青空文庫アーカイブ



大菩薩峠
新月の巻
中里介山

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)奔馬《ほんば》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天馬|空《くう》を往く

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)鉄門※[#「金+俊のつくり」、306-14]
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         一

 とめどもなく走る馬のあとを追うて、宇治山田の米友は、野と、山と、村と、森と、田の中を、かなり向う見ずに走りました。
 しかし、相手は何をいうにも馬のことです。さしもの米友も、追いあぐねるのが当然でしたが、そうかといって、そのまま引返す米友ではありません。ことに右の放たれたる馬には、長浜で買入れた家財雑具はいうに足らないとしても、たったいま両替したばっかりの何千というお金が、確実に背負わせられている。金額の多少を論ずるわけではないが、ことにあのお嬢様が、この米友を見込んで用心棒を依頼してある、その責任感から言っても、追及するところまでは追及せずにはおられないでしょう。
 それはそうとして、米友もまた心得たところもある。奔馬《ほんば》というものは、前から捉えるに易《やす》くして、後ろから追うにはこの通り骨《ほね》だが、そうかといって馬というやつは、蝶々トンボの類《たぐい》と違って、どう間違っても空中へ向けて逸走することはない。天馬|空《くう》を往くという例外もあるにはあるが、通例としてはせいぜい地上を走るだけのものである。ああしてせいぜい地上を走っているそのうちには前途から誰か心得のある奴が出て来て取捕まえてくれるか、そうでなければ馬め自身が行詰るところまで行って、立往生するか、顛落《てんらく》するかよりほかはないものだ――ただ、往来|雑沓《ざっとう》の町中ででもあるというと、他の人畜に危害を与えるおそれもあるが、その点に於てこういう野中では安心なものだ――という腹が米友にあるから、焦《あせ》りつつも、いくらかの余裕をもって走ることができるのです。
 ところが、案に相違して、なかなか前途から、心得のありそうな奴が飛び出して取抑えてくれそうもなし、何かこの奔馬をして、行きつまらせるところの障碍物といったようなものも容易にないのであります。
 ついに一つのやや大きな川原中へ飛び出してしまいました。
「川へ来やがった」
 川原道を、ついにこの馬がガムシャラに走るのです――その川原の幾筋もの流れをむやみに乗切って、ずんずん飛んで行く馬は、まだ石田村の門前でひっぱたかれた逆上《のぼせ》が下りないで、お先まっくらがさせる業なのでしょう。
 やむことを得ず、米友もつづいて川原の中へ飛び下りました。
 逆上し切ってお先真暗なことに於て、奔《あば》れ馬《うま》ばかりを笑われませんでした。幾分の余裕を存して追いかけて来たつもりの米友自身すらも、この時分はかなり目先がもうげんじ[#「もうげんじ」に傍点]ていました。
「わーっ」
という喚声が、行手の川の向う岸から揚って、そうしてバラバラと礫《つぶて》の雨が降って来た時は、米友が、屹《きっ》となって向う岸を見込むと、その鼻先へ、今の今までまっしぐらという文字通りに走って来た放れ馬の奴が、不意に乗返して来たものですから、その当座の米友は土用波の返しを喰ったように驚いたが、その辺はまた心得たもので、
「よし来た!」
 何がよし来た! だかわからないけれども、今まで追いかけても追いかけても追いかけ足りなかった目的物が、今度は頼みもしないのに、自分で折返し畳み返して来たのですから、勿怪《もっけ》の幸いと言えば言うものの、この際、米友でなければ、たしかに引返し馬のために乗りつぶされてしまったことは疑うべくもありません。
 そこを、心得たりと身を沈めて、轡《くつわ》づらをしっかと取った米友、
「どう、どう、どう――しっかりしやがれやあい」
 米友ほどの人格者に握られた轡ですから、何のことはありませんでした、その途端に、馬の逆上がすっかり引下ったと見えて、大きな目もパッカリと見えるようになってみると、疲労そのものが一時に露出したらしく、馬相応の、嵐のような息をついて立ちすくみの体《てい》です――ここで米友は完全に奔馬を取捕まえることの目的を達しました。
 その目的だけは完全に達したけれども、前後左右の分別までがハッキリと手に取れているわけでもなく、頭にうつっているわけでもないのです。
 第一、今までガムシャラに走り続けていたこの馬のやつが、今ここへ来てどうして不意に折返して来たか、前途に心得ある人が出て来たわけでもなし、広い河原で、これぞといって障碍物もありはしないのに――こいつがここで不意にあと戻りをやり出した理由と原因とは、よくわかっていないのです。しかし、その理由と、原因をわざわざと探し求めるまでもなく、米友の身の周囲《まわり》に降りそそぐ石礫《いしつぶて》が、とりあえずこの不穏を報告する。

         二

 片手で馬の轡を取りながら、そうして、石の飛んで来る前岸を見込むと、さても夥《おびただ》しい人出。
 向う岸の土手の全部が、ほとんど人を以て埋っている光景を、米友がはじめて見ました。
「やあ、大変な人だな、蟻町《ありまち》のようだ」
 石の礫は、その夥しい人類の中から降って湧いて来ていることに相違ないが、この夥しい人類が、いつのまに、何のためにここへ現われたのだか、それはひとまず米友の思案に余りました。
 なるほど、荒れ馬の飛んで来るのは危ない。それ故に村の人が警戒を試むるのもよろしい。だが一頭の家畜のために、これだけの人数が繰出して来るとは――第一、馬がこの川原へ来るか来ないうちに、その危険をおもんぱかって、これだけの人数をかり集め得たとすれば、その人寄せは人間業ではない。
 しかしまた、他に目的あってここに待構えているんなら、何かその目的物がありそうなものだが、あいつらの面《つら》という面、目という目は、みんなこっちばっかりを見合せていやがる――だから、この一匹の馬のためにあの人数が繰出されたと見るよりほかはねえ、大仰《おおぎょう》なこった。
 おやおや、竹槍を持ってるぜ、竹槍を林の如くあの通り揃えて持っている。こいつは驚いたな、タカが一匹の放れ馬のために、危ねえ!
 クルクル眼を廻して、驚いてながめているうちにも、礫の雨が絶えず降って来て、同時に向う岸で口々に、おれたちに向って何かを罵《ののし》りかけているようだが、ガヤガヤして何のことだか聞きとれねえ。
 米友としては、奔馬追及の目的は完全に達せられたことだし、たとい、彼等が無理無体に礫の雨を降らしたところで、ここでなにも、好んで、宇治山田の網受けの芸当をしてお目にかける必要のないところですから、その飛んで来る石の雨は片時も早く避けた方が賢いと思慮したものですから、おもむろに馬の口をとってこちらの岸へ戻って来ると、「発止《はっし》!」これはまた、どうしたことでしょう、今度は戻って来る方の岸から、礫の雨が飛んで来ました。
「こいつは驚いた」
 米友は馬の口をひかえて、戻り来る岸の上を見ると、そこにも土手の上いっぱい、芋《いも》の子を盛ったような人出です。それが口々に罵っている、竹槍を持っている、米友と馬とをのぞんで石の雨を降らしかける、それは前岸の光景と全く同じことです。
 自分ながら落着いたつもりが、まだ血迷っていた。向きをかえたつもりだが、実はもう一ぺん廻り過ごして同じ方向に向いちまったか。あわて者が馬へ逆さに乗って尻尾《しっぽ》を見て、「おやこの馬には頭がねえ」と言ったが、乗り直して頭を見て、「尻尾もねえ」と言ったという笑い噺《ばなし》がある。そうでなければ大きな鏡仕掛で、あちらの幻像を、こちらへがんどう返しにうつし取ったものと見なければならないが、事実上、米友がどちらを向いて見ても、両岸が同じ光景だものですから、一時、どうしても、そこに馬の口を取りながら、立ちすくみの姿勢をとらざるを得ませんでした。
「わからねえ。わからねえ奴等だ」
 それは、馬が駈けて行く方が用心するのは当然であるとしても、その用心か惰力《だりょく》かなにかで文句を言い、石の一つも投げてみようという手ずさみは、まあわかっているが、もうこの通り、馬も取鎮めてしまって、そうして穏かに曳《ひ》いて帰ろうてえのに、その引返した方の奴が、悪口を言ってこっちへ石を投げかけるてえのは、わからねえ理窟じゃねえか。
 こういう人気の土地か知らねえが――こんなことは初めてだ、一匹の馬のために、まあ、見るがいい、後から後からとあの人出は、村方総出だ。
 おやおや、竹槍を持ったのが、バラバラこっちへやって来るぜ。
 また、向う岸からも竹槍を持った奴が、バラバラとこっちへやって来るぜ。いったいどうしようてえんだ、このおいらと、馬とを、両方から挟み討ちにして、あの竹槍で突っつき殺さずにゃ置かねえという了見《りょうけん》か――それはいよいよわからねえ。第一、この馬とおいらが、何を悪いことをしたのだえ。
 馬はやみくもに駈けたばっかりだ、おいらはそれを追っかけて来たばっかりなんだ、老人《としより》子供《こども》の一人にだって、怪我あさせたわけじゃあねえんだ。村を騒がせて済まなかったといえば済まなかったに違えねえんだから、その点はおいらだって詫《わ》びをしろと言えばしねえとは言わねえよ。なにもこっちも好きこのんで、馬を飛ばしたわけじゃねえんだ、馬が何かに驚いて飛び出したんだ、何に驚いたんだか、そんなことはまだ原因をたしかめる暇もなく、おいらはこうして追いかけて来たんだが――なんにしてもこっちに責任のある馬には馬なんだから、詫びろと言えば詫びらあな、あやまれと言えばあやまってやらあ――それをお前、何もこっちに一言も言わさねえで、両岸から挟みうちにして竹槍で突っつき殺そうたあ酷過《ひどす》ぎる!
 タカが一頭の馬の畜生のことじゃねえか――まるで、これじゃ戦《いくさ》だ――まさかこの馬が千両からの金を積んでいることを知っていて、それを取りてえから、ああして人数を集めたわけじゃあるめえ。そうだとすれば、村中が心を合せて切取り強盗を商売にしているようなわけのものだが、今時そういう商売の村というのはあるめえ。第一、この馬が千両からの銭金《ぜにかね》をつけているかいねえか、それまで見きわめちゃいめえがな。
 おやおや、来るよ来るよ、本当にやって来るぜ、あの通り若い奴が、竹槍を持って、こっちの岸からも御同様。さあ、もう仕方がねえ、こうなったからはこっちも了見をしなくちゃならねえ。
 米友は川原の真中でじだんだ[#「じだんだ」に傍点]を踏みました。同時に、両方の岸から、すさまじい鬨《とき》の声が起りました。
 竹槍をしごいた両岸の先陣五六名ずつが、その声に煽《あお》られて、奔馬《ほんば》のような勢いで、米友をめがけて――事実、米友としては、そう見るよりほかに見ようがない――両方から殺到し来《きた》るのです。
 こうなると米友は、もはや、じだんだ[#「じだんだ」に傍点]だけでは許されない。
 もういやです。米友としてもこんなところでまたしても武勇伝は現わしたくはないのですが、実際、身に降りかかる火の粉は払わなければならない。払って置いて相当の弁明が聞かれなければ、もうそれまで――そういう覚悟をきめることには未練のない男です。
 そこで、足場を見計らってお手のものの杖槍を二三度、素振《すぶ》りをしてみてからに、懐中へ手を入れると、久しく試みなかった菱《ひし》の実のような穂先を取り出して、しっかとその先を食いこませたものです。
 その時また、わあっ! と両岸で山の崩れるような鬨の声。

         三

 全く理不尽千万な、乱暴至極な、前後から一応の弁明もさせずに、竹槍の槍ぶすまを作って、米友一人と、駄馬一頭とをめがけて襲い来《きた》る暴挙。これは甲州街道の雲助でさえもあえてしなかったところの兇暴です。しかし、事ここに至っては、いかにことを好まない米友であるにしてからが、勢い決死的に応戦の覚悟をきめること以外には、正当防衛の手段は無いのです。
 躍《おど》り立った米友は、その応戦の準備をしている途端に、なんだか急に、風向きが変って、予想の当てが外《はず》れたようにも受取れる――それは、自分と馬とにばっかり向って来るものと思いきっていた両岸の竹槍の槍ぶすまが、決して引返したというわけではないが、ある地点へ来ると、明らかにその槍先の当てが違っている、向きがそれているということを米友が認めました。
 当てが違っており、向きがそれているとしてからが、河原を真中にして、川原の両岸の土手から同じように進んで来ることは少しも変化はないのですが、その槍先が――つまり、米友と駄馬との焦点に向ってのみ集中し来《きた》るものとばっかり信じていたのが、途中にして、そうでなかったということが明らかにわかったのです。
 ある地点で、米友の的《まと》を外してしまったそれからは、中に何も置かず、川と川原だけで、そうして、両岸の竹槍と竹槍とが、対陣の形によって、おのおの両方から取詰めて行っていることを米友が明らかに認めました。
「なあーんだ」
と、それを知った瞬間に、米友が思わず力負けがして息を抜いたのは、べつだん事柄を軽んじたわけでもなければ、案外なばかばかしさから、噛《か》んで吐き出したというわけでもない。
 つまり、この火の粉は、自分の身にのみ降りかかるものと信じきって構えていたのが、実はわが身に降りかかるのではない、ということを知って、個人的に一安心したということに止まり、事件そのものの性質の危険性が、それで解消したというわけでは決してないことを認めると共に、一旦「なあーんだ」と言って、ばかばかしそうに力を抜いた米友が、再び別な用心を以て構えを立て直さないわけにはゆかなかったのです。それというのは、被《かぶ》る人が誰であろうとも、火の粉は火の粉です。火の粉が自分の身の上へ落ちて来るのじゃなかった、ということを認めて安心したのはいいが、それが人の身の上なら落ちかかって来てもいい、という理窟にはならないのです。
 充分の危険性あるものは、危険性あるものとしてなお存在し、それが自分の頭を外れたとは言いながら、他人の頭へなら落ちてもかまわない、という論法にはならないのであります。
 両岸の竹槍の槍ぶすまは、米友を焦点とすることから明らかにそれ出したけれども、その相手が消滅に帰《き》したというのではなく、手取早く言えば、今度は米友とその馬とを抜きにして、ひたひたと竹槍同士の対抗の形となって、ジリジリ押しをはじめている。
「なあーんだ、ここでも戦《いくさ》ごっこがはじまってやがる」
と米友が冷笑しました。道庵先生が関ヶ原で演じた模擬戦を、ここでも誰かが模倣している。
 面白くもねえ――と米友がさげすみました。本来、米友は、道庵がするような芝居気たっぷりがあまり好きではないのです。紙幟《かみのぼり》を押立て、模造大御所で納まり返って、あたら金銭と時間をつぶし、いい年をした奴が、戦争ごっこをしてみたところで、何が面白れえ――
 子供じゃあるめえし――と言って、米友がさげすむのも無理はないのです。道庵先生は、本来ああいうことが好きに出来てるんだ。つまり病なんだ。病では死ぬ者さえあるんだから、どうも、あの先生に限って、仕方がねえと諦《あきら》めてるんだが、病でもなんでもねえ、いい年をした奴等が、こう大勢寄り集まって、あっちでもこっちでも戦争ごっこをするたあ、呆《あき》れ返ったものじゃねえか。
 稼業《かぎょう》を休んでさ――年に一度か二度のお祭なら仕方がねえが、見たところ、これは決してお祭じゃねえんだ。
 ちぇッ――
 米友は、冷笑しながらそれを見ていると、事の体《てい》そのものは全く冗談《じょうだん》でもなければ、いたずらでもない、好きでやっているわけでも、病で狂っているわけでもない、まして、お祭騒ぎでなんぞあるべき余裕や賑《にぎ》わいはちっとも見えないのみならず、明らかに殺気そのものが紛々濛々《ふんぷんもうもう》と湧いているのです。

         四

 今や、最初に米友をめざして突き進んで来た両岸の十数名は、それは先陣でありました。
 先陣は勇者中の勇者のすることです。米友を的としての槍先はこのとき全くそれたが、槍と槍とが川原の真中で出逢ったところですなわち白兵戦が演ぜられるのかと思うとそうでなく、ある地点へ行くと、また急角度に槍先が変って、今度は両方の先陣とも、川をさしはさんで並行線になって、まっしぐらに駈け登って行くところを見ると、そこに水門口があります。
 一方は井堰《いぜき》。
 ちょうど、山崎の合戦で、羽柴軍と明智軍とが天王山を争うたように、この両箇の先陣が、その水門口をめがけて我先にと競《きそ》いかかる有様が、米友にハッキリと読めました。
「ははア――水門だな」
 今や明らかに両軍争奪の的が、米友及びその馬であることは消滅すると共に、新たなる目的物の存在がわかりました。
 目的はあの「水門口」の奪い合いだということは、馬鹿でない米友の頭にかっきりとわからないはずはありません。
「よくあることだ!」
 それは芝居気たっぷりな模擬戦でもなければ、見得《みえ》や慰みでやるお祭でもない。好きと病で、稼業を休んで、ああしているわけではない。全くの戦争だ、いや、戦争以上の生活の戦いだ。
 水争いである――よくあることだ、ひでり[#「ひでり」に傍点]の年には。
 水を取ると取らないとは、二つの村の収穫に関係するのである。一年の収穫は、百姓の生活の全部に匹敵するのである。彼等両岸の村々の者が、その収穫のために水を得ようとするのは、その生活のために生命《いのち》を守ろうとするのと同じことだ。
 必要だ――道庵流の模擬戦とは事が違って、現実に即した生死の争いだ、笑いごとや、冗談ごとじゃねえぞ!
 米友がそうさとってくると、おのずからまた力瘤《ちからこぶ》が満ちて、じだんだ[#「じだんだ」に傍点]が川原の砂地へ喰い入りました。ここで今、生活の白兵戦が始まるのだ、さあ後陣《ごじん》が続く続く。
 なだれを打って、後ろから人数が繰出して来たぞ。
 やあ、こいつは――川原いっぱいが死人《しびと》の山になるのだ、気の毒だなあ――
 どっちにも理窟はあるだろう、どっちも生死の境だからこうなったには違《ちげ》えねえが、何とか捌《さば》きはつかねえものか、両方ともに生きたいがために水が欲しいんだ、それだのに、両方は死人《しびと》の山を築いたんでは何にもならねえではないか、意地を張るというやつは、得てしてこんなもんだが、さあ、こいつはいけねえ。
 おいら一人を目の敵《かたき》にやって来たなら、まだ始末はいいが――この多勢で入乱れて混戦となったら手はつけられねえ。
 困ったなあ、弱ったなあ、ちぇっ!
 米友は歯噛みをして、じりじりして、眼をクリクリさせて、じだんだ[#「じだんだ」に傍点]を幾つも踏んでみましたけれど、足がいよいよじりじりと砂地の中に喰い入るばかりで、全く手のつけようも、足ののばしようもないことを覚《さと》らずにはおられません。
 今や双方の先陣が、水門口の天王山を双方から取詰めて、竹槍の先が火花を散らして、両岸に血の雨の洪水を切って落そうとする――瞬間に、いつ、どこから、いつのまに身を現わしたのか、その天王山の中央の水門の上へ、すっくと身を現わした一つの人影を米友が認めました。
 それは、米友が認めたばかりではありません、万人ひとしく注意の焦点でありましたから、誰ひとりとして、その一個の人影を認めないものはなかったろうと思われます。それのみならず、認めるには、ちょうど都合のいいように、地の利もよかったし、第一、その人影そのものの風采《ふうさい》が、かっきり、あたり近所を劃しておりました。
 というのは、その一つの物形だけが竹槍蓆旗《ちくそうせっき》の両岸の人民たちと違って、鮮かにさむらいのいでたちの、しかも寛濶な着流しで、二本の大小を落し差しにしている風采そのものが示します。
 不意に現われたこの一個の人影が、さしもにいきり立った竹槍組の先陣の気勢をも大いに緩和したのか、妨害したのか、とにかく、決死的に勢い込んだ先陣の槍先が鈍《にぶ》ったことは確かであります。
 米友も、眼を拭ってそれをながめました。米友の立っている地点からは、かなり離れていることですから、さながら人形芝居を遠見している如く、影絵の拡大を日中見せられている如く見えるのですが、気のせいか米友の眼で――遠目にどうもそこへ現われたさむらいが、見たことのある――と言っても古い昔のことではない、最近に、そうそう、長浜の湖辺で、釣を垂れていたあの浪人者――あれに似ているように思われてなりません。どうも物言い、恰好《かっこう》、それだ。それだとすれば、いつ、どうしてあすこへ駈けつけて来たのだろう、こっちの岸から駈けて行ったとも見えないし、あっちの岸から走りついたとも気がつかなかったが――さては隠れていたな、あの水門の蔭あたりに、ぴったりと身をひそめていたのだな。うむ、そうだ、こういうことが起るだろうとかねて心配していたものだから、その時の用心にと、あの水門の蔭あたりに隠れていて、それから双方の仲裁にかかろうという段取りだ。なるほど、そうありそうなこった。
 この仲裁ぶりが見ものだなあ――米友はじりじりしながら、固唾《かたず》を呑みました。

         五

 しかし、仲裁ぶりを見るといったところで、ここは遥かに隔たっているから、言語はむろん聞えず、ただ遠距離から活動写真を見ていると同様で、彼等の動作だけがわかるのみであります。しかし、動作だけにしてからが、銀幕の上に持廻りのすれからし物を見せられると違って、白日の下《もと》に、カッキリと実演によって見せられるのだから、要領を得ることは手にとると同様です。
 双方から勢い込んだ竹槍の先陣が、この水門口のところで浪人姿のさむらいに支えられました。浪人姿のさむらいは、手ぶり、身まねを以て彼等に懇々と理解を説いているらしい、その動作を見ると、言葉はむろん聞えないけれど、かなり歯ぎれのよい弁舌家であるらしい。
 或いは叱り、或いは教え、或いはなだめ、或いは口説《くど》いている様子は、活動俳優そのものと違った真剣味がありますから、自然、米友も身を入れて見ていることができるのであります。まして当面、その理解を聞き、身ぶりを受けている人数にとっては、なお一層身に沁《し》みる程度が深いと見えて、さしも意気ごんだ竹槍の先陣たちも、おのずから、いくらかずつ意気込みが緩和されて行く気分も、米友の方へ打って響くようにうつります。
 そのうちに、双方から続々と後陣が詰めかけて来る。先陣の気勢によって、それもみな幾分か殺気が緩和されて来《きた》りつつあるもののようです。
 で、竹槍、鍬《くわ》、鋤《すき》の類をはじめとしての得物《えもの》は、それぞれ柳の木に立てかけられたり、土手の上に転がされたりして、双方が素手《すで》で無事に入り交って、といっても中心に絶えずその理解を説いている浪人姿のさむらいを置いて、おのおのの主張を口舌で取交しはじめていることも、ハッキリわかりました。
 つまり、要領はこうなんです、右の浪人姿のさむらいが現われて、
「君たち、そう一途《いちず》に得物を持って殺気をたててはいかんじゃないか、水が切れたからと言って、血の雨を降らすなんぞは愚かな儀じゃ。じゃによって、一応双方から委員を選んで、評議をこらしてみちゃどうだね。本来、責任は天にあるのじゃ、天が雨を降らせてくれないのだから、恨みがあれば天へ持って行くべき筋じゃ。喧嘩をするとすれば、天を相手に喧嘩をしなければならないものを、それを人間同士がなすり合って、血の雨を降らそうということはいかん。そこでじゃ、この水門の水を、穏かに、相談ずくで、適度に分配することにしちゃどうだ――たとえば、朝の何時までは甲の村で使用し、夕方の何時からは乙の村へ放流するというようなことにでも、相談ずくでやってみちゃどうだ――いくら君たちが竹槍蓆旗《ちくそうせっき》で騒いでみたところで、この水量が一滴でも増加すべき筋合いのものではない。そこで双方委員を選んで、おたがいに歩み合いをいたし、相当限度まで辛抱すべきところは辛抱するという手段を執るのが賢い。そうして、その余力を以て、両方の村々が仲よく相一致して、雨乞踊《あまごいおど》りでも催して、天に祈り、人を喜ばしてみちゃどうだ、そのうちには何か効験がないということもあるまい」
 右のような理解を説いて聞かせているとする、そうすると両岸のいきり立った、逸《はや》り男《お》もそれに感化されて、
「なるほど、旦那のおっしゃることは尤《もっと》もだ、お天道様が雨をふらせて下さらねえからといって、人間が血を流すのは、よくねえことだ、なんとか総代を選んで談合がぶてるものなら、そりゃはあ、談合をぶつに越したこたあねえ」
 というような空気に傾いたらしい。そこを右のさむらいが、
「では、ともかく総代は君たちの方でおのおの五人なり十人なり、適当に選挙し給え、仲裁役は不肖ながら拙者に任せてもらえまいか」
という段取りになって、異議なし異議なしでそれから浪人姿のさむらいが、堤上をこなたの岸に向ってそろそろ歩み出す。それを囲んで、双方の委員候補者たちと見えるのが、ゾロゾロとついて来る。後ろにつづく後陣の大勢も、こうなってみると殺気は解けたが、そうかと言って、このまますんなりと解散する気にはなれない。簡単に追いかえすわけにはなおさらゆかない。そこで、さむらいを中心に、立てた委員総代候補者連のあとをくっついて、この大多数がゾロゾロと行くところまでは行こうという形勢になりました。
 その形勢で見ると、今までは火花を散らそうとした二つの勢力が一つに合流はしたけれども、さてまた、この合流した勢いのきわまるところが問題でなければなりません。一時の合流は見たけれど、それがために大雨がにわかに到ったというわけでもなし、双方を納得《なっとく》せしむべき解決条件が見出されたというわけでもないらしいから。
 これからこの浪人に率いられて、どこかへ行くのだ。どこぞへ行って、改めて熟議を凝《こら》すものに相違ないが、どこへ行くつもりだろう――そんなことまで、米友が想いやっているうちに、早くも右のさむらいを先頭にして、この群衆の姿は全部村の中に隠れてしまいました。
 そこで、川原の中に止まる者は、はや宇治山田の米友と、両替の駄賃馬ばかり――それも、いつまでこうしていなければならぬはずのものではない、ともかく、市《いち》が栄えてみると、自分たちは、自分たちとしての引込みをつけなければならない。
 かくて、米友は、おもむろに馬を曳《ひ》いて、川原の中から、こちらの堤の上へのぼって、仮橋のある柳の大木のあるところまでやって来たのであります。が、そこで米友が、まず目についたのは、その柳の木の下に一つの立札があって、これに筆太く記された字面《じづら》を読んでみると、
[#ここから1字下げ]
「姉川古戦場」
[#ここで字下げ終わり]
 ははあ、なるほど、この川が昔の合戦で有名な姉川か。
 更にその立札に曰《いわ》く、
[#ここから1字下げ]
「元亀元年織田右府公浅井朝倉退治の時神祖御着陣の処」
[#ここで字下げ終わり]
 ははあ、そうか、太閤記の講釈で聞いているところだ。さすがの織田信長も、この時の戦《いくさ》は難儀だったのだ、徳川家康の加勢で敗勢を転じて大勝利を得たということは知っている。朝倉の家来|真柄《まがら》十郎左衛門が、途方もない大太刀を振り廻したなんどという戦場がここだ。
 米友がこの立札によって、自分の歴史的知識を呼び起し、その心持でまた川原を見直すと、どうもなんだか、今まで両岸に騒いでいた甲の村が織田徳川で、乙の村が浅井朝倉ででもあったような感じがする。ただ山川として見るのと、歴史的知識を加えて見るのとでは、米友としても何かしら観念が一変するらしい。
 だが、自分としてはわざわざ古戦場見物に来たのではない、胆吹山《いぶきやま》の京極御殿へ帰らなければならないのだ。これから胆吹へ行くには、なにも必ずしもさいぜんのところまで引返すがものはあるまい、引返してみたところで、また悪気流の中へ飛び戻るようなものだから、この橋でこの川を渡ってつっきって行きさえすれば、胆吹へ出られるだろう。そこで米友はもう一応、馬のつけ荷を改めて、腹帯、草鞋《わらじ》を締めくくり、それにしても誰かに道案内を聞きてえものだと思案して立つことしばし、その背後からポカポカとのどかな音を立てて、御同様駄馬が数頭やって来るようです。
 よし、あいつに聞いてやろう――果して、ポカポカとやって来たのは、五六頭だての駄賃馬でありました。
 先頭に紙幟《かみのぼり》を押立て、一頭に二つずつ、大きな樽《たる》をくっつけて都合六駄ばかり――それを馬子と附添がついて米友の前へ通りかかりましたのを見かけて、米友が、
「胆吹山の京極御殿の方へ行くには、この橋を渡って行っても行けるだろうねえ」
 米友がたずねても、この不思議な駄賃馬の一行は、つんとすまして返答もせずに――気取り込んですまして行く。
 へんな奴だな、唖《おし》の行列じゃあるめえか。米友が不審がって、過ぎ行く駄馬の一行を後から見送ると、真先に立った駄賃馬の背に立てられた紙幟の文字が明らかに読めるようになりました。
[#ここから1字下げ]
「書きおろし、大根《だいこ》おろし
十三樽――
らっきょう一樽――
きゃあぞう親分へ」
[#ここで字下げ終わり]
 こうも読まれるが、何のことだか米友にはわからない。

         六

 飛騨《ひだ》の高山の芸妓《げいしゃ》、和泉屋の福松は、宇津木兵馬の両刀を、しっかりと両袖で抱えこんで、泣きながらこう言いました、
「いや、いや、いやでございます、あなたばっかりは逃げようとなすっても逃がすことではありません、少しは、わたしの身にもなって考えてごらん下さいましな」
 兵馬は長火鉢のこちらで、いかんとも致しようがなく、福松の振舞をながめているばかりです。
「わかっておりますよ、あなたもこの高山の土地を離れようという思召《おぼしめ》しで、それとなく御挨拶においでになったのでしょう、思召しは有難うございますけれど、わたしの身にもなって……ごらん……下さいましな」
 斯様《かよう》な手は、斯様な女にはよくありがちの手でありますけれども、ありがちの手にしてからが、今日のは、この女の用い方に、少し当りが違い過ぎ、薬が強過ぎるようなところがあります。
 涙を惜しげもなく、ほろほろとこぼして泣きわめきながら、武士の腰のもの二つを鋸《のこ》で引いても放さないような意気込みで、しっかりと抱え込んで、
「ほんとうに……わたしの……わたしの身にもなってごらん下さいましな」
と、ここで、また繰返言《くりかえしごと》を言うて泣きじゃくりながら、
「新お代官の御前《ごぜん》があんなことになったのは、わたしから見れば、自業自得ですわ、大きな声じゃ言われませんけれど、いい気味ですわ、あんな奴、ああなるのがいい見せしめで、内心、溜飲《りゅういん》が下るように思ったのは、わたしばかりじゃございますまい――ですけれども、あの飛ばっちりを浴びたものの身になってごらんなさいまし、やりきれたものじゃありません、その中でもこのわたしなんぞは……」
 ここでまた泣落し。それは、ちょっと文字ではうつし難い。歔欷流涕《きょきりゅうてい》という文字だけでも名状し難いすすり泣きと昂奮とで、
「お役所へお呼出しを食ったり、お茶屋さんでお取調べを受けたり――何か、わたし風情《ふぜい》が、あの一件に黒ん坊でもつとめているかなんぞのように、痛くない腹を探られるので、全くやりきれません――それはお代官の御前の有難い思召しを承るには承りましたけれども、あんまり有難過ぎますから、御免|蒙《こうむ》っちまったばっかりなんでしょう――あの一件についちゃあ何も知らないわ。全く知らないものを、朝から晩まで根掘り葉掘りお取調べをうけて、まだ、なかなか御用済みにならないばっかりじゃなく、かんじんの、わたしよりも一件に近い人はみんな姿を隠してしまったものですから、わたしだけが、人身御供《ひとみごくう》のようになって動きが取れないじゃありませんか。そんなわけで――そんなわけですからお客様も、けんのんがって、お座敷もめっきり減ってしまいました。それは災難と思って諦《あきら》めましょうけれど……」
 ここで、福松が思い迫って、おいおいと手ばなしで泣きました。無論、両袖でしっかりと宇津木兵馬の双刀を抱え込んでいる以上は、手ばなしでなければ泣けないわけなんですが、それにしても、あんまりあけすけな泣き方で、かえって興がさめるほどです。興がさめるほど露骨に泣いているのですから、それだけまた、思わせぶりのたっぷりな、手れん手くだというようなものが少ない。つまり、その泣き方は、芸者や遊女としての泣き方ではなく、子供の駄々をこねる泣きっぷりと同じようなものでした。色気のない泣き方であるだけ、それだけ、兵馬をしていよいよ迷惑がらせていると、
「あなたまでが、わたしを袖にして、寄りついても下さらないことが悲しうございます、寄りついて下さらないばっかりか、あなたまでがわたしを置去りにして逃げてしまおうとなさる、あんまり薄情な、あんまり御卑怯な、あんまり情けなくて、わたしは……」
と福松が、また、わあっわあっとばかりに泣き落しました。兵馬も全くあしらい兼ねているものの、いつまでも黙ってもいられないので、
「そういうわけではない、なにも拙者が君を捨てて、この地を立とうというわけもなし、また君にしてからが、拙者に捨てられたからといって、左様に泣き悲しむ筋もあるまい――拙者には君の感情の昂《たか》ぶっている理由がわからないのだ」
「そりゃ、おわかりにならないでしょう、あなた様なんぞは、立派な男一匹でいらっしゃるから、今日は信濃の有明、あすは飛騨の高山、どこへなり思い立ったところへ、思い立った時にいらっしゃる分には、誰に御遠慮もございますまいけれども、わたしなんぞは……わたしなんかは……そうは参りません……」
「拙者とて酔興で他国を流浪しているわけではない、行くも、とどまるも、それはおのおの生れついた身の運不運、如何《いかん》とも致し難い」
「如何とも致し難いですましていらっしゃられるのが羨《うらや》ましうございますわ、少しはわたしたちの身にもなってごらん下さいましな」
 福松はここでまた、さめざめと泣きました。
 兵馬は挨拶をつづくべき言葉を見出すに苦しんでいると、
「胡見沢《くるみざわ》の御前《ごぜん》があんなにおなりになると、お蘭さんという人はどうでしょう――足もとの明るいうちに真先に逃げてしまいました。抜け目はありません、恐れ入ったものですね、全くあの人には――あの人なんぞこそ、うんと責めてお調べになれば、きっと何かしら立派な種があがるに違いありませんわ。なにもあのお蘭さんが、糸を引いてあんな大事を持上げたとは言いませんが、あの人を除いてはこの事件の手がかりはつきませんね」
「うむ」
「わたしは、お蘭さんに泥を吐かしてみさえすれば、今度のことだって、あらましの筋はわかるにきまっていると思われてよ。ところがどうでしょう、悧口《りこう》じゃありませんか、どのみち、事面倒と見たから、あの方は、その晩のうちにこの土地をすっぽかしてしまいました。天性悧口な人は、どこまでも悧口に出来ていますのねえ。抜け目のない人は、一から十まで抜け目がありませんのね。それに比べると、わたしなんぞは、わたしなんぞは全く、この世の馬鹿の骨頂でございますよ」
と言って、芸者の福松は泣きじゃくりながら、ちょっと見得《みえ》をきるように面《かお》を上げて、兵馬を斜めに見ました。
「ふーむ」
「ふんぎりもつかず、引っこみもつかずにうろうろしているもんですから、何のことはないお蘭さんの投げた株を引受けて、追敷きを食わされ通し……全くいい面《つら》の皮《かわ》ですわ」
「それを繰返すのは愚痴だ、自分でいま言っている通り、災難と諦《あきら》めて、何もこっちに疚《やま》しいことさえなければ、素直《すなお》に、幾度でもお呼出しを受けるがよい、訊《たず》ねられたらば、知っている通りを洗いざらい返答してしまい、知らないことは知らないと正直に通せばいいのだ」
「そうおっしゃられると、それまででございますけれどもね、これでも人間の端くれでございますから、苦しいと思うこともあれば、癪《しゃく》にさわることもありますのさ。わたしもお蘭さんのように、自由が利《き》く身でありさえすれば、こんなところに、こうしてばかばかしい祟《たた》り目の問屋を引受けてなんぞいるものですか――どうにもこうにも動きの取れないわたしという者の身の上を、少しはお察し下さいましな」
「それは、人の運不運で、やむを得ないことだと言っているのに」
「運不運なんて言いますけれど、それはたいてい意気地なしの言うことですね――しっかりした人は、自分で自分の運を切り開いてしまいますからね。不運のものも運のいいように取返してしまいますからね。早い話がお蘭さん――」
 この女はよくよくお蘭さんの身の上が羨ましいものと見える。そうでなければ、よくよく憎らしいものと見えて、一口上げにお蘭さんが引合いに出て来る。
「お蘭さんなんかも、運不運だなんておとなしくあきらめて、この土地にぶらついていてごらんなさい――今頃はどんなことになっているかわかったものじゃありません、それを知っているから、ああして抜け目なく逃げてしまいました。残されたわたしたちこそ全くいい面の皮、お蘭さんの分まですっかり被《かぶ》って申しわけをしなければなりません。お蘭さんさえおいでなされば、わたしなんぞこのたびの事件についちゃ物の数には入らないのですが――お蘭さんの分をわたしが被ってしまって、日日毎日《ひにちまいにち》……ほんとうにお蘭さんという人は、今頃は誰とどうして、どういう了見で、どこの土地を遊び歩いておいでなさることやら、憎らしい!」
 福松は歯がみをして、後《おく》れ毛をキリリと噛《か》みきりました。これは当面の兵馬に向けて怨《うら》み言《ごと》を言い立てているのだか、自分よりこの事件に一層直接な当人でありながら、逸早《いちはや》くこの土地を身抜けをして、その飛ばっちりを、すっかり自分に背負わせて行ってしまったところのお蘭さんなる者に向けて、恨みを述べているのだかわからない。
「ほんとに憎らしいのは、あの人よ、お代官の生きている間には、腕によりをかけてさんざんたらしこんでさ、災難の時は自分だけいい子になってあと白浪――わたしなんぞは商売人のくせに、腕もないし、知恵もないし、それにまた憎いのは、あのがんりき[#「がんりき」に傍点]という兄さんよ――なあに、兄さんなことがあるものか、あのおっちょこちょいのキザな野郎、あいつも憎らしいったらありゃしない……」
 今度はまた、全く別な方角へ飛び火がして来たらしいが、兵馬は、いかんともその火の手の烈しさに手がつけられない。

         七

 和泉屋の福松は、がんりき[#「がんりき」に傍点]と言い出してまた躍起となり、
「ほんとに、いやな奴たらありゃしない、三千世界の色男の元締はこちらでございってな面《かお》をして、手んぼうのくせに見るもの聞くものにちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]を出したがるんだから、始末が悪いことこの上なし、そうして、御当人のおのろけによると、そのちょっかいというちょっかいが、十のものが十までものになるんだそうだから、やりきれない、キザな奴、イヤな奴――」
 福松どのは、がんりき[#「がんりき」に傍点]のことを、噛んで吐き出すように言いだしたけれども、相手が宇津木兵馬だから、あんまり手答えがないのです。
 兵馬でなかろうものなら、ははあ、そうかね、そういった色男の本家がこの辺へお出ましになったものと見えますな、ところでその、御当家には、格別の御被害もございませんでしたかね、そのちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]とやらの味はいかがなものでございましたか、なんて揶揄《からか》ってみたいところだろうけれども、相手が兵馬だから、そんな軽薄な口を叩くわけにはゆかないのです。手答えが無いだけ張合いも無いと言えば言えるかも知れないが、相手がまたおとなしいだけに、こちらもまた思う存分言ってのけられる自由があると見えて、福松どのはかさにかかりました。
「ほんとにイヤな奴、キザな奴、あのくらいイヤな奴も無いものですけれども、でもわりあいに度胸があるんですよ、お宝の切れっぱなれもいい方でしてね、やっぱり男はね……」
 おやおや、また風向きが変って来たぞ。兵馬が黙って聞いていると、
「色男てものには、お金と力は無いものと昔から相場がきまっているのに、あのイヤな奴、妙に色男ぶるくせに、あれで度胸があって、切れっぱなれがよくって、で、口前がなかなかうまいものだから――口惜《くや》しいわ。わたし、どうも、とうからお蘭さんと出来てるんだと睨《にら》んでいるのよ。相手がお蘭さんだからたまりませんわね、あの男前と……口前じゃたまりませんよ――」
 福松どのの悲泣がいつしか憤激となって、最初は口でけなしていたがんりき[#「がんりき」に傍点]なるやくざ野郎を、結局、度胸があって、お金の切れっぱなれがよくって、口前がいい、色男の正味を肯定するような口ぶりになってしまうと、今度は鉾先《ほこさき》がお蘭さんなるものの方に向って、しきりにそのお蘭さんをくやしがるものですから、兵馬は自然、過ぐる夜のことを思い起さないわけにはゆきません。
 つぶし島田に赤い手絡《てがら》の、こってりした作りで、あの女から夜中に襲われた生々しい体験を持つ宇津木兵馬は、その時のことを思い出すと、ゾッとしてしまいました。あの時、「ねえ、宇津木様、うちの親玉にもたいてい呆《あき》れるじゃありませんか、きのう市場でもって、ちょっと渋皮のむけた木地師《きじし》の娘かなんかを掘出してしまったんですとさ、そうして、今晩から母屋《おもや》の方で一生懸命、口説《くど》き落しにかかっているんだそうですよ。ですからこっちなんぞは当分の間、御用なしさ、見限られたものですね」
 それから、自分の枕許《まくらもと》に、だらしのない姿で立膝をしながら、若いのは若いの同士がいいか、また若いの同士では、食い足りないから、油ぎった大年増を食べてみる気になったりするのじゃないか、穀屋《こくや》のイヤなおばさんがどうの、男妾の浅公がどうのと、口説《くど》きたてたあの厚かましさ。
 ところでその前の晩、戸惑いをして自分の寝間へ紛れこんだ怪しい奴がある。あれが、どうも、このいけ図々しい大年増を覘《ねら》って来て、戸惑いをしたものとしか受取れない。
「いかにも、そのがんりき[#「がんりき」に傍点]とやらいうならず[#「ならず」に傍点]者が怪しい」
「怪しいにもなんにも……」
 福松はいっそう声を立てて、
「ほんとうに、あのお蘭のあまとがんりき[#「がんりき」に傍点]の奴、今頃は、もう疾《と》うに国越しをしてしまって、とまりとまりの旅籠屋《はたごや》で、いいかげんうだりながら――鶏《とり》がなくあずまの方へ行ったか、奈良のはたご[#「はたご」に傍点]や三輪の茶屋なんかと洒落《しゃれ》のめしているか、わたしゃそんなところまでは知らないけれど、残されたこっちこそ、いい面の皮さ」
 この女相当の八ツ当りを、兵馬にまともに向けるから、それは上《うわ》の空《そら》に聞き流して、自分は自分としての、このごろの身辺雑事をあれかこれかと空想に耽《ふけ》っている時、外で夜廻りの音を聞きました。
 夜廻りの拍子木の音を聞くと、兵馬は膝を立て直し、
「それはそうと、もう時刻も遅い、お暇《いとま》します、冗談はさて置いてそれをお返し下さい」
 真剣そのもので、福松がさいぜんから後生大事に抱え込んでいる両刀を指して促すと、福松どのは、一層深く抱え込んで、頭《かぶり》を振り、
「いけません」
「冗談もいいかげんにしなさい」
「冗談ではございません――わたしは真剣に申し上げているんでございますよ」
「では、どうしようと言うんだ」
「今晩はあなたをお帰し申しません」
「帰さないというて、ここは拙者の泊るところではない」
「はい、あなた方のお泊りになるところではございません、あなた様にはほんとうにお羨ましいお宅がおありでいらっしゃいます、でもたまにはよろしいじゃございませんか、今晩はおいやでもこちらへお泊りあそばせな」
「何を言ってるのだ」
「あなたもずいぶん罪なお方ねえ」
「たわごとを言わず、穏かに言っている間に、返すものをお返しなさい」
「ねえ、宇津木様、わたし今晩は大へんしつっこいでしょう、わたしだって張店《はりみせ》のおばさんみたように、こんなしつっこい真似《まね》はしたくはないんですけれど、そうして上げなければあなたのおためにはならないわけがあるんですから、こうしてあげるのよ、今晩は泊っていらっしゃい」
「滅相な」
「あなたはそんなきまじめなお面で、うぶな御様子をなさいますけれど、本当のところは、どうしてずいぶんな罪作り――残らずこっちには種があがっていますから、それを白状なさらなければかえして上げません」
「何か、拙者が後暗いことでもしていると申されるのか」
「ええ、そうでございますとも、あなたという人こそ本当に見かけによらない、イヤな人です、憎らしいお方、もうすっかり種が上っていますから隠したってだめよ」
「そちらに種が上っているのなら、なにも改めて拙者にたずねるには及ぶまい――どれ」
 兵馬は苛立《いらだ》って、もう、こうなる上は、手ごめにしても刀を奪い取って差して帰るまでのことだ――と立ちかけた時、
「ア、痛ッ!」
と不覚の叫びを立てたのは、相手の女ではなくてかえって自分でした。
「憎らしい!」
 女は今まで両の袂で後生大事に抱きかかえこんでいた兵馬の両刀を、左の片袖だけで抑え換えて、そうして、右の片手をのべると、いきなり、苛立って立ちかけていた兵馬の左の股《もも》のところを――イヤというほど――つねりました。武術鍛錬の兵馬が、もろくもこの不意打ちを食って、「ア、痛ッ!」「憎らしい!」
 今晩のこの女は、憎らしい! と、口惜《くや》しい! との連発です。
 思うさま不意打ちを食わして、兵馬を痛がらせた福松は、ここで、やや勝ち誇った気位を取り返し、
「それ、ごらんなさい」
 何がそれごらんなさいだか、兵馬には一向わからないのを、福松どのは畳みかけて、
「痛かったでしょう――わが身をつねって人の痛さというのがそれなんですから、よく覚えていらっしゃい。あなたという人も、このごろは相応院の離れ座敷で、お安くない世話場を見せていらっしゃるんですってね、相手はお雪ちゃんといって――知っていますよ、知っていますよ。いいえ、お隠しになっても、もう駄目です、そのお雪ちゃんという可愛ゆい子を、あの助平のお代官の手から、助けたり、助けられたりがもとで、お二人が水入らず、近いうちに御両人がまた手に手をとって道行という筋書まで、ちゃんとわたしには読めておりますのよ――憎らしい! 口惜しい! 覚えていらっしゃい」
 また刀を一方の袖だけに持たせて、右の手をさしのべて――それは以前よりもいっそう手強く兵馬の股を抓《つま》み上げてやる気で出した手を、今度は兵馬も容易《たやす》くそうはさせません。
「何をなさる」
と言って、その手をぐっと抑えたが、思いの外に軟らかな手ざわりなのに、抑えた兵馬の方がかえってギョッとしました。

         八

 きまじめな宇津木兵馬は、そこで福松のために、自分とお雪ちゃんとの間が、決してそんなわけのものでないことを説明しました。
 それから、お雪ちゃんの立場の気の毒であることをよく話して聞かせ、しかもこのお雪ちゃんも、つい数日前に自分には何とも告げずに行方不明になってしまったことによって、自分の心配がいっそう加わっていることなどを、細かに話して聞かせると、最初から妬《や》け気味で聞いていた福松が、だんだん釣り込まれて、お雪ちゃんのために同情を表すると共に、兵馬にとって好意を持ち――はじめから悪意なんぞは持っていなかったのですが、少なくともその不真面目な、からかい気分を投げ捨ててしまいました。
 そこで、質に取った両刀も無事に返してもらい、この遅くなって帰るという兵馬をも引止めないで、素直に送り出してくれたのです。
 かくて兵馬は無事に相応院へと帰って来ました。そこで燈火をかかげて、冷えたお茶漬をさらさらと掻込《かきこ》んでしまったが、そのまま床をのべて休む気にもならないで、何やら取りつかれたもののように、膳を前にしてぼんやりと考え込んでいるのです。
 お雪ちゃんに行かれた物淋しさ――のみではありません、今晩はなんとなく、何かを取落して来たような気持がしてなりません。
 ホッと息をついて、眼の前の松の金屏風《きんびょうぶ》をじっと眺めていましたが、鶏が鳴く声に驚かされて、さてと立ち上って、寝具をのべて――それは以前、机竜之助が隠れていて、かわいそうに貸本屋の政公を手ごめにした一間なのです。
 そこで手早く衣類を改めて枕について、まだ眠りもやらでいる時分のことでした、外で、
「モシ」
 これには兵馬も聞き耳を立てないわけにはゆきません。
 いったん枕へつけた頭もろともに、半身を持上げていると、
「モシ」
 戸外《そと》でするは女の声。
 もし兵馬が竜之助であったならば、これは当然、政公が甦《よみがえ》って恨みに来たものと聞いたでしょう。或いはまた兵馬が神尾主膳であるならば、藤原の幸内が迷って出たと思うよりほかはないような突然の声でしたけれど、物の怨霊《おんりょう》の恨みを受ける覚えのない兵馬は、その現実の声に耳をすますと、
「宇津木様、ここ、あけて頂戴な」
 やはりお雪ちゃんではなかったのです。
「福松ではないか」
「はい――早くさ、早くあけて頂戴よ」
 兵馬は全く機先を制せられてしまい、あけるもあけないもなく、もう起き上ってしまって、やえん[#「やえん」に傍点]に手がかかると、雨戸がからりとあきました。
「何しに来たのだ」
「御免なさいね、宇津木さん」
 女というものは、どうして、どれもこれもこう図々しいものだろう、もう座敷へ上ってしまいました。
「どうしたのです」
「わかってるじゃありませんか、逃げて来たんだわ」
「どうして」
「どうしてでもありゃしません、あなたのおあとを慕って参りましたのよ」
「ちぇッ、軽はずみのことをしたもんだな」
「軽はずみなことがあるものですか――わたしは、あなたを頼るのが一番たしかだと、つくづく思案を重ねた上の覚悟なんですから」
 ここでまた、宵のこととは異った場面で、二人は相対坐しなければならなくなりました。
「もう致し方がございません、もしあなた様が御迷惑とおっしゃるなら、わたしは死ぬばかりでございます、こうしてこのままこの土地にいつかれるものかどうか、少しはわたしの身にもなってごらんなさいましな。それは何も悪いことさえしていなければ、いくらお取調べを受けても何ともないはずとおっしゃいますけれど、人気商売のわたしたちは、もうこれだけで、商売は上ったりなんです。それだけならまだようござんすけれど、本当の罪人が出なければ、渡り者のわたしなんぞが、差しむき一番いい人身御供《ひとみごくう》なんでしょう、ですから、お役人のお手心によって、いつ、どういう目に逢わされるかわからないじゃありませんか。それは、そういう無茶なことはない、むじつ者[#「むじつ者」に傍点]を捕えて罪に落すなんぞということは、いくらお役目とはいえ、そう滅多にやれることではないとおっしゃるかも知れませんが、それは、世間の明るい時節なら知らぬこと、この飛騨の国の奥で――お代官のお政道向きの評判のよくないところで通用する筋道ではございません。あなたのようなお方が、まだお一人でもこの土地に残っておいでのうちは宜しうござんすけど、そうでなければ、わたしなんぞはいいようにさいなまれてしまいます。ですから、同じことなら、お蘭さんのようにはしっこく[#「はしっこく」に傍点]は参りませんけれど、足許の明るいうちに逃げてみようという気になったのが無理でございましょうか」
「そんなら、これから、どこへどう逃げようというのだ」
「それだけは、わたし、もうこの頃中から考えて置きました、表通りはいけません、お蘭さんのように、要領よくやってしまえば格別ですが、今となっては、表から美濃や尾張へ逃げ出そうとするのは、網にひっかかりに行くようなものでございますから、これから北国へ逃げるのが一番ですわ。それには白山行者の真似《まね》をして、加賀の白山へ逃げるつもりなのよ、それが一番かしこい仕方だと思ってよ。そうして、わたし、ちゃあんとその道筋を、自分で絵図にかいてこの通り持っておりますのよ」
と言って、女は懐中から、一枚の絵図を取り出して臆面もなく兵馬の前にひろげました。
 なるほど、この女自身が、人に秘めて、手がけたものと見えて、絵もなっていないし、文字のまずいこと、一目でわかるけれども、この際、恥かしがったり、恥かしがられたりする場合ではないと見え、兵馬は燈を引寄せて、光をその図面の上に落しました。そうすると女が言う、
「加賀の白山様へはわたくしも、生《しょう》のあるうちに一度は御参詣をして置きたいと思いました、御一緒に参りましょうよ」
 危険区域を脱出したい心境が、早くも白山参詣の心願とごっちゃになってしまっている。
 兵馬は何とも答えないで、その女の描いた不器用な絵図と、まずい字面《じづら》を、じっとながめている――そうしてかなりながい時間の間、兵馬が沈黙しているものですから、
「あなた、何を考えていらっしゃるのよう」
と言って、女が嫣然《にっこり》笑って、兵馬の膝をグリグリと突きました。
 さきほどつねられた時よりも痛くはないが、兵馬はまたぞっとして、それを振り払おうとした手先が女の手に触れると、そのさわり心が以前の時よりも軟らかさを感じました。図々しい女は、兵馬の膝に置いた手を引こうともしないのみか、兵馬の手を握り返しながら、
「よう、あなた、何を考えていらっしゃるの――物事は成るようにしか成りゃしませんから、クヨクヨなさらないように……いったい、あなたが薄情で、そうして小胆でいらっしゃることは、中房のお湯で、ようくわかり過ぎるほどわかっているのよ。けれど、それがまた、あなたはおいやでも、こうして飛騨の奥山で、退引《のっぴき》ならずお目にかからなければならないようになったのも浅からぬ御縁というものじゃなくって――浅間の温泉では、ずいぶん失礼しちゃいましたわね。でも、どうも、あの時から、あなたとわたしとは、離れられない御縁――というわけじゃなかったのか知ら。ですから、あとになり、先になり、おたがいにこうして、よれつもつれつして行くのが乙じゃなくって、考えてみるとおたがいは、前世でいい仲を裂かれた許婚同士《いいなずけどうし》かなにかの生れかわりじゃないか知ら。ですから、あなたがおいやでも、わたしが好きの嫌いのなんのという心持でないにしても、二人は、行くところまで行かなけりゃ納まらないように出来ているのかも知れませんのねえ、行きましょうよ。お蘭さんとがんりき[#「がんりき」に傍点]の奴は、いい気で美濃路へ出てしまいましたし、お雪ちゃんという方は、お化けのようなお坊さんと、これも表の方へ出て行ったというじゃありませんか。あんな人たちへの意地としてもわたしたちは、同じ道をとりますまい――白山へ行きましょうよ、加賀の白山へ――白山はいいところですってね、あなたも、いい御縁ですから、ぜひ一度、参詣していらっしゃい。ですけれども、今度は途中で振捨てて、あの仏頂寺なんて仏頂面のさむらいにさらわせてしまってはいやよ――ねえ、あなた行きましょうよ、北国筋へ。旅は嬉しいものじゃなくって?」
 女は引きつづき兵馬の膝をグリグリと突きました。

         九

 それから、三日市から二本木の間の小鳥峠というところの振分けで、ホッと一息ついた二人の旅人を見たのは青天白日の真昼時のことでありました。
「この辺で、ゆっくり一休みしてまいりましょうよ、ねえ、宇津木さん」
 後からのたりついた女の旅姿が、甘ったるい声で呼びながら、ハッハと息をきりますと、前に立ってゆっくりと歩みを運んでいた若い武士《さむらい》の旅姿が、頷《うなず》いたまま無言でそこに立って待っています。
「ああ、せつない、負けない気で一生懸命に歩いても、やっぱりあなたにはかなわないわ」
と言って、女は秋草の老いた峠路の草原の中に、どうと腰をおろしてしまいますと、先に立って待っていた若ざむらいは、無言で、その老いたる秋草の中に立つ一基のいしぶみの面《おもて》に向って、瞳を凝《こら》したままです。
「何を見詰めていらっしゃるの」
「いや――このいしぶみに何か文字がある、それを……」
「何と書いてございますか」
「左様――淋《さび》しさや何が啼《な》いても閑古鳥《かんこどり》」
「ほんとに、淋しい道でございますね、誰も人が通りませんわねえ」
「そうです、この道は、加賀へ抜ける本道ではあるけれど、表通りの信濃、美濃方面へ出る道と違って、淋しいです」
「淋しいのがようござんすよ、いっそ加賀の白山まで、二人っきり人目にかからない旅がしてみたいわ」
「そうもゆくまいよ」
「なんだか、あたし、後から追手《おって》がかかるようにばっかり思われてなりませんの。大丈夫でございましょうね、宇津木さん」
「大丈夫だ――その点は心配しなさるな」
「でもなんだか――あなた、中房の時のことが思い出されてならないわ、あなたあの時のことをお忘れじゃないこと」
「忘れやせぬ」
「あの時の、あなたのまあ、冷淡なこと、なんてつれない道づれでしょう、わたしまだ、恨み足りないことよ」
「うむ」
「仏頂寺なんかという、あんなおさむらいにわたしをさらわせて、あなたは狸をきめていらっしゃる、あなたこそいい厄介ばらいをして清々《せいせい》したでしょうが、あれからわたしの身が、どういうふうに取扱われたか御存じ?」
「知らない――ただ、君とまたしても高山で対面したことが、不思議な御縁と思っているばかりだ」
「御縁のはじまりはもう少し前に遡《さかのぼ》るのね、そもそもあの松本の浅間のお祭礼《まつり》の晩――あの時こそ、ほんとうに失礼しちゃいましたわ」
「うむ」
「でも、あなたという方は、本性《ほんしょう》はやっぱり親切なお方なのね、中房のお湯屋のお蒲団《ふとん》のお城の中に囲《かく》まわれているわたしを、わざわざ探し当てて下さいました」
「あれは、君をたずねるためじゃない、別にたずねる人があって、それが偶然に……」
「偶然にでもなんでもよろしうございますよ、あんな山奥の宿の中に、蒲団蒸しにあっているわたしを、わざわざのように訪ねて下さったのは、やっぱり尽きせぬ御縁のうちなのだわねえ」
「うむ」
「まあ、あなたも、ここへお坐りなさいましな、前に日限のある旅ではなし、あとから追手のかかる旅でもないじゃありませんか」
「しかし、日のあるうちに、ゆっくり夏厩《なつまい》の宿《しゅく》まで着かなければならん、あえて急ぐには及ばないが、そう緩慢にばかりもしておられぬわい」
「わたしのためなら、かまわないことよ、ここでこうしてあなたとお話をしている間に、日が暮れてしまいましょうとも、夜が明けましょうとも、わたしはかまいませんのよ」
「夜露に当ると毒だからな」
「まあ、あなた、今からわたしのために夜露の心配までして下さるのね。いっそ、その夜露にぬれてみたいわ」
「ともかく、そろそろ出かけようではないか」
「ねえ、宇津木さん」
「何だ」
「誰も、人は来やしませんか」
「誰も、来やせぬ」
「高山の方から、待てといって追手のかかるような心配はございませんのね」
「それは絶対にない――」
と兵馬はきっぱり言い切って、こし方の飛騨の高山の方をそっと見返りましたが、なお、女のために、安心せしむる言葉をつけ足して、
「君は加州金沢の知辺《しるべ》のところへ身を落着ける、拙者は途中、相当の地点まで君を送って、それから白山に登る――ということで、高山の役向の了解を得た上に、手形切手のことも落なく取計らって来ているから、松本の時とも違い、中房の時とも違って、この通り、青天白日の下を大手を振って歩けるようにして出て来ているのだから、その点は更に心配することはないのだ」
「ほんとに、こうも晴々しく旅立ちのできるのは、わたし、生れて初めてなのよ。今までした旅という旅は、みんな追われて逃げるような旅ばっかりでしたのに、きょうという今日はこうして明るい日に、晴れてあなたと――水入らず、なんだか恥かしいような、勿体《もったい》ないような、安心したような、追われているような、変な気持――でも、わたし、こんな嬉しい旅は今までにした覚えがありません。これというのもみんな、あなたのお面《かお》、あなたがお役所向きをすっかりよくして下すったから……まあ、そんなに、いつまでも、あなた、そっけなく突立っていらっしゃらないでも宜しいじゃございませんか、ここへお坐りなさいましな」
「うむ」
「本当のことはねえ、宇津木さん、わたし、もうこの上は一寸も歩けないのよ」
「どうして」
「どうしてたって、あなた――少しは同情して頂戴な、足弱のわたしにばっかり重い物を持たせて……」
「君に別段、重たい物を持たせたつもりはないが……」
「ありますわよ、わたしも意地ですから、ここまで一生懸命に持って来ましたけれど、もう意地にも我慢にも持ちきれませんから、ここいらで、あなたに肩代りをしていただきたいと思います」
「何だ、それは」
「まあ、お坐り下さいまし、これをあなたに持たせて上げなければ……」
と言って、女は着ていた旅姿の上着をかかげはじめて、前の襟をグッと押しひろげ、そうして下腹の方へしきりに手を入れてはたくしあげているのを、兵馬は見て見ないふりをしていると、やがて女は、友禅模様の縮緬《ちりめん》の胴巻をするすると自分の肌から引き出して、それを草原に置きました。
「ねえ、宇津木さん」
「何です」
「これをごらん下さいまし。ただごらん下さるだけじゃいけないのよ、ここまでは、わたしが持って来ましたけれど、これからはあなたに持たせて上げなけりゃ、わたしがやりきれません」
と言って、女はその胴巻をまた取り直すと見ると、なるほど、ずしりとかなりな重味です。ははあ、金だな、金として見ると相当な大金だ、この女、商売柄に似合わず心がけがよい、今日まで稼《かせ》ぎためて、この際、最も有効に持ち出したものだろう――と、兵馬が横目に見ていると、女はその胴巻を無雑作《むぞうさ》に吊《つる》し上げて、蛇の腹をでも逆さにしごくように持ち上げると、スルスルと中からおもみのあるものが、花野原に向って吐き出されました。
「宇津木様――これから、このお宝をそっくりあなたにお引継ぎいたしますから、よろしいように」
「ははあ、大金のようだな」
「え、わたしたちとしては、大金なんでございますが」
「いったい、いくらあるのです」
「三百両ございましょう、そっくり小判で」
「三百両――」
と言って、兵馬が実は内心、大いに驚きました。最初から不相応な重味とは見ていたのだが、小判で耳を揃えて三百両の包み、これは断じてこの女の稼ぎためた代物《しろもの》ではない。そうかといって、旅から旅を売られて歩くこの女が、始終こころがけてこの三百両を肌身につけて放さないということは、有り得べきことではない。恥かしながら自分としても、まだ三百両という耳の揃った金を手に取った覚えはない――これがあの有野村の暴女王の懐ろからでも出たことだと、さして不思議とするに足りないが、この女からここでこうして投げ出されてみると、兵馬は無言でこれをながめ去るわけにはゆかないでいる先《せん》をきって、
「あなた、吃驚《びっくり》していらっしゃるわね、びっくりなさるのも御無理はございませんが、御安心くださいまし、性《しょう》の知れたお金でございますから」
「どうして君が、そんな大金を持って出て来たのだ、それほどの金を持っていたなら、出立の前に、拙者にそれと打明けてくれた方がよかったのに」
「あの時にこれを打明けようものなら、物堅いあなたのことですから、元へ返せのなんのと文句をおっしゃるにちがいないから、退引《のっぴき》ならないように、ここまでわたしが重たい思いをして持って来ました。もう、あなた、へたな熊谷のように戻せの返せのとおっしゃっても駄目です、わたしの心意気で、あなたに貢《みつ》ぐお金なのですから、お受けにならなければ男が立たないってことになるのよ」
「いったい、君はどうしてこれだけの金を持っているのだ、不相応の金だ、君にとっても不相応だし、拙者にとっても不相応だ――これはどこからどうして出た金だ、その出所がわからぬ間は、拙者として、めったに手に触れるわけには参らん」
「そうおいでなさるだろうと思っていましたわ。それは、わたしが持って来たからといって、わたしのお金でないことはわかりきっていますわねえ。わたし風情《ふぜい》で、これだけのお金をふだんこうして肌身につけていられるくらいなら、こんな稼業《かぎょう》をしておりません、これはお他人様《ひとさま》のお宝なのよ。でも、御安心くださいまし、お他人様のお宝には違いありませんけれども、それは、いわばわたしたちに授かりものなんですから、二人で思うように使ってしまってかまわないたちのお金なんだから……そこでわたしのものはあなたの物、あなたの物はわたしの物という寸法になるのよ、嬉しかなくって?」
「なんだか、君の言うことは論理がようわからん――苟《いやし》くも自分の所有に属せざるものを、無断で勝手に使用して差支えないということはいずれの時、いずれの国の掟《おきて》にもない」
「ところが、あなた、この国の今日の場合には、ちょうど誂向《あつらえむ》きにそういう掟が出来ているのですから、豪勢でしょう――そんなことはどうでもいいわ、手っとり早く、打明けてしまいましょう、実はねえ、宇津木さん、このお宝は、例のそら――お蘭さんのお金なんですよ」
「お蘭どのの?」
「え、え、お蘭さんのうちにあったのを、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴がそっくりわたしのところへ持って来て、預けっぱなし、それなのよ」
「ははあ――」
「ですから、いいでしょう、ちょうど、わたしたちにお使いなさいって天道様が授けて下さったものなのよ、わたしたちが使ってあげる方が、あのお蘭さんや、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴に使わせるより、ぐっと功徳《くどく》になる、またそうでもしてやらなけりゃ、わたしの癪《しゃく》の虫が承知しない」
「ははあ――」
と、兵馬はここで、ちょっと考えさせられました。

         十

 これは、一種異様なお金の出所《でどころ》だ。
 預りものではないが、盗みものとも言えない。
 お蘭どのがああなってしまえば、この金をこのままにして置いたところで取りに来る者がない。使ってしまったところで、尻を持って来るおそれのないような金だ。
 そうかと言って、これがこの女に所有権があるというわけではないから、この女に使用権が附着するということも成り立たない。
 そういうようなことを考えているうちに福松は、切餅のような三百両包を三つ、手に取りあげたり、取落してみたりしながら、
「わたしたちの日頃の心がけがいいから、それで白山様がお恵み下さったのよ――御信心のおかげですわ。こうなると、お蘭さんばかり恨んではいられないわねえ。ねえ、宇津木様、どうかして頂戴、この大枚のお金を――わたし、あなたに、すっかりお任せしてしまいますから、煮て召上るなり、焼いて召上るなり……」
「うむ」
「ねえ、あなた、これだけあれば、あなたとわたしと二人で、日本中の名所見物をして歩いても不足はありませんわね」
「ばかなこと」
「加賀の金沢か、越中の富山あたりへ、小ぢんまりした世帯《しょたい》を持てば、一生遊んで暮して行けやしないこと」
「ふーん」
「また、これから白山へ行く途中には、白水谷《はくすいだに》だの、畜生谷なんて、名前はいやなところですけれども、どんな悪人でも隠れて一生安楽に暮せる里があるって言いますけれど……わたし、それは御免を蒙《こうむ》りたいのよ、いかに暮しよくっても、そんなところで一生を埋めてしまってはまだかわいそうよ……ですからね、宇津木さん、こうして頂戴、加賀の金沢というところは百万石の御城下でしょう、何はともあれ、二人してあすこへ落着きましょうよ、そうして、わたしは自前《じまえ》で暢気《のんき》にこの商売をしますから、あなた兄さんになって頂戴――これだけ資本《もとで》があれば、立派に自前で通して、あなた一人を過すことなんぞは、憚《はばか》りながらわたしの腕で朝飯前よ」
「まあ、何でも君のいいように使い給え、君には授かりものかも知れないが、拙者には用のない金だ」
「あら、また、あんな小憎らしいことをおっしゃる、こういう御縁になってみれば、わたしのものはあなたのもの、あなたのものはわたしのもの、でもあなたが見るのもおいやとおっしゃるなら、わたし、もう、とても重くってやりきれないから打捨《うっちゃ》ってしまいますよ」
「では、とにかく、道中だけは拙者が預かろう」
「嬉しい」
「では出立いたそう」
「どうしてあなた、そんなにお急《せ》きになるのよう、前に日限のある身ではなし、あとから追手のかかる旅でもないのに、もっと落着いていらっしゃいな。それにあなた、飛騨の高山も今が一生の見納めじゃなくって、二度と再び頼まれても、わたしはもう、こんな土地へ帰りゃしません、あなただって御同様でしょう。一生の思い出に、ここでひとつ、ゆっくりとお名残《なご》りを惜しもうではありませんか」
と言って、女はこし方の高山の方へと向き直りました。
 しょうことなしに兵馬が佇《たたず》んでいると、女はどうしたのか、いよいよ浮き立ってきて、
「ねえ、宇津木さん、ここでわたしがお名残りに、飛騨の高山で覚えた芸づくしをお聞きに入れるわ――お相手があなたじゃ、その方は張合いがないけれど、わたしの心意気だけを聞いて頂戴よ。いいえ、あなたにお見せ申す心意気てわけじゃないことよ、これっぽっちの間ですけれども、高山には御厄介になっていたお礼心で、わたしここで、高山音頭を器量一杯にうたってみますわ、あなたはお相伴《しょうばん》に、おとなしく聞いていらっしゃいな」
 女は高山の方へずっと向き直って、そうしてツツンテンテンと口三味線をはじめました。
「聞いていらっしゃい、古いところからお耳に入れてあげるから」
 兵馬がいよいよもてあまして立っていると、女は練り上げた声で、
[#ここから2字下げ]
宮の八兵衛は酒お好き
お酒三杯と嬶《かか》かえた
嬶かえた……
[#ここで字下げ終わり]
 その突拍子な調子を兵馬が呆《あき》れました。
[#ここから2字下げ]
心やすやす安川を
向うに越ゆるは鍛冶屋橋
宮で角助、平湯で右衛門《えもん》さ
ドン、ドン、ドドロン、ドン
[#ここで字下げ終わり]
 兵馬は呆れ果てているけれど、女はいい心持に、また調子を替えて、
[#ここから2字下げ]
おちゃえ、おちゃえ
おちゃのうちの梨の木で
蝉が鳴く、何と鳴く
つまこい、つまこいと三声なく
おちゃえ、おちゃえ
あねさの腰の巾着は
びろどかな
びろどでないが、熊の皮
おちゃえ、おちゃえ
[#ここで字下げ終わり]
「それから今度は白川おけさ……」
と軽く手前口上をのべて、
[#ここから2字下げ]
おけさよう
おけさ正直なら
そばにもねさしょ
おけさ猫の性で
そうれ爪たてた
おけさよう
おけさ踊るなら
板の間で踊れよう
板のひびきで
そうれ
三味いらぬ
[#ここで字下げ終わり]
 呆《あき》れて聞いているうちに、兵馬もまた、なんとなくいい心持になって行くようです。
 うたはくだらない鄙唄《ひなうた》だと思うが、女はさすがに鍛えた咽喉《のど》であり、それにきょうはいやなお客の前で、胸で泣きながら口で浮つくのとちがい、なんだか心に嬉しいものが溢《あふ》れて、全く商売気抜きで、思う存分うたってのけられるのが嬉しくてたまらないものらしい。だから声もはずむし、気は加速度に浮き立ってとめどがない。
 そこで、おぞましくも兵馬なるものが、今はなんだか自分も浮き浮きして、女の唄の中に溶かし込まれて行くようでもあり、その唄が終るのが惜しいような気もして、もっと、もっと――と所望してみたいような気になっていると、
「聞き手があなたじゃ張合いがないけれど、でも、あなただって芸者のうたを聞いて悪い気持はしないでしょう――今日はわたし、全くつとめ気を離れてうたって上げることよ、ところがところですから、箱ぬきで我慢して頂戴――今度は新しいところをお聞かせしてあげるわ、これは、御贔屓《ごひいき》になった夕作さんという土地の通人がこしらえたうたなのよ――古風なのと違って、また乙なところもあるでしょう、おとなしく聞いていらっしゃいね」
[#ここから2字下げ]
思う殿御と
ころがり月を
晴れてみる夜が
待ち遠し
 (口三味線で合の手)
梅も桜も
一度に咲いて
よそじゃ見られぬ
飛騨の春
[#ここで字下げ終わり]
 兵馬は、なんとなくいよいよいい心持に引込まれて行くのです。事実、芸者のうたなんぞと軽蔑していながら、今日はどうしたか、それからそれと深みに引入れられて思わずうっとりとしてしまったところを、
「まあ、あなた、わたしのうたを感心して聞いていらっしゃるわね、頼もしいわ。そりゃあなただってお若いんですもの、うたを聞いていやな気持ばっかりなさるはずはないわねえ。お若いうちは食わず嫌いから、皆さん堅そうなことをおっしゃいますけれど、人間がほぐれて行くほど、お酒の味も、咽喉の味もわかって参りますのよ。あなたというお方も、もうこっちのもの、これから、わたしがみっちり仕込んであげるわよ。ところでもう一つ、今度は、飛騨の高山の土地のうたでない、本場のお座附をわたし、あなたのためにうたってあげるわよ」
 そうして、鶯《うぐいす》の鳴く前芸のように咽喉をしめて、何か本格の芸事をはじめようと構えた時に、兵馬が、別の方向にふと聞き耳を立てました。女の方も何か少しおびえてきました。
 気のせいか、峠の向うで人の声がしきりにガヤガヤとしだしている。
 兵馬は、ひらりとその音の方を見届けに行きました。

         十一

 峠の鼻のところまで物見に出て行った宇津木兵馬は、少しく狼狽《ろうばい》の気味を以て取って返して来ました。
「困った!」
「誰か参りますの」
「人が登って来る――しかもその人が、仏頂寺弥助と、丸山勇仙らしい」
「えッ、仏頂寺!」
と言って、さすがの福松が、今まで晴々していた面《かお》の色をさっと変えました。兵馬も同じ思いと見えて、
「あの連中と逢っては為めにならない」
「隠れましょうよ――早く」
「隠れるに越したことはあるまい」
「さあ、早く、あなた、これをお持ち下さい」
 二人は秋草を分け、木の間を分けて、早くもめざしたところの樅《もみ》の大木の二本並んだ木の蔭へ来て、叢《くさむら》の茂みに身を隠してしまいました。
 ほど経て――のっしのっしとこの峠の上へ、無論高山とは反対の側、白山道の方からです――身を現わした最初の一人は、まごうかたなき仏頂寺弥助――やや後《おく》れてそれにつづく丸山勇仙。
「たしかにここで人声がしていたよ、来て見ると誰もいない」
「そうそう、たしかに女の声でうたをうたっていた、しかも甚《はなは》だいい声で唄っていたに相違ない」
「それを楽しみに来て見ると、どうだ、誰もいない」
「では、あちらの下りに向いたかな」
「いいんや――うたがぽつりと消えたのが心外じゃ、あれだけに意気込んで唄っていたのだから――向うへ下るにしても余韻《よいん》というものが残らなければならない」
「それは、ぽつりとやんで跡形《あとかた》もないのだから、こいつ、我々の来ることを知って、怖れをなして隠れたな」
「或いはそうかも知れん」
「しかし、いい声であったよ」
「声だけ聞いていると、まさに惚々《ほれぼれ》したいい声であったが……姿を見ると案外の代物《しろもの》、後弁天前不動《うしろべんてんまえふどう》という例も多いことだから、むしろ見ない方が我々の幸福であったかも知れない」
「だが、それにしても心残り千万、声のいい奴が、きっと姿が醜いときまったわけのものじゃない、ことに……」
「えらく御執心じゃな」
「別に執心という次第でもござらぬが、飛騨の山々や、加賀の白山、白水谷には、これでなかなか隠れたる美人が多いとのこと。伝え聞く、悪源太義平の寵愛《ちょうあい》を受けた八重菊、八重牡丹の姉妹は、都にも稀れなる尤物《ゆうぶつ》であったそうな。また伝え聞く南朝の勇士、畑六郎左衛門|時能《ときよし》も、この地の木地師の娘に迷うて、紅涙綿々の恨みをとどめたそうな。すべて山中の女は、声清らかにして肌が餅の如く、色が雪のように白いと申すことじゃ。不幸にして我々、未《いま》だその隠れたる山里の美人に見参せぬによって……」
「は、は、は、故実まで研究しての上の御執心ではかなわぬ、いずれそのうち海路の日和《ひより》というものもござろう、気永く待つことじゃ」
「どれ、この辺で一休み」
 それは、今まで兵馬と福松とが休んでいたところとほぼ同じ地点。
「それにいたしても、なんとなく……人臭いぞ……」
「人臭い?」
 二人はお伽噺《とぎばなし》にある小鬼かなんぞのように、鼻をひこつかせて、そのあたり近所をながめているうちに、
「や! ここに――」
「そうら見ろ」
 丸山勇仙がまず杖の先にひっかけて手に取り上げたのは、色友禅の胴巻でありました。
「そうら見ろ」
 仏頂寺弥助は、勇仙からつきつけられた色縮緬の胴巻に、赭顔《しゃがん》を火のように映《は》えらせて、
「こりゃ只者でござらぬ」
 まさしくは三百両の金を今まで呑んでいたその脱殻《ぬけがら》なのだから只者ではない。右の大金をたんまりと呑んでいたばかりではない、なまめかしい人肌にしっかりとしがみついていたほとぼりがまだ冷めていない代物《しろもの》。
 仏頂寺は、高師直《こうのもろなお》が塩谷《えんや》の妻からの艶書でも受取った時のように手をわななかせて、その胴巻を鷲掴《わしづか》みにすると、両手で揉《も》みくちゃにするようなこなしをして、
「さてこそ、まだ遠くは行くまい」
「は、は、は」
と、丸山勇仙の笑い声が白々しい。
「まだ、温味《ぬくみ》があるか」
と丸山から揶揄《からか》い気味に言われて、仏頂寺弥助は友禅模様にいよいよ面を赤くはえらせ、
「まだ遠くは行くまい」
「炭部屋の中をたずねてみさっしゃい」
「ばかにするな」
 丸山勇仙も冷かし気味であり、揶揄い口調であるけれども、その、は、は、は、と冷笑するところに、なんとなくすさまじい響がする。仏頂寺弥助に至っては、右の縮緬の胴巻を面《かお》へこすりつけるようにして、面と手をわななかせたり、また、急に思い出したように、忙しく前後左右、原、藪《やぶ》、木立を見透《みすか》したり、どうしても落着かないものになっている。
 そのくせ、二人のいる四辺《あたり》は、真昼であるにかかわらず、急に白けきってしまって、二人の者が、こだまにでもおどる亡者のように見える。この二人が、亡者のようにフラフラと行方定めず歩いているのは今に始まったことではない――五体もあり、むろん足もあり、人間たることは紛れもないが、二人がのこのこと歩くところは、どうあっても白昼の亡者としか見えない。
「おい、隠れるなよ、隠れたってわかるぞ、我々共とても、鬼でもなければ虎狼でもない、みだりに取って食おうとは言やせぬぞ、これへ出て、もう一度、今のいい咽喉《のど》を聞かしてくれんかいな」
 仏頂寺弥助が、四方を見廻しながら、咽喉が乾いて舌なめずりでもするかの如く言いかけたのが、四方の静かな峠路の林まで、沁《し》み入るように響き渡りました。

         十二

 木蔭から、息を殺して、こちらをうかがっていた福松は、
「あら、大変! 仏頂寺の奴に胴巻を拾われちゃいました」
「抜かったな」
 兵馬も答えると、
「あらあら、仏頂寺がこっちへやって来るわよ」
「あわてるな、あわてるな」
と言って、兵馬も同じく木の葉の間から、眼をはなすことではなかったが、色縮緬の胴巻を拾い取った仏頂寺弥助が、叢《くさむら》を分けて、ずっしずっしとこちらに向って歩み来《きた》りいることは事実なのであります。
 まさか、これだけの距離があって、そうして物蔭にいて、彼等に見咎《みとが》められようはずはないのだが、現にこちらを目指して仏頂寺がズンズンと叢を分けてやって来るから、兵馬も動揺しないわけにはゆかないでいると、
「どうしましょう、どうしましょう……あら、仏頂寺の奴、こっちをあんな眼つきをして睨めていますよ、たしかに見つかっちまったのよ」
と言って、福松は兵馬にしがみつきました。
「まさか!」
 しかし、いよいよ感づかれて、見つけられたとなったらその時のことだ! 兵馬も腹を決めていると、
「今度は見捨てちゃいやよ、宇津木さん! わたし仏頂寺に引渡されるのは、もう御免よ」
と言って、福松はぐんぐんと押しつけて来るものだから、兵馬は、たじたじと後ろの樅《もみ》の木に押しつけられてしまいました。
 この女として、恐怖は恐怖に相違あるまいけれど、これは必要以上に押しつけて来るとしか思われない。兵馬はその必要以上に押しつけて来る女の体をもてあまし気味で、
「あの連中、まだこんなところをうろうろしている、仏頂寺の故郷というのが越中の富山在にあって、あちらの方へ行くと言っていたが、今時分、何の必要あってこの辺をまだうろうろしているのか、解《げ》せないことだ」
「ひとさらいみたようね」
「あれで、惜しい男なのだ、練兵館でも、あのくらい腕の出来る奴はないのだが、心術がよくないため、長州の勇士組から見放され、師匠|篤信斎《とくしんさい》からも勘当を受け、そうして今はああして、亡者の体《てい》となって諸国をうろついて歩いている」
「悪党のようで、それで思いの外さっぱりしたところもありますのね」
「うむ――本来あれで一流の使い手なのだから」
「新お代官みたように、しつっこいいやなところはないけれども、でも気味の悪いこと、手足の冷たいこと、全くこの世の人のようじゃありません」
「自分でも亡者亡者と呼んでいる」
 こう言って、二人は物蔭で私語《ささや》き交していたが、
「あら、また、やって来ますよ」
 一時《いっとき》、立ち止って、こちらを透《すか》して見ていたような仏頂寺が、またのっしのっしと草原を分けて来るので、福松はまた兵馬に一層深くしがみつきました。
 なるほど、執念深い彼等のことではあり、異様な六感が働いて、ほんとうに我々のここにいるのを気取《けど》ったかな。もしそうだとすれば……兵馬はここでかえって機先を制して、こちらから身を現わして出て行ってみようかと思ったが、それは女にからみつかれていて、にわかに転身が利《き》かない。
 そうしていると、突然、あちらの方で、
「仏頂寺、仏頂寺!」
 高らかに呼ぶのは、丸山勇仙の声であります。
「何だい」
 それに答える仏頂寺の声が、今日はいつもより一段と太くてすさまじい。
「松茸《まつたけ》の土瓶蒸《どびんむし》をこしらえて食わすから来い」
「ナニ、松茸の土瓶蒸!」
と言った返事が、やっぱりすさまじく四辺にこだまして聞える。
 仏頂寺が振返って見ると、丸山勇仙が、以前の地点で盛んに火を焚きつけている。
「ふーん、松茸の土瓶蒸と聞いちゃ、こてえられねえ」
 仏頂寺は仏頂面《ぶっちょうづら》をしながら、でも、松茸の土瓶蒸がまんざら[#「まんざら」は底本では「まざら」]でもないと見えて、しぶしぶ引返して行くのです。

         十三

 仏頂寺が以前の地点へ立戻って見ると、丸山勇仙は、もうかいがいしく料理方を立働いている。
 なるほど、土瓶蒸の献立がすっかり出来上っている。原料の松茸は、途中こころがけて山路で採集して来たものであろうし、それを土瓶に仕かけて水を切って、火を焚きさえすれば口へ運べるようにととのえて持って来ているらしい。
 おまけに彼は一瓢《いっぴょう》をも取り出して、そこへ並べてあるのは、松茸の土瓶蒸だけでなくて、紅葉《もみじ》を焚いてあたためるの風流にも抜かりがないとは、なんと優しいことではないか。
 仏頂寺はそれを見ると、相当に仏頂面をほぐして、草を褥《しとね》にどっかと腰を卸したところへ、如才なく丸山勇仙が猪口《ちょこ》をつきつけました。
「松茸の土瓶蒸で一杯やるかな――」
 仏頂寺が仏頂面に涎《よだれ》を流してそれを受ける。
 かくして二人が、土瓶蒸を肴《さかな》に、とりあえず一杯ずつの毒味を試みている。
 旅に慣れた彼等は、即席の調理方に要領を得ている。小鳥峠の上を会席の場として選定したこともまた、ところに応ずの要領を得ている。
 かくて彼等は、飲み、松茸蒸を味わいつつ、ようやく興が深くなって行くはずなのに、今日はどうしたものか、仏頂寺が至極《しごく》浮かない。いつもそう浮き立ってばかりいる男ではないが、今日は特に一杯|盃《さかずき》をふくむごとに、一杯ずつ滅入《めい》って行くような気色《けしき》がいぶかしいのです。
「丸山――」
「何だい」
「きょうの酒は、また一段と旨《うま》いし、松茸蒸も頬っぺたが落ちそうに旨いけれども、どうも、おれのこの胸が、この心が、ちっとも浮いて来ないわい」
「ふーむ、悪いものを見せたからなあ。色縮緬の女物なんていうのは、仏頂寺には虫の毒なんだ」
「いや、それじゃないなあ」
「は、は、は、何か別にお気もじさまな一件があるのかい」
「どうも面白くないな、こうして酒を一杯飲むごとに、胸が重くなる」
「冗談じゃない、酒は憂鬱《うれい》を掃《はら》う玉箒《たまははき》というんだぜ、酒を飲んで胸を重くするくらいなら、重湯を食べて寝ていた方がいい」
「だが、丸山――酒は旨いんだよ、肴は申し分ないんだが、この胸だけが、だんだんと苦しくなる」
「病気でも起ったのかい――鬼の霍乱《かくらん》てやつで……」
「そうじゃない――病気なんていうやつは、本来、仏頂寺の門前を避けて通ることになっているのだが、今日はなんとなく気がふさぐよ」
「困ったもんだな、天気はこの通りよしさ、ところは名代の小鳥峠の上で、紅葉を焚いてあたためた酒を飲みながら、手取りの松茸《まつたけ》のぴんぴんしたやつを手料理、これで気をふさがれちゃあ、土瓶も松茸も泣くだろう、第一、板前の拙者がいい気持はしないや、浮きなよ、浮きなよ」
「浮かない、どうもこの胸が、一杯飲むごとに沈んで行く、といって、酒はやっぱり旨《うま》いのだ、肴《さかな》に申し分もないし、天気はいいし――」
 仏頂寺は、盃を噛みながら四方《あたり》を見廻す。至極晴れやかな小鳥峠だけれども、仏頂寺に見廻されると、急に白ちゃけてくるようになる。丸山はその気を引立てようとでもするかの如く、
「不足を言えば、たぼ[#「たぼ」に傍点]が一枚欠けているだけのもんだ、この席へ、いま聞いたような咽喉《のど》が一本入れば、それこそ天上極楽申し分ないのだが――望月《もちづき》のかけたることのなしというのはかえって不祥だよ、この辺で浮きなよ、浮きなよ」
「浮かない――一杯飲めば飲むだけ気がふさぐ」
「弱ったな、こうして働いて御馳走をしてやって、その御馳走を食わないならいいが、さんざん食い且つ飲まれながら――一口上げに気がふさぐと言われたんじゃ、全く板前がやりきれない」
と言って、丸山勇仙がつまらない面《かお》をして、仏頂寺の面を見なおす。
「丸山、つまらねえな」
「何が……」
「つまらねえよ」
「何が、どうして」
「酒を飲んでも浮ばれなくなったんじゃ、もう見きり時だ」
「いやに湿《しめ》っぽいことを言い出したもんだな、しかし……」
と、丸山も少しく思案してみての上で、
「そうだっけな、李白の詩に、酒を飲んで愁《うれい》を銷《け》さんとすれば愁更に愁う、というのがあったっけ、あれなんだな」
「どれだ」
「まあいいや、酒というやつが、必ずしも人を浮かすときまったもんじゃないんだから、何でもいいから飲みな仏頂寺、遠慮なく飲みな、そのつもりで、この松茸と相応するほどもろみ[#「もろみ」に傍点]が仕こんで来てあるのだから」
「飲むのは辞退しないよ、ただ、一杯飲むごとに気が滅入る」
「まだあんなことを言ってやがる、勝手にしな。ところで、こっちも人に飲まれたり、愚痴を聞かされたりばっかりしていてはうまくないから――これより、思うさまお相伴《しょうばん》と致して」
 丸山勇仙も、この辺から板前を辞して、自分も会席へ進出しました。

         十四

 ところが、自分が飲み出してみて、丸山勇仙が、
「仏頂寺――」
「うむ」
「旨《うま》いなあ――この酒は」
「旨いな」
「松茸も旨いだろう」
「旨いよ」
「浮きな」
「浮かない」
「では、僕が大いに浮いて見せよう」
 丸山勇仙は、浮かない仏頂寺を浮き立てるつもりで、自分がぐいぐいと手酌《てじゃく》で盃を重ねながら、ようやく浮き立とうとつとめたが、気のせいか誂向《あつらえむ》きに浮いて来ないらしい。
 そこへ仏頂寺が、また横の方から、すさまじい声で呼びかけました、
「丸山――」
「何だい」
「そもそも我々は、これからどこへ向って行こうというのだな」
「君の郷里、越中国|氷見郡《ひみごおり》へ出ようということになっている」
「駄目だ、駄目だ、仏頂寺がこの仏頂面を下げて、今更のめのめと故郷へなんぞ帰られると思うか」
「今それを言い出されちゃ遅い、では、この辺で立戻りの弁慶とやらかすか」
「いったい、どこへ立戻るんだ」
「さあ、そいつはお前の方から聞きてえんだ、やむを得ずんば江戸へ引返すかな」
「江戸――江戸へ出て、あのやかましい老爺《おやじ》の篤信斎の髯《ひげ》を見るのは癪《しゃく》だ」
「では、どうだ、長州へのし[#「のし」に傍点]ては――」
「長州は今、尊王攘夷《そんのうじょうい》で、国を寝かすか起すかと沸いている、あんなところへ、我々は飛び込めない」
「だから、大いに勇士の来ることを期待している、君でも行けば、この際、大いに歓迎するだろう」
「なかなか」
「奇兵隊を率ゆる高杉晋作なども、まんざら知らぬ面でもあるまいから、訪ねて行ったら面倒を見てくれるだろう」
「だが、仏頂寺も面がすた[#「すた」に傍点]ったからな、ぬけぬけと出て行って、仏頂寺来たか、貴様、剣術が出来ても、心術がなっていないなんぞと、高杉あたりにあの調子でさげすまれるのが癪だ」
「では、どこへ行く」
「さあ、それだ」
「いったい、我々はこれからどこへ落着くのだ、ギリギリの返答が聞きたい」
「どっちが聞きたいんだ」
 仏頂寺と丸山は、ここで面を見合わせたが、笑いもしませんでした。
「丸山――」
「何だ」
「おたがいは亡者だな」
「まあ、そんなものだろう」
「宙宇《ちゅうう》に迷ってるんだ」
「まあ、そんなものだ」
「天へも上れず」
「地へも潜《くぐ》れず、かな」
「東の方《かた》、江戸表も鬼門」
「西の方、長州路は暗剣」
「のめのめと故郷へは帰れず」
「そうかと言って、また来た道を引返すのはうんざりする」
「所詮《しょせん》……」
「考えてみると……」
「我々は、どこへ行こうと言って思案するよりは……」
「何の目的で、こうして旅をして歩かねばならないのか」
「それよりはいっそ――何故に我々は生きていなけりゃならねえのか、そいつが先だ」
「むずかしいことになってしまったぞ!」
「考えてみろ、おれも、貴様も、何のために生きているのだ」
「そいつは困る」
「困るたって、それを解決しなければ、永久にこうして亡者として、八方塞がりの籠の中を、うろうろ彷徨《うろつ》いて、無意味に行きつ戻りつしていなけりゃならん」
「なにぶんやむを得んじゃないか」
「ところが、今やそのやむを得ざることが、得られなくなってしまった――おれはもう、こうして旅から旅の亡者歩きに大抵|倦《あ》きてしまったよ」
「だって、やむを得んじゃないか、君ほどの腕を持っていながら、この手腕家を要する非常時代に、いっこう用うるところがない、拙者ときた日には、君ほどの腕のないことは勿論《もちろん》だが、儒者となるには学問が足りない、医者となるべく術が不足している、英学をかじったが物にならず、仕官をするにはものぐさい、日雇に雇われるには見識があり過ぎる――亡者としてうろつくよりほかには道がないじゃないか」
「その亡者として生きる道がもう、つくづくおれはいやになったのだ」
「では、どうすればいいんだ」
「考えてみろ」
「考えろったって、この上に考えようはありゃせん」
「斎藤篤信斎は、剣術を使わんがために生きている」
「うむ」
「高杉晋作は、尊王攘夷のために生きている」
「うむ」
「徳川慶喜は、傾きかけた徳川幕府の屋台骨のために生きなけりゃならん」
「うむ」
「西郷吉之助は、薩摩に天下を取らせんがために生きている」
「うむ」
「小栗上野《おぐりこうずけ》は、幕府の主戦組のために生きている」
「うむ」
「勝麟《かつりん》は、勤王と倒幕の才取《さいとり》のために生きている」
「うむ」
「岩倉|具視《ともみ》は、薩長を利用して、薩長に利用せられざらんがために生きている」
「うむ」
「土佐の山内や、肥前の鍋島は、薩長だけに旨《うま》い汁を吸わせてはならないために生きている」
「うむ」
「会津、桑名は、徳川宗家擁護のために生きなけりゃならん」
「うむ」
「さて、それから宇津木兵馬は――」
「は、は、は、少し、人物のレヴェルが変ってきたな」
「宇津木兵馬は、兄の仇を討たんがために生きている」
「うむ」
「お銀様という女は、父に反抗せんがために生きている」
「うむ」
「机竜之助は、無明《むみょう》の中に生きているのだ――ところで、仏頂寺弥助と、丸山勇仙は、何のために生きているのだ」
 こう言って、仏頂寺弥助のカラカラと笑った声が、またもすさまじく、森閑たる小鳥峠の上にこだましました。
「松茸の土瓶蒸を食わんがために生きている、あッ、は、は、は」
と合わせた丸山勇仙の声も、決して朗かな声ではありませんでした。

         十五

 その後、かなり長いあいだ沈黙が続いたが――仏頂寺はそれでも酒をやめるのではなく、苦り切って一杯一杯と重ねている。
 大いに浮れを発するつもりの丸山勇仙までが、いつのまにか引入れられて湿っぽくなる。強《し》いて気を引立てようとするが、どうしても引立たないらしい。
「仏頂寺――」
「何だ」
「いやにしめっぽくなったな」
「そのくせ、天地はこの通り上天気だ」
「ところは長閑《のどか》な小鳥峠の上で――」
「丸山、おりゃどうでも死にたくなってしまった」
「は、は、は」
 この時、丸山勇仙が強《し》いて笑い崩そうとしたが、いっそう重苦しい。
「死にたくなった」
「は、は、は、は」
 死ぬのがいいとも言えず、悪いとも言えない、丸山勇仙は、ただ強いて重苦しく笑うだけであった。笑いも、こうなるとうめきよりも渋濁である。
「死にてえ、死にてえ」
と、仏頂寺弥助が捲舌《まきじた》をつかい出す。
「くたばりゃがれ!」
と、丸山勇仙が悪態《あくたい》をつき出す。
「そうれ」
と仏頂寺が、最後の一杯、いな、一滴と見えるのを、深く腸《はらわた》の底まで送り込んで、その盃を勇仙めがけて投げつける。勇仙がそれを受けて、手酌で一杯ひっかけようとしたが、もう酒が尽きた。
「丸山――おれは死ぬぞ、どう考えても生きる口実を見失ったから、これから本当に死んで見せるのだ、検視をつとめさっしゃい」
と言って仏頂寺弥助は、着ていた羽織を脱ぎにかかりました。
「本当に死ぬのか」
「うむ――見ていさっしゃい」
「冗談じゃなかろうな」
「冗談から駒の出ることもある、いのじ[#「いのじ」に傍点]ヶ原の時だってそうだ」
「今は、どうするつもりだ」
「どうもこうもありゃせん、お前は、ただ黙って最期《さいご》を見届けていさえすりゃいいんだ」
「仏頂寺、いやに真剣だな」
「真剣だとも」
 羽織を脱ぎ終った仏頂寺弥助は、それを草原の上に敷いて、その上に、草鞋《わらじ》をぬいでどっかと座を占めたものです。
「仏頂寺、変な真似《まね》をするなよ」
 丸山がようやくあわてだしたが、仏頂寺弥助はそれに取合わないで、その次の仕事が内ぶところへ両手を入れ、おもむろに諸肌《もろはだ》を脱いでしまったところです。
「風邪をひくよ、風邪を、変な真似をするなということよ」
「いいから、黙って最後まで見届けるんだ」
「な、なにをする!」
 丸山勇仙が、非常に狼狽して仏頂寺の膝にとりついたのは、彼が第三次の事業として、畳紙《たとう》をひろげて二つに折り、それから刀を取って膝の上に置き、やおら鞘《さや》を外《はず》してしまって、その程よきところを畳紙に持添えて構えたのが、どうしても切腹に取りかかるもののふ[#「もののふ」に傍点]の作法とよりほかは受取ることができないので、丸山勇仙が眼の色をかえて仏頂寺の膝にとりついた時に、仏頂寺は、
「何だ、丸山、貴様とめるつもりか、拙者が覚悟をきめて、尋常に死にくたばろうとするのを見て、いまさら貴様が留立てをしようとするのは奇怪だ、留めるなら留めるだけの意義と理由を以て留めろ」
 仏頂寺弥助が傲然《ごうぜん》と叱咤《しった》するのを、丸山勇仙はテレきって、
「意義も理由もありゃしない、予告なしに眼前で腹を切ろうという奴を、友人の身として見ていられるか、いられないか。僕に向って留めだてをする意義と理由とを求める前に、仏頂寺――君はなぜ、今になってそう急に腹を切らなければならないのか、かえってその意義と理由を示せ」
「その意義と理由がわかるくらいなら、腹を切りゃせぬ、それがわからないから腹を切るのだ、貴様、留めるのなら留めるでいいが、これからさき仏頂寺弥助が、何故に生きていなけりゃならんか、その講釈をして聞かせろ」
「むずかしいことを言うなよ、いま死ぬくらいなら、もっと早く相当死場所もあったろうじゃないか、ここまで来たんだから、もう少し延ばして、相当準備をととのえてからにしちゃあどうだ、相当の準備期間を……」
「生きて行くには相当の準備もいるだろうが、死ぬに準備は要らない、出たところ勝負で結構」
「だって、そりゃ、あんまりあっけないこった、せめて――明日まで延ばしてくれよ、明日まで……明日になると、また何か風向きが変らぬとも限らん。仏頂寺、貴様は今、不意に死神《しにがみ》にとりつかれたんだ」
「は、は、は、死神にとりつかれたんじゃない、死神を出し抜いてやるのだ、死神という奴は、いつも人を出し抜いて狼狽《ろうばい》さすから、今日はひとつ、仏頂寺が先手を打って死神を狼狽させてやるのだ――は、は、は、丸山、そういうお前の面に死神がのりうつっているよ」
「冗談いうない、冗談いうない、おりゃまだ死ぬのはいやだよ」
「だから、生きて、介錯《かいしゃく》を頼むとは言わない、仏頂寺の最期を、おとなしく、ちゃんと見届けていてもらいたいのだ。さあ、もう覚悟はきまった、放せ、放せ、離れていろやい、丸山勇仙――」
「だって仏頂寺、二人ともに影の形に添うが如く、これまで来て、それを両人覚悟納得の上なら知らぬこと、今日突然、貴様だけが死ぬというのに、この丸山が指をくわえて見ていられるか」
「見ていられなけりゃ、どうするのだ」
「どうするったって、まあともかくも一応、思い留まってくれ給えよ」
「思い留まれねえ、こうなって思い留まれる仏頂寺だと思うか。思い留まらないときまった上は、貴様はどうする……」
「どうするも、こうするもありゃしない。腹を切ります、はいお切りなさい、友人としてそれが言えるか、言えないか……」
「言えなけりゃ、どうしようというのだ、一匹一人の男が死のうと覚悟したものを、貴様の痩腕《やせうで》でどうしようというのだ」
「理窟を言うなよ、理窟を――」
「理窟ではない、貴様がどうしても無用の留立てをして、ここで拙者の往生際《おうじょうぎわ》を邪魔立てしようというなら、してみろ、足手まといの貴様から先に叩き斬り、仏頂寺は心置なく腹を切って死ぬまでだ」
「いやに恐《こわ》い目をするじゃないか。仏頂寺、君がそれほどまでに死にたくなったんじゃ是非もない、いかにもおれの痩腕じゃ、仏頂寺の死際を取抑えるわけにいかんのはきまっている」
「だから、おとなしく、それに坐って、拙者の腹の切り方と、往生際を、またたきもせずに見届けていることじゃ」
「じゃといって――友達が死ぬのを、いい気でおとなしく、眺めちゃあいられまいじゃないか」
「なあに――生《なま》やさしいのが、じたばたするんじゃない、仏頂寺ほどの亡者が、得心ずくで腹を切るのだ、見ているうちには胸が透いてくるよ」
「ばかな――なんらの意義も理由もなく、友達が腹を切る、よろしいお切りなさい、拙者が傍から切りっぷりを拝見なんてすましていられるか」
「すましていられなけりゃ、濁ってなりと、かぶ[#「かぶ」に傍点]ってなりと見ておれ、そんなことにかかわっちゃおられん。どーれ」
 仏頂寺弥助は、ついに長い刀の物打《ものうち》の上あたりを半紙で掴《つか》んで、左の手で襟を押しひろげて、その腹を撫ではじめました。
「仏頂寺――」
「何だ、泣き声を出すな、不祥な声を出すと、仏頂寺が冥途のさわりになる」
「まあ、仏頂寺――」
「何だい、今となって、仏頂寺、仏頂寺と言うない」
「まあ、仏頂寺、もう少し待ってくれ、留めるんじゃない、おれにも少し了見があるから、もう少し待ってくれ」
「何だ、貴様の了見というのは……」
「仏頂寺、実はな、おれも一時は面喰って、お前の最期を留立てをしてみたんだが、よく考えてみると、こっちも御同然の身の上だったんだ、お前が生存の意義と理由とを見出し得ない如く、この丸山勇仙も、そんなものが見つけられないでうろついているのだ。だから、お前がその理由によって死ななければならないとすれば、この丸山勇仙も、残って生きていなけりゃならん必要と意義とが無いのだ、それを今やっと考えついたのだ」
「そうだ、貴様だって、これから生きのびて尊王攘夷をやるという柄でもなし、新撰組に加わるという柄でもないのにきまっている」
「そこでだ――お前が死ぬとなれば、おれも死ぬ――と、なぜ最初から言えなかったのか、それが考えてみると不思議だ」
「うーむ」
「だから仏頂寺――留立するなあ、愚劣千万だったよ、お前が死ぬんなら俺も死ぬよ、もう、明日だの、一時待てだのなんて言やしないよ、今日、この場で、お前と枕を並べて死ぬのが、当然過ぎるほど当然たる容易《たやす》い仕事であったのだ、当然そう行かなけりゃならないはずのを、なぜ、みっともない狼狽《うろた》えぶりをして見せたのか、今となって不思議だ、多分お前の言う通り、先手を打たれた死神の奴が狼狽して、お前にはとりつけないから、おれの手を借りて、お前の勝利を攪乱《こうらん》しようと企てたのだろう、もう、わかったよ、死ぬよ、お前と一緒に、おれもこの峠の上で、今日只今、死んで見せるよ」
「は、は、は、は」
「お前だって人の留立てを差しとめておきながら、おれの死ぬのをよせとは言えまい、おれだって影の形に添うが如く、これまで亡者うろつきにうろついて来て、お前を死なして、これからひとり旅ができるものか、できないものか、つもりにもわかりそうなものだ。そのつもりにもわかるべきことが今までわからなかった、死神めに攪乱されていたのだ」
「そう事がわかったら、おたがいに、生の自由と死の自由を尊重することだ」
「善は急げだ――話がきまったらぐずぐずしないがいい。ところで、仏頂寺、お前は剣を以て世に立って、剣で果てるのだから切腹が当然だが、僕の方はそうはいかない、剣道が本職ではなし、万一切り損なって、お前に最期の道を先立たれ、あとからのたうち廻って追いかけるなんぞは醜態千万だから、こういう時の用心に、僕は僕だけの死に方がちゃんとあらかじめ附いているのだ」
「そうか」
「僕は、かねてより今日あることを慮《おもんぱか》って、ここにこれ、舶来の硫酸という劇薬が一瓶仕込んである、これを、ちょっとあおると五臓六腑が焼け爛《ただ》れて、完全に生命が解消される、腸《はらわた》を沁《し》み込んで行く間はかなり苦しいそうだが、切腹とどちらか、その苦痛の程度の比較は知らないが、やり損いなしに死ぬることは請合いなのだ、そこで、君が腹へ刀を突き立てると同時に、こいつを僕が一滴ずつ口中へ垂らし込む」
と言って、荷物の中からグロテスクな小瓶を出して見せる。
「うーむ、面白いな、貴様もなかなか馬鹿でない」
「話がきまったら、心静かに――しかし、善は急げだ」
 こう言って、丸山勇仙は毒薬を下に置き、仏頂寺と同じように、羽織を脱いで草原の上に敷きました。

         十六

 やがて、仏頂寺が刀を腹へ突き立てると同時に、丸山勇仙が小瓶を口にグッと仰ぎました。
「仏頂寺、痛いだろう」
「うむ――」
と言いながら仏頂寺は、その刀を引き廻し、
「丸山、薬は、薬は利《き》いたか」
「まだ何ともない、痛みの至る程度から言えば、お前のとは比較になるまい、あ、それにしても胸が変だ、腹が痛い」
「しっかりしろ」
「仏頂寺、痛いだろう」
「そりゃ、痛い、腹も身のうちと言うからな」
「我慢しておれも……」
 この時分に、丸山の腹に硫酸が浸漸《しんぜん》をはじめたらしく、
「苦しい、思ったより苦しい!」
と叫びましたが、
「がんばれ!」
と仏頂寺が声をかけると、丸山は、
「ああ、この苦しみは別だ、まるで五臓六腑が焼け出したようだ、噴火山から熔岩が流れ出して村里をのたうち廻るように、腹の中を熱いものが引掻《ひっか》き廻す、仏頂寺、おまえのも楽じゃあるまいが……」
「楽じゃない――」
「俺のは苦しい、同じことなら、腹を切るんだった、こんなに……毛唐《けとう》の薬がこんなに利くとは思わなかった、苦しい!」
「愚痴を言うな」
「たまらない――誰か早く引導を渡してくれ」
「我慢しろ」
「うむ――」
 丸山勇仙は、しっかりと大地につかまって堪《こら》えている。仏頂寺は全力をこめてキリキリと刀を腹の中へできるだけ強く突きこんで引掻き廻してえぐりながら、苦しがっている。でも、丸山勇仙に同情するの余裕がいくらか残っていると見えて、
「丸山、苦しまぎれに、さっきのあの受け渡しをもう一ぺん繰返せ、それが引導だ」
「ううむ、ううむ」
「いいか、斎藤篤信斎は……剣術をつかうために生きている」
「うーむ、高杉晋作は……尊王攘夷の……ために生きている」
「徳川慶喜は……」
「うーむ」
「小栗上野は……」
「うーむ」
「勝麟は……」
「うーむ」
「岩倉は……」
「うーむ」
「土佐と、肥前は……」
「うーむ」
「会津、桑名は……」
「うーむ」
「そうして、仏頂寺弥助と……丸山勇仙は……何のために生きているのだ」
「うーむ」
「うーむ、何のために……」
「うーむ、生きている……」
「うーむ、松茸の土瓶蒸を……」
「うーむ、食うために……」
「うーむ、うーむ」
 ここで、ついに二人の舌が硬《こわ》ばって、呂律《ろれつ》が廻らなくなり、丸山勇仙はもう受け渡しどころではなく、そこらをのたうち廻って苦しみ出したが、仏頂寺の気はなお確かで、存分に腹をえぐって上へハネ、やがて刀を返して咽喉《のど》へ持って行って、一気に咽喉笛を掻切ってしまったから、万事はおしまいです。
 ほとんど同時に、丸山勇仙も動かなくなりました。

         十七

 それを遠く、物蔭にうかがっていた女が言いました、
「ごらんなさい、いい気じゃありませんか、男同士ふたり水入らずで、峠の上で飲めよ唄えと、さんざん騒いだ揚句、とうとういい心持で寝込んでしまいましたよ」
 兵馬もまた、そうだと信じている。このかなり隔たった距離の点からうかがっていると、二人の挙動は、万事いい気持ずくめとしか見えなかったものです。
 紅葉を焚いて、酒と松茸をあたためて食べながら、出まかせの太平楽を並べて、それが相当に並べつくされた後、ところを嫌わず、いい心持で寝そべってしまったのだと見るよりほかには見ようがなかったのです。何故に生きねばならないかの疑問と、これより先へは一寸も歩けない倦怠が二人を悩まして、その間に受け渡された、憂鬱きわまる問答の声は、決してここまで届かなかったものですから、兵馬も、
「暢気《のんき》千万な奴等だ――ああなると、全く箸《はし》にも棒にもかからぬ」
「でも、可愛らしいところがあるじゃないの、人間はアクどいけれども、ああして行きあたりばったりに酔っては寝、寝ては起き、起きては旅――という気持だけは羨《うらや》ましいわ」
「あれだけの気分で、彼等は生きているのだ」
「わたしたちだって、あの気分で生きて行きさえすれば文句はございませんね、旅から旅を気任せに、酔っぱらって寝転んだところが宿で、起きてまた歩きだすところが旅――ああして一生が送れれば、あれもまたいいじゃありませんか」
「御当人たちはよろしいとしても、差当り、こっちの動きがとれないには困る」
「困りゃしないわよ、向うが向うなら、こっちもこっちよ、根《こん》くらべをしようじゃありませんか」
「ばかなことを――」
「あの人たちが頑張《がんば》り通すまで、こっちもここを動かないことにしてはどう、ねえ、宇津木さん」
「そういう緩慢なことはしておられない――とにかく、彼等が眠りに落ちたを幸い、この間に摺《す》り抜けることにでもせんと……」
「まあ、あなたは、どうしてそんなにせっかち[#「せっかち」に傍点]なのでしょう、少しはあの人たちにあやかりなさいよ」
と言って、兵馬の胸にしがみついて怖れをなしていた女が、兵馬の首根っこにぶらさがって、木の実をとりたがる里の子供らが、木の枝をたわわにしてぶらさがりたがるようにしてぶらさがるものだから、
「いけない」
と兵馬は拒みました。
「いや、放して上げないことよ」
 これを摺り抜けて兵馬は、
「とにかく見届けて来る」
 仏頂寺、丸山の事の体《てい》を見届けに行きました。見届けるといっても、根気負けをして、名乗りかけて切抜け策を講じようという気になったのではなく、彼等の寝息の程度を窺《うかが》って、その間にここを摺り抜けてしまおうとの斥候《ものみ》の目的で兵馬は出かけたものらしい。仏頂寺、丸山といえども、兵馬にとっては親の敵《かたき》ではなし、万一見つかったら見つかった時のはらもきめて、恐る恐る草原をわけて近づいて見ると、案の如く、二人は飲み倒れて横になっている。なるほどあくどい奴等ではあるが、こうしてところ嫌わず飲んでは寝、寝てはまた起きて旅から旅をうろつく彼等の生活もはかないものだが、そこに無邪気な点も無いではないと、妙な気分に襲われながら、兵馬は少しおかしいような気持になって、少なくとも、二人のその放漫無邪気な寝顔だけでものぞきに来たつもりで、もう一歩近づいた時に、ぷんと血の香《か》を嗅ぎました。
 無邪気に酔倒しているのではないことを直感しました。
 脱兎《だっと》の如く、兵馬は秋草を飛び越えたのです。そうして、仏頂寺の倒れたのを抱き起して見たのです。
「仏頂寺――仏頂寺」
 兵馬は、声高く叫び且つ呼んでみましたが、返事がありません。
 あわただしく、それをそのままそうして置いて、丸山勇仙を抱き上げ、
「丸山君――丸山――丸山勇仙君」
と、立て続けに名を呼びましたけれども、これも返事がありません。
 仏頂寺は立派に腹を切り了《お》えた上に、咽喉を掻《か》ききっている。これは反魂香《はんごんこう》の力でも呼び生かす術《すべ》はない。
 丸山勇仙の死体は拾い起して見ると――これは五体満足ではあるけれども、すでに硬直し、冷却していることは仏頂寺以上で、ただ、何をもって死んだか、殺されたかの形跡が明らかでない。
「仏頂寺君、丸山君、君たち、なぜ死ぬなら死ぬように言ってくれない――」
と、兵馬は二人の死骸を打ちながめて叫びました。
「こういうことと知ったら隠れているんじゃなかった、出て来ればよかった――君たちは死ぬためにここに落着いていたとは、気がつかなかったよ――死ぬんならばこちらにもしようがあったのだ、目の前で二人を死なせながら見殺しにした」
 兵馬は泣いて叫びました。

         十八

 その夜、上平館《かみひらやかた》の松の丸のあの座敷の、大きな炉辺《ろべり》に向い合って坐っているのは、お雪ちゃんと宇治山田の米友でありました。
 お雪ちゃんは、一生懸命でお芋《いも》の皮をむいているのであります。
 その手先を、眼を据えたように、そのくせ、多少の気抜けもしているもののように、米友がしょんぼりとながめながら、膝をちょこなんと組んで、向う脛《ずね》のところを抱え込むようにして坐り込んだまま、無言なのです。
「ごらんなさい、米友さん、あなたに買って来ていただいた庖丁が、こんなによく切れて――」
 なるほど――お雪ちゃんの言う通り、お雪ちゃんは今、芋の皮をむくにしても、新しい卸し立ての庖丁を使っているところであります。
「そうかなあ」
と、米友が気のない返事をしました。気のない返事をしても、気の抜けたという意味ではなく、心そこにあらずして返答だけをしたものですから、なんとなく気のないように聞えるだけのものです。
「ごらんなさい、今晩は、座敷うちだってこんなに明るいじゃありませんか、何から何まで新しいものずくめで、まるでお嫁さんにでも……」
と言って、庖丁の手を休めてお雪ちゃんが今更のように、この室内を見廻したものです。
「うむ――」
と言って、米友は相変らず気のない返事をして、お雪ちゃんへの義理に、うつらうつらとこの室内を見廻したものです。
 なるほど、そう言われてみると、新しい。家は特別に新しくはないが、室内の調度というものが、ほとんどすべて新しく一変している。それは誰が一変さしたものか、問うまでもなく、御本人の米友公のもたらした一つの恩恵なのであります――というのは、米友が長浜から帰ることなしには、この室内もこんなに新し味が増すわけはなく、また同時に、米友がたとい長浜から帰ったにしたところで、手ブラで帰ったんでは、こうまで室内の面目を一変することはできない。つまり、米友が無事に――あんまり無事でもなかったけれども、とにかく、馬に積んだ荷物を、ほとんど遺失と損傷なしに引っぱって、ここまで戻ったればこそ、今晩こうして、お雪ちゃんをして新しい気分に喜ばしめることができたのです。
 ごらんなさい、新しいのは、単にお雪ちゃんが雪のような指先であしらっている庖丁ばかりではありません、その下に据えた俎板《まないた》も、野菜を切り込む笊《ざる》も、目籠《めかご》も、自在にかけて何物か煮つつある鍋も、炉中の火をかき廻す火箸も、炉辺に据えた五徳も――茶のみ茶碗も、茶托も――すべて眼に触るるものがみんな新しい。ただ古いのは自在竹の煤《すす》のついたのと、新鍋《あらなべ》の占拠によって一時差控えを命ぜられている鉄瓶だけぐらいのものですから、この室内すべてを照明するところの光の本元としての燈明台《とうみょうだい》も、むろん最も新しい物の一つであるし、その中の燈明皿も、油も、とうすみも、一切が新しいのですから、お雪ちゃんの眼に見て、タングステン以上にまばゆく感じ、且つまたそれが気分までを明るく、心持よくしたのは無理もないことです。
 それを今、仕事をしながらお雪ちゃんが感謝の意を表したのだが、米友としてはそんなに有難くは受取らない、ただお雪ちゃんが言いかけて、言うことを沮《はば》んでしまったようなただいまの一句、「まるで、お嫁さんにでも……」と言った言葉尻をとらまえてしまいました。
「そうだなあ、まるでお嫁さんでも……」
と米友が続けてみたが、そこで、また何とつづけていいのか、さすがの米友が擬議しました。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
とお雪ちゃんは、何がおかしいか笑いました。
「取ったようだな」
と、お雪ちゃんに笑われたので、米友があわてて木に竹をついだように言葉をつづけました。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と、お雪ちゃんがまた笑いました。
 木に竹をついだような米友の言葉の前後をつづり合わせてみると、「まるで、お嫁さんでも取ったようだな」と、こういうのであります。お雪ちゃんとしては、この際、米友がガラにもなくお嫁さんを引合いに出したそれがおかしいのではなかったのです。なぜならば、お嫁さん……ということを言い出して口籠《くちごも》ったのは、それはかえってお雪ちゃん自身にあるのですから、米友が、その言葉尻を受けついだからといって、何もおかしがって笑うことはないのです。といって特別に笑わなければならぬほどのおかしいことはなかったのですが、箸が転んでも笑いたいという年頃なんでしょうから、米友さんそのままの存在と、あたりの新しいものずくめが、ついお雪ちゃんの気を、こんなに快活にしたものと見なければなりません。
 だが、また一方、米友としても、たとい人の言葉尻をとらまえたにしてからが、お嫁さんがどうしたとか、こうしたとかがら[#「がら」に傍点]にないことを言い出すのが変だと思えば思われないことはないのですけれども、それとても、必ずしも米友の独創というわけではなく、
[#ここから2字下げ]
源ちゃんと言っても
返事がない
お嫁さんでも
取ったのかい――
[#ここで字下げ終わり]
という俗言が、ある地方には存在している。それを米友が思い出したから、ガラになくこの際応用を試みただけのものなんでしょう――そう種が知れてみれば、いよいよ以て笑うべきことでもなんでもないのですが、少ししつこいが、これをお雪ちゃんが最初いった言葉尻と比べてみると、少しばかり「てにをは」の相違があるのでした。つまり米友は室内の調度がこんなにすべて新しいのは、「お嫁さんでも取ったようだ……」という単純明白な譬喩《ひゆ》の一シラブルになるのですが、お雪ちゃんのは、「お嫁さんにでも……」で、あとは消滅してしまったのですから、極めて曖昧《あいまい》なものなのです。なお、うるさいようですが、文法上もう少し立入って見れば、「お嫁さんでも」というのと「お嫁さんにでも」というのでは、主格に根本的の異動が生じて来るわけあいのものなのです。
 お雪ちゃんに笑い消されたにも拘らず、米友がそれからまた、何かじっと一思案をはじめて、炉に赤々と燃えている火に眼をつけて放たなかったのは、やや暫くの間のことで、やがて、その面《かお》を上げて、眼をまたしてもお芋の皮をむくお雪ちゃんの手許《てもと》に据えながら、
「お雪ちゃん、お前《めえ》はお嫁さんに行く気はねえのかい」
「いやな米友さん」
 お雪ちゃんは、はにかんだけれども、米友はまじめなもので、
「おいらは、思うがな、お雪ちゃん――若い娘は、なるべく早くお嫁に行った方がいいと思うんだが……」
「まあ、米友さんが、お爺《とっ》さんのようなことを言い出しました、ホ、ホ、ホ」
「おいらは、ため[#「ため」に傍点]を思って言うんだぜ」
「それは、わかってますけれどもね……ホ、ホ、ホ」
 若い娘はなるべく早くお嫁に行った方がいい、つまり虫のつかないうちに、恋愛を知らないうちに結婚せしめよ……主婦之友の相談係でも言いそうなことを、米友の口から聞かされることが、お雪ちゃんには予想外だったのか。但し、相手はいわゆるため[#「ため」に傍点]を思ってくれて、親切に言い出されたものに相違なかろうが、お雪ちゃんとしては、そういうことに触れると、何か現実のいたましいとげ[#「とげ」に傍点]にでも刺されたような気にもなると見え、
「米友さん、そんな話はよしましょうよ、長浜で見た、何か珍しいことをお話しして頂戴な、長浜ってところは、昔太閤様のお城があったところでしょう、今でも人気が大様《おおよう》で、大へんいいのですってね」
「うむ、湖辺へ出ると、なかなか景色はいいな」
「綺麗《きれい》な娘さんがいたでしょう」
「さあ、それはどうだったか」
 きれいな娘がいたかどうか、そのことはあんまり米友としては観察して来なかったらしい。
 しかし、お雪ちゃんの、綺麗な娘さんがいたでしょうとわざわざ尋ねたのも、べつだん心当りがあって言ったのではなく、京都は美人の本場、長浜も京都に近いところだから、婦人たちも相当に美しいだろうと、こういう淡い想像に過ぎなかったのです。
「大通寺って大きなお寺がありましたでしょう」
「そうさなあ――別においらはお寺を見に行ったわけじゃねえんだが」
「あのお寺の大きな床いっぱいに、狩野山楽の牡丹《ぼたん》に唐獅子が描いてあって、とても素晴しいのですってね、米友さん見なかった?」
「おいらは絵を見に行ったわけじゃねえんだ」
「じゃ、そのうち出直して、一緒にまいりましょうよ、長浜見物に……」
「もう少し待ちな、今は世間が物騒だから」
「どうしてですか」
「どうしてったって」
 そこで米友は、今日経験して来たところの要領を、お雪ちゃんに向って物語ったのです。そうすると、お雪ちゃんが眼をまるくして、
「まあ――よく無事に来られましたねえ」
 容易ならぬ危難を突破して来た米友の冒険をはじめて知りました。
 そうしてみると、新婚当夜ほどの新しい気分を与えてくれる今晩の調度も、相当の犠牲なしには得られなかった恩恵であることが一層深く感ぜられ、お雪ちゃんは幾度《いくたび》か米友の労をねぎらって、やがてお芋の皮をむくことが終ると、お茶をいれ、お茶菓子を出して、二人で飲みはじめました。

         十九

 二人がお茶を飲みはじめていると、急に自在の新鍋《あらなべ》が沸騰しました。
 これは、あんまり二人が仲よく茶を飲んでいるものですから、新鍋が嫉妬《やけ》を起して沸騰をはじめたというわけではありません。
 もう煮え加減が、ちょうど沸騰すべき時刻に達したから沸騰したまでのことで、沸騰すると同時に、鍋の蓋《ふた》のまわりから熱湯がたぎり落ちかかったのも当然であります。が、その沸騰の泡《あわ》が火の上に落ちて、そこで烈しいちんぷんかんぷん[#「ちんぷんかんぷん」に傍点]が起り、灰神楽《はいかぐら》を立てしめることは、甚《はなは》だ不体裁でもあり、不衛生でもあり、第一、またその灰神楽に、せっかくの静かな室内と新しい調度を思うままに攪乱《こうらん》せしめた日には、せっかくの新婚当夜のような新しい気分が台無しになるのです――そこは米友が心得たもので、いざ沸騰と見ると、飲みかけた茶碗を下へ置いて、つと猿臂《えんぴ》を伸ばして、その蓋をいったん宙に浮かせ、それから横の方へとり除けて、座右の真向《まっこう》のところへ上向きに置いたのです。
 それがために空気の圧力も急に加わったものですから、沸騰力も頓《とみ》に弱められて、危なく灰神楽の乱調子で一切を攪乱せしめることを免れしめました。こういう早業にかけては、けだし米友は天才の一人であります。
 さて、鍋蓋を取払って見ると、新鍋の中は栗でした。
 さいぜんから暖められていた鍋の中のものは、栗が茹《ゆ》でられていたのです。そうすると、お雪ちゃんは火箸を鍋の中にさし込んで、その茹でられた栗の中から大きいのを一つ摘み出して、さいぜん米友が上向きに炉の真向のところへ置いた鍋の蓋の上に載せ、
「友さん、ゆだり加減はどうですか、ひとつお毒味して頂戴な」
「よし来た」
 米友はそれを受取って、吹きさましながら皮を剥いて、食べ試み、塩梅《あんばい》を見ながら、
「そうさ、もう一時《いっとき》うでた方がいいだろう」
「そう」
 で、新鍋は蓋を取られたまま、熱湯を縁《ふち》から落さない程度でしきりに沸騰をつづけておりました。
「明日は、これでキントンを拵《こしら》えて、友さんにも御馳走して上げますよ」
「有難え」
 きんとん[#「きんとん」に傍点]をこしらえて、友さんにも御馳走をしてやるという言葉で、友さんにだけ御馳走するのでなく、友さん以外の人にも御馳走してやるという心構えがよくわかります。
 事実――お雪ちゃんが、こうして引続き野菜の料理専門にかかっているのは、この変態家族の賄方《まかないかた》を引受けているというのみならず、このごろ入れた幾多の普請方の大工、左官、人足などにまで配布すべきお茶受けの糧《かて》までもその手であしらっているのでした。
 しかしもう、料理方の日課としてのたいていは済ましてしまって、今はこの栗のゆだり上りを待つだけの閑散になりましたから、そこでまたお茶を一ぱい。
 二人はこうして、静かな秋の夜にひたり得る無心の境地を味わいました。

         二十

 かくて二人は、極めて無心、平和、閑寂なる空気のうちに茶話を楽しみましたが、暫くして仲よく銭勘定にかかりました。
 その時分には、もう栗もすっかりゆだり上ったから、新鍋は現役を退いて流し元の方に差控えさせられて、新鍋の代りに、古いほど味の出るという南部の鉄瓶《てつびん》が、燻《くす》ぶった旧地位を自在の上に占有しています。
 米友が炉辺に近く担《かつ》ぎ出した千両箱、それを座敷の真中にザクリとひっくり返した時に、二人が思わず眼を見合わせました。
 深夜の物音としては、意外にそれが響き過ぎたからです。
 その以前、根岸の化物屋敷で、七兵衛所有に属する金箱を、お絹にそそのかされた神尾主膳が突き破ってみたような、あんな不義不正なる物音とは比較にならないが、しかし、静かな夜中に思いの外、異った大きな音がしたものですから、二人は面《かお》を見合わせたのみならず、お雪ちゃんの如きは蛇にでも襲われたもののように、遠く一間ばかり飛びのいたくらいでしたけれども、つもってみればこれは少しも怖ろしい性質のものではなく、れっき[#「れっき」に傍点]とした所有主のお銀様から、用心棒としての米友が託されて、長浜まで両替に行って来たこの金銭――それを今、保管と収支とを託されているお雪ちゃんが、手にかけて、米友に手伝ってもらって計算に当ろうというのだから、形式に於ても、良心に於ても、少しも咎《とが》むべき筋ではないのであります。
 ですから、いったん脅迫観念に襲われたお雪ちゃんも、たちまち思い直して近く寄って来て、散乱したのを掻き集めながら、改めて米友と共に、この小銭の山の取崩しから計算記帳にとりかかりましたのです。
 この小銭を、種類によって、ザクリザクリとわけて数えながら言いました、
「有るところにはあるもんだなあ、金というやつは――」
「ほんとに、そうですね、有るところには有るものです、あのお嬢様のお家には、いったいどのくらいあるんでしょうかしら」
とお雪ちゃんが相槌《あいづち》を打つと、米友公が、
「有るところにはあるが、ねえとなるとまるっきりねえのが金だ」
「全くその通りよ、お金持のところには唸《うな》るほどあっても、貧乏人のところには薬にしたくもないのですから」
「有るところには有り過ぎるほどあって、ねえところには無さ過ぎるほどねえ、そのくせ、誰もみんなこいつを欲しがっていることは同じなんだが、どうしてまた、こいつが集まるところへはうんと集まり、来ねえところへはちっとも来やがらねえんだろう。ケチな野郎だな、この銭金《ぜにかね》という野郎は……」
 米友は数えかけた天保銭を二三枚取って、畳の上に叩きつけました。

         二十一

 宇治山田の米友は、特に銭金に数々の恨みがあるというわけではないが、また生立ちからしても、そう多分に銭金に恵まれつつ育って来た男ではないこと申すまでもありません。
 だから、特に銭というものを呪い憎んだり、またその銭の集積によって勢力を得つつある資本家というものに、特別の戦闘意識は持っていなかったのですが、時々思わず昔のことを思い出して、銭の記憶というものに、あんまりいい気持のすることばかり無かったことが、むらむらと頭へ上って来たものですから、そこで無意識に銭を畳の上へたたきつけてみただけのものなのでありました。
 この時、宇治山田の米友が、ことに銭金について、あんまりいい印象ばかりを思い起さなかったという頭の中を解剖してみると、ほぼ次の如くでありましょうか。今、こうして夥《おびただ》しい銭勘定をさせられてみたところで、急に赤い方へ転向の謀叛気《むほんぎ》をそそのかされたと見る理由もなく、また事実上、この男は、性質は単純であるけれども、意志は鞏固《きょうこ》ですから、そう軽々しく右になったり左になったりする男ではないのです。
 ところで、たった今、急に銭を浚《さら》ってやけに投げ出してみたのは、一時《いっとき》むくれてみた持前の癇癪《かんしゃく》に過ぎません。
 宇治山田の米友は、伊勢の国に在る時に、神宮の前の宇治橋の下で網受けをして生業《なりわい》を立てていたことは、先刻御承知のことであります。彼はなお御承知の通りに、槍の妙術から来るところの芸術的天才を持っていましたから、ほかの子供よりも、その収入が多かったことは当然でありました。
 しかしながら、この商売というものも、ゲッキュウ、ゲッキュウと靴を鳴らして、ならし[#「ならし」に傍点]にみいりのある商売でありませんでしたから、雨が降ったり、雪が積ったりすることに妨げられる商売でありました。日によって、参詣客の投げ銭のはずむ日もあれば、はずまない時もあるのであります。そこで米友といえどもあぶれ[#「あぶれ」に傍点]て帰ることもないではありませんでした。
 米友があぶれるくらいの時は、他の網受けの子供は全くみじめなものでした。彼等は、その日その日に相当のものを持って帰って親方に提供しないことの代りには、或いは折檻《せっかん》となり、或いは締出しとなり、或いは欠食となって反応することを米友が知っていました。そういう場合には、米友は、自分の持っていた収入をほとんど残らず分けてやって、そうして彼等の受くべき折檻と、締出しと、欠食とを、自分が代って満喫せしめられたことも、子供の時分に一度や二度ではなかったのであります。
 そういう時に米友は、しみじみと、銭というものの魔力を思い知らせられたことでありました。僅か幾文《いくもん》の銭がありさえすれば、自分たちはこの虐待と飢餓から救われることだ――銭があればいいなあ、と米友は、夜の寒空に軒端の縁に腰かけて尾上山《おべやま》つづきの星を数え、間《あい》の山《やま》の灯《ひ》の赤いのを恨みわびながら明かしたことも、一晩や二晩ではなかったのであります。
 しかし、そういう時に米友はお君のところへ相談に行くことをしなかったものです。お君へ相談に行けば、お君がまた気の毒がって身の皮をむいて身代りをしてくれるにきまっている。他の苦しみを自分が背負うのはやむを得ないが、それをまた背負いきれないで他に転嫁するということは、結局苦しみの盥廻《たらいまわ》しをするだけのことで、苦しみそのものの救いにもならないし、解消にもならないということを、米友はよく知っておりました。
 そこで米友はガッチリと歯噛みをして飢えと寒さに顫《ふる》えながら、曾《かつ》て一度も苦痛の声を漏らしませんでした。しかしながら、そういう場合に大楼の店先などを通って、銭金を湯水の如くつかう人や、物売りの店棚でおいしい御馳走のにおいをプンプン嗅がせられた時など、彼もクラクラと眼がくらんで、フラフラと足が顫えることがありました。それにも拘らずついにこの男の正義心が、ビタを一枚盗むこと、物を一つちょろまかすことを、絶対に許しませんでした。
 それから、あんなわけで故郷を立退いて、乞食同様になって東海道を下って来た間、どのくらい自ら銭の無い旅の苦しみを味わわせられ、また一方、どのくらい銭の有り余る旅客の贅沢《ぜいたく》ぶりを見せつけられたか知れなかったのですが――この男は銭の有難味を知りながら、ついに銭の誘惑には負けたことがありませんでした。
 米友は今、痛切にその事の記憶をよみがえらされたのですが、そんな思い出話をスラスラと、或いはベラベラと話し出す男ではありません。何とも名状し難い、こし方《かた》の道の思い出を、ガッチリと歯を喰いしばって縛りつけようと試みていたのですが、その事の想像の以外は、どうしてもお君のことにうつらないというはずはありません。
「あっ! いやだな」
 米友が、思わずこう言ってうめいたのが、お雪ちゃんを少し驚かせました。
「どうしたのです、米友さん」
「どうもしやしねえが……」
と言いながら、米友がややあわてて、また事改まったように銭勘定にとりかかると、今度は不意に程近いところで、バサバサと聞き慣れぬ物音が起ったので、かえって米友が驚かされました。
「何だい、ありゃ」
と言っているところへ、続いて同じように、バサバサの音が前よりはちょっと手強く響きましたので、米友が数えかけた銭を置いて、音のした方を見込みながら、その手は我知らず、炉辺に置いた杖槍の方へのびていると、お雪ちゃんがかえって落着いて、
「米友さん、吃驚《びっくり》しなくてもいいわ、あれは鷲《わし》の子なのよ」
「え? 誰の子なんだって?」
「鷲の子なんですよ、ほら、鷲といって、鳥のうちでいちばん大きくて、いちばん強い鳥、あの鳥の子供がいるんですよ」
「へえ……鷲の子がかい、どうして、どこに」
「わたしが飼っているんですから、心配しなくってもようござんすよ」
「どうして、お前、鷲の子なんぞを飼いだしたんだえ」
「どうしてたって、それにはわけがあるのよ、お銀様が村の人から買ったその鷲の子を、わたしが預って世話をしています、それが今はばたきをしたところなんです」
と言っているうちに、たしかに納戸《なんど》の方にいるその鷲の子なるものが、またも続けざまに二度三度はばたきをしました。

         二十二

 米友としては、お雪ちゃんの説明で一応|納得《なっとく》したけれども、まだ心残りはあって、鷲の子の存在はそれでいいとしても、今まで静かにしていた鷲の子をして、突然こうもあまたたびはばたきをさせるようになったその誘因というものが、相当気にかかるらしい。
 しかし、鷲の子のはばたきは、それだけでともかくおしまいになって、あとは以前にも増して静かな夜に返りました。
 そうして二人の銭勘定にいっそう身が入るものですから、その銭の音だけがザラリザラリと深夜の畳の上を我物顔に走るのです――初めのうちはそうでもなかったが、あまり静かになってしまったものですから、その銭の音が――自分で数えて、自分で音を立てていながら、お雪ちゃんが、つい、なんだか怖いような感じに襲われてしまって、ついには思わず助けを求めてるような気持にまでなって、米友の方を見ると、米友はべつだん銭の音に、恐怖も戦慄も感じてはいないで、うつむきかげんに数えてはザラザラとやっています。そこで、お雪ちゃんは、米友の数える銭の音までが加勢して、自分の恐怖心に向って食い入って来るような気がしてたまらなくなりましたから、米友に向って何か話しかけて気を紛らそうとしましたが、あいにく急に持ちかける話題が見当らず、なんだか舌がもつれるようで、何と言い出したらいいか、戸惑いをしていたが、やがてやっと、
「米友さん、米友さん」
「何だい」
と、米友は相変らず下を向いて平然たる返事だものですから、それに少しばかり勇気をつけられて、
「武州の高尾山ではね……」
「うむ」
「武州の高尾山の奥の院で、ある晩に、天狗様がこうしてお銭《あし》の勘定をしていましたとさ」
「天狗様が銭勘定をかい、イヤにみみっちい[#「みみっちい」に傍点]天狗だなあ」
「そうするとね、次の間で、どろぼうがそっと立聞きをしていたんですとさ」
「なるほど――」
「ところが、どうでしょう、そのどろぼうが、天狗様の銭勘定をしている次の間の壁板に耳をくっつけて立聞きをしているうちに、その耳が壁へすっかりくっついてしまったんですとさ。天狗様が、誰だ、そこで立聞きをしている奴は……と叱ったものですから、驚いてその盗賊が逃げようとしたが、板に耳がくっついてしまったものだから離れられないのです。で、とうとう小柄《こづか》を抜いて自分の耳を切り裂いて逃げたと言いますがねえ、その耳の附いた板が、今でもあのお山に宝物となって残っているそうです。それを思い出したせいか、わたしはあんまり静かにしてお銭《あし》を勘定していると、次の間で誰か立聞きをしているものがあるのじゃないかと思われてなりません。米友さんは?」
「おいらは何とも思わねえが、どうも誰か人が来るような気がするにはする」
「それごらんなさい、わたし、どうもさっきから、何かわたしたちの背後《うしろ》に来ているものがあるような気がしてなりません」
と言った時に、突然、入口のところで、
「は、は、は、は」
という笑い声がしたので、お雪ちゃんも、米友も、びっくりして銭勘定の手を休めて、その笑い声のした方を見ると、ガラリと潜り戸をあけて平気な面《かお》で入って来て、上《あが》り框《かまち》に腰をかけて、こちらを見ながら、にやにやと笑っているのをお雪ちゃんが見届け、
「あら、不破の関守さん」
「お二人さん、よく御精が出ますな、お宝の勘定は悪くないものでござんしょうな」
とお世辞を言ったのは、二人ともに充分納得のゆく、この新屋敷の同居人、不破の関屋の関守氏でした。

         二十三

 同居人とは言いながら、離れた本館の方に在《あ》って、常にお銀様のために、工事と計画の参謀と、その監督に当っている人ですから、突然こうしてここへ来ようとは思っていなかったのですから、意外というのは、ただそれだけなのです。
「よくいらっしゃいました、どうぞこちらへ。おや、どこぞへおいでのお帰りでございますか」
とお雪ちゃんが、関守氏の相当な足ごしらえを見ながら、炉辺に請《しょう》じますと、関守氏は、
「いや、拙者も長浜まで行って参りましたよ、お銀様から急用を頼まれましてな。その頼まれた急用というのはほかじゃありません、友造君を迎えに行ったのです。友さん、よく無事で帰れましたね」
「そりゃ、出て行ったもんだから、帰るのがあたりまえだあな、お前、わざわざ迎えに来てくれなくったって、おいらあ一人で帰れるよ、女子供じゃあるめえし」
と米友が言いました。
「もちろん女子供じゃない、常人以上に勇敢なる友造君なればこそ、お銀様もわざわざ君に両替の宰領を託したわけなんだが、もしやあの百姓|一揆《いっき》の渦の中に捲き込まれるようなことになりはしないか、それを心配したものだから」
「そんなこたあねえ」
と米友が力《りき》むのを、お雪ちゃんが、
「まあ、百姓一揆? 何か騒動が起ったのですか」
「お雪ちゃん、あなたはまだ御存じないのですか、長浜在で代官を相手に農民共が一揆暴動を起してしまって、容易ならぬ事態に陥ったという風聞《うわさ》がここまで聞えたものだから、それでお銀様が心もとながって、そうして拙者に、友造君を迎えながら様子を見て来てくれと言われたものだから、早速単身で斥候《ものみ》に出かけてみたが、いや、事態は全く重大で、うっかり近づけない、そこで、ともかく近寄れる距離に近づいて、探れるだけの事情を探訪して、ようやくいま引返して来たところなんだがな、とりあえずここへ駈けつけて、外で様子をうかがっていると、友造君が無事に立戻ったことの確かなのを知り、ホッと安心したというわけなんです」
「ははあ、そうか、それでわかった、誰か外に人がいるようだとそうは思っていたよ」
と米友は、何か思い当るところあるものの如く、ひとり合点《がてん》の声を立てると、関守氏は、
「そういうわけだから、まだお銀様にも復命していないのです、一刻も早くお館の方へ行って、お銀様にその事情を話して、明朝になってまたとって返して、こちらへやって来て委細をお話し申しましょう」
と言って関守氏は、立てともしにして置いた提灯《ちょうちん》を取り上げて、また同じ口から閾《しきい》を跨《また》いだが、一休宗純《いっきゅうそうじゅん》から問答をでもしかけられたような形になり、片足は外へ出して、
「ところで、さしあたり一つ心配なのは、その一揆暴動の崩れが、或いはこの辺へ押寄せて来ないとも限らない、胆吹山《いぶきやま》というところは昔から落人《おちうど》の本場なんだから――そこをひとつ、念のために用心をして置いて下さいよ、一時にそう潮《うしお》の押寄せるようにここまで押寄せて来るはずはなかろうけれども、一人二人、どちらのどんな奴が迷い込んで来ようとも知れぬ、戸締りをよくして置いて下されよ」
 こう言い置いて、外の闇の中に身を没しました。
「友さん、よく戸締りをして頂戴」
「大丈夫だ」
「いま関守さんが出て行った入口を、しっかり締めて、錠を下ろして頂戴な」
「なあに、あれはただ用心のために言っただけなんだから」
「でも、用心の上に用心に如《し》くは無しですから、もうすっかり締めてしまいましょうよ」
「じゃ、お前《めえ》の安心のために……」
と言って米友は立ち上って、土間へ下り、関守氏が入って来たところの出入口をぴったりと締めきって、枢《くるる》をカタリとおろしてしまい、
「これで、すっかり締めきりだ」
「廊下のしまりの方もお頼み致しますよ」
「よしきた」
 すべて抜かりなく締めきってしまって、さて二人とも、以前の座に戻ったけれども、お雪ちゃんは、もう絶対に銭勘定を繰返そうという気になれませんでした。
 そこで米友は緡《さし》を取って、穴あき銭をそれに差込んでいると、暫くあってお雪ちゃんがその手を抑えるようにして、
「今晩はもうこれだけにしましょうよ、なんだか怖いから、お銭《あし》の音をさせないで頂戴な」
 お雪ちゃんから哀求的に言われたので、米友も、強《し》いてとは進みきれない心持になりました。
 こうなると、二人はもう寝ることだけの仕事が残っているようなものです。当然お雪ちゃんが言いました、
「お寝《やす》みなさいな、米友さん」
「お雪ちゃん、お前、先に寝みな、おいらまだ眠くねえ」
「でも、ずいぶん疲れてるでしょう、わたしがここにお蒲団《ふとん》を敷いてあげますから」
「いいよ、おいらはゴロ寝でかまわねえんだ、お雪ちゃん、お前、先へ寝な」
「でも、友さんを残して置いて、わたしだけ先へ寝るのは済まないわ」
「遠慮は要らねえよ、おいらのことは、人並みに扱わなくってもいいんだからな」
「そういう理窟ってありませんわ、あなたも人間なら、わたしも人間です」
とお雪ちゃんが、妙なところへ人間平等論をかつぎ出したのは、米友に議論を吹っかけるつもりではない。つまり米友が、おいらのことは人間並みに扱わなくってもいいんだから――と言ったのだが、聞きようによっては、ずいぶん拗《す》ねた、僻《ひが》んだ言い分に聞えるのですが、米友のは、そういう意味でなく、むしろ自慢の意味も含んで――おいらのことは人並み以上に身体《からだ》が鍛えてあるんだから、人並みの待遇をしてくれなくとも意とするには足りないのだ、という言い方なので、これはお雪ちゃんもわかっているけれども、言い廻しが言い廻しだったものだから、そこでお雪ちゃんも、妙な人間平等論の切先《きっさき》が出たわけなのです。
 しかし、お雪ちゃんは口前ばかりでなく、この時にはかいがいしく立ち上って、戸棚から夜具蒲団を取り出して、まず米友のために一方へ敷き展《の》べ、その間へ小屏風《こびょうぶ》を立て、そうして、次に自分のためにほどよきところへ蒲団を敷きかけた時に、またしても今まで静まり返っていた鷲の子が、急にけたたましいはばたきをはじめたものですから、蒲団を持ちながらハッとしました。

         二十四

 鷲の子のまたしても不意に、今度は以前より一層また慌《あわただ》しく、けたたましくはばたきをやり出したのに驚かされたのは、お雪ちゃんばかりではありません。
 米友も屹《きっ》となって、その時、鷲の子のはばたきのした方向よりは、ふり仰いで自分のいる天井の上を見上げたのです。
「お雪ちゃん」
「何です、米友さん」
「何か来ているぜ」
「おどかしちゃいやよ、友さん」
「おどかしじゃねえ、何か来ているんだよ、この上の方に、てんまる[#「てんまる」に傍点]じゃねえかな」
と言って米友は、天井の上を屹と見上げたままです。その途端に、鷲の子のなお一層はげしいはばたきの音が、連続的に響いて来る。お雪ちゃんは、そのはばたきの音の方だけが気になるが、米友はかえって、それとは別角の天井の上を首の疲れるほどながめ、且つ耳をすましながら、
「ほら、お雪ちゃん、お聞き、この上の方で、もう一つはばたきの音がするだろう、あれ、木を食い切るような音が――」
「ほんに……」
 お雪ちゃんは耳を傾けると同時に、楯《たて》を裂くような、何とも言えない強い肉声が聞えました。
「あ、わかりました、わかってよ、米友さん、あれあれ、あのお庭の松の木の上でしょう」
「そうだ、たしかに松の木の上あたりだ」
「鷲が来たんですよ、親鷲が、この鷲の子を取戻しに来たのです」
「そうか、そいつは……」
 それから、物凄い鳥の叫びが屋根の上で起ると、にわかに大風を起したような物音が、例の松の大木の上でする。そうすると、その声と物音とを聞きつけて、こちらの鷲の子が、バサバサ、ガタピシと、もう矢も楯もたまらずに、檻《おり》の中で飛び狂うのが手に取るように聞えるのです。
 米友は、そこで杖槍を引寄せてみましたけれども、さし当りどちらへ向っていいのか戸惑いの形です。
 お雪ちゃんは、ただオドオドしている。
 いかに短気一徹な米友でも、これはちょっと相手に取り難いものがあるのです。事情によって判断すれば、この戸外の松の大木あたりに、猛鳥が来て狂っていることは事実だが、それはなにも我を襲いに来たわけではない、親として子を思うという、徹底的に深刻純真なる本能が如実に現われたというまでのことであり、一方はまた、なにも我々を驚かし騒がせんがためにむやみにはばたきを試みたというわけでもなく、捕われの身の子として、親が戸外まで迎えに来ているということを知ってみれば、居ても立ってもいられないのは、何人といえども見易《みやす》き、これも単純にして深刻なる本能の発動に過ぎないのであります。
 しかし――天上天下一切万象が、皆この単純なる本能によって支持されている。
 お雪ちゃんも語らず、米友も問わないけれど、この物の道理は、ひしと二人の胸にこたえています。ですから、米友は得意の杖槍は取りは取ったけれども、これを持って外なる親に向うべきか、内なる子を戒《いまし》むべきか――途方に暮れているのもまた、やむを得ないものがある。
「やかましいやい!」
と、米友が思わずじだんだを踏んで、こういって怒鳴りつけてみましたけれど、その悪罵《あくば》には毒を含んでいませんでした。それのみか、その眼に何となしに露を帯びている。
「やかましいやい! いいかげんにしろ、鳥!」
 最初は天井を見上げて言ったのだが、次には軒の方に向って叫びました。お雪ちゃんもまた最初から途方にくれて、
「友さん」
「うむ」
「どうしようねえ」
「どうしようったって……やかましいやい、鳥!」
 米友が二度、じだんだを踏みました。
 この場合、さすがの二人も、上と下とで、かけ合わせる鳥類の猛絶叫のために、完全に圧倒せしめられたようなものです。
 その結果、二人とも全くの沈黙に陥れられてしまいました。だが上と下との鳥類は、単に一方が一方に弥次《やじ》り勝って、一方を沈黙させれば、それで勝利の満足の快感に酔うというスポーツ的興味のために喚《わめ》いているのではないのですから、内なる二人が沈黙しようとも、すまいとも、その怒号と喧噪とをやめることではありません。
 ただ不思議と思われるのは、高い樹上で怒号している親鷲なるものが、なぜもっと近く、庭上、少なくとも地上まで降りて来ないかということでありました。いかに猛禽《もうきん》が降り立って肉薄して来《きた》っても、戸締りはさいぜんがっしりとしてあるから、室内まで異変を及ぼすということは、万《ばん》ないにきまっているが、ここまで来て、ああして騒ぐ上は、たといくろがねの垣根一枚が破れようとも、破れまいとも、もっと近く肉薄して来なければならないと思われるのに、声の烈しくして切なるわりには、距離が遠くして高過ぎるきらいがある。
 しかし、いよいよ加わってくる絶叫を、全く沈黙して聞くだけでは、聞く方がやりきれたものでない。
「叱《し》ッ、叱《し》ッ、こん畜生」
と罵《ののし》りながら、じだんだを五たびも六たびも踏みましたけれども、結局、出て行って追い払おうとするでもなし、咽喉笛《のどぶえ》を抑えつけて鳴かせまいとするでもない。
「困りましたねえ」
 お雪ちゃんは、敷きかけた蒲団《ふとん》を吹流しのように持ったまま、天を仰ぎ、軒をながめて所在に窮している。
 米友はついに、せっかく手にした杖槍を投げ出して、炉辺へ来てどっかと小さな胡坐《あぐら》をかいてしまいました。お雪ちゃんが敷きかけた蒲団を抛《ほう》り出して、
「あれ、また、あんなに鷲の子が荒《あば》れ出しました、籠をこわしてしまやしないかしら、友さん、どうかして頂戴、籠をこわして飛び出されては大変ですから」
「待ちな」
と言って、いったん炉辺へ坐りこんでみた米友はまた立ち上って、その鷲の子の猛然たるはばたきのする納戸《なんど》の方へ行こうとすると、お雪ちゃんが、早くもその新しい調度の一つなる行燈《あんどん》をつり下げて、米友の先に立ちました。米友のために案内して、鷲の子を預かっている次の納戸の隅の方へと光を持って行くのです。まもなく米友は、大きな鉄の四角な鳥籠を一つ抱え込んで、こちらの座敷へ持ち込みました。人間に抱えられたと見ると、なおいっそうはばたきと暴勢とを加え、また一種名状し難い哀叫怒号を加えて荒れ廻るのを、米友は籠ぐるみ牛蒡抜《ごぼうぬ》きにした恰好で抱き出して来て、そうして炉辺の一方へ押据えたが、動揺を防ぐために、のし[#「のし」に傍点]板を持って来てあてがった上に、沢庵石《たくあんいし》かなにかを臨時の押えとして重し[#「重し」に傍点]をかけ、さて自分は、以前の炉辺へ戻って、どっかと小さな胡坐をかいて、爛々《らんらん》たる眼を見開かして、そうして籠の中を注視監視の姿勢を取りながら、その処分方法を考え込んでいるものらしい。

         二十五

 かく内と外と相呼応する物騒がしさのうちに、宇治山田の米友は、泰然として坐りこんでみたものの、実は米友としては余儀ない次第なので、さすがに生一本のこの男も、ほとほと手のつけようがないのです。
 お雪ちゃんはもとより、おどおどとして為《な》さん術《すべ》を知らない。
 しばらくあって、決然として米友が立ち上りました。
 決然として立ち上ると共に、猛然として、籠の上ののし[#「のし」に傍点]板を取払ったと見ると、その籠を力にまかせて、肩の上までかつぎ上げましたからお雪ちゃんが、
「友さん、どうするの」
「仕方がねえから……」
と言って米友は、雨戸の際まで子鷲《こわし》の入った籠をかつぎ出して、そこで、片手でもって心張棒《しんばりぼう》を取外《とりはず》し、鍵を上げて、カラリと戸を押開いたものですから、お雪ちゃんが、
「友さん、それを逃がしちまってはいけません」
「だッて……」
と米友は少しどもりながら、籠の戸を表の方に押向けると、その手は早くも水門口を開くように、籠の戸を引き上げにかかったものですから、またもお雪ちゃんが、
「友さん、逃がしちゃいけません、逃がしては、わたしが申しわけがないじゃありませんか、お嬢様に叱られるじゃありませんか」
「だってお前、子供を親許へ返してやるんだから、理窟はこっちにあらあな。もともと、親の子を、こっちが横取りしたのが悪いんだあな。慰みがてら、親の留守をねらって取っつかまえて来た子鷲なんだろう、だから、考えてみると、こいつをこっちへ置くのが道理に外れたことで、返してやるのが人情だあな」
と米友が答えました。
「それはそうかも知れませんが、友さん、お前が預かったんじゃない、わたしが、お嬢様から頼まれて引受けたのですから、逃がしてしまっては、わたしが叱られるじゃあないの、わたしが申しわけがないじゃありませんか」
「だからいいよ、罪をおいらがきるからいいよ、申しわけなら、おいらがしてやらあな、叱られるなら、おいらが叱られてやらあ。いったい、お嬢様お嬢様って、あの女に、みんながお代官ででもあるように恐れ入ってしまってるのが、おいらにはわからねえ、お嬢様であろうと、お代官であろうと、道理と人情に二つはねえ」
と米友が答えました。
「そりゃ米友さん、お前だけに通る理窟で、どっちにしても困るのは、わたしよ」
「おいらだけに通る理窟なら、世間一般に通らなけりゃならねえんだ、おいらは、まだ世間に通らねえ理窟を言った覚えはねえ」
と、米友がお雪ちゃんのためにたんかをきって、自分の信ずるままを強行しようとしますとお雪ちゃんは、ちょっと当惑をして、
「それはそうですけれども――」
「おいらが罪をきるからいいよ、お嬢様なんて、そんなに怖《こわ》い女じゃねえよ」
 米友はついに、籠を戸外の縁側へ押し出してしまいました。取縋《とりすが》ってみたところで、お雪ちゃんの力では、米友の地力を如何《いかん》ともすることができません――だが、目に見えないあの暴君タイプのお嬢様の圧力が、この時も、うしろからひしひしとお雪ちゃんの背中に迫るように感ずるのに、米友は一向その辺になんらの気兼ねを持たないらしい。事実、今の世に、お銀様を恐れない人は、この男一人かも知れません。あの暴女王をつかまえて、目の前でポンポン争い得るものは、まずお雪ちゃんの知れる限りでは、この米友さんのほかにはないらしい。そうして、多くの人が、腫物《はれもの》にさわるように、あしらい兼ねている前で、つけつけと物を言って、自分も更に憚《はばか》るところはないし、第一、当の暴女王その人が、黙ってこれを聞き流しているのみか、烈しく当られて、かえって暴女王が面《かお》をそむけて、米友の鉾先《ほこさき》を避けようとすることさえあるのを見受けるのです。
 米友はついに、後ろへ向けた籠の戸を充分にあけ払ってやると、はばたきをして、丸くなって、外の闇へ躍《おど》り出してしまった鷲の子。
 その途端に、さわがしい羽風を切って松の枝下から、ある程度まで舞い下ったらしい大鷲――それと迎合しようとして、まだ脾弱《ひよわ》い羽をのして、空中に向ってはばたきをする子鷲――
 やや暫く、空中と地上との闇の宙宇《ちゅうう》で、二つの鷲が舞いつおどりつしていたもののようであったが、やがて、のしきった羽風の音が、胆吹山の山上へ向って真一文字にうなり出すと、それで、さしもの動揺が全く静まり返ってしまいました。
 つまり、解放された子鷲は、親鷲にすがり、取戻しに来た親鷲は、首尾よく捕われの子を拉《らっ》し得て、翼の上に載せたか、爪でかき提《さ》げたか、暗いからその細かいことはよくわからないが、完全にわが子を取戻して、そうして親子は夜空に羽風をのしつつ、古巣をめがけて飛んで行ってしまったことは確実なのであります。
 その時、米友は庭へ下りて、松の丸の大木の根方に立って、鷲の飛び去った方の胆吹山の空をのぞんで突立っていました。
 宇治山田の米友は、こうして、しばらく空をながめて突立っていましたが、なんとなく名状し難い、一種の空虚な感じが頭の中にわいて来て、たまらなくなったものと見え、松の根方に、またも二度三度、じだんだを踏んで、
「ばかにしてやがら」
と言いました。
「ばかにしてやがら」――しかしながら、誰もこの場で、米友をばかにしているものは無いのです。もし、米友をここでばかにしたものがありとすれば、それは子鷲を拉し去った親鷲でなければならないのだが、あの二羽ともに、米友に対して感謝こそすれ、ばかにしているはずはないのです。畜生の悲しさに、なんらの意志表示もしては飛んで行かなかったけれども、夜の中空を、羽風を切って飛び去る猛鳥の姿は、米友をして一種豪快の念に堪えざらしめていたはずです。ですから、「ばかにしてやがら」と言ったのは、飛び立って行った鷲の親子に向けて発した怨《うら》み言《ごと》ではありません。
 といって、この期《ご》に及んで、お雪ちゃんにとばしりを向けて剣突《けんつく》をくれてみよう理由はありませんから、結局、米友としては、的なきに矢を放っているようなもので、「ばかにしてやがら」――
 それはまあ、一種の自己冷嘲として見ればいいのです。だが、何の故に、この際、自己冷嘲を試みて自ら慰めるのかという論議の段になってみると、これまた分析が相当にむずかしい。
 何か、米友公には米友公相当の感情が、むやみに頭の中に群がって来てみたり、また、それが急に遁逃《とんとう》して空虚にされてしまったりする場合に、どこへ的を置いて矢を放っていいかわからないから、そこで突発的に、「ばかにしてやがら」――
 今もただ、そんなようなきっかけで、「ばかにしてやがら」と鼻の先で言い捨てて、その途端に、手にしていた例の杖槍の一端を取ると、それをグルリと半径にブン廻しました。
 杖槍を半径にブン廻してみると、自分の胸の筋肉が、かあんと鳴りました。
 その筋肉の震動が、なんとなく米友に、一味の快感を与えたと見られます。それから即座に立ち直って、今度は頭の上へ持って来てブン廻して、見事に全円を描いてしまいました。

         二十六

 米友の自己陶酔の幕はそれから始まりました。
 甲府城下の霧の如法闇夜《にょほうあんや》に演出した一人芝居は、あれは生命《いのち》がけの剣刃上のことでしたから、前例にはなりません。信州川中島の月の夜にこそ、一度この米友の自己陶酔を見かけたことがあるのであります。
 今宵、たった今、米友は棒を振り廻してみることに、我ながら絶えて久しい自己快感を覚えました。それから、松の丸の松の根方の芝生の上で、真剣になって型をつかいました。川中島の時は、たしか月の夜でありましたが、ここは、おろちの棲《す》む胆吹山下、降るような星の夜であります。
 今、米友が縦横無尽にその型をつかい出しました。
 それは何の型? 御承知の通り、この男には特に何流何派の型というのは無いのです。幼少の頃、淡路流を少し学んだということのほかには師に就いたことはないが、その後、おのずから独流の型は出来ているのです。本人はそれを型とは気がつかないで、ひとり自己陶酔で、舞いつ踊りつしているようなものだが、見る人が見ると、その奇妙きてれつなる、型にあらずしておのずから型に合っている。ただ惜しいことには、見る人に見せる場合にのみ、この男の芸術的昂奮が起らないことです。無心したところで見ようとしては見られず、無心しなくても突発的に、川の中であれ、山の下であれ、起るべき時に起るその芸術的昂奮と自己陶酔――当人が見せようと思ってやるわけではないから、周囲が見ようと願っても見られない代物《しろもの》。
[#ここから1字下げ]
「一ハ打《だ》シ、一ハ刺ス、棒ニ刃《やいば》ナクンバ何ヲ以テ刺スコトヲ為《な》サン。
今一刃ヲ加フ、但シ刃長ケレバ則《すなは》チ棒頭力無シ、他ノ棒ヲ圧スルコト能《あた》ハズ、只二寸ヲ可トス、形|鴨嘴《あふし》ノ如シ。打スレバ則チ棒ヨリモ利アリ、刺ストキハ則チ刃ヨリモ利アリ、両《ふたつ》ナガラ相済《あひすく》フ、一名ヲ棍《こん》ト曰《い》フ、南方ノ語也、一名ヲ白棒ト曰フ、北方ノ説也。
孟子|曰《いは》ク、梃《てい》ヲ執ツテ以テ秦楚《しんそ》ノ堅甲利兵ヲ撻《たつ》スベシ……」
[#ここで字下げ終わり]
 米友としては、前人の型を追わない如く、前人の説を知らないのだから、独得の武器そのものも、暗合はあるかも知れないが、模倣は断じてない。
 さればこそ、この自己陶酔によって示すところの型のうちに「大当《だいとう》」の勢いが現われようとも、「斉眉殺《せいびさつ》」の型が転がり出そうとも、「滴水」が「直符」に変化し、咄嗟《とっさ》に「走馬回頭」の勢いに転じようとも、進んでは「鉄牛入石」の型が現われ、退いては「竜争珠《りょうそうじゅ》」の曲に遊び、或いは「鉄門※[#「金+俊のつくり」、306-14]《てつもんせん》」となり、或いは「順勢打」となり「盤山托」となる。一肌一容《いっきいちよう》、体をつくし、研を究めようとも、彼は学んで而してこれをなし得るのではないから、示して以て能を誇るのでもない。況《いわ》んや衒《てろ》うて以て剽《ひょう》するものでないことは勿論である。
 今や米友は、むやみに愉快でたまらなくなりました。無論、時間のところも頓着はありません。それも全く無理のないことで、人はそれぞれその楽しむところに於て三昧《さんまい》に入り得る特権を持っているのですから、この男が唯一の芸術に、我が三昧境に、我を忘るるはやむを得ないことですが、ただ一つ他目に見て不思議なことは、お雪ちゃんというものが、その後、なんらの挨拶をしていないということであります。
「友さん、何をしているの、イヤな友さん、一人相撲の真似《まね》なんか、およしなさいよ」とかなんとか、呼びかけなければならないところなのですが、米友が陶酔境からついに三昧境に入るまでのかなり長い時間を、悠々とここにひとり遊ばせて置いて、お雪ちゃんその人がなんらの注意を呼び起していないということが不思議でした。
 そのうちに米友も、夢からさめたように三昧境を出でるの時が来て、ホッと息をつくと、杖を松の樹に立てかけて、錬鉄の肌ににじむ玉のような汗を、腰にブラ下げた手拭で拭いにかかり、
「うんとこ、とっちゃん、やっとこな」
と言いました。
 どこで聞き覚えたか知れないが、こんなわけのわからぬ言葉を口走る点は、たしかに幾分清澄の茂太郎にかぶれたものなんでしょう。
 そこで、沓《くつ》ぬぎに草履《ぞうり》を脱いで、以前の座敷に上り込もうとしたが、ふと妙な気配を感じました。

         二十七

「お雪ちゃん」
 当然、先方から呼びかけられなければならないところで、米友の方でダメを押しました。
 なるほど、自分ながらそう思って見れば、自分としてはかなり長い時の間、遊戯を試みていたのだが、その間、お雪ちゃんはどうした。こっちはこっちで楽しんでいたんだからいいようなものの、先方の身になってみると、「米友さん、何をしているの」と一言、たしなめてみてもよかりそうな場合であったではないか。
 お雪ちゃんが、今まで何とも言わなかった、あの子のことだから、いるんなら何とか言ってくれなけりゃならぬ場合なんだが、いっこう挨拶がないところを以て見ると、いないのかな。
 いないといったところで、今夜この場合、どこへ行くものか。では、寝たのか。あれほど先に寝《やす》むことを遠慮していた当人が、だまって寝込んでしまうはずもなかろうじゃないか。してみると、また一人おとなしく銭勘定でもはじめたのかな――それにしても変だ。
 という気になって、米友が、のぞき込むのを先にするようにして座敷へ一足入れて見ると、行燈《あんどん》の光が著しく暗くなっているが、消えたのではない。ここまで来ても、お雪ちゃんが何とも言わない、そうして、お雪ちゃんその人の影も見えない。
「おや?」
 米友は忙《せわ》しく座敷の四方を見廻したけれど、お雪ちゃんの姿はいっこう見えないが、その薄暗い行燈の光を通して、燃えくすぶって白い煙をたなびかせている炉辺の彼方《かなた》に人がいる。一見、お雪ちゃんとは全く別な人間が一人、澄まし込んで座を構えている。
「お前《めえ》は誰だ!」
と米友が、目を円くして一喝《いっかつ》しましたが、先方から手ごたえがありません。
 返事はないけれども、人はいるのです、姿は動かないのです。そこで、米友は円くした眼を据えて、じっと、その薄暗い行燈の光と、白くいぶる榾《ほた》の余烟《よえん》とを透して見定めると、蒼白《あおじろ》い面《かお》をしてやつれきった一人の男が、白衣の上に大柄な丹前を羽織って、火の方に向きながらしきりに自分の面を撫でている。最初はただ面を撫でているだけだと思ったが、その指先が長くヒラリヒラリと光るものだから、よく見ると、剃刀《かみそり》を使っているのだということがわかりました。
 つまりこの人は、澄まし込んで、ここで面を剃っているのです。
「お前は誰だ」
と二度《ふたたび》誰何《すいか》した途端に、米友は先方の返事よりも早く、自分の胸に反応が来てしまいました。
「なあんだ、お前《めえ》か。お前はいったい、どこにいたんだ、そうして、いつ、こんなところへ入って来たんだえ」
「雨戸があいているから、そこから入って来たよ」
「どこから?」
「君が出入りをした同じところよ」
「エ、ここからかい、ちっとも知らなかった」
 これだけの問答で、米友は怖るるところなく、ずかずかと炉辺によって来て、その不思議な来客と対角の炉辺に座を占めてしまいました。
 この不思議な来客というのは、米友とは古い顔馴染《かおなじみ》、最近関ヶ原以来の――机竜之助であることに疑いはありません。

         二十八

 竜之助と対角線に坐った宇治山田の米友は、無言でじろりじろりと竜之助の為《な》さんようをながめておりました。
 普通の人ならば文句もあるだろうが、本所の弥勒寺長屋《みろくじながや》以来、この人をよく知り抜いている米友です。
 天から降ったか、地から湧いたか、現在この座敷の締りは先刻、お雪ちゃんから念を入れての頼みで、水も洩らさぬように締切ってある。入って来たとすれば、戸の隙間《すきま》か、節穴よりするほかには入り道は無いのです。いや一つはある。それは、自分がさいぜん籠を持ち出してから、自身庭へ出て、槍を振っていた間の、あの縁先の雨戸一尺五寸ばかりの間隔だ。しかし、それとても、直ぐその直前で自分が槍を振っていたのだから、取りようによっては、締めきってあるよりも一層の厳しい見張りになっているはずなんだが――そこを潜り抜けて、そうして安然とここへ座を構え込んでしまって、しきりに面を撫でている。
 これは、他人《たじん》ならば米友自身の面目問題なのだが、この人では仕方がない――と米友は観念しているらしい。弥勒寺長屋で一つ釜の飯を食っている時にさえ、出し抜かれたのだから、今宵この場合は、型に心を取られていたおいらだ――油断といえば油断だが、寝首を掻《か》かれたわけではなし、特にこの人は例外である。
 米友も、そういう頭が出来ているから、深くはそのことを気に病まないでいたが、解《げ》し難いのは、その面を撫で廻す指先に光る剃刀と、それから、なおよく見ると、その座右に置いてある櫛箱《くしばこ》です。それもこれも――この男がわざわざ持って来るはずはないと咎《とが》めるまでもなく、常日頃、米友がよく見慣れているお雪ちゃんの持物なのであります。
 いつのまにこの人は、これを持ち出したろう。閃々《せんせん》として波間をくぐる魚鱗のように、町々辻々の要所要所をくぐり抜けて血を吸って帰るこの人の癖は、米友に於てもよく心得たものだが――いかに潜入が得意の人とはいえ、はじめての室内へ入って来て、櫛箱と、剃刀と、それから、なおよく見給え、ちゃんと下剃《したぞり》を濡らすためのお湯まで汲みそろえてある。こういう細かい芸当までが、できるということは、あり得べからざることだ。
 ことに、うしろにふわりと羽織っている丹前だってそうだ。さきほどお雪ちゃんが、蒲団《ふとん》をのべようと言って、戸棚をあけた時に、ちらりと見えたあれなんだ。あれを出して引っかけて、そうして悪く落着きすまして面《かお》を撫でているという現象が、この男を理解しきっている米友にも不思議でならなかったのです。あんまりそれが不思議だものだから、米友は他の何事をも想いわたる隙がなく、竜之助の面ばかり見つめていると、
「米友さん、あなた、さっき、外で何をしていたの」
 今ごろになって、それはお雪ちゃんの声ですから、これにも米友が面くらわないわけにはゆきません。
 どこで、どんな面をして、今ごろこんなことを言えたものかと、振返って見直すと、納戸《なんど》のしきりからたしかに半身を現わしたお雪ちゃん――
 にっこり笑ってこちらを見ている面が、薄暗い光の中に、いやに艶《つや》っぽい。
「お雪ちゃん、お前こそ、どこで何をしていたんだ」
「わたし……」
「お前がいたのか、いねえのか、おいらは今まで気がつかなかった」
「先生がおいでになったものですから……」
「それからどうしたんだ」
「いろいろと……」
「いろいろと、どうしたんだ」
 米友は、いつになく険《けわ》しく眼を光らせてお雪ちゃんを見つめて、何事をか詰問するような調子に響きます。
「ねえ、米友さん、今夜、ここへあの方をお泊め申して上げましょう、いいでしょう?」
 お雪ちゃんの言葉が、妙に甘ったるい。
「ははあ、読めた!」
と米友が、けたたましく叫んで、竜之助とお雪ちゃんの面を忙がわしく等分に見比べようとしました時、何に狼狽《ろうばい》してか、お雪ちゃんの面が真赤になった――少なくとも真赤になったような感じ――それと反対に、面を撫でている竜之助の面がいよいよ蒼白で、嘲るような皮肉さえ交えて見え出してきました。

         二十九

「先生、こちらへいらっしゃいよ」
と、お雪ちゃんは竜之助の方を向いて言い、それから米友に対して、
「友さん、奥のお座敷をこしらえて置きましたから、あちらへ、このお方をお泊め申して上げましょう」
と、二人に向って同時に物を言いかけました。
「勝手にしろ」とも米友は言いませんでした。今まで姿を見せなかったのは、つまり、この不時の珍客のために、奥の座敷に手入れをして、請《しょう》じまいらすべき室をしつらえていたのだ。
「友さん、そうして、あなたは、どこへお寝《やす》みになるの」
とお雪ちゃんが、まだ立ちながらの半身《はんみ》で言う。米友はそれに答えました。
「おいらよりか、お前はどこへ寝むんだ」
「わたし」
とお雪ちゃんは、あんまりわるびれずに、
「わたしは、あちらで、先生のお傍へ寝ませていただきましょう――その方が、何かにつけて……」
「うむ」
と米友は火箸をいじりながら頷《うなず》いて、
「おいらは、ここでいい」
「では、ここへお蒲団《ふとん》をこうして置きますから、友さんの好きなところへお寝みなさいな」
「うむ」
「先生、こちらへいらっしゃい」
 お雪ちゃんはするすると歩いて来て竜之助の手をとって、抱えるようにして奥の座敷の方へ、畳ざわり静かに歩んで行くのです。
 無論、その時には、竜之助の方は面も一通り撫で終って、剃刀も手さぐりで箱の中に納めてしまい、軽く立ち上ると、一方の手はお雪ちゃんに与えて、そうして、一方では刀を提《さ》げて、するすると奥の間の方へ消えて行ってしまいました。
 あとを見送った米友は、ふーむと一つ深く鼻息を鳴らして、そうして、そこはかとなく四辺《あたり》を見廻したものです。
 さきほどまでの、先へ寝むの寝まないのという仁義と遠慮とが、ここでは全く問題になりませんでした。
 お雪ちゃんは、奥の間に不時の珍客を案内したままで、ここへ戻って来ない。
 早手廻しといおうか、米友のためには、そこへ寝具が用意してある。その寝具がお雪ちゃんに代って物を言っている。
「わたしたちは、あちらで寝みますから、友さんはここでお寝みなさい」
 その時、米友が、一つのびを打って、
「ばかにしてやがら」
と言いました。

 奥の座敷の方は、人が入って行ったとも見えない静かさです。
 屋の棟には猛禽《もうきん》の叫びもなく、籠の中には鷲の子のはばたきもありません。胆吹山の山腹の夜は、更けきっている。
 米友は炉中に三本の薪を加えました。
 寝具にはあのとき一瞥《いちべつ》をくれたままで、もう見向きもしないが、薪を加えた炉の火が赤々となったのを無意識にながめているうちに、真黒な南部の大鉄瓶が、ふつふつと湯気を吐き出したのを、うっとり見入って、米友の頭には、また何かしら考えさせるものが流れ込んで来たらしい。
 だが、この男が、その時、打って変ったお雪ちゃんの挙動に対して、なんらか嫉妬《しっと》に似た不快な感情を刺戟され、それがために多少やけ気味で、ふて返っているのかと見ると、それは大きな誤解でした。一時は、ちょっと変な感じにうたれたに相違ないが、もう、こんなことにはタカをくくってしまって、彼の頭は全く別の世界の追憶やら、想像やらがとめどなく流れ込んで来て、その応接に苦しんでいるものらしい。
 たとえば、鷲の子を放してやったことの連想から、尾張へ預けて来た熊の子のことになってみたり――川中島の夜景の思い出から、道庵先生のことになってみたりしてるうちに、この男が炉辺でうつらうつらと居眠りをはじめてしまったことによっても、この場の出来事には、あんまり邪気をさしはさまず、また、先刻、庭前で試みた懸命の型の遊戯が、かなりこの男を疲らせていると見えて、かなりいい心持で、炉辺の温い火にあおられながら、夜舟を漕《こ》ぐというのですから、まず極めて平和なる光景と言わなければなりません。
 本来、居眠りをするということは、心のゆとり[#「ゆとり」に傍点]というよりも、油断と言った方がよろしい。
 ことに日本の炉辺では、居眠りをすることは非常に危険なる油断の一つに数えられている。なぜとならば、ここで一歩、ではない、一頭をあやまると、目前は火炉なので、その上には※[#「金+獲のつくり」、第3水準1-93-41]湯《かくとう》が沸いている。よく昔の田舎《いなか》の子供は、この炉辺でいい心持で居眠りをしていたために、一頭をあやまって、烈々たる炉中へころがり込むと、待っていたとばかり、上から鍋なり鉄瓶なりの熱湯がたぎり落つる。そこで肉身を烈火で焼いた上に、熱湯で仕上げるという念入りな結果になって、一命を亡ぼすか、そうでなければ一生を見るも無残な不具として棒に振らなければならない。米友ほどの緊張した男が、そういう危険な状態に身を置くことは不覚千万のようだけれど、また、見ようによっては、この男なればこそで、どう間違っても、ざまあ見やがれ! とドヤされるような醜体を演ずることのないのは保証してもよろしいでしょう。いや、改まってそんな保証をするまでもなく、この男としては今日まで、一定の寝室と、一揃いの寝具によって一夜を御厄介になることよりも、居たところ、立ったところが、随時随所に、坐作《ざさ》寝食の道場なのだから、※[#「金+獲のつくり」、第3水準1-93-41]湯炉炭《かくとうろたん》の上に寝ることも、平常底《へいじょうてい》の修行の一つと見てよろしいかも知れません。
 とにかく米友は、ここでいい心持に舟を漕ぎはじめたことは事実なんだが――それにしても奥の一間は……

         三十

 奥の一間のことは問題外として、白河夜船を漕いでいた宇治山田の米友が、俄然として居眠りから醒《さ》めました。
 それは、たしかに、たった今、軒を伝うて颯《さっ》と走ったものがあったからです。
 つまり、今時《いまどき》、このところを走るべからざるものが走ったから、それで米友が俄然として眼をさましたのです。走るべきものが走ったのならば、米友といえども、こんなに慌《あわただ》しく居眠りから醒めるはずはありません。
 しからばこの際、このところを、走るべきものと、走るべからざるものとの差別は如何《いかん》――これはむつかしい。
 天地間のことだから、いつ何物が、いずれより来《きた》っていずれへ走り去るか知れたものではない。現にこの胆吹山にも、相当の飛禽走獣がいるに相違ない。猛禽はさいぜん、子を索《もと》め得て、かの古巣をさして舞い戻ったが、そのほかに地を走る狐兎偃鼠《ことえんそ》の輩《やから》もいないはずはない。それらのものが深夜、軒を走ったからといって、さのみ驚くには当らないでしょう。だがまた、不意に走って人を驚かすものは、空中の鳥類や、地上の走獣とのみ限ったわけのものではない。天空を見れば、不意に星の走ることがある。
 流星或いは「抜け星」といって、その地球全面に現われる類《たぐい》でさえも、一昼夜に一千万乃至二千万に及ぶとのことだから、それをいちいち驚嘆していた日には際限のないことです。
 しかし、いずれにしても、それは飛ぶべきものが飛び、走るべきものが走ったのであって、そちらは天上、空中、野外、時としては軒をかすめて飛ぶことはあっても、こちらは、木処水上以来、何千年の経験を積んで、そうして構え上げた人間の住居の中にとどまっているのだから、そう慌しく驚起しなければならないはずのものではないのです。まして、宇治山田の米友ほどの剛の者が、俄然として驚き醒めねばならぬほどの、非常なる産物ではありません。
 そこで、また当然、米友が俄然として驚き醒めたということの裏には、走るべからざるものがあって、この軒下を走ったという第六感か七感か知らないが、それに働きかけられたために起ったのです。かくて俄然として驚きさめると共に、その眼は例の如く、その手は早くも杖槍の一端にかかって、戸外の軒の下の方に注ぎました。
 戸外の軒といっても、それは、さきほど米友が自己陶酔を演じた松の大木の根の下の芝生の方向ではないのです。それとは全く反対の、胆吹山の山腹に向っての方の裏手の一方でありました。
 ついに、米友が炉辺を立ち上りました。無論、ただ俄然として驚き醒めただけでは安心が成り難いから、それで卒然として立ち上ったものですから、その手に例の唯一の得物《えもの》を放すことではありません。
 流しもとの引窓のところまで行って、米友は、そっと窓を引いて外を見ました。引窓を引くといっても、これは南方十字兵衛があやつったような通常屋根の上に取りつけて、下から縄で引いて息抜きをするところの引窓ではなく、壁の一部を打ちぬいて、それに小割板を二重に取りつけ、べっかっこう[#「べっかっこう」に傍点]の形にして、引けば開く、押せば閉づるだけの単純な仕組み、大工さんのテクニックで言えば無双窓、くわしくは無双連子窓《むそうれんじまど》というあれなんです。風を避けるためには、通常その外側の方へ障子紙を張って、単に明り取りだけの用に供しているが、ここではまだ、紙を張ってしまうほどの時間が無かったために明戸《あきど》になっていることを心得ていたから、米友が、そっと引開けて、外をのぞいて見たのです。引きあけて見て、外が月の夜であることを知りました。
 月の夜といっても、この巻の初めの名に冒すところの「新月」の夜ではありません。三日月の晩でもなかったのです。当代のある人気作者が、東の空を見ると三日月が上っていたとか、いなかったとか書いたそうだが、新月とか三日月とかいうのは、どう間違っても東の空には現われないものなのです。少なくとも、この日本の国土で見得る地点に於ては……
 ですから、この深夜に、窓を推《お》すと、颯《さっ》と野外に流るる月の色は、新月でも三日月でもないにはきまっている。では、何月の何日の何時何刻の月かとたずねられると、正直な米友が、きっと狼狽《ろうばい》して吃《ども》り出すに相違ない。
 ですから、ここのところは、そう正直な人間を追究しないで置いて、単に、窓を推して見ると、胆吹の山村は一帯に水の如き月色が流れている、ということで不詳していただきましょう。
 もとより、連子形の飛び飛びの空間から、視野をほしいままにするわけにはゆきませんが、さっと窓を開いて、そうして、流れ渡る月光の外野を見ると、特に何物をか、しかと認め得たというわけではありませんが、なんとなく、いよいよ米友をして安心せしめざるところのものがある。
 そこで、また眼をこすって、いきなり立戻って今度は、裏口の、つまり、その家からいえば非常口といった方面です、そこに一間間《いっけんま》だけの戸があって、心張棒《しんばりぼう》で塞《ふさ》いである、その心張棒を米友が外《はず》しにかかりました。心張棒を外から外すことは、かなり難儀な仕事だが、内から外す分には何の事はないのです。
 それを外して、戸をがらりとあけて見ました。これは連子窓から見た棒縞形の世界とは違って、胆吹のスロープを充分に視野に取入れて、そうして、まぢかくはこの家の軒下をずっと見通し――果して、その軒下の南へ廻る角のところに、怪しい者の姿を米友がしかと認めて、思わず力足、例のじだんだの一種類ですが、ここは板の間の上ですから、じだんだとは言えない、床だんだとか、木だんだとかいうのが正当かも知れないのですが、「曲者《くせもの》見つけた!」というような気合で、米友が小躍《こおど》りしてみたのですが、その見つけられた怪しい者は、米友が動いたほどには動きませんでしたけれども、それでも、誰かに見咎《みとが》められたと感づいたものか、静かに軒をめぐって、姿を隠してしまいました。それは尋常の者ならば認めきれないほどの、かわし方でありましたけれど、相手は宇治山田の米友でした。
 彼は、それだけで、たしかにこの家の外に今まで立っていた人がある、そうして、この軒下、雨だれ伝いに、すうーっと走って行ったことも確かである、どの地点に何時間立っていたか、或いは、ここまで新参早々で軒下を走ったものだか、その辺は明瞭《はっきり》しないが、たしかにこの家のまわりを、うろつく人影があったことを、米友は確実に感づいたのみではない、確実に認めたのだから猶予はなりません。
 といって、ここから直接に飛び出すのは無謀です。第一、地の利もよくない上に、履物《はきもの》がないのです。さすがに武術の心得があるだけに米友は、地の利と足場とを無視してかかるような無茶な振舞はしない、いかに心は慌てても。
 飛び出すにしても、草履《ぞうり》をはかなければならぬと考えました。考えると共に、ここには草履が無い、表口まで行かなければ、それを足にすることはできないと覚りました。しかしこの家の構えに於ては、表も裏も、そう近い距離では、米友の身体《からだ》で一っ飛びに飛びさえすれば、裏は直ちに表になり、表は直ちに裏返すことができるのですから始末はいいのです。それと、なお都合のよいことは、ただいま確認したその怪しい者の人影――たしかに人間の影法師には相違ないが、それが何者であって、何しに来たかということまでは確認していないのですが、それが人間の物影であることだけは確実に認めたし、苟《いやしく》も人間の物影である以上、深夜この辺の、しかも我々の新たに移り住んでいることを知らないはずのない怪しい奴が忍び寄っていると、こう断定しないわけにはゆきません――その怪しい奴も、やっぱり軒を南へ廻り込んだのだから、当然、自分が履物を求めようとする裏口の方へと姿を移したのです。してみると、自分が表口へ飛びうつって、履物を突っかけてあちらから外へ飛び出すと、かえって幸いに、その怪しい奴と鉢合せをするかも知れない――得たり賢しと米友が、その通り実行を試みました。
 前庭の方、すなわち、鷲《わし》の子を解放して親鷲を喜ばせてやったり、その揚句、いい気持になって川中島の二の舞に陶酔したりなんぞして、さて家の中へ舞い戻ろうとした途端の鼻をギョッと白まされたあの剃刀使い、要するに、あの戸口の戸を、もう一度また内からがらりとあけて、そうして、米友が身構え充分に、やにわに広庭へと躍《おど》り出した途端、果して鉢合せ――
「友さん」
「お前《めえ》」
 果然、そこで鉢合せが起ってしまいました。しかも、鉢合せをした当人よりも、合わされた米友公が、またしても泡を食わされてしまったのは、返す返すも今晩は、米友の売れない晩であるらしい。
「友さん」と言って、出合頭にそこに立っていたのは即ち、最初から米友が咎《とが》めきっていた怪しい物影、人間であるには相違ないが、その家の周囲をうろつき、軒下を走り、或いは塀の下に彳《たたず》んで、ためつすがめつしていたことらしい証跡の充分にある、その怪しい奴から先《せん》を取られて声をかけられてしまいました。
 そうして、米友が「お前」と言ったきり立ちすくみになったのは、予期したとは全く番狂わせの立合であったからのことで、すなわち、この怪しい人影はお銀様であったのです。そうして、怪しい人影の、怪しいことを睨《にら》んだ点に於てはいささかも誤認はなかったけれど、まさかお銀様であろうことを、米友が睨み足りなかったことに起ったこの場の番狂わせ――

         三十一

「友さん、入ってもいい?」
とお銀様から言われて、米友が、
「うむ」
と答えざるを得ませんでした。
 米友としては完全なる拍子抜けです。拍子抜けというよりも力負けなんでしょう。立合で言えば全く気合を抜かれてしまったのですから、技《わざ》も、力も、施す術《すべ》がないので、相手にイナされようとも、突き出されようとも、御意《ぎょい》のままなのです。
 そこで、当然、お銀様が米友をリードしてしまって、進んで例の戸口から、この家の中へ大手を振って――暴君とは言いながら女のことですから、形式に於て大手を振るような振舞はなかったけれども、ずっとその昔、本所の弥勒寺長屋で米友から、厳しい咎めだてを蒙《こうむ》りながら、ついに屈することを為さなかった、覆面のまま人の座敷へ進入する、その傲慢無作法だけは今晩も改めないで――ずっと座敷へ、以前、お雪ちゃんも坐り、奇怪千万な剃刀の使い手も坐り、現在は米友が快く夜船を漕いでいた当時の炉辺へ来て、然《しか》るべきところへお銀様が、米友に先立って座を占めてしまいました。
 おぞましくも、米友はそれにリードされたのみならず、弥勒寺長屋の時のように、たんかをきって、それを咎めだてすることをさえ為し得ず、唯々《いい》としてお銀様に導かれて、自分も、さいぜんの夜船の座に直りました。
 これは、いかに米友理窟を以てしても、ちょっと文句がつけられないのです。というのは、傲慢であろうとも、無作法であろうとも、ここに鎮座し給う覆面の女将軍は、まごう方なきこの地方の新領主であることを、米友の理性が許しているから、自然、この家の軒下であろうとも、縁の下であろうとも、竈《かまど》の下であろうとも、この女人の王土のうちでないということは言えない。してみれば晴天であろうとも、深夜であろうとも、王者が王土に親臨し給うことに於ては文句がつけられない。我々は、たとい王臣というものでないとしても、その王土の中の一種のかかりうどなのだ。
 そういう理解の下《もと》に、多分、米友はその王者の傲慢無作法を許していたのだろうと思われます。
「友さん、今晩、わたしを此家《ここ》へ泊めて頂戴な」
 充分に座が定まってから、女王の第二段の勅命がこれでありました。
「うむ」
と米友が唸《うな》りました。唸ったのは返事なのです。返事であるが、是とも非ともいう意味はその中に含まれていない。それは、やっぱり米友の頭で、是とも否とも含ましむるだけの意味を見出せなかったからでしょう。何となれば、現に王土であり、王物であることを是認する以上は、泊めてくれも、泊めてくれないもあったものではない。自分の家で、自分が勝手に手足をのばすべきことを、支えん様はないと観念しているからでしょう。そうすると、第三段になって女王の仰せには、
「よければ、あの奥の間へ泊めて頂戴な」
「あの奥の間――」
と言って、米友が鉛玉《なまりだま》を飲まされたように、眼をまるくせざるを得ませんでした。
 ここに至って、今まで忘れていたように、奥の間のことまでがハッキリと米友の頭に再びうつって来ました。

         三十二

「いけないの? いけなければ頼みません」
とお銀様がキッパリ言いました。
「うむ、そいつは、よした方がよかろう」
と、ここで米友が、はじめて内容のある言葉を発しました。
「じゃ、よしましょう」
とお銀様が、立ちどころに相応じました。
「よした方がいい」
 米友も頑《がん》として下りませんでした。
「よします、お前さんが、いけないと言うものを強《し》いてお頼みはしません」
「うむ」
「じゃ、米友さん、ここへ泊めて頂戴」
「うむ」
「いいの?」
「うむ」
「ここならいいの?」
「うむ」
「奥の間ではいけないけれども、ここへなら泊めて下さるの?」
「うむ」
「まあ、有難う、では、ここへ泊めていただくことにして……」
 お銀様は、覆面の中から米友の面《かお》を、まともに見つめました。睨《にら》むのと同様です。さすがの米友も、真向きに見られて、まぶしいような、テレ臭いような、小癪《こしゃく》にさわるような気分に迫られたけれど、どうも今晩は、今晩だけではないが、この女に対しては、そうポンポン啖呵《たんか》がきれないのです。といっても、それはお角さんに対する時のように、妙にすくんだ高圧されるような意気込みで、たんかがきれないのではなく、この女王に対しては、何とも言えない、一種の親しみを感ずるような点から、米友がテキパキと、そっけなく片づけきれない何物かがあるのです。
「ねえ、友さん」
「うむ」
「じゃ、もう一つ頼みがあります、聞いて下さる?」
「うむ――」
 頼み、頼みと、言葉だけはしおらしいものだけれども、この頼みというやつが、なまやさしいものではないことを、米友はよく呑込んでいる。しかし、かりにも頼み――と言われてみれば、「おれも男だ」という緩怠心が湧き出さない限りもあるまい。
「ああ、よかった、友さんが、わたしの第二の頼みを聞いてくれました」
 こう言ってお銀様は、凱歌《がいか》をあげるような、あざ笑いをするような独断を試みたので、米友が狼狽《ろうばい》しました。
「まだ、聞いたとも聞かねえとも言やしねえんだ、いってえ、その頼みというのは何なんだエ」
 ここで、あぶなく食いとめて駄目を押したのですが、お銀様は猶予なく、覆面の首を横に振りました。
「いけません、もう遅いですよ、黙っていたのは承知のしるしなんですからね」
 いかにも、黙許とか、黙諾とかいう不文律はあるにはあるけれど、それをこの場合、米友に向って強圧的にはめ込もうとするお銀様の了見方《りょうけんかた》がわからない。
「ちぇッ」
と米友が舌打ちをしましたけれど、一向ひるまないお銀様には、薪を加えたようにも、油が乗ってきたようにも見受けられ、
「もう許しません、一旦、お前は承知をしたのだから」
「承知をするにもしねえにも、頼まれる事柄そのものが、まだわかっちゃいねえじゃねえか」
「お前にはわからなくても、こちらにはわかっています、そうして、たった今の先、お前から充分に無言の承諾を得ていますからね」
「ばかにしなさんな」
 通例は、「ばかにしてやがら」と言うべきところを、相手が相手のせいか、米友としては、「ばかにしてやがら」が「しなさんな」にまで緩和されてきました。
「男らしくもない」
とお銀様が、横目で睨《にら》む。
「何が」
「何がって」
「何がどうして」
「何がどうしてたって、男らしくもない」
「何がどうして、おいらが男らしくねえんだ」
「だって、いったん承知をしておきながら」
「いったん承知? 何を」
「奥の間がいけないから、ここへ泊めてくれることを……」
「そりゃ、お前の勝手だよ、泊ろうと泊るまいと、本来お前の持物なんだ、おいらの承知もなにもあったものじゃあねえ」
「でも、米友さんが留守居をしている以上は、米友さんの許しを得なければなりますまい。まあ、それはどうでもいいとして、第二のお頼みも承知してくれたくせに」
「それだ――その第二の頼みというやつがわからねえんだ、おいらの方ではうやむやなんだ、お前《めえ》の方だけで、ひとり合点《がてん》をしているんだ」
「そんなことを言っても、もう駄目よ、黙っていることに、友さんは充分、わたしに好意を持って、わたしの頼みなら何でも聞いてくれる心持を充分持ちながら、生返事をしたんだから、わたしとしては、立派に友さんを承知させてしまったと受取っているのよ、それを今になって、とやかく言うなんて、友さんらしくもない、男らしくもない、女の腐ったようだ」
「こりゃ、手厳《てきび》しい!」
と米友が眼を円くしながら、
「そりゃ、おいらだって、頼まれりゃ、男と見込まれなくったって、していい仕事ならすらあな、まして、お前とおいらの仲は他人じゃあねえ」
「まあ嬉しい」
 お銀様の声に、異様なる昂奮のひらめきがありました。
「わたしと、友さんと、他人でないと言ってくれましたわね」
「そりゃ、お前はどう受取ったか知れねえが、この土地も、この家も、みんなお前が正当の代価を払って買い受けたものだろう、その領分の中に仮りにも、こうやって衣食住を受けていりゃ、主と家来――と言わねえまでも、同じようなものだあな」
「ほんとに嬉しい、友さんの心意気が何という嬉しいことでしょう。では友さん、お前は、わたしの家来なんだね」
「まだ家来というわけじゃねえが、どっちかと言えば、頼まれて来た客分のようなものなんだが、でも、世話になっている以上は、お前を主と見て、するだけのことをするのが当然の態度なんだ」
「まあ、なんて可愛らしいことを言うんでしょう。では、なんにしても、友さんはわたしの家来、わたしは友さんの主人なのね」
「当座は、そんなようなわけなんだ」
「では友さん、今までは頼みでしたけれど、今度は命令になってかまいませんね」
「そりゃ――」
「もし一家の主人の命令が、家来に届かないとすれば、その家は成り立ちません」
「理窟はそうだ」
「一国の領主の命令が、領内の民に受入れられなければ、一国は成り立ちません」
「理窟はそうだ」
「では友さん、いまお前がうやむやにした第二のわたしの頼みというものを、思い切ってわたしは、命令の形式でお前に申し渡すわ、それなら否《いや》の応《おう》のはありますまい」
「ちぇッ、くどいな」
「くどく言いたくないけれど、お前がわからな過ぎるからよ」
「わからねえ。わからねえのがあたりまえだ」
「では、改めて、わたし、はっきりと第二のお頼みを――いいえ、お頼みではない、命令の形式で、友さんに申し渡します」
「ちぇッ」
「否とは言わせません」
「ちぇッ」
「まあ、そんなに意気張らなくてもいいわ、もう好意ある黙諾を受けていることを、かりに形式で申し渡すだけなんだから」
「ちぇッ」
「ねえ、友さん」
「何だ」
「お前、今晩、ここで、わたしと一緒に寝ない?」
「エッ」
 宇治山田の米友が、この時ばかりは、飛丸に胸を打貫《うちぬ》かれたように絶叫しました。

         三十三

「もう聞きません、女から男への頼み、主から家来への命令、この二つの掟《おきて》を破れるものなら破ってごらん」
とお銀様は、灼熱《しゃくねつ》の鏝《こて》を米友に向ってグイグイと押当てる。
「ばかにするない」
 坐りながら、米友がタジタジと座をさがって行きました。
「どっちから行っても許しません。それよりも、友さん、お前は今晩、ここで、わたしと一緒に寝て悪いという証拠があるのですか」
「ばかにするない」
「ばかにするどころですか、わたしは、今晩に限って友さんが可愛くてたまらないのよ、ねえ、怒らないで考えてごらんなさい、友さん、お前にはおかみさんは無いでしょう」
「ばかにするな、こん畜生!」
「怒らないでさ。お前さんにおかみさんが無いように、わたしにも御亭主というものはありません、ですから、二人が、ここで一緒に寝ようとも、起きようとも、誰が咎《とが》める者がありましょう」
「ばかにするなよ、この阿魔《あま》!」
「ばかになんぞしちゃいませんよ。それからねえ、友さん、お前さんだって、男でしょう、わたしだってこれでも女の端くれなのよ、女が男に惚れておかしいということがありますか、男と女とは、許すもののように出来ているのが本当で、許されないというのは、神代からの掟《おきて》ではないのです」
「ふざけるな! いいかげんにしろ!」
「何がふざけるのですか、友さん、ごらんなさい、あの奥の間で、二人の仲のよいこと、あれは何ですか、一方が眼が見えようとも見えまいとも、男は男に相違ない、一方は、まだ世間知らずとは言いながら、油断のならない、小娘だって女のうちじゃありませんか、その男と女の二人がああして仲よく奥の一間にいるのを、友さんは何とも驚きもしない、咎めもしないで、おとなしく張番をしていながら、それと同じことを言い出したわたしを、畜生だの、阿魔だの、くたばれだのと悪口雑言をなさるのがわからないじゃありませんか――わたしと寝るのがいやならば、あの奥の間の二人をどうするのですか。それがどうもできない限り、お前はわたしの頼みを聞いてくれない理由はありません。いやいや、もう今となっては、そんな生ぬるいことじゃありません、お前という人は、どうしても、わたしの命令に絶対服従から免れることじゃないのよ、友さん、わたしは、お前が好きで好きでたまらなくなった」
「馬鹿、畜生、阿魔、そんなことが聞いていられるか! どうするか見やあがれ」
「どうともしてごらん、煮るとも焼くとも、横にするとも縦にするとも、わたしの身体《からだ》を今晩は友さんに、そっくり上げるわ、好き自由に、いいようにして頂戴」
「うむ――」
「まあ、あつらえたように、そこに蒲団《ふとん》も枕も出してあるわ、あのお雪さんていう子、なんて粋《すい》の通る子でしょう」
「ちぇッ、どうするか見やあがれ、このかってえ坊[#「かってえ坊」に傍点]!」
と米友が怒罵して、ぐっと炉辺に仁王立ちになって再び叫びました、
「かってえ坊[#「かってえ坊」に傍点]!」
 おそらくこれが悪罵の頂上でしょう、馬鹿と言い、畜生と言い、阿魔と言い、いずれにしても人に快感を与えるものではない、他を辱《はずか》しめると共に、自らを辱しめずには置かない非紳士的の悪態ではあるけれども、それは尋常人も、どうかすると沸騰的に使用することもあるが、かってえ坊[#「かってえ坊」に傍点]に至っては――もう頂上であり、極度であって、折助、夜鷹の類《たぐい》といえども、滅多に口にすることを恥づる冒涜《ぼうとく》の言を、米友が弄《ろう》しました。弄したのではない、この際の、彼としての憎悪《ぞうお》と、忌避と、憤怒とを最大級に表現する言葉としては、これよりほかに見出せなかったのでしょう。
 そうして、ぐっと炉辺に仁王立ちになって、杖槍を八相《はっそう》の形に構えました。その形相《ぎょうそう》、米友のことだから、仁王立ちとはいうものの寸が足りない。今し、また燃えさかった炉火で見ると、赤々と照らされた黒光りの肌と、忿怒《ふんぬ》の形相、それは宮本武蔵が刻んだという肥後の国、岩戸山霊巌洞の不動そっくりの形です。

         三十四

 室内はこうも張りきった怒罵、悪言の真最中であるにかかわらず、ちょうどこの前後の時、一つの生ぬるい、だらしのない叫び声が、思いがけない方角から起ったのは――
「頼むよう、助けてくんなよう、人殺し――」
 なんという生ぬるい、だらしのない声だろう。だが、明瞭に聞き取れる言葉そのものの綴りは、頼むと言い、助けてくれと言う。ことに、人殺し――に至っては、もう人間の危急として、これ以上の絶叫は無いのです。然《しか》るにもかかわらず、ここへ響いて来る音調は、こうも生ぬるい、だらしのない、歯切れの悪い音調なので、むしろ、人をばかにしているようにしか聞き取れない。
 こんな生ぬるい、だらしのない、歯切れの悪い絶叫は、いかに九死一生の場合とはいえ、人はむしろ助けに行く気にならないで、ザマあ見やがれ――と蹴《け》くり返したくなるほどの生温《なまぬる》い、だらしのないものでありました。
「頼む、頼む、おたのん申します、男一匹がこの場に於て、生きるか死ぬか、九死一生の場合でげすから――」
 ちぇッ――いよいよ以てたまらない。聞けば聞くほど生温い、だらしのない音声だ。といって、全く聞捨てにもならないのは、この深夜、胆吹山《いぶきやま》の山腹で振絞る声なのですから、わざわざ好奇《ものずき》に、こんなところまで、こんなだらしのない絶叫を試みに来る奴があろうはずはないのです。
 では、狐か、狸か――しかし、今時の狐や狸は、もっと気の利《き》いた声色を使う。いったい何者だ!
 たとい生温いとはいえ、だらしがないとはいえ、歯切れが悪いとはいえ、その音色に危急存亡の声明とはハッキリとしていて、またその響き来《きた》った方角というのも、この館《やかた》の出丸の直下、石垣が高く塁を成して積み上げられている根元から起って来たのはたしかなので――それ、また続いて聞える、
「誰かいねえのかね、男一匹が、ここで生きるか死ぬかの境なんだから、どうか助けておくんなさい、この上の火の光をたよりにここまでこうやって、のたりついたところなんでげすから――どなたか起きて、ひとつ助けておくんなさい、後ろには大敵を控え、前には絶壁、全く以て、男一匹が生きるか死ぬかの境なんでげすから――」
 続けざまに起る救助を求むるの声、なんてまた生温《なまぬる》さだろう、男一匹が生きるか死ぬかの際に、こういう声を出すくらいなら、黙って死んでしまった方がいい。勝手にしやがれと、噛《か》んで吐き出したくなるほどの、いやな声なのですが、しかし、それは感情の問題で、事実上、一人の人間が、この石垣の下あたりの地点まで、のたりついて、進退|谷《きわ》まって助けを呼んでいることは間違いないのですから、その声の生ぬるさの故を以て、その人の生命《いのち》を見殺しにするわけにはゆかないのです。
「ちぇッ――意気地のねえ野郎だな」
 内に向って怒号しきった米友が、外に向って噛んで棄てるような声。
「待ってろ、いま行って見てやるから」
 寸の足りない不動は濛々《もうもう》たる火焔を抱いて、転がるようにまたも外へ飛び出してしまいました。
 そうして、松の大木の根方のところから、三浦之助が安達藤三を呼び出すような恰好《かっこう》をして、そうして石垣の下を見下ろし、
「いってえ、どうしたと言うんだい、この夜中に、こんなところへのたりついて、人騒がせをやりゃあがって」
と叱りつけました。
「済まねえ――夜中にお騒がせ申して、ほんとに申しわけはねえと思うが、なにぶん、後ろには大敵、ところは名にし負うおろち[#「おろち」に傍点]の棲《す》む胆吹山――日本武尊《やまとたけるのみこと》でさえお迷いになった山なんだから、そこんところをどうかひとつ……」
「ちぇッ、生温い声をしやあがるなあ、いま縄を下ろしてやるから、それにつかまって上って来な」
「いや、どうも恐縮千万、実はね、この胆吹山へ薬草を調べに、道を枉《ま》げてやって来たものでげすが、どうもはや、慣れぬことで、道を枉げ過ぎちまったものでげすから、いやはや、あっちの谷へ転げ落ちては向う脛《ずね》を擦りむき、こっちの木の根へつっかかっては頬っぺたを引っこすられ、ごらんの通り、衣類はさんざんに破れ裂け、身体はすき間もなく掻傷、突傷、命からがらこれまでのたりついたでげす、いやはや、木乃伊《ミイラ》取りが木乃伊という譬《たと》えは古いこと、薬草取りに来て、生命を取られ損ないなんていうのは、お話にならねえんでげす、これと申すも日頃の心がけがよくねえからでげす、今日という今日は骨身にこたえたでげす」
 下の生温い音声を発する動物は、引きつづきだらしのない声でべらべらとこんな言葉を吐き出したのが、意外にもギックリと米友の胸にこたえました。
「おや――お前《めえ》は、おいらの先生じゃあねえか」
「おやおや、そう言うそなたの声に聞覚えがある、たしかに友兄《ともあに》いにきわまったり、友兄いとあれば天の助け、ここで会ったが百年目!」
 生温い、だらしのない、歯切れの悪い上に、これはまた何というキザたっぷりの緞帳臭《どんちょうくさ》い返事だ!

         三十五

 ともかくも、宇治山田の米友は道庵先生を引き上げて、以前再三繰返された場面の炉辺に持って来て押据えました。
 この時、お銀様の姿は、もうここには見えませんでした。奥の一間も、ひっそりかんとしたものです。
 奥の一間のひっそりかんとしたのは今に始まったことではないが、お銀様のいずれへ消えたかということは、多少の問題にならないではありません。まさか、ひっそりした奥の一間の平和をかき乱さんがために、あれへ闖入《ちんにゅう》したものとも思われません。その証拠には、現に、奥の一間の平和の空気が、少しも攪乱《こうらん》されている模様のないことでわかります。
 してみると、多分、あの母屋へつづく、あの廊下口から出て行ってしまったものに相違ありますまい。なるほど、そう言われて見ると、さきほど米友がお雪ちゃんの頼みで固く締切った時とは違って、戸前が少しゆるんでいる――お銀様は、たしかにあれから母屋の方へ、ともかく引上げ去ったと見るほかはありますまい。
 炉辺へ持って来て押据えた道庵を見ると、これはまた、あんまりだらしがないのも、こうなると寧《むし》ろ悲惨な心持がして、米友も、腹を立てる気にもなれませんでした。
「先生、なんてザマだい、そりゃ……」
「済まねえ――」
 呂律《ろれつ》が廻らないだけならいいが、身体の自由が全く利《き》いていないのです。飲み過ぎて身体の自由の利かないことは、この先生としてはあえて異例ではないのですが、今晩のは、只事ではない。全く、さいぜん生温い声で助けを呼んだ言い分と同様、衣服は裂け、面《かお》と言い、手といい、向う脛《ずね》と言い、露出したところはすり創《きず》、かすり創、二目と見られたものではないのです――でも、申しわけのためかなんぞのように、左の片手には、薬草を一掴み掴んで、放そうとはしていない。それも、やはりさいぜん、薬草をとるべく来って、道を枉《ま》げたとか、道に枉げられたとかいう、生温い声明が無ければ、米友といえども、薬草であることは知るまい。溺るるものは藁《わら》をもつかむということだから、崖をでも辷《すべ》り落ちる途端に掴んだ草の根か馬の骨をそのまま、掴み通しにして来たとしか思われないでしょう。
 幸いに、不幸中の幸なのです、その擦り傷、かすり創というのも大したことではありませんでしたから、米友が、手拭をお湯で絞って、少しずつ拭いてやると、ごまかしが利いてしまう。
 その間も道庵は、ほとんど正気がないのです。相手が米友とは、いったん心得たようだが、それも、もう忽《たちま》ち見境いが無くなってしまったらしく、妙な手つきをして、四方を撫で廻した刷毛ついでに、米友の面を撫でてみたりして、気味を悪がらせていたが、その朦朧《もうろう》たるまなざしに早くも認めたのが、ずっと宵の口から問題になっていた、お雪ちゃんの米友のためにとて取り出して置いた夜具蒲団でした。
「占めた――もうこれよりほかにこの世に望みはねえ、世の中に寝るほど楽はなかりけり、浮世の馬鹿が起きて働く……これがこの世の後生極楽」
 減らず口だけはなかなか達者で、いきなりその夜具蒲団にかじりつくと、無我夢中でそれを敷き並べ、枕を横にあてがうと、頭から夜具をかぶって――早くも鼾《いびき》の声をあげました。
「ちぇッ――いつになっても、人に世話を焼かせる先生だなあ」
 手ずから夜具をひっかけたけれども、両足が蝸牛《かたつむり》の角のように突き出しているのを、米友がかけ直して、つくろってやり、そうして自分はまた炉辺へ戻って沈黙に返る時に、鶏が鳴きました。

         三十六

 脱線は道庵の生命である。脱線が無ければ道庵が無いというほどの事の道理を知り過ぎるほど知り、味わい飽きるほど味わわされている米友にとっては、事柄そのことは驚異ではありませんでした。ただ、脱線である以上は、どこまでも脱線でなければならないのです。脱線でも線という名のつく以上は筋道があるはずなのです。つまり脱線はいか様に突っ走ろうとも脱線であって、無軌道ではないはずです。
 従来とても道庵の行動に於て、そのほとんど全部を脱線として認められてもやむを得ないものがあるけれども、これを無軌道、無節制、無道徳、無政府と見てはいけないのです。
 ところが、今夜という今夜、道庵が今時分になって、胆吹の山中へ迷い込んで、命からがらの目に逢わされているということは、もはや脱線の域ではなく、無軌道の境に入っている。無軌道というよりはむしろ墜落の部に類する。つまり破天荒の行動といわなければなりません。
 脱線と言い、無軌道と言ってみたところで、その行状がいかに滅茶であり、無茶であり、常軌を逸していたところで、それはまだ地上の区域に即しての行動にほかならぬのですが、墜落となってはもはや地球上の振舞ではなくして、無限の空間的行動、人類が二十世紀以後に至ってはじめて常識として受取ることのできた飛行機時代に至って、初めて現われたところの現象、でなければ日本に於ては元亨釈書《げんこうしゃくしょ》の記す時代に遡《さかのぼ》って、大和の国|久米《くめ》の仙人あたりにしか許されなかった実演、でなければそれよりさき、奈良朝時代に華厳宗《けごんしゅう》の大徳|良弁《ろうべん》僧正の幼少時代に於て現出された――それは、今般、ここらでお馴染《なじみ》になっている猛禽と同様、鷲《わし》のためにさらわれた幼児としての良弁僧正が経験した空中から地上への墜落、飛行機以前に於ても右様な実例、空中から地上へ人間が降るという右の二つの歴史に就いて考えてみましても、それは、今晩の道庵の身の上には甚《はなは》だ適切にはあてはまらないのです。道庵がまだ地上の代物《しろもの》であって、仙人の通力を授かっていないことは申すまでもないが、考証を正確にするために、ここに元亨釈書の和解の一節を掲げてみましょう。
[#ここから1字下げ]
「久米仙ハ大和国上郡ノ人ナリ、深山ニ入テ仙法ヲ学ビ松ノ葉ヲ食シカツ薜茘《へいれい》ヲ服セリ、一旦|空《くう》ニ騰《のぼ》ツテ故里《ふるさと》ヲ飛過グルトテ、タマタマ婦人ノ足ヲ以テ衣《きぬ》ヲ踏洗フヲ見タリシニ、ソノ脛《はぎ》ハナハダ白カリシカバ忽《たちま》チニ染著《せんぢやく》ノ心ヲ生ジテ即時ニ堕落[#「堕落」はママ]シケリ、ソレヨリ漸《やうや》ク煙火ノ物ヲ食シテ鹿域《ろくゐき》ノ交《なか》ニ立却《たちかへ》レリ、サレドモ郷里ノ人モシクハ券約ノ証文ニ其名ヲ連署スル時ハミナ前仙某ト書キタリケリ……」
[#ここで字下げ終わり]
 右の一節と比較してみても明らかなる如く、道庵は「深山ニ入テ仙法ヲ学」ばんためにこの胆吹山に来たのではなく、「松ノ葉」を食せんがために来たのでもなく、ただ、やや類似しているのは「薜茘」をどうかしようとの学術的探究心に駆《か》られたのでありまして、久米仙あたりとは、根本的に性質と目的とを異にしている。それにです、第一、相手方の方にして考えてみても、今時、この胆吹山の山腹あたりに、十八文の先生風情に向って誘惑を試むべく、ふくらっ脛《ぱぎ》の白いところを臆面なく空中に向って展開しているような、洒落気《しゃれけ》満々たる女があろうとは思われないし、また、先刻の大きな鷲《わし》にしてからが、良弁《ろうべん》とか弁信とかいったような可愛らしい坊主の頭の一つもあれば、さらってみようとの出来心を起すかもしれないが、この薄汚ない、拾ったところで十八文にしかならない老爺を、わざわざ重たい思いをして空中まで引き揚げてみようという好奇心も起らないでしょう。
 してみれば、道庵先生が今晩このところへのたり着いたのは、結局、脱線でもなく、無軌道でもなく、墜落でもなく、要するに尋常一様の平凡にして最も常識的なる行動のとばっちりと見るほかはないので、事実もまたその通り。その最もよく証明するところのものは、この時に至るまで、今も現に縦の蒲団《ふとん》を横にしてのたり込んだ寝床の中までも、しかと片手に握って放さないところの一片の草根木皮が、それを有力に説明するのであります。
 道庵先生こそは、実に薬草を採取すべく、乃至はそれを調査すべく道を枉《ま》げて、この胆吹山に入りこんだのであります。
 医者が薬草をとる――天下にこれほど当然にして常識的な行動はない。酒屋が酒を売り、餅屋が餅を売り、車曳《くるまひき》が車を曳き、犬が西へ向けば尾が東ということほど、自然にして通常な行動であり、ことにまた、その胆吹山という山が薬草の豊富を以て天下に聞えた山であるという以上は――それは明らかに歴史も証明し、実際も裏書きする――織田信長が天主教に好意を持っていた時分に、この山を相して薬園の地とし、外国種の薬草三千種を植えたという事蹟は動かせないことだし、更にその以前に遡《さかのぼ》って見ると、延喜式の中に典薬寮に納むる貢進種目として「近江七十三種、美濃六十二種」とある薬草は、そのいずれの方面よりするも必ずや、この胆吹山によるところの薬草が大部、ほとんど全部を成しているであろうことは信ぜられるのですから、いやしくも医学に志あり、本草に趣味を有する人にとっては、この胆吹山は唯一無二の宝の山といってもよいのです。されば、職に忠実であり、学に熱心であるところの日頃心がけのよい道庵が、この山に突入することが当然で、突入しないことがむしろ外道《げどう》であり、怠慢であるという理窟になるのですから、その点から考慮しても、道庵の胆吹入りは、脱線でもなければ無軌道でもなく、また墜落でもないことの証言は成り立つのです。
 ただ、もう少し追究すると、そんならそれで、従者なり、案内人なりを連れて、白昼やって来ればよいのに、この真夜中に、こういう危険を冒《おか》してまで探究しなければならぬ必要と、薬草とがあるか? というようなことになるのですが、それは専門家としてのこの先生に減らず口を叩かせると、本来、薬草というものは、見物に来るべきものではない、臭いをかいでなるほどとさとるものもある、臭いをかぐには深夜に限る、なんぞと理窟をこねるかも知れない。また草木の真の植物的機能を知るために――草木といえども、動物と同様に休息もすれば、睡眠もとる機能がある、それを観察するために、わざと深夜を選んだという理由も成り立たぬことはないでしょう。ことにまた植物の葉というものは、空気に先だちて暖まり、空気に先だちて冷ゆるものであるから、葉温は空気の温度に支配せらるるというよりも、むしろ葉温が気温を支配するというのが至当であるという見地から、植物の葉の温度は、日中には著しく気温よりも高く、晴夜には著しく気温よりも低いということの実験を重ねるために、わざわざ深夜を選んだということの理由も成り立たないではないが、地方から最近転任のお巡りさんが、挙動不審犯を交番へ連れ込んだ時のように、この先生の行動の出処進退を調べ出しては際限がない。第一、この胆吹山へ突入までの石田村の田圃《たんぼ》の中で、衣裳葛籠《いしょうつづら》を這《は》い出して、田螺《たにし》に驚いて蓋をさせたあの場を、どうして、どういうふうに遁《のが》れ出して、この胆吹山まで転向突入するまでに立至ったのか、その証拠固めをして、辻褄《つじつま》を合わせるだけでも、容易な捜索では追っつかないが、それは酔いのさめる時を待って徐《おもむ》ろに訊問をつづけても遅くはあるまいが、要するに、道庵は道庵として職に忠実にして、学に熱心なるのあまり出でた、全く無理のない行動をとって、ここに縦の蒲団を横にして、上平館《かみひらやかた》の松の丸の炉辺に寝込むまでの事情に立至ったことを、信じて置いていただけばよろしいのです。

         三十七

 右の如くして道庵先生の行動に関する限り、挙動不審は一応晴れたけれども、この麓《ふもと》の宿には、それ以上に解《げ》せぬ一行が陣取っているのであります。
 春照《しゅんしょう》の高番《たかばん》という陣屋に、夜もすがら外には篝《かがり》を焚かせ、内は白昼のように蝋燭《ろうそく》を立てさせて、形勢穏かならぬ評議の席がありました。
 事の体《てい》を見ると、これはこのほど来、麓の里を脅《おびやか》したところの、子を奪われた猛禽《もうきん》の来襲に備えるべく村の庭場総代連が警戒の評議をこらすの席とも思われず、さりとて長浜、姉川、その他で見かけた一揆《いっき》の雲行きに似たところの人民の集合のような、鬱勃たる粛殺味《しゅくさつみ》も見えない。相当緊張しているにも拘らず、甚《はなは》だ間が抜けて、卑劣な空気が漂うているところに多少の特色がある。
 その面触れを見渡すと――ははあ、なるほど、枇杷島橋《びわじまばし》以来の面ぶれ、ファッショイ連、安直、金茶、なめ六、三ぴん、よた者――草津の姥《うば》ヶ餅《もち》までのし[#「のし」に傍点]ていたはずなのが引返して、ここは胆吹山麓、春照高番の里に許すまじき顔色《がんしょく》で控えている。
 特に今晩は、あの御定連《ごじょうれん》だけではない、正面に、安直の一枚上に大たぶさの打裂羽織《ぶっさきばおり》が控えている。これぞ彼等が親分と頼む木口勘兵衛尉源丁馬が、特に三州方面から駈けつけたものと見受けます。
 木口が床柱を背負うと、安直がその次に居流れ、そこへまた例の御定連が程よく相並ぶと、やがて次から次、この界隈でも無職渡世と見えるのが馳《は》せ集まって、いずれも膝っ小僧を並べて、長脇差を引きつけ、あんまり睨《にら》みの利かない眼をどんぐりさせながら、精々|凄味《すごみ》を作っている。
 土間を見ると大根おろし、掻きおろしが十三樽。
「古川の――」
と安直が、らっきょう頭をゆらりと一つ振り立てると、
「はい、安直|兄《あに》い、何ぞ御用で……」
としゃしゃり出たのが、古川の英次という三下奴《さんしたやっこ》です。そうすると親分の側にいたあだ名をダニの丈次という三下奴が、
「てめえ、なかなか近ごろの働きがいいで、木口親分のお覚えがめでてえ、じゃによってお余りを一皿振舞っておくんなさるから、有難くいたでえて、三べん廻ってそこで食いな」
と言うと、古川の英次が、ペコペコと頭を下げて、
「兄い、有難え、可愛がってやっておくんなせえ、じゃあ、遠慮なしにいただきやすぜ」
と言って、古川の英次という三下奴が、木口親分から廻って来た食い残しのライスカレーみたような一皿を、ダニの丈次の手を通して押しいただき、ガツガツと咽喉《のど》を鳴らして、食いはじめました。
「旨《うめ》えか」
「旨え、旨え、木口親分のお余りものと来ちゃあ、また格別だ」
「おい、下駄っかけの時次郎、てめえも来て、親分のお余りものに一皿ありつきな」
「有難え」
と言ってしゃしゃり出たのは、下駄っかけの時次郎という、これも新参の三下奴。ダニの丈次が勿体《もったい》ぶって、
「手前たち、よく木口親分のお手先になって忠義をはげむによって、親分から、こうして残りものをしこたま恵まれる、親分の有難味を忘れちゃならねえぞ」
「どうして忘れていいものか、おれたち一騎の器量じゃあ、とても、芥箱《ごみばこ》の残飯にもありつけねえのが、こうして結構な五もくのお余りにありつくというのは、これというもみんな親分の恵み、そこんとこはひとつ安直兄いからよろしくおとりなしを頼みますぜ、ちゃあ」
と言って、古川の英次と、下駄っかけの時次郎が、木口親分と、安直兄いの前へ頭をペコペコと三つばかり下げて、そこの座敷を三べんばかり廻ると、しゃんしゃんと二つばかり手を打って元の座に戻りました。
「下《しも》っ沢《さわ》の勘公――てめえ、また何というドジを踏みやがったんだ」
「兄い、済まねえ」
 ダニの丈次の前へ、下っ沢の勘公がペコペコと頭を下げる。
「せっかく隠し穴をこしらえて、今度という今度は、十八文をとっちめたと安心をしていると、また、つるりと脱けられて、上げ壺を食わされた、のろま野郎――勝手口へ廻って、当分のあいだ窮命していろやい」
「面目《めんもく》しでえもねえ」
 以前の二人の三下は、親分の覚えめでたく、たっぷりとお余りものにありついているにかかわらず、哀れをとどめた一人の三下は、台所へ追放を命ぜられてしまったのは、何か相当重大な過失があったと見える。そこで、一座が甚だ白け渡った時分に、突然、
「江戸ッ子、いやはらんかな、江戸ッ子一人、欲しいもんやがなあ、こちの身内に、江戸ッ子一人いやはらんことにゃ、わて、どもならんさかい、ちゃあ」
と、不安らしく呼びかけたのは、安直兄いでありました。
 安直兄いが、どうして、こんなに不安な音色を以て呼びかけたか、その内容は、まだよく分明しないけれども、この際、兄いが味方のうちに、一人の有力なる江戸ッ子を欲しい、という希望を述べ出したものであることだけはわかるのです。そこで、一座のおたがいが、改めて一座のうちを見廻しました。
 安直兄い――の渇望する江戸ッ子らしい、アクの抜けたのは、あいにく御同座のうちに一人も居合わさない。いずれを見ても山家育ち。よんどころなく、古川が、
「下駄っかけの兄い、お前《めえ》は江戸ッ子じゃなかったけエ」
 下駄っかけの時次郎が、正直そうにかぶりを振って、
「おらあ、江戸ッ子じゃねえ、浜ッ子だ」
「浜ッ子、そいつは知らなかった、お前は江州生れだったかいのう」
と古川の英公がいう。
「なあーに」
と、下駄っかけが生返事。このところ受け渡しが要領を得ないのは、浜ッ子といったのを、古川がさし当り江州長浜ッコと受取ったものらしい。
「ちゃあ」
 安直が歯痒《はがゆ》がって、焦《じ》れると、せいぜい凄味をつけた一座がテレきってしまいました。
「あの憎い憎い十八文の奴め、江戸ッ子を鼻にかけて、どもあかん。江戸ッ子やかて、わて、ちょっとも怖れやせんけどな、わて、阪者《さかもん》やによって、啖呵《たんか》がよう切れんさかい、毒をもって毒を制するという兵法おますさかい、江戸者を懲《こ》らすには江戸者を以てするが賢い仕方やおまへんか、あの十八文に楯《たて》つく江戸者、一人探してんか、給料なんぼでも払いまんがな」
 安直兄いは、こう言ってまた更に一座を見廻したものです。一座の者には、よく安直の心持がわかる。
 一旦は中京の地に於て食いとめようとして見事に失敗し、関ヶ原ではかえって相手の大御所気分を煽《あお》ってしまい、近江路は、草津の追分で迎え撃って手詰めの合戦、と手ぐすね引いていると、早くも敵に胆吹山へいなされてしまった――さあ、残るところは宇治、勢多の最後の戦線である。だが、この宇治、勢多というやつが、古来、西軍が宇治、勢多を要して勝ったためしが無い。よって、有無《うむ》の勝負はこの胆吹山――ここで敵と目指す道庵を、石田、小西の運命に追い込んでしまわないことには、京阪の巷《ちまた》がその蹂躙《じゅうりん》を蒙《こうむ》る。
 そこでとりあえずこの場の第一線に作らせた落し穴が、下《しも》っ沢《さわ》の勘公の間抜けで、やり損ないという段取りとなり、些少の擦創《すりきず》、かすり創だけで道庵を取逃がした以上は、第二の作戦に彼等が窮してしまいました。安直が悲鳴に類する叫びをあげて、江戸ッ子、江戸ッ子と続けざまに叫んだのは、もうこの上は毒を以て毒を制するの手段、つまり、江戸ッ子を以て江戸ッ子を抑えるの手段に出でるほかには詮方《せんかた》無しとあきらめたものでしょう。
 ところが――この一座に江戸ッ子が一人もいない、一座が荒寥《こうりょう》として、悲哀を感じたのはこの時のことでありました。
 ところへ、どうでしょう、にわかに表の方に人のおとずれる物音あって、
「親分――兄い、変なところでお目にかかりやすが、まっぴら御免くだんせえ」
と、また一種変ったなまりの声が聞えて、襖が左右へあけられたと見ると、そこへ現われたのは、江戸相撲で三段目まではとり上げた松風という相撲上りでありました。

         三十八

「おお、松風、いいところへ」
「どうして、ここがわかったエ」
「いや、道中、ちっと聞き込んだものでごんすから、多分、丁馬親分や、安直兄いもこちらでごんしょうと、わざわざたずねて来やんした」
「よく来てくれた、一人か」
「ほかに、連れが一人ごんす」
「じゃ、こっちへ通しな」
「連れて来てようごんすか」
「遠慮は要らねえ、友達かエ」
「いや、わっしの川柳の師匠でごんす」
「おや、川柳の師匠、てめえ洒落《しゃれ》たものを連れて歩いてやがるんだな」
「師匠は江戸ッ子でごんす」
「なに、江戸ッ子!」
「およそ大名旗本の奥向より川柳、雑俳、岡場所、地獄、極楽、夜鷹、折助の故事来歴、わしが師匠の知らねえことはねえという、江戸一の通人でごんす」
「そいつぁ、耳寄りだ」
「天から降ったか、地から湧いたか」
「丁馬親分――安直兄い、およろこびなせえ」
「何はともあれ、その江戸ッ子の大通先生を、片時《へんじ》も早くこの場へ……」
「合点《がってん》でごんす」
 暫くあって、ひょろひょろとこの場へ連れて来られた一人の通人がありました。見受けるところ年の頃は道庵とほぼ近いし、気のせいか背恰好《せいかっこう》もあれに似たところがある。それを見ると木口親分もグッと気を入れたが、安直が思わず膝を進ませ、
「あんたはん、ほんまに江戸ッ子でおまっしゃろ」
 まかり出た通人がグッと反身《そりみ》になって、
「わっしゃあ、よた村とんび[#「よた村とんび」に傍点]という江戸ッ子でげす、お見知り置きが願えてえ」
「ナニ、四《よ》ツ谷《や》鳶《とんび》だって――」
 無躾《ぶしつけ》に下駄っかけが頓狂声を揚げたのを、
「おお、これは、よた村[#「よた村」に傍点]の先生、よくござったの、かねて御高名は承り及びました」
 木口親分が、愛想を言って、とりつくろいました。よた村[#「よた村」に傍点]なにがしと通人が名乗ったのを、そそっかしい下駄っかけが、よつやっとんび[#「よつやっとんび」に傍点](四ツ谷鳶)と早耳に聞いてしまったのでしょう。それを取りつくろって木口親分が、
「先生、江戸はどちらでござるな」
「わっしゃあ、江戸は江戸だが、江戸を十里離れて……」
「え、江戸を十里離れて……」
「武州八王子の江戸ッ子でがんす」
「八王子の江戸ッ子……」
 一座がここで、またちょっとテラされました。江戸ッ子ということに重きを置いて、江戸はどこと聞いたら、神田とか、本所深川とか、見栄にも切り出すものと期待していると、江戸ッ子は江戸ッ子だが、江戸を十里離れた武州八王子出来の江戸ッ子と聞いて、一座が早くも興ざめ面《がお》になったのを、そこは老巧なみその浦のなめ六が、体《てい》よく取りつくろって、
「いかにも、武州八王子――あれは小田原北条家の名将の城下、江戸よりも開府が古い、なかなか由緒あるところで、新刀の名人|繁慶《はんけい》も、一時あれでたたらを打っていたことがござる」
「なるほど」
 なめ六のとりなしで、座なりが直ってくると、
「八王子は糸繭《いとまゆ》がようござる」
「織物の名所でござったな」
「お十夜《じゅうや》」
まではよかったが、
「八王子在の炭焼はまた格別な風流でござる」
「炭焼?」
「阿呆《あほう》いわずときなはれ、江戸で炭が焼けますかい」
 安直兄いがたしなめると、ダニの丈次が、
「でも、八王子在から出て来た炭焼だが、釜出しのいいのを安くするから買っておくんなせえと門附振売《かどづけふりう》りに来たのを、わっしゃ新宿の通りでよく見受けやしたぜ」
「ではやっぱり、江戸でも炭を焼くんだね」
「炭焼江戸ッ子!」
 こう言って口を辷《すべ》らしたものがあると、急に一座がわいてきて、
「炭焼江戸ッ子!」
「道理で色が黒い!」
 それをきっかけに、新来の大通人の面を見ながら、どっと一時に吹き出してしまいました。

         三十九

 ところが、通人もさるもの、存外わるびれません。
「君たち、まだ若い、そもそも武州八王子というところは、なめ[#「なめ」に傍点]さんも先刻いわれた通り、新刀の名人繁慶もいたし、東洲斎写楽も八王子ッ子だという説があるし、また君たちにはちょっと買いきれまいが、二代目高尾という吉原きってのおいらんも出たし、それから君たち、いまだに車人形というものを見たことはあるめえがの――そもそも……」
 通人は車人形の来歴と実演とを型でやって見せた上に、
「近代ではまた、鬼小島靖堂という、五目並べにかけては無敵の名人のことはさて置き、鎌倉権五郎景政も八王子ッ子だと言えば言えるし、尾崎|咢堂《がくどう》も八王子ッ子だと言えば言えるんだが、あいつぁ共和演説だからおらあ虫が好かねえ――それから学者で塩野適斎、医者の方では桑原騰庵……天然理心流の近藤三助、国学で落合|直文《なおぶみ》――」
 通人は次から次と八王子ッ子の名前を並べて、
「君たち、八王子八王子と安く言うが、そもそも八王子という名前の出所来歴を知るめえな。江戸は江の戸だあな、アイヌ語だという説もあるが、大きな川が海へ注ぐ戸口だと見てさしつかえねえ、大阪は大きな坂だよ、大きな坂だから運賃が安いか高いか、それだけのことなんだが、八王子と来ると、もっと深遠微妙《じんおんみみょう》な出所来歴がある。君たちは知るめえが、そもそも八王子という名は法華経から来ているんだぜ。法華経のどこにどう出ているか、君たち一ぺんあれを縦から棒読みにしてみな、すぐわかることだあな。ところが、ものを知らねえ奴は仕方のねえもんで、近ごろ徳冨蘆花という男が、芋虫《いもむし》のたわごとという本を書いたんだ、その本の中に、御丁寧に八王子を八王寺、八王寺と書いている。大和の国には王寺というところはあるが、八王子が八王寺じゃものにならねえ、蘆花という男が、法華経一冊満足に読んでいねえということが、これでわかる……」
 こういう説明と気焔とを聞いているうちに、一座がまた感に入りました。なるほど、この老爺《おやじ》物識《ものし》りだ、色が黒いから「炭焼江戸ッ子」だなんて言ったのは誰だ! 上は法華経よりはじめて、江戸時代の裏表を手に取るように知っている。のみならず、この当時、母の胎内にみごもっていたか、いなかったかさえわからない徳冨蘆花という文学者の文字づかいの揚げ足までもちゃんと心得ている。それからまた、その皮肉な口のききっぷりが、どうやら目指す敵の道庵に似通ったところが無いでもない。
 こいつぁ儲《もう》けものだ!
 一座が意気込んで聞いているので、通人はようやく得意になり、
「君たちには、まだ江戸ッ子の定義と分類がわかるめえ、早い話が君たちぁ、昔の通人|風来山人《ふうらいさんじん》平賀源内といえば忽ちちゃきちゃきの江戸ッ子と心得るだろうが、大きに違う、君たちぁ、十里離れた江戸ッ子だの、炭焼江戸ッ子だの、色が黒いのなんのと言うけれど、風来山人なんぞは、江戸を距《さ》る海陸百七十九里半、四国の讃州高松というところから出て来た四国猿の江戸ッ子なんだ。その四国猿の風来山人が、江戸ッ子で通るようになった因縁というものは……」
「もうたくさん――わかりました。時に大通《だいつう》、いいところへおいで下さった、我々の仲間で、ぜひ一つ通人に腕貸しをしていただきたいのはほかではない――他聞を憚《はばか》るによってちと……」
 そこで木口勘兵衛と、安直と、通人が鼎《かなえ》になって、ひそひそと物語りをはじめました。
 三下奴《さんしたやっこ》たちも三人の密談をさまたげまいとして、すべて控え目になると、この席がしいんとしてきました。
 ところが、この座席がしいんとしてくると同時に、襖《ふすま》を隔てた隣りの席がにわかに物騒がしくなりました。にわかに物騒がしくなったのではない、先刻からずいぶん物騒がしかったのですが、こちらがいきり立っているために、なかなか耳へ入らなかったのですが、今、こちらが控え目にして静まったために、隣り座敷の物騒がしさがひときわ冴《さ》えて聞え出したというものです。
 聞いていると、キャッキャッと言って引っかいたり、ワッと言って笑ったり、バタバタと物を捨てるような音がしてみたり、銭をバラバラと掻《か》き集めたりするような音がする。こちらがなんで静まり返ったかというようなことは一向おかまいなく、興に乗じてどっと崩れるような笑いが起きたり、また存外真剣になって張合っているような気色にも聞えたり、
「坊主」「青丹《あおたん》」「ぴか一」
「雨、あやめ」「三光」
というような声が洩《も》れて来る。ははあ、賭博《ばくち》をやっているな! 賭博の一種、花合せを――
 しかも、こちらのことにおかまいがなく、あまりにのぼせ上って賭博をしているものだから、こちらから下駄っかけの時次郎がたまりかねて、
「おい、もうちっと静かにしておくんなせえ」
 隔ての襖をサラリとあけて、たしなめ面をした。その隙間から見ると、いるいる、車座になってばくちの大一座。
 正面切ったのは、色の白い、ちょっとぼうぼう眉のお公卿《くげ》さんと見えるような大姐御《おおあねご》、どてらを引っかけて、立膝で、手札と場札とを見比べている。
 その周囲に居流れた雪の下の粂公《くめこう》、里芋のトン勝、さっさもさの房兄い、といったようなところが、血眼《ちまなこ》になって花を合わせている。
 一方には、別にまた自分の女房らしいのを賭け物に引据えて置いて、しきりに丁半を争う二人組もある。

         四十

 あだしことはさておき、上平館の一室の炉辺に於ては、宇治山田の米友が寂然不動の姿勢をとって、物を思いつつあることは以前の時と変りありません。
 このたびは、何かこんがらかった想像が、それからそれと思案に余るものがあると見えて、夜舟を漕ぐような懈怠《けたい》が無いのみならず、そのもてあます思案がいよいよ重くなると共に、頭も、眼も、相当に冴えてくるのです。ここでとうとう鶏が鳴いてしまいました。
 鶏が鳴いたといっても、必ずしも夜が明けたという意味にはならない。一鳥鳴いて山更に幽《かすか》なりということもあるのだから、時と人とによっては、これから日の出の朝までをはじめて夜の領分として、この辺から徐《おもむ》ろに枕につこうというのも多いのです。今の米友はそのいずれにも頓着はないのですが、胆吹の全山は、まだ鶏の一声によって呼び醒《さま》されてはいないのです。
 思案に耽《ふけ》る米友は、無意識に火箸の先で炉辺の軽い薪を取りくべながら、重い頭を垂らしていたが、ふと、
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
という声に驚かされて、その傍《かた》えを見やると、道庵先生が、縦の蒲団を横にして寝ているのです。
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」というのは、つまり右の道庵先生の、これぞ熟睡中に無意識に口を動かしたところの、うわごとのようなものでありました。
 そこで、米友は、また先生のために、夜具の片端を坐りながらちょっと引延ばして、なるべくその足の方の部分が露出しないようにと気を配ってやりながら、今、ムニャ、ムニャ、ムニャという発音をしたところの先生の寝顔を、見るともなく見やりました。
「御苦労のねえ先生だなあ」
と、その寝顔を見た時に、米友が改めて呆《あき》れ返るような表情をしました。
 顔面部には、前にいう通りに相当の負傷をさせられていながらも、その寝顔というのは、相も変らず人を食ったものだと思わずにはいられません。
 いかに疲労したにしても、この際、こうして平気で熟睡をとるのみならず、ムニャ、ムニャ、ムニャというような譫言《うわごと》を発するの余裕ある先生を、米友は呆れ返りもし、また、それとなく敬服もしているようなあんばいでした。
 しかしまた米友は、自分がこの先生みたような偉人になれない如く、この先生もまた自分のような小人になれないのだ――ということをも合せ考えさせられているようです。特にここに偉人と言ったのは、人格的の内容を持った意味のものではなく、単に先生の体躯《たいく》が、自分に比して長大であるところから、これを偉人と呼び、自分の躯幹が先生に比して遥かに小さいところから見て、小人と名附けたまでのことなのです。
 そこで、「ただ長酔を願うて、醒むることを願わざれ」
といったような、かなりの寛容な態度で道庵先生を扱いながら、米友は、その時に、また一つ昔のことを考え出しました。
 この先生こそは、自分に比して偉人であるのみならず、自分にとっては大恩人であるということの記憶が、この際あざやかに甦《よみがえ》りました。いったい自分というものは、伊勢の国の尾上山《おべやま》の頂から、血を見ざる死刑によって、この世界から絶縁された身の上なのである。
 一旦は全くこの人間社会から絶縁された身が、再びこの人間社会、俗に娑婆《しゃば》と呼び習わされているところの地上へ呼び戻されたのは、船大工の与兵衛さんのお情けもあるが、与兵衛さんは死骸としておいらを引取ってくれただけのものなんだが、その途中にこの先生が転がっていて、そのために計らずも自分はこの世界へ呼び生かされて来たのだ。与兵衛さんが身体《からだ》だけを持って来てくれ、この先生が再びそれに生命を吹き込んでくれたのだ。
 あの途中、この先生がいなければ、死骸としてのおいらを与兵衛さんが、そっと持って来て、それとなくドコかのお寺の墓場の隅っこへでも穴を掘って、おいらのこのちっぽけな身体を納めてしまい、そこでおいらはもう疾《と》うに土になってしまっているのだ。だから、あれからこっち――今日までの生命というものは、全くこの先生の賜物《たまもの》なんだ。
 先生のためにゃあ、生命を投げ出しても惜しくねえ――というのはあたりまえ過ぎるほどあたりまえなんだ。
 米友は、いつも考えて恩に着ている通りを、今もまた思い返したのに過ぎませんが、今日は、どうしたものか、それに一歩を進めて、
「だが、人間というやつぁ、生きているのが幸福《しあわせ》か、死んでしまった方が楽なのか、わからねえな」
 生死のことを考えると、どうしても米友は異体同心の昔の友を思わずにはおられません。昔の友というのは、間《あい》の山《やま》以来のお君のことです。お君を考えると、ムク――
「今ごろは、どこにどうしていやがるんだかなあ」
 さすがの豪傑米友が、ここに来ると、どうしても半七さんの安否を思いわずらうようなセンチメンタルの人となるのを、如何《いかん》ともすることができない。
 ああ、このごろ少し紛れていたのが、また湧き上って来やがった。
 いやだなあ――
 思うまいとして抑えると、意地悪く手に合わないように噴《ふ》き出して来る。
「いやだなあ――」
 拝田村の村と、村の田の畦《くろ》と、畑の畔《あぜ》とを走る幼い時の自分の姿が、まざまざと眼の前に現われて来ました。
 藁《わら》の上から、おいらは親というものの面を知らねえ――
 あの田圃の畔を流れる川の水は綺麗だったなあ、芹《せり》が――芹が川の中に青々と沈んでいやがった。鮒《ふな》を捕ったり、泥鰌《どじょう》を取ったり……
 お君ぁ、君公は子供のうちから綺麗な子だった。みんなが振返ったなあ。あいつが――あいつもお前、母親はわかってるんだが、父親というのはいったいドコの何者だかわからねえんだぜ――おいらとの間はまあ兄妹みたいなもんだが、本当は兄妹より上なんだぜ。子供のうちぁ、ふたり一緒に抱き合って藁の中へ寝て育ったんだ。子供のうちじゃあねえや、いい年になるまで――あいつが十の幾つか上になった時分に、
「もう友さん、二人で一緒に寝るのをよしましょうよ、人が笑うからさ」
とあいつが言ったから、おいら、
「うむ、寝たくなけりゃ、寝んなよ」
と言って、それっきり、二人は別々に寝るようになったんだが――いま考えてみると――米友は、何かしきりに意気込んで、眼に一種異様の光を帯びてきましたが、じっとしているうちに、涙が連々として頬に伝わるのを見ました。
「あの時分のように、藁ん中で、もう一ぺん君公を抱いて寝てやりてえ」
 今度は米友が、うわごとのように言いつづけました。
「育たなけりゃいいんだ、人間てやつは、いつまでも餓鬼でいさえすりゃ、男が女を抱いて寝たって、女が男に抱かれて寝たって、何ともありゃしねえんだ――人間は育ちやがるから始末が悪い」
と言い出しました。
 しかし、それは無理である。生きてる以上は育つなというのは無理です。そのくらいなら寧《むし》ろ生れるな――ということの抜本的になるには及ばない。だが、米友としては、「生れなけりゃよかったんだ、君公も、おいらも――いや、あらゆる人間という人間が生れて来さえしなけりゃ、世話はなかったんだが」という結論まではいかないで、ひときわの懊悩《おうのう》をつづけておりますと、ふっとまた一つ聞き耳を立てると、この懊悩も、空想も、一時《いっとき》ふっ飛んでしまい、思わず凝然《ぎょうぜん》として眼を注いだのが、例の、その以前から静まりきったところの納戸《なんど》の一間でありました。

         四十一

 しかし、今ここで勃然として気がついて、凝然として眼を注いだだけでは、米友として、もう遅かったのです。
 たしかに、あの一間の中から脱け出したに相違ないと信ぜられるところの一つの遊魂が、三所権現の方に向うて漂いはじめたのは、それよりずっと以前のことでありました。
 それは黒い着物の着流しに、両刀を横たえて杖をつき、そうして面《かお》は頭巾《ずきん》に包んでおりました。
 この深夜、鶏は鳴いたが、闇はようやく深くなり行くような空を、またしても、時ならぬ登山者が一人、現われたと見なければなりません。
 その足どりは先日、同様の夜山《よやま》をした弁信法師と同じように、弱々しいもので、十歩|往《ゆ》いては立ちどまり、二十歩進んでは休らいつつ、息を切って進んで行くのは、まさに病み上りに相違ないが、でも、何か別しての誓願あればこそ夜山をするものでなければ、今時、飄々《ひょうひょう》と出遊するはずはありません。
 足どりこそ、たどたどしいもので、歩みつかれて息ぎれのする呼吸を見てもあぶないものだが、もしそれ、時とところとによっては、身の軽快なること飛鳥の如く、出没変幻すること遊魂の如くなるが――弥勒堂《みろくどう》あたりから松柏の多い木の間をくぐる時分に、これはまた、遽《にわ》かにパッと満身に青白の光が燃えついて来たのはどうしたものでしょう。
 その形相《ぎょうそう》を見るに、生ける長身の不動が、火焔を吹き靡《なび》かせつつ、のっしのっしと歩み出したようなものです。ただ、その火焔の色が、不動尊のは普通の火の如く紅《あか》いが、この物影から起る猛火は青いのです。
 それは青い火が後ろから飛んで来て、不意にこの物影にむしりついたのか、或いはこの物影の体内から自然に青い火が燃え出して、この雰囲気を作ってしまったのか、そうでなければその辺の焼残りの野火にでも触れて、忽《たちま》ちこんな火焔を背負わされてしまったのだか、そのことは、はっきりわからない。
 最初にあの家を出る時は、証跡《しょうせき》の誰にもわからないくらいでしたから、当然こんなに火を背負って出て来たはずはない。ここまで来る途中、いつ、どこでということなく、松柏の林をくぐるかくぐりきらないうちに、この通り火の人となってしまったのですが、この火は、世間普通の紅い火のように、この人を焼く力を持っていないことは確かで、かくも全身に火を背負わせながら、その足どりとしても、息づかいとしても、従前とさのみ変ることはなく、強《し》いてわれともがいてその火を揉み消そうなんぞとしない落着きを見ても、青くして盛んなる火には相違ないけれども、熱くして人を傷つける火でないことだけは認められる。
 のみならず、この物影がはっと物を踏み越えた時は、その足許《あしもと》から、木の間のさわりを払おうとして手を挙げた時は、その手先から、或いはくぐり入ろうとして傾けた頭巾の上から、つまり、全身からは全身として発火している上に、個別的に四肢五体の一部分を動かせば、その動かしたところから、青い火が湧いて出るのです。
 柳川一蝶斎の一座の手妻《てづま》に、水芸《みずげい》というのがある。錦襴《きんらん》の裃《かみしも》をつけた美しい娘手品師が、手を挙げれば手の先から、足をあげれば足の先から、扇子を開けば扇子から、裃の角からも、袴のひだ[#「ひだ」に傍点]からも水が吹き出す。今ここに現われた物影は、手品つかいの芸当を習い覚えて、その伝をここでひそかに実演を試みているわけでもあるまいが、その現われたところは、まさにあれと同工異曲で、御当人はそれを気にしていないこと勿論だが、もし、他人があって、たとえば剣《つるぎ》の巷《ちまた》にある人を呪《のろ》うて貴船《きぶね》の社へ深夜の祈りに出かけた悪女――には、出逢うところのほどの人がみな倒れて死んだように、相当の被害が無くては納まらないほどの事態なのだが、幸いにこの奇怪な現象は、誰の眼にも触るることなしに、ある時間を限っての後、消滅してしまいました。
 が、奇怪な現象が消滅すると共に、物影そのものの姿も、尋常一様の漂浪者の姿となって残されたが、それがやがて松柏の林の中へと、暫くは身を没して現われることがありませんでした。
 しかし、また、いくばくもなくして、同じような身を登山表参道へ現わしたところを見ても、この人の四肢五体が全く無事であったことがわかり、同時にあの青い火の光というものが、決して人をそこなう力のある気体ではなかったということが、充分に証明されるのです。
 してみれば、あれはいったい何のいたずらか。山に通なる人は言う、胆吹の山には、他の山に見られない幾多の怪現象が起る――本来、胆吹のように山が独立していると、天象の変化は、他の連脈的アルプス地帯に於けるよりも一層|著《いちじる》しいものがある。例えばこの胆吹の如きは、日本本土の中央山脈とは相当の距《へだ》たりがあり、伊勢路から太平洋を前にして、後ろは日本海を背にしている。その遠近に大野があり、大湖があり、中国から内海へかけて山らしい山は無い。こういう山には、天界と、空界と、地上との現象が錯綜して起って、そうして一種幻妙不可思議な怪現象を捲き起そうということは、実に怪に似て怪ではないのです。たとえば、氷点下の山を襲って来る霧が、立っている物体にそのまま凍りついて、風の吹く反対の方へ重なり積って行き、思い設けぬヌーボー式の構造を見せると共に、普通、針金の太さを三尺にまでもして見せる霧氷というものがある。また太平洋から来る南風と、日本海から来る北風とが頂上で入り乱れて、気温が逆転し、頂上の方が非常に暖かくて、麓の方が著しく寒かったりすることもある。
 ことに、セント・エルモス・ファイアーというのは、日本に於ては、この胆吹山で発見されたのが最初だということだ。大海を航海中の船のマストの上に於てしばしば起ることのように、気象の関係で、物の尖端《せんたん》に電気を起し、青い焔が燃えさかる。しかし、この電気は、少しも人身に危害を与えることがない。
 といったような現象を考え合わせてみると、只今の怪現象も、必ずしも生身《しょうじん》の変態不動でもなければ、手品つかいのたわむれでもなかったとは言い得られる。ただ、右のような青い火の現象は、多く冬季の闇の夜の暴風の晩を以て現わるるを常とするというのに、今晩――今晩は通常の晩秋の夜気のうちなのです。

         四十二

 松柏の間をくぐり来《きた》って、春照からの表参道の大路へ通じた時、この物影はそこから爪先上りに登山路につくかと思えば、そうでもなく、ある地点でずっと横道を左へ切れてしまったところを見ると、はじめてこの物影は、誓願あっていちずに夜山をする人でないことだけがわかりました。
 そんならば、山上山下、或いは中腹のいずれに目的があって、さまよい出したのか、それも暫しは姿と共に掻《か》き消されてしまったが、また暫くすると、大平寺平《たいへいじだいら》の広場へ来て針のように突立っているのを見ました。
 動かしてみなければわからないくらいですが、杖ついた身の、針のようにそばだって立っているそのうしろは、むろん胆吹の本山ですが、前はどうでしょう、ずっと大スロープに尾を引いた浅井坂田の里を、一辷《ひとすべ》りに琵琶の湖まで辷った大景。
 琵琶湖が眼の下に胴面《どうづら》を押開いている。そうして四囲の山が赤外線で引立てたように、常日の眺めとは一層に峻厳に湧き立っているので、琵琶湖そのものが、さながらアルプス地帯の山中湖を見るように澄み渡り、このそそり立つ四囲の山々、谷々、村々、里々は、呼べば答えんとするところに招き寄せられている。
 沖の島、多景島、白石――それから竹生島《ちくぶじま》の間も、著しく引寄せられて、長命寺の鼻から、いずれも飛べば一またぎの飛石になっている。
 比良も、比叡も、普通見るところよりは少しく四五倍の高さを増して、手をつなぎ合ってこちらへ当面に向っている。堅田の御堂も、唐崎の松も、はっきりと眼の前に浮び上って来ている。
 三井、阪本、大津、膳所《ぜぜ》、瀬田の唐橋《からはし》と石山寺が、盆景の細工のように鮮かに点綴《てんてい》されている。
 針のように、そこに突立っている物影は、これらの四周の山水を見めぐらすのでなく、眼前の大スロープが湖水へ向って辷《すべ》り込もうとするある一点に眼を注いでおりました。他の部分の山川草木はすべて眠っているのに、そこばかりは夥《おびただ》しい火だ。家々の軒が火を点じているのみではない、町々、辻々には多分、盛んな篝火《かがりび》が夜明かし焚かれつつあると見える。
 そのところはまさに長浜の市街地であります。市街地であればこそ、他の山村水廓とはひときわ目立って火影の赤々と輝くのは当然ではあるが、それにしても、今晩のは明る過ぎる。もし、もの日か祭礼かであるならば、それに準じての物音がここまでも賑《にぎ》やかに響いて来てよい道理ではあるが、そういうもののけはいは少しも無くて、静寂の町々辻々に篝火だけがかくも夥しく焚きなされているということは、事それが、どうしても何かの非常時を示していないことはない。
 今晩、何かあの長浜の町に於て、特に非常警戒すべき出来事か、或いはその暗示。
 突立った物影は、一心にその町一杯の火の光を見詰めたまま、容易に動こうとはしませんでした。かくばかり熱心に長浜の市街地方面をのみ凝視《ぎょうし》しているところを以て見れば、その目指すところの目的は、あの長浜の町の辻にあるらしい。
 つまり、上平館《かみひらやかた》の一間からこの遊魂は、長浜の人里を慕うて下りて行かんとしてここまで漂うて来て、ここで暫く待機の姿勢をとって、そうして、虎視眈々《こしたんたん》として、長浜の町の辻に於ける獲物に覘《ねら》いをつけていると見れば見られないこともない。
 前例によると、こういう待機の姿勢には、危険きわまりなき事変が予想される。その昔、甲府城下の闇の夜半の例を以てしても……
 さすがに長浜の町の人々はもう先刻心得たもので、それ故にこそ、あの通り昼の如く町々辻々の隅々まで、篝火を焚いている。してみると、虎視眈々たる物影も、迂濶《うかつ》には足を踏み下ろせない道理です。
 長浜の町の辻の方にばかり気をとられていてはいけない――ちょうどここに突立って虎視耽々たる物影が、最初たどって来た方面の道から、春照からの表参道を外れてお中道《ちゅうどう》かと疑われたそれと同じ道を、こちらへ向って、平和な会話の音をさせながら、たどたどと歩み来《きた》るたった一つの提灯《ちょうちん》がありました。
「お母さん、あれが長浜の町ですか」
「そうです」
「篝火が盛んに燃えていますね、あれ、陣鉦《じんがね》、陣太鼓の音も聞えるではありませんか」
「さあ、お前、あれにつれ、あんまり勇み足になってはいけませんよ、勇士はいかに心の逸《はや》る時でも、足許を忘れるものではありません」

         四十三

 その話しながら来る場所が、こちらの突立っている覆面の人に、追々近く迫って来るのです。
 こちらでは、その人の話し声も、提灯の光も、それがだんだん近寄って来ることも、先刻御承知のはずなんだが、あちらでは、ここにこの人のいることを想像だもしていないことは確かです。よし、鼻を突き合わすようなところまで近づいて来たとしたところが、闇の空気の中に、この通り覆面の異装で立っていられては、気のつくはずはないのです。こういう場合にこそ、あの先刻のセント・エルモス・ファイアーが気を利《き》かして燃え出してくれればいいのに。
 こちらは先刻承知の上だからいいけれども、先方がかわいそうです。こう飄々《ひょうひょう》と近づいて来て、提灯を持っていることだから、鉢合せまでにもなるまいけれど、まかり間違って、あの長いものの鞘《さや》にでも触《さわ》ろうものなら、いや鞘に触らないまでも、提灯の光のとどく距離にまで引寄せられて来て、ハッと気がついたのではもう遅い。
 こういう場合には、こちらに好意があらば、空咳《からせき》をするとか、生あくびをするとかなんとかして、相当、先方に予備認識を与えて、他意なきことを表明してやる方法を講ずるのが隣人の義務なのです。ところが、こちらには一向にその辺の好意の持合せがないと見え、先方は遠慮なく近づき迫って来て、光は薄いながら提灯の灯《ひ》の届く距離の間で、早くも異風を気取《けど》ってしまいました。
「おやおや、どなたかおいでなされますな」
 気の弱いものですと、この際、これだけの事態で、もう口が利けなくなって、腰を抜かし兼ねまじき場合であったのですが、先方はたしかにこちらの異風を認めて、しかとその地点に踏み止まったにかかわらず、意外なのは、それが女の声で、しかも存外しっかりして、地に着いているのはその足許だけではありません。その声だけで判断しても、しっかりしてはいるけれども女の声には相違ないが、決してお雪ちゃんやお銀様のような音調や色合の声ではありません。むしろ良妻とか、賢母とかいうべき性質《たち》の、しっかりした調子で、「どなたかそれにおいでなされますな」と言葉をかけたのですが、こちらは無言でした。こちらからすべきはずの予備認識を以て隣人の義務を果さないのみならず、先方からの挨拶にも答えないというのは非礼を極めている、というよりは、害心をいだいていると判断してもさしつかえないでしょう。ところが賢母としての今の女の人の後ろに、清くして力のある子供の声が続いて起りました。
「お母さん、誰かいるの」
「ああ、それにどなたかおいでになります」
 そこでいったん踏み止まって多少の躊躇《ちゅうちょ》をしたけれども、それが済むと、この母と子は合点をして、その無言で突立った黒い姿の前をずんずんと通り抜けにかかりました。
 何でもないことのようですが、それはかなり大胆不敵な挙動と言わなければなりません。
 繰返して言えば、自分たちは礼儀をもって一応挨拶を試みたのに、先方は、その挨拶を返さないのみか、道路の真中よりは少し後ろへ寄っているにはいるらしいが、この場合、真中に立ちはだかっていると見て差支えない、それを一歩も譲ろうとさえしないのです。聴覚の全然喪失した不具の人でない以上、たしかにこちらに対して寸毫《すんごう》も好意を持っていないものの態度、しかも、篤《とく》と闇を透して見れば、覆面をして長い二つの、触《さわ》らば斬るものをさして突立っているのですから、無気味ということの以上を通り越して、害意もしくは殺意をさしはさんだ悪人と見るのが至当なのです。しかるにその前を、一応の挨拶だけで平気で子供を連れて通り抜けようとするのは、毒蛇の口へ身を運び入れるのと同様の振舞なのであります。
 しかも母の方は女のことであり、子は道中差にしては長いのを一本差しているにはいるが、これとても通常の旅の用心で、それ以上に二人には、なんらの武装というべきほどのものが施されてあるのではありません。
 しかし、無心というものの境涯こそは、あらゆる無気味に超越すると見え、この母と子は、すらすらと、この危険きわまる存在物の立ちはだかりの前を通り過ぎて、極めて安祥として二三間向うへ離れますと、
「どこへ行くのです?」
 この時、物静かに、はじめて発音したのは、こちらの無気味きわまる黒い姿の存在物でありました。
「はい」
と、また踏みとどまってこちらへ向きながら返答した賢母は、言葉は無論、足もとに至るまで前同様少しの狼狽《ろうばい》さえ見えません。
「長浜までまいります」
 行先までをはっきりと名乗りました。
「長浜へ、長浜の町では、今晩何か物騒がしいようです」
「はいはい、陣触れがございます」
「陣触れが」
「はい、それであの通り篝《かがり》を焚いているのでありまする」
「ははあ。それはそうと、拙者もその長浜まで参りたいと存ずるのだが、道がちと不案内でしてな、御一緒に願われまいか」
 黒い姿は存外静かに、物やさしい頼みぶりでしたけれども、それだけにどこか、つめたいところがあり、いっそう無気味なる物言いと受取れないではないが、提灯《ちょうちん》の賢母はいっこう物に疑いを置くことを知らぬ人と見えて、
「それはそれは、長浜はあの通りつい眼の下に見えておりまするが、ここからはまた、道順というものもござりまして、それは私共がようく心得ておりまする故、失礼ながら御案内をいたしましょう」
「では頼みましょうか」
 そこで、提灯がまた動き出すと、黒い姿もむくむくと動いて来て、母と子との間に割り込むというよりは、二人が中を開いて、この人を迎えるような態度をとり、そこで提灯の母が先に、十二三になる凜々《りり》しい男の子が殿《しんがり》という隊形になりました。
 しかしまた、これでは送り狼を中に取囲んで歩き出したようなもので、一つあやまてば、二つとも一口に食われてしまいはしないか。事実上、そういう隊形になっていながら、気のいい母と子は、一向、懸念も頓着も置かないのは、送り狼そのものを眼中に置かぬ狼以上虎豹の勇に恃《たの》むところがあるか、そうでなければ全然、人を信ずることのほかには、人を疑うということを知らぬ太古の民に似たる悠長なる平民に相違ない。
 そこで、この三箇が相擁して、胆吹から長浜道へ向けて、そろりそろりと歩き出しました。
 そうして、また途中、極めて心置きなき問答が取交わされました。
「どちらからおいでなされた」
と黒い姿の方は、相変らず存外打ちとけた話しかけぶりでした。提灯の賢母は最初からあけっ放しの調子で、
「尾張の国の中村から参りました」
「尾張の中村――」
「はい」
「それはずいぶんと遠方ではござらぬか」
「左様でございます、ここは近江の国、美濃の国を一つ中にさしはさんで、これまで参りました」
 ついぞこの辺の里の女童《おんなわらべ》の夜明け道と心得ていたが、尾張の中村から三カ国をかけての旅路とは、ちょっと案外であった。
「それはそれは、なかなか遠方からおいでだな。そうして、長浜へは何の御用で?」
と黒い姿。
「あれに親戚の者がおりまして」
「親戚をたずねておいでなのですか」
「はい、木下藤吉郎と申します、あれが今、長浜におりまして、わたくしの従妹《いとこ》の連合いになっておりますので」
「木下藤吉郎」
 聞いたような名だ! と、黒い姿が思わず小首を傾けました。
「はい、その従妹の連合いが、今たいそう出世を致しまして、江州の長浜で五万貫の領分を持つようになりました」
「冗談《じょうだん》じゃない」
と、黒い姿もさすがに桁《けた》の違った母の人の言い分に驚かされ、呆《あき》れさせられたように投げ出して言うと、賢母は、
「いいえ、冗談ではございません、昨晩からの陣触れも、あの篝《かが》りも、みんなそのわたしのいとこ[#「いとこ」に傍点]の連合いがさせている業なのでござります」
「途方も無い。だが、もう一ぺん、その人の名を言ってみて下さい」
「木下藤吉郎と申します」
「は、は、は、何を言われる、木下藤吉郎、それは太閤秀吉の前名ではござらぬか」
「別に、こちらの方では、太閤と申しましたか、秀吉と申しましたか、そのことはわたくしたちはよく存じませぬが、わたくしの従妹の連合い木下藤吉郎がたいそう出世を致しまして、只今、あの江州長浜で五万貫の領分をいただいているのは確かなのでござります、そこへ、わたくしはこの子を連れて、尾張の中村から訪ねて参る途中なのでござります」
 賢母らしい人は信じきって、こう言うのですから、義理にも冗談とは受取れないので、ばかばかしいと思いながら、覆面の黒い姿はそのままでもう一歩進んでみました。
「そんならそうとして、さて、あなた方は何の目的でそれをたずねておいでになる」
と、駄目を押すようにしてみると、
「左様でござります、その藤吉郎に、この子供の身を託したいと思いまして、これはわたくしのせがれでござりますが、ごらんくださいませ」
と言って、母なる人は後ろを振返り、踏み止まってその提灯を、殿《しんがり》にいる十二三の男の子の面《かお》に突き出しました。
 そこで、この子の面目が照らし出され、その突きかざした提灯がくるりと廻ると、まず最も鮮かに浮き出したのは、提灯に描かれた蛇《じゃ》の目と桔梗《ききょう》の比翼に置かれた紋所でありました。

         四十四

 その提灯の光りに照らし出された十二三の少年は、臆するところのない沈勇の影を宿した面《かお》を向けて、しとやかに立っておりました。
 それを見て、黒い姿は、何か神妙な気持にうたれたと見え、
「どうです、この辺で一休みして参ろうではござらぬか――あなた方は何か御由緒《ごゆいしょ》もありそうな人たち、お身の上を、ゆっくり承ってみたいものだ」
と、その辺の然《しか》るべき路傍に立ちよってみると、
「はい、まだ夜明けには間もございますから、ではひとつ、この辺で一休みさせていただいて、ゆっくりあれへ参ることに致しましょう。お前、そこに大きな石がある、それをこちらへお据え申しな」
と母から言いつけられると、沈勇な面影を備えた少年は、自分の身体に余るほどの大きさの路傍の巌石を、易々《やすやす》と転がし出して来て、黒い人のために席を設けました。
 そうして、母子は程よいところの木の根方へ腰を下ろして、提灯は傍《かた》えの木の枝へ程よく吊り下げ、そうして心安げに話をするくつろぎになりました。
「この子は虎之助と申しまして、柄は大きくござりますが、これで当年十三歳なのでございます、今日まで故郷の尾張の中村で育てましたが、いつまでも草深いところに遊ばして置くのもどうかと思いまして、思い切ってこちらへ連れて参りまして、藤吉郎のところへ預けて、ものにしようと思いまして」
「お父さんはどうしました」
「この子の父と申しますのが、あなた、弾正右衛門兵衛と申しまして、つまり、わたくしの連合いなのでございますが、三十八歳の時に、これが三歳《みっつ》の年に歿してしまいました」
「それは、それは――」
「それから、こうして今日まで、後家の手一つで育て上げはいたしましたが、後家ッ子だからと人に笑われるのは残念でございますし、それに、田舎《いなか》に置きましては、武士の行儀作法をも覚えさせることはできませんから、思い切って連れて参りました。父の弾正さえ生きておりますれば、わたくしがこうして引廻さなくもよろしいのでございますが……」
「ははあ、そなたのお連合い、そのお子さんの父親も弾正と申されましたか。実は拙者の父も同じ名を名乗っておりました」
「さようでござりましたか、それは、どうやらお懐《なつ》かしいことでございます。なんにいたしましても、男の子は男親につけませんと、母親ばかりではどうしても躾《しつけ》が足りません、それにあなた、この子がそう申してはなんでござりますが、生れつき心が優しく、武勇の気が強いのでござりまして、親の慾目とお笑いになるかも知れませんが、わたくしとしては相当に見込みをつけたのでござりました」
「ははあ――」
「わが子を賞《ほ》めるは馬鹿のうちと申しますが、まあ、お聞きくださいまし、八歳《やっつ》の年の時でござりました、村の子供と大勢して遊んでおりますと、そのうちの一人が、過《あやま》って井戸へ落ちてしまったのでござります、そう致しますと、子供たちのこととてみんな驚き、あわてふためいて、どうしようという気にもならないでおりますと、この虎之助が、まず急いで自分の着物を脱いで裸になると共に、子供たちみんなに同じように裸にならせて、その帯を集めて、結び合わせて長くして、子供たちに、『君たちはこの端を上で持っておれ、わたしは下へ降りて行って助けて来る』と言って、自分はその帯をつかまえて井戸の底へ下って行き、溺《おぼ》れている子供を抱き上げ無事に救って上りました。それからまた……」
「どうぞ、御遠慮なくお聞かせ下さい、たしかに凡物ではありませんな、八歳の年で、その危急の場合にそれだけの沈勇があるとは、そういうお話は決して子供自慢には響きませぬ、自慢としてもそういう自慢なら、あらゆる親の口から聞かせてもらいたいくらいです」
「では、お言葉に甘えて、なお申し上げることと致しましょう。これが十歳の時でござりました、家へ盗賊が入りましてな、わたくしも内心はゾッといたしました。許しては置けないが、母子が怪我をしても、させてもならない、どうしようかと思案しておりますうちに、これがずかずかと立って何をいたすかと見ますと、村のお祭礼《まつり》の時に用いまする鬼の面が家にござりました、それを手にとると自分の面へこういうふうにかぶりまして、そうしてそのまま盗賊の前へ向って行ったのでござります。不意を打たれて驚いたのは盗賊でございました、鬼の面とは知らず、眼前に異形のものが現われ出でたものでございますから度を失って、たじたじといたしましたところを、この子が一刀に斬って捨ててしまいました」
「ははあ、それはいよいよ凡人には及び難い」
「そういう気象の子供でございますから、どのみち、これは草深いところに置くよりも、武士として出世させるのが道だと思いまして、幸いにこの長浜に親戚の藤吉郎がおりますものでございますから……」
「どうです、その藤吉郎殿には、この子が育て切れますかな」
「それはもう、そう申しては、これまた親類自慢とお笑いになるでしょうが、あの藤吉郎がまた決して凡物ではござりませぬ、この子を引廻し、使いこなすのはあれに限ったものでございます――いったい、人を見て使うということも器量の要る仕事でございますけれども、使われる方もまた、主と頼む人をよくよく見込んでかからなければならないのでございますが、この点におきましては、藤吉郎よりは虎之助の方がどのくらい恵まれているかわかりません。そこへ行くとわたしたち母子は幸運者でござります、こうして易々《やすやす》と藤吉郎に頼みさえすれば大安心でございますが、藤吉郎が主人を見立てて、この人ならばと頼み込むまでには容易なことではございませんでした。もともと尾張中村の賤《いや》しい土民生れでございますから、一族郷党に優れた取立てがあるというわけではございませんし、自分の身に何の箔《はく》がついているわけではございません、乞食同様になって諸国を流浪の揚句が、ようやくこの人ならばと思う主人を自分で見出しまして、自分でその人のところへ押しかけ奉公を致しまして、やっと草履取《ぞうりとり》に召使われましたのが運のはじめでございました。藤吉郎はあれで天下第一等の苦労人でございます、世間では天下第一等の幸運者のようにも申しますが、わたくしたちから申しますと、天下第一等の苦労人と申すほかはござりませぬ。幸運を羨《うらや》む人は多くございますが、苦労のことはあんまり認めてやるものがございません」
「なるほど――」
「あなた様も御承知でございましょう、やはり尾張の出身ではございますが、身分は藤吉郎などとは比べものにならない家柄、今は安土《あづち》の主織田信長でございます――織田殿を主人に見立てたばっかりに、藤吉郎も今は江州長浜で五万貫の身上になりました」
「そうすると、そなたのそのお子さんも、やがて一国一城のあるじになり兼ねぬ運命を持っておいでだ」
「はい、親類から一人エライのが出ておりますと、何かにつけて仕合せでございます」
「その通り。もしまた間違って親類から一人悪い奴でも出ようものなら、一家一まきが災難だ」
「さようでございます。それ故どうかこの子もすんなりと立身出世を致させたいものでございます、草葉の蔭におりまするこの子の父親弾正に対しまして、わたくしのつとめでござります――承れば、あなた様のお父上も弾正様とお名乗りあそばされましたそうで、やはり御成人あそばした後までも、あなた様の立身出世をお祈りになっていらっしゃらぬ日とてございますまい、わたくしが、どうやらこの子を今日まで育て上げましたのも、亡き連合いの魂魄《こんぱく》が守護してくれましたそのおかげとばかり思っておりまする」
「そうおっしゃられると恐縮です、あなたはこうして、立派にすんなりとお子さんを育て上げて、立身出世を亡き連合いとしてのこのお子さんの父君に誓願しておられるが、拙者ときた日には、父の名こそ同じ弾正ではあるが……子の成れの果てはお話になりません」
「いいえ、さようなことはございません。しかし親となってみますと、頑是《がんぜ》ない時は頑是ない時のように、よく行けばよいように、悪くそれればそのように、もしまた立身出世いたしましたからとて、それで心の静まるわけのものではございません」
「では、何のために立身出世をさせるのですか」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と、竜之助から問いつめられた賢母の人は、愛想笑いをして、
「そういうむずかしいことをお尋ねになっては困ります、今のわたくしは、ただ子供に立身出世をさせたい一心だけでございまして、立身すればするように、苦労が増すものか、減るものか、そのことなんぞは実は考えていないのでございます。それはそうと、もうかなり時がうつりました、それではそろそろ長浜へ向って出かけることと致しましょう」
と言って、木の枝に程よく吊《つる》した提灯《ちょうちん》を取下ろすべく、賢母が腰を上げて手をのばしました。
 賢母が提灯を手にとろうとすると、その後ろで不意に、
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と笑う声がしました。
 三人が言い合わせたようにそちらをみやると、水門の水口《みなくち》のところに、腰打ちかけてこちらを向いている一人の白い姿があるのです。
 最初は絵に見る関寺小町《せきでらこまち》とか、卒塔婆小町《そとばこまち》とかいうものではないかと怪しまれたほど、その形がよく画面に見えるそれと似通っておりました。
 無論、女です。白い着物の裾を長く曳《ひ》いて、白い帯に、白い頭巾で、目ばかりを出して、不意に「ホ、ホ、ホ、ホ」と笑いかけたものですが、その笑い声がいかにもやわらかで、そうして美しさと、若さを含んでおりました。
 卒塔婆小町? と疑ったのは、その姿を見た瞬間の印象だけでして、その声を聞くと、どうして、ずっと若い、美しい水々しさを持っていることに於て、やはりその頭巾の中の主も、声と同じような若さと、美しさと、それから和《やわ》らかさを持っている人であることは疑うまでもないほどです。
「どなたでございますか」
 こう不意を打たれても、賢母はあまり狼狽《ろうばい》しませんで、そうして物静かに、おとない返したものです。
「御免あそばせ、失礼とは存じつつも、あなた様方のお話を、途中でおさまたげするのも何かと思いまして、こちらで伺っておりました」
「少しも存じ上げませんでしたが、どこからお越しになりました」
「都からのぼって参りましたが、実はこちらがわたくしの故郷なのでございます」
「さようでいらっしゃいますか」
 ここで、両女の受け渡しがはじまりました。
 最初の婦人を、仮りに賢母と名づけ、後なる白衣の婦人を美人と呼びましょう。
「あなた様には、御子息様をお連れになって、尾張の中村からお越しあそばされましたそうな」
と美人が押返してたずねると、賢母が直《ただ》ちに答えました。
「はい、お聞きの通りでございます」
「そうして、あの長浜に御親類のお方が、たいそう出世をあそばしておいでなさいますそうで、それへ御子息をたのみにおいでの由を承りましたが」
「はい、仰せの通りでございます」
「つきましては、甚《はなは》だ不躾《ぶしつけ》でございますが、わたくしの考えだけを申し上げますと、それはおやめになった方がおためかと考えますのでございますが……」
「何と仰せになりましたか」
「はい、御子息様を御親類の方へお連れあそばして出世をおさせ申すことは、おやめになった方がおよろしくはございませんかと、わたくしはさように申し上げたのでございます」
「では、わたくしたちが長浜へ参るのは、悪いとの仰せでございますか」
「その通りでございます、御子息様をお連戻しになって、尾張の中村へお帰りになるのが、あなた様方のおためかと存じまして」
「それはいったい、どういうわけでございましょう」
「まあ、お聞きあそばせ」
 水門に腰かけている美人は、提灯《ちょうちん》を提げていささか立ち煩《わずら》っている賢母に向って、あらためて物語をはじめました、
「わたくしは、出世をすることが必ずしも人の幸福《しあわせ》ではないと覚えておりまする、幸福でないのみならず、出世をするのは、人間の最も大きな不幸と災禍《わざわい》の門を入るものと覚らずにはおられないのでございます、それ故に、あなた様方の、只今のお話を、ここでお聞過しにするに忍びないのでございまして」
「異《い》なことをおっしゃいます、それは不祥なお言葉でございます」
「せっかくの御子息の門出に、ケチをつけるというつもりは毛頭ございません、身につまされましたものでございますから――つまり、わたくしというものが、その出世にあやまられた一つの見せしめなんでございまして」
「いったい、あなた様はどなたでいらっしゃいますか」
 賢母は、美人の言い廻しの奇怪なるに、ついその身の上の素姓《すじょう》を問いたださざるを得ない気持にさせられたようです。
 そうすると、美人はそれに答えないで、おもむろに横の方を向きながら、物々しい声で朗詠のような調子をはじめました。男性を思わせるくらいの朗々たる音吐《おんと》でしたが、その調子の綴りを聞いていると、まさに一首の歌です。
[#ここから2字下げ]
萌《も》え出づるも、枯るるも、同じ野辺の草
 いづれか、秋に、逢はで、果つべき
[#ここで字下げ終わり]

         四十五

 その時、賢母はいささか手持無沙汰に見えました。歌を以て答えられたけれど、自分には歌をもってこれに応ずる素養が欠けていることを恥づるとしも見えないけれど、さて、その突然なる朗詠に向って、何と挨拶をしていいか、ちょっと戸惑いをした形でいると、
「お母さん」
と、意外なるところから助け船ではないが、ちょっとばつの悪くなった気合を補ったのは、同伴の沈勇なる少年でありました。
「お母さん、この方は祇王様《ぎおうさま》じゃございませんか」
「何ですか」
「あの、六波羅《ろくはら》の祇王様なんでしょう」
「六波羅の祇王様」
 賢母が少年の言葉に駄目を押していると、美人がそれを聞いて、また朗らかに笑いました。
「ホ、ホ、ホ、坊ちゃん、あなたはよくわたくしを御存じでしたね」
「お母さん、あの、ほら、平家物語のはじめの方にある――」
「ああ」
と賢母も、はじめてうなずきました。そうすると美人は、わが意を得たりとばかり、
「おわかりになりましたね、わたくしが六波羅の平清盛の寵愛《ちょうあい》を受けていた祇王と申す女なのでございます」
「ああ、さようでございましたか、つい、存ぜぬ事ゆえ失礼をいたしました」
「失礼は私こそ、斯様《かよう》に身元がはっきりと致して参りました上は、なお包まずに申し上げてしまいましょう。都へ出て、清盛の寵愛を一身にあつめておりましたわたくしの出生地と申すのは、この近江の国、この土地の生れなのでございます」
「さようでございましたか、そのこともつい存じませぬことで、都の御出生とばかり存じ上げておりました」
「都へ出て、浮川竹《うきかわたけ》に白拍子《しらびょうし》のはかないつとめをいたしておりますうちに、妹の祇女《ぎじょ》とともに、あの入道殿のお見出しにあずかって、寵愛を一身にうけるようになりました」
「入道殿とおっしゃいますのは?」
「それは、あの清盛のことでございます、その時は太政大臣《だいじょうだいじん》の位に登っておりました」
「ああ、よくわかりました」
「その当座というものは、わたくしたちが、天下の女という女の幸福を一人で占めたもののように、世間から、羨《うらや》まれもし、あがめられもいたしました。天下を掌《たなごころ》のうちに握る太政入道は、たとい王侯将相のお言葉はお用いなくとも、わたくしたちの願いはみんな聞いて下さいました。御一門の方さえ憚《はばか》っておりまする時に、わたくしたちは思い切って甘えもいたし、我儘《わがまま》もいたして許されました。それほどでございますから、月卿雲客、名将勇士たち、みなわたくしたちに取入って、入道殿の御前をつくろわんと致しました。わたくしたちの一家|眷族《けんぞく》の末までも多分の恩賞がございました。都の浮《うか》れ女《め》は、せめてわたくしたちの幸福にあやかりたいと、名前までも祇一、祇二、祇福、祇徳などと争って改めてみたものでございます。氏《うじ》無くして玉《たま》の輿《こし》と申しまする本文通り、わたくしたちが一代の女の出世頭として、羨望《せんぼう》の的とされておりましたが、そのうち、加賀の国から、あの仏御前《ほとけごぜん》が出てまいりましてからというものは、わたくしたちの運命は、御承知の通り哀れなものでございました」
と言って、美人はここで声を曇らせて、面を伏せたようでしたが、また向き直って、
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仏も昔は凡夫なり
われらも後には仏なり
いづれも仏性《ぶつしやう》具せる身を
隔つるのみこそ悲しけれ
[#ここで字下げ終わり]
 それは悲しい調子に歌い出されて来ましたが、また急に晴々しい言葉になって、
「愚痴を申し上げて相済みません、栄枯盛衰は世の常でございますから、欺いたとて詮《せん》のないことでございました、仏御前に寵愛《ちょうあい》を奪われましてから後の、わたくしたちの運命というものは、御承知の通りでございまして、すべての世界も、人情も、みんな一変してしまいましたが、ただ一つ変らぬものとして、ごらん下さいませ、この井堰《いぜき》の水の色を……」
と言って、美人は後ろを顧みて漫々たる池水を指し、
「わたくしたちのあらゆる栄耀栄華《えいようえいが》のうちに、ただ一つ、これだけが残りました」
と言って、美人は相変らず水門に腰をかけた卒塔婆小町のような姿勢で、うしろの池水を指さしながら、
「この池と、この井堰と、この用水とは、わたくしが六波羅時代に掘られたものでございます、それは、わたくしの生れ故郷の人たちが、水に不足して歎くところから、わたくしが費用を出して、この池と、塘《つつみ》と、堀とを、すっかりこしらえさせてやりました。なに、天下の相国《しょうこく》の寵愛を一身に集めたその時のわたくしたちの運勢で申しますと、こんなことは数にも入らないほどの仕事でございました。わたくしはただ、ほんのお義理をしてやる程度の思いで、自分では忘れてしまっていたくらいの仕事が、どうでございましょう、今日になって見ると、わたくしの一生のうちの最も大きな、そうしてただ一つの功徳《くどく》の記念となって、永久に残されることになりました」
 美人は、今となってはじめて、その当初には思いも設けなかった、自分のした仕事のうちの最もささやかなことの仕事の一つに、自分のあらゆる生活の最も大きな意義を見出したかの如く、惚々《ほれぼれ》とこの池の水を見ていましたが、やおら立ち上って池のほとりをさすらいはじめました。
「坊ちゃん、こっちへいらっしゃいな」
 しなやかな手を挙げて、沈勇な少年を小手招ぎをするのです。
 少年は、そのしなやかな誘いに応じて行きたくもあるし、母の手前をも憚《はばか》っていると、美人の姿は飄々《ひょうひょう》として池畔《ちはん》をあちらへ遠ざかり行きながら、その面影と、声とははっきりして、
「ねえ、坊ちゃん、あなたのこれから頼ろうとなさる御親類の方が、この後、たとい太政大臣におなりあそばし、或いは摂政《せっしょう》関白《かんぱく》の位におのぼりになりまして、従って、あなたが大名公家に立身なさろうとも、それは、あなたの幸福ではありませんよ。本当の幸福を思うならば、これから故郷の中村とやらへお帰りになって、そうして朝晩にこうして、お池と、用水と、井堰とを見守って、一生をお送りなさい。そうでなければわたくしと一緒に、嵯峨《さが》の奥というところへいらっしゃい、そこにはいと静かにわたくしたち母子が住んでいるのみならず、今ではあの仏御前《ほとけごぜん》も一家族の中の一人となりました、ちょうどあなたぐらいの少年が、何かにつけて一人欲しいと思っていたところなんです――よかったら、いらっしゃい、ね」
 言葉が余韻《よいん》を引いて、姿が隠れてしまいました。水門の蔭に没したようでもあり、水の底に沈んでしまったようでもあります。
 賢母も、少年も、惜しそうにその池の面を見つめておりましたが、もう、いずれのところからも再び姿を現わす気色はありませんでした。
 それを見ているうちに、今まで明るく点《とも》されていた蛇《じゃ》の目桔梗の提灯が、いつの間にかふっと消えておりました。それが消えると、賢母の姿も、沈勇少年の姿もなく、真暗闇。
 大平寺の門前の庭に、針のように突立っている例の黒い姿が一つあるばかり。
 比良ヶ岳の方を見上げると、時ならぬ新月が中空にかかっている。
 上平館《かみひらやかた》の方を見た時に、青い火が一つ、それは例のセント・エルモス・ファイアーではない、青い火の塊りが一つ、ふわりと飛んで、一定の距離に淡い筋を曳《ひ》いたかと思うと、暫くにして消えてしまいました。
 多分、俗に人魂《ひとだま》とでもいうものなんでしょう。

         四十六

 それはさて置いて、残されたりし上平館の松の丸の炉辺で、今、米友がスワと、炉辺の席を蹴って立ち上りました。
 そうして、自在も、鉄瓶も、大またぎに突破して跳り込んだのは、さいぜんから問題の納戸《なんど》の一間、これを奥の間とも呼んだところの一間であります。納戸と奥の間とは違うけれども、この際、炉辺と台所とを標準にすれば、いずれも構造的に奥の方に当るのですから、奥の間とも、納戸の一間とも、この際に限って呼んで置きましょう。
 そこへ米友が一息に飛び込んで行って、
「お、お雪ちゃん、どうしたい、お雪ちゃん」
 寝ている蒲団《ふとん》の中から、お雪ちゃんの身体《からだ》を引きずり起して、両方の腕で掻抱《かきだ》いてむやみにゆすぶりました。
 ところが、お雪ちゃんにはいっこう返事がなく、返事の代りに、聞くも苦しそうな唸《うな》り声があるばっかりです。
「お雪ちゃん、どうしたんだってえば、しっかりしてくんなよ」
と米友は、二たび三たび抱き上げたお雪ちゃんを烈しくゆすぶりました。
 この際、米友としては、ゆすぶってみるよりほかの芸当はなかったのでしょう。事が全く不意に出でたものですから、本人をゆすぶって、本人に事の仔細をたしかめてみるよりほかには詮方《せんかた》がない。その本人にたしかめてみる以前に、本人の正気を回復さしてかからなければならない。
「お雪ちゃーん、お雪さん、しっかりしろやい」
 この烈しい米友のゆすぶりに対して、お雪ちゃんの挨拶としては何もなく、少し間を置いて、そうして恐ろしい唸りの声ばかりで、今度はその唸り声さえ漸く低く勢いを失ってきて、その身体までがみるみる弾力を欠いて、そうしてぐったり米友の身体の上に崩れかかるようなものです。
 およそ米友としては、若い娘のこういった態度を、今までにこれで二度まで見せつけられました。その一つは、申すまでもなく、本所の相生町《あいおいちょう》の老女の家で行われた幼な馴染《なじみ》との間の生別死別の悲劇がそれでありました。
 あの時は、天地が目の前ででんぐり返ったと同様で、何が何だかわからなくなってしまったが、でも、死ぬ人は充分覚悟の前であり、そうして枕許にはお松さんという日本一頼みになる人がついていて、一から十まで行届いた臨終ぶりというべきものでありました。
 然《しか》るに今晩のことは、まるっきり違う。お雪ちゃんを介抱すべく誰もいやしない。それはそのはずで、今のさきまで元気でいた若いお雪ちゃんのことだから、誰も急変を予想しているはずのものはないのに、突発的にこの急変なのです。米友といえども全く周章狼狽せざるを得ません。
 周章狼狽は極めてはいるけれども、全く失神迷乱しているわけではない。その点に於ては寧《むし》ろ相生町の時の、天地が目の前ででんぐり返って自分の立つところ、居るところがわからなくなったとは違って、何が何だか事の順序を見きわめるだけの余裕はあったのです。
 まずあの炉辺から、自在と鉄瓶とを突破して、一気にこの室へはせつけしめられた異常というのは、この室から起ったところのお雪ちゃんの異様なる叫び――ではない、唸り声がもとなのでありました。その一種異様なる唸り声を聞きつけると、米友が例の早業で、一気にここへはせつけて来ての仕事が、前いう通り、寝ている蒲団の中からお雪ちゃんの身体《からだ》を引きずり起して、両方の腕で掻抱いて、むやみにゆすぶり立てることでありました。そうして続けさまにその名を呼んで、まず正気を回復せしめて、事の理由をたずね問わんとするものでありました。
 しかし、その手ごたえがいっこう薄弱で、かえってますます消極的にくず折れて行く有様に、周章狼狽をはじめたのは見らるる通りでありますが、この非常の際にも、ただ一つ安心なのは、どう調べてもお雪ちゃんの身体の外部にいささかの損傷のないということであります。
 斬られているのでもなければ、締められていたという痕跡もないし、毒を飲ませられたという形跡もないことですから、事態はどうしても内臓の故障から来ているらしい。女子に特有な癪《しゃく》だとか、血の道だとかいったような種類、お雪ちゃんがてんかん[#「てんかん」に傍点]持ちだということは聞かないが、そうでなければ何か非常に驚愕《きょうがく》すべきことでもあって、一時、知覚神経の全部を喪失するほどに強襲圧倒させられてしまったのだろう。
 その辺にだけは辛《かろ》うじて得心を持ち得たが、事体の危急は少しも気の許せるものではありません。
 しかし、前に言う通り米友としての芸当は、烈しくゆすぶってみるよりほかには為《な》さん術《すべ》を知らない。ただ一つ知っている、それは柔術の活法から来ているところの当ての手でした。けれども、今の米友としては、その活法を、ここでお雪ちゃんに施してみようとの機転も利《き》かないほどに狼狽を極めておりました。またその機転が利いていたところで、当身《あてみ》や活法は、施すべき時と相手とがある。今この際、このか弱い病源不明の者に向って、手荒い活法を試むることがいいか、悪いかの親切気さえ手伝ったものですから、いよいよ手の出しようが無くなったのです。そこで、いよいよ深く、いよいよ強く、お雪ちゃんを抱き締めてしまって、
「しっかりしろ、お雪べえ――」
 幸いにして、ほんとに有るか無きかのささやかな希望のひっかかりを与えたのは、この時、こころもちお雪ちゃんの体の動きに少し力が見えました。
「しっかりしろ、しっかりしろよ、お雪ちゃん」
 同じようなことを繰返して、米友が抱きしめてゆすぶる間に、有明ながら行燈《あんどん》の灯は相当の光をもっていたのです。その光が蒼白《あおじろ》くお雪ちゃんの面《かお》を照しているものですから、それで見ると、死人同様な面の上に、ほんのこころもち、唇だけをいそがわしく動かしているようにも見える。それを見て取ると、米友が眼から鼻へ抜けました。
「うむ、そうか、そうか、水が欲しいか、水が飲みてえか、そうだろう、待ちな、待ってくんな」
 恰《あたか》もよし、枕許に水呑がある。それを、お雪ちゃんを抱きながらの米友がいざって行って、片手をのばして引寄せると、ちょっと考えて、その水呑の口をお雪ちゃんの唇のところまであてがってみたが、それではどうにもならないと諦《あきら》めると、思い切って自分の口にあてがってグッと呑み込み、
「…………」
 その口をお雪ちゃんの口にあてがって、グイグイと注ぎ込みました。普通の場合に於てこういうことはできないのです。普通の場合でなくとも、米友でなければ、こういうことを為し得ない。為し得たとしても、後に相当の誤解と羞恥《しゅうち》とを拭い去れないものが残る憂いはあるが、今の米友には、そんなことはてんで心頭にはありません。
 口移しに水を注ぎ込んだが、無論その注ぎ込んだ水の全部がお雪ちゃんの咽喉《のど》を通ろうとは思われないのですが、しかし本人も、この昏迷きわまる状態のうちにありながら、たしかに水を呑まんと欲する意識だけは動いていると見え、米友の口移しにした水の三分の二ぐらいは唇頭から溢《あふ》れて、頬と頸へ伝わって流れ去るのですけれども、三分の一程度は口中へ入るのです。そうして、そのまた幾分かが口中に残り、幾分かが咽喉を通り得るものと見なければなりません。
 米友は誰に憚《はばか》ることもなく、また憚る必要もなく、二度も三度もその給水作業を試みました。水が通じたというよりも、米友の神《しん》が通じたのでしょう、たしかに見直した、もうこっち[#「こっち」に傍点]のものだ――という希望の光が、米友の意気を壮《さか》んにしました。
「だから、言わねえこっちゃねえ」
 この時は、もう烈しくゆすぶることをやめて、寝る子を母があやなすように、米友のあしらい方の手加減が変りました。
 事実、それは米友の糠喜《ぬかよろこ》びではありませんでした。お雪ちゃんは刻々に、著しく元気を恢復《かいふく》して行くことがありありとわかります。米友はまた、片手をのばして燈心を掻《か》き立てるだけの余裕を作ってみると、その増し加えられた火花が、一層お雪ちゃんの気分を引立てたものに見せましたから、もうこっちのもの、という考えがいよいよ確実になってみると、米友としてもいよいよ米友度胸が据《すわ》ったのです。
 とはいえ、稽古半ばで落された武術の修行者が、さめると共に元気を回復して、すぐさま相手に一戦を挑《いど》みかけるというような現金なことはなく、まだ決して自分の意志を表白し得るほどの程度にも達していないのですが、もうこっちのもの、という信念を米友に持たせることに於ては牢乎《ろうこ》として動かすべからざるものがあったのですから、米友の取扱いもいっそう和気もあり、やみくもにゆすぶることには及ばない。ゆすぶってはいけないのだ、安静に寝かして置いた方がいい、もともと外部に創傷のある出来ごとではないのだし、長いあいだ病気で弱っていたという身体でもないのですから、安静にして置いて、且つ冷えないようにしてやりさえすればそれが何よりなのだ、という看護法の要領だけは米友の頭にうつって出来たものですから、そのまま後生大事にお雪ちゃんをまた元の枕に寝かせながら、
「だから言わねえこっちゃねえ、お前《めえ》、あの男にどうかされたんだろう。あの男というのは、お前が先生先生といってかしずいているあの盲《めくら》のことだ、ありゃお前、魔物だぜ!」
と言いましたが、無論まだ口を利《き》く自由さえ得ていないお雪ちゃんが、この文句を聞き取れようはずはありません。自然、米友のいうことは独《ひと》り言《ごと》になってしまっているのですが、聞かれていようとも、聞かれていなかろうとも、独り言であろうとも、相手を前に置いての独得のたんか[#「たんか」に傍点]であろうとも、米友としては言うだけのことを言いかけて、途中でやめるわけにはゆかない。
「お前はこっちへ寝て、あの男は向うの屏風《びょうぶ》の中へ寝たんだろう、まさか一緒に寝るようなことはありゃしめえ、あんな人間の傍へ近寄ろうとするのがあやまりなんだ、まあ怪我がこれだけで済んだから幸福《しあわせ》のようなものなんだ。ところで、お前が珍しがっているあの人間は、今はその屏風の蔭に寝ちゃあいめえ。なあに、そこに寝ているぐれえなら世話はねえんだ、おいらでさえ、同じ座敷に寝ていて、毎晩のように出し抜かれた魔物なんだから、お雪ちゃんなんぞ一たまりもあるもんかよ」
 あちらの枕屏風の外から、中を見透すようにして米友がこう言いました。
 この屏風の向うに、尋常に一組の夜具はのべてあるけれども、その中はもぬけの殻だということを、米友は最初からちゃんと見抜いていたのであります。
「ちぇッ! 世話が焼ける奴等だなあ!」
 なぜか、米友はこう言いつつも、お雪ちゃんの寝顔をまたながめ直した途端、
「ジュー、シープー」
という只ならぬ物音が、さいぜんのあの炉辺で起りましたので、米友がまた、とつかわと突立って、今度は、枕と、屏風と、水差とを突破して、もとの炉辺へ向って一直線に走りつけたのは、なるほどいそがしい。全く世話の焼けた話で、こちらの救急と、看護と、思いやりで手も足らないでいるところへ、あちらの一間で「ジュー、シープー」という只ならぬ物音。さながら、「雨は降る降る干物《ほしもの》は濡れる、背中じゃ餓鬼ゃ泣く飯ゃ焦《こ》げる」というていたらくです。

         四十七

 その「ジュー、シープー」という只ならぬ物音は、それは人間の声ではないが、捨てて置けない。こうなってみると予想しないことではなかった。つまり、炉中へかけっ放しにして置いた鉄瓶が、燃えさしの火力に煽《あお》られて、米友の不在中に沸騰をはじめ、それが下の炉炭中へたぎり落ちて灰神楽《はいかぐら》を始めたのですから、このことは人の生命に及ぼすほどのことではなかったのですが、やはり打捨てては置けない。それ故に、米友がまた忙がしく取って返し、
「ちぇッ! あっちもこっちも世話が焼ききれねえ」
 米友が、その灰神楽を鎮静せしめた途端に、目に触れたのは、ついそこに太平楽で大いびきをかいている道庵先生の寝像《ねぞう》でありました。道庵の寝像を見ることは今にはじまったことではないが、この場合、これを見ると、米友がまたグッと一種の癇癪《かんしゃく》にさわらざるを得ません。
 人がこうしてまあ一生懸命に――全く生きるか死ぬかで奔走している一方には、灰神楽がチンプンカンプンをはじめるという非常時に、この後生楽《ごしょうらく》は何たることだ、酔興でこしらえた創《きず》だらけの面《かお》に、大口をあいていい心持で寝こんでいる。人間、どうしたらこうも呑気に、じだらくに生きられるものか、おいらなんぞはそれからそれと夜も眠れねえで、身体が二つあっても、三つあっても、足りねえ世の中に、この先生ときては、この後生楽だ。
「畜生! どうするか見やあがれ!」
というような気にもなってみたが、そうかといって、どうすることもできない。天性、後生楽に生れて来た奴は仕合せだ、人の心配する間をぐうぐう寝ていられる、こんな奴が長生きするのだ。太々《ふてぶて》しいというのか、それとも羨《うらや》ましいというのか、呆《あき》れ返ったものだ。
 今更それを考えて、米友がポカンと呆れ返っていると、その裏から発止《はっし》と思いついたのは――
 何のことだ!
 この先生はお医者じゃねえか!
 その酔っぱらいのことばかりを考えて、ついに本業のことに思い及ばなかった。
 なるほど、この先生は医者が本業である。そうして酔っぱらいが副業である。
 副業としての酔っぱらいにかけては手に負えないが、本業としてのお医者様にかけては名人だ。少なくとも米友の経験する限りに於ては、起死回生の神医に近い!
 この名医神医を眼前にさし置いて、何を自分が今までしていた! 何が救急だ、何が看病だ!
 ほんとうに馬鹿じゃあ楽ができねえ!
 と今度は米友が、自分の頭脳の足らないことと、気転の及ばないことの馬鹿さ加減を、自分で冷笑しはじめました。
 最初からここに気がついていさえすれば、何を自分がお雪ちゃんをゆすぶったり、締めつけたり、口うつしに水をくれてやったり、また鉄瓶の野郎にまでチンプンカンプンを起させたりする必要がどこにあるのだ。
 血のめぐりの悪い奴に逢っちゃあかなわねえ。
 と米友が、またしても自分の低能ぶりを嘲りきれない語調でせせら笑ってみましたが、いつまでも自己冷嘲をつづけるのが能ではない、事の実行にとっかかるまでのことだ。実行というのは、この先生を起して、お雪ちゃんを完全に呼び生かした上に、将来の健康を保証せしめることだ。そこで米友が、物静かに道庵先生の枕許にはせ寄って、
「先生! 先生! おいらの先生! 起きてくんな」
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
「先生!」
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
「先生!」
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
 再三呼んでも同じ言葉を繰返した後に、小うるさいと思ったのか、クルリと向きをかえてしまいました。詮方《せんかた》なく、米友がまた立って歩んで、そちらへ直って、さて、
「先生!」
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
「先生!」
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
「先生!」
「ムニャ、ムニャ、ムニャ」
 やはり同一のたわごとを繰返して、こんどはまたクルリと元の方へと寝返りを打っての高いびきです。
 詮方なく、米友がまたこちらへ立返って、そうして、
「先生!」
「ムニャ――」
 今度は一言でまた寝返りを打って、あちらを向いてしまいましたから、米友が勃然《ぼつぜん》として怒りをなしました。
 ふざけてやがる、おいらがこうして起してるのを承知してやがるんだ、承知の上で、わざとムニャムニャとしらばっくれておいらをからかって、あっちへ向いたり、こっちへ向いたり――人をばかにしてやがる、常の場合ならいいが、こっちはこの通り苦労している、人間一人の生命に関する場合に、ふざけるもいいかげんにしろ!
 勃然として怒りをなした米友が、
「先生! 起きろ!」
 右の手をかざしたかと見ると、これはまた近ごろ手厳しい、道庵先生の横っ面をピシリと音を立てて一つひんなぐりました。なぐったのはむろん米友で、なぐられたのはその師であり、主であるところの道庵先生なのです。
「あ、痛《いて》え!」
 それは多少手加減があったとはいえ、米友ほどの豪傑が、怒りに任せて打ったのですから、手練のほどだけでも相当以上にこたえたに相違ない。
 さすがの道庵先生が、頬ぺたを抑えながら、寝床の上に一丈も高く飛び上ってしまいました。
「痛え!」
「先生、冗談《じょうだん》じゃねえ、病人が出来たんだ、早く見てやっておくんなさい」
 飛び上ってまだ痛みの去らない道庵を、米友が横から突き飛ばして、押しころがして、とうとうお雪ちゃんの寝ている寝床へまで押し込んでしまって、ほっと息をついたのです。
 いかに何でも、先生の横っ面をぴしゃりと食《くら》わせるというようなことは、米友として前例のない手厳しさであるが、米友としては、安宅《あたか》の弁慶の故智を学んだわけでもあるまいが、非常時をよそにする緩慢なる相手には、こうもせざるを得なかった動機の純真さには、同情を表してやらなければならないでしょう。

         四十八

 道庵先生を文字通りに叩き起して、これを別室へ突き飛ばし、突きころばして置いて、宇治山田の米友は、自分は例の杖槍を拾い取るかと見ると、裏口から躍《おど》り立って外の闇に消えてしまいました。
 ここが米友の正直のところであり、道庵の信用の存するところであり、米友としては、こうして道庵をお雪ちゃんのいるところへ投げ込んで置きさえすれば、あとのところはもう一切心置きなしと信じていたのでしょう。自分が案内をして傍についていて、どうのこうのと言うよりは、道庵そのものを一かたまり抓《つま》み込んで置きさえすれば、それで病人に対しての万事は足りている。死ぬべきものでも、この人が生かしてくれる。いや、すでに死んでしまった自分をさえ、この先生は生かし返らせてくれているのだ。
 そこで米友は、道庵を突き飛ばして置きさえすれば絶対信任を置き得るが故に、全く後顧の憂い無くして外の闇へと身を躍らして飛び出し得たものであります。
 外の闇というのは、御承知の通り、暁の部分に属するところの胆吹《いぶき》の山麓でありました。
 けれども、その闇であることは、前に遊魂のさまよい出でた時の光景と同じことでありましたが、黒漆《こくしつ》の崑崙夜裡《こんろんやり》に走るということの如く、宇治山田の米友が外へ飛び出すと、外の闇が早くもこの小男を呑んで、行方のほどは全くわからなくなりました。
 あいにくにもこの際、この男に向っては、セント・エルモス・ファイアーというようなものも飛びつかず、ファイアーの方でも、うっかり飛びつかない方が無事だと思ったものでしょう、絶えて異象を現わすことはなかったのですから、この黒漆崑崙が、何も目的あって、いずれに向って飛び出したのだか、一向わかりませんでした。
 お雪ちゃんの部屋まで抓み飛ばされた道庵のことは暫く問わず、この闇がようやく消え去って、東方が白み渡った時分になっても、竜之助も帰らず、米友も立戻って来なかったことは事実であります。夜が全く明け放れましたけれど、ついに二人はこの館《やかた》へは戻って来ませんでした。
 しかし、朝の相当の時間になると、意外にもお雪ちゃんが起きて、窓の下の流しでしずかに水仕事をしているのを見ました。平常よりは蒼《あお》い面《かお》をして、全く病み上りの色でしたけれど、それでも立って流しもとで静かに水仕事をしている。それだけの元気があることによって、あの時の危急はけろりとしてしまっていることもわかり、それが米友の介抱の力もあり、道庵の医術のほどもありましたでしょうけれども、本来が何か突発的の急性のもので、事態の恐ろしかったほど、本質の危険なものでなかったことがわかるとすれば、とにかく一安心というものです。
 道庵は――と見れば、一方の枕屏風の中――つまり昨夜、遊魂がそこからぬけ出した後の寝床にもぐり込んで、すやすやと寝息を揚げておりました。事実上これでは逆で、米友がいない限り、病人を寝かせて置いて、道庵が看護を兼ね、仕儀によっては流し元までも立廻らなければならない状態が逆で、病人を働かせて、自分がすやすやと寝息を揚げるということは、あまりのことなのですが、また、取りようによれば、こうして病人がともかくも働けるようになり、お医者さんがすやすやと寝られるようになったればこそ、もう占めたものなので、これがまた逆に戻って、道庵が水瓶をひっくり返したり、鉄瓶を蹴飛ばさなければならないようになっては、おしまいです。
 自在に鍋をかけて、何か朝の仕度をしながら、お雪ちゃんはやつれた面に乱れた髪を少しかき上げて、火箸《ひばし》で暫く火いじりしながら、物を考え込んでおりました。そこへ、
「お早うございます」
と表からおとのうたのは、意外のようで意外ではない人でした。
「これは不破の関守さん」
「昨晩は失礼をいたしました」
「どうもおかまい申しませんで」
「友さんは――」
「ちょっと今、出かけましたのですが、もう戻りそうなものです」
「お雪ちゃん、あなた、少しお面の色が悪いようですな」
「昨晩、ちょっとね……」
「どうか致しましたか」
「ちょっと加減が悪かったものですから」
「それはいけません、お薬がございますか」
「はい、お薬もございます、幸い……」
と言ってお雪ちゃんは、お薬の次に、幸いお医者さんも――と言おうとして、急にさし控えて、
「おかげさまで、もうすっかり癒《なお》りましたから、御安心下さいまし」
「それは何よりでございます」
 不破の関守氏は、そろそろと炉辺へ近寄って来て、腰をかけ、煙管《きせる》を掻《か》き出しながら心安げに話をしました――
「昨晩は、それでもまあ無事でよろしうございましたな」
 こちらは、あんまり無事でもなかったのですが、関守氏の言うことをあげつらうのも、と思ってお雪ちゃんは、
「はい、おかげさまで……」
「実は、ここまで押寄せて来はしまいかと、拙者はそれを心配したものでございますからな、ロクロク寝《やす》みませんでした。それでも幸いに春照の高番あたりで、ちょっとしたボヤがあっただけで、無事に済んだのが何よりでございました」
 関守氏の、無事でよかった、無事でよかったということが、お雪ちゃんにはよく受取れないのです。昨晩、長浜方面から帰りがけだと言って立寄った時に、関守氏が何か言ったようだけれど、いろいろに気の散っているお雪ちゃんには、それが思い出されないでいると、関守氏は続けて、
「しかし、まだ今晩が剣呑《けんのん》でござんすからな、友造君によくそのことを話して置いて、相成るべくは早く戸を締めて、そうして燈火《あかり》も外へ漏れないようにすることですな」
 さまで念を入れての警戒が、お雪ちゃんによく呑込めないでいたが、ようようそれと感づいたか、
「関守さん、もう大丈夫でございますよ、友さんの親切で、子供を連れて行ってしまったんですもの、そうしつこく[#「しつこく」に傍点]仕返しになんぞ来はしないとわたしは思いますわ」
「何のことです、お雪ちゃん」
「関守さん、あなた何のことをおっしゃっていらっしゃるのですか」
「何のことじゃありません、昨晩もちょっとお話ししたじゃありませんか、湖岸一帯のあの一揆《いっき》暴動のおそれなんですよ」
「まあ、そのことでございましたか、わたしはまた、あの鷲《わし》の子のことかと思いました」
「いや、そんなんじゃありません、鳥獣《とりけもの》の沙汰《さた》じゃないのでごわす、人類が食うか食わぬかの問題でして……」
 そこで、お雪ちゃんにも、関守氏が関心を置くことの仔細がよく呑込めました。

         四十九

「まあ、お聞きなさい、お雪ちゃん、こういうわけなんです、事の起りと、それから騒動の及ぼすところの影響は……」
と前置きして、関守氏がこんなことを語り聞かせました、
「今度の検地は、江戸の御老中から差廻しの勘定役の出張ということですから、大がかりなものなんです、京都の町奉行からお達しがあって――すべての村々に於て、この際|如何《いか》ような願いの筋があろうとも聞き届けること罷《まか》り成らぬ、というお達しがあって、村々からそのお請書《うけしょ》を出させて置いての勘定役御出張なのです。そこで老中|派遣《はけん》の勘定役が、両代官を従えて出張してまいりましてな、郡村に亘《わた》って検地丈量の尺を入れたのでござるが、もとよりお上《かみ》のなさることだから、人民共に於て否《いな》やのあろうはずはないのでござるが、そのお上のなさるというのが、必ずしも一から十まで公平無私とのみは申されませんでな」
 関守氏は煙管を炉辺でハタハタとはたいて、吸殻を転がし落してから、吸口をスバスバとつけてみて、
「つまるところ、わいろ[#「わいろ」に傍点]なんですね。当節は到るところ、それなんだからいけませんなあ、わいろ[#「わいろ」に傍点]でもってすっかり手心が変るんですからいけません、いったい役人がわいろ[#「わいろ」に傍点]を取って、公平を失するということほど政治上いけないことはありませんね。百姓共は圧制に慣れているから一時は泣寝入りのようなものの、いつかそれが溢れると恐ろしいことになります。今度の騒ぎも、そもそもその江戸御老中派遣の勘定方が、わいろ[#「わいろ」に傍点]によって検地に甚《はなはだ》しい手心を試みた、それが勃発のもとなんで、早い話が……」
 関守氏が元来、話好きなのに、お雪ちゃんという子が聞き上手とでも言おうか、相当に理解がある上に、知識慾も盛んで、あれからホンの僅かの間の交際ではあるけれども、関守氏は、お雪ちゃんを話相手とすることが好きなので、暇を見ては話しに来ることを楽しみにしているようなあんばいで、お雪ちゃんもまた、この人が話好きであるのみならず、よく物事の情理を心得ていることを知っているから、悪くはもてなさないので、つい話もはずんで行くのでした。そうして、その話すところをかいつまんでみると、次のようなことになるのです――
 江戸老中派遣のわいろ[#「わいろ」に傍点]を取る役人が来て、思う存分に間竿《けんざお》を入れる。そのくらいだから寛厳の手心が甚《はなはだ》しく、彦根、尾張、仙台等の雄藩の領地は避けて竿を入れず、小藩の領地になるというと見くびって、烈しい竿入れをしたものだから領民が恨むこと、恨むこと。そこで、これはたまらぬと庄屋連が寄合って、竿入れ中止の運動を試みようとしたが、そこはわいろ[#「わいろ」に傍点]役人に抜け目がなく、あらかじめ一切の訴願まかりならぬという請書を取ってある。しかし領民たちになってみると、死活の瀬戸際だから黙止してはいられない。その鬱憤が積りつもると、大雨で水嵩《みずかさ》が増して行くように、緩慢に似てようやく強大である。どこの村からどう起ったということは今わからないけれど、近江の四周の山水が湖水へ向いて集まるように、湖岸一帯の人民の不平が、ある地点へ向って流れ落ち、溢れて来る。たとえば、野洲《やせ》郡と甲賀郡の嘆願組が合流して水口《みなくち》に廻ろうとすると、栗田郡の庄屋が戸田村へ出揃って来る。勘定役人が甲の川沿いから乙の川沿いに行こうとすると、丙の郡の農民が結束して集まるもの数千人、ことに甲賀郡西部方面から押し出した農民は、水口藩警固の間をそれて権田川原に屯《たむろ》し、同勢みるみる加わって一万以上に達し、破竹の勢いで東海道を西上し石部の駅に達したが、膳所《ぜぜ》藩の警固隊を突破し三上村に殺到、ここで他の諸郡の勢いと合し、無慮二万人に及んで三上藩に押し寄せるという勢力になった。
 幕府の勘定方の役人は、そのとき三上藩にいたが、藩の役人が怖れて急ぎ避難をなさるようにと勧《すす》めたが、剛情な幕府勘定方役人はそれを聞き入れない。ついに群衆は陣屋へ殺到して、勘定方役向を取囲んで口々に歎願を叫んでいる。幕府勘定方役人の生命《いのち》も刻々危急に瀕《ひん》している――
 というような情状を、関守氏が自分で集めて来たのと、風聞に聞いたのとを差加えて、お雪ちゃんに説明して話の興がようやく酣《たけな》わになるところへ、そろりそろりと音がして、その場へぬっと道庵先生が寝ぼけ眼《まなこ》で現われて来ました。
 それを見ると関守氏も、一時は呆気《あっけ》にとられましたが、お雪ちゃんも、少しきまりが悪い思いをしながら、
「あの、関守さん、この先生は、米友さんの御主人でございまして、お江戸から上方《かみがた》への御旅中なのですが、昨晩、米友さんがお連れ申しました」
「は、さようでござるか、それはそれは」
「わっしぁ、道庵でげす、なにぶんよろしく」
 道庵先生が、すっかりすまして、まだ面《かお》も洗わないのに炉辺へ納まり込んでしまいました。
 ここで、関守氏と道庵先生に話をさせたら、また一市《ひといち》栄えるだろうと思われたが、そこはおたがいにまだ生面《せいめん》のことではあり、さすが話好きの関守氏も、これを機会に御輿《みこし》を上げて立帰ることになると、お雪ちゃんが、
「では、関守さん、またおひまを見ていらっして下さいまし」
とお雪ちゃんは、余情を残しただけで、強《し》いて関守氏を引きとめようとはしませんでした。
「では、さようなら」
 関守氏は入って来たトンボ口の方から出て行ったが、暫くして南表広庭の方へ廻ったと見えて、そこで誰を相手にともなく、こんなことを言い出したのがよく聞えました、
「弁信さんにも困ったものでねえ、この騒ぎの中を出かけましたよ、竹生島《ちくぶじま》へ御参詣だなんて言いましてね、長浜から船に乗るって言ってましたが、なにしろ時機が悪いから、もう少し動静を見定めてからにしちゃあどうだね、と忠告してみたが聞きませんね、なあーに、わたくしなんぞは不具者の一徳と致しまして、上役人様も、お百姓方も、どなた様もお目こぼしをして下さいますから御方便なものでございます、竹生島の弁財天へはかねての誓願でございまして、数えてみまするとちょうど月まわりもよろしうございますから、これから出かけてまいります――と例の調子で、留めるのも聞かずに出て行きましたぜ。なるほど、あれで琵琶を本業としていますと、弁財天は親神様のようなものですから、あの坊さんとして行きたいのは当然でしょう。弱々しいくせに剛情なものです。怪我がなければいいと思っておりますがね」
 関守氏が誰に向ってか、こんなことを言うのを、庭と障子を隔《へだ》ててお雪ちゃんが手に取るように聞きました。
 最初は自分に向って呼びかけたのかと思いましたが、そうでもないようですから、わざと返答を控えているうちに、これだけのことを言い捨ててしまいますと、関守氏はそのまま、すたすたと本館《ほんやかた》の方へ行ってしまったようです。
 では弁信さん、かねて竹生島へ行きたい行きたいと言っていたが、我慢しきれずに今朝でかけてしまったと見える。湖水巡りをする時は一緒にしましょう、と約束をして置きながら、ひとり出しぬいてしまうのはひどい。それは、弁信さんはただの遊覧と違って、竹生島の弁天様へ琵琶の方で特別の心願があるのですから、一緒にはならないかもしれないが、行くなら行くように、わたくしに一応挨拶をして下さってもよかりそうなものを、ひとりで行ってしまうのはヒドい、とお雪ちゃんは、心の中で少し弁信を恨みました。
 それだけではない、昨晩出て行った人が一人も帰っていないではないか――宵のうちのことはここに思い出すまい、あの親切な米友さんがいない、もう帰って来そうなものだ、とお雪ちゃんはそれを心配しながら、
「先生、どうぞお手水《ちょうず》をお使い下さいませ」
 鉄瓶《てつびん》の湯をうつして、道庵先生のために洗面の用意をしようとすると、
「まあ、いいよ、病人は病人のようにしていなさい、愚老なんぞは、一切万事、人任せでげす」
と言って、お雪ちゃんがかよわい手で下ろそうとした鉄瓶を、道庵が自分の手で取扱おうとして、
「あ、ツ、ツ、ツ」
と言いました。たいしたことではないのです。鉄瓶のつるが少し焼け過ぎているのを、薬缶《やかん》の方は扱いつけているけれども、鉄瓶の方は、あまり扱いつけていなかったものですから、少々熱い思いをしただけで、また神妙に取り直し、それを流し元へ持って行って道庵が手ずから洗面にとりかかりました。

         五十

 その翌日、長浜の町は水を打ったように静かでありました。
 その前の日あたりの人民の動揺の低気圧は消散してしまったか、そうでなければあのまま凍りついてしまったようです。昨晩、篝《かがり》を焚《た》いたには相違ないのですが、今朝になって見ると、それが滞りなく炭の屑に化してしまっていただけのもので、その篝火の下で、なんら異状のものの出没が照し出された形跡はありませんでした。
 少し今朝、調子が変った点がありといえば、それは、いつも早起きの町民が、少々眼の醒《さ》め方が遅いかとも思われるくらいでしたが、その時分、ひょっこりと八幡町の町の辻へ姿を現わしたのは、弁信法師に相違ありません。
「ええ少々、物を承りとうございますが、りんこ[#「りんこ」に傍点]の渡し場まで参りますには、どちらへ参りましたらよろしうございましょうか、これを真直ぐに参りましてさしつかえございますまいか、或いは右に致した方が順路でございましょうか、それとも左――」
 こう言って、杖を町の辻の真中に立てましたが、誰も答えるものはありません。
 それは前いう通り、時刻としてはそんなに早過ぎるというわけではないのですが、町民が今朝に限って眼のさめることが遅いのですから、自然、戸を開くことも遅れて、折から通り合わせる人もなければ、店の中で認めて挨拶をしてくれる人もないという状態なのです。
「まだ、どなたもお目ざめになりませぬな、今朝は別して皆様お静かでいらっしゃいますな、では、ともかくわたくしはこの通を真直ぐにまいってみることにいたしましょう、そう致しますると、いずれは湖の岸までは出られるように思われてなりません、りんこ[#「りんこ」に傍点]の渡しと申しますのも、つまり、その湖の岸のいずれかにあるものに相違ございませんから、何はしかれ、湖岸へ向って進んでみまして、それからのことといたしましょう」
 誰も挨拶を返すものがなくとも、この小坊主は、喋《しゃべ》ることにかけては相手を嫌わないのであります。ですから、一向ひるむ気色《けしき》もなく、そのまま右の辻から杖をうつそうとすると、
「待て――」
と言って、一人の足軽が棒をもって物蔭から立現われました。
「はい」
「坊主、貴様はどこへ行くのだ」
「はいはい、わたくしは竹生島へ参詣をいたしたいと心得て出てまいったものでございます、最初の出立を申し上げますると、日蓮上人が東夷東条|安房《あわ》の国とおっしゃいました、その安房の国の清澄のお山から出てまいりまして、その後追々と国々を経めぐってようやくこの近江の国の胆吹山の麓まで旅を重ねて参りましたものでございますが、ごらんの通り、旅路のかせぎと致しまして、平家琵琶の真似事を、ホンの少しばかりつとめますもの故に、この近江の国の竹生島は浅からぬ有縁《うえん》の地なのでございます……」
「これこれ、そうのべつにひとりで喋りまくってはいかん――貴様、見るところ目が見えないのだな」
「はい、ごらんの通りでございます、まことに前世の宿業が拙《つたの》うございまして、人間の心の窓が塞がれてしまいました、浅ましい身の上でございます。そもそもわたくしがこのような運命に立至りました最初の……」
「これこれ、まだ貴様の身性《みじょう》を調べたわけではないのだ――連れはあるのか、ないのか」
「はい、連れと申しまするのは一人もございません。一緒に連れて行ってもらいたいと申したものはございましたが、思案をいたしてみますると、独《ひと》り生れ、独り死に、独り去り、独り来《きた》るというのが、本来出家の道でございまして、ましてこの通り不具《かたわ》の身ではありますし、われひと共に迷惑のほどを慮《おもんぱか》りました事ゆえに、わたくしは誰にも挨拶なしに、こっそりと抜け出して参りました。あの竹生島へ渡りますには、大津から十八里、彦根から六里、この長浜からは三里と承りました、このいちばん近い長浜の地から出立させていただくことも、本望の一つなのでございます……そもそも私がこのたび、近江の国の土を踏みまして、琵琶の湖水を竹生島へ渡ろうと思い立ちました念願と申しまするは……」
「いいから行け! 行け!」
 足軽はついに匙《さじ》ではなく棒を投げてしまいました。つべこべとよく喋る坊主で、黙って聞いていれば際限がなかりそうだし、そうかといって、咎《とが》め立てをして拘留処分を食わすには余りに痛々しいものがある。それにまた、江州長浜という土地は、昔は錚々《そうそう》たる城下の地であったが、近代は純然たる商工都市になっている。そうして同時に信仰の勢力がなかなか侮《あなど》り難いものがある。うっかり坊主を侮辱して、現世罰の祟《たた》りを受けてもつまらないと感じたのか、そのことはわからないが、足軽がとうとう棒を投げ出して、弁信の無事通過を許さざるを得なくなりました。

         五十一

 しかし、どこをどうして来たか、そのうちに弁信は湖岸の一部へ出るには出ました。
 そのたずねていたところの、りんこ[#「りんこ」に傍点]の渡しというのが、果していずれのところにあって、その乗合船の出発の時間がいつであるかということの観念はないらしいが、とにかく船着だから、水に近いところにあるという判断には間違いなく、さればとりあえず湖の岸へ出ることによって、目的地に当らずとも遠からぬ地点に達していると信じてはいるらしい。そうして湖岸をめくら探しにぐるぐる廻っているうちに、瓢箪《ひょうたん》のくびれたような地点をとって、岬と覚しい方面へずんずん進んで行ったのでありましたが、さすがの弁信もここでは少々勘違いを演じたと見え、岬の突端の方を当てにして進んで行くほど物淋《ものさび》しくなって、草深くなって、そうして木立さえ物々しくなるのでありました。通常、山へ向っては奥深く、水へ向っては殷賑《いんしん》を予想されるのでありますが、今はそれが裏切られて行くような筋道にも、弁信はさのみ失望しなかったと見えて、その草叢《くさむら》の中を進み進んで行きますうちに、ある巨大なる切石が置捨てられてあるところで足を止めました。
「モシ――」
と、そこでまた突然と、物に向って呼びかけたのですが、無論、誰もいないのです。見渡す限り、この荒園のようになっている木立の間から、湖面が渺《びょう》として展開されているのを見るには見るが、そのあたりは全く人気のない荒涼たる湖岸の地となっているところで、弁信が足をとどめて聞き耳を立てて後、「モシ――」と言ったのは、前例によって見ると、何ぞ相当に人臭いものをかんづいた故にこそでしょう。しかし、手答えはありませんでした。
「モシ――少々物を承りたいのでございますが」
 明眼《めあき》の人の眼は外《はず》れても、弁信の勘の外れた例のないのを例とすることによって、こうして弁信から、「物を承りたい」と呼びかけられた当面には、何か相当のものが存在していなければならないはずなのです。
 果して、有りました。有ってみると、かくべつ珍しいものではありませんでした。
 それは、今も言った弁信が、杖を立てて踏み止まったところから、ある僅少の距離を隔てて、荒草の間に蟠踞《ばんきょ》していたところの巨大なる切石のはざまにうずくまって、丸くなって寝ていたところの一つの動物があったのですが、それはちょうど、弁信の立っているあたりの地点の背面からは見えないのみならず、前へ廻って見たところで、丈《たけ》なす荒草と、切石というよりも巌と巌との間と言った方がふさわしいほどの、岩角のはざまにはさまって眠っているのですから、わざわざ探さない限り認められようはずがありません。且つまたこの動物は、この絶対の避難地とも安全地帯とも言える穴蔵《あなぐら》の中で、いとも快き眠りを貪《むさぼ》っているものですから、寝息とても非常に穏かなもので、昼寝の熟睡に落ちているのですが、弁信の第六感に逢ってはかないませんでした。
「モシ――お仕事中をおさまたげして相すみませんが、少々物を承りたいのでございますが」
 二度まで繰返して、それから、とんと一つ杖をつき返してみました。その杖の音にはじめてこちらの動物が夢を驚かされたのでしょう、むっくりはね起きて、
「なに、なに、何だって、誰か何か言ったのかい」
 動物が、むっくりと巌角の間から身を起して、こう言って、キョトキョトと眼を見廻したことによって、単なる動物でないことがわかりました。
 巌とはいうけれども、本来、ここにこういう岩石が構成されているという地質のところではないのですから、何かその昔の、相当宏大なる建築の名残《なご》りでなければならないところの巌と巌との間にはさまって、快眠を貪っているところだけを見れば、誰にも動物! むじなとか、狸とか、或いは穴熊とか言ってみたくなるでしょうが、こうしてむっくりはね起きて、その瞬間、歯切れの悪くないタンカを飛ばしたところを見れば、もちろんこれも動物の一種には相違ないが、その意外なる存在に少々驚き呆《あき》れしめる。一方の小法師はその図を外さずに、
「あの――少々物を承りたいのでございますが、この辺にりんこ[#「りんこ」に傍点]の渡しというのがございましょうか。わたくしは、その渡しから竹生島へ参詣を致したいと思って参ったものなんでございますが……」
「なに、何だ、りんこ[#「りんこ」に傍点]の渡し、その渡しからお前は竹生島へ渡りてえんだって、待ちな、待ちな」
と言って、眼をこすって右の動物がすっくと岩角の間を分けて、荒草の中から立現われたところを見ると、なあんのことだ、これぞ、あんまり知らない面でもない宇治山田の米友でありました。
 だが、弁信はまだ米友を知らない、米友もまだ正当には弁信に引合わされていないと見てよろしい。そこで、暫くは生面未熟の間の人と人として、荒草を間にして当面に相立ったのです。
「おいらも、本当のところは、この土地の人間じゃあねえんだから、よく地の理を知らねえんだ、だが、この土地は、江州の長浜といって湊《みなと》になってるんだから、船つきも、船の出どころも、いくらもあるよ、どこがりんこ[#「りんこ」に傍点]の渡してえんだか、おいらは知らねえが、竹生島というのは眼と鼻の先なんだ、頼んでみたらいくらも船は出るだろう」
「そうおっしゃるあなたは、もしや米友さんではございませんか」
「え、え、おいらを米友と知ってるお前は誰だい」
「わたしは弁信でございます」
「弁信?」
「はい、米友さん、あなたのお名前は、お銀様からも、お雪ちゃんからも、絶えず聞いておりました、わたくしは、やはりあの胆吹山の京北御殿に厄介になっている弁信でございますよ」
「ははあ、そうか、お前があの弁信さんか」
と、米友も合点《がてん》がゆきました。
 そうして、ここで心置きなく、荒草をずしずしと踏みしだいて、弁信をまともに見るべく進んで行きましたが、むしろ、こんなところに、こうして米友が休息をしていたという現象によって見ると、今暁、ああして道庵先生をお雪ちゃんの寝室に抛《ほう》り込んで置いて、闇の中へ身を陥没してからの後の動静というものが、朧《おぼろ》げながら連絡をとれる。すなわちあれからともかくも、この長浜の地まで一気に山腹を走り下ったものと見なければなりますまい。
 そうして何をか目ざし、何をか当りをつけようとしたが、その効果のほどはわからないが、ともかくも、この安全地帯まで来て、しばしの快眠を貪り、やがてまた、相当の進出を試みようという休養時代であったことがよくわかります。その休養期間を思いもかけず、弁信というものが来て驚かしてしまったという径路もよくわかります。
 かくて、米友と弁信とは、近江の湖畔のこの地点で当面相対して、水入らずの会話をしなければならないように引合わされました。
 二人はついに、この巌蔭の日向《ひなた》のよい地点を選んで、そこを会話の道場としましたが、この巨大なる切石であって、同時に巌石と巌石の形を成している石質の由来を弁信が勘で言い当てました。多分これは、太閤秀吉が長浜の城主であった時代の遺物、その秀吉の城郭の一部をなした名残《なご》りの廃墟の一つでありましょう。そうでなければ、この辺に斯様《かよう》な大岩石があるはずはないというようなことを、弁信がうわごとのように言いました。

         五十二

 女興行師のお角親方は、一つには胆吹山入りをした道庵先生を待合わせる間、一つには三井寺参詣と八景遊覧のために、大津へ先着をして参りました。
 そうして、三井寺へも参詣をすませ、法界坊の鏡供養も見て、今日は舟を一ぱい買いきって、これから瀬田、石山方面の名所めぐりをしようという出鼻であります。
 お角さんのことだから、日頃あんまりケチケチするのは嫌いなんだが、ことに旅へ出てこういう素晴しい名所に出くわした上に、いよいよ京大阪も目と鼻の間ということになってみると、心がなんとなくはずんで、いでたちがけばけばしくなるのは、勢いやむを得ないことであります。
 見れば、お角さんの買い切った一ぱいの舟には幔幕《まんまく》が張り立てられ、毛氈《もうせん》がしかれて、そこへゾロゾロと芸子、舞子、たいこ末社様なものが繰込んで来るのです。
 そうして、舟宿がペコペコと頭を下げる中を、おともの若い者二人を具して、お角さんが大様《おおよう》に乗込んで来ました。
 そうすると、げい子や舞子、たいこ末社連がよく聞きとれない言葉で、ペチャクチャとお追従《ついしょう》を言って取巻いて、下へも置かずお角さんを舟の正座に安置する。
 左右へ、若い衆や庄公が着いて、舞子や、たいこ末社が居流れる。
 そしてまた舟の中へ、酒よ、肴《さかな》よ、会席よ、といったものが持運ばれて、出舟までの準備さえ相当の手間が取れるのです。
 お角さんの気象がおのずからはずんで、京大阪への手前、多少とも江戸ッ子は江戸ッ子らしく振舞ってみせなければ、後の外聞にもなるといったような、お角さん相当の負けない気で、この際、自分が江戸ッ子を代表してでもいるような気位になるのも是非がないでしょう。そこでこの八景めぐりが自然にお大尽風を吹かせるような景気になって、そこは、相当の要所要所へ金をきれいに使うことは心得ている。舞子や、たいこ末社まで取巻に連れ込んだのは、これは何か偶然の達引《たっぴき》か、そうでなければ、転んでも只は起きない例の筆法で、この一座のげい子、舞子、たいこ末社連のうちに、将来利用のききそうな玉があると見込んでいることかも知れません。
 とにかくこうしてお角さんの八景巡りは、仰山ないでたちでありました。道を通る人も、乗る舟を見かけて集まるほどの人も、みんなこの華々《はなばな》しい景気に打たれて、眼を奪われないものは無いのです。そうしてどこのお大尽の物見遊山かと、その主に眼をつけると、案外にも関東風の女親分といったような伝法が、しきりに舟の中で指図をしたり、叱り飛ばしたり、おだてたりしているものですから、舞子、芸子、たいこ末社の華々しさよりは、この女親分の威勢のほどに気を取られ、目を奪われないものはありません。
 こうして、お角さんの八景遊山舟が出立の用意に忙がしがり、岸に立つ者、もやっている舟の注視の的になって、その風流豪奢のほどを羨《うらや》んだり、羨ましがられたりしているところへ、群衆を押分けて、のそりのそりとお角さんの舟へ近づいた異形《いぎょう》のものが一つありました。
 頭はがっそうで、ぼうぼうとしている。身にはやれ衣[#「やれ衣」に傍点]をまとい、背中に紙幟《かみのぼり》を一本さし、小さな形の釣鐘を一つ左手に持って、撞木《しゅもく》でそれを叩きながら、お角さんの舟をめがけて何かしきりに唸《うな》り出しました。
 その姿を見ると、芝居でする法界坊の姿そのままですから、あほだら経でも唸り出したのかと見ればそうでもなく、謡《うたい》の調子――
「秋も半ばの遊山舟、八景巡りもうらやまし、これはこのあたりに住む法界坊というやくざ者にて候、さざなみや志賀の浦曲《うらわ》の、花も、もみじも、月も、雪も、隅々まで心得て候、あわれ一杯の般若湯《はんにゃとう》と、五十文がほどの鳥目《ちょうもく》をめぐみ賜《たま》わり候わば、名所名蹟、故事因縁の来歴まで、くわしく案内《あない》を致そうずるにて候、あわれ、一杯の般若湯と、五十文の鳥目とをたびて給《た》べ候え、なあむ十方到来の旦那様方……」
 こんなことを謡の文句で呼びかけるものだから、どうしても舟の連中の耳障《みみざわ》りにならないわけにはゆきません。しかし、誰も進んで、出ないとも出るとも言わないで、舟の装いに忙がしがっているものですから、右のまがいものの法界坊はしつっこく、
「あらおもしろの八景や、まず三井寺の鐘の声、石山寺の秋の月、瀬田唐崎の夕景色、さては花よりおぼろなる、唐崎浜の松をはじめ、凡《およ》そ八景の名所名所の隅々まで、案内はもとより故事来歴までも、一切心得て候、あわれ福徳円満諸願成就の旦那衆、一杯の般若湯と、五十文の鳥目をたびて給べ候え、御案内を致そうずるにて候」
 それを聞いて、たまり兼ねた若い者の庄公が、
「何だい、何だい、何をおめえさん、そこでブツブツ言ってるんだい」
「あわれ一杯の般若湯と、五十文が鳥目とをたびて給べ候え、八景の名所名所、洩《も》れなく御案内を致そうずるにて候」
「何か七《しち》むずかしいことを言っているが、何かい、酒を一杯飲ませてくれて、五十貰えば八景の名所案内をしてくれるとでもいうのかい」
「さん候《ぞうろう》、何《いず》れもの旦那衆にさように勧進《かんじん》を申し上げて御用をつとめまいらせ候、今法界坊とは、やつがれのことに御座あり候」
「うるせえな、親方――」
と、お角の方を庄公が向き直って、
「親方、お聞きなさる通り、へんてこな奴がやって来ました、あの法界坊の出来損ねえみたいな奴が、一杯お酒を御馳走になって、五十貰えば名所案内をしてくれるって言いますが、追払っちまいましょうか」
 お角がそれを聞いて、
「まあ、いいから呼んでおやりよ、わたしはあんまり故事来歴なんぞ知らないから、聞かしてもらえば学問になるよ、こっちへ呼んでおあげ」
と言いましたから、庄公はまた今法界坊の方へ向き直って、
「おい、法界坊さん、じゃあ案内をおたのみ申すことになるんだそうだから、こっちへお入り」
「これは、忝《かたじ》けのう存ずるにて候」
と言って、のこのこと今法界坊は舟の中へ入って来て、一隅にちょこなんと座を構えました。
 そうしているうちに、舟はようやく纜《ともづな》を解いて乗り出す。天気も好いし、景気もいいものですから、お角さんもいい気になって今法界坊を手許《てもと》に差招き、
「和尚さん、さあ、一つあがり。わたしゃ、こちらの方へは今日はじめてで、いっこう何も知りませんから、一杯やりながらいろいろこの土地の世間話をして下さいな。名所案内ばかりじゃありません、何でもいいから、この土地にありきたりの話をして聞かせて下さいな。さあ、遠慮なくおやり。舞子さん、あの和尚さんにお酌《しゃく》をしてあげてちょうだい」
と言って、今法界坊にお角はまず酒と肴《さかな》を振舞うと、法界坊、いたく恐悦して盃を押戴き、一口しめして、肴をつまみ、
「ああら珍しや酒は伊丹《いたみ》の上酒、肴は鮒《ふな》のあま煮、こなたなるはぎぎ[#「ぎぎ」に傍点]の味噌汁、こなたなるは瀬田のしじみ汁、まった、これなるは源五郎鮒のこつきなます、あれなるはひがいもろこ[#「ひがいもろこ」に傍点]の素焼の二杯酢、これなるは小香魚《こあゆ》のせごし、香魚の飴《あめ》だき、いさざ[#「いさざ」に傍点]の豆煮と見たはひがめか、かく取揃えし山海の珍味、百味の飲食《おんじき》、これをたらふく鼻の下、くうでんの建立《こんりゅう》に納め奉れば、やがて渋いところで政所《まんどころ》のお茶を一服いただき、お茶うけには甘いところで磨針峠《すりはりとうげ》のあん餅、多賀の糸切餅、草津の姥《うば》ヶ餅《もち》、これらをばお茶うけとしてよばれ候上は右と左の分け使い、もし食べ過ぎて腹痛みなど仕らば、鳥井本の神教丸……」
 くだらないことをのべつに喋《しゃべ》り立てながら、酒を飲み、肴を数えたてる。お角さんもそれを興あることに思い、それから、
「さあ、舞子さんたち、陽気に一つ踊って下さい」
 芸子、舞子が、やがて三味線、太鼓にとりかかると、今法界坊が、
「さらば愚僧が一差《ひとさし》舞うてごらんに供えようずるにて候」
 いちいち謡曲まがいのせりふで、がっそう頭に鉢巻をすると、いまにも浮かれて踊り足を踏み出そうとする気構え、こいつも相当に茶人だと一座も興に入りました。
 そうして舟は湖面を辷《すべ》り出して、瀬田、石山の方へと進み行くのであります。

         五十三

 こうしてお角の遊山舟が、さんざめかして湖上遥かに乗り出した時分に、あわただしくその舟着へ押しかけた一団の者がありました。
 その連中を見ると、野侍《のざむらい》のようなものもあり、安直な長脇差もあれば、三下のぶしょく[#「ぶしょく」に傍点]渡世もあり――相撲上《すもうあが》りもあり、三ぴんもあり、いずれも血眼《ちまなこ》になってここへなだれ込んで、そうして、
「どうした、お角という阿魔はどこへうせた!」
「や、一足遅かった! あれだ、あの遊山舟で乗り出したあれがお角に違えねえ!」
「もう一足早かりせば」
「あんたはん、どないに致しやしょう、相手はお尻《いど》に帆かけて逃げやんした、どないに致しやんしょう、ちゃあ」
 彼等はとりあえず、岸に立って、遥かに乗り出して行くお角の遊山舟を見渡しながら、土佐の卜伝《ぼくでん》に置きざりを食った剣術高慢のさむらいのように、地団駄を踏んで歯噛みをする事の体《てい》が尋常ではありません。
 しかし、どうやら見たような面《かお》ぶれでもある。
 あ、なるほど、
[#ここから2字下げ]
古川の英次
下駄っかけの時次郎
下《しも》っ沢《さわ》の勘公
雪の下の粂公《くめこう》
里芋のトン勝
さっさもさの房公
相撲取、松の風
よたとん(四谷っとんびの略称)
安直兄い
木口勘兵衛尉源丁馬
[#ここで字下げ終わり]
 どうしてこの連中が今ここへ、こんなにまでして血眼になって駈けつけたか、その仔細を聞いてみると――
 この連中は、恨み重なる垢道庵を胆吹山へ追い込んで、このたびこそは有無の勝負を決せんと、春照高番まで取りつめてみたが、味方に多少|手創《てきず》を負うたものがありとはいえ、もうこうなってみればこっちのもの――胆吹へ追い込んで、遠巻きにじりじりと攻め立てれば、道庵も早や袋の鼠――石田、小西の運命明日に窮《きわま》ったりと、一同心おごりしたために、その夜、春照高番の宿で、前祝いのバクチをやったのが運の尽きでありました。
 そこへ、不意にお手入れがあって、右の面々が一網打尽《いちもうだじん》に引上げられ、厳重なお取調べを受けた上に、人相書まで取られたり、爪印を強《し》いられたり、お陣屋へお留置《とめおき》を食った上に、ようやくのことで釈放されたという次第で、これがために、道庵征伐の戦略も一時めちゃめちゃになってしまいました。
 しかし、この不意のお手入れには――どうも指した奴がある。密告をした奴がある。味方に裏切りをした奴か、そうでなければ、道庵方の伏勢のために乗ぜられたのではないか、という疑心が増長してみると、
「そうだ、道庵の相棒にお角という食えない奴がいる、あいつが大津の方へ向けて先発していた! それを忘れていたのが我等の抜かり――道庵の尻抜けは怖るるに足らず、お角の腕は凄《すご》い。こりゃてっきりお角が指したのだ、お角の方寸で我々をその筋へ密告したのに違えあるめえ――そうだ、道庵は袋の鼠、お角こそ大伴《おおとも》の黒主《くろぬし》、あいつが万事糸をひいている」
 そこで、この一まきは、釈放されるや否や、血眼で大津方面へ飛んで返り、お角の根拠をついたが、そのお角は一足先に遊山舟であの通り、湖面遥かに浮んでしまった。そこでこちらは岸に立って足ずり――という段取りであったことがあとでわかりました。
 しかし、この連中、一度は足ずりをして残念がったけれども、やがて談合が調《ととの》うと、二はいの船を買い切って船装いをすると共に、これに分乗して、あわただしく湖中へ向けて乗り出したのは、果してお角の船を追いかけるつもりか、或いはなお身辺の危険を慮《おもんぱか》って避難するつもりか、その挙動だけを以てしては、真意のほどはわかりませんでした。

         五十四

 胆吹の上平館《かみひらやかた》の出丸では、道庵先生と、お雪ちゃんとが、たちまち打ちとけてしまいました。
 道庵は、お雪ちゃんを前にして炉辺に坐り込むと、忽《たちま》ち左の手を口のあたりへ持って行って、妙な手つきをして、とりあえず一杯やりたいのだが代物《しろもの》はないか、という意志表示をしました。
 自分の身体《からだ》から、この方の気が切れると、陸《おか》へ上ってお皿の水をこぼした河童同様になって、自滅するほかはないという説明をも附け加えると、お雪ちゃんが心得て、本館の方へ行って、不破の関守氏から一樽を頒《わか》ちもらって来て道庵に授けたものですから、そのよろこびといっては容易のものではありません。
 すぐさまそれを燗《かん》にしてもらってちびりちびり試むると、その酒の芳醇《ほうじゅん》なこと、こんなところへ来て、こんないい酒を恵まれようとは全く予想外のことでしたから、道庵の魂が頂天に飛びました。
 それから、お雪ちゃんという子のこの好意が、ばかに身にしみて嬉しくなると共に、話をすると、頭がよくて理解があり、それに知識慾もあって、相当の受けこたえができる。それに人のもてなしに愛想があって、親切を極めるものですから、道庵が重ねて嬉しくなって、この娘さんのためには、また自分の好意を傾けて、相手になってやらなければならないと考えつつ、しきりに盃と会話とを進めています。
 お雪ちゃんの方もまた、この先生が飄逸《ひょういつ》で、ざっかけで、直《ちょく》で、気が置けない人柄である上に、お医者の方にかけては、江戸でも鳴らしている大家であるというような信頼もあるし、当然その脱線も脱線とは受けとれず、その道の当代有数の大家が、自分のようなものにも調子を合わせて相手になってくれることだと有難く思って、二人は炉辺で、それからそれと話がはずみました。
 そのうちに、どうした話の風向きか、道庵の話がお雪ちゃんを前にして、性の問題に触れ出してきました。
「お雪ちゃん、お前さんも将来はその責任があるのだから、ようく聞いて置きなさいよ、わしはエロで話すわけじゃないんだ、お前さんの親切心に酬《むく》ゆるために、女にとってこれより上の大事はない、つまり男で言えば、戦場に臨むと同様なのが、それお産のことだあね。こればっかりは男にはできねえ。わしゃいったい、どうも身贔屓《みびいき》をするわけではないが、女の方が男に比べて脳味噌が少し足りねえと思うね。そりゃ女だって、多数のうちには男に勝《まさ》る豪傑――女の豪傑というも変なものだが、男のやくざ野郎よりは数十段すぐれた女もあるにはある、男だって女の腐ったよりも悪い奴がウンといるにはいる、が、平均して見てだね、女の方が少し脳味噌が劣る――と言っちゃ怒られるかね。だから女というやつは、男にたよらなければ何一つできない、女のするほどのことは男がみんなするが、男のするほどのことを女がやりきれるというわけにはいかねえ。ただ一つ、女にできて男にどうしてもできねえことが、しゃっちょこ立ちをしても男がかなわねえことが、たった一つだけある、それは何かと言えばお産をすることだ。こればっかりは女の専売で、男がたとい逆立ちをしてもできねえ。尤《もっと》も孝経には、父ヤ我ヲ産ミ、母ヤ我ヲ育ツ、とあるから、孔子の時分には男が子を産んだのかも知れねえが、今日、男が子を産んだという例は無い。だから子を産むことだけは女の専売で、この点では男が絶対的に女の前に頭が上らねえんだが、女さん、増長していい気になっちゃいけませんよ、その子を産むというたった一つの女の絶対的専売でさえ、男の助太刀《すけだち》が無けりゃできねえんだから……」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と、お雪ちゃんが笑いこけるのを、道庵はいよいよすまし込んで、
「まあ、それは、どっちでもいいが、お産だけは今いう通り、男子の戦陣に臨むのと同様に、女子生涯の一大事なんだ。お雪ちゃん、お前なんぞは、まだその戦陣に臨んだことはあるめえが――嫁入前にそういうことはねえのがあたりまえなんだが、今時の小娘と小袋とは油断がならねえから、或いはお雪ちゃんに於ても、もう或いは時機に於て、すでに処女を離れているかどうか、そのことはわからねえんだが……」
「先生、いやでございます、そんなことをおっしゃっては」
「は、は、は、どうも淑女の前でそういうことを言うのは、本来ならば礼儀に欠けているんだが、こっちは医者ですからな、職業的、科学的に言うんだから、遠慮なくお聞きなさいよ、処女が母となる将来のためを思って言って聞かせてあげるんだから、はにかまずに聞いてお置きなさいよ――」
 道庵は、冷静に釈明をして置いて、それからまた盃《さかずき》を挙げ、
「お産を安くしようとするには、まずともかく、身体を冷えないようにすることだね。身体の冷える、冷えないにも、それぞれ体質があり、拠《よ》るところもあるのだが、人間の身体はどうしても冷えてはいけねえ、清盛様みたいに火水の病も困るが、人間が冷えてつめたくなると、やがてお陀仏になる。そこで、身体の冷えを救って、よき子を産む方法がある、膝のうしろのところへ、三つお灸《きゅう》を据えるんだね――その灸点の場所は、ちょっと秘伝なんだ、お望みなら据えてあげましょう。幸いここは胆吹山で、艾《もぐさ》に事は欠かない、お望みなら、それをひとつお雪ちゃん、あなたにこの場で据えて進ぜましょう――利《き》きますぜ、道庵が師匠からの直伝《じきでん》の秘法なんですから、効き目はてきめんでげす。現に、これまでどうしても子供を欲しがって与えられなかった母体に、道庵が秘法を授けてから、ひょいひょいと三人も五人も産み出しました、女ほど貴きものは世にもなし、釈迦も、達磨も、ひょいひょいと産むと言いましてな」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
 お雪ちゃんがまた笑うと、道庵はいっそう真顔になって、
「その灸点は、もと水戸から出たんだ、水戸の光圀公《みつくにこう》が発明だなんていうが、そのことはどうだか、とにかく、てきめん利くよ、現金効能が顕《あら》われる。そいつをひとつ今日、道庵がお雪ちゃんのために施して進ぜましょう、そうして、釈迦でも、孔子でも、どしどし産み並べてもらいてえ」
「いけません、そういうことをおっしゃるのは、処女の神聖を侮辱するものでございますわ」
「違《ちげ》えねえ、こいつは一本参った」
 道庵は仰山に右の掌で額を叩いてから、
「将来のために言って聞かせてあげることが、現在に混線しちゃったんだ、これというもみんなためを思って言うことだから、悪くとらずに聞いておくんなさいよ、エロで言うわけじゃねえんだから……」
と、道庵はしきりに言いわけをしてから、
「それから、良い子を上手に産もうとするには、右の灸点を受けてから、身体の持扱いだね、身体をゆったりとして置くことだね、よく坊さんがそれ、禅というのをするだろう、あれだね、あの形で正しくゆるやかに――といっても結跏《けっか》といって、足をあんなに組むには及ばねえ。そうしてるんだね……」
「先生、わたくしは、子供を産むということに就いて、日頃一つ考えさせられていることがあるのですけれど、きいて下さいますか」
 お雪ちゃん、なぜかこんどは自分から積極的に突込んで、道庵先生に向って、日頃の疑問を晴らそうと試むる態度に出たものですから、道庵も乗り気になって、
「うむ、何でも質問してごらん、聞くは末代の恥、聞かぬは一時《いっとき》の恥ということもある、何でも、先輩に向って遠慮なく物を質問してみるようでないと、学問は進歩しねえ」
 そこで、まじめに質問をしかけながら、お雪ちゃんが少しおかしくなりました。というのは、いま道庵が、聞くは末代の恥、聞かぬは一時の恥と言ったのは、たしかに比較が顛倒《てんとう》している。正しくは、聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥――と言わねばならないところを、顛倒してしまっているのだから、せっかくの格言俚諺《かくげんりげん》が全然意味を逆転せしめてしまっている。しかも、道庵は下流文士がわざとトンチンカンを言って擽《くすぐ》るのと違って、自分がそれに気がつかないで、頭は正当の意味で、口だけが逆転しているのだから罪はない――まだ初対面早々のことではあり、ことに相手が、自分で気がつかないでまじめくさっているものですから、吹き出してしまうのも失礼の至りと、お雪ちゃんはやっと我慢をして我にかえり、
「世間で子供が生れますと、ただ目出度い目出度いとお祝いをいたしますけれども、本当にそれが母となる人のために、また子供として生れた者のために、目出度いことなんでしょうか。親は子を産むために疲れ、子は産み落されて、世の中に翻弄《ほんろう》されながら生きて行かなければならない、そういう場合に、産むということも、生れるということも、そんなに目出度いことなんでしょうか。それから、人がたくさんに子を産んで、この世に人間が殖えて行くことが、果して世間のためにも、人間のためにも、幸福なことなんでしょうか。世間には、産まない方が慈悲であったり、生れない方が幸いであったりする人はないでしょうか。人間というものは、どうしても、結婚して、子を産まなければならないはずのものなんでしょうか」
「そこだ!」
と道庵が、また何かに感奮して、盃を下に置くと共に、掌で丁と額を叩きました。

         五十五

「そこだ!」
と道庵先生が、何かに昂奮して盃を下に置くと共に、掌で丁と額を叩いたが、やがて、仔細らしく物おだやかに、お雪ちゃんに向って語り出しましたのは、
「わしも御承知の通り、医者ですから、人助けが商売みたようなわけなんでしょう、人の見放した難病を癒《いや》したり、死んだ者までも生き返らせたりするのが商売のようなもんだが、どうかすると、つくづく考えることがあるね、こんな野郎や、こんな阿魔ッ子を、生かして置いたって仕方がねえじゃねえか、こんな奴は一思いに眠らしちまった方が功徳じゃねえかと、そう思うことが無きにしもあらずなんでげす、正直のところ……」
 そうすると、お雪ちゃんが、
「先生、お医者さんが、そんな情けない心になっちゃ困るじゃありませんか。ですけれども先生、口と心とは別なんでしょう」
「なあに、口と心とは別じゃねえんだが、心と手とが別になるんだね――心のうちじゃあ正直のところ、こんな奴は眠らしちまった方が、御当人も助かるし、世の中にも一匹の穀《ごく》つぶしが存在しなくなるという効能になるんだが、どうも、その場に至ってみると手が承知しねえんでね、この手が……」
 道庵は、その変にひねくれた長っぽそい手をつき出して、お雪ちゃんに見せました。
「この手が、どうも、ついどうも、未練たっぷりでね、殺そうと思っちゃ、つい生かしちまうんでね。今日まで、ずいぶんよけいな殺生《せっしょう》、じゃねえ、よけいな人を生かしてしまったね。ロクでもねえ奴は殺しちまえば、お前《めえ》、今も言う通り、それだけこの世の穀つぶしが減るわけなんだね。まあ、一人の野郎が、仮りに一日に五合ずつの米を食うとしてからが、月に一斗五升、年にならすと一石八斗、まあざっと四俵半、数が悪いから一人五俵として積ってみなせえ、千人殺せば年に五千俵の米が浮く。五千俵の米がお前、価《ね》に踏んでいくらになると思う、近年のように米価の変動が烈しくっちゃあ、勘定をしても間《ま》に合わねえが、かりに一俵一両としても五千両、二両とすれば一万両という勘定になる。それをお前、こちとらのような貧乏人となると小買いだから、グッと割が高くつくんだぜ、ことにこれから拙者共が出向いて行こうという京阪地方なんぞと来ては、物価が目玉の飛び出すほど高くなっているという知らせを聞いているから、拙者も実は青くなっているところなんだよ。なんでも近ごろは京阪での白米の一升買いが一貫二十四文ということだから、貧乏人は大抵こたえらあな。それに準じてお前、人間は米ばかり食って生きていられるというわけのものじゃあねえ、お副食物《かず》も食わなけりゃならず――この方も一杯やらなけりゃあならず」
と言って、道庵が膝元に置いた盃を取り上げようとしたが、手元が狂って、盃が転がり出してしまって、ちょっと当りがつかなかったものですから、とりあえず、手真似《てまね》で一ぱいやるしぐさ[#「しぐさ」に傍点]をして見せたのが、真に迫りました。
「それからお湯に入らなけりゃあならず、年に二度や三度はお仕着《しきせ》もやらなけりゃならず、それからまた時たまは、芝居、活動の一ぺんも見せてやらざあならず(註、ここに道庵が活動といったのは、例の脱線であろうと思われる、その当時はまだ世界のいずれにも活動写真というものの発明は無かったのである)ちょっと髪を結うにしても、八十八文取られるということだし、湯銭が二十文の、糠代《ぬかだい》が十二文と聞いちゃ、これから京大阪へ乗込もうという道庵も、たいてい心胆が寒くなるわな。食い雑用をさし引いて、人間一匹を生かして置く費《つい》えというものは生やさしいものじゃねえんだ。よく世間の奴等あ、食えねえ食えねえと言って、貧乏をすると一から十まで米のせい[#「せい」に傍点]にして、高いの安いのと文句を言うが、米の野郎こそいい面《つら》の皮さ、何も米ばかりが食い物じゃねえんだ、ばかにするな!」
 ここでまた道庵の脱線ぶりが、米友かぶれがしてきました。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
とお雪ちゃんがまた笑って、それにつぎ足して言いますには、
「それは、先生、費えの方ばかり考えますと、そうかも知れませんが、その人がみんな遊んで食べているわけじゃありますまい、それぞれ稼《かせ》ぎをして、食べて行くんですから、そう憎んじゃかわいそうですね」
「ところが、なかなか、稼ぎをして食って行くなんていう筋のいいのばかりはねえんでね、食っちゃあ遊んでいるのはまだいいがね、どうかして人の稼ぎためを食いつぶして、自分は楽をして生きて行きてえという奴がうんといるんだから、そんなのは、いいかげんに眠らしちまった方がいいんだが、さて、今いう通り実際となると、なかなか、この手が言うことを聞かねえんでな、ついつい、無慈悲な、人生《ひとい》かしをしちまうんだ、人殺しも感心しねえが、人生かしという商売も、これでなかなか辛《つら》いよ」
「ですけれど、先生、そう一概に悪い人ばかりあるわけではござんすまい、こういう人を助けて置けば、国のためにもなり、人のためにもなる、こういう方はぜひ助けて置かなければならないと、お考えになることもあるでございましょう」
「無《ね》えね――」
 道庵先生が言下に首を横に振ってしまったものですから、お雪ちゃんも、あんまり膠《にべ》のないのに少々|狼狽《ろうばい》気味でした。そこを道庵が一杯ひっかけながら、
「こいつは生かして置いてやりてえ、こいつは生かして置かなけりゃならねえ、なんぞと惚《ほ》れこんだ奴は、今までに一人もお目にかからなかったのさ、生かしてみて、まあ、どうやら我慢ができるという奴は一人や半分はあったね――今いう、お前《めえ》、あの米友公なんぞも、その中の一人に数えていいんだが、おりゃまだ、はなから、こいつを生かして置いて、可愛がってやろうなんていう奴には一人も出くわさねえのさ。脈を見たり、薬を盛ったりしてやる時に、腹ん中じゃ、こう思ってんだね、手前《てめえ》たちゃ、道庵ほどの者にこうして脈を取らせたり、安くねえ薬を調合させたり、お手数をかけて、そうして生きていてもらわなけりゃならねえほどの代物《しろもの》じゃねえんだが、道庵もそれ、商売となってみれば、こうしてやらなけりゃ食って行けねえ、今いう通り、食って行くだけじゃ生き甲斐がねえ、食っての上に生き甲斐をもあらせようとするには、それ、一杯も飲まなくっちゃあやりきれたものでねえ、そこで、商売上やむことを得ずしてお前たちを助けようてんだ、あんまり大面《おおづら》をするなよ、と内心こう思って脈を取ったり、薬を盛ったりしているんですよ、正直のところ」
「では先生、禅学のお方がよくおっしゃる、仏心鬼手なんておっしゃいますけれど、先生のは、それと違って鬼心仏手なんですね」
「違えねえ――」
と道庵がまた、額を丁と打ちました。

         五十六

「違えねえ、愚老なんぞは、その鬼心仏手というやつで、心にもねえ人生かしをして来てるんだが、日蓮上人も言ってらあな、身は人身に似て実は畜身なり――」
 御遺文集のどこから、そんな文句を引っぱり出したのか知れないが、ここで道庵先生が、日蓮上人を引合いに出して来まして、
「だがな、人生かしばっかりして来ているというわけじゃねえんだ、ずいぶん人殺しもやってらあな――およそこの道庵の手にかかって、今日までに命を取られた奴が……」
 ここで道庵十八番の啖呵《たんか》を切り出しました。知っている者はまたかと思うでしょうが、それを知らないお雪ちゃんは、初耳のつもりで、ついついそのたんか[#「たんか」に傍点]を聞かされてしまわなければなりません。
「およそこの道庵の手にかかっては、まず助かりっこは無《ね》え、今日までに、ざっと積っても、道庵の手にかかって命を落した奴が二千人は動かねえところだ、当時、この物騒な時代に、人を斬ることにかけては武蔵の国に近藤勇、薩州に中村半次郎、肥後の熊本に川上|彦斎《げんさい》、土佐の高知に岡田以蔵――ここらあたりは名だたる腕っこきだが、道庵に向っちゃあ甘いものさ――およそ、道庵の匙《さじ》にかかって助かる奴は一人も無え、たまに助かる奴なんざあ、まぐれ当りなんだよ」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
 お雪ちゃんだけは興を催して、道庵先生のために笑ってやりました。
 右のような自慢は、道庵としては、もう犬も食わない自慢なんですが、お雪ちゃんにとっては新しいのです。そこで、お雪ちゃんの心持を喜ばせたと見ると忽《たちま》ち、道庵が附けのぼせがしてしまいました。ここで、また一つ受けさせてやろうという気になったのがいけません――そうして物々しく、
「ね、お雪ちゃん、本当でしょう、道庵の言うところは欺かざるものがあるでしょう。でね、こういう話もあるんだからひとつ聞いて置いていただきてえ、自慢じゃあねえが、道庵そのものの生地《きじ》を見ていただくためには、恥を話さなけりゃあわからねえ――道庵のお得意先に、ちょうどまあ、年かっこうも、お雪ちゃん、あなたぐらいの、そうして、あなたと同じような愛想のある別嬪《べっぴん》さんなんだがね……」
「わたし、別嬪さんなんかではありゃしませんわ」
「どうしてどうして、なかなか隅には置けねえね。ところがそのお雪ちゃん同様の、道庵お得意先の別嬪さんが、ふと病にかかって、ぜひとも道庵先生に診《み》ていただきてえ――そう言われると、こっちも男の意地でいやとは言えねえ、相手が別嬪だからって、後へ引くようなことじゃ年甲斐《としげえ》もねえ――」
と言って、一力《ひとりき》み道庵が力みますと、お雪ちゃんがまた、
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と笑いました。相手が別嬪だから、後へ引くようでは年甲斐もない――というのは、やっぱり理窟に合わないところがあるのです。それをお雪ちゃんが少し笑ったのでしょう。そういうふうにお雪ちゃんの調子がいいものですから、道庵もいよいよ附け上って、
「そこで、一通りそのお嬢さんの脈を診《み》て上げて帰りに、先生一杯なんて、よけいなことをその家の両親共がすすめるもんだから、ついいい気持になっちまって、それから牛込の改代町まで来ると、出逢頭に子供を一人、蹴飛ばしちまったんだね。ところが、その子供の親父《おやじ》が怒ること、怒ること、むきになって怒るから、こっちも相手が悪いと思って、平あやまりにあやまったが、先方がどうしてもきかねえ。わしも困っていると、いいあんばいに仲裁が出ました。その仲裁人が、子供の親父をなだめて言うことには、お父さん、足で蹴られたぐらいは辛抱しな、この人の手にかかってみたがよい、生きた者は一人もない――だってさ。そこでおやじも、おぞけをふるって逃げて行った姿がおかしかったよ」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
 お雪ちゃんがまた笑いこけました。しかし、これもお雪ちゃんとしては、笑いこけるほどの新し味があったかも知れないが、実は古いものなので、安永版の初登りあたりにあるのを、道庵が、単にお雪ちゃんを一時《いっとき》喜ばしたいがために焼き直した形跡がありありです。本来、こういうつまらない技巧は、道庵先生のために取らないところなんだが、お雪ちゃんの御機嫌に供えるために、ちょっと取寄せてみたに過ぎないでしょう。
 素直なお雪ちゃんは、そういう焼直しや、お座なりをあてがわれても、道庵のために快く笑ってやりましたが、
「先生、あなたは御自分の棚卸しばかりしていらっしゃるけれども、本当の値うちは米友さんが保証しているから間違いっこはありません、それに、わたしが今こうして、こんなに元気にお話を伺っていられるのも、先生のお力ですから、これが活《い》きた証拠じゃありませんか。わたしは、先生のお手にかかって殺されやしません、現在こんなに元気に生き返らせていただきました、ですから、何をおっしゃっても、先生を御信用申し上げずにはおられません――そこで先生、わたくしは冗談《じょうだん》はさて置いて、真剣に、先生にお説を伺ってみたいと思うのでございます。それはつまり、あの最初に戻りまして、世間では、子供が生れますと、ただ目出度い目出度いとお祝いをいたしますけれども、本当にそれが母となる人のために、また子として生れた当人のために、目出度いことなんでございましょうか。なお押しつめて申しますと……」

         五十七

「生れない方が幸福であったり、産まないがかえってお慈悲じゃないかとさえ、わたしは思われてならないことがあるのですが……」
「なるほど」
「産んで苦労をさせるくらいなら、苦労をさせないうちに――いいえ、この世に産み落さないことにしたのが、結局いちばん幸福じゃないかと思われてならないこともあるのでございます」
「なるほど、そりゃあ――そりゃ話が元へ戻るが、元へ戻るほど根が太くなる!」
と道庵が言いました。元へ戻るほど根が太くなるという言葉だけは論理に合っているのですが、道庵が何のために突然、右様な論理を持ち出したのか、そのことははっきりしません。ただ、単純に樹木にしてからが、根元へ来るほど太くなるという現前の事実が平明に突発してみたのだか、或いはお雪ちゃんの提出した根本問題が、ようやく重大なるものに触れて行くことを怖れたのだか、その辺は相変らずハッキリしないものであるが、多少の狼狽気味は隠せないものがあるようです。実は前々お雪ちゃんから左様な、性と生との根本問題をかつぎ出されていちずに共鳴感奮してみたものの、この問題をあんまり深く追究されると、自分の焼刃が剥げることの怖れから、冗談に逃げていたのを、また引戻されて押据えられる苦しさに、道庵がうめき出したようにも聞きなされたが、道庵先生ほどのものが、たかが小娘のお雪ちゃんにあって、その鋭鋒を避けなければならんというような、卑怯未練な振舞はあるべきはずはないのです――果して、陣形を立て直して道庵先生が、しかつめらしく構え出してお雪ちゃんに答えました。
「そりゃ、人間、生れて来た方がいいのか、生れねえ方が勝ちか、そのことはわからねえね。そのことはわからねえけれど、生れ出て、こうしてピンピンしている以上、どうも仕方が無えじゃねえか――ここでまあ、仮りにわしが、お雪ちゃんを憎いと言ったところで、殺すわけにゃいかず、可愛ゆいと言うたところで、茹《ゆ》でて食うわけにゃいかず」
 また、おかしくなりました。可愛ゆいからといって、茹でて食わねばならぬ論理と実際とはないのです。要するに出鱈目《でたらめ》です。
「先生、そのことじゃありません、わたしたちがこうして生きているのを、どうのこうのというわけじゃありません、これから生きようとするもの、これから生かそうとするものに就いて先生の御意見が伺《うかが》いたいのでございます」
「なに、これから生きようとするもの、これから生かそうとするもの、そんなものがこの世にあるか知ら、この一枚看板の一張羅《いっちょうら》、生かそうと殺そうと、質屋の番頭の腕次第……」
 また妙な緞帳臭《どんちょうくさ》いセリフがはじまったが、お雪ちゃんは存外それに引きずられませんでした。
「つまり、なんでございますね、これからこの世の光を見せようという親の立場になり、これからこの世の苦労を味わわされようとする子というものの立場になってみてでございますね」
「ふん、なるほど、してみるてえと、母の胎内にある子のために、また、その胎内に子を持つ母のためにってなことになるのかね」
「まあ、そうでございますね、最初に申し上げたでしょう、子を産むことは必ず目出たいこととされていますけれども――そういう場合に、本当の意味では、生れるが目出たいか、産むのが目出たくないか――というような理窟になりますか知ら」
「じゃ、かりに目出たくないとするとどうだね」
「なら、いっそ、親として産まないのが善いことであり、子として生れないのが善いことじゃないでしょうか」
「はてな」
 道庵は仔細らしく小首を傾《かし》げて、
「はて、お雪ちゃん、お前さんの質問が、深刻なようで上辷《うわすべ》りがし、上辷りがしているようで存外深刻でもあり、ちょっと、迷わされるがね、早い話が、結局こういうことになるんじゃねえか、どうも、そうなりそうだよ、つまり、お雪ちゃんの今の質問は論じつめると、子供が母の胎内にあるうちに、卸しちまった方が、子供のためにも、母のためにも、幸福じゃないか――こういって質問されているようなことになるんじゃねえかね。わしゃ、どうも頭が悪い」
と言って道庵は、そのくわい頭を軽く二三べん振って見せました。
「いいえ、そういうわけじゃないのよ、先生」
「どういうわけなんだえ」
「母と子との幸福のためには、産むということが犠牲になってもかまわないじゃないですか、と、わたしは考えていたものですから」
「はて、母と子との幸福のためには……産むということが犠牲――そうだな、やっぱり、露骨に言ってしまってみると、子供を卸しちゃった方が安心幸福ということになるんじゃねえか、と質問されているような気がするんだが、さて、お雪ちゃん」
 さて、お雪ちゃん、と、ここで道庵がばかに大きな声をしたものですから、お雪ちゃんが思わず真赤になりました。
「さて、お雪ちゃん、お前さんの質問は、いやに廻りくどく、学者風になってつめかけて来るが、詮《せん》ずるところ、母の胎内から子を卸してしまうか、もちと露骨に医者の方で言ってしまうと、堕胎をしてもいいか、悪いか――なおいっそう現実的に言うと、間《ま》びいてもさしつかえねえかどうか、という質問のように、拙者には商売柄、そう受取れるが――そうなると外科だね」
 道庵はお手のものと言わぬばかりに、けろりと取澄まして、べらべらと次の如く語り出しました。

         五十八

「そういう問題は、今更、お雪ちゃんから提出されるまでもなく、世間では、もう充分に、研究も翫味《がんみ》もしつくされていて、今は不言実行の時代に入っているんだよ――まあ早く言えば、いろいろの意味で子を産みたくないという奴が、世間にはうんといるのさ。そりゃ、子を産みたくって産みたくって、神仏まで祈り立てる奴もあれば、子を産みたくなくって、生れようとする奴を産ませまいとして、また産み並べた奴をもてあましてるのが、天下にうんとあるんだ――今更、お雪ちゃんのように、そんなに事新しく、婉曲《えんきょく》に、上品に持ち出すのが古いくらいなもんだが、この道ばかりは、古いが古いにならず、新しいが新しいにならず、やっぱり、人間生きとし生ける間は繰返されるんだ。だが、お雪ちゃんのように、そう学問的に婉曲に持ち出す間は、まだ花で、不言実行となると、み[#「み」に傍点]もふた[#「ふた」に傍点]もねえのさ」
「不言実行とは、どういうことなんでございますか」
「言わずして実地に行う、こいつがいちばん始末が悪いね――老子|曰《いわ》く、言う者は知らず、知る者は言わずってね――こういう貧乏人にひっかかると、全く始末が悪い。今の問題で言うと、その不言実行、お産の方で、今の不言実行てやつが……」
「それが、どうなんでございます」
「言わずして行うというやつが、いちばん始末が悪いさ。宣伝屋や見栄坊なら、直ぐにそれと当りがつくが、不言実行というやつになると、どこでどうして、何をしているか、一向わからねえ、お産の方で言ってみるとだね、この不言実行てやつは……」
「それが、どうなんでございますか」
「つまり、闇から闇というやつでね――実行方法としては、今のその堕胎と、間《ま》びくというやつなんだ。お雪ちゃんが言論でもって、只今しきりに拙者に挑《いど》みかけている問題が、隠れて天下に堂々と実行されている、これがつまり、堕胎と、間びきということなんだ」
「どういうふうにして、その堕胎と間びきとやらが実行されていますか、それをお伺いすることはできませんでしょうか」
「おや」
「先生、そういうことを伺うのは失礼でございましょうか」
「失礼なこたあねえ、淑女の前でそういうことを口走る、こっちの方が失礼かも知れねえが、研究の心で、そういうことを先輩にたずねるのは失礼という話にはならねえ。まして医者に向って、そういうことをたずねるのは、餅屋へ餅を買いに行くのと同様、極めて自然にして穏当なことなんだから、遠慮なくお尋ねなさるがよい」
「ですけれど、先生、たった今、おや! とおっしゃって、ちょっと怖い目をなさったじゃありませんか」
「は、は、は、あれは、ちょっと眼を※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]《みは》ったというだけなんだ、お雪ちゃんという子が、存外、真剣に、その不言実行の実行方法まで立入ってたずねて来たから、それにちょっと、面くらっただけのものなんだ――なあに研究的に聞いて置く分にゃ、何でもないさ、つまり性の教育なんだからね。ところで……」
「ええ、わたしも、そのつもりで、大胆におたずねしているのですから、あつかましい奴とおさげすみなさらずに教えていただきとうございます。世間では、今おっしゃる通り、闇から闇ということを罪悪のようにも教えていますし――また、わたしたちの疑問からして見ますと、その闇から闇というのが、いっそ辛《つら》い日の目を見せて生かすよりは、大きなお慈悲ではないかという問題に出会っているのでございますから、その実行――つまり、先生のおっしゃる不言実行だって、そういちずに罪悪呼ばわりをするのはどうかと思われるじゃありますまいか」
「なるほど――理窟はとにかくとして、その子を卸すこと、つまり堕胎なんだね、その堕胎も、間びきも、滔々《とうとう》として不言実行されていることは事実なんで……また考えようによると、こうしてまあ徳川の天下が三百年も、ともかく無事で来ているというのも、見ようによれば、その不言実行が……」

         五十九

 そこで、道庵先生は自分の体験からして説き出しました、
「わしは、今でもこういうロクでなしだから、そもそもこの世に生れ落ちる最初から、このロクでなしの運命を持って生れて来たもので、わしの母親というやつが道庵を産むくらいのやつだから、どぶろく[#「どぶろく」に傍点]を飲むと夢みて孕《はら》んだわけでもあるまいが、こいつの生れるのを厄介がって、なんでもあとで懺悔話に聞くと、こんど生れやがったら、ひね[#「ひね」に傍点]ってくれると言って待構えているところへ産みつけられたのがこの道庵だ。母親が、つまりおっかアが、この野郎と言って自分の胎内から出たところを自分の手でとっつかまえて、もろにひね[#「ひね」に傍点]り殺そうとしたんだが、そこは、道庵を子に持つくらいの母親のことだから、やっぱり、今いった鬼心仏手というやつで、心ではこの餓鬼をおっぴねく[#「おっぴねく」に傍点]ってくれようと待構えていたんだが、手が言うことを聞かねえで、とうとう、あったらことに、道庵の一命を助けてこの世に送り出したばっかりに、天下の不祥を引起して、今日この通り人生《ひとい》かしを稼《かせ》がせるようになったのでげす。つまり道庵のおっかアが、このロクでなしを間びきそこねてこの世に送り出したわけなんだが、この間びくというやつに、目口を抑えるやつもあれば、灰を持って来て口の中へ頬ばらせるやつもある、鶏をつぶすように手っ取り早く、首根っ子をおっぴねく[#「おっぴねく」に傍点]ってしまうやつもある。道庵なんぞは、その手っ取り早いやつで、すんでのことにやらかされようとしたのを助かって、今日この通りの太平楽という廻り合わせなんだ、何が幸いになるか知れたもんじゃあねえ」
 こういうことを、聞かれもしないのにべらべらと喋《しゃべ》って、曝《さら》さないでもいいおふくろと自分の恥を曝してしまったのも、酒のせいでもあり、相手が相手だから、無難だとも見たからでもあると思われます。
 本来、道庵先生、道庵先生で通っているが、未《いま》だに誰も、その出所来歴を知った者はなく、自分も江戸ッ子だと言って啖呵《たんか》は切るけれど、いったい江戸のどこで生れたんだか、その本姓も、本名も、年齢も、知った者はない。大菩薩峠発表以来三十年にもなんなんとするけれど、未だ曾《かつ》て、道庵先生の身寄りだと言って、訪ねて来た人も一人も無いでしょう。
 それほど、出所来歴の不明な道庵先生が、このままにして置けば、出所来歴の不明そのものが、やがて神秘的に衣をかけられて、勿体《もったい》もつけば箔《はく》も附くべきものを、よしないところで、言わでものことに口を辷《すべ》らせ、曝さでもの恥を曝すことになったのも浅ましい次第ですが、しかし、この告白もかなり割引をして聞かないと、前の落し話同様、思わぬところで種がばれ、底が割れないという限りはありません。
 お雪ちゃんも、もう数刻の談話で、その辺の呼吸が少し呑込めたと見え、さして人見知りをしないようになりました。
 その辺で、また道庵先生が一転して、堕胎や間《ま》びきの悪い風儀を罵《ののし》りながら、その口の下から、徳川幕府がこうして三百年も日本の国を鎖《とざ》していながら、人間がこの国に溢《あふ》れ返りもせず、人口過剰のために、乱民が出来たり、食糧不足が生じたりすることが、部分部分には多少なかったとは言えないけれども、大体に於ては、無事に三百年を経過して来たというものは、蔭にこの堕胎や、間びくことの不言実行が行われていて、そうして、おのずから人口調節になったのだという人の説と、これもまた一理あって、人間は鼠をつかまえて、鼠算だのなんのと愚弄《ぐろう》嘲笑するけれども、人間それ自身の殖え方が鼠には負けないこと、殖えるままに殖やし、生れるままに産ませて置けば、三百年どころではない、三十年、五十年で、二倍にも三倍にもなって、忽《たちま》ちこの島国は人間で蒸れ返ってしまう――そこで徳川三百年の間、たいして人口に増減がなく調節されて来たのは、この闇から闇の不言実行が、到るところに行われていた結果だという説と、それから、今まではそれでよかったが、これから開国ということになってみると、日本人も、どしどし外国へ行かなけりゃあならないのだから、人間をうんと産み殖やせということになるだろう、そうなると、これからの時勢は、右の不言実行の法度《はっと》が厳しくなる!
 というようなことまで、発展だか、脱線だか知らないけれども、道庵がお雪ちゃんのために語って聞かせました。
 しかし、お雪ちゃんは、どうもそういう政策問題には触れて行きたがらないで、ややともすれば、元へ元へと話を引戻したがっている気色《けしき》は明らかです。
「先生のおっしゃるところを伺っておりますと、子をおろすとか、間びくとかいったような行いが、たいそう悪いことのようにも聞えますし、また、そうでもないことのようにも聞えますが、いったい、どちらなんですか」
「お雪ちゃん、お前さん、またなんで、それが善いことか悪いことか、そんなに気にかけなさるんだい――どっちだって、お雪ちゃんなんかの知ったことじゃない」
「でも、先生は、そういうことを心得て置くがいいと教えて、ここまで、わたしを教え導いて下さったのじゃありませんか」
「心得て置くがいいったって、お前、程度というものがあらあな、この辺でいいよ、この辺で打切っちまおうよ、面倒臭いから」
「いけません、先生、すでにお話し下さらないなら格別、もう、ここまでお話し下さって、ここでやめてしまっては、本当の教育にはなりませんね、かえって、人に煮えきらない疑問を持たせて毒になりますから、わたしは承知いたしませんよ、わたしが承知しましても、わたしの研究心が満足しませんから」
「こいつはむつかしいことになった、お雪ちゃんの逆襲だ、こいつはたまらねえ」
「わたしは、心ゆくばかり伺ってしまわなければ満足しない病があるんでございます、こんな機会に、またとない先生から伺って置かなければ、生涯の大事な学問をしそこなってしまいます」
「驚いたね、こうまで逆にとっちめられようとは思わなかった、こうなると、道庵も、もう後ろは見せられねえ、何でも聞きな、あけすけに――矢でも鉄砲でも持って来い」
 急に力《りき》み出して、啖呵《たんか》を切ったものですから、お雪ちゃんがまた笑い出して、それでもこの機を外さないように、抜け目なく問題を持ちかけてしまいました――
「では伺いますが、先生、お江戸には中条《ちゅうじょう》ってお医者があるそうじゃございませんか」
「なにチュウジョウ――そんな医者は知らねえ、そりゃたくさんの藪《やぶ》の中には、そんな筍《たけのこ》もあるかも知れねえが、いちいち姓名は覚えちゃいられねえ。チュウジョウ――おいらの近づきにゃ、そんな……待ちな、ああそうか、チュウジョウじゃねえ、ナカジョウだろう、中条と書いてナカジョウと読んでもれえてえ、あれだろう、字は同じなんだが」
「そんならナカジョウですか、あれは何をするお医者なんでございますか」
「驚いたね――中条というお医者は何をするお医者さんだと、年頃の娘さんから赤い面《かお》もしないで……反問されようとは予期していなかった」
と道庵は、眼をギョロギョロさせて、気味の悪いほど、しげしげとお雪ちゃんの面をながめましたから、その時に、はじめてお雪ちゃんが少々恥かしい気になりました。
「お雪ちゃん」
 道庵はとぼけたような、とぼけないような面をして、とろりと――お雪ちゃんの面をながめながら、
「お雪ちゃん――お前さんは」
「先生、そんなに、わたしの面ばっかりごらんになってはきまりが悪うございます」
「いいんや、こっちがかえって面負けなんだ。だが、お雪ちゃん、しっかりしなくちゃいけねえぜ」
「何をでございます、先生」
「何をったって、お前さん、見かけによらねえ白無垢鉄火《しろむくてっか》だ」
「何でございますか、それは」
「お前は、今まで、鎌をかけかけ、この道庵から絞り出そうとたくむ敵は本能寺にあることがよくわかった、全く小娘と小袋は油断ができねえ――」
「いいえ、なにもわたしは、たくんで先生から物事を承ろうとも致しません」
「致さないことがあるものか、お雪ちゃん、お前は、さいぜんから、この酔っぱらいを、舌の先で遠廻しに操《あやつ》って、この道庵の慈姑頭《くわいあたま》から絞り出そうという知恵は、つまり子をおろす方法と、それから子種を流すにいい薬でもあったら、それをたぐり出そうとこういう策略なんだ、わかった、全く油断ができねえ、お雪ちゃん、お前という女は雪のように白い女だか、もう泥のように真黒くなっているんだか、そこんところを、これから拙者が見届けて、それからの挨拶だ、人間というやつは、うっかり信用すると一杯食わせられる」
「まあ、ひどい――先生は何というヒドイ邪推をなさるお方でしょう。御自分で、わたしを教育して下さるとおっしゃりながら、そうして聞くは一時《いっとき》の恥、聞かぬは末代の恥だから、何でも先輩に向って、先輩を困らせるほど質問をしなければ、学問は進歩しないなんぞとおっしゃりながら、わたしが順々に質問を進めて参りますと、もう、そんな乱暴なことをおっしゃる――」
「うむ――わからねえ、わからねえ、お雪ちゃんという子もわからねえ子だ、こっちが降参したくなっちゃった、ムニャ、ムニャ、ムニャ」
 道庵は早蕨《さわらび》のような手つきをして、盃を高くさし上げた姿を見ると、身ぶり、こわ色でごまかそうとするもののようにも見えるので、
「先生は、卑怯なんでございますね、もし、その上わたしが、では子を堕《おろ》す仕方はどう、またそのいい薬があったら教えて頂戴と、本当に切り出したらどうなさいます。それから、間《ま》びくというのは、どんなことか、その仕方や実例なんぞを挙げて教えて下さいと伺ったら、どうなさいます。ごまかしたっていけません、わたしはこれでもすべて物事に徹底しないと、やめられない学問の癖があるのでございますから、途中でおやめになっては罪です、わたしが許しません、先生らしくもない」
 お雪ちゃんにこう浴びせかけられると、道庵がまたムキになって力《りき》み出し、
「何だと。生意気なことを言いなさんな。こっちが降参したというのは、相手が処女だと見たから、処女性を尊重する意味に於て、しばし旗を巻いただけのものなんだ、それを逆襲して来るなんて、見かけによらねえ図々しい奴だ。それならば、こっちも天下の道庵だ、胆吹山の根っこで、乳臭い娘に、とっちめられて音を上げてしまったと言われちゃあ、末代までの名にかからあ。さあ、こうなれば女であろうと容赦はしねえ、矢でも鉄砲でも持って来な、月《つき》やくを流す薬が幾通りあって、子を堕《おろ》す手段が何箇条あるか、子を産んで間びく方法が幾通りあって、どういうふうに、どういう階級で行われてるか、洗いざらいみんな話してやる、さあ持って来な、矢でも鉄砲でも持って来な。だが、只じゃ答えねえぜ、こう見えても、こっちも商売だからな、只で秘伝を打明けるということは商売|冥利《みょうり》の上からできねえ――代を払いな、代を払いなよ、十八文じゃいけねえよ、その代価というのは、まずお前《めえ》、こっちの質問に答えることだよ。いいかい、お前がたずねるほどのことを、これから道庵が一切残らず答えて上げることの代りに、お前がまず、道庵が訊問するほどのことを、まず一ぺん答えてからでなけりゃあ、術譲りをするわけにいかねえよ。その人にあらず、その器《うつわ》にあらざるものに、大法を伝えるというわけにゃいかねえが、どうだ」
「ええ、よろしうございますとも、何でも試験をしていただきましょう、先生のお出し下さる試験問題に及第するか、しないか、そのことは別個と致しまして、知っている限りの御返事だけは、ちっとも御辞退なしに申し上げてしまいますわ」
「よし来た、じゃあ、聞くがな、お雪ちゃん、お前は孕《はら》んだことがあるかい、ないかい」
「えッ」
 この剥《む》き出しな試験問題には、充分覚悟をきめていたお雪ちゃんが、慄《ふる》えあがって、二の句がつげませんでした。そうして面《かお》の色がみるみる変り、唇の色までが変って、わななかされている体《てい》は、見るも気の毒なものでした。

         六十

 これより先、今宵のこの二人の水入らずの会話と討論会が酣《たけな》わなる時分から、この館《やかた》の例の松の大木の根方に彳《たたず》んで、ひそかにそれを立聞きしていた者がありました。
 それは最初から立聞きに来た目的ではなく、ここを訪れようとして偶然、内では水入らずの会話と討論とが酣わであることに気がつくと、つい無遠慮にもおとない兼ね、そうかといって、引返すのも残念なように見えて、ついつい松の根方に彳んでしまったものとして受取れる。自然、そうしている以上は立聞くつもりでなくっても、おのずから内なる人の会話と討論とは、手にとるように聞き取れるのです。
 内なる水入らずの二人も、会話と討論の気合がよく合うものですから、我を忘れて昂奮もすれば、躍起ともなり、また笑い溶かしたり、笑いくずしたりして、たいそうたあいない会話と討論ぶりが、いよいよ酣わになるばかりでありました。
 この水入らずの酣《たけな》わなる会談が、もし相手次第では、ずいぶん聞捨てにならないほど、人の嫉妬《しっと》に似た心理作用を捲き起すかも知れないが、この話題の二人の人格に格段の異色があるところから、誰が聞いていても、その熱心ぶりにこそ興を催せ、これに嫉妬だの、艶羨《えんせん》だのというに似た感情を起させることは、万無いのでありました。
 そこで、立聞きをしていた人も、存外いらいらした気分も見せないで、おとなしく会話と討論の酣わなるを聞き流していたが、その会話と討論は、いよいよ酣わになるばっかりで、いつ果てるとも見えないものですから、その点に於て辛抱なり難いものの如く、松の根方から、また静かに身を動かして、南庭から西の軒場へ歩み去る姿を見ると、それは覆面の姿であります。
 覆面をしたからといって、辻斬りの本尊様ではなくて、女の姿であることによって、直《ただ》ちにそれと受取れる、それはお銀様の微行姿《しのびすがた》であります。
 お銀様は、たしかにこの屋を訪れて、お雪ちゃんにでも何か用向きがあって来たものか、或いは何か他に目的があって来たのか、とにかく、尋常にこれへ訪ねて来て、この酣わなる会話と討論のために、その用向きを遠慮して、静かにこのところを去るのであります。
 そこで、この女の人の姿が、館の後ろの叢《くさむら》の中に隠れてしまいましたが、暫くたつと、西へ離れて広々とした裾野の中に裾を引いて、西に向って歩み行く同じ人の姿を認めることができました。
 こうして、ゆっくりと、西へ向って裾野に裾を引いて行くが、この道を西へ向って行く限り、昨晩のあのセント・エルモス・ファイアーに送られた異形《いぎょう》の人と同様の道に出でないということはありません。
 かくてお銀様は一人、宵の胆吹の裾野を西に向って行く。西の空に新月が現われるのを認めます。琵琶湖の対岸の山々、雪は白し比良ヶ岳の一角から、法燈の明るい比叡の山あたりの連脈と見ておけばよろしい、その上の空へ繊々《せんせん》たる新月がかかりました。西へ向って行く限り、眼が明らかである限り、前途の山川草木の大観をすべて犠牲にしても、この新月一つを見ないで進むというわけにはゆきはすまい。お銀様は当然、新月の光をその額に受けつつ、西へ向って、そぞろに歩み行くのであります。
 およそ月を愛する人で、新月を愛さないものはありますまい。名は新月というけれども、実は新月ではないのです。月の齢《よわい》を数える場合には、満月を処女として、それから逆算して、いわゆる「新月」をたけたりとしなければなりません。女で言えば、満月にむしろ娘としての花やかさがあって、新月に凄い年増《としま》の美がある。さればこそ里の子供らも満月を見ると思わずそれに呼びかけて、
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お月様いくつ
十三七つ
まだ年は若いな――
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と、満腔《まんこう》の若やかな親しみを寄せるけれども、新月を見て、そういう親しみを持ち得る子供はない。新月を見ることを愛するものは、やはり年増の味を愛することを知る人でなければならない。
 そこで、「新月」の名はどうしても逆で、満月が新月で、それからだんだんにかけて行って新月になるというのが感情の上からは順当であるけれども、そうかといって、かけるほど、細くなるほど、老いたりとするのは当らない。いかにかけても、細くなっても、新月はやっぱり新月なのであります。満月が老い、朽ち、衰えて新月となるのではなく、満月が研《と》がれ、磨《みが》かれ、洗われ、練られ、鍛えられつくして、その精髄があの新月の繊々《せんせん》たる色と形とをとって現われるのであります。
 ですから、四日月よりも三日月がよく、三日月よりも二日月に至って、まさに月というもののあらゆる粋《いき》と美とが発揮されてくるのです。そこで人は、彼に「新」という名を与えずには置かない。他の物象にあっては、老いということは衰を意味するけれども、月にあってのみは、老いが即ち粋となり、凄《せい》となり、新となる。
 お銀様もまた、昔から、この「新月」が好きなのでありました。特に今まで、お銀様が「新月」が好きだという記録はこの作中には書いてなかったが、それは書く場所を見出さなかったから現われなかったまでのことで、かつて武州小仏の峠から、上野原方面へ迷い入った時に、たしかこの月影を西の空にうちながめたことがあったはずです。「新月」を好くお銀様は当然、「満月」というものを好かないのです。好くとか好かないとかいう純美淡泊なる感情も、この人に宿る時は、好きは溺愛となり、好かぬは憎悪《ぞうお》とまで進んで行き易《やす》いことは、当然の行き方でありました。
 そこで、お銀様が新月が好きだという時は、全心をつくして好きになり、満月が好かない! という漠然たる感情が、満月は嫌いだ! という憎悪となり、やがて、満月の高慢が好かない、人が月見の何のともてはやすことが憎い――ということにまで進んで、そうして、その反動が新月を好きになることに加わって行くのです。
 お銀様は今、新月の宵を、ひとり歩んで行くことの満足と快感とを感ずると共に、誇りに似たものをさえ思い浮べてきました。そうして、いつもこういう時に、念頭に上って来るのは、唐詩の
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繊々初月上鴉黄
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という句なのであります。これは、あながちお銀様に限ったというわけのものではなく、誰しも唐詩を知るほどのものにして、新月を見た最初の感情として、まずこの句を思い浮べないものはないでしょう。
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繊々たる初月《しょげつ》、鴉黄《あおう》に上《のぼ》る
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 初月は即ち新月であって、その文字の選び方に於て、少しも原意を損ずることはないのみならず、繊々たるという畳語《じょうご》のほかに、初月そのものを形容する漢字はないといってもよいくらいです。
 だが、お銀様にとっては、この「繊々初月上鴉黄」という一句が、また、なかなかに恨みの余音《よいん》を残している一句でありました。

         六十一

 お銀様はその好きな新月を、よく故郷の空に於て見たものですが、その都度、やはり無意識に、「繊々初月上鴉黄」という一句を、まず念頭に思い浮ばしめられてくるのが習いとなっていましたが、最初のうちはただ何となしに、その一句が頭にうつり、それを無意識に口ずさんでみる程度のものでしたが、そのうちに、いつということなく一つの疑問に襲われたのは、「繊々たる初月」ということには何の異議もないが、「鴉黄に上る」というあとの半句が解しきれなかったのです。
 鴉黄というのは何だろう。鴉という字はカラスという字だから、鴉《からす》がねぐら[#「ねぐら」に傍点]に帰り、空の色がたそがれで黄色くなる時分に、新月が上り出したという意味ではないかと、最初のうちは漠然と、そんなふうにのみ解釈していましたが、そのうちに、お銀様の研究癖が、単にそんな当て推量では承知しなくなりました。
 そこで、書物庫へ入って古書を引出して取調べをはじめたことです。調べがすんでみると、全く予想だもしなかった意義と歴史とを発見することができました。鴉黄というのは、鴉のことでもなければ、黄昏《たそがれ》のことでもない。それには、想い及ばなかったところの濃厚な意味が含まれていると共に、お銀様の反抗心を、また物狂わしいものにしたところの、歴史上の重大なる描写と諷刺とのあることを、あの詩全体から発見するに至りました。
 あれは申すまでもなく、盧照鄰《ろしょうりん》の「長安古意」の長詩の中の一句でありますが、何の意味となく誦していたところのものと、新たに取調べたことによって、お銀様はとりあえず、「鴉黄」というのは、唐の時代に於て、支那の風流婦女子によって盛んに行われたお化粧のうちの一つで、額の上に黄色い粉を塗って飾りとしたその習わしであることを知ってみると、「繊々たる初月」というのも自然の夕空の新月のことではなくして、その黄粉を粧うた美人の額の上に描かれた眉の形容であることを知るに及んで、漫然たる最初の想像が全く覆《くつがえ》されたのです。
 ちょっとしたことでも、物は調べてみなければならない、学問上のことについては、独断であってはならないという自覚を、お銀様がその時に呼び起されてみると、同時に、ただあの詩の中の右の一句だけでなく、あの長詩全体に亘《わた》っての意味を味わわなければならないと、自家蔵本の渉猟にとりかかりました。
 その結果が、お銀様を「長安古意」のたんのう者としたのみでなく、その作者であるところの盧照鄰という古《いにし》えの薄倖なる詩人に対して、同情と哀悼《あいとう》の心をさえ起さしめたのであります。
 お銀様の頭には、今、この「長安古意」が蒸し返されて、あのとき受けた強い印象が、つい目の前に蘇《よみがえ》り迫って来るもののようです。
 お銀様は、ただもう、その古詩を思い出すことによって、感情が昂《たか》ぶってきましたが、足許は焦《あせ》らずに、胆吹の裾野の夕暮を、じっくりと歩んでいるのです。
 その時、不意に右手の松林の間から、叱々《しっしっ》と声がして、のそりと、一つの動物が現われ出しました。見ればそれは巨大なる一頭の牛が、後ろから童子に追われて、ここへ悠然と姿を現わしたものですが、牛は牛に違いないが、その皮の色が真青であることが、いとど驚惑の感を与えずには置きません。
 それが行手に、のそりと現われたものですから、お銀様も少しくたじろぎました。しかし相手は牛のことであり、不意に現われたとはいえ、牛飼がちゃんと附いて、この温厚な動物を御《ぎょ》しているのだから、寸毫《すんごう》といえども恐怖の感などを人に与えるものではありませんでした。
「奥様、こんにちは」
 牛飼の少年は、質朴に、そうしてさかしげにお銀様に向って頭を下げて通り過ぎようとしました。
「奥様」といったのは故意か偶然か知らないけれども、昨今ではあるが、みんな自分の周囲の出入りの者、見知り越しの土地の人などが自分を呼ぶのに、この「奥様」という語を以てすることをお銀様が納得している。お銀様はむしろ令嬢として扱われるよりは、奥様と呼びかけられることを本望としているらしくも見える。
 してみれば、この牛飼の少年も、多分、お銀様の新植民地の建前工作にあずかっている人数のうちの、家族の一人であることが推察されないでもない。ただ、不審といえば不審というべきは、こんな少年を、あの工事中のいずれに於てもまだ見かけなかったこと! この少年が鄙《ひな》に似合わず、目鼻立ちの清らかなということにありました。
「ちょっとお待ち」
 やり過ごして置いてから、お銀様が、何のつもりか、後ろからその少年を呼びとめたものです。
 しかしながら、その子供は見向きもしないで、さっさと行ってしまいます。多分、お銀様から呼ばれた言葉が聞えなかったのでしょう。しかし、お銀様は強《し》いて、声を高くして再びそれを呼び返そうとはしませんでした。

         六十二

 そうしているうちに、お銀様の身は、いつか大きな松林の中へ隠れてしまいましたが、また暫くあって、その松林の一方から姿を現わしたところは、不祥ながら、それは一つの卵塔場《らんとうば》でありました。つまり、人間の生命《いのち》のぬけがらを納めた墓地という安楽所の一角へ、思わずお銀様は足を踏み入れてしまったのです。
 しかし、これは、ああ不吉! と言って引返すお銀様ではありません。これを突っ切ることが目的地に達するに近路だと考えれば、必ずその通りに進んで行くに相違ない。果して、お銀様はその荒涼たる墓地の中の細道を分けて進んで行くと、墓地の中に人の声がしました。いや、人の声よりも先に鍬《くわ》の音がしたのです。鍬を使う人があって、それがカチリカチリと小石に当って土をほごす音が、一層その場の情景を陰惨なものにしましたけれど、情景そのものよりもお銀様は、鍬の音と、その音をさせる主との何者であるかに眼を放ちました。
 薄暗い墓地の中ほどに、一人の男が半身を土に没して、しきりに大地を掘っている。大袈裟《おおげさ》に言えば、地球の一部分を破壊しているのです。それが当然、墓地の領土の中である以上は、無意味に大地を破壊しているわけでもなし、また耕作のために開墾しているわけでもありません。穴を掘っているのだということが一目でわかります。
 穴を掘るとは言うけれども、土のどの部分をでも穿《うが》ちさえすれば必ず穴にはなるのですけれども、ここの場合に於ては特にそれが違う。ここで穴を掘るのは、掘るその約束がある。つまりここで穴を掘ることは、人間の生命を埋むべきために掘るので、人間の生命を埋むるために大地を破壊することが公然と許されるのは、単にこういう地点だけに限ったものなのです。
 しかし、普通ならばこの際、お銀様も、わざわざ特にそういう人が不吉な作業をしている特種地の一角まで足を枉《ま》げて見ることはしなかったでしょうが、どうも、分けて行くこの細道が、その「穴掘り」作業の傍らを通らないことには、これを突切ることは不可能の道筋になっていましたから、そこで、やむなく右の「穴掘り」人足の鍬を持っている方へと近づいて、ついその眼と鼻の先まで来ると、先方が早くも鍬を休めて、そうして頬かむりをとって、恭《うやうや》しく、そちらから挨拶をしたものです――
「これは奥様――おいでなさいまし」
 はて、この男はよそ目もふらず鍬を使っているとばかり信じていたら、いつか早や、自分のここへ来たことを知っていた。いつのまに、どうして気がついたろうと、お銀様が不思議がって、その頬かむりを取った面《かお》を見ると、これはこの頃中、よく自分の方の建築工事に手伝いに来ている兵作という朴訥《ぼくとつ》な男でありました。
「兵作さんでしたね」
「はいはい」
「何ですか、おとむらいですか」
「はい、どうも、よんどころなく、この方を頼まれたものでございますから」
「村の方ですか」
「いいえ、はい、その……」
 兵作の返事が、しどろもどろになるのは、何か特別に意味がありそうです。
「どうしたのです」
 お銀様もしつこく[#「しつこく」に傍点]それをたずねてみる気になりました。
「どうも、誰も頼まれて上げるものがございませんから、つい……わっしにおっかぶせられてしまいました」
「それは、どうして」
 お銀様は、不承不承な兵作の態度を、合点《がてん》のゆかないものだと思いました。

         六十三

 なぜならば、誰も好んで墓場の「穴掘り」をやりたがるものはなかろうけれど、それを職業とする者のない田舎《いなか》では、当然村人が代り番にそのおつとめをすることになっている。当番に当れば免れ難いことになっているのを例とする。そこで、これは自治体としても、隣人同士としても、必然の義務になっているのだから、特に志願したり、強制したりする必要のない如く、当番がめぐり来《きた》れば、甘んじて奉仕しなければならないはずになっているのです。
 それをこの兵作は、自分に限って無理押しつけにでも押しつけられたもののように、不本意たっぷりの言い分ですから、お銀様は、そこにまた相当の事情がなければならないと思い、
「お前さん、亡くなった人を葬るために働くのは村の人のつとめの一つであり、またそのために精出して働くことが、亡くなった人の供養にもなるじゃありませんか、後生《ごしょう》の心持でおやりなさい」
 お銀様はこう言って、たしなめるような、励ますようなことを言いますと、兵作が、
「ところが奥様、今度の穴掘りに限って、村の人がみんないやが[#「いやが」に傍点]るんでございます。イヤが[#「イヤが」に傍点]るだけじゃございません、たれも穴を掘ってやり手がねえんでございます――といって、犬に食わせるわけにもいきませんから、兵作お前やってくれと言って、名主からわしに名指しで頼まれたんでございますがね、名主様のおっしゃることなら、兵作貴様これをやれ、と御命令でもやらなけりゃならねえですが、名主様から頼むように、わっしの名指しでおっしゃられてみると、どうにもこうにも、お引受けしねえわけにゃいきませんからなあ、で、まあ、私がこうやって一人で掘りはじめてみると、いいあんばいに一人、手助けが出来ましてね」
「そうなのですか、そんなにまで村の人から嫌われているお墓の主は、どういう人なのですか」
「つまり、人間の仲間|外《はず》れですねえ、悪いことをした酬《むく》いなんだから、どうにも、やむを得ねえでございます」
「何をそんなに悪いことをしたのです、たいていの罪があっても、死ねば帳消しになるじゃないの」
「左様でございます、死んでしまえば、てえげえの罪は帳消しになるんでございますが、今度のはただ眼をつむったということだけで帳消しになるには、あんまり重過ぎました」
「いったい、何の罪なのです」
「第一、姦通《まおとこ》でございます」
「姦通――」
「はい、それから、横領でございます」
「横領――」
「それからもう一つ、人殺し」
「まあ――」
「人殺しといっても、只の人殺しじゃございません」
「どういう人殺しですか」
「主人殺しでございます」
「え――」
「それから、夫殺しでございます」
「え――」
「そういう重い罪人でございますから、磔刑《はりつけ》にかけられましたが、その死骸を引取り手もございませんし、まして、葬ってやろうなんぞという人は一人もございませんので……」
「まあ、一人でそんなに重い罪を幾つも犯したのですか」
「いいえ、一人じゃございません、二人でやりました、姦通同士の男女《ふたり》がやりました。ごらんなさいまし、あの通り、もう一つの穴を、わっしの手助けに来た人がああして、せっせとあすこで掘っています」
「おおおお」
 その人は、もうかなり深く穴を掘り下げているものですから、ほとんど今まで、お銀様の感覚に触れないほどの物静かさでありましたが、そう言われて見ると、なるほど――全身は早や穴の中に隠れながら、もくもくと土だけを上へほうり上げている動作がよくわかります。
「わしは、その男の奴の方をこうして掘っていますだが、手助けの人は、ああして女の奴の方を掘っているんでございますが、男の方よりも、女の方のが、ずんと罪が深いのでございますよ」

         六十四

 それを聞くとお銀様が、その場を動けなくなりました。何ということなしに立ちつくしてしまいました。前路の目的も忘れてしまい、後顧の考えもなくなって、墓穴の中を見込んで、じっと突立ったままでした。
「穴掘り」の兵作は、これでお銀様への御挨拶は済んだという気持で、再び穴の中へ下りて頬かむりを仕直すと共に、カチカチと鍬の音を立てはじめました。
 お銀様は、じっと立って、その穴を見つめたままです。多少の時がうつります。日中ならば時のうつり方も緩慢に見えますけれども、黄昏時《たそがれどき》であっては、急速の移り方で、みるみる暗いもやがいっぱいに立てこめて、暮の領域はみるみる夜の色に征服されて行くのが烈しいのです。
 四方《あたり》が全く暮れてしまったと言ってもよいのですが、お銀様はまだその地点を動きません。穴掘りも、ようやく深く掘り下げて行くほどに、姿は陥没して行くけれども、鍬《くわ》の音だけは相変らずカチリカチリ、陰惨なうちにも迫らない動作を伝えていますが、この方はこれでよいとして、今し掘られつつある墓穴は、この一つだけではありませんでした。
 それよりもなおいっそう罪深き一方を葬るためと言われた他の一つも、同様以上に掘下げ工作が進捗《しんちょく》しているはずなのですが、この方は最初から、うんだともつぶれたともお銀様に向って挨拶は無く、お銀様もまた、最初から、とんとこの方はおかまいなしの体《てい》でしたが、ややあって、静かに歩みを移して、その閑却せられた一方の墓穴の方へと近づいて来ますと、さいぜんの穴の中から兵作の声で、
「おーい、若衆《わかいしゅ》さん、今お嬢様がお前の方へいらっしゃるから、よくお話をして上げてくんな」
 そうするとこちらの穴の中から、若いやさ男の声として、
「はーい、承知しました」
と返事をするのです。はて、おかしいな、こっちの穴の中の兵作は、穴の中を深く掘り下げていながら、自分がおもむろに歩みをうつして一方の穴へ近づいて行こうとするのを、どうして認め得たろう。そうして、やはり穴の中から一方の相手に向って、頼まれもしない先ぶれを試みている。お銀様は面妖《めんよう》な相手共だと心に感じながら、その一方の穴へ近づいて、ほとんど中を覗《のぞ》きこむばかりにして見ると、
「お嬢様でございますか」
 穴の下から、若いやさしい男の声なのです。こっちも、自分が来たのを、穴の中に見ず聞かずにいながら心得ているらしい。しかも、最初は兵作にしてからが「奥様」呼ばわりであったのが、ここへ来ると、もう「お嬢様」に変化してしまっている。しかし、もう、のっぴきならないからお銀様が、
「わたしです、そういうお前は誰ですか」
 こう言って返事をすると、穴から噴《ふ》き出しでもしたように、若いやさ形の男が現われて、いきなり前の兵作がしたように、頬かむりをとって、その面《かお》を突き出して莞爾《にっこり》と笑ったところを見ると、
「あら、お前は幸内《こうない》じゃないの」
 この時はお銀様が狼狽《ろうばい》して、驚愕の声を上げました。
 本来ならば、たとえ頬かむりを取ってみたところで、この宵闇では、知った面であろうとも、なかろうとも、急にそれとは気のつくはずはないのですが、打てば響くようにお銀様が、はっきりと音《ね》を上げました。
「お嬢様、お久しぶりでございました」
「まあ、幸内――」
「お嬢様、ほんとにお久しぶりでございましたねえ」
「お前、どうして、こんなところに、何をしているの」
「はい、さきほど、兵作さんからお聞きの通りでございまして、誰もかまい手がないものでございますから、つい、おてつだいをして上げる気になりました」
「お前のその痩腕《やせうで》で、そんなことにまで頼まれなければいいに」
「でもお嬢様――わたしのようなものが頼まれて上げなければ、誰も頼まれてやる人はありませんもの」
「でも、もういいから、おやめ――お前の代りに、誰か人を雇って来て上げるから」
「有難うございます、では、そういうことに願いまして、わたしは、これからお嬢様のおともを致しましょう」
「そうしておくれ」
「それでは、あの井戸の傍へ行って手を洗って参りますから」
「わたしが洗って上げるからおいで」
「有難うございます」
 そこで、お銀様は夢うつつのようになって、幸内を導いて行くと、墓地の中ほどに車井戸がある。
「わたしが水を汲んで上げるから、手をお出し」
「済みません――」
「なかなか深い井戸だね」
「なかなか深うございます、御用心なさいませ」
「さあ、もっと汲んで上げるから、面《かお》も、足も、洗ったらいいでしょう」
「まことに恐れ入ります」
「幸内」
「はい」
「こうして車井戸の水を汲み上げていると、あの昔の、躑躅《つつじ》ヶ崎《さき》の古屋敷の時のことを思い出さない?」
「思い出さないどころではございません、もうここへ参ります時から、頭の中がその時のことでいっぱいでございます」
「神尾主膳という奴は悪い奴ね」
「悪い、悪い、極悪人でございます」
「かわいそうね、お前は」
「お嬢様、もう、それをおっしゃって下さいますな、おっしゃらなくても、幸内の魂は、それでおびやかされ通しでございます」
「わたしが悪かったねえ、堪忍《かんにん》しておくれ」
「いいえ、お嬢様がお悪いのじゃございません、伯耆《ほうき》の安綱が悪かったのでございます」
「もう、それも言うまい。さあ、面と手をお洗いなら、これでお拭き」
「いいえ、手拭を持っておりますから」
 幸内は、最初頬かむりをしていたところの手拭を取り出して、手と、面と、足とをよく拭って、そこに置き並べた草履《ぞうり》をつっかけて、はしょっていた尻をおろしました。その途端にお銀様が井戸の流しの一方を見て、
「幸内、あれは何?」
「あれが、その、今お話の、二人の亡骸《なきがら》でございます」
「え」
 お銀様は目をみはりました。

         六十五

「あれが、さきほど兵作さんがお話しになりました、罪の男女の亡骸なんでございます」
 二人が目を合わせて注視したその井戸側の一方に、薦《こも》をかぶせて、犬か猫なんぞのように置き捨てられた二つの物。
「ごらんになりますか」
と言って幸内は、そろそろ歩みよって、まずその一方の薦を、ちょっと刎《は》ねのけて見ると、刑余の死人のその男の方と覚しいのがまず現われました。お銀様は、やや長いことそれに目をつけていたが、
「おや、この男はお前によく似ている」
「お嬢様、こちらの方もごらんになりますか」
と言って幸内は、男の方のにしずかに薦をかぶせて、他の一方の薦をしずかに払って見ると水々しい女。しかも、前の若いのとは年齢に於ても、だいぶ隔たりのありそうな大年増。それもなかなかかっぷくもよく、品格もある相当大家の奥様といっても恥かしくないほどの女房ぶりでした。
 前の男の方のを見ては、これはお前によく似ていると幸内に向って言ったお銀様も、この女の方を見ては、義理にも、わたしに似ているとは言えないほどの隔たりがあるのであります。
「でも、どこかで見たような人だ」
 お銀様はこう言ったけれども、さりとて、どこの誰だということが、はっきり頭にうつって言ったのではありません。
 そのうちに幸内は、また薦《こも》を卸してしまって、
「では、お嬢様、これからおともを致しましょう」
「行きましょう」
 ここで、お銀様は幸内を召しつれて、ようやくこの墓地を通り抜けにかかりました。
 幸内はおともをすると言ったけれども、どこへ向ってということに駄目も押さず、お銀様も幸内を召しつれたけれども、これからどこへと目的地を示すでもありません。しかし、まもなくこの陰惨不祥なる「墓穴」の地だけは完全に脱出すると、こんどはまた胆吹の裾野が瞭々として、秋の花野が広々として、琵琶湖が一面に水平線を立てました。その中を、お銀様の後ろに従いながら、幸内は、
「お嬢様、あれがあぶく[#「あぶく」に傍点]の仇討なんでございます、わたしが、お嬢様のお小さい時にして上げた話でございますが、多分お嬢様はお忘れになったことと存じますから、また改めてお話し申しましょうか」
「あぶくの仇討――そんなこと、聞いたようにもあるけれども、全く思い出せない、お前またくわしく話して聞かせてちょうだい」
「はい、承知いたしました」
 この時のお銀様の頭の中は、もう胆吹の新領土の女王でもなく、あたりに展開する薬草の多いという花野もなく、前に水平線を上げている琵琶の大湖もなく、故郷の有野村の邸内の原野を歩む女としての、やんちゃとしての、驕慢にして、しかも多分の無邪気を持った処女として現われました。昔はこういう時に幸内を召しつれて、よく幸内の口から世間話や、昔話を聞かせられたものでした。唯一の愛人としての幸内は、またお銀様にとって唯一の話し相手でもあれば、また唯一の知識の供給者でもあったのです。幸内と火桶を囲んで夜更くるまで話していたこともあれば、野原をむやみに散歩して、幸内をむやみに叱ったり、困らせたりして、やがてまた自分が済まない気になって、泣いて幸内にお詫《わ》びをしてみたりなんぞしたことも絶えずあったのです。
 もう、今も、昔も、ありし人も、亡き人も、ごっちゃになってしまったお銀様の頭では、何はさて置き、幸内の口から再び、或いは現実的であり、或いはお伽噺《とぎばなし》の国の話である物語を聞くことの、うれしさ、床《ゆか》しさに満たされてしまいました。

         六十六

 そうして、今、幸内が語り出すところの「泡《あわ》んぶくの仇討物語」というのを、幼な馴染《なじみ》に聞いた昔語りの気分と、すっかり同じ心持になって、時々まじる甲州言葉までが、時とところを超越したお伽噺の世界に自分を誘うように聞きなされるが、そうかといって語り出すところの物語であり、お伽噺であるところの話の本質は結局、甚《はなは》だめでたいものではないのでありました――
 昔、あるところに旅の商人がありました。
 いつも、若い番頭を一人つれて太物《ふともの》の旅商いに歩き、家には本来相当な財産がある上に、勤勉家でもあり、商売上手でもありなかなか繁昌したものです。
 ところが、留守を預かるそのお内儀《かみ》さんの心の中が穏かでありませんでした。
「うちの主人は、ああして、商売上手に諸国へ出張して儲《もう》けて来るが、あんな若い番頭を連れて歩いたのでは、いつ番頭に誘惑されて色里へでも引込まれ、または旅先で、あだし女をこしらえてはまり込み、売上げも、元も子もないようにされてしまう場合がないとは限らない」
というような思い過ごしと、女の浅はかな心から、これは早くこちらから先手を打って置く方がたしかだと、思案を凝《こ》らしたその思案というのが、やっぱり、女の浅はかに過ぎませんでした。
 これは何しても、あの番頭をこっちのものにして手なずけて置くに限る、そうすれば、旅先で、旦那の目附役にもなり、家へ帰っては自分の味方となる――それに越したことはないと考えて、夫との間に二人の子供まであるのに、その若い番頭に色気を見せて、手なずけにとりかかりました。色気を見せたといううちに、まだ不義を許したわけでもなんでもないが、落ちるような風情《ふぜい》を見せて、番頭に気を持たせながら、引っかけて行ったものに違いありません。
「ねえ、わたしも、旦那がああして商売に精出して下さるから有難いことは有難いが、どうも商売にばかり凝《こ》って、家のことを心配して下さいません、わたしというものも、子供というものも、あってないようなものなのです。本来、情というものが乏しい人なんだから、わたしもそれを思うと心細い。そうして、ああいうように、絶えず旅から旅を廻っているうちに、もしかして、よその女にでも情をうつすようなことになっては、わたしたちの身の上はどうなるかわかったものではありません。それを思うと全く、わたしは二人の子供をかかえて路頭に迷わなければならないようになるにきまっています。親類も、身よりも、たよりになるものはなし、そうなると、味方としてはお前を頼むよりほかはないから、後生《ごしょう》だからお前はよく旦那様のお守役をするといっしょに、わたしの力にもなって頂戴、もし旦那様に万一のことがあるときは、わたしはお前ばっかりが頼りなのだから……」
 二人の子供がありとはいえ、まだ水々しい年増《としま》の主人のお内儀《かみ》さんから、こう持ちかけられると、若い番頭の胸は躍《おど》らないわけにはゆきません。何か知らん甘い、そうして空怖ろしい戦慄が全身に起りました。
「お内儀さん、御安心なさいませ、わたしが附いて行く限り、決して旦那様を悪い方へお導くようなことは致しません、それに旦那様も、全く旅でお固いのですから、どう間違ってもお内儀さんの御心配になるような事態が引起されるはずはないのでございます、それは、わたくしが固く保証を致しますから、御安心下さいませ」
「だが、お前、人の心というものは、いつどう変るかわかったものではありません、固いといった人が道楽を覚えると、かえって遊びをした人よりも深くはまり込むこともあるのです――そうでなくても、もし旦那様が旅で御病気になるとか、盗賊追剥にでも害されるようなことがあったとしてみると、それからのわたしは、どうしましょう」
「それはお内儀さんの思い過ごしでございます、旦那様に限っては、旅先で悪所通いをなすったり、よからぬ女にはまり込んだりなさるような心配は決してございませんし、わたしがお附き申していて、決してそんなことはおさせ申しませんが、万一、旅先で御病気になるとか、盗人追剥などのために、まあ、御災難を思いやっていては際限がございませんけれど、もし、そんな場合があったと致しまして、わたしが残っているような場合がありましたならば、わたくしがどこまでもお内儀《かみ》さんの力になって、旦那の御商売をついで、御一家をお立て申して上げますから、御安心下さい」
「何というお前の頼もしい言葉でしょう、それでは、もしや旦那がない後も、お前は、いつまでもこの家にいて、わたしたちのために力になってくれますね」
「それはもう、全く無給金でお家様のために働き、この御商売を、わたしの力で守り通して行って、ごらんに入れます」
「そのお前の言葉を聞いて、わたしは全く安心しました、きっと、その誓いを忘れないで、わたしの力になって下さいな」
「それはもう、わたくしは、最初からお内儀さんの味方でございます」
「嬉しい」
「では明日は、信州の方へ旦那様のおともをして商売に出かけて参りますから、そのおつもりで、御安心なすってお待ち下さいませ」
「ええええ、お前のために蔭膳を据《す》えて待っていますよ、早く帰ってちょうだい」
「わたくしも、それでなんだか、いっそう商売にも励《はげ》みがつき、自分の将来も安定したような気持が致します。では奥様、行って参ります」
「行っておいで、無事にね……」
 こういったような話し合いで、若い番頭を主人のともをさせて、信州路への旅へ送り出しました。
 信州へ出かけてからの商売も順調に行き、儲《もう》けも相当にあって、主従は早くも故郷の甲州へ向けて快く帰路についたのですが、その途中、ある山の中で、烈しい夕立に遭《あ》ったのが運の尽きでした。やっと道端の、ささやかな山小屋の中へ主従が逃げ込んで雨宿りをしたのです。まもなく霽《は》れることと思っていた雨も、意外に長降りをしている間に、旅の疲れで主人の方は旅装のまま、その山小屋の中で、つい、ぐっすりと寝込んでしまいました。商売の方がうまく行った安心と、旅の疲れとで、番頭がちょっと起しても起きられないほど、熟睡に落ちていたのです。
 あんまりよく眠っているところを見ているうちに、若い番頭の胸の中にむらむらと、出立間際のお内儀さんの甘い言葉と、そのたっぷりした年増肌《としまはだ》とが現われて来ました。
「そうだ、この旦那さえなければ、あの旦那の身上《しんしょう》そっくりと、それから、わたしに心を持っていて下さる、あのたっぷりしたお内儀さんも、わたしのものになるにきまっている。うむ、そうだそうだ、自分も使われる人でなくなって、あの身上も、商売も、自由に切り廻す主人となれるのだ。そればかりではない、あのたっぷりしたお内儀さんを自分のものとして、家庭を楽しむことができるのだ。この旦那様さえなければ、この旦那様をさえないものにすれば……幸いここは甲斐と信濃の山路の奥、いま降り出した烈しい夕立、只さえ人通りのないところを、前後に全く見ている者はない、天道様さえこの豪雨で姿を隠している、ここに脇差がある、旅の用意の道中差、家を出る時、わたしは用心のために研《と》いで置いた、旦那はこの通りよく眠っている、これで一突き、それで万事がきまる、もし間違って、少しは騒がれてもこの場合、この雨――そうして、後ろは何千丈の谷底だ、死骸をあれへ突き落してしまえば、あとかたもなくなる、もし、見つけられても盗賊追剥の災難といえばそれでも済む――ああ、お内儀《かみ》さんの姿が目の前に浮んで来た、あのたっぷりしたお内儀さんが、にっこり笑って、おお、そうそう、お前の思い通り、一思いにそうなさい、そうそう臆病になっちゃいけない、強い心で……と言ってお内儀さんが手を添えて下さる、もう我慢ができない、決心した!」
 こう思うと若い番頭は、急に物狂わしくなり、わななく手元で脇差を取ると早くも鞘《さや》を払い、いきなり主人の身辺に寄ると、後ろに悪魔がいて手伝いでもするかの如く、すごい勢いで、主人の咽喉《のど》をめがけて、その脇差を柄《つか》も通れと突き立てました。

         六十七

 いかに熟睡に落ちていたとはいえ、咽喉を突き刺されて眼をさまさぬ者はない。主人はやっと目を見開いて見るとこのていたらくです。
「あ、お前、何でわたしを殺すのだ」
「旦那様、済みませんが、わたしばかりをお恨み下さいますなよ、これはお内儀《かみ》さんが手助けをして、わたしにこうさせているのだと思って下さい」
「ナニ、家内がどうした?」
「旦那様を亡き者にすれば、旦那様の御身上も、商売も、それからあの美しいお内儀さんも、わたしのものになるのでございます」
「ああ、知らなんだ、知らなんだ、そういうことでここで殺されるとは夢にも知らなんだ、ああ、ここで死にたくはない、盗人追剥に殺されようとも、貴様の手にはかかりたくない、だが、どうも仕方がない、この敵《かたき》、この恨み、この仇《あだ》――人はいないか、誰か通りかかりの衆でもないか、ああ、誰も人はいない、人がいなければ鳥でもいい、獣でも、虫でも、いいが……あいにく、この雨、蟻《あり》んどう一ついない、ああ、ここで死にたくはない、こいつにだけは殺されたくない――誰か、何か……」
と頻《しき》りに苦しみもがいたけれども、今いう通り頼むべき人はもとより、生ける物とては蟻一つ見えはしない。ただ断末魔の眼に入るものは、今もしきりに降っている豪雨が、小屋の庇《ひさし》から滝のように流れ落ちて、それが水溜りに無数の泡を立てて、芋《いも》を揉むように動揺しているだけのものです。
「泡《あぶく》、泡、泡……泡《あわ》んぶく、おお泡んぶく、敵《かたき》を取ってくりょう、泡んぶく、お前敵を取ってくりょう、敵を取ってくりょう」
と叫びながら、とうとう番頭の手にかかって無惨の死を遂げてしまいました。
 ここまで来ると、若い番頭も全く度胸が据わって、主人の死骸は、あたりへ穴を掘って、手際よく埋めてしまい、証拠に残りそうなものも、ゆっくりと整理して、かえってはればれしい気持で、あのたっぷりしたお内儀《かみ》さんの面影だけを頭にうつらせて、胸を躍らせながら、甲州路に向いたのです。
 そうして、途中で程《てい》よく主人の位牌をこしらえて、主家へ戻って参りました。
「お内儀さん、まことに残念なことを致しました、悲しいことでございます、旦那様は、ふとした病が嵩《こう》じて旅でお亡くなりになりました、私がついておりながらも、こればっかりはどうすることもできませんでございました、どんな用心を致しましても病にだけは勝てないのでございます。でも、せめての心やりは、わたくしが御最期《ごさいご》の時まで附ききりで、できるだけの御看病を致しましたことだけでございます。全く、わたくしはお内儀さんになり代っての分までも、旦那様の御看病に尽しましたが、寿命と申すものは、人の真心《まごころ》だけでは、どうにもならないものでございました。お寺様に頼んで回向供養《えこうくよう》を怠りなくつとめ、この通りお位牌をいただいて帰りました」
 こう言って涙を流して若い番頭が申し述べるものですから、さすがのお内儀さんも、よもや偽《いつわ》りとは疑うことができませんでした。一つの罪を完成してみると、それからの狂言もうまくなるものと見えて、本来さほどの悪者ではなかった若い番頭も、もはや全く悪党としての度胸に仕上げを加えてしまったのです。そこで、お内儀さんをも涙ながらにあきらめしめました。
「そういうことで、どうも、いくら歎いても仕方がありません、お前が、わたしに成り代ってまで、そうして看病に手を尽してくれたのが仏へ何よりの供養と思います。何かほかに遺言はありませんでしたか」
とお内儀さんからたずねられて、若い番頭はもじもじ[#「もじもじ」に傍点]として、
「はい、御遺言のところも、ほぼ伺うだけは伺って参りましたが……」
と言って、なんとなく口ごもる物々しい態度を見て、お内儀さんがおしてたずねました、
「旦那の臨終におっしゃったことを残さず話して下さい、それが、わたしたちの利益になろうとも、不利益になろうともかまいません、旦那の臨終におっしゃったことはいちいち遺言として、善悪にかかわらず、わたしはそれに従って生きたいと存じます」
「それではお内儀さん、旦那様の御臨終の前におっしゃったことを、一切隠さず申し上げてしまいますから、お気にさわりましても御免くださいませ」
「何のわたしが気にさえることがあるものか――何かべつだんに遺言としての書附がなくても、信用しているお前の伝えることは、そのまま主人の言いつけとして、わたしはその遺言に従わなければなりません」
「では申し上げますが、旦那様が、いよいよいけないと御自分でもお気がつきなされた時に――私を枕もと近く呼び寄せなさって、これ新蔵、わたしはもうどうしてもいけない、旅でこうして果てるのは残念千万だけれども、天命いたし方がないによってあきらめるが、あきらめ兼ねるのは国もとにある妻子のことだ、あれもほかにたよる身寄りとてもなく、あったところで、うっかりと親類身よりに任せれば、かえって散々なことにされてしまってかわいそうだ、その妻子のことだけが心残りになって仕方がないと、おっしゃいました」
「それはそうおっしゃりそうなこと、やっぱり旦那も人情の人でした。全く旦那が心配なさる通り、わたしたちの身の上というものは、これからどうなることでしょう。で、それからお前は何と返事をしました」
「それからでございます、私も、何と御返事を申し上げてよろしいかわからないでおりますと、旦那様がわたくしを、もっと傍へ寄れとおっしゃって、それからでございます、お内儀さん、お気にかけられては私が困りますが……」
「何の気にかけるものか、お前の言うことは即ち主人の言うことと、さっきからあれほど言っているではありませんか」
「では申し上げてしまいますが、その時に旦那様が、わたしの耳へ口をつけるようにしておっしゃいましたのは、今いう通りの次第で、親類身寄りというも、あとを托するほどの心当りはないのだから、お前にひとつ、迷惑でも、一切わたしに成り代って、この後のあの家を見てもらいたい、身代も、商売も、引きついでもらえまいか、それについて、お前には気の毒だが、あのわしの女房も、子供こそ二人あるが、まだ老いたりという年ではなし、お前が……」
「まあ」
「お内儀さん、旦那様がそうおっしゃいました、お前、年に少し不足はあろうけれども、いっそあれと一緒になってくれないか、そうしてもらえば、家も、商売も、女房にも、みんな安心してあとへ残して、行くところへ行けるのだが、とこうおっしゃって、息をお引取りになりました」
「まあ……」
 その時、お内儀さんは真赤になってしまいました。
 もとよりこのお内儀さんは、出立間際に、若い番頭に向って、ああいうことを言ったけれども、なにも本心からこの男を好いて不義を働こうとしたわけではなく、主人の浮気おさえの目附役として、番頭を手なずけて置きたいという女心に出たものなのでしたが、事態がこう急転してみると、まるで演劇の廻り燈籠《どうろう》を見せられるように目がくらんでしまいました。
 しかし、好きこのんで行うわけではないが、真に憎い奴というわけでもない、若い番頭からこう言われてみると、なるほど、それがまた主人の本心であったかも知れない、へたに親類身よりに荒されるよりは、気心も心得ているし、商売ものみこんでいる、この若い番頭のほかには、いよいよとなると頼みになる者はない――と主人も心づいたというのが無理にも聞えないし、自分にしても、そう思われないことはない。
 そうして、お内儀さんは、とうとうこの若い番頭に許してしまいました。
 許してしまってみると、自分より年下でもあるし、また働きもあるし、子供たちの面倒も見てくれるし、若い身空を後家入りをした番頭のために、こっちよりも、向うを可愛ゆく思って、夫婦仲も極めてよろしく、そうして三年の間に、二人の間にまた一人の子供まで出来、商売もいよいよ繁昌し、家内も、平和と、無事と、愉快とで過ごして行きましたが、これがこの分で通れば、世の中には神も仏もございません。
 三年目に、死んだ主人の法要をして、夫婦してお寺参りを致しました。

         六十八

 その日の法要が済んで、いざ帰宅という間際になると大夕立です。
 お寺の本堂の庇《ひさし》から流れ落ちて、庭の小溜りに夥《おびただ》しい泡《あわ》んぶくが動揺しているのを、雨をやませながら、右の若い番頭が見るともなしに見やると、その昔の凶状のことを思い出してゾッとしました。
 あの時の光景が、まざまざと眼に浮んで来ました。主人が苦しみもがく断末魔の表情と、頼むにも、訴えるにも、生き物という生き物が一つも見えない苦しまぎれに、眼前に漂うあの泡《あわ》んぶくを見て、「泡《あぶく》、泡、泡、泡んぶく、おお、泡んぶく、敵《かたき》を取ってくりょう、泡んぶく、お前、敵を取ってくりょう、敵をとってくりょう」
と絶叫した主人の、血みどろな形相《ぎょうそう》を想い出すと、さすがにいい気持はしないで、一時は面色《かおいろ》を変えてみたが、それが静まると、かえって今度は反抗的に、一種の痛快味をさえも覚ゆるようになりました。
 笑止千万なことだが、泡んぶくを頼んでも、いまだに敵を打てはしない。身上も、商売も、そっくり譲り受けた上に、あのお内儀さんを、忠実無類のわたしの女房として有難く納めている。これでも罰は当らない、ほんとうに御主人にもお気の毒なわけだが、泡んぶくにもお気の毒だ! こういう魔性《ましょう》が心の中に頭をもたげると、思わず面の表情に現われて、庭の泡んぶくを見ながら、思わずニッと笑いました。その笑い方が、さげすむような、あざ笑うような、たんのうするような、何とも言えない複雑な表情をして見せたものですから、傍にいたお内儀さんが、変な気になりました。昔は召使、今は夫として仕えているこの若い男が、泡んぶくを見て、ひとり変な笑い方をした、その意味がちっともわからない。それを気にしながらそれでも雨をやまして、無事に自分たちの家へ帰って来ました。
 その晩の寝物語にです、お内儀《かみ》さんは、この疑問を若い夫の上に打ちかけてみました、
「お前さん、さっき、お寺の縁で庭の泡んぶくを見て、変な笑い方をなさいました、あれは何の意味だか、わたしにはわかりません、思出し笑いというのは罪なものだそうですから、話しておしまいなさい、白状をしないと承知しませんよ」
というようなことを、甘ったるく問いかけたお内儀さんの心では、今では無二の可愛ゆい夫になっている男――思出し笑いは罪だというのは、深いさぐりの心で言ったのではない。思出し笑いそのものには、男ならば女、女ならば男との味な思い出の名残《なご》りとかいったような意味で罪の深いことになっている、友達の間でそれを発見された時には、相当に奢《おご》らなければ済まない。夫婦の間でそれを見つけられた時は、相当に嫉《や》かれてもやむを得ないという意味で、お内儀さんが、ちょっと嫉いてみた程度のものでありました。
 寝物語に甘ったるく問いつめられると、もう、すっかり高上りしてしまった若い夫は、いい気持になって、直ぐには返事をしないで、頭の中でこんなに考えてみました――
「あれから、もう三年だ、身上《しんしょう》と商売はもとより、この女房が、もうすっかりおれのものになりきって、二人の間に子供まで出来ている、たとえ、この場へ、もとの主人が生き返って現われたところで、このお内儀さんの心はこっちへ傾いてしまっているから、手を貸して殺せと言っても否《いな》やは言わないにきまっている。そのくらいだから、もう話しても大丈夫だ、あの時のことをすっかり打明けてみたところで、どうなるものか、かえって、よく思いきってやって下すった、そのおかげで、今日こうしてお前さんと楽しい夢が結べる、ほんとにお前さんは度胸もあり、腕もあるお方――と言って、また惚《ほ》れ込んでしまうだろう。一番、ここで打明けて話してやれ」
という気になって、それから、若い夫は寝物語に、ぐんぐんと昔語りをぶちまけてしまいました。
「実はお前の前の亭主は、わたしのためには御主人であるお旦那は、病気で死んだんじゃない――わたしが殺したのだ」
 お内儀さんは、恐るべき沈黙をもって、若い亭主の自慢がてらの旧悪の告白をすっかり聞いてしまいました。
 その結果は意外でした。
 お内儀さんは、その場でムキに怒って、直ぐにお上へ訴えて出たのです。
 それから二人が召捕られて、とうとうあの通り磔刑《はりつけ》にかかって、穴の掘り手のない非業《ひごう》の最期《さいご》を遂げました――
 といういちぶしじゅうの物語を幸内の口から聞かせられて、お銀様は、
「それはお前の話が少し違うようだ、わたしの記憶している昔話では、お内儀さんが訴えて出ると、その若い番頭が直ぐに捕えられてお処刑《しおき》にかかったが、お内儀さんの方は、最初からその気持でやらせたわけではなし、直接にも、間接にも、夫殺し、主殺しに、手を下したわけではないのだから、おかまいなしということになったけれども、お内儀さんは、なんにしても自分は夫と名のつくものを二人まで殺してしまったのだから申しわけがないと言って、子供はみな親類へ預け、自分は寺へ入って尼になって一生を送ったというではないか」
 そう言われると幸内は、
「それは、どちらが本当か、わたしはよく存じませんが、埋める穴を二つ掘らなければならない現状はごらんの通りなのでございます。そんなら、このお内儀さんは別の人なんでございましょう。私としては、事件の真相などは、どちらでもかまわないのでございますが、そうでした、頼まれた仕事だけはして上げないと兵作さんがかわいそうでございます。では、お嬢様、この辺で、私はお見送りを失礼いたしまして、これから立帰って穴入りを致しますから、これで御免くださいませ」
と言って、幸内は後ろを向いて以前の墓地の方へ取って返した時分には、お銀様の姿は再び松柏の森の中に隠れてしまいました。

         六十九

 それから、かなり深い松柏の森の中を抜けきって、こなたの裾野へ現われたお銀様は単身でありました。
 ところが愛すべき新月は、相も変らず前額にかかって、お銀様の姿を見守りながら下界を照らしているもののようです。

 裾野とはいうけれども、もうここへ来ると、限り知られぬ広野原の感じです。胆吹《いぶき》、比良、比叡《ひえい》、いずれにある。先に目通りに水平線を上げた琵琶の水も、ほとんど地平線と平行して、大野につづく大海を前にして歩いているような気分です。
 お銀様は月に乗じて、この平野の間を限りなく歩み歩んで行くと、野原の中に、一幹《ひともと》の花の木があって、白い花をつけて馥郁《ふくいく》たる香りを放っている。その木ぶりも、太きに過ぎず、細きに失せず、配置に意を用いて植えたようなたたずまいですから、お銀様はその木ぶりを愛して、その香りに心を酔わしめられました。
 ああこれは桂の花――と、お銀様の心がいよいよときめいて、その木の下に近づいて行くと、その幹の下に、木ぶり、花ぶりにふさわしいところの人が一人|彳《たたず》んでいました。
「ああ、新月、何とよい月ではありませんか」
 花の木の下に彳《たたず》んでいた、木ぶりにふさわしい人が、先方からお銀様に呼びかけたのであります。
「よい月でございますね」
とお銀様が受けこたえつつ、その人を見ますと、木ぶりには、しっくり合っているけれども、服装は全く見慣れない人でした。最初は奈良朝のそれと思って見ましたけれども、冠もちがえば、色彩の感じもちがう、これは支那の唐代の服装だと見てとってしまいました。それはまさしく、支那の唐代の風流貴公子といった、仇英《きゅうえい》の絵なんぞによくある瀟洒《しょうしゃ》たる美少年なのでありましたが、
「あなたは、この新月がお好きだそうでございますね、さきほど『長安古意』の、繊々《せんせん》たる初月、鴉黄《あおう》に上る……を口ずさんでおいでのを承りましたよ」
「そうでしたか、よくまあ」
 お銀様は、この唐代の美少年の面《かお》を見直そうとしました。同時に、今宵はまたよくも、人の気を見る相手にばかり出くわすことだ。さいぜんの穴掘りも、こちらが何とも言わない先に、こちらの意のあるところを見抜いたように行動したが、今のこの美少年もまた同じような妖言を言う。なるほどちょっと先刻、新月の空を見て、胸の中に「繊々たる初月、鴉黄に上る」という一句を無意識に思い浮べて、その昔、疑問を晴らすべく書庫を漁《あさ》って、解決つけたことの記憶を呼び起したには起したが、なにもその句をひそかに口ずさんだわけでもなく、声高く吟じ出でたでもないのに、この美少年に、こんな小賢《こざか》しい言い方をされると、自分の腹の中まで探られるような気がして、小癪《こしゃく》にさわらないでもない。しかし、たった今の陰惨な人生の終焉地《しゅうえんち》から、思い出の決して快いものでない昔馴染《むかしなじみ》に送られて、罪と罰とのかたまりを見せつけられるような道づれよりは、ここに華やかな唐代の貴公子の誘惑を蒙《こうむ》ることが、さんざめかしいというような気分にもなりました。
 今は昔の初恋の人でないお銀様は、幸内の思い出なんぞにそう深い追懐を払ってやるがものはないといったふうに、かえってこの異国の風流貴公子の相手になって月を見てやる方が好もしい、という気分になったのでしょう。そうすると、先方も呼吸《いき》が合ったと見えて、
「あなたは、あの詩の一句を、最初は単なる叙景として覚えておいでのようでしたが、あとでお調べになって、叙景の句ではなくて、唐代美人の粉飾の形容だということをおさとりになったようですが、あれはやはり彼此《ひし》同様の意味にとるのがよいのです。美人の眉目の形容と兼ねて、日まさに暮れんとする長安の黄昏《たそがれ》を歌いました、語意相関にして着筆霊妙というところなのです」
「私には、あの詩が充分にわかってはおりません、どうか、御説明くださいませ」
「知っている限りはお聞かせ致しましょう。そうして、あなた様は、どちらへお越しなのでございますか」
「さあ、わたしとしたことが、館《やかた》を出る時には確かに目あてがあって出て来たのですが、今となっては、どこへ行きましょうか、どこへ行かねばならないのか、それもわからなくなってしまいました」
「城南に行かんとすれば南北を忘る――というところですね」
「いや、そうではありませんでした、月に乗じて、わたしは近江の湖畔まで行って見るつもりで出て参りましたのです」
「湖畔ですか、つまらないじゃありませんか、もう少し変ったところへ出て見たいとお考えにはなりませんか」
「さあ、変ったところと言いましてもね、あれから舟を湖中に浮べて湖上の月を見るとか、竹生島詣でをして島の月をながめるとかいった程度のものでございましょう」
「そういうことは誰もやっておりますし、誰にもやれないということのない風流なのです、あなたとしては、もう少し規模の変った風流を遊ぶ気にはなれませんか」
「とおっしゃっても、風流というものの程度も、種類も、大抵きまったものではありませんか、土地を換え、仕方を変えてみましたところで、新月が円く見えるわけのものでもなし、月の色が変って見えるというわけのものでもなし」
「さあ、天界と風土は、たいてい変らないものですけれど、人界のことは大変りです、もう少し変った人間社会のことに、風流を味わってみるお考えはございませんか」
「有りますとも。有るには有るけれども、人間社会のことと言ったって、そう非常な変り方というのは有るものじゃありませんね、要するにみんな型がきまっていて、音色が変っているだけのものなんで、そう見たいとは思いませんね」
「それは、そうとしましても、あなたはまだ、天子の都を御存じはないでしょう」
「京都ですか」
「京都と限ったわけはございません、帝王の都の風流をあなたは、まだ御存じがないようです、どうです、私と一緒に長安までおいでになりませんか」
「長安とは――」
「唐の都なのです、そこへ、あなたをひとつ御案内をしてみたい、そうして、帝王の都の風流というものが、あなたの反抗心といったようなものを、どんなふうに刺戟《しげき》するか、それをわたしは拝見したいのです」
「では、連れて行って下さい」
 お銀様は、一も二もなくこの唐代の美少年の誘惑に乗ってしまいました。

         七十

 同じころおい、江戸の築地の異人館のホテルの食堂に、卓《テーブル》を前にして、椅子の上にふんぞり返っているところの神尾主膳を見ました。
 床をモザイク式に張った広間の向うの洋風のダムベル式のバルコンを通して、芝浦一帯が見える。それを、わざと背にして神尾主膳は椅子に腰かけて、ふんぞり返っている。大テーブルには洋式の器具調度が連ねてある。本来一卓子に八人|乃至《ないし》十人も会食するようになっているのを、ここでは主膳が食いおわったわけではあるまいが、十人前の椅子のうち八つは空明きになって、その一つに神尾がふんぞり返っていると、それと向い合って、少し下手《しもて》に、下手といっても床の間があるわけではないが、向って左の方に六尺もある大きな四角なガラス鏡が据えてある、そこのところから二三枚下の方の椅子に腰を下ろして追従笑いをしているところのものがある。それは、おなじみの金公という野だいこ兼|千三屋《せんみつや》の男である。そのほかには人がないから――
 海の方は、ずっと黄昏《たそがれ》の色が捨て難い風光を見せているけれども、神尾はそちらに面《かお》を向けて、新月がどうのこうのと気づかいをするでもなく、そうかといって、室内にはもはや高くランプが光り出して、その光を受けた六尺大の四角なガラス鏡が、まばゆく光り出したけれども、主膳はそれをのぞいて見るでもなく、むしろ、その反射をも避けるもののように、鏡面に自分のうつることを厭《いと》うかのように、避けて座席を構えている調子がよくわかるのです。
 しかし、この男、只今は、乱に到るほど酔ってはいない。酒気は充分に見えるけれども、乱に及ばない程度で食い留めているようにも見え、またところがら、容易に勃発せしめては不利益になるという人見知りの警戒心も多少加わって、なんとなく無気味な沈黙のうちに、こうして椅子にふんぞり返って、不平満々の体《てい》であるその前に、金助がお追従を並べているのです。
「殿様、拙《せつ》も近ごろ改名を致したいと、こう考えておりやすんでげすが、いかがなもんでげしょう、金助ってのは、少しイキがよすぎて、気がさすんでげす――河岸《かし》の若い者か、大部屋の兄いでげすと、金助ってのが生きて飛ぶんでげす、なにぶん今の拙の身では、少々イキが好過ぎて気がさすんでげすが、なんと、殿様、いかがでござんしょう、ちょっと拙の柄にはまった乙な名前はござんせんでしょうか、ひとつ、殿様の名附親で、改名披露ってなことに致したいもんでげすが……」
 相も変らず歯の浮くような調子で、こんなことを言って並べると、苦《にが》りきっている神尾主膳が、
「ナニ、金助でいけねえのか、金助という名が貴様には食過《しょくす》ぎるというのか。なるほど、近ごろは金の相場もグッと上ったからな、金という名は全く貴様らに過ぎている、どうだ、鐚助《びたすけ》と改名しては、びた公、びた助、その辺が柄相当だ」
「びた助でげすか。びた公、一杯飲め――なんて、あんまり有難くございませんな、いったいびた[#「びた」に傍点]てえのは、どういう字を書くんでげすかね」
「金偏《かねへん》に悪という字を書くんだ」
「金偏に悪という字でげすか、ようござんせんな、びた銭一文なんて、全く有難くござんせんな、金偏に悪と書いて、びたと読ませるんでげすか、三馬《さんば》のこしらえた『小野の馬鹿むら嘘字《うそじ》づくし』というのを見ますると、金偏に母と書いてへそくり[#「へそくり」に傍点]と読ましてございますな、金偏に良という字なんぞを一つ奢《おご》っていただくわけには参りますまいか」
「金偏に良なんていう字は無い、びた助にして置け、びた助、その辺が相当だ。これびた[#「びた」に傍点]公、何か珍しいものを御馳走しろ、どのみち、毛唐《けとう》の食うものだから、人間並みのものを食わせろとは言わねえ、悪食《あくじき》を持って来て、うんと食わせろ」
と神尾は、これから持運ばれようとする食物の催促を試みると、金助改め鐚助が、心得顔に、
「殿様、とりあえず牛《ぎゅう》を召上れ、まず当節は牛に限りますな、ことに築地の異人館ホテルの牛の味と来ては、見ても聞いてもこたえられねえ高味《こうみ》でげす」
「ギュウというのは牛のことか」
「左様でげす――」
「一橋の中納言は豚を食って豚一と綽名《あだな》をつけられたくらいだから、牛を食っても罰《ばち》も当るめえ」
「罰が当るどころの沙汰ではございません、至極高味でげして、清潔無類な肉類でげす、ひとたびこの味を占めた上は、ぼたんや紅葉《もみじ》は食えたものじゃがあせん」
「そうか、牛というやつは清潔な肉かい」
「清潔でございますにもなんにも、こんな清潔なものを、なぜ日本人はこれまで喰わなかったのでげしょう、西洋では千六百二十三年前から、専《もっぱ》ら喰うようになりやした」
「くわしいな、千六百二十三年という年紀を何で調べた」
「福沢の書いたものでも読んでごらんあそばせ、あちらではその前は、牛や羊は、その国の王様か、全権といって家老のような人でなけりゃあ、平民の口へは入らなかったものでげす、それほどこの牛というやつは高味なものでげす、それを日本ではまだ野蛮の風が失せねえものでげすから、肉食をすりゃ神仏へ手が合わされねえの、ヤレ穢《けが》れるのと、わからねえ野暮《やぼ》を言うのは、究理学をわきまえねえからのことでげす」
「ふーん、日本は野蛮の風が失せねえから、それで肉食をいやがるのだと、これは笑い草だ、生き物の肉をむしゃむしゃ食う毛唐の奴の方が野蛮なんだ、勝手な理窟をつけやがる」
と神尾が冷笑しました。本来、びた公の言うことなぞは、冷笑にも、嘲笑にも価《あたい》しないのですが、こんなことをべらべら喋《しゃべ》るのは、何か相当の受売りなのである。文明めかす奴があって何か言い触らすものだから、こういったおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]どもがいい気になって新しがる。それを金助の説として聞かないで、その当時の似非《えせ》文化者流の言葉として聞いて神尾が、冷笑悪罵となったのを、金公少々ムキになって、
「いや、神尾の殿様、お言葉ではげすが、毛唐が勝手な理窟をつけるとのおさげすみはいささか御了見《ごりょうけん》違えかとびた助は心得まする、第一、あっちは、すべて理で押して行く国柄でげして、理に合えば合点《がてん》を致しまする、理に合わないことは、とんと信用を致しませぬ、勝手な理窟を取らぬ国柄でげしてな。たとえば蒸気の船や、車のしかけなんぞをごらんあそばせ、恐れ入ったものじゃあげえせんか。現にごろうじろ、テレカラフの針の先で、新聞紙の銅版を彫ったり、風船で空から風を持って来る工夫なんぞは妙じゃあげえせんか」
「あれは魔法手品の出来そこないだ、正当の学問をする君子の取らざる曲芸なんだ」
と神尾がまた、さげすむと、びた公また躍起となって、
「どう致しまして、子曰《しのたまわ》くは、これからはもう流行《はや》りませぬな、すべて理詰めで行って大いに利用厚生の道を講ずる、あっちの究理学でなければ夜も日も明けぬ時代が、やがて到来いたしますでな。たとえば今の風船にしてごろうじろ、こういうワケでげす、この地球の国の中に暖帯と書いてありやす国がござりやすがね、あすこが赤道といって、日の照りの近い土地でげすから、暑いことは全く以てたまりませんや、そこでもって国の人がみんな日に焼けて黒ん坊サ、でげすから、その国の王様が、いろいろ工夫をして風船というやつを作って、大きな円い袋の中へ風を孕《はら》ませて空から卸すと、その袋の口を開きやすね、すると大きな袋へいっぱい孕ませて来た風でげすから、四方八方へひろがって国の中が涼しくなるという趣向でげす。まだ奇妙なことがありやす、オロシャなんていう極く寒い国へ参りますてえと、寒中はもとより、夏でも雪が降ったり、氷が張ったり致しやすので、往来ができやせん、そこであの蒸気車というものを工夫しやしたが、感心なものじゃあげえせんか。いってえ、蒸気車というものは地獄の火の車から考え出したのだそうでげすが、大勢を車へ載せて、車の下へ火筒をつけて、その中で石炭をどんどん焚きやすから、車の上に乗っている大勢は、寒気を忘れて遠路の旅行ができるという理窟でげす、なんと考えたものじゃあげえせんか。なにせ、このくれえな工夫は、あっちの手合は、ちゃぶちゃぶ前でげす、万事究理学で、理詰めで工夫して行くからかないやせん。これからの日本も、やっぱり究理の学でなければ夜も日も明けぬ時代が、やがて到来致します」
「キュウリの学問が流行《はや》り出したら、茄子《なす》の鴫焼《しぎやき》なんぞは食えなくなるだろう、そんなことは、どうでもいい、早く悪食《あくじき》を食わせろ、そのギュウという悪食をこれへ出せ、思うさま食ってみせる」
 そこへ支那人の服装をした料理方が、大きな皿を捧げて入り込んで来ました。
「さあ参りました、天下の高味《こうみ》、文明開化の食物――」
 のだいこまがいの金公は、下級|戯作者《げさくしゃ》のたわごとを受売りするように安っぽい通《つう》がりで給仕を催促する。
 神尾主膳は不興満々でそれを見つめていましたが、ふと眼をそらすと、一方のその六尺もある大きな鏡です。その鏡へ、こちらを向いてベチャクチャとしゃべっている金助の後ろ姿がほとんど全部うつし出されて、本人が動けば、ちょんまげまでも動くのがありありとわかるのに、神尾主膳はちょっと興を催して、その鏡面をつくづく見ているうちに、自分のいずまいをちょっとくずすと、その鏡面へちらりと――自分の面《かお》が、三つ目のあるその面がちらりと映ったので、またグッと不快の念が萌《きざ》して、その面を引込めるなり、苦りきってしまいました。

         七十一

 ところが、ここにはたった二人だけれども、支那人のよそおいをした給仕が、次へ次へと持ち運ぶ皿の数は、ちょうど椅子の数と同じことなのです。そうして、椅子の排列通りに卓子《テーブル》の上へ、それからそれと並べて行ってしまうのを変だと見ていると、また一人の給仕は、ぴかぴか光る銀ずくめの箸《はし》だの、杓子《しゃくし》だの、耳かきの大きいようなものを持って来て、次から次へと皿のわきへ並べる。その有様を見ていると、今は二人の客だけれども、これからなお我々と椅子を並べて、他に八人の者が同時にここで食事をするような仕組みになっているらしい。といって神尾は誰も人を招いた覚えはない。だが、それを聞きただして咎《とが》め立てをすべき理由もないので、例の苦りきって見ていると、そのとき金助は、席を主膳の直ぐ隣りへ移して、給仕の持って来た銀製のおしゃもじのようなものや、耳かきの大きいようなのを、ちょいちょいあしらいながら、主膳の耳もとへ低い声で、
「殿様、これから洋式のお食事がはじまります、あちらではこうして、他人同士がみんな並んで食べるのが礼式なんでげす。食事の召上り方、このお玉杓子の小ぶりなやつ、これをこうあしらって口中へ運ぶのでげすが、そこは拙《せつ》が一通り心得ていやすから、失礼ながら殿様には、拙の為《な》すところを見よう見真似《みまね》に遊ばしませ。食事を為す時に音を立てないのが礼儀でございます。只今これなる椅子へそれぞれ客人が着席を致しまする、その客人のうちには眼色毛色の変ったのばかりではなく、日本人でもずいぶん鼻持ちのならぬ奴が現われるかも知れませんが、そこは見学のことでございますから御辛抱あそばせ。そうして着席いたしますとな、まずここへスップというやつが現われます、食事でございますよ、本邦で申しますとお吸物なんでげすな、そのお吸物が現われました時、このお玉杓子の大ぶりなやつで、こういうふうに召上ります、お玉杓子の大ぶりなのを、こちらからこう向うの方へすく[#「すく」に傍点]うようにして、音をたてずに戴きますんでな」
 金公が小さな声で洋食の食べ方を伝授している時、一方の扉があいて、ドヤドヤと異種異様な人間がこの室へ入り込んで来ました。本来、他人の食事をしている部屋へ、挨拶なしにどやどやと入り込むということが礼に欠けていると思うのに、ドヤドヤと入り込んだ奴は先客の神尾主従に一言のあいさつも無く、それぞれ椅子へ腰かけて、いい気ですまし込んでいる。
 そこで神尾は、この食堂が自分一人をもてなすための食堂でなく、また自分一人で買い切ったものでないということをよく知りました。
 そうなってみると、またそういう心持ともなり、同時にまた、ここへ入り込んだ者共の何者であるか、こういうところへわざわざ食事に来る奴の面《つら》を見てやりたいという気にもなって、改めて列座の者共を睥睨《へいげい》する意気組みで、次から次への面調べにかかると、全くこのいずれも、日本流の茶屋小屋では見られない風采と面《かお》ぶれとです。神尾は自分の三ツ目の面を曝《さら》すことの不快を全く忘れ去るほどの興味で、一座の奴を見渡しているのです。介添役には金助改め鐚助《びたすけ》がついている。
 やがて、今度は支那服でない白い被《おお》いのついた筒っぽを着た数名の給仕が現われて、またまた白い中皿に湯気の立つやつを、いちいちその客の前に並べて廻りました。無論、主膳の前にもその一枚が並べられてある。
「これが西洋のお吸物、スップでげす」
 びた公は小声で言って、自身まず匙《さじ》を取り上げて、主膳にもこうして召上れという暗示を試みたのです。
 鐚公のするようにしてスップを吸い終った主膳は、そのまま手を束《つか》ねていると、給仕が来てその皿を持って行ってしまう。その隙《すき》にまた主膳は、一座の奴等を白い眼でじろりと一通り見渡しました。同席の自分とびた公以外の同席に七人の客がいるが、そのうちの四人が日本人で、二人が赤髯《あかひげ》で、他の一人は目玉の碧《あお》い女でした。そうして右の四人の日本人の中には、相当高級の士分らしいのもいれば、相当大商人のようなものもいる。果していかなる種類と階級に属し、何の目的あって、こんなところへ食事にやって来たのか、その辺の吟味は追々するとして、これでこの椅子が全部満員になったものと見ていると、ただ一つ自分の左の椅子だけがまだ空いていて、今スップのお吸物が済んでもまだ誰もやって来ない。その席、ここにも相当の据膳がしてある。それによって見ると、前約束が出来ていて、多少の遅刻することを見込んで椅子が買い切ってあるものらしい。誰が来やがるのか、あんな赤髯の臭い奴に来られた日にはたまるまいと、神尾は何か汚ならしいものにでも触れられるような気持がしたが、何もまあ見学だ、一通り見ておいてやる分には、かえって臭い奴に来られてみるのも一興かも知れないという気分になっているうちに、また次なる皿が運ばれました。その次の中は今度はお吸物ではない、何か肉をちぎって、こてこてと盛り上げたもので、あんかけのようになって湯気を立てている。
「これは、こうして小柄《こづか》で切って食べるのでげす」
 鐚公が小声で説明して、仕方をして見せる通りに神尾がする。そこへ給仕が飲物を持って来て、鐚公と神尾の前の小さな盃《さかずき》についで行きました。
 その肉をナイフで切って口へ運び、そのあいの手に飲物をちょっとやってみると酒だ。一種異様の刺戟がある。それを飲み且つ食いながら神尾は、白い眼で列席の奴等をまたおもむろに検討にとりかかる。
 その時、自分の向う側にいた大商人らしいのが、傍らなる相当高級の士分らしいのに向って話しかけるのを聞きました。

         七十二

 大商人らしいのが、身分ありげな士分の者に向って話しかけたのは、まずここから江戸湾の上に見渡すところの、お台場のことから始まったようです。
 あのお台場の建築を公然とは言わないが、冷嘲の語を以て話し合っていることはたしかです。今時、あんなものに、あんなに大金と労力とをかけて築造して、いったい何になるのだろうというようなこと、要するに水戸の老公の御機嫌に供えるためさ――といったような調子も出て来る。
 この二人は、徳川幕末政府が、苦心惨憺した国防政策の一つとしての、品川砲台を冷笑するだけの見識を持っている二人であることはたしかなのですが、この品川砲台を冷笑する見識を持っているというものが、必ずしもこの二人に限ったものではない、相当に届く眼識を以ている者にとっては、あれは失笑の材料でないということはなかったのですから、神尾もあながち、それを憎みはしなかったが、この二人の者の正体にいたっては、ちょっと見当がつき兼ねたのであります。商人の方は浜を市場とする太っ腹の当世男とは見えるが、身分あるらしい侍は、旗本御家人という風俗でもなし、まず相当大諸侯のお留守居といったようなところだろうか、当時のお留守居の粋《いき》なところは相当見えないでもないが、その惰弱《だじゃく》に換えるのに一種の威風を以てしているところを見れば、或いは某々の藩を代表する家老格の程度であるかも知れない。いったい、陪臣を以て人間とは見ない当時の江戸の旗本、ましてその驕慢《きょうまん》そのものに生きていると言ってよろしいほどの神尾主膳の眼から見ても、心憎いところのすまし方だ。
 それを神尾は多少心憎いと思いながら、聞くとはなしにその会話が、ちょうど、すぐ卓を隔てて自分の対岸にいるものですから、聞きとらざるを得ませんでした。
 或いは低く、或いは通常音で、たまには豪笑を交えたりなんぞして語る二人は、傍若無人のようですけれども、その点はあまり、聞いていても悪感を持たしめない品格があるにはあるのです。そのうちに商人の方がこういうことを言い出したので、今までとは話題の変った会話に花が咲きました。
「実は、ここに秘密な大金があるのでございます、その大金はまずわたくしだけが存じているといった性質の金でございますが、この辺でその秘密をブチまけても、もう祟《たた》りはございますまいと存じます――寝かして置くのも惜しいものですが、そうかといって、使用者にその人を得なければ容易ならぬ災禍《わざわい》の元となりますが、失礼ながらあなた[#「あなた」に傍点]様が、あれをお使い下さると、金も生きて参ります、もしまた何か行違いが生じました時は、わたくしが、あなた様のために立派に責任を負ってしまってよろしいと存じております」
と、大商人がまずこう言いました。事がらそのものはなるほど秘密に属するもののようだが、尋常会話の体《てい》で語り出したところに、秘密の時効があり、はらの見せどころがあるのではないかと思われます。そうすると一方の身分ありげな士分の人が、
「ほほう、今時、そういう都合のいい金があるとは耳よりだな、いったい、いくらあるのだ」
「七万両ございますな」
「七万両――それはなかなか大金だ、その方の一存でそれが無条件に使用ができるのか」
「左様でございます、わたくしのほかに、まだ一人だけその所在を知ったものがございますが、そのほかには絶対に……そうして、そのわたくしのほかのもう一人と申しますのも、わたくしが処分いたしますと、口出しをしたくもできないようになっているのでございますから、結局、わたくしの一存で、自由になる金なのでございます」
「ははあ、してみると、その方の所有金も同様じゃ」
「いかがでございます、それを、あなた様が御使用あそばすならば、わたくしが責任を以て御用立てを申し上げますが」
「それは有難いな――この際、無条件で七万両の金の運用ができれば、一藩を救うのみならず、一代の風潮を寝かし起しもできようというものだ」
「御遠慮なくお使い下さいませ、まかり間違えば、わたくしが腹を切ります」
「そうか、では、そいつを貸してもらうかな。ところで……」
 この相当の身分ある士は、七万両を咽喉《のど》へつかえもせずに、もう腹の中へ飲み込んで納めてしまったような度胸が、神尾は羨《うらや》ましくもあり、いよいよ憎いとも思いました。
 おれは今まで金を欲しがっていた。相当、金を使った覚えもないではないし、身のつまる時はずいぶん無理をして金工面をし、ひそかにその腕を誇ったこともないではなかったが、こうして相手から無条件、無雑作《むぞうさ》に七万両の金の使用方を提供されながら、別段に有難い面もせずに腹へ落してしまう奴が面憎い。今のおれの目の前に七万両はおろか、七千両でも、七百両でも、七十両でも、無条件に投げ出す奴があったら、おれは恥かしながら眼の色を変えるかも知れない。然《しか》るにこいつは、七万両をおうように飲み落して、腹がくちいような面もしやがらない。憎い奴共が、憎い話しぶりだと、思わず聞き耳を立てるような気でいるところ、また例の白い上衣をつけた給仕が、何かホヤホヤと烟《けむり》の立つ肉類を皿に載せて持って来て目の前に置きました。銀の小さなお玉杓子を取り上げて、これをつつきながら、前席の会話を聞きました。

         七十三

 ところで、前の会話の二人も同じように、新たに運ばれたホヤホヤと烟の立つ肉をつつきながら、例の士分の方のが言いました、
「いったい、その金はどういう性質の金なのだ」
と駄目を押すと、大商人らしいのが、
「それは、御説明申し上げないでも、御安心してお使い下すっておさしつかえございませんが、ここで申し上げても、土佐までは聞えまいと存じますから」
と答えました。秘密ではあるが、ここで言ったことが土佐までは聞えまい、土佐という地名を神尾が危うく聞き留めて、ははあ、しからばこの二人は土佐にゆかりがあるのだ、土佐は山内《やまのうち》だ、山内の当主は容堂といって、なかなかどうらく[#「どうらく」に傍点]大名だそうだが、なあに、大名であろうと何であろうと、田舎者《いなかもの》は田舎者だ、遊び方が泥臭い――というような冷嘲気分が、この場合の神尾の腹の中で頭をもたげたのですが、何しても今の使用御勝手の七万両のいきさつだけは聞洩らしができない。なにも自分の懐ろをあたためる金でないことはわかりきっているが、自分のふところが冷えているからといって、温かい話が毒になるというわけではない。そうすると大商人が、その金の所在の内容をすらすらと打明けにかかりました。
「御承知でもございましょう、それは土佐の坂本先生が、紀州家から受取った伊州丸の償金なんでございます」
「なるほど――そういうことがあったな」
「あれが坂本先生の腕でございましたよ、なかなか凄い腕でございます」
「うんうん、坂本が自分の方から舟をぶっつけて沈ませて、紀州へ難題を持ちかけ、首尾よくせしめたということは聞いていたが、それをその方が預かっていたのか」
「わたくしが現在お預かり申しているというわけではございませんが、わたくしが融通を致しましても故障の出所のないことになっております。しかし、無条件でどなたを嫌わず、おおっぴらに融通のできるという性質のお金でもございません。先刻も申し上げます通り、その人を得ませんでは……その人と申しますと失礼ながら、あなた様なぞは、たしかにそれを生かしてお遣《つか》い下さるお方と存じまして、ついこんな秘密を申し上げてしまいました」
「それは本来、金銀というものは国家経済のために流通すべきものなので、死蔵して置くということは一種の罪悪だ、それに今は幕府をはじめ、諸侯という諸侯、みな経済的に疲弊していないのは一つもない、よいことを聞かせてくれた、ここで、その方から右の七万両をこっちへ廻してもらって、それからこちらはこちらで、日頃の経綸策にとりかかる、さし当り、それをどういうふうに処分し、使用するか、まあ拙者の腹を聞いての上で、その財政方を遠慮なく批評してみてくれないか」
「承りましょう」
「まず、こちらの考えでは、その金を八朱の利子附きで、百姓町人に貸出すのじゃ」
「金利をお取上げになりますか」
「いや、金利を取るのが目的ではない、それを八朱の利で百姓町人に貸付けて、物産総会所というものをこしらえさせようと思うのじゃ。そうして大いに物産をおこさせる」
「それは結構なお考えでございますが、そうして仮りに大きに御領内に物産が出来まして後に、それを、どうなされます」
「そこだ、盛んに物産を作らせたところが、買い手が無ければどうにもなるまい」
「御意《ぎょい》にござります――国内で盛んに製造が出来ましょうとも、はけ口がございませんでは、背負い込みでございますな、それに今時のこの不景気な時代でございましては……」
「そこなのだ、もちろん国内で作って国内の消費を待つだけでは、製造超過で手も足も出なくなるのは見え透いている、そこで買い手を日本全国に求めるのだ、日本全国だけではない、異国を相手にしようというのだ。世界は広い、品物を背負い込む心配の更にないことを、こっちは見届けている――」
 神尾はそれを聞いているうちに、ははあ、妙な風向きになったわい、藩のために金を融通する以上は、今時、鉄砲を買い込むとか、軍艦製造費に廻そうとか、そんなような話だと思いの外――早くいえば商売の資本《もとで》にして大いに儲《もう》けようというのだ、一方ばかりが商人と思っていたら、こっちの方が商売気にかけて一枚も二枚も上らしい。
 今時の国ざむらい、全く以て油断がならぬ、と神尾が意外に打たれながら、なお心にもなく耳を傾けさせられました。

         七十四

 大商人がそれを受答えて言いました、
「お目の高いことには、いつもながら敬服の至りでございますが、日本全国はおろか、異国までも相手に物産をお売|捌《さば》きになるとおっしゃる、そのおもくろみは至極結構でございますが、さて、それを買わされる方になってみますると、何をこしらえて、どこへ売り出すのがよろしいか、むやみに物産をこしらえて他国へ送り込みましたところで、買う人が無ければなんにもなりませぬ。よしんば一時、珍しがって買い込む者が出ましても、あとが続かなければ資本も倒れ、仕事をする者の腕も腐ってしまいまする。その辺についての御意見を伺《うかが》いたいものでございますが……」
「それは尤《もっと》もだ、そこらを考えて置かぬことにはこの問題は持ち出せないはずだ。ところで、こちらはその辺を多少研究している、長崎までも出張して、いろいろと調べてみたが、外国を相手とするとなると、何かといううちに最も利益のあるのは生糸だ、絹だと見込みをつけてしまったのだがどうか」
「なるほど」
「シルクだな――蚕《かいこ》を飼って、糸をとって、その糸をまとめて売る、外国ではそれを独特の技術で精製してシルクにするのだ。あれならば最も西洋人の嗜好にもかない、かつ、西洋に於ては婦人の服装はもとより、家内の装飾用その他、無限に需要がある。それからまた、東洋の生糸は確かに性質《たち》がいいそうだ、それからまた蚕を飼う技術というものが日本では優れているし、蚕の食物とする桑の木の発育も極めてよろしい。それからまた一定の工場や、多分の機械を備えずとも、いかなる寒村|僻地《へきち》でも、家々でその有合わす手だけで充分に生産ができる、日本でこしらえて、異国を相手に商売のできる第一のものはあれだと、こっちは見込みをつけてしまったがどうだ」
「なるほど――そのお見込みは至極御尤もでございます、また、こちらに無限の製産力がありまして、先方にも無限の需要がある点は御同感でございますが、失礼ながら値段の点はいかがでございますか、いかに取引が活溌に参りましょうとも――手数をかけ、口銭をとり、そのうえ外国まで船づみを致しまして、それで採算の儀が、どんなものでございますか、その辺の御意見は――」
「それは心配いたすな、眼前に一つの例がある、越前家ではこの最も有利なる実例を示して、大儲けに儲けているが、表向きには発表していない、なにしろ加賀で銭五の先例もあって、小面倒と遠慮をしているのではないかと思うが、こちは、ちゃんと委細を聞いている」
「ははあ、越前様が、その生糸で大儲けをおやりになりましたか」
「うむうむ、今こちが言ったところと同じような目のつけどころが、財政が豊かなだけに早く実行の緒についたのだ。あの国では早くから領内に養蚕の奨励を致してな、生糸御用係という役をこしらえて領内の諸方に出張させ、夏場になると、役所の部屋も、座敷も、みんな蚕室になってしまうのじゃ。竹刀《しない》だこ[#「だこ」に傍点]のある手で桑の葉を刻み、巻藁《まきわら》をほぐして、まぶしを作ろうという騒ぎだ。それで首尾よく繭《まゆ》が取れ上ると、それを藩の手でとりまとめて宰領し、長崎へ持って行って和蘭《オランダ》商館へ二十五万ドルで何の苦もなく取引を済まして帰って来たという豪勢さだ」
「なるほど――越前様のお倉元は大へんに宜しいと承りましたが、左様な抜け目のないお取引がおありでしたかな」
「あっちの金で二十五万ドルだから、こっちの両にすると一ドルが四両、都合百万両ばかり一夏に儲けてしまった。そうしてな、その百万両を、すっかり一分金に両替をして国もとまで運ぶという段になったのだが、それがまた一仕事でな、長崎奉行に届け出て、お金荷物の先触れを頼み、一駄に千両箱を二つずつ積んで、五百駄近くの大した行列が、長崎から越前まで乗込んだものだ」
「いや、恐れ入りました、銭五もはだし[#「はだし」に傍点]でございます、越前様には、すばらしいお目ききがいらっしゃいますな」
「左様、肥後の熊本から来た横井小楠《よこいしょうなん》という奴が、頭もあり、はらもある、なかなかの奴でな。その弟子の由利という奴にまた腕がある。これは越前一国のことじゃない、応用すれば日本全国にひろがる利用厚生の道なのだ。我々とても資金さえあれば、そのくらいのことはなし兼ねないが、何をいうにも越前ほど自由が利《き》かなかったのが、幸い今度はひとつ……」
 こういう会話を神尾が聞いていると、またムラムラと癇癪が起りました。武士のくせに町人の向うを張って、毛唐を相手に何百万両もうけたとて何になる!
 だが、おれは天下の直参《じきさん》であるのに、いつもピーピーで、三両五両の小遣《こづかい》にも困らされがちなのに、七万両だの、二十五万ドルだの、百万両だのと、金銀を土瓦のように舌頭であしらっている。癪にさわる奴等だ。もうそんな話は聞いてやらねえぞ!
 神尾がこうむつ[#「むつ」に傍点]かり出して、ひとりじりじりしている時、自分の席の左の方から、軽く風が起って、さっと自分の身体に触れるものがありましたので、思わずそちらを振向くと、神尾が、全く別な感じで、呆《あき》れ返り、且つ、驚き入らざるを得ないものがありました。

         七十五

 神尾が驚き呆れたのは、自分の左の方だけが最初から椅子が一つ空いていた。他のすべては満員になったけれども、ここだけ特に自分のためにあけて置いてあったかと思われるように残されていたそのところへ、今になって不意に人が現われて、無雑作に席に就こうとしたから、それで驚き呆れたのではなく、その人の全く思いもかけない風采《ふうさい》の人であったから度胆をぬかれたのです。神尾ほどの人だから、たいていの人間が現われたからといって面負けをするはずはないのですが、この時ばかりは呆気にとられました。
 というのは、その現われた人の風采が、全く想像も及ばなかったからのことです。つまり、そこへ今ごろ現われたのは、盛装した一個の西洋婦人でありました。
 その西洋婦人が単に西洋婦人でありさえすれば、神尾としても、これほどまでに面負けがして狼狽《ろうばい》するはずはなかったのです。西洋ホテルの食堂へ西洋婦人が現われるのは、茶室の中へ茶人が出入りするのと同じことなんです。それに現に眼の前にも、髪の赤いのと、目玉の碧《あお》いのとの一対がいるのですから、そう顛倒するには当らなかったのですが、いま現われた西洋婦人が、極めて滑《なめ》らかな日本語を使って、
「殿様、お待たせ申しました」
 これに驚かされたのです。なお、くどく言えば、その流暢《りゅうちょう》な日本語の技倆に驚かされたのではない、その言葉を操る口元と、面《かお》を見て、あっと動揺したのです。
「お絹ではないか、貴様は……」
 あの化け物めが、すっかり髪を洋式の束髪に結ってリボンをかけ、服装は上をつめて下を孔雀《くじゃく》のようにひろげた、このごろ新板《しんぱん》の錦絵に見るそのままのいでたちで、澄まし返って「殿様、お待たせ申しました」がよく出来た! こいつが! と主膳は躍起となったが、まさかなぐり[#「なぐり」に傍点]つけるわけにもゆかない。するようにさしていると、その椅子へ納まり返って、洋皿や匙《さじ》を使う手つきが、もはや相当に堂に入っている。
 この新客が席につくと、今まで会話に酣《たけな》わであった士分と、商人と、それから洋人男女と、その他の者が一時みな、お絹の洋装の方に目をつけました。ところがこの女は、一向わるびれないのみか、むしろ場慣れのした愛嬌をふりまいて会釈をすると――
「マダム・シルク、ヨク似合ウコトアリマス」
 大商人の隣席にいた赤髯《あかひげ》が、片言《かたこと》の日本語でほめました。
「有難うございます、手妻使いのようには見えませんか」
「イヤ、ソウデナイデス、立派ナ西洋貴婦人アリマス」
 こういう問答で、一座がにわかに春めいてきたが、主膳の苦々しさったらない。
 うんとお絹の横顔を睨《にら》みつけると、例の乳白色の少し萎《な》えてはいるが、魅力のある白い頬に、白粉をこってりとつけている。
「マダム・シルク、アナタ日本ノ宝デアリマス、日本ノ富デアリマス」
 赤髯が主膳の苦りきるのとは打って変って、お絹が現われてからにわかに陽気になりました。
 シルク、シルクと頻《しき》りに言うが、シルクという言葉は、さいぜん、あの士分と商人との二人の口からも出たようだ。
 シルク、シルクと、シルクが今日の座持のような売れ方だ、いったいシルクというのは何のことだ、おもシルク[#「おもシルク」に傍点]も無え! と神尾はいよいよ不機嫌で、隣りの金助改めびた[#「びた」に傍点]公に呼びかけました、
「びた[#「びた」に傍点]、シルク、シルクというが、いったいシルクとは何のことだ」
 その時、びた公が得たり賢しというような表情をして、フォークを左にさし置き、
「でげすな、シルクてえのは、只今それお話の、お白様《しらさま》の口からお出ましになって、願わくは軽羅《けいら》となって細腰《さいよう》につかん、とおいでなさるあの一件なんでげす」
「何だ、それは」
「あの蚕の口から出まする糸、それを座繰《ざぐり》にかけて繰り出しましてから、島田に結わせて、世間様へお目見得《めみえ》を致させまする、あれは通常、生糸と申しましてな」
「生糸のことを聞いてるんじゃない、シルクとは何だと聞いているのだ」
「それなんでげす、話の順序でげしてな、その生糸をすっかり繰り上げましたのが、それがすなわち絹糸なんでございます」
「そんなことは、貴様に聞かなくても大よそ心得ている」
「まあ落着いておしまいまでお聞きあそばせ、その絹糸のことを洋語で申しまするてえと、すなわちシルクてなことになるんでございます」
「なるほど、シルクとは絹の洋語か」
「左様でございます、この繰り上げた絹糸の肌ざわりというものが、とんとたまらぬそうでげして、洋人という洋人が、これに参らぬのはござんせんそうで、ことにイタラの国の絹よりも、支那出来の絹よりも、日本の絹が、世界のどこの国にも増して光輝があり、肌ざわりがよろしく、西洋人は、日本のシルクというと目が無えんでございます、日本のシルクでなければ夜も日も明けぬ、いくら高金を出しても日本のシルクを買いたい、という御執心なんでげすから、有難いもんじゃあげえせんか」
「ふーん、日本の絹がそんなにあいつらには有難《ありがて》えのか」
「有難えのなんのって、全く眼が無えんでございますが、蚕の口から出たシルクでさえ、そのくれえでげす、まして生きたシルクと来ちゃ、命もいらねえということになるのは理の当然じゃあがあせんか」
「何だそれは。生きたシルクというのがあるのか」
「有る段じゃあがあせん、つい、その目の前に……」
「何だ、目の前に生きたシルク、わからねえ、目の前に絹糸なんぞはありゃしねえ」
「殿様も頭《おつむ》が悪くていらっしゃる、それ、目の前に生きたシルクが装いをこらして、控えていらっしゃるじゃあがあせんか」
「何だ、どこに……」
「いやもう、悪い合点でございますな、神尾の殿様、つい目の前に、生きたシルクが、つまりお絹様が……」
「なあに、絹が、お絹の奴が……なるほど、絹は絹に違いない」
「ところがこっちの絹が、当時、本物のシルクより洋人の間に大持てなんでげしてな、マダム・シルクでホテルの中が、日も夜も明けない始末でげす……」
「馬鹿!」
 神尾主膳は場所柄をもわきまえず、金助あらためびた[#「びた」に傍点]公をなぐりつけようとして、危なく手元を食いとめました。その時に、左の方からお絹が口を出して、
「殿様、お食事が済みましたらば、マネージャのタウンさんに御紹介を致しますから、お会いくださいませね。それから、望楼に参って遠眼鏡をごらんくださいましね。亜米利加《アメリカ》の先まで見透しというのは嘘でございますけれど、上総房州あたりまでは、ほんとに蟻の這《は》うまで見えようというものでございます――それから、今晩はぜひ一晩、ここにお泊りなすっていらっしゃい」
「いやだ」
「そんなことをおっしゃらずに、何も見学の一つじゃございませんか、西洋のホテルの泊り心地はまた格別なものでございますよ」
「お前は、その経験があるのか」
「いやですよ、殿様、そんな大きな声をなすって……」
 そのうちに食事は済んで、食堂が閉されることになって、ぞろぞろ引上げる。神尾もそれにつづいてその席を立たなければならない段取りになりました。

         七十六

 ああして、与八の私塾はようやく盛んになって行きます。
 塾長たる与八は、自家の彫刻もやり、子弟の教育もやり、医術をも施したが、今度は偶像としてあがめらるるに立至りました。
 与八の私塾には、塾長先生の講話のほかに、近村の古老を迎えての課外講話がありました。近村の古老篤行家を迎えて、次第次第に殖えてゆく子供たちのために、無邪気なる古伝説や、或いは実験の物語などをしてもらって、衆を教育すると共に、自分も教えられるところが多くありました。無雑作な昔話にしても、土地に居つきの人そのままから、土地の音声を以て話してもらうと、古朴の味わい津々《しんしん》たるものがあって、人をよろこばせること多大なものがあるのです。
 今日の課外講師というのは、一色村の土橋くらさんというお婆さんでありました。この春、七十七のお祝いをしたという達者なお婆さんに、お孫さんの里木さんというがついて来て、与八さんの塾の子供たちに昔話をしてくれました。その話は――
 昔、相吾《さまご》の与次郎という法外鉄砲をブツことの上手なかりうど[#「かりうど」に傍点]があった。
 その近所に大猿が現われ、畑を荒したり、鶏をさらったり、ひどいワルサをして困った。
 それから村中総出で、近辺の山の中を残らず狩り出したが、猿のさ[#「さ」に傍点]の字も見えず、ただ山奥でチラリと見たという者は二三人あったが、その誰も彼も、その猿の手は真白だったと言うので、いつとはなしにその猿を「手白猿《てじろざる》」と呼ぶようになった。
 手白猿のワルサは日に増し劇《はげ》しくなって行くばかりなので、領主の殿様も大へん腹を立て、
「あれしきのものが撃ち取れぬとあっては俺の恥だ、ぜひとも捕まえて来《こ》う」
と、家来を呼んで厳しく言いつけた。
 家来たちは困り果てて、いろいろの評議の末、御領内を方々探したところ、与次郎の話を聞いて、
「これこれの法外上手な狩人《かりうど》があるから、猿はこれに撃たしたらようございましょう」
と殿様に申し上げた。すると殿様も、
「それじゃあ早速、その者を呼び出せ」
ということで、与次郎は殿様の前へ呼ばれた。殿様は、
「これ与次郎、手白猿はどうでも貴公が撃ち取ってくりょ、そうしれば褒美《ほうび》はなにほどでもやる」
と言った。与次郎は、
「けんど殿様、あんないの大猿は、とてもわしにも撃てるかどうだかわからん」
と言って辞退したが、たってのお望みとあって是非もなく、
「そんじゃア」
と言って引きうけて帰った。
 そして鉄砲を磨き、弾丸《たま》をしらべ、幾日もの食い物をむすびにして腰につるし、
「もし撃ち取れねえば、生きちゃ帰るまい」
と覚悟し、氏神様へお参りをして、ある日、朝早くから山へ登って行った。
 そして幾日も幾日もの間、とてもごっちょう[#「ごっちょう」に傍点](苦労)して、山という山は残るところなく、ほかの鳥獣《とりけもの》には目もくれず、ただ手白猿ばっか[#「ばっか」に傍点]探し廻ったが、その行方《ゆくえ》はかいもくわからなかった。これまで、ほかの鳥獣なら、これと狙《ねら》った以上は必ず取りぞく[#「ぞく」に傍点]ないのない与次郎も、手白猿ばかりはまるで手はつかなんだ。
「いよいよ今日中にめっからねえば、その時こそは死ぐばっかだ」
と考えながら行く。お天道様の具合で、ちょうど昼時となったので、与次郎は谷間に湧く清水の岩角に腰を下ろして昼食を始めたけんど、がっかり[#「がっかり」に傍点]している今は食べ物も咽喉《のど》を通らない。
「はい、これからは持っていたところで仕方もなし、残りのむすびもこの辺へうちゃアらず[#「うちゃアらず」に傍点](捨てよう)」
と前の谷を覗《のぞ》き込むと、その拍子に与次郎はハッと驚いた。今まで見たことのない手白猿をはじめて見た。
 それは、全く手首から先の真白い大猿で、すぐ下の岩の上からじっ[#「じっ」に傍点]と与次郎を見つめていた。なんぼたっても逃げようともしないので、与次郎は不思議に思ったが、
「こりゃ天の助けずら[#「ずら」に傍点]」
と喜んで、その後ろへ手を廻し、鉄砲を取り直すが早いか、しっかりと狙いを定めた。けれども猿はまだ逃げない。与次郎はますます喜んで、いまにも鉄砲をぶっぱな[#「ぶっぱな」に傍点]そうとした。すると何思ったか与次郎は、むしょう[#「むしょう」に傍点]に鉄砲をガラリと投げ出した。猿は動かなかったはずで、赤ん坊を片手で抱いて、片手では一生懸命に与次郎を拝んでいたのだった。
 生れて間もない赤ん坊が、しきりと母親の胸に頭をすりつけ乳房を探している様を見ると、与次郎はかわいそうでならなかったが、
「せっかく、こんない[#「い」に傍点]にして、めっけとう[#「とう」に傍点]に、今ここで逃《のが》い[#「い」に傍点]ては――」
と気を取り直し、また鉄砲を肩につけた。猿はじっとこっちを向いて、なおも一生懸命に拝んでいる。与次郎はたまらなくなって、また鉄砲を投げ出した。
 ちょうど与次郎の家にも、生れて間もない赤ん坊があった。与次郎は自分が家を出かける時、その赤児と別れるのが、なんぼ辛《つら》かったか知れなんだのを思い出し、人に物を言うように、
「なア猿、かわいそうどう[#「どう」に傍点]けんど、ぜひおれに命をくりょ、殿様のたってのお望みで仕方ンない、ちょうどわしにもお前ぐれえの赤児がある、無理もないこんどう[#「こんどう」に傍点]、お前の子供はおらがのおしゅんといっしょに、おしゅんのアンマ[#「アンマ」に傍点](乳)をくれてきっと立派に育ててやる、そんだから、な、頼むからわしに命をくりょ」
 こう言うと与次郎は、三度目の鉄砲を取り、心を鬼に取り直してグッとひき金を引いた。
 猿は見事に喉をぶち[#「ぶち」に傍点]ぬかれてバッタリと倒れた。与次郎は自分も貰い泣きをしながら、泣き叫ぶ赤児をようやく親猿から引離してヒトコ[#「ヒトコ」に傍点](懐ろ)へ入れ、親猿をショって山を下った。そうしてその猿を殿様に差上げると、殿様からはたくさんの褒美《ほうび》を下された。
 これから与次郎は子猿を家に連れて帰り、女房にも、この猿はこれこれこういうわけで連れて来とう[#「とう」に傍点]だから、大事に育てろとよく言いつけた。
 猿の子もはじめのイトは、乳を欲しがって泣いて困ったが、そのたびに与次郎の女房がおしゅんの乳を分けてくれ、だんだん馴れてイカくなった。おしゅんとヒトツトシだが、おしゅんがまだ人の見さかいもつかぬうちに、猿の子はもう木にも上れば、しまいにはおしゅんの子守までするようになった。そうしてその子猿も、やはり手首から先が白かったので、与次郎夫婦は、名も母親と同じに「手白、手白」と呼んで可愛がった。
 三つにもなると、手白は全くおしゅんの子守をよくしてくれるので、おしゅんの母親は、手白におしゅんを預けると、いつも安心していろいろの仕事ができた。
 ある日のこと与次郎が、いつものように山へ行った後、母親はおしゅんに湯でも浴びさせようと、釜で湯を沸かし、半槽《はんぞう》(盥《たらい》)にその湯を汲んでおしゅんを入れ、自分は子の傍で洗濯をしていたが、
「手白、また番をしてくりょな」
と言い置き、ちょっとの間だからと思って、近所の川へ洗い物をユス[#「ユス」に傍点]ぎに出かけた。
 その後で、手白は早速母親のするのを真似《まね》て、柄杓《ひしゃく》で釜からチンチン煮えている湯を汲んで来て、おしゅんの頭からザーッと二度も三度もかけてやったからたまらない、おしゅんはキッキッと泣いて、そのまま赤くただれて焼け死んでしまった。
 川から帰って来た母親は、あまりの驚きに泣くにも泣かれず、
「手白、汝《われ》ぁ困りもんのことをしてくれたなあ、いまにお父《とっ》さんが帰って来《こ》らば、どんないによまアれる[#「よまアれる」に傍点](叱られる)か知れんから、さアちゃっと[#「ちゃっと」に傍点]山へ逃げろ」
と、急いで子猿を山へ逃がしてやった。
 やがて与次郎が山から帰って来たので、女房が、
「今日は本当に申しわけァないことをしとう[#「とう」に傍点]、手白の奴ン飛んだことをしでかいて[#「しでかいて」に傍点]しまって」
と言ってありのままを話すと、与次郎はカッと怒って、
「猿はドコへ行っとる[#「とる」に傍点]、あいつをも生かいちゃアおけん」
と言う。女房が、
「猿ウは山へ逃がいとう[#「とう」に傍点]」
と答えると、与次郎は、
「ほんじゃア直《じ》きに行って俺《おれ》ンめっけて来る」
と言って、直ぐ山へ駈け登り、方々を探したが、なんぼめっけても手白がいはしん[#「しん」に傍点]ので、仕方なく家に帰り、
「まず、おしゅんのおトブラいでもしず」
と言って、見ると、そこに寝かして置いたはずのおしゅんの死骸がない。
「はて、変なこともあればあるもんだ」
と、そこいら中を探してみたが、どこにもめっかさらん[#「めっかさらん」に傍点]。
 さすがの与次郎も、これにはびっくりして、やがて、じっとうつむいて、
「俺ン、今まで、鳥獣《とりけだもの》の命を、あんまり取ったその罰が、今日という今日は報いて来て、おしゅんの死骸まで無くンなっとう[#「とう」に傍点]に違いない、俺アハイ、今日限り殺生《せっしょう》は止めにしる[#「しる」に傍点]」
 そう言って与次郎は、鉄砲をへし[#「へし」に傍点]折って近所の不動様へ納め、さて言うことに、
「俺アこれから六部《ろくぶ》になって、今までに命を取った鳥けだものや、おしゅんの後生《ごしょう》をとぶらいながら、日本国中を経めぐって来る」
 そう言うと与次郎は、直ぐに六部の装束をし、笈物《おいぶつ》をしょって、鉦《かね》をチャンチャン叩きながら、その日のうちにぶんだい(出参)た。
 さて、村の周囲《まわり》に聳える山々のうち、どれか一つ越えねばならぬが、それならば第一に親猿をうちとめた山へ登り、まずそのあとをとむらって行こうと、あの清水の湧く山さして登って行った。
 すると、あれほど勝手知ったる山でありながら、今日に限ってどう踏み迷ったか、行っても行っても清水のところへ出ないばかりか、ますます奥深く迷い込む様子なので、与次郎は困りきって道端の石に腰を下ろし、
「二十年も歩き慣れたこの山で、道に迷うなんて全くどうかしている、とにかく、少し気を落着けてみず」
と、じっと眼をつぶった。するとどこからともなく、かすかに猿の啼《な》き声が聞えて来る。耳を澄ますと、だんだんこちらへ近づいて来た様子なので、与次郎が驚いて眼をあけて見ると、向うから何十匹とも知れぬ猿が枝に伝わってやって来たが、それが皆、与次郎の前へ坐って一礼した。
 おまけにその猿共の一番前に、逃げた手白がいる。手白はふと立ち上り、与次郎の着物の裾を引いて、どこかへ連れて行く様子ゆえ、今は与次郎もどうするという当てもなし、怪しみながら、ただ手白のするがままになって続いて行った。
 山が次第に深くなって、もう大分来たと思われる頃、一つの広い岩屋に到着した。その中に枝葉がいっぱい敷いてあって、何百とも数知れぬ大猿小猿が並んでいるし、なおよく見ると洞穴の真中辺に、岩で囲んだ井戸のようなものがあって、湯気がポッポと立っている。
 与次郎は、びっくりして見ていると、手白がツカツカと進んで、その井戸のようなものの中へ飛び込み、直ぐ一人の赤児を抱いて出て来た。与次郎が驚いてよく見ると、その赤児は、疾《と》うに死んだはずのおしゅんであった。
 おしゅんは、やけどの傷も更に無く、前にも増して元気になっていたので、与次郎は夢かとばかり喜んで、手白の手を握って厚く礼を言うと、手白も与次郎の手を舐《な》めずって、さも嬉しそうな顔をする。与次郎は衣の端を裂き、それにおしゅんをクルんでヒトコへ入れて喜び勇んで山を下った。
 何百とも数知れぬ猿共は、手白を先頭に、麓《ふもと》の村が見える所まで与次郎を送って来てくれたが、いよいよ別れる時になると、さすがに手白も残り惜しそうに、後ろを振返り振返り山へ帰って行った。与次郎もまた笠を振りながら、やはり見えなくなるまで見返り見返り山を下った。
 家に帰ってこの話をすると、女房も飛び立つばかり喜んだが、与次郎は、
「俺ア、こうしてせっかく六部に行こうと思い立っとう[#「とう」に傍点]だから、どうでも行って来る」
と、おしゅんや女房を伯父《おじ》に預けて、よく後々のことを頼み、そのまま六部になって行った。
 その後、なんぼ探しても、手白も、その不思議な猿の湯も、二度とは見つからなかった――

 土橋のおくら婆さんから、土地の言葉で、こういう話をして聞かせてもらうと、子供たちは皆、膝に手を置いて、感心しきって、しーんとして聞いていたが、その話が終ってしまうと、そこは子供のことで、忽《たちま》ちがやがやと陽気になり、一人立ち、二人立ち、やがて元気いっぱいになり、
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医者どんの頭をステテコテン
医者どんの頭をステテコテン
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と一方で合唱をすると、他の一方にかたまった連中が、
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そんなこと言うもん[#「もん」に傍点]の頭をステテコテン
そんなこと言うもん[#「もん」に傍点]の頭をステテコテン
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と、負けない気になって合唱をはじめる。そうすると前のやからが、ひときわ声を励まして、
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医者どんの頭をステテコテン
医者どんの頭をステテコテン
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と合唱する。それに対抗する一方は、またひときわ声を張り上げて、
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そんなこと言うもん[#「もん」に傍点]の頭をステテコテン
そんなこと言うもん[#「もん」に傍点]の頭をステテコテン
[#ここで字下げ終わり]
 ステテコテンの対抗合唱で、天地も割れるほどの騒ぎとなったが、塾長先生は、別にそれを制しようともせず、叱ろうともせず、一席の講話を終って息を入れているところの、土橋講師のところへ行って、
「大へんにため[#「ため」に傍点]になるお話を聞かせていただいて、わしらも貰い泣きをしたでがす」
と言って、頭を下げて挨拶をしました。

         七十七

 お銀様の父伊太夫は、その日は書斎にたれこめて、帳面を見たり、物を考えたりしていました。
 伊太夫に大きな悩みのあることは、すでにわかっていることです。身上《しんしょう》が大きいだけに、悩みもまた大きいということもしかるべき道理でありますが、老境に入った今日この頃では、ほとほとその悩みに堪えきれないほどの重荷を成しているのも事実です。
 伊太夫のその悩みを一語で言ってみると、「持てる者の悩み」ということに帰するでしょう。
「持てる者の悩み」というような現代的の言葉を以て、自分ながら表現することはできないが、悩みの根原はまさしくそこにあるのでありまして、「持たぬ者の悩み」と対比して、その悩みを悩む人の数こそ少ないが、その性質に至っては、持たぬ者の悩みより遥《はる》かに深刻なものがないとは言えない。持たぬ者の悩みは、お仲間が最大多数であって、同情の分量もまたそれに比例して大きいが、持てる者の悩みは、その共鳴者が少ないだけ、理解者も、同情者も、少ないと言わなければならないのです。
 伊太夫は、陰密の間に、その悩みに虐《しいた》げられて来ましたが、それと共に、この悩みは悩みではない、自分は持てるが故《ゆえ》に長者であり、他の羨望《せんぼう》の的となっている強味の点ばかりが自分を刺戟していて、未《いま》だ曾《かつ》て自らその持てる物のために悩まされているのだとも、虐げられているのだとも信じたくはないのですが、事実上、自分の持てるものが、自分とその家族に、解放も与えず、愉悦も恵まず、平和も安心も来たさないで、かえってその重荷が年毎に加わって行く、その圧力だけは感じないわけにゆきません。
 それが偶然、与八という男を見ると、全く別な世界の人を見出さないわけにはゆきませんでした。無一物の旅から旅の中に、なお安心があり、平和があり、受くるよりも与うることに幸福を感ずる天然自然の悠々たる余裕がある――ああいう生活方法もあり得る、現にあり得ているという驚異を、持たせられざるを得ませんでした。
 早く隠居してしまいたい――と、漫然としてこういう歎息と、その実現を望んだことは、今にはじまったことではなかったのですが、隠居してさてどうなる、ということを、ついその実行者として引取って考えてみると、自分には隠居ができないということを、すぐに悟らざるを得ないのです。
 あととりがないということです――今や天地間に自分の家を譲るべき血統の人としては、お銀様のほかにはないのです。そうして、その唯一の継承者たるべき人は、また唯一の反逆者でした。
 後妻の子は、後妻と共に非業《ひごう》に生涯を終っている。養子をする――ということになると、果してこの家を譲り、自分をして安心して眼を瞑せしむるほどの養子がどこにいる。どこを探したら出て来る。親類――それに頼みになる奴があれば今日のことはないのだ。この甲州第一等の祖先伝来の身上《しんしょう》を、今どうするか。
 伊太夫は、どうかすると、昔の仏説などにある長者物語のようなのを身に引当てて考えて、いっそ、持てるもののすべてを世に喜捨報謝してしまったら、とさえ、考えるだけは考えてみたことも再々でした。
 だが、喜捨報謝してみたところが、これだけの身上を受けきれる人がどこにあるのか。へたに投げ出してみたならば、それこそ群がる餓狼のために、肉の倉庫を開放したようなもので、徒《いたず》らに貪婪《どんらん》と争闘との餌食を供するに過ぎないのだ。
 どうしても自分が守り通して行かなければならない、そうしてまた、自分の志をついでこの社稷《しゃしょく》を守り通す人を見出して、このまま後を嗣《つ》がせなければならないという、世間普通の財産世襲の観念が最後の結論でありました。その陰密の間《かん》に加わる、持てる者の悩みの圧迫から、とつおいつした最後の果ては、いつでも、同じような平凡な結論に終るのを繰返し繰返しするのが、伊太夫の頭の、このごろの日課のようなものであります。
 ついに、養子問題を、与八とその携えて来た少年の身の上に投げかけてみるように至ったのも、その思案のあまりの一つでありました。

 今日も、それを繰返して考えたり、帳合《ちょうあい》をしたり、帳合をしてはそれを繰返して考えてみたりしているところへ、老番頭の太平がやって来ました。
「旦那様、お邪魔いたしてよろしうございますか」
と言って、何か特に改まった用件でも出来たかのような語勢でもありましたから、伊太夫も眼鏡をとって、
「何ぞ用かい」
と言いますと、
「お嬢様から、急飛脚でございまして」
「なに、銀から……」
 反逆者として遠島をさせてしまったような気分でいても、そこは肉親の親子の情合いと見えて、旅先の娘から急飛脚ということを言われて、思わず身体《からだ》が乗出したのです。
「はい、わたくし宛に、お手紙が参りましたのですが、わたくしだけでは計らい兼ねますによって、旦那様の思召《おぼしめ》しを伺いに参りました」
「ふーん、あれはもう見放した女だ、何を言って来ようとも、わしがところへは持ち込むなと申してあるのに」
「それは承知いたしておりますが、今度のお手紙の要件は、どうしても、わたくし一個では計らい兼ねます、ぜひとも、旦那様のお耳にお入れ申した上でございませんと」
「生死《いきしに》のほかには言ってもらわないがよい、あれはあれだけのことになって、身上も分離してお前にあずけてある、お前の方で取計らいきれないということはあるまいが」
「それがでございます――万事は、わたくしがお計らい申して参りましたが、今度のお手紙の要件ばっかりは、どうしても計らいきれませぬ、と申しますのは、このお嬢様のお手紙でございますが、一応お目通しごらんくださいませ」
「見ないでもいいよ、ではとにかく、その要領だけを聞いてみましょう」
「では、このお手紙の要領をお話し申し上げますと……」
 太平は、伊太夫に近く少しにじり[#「にじり」に傍点]寄って、ふし目になって手紙を見つめながら、次のように語り出しました。
「あのお嬢様のこのお手紙の要領と申しますのは、自分は今度、近江の国の胆吹山の麓へ地所を買ってそこへ屋敷を営むことになったから、その費用を送ってもらいたい、それも少々ずつでは、おたがいにめんどうだから、この際、わけていただいてあるお嬢様の分の財産をそっくりもらいたい、不動産の方は追って金に換えて欲しいが、貯えてある金銀だけは一文も残さずに、そっくり近江の胆吹山の麓のこれこれへ送り届けてくれと、こうおっしゃってなのでございます」
「ナニ、あれの分の財産を、そっくり残さず送れと――うむ……」
 伊太夫も、さすがに腹へ深く息を飲みこんでしまいました。

         七十八

 なるほどこれは、番頭一人の頭で取計らいきれぬというのも無理がないと思ったのでしょう。
 正式に勘当したというわけではないが、かりそめにも、親でない、子と思うな、と言い合って別れてから、父子の間には、わたることのできないほどの溝が掘られてあるのでありました。
 そうして、決定した伊太夫は、それでもこの我儘娘《わがままむすめ》の将来のためにとて、財産のうちを分割して、あれの物として頒《わか》ち置いて、その保管を番頭に托し、必要ある毎には、大体に於てあれの申し出通り送ってやれ、ことに旅などへ出ては、入費に糸目をつけないでよろしい、といったような暗示も常々与えてあるのですから、今まで、主人にはいちいち通告せずに、老番頭一人で取計らって、請求がありさえすれば、少しも猶予せずその請求額だけを、どしどし払い渡してやっていたのですが、今やここで、その全部をよこせ――と提言をして来たのですから、無論、老番頭一存では計らいきれず、それを聞かされた伊太夫さえも、一時《いっとき》うなってしまって、ついに何とも判断の下せない形になったのも無理がありますまい。
 伊太夫の身上は、これをかりに見つもっても、何千何万になるかは容易に計上し難いのであります。容易というよりは、全く金銭に換算しては計上し難いと見るのが至当でしょう。そのうちから、お銀様とても、株券をいくら、債券をいくらと分譲されたわけではないのですから、現金のほかは、山林であり、田畑であり、或いは家屋敷倉庫の一部分、衣類や書画|骨董《こっとう》といったようなものなのですから、それを残らず金に見積ることは、やっぱり不可能と言ってよいのですが、いちばん可能性のある金銀だけに就いて言ってみても、果してどのくらいの額に上るでしょうか。大正昭和の頃の、甲州第一の富豪といわれる某氏の財産を、かりに八千万円と見て、それを伊太夫の財産額として、そのうちの八分の一を譲られた計算にしてみてからが、ほぼ一千万円程度のものを、直ちに引渡せという交渉には、親子の間とはいえ、全く自由処分に任せるつもりの金であるとはいえ、一言で裁断を下せないのはあたりまえでした。
 そこで伊太夫が唸《うな》りました。しかし、やや暫く唸りを長く引いているだけで、一言の下に「馬鹿!」と言って蹴飛ばさないところを以て見ると、相当考慮の余地は存して置いているものらしい。といって、「いいから、おやんなさい」と容易《たやす》く肯定に入ろうとも思われないから、老番頭も覚悟して、主人と共に、その返答の挨拶の文案を練りにかかろうとする身構えです。
「あれの分が現金で、今どのくらいありますか」
 暫くあって、伊太夫の老番頭に対する質問がそれでした。
「左様でございます――手許にありまする分と、貸附の分とを、ちょっと取調べてみますると、十四万八千両ばかりござりまするで……これをごらんくださいませ」
と老番頭は、帳面を持って来ているのを、ここで主人の前にひろげたのです。
「ははあ」
と言って、じろりとその帳面に伊太夫は眼をくれたけれども、取り上げて仔細に見ようとするのではありません。しばらく、また眼をつぶっていましたが、やがて、軽く眼を開いて言いました、
「送っておやりなさい」
「えッ」
と、老番頭が少なからず動揺したようです。
「送っておやりなさい、貸金の方を今すぐ取立てて送るというわけにもいくまいから、現金の方はあるだけ、そっくり送っておやりなさい」
「え、承知いたしました」
と老番頭は、主人の命令が絶対的であることをよく心得ています。汗の如しとたとえることは畏《おそ》れ多いが、この家の代々の慣例では、ぜひ善悪ともに、主人の言葉は絶対でした。そこで老番頭は、非常な狼狽《ろうばい》をつくろいながら、委細かしこまってしまって、
「では、現金額と致しまして、取りまぜ五万七千三十両ござりまするが、それをそっくり……」
「そっくり送っておやりなさい、為替に組むなり、馬につけて送るなり、いいようにして届けておやりなさい」
「はっ、承知仕りました」
 こうして老番頭は、帳面を抱え直して、また主人の前をすべり出でたのです。
 老番頭の命令服従も無条件でありましたが、五万両からの金を、我儘娘《わがままむすめ》のために支出させる伊太夫の命令も無条件でありました。何のために、どうして使用するのだ、その使用が経済の法にかなうか、かなわないか、その使用法が倫理の道に合するか、合しないか、またその金を送ったがために、当人の身が幸福になるか、不幸になるか、そんなことは一切頓着しなかったのです。すでに分配して授けてしまったものを、授かった者が持ち去るのは当然である。多く持って行ってはいけない、少なく所有するがよろしいというような条件があっては、人に物を与えたということにはならない。
 与えた以上は、自分の物ではなく、人の物である――という水のように淡い応対で済ましてしまった伊太夫は、また暫く何か思案に暮れていたようだが、急に思い出したもののように、立ち上って下駄をつっかけましたが、どこへ行くかと思うと、いつも、与八の塾をたずねる時に行くと同じ橋の多い小路に隠れたところを見ると、やっぱり、あの悪女塚のなきあとをたずねて見る気になったものかと思われます。

         七十九

 伊太夫は果して、与八塾をたずねて来ました。
 その時、与八塾の生徒はもう放課後で、郁太郎のほかには誰もおりません。
 与八は、一室で一刀三礼《いっとうさんらい》をやっておりました。
 そこへ伊太夫がたずねて来たものですから、与八も一刀三礼のことを休んで、そうして、
「旦那様、おいでなさいまし」
と言って、伊太夫を招じて炉辺へ来ました。伊太夫の調子によって、何かそれは、自分に相談事があって、懇《ねんご》ろに話をしたいために来られたのだということが、直ぐにわかったものですから、座を立ったのです。
 そこで、炉辺で茶を煎《せん》じながら、伊太夫の話し出すのを聞いていると、
「与八さん、わしは少し急に思い立って、旅をして来たいと思うのだが、その間、お前さんに頼みたいのは、本家の方へ来て留守番をしてもらいたいのだが」
「おや、そうでございますか、旅にお出かけなさるんでございますか、お江戸の方へでもおいでなさるんでございますか」
と与八が念を押しました。旅と切出す以上は、一晩泊りや二晩泊りの意味でないことはわかっているが、せいぜい江戸出府、ほぼ四十里ばかり――と与八の頭に来たものですから、そのつもりで念を押したのですが、伊太夫は頭を振って、
「いや、そうではない、もう少々遠方へ行ってみたいのだ。実は、娘がな、あの持余し者が上方見物に出かけている、そのあとを追いかけるわけではないが、わしも一度、西国を廻って来たいとは心がけていたのだが、ついどうしても出かけられないでこれまで来ている。ではいつ出かけられるかというと、それを待っていたんでは、生涯その暇は作れないにきまっているから、今日、たった今思いついたのを吉日として、早速出かけようと決心をしたのだよ」
「まあ、上方見物から西国|廻《めぐ》りでございますか――ほんにまあ、急なお思い立ちでございますなあ」
「そういうわけで、家事向きのことは一切あの老番頭の太平が心得ているから心配はない、ただ不在中を、お前さんに本家の方へ来ていてもらいたいのだ、こっちの留守番は、いくらも人をよこして上げる」
「そうでござんしたか、本当のことは、わたしが方で、旦那様にお願いして、旅に出ようと思っていたところでございましたが、あべこべに旦那様がお出かけになるたあ、思いの外でございました」
「いや、それで、一時はお前にいっしょに行ってもらいたい、つまりお前さんといっしょに西国めぐりをしようかという気になったのだが、また考え直してみると、ともは相当のを選んでつれて行けるが、留守の方に、頼みになる人を置かなけりゃならぬ、そこで事務の方は太平に任せて置けば心配はなし、お前さんは、ただ本家の方へ来て、すわっていてもらいさえすればよい」
 これが洒落者《しゃれもの》ならば、なるほど、与八ならば据わりがいい――と交ぜっ返したくなるような頼みなのですが、頼む方も、頼まれる方も、最もしんみりしたものなのです。与八は一途《いちず》には引受けるとは言いませんでした。
「旦那様が、今、旅にお出かけになることが、いいことだか、悪いことだか――わしらが留守を頼まれる方は、なんでもないことなんでございますが」
と言いました。
「まあ、誰彼に言い触らすと、留める者も出て来るし、また有野の伊太夫が上方見物に出かけるなんぞと近辺に取沙汰が起ると、事が大きくなって面倒だし、それに今時は物騒な世の中だから、道中、どんな悪者や、胡麻《ごま》の蠅が聞きつけて、附き纏《まと》わないとも限らないから、わしは隠れて行くのだ、これから一人か二人、ともを選んで誰にも気取《けど》られないようにして出かける」
「旦那様が、そこまで御決心をなすったんじゃあ、わしらがお留め申したって、おとどまりなさるはずもござんすめえから、お留守のところはお引受け致しました。では、御無事に行っていらっしゃいまし」
 与八も、こう答えるよりほかには、頓《とみ》に返答のしようがなかったのです。自分が引留める権能もなし、引留めたからとて引留められるはずもなし、女子供とかいう人ならば、一応忠告も試みようというものだが、堂々たる大家の主人の行動に、自分なんぞが口出しをすべき抜かりのあるはずはないのだから、やはり、言われた通りに従順に受け、頼まれた通りに頼まれるのが一番だと、与八の頭にうつりました。それに、突然とは言いながら、持余し者ではあるが一粒種のお嬢様というものが、あちらへ出かけていらっしゃるのだから、親としてそれをみとりがてら、旅をなさろうというのは、お奨《すす》め申せばとて拒《こば》む理由はない、と信じたからであります。
 与八の快き承諾ぶりで、伊太夫は最も安心して本家へ引きとると共に、内密に、迅速に、旅の用意をととのえてしまいました。今の伊太夫の家では、この旅を、無用なり、危険なりとして諫諍《かんそう》するほどのものはありません。よし、あったとしたところで、与八と同様の考えで、むしろお奨め申せばとて拒む理由はないのですから、ただこの上は、主人が旅に出かけるということを誰にも知らせないように、旅の用意を整えるだけのものでありました。
 お銀様のために、その要求した五万両の金を、どうして、どのように送るかということの宰領は、一に老番頭の考慮のうちにあるのですから、伊太夫はかまいません。自分は、ちょっとした村の名主が、小前二三人をつれて伊勢詣りにでも出かけるくらいのいでたちで、屋敷のうちの者を選んでともとして、その翌々日、この屋敷を立ち出でたのです。
 東海道を行こうか、木曾街道をとろうかと、最初は考えましたが、思いきって木曾路をとることにしました。
 屋敷を出たのは夜でした。与八と太平は、村境を出ると釜無土手の尽きるところまで、提灯《ちょうちん》をつけてお送りして帰って来ました。その帰り途で、太平老人から聞くところによると、旦那様はあれで、今でこそ出不精《でぶしょう》でいらっしゃるが、若いうちはずいぶん旅をなされたもので、度胸もおありになるし、剣術や、槍や、柔術までも相当に御稽古を積んでいらっしゃる――それにおともの若いものも、みんな気も利《き》いているし、相当に引けを取らないだけの腕も出来ているから、旅先でも少しも心配になることはない――ということを聞かされて、与八が安心を加えました。
 こういうわけですから、有野村の大尽《だいじん》が京大阪へ向けて旅立ちをなされたという評判は、どこからも立ちませんでした。屋敷のうちの家の子には、日頃から、旦那様がどこにいらっしゃるのか知らない者も多いくらいですから、たまにその気色《けしき》を見かけたものにしてからが、甲府へでもおいでなさるか、遠くてお江戸――いつもの通りせいぜい六日一日もすればお帰りになるものだと信じていたのです。ですから、今度の旅は、無事に行っても、どのみち一月や二月はかかるのだということの暗示を受けたものさえありません。
 与八が本家の方へ、当座の留守居に据わり直したということも、日頃の信任から見ても無理のないことですから、主人が出て行っても、そのあとにはいっこう変った空気が漂うことはありませんでした。

         八十

 近江と美濃の境なる寝物語の里で、いい気でうだっていたお蘭どのの寝込みを、思いがけない奴が不意に襲って来ました。
 遊魂は、別な方向に向ってさまよい出でてしまい、その身代りとして現われた奴は、全く似ても似つかない、いけ好かない野郎でありました。
 しかし、こうなっては、お蘭どのももう遅いのです。いけ好いても、いけ好かなくても、こいつに見込まれた以上は、女に下地がある限り、のがれっこはなし――一時は野暮《やぼ》に叫びを立てようとしたが、どっこい、その口を塞がれてしまってみると、有無《うむ》を言わされようはずはないのに、お蘭どのという女が、本来あんまり有無を言わない女なんだから、口をこじあけて、大福餅を抛《ほう》りこんで無理矢理に食べさせられてしまってみると、今度は、もう一つ食いたいと口をあく奴なんだから、事がそこに及んだ後はたあいないものです。
「どうです、お蘭さん、男はケチな野郎でも、こうなってみると、まんざら憎くもござんすめえ。ことにお蘭さん、お前さんを見そめたのも、昨日や今日のことじゃありませんぜ、飛騨の高山では、命を的に大奥まで乗込みの、あぶない綱渡りも致しましたのを、よもお忘れじゃあござんすめえ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の百からこう脂下《やにさが》られて、お蘭どのが今更のように、
「おや、お前さんという人は、高山のことまで知っているの?」
「知らなくってどうなるもんですか。あのいつぞやの晩でげした、新お代官の奴は新お代官で、どこからか手入らずの新しいのをつれ込んで、たんまりはんべらせようとなさるし、お前さんはお前さんで、前髪立ちの若い男かなにかに持ちかけるというのを、見たり聞かされたりした、こっちもだま[#「だま」に傍点]っちゃいられませんね、名代《なだい》の新お代官のしろもの、お蘭さんてえこってり者に一目お目にかかって置きてえ、それ、あの晩忍び込んだはいいが、いやはや、飛んでもない戸惑い、人違え、当ての外れた相手がそれに思いの外の腕利きで、すんでのことに危ねえところ――それほどまでに思いこんだ、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百てえ野郎が、わっちなんでげす。心意気を聞いてみりゃあ、なおさら憎くもござんすめえ」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]に脂下《やにさが》られ、お蘭どの、眼尻が上ったり下ったりして、
「あの時の悪者はお前さんだったのかえ――それとは知らなかったよ」
「悪者じゃございませんよ、この通り、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百といって、ちっとは鳴らしたいい男の兄さんでげすよ」
「いやな奴」
「いやな奴で、大きにお気の毒さま。でもまあ、口でけなして、心のうちでは、こっちの親切がちゃんとわかっていただいてるんだから、悪くねえのさ。ところで、このケチな野郎がどのくらいお前さんに実意を持っていたかという証拠を、もう一つここで生《しょう》のままごらんに入れる段取りになるべきなんだが、風をくらって、つい、そいつを一つ取落したのが不覚の至り。というのはお蘭さん、お前さんも迂闊《うかつ》ですねえ、これほどの御念の入った道行をなさろうてえのに、命から二番目の路用を忘れておいでなさるなんぞは取らねえ。お手元金をね、ふだんあれほど御用心なすって、枕もとのお手文庫へ、いざという時お手がかかるように備え置きの金子《きんす》ざっと三百両、あれをいったいどうなすったんですね」
「それなんですよ、それを今、歯噛みをしながら口惜《くや》しがってるんですが、もう追っつかない、当座のお小遣だけは何とか工面して来たけれども、これから先を考えると心配でたまらないのよ」
「そこでだ、そういうことには憚《はばか》りながら、色と慾との両てんびん[#「てんびん」に傍点]をかけて抜かりのねえがんりき[#「がんりき」に傍点]の百なんですから、あのきわどい場合に、ちょっとちょろまかしの芸当なんぞは、お手のものと思召《おぼしめ》せ」
「何を言ってるんだか、よく、わからないが、ではお前さんが、その時にあれをちょろまかして持出しでもしたの、持出したとすれば、ここまで持って来て下すったの? まあ有難い、ほんとうに色男の御親切が今度ばかりは身に沁《し》みてよ。そんならそうと、早くおっしゃって下さればいいに、焦《じら》さないで早くそれをここへ出して頂戴な」
「ところがだね、そこは憚りながらがんりき[#「がんりき」に傍点]の知恵で、抜かりなく、あのお手元金三百両を持出したことは確かに持出したんだが――ここまで持来《もちこ》して、お前さんを喜ばせる運びまで行き兼ねたのが残念千万なんだ」
「なあんだ、途中で落しでもしたのかい、そのくらいなら、そんなお話を聞かせてくれない方がかえってよかった」
「ところがね、まだあきらめるには早いんでしてね、あの場合、大金を持って逃げちゃあ危ねえと思うから、ちょっと預けて出たんだ、ちょっと知合いへね」
「その預け先はわかっているの」
「それはわかっているさ、行けば、いつでも、ちゃあんと渡してくれることになっている」
「どこなの――」
「高山の町よ――」
「高山じゃ、つまらない、欲しくったって、二度とあすこへ行けますか」
「ところが、ここで気を抜いたら、わっしが、ちょっと行って受取って参りますから、御安心ください」
「ちょっと行くったって、お前、ここはもう近江の国じゃないか、これから美濃の国を通り過して、それからまた飛騨の高山まで、ちょっくらちょっとの道のりじゃありませんよ。それにお前さん、それを取りにでも行こうものなら、待ってましたと、隠密《おんみつ》の手で引上げられてしまうにきまっていますよ。飛んで火に入る夏の虫とは本当にこのこと、三百両は惜しいけれども、銭金のことは、またどこでどうして稼《かせ》ぎ出せないとも限らない、命は二つとありませんからね、せっかくだが、あきらめちまいましょうよ」
「ところがねえ、お蘭さん、その辺に抜かりのあるがんりき[#「がんりき」に傍点]じゃあございません、その預け先というのが、決して、どう間違っても、ばれ[#「ばれ」に傍点]たり、足のついたりする相手じゃあねえのですから、豪気なものです。それに、憚りながら、この兄さんは足が少々達者でしてね、飛騨の高山であろうと、越中の富山であろうと、ほんの少々の馬力で、御用をつとめますから、その方もまあ御安心くださいまし」
「いったい、高山のどこへ預けて来たんですよ」
「こうなっちゃ、すっかり白状してしまいますが、あの宮川通りの芸妓屋《げいしゃや》、和泉屋の福松という女のところへ、確かに三百両預けて参りました」
「あの福松に――憎らしい」
 お蘭どのは、どうした勘違いか、がんりき[#「がんりき」に傍点]の膝をいやッというほどつねり上げたから、
「あ痛! 何をしやがる」
と、百の野郎が飛び上ったのは当然です。そこでお蘭どのがまた、御機嫌斜めで、
「嘘つき、あんな芸妓にわたしの金を預けるなんて――預けたんじゃない、やってしまったんだろう」
「御冗談、あんな田舎芸妓に、三百両を捲上げられるような、がんりき[#「がんりき」に傍点]とはがんりき[#「がんりき」に傍点]が違いますよ、見そこなっちゃあいけねえ」
「本当ならお前、それを取って来て、わたしの眼の前に並べてごらん」
「言われるまでもねえことさ、これからひとっ走り行って持帰って来てごらんに入れると、さっきから、あれほど言ってるじゃねえか」
「じゃあ、そこでお前さんの本当の腕と、実意を見て上げようじゃないか、早く取戻して来て頂戴」
「合点《がってん》だ――こうと、三日を限ってひとつ約束して上げようじゃねえか、明日の朝から三日だよ、いいかい、その間、お前は、ここに永く泊っているのもなんだろうから、これから、ずっと近江路へのして待っていな――近江路はそうさねえ、草津か、大津か――いま道中記を見て、しかるべき宿屋へ当りをつけて置いてやるから、そこで、ゆっくり待っていな――」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は包みを解いて道中記を出し、宿屋調べをしていると、お蘭どのが、
「でも、なんだか、お金は欲しいには欲しいけれども、危ないようでねえ――お金は戻っても戻らなくてもいいからねえ、三日目には帰って頂戴よ、大津あたりに宿をきめて待っているから、手ぶらでもかまわないから、三日目には帰って頂戴よう」
と、かなり淋《さび》しそうな表情で、しなだれかかりました。
「まあ、そんなに気を揉《も》みなさんなよ、色男、金と力は無かりけりてのは昔のこと、今時の色男は、金も力もあるというところをお目にかけてやりてえんだよ」
と、がんりき[#「がんりき」に傍点]が甘ったるい返事――
 そのうち二人は、道中記を調べて、お蘭どのが先へ行って、待合わすべき宿屋をきめて置いて、万一の時は、その旅宿も目じるしをつけて置いて先発し、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、これからまた飛騨の高山へ逆戻りして、和泉屋の福松のところへ預けて置いた三百両を取戻して、お蘭どのに見せてやるべく、その翌日早朝に、寝物語の宿を立ち出でてしまったのです。美濃路へ後戻りをしながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は思出し笑いを、したたか鼻の先にぶらさげて、
「ふーん、甘え[#「甘え」に傍点]ものさ。だがまた、こいつは格別だよ、素人《しろうと》じゃあねえが、くろうと[#「くろうと」に傍点]でもなし、飛騨の高山の田舎娘上りとは言い条、どうして、味はこってりと本場物に出来てやがらあ、口前のうめえところは女郎はだしなんだが、あれで、気前と心意気にはうぶ[#「うぶ」に傍点]なところがまる残りなんだから掘出し物さ、いわば、生娘《きむすめ》と、お部屋様と、お女郎と、間男《まおとこ》とを、ひっくるめたような相手なんだから、近ごろ気の悪くなる代物《しろもの》だあ。なあに、がんりき[#「がんりき」に傍点]ほどの者が、たった三百両が残り惜しくって、飛騨の高山まで逆戻りの危ねえ綱を渡るでもねえ、三百両が欲しけりゃ、どこかもう少し安全な方面へ当りをつけたって、つかねえ限りもあるめえものだが、あいつにあの手文庫のままのやつを持って来て見せてやりてえ――まあ、お前さん、本当に持って来て下すったねえ、何という凄《すご》い腕でしょう、わたしゃ、お前さんのその片腕にほんとうに惚《ほ》れちまったよ――なあんて、あいつを心から参らせてみるのも悪い気がしねえテ」
 百の野郎は、いや味たらしい思出し笑いをした上に、
「さてまた、福松の阿魔だがなア、あいつがまた、こちとらの面《かお》を見せるとただは帰《けえ》すめえがの――色男てやつは、どっちへ廻っても楽はできねえ」

         八十一

 こういった意気組みで、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎が、高山へ向けて自慢の迅足《はやあし》で飛んで行って、あの警戒の厳しい中を、首尾よく宮川通りの目的地まで、忍んで行ったには行ったけれども、御神燈の明りが入っていないことで、まず胆を冷し、叩いてみると、おとといあき家になっていたということで、ベソを掻《か》いてしまったのはいいザマです。
 尋常にお暇乞いをして北国の方へ出かけたということだから、夜逃げというわけでもあるまいが、あんな田舎芸妓《いなかげいしゃ》に出しぬかれたのはがんりき[#「がんりき」に傍点]生涯の不覚と、苦笑いがとまらないが、しかし、こんなけんのん[#「けんのん」に傍点]な場所がらに、寸時も足を留めていることはできないから、すぐその足で、がんりき[#「がんりき」に傍点]はまた飛んで帰りました。
 帰りの途中、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、思い出しては、自分ながら腹も立たないほどばかばかしくって、お話にもなんにもならないと、やけ半分でむやみに歩いたが、それはそれでやむを得ないとして、さあ、三日目と約束したあのじだらくお蘭に、何と言って面《かお》を合わせたものか。
 どうも仕方がねえ、お代りを工面《くめん》して行って、それでどうやら御機嫌を取結んで、こっちの男を立てるまでだ。お代りといったところで、ちょっと大枚の三百両だ、そこいらにそうザラにはころがっていねえ、これはこそこそや巾着切りじゃあ間に合わねえ、相当の荒仕事をしなければならねえが、さてどうしたものだろう。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はこのことを考えて、美濃路をついに垂井《たるい》の宿まで来てしまったのが、三日目のもう夕刻です。今晩中の約束だから、夜明けまでには何とかして、お蘭どのの鼻先へ突きつけて見せなければ、がんりき[#「がんりき」に傍点]の男が廃《すた》る三百両の金。
 関ヶ原あたりに転がっていまいものかと、あたり近所を物色しながら歩いて行くうちに、様子ありげな数人づれの旅の者と行違いになりました。行違いになったといったところが、向うから来たのと、こちらから行ったのと、袖摺《そです》り合ったというのではなく、先方は尋常に歩いているが、こっちは天然自然に足が早いものだから、追い抜いてしまって、その途端に見返ると、がんりき[#「がんりき」に傍点]の頭へピンと来たものがあります。
 この一行の旅人は、普通の旅人ではない。見たところ、村の庄屋どんが、小前の者でもつれて旅をしているように見えるが、それにしては、万事ががっちりし過ぎている。この中の主人公というものが、田舎《いなか》の旦那らしい風《なり》はしているが、どうして――
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の第六感で、
「これは大物だわい」
と受取ってしまいました。三井とか、鴻池《こうのいけ》という大家が旅をする時に、よくこんなふうにやつして旅をするといったやつ――こいつは只物でねえ――と見破ったがんりき[#「がんりき」に傍点]は、この点に於て、さすがに商売がらでありました。
 これぞ――西国へ行くと言って、急に甲州有野村を旅立ちをしたお銀様の父伊太夫と、その一行でありました。
 そこで、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、速足をごまかして、わざと一行のあとを後《おく》れがちに慕うことになる。
 伊太夫の一行は、悪い奴につけられたということを知らないで、西へ向って急ぐ。
 新月は淡く、関ヶ原のあなたにかかっている。



底本:「大菩薩峠16」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年7月24日第1刷発行
   「大菩薩峠17」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年8月22日第1刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 十」筑摩書房
   1976(昭和51)年6月20日初版発行
※底本では、「…頬かむりをとって、その面《かお》を突き出して」の後に、改行が入っています。
※疑問点の確認にあたっては、「中里介山全集第十巻」筑摩書房、1971(昭和46)年5月27日発行を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2004年1月10日作成
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