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再版について(『私たちの建設』)
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地付き]〔一九四七年十二月〕
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 この本にたいする要求は、第一版のでた一九四六年の春から後、一般にたかまっていた。新しく社会生活の面を多様に積極にされた婦人のために、この本のもっている範囲では役に立つところもあったためだった。
 用紙の関係で、再版がおくれた。その二年ちかくに、私たちの現実は実にひどくかわった。生活の困難は益々おびただしく、いまでは国民所得の七割が税になって、不安定も底をついたと云っていいほどだし、六・三制の予算は、僅か七億にきりちぢめられた。闇買いをしないために営養失調から死んだ判事の問題が新聞に報じられているし「葦折れぬ」という一冊の本は、闇買いをわるいこととして絶対にそれをしないで病死した一人の若い女教師の手記である。クリスチャンということをこの頃強調する片山首相夫人は、営養失調で死んだ判事の事件に対して新聞記者のインタービューに答え「そこは奥様が少しなんとかね」と語っている。首相宅では闇買いはちっともしないでやっている。ときどきみなさまの下さるものは、頂いていますがと。――
 九月号の女性改造に「鉄格子の中から」として女囚の座談会がのっていた。そこには、三つの事件で犯罪にとわれた三人の女のひとの話がある。どれ一つとってみても、日本の民主化と云われている社会現実の上に、幾重にも折りたたまっている封建の野蛮と無智がおそろしく身に迫る事件ばかりだが、なかに二人のやしない子を育てる苦しさから配給の二重どりしていたのを告発され、懲役になっている中年の女の話があった。みなさまから頂くもので、こんにちの事情の中にあってさえ一つの闇買いもしないで過せる首相の妻という立場にいたら、この四十七歳の人妻も前科者にはならなかった。自分で、物価の統制に関する法律が悪法であると明言しながら、それが法律であるからにはひとにも厳格に適用し、自分もそれで死ぬことをむしろいさぎよしとしたこの判事の悲劇は、「葦折れぬ」の純情がその社会問題のうけとりかたでは文部省版であったことの遺憾さとともに、わたしたちを考えさせずにいない。
 人間がよりよく生きるためにつくる法律を、人間の力で変えられない「国家の法律」と絶対に視るこころもちは、これらの特別な人だけの気持とばかり云えない。わたしたちは、もっともっと自分たちの現実を自分たちのものとして改善してゆく熱意を自覚すべきだし、その具体的な方法のために智慧と勇気とをもたなければならないと思う。
 この小さい本の中でふれられているいくつかの日本の社会生活の民主的発展のための大切なモメントは今日いよいよその重大さを示して来ている。この本のなかに予知されていたさまざまの障害と偽瞞とは、はっきり事実としての姿をあらわしはじめている。日本の婦人が、人民の生活の安定と平和とのために尽瘁しなければならない部面は日に日に多くなって来ている。
   一九四七年十一月
[#地付き]〔一九四七年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「私たちの建設」実業之日本社
   1947(昭和22)年12月20日第2刷発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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