青空文庫アーカイブ

明瞭で誠実な情熱
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地付き]〔一九四七年七月〕
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 来る二十一日から四日間にわたって日本ではじめての全国的な文化会議がもたれることになった。ポツダム宣言を受諾してから二周年、連合国憲章が出来てからも第二回の記念日を迎えた秋、私たちの日本でこういう文化的な会議がもたれることは意味深いことだと思う。
 この二年間に私たちの日常生活はあらゆる面で実に複雑な矛盾におかれてきている。インフレーションがとめどもない経済事情の上に政治の問題も文化の問題も決して四つの民主主義という字の中ではおさまりきれもせず、解決もされきれない矛盾の中におかれている。憲法そのものの大きい矛盾がそれを明らかに示しているように。主権在民の憲法に天皇という特種な一項目があって、新聞では大臣も天皇も公僕であるといいながら身分上、経済上そして政治上の特権は十分たもたれているという事実は、日本の民主的生活の道がどんなに過渡的なものであり、まだどっさりと封建の尾をひいたものであるかを物語っている。
 この中で私たち日本人は人民としての自分たちの運命の主人公になろうとしている。世界の歴史が一つのページの上にブルジョア民主革命と、勤労人民の民主主義社会の建設の見通しとを重ね合せて、日本の上にそれを課題としている。私たちのもっている問題は実にどっさりである、数も種類も。
 平和な民主的革命というものは、人間性の新しい社会的展開であり、その可能性をもたらすような社会を一日も早く実現してゆく努力のことをいう。之まで文化といえば、衣食足った後にひまな時間に従事する仕事のように思われていた。本を読むといえば、それを生意気と思われたのは、女に対してばかりの偏見ではなかった。また文化性をもった人というのは工場から、務め先からかえってくればシャレた背広にでも著更えて外国映画をみたり、むずかしいカクテールの名を覚えていたり、外国文学の筋を話すことが出来たり、つまりその人は二十四時間の大半をとりもなおさず一生の大半を、利潤のために働かされている勤労者ではないような風をすることが文化性と思われていた。「まあ、そういう方とは見えないわ、工場へおつとめになっていたの?」というおどろきの言葉が侮辱とうけとられずほめ言葉のようにきかれる場合も少くなかった。今日私たちはこういう文化のあり方と、文化というものについての理解に対して大きい疑問をいだきはじめた。民主主義は文字通り人民の幸福を主として考え、運営される社会を意味する。人口の九割五分が勤労者として生活している時、その人口の男女比率で婦人が三百万人も多い時、これらの勤労する全人民を、人口の半分以上の婦人のよろこびや悲しみや希望を表現する人間の表情としての文化が昔のままの少数の人、あるいは独占的営利主義の産物だけでありえようか。文化会議は基本的には、こういう民主主義社会の文化の発展のために、今日私たちが現実に生きているまだ封建くさい社会の中でどんな可能性をもっているかということをみんなで話し合う会議だと思う。どういう可能性があり、どういう障碍物があり、どんな方法でそれを打ち破ることが出来るかを研究しあう会だと思う。一つのきまりきった型をして、みなさんこれにならえという風な役所的な会議である筈がない。役所風のいわゆる文化政策に対して、私たちは生きて働きながらも十分に食うことが出来ずしかも未来を信じ、より高い科学的な人間社会とその文化を生み出してゆく情熱に燃えている心をうちあけて相談しあい、それを実行に移して勤労者の善意というものはどういうものかということを自分にも人々にもはっきりさせてゆこうという正直で熱心な意図にたっている会議だと思う。だから会議では多くのことが率直に現実的に討論されることを希う。
 日本の今日の矛盾が文化面にもたらしているあらゆる矛盾と偽瞞と不明瞭さがとりあげられ調べられるだろう。私たちの実力の乏しさや技術の下手さや智恵の乏しいということもわかるだろう。それだからこそ全国的な規模でこの会議のもたれる値うちがある。会議の何よりの価値はその諸問題が盆の上で豆をよりわけるようにぞうさなく処理されてゆくのではなくて、私たちが自分たちが自分たちの運命の主人公になるには、どれ程の事業をなし、どれ程の実行力と忍耐と明瞭で生一本な民主的発展への誠実な情熱を必要とするかを学ぶところにあるのだと思っている。私はこうした立場から終戦後の文化動向に関する一般報告を文化、芸術の面から行いたいと思う。[#地付き]〔一九四七年七月〕



底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「文化タイムズ」日本民主主義文化連盟
   1947(昭和22)年7月14日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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