青空文庫アーカイブ
つね子さんと兎
野口雨情
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)草履《ぞんぞ》
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(例)花|簪《かんざし》
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(例)[#ここから2字下げ]
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ある日、つね子さんが、いつものやうにお庭へ出て、
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兎来い 兎来い
赤い草履《ぞんぞ》買つてやろ
兎来い 兎来い
赤い簪《かんざし》買つてやろ
兎来い 兎来い
ぴよんこぴよんこはねて来い
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と、『兎来いの唄』をうたつて遊んでをりますと、
『今日は、今日は』と云つて一疋の子兎が来ました。
『まア お前は子兎ね』とつね子さんが云ひますと、
『さうです。わたしは子兎ですよ。あなたのお唄が聞えたので参りました』
と子兎はなつかしさうに云ひました。
『あら、わたしの唄が聞えたの。お前のお家《うち》は何処《どこ》なの』と訊きますと、
『わたしのお家ですか。ほら、お月さまの中にお餅を搗《つ》いてゐるでせう。あれはわたしの伯父さんなんですよ。わたしのお家も矢つぱりお月さまの中なんですが、『兎来いの唄』が聞えたので、どうかしてゆきたいと、やつとのことで此処《ここ》まで参りました。』
『お月さまの中まで唄が聞えたの。』
『そりやアもう、手にとるやうによく聞えますよ。わたしのお友達は皆な真似てうたつてをりますもの。』
『さうなの』と、つね子さんは大へん感心をしまして、赤い鼻緒の草履と赤い花|簪《かんざし》とを買つてやりました。子兎は赤い鼻緒の草履をはいて、赤い花簪をさして嬉しさうに、
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生れて 初めて
赤い草履《ぞんぞ》はいた
生れて 初めて
赤い簪さした
お月さんの国へ もう帰らずに
ここのお庭の兎にならう。
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と、うたひました。つね子さんも、
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お月さんの国へ もう帰らずに
ここのお庭の兎におなり
草履《ぞんぞ》切れたら
また買つてあげよう
赤い簪《かんざし》
また買つてあげよう
[#ここで字下げ終わり]
と、お庭中うたつて歩きました。子兎もつね子さんの後について、お庭中うたつて歩きました。
そのうちに、日が暮れて、夕《ゆふべ》のお月さまが東の空からあがつて来ました。
『わたしのお友達が此方《こつち》を見ながら大きな声でうたつてゐるから御覧なさい』と、子兎がつね子さんに云ひました。つね子さんが耳をすまして聞きますと、
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つね子さん ありがたう
赤い草履《ぞんぞ》 ありがたう
つね子さん ありがたう
赤い簪《かんざし》 ありがたう
お月さんの国へ
遊びにおいで
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と、お月さまの中で大勢の子兎がうたつてゐる唄が、ほんたうに微《かすか》に聞えました。
底本:「定本 野口雨情 第六巻」未來社
1986(昭和61)年9月25日第1版第1刷発行
初出:「小学女生」
1921(大正10)年9月号
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年11月24日作成
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