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右門捕物帖
青眉《あおまゆ》の女
佐々木味津三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)青眉《あおまゆ》の女

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)早|駕籠《かご》だッ

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   (数字は、底本のページと行数)
(例)ねた[#「ねた」に傍点]
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     1

 ――その第四番てがらです。
 すでにもうご承知のごとく、われわれの親愛なる人気役者は、あれほどの美丈夫でありながら、女のことになると、むしろ憎いほどにも情がこわくて、前回の忍《おし》の城下の捕物《とりもの》中でも、はっきりとそのことをお話ししておいたとおり、尋常な女では容易なことに落城いたしませんので、右門を向こうへ回してぬれ場やいろごとを知ろうとするなら、小野小町か巴御前《ともえごぜん》でも再来しないかぎり、とうてい困難のようでございますが、まてば海路のひより――いや、捕物怪奇談でございますから、海路ではなくて怪路のひよりとでもしゃれたほうがいきでしょう。それほどの石部《いしべ》金吉なむっつり右門が、今回の四番てがらにばかりは珍しくも色っぽいところも少少お目にかけることになりましたから、まことに春は価千金、あだやおろそかにはすべからざるもののようです。
 ところで、その事件の勃発《ぼっぱつ》いたしましたのは、右門がおなじみのおしゃべり屋伝六とともに、前節の忍の城下から江戸へ引き揚げてまいりまして約半月後の六月初めのことでございましたが、普通ならばあのとおり遠い旅先へてごわい大捕物に行ってきたあとでございますから、月の十日や半月ぐらい大手をふって骨休みがもらえますのに、われわれのむっつり右門はどこまでも変わり者の変わり者たるところを発揮いたしまして、べつに疲れたというような顔もせず、すぐとそのあくる日からご番所へ出仕したものでありました。
 しかし、出仕はいたしましても、根が右門のことですから少々様子が変わっていますが、まず朝は五つに出勤いたしますと――五つといえばただいまのちょうど八時です。その五つかっきりにご番所へ参りますると、さっそく訴状箱をひっかきまわして、ひと渡りその日の訴状を調べます。これは自分の買って出るような事件があるかないかを当たって見るので、ないとなるとフンといったような顔つきで同心控え室の片すみに陣取り、もう右門党のみなさまがたにはおなじみな、あのひげをぬく癖をあかずにくりかえしくりかえし、半日でも一日でも金看板のむっつり屋をきめ込むのがそのならわしでした。もっとも、その間になにか珍しいお吟味でもあるときは、お白州に出向いていって、にこりともせず玉川じゃりを見つめていることもあるにはありますが、で、その日も無聊《ぶりょう》に苦しんでおりましたから、例のごとく同心控え室へ陣取り、そこの往来に面したひじ掛け窓の上にあごをのっけて、あの苦み走った江戸まえの男ぶりを惜しげもなく風にさらしていると、
「だんな! ね、だんなえ!」
 ささやくような小声ではありましたが、なにごとか重大なことをでもかぎ出してきたとみえて、人目をはばかりながら、ぽんと右門の肩をたたいた者がありました。いうまでもなく、おしゃべり屋の伝六でした。けれども、そういうときのむっつり右門は、まゆげが焦げだしてきてもめったに返事なぞすることではないのでしたから、振り向きもせずにぼんやりと往来の人通りを見詰めておりますと、相手にしないので伝六は少し腹がたったか、ぐいとその肩をこちらへねじ向けて、兄貴をでもたしなめるようにいいました。
「ちえッ。またなんかごきげんがわるいですね。うすみっともねえ。心中の相手を捜すんじゃあるめえし、だんなほどの人気男がぼんやり往来ばたへつら突き出して、なんのざまです。ね、いい事件《あな》みつけてきたんですよ」
 しかし、右門はぐいと伝六にその顔をねじ向けさせられるにはさせられましたが、依然ぼんやりと小首をかしげて、さもたいくつしきったようにむっつりとおし黙ったままでしたから、心得て伝六がかってにあとをつづけました。
「ようがす、ようがす。そんなにあごがだるけりゃ、あっしがこうやってつっかえ捧になってあげますからね、話の筋だけをお聞きなせえよ。ね、ゆうべおそくになって駆け込み訴訟をしたんだそうですが、だんなは牛込の二十騎町の質屋の子せがれが、かどわかされたって話お聞きになりませんでしたか」
「なんだ、それか。じゃ、きさま、小当たりに当たってみたな」
 すると、意外にも右門がちゃんとその事件を知っていて、あごを伝六にささえさせたまま話に乗ってまいりましたものでしたから、おしゃべり屋が急に活気づきました。
「へえい。じゃとおっしゃいましたところをみると、だんなもその事件もうご存じですね」
「あたりめえさ。それがために、毎朝訴訟箱をひっかきまわしているんじゃねえか。きさまのこったから、当たるには当たったが、しくじっちまったんだろ」
「ずぼし、ずぼし。実あ、だんなのめえだがね、あっしだっていざとなりゃ、これでなかなか男ぶりだってまんざら見捨てたもんじゃねえでがしょう。それに、なんていったってまだ年やわけえんだからね、人さまからも右門のだんなの一の子分と――」
「うるせえな。能書きはあとにして、急所だけてっとり早く話したらどうだ」
「ところが、そいつがくやしいことにはおあいにくさま。だんなの一枚看板がむっつり屋であるように、あっしの能書きたくさんもみなさまご承知の金看板ですからね。だから、はじめっから詳しく話さねえと情が移りませんが、でね、今いったとおり、あっしだってもこの広い江戸のみなさまから、むっつり右門のだんなの一の子分だとかなんだとか、ちやほやされているんでしょう。しかるになんぞや、一の子分のその伝六様がいつまでたってもどじの伝六であったひにゃ、たといだんなはご承知なすったにしても、あっしひいきの女の子たちが承知しめえと思いやしてね、ひとつ抜けがけの功名に人気をさらってやろうと思って、こっそりいましがた話のその二十騎町へちょっと小当たりに当たってきたんですが、お目がねどおり、そいつがどんなにしても、あっしひとりの力じゃ手におえなくなったんでね。だんなの知恵借りに、おっぽ振ってきたんですよ。不憫《ふびん》とおぼしめして聞いてくださいますか」
「ウッフフフ。若い娘《こ》と差しになりゃ恥ずかしくてものもいえなくなるくせに、女の子が承知しねえたあよかったよ。陽気のせいだよ、陽気のせいだよ。しかたがねえ、不憫をたれてやるから、早いとこ急所を話してみな」
「ありがてえッ。じゃ、大急行で話しますがね。あの訴え状にもあるとおり、時刻は夕がたとしてありますが、その夕がたのおよそいつ時分に、どこでどうやってあの質屋の子せがれがかっさらわれたのか、かいもく手がかりがねえっていうんでしょ。だから、こいつやり口のしっぽをちっとものこさねえあたりからいって、ただの人さらいや人買いのしわざじゃねえなとにらみましたからね、けさご番所へ来てみるてえと、まだだれも手をつけてねえようでしたから、すぐ駆けつけていったんですよ。するてえと――」
「ちょっと待ちな。その質屋は牛込のどこだとかいったな。そうそう、二十騎町といったな」
「へえい、さようで――二十騎町から市ガ谷のお見付のほうへぬけていくちょうど四つつじですよ。のれんに三河《みかわ》屋という屋号が染めぬいてありましたから、たぶん生国もその屋号のほうでござんしょうがね」
「ござんしょうがねというところを見ると少し心細いが、じゃ詳しい素姓は洗ってみなかったんだな」
「いいえ、どうつかまつりまして――。あっしだっても、だんなの一の子分じゃごわせんか。だんながいつも事件にぶつかったとき、まずからめてからねた[#「ねた」に傍点]を集める手口や、あっしだっても見よう見まねでもう免許ずみですからね、ご念までもなく、ちゃんともうそいつあまっさきに洗ったんですよ」
「どういう見込みのもとに洗ったんだ」
「知れたこと、牛込の二十騎町といや、ともかくも二本差《りゃんこ》ばかりの、ご家人町じゃござんせんか。こいつが下町の町人町にのれんを張っているただの質屋だったら、それほどに不思議とも思いませんがね、わざわざお武家を相手のあんな山の手に店を張ってるからにゃ、ひとくせありそうな質屋だなと思いやしたんで、あっしの力でできるかぎりの素姓を洗ったんですよ」
「偉い! 大いに偉い! おれも実あ今ちょっとそのことが気になったんで、わざときいてみたんだが、そこへきさまも気がつくたあ、なかなか修業したもんだな。おめえのてがらを待ってるとかいったその女の子のために、久しぶりで大いにきさまをほめといてやろう。やるが、それにしてはしかし、生国が三河だというだけの洗い方じゃ少し心細いな」
「だから、そのほうもだんなの知恵を借りたいといってるんでがすよ。とにかく、生国が三河であるということと、十年ばかりまえからあそこで今の質屋渡世を始めたってことだきゃはっきりと上がったんですが、それ以上はあっしの力でどうにも見込みがたちませんからね、じゃ別口でもっと当たってやろうと思いやして、子せがれの人相書きやかっさらわれた前後のもようをいろいろにかき集めてみるてえと――」
「何か不審なことがあったか」
「大あり、大あり。消えてなくなったその子せがれは、十だとか十一だとかいいましたがね、女中の口から聞き出したところによると、質屋の子せがれのくせに、だいいちひどく鷹揚《おうよう》だというんですよ。金のありがたみなんてものは毛筋ほども知らず、商売《しょうべえ》が商売だからそろばんぐれえはもう身を入れて習いそうなものだのに、朝っちからいちんちじゅう目の色変えて夢中になっているものは、いったいだんな、なんだとおぼしめします?」
「八卦見《はっけみ》じゃあるめえし、おれにきいたってわからねえじゃねえか。だが、察するに鷹揚《おうよう》なところを見ると、その子せがれは万事がきっと上品で、顔なぞも割合にやさ形だな」
「お手の筋、お手の筋。そのとおりの殿さま育ちで、今いったそのいちんちじゅう目色を変えて夢中になっているっていうものがまた草双紙のたぐいというんでしょう。だから、自然おしばやのまねとか、役者の物まねばかりを覚えましてね、女中なんかにも、おれゃ大きくなったら役者になるんだって口ぐせにいってたところへ、ちょうどまた行きがた知れずになったというその日の夕がた、質屋の家のまわりをうろうろとうろついていたしばや者らしい男があったっていうんだから、あっしがこいつをてっきりほしとにらんだな、おかしくも目違いでもねえじゃごわせんか」
「たれもおかしいとはいやしないよ。このとおり、さっきから神妙に聞いているんだが、それでなにかい、知恵を借りたいっていうな、そのほしが実は目きき違いだったとでもいうのかい」
「いいえ、どうつかまつりまして。今もあっしゃ、むろんのことに、もうそいつめが人さらいのほしだとにらんでいますが、だからね、いろいろと番頭や主人にも当たって、そいつの人相書きから探りを入れてみるてえと、やっぱりしばや者で、久しいまえから家へも出入りの源公というやつなんだそうでがすよ。下谷《したや》の仲町に住んでいて、おくやま(浅草)の掛け小屋しばやとかの道具方をやっているというねた[#「ねた」に傍点]が上がりましたからね。こいつてっきり欲に迷いやがって、子せがれに役者の下地のあるのをさいわい、そこの小しばやへ子役にでもたたき売りやがったなと思いやしたから、さっそくしょっぴきに駆けつけていってみるてえと、少しばかり不審じゃごわせんか。野郎が裏口の日あたりへ出やがって、にたにたと青白い顔にうすっ気味のわりい笑いをうかべながら、いま切りたてのほやほやといったような子どもの足を二本、日にかわかしているんでがすよ」
「なに? 子どもの足!?」
「そうでがしょう。だんなだって、そいつを聞きゃ、聞いただけでもおもわずぎくっとしなさるでがしょう。なにしろ、ももから下の両足ばかりをぶらぶらと両手にさげて、日に干していたんですからね、あっしがちっとばかり肝を冷やして、このとおり、今もおぞ毛をふるいながら、だんなのところへ、いちもくさんに知恵借りに来たな、まんざら筋にはずれたことでもねえじゃごわせんか」
「そうよな。で、なにかい、その日にかわかしていたとかいう子どもの足にゃ、ほかに何か不審と思える節は気がつかなかったのかい」
「ところが、それが大ありなんでがすよ。ね、血をね、血をぬぐいとって、もう長いこと日にあててでもいたものとみえましてね、いやにのっぺりとなまっちろいうえに、なんだか少しかさかさとしているように思えたものでしたから、このあんばいだとこいつ何かのまじないに子どもをかっさらっては足を干していやがるなと思ったんで、なまじなま兵法《びょうほう》に手出しをやって、せっかくのほしを逃がしでもしてはと、だんなの草香流を大急ぎで拝借に駆けつけてきたんでございますよ」
 すると、右門が、聞き終わるやいなやのように、伝六のからだをはじき飛ばすがごとく突きのけながら、すっくと立ち上がってすっくと長刀をたばさみ、両手の指節をぽきぽきと音も高らかに鳴らして、今いったその草香流、柔術《やわら》の奥儀を、いかにも所望どおりに貸してやろうといわんばかりなたのもしいいでたちで、黙々と表へ歩きだしたものでしたから、右門のそういうときのたのもしすぎる以上にたのもしい点をだれよりも多く知り、だれよりも多く接している伝六は、ことごとくもう親舟に乗ったような気になって、活気づきながらひとりでうれしがりました。
「ちえッ、ありがてえッ。ありがてえッ。こいつがてがらになりゃ、あっしもこれでようやっとごひいきの女の子たちに一人まえの顔が合わされるというもんだ。ねえ、だんな、このとおりにわか天気じゃござんすが、きのうまでの梅雨《つゆ》で往来はまだぬかるみだから、ひとっ走りまたつじ駕籠《かご》でも仕立てますかね」
 けれども、右門の行動のうちに、伝六のそのひとりよがりを、しだいしだいにぬか喜びとさせるがごとき節が見えだしましたものでしたから、少々不思議でありました。
「――さるほどに雪姫の申すには……」
 なんという名の謡曲の文句であるか、小声で渋いのどを続けながら、片手の扇子であざやかな素謡の手の内を見せていたようでありましたが、まずだいいちにその方向が違いだしたので、伝六が必死に呼び止めました。
「あっ、だんな! だんな! そっちゃ方角違いじゃごわせんか。今のそのほしの居どころは下谷ですよ、下谷の仲町ですよ!」
 だのに、右門は右へ濠《ほり》ばた沿いに曲がるべきところを断然反対の左へ曲がりながら、ごく澄ましきって、同じほがらかさをつづけました。
「――雪姫の申すには、われ今生に生まれおちて、いまだ情けの露を知らず、いまだ情けの露を知らず、のうのうそこの影法師、わがために情けがあるならば、日のみ子の顔見せてたべ、われみずから露となって散らむ、みずから露となって散らむ――」
 ゆうゆうとうたいながら、京橋めがけてやって参りましたようでしたが、そこの橋のたもとについせんだってから昼屋台を出している『いさこずし』というのへぬうと首をつっ込むと、おちつきはらってあなごをもうその指先につまみだしたものでしたから、あっけにとられて伝六があたりかまわずに口をとんがらかしました。
「ちえッ。すし屋なんぞは今でなくとも逃げやしねえじゃごわせんか! 下谷のほうはいっときを争うってだいじなどたん場ですよ。また夢中になって、がつがつといくつ召し上がるんですか! あなごの味を知らねえ国から来たんじゃあるめえし、いいかげんにおしなすって、早く草香流の腕まえを貸してくだっせえよ」
 しかし、右門は目をほそくしながら、伝六ではなく、そこのおやじに、ごく上のきげんでいったものです。
「ほう。あなごばかりと思ったら、こっちの蛤《はま》のほうもなかなかの味だな。この梅雨《つゆ》どきに、これほどの薄酢だけで、かくもみごとな味をもたせる腕まえは、どうして江戸随一じゃ。これからもちょいちょいやっかいかけに参るによって、よく顔を覚えておきなよ。あなごと蛤をまたたくうちに二十平らげたおおぐらいの男と思ってな――」
 そして、満腹そうに炮《ほう》じ立ての上がりばなを喫しながら、小ようじで並びのいい歯の上下をさかんにせせくっていましたが、ちゃらりとそこへ小銀を投げ出すと、のどを鳴らしながらも手を出しえないほどに、もうさっきからひとり気をあせりきっていた伝六のほうへようやくにふり返って、おどろくべきことをごくさわやかにいったものでした。
「だいぶ手間どらしたな。おかげでじゅうぶんの満腹、これでぐっすり昼寝もできるというものだ。じゃ、おれはこれからお小屋にかえってひと寝入りするからな。また、晩にでもなったら遊びにきなよ」
 しかも、人を食ったあいさつをしたばかりではなく、ほんとうに八丁堀めがけてさっさと帰りかけたものでしたから、伝六のかんかんにおこってしまったのはむろんのことです。
「えッ。じゃ、なんですかい。だんなはあっしにこれまで気を持たせておいて、あんたには一の子分がせっかくてがらをしようていうのに、お自分は高見の昼寝で、あっしなんぞは見殺しになさるご了見でげすかい」
 けれども、右門はさようとも、いいやともいわずに、さっさと引き揚げていってしまったものでしたから、かんかんどころか、蛸《たこ》のようになって伝六があびせかけました。
「じゃ、もうようござんす! あっしも江戸の岡《おか》っ引《ぴ》きだ、手を貸してやろうっていったって頼むことじゃねえんだから、あとでじだんだ踏みなさんなよ!」
 むきになって下谷を目がけて駆け去りましたが、それすらも右門には耳にはいったかどうか疑わしいくらいのものでした。

     2

 まことにこれは、伝六でなくともかんかんになるのは当然なことにちがいありますまい。草双紙狂で役者志願の一見不良じみた少年でこそはありましたが、ともかくも人間ひとりが生死も不明の誘拐《ゆうかい》をされたというんですから、犬やねこがまい子になったのとは、おのずから事が相違しなければならないはずだからです。しかも、その下手人とおぼしいしばや者の小道具方が、白昼恐れげもなくにたにたと薄気味のわるい笑いをうかべて、まごうかたなき人間の子どもの足を日なたぼっこさせていたというのに、右門はいかにも涼しい顔をしながら、色消しなことには握りずしを二十個も平らげて、これからゆるゆると昼寝をしようといったんですから、右門を信ずることだれよりも厚く、また右門を崇拝することだれよりも厚い伝六にしても、これはかんかんになっておこるのがもっともなことにちがいないのです。
 けれども、それらのいぶかしい右門の態度も、夕がたが来るとすっかりなぞが解けてしまったんですから、やはりこれは、われわれの親愛なる右門にあなごと蛤《はま》を二十個平らげさせてゆるゆる昼寝をさせたほうがましなくらいなものでありました。なぜかならば、あれほどかんかんにおこって行った伝六が、その夕がたになるとしょうぜんとしょげ返って、いかにもきまりわるげに帰ってきたからでありますが、ただきまりわるげに帰ってきたばかりでなく、伝六は力なくそこヘベたりとすわると、いきなり両手をついて、まずこんなふうに右門にわびをいったものです。
「さすがはだんなでござんした。さっきはつい気がたっていたものでしたから、聞いたふうなせりふをほざきましたが、どうもご眼力には恐れ入りやした」
 すると、右門は縁側でひと吹き千両の薫風《くんぷう》に吹かれながら、湯上がりの足のつめをしきりとみがいていましたが、にたりと微笑すると、いたわるようにいいました。
「じゃ、あの日に干していた子どもの足は、しばやに使う小道具だってことが、きさまにもはっきりわかったんだな」
「へえい。なんともどうもお恥ずかしいことでござんした。だんなは話を聞いただけであの足が小道具だという眼力がちゃんと届くのに、あっしのどじときちゃ、現物を見てさえももういっぺんたしかめないことにはそれがわからないんですから、われながらいやになっちまいます」
「ウッフフフ……そうとわかりゃ、そうしょげるにもあたらない! 少しバカていねいじゃあるが、念に念を入れたと思やいいんだからね。だが、それにしても、ほかにもうあの事件のねた[#「ねた」に傍点]になるようなものはめっからなかったかい」
「それがですよ。あっしもせっかくこれまで頭突っ込んでおいて、あのほしが見当はずれだからというんですごすご手を引いちまっちゃいかにも残念と思いやしたからね、下谷のあのほしはもう見切りをつけて、すぐにもういっぺん二十騎町の質屋へすっ飛んでいってみたんですが、ほかにゃもう毛筋一本あの事件にかかわりのあるらしいねた[#「ねた」に傍点]がねえんでがすよ」
「そうすると、依然質屋の子せがれは生きているのかも死んでいるのかも、まだわからんというんだな」
「へえい。けれども、そのかわり、あの質屋のおやじがあっしをつかまえて、おかしな言いがかりをつけやがってね。南町はどなたのご配下の岡っ引きだとききやがるから、へん、はばかりさま、いま売り出しのむっつり右門様っていうなおれの親分なんだって、つい啖呵《たんか》をきっちまいましたら、おやじめがこんなにぬかしやがるんですよ。むっつり右門といや、南蛮幽霊事件からこのかた、江戸でもやかましいだんなだが、それにしては、子分のおれがどじを踏むなんて、きいたほどでもねえなんてぬかしやがったんですよ」
「たしかにいったか!」
 すると、右門の顔がやや引き締まって、その涼しく美しかった黒いひとみが少しばかりらんらんと鋭い輝きを見せだしましたものでしたから、伝六が勢い込んでそれへ油をそそぎかけました。
「いいましたとも! いいましたとも! はっきりぬかしやがってね。それからまた、こうもいいやがったんですよ。お上の者がまごまごしてどじ踏んでいるから、たいせつな子どもをかっさらわれたばかりでなしに、もう一つおかしなことを近所の者から因縁づけられて、とんだ迷惑してるというんですよ」
「ど、ど、どんな話だ」
「なあにね、そんなことあっしに愚痴るほどがものはねえと思うんですがね、なんでもあの質屋の近所に親類づきあいの古道具屋がもう一軒ありましてね。そうそう、屋号は竹林堂とかいいましたっけ。ところが、その竹林堂に、もう十年このかた、家の守り神にしていた金の大黒とかがあったんだそうですが、不思議なことに、その金の大黒さまがひょっくり、どこかへ見えなくなってしまうと反対に、今度はそれと寸分違わねえ同じ金の大黒さまが、ぴょこりとあの質屋の神だなの上に祭られだしたというんですよ。だからね、古道具屋のほうでは、てっきりおれんちのやつを盗んだんだろうとこういって、質屋に因縁をつける――こいつあ寸分違わねえとするなら、古道具屋の因縁づけるのがあたりめえと思いますが、しかるに質屋のほうでは、あくまでもその金の大黒さまを日本橋だかどこかで買ったものだというんでね。とうとうそれが争いのもとになり、十年来の親類つきあいが今じゃすっかりかたきどうしとなったんだというんですがね。ところが、ちょっと変なことは、その大黒さまのいがみあいが起きるといっしょに、ちょうどあくる日質屋の子せがれがばったりと行きがた知れずになったというんですから、ちょっと奇妙じゃごわせんか」
「…………」
 答えずに黙々として右門はしばらくの間考えていましたが、と、俄然《がぜん》そのまなこはいっそうにらんらんと輝きを帯び、しかも同時に凛然《りんぜん》として突っ立ち上がると、鋭くいいました。
「伝六! 早|駕籠《かご》だッ」
「えッ。じゃ、じゃ、今度は本気でだんなが半口乗ってくださいますか!?」
「乗らいでいられるかい。こんなこっぱ事件、おれが手にかけるがほどのものはねえと思っていたんだが、質屋のおやじのせりふが気に食わねえんだ。右門ひとりを見くびるなかんべんしても、お上の者がどじを踏むとぬかしやがるにいたっては、お江戸八百万石の名にかかわらあ。朝めしめえにかたづけてやるから、大手を振ってついてこいッ」
「ちえッ、ありがてえッ。そう来なくちゃ、おれさまの虫もおさまらねえんだ。今度という今度こそは、もうのがしっこねえぞ」
 伝六にしてみれは、右門の出馬はまったくもう万人力にちがいないんですから、こうなるともう早いこと、早いこと、三尺帯を締め直したとみえたが、鉄砲玉のように表へ飛んでいくと、
「へえい、だんな! おあつらえ」
 すぐに駆けかえってきて、みずから駕籠のたれをあげながら、右門の乗るのを待ち迎えました。
 ここにいたれば、もはやただわがむっつり右門の、名刀|村正《むらまさ》のごとき凄婉《せいえん》なる切れ味を待つばかりです。やや青みがかった白皙《はくせき》の面にきりりと自信のほどを示すと、右門は長刀をかるくひざに敷いて、黙然と駕籠をあげさせました。
 宵《よい》はこのときに及んでようやく春情を加え、桜田御門のあたり春意ますます募り、牛《うし》ガ淵《ふち》は武蔵野《むさしの》ながらの大濠《おおほり》に水鳥鳴く沈黙《しじま》をたたえて、そこから駕籠は左へ番町に曲がると、ひたひたと大江戸城の外廓《そとぐるわ》に出ぬけてまいりました。
 けれども、右門の命じたそこからの行く先は、二十騎町の三河屋なる質屋でなくて、伝六に聞いた今の話の古道具商竹林堂だったのです。
「許せよ」
 駕籠から降りて鷹揚《おうよう》にいいながら、ずいと店先へはいっていったものでしたから、男まえといい、貫禄《かんろく》といい、番町あたりの大旗本とでも目きき違いをしたのでしょう。四十五、六の小太りな道具屋のおやじが、ことごとくもみ手をいたしまして、へへい、いらっしゃいまし――とばかり、そこへ平月代《ひらさかやき》の額をすりつけました。そして、べらべらとつづけました。
「――お品はお腰の物でございましょうか。お刀ならばあいにくと新刀ばかりで、こちらは堀川の国広、まず新刀中第一の名品でござります。それから、この少し短いほうは肥前の忠吉《ただよし》、こちらは、京の埋忠――」
「いや、刀ではない。わしは八丁堀の者じゃ」
 道具屋のくせに、なんとまあ目のきかないやつだ、といいたげなまなざしでぎろり右門がおやじの顔を射ぬいたものでしたから、亭主のぎょうてんしたのはもちろんのこと、もみ手が急にひざの上でのり細工のように固まってしまいました。と――右門のいっそうに鋭いまなざしが、そののり細工のように堅くなった亭主の右腕を、じっと射すくめていましたが、不意にえぐるような質問が飛んでいきました。
「おやじ! おまえのその右小手の刀傷はだいぶ古いな」
「えッ!」
「隠さいでもいい。十年ぐらいにはなりそうだが、昔はヤットウをやったものだな」
「ご、ご冗談ばっかり――このとおりの見かけ倒しなただの古道具屋めにござります……」
「でも、道具屋にしてはわしを見そこなったな、新まいか」
「えへへへ……そういう目きき違いがおりおりございますので、とんだいかものをつかませられることがございます……」
「ウハハハハハハ」
 と、不思議なことに、突然また右門の態度が変わって、さもおかしそうに大声で、からからとうち笑っていましたが、ずいと座敷へ上がると、からかうように亭主にいいました。
「不意にわしがおかしなことをいったので、きさま、がたがたと、いまだに震えているな。なに、心配せいでもいいよ。ときに、きさまのところで金のお大黒さまとかが紛失したそうじゃってのう」
「あっ。その件でお越しくださりましたか。遠路のところ、わざわざありがとうございます。実は、それが、そのいかにも不思議でござりましてな。あのお大黒さまは、てまえが、命にかけてもたいせつな品でござりますので、神だなにおまつり申しあげ、朝晩朝晩欠かさずにお供物も進ぜるほどの信心をしてござりましたが、さよう、まさしく一昨日のことでござります。朝お茶を進ぜようと存じまして、ひょいと神だなを見ますると、不思議なことに、それが紛失しているのでございますよ。ところが、もっと奇妙なことには、つい目と鼻の先のあのかどの三河屋でございますが、あの質屋の神だなに、その日から寸分たがわぬ大黒さまがちゃんとのっかってござりますのでな、てまえはもうてっきり家のものと存じまして、さっそく掛け合いに参りますると――」
 正体がわかって安心したように、べらべらとのべつにしゃべりだした亭主のことばをうるさそうに押えると、右門は突っ立ったままで尋ねました。
「わかった、わかった。もうわかってる。そのことでおまえたちがいがみ合っていることを聞いたから参ったのじゃが、いったいそのお大黒さまはどんな品じゃ」
「正真正銘|金無垢《きんむく》のお大黒さまでござります」
「金無垢とのう。すると、なんじゃな、いずれは小さい品じゃな」
「へえい。実はその小さいのが大の自慢で、まずあずき粒ほどの大きさででもござりましたろうか。ところが、その豆大黒さまには、ちゃんとみごとな目鼻も俵もついてございますのでな。どうしたって、そんな珍しい上できのお大黒さまなんてものは、たとえこの江戸が百里四方あったにしても、二つとある品じゃないのでござりますよ。しかるに、それが――」
「わかった、わかった。あとは言わいでもわかってると申すに! ところで、その豆大黒はどこへ祭ってあった」
「ここでござります」
 いいながら道具屋の亭主がなにげなく次のへやとのふすまをあけたせつな――右門はおやッ! と目をみはりました。なぜかならば、そこの長火ばちの向こうに、ひとりの異様な姿の女がさし控えていたからでありました。

     3

 女は年のころがまず三十五、六。太り肉《じし》で、食べ物のよさを物語るようにたいへん色つやがよろしく、うち見たところいかにも艶《えん》に色っぽいのです。しかるに、異様な姿だというのはまずその髪の毛でありました。まだじゅうぶんに情けの深さを示す漆黒のぬれ羽色をしていながら、中ほどをぷっつりと切った切り下げ髪で、だからまゆは青々とそって落として、口をあけてはいないからわからないが、歯はむろんのことにおはぐろ染めに相違なく、したがってどこのだれがどう見ても、ひと目に若後家とうなずかれるいでたちをしていたものでしたから、若後家さんである以上その者が古道具屋の妻女でないことは、はっきりと右門にわかりました。のみならず、食べ物のよさを物語るようなそのたいへんぐあいのよろしい太り肉《じし》の色つやから判断すると、どうしてもご大家の育ちらしいので、しかもそれが普通のご大家ではなく、おうへいに長火ばちの向こうの正座を占めているところから察すると、このみすぼらしい古道具屋のおやじには主人筋にでも当たる身分の者のような節がありましたから、右門は異様以上に不調和な両人の対照のために、先鋭きわまりなきその心鏡を、早くもぴかぴかととぎすましました。
 けれども、たとえ心にどんな変動があったにしても、それをみだりに色へ出す右門とは右門が違います。微笑を含みながら、それなる青まゆの女に目であいさつすると、右門は黙ってその前を通りすぎました。
 すると、やや不思議です。まゆをおとしたそれなる女が、その青々しいまゆげの下にこってりと見ひらかれている切れ地の長い目もとで、あきらかに媚《こび》を含んだ笑いを、ためらうこともなく、そしてまたひるむところもなく、ただちに右門に向かって返礼したではありませんか!これは右門にとって、実に容易ならざるできごとでなければなりませんでした。たといその種のごく食べ物がよろしい太り肉《じし》の若いお後室さまが、いかにりりしく美しい筋肉の引き締まった若い侍をお好物であったにしても、そういうことが神代ながらの因果な約束であったにしても、わが道心堅固なるむっつり右門においては、そんな心で彼女に向かい目もとの微笑をほころばしたのではなかったからです。しかるに、女は切れ地の長いその目で、あきらかに媚《こび》を送ったのです。ともかくも、右門が非常なる好物であることを、ひと目で好物になったらしいことを、はっきりと示したんですから、右門にとっては実に容易ならざる珍事でした。ために、右門は少し足もとの見当が狂ったような様子を見せていましたが、しかし、それはほんのしばし――
「あの神だなが、お大黒さまを祭ってあったところでござります」
 いった亭主のそばへ近づいていくと、伸び上がるようにしてぎろりとまずその特有の目を光らしました。みると、なるほど亭主のいうとおり、なげしの上に造りつけた箱だなの中には、お不動さまのお守りもあるが、それから天照皇太神宮のお札もあるが、豆大黒はその上に飾ってあったらしい小さな台座が残っていても、金無垢《きんむく》の福々しいそのお姿をばどこにも見せていないのです。
 と、そのときじっと目を光らしていた右門のまなこに、はからずも映った一個の古ぼけたお茶わんがありました。豆大黒さまが出奔してからというもの、気も転倒してしまったとみえて、それっきりもう朝ごとのお茶も進ぜないらしく、茶わんはほこりにまみれたままでありましたが、その位置がちょうど大黒さまがまつられてあったお台座の真下になっていたものでしたから、なにげなく取りおろして、ふと中をのぞいてみると、とたんに右門はにっこりと笑いながら、言下に命じました。
「伝六ッ、きさまにもてがらを半分おすそ分けができそうになってきたぞ。筋向こうの質屋へ行って、そこの家にある豆大黒といっしょに、亭主をここへしょっぴいてこい」
 心得て、すぐに伝六が命令どおり、うしろへ質屋の亭主を引き連れながら、疑問の豆大黒をてのひらの上にのせてたち帰ってまいりましたものでしたから、形勢われに有利と見てとったかのごとくに、古道具屋のあるじがたちまちおどり上がってしまいました。
「三河屋さん、そうれごろうじろ、やっぱり大黒さまはてまえのうちのものですぜ。ねえ、八丁堀のだんな、そうなんでがしょう」
 ところが、右門は意外でありました。なんとも答えずに伝六のてのひらの上からあずき粒ほどの大黒をつまみあげると、自分の目の前になみなみとつがれてあった饗応《きょうおう》の薄茶の中へ、容赦なくぼちょりとそれを落としこんだのです。と――なんたる不思議、いや、なんたる右門の明知のさえであったでしょう! 純真|無垢《むく》の金大黒と見えたくだんの小粒は、熱いお茶に出会って、みるみるうちにたわいもなく、とろんこと、どろになってしまったものでしたから、同時にいくつかの、あっ! という驚きの声が、右から左から、そしてうしろから、右門の手もとにそそがれました。
 けれども、わがむっつり右門は、それらのあっ! という驚きの中から、ただ一つなまめかしいお後室さまのあっ! といった声のみを耳に入れると同時のように、そのほうへふり返って、ほんのりと微笑を送りました。そして、今なお驚き怪しんでいる道具屋のおやじと質屋のおやじとをしりめにかけながら、立ち上がって箱だなの中からさっき見ておいたお茶わんを取りおろすと、一座の者に二つの茶わんの中をさし示しつつ、明快流るるごとき鑑識のさえを見せました。
「よくまあ、この両方の茶わんの中を見るがいいや。道具屋にも似合わしからぬお眼力のうといことでござんしたな」
「へへい、なるほどね、両方とも茶わんの中はどろ水ですが、そうすると、こりゃお大黒さまはやっぱり二つで、両方ともどろ細工でしたんですかい」
「ま、ざっとそんなところかな。おまえんところのやつは、ねずみかなんかにけおとされて、ご運がわるくもお茶わんの中におぼれちまったんで、金無垢の豆大黒さまもたわいなく正体をあらわしちまったんさね。これがほんとうに箔《はく》のはげるというやつさ。でも、どろ水の中にちかちか光った金粉がいまだに残っているところを見ると、金は金の金粉だったろうが、それにしてもこんな子どもだましの安物をお家の宝にしていたり、それがもとで仲たがいするところなんぞをみると、ほかに何かもっといわくがありそうだな」
 いいながら、若いご後室さまのやや青ざめた面にぎろりと鋭い一瞥《いちべつ》を投げ与えていたようでしたが、その鋭い一瞥のあとで急にまたいともいぶかしい微笑を彼女に送ると、右門はこともなげに言いすてて立ち上がりました。
「さ、伝六。これで一つかたがついたから、お小屋へかえってゆっくり寝ようかね」
 だのに、立ち上がってのそのかえりしな、それほどもこともなげにふるまっている右門の右足が、いかにも不思議きわまる早わざを瞬間に演じました。ほかでもなく、若いご後室さまの、そこにちょっぴりとはみ出していた足の裏をぎゅっと踏んだからです。
「まあ!」
 たいていのご婦人ならばそういって、少なくも右門の失礼至極な無作法を叱責《しっせき》するはずなのに、ところが青まゆのそれなる彼女にいたっては、いかにも奇怪でありました。踏まれたことを喜びでもするかのように、じいっと右門のほうをふり向いて、じいっとその流し目にとてもただでは見られないような、いわゆる口よりも物を言い、というその物をいわせたものでしたから、表へ出ると同時に何もかも知っていたか、伝六が少しにやにやしていいました。
「ね、だんな。ちょっと妙なことをききますがね。だんなはそのとおりの色男じゃあるし、ベっぴんならばほかに掃くほどもござんすだろうに、あのまあ太っちょの年増《としま》のどこがお気に召したんですかい。まさかに、あの女の切り下げ髪にふらふらなすって、だんなほどの堅人が目じりをさげたんじゃござんすまいね」
「ござんしたらどうするかい」
 ところが、右門が意外なことを口走ったものでしたから、伝六がすっかり鼻をつままれてしまいました。
「え!? じゃなんですかい、あのぶよんとしたところが気にくっちまったとでもいうんですかい?」
「でも、ぶよんとはしているが、残り香が深そうで、なかなか美形だぜ」
「へへい、おどろいちゃったな。そ、そりゃ、なるほどべっぴんはべっぴんですがね、まゆも青いし、くちびるも赤いし、まだみずけもたっぷりあるから、残り香とやらもなるほど深うござんすにはござんすだろうがね、でも、ありゃ後家さんですぜ」
「後家ならわるいか」
「わ、わ、わるかない。そりゃわるい段ではない。だんながそれほどお気に召したら、めっぽうわるい段じゃごわすまいが、それにしても、あの女はだんなよりおおかた七、八つも年増じゃごわせんか。ちっとばかり、いかもの食いがすぎますぜ」
 さかんに伝六が正面攻撃をしていたちょうどそのときでした。何者かうしろに人のけはいをでもかぎ知ったごとくに、突然右門がぴたりと歩みをとめて、そこの小陰につと身を潜めましたものでしたから、伝六も気がついてふりかえると、かれらを追うようにして道具屋の店から姿を現わした者は、塗りげたにおこそずきんの、まぎれもなき彼女でした。
 とみると、驚きめんくらっている伝六をさらに驚かせて、わるびれもせずに右門が近づきながら、はっきりと、たしかにこういいました。
「まさかに、拙者をおなぶりなすったのではござりますまいな」
 すると、女が嫣然《えんぜん》と目で笑いながら、とたんにきゅっと右門の手首のあたりをでもつねったらしいのです。往来のまんなかにいるというのに、一間を隔てないうしろには伝六がいるというのに、どうも風俗をみだすことには、きゅっとひとつねり、ともかくも右門のからだのどこかをつねったらしいのです。と、困ったことに、右門が少しぐんにゃりとなったような様子で、ぴったりと女に身をより添えながら、その行くほうへいっしょに歩きだしました。けれども、根が右門のことですから、そう見せかけておいて、実はどこかそのあたりまで行ったところで、何か人の意表をつくようなことをしでかすだろうと思いたいのですが、事実はしからず、土台もういい心持ちになって、うそうそとどこまでも肩を並べていたものでしたから、伝六は少し身のかっこうがつかなくなりました。
 しかし、身のかっこうがつかなくなったとはいっても、それはわずかの間でありました。
「お供のかたもどうぞ……」
 いうように青まゆの女が目でいって、右門とともに伝六をも導き入れた一家というのは、おあつらえの船板べいに見越しの松といったこしらえで、へやは広からずといえども器具調度は相当にちんまりとまとまった二十騎町からは目と鼻の市《いち》ガ谷《や》八幡《はちまん》境内に隣する一軒でありました。むろん、男けはひとりもなくて、渋皮のむけた小女がふたりきり――
「だんなはこちらへ……」
 というように、緋錦紗《ひきんしゃ》の厚い座ぶとんへ右門をすわらせると、女は銅《あか》の銅壺《どうこ》のふたをとってみて、ちょっと中をのぞきました。そのしぐさだけでもう心得たように、すぐと運ばれたものは切り下げ髪なのに毎晩用いでもしているか、古九谷焼きの一式そろった酒の道具です。それから、台の物は、幕の内なぞというようなやぼなものではない。小笠原豊前守《おがさわらぶぜんのかみ》お城下で名物の高価なからすみ。越前《えちぜん》は能登《のと》のうに。それに、三州は吉田名物の洗いこのわた。――どうしたって、これらは上戸にしてはじめて珍重すべき品なんだから、青まゆの女の酒量のほどもおよそ知られるというものですが、それをまた下戸のはずであるむっつり右門が、さされるままにいくらでも飲み干し、飲み干すままに女へも返杯しましたものでしたから、これはどうあっても伝六として見てはいられなくなったのです。
「陽気が陽気ですからね、およしなさいとはいいませんが、むっつり右門ともいわれるだんなが、酒に殺されちまったんじゃ、みなさまに会わされる顔がござんせんぜ」
 けれども、右門は答えもしないで、しきりとあびるのです。あびながら、そのあいまあいまに、見ちゃいられないほど彼女のほうへしなだれてはしなだれかかり、どうかするとぱちんと指先で女のほおをはじいてみたりなんぞして、いつのまにどこでそんな修業を積んだものかと思えるほどの板についたふるまい方をやりましたものでしたから、事ここにいたっては、酒に目のない伝六のとうてい忍ぶべからざる場合にたちいたりました。
「よしッ。じゃ、あっしも飲みますぜ」
 たまっていた唾涎《すいえん》をのみ下すように、そこの杯洗でぐびぐびとあおってしまいました。まもなく、右門がまずそこに倒れ、そのそばを泳ぐようにはいまわっている伝六の姿を見ることができましたが、そのときはもう夜番の音も遠のいて、江戸山の手の春の夜は、屋根の棟《むね》三寸下がるという丑満《うしみつ》に近い刻限でありました。

     4

 しかし、翌朝はきのうと反対に、降りみ降らずみのぬか雨で、また返り梅雨《つゆ》の空もようでした。右門主従のその家に酔いつぶれてしまったことはもちろんのこと、ところが目をあけてよくよく気をつけて見ると、どうも寝ているへやがおかしいのです。あかりのはいるところは北口に格子《こうし》囲いの低い腰窓があるっきり。それでもへやはへやにちがいないが、畳も敷いてない板張りで、万事万端がどう見ても、あれほど青まゆの女に思い込まれた美男子の宿るべき場所ではなかったうえに、しかも奇怪なことに、右門はたいせつな腰の物、伝六はこれもかれになくてはかなわぬ重要な朱ぶさの十手を、いつのまにか取りあげられてあったのです。それらの護身用具であり、同時にまた攻撃用具である品品をかれらの身辺から取り上げてしまったということは、いうまでもなくかれらから第一の力をそいだことにほかならないので、のみならず子細に調べてみると、その物置き小屋らしい一室の出入り口は、厳重に表から錠をかけられ、あまつさえへやの外には、見張りの者らしい人声が聞こえるのです。それも二、三人で、さようしからば、そうでござるか、というようないかついことばつきから察すると、番人はたしかに武士らしく判断されました。しかも、それらの番人の中にまじって、まぎれもなく前夜きき覚えの、あの青まゆの女の声と、そしてそれから、あの古道具屋のおやじの声があったものでしたから、ぎょっと青ざめて伝六がいいました。
「ちえッ。だから、いわねえこっちゃなかったんだ。きつねにでも化かされたのかと思いましたが、どうやら酒で殺されて、まんまとあいつらに、あっしたちがはめ込まれているんじゃごわせんか。ね! しっかりおしなせいよッ」
 しかし、右門は黙ってただくすくすと笑っているのです。あれほどあびるように飲んだのに、格別ふつか酔いにやられたような顔もせず、いつもよりかそのりりしい面がやや青白いというだけのことで、くすくすとただ笑ってばかりいたものでしたから、伝六がむきになってきめつけました。
「なにがおかしいんですか! ごらんなさい! だんならしくもなく、あんなくらげのふやけたような女に目じりをおさげなすったから、刀はとられる、十手はとられる、あげくのはてにこんな物置き小屋へたたき込まれちまって、うすみっともないざまになったんじゃごわせんか! いったい、どうしてここから逃げ出すおつもりですかい!」
 だのに、右門は依然くすくすと笑ったままでした。笑いながら、そしてその青白い顔を転じると、格子窓からぬか雨にけむる庭先のぬかるみに向かって、伝六の愚痴をさけるように面をそむけました。とたんに、そのとき、そこの庭先でちらりと右門の目についた異様な人影があったのです。いや、人影はただの人足らしい者でありましたから、けっして異様でも奇怪でもなかったのですが、その足にはいているわらじが、どうしたことか逆に、すなわち前後がさかしまになっていたものでしたから、はっとなったように右門はひとみを凝らしました。見ると、男はうしろに長方形の箱を背負って、ちょうどそれは子どもの寝棺のような箱でしたが、その奇妙な箱を相当重そうに背負って、上に雨よけの合羽《かっぱ》をおおいながら、いましも表へ向かって歩みだそうとしているのです。いかにもその足のわらじが不思議でありましたから、ひとみをすえてじっと耳を澄ましていると、あきらかに青まゆの女の声で命令するのが聞こえました。
「では、気をつけてね。あそこだよ」
「へい。心得ました。そのかわり、晩にはたんまりと酒手を頼んまっせ」
 いうと、人足は酒手にほれたもののごとく、表へ向かって歩きだしました。返り梅雨《つゆ》で庭先はぬかるみでしたから、地上にはかれが歩くのとともに、はっきりとうしろ前をさかしまにはいているわらじの跡がついたのです。すなわち、人と足は事実表へ向かって出ていきつつあるのに、ぬかるみの地上に残された足跡は、さながら反対に表から帰ってきたように見えました。
 それを知ると同時でありました。突然右門が突っ立ち上がってポキポキと指の関節を鳴らすと、さっと全身に血ぶるいをさせながら、不意に大声で意外なことを叫びました。
「いかい、ごちそうになりましたな。では、ここから帰らせていただきますぞ」
 いう下から、ばりばりと腰窓の下の羽目板をはがしだしました。――実は、それが右門の人よりよけい知恵の回るところで、そんなことではけっして破れる羽目板でもなく、またそんなやわな物置き小屋でもなかったのですが、さも窓を破って逃げ出しそうなばりばりという音をたてたものでしたから、右門の誘いの手段とは知らずに、うっかりと表の番人が出入り口をあけて、あわてふためきながら顔をのぞかせたのです。とみるより早く、そのわき腹にお見舞い申したのは、なにをかくそう、わがむっつり右門が得意中の得意の、草香流やわらの秘術はあて身の一手。――また、右門から腰の物さえ取り上げておけば、それでけっこう力をそぎうると考えた愚人どもが、愚かも愚かの骨頂だったのです。伝六から十手を取り上げたはいいにしても、わがむっつり右門には剣の錣正流居合《しころせいりゅういあ》いのほかに、かく秀鋭たぐいなき敏捷《びんしょう》の秘術がなお残っているのです。まことに、その秘術こそは、紀州|熊野《くまの》の住人|日下《くさか》六郎次郎が、いにしえ元亀《げんき》天正のみぎり、唐に流れついて学び帰った拳法《けんぽう》に、大和《やまと》島根の柔術《やわら》を加味くふうして案出せると伝えられる、護身よりも攻撃の秘術なのでした。草香流の草香は日下《くさか》のその日下をもじったもので、さるを知らずに大小をのみ取り上げたならば、じゅうぶんそれで右門をもなべの中に入れうると考えていたんだから、いかにも少し右門を甘く見すぎたものですが、いずれにしてもかれが草香流を小出しにするに及んでは、たとえそこに白刃の林が何本抜きつれあってきたにしても、もう結果はこっちのものでした。それから伝六の急に強くなったのもむろんのことで、無頼の徒らしい三名の武士と古道具屋のおやじとのつごう四人を、いい心持ちそうにくくしあげてしまうと、そこに草香流のあて身でみだらにもすそをみだしながらぐんにゃりとなっている青まゆのあわれなる女を見おろし見おろし、伝六が相談するようにききました。
「ね、だんな。あんたのお心もち一つですが、このぶよんとしたくらげのほうも、くくるんですかい」
「あたりめえだ。おれがそんな女に参ってたまるけえ。ゆうべのことだって、みんなこいつらの裏をかいてやりたいために、わざと酒もあびたんだ。そんな女に指一本だって触れたんじゃねえんだぞ」
 まことにそれは、そういうのがもっともにちがいなく、そして言いすてながら表へ駆けだしていったとみえましたが、まもなく右門のしょっぴいて帰ったものは、わらじをさかしまにはいたさっきの人夫です。
「バカ野郎ッ。さかしまにはいたわらじぐらいで、たぶらかされるおれと思うかッ」
 ぽかりとくわしておくと、男の背負っていた長方形の箱を急いでこじあけました。同時のように、中からむっくりと起き上がった者は、みめかたちのゆうにやさしいひとりの少年です。――少年は目をぱちくりさせながら、いぶかるようにいいました。
「あら! もうおじさん役者のまねは終わったの?」
 ――その一語でもわかるがごとく、少年はむろんのことにかどわかされていた質屋の子せがれで、しかし今は質屋の子せがれとなっていましたが、いっさいをお白州にかけてみると、意外にもその産みの母は、あの青まゆの女なのでありました。事件は一口にいうと小さなお家騒動で、青まゆの女の夫こそは、右門が彼女をご大家のお後室さまとにらんだとおり、いにしえはれっきとした二千石取りの大旗本でありました。しかも、大久保|加賀守《かがのかみ》の血につながる一族で、ちょうどこの事件のあった十年まえ、あれなる青まゆの女を向島の葉茶屋から退《ひ》かして正妻に直したころから、しだいにその放埓《ほうらつ》が重なり、ついにお公儀の譴責《けんせき》をうけるに及んだので、三河侍の気風を最後に発揮して、大久保甚十郎といったその旗本は、当時はまだご二代台徳院殿公のご時世でありましたが、将軍家|秀忠《ひでただ》が砂村先にお遊山《ゆさん》へおもむいたみぎり、つらあてにそのお駕籠《かご》先で割腹自刃を遂げたのでありました。そういう場合のそういう事件を仮借することなしに裁断する公儀のことばは、上へたてつく不届き者という一語に尽きていましたものでしたから、大久保甚十郎一家は、ならわしどおり秩禄《ちつろく》召し上げ、お家はお取りつぶしということになりました。けれども、いったんの怒りはあったにしても、士歴は三河以来の譜代でもあり、かたがた一族中には大久保加賀守のごとき名門と権勢があったものでしたから、ご当代家光公に至って、憐憫《れんびん》の情が加えられ、甚十郎の死後十年のちにして新規八百石のお取り立てをうけることになったのです。ところが、そのご内意を知ったとき、はしなくもここに一つの故障がもち上がりました。右門の出馬するにいたったこの少年|誘拐《ゆうかい》事件の発端が、すなわちその故障に基因していたのですが、すでに知らるるとおり、あれなる青まゆの女は、生まれが葉茶屋の多情者でしたから、お家の断絶後における淫楽《いんらく》の自由を得んために、じゃまな嫡子はもとの忠僕であったあの質屋、すなわち三河屋へくれてしまったのでした。そこへ新規八百石にお取り立てという宗家大久保加賀守からのご内意があったものでしたから、青まゆの女のにわかに狼狽《ろうばい》したのは当然なことで、しかも嫡子なる質屋へくれた少年を召し連れて、宗家大久保加賀守のところへ出頭するについては、あの茶わんの中でたわいもなく溶けてしまった金の大黒がぜひに必要でありました。あの見かけ倒しなどろ大黒こそは、実をいうと加賀守から少年がまだ幼時のみぎりお守りとして拝領したもので、それにしてはろくでもないお守りをやったものですが、しかるにその証拠となるべき豆大黒は、彼女のまだ世にあったころからの不義の相手であった当時の用人、お家断絶後に古道具屋となってしまったあの右の小手に刀傷のあるおやじの神だなで消えてしまい、反対に日本橋の人形町で見つけてきた別のどろ大黒が、質屋の神だなに飾られだしたものでしたから、てっきり三河屋のおやじがすべてのことをかぎ知って、金の大黒を動かぬ証拠に養子を引き具して宗家へ乗り込み、新規八百石のお旗本の後見者になる魂胆だろうと早がてんしてしまったので、さっそくに今もときおりつまみ食いの相手である道具屋のおやじをそそのかして、まず少年を誘拐せしめ、しかるのち金の大黒へ因縁をつけたのです。もちろん、右門をあんなふうに酒でころして物置き小屋に閉じこめたのは、早くも事露見と知ったものでしたから、持って生まれた淫婦《いんぷ》の腕によりをかけてかようにたぶらかし、そのまに少年を引き具していちはやく新規八百石を完全に手中しようとしたからの小しばいにすぎなかったのでした。
 ねた[#「ねた」に傍点]を割ってみれば、まことに右門にとって、たわいのないような事件でしたが、しかし事件はどろ細工の金大黒とともにかくもたわいのないものではあったにしても、われわれのむっつり右門はやはり最後まで少し人と変わった愛すべく賞すべき右門でありました。
「上には、かくもご憐憫《れんびん》とご慈悲があるのに、それなる女、みずから腹を痛めし子どもを他家へつかわすとはなにごとじゃ。なれども、事はなるべくに荒だてぬが従来もわしの吟味方針じゃによって、そのうえにまた加賀守家というご名門の名にもかかわることゆえ、いっさいは穏便に取り扱ってつかわすゆえ、爾今《じこん》はせっかくご新規八百石をたいせつにいたさねばならぬぞ。したがって、それなる少年にはもうこのうえ河原乞食《かわらこじき》のまねなどをさせたり、あまりろくでもない草双紙なぞを読ませてはならぬぞ。それから、そこの古道具屋、そちはもっといかものをつかまされないように、じゅうぶん目ききの修業をいたし、ずんと家業に精を出さねばならぬぞ、最後に質屋のおやじ、そのほうはこの近藤右門をののしったばかりではなく、恐れ多くもお上一統を卑しめたと申すが、どうじゃ。ちっとはこれで右門が好きになったか。うん?――ああ、そうか。好きになればそれでよろしいによって、今後は伝六なぞの参った節も、なるべく高く融通するがよいぞ。では、いずれも下げつかわしてやるゆえ、そうそう退出いたせ。あ、待て待て、それなる青まゆの女、昨夜の酒の代はなにほどじゃ。なに、気は心じゃからいらぬと申すか。上の座にある者がさようなまいないがましいものを受けるは本意でないが、新規お取り立て祝いのふるまいとして、今回かぎり飲み捨ててつかわすによって、爾今《じこん》道なぞで会うても、予にことばなぞをかけてはあいならんぞ」
 それから立ち上がると、むっつり右門はそこの三方にのっかっていたきよめ塩をひとつまみつまみあげて、ぱッぱッと自分のからだにふりかけました。職務のためのこととはいいながら、前夜来のあだがましかった青まゆの女との不潔な酒のやりとりに、濁ったからだを浄《きよ》め潔《きよ》めるように、ばらばらとふりかけました。



底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
   1996(平成8)年12月20日新装第7刷発行
入力:大野晋
校正:ごまごま
2000年1月5日公開
2000年9月20日修正
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