青空文庫アーカイブ

わたしたちには選ぶ権利がある
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)燃《た》きつけ

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(例)[#地付き]〔一九四九年八月〕
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 よたび八月十五日を迎えるにあたって、わたしたち日本の女性は、ますますつよい実感をもって、戦争挑発をやめよ! と叫ばずにいられません。
 去る四月二十日にパリでひらかれた世界平和大会には七十九ヵ国の平和をもとめる人民の男女代表があつまりました。そして誠意にあふれた大会宣言において、こういっています。「われわれがその子供たちの生命とその家庭の安寧を守ることを神聖な義務と考えていることを、世界の希望をになう婦人および母親たちに知らしめよ。世界の青年に告げて、未来の輝やかしい道から大量殺人を一掃するために、政治的意見、信教に関係なく団結せしめよ。世界平和大会はここに、平和の擁護こそあらゆる民族の義務であることを宣言する」と。そして、ポツダム宣言をはじめ世界平和のために役立つ協定や条約をただの紙きれとしてしまおうとしている者たち、軍備の廃止のために協力するどころか、すでにおそるべき結果を生み出している軍事同盟政策に熱中して、西ドイツに、もとのヒットラーの突撃隊員をふくむ師団をつくった、極東の平和を名目として日本の再軍備をしようとしている者を人類の名においてきびしく非難しています。つねに、軍事紛争をひきおこしていて、それが新しい戦争のためにおそるべき道をひらく危険をもっている植民地体制に反対することを宣言しています(インドネシア・マライ・ギリシアの状態が現実に示しています)。
 去年の八月十五日、わたしたちが声をあわせて戦争挑発をやめよ、と叫んだとき、それは、きょうの日本の政府が示しているようなファシズムへの傾向を警戒し、監視せよという声でした。ことしの八月十五日、わたしたちの、戦争挑発をやめよ! という叫びは、きわめて具体的に吉田内閣が次から次へと行っているすべての軍国主義復活の政策と、人民抑圧のファシズムの政策をやめよ、と要求しているのです。日本が、この初夏からのち、変って来ていることに心づかないただ一人の女性があるでしょうか。人民生活の底をついた経済窮乏から生じる国内問題をそらすために、わたしたちの目をあてどもなくあのことからこのことと走らせるために、落付いた分別を失わせるために、何がどうなのか正体もわからなくてただセンセーションばかりおこす事件が、次々となげ出されています。下山事件。三鷹事件。そのどれもが窮乏に耐えがたくなっているわたしたち人民の心に何かの気味わるさを感じさせ、抵抗している感情に疑惑を抱かせる政治的効果をねらって成功しています。世界平和大会が「世論を毒する宣伝を無力なものにするために、真理と理性の防衛のために広汎な戦線をうちたてる」ことが必要であることを、宣言しているのは実に実際的だと思います。
 とくに、日本の平和のために適切です。捏造記事である大本営発表に追い立てられてきょうの破滅が来たことを、日本のすべての人々は知らされました。特権階級として権力を握っているものは、どんなだいそれたことまで平気でしでかすか、ということについて知らされました。こんにち同じ本質の挑発的事件や記事が、主題をかえて、言葉をかえて、あらわれはじめました。誰が、どこでこね上げる計画なのかわからないが、山とつまれている未解決の社会問題を燃《た》きつけにして怪火を出して、一般の人々が判断を迷わされているすきに、だから武装警察力を増大しなければならない、これだから、日本の平和のためにはより強大な武力の保護がいる、と軍事同盟へひっぱりこもうとしています。日本における戦争挑発は、国の内でのこういう芝居によって実行されはじめています。平和についての口さきのぺてんは、えたいしれない、しかも人心を刺戟する策動によって、平和をあらせまいとするところまで進んで来ました。すべての主婦は、生活を守ろうとするたゆみない努力によって、キウリ一本、ナス一つにだまされることを防いでいます。三度めの世界戦争という戦慄すべき悲劇をだまし売りで押しつけられていられるものでしょうか。[#地付き]〔一九四九年八月〕



底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「婦人民主新聞」
   1949(昭和24)年8月13日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
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