青空文庫アーカイブ

石竹
薄田泣菫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)石竹《せきちく》
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 この頃咲く花に石竹《せきちく》があります。照り続きで、どんなに乾いた磧《かはら》にも、山道にも、平気で咲いてゐるのはこの花です。茎が折れると、折れたままにその次の節からまた姿勢を持ちなほして、伸びてゆくのはこの花です。細くて、きやしやで、日盛りのあるかないかの風にも、しなしなと揺れるほどの草ですが、針金のやうな強い神経をもつてゐて、多くの草花がへとへとに萎《しな》びかかつてゐる灼熱《しやくねつ》の真つ昼間を、瞬きもせず澄みきつた眼を開いて、太陽を見つめてゐるのはこの花です。茎を折つても、水気ひとつ出るではなし、線香のやうに乾いた髄を通して、生命が呼吸してゐるのはこの花です。砂の夢。灼《や》けつく石の夢。そしてまたどんな貧しい土地にも、根をおろして伸びてゆく不思議な「生命」の石竹色の夢。



底本:「泣菫随筆 谷沢永一・山野博史編」冨山房百科文庫、冨山房
   1993(平成5)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「太陽は草の香がする」アルス
   1926(大正15)年
入力:本山智子
校正:林 幸雄
2001年7月6日公開
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