときには、ギンネコ号の全体はうす桃色の光りで包まれていた。
そればかりか、艇の外へつきだしたばかりの宇宙線レンズが、まるで飴《あめ》のように、だらんと頭をさげて曲がり、それからそれは蝋《ろう》がとけるようにどろどろととけて、なくなってしまった。なんというふしぎであろう。
これでは、怪人ガスコがものすごい声をだしてざんねんがるのも、むりはない。いったいだれが宇宙線レンズをこんなにとかしてしまったのであろうか。いや、そればかりでない。ギンネコ号をうす桃色の光りが包んだときから、ギンネコ号は航行の自由を失ってしまったのだ。つまりいくら舵《かじ》をひねっても操縦はきかなくなり、いくらガス噴射を高めてみても前進しなくなったのだ。
怪人ガスコは、頭をおさえたまま、どうと艇長室の床にたおれた。
このギンネコ号の異変は、救援隊ロケットがやったことであろうか。
いや、そうではないようだ。というわけは、テッド博士のひきいる救援隊ロケットにおいてもギンネコ号の場合にゆずらない異変がおこっている!
九台のロケットは、やはり艇全体がうす桃色の光りでつつまれていた。
操縦がさっぱりきかなくなり、前進もできなくて、まるで宇宙の暗礁《あんしょう》へのりあげてしまったようなことになった。
「故障! 原因不明!」
「航行不能におちいった。原因不明」
そういう報告が、僚艇から司令艇のテッド博士のところへ集まった。
ところがその司令艇も、ふしぎな故障で、航行不能におちいっているのであった。しきりに尾部《びぶ》からガス噴射をしているんだが、速度《スピード》計の針はじっと一所に固定してしまって、一目盛も前進しない。
「これはきみょうだ。こんなに猛烈にロケット・ガスを噴射しているのに、すこしも前進しないとはおかしい」
「外力がこのロケットにくわわっているわけでもないのに、完全に動かなくなるとはおかしい」
「しかしそれでは自然科学の法則にはんする。やっぱり外力が本艇にくわわっているのではないか」
「だってきみ、そんな外力を考えることができるかね。本艇のロケット推進力を押しかえしてゼロにするという外力が、どうしてあるだろうか。外を見たまえ。本艇の正面も尾部も異常なしだ。他のロケットで、本艇を押しもどしているようすなんかないものかね」
「ふしぎだ。わけがわからない。いったいどうしたんだろう」
司令艇の機関部員たちは、あらゆる場合を考えて、この謎を解こうとしたが、謎はさっぱり解けない。
テッド博士も、さすがにこれにはこまって、腕をこまぬいてうなるばかりだった。
(この異常現象はどういうわけで起こったか。それがわからないうちは処置なしだ)
博士は、その異常現象が、九台の救援ロケットの破壊をすくったことさえ知らなかった。
「あッ、ふしぎだ。空から星が消えていく。隊長、あれをごらんなさい」
叫んだのは帆村荘六だった。
操縦席のまえの硝子《ガラス》窓をとおして、無数の星がきらきら輝いているひろい大宇宙が見えていたが、その星が、左のほうからだんだん消えていくのであった。まるで大きなひさしが天空を横にうごき、星の光りをかくしていくようであった。
すわ、大異変!
暗黒化
「おお、なるほど。星の光りがだんだん消えていく」
テッド博士もおどろいた。いったい星の光りをさえぎっているものはなにか。
「なにかしらんが、大きなひろいものが星と本艇の間にあって、星の光りをさえぎっていくのですね」
帆村の声が、いつになくうわずっている。かれはなかなかおどろかない男だが、きょうばかりは大おどろきの中にほうりこまれているらしい。
「そうだ。通信当直。レーダーで調べてみるんだ。あのおそろしいじゃまものはいったい何だかわかるかね。あれは本艇から、どのくらいの距離にあるのか、すぐ調べてくれ」
テッド博士は叫んだ。
「だめなんです、隊長」
「だめとは何が?」
「今、ご報告しようと思っていたところですが、いますこしまえから、とつぜん僚艇との連絡通信が不可能になりました」
「やッ」
「こっちからいくら電波をだしても、僚艇から応答なしです。じつはレーダーもはたらかしてみました。ところが、これもだめなんです。つまり本艇の電波通信はさっぱり用をしなくなりました」
「レーダーも応答なしか」
「はい。困りました」
「困ったね。そしてわけがわからん。おお、ポオ助教授。きみにわかるかね、本艇の電波通信が用をしなくなった理由が……」
テッド博士は、そばにポオ助教授が立っているのに気がついて、そういってきいた。
「ちょうど、非常にひどい磁気嵐《じきあらし》にでもあたったようですね。しかしいまのところぼくにも本当のことはわかりません」
助教授も、さじをなげた。
その間にも、帆村は、星の光りが消えていくありさまをじっと見まもっていたが、このときおどろきの声を発して、隊長テッド博士に呼びかけた。
「隊長。もうしばらくのうち星の光りは全部消えてしまいそうです。残っているのはあそこだけで、ふしぎだなあ、残っている星の群れは、円形の中にはいっています」
「なるほど。これはまた奇妙だ」
「ほら、ごらんなさい。円形の窓から眺めるような星の光りが、だんだん小さくなっていきます。窓がだんだん小さくしぼられていくようだ。ポオ君、見ていますか」
「見ているとも、帆村君」と助教授は帆村の肩へそっと手をかけた。
「まったくふしぎだね。こんな異変が天空に起こるという報告を、これまでに一度も読んだこともなければ、聞いたこともない。じつにふしぎだ。しかしこれは夢ではない。われわれは皆で、さっきからこの天の涯《はて》の異変をたしかに見たのだ」
「ねえ帆村のおじさん。ぼくは、とても大きい黒い袋のなかに包まれていくような気がします。おじさんは、そう感じないですか」
さっきから、だまってこの異常なできごとを見まもっていた三根夫少年が、このとき帆村の服のはしをひいてこういった。
「なに、黒い袋のなかに包まれていくようだと。……うまい。ミネ君。うまい表現だ。うまいいいあらわしかただ」
と、帆村が感心していった。
「なるほど、そのような感じだ」
隊長も、うなずいた。
「ああ、黒い袋の口が、ついに閉まる。みなさん見ていますか」
「見ているとも……」
一同は、いいようのない気味わるさをもって、天空《てんくう》にのこされた最後のせまい星の光りが消えていくのを見まもっている。
「あ、消えた」
「とうとう消えた。完全な暗黒世界だ」
「暗黒の空間なんて、はじめて見知ったよ。ああ、おそろしい」
「大宇宙が、消えてしまったんだろうか。地球へもどるには、どうすればいいのだろう」
恐怖のことばが人びとの口からほとばしった。こんな異変は、テッド博士も経験したことがなかった。
「ああ、もうだめだ。本艇の噴進もきかなくなり、昼の光りさえ見えない暗黒世界へ閉じこめられてしまったのだ。わたしたちは、もう何をする力もない」
「そうだ。われわれを待っているものは燃料の欠乏だ。食料がなくなることだ。そしてみんな餓死《がし》するのだ。ああ、おれは餓死するまえに頭が変になりたい」
もはや『宇宙の女王』号の救援どころではない。じぶんたちのうえに、おそろしい死の影がさしているのだ。
もうじぶんを救うみちはないか。
奇怪なるこの大暗黒の秘密は何?
真相不明
司令艇の操縦席が、会議場になってしまった。
最高幹部と、本艇内にいて、科学技術をたんとうする十二人の博士などが集まって、これからどうしたらよいか。そしてこの奇怪な現象はなにごとであるかの協議をはじめた。
帆村もこれにくわわっていた。三根夫もいた。三根夫は帆村からいいつけられて会議を聞きながらも、本艇の周囲にたいしとくに注意をしていることになっていた。少年は、テレビジョンの六つの映写幕へ、かわるがわるするどい視線を動かした。
「まず、いまわれわれがどういう目にあっているんだか、意見をのべてもらいたい」
隊長がいった。
「宇宙塵《うちゅうじん》のかたまりのなかに突入したのではないかと思います。だから星の光りが見えなくなった」
博士のひとりが意見をのべた。
「いやいや、そうでないと思う。宇宙塵のかたまりというものがあって、その中へ突入したものなら、本艇はその宇宙塵につきあたるから、手ごたえが感じられるはずです。しかしそんな手ごたえはないではありませんか。また宇宙塵の中といえども、本艇は噴進することができるはずであるが、実際本艇は一メートルも前進することができないのです。ですから宇宙塵の考えは正しくない」
「では、きみは何と考えるのですか」
「わたしは暗黒星《あんこくせい》へ突っ込んだのではないかと思いますよ」
「それはおかしい。暗黒星のなかへ突っ込んだものなら、そのときにはげしい衝突が感ぜられ、本艇は破壊するでしょう」
「いや、暗黒星には、ねばっこい液体からできているものもあると思うのです。そういうものの中へ突っ込めば、かならずしも破壊が起こりはしない」
みんなの議論がかっぱつになった。
「諸君は、もっとも大切なことを見のがしておられる。それは星の光りが消えはじめるまえに、本艇はうす赤い光りで包まれていたことだ。あの光りはなんであろうか。あのふしぎな光りの謎をまず解かなくてはならない」
「おお、それはいいところへ目をつけられた。きみは、どう解くのか」
「わたしの考えでは、本艇は、なにかの外力をうけて、あのきみょうな放電現象となったのであろうと思う。その外力はなにものか、それはまだわかっていないが、ともかくもその外力は、非常に大きな力を持っていると思われる。あのきみょうな放電現象によって、本艇の外廓《がいかく》のうえには、黒いペンキのようなものが塗られた。そのために外が見えなくなった。この考えはどうですか」
「なるほど、その説によると、外界《がいかい》が見えなくなったことは、説明できるが、しかし本艇がガスを噴射しているにもかかわらず、すこしも前進しないのは何故かという説明がつかない。それとも、このうえにもっときみは説明をくわえますか」
「その黒いペンキのようなもの――それは非常にねばねばしたもので、われわれにはちょっと想像もできないが、それはしっかり本艇を宇宙のある一点へとめているのではなかろうか。つまり蠅《はえ》がとりもちにとまって動けなくなったとおなじように、本艇は、そのねばねばしたまっ黒いものに包まれ、そして動けなくなったのではないですかな」
「その考えはおもしろいが、しかしそれは想像にすぎない。想像ではなく、もっとはっきりした事実をつかまえ、そのうえに組立てた推理でなくてはならない」
「ですが、地球のうえならばともかく、このように宇宙の奥まで入りこんでいるのですから、ここではだいたんなものさし[#「ものさし」に傍点]で測る必要があります。地球のうえだけで通用するものさしで測っていたんではだめだと思います」
「そういう議論はあとにして、もっと実際の問題を論じてもらいたいね」
と、テッド隊長は注意した。
すると一同は、だまってしまった。
どう解こうにも、さっぱり手がかりがないとは、このことだ。さすがの救援隊のちえ袋といわれる博士たちも、いいだすことがなくなった。
「なにか考えをいってもらいたい」と、隊長はさいそくした。
しかし一同は、たがいに顔を見合わすばかりだった。
やっと口を開いた者があった。それは帆村荘六だった。
「さっぱり手がかりのないことを、いくら論じてみても、むだだと思います。それよりはもうすこし時間のたつのを待ったうえで、なにか新しい手がかりのみつかるのを待ち、あらためて論ずることにしてはどうでしょうか」
「まあ、そういうことになるね」
隊長は、帆村の説にさんせいした。
「では、しばらく待とう。会議はひとまず解散だ」
そういって隊長テッド博士が椅子から立ちあがったとき、三根夫がとつぜん大声で叫んで、テレビジョンの幕面を指した。
「あッ、光った棒のようなものが、下のほうからこっちへ伸びてきますよ。あれはなんでしょう」
光る怪塔《かいとう》
光った棒のようなものが、下のほうからこっちへ伸びてくるとは何事であろう。
三根夫少年が指すテレビジョンの映画へ、隊長以下の視線があつまる。
ほんとうであった。たしかに光る棒が下方から伸びあがってくる。春さきの筍《たけのこ》が竹になるように伸びてくるのだった。
それまでは四方八方が暗黒だったから、テレビジョンの幕面にはなんの明かるいものも見えなかった。ところがいま、三根夫の発見により、はじめて艇外に、目に見えるものが現われたのである。
「なんだろう。やっぱり棒かな」
「棒ともちがう。割れ目のようでもある」
「割れ目? なんの割れ目」
「割れ目ができて、となりの空間のあかりが割れ目からさしこむと、あのようになるではないか」
「なるほど」
「ちがう。光りの棒でも割れ目でもない。光る塔だ」
「光る塔! なるほど塔みたいだ。そうとう大きなものだ。しかし宇宙のなかに塔があるとは信じられない」
「だめだ、そんな風に、地球上だけで通用する法則だけにとらわれていては、この大宇宙の神秘はとけないですよ」
「また、さっきの議論のむしかえしか」
「いや、そうとってもらっては困る。とにかくわれわれは、頭のなかを一度きれいに掃除しておいて、そのきれいな頭でもって、われわれの目のまえに次々にあらわれる大宇宙の驚異《きょうい》をながめる必要がある。そうでないと、その驚異の正体を、はっきり解くことができないからねえ」
「おやおや、すてきに大きい塔だ。どう見ても塔だ。わたしは気がたしかなのであろうか」
白光につつまれたその巨大なる怪塔は、下からぐんぐん伸びあがってきてやがて本艇と同じ高さにたっした。本艇の窓という窓には、艇員の顔があつまり、びっくりした顔つきでその光る怪塔を見まもる。
「帆村のおじさん。あの塔はなんでしょうか」
三根夫は、このときやっとわれにかえり、帆村に質問をかけるほどのよゆうができた。
「はっきりはわからないが、あれは相手がわれわれに、一つの交通路を提供しようというのじゃないかなあ」
「なんですって」
三根夫にとっては、帆村のいうことがさっぱりわからなかった。交通路の提供だの、相手だのというが、なんのことだろう。
「つまりだ、相手は、われわれに会いたいのだ。会うためには、あのような塔の形をした交通路を、本艇のそばまでとどかせてやらなくてはならない、相手はそう考えたんだろう」
「塔が交通路なんですか。どうしてですか」
「もうすこし見ていればわかるのではないかなあ。ほら、塔の先から、こんどは横向きに、籠《かご》のようなものが伸びてきたではないか」
「あッ。ほんとだ」
伸びるのがとまった塔のてっぺんは、すこしふくれていたが、そこから籠のようなものが横向きにぐんぐん伸びて本艇の方へ近づいてくるのであった。
「おそろしい相手だ」
帆村が、ひとりごとをいった。
それを聞きとめた三根夫は、
「帆村のおじさん。さっきから、おじさんは相手がどうしたとかいいますがね、相手とはだれのことですか」
「あの塔の持主のことさ。ああして塔をぐんぐんと、われわれのほうへ伸ばしてよこすのはだれか。それがおじさんのいう相手さ」
「だれなんですか、その『相手』は」
「本艇をすっかり暗黒空間でつつんでしまった『相手』だ。本艇の電波通信力をなくしてしまった『相手』だ。いくら本艇が噴進をかけても、一メートルも前進させない『相手』だ。これだけいえば、ミネ君にもわかるだろう」
「わからないねえ」
三根夫は、ため息とともにそういった。
「わかりそうなものではないか。宇宙を快速で飛ぶ力のある本艇を捕虜《とりこ》にすることができる『相手』だ。ただ者ではない。もうわかったろう」
「あッ。すると、もしや……」
三根夫はがたがたとふるえだした。
帆村がなにをいっているか、ようやくわかってきた。が、もしそれがほんとうならこれは大変なことだ。
「やっとわかったらしいね」と帆村は青白い顔にかすかな笑みをうかべた。
「ミネ君われわれは本艇とともに、ついに怪星ガンにとらえられたのだ。もはやわれわれは、怪星ガンの捕虜でしかないのだよ」
怪星ガンの捕虜になってしまった! ああ、なんという意外、なんというおそろしさよ。テッド博士以下の救援隊員の運命は、これからどうなるのであろうか。おそるべき怪星ガンの正体は何?
怪星の正体
怪星ガンの捕虜《とりこ》になってしまったというのだ。
これが、日ごろ深く尊敬し信用している帆村荘六のことばであったが、三根夫は、こればかりは、すぐに信用する気になれなかった。
なぜといって、あまりにだしぬけすぎる。とつぜん『怪星ガン』がとびだしてきて、しかもじぶんたちは、そのなかにもはやとりこ[#「とりこ」に傍点]になっているというのだ。
そのまえに三根夫は、怪星らしいものの片影《へんえい》すら見なかった。だから、その怪星のとりこになったなどといわれても、さっぱりがてんがいかない。それに、星がロケット隊をとりこにするなんて、そんなことができるのであろうか。いったい、どんなにして、それを仕とげるのだろうか。
もっとも、わがテッド博士のひきいる救援艇ロケット隊が探している『宇宙の女王《クィーン》』号が、さいしょに打った無電によると女王号もどうやら怪星ガンのとりこになったらしくは思われるが。
三根夫の頭のなかには、花火が爆発したときのようなにぎやかさで、たくさんの疑問が入りみだれて飛ぶ。
「帆村のおじさん。怪星ガンというやつは、どこに見えるのですか」
三根夫は、ついに質問の第一弾をうちだした。かれの唇は、こうふんのために、ぴくぴくとふるえている。
「どこに見えるといって、われわれは怪星ガンの腹の中にはいっているんだから、外を見て見えるものはみんな怪星ガンの一部分だと思うよ。これはいまのところわたしだけの推理だがね」
帆村荘六の顔は、死人の面のように青く、こわばっている。
「では、あの塔みたいなものも、怪星ガンの一部分なんですか」
「それはたしかだと思う」
「でも、へんですね。星というものは、ふつう表面が火のように燃えてどろどろしているか、あるいは表面が冷えて固まっているものでしょう。ところが、怪星ガンはそのどちらでもないようですね。なぜといって、火のように燃えている星なら、ぼくたちも、たちまち燃えて煙になってしまうでしょうが、このとおり安全です。おじさん、聞いている?」
「聞いているよ」
「また、怪星ガンが表面が冷えかたまっていて、地球や月のような星なら、その星の腹へ、ぼくらのロケットをのみこむといっても、できないじゃありませんか。だから、怪星のとりこになっているといわれても、ぼくは信じられないや」
そういって三根夫は、帆村の返事はどうかと、顔をのぞきこんだ。
「きみは信じないかもしれないが、きみがのべた二つの星の状態のほかにも、星の状態というものはいろいろあると思う。そしてわたしたちは、その一つの実例を、いま目のまえに見ているのだ。そう考えることはできるだろう」
帆村のことばがむずかしくなる。かれもおそらく、じぶんの小さい脳髄《のうずい》だけでは持ちきれないほどの推理こんらんになやんでいるのだろう。
「とにかく、さっききみは見たろう。星がどんどん姿を消していったのを。最後に窓のように残った図形の星空、それが見ているうちに、まわりがだんだんちぢまって、やがて星空は完全に消えてしまった。そして大暗黒がきた。そうだろう」
「そのとおりですけれど」
「つまりね、あの大暗黒が、怪星ガンの一部分なんだ。われわれは怪星ガンにすっかり包まれてしまったんだ」
「すると怪星ガンは霧のようなものですかねえ。それともゴムで作った袋みたいなものかしらん」
「そのどっちにも似ている。けれども、それだけではない。そのうちに、もっと何かあるんだと思う」
帆村は、謎のような、ぼんやりしたことをいう。
「もっと何かあるって、何があるの」
「あれだ。あのようなものがあるんだ」
と、帆村は下からのびてきた光る怪塔を指した。
「あれはなんでしょう。高い塔のようなもの」
「つまり、怪星ガンのなかにはあのように、しっかりした建造物があるんだ。霧かゴムのようにふんわり軟い外郭《がいかく》があるかと思うと、そのなかにはあのようなしっかりした建造物がある。いよいよふしぎだねえ」
「まるで謎々ですね」
「そうだ、謎々だ。しかし、この怪星ガンの構造がどうなっているか。その謎をとくには、もっともっといろいろ観察をして、条件を集めなくてはならない」
「ぼくは、なにがなんだか、さっぱりわけが分らなくなった。くるなら、こい。なんでもこい、よろこんで相手になってやる」
三根夫は、かたい決心を眉《まゆ》のあいだに見せて、ひとりごとをいった。
扉をたたく者
そのころ、怪塔の頂上から横にのびていた籠型《かごがた》の高架通路《こうかつうろ》のようなものが、ぴったりとこっちのロケットの横腹に吸いついた。それは、わが司令艇の出入口の扉のあるところだった。
その扉が、どんどんと、外からたたかれた。そこに当面していた乗組員たちは、ぶるぶるッと身ぶるいした。かれらは、さっそくこのことを司令室の隊長テッド博士のところへ報告した。そして特別のマイクを、扉のところへもっていって、外からたたかれる音を、テッド隊長の耳に入れた。
「おわかりになりますか。隊長。あのはげしい音を……」
「よくわかる。外で何かしゃべっているようだね」
「え、しゃべっていますか。どうせ怪しい奴のいうことだ、ろくなことではあるまい」
出入口当直員は、耳をすまして、扉のむこう側の声を聞きとろうとした。
と、そのとき、外の声が一段と大きくなった。
「この扉を開いてください。お話したいことがあります」
そういうことばが、いくどもくりかえされていることがわかった。
ていねいなことばだ。しかしいったい何者がしゃべっているのだろう。
その声は、司令室や操縦室の高声器《こうせいき》からもはっきりでていたので、いあわせた者は、みんなそれを聞くことができた。
「帆村のおじさん。本艇の外へやってきたのは誰でしょうね」
「誰だと思うかね」
「あれじゃないでしょうか。ほら、おそろしい顔をしたガスコ。ギンネコ号の艇長だといって、きのうここへはいってきたあのいやな奴」
「そうではないと思うね」
帆村は三根夫の説にはさんせいしなかった。
「おじさんは、誰だと思うんですか」
「怪星ガンの住人《じゅうにん》じゃないかと思うね」
「えっ、怪星ガンの住人ですって。それはたいへんだ。いよいよぼくらを牢《ろう》へぶちこむか、それとも皆殺しにするために有力な軍隊をひきいて乗りこんできたのでしょうか」
「ミネ君は、このところ、いやに神経過敏《しんけいかびん》になっているね。それはよくないよ。もっとのんびりとしていたほうがいい」
「だって、こんなふしぎな目、おそろしい目にあって、えへらえへらと笑ってもいられないですよ」
「とりこし苦労はよくないのさ。ぶつかったときに、対策を考えるぐらいでいいのだ。一寸さきは闇というたとえがある。先のところはどうなるかわからないんだから、それを悪くなった場合ばかり考えて、びくびくしているのは、神経衰弱をじぶんで起こすようなもので、ためにはならないよ」
「じゃあ、あの扉をあけて、外に立っている怪星ガンの人間の顔を見たうえで、対策を考えろというんですか」
「それくらいでも、この場合は、まにあうのだ。なにしろぼくたちは、すっかり自由というものをうばわれているんだから、ふつうの場合とちがうんだ。とにかく相手は、あのようにていねいなことばで呼びかけているんだから、ぼくたちを殺すとかなんとか、そういう乱暴は、すぐにはしないだろう」
そういっているとき、テッド隊長が、帆村のほうへ声をかけた。
「帆村君。いまみんなの意見を集めているんだが、きみはどう考えるかね。扉を開いて、相手の申し出におうずるかどうか、きみの考えは」
帆村はうなずいた。
「わたしは、すぐ扉をあけて、相手と交渉にはいったがいいと思います」
「ほう。きみもやっぱりそのほうか。扉をあけるのはいいが、艇内の気圧が、いっぺんに真空に下がるだろうと思うが、このてん考えのなかにはいっているかね」
「わたしは、そのてんも心配なしと思います。つまり、扉の外は、じゅうぶんに空気があるんだと思うのです。なぜなら、外から声をかけられるんですから、外に空気があり、相手は空気を呼吸しながら立っているんだと推察《すいさつ》しているのですが、隊長のお考えは、いかがです」
「うん。きみのいまの説によって、完全に説明しつくされた。そうすれば、外部に空気があることが信じられる。しからば、わしもさっそく扉をあけて、相手に面会する決心がつくというものだ」
「では、どうぞ、しかし、びっくりなすってはいけませんよ」
「なんだって。びっくりするなとは、何が?」
「それはだんだんわかってきましょう。いまのところわたしの想像にとどまりますが、なにしろ相手は怪星ガンの一味と思われますから、ずいぶんわれわれをふしぎな目にあわせるかもしれません」
「うん。覚悟はしているよ」
このあとで、テッド隊長は命令を発して、ついに本艇の一番大きい戸口の扉をひらかせた。
「やあ。とうとう扉を開いてくださいましたね。みなさん。よく、ここまでいらっしゃいましたね。これから仲よくいたしましょう」
相手の声が、はっきりと聞こえた。だが、ふしぎなことに、その相手の姿はどこにも見えなかった。姿なきものの声だ。なんという気味のわるいことであろう。
魔か人か
テッド博士は、救援隊の幹部とともに、開かれた扉のほうへわるびれもせず、進んでいった。博士は、ここしばらくの間が救援隊全員にとって、もっとも重大なときだと感じていた。
相手は鬼か、神か、魔物か怪物か、なにかは知らない。しかしいかなる相手にもせよ、博士は身をもって隊員たちの生命の安全をはからねばならないと、かたく決心していた。
なるほど、空気のことは心配ないようだ。そのままで呼吸にさしつかえない。いったん空気服を身体につけた者も、ぼつぼつそれを脱ぎはじめた。帆村の判断は正しかったのだ。
それにしても気味のわるいのは、声のする相手の姿が見えないことであって、それにおびえてだれも返事をする者がない。
姿なき声は、べつにきげんをそこねたようすもなく、ひきつづいて、こっちへことばをかける。
「どうか、みなさんは、この橋を利用してください。ごらんのとおり、この橋はまっすぐに伸び、やがてはしに達します。そこにはエレベーターがあって、上り下りしています。それに乗って、下までおりてごらんになるよう、おすすめします。みなさんはそこで、なつかしい市街《しがい》をごらんになることでしょう。いろいろな飲食店もあり、生活に必要な品物をも売っている店もございます。どうぞごえんりょなく、ご利用ください」なんということだ。まるで大きな百貨店の玄関で案内嬢から店内の案内を聞くような気がする。
だが、姿なき声がのべたてる案内は、とても信じられなかった。こんなへんぴな天空《てんくう》に市街などがあって、たまるものか。飲食店や売店があるといってもだれが信じるだろうか。いや、それどころかエレベーターのついている塔が、下から上へ伸びあがってきたことさえ、たしかに目で見たにちがいないのに、信じられないのだ。夢を見ているとしか考えられない。
こういう感じは、テッド隊長以下、すべての乗組員の頭のなかにあった。
「ご親切なることばに感謝します。ですが……」と隊長テッド博士は、あいさつをはじめた。
「ですが、われわれはいま、どういうところにいるのでしょうか。またあなたは、どういう方ですか。われわれには、あなたのお姿が見えないのです」
こっちからの話が、相手につうずるかどうか、博士には自信がなかったが、それはともかく、いいたいだけのことをいってみた。すると、相手が返事をした。
「いろいろ疑問をもっておいでのことは、よくわかります。今、それについて完全なるお答えをすることができません。それは、わたしどもが秘密事項をあなたがたに知られたくないというのではなく、完全なるお答えをして、あなたがたにわかっていただくには、かんたんにはいかないからです。つまり、かなりの時日《じじつ》をかけないと、おわかりになれないと思うのです。ですから、質問のすべてを一度にとくのはおやめになって、これから毎日すこしずつ、市街を散歩するなりだれかと会って話しあうなりして、だんだん疑問をといていかれたがよいと、それをおすすめします」
相手は、ますますねんのいった話しかたで博士にこたえた。相手のいうことは、ようするにこの国には、きみたちの常識では解けないような、いろいろなふしぎがある。それを一度にとこうとすると、気がへんになるかもしれない。だからゆっくりこの国に滞在して、ゆっくりと疑問をといていらっしゃいといっているのだ。博士は、かるくうなずいて、相手がいったことを頭の中で復習した。これはぜひおぼえておかなくてはなるまい。
「ただ、いまのおたずねについて、これだけはお答えしておきましょう。このところが、どんなところであるかを知るには、橋をわたりエレベーターで下り、市街を歩いてごらんになると、まず、早わかりがするでしょう」
「ああ、そうですか」
「それから、わたしの姿が見えないことです、これはちょっとしたからくりを使っているのです。こっちから説明しないでも、やがてみなさんのほうが、なあんだ、あんなからくりだったかと、気がおつきになりましょう。それはとにかく、いずれそのうち、よい時期がきたらわたしどもは、みなさんの目に見えるように、姿をあらわします。それまでは、私どもの姿が見えないほうがよいと思うので、決してわたしどもは姿を見せません」
「そうおっしゃれば仕方がありませんが、もしわれわれのほうで、あなたさまに連絡したくなったとき、どうすればいいでしょう。あなたのお姿が見えなければ、あなたを探すことができません」
すると、姿なき相手は、おかしそうに声をたてて笑い、
「これは失礼しました。連絡の必要のあるときは、あなたがたは『もしもし、ガンマ和尚《おしょう》』と一言おっしゃればいいのです。するとわたしは、すぐご返事するでしょう」
「ガンマ和尚? ふーむ、ガンマ和尚とおっしゃるお名まえですか」
「そういえば、通じますから」
偵察団出発
ふしぎなガンマ和尚《おしょう》の声は消えた。
テッド博士以下は、たがいに顔を見合わせて、すぐにはことばもでなかった。さっきから、思いがけないことの連続であった。なにから話し合っていいやら、けんとうがつかない。
「帆村のおじさん」と、三根夫が、帆村荘六の服の袖《そで》を引く。
「なんだい」
「おもしろいことになってきましたね。たいへんめずらしい国――いや、めずらしい星の国へきたようですね」
「ミネ君、きゅうに元気になったね。どうしたわけだい」
「だって、この下に町があるというのですもの。それから飲食店があったり、めずらしい品物を売っている店があったりする。はやくいってみたいものだ」
「ははは、そんなことで、ミネ君はうれしがっているのかい。だがね、飲食店や商店があったとして、きみはこの国で通用するお金を持っていないから、どうにもならないじゃないか」
「あッ、そうだ」三根夫は、いまいましく舌打ちをした。なあんだ、あのガンマ和尚め、とんでもないかつぎ者だ。
このときテッド博士が、ガンマ和尚の話によって、第一回の偵察団を出発させることを決めた。
そしてその人選を発表したが、人数は五名であった。まずテッド博士。それからポオ助教授に帆村荘六。射撃と拳闘の名手のケネデー軍曹。それから三根夫。
この発表で、三根夫はじぶんが第一番に見物にいけるというので大よろこび。
そこで一行五名は、すぐ出発した。空気服も脱いで、散歩にでるのとおなじ軽い服装だった。
だが、みんなの胸のなかには、もっと重苦しいものが、つかえていた。それは不安であった。
ガンマ和尚のことばはおだやかであるが、ここはまさしく怪星ガンの中だ。『宇宙の女王《クィーン》』号が、悲痛な最後の無電をもって警告していった怪星ガンの内部である。
ただ、どうしても腑《ふ》におちないのは、『宇宙の女王』号の場合は、気温の急上昇があったりなどして、乗組員はかなり苦しんだようであるが、本艇の場合には、それがなかったことだ。これはなぜだろう。まだ解くことのできない謎だ。
さて偵察団の一行五名は、おそるおそる橋へ足をかけた。もしこれが妖怪屋敷《ようかいやしき》のなかのまぼろしの橋だったら、あっという間に身体は奈落《ならく》へ落ちていくはずだった。
「大丈夫だ。きたまえ」テッド隊長はさすがにひと足さきにみずから試験をしてみて、大丈夫であることをたしかめると、つづく者に渡れと合図した。そこで残りの四名も橋を渡りだした。横から見たところはなんだかひょろひょろしたあぶなっかしい橋であったが、こうして渡ってみるとすこしもゆれず、きしむ音もなく、しっかりしたビルの廊下を歩いているのとかわりがない。
「この橋の材料は、なんでできているの」帆村がポオ助教授に聞く。
「さっきから目をつけているんだが、これはめずらしい金属だ。われわれの知らない合金《ごうきん》らしい」
助教授は、ざんねんそうに答えた。橋を渡り切ると、なるほどエレベーターがあった。それはコンベヤー式になっていて、上ってくるものと下るものとが、左右に並んでいっしょに動いている。扉もない。そしてメリーゴーラウンドの箱車みたいになっている。ちょうどまえにきたときに、その箱車へとびこめばいいのだ。一つの箱に十人ぐらいは乗れる。
テッド博士とケネデー軍曹が先頭を切って、とびのった。ポオ助教授と帆村と三根夫は、その次の箱車に乗った。エレベーターはずんずん下へおりていく。外は窓がないので、どんな景色になっているのか見えない。
この道中はかなりながく、十二、三分間もかかった。そしてついにホームのようなところへ箱車ははいった。博士の合図で、みんなホームへとび移った。
「たしかに、これはしっかりした地面のようだがね」
博士はそういって足許《あしもと》を見ながら足ぶみをした。ホームのむこうに、大きなアーチが見え、そのアーチのむこうには明かるい街並が見えた。みんなはそのほうへ歩いていった。たしかに見事な街路だった。きれいに並んだ商店街。街路樹《がいろじゅ》もゆらいでいる。なんだか狐《きつね》に化《ば》かされたようだ。
「よう、テッド君じゃないか」隊長の肩へ手をかけた者がある。
老探検家
わが名を呼ばれ、テッド隊長はびっくりしてうしろをふり向いた。
「あッ、あなたはサミユル先生」
隊長がおどろいたのもむりではない。かれの肩をたたいた者は余人《よじん》ならず、『宇宙の女王《クィーン》』号にのってでかけた探検隊長のサミユル博士だった。その『宇宙の女王』号が、悲壮《ひそう》なる無電をとちゅうまで打って、消息をたった。それでテッド隊が、『宇宙の女王』号のゆくえを探すために地球をあとにして、困難なる大宇宙捜査《だいうちゅうそうさ》に出発したのであった。ところが、サミユル博士一行の六十名をのせた『宇宙の女王』号の消息はまったくわからず、テッド隊は不安のうちにも捜査をつづけているうちに、怪星ガンの捕虜《ほりょ》となってしまったわけだ。ところがこんなところで、ばったりとサミユル博士と出会うとは、なんという奇縁《きえん》であろうか。
「ほんとに、あなたは、サミユル先生」
テッド隊長は、ほんとになんべんも目をこすって、まえに立つ半白《はんぱく》の老探検家を見なおした。
「ふしぎなところで会ったね。どうして、こんなところへきたのかね」
老探検家は、健康色の顔に、ほおえみを見せて、テッド博士にきく。
「わたしたちは、先生のご一行を救援するためにこっちへやってきたのです。不幸にして、このとおり怪星ガンの捕虜となってしまい、われらの目的ももう達せられないかとなげいていましたのに、とつぜんここで先生にお目にかかるなんて、ふしぎというか何というか、びっくりいたしました」
テッド博士の話を老探検家はうなずきながら聞きとった。そして強く博士の手をにぎりかえした。
「ありがとう。よく捜しにきてくれた。これまでに苦労をたくさんかさねたことだろう。くわしい話を聞きたいが、わしの家まできてくれないか」
「はい。どこへでもおともをします。あ、それからご紹介します。これが隊員のポオ助教授。それからケネデー軍曹。帆村探偵、三根夫君です。どうぞよろしく」
「おお、みなさん、よくはるばるきてくだすって、ありがとう。隊員もどんなによろこぶことでしょう」サミユル博士のことばに、三根夫は、
「先生。すると、『宇宙の女王《クィーン》』号にはいっていた隊員は、みんな無事なんですか」
と、きけば、博士はちょっと表情をかたくし、
「まあ、いまのところ無事です。もっとも、一時は隊員のはんぶんが重傷を負うやら、なかには死ぬ者もあったが、いまはみんな元気です。このことはあとでゆっくり、お話しよう」
と、ここではそれから先のことを話したがらなかった。一同はサミユル博士の家のほうへ歩きだした。三根夫は、目をみはり、耳をそばだてて、町の両側に注意し、いきあう人にも注意した。
広場といい、道路といい、地球のうえで見る広場や道路にかわらないようであった。道路の両側にならんだ店や家も、地球の上で見るそれらとあまりかわったところがなかった。もっとも店は、たいへん美しく飾りたてられてあり、商品は豊富であった。料理店が店頭にかかげてある料理の品目も、おなじみなものばかりだった。だが、三根夫は、ついにかわったことを発見した。
「ねえ、帆村のおじさん。このへんの店は、へんですね」
帆村に話しかけた。帆村はにやりと笑って三根夫を見おろした。
「何に気がついたのかね」
「だって、へんですよ。店には、だれも店番をしている者がないじゃありませんか。どの店もそうですよ」
「なるほど。それから……」
「それから? まだ、へんなことがあるんですか」
三根夫は小首をかしげて考えこむ。
「ああ、そうか。帆村のおじさん。お客さんがひとりもいません。へんですね」
「客の姿が見あたらない。よろしい。それから……」
「それからですって。まだへんなことがあるんですか」
三根夫は立ちどまって、店をまじまじとながめる。
「あ、これかな。帆村のおじさん。店の出入り口の戸が、ばたんばたんと、開いたり閉まったりしますね。まるで風に吹かれているようだけれど、そんな強い風が吹いているわけでもないのにへんだなあ。おじさん、これでしょう」
「なるほど。それから……」
「えッ、えッえッ。まだ、それからですって」
三根夫はあきれてしまった。へんなことが、そんなにたくさんあるのだろうか。帆村荘六がからかっているのかしらと、三根夫は帆村の顔をちらりと見た。
帆村は、そのとき小さい手帖に、いそいでなにごとかを書きこんでいた。
りんごの買物
「どうだい。わかったかい」
「いや、わからないです」
「三根クン。きみはあの店にならんでいるりんごがたべたくないかい」
「あれですか。りんごはめずらしいですね。それにたいへんおいしそうだ。あれを買えないでしょうかね」
「さあ、どうかな。三根クン。きみはあの店へはいっていって、『りんごをいくつ、ください』といってみたまえ。するとどうなるか。ただし三根クン、おどろいちゃだめだよ」
「おどろきゃしませんが誰もいない店へはいって、誰もいないのに、りんごを売ってくださいというのですか」
「そうだ。ためしに、そういってみたまえ」
三根夫は帆村からへんなことをすすめられて、はじめは帆村がいたずらはんぶんにそれをいっているのだと思っていたが、そのうちにどうやらそれは帆村がしんけんになって、知りたいと思っているのだとさとった。それで三根夫はゆうかんに、すぐまえの果実店《かじつてん》の戸をおして、なかへはいった。
「もしもし、このりんごをください」三根夫は、はいると同時に叫んだ。
「はいはい、いらっしゃいませ。りんごはどれを、何個さしあげますか」
やわらかい女の声がひびいた。若い美しい声であった。それは三根夫のすぐまえのところに聞こえた。だが、ふしぎなことに、声の主の姿は見えなかった。
三根夫はきょろきょろあたりを見まわし、気味がわるくなって、唾《つば》をのみこんだ。
「りんごは何個さしあげますか」ふたたび美しい声が、たずねた。
「ええと、十個ください」三根夫は、あわててそういった。
「はい、かしこまりました」その声につづいて、きみょうな現象がはじまった。紙の袋が一つ、ものかげからとびだしてきて、りんごの並んでいるところから五十センチほど上の空間に、ぴったり停止した。と、ばりばり音がして、紙袋は口を開いた。
「あッ」三根夫は、目を見はった。すると、下に並んでいた紅いりんごが一つ、すうっと宙に浮きあがった。と思うと、がさがさと音をたてて、紙袋の開いた口の中へとびこんだ。りんごにたましいがあって、いきなり身をおこして紙袋の中へとびこんだようだ。まもなく、もう一つのりんごが、仲間からはなれて、またもや紙袋の口へとびこんだ。こうしたことが、三根夫のあっけにとられているまにくりかえされ、紙袋は十個のりんごで大きくふくらんだ。
「さあ、どうぞ」れいの女の声とともに、りんごのはいった紙袋は三根夫の胸のまえへきて、ぴったりとまった。三根夫はびっくりして、思わずひと足うしろへ後退した。
「ほほほ。どうなすったんですか。さあどうぞりんごをおとりください」
「はいはい」三根夫は、りんごのはいった紙袋を両手でつかんだ。とたんにずっしりと十個のりんごの重さがかれの掌《てのひら》を下におした。
「お代はいくらですか。このりんごの代金はいくらになりますか」
三根夫は、そういってしまってから、はっと気がつき、耳のつけ根のところまで赤くなった。なぜならば、三根夫は、この奇怪な世界において通用するお金を、びた一文も持っていないことに、今になって気がついたのである。
(しまった。つい、買物をしてしまったが、たいへんな失敗だ)
店のかまえといい、姿は見えないが売り子の調子のいい応待といい、地球におけるサービスのいい店とおなじようであったために、つい気軽に買物をしてしまったわけだ。
「代金ですって。そんなものは、いりませんのです」
「えッ。りんご十個が、ただもらえるんですか」
「はあ、この店では、みんな無料でお渡しすることになっています」
「それでは損をするばかりではありませんか」
「いいえ、市民の健康を保つために、市民がたべたいと思う果物を市民に渡すことは、公共事業ですから、損ではありません」
「ついでにおたずねしますが、この町で売っているもので、りんごのほかにもただのものがありますか」
「ございます。衣食住にかんするすべてのものは、みんな無料で市民に提供されます」
「衣食住にかんするすべてのものですって。それはうらやましいことだなあ。しかしぼくは市民ではありませんよ」
「いいえ、市民です。この町にいる者は、みんな市民です」
「もう一つおたずねしますが、あなたはどうして姿を見せないのですか」
三根夫が、調子にのって重大な質問をしたとき、入口の戸があいて、帆村が顔をだした。
「三根クン。すぐこっちへでてきたまえ。サミユル博士がお待ちかねだ」
三根夫は、おしいところでその店をでた。
値段札《ねだんふだ》
町は美しく、ならんでいる店はにぎやかに飾られているのに、人通りはまったく見えない。歩いているのは一行五名だけだ。そのように見えるけれど、帆村の推定によると、この町なり通りなりには、大ぜいの怪星ガン人が往来して、ざっとうをきわめているにちがいないという。
帆村と三根夫は、あいかわらず一番うしろにならんで歩いていた。
「ねえ、帆村のおじさん。この町は、地球上のどの国よりも進歩したところですね。だって生活費がただなんだから、暮しに心配いりませんもの」
「生活費がただで、らくに暮らせるというところなら、地球のうえにだってあるよ」
帆村がいがいなことをいった。
「あるものですか。日本はもちろんのこと、アメリカだってソ連だって、生活費はただではないですもの」
「それはそうだ。しかしじっさい生活費がただであるところは、地球上にすくなくない。れいをあげよう。熱帯の島々に住んでいる原地人たちのほとんど全部が、衣食住に金をかけていない。かれらの食物はタピオカやタロ芋やバナナやパパイヤや、それから魚などだ。それらは自然に島にたくさんなっている。酋長のゆるしさえあれば、かってにそれをたべることができる。着るものは木の葉や木の皮で身体の一部分をかくせばいい。もちろんこれはただで手にはいる。住む家は、いくらでも生えているびんろう樹などを切ってきて、その木を柱にし、葉をあんで柱の間にはりめぐらすと家ができる。すべて無料で手にはいる。どうだね、三根クン」
帆村の話に、三根夫はうなった。なるほど未開地の原地人は、たしかに衣食住に金を払っていないようだ。原地人のほうが文明人よりも幸福といえるのだろうか。いやいや、どうもすこしちがうようだ。このことは、ゆっくり考えてみよう。
「衣食住のものは無料でも、ほかの品物はお金をださないと買えないんでしょうか」
「そういうものもあるらしいね。たとえば、ほら、あの店に並んでいる額《がく》にはいっている油絵。あれには値段をかいた札がつけてあるよ」
「あ、なるほど。三十五ドルと、値段がついていますね。地球の値段より高いですね」
「ほら、あのとなりには人形を売っている。あれにも値段の札がついている」
「ええ、ついていますね。これはおどろいた」
「三根クン。ぼくたちの目には見えない品物が店に並んでいるとは思わないか」
「えっ、なんですって」
ふしぎなことを帆村がいったので、三根夫は目をぱちくり。
「たとえば、この店にだね、本がならんでいるが、それは店の棚の一部分だ。ほかの棚はがらあきだ。しかしはたしてがらあきなんだろうか。そこには、ぼくらの目には見えない本がぎっしりならんでいると考えてはどうだろうか」
「そうですね。そうも思われますね。本のならんでいるぐあいがへんてこですからね」
「もう一つ、きみは気がついていないか。店には、ぼくらには姿の見えない客が大ぜい、でたりはいったりしているということを」
「なんですって。姿の見えない客ですって」
「そうなんだ。その証拠《しょうこ》には、入口の扉を注意して見ていたまえ。ひとりでに、開いたり閉まったりしている。風もないのに、へんじゃないか。あれは、ぼくたちには見えないけれど、客がさかんにあそこから、でたりはいったりしているんだと解釈できやしないか」
「それは、りっぱな推理ですよ。きっと、それにちがいありません。なぜ、姿の見えない人間――人間でしょうか、とにかく、どうしてそんな姿の見えない者がたくさん動いているのでしょうか」
「それはかんたんにわかるじゃないか。この町の住民たちなんだ。つまり怪星ガン人だ」
「怪星ガン人? ああそうか。怪星ガン人は姿が見えないんですね。そういえば、あのなんとか和尚《おしょう》という人も、姿を見せなかった。みんなどうして姿が見えないんでしょうか。くらげみたいに、透明なんでしょうか」
三根夫の頭のなかには、たくさんの疑問がわいてきて、とまらなかった。
「それは大きい謎だ、その謎がとけると怪星ガンの秘密もすっかり解けてしまうのだろう。ぼくたちは、これから推理の力をうんと働かせて、一分でもはやくその謎を解いてしまわなくてはならない」帆村の顔には、真剣な色がうかんでいた。
五分間の機会
「なにをしていたの」テッド隊長は三根夫にたずねた。そこで三根夫は、ありのままを答えた。
この町の衣食住にかんするものはすべて無料であるとわかったことも話した。
「それはけっこうだ。しかし、いらないものまで買わないほうがいいね」
と、かるくいましめた。人間は慾が深くていらないものまでかきよせるくせがある。無料で、衣食住にかんするものを市民にわけているこの町では、おそらく市民たちがひつようなものだけを手に入れ、いますぐにひつようでないものはほしがらないから、このように生活費が無料になっているのであろうと、テッド隊長はさっしたのであった。一行は、またおなじ方向を歩いていてだれにも衝突しなかった。たいへんふしぎである。よく考えてみると、こっちからは怪星ガン人の姿が見えないが、はんたいにガン人のほうからは三根夫や帆村たちの姿がよく見えていて、ガン人のほうで道をゆずるから、突きあたることもないのであろうとも思われるのだった。
サミユル博士の家へついた。それは原のなかに一つさびしく立っている四角な白い建物だった。外から見ると、かざりもなんにもない殺風景《さっぷうけい》な建物であったが、玄関からなかへはいってみると、家具などがなかなかりっぱであった。
家の中には、誰もいなかった。さっするところ、博士ひとりが住んでいるらしい。
りっぱにかざられた広間に、一同は腰をおちつけた。
「ハイロ君、ちょっときてくれたまえ」
「はい、ただ今」誰もいないと思ったのに、となりの部屋と思うあたりで男の声がした。
緑のカーテンが、奥に面したところにかかっていたが、それがさっと一度だけ動いたのを三根夫は見た、と、かすかに足音が近づいて、やがてサミユル博士の横で声がした。
「ご用でございますか、はい」
「お客さまがたに、ちょっと一口、何かおいしいものをさしあげてください」
「はい、かしこまりました。さっそく用意をいたします」
姿が見えないハイロは、そういってさがっていった。
「いまだ、テッド君。時間はいくらもない。ハイロがコーヒーなどを持ってくるまでの五分間ほどが、ほくたちが自由に話ができる時間なのだ。重要なことがらだけを話しあいたいのだ」
サミユル博士は、テッド隊長の腕をつかんで、はや口にいった。老博士の額には脂汗《あぶらあせ》がねっとりとうかんでいた。これにはテッド隊長も緊張のてっぺんへほうりあげられた形だ。
「わかりました。サミユル先生。あなたがたもやはり捕虜生活をつづけていらっしゃるんですか」
「そのとおり」
「この怪星ガンの正体は、いったいどんなになっているものですかな」
「それは残念ながら、まだ知りつくすことができない。しかしわしたちのさっするところでは、人工の星ではないかと思う」
「人工の星とは?」
「天然の星ではなく、人力《じんりょく》というか何というか、とにかく現にこの怪星に住んでいる智能のすぐれた生物が、――あえて生物という、人間だとはいわないよ――その生物がこしらえたものじゃないかと思う」
「だって、この大きな星を人工でこしらえあげるなんて、できることでしょうか」
「われわれ地球人類の想像力の範囲では、とてもこの怪星の秘密を知りつくし、解きつくすことはできないであろう。われわれは一つでもいいから、じっさいに存在するものを観察して、その上にだいたんな結論をたてるのだ。そういう結論をいくつもいくつも集めたうえで、それらを組合わせるのだ。すると、そこにこの怪星の正体が、おぼろげながらもだんだんはっきりしてくるのだと思う」
さすがに世界的な老探検家サミユル博士のことだけあって、しっかりした考えを持っているのに、テッド隊長は心から感動した。
「それはそれとして、この怪星はいったい何者が支配しているのですか」
「れいの生物のなかで、智能のすぐれた者が、この怪星をしっかりおさえているんだと思う」
「われわれを捕虜にして、これからどうしようというつもりなんでしょう」
「それは――」と、いいかけてサミユル博士は口をつぐんだ。奥からコーヒーの香《か》がぷーんと匂ってきたからである。三根夫は見た、カーテンがゆらいで、銀の大きな盆《ぼん》のうえに、湯気《ゆげ》の立ったコーヒー茶碗が、宙をゆらゆらゆれながらこっちへ近づいてくるのを……
「あっはっはっはっ。まあまあ、ひとつ呑気《のんき》に愉快に暮らしていこうじゃないか」
老博士は、とってつけたようにいった。
「コーヒーをどうぞ」
ハイロの声が、近くに聞こえた。おだやかな声だった。コーヒーは一同にくばられた。
そのときだった。銀の盆が大きく床に鳴った。ハイロのおどろいた声。
「あッ、怪物。あんなところに怪物が! たいへんだ」
ハイロは足音もあらく奥へとびこんだ。警鈴《けいれい》らしいものが鳴りだした。はて何事が起こったのであろうか。
怪獣《かいじゅう》南京《ナンキン》ねずみ
どんな大事件が起こったのであろうか。このときばかりは、テッド隊長も青くなったし、帆村荘六さえ、まっさおになってしまった。
(しまった。さっきサミユル博士との秘密の会話が、怪星ガンの支配者に聞かれてしまったのかな。やっぱり目に見えない密偵がわれわれをいつも番していたんだな。秘密の話なんかして、よくなかった)
ポオ助教授は、きょとんとしている。ケネデー軍曹は、服の中にしのばせたピストルへ手をのばした。三根夫少年は、どうしていたか。
かれは椅子からさっとすべりおりると、ハイロがわめきさけんでいる奥へかけこんだ。
すると、こんどは、またいっそうハイロのさけび声がはげしくなった。そして家具ががたんとたおれ、食器ががらがらとこわれるたいへんな物音がした。
「た、助けてくれ、助けてくれ」警報にまじって、ハイロのいまにも死にもうな叫び声がつづく。
「これはたいへんだ」テッド隊長は、ケネデー軍曹に目くばせをすると椅子から立ちあがって、三根夫のあとを追おうとした。
「お待ち、テッド君。ここが重大なときだ、かるはずみしてはいけない。動いてはならない」
サミユル先生が、ふたりをとめた。
「ですが、先生。奥のほうに何か騒動が起こっているに、ちがいありませんもの」
「いいや、ほっておきなさい。よけいなおせっかいをすると、ガン人はよろこばないのだ。われわれは捕虜《ほりょ》なんだから、ひかえていなくてはならない」
「しかし、先生。あのとおり死にそうな声をだしている。それに三根夫君もとびこんでしまった。少年を見殺しにできません。助けてやりたい」
テッド隊長は、居ても立ってもいられない思いに見えた。
「隊長。わたしがかわりにいってきますから、おまかせください」
「ああ、帆村君、きみがいくって……」
「たいしたことじゃないと思います。この一件でしょう」帆村は、卓上を指した。それは三根夫の席があるところの卓上だ。そこに小さい虫かごのようなものが一つおいてあった。
「なんだい、これは……」
「この籠の中にいたものが、騒動をひきおこしたんでしょう。サミユル先生。この国には人間以外の動物は、たくさんいますか」
「あまりいないねえ」
「ねずみなんか、どうですか」
「ねずみ。ああ、ねずみか。ねずみは見かけないね」
「それでわかりました。隊長、三根夫君がこの籠にいれて飼っていた白い南京《ナンキン》ねずみが、この中からにげだして、奥へとびこんで、ハイロをおどろかしたのだろうと思いますよ」
「まさか。そんなかわいい小ねずみにおどろくようなことはないだろうに」
だが、それはほんとのことだった。帆村が奥へいってみると、料理場にちがいない部屋で、三根夫がはらばいになって、一ぴきの南京ねずみを一生けんめいに追いまわしていた。
その小ねずみが、つつーと走るたびに棚の上から食器やなんかが、がらがらとおちたり、カーテンがベリベリと破れて、床の上へ大きなものが落ちたような物音がしたり、それからまたひとりで箒《ほうき》が宙をとんだりした。
これらのふしぎな現象は、みんなハイロがにげまわって、さわいで起こすところのものであった。
「ハイロ君。こわがらなくていいよ。その小さい白い動物は、わたしたち地球の世界では、一番かわいがられる動物なんだ。一番おとなしくて、かしこいのだ。きみはすこしもおそれることはない」
帆村が落ちついた声で室内の見えぬ姿へ話しかけた。
その効果はあった。ハイロの声がいった。
「ほんとに大丈夫ですか。わたしに危害をくわえるようなことはありませんか。魔ものではないのですね」
「そうだとも。いまもいったように、地球の世界では、みんなにかわいがられている一番おとなしくて、かしこい動物なんだ。ナンキンねずみというのだよ。三根夫が飼っていたのだ。それがさっき籠からにげだしたのだ。見ていたまえ。三根夫があの南京ねずみをつかまえたら、きみのために、いろいろとおもしろい芸当をあの南京ねずみにさせて見せてくれるだろう。そのときは腹をかかえて大笑いをしたまえ」
「そうですか。ほんとですか」ハイロの声は、安心のひびきを持っていた。
宇宙戦争の心配
テッド博士一行は、そこをひきあげることにして、サミユル先生にあいさつをのべた。
「では先生、またお目にかかりましょう。一度わたしの艇までおいでを願いたいと思いますが、いかがでしょう」
「ありがとう。それは相談をしたうえのことにしましょう」
「誰に相談なさるのですか」
「そりゃきみ、わかっているだろう」サミユル老師《ろうし》は悲しい目つきをした。
そこでテッド博士は、心ひそかに思った。
(なるほど。この怪星ガンの国は、われわれにとって極楽世界のように見えるが、よろこんでばかりもいられないんだな。先生はなにかもっと重大なことを知っていられて、わたしに話したいと思っているんだが、それが話せないらしい。よろしいそれではわれわれの手で、怪星ガンの秘密を一日もはやく探しあててやりましょう。先生、もうしばらくしんぼうしてください)
テッド博士は老師にたいして、心の中でそういった。
いよいよ別れの握手をしたあとで、博士はもう一言いった。
「先生のひきいていられる『宇宙の女王《クィーン》』号をぜひ見せていただきたいものですね。あすあたりいかがでしょう」
「ざんねんながら『宇宙の女王』号をきみに見せるわけにいかない。あれはもう、この国へ寄附してしまったのだ」
「寄附ですって。それはおしいことをしましたね。それでは先生や隊員たちは、地球へもどるにも乗り物がないではありませんか」
「そうだ。わしはふたたび地球へかえるつもりはない」
「えッ。それはまたどうして……」
「わしは、この国でずっとながく暮らすつもりだ。きみたちもそのつもりでいたほうがいいと思うね」
「いや、わたしどもは、どうしても地球へもどります。それに、このようなふしぎな怪星ガンの国を見た上からは、一日も早く地球へもどって、全世界の人々に報告をしてやるのです。そしてそれは同時に警告でもあります。地球の人々は、宇宙で人間がもっともすぐれた生物だと思って慢心していますからね。それにたいして一日でも一時間でもはやく、怪星ガンの存在することを警告してやるひつようがあります」
「待ちたまえ。きみの考えはむりではない、しかしきみはまだこのガン人の国について、ほんのすこし知っているだけだ。そんなことでは、ガン人の国の真相を地球へ伝えることはできないではないか」
「それはそうですが……」
「まちがったことを知らせたりすると、誤解が起こって、かえって大事件をひきおこすことがある。宇宙戦争なんかは、どんなことがあっても起こしてはならないからねえ」
サミユル先生は、熱心を面《おもて》にあらわしていった。
「でも、このような警告は一分でも一秒でもはやくなくてはなりません。地球人類が、もし不意をつかれるようなことがあっては、負けですからね」
「ほう。きみはもう、怪星ガンと地球とのあいだに宇宙戦争が起こるものと考えているのかね」
「はい。考えています。たしかにその危険があります。困ったことですが、どうにもなりません。やくそくされた運命というのでしょう」
「いや、わしはそうは思わない。きみはもっと考えなおすべきだ。そしてガン人というものをもっと深く理解しなくてはならぬ」
「もしもし、そんな話は、もうそのくらいにして、やめたがいいでしょう。テッド博士たち、もうおかえりなさい」
とつぜん頭の上で、われ鐘のような声がした。
「あッ。きみは誰?」
「ガンマ和尚《おしょう》ですわい」
「おお、ガンマ和尚」テッド博士は、しまったと思った。しかし声だけのガンマ和尚は、別に怒っているようにも思われず、おなじ調子の声で、
「くよくよしないで、街でたのしいものを見つけることですよ。つまらない話はしないのがいい。あすは、あなたたち全員を、わたしたちが招待して、たのしい歓迎会をひらきます。そのことを帰ったらみなさんに知らせてください」
「わたしたちのために、そんな会を開いてくださるのですか」
「あなたがたがその会にでれば、わたしたちの気持ももっとはっきりわかってくれるでしょう。さあさあ、にこにこ笑って、ここをおひきあげなさい」
大食堂の異風景
その翌日の大歓迎会は、まったくすばらしいものであった。また珍妙なものでもあった。
テッド隊長以下三百名にちかい隊員全部が、この町の大宴会場キング・オブ・スターズに招待せられたのである。その招待の正式のあいさつは、いつどこから忍びこんできたのかわからないが、姿は見えぬながら声だけのガンマ和尚《おしょう》から、九台の宇宙艇内へ手おちなく伝えられた。
「へえーッ、おれたちを招待するというぜ。なにをたべさせるのかな。気持がわるいね」
「なあに、その心配はないさ。怪星ガンは大きな世帯らしいから、まさかわれわれの口にあわない彗星料理や星雲ビールなんかをだすことはないと思う」
「なんだい、その彗星料理だとか星雲ビールというのは。いったいどんなものか」
「さあ。どんなものかおれもしらないが、おまえは、そのへんてこなものがでるか心配していると思って、ちょっといってみたのだ」
「ははは。なにをでたら目をいうか」
一同がなによりも喜んだのは、艇をでて、外を足で歩けるということだった。まったくながい間せまい艇内にこもってばかりいて、あきもあいたし、足がつかえてしまった感じだ。とてろがいま招待によって艇をでて、外をてくてく歩くことができるなんて、こんなうれしいことはなかった。それは招待日の当日は病人がひとりもなくなったことによっても知れる。
そのまえに、三根夫少年はみんなから引《ひ》っ張《ぱ》り凧《だこ》だった。三根夫が一日はやく怪星ガンの町を見てきているので、町のようすについて三根夫はくわしく答えることができた。
「いろいろなものを売っているんだよ。たべものやのみものや服のない者は、ただで買えるんだ。そうでないものは金をださないと買えない。それからね、ガン人はたくさん歩いているらしいんだが、ぼくらの目にはまったく見えないんだ。これには面くらうよ。それからガン人たちはぼくらより高等な人間らしいところもあるけれど、地球の上のことをじゅうぶんに知っていないらしい。だから、ぼくの持っていた南京鼠《ナンキンねずみ》をガン人が見て非常警報をだしたくらいだ」
「へえーッ、あきれたもんだね。うわッはッはッ」
「はやく町へいってみたいなあ。出発はまだかしらん」
出発命令がでて、一同はぞろぞろと艇を出、横にのびた橋を渡り、れいの光る高い塔をおりていった。そして町へはいった。
みんなは、小学生の遠足のようにはしゃいでいた。歩くことだけでじゅうぶんうれしいところへもってきて、うつくしい商店のならぶ町を見、ただで手にはいるというおいしそうな果物や菓子をながめ、まったく夢のなかにいる感じだった。
大宴会場キング・オブ・スターズは、すぐ目のまえに高くそびえて、昼間だというのに、七色のうつくしい光りの束《たば》でかざられ、テッド博士以下を歓迎するという光りの文字がつづられては消え、消えては綴《つづ》られた。会場へはいっていくと、たえず頭のうえに案内人の声がして、一同は席につくまで、すこしもまごつくことがなかった。その大食堂というのが、これまた変っていて国技館のように円形になって卓がならび、そして外側は高く、内側へいくほど低くなっていた。
どこで調べたものか、隊員たちの名まえがはっきりと席の上にカードにしるしておいてあった。そこで席についてみるとふしぎなことがわかった。隊員たちは一つの空席をおいてとなり合って席をとるようになっていた。
「みょうなことをしたもんだね。間に一つずつ空席があるじゃないか。そっちへ席をうつして、きみのとなりへすわることにするよ」そういって隊員のひとりが、じぶんの席をたたいて、友だちのとなりの空席へうつそうとした。すると、とつぜんその空席の椅子がひとりでぎしぎしと鳴り、そして空席のところから若い女の声がとびだした。
「あッ、この席にはあたくしがおりますのよ」これには面くらって、うしろへさがった。
「ええッ、なんとおっしゃる」目をさけるほど見はったが、となりの席はやっぱり空席だった。
「そんなにこわい顔をなすっちゃいやですわ。どうぞあなたの席におつきくださいませ」
「はい。しょうちしました。しかしあなたの声はすれどもお姿はさっぱり見えないのですがね」
「そうでございますか。ご不便ですわね。ほほほほ」
「いや、笑いごとではありませんよ」そのときガンマ和尚の声がひびいた。
「みなさんに申しあげます。みなさんをお招きしたわたしどもの姿が見えませんために、いろいろとおさわがせさせてすみませんでした。それでただいまよりわたしどものつけております衣裳だけを、見えるようにいたしますから、それによってわたしども主人側の市民たちが、どのようにたくさん、そしてどのように熱心にみなさんを歓迎しているか、お察しください」
といったかと思うと、ああらふしぎ、この大食堂の中は一時に百花が咲いたように、美しいとりどりの衣裳が、隊員と隊員の間の空席に現われた。
「おお、これは……」
「どうぞよろしく」
衣裳だけのへんてこなものが、左右へあいさつをした。まったく珍妙な光景だった。
変調|眼鏡《めがね》
宴会はそれから軽快な奏楽《そうがく》とともにはじまって、でてくる飲みものや食べるものの豪華なことといったら、隊員たちのどぎもをぬくにじゅうぶんであった。
隊員たちは、はじめは気味がわるかったが、口にいれたものがおいしかったので、それからあとは飲み、そして食べ大きげんであった。歌を歌うものもあり、ダンスを見せるものもあった。
「もうこのへんで、主人側の美しい顔を見せてくれてもいいじゃないか」
酔っぱらった隊員のひとりが、席に立って腕をふっていた。
「いや、いずれ見ていただく日がきましょう。それまでお待ちください」
「もう待ちきれませんね。衣装だけのお化けと酒もりしているのはやりきれませんからね」
「ごもっともです。しかし、物事には順序というものがあることを、みなさんもごぞんじでしょう」
とガンマ和尚《おしょう》はいった。
「なにが順序だって……」
「とにかくわたしどもの希望しますのは、みなさんは長途《ちょうと》のお疲れもあることとて、すべての心配と危惧《きぐ》をすててとうぶんはゆっくりとお好きなものをたべ、お気にいったところを散歩して、健康を回復していただきましょう。そのうえで、わたしたちはさらに新しいことをお話いたすでありましょう。とにかく、みなさんの生命はぜったいに安全なのでありますから、安心していただきます」
「なぜ、わしらを大切に扱ってくれるのかね。あとで請求書がくるんだろう。こわいね」
「あははは。なかなかきびしいおことばです。そうです。みなさんがじゅうぶんに元気になられたら、わたしどもはみなさんがたに、ぜひ相談にのっていただきたいことがあるのです。それはなんであるか。ただいまは申しません」
「やっぱり、そうだったか。丸々と太ってから、おまえの肉をたべさせろというのだろう」
「トミー。酔っていても、ことばをつつしみたまえ」テッド隊長が聞きかねて注意をした。かれもじつは、さっきからトミーとガンマ和尚の対話に熱心に耳をかたむけていたのだ。
「ああ、いいですとも。わしは何も気にしていませんから。さあさあ、みなさんどうぞ盃《さかずき》をおあげください。テッド隊員[#「テッド隊員」はママ]のご健康を祝します」それがきっかけで、宴会はまたもとのように大にぎやかになっていった。とにかくこの宴会は大成功のうちに幕をとじた。
その日いらい、隊員たちは誰も彼も元気をくわえたようだ。自由に散歩ができ、無料で飲んだり食べたりでき、音楽を聞いたり、ダンスを楽しむこともできた。
三根夫少年も、毎日のように町を散歩した。いつでも帆村といっしょに歩くことにしていたが、その日は帆村がテッド博士からよばれて、艇内で会議に列席するため外出ができないので、三根夫ひとりが町へでた。
「もしもし、三根夫さま」かれはうしろから呼ばれた。
誰だろうと思ってふりかえったが、誰もいない。しかしかれはもうこの頃は勘《かん》ができて、姿は見えなくても、そこにはぜんぜん誰もいないのか、ガン人がそこにいるのかを感じわけることができるようになっていた。
「ああ、そうか。きみはハイロ君ですね。サミユル博士のところにいるハイロ君でしょう」
「はっはっはっ。そうですよ。あなたのおいでを待っていたのです」
「どうかしましたか」
「じつは、わたしはおり入ってあなたにおねだりしたいものがあるんです。さっそく申しますが、先日お持ちになっていた白い小さい、目の赤いねずみですな、あれをわたしにゆずっていただけないでしょうか。お待ちください。あのようなめずらしい貴重な生物をば、ただでくださいとは申しません。それと交換に、あなたの欲しいと思っているものをさしあげます」
「ふーむ、あの南京《ナンキン》ねずみをねえ」
「あなたが大事にしていらっしゃるものであることは知っています。しかしこの国には、あんなめずらしい生物はいないのです。ぜひともどうぞ、かなえてくださいまし」
三根夫としては、あんな南京ねずみなんでもなかった。いま百五十ぴきぐらいいるから、一ぴきや二ひきやるのはなんでもない。しかし、待てよ、ここが考えどころだ。
「ハイロ君、もしきみがほしいのなら、ぼくが目にかけて、きみたちの姿や顔が見える特殊の眼鏡《めがね》かなんかゆずってくれたまえ。それならあれをあげる」
「ははあ、そういう眼鏡ですか」
「ないのかね」
「いや、あることはあるのですが……」とハイロは困っていたが、やがて決心したように、
「よろしい、あす持ってきます。ねずみと引きかえにおわたしします」
三根夫はそれを聞いて、鬼の首をとったようなよろこびを感じた。
この南京ねずみと、変調眼鏡の交換は約束どおりに行なわれた。ハイロは籠にはいった南京ねずみを見てよろこびの声をあげたが、
「三根夫さま。この変調眼鏡をさしあげることはさしあげましたが、あなたさまだけでごらんくださいまし。もしそうでないと、わたしはひどい罰をうけなければなりません。どうぞぜったいに秘密に願います」
そういってハイロは三根夫に一つの箱をわたした。
三根夫はその箱をもって艇へかえると、じぶんの部屋にはいって、その箱をあけて見た。なるほどへんな形をした双眼鏡式のものがあらわれた。三根夫は、えびすさまのような顔になった。そしてさっそくその『変調眼鏡』をかけてみた。さて、いったい何が見えたろうか。
奇妙なお面
三根夫は、どきどき鳴る胸をおさえて変調眼鏡をかけてみた。
まず、じぶんの部屋をぐるっと見まわした。
「よく見える。しかし、おなじことだ」
眼鏡をかけても、かけないでも、じぶんの部屋のようすは、かわりがないようであった。バンドのついた椅子。有機ガラスをはめてある格子《こうし》形の戸棚。テレビジョン受影機に警報器。壁につってある富士山の写真のはいっている額。その他、みんなおなじことであった。
いや。ただ一つ、見なれないものがあった。それは天井の隅の、換気用の四角い穴に、赤くゆでた平家蟹《へいけがに》をうんと大きくして、人間の顔の四倍ぐらいに拡大したようなもの――それは見たことのない動物の顔をお面につくったものであった――が、それが換気穴《かんきあな》のところへはめこんであったのだ。その顔のお面は、彫刻であるのか、ほりものであるのかよくわからなかったが、おどけた顔つきに見えた。その色は、いまもいったとおり平家蟹をゆでたような一種独特の赤い色をしているのだった。頭がでかくて、顔がでかくて顔の下半分はすこしすぼまっている。だから、せんす形だ。大きな二つの目がある、それは人間の眼とちがって、たいへんはなれている。耳に近いところにあるのだ。望遠レンズのような感じのする奥深い、そして光沢《こうたく》をもった目玉だった。その下に、象の鼻を小さくしたようなものが垂《た》れさがっている。それが、このお面をおどけたものにしていた。口はその下にかくれているのか、よくは見えない。目の横に、顔からとびだしたしゃもじ[#「しゃもじ」に傍点]形の丸い耳がついていた。この耳も、愛嬌《あいきょう》があった。
しかし奇妙なのは、この動物が頭のうえに持っている角《つの》であった。その角は二本であった。そして短かい棒のさきに、棒の断面よりもすこし大きい団子をつけたような、ふしぎな形をした角であった。そして色は緑色をしていた。顔全体は、あまり小さいでこぼこはなく、ゆったりとふくらんだり引っ込んだりしていて、感じはわるくないほうであったが、三根夫をへんな気持にさせたのは、いったいそのお面はなんという動物なのかわからないことであった。
動物というよりも、お化けといったほうがいいようにも思われる。いや、お化けというよりもそういうへんな顔をした怪神《かいじん》とも見える。したがって、どこか人間の顔に近いところもある。牛や熊に近いところもあるが、よく見ていると、それよりも、むしろ人間くさい顔に見える。
それはまあいいとして、なんだってあんな奇妙なお面をあそこへはめこんだのであろうか。誰がやったいたずらであろうか。
「ああ、そうか。帆村のおじさんのいたずらだよ。ぼくをおどろかして、笑いころげようという考えなんだろう」そう思うと、おかしさがこみあげてきて、三根夫は声をたてて笑った。
その笑い声を、途中で三根夫は、はっととめなくてはならなかった。
「おやッ」
例のお面の大きな目がぐるんと動いたような気がしたからだ。
(お面の目が動いた。あのお面は、すると、生きているのかな。そんなことはあるまい)
三根夫は、ぞーッとさむ気を感じた。
「よく、見てみよう」かれは折《お》り尺《じゃく》を机の上からとって、それをのばしながら、机の上にあがった。かれの考えでは、机の上にあがり、それから一メートルの長さにのばした折り尺でもって、その奇妙なお面をつついてみるつもりだった。
三根夫は、机のうえに立った。そして折り尺の一|端《たん》をにぎって、他の端《はし》を高くお面のほうへ近づけた。すると、お面の両耳が、ぷるぷるッと蝉《せみ》の羽根のようにふるえた。
「あッ」
つづいて、二本の緑色の角が、にゅーッと前方へまがって、倍くらいに伸びた。象の鼻みたいな凸起《とっき》が、ぴーンと立ってその先がひくひくと動いた。そればかりか、お面全体が奥へひっこんだ。
「待てッ」
三根夫は、このとき、やっとそのお面が、作りもののお面ではなく、生きている動物の顔であることに気がついたので、腹をたてて、長く伸ばした折り尺をとりなおして、ぷすりとお面ではない、その怪物の顔をついた。たしかに手ごたえがあった。
が、とたんにその顔は、換気穴から消えてしまった。そしてばしゃんと音がして、金網《かなあみ》が穴をふさいだ。
「逃げてしまった」三根夫は、ざんねんでたまらず、歯をぎりぎりかんだ。
そのとき、入口の戸をノックして、扉をひらいてはいってきた者がある。
見えない怪物
「おや、三根クン。そんなところで何をしているんだい。おやおや、へんなものをかぶって、それはどうしたんだ」
それは帆村荘六だった。この部屋は、三根夫と帆村とふたりの部屋であったから、帆村がはいってきてもふしぎでない。
「今、へんな怪物が、あそこの穴から、こっちをのぞいていたんですよ」
と、三根夫は帆村のほうへふり向いてそういった。が三根夫はそのとき大驚愕《だいきょうがく》の顔になって、
「あッ。誰のゆるしをえて、この部屋へはいってくるんだ」
と叫びながら、椅子からとびおり、帆村のほうへ向かってきた。
「おいおい、三根クン。どうしたんだ。ぼくだということがわからんのか。落ちつかなくちゃいけない……」
と、帆村が三根夫をなだめにかかるのを、三根夫は耳にもいれず、両手をふりあげて突進してきた。
しかし三根夫は帆村にとびかかりはしなかった。帆村のうしろにまわった。そこには一ぴきの怪物が、かくれていた。ひそかに帆村のあとについて、この部屋へはいってきたのである。その顔は、さっき天井の換気穴から下をのぞいたとおなじようなふしぎな面《つら》がまえをしていた。背は帆村よりもずっと低く、三根夫ぐらいであるが、その身体は、三根夫がはじめてお目にかかる異様なものであった。大きな赤い顔の下には、枕ぐらいの小さい胴がついていた。それが胴であることに気がつかないと、この怪物は顔の下に、すぐ脚が生えているように見えたことであろう。
とにかくその小さくて短かい胴の下には、細いぐにゃぐにゃした脚が三本、垂直に立って床を踏みつけていた。脚の先には、足首と見えて、魚のひれのように、三角形になった扁平《へんぺい》なものがついていた。脚の二本は、前方左右に並んでおり、もう一本の脚は、うしろにあった。つまりカンガルーの尻尾とおなじところについていた。
腕も左右に二本ずつあった。つまり合計すると四本である。
そのうちの二本は、左へ一本、右へ一本とでて、そうとう太い腕に見えたが、これがまた鞭《むち》のようにぐにゃぐにゃしていて、たいへん長くのびていて、伸ばせば床にとどくのではないかと思われた。この太い腕が、れいの小さい胴中からでているところは、肩のような形をしていた。その肩のうしろにあたるところで、首のほうへよったあたりから、左右へ一本ずつの、細い腕がでていて、これはずっとぐにゃぐにゃしており、肩の上のところで、なまずのひげのように、宙におどっていた。それは腕というよりも、触手《しょくしゅ》というほうがてきとうかもしれない。
とにかくその四本の腕の先は、細くさけて、五本ばかりの長い指になっている。
このような怪物が、帆村のうしろについてこの部屋へはいってきたのである。だから三根夫のおどろいたのもむりではない。
「さっさとでていってもらおう」
三根夫は、気味がわるかったが、その怪物につかみかかると、それを外へ追いだした。そして扉をばたんとしめた。三根夫の手に、怪物の奇妙な肌ざわりが残った。それは、いやにつるつるしているくせに、すうーッと吸いつけるような肌ざわりのものであった。
扉に鍵をかけて、三根夫は、ほっと息をついた。
「かわいそうに。いつから気がちがったんだろう。これはたいへんなことになった」
と、帆村は、壁のところへ身を引いて、目を丸くして三根夫をながめた。
「はははは。はははは」
三根夫は、おかしくてたまらず、大きな声で笑った。帆村には、あの怪物の姿が見えないのだ。だから三根夫のすることが、さっぱりわけがわからず、三根夫は頭が変になったのだと思ったのだ。そのやさきに、三根夫が大きな声をあげたもんだから、いよいよ三根夫は頭が変になったにちがいないと思い、沈痛な面持になり、大きなため息をついた。
帆村がすべてを知るまでには、それからしばらく時間がかかった。それと、三根夫のくどくどと説明のくりかえしがひつようであった。変調眼鏡を見せられて、帆村はやっとすべてを了解したのであった。それがなければ、帆村はその後もながい間、三根夫のことを変だと思っていたろう。
「やあ、安心したよ。ぼくは、絶壁の上へつきやられたような気がしていたよ。そうか、そうか。これを手に入れたとは、三根クンの一番大きいお手柄だ。ふーン南京《ナンキン》ねずみが、そんなに高く売れたとは、おもしろい」
三根夫の頭が変になったのでなかったことが、よほどうれしかったと見え、帆村のひとりしゃべりはしばらくやまなかった。
秘密の指令
三根夫がはるばる地球から持ってきて、これまで飼いつづけた南京《ナンキン》ねずみは、このようにお手柄をたてた。そして、それはお手柄のたてはじめであったともいえる。というわけは、それからも南京ねずみはたいへんよく売れた。みんなハイロが買いとっていくのだった。売り手も、もちろん三根夫ひとりであった。
その南京ねずみも、はじめとはちがって、だんだんに、いいおそえものがつくようになった。それはかわいい南京ねずみの家であった。赤や青や黄のペンキで塗られ、塔のような形をしたものもあれば、農家そっくりのものもあった。それから南京ねずみのくるくるとまわす車も、だんだんきれいな模様がつくようになった。ハイロのよろこんだことはいうまでもない。かれはそれを、いままでの分よりももっと高価に、ガン人たちへ又売りをすることができるのであったから。
このだんだん手のこんできた美しいおそえものは、三根夫が作る工作品にしては、少々できすぎていると思われた。そうであった。これは三根夫が作ったものではなく、テッド隊の中に、こういう模型《もけい》ものを作る名手《めいしゅ》が三、四人いて、それが他の隊員にも教えながら、毎日ほかの仕事はしないで、南京ねずみの家と車ばかりを、えっさえっさと作っているのだった。
これは、ちょっとふしぎなことに見えた。だが、これにはわけがあった。それは帆村が考えついたことであって、いまではテッド隊長もしょうちしていることだった。それは、このおそるべき怪星ガンから、テッド隊が脱出する秘密計画に、密接なつながりがあるのであった。
はじめ、帆村がテッド隊長に、三根夫がれいの変調眼鏡を手に入れたことを報告した。そしてその眼鏡を使ってみると、はたしてガン人の奇妙な姿がありありと見えることや、こころみに各部屋をまわって、この変調眼鏡でみると、かならずといっていいほどのぞき穴が用意されてあり、そしてガン人がしばしばそこから首をつきだして、室内のようすをうかがっているのが見られたことを告げた。
「おお、なるほど、なるほど」
隊長テッド博士も、さすがにこれにはおどろいて、さっと顔色をかえた。
「そして、いまこの部屋には、顔をだしていないのかね」
それは大丈夫であった。帆村は、変調眼鏡を三根夫に借りてきて、頭からかぶって、天井の換気穴《かんきあな》に注意しながら、ガン人の覗いていないことをたしかめながらしゃべっているのであった。
「それで、隊長。わたしはこのさい、三根夫をつかってどんどん南京ねずみを売りだし、あのふしぎな働きをする変調眼鏡をどんどん買いこみたいと思うのです。どう思われますか」
「それはいいことだ。そういうものがあるなら、われわれはそれを利用して、ガン人に対抗していきたいと思うね」
「では、さっそく、その用意をしましょう。南京ねずみも、大いに繁殖《はんしょく》させるよう飼育班《しいくはん》を編成いたしましょう」
「そうだ。そのほうのことはきみにまかせる。そしていまわしは、重大なることを思いついたのだ。もっとこっちへ寄りたまえ」テッド隊長はひきよせんばかり帆村をそばへ招き、
「われわれはこの国でいまたいへんよく待遇されているし、またいろいろ観察したところ、ガン人はわれわれよりもずっとすぐれた、科学力その他を持っているように思う。しかしわれわれはこんなところにいつまでも、とまっていることはできない。われわれはできるだけはやい機会にこの国を脱出しなくてはならない。わしは、ずっとまえから、脱出の決心をして、いろいろとその方法を考えていたところだ。きみも、わしの気持はわかってくれるだろう」
「は、もちろんですとも」
「そこで、脱出に必要ないろいろなものを、われわれは手にいれたいのだ。その変調眼鏡もその中の一つだが、そのほかにいろいろ必要なものがある。じつは、何がこの国から脱出するのに必要なのか、その研究もまだじゅうぶんにできていない。これからみんなで手わけして研究しながら、必要な脱出道具を手にいれていきたい。これは表向きにいったんでは、手にはいらないことがわかっている。ついては、これから先、三根夫君の手によって、それをやってもらいたいと思うんだ。どうだね、きみの意見は」
「隊長にあらためて敬意をささげます。そのかたいご決心と、ねん入りなご準備のことをうけたまわって、わたしもうれしいです」
「じゃあ、その方針で進むことにしよう。これは非常に困難な事業だが、われわれは全力をあげて成功させなくてはならないんだ」
テッド隊長と帆村荘六の手は、しっかりと握られた。
計画公表
「怪星ガンから脱出するんだ」隊長のかたい決心は、ひそかに隊員全部に伝えられた。
「しかし、そのことは、あくまでガン人にはさとられないように注意をする必要がある」
もっともなことだった。怪星ガン人が隊員の待遇をたいへんよくしているのも、結局隊員たちをながくここにとめておきたいからなのであろう。だからもし、隊員がここから脱出する決意を知ったら、ガン人はきっと怒りだすであろうし、待遇はわるくなり、自由はうばわれるにちがいない。隊長が、隊員たちに極力秘密をまもるようにといったのは、もっともだ。
「みんなは、それぞれ、脱出にひつような知識をうることに気をつけていること」
捕虜生活に、気をくさらせていた隊員たちは、隊長の決心がわかったので、困難ではあるが、大きな希望をつかむことができた。だから隊員たちは、目に見えて元気になった。
ガン人の監視がないと思われる真夜中に、ねんのために変調眼鏡であたりをよくしらべたうえで、隊員たちはベッドから顔をだして、それぞれの脱出計画の意見を交換することがはやった。
「おれの考えでは、なんとかして天窓をあけることだと思う」
「なんだ、天窓だって。屋根に天窓をあけるのかい」
「そうじゃないよ。怪星ガンの天井に天窓をあけることをいってんのさ」
「ふん、怪星ガンの天井に天窓があけられるのかい。第一、天井とはどこをさしていうのかね」
「わかっているじゃないか。本艇が、このまえ、怪星ガンの捕虜となったときに、ほら、空が四方八方から包まれていったじゃないか。あの包んだしろものが、怪星ガンの天井なんだ。その天井になんとかして、天窓をあける方法はないものかな」
「さあ。どうすればいいかな。とにかくその怪星ガンの天井までのぼらなくちゃならないね。その天井は、そうとう高いところにあるんだろう。どこからのぼっていけばいいか、その研究が先だね」
「そうとう遠いと思うね。飛行機にのっていかないと、あそこまでいきつけないのではないか」
「えっ、飛行機だって。そんなに高いところにあるのかい。何千メートルというほどの上にあるのかい」
「いや、はっきりしたことはわからないが、あのときの感じでは、そう思った」
「ぼくも、天井が何千メートルも高いところにあるという考えにはさんせいだが……」
と、別の隊員がいった。
「しかし、どうも分らないことがある」
「それは何だね」
「本艇から、あの繋留塔《けいりゅうとう》をおりて、街へいくが、本艇と街と、いったいどっちが、怪星ガンの中心に近いのだろうか」
「なんだって」
「つまり、ぼくははじめ、本艇のほうが、怪星ガンの表面に近くて、街は、それより深い所にあると思っていたんだ。ところがこの頃になると、そうではなくて、そのはんたいのように考えられるんだ」
「それはちがうよ。はんたいだね。きみのいうように、街のほうが、本艇よりも、怪星ガンの外側に近いところにあると仮定すると、重力の関係があべこべになるじゃないか。なにしろ足の方向に、重力の中心があるはずだからねえ。だから本艇よりも、街のほうが、怪星ガンの中心に近いのさ」
「いや、それでは、怪星ガンの構造がおかしくなるよ。街の上に、本艇がいまふわりと浮いている空間があって、その外にまた何か怪星ガンの外側の壁があるというのは、おかしいと思うね」
「さあ、どっちかしらん」脱出方法を見つけることは、あとまわしで怪星ガンの構造のほうが、やっかいな問題を起こしてしまって、討論ははてそうにもない。
このことについて、三根夫少年は、隊長テッド博士から秘密の指令をうけて、非常にむずかしい行動にうつることとなった。もちろんそれには、帆村荘六がついていて、できるだけ手落ちのない計画をたて、準備をしたのであったが。
三根夫の冒険である。その冒険に、隊員たちの全部の運命がかかっていた。
その三根夫は、ある日、なにくわぬ顔で、サミユル博士邸をおとずれて、れいのハイロに会いにきた。三根夫は、紙でつつんで、赤いリボンをかけた四角な箱を抱えていた。その箱の中にはなにがはいっているのであろうか。三根夫はいまや冒険の第一歩を踏みだしたのである。
三根夫の変装
この日ハイロは、三根夫少年をつれて、この怪星の中の名所を案内するやくそくになっていた。ハイロは、三根夫のおかげで、ずいぶん富をふやした。そして三根夫とも仲よしになって、三根夫がたのむことについては、できるだけ便宜《べんぎ》をあたえているのだった。
「ぼく、この国の名所を見物したいなあ。まだすこしも見ていないんだもの、ハイロ君、ぼくを見物につれていってくれない」三根夫がそういいだしたとき、ハイロは困った顔をして、
「それはできないことですよ。この国の人でないと、この国の中を自由に歩くことはできません。見つかれば、三根夫さんはすぐとらえられて、牢の中へほうりこまれ、死刑になってしまうでしょう。だから、そのことばかりはだめです。あきらめてもらいましょう」と、はっきりいった。
しかし三根夫は、あきらめなかった。なお、いろいろとハイロにねだったり、質問してはかれの考えをいったりした。
「それじゃあ、ほくがきみたちとおなじような顔や身なりをしていれば、それでいいんでしょう。そんなことは、わけないや、ねえハイロ君。ぼくのために、きみとおなじ顔つきのお面をこしらえてくれたまえ。頭からすっぽりかぶれるような構造になっているのがいいね。それからきみの服を貸してくれたまえ。なるべくすそが長くて、足がかくれるようなのがいい。そして、他にきみたちの仲間がいるときは、ぼくは決して口をきかなければいいんでしょう。ねえハイロ君、そうしようよ」
そういわれて、ハイロはしぶしぶしょうちしてしまった。
「じゃあ、そうしますか。しかし、へたをするとたいへんなことになるがなあ」
「大丈夫だよ、ハイロ君。ぼくは、へまなことをやりゃしないよ」
「それでは、お面と服と靴は、わしが用意をしましょう」
そこで三根夫は、怪星ガンの名所見物をすることができるようになったのだ。もっとも、この妙案は、三根夫が考えついたものではなく、あらかじめテッド隊長のまえで幹部があつまって、ちえをしぼったもので、主として帆村荘六の考えだしたものだった。
さて三根夫は、サミユル博士の家へハイロをたずねていった。ハイロは、その日はきげんがよくなかった。
「三根夫さん。あぶないから、見物はもっと先にのばしましょう」
「いやいや、早いほうがいいよ。ぼくは、もうちゃんとお土産なんかも用意してきたんだもの。やくそくどおり、すぐでかけようよ」三根夫は、ハイロがまだ知らない品物をおくりものとしてかれにあたえた。それはオルゴール人形だった。
箱の上に、美しい少女の人形が立っていた。箱の横にあるネジをまき、人形の背中についている釦《ボタン》に、ちょっとさわるときれいなオルゴールの曲がなりはじめ、それと同時に人形がおどりはじめるのだった。このオルゴール人形は、三根夫が地球を出発するときに、買物をした三つの品物のうちの一つであり、そして一等高価なものだった。このおくりものは、たいへんハイロの気に入った。オルゴールの音にあわせて、人形とおなじようなかっこうで踊りだしたほどだ。悪かったかれのきげんも、すっかりどこかへ吹きとんでしまったようである。
「そのほか、ぼくはこの箱の中に、十ぴきの南京《ナンキン》ねずみをいれて持ってきたんだよ。まんいち、途中でやかましくいう者があったら、これを一ぴきずつあげて、きげんをなおしてもらおうと思うんだ。ハイロ君、よろしくやってくれたまえね」
「ああ、それはいいことだ」
「もし、見物がおわるまでに、南京ねずみが残れば、みんなきみにあげますよ」
「おお、それはたいへんけっこうです。それではあなたの仕度をはじめましょう」
ハイロは、三根夫のために、ちゃんとガン人のお面と、服と靴とを用意してあったのだ。まず靴をはいた。こうしておけば、ガン人とおなじ足あとがつく。それからお面をすっぽりと頭からかぶった。それは胸のところまではいった。そのうえに、服を着た。すると三根夫は、すっかり頭でっかちのガン人に見えるようになった。
「目のところは、よく合っていますかい」
「ああ、よく合っていますよ。これはありがたい、変調眼鏡もつけておいてくれたのね」
「そうですよ。それがないと、わしたちの仲間がどこにいるのか分らなくて、きっとへま[#「へま」に傍点]をやるでしょうからね」
「これは便利だ。さあ、でかけよう」
「でかけましょう。留守番のカルカン君にあとをよく頼んできます。そうだ、この南京ねずみのはいっている箱は、わしが持っていってあげましょう」
「あ、それはいいんだ。ぼくが持っていく」
三根夫は、卓子《テーブル》の上においた箱のほうへいそいで両手をのばし、それを大事そうにかかえた。じつはこの箱には、南京ねずみが十ぴきはいっているほかに、この箱は秘密の写真機と録音機になっているのであった。その使い道は、いまさらいうまでもなく、怪星ガンの重要なる場所を写真にとったり、脱出方法の発見の手がかりになるような音響や、ガン人の話を録音してくるためだった。
なるほど、こんな大切な箱包みなら、ハイロに持ってもらうことはできないはずだ。
秘密の地階へ
ハイロは、三根夫をつれて、外へでた。
ちょっと見たところ、ふたりのガン人が歩いているとしか見えない。
うしろをふりかえったり、横を見たりいそがしく身体を動かしているほうの、すこし背の高い方がハイロだった。三根夫は、ハイロよりもすこし低い。そして、なるべく見とがめられないようにと、かたくなって歩いている。ハイロは、三根夫がいままでに見たことのないところへ、案内してくれというものだから、まず地下道へはいっていった。
これまでテッド博士をはじめ、地球人間はこの地下道へはまったくはいることを許されなかったものである。それは工場ばかりであった。なぜこんなに沢山の工場がならんでいるのか、なぜそんな必要があるのか、三根夫にはわけがわからなかった。それで、そっとハイロにたずねた。
「そんなことはわかっているじゃありませんか。われわれの生活にいるものをじゅうぶんに作るには、これだけの工場がいるんです」生活必需品の工場ばかりだった。家具をこしらえたり、器物をつくったり、紙や衣料をこしらえている。食物の加工をする工場も、たくさんあった。
三根夫は一つ質問を思いついた。
「ハイロ君。この国にはどこに畑があるのかしら。果物や野菜なんかつくるにはやっぱり畑がいるのでしょう」
「ふふふ。それは、もう一階下ですよ」
そういってハイロは、三根夫を、さらにもう一階下へ案内した。地階へおりるには、動いている道路というものがあって、それに乗っていると、やや爪先《つまさき》さがりにぐるぐるとまわっているといつの間にか地階へつくのであった。エレベーターよりもいっそう進歩した仕掛けだと思われた。
「ほほう。これは温室村へきたようだ。うわあ、すばらしくひろい温室だ」
「しいッ。声が高い」三根夫は、ハイロから注意をうけた。
まったくすばらしい温室式の農場であった。いや、工場のような農場だといったほうがいいだろう。何段にも野菜の植わった棚《たな》があって、それがずらりと遠くまでならび美しい縞《しま》を見るようであった。太陽はない。上から特殊な光線がこの野菜棚を照らして、太陽の光りにあたるよりもずっとよく育つのだそうだ。また肥料もそれぞれの野菜に合ったものがじゅうぶんにあたえられ、植物ホルモンがうまく利用せられ、そのうえに、生長をたすける電波がかけられているので、野菜のできはいいし、その生長もたいへんはやい。
三根夫は、べつのところで、果物《くだもの》畑を見た。これもきちんと箱にはいって、ならんでいる。木の太さの割合いには、すばらしくたくさんのみごとな実がなっていた。これも人工的の特殊の栽培法が行なわれているためである。おなじ階に、ひろびろとした牧場があった。また養魚場があった。どっちも三根夫をたいへんおどろかせた。というのは、牧場には、牛や豚の姿はなく、三根夫がはじめて見るふしぎな獣が飼われていたからだ。また、養魚場で見た魚も、地球上であまり見かけない種類のものであって、なんだか気持がへんになった。
そういうことについていちいち記していくと、きりがないので、あとはとくに重要なものについてだけ、のべておこう。もう一階下へハイロが三根夫をつれこむとき、
「三根夫さん。これからは気をつけてくださいよ。この国の心臓にあたる重要な、そして秘密な場所ですからね。それは兵器工場なんです」と、耳うちした。兵器工場があるというのだ。
やっぱりそうであったか。怪星ガンも、兵器を作って、持っているのか。どんな兵器を作っているのかと、三根夫は好奇心を強くした。ハイロに案内されて、そこへ下りていってみると、その工場の大仕掛けなのにおどろいて、思わず「あッ、これは……」と叫んで、あわてて口をとじた三根夫だった。どうしてこんな大工場があるのかと、あきれるばかりだ。そこに働いているガン人の数も、おどろくほど数が多い。それにくるくるごうごうとまわる大小無数の工作機械が、どんどん作りだしていくそのスピードの早いことといったら、目がまわるほどだ。
これを見ても、ガン人は、地球人類よりもずっと感覚もするどく、能力もすぐれていることがわかる。しかし、そこに作りだされる兵器るいは、いったいどうして、どのように使うものだかさっぱりわけがわからないものが多かった。三根夫は、それについて、いちいちハイロにたずねたく思ったが、あいにくどこにもたくさんのガン人の職工がいるので、三根夫はきくことができなかった。なぜなら、三根夫は頭からガン人の首のつくりものをかぶっているので、これは三根夫が口をひらいても、つくりもののほうは口をあけないから、すぐあやしまれてしまう。
そのかわり、三根夫は、れいの写真機と、録音機を中にひそませた四角い箱をさかんに活用して、生産されつつある兵器の写真をとり、また職工たちがしゃべっていることばを録音した。
この広い兵器工場を見終ったときには、三根夫はすっかりくたびれてしまった。それで動く道路のそばにしゃがみこんでハイロに、しばらく休ませてくれといった。
すごい動力室
ハイロは笑って、
「それでは、これをたべなさい」と、青い飴玉《あめだま》のようなものを二つ、三根夫の手のひらにのせてくれた。
「これは、なあに」
「くたびれが、一ぺんにとれる薬です」
「それはありがたい。しかしこんなものを頭からすっぽりかぶっているから、たべられやしない。どうしたらいいかしらん」
「ははあン。それなら、わしの身体のかげで、そのかぶりものをぬいで、大急ぎでたべなさい」
「なるほど。それじゃあ頼みますよ」
三根夫は、ハイロのかげでガン人のお面を脱いだ。せいせいした。青い玉二つを口の中へほうりこみ、それからついでにと思って、お弁当に持ってきたパンをむしゃむしゃ。それから水をがぶがぶ。そして目を白黒しながら大急ぎで、お面をもとのようにすっぽり頭からかぶった。
「三根夫さん。どうです。身体が軽くなったでしょう」
「ああ、ほんとだ。さっきのくたびれが、どこかへいってしまった。よくきく薬だね」
三根夫は元気をとりもどして、ハイロについて名所見物をつづけた。
「もう一階下にあるところは、この国で一番重要な所なんです。ちょっと見るだけで、がまんしてください。何しろ監視の目が多くて、ひどく光っていますからね」
「そこは、何をするところなの、この国の」
「動力室です。つまりこの国を動かしているあらゆる力を発生するところです。操縦室もあります」
なるほど、これは重要な場所だ。ふたりは、一階下へおりたが、まちがってこの階へおりたようなそぶりを見せ、五分ばかりでそこを引きあげ、上の階へもどった。
しかし三根夫は、その短かい時間に、はっきり見た。すごいエンジンがずらりとならんで、ごうごうと動いていたことを、また一段高いところに、透明なガラス張りのような台があって、そこにはものものしい作業衣に身をかためたガン人が二十人ほど、複雑な機械の山のようななかにそれぞれの部署について、しきりに手をふり、身体を起こして機械を調整していた。そこが怪星ガンの操縦室にちがいなかった。なにしろすごい動力室であった。科学と技術の粋をあつめた大殿堂とでも、いいたいほどの大壮観であった。
「さっき見た大きなエンジンは、何を原動力にしているの」三根夫はハイロにたずねた。
「いまのところ、旧式だけれど原子力エンジンを使っていますがね。そのうちに、もっと能率のよいものに改造する計画があるんですって」
「へえ、原子力エンジンは旧式だというの」
「あれは消極的であるから、能率がよくないし、大きな装置がいる割合いに、動力があまりでてこないといっていますよ」
「そうかなあ。原子力エンジンといえば、すばらしい動力をだすものだがなあ」
「この国の技術は、循環性《じゅんかんせい》の強力なエンジンを設計するといっているんです。つまり、だしたものを、またもとへ入れて、まただすという仕掛けですよ。そうなれば、いままでのように原料を使いすてるというやり方は、損だといっています」
ハイロは、エンジンのことについても、そうとうの知識を持っているようだ。
「ハイロ君。この国は宇宙のなかを運行していくがその力はやっぱりあの動力室からでているの」
「そうですとも。この国は、恒星《こうせい》や遊星《ゆうせい》などとちがって、われわれの手でつくったものですからねえ。宇宙を旅するには、もちろん動力がいるわけです。ですからあの動力室は、この国にとってはひじょうに大切なんです」
動力室が非常に大切なものであることは、よくわかった。怪星ガンの大きさから考えて、こんな大きな物体が、宇宙のなかを快速力でとんでいくには、毎秒たいへんな動力をださなくてはならないであろう。地球人類の頭脳と科学力とでは、とてもやれないことだ。三根夫は、怪星ガン人の智能の深さと大いさに、いまさらながらおどろかされた。
(このようなガン人に打ちかって、われわれテッド隊員が、うまく怪星ガンから脱出することがはたしてできるであろうか)それを考えると、三根夫は気がめいってきた。
問題の天蓋《てんがい》
三根夫が、へんな顔をして、ふさぎこんでしまったので、ハイロは心配して、声をかけた。
「誰でも、動力室を見ると、気がふさぐものです。それは、もし動力室がこわれたら、われわれはどうなるかなあという不安が、誰の心にも起こるからです。まあ心配しないほうがいいですよ。この国にも、そのほうの専門家がたくさんいるんだから、動力室のことはその人たちにまかせておくことですよ。そしてわれわれは、もっと楽しいことばかり考えるのがいいんです」
そういうところを見ると、ハイロもやっぱり動力室見学は、愉快なことではないらしい。
「ハイロ君のいうとおりだ。はやくここをでて、もっと愉快なところを見物させてくれたまえ」
「さあ、愉快なところというと、どこにしましょうか。映画見物か、それとも音楽会へいってみますか」
「いやいや、そんなところは、いつでも入場できる。きょうは、めったに見られないところを見物したいのだよ」
「それでは、どこがいいでしょうね」
「そうだ。ずんずん上へあがって、この国の一番外側へでて見たいね。さあ、そこへつれていってくれたまえ」
「うーん。それは……それはちょっと厄介《やっかい》だなあ」ハイロは、困ったという顔をした。しかし三根夫としては、怪星ガンの一番外側へでて、そこがどんなになっているかを見てくることが、予定のなかにはいっていた。なんとしても、それを知る必要がある。
「だって、ぼくはぜひ見物したいのだもの。ねえ、ハイロ君。ぜひつれていってよ。はじめのやくそくで、どこにでも案内してくれるはずだったね」
「でも、あそこへいけば、かならずつかまって、取調べをうけるにきまっているんですからねえ、そうすると、化《ば》けの皮《かわ》がはがれますから、えらいことになりますよ」
「ここに南京ねずみが十ぴき、そっくりそのままになっているから、これを使用すればいいさ。さあ、つれていってよ」
「天蓋見物《てんがいけんぶつ》は、よしたほうが安全なんですがねえ」
「テンガイだって。それは、どこのこと」
「つまり、天蓋ですよ。空よりもずっと上にあって、この国を包んでいるものですよ。その内側には空気がありますが、外側には空気がないんですよ。つまり天蓋が、境《さかい》になっているんです」
「見たいね。そういう話をきくと、よけいに見たくなる。さあハイロ君。天蓋見物にすぐでかけようよ、ね」三根夫の熱心にまけて、ハイロはついにしょうちをした。ふたりはもとのにぎやかな町へでた。その町をどんどん通り越して、町はずれといったところへでると、一つの妙な建物があった。それはかさが開いた松茸《まつたけ》みたいな建物だった。もっとも屋上はたいらであった。
その屋上へでると、そこにはかわいいヘリコプターがあった。腰かけに、小型のヘリコプターを仕掛けたようなものであった。これに腰をかけ、肘《ひじ》かけのところにあるいくつかの操縦釦《そうじゅうボタン》をおせば、空中を自由自在にかけまわれるのだった。
ハイロは、ヘリコプターを二台借りた。もちろんその一台には三根夫をすわらせ、バンドでしばりつけた。ハイロはじぶんの身体にも、もう一台のほうをしばりつけ、かんたんな操縦法を教えた。
「こうすれば、立っていることもできるんですよ」
腰をかける座席のところをはずすと、そのまま立っていられた。着陸のときは、こうして立ったままおりるとぐあいがいいそうだ。
「さあ、のぼりましょう。ちょっと高いですから、目をまわさないように、わたしについていらっしゃい」そういってハイロがとび立った。そこで三根夫もつづいて操縦釦をおした。
「あ、これは愉快だ」身体がきゅうに軽くなった。すーッと空中へとびあがっている。頭の上と座席のうしろとにプロペラがまわっているが、あまり大きな音がしない。ぐんぐんのぼっていった。三根夫の感じで五千メートルぐらいのぼったとき、ハイロが横へきて、上を指した。
「ほら天蓋が見えるでしょう。格子《こうし》の目のようになっていて、その上に何かのっているのが見えませんか」
「ああ、見える。なるほど、あれが天蓋か」
とうとう問題の天蓋のそばまできた。天蓋の構造がよくわかっていないと、とても脱出計画は成功しないのだ。三根夫は緊張の極《きょく》、身体がぶるぶるふるえだした。
巨大なる天蓋《てんがい》
三根夫の胸は、はげしくおどった。見える! 頭上、手のとどきそうなところに、謎の構造をもった天蓋の、その裏側が見えるのだ。
はるかに下の町から仰いだところでは、天蓋は、灰色または青色の布を張ったように見えていたが、こうして近くにきて観察すると、そんなやすっぽいものではなかった。それはすこぶる大きな軽金属製、あるいは樹脂《じゅし》製と見えるだだっ広い天井が、はてしも知れずひろがり続いているのだった。それはたいへんしっかりしたものに見えた。
その天井の下には、やはりおなじ色の吊《つ》り橋《ばし》が、網《あみ》の目《め》のように、縦横《じゅうおう》にとりつけられ、どこまでものびていった。吊り橋は、天井から十メートルほど下にあり、パイプを組立てたような構造ではあったが、なかなかの偉観であった。しかもこの吊り橋を、天井の偉大さにくらべると、まるで講堂の天井に、小さい蜘蛛《くも》の巣《す》がかかっているほどにしか見えなかった。
「三根夫さん。もうちょっと向うへいったところで、あの吊り橋へ下りましょう。ゆっくり飛んで、ついていらっしゃい」
案内者のハイロが、ひとり乗りの豆ヘリコプターを三根夫のそばへ近づけて、そういった。
「ハイロ君。あの天蓋を外へぬけられないのかね。ぼくは、天蓋の外へでてみたいんだがね」
それは三根夫がじぶんの使命をはたすために、ぜひそうしなくてはならないことだった。
「それは、吊り橋へ着いてからあとのことにしてください。誰にも知られないで、あの吊り橋へあがることは、ひと苦労なんですからね。とにかく、わしのするとおりに、ばんじをやってください」
「さあ、速度をおとして……」そういってハイロは、きりきりと上へのぼっていった。
いよいよ天井は近くなった。吊り橋にヘリコプターのプロペラがぶつかりそうだ。ハイロは、巧妙に飛んでいる。三根夫は、そのとき、一つの発見をした。
「ははあ、あれが桟橋《さんばし》だな」
それは二、三十メートル前方に見えてきた環状《かんじょう》になっている吊り橋だった。そこには、四方からのびてきた吊り橋が、丸い環状の吊り橋をささえているのだった。どうもその環状になった穴のところへ、下からヘリコプターがのぼってはいるのではないかと思った。
まさに、そのとおりだった。ハイロはうしろへふりかえって、三根夫に合図をすると、ずうッとその環のなかへはいってのぼっていった。三根夫が見ていると、ハイロのヘリコプターは、うまく吊り橋にとりついたようであった。そこでかれもまねをして、そちらへ近づいていった。
環状の吊り橋は、かなり大きいものであって、こんな豆ヘリコプターなら、同時に四、五十台が、はいれそうであった。それをくぐって、のぼっていくと、吊り橋の内側が、こういうヘリコプターがちょこんと乗るのにつごうがいいように、桟橋になっていた。ハイロの指図により三根夫は、ハイロのヘリコプターのすぐとなりに着橋した。そしてハイロに手つだってもらって、ヘリコプターにしばりつけていたバンドを解き、身体の自由をとりもどし、はじめて吊り橋の上に立った。三根夫は、うっかり下を見た。
「うわッ。目がくらむ」
ふらふらとして、らんかんにしがみついた。
「あ、注意をしてくださいよ。下へ落ちると、死にますよ。そして化けの皮がやぶれて、わしは陰謀加担者として罰せられますからね。さあ、手をとってあげます。下を見ないで、上のほうばかり見ているのです。こっちへいらっしゃい」
と、ハイロは三根夫の手をひっぱった。
「待ってくれたまえ。大事な品物を、ここへおいていってはたいへんだ」
三根夫は、さっき目がまわったときに思わず下においた秘密のカメラと録音機のはいっている四角い箱包みを、いそいで手につかんで、腋《わき》の下《した》にかかえこんだ。
ハイロは、前後へ気をくばりながら三根夫の手をとって、環状橋《かんじょうばし》の上を進む。
三根夫のほうは、注意をこの吊り橋と天井の構造にすっかり気をうばわれてそのほうへきょろきょろといそがしく目を走らせている。
(あッ、あそこに階段がある。やっぱりそうだ。あの階段をのぼると、天蓋の外へでられるんだな)
構築物は、みんなおなじ色をして、おなじ明かるさに照らされているので、よほどそばまでいかないと、階段や曲がり角や広間があることがわからない。なるほど、これでは下界から見あげても、天井や吊り橋などが見わけられないはずだ。
「ハイロ君。はやくあの階段をのぼろうじゃないか」と、三根夫はずんずんと足を早めた。
「あ、お待ちなさい。これから先が危険なんですよ。あの階段の下までいったあとは、ぜったいに、声をださないこと、それから足音をできるだけたてないこと、だまって上まであがり、それから一分間外を見てそれからまただまっておりてくるのですよ。いいですか」
「わかったよ、ハイロ君」
天蓋《てんがい》の頂上《ちょうじょう》
ハイロと三根夫は、あたりを警戒しながら階段に近づいた。さいわいに、誰もいないようすである。
「いよいよ、ここから階段をのぼりますが、ぜったいに声をだしてはだめですよ、いいですか」
ハイロは、もう一度ねんをおした。そしてまんいち監視隊員に見つかったときは、三根夫は口がきけず耳が聞こえないということにし、ハイロが監視隊員に口をきくから、そのつもりでと、三根夫にいいふくめた。それから階段をのぼりはじめたのである。
その階段は、螺旋形《らせんけい》にねじれて上へあがっていくようになっていた。階段のはばはかなり広かった。それをのぼりながら三根夫は壁がどんな材料でつくってあるのか注意して見た。その材料は、吊り橋や天井と同じ材料でできていると思われた。灰色だった。ちょっと指さきでさわってみた。つめたいかと思いのほか、なまあったかかった。そして弾力が感じられた。
(やはり、樹脂《じゅし》製らしい。しかしこんなに丈夫な樹脂にお目にかかるのははじめてだ)
地球にある樹脂とはだいぶちがって、高級品だった。階段の高さは、三十メートルより低くはないと思われた。この三十メートルは同時にこの天蓋の厚さでもあった。すばらしく厚い天蓋だ。
その天蓋が、するすると伸びていって大空をおおったのを見たのだ。こんな厚いものが、どうしてあのような速さで伸びていったのであろうか。そのふしぎな謎は天蓋の構造にかかっているのだ。
(いったい、天蓋は、どんな構造になっているんだね)と、三根夫はハイロにたずねたくなった。が、それはできなかった。ハイロのむずかしい目つきにぶつかったからである。
(三根夫さん。一口も、口をきいてはいけませんぞ。さっき注意しておいたでしょう)
と、ハイロは無言で三根夫をしかりつけているのだ。だからといって、三根夫はそのことをあきらめることはできなかった。そこで、思い切って、手まねでもって、ハイロにたずねた。通ずるか通じないかわからないが、壁をたたくまねをし、そしてその構造はどうか、中はどうなっているかを教えてくれと、一生けんめいに手まねを工夫して、ハイロにたずねた。
ハイロは、はじめは、あきれはてたという顔つきで、目を白黒させていたが、やがて、ハイロは手まねをもって答えだした。手まねというやり方を、ハイロはおもしろく思ったから、三根夫に答えてやることになったのであろう。
(なるほど。そうかい)
三根夫は、やはり手まねであいづちをうった。ハイロの手まねの全部がわかったわけではないが、そうしないとハイロが手まねのおしゃべりをやめてしまうおそれがあったから、ほどよくあいづちをうったのである。それで、ハイロの手まねをかいどくして、わかったように思うことは、この天蓋をつくっている壁体はすくなくとも三重になっているらしい。中は袋のようになっていて、そこの中に原子力であたためられた或るガスがつまっているらしい。そのガスは、ぎっしりと袋の中につまっているので金属とおなじくらいに固く感ぜられる。その外に、あと二重に樹脂のような生地の袋がかぶさっていて、ガスが外へもれることをふせぐと共に、外部から砲弾などをうちかけられても、はねかえす力を持たせてあるものらしい。
らしい、らしいの話ばかりで、正確なことはわからないのが残念だが、いずれ町へかえってから、ハイロにたずねなおせばいいであろうと、三根夫はがまんした。そして残りの階段をひと息にのぼり切っていよいよ一番高いところに立った。それは、丸い小天井《こてんじょう》がはまっていた。その小天井は透明であった。その証拠に、天井をとおして、星がきらきら輝いていた。
(ああ、きれいだなあ。ひさしぶりに星空を見るんだ。ああ、きれいだ)
と、三根夫は、いいたいことばを口の中へおしこんで、透明天井を通して大空を仰いだ。そしてその姿勢で身体をぐるっと回転して、ちょうど百八十度ばかりまわったとき、かれはまったく意外にも、すぐ近くに、ガスタンクほどの大きさの、銀色にかがやいたすばらしい球《きゅう》が、宙に浮いているのを発見した。遊星だ。なんという大きい星だろう。かれは息をのみ、おどろきとおそれをもってその星の面を眺めたが、とつぜん三根夫は、心臓が破れるほどの第二の驚愕《きょうがく》にぶつかった。
というのは、その星の面には、模様のようなものがついていた。それは海と陸とが区別されて見えるのであった。三根夫がびっくりしたのはその模様の一つが、他のものよりもはっきりしていて、それが南アメリカの形によく似ていることだった。いや、似ているどころではない、南アメリカにちがいなかった。すると、いま目のまえに見えている星こそ、地球なのだ。地球だ。地球がこんなに近くにあろうとは。
「うわーッ。地球だ。なつかしい地球だ。これはどうしたというんだろう!」
三根夫は感激のあまり、とうとう大きな声をだしてしまった。
ハイロが、あわてて三根夫のそばへかけよったが、それはもうおそすぎた。
意外な相手
(しょうがないねえ。だから、あれほどやかましくいっておいたじゃありませんか)と、いいたげに、ハイロは三根夫の口をおさえつけ、そして三根夫の腕をしっかりつかまえて、いそいで階段をおりようとするのであった。三根夫は、なつかしい地球に見とれていて、その場を動くのがいやらしい。
(だめですよ。いまのうちに、さっさと逃げださないと、いまのあんたの声を聞きつけて、武装した監視隊員が逃げ路をふさいでしまいますぜ)
ハイロは、そういいたい気持でいっぱいだった。ぎゅうぎゅうと力をこめて、三根夫を階段のおり口へひっぱっていこうとする。
「こらッ、何者だ。そこ動くな」
とつぜんひとりの大きなガン人が姿をあらわして、三根夫をつかまえた。
「しまった」三根夫は舌うちをした。それが、いっそういけなかった。
「おや、おまえは地球人だな。地球人が、許可なしでこんなところをうろついているなんて、けしからんじゃないか。おい、面をぬげ」ガン人は、三根夫のかぶりものの上から、ぼこぼことたたいた。じつに、するどく耳のきくガン人だった。
「まあ、待ってください」ハイロが、三根夫をうしろにかばってまえにでた。するとガン人は、ハイロをなぐりつけようとした。ハイロは、あやういところでそれをさけた。
「まあ、待ってください。この者は、地球人ではなく、やはりガン人なんです。しかし口はきけなくて、そのうえに耳は聞こえないですから――」
「ばかをいうな。ごま化されんぞ。地球人にちがいない。その証拠には、そやつは地球人のことばで二度も叫んだじゃないか。さあ、正体をあらわせ」
そういうと、ハイロよりも背の高いそのガン人は、ハイロの頭越しに両手をのばして、三根夫のかぶっているお面の両耳をつかむと、手前へひっぱった。お面はすっぽりとぬけて、下から三根夫のまっ赤《か》な額《ひたい》があらわれた。
「やっ、きさまはテッドの部下の三根夫という子供だな。いよいよけしからんことだ。なにしにこんなところへきたか」
そのガン人は、三根夫を知っていた。間にはさまっていたハイロは、これはめんどうなことになったと思った。このガン人のために三根夫がつきだされるとハイロ自身も、そうとう重い刑罰をうけなくてはならないであろう。そう思ったハイロは、とにかくここで相手をうちたおし、その気絶しているまに三根夫の手をとって逃げるならば、あるいはじぶんの身柄《みがら》をかくすことに成功するかもしれないと考え、全身の力をこめて、大男のあごをつきあげた。
不意をくらった相手は「うッ」とうなると、うしろへよろめいて、仰向《ああむ》けにどたんとたおれた。すると意外なことが起こった。かれの頭部がはずれて、ころころと向うへころげたのであった。
ということは、かれもまたお面をかぶっていたというわけだった。
「この野郎」くるっと一転すると、かれはすっくと立ちあがった。お面のかわりに、地球人のまっ赤な顔が、怒りと不安にゆがんでいた。その顔に見おぼえがある三根夫だった。
「やあ。ガスコだ。スコール艇長と名乗っていたガスコだ」
読者はおぼえていられるであろう。この物語のはじめに出没《しゅつぼつ》した覆面《ふくめん》の怪人《かいじん》ガスコであった。またギンネコ号の艇長スコールだと名乗って、テッド博士|座乗《ざじょう》のロケット第一号のなかへ変装してやってきた怪漢だった。そのとき三根夫は熱線をかれの変装のうえにかけ、つけひげなどをとかしてうち落とし、化けの皮をひんむいてやったことがある。その怪人ガスコが、こんな所にいたのである。
「ふふん。おれを知っていやがったか。ようし、そうなれば、なおさらきさまたちを許しておけないぞ。ここで、ふたりとも、息の根をとめてやるんだ。こら、動くな。手をあげろ」
ガスコの両手には、いつのまにか、二|挺《ちょう》のピストルが握られ、その銃口は三根夫とハイロの胸もとに向いていた。もう、いけない。三根夫は両手をあげた。そのとき撮影録音機のはいっている包みがごとんと音をたてて下に落ちた。ハイロも、三根夫とおなじように手をあげた。
信号灯
ガスコは、すっかりいばってしまい、
「ははは。ざまを見ろだ。ここできさまたちふたりを片づけてしまえば、おれの立場は、ますます安全となる。おれは運がいいよ」と、みょうなことをいった。
三根夫は、ちらりとハイロのほうを横目で見た。するとハイロは、首も手足もなく、服だけが両手をあげていて、ハイロの表情を知ることができなかった。これには困った。
ガスコは、ハイロのほうへ寄ってきた。そして一挺のピストルをポケットにしまい、そのあいた方でハイロの頭を手さぐりして、かれの大きな耳をつかんだ。
「やい。きさまも、はやくお面をぬぐんだ」
「あ痛た、たッたッたッたッ」ガスコは、ハイロが正真正銘のガン人であることにもっと先に気がついていなくてはならなかった。ハイロの頭や手足が見えなくなったときに、ハイロこそガン人のひとりだとさとるべきだった。ところがガスコは、はじめからハイロを、三根夫とおなじ地球人であると思いこんでいたために、この重大なまちがいをしでかしたのだ。
ハイロは、いやというほどガスコに耳をねじられたので、すっかり怒ってしまった。
「らんぼうなことをする奴だ。おまえさんは何者だ。見れば地球人じゃないか。地球人のくせにガン人であるわしを殺すというのかい」
と、ハイロにせまられて、ガスコは返事につまった。ガン人を殺すことは許されないのだ。まんいちそんなことをしたら、あとで極刑《きょっけい》になるのはわかり切っていた。
「いや。きさまはガン人なものか。地球人にちがいない。はやくそのお面をぬぐんだ。ぬがないと、このピストルがものをいうぞ」ガスコは、苦しまぎれに、ハイロを地球人といいはって、この場の不利をごま化そうとした。ハイロは、ますます怒った。
「ばかなことをいうな。おまえさんじゃあるまいし、顔の皮をむいて、下からもう一つ顔をだすなんて、そんな器用なことができるものか。わしはガン人だ。見そこなってもらうまい」
「いや、ガン人なものか、地球人だ。引っ立てて、警備軍へ渡してくれるぞ」
さすがのガスコも、相手がガン人とわかっては、ピストルの引金《ひきがね》を引くわけにいかなくなり、こんどは警備軍へひき渡すといいだした。
このとき三根夫がハイロのところへ寄った。そしでハイロの耳に、なにかをささやいた。ハイロは大きくうなずくと、目を皿のようにして、ガスコのほうへ一歩前進した。
「わしはガン人として、おまえさんに聞きただすことがある。おまえさんは、何の理由があって立入り禁止の天蓋をうろうろしているのかね」
「うむ。それは……」
と、ガスコは痛いところをつかれて、醜い顔をいっそうゆがめて、ことばにつまった。
「まだおまえさんに聞くことがある。おまえさんが、あそこへおいてきた長い筒は、あれはいったい何に使うものかね。あれは強力な信号灯のように見えるが、おまえさんは、あんなものを持って、ここで何をしていたのかね」
「ちがう、ちがう。そんな大それたものではない。それに、あれはおれの持ちものではなくて、ここで拾ったものだ」
ガスコは、しどろもどろの返答をしながら、目を横に走らせて三根夫をにらみつけた。
あの三根夫めが、ハイロにちえをつけたなとうらめしくてならないのだ。
「拾ったものだって。よろしい。ガスコ君とやら。それでは、でるところへでてじぶんで説明するがいいだろう。わしは、きみを警備軍へひき渡してやる」
「いや、おれがきさまらを警備軍へひき渡すんだ。きさまたちこそ、こんなとこへあがって、あやしい行動をとっていたことは明白だ」両方が、たがいにいい争っていたとき階段の下のほうにあたって、たくさんの足音が入り乱れて、こっちへ近づくのがわかった。
「きた!」
「きたな。さあ、たいへん」
「ちえッ。しまった。きさまたちがぐずぐずしているから、こんなへまなことになるんだ」
三根夫とハイロ、それにガスコも、三人が三人とも、顔色をかえた。近づくあの大ぜいの足音は、監視隊附の武装ガン人たちが、あやしい者ありと知って、かけつけてきたのにちがいない。すると、あとは三人とも、この場で逮捕されるばかりだ。三人は、それぞれの思いで、その場に足がすくんでしまった。
ところが、大ぜいの足音は、階段をのぼってはこず、意外にも階段下をかけぬけて、いってしまった。しかし次の一隊が近づき、この一隊もまたかけぬけていった。そのとき警報が高声器からとびだした。
「第一級の非常事態が起こった。ガン人はただちに非常配置につけ!」
警報はくりかえし叫ばれた。第一級の非常事態とは何事であろうか。このときガスコが、にやりと気味のわるい笑みをうかべた。
恐怖《きようふ》の敵
「たいへんだ。これは、たいへんなことになりましたよ、三根夫さん」
ハイロは顔色をかえて、三根夫にいった。
「どうしたの。第一級の非常事態が起こったというが、それはどんな事態なの」
三根夫はたずねた。
「第一級の非常事態というのは、わたしたちがいまこうして住んでいる星が破壊の危険にさらされているということなんです」
「ガン星が破壊するって。それはなぜ破壊するの」
「なぜか、ここではわかりません。はやく下へおりましょう。わたしもすぐじぶんの配置につかなくてはならないんです」ハイロは三根夫をうながして、天蓋のところから階段をおりかかる。
するとうしろにガスコの声が聞こえた。
「わっはっはっはっ。ざまを見ろ。どいつもこいつも、泣《な》き面《つら》をして吠《ほ》えられるだけ吠えろというんだ。宇宙第一の自由星だなんていばっていて、このざまは何だ」
三根夫はハイロの腕をひきとめて、ガスコの無礼きわまる悪口をがまんして聞き入った。
「怪星ガンがなんだい。ガンマ和尚《おしょう》がなんだい。おれがちょっと宇宙の一角へむけて信号すればたちまちガン星は死相《しそう》をあらわす。ふふン、おれの力も、こうなるとなかなかたいしたものだぞ」
ガスコは、好きなことをしゃべり散らしている。三根夫はたいへん腹が立った。
「ハイロ。ちょっとここに待っていてくれたまえ」
「えッ。どうするんですか三根《みね》さん」
「どうするって、大悪人ガスコをあのままにしておけるものか。あいつはスパイを働いているのにちがいない。あいつはさっき発令された非常事態に深い関係を持っているのだ。ね、ほら。あいつの持っていた長い筒ね、あれは信号灯だよ。あれを使って、このガン星の中にもぐりこんでいる陰謀団に合図をしていたのにちがいない。すぐ取押えて、つきだしてやらねばならない」
三根夫は、ガスコが地球人のくせに、こんなところで地球人の面《つら》よごしになるようなことをして、すこしも恥じないのをこのまま見のがしておくことはできなかった。
「いや、それはよしたほうがいい。ここでガスコをおさえると、わたしたちがなぜこんなところへまぎれこんでいたかと、ぎゃくにこっちが牢の中へぶちこまれますよ、それよりも、一刻もはやく下街《したまち》へもどることにしましょう」
ハイロのいうことは、理屈にかなっている。三根夫は腹が立って立って、ガスコをなんとかしないと腹がおさまらなかったが、このハイロのことばにしたがわないわけにいかなかった。
二人は階段をおりた。吊り橋のような廊下には、ガン人たちが真剣な顔付になって、あるいは左へ走りあるいは右へ走りして、大混乱をきたしている。
「さあ、はやくヘリコプターのところへいきつかないと、誰かに使われてしまうかもしれない。さあ、はやく」
ハイロはそういって、三根夫の手を痛いほど握ると、人波をわけて矢のように走った。
走りながら三根夫は、この非常事態がどうして起こったのか、どんな状況なのかを知りたいと思って聞き耳をたてながら走る。その間にかれは切れぎれながら次のような短かいことばを耳にした。
「ぐんぐん追いついてくるそうな。こっちはスピードがでない。いずれ追いつかれてしまうよ」
「……また襲われるのか。あの賊星《ぞくせい》とはもう縁がきれたと思っていたんだがなあ」
「……このまえの賊星プシではないらしいっていうことだぞ。プシ星よりは十数倍も大きな構築星《こうちくせい》だってよ」
「……分った、わかった。竜骨星座《りゅうこつせいざ》生まれのアドロ彗星《すいせい》だ。もうだめだ。あいつに追っかけられては、もうどうにもならん」
「アドロ彗星の尾に包まれてしまえば、一億五千度[#ママ]の高温に包まれるわけだからぼくたちの身体はもちろん、構築物も工場も何も、みんなたちまちガス体となってしまうだろう。ああ、おそろしい目にあうものだ」
「……そう悲観することはない。ガンマ王もそこはよく研究してたいさくが考えてあるはずだ。ほら、耳をすましてあれを聞け。エンジンの音が強くなったじゃないか。わがガン星もいまずんずんスピードをあげているぞ」
「アドロ彗星に追いつかれるか、うまく逃げられるか。はあ、これはどうなることか。やっぱりアドロ彗星にくわれてしまうんじゃないかなあ」
「けっきょく、ちえくらべさ。ガン人のちえと、アドロ彗星人のちえと、どっちが上かということさ」
「それははっきりしているよ。けたちがいだ。まえからアドロ彗星人は宇宙を支配するだろうといわれているじゃないか」
急ぐハイロ
三根夫とハイロは、ようようにヘリコプターをつないであるところへいきついた。
ところが、三根夫のヘリコプターは、見えなかった。誰かが使って、乗っていったものらしい。
「困った。一つしかない」ハイロが顔をしかめた。
「一つでもいい。ハイロ君。きみが乗りたまえ」
「だって、三根夫さんをここに残しておけないよ」
「いいんだ。ぼくはきみのヘリコプターの下にぶらさがっておりる。下街《したまち》へつくまでぐらい、なんとかがんばりとおすよ」
「息がとまっても、しりませんよ」
「そのときには、降下スピードをすこしゆるめてもらうさ」
「よろしい。それでは早くこれへ……」
ハイロはヘリコプターの座席にはいった。かれはじぶんの身体をゆわく皮バンド四本をじぶんの用には使わないで、外に垂《た》らした。そしてすばやく金具のところを結びあわせると、三根夫のほうを見て、皮バンドをたたいてみせた。
三根夫はりょうかいした。そして尻ごみすることなく、そのバンドの中へ両脚をつっこんだ。
「よろしい。出発だ」と、三根夫はバンドを両手でつかんだ。
「でかけますよ」ヘリコプターは吊り橋をはなれて、すうすうと下へまいおりていった。
それから下界へ到着するまでの時間の長かったことといったら、ハイロは座席からのびあがって、下にぶらさがっている三根夫の息づかいや、顔色を見ながらスピードを調節していったんだが、マスクも酸素管もない三根夫にとっては、この降下も楽ではなかった。かれはしばしば息がとまりそうになり、心臓はその反対にめちゃくちゃにはやくうった。でもかれはがんばりとおした。もっとも半分ばかりおりたあたりで楽になった。それから下はもちろんたいへん楽であった。
「やれやれ、助かった」
と、三根夫はため息をついた。そしてれいの大事な撮影録音機の包みが、ちゃんとじぶんの腰にぶらさがっているのをたしかめて安心した。下界《げかい》へおりると、さいわいにとがめられないで、地下へもぐることができた。すべり台式の降下路《こうかろ》にとびこんですーイすーイと地階を何階も通り越して、おりていった。そうしてやっとじぶんたちの居住区《きょじゅうく》までたどりついた降下路を街へでてみると、どうしたわけであろうか、人ッ子ひとり見えない。まるで、死んだ町のようであった。
「誰もいないよ。これはいったいどうしたのだろうかね、ハイロ君」
「わたしはおくれてしまったんですよ」
「おくれてしまったとは……」
「市民たちは、すでにめいめいの配置についてしまったのです。わたしは、大変におくれてしまった」
「でも、この町を空《から》っぽにしておくことは危険じゃないかね。やはり警備員をおかないと安心ならないと思うがね」
「いや、こんなところなんか、どうでもいいのですよ。市民たちの多くは、機関区のほうへいってしまったんですよ」
「機関区だって」
「ほら、三根夫さんをはじめに案内していって見せたじゃありませんか。最地階に近く動力室や機関室があったことを忘れましたか」
「ああ、あれか。どうしてみんなあそこへ集まるのかね」
「だってそうでしょう。わが星は、いま最大のスピードまであげて宇宙を飛ばなくてはならないのです。スピードがあがらなければ、いっさい生物も機構も、そしてすばらしいガン星の歴史もまったく失われてしまうのです」いつもはのんき者に見えていたハイロが、深刻な表情を見せる。
「あれだね、さっきちょっと聞いたけれど、本星はアドロ彗星に追っかけられているんだそうだね」
「それを知っておいででしたか。三根夫さん。わたしはここでお別れしますよ。おくればせながら、わたしは配置へいそがねばなりません」ハイロはかけだそうとする。
「おっと、ハイロ君。ちょっと待ってくれたまえ。きみの配置はどこなの。あとでたずねていきたいから……」
「だめです。とてもこられませんよ。たとえきても、地球人の肉体では、生きていることができない場所です」ハイロはおそろしいことをいう。
「へえーッ。地球人は生きていられないというのかい。まるで地獄みたいなところなんだね。そういわれると、ますます聞きたくなる。いったいどこなんだい」
「もうお別れです。さようなら、三根夫さん。あなたはわたしをかわいがって、いろいろおもしろいものをくれました」
「お別れなんて、そんなことをいうと心細くなるよ」
「地球人の生命はもろい。わたしたちにはたえられる熱にも電気にも、光りにも空気密度にも、地球人の体質ではたえられない。お気の毒でなりません」ハイロは、さっきから妙なことをいっている。
「なにをいっているんだい、ハイロ君。そんなことよりも配置はどこなんだか、はやく教えたまえ」
「原子熱四百万度管区第十三区です。では三根夫さん。あなたの幸福と平安を祈ります」
「あッ、待ちたまえ」と、三根夫は、ハイロのほうへ腕をのばしたけれど、ハイロはもうふりむこうともせず、いそいでかけだしていった。そうしてその姿は、地階の下深くつうずる『動く道路』の乗り場をしめしている傘状《かさじょう》の塔のなかへ消えた。ハイロがいったように、これがかれと三根夫のさよならとなったことは、後になってそれと思いあたるのであった。
無人《むじん》の辻《つじ》
ひとりぽっちになった三根夫は、街をどんどんかけていった。
無人《むじん》の境《きょう》だった。ただどの店も、いつものように明かるい照明の下に美しく品物をかざっていた。ふしぎな光景だった。
「テッド隊長や帆村のおじさんたちはどうしているだろう」
一刻もはやくロケット艇《てい》へかえりつきたいものと、三根夫はねがった。辻のところまでくるとテレビジョン塔が、まえに聴衆もいないのに、ひとりでアナウンスをし、むだと見えるニュース画面を映写幕のうえにうつしだしていた。三根夫は、そのまえにちょっと足をとめた。
「……われらの敵アドロ彗星は、ただいま八十万キロの後方に迫っています。画面に見える白熱《はくねつ》の光りの塊《かたまり》がそれであります」とアナウンスの声に、三根夫は映写幕に目をうつした、なるほど漆黒《しっこく》の大宇宙がうつっているが、その左下のところに、ぎらぎらと白熱光をあげている気味のわるい光りの塊がうつっていた。光りの尾をひいているらしく、それがときどき方向をかえるのだった。そのたびに凄惨《せいさん》の気がみなぎった。
「……もしもわれわれが、ただいま以上にスピードをあげることができないとすると、あと約二時間三十分で、我々はアドロ彗星に追いつかれてしまう計算となります。ただし我々の機関区はいまなおこれいじょうにスピードをあげるために努力していますから、それに成功すれば、この時間のよゆうは、もっと延《の》びるはずであります。まだ非常配置につかない者は、全力をあげていそいで配置についてください」アナウンスは、心細いことを伝えている。三根夫はガン人のために深く同情した。
が、ガン人に同情するなら同時に、この怪星にとらわれて心るテッド隊長以下の地球人たちへも同情をそそがなくてはならない。ガン人が悲しい恐ろしい運命に追いつめられているいじょう、テッド博士以下の地球人たちも、また同じ悲運に追いこまれているのだ。
いや、地球人の立場は、ガン人よりももっと悪いのだ。危険なのだ。それはハイロがちょっと口をすべらしていったが、地球とこのガン星とは、まったくおなじ気候や空気密度などではない。地球にいま棲息している人間や動物植物は、地球の気候風土にたえられるものばかりであって、それにたえられないものはとちゅうで死滅《しめつ》し枯死《こし》してしまったのだ。
ガン星の気候風土が地球のそれと完全におなじなら、地球人はガン星のうえでも、ガン人とおなじように健康をたもって生きていられる。だが、じじつそうでない。地球とガン星とは、気候風土がかなりにかよっているとはいうものの、じつはだいぶんちがっているのだ。ガン人の身体は、地球人よりも、ずっとはげしい温度変化にたえ、寒さにも暑さにも強い。
ガン人は地球人が呼吸困難を感じはじめるくらいの空気密度の五十分の一の大気中で、平気で生きつづける。そのほか、地球人の目には感じない光りが、ガン人には見えるし、音のこと、電気のこと、磁力のことなどについても、地球人とガン人とでは感じかたがたいへん違っている。
はやくいうと、ガン人にくらべて、地球人はもろい生物だ。そしてまた下級の生物だといわなくてはならない。このガン星において、テッド隊長やサミユル博士以下の地球人が、ガン人のために圧《お》されて、手も足もでないのはいまのべたことにもとづいているのだ。「人間は万物《ばんぶつ》の霊長《れいちょう》である」といばっていた人間も、ここではあわれな二流三流の生物でしかない。
三根夫の帰着《きちゃく》
三根夫が無事にもどってきた。艇内に大きな喜びの声がどっとあがる。
帆村荘六がとびだしてきて、三根夫少年の肩を抱きすくめた。
「よく帰ってきてくれた。みんな、どんなに心配していたことか。どこにもけがはなかったかい」
「けがはしなかったですよ。でも、もうおしまいだなと、あきらめたことがあった」
「そうだろう。そして隊長から命ぜられた仕事は、どうした」帆村は、その仕事が三根夫にとってはあまり重すぎるものだったから、たぶんうまくいかなかったのであろうと思っていた。
「できるだけ、やってきたつもりです。ほら、ここにある」
と、三根夫は撮影録音機のはいっている四角い箱を帆村に手渡した。
「ほう。それはすごいや。で、天蓋《てんがい》まであがってみたのかい」
「ハイロ君が生命がけで、そこへ案内してくれました」
「そうか、ハイロがね。かれは途中でミネ君を密告しやしないかと、それを心配していた」
「そんなことはありません。ハイロ君はできるだけのべんぎをはかってくれました。しかしかれは焦熱地獄《しょうねつじこく》のような配置へいってしまったんです」
「そうかね。……や、隊長がこられた。ミネ君。テッド隊長が迎えにきてくだすった」
そのとおりであった。長身の博士が大股で三根夫のほうへ歩いてきて、大きな手で握手をした。
「おめでとう。たいへんご苦労だった。われわれは、三根夫君のお仲間なんだということに大なるほこりを感ずる」テッド隊長は、いくども手を握ってふった。
「隊長。天蓋も写真にうつしてきました。そばへいってみると、大したものですよ。丈夫で、弾力《だんりょく》があって、厚いんです。あれにむかっていっても、小さな蠅《はえ》が蜘蛛《くも》の巣《す》にひっかかるようなものです」
「そうでもあろう。だが、われわれは、何としても小さな蠅の力で、その丈夫で弾力のある蜘蛛の巣をつき破る方法を考えださなくちゃならんのだ」
そのとき三根夫は、ふと気がついて、
「隊長やみなさんは、このガン星に、いま非常事態が発生していることを知っているのですか」
と隊長にたずねた。
「ああ、知っているとも。だから、いっそうきみの安否《あんぴ》を心配していたんだ。この星が、いまアドロ彗星に追いかけられているというのだろう」
「そうです。どうしてそれがわかりました」
「さっきから、とつぜん本艇の無電通信機が働きだして非常事態放送の電波を捕えたんだ。ふしぎなことだ。われわれが怪星ガンの捕虜になった頃から、無電機は、さっぱり働かなくなっていたんだがね」
「ふしぎですね」
「いろいろふしぎなことがある。いままでは通信がいっさいできなかった僚艇とも電波で通信ができるようになった。そればかりではない。『宇宙の女王《クィーン》』号の通信室とも通話ができるようになった」
「どうしたわけでしょうね」
「わけなんか、さっぱりわからん。とにかくわれわれは、この事態を利用しなくてはならない。きみが持ってかえってくれた資料によって、われわれはなんとしても脱出の方法を考えださなくてはならないのだ。諸君。すぐ仕事をはじめよう。きたまえ」
テッド博士は、首脳部の連中を呼びあつめて司令室へいそいだ。
そこでは、三根夫の撮影してきたトーキー映画の映写ができるように、幕が用意され、発声装置もつながれていた。一同が席につくとまもなく、帆村が反転現像《はんてんげんぞう》したフィルムを持って、この部屋へはいってきた。そのフィルムは、さっそく映写機にかけられた。そして三根夫が苦心して秘密撮影してきた怪星ガンの要所要所が一同のまえにくりひろげられていったのである。
フィルムは、いくどもくりかえし映写された。そして首脳部の人々は、脱出方法について熱心な討論をつづけていった。だがその結論は、思わしくなかった。三根夫が撮影録音してきたフィルムによって、天蓋の堅牢《けんろう》さが、想像していたいじょうにすごいものであることがわかったのだ。本艇が持っているありとあらゆる爆発力をあつめて、あの天蓋にぶつけても、天蓋はけっして壊れないであろうという絶望的な計算がでたのである。
みんなは、がっかりした。絶望的計算に全力をふるったポオ助教授は、もちろんがっかり組のひとりであったが、彼はとつぜん立ちあがると、絶望に血走《ちばし》った目をみんなのうえに走らせて、「みなさん。わたしの計算はぜったいにまちがっていない。しかし、物事がわたしの計算どおりに実現するかどうか、それはわからないのだ。運命というものがある。機会というものがある。そういうものは、わたしの計算の中には、はいっていないのですぞ」と叫んだ。
帆村荘六が、やけに手をぱちぱちたたいた。それに釣りこまれたか、他の人たちも手をたたき、それからみんな顔をかがやかして、大きな声で笑った。
テッド隊長が立って、ポオ助教授とかたい握手をした。そして声を大きくして演説をした。
「おお、あなたは真の科学者である。あなたは我々を死の淵《ふち》からすくいだした。我々は最善をつくし、それから運命の命ずるところにしたがい、そしてもし絶好の機会がくればそれを必ずつかむことにしよう。前途に光明《こうみょう》は燃えているのだ。元気をだせ諸君」さて、このあとに何がくる。
出航用意
「出航用意!」テッド隊長は、思い切った命令をだした。出航するといっても、本艇は自由がきかないのである。また、目指していくべきあてもないのである。天蓋は、堅牢《けんろう》である。本艇を繋留塔《けいりゅうとう》にむすびつけている繋索《けいさく》は、ものすごく丈夫である。いったい出航用意をしてどうするというのだ。テッド隊長は、気がちがったのではなかろうか。
しかしテッド隊長は、気がちがっているのではなかった。かれは、じぶんだけで、一つの夢を持っていた。ぜっこうのチャンスの夢であった。まんいちその夢がほんとうになるならば、そのときは本艇はいつでも出航できるように準備ができていなくてはならないのだ。
さもなければ、あたらぜっこうのチャンスをとりにがしてしまうであろう。が、その夢が現実になる公算は、ほんとに万に一つの機会であった。いや、万に一つどころか、億に一つかも知れない。常識で考えると、いまは本艇やその乗組員の運命は絶望の状態にあるとしか思えないのであった。
それにもかかわらず、テッド隊長は、『出航用意』を命令したのであった。
乗組員たちは、この命令にせっして、目を丸くしない者はなかった。そして、それにつづいてかれらはこうふんのいろをあらわし、いつもとはちがって、年齢が五つも若返ったように元気づいた。
「うれしいね、出航用意だとさ」
「出航用意か。いつ聞いても、胸がおどるじゃないか。さあ、いこう」
「出航用意だぞ、出航用意だぞ」
機関室は、火事場のようないそがしさだった。全員は、本当に出航する顔つきになって、小さいエンジン類からはじめて、だんだん大きなものを起動《きどう》していった。
出航用意の命令は、本艇だけでなく、僚艇《りょうてい》八|隻《せき》にも伝達された。
僚艇でも、みんな目を丸くし、そしてこうふんになげこまれ、それからみんないそがしく活動をはじめた。脱出不可能なことは、誰も知っていたが、なつかしい『出航用意』の号令は、なおかれらを立ちあがらせる力を持っていた。テッド隊長は、考えぬいたすえに、『宇宙の女王《クィーン》』号のサミユル博士に連絡をとることをめいじた。無電は、サミユル博士|邸《てい》を呼びだした。しかし、誰もでてこなかった。
無電係が、それを報告してきたので、テッド隊長は、隊員ふたりをえらんで、博士邸へ走らせることにした。ロナルドとスミスとが、えらばれた。どっちも元気で、常識に富んだ隊員だった。ふたりは、この危険な使いに立つことをおそれげもなく引きうけ、そしてとなりの家へゆくほどの気軽さででかけた。もちろんふたりは、携帯《けいたい》無電機を背負って、ひつようなときに、すぐ本艇と連絡がとれるよう、用意をおこたらなかった。ふたりが出発したあとで、テッド隊長からこの話を聞いた帆村荘六は、
「あ、それなら、『宇宙の女王』号へ無電連絡をとってみてはどうでしょう」といった。
「あそこは、無電連絡がきかないのだ。そのことはきみも知っているはずだが……」
と、隊長はいった。そのとおり『宇宙の女王』号は、本艇よりもずっときびしい取締りをガン人からうけていた。あとでわかったことだが、ガン人は、はじめ『宇宙の女王』号を手に入れると、たいへんめずらしがって、その構造の研究と、そして地球人類の能力の研究のために、『宇宙の女王』号のなかは、いつも大ぜいのガン人の学者たちでごったがえしていたのだ。そして乗組員たちは、艇から外へでることを許されず、もちろん他の地球人類とのゆききも許されず、厳重《げんじゅう》に捕虜の状態におかれてあった。ただれいがいとして、サミユル艇長だけは艇からおろされ、町に住まわせられていた。そのわけは、かれが艇にいると、ガン人の仕事がやりにくいからであった。つまり艇長は外へだしておいて、ガン人は艇内を完全に自由にいじりまわしたかったのである。艇長がいなければ、艇の乗組員はどうしていいか、困るのであった。
「いや。いまは無電連絡がつくようになっているかもしれませんよ」
と、帆村がいった。帆村は『宇宙の女王』号の事情をうすうすさっしていたので、いまはもうガン人たちが艇から退去しているであろうし、それであれば、無電連絡もかいふくしているのではないかと思ったのである。
「なるほど。無電連絡をこころみる値打ちはあるようだ」
テッド隊長は、ふたたび無電係を呼んで、こんどは『宇宙の女王』号を呼びだすように命じた。
ガスコの最期《さいご》
連絡は、すぐついた。そしてサミユル艇長の声が、すぐとびだしてきたものだから、無電係はおどろいて、大あわてにあわてて、テッド隊長の部屋に通信線をつないだ。
「やあ、テッド君。どうしたい」サミユル博士のほうから声をかけた。
「いやァ」とテッド隊長は面くらって、しばらくは口がきけなかった。
「先生は、いつそこへ帰られたのですか」
「あのさわぎが起こると、すぐ帰ってきたよ」
「なるほど。よくお帰りになられましたね。ところで、これからどうなさいますか」
「電話では、ちょっとしゃべれないね。とにかく万全の用意をととのえていることだ。死地に落ちてもなげかず、順風《じゅんぷう》に乗ってもゆだんせずだ。ねえ、そうだろう」
「はあ」
テッド隊長は、サミユル博士も、じぶんたちとおなじように、機会をねらっているのだとさっした。博士も、そのうちに、こんらんの中からすばらしい機会が顔をだすかもしれないと思っているらしい。
「先生。お目にかかりたいですね。至急にお目にかかって、打合せをしたいと思いますが、いかがでしょう」
「けっこうだ。それでは、あと五分もたったら、わしはきみのところへゆこう」
「えっ。先生がきてくださるのですか。それはありがたいですが、そこをおはなれになってもいいのですか」
「まあ、心配なかろう。それに『宇宙の女王《クィーン》』号は、きみたちのところからゆずってもらいたいものもあるのでねえ。とにかく会ってから話そう」
「じつは、こちらから隊員のロナルド君とスミスとが出発して、そちらへ連絡にうかがったのですが、それがついたら、どうかいっしょになって、こっちへおでかけください。それなら、わたしも安心しますから」テッド隊長は、老博士の身の上を案じて、そういった。
「ありがとう。それならば、ふたりが到着するのを待っていましょう」
そこで無電は、いったん切られた。その電話のおわるのを待ちかねていたように、僚艇《りょうてい》からの報告がどんどん隊長へとどけられた。『出航用意』が、もはや完全にととのったと知らせてきたものもある。また、すくなくともこれから五時間しないと、用意が完了しそうもないと、なげいてくる艇もあった。隊長は、そのような僚艇へは、用意完了の艇から応援隊をおくるように手配した。
時刻はうつった。待ちうけているサミユル博士は、まだ姿をあらわさない。どうしたのであろうか。すると、三根夫が、テレビジョンの映写幕をさして叫んだ。
「あッ隊長。担架《たんか》が二つ、こっちへきますよ」
「なに。担架が二つとは……」見ると担架が二つ、ゆらゆらと揺れて、艇の出入り口に近づく。担架には誰か寝ている。しかし担架をかついでいる者の姿は見えない。ただ、長いシャツのようなものをひきずって、首も手足もない奇妙な形をしたものが、担架をとりまいている。そしてもう一つ、べつの奇妙な形をしたものが、担架のまえに立って、歩いている。それは、他のものとちがって、冠《かんむり》みたいなものがうえに輝いていた。
「先に立って歩いているのは、ガンマ和尚《おしょう》みたいですね」三根夫がいった。
「ガンマ和尚がね。いったいどうしたというのだろう」隊長はいぶかった。三根夫は、ガン人の姿がはっきり見えるようになる変調眼鏡を取りにじぶんの部屋へ走った。かれが、変調眼鏡を手にとって、もとの艇司令室のほうへ引返そうとする出合い頭《がしら》に、れいの担架が入口をはいってきた。
「どうしたんだ」
「なんだ、なんだ」と、隊員はあつまってきた。
「テッド博士にお会いしたい。ふたりの勇士を送り届けにきたのです。わしはガンマ和尚でござる」
冠の下から、特徴のある声がひびいた。三根夫はこのとき変調眼鏡を目にあてることができた。三根夫は、ガンマ和尚の顔を見ることができた。れいのとおり、小熊で豚で人間のようなガン人であったが、ガンマ和尚は、額にしわがより、眉の間にもたてじわが三本も深くみぞをきざんでおり、そして垂れた鼻の両わきから、長い白ひげがさがっていた。このガンマ和尚こそ、怪星ガンの最高指揮者であった。
ガンマ和尚は『ふたりの勇士』を送り届けにきたという。ふたりの勇士とは、
「おや。ロナルドとスミスじゃないか。大けがをしているね。いったいどうしたんだ」
「おい、しっかりしろ、ロナルド。どうしたんだスミス」隊員たちは、びっくりして担架のまわりに寄った。が、そこで、目に見えないぐにゃりとした壁みたいなものにつきあたり「ひゃッ」と悲鳴をあげて、うしろへとびのいた。それはかれらが、目に見えないガン人たちの身体につきあたったからである。そのガン人たちは、担架をかついでいたのだ。
大宇宙の秘密
ガンマ和尚《おしょう》とテッド隊長の会見は、劇的な光景をていして、隊員たちをいやがうえにこうふんさせた。
司令室の卓《テーブル》をなかに、両雄は、しばらくぶりに会ったあいさつをしたが、
「どうしたというのですか、わたしのぶたりの隊員たちの大けがは……」
と、テッド隊長は、悲しげな顔になって、ガンマ和尚にたずねた。
「わしが、両君に力を貸してくださいと、むりにお願いしたのです。相手はガスコと称しているすこぶる悪い奴で、やはり地球人類なんですわい」
「ガスコ?」ガスコの名がでてきたので、隊長のそばに立っている帆村荘六も三根夫も、はっと顔をかたくした。三根夫はあのにくむべき悪党に、天蓋《てんがい》のところで出会って、あとでふり切って逃げたが、あのあと、まだ何か悪いことをしていたのであろうか。
「そうです。ガスコです。あいつは、アドロ彗星のまわし者ですって。あいつは、立入り禁止の天蓋の所へでて、もう十何日間も、アドロ彗星と連絡していたのです。アドロ彗星って、ごぞんじでしょうな、テッド博士」
「よく知りませんが、今、我々のほうへ向かってくる宇宙の賊《ぞく》のことですか」
「宇宙の賊! ふうん、それはいい名称だ。あの悪魔星にはうってうけの名称だ。宇宙の賊ですよ、まったく」
「で、ロナルドとスミスは、どうしたのですか」
「さあ、そのことです。われわれが、ガスコを取りおさえようとしたが、なかなか手におえない。こまっていたところへ、両君が通りかかったものだから、両君にちからを貸してくれるようたのんだのです。地球人類をおさえるのには、やはり地球人類にたのむのが一等いいのです。そのけっかわしたちの希望どおり、ガスコは、取りおさえられました。もうあいつは、アドロ彗星へ連絡することはできなくなりました。だが、お気の毒に両君とも、だいぶけがをしました。われわれは地球人類の傷の手当をするのにじゅうぶんの自信はないのです。ゆえに、両君をいそいでお連れしたわけです。はやく手当をしてあげてください。それから、われわれは両勇士およびあなたがたに、大きな感謝をささげるものです」ガンマ和尚は、ロナルドとスミスの働きについてそう語った。
両人は、すでに別室で医局員の手で手当がくわえられつつある。ガスコが死にものぐるいで刃物をふりまわしたので、両人は身体にたくさんの斬《き》り傷《きず》をうけていた。しかしさいわいに急所ははずれている。両人は、ガンマ和尚に協力することよりも、すこしもはやくサミユル博士のところへいって、連絡任務をはたしたかったのだ。しかし、ガンマ和尚たちの命令をきかないわけにいかなかった。そこでガスコと決闘したのである。こんな傷を負い、連絡にいけなくなって申しわけないと、両人は、手当をうけながらわびた。ガンマ和尚は、二勇士についての報告と感謝をすませたあとで、あらたまった態度でテッド隊長に相談をもちかけた。
「わがガンマ星が非常なる危機に立っていることは、もうごぞんじのとおりです」和尚はガンマ星という名称を使った。
「たぶんこんどはアドロ彗星の攻撃から抜けだすことはできないでしょう。しかしわれわれは、最後まで宇宙の賊とたたかう決心です。アドロ彗星には正義感というものがすこしもないのです。強大にはちがいないが、ゆるしておけない巨人です」
「アドロ彗星というのは、天然の彗星なんですか。それともこの怪星ガン――いや、失礼しました、ガンマ星のごとく、人工的に建造された星体《せいたい》なのですか」
「やはり人工的の星です。いまこの近くの宇宙において、人工的自動星がすくなくとも四、五万はとんでいるようです。アドロ彗星は、その中の一番巨大なやつで、銀河の暗黒星雲《あんこくせいうん》あたりからでてきたすごいやつです」
「ははあ、なるほど」テッド隊長は思わずため息をつく。
「そこでテッド博士。おり入ってお願いしたいことがあります。それはあなたがた地球人類にお願いして、われわれがこれまで盛りあげてきたガンマ星文化というものを、できるだけたくさん、ここから持っていっていただきたいのです。わしは、それがやがて地球上において、地球人類の手で研究される資料となることをのぞむものです」
「おどろいたご相談です。お引受けする気持はありますが、どうしたらいいか……」
「われわれは大宇宙の研究に乗りだして、もう五百年いじょう経っているのです。さいきん地球と地球人類に興味を持ちまして、このまえは『宇宙の女王《クィーン》』号をとらえたのです。まことに失礼なことをしたわけだが、あれはわしとして、どうしても手に入れたかったので、捕獲《ほかく》したわけです。そして非常によろこんだ。そこへあなたがたがきたものだから、ますます喜んで、中へはいっていただいたのです。が、失礼はおゆるしください。一方的なやりかたで、すみませんでしたが、わしとしては、もうすこしさきになったら、ここであなた方ときもちよく共同研究をする夢をいだいていたのです。だが、いまになって、そんな申しわけをしても何のやくにも立ちません。さあ、お願いしたことを引受けてください。わしは、部下たちにいいつけて、いままでの文化記録を大至急、あなたのところへはこびこませることにします。どうぞ、よろしく。もう時間もないのです」和尚は席から立ちあがった。
「待ってください、ガンマ和尚。あなたは、われわれが、ふたたび地球へもどれるものと思っていられるようだが、われわれはそんなことができようとは、考えられないのですがね」
「いや、機会はかならずきます。あなたがたは優秀な人たちです。あなたがたが、機会をつかまえそこなうということはないと信じます」そういったときガンマ和尚は、電気にうたれたように身体をびくっとふるわせた。かれは席をはなれた。
「わしはじぶんの部署へもどらねばなりません。では諸君の幸運と冷静と勇気とを祈りますぞ」
ガンマ和尚とその部下は、風のように、部屋から走り去った。
大団円
その直後、事態はきゅうに重大となった。アドロ星の撃ちだす破裂弾《はれつだん》の射程《しゃてい》が、いまやガンマ星にとどくようになったらしく、しきりに空気は震動し、本艇はゆさゆさと揺れだした。また、ときおりどこからさしこんでくるのか、目もくらむほどの閃光《せんこう》が頭上で光ることがあった。
テッド隊長はいそがしかった。繋留《けいりゅう》索は、はじめはとても本艇からはなすことができないほど強いもので、それをたち切ることをだんねんしていたが、テッド隊長はガンマ和尚がいったことばに希望を持ち、隊員をなおも繋留索のところへいかせて、それをたち切る作業をつづけさせた。
「サミユル先生は、どうされたろう」
テッド隊長はもう一つ気にかかっていたことを口にした。こっちから連絡にだしたロナルドとスミスが、途中でああいうことになったため、サミユル博士は待ちぼけをしているであろう。そこで無電をかけてみると、博士はついに待ちあぐねて、部下十名とともに、こっちへでかけたという。博士は、まもなく姿を見せた。息せききって、テッド隊長のところへとびこんできた。
「燃料がないのだ。すこしもないのだ。きみのところもじゅうぶんでないだろうが、できるだけわけてくれたまえ。わたしは、乗組員たちを見殺しにすることができない」
放射能物質であるその燃料は、本艇でもじゅうぶんな貯蔵がなかった。それは怪星ガンに捕獲される前後に、ひどく使いすぎてしまったからだ。といって、テッド隊は『宇宙の女王《クィーン》』号を救いにきたのであるから、サミユル博士のたのみに応じないわけにいかなかった。
テッド博士は、英断をくだした。
「よろしい。先生のところへ、わが貯蔵量のはんぶんをさしあげましょう。しかし大急行で、ここからはこびだすのでないと、まにあわないかもしれませんよ」
そのとおりであった。あたりの空気をやぶって、爆発音がしだいに間隔《かんかく》をちぢめて、どかーンどどンと、気味のわるい音をひびかせ、艇は波にもまれているようにゆれた。
「ありがとう、テッド君。わたしは感謝のことばを知らない。わたしは、わが乗組員にたいして」
「いや、先生。お礼をおっしゃるよりも、一分間でもはやく燃料をはこぶことですよ。わたしのところからも運搬作業に十名をお貸ししましょう」
「なにから何まで。……しかし、じつは脱出に成功する自信はほとんどないのだがねえ」
サミユル博士は顔を曇《くも》らせた。
「運と努力ですよ、先生。われわれは天使のようにむじゃきに、そして悪魔のごとく敏捷《びんしょう》でなくてはならないのです。うたがいや不安や涙はいまは必要でないのです」
「そうだったね。わたしはきょうはことごとくきみから教えられた。師と弟子の立場はぎゃくになったよ」
それからテッド隊長は、『宇宙の女王』号への放射能燃料の運搬を指図した。艇からえらばれた十名の運搬者のなかに、帆村荘六と三根夫のまじっていたことをしるしておく。この両者は志願して、その運搬員にくわわったわけである。作業は、はじまった。テッド隊長の胸は、いまにもはりさけんばかりに痛んだ。師サミユル博士に報恩《ほうおん》し、『宇宙の女王』号の乗組員たちに希望を持たせることにはなったが、しかしこの燃料運搬がおわるまでに、はたしてこのガンマ星がいままでどおり安全な状態をたもっているかどうか、それはたいへん疑わしいことであったからだ。
運搬作業のとちゅうで最悪の事態が起こったとしたらどうだろう。運搬に従事している二十名の同僚を失わなくてはならないのだ。そのなかには、愛すべき尊敬すべき十名の本艇員がいるのだ。三根夫少年もいる。帆村荘六もいる。――神よ、作業がおわるまで、かれらの身の上をまもりたまえ。サミユル博士は、驚いたことに、二十名の運搬員といっしょに、やはり燃料運搬にしたがっていた。博士の気持はよくわかる。燃料運搬作業は、その三分の一のところで中止するのやむなき事態にいたった。
それはアドロ彗星の砲撃がますますはげしくなり、ガンマ星の天蓋《てんがい》をぼンぼンと破壊しはじめたからであった。運搬員の頭上からは、破壊された天蓋や架橋《かきょう》の破片が火山弾《かざんだん》のようにばらばらと落ちてきて、危険このうえないことになった。
サミユル博士は長大息《ちょうたいそく》するとともに、そのあとのことを遂《つい》にあきらめた。
「運搬はやめる。隊員はそれぞれの艇へいそいで引揚げなさい」
「先生、いま運搬をやめては、『宇宙の女王』号はよていした燃料の三分の一くらいしか持っていないことになり、長い航空にはたえませんですよ。もっとがんばりましょう」
「ぼくも、やりますよ。まだ、大丈夫、やれますよ」
と帆村と三根夫とは、左右からサミユル博士を激励《げきれい》した。
「そういってくれるのはありがたい。が、わたしはいまやじぶんの運命にしたがうのです。運搬作業は、とりやめにします。あなたがた、はやくテッド君のところへ引揚げてください。そしてテッド君に、わたしが心から大きな感謝をささげていたと伝えてください」
博士の決意は、もうびくともゆるがなかった。そこで帆村たちも博士のことばにしたがって、本艇へ引揚げていった。これがおたがいの顔の見おさめだろうと両艇員は別れ去るのがとてもつらかった。
なにごとも運命であったろう。帆村たち十名が本艇へたどりついて、テッド隊長に報告をはじめ、それがまだおわらないうちに、とつぜん千載一遇《せんざいいちぐう》の機会がやってきた。
猛烈な砲撃が天蓋にくわえられたけっか、ぽっかり穴があいたのである。暗黒な空が見えた。
「今だッ」
出航! テッド隊長は、出航命令をくだした。操縦員たちは極度に緊張した。
艇の繋索《けいさく》はたたれた。そして針路は、吹きとばされた天蓋のあとへ向けられた。
大危険である。砲撃はつづいているのだ。すこし間隔《かんかく》はおいてあるが、猛烈に撃ってくる。天蓋や構築物の破片や、砲弾そのものまでが頭上からばらばら落ちてくる。もしその一つが本艇の要所にあたれば、本艇は即時に飛ぶ力をうしなって、あわれな巨大な墓場と化さなくてはならない。
しかしそれをおそれていられないのだ。脱出はいまをおいてほかにないのだ。
全速前進! 僚艇に注意! テッド隊長以下の艇員は、ものすごい初速と加速度にたいして、歯をくいしばってたえていた。気が遠くなる。頭が割れるようだ。脱出に成功した。
脱出したというよりも、空間にほうりだされたといったほうが、その感じがでる。なにしろ一瞬のできごとだった。そしてそのあと、艇員たちは数十分間にわたって失心していた。やっと、ぼつぼつ気がついた者がでてきて、それから同僚を介抱《かいほう》した。しばらくは、何がどうなっているのやら、さっぱりわからなかった。やがて、思いがけない快報がもたらされた。それはほかでもない。今、本艇がただよっている位置から二百万キロばかりのところに、なつかしい地球の姿が見えるというのであった。艇員は喜びに気が変になりそうになった。
「もうひととびで、地球へもどれるんだ」ああ、意外にも、ガンマ星から脱出したところは、地球に間近いところであったのだ。燃料の心配も、いまはもうなかった。
艇員は、気がついて、ガンマ星とアドロ彗星《すいせい》の姿を天空にもとめた。ところが、ふしぎなことに、それらしいものは何にも見えなかった。どうしたのであろうか。テッド隊の宇宙艇九隻のうち、七隻はぶじに地球へ着陸した。他の二隻は、おしいことに脱出に失敗したらしい。
サミユル博士の『宇宙の女王』号もぶじアメリカに着陸した。博士をはじめ乗組員はすくない燃料にあきらめの心を持っていたが、脱出してみると、地球は意外の近くにあったため、帰着するまでにそれだけの燃料でじゅうぶんありあまったのである。テッド隊は、ついに救助の任務をはたして、全世界かち隊員全部が大賞讃をうけた。三根夫少年は、なかでも大人気で、新聞社や放送局からひっぱりだこのありさまだった。かれはいつも少年らしいむじゃきな話ぶりをもって、怪星ガン――じつはガンマ星のことや、ふしぎなガン人種のことについて、全国の少年少女たちに物語るのであった。
ただざんねんなのは、ガンマ和尚《おしよう》が、あれほど熱心に希望したガン星文化の資料が、本艇へとどけられないうちに、本艇はガン星からとびだしてしまったことだ。テッド博士はざんねんがっている。そしておなじ志《こころざし》のポオ助教授と帆村荘六とが、いまは博士の下で、『ガン星およびガン人の研究』という論文をつくっているという話だ。最後に、地球から見たガン星の最後について、一言のべておこう。天文台《てんもんだい》は急速にちかづく彗星を発見して、ただちに全世界の天文台へ通報した。
この彗星の速度は、じゅうらいの彗星よりもはなはだ速く、そしてその翌日には、あっというまに、地球と火星の間を抜けて飛び去った。それは深夜のことだったが、通過のさいは、約三時間にわたり、まるで白昼《はくちゅう》のように明かるかったという。そしてその彗星は、ひとつのものと思われ、テッド隊員がしきりに知りたがっているようなガン星の姿はぜんぜんみとめられなかったという。それから考えると、おそらくもうそのときまでに、ガン星はアドロ彗星の腹中《ふくちゅう》へおさまっていたのであろう。ガンマ和尚やハイロ君の運命については、もちろんなにも知られていない。
宇宙は広大であり、古今は長い。そして地球人類の科学知識はあまりにもうすく、そしてせまい。われらは、自然科学について知ること、あたかも盲人が巨象の片脚の爪にさわったよりも知ることがすくないのだ。われわれは、いそいで勉強しなくてはならぬ。それは地球人類のゆるぎなき幸福のために、ぜひひつようなのである。
底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
1992(平成4)年2月29日初版発行
※「ミネ君」、「三根クン」の表記は、底本において統一されていない。本ファイルも、底本のままとした。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2001年7月21日公開
2002年1月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前のページに戻る 青空文庫アーカイブ