青空文庫アーカイブ

長崎
芥川龍之介

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凧《たこ》
-------------------------------------------------------

 菱形の凧《たこ》。サント・モンタニの空に揚つた凧。うらうらと幾つも漂つた凧。
 路ばたに商ふ夏蜜柑やバナナ。敷石の日ざしに火照《ほて》るけはひ。町一ぱいに飛ぶ燕。
 丸山の廓の見返り柳。
 運河には石の眼鏡橋。橋には往来の麦稈帽子。――忽《たちま》ち泳いで来る家鴨《あひる》の一むれ。白白と日に照つた家鴨の一むれ。
 南京寺の石段の蜥蜴《とかげ》。
 中華民国の旗。煙を揚げる英吉利《イギリス》の船。『港をよろふ山の若葉に光さし……』顱頂《ろちやう》の禿げそめた斎藤茂吉。ロティ。沈南蘋《しんなんぴん》。永井荷風。
 最後に『日本の聖母の寺』その内陣のおん母マリア。穂麦に交じつた矢車の花。光のない真昼の蝋燭の火。窓の外には遠いサント・モンタニ。
 山の空にはやはり菱形の凧。北原白秋の歌つた凧。うらうらと幾つも漂つた凧。



底本:「芥川龍之介全集 第九巻」岩波書店
   1996(平成8)年7月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


前のページに戻る 青空文庫アーカイブ