青空文庫アーカイブ
少女と海鬼灯
野口雨情
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)お家《うち》は
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(例)[#ここから2字下げ]
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ある日、みつ子さんがお座敷のお縁側で、お友達の千代子さんと遊んでゐますと、涙ぐんだ小さな声で唄が聞えて来ました。
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わたしの お家《うち》は
海なのよ
わたしの姉さん
母さんは
御無事で お家に
居《を》るでせうか
わかれて来てから
もう二年
一度もたよりは
ないけれど
お家に 御無事で
居るでせうか
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唄は、ほんたうに哀《あはれ》ツぽい悲しさうな声で又聞えました。
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渚の沙《すな》さへ
子があれば
わかれて逢はない
子があれば
雨風吹いても
思ふでせう
千代ちやん みつちやん
千代子さん
みつちやん 千代ちやん
みつ子さん
雨風吹いても
思ふでせう
[#ここで字下げ終わり]
『あら』とみつ子さんは『千代子さんお聞きなさい。お庭の土の中でうたつてゐるんだわ』とびつくりして云ひました。
しばらくすると、唄は又聞えて来ました。
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わたしは お庭へ
捨てられて
夜昼 ひとりで
泣きました
どなたも 迎ひに
来てくれず
捨てらればなしに
なりました
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『土の中でうたつてるのは誰?』とみつ子さんと千代子さんが大《おほき》な声で云ひますと、
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わたしは 海の
鬼灯《ほほづき》よ
わたしは お庭へ
捨てられて
今では お庭の
土の下 土の下
[#ここで字下げ終わり]
『まア、鬼灯がうたつてるんだわ』『掘つてみませうよ』と二人は、小さい草引鍬で、この辺か知らと掘りますと、色のあせた海鬼灯が出て来ました。
『今しがた、うたつたのはお前なの』と訊きますと、『わたしです』と海鬼灯は、うれしさうに涙を浮べて、『お母さんや姉さんに逢ひたいから海へ帰して下さい』と二人にたのみました。みつ子さんも千代子さんも可哀想に思つて、海鬼灯を木の葉の上へ乗せて、
『かうして乗つてゐると海へゆけるからね』と裏の川へ持つていつて流してやりました。
海鬼灯は、木の葉の上に捉《つかま》つて、
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情は他人のためならず
御恩は必ず返します
[#ここで字下げ終わり]
と、繰り返し繰り返し歌ひながら、水の流《ながれ》につれて川下の方へ流れてゆきました。
底本:「定本 野口雨情 第六巻」未來社
1986(昭和61)年9月25日第1版第1刷発行
初出:「小学女生」
1921(大正10)年11月号
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年11月24日作成
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