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小熊秀雄全集-4
詩集(3)小熊秀雄詩集1
小熊秀雄




 たぐひなく美しい幻に満ちた東洋の国日本の過去は、私の祖国として愛着措かないものである。
 そして同時に美くしかるべき私の国に、私といふ悪魔の相貌をもつた子が生れたといふことに就いて、私は何者かに充分責められていゝ。
 今茲に私の異態の知れない思想を一冊の詩集にまとめて世におくるといふことは、喜んで良いことであらうか、悲しんで良いことであらうか、私自身わからない。
 或る者は私の思想をさして、人道主義であるとし、或は悪魔主義、或は厭世主義の詩人であるとし、またロマンチストかリアリストか軍配を挙げ兼ねてゐる。私はこの一ケ年間あらゆる角度から、千差万別の批評をなげかけられてきた、もし私に真理を信奉する不屈な負け嫌ひな態度がなかつたならば、私はいまこの詩集を世に出すに先立つて、私は世間的な批評の重石で、ぺちやんこに圧死してゐたであらう。ともあれこゝに私の思想の小体系を一冊にまとめて、民衆の心臓への接触の機会をつくり得たことはこの上もなく嬉しい。
 読者諸氏は私のこの詩集の読後感として、『ある特別なもの』を感じられることと信じる。従来の詩の形式、詩の概念に、何かしら新しいプラスを私の詩から感じられたことと信じる、それは他でもない私はその詩人としての力量と可能な力をもつて、これまでの日本の詩の形式へ破壊作業を行ひつづけてこれまで来たその幾分の収穫である。真に民衆の言葉としての『詩』を成り立てなければならないといふ私の詩の事業は、果敢ないものであるが、私の本能がそれを今後も持続させるだらう。
 或る者が『小熊は偉大な自然人的間抜け者である』といつた言葉が私をいちばん納得させた評言であつた、私は民衆の偉大な間抜けものゝ心理を体験したと思つてゐる、民衆はいま最大の狂躁と、底知れぬ沈欝と現実の底なる尽きることのない哄笑をもつて、生活してゐる、一見愚鈍であり、神経の鈍磨を思はせる一九三五年代の民衆の意志を代弁したい。
 そしてこの一見間抜けな日本の憂愁時代に、いかに真理の透徹性と純潔性を貫らぬかせたらよいか、私は今後共そのことに就いて民衆とともに悩むであらう。

一九三五年五月

小熊秀雄

I

蹄鉄屋の歌

泣くな、
驚ろくな、
わが馬よ。
私は蹄鉄屋。
私はお前の蹄《ひづめ》から
生々しい煙をたてる、
私の仕事は残酷だらうか、
若い馬よ。
少年よ、
私はお前の爪に
真赤にやけた鉄の靴をはかせよう。
そしてわたしは働き歌をうたひながら、
――辛抱しておくれ、
  すぐその鉄は冷えて
  お前の足のものになるだらう、
  お前の爪の鎧になるだらう、
  お前はもうどんな茨の上でも
  石ころ路でも
  どんどんと駈け廻れるだらうと――、
私はお前を慰めながら
トッテンカンと蹄鉄うち。
あゝ、わが馬よ、
友達よ、
私の歌をよつく耳傾けてきいてくれ。
私の歌はぞんざいだらう、
私の歌は甘くないだらう、
お前の苦痛に答へるために、
私の歌は
苦しみの歌だ。
焼けた蹄鉄を
お前の生きた爪に
当てがつた瞬間の煙のやうにも、
私の歌は
灰色に立ちあがる歌だ。
強くなつてくれよ、
私の友よ、
青年よ、
私の赤い焔[#焔の火へんを炎にしたうえで、へんとつくりをいれかえた字、焔の正字と同字]《ほのほ》を
君の四つ足は受取れ、
そして君は、けはしい岩山を
その強い足をもつて砕いてのぼれ、
トッテンカンの蹄鉄うち、
うたれるもの、うつもの、
お前と私とは兄弟だ、
共に同じ現実の苦しみにある。


馬上の詩

わが大泥棒のために
投繩を投げよ
わが意志は静かに立つ
その意志を捕へてみよ。
その意志はそこに
そこではなく此処に
いや其処ではなくあすこに
おゝ検事よ、捕吏よ、
戸まどひせよ。
八つ股の袖ガラミ捕物道具を、
そのトゲだらけのものを
わが肉体にうちこめ
私は肉を裂いてもまんまと逃げ去るだらう。

仔馬、たてがみもまだ生えた許り、
可愛い奴に私はまたがる、
私の唯一の乗物、
そいつを乗り廻す途中には
いかに大泥棒といへども
風邪もひけば
女にもほれる、
酒ものめば、
昼寝もする、
すべてが人間なみの生活をする。
ただ私の大泥棒の仕事は
馬上で詩をつくること、
先駆を承はること、
前衛たること、
勇気を現はすことにつきる。
私が馬上にあつて
詩をうたへば――。
あゝその詩は
金持の世界から何者かをぬすむ、
まづ奴等の背骨をぬすむ
奴等がぐにや/\に腰がくだけてしまふやうに
それから歴史を盗む、
そしてこつちの帳面にかきかへてしまふ、
それから婦人を盗む、
こいつはたまらない獲り物だ。
偶然をぬすんで必然の袋へ、
学者をぬすんで
我々の記録をつくつて貰ふ、
少女をぬすんで
我々の仲間のお嫁さんに、
国家をぬすんで
こ奴を血にいつたん潜らせる。
宗教をぬすんで
こいつだけは只でくれても
我々の世界では貰ひ手がない。

わが友よ、
戦へ、
敵のもちものは豊富だぞ――、
ぬすめ、
それぞれ大泥棒の襟度を現はせよ、
仔馬の集団、
赤きわが遠征隊、
捕吏の追跡、
閃めくカギ繩マントでうけよ、
マントが脱げたら
上着でうけよ、
上着がぬげたら素裸だ、
鞍が落ちたら
裸馬だ。
すべて我々は
赤裸々にかぎる、
行手は嵐、
着衣は無用だ、
裸のまゝ乗り入れよ。
裸の詩をうたへよ。
わが大泥棒の詩人たちよ。


ゴオルドラッシュ

とんでもない話が、
北から舞ひこんできただ、
お前さんグズグズするな、
そこいら辺にあるロクでもねいものは、
みんなほうり投げて出かけべい。
家にも、畑にも別れべい、
いまさら未練がましく
縁の下なんかのぞくでねいぞ。
どうせ不景気つづきで此処まで来ただ、
札束、縁の下に隠してあるわけなかべ。
餓鬼を学校さ、迎へに行つてこいよ、
授業中であらうが
かまふもんか引つぱつて来い。
若し先生が文句、云つたら
かまふもんかどやシつけて来い
――まだ授業料、収めねい餓鬼は手を挙げろ! と
 ぬかしくさつた
地主の下働き奴が
貧乏なわし等の餓鬼つかまへて
雀の子ぢや、あんめいし
今更チウでもコウでもねいもんだ。

さあ、餓鬼にもスコップ持たして
河の中、ホックリ返へさせるだに。
手といつたら猫の手でも借りたい
砂金掘りだに――。
わしの餓鬼をわしが連れて行くだに、
明日は村ぢうの餓鬼は一人も
学校さ、行かねいだらうと、云つて来い、
何をあわてて、カカア脚絆裏返しにはくだ。
わしも六十になつて
今更、山を七つも越して行き度くねいだが、
ヅングリ、ムックリ、ろくに口も利かねいで、
百姓は百姓らしくと思ひこんで、
あれもハイ、これもハイと、
お上の、おつしやる通り貧乏してきただ
山を七つ越せば、
キラキラ、金がみつかるとは――、
何たるこつちや、今時、冥利《みやうり》がつきる
やい、ウヌは何をぼんやり
気抜けのやうに立つてけつかる、
その繩を、こつちの袋に入れるだ。
唐鍬を入れたら砥石を忘れるなよ。

これ以上、貧乏する根気が無うなつたわい、
破れかぶれで、この爺が山越えする気持は、
村の衆の誰の気持とも同じだべ、
やあ、やあ、空がカッと明るくなつたわ、
未練がましい家へ火をつけた。
それもよかべ、度胸がきまるべ、
ついでに其の火の中へ
餓鬼を投りこんだら、尚更な――、
身軽になつたら
さあ、出かけべい村の衆。
明日はこの村には役場と駐在所だけが
ポツンと立つてゐべい、
村はみなガラあきになるべ、
やれ、威勢よく、石油鑵、誰が、ブッ敲くだ、
どんどん、タイマツつけて賑やかなこつた。
馬の野郎まで
行きがけの駄賃に、
馬小屋のハメ板ケッ飛ばしてゐるだ、
俺達も別れに、
役所の玄関に
ショウベン、じやあ/\やつて行くべよ。

何を、嫁はメソ/\泣いてゐるだ、
どうせ太鼓腹、
ツン出しては歩るきにくかべ、
腹の子、オリないやうに馬車の上に
うんとこさ、布団重ねて
乗つて行つたらよかべ。
――お天道さまと、生水とは
何処へ行つてもつきものだに。
河原に着いたら餓鬼共の、
頭、河に突込んで
腹、さけるほど水のませろ、
ヘド吐いたら、砂金飛び出すべよ。
せつぱつまつた村の衆の
七つの山越だに。
焼くものは、焼くだ、
ブッ潰すものは、ブッ潰し、
一つも未練残らねいやうにしろ。
生物といつたら
ひとつも忘れるでねいぞ、
村ひとつブッ潰し
砂金山へ出かけるだ、
行列、三町つづいて
たいまつ、マンドロだ、
牛もうもう、猫にやんにやん、
なんと賑やかなこつた、
山七つ越して
河床、ひつくりかへして
もし砂金なかつたら
また、山七つ越すべいよ
そこにも砂金なかつたら
また、山七つ越すべい
そこにも砂金なかつたら
また、山七つ越して町へ出べい、
町へ出たら、ズラリ行列
官庁の前にならべて皆舌べろりと
出したらよかべいよ、
歳がしらのわしが音頭とつたら
皆揃つて舌噛み切つて死ぬべ。


乳しぼりの歌

とばしり出るものの為めに、
讃歌をうたへ
白きものであつて、且つ甘きものの為めに
牛よ、お前はよく食ひ、よく眠る、
熱心に反芻し、
そしてありありとお前の額には、
苦痛の色を漂はす、
私はお前を、いとしいと思ひ
もし私が柔らかいお前の乳房にふれることが
どんなにお前に苦しみを
与へるだらうかとさへ思つた、
私には爪があり力が強かつたから
時には乱暴にしぼることもあつたから――。

私は観念し
泣きながらお前の乳にしがみついた
私の職業は乳しぼり、
お前の額をブン殴る
牛殺しと五十歩百歩の私
愛すべきものよ、牛よ、ゆるせと私は叫んだ、
お前の膨大な暗黒な体の下にかがまり
ニュームの容器を
腹の下に置いてしぼりだすと
乳は容器を鳴らして雨のやうな音をたてた、
最初は、タンタラ、タンタラと小雨のやうに、
やがては嵐のやうに――。
私は職業を恥ぢた、
生活とはこのやうなものか、
現実の乳しぼりとは、このやうなものか、
お前の暗黒の体内から
白い甘いものをしぼり
出さなければならないかと
ながいこと、私は自分の仕事に苦しんだ、

ある時、私はお前のとばしり出る乳を
顔にかけられて
私は乳をもつて眼を洗つた、
すると私の眼はパッチリと冴え
一切の周囲が
思ひがけない喜びに満ちた世界に見えた、
私は驚ろき太陽は燃えたち、
草はまつすぐに、生気があり、
雲雀は歓喜の歌をうたひ、
其処には宿命的なものは一つもなかつた、
曾つて卑しい苦痛の生活と思つた
乳しぼりの友達は
喜びをもつて、牧舎から出てきて
日課を完うしてゐた、
板囲ひを修繕してゐる大工も
牧場の路をつくつてゐる土工も
すべての労働者は元気があつた、
しかも牛達の声は高く
その大きな乳房を露出《むきだ》して
――今日もしぼれ、
  明日もしぼれ、
  あさつてもしぼれ、
  私は草を食はう
  乳を貯へるために――と
私にむかつて牛は優しく元気づけてくれた、
私は感動をもつて、この永遠の乳房に取つつき、
熱意と、熟練とを確信し
はげしくとばしり出る甘いものを
我々のための我々の乳をしぼり始めた、
かつて苦痛であつた仕事が
このやうに喜びをもつて為されるといふことは
ただ、あやまちに乳をもつて
眼を洗つたためだけでは無いであらう、
それは私がこれまで余りに生活の
小さな影に居たからだ、
運命が私に乳をしぼらせてゐたからだ、
いつも乳をしぼる私は
牛の体が太陽の光りをさへぎつてゐたから、
現実とは――牛のやうに何時も
悲鳴をあげてゐるものと考へ込んでゐたから、
晴々とした、宇宙の中の牛よ、
私の乳しぼりよ、
眼をあげよう、
若者よ、
確信をもつて現実からしぼらう、
――今日もしぼらう、
  明日もしぼらう、
  我々の為めの我々の乳を――


きのふは嵐けふは晴天

広野を
嵐と好天気とは
スクラムを組んで
この二つのものは一散に
南から北へ向けて走つて行つた
これを指して
人々は気まぐれな奴等だと批評する、
嵐と好天気――
およそ一寸考へると仲の悪さうな奴
私はさうは思はない
私はそのやうに
嵐の歌と日本晴の歌をうたふ
きのふと今日は激しくちがふ
私は何故そのやうに気まぐれであるか
私の過去はなんと不幸な生涯だつたらう、
私の首はいつも敵に咬へられてゐた、
私の生活はいつもふり廻された、
きのふは嵐、
けふは晴天、
明日はおそらく嵐だらう、
私は嵐と晴天の混血児だ、
私の生活は激変する空のやうだ。

貧乏とはそもそも詩であるか――
時折さう考へる
それほどにも私は詩を書いて
貧乏とたたかひ、
詩を書いて――自殺を思ひとどまる、
詩よ、私の生活、
私のタワリシチよ、
どうやら詩と私とはぴつたりしてゐるらしいんだ、
批評家よ、聖者よ、
プロレタリアの感情の規律を
どう理解したらよいか
それを私に教へたまへ、
おゝ、女の唇よ、現実よ、
かく歌ふその気まぐれに鞭を加へよ、
ぶつぶつ言ふ友よ、
君のために、君の鳴らない太鼓と
おつき合ひをして調子を落して
叩くなどといふことは死んでもいやだ、
君は君の太鼓の皮を取りかへ給へ、
私は私の太鼓を乱調子でうつ、
それが私の太鼓の個性なんだ、
すべての敵よ、私のために現はれよ
いりみだれた戦ひの美しさ、
私は反抗以外に何事も忘れた、
友よ、
君へ『ゾラ』の理性を引渡す、
私はシヱ[#「ヱ」の小文字]クスピアの狂気を引受ける。


魅力あるものにしよう

友よ、
私が突拍子もない声を出しても
驚ろいてくれるな、
君が悲しんでゐるときに
私が楽しく歌つてもゆるしてくれ、
君が笑つてゐるときに
私が悲しんでゐるときもあるのだから。
共に自由に
泣いたり、笑つたりしよう、
そして私達の将来の運命について考へてみよう、
たがひに離れ離れに住んでゐても
寝床の中で、そのことをじつと考へてみよう、
明日は街角で逢はう、
感想を述べ合はう、
私は夜通し泣いてゐても
君にはきつと笑顔をみせるだらう、
――私はさうした性格なのだから、

私を誤解しないでくれ友よ、
私はほんとうに
我々の運命を愛してゐるのだから、
――よし今日の運命が
  よきにつけ
  悪しきにつけてもさ、
私達は明日を約束できるのだから、
おゝ、我々が今現に立つてゐるところ
そこは曾つて我々が
遠くでみつめてゐた地平線であつたのだ
さらに、私達は眼をあげよう、
前方をみよう、
そこには新しい、暁の地平線があるだらう、

いくつかの地平線を越えた、
このやうに我々は前進してゐる、
その証拠には
君は靴の裏をみせ給へ、
そんなに減つてゐるではないか、
我々は約束しよう、
全感情をもつて――、
我々は共に旅をつゞけると、
あゝ、運命よ、
我々の運命よ、
私は幾度もこの言葉を
繰り返していつも心におもふ、
なんと魅力たつぷりの
言葉だらうと――
更に、更に、我々の運命を
魅力多いものにしよう、
我々の運命は我々の手によつて
如何やうにも切りひらかれるのだから。


ふるさとへの詩

ふるさとよ、
私は当分お前に逢はないよ。
お前は泰然自若として、
不景気のソファに
腰をおろしてしまつたね、
とにかくお前は
私の生みの土地ではあつたが、
たゞ私に瞬間、産声をあげさしたところ
お前は邪険ではなかつたが
決して親切とは言へなかつたよ。
私はミルクで育つたから
ママ母より、
私は牛がなつかしいよ。

ふるさとよ、
くる/\渦巻く水が谷間にあつた、
あそこは非常に静かなところであつた、
ピチピチとヤマメや岩魚が跳ねてゐた、
針をおろすとすぐ魚は針に飛びついた、
だから釣なんか、ちつとも面白くなかつた。

自若として落ち着いた
ふるさとの不景気な山よ、
炭焼小屋はケチな宮殿であつた、
あの小屋の中には
国民が一人ゐたつけ、
忠良な国民がさ、
蕗の皮をムイて
そいつを手でポキン/\と折つて
鍋にブチ込んで煮て喰つてゐた農民がさ、
あの六十数歳の国民はどうしたらう、

おゝ、ふるさとよ、
カタツムリのヨダレか、
お蚕のやうに
私の記憶から綿々とひきだされて
尽きないものよ、
私は当分の間お前に逢へないよ、
*をつけるために
お前が立ちあがるために
いつもぽけつとに*を忍ばせてゐる
悪人になつたよ、
――金持どもが我々を悪人だと言ふんだ
私たちは
いまとても陽気に押し廻つてゐるんだ
我々の所謂、悪人は、仲間は
ふるさとよ、
みんなお前をなつかしがつてゐるよ。


瑞々しい眼をもつて

瑞々《みづ/\》しい眼をもつて私は君を見る
君は、それに瑞々しい眼をもつて答へよ、
答へるべきだ、答へる義務があるだらう、
私はそれを、君に強制する、
君はハラワタを隠すな、
ズルイ魚屋のやうに、
理論的な水をぶつかけて
ウロコを新しさうに見せかけるな、
君を喰つたものは
みんな下痢するだらうから、
足から始めて
腰、胴、胸、眼と
おづおづ相手を、下から見上げることをやめよ
まつすぐに相手の眼をみて、
瞬間にして理解しろ、
峠の曲り角で
熊と人間がぱつたり逢つた
熊はそつぽを向いた、
人間もそつぽを向いた、
そして無事に行き違ひになることができた、
生物たちはそのやうに
たがひに眼を見合ふことを恐れる
君よ、そのやうに無事でありたいのか、
若し君の眼が熱した眼であれば、
私は君に倒されても悔いない、

私は一人の同志をスパイだと公言した、
私は熱した眼をもつて
無言で追求した、
私はあやまつてゐた、
彼は全く良い男であつた、
そのために私は何日苦しんだらう、
いまでもそのことを思へば
身体中の毛穴が
いちどに汗をかく、
一切の誤解は、生々しい眼をもつて
たがひに眼を見合はさないことから発する、
眼よ、階級的直情を自負してくれ、
私は君の直情に答へるに
どのやうな義務でも負ふだらう、
そのやうにして、そのやうにして、
そのやうにして、
あゝ、それはボウフラの
わいた眼でなく、
瑞々しい眼をもつて
数千、数万の眼をもつて
一つのものを溶かさう、


トンボは北へ、私は南へ

金とはいつたい何だらう、
私の少年はけげんであつた
ただそのもののために父と母との争ひが続いた、
私はじつと暗い玄関の間で
はらはらしながら二人の争ひをきいてゐた、
母はいつまでも泣きつづけてゐたし
父は何かしきりに母にむかつて弁解したゐた、
朝三人は食卓《テーブル》にすわつた
父が母に差し出す茶碗は
母の手に邪険にひつたくられた
父はその朝はしきりに私をとらへて
滑稽なおかしな話をして笑はせようとしたが
私はそれを少しも嬉しいとは思はなかつた、
金とはなんだ――。
親たちの争ひをひき起すもの
あいつはガマの子のやうなものではないか、
ただ財布を出たり入つたりする奴。
私はそつと母親の財布をないしよで開けてみた、
だが財布のガマの子は
銀色になつたり茶色になつたり、
出たり入つたり、しよつちゆう変つてゐた、
なんといふおかしな奴。
しかしこいつは幾分尊敬すべき
値打のあるものにちがひない、
少年の私はこの程度の理解より
金銭に対してはもつてゐなかつた、
童話《めるへん》の中の生活は
生活の中の童話《めるへん》でもあつた、
現実と夢との間を
すこしの無理もなく
わたしの少年の感情は行き来した、
だが次第に私は刺戟された、
現実の生々しいものに――。
そして私に淋しさがきた
次いでそれをはぎとらうとする努力をした、
私はぼんやりと戸外にでた
そして街の空を仰いだ、
この山と山との間に挾《は》さまれた小さな町に
いま数万、数十万とも知れぬ
トンボの群れが北へ北へと
飛んでゆく
私の少年はおどろき
なぜあいつらは全部そろつて北へ行くのか
あいつらは申し合せることができるのか
素ばらしい
豪いトンボ、
何処へ何をしにゆくのだらう、
なかには二匹が
たがひに尻と尻とをつなぎあはせて
それでゐて少しもこの二匹一体のものは
飛ぶことにさう努力もしてゐないやうに
軽々として飛ぶ群に加はつてゐた、
それを見ると私は
理由の知れない幸福になれた、
そしてそのトンボの群の
過ぎ北へ向ふ日は幾日も幾日もつゞいた
私はそれを毎日のやうに見あげた
夜は父と母とが夜中じゆうヒソヒソと
金のことに就いて争つてゐるのを耳にした、
私は金銭や、父や、母や、妹や、
其他自分の周囲のものではなく
もつと遠くのもので
きつと憎むべき奴がどこかに隠れてゐるんだなと考へるやうになり
そいつと金とはふかい関係があるやうに思へた
またそれを探らうとした、
トンボは北へとびそれを見る私の少年は
トンボを自分より幾倍も
豪い集団生活をしてゐるものゝやうに考へ、
そしてしだいに、自分が愚かなものに見え反逆を覚えだし
トンボよ、
君は北へ揃つて行き給へ、
僕は南の方へでかけてゆかう、
さういつて私の少年は南へ向けて出奔した、
最初の反逆それは
私は故郷をすてることから始まつた。


なぜ歌ひださないのか

さよなら、さよなら、
さよならと歌ふ
中野重治よ、君は
最後の袂別の歌をうたふ
赤まんまの花を歌ふなと、
君は人間以外のものに、
事実は人間そのものにも――
最後の否定的態度を示した詩人だ。
君は最後の――、
そして私は最初の
肯定的詩人として今歌つてゐる
中野重治よ、
ブルジョア詩の技術の引継ぎでは
我々の陣営での
クライマックスを示したのは君だ、
だがそれはインテリへ伝はつたが
労働者へは伝はらない
それは君がプロレタリア詩人として
攻勢の詩人ではなく
守備の詩人であつたからだ、
もし君と私とが仮りに
枕をならべて自殺したとしたら
世間の人はなんと噂するだらう、
中野重治は悲観して死んだと
そして小熊も同様に悲観してか、
いやいや私の場合はちがふ、
私は全く違ふのだ、
私は大歓喜のために
死を選ぶといふことも考へられるのだ、
生も肯定し
死も肯定する
私は何といふ慾張りだらう
中野重治よ、君はなぜ歌ひださないのか、
女達が味噌汁の歌をうたふことも肝心だが、
男達は「力」の歌を
うたふことがより必要だから
君は君の魅力ある詩のタイプを
再び示せ
たたかひは
けつして沈滞してはゐない、
たたかひはいまたけなはだ、
守備のために――、
攻勢のために――、
それはどのやうなタイプであつても構はない、
たたかひのために
我々は技術のあるつたけを
ぶち撒けよう、


太陽へ

それ夕暮がきた、朝だ、
昼だ、
もう夕暮がきた、
一日の通過のすばらしい早さよ、繰返しよ、
あいつ太陽よ、
草を一瞬間、温ためて去る、
お前は、我々のめまぐるしい生活に
手錠をはめて引きずつてゆく。
コンクリーの上を、砂利の上を、
丘陵の上を、河の上を、
あらゆるものの上を、
あらゆるものに影を与へて
その影を片つぱしから消してゆく。

太陽よ、
約束をしろ、
われわれの待つてゐる出来事を、
われわれのために
美しい五色のテープを
投げかける日を誓約せよ、
お前は早く通つてゆく、
だが我々は冷静でありたい
お前はまたのろのろと通つてゆく、
だが我々は興奮しよう、
お前は年とつた姉のやうに
我々を愛してはゐるが理解がない、
お前は急速に
光つた繩を引きずつてゆく
そしてあらゆるものの足を光りでさらふ。

暁――、お前は恐怖の入口から現れて、
夜――、お前は恐怖の谷に隠れる、
恐怖と恐怖の中間に
人間は無数に往復するばかりだ、
虫は人間よりも
ずつと悠然と飛びまはり
はにかむ事を忘れないのは花許りだ、
暁、お前太陽は我々を引ずつて行つて
夜の中においてきぼりにする、
我々は生活のために充実した夢を見るか、
でなければ馬鹿々々しい忘却の夢だ。

太陽よ、
出口を示せ、出口を指させ、
入口があつて出口のない
世界があるとは私は信じられない
探す、そいつを、探せ、君も、
あいつ太陽が
暁と夜とをすばやく走りさる
一瞬間の時間に急速に。


接吻

ロシヤ人よ
君達の国では
――たふれるまで飲んでさわいだ(註1)
あのコバーク踊りは、もうないだらう。
だが悲しむな、
ドニヱプルの傍には
君等の心臓は高鳴り、踊つてゐるだらうから、
君等は飛び立つた、夜鶯《ナイチンゲール》のために悲しむな、
よし夜鶯《ナイチンゲール》はゐなくても
幸福な夜は君等のためにやつてきてゐるから、
君はもつと君等の国のシラミの為めにたたかへ、
それとも君等はシラミ共の
追ひ出しの仕事を
すつかり終つたとでもいふのか、
我々の国では追ひ出しどころか、
我々のところは――シラミそのものなんだ、
いま私の机の上にはロシアの同志、
君たちの優秀な詩人、
ベズイミンスキイと
ジャーロフと
ウートキンと
三人で撮つた写真が飾つてある、
私はいまそれに接吻した、
接吻――それは私の国の
習慣に依る愛情のあらはし方ではない、
東洋では十米突離れて
ペコリと頭をさげるのだ、
貴重な脳味噌の入つた頭を――。
肉体の熱さを伝ひ合ふ握手さへしない、
挨拶にかぎらないだらう、
我々の国ではすべてが形式的で
すべてがまだ伝統的だ、
あゝ、だが間もなく我々若者の手によつて
これらの習慣はなくなるだらう、
しかも新しい形式は始まり
新しい伝統は既に始まつてゐる
我々は目に見えてロシア的になつた、
ザーのロシアではなく
君たちのロシアに――。
ロシア人よ、
私の耳にはドニイブルの水の響はきこえない
きこえるものは我々の国の
凶悪な歌ごゑ叫びごゑだ、
ただ私はドニイブルの水の響を
心臓の中に移したいと思ふ、
私はそのやうにも高い感情を欲してゐる、
君よ、シラミと南京虫のために――、
世界共通の虫のために――、
たがひに自分の立つてゐる土地の上から
共同でこれらの虫を追はう、
ロシア人よ、
君は仕事部屋で手を差出せ
私は私の仕事部屋でそれを握る、
間髪を入れない
同一の感情の手をもつて――、
それはおそらく電気の手だらう、
更に接吻をおくらう、
――人間と鳩とアヒル(註2)の習慣を、
接吻
おゝ、衛生的ではないが
なんと率直な感情表現
もつとも肉体的な挨拶よ、
われわれは東洋流に十米突離れて
たたかつて来たが
いま我々は肉体を打ちつけて争ひ始めた、
我々のところの現実がそれを教へた、
我々はだまつて接近し
君の国の習慣のやうに
我々はかたく手を握り合ふ、
我々もあるひは君等のやうに接吻し合ふだらう、
男同志の、鬚ツラの勝利の接吻
おゝ、なんとそれは素晴らしいことよ。
  (註1)ベズイミンスキイの詩『悲劇の夜』の一節、コパーク踊は旧ロシアの農民踊
  (註2)『接吻の習慣のあるものは、人間と斑鳩と家鴨だけだといはれてゐる』ヴォルテール


送り狼として

ブルジョア詩人よ
君たちは何時も家柄を吹喋《ママ》してゐる
子々孫々からの
詩の技術の継承者として誇つてゐる、
だがプロレタリア詩人はちがふ、
我々は詩人の後つぎではない
すべてが新しい出発者、
我々は単なる民衆の息子としての詩人だ、
我々には君達のやうに
他人に詩人を広告する権利や
気儘に放蕩や放埓を
市民の中でふりまはす
横柄さを誰からも許されてゐない、
君らはチラリと見せて
スッと通つてゆく
良い門鑑を持つてゐる
君はそこへ人間の節操や、
奉仕やを売りに行つたらよい
おかしなことには
君のパトロンは
君の売り物に
カビが生えてゐるといつて品物を突き返す
そこで君等は声の合唱をもつて泣く
――詩の社会的地位はない、
――詩の商品的価値が落ちた、と
これらの不平不満を
おゝ、御用商人、
君たちは将来何世紀にわたつて
繰り返へさうとするのか、
君たちは既にあらゆるものに
君たちのパトロンにさへ
多年の御愛顧を失つた
あわて給ふな、詩人たちよ、
詩壇復興は何時の場合にも
プロレタリア詩人の側から――、
あわてるよりも一応は利巧で
結局は愚劣な君の製品の
裏表をかへしてよつく吟味し給へ、
かなしみ給ふな詩人たちよ、
当分は女の子の
崇拝の的ともなれるだらうから、
巨大な建物を威張つて通るさ、
老いては駑馬にすぎざる詩人も
尚且つ詩人といふ
門鑑を手放さない、
我々プロレタリア詩人は
君たち詩人を
断崖まで送つてゆかう、
我々は永久に君の背後を去らない、
親しい友情をもつてゐる、
それは送り狼としての友情を――。


柔らかい肉を

友よ、料理人よ、
近頃君の心の中の、暴君が、
どんな風につぶやいてゐるのか、
私はそれがききたいね、
それとも君は、君の心の中には、
なんにもぱちぱちハネるものが、
ないとでもいふのか、
君の心臓がさ、
君のフライパンがさ、
こんなに激しい油と火の中に住んでゐるのにさ、
君は経営者か、
そうぢやない使用人ぢやないか、
主人のものは、どんどん浪費すべきだよ、
炭をけちけちしてゐては、
いゝ料理ができつこないぢやないか、

私のコックは、とつくに腹を立てゝしまつたよ、
現実とは――、なんと油がふんだんにあり、
炭がふんだんにあるところだらうね、
だから我々料理人は、
今が大いに腕を示すべきときだよ、
何時だつて私の白い前垂に、
火がとびうつるんだ、
私は火達磨になつて死ぬ覚悟を決めたよ、

ねえ君、現実といふところは、
なんて辷るところだらうね、
すつかり建物も街路も油がしみきつてゐて、
てらてら光つてゐるし、
いたるところでは火を呼んでゐるよ、
――煙草を吸ふべからずだよ、
内証で吸ふ煙草の味のうまさはこたへられないね、
子々孫々へ伝へていゝね、
いゝ職業だよ料理人は、
可愛い奴だよ、フライパンは、
ポンと肉をほうりこんで、
ヂュといはせる、
堅けりや喰はないし、
柔らかけりや駄目だし、
半熟は総じて、お客の口に合ふよ、
歯で噛むと血がにじみでる位が、
肉を揚げては上々だよ、
わが友、
コックよ、
み給へお客の何と殺到することよ、
君も火達磨になるつもりで能率をあげ給へ、
鉢巻をし直し給へ、
繩ダスキをやり給へ、
お客はみんな若いんだ、
若い歯なんだよ、
頼むよ、柔らかい肉をね、
あんまり堅いんぢや、
当世喜ばれないよ、
大切にしたまへ、
君の主人公ではなくて、
君のお得意をさ――。


農民組合の一員の死
  ――同志の霊に捧ぐ――

若者は崖の上に立つてゐる
新しいロマンチズムよ、
勇気よ、
蒼空の青と、海の青との接触、
そこに一個の人間が手をひろげて立つてゐる。
このみすぼらしい海《ママ》村の日本海に面した
崖のとつぱなに出て
この若者は何をしようとするのだらう、
若者は崖から海にむかつて叫ぶのだ
――農民諸君
  われわれ百姓は――と。
どうしてこの若者を
単なるロマンチックと解し
英雄的行為だと言へようか、
沖にむかつて農民諸君と叫ぶとき、
魚たちは、けげんな顔をして、
波間から若者の様子を見てゐただらう。
陸には青年の叫び、
海ではフカが小魚をおどろかして通る、
雲の交叉、
そのスキ間から朝陽が勇躍し
ヌッと太くたくましい光つた片腕を突出し、
村の一角を赤い彩りをもつて捉へる、
曠野には馬が放された、
風はその馬のたてがみを吹きなびかせる、
風よ、
お前は馬にとつては、よき調髪師だ。

若者は毎朝日課のやうに海にむかつて
農民諸君と叫ぶ
それからくるりと踵《きびす》をかへして
農民組合の事務所へゆく、
ねつつこい、たゝかひを開く為めに赴く、
仕事が終へるとこの若者は寝にかへる、
稲が小山のやうに積まれた
その下に立つてゐる
この稲は彼のベッドだ、
間もなく稲のピラミッドの中に彼はもぐりこむ

――おまへは夕べ、何処へ泊つただ。
――あゝ、わしは
 友達のあつたけい、寝床へ寝ただよ。
母と子はたがひに案じ合ふ、
母はこゝろの中でおどろいてゐる、
息子が村の若者をみんな引きつけてゐるといふことを。
海にむかつて、まるで日蓮さまがやつたやうに
しきりに何か叫んでゐる息子を。
稲積みの中に寝て家に帰つてこない日のあることを。
ちかごろ鉄砲のやうに続けさまに
苦しさうな咳をしだしたことを。
**がしきりに息子の後をつけ廻してゐることを。

薔薇色の空は
ある日この青年にとつて砕けて見えた、
――おつ母あ
ワシは長いきをしたいよ!。
かうしんみりと語つたのは昨日《きのふ》のことだつた。
ところがその翌る日
座つてゐた彼は急に咳を一つした、
――おつ母あ、
 もうオレは駄目だ。
かう彼は早口に言つた、
そしてスウと屏風のやうに
後に静かに倒れてそれつきりだつた。

母親にとつては
なんとアッケない息子の生涯だつたらう。
自分のそばを離さず、
せめても夢だけでもゆつくりと、
色々と見せてから殺したかつた。
だがほんとうにこの若者は、
少しも母のそばにじつとしてゐなかつた、
僅かな瞬間に、わずかな夢より
見るひまがない程に、彼は忙しかつた、
稲の中で眠つて彼は永遠をとらへた夢を見た、
しかも彼は貧しい村の永遠を捉へた、

彼の死をかなしむ若い会葬者たちは、
母親の知らない唱歌をうたつて長い行列をつくつた、
母親はそして心からかう思つた。
この村の若い衆たちは、
肉親のわしよりも
息子の死んだことを何倍も
悲しんでゐるやうだと――。


気取り屋に与ふ

私は誇る
私が詩人であることを、
私がいちばん高い位置にあることを、
高さとは――私自身に犠牲を
要求する心理の階段の高さをいふ。
気取り屋よ、
君のツラへ
私は率直な鉄丸をぶつつけてやらう
君の仮面が砕けて
下から真物のツラが現れるやうに、
我々はもつと憎まれる必要があるのだ――、
十万の味方をつくるために
どうして我々は千の敵をつくることを
怖れてゐられるだらう。

したたるやうな水蜜桃よ、
甘い苺よ、
葡萄よ、
あらゆる果実を樽にぶちこんで
感情のジャムをつくり
虚偽者の頭へ投げつけてやらう、
詩人の攻撃とは
如何に複雑な味があるかを知らしてやれ、
野良犬のために路を譲る
私の謙遜さは誰も見てゐない、
だが私は豹のために
一歩も路をゆづることを恥ぢる、
行動を愛するもののみが
行動を楽しむことができる、
私はそれだ――
私は将に戦ひの享楽児だ
たたかふことの生涯のためにのみ
詩人といふ言葉はゆるされるだらう。


II


しやべり捲くれ

私は君に抗議しようといふのではない、
――私の詩が、おしやべりだと
いふことに就いてだ。
私は、いま幸福なのだ
舌が廻るといふことが!
沈黙が卑屈の一種だといふことを
私は、よつく知つてゐるし、
沈黙が、何の意見を
表明したことにも
ならない事も知つてゐるから――。
私はしやべる、
若い詩人よ、君もしやべり捲くれ、
我々は、だまつてゐるものを
どんどん黙殺して行進していゝ、
気取つた詩人よ、
また見当ちがひの批評家よ、
私がおしやべりなら
君はなんだ――、
君は舌たらずではないか、
私は同じことを
二度繰り返すことを怖れる、
おしやべりとは、それを二度三度
四度と繰り返すことを云ふのだ、
私の詩は読者に何の強制する権利ももたない、
私は読者に素直に
うなづいて貰へればそれで
私の詩の仕事の目的は終つた、

私が誰のために調子づき――、
君が誰のために舌がもつれてゐるのか――、
若し君がプロレタリア階級のために
舌がもつれてゐるとすれば問題だ、
レーニンは、うまいことを云つた、
――集会で、だまつてゐる者、
 それは意見のない者だと思へ、と
誰も君の口を割つてまで
君に階級的な事柄を
しやべつて貰はうとするものはないだらう。
我々は、いま多忙なんだ、
――発言はありませんか
――それでは意見がないとみて
  決議をいたします、だ
同志よ、この調子で仕事をすゝめたらよい、
私は私の発言権の為めに、しやべる

読者よ、
薔薇は口をもたないから
匂ひをもつて君の鼻へ語る、
月は、口をもたないから
光りをもつて君の眼に語つてゐる、
ところで詩人は何をもつて語るべきか?
四人の女は、優に一人の男を
だまりこませる程に
仲間の力をもつて、しやべり捲くるものだ、
プロレタリア詩人よ、
我々は大いに、しやべつたらよい、
仲間の結束をもつて、
仲間の力をもつて
敵を沈黙させるほどに
壮烈に――。


論争に就いて

私は友の軽快な議論をきいた、
その夜は疲れて気持よく熟睡することができた、
我々は何故このやうに議論し
何故このやうに口を尖らし
唇を、フリュートのやうに鳴らすのか
そのことを避けてはならない。
青年よ、
議論を避けるとき
君は常識家となるだらう、
東洋流に、議論を軽蔑してはいけない。
愛を語るとき、正義を語るとき、
愛は、正義は果して単純だらうか――
君と私とが一本の接木のやうに、
うつかりと妥協はできない、
一本の接木の枝のてつぺんから
怪しげな実を結ぶことはよくない、
争へよ、
君は君の血管のために興奮してやりたまへ、
君の若々しい細胞のために
夜を撤して語ることは悪くない、
若くして超然たる、若老人《わかどしより》を軽蔑してやらう、
沈黙は必ずしも偉大ではない、
君が若し沈黙を愛するなら、
相手の、君に対する憶測と誤解とを警戒し給へ。
最前の努力をもつて
真実のために語れ、
泡立つ青年の言葉をもつて語れ、
勝利を語るために遠慮するな、
静けさを求める者のためには
墓へ通ずる小路がある、
こゝには一切のものが停滞してゐる。
体力的であることの、青年らしさよ、
我々はけふ中心的な問題に就いて争ひ、
明日笑つて握手しよう、
劔をのむやうな技術をもつて
鋭利なものを嚥みくだす咽喉よ。
太い糞をするために
小さなケツの穴であるな、
あゝ、何と罵しりをもつて
終始する日が続くことだらう、
だが、私は決して悲しまない、
議論をもつて君が私と直面する刹那に、
君は火花のやうに、
私の胸へ理解を叩きこんでくれる。


姉へ

アカシヤの花の匂ひの、
プンと高く風にただよふところに――、
私の姉は不幸な弟のことを考へてゐるでせう
酔つてあばれた
ふしだらであつた弟は
いまピンと体がしまつてゐるのです。
そして弟は考へてゐるのです、
苦労といふものは
どんなに人間を強くするものであるかを。
私は悲しむといふことを忘れました、
そのことこそ
私をいちばん悲しませ、
そのことこそ、私をいちばん勇気づけます
私が何べんも都会へとびだして
何べんも故郷へ舞ひ戻つたとき
姉さん、あなたが夜どほし泣いて
意見をしてくれたことを
はつきりと目に浮びます、
――この子はどうして
 そんなに東京にでゝ行きたいのだらう、
弟はだまつて答へませんでした、
運命とは、私にとつて今では
手の中の一握りのやうに小さなものです。
私はこれをじつと強く、
こいつをにぎりしめます、
私は快感を覚えます、
――私は喰ふためにではなく
  生活のために生きてゐるのです。
といふほどに、今では大胆な言葉を
吐くことができます、
労働のために握りしめられた手を
私はそつと開いてみます、
そこには何物もありません
ただ憎しみの汗をかいてゐるだけです、
御安心下さい、
私は東京に落ちつきました。


自分の路・他人の路

すばらしい哉、
私は好むとほりの生活を
こゝまで、やり通して来た、
そしてこゝに誰に遠慮なく、怒り、泣き、歓喜し、
虚偽を憎むことが出来る、
片意地な奴等のために
階級的片意地をもつて答へてやれるし
潔白な友へは、
開つぴろげて魂を売り渡してやる、
潮のさし引きよりも
もつと移り変りの激しい
感情の使ひ跡をはつきりと私は知つた
人間へも、また猫へも、犬へも
花へも、樹木へも、
あらゆる人間以外のものにも
彼等の希望を代弁してやらう。

小さい頃の憧憬は消え去らない
青春の恍惚は去らないのだ、
一日、一日と水々《ママ》しく
むしろ是等のものが倍加される、
私の生活を封鎖しようとする奴のために
悪態を吐くことの
なんといふ喜びだらう。
死の中にあつて
死の存在を知らない馬鹿者のために
私は『死の歌』を歌つてやる、
生の中にあつて
生きてゐることを知らない者へも同様に――、
そして私は彼等を罵る、
――君等は、もう生きてゐないと、
青春を粗末にするものには
早く老いてしまへと祈つてやらう。
私は知らない
私や友の魂の行衛を、方向を――、
何処に昇つて行く梯子があり、
何処に君が降りてゆく階段があるかを、
私が知つてゐるのは
上へも下へでもなく困難な前方へだ、

私は自分の通る路を
自分の感情で舗装して進む、
他人の路ではなく自分の路で
他人の不安を借り物にするのではなく
自分自身の不安の路だ、
私は他人に私の路を、さし示すほど
勇気はもつてゐない
友は、諸君はまた、ひたむきに歌ふ
喜怒哀楽の良い楽器だ、
私もまた雨の中で感情の太鼓を打たう、
そして期待する晴天の日を、
私は疲労を忘れて
勇気ある鼓手たることを望む。


おとなしい人

なぐさまれない一日よ、
だが不満を捨てるゴミ箱はない、
味方にぶつぶついふことは
味方がたまらないだらう、
敵にむかつて自分の不満をさらけだすこと
つまり――敵に甘えることだ、
味方には愛情
敵には攻撃以外の何ものもなし、
さて、我々の不満よ、不満よ、
そのハケ口をどこにみつけようか、
それとも不平不満を
そのまゝじつと堪へて時間を喰ふか
それは良くない、
おとなしい人々よ、
不平を処理する方法は
七転八倒の苦しみの中から
引き出し給へ、
温順な人、
それは味方にも可愛がられる
そして敵にも愛される、
まあ、言はゞ階級闘争の
男メカケのやうなものだ、
私はさうしたおとなしさを軽蔑する。


数十万年目に相逢ふ月と星とに就いて

私はうつむいてあるく、
何を考へて歩るくと君はおもふ、
それはさまざまのことである、
つまらぬ出来事についても
たとへばユズの匂ひで濛々と部屋中を
とぢこめた銭湯に入つたことを考へながらあるく。
それから綿にアルコールをつけて
死んだ友だちの顔をふいてやつた時の
 ことを考へてあるく、
じつと地面をみつめてあるく。

私はものの観方を決して浅いとは思つてゐない、
もし私の視線が鉄の棒か、鋤《すき》であつたら、
二度とふたたび私の通つた後を
通ることができないほど
地面は私の視線で掘つくりかへされてゐるだらう
憎しみをもつて、あいつを見る、
あいつはその場で死ぬだらう。

私はいつものやうに
下うつむいて夜の街を通つた、
すると私とはアベコベに空を仰ぐ
ものものしい様子の大人や
子供の一団がゐるのに気がついた、
それは何かしら異常な出来事を好む人々が、
好んで立つ何時もの十字路であつた、
とほくに火事でもあるのか、

私は思はず人々のするやうに空を仰いでみた、
そこに不思議なものを見た、
空には何があつたか、
――それは親密な奴等のしやれた立話であつた。
そいつらは空でキラキラ光つて
いささか得意気にも見え
非常にひろい空間に
鷹揚に自分達の位置を占めてゐた、
それは一つの上向いた三ケ月様と、
その下にするどく光る金星と、
月の上部にはニブク光つてゐる土星であつた。
――近星《ちかぼし》は人死にがありますよ、
老人らしいのがこんなことをしやべつてゐた、
――今夜の月と星とは
 数十万年目に一度出逢つたんださうですよ。
その日の朝刊で知つて
誰やらがかう興奮しながらしやべつた、
みるみるうちに金星は
月の周囲をめぐりだした。

私は星の実在と
星が人間に与へる影響に就いて考へながら、
またしてもうつむきながら歩るきだした、
そして私はかう考へた、
あの黒い空に天文学者たちは
白いチョークで無数の線をひく、
そこで彼等は数十万年目に
月と金星と土星のコースが
今日合致するといふことを知ることができた、
なんといふ偉大な人間の仕事だらう――。
だが学者たちは月を星を、
この光る空の機関車のどれをも
自分の思ふ引つ込み線にひき入れることも、
ポイントを返して行き違ひにすることも
人間の力では不可能なんだ、
空の光るものたち、
光る機関車たちは
その日私にどんな土産物をもつてきてくれただらう。

その土産物はかうだ、
私にとつてはこの三つの光る物たちが
現れる丁度、一週間程前に
私の同志《タワリシチ》が自殺したといふ事実があつた。
あゝ、その星たちが運行し
近づきあつてゐる時に――、
同志は思想的苦しみのために
自滅にちかづいてゐたといふことであつた、
数十万年目の月と星との遭遇と
またこれらのものゝ離反のそのやうに、
いまでは私と友とは
永久に相逢ふことができなくなつた、
いまは私一人で
この美しい月と星との集合を見た、
それが彼等月や星が私へもつてきた第一の土産であつた。

第二の土産。
生きのこつてゐる私にとつての――、
星よ、ありあまる程のお前の印象であり、
そのお前の光りである、
生きてゐる私の手にお前たちの光りはとどく。
そのために一層私の手は美しく見えた、

私は友の死でこの一週間憂鬱だ、
そのために一層いつもよりうつむいて歩るいてゐる。
今夜の月と星はもう離れかけてゐる、
だが明日はまた我々の知らないところで、
また数十万年目に
相合ふ幾組かの星があらうとも知れない、
あるひは街で人々が騒ぎながらみるだらう、
また私は一人の同志を死なすかもしれない、
だが私はいづれにもせよ、
何時も感動をもつて星とさゝやく、
私の新しい生命について。
新しい未来について。
新しい問題について。
感動をもつて――、
お前とささやくことができるだらう。


青年の美しさ

新しいものよ、
あらゆる新しいものよ、
正義のために生れた
さまざまな形式を
わたしは無条件に愛す、
然も、君が青年としての
情熱をもつて
ふりまはす感情の武器であれば
それが如何なるもので
あらうとも私はそれを愛し、信頼す
私はおどろかない、
君の顔に
よし狡獪な表情が現れようとも
私は悲しまない、
君の行動に
臆病さがあらうとも
若し、それが君を守るものであるならば、
ましてや君の若い厳粛さと
青年の勇気は
なんと新しい時代の
蠱惑的な美しさをもつて
相手に肉迫してゐることだらう
青年よ、
我々は環視の只中にある、
あらゆるものに見守られてゐる。
熱心に祈りの叫びをあげながら
現実のつらさに
眼を掩つてゐる君の老いたる父や母にも――
吐息を立てゝゐる兄や妹にも――、
これらの身近なものは君を守る
だがとほくのものは
ただおど/\としてゐる許りだ。
信じたらよい、
君は夢の中の物語りをも――。
君のみる夢のなんと喜びに
みちた感動の彩りをもつものよ、
我々は知つてゐる
青年は青年の夢が
どのやうな性質の
ものであるかといふことを、
ふるへよ、
君の肉体を、
護れ、
君の感情を
そして君は入つてゆけ
もつとも旋律的な場所へ、
老いたるものにとつては
苦痛の世界であるが
我々青年にとつては
感動の世界で、ある処へ。


悪批評に答へて

卑怯な男に光栄な日が何日続くだらう、
彼の批評は一つの作品に
面とむかつてムンヅと組みついてくることをしない、
小股すくひや、後からの組みつき
あるひは通り魔のやうに
作品の上を横切つて
聞きとりがたい声で何やらつぶやいて通る
私の二百行の詩を五行の
印象批評で片づけてしまふ
彼の批評のすばらしさよ、
私の詩がヂャアナリズムに乗つた時
その瞬間彼は私の詩をとりあげた
その瞬間私は恥辱を感じた、
同時に彼が我々の陣容の
よき護り手ではなく
単なるヂャアナリズムの用心棒であることを暴露して。
彼のもつてゐる批評の尺度と
ヂャアナリズムの尺度との
何といふ偶然的な一致よ、
プロレタリア作家たちよ、
我々は批評を恐れてはならない、
私はほめられると嬉しい、
また悪く言はれると腹が立つ
だがそれはほんの眼をパチリと
まばたく間だけのことだ、
実は今では私は褒められても嬉しくなければ、
悪く言はれても腹がたたなくなつた、
真実な批評家のみが我々を感動させる、
彼を指して
理論や批評をもつて
大衆を正しい方向に導いてゐるものと考へちがひをするな、
実は彼は批評ではなく
大衆や作家にむかつて恐喝文を書いてゐるのだ、
脅やかしてまで大衆を
己れの方向にむかはせようとする
彼の理論は
将にファシスト的色彩を帯びてきた、
真理に熱心だといふこと――、
なんといふ涙ぐましいことか、
然しあまりに熱心さの故に
われわれは彼のやうに
恐ろしい独断主義になるといふことを
たがひに警戒しよう、
友よ、我々はこれらの批評家や
虎視眈眈《こしたん/\》たる多数の眼の輝やく中に
悠々として信ずるところの
作品を書き流さう、
批評家の凌辱をこばめ
君の作品にもし貞操があるとすれば――、
我々はむしろこの種の批評家に
黙殺されることを感謝していゝ、
友よ、批評家や、作家仲間の批評を
目標にして作品を書くな、
我々は大衆読者に直接愛されれば
それでいい――。


敗北の歌ひ手に与ふ

敗北の歌はしづかにきこえてくる、
君の肉体は良い声を発する
悲鳴と悔いと怖れと苦しみとの声
周囲の物、たとへば君の隠れ家の
扉がそのときどきのやうに
怖ろしい音を立てて軋《きし》つたか、
君はその物音に聴き耳をたてた、
敗北の君にとつては周囲のものすべてが
君と調和してゐる、
永遠の時間を
君が一瞬間占有して
敗北をうたひつづけることは自由だ、
ただ君の泣きつづける大胆さに
私は敬意を払ふだけだ、
然し私は君と共に
敗北の歌をうたはない
君は知つてゐる
針でついたほどの
小さな勝利をも発見することを――。
それを知らない君を哀れみながら、
私は私の時間を使用するために
君の妄想の小屋から出てゆく
そして路をゆく
私は右足と左足とを
かはりがはり単純に繰り返しつつ――。
私の旅立ちの愚劣さを
君に軽蔑されながら私は歩るいてゆく、
それで構はない
さまざまなところで夜となると眠る、
さまざまな夢をみて
そして圧倒的な強烈な光りを
周囲に投げかけて太陽が
のぼつたとき私は床を離れる、
私は太陽や、麦の匂ひや、
ザクロの赤さや、若い馬を
非難する言葉を知つてゐないから
君のやうに敗北の歌にこれらの物を
たたきこむ言葉をもつてゐないから――、
君が己れの敗北を肯定するやうに
これらのものの健康さを私は肯定する、
君の眼から私はいつも
苦痛を知らない
喜劇的な無智な男にみえるだらう。


空の青さと雲の白さのために歌ふ

空はあくまで青く、
雲はあくまで白く、
私達のために
私達の眼のとどく限り空は展開されてゐた、
ハムレットのセリフではないが
クジラのやうな雲の形は
見る見るラクダのやうに形を変へてゆく。
私はこの自由に移りかはる雲を
引きもどす何の神通力をもつてゐない
だが私の眼は
その雲をどこまでも何処までもと
追つてゆく力がある、

いま世界で
何人の人間がお前を見上げてゐるだらうか、
雲よ、
お前はそれを知つてゐるだらうか――。
あらゆる階級が
あらゆる処から空を仰いでゐるだらう、
幸《しあは》せなもの、
空よ、雲よ、
お前はあくまで我々のために動くものであれ、
その青さと白さの
明瞭さの為めに
私達は何時も
晴れた日のお前たちを
勝利の緞帳《どんちやう》のやうにも見あげる、


忘れられた月見草に

幸福でありたい私の詩人よ、
不幸はどんなに
辛いことであるか、
不幸――、そんなものはもう沢山だ、
だが他人は無理をしないで
順々に幸福になつたらいゝだらう、
まだ苦しみ方の不足してゐる
インテリゲンチャは
身悶えして苦悶をし給へ
一人の友が苦痛を訴へるとき
一人の友は苦しんでいけないなどといふ
私はそんな権利はない、
私には他人の苦しみを批難する権利を、
誰からも与へられてはゐない、
苦しむものは
むしろ私の良い親友だ、
月夜に月見草が
ぽつねんと白く咲いてゐるのに、
誰もそれを見てゐない、
私だけがそつと花の傍に立つて
しきりに花にしやべつてゐる、
苦しむもの、見忘れられてゐるもの
孤独なもの、
人間以外のものにも
よき友となるために
私の仕事は「発見」あるのみだ、
生きた人間が
最大の声をあげて
苦悶を訴へてゐるときに
優しく肩を叩いて慰めてやる前に
大きな手で口をふさいで
やるなどといふことが出来るだらうか、
友の苦痛の深さに答へるために
友の苦痛に負けない
歓びの歌を私は歌ふために努力しよう、
私は英雄でない
私は民衆の指導者ではない、
私はあらゆるものの教師となることが大嫌ひだ、
私はうぬぼれない、
私は憎むべきものと争ふ
若干の力のあることを信ずるだけだ、
友よ、
苦しめ、君は私の
親しい合唱《コーラス》として、


怒り虫として

愚劣で
なんの主張もないやうな
君の唇は噛み切つてしまへ
沈黙は怖ろしい
忘却は恐怖そのものだ、
私は嘆息するとき
肉体が衰へてしまふほど
ながいながい間、
咽喉は汽笛を鳴らしてゐる
私は怒り虫として
毎日、毎日新らしい遺言を書き続けてゐる、
憤怒は実に嬉しいものだ、
民衆は漬物桶の中にゐる
重石《おもし》で圧迫されてゐる、
うまい具合に醗酵してゐる、
私の心臓もナスビのやうに
うまい具合に漬かつてゐる
良い味のある歌をうたふのだ。


伴奏曲

静かな良い夜に
私はけつして浮かれてゐない、
私は突然に生れてきたものではないし
何等特別な経歴がない、
私はプロレタリア、
私は彼等のために
俗に平凡と名づけられる
生涯をこれまで押しつけられて
こゝまで長生してきたのだ、
だが今は決して通俗的な階級でない、
特異なものだ、
我々が痙攣を終へたとき
彼等が痙攣を始めた
恐怖の身ぶるひを――、
我々はこれを見てゐる
我々は惨忍を愛してゐない、
だが今は愛さなければならない
この行為は認められる、
我々の相手よ、
針の千本ものんで苦しめ、
首に麻繩を千べんも巻け、
鬚を剃るためのカミソリは
すぐ咽喉のために用意されてゐるのだから、
労働者たちは性格の
特異性を最大級に
発揮しなければならないし
インテリゲンチャの泣きごとは
戦ひの良い伴奏曲だ、
少くとも彼等が神を信ずるやうに
我々は我々の行為の信仰に
階級的ヱゴイストでなければならない、
生活を特殊化し
魅力あるものとせよ、
我々の冷静にはいつも魂胆がある、
彼等にとつては
覗《うかゞ》ひしれない
それは深いところにある。


調和を求めて

私のいちばん求め愛着のあるものは
それは調和だ、
あらゆる調和だ、
私はそれを求め、
達しられないために悩む、
はげしい嵐の中の立木が
堂々と風と闘ひ
みぶるひをしてゐるのを見るのは気持がよい
だが大きな岩石の蔭に
小さなスミレの花を発見することは
この上もなく悲しい、
巨大な機械の傍に
太い体の労働者が
突立つてゐるところをみると
なんといふ良い調和だらうと
私はヨダレを垂らしながら
いつも羨やむ、
立派な肉体や、強い意志や性格は
私にとつて良い嫉妬の対象である、
私は私なりにもつともピッタリとした
行動を求めてゐるのだが
ともすれば私の周囲の出来事の
大きな不調和な
矛盾の中にとびこんでしまひ
そしてあつちこつち小突き廻される、
単に威嚇的な身振りをして
己れの力を
敵の前で労費することは
私にとつてこの上もなく苦痛だ、
強がりや、こけをどかしの生活は
なんていやなことだらう、
驚嘆すべき力といふものは
いつも最も調和された
完成された形で現れるものだ、
だが――私は
強い石の傍《かたはら》の弱々しいスミレのやうに
「矛盾の美」をもつて、
「弱者の美」をもつて、
まだ他人を感動させようとしてゐる、
この二つのものは決して調和してゐない、
私は可能な力をもつて
小さな矛盾から解決していかう
そして之等のものを
新しい時代の
高度に調和的な世界に導くために
私は苦しまう、
調和的なもの不調和なもの、
同時にこの二本の剣を呑んだ
軽業師《かるわざし》のやうに
私は何時も咽喉や心臓の中で
絶えずこの二つのものの争ひは絶えない、
一方は一方の剣を切つてゐる、
そして苦しんでゐるものは私の肉体だ。


底本:「新版・小熊秀雄全集第2巻」創樹社
   1990(平成2)年12月15日第1刷
入力:八巻美恵
校正:浜野智
1998年9月1日公開
1999年8月28日修正
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