青空文庫アーカイブ

働く婦人の新しい年
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地付き]〔一九四〇年十二月〕
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 来年という声は、今日の日本のみんなに独特の感じを与えながら迫ってきた。きょうの生活の推しすすめとして今年の暮を考える心、さて来年は、と思う心、それは私たち日本の女にとって、これまでしばしば経験されて来たと同じ種類の年末、年頭の感想ではないように思われる。
 日本の歴史をこめて世界の歴史は本年の間に未曾有の展開を示した。きわめて複雑な利害と力のからみ合いのままでこの年は暮れるであろう。世界史の頁がめくられようとして、その頁が丁度本の綴めの真上のところに来ているような刹那が、今年の暮れの感じである。来年という新しい頁の上に、どんな生活がくりひろげられてゆくか、そのことはまだはっきりと見えていない。しかし、何かおぼろげにその図取りがあることはわかっている。そのことは、私たちのある心に期待や想像やを目ざまさせる。
 あらましにお互のその心持をいいあらわせば、私たちは、ともかく今年力いっぱいに生きて来たとおり、来年も一生懸命に生活してゆきましょう、そういう挨拶を交しあわすと思う。たとえば近頃往来に出ている立看板の「簡素の中の美しさ」という言葉を、本当に生活のなかから湧きいでた女性の健やかな美感への成長として実感してゆくのも来年の事だし、こんなに炭の不足している一冬を、互に協力して体も丈夫に仕事も停滞させず過しぬいたという経験が、社会的な辛苦に対して女性をはっきり目ざませてゆくのも、いってみれば来年に予想される収穫の一つであろう。
 私たちが来年に対しておのずからもつ心持は、こうしてみるとずいぶん引き緊ったものだと思われる。何かましなことがありはしまいかしら、と落付きなく目を外へ向けてきょろつくよりも、ひとりでに背中を真直にし、膝頭に力を入れて歩道をも踏みつつ、来年はどんなことになってもおどろかず、ちゃんと暮して行こうとさらに自分への心をかためる、そんな気分におかれていると思う。
 世界史が変ろうとしている。そのことを今日感じていないひとはないだろう。そのように変ろうとしている世界史のなかで、世界の女性たちは、どんなに暮しているだろう。世界がただごちゃごちゃになったとばかり見てはいまい。さらによりよい人間の生活の可能を発見しようとしてのもがきであり、試みであり、輾転反側であることは疑いないことを確信していると思う。しかし、よりよい可能の発見のために試みられる努力にも、実に錯綜した条件が働きあっていて、多くの予想しない矛盾や錯誤がおこって、すべてのことは一朝一夕には解決しない。そうかといって、希望がないのかといえば決して希望は失われていない。歴史の消長は強い底流れとなっている社会の必然をはなれてあり得ないのだから、よりよい可能が発見される前奏として、もっとも甚しい混乱や紛糾や欠乏が来ることも十分あり得る。そのような歴史の波に、人間が個々の生活者としてうちまかされるか、それともその歴史に働きかける力となってその混乱をより正常な方向にむけるために役立ち得るかということは、めいめいが社会の歴史に対して抱いている遠い見とおしに立っての判断と確信の有無によるのだと思う。
 信念をもって生きよ、ということは、この頃私たちの日常にしきりにきこえている声である。いろんなところで、いろんなことについて、信念がいわれている。
 だが、信念とはどういうものなのだろう。信念というものは人間の心のどういうところをよりどころとしているのだろうか。信念ということはすぐ自信と同じものだといって、いいのだろうか、それともどこか異っているものなのか。
 手近い実際について考えてみたいと思う。これまでは、日本の女子中等教育は、よい妻よい母をつくることを目的として行われて来た。明治三十二年に女学校令というものがきめられて以来、女学校と中学校とは同い年で小学校を終った男の子と女の子のための学校でありながら、五年を終業したときの程度は、ずっと女の子の方が万事について低いものとして肯定されて来ている。専門学校、大学というものに到っては、女の子のために申しわけめいた設置しかなくてきている。日本の女の徳性は、家庭にあってよい娘、よい妻、よい母となるのが完成の目的であって、よい妻、よい母となることはあるいはたやすいことと思えでもしたのだろう。その大事業に対する女の責任を全うするためには男と同じような頭脳の鍛錬は必要なことと見られていたのであった。
 今日も大体そのような女学校教育がつづいている。ところが、歴史の強力な変化は、若い女のひとが学校を卒業したらすぐ家庭でお嫁入りの仕度にとりかからせないで、社会的な勤務の場面に吸収しようとしている。この二三年来、日本の女の力はおびただしく生産の場面に進み出しているのだが、とくに来年の春からは、全日本の女学校、専門学校卒業生に対して、職業紹介所を通じての勤労への動員が行われることになった。一昨年あたりから、小学校を卒業した少年少女たちが、職業紹介所の統制のもとに驚くべき数で産業に従って来ている。来年の春からは女学校を出る人々が労働のための新しい力の源泉として調査され、職場を与えられて行くことになったわけである。
 これまで、生活上の必要から就職した若い娘さんたちはどっさりあった。また、ただ家にのんべんだらりとしているのは苦痛で、少しでも自分の社会生活が欲しくて、職業についた人というのも少くはなくなって来ていた。これらの場合はどちらにしろ、職業につく自分としての動機は明瞭に自覚されていたと思う。特に、経済上の必要は直接なくても、一人の若い女として社会における自分の生活というものを経験したくて職業についた人たちは、その家庭に物質上のゆとりがあるだけ、ある場合には昔のものの考えかたの伝統に自分の希望というものを対立させて、その主張を経て、職業をもって来ているようなこともあったにちがいない。
 来年の春から行われる勤労への招集は、経済上の必要に立つ人にとって不安なく就職口をもたらすばかりでなく、さらに、社会的生活の経験として職業につく決心をしている人たちにその実行をたやすくさせるのみならず、これまでなら、上の学校へゆくほどの好学心もなく、さりとて自発的に職業の場面へ身をさらしてゆくほど積極な生活力ももたず、家にいて漫然と家事の手つだいをしているような娘さんをも、おそらくは大量に職業の場面にまねきよせるだろうと考えられる。これらの人々は、もしかしたら大した深い考えや気持もないままに、いわば時代の偶然として自分の前へひらかれた職業の門をくぐって行くのかもしれないと思える。あなた、どうするの? そう、じゃ私も母さんにいって勤めるようにしちゃうわ。そんな会話が、あるいは上級生の間にあるだろう。遠足か何かにゆくように、ねえ母さん、誰さんも、誰さんも、ゆくのよ、いいでしょう? ねえ。そういわれた母親たちは、それじゃあまア、すこし勤めて見て工合がわるいようだったらすぐにやめればいいから、勤めて見るのもいいだろう、と許す。そんな気にもなるだろう。一般がそうなれば、むしろ女学校を出て、上の学校に入るのでもなく、勤めもせず、これまでのように家にいる、と申告することにかえって何かの決心を求められるような心理になって来ると思える。何のために家庭にのこるのか、その理由が自分にはっきりわからなくては安心されない心になると思う。
 物事の推移は微妙で同時におそろしい力をもっている。それは、この一つの気持の変化についても見られるのではないだろうか。
 若い娘さんたちが、女学校を出てからあてのない朝夕を、緊張するだけの熱意ももてないお稽古ごとに過しつつ結婚を待っているというような暮しをやめて、学校からの続きのようにそれぞれのふさわしい職業についてゆくことは、よろこばしいことだといえる。広汎に若い娘さんの職業への進出が常識となってゆけば、自然これまで職業婦人のめぐり会って来た一つの悲劇、男のひとたちは結婚の対手として職業についている娘さんをのぞまないということも変ってこざるを得ない。逆にその娘さんはどうしてずっと家ばかりにいたのだろうか、という質問が生じるようになるかも知れない。そして、男が兵役につくのを当然とされているように女の職業経験がそれに対応するものとして見られるようになるかもしれない。社会的成員の条件の一つのように見られるのかもしれない。そして、それはそれでいいのだと思う。
 けれども、常識というものが社会の歴史の推移のままにそういう風に動いて変って行く時、その常識の内からよりましな人間としての生活を女も男も希望してさらに次の歴史に働きかけてゆく為には、いつの時代でも、常識の変化に身をゆだねる受け身な生きかたばかりでは不十分である。
 常識は合理的な半面と、当面の便宜のために不合理をいいくるめているような一面とを常に持っている。若い世代の誇りと責任とは、常にその新鮮な心と体とで、常識の錆びをふるいおとしてゆくところにあるのではないだろうか。若くて真率な、何故? という問いこそ、その人自身を成長させる原動力だし、社会をすすめてゆく潜勢力ではないだろうか。
 若い女性たちが、来年の春、おそらくは未曾有の数で職業についたとき、そして、半年か一年か経過したとき、その娘さんたちの心にははたしてどんな何故? が生れるであろうか、それをこそ知りたいものだと思う。それらの何故? が、現実でどう解かれて答えられてゆくかという実際にこそ、明日のその娘さんたちの生活とその総和としての明日の日本がかかっているのだから。
 この問題のきわめて心をひかれる点は、そんなに多量に数十万人の若い女学校卒業生たちがともかく社会の勤労に向って招かれている一方では、女の職業というものを一時的に見る習慣がますます固執されていて、この間きめられた女子の賃銀の規定も、現在の平均が女の収入は男の収入のほぼ三分の一であるというところに立ったまま算出されていることである。そういう部面を専門に扱う役所の考えでは、もし女の収入を今よりも多くしたらば女が永く職業についていて男の妨げになるし、結婚の時がおくれて人口問題が生じるということだそうである。
 折角、どっさりの娘さんが職業の場面に身をおくようになっても、周囲も自分も一時の就職と考えているとしたら、その結果はどんなものだろう。
 どうせじきにやめるのだから、給料はどうでもいい、小遣がありさえすれば、ということは、本当に生活の必要から働く女のひとの給料を永劫にやすくしておく一つの条件となるだけでなく、娘さんの生活感情に変な無責任さをも与えてゆくと思う。この社会に一人の人が生きてゆくに、どれだけのものが入用か、それをわが手で得てゆくことが女としてどんな努力を求められることか、それらのことがらをまじめに発見してゆく機会を与えられないと同時に、これっぽっちのサラリーなんだもの、そんなに馬鹿正直に働いていられない、という仕事に対する妙な要領のよさを身につける危険がある。つとめさきでのそういう心理は、決してそのビルディングを出たときその人たちの心からふるい落されるものではないと思う。いつかしら、心の髄へまでくいこんで、その人は自分の人生態度全体に、妙にはすかいになったような、要領よさでやってゆけそうに思いちがいをするようになって来る。それは非常に重大な不幸であると思う。
 その上、人が不足してそのような広汎な女性の就職が生じているのだから、いやなところはやめても、すぐまた別のところへうつれることもあるかもしれない。働くところの条件がわるくて体を痛めても、もともと生活の必要からではない就職なら、すぐやめてその療養は親がしてくれるという安心もあるだろう。
 婦人が職業をもって社会に生きてゆく事が、そのひとを強め高めるのは、その仕事を通じて女が社会でどう扱われているかという現実を飾りなく学び、自分の力をも客観的に知るからである。そして、その不自然な点や非条理なところについて、一般の女としての立場から自分にも周囲にも求めるところを自覚し、仕事に対する自分の責任を全うする努力を通じて、新しいよりよい条件を創り出して行こうとする、その積極な骨おしみをしない生きる態度を身につけるからであると思う。
 生活のために働くひと、それから自分の人生に求めるところがあってある仕事につく人、それらの人々にとって、今いったような点は、痛切に感じられるにちがいない。しかし、自分としてそれほどはっきりした心の動機なしに、人ごみに押されて門をくぐるように職業の門をくぐる若い女性たちは、その点、明らさまにいって何かしらあぶなっかしいと思う。
 深い責任感とか、義務を遂行するための勇気とか、女を成長させる力を真直に培われることと、職業そのものや同僚の男のひとたちに対する一種の幻滅とを比べたら、どちらがより多い比重で、それらの娘さんの胸の底にのこされるだろう。女の職業を一時的なものとみる社会の習慣の何よりの害悪は、婦人の力がこの社会の必要にとって今は全く欠くべからざるものとなって来ている現実だのに、それに対して周囲の社会も女自身もその重大な意味にしっかりと目を定めて学ぼうとしないで、客観的にも主観的にもとらえどころのない無責任な態度になってゆくことだと思う。
 女の職業は一時的だからといっても、その短期間でも、現代の職業がもっているあらゆる弱点は、精神的肉体的に若い女性の生活へ直接ぶつかって行って、彼女たちをその中へからみこみつつある。それなのに、若い女性たち自身心のどこかに持っている、働くのは一時的だという考えは、それらの社会的弱点に抵抗して自身を成長させて行こうとするまじめな恒久的な実力を、若いひとたちの身につけさせない。そして、若い女性たちは、職業についているという外見上の積極性にかかわらず、その実際では社会の弱点、女を扱う非条理性に負けた姿として自身をあらわしている場合が、決して私たちのまわりには少くないと思う。
 新しい年とともに、私たちは自分たちの職業というものについて、新しいモラルをうち立てなければならないのではなかろうか。これまで何千何万の若い健康な女性たちが職業について、そこで経験して来た苦痛や失望や努力、精励の価値を、さらに新しく理解して、それをもう一歩進んだ明日の女性の生きる態度として自分のものにしなければならないのではないだろうか。
 何故ならば、来年の春からはそのようにして一層おびただしく働く女のひとが群れ立ってゆくのに、婦人の職業上の立場は実際上改善されていない。大体やっぱりこれまでどおり低い報酬と固定して向上の見とおしのない位置におかれたままの状態である。この点の改善の希望は今日深い意味をもって現れている。若い女性たちにとって、新しい職場をもった最初の心持は、どんなに珍しくいきいきと目と心を刺戟されるだろう。けれど、半年か一年経ったとき、これまでの幾万の女性たちが経験したと同じ倦怠と単調さに対する苦痛が彼女たちを襲うにちがいない。それをやっと持ちこしてからは一種の惰力で働きつづけて行くという消極のなかで若いこれからの女性は乾いて萎れて行ってはならないと思う。職業なんて、どうせこんなもんだ、そういう気分に陥っては自分の若い貴重な命に対しもったいないと思う。
 明日の若い女性たちは、質実な理解で、はじめから今日の状態で職業というものはどういうものかということをちゃんと覚悟してかからなければならない。
 シャロッテ・ブロンテというイギリスの女流作家の小説に「ジェーン・エーア」という作品がある。若いジェーンが生活のために職業を求めて新聞に広告をのせる。すると、何通かそれに対する手紙が来る。ジェーンは一つ一つ開いてみて、最後の一通の求人に応じて行ってみることにきめる。その手紙の内容は、ある田舎の荘園で、女主人は病弱なので家政婦が家事取締りしている。その助手と鶏舎の監督をする健康な飽きっぽくない若い婦人を求めているのであった。ジェーンは、その手紙をくりかえしてよんで考える。この手紙には何一つ特別珍しいことやとびつくような好条件というものがなくて、いかにも仕事に人を入用としているらしい手紙だ。これにきめましょう、と。ジェーンは、外の手紙がどれも何かうまいことのありそうな文句や誘うような好条件を並べているのを見て、若い着実な女性にとって本当に職業らしい職業の口ではないと直感するのであった。容貌とかその他、女性のためにかくされた危険や曖昧さのあることを感じたのである。
 ずっと古く読んだ小説であるけれど、ジェーンのこの気持は働いてゆく女の心の動きかたとして、印象に刻みこまれていて消えない。日本の若い女性たちも社会的に次第に賢くなって来ているのであるけれど、その賢さを、結婚生活には金のある男のひとを相手として選んだ方がよいという風な卑屈さに向けないで、職業についても、自主的な理解をもって対してゆくところまで高めてゆくときが来ていると思う。
 先輩の働く女性たちがあるいは自分をただ傷つけるだけであった職業上の幻滅というものをも、これからの若いひとたちは単純に幻滅とせず、自分一身の上におこったことを、よりひろい社会の今日という背景の前において、女全体の生活の現象の一例として、深く考え、そこから何か改善のためのささやかな可能をも見出して行こうとする。そういう生活的な暖い、まめな気持が必要だと思う。職業そのものがたまらなく面白いというようなことはどんな職業にしろないと思う。たとえば谷野せつ氏の「女子労働に関する報告」を見ても、千三百十四人の工場に働いている若い女性のうち、八〇パーセントは仕事そのものについて「何の興味も持てません」と答えている。そこには、常に苦痛だの困難だのがともなっていて、いわばそれをどうもってゆくかということから女は成長して来ているのである。未来の女性のひろやかでつよく快い生活力への期待は、今日と明日の若いあまたの女性たちが、このように不利であり不備である時代の現実のなかで、なおかつ未熟ながらも精いっぱいによく生きて自分たちの世代の価値を発揮しようとつとめてゆく実際を、ぬいて考えることは不可能なのである。
 自分たちの明日は自分たちの意志でこそつくられてゆく。若い女性たちは、この真実を十分な責任感とともに感じとらなければならないのではなかろうか。自分たちの若い生命がそれに不条理を感じること、反撥すること、それをいくらかでも生活的に訂正して、より若い後からの世代につたえようとする姉らしいやさしさと勇気こそ、常に世代の姉妹としての私たち女の情愛ではないだろうか。
 この頃、あちらこちらといろいろなグループをこしらえて、働く余暇に体育をやったり稽古や勉強をすることがはじまってきている。これは一つの流行であるかもしれないが、やはり働く女のひとの生活をゆたかにする機会としてよろこんでいいのだと思う。地味な、うちとけた仲間で集って、それぞれすきな勉強や稽古をし、ハイキングなどもして、たのしむこともみんなでする気風はいいと思う。これまで勤めと家庭の生活、自分の稽古事は、全然二つのきりはなしたものに扱って来ていた娘さんの気持は、一緒に稽古ごともすることでつまらない見栄だの競争心だのを、もっと集団的な気分にとかされてゆくだろう。
 そういうグループの精神にしろ、やはり自分たち若い働いている女性という現実の責任と誇りの上に立って、その上でひろくゆたかに生活の面をのばしてゆく方向で感覚されてこそ健全である。いわゆる気分のまぎらしどころであっては、従来の若い働く女性たちが、生活の空虚感からお花でも習う、それと質がちがわなくなってしまうであろう。私たちがもし生活に空虚を感じるときは、決してただそれを紛らす方法ばかりを考えてはいけないと思う。よくその空虚の感じを身にしめて、何故そんな思いが自分に湧くか、その根源を心と体のすみずみによく探って、できるだけの努力でその空虚の根をつかまえて、自分が正しいと信じる方向へ処理してゆかなくてはならないと思う。グループもそういう人生的な瞬間に役立つものであって初めて、女の成長のために意義をもち得るのだろう。
 炭の配給についての計画が決定されて、その一つに、アパート住居の独身者には配給せず、ということがあった。私の知っている何人かの若い女のひとたちは、アパートに一人住居して毎日一心に働いている。今日の東京にそういう人が何千人いるだろうか。その女のひとたちに、この冬は炭がないということなのだろうか。社会のために必要な力を日々注ぎ与えながら、独身でアパート住居しているから、その女のひとたちの火鉢はつめたい灰でなくてはならないだろうか。
 ふるえるような胸の思いがここにもある。だからこそ、今年の暮から来年へ向う日本の女の心は、年々歳々と等しいものではあり得ないのだと思う。女がその歴史の意味をはっきりつかんで、体と心で厳冬をしのいでゆかなければならない。女が永い永い未来の見とおしと自分たちの善意と理性への信頼を失わずに、炭がなければ体と体、心と心とをよせあつめて、若い働く女性の誇りに生き、明日を生み出してゆかなければならない。来年という年と、未来のためにもそこを最善に生きようとする私たちすべてに対して、心からの激励と祝福とがあってよいのだと思う。[#地付き]〔一九四〇年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人画報」
   1940(昭和15)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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