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物のいわれ
楠山正雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)物《もの》のいわれ

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|度《ど》

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(例)物のいわれ(上)[#「(上)」は縦中横]
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目次

物のいわれ(上)[#「(上)」は縦中横]
 そばの根はなぜ赤いか
 猿と蟹
 狐と獅子
 蛙とみみず
 すずめときつつき
物のいわれ(下)[#「(下)」は縦中横]
 ふくろうと烏
 蜜蜂
 ひらめ
 ほととぎす
 鳩


   物《もの》のいわれ(上)[#「(上)」は縦中横]

     そばの根《ね》はなぜ赤《あか》いか

       一

 あなたはおそばの木を知《し》っていますか。あんなに真《ま》っ白《しろ》な、雪《ゆき》のようなきれいな花《はな》が咲《さ》くくせに、一|度《ど》畑《はたけ》に行って、よくその根《ね》をしらべてごらんなさい。それは血《ち》のように真《ま》っ赤《か》です。いったいおそばの根《ね》は、いつからあんなに赤《あか》く染《そ》まったのでしょうか。それにはこんなお話《はなし》があるのです。
 むかし、三|人《にん》の男の子を持《も》ったおかあさんがありました。総領《そうりょう》が太郎《たろう》さん、二ばんめが次郎《じろう》さん、いちばん末《すえ》っ子《こ》のごく小さいのが、三郎《さぶろう》さんです。
 ある日、おかあさんは、町《まち》まで買《か》い物《もの》に出かけました。出がけにおかあさんは、三|人《にん》の子供《こども》を呼《よ》んで、
「おかあさんは町《まち》まで買《か》い物《もの》に行って来《き》ます。じき帰《かえ》って来《き》ますから、三|人《にん》で仲《なか》よくお留守番《るすばん》をするのですよ。戸《と》をしっかりしめて、みんなでおとなしくうちの中に入《はい》っておいでなさい。ひょっとすると悪《わる》い山姥《やまうば》が、おかあさんの姿《すがた》に化《ば》けて、お前《まえ》たちをだましに来《こ》ないものでもないから、よく気《き》をつけて、けっして戸《と》をあけてはいけません。山姥《やまうば》はいくら上手《じょうず》に化《ば》けても、声《こえ》が、しゃがれたがあがあ声《ごえ》で、手足《てあし》も、松《まつ》の木のようにがさがさした、真《ま》っ黒《くろ》な手足《てあし》をしていますから、けっしてだまされてはいけませんよ。」
 といい聞《き》かせました。すると子供《こども》たちは、
「おかあさん、心配《しんぱい》しないでもいいよ。おかあさんのいうとおりにして待《ま》っているからね。」
 といったので、おかあさんは安心《あんしん》して出て行きました。
 ところがじき帰《かえ》って来《く》るといったおかあさんは、なかなか帰《かえ》って来《こ》ないで、そろそろ日が暮《く》れかけてきました。子供《こども》たちはだんだん心配《しんぱい》になってきました。「おかあさんはどうしたんだろうね。」とみんなでいい合《あ》っていますと、だれかおもての戸《と》をとんとんとたたいて、
「子供《こども》たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。お前《まえ》たちのすきなおみやげを、たんと買《か》って来《き》たからね。」
 といいました。
 けれども子供《こども》たちは、しゃがれたがあがあ声《ごえ》をしているから、おかあさんではない。山姥《やまうば》が化《ば》けて来《き》たにちがいないと思《おも》って、
「あけない、あけない、お前《まえ》はおかあさんじゃあないよ。おかあさんはやさしい声《こえ》だ。お前《まえ》の声《こえ》はがあがあしゃがれている。お前《まえ》はきっと山姥《やまうば》にちがいない。」
 といいました。
 ほんとうにそれは山姥《やまうば》にちがいありませんでした。山姥《やまうば》は途中《とちゅう》で、おかあさんをつかまえて食《た》べてしまったのです。そしておかあさんに化《ば》けて、こんどは子供《こども》たちを食《た》べに来《き》たのです。けれども、子供《こども》たちが入《い》れてくれないものですから、困《こま》って、村《むら》の油屋《あぶらや》へ行って、油《あぶら》を一|升《しょう》盗《ぬす》んで、それをみんな飲《の》んで、喉《のど》をやわらかにして、また戻《もど》って来《き》て、とんとんと戸《と》をたたきました。そして、
「子供《こども》たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと買《か》って来《き》たからね。」
 といいました。
 こんどはそっくりおかあさんと同《おな》じような、やさしいいい声《こえ》でした。けれども子供《こども》たちはまだほんとうにしないで、
「じゃあ、先《さき》に手を出《だ》してお見《み》せ。」
 といいました。
 山姥《やまうば》が戸《と》のすきまから手を出《だ》しましたから、子供《こども》たちがさわってみますと、それは松《まつ》の木のように節《ふし》くれだって、がさがさしていました。子供《こども》たちはまた、
「いいえ。あけない、あけない。おかあさんはもっとつるつるして柔《やわ》らかな手をしている。お前《まえ》は山姥《やまうば》にちがいない。」
 といいました。
 そこで山姥《やまうば》は裏《うら》の畑《はたけ》へ行って、芋《いも》がらを取《と》って、手の先《さき》にぐるぐる巻《ま》きつけました。
 そして山姥《やまうば》は三|度《ど》めにうちの前《まえ》に立《た》って、とんとんと戸《と》をたたいて、
「子供《こども》たちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと買《か》って来《き》たからね。」
 といいますと、子供《こども》たちは中から、
「じゃあ、手をお見《み》せ。ほんとうにおかあさんだか、どうだか、見《み》てやるから。」
 といいました。
 山姥《やまうば》はまた戸《と》のすきまから手を出《だ》しました。こんどは手がつるつるして柔《やわ》らかだったので、それではおかあさんにちがいないと思《おも》って、子供《こども》たちは戸《と》をあけて、山姥《やまうば》を中へ入《い》れました。

       二

 おかあさんに化《ば》けた山姥《やまうば》は、うちの中に入《はい》ると、さっそくお夕飯《ゆうはん》にして、子供《こども》たちがびっくりするほどたくさん食《た》べて、今夜《こんや》はくたびれたから早《はや》く寝《ね》ようといって、いつものとおり末《すえ》っ子《こ》の三郎《さぶろう》を連《つ》れて、奥《おく》の間《ま》に入《はい》って寝《ね》ました。太郎《たろう》と次郎《じろう》は二人《ふたり》で、おもての間《ま》に寝《ね》ました。
 夜中《よなか》にふと、太郎《たろう》と次郎《じろう》が目を覚《さ》ましますと、奥《おく》の間《ま》でだれかが、何《なん》だかぼりぼり物《もの》を食《た》べているような音《おと》がしました。それは山姥《やまうば》が、末《すえ》っ子《こ》の三郎《さぶろう》をつかまえて食《た》べているのでした。
「おかあさん、おかあさん、それは何《なん》の音《おと》ですか。」
 と、太郎《たろう》が聞《き》きました。
「おなかがすいたから、たくあんを食《た》べているのだよ。」
 と、山姥《やまうば》がいいました。
「わたいも食《た》べたいなあ。」
 と、次郎《じろう》がいいました。
「さあ、上《あ》げよう。」
 と、山姥《やまうば》はいって、三郎《さぶろう》の小指《こゆび》をかみ切《き》って、子供《こども》たちの居《い》る方《ほう》へ投《な》げ出《だ》しました。太郎《たろう》がそれを拾《ひろ》ってみると、暗《くら》くってよく分《わ》かりませんけれど、何《なん》だか人間《にんげん》の指《ゆび》のようでした。太郎《たろう》はびっくりして、そっと布団《ふとん》の中で、次郎《じろう》の耳《みみ》にささやきました。
「奥《おく》に居《い》るのは山姥《やまうば》にちがいない。山姥《やまうば》がおかあさんに化《ば》けて、三郎《さぶろう》ちゃんを食《た》べているのだよ。ぐずぐずしていると、こんどはわたいたちが食《た》べられる。早《はや》く逃《に》げよう、逃《に》げよう。」
 太郎《たろう》と次郎《じろう》はそっと相談《そうだん》をしていますと、奥《おく》ではもりもり山姥《やまうば》が三郎《さぶろう》を食《た》べる音《おと》が、だんだん高《たか》く聞《き》こえました。
 その時《とき》次郎《じろう》は布団《ふとん》から頭《あたま》を出《だ》して、
「おかあさん、おかあさん、お小用《こよう》に行きたくなりました。」
 といいました。
「じゃあ、起《お》きて外《そと》へ出て、しておいでなさい。」
「戸《と》があきません。」
「にいさんにあけておもらいなさい。」
 そこで太郎《たろう》と次郎《じろう》は逃《に》げ支度《じたく》をして、のこのこ布団《ふとん》からはい出《だ》して、戸《と》をあけて外《そと》へ出ました。空《そら》はよく晴《は》れて、星《ほし》がきらきら光《ひか》っていました。二人《ふたり》はお庭《にわ》の井戸《いど》のそばの桃《もも》の木に、なたで切《き》り形《がた》をつけて、足《あし》がかりにして木の上まで登《のぼ》りました。そしてそっと息《いき》を殺《ころ》してかくれていました。
 いつまでたっても、きょうだいがお小用《こよう》から帰《かえ》って来《こ》ないので、山姥《やまうば》はのそのそさがしに出て来《き》ました。明《あ》け方《がた》の月《つき》がちょうど昇《のぼ》りかけて、庭《にわ》の上はかんかん明《あか》るく見《み》えました。けれどもきょうだいの姿《すがた》はどこにも見《み》えませんでした。さんざんさがしてさがしてくたびれて、のどが渇《かわ》いたので、水《みず》を飲《の》もうと思《おも》って、山姥《やまうば》が井戸《いど》のそばに寄《よ》ると、桃《もも》の木の上にかくれているきょうだいの姿《すがた》が、水《みず》の上にはっきりとうつりました。
「小用《こよう》に行くなんて人をだまして、そんなところに上《あ》がっているのだな。」
 と、山姥《やまうば》は木の上を見上《みあ》げて、きょうだいをしかりました。その声《こえ》を聞《き》くと、きょうだいはひとちぢみにちぢみ上《あ》がってしまいました。
「どうして登《のぼ》った。」
 と、山姥《やまうば》が聞《き》きますから、
「びんつけを木になすって登《のぼ》ったよ。」
 と、太郎《たろう》がいいました。
「ふん、そうか。」
 といって、山姥《やまうば》はびんつけ油《あぶら》を取《と》りに行きました。きょうだいが上でびくびくしていると、山姥《やまうば》はびんつけを取《と》って来《き》て、桃《もも》の木にこてこてなすりはじめました。
「それ、登《のぼ》るぞ。」
 といいながら、山姥《やまうば》は桃《もも》の木に足《あし》をかけますと、つるり、びんつけにすべりました。それからつるつる、つるつる、何度《なんど》も何度《なんど》もすべりながら、それでも強情《ごうじょう》に一|間《けん》ばかり登《のぼ》りましたが、とうとう一息《ひといき》につるりとすべって、ずしんと地《じ》びたにころげ落《お》ちました。
 すると次郎《じろう》が上から、
「ばかな山姥《やまうば》だなあ、びんつけをつけて木に登《のぼ》れるものか。なたで切《き》り形《がた》をつけて登《のぼ》るんだ。」
 といって笑《わら》いました。
「そのなたはどうした。」
 と、山姥《やまうば》が聞《き》きますから、
「なたは井戸《いど》のそこに入《はい》っているよ。」
 と、次郎《じろう》はいってまた笑《わら》いました。山姥《やまうば》は井戸《いど》のそこをのぞいてみましたが、とても手がとどかないので、くやしがって、物置《ものおき》から鎌《かま》をさがして来《き》て、桃《もも》の木のびんつけを削《けず》り落《お》として、新《あたら》しく切《き》り形《がた》をつけはじめました。山姥《やまうば》が桃《もも》の木に切《き》り形《がた》をつけはじめたのを見《み》て、きょうだいは心配《しんぱい》になってきました。そのうちどんどん山姥《やまうば》は切《き》り形《がた》をつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい音《おと》をさせながら登《のぼ》って来《き》ました。子供《こども》たちは困《こま》って、だんだん高《たか》い枝《えだ》へ、高《たか》い枝《えだ》へと、登《のぼ》って行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで登《のぼ》って行って、もうこれより先《さき》へ行きようがない所《ところ》まで登《のぼ》りましたが、やはり山姥《やまうば》はどんどん上まで登《のぼ》って来《き》ます。困《こま》りきってしまって、二人《ふたり》は大空《おおぞら》を見上《みあ》げながら、ありったけの悲《かな》しい声《こえ》をふりしぼって、
「お天道《てんとう》さま、金《かね》ン綱《つな》。」
 とさけびました。
 すると、がらがらという音《おと》がして、高《たか》い大空《おおぞら》の上から、長《なが》い長《なが》い鉄《てつ》の綱《つな》がぶら下《さ》がってきました。太郎《たろう》と次郎《じろう》はその綱《つな》にぶら下《さ》がって、するする、するする、大空《おおぞら》まで登《のぼ》って逃《に》げました。
 山姥《やまうば》はそれを見《み》ると、くやしがって、同《おな》じように空《そら》を見上《みあ》げて、
「お天道《てんとう》さま、腐《くさ》れ縄《なわ》。」
 と大声《おおごえ》を上《あ》げてわめきました。
 するとすぐ、ぼそぼそという音《おと》がして、高《たか》い大空《おおぞら》の上から、長《なが》い長《なが》い腐《くさ》れ縄《なわ》がぶら下《さ》がってきました。山姥《やまうば》はいきなりその縄《なわ》にぶら下《さ》がって、子供《こども》たちを追《お》っかけながら、どこまでもどこまでも登《のぼ》って行きました。するうち自分《じぶん》のからだの重《おも》みで、だんだん縄《なわ》が弱《よわ》ってきて、中途《ちゅうと》からぷつりと切《き》れました。
 山姥《やまうば》は半分《はんぶん》縄《なわ》をつかんだまま、高《たか》い大空《おおぞら》からまっさかさまに、ちょうど大きなそば畑《ばたけ》の真《ま》ん中《なか》に落《お》ちました。そしてそこにあった大きな石にひどく頭《あたま》をぶっつけて、たくさん血《ち》を出《だ》して、死《し》んでしまいました。その血《ち》がそばの根《ね》を染《そ》めたので、いまだにそれは血《ち》のように真《ま》っ赤《か》な色《いろ》をしているのです。

     猿《さる》と蟹《かに》

 ちょうど田植《たう》え休《やす》みの時分《じぶん》で、村《むら》では方々《ほうぼう》で、にぎやかな餅《もち》つきの音《おと》がしていました。山のお猿《さる》と川の蟹《かに》が、途中《とちゅう》で出会《であ》って相談《そうだん》をしました。
「どうだ、あの餅《もち》を一臼《ひとうす》どろぼうして、二人《ふたり》で分《わ》けて食《た》べようじゃないか。」
 さっそく相談《そうだん》がまとまって、猿《さる》と蟹《かに》は餅《もち》を盗《ぬす》み出《だ》すはかりごとを考《かんが》えました。
 一|軒《けん》のうちへ行ってみると、うち中《じゅう》の人が残《のこ》らずお庭《にわ》へ出て、ぺんたらこ、ぺんたらこ、夢中《むちゅう》になって餅《もち》をついていました。お座敷《ざしき》には赤《あか》んぼが一人《ひとり》寝《ね》かされたまま、だれもそばには居《い》ませんでした。
 蟹《かに》はその時《とき》、のそのそと縁《えん》がわからはい上《あ》がって行《い》って、赤《あか》んぼの手をちょきんと一つはさみました。すると赤《あか》んぼはびっくりして、痛《いた》がって、「わっ。」と火のつくように泣《な》き出《だ》しました。お庭《にわ》に出ていた人たちは、どうしたのかと思《おも》って、びっくりして、臼《うす》も杵《きね》も残《のこ》らずほうり出して、お座敷《ざしき》へかけつけますと、もうその時分《じぶん》には、蟹《かに》はのそのそ逃《に》げ出《だ》して行ってしまいました。みんなは赤《あか》んぼがどうして泣《な》いたのか、さっぱり分《わ》からないので、ぶつぶついいながら、またお庭《にわ》へ戻《もど》って行きますと、つきかけの餅《もち》が一臼《ひとうす》そっくり、臼《うす》のままなくなっていました。みんなは二|度《ど》ばかにされたので、くやしがって、外《そと》へ追《お》っかけて出てみましたが、こんども何《なに》も見《み》えませんでした。
 蟹《かに》は坂《さか》の上まで行って、猿《さる》の来《く》るのを待《ま》っていますと、猿《さる》は大きな臼《うす》をころがしながらやって来《き》ました。
「どうだ。うまくいったじゃないか。さあ、食《た》べよう。」
 と、蟹《かに》がいいますと、
「うん、なかなか重《おも》いので骨《ほね》が折《お》れたよ。だがこれですぐ食《た》べては、楽《たの》しみがなくなっておもしろくないなあ。どうだ、この臼《うす》をここからころがすから、二人《ふたり》であとから追《お》っかけて行って、先《さき》に着《つ》いた者《もの》が餅《もち》を食《た》べることにしよう。」
 と、猿《さる》がいいました。
 すると蟹《かに》は口からあぶくを吹《ふ》きながら、
「猿《さる》さん、それはだめだよ。駆《か》けっくらをしたって、わたしがお前《まえ》にかなわないことは分《わ》かりきっているではないか。そんないじの悪《わる》いことをいわずに、仲《なか》よく半分《はんぶん》ずつ食《た》べよう。」
 と、こういいましたが、猿《さる》は聴《き》かないで、
「いやならよせ。おれが一人《ひとり》で食《た》べてしまう。重《おも》い思《おも》いをして、臼《うす》をかついで来《き》たのはおれだからなあ。」
 といいました。
「だって、わたしだって赤《あか》んぼを泣《な》かして、みんなをだまして、お前《まえ》にしごとをさせてやったのじゃないか。」
 と、蟹《かに》がいいました。でも猿《さる》は、
「ぐちをいうな。それよりか駆《か》けっくらで来《こ》い。」
 といって、かまわず臼《うす》を坂《さか》の上からころがしました。臼《うす》はころころころがって行きました。猿《さる》もいっしょに追《お》っかけて行きます。しかたがないので、蟹《かに》もむずむずあとからはって行きますと、ちょうど坂《さか》の中ほどまで行かないうちに、餅《もち》は臼《うす》の中からはみ出《だ》して、道《みち》ばたの木の根《ね》にひっかかりました。そして、臼《うす》ばかりころころ下までころげて行きました。そんなことは知《し》らないものですから、猿《さる》もいっしょに臼《うす》を追《お》っかけて、どこまでもころがって行きました。
 蟹《かに》は途中《とちゅう》、木の根《ね》に白いものが見《み》えるので、ふしぎに思《おも》ってそばへ寄《よ》ってみますと、つきたての餅《もち》でしたから、「これはうまい。」と思《おも》って、一人《ひとり》でおいしそうに食《た》べはじめました。猿《さる》はせっかく下まで駆《か》けて行ってみると、空臼《からうす》だったものですから、がっかりして、
「こらこら、早《はや》く餅《もち》をころがさないか。」
 と下からどなりました。すると蟹《かに》はあざ笑《わら》って、
「つきたての餅《もち》が坂《さか》をころがるものか。今《いま》に堅《かた》くなってお鏡餅《かがみもち》になったら、ころがしてやろう。」
 といいました。猿《さる》は腹《はら》を立てましたが、自分《じぶん》からいいだして、したことですから、しかたなしに蟹《かに》にあやまって、おしりの毛《け》を抜《ぬ》いて蟹《かに》にやって、半分《はんぶん》餅《もち》を分《わ》けてもらいました。それでいまだにお猿《さる》のおしりには毛《け》がなくなって、蟹《かに》の手足《てあし》には毛《け》が生《は》えているのだそうです。

     狐《きつね》と獅子《しし》

 むかし、日本《にっぽん》の狐《きつね》がシナに渡《わた》って、あちらのけだものたちの仲間《なかま》に入《はい》ってくらしていました。
 ある時《とき》、けだものたちが、大ぜい森《もり》の中に集《あつ》まって、めいめいかってなじまん話《ばなし》をはじめました。するとみんなの話《はなし》を聞《き》いていた獅子《しし》が、さもさもうるさいというような顔《かお》をして、
「だれがなんといったって、世界中《せかいじゅう》でおれの威勢《いせい》にかなう者《もの》はあるまい。おれが一声《ひとこえ》うなれば、十|里《り》四|方《ほう》の家《いえ》に地震《じしん》が起《お》こって、鍋釜《なべかま》に残《のこ》らずひびがいってしまう。」
 といいました。
 すると、虎《とら》が負《ま》けない気《き》になって、
「なんの、おれが一走《ひとはし》り走《はし》れば、千|里《り》のやぶも一飛《ひとと》びだ。くやしがっても、おれの足《あし》にかなうものはあるまい。」
 といいました。
 その時《とき》、日本《にっぽん》の狐《きつね》も、負《ま》けない気《き》になって、
「どうして、からだこそ小さくっても、君《きみ》たちに負《ま》けるものか。」
 といばっていいました。
 すると、獅子《しし》がおこって、
「生意気《なまいき》をいうな。ちっぽけな国《くに》に生《う》まれた小狐《こぎつね》のくせに。よし、そこにじっとしていろ。一つおれがうなってみせてやるから。きさまのちっぽけな体《からだ》なんか、ひとちぢみにちぢんで、ごみのように吹《ふ》ッ飛《と》んでしまうぞ。」
 こういいながら、獅子《しし》はおなかに力《ちから》を入《い》れて、一声《ひとこえ》「うう。」とうなりはじめました。さすがにいばっただけのことはあって、それはほんとうに、そこらに居《い》る者《もの》の体《からだ》ごと、吹《ふ》き飛《と》ばしそうな勢《いきお》いでしたから、狐《きつね》はあわてて、地《じ》びたに小さな穴《あな》をほって、その中に小さくなって、もぐり込《こ》みました。そして、うなり声《ごえ》がやむと、ひょいと中から飛《と》び出《だ》して来《き》て、
「なんだ、獅子《しし》さん、大《たい》そういばったが、それだけのことか。ごみのように吹《ふ》き飛《と》ばされるどころか、このとおり貧乏《びんぼう》ゆるぎもしないよ。」
 とさんざんにあざけりました。すると獅子《しし》は、こんどこそ、ほんとうに体中《からだじゅう》の毛《け》を逆立《さかだ》てておこって、力《ちから》いっぱい意気張《いきば》って、一声《ひとこえ》「うう。」とうなりますと、あんまり力《りき》んだひょうしに、首《くび》がすぽんと抜《ぬ》けてしまいました。狐《きつね》は、そこでいよいよとくいになって、こんどは虎《とら》に向《む》かい、
「どうしたね。わたしにさからえば、獅子《しし》だってこのとおりだ。君《きみ》もいいかげんにおそれいるがいいよ。」
 といいますと、虎《とら》はなかなか承知《しょうち》しないで、
「よし、そんなら千|里《り》のやぶを、かけっこしよう。」
 といいだしました。狐《きつね》は困《こま》った顔《かお》もしないで、
「うん、いいとも。」
 といって、さっそく競争《きょうそう》の支度《したく》にかかりました。やがて一、二、三のかけ声《ごえ》で、虎《とら》と狐《きつね》は駆《か》け出《だ》したと思《おも》うと、狐《きつね》はひょいとうしろから虎《とら》の背中《せなか》に、のっかってしまいました。虎《とら》はそんなことは知《し》りませんから、むやみに駆《か》けるわ、駆《か》けるわ、千|里《り》のやぶもほんとうに一ッ飛《と》びで飛《と》んで行ってしまいますと、さすがに体中《からだじゅう》大汗《おおあせ》になっていました。するとそれよりも先《さき》に狐《きつね》は、ひょいと虎《とら》の背中《せなか》から、飛《と》び降《お》りて、二三|間《げん》前《まえ》の方《ほう》で、
「おいで、おいで。」
 をしていました。それで虎《とら》も勝負《しょうぶ》に負《ま》けました。
 狐《きつね》は大いばりで獅子《しし》の首《くび》を背負《せお》って、日本《にっぽん》に帰《かえ》って来《き》ました。これが、今《いま》でも、お祭《まつ》りの時《とき》にかぶる獅子頭《ししがしら》だということです。

     蛙《かえる》とみみず

 むかし、むかし、大昔《おおむかし》、神《かみ》さまが大ぜいの鳥《とり》や、虫《むし》やけだものを集《あつ》めて、てんでんが毎日《まいにち》食《た》べて、命《いのち》をつないでいくものをきめておやりになりました。何万《なんまん》という生《い》き物《もの》が、ぞろぞろ神《かみ》さまの所《ところ》へ集《あつ》まって来《き》て、めいめい、おいい渡《わた》しを受《う》けました。その中で、蛇《へび》は、いちばんおなかをすかしきっていて、ひょろひょろしていましたから、だれよりもおくれて、みんなのあとからのたりのたりはって行きました。すると、そのあとから、蛙《かえる》がぴょんぴょん元気《げんき》よくとんで来《き》ました。蛙《かえる》はずんずん蛇《へび》を追《お》いこして、
「蛇《へび》さん、ずいぶんのろまだなあ。おいらのしりでもしゃぶるがいい。」
 と悪口《わるぐち》をいいながら、またずんずん行《い》ってしまいました。蛇《へび》はくやしくってたまりませんけれども、どうにもならないので、だれよりもいちばんあとにおくれて、のろのろついて行きました。蛇《へび》が神《かみ》さまの前《まえ》に出た時《とき》は、大抵《たいてい》の生《い》き物《もの》が、それぞれ食《た》べ物《もの》を頂《いただ》いて、にこにこしながら、帰《かえ》って行くところでした。神《かみ》さまは、蛇《へび》がおくれて来《き》たのをごらんになって、
「どうしてそんなに遅《おそ》くなったか。」
 とお聞《き》きになりました。そこで蛇《へび》は、おなかがへって、どうにも早《はや》く歩《ある》けなかったこと、途中《とちゅう》で蛙《かえる》があとから追《お》いついて来《き》て、おしりでもしゃぶれといったことを残《のこ》らず訴《うった》えました。すると神《かみ》さまは、大《たい》そうおおこりになって、いったん帰《かえ》りかけた蛙《かえる》をお呼《よ》びもどしになりました。そして、蛇《へび》に向《む》かって、
「蛙《かえる》がおしりをしゃぶれといったのならかまわない。これから、おなかのへった時《とき》には、いつでも蛙《かえる》のおしりからまるのみにのんでやるがいい。」
 とおっしゃいました。そこで蛇《へび》は大《たい》そうよろこんで、いきなり蛙《かえる》をつかまえて、おしりからひとのみにのんでしまいました。これで蛇《へび》の食《た》べ物《もの》がきまったので、神《かみ》さまがお帰《かえ》りになろうとしますと、小さな声《こえ》で、
「もし、もし。」
 と呼《よ》びながら、地《じ》の中から出て来《き》たものがありました。それは、目の見《み》えないみみずで、目が不自由《ふじゆう》なものですから、こんなに来《く》るのに手間《てま》をとってしまったのです。
「もし、もし、神《かみ》さま、わたくしは、何《なに》を食《た》べたらよろしゅうございましょうか。」
 とみみずがいいました。神《かみ》さまのお手には、なんにももう残《のこ》ってはいませんでした。そこで、めんどうくさくなって、
「土《つち》でも食《た》べていろ。」
 とおっしゃいました。すると、みみずは不足《ふそく》そうな顔《かお》をして、
「土《つち》を食《た》べてしまったら、何《なに》を食《た》べましょうか。」
 としつっこくたずねました。すると神《かみ》さまはかんしゃくをおおこしになって、
「夏《なつ》の炎天《えんてん》にやけて死《し》んでしまえ。」
 とおしかりつけになりました。そこで、みみずは土《つち》を食《く》って生《い》き、夏《なつ》の炎天《えんてん》に出ると、やけ死《し》んでしまうのだそうです。

     すずめときつつき

 むかし、すずめがせっせと鏡《かがみ》に向《む》かって、おはぐろをつけていますと、おかあさんが死《し》んだという知《し》らせが来《き》ました。びっくりして、おはぐろを半分《はんぶん》つけかけたまま、すずめはおかあさんの所《ところ》へ駆《か》けつけて行《い》きました。神《かみ》さまはすずめの孝行《こうこう》なことをおほめになって、
「すずめよ、毎年《まいねん》これから稲《いね》の初穂《はつほ》をつむことを許《ゆる》してやるぞ。」
 とおっしゃいました。でもおはぐろは、つけかけたまま途中《とちゅう》でやめたので、すずめのくちばしは、いまだに下だけ黒《くろ》くって、上の半分《はんぶん》はいつまでも白いままでいるのです。
 それとはちがって、きつつきは、おかあさんの死《し》んだ知《し》らせが来《き》ても、鏡《かがみ》に向《む》かって紅《べに》をつけたり、おしろいをぬったり、おしゃれに夢中《むちゅう》になっていて、とうとう親《おや》の死《し》に目に合《あ》わなかったものですから、神《かみ》さまがおおこりになって、
「お前《まえ》は木の中の虫《むし》でも食《た》べているがいい。」
 とお申《もう》し渡《わた》しになりました。それできつつきはいつも木の枝《えだ》から枝《えだ》を渡《わた》り歩《ある》いて、ひもじそうに虫《むし》をさがしているのです。


   物《もの》のいわれ(下)[#「(下)」は縦中横]

     ふくろうと烏《からす》

 むかし、ふくろうという鳥《とり》は、染物屋《そめものや》でした。いろいろの鳥《とり》がふくろうの所《ところ》へ来《き》ては、赤《あか》だの、青《あお》だの、ねずみ色《いろ》だの、るり色《いろ》だの、黄色《きいろ》だの、いろいろなきれいな色《いろ》に体《からだ》を染《そ》めてもらいました。烏《からす》がそれを見《み》て、うらやましがって、もともと大《たい》そうなおしゃれでしたから、いちばん美《うつく》しい色《いろ》に染《そ》めてもらおうと思《おも》って、ふくろうの所《ところ》にやって来《き》ました。
「ふくろうさん、ふくろうさん。わたしの体《からだ》を、何《なに》かほかの鳥《とり》とまるでちがった色《いろ》に染《そ》めて下《くだ》さい。世界中《せかいじゅう》の鳥《とり》をびっくりさせてやるのだから。」
 と、烏《からす》がいいました。
「うん、よしよし。」
 とふくろうは請《う》け合《あ》って、さんざん首《くび》をひねって考《かんが》えていましたが、やがて烏《からす》をどっぷり、真《ま》っ黒《くろ》な墨《すみ》のつぼにつっ込《こ》みました。
「さあ、これでほかに類《るい》のない色《いろ》の鳥《とり》になった。」
 とふくろうはいいながら、烏《からす》を引《ひ》き上《あ》げてやりました。烏《からす》はどんな美《うつく》しい色《いろ》に染《そ》まったろうと、楽《たの》しみにしながら、急《いそ》いで鏡《かがみ》の前《まえ》へ行って見《み》ますと、まあ、驚《おどろ》きました、頭《あたま》からしっぽの先《さき》まで真《ま》っ黒々《くろぐろ》と、目も鼻《はな》も分《わ》からないようになっているではありませんか。そこで烏《からす》は、よけい真《ま》っ黒《くろ》になっておこりながら、
「何《なん》だってこんな色《いろ》に染《そ》めたのだ。」
 といいますと、ふくろうは、
「だって外《ほか》に類《るい》のない色《いろ》といえば、これだよ。」
 といって、すましていました。烏《からす》はくやしがって、
「よしよし、ひとをこんな目に合《あ》わせて。今《いま》にきっとかたきをとってやるから。」
 とうらめしそうにいいました。
 その時《とき》から烏《からす》とふくろうとは、かたき同士《どうし》になりました。そしてふくろうは烏《からす》のしかえしをこわがって、昼間《ひるま》はけっして姿《すがた》を見《み》せません。

     蜜蜂《みつばち》

 むかし、むかし、大昔《おおむかし》、神《かみ》さまがいろいろの生《い》き物《もの》をお作《つく》りになった時《とき》に、たくさんの蜂《はち》をお作《つく》りになりました。そのたくさんの蜂《はち》の中に、蜜蜂《みつばち》だけが針《はり》を持《も》っていませんでした。蜜蜂《みつばち》は不足《ふそく》そうな顔《かお》をして、神《かみ》さまの所《ところ》へ行って、
「ほかの蜂《はち》はみんな針《はり》を持《も》っておりますが、わたくしだけは針《はり》がありません。どうか針《はり》をつけて下《くだ》さい。」
 といいました。
「いいや、お前《まえ》は人間《にんげん》に飼《か》われるのだから、針《はり》はいらない。ぜひほしいというなら、針《はり》をやってもいいが、人間《にんげん》を刺《さ》すことはならないぞ。もし間違《まちが》えて刺《さ》したら、針《はり》が折《お》れて、命《いのち》がなくなるぞ。」
 と、神《かみ》さまがおっしゃいました。
「けっして刺《さ》しませんから、どうぞ針《はり》を下《くだ》さい。」
 と、蜜蜂《みつばち》がいいました。
「それなら針《はり》をやろう。」
 と、神《かみ》さまがおっしゃって、蜜蜂《みつばち》に針《はり》を下《くだ》さいました。そこで約束《やくそく》のとおり、蜜蜂《みつばち》には針《はり》はあっても、人間《にんげん》を刺《さ》しません。刺《さ》せば針《はり》が折《お》れて、命《いのち》がなくなるのです。

     ひらめ

 むかし、いじの悪《わる》い娘《むすめ》がありました。ほんとうのおかあさんは亡《な》くなって、今《いま》のは後《あと》から来《き》たおかあさんでした。それで何《なに》かいけないことをして、おかあさんにしかられると、おかあさんが自分《じぶん》をにくらしがってしかるのだと思《おも》って、いつもうらめしそうに、おかあさんをにらみつけていました。
 ところがあんまりおかあさんをにらみつけていたものですから、いつの間《ま》にか目がだんだんうしろに引《ひ》っ込《こ》んで、とうとう背中《せなか》の方《ほう》に回《まわ》ってしまいました。そして娘《むすめ》はひらめというお魚《さかな》になってしまいました。
 そういえばなるほど、ひらめというお魚《さかな》は、目が背中《せなか》についています。ですから今《いま》でも、親《おや》をにらめると、平目《ひらめ》になるといっているのです。

     ほととぎす

 むかし、二人《ふたり》のきょうだいがありました。弟《おとうと》の方《ほう》は大《たい》そう気立《きだ》てがやさしくて、にいさん思《おも》いでしたから、山へ行《い》ってお芋《いも》を取《と》って来《く》ると、きっといちばんおいしそうなところを、にいさんに食《た》べさせて、自分《じぶん》はいつもしっぽのまずいところを食《た》べていました。けれどもにいさんは目が見《み》えない上に、ひがみ根性《こんじょう》が強《つよ》かったものですから、「弟《おとうと》がきっと自分《じぶん》にかくしていいところばかり食《た》べて、自分《じぶん》には食《く》いあましをくれるのだろう。ひとつおなかを裂《さ》いて見《み》てやりたい。」と思《おも》って、とうとう弟《おとうと》を殺《ころ》してしまいました。
 けれども弟《おとうと》のおなかの中には、お芋《いも》のしっぽばかりしかはいっていませんでした。正直《しょうじき》な弟《おとうと》を疑《うたぐ》っていたことがわかると、にいさんは大《たい》そう後悔《こうかい》して、死《し》んだ弟《おとうと》の体《からだ》をしっかり抱《だ》きしめて、血《ち》の涙《なみだ》を流《なが》しながら泣《な》いていました。
 すると、死《し》んだ弟《おとうと》の体《からだ》から羽《はね》が生《は》えて、鳥《とり》になって、
「がんくう。がんくう。」
 と鳴《な》いて、飛《と》んで行きました。
「がんこ」というのはお芋《いも》のしっぽということです。弟《おとうと》は「お芋《いも》のしっぽをたべている。」ということを、「がんくう。がんくう。」といって、鳴《な》いたのでした。
 すると兄《あに》はいよいよ弟《おとうと》がかわいそうになって、これも鳥《とり》になって、
「ほっちょかけたか、おっととこいし。」
 と、鳴《な》き鳴《な》き弟《おとうと》のあとを追《お》って飛《と》んで行きました。
 毎年《まいねん》うの花《はな》の咲《さ》くころになると、暗《くら》い空《そら》の中で、しぼるような悲《かな》しい声《こえ》で鳴《な》いて飛《と》びまわっているほととぎすは、人によって「がんくう。がんくう。」と鳴《な》いているようにも聞《き》こえますし、「ほっちょかけたか、おっととこいし。」と鳴《な》いているようにも聞《き》こえます。これは鳥《とり》になったきょうだいが、やみ夜《よ》の中で、いつまでも呼《よ》び合《あ》っているのだということです。

     鳩《はと》

 鳩《はと》もむかしは親不孝《おやふこう》で、親《おや》のいうことには、右《みぎ》といえば左《ひだり》、左《ひだり》といえば右《みぎ》と、何《なに》によらずさからうくせがありました。ですから、親鳩《おやばと》は子鳩《こばと》に山へ行ってもらいたいと思《おも》う時《とき》には、わざと今日《きょう》は畑《はたけ》へ出てくれといいました。畑《はたけ》へ下《お》りてもらいたいと思《おも》う時《とき》には、わざと、今日《きょう》は山へ行ってくれといいました。
 いよいよ親鳩《おやばと》が死《し》ぬとき、死《し》んだら山のお墓《はか》に埋《う》めてもらいたいと思《おも》って、その時《とき》もわざと、
「わたしが死《し》んだら、川の岸《きし》の小石《こいし》と砂《すな》の中に埋《う》めておくれ。」
 といい残《のこ》しました。
 親鳩《おやばと》に別《わか》れると、子鳩《こばと》は急《きゅう》に悲《かな》しくなりました。そしてこんどこそは親《おや》のいいつけにそむくまいと思《おも》って、そのとおり河原《かわら》の小石《こいし》と砂《すな》の中に、親《おや》のなきがらを埋《う》めて、小さなお墓《はか》を立《た》てました。
 ところが川のそばですから、雨《あめ》がふって、水《みず》がふえて、河原《かわら》に水《みず》が流《なが》れ出《だ》すたんびに、小石《こいし》と砂《すな》がくずれ出《だ》して、お墓《はか》もいっしょに流《なが》れていきそうになりました。子鳩《こばと》はよけい親鳩《おやばと》をこいしがって、ぽっほ、ぽっほといつまでも悲《かな》しそうになきました。
 せっかく孝行《こうこう》な子供《こども》になろうと思《おも》っても、親《おや》のいなくなったのを、鳩《はと》は今《いま》でもくやしがっているのだそうです。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
※底本の「物のいわれ(上)」「物のいわれ(下)」をひとつにまとめました。
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年9月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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