青空文庫アーカイブ

蟹のしょうばい
新美南吉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蟹《かに》がいろいろ考えたあげく、
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 蟹《かに》がいろいろ考えたあげく、とこやをはじめました。蟹《かに》の考えとしてはおおできでありました。
 ところで、蟹《かに》は、
「とこやというしょうばいは、たいへんひまなものだな。」
と思いました。と申《もう》しますのは、ひとりもお客さんがこないからであります。
 そこで、蟹《かに》のとこやさんは、はさみをもって海っぱたにやっていきました。そこにはたこがひるねをしていました。
「もしもし、たこさん。」
と蟹《かに》はよびかけました。
 たこはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
「とこやですが、ごようはありませんか。」
「よくごらんよ。わたしの頭に毛があるかどうか。」
 蟹《かに》はたこの頭をよくみました。なるほど毛はひとすじもなく、つるんこでありました。いくら蟹《かに》がじょうずなとこやでも、毛のない頭をかることはできません。
 蟹《かに》は、そこで、山へやっていきました。山にはたぬきがひるねをしていました。
「もしもし、たぬきさん。」
 たぬきはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
「とこやですがごようはありませんか。」
 たぬきは、いたずらがすきなけものですから、よくないことを考えました。
「よろしい、かってもらおう。ところで、ひとつやくそくしてくれなきゃいけない。というのは、わたしのあとで、わたしのお父さんの毛もかってもらいたいのさ。」
「へい、おやすいことです。」
 そこで、蟹《かに》のうでをふるうときがきました。
 ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん。
 ところが、蟹《かに》というものは、あまり大きなものではありません。蟹《かに》とくらべたら、たぬきはとんでもなく大きなものであります。その上たぬきというものは、からだじゅうが毛むくじゃらであります。ですから仕事はなかなかはかどりません。蟹《かに》は口から泡《あわ》をふいていっしょうけんめいはさみをつかいました。そして三日かかって、やっとのこと仕事はおわりました。
「じゃ、やくそくだから、わたしのお父さんの毛もかってくれたまえ。」
「お父さんというのは、どのくらい大きなかたですか。」
「あの山くらいあるかね。」
 蟹《かに》はめんくらいました。そんなに大きくては、とてもじぶんひとりでは、まにあわぬと思いました。
 そこで蟹《かに》は、じぶんの子どもたちをみなとこやにしました。子どもばかりか、まごもひこも、うまれてくる蟹《かに》はみなとこやにしました。
 それでわたくしたちが道ばたにみうける、ほんに小さな蟹《かに》でさえも、ちゃんとはさみをもっています。



底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
   1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書
入力:めいこ
校正:もりみつじゅんじ
2002年12月26日作成
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