青空文庫アーカイブ
小熊秀雄全集-11
詩集(10 )風物詩篇
小熊秀雄
東京風物伝
東京駅
東京駅は
ウハバミの
燃える舌で
市民の
生活を呑吐する
玄関口、
朝は遅刻を怖れて
階段を一足とび
夕は
疲れて生気なく
沈黙の省電に乗る
所詮、悪蛇の毒気に触れて
人々の
痲痺は
不感症なり。
隅田河
隅田河
河上より水は
河下に流るゝなり
天の摂理に従へば
古き水は
新しき水に
押しながされて
海に入るなり
一銭蒸気五銭となり
つひに争議も起るなり
あゝ、忙しき市民のためには
渡るに橋は長すぎ
せつかちな船頭にとつては
水の流れは悠々すぎる、
丸の内
『戦争に非ず事変と称す』と
ラヂオは放送する
人間に非ず人と称すか
あゝ、丸の内は
建物に非ずして資本と称すか、
こゝに生活するもの
すべて社員なり
上級を除けば
すべて下級社員なり。
浅草
汝 観音様よ、
浅草の管理人よ、
君は鳩には豆を我等には自由を――
腹ふくるゝまで与へ給へ、
彼は他人の投げた
お賽銭で拝んでゐた
かゝる貧乏にして
チャッカリとした民衆に
御利益を与へ給へ
地下鉄
昼でも暗い中を
走らねばならない
お前不幸な都会の旅人よ、
地下鉄を走るとき
爽快な風が吹く
でも少しも嬉しくない
政治といふ大きな奴の
肛門の中を走るやうだから
地下鉄は
つまり多少臭いところだ。
銀座
もし東京に裏街といふものが
なかつたら
銀座は日本一の表街だが、
表は表だが
銀座は
医者にひつくりかへされた
トラホームの眼瞼のやうだ
ブツブツと華美《はで》で賑やかな
消費の粒が
まつかにただれて列んでゐる
突如
ウヰ[#「ヰ」の小文字]ンドーに
煉瓦を投げつけて
金塊を盗む悪漢現る。
旭川風物詩
師団通り所見
鈴蘭通りの美しさ
北国の夜の街は白痴美
商店街のネオンサインは
光りの瞼をうごかさず
もつとも人生万事
動けば金がかかるからね
でも街を静寂から救ふものは
光りの明滅ではなく
市民が活動的であることだ!
光りも、心も
共に明るい街となれ
我々の旭川よ!
北海ホテルの茶房
北海ホテルの茶房で
僕はひとゝきの旅愁を味ふ
こゝは旭川のジャーナリストの巣で
卓上の桜草をふるはして
打合せをしたり原稿を書いたり
フレー、ジャーナリスト
文化は新聞から
市民のために
精々イキのよい
人生を探しだしてくれよ
火の見やぐら
古き火の見は
時を越えてそゝり立つ
茫漠たる街と原野
夜も昼も見守る
はてもなき展望
こゝで火の番でも勤めたら
相当ながいきが出来さうだ
旭橋の感想
旭橋、橋に掲げられた大額には
『誠』と書《かか》れてあつた
この橋をわたるとき
市民は脱帽した
私も敬意を表した
しかし橋や建築師に
私は脱帽したのではない
人間の『誠実』を愛する
こころに脱帽したのだ
愛と、誠実の街
旭川よ!
常磐公園所見
公園の築山にのぼつて
天下の形勢を見れば
池の水ぬるみ
つつじ咲く
軍都にこの平穏あり
ボートの中の仲善い男女
間もなく彼女は
軍人を産むであらう!
東京短信
扇風器の歌
あゝ、扇風器はまはれども
人造の風は悲し
恋をするには
なまぬるく
アクビをするには力なし
夜の喫茶娘
ぼんぼりの下に
彼女は、その
ぼんぼりよりも、ぼんやりと
ぼんやりと、ぼんやりと
青春を流すなり
倦怠
爽やかな
昼は去つた
彼女にだるい――夜が来た
誰か
彼女に
注射を――、
注射を――、
鳩時計
鳩時計
扉をひらいて鳩が出てきた
さてクックッと鳴いたきりで
何んにも報告することが
ないと引退つた
報告のない人生
まさに彼女のいふ通り
池袋風景
池袋モンパルナスに夜が来た
学生、無頼漢、芸術家が
街にでてくる
彼女のために
神経をつかへ
あまり、太くもなく
細くもない
在り合せの神経を――
銀座所感
足は小さく
背は高く
青春短かく
眉長く
靴屋と服屋の見本が通る
浅草流浪人の歌
観音さまに祈らうには
手をうごかせば腹がへる
煙草のない日は
牢獄のごとし
飯のない日は
死のごとし
隅田河
隅田河
腐臭は
水面をただよひ
罐詰のカン、
赤い鼻緒の下駄、
板つきれ、
ぐるりばかりになつた麦藁帽
青い瓶、
などがポカンポカンと浮いてくる
市民の生活の断片と
人間の哀しい運命の破片
波は河岸を
汚れた舌のやうに
ひたびたと舐めてゆく
底本:「新版・小熊秀雄全集第2巻」創樹社
1990(平成2)年12月15日第1刷
入力:浜野智
校正:八巻美恵
1998年9月8日公開
1999年8月28日修正
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