青空文庫アーカイブ
踊る地平線
血と砂の接吻
谷譲次
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)職烈《しれつ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)いすばにあ人|屠牛之古図《とぎゅうのこず》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ぷくぷく[#「ぷくぷく」に傍点]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)扇子と 〔Manto'n de Manila〕 と
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
https://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html
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1
燃え立つ太陽・燃え立つ植物・燃え立つ眼・燃え立つ呼吸――何もかもが燃え立っているTHIS VERY SPAIN!
そして、この闘牛場。
AH! SI!
何という職烈《しれつ》・何という強調楽・何という極彩色! ふたたび、何という炸裂的な「いすばにあ人|屠牛之古図《とぎゅうのこず》」! それがいま、私の全視野に跳躍しているのだ!
燃える流血・燃える発汗・燃える頬・燃える旗――わあっ! 血だ、血だ! ぷくぷく[#「ぷくぷく」に傍点]と黒い血が沸《わ》いたよ牛の血が! 血は、見るみる砂に吸われて、苦悶の極、虎視眈々《こしたんたん》と一時静止した牛が、悲鳴し怒号し哀泣し――が、許されっこない。もうここまで来たらお前が死なない以上納まりが付かないんだから、おい牛公! そんな情ない眼をせずに諦めて死んでくれ。そら! また、闘牛士が近づいた。今度こそは殺《や》られるだろう――ひっそりと落ちる闘牛場の寂寞――。
やあっ! 何だいあれあ?
棒立ちになった馬、闘牛士の乗馬が盛んに赤い紐《ひも》を引きずり出したぞ。ぬらぬら陽に光ってる。
EH? 何だって? 馬が腹をやられた? 角《つの》にかかって?――あ! そうだ、数条のはらわた[#「はらわた」に傍点]がぶら下って地に這って、砂に塗《まみ》れて、馬脚に絡《から》んで、馬は、邪魔になるもんだから、蹴散《けち》らかそうと懸命に舞踏している!
それを牛が、すこし離れてじいっ[#「じいっ」に傍点]と白眼《にら》んでる――何だ、同じ動物のくせに人間とぐるになって!――というように。
総立ちだ!
歓声、灼熱、陽炎《かげろう》、蒼穹《そうきゅう》。
血と砂と音と色との一大交響楽。
獣類と人の、生死を賭した決闘。
上から太陽が審判している。
その太陽が、このすぺいん国マドリッド市の闘牛場《ア・ラ・プラサ》に充満する大観衆の一隅に、今かくいう私――ジョウジ・タニイ――を発見しているんだが――この真赤な刺激は、とうとう私に、人道的にそして本能的に眼を覆《おお》わせるに充分だった。
が、いくら私が眼をつぶったって、事実と光景はこのとおり活如として私の四囲に進展しつつある。
だから、どうせのことなら私も、このペン先に牛の血をつけて、出来るだけ忠実に写生し、織り交ぜ、「あらぶ・すぺいん」風の盛大な絵壁掛けを一つ作り上げてみたい。
To begin with ―― of all the exoticism, gimme Olde Spain!
で、これから闘牛場へ出かけようとして、いま現実にマドリッドの往来に立っている私――THERE! ここから着手しよう。
西班牙《スペイン》では、私も意気な西班牙人《スパニヤアド》だ。放浪者の特権。小黒帽《ボイナ》をかぶってCAPAを翻《ひるがえ》してるDONホルヘ――私――の上に太陽が焼け、下には赤い敷石が焼けて、私の感覚も、「すぺいん」を吸収して今にも引火しそうだ。
太陽・紺碧――闘牛日!
歌って来る一団の青年。
声が街上の私を包囲する。
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亜弗利加《アフリカ》の陣営で
ある西班牙《スペイン》兵士の唄える――。
南方へレス産の黄|葡萄酒《ぶどうしゅ》、
北方リオハ産の赤葡萄酒。
この赤とこの黄と。
われらが祖国いすぱにあの国旗!
[#ここで字下げ終わり]
――なんかと、国旗の色をぶどう[#「ぶどう」に傍点]酒で識別して悦《よろこ》んでる。が、じつを言うと、西班牙《スペイン》の国旗は、鮮血を流して黄金を取りに行くという世にも正直な、そしてすぺいんらしい物騒な欲望を寓意して、そこで、赤と黄から出来上ってるのだ。しかし、それはそれとして、その赤葡萄酒と黄葡萄酒、鮮血と黄金の無数の旗が、きょう同国首府マドリッドの大通りにやたらにひらひら[#「ひらひら」に傍点]して、こうしてそこのアルカラ大街の雑沓に紛れ込んでるドン・ホルヘ―― Don George ――の耳に、「海賊の唄《コルサリアス》」と題するくだん[#「くだん」に傍点]のモロッコ従軍歌が、いま糖蜜のようなイベリヤ半島の烈日に熔《と》けて爆発している――AA! 闘牛日のMADRID!
欧羅巴《ヨーロッパ》はピラネエ山脈に終り、あふりかはピラネエ山脈にはじまることの、西班牙《スペイン》は「白い大陸」と、「黒い大陸」の鎖だことの、やれ、ムウア人の黒い皮袋へ盛られた白葡萄酒の甘美《うま》さよ! だの、そうかと思うと、西の土に落ちて育って花が咲いて果《み》を結んだ東の種だことのと、古来いろんな人に色んなことを言われて来ているこのESPANA――黒髪の女と橄欖《オリーブ》色の皮肌《ひふ》、翻える視線と棕櫚《しゅろ》の並木、あらびや風の刳門《アウチ》と白壁の列、ゆるく起伏する赤石の鋪道と、いま市民のひとりのようにその上を闊歩してるセニョオル・ドン・ホルヘ・タニイ――べら棒に長ったらしいが、私だって、西班牙《スペイン》へ来れば、George がホルヘ[#「ホルヘ」に傍点]と読まれてそのうえに Senor Don の敬称ぐらい附こうというものだ――そこでその、ドン・ホルヘの聴覚へ晩秋の熱風は先刻の「海賊の唄《コルサリアス》」を送りこみ、風にSI・SIとしきりに hissing sounds ――すぺいんの人はYESというところを「スィ!」と歯の隙間《すきま》から、不可思議《ミステリアス》な息を押し出す――が罩《こ》もり、その呼吸に「カナリヤの労働」――きな臭い煙草――の名の香《かおり》が絡み、散乱する長調の音譜と、澎湃《ほうはい》たるこの雑色の動揺と、灼輝《しゃっき》する通行人の顔と動物的な興奮。それらの陰影がくっきりと濃く地に倒れて、上には、銅の鍋を低くぶら下げたような、いやにきらめく南国午後の太陽と、O! 何と思い切った紫外線の大氾濫!
そして、この西班牙《スペイン》的な群集・西班牙的な乗物・西班牙的な騒音!――それがどうだ! 今や犇《ひし》と町の一方をさして渦まいて往く。闘牛場へ!
AH! SI! SI!
すぺいん・マドリイは、この瞬間、「血の祭典」を期待して爪立ちしている。深紅の国民的行事のうちに、誰もかれもが完全に「|頭を失く《ルウズ・ワンス・ヘッド》」しているのだ、今日は。
プラサ・デ・トウロスに、午後四時から今年の季節中《テンポラダ》でも指折りの闘牛があるのだ。
だから、この流れる群集・游《およ》ぐ乗物・踊る騒音の一大市民行列――人呼んでマドリッド名物「闘牛行《アウロス・トウロス》」と言う――が Calle de Alcala の町幅を埋《うず》めて、その絵画的な色彩、南国的な集団精神、これほど「失われたる前世紀の挿絵をいまに見せる」お祭り情緒はまたとあるまい。市に地下鉄が出来てから、この「闘牛場へいそぐ人の河」なる古儀に幾分気分を殺《そ》ぐものがあるとは言え、それでもまだ、この日、支那青《チャイナ・ブルウ》の空に火のかたまりの太陽が燃える限り、そしてすぺいん[#「すぺいん」に傍点]に闘牛という「聖なる殺戮《さつりく》」があとを絶たないあいだ、|過ぎし日《バイ・ゴン・デイス》を盲愛するこの国の人々は、銘々がめいめいの魂の全部をあげて、昔からその闘牛の序曲のように習慣づけられているこの市民的古式の行列「闘牛行《アウロス・トウロス》」に、それぞれ派手な役目を持とうとするであろう。
闘牛行《アウロス・トウロス》は、闘牛のある日、市の中央の広場「|太陽の門《ポエルタ・デル・ソル》」から闘牛場《ア・ラ・プラサ》へいたる途中、アルカラの町筋に切れ目もなくつづく見物人の行列のことを修辞化したもので、郷土的な、そして歴史的に有名な、西班牙《スペイン》街上風物詩の第一頁だ。
午後二時から四時まで、マドリッドを貫くアルカラ街は、闘牛場《ア・ラ・プラサ》へ近づくにつれ、闘牛へ殺倒する人と車馬のほかは交通を禁止される。この老若男女のすぺいん人の浪、亡国調を帯びたその大声の発音、日光のにおいと眠たげに汚れた白石建造物の反射、長く引っ張って押しつぶすような、あの歩きながら「海賊曲《コルサリアス》」を繰り返しつづける激情的な唄声――。
[#ここから2字下げ]
モロッコの陣地で
或る西班牙《スペイン》兵のうたえる。
南へレス産の黄葡萄酒!
北リオハ産の赤葡萄酒!
この赤とこの黄と――。
[#ここで字下げ終わり]
陽光に酔った大学生の群が、肩に手をかけ合って今日の闘牛行《アウロス・トウロス》に加わっているのだ。
低い太陽の真下に、アルカラの焼け石道を踏んでぎっしり詰めかけてゆく真摯《しんし》な闘牛行《アウロス・トウロス》の人々!
銀行員はペンを捨て、鍛冶屋《かじや》は槌《つち》をおき、八百屋の小僧は驢馬《ろば》をつなぎ、政治家と軍人は盛装し、女房と娘は「牛の光栄」のため古めかしくいでたって、みんなが同じ赤と黄の華やかさにはしゃぎ[#「はしゃぎ」に傍点]切って急いでいる。
AH・SI! 何という西班牙《スペイン》らしさ!
闘牛は彼らにとって伝統的国家精神の具現なのだ。宗教以上の宗教、第一位の信仰なのだ。黒い彫刻的な男の横顔と、白く閃《ひら》めく女の眼と歯を見ただけでも、それはわかる。だから私も、西班牙《スペイン》人なみに眼の色を変えて、闘牛行《プラサ・デ・トウロス》をめざしこうして進軍しつつあるんだが、これから目撃しようとする「血と砂」の国民的大スポウツの予想に、皆がみな走りながらしゃべってるこの「西の支那人」の大群――その騒々しいこと、殺気立ってること、これじゃあ今日殺されるはずの牛族のほうがよっぽど冷静だろう。何のことはない。逆上と饒舌と有頂天の一大混成旅団が、アルカラ大街を帯のように徐々に動いて、むこうの闘牛場《ア・ラ・プラサ》の入口へ吸い込まれていくと思えばいい。そして、この叙景に忘れてはならないものは、じりじり[#「じりじり」に傍点]する太陽と真黒な地物の影、女の頬と旗と植物を撫でてゆくこの高台の光風だ。
闘牛場《ア・ラ・プラサ》は近い。
太陽《ソル》も近い。
てらら・らん・らん!
てらら・らん・らん!
とつぜん闘牛楽《パサ・ドブレ》が聞えてくる。開演の迫った合図――軍楽隊のONE・STEPだ。
ドン・ホルヘの歩調も、殺害さるべき牛の身の上を忘れてとても[#「とても」に傍点]陽気にならざるを得ない。てらら・らん・らん! てらら・らん・らん! と。
何と舞踏的なパサ・ドブレ!
てらら・らん・らん!
てらら・らん――!
洪水のような西班牙人《スパニヤアド》の混雑に押されて、ドン・ホルヘの私も闘牛楽《パサ・ドブレ》に合わせて踊りながら、いよいよ入口を潜《くぐ》った。
と、突如、円形の黄砂《こうさ》広場は、直射を受けて眼に痛い。
そしてその周囲、城壁のように石の段々に重なって動き、そよぎ、うなずき合っている八千から一万のすぺいん人種の顔――あとからもどんどん[#「どんどん」に傍点]割り込んできている。
上には、太陽の示威運動だ。
これより先――。
ボルドオから聖《サン》セバスチャンを経てMADRIDへ辿り着いたジョウジ・タニイ――それは陸橋に月が懸って、住宅の根元の雑草にBO・BOと驢馬の鳴く晩だった――が、ドン・ホルヘに転身してこのマドリイの宿ときめたのが、商業街の心臓《ハアト》モンテイロ街のいま居る家だった。
ここでちょっと道くさを食べる。
いま言った町の名だが、このモンテイロというのは主馬頭《モンテイロ》の語意だ。すなわち、いつの世かこの町のこの家に、時の王に仕侍《しじ》する主馬頭《モンテイロ》が住んでいたことがあった。あの、十字の船印の附いた大帆前船を操ったすぱにゃあど[#「すぱにゃあど」に傍点]が、自分らの鮮血と交換に黄金を奪《と》りに海を越えた時代に相違ない。とにかく、その主馬頭《モンテイロ》の夫人《セニョラ》は小説的な吸血鬼《ヴァンパイア》で、騎士だの侍従だの詩人だのたくさんのBEAUXを持つ。だから主馬頭《モンテイロ》が宮廷に宿直《とのい》の夜なんか、蒸暑《むしあつ》い南国のことだから窓を開け放して、本人は寝巻か何か引っかけた肉感的《エロティック》なスタイルのまんま、窓枠に靠《もた》れて下の往来を覗きながら、南ヘルス産の黄葡萄酒・北リオハ産の赤葡萄酒なんかと好《い》い気に月を仰いで低唱《ハム》していると、忍んで来た勇士達が、このセニョラの窓の下で鉢合せを演じて盛んに殺したり殺されたりする。それを月と夫人《セニョラ》が上から青白く冷たく見物していた――というので、これがひどく有名になり、それからこの通りを主馬頭町《カイ・デ・モンテイロ》と呼ぶにいたった。
こういう因縁つきの町の、おまけに私の居る家というのが、取りも直さずその主馬頭《モンテイロ》の旧邸なんだから、夜中にたびたび窓の下でごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]人声がする。さては騎士だの侍従だの詩人だの、例の主馬頭夫人《モンテイロセニョラ》の魅笑に惹き寄せられた恋のすぺいんの亡霊たちが何か感違いして現れたとみえる――こう思ってGABAと寝台を跳《は》ね下りた私が、せいぜい歌劇的に窓へ進んで、そのむかしセニョラがしたであろうように窓を開いて見下ろすと――。
マドリッドは孤丘の上に建っている。連日の青天に白く乾いた遥かの陸橋に新月がかかって、建築中の電話会社《カンパニア・テレフォニカ》の足場の下を、朝市場へ野菜を運ぶ驢馬の長列がBO・BOと泣いて通り過ぎつつあるばかり――芝居《テアトロ》帰りのドン・ファン・テノリオ、夜のドン・キホウテとサンチョ・パンザの人影が霧にぼやけて、聖《サン》フランシスコ寺院の鐘も鳴らず、一晩じゅう戸外を笑い歩くマドリッドの町民もいまは短い明け方の眠りを眠っている。あんまり好《い》い月夜なので、ドン・ホルヘもつい、うろ[#「うろ」に傍点]覚えの南部ヘレス産の黄葡萄酒・北部リオハ産の赤葡萄酒なんかと、むかし主馬頭夫人《モンテイロセニョラ》がやったように月を仰いで低唱《ハム》しようとしたところが、やっぱりいけない。窓の真下からSI・SI・SIとはっきり[#「はっきり」に傍点]恋の迷魂らしいささやきが揺れ上ってくるのだ。
ドン・ホルヘの私は、眼をこすって窓の下の月光を透かし見た。
家の根元に、何だか黒い物が魔誤々々《まごまご》している。
2
とこう言うと、さしずめこのあとは、「マドリッドの旧家に泊って経験した恐怖の一夜」といったふうな西班牙《スペイン》種の怪談でも出て来なけりゃならないようだが、なに、そんなんじゃない。
私の寓居にペトラという若い娘がいる。
いやに話が飛ぶようだけれど、飛ぶ必要があるんだから仕方がない。
で、私の家のペトラは若い娘だった。
西班牙《スペイン》の若い娘はすべてその近隣《ネイバフッド》の甘味《スウイティ》である。だから、ペトラもこの公約により主馬頭街《カイ・デ・モンテイロ》の Sweety だった。
すでに甘味《スウイティ》だから、ペトラはあの、アンダルシアの荒野に実る黒苺《くろいちご》みたいな緑の髪と、トレドの谷の草露《くさつゆ》のように閃《ひら》めく眼と歯をもつ生粋のすぺいん児《こ》だったが、仮りに往時の主馬頭内室《セニョラ・モンティラ》ほどのBEPPINじゃなかったにしても、何しろマドリイの少女――と言ってももう二十五、六だったが――なんだから、このモンテイラ街のペトラにも疾《と》うに一人の男がついていたということは、そのまま、受け入れられていいだろう。
などと、何もそうむき[#「むき」に傍点]になることはない。要するにうちのペトラに恋人あり、その名をモラガスと言って西班牙《スペイン》名題歌舞伎リカルド・カルヴォ一座の、まあ言わば馬の脚だった。じつは一度、私はこのドン・モラガスの舞台を見たことがあるんだが、幕があくと、グラナダあたりの旅人宿《ポクダ》の土間で、土器の水甕《みずがめ》の並んだ間に、派出《はで》な縫いのある財布《アルフォリヨ》を投げ出したお百姓たちが、何かがやがや[#「がやがや」に傍点]議論しながら、獣皮の酒ぶくろから南方へレスの黄葡萄酒かなんかがぶ[#「がぶ」に傍点]呑みしている。言うまでもなく|その他多勢《エキストラ》の組であんまりぱっ[#「ぱっ」に傍点]とする役じゃないが、そのなかで、一きわ黄色い大声を発して存在を主張していたひとりの「村の若い衆」があった。それがわがペトラの愛人ドン・モラガスだった。モラガスは水を呑んじゃあ義務のように酔っぱらって、しきりに仲間の肩を叩いて笑っていたが、そうこうするうちにほんとの芝居がはじまったと思ったら、一同こそこそ[#「こそこそ」に傍点]追い出されちまった。あんな金切声《かなきりごえ》を連発するやつ[#「やつ」に傍点]が居ちゃあ肝腎の会話の邪魔になるからだろう。それからあとで、宮殿の番兵になってちょっとおじぎをしたきり、その夜のモラガスの出演はこの二つだけだった。
こういういすぱにあ俳優ドン・モラガスである。が、舞台外では、かれは主馬頭《モンテイロ》横町の甘味《スウイティ》を相手に実演「|夜の窓《ベンタアナ・デ・ノッチニ》」の主役をつとめていた。
主馬頭《モンテイロ》の旧屋敷へ馬の脚が通ってくるなんて、私もこの恐ろしい偶一致《コインシデンス》にはひそかに戦《おのの》いていたんだが、通うと言えば、一たい西班牙《スペイン》ほど結婚の絶対性を大事にしている近代国家はあるまい――どうも色んな方面へ話題がさまようようだけれど、これがみんな今に一頭の牛に対して必然的関係を生じてくるんだから、ま、もすこし聞いてもらうとして――西班牙《スペイン》では、結婚は、地に咲いた神意の花だとあって、早いはなしが、姦淫者を見つけて斬りつけても、殺さない限り必ず無罪だし、たとえすこしくらい殺したところで、むしろ「名誉の軽罰」でごく簡単に済む。それほど合法の結婚を保護するに厚い。言うまでもなくこれは、加徒力《カトリック》教の教義が極端にあらわれているんだが、それの結婚の尊重が度を過ごして、決して離婚ということを許さない掟《おきて》になってるので、間違って咲いた神の花はどうにも萎《しぼ》みようなくて往生する。つまり一度結婚したが最後[#「最後」に傍点]――ほんとにこれが最後――こんりんざい離婚は出来ない。どだい離婚という言語はすぺいん[#「すぺいん」に傍点]の辞書にはないというんだから、いざ結婚というまえに女は非常に要心する。これは何も女に限った理窟ではなく、「六十年の不作」籤《くじ》を引き当てちゃあかなわないから、男だって相当に警戒するんだろうが、どうも古代から受身のせいか、物語のうえでは女ばかりが嫌《いや》に被害妄念をもって用心することになってる。では、どう要心するかというと、ここに一対の青年男女があって恋を知り、両方の親達が許し合うと、これがほかの国だと文句なしに早速結婚しちまうところなんだが、西班牙《スペイン》ではそうは往かない。ここにはじめて男のまえに、長い試煉の月日が展開し出すのである。AH!
親が承知の婚約の仲だから、男も、昼は公然と訪問する。これはまあいい。厄介なのは夜だ。可哀そうな男《セニョル》は、毎晩毎晩CAPAと称する黒い円套《マント》――裏に凝《こ》って、赤と緑のだんだん[#「だんだん」に傍点]の天鵞絨《びろうど》なんかを付けて通《つう》がってる――そいつをすこし裏の見えるように引っかけ、ボイナ[#「ボイナ」に傍点]というぽっち[#「ぽっち」に傍点]のついた大黒帽《だいこくぼう》の従弟《いとこ》みたいな物をいただき、もっと気取ったやつはカパのなかにギタアを忍ばせたりして、深夜に女《セニョリタ》の住む窓の下へ出かける。そして、南へレス産の黄葡萄酒よ! と合言葉を投げると、内部から、おお! 北リオハの赤葡萄酒! とか何とか応えながら、女が窓を開ける。時刻は予《かね》て打ちあわせてあるから、女《セニョリタ》は厚化粧をして待っていて、古城の姫君にでもなった気ですっかり片づけている。ここにおいて数分間、窓を通じて内外に恋のやりとり[#「やりとり」に傍点]があるんだが、この場合、いくら公認の忍びでもギタアを引っ掻いたりしちゃあ近処の迷惑になるから、たいがい沈黙のうちに両人同じ月を眺めて溜息をつくくらいのものだ。これが毎夜毎夜毎夜――以下無数――に継続する。しかし、ただ窓をとおして顔を見あったり饒舌《しゃべ》ったりするだけのことだから、まるで動物園にお百度を踏むのと同じで、通うと言ったところで、単に男《セニョル》のほうで、愛の恒久性、恋の保証をこういう手段で見本《サンプル》に示すに過ぎない。だから、これにへこたれて通勤を止《よ》しちまった男《セニョル》は直ぐ駄目になるわけだが、来る夜もくる夜も根気よく窓の下に立っていると、お前、こんどのは割りに長つづきするじゃないか、なんかとまず、女の両親、ことに母者人《ははじゃびと》が呆《あき》れ半分に感心し、男《セニョル》の誠実|相解《あいわか》った! と古風に手を打ったりして、あとはすらすら[#「すらすら」に傍点]と事が運び、間もなく神の意思に花が咲くといった経路だ。どうも廻りくどいが未《いま》だにやってる。私もいつか、セルヴァンテスの家を探してあるきまわった晩なんか、くらい横町にあちこち窓を見上げて立っている青年をふたりも三人も見かけたものだった。通行人も巡警もこればかりは知らん顔してとおり過ぎることにしている。それはいいが、なかには、一晩に二、三個の窓を掛け持ちして、自転車を飛ばして走りまわっている、私立大学のPROFみたいに多忙なのもあったりして、自然この「西班牙《スペイン》国青春男女婚約期間」には悲喜こもごも幾多の秘話があるんだが、元来これは闘牛のはなしのはずだから、そこで、無理にも筋を牛のほうへ捻《ね》じ向けよう。
が、これで判った。つまりドン・モラガスはうち[#「うち」に傍点]のペトラと許婚《いいなずけ》の間で、目下せっせ[#「せっせ」に傍点]と窓通いをやってる最中なんだが、ドン・ホルヘはそんなことは知らない。夜中に窓の下でごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]人声がするのは、てっきり主馬頭夫人《セニョラ・モンテイラ》の旧恋人たちの幽霊だろうと思いこみ――まあさ、一たい何だろうと窓を開けて見下ろしたところが、丘の街マドリッドを明方の熟睡と月光が占領し――下のペトラの窓にへばり[#「へばり」に傍点]ついて、
『ねえペトラさん、まだ話が決まりそうもないでしょうか。僕あもう闇黒《くらやみ》の中で眼をつぶって歩いても、ひとりでにこの窓の下へ来るようになりましたよ。』
『まあ! でも、まだらしいのよドン・モラガス。だって、お母さんたら、うちのお父さんはわたしんとこへもうこの三倍も通いました、なんて言ってるんですもの。』
などと、いすぱにあモダン・ガアル「窓のペトラ」と盛んにTETE・A・TETEしてたらしい役者ドン・モラガスが、はっ[#「はっ」に傍点]とびっくりして上を見あげたから、私もばつ[#「ばつ」に傍点]が悪い。あわてて深呼吸をしながら遠くへ眼をそらすと、遊子ドン・ホルヘの顔いっばいに月が照らして――ま、そんなことはどうでもいい。
話題を闘牛へ戻す。
3
燃え立つ太陽・燃え立つ砂塵・燃え立つ群集・燃え立つ会話――何もかも燃え立っているこの大闘牛場。
[#ここから2字下げ]
とうろす・け・ばん!
あ・またる・おい!
[#ここで字下げ終わり]
雑音を衝《つ》いて破裂する奇声、濁声。
4・PM。
じっとしていても汗ばむ太陽の赤光だ。
満場に横溢する力づよいざわめき。
切符の番号と見較《みくら》べて席をさがす人々。
蒼穹に林立する赤と黄の国旗。
てらららんらんの闘牛楽《パサ・デブレ》。
誰からともなく唄い出す「海賊歌《コルサリアス》」の合唱。
男の円套《マント》と原始的な女装の点綴。
情熱と忘我と、above all, 太陽――SI! 闘牛はいま始まろうとしている。
下の演技場は一めんの砂だ。
そこに、深紅の農民服を着た人足たち――と言っても、これはみんな名ある闘牛士の下《した》っ端《ぱ》弟子で、若いのばかりか、なかには白髪頭のお爺さんもいる。野郎、これで一杯《いっぺえ》呑《や》って来い、なんかと時々親方が投げてくれる金銭で衣食している連中――が、開始前、手に手に箒《ほうき》を持って、中央の大円庭に砂を均《なら》している。
見わたす限りの人の顔の壁に、ところどころ派手な色彩が動くのは、吉例により、貴婦人達が扇を使っているのだ。何という西班牙《スペイン》らしい軽さ! 異国さ! その怪鳥の羽ばたきのような、妙に柔かいグロテスクなひびき! これは何ものでもない。Spain Herself の音だ。おまけに、あおぎ方がまた西班牙《スペイン》だけによほど変ってて、まず最初おもてを見せて二、三回ひらひら[#「ひらひら」に傍点]あおぐと、つぎに、ひょい[#「ひょい」に傍点]と器用に持ち更《か》えて、今度は裏を出す。こいつを繰り返している。このすぺいん扇はなかなか高価なもので、女はまるで宝石でも溜めるようにこれをたくさん蒐《あつ》めて威張ってるくらいだが、主材料の竹の関係上、その大部分は日本出来である。何とかいう京都の扇工場に西班牙《スペイン》人の図案家がいて――ま、扇のことはこのさい第二だ。
二十|西仙《センテモ》出して座蒲団《ざぶとん》を買った私は、こうして石段の席へ腰を据えて、持参の望遠鏡で正面入口の混雑を検査している。
[#ここから2字下げ]
|牛の略歴で御座い《トウロス・ケ・バン・ア・マタル・オイ》!
|牛の略歴でござい《トウロス・ケ・バン・ア・マタル・オイ》!
[#ここで字下げ終わり]
番附売りの小僧が人を掻《か》い潜《くぐ》って活躍してるのが見える。この「牛の略歴」というのを読んでみると――。
「今日第一回の殺害《せつがい》に使用さるべき名誉ある幸運牛[#「幸運牛」に傍点]は、名をドン・カルヴァリヨと称し、第一等の闘牛用牛産地ヴェラガ公爵所有の牧場出身にして、父は、かつて名闘牛士ドン・リイヴァスを角にかけたる猛牛|銅鉄王《レイ・デ・アソ》七世、母なる牛は――。」
と言ったぐあいに、「牛量いくら、牛長《ぎゅうちょう》――鼻先から尻尾の端まで――幾らいくら。牛性兇暴にして加徒力《カトリック》教の洗礼を拒否し、年歯二歳にして既に政府運転の急行列車に突撃を試みたることあり。ようやく長ずるに及び、猛悪果敢の牛質、衆牛にぬきんで――」なんかと、まあ、いったふうに、牛の生立ち・日常生活・その行状《カンダクト》等を記述して余すところない。みんな買って、わくわく[#「わくわく」に傍点]しながら読んでいる。
入口《ポエルタ》は大混難だ。
何しろ、襯衣《シャツ》一枚きりないものは、その一まいの襯衣《シャツ》を質におき、近在近郷の百姓はもちろん、聖《サン》フランシスコ寺院前の女乞食も、常用のよごれた肩掛《マンテラ》を売り飛ばしてさえ出てくるこの大闘牛日だ。「闘牛行《トウロス・トウロス》」のしんがりがまだ続々|雪崩《なだ》れ込んで来ている。
開演まぎわに馬車《コウチエ》で駈けこんで、満員の全スタンドに思うさま着物を見せようというのが、マドリッド社交界の流行《ファッション》だ。それが期せずしてここに落ち合って、この不時の馬車行列――二頭立ての馬車《コウチエ》が、砂けむりを上げて後からあとからと躍り込んで来る。四人乗りだが、きょうだけは六人満載して、幌《ほろ》のうえに女がふたりずつ腰かけてる。一行正式の西班牙《スペイン》装束だ。女達は、あのマントン・デ・マニラという、大柄な縫いをして房の下った、いわゆる Spanish Shawl を引っかけ、高々と結い上げた頭髪の後部に大櫛《ペイネッタ》を差し、或る者はそのうえから黒また白の薄い|べえる《マンテリア》をかけ、カアネエションの花――西班牙《スペイン》の国花――を胸に飾って。
席へつくと同時に、みんな言い合わしたようにこのマントン・デ・マニラをひらり[#「ひらり」に傍点]と肩から滑らして、自席のまえの欄干へ懸ける。これが何よりの闘牛場の装飾になる。いまスタンドのそこここに大輪の花が咲いたように見えるのが、それである。
扇子と 〔Manto'n de Manila〕 とCAPAとぼいな[#「ぼいな」に傍点]とカアネイションと牛と。
そして興奮と白熱と饒舌と女性と。
なかんずく太陽!――闘牛は今はじまろうとして、全すぺいんがここに集って待っている。
――で、直ぐ始めてもいいんだが、闘牛に関する幾らかの予備知識を持たなくちゃあただ見たって面白くあるまい。もっとも私の席はかなり闘牛庭《レドンデル》へ近いから、よく見えることは見えるんだけれども――とにかく、この座席を占領するまでにどれだけ私が苦心惨澹しなければならなかったか。ひいては、闘牛というものに対する西班牙《スペイン》人の心持は如何《いかん》? というようなことから、いよいよ始まるまでの数分間を利用して、この機会にすこし「闘牛考」をしてみよう。
もう大分まえだが、私がピラネエ颪《おろし》みたいにこのマドリッドへ吹き込んで来た当初から、年に一回の最大闘牛、赤十字の慈善興行が来る日曜日――すなわち今日――催されるというんで、町も国も新聞も居酒屋も、早くからその評判ではち[#「はち」に傍点]切れそうだった。
闘牛――すぺいん語で謂《い》うCORRIDA DE TOROS。
闘牛は、言うまでもなく、一時この国に権力をふるったアラビヤ人の影響で、十六世紀の初期までは、勇猛な一人の騎士《カバレロ》が槍を持って悍馬《かんば》に跨《また》がり、おなじく勇猛なる牡牛《トウロス》に単身抗争してこれを斃《たお》すのがその常道だった。そして主として貴族の特権的懸賞物だったが、この遣《や》り方は、牛よりも人にとって危険率が多い――たしか十六世紀のはじめだったと思う。或る年の闘牛祭礼《フェスタ・デ・トウロス》には、一日に十人の「勇猛なる騎士」が牛の角にかかって敢《あえ》ない最期を遂げたと記録に見えている――というんで、もっと安全にそして確実に牛を殺し、ただその過程を華美にかつ勇壮にしようとあって、首府マドリッドに大闘牛場《プラサ・デ・トウロス》が新築されるとともに、従来の闘牛方法を改正して現行の順序様式を採用し、同時に闘牛は一般民衆の熱狂的歓迎と流行を独占するにいたった。こんにち西班牙《スペイン》国内の闘牛場は二百有余を算し、なお、常設の闘牛場を有《も》たない小町村では、市場をもって祭日その他の場合の臨時闘牛場に充当している。いかにすぺいんの国民生活に、闘牛が重要な一部、じつに最も重要な一部を作《な》しているか、これでも知れよう。
そんなら一たい、なぜそうこの「儀礼と技芸によって美装されたる牛殺し」が、西班牙《スペイン》民族のうえに尽きざる魅力を投げるか? 言い換えれば、闘牛に潜む“It”は何か!――というと、第一に、闘牛は必ず野天で行われる。しかも夏日炎々として人の頭がぐらぐら[#「ぐらぐら」に傍点]っとなってるとき、闘牛場には砂が敷いてある。その黄色い砂利にかっ[#「かっ」に傍点]と太陽が照りつけて、そこに、人と動物のいきれ[#「いきれ」に傍点]が陽炎《かげろう》のように蒸《む》れ、たらたらと流れるわる[#「わる」に傍点]赤い血――時としては人血も混じて――の池がむっ[#「むっ」に傍点]と照り返って眼と鼻を衝く。そうすると観客はすっかりわれを忘れてわあっ[#「わあっ」に傍点]と沸き返る。というこの灼熱的な、ちょっと変態的な効果に尽きる。この南国病的場面を極度に助長させるため、そこはよく市民の心理を掴んでいて、闘牛はいつも夕方にきまってる。午後四時から五時、六時から七時までのあいだだ。なぜ?――と言えば、長い暑い、だるい一日が終りに近づいてくると、都会人は、強烈な日光にうだ[#「うだ」に傍点]って八〇パアセントばかり病的な状態におち入る。これは「気候温和にして」と地理の本にもあるような、わがにっぽん[#「にっぽん」に傍点]国ではちょっと想像出来ないかも知れないが、砂漠と仙人掌《さぼてん》と竜舌蘭《りゅうぜつらん》のすぺいんなんかでは、誰でも或る程度まで体験する感情に相違ない。つまりこの、一日の暑気と日光に当てられて、町じゅうの人が牛でも猫でも、何でもいいから早く殺しちまいたい発作的衝動に駆られてうずうず[#「うずうず」に傍点]してる時刻、ちょうどこの時は、太陽も沈むまえで思いきりその暴威を揮《ふる》う。南の夕陽は発狂的だ。風は死んで、爆破しそうな焦立《いらだ》たしさが市街を固化する。人の血圧は高い。神経は刺戟を求めて、そしてどんな刺戟にでも耐えられそうに昂進している。おまけに、陽はいま最も地上に近い――といった、心理的にも気象的にも殺伐な潮どきを見計らって、何も猫を殺したところで初まらないから、そこで大々的《スペクタキュラア》に牛を殺すことにしたのが、このいすぱにあ国技「こりだ・で・とうろす」だ。だから、西班牙人《スパニヤアド》は男も女も自らの情熱の捌《は》け口をもとめて、万事を放擲してこれへ殺倒する。もちろん一つは、アラビヤ人との混合血液による国民性だが、毒を征するに毒をもってすという為政的見地から、皮肉に言えば、闘牛は、夏のすぺいん人の一時的錯乱に対する安全弁かも知れない。思うに、この蛮風も風土的必要に応じて発生したものであろう。道理で、サン・セバスチャンにあった有名な賭博場《キャジノ》を閉じて国中からばくち[#「ばくち」に傍点]を追った現独裁宰相――西班牙《スペイン》のムッソリニ―― Primo de Rivera ――も、まだこの闘牛だけはそっ[#「そっ」に傍点]として置いてる。もっとも彼だってすぺいん人だから、熱烈な闘牛ファンであっても差しつかえないわけだが、闘牛を禁止すると西班牙《スペイン》に革命が起るとみんなが言ってる。その革命も、夏の暮れ方に、のぼせ[#「のぼせ」に傍点]上ったDON達が街上に踊り狂ってお互いに料理《ブチャア》し合うんじゃあ騒ぎが大きい。おなじ屠殺するんなら、まあ、人よりゃあ牛のほうが幾らか増しだろう。第一、牛はあんまり文句を言わないし、それに、血がたくさん出る。
という、これが闘牛の哲学だ。したがって物凄い闘牛病患者には、男よりも女――のほうがどうもヒステリカルな残忍性に富んでるとみえて――が多いことは、容易にうなずけよう。
闘牛には季節《テンポラダ》がある。復活祭から十月までの毎日曜日と祭日が正規の闘牛日だ。十月以後にもあることはあるが、それはいわゆる小闘牛《ノヴィラダ》といって、牛は若牛《ノヴィロス》、闘牛士も幕下どころの下級闘牛士《ノヴィレロ》で、本格じゃないからどうも見劣りがする。
つぎに闘牛場だが、その建物は、ちょっと見たところ羅馬《ローマ》の円形闘技場《アンフィセアタア》に似ていて、途徹もなく尨大なものだ。這入ると中央の広場がいわゆる闘牛庭《レドンデル》で、一ぱいに砂利が敷き詰めてある。それを見下ろして、ぐるり[#「ぐるり」に傍点]と高く雛段形の桟敷《さじき》が取り巻いている。この見物席の根、つまり実際の闘牛庭《レドンデル》との境壁には、周囲に、高さ五|呎《フィート》ほどの炭油《タアル》塗りの木塀がめぐらしてあって、そのところどころに、半狂乱の牛の角のあとらしいこわれ[#「こわれ」に傍点]が見えている。それはいいが、この観覧席がまた妙なふうに区別されていて、まえにも言ったとおり、闘牛は炎天下に行われるんだから、その当日、何月何日の何時ごろには、どの辺に陽が射してどこらが蔭になるということはちゃん[#「ちゃん」に傍点]と前もって判っている。そこで、それによって座席が二大別されて、日蔭を Sombra と言って上等席だ。このほうはたいがい二十から二十五ペセタ――一ペセタは邦貨約三十銭強――陽の照る側の sol は、入場料十ペセタぐらいでまず二、三等にあたる。
こんなふうに日向《ソル》よりも日蔭《ソンブラ》の席がずっと高価《たか》い。そうだろう、陽かげは涼しいにきまってるから――なんかと思うと大変な間違いで、ではどうして日蔭が高級席かというと、これにはまた大いに西班牙《スペイン》的な理由がある。それは、突かれ刺されて半死半生になった牛は、苦しいもんだから例外なしに陽影へ日かげへと這入って来て、死ぬ時はいつも日蔭席の真下ときまっている。だから闘牛の後半――最も白熱的な部分は日蔭の側で演じられるわけで、従って、ここに居《お》れば一番よく見え、その残酷な快感を詳細に満喫出来るというんで、ほんとの闘牛ゴウアウスの連中は、借金しても争って、倍も高い陽かげの一等《ソンブラ》へ納まるのだ。が、倍でも三倍でも、SOLにしろSOMBRAにしろ、きょうのような年一度の特大闘牛になると、何でもいいから切符が手に入っただけで幸運に感謝しなければなるまい。私もこの切符のため数日来東奔西走したが、かなり前から発売してるにかかわらず、疾《と》うの昔に売り切れちまって、市内の切符売場《レイベンタ》を廻ってみると、二十五ペセタの日蔭券《ソンブラ》が一枚二百ペセタ――六十円――あまりに暴騰している。べらぼう[#「べらぼう」に傍点]な話だが、こうなるとまるで入札みたいなもので、それさえ見てるうちに値上げされて行って、なかなか手に落ちそうもない。これは、はじめ仲買人《レベンタ》が切符を買い占めて人気を煽《あお》り、いま小出しにしてるのだというような評判もあったが、何しろちょっと近寄れそうもない鼻息で、私なんか途方に暮れたかたちだった――するとここへ、かの下宿のペトラの恋人、名優ドン・モラガスが、このあらたか[#「あらたか」に傍点]な切符をかざしてドン・ホルヘを救いにあらわれたのである。
こういうわけだ。
窓通いの現場を発見されたのが面映《おもは》ゆかったのか、それとも、今後恋路の妨げをしないようにお世辞を使っとく必要ありとでも認めたものか、あの、私が夜中に窓をあけた翌日、ドン・モラガスが接近して来て言うには、彼の友達にベルモント――これは当代随一の闘牛家で全|西班牙《スペイン》の国家的英雄――の弟子の弟子の又弟子か何かがあって、そいつを煽《おだ》ててうまく入場券を寄附させたから、どうだドン・ホルヘ、一つ日曜日の大闘牛へ行ってみないか、というのである。
私がモラガスの胃を叩いて、牛血を浴びた闘牛士のように勇躍したことは言うまでもあるまい。
4
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てらら・らん・らん!
てらら・らん・らん!
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闘牛開始だ。
軍楽隊は一度に闘牛楽《パサ・ドブレ》の調子を高め、旗はいっせいにひらひら[#「ひらひら」に傍点]し、人は歓呼の声を上げて――この闘牛士入場式の光景!
はじめは徒歩、それから騎馬の十七、八人の闘牛士だ。見てるうちに私は何となく可笑《おか》しくなった。
横に長い黒の帽子。
中世紀の小姓みたいな総金もうる[#「もうる」に傍点]の短衣《チョッキ》。
赤・青・黄に同じくモウル付き半ずぼん。
揃いの赤ネクタイ・白靴下。
肩や腰に紅布《ミウレタ》をかけてるのもある。
それが威儀を整えて練り込んで来るのだ。
絢爛《けんらん》。堂々。颯々《さっさつ》。
が、何という莫迦々々《ばかばか》しい大仰さ。
ナヴァロのような青年。
彫刻的な浅黒い相貌。
金ぴかの全身にダンスする光線。
贔屓《ひいき》の闘牛士の名を呼ぶ観客の声。
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てらら・らん・らん!
てらら・らん・らん!
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――ここにちょっと妙なのは、この闘牛士連がみんなちょん[#「ちょん」に傍点]髷を結ってることだ。
しかも、その蜻蛉《とんぼ》のようなまげ[#「まげ」に傍点]の撥先《はねさき》を帽子のうしろから覗かせている。
Coleta という。
ちょん髷の西洋人なんて初めて見たが、何となく不気味な感じだ。ちょうど日本のお相撲さんみたいなもので、この、闘牛士に特有の豚尾式結髪《ピッグ・テイル》――COLETA――は、西班牙《スペイン》では甚だ粋《すい》な伊達《だて》風ということになっている。闘牛士を追っかける|踊り子《タンギスタ》なんか、あの人の髷っぷりが耐《たま》らなく憎らしいとか何とか――まあ、その間いろいろとろまんす[#「ろまんす」に傍点]があるわけだが、じっさい、西班牙《スペイン》における闘牛士の地位は日本の力士に似ていて、みんなそれぞれにパトロンがあり、なかには、名士富豪にくっ[#「くっ」に傍点]付いて廻って酒席に侍したりする幇間《ほうかん》的なのもすくなくない。派出《はで》な稼業だけに交際が大変だ。おまけに大立物《エスパダ》になると、見習弟子だの男衆だのと、いわゆる「大きな部屋」を養っている。そのかわり名誉と収入も莫大なもので、近いためしが、今日の人気闘牛士ベルモント――この人はセヴィラに宏壮な邸宅を構えている。これはあとから私がセヴィラに行って居た時だが、或る日、ホテルの下の往来が急に騒々しいので覗いてみるとちょうどこのベルモントが、散歩か何かの途中街上で、市民に包囲されたところで、男も女も子供もわいわい[#「わいわい」に傍点]後をついて歩いて、手を振る、握手を求める、上の窓から花を抛《なげ》る、まるで紐育《ニューヨーク》人が空のリンディを迎えるような熱狂ぶりだった。西班牙《スペイン》国民の大闘牛士に対する崇拝ぶりはこれでもわかる。英雄ベルモントは探険家のような風俗の、もう半白《はんぱく》に近い軍人的《ミリタリイ》な好紳士だ。一日の出場に七千から一万ペセタ――わが約三千円あまり――を取る、だから今では、大した地所持ち株もちだが、最近本人が勇退の意をほのめかしたところ、たちまち国論が沸騰した。牛で儲けた金だから死ぬまで牛と闘えというのだ。これにはさすがのベルモントも往生してるようだが、このファンの声も、言いかえれば、ベルモントなきのちの闘牛を如何《いかが》せんという引止《ひきとめ》運動に過ぎないんだから、老闘牛士も内心|莞爾《かんじ》としたことだろう。その他、有名な闘牛士にはガリト、マチャキト、リカルド・トレスなんかの猛者《もさ》がいて、すこし古いところではアントニオ・フュエンテがある。この人はアルメリヤの近くに、「領土」とも謂《い》うべき広大な土地と、古城のような屋敷を持っている。それからこれも今は故人のはずだが、ラファエル・グエラはほん[#「ほん」に傍点]の一季節の闘牛に二百二十五頭の牛を斃《たお》して七万六千ジュロス――十五万円余――を獲たことがあるし、現今でも、何のたれそれ[#「たれそれ」に傍点]と名のある闘牛士なら、年収約二万から二万五千円を下らないのが普通だ――税務所の調べみたいになっちまったが、こんなふうに、名が出ると金になる。女には持てる。学問も教養も要らない。要らないどころか、そんなものは無いほうがいい。第一、人中《ひとなか》で牛が殺せる! と言うんで、貧乏人の子供でちょいと腕っぷしの強いやつ[#「やつ」に傍点]は、争って闘牛士を志願する。なかには医学生のぐれ[#「ぐれ」に傍点]たのや、電気技師の勤め口を棒に振って闘牛庭《レドンデル》の砂にまみれてるといった酔狂なのがあったりして、この闘牛士の仲間は、色彩的な西班牙《スペイン》の社会により[#「より」に傍点]強烈な色彩を塗っている絵具だ。マドリッドの太陽広場《プラサ・デ・ソル》から左手へ這入った古い狭い横町に、役者――ドン・モラガスをはじめ――だの、この下っぱ闘牛士なんかのぼへみあん[#「ぼへみあん」に傍点]連中が勝手な生活をしている一廓があって、夜おそくそこらをうろつくと、方々のキャフェで西班牙酒《モンテリア》をあおってる彼らの影絵《シルエット》がもうろう[#「もうろう」に傍点]と揺れ動いている。で、まあ、それほど志望者が多いもんだから、ちゃん[#「ちゃん」に傍点]と闘牛学校まで出来ていて、未来のベルモントを夢みる青少年の群――なかにはアルゼンチンあたりから留学してるのもある――に、初等闘牛史、怒牛心理学概論、闘牛道徳、闘牛作法、扱牛法大綱なんてのを講義したり実修したりしている。
さあ、ここでいつまでも闘牛士にかまっちゃいられない。入場式が済むと、直ぐに牛が出て来るから――。
粛々と前進してきた今日の出場闘牛士は、いま正面ボックスの下に整列している。
ESPADAのベルモントが、一同を代表して司会者――これはたいがい皇后さまか宰相夫人か、とにかく女性にきまってて、この日は赤十字マドリッド支部長としての市長夫人だった――へ、大芝居に騎士的な一礼をしている。
何と graceful なその史的洗煉!
扇をとめて、市長夫人がボックスに立った。何か抛《ほう》った。黒い小さな物が赤い尾を引いて、円庭《リング》の砂を打つ。ベルモント門下の高弟|槍馬士《ピカドウル》のひとりが拾う。鍵だ。赤いりぼん[#「りぼん」に傍点]が結んである。牛小屋の鍵だ。
歓声・灼熱・乱舞する日光。
やあ! 鍵を押し戴いた闘牛士が、観覧席の一方へ手を上げて、胸を叩いて絶叫し出した。
『OH! わが心臓の主よ! 悦《よろこ》びとそうして望みの君よ! わたしはこれからあなたの光栄のためにこの牛を殺して私の勇気と武芸を立証します――!』
AH! 何というDONキホウテ式|科白《せりふ》! 呆れた大見得! 中世的な子供らしさ!
すると、その方角に当って、人のなかから女が起立した。この闘牛士の妻、もしくは情婦、とにかくこれが彼のいわゆる「心臓の主」なのだ。
夥《おびただ》しい視線の焦点に、ぼうと上気して倒れそうな彼女が、胸のカアネエションに接吻《キス》して、下の闘牛士へぽん[#「ぽん」に傍点]と投げる。
ふたたび、喝采・動揺・乱舞する日光――羅典《ラテン》的場面の大燃焼だ。
これを合図に、ベルモントをはじめ重立った闘牛士は、一時|溜《たま》りへ引っ込んで行く。
あとには、最初出来るだけ牛を怒らせる役―― Veronica ――の若手が五人、素手に、おのおの肩や腰の紅布《ミウレタ》を外して拡げながら、あちこちに陣取って、身構えた。
広い砂のうえに、ほかに人影はない。
5
はじめ噴火みたいな底唸《そこうな》りが聞えて来た――と思うと、いきなりリングの一隅から驀出《ばくしゅつ》した「真黒な小山」!
何て大きな牛だ!
闘牛場全体に溢れそうじゃないか。
あ! こっちへ来る。びっくり[#「びっくり」に傍点]してらあ! この日光に、色彩に、音響に。
まるで疾駆する「黒い丘」だ。
鈍重の代名詞が、こんなに早く走れようとは私は今まで思いも寄らなかった。
すでに彼は、早速手ぢかの紅布《ミウレタ》へ向って渾身的攻撃を開始した。
きらりと角が陽に光った。闘牛士が身を躱《かわ》した。黄砂が立ち昇った。紅片《べにきれ》がひらめいた。
牛はいま、さかんにその紅いきれへ挑みかかっている。
そうだ。そう言えば、まだこの「牛《トウロス》」のことを説明しなかったが、ちょっとここで一つ大急ぎで書いておこう。
闘牛用の牛はTOROSと言って、牛でさえあれば何でもいいというわけには往かない。だから、昨日まで車をひいてた牛だの、そこらで田んぼを耕してた牛なんかを闘牛場へ追いこんで無理に喧嘩を吹っかけるというんではなく、闘牛士に闘牛学校があると同じに、闘牛《トウロス》にもそれ専門の牧場があって、そこでこの特別の牛類を蕃種《はんしゅ》させ、野放しのまま、ひたすらその闘争精神を育成する。野ばなしと教育とは、こうして闘牛の場合にのみ、不思議に、そして必然的に一致するのだ。そのため、父祖伝来猛牛の血を享《う》けている若牛は、山野の寒暑に曝《さら》されて全く原始牛のような生活をしているうちに、すこしも牛という家畜の概念に適合しない、完全な野獣に還元してしまう。今この闘牛牧人《ブリイダア》の苦心を叩くと、単に野放しに育てると言ったところで、そこにはやはり色んなこつ[#「こつ」に傍点]があるようだ。早い話しが、いくら放任主義だからって風邪――例のすぺいん風邪なんてのもあるし――を引かしたり、ほんとの野牛然と痩《や》せっこけたりしちゃあ闘牛として何にもならない。一方滋味佳養をうん[#「うん」に傍点]と与えて力と肉をつけながら、同時に、人に狎《な》れないように深甚な用意を払い、極度に怒りっぽく、何ものへ向っても直ちに角を逆立ててて突進し、これを粉砕せずんば止まざる底《てい》の充分な野牛だましいを植えつけ、育むのだ。つまり、しじゅう突いたり張ったりしてからか[#「からか」に傍点]って、怒ることを奨励し、そして怒ったが最後、全身を躍らせて大あばれに暴れる、というように仕込むのが闘牛牧畜の要諦である。事実この目的のためにはあらゆる専門的手段が講じられている。それから、闘牛の資格として最も大事なのは角だ。何しろ、怒牛角を閃《ひらめ》かして馬でも人でも突き刺し、撥《は》ね上げて、その落ちて来るのを待って角に懸けて振り廻す――こう言った、馬血人血|淋漓《りんり》たるところが、また闘牛中の大呼物《おおよびもの》――じっさいどんな平凡な闘牛ででも馬の二、三頭やられることは普通だし、悪くすると、リングの砂が闘牛士の生命《いのち》を吸い込む場合もさして珍しくない――のだから、この闘牛《トウロス》の角っぷり、その角度尖鋭に対する関心は大変なものだ。色んな方法で牧者は絶えず牛に、武器としての角の使用法を教え込み、自得させる。かくのごとくすること幾春秋――なんて大仰だが、闘牛《トウロス》は牛齢五歳未満をもって一条件とする。とにかく、すべての方面から観察してこれで宜《よ》しということになって、はじめてマドリッドなりセヴィラなりバルセロナなりの晴れの闘牛場へ引き出されるのだが、その時の牛は、きょうの「牛の略歴」に徴しても解るとおり、また現にいま、私の眼下に黄塵を上げて荒れ狂ってる「黒い小山」を見ても頷首《うなず》けるように、牛骨飽くまで太高く、牛肉肥大、牛皮鉄板のごとく闘志満々、牛眼らんらん[#「らんらん」に傍点]として全くの一大野獣である。この闘牛《トウロス》の値段は、なみ[#「なみ」に傍点]牛のところで一頭三千ペセタ――千円――が通り相場だが、今日のような年一回の赤十字慈善興行なんかに出場する「幸運牛」になると、あらゆる牛格を完全以上に具備していて闘牛《トウロス》中の王者というわけだから、値段も張ってまず七千から一万ペセタ――三千二、三百円――に上る。したがって闘牛養牧場《ガナデリア》―― Ganaderias ――は、西班牙《スペイン》では栄誉と金銭が相伴う最高企業の一つだ。が、立派な闘牛の産地は歴史によって昔からきまっていて、今のところ二個処ある。きょうの闘牛《トウロス》ドン・カルヴァリヨ氏――現在ここであばれてる牛の名――を出したヴェラガ公爵の闘牛場《ガナデリア》と、もう一つセニョオラ・MIURAのガナデリアと、このふたつとも南のアンダルシア地方にある。一たい闘牛士も闘牛《トウロス》も、多くこのアンダルシアから産出して、そうでないと本格でないほどに思われてるんだが、これは、ドン・ホルヘの察するところ、該方面には、人にも牛にも比較的多分にあらびや[#「あらびや」に傍点]人の好戦的血統が残留してるためだろう。
この闘牛《トウロス》をいよいよ最後の運命地、市内の闘牛場へ運び入れるのがまた大変なさわぎだ。どこまでも猛獣という観念を尊重し、巌畳《がんじょう》な檻《おり》へ入れて特別仕立ての貨車で輸送する。停車場から闘牛場まではなおさら、法律によって、檻のまんまでなければ決して運んでならないことに規定されてる。だから、単に積んだ鉄檻の猛牛に送牛人《カベストロ》と称する専門家が附いてえんさえんさ[#「えんさえんさ」に傍点]と都大路を練ってくところは大した見物《みもの》だ。さあ、これが今度の闘牛《トウロス》の牛だとあって、はじめから切符を諦めてる貧民連中なんか、せめては勇壮なる牛姿の一瞥だけでも持たばやと檻を眼がけて犇《ひし》めくのが常例だが、じっさい町中の人が護送中の牛を途上に擁して、あの牛っ振《ぷ》りなら馬の二、三頭わけなく引き裂くだろう、ことの、これあひょっ[#「ひょっ」に傍点]とすると闘牛士も殺《や》られるかも知れない、なんかと評判とりどり、これを見落しちゃならないというんで、たちまち切符仲買所《レベンタ》へ人が押しかける。要するにこの、御大層な警備で牛を送りこむのも、一に、これほどの猛牛だというところを公示して、一種の誇張的錯覚――なるほど猛牛には相違ないが――を流布させ、それによって人気をあおろうの、ま、謂わば広告手段とも言えよう。いつかマドリッドの大通りで、この闘牛場へ運送中の牛が、とうまる[#「とうまる」に傍点]を破って大暴れに角をふるい、死傷者十数名を出したあげく、ようやく職業的闘牛士が宙を飛んで来て、街上でそれこそ真剣に渡り合い、やっ[#「やっ」に傍点]と仕止《しと》めたなんかという椿事《ちんじ》もあった――これは余談だが、さて闘牛場では、こうして運んで来た牛を、当日まで野庭《コラレ》と呼ぶ別柵内に囲っておいて市民の自由観覧に任せ、いよいよ開演という四、五時間まえ、つまりその日の正午前後に、リングに隣接した Toriles という暗室へ牛を追いこむ。そして約半日|闇黒《くらやみ》に慣らしたのち、やにわに戸をあけて「運命の戦場」へ駆り立てるのだ。このとき、扉《ドア》を排すると同時に、上から釘《くぎ》でひょい[#「ひょい」に傍点]と背中を突いてやる。そうすると牛は、びっくり猛《たけ》り立って闇黒《くらやみ》を飛び出し、その飛び出したところに明光と喚声が待ちかまえているので、この俄《にわ》かの光線・色彩・群集・音響に一そう驚愕し、首に養牧者《ブリイダア》の勲章《デヴィサ》を飾ったまま、「黒い小山」のように狂いまわる。
6
その眼前に揶揄係《ヴェロニカ》の紅いきれが靡《なび》く。
興奮《エキサイト》した牛は、まずこれをめがけて全身的に挑み――牛ってやつは紅いものを見ると非常識に憤慨するくせがある――かかっている。
噴火のような唸り声だ。
観客はみんな腰を浮かして呶鳴《どな》ってる。
が、まだこの|怒らせ役《ヴェロニカ》が牛をあつかってるあいだは、実を言うとほんとの闘牛ではない。こうして好《い》い加減、牛の憤怒と惑乱が頂天に達した頃を見計らって、前座格のVERONICAが素早く牛を離れると、同時にいよいよ「血の本舞台《リデア》」の第一段へ這入る。
一口に闘牛《トウロス》と言っても、三つの階梯《スエルテ》から成り立つ。
1 Picadores
2 Banderillear
3 Matadores de Toros
この順序だが、1のピカドウルは馬に乗って槍《ガロチヤ》を持っている。これは、紅いきれを見せられてすっかり怒った牛の背中へ、深さ約二|吋《インチ》の穴を二つあけて、ますます怒らせるのがその任務だ。2はバンデリエイル。徒歩だ。三人出る。バンデリラという短い手銛《てもり》のような物を、正面または横側から牛の背部、首根っこへ近いところへ二本ずつ打ち込む。三人各二本だから合計六本の矢鏃《バンデリラ》を差されて、牛はおいらん[#「おいらん」に傍点]の笄《こうがい》みたいな観を呈する。そこへ単身徒歩で登場して牛に直面し、機を見て急所へ短剣《エストケ》の一撃を加えて目出度《めでた》く仕留《しと》めるのが、3のマタドウル・デ・トウロスだ。この留《とど》めをさす役が、闘牛中の花形《エスパダ》なのである。
槍馬士《ピカドウル》が出て来た。
日光と槍先と金モウルだ。
悍馬《かんば》を御して牛の周囲を駈けめぐってる。
牛は馬を狙って角を下げている。
ピカドウルの槍が走った――うわあっ! 血だ血だ! ぶくぶく[#「ぶくぶく」に傍点]と血が噴き出したよ牛の血が! 黒い血だ。血はみるみる牛の足を伝わって流れて、砂に吸われて、点々と凝って、虎視眈々と一時静止した牛が、悲鳴し、怒号し、哀泣し――が、どうせ殺すための牛だ。そら! また槍《ガロチヤ》が流れたぞ! もう一つ、紅い傷口がひらくだろう――ひっそりと落ちる闘牛場の寂寞――。
やあっ! 何だいあれあ?
棒立ちになった馬、ピカドウルの乗馬が急に紅い紐《ひも》を引きずり出したぞ。ぬらぬらと日光を反射してる。
EH! 何だって? 馬が腹をやられた? 牛の角に触れて?――あ! そうだ、数本の馬の臓物がぶら[#「ぶら」に傍点]下って、地に垂れて、砂にまみれて、馬脚に絡んで、馬は、邪魔になるもんだから蹴散らかそうとして懸命に舞踏している!
それを牛が、すこし離れてじいっ[#「じいっ」に傍点]と白眼《にら》んでる――何だ、同じ動物仲間のくせに人間に買収されて!――というように。
総立ちだ。
足踏みだ。
大喚声だ。
傷ついた馬は、騎士を乗せたまま引っ込んで行った。が、直ぐに出て来た。おや! 同じ馬じゃないか。AH! 何という ghastly な! はみ[#「はみ」に傍点]出ていたはらわた[#「はらわた」に傍点]を押し込んで、ちょっと腹の皮を縫ってあるだけだ。そのままでまたリングへ追いやる!
縫目の糸が白く見えている。
何と徹底した苦痛への無同情!
馬は、恐怖にいなないて容易に牛に近寄ろうとしない。それへ槍馬士《ビカドウル》が必死に鞭《むち》を加える。
この深紅の暴虐は、私をして人道的に、そして本能的に眼をおおわせるに充分だ。
が私ばかりじゃない。私の二、三段下に、さっきから顔を押さえて見ないように努めていた仏蘭西《フランス》人らしい一団は、このとき、耐《たま》り兼ねたようにぞろぞろ[#「ぞろぞろ」に傍点]立って行く。女はみんな蒼い顔をしてはんけちで眼を隠していた。
ドン・ホルヘは我慢する。
女のなかには気絶したのもあった。あちこちで担ぎ出されている。道理で、女伴《おんなづ》れの外国人が闘牛券仲買所《レベンタ》へ切符を買いに行くと、最初から出口へ近い座席を選ぶように忠告される。青くなって退場したり、卒倒したり、はじめての女でおしまいまで見通すのは殆《ほとん》どないからだ。だから、言わないこっちゃない。
しかし、男でも女でもこういう気の弱いのは初歩の外国人にきまっていて、西班牙《スペイン》人は大満悦だ。牛の血が噴流すればするほど、馬の臓腑が露出すればするほど、女子供まで狂喜して躍り上ってる。反覆による麻痺《まひ》だろうけれど、見ていると根本的に彼らの道義感を疑いたくなる。私は、無意識のうちに牛の肩を持っている自分を発見した。
一たい闘牛《トウロス》に対しては、西班牙《スペイン》国内にも猛烈な反対運動があって、宗教団体や知識階級の一部はつねに闘牛《トウロス》の改廃を叫んでいるんだが、この「血の魅力」はすぺいん国民の内部にあまりに深く根を下ろしている。羅馬《ローマ》法王なんかいくら騒いだって何にもならない。が、牛か人かどっちかが死ななければならないのが闘牛《トウロス》だとしたら、そして、はじめからリングで殺すつもりで育てた牛である以上、牛の死ぬのはまあ仕方がないとして、馬まで傍杖《そばづえ》を食わして殺すのは非道《ひど》い。こういう議論が起って、最近では、出場の馬へ硬革製の腹当てをさせることにしている。しかし、これも形式的なもので何ら実際に保護の用をなさない。何しろ相手は火のように猛《たけ》り狂ってる野牛だ。馬の逃げ足が一秒でも遅いと、忽《たちま》ち今日のような惨事を惹起することは眼に見えてる。が、この悲惨とか残酷とかいうのも外国人にとってだけで、すぺいん人はここが闘牛の面白いところだと手を叩いて喜んでるから、始末におえない。闘牛《トウロス》のつづくかぎり、馬の犠牲も絶えないだろう。
なぜ地球上にこういう野蛮な存在を許しておくか? これはじつに西班牙《スペイン》一国内の問題ではない。まさに全人類の牛馬に対する道徳上の重大事である。なんかと度々《たびたび》海のむこうから文句が出るんだけれど、どうしても止《よ》さないものだから、海外の識者もみんな呆れて、諦めて、この頃ではもう黙ってる。おかげで西班牙人《スパニヤアド》は誰|憚《はばか》らず牛が殺せるというものだ。
これは、この闘牛《トウロス》を見てから二、三日してからだったが、例のドン・モラガスが私のところへやって来て、
『どうだったい、こないだの闘牛は?』
と訊くから、私――というより、私の社交性が、
『うん。なかなか面白かったよ。|有難う《グラシアス》。』
と答えると、彼は、
『ふふん。』
と鼻の先でせせら笑って、
『生意気いうない。君みてえなげいこく[#「げいこく」に傍点]人に闘牛《トウロス》の味が解って耐《たま》るもんか。ほんとに闘牛《トウロス》を見るようになるまでにゃあ、君なんか、そうよなあ、もう十年この西班牙《スペイン》で苦労しなくちゃあ――。』
私はついむき[#「むき」に傍点]になって、紅布《ミウレタ》へ挑戦する牛のようにモラガスへ突っかかって行った。
『冗談じゃない。闘牛《トウロス》なんかもう御《ご》めんだよ! 一度でたくさんだ。何だ! 一匹の牛を殺すのにああ何人も掛ったりして! ただ残酷というだけじゃない。あれあ卑怯だ。だから、見てるうちに、僕なんか牛に味方して大いに義憤を感じちゃった。すくなくとも文明的な競技じゃないね。』
どうだ、ぎゃふん[#「ぎゃふん」に傍点]だろうとモラガスの応答を待っていると、案の条かれはにやにやして話題の急転を計った。
『うちの一座にメリイ・カルヴィンという女優がいる。』
『誤魔化《ごまか》しちゃいけない。闘牛はどうしたんだ?』
『だからその闘牛のことだが、君、メリイ・カルヴィンって名をどう思う?』
『どう思うって別に――ただ西班牙《スペイン》名じゃないな。』
『そうだ。アングロ・サクソンの名だね。事実メリイ・カルヴィンは亜米利加《アメリカ》人なんだ。』
『何だ、面白くもないじゃないか。』
『ところが面白い。』ドン・モラガスはひとりで勝手に面白がって、『いいかい。おまけに彼女は紐育《ニューヨーク》の金持のひとり娘なんだ――では、どうしてこの、紐育《ニューヨーク》富豪の令嬢メリイ・カルヴィンが西班牙《スペイン》芝居の下っぱ女優をつとめていなければならないか――ドン・ホルヘ、まあ聞き給え。これには一条の物語がある。』
なんかと、いやに調子づいたドン・モラガスが、舞台では見られない活々《いきいき》さをもって独特の金切声を張り上げるのを聞いてみると、こうだ。
HOTEL・RITZ――マドリッド第一のホテル――の数年まえの止宿人名簿を探すと、メリイ・カルヴィンの自署を発見するに相違ない。あめりかのちょいとした家の子女が誰もかれもするように、学校卒業と同時に最後の|みがき《ポリッシュ》をかけるべく「|大陸をして《ドュイング・ゼ・カンテネント》」いた彼女が、無事にこの西班牙《スペイン》国マドリッド市まで来たとき、それはちょうど季節《テンポラダ》で、血の年中行事が市全体を狂的に引っ掻《か》き廻している最中だった。
すぺいんへの旅行者は闘牛だけは見逃さない。早速彼女も出かけて行った。そして勿論、正確に気絶したひとりだった。気絶どころか、二、三日食物も咽喉《のど》へ通らないで床に就いたくらいだが、こうして寝ながら、メリイ・カルヴィンは考えたのだ。どうしてああ西班牙《スペイン》人がみんな面白がって見てるのに、自分だけ気絶なんかしたんだろう? こんなはずはない。Something wrong これはきっと解ると自分も好きになるに相違ない。いや、どうしても好きにならなければならない――と、ここに妙な決心を固めて、それから一週間延ばしに旅程を変更しちゃあ毎日曜日に闘牛へ通い出した。が、やっぱり駄目だ。あのピカドウルの槍の先に血が光るのを見ると、彼女は、何と自分を叱っても身ぶるいがして来て、その次ぎもそのつぎも、二度も三度も続けさまに気絶してしまった。そこで彼女は、もの好きな話だが、すっかり残りの予定を破棄してマドリッドに腰を据え、これではならないとわざと砂に近い席へ陣取って、その季節中一つも欠かさずに、修行のように通い詰めた。言うまでもなく紐青《ニューヨーク》からは、なぜそういつまでも西班牙《スペイン》にいるのかと詰問の電報が矢のように飛来した。が、それを無視して闘牛場の石段にすわっているうちに、数度の失心ののち、ようやく刺激に慣れたと言おうか、だんだん全演技を通じて正視出来るようになって、しまいには、どんな光景に直面しても彼女は平気でいられるようになった。西班牙《スペイン》人の闘牛の「見方」が、彼女にも少しずつ判りかけたのだ。こうなると、個々の闘牛士の癖とか、無経験な見物には気のつかない危機とか、紅布《ミウレタ》の捌《さば》き、足の構えの妙味、ちょっとした手銛《バンデリラ》のこつ[#「こつ」に傍点]とか、つまり専門的に細かい闘牛眼がメリイ・カルヴィンにも備わって来て、そして、そう気のついた時、彼女はもう押しも押されもしない立派な闘牛ファンになり切っていた。
その年の季節は終った。が、彼女は亜米利加《アメリカ》へ帰るかわりに、地方巡業に出た闘牛士を追っかけて西班牙《スペイン》じゅうを廻り歩いた。そして翌年のマドリッド闘牛場はまたメリイ・カルヴィンの姿を発見した。あめりかも紐育《ニューヨーク》も生家の富も、この血と砂の誘惑のまえには彼女にとっては無力だった。帰国を促す交渉がとうとう破裂しても、西班牙《スペイン》に闘牛があるあいだ、すぺいんを見捨てることは彼女には不可能だった。麺麭《パン》と入場料を獲《う》るために彼女は女優になった。そしてずうっ[#「ずうっ」に傍点]とこんにちに及んでいる。いまのメリイ・カルヴィンは、闘牛によってのみ生甲斐《いきがい》を感じているといっても、過言ではあるまい。
『さあ――何といったらいいか、この気持はちょっと説明出来ないが――。』
とモラガスは、役者だけにさも困ったように首をかしげて、
『そうだな。動物に対する人間征服感の満足とでも言おうか。いや、決してそんな安価な感情じゃあないんだが、そうかと言って、君はじめ多くの外国人が考えるような、単純な「血の陶酔」でもない。勿論すぺいん人だって普通の感覚は持ってるし、闘牛以外では、ずいぶん人に譲らない動物愛護者のつもりだが――とにかく、メリイ・カルヴィンの場合なんか、メリイには、リングの牛が、不愉快なほど無神経に、愚鈍に見えてしょうがないそうだ。だから、そんな馬鹿には生きてる権利もない、どんなに虐殺しても構わない――と言ったような、自分でも不思議な、まあ一種の制裁的痛快感に、思わず拍手しちまうといってる。それに、も一つ可笑《おか》しなことは、メリイは、闘牛を見るたびにああ自分があの牛だったらと思ってぞっ[#「ぞっ」に傍点]とするそうだが、この幾分変態的な戦慄《スリルス》も手伝って、一生闘牛場へ呪縛されるのがあのメリイの運命だろう――。』
7
槍馬士《ピカドウル》から仕留士《マタドウル》までかかって一頭の牛を斃《たお》す。これが一回。一日の闘牛にこの同じ順序を六ぺんくり返して、つまり六回に六匹の牛を殺すのだ。四時にはじまって、この間二、三時間。一回の闘牛の所要時間は約二十分|乃至《ないし》三十分の勘定だ。
牛の背に二つの穴をあけて、ピカドウルは喝采裡に退場した。
炎熱に走り廻って汗をかいてるところへ傷口の血が全身に滲《にじ》んで、この時はもう牛は一つの巨大な血塊に見える。
真赤な丘だ。
じっと立ち停まって喘《あえ》いでる。
その影が砂に黒い。
入りかわりにそこへ、こんどは三人の矢鏃士《バンデリエイル》の登場だ。二本ずつ六本の銛《もり》を打ちこむ役である。
が、傷ついた牛はいま憤激の頂上に立っている。生命を守る本能にすっかり眼ざめ切っているのだ。その牛へ、ひとりずつ真正面から向って手銛《てもり》を差すのだから、このバンデリエイルの勇敢と機敏と熟練と、そして危険さこそは、闘牛のなかの見どころである。声援と衆望のうちにおのおの牛へ接近して、或る者は牛の鼻さきの砂に跪《ひざ》まずき、または側面から銛をかざして狙っている。牛が静止してる時は決して突けないものだそうで、いま躍動に移ろうとして前肢に力の入った刹那、それがバンデリエイルの機会だ。牛のほうで自分の力で銛さきへ飛び刺さって来る。だからみんな、眼を据えて、牛の肢《あし》の筋肉の微動を注視している。
ひっそりと落ちる闘牛場の寂寞――。
鷹揚《おうよう》な牛が洒落《しゃれ》た人間どもにいじめられてる。必ず殺されると決まってることも知らずに、牛はいま、何とかして生きようと最善を尽してるのだ。その努力が、また私をして面《おもて》を外向《そむ》けしめる。ふだんから牛の眼はどこを見てるのか解らないもんだ。この必死の土壇場になっても、「赤い小山」は一たいどこを白眼《にら》んでるのか見当がつかない。青空と砂を同時に見てるようでもあるし、ぼんやり周囲の見物席に見入ってるようでもある。悲しい眼だ。何を考えてるのだろう? 私にはそれがわかる――一体全たいこのすべての騒ぎは何のためなんだろう? 牛は不思議そうに首を捻《ひね》っている。話で判ることなら何とか折合おうじゃないか。そうも言ってる。それに、これだけ集まってる人のなかで、こんなに降参してる俺のために、一人だって謝ってくれる者はないんだろうか――牛の眼がスタンドを見渡した。私はその眼を忘れない。
急に私は牛のために祈り出した。
私のこころはいま秘かに奇蹟をこいねがっている。
何とかしてここで、あの「赤い丘」が装甲戦車のような万能力をもって動き出し、闘牛士は勿論、観覧席へのし[#「のし」に傍点]上って全見物を片っぱしから押し潰《つぶ》して廻るような超自然事は起らないかしら――?
牛も、時として復讐することがある。
闘牛士が角に突かれて絶命するのだ。そしてそれは、このバンデリエイルと次ぎのマタドウル・デ・トウロスに多い。
眼前の凄惨さを直視するに忍びない私に、影絵のような西班牙《スペイン》のそのまた影絵のような過去の物語がうかび上がる。
話中話――題をつけよう。
「イダルゴとホウセリト」
過去といっても、そう古いことじゃない。まだ五、六年まえだが、イダルゴという西班牙《スペイン》有数の女優と、ホウセリトと呼ぶ、これも名高い闘牛士とが、愛し合ってマドリッドに共同生活を営んでたことがある。女は舞台の花、男は血と砂の勇士だ。場処は太陽に接吻されるスペインである。一流同士の華やかな恋愛として、この二人が当時どんなに全市の口の端《は》にのぼったか、そして、たださえ恋巧者な南国人の、しかも女優と闘牛士だ、いかに灼熱的な日夜がふたりのあいだに続いたことか、それは想像に難くない。
なんかと、莫迦《ばか》に女優ばかり引合いに出すようだけれど、女優と闘牛士なんて、どっちも西班牙《スペイン》の生活に重大な別社会を作ってる人気商売である。相接する機会が多く、じっさい、何だかんだとしじゅう一しょに噂の種を蒔《ま》いて世間の脚下灯《きゃっかとう》に立っているんだから、止《や》むを得ない。
で、女優イダルゴと彼女の若い闘牛士ホウセリトである。
このイダルゴはいまだにマドリッドの劇場にかかってるが、Hidalgo というのは Somebody's daughter. つまり「何者かの娘」、「誰か名ある人の息女」という意味で、言いかえれば「貴族の娘」という芸名だ。
或る夕方だった――それはきっと陸橋に月が懸って、住宅の根の雑草にBO・BOと驢馬《ろば》の鳴く宵だったに相違ない――ちょうどその時、マドリッドのヴィクトリア座は、イダルゴを主役とする「ヴェルサイユの王子」を出し物に大入りをとっていた。ヴェルサイユ宮殿の大奥を仕組んだもので、真暗な舞台前景の向うに女官部屋だけ明るく見せて、そこで多勢の女官が着物を着更《きか》えたりする。するとここに美貌の一王子があってその男禁制の場所へ忍びこむ。この王子を取り巻いて女官達の間に恋の鞘当《さやあて》がはじまる。と言ったような筋で、イダルゴがその美男の王子に扮して大評判だった。
その日は昼興行《マチネエ》があった。芝居はおわりに近づいて、女官部屋の場だった。満員の観客がじっ[#「じっ」に傍点]と舞台に見入っている。そしてイダルゴの出を待っている。王子の扮装を済ましたイダルゴは、傍幕《わきまく》のかげに隠れていつものように登場のきっかけ[#「きっかけ」に傍点]を待っていた。
が、このとき楽屋にはひそひそ[#「ひそひそ」に傍点]声の大相談が持ち上っていた。いま闘牛士ホウセリト―― Joselits ――が牛に突かれて致命傷を受けたという報《しら》せが這入ったのだ。これを早速イダルゴへ知らせたものかどうかと、みんな声を潜めて議論し合った。芝居が大事だから閉《は》ねるまで隠しておこうという説が多かった。しかし、支配人はイダルゴの気質を飲み込んでいた。あの、感情的なイダルゴのことだから、もしそんなことをしようものなら後のあとまでどんなに恨まれるか知れない。ことにそのためにつむじ[#「つむじ」に傍点]を曲げて、芝居を蹴飛《けと》ばすようなことがあっちゃあ大痛手だ。そこで、一座の反対を退けた支配人は、しずかに舞台の横へ出て行った。
イダルゴの出は迫っていた。彼女は、歩行の調子をつけるためにそこらをあるき廻っていた。そこをそっ[#「そっ」に傍点]と支配人が肩を叩いた。そして平静にささやいた。
『イダルゴ、ホウセリトが怪我《けが》をしたよ。』
振り返ったイダルゴは二、三歩よろけた。眼が燃えた。が、黙っていた。ものを言うひまがなかったのだ。ちょうど王子の出である。しいん[#「しいん」に傍点]として待っている観客が犇々《ひしひし》と感じられる。イダルゴはためらった。イダルゴは胸を張った。そうしたら次ぎの瞬間、彼女は舞台でスポット・ライトを浴びていた。
闘牛士の怪我――それは直ちに死を意味する場合が多い。イダルゴはもうすべてを知っていたのだ。
残りのイダルゴの演出は白熱的だった。力強い大声の台詞《せりふ》が劇場中に鳴り響いた。高々と笑う彼女の声が楽屋の人の胸を衝いた。このいつもに倍したイダルゴの舞台に、見物はアンコオルを叫んで果てしがなかった。それにもイダルゴは一々答えて、何度も何度も舞台へ現れて接吻《キス》を投げた。微笑を送った。そして、そのあいだ中イダルゴの全身には、瀕死の恋人を思う涙血が沸々《ふつふつ》と煮え立っていたのである。
マドリッドに近いトレドのむこうに、Talavera de la Reina という、陶器を産する町がある。
ホウセリトが角にかかったのは、ここの闘牛場だった。
芝居が終るまえから、イダルゴの命令で劇場の横町に二台の自動車がエンジンの音を立てていた。それに、外科医と応急手当ての必要品一式が積まれて、イダルゴを待っていた。二台の自動車を揃えたのは、一台パンクした時の用意だった。最後の幕が下りると同時に、イダルゴは楽屋口からその一台へ飛び移った。ヴェルサイユ宮殿の王子として、巻毛の鬘《かつら》をかぶり、金色燦然《こんじきさんぜん》たる着物に白タイツ、装飾靴という扮装のままだった。
全速力で疾走する自動車の中で、イダルゴはとうとう足踏みをして泣き出した。
が、遅かった。彼女が自動車から転がり出たとき、タラヴェラ・デ・レイナの闘牛場で、ホウセリトは血と砂にまみれて息を引き取った。
大通りを驀進していく自動車とそのうえの「ヴェルサイユの王子」――マドリッドの人はいまだにこの南国的な town's talk を熱愛している。
この「闘牛士ホウセリトの死」に関聯して一つの法律違反問題まで起った。その前年、保守党の首領ダアトが、上院の帰途、一無政府主義青年に暗殺されたという大事件があったが、それがちょうど日曜だったので、知らないでいた人が多かった。と言うのは、西班牙《スペイン》には新聞記者日曜休日法という法律があって、日曜日の夕刊と月曜日の朝刊は出さないことにしている。したがって日曜日にはどんな突発事があっても、翌日の夕方までは一般的に報道されない。事実、このダアト暗殺事件のときも、あくる日まで誰も知らなかった。が、ホウセリトが死んだ日は、闘牛があったくらいだから日曜だったにも係わらず、この法律を無視して堂々と大々的に写真入りの号外を出して、そして堂々と罰金を食った新聞があった。保守党首領という政界大立物の横死には規則によって、沈黙を守っても、一闘牛士の異変を伝えるためには、社として大金を犠牲にしてかまわないのだ。ここに闘牛に対する西班牙《スペイン》民衆の態度が一番よく反映していよう。
ついでだが、この闘牛で殺した牛はどう処分するかと言うと、皮は革屋へ、肉は肉屋へそれぞれ引き取らせている。が、さんざん血を出して死んだんだから、肉はべらぼうに硬くてほとんど食用に耐えない。したがって、値段も猛烈に安い。だから、闘牛のあったあとは当分、裏街の裏まちまでこの靴の底みたいな「闘牛《トウロス》ステイキ」か何かがあまねく食卓に往きわたろうというわけで、ことによると、今日の牛ドン・カルヴァリヨなんかも、二、三日するとモンテイロ街のペトラの下宿で、皿の上の無邪気《イノセン卜》な、一肉片に変形して私のフォウクの下に横たわるかも知れない。用心しよう。
やあ! 急に騒がしくなった。
ベルモントだ!
ベルモントだ!
ベルモントが出て来た。
いつの間にか手銛士《バンデリエイル》と代り合って、いよいよ仕留花形役《マタドウル・デ・トウロス》のベルモントが砂を踏んでいる。
彼の業《わざ》は素早かった。
金モウルの手に剣《エストケ》がきらめいたと思ったら、湿った音を立てて「赤い小山」が横に倒れた。
脱帽したベルモントが、円形スタンドの全方面へまんべんなく挨拶してるのが見える。
総立ちだ。
カアネエション・指輪・CAPA・帽子・すてっきなんかが雨のようにリングへ飛ぶ。
オレイハ!
オレイハ!
オレイハ!
太陽の叫喚。
人民の声。
耳《オレイハ》! 耳《オレイハ》! 耳《オレイハ》!
牛の耳を切り取ってベルモントへ与《や》れという観衆の要求《デマンド》である。
闘牛士はみんな、この牛の耳を乾《ほし》て貯めてる。これをたくさん持ってるほど名声ある闘牛士だ。ベルモントなんかには、何と素晴らしい牛の耳《オレイハ》の蒐集《コレクション》があることだろう!
現にいま、切り離したばかりの血だらけの牛の耳を提《さ》げて、彼は群集へ笑いかけている。
三頭立ての馬が「とうとう死んだ」牛の屍骸《しがい》――マイナス耳――を引きずって走り込む。
砂けむり。
牛の耳の乾物《ほしもの》――私は西班牙《スペイン》まで来て、今日はじめて「牛耳《ぎゅうじ》を取る」という意味が解った。
底本:「踊る地平線(下)」岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年11月16日第1刷発行
※底本には、「新潮社刊の一人三人全集第十五巻『踊る地平線』を用いた。初出誌および他の版本も参照した。」とある。
入力:tatsuki
校正:米田進
2002年12月9日作成
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