青空文庫アーカイブ

大菩薩峠
無明の巻
中里介山

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)畢竟《ひっきょう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)庭上露|茂《しげ》し

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「口+曹」、第3水準1-15-16]
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         一

 温かい酒、温かい飯、温かい女の情味も畢竟《ひっきょう》、夢でありました。
 その翌日の晩、蛇滝《じゃだき》の参籠堂に、再びはかない夢を結びかけていた時に、今宵は昨夜とちがってしとしとと雨です。
 机竜之助は、軒をめぐる雨滴《あまだれ》の音を枕に聞いて、寂しいうちにうっとり[#「うっとり」に傍点]としていますと、頭上遥かに人のさわぐ声が起りました。
 しとしとと降りしきる雨をおかして、十一丁目からいくらかの人が、この谷へ向って下りてくることが確かです。
 見上げるところの九十九折《つづらおり》の山路から徐《おもむ》ろに下りて来るのは、桐油《とうゆ》を張った山駕籠《やまかご》の一挺で、前に手ぶらの提灯を提げて蛇の目をさしたのは、若い女の姿であります。
 ややあって、駕籠だけは蛇滝の上に置かせて、蛇の目の女だけが提灯を持って、参籠堂の前まで下りて来ました。
 わざと正面の御拝《ごはい》のある階段からは行かないで、側面の扉をほとほとと叩いて、
「御免下さいまし」
 なんとなく、うるおいのある甘い声。机竜之助は枕をそばだてて、その声を聞いていると、
「あの、昨晩申し上げましたように、わたくしはこの夜明けに江戸へ参ります、それは、いつぞやも申し上げました、わたくしの子供の在所が知れました、ふとしたことから兄の家へ乳貰《ちちもら》いに来た人が、その子を連れて参りましたのを、兄が取り戻したから、そっと、わたくしに取りに来るようにと沙汰《さた》がありました、それ故、急いで行って参ります、急いで帰るつもりではございますけれど、行きがかりで日数がかかるかも知れません、どちらに致しましても、わたくしはあの子を連れてお江戸に近いところにはおられませんから、きっと戻って参ります、それまでの間、昨晩も申し上げましたように、これから上野原へお移り下さいまし、あれに月見寺《つきみでら》と申しまして、山家《やまが》にしては大きなお寺がございます、あのお寺には、わたくしの妹がおりますから、あれへおいでになって、暫く御養生をなさいませ」
 扉の外に立った女は欄干につかまって、扉の中へこれだけのことを小声で申し入れました。中へは入ろうとしないで、外でこれだけの用向をいって、中なる人の返事を待っている間に、提灯《ちょうちん》の中を上からながめているその面《おもて》が、やや盛りを過ぎてはいるけれども、情味のゆたかな女で、着物もこのあたりの人とはいえないまでに、柄のうつりのよいのを着ているのが、提灯の光ですっきりと見えるのであります。これぞ、巣鴨庚申塚のほとりで、不義の制裁を受けて殺されようとした女に紛れもないのです。たしか、この女の郷里は、ここから程遠からぬ小名路《こなじ》の宿《しゅく》の、旅籠屋《はたごや》の花屋の娘分として育てられた女であります。覗《のぞ》いている提灯にも、花という字が大きく書いてあるのでわかります。
 あれから後、夢のような縁に引かされて、この蛇滝に籠《こも》ることになってほぼ百箇日、その間の保護は、この女から受けていたと見るよりほかはありません。
 今、この女は江戸へ行くとのことです。江戸へ行かねばならぬその理由は、よそへ預けておいた行方不明《ゆくえふめい》の子供の行方がわかったから、それを取り戻しに行くのだと言っています。あの近所へ近寄れない怖れと弱味とを持っておりながら、やはり子供の愛には引かされて行くものらしい。
「子供というのは、それほど可愛いものかなあ」
 扉の中で竜之助の声。
「可愛ゆうござんすとも、子供ほど可愛ゆいものは……」
 提灯の中を見入っていた女が面を上げた時に、その身体《からだ》が欄干からするすると巻き上げられて、蛇にのまれたように、扉の中へすいこまれてしまいました。

         二

 参籠堂の中で、焚火が明るくなった時分に、机竜之助は、いつのまにか着物をきがえて旅の装いをすまし、頭巾《ずきん》をかぶって、その火にあたっておりました。
 それと向い合って、女は後《おく》れ毛《げ》をかき上げて、恥かしそうに横を向いていましたが、
「長房《ながふさ》というのへ出て小仏へかかるのが順でございますけれども、駕籠屋さんが慣れていますから、高尾の裏山を突切ると言いました、五十丁峠の道をわけて、山道づたいに上野原へ出た方が、道は難渋《なんじゅう》でも、人目は安心でございます」
「いや、なにかとお世話になるばかりで、御恩報じもできないことを痛み入ります」
と竜之助は、焚火に手をかざして、その蒼白《あおじろ》い面に、いささかながら感謝の閃《ひらめ》きを見せると、女は、
「いいえ、どう致しまして、わたくしこそ、命を助けていただいた御恩が返しきれないのでございます」
「いつ、拙者が人の命を助けたろう」
「お忘れになりましたのですか」
 女はその言葉に呆《あき》れたらしい。
「そなたに助けられた覚えはあるが、そなたを助けた覚えはありませぬ」
「まあ、ほんとうにお忘れになりましたのですか、あの、巣鴨の庚申塚のことを」
 この時、女は、病気のせいでこの人の記憶が鈍《にぶ》ったのではないかと、まじめに疑いはじめたが、竜之助は、
「覚えていますとも……」
「それごらんなさいませ。あのことがなければ、わたくしはどうなっていたか知れません、いいえ、わたくしはあの時に殺されていたのです、それを、あなた様に助けられましたので」
 その時の思い出が、女を堪えがたい羞恥《しゅうち》と感謝とに導く。
「そのとき助けたのは、拙者ではない、助けようと思ったのも拙者ではござらぬ。もしその時、そなたたちを助けようとした人、助け得た人があったとすれば、それは弁信といって、安房《あわ》の国から出た口の達者な、やはり眼の見えない小坊主の働きじゃ。拙者は人を助けはせぬ、助けようともしなかったのみならず……」
「いいえ、もうおっしゃらなくてもよろしうございます、なんとおっしゃってもわたくしは、現在あなた様に助けられているのですから」
 女はひとり、それを身にも心にも恩に着ているのであった。人の過《あやま》ちは七度《ななたび》これを許せと、多数の私刑者の中に絶叫して歩いたのは、竜之助の言う通り、安房の国から出た弁信という口の達者な、目の見えない小坊主であった。しかるにその人は感謝を受けないで、この人がひとりほしいままに女の心中立《しんじゅうだ》てを受けている。怨み必ずしも怨みではない、徳必ずしも徳ではない。外では雨の音。
「さて」
と刀を取って引き寄せようとしたのは、待たしてある駕籠のことを慮《おもんぱか》ったのでしょう。
「まあ、お待ち下さいませ、まだよろしうございます、かまいませんです、みんな家の者同様の人たちなんですから」
 最初には、上へあがることをさえ憚《はばか》った女が、今はかえって名残りを惜しんで、立たせともなき風情《ふぜい》であります。
「ああ、そうでした、わたくしはいつぞやお約束の餞別《せんべつ》を、あなたに差上げるつもりで持って参りました」
と言って、女は立って扉を押し、
「駕籠屋さん、あの刀をちょっとここへ貸して下さいな」
 やや離れた行衣場《ぎょうえば》に、同じく焚火にあたり、無駄話をしていた二人の駕籠屋を呼びます。

         三

 女は駕籠屋《かごや》から刀箱を受取って、それを改めて竜之助の前に置いて、
「あなた、この刀には、なかなか因縁《いんねん》があるのでございます」
「何という人の作か、それを聞いておきましたか」
といって竜之助は、箱の紐に手をかけてほどきはじめました。
「ええ、銘がございますそうです」
「在銘ものか。そうしてその銘は?」
 箱の中から萌黄《もえぎ》の絹の袋入りの一刀を取り出して、手さぐりで、その紐を払うと、女は燭台《しょくだい》をズッと近くへ寄せて、
「どうか、よくごらんなすって下さいまし、こういうものばかりは見る人が見なければ……」
「その見る人が、この通りめくらだ」
 袋の中から白鞘物《しらさやもの》を取り出しますと、女は、
「それでも、心得のあるお方がお持ちになればちがいます」
といって、今更、燭台を近く引き寄せたことの無意味を恥かしく思います。
「重からず、軽からず、振り心は極めてよい」
「手入れの少ないわりには、さびが少しもついておりませぬ」
「なるほど。そうして刃紋《はもん》の具合はどうじゃな」
といって竜之助は、鞘を払った刀を、女の声のする方へ突き出して見せました。
「刃紋とおっしゃるのは……」
 女はこころもち身を引きかげんにして、この時はじめて、傍近く引き寄せた燭台の存在が無意味でないことを知りました。竜之助の面《かお》と、突き出された白刃とを、蝋燭の光で等分にながめて、返事にさしつかえていると、
「刃紋とは、鍔元《つばもと》から切尖《きっさき》まで縦に刃の模様がついているはず、その模様が大波を打ったように大形についているのもあれば、丸味を持った鋸《のこぎり》の歯のように細かくついているのもある、或いは杉の幹を立てたようなのが真直ぐに幾つとなく並んでいるのもある、のたれ[#「のたれ」に傍点]というのもある、美しい乱れ形になっているのもあります」
「ございます、ちょうど、雨だれの簷《のき》を落ちる時のような同じ形が揃って、鍔《つば》の下から切尖まで、ずっと並んで、いかにもみごとでございます」
「あ、では五《ぐ》の目《め》乱《みだ》れになっているのだろう。それから、錵《にえ》と匂《にお》い、それは、あなたにはわかるまいが……銘があるとの話、その銘は何という名か覚えていますか」
「小さい時から聞いておりました、国広《くにひろ》の刀だそうでございます」
「国広……」
「はい」
「ただ、国広とだけか」
「ええ、国広の二字銘だとか、父が申しておりましたそうで」
「ああ、国広か」
 竜之助にかなりの深い感動を与えたものらしく、刀を二三度振り返してみて、
「国広にも新刀と古刀とあるが、これはそのいずれに属するか、相州の国広か、堀河の国広か」
とひとり打吟じて、
「多分、堀河の国広だろう、ああ、いい物を手に入れた」
 彼の蒼白《あおじろ》い面《かお》の色が、みるみる真珠の色に変ってゆくと、
「堀河の国広というのは、よい刀ですか」
「新刀第一だ」
 その真珠色の面が刀の光とうつり合って、どこかに隠れていた血汐《ちしお》が、音もなく上って来るようで、気のせいか女の鬢《びん》の毛が、風もないのに動いて見えます。
 刀を抛《なげう》ってここにほぼ百日。ようやく人の世の微光がその眼に宿りかけた時、再びこれに刀を与えた。要《い》らざる餞別《せんべつ》。与うべからざるものを与うるのが、女の常か。

         四

 雨のしとしとと降る中を、わざと甲州街道の本街道を通らずに、山駕籠に桐油《とうゆ》をまいて、案内に慣れた土地の駕籠舁《かごかき》が、山の十一丁目まで担《かつ》ぎ上げ、それから本山を経て五十丁峠の間道を、上野原までやろうとするのは、変則であってまたかなりの冒険です。しかし、駕籠屋が好んでそれをやるわけではなく、また乗る人が好んで、それを行きたがるわけでもなく、要するに女の特別の頼みと、駕籠屋が山上に住んでいて、往返《おうへん》の距離と案内においてかえって優れているせいと思われます。女は、そこまで見送って、別に一人の男をつれて、駕籠屋には駄目を押して、参籠堂から本道を家へ帰ってしまいました。
 十一丁目までの間は、壁にのぼるような急勾配《きゅうこうばい》。それから道は緩《ゆる》やかになって、そこで駕籠屋たちも無駄話をする余裕が出来ました。
「もし、旦那様、あの花屋のお若さんは、あなたのおかみ[#「おかみ」に傍点]さんですか」
 朴訥《ぼくとつ》な言葉で、前棒《さきぼう》をかついでいた若いのが、駕籠の中の竜之助に問いかけたものですから、竜之助もむずがゆい心持で、
「違う」
「そうですか、お若さんは江戸で御亭主をお持ちなすったそうですが、本当でしょうか」
「拙者は、それをよく知らないのだ」
「そうですか」
といって、前棒の若い駕籠屋は黙ってしまいました。その言葉つきによって見ると、これは全く土地の人間で、雲助風の悪ずれしたのとは、たちが違うことがよくわかります。暫く無言で、やや坂道になったところを上りきると、今度は後ろのが、
「お若さん、子供があるって本当だろうか」
 ぽつりと、思い出したようにいい出したのは、前棒のよりはやや年とったような声です。そうすると、前のが、
「ああ、そりゃ本当なんだ、なんでも今度は、その子供を引取って来るとかいってるものがあったよ」
「子供があれば御亭主があるだろう」
「そうだな、御亭主があっても子供はないのはあるが、子供があって御亭主のねえというのはあるめえ」
「では子供と一緒に御亭主さんも来るんだろう」
「そうかも知れねえ」
 あたりまえならば、この会話に何か皮肉が入りそうなのを、極めて平凡な論理と想像で進行させてしまって、道はまた少しく勾配にかかるので黙ってしまいました。
「旦那様」
 今度のは、後ろの駕籠屋が思い出したように、駕籠の中に向って言葉をかけました。そこで竜之助は、
「何だ」
「わたしどもは、あんまりお若さんが親切にあなた様の世話をなさるから、それで、お若さんはあなたのおかみさんだろうと、もっぱら噂《うわさ》をしておりましたよ」
「それは有難いような、迷惑なような話で、拙者は世話にはなったけれども、縁はないのです」
「それでも、お若さんは、大へんあなたに御恩になったように申しておりましたよ」
「別に骨を折って上げた覚えもないけれどな、まあ計らぬ縁でこうして世話になるのだ、あれはなかなか親切でよい人だ」
「そうです、親切で、気前がなかなかようございます。旦那様は、あのお若さんの盛りの時分から御存じですか、それとも、近頃のお知合いなんですか」
「ほんの、つい近頃の知合いだ」
「そうですか、小名路《こなじ》の花屋のお若さんといえば、甲州街道きっての評判でございましたよ、街道を通る人が花屋のお若さんから、お茶を一ついただかないことには話の種になりませんでした、それだけ評判者でしたけれども、身の上をお聞き申すとかわいそうです」
「ははあ」
 机竜之助は思わぬところから、女の身の上話を聞かされようとするのを、あながちいやとは思いませんでした。今までも、自分を推《お》しては問わず、女もまた好んで語ろうともしなかったが、雨の山駕籠を揺りながら、朴訥《ぼくとつ》な土地の者の口から無心に語り出でられようとする情味を、あえて妨げようとする気にもなりません。
「御存じですかね、お若さんは花屋の本当の娘ではありません、小さい時に貰われて来たんです」
「なるほど」
「貰われて来たんですけれども、その親許がわからないのですね」
「親がわからない?」
「それがね、わかっているのですけれども、わからないことにしてあるんです」
「というのは?」
「それが、なかなか入《い》り込んでいるんです。あの甲州街道の、駒木野のお関所の少し北のところに、お処刑場《しおきば》のあとがあるんでございます。今は、そこではお処刑《しおき》がありませんが、昔は、あそこでよく罪人が首を斬られたものです。今の花屋の死んだお爺さんが、そのお処刑場の傍らで供養にする花を売っていました、つまり花屋という名も、そこいらから起ったんでしょうねえ。ところで、あるとき一人の浪人が、その花屋のお爺さんに一口《ひとふり》の刀と、まだ乳《ち》ばなれのしない女の子を預けてどこかへ行ってしまいました、この女の子が、あのお若さんなのです。浪人衆は多分、父親なんでしょう、関所を通るについて、子供をつれては通りにくいことがあったのでしょう、それっきりお父さんというのが音沙汰がありませんで、女の子は花屋で引取って育てました、これがあのお若さんなんです。土地の人は、そんなことを知ってる者もありますが、知らないものもあります。本人のお若さんは、そのことを知らないでいるそうです」
「それが、どういう縁で、江戸の方へかたづいたのだ」
「そのことは、あんまりよく存じませんが、なんでもお若さんはいやがっていたのを、先方が強《た》ってというのに、世話人の方へ義理があって行くことになったんだそうですよ」
 後ろの老練なのが、委細を説明していたが、この時、不意に前棒の若いのが口を出して、
「お若さんには、別に好きな男があったっていうじゃないか」
「いろいろの噂があるにはあったがね。何しろ街道一といわれたくらいだから、人がいろいろのことをいいまさあ」
「なかなか固いという者もあれば、思いのほか浮気者だといってる者もあったね」
「いよいよ江戸へ行ってしまうという時に、高尾の若い坊さんが一人、縊《くび》れて死んでしまいました。それについて、またいろんな評判がありますが、つまり、その坊さんは、恋のかなわない恨みだということになっています」
「そんなことがあったか知ら」
「お前たちがまだ、鼻汁《はな》をたらしていた時分のことだ」
「してみると、お若さんは罪つくりだ」
「罪つくりにもなんにも、一体が女というものは、たいてい罪つくりに出来てるものですが、そのうちにも美《い》い女ほど、よけい罪つくりになるわけですねえ、旦那様」
といって老練なのが、竜之助のところへ言葉尻を持って来たのを、
「そうだ、そうだ」
と聞き流していると、前棒《さきぼう》の若いのが、
「罪つくりは女だけに限ったものでもあるめえ、男の方が、女に罪を作らせることも随分ありますねえ、旦那様」
 両方から、罪のやり場を持ち込まれて竜之助は、
「そりゃ、どちらともいわれない」
 この時、竜之助はふと妙な心持になりました。

         五

 本坊の前から炊谷《かしきだに》へかけて森々《しんしん》たる老杉《ろうさん》の中へ駕籠《かご》が進んで行く時分に、さきほどから小止みになっていた雨空の一角が破れて、そこから、かすかな月の光が洩れて出でました。
「占《し》めた、お月様が出たよ」
 老杉の間から投げられた光を仰いで、行手を安心する駕籠舁の声を、駕籠の中で竜之助は聞いて、
「ああ、雨がやんだか」
「ええ、雨がやんでお月様が出ましたよ、もう占めたものです」
「この分だと、大見晴らしから小仏の五十丁峠で、月見ができますぜ」
 しかしながら、山駕籠は別段に改まって急ぐというわけでもなく、老杉の間の、この辺はもう全く勾配はなくなっている杉の大樹の真暗い中を、小田原提灯の光一つをたよりにして、ずんずん進んで行きます。
 駕籠に揺られている竜之助は、天に月あることを聞いたが、身は今、この老大樹の闇の中を進んでいることを知らない。ただ、梢《こずえ》はるかの上より降り落つる陰深な鳥の声を聞いて、ここは多分、護られたる霊域の奥であろうとは想像するのです。
 ふと、その空気の圧迫と、怪しい鳥の落ちて来る鳴き声に、過ぎにし武州御岳山の霧《きり》の御坂《みさか》の夜のことが、彼の念頭を鉛のように抑えて来ました。宇津木文之丞を木剣の一撃に打ち斃《たお》したその夜、同門の人にやみうちを受けた霧の御坂の一夜、その夜、山の秘鳥、御祈祷鳥《ごきとうどり》が、降りかかるようにわが身辺に鳴いていた中を、彼は熱さに燃ゆるお浜の胸を抱いて、闇を走ったのではないか。
 お浜はいずれにある。恨みに生きて恨みに死んだ、かの憎むべき女の遊魂は、いずれにさまよう。
 人間の罪、今も心なき駕籠舁の口から出たその人間の罪は、男女いずれに帰すべきやを知らない。その起るところのいつであるか知らないように、その終るところのいずこであるやを知らない。ただ知っているのは、罪は畢竟《ひっきょう》ずるに、罪以上のものを産まないということ。
 それは仮りに罪といってみるまでのことで、竜之助自身にあっては、世のいわゆる罪ということが、多くは冷笑の種に過ぎないことです。彼は自分の生涯を恵まれたる生涯だとは思っていないが、また決して罪悪の生涯だとは信じていないのです。彼自身においては、自分が生きるように生きているのみで、未だ曾《かつ》て企《たくら》んで人を陥れようとしたことがない。わが生きる前途にふさがるものは容赦なく、これを犠牲にして来たつもりだが、わが存在を衒《てら》うために一筋でも、他を犯したことはないつもりである。夜な夜な出でて人を斬ったことですらが、彼は渇して水を求むるのと同じことで、自己の生存上のやむにやまれぬ衝動に動かされたのだという、盲目的の信念に生きているのであった。国と国が争う時には、幾万の人の命が犠牲になるではないか……自然が威力を逞《たくまし》うした時、おびただしい人畜を殺すこともあるではないか。誰が国と自然との罪を責める?
 悪いことをしていない、という盲目的信念は、今までこの男をして、世の罪ある者の方へ、罪ある者の方へと縁を結ばしめて来た。愛すべきものは罪である。ことに愛すべきは罪を犯して来た女である。今まで彼を愛し、彼に愛せられた女性は皆、この罪ある女ではなかったか。愛でも恋でもない、それは罪と罪とのからみ合う戯れではないか。ただし戯れにしては、その悶《もだ》えがあまりに重くして深いことの怨みがある。
 道はいつしか、老杉の境を出でて樺木科《かばのきか》の密林をよぎると、そこから、すすき尾花の大見晴らしの頭が現われます。
「すっかり晴れちまったね。いいお月見ですよ、旦那様」
 駕籠屋がいい心持で天を仰いで、雨あがりの雲間の冴《さ》えた月をながめて、その気分をいささかながら駕中《がちゅう》の人に伝えようとする好意で、
「ここのお月見は格別ですね、何しろ十二カ国が一目で見渡せるんですからね」
 駕籠は、すすき尾花の大見晴らしを徐々《しずしず》と押分けて進むと、五十丁峠のやや下りになります。少しく下ってまた蜿蜒《えんえん》として、すすき尾花の中に見えつ隠れつ峰づたいに行く道が、すなわち小仏の五十丁峠。もし昼間にこれを通るならば、身の丈を蔽《おお》いかくすほどの、すすき尾花の路のつい足もとから、バタバタと雉子《きじ》や山鳥が飛び出して、幾度か旅人を驚かすのですが、夜はすべての鳥が、その巣に帰っていると見えて、悠長な駕籠屋を驚かすほどの物音もなく、五十丁峠を七八丁ほど来て、また小高い峰の頂にかかった時、
「向うのあの松林の中で、変な火の色が見えたぜ」
「え、松林の中で?」
 二人の駕籠屋はいい合わせたように、大だるみ[#「だるみ」に傍点]の方面へ走った峰つづきの松原の方を眺めました。
「なるほど」
「何だろう、あの火は」
「提灯でもなし」
「焚火でもなし」
 駕籠の中で、それを聞いていた竜之助は、むらむらと昨夜《ゆうべ》の夢を思い起しました。その松林には、はるばると甲州の白根の奥から来た肉づきの豊かな年増《としま》の山の娘がいて、その火は、温かい酒と松茸《まつたけ》を蒸しているのではないか。
「こっちへ来るようでもあるし、あっちへ行くようでもあるし」
「いやな色をした火だなあ」
 駕籠《かご》の歩みが、こころもち遅くなったのは、すすき尾花の丈がようやく高くなって、歩みわずらうせいでしょう。
「だけんど、おれはこの道でおっかねえと思ったのは、たった一ぺんきりさ」
と前棒《さきぼう》の若いのが、おじけがついて、強がりをいってみたくでもなったもののようです。
「そりゃあ、どうしてだ」
「高尾の山には天狗様がいるという話だが、おれは、三年ばかり前の晩景《ばんげ》、この通りでその天狗様にでっくわしてしまった。なあに、鼻も高くはないし、羽団扇《はうちわ》もなにも持っちゃいなかったし、あたりまえの旅人の風《なり》をしていたんだが、その足の迅《はや》いこと……すっとすれ違ったと思ったら、あの地蔵辻から、もう大見晴らしの上に立っていたのにおったまげて、あの時ばかりは動けなくなっちまったよ」

         六

 その地蔵辻の上へ駕籠を置いて、駕籠屋は一息入れています。
 蜿蜒《えんえん》として小仏へ走る一線と、どこから来てどこへ行くともない小径《こみち》と、そこで十字形をなしている地蔵辻は、高尾と小仏との間の大平《おおだいら》です。
 四方に雲があって、月はさながら、群がる雲と雲との間を避けて行くもののように、景信《かげのぶ》と陣馬《じんば》ヶ原《はら》の山々は、半ば雲霧に蔽《おお》われ、道志《どうし》、丹沢《たんざわ》の山々の峰と谷は、はっきりと見えて、洞然《どうぜん》たるパノラマ。その中に置き据《す》えられた一つの駕籠。
 机竜之助は、その中に、堀河の国広を抱いて、うっとりと眠るともなく、醒《さ》めるともなく、天狗様の怪異談まで聞いて、駕籠のとどまったことを夢心地に覚えていると――
 その時、不意に風でも吹き起ったもののように、サーッと尾萱《おがや》の鳴る音が、行手ではなく、自分たちが今たどって来た道筋から起ったかと思うと、月影に見ゆるのは、旅人らしい一箇の人影です。
「今晩は」
 その人影は早くも、休んでいた駕籠の傍へ来た。先方から挨拶の言葉で、二人の駕籠屋があわてました。
「今晩は」
「いいあんばいに、雨があがりましたね」
「ええ、いいあんばいに雨があがりましたよ」
「どちらへおいでになりますね」
「ええ、上野原の方へ。急病人がありましたのでね」
「それは、それは」
といって、旅人はお辞儀をして、その駕籠のわきの細道を通りぬけようとして、また踏みとどまり、
「済みませんが、火を一つお貸しなすって下さいまし」
「さあ、どうぞ」
 この旅人は、棒鼻の小田原提灯の中の火が所望と見えて、懐ろから煙草入を出すと、その面《かお》を提灯の傍へ持って行きました。駕籠屋は心得て提灯を外《はず》して、その旅人の鼻先に突きつけてやりながら、その面を見るとかなりの年配で、堅気の百姓のようでもあるし、何か一癖ありそうにも見えますが、物ごしは最初から丁寧で、好んでこの夜道を突切りたがる男とは見えません。
「いや、どうも有難うございました」
 吸いつけた煙草をおしいただいて、お礼の真似事をしながら、ジロリと駕籠の方を見ましたが、あいにくに提灯をこっちへ持って来ていたものだから、横目でジロリと見たぐらいでは、思うように見当がつかないらしい。
「どう致しまして」
 そこで旅人は、煙草をくゆらして、お別れをしようとしたが、また何か思いついたもののように、
「若い衆さん、お気をつけなさいましよ、やがて霧が捲いて来ますぜ」
「え、霧が……こんな雨上りの月夜にですか?」
「そうですよ、町の真中でさえ霧に捲かれると、方角を間違えますからな、ことに山路で霧に捲かれては、いくら慣れておいでなすっても、困ることがありますからね」
「そうですかねえ」
 駕籠屋は、いよいよ解《げ》せぬ色で、その忠告を聞き流していたが、なあーに、こんな雨上りの月夜に、そう急に霧が捲くことがあるものかと、たかをくくってそれにはあえて驚きもしなかったが、やがて、
「あッ!」
と驚かされたのは、いま立去った旅人の挙動です。つい、たった今、そこで煙草の火をつけて、霧の起るべき予告をしておいて立去った旅人は、早や眼を上げて見ると、二十八丁の頂《いただき》に、豆のような形を消して行くところです。
「今の人が、もうあすこまで行った」
「あッ!」
と若いのが青くなったのは、今も今の話、天狗様の夜歩きを、この男は生涯に二度見たからです。二人の見合わせた面は真蒼《まっさお》です。
「さあ、いけねえ」
 慄《ふる》えがとまらないでいる。この時遅しとでもいおうか、谷と沢の間から、徐々として白いものが流れ出すと、峠や峰の横合いからも、ひたひたとその白いものが流れ出して来るのです。
 気のついた時分には、月の光も隠れておりました。
「さあ大変! 天狗様のお告げ通りになったぞ」
 彼等は、いま立去った旅人を人間とは見なかったように、いま捲き起った霧を、単純な天変とは見ることができないで、戦《おのの》きはじめました。
「旦那様、旦那、どう致しましょう、いっそ駕籠《かご》を戻しましょうか、それとも千木良《ちぎら》の方へでも下りてしまいましょうか」
 根が正直な土地の駕籠屋だけに、まじめになって駕籠の中の客に相談をかけると、その理由を知ることのできない竜之助は、
「どうして」
「今晩は、いけない晩でございますよ」
「何がいけない」
「お聞きになりましたか、今、怪しい旅の人が、煙草の火を借りて参りました、それが、その、ただの人ではないのでございます」
「ただ人《びと》でない?」
「ええ、さきほどもお話し致しました通り、この高尾のお山には、昔から天狗様が棲《す》んでおいでなさるのです、そうして今の旅人がたしかに、その天狗様に違いありません」
「ばかなことをいうな、拙者もここでその旅人のいうことをよく聞いていたが、人間の声だ」
「左様でございます、言葉だけをお聞きになったんでは、ちっとも人間と変りはございません、また姿を見たって人間とちっとも変りはございませんが、旦那様、歩くところをごらんになれば、直ぐわかります」
「何か変った歩きつきをして見せたか」
「変ったどころではございません、今ここで煙草の火をつけて、霧が捲くから用心しろとおっしゃったかと思うと、もう二十八丁目の天辺《てっぺん》へ飛んで行ってしまいました」
「羽が生えて飛んで行ったのか、足で歩いて行ったのか」
「それは、よく見届けませんでしたが、二人がこうして傍見《わきみ》をしているかいない間に、もうあすこまで一飛びに飛んで行ったんですから、おおかた羽が生えたんでしょう」
「心配することはない、ずいぶん世間には足の迅《はや》い奴があるものだ、人間業《にんげんわざ》とは思えないほどに迅い奴があるものだ、そういう奴が、よく山道の夜歩きなぞをしたがる」
「足の早いといったって旦那、たいてい相場がありましょう、今のあの旅人なんぞは……」
「たとい、天狗にしろ、お前たち、なにも天狗に申しわけのないほど悪いことをしているわけではあるまい」
「いいえ、論より証拠でございます、天狗様がお知らせになった通り、晴れた月夜が、このように霧になってしまいました」
「かまわず目的通りの道を行くがよい」
「でも旦那、ほかの者と違って、相手が天狗様じゃかないません」
「お前たち、天狗に借金でもあるのか」
「御冗談をおっしゃってはいけません、罰《ばち》が当ります」
「罰は拙者が引受けるから、かまわずやってくれ」
「行くには行きますがね」
 二人の駕籠屋は怖々《こわごわ》ながら棒に肩を入れました。どのみち、進むか退くかせねばならぬ運命を、ぼんやり立っているのはなお怖いような心持がする。最初のうちは、彼等が仰天したほど深くはなかった霧が、歩き出すにつれて、歩一歩と深くなりまさってゆくようです。やがては峰も谷も、すすきも尾花も一様に夜霧に蔽《おお》われて、人も駕籠もその中に没入して、五十丁峠は晦冥《かいめい》の色に塗りつぶされてしまいました。
 駕籠屋が迷いはじめたのはそれからです。本来この連中が、この慣れきった道に迷うはずがないのを、迷い出しました。
「旦那、方角がわからなくなっちまったんですが、どっちへいったもんでしょう!」
 正直な二人が、ようやくのことで弱音《よわね》を吐き出した時分は、もう真夜中で、彼等としては、こうも行ったら、ああも戻ったらという、思案と詮術《せんすべ》も尽き果てたから、鈍重な愚痴を、思わず駕籠の中なる人に向ってこぼしてみたのです。
「こんなはずではなかったんですが、どっちへ行っても道へ出ないでございます、いっそ千木良か底沢へ下りてしまおうかと思いますが、その道がどうしてもわからないでございますよ」
「それを拙者に言ったって仕方があるまい」
「それはそうでございますけれども、景信から陣馬を通って上野原へ山道をする、その慣れきった山道が、今夜に限ってわからなくなってしまったのは、只事じゃございません」
 彼等はもう、おろおろ[#「おろおろ」に傍点]声です。
 竜之助は、もう取合わない。
「もうし」
 この時、立てこめた夜霧の中から、不意に響いて来たのは人の声です。それも優しい子供らしい声でしたから、
「おや!」
「失礼でございますが、あなた方は、そこで何をしておいでになりますか」
 続いて彼方《かなた》の夜霧の中から起った声は、以前と同じく優しい子供らしい声で、しかもこの時は一層はっきりして、朗々たる音吐《おんと》になっておりました。
「道に迷ったんだよ」
 駕籠屋は、不意や、おそれや、癇癪《かんしゃく》や、いろいろの思いで投げ出すように返事をしますと、先方で、
「私もそうだと存じましたから、失礼ながらこちらから言葉をかけてみましたのでございます、さいぜんから、あなた方は同じ所を往きつ戻りつなさっておいでの御様子が、只事とは思えませんのでございますものですから、もしやとお尋ねを致しました。斯様《かよう》に申しまする私は、決して怪しいものでもなんでもございません、もと安房国《あわのくに》清澄《きよすみ》の山におりました小法師でございまして、あれから一度は江戸へ出て参りましたが、江戸も少しさわることがございましたために、私に幼少の折から琵琶を教えて下さいました老師が、あの高尾山薬王院に隠居をしておいでの由を承り、それを頼って参りましたが、不幸にして老師は上方《かみがた》の方へお立ちになってしまったあとなのでございます、それ故に、私も高尾がなんとなくつれなくなりましたから、今宵《こよい》心をきめまして、またも行方定めぬ旅に出でたというわけなのでございます。連れが一人ございます、これは清澄の茂太郎《しげたろう》と申し、私よりも年下の男の子でございます」
 問われないのにこれだけのことを、一息に喋《しゃべ》ってしまった者があります。

         七

 これより先、道庵の家の一間で、中に火の入れてない大きな唐銅《からかね》の獅噛火鉢《しかみひばち》を、盲法師《めくらほうし》の弁信と、清澄の茂太郎が抱き合って相談したことには、
「茂ちゃん、また困ったことが出来たね」
「どうして」
「お前がこの間、上手に笛を吹いたものだから、たちまち評判になって、あれは清澄の茂太郎だ、清澄の茂太郎が道庵先生の家に隠れていると、こう言って噂をしていたのが広がってしまったようだよ」
「困ったね」
「それが知れるとお前、また小金ヶ原のような騒ぎがはじまって、二人が命を取られるかも知れない、そうでなければ両国へ知れて、またお前が見世物に出されてしまうかも知れない」
「どうしたらいいだろう、弁信さん」
「わたしは、それについて、いろいろ考えてみました、うちの先生に御相談をしてみようと思ったけれども、うちの先生は、そんな相談には乗らない先生だから困っちまう」
「どうして、先生が相談に乗らないの」
「でもね、先生に薄々《うすうす》その話をするとね、先生があの調子で力《りき》み返ってね、ナニ、お前たちを取り戻しに来るものがあるって? 有るなら有るように来てごらん、幾万人でも押しかけて来てごらん、憚《はばか》りながら長者町の道庵がかくまった人間を、腕ずくで取り返せるなら取り返してみろ、とこう言って大変な力み方で、わたしたちの言うことを耳にも入れないのだから、先生に相談しても、トテも駄目だと思います」
「では、どうしたらいいだろう」
「茂ちゃん、先生にはほんとうに済まないけれどもね、二人で今のうちにここを逃げ出すのがいちばんいいと思ってよ、今のうち逃げ出せば、二人も無事に逃げられるし、先生のお家へも御迷惑をかけないで済むから、今のところは御恩を忘れて、後足で砂を蹴るようで、ほんとうに済まないけれども、あとで私たちの心持はわかるのだから、いっそ、そうしてしまった方がよいだろうと思う。茂ちゃん、お前逃げ出す気はないかえ」
「弁信さん、お前が逃げようと言うんなら、あたいも逃げる」
「それじゃあ逃げることにしようよ、それもなるべく早い方がいいから、今晩逃げることにしようよ」
「あたいはいつでもいいけれど、逃げるって、お前どこへ逃げるの」
「逃げる先は、わたしがちゃんと考えてあるから心配をおしでない」
「もう、小金ヶ原じゃあるまいね」
「まさか、二度とあそこへ逃げられるものかね、今度は全く方角を変えて、いいところを考えてあるんだから心配をしなくってもいい。それでね茂ちゃん、もう一つ相談だが、お前、ここでいっそわたしと同じように、坊さんになってしまう気はないかえ」
「頭を丸くするの、なんだかイヤだなあ」
「イヤなものを無理にとは言わないけれど、向うへ行って長くいるようなら、そうしておしまいよ」
「そりゃあ、お前、都合によっちゃあね、坊さんになってもいいけれども、いま直ぐじゃきまりが悪いよ」
「いま直ぐでなくってもいいのよ、その心持でいてくれればいいの」
「そうして、お前、逃げて行く先はどこなの」
「それはねえ、これから甲州街道を上って行くと、甲州境に高尾山薬王院というお寺があるのよ、そこへ逃げて行こう」
「お前、そのお寺と懇意なの」
「そのお寺に、昔わたしに琵琶を教えてくれたお師匠さんが、御隠居をなさっていらっしゃるということを思い出したんだよ」
「それはよかったね」
「そんなに遠いところじゃないのよ、ここから十五六里ぐらいのものでしょう。茂ちゃん、お前は足が達者だし、わたしは眼が見えないけれども、旅をすることは平気だから、十里や二十里はなんともありゃしないね」
「十里や二十里、なんともないさ」
「それじゃお前、今夜、人が寝静まってから逃げ出すことにしようよ。先生はお帰りになるかならないか知れないけれど、どちらにしてもあの通り酔っぱらっておいでなさるから、夜中に眼をおさましなさるようなことはないけれど、国公さんに気取《けど》られないように気をつけて下さい」
「ああ」
「そのつもりで、あたしは草鞋《わらじ》をちゃあんと買っておきました、少し大きいけれども、茂ちゃん、お前もこれをお穿《は》き」
「有難う」
「お小遣《こづかい》は、あたしが持っているのを、お前にも分けて上げるよ」
「有難う」
「裏のくぐりから出ることとしましょう。夜中に、あたしが時分を見計らってお前を起すから、それまではゆっくり休んでおいで」
「ああ、あたいはそれまで休んでいるけれど、弁信さん、お前寝過ごしちゃいけないよ」
「大丈夫」
「弁信さん、お前の前だけれどね、あたいはお寺はあんまり好きじゃないのよ、清澄にいる時だって、ずいぶん頑入《がんにゅう》にいじめられたからなあ」
「ああ、そうそう、頑入はずいぶんお前を苛《いじ》めたっけね。けれどもね、頑入の方から言えば無理もないところがあるんだよ、お寺へ入れられてもお前は、少しもおとなしくないんだもの、そうして人の嫌いな虫や獣とばかり遊んでいるんだもの。頑入はお仕置のつもりであんなことをしたんだから、頑入ばかりが悪いと思っているとお前、了見《りょうけん》が違うよ」
「高尾の山には、頑入みたような坊さんはいないだろうなあ」
「そりゃいないだろうけれど、お前、おとなしくしなくちゃいけないよ」
「山へ行きたいなあ」
「山はお前、房州よりもあっちの方が本場だから、ずいぶんいい山がたくさんあるだろう、峰つづきを歩くと、甲斐の国や信濃の国の山へまでいけるんだからね、それを楽しみにしてお前、早くお寝よ」
 二人はここで相談をととのえて、おのおの眠りに就きました。果してその翌日になると、道庵の屋敷にこの者共の影が見えません。そこで、さすが呑気《のんき》な道庵主従も騒ぎ出して見ると、二人の寝た行燈《あんどん》の隅に置手紙がしてあります。それを読んだ道庵が大きな声をして、
「べらぼうめ、逃げるなら逃げるでいいけれど、道庵の家は食物が悪いから居堪《いたたま》らねえの、やれ人使いが荒いから逃げ出したのと、よそへ行って触れると承知しねえぞ」
と言ってプンプン怒ってみたけれども、別にあとを追っかけろとも言いませんでした。ともかくも相談の通りに道庵屋敷を落ちのびた二人の者は、真夜中の江戸の市中をくぐり抜け、弁信は例の琵琶を頭高《かしらだか》に負いなし、茂太郎は盲者の手引をして行く者のように見えましたから、さのみ怪しむものもありません。
 上高井戸あたりで夜が明けました。それから甲州街道の宿々を、弁信法師は平家をうたって門附《かどづけ》をして歩きます。
 茂太郎はその手引のつもりで先に立っていたが、弁信の語る平家なるものが、なにぶん俚耳《りじ》に入らないで困ります。
 祇王祇女《ぎおうぎじょ》を淋《さび》しく歌っても、那須の与市を調子高く語り出しても、いっこう家並の興を惹《ひ》きません。道行く旅人の足をとどめることもできません。
 ある時は、祭文語《さいもんかた》りのために散々《さんざん》に食われて、ほうほうの体《てい》で逃げました。
「弁信さん、お前の平家は、根っから受けないねえ」
 府中の六所明神に近い大きな欅並木《けやきなみき》の下で、一休みした時に、さすがの茂太郎も、弁信法師の平家物語なるものに、そぞろ哀れを催してしまいました。
 ところが、弁信法師はそれほどにはしょげておりません。
「ねえ、茂ちゃん、平家というものは、本来流して歩くように出来ていないのだからね。お江戸の真中だってお前、平家を語って歩いて、それを聞いてくれる人は千人に一人もありゃしないよ。だからなるべくよけいの人に聞いてもらいたいと思うには、これじゃ駄目なんだよ。それで、あたしは琵琶をやめて三味線にし、平家の代りに浄瑠璃《じょうるり》をやってみたいと、ずっと前からそのつもりでいたけれどもね、気に入った三味線が手に入らないし、それから浄瑠璃もまだ人様の前で語れるほどに出来ていないから、やっぱり、まだこうして手慣れた琵琶をやっているのよ」
「だからお前、琵琶をやめて、急いで歩いた方がいいだろう」
「それでもねえ、黙って道を歩くよりは、何かの縁になるものだから、やっぱり、あたしは知っていることは人様に伝えた方がよかろうと思ってよ。人様があたしをお喋《しゃべ》りだという通り、あたしは知っているだけのことはみんな喋ってしまいたいし、聞いてくれ手があってもなくっても、覚えているだけの平家は語ってしまいたいのが、わたしの性分なんでしょう。それについて、ここはお前、武蔵の国の府中の町といって、この府中の町にはお六所様というのがあって、これが武蔵の国の総社になっているのです。あたしは今晩、そのお六所様のお宮の前で、平家を語ってお聞かせ申したいと思っていますよ。昨夜は十五夜でしょう、今夜は十六日ですからね、いざよい[#「いざよい」に傍点]のお月様をいただいて、あたしの拙《まず》い琵琶を神様へ奉納をして上げたいと思って、さいぜんからそのことを考えて来ました。日が暮れて月が上る時分まで待って、そろそろお六所様のお庭へ行ってみましょうよ」
 欅の根に腰をかけた弁信が、こんなことを言い出したから茂太郎も、さすがにその悠長に呆《あき》れました。呆れながらまた弁信らしい願いであると思いました。
「弁信さん、お前がその気なら、あたいだっていやとは言わないよ」
 この二人は、木茅《きかや》に心を置く落人《おちうど》のつもりでいるのか、それとも道草を食う仔馬《こうま》の了見でいるのか、居候から居候へと転々して行く道でありながら、こし方も、行く末も、御夢中であるところが子供といえば子供です。
 陰暦十六日の月があがった時分に、この二人は相携えて、武蔵の国の総社、六所明神の社の庭へわけいりました。

         八

 六所明神の前にむしろを敷いて弁信法師は、ちょこなんと跪《かしこ》まり、おもむろに琵琶を取り上げてキリキリと転手《てんじゅ》を捲き上げると、その傍らに介抱気取りで両手を膝に置いて、端然と正坐しているのが清澄の茂太郎です。
 こっそりと入って来たから、誰も知る者はありません。
 あらかじめ二人の間に約束があったと見えて、琵琶はただちに曲に入りました。その弾奏は自慢だけに、堂に入《い》ったところがあります。大絃《だいげん》は※[#「口+曹」、第3水準1-15-16]々《そうそう》として、急雨のように響かせるところは響かせます。小絃《しょうげん》は切々《せつせつ》として、私語のように掻き鳴らすところは鳴らします。宮商角徴羽《きゅうしょうかくちう》の調べも、乱すまじきところは乱さずに奏《かな》でます。
 果して、弁信法師が、琵琶を弾かせて名人上手といえるかどうかは疑問だけれども、ごまかし[#「ごまかし」に傍点]を弾かないことだけは確かのようで、曲に第五の巻の月見を選んだことは、如才ないと見なければなりません。
[#ここから1字下げ]
「旧《ふる》き都は荒れゆけど、今の都は繁昌す、あさましかりつる夏も暮れて、秋にも既になりにけり、秋もやうやう半ばになりゆけば、福原の新都にましましける人々、名所の月を見むとて、或ひは源氏の大将の昔の路を忍びつつ、須磨《すま》より明石《あかし》の浦づたひ、淡路《あはぢ》の迫門《せと》を押しわたり、絵島が磯の月を見る、或ひは白浦《しろうら》、吹上《ふきあげ》、和歌の浦、住吉《すみよし》、難波《なには》、高砂《たかさご》、尾上《をのへ》の月の曙《あけぼの》を眺めて帰る人もあり、旧都に残る人々は、伏見、広沢の月を見る……」
[#ここで字下げ終わり]
 弁信は得意になって旧都の月見を語りました。前にいうようにこの盲法師が、琵琶にかけて名人上手であるかどうかは疑問ですけれども、月夜の晩に、月見の曲を選んで、古今の名文をわがもの面《がお》に清興を気取らず、かなり無邪気な子供らしい声で語るから、人をして声を呑んで泣かしむるほどの妙味はなくとも、聞いていて歯の浮くような声ではありません。
[#ここから1字下げ]
「中にも徳大寺の左大将実定の卿は、旧き都の月を恋ひつつ、八月十日あまりに福原よりぞ上り給ふ、何事も皆変りはてて、稀に残る家は門前草深くして庭上露|茂《しげ》し、蓬《よもぎ》が杣《そま》、浅茅《あさぢ》が原《はら》、鳥のふしどと荒れはてて、虫の声々うらみつつ、黄菊紫蘭の野辺とぞなりにける、いま、故郷の名残りとては、近衛河原の大宮ばかりぞましましける」
[#ここで字下げ終わり]
 弁信法師は得意になって、この妙文《みょうもん》をほしいままに語って退けました。
 不思議なもので、こうなって来ると、東夷《あずまえびす》の住む草の武蔵の真中の宮柱に、どうやら九重《ここのえ》の大宮の古き御殿の面影《おもかげ》がしのばれて、そこらあたりに須磨や明石の浦吹く風も漂い、刈り残された雑草のたぐいまでが、大宮の庭の名残りの黄菊紫蘭とも見え、月の光に暗い勾欄《こうらん》の奥からは緋《ひ》の袴をした待宵《まつよい》の小侍従《こじじゅう》が現われ、木連格子《きつれごうし》の下から、ものかわ[#「ものかわ」に傍点]の蔵人《くらんど》も出て来そうです。
 ただ、琵琶を抱えている弁信法師だけが、どう見直しても徳大寺の左大将とは見えないとは言え、あまり喋り過ぎた時は小憎らしいほどな小坊主が、この時は、いかにもしおらしい月下の風流者であります。風流者というより敬虔《けいけん》なる礼拝者のように見えました。
 茂太郎もまた、しんみりとして、両手をちゃんと膝に置いたままに、神妙に聞き惚れているのに。どうでしょう、心なき御輿部屋《みこしべや》の後ろから姿を見せた白丁《はくちょう》の男が、いきなり長い竿を出して、
「おい、誰だい、そこでピンピンやってるのは誰だい、誰にことわってそんなことを始めた、誰の許しを得て歌なんぞをうたうんだい」
 闇の中からがなり出したので、せっかく浮き出した情景が、すっかり壊されました。
「へえ、どなたでございますか、まことに申しわけがございません」
 せっかく、曲も終りに入ろうとする時に、正直な弁信法師は、撥《ばち》をとどめて返事をしました。
「申しわけがございませんじゃない、断わりなしに社《やしろ》のお庭へ闖入《ちんにゅう》しては困るじゃないか」
「まことに申しわけがございません……」
 弁信法師は琵琶を蓆《むしろ》の上にさしおいて、さて徐《おもむ》ろに弁明を試みようとする態度であります。
「申しわけがないと悟ったら、早く出て行かっしゃい」
 長い竿で、弁信の頭をつつこうとします。
「ええ、少々、お待ち下さいまし、ただいま、立退きまするでございます……立退きまするについては、一応お話を申し上げておかなければなりませぬ。それと申しますのは、わたくしはこうやって、お断わりを申し上げずにお庭を汚《けが》して拙《つたな》い琵琶を掻き鳴らしましたのは、なんとも恐れ入りましたことでございまする。ただいまやりましたのは、お聞きでもございましょうが、平家物語のうちの旧都の月見の一くだりでござりまする。お聞きの通り拙い琵琶ではござりまするけれども、これでもわたくしが真心《まごころ》をこめて、六所明神様へ御奉納の寸志でござりまする。昔、妙音院の大臣《おとど》は、熱田の神宮の御前で琵琶をお弾きになりましたところが、神様が御感動ましまして、霊験が目《ま》のあたりに現われましたことでござりまする。また平朝臣経正殿《たいらのあそんつねまさどの》は、竹生島明神《ちくぶじまみょうじん》の御前で琵琶をお弾きになりましたところが、明神が御感応ましまして、白竜が現われたとのことでござりまする。わたくしなんぞは、ごらんの通りさすらいの小坊主でございまして、無衣無官は申すまでもございません、その上に、お心づきでもありましょうが、この通り目がつぶれているのでござります、目かいの見えない不自由なものでございます、それに、琵琶とても、節《ふし》とても、繰返して申し上げるまでもなく、お聞きの通りの拙いものでございますから、とても神様をお悦ばせ申すのなんのと、左様なだいそれた了見《りょうけん》は持っておりませんのでござりまする。ただまあこうも致しまして、わたくしの心だけが届きさえ致せば、それでよろしいのでございますから、もう暫くのところお待ち下さいませ、せめてこの一くさりだけを語ってしまいたいのでござりまする、旧き都を来て見れば、浅茅《あさじ》ヶ原《はら》とぞ荒れにける、月の光は隈《くま》なくて、秋風のみぞ身には沁《し》む、というところの、今様《いまよう》をうたってみたいと思いますから、どうぞ、それまでの間お待ち下さいませ、それを済ましさえ致せば、早々立退きまするでござりまする」
 一息にこれだけの弁解をしてしまったから、さすがの社人《しゃじん》も相当に呆《あき》れたと見えます。ただ呆れただけならいいが、どうもそのこましゃく[#「こましゃく」に傍点]れた弁解ぶりが、癪にもさわったようで、
「いけねえ、いけねえ、貴様たちは火放泥棒《ひつけどろぼう》でも仕兼ねまじき乞食坊主だろう、昔の高貴の方と一緒の気になって、神様へ琵琶を奉納という柄じゃねえ、そんなことを言い言い、社の御縁の下に野宿でもしようというたくらみ[#「たくらみ」に傍点]だろう。つい、この間も、危ないところ、乞食めが潜《もぐ》り込んで、煙草の吸殻を落したために、火事をしでかすところだった。乞食琵琶なんぞはサッサとやめて、早く出ろ、早く出ろ、出ねえとこれだぞ」
 またしても長い竿で、弁信の頭をつつきました。
「弁信さん、出ようよ」
 茂太郎は、見兼ねて促《うなが》しました。
「出ろ、出ろ。貴様たち、それほど琵琶が弾きたいなら、河原へ行って、思う存分弾くとも呶鳴《どな》るともするがいいや。そこを出ると多摩川で、その近辺の河原が分倍河原《ぶばいがわら》といって、古戦場のあとだ。河原の真中で弾く分には、誰も文句をいうものはなかろう」
 社人は、一刻の猶予も与えずに追い立てるから、弁信も詮方《せんかた》なく、琵琶を抱いて立ち上りました。

         九

 弁信の喋《しゃべ》った通り、平皇后宮亮経正《たいらのこうごうのみやのすけつねまさ》は、竹生島《ちくぶしま》で琵琶を弾じた時に、明神が感応ましまして、白竜が袖に現われたかも知れないが、弁信が六所明神で琵琶を奉納すると、白竜が現われないで、竹竿が現われました。
 その竹竿につつき出された二人は、これから宿中を流して歩こうとも思いません。また宿を求めて泊ろうとも致しません。わからずやの社人に差図をされた通り、正直に程遠からぬ分倍河原へ出てしまいました。ここで奉納の曲の残りを語ってしまい、なお夜もすがら喋りつづけ、或いは語りつづけるつもりと見えます。
 分倍河原へ来て見ると、多摩川の流れが月を砕いて流れています。広い河原には、ほとんどいっぱいに月見草の花が咲いています。遠く水上《みなかみ》には、秩父や甲州の山が朧《おぼ》ろに見えるし、対岸の高くもない山や林も、墨絵のようにぼかされています。
「ここが分倍河原というんだろう」
 蓆《むしろ》を巻いて来た茂太郎は、月見草の中に立って、さてどこへ席を設けたものかと迷うています。
「ああ、ここが分倍河原で、古戦場のあとなんだよ」
 弁信法師はこう言いましたけれども、その古戦場の来歴を説明するまでには至りません。いかに耳学問の早い物識りのお喋り坊主でも、行く先、行く先の名所古蹟を、いちいち明細に説明して聞かせるほどの知識は持っていないのがあたりまえです。
 しかし、二人の立っているところは、いわゆる、分倍河原の古戦場の真中に違いないので、そこは昔、軍配河原《ぐんばいがわら》ととなえられたところであります。しかも、茂太郎が席を設けようかと思案しているあたりの小さな二つの塚は、俚俗に首塚、胴塚ととなえられる二つの塚であります。治承《じしょう》四年の十月には、このあたりへ、源頼朝が召集した関八州の兵《つわもの》が轡《くつわ》を並べて集まりました。新田義貞《にったよしさだ》が鎌倉勢に夜うちをかけたのもここであります。頼朝がここに集めた関八州の兵は、総勢二十八万騎ということだから、かなりの人数でありましたろう。義貞が北条勢を相手にした時は、太平記によると、
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「義貞追ひすがうて、十万余騎を三手に分けて三方より同じく鬨《とき》を作る、入道|恵性《えしよう》驚きて周章《あわ》て騒ぐ処へ、三浦兵六力を得て、江戸、豊島《としま》、葛西《かさい》、川越、坂東《ばんどう》の八平氏、武蔵の七党を七手になし、蜘手《くもで》、輪違《わちがひ》、十文字に攻めたりける、四郎左近太夫|大勢《たいぜい》なりと雖も、一時に破られて散々《ちりぢり》に、鎌倉をさして引退《ひきしりぞ》く」
[#ここで字下げ終わり]
 茂太郎は程よきところへ蓆を敷きました。弁信はその上へ乗って、後生大事《ごしょうだいじ》に抱えて来た琵琶を、そっとさしおいてから、きちんと座を構えると、つづいて茂太郎が前と同じように介添役《かいぞえやく》気取りで、少し前へ避けて坐り、さて、弁信は再びおもむろに琵琶の調子をしらべにかかると、
「茂ちゃん」
「何だエ」
「淋しいねえ」
「ああ」
「何か、音が聞えるよ」
「何の音が」
「轡《くつわ》の音が聞えるよ」
 茂太郎は何の音も聞くことがないのに、弁信は聞き耳を立てて、撥《ばち》を取り直そうとしません。
「轡の音が聞えるよ」
「どっちの方から聞えるの」
「東の方から」
「嘘だろう、東の方からじゃない、土の下から聞えるんだろう」
「いいえ、東の方から、此方《こっち》へ向いて轡の音が聞えるのよ」
「弁信さん、そりゃお前の気のせいだろう、ここは昔の古戦場だというから、昔、戦《いくさ》をして死んだ軍人《いくさにん》の魂が、この河原の下に埋まっているんだろう、その軍人や、馬の魂が、お前の耳に聞えるのに違いない」
「なるほど、そう言われてみると……この川の下流にあたって、新田義興《にったよしおき》という大将が殺された矢口ノ渡しでは、どうかすると馬の蹄《ひづめ》の足音が不意に聞えて、竜頭《りゅうず》の甲《かぶと》をかぶった大将の姿が現われるということを聞きました。茂ちゃんの言う通り、いま聞えるあの轡《くつわ》の音も、昔ここで死んだ軍人の怨霊《おんりょう》の仕業《しわざ》かも知れない、それが土の下から響いて来るのを、あたしの空耳《そらみみ》で東の方に聞えるのかも知れない」
 弁信はこう言いました。自分の耳を疑ったことのない弁信が、かえって荒誕《こうたん》な怨霊説に耳を傾けるのが迷いでしょう。
「そうだろう、でも、お前に聞えるものなら、あたいにも聞えそうなものだねえ」
「お待ちよ……何か、わたしは気になってならない」
 弁信は見えぬ眼に四辺《あたり》を見廻そうとしたが、四辺を見廻したところで、前に言う通り、ややもすれば弁信の身の丈よりも高い月見草が、頭を出している分倍河原に過ぎません。
「弁信さん、あたいが悪かった、たしかに聞えるよ、たしかに、あたいの耳にも馬の足音が聞えて来たよ」
 その時坐っていた茂太郎が、席を立ち上りました。
 子供とはいえ……、立ってみれば月見草よりも背が高い。立って、そうして茂太郎が前後と左右と、遠近と高低とを見廻したけれど、月の夜の河原に見咎《みとが》め得べきなにものもありません。
「ええと……一つ……二つ……三つ……四つ……」
 弁信は坐ったままで、小声で物の数を読みはじめました。
「何を言っているの、弁信さん」
「五つ……六つ……七つ……八つ……」
 弁信はしきりに数を読んでいる。茂太郎はそれを不審がっているうちに、
「十……十一……十二……十三……十四……十五……!」
で終りました。
「ああ、これですっかり腑《ふ》に落ちた。茂ちゃん、馬の数は十五だよ、つまり十五人の人が、馬の轡を並べて東の方からやって来たんですよ。夜中に十五人も馬を並べて通るのが只事ではないと思って考えてみたが、江戸の侍たちが月見の遠乗りに、この分倍河原をさして来たものでしょう。今夜はいざよい[#「いざよい」に傍点]ですからね」
 ところがこの十五騎の蹄の音がやむと暫くたって、府中の町がひっくり返るような騒ぎになりました。喧々囂々《けんけんごうごう》と罵《ののし》る声が地に満つるの有様です。
 一年一度行われる関東名物の提灯祭りの夜以外には、絶えてないほどの騒ぎが持ち上ったのは、まさしくいま乗込んだ十五騎が持ち込んだものに違いありますまい。事の体《てい》をよく見ると、どうやら全町を挙げて家探《やさが》しが行われているようです。
 騒ぎ、驚き、怖れ、憂えている人々の罵る声を聞いてみるとこうです。世にはだいそれた奴があればあるもので、江戸のあるお大名の奥方を盗み出して、たしかにこの町あたりまで入り込んだ形跡があるようで、江戸の市中の取締が轡を並べて追いかけて来たということです。いや、それは奥方ではない、お部屋様だという者もありました。ともかくも諸侯の秘蔵の寵者《おもいもの》を盗み出して、連れて逃げるということであってみれば容易ならぬことです。
 その探索の手にかかった町民の迷惑というものもまた容易なものではありません。泊り合せた旅人どもの迷惑というものも容易なものではありません。まして婦人の驚愕《きょうがく》と狼狽《ろうばい》は見るも気の毒な有様。
 遥《はる》かに離れているとは言いながら、常の人よりは三倍も五倍も勘《かん》の鋭い弁信が、その騒ぎを聞きつけないはずはありません。
「茂ちゃん」
「何だい」
「府中の町は今、上を下への大騒ぎをやっているね」
「そうか知ら」
「何か大変が出来たのに違いない」
「何だろう」
 二人もまた安き心がなく、自分たちの追われた府中の町をながめて、茂太郎は立ったまま、弁信は坐ったままで、伸び上っているけれど、その騒ぎの要領を得るには少し離れ過ぎています。
「いけない、お月様まで隠れてしまった、さっきまで霽《は》れていた空が、すっかり薄曇りに曇ってしまったよ、弁信さん、雨が降りそうになってしまったよ」
「琵琶は止めにしよう、ね、茂ちゃん、こんな日に無理をすると悪いから」
 さすがの弁信法師も、再三の故障に気を腐らして、琵琶を弾くのを断念したようです。茂太郎もまたそれが穏かだと思いました。弁信はせっかく琵琶を弾くことを断念して、静かにそれを袋に納めました。

         十

 府中の宿のこの大騒ぎの避難者の一人に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵があります。こういう場合において、この男は避難ぶりにおいても、抜け駆けにおいても、決して人後に落つるものではない。手が入ったと聞いて、自分が泊っていた中屋の二階から、屋根づたいに姿をくらましたのは、例によって素迅《すばや》いもので、もちろん、あとに煙管《きせる》一本でも、足のつくようなものを残して置くブマな真似はしないで、スワと立って、スワと消えてしまった鮮かな脱出ぶりは、手に入《い》ったものです。
 そうして、まもなくすました面《かお》を、日野の渡し守の小屋の中へ突き出して、
「お爺《とっ》さん」
「はい、はい」
 道中師で通っているがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、ここの渡し守のおやじとも疾《と》うからなじみ[#「なじみ」に傍点]で、言葉をかければ、響くほどの仲になっているのです。
 渡し守の小屋の中へ身を納めて、土間に燃えた焚火の前へ腰をかけ、おもむろに腰の煙草入を抜き取った時分に、程遠からぬ街道の騒動が、渡し守のおやじ[#「おやじ」に傍点]の耳に入って来たものです。
「何だい、ありゃ、えらく騒がしいじゃねえかな」
 寝ていたおやじが起き直ると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、さあらぬ面《かお》をして、
「お爺《とっ》さん、気をつけな、府中の宿は今、上を下への大騒ぎだぜ」
「え、府中の宿が上を下への大騒ぎだってな? なるほど、馬で人が駆けるわな、夜中に馬で飛ばす騒ぎは只事ではござるめえ」
 おやじは、むっくりと起きて心配そうです。倅《せがれ》の家は府中の町はずれにあって、幾人《いくたり》かの孫もあるはず。
「只事じゃねえ、府中の町をひっくるめて、一軒別に家さがしが始まってるんだぜ」
「へえ、一軒別に家さがし……なんです、泥棒ですか、駆落《かけおち》ですか」
「さあ……」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は尋ねられて、はじめて当惑しました。実は、脱出ぶりの迅《はや》いのを鼻にかけて、ここへ避難して来てはみたものの、何者に追われて来たかと聞かれると手持無沙汰です。家探しの声は聞いたが、何の理由で、何者の手で家探しが行われるのだか、それを聞き洩らしたのは重大な手落ちだ。我ながら気が利いて間が抜けていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はいささか悄気《しょげ》ていると親爺は、もう提灯をさげて、
「それじゃ親分済みませんが、今夜はひとつここに泊っていておくんなさいまし、わしはこれから宿《しゅく》まで様子を見に行って来ますから」
 おやじはがんりき[#「がんりき」に傍点]に留守の小屋を託して、渡し守の小屋を出て行ってしまいました。
 日野の渡しの渡し守の小屋は、江戸名所|図会《ずえ》にある通りの天地根元造りです。この天地根元造りへひとり納まったがんりき[#「がんりき」に傍点]は、結句これをいい都合に心得て、焚火の前にはだかり[#「はだかり」に傍点]ながら思わず見上げると、鼻のさきに弁慶が吊り下げてあります。
 その弁慶には焼いて串にさした鮎《あゆ》、鮠《はや》、鰻《うなぎ》の類が累々とさしこんである。がんりき[#「がんりき」に傍点]は手を伸ばして鮎を一串抜き取って、少しばかり火にかざして炙《あぶ》ってみると、濁りでもいいから一杯飲みたくなりました。
 酒はおやじの蓄えを知っている。自在につるした鉄瓶も燗《かん》のしごろに沸いている。左の手を上手にあしらって少しばかり働いて、それから、さいぜん親爺が寝ていた空俵の畳へみこしを据《す》えてしまって、燗の出来るのを待っているうちに、何か思い出して、
「南条先生も、ずいぶん人が悪いや」
とつぶやいてニヤリと笑う。
 それから手酌《てじゃく》で、一ぱい二はいと重ねているうちに、いい心持になって、そのまま、うとうとといど[#「いど」に傍点]寝《ね》をはじめてしまいました。いつか知らないうちに、おやじの寝床にもぐり込んで一夜を明してしまったが、夜中におやじの帰った様子もなし、焚火にくべてあった松の切株が頻《しき》りに煙を立てて、剣菱《けんびし》の天井から白々と夜の明け初めたのがわかります。
 何かしら、昨夜、この男、相当のいい夢でも見たものか、寝起きの機嫌がそれほど悪くはなく、
「南条先生も人が悪いが、がんりき[#「がんりき」に傍点]をがんりき[#「がんりき」に傍点]と見込んで、けしかけるなんぞは隅には置けねえ」
 しきりに南条なにがしが口頭に上ってくるのは、その以前、相模野街道で南条なにがしから、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵がこういって唆《そその》かされたことがある、「よろしい、それでは貴様に知恵をつけてやろう。ほかでもないが、相手は出羽の庄内で十四万石の酒井左衛門尉だ、今、江戸市中の取締りをしているのが酒井の手であることは貴様も知っているだろう、我々にとって、その酒井が苦手《にがて》であることも貴様は知っているだろう、酒井は我々の根を絶ち、葉を枯らそうとしている、我々はまたそこにつけ込んで、酒井を焦《じ》らそうとしている、その辺の魂胆《こんたん》はまだ貴様にはわかるまい、わかってもらう必要もないのだが、貴様の今に始めぬ色師自慢から思いついたのは、酒井左衛門尉の御寵愛《ごちょうあい》を蒙《こうむ》った尤物《ゆうぶつ》が、いま宿下りをして遊んでいることだ、それは佐内町の伊豆甚《いずじん》という質屋の娘で、酒井家に屋敷奉公をしているうち、殿に思われて、お手がついて、お部屋様に出世をして、当時はある事情のもとに宿下りの身分であるという一件だ、その名はお柳という。これだけのことを聞かせてやるから、あとは貴様の思うようにしてみろ」――こういって猫の前へ鰹節を出したのが、今いう、その南条先生なるものの言い草である。この南条という男、ある時は慨世の国士のように見え、ある時はてんで桁《けた》に合わないことを言い出して、掠奪や誘拐を朝飯前の仕事のようにいってのける。勧めるのに事を欠いて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵というやくざ[#「やくざ」に傍点]者にこんなことを勧めるのは、油紙へ火をつけるようなもので、ただでさえも、そういうことをやりたくて、やりたくて、むずむずしている男に向って、こういって筋を引いたから堪ったものではない。「先生、がんりき[#「がんりき」に傍点]を見込んで、そうおっしゃって下さるのは有難え」――手を額にして恐悦《きょうえつ》したのはつい先頃のことです。今や、その仕事にとりかかろうとして、しきりに思出し笑いをしているところへ、夜前の渡し守が帰って来ました。
「親方、お留守を有難うございました、いやはや、昨晩は話より大騒ぎでしたよ」
 その時がんりき[#「がんりき」に傍点]は、もう起き上って火を焚きつけていました。
 そこでがんりき[#「がんりき」に傍点]はなにげなく、
「お爺《とっ》さん、騒ぎというのは何だったね」
「乱暴な奴もあればあるもので、あるお大名の殿様のお妾《めかけ》を盗み出して逃げた奴があるんだそうですよ」
「え……」
「お江戸から、その殿様のお妾を盗んで来て、なんでも、たしかにこの府中のうちに泊ったにちがいないと睨《にら》まれたんだそうでがす」
「ナニ、何だって」
「それをお前さん、あとから追いかけてきたもんでがす、何しろ、殿様の御威勢ですからね、二十人ばかりのお侍が馬を飛ばせて江戸から、これへ追いかけて来たんだそうで……」
「ま、待ってくれ。してみると昨晩の家《や》さがしというのは、泥棒や火つけというようなものじゃあなかったんだね」
「どういたして、殿様のお妾なんです、お大名のお部屋様を連れ出した奴があったんだそうでがすから」
「そいつはなかなか大事《おおごと》だった……」
「大事にもなんにも、浄瑠璃や祭文《さいもん》で聞くお半と長右衛門が逃げ出したのなんぞより事が大きいでがすから、町の役人たちも騒ぎました」
「やれやれ」
 ここまで聞いてみると、どうやら、がんりき[#「がんりき」に傍点]の胸が穏かでなくなりました。大名のお部屋様を嗾《そその》かして来たという、だいそれた色師の腕が憎いと、そういうところに妙な反抗心を持つこの男は、その憎い仇《かたき》の面《かお》を見てやりたくなる心持で、
「そうして、お爺《とっ》さん、その色敵《いろがたき》は首尾よくつかまったのかえ」
「ところが、つかまらねえんでがす、たしかにこの府中の町へ入ったはずなのが、どこをどうして逃げたか、いっこう行方《ゆくえ》がわからなくなってしまいましたんで」
「おやおや」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]としては、首尾よく逃げ了《おお》せたその果報者をますます憎い者に思って、また一面には、さがしに来たやつらの腑甲斐《ふがい》なさを、腹のうちで嘲《あざけ》っていたが、なんだか腹の中が無性《むしょう》に穏かでない。
「それで何かえ、そのお妾を盗まれたという殿様はいったい、どこの何という殿様だか、それを聞いて来なすったか」
「それが、その酒井様の……」
「ナニ、酒井様?」
「ええ、出羽の庄内の酒井様」
「何だって」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が飛び上ったのは、よくよく胸にこたえるものがあったと見えます。
「ええ、出羽の庄内で十四万石、酒井左衛門尉様のお手がついたお部屋様を、悪者が盗み出して、そうして、この甲州街道を逃げたということですよ」
「やい、ばかにするな、そのことならおれが知ってるんだ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は眼の色を変えて飛び出そうとするから、渡し守のおやじが呆気《あっけ》にとられて、
「親方、お前さん、それを知っておいでなさる?」
「知ってるとも。知らなけりゃ、どうしてこんなことが聞いていられると思う、ばかばかしいにも程があったもんだ、昨夜《ゆうべ》もそれを考えて、ひとりで思出し笑いをしていた奴はどこにいる、先手を打たれて眼の前で騒がれながら、いい心持でどぶろく[#「どぶろく」に傍点]を飲んでいりゃあ天下は泰平だ、面《つら》を洗って出直さなけりゃあ、とても明るい日の下を歩けるわけのものじゃねえ」
 こういって、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は道中差をつき差すと共に、小屋の外へ飛び出して、いきなり多摩川の流れで、ゴシゴシと自分の面《かお》を洗いはじめました。

         十一

 やや暫くあって、村山街道の方面から、八幡太郎の欅並木《けやきなみき》を、なにくわぬ面をして、府中の町へ入り込もうとするがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵を見ることができます。
 多摩川べりから大廻りに廻って、宵に逃げ出したあぶないところへ、再び足を踏み入れようとするこの男の心の中は、渡し守から聞かされた昨夜の事件の内容で、自分ながら呆気に取られると共に、むらむらと例によっての功名心に油が乗り、わざわざこうして取って返したもので、取って返した以上は、必ずしるし[#「しるし」に傍点]を挙げて、我ながら気の利いて間の抜けた昨夜のしくじり[#「しくじり」に傍点]を取り返そうという自信のほどが、鼻の先にうごめいている。
「いけねえ、草鞋《わらじ》が切れちゃった、幸先《さいさき》がよくねえや、ちぇッ」
 八幡太郎の欅並木のとっつきで、草鞋のち[#「ち」に傍点]の切れたのを舌打ちして忌々《いまいま》しがったが、まだ夜明け時分ではあり、近いところに店もなし、当惑して見廻すと、馬頭観音のささやかなお堂の前につるしてあるのが奉納の草鞋です。
「これ、これ、これを御無心申すことだ」
といって百蔵は、堂の前へやって来て、自分の草鞋を脱ぎ捨て、奉納の草鞋を抜き取り、それに紐を通して、例の片手で器用に穿《は》いてしまうと、何と思ったか、そのまま立たないで、堂の戸前へ腰を卸し、
「いつ見ても、この欅並木はたいしたものだ、八幡太郎が奥州征伐の時に植えたということだが、八幡太郎は今から何年ぐらい前の人だか知らねえが、まあ、ざっと千年も経つかな、見たところ、千年は経つまいがな、何しろ、欅としては珍しい方だ。雑司《ぞうし》ヶ谷《や》の鬼子母神の欅が、またかなりの大木だ。そのほか一本立ちならば随分あっちこっちに大木はあるにはある。いったい、関東でも、この辺の地味は欅《けやき》にいいんだろう。そういえば上方《かみがた》へ行っちゃ、あんまり欅の大木というのを見たことがねえ……そりゃそうと、これからこの欅並木を通って府中の宿《しゅく》へ入り込むと、さて、どういうふうに当りをつけてみたものかな。いったい、おれがいろいろ考えてみると、お役人の力で軒別に家さがしをして、それでわからねえものが、おれがこうして、ぶらりと飛び込んでみて当りのつくはずもねえのだが、さて、いったん府中の町へ入り込んで逃げたとすればどこだ、どこをどっちへ行けばうまく逃げ果せるか。ここをこっちへ行けば逃げ損うということは、ちゃんとおれが心得ている、その心得で考えてみても、どうもこの悪者はまだ府中の宿を離れてはいねえと、こう睨《にら》んだのだ、つまり酒井様のお手のついた別嬪《べっぴん》をつれ出した奴が、ほんとうにこの府中の町へ逃げ込んだものとすれば、そうして昨晩《ゆうべ》つかまらなかったのが本当だとすれば、これはまだてっきり[#「てっきり」に傍点]この府中の町のどこかに隠れている。隠れていて、ほとぼり[#「ほとぼり」に傍点]の冷めた時分に、連れ出そうという寸法にきまっている。そんならば、広くもねえこの府中の町の中のどこに、そのだいそれたいたずら[#「いたずら」に傍点]者が隠れているのか、そこが問題だテ。そこの見当が、玄人《くろうと》でなくっちゃあちょっと附きにくかろう。ところでがんりき[#「がんりき」に傍点]の鑑定をいってみるとこうだ……これはつまり、あの六所明神の社の中に何か仕掛があって、神主のなかにグルな奴があるんじゃねえかな、六所明神は武蔵の国の総社で、なかなかけんしきがある、守護不入てえことになっていると聞いたが、そこだ!」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、この時したり面《がお》に、ポンと自分の膝を打って、欅並木から六所明神の森をながめたものです。果してこのロクでなし[#「ロクでなし」に傍点]の鑑定が当っているかどうかは知らず、当人は、いっぱし睨みの利《き》いたつもりで、武蔵の国の総社六所明神を向うに廻し、一合戦をする覚悟の色を現わして、小鼻をうごめかしながら立ち上る拍子に、どうしたものかよろよろとよろけて、あぶない足を踏み締めると、これはしたり、自分の風合羽《かざがっぱ》の裾がお堂の根太《ねだ》にひっかかっている。
「ちぇっ」
 苦《にが》い面《かお》をして、それをはずしにかかって、思わず面の色を変えました。
 合羽の裾が何かにひっかかって、それで足をすくわれたものと、いまいましがって外しにかかると、
「おや?」
といって百の面の色が変ったのは、単に出そこなった釘の頭や、材木のそそくれ[#「そそくれ」に傍点]にひっかかったのではない、刀の小柄《こづか》で念入りにピンと、その合羽の裾が根太へ縫いつけられてあったからです。
「誰だい、こりゃあ」
 さすがのやくざ[#「やくざ」に傍点]者も、これには少しばかり度肝《どぎも》を抜かれました。自分が有頂天《うちょうてん》になって、六所明神を向うに廻しての策戦を考えているうちに、後ろにいてこういうたちの悪いいたずら[#「いたずら」に傍点]をした奴がある。それをうっかり気がつかずに引張り込まれたなぞは、返す返すもドジだ。昨夜の逃げ出し以来、どうもがんりき[#「がんりき」に傍点]の風向きが悪いと、自分ながら業《ごう》が煮えて、
「誰だい、こんな悪戯《いたずら》をしたのは」
 抜き取った小柄を手にして、堂の後ろを見込んで呼びかけてみたが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の心持では、こういう悪戯をする奴はほかにはない、七兵衛の奴が後ろに隠れていてやったのにきまっている、一杯食わされたなという心持で呼んでみたのですが、
「がんりき[#「がんりき」に傍点]」
といって、物騒がずに堂の後ろから姿を現わしたのは、意外にも七兵衛ではありません。形こそ七兵衛に似たような旅人の風はしているが、第一、七兵衛よりは物々しい声であって、全く七兵衛とは別人に相違ないから、ここでもがんりき[#「がんりき」に傍点]の百が見当外れで、
「え……」
「どうだ、がんりき[#「がんりき」に傍点]、おれを知ってるか」
といって、笠の紐へ手をかけて、そろそろと出て来ました。
「やあ、あなた様は……そうだ、水戸の山崎先生でございましたな」
「うむ、驚いたろう」
「全く驚きましたね、わっしはまた、てっきり[#「てっきり」に傍点]七兵衛の奴とばかり思っていたものですからな。先生、なかなかお人が悪い、時節柄ですから、ずいぶん驚いてしまいましたよ、どうかお手柔らかにお願い致したいものでございます」
「別段、貴様をおどかしてみるつもりもなかったのだが、張っておいた網に貴様の方からひっかかったようなものだから、ふしょうしろ。実は、もう少し大物を引っかけるつもりで張った網だが、いやなみそさざい[#「みそさざい」に傍点]がひっかかったので、おれも少しうんざりしているのだ」
「みそさざい[#「みそさざい」に傍点]は恐れ入りました」
「ところで、がんりき[#「がんりき」に傍点]、おれがこうして網を張っているわけも、また貴様がこうして、あぶないところへ近寄りたがるわけも、大概はわかっているはずだが、ここで計らず、二人がめぐりあったのは、六所明神のお引合わせかも知れないぞ」
「どう致しまして」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は額へ手を当てて苦笑いしました。今まで自分は南条、五十嵐の方の手先をつとめて、この山崎――この人はもと新撰組の一人で水戸の浪士、香取流の棒をよくつかう人――に楯《たて》を突いて来たので、この山崎には七兵衛が附いて、おたがいに張り合って来たのですが、ここで苦手にとっつかまっては、苦笑いがとまらない。
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、昨夜のあのいたずら[#「いたずら」に傍点]は誰の仕事だ、貴様はよく知っているだろうな、知らないとは言わせんぞ。あれは南条力と五十嵐|某《なにがし》らの浪人どもが企《たくら》んで、伊豆甚の娘を盗み出して逃げたものに相違あるまい。多分、貴様あたりがその手引をしたものと睨《にら》んでいる。どうだ、真直ぐにいってしまえ、どっちへ逃げたか、それともどこへ隠したか、てっとり早く明白《はっきり》といってしまえ」
 山崎譲はグッと近く寄って来て、小柄を持っているがんりき[#「がんりき」に傍点]の小手を、しっかりとつかまえてしまいました。
「その事、その事なんでございます、実はがんりき[#「がんりき」に傍点]もその事で、出し抜かれたんでございますからなあ」
 何をか言いわけをしようとするのを、山崎は許すまじき色で手首を持って引き寄せました。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵も、この人にとっつかまっては弱りきっているのを、山崎はグングンと引張って、
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、貴様はこの間、南条なにがしの案内をして相模野街道を南へ歩いていたそうだが、あれはどこへ行ったのだ」
「白状してしまいますから、どうか、そう強く手を引張らないようにしていただきたいものです、片一方しかないがんりき[#「がんりき」に傍点]の手がもげ[#「もげ」に傍点]てしまうと、かけ[#「かけ」に傍点]がえがねえんでございます」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の痛そうな面《かお》を見て、山崎は引張っていた手をゆるめて、
「うむ、素直《すなお》に言ってしまえよ」
「素直に申し上げるまでもございません、あれは、たあいのねえことなんです、ほんの道連れになっただけのものでございます」
「まだトボけているな」
「お待ち下さい、私の方ではたあいのないことなんですが、先方様の思惑《おもわく》のところはわかりません、ただちょっとした縁で道づれになって、その道筋の案内を少しばかりして上げたようなものでございます」
「その案内の道筋というのは、どっちの方角だった」
「それは……その、八王子から平塚街道を厚木の方へ出る道をたずねられたものですから、その案内をして上げました」
「いや、そうではあるまい、貴様は南条なにがしの手引をして、荻野山中《おぎのやまなか》の大久保長門守の城下へ入り込んだのだろう」
「ええ、それは違います」
「違うはずはない、白《しら》を切ると承知せんぞ」
「違います、あの方は果して厚木へおいでになったか、それとも荻野山中の大久保様の御城下とやらへおいでになったか、そのことは一向存じませんが、かく申すがんりき[#「がんりき」に傍点]は途中からお暇乞《いとまご》いをして、八王子へ出て参ったに相違ございません」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、貴様は、南条、五十嵐の一味が容易ならぬ陰謀を企てていることを知って彼等に加担《かたん》しているのか、知らずして働いているのか」
「どう致しまして、あの先生方が、どういう大望を企てて、どういう陰謀をめぐらしているのだか、私共にはそんなことはわかりません、出たとこ勝負で、頼まれるままにいい気になって、附いたり離れたりしているまででございます」
「そうすると貴様は、あの者共のダシ[#「ダシ」に傍点]に使われているだけだな」
「そうでございますとも、ダシ[#「ダシ」に傍点]に使われているだけの罪のねえのでございますから、どうかお手柔らかに願いたいんでございます。いや、あの南条先生ときては、あれでけっこう人が悪いんだからな。さりとて、今度のことはあんまり人をダシ[#「ダシ」に傍点]に使い過ぎらあ」
「うむ、ダシ[#「ダシ」に傍点]に使われていると知ったら、それを出し抜いて、裏を掻《か》いてやる気にはならないか」
「そういう芸当は、大好きなんですがね、何しろ、あちら[#「あちら」に傍点]とこちら[#「こちら」に傍点]とでは役者が違いますからなあ」
といって、がんりき[#「がんりき」に傍点]がポカンと口をあいて見せたのは、かなり人を食った振舞です。山崎はなんと思ったかがんりき[#「がんりき」に傍点]の手を放して、
「よし、それではがんりき[#「がんりき」に傍点]、もし貴様が南条、五十嵐の方で買収されているなら、こっちでもう一割高く買ってやろうではないか。先方の後立てはたかの知れた大名、こっちは二百五十年来、日本を治めて来た八百万石の将軍家のお味方だ。ともかくもこっちへ来い、人目のないところで、もう一応、貴様を吟味してみたり、また貴様の手を借りてみたいと思うこともあるのだ」
といって山崎譲は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の手から小柄を取り戻し、百蔵を促《うなが》して、六所明神の森の方へ歩き出すと、がんりき[#「がんりき」に傍点]もいやいやながら、それに従わないわけにはゆきません。

         十二

 吉原の万字楼の東雲《しののめ》の部屋に、夜明け方、宇津木兵馬はひとり起き直って、蘭燈《らんとう》の下《もと》に、その小指の傷を巻き直しています。
 この傷が、妙にピリピリと痛んで眠られないのです。傷が痛むだけではない、良心が痛むのでしょう。
「起きていらっしゃるの」
 障子を半ば開いて笑顔を見せた女。
「ああ、眠れないから」
 兵馬は正直に答えました。そうすると女は、うちかけ[#「うちかけ」に傍点]を引いて中へ入って来て、
「お怪我をなさったの」
「少しばかり」
「どこですか」
「この小指」
 兵馬は巻きかけた右の手の小指を、女の眼の前に突き出すと、
「まあ」
と女は美しい眉根《まゆね》を寄せて、
「痛みますか、どうしてこんな怪我をなさいました」
「この間あるところで」
「お転びになったのですか」
「いいえ」
「それでは戸の間へ、はさまれたのでしょう、あれはあぶないものです」
「そうでもありません」
「巻いて上げましょう」
 女――この兵馬の馴染《なじみ》になっている万字楼の東雲は、兵馬の手から繃帯の一端を受取って、軟らかな手で結びはじめました。
「宇津木さん」
 手際よく繃帯を巻きながら女は、やさしく問いかけますと、
「何です」
「あなたは、隠していらっしゃいますね」
「何を」
「何をとおっしゃって、あなた、このお怪我は、ただのお怪我ではありません」
「ただの怪我でないとは?」
「よく存じておりますよ、あなた様のお連れの方々のお噂《うわさ》では、あなたはお若いけれども、たいそう武芸がお出来なさるそうではございませんか」
「なにも、出来はしないよ」
「いいえ、お出来になることはよくわかっています、そのあなた様が、たとい、これだけにしても、手傷をお負いになるのは、よくよくのことでございます」
「そういうわけではないのだ」
「ほほ、そういうわけとおっしゃっても、まだそのわけを言わないじゃありませんか、あたし、最初から、あなた様の御様子のおかしいことを、ちゃんと見ておりました」
「ふむ」
「あなたは斬合いをなすっておいでになったのでしょう、あなたほどの方ですから、きっと先の人を斬っておしまいになって、その時に受けた手傷がこれなんでしょう、わたしはそう思います」
「そうではない、ちょっとした怪我だ」
 兵馬は極めて怪しい打消しをすると、女はこの怪我をした指先を、ちょっと握って、
「にくらしい」
「ああ痛ッ」
 兵馬はほんとうに痛かったのです。
「弱い人ですね、そんなことでは仇《かたき》は討てませんよ」
 東雲はあやなすようにいったのを、兵馬はかえって意味深く聞いて、
「全く……」
 東雲はしげしげと兵馬の面《おもて》を見直しました。この女は兵馬が仇を持つ身であることを、まだ知らないのです。
「それでは隠さずにいってしまおう、いかにもこの傷は人から受けた傷なのだ、しかし、斬合いをして斬られた傷ではない、人から打たれた傷なのだ……傷は僅かながら、残念でたまらないのは、受けなくともよい傷を、無理に受けたようになる鍛練の未熟が恥かしいのじゃ」
 兵馬は心から残念がって、その時のことを眼に見るように思います。
 尺八を持って月下にさまようていた人。それを普通の虚無僧《こむそう》だと思って、その右を通り抜けようとした時に、その虚無僧が尺八を振り上げて、風を切って打ちこんで来たのを、かわすにはかわしたが、充分にかわしきれないで、この指先を砕かれた。その不鍛練が今になっても恥かしい。相手の虚無僧の只者でないことが思われてならぬ。それ故に、この傷が一層痛んで寝られない。それともう一つ……兵馬は改めて女に向い、いとまじめに、
「今日は暇乞いのつもりで来ました。それについて、そなたへ打明けてのお願いがある、とりあえずここへ僅かながら金子《きんす》を持参致した、拙者《わし》の帰るまで、五日か長くて十日の間、これをそなたに預っておいてもらいたい、それと共に、その間はそなたの身に変りのないように、そなたはこの万字楼を動かないように起請《きしょう》をしてもらいたいのだ」
といって兵馬は、蒲団《ふとん》の下に置いた一包の金子を取り出して、東雲の前に置きました。
「まあ、足もとから鳥の立つように。旅にお出かけなさるのですか……そうしてこのお金を、わたしに預かれとおっしゃるのは?」
「かねがね話してもおきました通り」
 兵馬は思い切って語り出でようとする時、廊下に人の歩む音があって、
「東雲さん、東雲さん」
「はい」
 その声を聞くと女が、そわそわと立ち上り、
「少しの間、待っていて下さい」
 にっこり[#「にっこり」に傍点]と愛嬌を見せて行ってしまいました。

 その翌日、結束して江戸を離れて、例の甲州街道の真中に立った宇津木兵馬。
 今夜こそは、と思い切って出かけてみたが、宵《よい》のうちは人に妨げられ、ようやく打解けて物語りにかかろうとする時、また人に呼ばれて女は行ってしまった。そのまま、ついに思いを遂げずして楼を出たのは昨夜のこと。
 それがいかにも残り惜しいのである。とはいえ、もう自分があの女を人手に渡したくないという心は、よく通じているはずである。さればこそ女の手許に預けた一包の金、事情は語り残したけれども、それが何を意味しての金だか、女が充分に推量している、と兵馬は、それを自ら慰めつつ、歩くともなく歩いているのです。
 その時、女に預けた金。どうして彼は今の浪々の少年の身でそれを得たか。それはまさしく南条力の手から出でたもの。
 南条力は、絶えず自分の仕事の邪魔者である山崎譲を亡きものにしたいと思っている。南条の心持では、あえて山崎一人を敵とするのではないけれど、この男あるがために、ややもすれば大事の裏をかかれようとする。それが苦手で、ついに宇津木兵馬を唆《そその》かした。
 兵馬とても、理由なしに唆かされて、それに応ずるほどの愚か者でなし、ことに山崎は京都にいた時分には、同じ壬生《みぶ》の新撰組で、同じ釜の飯を食った人である。唆かされて討つ気になるほど兵馬もうつけ[#「うつけ」に傍点]者ではないはずなのに、ついにそれを引受けてしまったのは、誰のためでもない女のためです。知らず識らず陥《はま》り込んだ女が、他《あだ》し人の手に身受けされようとする噂を聞き込んで、矢も楯もたまらずに、彼は南条の勧誘に従いました。そうして彼は、四谷の大木戸に待受けて山崎を斬ったのです……ところがそれは当の相手ではなくて、名もない、罪もない、飛脚の男であった。兵馬は慚愧《ざんき》と煩悶《はんもん》とを重ねて、もはや南条に合わす面《かお》はないと思い込んでいたのに、南条の方は案外|磊落《らいらく》で、兵馬に力をつけて、もう一遍やれという。山崎はいま甲州街道を上っている。多分駒木野の関以東のいずれかで彼の姿を見出すに違いない、といって兵馬に一封の金を与えた。昨夜吉原へ携えて来たのはその金です。ここ数日の間に山崎を斬ってしまえば、かの女を自由の身にするだけの融通は、南条の手で保障がついていると見てよい。
 兵馬はこうして、山崎譲を斬りに行く。彼を斬ることは必ずしも難事とは思っていないが、彼を斬るの理由を見出すことに苦しんでいるのです。意義のない仕事には必ず苦悶がある。いかに有利な条件も、その苦悶を救うに足らないことに悩まされている。
 頭を挙げて見ると、秋の武蔵野には大気が爽やかに流れて、遥かに秩父の連山。その山々を数えて見ると、武州の御岳山《みたけさん》。
 そこで流した兄の血潮はまだ乾いてはいないのに、その恨みは決して消えてはいないのに、それを差措《さしお》いて、自分は今、意趣も恨みもない人を斬ろうとして行くのだ。兵馬は浅ましく思って、われと自分の胸を強く打ちました。
 宇津木兵馬は、まだ日脚《ひあし》のあるのに府中の町へ入ると、そのまま六所明神の神主|猿渡氏《さるわたりし》の邸を叩きます。
 猿渡氏の家は、兵馬にとっては旧知の関係があって、兵馬の不意の来訪を喜び、それからそれと話が尽きませんでした。
 そのうちに、このごろは世の中が物騒で、この界隈《かいわい》も穏かでないから、今この社務所でも、若い者だの、剣術の出来る人だのを十余人も頼んであって、警護を怠らないということもありました。六所明神は所領の高も少なくはない。猿渡氏もなかなか裕福を以て聞えた家ですから、その用心ももっともと思います。
 風呂に入り、夕飯も済み、いざ寝ようという場合に、兵馬はちょっと宿《しゅく》へ用足しに行って来るといって、邸を出て夜番の詰所になる社務所へ、下男に案内をしてもらいました。
 なるほど、そこには火鉢を囲んで、七八人の人が集まって雑談に耽《ふけ》っています。下男の紹介で兵馬は一座に仲間入りをする。一座の中の浪人者のようなのが得意になって、
「いや、その前の晩じゃ、拙者が、陣街道を三千人まで来た時分に、河原のまん中に当って異様の物の音がする、はて不思議と耳をすましていると、それが琵琶の音《ね》じゃ」
 この浪人者は、むしろ新来の兵馬に聞かせるつもりで、兵馬の横顔を見ながら語り出でました。
「へえ、河原で琵琶が聞えましたかね」
とそれにあいづちを打ったのは兵馬ではなく、力自慢で頼まれた若い者。
「たしかに琵琶が聞えたよ、聞ゆべからざるところで琵琶の音がしているから、拙者も不審に思って、立ちどまって耳を傾けている間に、例の人馬の音で、この町が物騒がしくなったから急いで駈けつけたのだが、なんにしても、あの陣街道は鬼哭啾々《きこくしゅうしゅう》というところである」
「鬼哭啾々というのは何です」
 誰かが抜からず反問したのを、浪人は無雑作に、
「それはお化けの出そうなものすごいところという意味だ。何しろ、分倍河原《ぶばいがわら》はむかし軍配河原といって、何十何万の兵士が火花を散らして合戦をしたそのあとだ、陣街道の首塚と胴塚、それに三千人というのは、元弘より永享にかけて討死した三千人を葬ったところだから、今でもその魂魄《こんぱく》が残って遊びに出る。あの琵琶の音も、たしかに魂魄の致すところに相違ない、こちらに不意の騒動が起ったため、よくその根原を見届けなかったのが残念じゃ」
 兵馬は、それを聞いてしまってから、この座を立って寝に行くかと思うとそうではなく、まもなく番屋の門を出でた兵馬は、身には饅頭笠《まんじゅうがさ》と赤合羽で、片手には「六所明神社務所」の提灯を持ち、片手には夜番の者が持つような六尺棒をついて、刀脇差は合羽の下に隠し、木馬《もくば》から御宮《おんみや》、本社を一廻りして、一の鳥居から甲州街道の本通りへ出で、両岸に賑わしい府中の宿の真中を悠々と通りましたが、誰も怪しむ者がありません。
 兵馬が誰にも怪しまれなかったのは、左巴《ひだりどもえ》の紋のついた六所明神の提灯のおかげです。
 笠と合羽を用意して出たのは、空模様をもしやと気遣ったのみでなく、それが身を隠すに都合がよかったからで、ことに長い刀は見えないようにと苦心して、悠々と府中の宿を西へ一通り歩み抜けて裏へ出ました。
 裏へ出るとまもなく、問題の分倍河原です。河原一面に離々《りり》とした草叢《くさむら》。月のあるべき空が曇っていて、地上はボーッとして水蒸気が立てこめているから、さながら朧夜《おぼろよ》の中を歩んで行く気持です。
 鬼哭啾々のところ、ここで前の晩、時ならぬ琵琶の音が聞えたと、さいぜんの浪人者がいいました。兵馬は河原道を陣街道の方へ出ようとして、そぞろに進んで行くと、河原の中に一つの大きな塚がある。三千人の塚というのは多分これか知らと、兵馬は塚の下にたちどまって、四方《あたり》を見廻すと、やはりボーッと立てこめた靄《もや》の中に、自分ひとりが茫々《ぼうぼう》と置き捨てられている光景です。
 その時に兵馬は、自分が今までとはまるで別の世界へ持って来られたように感じて、画中の人という気分にひたってみると、なんだか知らないが、犇々《ひしひし》として悠久なる物の哀れというようなものが身にせまってくるのを覚えて、泣きたくなりました。
 ここは武蔵の国府の地。東照公入国よりもずっと昔、平安朝、奈良朝を越えて、神代の時に遡《さかのぼ》るほどの歴史を持った土地。江戸の都が、茫々として無人の原であった時分に、このあたりは、直衣狩衣《のうしかりぎぬ》の若殿《わかとの》ばらが、さんざめかして通ったところである。源頼朝はここへ二十万騎の兵を集めたそうな。新田義貞と北条勢とは、ここを先途と追いつ追われつしていた。足利尊氏が命|辛々《からがら》逃げたあともここを去ること遠くはない。英雄豪傑の汗馬《かんば》のあとを、撫子《なでしこ》の咲く河原にながめて見ると、人は去り、山河は残るという懐《おも》いが、詩人ならぬ人をまでも、詩境に誘い易いのであります。
 こういう弱い心を鞭打つには、こういう静かなところへ来てはいけない、と兵馬は、陣街道を真直ぐに、またも府中の宿へ足を向けました。

         十三

 兵馬はそこを引返して、車返《くるまがえし》から甲州街道筋へ出て、再び宮前まで来た時、おそろしく急ぎの乗物が一挺、西の方から飛んで来るのにでっくわせました。
 もとよりここは、甲州街道の道筋では、一二を争う宿駅の一つ。まだ宵の口、幾多の人馬が往来することに、敢《あえ》て不思議はありませんが、この乗物は、物々しい人数に囲まれ、乗物を囲んで急ぐ三四の人影が、皆さむらい[#「さむらい」に傍点]であることが奇怪。そうして先手《さきて》を払った一人は、これはさむらい[#「さむらい」に傍点]体《てい》ではないのが、棒を携えて、これが一行の差図ぶりで飛んで来たものだから、兵馬はどうしても、見逃すわけにはゆきません。で、眼前を過ぐる乗物に近寄ると、
「危ない」
 棒を持ったのが、それを制止しようとした途端のことです、
「やあ」
 これは、どちらが先に言ったのか、
「君は……」
 棒を持ったのが踏み留まると、同時に乗物も、これを擁護した物々しい一行も、たじろいでしまいました。
「君は、宇津木兵馬ではないか」
「おお、山崎!」
 そこで、おたがいが、やや離れて棒のように突立ったものです。
 乗物を守った数名のさむらい[#「さむらい」に傍点]たちが、早くも血気を含む。
「宇津木、君は今頃、こんなところに何をしているのだ」
 乗物の先を払って来たその人は、まさしく山崎譲でありました。
「山崎氏、君こそどこへ行かれるのだ、そうしてその乗物は?」
 兵馬は反問しました。その時は、充分に足場をみはからっていたものらしい。
「どこへ行こうとも君の知ったことではないが、僕の方から、君には充分に聞いておきたいことがあるのだ、いいところで逢った」
といって山崎は、乗物と、それを守る人々を見廻して、
「君たち、拙者はこの少年にぜひ聞いておきたいことがあるのだが……」
 それから六所明神の鳥居の中に眼をつけ、
「暫く、あれで待っていてくれ給え」
 山崎の差図通りに、乗物は、鳥居から明神の境内《けいだい》に舁《かつ》ぎ込まれて、鳥居の背後に置かれると、それを擁護しながら、一方には事のなりゆきを注視して、彼等はすわ[#「すわ」に傍点]といわば山崎に加勢する身構え気込み充分です。
 しかし、山崎は甚だ騒がぬ体《てい》で、
「宇津木」
と言葉をかけて、一足近寄って来ました。
「宇津木、君は何か非常に心得違いをしているらしい、ナゼ君は拙者を殺そうとしているのだか、その理由が一向にわからんので、僕は迷っている。考えても見給え、君と拙者とは、壬生の新撰組で同じ釜の飯を食った仲ではないか、それ以来、拙者は何か君に怨まれることをしたのかな」
 こういわれてみると、兵馬は返すべき言葉がないので、ぜひなく、
「私の怨みではない……」
といいますと、すかさず山崎は、
「私の怨みでなければ何だ」
 兵馬は、この場合、たしかにやや逆上していました。
「ある人に頼まれたのだ」
「人に頼まれた? ばかな!」
 山崎は、カラカラと笑うと、いっそう激昂した兵馬は、
「山崎氏、君にはなんらの怨みとてはないが、君が邪魔をするために、国家の大事を誤るといって慨《なげ》いている人がある、その人のために君を遠ざけねばならぬ。拙者はその人のために助けられている、その人は拙者の命の親である、余儀なき頼みを引受けて君を遠ざけようとするのも、一つには恩に酬《むく》ゆるため、一つには君等が邪魔をするために、国家の大事を誤ると慨いている――それが気の毒で、頼みを引受けたまでじゃ」
「まあ、待て、待て。君を頼んだというその人も、こっちではちゃん[#「ちゃん」に傍点]と見当がついている、その人たちがほんとうに国家を憂いている人か、あるいは乱を好む一種の野心家に過ぎないか、君にはそれがわかっているのか」
「わかっている」
「わかっている? では、あの連中が本当の憂国者か」
「少なくとも、君等の見ているよりは、広く今の時勢を見ていることだけは確かだ」
「宇津木、君はいやしくもいったん新撰組に籍を置いた人として、この山崎譲の前で本心からそれをいうのか」
「無論のこと」
「そうなると、君は我々同志に縁のあるものを、残らず敵とするのだが、それでいいか。拙者だからいいようなものの、他の同志の中で、その一言を吐けば、君はその場で乱刀の下に、血祭りに上げられることを知っているだろうな」
「拙者は、壬生《みぶ》の屯所の世話になったことがあるけれど、新撰組に同志の誓いを立てたものではない。その新撰組とても、幾つにも仲間割れがして、おのおの意見も違っているではないか。尊王攘夷の浪士とても、もとより無頼漢もあれば、真に尊敬すべき人もある。その尊敬すべき点を認めて、同情を寄せるには何の妨げもあるまいではないか。それがために、貴殿より恨まるるならば、恨まれても仕方がない」
「うむ、君が本心からそれを言うならば、我々は今後、君を待つのに裏切者を以てしなければならぬ」
「拙者はあえて裏切りをした覚えはない」
「昨日は我々の組の世話になり、今日はまた西国浪人どもの手先をつとめる卑怯者!」
「卑怯者とは聞捨てがならぬ」
 兵馬はムッとして怒りました。その怒りは心頭より発したる怒りではなく、癇癪《かんしゃく》より出でた怒りでしたけれども、この場合怒ることのできたのは物怪《もっけ》の幸いでした。しかしながら、兵馬の怒るより激しく怒っているのは、山崎譲ではなく、乗物を守護して来た数名の覆面のさむらい[#「さむらい」に傍点]たちです。
 さいぜんからの事の行きがかりを、彼等は焦《じ》れきって注視している。遽《にわ》かに乗物の鼻を抑えたことさえあるに、まだ小二才の身分で、山崎譲に向って、ちっとも譲らぬ談判ぶりが、面憎《つらにく》くてたまらないのでありました。それをまた、かなりの緩慢な態度で応対している山崎の振舞を、はがゆく思っておりました。問答は無益、一蹴して血煙を立てて行けば差支えないものを、なぜ山崎が一目置いた応対ぶりをしているのだろうと、それが悶《もど》かしくて堪らなかったから、この場合、火蓋を切ろうとするのを山崎が抑えました。
「まあ、待ち給え、諸君」
「山崎氏、緩慢至極で見ていられぬ」
「待ち給え、これは僕の旧友で、宇津木兵馬……」
 そこで改めて兵馬の方へ向き直り、
「宇津木君、まあ、そこへ掛け給え」
 山崎譲は自分が先に社《やしろ》の鳥居の台石へ腰を卸して、
「この間、四谷の大木戸で、君は罪のない者を斬ってしまったな、よく考えて見給え、あれは飛脚渡世の者で、家には養わねばならぬ妻も子もあるのだ、ああいう者を斬捨てて、君はいい心持でいるのか。いい心持ではあるまい、間違えられた僕でさえ、気の毒でたまらないから、通りがかりには、キットあの遺された家族の連中へ、見舞に立寄っているのだ。君の人となりもたいていは知っている拙者だ、無意味に人間の命を取って、それを興がる君でないことは、よく知っているつもりだ。それにもかかわらず、ああいうことをしでかした原因を推量してみると、宇津木君、君はこのごろ、女に迷うているのではないか。女に迷うと金に詰まる、これは切ってはめたような浮世の習いだ、君が、誼《よしみ》はあっても更に怨みというもののない拙者を討とうとするのも、多分、この辺から来ているのではないか、と僕は推量している。また、そうとしかほかに理由が考えられないのだ。自重《じちょう》してくれ給えよ……しかし、宇津木、それはどうあろうとも、正直のところは、拙者は君を敵に持つことを怖れているのだ。卑怯の意味で後ろを見せるというわけではないが、君が強《し》いて事を好めば拙者も手を束《つか》ねてはおられぬ、同行の諸君もそれを見てはおれまい。ここでおたがいが火の出るような斬合いをはじめて、どっちが勝ってみたところで、どっちが負けてみたところで、あるいは共倒れになってみたところで、無名の戦いは畢竟《ひっきょう》無名の戦いで、空《むな》しく人の笑われ草となるに過ぎない。ここをよく考えてくれ給え、とかくの判断は後日として、宇津木君、今日は拙者を見のがしてくれ給え。さあ諸君」
と言って山崎は、棒を兵馬の前へ投げ出して、人数の中へハサまるが早いか、一団になって走せ去りました。
 宇津木兵馬は、過ぎ行く乗物の一行を、その提灯の影が見えなくなるまで、茫然として見送っておりました。
「少々物をお尋ね致しとうございますのですが」
 呼びさまされて見ると、自分の前に、見慣れない旅人風の男が立っております。
「何事です」
「ただいま、これへ一挺の乗物が通りは致しませんでしたろうか、ええと、たしか、源氏車の紋のついた提灯を持っておりましたはずで、お附添のさむらい[#「さむらい」に傍点]衆が四五人、もっともその中に一人、さむらい[#「さむらい」に傍点]体《てい》でないお方が、棒を持っておいでなさいましたはずで」
「ははあ、そのことか」
「その乗物は黒塗りでございました」
「それそれ」
 兵馬はまだ、過ぎ去ったそのもののあとをながめているのです。
「いかがでしょう、通りましたでしょうか、通りませんでしたろうか、通りましたとすれば、どのくらい前のことでございましたろう、ぜひひとつ」
「なに、何をいわれた?」
「じょうだんではございません、ただいまこれへ、一挺の乗物が通りは致しませんでしたろうか、たしか源氏車の紋のついた提灯をつけて、お附添のさむらい[#「さむらい」に傍点]衆が四五人、もっともその中の一人のお方が、さむらい[#「さむらい」に傍点]姿でない棒を持ったお方と、こうお尋ね申しているんでございます」
「うむ、それか、それならば、たった今、ここを通った」
「有難うございます」
 喜んで駈け出した旅人風の後ろ影を見送ると、その男の足の迅いこと、右の肩から腕へかけて、急にすべり過ぎている姿勢《なり》恰好《かっこう》。
「はて……」
 乗物が怪しい! その瞬間に兵馬の頭脳《あたま》にひらめいたのがそれです。その途端に、鳥居の後ろからそろそろと人の姿が現われて、
「兵馬様、兵馬様」
と呼ぶ声。それは七兵衛の声です。
 例によって、笠をかぶって合羽を着た旅装の七兵衛は、鳥居の裏から出て来て、
「兵馬様、私はさいぜん[#「さいぜん」に傍点]から残らずこっちで承っておりました、山崎先生のおっしゃることが、いちいち御尤《ごもっと》もに聞えますると共に、あなた様の御身について、合点《がてん》の参らぬ節《ふし》が多いようでございます、それを少しばかり、七兵衛にお聞かせ下さいまし」
といって、兵馬とは向い合った鳥居の台石に腰をかけると、兵馬は、
「ああ、自分で自分の心がわからぬ」
「いったい、お前様は、ほんとうに山崎先生をお斬りになる御了見《ごりょうけん》なんでございますか。それはたしかに山崎先生にもおわかりにならないように、私共にも一向|解《げ》せないことでございます。なお、山崎様のおっしゃるところを聞いておりますると、お前様は、このごろ、吉原へしげしげおいでになるとやら、そこへ図星を差した山崎先生のおめがねは、見上げたものだと七兵衛も感心致しました。悪所の金に詰まって、心にもない人の頼みをお受けになって、由《よし》ない人を討とうとなさるお前様とは存じませぬが、いかなる人も女に迷うと人間が変ります、もしお金がいりようでございましたら、失礼ながらいくらでも、私の手で都合して差上げますから、軽挙《かるはずみ》なことはなさらぬように……と申し上げますと、口幅ったいようでございまするが、ともかく、お金で済むようなことでしたら、いつでも御遠慮なく、御相談を願いたいものでございます」
「いつもながら、そなたの親切は有難い。そういえば世間のことは、大抵は金で済むようなものじゃ、打明けていえば、拙者の迷うていることもその一つかも知れない、金があれば、ここまで深入りをせずともよかろうものをと思われないではないが……」
と兵馬はいいかけて、また打悄《うちしお》れてしまいます。実際、今の兵馬の場合は金の問題で、怨みもない人を殺《あや》めようと決心を起したのも、せんじつめればそれです。七兵衝からそこへ水を向けられてみると、渡りに舟のようなものではあるが、なんといっても相手がこの田舎老爺《いなかおやじ》では、お歯に合わないほどの金が要ると思うから、親切は有難く思っても、いっそう打悄れるのが関の山です。ところが七兵衛は、存外に腹がいいと見えて、
「それは何よりです、金で思案がきまることでしたら、及ばずながら私が骨を折ってみようではございませんか。いったい差当りお前様は、どのくらいお金がおありになればよろしいのでございますか」
「いいや、それはいうまい、いうたとて詮《せん》のないことじゃ、今までもそなたには、随分世話になっているのに――」
「まあ、おっしゃってみて下さい、七兵衛の手で出来ればよし、出来なければ出来ないと申し上げるまでですから――」
「正直にいってみると、差当り三百両ばかりの金が要ります」
「三百両……」
 七兵衛は、そこで、ちょっと黙ってしまったのは、むろん後込《しりご》みをしてしまったものと兵馬は諦《あきら》め、いっそこんなことをいわない方がよかったと思っていると、七兵衛は率直に、
「よろしうございます、私が、きっとその三百両をあなた様のために、三日のうちに調《ととの》えて差上げましょう。その代り私から、あなた様に一つの願いがございます」
 そこで兵馬が意外の思いをしているのを、
「お願いというのはほかではありません、あのお松のことでございます。あの子は私が大菩薩峠の上で拾って来た、かわいそうな孤児《みなしご》なんでございます、私だって、いつまでもあの子の後立てになっているわけには参りませんし、それに、私が後立てになっていたんでは、あの子のために末始終、よくないことが起るかも知れませんので……どうかあなた様に、行末永く、あの子の面倒を見てやっていただきたいのでございます」
 こういって改まって、お松という女の子の身の上を頼みます。
「それはよく心得てはいますけれども、今の拙者の身では、人の力になってやることができない」
「それは嘘でございます」
 七兵衛は少しく膝を進ませて、
「人の力になってやるのやらないのというのは、心持だけのものです、あなたの心を、お松の方に向けてやっていただきたいのです、そうしませんと、あの子はいちばんかわいそうなものになってしまいます」
「拙者の心持は、いつもあの人に親切であるつもりだが……」
「ところが、あの子の方では、わたしの親切が足りないから、兵馬さんに苦労をさせるのだと、この間も泣いておりました。私はお若い方に立入って、野暮《やぼ》なことは申し上げるつもりはございません、あなた様が、第一にあのお松を可愛がってやっていただけば、それから後のことは、とやかくと申し上げるのではございません」
といって七兵衛は、何か思い出したように台石から立ち上り、社《やしろ》の木立から少しばかり街道筋へ出て天を見上げ、
「それでは、兵馬様、私はこれから三日の間に、あなた様のお望みだけのお金を調えて――そうですね、ドコへお届けしましょうか、ええと……浅草の観音の五重の塔の下でお目にかかりましょう、時刻は今時分、あの観音様の前までお越し下さいまし、その時に間違いなくお手渡し致します。今夜は雨が降るかも知れません、私はちょっと側道《わきみち》へ外《そ》れるところがございますから、これで失礼を致します」
といって七兵衛は、そのまま風のように姿を闇に隠してしまいました。
 そこで兵馬は、社の木立の深い中をたどって、社務所の方へ帰りながら、
「わかったようでわからぬのはあの七兵衛という人だ、金を持っているのか、持っていないのか、トント判断がつかぬ。どこにか少なからぬ小金《こがね》を貯えていて、表にああして飄々《ひょうひょう》と飛び廻っているのか知ら。いつもと違って今宵は三百両というなかなかの大金である、それを事もなげに引受けて、三日の期限をきったところには信用してよいのか悪いのか、とんと[#「とんと」に傍点]夢のようである。しかし、今まであの人の約束を信じて、ツイ間違ったことがない、それで、ここでも約束通りに信を置いて間違いないだろうか知らん」
と胸に問いつ答えつしていたが、やはり夢のようです。果して易々《やすやす》とその要求するだけの金が手に入ったならば、自分の今の苦痛はたちどころに解放される。解放されるのは自分だけではない、苦界《くがい》に沈む女の身が一人救われる。そうして、金にあかして、愛もなければ恋もない女を買い取ろうとする色好みの老人の手から、本当に愛し合っている人の手に取り戻すことができる。自分の本望、女の喜び、それを想像すると、兵馬はたまらない嬉しさにうっとりとする。
 うっとりとして、自分の足も六所明神の社内を、冷たく歩いているのではなく、魂は宙を飛んで、温かい閨《ねや》の燃えるような夜具の中に、くるくる[#「くるくる」に傍点]と包まれてゆく心持になってゆく時、ヒヤリとして胸を衝《つ》いたものは、
「あなたの心を、お松の方に向けていただきたいのです、そうしませんと、あの子はいちばんかわいそうなものになってしまいます」
といまいい残して行った七兵衛の一言《ひとこと》がそれです。

         十四

 狭山《さやま》の岡というのは、武蔵野の粂村《くめむら》あたりから起って、西の方、箱根ヶ崎で終る三里ほどの連岡《れんこう》であります。武蔵野の真中に、土の持ち上っただけのもので、その高さ二百歩以上のところはなく、秩父《ちちぶ》から系統を引いているわけではなく、筑波根《つくばね》の根を引いているわけでもなく、いわば武蔵野の逃水《にげみず》同様に、なんの意味もなくむくれ[#「むくれ」に傍点]上って、なんの表現もなく寝ているところに、狭山連岡の面白味があるのです。
 狭山の尽くるところに、狭山の池があります。その中に小さな島があって、ささやかな弁天の祠《ほこら》がまつられてある。府中の六所明神の社頭で兵馬と別れた七兵衛が、ひとり、こっそり[#「こっそり」に傍点]とこの弁天の祠に詣でたのは、その翌日の真昼時であります。
 七兵衛は弁天様にちょっと[#「ちょっと」に傍点]御挨拶をしてから、その縁の下を覗《のぞ》き込んで手を入れて探すと、蜘蛛《くも》の巣の中から引き出したのが、一挺の小鍬《こぐわ》であります。この鍬を片手に提げると、池のまわりを一ぺん通り、西の方へまわって、松の大樹の落々《らくらく》たる間へ進んで行きました。この辺、数里にわたって、見渡す限りの武蔵野であります。
 七兵衛は池尻の松の大樹の林の中を鍬を提げて歩いて行き、一幹《ひともと》の木ぶり面白い老樹の下に立って、いきなり鍬を芝生の上へ投げ出すと、その松の根方に腰をおろしました。
 そこで煙草入を取り出して、燧《ひうち》を切って一ぷく吸いつけると、松風の響きが鼓《つづみ》のように頭上に鳴り渡ります。七兵衛は、松の木立の隙間《すきま》から、晴れた空をながめやり、暫くその空の色に見恍《みと》れていたようでしたが、やがて、思い出したように煙管《きせる》をハタハタとはたくと、再び立ち上って、例の小鍬を無雑作に拾い上げ、いま自分が坐っていたところから二尺ほど離れた大地の上へ、軽くその鍬先を当てたものです。
 七兵衛はここへ、何物かを掘り出しに来たものに相違ない――この男は改めて説明するまでもなく、極めて足の迅《はや》い奇怪な盗賊であります。一夜に五十里を飛ぶにはなんの苦もない足を持っていて、郷里の青梅宿《おうめじゅく》を中心に、その数十里四方を縄張りとし、その夜のうちに数十里を走《は》せ戻って、なにくわぬ面《かお》をして百姓をしているから、捕われる最後まで、誰もそれを知るものがなかった男であります。
 甲所で盗んだ金は乙所へ隠して置き、乙所で掠《かす》めたものは丙所へ埋めて置いて、自分は常に手ごしらえの絵図面を携帯し、それへいちいち朱点を打っておいて、時機に応じ、必要に従って、その金を取り出す習いになっているのだから、ここへこうして鍬を持って来てみれば、もうその目的は問わずして明らかなのであります。昨夜、六所明神の社前で、宇津木兵馬に誓っておいただけの金子《きんす》を、この貯えのうちから引き出しに来たものと思えば間違いはありますまい。
 兵馬は、今日まで、ずいぶんこの男の世話にはなっていたけれども、ただ、こういった義侠的の人に出来ているのだろうと思うよりほかは、考えようがなかったもので、果してこうと覚《さと》ったなら、その恩恵を受けられよう道理がなかったのですが、このことは兵馬が知らないのみならず、誰も知っていないので、ただがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵というならず[#「ならず」に傍点]者だけが心得てはいるが、これとても最初からの同類でもなんでもなかったのです。
 果して七兵衛は、熱心に芝生の上を掘りはじめました。下は軟らかい真土《まつち》で、掘るに大した労力がいるわけでもなく、たちまちの間に一尺五寸ほど掘り下げると、鍬《くわ》を抛《ほう》り出して両手を差し込み、土の中から取り出したのは、油紙包を縄でからげた箱のような一品で、土をふるって大切《だいじ》そうに芝生の上へ移し、再び鍬を取って、以前のように地均《じなら》しをはじめていると、またも晴れた嵐が松の枝を渡る時、
「兄貴、何をしているのだ」
 悪い奴が来たもので、これはがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が風のようにやって来て、いつか後ろに立っているのでした。
「百、何しに来たんだ」
 悪いところへ悪い奴と思って、七兵衛が苦りきっていうと、百蔵は洒唖《しゃあ》として、
「日光街道の大松原で、ふと兄貴の後ろ姿を見かけたものだから、こうしてあとをつけてやって参りましたよ」
「油断も隙もならねえ」
 七兵衛が鍬をついてがんりき[#「がんりき」に傍点]をながめていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、その鍬と七兵衛の掘り出した油紙包の箱と両方へ眼をくれながら、
「ひとつ折入って兄貴にお聞き申したいことがあって、それ故、おあとを慕って参りました」
「それはいったい、どういうことを聞きたいのだ」
「ほかでもありませんが、この道中筋を横と縦へ向って、今がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵がしきりに捜し物をして飛び廻っているという次第ですが、その捜し物というのは、兄貴の前だが……」
「わかってる、わかってる」
 七兵衛は頭を振って、
「手前《てめえ》が、そうしてのぼせ[#「のぼせ」に傍点]切って東西南北を血眼《ちまなこ》で馳け廻っている有様を見ると、おれは不憫《ふびん》で涙がこぼれる、仕舞《しまい》の果てにはなけなしの、もう一本の片腕をぶち落されるくらいが落ちだろう……色狂《いろきちが》い!」
「その御意見は有難えが、時のいきはり[#「いきはり」に傍点]で、つい引くに引かれねえ場合なんだから、どうか友達甲斐に、このがんりき[#「がんりき」に傍点]の男を立ててやっておくんなさいまし」
「馬鹿野郎!」
「まあ、そうおっしゃらずに……ときに兄貴、いったいこれからがんりき[#「がんりき」に傍点]はどっちへ振向いたら目が出るんでございましょう、そこのところをひとつ」
「おれは易者ではないから、そんなことは知らねえ」
「それが兄貴の悪い癖なんだ、目下《めした》の者をあわれむという心が無《ね》えんだから」
「よし、それじゃ、お情けに一つ言って聞かそう。およそ、甲州の裏表、日光の道中筋で、この間中から、俺は三つの怪しい乗物を見たんだ、その一つは高尾の山の蛇滝《じゃだき》の参籠堂から出て、飯綱権現《いいづなごんげん》の広前《ひろまえ》から、大見晴らしを五十丁峠へかかった一つの山駕籠と、それからもう一つは、府中の六所明神の前を五六人のさむらい[#「さむらい」に傍点]に囲まれて、一散に東へ向って急いだ黒い乗物と、もう一つは……ほぼそれと同じ時刻に、八王子の大横町から日光街道を北へ走った、やはり黒い一挺の乗物だ、この三つがどうも合点《がてん》のゆかねえ乗物だと思っているが、がんりき[#「がんりき」に傍点]、お前の捜している見当はどれかそのうちの一つだろう」
「違《ちげ》えねえ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は額を丁《ちょう》と打って、
「この間の晩、小名路《こなじ》の宿を通ると、雲助連中が、小仏へ天狗が出た、天狗が出たというから、よく聞いてみると、なんのことだ、天狗というのは、おおかた兄貴のことだろうと俺だけに察しがつくと、おかしくってたまらなかった。ところで、兄貴、その三つのうちのドレが本物だか、そこんところをひとつ後生だから!」
「三つとも見ようによれば、みんな本物だろうじゃねえか」
「世話が焼けるなあ、がんりき[#「がんりき」に傍点]はなにも親の敵《かたき》をたずねてるんじゃありませんぜ」
「俺の知ったことじゃねえ、爪先の向いた方へ勝手に行ってみろ」
 七兵衛が取合わないで、再び鍬の柄を取って地均《じなら》しにかかると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを黙って暫く見ていたが、
「なるほど、こりゃ聞く方が野暮《やぼ》だった、おっしゃる通り、爪先の向いた方へ行ってみることにしよう、兄貴、さよなら」
といって、さっさ[#「さっさ」に傍点]と松の木の間へ姿を隠してしまったから、七兵衛はその後ろ影を見送って、
「野郎、気味の悪いほど素直に行っちまやがった」
 本来なら、掘り出した一品に何か因縁《いんねん》をつけて行くべき男が、一言《ひとこと》もそれに及ばずして行ってしまったから、かえって七兵衛が手持無沙汰の体《てい》です。

         十五

 宇津木兵馬は、七兵衛の約束を半信半疑のうちに、浅草の観音に参詣して見ると、堂内の巽《たつみ》に当る柱で噪《さわ》いでいる一かたまりの人の声。
「ははあ、あれが安達《あだち》ヶ原《はら》の鬼婆《おにばばあ》だ、よく見ておけよ、孫八」
 一勇斎国芳の描いた額面を見上げている。今に始まったことではない。「安政二年|乙卯《きのとう》仲春、為岡本楼主人之嘱《おかもとろうしゅじんのしょくのため》、一勇斎国芳写」と銘を打った一《ひと》ツ家《や》の額面。それを巽の柱の下に群がった一かたまりが熱心にうちながめて、
「あの鬼婆の憎い面《つら》を見ろ、あの出刃庖丁で女の腹を割《さ》いて、孕児《はらみご》を食い物にするところだあ、孫八」
「憎い婆!」
 褐色《かちいろ》の着物に黒い帯をして、尻端折《しりはしょ》りをし、出刃をかざした形相《ぎょうそう》ものすごい老婆の姿に、憎しみの眼を投げると共に、その腰にすがっている振袖を着た可憐な乙女に、痛々しい同情の眼を向けない者はない。
「あの、眼をつぶっているお稚児《ちご》さんは、ありゃ何だろう」
といったが、急にそれに返答を与えるものがありません。
 つまり、女の腹を割いて、その孕児《はらみご》を見るという安達ヶ原の鬼婆は、今その携えた出刃庖丁で、あの可憐な振袖を着た乙女を、犠牲《いけにえ》の俎板《まないた》に載せようとしている瞬間と見ていると、自然その左手に気高くほおづえついて眠っている稚児髷《ちごわ》の美少年が、よけいな物になって、説明に行詰まってしまいます。それでも一同は額面そのものに堪能《たんのう》して、一心にながめていると、
「あれは安達ヶ原の鬼婆の絵ではありませんよ」
 従来の説明を一挙に覆《くつがえ》したのは、宗匠頭巾《そうしょうずきん》をかぶって、十徳《じっとく》を着た背の高い老人。やや離れたところに立っておりました。
「え、あの憎らしいのが、安達ヶ原の鬼婆ではありませんのですか」
「ええ、安達ヶ原の鬼婆とは違います、よくあれを見て、間違えてお帰んなさる人がありますよ」
「へえ、そうですか、ありゃ鬼婆じゃねえのだとさ」
「そうですか」
 十徳の老人は、気の毒に思って、
「あれはねえ、石の枕の故事をうつしたものなんで。昔、この界隈《かいわい》がまだ草茫々としていた時分に、この近所にあの婆さんが住んでいたものです。こっちにいるのは婆さんの一人娘なんですが、この娘が容貌《きりょう》よしだもんですから、往来の人を連れ込んで泊らせ、石の枕へ寝かしておいて、寝ついた時分に、その旅人の頭を、あの鉈《なた》で砕いて……出刃ではありません、鉈でしょう、そうして持物を奪い取ることを商売にしていたのです。娘がそれをあさましいことに思って、自分が旅人の装《なり》をして身代りに立ち、婆さんの手で殺されてしまったのです。さすがの鬼婆も、間違って自分の最愛の娘をころしてしまったものですから、遽《にわか》に発心《ほっしん》して、ついに仏道に入ったというところをかいたもので、あのお稚児《ちご》さんは、その晩泊った旅人、実は観世音菩薩の御化身《ごけしん》が、強慾《ごうよく》な老婆をいましめの方便ということになっているのです」
 人だかりは崩れて、どやどや[#「どやどや」に傍点]とお神籤場《みくじば》の方へ行ってしまったあとに、兵馬は、十徳の老人の後ろに、まだ額面をながめています。
 十徳の老人が、額面を、それからそれと見て歩いているから、兵馬とは後になり、先になり、重なり合って立ちどまることもあります。
 二人が、また重なり合って立ちどまったのは、以前の柱よりは少し右の方、菊池容斎の描いた武人の大額の下。
「卒爾《そつじ》ながら、これは何をかいたものですか」
と兵馬は突然にたずねてみますと、老人は、ちょっ[#「ちょっ」に傍点]と驚かされて振返ったが愛想よく、
「これは、御廐《おんまや》の喜三太《きさんだ》を描いたものですな」
「ははあ」
「鎮西八郎、鎮西八郎」
 そこへ、また押しかけて来た二三の若い者。
「やあ、鎮西八郎、豪勢だな。あの弓でもって、伊豆の大島で、軍船《いくさぶね》を一つひっくり[#「ひっくり」に傍点]返したんだから豪勢だ」
「何しろ、鎮西八郎ときちゃあ、日本一の弓の名人なんだから」
 この連中は、額面の前で、しきりに勇み足を踏んで立去りましたが、その後で、例の十徳の老人は笑いながら兵馬を顧みて、
「あの国芳の額を安達ヶ原と納まって見る人と、これを鎮西八郎に見立てて帰る者が多いのですよ……どうです、この筆力の遒勁《しゅうけい》なことは。容斎は豪《えら》いです。国芳の石枕も出色な出来ですが、こうして並べて見ると格段の違いがありますね」
 ちょうど、延宝年間に納めた魚河岸《うおがし》の大提灯を斜めにして、以前の国芳が全体を現わしているところ。老人の説明半ばで、兵馬は内陣の前に手を合わせている吉原芸者らしい女の姿へ眼を奪われてしまいました。濡羽《ぬれば》のような島田に、こってり[#「こってり」に傍点]と白粉の濃い襟足を見ると、ゾッとして、あこがれている脂粉《しふん》の里に、魂が飛び、心が悶《もだ》えてきました。
 七兵衛が遅い――遅いのではない、自分が早過ぎるのだと思い返してみると、いつのまにか十徳の老人は額面の前を去って在らず。自分は空しくその額面を仰いで見たが、早過ぎたといっても、もう日は廻って、薄暗い堂内の空気は糢糊《もこ》として画面を塗りつぶしています。
 そこで兵馬は、やはり渦巻く参詣人の中を泳いで、堂の外へ出てみました。それにしてもまだ早い、どこで暇をつぶそうか知らん。本堂を経て三社権現をめぐり、知らず識らず念仏堂の方へ歩みをうつすと、松井源水が黒山のように人を集めて居合《いあい》を抜いている。それにもあまり興が乗らず、去って豆蔵《まめぞう》を覗《のぞ》いたり、奥山の楊弓《ようきゅう》を素通りしたりしているうちに、日が全く暮れて、兵馬は約束の五重塔の下へ来てみると、
「宇津木様、お待ち申しておりました」
 その声を聞くと兵馬は、飛び出つ思いです。
 今日は七兵衛が笠もかぶらず、合羽も着ず、着流しに下駄穿きで、近在の世話人が、公事《くじ》で江戸へ出向いて来たような風采《ふうさい》。
「お約束のお金を、ここへ持って参りました」
といって、懐ろから風呂敷包を取り出す。
「これはありがとう、なんともお礼の申しようがありませぬ」
 実際、兵馬は夢のように喜びました。今まで半信半疑とはいうものの、疑いの方が先に立つもどかしさ[#「もどかしさ」に傍点]が一時にとれてしまったので、その包を受取ると、もう足が小躍《こおど》りして、じっとしていられない思いです。
「御自由にお使い下さいまし。しかし、申し上げておきませんければならないことは、もし、そのお金の出所《でどころ》を人から問われるようなことがありましても、七兵衛の手から出たということは、決しておっしゃらないように……それと、もう一つは、先日申し上げました通り、お松というもののことをお忘れ下さらないように――」
「万事、心得ています」
 兵馬は七兵衛の言葉もろくろく耳には入らない。
「それでは、私も急ぎの用事がございますから、これでお暇を致します……」
「拙者《わし》もこうなった上は一時も早く……」
「お待ち下さいまし」
 七兵衛はなお念を入れて、
「それから兵馬様、もし何かまた御相談事が出来ましたらば、私は明後日《あさって》まで馬喰町《ばくろちょう》の大城屋というのに逗留《とうりゅう》をしておりますから、甲州|谷村《やむら》のおやじとでもおっしゃっておたずね下さいまし」
 兵馬は、それも耳へは入らないで、ついにこの場で七兵衛と袂《たもと》を別ってしまいました。七兵衛は、なお暫くとどまって、兵馬の去り行くあとを見送っていましたが、
「どうも、若い者のすることは、危なくって見ていられねえ、間違いがなければいいが」
と呟《つぶや》きながら、どこかへ消えてしまいました。

 七兵衛に別れた兵馬は、まことに宙を飛ぶ勢いで、吉原の火の中へ身を投げると、茶屋の暖簾《のれん》をくぐって、乾く舌をうるおしながら、東雲《しののめ》の名を呼んだのは間もないことであります。
「ナニ、東雲は病気?」
 逸《はや》りきった兵馬の胸に、大石が置かれたようです。
「そうして、どこに休んでいます」
 彼は病室まで、とんで行きかねまじき様子を、茶屋ではさりげなくあしらって、
「東雲さんは病気で休んでおいでなさいます、まあ、よろしいではございませんか、御名代《ごみょうだい》を……」
 兵馬は、そんなことは聞いておられない。
「東雲の宿というのはどこです」
「いいえ、そのうちにはお帰りになりますから、まあ、ごゆっくりと……」
「その宿というのを教えてもらいたい」
「さあ、それでは内所《ないしょ》でたずねて参りますから、ともかくお上りくださいまし」
「いいえ、拙者は別な人のところへ行きたくもなければ、行く必要もない、東雲がいなければ、このまま帰ります、帰って、その宿所をたずねて、病気を見舞わねばならぬ、また話しておいた大事な話の残りがある」
「それはずいぶん、御執念なことでございます、では内所へ行ってたずねて参りますから」
 暫くしてから、また戻って来た茶屋のおかみさんは、
「あの――主人が留守だものですから、東雲さんのお家がどうしても只今わかりません」
 兵馬は熱鉄を呑ませられたように思ったが、このうえ押すと佐野次郎左衛門にされてしまう。

         十六

 その夜のうちに宇津木兵馬は、ジリジリした心持で、本所の相生町の老女の屋敷へ帰って来ました。この老女の屋敷というのは、一人のけんしきの高い老女を主人として、勤王系の浪人らしい豪傑が出入りする大名の下屋敷のようなところ。
 そこで彼は自分の部屋へ来ると、どっか[#「どっか」に傍点]と坐り込んで、懐中から畳の上へ投げ出したのが、宵のうち浅草の五重の塔下で、七兵衝から与えられた金包です。
「兵馬さん、お帰りになりまして?」
とそこへ訪れたのはお松であります。
「いま帰りました」
「お茶を一つお上りなさいまし」
「有難う」
 お松は丁寧に兵馬にお茶をすすめたが、兵馬の浮かぬ面色《かおいろ》をそっとながめて、
「どちらへおいでになりました」
「エエ、あの……」
 なにげないことでも、お松にたずねられると針の莚《むしろ》にいるような心持がします。
「直ぐにお休みになりますか、それとも何か召し上りますか」
「いいえ、何も要りません……あの、お松どの、そこへ坐って下さい。あなたにはこの頃中、絶えず心配をかけていた上に、少なからぬ借金までしておりました。今日はこれを預かっておいて下さい」
といって、兵馬が改めてお松の前に置いたのは、例の金包です。
「ええ? これを、わたしがお預かりするのですか?」
 お松は、その金包をながめて合点がゆかない様子。それは、この頃中の兵馬は、ずいぶん金に飢えているように見えるのに、今ここで突然に投げ出した金は、どう見ても今のこの人の手には余りそうな重味があります。
「預かっておいて下さい」
「お預かり申してよろしうございますが……数をお改め下さいまし」
「数をあらためる必要はありません、そのまま、あなたにお預け申します」
「いいえ、どうぞ、わたしの前で数をおあらため下さいまし」
「それには及びません」
「兵馬様」
 お松は、あらたまって兵馬の名を呼びました。兵馬は答えないで、火鉢の前にじっと俯《うつむ》いている様子。
「夜分、こんなに遅く、これだけのお金をただ預かれとおっしゃられたのでは、わたくしには預かりきれないのでございます、そう申し上げてはお気にさわるかも知れませんが、このごろは何かの入目《いりめ》で、わたくしたちの目にさえお困りの様子がありありわかりますのに、今晩に限って、これだけのお金を持っておいでになったのが、わたくしにはかえって心配の種でございます」
「いや、この金は決して心配すべき性質の金ではありません、ちと入用《いりよう》があって、人から融通してもらったところ、急にそれが不用になったから、あなたに預かっておいてもらいたいのです、金高は三百両ほどあると思います」
「どなたが、その三百両のお金を、あなたに御融通になりましたのですか」
 自分の貯えも、お君の貯えも、一緒にして融通してしまったほどの兵馬の身に、忽《たちま》ち三百両の金を融通してくれるほどの人がどこにあるだろう。それを考えると、お松は兵馬の心持が、怖ろしいもののように思われてなりません。
「誰でもいいではないか、わしを信用して融通してくれた人の金、それを、あなたに預かってもらうのに、誰へも憚《はばか》ることはありますまい。拙者は、その金をあなたに預けるばかりではない、あなたのいいように処分して使ってもらいたい、お君さんへの借りもその中から返して下さい……遠慮はいりません。それでもなお納得《なっとく》がゆかないならば、わしにその金を融通してくれた人の名をいいましょう。それは、そなたのおじ[#「おじ」に傍点]さんの七兵衛の手から出たものじゃ、わしはこれからあの人を訪ねて、相談をして来ようと思うことがあります」
 宇津木兵馬は金包をお松に託しておいて、もうかなり夜も遅いのに、またも外出してしまいました。多分、じっとしてはいられないことがあるのでしょう。あるはずです。
 お松やお君の金さえも融通してもらい、自分の差料《さしりょう》をさえ売ろうとした身が、忽ち三百両の金を不用として投げ出して行ってしまったのは、それと共に、絶望に帰するものがあればこそです。
 東雲《しののめ》が病気で親許《おやもと》へ戻っているというのは嘘だ、身請《みう》けをされてしまったのだ、という暗示は、馬鹿でない限り合点《がてん》のゆかねばならぬことです。この絶望と、今までの自分の血迷いかげん。相手は、情を売るのが商売の女で、請け出す人は、金に糸目をつけることを知らない楽隠居である。部屋住みの、修行中の自分が、その中に入って歯が立つものではない――それをいま悟っても、人には相当に未練というものがある。兵馬は多分、これから思い起した七兵衛の言葉の端をたどって、馬喰町《ばくろちょう》の大城屋というのへ相談に行くのかも知れない。
 しかし、気の毒なのは出て行った兵馬よりも、残されたお松であります。
 大菩薩峠の上で、祖父は殺され、自分は知らぬ旅の人に助けられて、箱根の湯本で湯治《とうじ》している時に蒔《ま》かれた二人の縁が、本郷の妻恋坂の雨やどりで芽ぐみ、その後、自分は京の島原の生活から花園のわび住居《ずまい》、京都、大和路の間でも絶えず頼りつ頼られつして来たその人は、親しみが余りあるのに、情というものを知らない人であった。いちずに目的に向って他目《わきめ》も振らないのが物足りないだけ、それだけ頼もしいと思っていたのに――
 今となって、こういうことにしてしまったのは自分が至らないからだと、お松は残念でたまりません。お松はまたこんなことも、内々|気取《けど》りもし、聞いてもいたのです。それは自分を養女として仕込んでくれたお師匠様のお絹が、兵馬を誘惑したことも一度や二度ではなかったこと。お君でさえが、一時は兵馬にぽーっとしていたこともある。そういう誘惑が数々あるのに、それを受けつけなかった兵馬の一徹なところは、自分としても暗《あん》に勝利のほほえみを以て迎えていたのに、今となって、色を売る女風情《おんなふぜい》に、あの人の心全部を奪われてしまったとなると、お松の気象では、泣いても泣き足りないほどの口惜《くや》しさがあるのも無理がありません。
 果して誰の力でも、兵馬さんを、もとの人にすることはできないのか知らん。七兵衛のおじさんは旅にばかりいて落着かないし、今、兵馬さんが、先輩として敬服しているのはここの南条先生であるが、あの先生もあんまりたより[#「たより」に傍点]ない。兵馬さんを指導する恩人として見てよいのか、或いは兵馬さんをダシに使って嗾《そそのか》しておられるのか、もう少し手強《てごわ》い意見をして下されたら……お松はあまりの残念さに、つい人を怨んでみる気にもなりましたが、どう考えても口惜涙《くやしなみだ》を抑えることができません。
 ぜひなく、その金包を抱いて、泣く泣く廊下を伝って自分の部屋へ歩いて来ると、途中で後ろからその肩を叩いたものがあります。
「お松どの、宇津木にも困ったものだな」
 それは南条力の声であります。
「はい」
 お松は返事をしながら、しゃくり上げてしまいました。
「しかし、あれも馬鹿でないから醒《さ》める時があるだろう、偽《いつわ》りの情から醒めてみねば、真実の旨味《うまみ》がわからん、どのみち、真実なものが勝つのだから、あまり心配せんがよい」
「有難うございます」
とはいったが、それもお松には、一時の気休め言葉のように思われて、自分の部屋へ転げこむと、金包を抱いて散々《さんざん》に泣きました。
 まもなく庭を隔てた一間の障子にうつる影法師は、今の南条力。
[#ここから2字下げ]
秀《ひい》でては不二《ふじ》の岳《たけ》となり
巍々《ぎぎ》千秋に聳《そび》え
注《そそ》いでは大瀛《たいえい》の水となり
洋々八州をめぐる……
[#ここで字下げ終わり]
 案《つくえ》によって微吟し、そぞろに鬱懐《うっかい》をやるの体《てい》。
 興に乗じて微吟が朗吟に変ってゆく。
 この人は、会心の詩を朗吟して、よく深夜人をおどろかす癖があります。
[#ここから2字下げ]
志賀、月明の夜
陽《あら》はに鳳輦《ほうれん》の巡《じゆん》を為す
芳野の戦ひ酣《たけなは》なるの日
また帝子《てんし》の屯《たむろ》に代る
或は鎌倉の窟《いはや》に投じ
憂憤まさに悁々《えんえん》
或は桜井の駅に伴ひ
遺訓何ぞ慇懃《いんぎん》なる……
[#ここで字下げ終わり]
 歌いゆくと興がいよいよ湧き、
[#ここから2字下げ]
昇平二百歳
この気、常に伸ぶることを得
然《しか》してその鬱屈に方《あた》つてや
四十七人を生ず
乃《すなは》ち知る、人亡ぶと雖も
この霊|未《いま》だ嘗《かつ》てほろびず……
[#ここで字下げ終わり]
 我もまた詩中の人となって、声涙共に下るの慨を生じ来《きた》るの時、廊下にドヤドヤと人の足音。
 その吟声がやむと暫くあって、南条の影法師と向い合って、新たに幾頭の影法師。
「南条君、いま戻った」
「やあ諸君」
 忽《たちま》ちに主客の影法師が寛《くつろ》いで、室内が遽《にわ》かにあわただしい気分になる。
 そこで、おたがいの舌頭から火花が散るように、壮快な話題が湧き上る。
 察するところ、南条を的《まと》にして数名の壮士が、いま旅から帰ったばかりで、やにわにここへ押しかけて来たものと見える。
 筑波、日光、今市――大平山等の地名が交々《こもごも》その話題の間にはさまれるところを以て見れば、この連中は常野《じょうや》の間《かん》を横行して戻って来たものと思われる。
 しかし、ある時は、その話題がとうてい間を隔てては聞き取れないほどの低声になって続くことがある。そうかと思えば忽ちに崩れて、快哉《かいさい》を叫ぶようなこともある。
 そうして一通り、重要の復命か、相談かが済んだと思われる時分に、
「日光街道で、変な奴に逢ったよ」
 これは余談として、一座の中の五十嵐甲子雄が発言であります。
「誰に?」
 南条力が受取ると、
「あの、ならず者のがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵」
「ははあ、あいつに日光街道で……」
「何か知らんが日光街道を、血眼《ちまなこ》で飛んで歩いていたから、呼び留めて聞くと、奴なんともいえないイヤな苦笑いをして、お帰りになったら南条先生に、先生それではあんまり人が悪過ぎますぜと、そうおっしゃって下さいといったまま、逃げるように行ってしまった恰好《かっこう》が、笑止千万《しょうしせんばん》であった」
「ふふむ」
 南条力も何を思い出したか、吹き出しそうな気色です。
「しかし、山崎譲にであわなかったのを何よりとする。時に、宇津木兵馬はいるか知らん」
 五十嵐がたずねると南条が、
「あれも、血眼になって、たった今、どこかへ出て行った」
「例のだな――困りものだ」
「天下を挙げて血眼になっているのだ、達人の目から見た日には、権勢に飢えて血眼になっている奴等と、たいして択《えら》ぶところはあるまいじゃないか、我々もまた御多分には洩れまいじゃないか。しかし諸君、時勢の展開のために、おたがいは、もう少し血眼にならなければ嘘だ、少なくとも色に心中するほどの真剣さを以て、国家の大事に当らねばこの民が亡びる……」
 南条力は、慷慨《こうがい》の意気を色に現わしました。

         十七

 両国の女軽業の親方お角は、
「ああもしようか、こうもしようか」
と次興行の膳立てに、苦心惨憺の体《てい》です。
 というのは、肝腎の呼び物、清澄の茂太郎に逃げられて、三日間病気休業の張出しをして、その間に連れ戻そうとしたが、とうとう発見することができず、やむを得ず熊の曲芸と、春雨踊りというのでお茶を濁していたが、この次に何を掛けよう。これがためにお角は、火鉢によりかかって、長い煙管《きせる》で煙草を吹かしてみたり、置いてみたり、苦心惨憺のところです。
 しかし、絶えず行詰まって展開を求めることがこの女の苦心でもあれば、そこにはまた言うにいわれぬ楽しみがあるらしく、目先を変えて同業者をあっといわせ、江戸の人気の幾部分を両国橋の自分の小屋へ吸いとることに、この女の功名心が集まって、それがためこの女は、興行師の味を忘れることができないのであります。
 けれども、今度という今度はかなり行詰まって、さすがの女策士も展開の道に窮してしまって、「ああもしようか、こうもしようか」の決着が容易につかない。それというのも、不意に清澄の茂太郎を奪われたからです。はるばる安房の国まで生命《いのち》がけで行って、不思議な縁で茂太郎を連れて来て、「山神奇童」の売り物で呼んでみると、案《あん》の定《じょう》大当りで、この分ならば、趣向を変えて二月や三月は、この人気をつなぐこともできよう、そのうちに、またまた奇策をめぐらして、満都といわないまでも、満両国橋をあっといわせることはお手の物だという得意があっただけに、途中で茂太郎を奪われたことが痛手です。
 いったい、この女が最近において当てた二ツのレコードは、印度の黒ん坊の槍使いと、それから山神奇童の清澄の茂太郎に越すものはないのに、二つとも大当りに当りながら、どちらも途中で邪魔の入ったのが癪《しゃく》です。
「ちぇッ、どこかで見たっけ、あのちんちくりん[#「ちんちくりん」に傍点]の黒ん坊を。もう一ぺん引張って来ようか知ら」
と、お角がいまいましそうに未練を残してみたのは、例の宇治山田の米友のことであります。
「あれならば、まだまだけっこう人気が取れるんだけれど、あいつは、馬鹿正直で、まるっきり商売気というものが無いんだからやりきれない」
 お角は、米友に未練を残しながら、煙管《きせる》をやけにはたいて、それからそれと問わず語りをはじめている。
「お祖師様の一代記を菊人形に仕組んでみたら、という者もあるが、あれはいけないねえ、人々《にんにん》に相当したことをやらなけりゃ物笑いだからねえ……いっそ、上方から女浄瑠璃の大一座でも招《よ》んで来ようか知ら。それも大がかりだし、第一それじゃ今の一座が納まるまいし……」
 とつおいつの末が、朱羅宇《しゅらう》の煙管へ、やけ[#「やけ」に傍点]に煙草を詰め込むのが落ちで、むやみに焦《じれ》ったがっているところへ、二階で物音がしましたから、吸いかけた煙管をはなして天井を見上げている。
「お起きなすったのか知ら」
 ここは、両国橋の雑沓《ざっとう》が聞えない程度の距離のしもたや[#「しもたや」に傍点]で、大抵のお客は断わって、次興行の秘策をめぐらすお角の唯一の控所であるのに、二階でまだ寝込んでいた人があるとすれば、それは誰だろう。お角も相当に腹のある女だから、まさかがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵のような男を、ここへ引張り込んで寝泊りをさせるようなこともあるまいに。
 お角が、天井を見上げている間に、二階で物音をさせていたのが静かに歩いて来て、やがて梯子段の上がミシリミシリと音を立てはじめる。そこでお角はやや居ずまいを直して、
「お嬢様、お危のうございますよ」
 煙管を片手に梯子段を見上げていると、だまって下りて来る人があります。ほどなくお角の前へ姿を現わしたのは、ねまきに羽織を引っかけた女の姿に違いはないけれど、どうしたものか、頭からすっぽりとお高祖頭巾《こそずきん》をかぶったままです。
「おかみさん」
「お嬢様、もうおよろしうございますか」
「ええ、もう癒《なお》ってしまいました」
 お角が、ていねい[#「ていねい」に傍点]であるのに、女はなかなか鷹揚《おうよう》です。それに、いくらなんでも、人の前に出て頭巾をかぶったなりに挨拶をするのは、みようによっては甚だしい横柄《おうへい》なもので、それをお角ほどの女が、一目置いて応対しているのは、よほどの奇観といわなければならないことです。
「まあ、お話し下さいまし、わたしも退屈して困っていますから、どうぞ」
といって、お角は、さながら主筋にでも仕えるように、至ってていねい[#「ていねい」に傍点]に座蒲団をすすめると、女は、その上へ坐っても、いっこう頭巾を取ろうとしないし、お角も一向、それを気にしていないのがおかしいほどです。
 それからお角が、お茶をすすめたり、羊羹《ようかん》をすすめたりしていると、
「おかみさん」
「はい」
「わたしは、もうすっかり癒《なお》りましたから、どうぞ、わたしの頼みを聞いて下さい」
「ですけれども」
「いいえ、かまいませんから」
 お高祖頭巾の女は、何かを頼みに来たのです。けれども、頼むというよりは圧迫するような態度で、それをお角ほどの女が、あしらい兼ねているあんばいがいよいよ変です。
「ですけれども、お嬢様……」
と、お角がようやく立て直して、
「そう申してはなんですけれども、わたしは、あなたが、もうあの方にお目にかからないのがおためになると存じます」
「それはどうしてですか」
「あなたは、御存じになっておりますか知ら」
「何を」
「あの方の本当のお名前を」
「エエ、あれは机竜之助と申します、吉田竜太郎というのは仮りの名前です」
「そうしてお嬢様、あなたのごらんになったのでは、あの方は善い人ですか、それとも悪い人ですか」
「どちらだか知りませんが、わたしは、あの人が大好きなのです」
「もし、悪い人であっても?」
「ええ、あの人がほんとうに、わたしを可愛がってくれるから、それでわたしはあの人が忘れられません、あの人だけがほんとうに、わたしを可愛がってくれるのです。それは、あの人が眼が見えないからです、眼が見える人は一人でも、わたしを可愛がる人はこの世にありません」
「けれども、お嬢様、あの方は悪人ですよ、あの方の傍にいると、いつか、あなたも殺されてしまうことを、お忘れになってはいけません」
「いいえ、あの方は、決してわたしを殺しはしません……わたしを殺さないだけではなく、わたしが傍にいれば、あの方はほかの人を殺さなくなるのです。わたしとあの人とは、しっくりと合います、わたしの醜いところが全く見えないで、わたしの良いところだけが、この肉体《からだ》も心も、みんなあの人のものになってしまうのですから。わたしは、天にも地にも、あの人よりほかには可愛がってくれる人もなければ、可愛がって上げる人もないのです……後生《ごしょう》ですから、あの人に会わせて下さい、いくらお金がかかってもかまいませんから、あの人の行方を探してみて下さい」
 この女はお銀様――甲州有野村の富豪藤原家の一人娘。花のような面《かお》を、鬼のように焼き毀《こぼ》たれてから、呪《のろ》われた肉体《からだ》に、呪われた心が宿ったのはぜひもありません。スラリとした娘盛りの姿に、寝るから起きるまでお高祖頭巾の裡《うち》につつまれた秘密、それに触るるものは呪われ、これに触れずしてその心だけを取るもののみが、溶鉱のように溶けた熱い肉に抱かれる。
 お角はお銀様だけがどうも苦手《にがて》です。この人に向うとなんだか圧《お》され気味でいけない。なんという負い目があるわけではないが、この人には、先《せん》を制されてしまいます。そこで申しわけをするように、
「よろしうございます、そういうことを頼むには慣れた人を知っていますから、近いうちに、キッとお嬢様のお望みの叶うようにして上げましょう」
「どうぞ、お頼み申します」
といってお銀様は、お辞儀をして立って行きました。
 二階へ上って行く後形《うしろすがた》を見ると、スラリとしていい姿です。品といい、物いいといい、立派な大家のお嬢様として通るのを、あのお高祖頭巾の中の秘密が、めちゃくちゃ[#「めちゃくちゃ」に傍点]に、一つの人生を塗りつぶしてしまうかと思うと、さすがに不憫《ふびん》ですが、鉛色に黒く焼けただれた顔面の中には、白味の勝った、いつも睨《にら》むような眼差《まなざ》し。お角でさえも、その眼で見られた時は、ゾッとして面《おもて》を外《そ》らさないことはありません。
 お銀様が二階へ上ってしまうと、ホッと息をついたお角は、急に何かの重し[#「重し」に傍点]から取られたような気持になってみると、今の不憫さが、腹立たしいような、嫉《ねた》ましいような気持に変ってゆきます。巣鴨の化物屋敷の土蔵の二階で、あの人と机竜之助とが、うんき[#「うんき」に傍点]の中で、夜も昼も水綿《みずわた》のように暮らしていた時のことを思うと、お角は憎らしい心持になって、よくも図々しく、人にあんなことが頼まれたものだと、やけ[#「やけ」に傍点]気味で煙管を取り上げると、その時、表の格子戸がガラリとあいて、
「こんにちは、御免下さいまし」
「おや、誰だい」
「按摩《あんま》でございます」
「按摩さんかえ、さあお上り」
「どうもお待遠さまでございました、毎度|御贔屓《ごひいき》に有難うございます」
 按摩は、こくめい[#「こくめい」に傍点]に下駄へ杖を通して上へあがって来ると、お角はクルリと向きをかえて、肩腰を揉《も》ませにかかる。
「なんだか雨もよいでございますね」
「降るといいんだがね」
「左様でございますよ」
 按摩は臂《ひじ》でお角の肩をグリグリさせながら、お天気のお世辞をいっているとお角は、その腕の逞《たくま》しいところを見て、
「按摩さん、お前は幾つだえ」
「え、私の年でございますか、まだ若うございますよ」
「若いのは知れているが、幾つにおなりだえ」
「エエ、十三七ツでございます」
「ちょうど?」
「左様でございます」
「おかみさんはありますか、それともまだ一人ですか」
「へへえ……」
「なんだね、その返事は。あるのですか、ないのですか」
「あるのですよ、一人ありますのですよ」
「一人ありゃたくさんじゃないか」
「おかげさまでどうも……相済みません」
「おかみさんがあったって、済まないことはないじゃないか」
「なかなか親切にしてくれますから、それで私も助かります」
「おやおや。そうして何かえ、そのおかみさんは容貌《きりょう》よしかね」
「へえ、容貌《きりょう》のところは私にはわかりませんが、皆さんが、私には過ぎ者だとおっしゃって下さいます」
「やりきれないね」
「ところが、ごしんさま、容貌がよくて、気立ての親切な申し分のない女が、私共みたような不具者《かたわもの》のところへ来てくれるからには、どのみち、ただ者じゃありますまい」
「前はどうだっていいじゃないか、今さえよければ」
「ところが、今だって本当のところはどうだかわかりゃあしません、わからないけれども、私は最初から眼をつぶっていますからね」
 按摩の言葉は、妙にからんで来ました。
 按摩を相手に話しているところへ、勝手口から静かに入って来て、
「お母さん、ただいま戻りました」
「梅ちゃんかえ」
 そこへ、手をついたのは十四五になる小娘であります。
「帰りに、楽屋の方へ廻って来たものですから、ツイ遅くなりました」
「楽屋では変ったこともなかったかエ」
「あの、力持のお勢《せい》さんが、少しお腹が悪いと言って寝ていました」
「勢ちゃんがかい」
「ええ、それでもたいしたことはないのでしょう、寝ながらみんなと笑い話をしていましたから」
「鬼のかくらん[#「かくらん」に傍点]だろう」
「あ、そうそう、福兄《ふくにい》さんが来て待っていました、今日はどうしても親方にお目にかかりたいが、いつ帰るだろう、帰るまでまっているとおっしゃいました」
「ここを言やあしないだろうね」
「エエ、誰も言いませんでした。多分、晩方までには帰るでしょうと、お勢さんが言いましたら、福兄さんが、それじゃ晩方まで待っていようとお言いでした」
「何だろう」
 お角が、ちょっと首を傾《かし》げた時に、按摩《あんま》は一通り療治を終って、
「どうも御窮屈さまでございました」
「御苦労さま」
 そこで按摩にお鳥目《ちょうもく》をやって帰してしまってから、お角はまだ思案の体《てい》で、
「福兄さん一人で来たのかエ、誰もお連れはなかったかエ」
「ええ、どなたもお連衆《つれしゅう》はありませんようでした」
「あってみようか知ら」
 小娘は唄の本を箪笥《たんす》へ載せて、勝手元を働こうとするのを、お角が呼び留めて、
「そっちはあとにして、二階のお嬢様に御膳《ごぜん》を上げて下さい」
「承知いたしました」
 この小娘は、お角が掘り出して貰い受け、今、仕込み最中の、ちょっといい子で、お母さん呼ばわりをして懐《なつ》いています。膳ごしらえをして二階へ上ったあとで、お角は巻帯をズルズルと解いて、着物をきがえにかかりました。
 藍の小弁慶のお召の半纏《はんてん》を着て、鏡に向って立膝をしながら、洗い髪の兵庫《ひょうご》に、黄楊《つげ》の櫛を無雑作《むぞうさ》に横にさして立ち上るところへ、二階から小娘が下りて来ました。
「梅ちゃん、わたしは、これから行って来るから、お留守を頼みますよ」
「行っていらっしゃいまし」
「もし留守の間に、誰か尋ねて来ても、わからないと言って帰しておくれ」
「よろしうございます。それでもお母さん、いつかのように、わからなければ旦那のお帰りまで待っていると言って、坐り込むような人が来たらどうしましょう」
「そうね。では、面倒だから鍵をかけておしまい」
「はい」
「そんなに遅くならないうち帰って来るつもりだけれど、福兄さんとの話の都合で、もし遅くなるようだったら、誰かをお相手によこすから」
「承知いたしました」
「それからね、二階のお嬢様がモシどこかへ出たがっても、お出し申さないように。そうそう、勢ちゃんが病気なら、勢ちゃんをお伽《とぎ》によこそう」
「お勢さんが来てくれれば、本当の百人力ですけれど、わたし一人でも大丈夫ですよ」
「勢ちゃんをよこしましょう」
と言ってお角は、この家を出て行きました。

         十八

 両国の女軽業師の楽屋へ来て、お角を待っている福兄《ふくにい》なるものは、御家人崩れの福村のことで、巣鴨の化物屋敷では、天晴《あっぱ》れ神尾主膳の片腕でありました。
 今、楽屋の美人連中(あまり美人でないのもある)を相手に、しきりに無駄口を叩いている。歳はまだ若いが、でっぷり太って、素肌に羽二重の袷《あわせ》、一《ひと》つ印籠《いんろう》というこしらえで、
「そいつぁ乙だ、一番その朝比奈《あさひな》の口上言いというのを買って出ようかな」
「福兄さんが朝比奈をやって下されば、巴御前《ともえごぜん》はわたしのものでしょう」
と、腹が痛いと言って寝込んでいた力持のお勢が乗り出して来ると、はた[#「はた」に傍点]にいた美人連が、
「お勢さんの巴御前に、福兄さんの朝比奈は動かないところだわ。それでは、わたしは何を買って出ようか知ら」
「わたし、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になるわよ」
「わたしも、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]」
「では、わたしもおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になりましょう」
「あなたお米屋のおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になりなさい、わたし酒屋のおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になるわ」
「そう、それじゃ、わたしお肴屋《さかなや》のおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になるから、あなた薪屋のおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]におなりなさい」
「それから、わたしと組ちゃんとは、質屋と古手屋のおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になって、表口から乗込むことにしましょう」
「嬉しいわ、そうして、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]が揃って、万夫不当の朝比奈をぎゅうぎゅう言わせてやれば、ほんとに儲《もう》かるわねえ」
「そこへ、裏手から、こっそりと巴御前が現われて、窓口からお金を投げ込んで行くところは浚《さら》われても仕方がない、何でもおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]になって、朝比奈をギュウと言わせてやりさえすれば胸が透《す》くわ」
 美人連がはしゃぐ[#「はしゃぐ」に傍点]のに、福兄は多少の不服で、
「そうおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]ばかり出来たって、梶原《かじわら》がいなけりゃお芝居にならねえ」
「そうですね、梶原は誰のものでしょう」
「水芸《みずげい》のお政さんじゃ、少し年功が足りないわねえ」
「いやよ、わたし、梶原なんか大嫌い。同じ梶原でも、梅ヶ枝の源太なら附合ってもいいけれど、敵役《かたきやく》の梶原なんて、第一、わたしの柄にないわ」
「人魚のお作さんでも、憎みが利《き》かないかねえ」
「あれじゃ、あんまり温和《おとな》し過ぎるわ。と言って、蛇使いのお金さんは柄が小さいし」
「そうそう、あるわよ、あるわよ」
「誰?」
「怒られると悪いから」
「かまわないからお言いな」
「でも叱られるといやよ」
「誰も叱るものはいやしない、ねえ、福兄さん」
「ああ、どうして、梶原という役は、あれで色悪《いろあく》にはなっているが、ほんとうはなかなか腹のある奴だから、わりふられたって怒るがものはねえや」
「それじゃ言いましょうか」
「お言い、お言い」
「うち[#「うち」に傍点]の親方」
「なるほど、まあ、その辺だろう」
「そこで錦絵姫が一枚欲しいのだが、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]を外《はず》してお姫様をふる[#「ふる」に傍点]わけにもいかず、これも難役だろうじゃないか」
「お姫様なら、わたし代って上げてもいいわ」
「わたしも、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]をやめて、お姫様の方へ廻ろうか知ら」
「わたしは、おちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]はおちゃっぴい[#「おちゃっぴい」に傍点]として、お姫様と二役やってみたい」
「まあ、慾張り……」
「静かにおし、梶原様のお入《い》り」
 力持のお勢が眼面《めがお》で知らせたところへ、親方のお角がやって来ました。
 お角が現われると、美人連も急に引締まって、どてら[#「どてら」に傍点]を被《かぶ》って寝ていた力持のお勢でさえも、起きて迎えに出ました。
「勢ちゃん、あんばい[#「あんばい」に傍点]はどうです」
「有難う、格別のこともございません、よくなりました」
「大切《だいじ》におしよ」
 美人連は、そわそわとして持場持場についたり、控《ひかえ》へ出て行ったりして、そこに残るものは福兄とお角の二人だけです。
「福兄さん、よく無事でながらえておいでになりましたね」
「恐れ入りやした」
 福兄は明荷《あけに》のところへ背をもたせて、ちょっとばかり頭を下げて、
「拙者の方でも一別以来、ずいぶんの御無沙汰だが、親方、お前の方でもずいぶん薄情なものだ、化物屋敷が焼けて、御大《おんたい》はあの通り苦しんでいる、我々はみな散々《ちりぢり》バラバラになっているのに、ツイぞ今まで、福はどうしているかと、お見舞にあずかった例《ためし》がない」
「その恨みなら、こっちに言い分が大有りさ。立退き先をあれほど探して歩いたのに、わからないばかりか、わかりきっている行先をさえ、わたしにまで隠そうとなさるなんぞは、水臭いにも程のあったもの、癪《しやく》にさわってたまらなかったのさ」
「それにはまたそれだけの理窟があって、あの当座は、あんまりいどころを人に知られたくなかったのさ。その点は喧嘩両成敗として、御大《おんたい》も実は苦しみ抜いている、一度、見舞に行ってくれないか」
「上りますとも。上ってよければ今日にでもあがりますけれど、そんなわけだから遠慮をしていました」
「もう遠慮は御無用」
「神尾の御前のお怪我はどうですか」
「創《きず》は癒着するにはしたが、なにぶん、眉間《みけん》の真中を牡丹餅大《ぼたもちだい》だけ刳《く》り取られたのだから、その痕《あと》がありありと残って、まあ出来損ないの愛染明王《あいぜんみょうおう》といった形だ、とても、あの人相では、世間へ出る気にはなれないとあって、大将当分は引込んでいるはずだ」
「怖ろしいことでしたね。何しろ、あの時に釣瓶《つるべ》へ肉がパックリと喰付《くっつ》いた有様は、眼の前に物の祟《たた》りを見るようで、ゾッとしてしまいました」
「御大も、あの時のことを思い出すと癪にさわると見え、身ぶるいをして、憎いおしゃべり[#「おしゃべり」に傍点]坊主! と口惜《くや》しがっている」
「全く、あの小坊主は変な坊主でした、うちの茂太郎の友達だと言って来たこともありましたが、怖いほど勘のいい――」
「全くあの時分の化物屋敷は、名実共に化物屋敷であったが、御大があの形相《ぎょうそう》では、今後の化物ぶりが一層思い合わされるのだが、当分、田舎《いなか》に引込んで此方《こっち》へは出て来まい」
「どこへ引込んでおいでになっていますか」
「栃木の大中寺《だいちゅうじ》というところに、もとの知行所があって、そこへ隠れている」
「栃木の大中寺、たいへん遠いところへお越しになったものですね」
「なに、遠いといっても日光より近いのさ。一度、日光参詣をついでに、一緒に見舞に行かないか」
「ぜひお供を致しましょう」
「ところで、今日ワザワザやって来たのはほかではない、君にちょっと金儲けの口を授けようとして来たのだ。というのは、ながらく西洋へ売られて行って、あっちで珍しい手品を覚えて来た奴がある、それをうまく売り込みたがっている口を聞き込んだから、頼まれもしないのに持ち込んで来たものさ」
「それは耳よりの話ですねえ」
 お角は乗気になってしまいました。
「詳しい話は拙者のところへやって来給え、小石川の茗荷谷《みょうがだに》で、切支丹坂《きりしたんざか》を上って、また少し下りると、長屋門のイヤに傾《かし》いだのが目安だ……」

         十九

 両国橋の女軽業の小屋を出た御家人くずれの福村は、帰りがけに通油町《とおりあぶらちょう》の鶴屋という草紙問屋《そうしどんや》へ寄って、誰へのみやげか、新版の錦絵を買い求めながら、ふと傍《かたえ》を見ると、お屋敷風の小娘が一人、十冊ばかりの中本《ちゅうほん》の草紙を買い求めて、それを小風呂敷に包んでいるところであります。
 まず、その小風呂敷に目がつくと、紫縮緬《むらさきちりめん》のまだ巳《み》の刻《こく》なのに、五七の桐が鮮かに染め抜いてあります。はて、物々しい、と福村はそれに目を奪われて、いま包もうとする草紙を覗《のぞ》いて見ると、上の一揃いは「常夏《とこなつ》草紙」、下のは「薄雪《うすゆき》物語」、どちらも馬琴物と見て取りました。
「さようなら」
 代を払って、娘が店頭《みせさき》を去ると、
「毎度、御贔屓《ごひいき》さまに有難う存じまする」
 大切なお得意先と見えて、番頭は特別に丁寧に、この小娘のお使に頭を下げて送ったから、福村がはじめてこの娘を見直すと、
「お松どのではないか」
 娘が振返って見て、
「まあ、福村様」
 二人は鶴屋の店頭《みせさき》で、意外の邂逅《かいこう》に驚いた体《てい》です。
 娘は申すまでもなく、本所の相生町の老女の邸のお松であって、この男を知っているのは、ずっと以前、神尾主膳の伝馬町の屋敷に仕えていた時分のことで、その時分から、この福村は神尾の屋敷へ出入りしていた道楽友達であります。
 あの時分にはなんといっても、神尾は由緒《ゆいしょ》ある旗本の株を失わなかったし、福村も今ほどくずれてはいなかったから、お松は主人筋のお友達に出逢った気持で、福村様といいました。ところが、今では軽業小屋の美人連からでさえも、福兄さんで通っている福村は、お松にかく慇懃《いんぎん》に福村様と呼びかけられて、多少きまりの悪い形です。
「いかさま珍しいことじゃ、いったいお松どの、君は今どこにいるのだね」
「本所の方におります」
「本所――本所はどこだね」
「本所は相生町でございます」
「相生町――」
といって福村は、お松の姿と、抱えている風呂敷包とを、事新しくながめます。お松の姿はお屋敷風で、その胸にかかえているのは、今もたしかに見ておいた通り、五七の桐を白抜きにした紫縮緬の風呂敷であります。そこで、ちょっと福村が、胸の中で、相生町へ当りをつけてみました。相生町辺でしかるべきお屋敷――それも格式の軽くない五七の桐を用いているお屋敷。福村は地廻り同様にしていた土地だから、ちょっと当りをつけようとしてみました。
 エート、相生町の一丁目から五丁目までの間には、しかるべき大名旗本の屋敷はないはずだが、お台所町へ出ると、土屋相模守と本多内蔵助がある。土屋は九曜《くよう》で、本多は丸に立葵《たてあおい》。緑町へ行って藤堂佐渡守の下屋敷、あれは蔦《つた》の葉、津軽越中守は牡丹丸。こう考えてくると、あの辺で五七の桐を用うる屋敷は思い当らないのであります。そこで、
「相生町は、誰のお屋敷?」
とたずねると、お松も、ちょっと返事に困ったらしく、
「御老女様のお屋敷に、お世話になっておりまする」
「御老女様?」
 これも福村には頓《とみ》に合点《がてん》がゆきません。しかし、店頭を離れてから、福村が、
「ともかく珍しい、ぜひ遊びにやって来給え――ええと、拙者のところは小石川の茗荷谷、切支丹屋敷に近いところで、いやに傾《かし》いだ長屋門を目安に置いてたずねれば直ぐ知れる。君のお師匠様も一緒にいるよ」
「え、お師匠様が?」
 お松はギョッとしました。

 やがて夕方になると福村は、しばしば標榜《ひょうぼう》していた通り、茗荷谷の切支丹屋敷に近い長屋門のイヤに傾いだ一方に、福村の名を打ってある、己《おの》れの屋敷へ戻って来ました。
 帰って見ると、お絹は火鉢にもたれながら、しきりに絵本に読み耽っているところであります。丸髷《まるまげ》に結《ゆ》った、いかにも色っぽい後家さんといった風情《ふぜい》。
「やれやれくたびれた」
 その前へ無遠慮に胡坐《あぐら》をかいた福村。
「お帰りなさい」
 お絹は絵本を畳の上へ伏せて、乳色をした頬に、火鉢のかげんでぼーっと紅味《あかみ》のさした面《おもて》を向けて、にっこり[#「にっこり」に傍点]と笑う。
「おみやげ」
「なあに?」
 福村は懐ろからふくさ[#「ふくさ」に傍点]包を取り出して、
「通油町の鶴屋で、それ御所望の六歌仙、次に京橋へ廻ってわざわざ求めて来た仙女香」
「まあ嬉しい」
「まだあるよ……黒油の美玄香」
「それがいけない、いつも落ちが悪いから」
「あんまりいまいましいから、ついこんなものを求めて来る気になったのさ」
「何が、そんなにいまいましいの」
「いつになったら浮気がやむのか、気が揉めてたまらないから、せめてこんなものでも見せつけたら、少しは身にこたえるかと思って買って来た」
「かわいそうに」
「ちぇッ、いやになっちまうなあ」
 福村は、じれったい様子をして見せる。
 こうして見ると二人は、まるっきり夫婦気取りです。先代の神尾主膳に可愛がられて妾《めかけ》となり、今の神尾主膳の御機嫌をとり、そのほかに肌合いの面白そうな男と見れば、相手を嫌わない素振《そぶり》を見せる女だから、時の拍子で、もうこの男とも出来合ってしまったのか知ら。そうでなければ、何かに利用するつもりで、いいかげんに綾なしているのかも知れない。
「どうも有難う、これだけはこっちへいただいておきます、これはそっちへ」
といってお絹は、錦絵と仙女香とを受取って、美玄香だけを、わざと福村の方へ押しつけると、福村は、
「そんなものはいりません、早く飯《まま》が食べたいのです」
「いま、食べさせて上げるから、おとなしくしておいで」
「あい、さむらい[#「さむらい」に傍点]の子というものは、腹が減ってもひもじうない……それよ、今日はまた珍しい人に、二人までぶっつかって来ましたよ」
「珍しい人……誰?」
「一人は両国の女軽業の太夫元のお角さん……」
「いやな奴」
 お絹は心からお角を好いていない。お角の方も御同様でしょう。
「そのうち、日光へ参詣を兼ねて、一緒に大中寺《だいちゅうじ》の御大《おんたい》をたずねる約束をして来たから、近いうちここへやって来ると思う、やって来ましたら、どうぞお手柔らかに」
「知らない」
 お絹が横を向くと、福村は改めて、
「御機嫌を直して下さい、もう一人は、決してあなたの嫌いな人ではありません、あのあなたの娘分のお松どのに逢って来ましたよ」
「お松に、どこで?」
「通油町の鶴屋で」
「あの子はこっちへ来ていたのか知ら。来ていたんなら、わたしのところへ面《かお》を出しそうなもの。薄情な娘《こ》。何をしていました」
「お屋敷奉公なんだろうが、そのお屋敷というのが……」
 そこで福村が邂逅《かいこう》の顛末《てんまつ》と、五七の桐の疑点とを物語ると、聞いていたお絹の面に、安からぬ色が浮びます。
 二人がお取膳で御飯を食べてしまってから、福村は、
「御大もこっちへ、出て来たいには来たいだろうがな」
といいますと、お絹が、
「出て来たって仕方がありませんよ」
「かわいそうに、そんな薄情なことを言うもんじゃない、当人は島流し同様な境遇にいるのだから、あの気象ではたまるまい」
「なあーに、向うで、我儘《わがまま》いっぱいにしているでしょう」
「そうはいくまいテ、誰といって親身《しんみ》になって侍《かしず》くものはあるまいし」
「いいえ、旧領地の人たちが、有難がって大騒ぎしているということです」
「だって、旧領地の人じゃあ仕方がない、誰かこっちから行ってやりたい親切な人はないかなあ」
「そりゃあるでしょう」
「あるならば、遠慮なく行っておやりなさい」
「知らない……」
 お絹は横を向いて、絵本を取り上げてしまいました。
「怒ったのかね」
 福村は御機嫌をとると、お絹はやっぱり横を向いたまま。
「お気にさわったら御免下さいよ」
 それでもお絹はつん[#「つん」に傍点]として、絵本に見入っている。そこで福村は、
「お気を直して下さいよ」
 それでもお絹は、つん[#「つん」に傍点]として口を利こうとはしません。
 その時、急に次の間から、はした[#「はした」に傍点]女《め》の声で、
「あの――出羽様のお屋敷からお使の衆がお見えになりまして、今晩集まりがございまして、皆さんが大抵お揃いになりましたから、どうぞ御主人様にも、早速おいで下さるようにとのことでございます」
「あ、そうだ、忘れていた、今日は例の集まりの日であった」
 福村は、急にそわそわとして、何かと用意をし、
「それじゃ行って参りますから、後のところをよろしく。なに、ちょっと面《かお》を出してすぐに戻って参りますよ、どうか御機嫌を直してお待ち下さるように」
 刀をたばさんで出かけようとするから、お絹もだまってはおれず、
「行っておいでなさい」
 無愛想に言った。その言葉に福村は、甘ったるい思いをしながら、ほくほく[#「ほくほく」に傍点]と出かけて行きました。集まりというのは、何かの賭事《かけごと》を意味しているこの一連の、どうらく[#「どうらく」に傍点]者の集まりに相違ない。
 残されたお絹は絵の本を置いて、この時はじめて、福村が買って来てくれた錦絵を一枚ずつ念入りにながめていましたが、それも見てしまうと、暫くぼんやりと物を考えているようでしたが、何か急にイヤ[#「イヤ」に傍点]な気がさして来た様子で、
「おとうや――」
 女中を呼んだけれども返事がありません。
「いないのかえ」
 だだっ広い屋敷のうちが、ひときわひっそり[#「ひっそり」に傍点]して、滅入《めい》りそうな心持です。
「どこへ行ったんだろう」
 お絹は、だらしなく立って廊下へ出て行きました。こんな時には早く寝てしまった方がと……厠《かわや》から出て手水鉢《ちょうずばち》の雨戸を一尺ばかりあけて見ると、外は闇の夜です。
 お絹が手水をつかっていると、植込の南天がガサリとして、
「御新造《ごしんぞ》」
「おや!」
 お絹がびっくり[#「びっくり」に傍点]しました。
「誰?」
 あわや戸を立てきって、人を呼ぼうという時、
「わたくしでございます、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵でございます」
「百蔵さん――なんだって今時分、こんなところから」
 お絹が呆《あき》れて、立ち尽していると、
「ようやく尋ね当てて参りました」
 外に立っている男は、唐桟《とうざん》の襟のついた半纏《はんてん》を着て、玄冶店《げんやだな》の与三《よさ》もどきに、手拭で頬かむりをしたがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵であります。こうして不意に忍んで来ても、前以て相当の理解があればこそ、お絹もさほどには驚かないものと見えて、
「どうしてここがわかったの」
「昼のうち、あるところで、福兄さんの姿を見かけたものだから、あとをつけて漸《ようや》くわかりました」
「あんまり突然《だしぬけ》だから、こんなにびっくり[#「びっくり」に傍点]してしまった」
 お絹は胸へ手をさし込んでみる。
「……それでも笹子峠の時ほどびっくり[#「びっくり」に傍点]はなさるまい」
「あの時は命がけだったよ」
「こっちも命がけでしたよ。どうです、徳間峠の時と比べたら」
「あの時は怖かった、あんな怖い思いをしたことはありません」
「この通り右の片腕を打ち落されて、生れもつかぬ片輪にされちまったのは誰故でしょう」
「誰も頼みはしないのに」
「頼まれちゃやれません。時に御新造《ごしんぞ》、私はもう一ぺん危ない剣《つるぎ》の刃渡りをしてみようと思うんで。これはさる人から頼まれて、慾と二人づれなんだが――」
「まあ、ともかくもお上り」
といった時、表でガラリと戸のあく音がします。ハッと離れた二人。がんりき[#「がんりき」に傍点]は早くも庭の木立の蔭へかくれると、
 お絹は廊下を二足三足、
「福村が帰って来たようです」
「ちぇッ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は木蔭でいまいましがる。

「奥様、奥様」
「おとうかい」
 暗いところを摺足《すりあし》して歩いて来るのは、女中のおとうに違いありません。
「はい」
「お前、どこへ行っていたの」
「ちょっと、表までお使に行って参りました」
「だまって行っては困るじゃないか」
「どうも済みませんでした。あの、奥様……さっき、わたしが出かける時に、お家の裏の方にうろうろしている人影がありましたから、気味が悪うございました」
「だから、なおさらのことじゃないか……勝手元の締りをよくしてお置き」
「はい」
「それから、玄関の戸も、しっかり[#「しっかり」に傍点]錠をおろしておしまい」
「それでも、まだ旦那様がお帰りになりませんのに」
「多分お泊りだろう」
「左様でございますか」
「そうしてお前、もう休んでもいいよ、旦那様がお帰りになったら起すから」
「有難うございます」
 女中が行ってしまってから、小戻りして来たお絹は、
「百蔵さん、お入り」

 それとは別に、その晩、江戸の市中の一角を騒がすの事件がありました。
 とある幕府の重い役、老中の一人をつとめていたことのあるお屋敷の中の一隅で、かねがね賭博を開いていたものがある。もちろん、集まるほどの者は、邸外のやくざ[#「やくざ」に傍点]者であったが、それを張番しているのが邸内の馬丁《べっとう》ども(厩仲間《うまやちゅうげん》)であったがために、そのお屋敷の威光をかさに着て、だんだん増長してきたために、見のがせなくなって、その門外でお手入れがあったということで、その界隈は容易ならぬ騒ぎとなりました。そこで上げられた者は誰だか知らないが、風聞だけはかなりに喧《やかま》しく、なかには歴々《れきれき》の旗本さえあって、上げられた以外の者に、慌《あわ》てふためいて逃げのびたしかるべき士分の者もあったという。
 洗ってみれば、さほどの事件でもなかったろうが、その当座、事が秘密にされていたものだから、それをなかなか重大に考えたものがあって、江戸人の頑固な方面を代表する老人はなげきました。
「権現様が旗本をつれて江戸をお開きになった根元というものは、そういったものではなかったのだ、権現様は大きなお庄屋さん気取り、旗本は三河の田舎《いなか》ざむらいを恥としなかったものだが、世が末になればといって、今日このごろの有様は、ほんとうに浅ましくって涙もこぼれない、色里や歌舞伎者《かぶきもの》にチヤホヤされるのが江戸ッ児だと心得ているくらいだから、刀のさしようは知らなくっても、花札の引きようは心得て、町浄瑠璃《まちじょうるり》の一くさりも唸《うな》れなければ、さむらいではないと思っている、心中者が出来れば羽目《はめ》を外《はず》して大騒ぎをやる、かりにも老中のお屋敷がバクチの宿となって、旗本がお手入れを食って逃げ出したとは、なんというみじめ[#「みじめ」に傍点]な有様だ、これで世が亡びなければ亡びないのが不思議だが、しかし、さすがに権現様の御威光は大したもので、これほどに腐りきった屋台骨が、ともかくも無事で持ちこたえられているというのは、一《いつ》に東照権現の御威光のしからしむるところだ」
 しかし、また一方には、それをせせら[#「せせら」に傍点]笑う若いものもあって申します。
「それじゃ何かえ、せっかくここまで進んで来た江戸の文化を、昔の田舎気分に引き戻せとおっしゃるのかい。権現様だってなにも、人間を窮屈にしようと思って江戸をお開きになったわけじゃあありますまい。そりゃ戦争の時分は玄米飯をかじるもよかろうが、平常《ふだん》、玄米ばかりかじってもいられまいじゃないか。第一権現様の時代と今日とは時代が違いますぜ、今時《いまどき》、江戸に生れて清元の一つも唸《うな》れねえようなのは人間とは言われませんや。京都へ行って見さっし、長州だといったところで、薩摩だといったところで、江戸のさむらい[#「さむらい」に傍点]ほど京女に持てるのはありゃしませんぜ、京女に鼠なきをさせるのは、東男《あずまおとこ》に限ったものでゲス」
 それとは趣を異《こと》にした本所の相生町の老女の家では、南条力が壮士を相手にして、
「当時、江戸幕下に人物がないとは言えないのだ、小栗上野《おぐりこうずけ》がある、勝安房《かつあわ》がある、永井|玄蕃《げんば》も、水野|痴雲《ちうん》も、向山黄村《むこうやまこうそん》、川路聖謨《かわじせいぼ》、その他誰々、当時天下の人物としても恥かしい人物ではないが……なにぶん大廈《たいか》の覆《くつが》える時じゃ、徒《いたず》らに近藤勇、土方歳三輩の蛮勇をして名を成さしむるに至ったのも、天運のめぐる時でぜひもない……それにつけても我々は、亡ぶべきものを亡ぼすと共に、生れ出づべき生命を、永久に意義あるものとしなければならない」

         二十

 さてまた、長者町の道庵先生の屋敷の門前では、子供たちがしきりに砂いじり[#「いじり」に傍点]をして遊んでいます。
「粂《くめ》ちゃん、そんなことをしてもツマらないから、もっと高級な芸術をこしらえて遊ぼうや」
「ああ、そうしよう、みんなおいでよ、良ちゃんもおいでよ、広ちゃんも。みんなして高級な芸術をこしらえて遊ぶんだから」
「ああ、あたいも入れておくれ」
「あんまり大勢呼ぶのはおよし」
「高級な芸術ってどんなの」
「今、あたいたちがこしらえるから、こしらえたら上手《じょうず》でも下手《へた》でもいいから、みんなして手を叩いて賞《ほ》めるのよ」
「それが高級な芸術なの?」
「ああ、君たちも少し手伝っておくれよ」
「あたいもね」
 子供たちが集まって、しきりに砂を集めて塔をこしらえているところへ、ヒョッコリと首を出したのが主人の道庵先生です。先生は子供たちの挙動をしきりにながめていたが、(無論、先生は酔っぱらっているのです)やがて突然、口を出して、
「みんな、そこで何をこしらえているんだい」
「何でもいいから黙って見ておいでよ」
「教えたっていいじゃないか」
 涎《よだれ》を垂らさんばかりにして、子供の砂いじりをながめていた道庵を、子供たちは相手にしないから、道庵がまた首を突込んで、
「何をこしらえてるんだよう」
「だまって見ておいでってば」
「わかってらあ、胃袋をこしらえるんだろう」
「ははあだ、胃袋だってやがら。先生はお医者だもんだから、胃袋だなんていってやがら。胃袋なんかこしらえるんじゃねえやい、高級な芸術をこしらえてるんだい」
「高級な芸術?」
「そうだよ」
「それが高級な芸術てのかい」
 道庵先生が、やかましくいうもんだから、子供がうるさがって、
「先生、あっちへ行っておいでよ」
「それでも、おれが見ると胃袋にしきゃ見えねえ」
「先生には、芸術がわからねえんだよ」
「ああ、芸術がわからないんだから、あっちへ行っておいでよ」
「だってお前たち、胃袋をこしらえて高級な芸術だったって仕方がないよ、それ胃袋じゃないか、胃袋の形をしているじゃないか」
といいながら、酔っぱらっている道庵先生は、子供たちが一生懸命でこしらえた砂の塔を、ひょい[#「ひょい」に傍点]と突っつくと、たちまちその塔がひっくり返ってしまったから、子供がムキになって怒り出しました。これは道庵先生、少々おとなげ[#「おとなげ」に傍点]ないことで、子供たちの怒り出したのにも無理のないところがあります。
「あ、先生が高級な芸術をひっくり返してしまった、悪い奴!」
「みんなして、先生を叩いてやろうよ」
 子供たちが総立ちになって、道庵先生をとりまいて、
「ペチャ、ペチャ、ペチャ、ペチャ」
 盛んに叩き立てましたから、道庵先生は羽織を頭からかぶって、
「こいつはかなわねえ」
 人を殺すことにかけては、当時、道庵の右に出でるものはあるめえ、新撰組の近藤勇といえどもおれには敵《かな》わねえ、道庵の匙《さじ》にかかって命を落したものが二千人からあると、日頃勇気|凜々《りんりん》たる道庵先生も、この子供たちに逢っては一たまりもなく、ほうほうの体《てい》で門内へ逃げ込んでしまうと、やや離れてお手玉をとって遊んでいた女の子供たちまでが飛んで来て、
「先生を叩いてやりましょうよ」
「お土産《みやげ》三つに凧《たこ》三つ」
 そこで、道庵先生をまたペチャ、ペチャと叩きました。
 子供に叩かれて、ほうほうの体《てい》で家の中へ逃げ込んだ道庵先生は、座敷へ入ると、ケロリとして道中記をながめています。
 道庵先生にとっては、今がその小康時代ともいうべきものでしょう。ナゼならば、先生の唯一の好敵手たる隣りの鰡八御殿《ぼらはちごてん》の主人公が、洋行から戻って来た暁には、またぞろ百五十万両もかけて、大盤振舞《おおばんぶるまい》をするにきまっていますから、それを見せつけられた日には、先生もまた相当の手段方法を講じなければならないはずですから。
 ところがその鰡八大尽は洋行の留守中であり、江戸の武家は長州征伐というわけで、風雲の気はおのずから西に走《は》せてしまったようなあんばい[#「あんばい」に傍点]だから、先生もいささか張合抜けの体《てい》です。
 そこで先生は、この余った力と機会とを利用して、五十日間の予定で、名古屋から京大阪を遊覧して来ようとの案を立てました。
 先生が今度の旅程のうちに、特に名古屋を加えたというのは、先生独得の見識の存するところで、その意見を聞いてみると、先輩の弥次郎兵衛と喜多八が、東海道を旅行中に、名古屋を除外したというのが不平なのだ。
「べらぼうめ、太閤秀吉の生れた国と、金のしゃちほこを見落して、東海道|膝栗毛《ひざくりげ》もすさまじいや、尾張名古屋は城で持つと、雲助までも唄っていらあな、宮重《みやしげ》大根がどのくらい甘《うめ》えか、尾州味噌がどのくらいからいか、それを噛みわけてみねえことにゃ、東海道の神様に申しわけがねえ」
 特に東海道の神様という神様があろうとも思われないが、これが先生の名古屋へ立寄る一つの理由となっているのであります。しかし、弥次郎兵衛と喜多八が名古屋を除外したからといって、故意にやったわけではなく、宮の宿から一番船で、七里の渡しを渡って、伊勢の桑名へ上陸の普通の順路を取ったまでだから、それをいまさらいい立てるのは、少し酷《こく》だと思われます。
 それよりもこの際、京、上方の空気というものは、道庵先生などの近寄るべき空気ではないのですが、この先生のことだから、それをいえば、例のおれの匙にかかって、命を落したものが二千人からあるを持ち出して、始末におえ[#「おえ」に傍点]ないから、まあほうっておいて、気ままにさせるよりほかはないのです。
「道六や」
 そこで代診の道六というのを膝近く呼び寄せて、留守中|万端《ばんたん》の心得をいって聞かせ、今や、その旅行の日程に苦心中であるが、東海道筋は先年、伊勢参りの時に往復しているから、今度はひとつ趣を変えて、甲州街道を取ろうか、或いは木曾街道を選ぼうかと、道中記と首ッ引きの結果、距離と日数に多少の費《つい》えはあるが、変化の面白味からいって、木曾街道を取り、途中から名古屋へ廻るということに決定しました。
 それがきまると、次の問題は道連れの一件であります。これにはさすがの先生も、ハタと当惑しました。
 一人旅はいけない。そうかといって、野幇間《のだいこ》の仙公には懲《こ》りている。薬籠持《やくろうもち》の国公は律義《りちぎ》なだけで気が利《き》かず、子分のデモ倉あたりは、気が早くって腰が弱いからいけない。知己友人に当りをつけてみたところで、オイソレと同行に加わるような閑人《ひまじん》は見つからない。旅の話相手にもなり、相当に気も利いて、慾をいえばこの際のことだから、武芸の片端《かたはし》を心得て、用心棒を兼ねてくれるような男でもあれば申し分ないが、そうは問屋で卸さない。さすがの道庵先生も、この人選にはことごとく頭を痛めているところへ、
「先生、お客様でございます」
「誰だ」
「玄関へ米友さんとおっしゃる方がおいでになりました」
「ナニ、米友が来た! 鎌倉の右大将米友公の御入り! 占《し》めた」
 この際、天来の福音に打たれたように、道庵先生が躍り上りました。

         二十一

 甲州上野原の報福寺、これを月見寺ととなえるのは、月を見るの趣が変っているからです。
 上野原の土地そのものは、盆地ともいえないし、高原ともいいにくい山間《やまあい》の迫ったところに、おのずから小規模のハイランドを形づくっているだけに、そこではまた何ともいえない荒涼たる月の光を見ることがあるのであります。
 今宵、寺の縁側へ出て見ると、周囲をめぐる山巒《さんらん》、前面を圧する道志脈の右へ寄ったところに、富士が半身を現わしている。月はそれより左、青根の山の上へ高く鏡をかけているのであります。
 火燈口《かとうぐち》の下に座を構えた盲法師《めくらほうし》の弁信は、物を言いはじめました。
「今晩はまた大へん月がよろしいそうでございますね。月が澄みわたりましても、私共には闇夜と同じことでございます。明月や座頭《ざとう》の妻の泣く夜かな、と古《いにし》えの人が咏《よ》みましたそうでございますが、人様の世にこそ月、雪、花の差別はあれ、私共にとりましては、この世が一味平等の無明《むみょう》の世界なのでございます。無明がそもそも十二因縁の起りだとか承ったことがございます。いつの世に長き眠りの夢さめて、驚くことのあらんとすらん、と西行法師が歌に咏みましたということをも、承っておりますのでございます。悲しいことに皆様はいつかこの無明長夜《むみょうちょうや》の夢からお醒《さ》めになる時がありましても、私共にはこの生涯においては、そのことがあるまいと思われますのでございます。夢に始まって夢に終るの生涯が、この上もなく悲しうございますので、西行法師が、驚くことのあらんとすらんとお咏《よ》みになった心を承《う》けて、数ならぬ私共もまた、何物にか驚かされたいと常に念じている次第でございます。けれども、浅ましいことに、何物も一つとして、この私の悲しい心の底を驚かせてくれるものがございません。泣ける時に泣けない人、笑える時に笑えない人、驚く時に驚けない人は、恵まれない人でございます……衆生《しゅじょう》病むが故に我も病む、と維摩居士《ゆいまこじ》も仰せになりました。生々《しょうじょう》の父母、世々の兄弟のうち、一人を残さば我れ成仏《じょうぶつ》せじというのが、菩薩の御誓いだと承りました。大慈悲の海の一滴の水が、私共のこの胸に留まりまするならば、たとえ私のこの肉の眼から一切の光が奪われまして、この世の空にかかる月は姿を見せずとも、本有心蓮《ほんぬしんれん》の月の光というものは、ゆたかに私共の心のうちに恵まれるものに相違ございませんが、何を申すも無明長夜の間にさまようて、他生曠劫《たしょうこうごう》の波に流転《るてん》する捨小舟《すておぶね》にひとしき身でございます、たどり来《きた》ったところも無明の闇、行き行かんとするところも無明の闇……ああ、どなたが私をこの長夜の眠りから驚かして下さいます……昨日も私はこの裏の山へ入って行きますと、山鳥の声がしきりに耳に入りました。目は見えませんでも、物の音は耳に入るのでございます。そのとき私は、ほろほろと啼《な》く山鳥の声聞けば、父かとぞ思う母かとぞ思う、のお歌を思い出しまして、この見えぬ眼から、しきりに涙をおとしたことでございます。私共の心眼さえ開いておりますならば、山鳥の音を聞きましても、まことの父と母との御姿を拝むことができましょうのに、小器劣根の私には、それができませんのかと思うと…‥」
 弁信法師は、ここに至ってハラハラと泣いてしまいましたが、やがて涙を払って、
「斯様《かよう》なお喋りはやめにいたしまして、いかがでございましょう、お邪魔にならなければ、拙《つたな》い琵琶の一曲を奏《かな》でてお聞きに入れましょうか」
 誰に話しているのだか、誰が聞いているのだか知らないが――また、これから誰に聞かせようというつもりか知らないが、弁信法師は、琵琶をかかえて縁に立ち出でました。
 そこで調子を合わせにかかると、葉鶏頭《はげいとう》の多い庭先から若い娘が、息せききって駆け込んで来て、
「弁信さん、大変が出来ました」
「エ、お雪さん、大変とは何でございます」
 弁信は琵琶の調子を合わせていた手をとどめると、娘は、
「先生はおいでですか……あの、姉が殺されましたそうで」
「エ?」
 弁信が琵琶を手放してしまうと、娘は、
「たった今、人が来て、このことを知らせてくれましたから、先生に……」
 娘は、倒れるように縁側へつかまって、面色《かおいろ》も変り、唇がわなないて見えます。
「ああ、それ故にこそ私は、さいぜんからなんとなく胸騒ぎが致したのでございます、さあ、落着いて委細のことを先生に話して上げて下さいまし」
「御免下さいまし」

 娘は、やっと縁をのぼって座敷へ通ると、そこに病人でもあるように、蒲団《ふとん》の上に横たわっていたのが、いま半身を起き直しているところの、一箇《ひとり》の男の枕辺に坐ると、
「お若どのが殺された? どこで、誰にやられました」
と尋ねるその人は、机竜之助です。
 いつになっても蒼白《あおじろ》い面《かお》。その時は僧の着るような白衣一枚で、蒲団の中にいたのですが、起き直って帯を結び直して坐ると、
「誰が何の恨みでしたのか、わたくしはすこしも存じませんが、江戸に近い巣鴨の庚申塚《こうしんづか》というところで、惨《むご》たらしく殺されてしまったそうでございます」
といって娘は、声を立てて泣きました。
「巣鴨の庚申塚で?」
「多分、追剥《おいはぎ》にでもつかまったのでございましょう……そうでなければ、人に恨みを受けるような姉ではございません」
「嗚呼《ああ》!」
 弁信法師が傍らから、思わず感歎の声を立てたのは、その出来事の悲惨に悲しむよりは、姉を信ずる妹の心に動かされたようです。
「姉は、人に恨みを受けるような人ではありませんでしたのに……」
 娘は重ねて、さめざめと泣きながらいいました。
「いいえ、あなたの姉さんは、人に恨みを受けているのですよ」
 弁信法師がいいますと、泣いていた娘は、躍起《やっき》となって、
「それは違います、わたくしは、あの姉さんとは義理ですけれども、あんな親切な姉さんはありませんでした、皆の人に好かれました、恨みを受けて殺されるような人ではありません」
「親切な人だから恨みを受けたのです、人に好かれるから恨みが集まるのですよ、好かれない人は恨まれません」
「違います、違います」
 娘は袖に面《かお》を押当てて頭を振りましたが、やがて声を立てて泣きふしてしまうと、竜之助は、
「誰が殺したかわからないのですか」
「先生、殺したのはあなたです、あなたのほかにあの方を殺したものはありません」
と弁信がいいました。
「ナニ?」
「嘘と思召《おぼしめ》すなら、前生《ぜんしょう》および後生《ごしょう》をたずねてごらんなさいまし。天上へ昇りましょうとも、地下へ降《くだ》りましょうとも、あの方の真白い胸に、血のついた刃《やいば》を突き刺している姿を、あなたのほかに見出すものがありましたら不思議でございます」
「弁信さん、何をおっしゃるのです、ここにおいでなさる先生が、どうしてそんなこと。あなたは血まよっておいでなさいます」
と娘がささえると、弁信は澄ましきって、
「私は血まよっておりません、私のいうことが本当でございます」
「弁信さん、そういう無茶なことをおっしゃっては先生に申しわけがありません、あなたは何か勘違いをしておいでになります」
 娘は泣きながら弁信をたしなめるのも無理はありません。ここと巣鴨の庚申塚とは、数十里を離れているのに、当人は半ばは病気で、その上に目の光を奪われている身であるのに――
 それでも竜之助は、弁信のいったことを、娘が気にかけているほど気にかけないと見えて、
「かわいそうなことをした」
といったきりで、口を結んでしまいました。
「御免下さいまし、また上ります」
といって、娘は泣きながら、庫裡《くり》の方へ帰ってしまったあとで、竜之助は蒲団《ふとん》の下に敷いて寝ていた白鞘物《しらさやもの》の一刀――殺されたという女が記念《かたみ》にくれた――それを取り出して膝へ引寄せました。引寄せてみたところでどうなるものか、この刀に、その女の魂魄《こんぱく》が残っているわけではあるまいし、といって、見えぬ目の前にいる見えぬ同士の弁信を、どうしようというのでもあるまい。五十丁峠から陣馬へかかるところで、みちに迷うて行きつ戻りつしていた駕籠を、無事にこっちへ引向けて、予定通りこの月見寺へ導いて来たのは、ほかならぬお喋り坊主のおかげではなかったか。
 その弁信法師は、この時分、もう再び琵琶をかなでるの元気はなくなったと見え、そうかといって、それを蔵《しま》おうでもなく、しょんぼりとして縁先に坐ったままです。
 空の月は、青根から大群山《おおむれやま》の上をめぐっている。
「弁信殿」
「はい」
 竜之助の問いに弁信が、例によって神妙な返事をします。
「お前は心あってああいうことを言われるのか、それともその時の出まかせか」
 重ねて竜之助が問うと、弁信は、
「左様でございます」
 同じところを向いたままで、同じようにしょんぼりとしたままで、
「私は口が過ぎていけません。そのことは知らないではありませんから、自分ながら慎《つつし》みをしようかとも思いますけれども、その場合になりますと、そういう感じがフイに湧き起って参りまして、そう言わなければだまっていられないのでございます。言ってしまったあとで、ハッとは思いますけれども、なおよく考えてみますと、自分のいったことが間違っていたとは思われませんので、これはいい過ぎたと後悔を致したことが更にございませんのです。その時はお笑いになった方々まで、あとになりますと、私の申したことにヒタヒタと思い当ることがおありなさると見えて、さのみ私をお咎《とが》めにもなりませんのでございます」
「では、ここにいる拙者が、巣鴨まで人を殺しに行ったのも本当かも知れない」
といって竜之助は、冷たい笑いを例の蒼白い面《おもて》に漂わせましたが、何としたものか、その笑いが急に止むと、その面がみるみる真珠のような白味を帯びて、ひとむらの殺気が濛々《もうもう》として、湧き上って来るようです。
 その時、弁信法師はこれも何と思ったか、ヒラリと縁を飛び下りて、下に揃えてあった草履《ぞうり》を穿《は》き、すたすた[#「すたすた」に傍点]と庭へ下りて行って、庭の一隅《いちぐう》に四寸角、高さ一丈ほどの卒塔婆《そとば》が立って、その下に小石が堆《うずたか》く積んであるところへ来ると、腰を屈《かが》めて合掌し、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
と唱えて、その小石を一つずつ取っては移し、取っては移ししていました。その時|褥《しとね》をガバと蹴って跳ね起きた竜之助は、白鞘の刀を抜いて縁先に立ちましたが、その見えない目は、まさしく盲法師の弁信に向っている。
「あ、先生! あなたは私をお斬りになろうというのですか」
 目の見えない弁信の振向いた面《おもて》は、やはりピタリと竜之助の面に合っています。
 何ともいわない竜之助の白衣の全身から、まさしく殺気が迸《ほとばし》っているのを感得した弁信の恐怖を、誰あって来り救おうとするものもありません。
 ヒラリと卒塔婆の蔭に身を移した弁信は、恐怖は感じながらも、叫びを立てて人を呼ぼうでもなく、
「先生、あなたが私を斬ろうとなさるのはいけません、今までにないことでございます、今まで私は、あなたの傍におりましても、更にその殺気というものを受けたことがございませんから、少しも怖れというものが起りませんでしたけれども、今は怖れます、あなたは、たしかに私をもお斬りになろうという覚悟で、それへおいでになりました」
 弁信の小楯《こだて》に取った卒塔婆の一面に、この時、真向《まとも》に月がさすと、それに、
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「若残一人、我不成仏」
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の文字がありありと読める。ただ、斬ろうとする人も、斬られようとする人も、共にそれが認められないだけです。
「此寺《ここ》へおいでになってから、これで二度《ふたたび》あなたの身に殺気の起ったことが私の心に響きました。その一度は、先日の夜、あなたは、今のあの娘さん――お雪ちゃんというのを斬ろうとなさいました。その時、私が感づいたものですから、不意に中へ入ってお雪ちゃんを助けてやりました。それともう一つは、たった今、私を斬ろうとなさるその心です。悲しいことではございませんか、まだ、あなたは人を斬らなければならないのでございますか」
といったけれども、何の返答もなく、刀を提げてそろそろと縁を下りて、沓脱《くつぬぎ》の上に並べてあった草履をつっかけると、声をしるべに徐々《しずしず》と弁信の方へ近寄って参ります。
 そこで、弁信は、いよいよ圧迫されて、苦しまぎれの絶叫を振絞って、人を呼ぶかと見ればそうではなく、
「先生、私は、あなたの殺気を怖れます、けれども自分の命を取られることを、さのみ怖れは致しません」
 この場合において、お喋り坊主の減らず口は、必ずしも減らず口とは思われないほどの冷静を持っています。それには頓着無しの竜之助は、刀を片手の中段に持ち直して、ジリジリとそれを突きつけて来る呼吸は、絶えて久しく見ない「音無しの構え」です。兎を打つにも全力を用うるという獅子の気位か知らん。この身に寸鉄もない……寸鉄があったからとて、それを用うる術《すべ》を知らない盲目の小法師に向ってすらが、彼は正式にして、対等の強敵に向うと同じ位を取って突きつけて行く時に、言おうようない悽惨《せいさん》な力が、その刃先といわず、蒼白い冴《さ》えた面《おもて》といわず、白衣に月を浴びた五体といわず、さっと流れて面を向くべくもないのであります。
 ところで、不思議なるは弁信法師。この凄まじい刃先を真向《まとも》に受けて、それを相も変らず卒塔婆《そとば》の蔭に避けてはいるが、一向に悪怯《わるび》れた気色が見えません。
「私は死ぬことを怖れません……染井の屋敷で、神尾主膳のために井戸の底へ投げ込まれた時に、死は怖れではなくして、悦びであることを悟りました、その時まではいわれがなくして死ぬのがいやで、必死で生きることに執着は致してみましたけれど、今となっては、いわれがありましょうとも、なかりましょうとも、死ぬべき時に、死ぬることを怖れは致しませんが、また甘んじて免れ得らるべき命を、殺したいとも思ってはおりませんのでございます」
といいながら、ジリジリと迫って来た刃先を左へ廻って避けました。その時、月の光もまためぐって、卒塔婆にうつる一面の文字には、
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「我不愛身命、但惜無上道」
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 月は冷やかに、道志脈の上を徘徊《はいかい》すること、以前に変りはありません。
 この頃、月をながめている人の話によると、時あって月が紅《あか》く見えるそうです。多分、それは黄塵が空中に満ちて、銀環《ぎんかん》の色を消す所以《ゆえん》のものでありましょうが、人によってはそう見ません。
 白虹《はっこう》日を貫くのは不祥である、月光|紅《くれない》に変ずるのも只事ではない。日月は天にあって、人生を照覧するものだから、心を虚《きょ》にしてそれを直観していると、すべての人間界の異象《いしょう》がまず以て日月の表に現われるのだということを、まじめに信じているものがあるのですから、夜な夜な月色が紅に変ずるのを、吉兆と見たり、悪瑞《あくずい》と見たりする者の出づるのも抑えることができません。そうだという迷信に対して、そうでないという正信も成立ってはいないらしい。
 一本の卒塔婆を中にして、盲法師のお喋《しゃべ》り坊主の弁信と、刃をつきつけた机竜之助とが相対している時に、たまたま道志脈の上に横たわる月の色が変ってきました。たとえ、一時《いっとき》とは言いながら、血のように紅く見え出してきたのが不思議です。
 とはいえ、それは都大路で見る時のように、多くの人が人だかりして指さし騒ぐのではない。この小高原のあたりでは、もうすでに寝静まり、月見寺の庭には、こうしてただ二人だけが相対しているのみで、しかも、その二人ともに眼がつぶれているのですから、月が紅くなろうとも、青くなろうとも、あえて驚く人ではありません。
 しかし、月の紅く見えたのはホンの一時、あれと言っている間に、もとの通りの冷々然たる白い光を静かに投げて、地上は水を流したようです。
 机竜之助の刀を突きつけてジリジリと詰め寄るのは、非常に悠長なもので、名人の碁客が一石をおろすほどの静粛と、時間とを置いて、弁信法師に迫っては行くが、まだたしかに両者の距離は三間からあります。盲目となって以来、この男の刀の構えぶりが、一層静かになってきました。刀を以て敵を斬るよりは、刀をふせ[#「ふせ」に傍点]て敵を吸い寄せるの手段かに見えます。思うに、盲目となって以来、幾多の人を斬った手段が皆これでしょう。刀を構えると、全身の殺気が電流の如く、その刀に流れ寄って来るのであります。蛇が樹下にあって口を開くと、鼠がおのずからその口中に落ちて来るように、この流るるが如き殺剣《さっけん》を突きつけられると、何物も身がすくんで、我とその刃に触れて、命を終らぬということはありません。斬るよりは寧《むし》ろ斬られるのです。のがれんとするよりは、近づいて来て斬られてしまいます。
 ひとりこのお喋り坊主の弁信に限って、その怖るべき吸引力の外に立っているのが不思議。いや不思議でも例外でもない、御同様の盲目で、多分その殺気は受けても、殺剣が見えないからでしょう。
「身に徳があれば刀刃《とうじん》も段々に折れることでございましょう、徳がなければ刃を待たずしても亡ぶるものでございます。前世の果報が尽きた時に、今生《こんじょう》の終りが来るのでございますから、死ぬも生きるも己《おの》れの業《ごう》一つでございます。業は受けざれば尽きずと釈尊も仰せになりました、逃れんとしても三世の外へ逃るることはできません……私は、もうここを動きますまい、ここにこうして、じっとして立っておりましょう」
 彼は相変らず殺剣の前に立って減らず口――しかし減らず口も、この際これだけの余裕を持ち得ることは、無辺際なる減らず口といわねばなりません。

 清澄の茂太郎は、その時分、寺の東南、宮の台なる三重の塔の九輪《くりん》の上に遊んでおりました。
「弁信さあーん」
 塔の上から三度、弁信の名を呼んだけれども返事がありません。そこで彼は、
「どうしたんだろう」
 九輪を抱きながら、月光さわることなき地上を見下ろしました。いつもならば、呼ばない先に「茂ちゃんかい」――庭へ走り出して、見えない眼をこちらへ振向けて返事をするはず。そうすると茂太郎は、「ああ、わたしだよ、弁信さん、琵琶を持ってこっちへおいでよ」「茂ちゃん、お前どこにいるの」「三重の塔の天辺《てっぺん》にいるんだよ、月がいいからおいでよ」「待っておいで」――そこで弁信が、いったん寺の中へ取って返して琵琶を持ち出して来るのだが、今宵はさっぱり[#「さっぱり」に傍点]返事がありませんから、
「どうしたんだろう」
 九輪の上で茂太郎は、しきりに小首を傾けております。
 どこへも出かけたはずはない、まだ眠ったとも思われない。打てば響くほどの返事がないのが、なんとなく気がかりで、茂太郎はまもなく、三重の塔を下へ降りて来ました。
 下りて来たところも満地の月。月光、水の如くひたひたと流れているものですから、茂太郎の心が浮立って歩む足どりも躍るように、精いっぱいの声を張り上げて、宮原節を歌い出しました。
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向うを見ろよ月が出る
おいらは森にいつ行くか
しゃるろっとにしゃるろは
こう訊《き》いた
しゃとうには
とう、とう、とう
おいらが持つのは一人の神様
一人の王様
たった一文《いちもん》に靴片方
麝香草《じゃこうそう》に露の玉
朝っぱらから飲んだくれ
二羽の雀は満腹ぷう
ばっしいには
じい、じい、じい
おいらが持つのは一人の神様
一人の王様
たった一文に靴片方
こうまのような狼二匹
かわいそうだが酔っぱらい
穴では虎めが上機嫌
むうどんには
どん、どん、どん
おいらが持つのは一人の神様
一人の王様
たった一文に靴片方
一人は悪口《あっこう》、一人は雑言《ぞうごん》
おいらは森にいつ行くか
しゃるろっとにしゃるろは
こう訊いた
ばんたんには
たん、たん、たん
[#ここで字下げ終わり]
 器量いっぱいの声を張り上げて、茂太郎は唄いながら、宮の台から卵塔場《らんとうば》を突切って、
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怪体《けたい》な鼠のお喋《しゃべ》りめ
こないだミラの窓叩き
おいらを呼んだばっかりに
娘たちぁどこへ行く
ロン、ラ
ほんにいとしや女ども
おいらを迷わすその毒は
オルヒラさんをも
酔わすだろ
娘たちぁどこへ行く
ロン、ラ
[#ここで字下げ終わり]
 庭の木戸口へ来ると、ギョッとして、何かに驚かされて立ちすくんでしまいました。
「弁信さあ――ん」
 この時、一方では水を切って落ちて来た一刀。丈余の卒都婆《そとば》をストリと二つに切って、南無阿弥陀仏の梵字《ぼんじ》を頂いた「我不愛身命」の残骸が下に、残る所の一面には、「但惜無上道」が冷々たる寂光を浴びて、空を制してそそり立っているばかりです。
「あ!」
と言ったのは清澄の茂太郎で、弁信法師は天に上ったか、地に伏したか、その影をさえ見ることができません。
 暫くあって弁信法師が、
「茂ちゃん、危ないよ」
「弁信さん、どうしたの」
 二人は抱き合って、卵塔場の中へ紛《まぎ》れ込んで姿を消してしまいました。
 同時に、竜之助の姿もそこには見えません。ただ氷片のような卒都婆の残骸が、いよいよ白く月光を浴びて、夜の更くるに任《まか》するのみです。

 その翌朝、二つに切られた卒都婆を見て、まず驚きに打たれたのは、寺の娘のお雪ちゃんであります。
「まあ、卒都婆が二つに切れていますこと、勿体《もったい》ない」
 それを拾い上げているところへ、子をつれた鶏が餌をあさりに来て、ククと鳴く。
「綺麗《きれい》に切れている、茂ちゃんでも悪戯《いたずら》をしたのか知ら」
 長さ一間に及ぶ、梵字と経文の卒都婆の半分を、お雪は重そうに両手で抱え上げて、庭を廻って見ると、縁側の日当りのよいところに、弁信と茂太郎とが栗を数えて話をしています。
「弁信さん」
 お雪が呼ぶと、
「はい」
「茂ちゃんもごらんなさい、こんなに卒都婆が斬れていましたよ」
「ええ」
 二人はいい合わせたように栗を数えた手を休めると、お雪は卒都婆を縁の上へ置いて、
「誰が悪戯をしたんでしょう」
といって、茂太郎の面を見ると、
「あたいは知らないや」
 茂太郎がいいわけをする。お雪は、深く咎《とが》めようともしないが、それでも、茂太郎の外に、こんな悪戯《いたずら》をする者はないような面《かお》をしたのが気になると見えて、茂太郎はムキになって何かいおうとしたが、弁信が急にそれを遮《さえぎ》るように、
「雪ちゃん、御覧なさい、私の法衣《ころも》もこの通りに切れていますよ」
「ええ?」
「その卒都婆と同じように、斜《はす》に切れているでしょう」
「まあ、どうしたのです、わたしが縫って上げましょう」
 お雪が改めて見直すと、なるほど、弁信の麻の法衣の左の肩から袈裟《けさ》をかけたと同じように、一筋の切れ目が糸を引いています。
「法衣だけじゃないのです、下着まで、これと同じことに切れ目が入っているんです。いいえ、下着ばかりじゃありません、たしかにこの私の身体の中にも、これと同じ筋がついていると思いますが、よく見て下さい」
と言って弁信法師は、肌を押しぬいで見ますと、赤い筋が一線、左の肩から、胸から、下腹までかけて、絹糸ほどの筋を引いているのですから、そこでお雪が驚いて、
「弁信さん、お前、誰かに斬られたんですか」
「いいえ、斬られたんなら生きちゃいませんが、わたしは斬られなかったのです。その代り、つまり、私の身代りにその卒都婆が斬られたんでしょう」
「誰が斬ったのでしょう」
「誰か知りません」
「怖いことね」
 お雪は慄《ふる》え上って思わず小庭の方を見廻しましたが、小春日和《こはるびより》うららかで、子をひきつれた鶏が、そこでもククと餌を拾っているばかり。
「ちゅう、ちゅう、たこかいな……、弁信さん、お前にこれだけ上げよう」
 茂太郎は頓着なしに、山から拾って来た栗の粒を数えて、一山だけを弁信の前に置き、改めてお雪に向い、
「雪ちゃん、お前にも少しわけて上げようか」
 庭の鶏も、縁の上の人も、いずれも平和の気分ではあるが、お雪はなんだか鉛のように重いものが、このうららかな天気を圧して、青天白日の間に鬼火が流れるように、ゾクゾクと寒気《さむけ》が立ち、書院の火燈口《かとうぐち》の方を見やると、そこに微かな人の咳《しわぶき》の声がします。
「弁信さん、お前、怖くはないの?」
と言って見た時、平然として坐っていた弁信の面《かお》の色が真蒼《まっさお》でありました。

         二十二

 宇治山田の米友は、道庵先生のために、圧倒的に説き伏せられて、とうとう上方行きの随行を承知することになってしまいました。
 米友にとっては、道庵が命の親であるのみならず、たしかに一箇の苦手《にがて》で、この人に向うと、得意のタンカも切れなくなってしまい、苦々《にがにが》しい思いをしたが、それといって今の身分で、道庵の頼みを拒《こば》むべき理由もなく、かえって無意味に遊んでいるよりは、有益なことには違いないから、ともかくも返答に三日の猶予を置いて、これから小石川へ帰ろうとします。
 気の短い道庵は、お仕着せや、そのほか旅の用意をその場で調《ととの》えて、それを風呂敷に包んで、米友に背負《せお》わせました。そこで米友は、件《くだん》の風呂敷包を首根っ子に結《ゆわ》いつけ、竹笠をかぶって、跛足《びっこ》の足を引き、例の杖槍をついて、道庵の屋敷を立ち出でました。
 ふらふらと浅草広小路へ出て来た米友は、ここだなと思いました。ここで、その昔、梯子乗《はしごの》りの芸当をやって見せて、かなりの人気を博したことがある。その時、ある大名の行列が乱暴をしたから、その先手《さきて》の水瓜頭《すいかあたま》を十ばかり見つくろって殴《なぐ》り、吉原の方へ逃げ込んだことがある。その時の前科はもう気のつくものはあるまいが、それでも米友は多少気が引けて、笠をかたげる気分で通ってみても、露店や見世物の賑やかなところを見ると目うつりがして、やがて以前、自分が梯子乗りをしていたところへ来て見ると、そこに店を張っているものがあります。
 それは一人の絵描《えか》きが露店を張って、通る人の求めに応じて、さまざまの絵を描いているのであります。
 ところが、この絵描きが、風采《ふうさい》からしてすこぶる変っています。六尺豊かの筋骨|逞《たくま》しい鬚男《ひげおとこ》で、髪は結髪《けっぱつ》にした上から、手拭で頬かむりをし、眼先なかなかものすごく、小刀を前半《まえはん》にし、大刀を後ろの柳の木へ、戸板を結びつけたしきり[#「しきり」に傍点]へ立てかけて置いて、その中へあぐらを組んで、しきりに絵筆を揮《ふる》っているのが、一種異様に見えますから、米友も思わず足を留めてその前に立っていました。
「済みませんが、鍾馗様《しょうきさま》を一つ描いて下さいな」
 町家のおかみさんらしいのが頼みに来ると、
「よろしい」
 絵師は、さっさと紙を展《の》べて、縦横に筆を走らせ、見るまに悪魔除けの鍾馗様を作り上げてしまうと、おかみさんは喜んでそれを受取り、いくらかの鳥目《ちょうもく》を紙に包んで去りました。
「おじさん、凧《たこ》の絵を描いておくれ」
「よしよし」
 ひきつづき、二人の子供のために、絵師は筆を揮って、忽《たちま》ちに雲竜《うんりゅう》と奴《やっこ》とを描き上げた腕前は、素人《しろうと》の米友が見てさえキビキビしたものです。
「こちらへお出しなさい。糸目をつけて上げますから」
 絵師が凧の絵を描いてしまうと、その後ろに乳呑児《ちのみご》を抱いて控えていた、この絵師の女房らしいのが直ちにそれを受取って、子供のために糸目をつけてやる。この女房も、身なりこそは粗末だが、人品になかなか侮《あなど》りがたいところがある。
 凧《たこ》の絵を描いてもらって、糸目までつけてもらった鼻たらし小僧は、
「おじさん、お銭《あし》をここへ置くよ」
 五六文の銭を抛《ほう》り出して行ってしまうと、そのあとは暫くお客が絶えていたが、絵師は、別の紙を取り出して、盛んに筆を揮《ふる》っている。
 その逞《たくま》しい筋骨といい、両刀を離さないところといい、その女房の品格のあるところといい、たしかに変った絵師夫婦であるが、さりとは落ちぶれ過ぎたと哀れを催すものもありましたが、米友は、その絵師が描きなぐっている絵筆の勢いが、ばかに気持がいいので、お得意柄、名人の使う槍でも見るような気持で、その筆勢に見惚《みと》れておりました。
 感心なことに宇治山田の米友は、何事に限らず、芸の神髄を見ることが好きなのです。生《なま》な奴がキザな真似をすれば、この男は、やにわに立って叩きのめしたくなる病があると共に、事の妙境に触るるを見てとった時には、我を忘れて心酔するの稚気《ちき》があるのです。
 そこで、この絵師の書きなぐる筆勢を、心酔的にながめていると、あたりの人が散ってしまったのには気がつきません。ちょっと絵筆をさしおいた絵師が、
「君、絵がわかるかね」
とたずねたときに我にかえって、
「うむ、絵はわからねえけれど、筆つきが面白いなあ」
「そうか、一枚描いて上げようか」
「いらねえ――」
 すげもなくいうと、絵師は、
「君は面白そうな男だ。いったい、拙者の絵を見ているのか、筆を見ているのか」
「うむ――」
 米友は唸《うな》りました。改ってこう尋ねられてみると、ちょっと返答に困るのです。ナゼならば米友は、そんなに絵が好きではありません。この絵師の描いている画題そのものも、人の足を引留めるほどの奇抜なものでもなんでもないから、絵草紙屋の店頭《みせさき》をも素通りする米友が、ことにこれらの絵に向って、足をとどめねばならぬ必要は更にないはずです。そうかといって筆が好きだというのも、おかしなものですから、ちょっと吃《ども》って、
「筆つきがばかに気に入ったなあ」
「ははあ、では、やっぱりこの筆が気に入ったのだな。絵は要《い》らないが、筆が欲しいというのか。そんならこの筆を上げよう」
といって描きかけた筆を米友の前に提示しました。米友は面喰って、
「俺《おい》らが筆を貰ったって仕方がねえ」
「それじゃ何が欲しいんだ」
 絵師は頬かぶりの中から、巨眼を※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]《みは》って、改めて米友の面《かお》を穴のあくほどながめたから、米友が少し癪にさわって、
「いつ、俺《おい》らが欲しいといったい? 俺らは物貰いに来たんじゃねえんだぜ」
 こういって軽く地団太《じだんだ》を踏んで見せますと、米友の笠の下から、穴のあくほどながめていた絵師は、何に感心したか、小首を捻《ひね》りながら言葉を重くして、
「君」
「何だい」
「君にちっとばかり頼みたいことがある」
と改まったいいぶりで、なお米友の面を穴のあくほどながめて、
「ぜひお願いだ!」
 絵師はむしろ歎願のような声。それを米友は焦《じ》れて、
「なんだってお前、俺《おい》らの面《つら》ばっかりながめてるんだ。第一、人の面を、ちょっとぐらいならいいが、そう長くながめているのは失礼に当るだろう」
 絵師はその時、わざわざ頬かむりを取って、
「悪く取ってもらっては困る……拙者は、君の面《かお》に見惚《みと》れて、つい失礼しちまったのだ」
「ナニ?」
「怒ってはいけないよ、君」
 絵師は落着いているけれども、米友はムカムカと来ました。いつぞや金助という男は、この手で米友を嘲弄《ちょうろう》して、両国橋から大川へ投げ込まれたことがある。絵師もまた危ない刃渡りをしているようなものです。
「君、拙者は君を侮辱するつもりでいうんじゃないよ、他人を侮辱するには自分の現在というものが、ごらんの通りあまりに貧弱だ。ただしかし、世間の賞美する人間の面《つら》という面が、ことごとく押絵細工同様の薄っぺらなものであるところへ、君の面を見て僕は驚歎してしまったのだ。拙者は足利《あしかが》の田山白雲という貧乏絵師だが、今日はこれからなけなしの財嚢《ざいのう》を傾けて、君のためにおごりたいのだ、ぜひつき合ってくれ給え」
 足利の絵師田山白雲と、宇治山田の米友とが会話最中、
「人気者が来た!」
 たださえ、物見高い浅草の広小路附近に、潮のような群れが溢れ返って、
「人気者が来た!」
 口々に喚《わめ》き叫んで、押しつ押されつ非常なる混雑になってしまったから、自然二人の対話も途切れて、その人だかりをながめないわけにはゆきません。
「みい[#「みい」に傍点]ちゃん、人気者が来たから見に行きましょう」
「はあ[#「はあ」に傍点]ちゃん、待って下さいよ」
 町並《まちなみ》から走り出でる者。
「御同役、人気者が出て参ったそうでござる、一見致そうではござらぬか」
「いかさま」
 通行の者も歩みをとどめてながめる。
「人気者とは何です!」
と中から叫び出でたものがあると、群集は怒りを含んだ声で、
「人気者とは何だと問うのは誰だ、人気者であるが故に人気者である、理由の存するところには人気はない!」
 一喝《いっかつ》する者があります。
「違う、実質があって後に、人気はおのずから生ずるのが原則だ、しからざる者は一時の虚勢に過ぎない。当世はまず人気を煽《あお》って、しかして後に事を行わんとするの風がある、これ冠履顛倒《かんりてんとう》で、余弊|済《すく》うべからざるものがある、よろしく人気の根元を問うべし」
と焚きつけるものもあります。
 しかしながら、問う者も答える者も、現在やって来る人気者の何者であるかを突留めている者はない。ただ、遠くから人の頭越しに、おびただしい旗と幟《のぼり》の行列がつづくのをながめているだけです。
「多分|尊王攘夷《そんのうじょうい》でしょうよ」
 聞えないように呟《つぶや》くのは、安政仮条約の時代をよく知っているお爺さんです。
「フランスという国で、かくめい[#「かくめい」に傍点]という大戦があった揚句、今までの掟《おきて》をばかにするために、ワザとお寺や社《やしろ》をこわして、日本でいえばお女郎とかじごく[#「じごく」に傍点]とかいったような女を、神様同様に守り立てて、車に載せて押歩いたということを、三田の先生から聞きました。世が末になると、いよいよくだらないものが人気になります」
 この男は、時代の作る悪人気と、悪人気に騒ぎ易い人心をなげいているらしい。
「御心配なさるほどのものじゃございませんよ」
 苦労人が口を出して、
「今、江戸中での人気ある、商品の売出し広告を、ああして聯合でやっているだけなんですよ、この旗をごらんなさい」
「なるほど」
 足利の絵師田山白雲と、宇治山田の米友とは、人気者の行列とは、没交渉であるから、白雲は語りついで、
「実は君、拙者はこのごろ、三十六童子の姿をうつしてみたいと思って苦心しているところなんだ、不動明王の眷族《けんぞく》三十六の童子を、古例になずまずに、おのおのその性格によって表現を異にしようとこう考えているのだが、その粉本《ふんぽん》に苦しんでいる……ところが今、計らず君に出逢って見ると、まさにこれ天より与えられた模型である。どうか君、拙者のために時間をさいてくれ給え。君の住所を聞かしてくれれば拙者が出向いて行こう、君の方にさしつかえなければ拙宅へ来てくれてもよい……ナニ、三日目に旅に出る? それでは、ぜひ、今日のうちに、ちょっとそこで輪郭だけを取らしてくれ給え、頼む!」
 米友は、この無作法な物の頼みも、その中に籠《こも》る真実性に動かされたものと見え、絵師の頼みに同意を与えると、絵師は喜んで道具を畳んで妻子を返し、自分は米友を誘うて人気者の行列を突切りました。

         二十三

 宇治山田の米友は、夜になって、その宿所なる小石川の伝通院の学寮へ帰って来ました。現在の米友の仕事は、ここで、雑巾《ぞうきん》がけをするだけのことですが、そのうちに、寺侍たちが、いつか米友の槍の達人であることを知って、今では折々その師範役を兼ねているような有様ですから、寺内でもなくてならない人のようになっています。
「遅くなって申しわけがねえ」
と米友が詫言《わびごと》をいって、土間へ入り込んで来た時分に、土間では一斗も入りそうな薬鑵《やかん》のつるされた炉の周囲に、寺侍だの、寺男だのが、腰掛で雑談の真最中であります。
「やあ、友造どのお帰りか」
 ここでは友造の名で通っている。
「遅くなって済まねえ」
 笠をとり、風呂敷包を解きながら、再び申しわけをしましたけれど、実はそんなに夜が遅いのではありません。ただ予定通りに帰れなかったことを、米友として、しきりに申しわけながっているのだが、誰も別してそれを咎《とが》めようとする人もなく、かえって寺侍の一人が、意味ありそうにニヤニヤと笑って、
「友造どの、奢《おご》らなくってはいけないぜ」
「ナゼ?」
 米友が円い眼をクルクルさせると、
「なんと皆の衆、今日はひとつ、友造どんに奢らせなければなるまい」
「そうとも、そうとも、今日はひとつ、友兄に奢ってもらうがものはある」
「それ、どうだ、友造どの、覚悟をきめて返答さっしゃい」
「何だかわからねえ」
 米友はようやく首根っ子に結びつけた風呂敷包をほどいて、縁台の上へ置いて、解《げ》せない面《かお》。それを興あることに思って、一同の者が残らず米友を的《まと》に、
「さあ、友造君、奢るか奢らないか」
「わからねえ、奢っていい筋があるなら、ずいぶん奢らねえものでもねえが、わけも話さねえで、人を見かけてむりやりに奢れったって、そうはいかねえ」
 米友は炉の傍に立ったままで解せない面に、多少の不安を浮ばせていると、
「友造どの、そなたに宛てて別嬪《べっぴん》から文書《ふみ》が来ているよ」
「エ、文書が……」
 寺侍の某《なにがし》が、やはりニヤニヤと笑いながら、一通の封じ文を米友の眼の前に突き出して、
「どうもこの頃中から様子がおかしいと思っていたら、この始末だ、油断も隙もならねえ」
 そうすると寺男がまた口を出して、
「全く人は見かけによらねえもんだ、これを奢《おご》ってもらわなかった日にゃ、やりきれねえ」
「うーん」
 と米友が眼を※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]《みは》って唸《うな》りながら、その一通を受取って見ると、美しい女文字で表に「友造様まいる」――一同の連中は、面白がって、まじまじと米友の面《かお》をながめていると、当の米友はニコリともしないで、裏を返して見ると「本所相生町にて、松より」
「友造さん、最初はその手紙を使の者が持って来たんですが、待ち切れないと見えて、御当人が、わざわざおいでになりましたよ」
「うん」
といって米友は、周囲の雲行きに頓着なく、その場で封を切って読んでみると、
[#ここから1字下げ]
「米友さん、あなたのいらっしゃる所を、今日道庵先生からお聞き申しましたから、大急ぎでこの手紙を差上げます。手紙をごらんになりましたら、すぐにおいで下さいまし、お君さんが危ないのです。ぜひ、生きている間にもう一ぺん米友さんに会いたいといっていますから、今までのことは忘れて来て上げてください。これを聞いて下さらなければ、私が一生恨みますよ」
[#ここで字下げ終わり]
 読んでしまうと米友が、暗い心になりました。伊勢の古市《ふるいち》以来、幼馴染《おさななじみ》のお君が、今、九死の境にいる。駒井能登守にだまされて、身を誤った女であるけれども、こういう場合にこういわれてみれば、さすがに米友もひとごとではない。

 再び伝通院の学寮を立ち出でた宇治山田の米友。以前と違って笠をかぶらないで、「伝通院学寮」の提灯《ちょうちん》を腰にはさみ、例の杖槍はてばなすことなく、門を出て本郷の壱岐坂《いきざか》方面へ、跛足《びっこ》を引いて歩んで行きます。
 米友としては、たとい、お君の行動に憤《いきどお》りを含むとはいえ、妊娠のことも聞いている、病気のことも聞かないではない、九死一生を訴えられてみれば、行かぬのは義において欠くるところありと考えたのでしょう……しかし、心は決して打解けているわけではありません。
 今日は、なかなか多事の日である。あれから足利の絵師田山白雲に引っぱられて人気者の中を横ぎり、奴鰻《やっこうなぎ》で一杯飲みながら――米友は飲まないけれども――その絵師の縦横の画談を聞きつつ、彼が自分を床の間に立たせて、写生を試みている熱心な態度を思い出してみると、尋常な絵師とは思われません。今こそ落魄《らくはく》はしているが、後来必ずや名を成すのは、あんな人だろうなんぞと米友は考えました。
 やがて、柳原河岸近くまで来た時分、ここは貧窮組《ひんきゅうぐみ》の騒いだところ。自分が金包を落して、それを夜鷹《よたか》のお蝶に拾ってもらったところ。そのお蝶こそ恩人である。大事な節操を、二十文三十文の金で切売りをして恥じない夜鷹の身でありながら、人の落した大金は大切に保存して、苦心を重ねて、それを落し主にかえしてくれた親切を米友として、ここへ来て思い出さないはずはありません。
 あの女はどうしている。まだ鐘撞堂《かねつきどう》新道《しんみち》の相模屋にいるはずだが、そうだとすれば今晩もここへ稼《かせ》ぎに出ているかも知れない、と思って米友は、河岸の柳の蔭、夜鷹の掛小屋をいちいち覗《のぞ》いて歩きました。
 けれども、お蝶らしい女を発見することはできないで、腐れた肉を貪《むさぼ》る有象無象《うぞうむぞう》の浅ましい骸《むくろ》を、まざまざと見せつけられたに過ぎません。
 あれだけの容貌を持ち、あれだけの心立てを持ちながら、あの境遇に甘んじて、それを抜け出そうともしない女の心が悲しい。
 そこを過ぎ去って、杉の森稲荷から郡代屋敷、以前女が殺された所、盲法師《めくらほうし》の弁信とお蝶とが連れ立って通りかかった時、自分はムクと共にあちらから駈けつけて見たけれど、その人は煙の如くに消えてしまった。
 あの身体で、あの目で、夜な夜な人を斬らねば眠れなかったその人もどこへか行ってしまった。その翌日病み疲れた枕辺《まくらべ》に立って――地団太を踏んでみたけれど、彼はどうしてもその人を憎む気になれなかった――沈勇にして大人《たいじん》の風あるムク犬は今も無事で、それでも魂の抜けた主人を守っているのだろう。さて顧みれば四辺《あたり》に全く人はない。今時、今の刻限、このあたりを独《ひと》り歩きするの危険、それは米友だって知っている。
 辻斬の本場ともいうべきこのあたり。深夜にこの辺をうろつく者は、斬りに行くか、斬られに行くか二つの中。ここで米友は、改めて自分ながら危ない夜道だと思いました。
 幸いにして「伝通院学寮」の文字が、辻番の目にも諒解《りょうかい》を与えるに充分であったと見えて、無事にここまで来た時に、はじめて米友も、うすら淋しさを感じたが、もう一息で両国。そこは、花やかな歓楽郷。橋一つ越ゆれば目的の相生町。
 で、以前、女の殺されたあたりの柳の生えた堤《どて》に沿うて急いで行くと、道路に物が横たわっている。心得て米友は少し廻り込んで歩きながら、提灯をつきつけて地上を見ると、道に横たわっているのは意外にも一本の長い刀。
 米友はギョッとして、何かまた、いたずら者の名残り、逃ぐるに急で振落して行ったものだろう、見ぬふりして過ぎるのも卑怯なような気がしたから、ともかくもと腰を屈《かが》めて地上に落ちた刀を拾い取ろうとすると、その刀がひとりでにスルスルと動き出しました。
 刀がひとりでに動き出して堤《どて》の上へのぼると、堤の上から、その刀を携えて下りて来たものがありました。
「武士たるものの魂を足蹴《あしげ》にするとは何事だ」
「ナニ?」
 そこで、米友は一間ばかり飛びしさりました。
「武士たるものの魂を足蹴にするとは何事だ」
 ははあ、例によって辻斬だな、但し、こいつは少々|駈引《かけひき》があると米友がその時に思いましたのは、ほんとうに斬る気ならば前触《まえぶれ》はないはずである、ところが刀を往来中《おうらいなか》へころがして置いて、文句をつけに出るのだから、飲代《のみしろ》でも稼ごうという代物であって、必ずしも斬ろうというのが目的ではない、とは感づきましたけれども、ともかく、これだけの仕掛をするほどの図々しい奴だから、でようによれば斬るだけの腕を持っている奴である。
 で、一間ばかり飛びしさった米友は、提灯《ちょうちん》をかざして、その下りて来た武士たるものの様子を篤《とく》とながめました。
 こちらがながめるより先に、先方は敵の提灯で、敵の内兜《うちかぶと》を見定めたと覚しく、
「こいつは少し当《あて》が外れた!」
 やがてカラカラと大きな声で笑い出したのは、何か相当の獲物《えもの》を期待していたのに、ひっかかったのが一匹の雑魚《ざこ》に過ぎないと見たからでしょう。なるほど、夜目遠目で一見したところでは、米友は雑魚のようなものです。
「いいから通れ、通れ」
 武士たるものは米友に向って、鷹揚《おうよう》に木戸を通そうとするが、お情けで網の目からおっぽり出されて、それを有難がる米友ではありません。
「お前に許しを受けなくったって通らあな、天下様の往来だ……」
 天下様の往来とはいいながら、この場合において、この男は大手を振って通るわけにはゆきません。提灯を左に持って、杖槍を右にかい込んで、その円い目を、武士たるものの身のまわりへピタリとつけて、やや遠くから廻り込むようにして過ぎようとするのを、武士たるものはじっと立ってながめている。
「待たっしゃい」
 米友が、ようやく半円形に通り過ぎた時分に、立っていた武士たるものが、また言葉をかけました。
「何だい」
 米友は怒気を含んで答えます。
「見受くるところ、貴様は取るに足らぬ下郎ゆえ、助けて遣《つか》わそうと思ったが」
「取るに足らぬ下郎でまことに済まなかった、それがどうした」
 勃然《ぼつぜん》として、宇治山田の米友がタンカを切りにかかると、武士たるものが、
「推参な、下郎の分際で武士たるものの魂を足蹴《あしげ》にした不埒《ふらち》な奴、刀の手前、許すわけには相成らん」
「ばかにしてやがら」
 ここで米友は冷笑を発し、
「武士たるものの魂がどうしたんだ、自分の魂を足蹴にされるようなところへほうっておくおびんずる[#「おびんずる」に傍点]も無かろうじゃねえか」
「何と申す、無礼な奴」
 ここで武士たるものが憤《おこ》り出しました。最初は相当の獲物《えもの》と思って網を張ったのに、ひっかかったのが存外の雑魚《ざこ》だから、逃がしてやろうとした情けを仇《あだ》に、あべこべに啖呵《たんか》を切っておびんずる[#「おびんずる」に傍点]呼ばわりするのは奇怪な奴、たとい馬鹿にしてもようしゃはならないと、憤然として武士たるものは、今にも斬って捨てんず意気を見せました。そうすると米友は提灯を下へ置いて、足場を見計らい、例の杖槍を取って、半身《はんみ》に構えたものです。
「武士たるものの魂がそれほど大事ならば、大道中《だいどうなか》へころがしておくがものはなかろう、樟脳《しょうのう》の五斗八升もふりかけて、七重の箱の奥へ八重の鍵でもかけて蔵《しま》っておいたらどうだ」
「よくも拙者をおびんずる[#「おびんずる」に傍点]にたとえたな」
 武士たるものも容赦のならぬ顔色です。
 武士たるものは、今にも斬らんず構えをして、槍を構えた米友の形を篤《とく》と見たままで、まだ刀を抜き放たないのは、かなりのくせ[#「くせ」に傍点]者であります。
 下段《げだん》に身をしずめている米友。風雲甚だ急なる時、武士たるものが、存外|急《せ》き込まないで、
「ははあ、こいつは奇妙だ」
といいました。
 さて、米友にもまたわからなくなりました。宇治山田の米友は、槍を使うことにおいては天成の自信を持っているはず、天成の自信に、淡路流の極意を加えて、格法を無視して、おのずから格法の堂に入《い》っていることが、心得ある人を驚かすのを例とする。進んで道場荒しをして、我を売らんとするほどの野心はないが、来って触れる者を驚かすには充分である。槍を持たせればこの男は、たしかに眼中人が無くなって、自分の天分以外の達人は有りとも、自分の天分以上のものは無いと信じて疑わない。系統格法は論外に置いて、物があらば必ず突き留め得るものと信じて疑わないところに、この男の破天荒《はてんこう》な勇気がきざして来るのであります。我を知るものは必ずや敵を知って、彼はこの勇気を思慮なく濫用するということはありません。
 わからなくなったのは、大道へ武士の魂を抛《ほう》り出して、飲代《のみしろ》にでもありつこうとする代物《しろもの》のことだから、恫喝《どうかつ》は利いても、腕は知れたものだろうとの予想が外れて、悠然として此方《こっち》のかかるのを待っている体《てい》は、やはり米友その者を知らないから、ちょっとばかり腕に覚えのある馬鹿者が、誰かにオダてられて来たのだろうと、多分、先方はその辺に見くびりをつけたのでしょう。それとも事実腕のある大男の剛の者か。そこで、米友はわからなくなったけれども、敢《あえ》て自分の自信を傷つけられたというわけでもありません。
 その呼吸を見て取った武士たるものは、
「待ち給え」
 刀を抜かないで、掌《てのひら》を突き出して米友の槍の出端《でばな》を抑えるようにして、
「君のその槍は、拙者の小手を突くつもりだろう」
 といいました。これには米友がピリリと来て、
「エ?」
といって眼を円くしますと、
「君の槍は奇妙千万で何とも形容ができない。いったい、君はどこでその槍を習った。槍先はたしかに宝蔵院の挙一になっているが、槍そのものの構え方は木下流に似ている、といって気合精神はそれらの流儀のいずれでもない、トンと奇妙千万。まあ、仲直りをしよう、仲直りをして一話し致そうではないか」
 先方から講和を申込んで来ましたが、その時、米友は、
「うーん」
と唸《うな》り出しました。今度は全くわからなくなったのです。武士たるものはいっこう騒がず、
「君、まあ、この辺へ坐り給え。実は君をオドかして済まなかったが、こんないたずら[#「いたずら」に傍点]をしてみたのは、この辺が辻斬の本場になって、世人が迷惑を致すから、ひとつ見せしめを試みて、今後を戒しめようとして、こうして網を張ってみたのだが、求めてみるとなかなか獲物《えもの》はかからない、ところへひっかかった君は、案外の雑魚《ざこ》だと思ったら、実は意外の掘出し物であったのだ。勘弁し給え」
 聞いてみるとなるほどと頷かれる。してみればこの武士たるものは、極々上の達人でなければならない。こういう芸当は、覚え以上の腕がなければできない芸当である。さればこそ米友に講和を申込んで、その手腕を閑却することができなかったのも道理がある。しかし米友は、前途の急を説いてせっかくの好意を辞退したが、件《くだん》の武士たるものは、では近いうちぜひ遊びに来給え、住所姓名は、神田お玉ヶ池のなにがし[#「なにがし」に傍点]とたずねてみろと教えてくれました。

         二十四

 浅草御門を両国広小路、両国橋を渡り終って、ほどなく相生町の老女の屋敷に着いた宇治山田の米友。ホッと息をついて裏門の潜《くぐ》り戸《ど》を押すと、迎えに出でた真黒な豪犬《おおいぬ》。
「おお、ムクか、久しぶりだ、久しぶりだ」
 提灯《ちょうちん》を持ち換えて、ムク犬の首を撫《な》でてやる宇治山田の米友。
「友さん、よく来てくれましたね」
 そこへ走り出でたお松。米友を案内して一間へ通すお松の眼には涙がいっぱいです。この気丈な娘にしてこの悲しみ、米友もなんとなしに情けない心に打たれて悄《しお》れました。
「友さん、お君さんがもういけないのですよ」
「ど、どうして?」
 米友は胸を圧迫されるような苦しさで、お松の面《おもて》をじっと見つめる。
「赤ちゃんが生れました、赤ちゃんの方は丈夫ですけれども、お君さんがいけないのです、で、自分にそれがわかっているんでしょう、ぜひ、友さんに会わせて下さいって、そのことばかり言いつづけなんですよ、ほんとによく来て下さいました」
「うむ」
「けれども、友さん、そういうわけですからね、いつものようにポンポンいっちゃいけませんよ、たとい友さんの気象で、面白くないことがあるとしても、友さんみたように、あんなに強くいわれるとね、気の弱い人はのぼせてしまいますから、やさしく口を利いてやって下さいね」
「俺《おい》らだって、好んで悪口をいうわけじゃねえんだ」
「そうでしょうけれども、なるべくやさしくいってくださいよ」
「ムクがかわいそうだな」
といって米友は、障子を開いて縁の外を見ますと、お松が、
「ええ、ムクもこのごろは、しおれきっています、御飯をやっても食べやしません」
 米友は立って縁の上に出で、そこで口笛を吹きますと、
「友さん、夜になって口笛を吹くものではありませんよ、悪魔がその音を聞いて尋ねて来るそうです」
 しかしこの時は、悪魔は来ないで、ムク犬がやって来ました。
 お松が立って行ったあとで、米友は、
「ムク」
 うるみ[#「うるみ」に傍点]きった大きな眼と、真黒い中で、真黒い尾を振る姿を見て、
「ムク、手前は強い犬だったなあ、昔もそうだったから今もそうだろうが、強い犬になるにゃあ、飯をうんと食わなくちゃ駄目だぞ」
「…………」
「飯を食わなけりゃあ痩《や》せちまあな、痩せちまっちゃ強い犬にはなれねえぞ、しっかりしろよ」
 身を屈めた米友は、手を伸べてムク犬の首から咽喉《のど》を撫でてやり、
「宇治山田にいる時はなあ、手前がほんとうに怒って吠えると、街道を通る牛や馬まで慄《ふる》え上って、足がすく[#「すく」に傍点]んじまったものだ。こっちへ来ても、おそらく手前ほどの犬は無かろう。たとい、おいらが附いていなくたって、お松さんという人が附いている、お松さんはほんとうに親切な人なんだから、手前はよくお松さんのいうことを聞いて、飯を食わなくちゃいけねえぞ」
「…………」
「意久地《いくじ》なしめ、痩せてやがら。ホントに手前はいつまでも強い犬でいねえと、おいら[#「おいら」に傍点]が承知しねえぞ。遠吠え専門の痩犬は何万匹あろうとも、ほんとうに強い犬というのを殺すのは惜しいなあ、手前もちっとは自分の身が惜しいということを知れ」
 米友の声がうる[#「うる」に傍点]んできた時、お松が戻って来て、
「友さん、それでは、どうかこっちへ来て下さい」
 見事なその一間、絹紬《けんちゅう》の夜具に包まれて、手厚い看病を受けているお君の身は、体面においてはさのみ不幸なものとはいわれません。
 米友が来たと聞いて、その美しい、衰えた、淋《さび》しい面《おもて》に、このごろ絶えて見たことのない晴々した色が浮びました。
「お君さん、友さんが来ましたよ」
「どうも有難う」
 力のない身体《からだ》を向き直すつもりで、鉢巻をした面《かお》だけをこちらへ向けると、米友は無言のまま、そこへ坐り込んでいます。
「友さん、よく来てくれましたね」
「うむ」
「わたしはね、頭の方は癒《なお》りましたけれど、身体はもう駄目なのよ」
「…………」
 その時に、お松が米友に代っていいました、
「そんなことはありませんよ、産後ですもの誰だって……」
「いいえ……」
 お松も信じては力をつけられない。お君も気休めの言葉を、気休めとして聞くほどに自分を知っている。
「ですから友さん、わたしはお前によく話をしたり、頼んだりしておきたいと思っているの……」
「うむ」
「友さん、お前はわたしを憎んでいるばかりでなく、駒井の殿様をもいつまでも憎んでおいでなのが、わたしは残念でたまらない」
「それは昔のことだ、今じゃあそんなことまで考えちゃあいねえよ」
「嘘です、友さんは憎みはじめたら、良い人でも、悪い人でも、終いまで憎んでしまうのですから、わたしは悲しい。ですけれども今はそんな話はよしましょう、間《あい》の山《やま》にいた時のお友達の昔に返って、友さんにわたしはお頼みしておきたいことがあるのよ……」
 お君は、やっとこれだけのことをいうと、すっかり疲れてしまって、咽喉《のど》もかわくし、唇の色まで変っています。
「お君さん、お薬を上げましょうか」
「どうも済みません」
 お松の手で咽喉をしめしてもらったお君は、再び言葉をつぐ元気がないと見えて、目をつぶったままで微かに呼吸《いき》を引いています。
 二人も、その安静を妨げない方がよいと思って、黙って、お君の寝顔をながめているだけです。
「友さん……」
 暫くして呼んだお君の声は、夢の中から出たようで、その眼は開いているのではありません。
「お君さん……」
と米友の代りにお松が返事をしたけれど、お君の呼んだのは囈言《うわごと》でありました。
 二人は、なおその寝顔をじっと見ていると、お君の額にありありと、苦痛の色が現われて、
「あ!」
「お君さん」
 お松がその背中へ手を当てると、
「皆さん、ムクを大切《だいじ》にして下さい、お松様、あのことをお頼み致しますよ」
「何をいっていらっしゃるの、お君さん、しっかりしなくてはいけません」
「友さん……それでは、わたしを間の山へ連れて行って下さい……駒井の殿様へよろしく申し上げて、さあいっしょに帰りましょう……鳥は古巣へ帰れども、往きて還らぬ死出の旅……」
 この時、お君の面《おもて》からサッと人間の生色が流れ去って、蝋のような冷たいものが、そのあとを埋めてしまいました。
「誰か来て下さい……」
 お松が叫んだ時、抱えていたお君の頭が、重くお松の胸に落ちかかります。
「死、死んだのかい!」
 宇治山田の米友が、矢庭《やにわ》に飛び上ったのもそれと同時刻。
 かわいそうに、お君は死んでしまいました。

 まもなく、この邸の裏門から驀然《まっしぐら》に走り出だした宇治山田の米友は、相生町を真一文字に、両国橋の袂《たもと》まで飛んで来て、
「これこれ、どこへ行く」
 橋際の辻番の六尺棒で行手を支えられた時、
「間の山へ行くんだ」
「何だ……」
「間の山……じゃなかった、小石川へ帰るんだ」
「小石川のどこへ」
「この提灯《ちょうちん》を見ねえな」
 突き出してみたけれども、あいにくのことに、その提灯に火が入っていません。
「ちぇッ」
 杖槍と、提灯とを、ひっかかえて来たけれども、この提灯へ火を入れることを忘れていた。
「どこから来た」
 辻番は穏かならぬ面色《かおいろ》で咎《とが》めると、米友は舌打ちをしながら、
「相生町の御老女の屋敷から来て、小石川の伝通院の学寮へ帰るんだ、火を貸しておくんなさい」
 米友は火の入っていない提灯を、辻番所まで持ち込むと、
「それ」
 ちょっと億劫《おっくう》がった辻番が、投げ出すように火打道具を貸してくれる。
「カチカチ」
「ちぇッ」
「カチカチ」
 燧《ひうち》を打つ手先が戦《わなな》いて、ほくち[#「ほくち」に傍点]を取落してはひろい上げ、ようやく附木にうつすとパッと消える。
「ちぇッ」
 焦《じ》れ立った米友の挙動を見ていた辻番が、
「それでは燧金《ひうちがね》がさかさだ」
「ええいッ」
 やっとのことで火は提灯へ入ったが、手先が、やはりわなわなとふるえている。
「なるほど」
 辻番は提灯に現われた「伝通院学寮」の文字をありありと読んで、やや得心が行ったように、
「何を慌《あわ》てているのだ」
 米友の挙動には、不審が晴れない。
「何でもねえんだ、どうも有難う」
 そうして走り出すと、
「おい、待たっしゃい」
 呼び留めた辻番、振返った米友。
「何か包を落したぞ」
「うむ、そうだ」
 辻番が拾ってくれた帛紗《ふくさ》づつみを、手早く受取って懐ろへ捻《ね》じ込む。
「気をつけて歩かっしゃい」
 辻番も、米友の挙動を合点《がてん》ゆかないとは思ったが、出て来たところが老女の屋敷で、行先が伝通院ということに諒解を持ったものと見えて、跡を見送っただけである。一目散に両国橋の上を走り渡った宇治山田の米友が、
「往きて還らぬ死出の旅」
 そこで、ピッタリと足をとどめて、
「さあ、わからなくなった、前と後ろがわからなくなっちまった、右と左もわからなくなっちまった」
 宇治山田の米友は、両国橋の真ン中の欄干《てすり》の前に突ッ立って、
「何が何だか、おいらの頭じゃわかりきれなくなった。来世《らいせ》というのはいったいどこにあるんだ。ナニ、魂だけが来世へ行く? さあ誰がその魂を見た、その魂が来世とやらへ行って何をしているんだ。ナニ、この世で苦労したものが来世で楽をする? 誰がそれを見て来たんだ、魂が来世へ行って何を働いているか、見届けて来た人があるなら教えてくれ、後生《ごしょう》だから……今まで生きてたものが死んじまった、ただそれだけか。花は散りても春は咲く、鳥は古巣へ帰れども、往きて還らぬ死出の旅……今、それがひとごとじゃねえんだぞ、ほんとうに死んだ奴が一人あるんだぞ。ナニ、誰か殺したんだろうって? 冗談じゃねえや……ナニ、米友、お前が苛《いじ》め殺したんだろうって? ばかにするない。そうでなければ駒井能登守の奴が殺したんだろうって? 何をいってやがるんだい、何が何だかこの頭じゃわからねえや」
 宇治山田の米友は、狂気の如く同じところを飛び上っています。

         二十五

 栃木の大中寺に逼塞《ひっそく》の神尾主膳は、このごろは昔と打って変った謹慎の体《てい》であります。
 謹慎でなければならぬように、すべての都合が運んでいるところへ自分もまた、つくづくと半生の非を悟った。これからの生涯を蒔《ま》き直そうかと考えているらしい。
 この男は、悪友と酒癖《しゅへき》さえなければ、転回の余地がないという限りはない。今、斯様《かよう》にかけ離れたところに来ていれば、悪友の押しかける憂いもなし、酒は自ら悔いているくらいだから、断じて盃を手に取らぬという堅い決心をきめているのです。それに、悪友と酒癖とからこの人を遠ざけた一つの大きな理由は、例のお喋り坊主の弁信を、巣鴨の化物屋敷で井戸の中へ投げ込もうとした時に、釣瓶《つるべ》が刎《は》ねて受けた傷、眉間の真ン中に牡丹餅大の肉を殺《そ》ぎ取られて、生れもつかぬ形相《ぎょうそう》となってしまった。それ以来、世間へこの面《かお》を曝《さら》すことが業腹《ごうはら》で、思いきって旧領地の縁をたどり、ここへ引込んでしまったのだから、今の謹慎も実は、その面部の大傷がさせた業《わざ》と言うべきものです。それと、もう一つは、財政がもはや全く枯渇して、化物屋敷の類焼以来は、江戸三界では融通が利《き》かなくなったということで、それがおのずからこの男を謹慎にし、多少、謹慎の味がわかってみると、遅蒔きながら、生涯を蒔き直そうかという気にもなってみ、寺僧に就いて、多少、禅学の要旨を味わってみたり、茶や、生花の手ずさみを試みてみたり、閑居しても、必ずしも不善を為さぬような習慣になっているのです。
 しかし、これとても、本心から左様に発心《ほっしん》して精進《しょうじん》しているわけではなく、事情しからしめた故にそうなったので、この事情が除かるるならば――たとえば面の傷が癒着《ゆちゃく》するとか、財政の融通が利いて来るとかいうことになれば、また逆転しないという限りはないが、今のところではその憂いはなく、それで、附近の旧知行所の人々は質朴で、殿様扱いに尊敬するものだから、満足はしていないながらも、無聊《ぶりょう》に堪えられないということはなく、どうかすると斯様な生活ぶりに、自然の興味をさえ見出すこともあるのです。
 今宵は月が佳《い》いからというので――大中寺とは背中合わせになっている大平山《おおひらやま》の隠居から招かれて、碁打ちに参りました。
 この隠居も大中寺へ見えて、主膳とは碁敵《ごがたき》になっているが、主膳の方がずっと強いながら、この辺としてはくっきょうの相手ですから隠居は、主膳の来訪を喜んで、眺めのよい高楼に盃盤《はいばん》を備えて待受け、
「これは講中の者から贈ってよこしました花遊《かゆう》と申す美酒でございます、美酒と自讃を致すのもいかがなものでございますが、ともかく、関東としては、ちょっと風味のある品と覚えました故、一献《いっこん》差上げたいと存じまする」
「折角ながら、拙者は酒を飲まないことに致しておる」
「それはそれは、何か御心願の筋でもあらせられまして」
「いや、別に心願というわけでもないが、酒では幾度も失敗をしでかした故に」
「それは残念でございます。しかし、少々ぐらいはお差支えがございますまい」
といって、隠居は手ずから神尾の前の盃に酒を注ぎました。
「せっかくながら……では、早速一戦を願おうか」
「今日こそは、先日の仇討《あだうち》を致さねばなりませぬ」
 二人共、酒盃は其方《そっち》のけにして、石を並べはじめました。
 局面が進んで行くと、二人はいよいよ熱中する。隠居は石を卸しながら、ちょいちょい酒盃を手にするが、最初から手を触れないでいた神尾、
「ここはぜひとも切らなければ」
と言って一石、その手が思わず盃にさわる。
 我知らず唇のところまで盃を持って来て、はじめて気がつき、
「あっ」
と苦い物でも噛んだように、下へさしおいて、
「ともかく、切った以上は繋《つな》いでおく」
 隠居は考え込んで、
「弱りましたな」
「これで局面が一変」
 神尾は喜んで、再びその手が無意識に盃の上へ下りる。
「さあ」
と隠居が、いたく考え込んでいる。得意になった神尾が、知らず識らず盃を唇のところへ持って来て、
「あっ」
 また熱い物でも触れたように、慌《あわ》てて下へ置く。
「そうなりますと、絶体絶命、劫《こう》に受けるより手がなくなりました。上手《うわて》に向っての劫は大損でございますが、仕方がありません」
 隠居は窮々《きゅうきゅう》として受身である。神尾は劫を仕掛けて、いよいよ有利と見える。もはや、充分に死命を制したつもりで得意になると、三たび、その手が盃に触れる。唇のところまで持って来て、
「いや、これは違った」
 苦々しい面《かお》をしていると、気がついた隠居が、
「これはこれは、御酒《ごしゅ》が冷えましたでございましょう、お熱いのを換えて差上げましょう」
 忙がしい中で手を打って女中を呼んで、燗《かん》の代りをいいつけて、
「では、これだけいただきましょう」
「それは相成らん」
「拙者はこっちの方を少しばかり」
「どう致しまして」
「ここなら頂けますか」
「なかなか以て」
「左様ならば、ホンの少々だけ」
「御免を蒙ります」
「これはこれは。あれも下さらない、これも下さらない。しからばホンの三目だけ」
「その三目をやっては全体が活《い》き返る。さあその次は」
「ごようしゃを願います。左様ならばこれだけ」
「以てのほか……しかしながら、これで拙者の方の劫種《こうだね》が尽きたわい、あれとこれと交換では割に合わぬ、じゃと申して、もうほかには種がない、こりゃ劫負けかな」
「そのくらいは負けていただかないと碁になりませぬ」
「さあ、これでまた局面が逆転した、悪かったな」
 神尾は当惑して暫く考えていると、またしてもその手が盃に触れる。
「これでホッと一息致しました」
 隠居はホッと息をついて盃を取り、飲みぶり面白く乾《ほ》すと、
「さあ、難石《なんせき》だ」
といって神尾もうっかり唇まで持って行った酒を、チビリと一口飲んでしまって、
「あ」
 取返しのつかないというような面。
「こりゃ、のんで[#「のんで」に傍点]おくか」
「え、どうぞ」
 神尾は一石伸ばすと共に、無心で一口つけた盃を、今度は自暴《やけ》の気味でグッと飲み乾してしまう。
「さあ、どうぞお引き下さいませ」
 隠居は碁石とお銚子とを、ちゃんぽんに扱う。
「どうなるものか」
 神尾が荒っぽく一石を打ち卸して、その手がまた有心無心《うしんむしん》に盃に触れる。
「どうぞ、お重ねあそばして、さあ」
 隠居はお銚子を打って、碁石をすすめるようなもてなし。
「いよいよ悪かったか」
 神尾はついに三たび、盃を飲み乾した時、陣形ことごとく崩れてしまって、もはや収拾の余地がない。勝ち誇った隠居は、その傍らいい気になって神尾に酒を酌《つ》ぐ。業腹《ごうはら》になった神尾は、
「投げだ」
 碁石を投げ出して、焦々《いらいら》しく酒盃を取り上げる。
「ハハハハハ、怪我でございます、大きな拾い物を致しました」
 幸いにして神尾主膳は、この時まだ全く自制を失ったというのではありません。謹慎の癖がついてみると、破戒の咎《とが》がいくらか身を責めて、ある程度で盃をくいとめたのは大出来です。
 改めて一石――そこで主膳は手水《ちょうず》に出た時、廊下であわただしく一間へ駈け込んだ人影を見て、小首を傾《かし》げました。
 別に女中が追いかけるように手燭《てしょく》を持ち出したけれど、もう遅い。
 主膳が、酔眼にもしか[#「しか」に傍点]と認めたその人影は女。それも江戸の町家、或いは大名の奥などで見るような娘ぶり。
 この家に娘はないと聞いていた。してみれば今のは?
 主膳はその疑問を解き終らずに席へ戻って、改めて盤に向う。
 数番の勝負終って後、主膳もしかるべきところで切り上げて帰ろうとする。
 そこで隠居は、秘蔵の刀剣や書画骨董を取り出して見せる。
 やがて主膳は隠居に辞儀をのべ、思わず酩酊《めいてい》した申しわけをすると、
「お口に叶いましたならば、別に一樽《いっそん》を献上|仕《つかまつ》る」
 隠居は別に美酒一樽を仕込んで僕《しもべ》に持たせ、主膳を送らせることにしたのは出来過ぎです。
 断わっても聞かれず、月はありながら提灯を持った僕に、別酒一樽を持たせて大平山神社の社《やしろ》を、左へ取って、石積みの鳥居を潜《くぐ》る時分、酔いが廻って主膳は陶然《とうぜん》たる心持になりました。
 ちょうど、向うから無提灯で来た旅の者――月夜ですから無提灯が当り前ですけれども、それにしても旅慣れた姿、この間道をよく登って来る近在の百姓とも思われません。
 すれ違った時に先方の合羽《かっぱ》が、
「モシ、失礼でございますが、神尾の殿様ではいらっしゃいませんか」
「なに、そちは誰じゃ」
 そこで神尾が踏みとどまると、旅の者は傍へよってきて、小腰をかがめ、
「百蔵でございます」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]か」
 神尾主膳が苦々《にがにが》しげに立っていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はなれなれしく、
「これはよいところでお目にかかりました、実は、殿様がこちらにおいでなさることを承って参りましたのですが、ともかく、大平山へ参詣致しましてから、改めてお伺い致そうとこう考えていたところなんでございます、ここでお目にかかったのは何より。そうして殿様は、これからどちらへお越しになろうというんでございますか」
「いや戻り道だ、大平神社の隠居殿を訪ねて、これから大中寺へ戻ろうとするところじゃ」
「左様でございますか」
「百蔵、お前はまた何しに、こんなところへ来たのだ」
「少々ばかり信心の筋がございましてね。それともう一つは、ぜひお久しぶりで殿様の御機嫌を伺いたいと、こう思って参りましたんでございます」
「それは有難いような、迷惑なような次第だ」
「いかがでしょう、これから殿様のお伴《とも》を願いましては」
「左様……」
 主膳は、ちょっと考えていたが、隠居の僕《しもべ》を顧みて、
「これこれ若い衆、そちは、もうよいから帰らっしゃい、ここから帰って、隠居殿によろしく申してくれ」
「いやナニ、せっかくでございますから、あちらまでおともをさせていただきましょう」
「若い衆さん……」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が、隠居のしもべを見ていいました。
「お帰んなすって下さい、私が殿様のおともを致して、無事にお送り申し上げて参りますから、御安心なさるように……おっと、それはおみやげでございますか、がんりき[#「がんりき」に傍点]が頂戴して持って参りましょう」
といって、僕《しもべ》の手にしていた美酒一樽を、早くもがんりき[#「がんりき」に傍点]が受取ってしまいました。
 隠居の僕はぜひなくお暇をいただいたわけで、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が代っておみやげの美酒一樽をぶらさげ、提灯は断わってしまって、二人が相携えて、大平山を大中寺の方へ、山間《やまあい》の小径《こみち》を伝うて下ります。
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、そちはどこで拙者の隠れ家を聞いて来た」
「ええ、福村様から承って参りました」
「福村から? 福村はどうしている」
「相変らず……お盛んな御様子でございました」
「そうか」
「時に神尾の殿様、あなた様はいったい、もうこの土地で、一生を埋《うず》めておしまいになるつもりでございますか、江戸の方には未練をお残しなさるようなことはございませんのですか」
「そうさなあ、住めば都の風といって、このごろのように行い澄ました心持になってみると、こういった生涯にもまた相当の味があるものでな」
「ははあ、では、その大中寺とやらで、御修行をなすっていらっしゃるんでございますね、御修行が積んだら、ゆくゆくは一カ寺の御住職にでもおなりなさるつもりで……いや、頼もしいことでございます」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、わざとらしく一樽の美酒をブラブラさせる。
「何をいっているのだ」
 神尾も久しぶりで相当の話敵《はなしがたき》が出来たような気分で、がんりき[#「がんりき」に傍点]の相手になって、ブラブラと小径をたどる。
「そりやずいぶんと結構でございますなあ、殿様がそういう結構なお心になったとは露知らず、世間にはずいぶんふざけた奴が多いので、いやになっちゃいますなあ」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、そちは妙ないい廻しを致すではないか」
「全く腹が立っちまいますねえ、せっかく、発心《ほっしん》なすって功徳《くどく》を積もうとなさる殊勝なお心がけを、はたからぶちこわして行く奴が多いんで、情けなくなっちまう」
「何がどうしたのだ、誰か修行の妨げでもしたというのか」
「まあ、早い話が……この酒樽なんぞも、そのロクでなしの一人、ではない一箇《ひとつ》のうちでございましょう、こいつが」
といってがんりき[#「がんりき」に傍点]は、その提げていた酒樽を、邪慳《じゃけん》にブラブラさせる。
「その酒樽が……何か悪事でも働いたというのか」
「悪事どころじゃございません、第一、御修行中の殿様を、今、お見かけ申せば、どうやらいい心持にして上げたのも、こいつの仕業《しわざ》かと思いますると憎らしい」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はこういって、またも酒樽を烈しくブラブラさせる。
「これ、酒樽に罪はない、そう手荒いことをするな」
「手荒いことをするなとおっしゃったって、これが憎まずにいられましょうか、さんざん、殿様をほろ[#「ほろ」に傍点]酔い機嫌のいい心持にして上げたうえに、また宿へお帰りになれば、寝酒というやつで、散々《さんざん》のお取持ちをする、思えば思えば、この樽めが憎らしい、憎らしい!」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、今度は、ブン廻すように酒樽を烈しく揺《ゆす》ると、神尾が笑い出し、
「いいかげんにして許してやってくれ。実は近頃、全く禁酒をしているのだ、ところが今宵《こよい》、碁敵《ごがたき》の隠居に招《よ》ばれて、碁に興が乗ってくると、思わず知らず盃に手をつけたのがこっちの抜かり……四五盃を重ねて、つい、いい心持になっているところへ、隠居が気を利かせたつもりで、その一樽《いっそん》をばお持たせということになったので、拙者の意志ではない、先方からの好意がかえって有難迷惑じゃ」
「さればこそでございます、それほど殿様が一生懸命に行い澄ましていらっしゃるのを、外から甘えてこっちのものにしようと企《たく》む奴、いよいよ以て容赦のならぬ樽め」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、いよいよ樽を虐待してみたが、それでも踏みこわすほどのことはなく、やがて、おとなしくなって、わざとらしく猫撫で声、
「神尾の殿様、憎いのはこいつばかりじゃございません」
「まだ憎み足りないか」
「憎み足りない段ではござりませぬ、ほんに骨身を食いさいてやりたいというのは、蒲焼《かばやき》の鰻《うなぎ》ではございませんが、年をとるほど油の乗る奴があるんでございます、見るたんびに油が乗って、舌たるいといったら堪《たま》ったものじゃありません、あれをむざむざ食う奴も食う奴、食われる奴も食われる奴、全く骨身を食いさいてやりたいほど、憎らしいもんです」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]」
「はい」
「その酒をここへブチまけてしまえ」
 神尾主膳はなんとなく焦《じ》れ出してきたように見える。
「それは勿体《もったい》ないことでございます」
「いいからブチまけてしまえ」
「勿体ないことでございますな、おいやならば私が頂戴致しましょう、お下《さが》りでありましょうとも、お余りでありましょうとも、うまい物には眼のないこのがんりき[#「がんりき」に傍点]、まして手入らずの生一本《きいっぽん》ときては……」

         二十六

 ほどなく大中寺の門前までやって来た時分に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、急に主膳にお暇乞いをして、明日にも改めてお伺い致しますと言って別れてしまいました。
 いかにも泊り込みそうな気合で来て、ふいに外《そ》れてしまったから、主膳も、拍子抜けの気味で、そうかといって、泊り込まれるよりは世話がないから、そのまま門前で、がんりき[#「がんりき」に傍点]と別れてしまいました。
 そこで主膳がもてあましたのは、隠居からおみやげに贈られた美酒一樽。僕《しもべ》の手から、がんりき[#「がんりき」に傍点]の手へ、がんりき[#「がんりき」に傍点]の手からいま改めて主膳に返されてみると、主膳はそれを持扱いの体《てい》です。
 これは山門の中へは持ち込めない。そうかといって、ここへ無下《むげ》に打捨《うっちゃ》らかしてしまうのも冥利《みょうり》である。そこで、主膳は門番の戸を叩きました。
「どなたでございます」
というのは門番又六の女房お吉の声です。
「神尾じゃ、又六はおらぬか」
「まあ、殿様でございましたか」
 お吉が驚いて戸をあけて迎える。主膳は中へ入って、
「又六はおらぬか」
「皆川の方へ参りまして、まだ戻りませんでございます」
「左様か。お吉、迷惑だが、これを預かってもらいたい。いや預かるのではない、門前の誰かに欲しいものがあったら遣《や》ってしまってもよろしい」
「何でございますか。おや、これは結構な御酒ではございませんか」
「うむ、大平山の隠居から貰って来たのじゃ。又六は飲《い》けぬ口であったな」
「こんな結構なお酒を、ここいらの者に飲ませては勿体《もったい》のうございます、殿様のお召料《めしりょう》になさいませ」
「そうはいかない」
「それではこちらでお預かり申しておきましょう。ああ、ちょうどよろしうございます、鉄瓶があんなに沸いておりますから、少々ばかりここでお燗《かん》を致して差上げましょう、お一人では御不自由でございましょうから」
「それには及ばぬ」
「どうぞ、殿様、せっかく、隠居様のお心持でございますから、そうあそばして一口お召上りなさいませ」
 お吉は甲斐甲斐しく、この酒を受取ってお燗の仕度にかかろうとします。
 主膳は、さきほどがんりき[#「がんりき」に傍点]に焚きつけられて、もだもだといやな気がさしたのが、お吉のこの愛想で、また前のようにいい気持になりかけました。
 又六の女房お吉は、さして好い女というではないが、愛嬌があって、親切者で、日頃よく主膳の面倒を見てくれるから、主膳も好意をもっていたところへ、こうして下へも置かぬようにされると、つい、「それでは」という気になりました。
「まあ、こんなむさくるしいところへ、どうぞ殿様、これへお上りくださいませ」
 お吉は蓙《ござ》などを持って来て、すすめるものだから、主膳もついそこへ上り込んでしまいました。
「隠居のところで、御馳走になって、久しぶりで酩酊《めいてい》の有様、少し休ませてもらおうかな」
「ええ、どうぞ、何もございませんが」
 お吉はいそいそとして、酒の燗、有合わせの肴《さかな》を集めてもてなそうとする親切気、まだ醒《さ》めやらぬ酔眼で、その親切気を見ていると主膳は嬉しくなり、そのもてなし[#「もてなし」に傍点]を受けてみたい気になってゆきます。
 お吉の方では、こうして旧主に当る人をもてなす[#「もてなす」に傍点]のを光栄とし、取急いで膳立てをして、
「さあ、失礼でございますが」
 温かい酒の一献《いっこん》を主膳にすすめました。
 今日に限って、すべての環境が、主膳を温かい方へ、温かい方へ、とそそって行くようです。お吉のもてなし[#「もてなし」に傍点]を受けてその温かい酒の盃が唇に触れた時の心持は、隠居の時の苦々《にがにが》しいのとは違います。
 みこしを据えて飲む気になってみると、酒の味が一層うまい。そろそろと酔いが廻ってゆくと、半ば忠義気取りでもてなす[#「もてなす」に傍点]お吉の親切が、あだ[#「あだ」に傍点]者に見える。
 そこで、さいぜんのがんりき[#「がんりき」に傍点]のいい廻しを思い返してみると、たまらない気になる。先代の愛妾お絹と福村とは夫婦気取りで暮しているそうな。女も女なら、福村の奴も福村の奴だ。おれがこうして殊勝に引込んでいる気も知らないで、人もあろうに度し難い畜生共だ。江戸へ押しかけて、福村の奴を取って押えて泥を吐かしてやろうか。
 しかし、仕方があるまい。どのみち、おれも今までの仕来《しきた》りを考えてみれば、そう立派なこともいえないのだ。だが、いまいましい奴等だ。お絹の身持は言語道断《ごんごどうだん》、福村の奴もこれまで、どのくらい眼をかけてやったか知れないのに、ふざけた真似をする、外に女がないではあるまいに――年をとるほど油が乗るという淫婦の肉体ほど厄介なものはない。殺してしまわなければその油が抜けない。いまいましい話だ。それを思うと甘かった盃が急に苦くなります。
「殿様には、よくまあ御不自由の中に御辛抱をなさいます。世が世ならば、私共なんぞは、お傍へも寄ることはできませんのに、こんなところへお越し下さいまして、ほんとうに勿体《もったい》ないことでございます」
「いや、お吉、お前には何から何まで世話になるばかりで本当に済まぬ、主膳もこのまま朽ち果てるとも限るまいから、何かまた世に出づる時があらば、この恩報じは致すつもりだからな、又六にも悪くなくいっておいてくれよ」
「殿様、恐れ多いことでございます。宿《やど》も、殿様がお気の毒だ、お前はよくして上げなければならないと、いつでも申しておりますでございます」
「又六もなかなか心がけのよい者だ、主膳が世に出れば、このままでは置かないつもりだ」
 神尾主膳は、どうしたものか今夜に限って、しきりに世に出れば、世に出れば、が口の端《は》に出る。このごろはともかくも今の境遇に安んじて、それを楽しむ心さえ起りかけていたのに、今夜は急に、これを不足とするらしい。
「どう致しまして、殿様、私共はいつまでも殿様がこうしてこちらにおいであそばす方が、忠義ができて有難いと申しておりますのでございます。殿様が、以前の御身分にお戻りなされば、とてもお傍へも寄ることはできません、殿様のおためには、御出世がようございますか存じませんが、私たちのためには、こうしてお身軽くしておいでなさるのが何より有難いのでございます」
「いや、お吉、お前方の親切はほんとうに嬉しいぞ。それが本当だ、今まで拙者が交際していたやつらは、羽振《はぶ》りのよい時だけに限ったものだが、お前たちにはそれがないのが嬉しい、嬉しい。お吉、ほんの志じゃ、これをお前に取らせるぞ」
といって神尾主膳は差していた脇差を抜き取って、お吉の前に置きましたから、お吉がびっくりして、
「まあ、こんな結構なお差料《さしりょう》を、わたくしに……」
「取って置きやれ。ああ、いい心持になった。もう夜もかなり遅いことだろう、又六は今夜は帰るまいかな。あまり夜ふかしをしてもならん、ドレ、拙者もお暇《いとま》と致そうか」
 こういって主膳は立ち上ると、腰がよろよろとしました。
「お危のうございます」
「帰る、帰る、どうしても帰る」
 主膳は外を見ると、月がもう落ちてしまって闇です。お吉は提灯《ちょうちん》をつけて主膳を送りに出ました。
 千鳥足で外へ出た神尾主膳を、提灯をつけて送り出したお吉。山門を入ると両側は巨大なる杉の木。宏大なる本堂の建物を左にして、書院の方へ進んで行くと、神尾はむらむらと何かに刺戟されました。
 この男には、烈しい酒乱の癖がある。ひとたびそれが兆《きぎ》した時は、われと人とをかえりみるの余地のないことをお吉は知りません。そうして油坂の石段の下まで来ると、そこから急に右へまわり出しましたから、お吉が、
「殿様、どちらへおいでになりますか」
「お前の知ったことではない」
 ずんずん横へ外《そ》れて行く神尾主膳。お吉は見ていられないから、追っかけるようにして、
「お危のうございます」
「お前の知ったことではない」
 どこへ行くかと思うと、神尾は勝手を知った庭を通って、大中寺|名代《なだい》の七不思議の一つ、「開《あ》かずの雪隠《せついん》」の前へいって、その戸の桟《さん》へ手をかけて、それを引開けようとする様子ですから、お吉が、あなや[#「あなや」に傍点]と驚きました。
「殿様、何をなさいます」
「お前の知ったことではない」
「殿様、それをおあけになってはいけませんでございます」
 お吉は神尾主膳の前に立ち塞がって、その手を抑えようとしました。
 ここにいう大中寺七不思議の一つ「開《あ》かずの雪隠《せついん》」というのは、昔、佐竹の太郎が皆川山城守に攻められて、この寺へ逃げ込んで住職に救いを求めたが、住職が不在で留守の者が、これを聞き入れなかった。佐竹はその無情を憤《いか》って、乗って来た馬の首を寺の井戸の中に斬り落し、自分は大平山の上にのぼって自殺して果てた。その後、佐竹の奥方が夫君はこの寺に隠れているものと信じて、密《ひそ》かにたずねて来て見ると、右の始末で敢《あえ》なき最期《さいご》を遂げてしまったということが明瞭になると、そのままこの雪隠の中へ入って自害を遂げてしまった。その後、どうもこの雪隠に怨霊《おんりょう》が残ってならぬ。何かと祟《たた》りがあって不祥のあまり、錠を卸して人の出入りを禁ずること数百年。よって「開かずの雪隠」の名で今も大中寺七不思議の一つに残っている。それ以来、何人《なんぴと》もその禁を犯したものがない――それを今、神尾主膳が、故意か間違いか、手をかけて引開けようとしている有様だから、お吉の驚いたのも無理がありません。
「殿様、御存じでもございましょうが、これは開かずの雪隠と申しまして、これへお入りになると祟りがございますから、幾百年の間も、こうして錠を卸しておくのでございます、あちらへ御案内致しますから」
 お吉が立ち塞がって、主膳の手をとって外に案内をしようとすると、それをふりきった主膳が、
「知っている、知っている、祟りを怖れる人には開かずの雪隠、祟りを怖れぬ人にはあけっぱなし……」
 知って無理を通そうとするから、お吉はこれこそ酒のせい[#「せい」に傍点]と初めて気がつきました。
「殿様、そういうことをあそばすものではございませぬ、佐竹様の奥方がお恨みになりますよ」
「うむ、佐竹の奥方が恨む、その奥方の怨霊とやらが残っているなら、こんなところに閉じ籠めておいてはなお悪い、明け開いて綺麗《きれい》に済度《さいど》してやるがよろしい。お吉、邪魔をするな」
 神尾は、力を極めてお吉を押しのけようとする。お吉は一生懸命でその禁制を護ろうとする。そこで、ほとんど二人が組打ちの有様です。こうなるとまさしく神尾の怖るべき酒乱が兆《きざ》して来たもので、その兇暴な力が溢れ出すと、お吉も禁制を破らせては済まないという奉公心も手伝って、なお一生懸命に支えると、提灯はハネ飛ばされて闇となり、闇のうちに組んずほぐれつの体《てい》。
「誰か来て下さい」
 お吉が叫びを立てたその口を、神尾はしっかりと押えてしまいました。

         二十七

 神尾主膳はその翌日、頭痛で頭が上りませんでした。終日小坊主の介抱を受けていたが、こういう時に、早速見舞に出てくるはずの門番の又六の女房のお吉が出て来ません。
 酔いはもうさめてしまっているが、従来、酔いに次ぐに酔いを以てして、酔いからさめた時の悔恨を医する例になっていたのが、この時にかぎってそれをする術《すべ》がないものですから、したがって、今までに味わわなかった悔恨の苦痛が、酔いのさめると共に、めぐり来《きた》るのを如何《いかん》ともすることができないらしい。
 夕方になると、お吉が見舞に来ないで、又六がやって来ました。
「殿様、お加減がお悪いそうですが、どんなでございます」
「ああ、又六か」
「嚊《かか》あの奴も、頭が痛いなんぞといって、今朝から寝込んでしまいました」
「お吉も頭が痛い?」
「どうもお天気具合が悪いせい[#「せい」に傍点]でございましょうよ」
 主膳はこの時気の毒だという感じがしました。せっかく、十分の好意を以てもてなし[#「もてなし」に傍点]てくれたお吉の好意を蹂躙《じゅうりん》して、枕の上らないようにしてしまった昨夜の罪。それをお天気具合に帰《き》している又六の無邪気。それを思うと主膳は、かわいそうだとも済まないとも、慚《は》じ入るような気分になったのは、主膳としては珍しいことですが、これはむしろ主膳そのものの本性で、いつもそういう悔恨の時に、良心を酔わせる材料がないせい[#「せい」に傍点]かも知れません。
「お吉も病《や》み出したか、それはかわいそうだなあ」
「なあーに、たいしたことはございませんよ、根ががんじょうな奴ですから」
 又六は、昨夜、主膳が酒を飲んだことを知らないらしい。お吉が、それを又六には話していないらしい。してみれば無論、開《あ》かずの雪隠《せついん》以後の、乱暴を働いたことも、いっさい告げ口がましいことをしないから、又六は仕事から帰って早々、ただ病気だと信じて、主膳を見舞に来たのみであることは紛《まご》うべくもない。
「時候のせい[#「せい」に傍点]かも知れない、大事にしてやってくれ」
「有難うございます……それからあの、殿様、ただいま、お客様が、わたしン処《とこ》まで、おいでなすったでございます」
「ナニ、客が?」
「エエ、殿様にお目にかかりたいんだが、こちらへ伺っては少々都合が悪いから、わたしン処《とこ》でお目にかかりたいって、殿様に申し上げてくれと頼まれて参りました」
「うむ、それは誰だ」
「見慣れない旅のお方でございます、あの、お名前は百蔵さんとかおっしゃいました」
「うむ、がんりき[#「がんりき」に傍点]か」
 主膳は寝ながら、向き直って天井をながめ、ホッと息をつきました。
 憎い奴、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵。あのロクでなしが来なければ、こんなことはなかったのだ。ただ隠居のところから微酔《ほろよ》い機嫌で出て来た分には、こんなにまではならなかったのだ。あいつが途中でいやに気を持たせてそそのかしたために、お吉のところで毒気が廻ってしまったのだ。それに心を乱されたのはこっちの落度といわばいえ、あのロクでなしが、わざわざこのところを突留めて出向いて来たのは、そもそもこの神尾を、何かのダシに遣《つか》おうとの魂胆でなければ何だ。癪《しゃく》にさわる小悪党め、憎むには足らない奴だが、見たくもない。主膳はこう思って、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵という奴が癪にさわってたまらないから、
「会えない、当分会えないから帰れといってくれ」
 主膳は、又六に向って、素気《そっけ》なくいいました。又六は、とりつく島がないから、
「はい」
といって、腰を浮かすだけです。
 又六が帰ると、行燈《あんどん》を点《とも》して来た小坊主の面《かお》を、主膳はすごい眼をして睨《にら》みつけたから、小坊主が怯《おび》えました。
「あのな、お前、用が済んだら門番のところまで頼まれてくれ。お吉が病気になったそうだが、加減はどうか、悪くなければ、お吉にちょっと来てくれるようにいってくれ」
「畏《かしこ》まりました」
 小坊主はおびえながら、承知して行ってしまいます。
 しかし、暫く待ってもお吉はやって参りません。主膳はその時|焦《じ》れてもみましたが、またかわいそうだとも思いました。しかしまた、来なければ来ないように言いわけがありそうなものを、小坊主はその返事をすら齎《もたら》さない。忘れたのか、ズルけたのか。
 その時分、庭で、けたたましい人の声。
「え、油坂で転んだ? それは誰だエ。気をつけなくちゃいけねえ。エ、誰が転んだのだエ?」
「又六さんが転んだんですよ」
「エ、又六がかい。何たらそそっかしいことだ、慣れているくせに」
 噪《さわ》ぎ立てた問題は、単に、又六が油坂で転んだというだけのこと。
 主膳は、そこでまたカッとしました。油坂は転んではならないところ。そこは、やはり大中寺七不思議の一つ。
 本堂から学寮への通路に当る油坂。昔は、そこを廊下で通《かよ》っていた。いつの頃か、学寮に篤学な雛僧《すうそう》があって、好学の念やみ難く、夜な夜な同僚のねしずまるを待って、ひそかに本尊の油を盗んで来て、それをわが机の上に点《とも》して書を学んだ。本尊の油の減りかげんが著《いちじる》しいので、早くも番僧の問題となった。これは必定《ひつじょう》、狐狸のいたずらに紛れもない、以後の見せしめに懲《こ》らしてくれんずと、ある夜更けて、二三の番僧が、棒を構えてこの廊下に待受けていた。今宵も例によって人定まるを待ち、本尊の油を盗んで、この廊下を戻る篤学の雛僧《すうそう》。それとは知らぬ番僧どもは、有無《うむ》もいわさず、叩き伏せ叩きのめしてしまうと、脆《もろ》くも敢《あえ》なき最期《さいご》を遂げた。年経《としふ》る狐狸の類《たぐい》にやあらん、正体見届けんと燈《ともし》をさしつけて見ればこれは意外、日頃、同学の間に誉れ高き篤学の雛僧であったので、下手人らは青くなって怖れ、かつ哀しんだけれども、もう如何《いかん》ともする由がない。その後、この廊下には雛僧のこぼした油の痕《あと》が、拭うても拭うても生々しく、その油に辷《すべ》って倒れたほどの人が、やがて死ぬ。幾多の人命がそうして、油のために奪われたので、寺では怖れて、廊下をこぼって石段に換えてしまった。その石段を油坂というのであって、ここに住むほどの人で、その因縁《いんねん》を知らぬというはないはず。おぞましくも今、門番の又六がその因縁つきの油坂で転んだという。時も時で、主膳はいやな気持がして、またいらいらとしてきました。
 それだけで、又六からも、お吉からも、小坊主からも、なんとも音沙汰《おとさた》がないのに、夜はようやく更けてゆき、主膳はいよいよ眼が冴《さ》えかえって眠ることができません。
 まよなかとおぼしい時分に、障子と廊下をへだてた雨戸がホトホトと鳴る。
「神尾の殿様」
 呼ぶ声で、主膳がハッと驚かされる。空耳《そらみみ》ではなかったかと疑いながら、音のした方へ眼をつけて、
「誰じゃ」
「殿様、百蔵でございます。ちょっとここをおあけなすって」
 図々しい奴、しつこい奴、会いたくもない奴。しかし、こうして寝込みを襲われてみれば、主膳もだまってはおられない。
「何しに来た」
「殿様、お迎えに上りました。といいましても今晩のことではございません、どのみち、殿様に再び世に出ていただかなければならない時節になりましたから、そのお知らせかたがた……ちょっと、ここをおあけなすっていただけますまいか」

         二十八

 房州の洲崎《すのさき》で船の建造に一心を打込んでいた駒井甚三郎――その船は、いつぞや柳橋の船宿へ、そのころ日本唯一の西洋型船大工といわれた豆州《ずしゅう》戸田《へだ》の上田寅吉を招いて相談した通り、シコナと千代田型を参考にして、これに駒井自身の意匠を加えた西洋型。長さ十七間余、幅は二間半、馬力は六十。仕事は連れて来た寅吉の弟子二人と、附近の漁師の若い者が手伝う。
 終日、工事の監督に身を委《ゆだ》ねていた駒井能登守――ではない、もう疾《とう》の昔に殿様の籍を抜かれた駒井甚三郎。夜は例によって遠見の番所の一室に籠《こも》って、動力の研究に耽《ふけ》っている。
 八畳と六畳の二間。六畳の方の一間が南に向いて、窓を推《お》しさえすれば海をながめることができるようになっている。床の間に三挺の鉄砲、刀架に刀、脇差、柱にかかっている外套《がいとう》の着替、一隅には測量器械の類。机腰掛に陣取っている駒井甚三郎の髪を分けたハイカラな姿が、好んで用うる白くて光の強い西洋蝋燭の光とよくうつり合っていることも、以前に変りません。
 駒井甚三郎は、いつもするように研究に頭が熱してくると、手をさしのべて、窓を推《お》し、海の風に疲れた頭を吹かせる。
 番所の目の下は海で、この洲崎の鼻から見ると、内海と外洋《そとうみ》の二つの海を見ることができる。風|凪《な》ぎたる日、遠く外洋の方をながめると、物凄き一条の潮が渦巻き流れて伊豆の方へ走る。漁師がそれを「潮《しお》の路《みち》」と名づけて畏《おそ》れる。外《そと》の洋《うみ》で非業《ひごう》の死を遂げた幾多の亡霊が、この世の人に会いたさに、はるばると波路をたどってここまで来ると、右の「潮の路」が行手を遮《さえぎ》って、ここより内へは一寸も入れない。さりとて元の大洋へ戻すこともようしない。その意地悪い抑留を蒙《こうむ》った亡霊共は、この洲崎のほとりに集まって、昼は消えつ夜は燃え出して、港へ帰る船でも見つけようものならば、恨めしい声を出して、それを呼びとめるから、海に慣れた船頭漁師もおぞけ[#「おぞけ」に傍点]をふるって、一斉に櫓《ろ》を急がせて逃げて帰るという話。
 そのころの最新知識者であり、科学者である駒井甚三郎が、今宵はその亡霊に悩まされているというのは不思議なことです。駒井は今日このごろ頭が重く、何かの憂いに堪ゆることができない。憂いが悲しみとなって、心がしきりに沈んで行くのに堪えることができない。窓を推して見ると、亡霊の海波が悲愁の色を含んで、層々として来り迫るもののようです。潮流は地の理に従って流るべき方向へ流れているに過ぎないし、詩人でない駒井は、「そぞろに覚ゆ蒼茫万古《そうぼうばんこ》の意、遠く荒煙落日の間《かん》より来《きた》る」と歌うことも知らないから、
「おれは今、何を憂えているのだろう、何が今のわが身にとって、この憂いの心をもたらす所以《ゆえん》となっているのだ、わからない」
 人間と交渉を断って、科学と建造に他目《わきめ》もふらぬ今の生涯には、過去は知らないが、少なくとも今の生涯には、自分として多くの満足を見出せばとて、悔いを残してはいないはずだ。悔いのないところに憂いのあるべきはずはなかろう。今、不意にこうして骨髄をゆすりはじめた憂愁の心は、その出づるところがわからない。
 ただ一つ、ここへ来て以来、時あってか駒井の心を憂えしむるものは、最初につれて来た船大工の清吉の死があるばかりだ。無口で朴直《ぼくちょく》なあの男、寝食を共にしていたあの男の行方《ゆくえ》が、今以て不明である――女軽業のお角という女を平沙《ひらさ》の浦《うら》から救い出して、ここの生活に一点の色彩を加え出したと同時に、清吉の行方が不明になった。
 その事が、時あって駒井甚三郎の心を、いたく曇らすのだが、今宵の淋しさはそれとはまた違う。
 人間のたまらない淋しい心は、その拠《よ》るところから切り離された瞬間に起る。その魂が暫し足場を失って、無限の空間へ抛《ほう》り出された時に起る悲鳴が、即ち淋しい心である。よしそれほどでないにしても、憂悶は詩人のことで、悔恨は求道者《ぐどうしゃ》の段階で、現実と未来に執着の強い科学者が、瞬間に起伏する感情の波に揺《ゆす》ぶられるのは恥辱である。
 駒井甚三郎は、自覚しないうちに、そういうふうに感情を軽蔑したがる癖がないとは言えない。今、自分の心のうちに起っている骨髄に徹《とお》る淋しい心。その湧いて出づるところをたずねて茫然として何の当りもつかない。地震と海嘯《つなみ》は人間に予告を与えずして来るが、ただ人間がその予告を覚知するまでに進歩していない分のことで、地殻の欠陥がおのずから、地の表面へそういう結果をもたらすに過ぎない、といったように、駒井甚三郎は、おのずから湧き起った心をよそ[#「よそ」に傍点]からながめて、批判の態度を取ろうとする。
 心の屈托を医するためには、駒井はいつも遠く深く海をながめるのを例とする。海をながめているうちに、この人の頭に湧き起る感情は、未来と前途というところから与えられる爽快な気分です。それと共に、現在の「船を造る」という仕事が、勢いづけられて、すべての過去と現在とを圧倒してしまうのを常とする。わが手で、わが船を造り出して、この涯《かぎ》りなき大洋を横ぎって、まだ知られざる国に渡り、その風土と文物とを究め尽したいという欲望。今や国内の人が、その封土《ほうど》の間《かん》に相争っている時に、この封土以外の無限の広大な天地に、無究の努力を揮《ふる》うことの愉快。それを想うと駒井は、自分というものに翼を与えて、天空の間を舞い、海闊《かいかつ》の間を踊り、過去と境遇の立場を、すっかり振い落してしまう。
 そこでこの人は、物の力の絶大なることに驚喜する。物の力を極度まで利用することを知っている西洋人の脳の力に驚嘆する。西洋文明の粋を知ること漸く深くなって、好学の念がいよいよ強くなる。学べば学ぶほどに、彼我《ひが》の文明の相違の著しいことがわかる。将来の文明は機械の文明であって、当分の日本の仕事は、まず以てその機械の文明を吸い取ることだ。これより以上の急務はない――そうしてこの自分の「船を造る」という仕事が、一歩一歩とその理想に近づくことにおいて、今の日本の誰もが気のついていない仕事、気がついていても進んでこれに着手している人のない仕事、それがただ自分の手によってなされつつあるという自負心が、どのくらい駒井の心を高めるか知れない。
 しかし、今宵だけは、どうしてもその前途と未来の空想に浸りきって、我を忘れることができない。
「金椎《キンツイ》、金椎」
 駒井は何と思ったか、珍しい人の名を呼んでみましたが、返事がないので気がついた様子で、「そうか」と苦笑いをしながら立って、廊下伝いに足を運んで行きました。
 事務室とも、小使室ともいうべき板張りの床、同じように机、腰掛で蝋燭《ろうそく》の火に向い、しきりに書を読んでいる少年。それは頭を芥子坊主《けしぼうず》にして支那服を着ている。駒井が扉《ドア》をあけて入って来ても、この少年はいっこう驚かず、うしろをも向かずに、机に向って書を読み耽《ふけ》っている。
「金椎《キンツイ》」
 後ろから肩を叩いて名を呼んだので、はじめて少年はびっくりして、駒井の面《おもて》を見上げました。
 駒井は、相変らずやっているな、という表情で少年に向い、有合わせのペンを取って紙片に「紅茶」と記《しる》すと、少年は頷《うなず》いて、今まで繙《ひもと》いていた一巻の冊子をポケットの中に納めながら、椅子を立ち上ります。
 その時に、駒井は同じ紙の一端にペンを走らせて、「ソノ本ヲ少シ貸シナサイ」――ポケットの中に納めかけた一巻の書を、少年はぜひなく引き出して駒井の前に提出すると、それを受取った駒井は、
「有難う」
 これは言葉で挨拶する。少年はそのまま勝手元へ行ってしまい、同時に駒井もその部屋を立って自分の部屋へ帰って、少年の手から借りて来た書物を二三頁読み返していると、以前の少年が温かい紅茶を捧げてやって来ました。
「君もそこへ坐り給え」
 これも同じく口でいって、椅子の一つを少年に指さし示すと、卓《テーブル》の上に紅茶をさしおいた少年は、心得て椅子に腰を卸《おろ》しました。つまり二人はここで相対坐《あいたいざ》の形となりました。
「君も一つ」
 紅茶の一杯を少年に与えて、自分はその一杯を啜《すす》りながら、この少年を相手に閑談を試みんとする。少年は、すすめられるままに推戴《おしいただ》いて、その紅茶の一杯に口を触れ、神妙に主人の眼を見ていると、駒井甚三郎は以前の一巻の書物を取り出して、左の片手に持ち、右の手は鉛筆を取って卓の上のノートに置くと、少年はその鉛筆に向って熱心に眼を注ぎます。その時、駒井は鉛筆をノートの上に走らせて、
「基督《キリスト》ハ何国《どこ》ノ人?」
と書き記すと少年は眼をすまして、
「ユダヤいう国、ベツレヘムいうところでお生れになりました」
 これは訛《なま》りのある日本語です。駒井は続いて紙の上に、
「生レタノハ何年ホド昔」
「千八百――年、西洋の国では、その年が年号の初めです」
「ソレデハ基督ハ西洋ノ王様カ」
「いいえ」
「ソレデハ猶太《ユダヤ》ノ王様カ」
「いいえ」
「ソレデハ基督ハ何者ノ子ダ」
「大工さんの子であります」
「大工ノ子。ソレデハ西洋デハ、大工ノ子ノ生レタ年ヲ、年号ノ初メニスルノカ」
「左様でございます」
「基督トイウ人ハ、ソンナニ豪《えら》イ大工デアッタノカ」
「大工さんの子としてお生れになりましたけれども、基督様は救世主でございました、神様の一人子でございました」
「神様ノ一人子トハ?」
「神様が人間の罪をお憐《あわれ》みになって、その一人子を天からお降《くだ》しになって、人間の罪の贖《あがな》いをなされました。それ故、基督様は十字架につけられて、人間の罪の代りに殺されておしまいになりました救世主でございます。この救世主によらなければ、人間の罪は救われませぬ。救世主のお生れになった年ですから、この世の年号の初めとするのがあたりまえでございます」
 駒井が鉛筆で問うことを、少年は口で明瞭に答えるところを見ると、この少年の耳は用を為さず、口だけが自由を有する少年、つまり唖《おし》ではないが、聾《つんぼ》でありました。
 駒井は次に何を問わんかとして、鉛筆を控えて、その問い方に窮したのです。そのころ第一流の新知識としての駒井が、西洋諸国がことごとく耶蘇《ヤソ》紀元を用いていることを、事新しくこの少年に向って問わねばならぬ必要はない。といって、知っているようで知らないのは自分の知識である。いちいち明瞭に答えられてみると、閑談のつもりで相手にしていた相手から、かえって自分が苦しめられるような結果になる――つまり、赫々《かくかく》たる功業もなく、帝王の家にも生れなかった、大工の子の生れた時から、西洋の歴史が始まるという、この単純な事実の解釈が、どうしても駒井の頭で消化しきれなくなったのです。
 駒井甚三郎が金椎《キンツイ》を手許に置くようになった因縁をいえば、過ぐる月、駒井はひとりで鳥銃を荷《にな》って、房州の山々をめぐり、はしなく清澄の裏山へ出て、そこで一羽の雉《きじ》を撃ちとめたところから、寺の坊主の怒りを買い、烈しく責められてもてあましているところへ、山下《さんか》の鴨川出身の大六の主人が参詣に来合わせて、駒井のために謝罪してことなくすんで後、駒井は大六の持船天神丸に同乗して、小湊《こみなと》からこちらへ送り届けられたことがあります。その時の船の中で、はしなく眼に留まったのが、右の支那少年の金椎でありました。
 大六というのは、房州鴨川の町の出身で、最初日本橋富沢町の大又という質屋へ奉公し、後、日本橋新泉町に一本立ちの質屋を出して大黒屋六兵衛と名乗り、ようやく発展して西洋織物生糸貿易にまで手を延ばし、ついに三井、三野村、井善、大六と並び称せらるるほどの豪商となり、文久三年、伊藤俊輔、井上聞多、井上勝、山尾庸三らの洋行には、この人の力|与《あずか》って多きに居るという話です。
 大六は、当時失意の境遇にあるこの人材、駒井能登守を自分の顧問に引きつけたならば、大した手柄だと思いましたけれど、別に志すところのある駒井はその話には乗らずに、同じ船の一隅でマドロスの服を着けて、帆柱の蔭で福音書《ふくいんしょ》を繙《ひもと》いている異様な支那少年の挙動に目を留めました。物を問いかけてみて、この少年が聾《つんぼ》であることを知り、筆談によって、その名の「金椎《キンツイ》」であることを知り、なお筆談を進めて行って、ウイリアム先生というのから受洗《じゅせん》した耶蘇《ヤソ》の信者であることを知り、本来の支那語と、多少の英語と日本語とを解することを知り、それを奇とするの念から、大六に請《こ》うて貰い受け、自分の助手として使っているわけです。
 駒井と同居することになって後のこの少年の挙動は、船の時と同じことで、命ぜられた仕事の合間には、手ずれきった一巻の福音書を離すことなく、繰り返し繰り返ししている。日本の武士が刀剣に愛着すると同じように、この一巻の福音書に打込んでいる少年の挙動を、駒井は笑いながら見ていました。
「私が耶蘇になったといって、私を憎んで殺そうとしましたから、私、海を泳いで日本の船へ逃げ込んで、ようやく助かりました、その時、海の水で本がこの通りいたんでしまいました」
 手ずれきった革表紙を繙いて、頁のしみだらけになったところを駒井に見せて金椎が説明する。
 明けても暮れても一巻の福音書にうちこんでいる体《てい》を見て、駒井はそぞろに微笑を禁ずることができなかったけれども、その微笑は冷笑ではありません。
 別に、駒井自身は、科学者としての立派な見識を持っている。その見識によって迷信屋を憐れむだけの雅量をも備えているつもりである。あらゆる信心は、みな迷信の一種に過ぎないものとの観察を持っている。法華経を読めといわれて読んでみたこともあるし、耶蘇の聖書も、その以前、一通りは頁を翻《ひるが》えしてみたこともあるにはあるが、全然、空想と誇張の産物で、現実を救うに夢を以てするようなもの――要するに、過去と無智とが産んだ正直な空想の産物と見ておりました。
 物と力を極度に利用する西洋の学問に触れてから、一層その念が強くなって、神仏の信仰は文明と共に消滅すべきもの、消滅すべからざるまでも識者の問題にはならないはずのものと信じていたところ、その西洋諸国が一斉に、耶蘇というエタイの知れぬ神様の生誕を紀元とするという矛盾に、なんとなく、足許から鳥が立った思いです。
 駒井甚三郎が、耶蘇の教えを、もう少しまじめに研究してみようとの心を起したのは、この時からはじまります。
 翌朝、例によって金椎の給仕で――この少年は支那料理のほかに、多少西洋料理の心得もあります――朝餉《あさげ》の膳に向うと、造船小屋の方でしきりに犬の吠える声。造船小屋には常に二頭の犬を飼って置いて、駒井は警戒と遊猟との用にあてているが、滅多にはない外来客がある時は、まずこの犬が吠え出しますから、隔たった番所にいて、駒井は犬の声によってまず、珍客のこの里へ訪れたことを知るのであります。
 今日は早朝から珍客、箸を取りながら窓の外をながめると、激しく吠えていた犬の声が、急に弱音を立てて逃避するもののように聞えます。最初には珍客に向っての警戒と威嚇の調子で吠えていたのが、急に恐怖の調子に変ってきましたから、駒井は「敵が来たな」と思いました。敵というのは自分に対する敵ではない、犬共にとっての強敵が現われたのだということを、駒井は経験の上から覚《さと》って、直ちに他郷から彼等の同類の強敵が、ここへ入り込んだのだなと、箸を上げながら外を見ると、まもなく、二頭の飼犬が、後になり先になり、或いは吠え、或いは唸り、見慣れない一頭の巨犬《おおいぬ》を遠巻きにして、こちらへ進んで来るのを見受けます。
 食事中、駒井はこの窓外の物々しい風景を興味を以てながめました。見慣れない一頭の犬は、ほとんど小牛を見るほどに大きく、逞《たくま》しく、真黒な犬で、急ぎ足で、まさしく自分たちの番所の方へ進んで来るのに、二頭の番犬は、それを、ひたすらに恐怖しながらも、しかも自分の職責を怠《おこた》るまいと、引きずられて来る有様です。
「ははあ、大きな犬がやって来たな」
 件《くだん》の大犬は、ほとんど駒井の見ている窓下まで近づいて来た時に、駒井はその犬の首に何物かが巻きついていることを知るとともに、その犬がどこかで見たことのある……と思った瞬間に叫びました。
「ムク」
 おお、これはムクだ。甲府勤番支配であった時、わすれもせぬお君の愛犬。その人にも、この犬にも、無限の思い出がなければならない。それと知るや、駒井は箸を捨てて立ち上りました。
「ムク」
 犬は駒井の姿を見、その声を聞くと共に、勇みをなして飛んで来る。駒井は縁先へ出てそれを迎える。
「ムク、お前はどうしてここへ来た」
 あやしみ、喜びながらもまず気になるのは、その首に巻きつけられた、五寸ほどに切った竹筒を、麻の縄で両方からムクの首に結《ゆわ》いつけてあるもの。駒井は、その竹筒を外して見ると、中に一通の書状、手は女で文言《もんごん》の意味は、
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「駒井能登守様。
殿様は今、どちらにおいでなさるか存じませんが、私はお君様に代って、殿様に悲しいお便りを申し上げなければなりません。
この十三日に、お君様は亡くなりました。お君様は亡くなりましたけれども、若様はお丈夫でございます。お君様のくれぐれの遺言もございますから、このことをどうぞして殿様に一言《ひとこと》お知らせを致したいと苦心致しましたが、私共の手ではどうしてもわかりません。ふと思いつきましたのはこのムクのことでございます。ムクは強い犬で、りこうな犬ですから、ムクを放してやれば、殿様にこのことをお伝えすることができるかと思いまして、このように取計らいましたのは、本所相生町の御老女様の屋敷にいる松でございます。
若様のお名は能登守の一字を戴いて『登』様と仮りに私が申し上げていることをお許し下さいませ――」
[#ここで字下げ終わり]
 その手紙を持ったままで駒井甚三郎は、自分の部屋へ入ってしまいました。そうして、寝台の上に身を横たえて、頭から毛布をかぶって枕を上げません。程経て金椎《キンツイ》が、その扉《ドア》を押してみたけれどもあかない、叩いてみたけれども返事がありません。
 常に、ことわられていることは、研究に熱心の際は外物のさわりがある。扉に錠《じょう》を卸した時には、軽く叩いてみて返事がなければ入るなと、こう命ぜられてあるから、金椎はその掟《おきて》を守って引返しました。
 引返して見ると、使命を帯びて来た巨犬《おおいぬ》は、神妙に以前のところに控えている。金椎は心得て、それに飲物と食物とを与えました。
 その日一日、ついに駒井甚三郎はその部屋を出でませんでした。こういうことは必ずしも例のないことではない。不眠不休で働いた揚句、二日二晩も寝通したことさえ以前にあるのだから、金椎はそれを妨げに行こうともしなかったが、夜に入っては、さすがに不安でした。
 以前の巨犬は、何か返事の使命を待つものの如く、また使命の重きに悩むものの如く、首垂《うなだ》れて、おとなしく控えている。
「ワンワン、こちらへおいで」
 金椎は犬を導いて、自分の室の一隅に入れ、犬と食事を共にし、祈りを共にして、その夜の眠りに就きました。
 翌朝、例刻にめざめて、例の通りまず主人の部屋を訪れて見ると、昨日は固く鎖《とざ》された扉《ドア》が、今日は押せばすぐにあきました。金椎は、
「お早うございます」
 室内に入って見ると、机にも、腰掛にも主人の姿を見ず、寝台の上はもぬけの殻《から》で、人の影はありません。机の上を見ると、常用の大型のノートに一枚の紙が物いいたげにハサまれているのを見る。金椎は心得て、その紙片を取って見ると、主人の筆でサラサラと、
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「金椎ヨ、余ハ急ニ感ズルコトアリ、今朝ヨリ暫時ノ旅行ヲ試ミントス。行先ハ江戸、滞留及ビ往復ノ日数ヲ加ヘテ多分十日以内ナルベシ。留守中ノ事ヨロシク頼ム。昨日、使ニ来リシ犬ハ、最モ愛スベキ忠犬ナレバ、ヨクイタハリ、カヘルトモ、留マルトモ、犬ノ意志ニ任セテサシツカヘナシ。
  二十一日午前一時[#地から2字上げ]駒井」
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 それを読んで金椎は、まだ充分の納得《なっとく》がゆかないながら、ひとまず安心しました。そこで、紙片をしまい、ノートの開かれたところを見ると、まだインキのあとの生々しい文字が目にうつる。この置手紙と前後して、主人が筆を走らせたのに相違ない。
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「死ハ万事ノ終リカ。
彼ノ女ノ罪ハ祖先ノ罪ナリ。
駒井ノ家ノ系統ヲタヅヌルニ、清和源氏ニ出ヅルモノノ如シ――然レドモ――彼ノ女ニ対スル余ノ愛ガ彼ノ女ヲ殺シ、彼ノ女ノ愛ガマタ余ノ生涯ヲ一変セシメタリトヤイハム。
何故ニ余ハ最後マデ彼ノ女ヲ愛シ能ハザリシカ。彼ノ女ハ何故ニ最後マデ余ニ愛セラレザリシカ。
金椎ノ談ニヨレバ、救世主ハ大工ノ子ニシテ――耶蘇ノ教フルトコロニヨレバ、娼婦、税吏、異邦人、姦淫セル女等ガ却ツテ、驕慢ナル権者、偽者ナル智者、学者ヨリ光栄アル壇上ニ置カルルモノノ如シ。
嗚呼、彼ノ女ノ罪ハ祖先ノ罪ニアラズ、彼ノ女ノ死ハ彼ノ女ノ罪ニアラズ――彼ノ女ヲ殺シタルハ余ナリ、駒井能登守ナリ。
余ハ惑乱ス」
[#ここで字下げ終わり]
 記号と、数量と、線と、画とで、書き充たされていたノートが、この頁から一変した感傷の文字で、しどろもどろに塗られていました。

         二十九

 お濠端《ほりばた》の柳の木に凭《もた》れた宇津木兵馬は、どのぐらいの間、何事を考えていたか自分でもわからないが、突然大きな声をして、
「おれは、もう駄目だ」
と叫びました。
 その声に驚かされた通行人が、たちどまって提灯《ちょうちん》をさしつけ、
「何でしょう」
「たしかお濠端で、人の声がしましたぜ」
「身投げではありますまいか」
 遠くから提灯をさしつけ、
「モシモシ」
 返事がありません。
「そこに誰かいるんですか」
 なお返事がないので、怖《おそ》る怖る近寄って来て、
「モシ、短気なことをなすっちゃいけませんぜ」
「馬鹿!」
 兵馬が、一喝《いっかつ》したので、その二人は、わっ! とひっくり返って逃げてしまいました。
「身投げと間違えられた」
 兵馬は苦笑いしながら四辺《あたり》を見廻すと、四辺は真暗で、たしかに自分は濠端に立って呻《うめ》いている。
「なるほど、この腑甲斐《ふがい》ない自分というものの持って行き場は、身投げあたりが相当だろう、腹を切るという代物《しろもの》ではない」
 自分で自分を嘲っているところへ、鍋焼うどん[#「うどん」に傍点]が来る。
「おい、うどん[#「うどん」に傍点]屋」
「はい、はい」
 兵馬は、うどん[#「うどん」に傍点]屋を呼び留めて、熱いうどんを二杯食べて、銭を抛《ほう》り出し、
「ここは、どこだ」
「へえ、ここはお濠端《ほりばた》でございます」
「お濠端はわかっているが、お濠端のどこだ」
「へえ、ワラ店《だな》の河岸《かし》でございます」
「ワラ店の河岸?」
「エエ、左様でございます、どうも有難うございました」
 うどん[#「うどん」に傍点]屋が逃げるように行ってしまったのは、何か兵馬の権幕におそれを抱いたものと見えます。
「ところで、今は何時《なんどき》だ」
 兵馬は、それを聞きはぐって、その濠端について、ずんずんと上手《かみて》へ歩き出しました。かなり歩いても濠端には相違ない。
「やい、気をつけやがれ」
 出合頭《であいがしら》に突当ろうとしたのは、やはり二人づれの酔どれ、どこぞの部屋の渡《わた》り仲間《ちゅうげん》と見える。よくない相手にとっつかまった兵馬は、
「馬鹿め」
 その利腕《ききうで》取って、やにわに濠の中へほうり込んで、さっと走り出しました。あとで、仲間どもが天地のひっくり返るほど喚《わめ》き出したのも聞捨てに――
 なお一目散《いちもくさん》に濠端を急いで行くと往来止め。
「ちぇッ」
 行き詰って、むしろ、この往来止めの制札を打砕いて、掘りっぱなしの溝《どぶ》の中を泳いで、溝鼠《どぶねずみ》のように向うへ這《は》い上ったら痛快だろう、と思っただけで、往来止めの制札の横の方に置き捨てられた大きな切石の一端に、腰を卸してしまう。いいあんばいに後ろは背をもたせるように出来ている柳の樹。兵馬は、それに凭《よ》りかかろうとすると、ヒヤリと頭を撫でるものがある。手をあげてさぐると、いやに生温《なまぬる》いものが指先にさわる。
「あッ」
 兵馬は手をはなして、よく見るとまさしく首くくりだ。
「ええい!」
 再び手を出して、そのブラ下がっている足に触れてみると、生温いと思ったのは最初の瞬間、冷えきって絶命している。
「ちぇッ」
 さきには自分が身投げと間違えられる、今は首くくりに頭を撫でられる、兵馬の腹はむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]です。
 廻り道をして、やはり一方の濠端を歩む。折々、拍子木と按摩の笛が耳に入る。
「旦那、駕籠《かご》はいかが」
 とある柳の木の下、これは辻待ちの駕籠屋ですから、喫驚《びっくり》するには当りません。
「旦那、いかがです、大門《おおもん》までおともを致しやしょう、二朱やって下さい、二朱」
 それを、うるさい[#「うるさい」に傍点]と振切ろうとした兵馬が、考え直したと見えて立ちどまり、
「駕籠屋、駕籠屋」
「へえ」
「駕籠を持って来い」
「へえ、畏《かしこ》まりました」
 担《かつ》ぎ出した四つ手駕籠。拾い物をしたように、二人の駕籠屋は大喜び。兵馬は何と思ってか、その駕籠に飛び乗ると、駕籠屋は威勢よく走り出したが、その行先を知らない。行先を知らないで担ぐ奴も担ぐ奴、担がれる奴も担がれる奴。
 しかし、駕籠屋は、もういっぱし心得ているつもりらしい。
「駕籠屋、駕籠屋」
 暫くあって中から言葉をかけた兵馬。
「相棒、旦那がお呼びにならあ」
「何でございます、旦那」
「お前たちは、何方《どっち》へこの駕籠を持って行くつもりじゃ」
「冗談じゃございません、先刻《さっき》お約束を致しました通り」
「まだ約束はしていない」
「御冗談をおっしゃらないように。日本橋並みで大門まで二朱は大勉強でございますぜ、旦那」
「それはお前たちのひとりぎめだ、わしは甲州へ行きたいのだ」
「え?」
「どうじゃ、甲州までこの駕籠はやってもらえないか」
「いよいよ御冗談です、旦那」
「冗談ではない、ちと急ぎの用があって、甲州の松里村というところまで行きたいのじゃ」
「え、甲州の松里村ですって? のう相棒、それじゃあまた御相談を仕直さなくっちゃならねえ」
「お前たちが甲州まで続かなければ、甲州街道を行けるところまで走ってくれ、そこで宿駕籠《しゅくかご》に移るとしよう」
「なるほど、これから新宿を突走《つっぱし》って、甲州街道を行けるだけ急げとおっしゃるんですか。ようございます。相棒、お客様は宿次《しゅくつ》ぎとおっしゃる」
「合点《がってん》だ」
「時に旦那、そうなりますというと、御如才《ごじょさい》もございますまいがねえ……」
「よしよし、大概のところは心得ているから安心してやれ」
 そこで兵馬は、二朱銀を幾つか紙に包んで与える。
「旦那はわかっていらっしゃらあ、急ごうぜ」
「どれ」
 そこで、駕籠屋は棒鼻を向け直して、別の方向に走ること暫くあって、
「旦那、茶飯《ちゃめし》が参りましたから、ひとつ腹をこしらえて参りとうございます」
 夜店の茶飯屋で一人はあんかけ豆腐で茶飯をかき込む、一人は稲荷鮨《いなりずし》を腹いっぱい詰め込んで、
「さて、旦那、旦那も一ついかがでございます、茶飯にあんかけ豆腐、稲荷鮨――これから町を離れますと、こういうものがちょっとございませんぜ」
「要らない。さあお前たち、わしは少し腹工合が悪いから、途中、飲物も食物も取らないつもりだ、通しでやろうとも、宿次ぎでやろうとも、一切お前たちに任せるから、こちらから求めるまでは、一切わしには挨拶なしでやってくれ」
「よろしうございます、そのつもりで一番馬力をかけようぜ、相棒」
「合点だ」
 駕籠《かご》はまたもや走り出す。どうも揺れが以前よりは烈しいようです。
 言われた通り、彼等はいっさい兵馬に挨拶なしで、兵馬もこれ以来註文なしで、ひたすら甲州街道を走るようです。
 さてまた急に兵馬が、甲州松里村を名ざして急がせるようになったのはなぜか。その辺で敵《かたき》の当りがついたのか。松里村には名刹《めいさつ》恵林寺《えりんじ》があって、そこは兵馬に有縁《うえん》の地。
 これは兵馬としては贅沢《ぜいたく》な旅行です。やむことを得ざる必要以外には、今まで馬駕籠に乗ったこともなし、乗るべき身分でもなし、かえって旅装かいがいしく草鞋《わらじ》がけか、或いは足駄がけで、さっさと五里十里の道を苦としなかったもの、それを今は、大風《おおふう》に通し駕籠でなければ宿次ぎで、甲州へ急がせようとする。
 兵馬の目的には頓着なく、存外|鷹揚《おうよう》な客と見たので、駕籠屋は勢いよく急がせる。そのうちに、前後でしきりに聞ゆる鶏犬《けいけん》の声。夜は白々《しらじら》と明け放れたものと見ゆる。やがて道筋が明るくなって、行き交う人馬の音が繁くなる。まさしく朱引内《しゅびきうち》を離れて、甲州街道の宿駅を走っているのだ。
 よき程あって、駕籠がとまる。駕籠屋は一息入れているのであろうが、註文通り、兵馬には一言の挨拶もなく、やがてまた、同じ駕籠を担ぎ出したところを見ると、問屋場《といやば》ではなかったらしい。
 かなり正午《まひる》とも覚しい頃、駕籠はまたしても置き放されて、人の罵《ののし》る声がやかましい。駕籠屋どもは昼食に一膳飯へでも入ったのだろう。相変らず約束を守って、兵馬には飲めとも食えともいわない。人の騒々しさから察すると、この辺は多分、府中の宿あたりだろう。おや、再びこの駕籠が動き出したところを見ると、駕籠屋どもは通しをやるつもりかな。甲州までには、小仏、笹子の両難所を控えて三十余里の道、ひととおりの痩我慢《やせがまん》ではやれまいに、ともかく、やるだけやらせてみろ。
 かくて、兵馬を載せた四つ手駕籠は、そのままで走り出す。その日中《ひなか》一日走り通したことを兵馬は覚えている。無論この間には立場立場《たてばたてば》で多少の息は入れるが、彼等は一生懸命で通しをやっているものに相違ない。兵馬は飢えが迫ってきた、咽喉《のど》がかわいてきたけれども、一言もそれを要求しない。日が暮れかかったと思う時分に、ただ一回お関所の調べを受けた。それは小仏の下の駒木野の関所であろう。それから後に兵馬は眠くなった。
 飢えもかわきもある程度で、駕籠に揺られていると幾分の快感が起る。それとも身心が疲労の末か、兵馬は眠くなり、小仏を越したと覚しい時分には、もう四辺《あたり》は真暗で、事実上の深山幽谷へ駕籠をかつぎ込まれたもののようです。
 疲労と快感で駕籠の中に眠っている兵馬。その眼前に、
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「真蒼《まっさお》な面《かお》」
「真蒼な面」
「真蒼な面」
「真蒼な面」
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が後から後へと流れて行く。兵馬の眼前へ来て、その面が二つに分れて、左右へ流れて行く。それを見ると、昏々《こんこん》としていよいよ眠くなって幽冥の境へ誘われる。
 ハッと途切れたのは、駕籠屋が峠の道で物につまずいたのであろう。それからは兵馬の眼前に、
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「悪女大姉」
「悪女大姉」
「悪女大姉」
「悪女大姉」
[#ここで字下げ終わり]
が、後から後へと流れて行く。やはり兵馬の眼前へ来て、その文字が二つに流れ去る。真蒼《まっさお》な面と悪女大姉とが、白蝋のようにもつれ[#「もつれ」に傍点]て火焔の如くに飛ぶ。その真蒼な面が、ある時は想像の机竜之助の如く、或る時は一撃に打たれて倒れた兄の文之丞の如く、悪女大姉は文字の如く、絵の如く、糸の如く、幻《まぼろし》の如く、消えては現われ、現われては消え、からみつき、ほぐれ出し、物に触れて駕籠が烈しく揺れるたびに、いったん途切れてまた現われる。
 夜中のある時、駕籠があるところへ、ドッと置かれたと思うと、幻が消えて眼前に現われた大入道。ブン廻しで描いたような、まんまるい、直径六尺もあろう……という顔。オホホホホと笑って眠るが如く、笑うが如く、半眼でながめているのは慢心和尚の面。
 通しであったか、宿次ぎであったか、それさえもわからず、ようやく甲斐国東山梨、松里村の名刹《めいさつ》恵林寺《えりんじ》の門前に着いた宇津木兵馬。
 へとへとに疲れて、慢心和尚に面会を申し入れると、無事に入室を許されるには許されたが、
「何しにおじゃった」
 例のブン廻しで書いたような真円《まんまる》い面《おもて》に、拳を入れて余りある大きな口、眠っているような細い目の中からチラリと白い光を見せられた時は、いい気持がしませんでした。
「実は……」
 兵馬が何かいい出そうとすると、
「どうだい、宇津木、敵討商売《かたきうちしょうばい》は儲《もう》かるか」
「儲かりません」
 ぜひなく兵馬もこう答えてしまいますと、
「儲からない? 儲からない商売を、いつまでもやっている奴があるか」
といって慢心和尚が居丈高《いたけだか》に叱ると兵馬は、
「それでも……」
「何がそれでもだ」
 慢心和尚は頭からガミガミと怒鳴《どな》りつけて、
「何がそれでもだ、お前の面《つら》を見ると、いつでも敵討《かたきうち》が丸出しで、おれは昔から大嫌いなのだ、敵討というやつは全くおれの虫が好かない」
「いいえ、左様なわけではございませんが……」
「そういうわけでなければ女のことだろう。敵をたずねて歩く奴と、女の尻を追い廻す奴ほど、気の利《き》かない奴はないものじゃ」
「全くその通りでございます、全く私は腑甲斐のない、意気地のない、気の利かない奴の骨頂なのでございます……」
「何、何といった……腑甲斐のない、意気地のない、気の利かない奴の骨頂だと自分で知ったら、ナゼ早くくたばって[#「くたばって」に傍点]しまわないのだ、この娑婆《しゃば》ふさげの馬鹿野郎」
と言ったかと思うと慢心和尚は、いきなり手で、兵馬の横面《よこづら》をピシャリと打ちました。
「あッ!」
 兵馬としては、その掌《てのひら》を避ければ避けられたのかも知れない。或いはまた避ける隙も、余裕もないほどに、和尚の手が早かったのかも知れない。ともかく、ピシャリと一つ打たれてしまいました。
「ざまを見ろ!」
「恐れ入りました」
「何が恐れ入った」
「何もかも、もう駄目です」
「何が駄目だ、この馬鹿野郎」
 慢心和尚はヒドク怒っていると見えて、この悪罵と共に、三たび、拳を上げて、兵馬の首をピシャリと打ちました。兵馬は脆《もろ》くも打たれたままで、悄《しお》れ返っていると、立ちはだかった慢心和尚が、
「万能余りあって一心足らずというのが貴様のことだ、馬鹿なら馬鹿で始末がいいが、なまじい腕の出来るつもりが癪にさわる、この猪口才《ちょこざい》め」
といって慢心和尚は、続けさまに兵馬を打って、打って、打ち据《す》えました。
「恐れ入りました」
「恐れ入ることはないわい」
 すこしの仮借《かしゃく》もなく、打って打ち据えて、とうとう兵馬をそこへ打ち倒してしまいました。
「和尚なればこそ……」
 打ち倒されながら兵馬が、やっとこれだけのことをいうと、慢心和尚は透《す》かさず、
「生意気千万、何が和尚なればこそだ、和尚なればこそどうしたのだ」
 打ち倒された上を更に滅多打ち。兵馬の髪は乱れる、刀、脇差は飛ぶ。
「和尚なればこそ、このお慈悲……」
「ナニ、お慈悲だ? もっと擲《なぐ》られたいのか、この骨無しめが!」
といって、打ち倒した兵馬を突き飛ばすと、慢心和尚は足をあげて兵馬を蹴って蹴りつけて、座敷の中を蹴ころがして、縁へ蹴落し、縁にひっかかっている兵馬を、地面の上へ蹴落してしまいました。

         三十

 上野原の月見寺では、お喋《しゃべ》り坊主の弁信が、仏前の礼拝を済まして廊下を戻って来ると、お針をしていた雪ちゃんが、
「弁信さん」
「え」
「お入りなさいな、お茶を入れますから」
「有難うございます」
 そこで雪ちゃんは、縫物を片づけて、火鉢の鉄瓶に手を当ててみて、炭をかき立てると、弁信はもうピタリと座敷へ着座をしてしまいました。
「茂ちゃんはいませんか」
 お雪がいうと、
「いいえ、あの子はまた山遊びなんでございましょう」
と弁信が答える。お雪ちゃんは早くもお茶をいれて、お盆の上へお煎餅《せんべい》を盛り上げて弁信の前へ出し、
「お煎餅を一つお上りなさいな」
「へえ、有難うございます、遠慮なくいただきますでございます」
 弁信はおしいただいて、お茶を呑みます。
「さあ」
 お雪ちゃんは、お煎餅を二枚はさんで弁信の掌《て》の上にのせてやり、
「甘いのがようござんすか、辛《から》いのがお好きですか」
「ドチラでもよろしうございます、結構でございます、そうしておいて下されば、わたくしが自由に頂きますから」
「茂ちゃんも来るといいんですがね、呼んでみましょうか」
「いいえ、あの子は人間と遊ぶよりは、山で兎や蛇と遊ぶのが好きなんですから、ほうっておきましょう」
「そうですか」
 お雪は弁信にお茶と煎餅を与えて、自分はまたお針仕事にとりかかると、
「お雪ちゃん、御精が出ますねえ」
「いいえ」
「何を縫っていらっしゃるの」
「何でもありません、冬物の仕度を少しばかり……」
「そうですか、お手廻しがようございますねえ」
「急に思い立ったものですから」
「え、何を思い立ったのですか」
「弁信さん」
 お雪は、ちょっと針の手を休めて、弁信の面《かお》をながめる。
「何でございます」
「あなたは、人の心持が前以てわかるんですってね」
「何をおっしゃるのです、それはわかることもあれば、わからないこともありますよ。あたりまえでしょう。私は人様のように、目でもって様子を見ることができませんから、勘でおおよそのところを察してみるのです。それが当ることもあれば、当らないこともあるじゃありませんか」
「ですけれども、弁信さん、あなたは人並みの目の見えない方より、ズット勘がいいんですね。その証拠には、たった今だってそうですよ」
「たった今が、どうか致しましたか」
「今わたしが、急に思い立ったといったでしょう、その時に、あなたは、え、何を思い立ったのですか、と聞き直しましたね、それが、わたしの胸へハッと響きましたよ」
「それは、どういうわけですか」
「いいえ、そのわけをあなたに聞いてみたいのですよ」
「私は、そう思ったから、そう聞いてみただけなんですが……」
「ね、弁信さん、わたしが急に思い立ったといったのと、あなたがお手廻しがようございますねといったのは、別々の心持でしたねえ」
「そうですね、今から冬物の仕度をなさるのはお手廻しのよい方で、急に思い立ったとおっしゃるのとは調子が合わないようですから、何の気もなしに私は、何を思い立ったのですか、とお聞き申してみたのです」
「弁信さん、聞いて下さい、わたしは、こういうことを思い立っているんですよ。あのね、盲目《めくら》の先生を湯治《とうじ》に連れて行って上げたいと、そう思い立ったのが先で、それから冬物の仕度にとりかかりましたのです」
「え、あの先生を湯治にですって?」
「そうですよ」
「どこへですか、どこへ湯治にお連れなさるというのですか」
「それはずいぶん遠いところですけれども――」
「遠いところ――なるほど、この近辺には温泉というものは聞きませんね」
「ええ、武蔵の国にも、甲斐《かい》の国にも、温泉らしい温泉はございません」
「そうです、その代り隣国の信濃《しなの》と相模《さがみ》には、たくさんの温泉がございます」
「弁信さん、わたしは先生を、信州のお湯へ連れて行って上げたいと思っているのです」
「信州はドチラのお湯ですか」
「信州もズット奥の方なんですよ」
「信州の奥――信州はこの甲斐の国よりもいっそう山が遠く、日本の国の天井になっていると聞きましたが、その信州の奥?」
「ええ、信州もズット奥、飛騨《ひだ》の国の境の方になるのだそうです」
「飛騨の国の境ですか」
「そうです、そこに白骨《はっこつ》のお湯というお湯が湧いているんだそうです。そこへ入りますと、難病がみんな癒《なお》るのだと久助さんが教えてくれました。一冬そこに籠《こも》っていれば、どんな難病も癒ってしまいますそうで、丈夫な身体の人が入れば、一生涯無病で暮らせるそうでございます」
「ははあ、久助さんが、そういうことを教えたものだから、お雪ちゃん、あなたは直ぐその気におなんなすったのですか」
「そうではありません、わたしが久助さんに尋ねたのです、どこぞよい湯治場はありませんかと。そうすると久助さんが、いろいろのお湯を教えてくれましたけれども、ほんとうに命がけで難病を癒そうとするならば、山は深いほどよく、そこに一冬籠るがよいと教えてくれました。つまり、そこで久助さんが、白骨のお湯……を名ざして詳しく教えてくれました」
「そうしてお雪ちゃん、あなたはなんですか、その山深い白骨のお湯へ、先生と、久助さんと、三人きりで、これから一冬を籠ろうという決心なんですね」
「ええ、今から出かけて行って、そうして雪の山の中に冬を過ごして、来春、暖かくなりはじめた時分に――その時、あの先生のお目も癒り、わたしも、少し弱いのですから、すっかり身体が癒ってしまえば、こんな結構なことはないじゃありませんか。第一、死んだ義姉《あね》がどのくらい喜ぶか知れません」
「お雪ちゃん、あなたはほんとうにまだ子供ですね」
「何をいってるの弁信さん、急に人をからかい[#「からかい」に傍点]出して」
「お雪ちゃん、あなたは幾つにおなりなさいますか」
「ほんとにおかしな弁信さん……」
「私は、お雪ちゃん、あなたはもう年頃の娘さんだとばっかり思っておりますのに、そういうことをおっしゃるのだから驚いてしまいます。信濃の国の白骨のお湯とやらが良いお湯と聞いたばっかりで、その間の道中がどのくらい難渋だか、そのことをあなたは考えておいでになりません。またその難渋の道中をつれだって行く人たちが、善い人か、悪い人か、それも考えてはおいでになりません――私がここでうちあけて申し上げますと、あなたはその白骨のお湯へおいでになった後か、その途中かで、キッと殺されてしまいます、いきては帰ることができません」
「まあ――」
「お雪ちゃん、病《や》んでいる人を癒す白骨《はっこつ》のお湯は、またいきた人を白骨としてかえす力のあることを御存じはありますまい」
「いやなことを――せっかく思い立ったものを、ケチ[#「ケチ」に傍点]をつけるものではありません、それもほかのことと違って」
「いいえ、決してケチ[#「ケチ」に傍点]をつけるのではございません。お雪ちゃん、あなたは義姉《ねえ》さんの志をついで、あの先生に再び日の目を見せて上げたい、それが死んだ義姉さんへの供養《くよう》と思っておいでになる志はよくわかりますけれども、それをする時には、あなたはやはり義姉さんと同じ運命を覚悟しなければなりませんよ」
「何ですって、弁信さん、あなたのおっしゃることがわかりません」
「私にはよくわかります。お雪ちゃん、このごろあなたは、あの先生を好きになっているのでしょう、自分では気がつかないながら、最初のうちは気の置ける、気味の悪い人だと思っていた人を、このごろになっては、だんだん惹《ひ》きつけられて、好きになってゆく心持が、目に見るように私にはわかるのです。それですからあなたは、白骨のお湯へ殺されに行くのを自分で知らないで、自分で楽しみにしているのです」
「弁信さん、そういうことをいってはいけません……あの方のお目を明るくしてあげたいというのが義姉さんの志なんですもの、遺言同様の願いじゃありませんか。わたしがあの方を、好くの好かないのなんて」
 お雪はここで、真赤になっていいわけを試みました。弁信はそれを肯《うけが》おうともしませんで、
「ああ――私が傍にいなければ、あなたという人は、もう疾《と》うの昔に殺されてしまっていたのです」
 弁信はこういって、深い嘆息を洩らしました。
「弁信さん、もう、そういう話は止めにしましょう、あなたは、いつぞやもそんなことをいいました、義姉《あね》を殺したのはあの先生だといい出して、わたしはヒヤヒヤしてしまいました」
「お雪ちゃん、わからないのですか、私のいっていることが」
「もう、止めて下さい、殺すとか、殺されるとか、そういうことを、わたしは聞くのはいやでございます」
 お雪が座に堪えないほどの心持を、言葉の調子で見て取った弁信は、穏かに、
「悪うございました、ついまた口が出過ぎました。では、左様な忌《いま》わしい言葉は使いませんが、それでも、言いかけた心持は、言わないではおられないのが私の気性でございます……ただもう一言《ひとこと》いわせて下さい。心あっても、なくても、あなたはあの先生を好きになってはいけません、好きになると殺されます……どうも失礼を致しました」
といって弁信法師は、いわん方なき悲痛の色を浮べて、そこそこに辞してこの室を立ち出でました。
 急に暗い心になったお雪は、また気を取り直して、湯気の立った鉄瓶から、お盆の上の急須《きゅうす》へお湯を注《つ》いで、別の襖《ふすま》をあけて徐《しず》かにこの部屋を立ち出でました。
 お雪がお盆の上へ急須を載せて持って来た部屋は、机竜之助の籠《こも》っている部屋です。竜之助はこの時、起き直って座蒲団の上にチャンと坐り、刀を抜いて拭いをかけておりますと、
 お雪が、
「お茶を召上れ」
「これは有難う」
「先生、その刀ですか、義姉《あね》があなたに差上げたのは」
「これではありません」
「今も、弁信さんがいやなことをいいました」
「弁信が……」
「あの方はよい方ですけれども、時々変なことをいい出すので困ります」
「勘がよすぎるのだ」
「でも、気になってたまりませんもの」
「何をいいました」
「お怒《おこ》りにならないように。弁信さんがいいますには、私が傍にいなければ、お雪ちゃんというものは、疾《と》うの昔にあの先生に殺されてしまっているのだと、こういいました。そういわれた時に、わたしはゾッとしました」
「でたらめをいう奴だ」
「なんぼなんでも、あんまりじゃありませんか。弁信さんは先生のことを、人さえ見れば殺したくなる悪人のように思っているんじゃないでしょうか。この間も……あなたの前で、あんなことをいい出して、わたしはお気の毒で、お気の毒でたまりませんでした」
 お雪はお茶をすすめるのも忘れて、竜之助の刀の下に戯《たわむ》れている。戯れているのではない、刀そのものの危ないことを知らないのです。無知と大胆とは、いつも隣り合っている。
「お雪ちゃん、これが、あなたの義姉《ねえ》さんから貰った刀です」
 竜之助は拭った刀を壁へ立てかけて、別に例の白鞘《しらさや》の一刀を取り出しました。
「そうですか」
 スルスルと拭いて見せた刀を、お雪は無邪気にのぞき込んでいると、竜之助が、
「比べてみたところが、実によいあんばい[#「あんばい」に傍点]に、元のそちらの刀の鞘へはま[#「はま」に傍点]るのです、目釘《めくぎ》の穴までが、ピタリと合うのは誂《あつら》えたようですから、少し手を入れて、中身を入れ替えてみようとしているところです」
「それは、ようござんしたね。それで、先生、どちらの刀がいい刀なのですか」
「それは無論、こっちの方が……義姉さんから貰ったのがいい刀です」
といって竜之助は、前と同じように拭いはじめました。
「ですけれども、刀には祟《たた》りがあるということですから、御用心をなさいまし」
「祟りのあるほどの刀は、いい刀なのだから、人によってはそれを好きます」
 拭い終った竜之助は、その刀を前と同じように壁へ――抜身のままで紙を枕にして、手さぐりに立てかける拍子に、どうした小手の狂いか、以前に立てかけてあった刀がカラカラと倒れました。それを引起して立て直そうとすると、今度は後ろに立てたのがスルスルと壁から横っ走りをはじめます。
「先生、わたしが立てかけて上げましょう」
 お雪が見兼ねて手を出すと、その手を追っかけるもののように、刀はお雪の方へスルスルと横っ走りをして来ましたから、
「おお怖《こわ》い」
 せっかく手出しをしたお雪が、恐れてその手を引込めると、竜之助は早くも一方を立て直して、一方を手に取り上げ、手さぐりで、その目釘を抜きにかかると見えます。
「お雪ちゃん、そこの火箸を、ちょっと貸して下さい」
「はい」
 目釘を押すための火箸を取って、お雪が竜之助の手に渡そうとする時、つい、着物の裾がからまって、用心しながらいま立てかけた刀を、カラカラとひっかけると、
「あれ、危ない――」
 面《かお》の色を変えたお雪の膝の上へ、心あるもののようにその刀が落ちかかりました。お雪はハッと飛びのくと、その煽《あお》りで、その刀がまた横に飛んで、ちょうど、目釘を押えている竜之助の方へ飛びかかったものですから、その柄《つか》で竜之助がそれを受け止めた形は、刀と刀とが絡《から》み合ったようです。
「先生、今のをごらんになりましたか」
 お雪は、真蒼《まっさお》な面《かお》の色になっていました。
「ああ、先生にはおわかりになりますまいが、今のはこの刀が、わたしに飛びついて、それからまたあの刀へ飛びついたのです。刀がいきていました」
 竜之助は頓着せず、二つの刀を押並べて、火箸のさきでその目釘を押し抜いて、今や、その中身の入替えにかかろうとするのを、お雪は唇の色まで変って、苦しそうに、
「お待ち下さいまし。先生、わたくしは、その刀は入替えをなさらない方がよいと思います、どうも今のことが不吉でございますもの……今、その刀がわたしの方へ飛びかかる時に、わたしの眼の前へ、ちらりと義姉《ねえ》さんの姿が浮びました。義姉さんが怖い目をして、およしといって、わたしを睨めた時に、この刀が、わたしに向って飛びついて来たように、わたしには思われてなりません。きっと、その刀は、その鞘に納まるのがいやで、こちらの刀は、自分の鞘へほかのものを入れるのがいやなんです、それに違いありません、そうとしきゃわたしには思われません。いやなことを無理になさると、きっと怖ろしい祟《たた》りがありますから、刀はそのままにしてお置きなさいまし、その方がよろしうございます」
 お雪は不思議なほど躍起《やっき》となりました。
「物は取りようじゃ、この二つの刀の鞘が誂《あつら》えたようにしっくり[#「しっくり」に傍点]と合い、目釘の穴までがピタリと合うのは、あいえんの証拠に違いない」
 竜之助はお雪の一生懸命な忠告を取合わず、やすやすと中身を入れ替えて、再びぬぐいをかけました。お雪はなんともいえない情けない思いをしながら、その様子を見ていましたけれど、ただ一時の恐怖と、幻覚から醒《さ》めてみれば、あながち、それを押止める根拠を持たないところから、そのままで引上げました。

         三十一

 その日の夕方のことです。お雪は寺の後ろの井戸端で洗濯物を取入れていると、そこへ、疲れ果てた一人の若い旅のさむらい[#「さむらい」に傍点]が来ました。
 お雪には知らない人ですが、これが宇津木兵馬であります。
「少々御無心ですが、水を一ぱい頂かせて下さい」
「さあさあ、どうぞ」
 お雪は快く井戸の水を汲み上げてやりました。
「このお茶碗で召上れ」
「有難うございます」
 水を飲んで若いさむらい[#「さむらい」に傍点]は、さも元気がついたらしく、ホッと息をつきましたが、さて、再び動き出すにはあまりに疲れていると見えます。その痛々しい有様が、お雪をしてだまって見過すには忍びなからしめたと見え、
「どちらへおいでになりますか」
 その問いには答えずに、
「ええと――この辺にしかるべき旅籠《はたご》はありますまいか」
「町へおいでになりますと」
 お雪は返事と共に、町までさえ出で悩む若い旅人の疲れが気の毒でなりません。若い旅のさむらい[#「さむらい」に傍点]もまた、宿をたずねるにはたずねたが、一足も進む気色《けしき》はなく、
「甚だ恐れ入りますが、今宵一晩、いずこの隅にでも御厄介になれますまいか」
「そうでございますねえ」
 お雪は十二分の同情を以て、この旅の若いさむらい[#「さむらい」に傍点]を見て、
「むさくるしいところで、お厭《いと》いなくば……」
といわれて、若い旅のさむらい[#「さむらい」に傍点]は、もう占めたという喜びを隠すことができません。
「雨露《うろ》をさえ凌《しの》がせていただけば……」
「お待ちくださいませ、ちょっと聞いて参りますから」
 お雪は、この旅の若いさむらい[#「さむらい」に傍点]を泊めてやるつもりで、庫裡《くり》の方へ行ってしまいました。単純な同情だけではなく、この若い旅のさむらい[#「さむらい」に傍点]が、たとえ全く知らない人にしてからが、どう間違っても、後にわざわいを残す人でないという印象が、そうさせたものに違いありません。しかしこの娘の人は同情しても、相談の相手が何というか知らん。この寺の住持が何というか知らん。
 恵林寺の慢心和尚に叩き出された兵馬。ここまで飲まず食わずに来たのが、ここへ来て一杯の水にありついたが、その水を与えた主の心は温かい――水は甘かった。その井戸の釣瓶《つるべ》の水で手拭を湿しているところへ、お雪が戻って来て、
「あの、せっかくでございますが……」
 若い旅のさむらい[#「さむらい」に傍点]は、その言葉でハッとしたらしい。果して、この人は同情しても、寺の実権者がその同情を受入れないのか。
「はい」
「こっちの方はお客が泊っておりますから、本堂の方へお一人でお休み下さるならば……と申しますが、そのくらいならいくらもございませんから、わたくしが町の旅籠《はたご》まで御案内を致して差上げましょうか」
「いいえ……それで結構です」
と兵馬は、あらがうように言いました。
「淋しいところは厭《いと》いませぬ、が、なお申し上げておきませんければならぬことは、仔細《しさい》あって、私は今の身に一銭の蓄えというものがございませぬ、いずれ、御恩報じは致すつもりでございますが、それ故に……」
 兵馬が口ごもっているのを、お雪は打消して、
「いいえ、その御心配には及びませぬ、ただ淋しいところで、それだけがお気の毒でございます――」
 ともかくも兵馬は、足を洗って庫裡《くり》の炉辺《ろへん》へ通りました。もう夜分は火があっても悪くはない時分です。
「ずいぶんお疲れでございましょう」
 お雪がいいますと、
「疲れました、不意に思い立って、不意に帰るものですから」
「江戸の方へお帰りでございますか」
「左様――江戸を出て、甲州の塩山にちょっと知合いがあるものですから、そこへ尋ねて行きましたが、その人に会えず、空《むな》しく立帰るところでございます」
「それはそれは」
 お雪は、兵馬が何故に甲州へ来て、何故に帰るのだか知りません。兵馬もまたこれを尋ねられないのに、答える必要はないのです。
「少しばかり歩いたとて、そう疲れるはずはないのですが、なにぶん、今度のは不意に思い立ったものですから――」
 しかしながら、その言いわけに落ちて行くのも、お雪にとっては通り一遍で、
「そのつもりで出ませんと、旅は疲れるものでございます。あの、御飯を差上げとうございますから、あちらへお越し下さいませ」
 兵馬は、ちょっと動き兼ねる風情《ふぜい》で、
「それは痛み入りますが、おさしつかえなければ、ここで御好意にあずかりましょう、そうして、いずれへなりとも休ませていただきとうございます」
「それでは……」
といって、お雪は勝手の方へ向い、
「茂ちゃん、茂ちゃん」
と呼びますと、
「はーい」
と子供の返事。
「お客様のお膳を、こちらへ上げてください」
「はい」
 黒塗りのお膳を捧げて出て来た少年は、清澄の茂太郎であります。
「何もございませんが……」
 お雪が、そのお膳を兵馬の前に据えると、兵馬は恐縮して坐り直し、
「あつかましい至りですけれども、ドコまでも御好意に甘えて……」
 兵馬はおしいただいて膳に向います。事実、食膳に向う時、兵馬は色の白い飯に向って、慄《ふる》えつくほどの有難味を感じました。
 兵馬が箸を取り上げた時、
「茂ちゃん、済みませんが行燈《あんどん》をここへ持って来て下さいな」
 そこで以前の少年が、身の丈ほどの四角な古びた行燈をヨチヨチと持ち出して、
「持って来ました」
「御苦労さま、お客様の傍へ置いて下さい、もう少しこっちがいいでしょう」
「ここでいいですか」
「ちょうど、ようござんしょう」
 お雪ちゃんが、何もかもとりしきっているもてなし[#「もてなし」に傍点]、兵馬は涙に咽《むせ》ぶ心持で箸を取り上げながら、行燈を見ると無性《むしょう》に懐《なつ》かしくなります。古びた紙の色に黄がかった光。見廻すと、天井が高くて、四方がだだっ広く、大きな炉の傍にはお雪が一人、行燈を持って来た少年は立ちながら栗をむいている。台所では誰やら水仕事をしているらしい。
「塩山の恵林寺へ参りましてな、あそこの師家《しけ》の慢心和尚に、相談をかけようと致したが、和尚に追い出されて、またスゴスゴとここまで戻って参りました」
 兵馬が問わず語りにいい出すと、お雪が、
「恵林寺へおいでになりましたのですか」
 兵馬はえりんじ[#「えりんじ」に傍点]と棒読みにしてしまうが、お雪はえ[#「え」に傍点]りんじと「え[#「え」に傍点]」へ力を入れていいます。
「左様、恵林寺では、ヒドイ目に会いましたが、こちらでは温かい御好意を受けまして、これで生き返った思いが致しました」
「おかまい申すこともできませんで……」
 兵馬が涙に咽《むせ》びながら、徐《しず》かに一杯の飯を食べ終った時、どこかでビーンと絃《いと》の鳴る音がしました。まさしく平家琵琶の調子でありましたから、兵馬は、はて、この寺にはまだ琵琶法師がいるのだなと感じました。
 けれども今の兵馬には、琵琶に耳を傾けている余裕がありません。
 食事が終って、清澄の茂太郎に本堂へ案内された時、
「あの琵琶を弾《ひ》いているのは誰ですか」
「あれは弁信さんです」
 弁信さん――だけでは茂太郎の独合点《ひとりがてん》で、兵馬にはのみこめない。
「そうして、あの娘さんは、君の姉さんですか」
「違います、あれはこのお寺の娘さんです」
「では、君は?」
「わたしは居候《いそうろう》です、わたしも弁信さんも、それから吉田先生も、三人ともにこのお寺の居候で、あの娘さんだけがお寺の人なんです」
「そうですか」
 その時、茂太郎は持って来た行燈を片隅に置くと、そこは本堂の一部の細長い部屋で、壁には狩野派《かのうは》の山水がいっぱいに描かれてある。隣室から夜具を運んで来た茂太郎は、早くもそれを展《の》べ終って、
「お休みなさい」
「有難う」
 かいがいしく世話をしてくれる少年に、兵馬は何かやりたいものだと思いましたが、さて何も持っておりません。
「行燈をここへ置きますから。燧道具《ひうちどうぐ》はこの抽斗《ひきだし》に揃えてあります」
「それはそれは」
「お客様」
 さて改まってこの少年が兵馬に向い、
「この裏の戸はあけないようにして下さい」
「よろしい」
「もし何か変ったことがあっても、今のところからお出になって、決してこの裏の戸をあけないようにして下さい」
と、ことさらに念を押すのがおかしいと思いましたけれども、兵馬は、
「念には及びませぬ」
 そこで刀、脇差をさしおくと、清澄の茂太郎がまだ物足らぬ顔で、
「この戸をあけると、怖《こわ》い化物《ばけもの》が出るんですよ、だから……」
 そこまで念を押さなければ、兵馬もさして気にも留めなかったが、
「化物が……」
「ええ、化物が出るかも知れませんから、あけないで下さい」
「大丈夫です」
 これだけ念を押しておいて、さて茂太郎もやや安心顔に、再び、
「お休みなさい」
といって出かけようとすると、丁度、そのあけてはならないといった方角の縁の下あたりで、唸《うな》る声が聞えました。この唸る声を聞くと、早くも面色《かおいろ》を変えたのが茂太郎で、
「いけない」
といいました。さては、もう、その化物なるものが出だしてしまったのか。犬の唸り声としてはなんとなく凄い。やや長く唸りを引き出したから、釘づけのように突立った茂太郎が、
「いけない、いけない」
と畳の上に二三度、地団太《じだんだ》を踏んで、
「だまっておいで、今、何か捜《さが》して来て上げるから、だまって待っておいで」
といって縁の方へ飛び出して、あけてはならないと断わった戸口を、ガタガタと自分で一尺ばかりあけて、外を覗《のぞ》き、
「吠えてはいけないよ……おとなしくしておいで」
 そこで、今しも凄い唸りを立てはじめた化物が、すっかり静まってしまいました。もとへ戻って来た茂太郎は、兵馬に向い、さも妥協を申し入れるような態度で、
「お客様、だまっていて下さいね、後生《ごしょう》だから。言うと、あたいが叱られるんだから」
「何です、今のは」
「あれはね、お客様、本当のことをいえばお化けじゃないんですよ、狼が二匹、この縁の下にいるんです、あたいが山から連れて来て隠して置くんです、いうとみんなに叱られるからね、誰にもいわないで下さいね」
 少年の哀願を聞いて兵馬も驚きました。なるほど狼を連れて来て、隠しておくのでは叱られるにきまっている。けれども、こうなると、連れて来られた狼よりも、連れて来たこの少年が怖ろしい。

         三十二

 別にその夜更けて、月見寺の裏庭から動き出した真黒い人影があります。
 これは山岡頭巾《やまおかずきん》で面《かお》の半ば以上は隠れ、黒い紋付の羽織、着流しでスラリとした形、腰に大小、手に竹の杖をついて、ふらふらとして夢の国を歩み出したその人は、机竜之助でありました。
 庭を越えて、宮の台なる三重の塔をめぐって駅路へ行く路、或いは動き、或いは動かず、しかしながら闇路《やみじ》を縫うて、徐《おもむ》ろに下りて行くのは、紛《まぎ》れもない駅路への一筋路であります。
 打絶えてこういうことはなかった。曾《かつ》て甲府の城下にある時、また本所の弥勒寺長屋《みろくじながや》を出でて、江戸の市中をさまよう夜な夜なは、この姿で、この男の動くところには、必ず血が流れていたのに――今はもうその時でも、その所でもなかったろうはずなのに――ひらりひらりととめどもなく歩いて行く手は人里。
 自然は眠り、人は定まって、屋の棟も三寸さがる時に、悪魔は人の寝息を嗅《か》ぎに出る。
 昼は光明の世界、夜は悪魔の領分。
 光明の世界に働いた人は、闇黒の夜は寝てしまえばよい。闇黒を悪魔に与えてその跳梁《ちょうりょう》に任《まか》し、夢の天国を自ら守る人には、永久に平和が失われないのである。
 天真なる小児に、夜歩きをさせてはならない。
 老いて子に従うことを知る者も、また夜の悪魔の領分を犯してはならない。
 忠実なる昼の勤労の疲れを味わう人は、夜の酣睡《かんすい》をほしいままにし得るの特権がある。
 美しきも、美しからざるも、若い娘たちは夜歩きをしてはならない。
 恋があろうとも、なかろうとも、若い男たちは夜遊びにふけってはならない。
 親の死目に急ぐ旅でさえも、なるべくは悪魔の領分を犯さないがよろしい。
 善良な夫はその妻に夜歩きをさせない。貞淑《ていしゅく》なる妻は夜の夫の全部を自分のものとする。
 そうしておけば、悪魔はその食《くら》うべきものがなくなる。闇黒の世界に闇黒を食うて、ついに闇黒以外のものに累《るい》を及ぼすということがなくなる。
 夜眠らざる人は罪悪である。或いはその罪悪を守る人である。どうかすると火の番の廃止を恐れて、火をつけて廻る火の番さえある。
 ところで、悪魔は大抵はひとり歩きをするものである。ひとり歩きをする者の全部が悪魔ではないが――天才と悪魔とは往々ひとり歩きを好む。
 孤独は人を偉人にするか、或いは悪魔にすることがある。故に人は夜を怖るると共に、独《ひと》りを怖れなければならぬ。
 善良なる青年は早くよき処女を求むべきである。かくて良き夫はまたその妻に好き子供を産ましむべきである。良き子供はまたなるべく良き兄弟と、良き朋友《ほうゆう》の多くを持つのが幸いである。
 したがって、よき親はまた当然その子のために、よき配偶を心配する。
 偉人と悪魔のみが孤独である――しかし、この悲しむべき悪魔に、今宵は連れのあることが不思議です。
 机竜之助が、暗黒の世界に、ひとり闇黒の身を歩ませたその背後に、影の如く、形の如く、彼がとまればこれもとまり、これが歩めば彼も歩んで、ある一定の間隔を置いて、ドコまでもついて来る二つの黒い物影があります。
 これは何。犬に似て、犬よりは痩《や》せている。獏《ばく》というものに似て、獏よりは残忍。
 それは月見寺の本堂の縁の下にいました。竜之助が庭へ姿を現わした時分に、同じく縁の下から這《は》い出して、最初は少しく唸りましたけれども、やがて静かにそのあとを音もなく歩んで来るのみです。
 この二つの黒い物影は狼――送り狼という。物を見れば、それが転ぶところまでついて来る。その物の転ぶを待って、骨まで食《くら》いつくすのがこの狼の本性であります。
 そこで悪魔は二箇《ふたり》づれになりました。
 けれどもこの小規模のハイランドには、むざむざと闇黒の餌食となるほどの罪造りはいないと見えて、夜の領分を、夜の人が行くに任せて、驚く人も、驚かるるものもありません。
 黒影の人と、送り狼とが、或いは行き、或いはとまり、見えたり、隠れたり、ひらりひらりと夜遊びをしている深夜のハイランドの天地は、至極沈静無事なことですけれども、かえってその別の方面は、無事ではありませんでした。
 寺の本堂で熟睡に落ちていた宇津木兵馬。それを不意に呼び起すもの。
「モシ」
 この時早く、兵馬は眼をさまして脇差の下げ緒を手繰《たぐ》っていると、
「モシ、お目ざめでございますか」
 物を憚《はばか》る小さな声。
「どなたでござる」
「御免下さいまし、私はただいまこのお寺に御厄介になっております弁信と申す盲目《めくら》の小法師でございます」
「どうか致しましたか」
「はい、お静かに願います、お静かに――」
 おかしい物のいいぶりだと思いました。けれども、怪しい物のいいぶりだとは思いません。何かに怖れて、オドオドとしてやって来たもので、人を驚かそうとして忍んで来たものでないことは明らかです。自分がオドオドしながら、お静かに、お静かに、と暗いところを歩み寄って来るのが笑止といえば笑止だが、何かの変事を後ろに惹《ひ》いて来ていることは間違いなかろう。兵馬もおのずから固唾《かたず》をのむと、
「御免下さいまし、お休みのところをお驚かし申して甚だ失礼でございますが……」
 この際、馬鹿丁寧な前置はいらないはず。
「いったい、どうしたのです」
「あの、ただいまこのお寺に盗賊が入りましてございます」
「ナニ? 盗賊が……」
 それは聞き捨てにならない。
「でございますけれども、どうかお静かに願います、入りました盗賊は、たしか二人でございます」
「二人? 二人だけですか」
「エエ、二人だけのようでございますが、まアお待ち下さいまし、私はここで大きな声を致してよろしいか、また、あなた様に出合っていただいてよいか、それがわからないのでございます。なぜならば、もうあの二人の盗賊は、多分、住持の老僧と、お雪ちゃんという娘と、それから針妙《しんみょう》のお光さんというのを、三人だけ縛り上げてしまったようなのでございます。ここで声を立てようものなら、あの盗賊たちが怒って、あの三人を殺してしまうかも知れません。ですから、だまっていた方が無事でしょうか。知って知らないふりをして、盗賊たちに取るだけのものを取らせてやった方が無事でしょうか。それともほっておけば、いい気になって、針妙のおばさんや、お雪ちゃんがあぶないのではないでしょうか。私の思案には余りました。あちらにいる先生のところへ、そっと参りましたところが、いつもおいでのところにいらっしゃらないから、そこで、あなた様のことを思い出して御相談に上りましたのです。何を申すも、わたくしは目の不自由な小坊主でございますから……」
「こうしてはおられぬ」
 兵馬は脇差の下げ緒を口にくわえて、手早く帯を引結びました。
「あなた様、お出合いになりますか」
「聞き捨てになろうことか」
「けれども、あなた様、どうかもう一応お静まり下さいまし。人の危うきを聞いて難におもむくのは勇士の心とやらでございますが、それがために二重三重の災難の生ずることもございます、一旦のはじに目をつぶれば、とにかく目前の急から救われることもございますから……」
「かれこれといっている場合ではござらぬ」
 兵馬は案内知ったる庫裡《くり》の方へと進みました。     
 住持の居間では、たしかに人の言い罵《ののし》る声がします。兵馬は抜足《ぬきあし》して、その明け開いた襖《ふすま》の蔭に立寄ってうかがうと、弁信法師の報告はほとんど見て来たようで、住持は床柱の下に、お雪と針妙とはやや離れたところに、いずれも両手を結《ゆわ》えられ、猿轡《さるぐつわ》をはめられて、引転がされているところに、頬冠《ほおかむ》りした二人の兇漢が、長いのを畳へつきさして、胡坐《あぐら》を組んで脅迫の体《てい》は、物の本などで見る通りの狼藉《ろうぜき》です。
 こういう場合には兵馬は経験がないではない。そこで、もう一応見届けようと踏みとどまりました。それとは知らず二人の盗賊は、おちつき払って悽文句《すごもんく》を並べている。それとてもたいてい紋切形《もんきりがた》の悽文句で、この寺は裕福だと聞いて来たのに、これんばかりの端金《はしたがね》では承知ができねえ、もっと隠してあるだろう、有体《ありてい》にいってしまわねえと為めにならねえ、というようなこと。
 暫くあって一人の盗賊がつと立って、お雪の方へ寄りましたから、兵馬がハッとしました。盗賊の怖るべきは物を取るよりも、女を脅迫することである。兵馬はその例を京都でよく知っている。
「御免下さい」
 お雪の泣き声。それはお雪だけの猿轡を外《はず》したものです。
「静かにしねえと為めにならねえ」
 盗賊が物々しくその泣き声を抑えつけて、その次にわざと小声で、
「姉さん、これからお前は土蔵へ、おれたちを案内するのだ。さあ、鍵があるだろう、鍵を持って土蔵へ案内するがいい」
と、こういって脅迫しはじめたものです。
 その脅迫をのがるる由もないお雪は、強《し》いて手燭を持たせられて、二人の白刃《しらは》の間にハサまれて、この部屋を出ようとする時分、
「盗賊め――」
 といって飛び込んだ兵馬は、先に立った盗賊の真甲《まっこう》を一太刀きると、
「わッ!」
「やったな、それみんな、叩き切っちまえ」
 兵馬にきられたのが倒れる途端にお雪も倒れて、手に持たせられた手燭を取落す。この時一人の盗賊は心得て、部屋の行燈《あんどん》を蹴倒してしまったから、部屋は忽《たちま》ちに真暗闇です。兵馬は、すり抜けて、床柱の方に、三人の味方をかくまって立っていました。
 そこで、真暗闇の室内は、混乱驚愕の闇仕合となる。
 兵馬としては、これらの盗賊を斬るよりも、家中の者の安全を保護するが先である。盗賊共はこうなると、物を盗《と》るよりは逃ぐるが勝ちである。一人の奴が物慣れていると見えて、手当り次第にそこらの物を取っては投げつけるのは、隙を見て逃げ出すつもりに違いない。兵馬はその方角をみはからって、また飛び込んで斬ると、
「あッ!」
といったのは確かに手答えのある声。
 兵馬は賊の投げつけた枕を払って、その切先《きっきき》でたしかに賊の背筋を切ったらしい。
 その悲鳴をあとに、用意の雨戸を蹴外《けはず》して、二人の盗賊は外の闇に飛び下りてしまいました。
 あとを追いかけるよりは、内のものを看護するのが急である。そこで兵馬は、
「お怪我はありませんかな、お怪我は?」
といって、行燈の傍《かたわら》へ手さぐりして火をつけようとすると、
「お客様、有難うございました」
「おおお雪さん、無事でしたか、お怪我はありませんでしたか」
「ええ、おかげさまで助かりました」
「皆さん無事ですか、早く、あかりを欲しいものですな」
「はい、ここに」
といってお雪が探し当てた火打。あかりをつけて見ると、ありとあらゆる物を投げ散らかしたあたりの狼藉《ろうぜき》。血痕が襖にも障子にも飛び散っている。急いで、縛られた住持と針妙の縄目を解いてやると、いずれも死に近いほど恐怖はしていたが、怪我といっては別段にありません。
 やがて、それぞれ元気づいた後、兵馬はなお人々を励まして、ともかく、この事を役向へ訴え出づると共に、人を集めて盗賊の行方を追究させなければなるまいと言い出すと、柔和《にゅうわ》なる寺の老住持が言いました。
「まあお待ち下さい、表沙汰《おもてざた》にすることは見合わせが願いたい。皆々|身体《からだ》に怪我もなし、取られたのは少々の金、寺から縄付きというものを出したくもなし、あのくらい懲《こ》らしめていただけば、二度とこの界隈へ近寄るはずもなかろうから、何事もこのままに」
と、さすがは坊さんらしい意見で、この事は訴えもせねば、世間へも発表せず、これまでの災難とあきらめてしまおうということに一決しました。
 そこへ、弁信法師もやって来る。何か済まないような面《かお》をして清澄の茂太郎もやって来る。みんな寄ってたかって見舞やら、慰問やらで、賑やかなことになりました。
 なんといっても、一同の感謝は兵馬の上に集まり、よい人が泊り合わせてくれたことを喜ばずにはいられません。兵馬はまた、弁信法師の知らせ方の用意周到であったことを今になって讃《ほ》め、家の者は弁信の勘のよいことを、いまさらに讃めて兵馬に語りました。
 さて、盗賊の何者であるかということに就いて、兵馬は、どうしても多少案内を知り、この寺の裕福なことを頭に入れて来たものに違いなかろうというと、お雪が、
「それについて思い出すのは、昨日の日に箕直《みなお》しが来て、妙にジロジロわたしの面をながめて、いやな笑い方をして出て行きましたが、あれは山窩《さんか》の者かも知れません」
「ああ、山窩かも知れません」
と針妙のおばさんが、まだ慄《ふる》えの止まない声でいう。
「山窩?」
「おおいやだ、山窩の奴」
 山窩、山窩と口々にいって、いやな顔をしてしまいます。
 山窩は日本の国内にあって、定まった住所と籍とを持たない、一種の漂泊人種であります。彼等の起源は学者もよく知らないが、かなり長い歴史をもって今日に至っていることは確かである。彼等は多く春夏秋冬によって、なるべく気候の温暖清涼の地をそれからそれと辿《たど》り渉《わた》るという。秋の末から翌年の春にかけては太平洋の岸、東海道は房総の地から武相、伊豆半島から駿遠、或いは紀州から摂津、更に備前、備中、備後、安芸《あき》等、畿内《きない》から山陽道にわたって漂うのを常とし、これらの地を蚊が襲うようになると、彼等は東海道と東山道、或いは山陽道と山陰道との山脈間の村落、または北陸道方面を徒渉《としょう》するのを例とする由。
 彼等の中には世を渡る偽りの職業として、箕直し、天の橋立、風車売り、猿廻し、蒲焼売《かばやきう》りなどを業とし、人里に立入って様子を見届けた上で、強盗に押入る者がある。
「山窩の生活」の著者のいうところによると、彼等はセプリ(天幕)を引揚げるまでに準備をととのえ、女子供は三十里の先へやっておいて、一夜に五軒十軒を荒して巧《たく》みにフケてしまう。そうして彼等の逃走の範囲は日本国中に及ぶ。しかしながら東海道の山間近いところが彼等の根拠地で、漂泊の彼等に、忘れ難い懐かしみの土地となっているらしいということである。
 一同が山窩のことをいい出して、白け渡った時、
「あ、奥の先生は、どうしたでしょう、吉田先生は」
 この時分になって、ひとり残された机竜之助のことが問題になりました。
「先生のところへ行って見ましょう。茂ちゃん、一緒に来て下さいな」
 お雪は思い出すと、このことが、たまらないほど心配になったものと見え、茂太郎と、弁信と、三人づれで出かけましたが、暫くして安心の色をたたえて帰って来ました。
「あの先生は、何も御存じなく休んでいらっしゃいます」

         三十三

 その夜はこうして明けましたけれど、朝になって上野原の駅路|外《はず》れ、火《ひ》の見《み》櫓《やぐら》の下に、一つの恐怖が起りました。
 そこに無残な死体が二つまである。鳥沢の馬方が一番先にそれを発見して、忽《たちま》ち黒山のように、起き抜けの人を集めてしまいました。
「斬られたんじゃない、食われたんだ、食われたんだ、狼か、山犬に食われたに違えねえのだ――」
 誰が見ても、一見それと頷《うなず》かれる。二個《ふたつ》の死骸のどちらのも、ほとんど半分が食い散らかされている。で、山間の人は直ちに狼か山犬だと判断する。落ちていた二三の毛筋を拾って、これが狼様の毛に違いないというものがある。狼は時とすると、様の字で敬畏《けいい》を表象されることがある。
 追々集まって来た人も、すべてそれに一致する。そうして食われた人間は土地の人でないことをも承認する。二人ともに頬冠りが食い残されているところを見れば、まさしく夜荒しをして歩いた悪者に違いない。いわば自業自得《じごうじとく》である。しかしながら、かりにも狼の出没するという形跡は、別に土地の人を恐怖させずにはおかない。今晩から夜歩きをことさら警戒せねばならぬ、若い者は集まって悪獣狩りをしなければなるまいという者もある。そのうち宿役《しゅくやく》たちも寄って来て、その所持品を調べてみると、中から金包が出た。その金包の紙をほどいて見ると、それには報福寺の印がある。そこで報福寺へ使が飛んで来た。
 表沙汰《おもてざた》にしないようにとの、老住職の心づくしも無駄になって、どうしてもこの盗賊の被害者としての引合いを免《まぬか》れないところから、柔和な老住持はこれを苦にした。見兼ねて兵馬が、その衝《しょう》に当ることになった。兵馬とても、かかり合いはいやだけれども、こうなった以上は、自分が引受けた方がよかろうと、その現場へ出向いてみることに決心しました。
 しかし、この寺に縁もない宇津木兵馬という名を名乗りたくない。この寺に親戚の者で、ちょうど泊り合わせた片柳なにがし[#「なにがし」に傍点]という名で、現場へ出向いてみようということ。
 兵馬とても、同じように信じている。手傷を負った二人の者共が深夜を逃げのびて行く手に、食に飢えた狼――この辺には出没しそうなところで、事実またその出没を見届けたものも多いという――に襲われて、その毒牙にかかったものに相違ない、これ自業自得、天の配剤、というように観察して来て見ると、
「それ、お寺様からおいでになった」
 道を開いて通してくれたから、兵馬は、その屍骸に近づいて見る。
 それは、面《おもて》も向けられない惨憺《さんたん》たるもので、なるほど悪獣に食い散らされた残骸ということは、一見して兵馬にもわかる。またその頬冠《ほおかむ》りの体《てい》や、着物の縞柄《しまがら》を見ても、多分――ではない、全く昨夜の悪者共に相違ないと頷《うなず》かれたが、ただしかし、兵馬が、もう一層近く寄って、この屍骸を検視した時に、容易ならぬことを発見しました。
 この屍骸は、二つとも斬られている――食われる以前に――その一つは左の肩からほとんど下腹部まで垂直に――他の一つは横なぐりに頭蓋骨を――それは実に水も堪らぬきりかたであると共に、尋常茶飯《じんじょうさはん》の如く慣れきったるきり手である。兵馬は舌を捲いて怖れました。
 誰もが、食われたことを知って、斬られたことに気がつかない。物に慣れた検視ならば、やはり同じように戦慄《せんりつ》して、舌を捲いて、怖るべきものを、ここに集まっている人々は、誰もそこまで気がつかない。
「これはたしかに、昨夜入った賊共に違いござらぬ、この紙も、この金も、たしかに――しかしながら解《げ》せぬことは……」
 兵馬は、実に、これだけのきり手を、如何様《いかよう》に想像し、如何様に判断すべきかに苦しみました。
 これがために宇津木兵馬は、その日|発足《ほっそく》というわけにもゆかなくなりました。
 しかし、食い散らされた死体のことは、誰も兵馬と同じ疑いを抱くものはなく、ただ狼が人を食うという噂《うわさ》のみが、駅路筋に伝わって、聞く人をして戦慄せしめるに留まったのは寧《むし》ろ幸いでした。ために、食い散らされた二個の死体は、町はずれの馬棄場《うますてば》へ持って行って埋められ、いっさいの責《せめ》が狼に帰せしめられてしまうと、自然、報福寺も宇津木兵馬も、これ以上のかかり合いからは免《のが》れた次第です。
 けれども兵馬の胸には、解き難い疑問がいくつも残されているが、この際、まだ混乱から癒《いや》されない頭では、その一つを選んで熟考する遑《いとま》がない。
 その日一日、兵馬は茫然として暮らし、夜になって、例の本堂へ休ませられる時に、蒲団《ふとん》をのべに来たのが、例の清澄の茂太郎であります。
「お床をのべて上げましょう」
「有難う」
 その時、兵馬の頭にきらめいたのはこの少年だ。昨晩、哀願的に自分に向って妥協を申し入れたのは――
「おじさん」
「何です」 
「昨夜《ゆうべ》のことは、誰にもいわないで下さいね」
「ああ、誰にもいいはしないが、あの狼はどうしました」
「山へ逃がしてやりました」
「君はいったい、どこからその狼をここへ連れて来たんですか……」
「ええ、あたいが、山へ行ってそっと連れてきたんですが……」
「昨晩、火の見櫓の下で、盗賊を食い散らしたのはその狼だろう」
「あたいもそうだと思うんです。ですから、それが知れるとよけい叱られちまうんですよ。けれども、もう大丈夫です、山へ逃がしてやりましたから」
「君は、どうしてまた、そんな怖いものをここへつれて来たのだ、狼が怖くはないのかね」
「山で遊んでいるうちに、あたいのあとをついて来て離れないものだから、ついお友達になってしまいました」
「狼と友達?」
 兵馬は呆《あき》れてしまいました、この面立《おもだ》ちの可愛げな少年が、山へ行って狼と遊び、狼がそのあとを慕うて離れないというのは奇怪ではないか。
「ふん、それで、お前は狼が怖くはないのかね」
「怖かありません、大好きです。狼ばかりじゃありません、山の鳥や獣はみんな好きです。あたいが好きだから、向うもあたいを好きなんでしょう」
「で、その狼は、平常《ふだん》から、君が大事にして育てていたのではないのか」
「いいえ、昨日、山へ行って口笛を吹いたら出て来たんです」
「食いつかなかったの?」
「食いつきませんとも」
「不思議だ」
 兵馬は驚嘆して、この少年の面《おもて》を見比べますと、別段、山男の落し児とも思われない目鼻立ちの清らかな少年に過ぎません。
「だけどもね、おじさん、あたいが一つおかしいと思うのは、ゆうべ、誰かあの狼をこの縁の下から連れ出した人があるんですよ。それは、泥棒の入った前ですね」
 途方もないこと。この少年を別にして、どこの国に、狼を引張り込んだり、つれ出したりする奴がある。兵馬はこの少年の平気な面《かお》をかえって怖ろしいと思いました。
「そう無暗に狼を引き出したり、引込めたりする奴があるものか」
といいますと、
「いいえ、狼だって、そんなに怖いものじゃありません、こっちが怖がるから、向うも怖がるんでしょう」
 語気によって察すると、この少年は山に行って、あらゆる悪獣毒蛇をも友とし得るの魔力か、無邪気さかを持っているらしい。
 夜具を展《の》べ終った茂太郎は、大きな桐火鉢の縁《ふち》へしがみ[#「しがみ」に傍点]つくように坐り込み、
「おじさん」
 兵馬はおじさんといわれるのがなんとなく擽《くすぐ》ったい。
「何だ」
「おじさんは剣術が出来るんだろう」
「それは少しは出来る」
「剣術が出来れば怖いものは無いんだね」
「そうもいかないね」
「荒木又右衛門と柳生十兵衛と、どっちが強いの」
「それは柳生十兵衛が強いだろう、先生だから」
「それでは柳生十兵衛と宮本武蔵では」
「それはわからない」
「おじさん、天草軍記《あまくさぐんき》の話をしてくれないか、寛永年間の天草軍記」
 妙な無心をはじめたものです。
「君は話が好きかね」
「大好き。そのうちでも、あたい天草軍記が大好きなんだから、おじさん、知ってるなら教えておくれよ」
「わたしは、よく知らない」
「よく知らなけりゃ、少しでもいいから」
 話を聞きたがってせがむ[#「せがむ」に傍点]ところは、世の常の少年と少しも変りはない。けれども、兵馬にはこの少年の知識慾を満足せしめるほど、天草軍記の知識を持っていないという引け目があるのと、もう一つは何か最初から気にかかることがあって、
「それより、拙者の方で君に聞きたいことがある、このお寺には君とあの弁信殿と、そのほかにまだお客があるの?」
「そのほかに吉田先生がいます」
「吉田先生とは?」
「あたいは知らないけれど、弁信さんがよく知っています」
「その人は何をしています」
「病気なんでしょう」
「どこにいます」
「あちらの奥の八畳の間に一人でいます」
「若い人ですか、お年寄ですか」
「どうだか知りませんが、そんなに年寄じゃないでしょう、お雪ちゃんと、よく話が合うくらいだから」
「君は、その人と会ったことはないのか」
「ありません。会わせてくれないんだもの」
「会わせてくれない? 誰が……」
「弁信さんが、あぶ[#「あぶ」に傍点]ないから、お前、あそこへ行ってはいけないと止めるから、あたい、一度も行かない」
「どうして危ないの」
「どうしてだか、それがわからないんです。ただ、危ないから、あのお部屋の傍へ寄ってはいけないと、無暗に弁信さんが止めるから、あたい、変だと思っているの。そのくせ、弁信さんは、自分じゃ平気で入って行くんだからね。でもこのごろはあんまり行かなくなりました。その代り、お雪ちゃんがちょいちょい行きますよ。あたい、変だと思うけれども、人が止めるものを無理に行きたかないから、それで行って見たことはありません。悪い病気の人かも知れません」
「茂ちゃん、茂ちゃん」
 あちらでお雪の呼ぶ声。
「ああい」
 茂太郎は大きな声で返事をして立ち上り、
「お休みなさい」
「お休みなさい」

 兵馬は、やがて寝に就きました。まもなく、軒を打つ雨の音。
 庭の立木もさわぐ。ようやく雨が降りしきる模様。
 雨垂《あまだれ》に枕を叩かせて、うとうとと寝入る兵馬。昨夜もあの騒ぎでおちおち眠れない。このごろ中よく眠れない。今宵こそは、ともかくも一夜の熟睡を貪《むさぼ》って、明日はこの寺を立つのだ。
 現在、同じ寺のうちに、多年|敵《かたき》と覘《ねら》う人と泊り合わせの運命に置かれながら、それを怪しむこともなく、それを尋ねる縁もなく、今日はこうしてちかより、明日はまたこうして離れて行く。彗星《すいせい》と遊星とが、近づく時は圏内《けんない》に入り、離れる時は何千万里の大空をそれて行くように。

         三十四

 両国広小路の人混みを離れた一人の大男、三歳《みっつ》ばかりになる男の子を十文字に背負って、極彩色の花の中宿《なかやど》の日傘をさし、両国橋の袂《たもと》まで来て、
「もうし、物をお尋ね申したいが、あの本所の相生町というのは、どう参ったらよろしうございますかね」
「相生町へ行きなさるか……」
 尋ねられた若い衆は、すぎこし方《かた》を指さして、
「それ、この橋を渡りきると左手に辻番がある、それを左へ行っちゃいけねえよ、右へ行くんだね。右へ行くと元町というのがあらあ、それを河岸《かし》へ伝って行くと相生町へ出まさあ、左が松坂町……」
「どうも有難うございます。序《ついで》にお聞き申したいのは、その相生町に、御老女様のお屋敷というのがござりますか」
「御老女様のお屋敷だって? そんなのは、ツイぞ聞かねえが、まあともかく、いま言った通りに行ってごらんなさい、相生町へ出たら、もう一度聞いてごらんなさるさ」
「有難うございます」
 丁寧にお辞儀をして、教えられた通りに橋を渡りかけた子持ちの大男。
 それを、やり過ごして見送っている尋ねられた若い者二三人。
「いいかっぷく[#「かっぷく」に傍点]だなあ、たしかに十両がものはある」
 そのかっぷく[#「かっぷく」に傍点]に見惚《みと》れている通り、いま物を尋ねて過ぎ去った大男は、たしかに相撲に見まほしき肥満の若者でありました。けれども相撲ではない証拠には、その着物といい、言葉つきといい、ドコまでも質朴《しつぼく》な田舎者《いなかもの》で、前髪がダラリと人のよい面《かお》つきの広い額の上にさがっているところは、もうかれこれ二十歳《はたち》であろうのに、どこかに子供らしいところがあり、草鞋《わらじ》がけでかなりの道中を、江戸までスタスタ歩いて来たものと見えます。
「えてして、宝の持ち腐れというものが、この世間にはどのくらいあるか知れねえ、うまく掘り出せば横綱になる代物《しろもの》を、一生、田の草取りで終らせるのがいくらもあるだろう、今のなんぞも百姓には惜しいもんだ」
 二三の若い者は、これを捨ゼリフの送《おく》り詞《ことば》で、あっちへ向くと、もう両国の盛り場の人混みへ見えなくなってしまいました。
 この大男は武州沢井の水車番の与八。背に負うているのは机竜之助とお浜との間に出来たことし三つになる郁太郎であります。
 その尋ねて行く先は、相生町の老女の家。
 橋を半ばまで渡った時分に、人が争って南の欄干に集《たか》る。
「相対死《あいたいじに》」
「相対死」
「何ですか」
「つまり心中なんです、あれごらんなさい、心中者の死骸が見つかりました、ああして船の中へ引き上げたところです」
「なるほど」
「どこの人ですか」
「それはわかりませんが、姦通《まおとこ》だということです……引き上げられてからまたその死骸を、三日の間|曝《さら》されるんだそうですよ」
「業曝《ごうさら》し」
「罪ですね」
 橋の下を潜り抜けて、矢の倉の河岸の方へ行く小舟には、打重なった死骸。白い肌、濡れた髪、なまめいた衣裳の乱れ、男女相抱いた姿が、晴天白日の射るに任せている。
「南無阿弥陀仏」
 眼をつぶった与八。
「畜生、洒落《しゃれ》てやがら、こっちは心中どころじゃねえ、おまんまが食えねえんだ」
 与八の傍で、憎たれた口を利《き》いた一人の乞食。この声で、眼をさました郁太郎が、むつかり出すのを与八がなだめて、その場を外し、志すところの相生町へ急ぐ。

         三十五

 相生町の老女の家の一間に、まだ新しい仏壇の前で、お松は赤ん坊を抱き、
「乳母《ばあ》や、ごらんなさい、登様が笑いましたよ。まあなんという可愛いお児さんでしょう」
「まあ、お可愛いこと」
 乳母やと二人、同じようなことをいって、一人の赤ちゃんを可愛がっている。
「まあ、成人したら、どんなにお立派になることでしょう、この目鼻立ち、殿様にそっくり[#「そっくり」に傍点]なんですもの」
「お姿は殿様に似ても、お心は殿様に似ないように御成人なさいまし、ねえ、坊ちゃま」
「何をいうんです、乳母《ばあ》や」
 お松は乳母《うば》のいったことをたしなめるように、
「お心なら、御器量なら、残らずあの殿様におあやかり[#「あやかり」に傍点]なさいまし」
「いいえ、お心はあの殿様に似てはなりませんよ、登様」
「乳母《ばあ》や、まだやめないの、そんなことをいうと罰《ばち》が当りますよ」
「いいえ、罰は当たりません、登様、あなたのお父様は薄情なお方ですから」
「いけません、登様、あなたのお父様は、いいお方なんですよ」
「いいお方ならば、こんな可愛ゆい坊ちゃまを、こうしてはお置きになりますまいに――」
「でも仕方がありませんね、お父様はこのことを御存じないんだから……そのうちムクが帰ったらきっと、あなたのお父様から便りがありますから、それまで待っていらっしゃい、そうしてお父様のお便りがあった時は、この憎らしい乳母《ばあ》やをうんと叱っておやりなさい」
「ほんに、ムクはまだ帰りませんが、途中で間違いがあったんじゃないでしょうか」
「いいえ、大丈夫です、あの犬に限って間違いなんぞはありゃしません、きっとそのうちに殿様のおいでなさるところを突留めて参りますから、見ていてごらん」
「ですけれどもお松様、よしんば殿様はあの手紙をごらんになっても、お返事を下さいますか知ら。殿様は不憫《ふびん》と思召しても、お家への義理で、知って知らないふりをなさるんじゃないか知ら。またお附の衆が、こんなことを知ったら、かえって仲を隔てるようなことになりゃしないかと、わたしはそれを心配していますよ」
「いいえ、駒井の殿様は、そんなお方じゃありません……もし、そういうお方でしたら、かえって幸いですよ、このお子さんをわたしが弟にしてしまいますもの」
「お松様、あなたが、坊ちゃまを横奪《よこど》りなさるんですか。坊ちゃまの周囲《まわり》には怖い人ばかり附いていますね」
「怖い人が附いていて丈夫に育てて上げなければ、お君様に申しわけがありません。登様、あなたのお父様がほんとうに薄情なお父様でしたら、あなたは、わたしの子になっておしまいなさい、ねえ、登様、登というお名前は、わたしが附けて上げたんですからね。お父様なんぞ来なくてもいいでしょう、松がいればあなたは御満足でしょう」
「さあさあ、乳母《ばあ》やがおっぱいを上げますから、乳母やのお子さんになりなさい、お松様はお乳を上げることができませんから、本当のお母さんにはなれません」
「乳母やは、ああいう口の悪い人ですからね、乳母やに懐《なつ》いてはいけませんよ」
といって、二人はたあいもなく、一人の嬰児《みどりご》を可愛がっていると、次の間で、
「あの、皆様、もうお説教が始まりますから、広間へお集まり下さいまし」
「まあ、そうでしたね、もうお説教の刻限でしたのに、忘れていました、参りましょう。坊ちゃまがむつ[#「むつ」に傍点]からなければ、乳母《ばあ》やもいらっしゃいな」
「はい、わたしもぜひ聴聞《ちょうもん》をさしていただきたいつもりでございます」
 こういって二人はこの部屋を立ちました。
 広間には今、五十名余りの男と、三十余名の女とが席を分けて集まっています。
 女座の方は、けんしきの高いこの屋敷の御老女様を中心に、数多《あまた》の女中。男は例の荒くれな浪士たちを主にして、老少の者も交っています。
 ここでお説教がはじまる。この取交ぜた一座に聞かすお説教師も、相当に骨が折れるだろうと心配される。
 お松は乳母《うば》を連れて御老女の背後《うしろ》の方へ坐る。しかし容易にお説教の導師は現われない先に、ともかくも定員がほぼ揃うたと見きわめて、前の方に控えていた例の南条力が、坐ったままで膝を一同の方へ捻《ね》じ向けて、
「さて、おのおの、今日は御老女の思召《おぼしめ》しと、我々の希望とにより、慢心和尚を屈請《くっしょう》して、一席の説教を聴聞致す次第でござるが、和尚は、今日、甲州の恵林寺から下山致された。御承知でもござろうが、甲斐の恵林寺は、武田信玄以来の名刹《めいさつ》で、昔、織田信長があの寺を攻めてやきうちを試みた時、寺の主《あるじ》快川国師《かいせんこくし》は楼門の上に登り、火に包まれながら、心頭を滅却すれば火もおのずから涼しといって、従容《しょうよう》として死に就いた豪《えら》い出家である。それで只今の慢心和尚も、道力《どうりき》堅固を以て知られてはいるが、なにぶん越格《おっかく》のところが多く、我々には測り兼ねる器用がござる故、今日は懇《ねんご》ろに請うて、初学の者、或いは婦人子供たちにもわかるように、特に垂示《すいじ》を煩わす次第でござるが、しかし、あの和尚のこと故に、時々脱線して……凡慮には能《あた》わぬことをいい出されるやも知れない。しかし、そのうちには必ずや身になるべき教訓も多きことと思わるる故、神妙に聴聞なさるよう。わかってもわからなくても、その道の者の為すこと、言うことにはおのずから妙味の存するもの故に……左様な次第でござるから、和尚は今日は日頃と違い、全くものやわらかに……」
 南条力がこう言って紹介の半ばに、一人の女中が廊下から来て、そっとお松の袖を引き、
「お松様」
 お松も小声で、
「何ですか」
「あの、沢井の与八さんとおっしゃる方が、尋ねておいでになりました」
「与八さんが?」
といって、お松は驚きもしたし、この席も立てない心持で、ちょっと返答にさしつかえたが、思いきって、
「今わたくしが参ります」
と言ってお松は、そっとこの席を外しました。
「裏の潜門《くぐり》の所に待っておいでなさいます」
「そうですか」
 お松は廊下から下駄を穿《は》いて、小門の所まで出て来ますと、郁太郎を背負い、日傘をさした与八が立っていました。
「おお、与八さん、よくおいでなさいましたね」
「お松さん、久しぶりでしたね」
「まあ、こっちへお入りなさい」
「お忙がしくはねえですかね」
「いいえ」
 お松は欣々《いそいそ》として与八を自分の部屋の方へ導いて来ましたけれど、久しぶりのお客をもてなしたいし、それに今はじまろうとするお説教も聞きたいしで、
「あのね、与八さん、ちょうどよいところです、今ね、あの広間で有難いお説教がはじまるところなんですから、そのまま足を洗って、広間へおいでなさいな、一緒にお説教を聴聞致しましょう。お説教が済んでから、いろいろとあなたのお話を伺いましょう、ね、いいでしょう」
「それは有難いことでございます、そんならわしも、お説教のう、ひとつお聞かせ申していただくべえ」

         三十六

 お松も再び席に着き、与八も郁太郎を抱いて末席についた時分に、慢心和尚が壇上に現われました。
 以前から近づきの人はともかく、はじめて慢心和尚の姿に接したものは、あっ! と驚きの声を禁ずることができません。
 世の中には、こうもまあ面《かお》のまるい人があるものかと、あっけ[#「あっけ」に傍点]に取られてその面を見直すばかりであります。
 実際、和尚の面は、ブン廻しで描いたほどにまんまるく、眉と目は、細く霞のように上庭《じょうてい》の一部に棚曳《たなび》き、鼻は、ほんの申しわけに中央に置かれ、その代り比倫《ひりん》を絶して大きいのはその口と唇で、大袈裟にいえば、夜具の袖口ほどあります。
 で、正式に袈裟法衣《けさころも》をつけて、侍者を従え、ユラリと演壇へのぼって、むんずと坐を組み、
「オホホホホホホ」
と面《かお》に似気《にげ》ない愛嬌笑いを試みた時に、霞のように棚曳いていた細い眉と目が、一時にドヨみ渡りました。
「さて」
 慢心和尚は笏《こつ》を取って、机を一つトンと叩き、
「今日は、愚僧に向って説教をせいとのことであるが、愚僧は今日までトンと説教ということを致したことがないじゃテ。釈迦もそれ人《にん》を見て法を説くといった。つまり説教というものは、その場その場のお客様次第のものじゃ。法というものは不増不減のものだが、教えというものは融通変化《ゆうずうへんげ》、自由自在でなければならん。法は本体じゃ、教えは化者《ばけもの》じゃ。うまく化かされたのがエライ、うまく化かされたのが救われたというわけじゃ。愚僧もこれ、多年坊主を商売にしているが、説教をして人を化かすことが大の不得手でな……坊主によるとずいぶんこれに妙を得たのがあって、これ、お同行衆《どうぎょうしゅう》や、朝《あした》に白骨となり夕《ゆうべ》に白骨となる何《なん》かんとやると、それ、後生安楽《ごしょうあんらく》、南無阿弥陀仏、バラバラ、バラバラ(財布からお賽銭《さいせん》を取り出して投げる真似をする、聴衆笑う)……さて、昔、六祖|慧能大師《えのうだいし》というお方は始終|石臼《いしうす》を背負ってお歩きになった、行くにも石臼、帰るにも石臼、悟り得ざる時も石臼、悟り得た後も石臼、寝るにも石臼、坐るにも石臼、人を度《ど》するにも石臼、法を説くにも石臼、石臼でなければ夜も日も明けない……」
 この時、突然聴衆の中から、
「石臼とならばドコまでも、箱根山、白糸滝の中までも……」
 頓狂声で交ぜっ返したものがあるから、ドッと笑って、誰も彼もあいた口がふさがりません。
「叱《しっ》!」
 叱る声と、笑う声でドヨみ渡っている中に、抜からぬ面《かお》で男子席の一隅にすまし込んでいるのが道庵先生であります。
 さてこそ、今の交ぜっ返しはこの先生から出たと、先生が先生だけに一同が腹も立てません。御当人は多分居眠りをしていたのが、何かに驚かされて、ふと眼がさめ、夢うつつでついこんなことを口走ってしまったものと見えます。一同が呆《あき》れ返って、先生を目の敵《かたき》にした時分には、先生すましたもので、再び舟を漕ぎはじめているから始末にいけません。
「オホホホホホ」
 慢心和尚は、さも嬉しそうに愛嬌笑いをして、
「その通りじゃ、石臼とならばドコまでも、箱根山、白糸滝の中までも。そこで相手が石臼だから、ついて離れない。三界流転《さんがいるてん》のうち、離れ難きは恩愛の道じゃ。六祖は石臼を引きずって歩いたが、生きとし生ける者の、恩愛に引きずられて歩かぬというはない」
 慢心和尚はそれから、一時浮き立った席を、徐《おもむ》ろに静めて綿密な説教を進めて行きました。
 古人の行持《ぎょうじ》の親切なことをこまごまと教えてゆく時は、自分もホロホロと泣いてしまいました。
「臨済《りんざい》は三たび黄檗《おうばく》に道をたずねて、三たび打たれた。江西《こうせい》の馬祖は坐禅すること二十年。百丈の大智は一日|作《な》さざれば一日|食《くら》わず。趙州観音院《じょうしゅうかんのんいん》の和尚は、六十一歳にして、はじめて発心求道《ほっしんぐどう》の心を起して諸方に行脚《あんぎゃ》し、七歳の童子なりとも我に勝《まさ》らん者には我すなわちこれに問わん、百歳の老翁なりとも我に及ばざる者には我すなわち教えんといって歩いた。古人、道を学ぶの親切なること、ただただ涙のこぼれるばかりじゃ……これ、ひとり参禅弁道のためのみではござらん、すべてまことの師道には、この親切というものがござる。愚僧の如きも初めの頃、師匠から打《ぶ》って打って打ちのめされて、命からがら漸く今日まで永らえてみると、打たれた師の拳《こぶし》が有難いが、今はこの丸い頭を打ってくれる奴が一人も無いかと思うと、無性《むしょう》に情けないのじゃ」
 こういって、また慢心和尚がホロホロと泣き出しました。
 この時は、しんみり[#「しんみり」に傍点]して誰も笑う者がありません。なかには何か知らぬ哀れに誘われて、シクシクと貰い泣きをする女たちさえありました。
 和尚は話頭《はなし》を進めて、
「養うて教えざるは父のあやまち、教えて厳ならざるは師のおこたり、とそれ実語教にもある通り、人の親となり師となるものの任は重い……」
 ここまでは至極|尤《もっと》もであったが、これからがいけない。
「しかるに今時の馬鹿野郎は……」
と来たから、男子の席が、そら始まったと面《かお》を見合わせる。
「師匠も弟子もみんな粗製濫造のガラクタばかりじゃ、ぴゅうと膨《ふく》れ上って忽《たちま》ちペチャンコ……それというのが出来が嘘だから、師匠が本物でないから、力がないから見識が立たぬ、見識がないから景気とゴマカシで世を渡ろうとする、他を誹謗《ひぼう》することを知って、己《おの》れの徳を養うことを知らぬ」
「そこだ!」
 この時、またも聴衆の中から頓狂声を振り上げたのは、例の道庵先生であります。舟を漕いでいたはずの先生が、突然奇声を張り上げたから、またも一座を動揺させました。
「先生、静かに――」
 その時、道庵先生はもう舟を漕いではおりませんでした。トロリとした酔眼だか寝惚眼《ねぼけまなこ》だか知らないのを※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]《みは》って、両の肩を怒らせ、掌を膝に置きながら、首をのべて慢心和尚の面をまともに見つめ、
「そこだ! 今時の馬鹿野郎は物になっていねえ、それというのは教育が悪いからだ、教育の根本を改良するのが現代の急務だ」
 道庵先生は途中から慢心和尚の言葉を聞きかじって、ヒドク共鳴してしまったものと見え、しきりに昂奮し出したのを、寄ってたかってなだめると、まもなく納まって、またコクリコクリと舟を漕ぎはじめました。
 道庵先生の合《あい》の手を、慢心和尚はその度毎に嬉しそうに、細い目をあいてながめていましたが、この時も至極上機嫌で、
「オホホホホホ、全くあの先生のおっしゃる通り、教育というものが先に立つのでござるから、ことに子を持つ御婦人方には、教育に心していただきたい。ところが、教育の根本ということは、慢心を戒めるということでござる。慢心があっては、すべてのことが行詰まるばかりじゃ。足らぬ、至らぬという謙遜《けんそん》な心があってこそ物事が上達する、上達の道は無限であるによって、謙遜の心も無限でなければならぬ」
 慢心和尚の説教は、慢心を否定するという至極常識的な結論で終りを告げました。

         三十七

 説教が済んでこの一座が崩れて、おのおの行きたい方へ散って行くうちに、浪土豪傑連は、裸になって庭の一隅に築いてある土俵の周囲に集まって、早くも相撲《すもう》の勝負をはじめました。
 今日はこれから、本式の関取《せきとり》が来て、稽古をつけるのだということ。
 ちょうど、説教の席から、郁太郎を抱いてこの場へ通りかかったのが与八の災難といえば災難で、そのかっぷく[#「かっぷく」に傍点]が、この素人相撲の認めるところとなって、その前途を立ちふさがれ、
「君、君は相撲だろう」
 勇士豪傑の取的連《とりてきれん》が与八を擁《よう》して、これをみのがさないことにする。
「いや、わしは相撲取りじゃござりましねえよ」
「嘘をつけ、相撲だろう、そんな子供は抛《ほう》り出して、ここへ来て一丁|揉《も》め」
「違いますよ、わしは相撲取りじゃござりましねえ」
 迷惑がって与八が申しわけをすると、
「まあ、何でもいいや、この身体《からだ》では力をもてあますだろう、一丁附合え」
「御免なさい、わしはなア、お松様のところへ尋ねて来た与八という水車番の男でございまさあ」
「とにかく、体格と力量とは比例するものだから、その体格で力がないとはいわせない、一丁来い」
「御免なさいまし、わしは相撲の手なんぞはちっとも知りましねえ」
「知らなければ教えてやる、また本式の相撲になりたければ、いいところへ紹介してやるぞ、今に横綱の陣幕もここへ来るだろう」
「御免なさいまし、わしは水車番の与八でございます」
「何だ貴様、しきりに水車番、水車番を振り廻しているが、水車番なんぞは自慢にならん、その体格で相撲になってみろ、天下の力士として諸大名へお出入りが叶うぞ」
「どうぞ御免なさいまし、わしは水車番でございますから」
「始末の悪い奴だ、今の横綱力士陣幕も、もとは出雲《いずも》のお百姓だ、それが今は飛ぶ鳥を落す日《ひ》の下《した》開山《かいざん》で、大名やさむらい[#「さむらい」に傍点]と膝組みで話のできる身分になっている、貴様もその体格で勉強さえすれば、世間はいつまでも水車番では置かないぞ」
「いいえ、わしは水車番で結構なんでございます」
「少々足りない」
「まあこっちへ来い」
 勇士豪傑の取的連《とりてきれん》は、どうしても与八をつかまえて、物にしなければおかないしつこさ[#「しつこさ」に傍点]。これがために与八は迷惑を極めているにも拘らず、それをグングン土俵の方へ押して行こうとするから、郁太郎がわっと泣きました。
「子供が泣くから御免なさいまし」
「意気地なしめ」
「与八さん、与八さん」
 そこへお松の声。
「与八さんはいませんか」
「はい、ここにいますよ」
 与八は助け舟にすがる心持で返事をすると、乳呑児《ちのみご》を抱いて廊下を駈け出して来たお松が、
「与八さん、こっちへおいでなさい、相撲はあとで、ゆっくり見せておもらいなさいましな」
「ああ、そう致しましょう」
「皆さん、この方はわたくしのお客様ですから、わたくしの方の御用が済まないうちは皆さんに貸して上げません」
「これはこれは」
 力士連は頭をかかえて恐縮する。この場へ出て来たお松は、勇士豪傑をたしなめ[#「たしなめ」に傍点]るように、
「なに、あなた方、与八さんにかなうものですか」
「お松どのに叱られてはかなわない」
 取的連が頭をかかえて恐縮がることほど、お松はこの屋敷で御老女様のお気に入りで、幅利きになっていました。

 ここに奇妙な二組の子持が坐っている。
 与八はその大きな膝の上に郁太郎を据え、お松は後生大事に嬰児《みどりご》を抱いて、
「与八さん、それはよい功徳《くどく》をなさいましたね、大菩薩峠の上へ御地蔵様をお立てなさいまして」
「ああ、功徳というほどのことでもありませんが……どうです、お松さん、もう一ぺんあの峠へ登ってみる気はありませんかね。行ってみる気があるなら、わしがとこから馬に乗せて行って上げまさあ」
「ぜひつれて行って下さい。そうして与八さんの立てたお地蔵様を拝んで、お爺さんの供養をして上げたら、どんなにお爺さんが喜ぶか知れません……御老女様にお暇をいただいてみますから」
「もう追々寒くなりますからね、寒くなると雪が積って行けませんから、来春《らいはる》になって、あのお地蔵様の供養をしたいと思っているところですから、お松さん、その時においでなさいな」
「あ、そうしましょう、来春ならばね。そうしてその時に、与八さんのお地蔵様へ、わたしも何か御奉納をして上げたいと思います」
「それは、いい心がけです」
「何がよいでしょう」
「そうだねえ……ああ、お地蔵様の前へお燈籠《とうろう》を一つ上げていただきましょう」
「結構ですね。では、わたし、きっと金《かね》のお燈籠を一つ御奉納しますから」
「その前に、わしは、一度あの峠へ登って、お堂の屋根を葺《ふ》いて来ますから」
「それはなかなかお骨折りですね、ずいぶん費用もかかることでしょう」
「なあに、それでも、ぽつぽつ寄進についてくれる人がありますでね……わしが一人で、こつこつと木を運んだり、石を運んだりして、どうやらお堂の形が仕上りました」
「まあ、できないことですね。ですけれどもね、与八さん、一人で行くのはおよしなさい、あんなこわいところへ」
「なあに、別段こわいことはありゃしませんよ」
「いいえ、あんなおそろしいところはありません、思い出しても怖《こわ》いところ。わたしのお爺さんは何だって、本街道を通らないで、わざわざあんなおそろしい道を通ったのでしょう。わたしはあの時のことを思い出すと、くやしくってくやしくって。あの峠を通りさえしなければ、お爺さんもあんな目にあわず、わたしもこれほど苦労はしないで済むものを、恨みなのはあの峠です。菩薩なんて誰が名をつけたんでしょう、悪魔峠か、夜叉峠《やしゃとうげ》でたくさんですわ。おそろしい峠、にくらしい峠、いやな峠」
「峠が悪いんじゃないでしょう、人間が悪いんでしょう」
「ああ、人間が悪い。あの悪い奴はまだ生きてるんでしょうか。何の罪も恨みもない、わたしのお爺さんを、あの峠の上で斬ってしまった悪い奴は、机竜之助というんですってね……ほんとうに悪い奴、兵馬さんの兄さんを殺したのもあいつの仕業《しわざ》ですってね。あんな奴ですから、まだほかにどのくらい人を殺しているかわかりゃしません。何だって神仏はあんな人間を、この世に生かしておくんでしょう。それから、気の知れないのは兵馬さんの姉さん。どうしてあんな悪い奴を好いて、兵馬さんの兄さんのようなよい人を棄てたんでしょう、ほんとにあれこそ魔がさしたんですね」
 お松は、このことになると、我を忘れて、口を極めて、悲憤がほとばしり、そうしてところと人とを呪うのが日頃とは別人のようで、
「ほんとうに大菩薩峠は、悪魔峠です」
 その時、何に驚いたか、与八の膝に抱かれていた郁太郎が、けたたま[#「けたたま」に傍点]しい声で泣き出しました。その泣き声に誘われてか、お松の抱えていたみどり[#「みどり」に傍点]児も、悲しい声で泣き出しました。

         三十八

 二人の子供が申し合わせたように泣き出したものですから、二人の守《もり》は、あわててそれをなだめにかかりました。
 子供が泣きやんで笑顔をつくると、呪わしかったお松の気色《きしょく》も、忘れたように笑顔になりました。
 それから二人は、一別以来のことを何かと打語らい、現在の生活ぶりをおたがいに話し合った中に、与八の生活もこのごろはすこぶる多忙で、ことに感心なことは日頃心がけて、附近の山々のあきちへ杉苗を植えたのが、早や三千本になるという話。水車も二三本|杵《きね》を増して、人を雇うて働いてもらっているという話。その他、何かと近処から相談を持ち込まれて、世話をしてやっているという話。
 お松もまた、兵馬の身の上のことは口に出さず、自分としてはこのごろの生活は安定もあり、人の贔屓《ひいき》も受けているし、自分も働き甲斐があることを物語りました。
 その晩はこの屋敷へ泊って、翌朝ここを立って武州の沢井へ帰ろうとする与八に、よい道づれが出来ました。
 恵林寺の慢心和尚も、同じところを出でて甲州へ帰ろうとするところ。
 和尚は錫杖《しゃくじょう》をついて、笠をかぶり、袈裟衣《けさごろも》に草鞋《わらじ》を穿《は》こうとして式台に腰をかけているところを、郁太郎を背負っている与八が、跪《ひざまず》いて恭《うやうや》しくその草鞋の紐を結んでやりますと、
「うん」
といって、自分の手を休めた慢心和尚が、傲慢な態度で与八に紐を結ばせておりましたが、与八が丁寧に結び終って後、和尚の背後には、数多《あまた》の豪傑連が送りに出ているのに、和尚は容易に動こうともしないで、与八の姿をじっとながめていたが、
「ああ」
と感嘆の声を洩らし、そのまま与八の手を取ると、自分の腰をかけていたところへ腰をかけさせて、自分はその前へ土下座をきり、三たび与八に向って礼拝《らいはい》して出かけましたから、見送るほどの者共が、和尚気がちがったのではないかと怪しみました。
 やがてこの道づれは滞りなく江戸の朱引内《しゅびきうち》を出てしまって、例によっての甲州街道を歩み行くうちに、どちらが先ということもなく、二人が話をはじめる。
 慢心和尚の、与八に対する態度というものは、打って変った親切を極めたもので、その話しぶりなども、噛んで含めるほどに優しいものになっていることが不思議です。
 与八から尋ねられて、和尚は欣《よろこ》んで、慧能大師《えのうだいし》の石臼の物語をはじめ、
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「慧能ガ厳父ノ本貫ハ范陽《はんよう》ナリ。左降《さこう》シテ嶺南ニ流レテ新州ノ百姓トナル。コノ身不幸ニシテ父又早ク亡《もう》ス。老母|孤《ひと》リ遺《のこ》ル。南海ニ移リ来ル。艱辛貧乏。市《まち》ニ於テ柴ヲ売ル」
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といって、貧乏のあまり、薪を売って母を養っていたことから、ふとお客様が金剛経を誦《じゅ》するを聞いて開悟し、黄梅の五祖|弘忍大師《こうにんだいし》のところへ行って米を舂《つ》いて允可《いんか》を受け、ついに達磨大師以来六代の伝衣《でんえ》を受けて、法流を天下に布《し》いたこと、その米舂《こめつ》きの因縁と石臼のことなどを細かに物語って聞かせたのみならず、本来は本街道を通って帰らるべきものを、与八のためにわざわざ裏街道へ廻って、多摩川の岸を沢井まで、送らるべき人が送る身になって、とうとう与八の水車小屋へ一晩泊り込みました。
 それのみならず、その翌日は、この水車の仕事が面白いといって、和尚は法衣《ころも》の袖を高くからげて、米搗《こめつ》きから、粉挽《こなひ》きから、俵の出し入れから、水門の上げ下ろしから、穀物の干場の仕事まで、与八を助けて、せっせと稼いで、その稼ぎぶりの確かなことに本職の与八を驚かせ、夕方になると、さっさと出発してしまいました。
 慢心和尚が裏街道を甲州へ入った時分、宇津木兵馬は上野原の月見寺を出て行方不明になりました。行方不明というのは、西の方、恵林寺へ再び戻る気配もなく、東の方、江戸の地へ足を踏み入れた様子もなく、あれから横へ外《そ》れて、つまり甲武信三州の山々の群がる方面へと入り込んでしまったのです。しかし、それも一人ではありません。寺に逗留《とうりゅう》しているうちに遊びに来た猟人《かりうど》の案内で、三日分ほどの食糧を携帯したままで、山を分けて入り込んでしまったのです。
 それからまた一方、寺の娘のお雪が机竜之助と共に、案内知った久助を先に立てて、信州の白骨の温泉へと志したのは間もないことでありました。白骨の温泉はよく人を活かすべく、また人を殺すべしと言った弁信法師は、あれ以来、留立てをせず、この一行の駕籠《かご》の出立する時も、見えない眼で見送りをし、無事を祈って、自分は少なくともその帰るまで、この寺に留《とど》まることを約束しました。弁信が留まれば、おのずから清澄の茂太郎も留まります。

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法隆寺の夢殿《ゆめどの》で
浮世烏《うきよがらす》が
こう鳴いた
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら

斑鳩《いかるが》の陣太鼓
おしとど、おしとど
追いこんで
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら

生れた奴は罰当《ばちあた》り
明日《あした》死んではかわいそう
かわいそうだが若緑
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら

天朝様も米の飯
おいらの方でも米の飯
狼様はドコへ行った
滝の上の三船山
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら

カマキリ三枚
飛び飛んで
夕張丘《ゆうばりおか》へ蟇《がま》が出た
葛城山《かつらぎやま》へ虹《にじ》が出た
三枚草履がホーイホイ
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら

飛鳥《あすか》の山では火が燃える
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら
[#ここで字下げ終わり]

 その晩、清澄の茂太郎は寺の庭へ出て、ささら[#「ささら」に傍点]をすりながら器量いっぱいの声で歌い出すと、弁信が、
「茂ちゃん、もうお月様が出ましたか」
「いいえ」
「お星様は」
「まだ」
と答えた茂太郎は、

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くらがり峠で日が暮れた
ようどう峠で夜が明けた
おっしゃらしゃらしゃら
しゃあらしゃら
[#ここで字下げ終わり]

 暗い中で、ささら[#「ささら」に傍点]をすって器量いっぱいに歌をつづけましたが、興に乗じたと見えて、ついに無我夢中でおどりだしました。



底本:「大菩薩峠7」ちくま文庫、筑摩書房
  1996(平成8)年3月21日第1刷発行
  2003(平成15)年4月20日第2刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 四」筑摩書房
  1976(昭和51)年6月20日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:大野晋、門田裕志、富田倫生
校正:原田頌子
2004年1月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


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