青空文庫アーカイブ

つね子さんと兎
野口雨情

---------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)草履《ぞんぞ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)花|簪《かんざし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
---------------------------------------------------------

ある日、つね子さんが、いつものやうにお庭へ出て、

[#ここから2字下げ]
兎来い 兎来い
赤い草履《ぞんぞ》買つてやろ

兎来い 兎来い
赤い簪《かんざし》買つてやろ

兎来い 兎来い
ぴよんこぴよんこはねて来い
[#ここで字下げ終わり]

と、『兎来いの唄』をうたつて遊んでをりますと、
『今日は、今日は』と云つて一疋の子兎が来ました。
『まア お前は子兎ね』とつね子さんが云ひますと、
『さうです。わたしは子兎ですよ。あなたのお唄が聞えたので参りました』
と子兎はなつかしさうに云ひました。
『あら、わたしの唄が聞えたの。お前のお家《うち》は何処《どこ》なの』と訊きますと、
『わたしのお家ですか。ほら、お月さまの中にお餅を搗《つ》いてゐるでせう。あれはわたしの伯父さんなんですよ。わたしのお家も矢つぱりお月さまの中なんですが、『兎来いの唄』が聞えたので、どうかしてゆきたいと、やつとのことで此処《ここ》まで参りました。』
『お月さまの中まで唄が聞えたの。』
『そりやアもう、手にとるやうによく聞えますよ。わたしのお友達は皆な真似てうたつてをりますもの。』
『さうなの』と、つね子さんは大へん感心をしまして、赤い鼻緒の草履と赤い花|簪《かんざし》とを買つてやりました。子兎は赤い鼻緒の草履をはいて、赤い花簪をさして嬉しさうに、

[#ここから2字下げ]
生れて 初めて
赤い草履《ぞんぞ》はいた

生れて 初めて
赤い簪さした

お月さんの国へ もう帰らずに
ここのお庭の兎にならう。
[#ここで字下げ終わり]

と、うたひました。つね子さんも、

[#ここから2字下げ]
お月さんの国へ もう帰らずに
ここのお庭の兎におなり

草履《ぞんぞ》切れたら
また買つてあげよう

赤い簪《かんざし》
また買つてあげよう
[#ここで字下げ終わり]

と、お庭中うたつて歩きました。子兎もつね子さんの後について、お庭中うたつて歩きました。
 そのうちに、日が暮れて、夕《ゆふべ》のお月さまが東の空からあがつて来ました。
『わたしのお友達が此方《こつち》を見ながら大きな声でうたつてゐるから御覧なさい』と、子兎がつね子さんに云ひました。つね子さんが耳をすまして聞きますと、

[#ここから2字下げ]
つね子さん ありがたう
赤い草履《ぞんぞ》 ありがたう

つね子さん ありがたう
赤い簪《かんざし》 ありがたう

お月さんの国へ
遊びにおいで
[#ここで字下げ終わり]

と、お月さまの中で大勢の子兎がうたつてゐる唄が、ほんたうに微《かすか》に聞えました。



底本:「定本 野口雨情 第六巻」未來社
   1986(昭和61)年9月25日第1版第1刷発行
初出:「小学女生」
   1921(大正10)年9月号
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


前のページに戻る 青空文庫アーカイブ