青空文庫アーカイブ



大菩薩峠
弁信の巻
中里介山

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)草鞋《わらじ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)当然|介添《かいぞえ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「りっしんべん+瑾のつくり、320-3]
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         一

「おや、まあ、お前は弁信さんじゃありませんか……」
と、草鞋《わらじ》を取る前に、まず呆気《あっけ》にとられたのは久助です。
「はい、弁信でございますよ。久助さん、お変りもありませんでしたか、お雪ちゃんはどうでございます」
「お雪ちゃんも、無事でいるにはいますがね……」
「なんにしても結構と申さねばなりません、本来ならばあの子は、この白骨へ骨を埋める人でございましたが、それでも御方便に、助かるだけは助かりましたようでございます。お雪ちゃんは、当然ここで死なねばならぬ運命を遁《のが》れて、とにもかくにも、無事にこの白骨を立ち出でたのは果報でございました。誰も知らないお雪ちゃん自身の善根が、お雪ちゃんの命を救ったのはよろしいが、かわいそうに、あの子の身代りに死んだ人がありましたね」
「何を言うのです、弁信さん」
 炉辺閑話《ろへんかんわ》の一座の中では、最も臆病な柳水宗匠が、わななきながら唇を震わせますと、
「はい」
 弁信は、おとなしく向き直って、
「あの子が、この白骨へ旅立って参りまするその前から、わたくしはあの子の運命を案じておりましたが、その道中か、或いはこの白骨へ着いた後か、いずれの時かに於て、あの子の運命が窮まるということを、わたくしのこの頭が、感得いたしました。ですけれども、それを引止める力がわたくしにございませんでした。世の中には、こうすればこうなるものだと前以てよく分っておりながら、それを如何《いかん》ともすることのできない例《ためし》はいくらもございますのです。わたくしとしましては、そんな事まで、お雪ちゃんという子の門出を心配しておりましたにかかわらず、お雪ちゃん自身は、白骨へ行くことを、お隣りのでんでん町へでも行くような気軽さで、楽しそうな様子でございました。あの子もやっぱり物を疑うということを知らない子でございます。疑いの無いところに怖れというものも無いわけでございますが、怖れを怖れとしない本当の勇気は、疑いを疑いきった後に出てこなければならないのですが、お雪ちゃんのは、最初から疑いを知らないのです。突き当るまでは信じきっていて、突き当ってはじめて苦しむのですからかわいそうです。ただ心強いことには、あの子はやはり突き当って、自分が苦しみながらも、自分を捨てるということがございません、その一念の信を失うということがございません、九死の中の苦しみにいても、絶望の淵へは曾《かつ》て落ちていないということがせめてもの安心でございます。ですからわたくしは、蔭ながらいかにあの子の悲痛を思いやってはおりましても、あの子の身の上に、全くの絶望ということを感じないのが一つの心強さでございましたが、なんに致せ、あのように疑いを知らぬ人の子を長く迷惑の谷に沈めて置くというのは忍びないことでございます――白骨を無事に立ったとはいうものの、やっぱりあの子は苦しんでいるに違いありません」
 この時、草鞋《わらじ》を取って洗足《すすぎ》を終った久助が炉辺へ寄って来て、
「北原さん、これがあなたへ宛ててのお雪ちゃんの手紙でございます、口不調法な私には、何からお話を申し上げてよいか分りませんが、これをごらん下さると、すべてがお分り下さるでございましょう」
「お雪ちゃんからのお手紙ですか」
 北原はそれを受取って、燈火の方に手をかざして封を切りながら、自分も読み、人も差覗《さしのぞ》くことを厭《いと》わぬ形で読んでしまいましたが、
「おやおや、高山で火事に遭って、お雪ちゃんは身のまわりのものそっくりを焼いてしまいましたね」
「いやもう、飛んだ災難で、あなた方にお暇乞いもせず、逃げるようにここを出て行きましたくせに、今更こんなことを手紙であなた方へ申し上げられる義理ではございませんが、全く旅先で、身一つで焼け出され、九死一生というつらさが身にこたえました」
「君、何だってお雪ちゃんはまた、ここを逃げ出したんだ」
 堤一郎が不審がる。なるほど、誰もお雪ちゃんを邪魔にする者はなし、迫害する者はなし、いたずらをする者もなし、のみならず、すべての敬愛の的となり、ほんとうにこの雪の白骨の中に、不断の花の一輪の紅であったのに、いったい何が不足で、ここを夜逃げをしたのだ……ということが、今以て一座の疑問ではあるのです。

         二

 お雪ちゃんの手紙を逐一《ちくいち》読んでしまった北原賢次は、慨然として、
「だから言わぬ事じゃない」
とつぶやきました。だが、慨然として呟《つぶや》いただけではいられない、事急に迫って、轍鮒《てっぷ》のような境涯に置かれているお雪ちゃんの叫びを聞くと、まず、為さねばならぬことは、走《は》せてこれに赴くということです。
 北原は、忙しく手紙を巻きながらこう言いました、
「今晩というわけにもいくまいから、明早朝、拙者は高山まで行って来るよ。まあ、万事は向うへ行っての相談だが、僕の考えでは、どうしても、もう一ぺんお雪ちゃんとその一行をここへ連れ戻すのだな、そうして予定通り一冬をこの地で越させて、春になってからのことにするさ……とにかく、僕は明早朝、お雪ちゃんを救うべく高山まで出張することにしますから、皆さんよろしく」
 北原が手紙の要領を話した後に、進んでこういって提言したものですから、誰あって異議を唱えるものもあろうはずはありません。
「御苦労さまだね、北原君、この雪だからねえ、誰か一緒に行ってもらわねばなるまい」
 池田良斎が、ねぎらいながら言うと、誰よりも先に口を切ったのは、黒部平の品右衛門爺さんでありました。
「わしも、平湯から船津《ふなつ》へ越さざあならねえから、一緒に高山までおともをしてもいいでがんす」
「品右衛門爺さんが同行してくれれば大丈夫、金《かね》の脇差」
と山の案内者が言いました。
「有難い、品右衛門爺さんが行ってくれる、ではなにぶん頼みますよ」
 北原も品右衛門の名をよろこびました。事実、山と谷との権威者である、このお爺さんが同行すれば、山神鬼童も三舎を避けるに違いないと思われます。
 そうでなくてさえも、品右衛門爺さんに先を越されて、やむなく口を噤《つぐ》んでいた一座の甲乙が、この時一時に嘴《くちばし》を揃えて、
「北原君……拙者も連れて行ってくれないか、安房峠《あぼうとうげ》の雪はいいだろう、それに飛騨の平湯がまたこことは違った歓楽郷だということだし、高山も山間に珍しい風情のある都会だということだから、この機会に、僕も一つ同行を願って、観光の列に加わりたいものだ」
「冗談じゃない、物見遊山に行くんじゃないぞ、まさにお雪ちゃんの危急存亡の場合なんだ――ところで、品右衛門爺さんを先導且つ監督として、拙者が正使に当り、久助さんだけは当然|介添《かいぞえ》として行かにゃなるまいから、同行三人――それで明早朝の約束ということに決めてしまいましょう、ねえ、池田先生」
「それがよろしいでしょう、御苦労ながら頼みます、頼みます」
 北原と良斎とは相顧みてこう言って、もはや緩慢な志願者の介入を許さないことになってしまって、一座もまたこの際、それに黙従の形となって、火は相変らず燃えているのに、一座がなんとなく、しんみりしてきた時、
「え、え、皆様、本来ならばこの際、私が進んで御同行を願わねばならないのですが……」
と、この時膝を進めたのは弁信でありました。
 本来、あのお喋《しゃべ》りが、ここのところで、ここまで沈黙していたのは、不思議といえば不思議であります。縁故の遠い甲乙までが、自分の好奇のためにも、お雪ちゃんの救急のためにも、嘴《くちばし》を揃えて同行を申し出でた際、それよりはもっとずっと馴染《なじみ》の深い弁信が、あの柔軟な舌を動かさずにいたということが変で、また、話がこんなに進んで来た場合に、今まで物《もの》の怪《け》ではないかとさえ驚異の的とされていたこの小法師が、たとえ僅かの間なりとも、一座から存在を忘れられていたということも、不思議な呼吸でなければなりません。
 ところが、この際突然としてまたしゃべり出たものですから、忘れられていた存在がまた浮き出したと同時に、一座がなんとなく水をかけられたような気持になって、神秘とも、幻怪とも、奇妙とも、ちょっと名のつけられない小坊主の、平々洒々としてまくし立てる弁説の程に、なんとなくおそれを抱かせられでもしたもののようです。こんな気配にはいっこう頓着のない弁信は、一膝進ませて、例の柔長舌をひろげはじめた、
「皆様が、こうもお気を揃えて、あのお雪ちゃんという子のために尽して下さる御親切をまたとなく有難いことに存じます。本当ならば、皆様をお煩《わずら》わせ申すことなしに、真先にこのわたくしというものが、あの子を訪ねて、そうして尽すだけの介抱も尽してあげなければならないはずなのに、今のわたくしでは、それができないと感じましたから、やむを得ずさいぜんから差控えておりました。と申しますのは、甚《はなは》だ我儘《わがまま》の次第でございますが、実のところ、わたくしの身体は只今、疲れ切っているのでございます、それに、ここに落着きまして、結構な天然のお湯に温められましてから、その疲れが一度に出てしまったような次第でございまして、たとえ、お雪ちゃんという子が山一重あなたにおりましても、今のわたくしのこの身体では、その山一つを越すのが堪えられますまいと案じられるのでございます。こんなに申しますと、弁信、お前は口ほどにもない意気地なしだな、さきほど玄奘三蔵《げんじょうさんぞう》渡天の苦しみがどうの、なあに、同じ日本の国の信濃の国内がどうのと広言を吐いたそれがどうしたと、斯様《かよう》にお叱りを蒙《こうむ》るかも知れませんが、それはそれでございまして、お湯につかりましてから、わたくしが、全くぐったりと疲れが一時に出てまいりましたことは事実でございます。だが、御安心下さいませ、この疲れは困憊《こんぱい》の疲れというわけではございません、安息の疲れなのでございます。わたくしは行こうと思いますと、いかに病身の身でも行くべき路をさらさら厭《いと》いは致しませんけれど、今は休みたいのでございます。お雪ちゃんの身がどうありましょうとも、皆様を先立て、わたくしが控えておりまして、お義理を欠こうとも欠きますまいとも、わたくしは今日は休みたいのでございます、明日もここで休んでいたいのでございます。あさってのところはどうなるかわかりませんが――今のわたくしの気持は、何事を措《お》いても、ここで暫く休ませて置いていただきたいことのほかにはございません。隣国と申しましても、飛騨の高山まではかなりの道でございましょう、ましてこの大雪でございます、それは品右衛門爺さんが案内をし、屈強な北原さんと、お気の練れた久助さんとがお道連れですから、少しも心配はないようなものの、それでも時候|外《はず》れの今の時に、人の通わぬ山路を御出立なさるのはなんぼう御苦労なことでございましょうか。それをわたくしらがここにいて充分に休みたいなんぞとは申し上げられた義理ではないのでございますが、なぜかわたくしはここで思う存分、三日の間休ませていただきたい気分がしてなりませぬ。北原様、品右衛門爺様――それと久助さん、どうか右のところを悪《あ》しからず御承知くださいませ。ではお頼み申します、ずいぶん御無事に、わたくしが念じおります」
 一息にこれだけのことを言いましたから、一座がまた口をあいてしまいました。なんというおしゃべり坊主、なんというませ[#「ませ」に傍点]た口上の利《き》きぶりだろうと――弁信の顔を見たままでいると、北原賢次も笑っていいのか、ひやかしていいのかわからない気持になって、
「御心配なさるな、弁信さん、誰もお前さんに行ってもらおうとは言わない、お雪ちゃんだって、その姿で弁信さんが来てくれなかったといって恨むようなこともないでしょう――お望み通り三日の間、ここでゆっくり休息なさい、休息しないといったって、我々の方でお前さんを休息させないでは置かれないでしょう」
「そうおっしゃっていただくのが何よりでございます、お雪ちゃんにもよろしくお伝え下さいませ、そうして、もしあの子がここへ戻って来ると言いましたら、お連れ申せるものならば一緒にお連れ下さいませ、また、あの子に戻ることのできない事情がございましたなら、あの子のためにしかるべく取計らってやっていただきたいものでございます。弁信さんはどうしたとお雪ちゃんが尋ねました時には、弁信は白骨に助けられて来ているが、意地にも我慢にも疲れが出て、休みたがっているから置いて来たと、そうお伝え下さいませ。ここまで来ながらどうして一緒に来なかった、一緒にお連れ下さらなかったとお雪ちゃんは怨《うら》むかも知れませんが、怨まれても仕方がございませんが、私に会うためにお雪ちゃんが、これへ戻って来ることはよろしくありません――私の方から尋ねて行くまでお待ちなさるように、お申し伝え下さいませ」
「万事承知承知」
「では、その方はそれと一決して、あらためて日課の輪講に移りましょう、当番は……」
「堤君ではないか」
「時に……久助さんもお疲れでしょう、いつもの部屋でお休み下さい、それと品右衛門爺さんも、我々の輪講がはじまりますからお休みなさい」
 弁信のことは、行けとも行くなとも誰も言いませんでした。

         三

 良斎先生の「万葉」、柳水宗匠の「七部集」宗舟画伯の「四条派に就て」というような輪講が一通り終って後の炉辺の余談が、ついに弁信法師の上に落ちて来ました。
「どうです、あの弁信なるものは」
「驚き入ったものですね、あれはまた何という喋《しゃべ》り方です」
「ああなると、手のつけようも、足のつけようもありませんね、さすがの北原君でも交《まぜ》っ返す隙が無いじゃありませんか」
「喋らしたら、しまいまで聞いていなけりゃなりません、そうかといって、喋らせないように警戒しているわけにもいかないし、聞いていても、そう耳ざわりになるわけではないが……」
「かなわない、何しろ大寒小寒《おおさむこさむ》の時は、山から小僧が飛んで来ることになっているのが、反対に里から小僧が飛んで来たのだから、まさに天変地異だね」
「雪の白骨へ今冬は、かなり変った客人が見えないではないが、あんなのは絶品だね」
「絶品だ、全くよく喋るにも驚かされるが、勘のいいのにも度胆を抜かれるよ」
「久助君が来たのを、その足音もしないうちから感づいているのだから、我々なんぞはもう腋《わき》の下の毛穴まで数えられているかも知れない」
「なんだか少し怖いね」
 事実、さしものいかもの[#「いかもの」に傍点]揃いであるらしいこの座の一行も、弁信のことを考えますと、おぞけを振うらしい。
 そうかといって、魑魅魍魎《ちみもうりょう》でないことの証拠には、お喋りこそするけれども、このお喋りには条理、いや、時とすると条理以上の何物かがあるように聞える――そこで、おぞけを振いながら、妖怪変化の類《たぐい》なりと断ずるわけにはゆかないのです。
 そこで、一座が弁信なるものの、正体に全く無気味なもてあましを感じ出した時、中口佐吉が言いました、
「なあに、それほど驚くこともないですね、どうかすると、盲人にはあんなふうに勘の働くものがあるものですよ。仕立師の名人でね、晩年に失明しましたが、どこへ出るにも不自由のくせに、物差《ものさし》を取らせると、分厘までも違《たが》わずピタリと差す老人を拙者は知っていますがね」
「そう言われてみると、思い当ったことがあります、西鶴の中にありますよ、皆さんお読みですか、井原西鶴の書いた『諸国咄《しょこくばなし》』という本の中に、不思議の盲人のことが書いてあるのを思い出しました」
「どんな話ですか」
「ちょうど、よい機会ですから、お話し申しましょう」
と言ったのは俳諧師の柳水宗匠です。
「京の伏見の豊後橋《ぶんごばし》の片蔭に笹垣を結び、心を行く水の如くにして世を暮しぬる一人の盲人ありけりと思召《おぼしめ》せ……」
「なるほど」
「ある時、問屋町の北国屋の二階座敷で、二十三夜の晩……客の所望によって一節切《ひとよぎり》の『吉野山』を吹いていますとね、お茶の通いをする小坊主が箱階子《はこばしご》をトントンと上って来る足音を聞いて、ああ油をこぼすよと言う途端、立てかけて置いた板戸がたおれて、小坊主は怪我をした上に、手に持っていた油差の油をこぼしてしまったという話。やがて笛を止めて一座が、この盲人の勘をためすために、二階の欄《てすり》のところから、いま大道を通る人は何者と尋ねてみると、盲人は足音の調子に耳傾けていたが、これは婆さんの手を一人の男が曳いて行く足音でございますが、男の方は何か気忙《きぜわ》しい心配があるらしい顔色、足どりの忙しさでよく分ります、してみると、多分、女の方は取上げ婆さんでございましょう……という返事、人をつけて見ると、手を曳いた男が言うことには、しきり[#「しきり」に傍点]が参りましたら、腰はわしでも抱きますが、とてものことに男を生んでくりゃあ有難い……と言ったので、大笑いして引返す。さてその次に通る者は……ははあ、これは二人だが足音は一人と盲人が言う、見れば下女が小娘を背負って行くのであった。さてその次に通るのは……これは鳥類だが自分の身を大事がる、なんという鳥か名は知れないが……と言う、見ると行人《ぎょうにん》が鳥足《とりあし》の高足駄を穿《は》いて行くのであった、という調子で、当らぬのは一つもない。そのうちに、初夜の鐘の鳴り渡る時分――下り舟に乗り遅れまいとして急ぐ旅人の姿が二階の灯にうつって見える、一人は刀脇差をさして黒い羽織に菅笠をかぶり、もう一人は挟箱《はさみばこ》に酒樽をつけて後につづく同行二人……あれはと盲人にたずねると、その盲人、前と同じく耳を傾けながら、同行二人連れでござるが一人は女、一人は男……と言う。ああ宵のうちから、こればっかりは見損ない……ではない勘違い、二人とも男で、しかも一人は大小まで差した侍衆じゃと一座から言われて、盲人が、そんなはずはありません、それはあなた方の見損ないではございませんかな……そこで、念のために人をやって右の二人の同行の後をつけさせてみると、大小差した男が樽を持った下男に向ってささやくには、夜船で、その樽をよく気をつけておいで、中のは酒ではない、みんなお金なんだよという声がまさしく女、よくよく聞いてみると、この侍と見たのは五条の『おたか米屋』であったそうな」
「そうしてみると、やっぱり眼あきはめくらに如《し》かず……塙検校《はなわけんぎょう》にからかわれるのもやむを得ない」
「事実、目で見るよりも勘で行く方が確かなのかも知れませんな」
「してみると、眼で見る奴の前では隠すことができるが、勘で来る奴には隠しだてはできないのだね、そういう奴が近所へ来た時には、何か勘避《かんよ》けの方法を講じておかんと、安心して生活はできない」
「それから、今のその西鶴の盲人|咄《ばなし》の最後の『おたか米屋』というのは、いったいどんな米屋なんですか」
「さあ――」
 それには、柳水宗匠も、ちょっと註釈に困ったようでしたが、
「とにかく、男まさりで、女手で切って廻す米屋の女あるじで、相当の評判者なることは確かだが、戸籍の謄本はここにありません」
「つまり、飛騨の高山の穀屋の、イヤなおばさんといったようなタイプだろう」
「は、は、は、まず、そんなものかね」
 ともかく、一座の散会がこの笑いに落ちることになりました。

         四

 弁信が、その輪講の席を辞したのは、講義半ばの時分であったか、その終りに近づいた頃であったか、但しはのっけに輪講の初端《しょっぱな》、品右衛門爺さんや久助さんが、好意的退席を勧告された時分に、一緒に身を引いたものか、そのことは誰も気のついたものはありませんでしたけれど、弁信が自分の部屋としてあてがわれた三階の源氏香の一間に来て、夜具の傍らにホッと息をついたのは、この夜も闌《たけな》わなるある時刻の後でありました。
 この源氏香の間というのが、偶然にも――実は偶然でもなんでもなく、竜之助が引籠《ひきこも》っていたその部屋で、お雪ちゃんもその次の座敷にいて、絶えず往来していたのです。そこが手つかず、あのままで人を泊めるにいいようになっていたから、少し遠いにも拘らず、皆の者が弁信にこの部屋をあてがったものです。
 あてがわれた弁信は、一議に及ばずその好意を受けてしまったが、遠くて不自由だろうと思いやりながら、ここへ弁信を導いて来た人が、かえって、弁信の物怖《ものお》じをしないのに舌を捲いたようなあんばいです。のみならず、普通の人よりもいっそう都合のよいことは、遠い廊下道や梯子段を、手燭《てしょく》も提灯《ちょうちん》もなくして平気で歩いて行けるから、座敷さえ教え込んでしまえば、抛《ほう》り出して置いて手数のかからないこと無類です。
 さきほど、たった一人で、長い廊下を伝って二重の段梯子を上り、間違いなく、この源氏香の間に辿《たど》り着いた弁信。
 夜具の前にちょこんと落着いて、そうしてお祈りをしました。
 それは、お祈りというべきものか、念仏というべきものか、或いは、かりそめに無念無想の境を作ろうとしているのか、とにもかくにも暫くの間、黙坐をしていた弁信は、やがて帯を解き、緇衣《しい》を解いて衣桁《いこう》にかけ、それからさぐりさぐりに、夜具に向って合掌した後に、軽やかに、その中にくるまって、左の脇を下にして横になり、その法然頭をくくり枕の上に落しました。
 そうして、彼は今、すやすやと思い入りの快眠に耽《ふけ》ろうとしているのです。弁信の言うところによると、今夜ここに寝通すのみならず、明日も、明後日も――少なくとも三日の間はわたくしを起さないで、寝かせて置いて下さい、湯水のお世話もなにも要りません、三日の間は死んだものと思召《おぼしめ》して、ぐっすりと休ませていただきます――というようなことを、さいぜんも言っていたから、これから有らん限りのものを忘れての眠り三昧《ざんまい》の境地に入ろうとしているその瞬間です、悪い奴が出て来ました。
「弁信さん、よくおいでなさいました、ほんとうに、お待ち申していましたよ、寒くはございませんか、さだめてお退屈だろうと思いまして、お伽《とぎ》にあがりましたよ、わたしですよ」
 弁信のためには必要ではないが、部屋の調度の均整のためには、ぜひなくてはならない、例の角行燈《かくあんどん》のほくち箱の中から出て来たものがあります。
「どなたですか」
「はい、わたしですよ、ピグミーでございますよ」
 ああ、ピグミーだ、こんな奴は出て来なくてもいいのである。誰しも出て来ない方を希望するのに拘らず、目の見えない人か、目は見えても眠っている人のところへは、必ずなれなれしく出て来る。
「ピグミーさんですか」
「はい、ピグミーでございます、いつぞやは失礼いたしました、今晩はあなたがまた、これへおいでなさることを知っておりましたから、ちょっと先廻りして、ほくち箱の中へと身を忍ばせてお待ち申しておりましたところです、お寒くもあり、おさびしくもあろうと存じまして、お伽にまいりました、今晩は夜っぴてお話をしようじゃありませんか、あなたもお喋《しゃべ》りがお好きでいらっしゃるが、わたくしだってその気になれば、ずいぶんお相手ができようというものです――今晩はゆっくり話しましょう、夜っぴてお話ししましょう」
「いけません、今晩は、わたしは休むのです」
「そんなことをおっしゃっちゃいけませんよ、ピグミーに恥をかかせるものじゃありません」
「今晩はお相手になれません」
「意地の悪いことをおっしゃる弁信さん。実はねえ、あなたのために、お淋《さび》しかろうと思ってお伽《とぎ》に出たのなんのというのは、お為ごかしなんでして、本当のところは、こっちが淋しくてたまらないんですよ、お察し下さい。この白骨の温泉の冬籠《ふゆごも》りで、誰がわたしの相手になってくれます、炉辺閑話の席などへ寄りつこうものなら、忽《たちま》ちあの人たちにとっつかまって火の中へくべられっちまいます。お雪ちゃんという子をとっつかまえて相手にしようと思いましたけれども、あの子はあんまり正直過ぎて歯ごたえがありませんね、ところがどうです、いい相手が見つかりましたぜ、ついこの間までお雪ちゃんが侍《かしず》いて来たあの盲目《めくら》の剣客、ことに先方も、たあいないお雪ちゃんのほかには骨っぽい話相手というものが更に無いという場合なんでしょう、こいつ願ったり叶ったり、究竟《くっきょう》の話敵御参《はなしがたきござん》なれと、こそこそと近づきを試みてみましたが、なんだか物凄くてうっかり近寄れません。そこであの天井の節板の上や、この畳のめどや、屏風の背後や、例のほくち箱の中なんぞに潜んで、隙を見てはこの話敵を取って押えようとしましたが、なかなかいけません、今日は御機嫌がいいようだと思って来て見ると、不意にあの短笛です、例の『鈴慕』ですね。あいつを聞かせられると、ピグミーはこの頭がハネ切れてしまいそうです。そこでその夜もびっくり敗亡、すごすごと引返すこと幾夜《いくよさ》。そのうちに、或る晩のこと、珍しくこの行燈《あんどん》へ火を入れましてね、ここで刀の磨きをかけていましたよ。その時ばかに御機嫌がよくって、この行燈の火影《ほかげ》で見える横顔なんぞが、美しいほど凄く見えたものですから、大将今晩こそは本当の御機嫌だなと、そっとそれ、あの衣桁の背後から怖る怖る這《は》い出して、まず刀の目ききからおべんちゃらを並べてみましたところが図に当りましたね。人間、好きには落ちるものですよ。五郎入道正宗じゃありませんか、違いますか、では松倉郷、それもいけませんかなんぞと言っているうちに、とにかくいい刀でしたからつい増長して、その棟の上へのぼってえっさえっさ[#「えっさえっさ」に傍点]をして見せますと、それがいけなかったんですね、一振り軽く振られたんですが、何しろ手が冴《さ》えていますからたまりません、ホンの軽い一振りで、わっしの身体は胴から二つになってあの壁へやもり[#「やもり」に傍点]のようにへばりついてしまったというみじめな次第――いやどうも危ないものです。そこでこんどは河岸《かし》をかえてお浜さんへ取りつきましたね。いい女でしたね、姦通《まおとこ》をするくらいの女ですから、美しい女ではあるが、どこかきついところがありましたね。それもとどのつまりは『騒々しいねえ』といってお浜さんの手に持った物差でなぐられちまいました。どっちへ廻ってもこのピグミー、いたく器量を下げちまい、その後今晩まで閉門を食ったようなもので、この天井の蜘蛛《くも》の巣の中に、よろしく時節を相待っていたのは、弁信さん、あなたを待っていたようなものですよ。弁信さんならば、二尺二寸五分相州伝、片切刃大切先《かたぎりはおおきっさき》というような業物《わざもの》を閃《ひらめ》かす気づかいはありません。柳眉《りゅうび》をキリキリと釣り上げて、『騒々しいねえ』と嬌瞋《きょうしん》をいただくわけのものでもなし、人間は至極柔和に出来ていらっしゃるに、無類のお話好きとおいでなさる。こうくればピグミーにとっても食物に不足はございません、さあ相手になりましょう、夜っぴてそのお喋《しゃべ》り比べというところを一つ願おうじゃございませんか。それにしても火が無くちゃ景気が悪いです、先のお客様や、弁信さんなんぞは、塙保己《はなわほき》ちゃんの流儀で、目あきは不自由だなんぞと洒落飛《しゃれと》ばしなさるにしても、ピグミーの身になってみますと、これでも物の光というやつが恋しいんですからね、ひとつ火を入れましょう。この多年冷遇され、閑却された行燈に向って、一陽来復の火の色を恵むのも仁ではございませんか――どれ、ひとつ、永らく失業のほくち箱に就職の機会を与えて、カチ、カチ、カチ、カチ」
 それは燧《ひうち》をきった音であるか、ピグミーの軽薄な口拍子であるか知れないが、とにかく行燈に火が入りました。
「さあ、弁信さん、今晩は寝かしませんよ、人の期待に反《そむ》いておいて、自分だけが平和の安眠と、極楽の甘睡とを貪《むさぼ》ろうとしても、それは許されません」
 ピグミーは、小さい胡坐《あぐら》を一つ組んで、両手でもってその向う脛《ずね》と足首のところを抱え込んで、ならず者が居催促に来たような恰好をして、寝入りばなの弁信に退引《のっぴき》させまいとの構えです。
「いけません、今晩はお前さんの相手にはなれませんよ」
「意地の悪いことをおっしゃるものじゃありませんよ、弁信さんらしくもない」
「いいえ、わたくしは今晩は、何といっても相手になりません、しかし、お前さんが話したいという気持と、わたしを寝かすまいという圧迫に、わたしは干渉をしようとは思いませんから、話したければお前さんひとりで、そこでお話しなさい、わたしはまたひとりで、眠れるだけ眠りますから、そこはおたがいの留保として、では、わたしはこれから眠ります、お前さんは勝手に話しなと何なとなさい――さめるまで、わたしは御返事を致しません」
「これは御挨拶ですね、そう言われてみれば仕方がない、先方がこっちの自由と勝手とを尊重して下さることに対して、こちらも先方の安眠と甘睡を妨害すべき理由を見出すことができませんからね。では弁信さん、わたしはここに失礼さしていただいたままで、喋れるだけ喋らしてもらいますからね。お江戸の辻芸人には独《ひと》り角力《ずもう》というのがありましたが、わっしゃこれから一人で二人前のかけあい話[#「かけあい話」に傍点]をやりますよ。時に、ねえ、弁信さん」
「…………」
 ここに至って、もはや弁信の返事はありません。つまり相手にならないのです。ピグミーを相手にせず、さりとて、これに退却を命ずるのでもなく、彼は彼の為《な》さんとするところに任せ、我は我の為さんとする眠りに深く落ちて行きました。

         五

 それから暫くの間、この座敷がひっそりしてしまいました。
 なるほど、森閑としたこの源氏香の間には、すやすやとした弁信の軽い寝息のほかに何物もありません。やくざが居催促の形で、胡坐《あぐら》を組んで反《そ》り返っていたピグミーの姿はどこにも無い。さては、口ほどにもないピグミーの奴、弁信に相手にされないものだから、さすがにテレきって、ひとりでは持ちきれず、目に立たぬようにこっそりと、この場を退却してしまったものらしい。さりとは、いよいよ以て器量の悪いピグミー。
 さりながら、ピグミーの長所はしつっこい[#「しつっこい」に傍点]というところにある。ピグミーに向って勇断と果決と、威厳と雅量を望むことは注文が無理だけれども、小細工と、しつっこいことと、こうるさいことにかけては、けだしピグミーの独擅《どくせん》であります。
 果して、あれだけで引揚げるようなピグミーでは決してない。音も立てずに例の屏風《びょうぶ》の蔭からこっそりと再び姿を現わして、赤い舌を吐き、にったりと笑った、それがすなわち今のしつっこい業物です。にったりと笑いながら、以前のように、むんずと弁信の枕許に於て、ちっぽけな膝を悪態に気取って組みながら、同時に左手の方に置き換えたものは、銅の行燈《あんどん》の油壺です。それと同時に一方、右の手を懐中に差し込んだと見る間に取り出したのは、一本の蝋燭《ろうそく》――
 ははあ、さては今ちょっと外出と見えたのは、部屋部屋を通ってこの蝋燭を掻《か》き集めんとの目当て。
「とかく、話敵《はなしがたき》の席にも、やはり兵糧というものの用意が要りますよ、腹が減ってはお相手もなりかねますから、この通り食糧を掻き集めて参りました、これさえありゃあ――」
と言ってピグミーは、一本の蝋燭をカリカリと噛みはじめ、そうして一方には、油壺の油を注口からガブガブと飲み、
「ピグミーだって、あなた、時々は油っこいものを食べないと、身体がバサバサになって骨ばなれがしてしまいます。ああ、結構結構、こうして養いをしておきさえすれば、矢でも鉄砲でも――松倉郷の名刀でも、乃至《ないし》弁信さんの、のべつ幕なしの舌鋒でも、何でも持っていらっしゃい、さあ、いらっしゃい」
 酔っぱらいが管を巻くように、このピグミーは油に酔っぱらったらしい。
 こうして挑《いど》みかけたけれども、弁信のスヤスヤとした寝息は更に変りません。
「よろしい――弁信さんは弁信さんとして、存分にお眠りなさい、わっしはわっしとして、勝手に熱を吹いてよろしいというお約束でしたな。では、第一伺いますがね、弁信さん、お前さんはあのお雪ちゃんという子をどう思召《おぼしめ》しますね、それからまたお雪ちゃんが侍《かしず》いていたあの気持の悪い盲目の剣客――あの人をいったい何だと思います」
「…………」
「お雪ちゃんという子は、ありゃあれで存外の食わせものですぜ」
「…………」
「それから、あの竜之助って奴、あれはまあ、一口にいえば色魔なんだね」
「…………」
「わっしの見るところでは、お雪ちゃんの妊娠は事実だと思うんですよ、あの子はまさに孕《はら》んでるんでさあね」
「…………」
「それがお前さん、いつ孕ませられたか、どうして身持になったか、御当人がわからないって騒いでいるところが乙[#「乙」に傍点]じゃありませんか。小娘というものは、そういうものなんですね、介抱していると思っているうちに介抱されちまうんですから、変なものです。そこへ行くってえと……功を経た奴にゃかないません。早い話が……」
 一方が絶対に無反抗の沈黙だから、一方も無方図《むほうず》の出鱈目《でたらめ》を並べることになる。そこに何か無形の警察があって弁士に中止を命ずるか、不文の法律があって発言を禁止させるかしない限り、こういう席では、野方図《のほうず》の限りを尽せば尽せるようなものだが、この世の中にも世の外にも、必ず無制限力を制する制限力が、眼に見えたり見えなかったりするところに存するもので、ひとりピグミー風情にだけ、こんな野方図が許されるわけのものではない。また油壺を取り上げて舌なめずりをしながら、弁信の寝顔を覗《のぞ》き込んで話題を続けようとする時、
「おい、ピグミー、ピグミー」
と、隣り座敷から不意に呼びかけたものがあったには、ピグミーもびっくり仰天して、思わず手に持てる銅壺《どうこ》を取落そうとしました。
「な、な、なんですか、そちらで拙者をお呼びになるのは、どなたでございますか」
「そこへ行くてえと……功を経た奴にゃかなわないと、お前いま言ったね、その功を経た奴というのはいったい、誰のことなんだえ、さあ、それを言ってごらん」
 隣り座敷から聞えたその声は、やや年を食った女の声で、最初からピグミーを呼びかけたのが高圧的であり、二度目に言いかけたのは、まさに手づめの詰問で、その調子はもう一言いってごらん、返答によっては只は置かないよという、強い威嚇を含んで響いて来たものですから、おぞましくもピグミーが慄《ふる》え上ってしまったのは、単に不意を打たれたばかりではない、この女の声の主に対して、何か若干の弱みを感じている者でなければ、こうはならないはず。そこで、ピグミーはシドロモドロで、
「いいえ、決してあなたのことを言ったのではございません、いや、ただ世間にはそうした奴もあるという例えを引こうと思っただけで、イヤなおばさん、あなたの噂《うわさ》なんぞ言い出そうというような不了見《ふりょうけん》ではございませんでしたから、どうぞごかんべんください」
「知らないよ、お前は、あたしのことを言おうとしたにきまっている、ピグミーのくせに生意気な、はじめての人様に、わたしの棚卸しなんぞをすると承知しないよ」
「はいはい、決してあなた様の棚卸しなんぞを、どういたしまして」
「そんなら、いいからこっちへおいで」
「はい」
「こっちへおいでなさい、何も慾得を忘れて眠っている人の傍にいて、イヤがらせを言わなくてもいいじゃないか、相手が欲しければ、わたしがいくらでも相手になってあげるから、こっちへおいで」
「はい、有難うございますがね、イヤなおばさん……」
「何だい」
「あの……」
「何があの――だい。お前、いま、赤い舌を出したね、わたしに見えないと思って。そうして、イヤなおばさんじゃあ、いくら傍へ寄れと言っても、うんざりする――と口の中で言ったね、覚えておいで」
「ト、ト、とんでもない……」
「じゃ、こっちへおいで、わたしこそ、人が欲しくって弱り切っているところなんだから、ピグミーだろうが、折助だろうが、誰でも相手になってあげるよ、さあ、おいで」
「弱りましたね」
「弱ることはないよ、ひもじい[#「ひもじい」に傍点]時のまずいものなしだから、いくらでもお前を可愛がってあげるから、こっちへおいで」
「イヤなおばさん、お言葉ではございますがね、そっちへあがると、わっしはおばさんに食われてしまいそうな気がして、怖くってたまりませんから……なんならこっちへおいで下さいましな、食物もございます、明りもついておりますよ、こっちで、ゆっくりお話を伺おうじゃありませんか」
「弱虫だねえ。だが、わたしゃそっちへ行けないから、お前、こっちへおいで」
「どうしてでございます、イヤなおばさん」
「だって、そっちには見ず知らずのお客様が寝ている」
「見ず知らずとおっしゃったって、ちっぽけな坊さんです、その坊さんも、死んだように寝ているんですから、差支えはございません」
「さしつかえはなかろうが、わたしは坊主は嫌いなんだよ」
「これは恐れ入りました、坊主と申しましたところで、三つ目のある入道ではなし、あなたほどの豪の者が、坊さんを怖がるとは不思議ですね」
「何だか知らないが、わたしは坊主とさつま芋は虫が好かないのさ、そればかりじゃない、いま動けないわけがあるから、ちょっとこっちへおいで……」

         六

「お前がどうしても出向いてこなければ、こっちから出向いて行くよ」
「わあっ!」
 ピグミーが大声あげて泣き出したに拘らず、次の間、つまり、先頃まではお雪ちゃんの部屋であったところの柳の間の隔ての襖《ふすま》がサラリとあいて、そこから有無《うむ》を言わさず乗込んで来たものがあるので、ピグミーは逃げようとしても逃げられない。
「泣くことはないじゃないか、取って食おうともなんとも言やしないよ、お前と一緒に遊んであげたいから来たんじゃないの」
 しかも、乗込んで来たその主《ぬし》の乗物というのは、一肩の釣台でした。
 戸板へ畳を載せて、その上へ荒菰《あらごも》を敷いたばかりの釣台の上へのせられながら、口を利《き》いているのが、イヤなおばさんというんでしょう。だが、釣台を担《かつ》ぎ込んだのは誰だか、駕籠屋もいないし、親類組合の衆も附添うているというわけではない、隔ての襖がひとりでにあいて、その間から、すーっとひとりでに釣台が流れ込んで来たようなものです。
 この釣台の乗込みによって、極度の恐怖におびえきったピグミーは、
「わあっ! おばさん、来たね、おばさん、裸じゃないの、この寒いのに、どうして裸で来たの、驚いたね」
 泣きわめきながらピグミーは釣台の上を見ると、まさにその通り、釣台の上にのせられたイヤなおばさんは、一糸もつけぬ素裸です。あのデブデブ肥った肉体が、いまだに生ける時のようにブヨブヨしている。その色が以前よりは白くなったように見えるだけで、ブヨブヨした肉体はちっとも変りがないらしい。
「裸じゃ悪かったかい」
「だって、おばさん、裸で人前へ出るなんて……第一、寒いじゃありませんか」
「寒かろうと、寒かるまいと、わたしゃ着物が無いから、裸でいるんだよ」
「着物が無い――そりゃ嘘でしょう、おばさんはあの通り衣裳持ちじゃありませんか」
「でも、無いから、こうしているのさ」
「どうしたんです、そら、あの、若くて気がさすのなんのとおっしゃっておいでだったが、まんざらでもなかりそうな、あの小紋の重ねなんぞは、どうなさいましたね」
「あれかね、あれは人に取られちまったよ」
「人に取られた? おばさんほどにもない。いったい、誰に取られたんです」
「きいておくれよ、憎らしいじゃないか、あのお雪ちゃんという子、あの子に取られてしまったんだよ」
「お雪ちゃんに……これは驚きましたね、あの子は人様のものなんぞに手をかける子じゃなかったはずですがね」
「あの子が取ったんじゃないけれど、取ってあの子に着せた奴があるんだから憎いじゃないか」
「憎い、憎い、そんな奴は憎い、拙者が行って取戻して上げましょうか」
「遠いよ」
「遠いったって、どこです」
「飛騨《ひだ》の高山だよ」
「飛騨の高山……そいつぁ、ちっと困りましたね、行って行けないことはないが、行って来る間に、おばさんが凍え死んじゃつまりませんからね」
「誰も行っておくれと頼みゃしない、その親切があるなら、もっと近いところにあるじゃないか」
「近いところって、ドコです、近いところにゃ古着屋はありませんぜ、おばさんの着る着物を都合するような店は、当今の白骨にはございませんよ」
「ないことがあるものか」
「ありませんよ」
「あるよ、あるからそこへ行って工面《くめん》しておいで」
「弱りましたねえ、どこを探したら、おばさんに着せる着物があるんですか」
「お浜さんのところへ行って借りておいでよ、あの人は、ほら、幾枚も幾枚も、畳みきれないほど持っていたじゃないか」
「えッ!」
 泣きじゃくりながら応対していたピグミーは、この時、しゃくりの止まるほどの声で、
「あれはいけません」
「どうして」
「何枚あっても、ありゃみんな血がついていますから、一枚だって着られるのはありませんよ」

         七

 仰向けに釣台の上に裸で寝かされているイヤなおばさんは、別段に寒いとも言わないのに、ピグミーがしきりに節介《せっかい》を焼きたがる。
「それじゃ、どうしても飛騨の高山へ行って、あの小紋を取戻して来るよりほかはありません、僕が行って来ます」
「よけいなことをおしでない、あの着物はあの子に着せておいてやります、そうして、わたしのあとつぎにするつもりだよ」
「え、お雪ちゃんをおばさんの後嗣《あとつぎ》にですか」
「そうだとも、いまに見ていてごらん、あの子を立派な男たらしにしてみせてやるから」
「えっ、あのお雪ちゃんを、おばさんのような助平にしようというのですか」
 ピグミーが飛び上るのを、
「気をつけて口をお利《き》き、出放題を言うと承知しないよ」
「畏《かしこ》まりました、それでは高山へ行くのは見合せにするとしましてもですね、現在、そうして裸じゃいられませんね。といって、着物の工面はなし……ああ、いいことがある、あんまりいいことでもないけれど、背に腹は換えられませんや、こいつをお召しなさっちゃどうです、当座の凌《しの》ぎに、この弁信のやつを引っかけておいでなすっちゃあ」
「いけない、いけない、そんな坊主の垢附《あかつき》なんぞが着られるものか」
「これもいけませんか――じゃあ、全く着るものが無い」
「無くたっていいじゃないか、誰がお前に着物を着せてくれと頼んだ」
「そりゃ、頼まれずとも、人様の裸になっているのを見るに見兼ねるのがピグミーの気性でしてね、やっぱり一走り行って来ますよ、それに越したことはござんせんから」
「どこへ行くの」
「飛騨の高山まで行って、お雪ちゃんの取ったあの小紋を取返して来て上げます」
と言ったが早いか、クルリと身を翻したピグミーは、天井の節穴へ向って飛びついたかと見ると、忽《たちま》ち吸い込まれたように姿が消えてしまいました。
 あとに残されたイヤなおばさん――というけれども、先程からさんざんピグミーを相手に話をしているものの、釣台の上へ裸で仰向けになったところの身体《からだ》をビクとも動かさず、眼をつぶったままで、一度も開いたことはないのですが、ピグミーが行ってしまった後でも、やはり同様の姿勢でその上にいる、いるというよりは、安置されたといった方がよいでしょう。
 弁信の安眠を続けていることも、最初と少しも変りがありませんが、この時、うつつの境にもの[#「もの」に傍点]悲しい泣き声を耳にしました。
 それは、若い詩人などがよく言う、魂のうめき[#「うめき」に傍点]とか、すすり[#「すすり」に傍点]泣きとでもいったものか、世にも悲しい、細い、それで魂の中から哀訴※[#「りっしんべん+瑾のつくり」、320-3]泣《あいそきんきゅう》して来るような声であります。
 おかしいことには、それがよそから来るのでなく、釣台の上に横臥安置せしめられているイヤなおばさんの身体から起るのであります。たとえ裸にされたからといって、イヤなおばさんともあるべきものが、若い詩人のするような唸《うな》り声で魂をうめらかすなんぞは、外聞にもよくないと思われるが、それにも拘らず、魂のうめきを、このイヤなおばさんの肉体がしきりに発散させているのです。といっても、イヤなおばさんの身体そのものは、それがために少しも輾転反側するわけではなく、以前と同様の安静と、無表情と、微動だもしない死そのものの中から起って来るのですから、特にこのおばさんが苦しがって、魂のうめきを立てているわけではないのです。
 してみれば、おばさんの寝かされている下の釣台の中か、或いはその下の畳のあたりで、この魂のうめきが起るとしか思われないのです。この魂のうめきとても、事実、弁信の耳に入ったか入らないかそれさえ疑問で、弁信の安眠に落ちていることも以前と少しも変らないのに、よし、たった今この魂のうめきを聞いたからとて、その起る源を確めようとして起き直って来る形勢は少しもないからであります。
 また、かりに弁信が、それを聞きとがめたとしてみれば、起き上って、その源を確めに来る前に、あのお喋《しゃべ》りのことだから口からさきに起き出して、「たれですか、そこに魂のうめきを立てていらっしゃるのは。ピグミーさんは、イヤなおばさんという名前をしきりに呼びかけたようですけれど、わたくしはまだそのイヤなおばさんなるものにおつき合いを願ったことは更にございませんが、たとえ、おつき合いこそ致しませんでも……」なんかんと、語り出すに相違ないのだが、そんなお喋りも聞えないところを以て見れば、弁信はこの魂のうめきに目を覚ましていないことは明らかです。
 弁信がそれを聞いているといないとに拘らず、魂のうめきはいよいよ盛んであって、それはどうしてもイヤなおばさんの身体か、その真下から起らねばならないことになりました。
 おや! ごらんなさい、じっと安置されていたおばさんの身体が少し動きましたぜ、慄《ふる》え出しましたぜ、さすがに裸じゃ寒いでしょう。おやおや慄えているんじゃありません、動き出したのですよ。オヤ、おばさんの身体中の毛の穴が、ゾックリとふくらんできましたよ。おやおや毛の穴が動き出したと思ったら嘘でした、虫です、虫です、虫になりました。まあいやな、幾千万とない真白な女子蛆《おなごうじ》! おばさんの身体が、そっくりと真白な女子蛆になってしまいましたよ――まあ、あとからあとからあの通り、蛆がうずうずとして頭を出しています。あの蛆が我さきに頭を出そうとして泣いているのですよ、魂のうめきじゃありませんでした、蛆のひしめき合いです、ぞっくりとおばさんの、あれ、面《かお》も、首も、腹も、手も、足も――ぞっくりと首を出した目鼻のない蛆、頭をうごめかして先を争って這《は》い出そうとしても這い出せない、蛆の頭だけがああして、ぞっくり苦しがっている――あのうめきをお聞きなさい、魂のうめきなんてしゃれ[#「しゃれ」に傍点]たものじゃありません、女子蛆のうめきなんですよ――何万匹何千万匹! まああの数は……
 驚くことはないよ、あれが八億四千の陰虫《いんちゅう》というものだよ。
 まあ、八億四千!
 そうだよ、女というものの五体の中には、すべてみんな、あの陰虫が巣を喰っている!
 おばさんのは、それが外へ頭を出しただけなんだ。
 その時、天井の節穴から、あわただしく走《は》せ戻って来たピグミー、
「おばさん、おばさん」
「何だえ」
「飛騨の高山へ行ってまいりましたがね、着物は持ってこられませんでしたよ」
「そうかい」
「わざわざ行って、手ぶらで帰るなんぞは子供の使のようで面目もございませんが、あの着物は、ちゃんとお雪ちゃんが着込んでしまってますから、手をつけるわけにいきませんでした」
「だから、そうしてお置きと言ったんだ。そうしてなにかい、お雪ちゃんは無事かえ」
「無事にゃ、無事ですけれどね……」
「あの眼の悪いお客さんはどうだい」
「元気で、夜遊びまでしていますぜ。何しろ、壺の底のような白骨とちがって、高山へ出ると、ずっと天地が広いですからね」
「そうかい、二人は仲がいいかい」
「いいか、悪いか、そんなことは知りませんがね、お雪ちゃんの身の上に一大事が起りそうなのを、ちゃんと見届けて来ましたぜ」
「何だね、いまさら一大事とは」
「ほかじゃございませんが、お雪ちゃんに悪い虫が附きました」
「悪い虫、悪いにもいいにも、離れられない人だから世話はないさ、遠い上野原というところから介抱して、この白骨まで、心中立てを見せに来た人だから、言うがものはないさ、あれでいいんだろうさ」
「そのことじゃございません、そんなことなら、憚《はばか》りながらピグミーの方が、おととい先にこの節穴から委細を御存じなんだ。こんど高山へ出て、別にまた悪い虫が一つお雪ちゃんに取っついたのか、取っつきかけたのかしているから危ないものだと、それを言ったのさ」
「へえ、高山に、お雪ちゃんを食おうなんていう悪い虫がいたかえ」
「そりゃ、高山の土地っ子じゃありませんがね、よそからの風来者なんですがね」
「若い人かい、年寄かい」
「そうですね、まあ、若いといった分でしょうよ」
「それじゃ、あの宇津木兵馬という前髪だろう」
「違いますよ」
「仏頂寺弥助かい」
「違いますよ」
「じゃ、このごろ来た新お代官の胡見沢《くるみざわ》とかいうのが悪性《あくしょう》で、女と見たら手を出さずには置かないという話だから、そんなのに見込まれでもしたのかい」
「それも違います」
「高山に、あの子を口説《くど》いてみようなんて気の利《き》いたのは、いないはずだがねえ」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百ですよ」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百?」
「そうですよ、あのやくざ野郎ですよ」
「そんな人をわたしは知らないが、なにかい、この夏、白骨にいたのかい」
「いや、そいつはまだ、白骨なんぞへ来たことはございませんが、何かの拍子で、名古屋方面から高山へ舞い込んだんですね」
「いい男かい」
「イヤに粋《いき》がった、やくざ野郎の小悪党ですがね、どうした拍子か、焼け出されて隠れていたお雪ちゃんを見つけちゃったんだね、そうして、やつ、一生懸命でお雪ちゃんを物にしようとして覘《ねら》っているんです」
「お雪ちゃんだって、なかなかしっかり者だよ、やくざ野郎のおっちょこちょいなんぞに、そう手もなくものにされてたまるものかね」
「ところがね、その百の野郎ときた日にゃ、しつっこいことこの上なし、いったん目をつけると、腕の一本や二本なくなすことは平気でかかる奴なんだからね、ずいぶんあぶないものなんですぜ」
「ちぇッ、いやな奴だねえ」
「おばさんなら、あんな奴を手もなくこなしちゃうでしょうが、お雪ちゃんが、あんなのにひっかかっちゃたまらない」
「お前、何とかして追払ってやるわけにはいかないかえ」
「そりゃ、わたしが天井裏かなんかに潜《ひそ》んでいりゃ、まさかの用心にはなるかも知れませんがね、わたしも実ぁ、お雪ちゃんの傍にいるのが怖いんです」
「どうして」
「だって、それ、相州伝の長いやつを持った人が、お雪ちゃんの傍には附いていますからね、へたに間違うと、またいつかのように二つになって、やもり[#「やもり」に傍点]のようにあの壁へヘバリつかなけりゃなりません」
「そんな人がいるんだから、がんりき[#「がんりき」に傍点]とやらが覘ったところで、お雪ちゃんの身の上も心配なしじゃないか」
「そう言えばそうですがね、がんりき[#「がんりき」に傍点]という奴はそれを覚悟で、お雪ちゃんをねらっているらしいです、つまり、相州伝で二つにされるか、但しはお雪ちゃんをもの[#「もの」に傍点]にするか、二つに一つの度胸を据えてかかっているらしいから、それで心配なんです」
「困ったねえ」
「おばさんも、お雪ちゃんという子は嫌いじゃないんでしょう、ずいぶん可愛がっておやりのようでしたし、お雪ちゃんの方でもまた、イヤなおばさん、必ずしもイヤなおばさんでなく、そのうちに愛すべき人間性のあることを認めていたようですから、おばさんにとっても得易《えやす》からぬ知己でしたね」
「生意気なことをお言いでないよ。だが、そう聞いてみれば、わたしもみすみす、そんなやくざ野郎の手にあの子を渡したくない」
「では、高山へ参りますか」
「行きましょうよ、お前も一緒に行っておくれだろうね」
「行きますともさ、僕だって意地でさあ、がんりき[#「がんりき」に傍点]のやくざ野郎に、お雪ちゃんなんぞを取られてたまるものか。あの野郎のことだから、手に入れるとさんざん見せびらかした上、年《ねん》いっぱいに叩き売るにきまっていますから、そう話がきまれば善は急げ、一刻も早く行ってやりましょう」
「そうしようよ」
 釣台が、その時、以前の通り、担《かつ》ぐものもないのに、ふわりと動き出して、裸体で、無表情で、そうして魂のうめきを続けているところの肉体を載せたことは前の如く、すーっとこの場を流動してしまいます。
 口をあいてそれを見送っていたピグミーは、存外あせらず、例の角行燈《かくあんどん》の前に小さい膝をドカリと組んで、油差の油をゴクリと飲み、小憎らしい落着きを弁信の方に見せ、
「どうです、弁信さん、これでもまだ起きられませんか。あのイヤなおばさんさえ、お雪ちゃんのためにじっとしていられないと言って、飛騨の高山へ向けて先発しましたぜ、それに何ぞや、弁信さんともあろうものが、まだ悠々とお休みですか。それも御無理ではございません、弁信さんは疲れていらっしゃる――まあ、ごゆっくりとお休みなさい、僕はこれから、イヤなおばさんのあとを慕って、お雪ちゃんのいる、飛騨の高山まで急ぎます……」

         八

 その翌日のお正午《ひる》少し前、池田良斎は、俳諧師《はいかいし》の柳水と共に浴槽の中につかっておりました。
「外は雪で埋もれた山また山の中も、こうして湯気の中に天井から明るい日の光を受けていますと、極楽世界ですな、それにつけても、北原さん――の一行はこの雪の中を御苦労さまです」
 柳水が言うと、良斎は、
「なあに、外へ出れば出たでまた気がかわりますからね、血気壮んな者にはかえって愉快でしょう、まあ、天気がよくって仕合せですね」
「でも、飛騨の高山はかなりの道ですから、途中御無事でありますように」
「平湯まで出る途中、多少難所があるけれど、吹雪《ふぶき》にでもならなければ心配は要りませんよ――」
「それにしても、ところがところですから、雪見に転ぶところまでというわけにも参りません、この深山険路の山で転んでしまったらおしまいですね」
「風流も程度問題ですよ。だが、こうして、どこを雪が降るといった気分で、温泉につかっていると天上天下の太平楽です、一句浮びませんか」
「さよう――」
「古人の句で、こういった気分を詠んだ、面白いのはありませんか」
「さよう――」
 俳諧師柳水は、仔細らしく頭をひねって、
「あらたのし冬まつ窓の釜の音――というのはどうです、鬼貫《おにつら》の句ですがね」
「なるほど、温泉ということは言ってないが、冬日の温か味は出ていますね」
「我がために日《ひ》麗《うらら》なり冬の空――これは翁《おきな》の句ですが、空気の温か味はありますが、水の温か味はうたってありません。おもしろし雪にやならん冬の雨――」
「やはり、あらたのしというのが、この場の気分には合っているようです」
「和歌の方ではどうでしょう、こういったような気分と情味を現わしたものがございましょうか」
「これは和歌のものじゃありませんね、やっぱり、山の宿の温泉というようなものは俳諧のものですよ」
「一茶の句に、我が家はまるめた雪のうしろかな――というのが一茶らしくって、いかにも面白いが、拙者はこのうしろかなを、後ろ側としたら、いっそう実感的で面白いと思うんでがすよ」
「そうか知らんな」
「蕪村のは一句一句がみんな絵になっていますが――宿かせと刀投げ出す吹雪かな――なぞは実景ですね、ことにこの白骨の冬籠《ふゆごも》りの宿を預っているわれわれにしてみると、絵でもあり、実感でもあります、ついこの間の仏頂寺なにがしと名乗るさむらいなんぞは、まさにそれでしたね」
「なるほど――どうも気紛れなものでしてな、こんな山奥の冬籠りへ、まさかと思っていると、入りかわり立ちかわり相応の客が来るのが不思議ですよ。これが平常通り十一月で釘を打ってしまえば、狐狸もおかすまいが、人が籠っていると、また期せずして人が集まって来るものです。知ると知らざるとに拘らず、人間の住むところには人気が立てこめて、おのずから人の心を惹《ひ》くようになっているのかも知れません――予期せざる人の出入りを調べてみても、一人、二人、三人――ちょっと胸算用《むなざんよう》に余るところがありますね」
「面白いです。それが、あなた方をはじめ、みんな相当に一風流のある人だけが集まって来るような気配も面白いではありませんか。尤《もっと》も、一風流でもなかった日には、雪の山坂を分けて、これまで来られるはずはございますまいが……」
 こんなことを良斎と柳水とが語り合っている時に、浴室の戸がガタリとあいて、
「お早うございます」
「いや、これは宗舟画伯」
と、二人が新来の裸虫《はだかむし》を歓迎しました、見ればこれは絵師の宗舟でした。
「両先生お揃いで……」
「いや、いい心持で今、歌と俳諧とを論じていたところです」
「どこを雪が降ると温泉にぬくもりながら、詩歌を論ずるなんぞは風流の至りです」
「それを今も言っていたところですよ」
「どうです、宗舟先生、この温泉気分は絵になりませんかな」
「ならないどころですか――絶好の画材ですよ」
「南画ですか」
「いや、南画とも違いますね」
「では、呉春張りの四条風にでも写しますかね」
「あれより、もう一層、軽いところがいいですね」
「では近代の鳥羽絵」
「ああなっても少しふざけ過ぎます、まあ、夜半亭と大雅堂の合《あい》の子といったようなところで、軽く刷いてみておりますがね」
「おやおや、もう制作におかかりですか」
「もう最初からとりかかっておりますよ、白骨絵巻といったようなものを目論《もくろ》んでおりましてな、この宿の冬籠りの皆さんを中心に、白骨の内外を取りまぜて、一巻の絵巻物にしつらえようと、実はひそかに下絵に取りかかっておりました」
「それはそれは、お手廻しの早いことで……さだめて結構な土産物が出来ましょう」
「只今、暇を見ては下図調べにかかっておりますが、いよいよ本図にかかりましたら、良斎先生にひとつ序文を願って、柳水宗匠に跋句《ばっく》を書いていただき、それから皆さん方に一筆ずつ賛をのせていただきたいと、こう思っております」
「ははあ、それは至極好記念でございますが、また一方から申しますと、宗舟画伯きわめてお人が悪い、さだめて我々が行住坐臥《ぎょうじゅうざが》のだらしのないところを、いちいち実写にとどめて、後世にまで抜き差しのならないことにたくんでお置きなさる、我々はいつのまにか宗舟画伯に生捕られて、画伯の名を成すために、後世に恥をのこさねばならぬ」
「いや、どういたしまして、あなた方の超凡なお動静に、朝夕|親炙《しんしゃ》いたしておれば、宗舟平凡画師も、大家の企て及ばぬ自然の粉本《ふんぽん》を与えられるの光栄に接したというものです、筆はからっぺた[#「からっぺた」に傍点]でも、白骨絵巻そのものの名が妙じゃごわせんか」
「妙、妙、白骨絵巻一巻、古《いにし》えの餓鬼草紙あたりと並んで後世に残りましょう。今も言っていたところです、思わないところで、思いがけない人が集まるもので、集まるほどの者がいずれも一風流でござんすから、願わくば洩るることなく筆に残して置いていただきたいものです、面《めん》はみんな揃っておりましょうな、着到洩れはござんすまいな」
「ええ、その以前は知らず、やつがれがここへ加入させていただいてから以来の面《かお》ぶれは、一つとして逃《のが》しは致さぬつもりでございます」
「重畳重畳《ちょうじょうちょうじょう》――では、良斎はじめ我々一座の面ぶれは勿論のこと、あの一座の花と呼ばれたお雪ちゃんも」
「もとよりです、あの子の立ち姿から、坐ったところ、火熨斗《ひのし》を持って梯子段ののぼり下り――浴槽の中だけは遠慮しまして、ちょっと帯を解いて、この浴室の戸をあけた瞬間の姿はとってあります」
「なるほど――では、あの仏頂寺なにがし、丸山なにがしといったほどの浪人も」
「ええええ、傍若無人に炉辺にわだかまったところを描いてあります」
「その最後に姿を見せた、前髪立ちの若いさむらいも……」
「あの方のは、上り端《はな》で草鞋《わらじ》を取っておりますところと、病気で行燈の下に休んでいるところとを取りました、それから昨日は、品右衛門爺さんが蕎麦餅《そばもち》を食べているところを……」
「素早いもんでございますな。では、あの、何て言いましたか、昨今見えたあの、そうそう弁信さん、あのお喋《しゃべ》りの達者な坊さんも……」
「それですよ、それだけがまだ描いてないんです、あんまり不思議な人物ですから、描きたいところが多くて、横になっているところを描こうか、縦になっているところにしようか、それともあの通り、のべつに喋っているところがいいか、黙って控えて沈みきって首低《うなだ》れたところをつかまえてやろうかと、構図に苦心しているうちに、とうとう機会を逸して、まだ着手いたしません」
「まだ、当分こっちにいるでしょうから、機会はこのさきいくらもありましょう」
「それともう一つ、お雪ちゃんという子に連れの兄さんが一人いるとか聞きましたが、病気でちっとも顔を見せないものですから、これもとうとううつし損ねてしまいました。弁信さんの方はまた機会がありましょうが、あのお雪ちゃんのお連れの人は、もう永久に写生の機会を逸してしまったかと思うと残念に堪えられません」
「北原君が会っているはずですから、あの人に聞いて写してみてごらんなさい」
「そうでもしようかと思っているところです」
 三人がこんな問答をしている時に、一方の明り取りの窓に張った紙の破れのところが、急にすさまじい音を立てて、バタバタしたものですから、三人は驚いて、その明り取りの高い窓を仰ぐ途端に、パッと眼前に飛び下りて浴槽の隅に羽ばたきをしたものがあります。それは雪に食を奪われた野鳥山禽の類《たぐい》が紛れ込んだかと見ると、そうではなく、一目見て三人が、
「鳩だ、北原君愛育の伝書鳩だ」
と気がつきました。
「だが、少しおかしい」
 特に念入りに、その見知り越しの鳩に注意の眼を注いだのは池田良斎でした。
「宗舟さん、済みませんが、その鳩をちょっと見て下さい」
「どうしましたか」
「あなたは御職業柄、観察が細かいに相違ない、北原君愛育の鳩についても、特別に見覚えがなければならない」
「よく見ておりますよ」
「たしか、五羽いましたね」
「ええ、五羽でした」
「その五羽のうちを、今朝出立にあたり、北原君が二羽だけ懐中して行ったはずです」
「その通りです、高山に着いたなら、早速に手紙をつけて放ち返すからとおっしゃいました」
「そうしてあとの三羽は、村田君が北原君に代って監督していたはずです」
「それに違いありません、一号と二号だけを北原さんが持って行きましたから、三、四、五がこちらに残っているはずです」
「仕方がないな、村田君、頼まれものだから一層用意周到に監督すればいいのに、こんなところに舞い込ませるようでは、あとを猫か、いたち[#「いたち」に傍点]に御馳走してしまわねばいいが」
「それもそうですね」
 こう言いながら宗舟は、手拭片手で流しの隅っこへ行って、無雑作《むぞうさ》にその鳩を取捕まえて、ちょっと仔細に眺めていたが、面《かお》の色を曇らせ、
「おかしいですよ」
「どうして」
「良斎先生、これはたしかに、北原さんが今朝持って出た第一号の鳩ですぜ」
「え」
「どうしてそれが分ります」
 良斎と柳水とが声を合わせてこちらを向く。
「どうしてといって、あなた、この鳩には、北原さんから頼まれて私がいちいち足のところへ銘を打ちました、銘を打たなくとも、羽と毛の特徴と、気分で、私にはよくわかります。これはたしかに今朝、北原さんが持って出た第一号に相違ありません」
「してみると、北原君がまだ高山へ着いているはずはないのだから、途中から放して返したのだな」
「そうかも知れません」
「そうだとすれば、何か便りが書いてあるだろう」
「私も、そう思って見ましたが、文箱《ふばこ》がありません、どこにも合図らしいものが認《したた》めてはありません」
「してみると、北原君が承知で放したのではなく、鳩が勝手に放れて戻って来たのですな」
「そうとしか思われませんが、そうだとすればいよいよ変です、無意味に鳩を逃す北原君ではなし、鳩もまた、勝手に馴れた人の手から逃げたがるはずはないのですから……」
 その時に、三人の面《かお》に三筋の不安な色が同時に閃《ひらめ》いたのは、もしや! 途中の変事、北原がこの鳩に合図をする遑《いとま》もなく、鳩もまた合図を待つの余裕を与えられざるほどにきわどい場合。それを想像せられないではない。
 池田良斎は浴槽から飛び上って、そうして、あわただしく身体《からだ》を拭いはじめました。
 良斎も、柳水も、宗舟も、相次いで浴槽を出て、それから急に炉辺閑話の席に非常召集が行われてみると、案の如く、残された三羽は村田の手で安全に籠の中に保護されていて、浴室へ紛れ込んだそれは、まさに北原が今朝持参して出て、おおよそ三日の後に手紙をつけて送りかえすといったそれに相違ない、五羽のうちの第一号です。
 当然、良斎が懸念《けねん》したと同様の不安が、北原はじめ一行の上にかけられなければなりません。そのまた当然の行動として、直ちに、その不安を確めるための特使が、この一座のなかから選定せられなければならないはずです。否、選定されるまでもなく、我も我もと志願するものが出て来ました。
 まもなく、山の案内の茂八を先導に、堤、町田の三人のうち、町田は残ることにして、猟師の十太が加わるの一行が早くも結束して、この宿を発足しました。
 この場合に、やはり、普通ならば、弁信も閑却されてはならないのです。北原一行の安否こころもとなしということの知らせは、弁信へも一応、報告がなければならないはずでしたが、どういうものか、この人たちのために全く忘れられていました。忘れられているほどによく眠っていたのです。あれからずっと眠り続け、最初の報告通り、三日間は恩暇で寝通すということが、誰に向っても諒解を得ているのですから、それは差支えないが、とにもかくにも、この場合の不安と憂慮とを、弁信に向っても頒《わか》たなければならないはずなのが忘れられていました。

         九

 熱田の明神の参宮表道路の方面は、あんなように大混乱でしたけれども、その裏の方、南の海へ向った方面は、打って変って静かなものです。
 それというのは、海が見とおせるからのことで、見渡す限りの海のいずれにも黒船を想わせる黒点は無く、夜も眠られないという蒸気船の影なんぞは更に見えないで、寝覚の里も、七里の渡しも、凪《な》ぎ渡った海気で漲《みなぎ》り、驚こうとしても、驚くべきまぼろしが無いのです。
 この時しも、お銀様は飄々《ひょうひょう》として寝覚の里のあたりをそぞろ歩いておりました。お高祖頭巾にすらり[#「すらり」に傍点]とした後ろ姿。悠揚として東海、東山の要路を兼ねた寝覚の里の、旅路の人の多い中を行く女一人を見て、通りすがる人がひとたびは振返らぬはありません。
 それは、お銀様の立ち姿がすぐれて美しかったからでしょう。ことにその後ろ影は、すらりとして鷹揚《おうよう》で、なかなか気品があって、物に動じない落着きもあって、こんなところをともをも連れないでそぞろ歩きするところに、田の面か松原に鶴が一羽降りて来たような風情《ふぜい》がないでもありません。
 年増の女房たちも、若い娘たちも、ひとたびは振返ってお銀様の立ち姿を見ないものはありません。見て、そうして羨望《せんぼう》の色を現わさないものはありません。
 女の美しさを知るのはやっぱり女であるように、女が心から嫉《ねた》みを感ずるのもやはり女であります。本来、女が男を嫉むということは、有り得べからざることなんですが、そういうことがあるのは、男と女との間にまた一個の女がはさまるからです。女は女をとおしてでなければ男を嫉むということはないのですけれども、女は女に対してのみは、全くの直接です。
 お銀様の歩み行く後ろ姿を見て振返る女たちの視線には、みんな多少ともに、羨望と嫉妬とを含まないのはありません。それよりもなお憎いのは、この人が、さほどの羨望と嫉妬を浴せられながら、なお冷々然として、むしろ、そういった同性たちを冷笑しつくすかのように、澄まして取合わない高慢な態度でありました。
 他より羨《うらや》まれ、或いは嫉まれた時に、幾分なりとも、得意なり、慢心なりの色があるうちはまだしお[#「しお」に傍点]らしい。羨まれ、嫉まれながら、それを冷倒するやからに至っては、全く度し難いものです。重ねて言えば、人間は縹緻《きりょう》を鼻にかけるうちは、まだ可愛らしいものだが、それを頭から抹殺してかかる奴に至っては、悪魔でも誘惑のしようがない。
 お銀様の態度がそれです。おそらくお銀様といえども、人の羨望と嫉視の的になる地位と空気とを、自分が感づかないはずはないのですが、それを刎《は》ね返して進む自分というものをも、自覚していないはずはありますまい。寝覚の里の渡頭《ととう》の高燈籠の下まで来て、そこに立ってつくづくと海を眺めたお銀様の眼には怒りがありました。
 寝覚の里は、すなわち七里の渡しの渡頭であります。七里の渡しというのは、この尾張の国の熱田から伊勢の桑名の浜まで着くところ、古《いにし》えのいわゆる「間遠《まどお》の渡し」であります。上古は畏《かしこ》くも天武天皇が大友皇子の乱を避けて東《あずま》に下り給いし時、伊勢より尾張へこの海を渡られたが、岸の遠きを思いわび給い、間遠なりと仰せられたところから、この名が起ったという。
 近世には、弥次氏と同行喜多君が、ここに火吹竹の失態を演じたという名残《なご》りもある。
 数日以前には、宇治山田の米友が、ここで足ずりをして、俊寛の故事を学んだこともあるのであります。
 今し、お銀様は鳥居前の高燈籠《たかどうろう》の下にとどまって、じっと海を遥かに、出船入船の賑わいを近く眺めて立ちつくしていました。
 お銀様としては、最初からここへ来るつもりではなかったのです――熱田の明神へ参詣して、ずんとお角を出し抜いて、ひとり境内を外《はず》れてしまったのは、例によってのやんちゃな驕慢心がさせたのみではなく、お銀様としては、お角などの予想のつかない目的を持っていたもので、実はこの熱田の宮の附近に、源頼朝の生れたところがある、そこが尼寺になっている――という知識を得たものですから、その尼寺へ行って見たいという気がきざしていたものです――なお、その尼寺に行くということも、女性特有の嘉遯心《かとんしん》のひらめきがさせた業《わざ》ではなく、ある機会から、お銀様の悪女性をそそるところの一つの物語を聞き込んでいたからのことで、そこで、この人は名所歴訪の意味でなく、悪女性の痛快癖から、ひとつその物語のある尼寺というやつを見てやりたい――こんな気勢が、熱田の明神の社頭から、お角さんを蒔《ま》いてしまうという結果となり、ついにはとうとう先方の癇癪玉《かんしゃくだま》を破裂させて、お角さんだけはお先へ御免蒙って、名古屋へ乗りつけてしまうという結果にまで立至らせたのです。
 だが、どちらにしても、このいきさつ[#「いきさつ」に傍点]はもう先が見えているので、熱田へ来れば、名古屋へ来たも同様であり、名古屋へ来れば落着く宿はちゃんと打合せも準備も出来ているのだから、お角さんが癇癪を起してみたところで、ただ一足お先へというだけのもの、お銀様が迷子になってみたところで、迷子札の文字を読みきっていることはお角さん以上であり、ことに、お角さんは癇癪こそ起したけれども、お銀様に対しては一目も二目も置いてかからなければ、どうにも太刀打《たちう》ちのできない相手だということをよく心得きっているから、そこはなかなか食えないもので、癇癪を起して先発する途端に、庄公という若い衆に堪忍役を申し含めて、お銀様の行方《ゆくえ》を追わせているから、どう間違っても、この迷子はつれ戻し先のわかっている迷子です――そうしてかくあるうちに、不幸にしてそのたずぬる物語のある頼朝公の尼寺というのを探し当てる以前に、例の宮前の黒船騒ぎの波動が、お銀様をして前方へ進むことを阻《はば》みましたから、そこは気随のままに反対の方角へ足を向けて来ました。
 足の向いた方、土の調子が、この向いた足の歩み加減に叶う方向へと、そぞろ歩きをして来るうちに、この寝覚の里、すなわち七里の渡しの渡頭へ出てしまったのです。
 土地を踏む前に、その予備知識の吸収に怠《おこた》りのないお銀様が、七里の渡しの名、間遠《まどお》の故事を知らないはずはありますまい。
 表面は目的の変更から、そぞろ歩きのまぐれ当りにこの七里の渡頭へ来てしまったもののようですが、事実これは予定の行動で、問題の物語の尼寺をひやかした後は、当然ここをとぶらい来るべき段取りであったかも知れません。
 来て見れば、名所絵の示す通りの七里の渡し、寝覚の里――
 神戸《ごうど》の通りを真直ぐに左に海中へ突出した東御殿、右は奉行屋敷へ続く西御殿、石をもって掘割のように築き成した波止場伝い、その間にもや[#「もや」に傍点]っている異種異様の船々、往来《ゆきき》の荷船、物売り船――本船は遠く帆をあげてこちらへ着こうとしている、海岸波止場一帯の賑《にぎ》わい、ことに何物よりも、七里の浜そのものを表示するあの大鳥居と高燈籠。
 この大鳥居は、熱田神宮へ海からする一の鳥居であるか、或いはまた特に海を祭る神への供えか、それはお銀様にもちょっとわからないが、あの高燈籠こそは、寛永の昔|成瀬隼人正《なるせはやとのしょう》が父の遺命によって建立の永代「浜の常夜燈」。滄海《そうかい》のあなたに出船入船のすべてにとって、闇夜の指針となるべき功徳《くどく》。
 この大鳥居と、あの高燈籠、海岸線を引いてこの二つを描きさえすれば、誰が見ても七里の渡船場――寝覚の里になってしまう。
 お銀様は故人の軒下にでもたたずむような、何かしら懐かしい心でその高燈籠の下に立って、渡頭と、そうして海を眺める――
 海の彼方《かなた》は伊勢の国、波の末にかすかにかかる朝熊《あさま》ヶ岳《だけ》。

         十

 東海道を上るほどの人で、「伊勢の国」に有終の関係を持たぬ者は極めて少数である。
 道中は、委細道中気分で我を忘れてふざけきっていた旅人が、七里の渡しに来て、はじめて本来のエルサレム「伊勢の国」を感得する。但しこのエルサレムは、巡礼者の心をして厳粛清冷なる神気を感ぜしむる先に、華やかにして豊かなる伊勢情調が、人を魅殺心酔せしめることを常とする。そうして七里の渡しの岸頭から、伊勢の国をながむる人の心は、間《あい》の山《やま》の賑やかな駅路と、古市《ふるいち》の明るい燈《ともし》に躍るのである。
 神を尊敬する日本人には、神を楽しむという裏面がある。清麗にして快活を好む日本人は、大神の存するところを、厳粛にして深刻なる修道の根原地としたがらないで、その祭りの庭を賑やかにし、その風情に遊興の色を加えることを忘れない。伊勢へ行くということは、日本人にとっては罪の懺悔に行くのでもない、道の修練に行くのでもない、一種の包容ゆたかなる遊楽の気分を持って行くのである。そこに日本人が神を慕う特殊の心情と行動とがある。伊勢参りの憧れは、すべての日本人にとって明るい。
 けれどもお銀様は、その日本人の普通の人が持つような、軽快な気性を以て育てられてはいませんでした。今し、その憧れの伊勢の国をながめている、というよりは睨《にら》んでいるのですが、それは今にはじまったことではありません。お銀様は、いつでも物を見るということはなく、物を睨めることのほかには為し得ない人ですから、当然その眼が伊勢の国へ向いている時は、その心が伊勢の国を怒っている時でなければなりません。だが、お銀様として、何を伊勢の国に向って怒らねばならぬものがありますか。
 数日前、宇治山田の米友という代物《しろもの》が、ここと同じところにいて、出て行く船と伊勢の国をながめて衷心《ちゅうしん》から憤っていたはずですが、それには充分に憤るべき理由があり、また憤りに同情すべき充分の事情がありました。いまだ伊勢の国の土を踏んだことのないお銀様には、そういう理由も、事情も、一切無いはずです。ただ、こうして海を眺めていたいのでしょう。山国に育って、山にのみ護られていたお銀様にとっては、このたびの旅行に於て、海というものが最も驚異の対象となっていることは事実のようです。
 機会があるごとに、海を見たがりました。さればこそ古鳴海の海をもとめて、もとめあぐみ、桑田《そうでん》変ずるの現実味をしみじみと味わわされて、それでもむりやりにその望みを遂げたほどの執拗性がここへ来てもやっぱり海を見たい――単に見たいのではない、見てやりたい、どんな面《かお》をしてわたしに見《まみ》えるか見てやりたい――といった気分がさせる業で、もとより七里の渡しにも、伊勢の国にも、恩も怨みも微塵あるわけではないが、ただ海を見てやりたい――それだけの気紛れなんでしょうよ。
 幸いにして海はいくら見てもいやだとは言わない、見たければまだまだ奥があります、際限なくごらん下さい、とお銀様をさえ軽くあしらっている。山はそうではない、我が故郷の国をめぐる山々、富士を除いた山々は、みんな、こんなとぼけた面をしてわたしを見ることはない。奥白根でも、蔵王、鳳凰、地蔵岳、金峯山の山々でも、時により、ところによって、おのおの峻峭《しゅんしょう》な表情をして見せるのに比べると、海というものはさっぱり張合いがない――
 こうして、お銀様の頭が故郷の山川に向った折柄、不意に、天来の響がその頭上に下るの思いをしました。
「お嬢様、お嬢様」
 朗かな声で二声まで続いて聞えたのは、わが名を呼ぶもの。
 それは、海のあなたの伊勢の山河から来る声でもなく、後ろから我を追手の呼びかける声でもない、そうかといって西の出崎の松、東、呼続《よびつぎ》、星崎《ほしざき》の海から来る声であろうはずもありません。
 その声はまさに、うららかとも言ってよい、わが頭の青天の上から、妙楽《みょうがく》の如く落ちて来たものであることは、お銀様自身がよく心得ていました。ですから、
「なあに」
と、天を仰いでそれを受けとめなければならないほどの現実性をもって、鼓膜にこたえたものです。
「お嬢様、いったいあなたはどちらへいらっしゃる目的なんでございますか」
 その声がまた言いました。
「わたしは知らない」
 お銀様は、またしても、ついついこうあしらわねばならなくされました。
「おわかりでございますか、わたしは弁信でございますよ、わたくしの声はよくお分りになりましょうと存じますが、今、わたくしがどこにいるかということは、到底、あなたにもおわかりになりますまい」
「わたしは知らない」
 この瞬間、確かにお銀様は弁信の呼びかけた声を聞いたのです。だが、それが東西南北のいずれから呼びかけたかということは問題ではありません。お銀様は青天碧落の上を、やや昂奮の気持で眺めておりました。
 その時に、お銀様の眼の中にありありと浮び出でたのは、トボトボと有野村を立ち出でて行くところの、弁信の憐れな姿でなければなりません。
 かの如くして、我と行を共にし、縁を同じうし、ついには家を同じうし、ついには心も行動も投げ出して見せるほどの間柄になりながら、最後の対面の後、あの弁信を送り出す我が眼の中に一滴の涙もなかったことを、いまさら不思議に感じ出したものでもありますまい。
 甲州一番の自分の家を焼き亡ぼしても悔いないお銀様です。肉身を呪《のろ》い滅ぼしてかえって痛快を叫びたいお銀様が、どうして、弁信一人ぐらいが、つこうとも、離れようとも、心にかけるはずがない。
 それがこの時、弁信の姿を思い起した。誰も見送る人もなく、どこを当てということもなく、災後の有野の家を、ひとりトボトボと出た弁信の姿だけを、まざまざとお銀様は天の一方で見出したものです。
 ああ弁信! この時はじめてお銀様は、弁信というものの存在が、自分の生涯の上に不思議の存在であるということを感じたようです。なぜならば、今日まで自分の眼に触れ、耳に聞いているところの人間という人間は、二つの種類しかなかったのです。それは、愛する者と、憎む者の二つしか、お銀様は人間を見ることができませんでした。愛せんとして愛し得ざること故に、すべての人間がみんな憎しみに変ってしまったようなものでありました。
 ところが、弁信はどうです。お銀様自身は、弁信を愛しているとは思わない。弁信がいることによって、特に愛着と煩累《はんるい》とを感じたこともないが、弁信がいないことによっても、なんら自分の愛の生命の一片を裂かれたと感じたことはない。そうかといって、彼を憎んでいない証拠には、自分の家へ連れて来て、永らく生活を共にしていながら、ついぞ彼のお喋《しゃべ》りに干渉を試みたこともないし、彼をわずらわしく感じたこともないので知れる。すでに愛してもいないし、また憎んでもいないとすれば、いったいお銀様は今まで、弁信に対してのみ、どんな待遇を与えていたのか。
 自分ながらそれが今になってわからなくなっているのです。淡《あわ》いこと水の如き存在、薄いこと煙の如き存在が、今、鉄の如くお銀様の胸に落ちて来ようとしました。
 なぜ自分は、あんなに無雑作にあの小法師を逃がしてしまったのか、あのお喋り坊主は真そこ、わたしというものに愛想を尽かして出て行ったものか、但しは、自分の仕打ちが誰にもする例によって、自然、出て行けがしになって、ついに居たたまれずに、あの可憐な小坊主をさえ追い立ててしまったのか。
 なぜに弁信は出て行ってしまったのか、また、どうして自分がああも無雑作に弁信を出してしまったのか、その差別が今のお銀様にはわからなくなってしまいました。
 思い去り、思い来《きた》ると、いよいよ彼の存在が不思議でたまりません。今日までかの小坊主の如く、自分に向って真正面に抗弁をしきった者は曾《かつ》てないのです。親といえども一目を置いているこのわたしというものに向って、たとえ上長たりとも、一言半句、批判の余地と圧迫の行動を許したことはないのに、ひとりあのお喋り坊主のみは、わたしに対して無際限の減らず口を叩いた、あの小坊主の信じているところはいちいち、わたしに真反対でありながら、そうして事毎に論争を闘わしながら、それで、曾てあの小坊主に対して、一微塵ほどもわたしは敵意を抱いたということがないのは、今になって考えると、深重以上の不思議ではないか。といって、未《いま》だ曾《かつ》てあのお喋りに、わたしというものが言い負かされたと感じたこともない。もとよりそう感じなければこそ、彼の上に暴威を振舞うの理窟がなかったのだけれど――そうかといって、また向うが自分の我儘《わがまま》に屈服したとはどうしても感ずることができない、のみならず、彼のお喋りは多々益々《たたますます》弁じて、こちらが反感を起さないと同様に、彼の論難にも曾て、反感と激昂の調を覚えたことはない。
 それが、実は、今のお銀様のゆゆしき不思議な存在でたまらなくなりました。
 嫉妬、排擠《はいせい》、呪詛《じゅそ》、抗争は、いずれ相手があっての仕事である。
 強かろうとも、弱かろうとも、相手は相手である。勝とうとも、負けようとも、相撲《すもう》にもしようとし、相撲にもなると思えばこそである。比較を絶する大きな存在に向っては、嫉妬の施しようがないではないか。排擠の手のつけようがないではないか。呪詛の、呪文の書きようがないではないか。抗争の足場の試みようもない。
 今やお銀様は、弁信という存在が愛すべきものであるや、憎むべきものであるや、自分はまた彼を愛しつつ来たのであろうか、憎んで来たのであろうか、という差別もわからなくなってくると同様に、彼の存在が、徹頭徹尾、自分の相手でなかったということを感ぜずにはおられませんでした。彼が無辺際に大きくして、自分が相手にされなかったとすれば業腹である。そうではない、彼があんまり小さくして弱いものだから、自分の感情の中へ繰込むに足らなかったのだ。
 可憐なる存在物! その名は弁信。暴君としてのお銀様は、こうも評価して弁信を軽く見ようとしたけれど、召使の女の返答ぶりにさえ動揺する自分として、弁信をのみ左様に小さくして、自分が左様に大器であることに見るのは、常識が許しません。
 彼が無制限に喋《しゃべ》り捨てをした冗談漫語の中には、思い返せば、幾多の明珠があったのではないか。いやいや、その全部が、或いは及びもつかぬ偉大なる説教になっていたのではないか。自分はそれを極めて無雑作に取扱っていたまでではないか。極楽世界に棲《す》む子供には、瑠璃宝珠《るりほうじゅ》が門前の砂となっている。
 彼のお喋りの中に、こんなことの覚えがある――すべて感激に価することは、さほど大いなることではありません。我々生きとし生けるものの一刻も無かるべからざる太陽の光、出で入る息のこの大気、無限に流るるこの水――こういうものに対して、その恩恵を誰も感謝するものはないのに、一紙半銭の値には涙を流してよろこぶ。
 偉大なる徳は忘れられるところに存する――というようなことを、あのお喋りが喋って聞かせたことがある。
 十日飢えて一椀の飯の有難さを感ずる心を以て、この大千世界の恩恵に泣けるようになって、はじめて人間の魂が生き返る!
 というようなことをあのお喋りが言っていた。忘れなければいけない、忘れられなければいけない、忘れるところに総ての徳が育ち、忘れられるところにすべての徳が実るのだ――
 こんなことを、あのお喋りがよく言い言いしたものだ。
 もし、そうだとすれば、今までわたしに、一別来の安否をも存亡をも忘れさせていたあのお喋り坊主の存在は、わたしの触れて来た人間のうちの、最も偉大なるものではなかったか?
 そんなことでありようはずがない、そうだとすれば、最も忘れ得られない存在は、最も下等なものとなるのではないか。
 わたしにはそれがあるのよ――憚《はばか》りながらここに至って、お銀様はまた冷笑を以て答えようとしました。
 淡きことは水の如く、薄きことは煙の如き存在に比べて、熱いことは湯のように、重いことは鉛のように、濃いことは血のように、旺《さか》んなることは潮《うしお》のように、今もこうしてわたしの身肉に食い入って、わたしをこんなに浮動させている悩ましいこの存在を、お前は知らないの?
 あの人の身は冷たいけれども、骨は赤い焼け爛《ただ》れた鉄のようです。あの熱鉄が、ひたひたとこの肌に触れ、この身内がその時に焼かれる、あの濫悩、この黒髪がどろどろの湯になって溶ける悩楽を知るまい。幸内が好きだったのは、どうにでもこちらの自由になるから好きだったのだ。あの人のはそうではない。あの人はわたしをなぶり殺しにするつもりで、わたしを弄《もてあそ》ぶから、それで好きなのだ。だから、わたしもその気になって、あの人の骨身を湯のように溶き崩してやるつもりであの人と取組んだ。弁信さん――お前なんぞが知ったことじゃないよ。
 どこへ行こうとわたしの勝手じゃないか。わたしの方でもまた、弁信、お前なんぞが出ようとも、留まろうとも問題にはしていないが、あの人には逢いたいよ、あの人ばっかりは放せない、目の見えない人が好きなのだよ、わたしは……
 お銀様の眼は、やはり天の一方を睨めながら、冷然として、こういって言い返してやったつもりだが、昂奮がおのずから形に現われて、お高祖頭巾がわなわなと慄《ふる》えているのを見る。
 その時に、お銀様の頭脳いっぱいに燃えたったのは、躑躅《つつじ》ヶ崎《さき》のあの九死一生の場面と、染井の化物屋敷でどろどろにもつれ合ったあの重苦しい爛酔、瞑眩《めいげん》、悩乱、初恋は魂と魂とが萌《も》え出づるものだそうだけれども、魂と魂とが腐れ合って、そこから醗酵する快楽!
 それが忘れられない。
 弁信さん、せっかくだけれども、わたしはお前さんのことを考えているのではない、あの人のことを忘れられないでいるのよ。お前さんはどこへ行って、これからまた何をお喋りして歩こうとも、わたしは妨げない、わたしはわたしとして、好きな道を行くんだから、いいのよ。
 だが、それにしては、いったい、今度の旅は何だろう。あのお角という鉄火者《てっかもの》が、父を口説《くど》き落したその口車に自分も乗せられて、つい引張り出されただけの旅ではないか。
 あの鉄火者が、果してどこへわたしを連れて行こうというのだ。あの女に導かれていい気になっているつもりはないが、やっぱり行く先の目的――名所古蹟が何です、それをたずねて生字引になるはずでもないでしょう。山や水がちょっとばかり取りすまして見せたところで、それが何です。英雄だとか、豪傑だとかいう片輪者が、臍《へそ》を曲げたとか、腰をかけたとかいう名所古蹟なんていうものを見て歩いてどうなるのです。変った人間の顔を見たいのなら、二十五座の神楽師《かぐらし》に面揃《めんぞろ》いをさせて見た方がよっぽど手間がかからない――こんな無意味な旅行を、あんな頭の空っぽな女親方を案内にして歩いて、それで自分というものが慰められているほど、わたしというものはお人好しなのかしら。ああ、つまらない! ああ、無意味と索漠を極めた旅というものよ!
 わたしは、極暑のうん気の中に、巣鴨の伝中の化物屋敷の古土蔵の中を閉めきって、針で指を刺したあのどろどろの生活がいいのだが、ああ、その相手がいない、その人は今どこへ行っている、その行方《ゆくえ》を誰が知っている?
 わたしは今、引返して、その人をたずねて、あの苦しみを取戻さねばならない、それにしては出立が違っていた、もう一足も、こんな旅は続けられない。
 お銀様の悩乱と昂奮は、ついにここまで到着しましたけれど、お銀様は米友ではありません。米友ならば、昂奮した時がすなわち行動に移るの時であるけれども、さすがにお銀様にはその余地があります――
 ただ、旅行というものを極度に忌避《きひ》する一念がこうまで昂上してみれば、今後のことは時間の問題のみであります。熱火に溶け行くような胸と腹を抑《おさ》えつつも、つとめて冷然と立っているのがお銀様の一つの習い性でなければなりません。

         十一

 そうしているお銀様の足許へ、その腰のあたりまでしかない一つの小さい物体が現われました。
「モシ、桑名からの二番船はまだ着きませんですか」
「え」
 思いを天上にのみ走《は》せていたお銀様が、ぎょっとして眼を地上におろすと、これはまた、天上に空《くう》なる今の弁信の生《しょう》の姿が、現実にここへ落ちて来たかと思われるばかり――よく見ればもとより違います。弁信よりは、もう少し稚《ちい》さい、十一二歳でもあろうか、やっぱり弁信と同じことに頭を円めて、身に法衣を纏《まと》っているが、弁信と根本的に相違しているのは、あれはあれでも男僧の身でしたが、これは女の法体、一口に言ってしまえば尼さんです。そうして弁信のように、永久にその眼を無明《むみょう》の闇に向けられているというような不幸な運命に置かれていないで、比較的利口そうな、そうしてぱっちりした眼をもった、世の常ならば、美しいといった方の女の子であるが、頭上から奪い去った黒いものと、身に纏わされた黒いものとが、少女としての華やかさをすべてにわたって塗りつぶして、その小さい手に持ち添えた数珠《じゅず》までが哀れを添える。
 この小尼は、こんどは海の方を眺めながら、再びお銀様に問いかけました、
「桑名からの二番船がまだ着きませんですか」
「まだ着かないでしょう、ほら、あの生簀《いけす》の向うに大きな帆が見える、あれがそれなんでしょう」
「そうでございますか、では、程なくこれへ着きますなあ」
「風が追手だから、まもなく着きますよ」
「左様でございますか」
 小尼はおとなしく、入船の白帆をまともに眺めて待っている。
 お銀様はそこでちょっと頭脳を転換させられたけれども、ただなんとなく、急に立去り難いものがある。せめて、あの船の着くのを見ていてやりたいような気分から、傍《かた》えの小尼を相手に暫くの間――
「お前さん、あの船で来る人を待っているの?」
「はい、お父《とっ》さんが、たぶんあの船でいらっしゃるだろうと思います」
「そう……」
 お銀様はなにげなく受けたけれども、この小尼が言ったお父さんという言葉が、異様な感じをもって聞えました。
 いとけないのに尼さんにされるほどの運命を持った人の子というものには、どうせ温かい親というものの観念からは遠かろうと思われるのに、父を待ちこがれるらしいこの子のそぶりを異様に感じながら、お銀様は桑名戻りの船を見ている。小尼もまた同じようにして、お銀様の傍を離れようとはしない。船はようやく近づいて来る。船が着くと、河岸一帯がどよめいてくる。お銀様は、乗込みの先を争うわけではなく、到着の人を待ち受けるわけではないけれども、それでもその動揺の空気につれて、なんとなくわが心もどよめいてくる心地がする。
 その時、固唾《かたず》をのんでいた小尼が、お銀様の面《かお》を見上げるように言いました、
「モシ、わたしのお父さんが通りましたら、お知らせ下さいましな、ツイ、わたしが見はぐれるといけませんから、どうぞあなた様にもお願いいたします」
「でも、わたしはお前のお父様を知りませんよ」
と、お銀様が正面を切りながら答えたのは当然でした。
「わたしのお父さんは、色が黒い方で、背は低い方で、身体も痩《や》せていますが、ただ、この額のところから頬のところへかけて、大きな創《きず》がございます、若い時に、木を伐《き》りに行って怪我をした大きな創がございます」
 数珠《じゅず》で自分の額を撫で、こう言いながら、またお銀様の面を見上げました。その時にお銀様は、自分の面をそむけるような形で、
「では、お前さんの方で気がつかないうちに、お父さんがお前さんを見つけるでしょう」
「いいえ、お父さんは、わたしが迎えに来ているということを知らないでしょう」
「それでは、大きな声で呼んでごらんなさい」
「でも……」
 小さな尼は口籠《くちごも》って、
「でも、お父さんを呼びかけることが、あの人の為めにならないかも知れません……どうぞ後生《ごしょう》ですから、小柄な、面の黒い、そうして額際から頬へかけて大きな創のある人にお気がつきましたら、おっしゃって下さい、わたしも一生懸命見ていますから」
 お銀様は、小さな尼の頼みと、その口から父の人相の説明を聞いて、なんとなく刺されるようなものを感ぜずにはおられませんでした。
 ことに、顔面に大きな創を持った小柄の色の黒い男――小柄の色の黒い男だけではたずね人の目安にならないが、額から頬にかけて大きな創を持ったという男は、そうザラにあるものではない、それは見違えようとしても見違えられない特徴。
 人に顔を見られることを厭《いと》うお銀様は、同時に人の顔を見ることをも嫌いましたけれど、この偶然の場合では、頼みを聞いてやるやらないに拘らず、ここに立っている以上は、人の顔を注視してあらためなければならぬ役目を遁《のが》れられないもののようになる。
 船は確実に到着して、甲板の拍子木、やがておもちゃ箱をひっくり返したような人出、波止場を上る東海道中諸国往来風俗図絵――
 薬籠《やくろう》を一僕に荷わせたお医者。
 二枚肩の長持。
 両がけの油箪《ゆたん》。
 箱屋を連れた芸妓が築地の楼へ褄《つま》を取って行く。
 御膳籠《ごぜんかご》につき当りそうな按摩さん。
 一文字笠に二本差した甲掛《こうがけ》草鞋《わらじ》の旅の武士。
 槍持に槍を持たせて従者あまた引連れたしかるべき身分の老士。
 鉄鉢の坊さんが二人づれ。
 油屋の小僧が火と共に一散に走る。
 杖に笠の伊勢詣りたくさん。
 気の抜けたぬけ参りの戻り。
 角兵衛獅子の一隊テレンテンツク。
 盤台を天秤《てんびん》にして勢いよく河岸へ走る土地の勇み。
 犬が盛んに走る。

         十二

 お銀様もそぞろに人を見ることの興味にかられていたが、その前後に、どちら附かずの妙な旅人が二人三人ずつ、この高燈籠《たかどうろう》の下へ寄って来て、今やお銀様と小さい尼が一心に前面の人を見ているその背後のあたり、しきりにこの高燈籠の構造を評判しておりました。
「この高燈籠は、犬山の成瀬様がお建てになったのだが、昔はこの燈籠のおかげで出船入船が助かりましたが、今は功徳のしるしだけで、実際に用いません」
「ははあ、これが名代《なだい》の成瀬様の高燈籠……」
「二代の隼人正様《はやとのしょうさま》が正成公《まさなりこう》の御遺命によってお建てになったのです、寛永二年の昔」
「なんにしても結構な思召《おぼしめ》しだ、ここにその謂《いわ》れが刻んである、依二[#「二」は返り点]于亡父成瀬隼人正藤原正成遺命一[#「一」は返り点]而正房所二[#「二」は返り点]営建一[#「一」は返り点]也、并寄二[#「二」は返り点]五十畝之田地於太子堂一[#「一」は返り点]以為二[#「二」は返り点]膏油之資一[#「一」は返り点]、と読みますかな」
「その通り、燈明料としては須賀の浦の太子堂へ田地を御寄附になったが、今はそれが神戸町《ごうどまち》の宝勝院の方へ引移されている」
 こんな会話を交わしながら、古碑でも探る気持で、燈台の石垣を撫でまわしているのが、この際、お銀様の耳障《みみざわ》りになりました。
 桑名戻りの船が着いたとあってみれば、今も言う通り、乗込みを争うわけでもなく、到着を待ちわびる人でなくても、下船して来る旅人の上陸ぶりに好奇の目を向けて見るのが通常の人情であるのに、このやからは一向その方に頓着なしに、燈籠のある部分を撫でてみては頻《しき》りにその故事来歴なんぞを説明していることがキザだと、お銀様のカンにさわったのでしょう。その途端のこと、
「あ、お父《とっ》さん!」
と小さい尼が叫びました。狂喜の声のうちにも高い叫びを慎《つつし》んだもののようですが、その声でお銀様も改めて人混みの中を見渡したけれども、急にそれらしいものを認めることができませんでした。
 何とならば、唯一の目標とするのは、その顔面の大きな創《きず》ではありといえ、それほどの創を持つ人が、自慢で見せて歩くとも思われない、よし自慢にすべき向う創であっても、そこは道中のこと、笠もあれば、頭巾もあろうというもの、どれをそれと小さな尼が呼んだのか、お銀様には分りませんでしたが、心走りに走り出した小さな尼が、
「お父さん――」
 ついに一人の男の人をこの子がとらえてしまいました。見れば、なるほど、小柄で、そうして背が低いには違いないが、その身体《からだ》は桐油《とうゆ》の合羽《かっぱ》でキリリと包んでいるし、質素な竹の笠をかぶり、尋常な足ごしらえをしているものですから、お銀様に先手《せんて》の打てようはずがありませんでした。
 しかし、この幼尼からとらえられた時に、笠と合羽の主は、ハッと物に打たれたように向き直って見た瞬間、お銀様も、確かに、その人相を見てとりました。厳しい顔であると思いました。厳しいというのは、その尋常な田舎老爺《いなかおやじ》としてのこしらえに比較してみて言うことで、なるほど、赤銅色《しゃくどういろ》に黒ずんだ顔面の皮膚の下の筋肉は鋭いほどに引締っている。同時にその金看板であるところの、額から頬へかけての創が稲妻のような鋭いひらめきを見せないではいない。
 その瞬間――お銀様は、この創は決して、若い時に木を伐《き》りに行って受けた創ではないということを直覚しました。第一、この隙間のない小柄な男が、木を伐って、その伐られた木に仕返しをされるまで、便々と待っているような男であり得るはずがない。
 こう、直覚的にお銀様の眼に映った時に、一方、その機会に、ふっつりと、今まで自分の背後にペチャクチャと燈籠の故事来歴を囀《さえず》っていたキザな声が止んでしまったことも、かえって耳障りでした。
 さいぜんの悠長さでは、この燈籠の台石の分析から、石工の詮議《せんぎ》までもしかねないと見えたのに、ここに至ってふっつりとペチャクチャが中絶されてしまったのは、ペチャクチャと囀っている以上に耳ざわりになったものですから、前のを一太刀受けて、直ぐに後ろへ切り返すような心持にせかれてお銀様が、ふとこの背後を振返って見ると、今まで漠たるペチャクチャを囀っていた旅の者――誰が見ても通常の東海筋の伊勢参りとしか見えなかった二人の者が、同時にその被《かぶ》っていた笠を払い落した途端で、そうして同時にキラリと懐中から光り出したものは、房の附いた十手というものであることを、お銀様の鋭敏なる眼に認められてしまいました。
 この二つの十手は、お銀様の目の前をかすめて隼《はやぶさ》のように飛んだと見れば、今し、父と呼びかけられて、いじらしい小さな尼に縋《すが》られた当の男、すなわち顔面黒くして、額から頬にかけて、決して伐り倒した木のために復讐されたのでないところの金看板を有する右の男に、左右からのしかかって飛びついたことです。
「あっ!」
 その時、左の方から飛びかかった十手が、あばらのあたりを抑えてうしろへのけぞってしまいました。
 けれども、右の方の十手によって、被った笠が叩き落されて、その利腕《ききうで》を取られていたのです。
 が、その利腕をひっぱずすと共に、十手を突き倒しておいて一目散に逃げ出しました。
 この、ほんの一瞬間の出来事の顛末を最もよく見たものはお銀様でありましたが、忽《たちま》ちその波紋が拡大すると、波止場の全体をひっくり返すだけの力がありました。
 その群衆の間を、隼のようにくぐり抜けて走る笠無しの創《きず》の男――それは同時に西浜御殿の塀の下にいた同じような伊勢参りのいでたちが、笠をかなぐり捨てて、形の如く十手を取り出して立ちふさがると、また一方、海岸にいた巡礼六部姿のやからまでが皆、懐中から十手を取って、その仮装をかなぐり捨てたのは、キンキンと音のする捕手の腕利きに違いない。同時にまた、いつのまにか、火消、纏持《まといもち》が、すべての非常道具を持ち出して、町角辻々を固めてしまう。
 ここで全く右の小柄の男を袋の鼠にして、この築地海岸一帯を場面としての大捕物がはじまることとなる。
 群衆の沸騰と興味は思いやるばかりです。相当の距離に立ちのいて、喧々囂々《けんけんごうごう》の弥次を飛ばすところを聞いていると、
「ありゃ、味鋺《あじま》の子鉄《こてつ》ですぜ」
「ああ、子鉄もいよいよ年貫の納め時か」
「こう囲まれちゃ、もう仕方がおまへんな――こうなると子鉄も、哀れなもんやなあ」
「だが、子鉄は腕が利いとりますからな、お手先の旦那方も、只じゃあ、あの鼠は捕れませんや」
「ごらん、はじめに子鉄を抑えた旦那が、ああして苦しんでおいでなさる、はっと飛びかかった時に、子鉄の右の臂《ひじ》であばらへあてられたんです」
「子鉄も子鉄だが、あんなのにかかっちゃ旦那方もつらい」
 子鉄、子鉄と呼ぶ、あの男が子鉄というものであることは、土地ッ子の証明によって、もう間違いのないところだが、子鉄の何ものであるかを説明している場合でないと見え、その性質は旅の人には分らない。
 無論、お銀様にもわからない。

         十三

 これを知らないもののために、一応その素姓《すじょう》を物語ってみると、ここに子鉄と呼ばれている当人は、有名なる侠客、会津の小鉄でないことは勿論《もちろん》だが、さりとて、会津の小鉄を向うに廻しても名前負けのする男ではなかったのです。
 生れは城外、味鋺村《あじまむら》の者で、その名は鉄五郎――父も鉄五郎といったから、そこで子鉄が通称となっている。
 名古屋城外で窃盗《せっとう》を働いて、敲《たた》きの上、領内を追われたのを皮切りとして、捕まってまた敲きの上に追放――その間に同類をこしらえ、ある時は一人、ある時は同類と、諸方を荒し廻っているうちに、好んで尼寺を犯したということだ。金品の被害のほかに、こいつの凌辱《りょうじょく》を蒙った無惨な尼たちが幾人あるか知れない――そのうちに、露見し、捕手二人を傷つけたが、ついに搦《から》め取られて入牢《じゅろう》の身となったのが、安政年間だとかいうこと。
 牢内では牢名主をつとめて、幅を利《き》かしていたが、やがて獄門にかかるべき斬罪を予期し、某月某日の夜、子鉄が巨魁《きょかい》となって破牢を企てた。その党に加わるもの三十人、かねがね牢番を欺いて用意して置いた、鑿《のみ》、縄梯子、丸に八の字の目印と、町役所と認《したた》めたそれぞれの弓張提灯を携え、衣類、十手、早縄まで取揃え、牢を破って乗越えた上に、これらの道具立てで、捕手の役人になりすまし、大手を振って逃げのびて、その夜、堀川通りの小寺宇右衛門ほか二カ所の屋敷を襲うて、金銀、衣類、刀剣を奪い取り、そうして、おのおの思い思いに高飛びをしたという。
 それが、今日まで厳密なる探索の手にかからず、全く消息を絶っていた。ある時は遠州秋葉山の下で見た者があると言い、ある時は駿河の興津《おきつ》に現われたなんぞと噂《うわさ》には出たが、かいもく行方が知れなかった。その兇賊が、今日という今日、網の目にひっかかったのだ。
 というわけですから、盗賊も尋常一様の盗賊とは違い、土地の人気を聳動《しょうどう》させるだけの価値はある。自然、捕方の役人たちの、ここにいたるまでの苦心惨憺も思いやらるると共に、ここにいたっても、なお且つ安心せられざるものが多分にあると言わなければならぬ。どのみち、こうまで袋の鼠としてしまった以上は、どう間違っても逃しっこはないのだが、とどめを刺すまでには相当の犠牲を思わねばならぬ。なるべく最小の犠牲をもってしたいことは卑怯の心ではない、自然、最初は劇《はげ》しいかけ声と共に、遠巻きに巻いて圧迫を試みて行くだけの戦略ですが、囲む者も、囲まれるものも、またそれを眺むるものも、真蒼《まっさお》です。
 笠の台だけを残して、それをまだ解き捨てる余裕のない創男の兇賊子鉄の頭は、常ならばいい笑い物ですけれども、笑うものなどは一人もない、捕方も、見る者も、眼が釣上り、面《かお》が真蒼《まっさお》になって、息がはずんでいるばかりです。
 お銀様は、囲まれた子鉄の面を、真正面からまざまざと見ることができました。
 不思議なことには、この時、群衆の中に起った一種の同情が、捕方の上よりは、むしろ囲みを受けた味鋺《あじま》の子鉄の上に注がれて来たようです。
 直接、間接に、名古屋城下がこの一兇賊のために、どのくらいの恐怖と迷惑とを蒙らせられたかわからないのに、こうなってみると、子鉄も憐れなものだ! と、一種の同情心のようなものが湧くのを如何《いかん》ともすることができないようです。
 赤銅色《しゃくどういろ》に黒ずんだ面に、額から頬までの大創を浮ばせ、それに、笠を飛ばされて台ばかり紐で結えた面構え。誰も笑う者はないが、自分が一種名状すべからざる皮肉の色をたたえて、ニヤニヤと笑っている。笑っているのではなかろうが、笑っているように見える。
 その間に、ジリジリと押す捕方のすべては、いよいよ真蒼になって、髪の元結《もとゆい》が刎《は》ね切れたものさえあるようです。
 手に汗を握り、固唾《かたず》を呑んでこの活劇を見物している群衆さえ、今は緊張の極になって、泣き出しそうになっている切羽《せっぱ》に、子鉄の両手が、今まで手をつける余裕さえなかった、例の笠の台だけを結んだ紐のところへかかると共に、
「恐れ入りました、味鋺の子鉄の年貢の納め時でございます、お手向いは致しませぬ、神妙にお縄を頂戴いたします」
 早くも笠の台を引っぱずして、後ろに投げ捨てると共に、バッタリと大地にかしこまって、丁寧に両手をついて頭を下げたものです。
 この光景が、すべての緊張しきった空気を一時に抜いてしまいました。前面に向った捕方のうち、卒倒したものがあります――観衆は暫くしてみんな一時に声をあげ、なかには声を放って泣く者さえありました。
 けれども捕方は、まだ軽々しく近づくことをしませんでした。子鉄ほどの者だから、息の根を止めてかかっても油断はならない――
 大地へ両手を突いて、頭を下げた子鉄は、その時に懐中へ手を入れて取り出して、二三間ばかり向うへ投げ出したのが一口《ひとふり》の短刀です。
「因果は争われないものでございます、尼にされた我が子の囮《おとり》で、子鉄がお縄を受けることになったのが運の尽きでございます、今まで子鉄のした悪事という悪事のうち、仏に仕《つか》える尼さんをいじめた、それがいちばん悪うござんした――仏罰でござんす、全く恐れ入りました」
 そうして両手を突いた中へ瘢面《はんめん》をつき込んで、下を向いたきりです。
 立往生をしてしまった弁慶でさえ怖くてちかよれないのだから、恐れ入ったとは言いながら、生きて手足も動かせるようになっているこの男の傍へ、誰も暫くの間は近づけなかったのも無理はないが、やがて圧倒的に抑えてみると、この兇賊は、ほんとうにたあいなく縄にかかってしまいました。
 この場合、たあいなく縄にかかったということが、見ている人の総てをまた圧倒的にしてしまいました。
 こうして兇賊が引き立てられ、場面が整理され、群集が堵《と》に着いた時分、例の高燈籠《たかどうろう》の下で小さな尼を介抱しているところのお銀様を見ました。
 そうしている時に、ハッハッと息を切った声で、
「お嬢様じゃございませんか、いやはや、お探し申しましたぜ、表通りはあの騒ぎでござんしょう、裏へ来て見るとまた捕物騒ぎ、気が気じゃございません」
 ハッハッと息をついて、しきりに腰をかがめているのは、お角がおともにつれて来た庄公です。

         十四

 道庵先生も、人間は引揚げ時が肝腎だ、ぐらいのことはよく知っておりました。
 名古屋に於ける自分というものは、時間に於ても、行動に於ても、もう、かなりの分量になっていることを知り、待遇に於ても、名声に於ても、むしろ過ぎたりとも及ばざるのおそれなきことをたんのう[#「たんのう」に傍点]したから、もうこの辺で名残《なご》りを惜しむ方が、明哲《めいてつ》気を保つ所以《ゆえん》だと気がつかなくてはならないはずです。
 そこで、米友に向っても出立の宣告をしておいて、今日明日ということになって、計らずも一大事件が突発して、道庵をして引くに引かれぬ羽目に置き、更に若干、出発のことを延期させねばならないことに立至りました。
 というのは、医学館の書生で津田というのが、このごろ、飛行機の発明に凝《こ》り出して、もうほとんど九分八厘まで仕上げたから、この際ぜひひとつその完成を道庵先生に見届けてもらい、且つその試験飛行の際には同乗が叶《かな》わなければ、せめて式場へ参列なりとしていただきたいという、切なる希望を申し出でたからであります。
 この津田生は、どうしたものか、医学館の講演以来、ほとんど崇拝的に道庵先生に傾倒して来たものですから、道庵も可愛ゆくなり、ことにその熱心な科学的研究心に対して、どうしても、道庵先生の気象として、その希望を刎《は》ねつけるわけにはゆかなかったのです。で、いよいよ明日あたりは出発という時に、またまた数日の延期を宣告して、せっかく旅装の宇治山田の米友を苦笑させました。
 この当時に於て、飛行機の研究及び製作ということは、いかにも突飛のようでありますけれども、突飛でも、空想でもなく、実際に道庵先生を首肯せしむるだけの科学及び技術上の根拠を持っているのでした。
 津田生は、どこからこの発明の技術を伝習したか、とにかく、製作に於ては、或る先人の設計を土台としそれに幾多の創意を加え、工夫を凝《こ》らして、工場を自邸内に設け、ほとんど寝食を忘れてそれに尽しておりました。
 そもそも、津田生が飛行機の発明を企てるに至った最初の動機というものは、例の柿の木金助が凧《たこ》に乗って、名古屋城の天守の金の鯱《しゃちほこ》を盗みに行ったという物語から起っているということです。事実の有無《うむ》はわからないながら、幼な物語に柿の木金助の一くだりを聞いたり、夢想兵衛のお伽噺《とぎばなし》を吹き込まれたりしているうちに、人間は機械を用いさえすれば、空中の飛行も決して空想ではないという信念を立てるに至りました。
 そうして、医学館に通って解剖を研究するうちに、どうしても飛行機の標準は、鳥類の骨格を研究することから始めなければならぬと覚りました。そうして、船はいかに進歩しても魚の形を出づることはできないように、鳥の形を無視しては飛行機の実現は覚束ないものだという原則を摘《つま》み出しました。
 そのうちに、ふと菅茶山翁《かんさざんおう》の「筆のすさび」という書物を見ると、こんなことが見出されました――
[#ここから1字下げ]
「備前岡山表具師幸吉といふもの、一鳩をとらへて其身の軽重、羽翼の長短を計り、我身の重さをかけくらべ、自ら羽翼を製し、機を設けて胸の前にて繰り搏《う》つて飛行す、地より直ぐに※[#「風+昜」、第3水準1-94-7]《あが》ることあたはず、屋上よりはうちて出づ。ある夜、郊外をかけ廻りて、一所|野宴《やえん》するを下に視《み》て、もし知れる人にやと近より見んとするに、地に近づけば風力よわくなりて思はず落ちたりければ、その男女驚き叫びてにげはしりける。あとには酒肴さはに残りたるを、幸吉飽くまで飲食ひしてまた飛ばんとするに、地よりはたち※[#「風+昜」、第3水準1-94-7]《あが》りがたき故、羽翼ををさめ歩して帰りける。後にこの事あらはれ、市尹《しゐん》の庁によび出され、人のせぬことをするはなぐさみといへども一罪なりとて、両翼をとりあげその住巷を追放せられて、他の巷《ちまた》にうつしかへられける。一時の笑柄《わらひぐさ》のみなりしかど、珍しきことなればしるす、寛政の前のことなり」
[#ここで字下げ終わり]
とある。これを仮りに寛政のはじめ(西暦一七八九年)と見れば、道庵現在の時より約八十年の昔のことで、西洋ではじめてグライダーを作った独逸人《ドイツじん》オットー・リリエンタールの発明が一八八九年とすれば、それは日本の明治二十二年に当るから、これより先、徳川十一代の将軍|家斉《いえなり》の寛政のはじめ、一七八九年に、すでに日本の岡山にグライダーを作って成功した人があったという事実は、驚異すべきものに相違ない。日本の鎖国の泰平が、斯様《かよう》に、無名の科学的天才も圧殺してしまった例は他にも少なくないと考えられる。
 岡山の幸吉の事績によって、津田生は、金助や、弓張月や、夢想兵衛のロマンスと違った、科学的技術者が日本に厳存していたことを知ると共に、苦心惨憺して、すでに没収され、湮滅《いんめつ》せられた幸吉のあとを探ったものと見えます。
 幸いなことには、津田生は父祖伝来の家産を豊かに持っていたから、研究費には差支えることは免れたが、不幸なことには、この熱心な発明慾が周囲の誰にも諒解《りょうかい》されないのみならず、それに冷笑と詬罵《こうば》とが注がれたことは、古今東西の発明家が味わった運命と同じことでありました。
 しかし、それらの誤解と、冷笑と、詬罵の間に、津田生が超然として発明製作の実行に精進していたことは、少なくとも古今東西の発明家の持つ態度と同じものでありました。
 しかし、こういう意味の孤立も、孤立はやっぱり孤立だから、知己のないということを津田生も相当に淋しく感じていたことに相違ない。ところが、このたび江戸から流入して来た先生、賢愚不肖とも名状すべからざる狂想を演じつつある先生だが、ドコかに津田生が惚れ込み、ある席上でこの話を持ち出してみると、皆まで聞かず道庵が双手を挙げて賛成してしまいました。
 えらい! 日本にもそういう若いのが出なけりゃあならねえと承和の昔から、道庵が待ち望んでいたのがそれだ、万物の霊長たる人間が、鳥類のやることが出来ねえということがあるものか、異国を見ねえ、第一あの黒船を見ねえ、鉄砲を見ねえ、早撮写《はやとりうつ》しの機械を見るがいい、切支丹の魔術でもなんでもねえんだ、みんな理窟から組み立てて行って、理詰めにして編み出した仕事なんだ、荘周や馬琴なんぞは甘めえもので、ありゃお前《めえ》、頭のてっぺんから出たうわごと[#「うわごと」に傍点]に過ぎねえが、異国のやつらときた日にゃ、いちいち物を理詰めに見て行くからかなわねえ、お前たちは知るめえが、(その実、先生もどうだか)このごろ異国のやつらは蒸気車というやつをこしらえやがったぜ、つまり陸蒸気《おかじょうき》さ――黒船を陸《おか》へ上げて蒸気の力で車を走らせようというんだから変ってらあな、只は動かねえよ、陸の上へ鉄の棒を二本しいて、その上をコロコロッと転がすんだ、そうすると瞬《まばた》きをする間に千里も向うへ突っぱしってポーッと笛を鳴らすという仕掛なんだぜ、そりゃお前、途中の山だって、川だって、その勢いでみんな突き抜いて通るんだぜ。
 だから、お前、その伝で理詰めに機械さえ出来りゃ空が飛べねえという話があるものか、海の上だってああして黒船が突っ走るじゃねえか、陸の上だって、山のドテッ腹を蹴破って陸蒸気が通らあな、水も山もねえ空の上を走るなんぞは朝飯前の仕事でなけりゃあならねえのを、人間というやつ、何か落ちてやあしねえかと下ばっかり見て歩くもんだから、今もって鳥獣の真似《まね》もできねえんだ、津田君がそこを見てとって、一番、新手を出してくれようというのは、いいところに気がついたものだ、さすが金の鯱《しゃちほこ》が空の上へ吊し上っている名古屋ッ児だけある。
 こういうような趣意で激励するのみならず、道庵が津田生の私設工場へ飛んで来て、実際を検分し、その器械の要所要所の説明を聞きながら、同時に忠告を加える要点に、侮り易《やす》からざるものがありました。あんまりふざけきって、子供だましのような激励には恐れ入らざるを得なかったが、実際、機械を見せて批評と技術の講釈に至って見ると、津田生も舌を捲くような痛いところを道庵がいちいち利《き》かせてくれるものですから、道庵先生に対する興味と尊敬をいよいよ加えてくると共に、世上すべて無理解の中にあって、かりそめにもこういう知己を得たということが、百万の味方を得たと同様な勇気になって、いちいち先生先生と道庵の意見を仰いだものですから、いったん引下った道庵の熱がまた増長してしまい、このごろでは、もはや夜も昼も津田式飛行機製作所に入浸りの有様で、この分では飛行機が完成されない限り、道庵の旅行は無期中止という結果になるかも知れないのです。

         十五

 津田生の満足は、たとうるに物もない有様だが、いい面《つら》の皮なのは宇治山田の米友です。
 せっかく意気込んだ出鼻をこれに挫《くじ》かれたのみならず、更に幾日かかるか測り知られないこの無期延期の期間中は、津田生の製作所に入り浸っている道庵先生のために、毎日一度ずつ弁当を運ばねばならぬ役目まで背負わされてしまいました。
 しかし、また一方には、この米友の不運を緩和するに足る一つの有力なる事情もありました。
 それというのは、例の親の毛皮を慕う小熊を、首尾よく自分の所有とすることができたので、これに就いてはお角さんが香具師《やし》の方へよく渡りをつけてくれ、道庵先生が大奮発で、なけなしの財布を逆さにしてくれたればこそで、この点に於ては米友も、親方としてのお角さんに頭の上らないこと以前の如く、恩師としての道庵に一層の感謝を捧げなければならないことになり、斯様《かよう》な独断な、乱暴な無期延期を申し渡されても、その不平が幾分か緩和されて、
「ちぇッ、やんなっちゃあな」
と舌打ちをしながらも、熊を入れた鉄の檻の前にどっかと坐りこんで、熊に餌をやりながら、御機嫌斜めならぬものがあります。
「それ、何でも好きなものを食いな、遠慮は要らねえよ、お前は今日からおいらの子分なんだ――いいかい、おいらはお前をムクしゅう[#「ムクしゅう」に傍点]の身代りだと思って大切にしてやるから、お前もムクだけのエラ物《ぶつ》になりな。実際ムクはエラかったぜ、あのくらいの犬は人間にだってありゃしねえや」
と、米友は檻の前へ、勝栗だの、煎餅《せんべい》だの、甘藷だの、にんじん[#「にんじん」に傍点]、ごぼう[#「ごぼう」に傍点]だのと、八百屋店のように押並べて、片っ端からそれを与えつつ訓戒を加えるのでありました。この小熊に向って訓戒を加える時には、いつもそのお手本に出されるのが、ムク犬のことであります。
「ムクを見な!」
 事実、米友は心からこの子熊をムク犬のように仕立てたいのでありましょう。そうしてお君もいないし、ムクも行方《ゆくえ》がわからない今日このごろは、せめてこの小熊の成人――熊――によって、自らを慰めようとする切なる心もないではないのです。
 ところが――熊は熊であっても、猛獣としては日本第一であり、犬よりも段違いであるところの熊でこそあっても、その素質としては、どうも米友の期待するようにばかりはゆかぬと見え、せっかく米友が訓戒を加えている時に、そっぽを向いて取合わなかったり、どうかすると、しゃあしゃあとして放尿をやらかしたりするかと見れば、食物をあてがうと遠慮なく手を延ばして来る。
「やいやい、ムクはそんなじゃなかったぜ、ガツガツするなよ、お行儀よくしてろ、お前にやるといって持って来たものだから、誰にもやりゃしねえ。やい、手前、ほんとうに行儀を知らねえ奴だな、ムクはそうじゃなかったぜ、てめえ食えと言わなけりゃ、お日待の御馳走を眼の前に置いたって手をつけるんじゃねえや、身《み》じんまくだって、いつ、どこへ行ってどうして始末をして来たか、ちっともわからねえくらいのものだ。それに手前ときた日にゃあ……」
 米友はこう言って呆《あき》れ返りながら、それでも癇癪《かんしゃく》を起さず、
「まあ、仕方がねえや、ムクなんて犬は広い世間に二つとある犬じゃなし、それにもう年を食ってるからな、物事を心得ていらあな。手前はまだ若いから無理もねえといえば無理もねえのさ」
 米友としては、つとめて気を練らして、食物を与えることから、おしめ[#「おしめ」に傍点]の世話までして育ててやることにしている。
 米友のこの稀有《けう》なる心づくしが少しもわからない子熊は、食物をあてがわれる時のほか、恩人を眼中に置かず、排泄《はいせつ》の世話まで米友に焼かせているくせに、ちょっと眼をはなせば脱走を試みたがって油断もスキもならない。先日、道庵の講演の席を滅茶にしたのも、実は米友として、熊の素質をムクを標準に信じ過ぎたものだから、あんな結果になった。
 米友としては、檻を出して、座敷へも、庭へも、連れ出して遊ばせてやりたくもあるし、また足柄山の金太郎は、絶えず熊と角力《すもう》をとって戯れていたということだから、子熊ではあっても、熊というやつがどのくらいの力を持っているものだか、自分の手でひとつ験《ため》してみてやりたいと思うのは山々だが、それができないということを感じ、こうして檻からちょっとも外へ出さないで置くだけに、いっそう骨も折れる。
 すべてに於てムクなんぞとは比較にならない、訓練の欠けた代物《しろもの》ではあるけれど、ただ一つ感心なのは、親熊の毛皮を忘れないということだけで、ためしにほかの毛皮を投げ込んでやっても、それは見向きもせずに、親の毛皮をのみ後生大事に守り、それにじゃれついて喜んでいる。
 その点だけが、ただ米友を、眼を円くして唸《うな》らせるだけのものでした。
 一通り熊の世話を焼いてしまってみると、さあ時分時《じぶんどき》だ――これからひとつ道庵先生のために、弁当を運ばねばならぬ時だと思い出してきました。
 発明製作に没頭しているといえば、感心なようだが、弁当をわざわざ遠方から運ばせてまでも、没頭しなければならないほどの多忙がどこにあるか、その理由はわからないながら、とにかく、毎日、この時間に、このくらいの弁当を持って来な、と言いつけられている通りを、米友の責任観念がなおざりにせしめてはおかないのです。
 しかるべき重箱の中に詰めた弁当が、例によって窃《ひそ》かに風呂敷に包んだまま差廻されているのを、米友は無雑作に首根っ子へ結びつけ、
「じゃあ熊公、行って来るぜ、おとなしくしてな」
 こう言って縁側へ出て用意の杖槍をとると、沓《くつ》ぬぎの草履《ぞうり》を突っかけたものです。

         十六

 かくして米友は、富士見原までやって来ました。
 津田生の発明室は、ここから遠からぬ大井町にあるのです。
 富士見原へ来て見ると、今や大きな小屋がけの足場を組んでいるところでした。
 何か町が立つのだな、芝居か、軽業か、そうだそうだ、この間、鳴海の方から相撲連がたくさん繰込んで来たから、多分この小屋がけで晴天何日かの大相撲が興行されるんだな。
 米友もそう合点《がてん》して、富士見原を東へ通り、大井町へ出て津田の別荘を叩きました。ここがすなわち津田生と道庵とが、飛行機の製作に夢中になっているところ。
 例の通り、弁当を投げ出して、弁当ガラを受取り、それをまた前の風呂敷に包み直して、首根っ子へ結びつけて、さっさと帰る。
 帰り道には、蒲焼《かばやき》の方にいる親方のお角さんをたずねて、御機嫌を伺って行こうと思いました。
 お角さんの宿へ来て見ると、いやもう、雑多な客で賑《にぎ》わっている。
 米友は、ちょっと縁側から挨拶をして行こうとすると、お角さんが、
「友さん、御飯でも食べていっちゃどうだい、蒲焼でもおごってあげようか、お前の好きな団子もあるよ」
 芝居の太夫元ででもあるらしいお客を相手にしながら、こちらを向いて米友を呼びかける。
「おいらは腹がくちいから……」
「先生にも困ったものだね、何か飛車《とびぐるま》をこしらえることに夢中になってるというじゃないか」
「うん」
「で、お前、いつ立つの」
「いつだかわからなくなっちゃった」
「いい酔興だねえ――そうして友さん、熊はどんなだえ」
「おかげでピンピンしていますよ」
「それはまあ、よかったね」
「さよなら」
「もう帰るの?」
「うん」
「じゃ、またおいで――誰か友兄いに落雁《らくがん》をおやりよ」
「はい、友さん」
「いや、どうも有難う」
「名物だから、持って行って食べてごらん」
「こんなには要らねえ」
「お前、食べきれなけりゃ熊におやり、ちょうどいいから、首根っ子に背負っているのが先生のお弁当がらだろう、それへ入れて持っておいでよ」
 こうして夥《おびただ》しい落雁を背負わされた米友は、つい順路を間違えて、あらぬ町々をうろつきながら宿へ帰って来て見ると、庭に大きな引札が落ちている。取り上げて見ると、上の方には人の首を二つ、大きく丸の中へ入れて刷り出し、その下には太く、
[#ここから1字下げ]
「当地初お目見得
  日本武芸総本家
     安直先生
     金茶金十郎」
[#ここで字下げ終わり]

 その翌日もまた、米友は例によって弁当背負い。町を通ってみると、辻々に人だかりがある。
 覗《のぞ》いて見ると素敵《すてき》もなく大きい辻ビラ――昨日の引札と同じことの日本武芸の総本家。
 次の人だかりも、うっかり誘われて覗き込むとやっぱり同じもの――ずいぶん思い切って豊富にビラをまきやがったな、ビラでおどかそうというのだろう、ビラなんぞにこっちゃ驚かねえが、日本武芸総本家の文字が目ざわりだ。
 と見ると、「当所初お目見得」の文字の横に「当る三日より富士見原広場に於て晴天十日興行」と記してある。
「ははあ、なんだ、あれだよ、昨日見た大きな小屋がけか、あれが、その武芸総本家の見世物なんだよ」
 笑わしやがらあ……
 米友がこう言ってあざ笑っているうちに、早くもその富士見原に着いてしまったのです。
 着いて見ると、工事の早いこと、葭簀《よしず》と蓆《むしろ》っ張《ぱ》りではあるが、もう出来上って装飾にとりかかっている、当る三日といえば明日のことだ――昨日小屋がけをして、きのうのうちに宣伝ビラを廻し――明日の興行に差支えないまでにしている。安直普請とはいえ、油断がならない――一方には、まだ初日の出ない興行場を見物に来た人が、原の四方を鹿《か》の子《こ》まだらに埋めるほどになっている。それにしても――もしや、この興行主は、親方のお角さんじゃあるめえか。
 違う――お角さんは今度は、小屋を打ちに来たんじゃねえ、それに、やるんなら同じ山かんでも、もっと貫禄のあるところをやらあな。小屋だってお前、こんな安直普請をしなくたって、お角さんの面《かお》で行けば、当地第一等の常設を借り切って江戸前の腕を見せらあな――おいらのお角親方は、こんなアク抜けのしねえことはやらねえ、いったい、どんな奴が、何をやらかすのだ。
 米友は前へ廻って木戸口を見ると、入口には大須観音の提灯《ちょうちん》そこのけの、でっかい看板があがっている。
 それを読んでみると、米友の眼がまるくなる。
[#ここから罫囲み]
[#地から4字上げ]日本武芸十八般総本家
[#地から3字上げ]囲碁将棋南京バクチ元締
[#地から2字上げ]安直先生
[#地から5字上げ]大日本剣聖国侍無双
[#地から2字上げ]金茶金十郎
[#ここから3字下げ]
右晴天十日興行
飛入勝手次第
 景品沢山 福引品々
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]勧進元  みその浦なめ六
[#地から2字上げ]後見 壺口小羊軒入道砂翁
[#地から2字上げ]木口勘兵衛源丁馬
[#ここで罫囲み終わり]
 それを読み了《おわ》った米友が、無性に大きなくしゃみ[#「くしゃみ」に傍点]を一つしてしまいました。
「笑わしやがらあ!」
 いくら名古屋がオキャアセにしたところで、こんないかさまにひっかかるタワケもあるまいと思われるが、あの辻ビラのおどかしと言い、今日のこの小屋の前景気と言い、万一こんなヨタ者にも相当に名を成させて帰すかも知れねえ――
 米友が例によって、持前の義憤をそろそろと起しはじめました。
 このごろでは米友も大分、人間が出来て、そうむやみに腹を立てないようにもなり、また腹を立てさせようと企んで来ても、笑い飛ばしてしまうほど腹の修行も多少は出来たものの、こう露骨になってみると、自分が侮辱されたというよりは、金の鯱城下の面目のために、義憤を湧かせ来《きた》るという意気込みを如何《いかん》ともすることができないらしい。
 ばかにしてやがら!
 いったい、ここをどこだと心得てるんだよ、瘠《や》せても枯れても尾州徳川の城下なんだぜ――
 おいらも、この隣りの伊勢の国に生れたから、尾州城下の威勢なんぞは子供のうちから聞いて知ってらあ――
 第一、ここには柳生様がいらあ――
 尾州の柳生様は、江戸の本家の柳生様より術の方では上で、本家の柳生様にねえところの秘法が、この尾州の柳生様に伝わっているということだ、だから剣法にかけちゃあ日本一と言ったところで、まあ文句はつかねえわけだが、その柳生様がおいでなさる尾張名古屋のお城の下で、どこの馬の骨だかわからねえ安直野郎が日本総本家たあ、どうしたもんだ。
 それからお前、宮本武蔵がここへ来て、柳生兵庫と相並んで円明流をひろめているんだぜ――
 それからまたお前、知ってるだろう、弓にかけちゃ、この名古屋が竹林派の本場で、天下第一だろうじゃねえか。知らなけりゃ、言って聞かせてやろうか。
 三家三勇士の講釈でも聞いてるだろう、星野勘左衛門が京都の三十三間堂で、寛文の二年に一万二十五本の総矢数《そうやかず》のうち、六千六百六十六本の通し矢を取って天下第一の名を取ったが、それでも足りねえと、同じ年の九年三月に、今度は一万五百四十二本の矢のうちから八千本の通し矢を取って、二度ともに天下一の額をあげたもんだ。
 江戸の三十三間堂にも九千百五十本のうち、五千三百六十本の通し矢を取って江戸一の名を挙げたのは、やっぱり名古屋の杉立正俊という先生なんだ。
 馬術にかけては細野一雲という名人があり、槍にかけちゃ近藤元高は、やっぱりその時代の天下一を呼ばわれたもんだ。
 鉄砲では御流儀というと、稲富流があるし、軍学には信玄流、謙信流、長沼流――このほかにまだ大した名人が古今にうようよしている。棒にかけても尾張が独得で、近頃では高葉流の近藤さんなんぞも、そうあちらにもこちらにも転がっている代物《しろもの》じゃあねえぞ。
 よし、よそならとにかく、この尾張名古屋へ来て、いくら大道折助で、識者は相手にしねえとはいえ、この看板は、フザケ過ぎてらあ――ここに米友の素質が爆発して、肩にしていた杖槍の手がワナワナと震え出しました。
 よし! 明日はここへねじ込んで、安直と、金茶金十郎なるものの面《つら》の皮を剥いでやらあ、そうするのが名古屋人への面目のためであり、武術の神聖を冒涜《ぼうとく》するやからへの見せしめであると、米友は、ここに覚悟の臍《ほぞ》を固めましたが、その文字の上に現わされた似顔絵を見ると、米友が泣いていいか、怒っていいかわからない心持になったのも無理はありません。
「なあんだ、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]か」

         十七

 その翌日、米友は例によって弁当を背負い込み、富士見原は目をつぶって素通りして、津田の別荘へ馳け込んで、実《み》のある弁当を抛《ほう》り込み、カラになったやつをその風呂敷に引包んで帰ろうとする挙動が、いつもよりはあわただしいものです。
 それはすなわち、今日はひとつあの武芸大会の小屋へねじ込んで、安直と、金十郎らに目に物見せてくれようとの決心があるからです。
 その物音を聞きつけて、今までは、発明の補導に熱中していた道庵が、今日は珍しく面《かお》を出して、
「おいおい、友兄いや」
「うむ」
「うむ――はいけねえよ、あい[#「あい」に傍点]とかはい[#「はい」に傍点]とか言いな。それから友様、今日はゆっくりしておいで、いいものを見せてあげるからな」
「あっ!」
と米友が舌を捲きました。毎日こうして弁当を運ぶのに御苦労さま一つ言いもしないくせに、今日に限ってよけいのことを言うのは天邪鬼《あまのじゃく》がのり移ったのだ! と米友が舌を捲いたにかかわらず、その辺に一向御推察のない道庵先生、
「今日はな、友様、気晴らしに面白いものを見せて進ぜるから、ゆっくりしな」
「あっ!」
「何だい、そりゃ、めだかが麩《ふ》をかじるように、あっ! あっ!」
 道庵が、米友の迷惑がる表情の真似《まね》をしました。
「先生、今日は……」
「今日は、どうしたんだい、いつもお前に弁当を運ばせてばっかりいて気の毒だから、今日はわしがオゴるんだよ」
「先生、オゴってもらうのは有難えが、明日にしてもらうわけにはいかねえかね」
「おや、せっかく人がオゴるというのに、一日延期を申し入れるというのはどうしたもんだ」
「先生、今日はおいらの方にも少し都合があるんでね」
「お前の都合なんざあ、どうでもいいよ、こっちにはちゃんとお約束があるんだから」
「だって……」
「グズグズ言うなッ……」
 道庵先生が大喝《だいかつ》一声しました。米友が眼を円くしていると、
「まあ驚くな、実は友様、こういうわけなんだ、ついこの隣地の富士見原というところへ、こんど天下無双の武芸者が乗込んだのだよ――そいつをひとつお前をつれて、見物に行こうと、津田君と二人で、もうちゃんと打合せをして、桟敷が取ってあるんだから、いやのおうのは言わせねえ」
「有難え、そこだ、先生」
 米友が急にハズンだので、道庵が我が意を得たりと喜びました。
「どうだ、武芸と聞いちゃ、こてえられめえ」
「本当のことは、先生、おいらも一人で、これから見に行こうと思ったのだ」
「そうだろう……は、は、は」
 道庵が得意になってヤニさがっているが、米友としては偶然、この人たちと一緒に席を取って見物させてもらうのはいいが、それにしても少々気がかりなのは、この先生が武芸見物中、どう気が立って脱線しないものでもない、感激性の強いわが道庵先生は、軽井沢で当りを取って以来、いい気になって武芸者になりすまし、その後松本では百姓に限るといって頭髪を下ろして百姓になってしまい、今は後悔しきっているではないか、今度また、あんなイカモノを見せた日には、何をされるか知れたものではない、という心配が湧いて来たからです。
 しかしまた、この先生は、脱線もするにはするけれども、物を見破るには妙を得ているところの先生である。もとより、人の病気を見破る商売をしているのだから不思議はないが、それにしても見破ることは名人だ。早い話が、自分が両国橋で黒ん坊にされて、江戸中の人気を集めていた時分、誰ひとりそれを怪しむものはなかったのに、この先生だけには立派に見破られてしまった。
 脱線はこわいが、イカモノ退治には、こういう見破りの上手な先生と一緒に行ってもらった方が、たしかに利益に相違ないということを、この際、米友が気がついたものですから、
「まあ、いいや」
と言いました。
 そこで、道庵と米友と、新しく別に研究生の津田生が加わって三人、程遠からぬところの富士見原の評判の武芸大会なるものを見物に出かけました。
 ほどなくその場に着いて見ると、人は多く集まっているが、なんだかその空気が変です。
 あの前景気で行くと、今日の初日は、もっと緊張した人気がなければならないと思われるにも拘らず、あたりの空気がなんとなくだらしがないので、変に思いながら表へ廻って見ると、幾多の人があんぐりと口をあいて見上げている大きな貼札――
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「お差止により興行中止仕候」
[#ここで字下げ終わり]
 さすがの道庵も、米友も、津田生も、あいた口がふさがらない。
「ヨタ者は承知で来てみたが、お差止めには口あんぐりだ」
と言いながら、道庵はワザと大きな口をあんぐりとあいて、看板の上を見つめていたが、犬にでも喰いつかれたように、
「あっ! らっきょうだ、らっきょ、らっきょ、らっきょの味噌漬!」
と、目の色を変えて叫びました。

         十八

 神尾主膳が書道に凝《こ》っているということは、前にも述べたことのある通りで、閑居して不善ばかりは為《な》していないという、これが唯一の証拠かも知れません。
 日和《ひより》のいい時、気分の晴れた時には、日当りのいい書斎の、窓の明るい、机のきれいな上に、佐理《さり》、行成《こうぜい》だの、弘法大師だの、或いはまた義之《ぎし》、献之《けんし》だのを師友としているところを見れば、彼も生れながらの悪人ではないと思わずにはいられません。
 今日しも、珍しくその当日でありましたせいか、右の通りにして字を書いて、ひとり楽しむことに余念がありませんでした。
 お絹という女は、今日はいないのです。
 この頃中、あの女はほとんど家を外にして楽しんでいるのだから、それはもうなれっこ[#「なれっこ」に傍点]になって、特に気がかりにもならないのでしょう。それに、世話の焼きだてをした日には際限ないものと、ほぼ見切りをつけているのでしょう。
 それでも、時あってか、あの女のことに就いて何か甚《はなは》だしく癇《かん》に障《さわ》って、むらむらと不快の気分に襲われることもあるにはあるが、面を合わせてみると大抵まるめられてしまって、お絹に対してだけは、いまだ暴行に及んだというためしを聞かないのです。
 お絹という女は、先代の神尾の愛妾でありました。今の神尾なんぞは、事実、子供扱いにして来たのですから、苦もなくまるめてしまうのでしょう。また主膳の方でも、まるめられるのを知りながら、それなりで納まってしまうのは、あながち役者がちがうせいではないのです。
 主膳としては今朝はそんなことの一切を忘れて、書道を楽しむことができていると、庭に、がやがやと子供の声です。
 子供を愛するということも、このごろは主膳の閑居のうちの一つの仕事でありましたけれども、これは書道を楽しむほど純なものではなく、子供を愛するというよりは、子供を暇潰《ひまつぶ》しのおもちゃとして弄《もてあそ》ぶに過ぎない、と言った方が適当であることは、前にも申した通りです。
 子供らの方では、最初見た、目の三つある怖《こわ》いおじさんが、必ずしも怖いおじさんではなく、ずいぶん屋敷も開放してくれたり、おいらたちと遊びもしてくれたりする、気のいいおじさんであるところもあるのを看《み》て取って、門が開けっ放しにされている限りは、無遠慮に入って来て、庭や屋敷の中を遊び場とすることになれています。
 主膳は書道を楽しみながら、子供たちのガヤガヤを聞くと、またやって来たなと思いながらも、慣れていることだから、彼等が相当に騒ごうとも、こっちの書道|三昧《ざんまい》にあまり妨げとならないことを知っています。遊ぶだけ遊ばしておいて、うるさくなった時は追払えばよい、いけないと言えば彼等も素直に出て行くようになっている。
 そこで主膳は、子供たちには取合わないで、相変らず書道に凝《こ》っていたが、そのうち、外で遊んでいた子供らが、座敷へ上って来たようです。それも、彼等のために開放すべき座敷は開放するように、区別してあるから、隠れん坊をしようとも、鬼ごっこをしようとも、「ここはどこの細道じゃ」をしようとも、あてがわれた座敷以外にハミ出さないことには、あえて干渉を加えないことになっているから心配はない。
 こうして暫くの間、子供らの遊ぶがままに任せ、自分は自分の好むところに耽《ふけ》っていると、そのうちバタバタと、つい机の先の縁側で足音がしたには、さすがに主膳が書道|三昧《ざんまい》を破られました。
 断わってあるのに、こっちへ来てはいけない、子供たちの遊ぶべき場所は、遊ぶべき場所として仕切ってあるのを、よく納得させてあるのに、それを破って来た奴があるな、こいつはひとつ叱ってやらなければなるまい――と、主膳が筆をさし置いていると、廊下を踏んだ足音が、一層近くに迫って来たのみならず、日当りのいい障子を挨拶もなく引きあけて、中へ飛び込んで来たのがあるから主膳も面喰わざるを得なくなりました。
「いけない、いけない」
と言ったけれども、その飛び込んで来た奴は、無神経か、一生懸命か、主人の制止なんぞは耳にも入れず、案内もなく居間へ飛び込んだ上に、主人の坐っているそのそばまで転がって来て、そうして主人、すなわち主膳の左の腋《わき》の下と机の間へ丸くなって屈《かが》んで、隠れてしまいました。
 しかもこれは女の子です。その女の子を見ると、主膳は直ちに、これは少し低能な奴だなと知りました。
 いつも遊びに来る定連《じょうれん》の中の一人には相違ないが、年はなにしろ子供だろうが、肉体はいちばん発達している、顔に少し抜けたところはあるけれども、色は白いし、がかい[#「がかい」に傍点]が大きいから十四五[#「十四五」は底本では「一四五」]には見えるけれど、本当はそれより下か上かさえわからないが、がかい[#「がかい」に傍点]に比べて幾分の低能であって、ここへ来るもっと小さい年下の子供のいいようにされている奴だ――ということを、主膳が直ちに知って苦りきりました。それ、この間吉原遊びというのをさせられて、こいつがおいらんに仕立てられ、お前、廻しを取るんだよと言われて、その言いつけ通りにやってのけた奴だ。
「おい、お前、こんなところへ来てはいけないのだ」
と、主膳が呆《あき》れ返ってダメを押すと、この女の子は、妙な上目使いで叱る主膳の面《かお》を見ながら、片手を振って見せました。つまり、その仕草《しぐさ》で見ると、いま隠れん坊をはじめて、わたしはここへ来て隠れたのですから、そんなことを言わないで、少しの間、隠して置いて頂戴な――という頼みであること言うまでもない。
 ほかの子供なら、いくらわからずやでも、いくぶん心得があって、こっちへ来てはならないことを知っている。知らなくても、主人の居間を隠れんぼのグラウンドにするなんていうことの見境はあるのだが、そこに頓着のないところにこの低能さ加減がある。
 主膳はそれを知って呆れ返ってしまったから、ツマミ出すわけにもゆかず、沈黙していると、いい気になって低能娘は、主膳の膝と机との間を潜伏天地と心得て、息をこらして突臥《つっぷ》してしまったのです。
 全く呆れて、その為すままに任せているよりほかはないが、主膳は自分の傍らにうずくまった低能娘の、身体《からだ》の発育の存外なことを感ぜずにはおられません。自分の膝に接触する温か味から見ても、こいつはもう成人した娘だわい、頭こそ少々低能ではあるが、肉体は出来過ぎるほど出来ている、厄介な奴だと思いました。
 そう思って見ると、上の方から三つの眼で爛々《らんらん》と見つめるところの肥った首筋に、髪の毛がほつれている、その首の色がまた乳色をして、ばかに白い。袖附のところから見ると、腋の下の肉附がやっぱり肥え太って白く、肉の発達を示している。
 厄介千万な低能め――と呆《あき》れ返っていた主膳の眼が、その白い太った肉附の一部を見せられると、俄《にわ》かにその三つの眼が、あわただしく瞬《まばた》きをしました。書道を楽しんでいた時の眼の色ではない、無邪気だと苦り切った迷惑千万の色でもないのです――よく現われたところの貪婪《どんらん》なる染汚《せんお》の色が、三つの眼いっぱいに漲《みなぎ》って来たのです。そうして、年に増して全体に成人しきっている小娘の肉体の張り切った曲線を、衣服の上から透して見るのみならず、その張り切った肉体が呼吸でむくむくと動き、その中の一片、襟足だの、腋の下だのが外れて、惜気もなく投げ出されてあるのを、食い入るように見つめてしまいました。
「あら、いやだ」
 その時、低能娘が、ちょっと首をあげて主膳の面を仰ぎ、ながし目に見て睨《にら》むような眼つきをしました。
 主膳は、今、ほとんど自分のしたことを忘れたように無言でしたが、実はその指先でこの低能娘の腋の下を、ちょっと突いてみたのです。それは本能的でありました。いたずらをするつもりでも、からかってやるつもりでもなく、主膳としては、そのハミ出した肉の一片が、硬いか、やわらかいかを試みてみなければ、この食指が承知しないような慾求に駆られたものですから、全く本能的に、指先がそこへ触れたか、触れないか、自分でさえもわからなかった時に、低能娘がその点は存外鋭敏で、「あら、いやだ」と言われて、はじめて主膳としても、何だ大人げない、という気になったのですが、自分を見上げてながし目に睨んだ低能娘の眼を見て驚きました。何といういやな色っぽい目をしやがる、馬鹿のくせに!
 主膳は、こいつ憎い奴だと思い、よし、その儀ならば、もう少しこっぴどく退治してやろうと怒った時に、
「あっ!」
 今度は主膳が全く圧倒されてしまったので、仕置を仕直してやろうと思っている当の小娘から先手を打たれてしまったのは、返す返すも意外な事でした。
「あっ!」と言ったのは低能娘ではなく、三ツ目入道の神尾主膳で、その時、主膳は屈んでいた低能娘のために、自分の太腿《ふともも》を、いやというほど下から抓《つね》り上げられてしまったのです。
 といったところで、女の子のする力だから、主膳ほどの者が悲鳴を揚げるほどのことはないはずだが、実は動顛《どうてん》させられてしまったので……こいつは怖いということを知らない、知らないのではない、本来、怖いもの以上に出来ている奴だ、世に馬鹿ほど怖いものはないとはよく言った。それにしてもこの馬鹿に、誰がこういう手筋を教えたのだ。
 主膳がこの時に舌を捲いたと共に、この無意識な挑戦に対しては、その教育上の躾《しつけ》の上から目に物見せてやらなければならないと、覚悟を決め、右の手を延ばして、当るところを幸いに折檻《せっかん》を加えてやろうとした途端に、
「よしんべえがいねえよ」
「よっちゃんが迷子になってしまったわ」
「神隠しに会ったのかも知れないわ」
「隠れんぼして、ばかされると、神隠しにされたっきり出てこないんですとさ」
「よしんべえは少しお馬鹿だから、天狗様にさらわれたかも知れない」
「よしんべえ」
「よっちゃんよう」
「早く出ておいでよう」
「もう代りよ、たんこよ」
「早く出ておいで」
「のがしておしまいよう」
「来ないとおいてけぼりにして、みんなで帰ってしまうよ」
 こんな声が庭の方で、子供の口々に叫ばれるのが、よくここまで聞える。それは、主膳の傍らに隠れがを求めている低能娘ひとりを当てに叫ばるる声に相違ないけれども、さすがに、この奥まで入り込んでいるとは、子供たちも考えていないと見えて、その持場の許された場面だけに物色《ぶっしょく》の叫びをあげているらしい。その声々ははっきりここまで聞えるけれども、この低能娘はおどり出して、「あいよ」ともなんとも存在を示さないし、なおさらそれが聞えているはずの神尾主膳が、早く追い立ても、追い出しもしてやらない。
 子供たちは、呼び疲れ、探しあぐんで、やがて忘れたもののように静かになってしまったのは、そのへんで諦《あきら》めて、こんどは河岸《かし》をかえて遊ぶべく、この屋敷をみんな出て行ってしまったものに相違ありません。

         十九

 それから後、この低能娘も、よく遊びに来ることはあっても、主膳の居間へ闖入《ちんにゅう》するようなことはありませんでしたが、それでも仲間と遊んでいるところへ、主膳が通りかかると、ぽーッと面《かお》を赤くして妙に色っぽい目をして見せる、と、主膳はそれをひっさらうようにして自分の居間へ連れ込んでしまうこともあれば、いなくなったと思っていたその娘が、主膳の居間から、そっと廊下伝いに出て来たところを見たというようなわけで、子供たちが納まらなくなりました。
 子供たちとはいうけれども、これは、育ちがいいといった者のみではないから、気を廻すことにかけては、へたな大人よりませたものがいくらもいる。
「おかしいなあ、殿様とよしんべえとおかしいよ」
という評判が立ってしまったのは是非もないことで、「まあ、いやなよっちゃん、殿様のおかみさんになるの?」といったようないやみはまだ罪がない分として、なかには、思い切った露骨な、卑猥《ひわい》な文句を浴せかけたり、楽書をしたりする者が出来てきたが、当人の低能娘はいっこう平気なもので、なぶられることを誇りともしないが、苦痛ともしない。いわばしゃあしゃあとしたもので、でも、主膳が出て行くと、子供たちは怖がって、表立って悪口は言わないが、眼を見合わせて三ツ眼|錐《ぎり》の殿様と低能娘とを見比べたりなんぞする。
 しかし、それもその当座だけのことで、主膳が低能娘を始終引きつけているというわけではなし、低能娘もまた殿様だけにじゃれ[#「じゃれ」に傍点]ついているというわけでもなし、やっぱり以前のように子供たち共有のおもちゃになって、おいらんになれと言えばおいらんになり、夜鷹《よたか》の真似《まね》をしなさいと言えば教えられた通りにして逆らわないものだから、殿様との相合傘もいつしか消えてしまっている。主膳にしても、いかに好奇とはいえ、まさかあんな馬鹿娘に、しつこく手出しをしているとは思われない――
 しかし、この二三日、どうもあの馬鹿娘の姿が見えないようだ。子供たちの家に来ることは以前と変らないから、主膳がそれとなく行って見ても、どの組にも低能娘がいない。こうなってみると、主膳がなんだか手のうちのものを取られたような淋しさを感じないでもない。
 低能ではあるけれども、あの色っぽい眼つきがどうも忘れられない。低能とはいうけれども、菽麦《しゅくばく》を弁じないというわけではなく、お感じが鈍いというにとどまり、まだ知恵が出きらないのかも知れない、もう少し発達すれば人並みになるのだろう、まるっきり馬鹿扱いにはできないのだ。或る点に於ては馬鹿どころではない、主膳に舌を捲かせるほどの離れ業を見せているのだが、それは天性、その部分が発達し過ぎているというわけではなく、そういう家庭や周囲の中で育ったから、色っぽい眼をつかったり、人の太腿を抓《つね》ったりすることは、あたりまえの挨拶と心得ているに過ぎない、下町の棟割《むねわり》の社会などには、こんなことはざらにある、すなわち、親爺や兄貴などから、そんな挨拶の仕様を仕込まれていることさえ多いのだ。
 あいつは必ずしも低能じゃないだろう、そうしているうちに、普通の女として発達するのだろう。発達する、俗に色気が出るという時分になれば、かえってあんなことはしなくなるものだ。
 だが、この二三日、姿を見せないのは、なんとなく淋しいな、ほんとうに物足りない。お絹という奴にも、ずいぶん淋しい思いをさせられたが、このごろは慣れっこになってしまったのか、今日このごろは、あの低能の来ないことが、いっそう自分の心を空虚にしている、心というものは変なものだ、神尾はこういったような不満を感じて、
「よし坊は、どうしたのだ、今日は来ないのか」
 こう言って子供たちに鎌をかけてみると、
「ああ、殿様、よしんベエはお女郎に売られたんだよ」
「えッ」
 神尾がここでもまた、子供たちに度胆《どぎも》を抜かれたという始末です。
「よしんベエはねえ、吉原へお女郎に売られたんだから、殿様、買いに行っておやりよ」
 神尾が第二発の爆弾を子供からぶっつけられて、ヘトヘトになりました。それでも足りない子供たちは、
「あたいも、いまに稼《かせ》いで、お金を貯めて、お女郎買いに行くの、よしんベエを買いに行ってやらあ」
 彼等は、自分の家の製造物が問屋へ仕切られたような気持で、友達の売られたことを語り、お小遣《こづかい》を貰っておでんを食いに行くと同じ気持で、その遊び友達であった異性を買いに行くことを約束している。
 さすがの神尾も、子供たちから続けざまの巨弾を三発まで浴せられて、のけ反《ぞ》っているのを見向きもしない子供たちは、
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おんどら、どら、どら
どら猫さん、きじ猫さん
お前とわたしと駈落《かけおち》しよ
吉原|田圃《たんぼ》の真中で
小間物店でも出しましょか
一い、二う、三い、四う
五つ、六う、七、八あ
九の、十
唐《とう》から渡った唐《から》の芋
お芋は一升いくらだね
三十二文でござります
もうちとまかろか
ちゃからかぽん
おまえのことなら
負けてやろ
笊《ざる》をお出し
升《ます》をお出し
庖丁《ほうちょう》、俎板《まないた》出しかけて
頭を切るのが唐の芋
尻尾を切るのが八つ頭
向うのおばさん
ちょっとおいで
お芋の煮ころばし
お茶上れ……
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         二十

 その翌日、主膳が外出した後の居間へ、お絹が入って来ました。
 今日は在宅のはずだが、おとなしいのは、書に凝《こ》っているからだろうと、来て見るともういません。よって、お絹は手持無沙汰に、何かと室内を取片附けてみるうちに、床の間のお花がしなびているのを目につけて、これはひとつ、活《い》け換えて置かねばならぬと考えたのです。
 わざわざ使を花屋まで走らすまでのことはなし、庭を探して何か有合せのもので、趣向を凝らそうと思いました。
 主膳の書と違って、お絹の花は素人芸《しろうとげい》ではなく、これで充分食べて行かれる腕はあるのですが、近来、めっきり腕を遊ばせて置いたから、今日はひとつ、うんと腕によりをかけてやろうという気になりました。
 そこで庭へ下りて、残菊にしようか、柳にしようか、それとも冬至梅か、万年青《おもと》かなんぞと、あちらこちらをあさった揚句、結局、万年青が無事で、そうして豊富でよかろうというような選定から、座敷へ戻ってしきりに鋏《はさみ》を入れているうちに、これもいつしか三昧《さんまい》という気持に返って、お花の会の主席を取るような意気込みにもなり、ああでもない、こうでもない、この葉ぶりも面白くない、ではもう一ぺん庭をあさって、おもしろいのを見つけ出して来ようという気になっていると、折しも、前の庭の垣の外、いつぞや子供たちが凧《たこ》をあげて、ひっからませたあたりのところで、しきりに呼び声がしました。
 最初のうちは、豆腐屋か、御用聞が、近所の台所を叩いているのだろうと気にもとめなかったが、そうでもなく、その声はこの屋敷の廻りだけをうろつきながら、当てもなく呼びかけているような声でありました。
「四谷の大番町様のお屋敷は、この辺でございましょうか」
 根岸くんだりへ来て、四谷とか、番町様とか言ってたずねている。お絹は頓馬《とんま》なたずね方をする御用聞もあるものだなと聞き流しながら、鋏を持って再び庭へ下りて来ると、
「もし、ちょっと承りとうございますが、この辺に四谷の大番町様のお下屋敷がございますまいか」
 やっぱりぐれている、ここは呉竹《くれたけ》の根岸の里の御行《おぎょう》の松、番町だの、四谷だの、何を言っているのだ、そんなことで訪ね先がわかるものか、もっと要領のよい名ざしがありそうなものだと、お絹は心の中でそれをあざけりながら、庭を辿《たど》って、いっそ万年青をよして柳にしてみようかというような気にもなり、木々の枝ぶりを物色して、ちょうど先日、神尾が、凧を飛ばした子供らのために入場を許した裏木戸のところで立ち止まると、ついその外で、
「もし、あの、この辺に四谷の大番町様のお控え屋敷がございましょうか」
 外から、自分のいる気配を見て取って問いかけたらしいから、お絹は無愛想に、
「存じませんよ、よそをたずねてごらんなさい」
「その声は、もしや御新様《ごしんさま》ではございませんか」
「おや?」
 同時にお絹も、聞いたような声だと思いました。
 それにしても、やっぱりまだあんな黄いろい声で、御用聞程度のほかのものではないと思っているから、聞いたような声ではあるが、誰がどうとも見当がつかないでいると、
「神尾様の御新様、お絹さまではございませんか、わたくしは忠作でございますが」
「あっ」
 お絹は、なぜ、今まで、それならそうと気がつかなかったかと思いました。
 忠作、忠作! 最初からちっとも違っていなかったのだ。
「まあ、忠どんかい」
「どうも御無沙汰を致しました」
 裏木戸は苦もなく開放されて、
「どうして、ここがわかったの」
「築地の異人館で聞いてまいりました」
「異人館で……」
 さすがのお絹も、忠作のたずねて来たことが、あまりに意外であったものだから、全く面食《めんくら》ってしまったようでした。
「まあ、ともかく、こっちへお入り」
「御免下さいまし」
 郡内の太織かなんぞに紺博多の帯、紺の前垂、千種《ちぐさ》の股引《ももひき》、隙《すき》のない商人風で固めた上に、羽織とも、合羽《かっぱ》ともつかないあつし[#「あつし」に傍点]のつつっぽを着込んで雪駄《せった》ばき――やがて風呂敷をかかえ込んで、お絹に案内され、お花を活けかけている主膳の居間へ通され、きちんとかしこまったところは、以前よりはまたいっぱしませている。
 お絹は、この少年とも、少しの間、生活を共にしたことはあるのです。
 この抜け目のない金掘少年を徳間峠の下からそそのかして連れ出した。そうして二人が神田のある所で寄合世帯を持ったのも、そんな遠い昔のことではないのだが、それはおたがいに利用し合うという狡猾《こうかつ》な腹から出たのだから、むろん浮気っぽい後家さんが、子供俳優を可愛がろうというような気分であろうはずもなく、お絹は、この目から鼻へ抜ける山出しの少年を利用して、自分の番頭兼事務員としようともくろみ、忠作の方ではまた、お絹の持っている小金をやりくりして自分の足場にしようとの腹でしたから、二人の生活は飽き飽きしていたのだから、貧窮組の騒ぎや、浪士の掠奪《りゃくだつ》で破壊されるのを待つまでのことはないのでした。
 その後はおたがいに何のわだかまりもなく、消息も無かったのが、今日になって、わざわざ先方から探し当てて来たのも思いがけないものだが、本来、浮気そのもののお絹は、年下の若いのにわざわざ訪ねて来られてみると、金と算盤《そろばん》のほかには目の無い若造だと知りつつも、悪い気持はしないで、かえってまた、多少の昔懐かしいものさえ湧いて来て歓迎する。
「よく、ここがわかったねえ」
「実は御新様、あなたが、築地の異人館においでなさることをね、お見かけ申しましてね、あなたが異人さんたちと深く懇意にしていらっしゃる御様子ですから、それで一つ、お頼みがあってあがったようなわけなんですが」
と忠作は、一別来の挨拶の後にこう言って、用件の前置をしました。
 無論、この少年のことだから、単に昔の人を懐かしがって、御無沙汰お詫《わ》びに来たのではない、来るには来るで、何かつかまえどころがなければわざわざやって来るはずはない。つかまえどころというのは、何かこの機会に自分の得《とく》になるようなきっかけ[#「きっかけ」に傍点]を掴《つか》みたいから、やって来るものであることは疑いないのだが、それがこっちも一口乗っていいことか、悪い無心か、その辺は多少無気味である。
「何ですか、言ってごらんなさい」
「異人館の番頭さんに、わたしをひとつ、御紹介していただきたいんです」
「へえ、そうして、どうしようと言うんです」
「実はね……御新様、これからの商売は異人相手でなければ駄目です」
 そら来た、この若造、どのみち商売に利用の意味でなければ、得の立たないところへ御無沙汰廻りなぞする男ではない。
 そこを忠作は透《す》かさず、次のように説きたててしまいました。
 自分も、いろいろ商売に目をつけているが、どうしてもこれからは異人相手でなければ、大きな仕事はできないということをつくづく悟りました。
 今、日本の国の諸大名が、大きいのは大きいように、小さいのは小さいように、みんな鉄砲を買いたがっているが、その鉄砲も異人から買わなければならない、私も一つその取引をやっているが、なにぶん仲買のようなもので、自分が直接に異人と取組めないのが残念でたまらない。
 ところで、日本の国が今、西になるか、東になるか、外国に取られるか、取られないかの境だというが、異人さんの方の説では、なあに異人だって、日本の国を取ろうというつもりはないそうで、日本の国と商売ができさえすればいいんだから、異人も相談して、なるべく日本の国を乱さないように骨を折っているということだ。
 そこで、日本の国の政治がどっちへどうなろうとも、やがて落着けば、一切、異人相手の仕事ということになるはきまっている。だから、もう自分は将来、専《もっぱ》ら異人向きの商売をと決心してしまいました。
 その商売のうちにも、鉄砲や軍艦ばかり、売ったり買ったりしているのが商売ではない、ゆくゆくは、向うに無い品物と、こっちに有り余る品物との交易が、盛んになるにきまっている、そこが目のつけどころなんです。
 現に異人はシルク、シルクと言って、日本の絹をばかに好くんですね、そこでわたしは、日本中の絹と生糸を買い占めて、異人に売り込んだら、ずいぶん大仕事ができると見込みましたよ。幸い、わたしの生れた甲州や、その隣りの信州なんぞでは、田舎家で一軒として蚕を飼って糸をとらないところはありませんからね、島田糸なんぞにして家《うち》で着用《きよう》にしたり、その残りは八王子だとか、上州だとか、機場所《はたばしょ》へ売り出すんですが、あれを買い占めて浜から異国へ積出すんですね。
 これは確かに儲《もう》かりますぜ。私はそれをやってみたくてたまらないが、差当っていちばん困るのは異人さんに信用がないことです。異人というやつは、信用すればどこまでも信用するし、信用しなければ、てんで相手にしないんですから、どうしたらその異人に取入って信用がとれるか、それに一生懸命苦心して、このごろはしょっちゅう築地の異人館附近に立廻っているが、言葉はわからないし、ひき[#「ひき」に傍点]はなし、どうしても異人へ信用を売りつけることがむずかしいと苦心し切っていたところへ、偶然あなたのお姿を異人館で見かけました。
 しかも、あなたの異人さんとの交際ぶりが、ずいぶん親密な御様子ですから、こいつ占めた! と思いました。
 御新様の前ですけれど、異人は、女にのろいものですね、男は滅多に信用しませんけれど、女だというと直ぐ参っちまいます。それもそうです、男には例の尊王攘夷で異人さんの首を狙《ねら》うのがうんといますけれど、女にはそんなのはありませんからね、そこで異人は日本の女を大へん好くんです……ところが、日本の女は慾が無いんですね、そこへつけ込んでうまく異人に取入ればいいのに、日本の女にはそれだけの腹がある奴がありません、降るアメリカだのなんだの見識ばって――
 というような減らず口から進んで、どうかお絹の手で、自分をしっかりと大資本の異人さんに紹介してもらいたい、いったん異人さんに紹介してもらいさえすれば、それから以後はこっちにも自信がある、腕を見せての上で、信用を博してみせることは請合い、ぜひひとつ、この紹介を頼みたいという要領を、かなり能弁で説き立てました。
 聞いていたお絹は、相変らず一分の隙もない慾得一点張りの註文だが、これはこの若造として壺を行っている註文であって、自分としても、叶えてやっても損にならない性質のものだと思いました。
 単に手引をしてやりさえすれば、事実それから先は、どれほどのことをするかわからないと思わせられます。もう一ぺんこの若造と組んで、これを手代として仕事をやらせれば、こんどは以前のような日済貸《ひなしが》しと違い、七兵衛のように資本《もとで》なしでかき集めて来るのとも違い、もっと明るく、おおっぴらに大儲けができるのだ。次第によってはこんなのが、三井や鴻池《こうのいけ》を凌《しの》ぐ分限《ぶげん》にならないとも限らない、全く金で固まった面白くもない若造だけれども、こんなのをこっちのものにして置くのも不為めではない。
 そこでお絹は、一も二もなく、この昔馴染《むかしなじみ》の若造を、異人にうんとよく売りつけてやろうという気になって、快く頼みを引受けた上に、うんと御馳走をして帰してやりました。

         二十一

 与八と郁太郎《いくたろう》を除いた武州沢井の机の家の留守の同勢は、あれから七兵衛の案内で、無事に洲崎《すのさき》の駒井の根拠へ落着くことができました。
 その道程は、江戸までは普通の道、江戸橋から曾《かつ》てお角さんも行き、田山白雲も行った通りの船路をとったもので、天候も無事であった上に、同勢の健康にも変りはありませんでした。
 駒井もこの一行の来てくれたことを、無上の悦びとも、満足とも、思い設けぬ自分の一粒種《ひとつぶだね》の登というものを見ると、今まで曾て経験しなかった、現在、血をわけた親身《しんみ》というものの情愛を思い知ると共に、この子の母としてのお君という薄命な女のために、新たなる創痍《きず》を胸の中に呼び醒《さ》まされて涙を呑みました。
 お松という子の珍しい殊勝な性格が、駒井を感服せしめたのも、久しい後のことではありません。
 こうなってみると、一日も早くこの一行を収容して、別な天地に向って乗出してみたくもあるし、また周囲の事情がそれを急がせもする――というのは、例の誤解やら、圧迫やらが、一旦は退いたりとも、その後、いよいよ※[#「酉+慍のつくり」、第3水準1-92-88]醸《うんじょう》を深くしていることは確かで、その辺の空気が緩和するには、ともかくも一刻も早くこの所を撤退するをもって最も賢明とすることは、何人よりも駒井がよく心得ている。
 そうして船そのものも、動かす分にはもうすべてに差支えが無くなっている。動かして近海を航海する能力にも自信を持ち得るようになっているし、問題はただ大砲だけのものだが、あれは有ってもよし、無くてもよい。むしろ自分たちの理想のためには無い方がいいようなものだが、それでも万一の備えと工夫していたあれも、九分通りは出来上っているが、試射と、据附けとが残されている、もう一週間もしたら、万事解決するだろう。
 乗組人員としては、さし当り自分のほかには、
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画家、田山白雲
七兵衛
お松

清澄の茂太郎
兵部の娘
支那少年|金椎《キンツイ》
マドロス
乳母
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 このほか、機関方、船大工として造船所の方に、
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松吉
九一
十蔵
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の三人が残してある。なお漁師の太造という老人とその孫が一人、行きたがっているから、それも予定のうちに加えてある。
 これで都合十五名の乗組になるが、ゆくゆく、都合次第ではこの倍数を収容する設備は充分に整っている。
 そこで、この以前から、船内の設備や、食料品の積込みはすっかり手を廻して、いずれも出帆のできるようになっているが、人事方面でただ一つの心がかりなのは田山白雲の消息です。
 香取、鹿島だけで帰るということだから、もう帰っていなければならないのに、杳《よう》としてその便りが無いのは、心配といえば心配だが、あの先生のことだから、途中、何か遊意|勃々《ぼつぼつ》として湧くものがあって道をかえたのか、そうでなければ、会心の写生に熱中して帰ることを忘れているのだろう――
 とにかく、自分としては、このまま船を行方《ゆくえ》も知らぬ外洋へ向けて出発せしめんとするのではなく、ひとまず陸前の石巻《いしのまき》へ回航させて、かの地を第二の根拠として、なお修復と改良を加えてからのことだから、仮に先発してみたところで、石巻へ同志を呼び集めるのは至難のことではない。
 そう思い立つと、駒井は一日も早く出帆するに越したことはないという気分に迫られ、乗組一同もまた、喜んで出帆の一日も早からんことをせがんでいるくらいです。それと一方、毎日毎日、番所や造船所を三々五々としてうろつくならず[#「ならず」に傍点]者や、土地の住民らの目つき、風つきの険しくなるのとに迫られ、天候も見定めたし、そこで駒井も、いよいよ明早朝に出帆のことを一同に申し渡し、そうして今晩はこの番所で、立退きの記念の意味での晩餐会を開くことになりました。
 そこで、今晩の晩餐の席は甚《はなは》だ賑やかで、楽しいものでありました。料理主任の金椎は一世一代の腕を振うところへ、マドロスが船房仕込みの西洋味を加えようと力《りき》んでいる。
 お松ともゆる[#「もゆる」に傍点]女とは、それぞれたしなみの身じまいをして席の斡旋役に廻るし、乳母は登を椅子に安定させて置いて、自分は給仕に奔走する。
 清澄の茂太郎は、登に対して兄さん気取りで子守役に当り、やたらに得意の出鱈目《でたらめ》をうたって聞かせる。七兵衛はその間に立廻っての肝煎役《きもいりやく》――それから駒井を真中に、一同が食卓についてからその賑やかさというものは、今宵限り立って行く名残《なご》りのことも、明日は海を渡って見知らぬ遠方に行くという念慮も、すっかり忘れてしまって、石女《うまずめ》も舞い、木人も歌い、水入らずの極楽天地であります。
 こうして、すべてが泰平の和楽に我を忘れて興じ合っているのを見て、当然これに捲き込まれた七兵衛が、急になんだか物悲しくなってたまらなくなりました。この老幼男女が打群れて、興がようやく乗ってきた時に、七兵衛の頭の中にポカリと穴があいて、そこからなんともたまらない悲しみの風が濛々《もうもう》とこみ上げてきました。
 七兵衛自身でも何が今、自分をこんなに悲しいものにしたのか、ちっとも分りませんが、ひとりでに悲しくなって、悲しくなって、もうとめどなく涙がこぼれ返って来て、隠そうにも隠すことができなくなったから、ぜひなくことにかこつけてこの席を外《はず》し、そうして歓楽の室外へ一歩出て行って見ました。
 どの室も早やよく取片づいていて、すべての人気《ひとけ》というものが、あの晩餐の席へ集中されてしまっただけに、ほかの部屋のガランとした淋しさ、もうすでに主無き家という気分が、ひしひしと身に迫るのを感じてみると、七兵衛はここでもたまらなくなって、ほとんど声をあげて泣こうとして僅かにそれを噛《か》み殺してしまって、我知らず馳込んだのは、駒井の常に研究室とするところの部屋であります。
 さいぜんまでは守護不入になっていたこの研究室も、明日立つことになってみれば、すっかり開放されている。その中に走り込んだ七兵衛は、いつも駒井が研究に疲れた眼を放つところの窓に来て、そこにしがみつきました。
 何だか知れないが、涙だ、涙だ。こんなめでたい鹿島立ちの席に、みんなが無邪気に興が乗ればのるほど悲しくなって、どうしても意地が張りきれないのは、自分ながらどうしたものだ。
 ああ、たまらない。

         二十二

 だが、七兵衛は泣いているわけではないのです。ただ、無限に悲しい思いがするだけで、それが、何の理由に出でるか、よくわからないのみですから、すべてに於て取乱すというようなことはありません。
「ああ、忘れられた奴がまだ一つあるわい」
 今、七兵衛はムクの物《もの》の気《け》を感じたのです。ムクはないたわけでも、吠《ほ》えたのでもないけれども、この窓の下へ歩み寄って唸《うな》っているのはムクだ――ということを七兵衛が感得しました。
「ムク!」
 この犬が、この頃に至って、自分というものに対する敵意をすっかり取払ってくれたことは、七兵衛にとって驚異でなければならない。
 今晩、この犬は忘れられていたのだな。本来ならば、この犬にも今晩の食卓の一席を与えてしかるべきものであった。誰もムクをと言うものもなかったのは、ムクを忘れたのではない、忘れねばこそというわけなんだろう。七兵衛は、今まであけなかった窓を開いて見ると、果して巨大なるムク犬が前面を過ぎて行くのを見ます。窓をあけられた途端にちょっとこっちを振返って挨拶をしたままで、また、のそりのそりと暗いところをあちらへ向けて歩んで行く、その体《てい》を見ると、忘れられようとも、忘れられまいとも、この番所の夜を守る責任はかかって我にあるのだ――人を心置きなく楽しませるためには、自分が間断なき警戒を必要とするという忠実なる番犬の心と言うよりは、名将は士卒の眠っている間、自身微行して歩哨《ほしょう》の戒厳を試むることあるというにも似ている。
 七兵衛はそれを見ると、尊《とうと》いような気がしました。内で、一切を忘れて清らかな興に耽《ふけ》っている人たちも尊いが、こうして忘れられながら夜を守っている犬も尊い。どちらも尊いが、自分だけが、どちらにも一方になりきれないことを、またひとしお悲しく思われないでもありません。
 こうしてムクの歩み行く方向を見ると、暗い中でも物を見るに慣らされた眼が、ハッキリと、自分のこしらえた生田《いくた》の森の塀《へい》と、それから築《つ》き出した逆茂木《さかもぎ》へと続いて行きました。
 今までこみ上げて来た感情のために、それがうつらなかった。人がいる、人がいる。先日来、大挙して騒々しく示威運動を海辺で試みていたのが、この二三日、ぱったり止まったのもおかしいと思った。見れば、自分が引いたその逆茂木の下を、幾多の人間が腹這《はらば》いになっている、それからあの石垣のところにも、たしかに人がぴったりひっついている。
 おお、おお、一人や二人の人じゃない、ほとんど物蔭という物蔭には、みんな人がへばりついて忍んでいる。ああ、今晩、合図を待って、一度に攻め寄せる手筈になっているのだ。
 それを気取《けど》った時に七兵衛は、駒井に注進をしようとあわただしく窓の戸をとざす瞬間、下で轟然《ごうぜん》たる音がすると共に、その戸をめざして一つの火の玉が飛んで来ました。
 火の玉というよりほかはない、七兵衛は危なく身をかわしたけれども、火の玉は室内へ落ちてパッと燃えひろがりました。幸い、七兵衛は自分の身になんらの異常を覚えなかったから、その爆発した火を飛び越えて廊下へ出てしまいました。
 この出来事を、興半ばなる一座の者を驚かせずして、駒井だけに注進するわけにはゆきませんでした。仰天する一座を一室にかたまらせて置いて、七兵衛は駒井を案内して、以前の爆発の場所へ連れて来ました。
 そのあたりは、一面に煙硝《えんしょう》の臭気はするが、火は消えてしまっている。外部からもなんら闖入《ちんにゅう》の気色はない。提灯を点《とも》して用意深く検分した結果は、七兵衛を驚かした火の玉なるものは、大砲を打ち込んだわけでもなければ、爆弾を投げたのでもなく、この辺でよくやる花火の筒をこちらへ向けて打ちこんだのだから、どう間違っても、ボヤか、火傷以上の害を加えるものでないということを駒井は見届けたけれども、その時、石垣の下から、塀、逆茂木《さかもぎ》から海辺へかけての生田の森が、ワッと喚声でわき上ったことです。同時に、一帯がうすら明るくなると共に、二発、三発と続いて轟然たる爆発の音が起りました。
 ズドーン
 ズドーン
 といっても、本来はコケおどしで、海岸で急に花火を揚げ出したまでのことですが、その花火も示威脅迫の音を含んでいることは勿論《もちろん》で、今の二三発は確かに上へ向けて放ったが、やがてその次は、また最初のようにこちらへ向けて飛び込ませないとは限らない。
 この分では、今夜こそ彼等は、焼打ちをはじめるかも知れない、こちらを焼打ちするくらいだから、船の方もあのままで置くはずがない、双方取囲まれてからでは遅いから、今のうち御一同は船へお引揚げなさい。
 この連中を相手に応戦することの無益なのは勿論だから、七兵衛の提議で、こういうことになりました。殿様はじめ一同は、一刻も早く船へ避難なすった方がよい、あとのところは、私がどのようにでも引受ける。
 今のうち、同勢にムクを護衛として船まで御避難なさる分には何でもない、あとは私が喰い止められるだけ喰い止めて、それから単身《からみ》でお船へ馳けつけます。なあに、私の身の上なら御心配には及びません、こんな連中に囲まれようとも、追いかけられようとも、それを抜け出す分には何でもありませんから、私の方は御心配なく。あなた様はじめ女子供たち、それの避難が何よりの急でござります。万一、私が後から馳けつけるのに手間がとれ、悪い奴がお船の方を囲むようなことにでもなりましたら、私におかまいなくお船を海へ出しておしまい下さい。
 再々申し上げる通り、私の方はどうにでもなります、うまくこいつらが退却すれば、ここに踏み止まって田山先生のお帰りを待って、あとからお船をお慕い申して、陸路をその奥州の石巻とやらまで走《は》せ参じてもよろしうござります。
 その辺は一切、御心配なく、どうか一刻も早くこの場を御避難下さるように。
 七兵衛のいうところに理があるのみならず、こうして立ち話をしている間にも、寄手の人数が続々と増して来るのは明らかで、今までなるべく暗くしていたのが、爆竹のように焚火をはじめたかと思うと、また轟然たる響、大砲ではない、花火をまたしても打ち込んで、物置の裏あたりへ来て爆発させたもののようです。
 同時に、今まで声を立てなかったムクの凄《すさ》まじい吠え声が起りました。その声は、攻めていいのか、守っていいのか、大将の命令を促す吠え声なのです。つまり、群がる寄手の中へ走り込んで戦うべきであるか、或いは主従この場をお立退きならば、不肖ながら拙者がその先導なり、殿《しんがり》なり勤めまする、いずれにしても猶予は禁物――との陣触れを、七兵衛と呼応して促すものにちがいありませんから、駒井も決心しました。
 まもなく、七兵衛の献策通り、ムクを先導に、駒井とマドロスとが前後に警衛となって、楽しい晩餐の席の女子供のすべてが、造船所へ向って闇の中を急ぐのを見ました。同時に、番所に踏み止まった七兵衛は、どういう了見《りょうけん》か、今まで暗くしてあった大手の方へ向いた番所の室々へすっかり明りを点けて明るくしてしまい、自分はその部屋部屋を走《は》せ廻《めぐ》って、処分の残るものはないか、大切の品であるべくして置き忘れたものはないか――その辺の検《しら》べをはじめました。
 番所の中が一時に明るくなったと見ると、外の寄手は一時、鳴りを沈めていたようでしたが、やがて山の崩れるようなトキの声を一つあげました。
 それと共にまた轟然《ごうぜん》たる一発、物置の屋根へ落ちてそこへ火がついたのを窓越しに見た七兵衛――奴等、最初のうちは、奴等のイカサマ大砲と違ったすばらしい洋式の本物がこっちにあって、そいつの仕返しを怖れていたに違いないが、こっちが相手にならないと見て、コケ嚇《おど》しを打ち出したな。
 おやおや、この部屋は田山先生のお部屋だな、ほかの部屋部屋は残りなく船の方へ移されているけれども、このお部屋だけはそっくりだ、失礼だが、たいして金目のものは無かりそうだが、お描きになったものがたくさんある、他人には分らないが、御当人にはずいぶん丹念な種本かも知れない、これを暴民共に滅茶滅茶にさせてはお気の毒だ、ひとつ掻《か》き集めてこの袋に入れて、ともかくもお船へ移して置いてあげよう。
 外では、大砲ではない花火の筒を横にしたのが、
 二発、
 三発、
 轟々――
 台所のあたり、たった今の晩餐の食堂のあたりも急に明るくなった。さあ、からめ手へ火が廻った。
 七兵衛も、有合わす麻袋へ田山白雲の作物や画具を手当り次第に投げ込んで、それを荷って、もうこれまでと庭へ躍《おど》り出した時に、
「そうれ、魔物がいた、切支丹のマドロスが、袋を担《かつ》いでそっちへ逃げた」
 七兵衛の姿を認めた寄手の叫び声。
「今、袋を背負った魔物が向うへ駈けて行った、早いのなんの、飛ぶように駈けて行った、船の方へ逃げたに違えねえ、それ、造船所へ押しかけろ、船をぶち壊して魔物を生捕れ! 一人も逃がさず、国賊に天誅《てんちゅう》を加えろ!」
 口々におめき叫んで、造船所をめがけてなだれかかったのです。
「天誅!」
「切支丹バテレン!」
「国賊、毛唐、マドロス、ウスノロ!」
 やがて、造船所の界隈が群集の暴動と焼打ちの的になりましたが、建物と違い、船は動くように出来てありました。
 群集の狼藉《ろうぜき》を蒙《こうむ》る以前に、船はゆらりゆらりと船渠《ドック》を出てしまいました。
 花火大砲も届かず、悪口雑言も響かぬところに、悠々として辷《すべ》り出してしまった船の形が、闇の波の中に鉄《くろがね》の橋を架けたように浮き進んでいるのを、暴民らは如何《いかん》ともすることができず、手を振り、足を踏んで、徒《いたず》らに叫びわめくのみでありました。

         二十三

 郁太郎を背負うた与八が、大菩薩峠を越えたのはあれから三日目。峠の上には雪がありました。
 ここには自分の建てた地蔵菩薩、その台座のあとさきに植えた撫子《なでしこ》も雪に埋れたのを掻《か》き起して、あたり隈なく箒をあて、持って来た香と花とを手向《たむ》ける。
 幼きものを御衣《みころも》の、もすその中に掻き抱き給うなる大慈大悲の御前《おんまえ》、三千世界のいずれのところか菩薩捨身の地ならざるはなし、と教えられながらも、特にこの地点が与八のためには忘れられないものにもなり、立去り難いものにもなるが、何をいうにも六千尺の峠、時は初冬、天候の程も測りがたない、背に負うた幼な児の上を思うても下りを急ぐに如《し》かずと思い直しながら、なお立去り難いこの地点に、地蔵様をうしろにして暫く立って眺むるこし方《かた》の武州路。
 ここを下れば、もうその武蔵の国の山は見納めということになるのだ、と思えば尽きせぬ名残《なご》りはあるけれど、見返ることは徒らに、無益の涙を流して愛慾の葛藤を増すばかり。
「さあ、お地蔵様、お大切《だいじ》にござらっしゃれませ――いつまたわしらは帰って来られるか、来られねえか、そのことはわからねえでござんすが、それでも、諸国修行のことが無事に済みました暁は、またここの地点でお目にかかりまする。わしらの故郷といっては、どこがどうだかわからねえでございますから、無事に諸国修行が済みましたら、東西南北を合わせて、わしらはひとつこの峠に草《くさ》の庵《いおり》というようなものを建て、この世の安楽と後生の追善のために、ここでお地蔵様のお守をして一生を暮したいもんだと心がけてはおりますがねえ……」
 与八は再び跪《ひざまず》いて、自分のこしらえた地蔵菩薩にお暇乞いを申し上げ、
「南無帰命頂礼《なむきみょうちょうらい》地蔵菩薩――お別れのついでにこの笠をさし上げましょう、峠の上は下界より嵐がひどいことでござりますから、たとえ一晩でもこの笠で雨露《あめつゆ》お凌《しの》ぎ下さいまし」
 自分の持って来た菅笠《すげがさ》を、台座に攀《よ》じ上って地蔵菩薩の御頭《おんかしら》の上に捧げ奉る。
 姫の井の道、見返りがちなる大菩薩峠の辻――木の間枝のはずれから、いつまでも見えるあの笠。菩薩も笠を傾けて送り給うと見ゆる。
 姫の井の道を、左に広やかなかやのを見て歩いて行くとまもなく大菩薩西の峠の萩原の小平。珍しやここにまだ新しい山小屋が一軒、その以前に見かけなかったものだが、猟師か、山番の小屋か、立寄って見ると締め切った入口に札がかけてある。
[#ここから1字下げ]
「長兵衛小屋
大菩薩峠ノ道ヲ通ル旅ノ人、往々魔風ニ苦シメラルルコトアリ、依ツテココニ茅屋ヲ造リ報謝ノ意ヲ表スルモノナリ、貴賤道俗トナク、叩イテ以テ一夜ノ主ナルコトヲ妨ゲズ
   年月日
[#地から2字上げ]嶺麓  大藤村有志」
[#ここで字下げ終わり]
 さては奇特の人ありけり、これもこれ艱《なや》み多き世路をすくわん菩提心の一つ、暫く御報謝にありつかんと、与八は戸を押してみると、容易《たやす》くあいた。中に入って見ると、素人《しろうと》手づくりの山小屋とはいえ、相当に入念の木口――炉も切ってあれば、鉄瓶、手桶、水注、流し元、食器の類も一通りは取揃えてある。
 では、せっかくのことに、今晩はここで一夜を明かさしてもらうべえかな。
 峠の上は寒いとはいえ、この固め切った屋内で、この炉の中に夜もすがら火を焚いて置けば、夜具蒲団は無くともけっこう夜を過ごせる、一歩外へ出れば焚物に不足はなし、外へ出るまでもない、炉辺には、もう夥《おびただ》しい薪が、しかも程よく割り揃えて山のように積みこまれているではないか。
 おお、この戸棚をあけて見ると、薄いながらも夜具が一組、やあ、こちらには米も、塩も、醤油までが使い残されている。
 与八は、この小屋を建てて、普《あまね》く道行の人に施さんとする有志の功徳の親切なることを、世にも有難く思い、行き暮れた旅人が、これによって、どのくらい救われたかの記念を、さまざまの壁書に見ました。
 それは、まだ新しい板張りの壁に、ほとんど隙間のないくらいに楽書が書かれてある。かなりの長い文句を書いたのもある、歌や、発句のたぐいを書いたのもある、単に何月何日同行何人と、その名前だけを記しているのもある。
 与八は浅からぬ興味をもって、その長短錯落した楽書を、次から次へと読んで行きましたが、ここは相当に教養のある人も通ると見え、与八の学問では読み抜き難い文字も多いけれども、あとを辿《たど》って見ると、
[#ここから1字下げ]
「われら二人、やみ難き悩みより峠を越えて江戸へ落ち行きます、江戸で一生懸命働いて、皆様に御恩返しをするつもりでございます。
   月日
[#地から2字上げ]あやめ
[#地から1字上げ]大吉」
[#ここで字下げ終わり]
と書いたのは戯れとは思われない。この文面で見ると、女の筆で現わされている。してみれば、若い夫婦か、恋人同士が、家庭の折合いつかず、やみ難き悩みのうちに相携えて江戸へ走るために、国を去るの恨みをとどめた心持がわかると共に、この若女房と思われる人の才気のほども思われないではない。
[#ここから2字下げ]
菩薩未成道時 以菩提為煩悩
菩薩既成道時 以煩悩為菩提
[#ここで字下げ終わり]
と達筆で認《したた》めたのは与八の学問には余る。
[#ここから2字下げ]
蓮の花少し曲るも浮世|哉《かな》
[#ここで字下げ終わり]
と、古句か近句か知らないのを認めっぱなしで年月もところも入れてない。
[#ここから2字下げ]
失恋ノ悩ミニ堪ヘ兼ネテ今月今日此ノ処ニ来レリ
[#ここで字下げ終わり]
と、若い男の筆で書いてある。
[#ここから2字下げ]
来てみればさほどでもなし大菩薩
[#ここで字下げ終わり]
とぶっつけたのもある。
[#ここから2字下げ]
我慢大天狗
邪慢大天狗
打倒大天狗
[#ここで字下げ終わり]
と走らせたのもある。
[#ここから2字下げ]
借金スルノハツライモノ
鍋釜マデモミンナ取ラレテ
スツテンテン
[#ここで字下げ終わり]
と、途方もない自暴《やけ》を飛ばしたのもある。そうかと見れば、また一方にやさしい女文字、
[#ここから1字下げ]
「三寸の筆に本来の数寄を尽して人に尊まれ、身にきらを飾り、上も無き職業かなと思ひし愚さよ――我も昔は思はざりしこのあさましき文学者、家に帰りし時は、餅も共に来《きた》りぬ、酒も来りぬ、醤油も一樽来りぬ、払ひは出来たり、和風家の内に吹くことさてもはかなき――」
[#ここで字下げ終わり]
 何の意味とも知れないが、その筆つき優にやさしく、前の大吉、あやめの二人名の女文字になんとなく通うものがありとすればありと見られ、その筆のあとに血が滲《にじ》んでいると見れば見られてたまらない。
 転じて、西に向いた方を見ると、
[#ここから1字下げ]
「最モ美シイ芸術ホド、自分ノ最モ悪イコトヲ自覚シテヰル人間ノ作ニ成ルモノデアル」
[#ここで字下げ終わり]
と焼筆で走らせたものもある。その次には、
[#ここから2字下げ]
大魚上化為竜 上不得獣額流血水為舟
[#ここで字下げ終わり]
 これも与八にはちんぷんかん。
 更に一方の上壇、白檀張《びゃくだんば》りの床の間とも見える板の表には、
[#ここから2字下げ]
平等大慧音声法門
八風之中大須弥山
五濁之世大明法炬
[#ここで字下げ終わり]
 いともおごそかに筆が揮《ふる》われているのを見る。

         二十四

 かくて、七里村恵林寺へ着いた与八。折よく慢心和尚は在庵で、与八を見て悦ぶこと一方《ひとかた》ならず、ここにまた当分の足を留める与八。
 昼は、与八は寺男のする寺の内外の雑役の一切を手伝った上に、寺所有の山へも、畑へも行く。随所に郁太郎を連れて行って、しかるべきところへひとり遊びをさせて置くが、郁太郎は極めておとなしい。
 夜になると、与八独特の彫刻をする。寺男としては二人前も三人前もらくに働き、彫刻師としては、稚拙極まる菩薩を素材の中から湧出せしめて、欣求《ごんぐ》の志を顕《あら》わす。
 かくて菩薩像の一躯が成れる後、それを和尚に献じてはや出立の暇乞《いとまご》い。
 和尚も志に任せて強《し》いては留めず、
「与八、お前に餞別をやる」
と言って、合掌の印を結ぶことを与八に教えました。
 合掌の印といっても、別段、慢心和尚独特の結び方があるわけではなし、自分の手を胸で合わせて見せて、物を拝むにはこう拝むものだとして見せただけのもの。
 与八はそれを見て、有難い拝み方だと思いました。拝むのに有難くない拝み方というものもあるまいが、あの和尚様のように、ああすると、形そのものからまた別に有難味が湧いて来る、わしもああして拝むべえ……与八は、和尚の合掌を真似《まね》てみせると、
「おお、それでよしよし、これがわしからお前への餞別じゃ。道中、いかなる難儀があろうとも、その合掌一つで切り払え。およそいかなる賊であろうとも、その合掌で退治られぬ賊というものはない、いかなる魔であろうとも、その合掌で切り払えない魔というものはあるものではない。一寸なりとも刃物を持つな、一指たりとも力を現わすなよ、われと我が胸へ合わするこの合掌が、十方世界縦横|無礙《むげ》、天下太平海陸安穏の護符だよ」
 与八はそれを、なるほどと信じました。
 それから和尚は、更に老婆心を尽して言うことには、
「これから先、どこへ行こうとも、縁あるところがすなわちお前の道場じゃ。わしは指図をするわけではないが、お前、気があったら、これから有野村の藤原というお屋敷へ行ってみろ。そこでは先日、家が焼けて、再建の普請の最中だから、お前のその力で働いてやれば、本当の建直しができようというものだ、行ってみる気があるなら行ってみろ」
 こう言われて、与八はそれこそ、また時に取っての縁――ともあれ、その有野村の藤原家というのへ踏出しの縁を置いてみようという気になって、ここを出立しました。
 その道中――といっても五里から十里までの道、同じ甲斐《かい》の国中の有野村のことですけれど、与八としては、ここまでは知己をたよるということもあったけれど、これから先は何も無い――本当の見知らぬ旅の気持になりました。

         二十五

 無心で通り過した甲府の城下――その昔、ここで、自分たちに縁を引いたそれぞれの人たちが、腥風血雨《せいふうけつう》をくぐり歩いた昔話も、与八は一切知らぬが仏――こんな山国の中に、またたいそう賑やかなところがあったもの。郁太郎のためにおもちゃと菓子とを買い与え、自分は茶屋へ寄って弁当で腹をこしらえて、いざ出立。無心で来て無心で過ぎてしまった甲府の城下。
 やがて釜無の川原――弁信法師が曾無一善《ぞうむいちぜん》の身に、また※[#「しんにゅう」、第4水準2-89-74]《しんにゅう》をかけられたところ。琵琶が虐殺されて、肝脳を吐いていたところ。与八のためには遮るものも、脅《おびやか》すものもなにも無い。竜王川原を越ゆれば有野村。

 村へ入ると、もう問わでもしるき藤原家の大普請。木遣《きやり》の声、建前の音ではや一村が沸いている。
 慢心和尚の紹介は地頭の手形よりも有効で、与八は直ちにこの工事の手伝役にありつく。
 与八の体格の肥大であることと、子持ちの労働夫ということが、工事仲間の眼を惹《ひ》いたけれども、それも束《つか》の間《ま》、やがて与八は、この多数の工事人夫の間に没入してしまう、没入して現われないほどによく働いたが、どうしてもまた浮び上らなければならない。それは、第一によく働くこと、第二には総てに親切なこと――珍しい稼ぎ人が来たものだという評判が、それからそれと伝わって、彼の現われるところ、おのずから薫風《くんぷう》の生ずる有様を如何《いかん》ともすることができませんでした。
 ある日、この工事が、本邸の雨滴《あまだれ》の境に据えるところの磐石《ばんじゃく》の選定に苦しみました。
 石は多いけれども、大きくして、そうして雨滴の下に用うる風雅と実用とを兼ねた石が、かねて寄せられたもののうちに急に見つからなかったために、石探しの一隊が組織されました。
 一隊の者が、ここへ据える石を、この近所から物色して来るために派遣されるようになって、与八もその一隊の中へ加えられることになったのです。
 といっても境外へ出る必要はなく、この広大な屋敷のうちを物色することによって、適当のものが見つかるべきはずである。この一隊が、お正午《ひる》休みを利用してその目的のために、ブラブラと出かけるには出かけたが、さて探すとなれば、やっぱり有るようで無いもの、大きさにおいて適当と見れば形に於て整わず、形において面白いと見れば容積が足らず、あれか、これかと評議しながら一行がゆくりなくもやって来たのは、悪女塚の下です。
 この悪女塚を築いた当の暴君は、ただいま旅行中であること申すまでもないが、与八としては、その施主《せしゅ》が旅行中であったにしても、ないにしてもやむを得ないが、同行の一隊の者が全く素人《しろうと》であったことが悲しいことでした。ここに来合わせた者が、悪女塚の悪女塚たる因縁を全く知らない者ばかりでした。
 そうでしょう、お銀様のいる時には、気持を悪がってこんなところへ近づく者はないくらいですから、施主がいなくなってみれば顧みる人すらない。あの当座、知っている者だけが知っていて、知らないものはてんで知らなかったのですから、ここへ来合わせた者がすべて偶然のような工合で、「妙なもの」があることを、この時はじめて発見せしめられた者のみでした。
 そこで一同は、この異様なグロテスクを怪訝《けげん》な面《かお》をして右見左見《とみこうみ》していたが、本来の目的はこのグロテスクを眺むることではなく、単純に雨滴石《あまだれいし》を求めんがためでありました。ところが、偶然にも、このグロテスクの下に於て、ほぼ理想に近い石を発見し得たことです。
 あの土台の下になった蓮華《れんげ》のような形をした一枚石――あれがいかにも、おれたちの求めるものにふさわしいものではないか、あれを持って行けば棟梁にもほめられる、大旦那の御機嫌にも叶うに相違ない、あれが適当だ――という目利《めき》きだけは、すべての者が一致したようです。
 ところで、繰返して言うようだが、このなかに、悪女塚の悪女塚たる所以《ゆえん》を、ほんの露ほどでも知っていた者があるならば、口を抑えて手を振ったことでしょうが、いずれも知らぬが仏でした。
 塚にさしひびかないように取除くならば、あの一枚を引抜いてもよかろうではないか、そのあとへ、別のしかるべきのを見つくろって嵌《は》め込んで置きさえすれば、差支えはなかろうではないか――ということに一同が一致してしまいました。
 そこで、手もなくその一枚だけを悪女塚の台下から抜き取るということに意見も一致すれば、手も揃ってしまいました。
 まことに景気のいい音頭で、悪女塚の台石一枚を抜き取りにかかったのは是非もないことです。
 だが、無雑作《むぞうさ》に抜き取れるだろうと思ったそれは、存外、念入りの工事のために、なかなか思うように外《はず》せないことを発見しました。それがために、よほど周囲を掘りひろげ、隣石と隣石との間をこじあけなければならないことを覚りました。しかし、本来、幅も行き[#「行き」に傍点]も知れた石だから、結局は努力の問題だけだという見とおしで、かなり無理をしてこじたけれども、石の食い合せにドコか執念深いところがあると見えて、ようやく困難を感じて、一同暫く息を入れないことには、一気にはやれないことを覚ったものです。
 郁太郎を背負ってこの一行に加わっていた与八は、離れてその掘返しを見ていたのです。
 それは、自分が手を出すまでのことはなかろうと思うし、また郁太郎も背中にあることだし、第一それに与八は、心して力を出すまいと念じていることがあるのです。それは慢心和尚に戒《いまし》められたからというわけではないが、自分の馬鹿力を出すことは、徒《いたず》らに人の驚異と好奇を惹《ひ》くのみで、その結果のよくなかったということを自覚せしめられていることが多いから、道中では人並みの仕事をし、力を出さねばならぬ時には、人に隠れた場所に限るというような戒めを持っていたから、それで、強《し》いて手出しをしなかったのですが、ここでみんながもてあまし出したのを見ると、気の毒になりました。
 なるほど、見たところでは、さほど苦しまずに抜き出せそうであるが、中の食い合せがしぶといに違いない、無理はいけないな、と思っているうちに、やっぱり無理をしたがります。無理引きをしたり、無理押しをしたりしているうちに、周囲にわたっての土台が非常に痛んでゆくことを見ないわけにはゆきません。それに、こんなことでは、この石一枚を外すのに半日かかるかも知れない。これでは、せっかく棟梁に賞《ほ》められようと思ってした仕事が、叱られる様子になるのもかわいそうだ。
 そこで与八は、ついつい手を出してやる気になりました。
「わしがひとっきりやってみますから、皆さん退《ど》いていてごらんなさい」
 一同は、思わず手を明けて与八を見ると、無雑作に寄って来た与八は、郁太郎を背負ったままで、軽く両手をその一枚石にかけたものです。その時に、右の一枚石が与八の手にかかって、ほとんど篩《ふるい》を廻すような軽みで左右に揺れ出したのには、一同が舌を捲かずにはおられませんでした。
 腕に覚えのある屈強なのが十人近くもかかってこじれなかったのを、あの無雑作な動かし方はどうだ。ここへ来て与八の力量の一端が認められたのは、この時が初めてでありましたけれども、不幸にして、それは、徒らに驚異と喝采だけで納まる場合ではありませんでした。
 こうして、与八の手で無雑作に、三つ四つ左右に揺られた石は、もはや抜き取れたと同様の位置になり、それが抽斗《ひきだし》を抜くように抜き出される瞬間に、グッグッと周囲が鳴り出したのは、最初の事情から見れば、あながち無理とは言えなかったのです。
 最初の石の食合せ方が執拗であったところで、それをコジるために、かなり無理をしているところへ、予想外の大力で一度にガタリと埒《らち》があいたものですから、周囲の土石も一層、狼狽《ろうばい》の度が強かったに違いありません。
 与八も飛び退きました、立って舌を捲いていた連中も一時に飛び退きましたから、幸いに人間は怪我をしませんでしたけれども、その石の四方の腰がグタグタに砕けると、塚の頭に立たせ給うグロテスクが、すさまじい権幕で、もんどり打って下へ落ちころがってしまったのです。
 この場合、人間に怪我のなかったことが何よりとして、一同はホッと息をつきながら崩壊の箇所へ戻って来て見ると、塚の上からまっさかさまに落ちたグロテスクは、与八の手によって抜き出された一枚石の角へ頭の頂天をぶっつけたと見え、その脳天の中央へ一つの穴があいたままで、仰向けにひっくり返されている形相《ぎょうそう》、知らぬ者でも一時は身の毛がよだつほどでしたが、
「まあ、それでもよかった、人間の代りにこれ見ろ、生塚《しょうづか》の婆様が脳天へ怪我をして身代りに立っておくんなさった、まあよかった!」
 口々にこう言って胸を撫で下ろしたけれども、何がまあよかった! のだ。
 まあよかったの言葉が、この塚の施主から出たならば、それこそ本当にまあよかったのだが! その施主なるものは旅中で不在とはいえ、やがて戻って来なければならない運命の人なのだ。
 この人の築いた悪女塚をひっくり返しておいて、まあよかったとホザく百姓ばらを、それで許して置く人であるか、ないか――そのことを知り、その場合を想像した者が、このなかに一人もいなかったことが、幸か不幸かそれは分らないが、知っている者が一人でもいたならば、この態《てい》を見て色を失い、為さん術《すべ》を忘れ、そうしてここにいる総ての奴等が、この石で圧殺されてしまおうとも、グロテスクの頂天へ穴を明けなかった方が、どのくらい幸福であったか知れないということに、身も魂もわななかされてしまったに相違ないが……
 ことに、この下手人の筆頭は、何も知らない好人物の他国者、与八であることの、免《まぬか》れんとしても免れられない運命のほどを、この男のために悲しみ、かの旅行中の暴君のために怖れることは想像にも堪えられないはずなのに……
 ここの一同は存外平気で、あとはあとのように相当に修理し、肝腎《かんじん》の悪女様は、手っとり早く元の座に直すというわけにはゆかないから、単に起して、土台石の一つへ立てかけて置き、そうして自分たちは、ほぼ理想通りの石が得られたことの満足で、他のすべてを自分から帳消しにしてしまっているほど好人物揃いでした。

         二十六

 飛騨の高山も、今日はチラチラと雪が降り出しました。
 相応院の一間に、お雪ちゃんは炬燵《こたつ》をこしらえ、金屏風《きんびょうぶ》を立て廻して、そこに所在を求めながら、考えるともなしに考えさせられています。
 白骨へやった久助さんも、今日あたりはどうしても帰って来なければならないのに、今以て音沙汰がない、まだ二三日はどうにか過せるものの、この二三日が過ぎれば、それこそ本当の絶体絶命だということに思い廻《めぐ》らされなければなりません。
 生活問題ということを、今日まで真剣にお雪ちゃんは考えさせられたことはないのです。こうしてお雪ちゃんは、炬燵に屈託しながら、ぼんやりと金屏風をながめていました。
 この痩所帯《やせじょたい》に金屏風だけが光っている、これはお寺の什物《じゅうもつ》の一つを貸してくれたもので、緑青《ろくしょう》の濃いので、青竹がすくすくと立っている間に寒椿《かんつばき》が咲いている、年代も相当に古びがついて、絵も落着いた筆である。
 この金屏風の金と、竹の緑青と、椿の赤いのを見ていると、屈託したお雪ちゃんの心も落着いてくる。
「お雪ちゃん」
 そこへ、屏風の蔭から竜之助が刀を提げて歩いて来ました。
「まあ、先生」
「あんまり静かにしているから、心配になって見に来ました」
と竜之助が言いました。
「いいえ、いい心持で屏風の絵を見ていましたのよ」
「何の絵が描いてあるのです」
「竹に寒椿、ほんとうにこの青い竹が、すっきりとして、その中に椿が咲いているところが何とも言われません」
「それでおとなしかったならいいが、わたしはまた、お前が何か思いつめているのではないかという気がしました」
「そんなことはございません。まあ、お入りあそばせ、おこた[#「おこた」に傍点]がよく出来ておりますから」
 お雪ちゃんが立ち上って、竜之助を誘おうとする時に、もう竜之助は金屏風の中へ廻って刀を置き、お雪ちゃんと向い合せの炬燵の蒲団《ふとん》に手をかけていました。
「寒いね」
「高山も雪でございます、でも、たいしたことはございますまい」
「久助さんから便りがありましたか」
「いいえ、まだ、何しろ、途中が途中でございますからね」
 竜之助は炬燵に添うて横になりました。頭はちょうど寒椿の葉の下になっている、そこへ肱枕《ひじまくら》で、いつもするようなうたた寝の姿勢をとりました。
 お雪ちゃんは、じっとその様子をながめただけで何とも言わず、ただ深々と櫓《やぐら》の下に手を差込んで首を投げるばかりでありました。
 竜之助もまた、それより押しては何とも言いませんでした。
 それでも、竜之助としては、何かお雪ちゃんの心配事を察して、それを慰めるためにわざわざ奥からここまで出て来たもののようにも思われます。さりとて、押しつけがましい気休めを言うのでもない。お雪ちゃんは、そうしてうたた寝をしている竜之助の横顔を見ると、この人はかわいそうな人だという思いが込み上げて来るのを抑えることはできませんでした。
 どこから見ても、いじらしい人だと思わずにはおられません。わたしの姉さんはこの人が好きであったというが、わたしはこの人が好きなのだか、好かれているのだか、そんなことはわからないが、どうもこんな気の毒な人はない、ほんとうにこのかわいそうな人のためには、どんなに尽して上げてもいいという心持でいっぱいになってしまいます。
 そう思って、炬燵《こたつ》の櫓越しにじっとその顔を見つめると、今日はこの人の髪の毛が、男には珍しい黒い毛であることに感心してしまいました。
 面《かお》がやつれて、一層に青白く見えるのは、この髪の毛が黒いせいだろうということを認めずにはおられません。眉毛が迫って、目の切れが長く流れている。あの眼が涼しく明いていたら、どんな光がさしたことかとも思われずにはおられません。あの黒い髪の毛が、痩《や》せた首筋にほつれている、凄いほどの美人の年増の奥様といったような魅力があるのではないか。キッと結んだ口もとには、意地の悪い深いおとし穴がある。
 あの強い腕にしっかりと抑えられて、あのおろちのような唇が開いた時、あの黒い髪の毛のほつれが頬にさわる、近く寄るとあの蒼白《あおじろ》い顔の色が蝋《ろう》のように冷たくなっている、けれども、蝋よりも滑らかになっているのに、あの唇からは火のような毒。
 ああ、かわいそうな人――心からいたわってやりたい。こうしているうちにも飛びついて、「ああ、先生、わたしは本当にあなたが好きでした」と、あの冷たい頬に、温い血をのぼらせてあげたい。あたしの姉さんはこの人に殺されたような気がするけれども、でも憎めない。わたしだって殺されてあげたっていいことよ。ほんとうにどうして、この人のために、こんなに尽してあげなければならないのか、わたしはこうしてうかうかと、一生を誤ってしまっているのではあるまいか、それも誰のためだと思います。
 ほんとうに、先生、これからのわたしを、どうして下さるの……
 お雪ちゃんは、竜之助の面を見ているうちに、何ともいえない物狂おしい心持でからだのうちがわき立ってきました。
 その時に、外で、
「こんにちは……」
 おとなしやかにおとなう人の声。
「どなた」
 お雪ちゃんはまだ蒲団《ふとん》を離れないで返事をします。
「鶴寿堂でございます、貸本屋でございます」
「貸本屋さん――」
 お雪は立ち上りました。
 立って障子をあけた時分には、貸本屋の番頭、一目見たところで、それはイヤなおばさんの男妾《おとこめかけ》として知られた浅吉さんの生れかわりではないか――誰も驚かされるほどよく似た若い番頭風の男、萌黄色《もえぎいろ》の箱風呂敷を手に提げて、もう縁を上って、座敷へ廻ってしまいました。ぜひなくお雪ちゃんは、
「こっちへおいでなさいまし」
「はい、御免下さいまし」
「雪になりましたね」
「はい、たいしたことはございますまい」
「鶴寿堂さん、この間の義士伝はたいそう面白うございました」
「お気に召しまして有難う存じます、今日はまた新しいのを持って参りましたから、御贔屓《ごひいき》をお願いいたしとうございます」
と言って、もう番頭は包みを解きかける。お雪ちゃんは炬燵のところへ戻って、その間には金屏風がさし出ているから、番頭はその外に、竜之助は全く金屏風の竹と椿の中に没入してしまっていて見られません。
 包みを解いて取り出した貸本の二冊、三冊――
「花がたみ――この方は人情本でございます、これは琴声美人録――、馬琴の美少年録をもじったような作でございます、絵は豊国《とよくに》でございます」
「まあ、こちらの方はみんな筆で書いたものですね」
「ええ、先日も申し上げました通り、あらかた焼けましたものでございますから――残っている分や、借出した分を残らず筆記に廻させておりますが、借り手はたくさんにございますから、書き手が足りませんで困っております」
「でも、よくまあ、こう丹念に書けますね」
「なあに、素人《しろうと》でございますがね、原本を写して書きますと、誰にもやれることなんですが、さて、なかなかありませんでね」
 火事で蔵本が焼けてしまって、補欠のために筆写をさせて、それを借方《かりかた》へ廻しているということはこの前に聞いたが、その筆耕が足りないことを本屋がこぼしている。お雪ちゃんはその書き本を手に取ってめくっていたが、なるほど、丹念には写したようだが、素人がやったと見えて、見れば見るほど不器用なところが多い。
 でも、こういう際には、これでけっこう役に立ち、読む人に相当の慰めが与えられるのも重宝《ちょうほう》だと思いました。
「まだほかに妙々車《みょうみょうぐるま》という近刊物で、たいそう面白いのが一組だけ出ましたが、誰かそれを写してくれる人はないかとしきりに探しておりますが、見つかりませんで困っております、素人で少し絵心のある人ならたれでもいいと思いますがね、二通り、三通り写して置けば商売にもなり、この際、焼け出された人の人助けにもなるのでございますが、なかなか人がございません」
 こう言って、貸本屋の番頭が繰返してこぼすのを、ふと聞き咎《とが》めたお雪ちゃんは、急に口がどもるような気がして、
「あの、本屋さん……」
「はい」
「それはなんなの、素人《しろうと》でも丹念にやりさえすればいい仕事なの?」
「ええ、もう、こんな際ですから、本職ようの註文などをしてはおられません、少し絵心のある人で、見た眼の感じがよくさえあれば充分でございます、原本がたしかですから、透きうつしが利《き》きますし、案外骨の折れない仕事でございます」
「では、本屋さん、ぶしつけですけれども、その仕事をわたしにやらせて下さらない?」
「え、あなた様が……」
「わたしでよろしかったらば……その写本にあるくらいのことはやれましょうと思います」
「それはほんとうに願ったり叶ったりでございます、あなた様ならば……」
 貸本屋が乗り気になりました。
 お雪ちゃんとしては、いい機会を捉えたもので、生活の真剣な苦しい思いが、お雪ちゃんをして、このいい機会を掴《つか》ませるようにおし進めたとも見られないではありません。
 事実、お雪ちゃんの年ならば、ここにいま持参して来た本ぐらいのことは、充分に自信がある、そういう写しものの仕事があるならば、それこそ時にとっての生活を救う無上の内職であると、勇みをなさずにはおられません。
「でございますが、お礼といってはホンの少しばかりで、お気の毒でございますが」
と番頭は入念につけ加えたことが、かえってお雪ちゃんに安心を与えるようなもので、
「ええ、いくらでもかまいませんのよ、わたしにまあ、試しに一冊だけをやらせてみて頂戴」
「では、明日持ってあがります」
 貸本屋を帰してしまった後で、お雪ちゃんはなんとなく心の勇むのを覚えました。そして、身に何かの力がついたように思われてきました。
 先日、あの貸本屋が最初に見えた時、この際、貸本でもあるまいと思い返してもみたことだが、自分はとにかく、竜之助を慰むるためには、何でも軽い読物が第一でなければならぬということを考え、このなかから五六冊借りてみたことが縁でありました。
 その奇縁が、今日は先方からこういう仕事を持ち込んで来る、この際、自分の腕で、たとえ少しなりとも働き出してみせるという機会を与えられたことが、やっぱりお雪ちゃんにとって、言い知れぬ力とならずにはおられません。

         二十七

 その翌日になると、果して鶴寿堂が、原本はもとより、紙も、墨も、筆も、硯《すずり》まで整えてお雪ちゃんのところへ持って来ました。
 その原本というのは「妙々車」と題した草双紙でしたけれども、お雪ちゃんには草双紙が光を放つかとばかり尊く見えました。
 番頭が帰る早々、机を据えてその写しものにかかりました。
 お雪ちゃんは、本来こういうことが好きなのです。好きなところへ生活の圧迫がさせるのですから、その熱心さ加減というものはありませんでした。全く集中した興味で、一気に一枚二枚を写し取って、その出来栄えを見直すと、自分ながらそう拙《まず》いものだとばかりは思われませんでした。
 現に見本として、誰が書いたかわからないが、昨日借りて置いた素人《しろうと》うつしの一冊「花がたみ」というのから比べると、自慢ではないが、自分の方がずっと出来がよい、絵をうつすにしても、本文を頭に入れて置いてかかるから、作中の人々の気持が多少乗り移るように感じてなりません。
 それに本文は、筆写にかかわる必要はないから、すらすらと自分流に、画面にも合うように筆を走らせるから進みも早く、その日のうちに、十余枚の一冊を苦もなく仕上げてしまいました。この分なら、慣れさえすれば一日に二冊は間違いないと思いました。
 異常な興味と勇気とをもって、それの初冊を仕上げてしまったお雪ちゃんは、その夜右の一冊を手に持って、竜之助の枕許《まくらもと》に来て、
「先生、ほんとうによい仕事をしました、骨の折れるどころじゃありません、わたしの大好きの仕事ですから、仕事というよりは、楽しみでございますわ、まあ、ごらん下さい、これでも本屋さんは何と言うかしら」
 初仕事の出来栄えを、見えない人に見てもらいたいほど、お雪ちゃんは自分の仕事を珍重しています。
「何だね、何をうつしたんだえ」
と竜之助が尋ねました。
「『妙々車』という合巻物《ごうかんもの》でございます、春馬作、国貞画とありますが、まあ、わたしの書いたところをはじめから読んでお聞かせ申しましょう、なかなか面白いお話ですけれど、話にしてあげるよりも、わたしの書いた通り読んでお聞かせしましょう」
と言って、お雪ちゃんは、自分の作ったものを、自分で朗読でもして聞かせるかのような意気組みで……
[#ここから1字下げ]
「中古のころなりけん、ゑちごの国、うをぬまのこほり、八海山《はつかいざん》のふもとなる雷村《いかづちむら》といふところに度九郎とよぶかりうどありけり、そのつまは荒栲《あらたへ》とて、ふうふともうまれつき、貪慾邪慳《どんよくじやけん》かぎりもなくよからぬわざのみ働く故、近きあたりの村里に誰ありて、彼等めうとに親しみむつぶものなく、ある年、冬の末つかた、荒栲は織上げし縮《ちぢみ》を山の一つあなたなる里に持行き売らんとするに、越路《こしぢ》の空の習ひにて、まなくときなく降る雪の、いささかなる小やみを見合はせ、橇《かんじき》とて深雪の上をわたるべき具を足に穿《は》き、八海山の峰つづき、牛ヶ岳の裾山を過ぎるに、身重《みおも》にあれば歩むさへ、おのれが思ふにまかせざりけん、そのあたりに足踏みすべらし、谷間へ深く落ちいりしが、不思議に身持を破らざれば、いかにもして登らばやと、打仰ぎて上を見るに、四方に岩の覆ひ重なり、昼なほ暗き深谷の底、ことには雪の降りうづみ、更に登らんよしなければ頻《しき》りに悲しみもだえつつ、ここかしこ見まはせば、横の方に大洞《おほあな》ありて、奥より出で来るもの見えたり、荒栲《あらたへ》ふたたび驚き怖れ、ひとみを定めてこれを見ると、丈《たけ》抜群の熊なりければ、さてわが身はこれがために、命を取らるるものよと思へど、いかにもせんすべなければ、心のうちに思案なし、けものは人の物言ふをわきまへべきやうはなけれど、懐妊の身のかかる難儀を告げて命を乞うてみばや、その上にて聞きわけずばそれまでよと思ひさだめ、進み近づく熊の前に跪《ひざまづ》き、涙を流して、かかるところに落ちいりしは、わが身のなせしあやまちなれば、よしやそなたに噛まるるとも、恨む心はさらさらなけれど、ただ恐ろしきは、みごもりて早や五月になる身故、宿せしみづ子のあさましや、この世に出づる日もあらで……」
[#ここで字下げ終わり]
「ここで次へとなっておりますのよ。この文章の間に絵がありますの、わたしの描いた絵を見せてあげたいけれど、口で言ってみますと、左の方に猟師の度九郎が炉へ焚火をしながら、縮《ちぢみ》を売りに行く女房の荒栲《あらたえ》を見返っておりますのよ。女房の荒栲は、縮を小腋《こわき》に当てて、右の手には竹笠を持って、蓑《みの》を着て外へ出て行こうとしているところを描いてあります。住居は越後の山の中の猟師ですね、壁には鼬鼠《いたち》のようなのが一匹と、狸かなにかの剥いだ皮が吊してあります、鉄砲も一梃立てかけてあります――この二人の夫婦の悪党が、それからが大変なのです」
 この仕事は、実にお雪ちゃんのためにも、二重にも三重にも興味と実益とを与えたものでした。
 第一、お雪ちゃんは、これによって、生活と関連した仕事の興味を覚えると共に、仕事そのものが自分の好きな道とぴったり来ていることの興味が集中し、それから仕上げた仕事を竜之助に報告し、その内容を読んで聞かせたり、話にしたりすることによって、自分も満足を感じ、相手を慰め得ることにもなる、すべてにこんな異常な力を感じたことは近来に全くないことで、それがためにお雪ちゃんは、久助さんのことも、北原君のことも、白骨谷のことも、一切忘れ去るほどに緊張を感じていたことは事実です。
 そうして、翌朝を待っていてみると、果して鶴寿堂がやって来て、お雪ちゃんの仕事の成績を一見するや、舌を捲いて喜び且つ賞《ほ》めあげました。
 それを聞くとお雪ちゃんは、大試験が一番の成績で及第したほどうれしく感じているところへ、この出来栄えでしたら、玄人《くろうと》はだしですから、この後も続々仕事を持ち込みますによって、欠かさずやっていただきます、先日も申し上げた通り、お礼というほどのことはできませんが、今までの例によって、少々のところ、明日改めて持参いたしますから、何分よろしく――と言って、写し物の分を持って帰り、続いての仕事の三冊を置いて帰りました。
 これに一層の元気と自信を得たお雪ちゃん、竜之助に呼ばれても返事を忘れるほど、机にしがみついて離れませんでした。
 その翌日になると、鶴寿堂はあとの仕事を持ち込むと共に、金一封をお雪ちゃんの前に置き、一枚について幾らずつの計算で、これから無限にお引受けを願いたいと言われた時に、お雪ちゃんは胸がわくわくして、いきなりその一封を押戴きたいほど嬉しくなりました。
 鶴寿堂が帰った後、その一封の金包を持って、転がるように竜之助の枕辺に走《は》せつけたお雪ちゃん、
「先生、わたしが稼《かせ》ぎました、生れ落ちてから、今日という今日はじめて、自分の腕でお宝を儲《もう》けることができました。これはそのままじゃおけません、わたしはこれを神棚へ捧げます、そうしてこれから買物に出かけます、小豆《あずき》の御飯を炊いて、お頭附《かしらつ》きでお祝いをしましょう。わたしの稼いだお金で買ってあげなければならない。ですから、忙しいけれども、わたしこれから町へ出てまいりますわ、そうしてこれで小豆とお頭附きと、そのほかに買えるだけのものを買ってまいります。あなたのためにばかりじゃありません、わたしも自分のために、自分のお宝で買いたいものがありますもの」
と言って、お雪ちゃんは竜之助の枕許で喜びました。
「ねえ、先生、おとなしく待っていて下さい、わたしが、わたしの儲けたお金で、あなたを喜ばせるおみやげを買って来てあげますから、ほんの少しの間、おとなしく待っていらっしゃい……」
 お雪は、竜之助に頬ずりをしないばかりにして出て行きました。
 竜之助も、それを拒む由はないが、喜んで出て行ったお雪のあとに、一抹《いちまつ》の淋しいものの漂うのに堪えられない気持がしました。

         二十八

 ちょうどその日、代官の屋敷では新お代官の胡見沢《くるみざわ》が、愛妾のお蘭の方と雪見の宴を催しておりました。
 雪見といっても、雪は降っていないのですが、三日前、チラチラふった雪の日に、一杯飲もうと言ったのが、急の用件で延び延びになったために、今日その雪見の宴を開いて、水いらずに楽しんでいるという次第です。
 そこへ、女中が取次に来ました。
「あの、いつも見えます鶴寿堂が参りました」
と、それは主人公の胡見沢に向っての注進ではなく、お部屋様のお蘭さんの顔色をうかがっての取次でした。
「政吉が来たかい、政吉ならここへお通し」
 お蘭の方は、主人の同意を得ることなしに、独断でこの席への出入りを許したものです。
 まもなく、女に導かれて、廊下伝いにこの席へ現われたのは、相応院のお雪ちゃんをお得意とする貸本屋鶴寿堂の若い番頭、なおくわしくいえば、白骨へイヤなおばさんが同伴して来た浅吉という男とそっくりなあれです。
 番頭は敷居外にうずくまって、額が畳へ埋れるほどにお辞儀をしました。いつも御贔屓《ごひいき》にあずかるお部屋様に対しての敬意ばかりではない、飛騨一国を預るお代官の御列席へ、特に入場を許さるる自分の待遇に恐れ入ったものと見えます。
「何ぞ面白い本が出たかえ」
と、お部屋様のお蘭が聞きました。
「はい、うつし本ではございますが、近ごろ評判の新刊物が出来ましたから、ごらんに入れたいと存じまして持って参りました」
「それは御苦労、ここへ出してごらん」
「はいはい」
 若い番頭は、一層の恐縮をもって風呂敷を解いて、その中から薄葉綴《うすようつづ》りの三冊を取り出して、
「はい、ただいま評判の種彦物でございます、絵の方も豊国でございまして、なかなか出来がよろしうございます、写し本ではございますが、原本の情味がすっかり出ているものでございますから」
と言って、恐る恐るお蘭の方の前へ捧げたのは、赤い色表紙の美しい製本になっていましたが、中身はこの二三日来、お雪ちゃんが丹精をこらして書き上げた「妙々車」であります。
「まあ、ちょっとお見せ」
 女中の手からお蘭はその冊子を取り上げて、中身をめくり、
「これは面白そうだね、雪国の話、大きな熊が出ているわ――誰が写したのか女の手のようね、なかなかよく書いてある、絵もよくうつしてあるわねえ」
 それがお目に止まったのは、得たり賢しというみえで、番頭が、
「うつしたのは、いいところのお嬢様なんですが、特にお頼みして書いていただきました、その初《はつ》おろしをこちら様に読んでいただきたいものでございますから、まだ綴目《とじめ》折らずでございます」
 商売柄、如才ないところがある。なんにしても初物は気持が悪くないと見えて、お蘭の方の御機嫌も斜めでなく、
「では、ゆっくり貸して置いて下さい、これんばっかりじゃないでしょう、まだあとが続くんだろうねえ」
「ええ、続くどころではございません、まだあとが五十冊もございます、一生懸命うつさしておりますから、追々とごらんに入れまする」
 若い番頭がまた頭をこすりつけると、いよいよ御機嫌のよいお部屋様は、
「まあ、政ちゃん、こっちへ入って、殿様から一つお盃を頂戴なさい、今日はわたしたちの雪見だから無礼講よ」
「これは恐れ入りました」
「御前様、これがあの鶴寿堂の政吉でございます」
「そうか、入れ入れ、今日は雪もないのに、この女からせがまれて雪見だ。貴様、なかなかの色男だという評判だが、何か艶種《つやだね》があるなら語って聞かせろ。それ――」
 これが、いわゆる新お代官の下し置かれるお言葉で、そのお言葉が終ると、それと言って投げてくれた盃です。
 恐れ入ってしまって、その受けようも知らないでいると、お部屋様が、
「政どん、御前がああおっしゃるから、御辞退は失礼だよ、遠慮なくこちらへ入って頂戴なさい」
 ぜひなくその前へ引き込まれて、御両方《ごりょうかた》の前へ引据えられたという次第です。
 引据えられると共に、下し置かれた盃を恭《うやうや》しくいただかねばなりません。
「ほんとうにこの政どんは、人間がおとなしくって、商売に勉強で、親切気があるといって、お得意先で持てること、持てること……町の芸妓《げいしゃ》たちなんぞは、政どんからでないと、本を借りないことにしてあるそうでございますよ」
とお部屋様がはしゃぐ。新お代官は頷《うなず》いて、
「そうかそうか、色男というやつは得なもんだ、拙者もあやかりたいものだ」
「御前、この政どんは、一まきがみんな色男に出来てましてね」
「うむ、そうか」
「これの兄さんなんぞは、またどうして……」
 お蘭が、はしゃぎついでに、何か素破抜《すっぱぬ》きをやり出しそうなので、周章《あわ》てて盃を下に置いた若い番頭は、
「ああ、どうぞもう御免くださいまし、それをおっしゃられますと、消えてしまいとうございます」
「何のお前……」
とお蘭さんは、多少の御酒かげんでけっきょく面白がって、
「何のお前、恥かしいことがあるものかね、お前の兄さんなんぞは、高山第一の穀屋のお内儀《かみ》さんに惚れられて……」
「どうぞどうぞ、御勘弁くださいまし」
「勘弁どころか、お前の方から堪忍分《かんにんぶん》を貰いたいくらいのものだよ。高山第一の穀屋のお内儀さんに、この人の兄さんの浅さんというのが、すっかり可愛がられちまいましてね、御前……」
「もうたくさんでございます、もうおゆるし……」
 政吉は盃を下に置くと、身を翻えして、あたふたとこの場を逃げ出してしまいました。それを抑えようでもなく、あとでは、新お代官とお部屋様の高笑いがひときわ賑わしい。

         二十九

 これより先、あんな喜び方で、竜之助にしばしの暇乞《いとまご》いをしたお雪は、自分の座敷へ取って返すと、同時に気のついたのはこのなり[#「なり」に傍点]ではどうにもならないということでした。内にいる分には何でもいいが、外へ出るには、これでは……と悄気返《しょげかえ》ったのも無理はありません。あれ以来今日まで、まだ町へ下りたことのないのに、これでは仕方がない、ほんとうに貰い集め、掻集め同様の衣裳で身をつくろっているという有様ですから、全く出端《でばな》を挫《くじ》かれてしまいました。
 といって、買物を止める気にはさらさらならない、と、目についたのが、衣桁《いこう》にかけた例のイヤなおばさんの形見の小紋の一重ねです。あれを引っかけて行こうか知ら、あれなら、どうやら外聞が繕《つくろ》えるが、気恥かしいばかりではない、見咎《みとが》められた時の申しわけにも困りはしないか。
 といって、やっぱりこの場は、あれを着て行くよりほかはない。いっそ晩にしようかと思いましたが、夜は物騒であって、とても一人で出て行けるものではない。これにひっかかったお雪ちゃんは、ほとんど当惑に暮れてしまったが、ふと、壁に寺用の雨具のかかっているのを認めました。
 雨具というけれども、それは雪具といった方がいいかも知れない。竹の笠と、半合羽《はんがっぱ》と、カルサンと、藁沓《わらぐつ》といったようなものが、取揃えられてあるのを見ると、あれをお借りしようという気になりました。
 あれですっかり身ごしらえをして行けば中身は何でもかまやしない、ちょうどあんなふうにして、近在や山方から出て来る娘さんの姿をよく見かける、この辺ではかえって、あんなにして出た方が目につかなくていいと思いました。

 まもなく、笠と、合羽と、かるさん[#「かるさん」に傍点]で、町へ下りて行くお雪ちゃんの姿を見ました。
 なるほど、こうして行く方がこの辺では目に立たない、笠の中をわざわざ覗《のぞ》いて見ない限り、見咎められるはずはない、また、見咎められたとて必ずしも暗いこともないけれど、この方が安心だと、自分も思い、周囲のうつりもよかったのです。
 そうして、無事に、久しぶりに町へ出て見ましたが、焼跡の工事もかなり進んでいる。どこでどう買物をしていいか、ちょっと戸惑いをするが、ほぼ勝手を知った宮川筋を上って行くと、そこに一つの大きな小屋が立っていて、その小屋が全部、公設市場のようになっているのを見ました。
 これは、火事あとへ直ぐに出来た「お救い米」の小屋であったことをお雪ちゃんも知っている。今は、「お救い米」の時は過ぎたが、そのあとが、白米をはじめ諸日用品の廉売所となっていることは今はじめて知りました。
「お救い米」が済んだ後で、諸色《しょしき》が高くなるにつれて、売惜み、買占めをする奴がある、それを制するためにお代官が建てたものだということまでは知らないが、ともかく、この市場へ入れば、大抵の物は買えるような組織になっているのだという目利《めき》きは直ぐにつきました。そこで、お雪ちゃんは、遠慮なくこの市場の中へ入って行きました。別段に恥かしい思いなんぞはなく進入することのできたのも、この臨時の仮装の賜物《たまもの》、なるほど、自分同様の装束をした近在山里の女連が、ずいぶんこの中にいますから、心強いようなものです。
 お雪ちゃんの主なる目的としては、小豆とお頭附きを買うことにあるのです。小豆は直ぐに用が足りたけれども、お頭附きは何を買っていいか、ちょっと惑わされて、あれこれと見つくろっている。
 そこへ、お代官のお見廻りがあるというので、市場のうちがざわめいて、またひっそりとしてしまいました。売る者も、買うものも、みんな恐れ入ってしまった。大抵は土下座をきって静まり返ってしまいましたが、お雪ちゃんはどうも土下座をする気にもなれず、そうかといってうろうろしてもいられないから、乾物屋のうしろに小さくなっていると、巡検のお代官がその前へやって来たのです。
 新お代官というのは、赤ら顔のでっぷり太った男で、向う創《きず》まであるが、お代官としては存外、磊落《らいらく》な性質と見え、大声で附添の者と笑い話をしながらやって来る。実はこの公設市場は、お代官として得意な施政の一つなので、この非常の際の買占め、売惜みを防ぐものに、逸早《いちはや》く官権の手で日常物価の公平を保つ機関を作り上げた、成績がなかなかいいという報告を聞いたものだから、この際、実地検分に来たものと見えます。
 事実、この新お代官なるものは、ずいぶんと悪い噂《うわさ》もあるが、またなかなかの苦労人と思われるところもあり(前身はなんでもバクチ打ちの経歴まであるということ)したがって型破りの手腕を見せることがないではない。現にこの公設市場なんぞは、たしかに悪いやりかたではなく、物価政策の機先を制したなんぞは、たしかに月並みのお代官にはできない働きだと賞《ほ》める者もあるくらい。
 そこで、大得意で巡検してお雪ちゃんのいる乾物屋の前まで来ましたが、お雪ちゃんは直ちに、このお代官様は少々酔っていらっしゃると感じました。本来得意のところへ、一杯機嫌でしたから、怖いものの元締になっているお代官が、開けっ放しの心安いものに見えないではありません。
 笠は取りたくはないが、被《かぶ》っているわけにはゆかないから、取外してお雪ちゃんが頭を下げていると、それが早くもお代官のお目にとまったようです。
 いったい、悪い領主やお代官には、自分の女房や娘は滅多に見せるものではないのです。慣れたものは大抵そのへんは心得ているが、お雪ちゃんはあらかじめ、そんな気兼ねを置くの余裕もなにもなくして出て来たのですが、笠で隠していれば何のこともなかったのですけれど、こうして笠を取ってみると、その衣裳と面立《おもだ》ちとはどうしても釣合わないことが、この際、誰にも認められることになるのはやむを得ませんでした。
 そこで新お代官は、お雪ちゃんの前でちょっと足を止めました。
「お前はこの店の掛りかい」
 不意に言葉をかけられたので、お雪ちゃんはうろたえ、
「いいえ――」
 その返答ぶりだって、近在の山奥から出て来た娘ではない。
「どこだい」
「はい」
 お雪ちゃんは返答に窮してしまったが、折よくそこへ来合わせた兵隊が一人、
「もはや、あの農兵の組合せが出来上りまして、いつにても調練の御検閲をお待ち申しております」
「ああ、あの農兵の調練か、この足で出向いて行く、御苦労御苦労」
 お雪ちゃんを見ていた新お代官は、この兵隊の復命を聞くと頷《うなず》いて、前へ歩み出しましたが、どうも横目でじろじろとこちらを見ていられるようで気味が悪い。
 それでもその場はそれだけで、何のこだわりもなく、市場は以前のような喧噪《けんそう》と雑沓《ざっとう》にかえり、お雪ちゃんは首尾よく手頃のお頭附《かしらつ》きを買って家へ帰りました。
 帰ってみると、何にするためか、碁盤を前にして、紙を畳んでは刻み、刻んでは畳んでいるところの竜之助を見ました。
 お雪ちゃんはいそいそとして、買い調えたものの料理にかかり、それより適当の時間に、やや早目な晩餐が出来上り、やがて睦《むつ》まじく膳を囲みました。
 お祝いが済むと、また緊張しきった気持で新しい仕事にとりかかる心持まで、充実しきっておりました。

 しかしお雪ちゃんが立って行くまもなく、例の公設市場に一つの難題が起ったことは、お雪ちゃんの知らない不祥事でした。
 それは、お代官から改まって三名ばかり役人が見えて、さいぜん、お代官が検分の砌《みぎ》り、この乾物屋の附近に立っていた在郷らしい女の子はいったいありゃ何者だ、どこの誰だか詮議《せんぎ》をして申し上げろということです。
 そこで、市場の上下が総寄合のように額を集めて、あれかこれかと詮議をしてみましたけれども、要領を得たようで得られないのは、本人はたしかに見たが、その在所が一向にわからないことです。小豆を買い、お頭附きを買い、その他、椎茸《しいたけ》、干瓢《かんぴょう》の類を買い込んで行ったことは間違いなくわかりましたけれども、どこの何者かどうしても分らないのです。ただ、言葉つきから言えば、決してこの山里から来た者ではなく、そうかといって、土地の者でも、上方風の者でもないことは明らかだし、その風采や、品格から言えば、なかなか山里や在郷の者ではないが、いでたちは、ざらにあるこの辺の山出しの娘にちがいなかった――ということだけは誰も一致するのですが、さてそれが何者で、どこから来たかということは一向わからない、それに、連れといっては一人も無く、たった一人で来たことも間違いないから、聞き合わせる手がかりもないことです。
 その旨をお代官の下役に答えると、下役の御機嫌の悪いこと。
 こういう意味で、あいまいに復命すれば、それはきっと隠し立てすることの意味のほかに取られるはずはない、もし身許がわかってお召出しを蒙《こうむ》った日には、及ぼすところの迷惑甚大なところから、身許不明ということにさえしておけば、まずは無事――という算段から出たとお代官に睨《にら》まれるにきまっている。お代官の威勢として、たった一人の山出しの娘が突留められないとあった日には、自分たちの首の問題でもある。そこで下役は自然市場の連中に辛く当らなければならない段取りになる。
「そういうあんぽんたんの行き方で、商売がなるか! 言葉尻をつかまえておいても方角はわかりそうなものだ。貴様たち、心を合せてかくまいだてするなら、その了見でええ、吾々にも了見がある、明朝までにきっと詮議をしてなにぶんの返事をせい」
 こういって市場連を威丈高に嚇《おど》し立てたものです。
 この嚇しは利《き》きます。今晩は寝ないでも市場の関係人全体は手をわけても、その身許を突きとめない限り市場組合員は所払いとなるか、欠所《けっしょ》となるか、そのことはわかりません。

         三十

 その夜の――暁方のことです。
 最初に宇津木兵馬が触書《ふれがき》を読んだ例の高札場のところ。
 歯の抜けたような枝ぶりの柳の大樹。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の百という野郎が、芝居気たっぷりで隠形《おんぎょう》の印を結んだ木蔭。
 あそこのところへ、また以前と同様な陣笠、打裂羽織《ぶっさきばおり》、御用提灯の一行が、東と西とから出合頭にかち合って、まず煙草を喫《の》みはじめました。
 東から五人、西から五人――かなりの仕出しが、舞台の中程、柳の下へずらりと御用提灯を置き並べ、その附近の石と材木とへ一同ほどよく腰を卸して、申し合わせたように煙草をのみ出したことは、この間の晩と今晩とに限ったことではなく、いつもここが臨時非常見廻役の会所になっていて、ここで落合ってから、東の奉行は西へ、西の奉行は東へ、肩代りをして一巡した後にお役目が済んで、おのおのの塒《ねぐら》へ帰る順序ですから、ここは会所であると共に、交番所であり、同時に東は東の動静を、西は西の持分の動静を、おのおの報告し合って、役目の引きつぎ所ともなる。
 けれども、会合、交替、引きつぎ、すべてそう改まって角立ったことはなく、こうして三べん廻った煙草のうちの、出放題の世間話のうちに含まれて、そのすべての役目が果されてしまうわけです。
 そこで、先晩は、専《もっぱ》ら下原宿の嘉助の娘のお蘭の出世が話題となり、後ろに聞いていたがんりき[#「がんりき」に傍点]の百を大いにむずがゆがらせたが、今晩もあの調子で、
「時に、市場でも難儀が降って湧いてのう、あの娘《あま》っ子《こ》、まだ身性《みじょう》がわからんかいのう」
「まだわからんちうがのう、困ったもんじゃのう、なんでも市場の世話役は、勧賞《けんじょう》つきで沙汰をしおるちうが、つきとめた者には二十両というこっちゃ」
「二十両――このせち辛い時節に、えらい掘出しもんじゃのう」
「市場連も、勧賞と聞いた慾の皮の薄いわいわい連も血眼《ちまなこ》じゃがのう、明日の九ツまで見つからんと、あの市場総体が欠所を食うじゃろうて」
「何してもそれは気の毒なこっちゃ、勧賞はどうでもいいが、市場連を助けてやりてえもんじゃのう」
「一骨折っちゃ、どうでごんす」
「さあ、当番でなけりゃ、何とか一肌ぬいでみようがなあ、いったい、手がかりはあるのかや、物怪変化《もののけへんげ》が、木の葉をもって買いに来たわけじゃあるまいからのう」
「物怪変化じゃねえさ、ちゃんと世間並みの鳥目《ちょうもく》を払って、小豆と、お頭附きと、椎茸《しいたけ》、干瓢《かんぴょう》の類を買って行かれた清らかな娘《あま》ッ子《こ》じゃげな――払ったお鳥目も、あとで木の葉にもなんにもなりゃせなんだがな」
「小豆と、お頭附きと、椎茸、かんぴょうを買うて行ったんや、何かお祝い事じゃろう」
「どんなもんじゃろう」
「わしゃ思いまんなあ、その娘ッ子、山家《やまが》もんじゃごわせんぜ」
「だが、合羽、かんじき、すっかり山家者のいでたちじゃったということじゃ」
「でも、山家者なら椎茸なんざあ買いやしませんがな」
「はてな」
「木地師《きじし》の娘ッ子じゃござらんか」
「木地師の娘ッ子なら、たんと連れ合うて来るがな、一人で来るということはごわせんわい、それに、木地師の娘ッ子ならお尻が大きいわいな」
「土地ッ子ではなし、よそから奉公に来ている娘ッ子という娘ッ子はみんな人別を調べてみたが、当りが無いというこっちゃ」
「何とかならんもんかなあ」
「明朝九ツまでにわからんと、首ととりかえせんじゃがなあ」
「そうじて泣く子と地頭にゃ勝たれんわな。水戸の烈公さんなんて、あれでなかなか強《ごう》の者《もの》でいらっしゃったるそうな」
「水戸様の奥向は大変なことだってなあ、で、以前一ツ橋様なんぞがお世継《よつぎ》になろうものなら、それ、あの親子して狒々《ひひ》のように大奥を荒し廻るのが怖ろしいと、将軍様の大奥から故障が出て、温恭院の御生母本寿院様などは、慶喜が西丸へ入れば、わたしは自害すると言って、温恭院様の前でお泣きなされたそうな」
「奥向ばっかじゃないな、御領内の女房狩りでは、百姓の女房でもなんでも御寵愛《ごちょうあい》なさるそうだげな、前中納言様が……」
 時々、水戸家に関する有る事、ない事の浮評が、この辺、この連中にまで伝わっていると見え、消えかかった提灯の蝋燭《ろうそく》が、またはずみよく燃えさかるのである。
「水戸の今の殿様は、結城《ゆうき》から入った阿《お》いねというのを御寵愛になるげなが、この女子《おなご》は、昼はおすべらかし[#「おすべらかし」に傍点]に袿《うちかけ》という御殿風、夜になると潰《つぶ》し島田に赤い手絡《てがら》、浴衣《ゆかた》がけという粋《いき》な姿でお寝間入りをなさるそうな。それでそれ、こっちの親玉(新お代官)も、もとは水戸の出身じゃろう、その真似《まね》をなさるわけでもあるまいが、あのお蘭のあまっ子も、夜分になると、潰し島田に赤い手絡といった粋な風俗《なり》に姿をかえるげな」
「誰か、お寝間の隙見をしたものがあるのかね」
「いやもう、その辺のことは格別――水戸様ばかりじゃござんせんわい、わしらが聞いた大名地頭の好者《すきもの》には、まだまだ凄いのがたんとございますって。ここのお代官なんぞは、やわいうちでござんすべえ」
「何しても、泣く子と地頭には勝たれん、市場連中のために、その女子の心あたりを、これからなりとせいぜい頼みますぞ」
「はいはい、他人事《ひとごと》じゃごわせん」
「じゃ、これで交替」
「いや御苦労さま」
「いや御同様さま」
「どうれ」
「どっこい」
「どうれ」
「どっこい」
 こうして、東西五人ずつの非常見廻りの交替と引きつぎの事務は済んでしまったもので、おのおの御用提灯が右と左へ悠長に揺り出して行く。
 この交替と引きつぎが済んでしまった後、気のせいか、この間の晩のように、柳の木蔭にまだ何か物怪《もののけ》が残っているようです。
 あの時は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎が、あわててくしゃみを食い殺して背のびをしたが、そう毎晩、柳の下にがんりき[#「がんりき」に傍点]がいるはずはないが、どうも非常見廻りの連中が去った後に、おのずから人の気配が柳の木蔭から、ぼかしたようにうっすりと現われて、やがて影絵のような影がさしました。
 それは別人でなく、この前の晩に宮川の川原の蘆葦茅草《ろいぼうそう》の中を、棺巻《かんまき》の着物をかかえてさまようた怪物、桜の馬場で馬子を斬ろうとして逸走せしめたあの覆面が、今晩もまた、夜遊びに出たのです。
 何の目的ということもなく、何の理由ということもないが、一旦、夜遊びの味を占めると、少なくとも一晩に一度は夢遊の巷《ちまた》を彷徨《さまよ》うて帰らないことには、血が乾いて眠られないらしい。
 この柳の木蔭にいたのは、今晩、この見廻りの連中を斬ってみようとのためでないことは、隠れていながら、少しも殺気を感じなかったのでもわかるが、ひらりと鱗を見せただけで高札場の後ろに消えてしまいました。
 そこからは、加賀の白山まで見とおしの焼野原――
 犬の遠吠えも遠のいて、拍子木の音も白み渡って、あたり次々に鶏の声が啼《な》き渡る。

         三十一

 その晩、相応院へ帰って来た机竜之助は、いつもあるべき人の気配《けはい》が無いことを直覚してしまいました。
 その蒲団《ふとん》の裾につまずき倒れようとして踏みこたえながら、夜具の中へ手を入れてみたのですけれども、中は冷たくありました。
 その面《かお》に、近頃に見なかった、すさまじい色が颯《さっ》と流れたが、どうする手だてもないと見え、そのまま刀を提げて、さっさと屏風《びょうぶ》のうちに隠れてしまって、その後の物音がありません。
 夜は全く明け放たれたけれど、今日は早く起きて水を汲む人もなし、部屋を掃除する者もなし、膳を調えて薦《すす》めようとする者もないが、座敷の一方だけはあけ放されたままです。だがあけ放されたのは、その一方だけで、他の部分は、日脚が高くなっても戸足は寂然として動かないのです。
 こうして日がようやく高くなっても、物の音は、内からも外からも起りません。寺男夫婦はこのごろ、夜の明けないうちに山伐りに出かけてしまうのを例とする。
 日が高くなったのに、いつもあけらるべきはずの家の戸があかないのは寂しいものだけれども、その戸の一枚だけがあけられて、他のみんなが閉されたままであることは、むしろ凄いものです。最初にそこへ来合わせた人は、もしや敷居の溝から沓脱《くつぬぎ》に血がこぼれていはしないかと怪しむでしょう。
 こうしている間に、ずんずん時が経ち、日がのぼります。矮鶏《ちゃぼ》が夫婦で連れ添うて餌をあさりに来たことのほかには、いよいよ訪《おとな》うものなしで、開け放されたいちいちの戸が、唖《おし》の如く動かないでいるばかりでした。
 けれども、ようやく一人の人があって、麓から登って来ました。例によって背に負うた萌黄色《もえぎいろ》の風呂敷包だけを見ても、これぞ毎日の日課としてやって来る鶴寿堂の若い番頭であることは疑いありません。
 果して、若い番頭は、えっちら、おっちらとやって来て、
「おや――」
とつぶやきました。あのこまめなお雪ちゃんが、今朝はまだ戸もあけていないということがまず怪訝《けげん》の念を刺激したと見えます。それは尤《もっと》もな怪訝で、廻って見ると怪訝が一種の恐怖に近いものになりましたのは、あけないならあけないでいいが、その一枚だけが確かにあけられてあることを発見したからです。
 若い番頭――たしか、新お代官の寵者《おもいもの》お蘭さんの言うところによると、浅吉の弟で政吉といったと覚えている。
 政吉はその時に慄《ふる》え上りました。
 盗賊? 人殺し?
 同時に、まえ言った通り、敷居の溝と沓《くつ》ぬぎのあたり一面に血がこぼれているのではないかと打たれました。
 だが、血はこぼれていなかったけれども、縁の下のところと、沓ぬぎとにおびただしい人の足跡がありました。
「あっ!」
と政吉が慄え上って、中を覗《のぞ》き込んだ縁の内側にはお雪ちゃんのさしていた、赤い塗櫛《ぬりぐし》が落ちているのを認めました。
「もし、お雪様、もし……」
 辛《かろ》うじて呼んでみたけれども、返事がないのです。ないのがあたりまえで、返事をする者があるくらいなら、戸がポカンと口をあいているはずがないのです。
 政吉は恐怖に襲われて、誰か人を呼んでみようとしたけれども、このあたりに人は無し、寺男を兼ねた夫婦の家は少し下のところにあるが、これは毎日、山仕事に行ってしまって、夕方でなければ戻らないことを政吉がよく知っている。
「もし、お雪様、お休みでございますか、鶴寿堂でございますが」
 恐る恐る中を覗いて見たが陰深として暗い。でも、このまま引返すわけにはゆかない。充分、二の足も三の足も踏んでみた末に、この若い番頭は、ようようその一枚の戸口から、座敷の上へ這《は》い上りました。
「お留守でございますか」
 駄目を押したが、手答えもなく、そろそろと侵入してみたが誰も咎《とが》める者もない。
「おやおや、お雪様にも似合わしからぬ、とりちらかしてございますなあ、何か急用で出ていらしったのか。それにしても……」
 蒲団は敷きっぱなしであるし、机の上はと見れば、自分の註文の仕事が、やりっぱなしで、紙が辛うじて文鎮の先に食留められている。平常着《ふだんぎ》だけは脱いで、よそゆきの着替えをして行った形跡は充分あるから、それが若い番頭にとっては、せめてもの気休めとなるくらいのものです。いずれにしても慌《あわただ》しいことの限りである、と番頭は、そぞろ荒涼の思いに堪えられなかったが、その時自分の入って来た一方口が俄《にわ》かにけたたましくなったのは、思いがけない人がやって来たのではなく、さきほど行き過ぎた矮鶏《ちゃぼ》めが、何と思ってか引返して、この入口から縁の上へと侵入して来たものでありました。
「叱《しっ》! 叱!」
 政吉は軽くそれを追い払って、ともかくもお雪ちゃんが、着物を着替えて出て行った形跡だけは明らかであるし、室の内も荒涼とは言いながら、何一つ盗まれているらしい様子はないことから、少し待っている限り、必ず戻って来るに相違ないものと鑑定しました。
 それまで待っていてみましょう――という気になって、あけ放された裏の方の一枚を、もう二三枚繰って明るくし、あんまり出過ぎない程度で、室内を取片づけておくことも、心安立ての好意として斥《しりぞ》けられはしないことだと考え、何かと取片づけているうちに、どうしてもひとつ、炬燵《こたつ》の中へ火をおこして上げることが急務だと考えたのでしょう。
 炬燵に火をおこした政どんは、このへんで少しいい気持になったものと見え、いつもお雪ちゃんがするようにして、炬燵を前にみこしを据えてしまうと、半ば折りめぐらされた金屏風の緑青《ろくしょう》の青いのと、寒椿《かんつばき》の赤いのが快く眼を刺激してうつらうつらした気分に襲われたものです。浅公の弟にしても、こんな場合には幾分、からかい心も出るものと見えて、こうして炬燵に納まり込んでしまってみると、ここへ不意にお雪ちゃんが帰って来た時、ただお帰りなさいでは曲がないと考えたらしいのです。一番、軽い意味でおどかしてやろうとたくらんだらしく、屏風の蔭、炬燵の後ろにひそみ隠れていて、主が帰って度を失う呼吸が少しばかり見てやりたいという気持になったのでしょう。
 政どんはこうして、炬燵の中にまるくなっているうち、やがてうとうとと眠気を催してきたのは、金屏風の視覚から来る快感と、炬燵の中の程よい炭火から起る温覚とが、知らず識《し》らず、昨日来の商売疲れを揉みほごして行ったものと見えます。
 あっ! と、この甘睡の落ちはなが、何かの力によって支えられたと覚った時に、政公はうしろから押しかぶさる圧覚を感じて、さてはと醒《さ》めようとした時は遅いのでした。自分の首は白い蛇のような人間の腕で、うしろからしっかりと抱え込まれていることをさとりました。
「あ! お雪ちゃん、じょ、じょ、ごじょ……」
と言っただけで、あとは言えないのです。
 おそらくこの男は、後ろから巻きついた白い蛇のような人間の腕が、あまり白過ぎたものだから、これはお雪ちゃんの手でなければならぬと見たのでしょう。
 自分がうたたねに落ちかけている時に、不意に立戻ったお雪ちゃんは、こっちのおどかしの裏をかいて、あべこべに自分をおどかしにおいでなすったものと、目の醒めた瞬間にはそう感じたが、次の瞬間に於て、その白い蛇のようにからみついた人間の腕というものの、吸い着いた力の予想外に強大なることに驚愕したものらしい、その瞬間に、もうお雪ちゃんのために裏をかかれたという幻覚は消滅して、自分の生命が脅かされているということを自覚した時にはすでに遅く、じょ、じょ、ごじょ……と言って寂滅したのは、冗談――お雪ちゃん、御冗談をなすってはいけませんと、言うべくして言い得なかった言葉尻であると見るよりほかはありません。
 政どんの意識はもうそれでおしまいで、あとは、その白蛇のような腕が、ぐったりとした若者をズルズルと引っぱって次の間まで連れて行き、それから、これはまた別の屏風の裏の寝間の背になっている戸棚の中へ無雑作《むぞうさ》に投げ込まれてしまったのです。
 甲州の躑躅《つつじ》ヶ崎《さき》の古屋敷で、ほぼこれと同様な不幸な目に遭《あ》わされた一青年を見たことがありました。その時は、もっと念入りに虐待されて、戸棚ではない長持の中に窮命をさせられていたところの、幸内という者の運命を見ましたけれど、今は犠牲者の取扱いに於て、それよりも無雑作であるし、第一、躑躅ヶ崎の時はあらかじめ別の人があって、企《たくら》んで長持へ入れて置いたものを、偶然にもこれと同一の人間が監視に当っていたようなものでしたが、今日のは、犠牲をこしらえた者も、それを守る者も同一人で、かくして狼が羊を取ってくわえて来たように、戸棚の中に政公を投げ込んだ竜之助は、最初の通りその前の夜具の中に身をうずめて枕を高く寝込んでしまいました。
 ここで、この室の内外は、以前あった通り寂然たるものにかえってしまったが、今度は、戸も表の方だけは一帯にあけ放してあるし、室内も頼まれもしない外来者が来て、相当に取片づけておいてくれたから、この分なら誰が来て見ても、血のあとなんぞに目をみはるものはありますまい。
 こうして、短い日はグングンはしょられて行って、九ツ、八ツ、とうとう暮六ツが鳴ったのに、室の内外は日脚の短さ加減のほかの何者も来《きた》りおかすものはない。
 とうとう日が暮れたけれども、物の気配が全く起りませんでした。こうなってみると、物は動かないが、象《かたち》が変るのを如何《いかん》ともすることはできません。
 日のカンカン照っている時、縁に立てきった障子の紙の新しいのは、人の心を壮《さか》んにするけれども、日が全く没した時に、中に燈火の気配もなく、前に雨戸が立てきられるでもなく、白い障子紙がそのまま夜気を受けてさらされている色は、また極めて陰深のものになりました。
 つまり、日中あけられない戸に凄《すご》いものが漂うとすれば、夜分隠されない障子の色はすさまじいものでなければならぬ。このすさまじい障子の色は、ずんずんこのままで夜色に浸ってゆく。

         三十二

 こうして、夜はしんしんと更くるに任せて行くが、誰あって障子の肌の夜寒を憐むものはないのです。
 無論あのままで、訪ねて来る人も、出て行く人もなかったのですが、夜もほとんど三更ともいってよい時分になると、ひそかにその裏の縁側の南天の蔭が物音を立て、そこから鼠のようになって這《は》い出した一つの人影を見出す――それは、鶴寿堂の若い番頭政吉に相違ない。でもよかった、息を吹き返して、ここまで逃げ出すことができた点に於ては、幸内よりもズット優った運命を恵まれている。やっと南天の茂みから這い出した若者のホッと安心したのは束《つか》の間《ま》――かわいそうにこの若者の後ろにはやっぱりのがれられない縄がついておりました。
 その縄を辿《たど》って後ろから続く人影こそは、いつもの通り、甲府の城下でも、江戸の本所でも、夜な夜な一人歩きして、闇を喰い、血を吸わねば生きておられない人。
 今晩は一人、お先供《さきとも》があるまでのものです。
 つまり、飛騨の高山の貸本屋鶴寿堂の若い番頭、なおくわしく言えば、高山屈指の穀屋の後家さんの男妾《おとこめかけ》を業としていた浅吉という色男の弟だと言われた同苗《どうみょう》政吉――が、この怪物のために時に取ってのお先供を仰せつかりました。
 政公の両腕は後ろへ括《くく》り上げられている。そこから長さ一丈ばかりになる一条の縄がつづいて、それが竜之助の片手に取られている。
 お猿が、めでたやな、といったようなあんばいに。
 政公は今、この一条の縄によって殺活を繋がれながらお先を打たせられている。腰が立つのか、立たないのか、南天をくぐる時からしてこけつまろびつ[#「こけつまろびつ」に傍点]している。
 境内《けいだい》を出て、丘を下って里へ出る。
 八幡町、桜山、新町の場末を透して加賀の山々を遠く後ろにして例の宮川の川原――月も星もない夜でしたから、先日来の思い出も一切、闇の中に没入され、一の町、二の町、三の町にも人の子ひとり通らない。但し犬は随時随所にいて、遠く近く吠えつつはあるが、特にこの二人にからんで来て吠えつくというわけではない。
 こけつ、まろびつ八幡山を下りて来たお先供は、この時分になって、存外落着いて腰ものびてきたかのように、すっくりと立っては行くが、そのすっくりが糸蝋《いとろう》のようで、魂のあるものが生きて歩んで行くとは思われない。
 この若いのの兄貴というのが、白骨温泉の夏場、イヤなおばさんなるものにさんざん精分を抜かれて、ちょうど、こんな腕つきで引き立てられて歩いたのを見た者もある。
 ああ人が来た、二人、三人、四人、手に手に提灯《ちょうちん》を提《さ》げている。御用提灯だ。御用提灯とはいえ、これは臨時取立ての非常見廻りだ。警戒に歩いているのではない、おつとめに歩いているのだから、そんなに怖がることはない、縄をひかえて物蔭に立寄る間に、やり過すことは水を掻《か》くようなものである。
 糸蝋のようなお先供はなんにも言わない、御用提灯が目の前を過ぎても、それを呼びとめて我が身の危急を訴えることさえが、ようできない。本来を言えば、縄はなくともよかったので、この若いのは、行くべきところまで行きつかしめられるまでは、この怪物の身辺から離れることは、ゆるされないように出来ている。
 御用提灯をやり過すと、糸蝋のフラフラ歩み行くのは宮川川原を下手に下るので、下手といっても下流のことではなく、川としては多分上流へ向って行くのですが、飛騨の高山の町としては、ようやく目ぬきの方へと進んで行くのですが、まもなく左は今や焼野原のあとが、板がこいと、建築と、地形《じぎょう》とのやりっぱなしで荒《すさ》みきっている。
 お先供はどこまでも、宮川べりをのぼりつくすかと見れば、国分寺通りの四角《よつかど》へ来て、火の番の拍子木を聞くと急に右へ折れて花岡の方へと真向きに行く――ここをふらっと行き尽せば灘田圃《なだたんぼ》だ。
 だが、なにがなんでも灘田圃へ連れて行って、この若者を生埋めにするつもりでもあるまい。そうかといって、半ば失神のこの若い者が、絶望のあまり灘田圃へ身を投げに迷い込むとも思われない。
 その時分、灘田圃三千石の夜の色がいっそう濃くなって、国分寺|伽藍《がらん》の甍《いらか》も、大名田、花里の村々もすっかり闇に包まれてしまい、二人の姿も、もう闇のうちには認めることができなくなりました。
「道を間違いました」
 やっと、若いものの声が闇の中から聞えた、ところは辻ヶ森。
 それからまたややしばし、郡上街道《ぐじょうかいどう》の真只中にその姿を見せたと思うまもなく、三本松の夜明しのあぶれ駕籠屋《かごや》の小屋へ、外から声をかけた者がある。
「これこれ駕籠屋」
「はいはい」
「代官屋敷の者だがな、これから一時《いっとき》ばかりたってでよろしい、二梃の早駕籠を東川の辻に待たして置いてくれ」
「はい畏《かしこ》まりました、畏まりました」
 外で呼びかけたものは内の者の面《かお》をも見ない、内で答えたものは、外の何者かを考えないが、代官屋敷御用の声に権威があって、仰せを畏んで、眠い眼をこすりつつ起き上ったあぶれ駕籠屋の若い者。

         三十三

 それから、いくばくもなく、代官屋敷の門前の松の木に引据えられて、縛りつけられたところの貸本屋の若者を見ました。
 手は後ろへあのままで、余れる縄でもってグルグル巻きに松の幹へ結び捨てられているのだが、口には別段に轡《くつわ》をはめられているわけでもないのに、眼はどろりとして、口は唖《おし》の如く、助けを呼ぶの気力さえないようです。
 この分では、夜が明けきって、誰ぞ通りかかりの者の助けを待つことのほか、動きが取れそうもありません。ひょっとすると、舌でも噛《か》み切って事切れているのではないかとも疑われるが、そうでない証拠には、どろりとあいた眼が時々は動いているから、生きていることだけは確かだが、ただこうして夜明けまで置けば凍え死んでしまいはせぬかとのおそれがあるばかりです。
 表に斯様《かよう》な変則門番の出来たことを知るや知らずや、広い屋敷の中の別邸のお部屋を、しどけない寝巻姿で、そうっと抜け出した潰《つぶ》し島田に赤い手がら、こってりしたあだものの粋づくり、どう見てもお屋敷風ではない、がこれは昼の時の姿とは打って変ったお蘭の方の閨《ねや》の装いでした。
 お手水《ちょうず》に行くつもりだろうが、途中で戸惑いをして、お手水場とは全く違った方向の廊下を忍びやかに歩いて行くのは、おかしいことです。寝ぼけて戸惑いするほどの年でもなし、実のところ、お蘭さんは手水に行くふりをして、全くはそうではないのです。これはあけすけに言ってしまった方がわかり易《やす》い、お蘭さんはこうして、客分になっている宇津木兵馬を口説《くど》きに行くのです。口説きに行くというのが穏かでなければ、からかいに行くとでも言いましょう。
 お蘭さんが兵馬に気のあるのは昨日や今日ではない。もっと突きつめて言えば、淫婦というものが持っている先天の血潮が、眼の前に写る年頃のものを、すべて只では置かないという本能がさせるのでしょう。時にここのお代官殿を中に、今の屋敷の近頃の空気そのものが、またお蘭さんの行動に油を注ぐように出来ている。
 案の定――兵馬の客となっている部屋の外、それは先日の晩、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が立ち迷ったと同じところ、そこまで来てお蘭の方は、障子の桟へ手をかけながら、そっと内の寝息をうかがったものです。
「宇津木さん」
 ほんとうに魅惑的なささやき。
 中では返事がない。
「兵馬さん」
 甘ったるい、なまめいた小声。
 でも返事がない。
「入ってもよくって?」
 コトコトと二つばかり、障子を極めて軽やかに叩きました。
 でもやっぱり手答えがない。
「入りますよ」
 障子をスラリと細目にあけて、まだ侵入はしないで中をそっと覗《のぞ》き込んだものです。
 返事はないけれども、中に人のいる証拠には、有明の行燈《あんどん》が細目に点《つ》いている。
 が、その行燈の麓は屏風で囲まれているから、細目にあけて見ただけでは、中の様子はいっこう知れようはずがない。
 そこで、今度は軽く廊下で足踏みを二つ三つしてみせて、
「今晩は……」
 それで、ようやく気がついたのか、中では寝返りをするような蒲団《ふとん》の音。もうたまらず、
「お目ざめ……」
 そこでお蘭さんがずっと座敷へ入りこんでしまって、同時に手を後ろへ廻してわれと入口の障子を閉してしまいました。
 そうして、さやさやと衣裳を引きずりながら、立て廻した屏風を廻り込んで、
「御免下さいまし」
 屏風をめぐって見ると、果してそこに宇津木兵馬がいました。
 この間の晩、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百はここでとんでもない人違いをして大失策《おおしくじり》をやらかしたが、今晩のこの場は全く人違いではありません。まさに訪ねようと求めて来た人が、註文通りそこにおり、待つ方の人も、声によって予定通りの人柄がそこに現われたのですから、これからの行動も、註文通りにはまって行かねばならぬ筋合いになりました。
 しかし、ここまで来たお蘭さんが、急にテレ切って立場を失った様子は、笑止千万というよりほかはありません。
 宇津木兵馬が生真面目《きまじめ》にキチンと蒲団の上に座を正し、一刀を膝へ引寄せて待構えている形を見て、飛びつくことも、飛びのくこともできなかったからです。
 兵馬の姿勢は整然たるものでした。もし、もう少し時間の余裕があったら、袴を着けていたかも知れません。
「お帰りなさい、一刻お帰りが遅ければ、取返しのならぬ疑いを受けてしまいます」
「いいえ、大丈夫」
と、お蘭さんはすましたものです。
「いけません、早くお引取り下さい、お引取り下さらなければ、こちらにも了見《りょうけん》がございますぞ」
「そんなに生一本におっしゃるものじゃございませんよ、もし、わたしが帰らないと言えば、あなたはどうします」
「お帰り下さらねば、声をあげて人を呼びます、御主人に訴えます」
「それは駄目です、こうして私がここまで来ている以上は、人を呼べば、わたしよりもあなたの方が困りましょう、それに、今晩はたれもこっちの別邸にはいやしませんよ」
 兵馬は憮然《ぶぜん》として、この肉感的の女のおしの強いのに驚き、今まで出会ったもののうちに、こうまで図々しいのは初めてだと、呆《あき》れないわけにはゆきません。
 その間に、もう女はするすると入って来て、火鉢の向う側へだらしなく、立膝式に座を占めてしまいました。
「今晩も、明日の晩も、コレはやって来ませんよ」
といって、図々しい女は、右の手の親指を立てて兵馬に見せました。
 親指が来ようと来まいと、それは兵馬の知ったことではない。
「ねえ、宇津木様、ウチの親玉の女狩りにもたいてい呆《あき》れるじゃありませんか、きのう、市場でもってちょっと渋皮のむけた木地師の娘かなにかを見初《みそ》めてしまったんですとさ、そうして、草の根を分けて、やっとその子を掘り出してからというものは、今晩から母屋の方で一生懸命、口説落しにかかっているそうですよ。ですから、こちらなんぞは当分の間、御用なしさ。見限られたもんですね」
 しゃあしゃあとしてお蘭は、こんなことを兵馬に言いかけました。
「ねえ、兵馬さん、年をとると若いのがよくなるものと見えますね、いい年をしてウチの親玉なんぞは、後家たらし、女房たらしも飽きて、これからは若いところに当りをつけるんですとさ。ところで、若い方の心持はどんなものでしょう、大年増になってから若い男を好くようになるものかしら。昨日もこの町の穀屋のイヤなおばさんという人の噂《うわさ》が出ましてね、わたしはいやになっちまいましたね、後家さんになってから、家に置いた若いのをみんな撫斬りですってね。女もやっぱり年をとると、若い男を薬喰いにしたくなるものか知ら。してみると若い男たちは、また若い同士では食い足りないから、年上の水気たっぷりなのかなんかと、可愛がったり、可愛がられたりしてみたくなるものか知ら。宇津木様、あなたなんぞはどうですか、偽りのないところ、かけねのないところをお聞かせ下さいましな。若い者は若い者同士がいいか、それとも年増――お婆さん、イヤなおばさんみたようなものにも、浅公というのが生命《いのち》を吸い取られるほど、いいところがあるものか知ら……ねえ、その辺の正直なところを聞かして頂戴よ――」
 兵馬は呆れ果てて、この厚顔無恥なる女の底の知れない図々しい面《かお》を、ウンと睨《にら》みつけました。
 神尾主膳の愛妾であったお絹という女も、かなりの淫婦には相違なかったが、こうまで図々しく、肉迫的ではなかった。
 ことにこうまで露骨に出ながら、火鉢の傍に立膝の形で、股火にでもあたっているような、だらしない形――女というものはこうまで図々しくなれるものかと兵馬は憤然として、
「よろしい、あなたがお引取りなさらなければ、拙者の方で、この場を立退きます」
と言って、兵馬は刀を提げたまま、ついと立って、一方口から流れるように屏風の外へ、早くも障子をあけて廊下へ飛び出してしまいました。
 この早業においては、さすがの淫婦も如何《いかん》ともすることができないで、
「何という無愛想なお方……」
 所在なくこう言って、兵馬の起きぬけの夜具蒲団をテレ隠しにちょっとつくろい、自分も続いて廊下へ出てみましたけれども、その時はもはや、兵馬の影も形も見えません。

         三十四

 寝間を飛び出した宇津木兵馬は、そのまま庭を越えて、道場へ入って神前へ燈明《とうみょう》をかかげ、道場備附けの袴《はかま》をはいて、居合を三本抜きました。
 ここで兵馬は、心気が頓《とみ》に爽やかになり、今までの圧迫が払われて、わが心の邪道を断つには剣を揮《ふる》うに越したことはないと、いまさらに喜びを感じていると――
 一方の口、すなわち本邸から続いたところの入口が、スーッと外から押し開かれる。
 執拗千万な推参者、ここまで淫魔めがあとを追うて来おったか! 兵馬は居合腰に構えたまま、心の中に充分の怒気を含んでおりますと、戸口をスーッとあけて中へ入るとまた、つとめて音のしないようにスーッと締めてしまって、こっちを振向いたのは、同じような寝まき姿であるけれども、物そのものは全く違っている。
 すなわち予期していたものの侵入者は、先刻のあのむんむといきれるような肉の塊りであったにも拘らず、ここへ姿を現わしたのは、まだ妙齢の初々《ういうい》しい娘の子であったものですから、兵馬は、怒気も悪気も消えて、今晩はまあどうして、こうも女の戸惑いをする晩だ! と、全く呆《あき》れてしまいました。
 その時にまた外の庭で、俄《にわ》かに荒らかな下駄の音がして、濁声《だみごえ》が高く起ります。
「これさ、悪くとっては困るよ、そうやみくもに逃げ出さんでもいい、じっとしておれば為めにならぬようにはせぬものを、そうして一途《いちず》に走り出しては、人前もあるぞ、こちの面をつぶすなよ」
 その濁声は、充分の酒気を帯びているこの邸の主人、すなわち新お代官の胡見沢《くるみざわ》であることは申すまでもない。
 そこで、兵馬にもいちいち合点《がてん》がゆく。あんまり珍しいことではない、先刻もお蘭が言っていた、どこぞで女狩りをして来たその獲物だ、本来、爪にかけた上は退引《のっぴき》はさせないことになっているのが、今晩は少し手違いで、相手に甚だしい拒絶を食って逃げられたのだ、それをまた新お代官が、酔っぱらった足で、大人気なくも追いかけて来たのだ。兵馬は、それが忽《たちま》ち分ってみると、苦々しさがこみ上げて来たが、飛び込んで来た娘は一生懸命で、その戸口をしっかりと内から抑えたままです。つまり、この女の子は、咄嗟《とっさ》の間にはここの枢《くるる》のかげんも知らないものだから、必死にここを抑え、この垣一重の内へは敵を入れまいと努力していることは明らかです。
 そのくらいですから、こちらに兵馬が控えていることには、全く気がついていないようです。
 ところが、果して庭下駄の音はカランコロンとこちらへ廻って来る。濁声はろれつの廻らないほどになり、
「おいおい、そこは道場じゃないか、そんなところには誰もいやせんぞ、夜分は誰もおりゃせん……そこには誰もおらん、いや、こちらにも誰もおらん、おらん、お蘭――」
 かなり酩酊していることは、そのろれつのまわらない言いぶりだけでなく、駒下駄に響くカランコロンの乱調子でもよくわかります。
 しかし、その酔眼でも、この道場近くに相手が逃げ込んだということだけは、どうやら見当がついたものと見えて、ようやく道場へ近づいて来て、その表の大戸の方をしきりに押してみました。
「あきはせん、夜分は稽古なしじゃ、誰もおらんのだ、こんなところへ逃げてはいかん、逃げるに致せ、もっと穏かなところへ逃げるがよい、錠が下りている、あきはせんというのに、おい、あけないか、外からは錠がなくてはあかないが、なかから外《はず》せ、あけないか」
 しきりに大戸をがたがたさせながら、ろれつの廻らないことを言っている胡見沢は、どうも相手がはっきりこの中へ逃げ込んだものか、そうでないか、充分に観念があってするのではないらしい。
 娘の子が逃げ込んで来て、一生懸命に抑えているのは、廊下からの一方に、それとは全く違った大戸の方でしきりに胡見沢は騒いでいるのだから、女の子にとっては、努力甲斐のないことがかえって幸いでもある――
 それでも、その戸口を抑えた手はちっとも放さないで、ようやくこちらを振返り見るの余裕だけを得ました。
 そうすると、ほとんど有るか無きかの朧《おぼ》ろな神前の燈明の光にかすけく、そこに自分よりも最初に立っている一個の人影を認めました。しかもその人影は、手に白刃《はくじん》を提げて立っていることに渾身《こんしん》から驚いて、わななかずにはおられません。
 娘の子としては、それが追いかけて来た人とは別人であることは一見して分ったけれども、すでに人が内部に存在している以上は、前狼後虎というものである。もう絶体絶命で、遁《のが》れようとしてものがれられるものではない――
 南無阿弥陀仏、女の子は目をつぶって、その抑えた戸口にしがみついてしまいました。
 ところが、内には白刃を提げて立っているその人は、透かさず自分に向って飛びかかって来るでもなく、おどかしつけるでもなく、何の音沙汰もないのに、一方、その大戸の方の戸をしきりにガタつかせていた追手の胡見沢は、それもあぐみ果ててしまったと見え、
「あかないな、あかなければあかないでよろしいぞ、離れへ逃げたな、たれもおらん、おらんと洒落《しゃれ》のめして、お蘭のゆもじ[#「ゆもじ」に傍点]の下へ逃げ込んだな、うまくやった、お蘭がそこにおらんという洒落は苦しいぞ、だが、あっちは鬼門じゃてな――お蘭め、さだめて角を生やしているこっちゃろう、こいつは一番|兜《かぶと》を脱がにゃなるまい、明朝になってでは後手に廻るおそれがあるから、お蘭がところへひとつ、このままおわびと出かけるかな」
 こう言って、胡見沢はまたカランコロンと庭下駄の乱調子で庭をくぐり歩いて行くのは、別邸のお蘭の部屋を目指して行くものと見える。
 ろれつの廻らない出鱈目《でたらめ》のうちにも、ほぼ本性は見える。やっぱりこの娘を口説《くど》き損ねて逃げられ、逃げた先はこの道場の中と思ったがそうでなく、別邸のお蘭の部屋へ逃げ込んだのだ、あそこへ逃げ込まれては実は少し困るのだ。それは、明日になってお部屋様の角が怖いから、今晩のうちに先手を打って、御機嫌をとっておかねばならぬという用心であることは明らかで、存外この男も、お蘭に対して弱味を抑えられていることが見えないではない。
 ほどなく、戸口に立ちすくんでしまった娘の肩へ手をかけた兵馬、
「心配なさるな、主人は行ってしまいましたよ」
 その声が存外若くして、そうしてやさしいのに、立ちすくんだ女の子は息を吹き返さないということはありません。
 振返って見ると、最初の印象では雲を突くばかりの大男が手に白刃を提げて迫っていると見たのが、こうして見ると、自分とはいくらも違わないところの、まだ前髪立ちの若い侍で、抜き放されていたと思った白刃は、いつしか鞘《さや》に納められて、右の手に軽く提げ、その左の手で、和《やわ》らかに自分の肩を叩いて言葉をかけたというよりは、慰めを与えられたといってよい程に、物静かなあしらいですから、娘の子は全く生き返った思いでこちらを向いてしまいました。
 前にいう通り、神前の燈《あかり》が朧《おぼ》ろで、はっきりとはわからないのですが、その輪郭と言い、その物ごしと言い、いま受けた印象をいよいよ鮮かにするのみで、微塵も、敵意と危険とを感ぜしめられないものですから、ホッと息をついて、
「どうも、とんだ失礼をいたしてしまいました」
 こうなってみると、自分の寝まき姿が恥かしい。
 だが、やっぱり神前の薄明りが幸いして、取乱した女の姿を、そう露骨に見せるということはありませんでした。
「まあ、こちらへいらっしゃい、まだ、ここを出てはいけません――もう少しここに忍んでいらっしゃい」
 この若い、おだやかな、敵意と危険とを微塵も感ぜしめない人は、徹底的に念の入った親切と用心で、静かに、道場の虎を描いた衝立《ついたて》の方に娘を誘《いざな》いました。

         三十五

 こうして道場の中はひっそりしているけれども、中庭を歩いて行く胡見沢は、いよいよ陽気になって、何かクドクドと口走りながら、庭をぐるぐる廻っているところを見ると、この男は酔うとむやみに陽気になり、御機嫌がよくなり、人が好くなってしまう点は、神尾主膳あたりとは全く酒癖を異にしているらしい。
 やや暫くして、例のお部屋様の戸の外に立ってことことと叩き、
「お蘭さん、お蘭さん、お蘭さんはおらんかね、ちょっとここをあけて頂戴」
 人の好いのを通り越して、全くだらしのない呼び声です。
 でも、中ではこのだらしのない呼び声が聞えていなければならないのに、いっこう返事がありません。返事がないものですから、
「お蘭さん、お目醒《めざ》めでないかい、おらがお蘭さんはおらんのかい」
 何といういやらしい猫撫声だ。
 これではまるで、お人好しの宿六が、嬶天下《かかあでんか》の御機嫌をとりに来たようなものではないか、郡民畏怖の的である新お代官の権威のために取らない。
 それにも拘らず、中ではいっこう返事がない。返事がないということは、中にたずねる人が存在していないということではなく、たずねる人がお冠《かんむり》を曲げてお拗《す》ねあそばしているから、それであらたかな御返しがないのだ――ということを誰も言っては聞かせないが、本人の良心に充分覚えがあるらしい。そこで御機嫌斜めな内《うち》つ方《かた》の御思惑《おんおもわく》を察してみると、お代官も権柄《けんぺい》ずくではどうにもならないから、下手《したで》に出てその雲行きの和《やわ》らぎを待つよりほかはないとあきらめたものらしい。
 甚《はなは》だ器量の悪い締出しを食っている新お代官は、お蘭さんはおらんかい程度の洒落《しゃれ》では到底、内なる人の角を折ることはできないと観念したものか、やはり、こういう時は強《し》いて御機嫌に逆らうよりは、時間に解決させるのがいちばん安全にして賢明なる手段だと、そこは政治家だけに、転換の妙を悟ったものか、いいかげんにしてまたその開かざる戸の外を立去ってしまいました。
 立去ったとはいえ、自分の本宅へ帰って眠るというわけではないにきまっている。よし中でお返事がないとしてみたところで、このお返事のなかったことを理由として、自分が安眠の床に帰ってでもしまおうものなら、明日が大変である。それほど薄情なお方とは思わなかった、お暇を下さい、わたしよりもっと若いのをたんと引入れて可愛がりなさいだのなんだのと、矢つぎ早に射かけられるのが、とうてい受けきれたものでない――だから時間に解決させるといったところで、明朝までというような悠長な時間を意味するのでなく、もう一ぺん通り庭を廻って来て、またここに立とうというだけの時間であること、疑いもありません。
 こうして、新お代官はまたお庭めぐりをはじめだしました。でも性癖はやむを得ないもので、絶えずニコニコと嬉しそうに、クドクドととめどもないことを口走り、そうして植込から、泉水の岸から、藤棚の下、燈籠《とうろう》のまわり……をグルグルと廻っています。
 その新お代官の服装を見ると、これはまた思いきやでしょう。今晩の婦人たちは、女のくせにたしなみがない、みんなだらしのない寝まき姿で、飛んだりはねたりしているこの深夜に、さすがこの新お代官だけは、きっちりと武装をしているのであります。武装といっても、まさか鎧兜をつけているわけではないが、近頃はやるダンブクロというのを穿《は》いて、陣羽織をつけていることだけは確かです。
 してみれば、この新お代官、昼のうち農兵の調練を検閲に行ったということだから、あのまま深夜のお帰りで、まだ衣帯を解く遑《いとま》もあらせられず、家庭に於てまたこの調練だ――ということも、ほぼ想像がつくのであります。
 果して庭を、どうどうめぐりすること三べん、またも以前の戸口まで舞い戻って来て、
「お蘭さん――」
 だが、今度は意外な手答えのあるのに驚かされてしまいました。
「誰だい」
と言って戸の隙間からのぞき込もうとした新お代官は、それとは別の方面で意外な物の気《け》のするのを感じました。
 それは、その辺一帯の庭は芝生になって、そのさきは小砂利を洲浜形《すはまがた》とでもいったように敷いてあったのだが、その芝生の上に、夫婦《めおと》になって二本高く茂っている孟宗竹の下で、物影の動くのを認めたからです。
 甘いといったって、だらしがないといったって、そこは、新お代官をつとめるほどの身だから、甘い人には甘かろうし、だらしない場合にはだらしないだろうが、それが決して人格の全部ではない。辛《から》い時には辛酷以上に辛い、敏《さと》い時には狡猾《こうかつ》以上に敏いところはなければならないから、この物影がグッとこたえたものと見なければなりません。
「誰だ――」
 無論、返事はないのです。返事のないことがいよいよ許せないのは、内と外とは全く違ったもので、内の奴は返事のないほどこちらが下手《したで》に痛み入るほかはないが、この外の奴の返事のないのは――これは全くようしゃがならない、時節柄ではあり、現に先日の夜も、こういう奴があってこの屋敷を騒がし、宿直の宇津木と黒崎とに腕をさすらせたものである。
「誰だ、今そこへ動いたのは。その竹のうちにひそんでいるのは何者じゃ」
 鋭い声でたしなめたが、やっぱり返事はない、内からも、外からも……
 そこで新お代官が焦《じ》れ出しました。
 苟《いやし》くもわが城郭のうちを外より来っておかす者がある、それが、他人ならぬ主人自身の眼に触れた以上、そのままにして、今晩もまた取逃しました――では、代官の権威面目がいずれにある。
 そういきり立った時に、急に、腰のさびしさを感じました。前に言う通り武装こそしているが、腰の物は一切忘れていた、刀は持たないまでも、脇差も抛《ほう》りっぱなしで出て来た――あわただしく両手を振ってみたが、得物《えもの》とてはなんにもない、思わずあたりを振向いたけれども、暗い中に転がっている物とては、芝生の上に小石一つも目に入らない。
「お蘭――刀を出せ、いや、鉄砲を、いや、用意のあの短筒《たんづつ》を持参いたせ――」
 今までの、内に向いての言葉は拙い駄洒落《だじゃれ》であり、歎願であったけれども、この時のは真剣なる命令でありました。
 だが、歎願も歎願ととられない限り、命令も命令として徹底しないのは是非もない。静御前《しずかごぜん》でもあろうものなら、言われないさきに、逸早く用意の武器を持ち出して供給するのですが、お蘭さんは、まだまだ旦那を焦らし足りない、もう少し見ていて、いよいよ降参して来た時に、こちらの見識を見せてやろうというつもりでもあろう……一向に手答えのないこと以前の如し。
 そこで、新お代官はついに両の拳を握りました。この場合、拳を握るよりほかに戦闘準備の手はなかったものでしょう。でも、格闘の以前に威嚇をもってするが順序だということを忘れなかったと見え、
「怪しい奴、逃げ隠れたとて、この代官の眼は節穴ではないぞ、闇をも見抜く力があるぞ、たった今、それへ忍んで失《う》せたは何者じゃ、これへ出え、これへ出え」
 この威嚇に対しても手答えのないこと、内外共に同じ。
 その時に新お代官は、一種異常なる恐怖を感じてきました。
 そうして、この恐怖のうちに、自分が赤手空拳で立っているということを痛感しました。
 いかに、この場合、赤手空拳が危険であるかということを、ヒタヒタと感じました。今日、三福寺の上野で調練の時、農兵の中に盗賊がいたのを見つけて、それを広場に立たせて、農兵どもに一斉射撃をさせて帰って来たことを、この新お代官は妥当にして且つ痛快な処罰法だと自分ながら感心して帰って来たが、今や、自分がちょうどその射たれた農兵と同じ立場に置かれてあるような危険を、どこからともなくひたひたと感ぜしめられてしまいました。
 武器さえあれば、自分とても腕に覚えがないではない、飛びかかって手討にもしてくれるのだが、先方に当りのつかない敵に向って、空手で飛びかかるようなことは、こちらに相応の心得があるだけに、決してできるものではない。さりとて、ここで弱味を見せて、自分が引返しでもして、先方が得たり賢しと逆襲でもして来ようものなら、いったいどうするのだ、白昼、平野の中で、鉄砲玉の一斉射撃の筒を向けられたのと同じ立場ではないか。
 酔いはすっかり冷めたし、新お代官の特別製の太いだんぶくろ[#「だんぶくろ」に傍点]が、こんにゃくのように慄《ふる》え出しました。
 この場合、最も応急の策としては、声をあげて助けを呼ぶのほかはないのだが、その声というものは、いくら張り上げても、この際、茶化されて、いよいよ相手の意地悪い沈黙を要求するよりほかの効果のないことになっている。ならば、もっといっそう大声をあげて、ここの屋敷近くには名にし負う宇津木兵馬もいることだし、黒崎その他の手だれもいることだし、なお本陣の方には幾多の猛者《もさ》が養うてあるのだから、出合え、出合えと呼びさえすれば、お代官自身が手を下すまでもないはずになっているのに――その声が出ない。
「う、う、う」
とお代官は、連続的に一種異様なる唸《うな》り声を立てはじめたものです。
 内なるお蘭さんは、この連続的な一種異様の唸りを聞くと共に、腹をかかえて笑いこけるのを我慢がしきれなかったに相違ない、大将とうとう泡を吹いた。泡を吹いたには違いないが、まだ本式の降参を申し入れたのではない。おれが悪かった、済まなかった、今後は慎しむから、今晩のところは、ひとつかんべんしてやって下さいという口上が出てこそはじめて、開門を差許すべきもので、まだこの辺の程度で折れては、今後の見せしめのためにも悪い……と、お蘭はこんなに考えているに相違ない。
「う、う、う、う」
 連続的の泡吹きが、なおつづく。
 お蘭さんはいよいよお茶を沸かしきれないのを、じっと我慢している。
「う、う、う、う」
 もう一息の辛抱だ、もう一泡お吹きなさい、そうすれば助けて上げます……
「助けてくれ――」
 おやおや、助けてくれ! は少し大仰だ、だが、まだいけない、わしが悪かったから、あやまりますという口上が出ない限りは……
 しかし、この「助けてくれ!」の絶叫は、かなりにすさまじく、そうして真剣味を以て響いたものでありました。
 この声は、ここのお蘭さんのお茶沸かしの燃料を加えただけではなく、当然、道場にいた宇津木兵馬あたりの耳にも入らなければならないほどの絶叫でしたが、道場の方からも、何の挨拶さえもなかったのは、前同様の経路で、ここ暫くは知って知らぬ顔、聞いて聞かぬふりをして、気流をそらすのが最上の場合と兵馬もさとっているのでしょう。そこで兵馬も、どうしても、この一場の酔興が幕を下ろすまでは、窮鳥の懐ろに入ったと同様な、まだ知らないこの若い娘を擁して、道場の衝立《ついたて》の後ろに息を殺しているのが、自他を活かす所以《ゆえん》だと考えたのでしょう。
 そこで、いずれからも反応もなく、喝采《かっさい》もないのに、ここ、芝生の上の新お代官の独《ひと》り茶番は、極度の昂奮をもって続演せられているというわけです。
「あ、わ、わ、あ、わ、わ」
 う、う、うという、今まで連続的の母音が、今度は、あ、わ、わ、わという子音にかわっただけ、それだけ緊張がゆるんだとも聞えるし、気力が尽きたのだと想われないではありません。
 どうしたものか、その時になって、やにわに拳を振《ふる》って、その夫婦立《めおとだ》っている孟宗の蔭へ、シャニムニ武者振りついて行きました。武者振りついて行ったというよりも、孟宗の蔭に物があって、緊張がゆるみ力が尽きた呼吸を見はからって、このお代官をスーッと吸い寄せてしまったと見るのが本当でしょう。
「だあ――」
 お芝居も、だあ――まで来ればおしまいです。
 夫婦立ちの孟宗竹の蔭から、白刃が突きあがるように飛び出して、飛びかかって来た新お代官の、胸から咽喉《のど》へなぞえに突き上ったかと見ると、それがうしろへ閃《ひらめ》いて、返す刀に真黒い大玉が一つ、例の洲浜形にこしらえた小砂利の上へカッ飛んだものは、嘘も隠しもなく、そのお茶番を首尾よく舞い済ました新お代官の生首でありました。
 そこで、すべての空気がすっかり流れ去ってしまい、夫婦竹の孟宗の後ろには覆面の物影が、竹と直立を争うほどすんなりと立ち尽しているのを見れば見られるばかりです。
 お茶番にしても、あんまり身が入り過ぎている。こちらも少々、からかい方の薬が強過ぎたと、折れて出たのが内にいたお蘭の方です。
「御前、いいかげんにあそばせよ」
と言って、ここにはじめて内からカラリと戸をあけて、同時に、しどけない自分の半身をもこちらへ見せたものですが、もうお茶番はすっかり済みました。
 第一、登場役者がそこにいませんもの……お蘭の方も、少々こちらの薬が効き過ぎたことを多少気の毒の感に打たれた時……すーっと自分の身が引き寄せられ、夫婦竹の中に吸いこまれたことを感じ、
「あれ――そんなお手荒く……」
と言ってみたものですが、その声がフッとかき消されてしまって、その身は獅豹《しひょう》に捕えられた斑馬《しまうま》のように、ずるずると芝生の上を引きずられて行くのを見ます。身体《からだ》が引きずられて行くから、帯も、下締のようなものも、一切がずるずると引きずられて、そうして植込の茂みの方へ消えて行ってしまうのです。
 それっきりで、何とも叫びを立てないから、静かなことは一層静かになってしまいました。

         三十六

 これより先、代官屋敷からは程遠からぬ三本松の辻に辻待ちをしていた二梃の駕籠《かご》、都合四人の雲助が、客を待ちあぐみながら、こんな話をしていました。
「今日、三福寺の上野青ヶ原へ農兵の調練を見に行ったかよ。行かなかった、行かなくって仕合せだったな」
「それはまたどうして」
「どうしてったって、調練は調練でいいが、見たくもねえ景物を見せられちゃって、胸が悪くてたまらねえ」
「手前《てめえ》らしくもねえ、鉄砲の音で腰でも抜かしたか」
「いいにゃ、そんなことじゃねえ」
「どうした」
「どうしたったって、鉄砲で人間がやられたのを、今日という今日、眼の前で見せられて、おりゃあ夕飯が食えなかったよ」
「そうか、何だってまた、人間が鉄砲で打たれちまったんだ」
「それがつまりお仕置よ。何か手癖が悪くて仲間の物を盗《と》った奴があって、それが見つかったものだ。ふだんならば、何とかごまかしが利《き》いたかも知れねえが、お代官がお調べの調練だ、なまぬるいことじゃ示しにならねえというようなわけで、そいつを原っぱの真中へ立たせて置いて、その組の農兵が三十人、銃先《つつさき》を揃えて、打ったというわけなんだ」
「そいつは事だ、うむ、泥棒こそしたが、もとはといえばみんな知った顔で、近所つき合いをしていた農兵のことだ、どうも敵を打つ分にはその気分になれるが、仲間を一人、前へ据えて置いて、それを打てと言われたんじゃ、みんな面《かお》を見合わせる」
「人情はそうしたものだが、打ちきれないでいる組の者を、お代官が目をむいて睨《にら》んで、貴様たち打てなけりゃ、みんな揃って立て、ほかの組に、貴様たちもろとも打たしてやる――とこう来たもんだから、二言はねえ、とうとう目かくしをして、原っぱの真中に押立てた奴を、三十人の同輩が銃先を揃えてうち殺してしまったものだ」
「いやなものを見ちまったな」
「ほんとにいやなもんだ、泥棒でこそあれ組の者だからなあ――打った方も面の色がなかったさ――」
「うむ、そうだろう、罪なお仕置だなあ、罪は盗人にあるとはいえ、何とかほかに罰のくわせようもありそうなもんだ」
「お代官の威光だから仕方がねえさ」
「泣く子と地頭にゃ勝たれねえ」
 その時分に、
「駕籠屋」
「はい、はい」
「申し附けた通り来ているか」
「はい、はい、お申しつけの通り二梃揃えてまいりました」
「ここへ寄せろ、して、郡上街道を南へ向って、急げるだけ急ぐのだ、急病人だからな」
と言って、自分の小腋《こわき》にかいこんで来た一個の人間を、一方の駕籠の中に投げ込んで、さて自分はその背後《うしろ》の方へ乗りました。
 かくして、二挺の駕籠は、郡上街道を南に、まだ真暗な暁をひた急ぎに急がせる。単に郡上街道を南に急げと言われただけで、その郡上街道のいずれの地点に止まるのか、そのことは駕籠屋も聞かず、乗り手も教えず、ただ一刻を争うげな急病人、ためらおうものなら命にかかる、その命というのは病人そのものの命ではない、今も言う通り代官の威光を着た高圧が自分の生命になる、そこで、へたな念を押すよりは、言われた通りに向って、とりあえず急ぎさえすればいいのだ。

         三十七

 その翌早朝、飛騨《ひだ》の高山の上下を震駭《しんがい》させる一事件が起ったというのは、中橋の真中に人間の生首が一つ転がっているということを、朝がけの棟梁が弟子を引連れて通りがかりに発見したというのが最初です。
 これが、京、大阪、江戸あたりの今日この頃ならば、生首の二つや三つ転がっていたからとて、そんなに驚くがものはない時節柄ではありますけれど、何をいうにもここは都塵を離れたる天地の、飛騨の高山の真中のことですから、その上下を震駭させて、凄惨なる人気をわかしてしまったのも無理はありません。
 右の生首は、このところで討ち捨てたものではない、よそから持って来て捨てたものであろうと思われる証拠には、その近所に、これにつながるべき胴体が発見されないことで、首だけが無雑作に投げ出されてあることの理由はよくわからないのです。
 これが、前に言う通り、昨今の京洛の本場であってごろうじろ、たとえ一箇にしろせっかく取った生首を、こんなに不経済に扱うはずはない、必ず相当の勿体《もったい》をつけて、足利三賊の首、斬って以て征夷の軍門に供えるとかなんとか、物々しいスローガンをくっつけて、時代の感情に当て込むに相違ないが、そんな芝居気は一向なく、惜気もなく抛《ほう》り出してあるということが、疑問といえば疑問です。
 なにもそんなに粗末に投げ出していいものならば、わざわざ土地の目抜きの橋の上へ持って来て捨てなくとも、有合せの溝へでも、藪《やぶ》へでも捨ててしまえばいいのに、こうして土地の目抜きの橋の上まで、わざわざ持って来て捨てた以上は、半ば以上は、梟《さら》し物《もの》の意図を含んだ所業と見なければなりますまい。
 梟し物にしてやる多少の意図を含んでいるにしてからが、せめて、もう少し高く、欄干の上へでも載るようにして置けば、その目的の効果は、もう少し揚ったであろうと思われるのに、橋の平板の上へ、不細工に転がしたまでのことですから、周囲の人通り、人だかりがグルリと場を取ってしまえば、後客《あときゃく》は木戸銭を払っても見ることができない、さりとは知恵のない梟し方と見なければならぬ。
「ああ、この生首は土を食っていますな、あれごらんなさい」
 眉を集めた老人が目を覆いながら言う。なるほど、この生首の口のあたりには、いっぱいに砂利がついている。
「斬られた途端に首が飛んで土を噛《か》んだものですね。よくあるそうですが、土を噛んだ首は、きっと祟《たた》りがあるそうだから」
 土を噛まない首だとて、こう粗末に扱われては、ちっとやそっとの祟りはあるだろうが、それについて物識《ものし》りが附け加えて言う、
「土を噛んだ首は、きっと祟るもので、浅右衛門なんぞもそれだけは、首供養をするそうだが、そのお呪《まじな》いとしては、その場で、男ならば左の足、女ならば右の足を、十文字に切って置きさえすればよい……」
 そのうちに、後ろから無理に割込んで、群集の見物のうちに頓狂な声で、こんなに叫ぶものがありました、
「おや、こりゃ、新お代官様の首じゃござらねえかしら」
「えッ」
「わしも、さっきからそう思って見とったところでがんすが……」
「わしも、そう思って見ていたところでがんすが、それを言っちゃ悪かんベエと……」
「わしも……」
「やあ、してみりゃ、これはお代官様の首かも知れねえでがんすぞ」
「まさか――でござんすめえ」
「お代官様の首じゃござるめえ」
 最初から、同様な重大の疑念を持っていたものが、ひとり口火を切ると、一時に雷同してきたような形勢があります。知れる限りの誰も彼もが、これをお代官の首と思わぬものはないらしい。
 だが、そう断定して、万一間違った日には……
 その時です、橋桁でも落ちたかと思われる動揺があって、
「控えろ、控えろ、そのお首にさわることはならんぞ」
「滅多な流言を申し触れるものは、捕縛いたすぞよ」
 堂々として、お役向が乗込んだのでありますが、人を掻《か》き分けて、その首のところに来ると、有無《うむ》なく、それをいとも鄭重《ていちょう》に拾い上げて桶に入れ、包に包み、そうして、
「かりにもお代官のおしるしだなんぞと申し触れるものがあらば、召捕って斬《ざん》に処する、これこそ全くお人違いじゃ」
 叱責とも、弁明とも、要領を得ないことを言って、その連中は、代官の首ではないという生首を、手際よく収容して持って行ってしまいました。
 それと前後して、もう一つ号外のようなものが飛び出したのは、お代官の門前に、こんどは生首ではない、生曝《いきざら》しが一つあるから行って見ろということであります。
 なるほど――まさに生曝しがある。代官屋敷のまだ開かれない大門前の松の樹に縛りつけられている一人の若い男は、息だけは通っている。眼もあいている、口もあいているが、その眼は徒《いたず》らにポカリと開いていて、その口はダラリと舌を吐いたままのものです。これはあまり苦労なく人別《にんべつ》がわかりました。貸本屋鶴寿堂の若い番頭の政どんであることは、さほど広くもない天地に、面見知りの多い商売だけに、難なく人別はわかりましたけれども、これに何を聞いても一向わからないのです。当人は恐怖のあまり失神して、唖《おし》となってしまったものらしい。暫く安静にして置いてから後でなければ何を聞いても駄目だと、人々はようやくその縄を解いてやって、近所の医者の一間へ担《かつ》ぎ込みました。
 この二つの事件が、外では広くもあらぬ高山の天地を震駭《しんがい》させ、揣摩臆測《しまおくそく》や流言蜚語《りゅうげんひご》といったようなものが満ち渡るのに、この屋敷の内部での動揺驚愕は如何《いかん》……
 早出の大工が中橋のまんなかで生首を発見したのとほぼ同時、代官屋敷の邸内では、離れの芝生の上に、首のない人間の胴体を発見したのは夜番の佐助です。その首のない胴体は陣羽織を着て、だんぶくろを穿《は》いている。
 そこで、また絶叫がある。逸早く馳《は》せつけたのが兵馬――黒崎――それから、屋敷中の者が寄って、そこに集まったが、胴体は依然として胴体だけで、首が無い。
 すべての詮議はあとにしようとも、まずもってこの首をさがして胴にあてがわねばならぬ。
 屋敷の中の隅にも、これに合う首は一つも発見されなかったが、外から注進して来たものがある。その存在のところは前述の通り――そうして人を飛ばせてその生首を取り合わせてみると、この胴体にぴったり合う。それからのことは、風聞やら、揉消し運動やら、てんやわんやでいちいち書いてはおられぬ。
 要するに貸本屋の政公を手引にして来て、ここへ忍び込んだ奴にやられたのだが、ここへ忍び込んだ奴は昨晩に限らない。その以前に宇津木兵馬の枕許を騒がせた奴もある。意趣か、遺恨か、物とりか、それさえはっきりわからぬが、ここにはかなく一命を落した当の主のほかに、生きておるか、死んでおるか、消息のわからなくなった者がある。
 お蘭だ。問題のお部屋様が、影も形も見せない。
 外に向っては流言蜚語《りゅうげんひご》を抑えなければならぬ、中橋の生首は決してお代官の首ではない、あれを、お代官の首だなんぞと口走るものは重刑に行う、ということを布告して置かなければならぬ。内に於ては、死人及び生死不明人の始末と詮議を遂げなければならぬ。
 兵馬には、他の何人よりも思い当ることが多いのである。けれども、うか[#「うか」に傍点]とその緒《いとぐち》を切ってはならぬと思案しました。それ故に、彼はお代官とお蘭との昨夜の行動についても、自分の見聞きしているところの全部を、決して誰にも語りませんでした。
 ただ、その前の日に女房狩りのようなことをして、八幡山の方から、見慣れぬ若い娘をこの代官屋敷へ連れ込んだということは、大抵知れ渡っていることだから、その出来事は隠すことはできませんでしたが、その若い娘の方には、あまり人の注意が向かなかったものですから、兵馬は極めて無事に、その娘を自分の部屋に隠し、且つ、休ませて置くことができました。
 最後に、内外を合わせて陰に陽に手を尽して探った一つの報告として、昨夜であったか、今晩であったか、大井の四辻の駕籠屋へ、お代官からと言って二梃の駕籠を註文した者があるが、その駕籠が、今もって戻って来ない――ということを聞き込んで来た者がある。
 大火についで農兵の調練、それにこのたびのすさまじい恐怖――小さな天地の動揺はようやく静まらず、人心|恟々《きょうきょう》として真相に迷うの雲が深い。

         三十八

 事態かくの如くであるに拘《かかわ》らず、弁信法師はまだ白骨の温泉に眠っているし、救援に出向いて来た北原と、品右衛門と、久助との一行はどうしている。
 しかし、この一行の途中の変事というのも、そう心配するほどのことでなくて何よりでした。
 それは、白骨から平湯へ出るまでの途中のある地点で、北原が岩角から足を辷《すべ》らしたまでのことです。足場が悪かったので、小石が流れる、それに足を浚《さら》われた北原は、ほとんどとめどもなく谷底へ落ちようとして、足に力を入れた途端、手の方がゆるんだものか、また、その際気がかりになって、自身の流れる身体で押し潰《つぶ》してはならないから、放ってやったのか、携帯の鳩が飛び出してしまいました。
 それと共に、ずるずるととめどもなく谷底へ落ちて行く、それを見て久助は、あれよ、あれよと言うばかりですが、品右衛門は早速用意の縄を投げてやったものですが、悪い時は悪いもので、それにつかまりはつかまったが、縄が途中で摺《す》りきれて、もう万事休すと思われた時に、幸いに木の根に、しっかりかじりついて叫んでいる。そこで、つぎ足しの縄が来てようやく引きあげたのですが、もとより生命には別状はないが、足をくじいたり、擦《す》り剥《む》いたり、かなりの怪我をしているから、品右衛門が背中に背負って、そうして平湯へ来て療治を加えているという出来事でした。
 出来事としては怪我の部類ですけれども、鳩が逃げて白骨へ時ならぬ逆戻りをしたということと、これから前途、高山までの強行前進が利《き》かなくなったということは、確かに番狂わせでありました。
 鳩の報告によって、白骨からは第二の救護隊が着いて見ると、まずこの程度の怪我ということで、ホッと安心はしてみたものの、北原君としても、久助さんとしても、まあよかったと言ってのみはおられないのは、お雪ちゃんの立場を思いやって、あの子が自分たちの身の上に、どのくらいの期待と心配を置いているかということを考えると、こうしてはおられないと思います。
 といって、北原の怪我はどうしても、二三日の療養で役に立つとも思われないから、自分は当分ここで断念しなければならぬ、就いては、自分の代りに久助さんを案内に、町田君にでも行ってもらい、そうしてお雪ちゃんを再び白骨へ呼び戻すことだ、白骨でいけなければこの平湯でもよい、平湯を第二の冬籠《ふゆごも》りとして、我々の一分隊がここを占拠して、暮してみるもまた一興ではないか――こんなことに相談が纏《まと》まって、予定よりは二日も遅れて、そうして久助と町田とが飛騨の高山へ着いて見た時は、すでに前記の事態が過ぎ去って、その余雲がまだ雨風を含んで釈《と》けない時でありました。久助さんは、とりあえず相応院をたずねてみたけれども、そこでお雪ちゃんも、その他の誰をも発見することのできなかったのは無論のことです。
 のみならずこの際、他国者が、この界隈にうろうろなんぞしていようものなら、フン縛られてしまうという空気を実際に看《み》て取って、こうしているのも危ないことこの上もないのを感じ、ともかくもこれは一度平湯へ引返して、改めて方法を講じなければならないことをさとり、着いた日に、また平湯へ引返すことのやむを得ない事情になってしまいました。
 これはまた、町田としても、久助としても、この際、至当な態度であって、実は二人が、平湯からこの地へ無事に足を踏み込んだことでさえがむしろ幸いなくらいで、その以前、在留の人や、通りがかりの旅人で、嫌疑だけで、抑留や捕縛の憂目《うきめ》を蒙《こうむ》ったものが幾人もあるとのことです。
 そこで、平湯へ帰ってみると平湯の客がまた意外に混み合ってきたのは、一つは前いうような高山の空気から、この地へ避難した客と、土地ッ子であっても目に立つことを嫌うものが、ここまで遠出をして来たというような、あぶれ気分がないでもありません。
 高山の変事はここまで持ち越されて、湯の中での流言蜚語《りゅうげんひご》は、高山の町の巷《ちまた》のそれよりも喧《かまびす》しいものがありました。

         三十九

 あのことのあったその夜、何者か道庵先生の宿元へ投《な》げ文《ぶみ》をした者がありました。
 それを米友が庭から拾って来て道庵に見せると、道庵は投げ文をひろげて、仔細に読んでいるうち、みるみる顔の色が変わり、
「さあ、こうしちゃいられねえ!」
 それから天手古舞をして身のまわりの整理にかかったのが、米友によく呑込めません。
 しかし道庵としては、かくうろたえるのがあたりまえで、ただいま投げ込まれた投げ文なるものは、確かに道庵に向って、生命を脅《おびやか》すに足るべき果し状同様なものでありました。
 道庵は、米友にさえ聞かすことを憚《はばか》り怖れていたが、その内容を素っぱ抜いてみると、それは安直と金十郎から来た果し状で、その文句には、
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「道庵ノ十罪ヲ数ヘテ、之《これ》ヲ斬ルベキコト」
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 その理由とするところの大要を言ってみると、第一、今度、我々が名古屋へ来て華々しき興行をしようとしたのが、突然、中止命令を受けたというのは、これは道庵の密告が因を為しているにきまっている――
 次に、道庵が長者町へ開業しても吾々へ渡りをつけずに十八文で売り出したために、同業者が非常に迷惑をしていること、且つまた、道庵が日頃、傲慢無礼《ごうまんぶれい》にして、人を人とも思わず、我々をつかまえて三ぴんだの、折助だの、口汚なく罵《ののし》るのみならず、我々の先棒となっている安直先生をつかまえて、ラッキョ、ラッキョ、ラッキョの味噌漬なんぞと聞くに堪えない雑言《ぞうごん》を吐く、道庵自身は相当の実入《みい》りがあるのに子分を憐まず、ためにデモ倉やプロ亀の反逆を来たしたことの卑吝慳貪《ひりんけんどん》を並べ、そのくせ、自分はいっぱし仁術めかして聖人気取りでいるが、今度の道中なんぞも、従者の目をかすめて宿場女郎を買い、或いは飯盛に戯れる等の罪悪数うるに遑《いとま》がない、この上もない偽仁術聖人である。それにも拘らず、到るところで買いかぶって歓迎することの風教に害ある点など、都合十罪を数えて、道庵を名古屋城下から逐《お》い、これを城外に斬ってとらなければならないとの檄文《げきぶん》でした。
 これを見たものですから道庵先生が、急にあわて出して、その翌日早く、今度は本式に名古屋を出立することに決めてしまいました。
 少なくとも飛行機の試乗が済むまでは御輿《みこし》が据わったものと諦《あきら》めていた米友も、足許から鳥が飛び立つように感じたけれども、そこは慣れたものであるし、且つまた先刻、旅の用意済みでしたから、この不時出立の命令にも更に狼狽《ろうばい》することはなく、即日、つまり命令のあった翌日の朝未明に、今度は急角度の転向転換などということはなく、道庵自身もさきに立って、いざ鹿島立ちという時に、道庵が容《かたち》を改めて米友に向っていうようは、
「時に、友様、わしは今までお前に向って隠していたが、実は敵持《かたきも》ちの身なんだ」
 米友は、変な面《かお》をしてそれを聞きました。敵持ちといえば、つまり自分が何か人の意趣遺恨を受けて、敵に覘《ねら》われているということになるのだが、今までそういうことを聞いたこともなし、左様な警戒を試みていたこともないのに、不意に妙なことを言い出されたものかなと感心したのです。
 しかし、道庵先生が急に妙なことを言い出すのは、今朝にはじまったことではないが、今朝は少し生真面目ではあり、出立間際ではあったから、米友も特別に変な面をして耳を傾けていると、道庵が言うことには、
「実は、今までお前にも打明けなかったが、この道庵も花盛りの時、武士道のやみ難き意気地によって、朋輩二三名を右と左に斬って捨てて国許を立退いたものだ」
 始まった! こんなことを本気で聞いていちゃたまらねえ――米友が舌を捲いているに頓着なく、道庵は生真面目で続けました。
 それを聞いていると、道庵は若気の至り、右の次第で両三名の武士を右と左に斬って落し国許を立退いたが、その子弟が絶えず自身の首を覘っている。いつ途中で敵にめぐりあい、名乗りかけられないとも限らないのだから、その時卑怯な真似《まね》はしたくない。実は今朝も出立にあたって、なんとなく胸騒ぎがするのは、虫が知らすというものかも知れねえ。万一そういうことがあった時は、友様、お前にも一つ頼みがあるのだ。
 その頼みというのは、軽井沢の時は、場合が場合だから、お前の助太刀《すけだち》で難を遁《のが》れたが、いつも道庵は、用心棒がなければ独《ひと》り太刀が使えねえということに見られると名折れだから、今度、途中で万が一、いかなる狼藉者《ろうぜきもの》が現われようとも、お前は手出しをしてくれるな、道庵は道庵だけの能ある爪を持っている、平常は隠して用いないが、いざとなれば奥の手を出して、いかなる敵にもおくれを取るものではない。
 こういうことを言いましたけれども、米友はまたちゃらっぽこ[#「ちゃらっぽこ」に傍点]がはじまったという面《かお》をして取合わない。
 とにかく、今度は、いかなる眼前に危険が迫ろうとも、友様、お前は手出しをしてくれるなよ、その代り、もうこれまでという時には、器量いっぱいの大声を挙げて、「友様、後生だから頼む!」と叫ぶから、その声を聞くまでは、じっと辛抱して見ているんだよ、もし道庵の口から後生だから頼む! の一言が出ねえうちに、お前が短気を起して、加勢なんぞしようものなら、もうその場限り親分子分の縁を切り、京大阪へも連れて行かねえし、その熊の子なんぞも取りあげてしまうから、よくよく心得ていてもらいてえ。
 念を押して言うものだから、米友も何のちゃらっぽこ[#「ちゃらっぽこ」に傍点]とは思いながらも、何か先生には先生だけの腹があるのだろう、いよいよという時、後生だから頼む! の一言を聞き届けた上で飛び出せばいいのだ、こう考えてしきりに頷《うなず》きながら、旅立ちの仕度をする。
 一方、道庵は、すべての用意を整えた上に、なお悠々と机に向って何かしている。見れば大奉書の紙をのべて、何か恭《うやうや》しく認《したた》めている。それを認め終ると、どこからか青竹の手頃なのを一本持ち出して来て、その上へしきりに手細工を試みているから、米友が、これも少し変だと覗《のぞ》きこむと、その手頃の五尺ばかりな青竹の上へ、道庵がお手前物の薬を盛る匙《さじ》を一本、しきりに結びつけているものですから、
「先生、そりゃ何のお呪《まじな》いだえ」
「おまじないなものか、これさえありゃ敵何百騎|来《きた》るとも……」
と、ぶつぶつ言いながら、その匙を青竹に結びつけてしまうと、肩に担《かつ》いで道庵が門口へと下りたちました。
 その時は、もう箱車が玄関へ横附けになっている。その車には鉄の檻が載せてあって、中には熊の子がいる。
 そこで、今度は間違いなく、足許の明るい時に、道庵主従は永らくの名古屋の宿を出立しました。
 もう暇乞いもとうに済ましてあり、見送りも見送ってもらってあるから、生きているうちに葬式を済ましてしまったような身軽で出立しましたが、そのいでたちを後ろから見れば、以前とは趣が変った、一種異様なものがないではありません。
 第一、先に立つところの道庵、風采《ふうさい》は来た時と変らないが、佐倉宗五郎が三枚橋へでも出かけるように、懐中に大奉書を七分三分に畳み込み、肩に例の匙附きの青竹を担いだということが、判じ物のようです。
 これに反していつも杖槍を肩から離さないところの米友が、今日は箱車を曳いての出立であるから、槍も、荷物も、車の片隅に置かれてある。一見すれば、道庵が米友の株を奪って杖槍を持つことになったようにも見えるが、よく見れば道庵のは杖槍ではなく、匙のついた青竹だということがよくわかります。
 何故に道庵が、この際、恭《うやうや》しく奉書なんぞを畳み込み、匙のついた青竹なんぞを担ぎ出したのだか、米友としては、おまじないよりほかは考えることはできないが、では、何のために左様なおまじないをしなければならぬかということは、思案に能わないのです――ただ、そのうちには分ることがあるから深く気にかけるまでのことはないと、米友は、あきらめてしまっているばかりです。

         四十

 こうして、未明に名古屋城下を出立した道庵と米友。
 城下を離るること約一里にして、枇杷島橋《びわじまばし》にさしかかる。
 これは尾張の国第一の大橋、東に七十二間、西に二十七間の二つの橋を中島で支えている。
 その大橋の半ば頃へ来た時分――まだ時刻は早過ぎるほど早いことですから、さしも頻繁な美濃廻りと東海、東山への咽喉首《のどくび》も、近く人馬は稀れに、遠く空気は澄みきっていたから、橋の上に立ちどまった道庵が、米友をさし招き、
「どうだ、いい景色だろう、この橋はこれ、尾張の国では第一等の長い橋でな――上から下、横から縦まで、檜《ひのき》ぞっきだ、檜のほかには一本も使わねえところが、さすが尾州領だけのものはある」
 そうして橋を一通り見せた上で、今度は頭を四方に振向け、
「今日もいい天気で仕合せだ、見な、友様、四方の山々を……そうら、あれが木曾の御岳――駒ヶ岳、加賀の白山、こちらの方へ向いて見な、ええと、あれが江州の伊吹山さ、それからそれ、美濃の養老山、金華山、恵那山……」
 道庵も名古屋城頭の経験から、もはや相当に地図を頭に入れて置くと見える、しかじかと説明して、伊勢の――と言おうとしたが、どっこい、この野郎には伊勢は鬼門だと、あぶないところで食いとめ、
「そうら、ぐるりと廻れば三河の猿投山、三河とは三河の国のことで、三河は遠江《とおとうみ》の隣りで、遠江は遠州ともいう……お城を見な、名古屋の城を見な、金の鯱《しゃちほこ》へ朝日があたり出して、あの通りキラキラ輝いているところは素敵なもんじゃねえか」
 道庵が喋々《ちょうちょう》として米友のために風物を説明している前面から、砂煙をまいて走《は》せ来る一隊がありました。
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
 はて物々しいと見ていると、今度は後ろ、反対側から同じような砂煙。
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
 道庵は、この時ならぬ物々しい前後の物音と掛け声を聞いて変だなと思ったのは、普通、こうして馳けて来るところの一隊の人の呼び声は、
「ワッショ」
「ワッショ」
ということになっている。江戸ではまたワッショを、ワッソワッソワッソワッソとつめることはあるが、ここでは、
「ファッショ」
「ファッショ」
と聞える。土地柄で訛《なま》るのか、それとも近頃はこういう発音が流行しているのか、そのことはわからないが、それが多少耳ざわりになっていると、砂煙を立てて前後から走せつけた一隊が、
「道庵待て――江戸下谷長者町の町医者、しばらく待て」
「何がなんと」
 道庵は思わずこんな大時代な返答をして飛び上りました。
 と見れば、前面から一隊を率ゆるところのものは、おおたぶさに木綿片染のぶっさき羽織、誰が見ても立派な国侍――それに従う紺看板が都合五名。
 同時にうしろから走せつけたのは、軍学者のように髪を撫でつけた、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]頭の男、それに従うものが、やっぱり五名の紺看板。前面のおおたぶさが、
「ヒャア、お身は江戸下谷長者町道庵老でござるげな、身は金茶金十郎じゃ、はじめて御意のう得申す、以来お見知り置きくださるべえ」
「ははあ、わしは、いかにも長者町の道庵だが、何か御用ですか」
「問わでもお身に覚えがござろう、同輩、立たっしェイ」
 金茶金十郎が後ろをさし招くと、紺看板が五つ六つ、
「ここで逢いしは百年目……」
「恨み重なる垢道庵」
「もうこうなった上からは」
「退引《のっぴき》させぬ袋の鼠」
「道庵返辞は」
「何と」
「何と」
 これらの紺看板が、すっかり道庵の行手に大手をひろげてしまいました。
 ばかばかしくなってたまらないのは宇治山田の米友です。何が何だかわからないが、まるで出来損いのお茶番だ。
 ははあ、宿許を出立の時、短気を起して手出しをするなと、道庵先生に誡められたのはこの辺だな――何かふざけて仕組んだ芝居に相違ない、少し離れて見ているに限る――車を少し遠のけて、油断なくながめていると、
 その時、道庵は金十郎の前へ出て、
「わしは道庵に違えはねえが、何もお前さんたちに恨みをうける覚えはねえ」
「この場に及んで覚えなしとは白々しい、後学のため、積る怨《うら》みの数々を言って聞かそう。ならばまず第一、そちゃ、身共らが富士見ヶ原の興行になんでケチを入れたのじゃ」
「知らねえ、そんなことは知らねえ」
「知らねえというがあるか、我々りゅうりゅう工夫したものを、そちが要らざる密告で、興行中止となった無念残念――」
「そいつぁちっと迷惑だね、道庵は密告なんてケチなこたあしねえよ、こう見えても万事、強く、明るく、正しくやるのが道庵の流儀なんだからね」
「なおそれのみならず、身共先年御成街道を通行の節、三ぴんざむらいと蔭口申したこと、覚えがあろう」
「そんな覚えはありませんね」
「覚えなしとは卑怯な、身共たしかに承ったぞ、身共を三ぴんと申し、身共身内を折助呼ばわりすること、その仔細ちうはどうじゃ、返答のう致せ」
「こいつは驚いたね、御成街道の蔭口を、名古屋の枇杷島まで持ち越されたにゃ弱ったね」
「そちゃ、日頃我々を軽蔑しおる、悪い癖じゃによって、かねがねたしなめつかわそうと存じていたが、思わぬところで逢うたが幸い、いざ、三ぴんと折助とのいわれ、この場で承ろう、その返答承知致さんであれば、手は見せ申さぬぞ、ちゃ」
 この時、後ろの紺看板が声を合わせて、
「そうだ、そうだ、金茶先生のおっしゃる通り、三ぴんと折助のいわれが、この場で聞きてえ、聞きてえ、道庵返事は、何と、何と――」
「ちぇッ」
 道庵は舌打ちを一つして、
「何かと思えば、三ぴんと折助の講釈が聞きてえのか。そんなことは、道庵に聞かねえたって、もっと安直に聞けるところがありそうなものだが、聞かれて知らねえというのも業腹だから、後学のため教えてつかわそう、そもそも三ぴんというのは……」
 この時、道庵は手に持っていた青竹を橋の欄干のところへ静かに置き、懐中へ手を入れたと見ると、例の畳んだ奉書を取り出して物々しくおしいただき、それを繰りひろげて高らかに読み出しました――
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「そうれ、ツラツラおもんみるに、三一《さんぴん》とは三と一といふことなり、三は三なれども一はまたピンともいふ、ここに於て三両一人|扶持《ぶち》をいただくやからをすべて三ピンとは申すなり、まつた、折助といふは、柳原河岸その他に於て、これらの連中が夜鷹の類を買ひて楽しむ時、玉代として銭の緡《さし》を半分に折りて差出すを習ひとするが故に、折助とは申すなり、それ中ごろの折助に二組の折助あり、一つを山の手組といひ、一つを田圃組《たんぼぐみ》といふ、その他にも折助は数々あれども、この二つの折助の最も勢力ある山の手組の背《うし》ろには、百万石の加賀様あり、田圃組の背ろには鍋島様が控へてゐる故とぞ申す、もとより御安直なる折助のことなれば、天下国家に望みをかける大望はなけれども、これら大名達の威光を肩に着て諸大名屋敷の味噌すり用人と結託し、人入れ稼業を一手に占めんとする企みのほど、恐るべしとも怖るべし、帰命頂礼《きみようちようらい》、穴賢《あなかしこ》」
[#ここで字下げ終わり]
 道庵が、枇杷島橋の上で、天も響けとこういって読み上げた勧進帳もどきを聞いて、
「こいつが、こいつが」
 金十郎がいきり立つと、安直がしゃしゃり出て、
「あんたはん、三ぴんや言いなはるが、三両だかて大金やさかい、一人扶持かて一年に均《なら》してみやはりまっせ、一石八斗二升五合になりまんがな、今時、諸式が上りはって、京大阪で上白《じょうはく》一桝《ひとます》が一貫と二十四文しますさかい、お金に換えたら十八両六貫三百六十八文になりまんがな、それにお給金三両足しますとな、たっぷり二十両がとこありまんがな、大金じゃがな、そないに三ぴん三ぴん言うとくれやすな、チャア」
 これを聞いて道庵が、さては、こいつ、阪者《さかもの》の出来損ないであったか、なるほどみみっちい[#「みみっちい」に傍点]! と感心していると、前面からのしかかった紺看板が、
「ファッショ」
「ファッショ」
 ファッショ、ファッショで道庵を揉《も》みくちゃにしようと試みる。
 その時、道庵は少しも騒がず、後ろへ飛びしさると見るや、かねて橋の欄干に立てかけて置いた匙附きの青竹を取って、米友流に七三の構え、
「誰だと思う、つがもねえ、江戸の下谷の長者町へ行けば、泣く子もだまる十八文の道庵を見損って怪我あするな、当時、人を斬ることに於ては武蔵の国に近藤勇、薩州では中村半次郎、肥後の熊本には川上|彦斎《げんさい》、まった四国の土佐に於ては岡田以蔵、ここらあたりが名代の者だが、この道庵に比べりゃあ赤児も同然、甘えものだ、これ見ろ、この匙加減をよく見てから物を申せ、すべて今日まで道庵の匙にかかって、生命の助かった奴があったらお目にかかる……」
 こう言って、右の匙附きの青竹を無二無三におっぷり廻したのには、三ぴんも、折助も、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]の味噌漬も、ケシ飛んでしまいました。
 さいぜんからのいきさつを、じっと辛抱して見ていた米友。喧嘩だか、敵討だか、おででこ芝居だか、お茶番だか、呆《あき》れ返りながら、それでも道庵の言いつけ通り手出しを慎しんでいたが、急に舞台が展開して、思い設けぬ道庵先生の武勇のほどを見ると、そっくり[#「そっくり」に傍点]返らないわけにはゆきません。
 最初出発の時、あの青竹へ商売物の匙をくっつけたのは、何のおまじないかと思案に余り、それをまた、ワザワザ道中かつぎ廻ってここまで来たのは全く判じきれない所業と思っていたのに、今になってはじめてそれと分った。
 道庵の匙加減を見ろ、すべて道庵の匙にかかって助かった奴は一人もねえ――それを言いたいためなのだ、それを言いたいために、こういうこともあろうかとの深謀遠慮が、今になって篤《とく》と腑に落ちた。
 おらが先生のすることは、全くソツがねえ、どこまで考えが深いのだか底が知れねえ――と、米友はまた舌を捲いて感じ入ったようです。
 しかし、この騒動が、米友の出動を要求するまでに至らず、自然、血のりを用いたり、川へ泳がせたりすることなく、存外あっさりと解散されたのは、連中が道庵の凜々《りんりん》たる武勇に圧倒されたわけでもなく、これはたぶん江戸より海陸二百八十八里、九州肥後熊本五十四万石細川侯の行列であろうところの供揃いが、下に下にの触れ声で、このところへ通りかかったためであります――それは、折助連は道庵の匙加減に恐れ入ってしまっているところへ、道庵主従に於ては、あえて細川の行列に怖れをなしたというわけではないが、細川侯であるとないとにかかわらず、いったいが大名の行列というものが、道庵と米友の反《そり》に合わないことは中仙道熊谷在の例でもわかりましょう。
 かくてこの一場の活劇は、市が栄えたという次第でした。

         四十一

 道庵主従の不意の出立で、度胆を抜かれた者のなかには意外な人があります。
 それは親方のお角さんでした。
 お角さんともあろうものが、度胆を抜かれるなんぞは、ちと心細い話だが、またそこにはしかるべき理由もあります。
 ああはいうものの、お角さんは内心、今度は大いに道庵先生に期待しておりました。その一つは、先生の口から飛行機の発明のことを聞くと、目から鼻へ抜けてしまったことがあります。この先生の言うことは、ヨタばかりと限ったものではない、その中から、いいところを抜き出せば、とんだ掘出し物があるということを心得ているから、最初この飛行機のことを聞かせられると、それを直ぐに自分の田へ引いてしまったのはこの女の天性で、それは、右の空を飛ぶ機械がもの[#「もの」に傍点]になったら、これで一番こんどは、自分の大山を打つチラシを撒《ま》いてもらおう、手間を頼んで一軒一軒引札を配らせるなんぞは時勢ではない。
 空を飛ぶ機械でもって、名古屋であれ、京大阪であれ、江戸の本場であれ、天の上からこれこれと引札を配らせたら、それこそ満都をアッと言わせるに相違ない、いやいや、引札を配らせるだけではない、その飛ぶところを、木戸を取って見せたってけっこう商売になる! これは一番、目のつけどころだ、と考えてしまいました。
 そこで、よそながら、機械の仕上りを心待ちに待っていたものですが、その当りをつけた相手に無断で出発されてしまったのだから、あいた口が塞がらないのです。
 だが、相手が相手だから、腹を立てても始まらない。
 そのうち、ある人がお角さんに向って、このごろ武芸十八般がやって来て、富士見ヶ原で興行をする当てが外《はず》れ、トヤについて困っているから、あれを救う意味に於て、お角さんに一肌ぬいでもらえまいかと交渉を持ち込んだ者があったけれども、お角さんは鼻の先であしらいました、
「ヨタ者なんぞを相手にしなくても、お角さんには仕事があり過ぎて困ってるんだよ」
 そうこうしている間に、お角さんも、名古屋の空気の大体も、芸事の分野なんぞも、あらましのみ込んで、相当の腹案も出来たけれど、何をいうにも今回の旅は遊覧が名であって、実地は視察の予定に過ぎないし、それに思いがけずお銀様というもののお守役を仰せつかって、それより以上に名古屋でも膝を乗出すわけにはゆかず、また、名古屋を中に置いて事を為さんとすれば、どうしても上方《かみがた》を見て来ないことには、東西をひっくるめての大芝居は打てないわけですから――万事は帰りとして、さあ、もうこの辺で一応金の鯱《しゃちほこ》へもお暇乞いをした方がよかろうという気になったのは、一つは道庵先生に先を越されたその羽風にも煽られたのでしょう。
 そう思い立つと、お角さんとして愚図愚図することはできないから、もう明朝にも上方へ向けて出かけようじゃないか、それには自分たちの方は、あ[#「あ」に傍点]と言えばさ[#「さ」に傍点]だが、お銀様へ御都合を伺っておかなければならぬと、お角さんはともをつれて、本町の近江屋という宿へお銀様を訪れたのはその晩です。
「お嬢様、明日あたり、名古屋をお立ちになりませんか」
「明日」
「はい、もう名古屋も大抵おわかりのことと思いますから」
「明日はいけません」
「お都合がお悪うございますか」
「別に都合が悪いというわけでもありませんが、明日は見物するものがあります」
「おや、まだ御城下にお見残しがおありになりますか」
「城下の見物じゃありません、明日は約束があって、ほかに見に行かなければならないものがあります」
 お角さんは腹の中で、ちぇッと言いました。何の約束か知れないが、大抵の約束なんぞは蹴飛ばして、わたしたちが出かけると言ったら、一緒に出かける気になってくれたらよかりそうなものだ、お角さんの気性として、出かけるときまってからグズグズしているのは、焦《じ》れったくてたまらない。
「お約束でございますか、犬山から木曾川の方へでもいらっしゃるんでございますか」
「いいえ、そうじゃありません、明日は磔刑《はりつけ》を見に行こうかと思います」
「えッ、磔刑?」
 さすがのお角さんも、このごろはどうも度胆を抜かれ通しです。
「磔刑がどちらにございますんですか」
「土器野《かわらけの》というところにあるそうですから、ぜひそれを見て立ちたいものです」
「まあ、土器野に、どんな奴が磔刑にかかるんでございますかねえ」
「それは、この近在の味鋺《あじま》というところに生れた子鉄《こてつ》という強盗なのです」
「まあ――」
 お角さんはお銀様の横顔を見ました。
 呆《あき》れているのです。
 何というイヤなことを言うお嬢様だろう。平常《ふだん》おすすめ申してもなかなか人中へはお出なさらないくせに、明日という日は、進んで磔刑のおしおきを見物に行くのだという。いったい、誰がそんなことをこのお嬢様に焚きつけたのだ、縁起でもない!
 お角さんは、腹の中から縁起でもないと感じました。
 お角さんは、あれほど太っ腹な女のくせに、こんなことにかけては感情が細かいので、不吉なものや、不浄なものをいやがり怖れることが普通以上なのは、一つは商売柄であるところへ、女の弱気の方だけがその辺に集まるものですから、御多分に漏れぬ大のかつぎ屋なのです。
 ですから、今日明日という出立の日、しゃん、しゃん、しゃんとやりたいところへ、出がけにこのお嬢様が故障を唱えるだけならいいが、言うことに事を欠いて、磔刑を見に行くなんて言い出したものですから、その心中の不快といったらありません。
 けれども、お角さんという人は、お銀様にとってどうしても先天的に一目置かなければならないようになっていることは、前にしばしば見えた通りであり、いくら腹がたっても、お銀様の前でばかりはポンポン言うわけにはゆかず、先方に高圧に出られるほど、こちらが腫物《はれもの》に触るような気分を濃くしてゆかなければならない因果のほどは、今日までの例が示す通りです。
 結局、お角さんは、どうしてもお銀様の御意に従わないわけにはゆきませんでした。
 しかし、こういう場合でも、見物に行くところが行くところでありさえすれば、たとえばついでに長良川へ鵜《う》を見に行きたいとか、犬山の提灯祭《ちょうちんまつり》を見たいとかなんとかいうことであれば、そこは進まないながら、お角さんもぐっと呑込んで、「ではお嬢様、せっかくのことに、わたしもおともさせていただきたいものです」とかなんとか出るところだが、磔刑《はりつけ》を見に行くということでは、お角さんはどうしても乗り気になれませんでした。乗り気になれないばかりではない、七里ケッパイというような気がしてお銀様の話から、自分の座、そこら一面になみの花を撒《ま》いてやりたいほどなのを我慢して、
「そういうことでございますならば、よんどころございませんから、明後日《あさって》ということにいたしましょう、明後日なら、キットよろしうございましょうね」
「はい、明後日あたりならば……」
「そんならぜひ、明後日にお立ちを願います」
 お銀様の生返事が気に入らないけれど、お角さんは、明後日ということに念を押して、この宿を出て来ました。

         四十二

 お角さんのイヤがるとイヤがらないとに拘らず、その翌日には、城外|土器野《かわらけの》に於て、磔刑が執り行われるのです。
 今日の磔刑のその当人は、先に七里の渡頭に於て捕われた味鋺《あじま》の子鉄であることは、誰知らないものはありません。
 だが、その子鉄とお銀様と何の関係《かかわり》がある、物好きにも程のあったものだと、お角さんの余憤が止まらないのも無理はありません。
 絶えて久しい磔刑というものを見ようとして、沿道は人垣を築いたこと申すまでもないことです。その間を牢屋から引出されて刑場へ送られて行く子鉄は、大体に於て仕来《しきた》りの通り、裸馬に乗せられて、前に捨札、役人と非人と人足が固めて、そうしていよいよ刑場まで着いて馬から引下ろされた時に、検視詰所の背後から、ちょこちょこと走り出た者がありました。
「お父《とっ》さん、水――」
 これは、小さな尼さんが竹の柄杓《ひしゃく》を捧げている。
 子鉄は振返って、右の小さな尼の面《かお》をよく見たが、やがて捧げられたところの柄杓のままを口につけて、ゴクリゴクリと二口ばかり水を飲みました。
 ところが、そうして父と呼んで、末期《まつご》の水を飲ませた尼は、父から見据えられた面を自分も見上げたが、存外、感情が動きません。泣きもしなければ、別段、目に涙を湛《たた》えているのでもない、もとより嬉しがってはいないけれども、父だという人の今日の最期《さいご》に、特になんらの激動した感情が認められないのは性質かも知れません。
 全く、これで見ると、この児は、父の最期の名残《なご》りを惜しんで、水を与えに来たものではなく、確かに水を持って行けと言われたから、その言いつけの通りにしてみたものらしい。親ながら、父も暫くその顔を見据えただけで、この際、特別な愁歎場を見せないで、仕置場の方へ曳かれて行ってしまったことが、見物にはあっけ[#「あっけ」に傍点]ない思いをさせました。
 親子といったからとて、そう情愛ばかりあるにきまったものではない。
 小さい尼さんは、おつとめを果したが、さてまた検視詰所の後ろへ立戻ったものか、もう少し父のあとをついて行ったものか、手持無沙汰の形でうろうろしています。
 その間に当の罪人は、土壇場へ曳かれて行って馬から卸される、卸されたところに磔刑柱《はりつけばしら》が寝ている。下働きと非人と人足の都合六人が、罪人を取って抑えて、これを柱へ縛りつけようというのです。
 ここまではすいすいと運ばれて来たが、いよいよ非人の手で、下へ置かれた磔刑柱の上へ大の字に寝かされ、手は手、足は足で縛りつけられようとする時に、右の罪人が物を言いました。
「お願いがござります」
 検視の役人が聞きとがめて、
「何事じゃ」
「このお縄を、あれにおる娘に、縛らせてやっていただきとうございますんですが……」
「何と?」
「罪ほろぼしでございますからな、あの娘に、親爺を磔刑柱に括《くく》りつけさしていただきとうございます。おころ、おころ」
 罪人は、声高く呼びかけると、手持無沙汰でうろうろしていたさいぜんの尼がかけて来ました。
「おころや、お前、お父《とっ》さんを縛れや」
「え?」
「お役人様にお願い申してあるからな、お父さんをそのお縄でこの柱へ縛れ」
「え?」
「かまわないから縛れ」
 低能ではないが、狼狽《うろた》えきっている小さな尼は、この際、父の命令の意味するところを知らず、役人に向って念を押すことも知らず、あちらを見、こちらを見ていると、罪人がまた下から言いました、
「お父さんが釜うで[#「うで」に傍点]になれば、お前も抱いて行くのだが、お父さん一人のお仕置で済むというのは御時世のお慈悲と、それからお前のころものおかげだ、罪ほろぼしにお父さんを縛れ、ここでお父さんの言う通りになるのが本当の孝行というものだぞ、お役人様にお願い申してあるから、縛れ、お前のために捕まって、お前の手で縛られてこそ、このお父さんが浮べるというものだ、いいから縛んな」
 その時、検視の役人が二三、こそこそと額を鳩《あつ》めました。まもなく、右の小さい尼は、別な人に促されて、退引《のっぴき》ならず数珠《じゅず》を納めて縄をとりあげたものです。
 まもなく、見物の群集の眼は、この小さな尼が、磔刑柱に載せた人間の五体の間を立ちめぐって、しきりに働いているのを見ました。
 言いつけられた通り、素直に罪人なる父を磔刑柱に縛りつけているのです。と言ったところで、罪人を磔刑柱に縛りつけるには、また縛りつけるで一定の方式がある。
 まず第一に足首を横木へ結びつけることからはじめて、次は両人ずつ左右へ廻り、高腕を腰木へ結びつけ、それから着類の左の脇の下のところを腰のあたりまで切り破って、胸板のところへ左右より巻き、二ところばかり縄でいぼ[#「いぼ」に傍点]結びにする、その上へたすき縄をかけ、その上に胴縄をとって腰のところで縄を二重にしっかりと結びつけることで終る――
 その道の本職が幾人も手を合わせてやるべき仕事を、ぽっと出の幼尼ひとりに任せられるはずのものではない。自然、罪人の望み通りに縛ることを許したとは言い条、事実は下働きと非人と人足とが手を持添えて、その要所要所におまじないをさせるだけのものであります。
 こうして、仕来《しきた》り通りに柱へくくりつけられた罪人は、次に手伝いとも十人ばかりして、その柱を起して持ち上げ、かねて掘り下げて置いた穴の中へ押立て、三尺ばかり埋め込んで、根元をしっかりつき固める。
 ここで罪人は全く正面をきって、高く群集の万目の前に掲げられたものですから、矢来の外がジワジワと来ました。
 検視がズラリと床几《しょうぎ》に坐る。
 下働非人が槍をもって左右へ分れる。
 右の方にいた非人が、突然、槍をひねって、
「見せ槍!」
 一声叫ぶ。
 槍の穂先がキラリと光って、罪人の面前二尺ばかりのところを空《そら》づきに突く。
 と、左の一方のが、
「突き槍!」
 その一声で、罪人の右の脇腹からプッツリ槍の穂先、早くも罪人の左の肩の上へ一尺余り突抜けている。血が伝わるのを一刎《ひとは》ね刎ねて捻《ひね》る。
「うむ――」
 これは本当は抉《えぐ》るそのものの絶叫。
 この辺で群集の海に、
「南無阿弥陀仏――」
の声がつなみのように湧き上る。見るもののほとんど全部といっていいほどが、下を向いたり、眼をそらしたりしたものですが、今のその長く引いた罪人のうめき[#「うめき」に傍点]の唸《うな》りだけは、聾《つんぼ》ではない限りの腸《はらわた》を貫いて、生涯忘れることのできない印象を残さずにはおかないことでしょう。
 それから後の、左右交互に突き出し突き抜く槍先と、一槍毎に弱りゆく罪人の唸りとを、まともに目に見、耳に留めるものはおそらく一人もなかろうと思われたのに、たった一人はありました。それはお銀様。
 役目の人は知らず、こうして非人がアリャアリャと都合三十槍突いたのを矢来の側の特別席とでもいったところに立っていて、最後まで眼をはなさずに見届けていた者に、お銀様がありました。

         四十三

 お銀様は、土器野《かわらけの》にて行われた味鋺《あじま》の子鉄の磔刑《はりつけ》の場面の最初から最後までを、すべて見届けた一人には相違ありませんでしたが、唯一人とは言えませんでした。見物の大多数の中には、お銀様同様に、ほとんど目ばたきもせずして、この三十槍の残らずを見届けたものが、役向一同のほかに、まだ確かに一人、存在していました。そのお銀様以外の一人というのが、年魚市《あいち》の巻から姿を現わして、岡崎藩を名乗った梶川与之助という振袖姿の美少年でありました。
 この少年は今日、足駄がけでやってきて、矢来の外に立ち、大多数がすべて面《かお》を伏せた時も、更にはにかむことなく、じっと眼を凝《こ》らして、人間の死んで行く落ち際の表情を、漏らすことなく見ていたことは間違いありません。
 それは、やはり、見るべく見に来たのですから、単に自分の興味のために、或いは後学のために見に来て、滞りなくその目的を果したものですから、三十槍で検視の事済みになると、あとのことは頓着なく、さっさと歩み去って名古屋城下へ来てしまいました。
 同じ日のそれよりさき、お角さんは、忌々《いまいま》しがりながら、蒲焼の宿から、お銀様の宿としていた本町の近江屋へ引移って来ました。
 それは、明日の出立にまた何ぞ御意の変らぬうち、お銀様の膝元へ落着いてしまった方が安心といったせいもあるでしょう。また、出立についての万端、ここの方が都合がいいことにもよるのですが、磔刑を見物に出たお銀様がまだ帰らない時分に、もう引越しを済まして、出立の荷ごしらえ、あれよこれよと世話を焼いているところへ、
「姉御さん」
といって、つと入って来たのは、土器野帰りの岡崎藩の、美少年梶川与之助でありました。
「まあ、梶川様」
「おばさん、今日は面白いものを見て来ましたよ」
 姉御と言ったり、おばさんと呼んだりする、この美少年の心安だてな言葉に、お角さんが釣り込まれて、
「それはお楽しみでございましたね」
「楽しみというわけではないが、滅多に見られないものを、よく見て来ました」
 ここまで来てもお角さんはまだ覚めない。
「それはまあ、ようございました、そのお土産話《みやげばなし》を伺おうじゃありませんか」
「実はね、土器野で磔刑《はりつけ》を見て来たのです」
「磔刑!」
 ちぇッ、またしても、今日この頃は時候のせいか、よくよく磔刑を見たがる人ばっかり――人面白くもない、と、お角さんがうんざりして、
「お若い時分には、そんなものを見たがるものではありませんよ」
「でも、見ようとしても、一生に一度見られるか、見られないか、わからないものだから」
「そんなもの、一生見ないで過ごせれば結構じゃありませんか」
「おばさんは、嫌いなのかね」
「誰が磔刑の好きな奴があるもんですか――わたしなんぞは見るどころか、聞いてさえもいやなんです」
「そうですか、それでは話すのをよしましょう」
 そう素直に出られてみると、お角さんも、自分の弱気に向って憐れみを受けたような気になって、
「と言ったものですが、時と場合によればいやなものを見届ける度胸も大事ですね。怖がるわけじゃないが、虫が好かないだけなんです。いったい、今日磔刑の当人というのはどんな奴なんですか」
「おばさん、まだそれを知らないの、味鋺《あじま》の子鉄のことじゃないか」
「いっこう存じません、旅先のことだもんですから」
「では、その味鋺の子鉄なるものの来歴を話してあげようか」
と言って美少年は、前述のような凶賊で味鋺の子鉄があることと、役向が、それを捕えるに苦心惨憺していたが、その女の子が一人あったのを尼にして、それを囮《おとり》にして首尾よく捕ったことを説いて聞かせると、勢い今日のお仕置の場で、その子尼が親に水を飲ませ、親を磔刑柱の上へ縛りつけたことまで説き及ぼさねばなりません。それを事細かに話されて、お角さんが変な気になってしきりにうなされてしまいました。今の先は聞いてもいやだと言った磔刑の話を、知らず識《し》らず、根掘り葉掘り聞くようになってみると、この美少年の知識は人伝《ひとづて》ですから、お角さんの根掘り葉掘りに対して、つまり味鋺の子鉄なるものの生立ちから、性質の細かいことなんぞは知っていようはずがないから、勢い、どうしても、磔刑の場で見た子鉄の印象を深く語って聞かせるより仕方はありませんでした。
 しかし、こうなってくると、お角さんは、どうしても味鋺の子鉄なるものの本質を、もっともっと深くつきとめねばならない気がしました。
 そうして、お茶やお菓子をすすめながら、話がかなり深刻になって行ったが、やがて美少年は、
「それはそうとして、おばさんは、いつ名古屋をお立ちなの」
「明日は間違いっこなし」
「では、必ず清洲へお立寄り下さいよ、待っていますから」
「それも間違いございません」
「では、今日はおいとまをします」
 こう言って、美少年は立ちかけました。
「まだよろしいじゃありませんか」
「いや、ちょっとお立寄りのつもりを、かなり長く話し込んでしまいました」
 美少年はどうしても辞して帰るべき頃合いとなったので、お角さんは、それを丁寧に送って出ました。
 こうして見ると、二人はもう、かなり心安立てになっている。それは、お角さんもああいった気性であり、この美少年も、お角さんがはたで危ながるほど切れる性質に出来ているくらいだから、話も、息も、合うところがあって、それで、この逗留中も、名古屋へ出かけるごとに蒲焼のお角さんの宿をたずねて、相当に親密になっているらしい。送られて廊下を歩みながら美少年が言う、
「わたしも、ことによると近いうち、九州へ行かねばならぬようになるかも知れませぬ」
「たいそう遠いところへ、それはまたどうしてでございます」
「落ち行く先は、九州|相良《さがら》……というわけではないが、肥後の熊本まで、退引《のっぴき》ならずお供を仰せつかりそうだ」
「それは、大変なことでございますね」
と言っているうちに玄関へ来ると、お角が女中たちに先立って、この美少年のために履物《はきもの》を揃えてやりました。
「これは恐縮」
と言って草履《ぞうり》を穿《は》く途端に、ちょっとよろけて、美少年の手がお角の肩へさわりました。お角はそれを仰山に抑えて、
「おお、お危ない、お年がお年ですから、お足元に御用心なさいまし」
「いや、どうも済みません、では、明日はお待ち申していますよ」
 この途端に、すっと入違いに無言で、大風《おおふう》に入って来た人がありました。
 それは、土器野から廻り道したものか、この時刻になって立戻って来たお銀様でありましたから、機嫌よく美少年を送り出した途端に、この気むずかしやの苦手《にがて》を迎えねばならぬお角さんは、ここでちょっと気合を外《はず》されてしまった形で、
「これはお嬢様、お帰りあそばせ」
 今まで美少年を相手にしていた砕けた気分がすっかり固くなり、言葉の折り目もぎすぎすしているようで、我ながらばつが悪いと感ぜずにはおられません。

         四十四

 そうして置いてお角さんは、お銀様の部屋へ御機嫌伺いに出ました。
 明日の出立のことには、もはや、お銀様もかれこれ言わないようでしたから安心していると、
「お角さん、わたし、少しばかりお前さんに頼みがある」
 改まった口上に、お角さんがドキリと来ました。頼みがあるなんぞと依頼式な物言いは極めて稀れなものですから、あとが怖いという気がしたのでしょう。
「まあお嬢様、そんなにお改まりあそばして、何の御用でもわたくしに仰せつけ下さるのに、否《いや》の応《おう》がございますものですか」
「あのね――明日出立の時、わたしは一緒に連れて行きたい人があるの」
「どなた様でいらっしゃいますか」
 そんなことはむしろお安い御用の部類だとお角さんが思いました。何となれば、お銀様のかかりで人一人や二人増す分には何でもないことです。費用といっても結局は自分の懐ろが痛むわけではなし、これに反し人減しを仰せつかって、おとものうちの一人でも、あいつは気に入らないから目通りならぬとでも言われようものなら、それこそ事だが、召しかかえる分にはいっこう差支えないと安心したのです。
 そこで、お思召《ぼしめ》しのお連れはどなた、と軽く応答をしてみたのですが、
「それはあの――お前がさっき玄関で送り出していた、あの若衆と一緒に旅をしたいのよ」
「え、え」
 お角さんは、思わずお銀様の面《かお》を見上げて、また急にその眼を伏せてしまいました。それっきりお銀様がつぎ足さないものですから、お角さんがようやく口を切って、
「あの、梶川様でございますか」
「はい、あの人を一緒に旅に入れて歩けば用心にもなり……」
「でございますが、お嬢様」
 お角さんは、退引ならず一膝乗り出して、
「でございますがお嬢様、あの方はいけますまい」
「どうして」
「どうしてとおっしゃいましても、あの方はあれで、相当の考えがございましょう」
「相当の考えと言ったって、お前、あんな騒動を起して、どこかへ隠れたがっている人だろう、どこときまったところへ行かなければならない方じゃありますまい」
「それはそうでございますけれどお嬢様、こちらでそうお願いしても、向う様も御都合がおありでしょうから」
「でも、お前から言って上手に話せば、承知をしないとも限りますまい」
「それは、お話し申す分には、わけはございませんけれども……」
「では、お前、このことを話して頂戴、そうしてわたしは、これからあの方を自分の駕籠《かご》に乗せて一緒に旅がしたい」
「何とおっしゃいます、お嬢様」
 お角は見まいとした、また、見てはならないはずのお銀様の顔を、また見直さないわけにはゆきませんでした。
 だがお銀様は冷々《れいれい》として、
「いけないの、お前だって、それをしたじゃないか。岡崎の外《はず》れから、あの方を自分の駕籠に乗せて、相乗りで来たことがあるじゃないの。お前がそれをして、わたしがそれをして悪いということがありますか」
「悪いと申し上げたのではございませんが、お嬢様――」
 お角は、言句に詰りました。呆《あき》れたからです。
「わたしはなんだか、そうして歩きたくなりました、あの方と相乗りをして、これでもう安心というところまで、旅をしてみたい気になりました。お前さん、その心持で、あの方にお話をしてみて下さい」
「それはお話を申します分には、いっこうさしつかえございませんが、お嬢様――」
 ここでお角さんは、何と要領を伝えていいか、また詰りましたけれども、急に思いついたように、
「お嬢様、あの方は只今、この名古屋にはいらっしゃいませんのです」
「ここにはいないの?」
「はい」
 お角さんは急に元気づいてきました。よい口実が出来たものです――
「では、どこにいるの」
「あの――清洲とか言いまして、ずっと遠方なんでございます」
「清洲――清洲は遠方ではありません」
 お銀様にピタリと食《くら》ってしまいました。事実、清洲という名だけはお角さんも聞いて知っている。名古屋から上方への方向だということは聞いて知っているが、どのぐらいの距離があるものやら、そのことは一向知らないのです。それで御同様、旅のことであるから、お銀様もやはり御多分には洩れまい、そこで、遠方だと言ってごまかしてしまえば自然この話はうやむや[#「うやむや」に傍点]に解消ができるとこう考えたものですから、そう返事をしたのが誤算でした。つまりお角は自分の知識の程度と、お銀様の知識の程度とを同一に見たことからの誤算でしたが、事実お銀様は清洲というものを知り抜いている。土地そのものとしては、未《いま》だ未踏の地だが、名に聞いているというよりも、元亀天正以来の歴史と伝記の本で暗《そら》んじきっていることを、お角さんは気がつかなかったのがおぞましい。
 そこでピタリと抑えられてしまったから、もうお角さんとしては、二言を許されないのです。
 しかし、遠かろうとも、近かろうとも、あの美少年が清洲にいることは事実で、そうして上方へ行く途中にはぜひ立寄ってくれ、立寄りますと言葉を番《つが》えてあることも事実なのだから、お角はお銀様にそのことを打明けて、それならば明日出立、清洲のあの方のおいでになるところをお訪ねしての上、万事は、わたしが取計らってお目にかけましょうということで結びました。
 そうして、自分の座敷へ帰ったお角さんは、煙管《きせる》を投げ出して、苦笑いが止まりません。
 近頃お話にならないお取持ちを頼まれたものだが、どちらもどちら、まあ何という難物と難件を一緒に背負いこんだことか、ばかばかしいにも程があると、一時は呆れ返ったが、そこはお角さんだけにガラリ気のかわるところがあって、そうさねえ、また考えようによっては面白いじゃないか、あの綺麗で気性《きっぷ》のいい若衆を、こっちのお嬢様に押しつけてみるのも面白いことじゃないか――お夏は清十郎、お染は久松と相場がきまり、色事も型になってしまってるんでは根っから受けないね、お銀与之助なんていうのも乙じゃないか、一番ここいらを骨を折ってみたらどんなものか、お角さんの腕の振いどころというのも妙なもんだが、ちっとばかり変った取組みさねえ。だがねえ――何と言っても、こっちのお嬢様が役者が上だねえ。きれいで、腕が利《き》いて、目から鼻へ抜けた子ではあるが、何といってもまだねんね[#「ねんね」に傍点]だからねえ、やがてお嬢様が食い足りなくなって投げ出さなけりゃいいが――だが、そうなったあとが、またまんざら捨てたものじゃないからねえ。
 お嬢様のしゃぶりっからしだって、まだまだあの子あたりなら、だしがたっぷり利きますからねえ、やりましょう、やりましょう、ひとつやってみましょう。
 お角さんはあわただしく、また煙管を取り上げて悠々と煙を輪に吹きました。

         四十五

 あんなようなわけで、飛騨の高山の空気が悪化すると同時に、平湯の景気が溢《あふ》れてきました。
 高山から平湯までは八里余、かなりの道程《みちのり》ですけれども、高山では遊びにくいものや、この際、保養を心がけるもの、或いは他国の旅人らが一時の避難として平湯の地を選ぶ者が多かったものですから、急に景気が溢れ出してきたということを聞き伝えて、高山を中心としていた芸人共がまた競って平湯の地に入り込み、そのまた景気を聞きつけて、諸商人ならびに近国近在の保養客が、ずんずん押しかけて来るものですから、平湯が思いがけぬ大繁昌を極めました。
 といっても、本来いくらもない宿のことですから、附近の農家でも、小屋でも、臨時に借受けの客が溢れ、泥縄のような増築が間に合い、そうして飛騨の平湯が、ここのところ山間の一大楽土になりました。
 そのくらいですから、朝も、晩も、浴槽の中は芋を盛ったようにいっぱいで、歌うもの、囃《はや》すもの、男も女も、若きも老いたるも、有頂天《うちょうてん》です。夜はまた広い場席を借りて、商売の芸人を呼ぶことでは事足らず、おのおのの得意な芸づくしがはじまる。
 平常の時に於ては、これらの客は、山間田野の無邪気な団体客が一年の保養をする程度であったけれども、今年の景気は全くばかな景気で、来るほどの者がみな有頂天となって、無邪気に保養は忘れてしまいます。
 こういう際にあって、人間の風俗が崩れ出すのは免れ難いことと見え、ただでさえ温泉場には、幾多のロマンスが起りつ消えつする習いなのに、こういう景気になってしまっては、若い者同士だけではなく、妻のある夫はもとより、夫のある妻までが、大抵はある程度まで、イヤなおばさんかぶれになるものらしい。
 それがまたこういう際に、ある程度まで黙認されるようなことになって、古《いにし》えの時代の歌合《かがい》、人妻にも我も交らん、わが妻に人も言問《ことと》えという開放性が、節度を踏み越させてしまうのも浅ましい。
 ここの場所、ここの瞬間だけでは、密会は公会であり、姦通も普通として、羨まれたり、おごらせられたりするうちはまだしも、ついにはそれがあたりまえのこととなってしまって、憚《はばか》る人目の遠慮も必要がなければ、羨み嫉む蟠《わだかま》りというものも取払われてしまってみると、なあにこういう開放時代は、一年に一度と言いたいが一生に一度あるかないのだから、野暮《やぼ》を言うものではない、ここ一日二日の後には、てんでに里へ帰って真黒になって稼ぐのだ、ここは暫く歓楽の世界、苦い顔をすることはない、人のするように自分もやれ、それがええじゃないか、ええじゃないか。
 高山でちょっと手を焼いたがんりき[#「がんりき」に傍点]の百なんぞも、こんなところこそあいつの壇場であるべきはずだから、きっと、どこにか姿を見せて、湯気の後ろから山国の女の肌目の荒い細かいを覘《うかが》っていそうなものだが、さていずれを見渡しても当時、この平湯には奴の姿が見えないのは抜かりだとは思われるが、あいつは本来、温泉場は鬼門なので、温泉が嫌いなわけではないが、あいつの肌が駄目なのだ、いや、肌は自慢で見せたいくらいなんだが、五体の中の一部が人様の前へは出せないことになっている、すなわち、研《と》いでも、つくろっても、どうにもならない右の腕の筒切りにされている附根の不恰好というものが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎ほどの図々しい面の皮を以てして、はりかくすことのできないという弱味が、人様の前で裸体を見せることを遠慮せしめるという、しおらしい次第になる。
 ですから、百はいかに目下の飛騨の平湯が肉慾の天国であっても、そこで衆と共に快楽を共にすることができないということになっているのは、あいつにとって悲惨の至りと言わねばならぬ。
 そんなことはどうでもよい、ここに集まる別天地の歓楽の衆の中に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百がいようとも、女の相場が狂うわけではなく、あいつがいないとしても、色男の払底を告げるというわけでもなく、それぞれ適当に相手にはことを欠かないで、まず腰の曲った年寄と胸紐の附いた子供を除いては、男女ともにお茶を引くというようなものは一人もなかったはずです。
 北原賢次一行は、ここへ打込んで困りました。生命に別条はないけれども、内出血がしているから三四週間はかかるという負傷を、ここで療治しなければならぬ、品右衛門爺さんは越中の方へ出てしまったが、高山へ寄りつけないで立戻って来た町田と久助は、お雪ちゃんのことを心配しながら北原の看病です。その間、高山方面から続々来投の客に向って、それとなくお雪ちゃんらしいものの動静を尋ねてみるが、当てになるのは一つもない。
 そうしてこの三人は、薬師堂の一間を借りて養生をしながら、みるみる歓楽の天地になってゆく平湯一帯の景気を見て胆を冷してしまいました。
 大抵のことには動じないで来たが、この景気と羽目の外し方には呆《あき》れる。人間同士が世間態というものを忘れてしまって、快楽そのものが無方図に許される社会というものを見せつけられて、北原が憤慨したのは、自分は不幸なる怪我で、この歓楽の渦中へ投ずる機能を失った残念さをいらだったのではありません。人の好い久助さんですらが、あれで、間違いが起らないというのは……話に聞く畜生谷というのが、やっぱりこうした人気なところかしらん、それにしても、これらの人たちがみんな、人も許し、我も許し、いい気で遊び興じているその人情の無制限が不思議だ、と思わずにはいられなくなりました。
 北原の友人、町田なにがしなどは、自分がピンピンしているために、そう引込んでばかりはいられないと見え、時に賑《にぎ》わいの方へ姿を没しては、いいかげんの時分に戻って来ることはあるが、その都度、
「驚いたもんだ、驚いたもんだ、人間というやつがみんなここまで許し合っていると、全くお話にならん、及ぶべからず、及ぶべからず」
 こういう景気が連続して、いつ終るべしとも見えない歓楽の日が続くこと約七日ばかり、ここに歓楽の天地をひっくり返す物音が意外のところから起りました。
 その意外のところから起った物音が、これら歓楽のすべての色を奪い去り、塗りつぶしてしまいました。
 それは天意といえばいわれるほどの地位から、偶然に落下して来たのも、偶然といえば偶然、果然といえば果然かも知れません。

         四十六

 それは何事かといえば、この飛騨の平湯のつい後ろにそそり立っている焼ヶ岳、硫黄岳が鳴動をはじめたのです。
 焼ヶ岳は、信濃と飛騨に跨《またが》って、穂高と乗鞍の間に屹立《きつりつ》する約二千五百メートル、日本北アルプスの唯一の活火山ですから、鳴動することはそんなに不思議ではありません。常に煙を炎々と吐いているくらいの山だから、時に吼《ほ》え出すこともあたりまえなのであります。
 古来鳴動の歴史もずいぶん古いものでありましたが、土地が高峻にして人目に触るる機会が少なかったために、その鳴動も、浅間や磐梯のように、人を聳動《しょうどう》はせしめませんでした。ところが、この際、この歓楽の日うちつづくうちの或る夕方――突然鳴り出したことも、気にしたものとしなかったものと、気にするにもしないにも、それが耳に入らなかった者の方が多かったのですが、その夜寝て翌朝の暁、俄然とした大鳴動が、ほとんど平湯にいた残らずの人の夢を打ち破ってしまいました。
 この鳴動だけは、誰も聞かなかったというわけにはゆかなかったのは、山が大鳴動をしたのみならず、寝ている床の下が大震動をしたのですから、一時に夢を破られた連中がみな飛び出しました。
 飛び出して見ると、外は色の変った雪です。払って冷たくない雪でした。つまり今、ほとんど寝まきの半裸体や、或いは一糸もかけぬ全裸体で飛び出した総ての人の上に、盛んに灰が降りかかっているくらいですから、暁の天地は泥のようでした。
 つづいて第二、第三の大鳴動があって、地が震い、同時に頭上、山々の上の空に炎が高く天をこがしているのです。
 歓楽の客は狼狽せざるを得ません、仰天せざるを得ません。
 暫くは為さん術《すべ》を知らず、濛々《もうもう》と降りかかる灰を払うの手段もなく、呆然《ぼうぜん》と天を仰いで立ち尽したままです。
 しかも、その音は轟々として山の鳴動は続き、時々、きめたように地がブルブルと震え、霏々《ひひ》として灰は降り、硫気はいよいよ漂い、空は赤く焦《こ》げてゆくのです。
 飛騨の平湯の天地の昨日の歓楽は、今日の地獄となりつつ行きます。
 但し被害の程度としては、まだ何もないのですけれども、人心の滅却は被害の計算で計るわけにはゆかないのです。昨日までは我を忘れて、湯槽に抱擁し、土地に貪着していた人々が、今日はわれ先にとこの天地を逃れようとするところから、人間界に動乱が生じました。
 まず人間が人間の奪い合いをはじめました。それは物と物との奪い合いでもあり、肉と肉との奪い合いでもあるようだが、要するに先を争って逃げようとする者に対しての交通機関と、人夫の奪い合いが原因であります。
 北原賢次は存外、落着いていました。事実は、こう足を怪我していては、落着いているよりほかはせんすべがなかったのかも知れないが、それでも、昂然として言いました、
「それ見ろ、人間があんまりふざけると、山までがおこり出すわ」
 小気味よしと見たのではあるまいが、また、自分が逃げ出すことのできない腹癒《はらい》せの私怨とのみは思われません。
 全く、少しでも離れたところで見ていると、こうも人間がふざけ切ったのでは、山がおこり出すのも無理はない、と思われたのでしょう。
 天災は天災、人事は人事、ポンペイの町が腐敗していたことと、ヴェスビアスの山が火を噴き出したことと何のかかわりあらんやと言ってしまえばそれまでだが、地殻のゆるむところに人気もまたゆるむ、物心一元の科学的根拠をまだ発見した人はないが、人心のゆるむところに天変地異が来《きた》ることを、古来、人間は無意味に看過することはできなかった性癖がある。科学者はつとめてその両者を無意味、没交渉に看過せしめようとするけれども、人心の奥底には、誰しもその脈絡を信じようとしてやまぬものがあるらしい。
「焼ヶ岳も気が利《き》かない、鳴動するなら、軟弱外交の幕府の老中共の玄関先へでも持って行って鳴動してやればいいに、爆発するならば、黒船の横っ腹へでも持って行って爆発してやればいいに……」
と、町田が附け加えました。
 それはいずれにしても、このたびの鳴動は、容易ならぬ鳴動でありました。今までの分が、焼ヶ岳としては有史以来の鳴動であるとすれば、今後のことは測り知られないと言うよりほかはありません。
 北原、町田らは、やや離れた見方をしているに拘らず、これからの身の処置に就いてはなんらの思案のないところは、歓楽の一団と同じようなものです。
 山の鳴動と共に、地は時を劃して震動する。時を劃して震動するのがかえって連続的にするよりも人心を脅かす程度が深いのは、恐怖する時間の余裕を与えらるるからでしょう。
 空は暁ほど赤くないのは、つまり日中になったせいであって、火勢が衰えた結果ではないでしょう。その証拠には降灰がいよいよ濃くなって、のぼりのぼっているはずの天日をも望み難い色を深くしてくるのでもわかりましょう。
 爆発したのは焼ヶ岳ではない、硫黄岳だという者もあります。いや硫黄岳ではない、焼ヶ岳の南側だという者もあります。いやいや、焼も硫黄もどちらも噴き出しているのだ、手がつけられないと叫ぶ者があります――少なくとも五十里四方は火の塊《かたまり》になってしまうのだと泣きわめく者もあります。

         四十七

 それは焼ヶ岳であっても、硫黄岳であっても、どちらでもかまわない。信濃の人は、硫黄岳も焼ヶ岳も同じものに見るが、飛騨ではこの二つを区別している。
 それはそれとして、この鳴動と、そうして噴火と、地震とが、飛騨の平湯の人間の歓楽の法外を憤ったためのみではないという証拠には、それに恐怖を感じたものが、平湯の温泉の歓楽の人のみでなかったということでもわかります。
 平湯よりも一層、焼ヶ岳に近いといってもよろしい白骨の温泉に於ては、その被害と恐怖とを蒙《こうむ》ることの程度に於て、より大なるべきは疑いの余地もありません。しかし、ここ白骨温泉の客は、以前の通りで更に変らず、イヤなおばさんの全盛時代はいざ知らず、只今は平湯の客のように、人倫を無視した程度にまでの歓楽に酔っていたわけでもないのに、彼よりも危険なることなお一層の境地に置かれたのは、罪障のためでなく、運命の不幸と観ずるよりほかはないと見えます。
 もはや、白骨の温泉も、歌でもなし、俳句でもなく、絵でもなく、はた炉辺閑話でもありません。この鳴動と共に、みんな期せずして炉辺へ参集したけれど、それは万葉の講義を聞かんがためでもなく、七部集を味わわんがためでもない、さしもイカモノ揃いが悉《ことごと》くみな驚歎しきった色を湛《たた》えて、
「さて、どうしよう」
というは、ほとんど落城の際の最後の評定《ひょうじょう》みたようなものです。
 しかし、いずれも相当の教養と覚悟のある連中でしたから、悪怯《わるび》れるということもなく、この評定も決断的に一定せられてしまいました。
 すなわち、何といってもいまさら動揺することはすなわち狼狽《ろうばい》することである、これから険山絶路を我々が周章狼狽して足の限り逃げてみたところで何程のことがある、山が裂けた以上は、ここ数十里の地域は熱鉱を流すにきまっている、逃げられないものなら逃げるだけが無益、むしろここに最後を死守して、相抱いて溶鉱の中に埋れ去るのがいいのだ、鎮まるべきものならば時を待つに越したことはない、結局、運命を山に任して、山が動き出した以上は、人間がむしろ山の株を奪って動かざること人の如し――と度胸を据えた方が遥かに賢明である、勇略である。
 ということに、すべてが一致してしまいましたから、山の鳴動は劇《はげ》しくなるとも、白骨の人間にはかえって動揺を与えないで、一致の心を起させたものです。
 けれども、浴槽につかっても、今日は窓越しに青天のうららかさを見ることもできず、白骨の朝日に映《は》ゆるのを眺むることもできず、いわゆる天日を晦《くら》くして灰が外に降り籠《こ》めているのに、湯壺の底までが時々鳴動してくるものですから、湯の中にもいたたまれないで、期せずしてみんな炉辺へかたまって淋しい笑みを湛えてみたり、途切れ途切れに人の噂をしてみるくらいのものです。その噂も北原君らのことが主になるが、北原も平湯にいることは確実だから、その恐怖被難に於て、我々に劣らないものだということになると、思いやりもまた暗くなるばかりですが、その時、つい近くの入口の戸をトントン叩いたものがありましたから、またゾッとせざるを得ません。ところが外で案外のんびりした声で、
「おあけ下さい、鐙小屋《あぶみごや》の神主でございますよ」
 ははあ、鐙小屋の神主さん、そのことは忘れていた。その心細い程度に於て北原君よりもいっそう――気の毒千万、さすがの行者も心細くなって、ここをめざして降る灰の中を身を寄せて来たのだ。
 十二分の同情をもって入口をあけてやると、果して、鐙小屋の神主が蓑笠《みのがさ》でやって来たのです。蓑笠も灰でいっぱいですけれども、その被《かぶ》りものを取去った神主さんの面《かお》は相変らず輝いたもので、実に屈託の色が見えなかったことは、この際、一同をしてさすが神主さん――と感心させました。
「大変に山が鳴り出しましたね、しかしまあ、御安心なさいよ」
 こちらが同情したのがかえって先方から慰めの言葉を送られる。斯様《かよう》な際には、ただ単に平然たる人の面色だけを見てさえ大きな力になるものですが、この神主さんは平然たるのみならず、またいつものかがやきをちっとも失ってはいないのみならず、この天災にも充分の見とおしを置いて、あえて騒ぐに足らずといったような態度は、つまり、焼ヶ岳を鳴らしたのも、自分がちょっと火を焚きつけて来たことだから、みんな騒ぎなさんな、もう少しすれば音がしなくなる――ということをでも、わざわざ断わりに来たもののようでしたから、一同がそれだけに多大の心強さを与えられたもののようです。

         四十八

 とにかく炉辺に集まった一同は、鐙小屋の神主の来臨を、暴風の際の船の中に船長を見るような気持で注視しました。それと同時に、暴風の際に船長が自若たることが、すべての乗組人をいわゆる親船に乗った気持の安心に導くことと同様に、この神主の自若たる言語容貌が、すべてのイカモノを欣快せしめ、
「大丈夫ですか神主様、心配はありませんかね」
 神主は笠を取ったままで、蓑は脱がず、草鞋《わらじ》ばきのままで土間に突立っていて、炉辺へは上って来ないのです。
「心配はありません、火を噴く山を傍に持っていれば、この位のことは時々あると覚悟しておらにゃなりませんよ」
「そうですか」
「いったい、火を噴くと言いますが、火を噴いちゃいないのですよ、時々石を降らすには降らしますが、火は噴きませんや、夜になって赤く見えますが、ありゃ火じゃございません」
「ですけれども水を吹いてるわけじゃないでしょう、灰のあるところには火がなければなりませんからね」
「いや、火じゃごわせん、山の中には熱い腸《はらわた》がございまして、それが息を吹くだけのものなのです。だが、その息がなかなか侮り難いものでしてね、天明三年の浅間山の破裂を御存じでしょう。その次に上州の草津の白根山が破裂しましたね。あの時なんぞは、あなた、浅間山の下に石が降る、岩が降る、日中、これどころじゃありません、天はまっくらで、地には熱湯が湧き出してからに、山の下の田という田、畑という畑は一面に大河になってしまい、そうして、その付近三十五カ村というものが、この熱い泥の中へ陥没してしまいましてね、戸数にして四千戸、人間にしておよそ三万六千というものが生埋めになってしまい、牛馬畜類の犠牲は数知れませんでした」
「おどかしちゃいけません、神主さん、大丈夫だ、大丈夫だと言いながら、そんな実例を引いて人をおどかしちゃ困ります」
「それとこれとは違いますよ、硫黄岳、焼ヶ岳もずいぶん、噴火の歴史を持っているにはいますが、何しろ土地がこの通りかけ離れた土地ですから、人間に近い浅間山や、富士山、肥前の温泉《うんぜん》、肥後の阿蘇といったように世間が注意しません」
「神主さん、我々は噴火の歴史と地理を聞いているのじゃありません、この震動が安全ならば、何故に安全であるか、という理由を説明してもらいたいのです」
「なあに、この震動はこれは山ヌケといって、こうして山が時々息を抜くのですなあ、息を抜いては一年一年に落着いて、やがて幾年の後には噴火をやめて並の山になろうという途中なんですから、たいした事はありません、山の息です、山が怒って破れたのではありません」
「そうですか」
「山が怒る時は、そうはいきません。寛政四年の春、わしは九州にいて肥前の温泉岳《うんぜんだけ》の怒るのを見ました。その時は島原の町と、その付近十七カ村の海辺の村々がみんな流されて、いかなる大木といえども一本も残りませんでした。人間も二万七千人、海へ溺れて死にました。海の中の島が三つとも沈没してしまい、その代りに普賢岳《ふげんたけ》の前の峰が一つ破裂して、海の中に辷《すべ》り込んで新しい島となり、島原の町の南の方へ高さ六七十尺、長さ一里ばかりの堤が出来て海の中へ突出し、その付近は、害を蒙《こうむ》らぬところでも、地面が熱くてとても草履では歩けませんでした。二月でしたが、花の咲く木はみんな咲いてしまいました。ところで、その災難が有明の海を隔てた向う岸の肥後の国にまで海嘯《つなみ》となって現われ、それがためにあちらでも、五千人からの人が死にました。そのほか――」
「もうたくさんです。とにかく、今日のこの鳴動は、それらに比べては物の数ではないと証明なさるのですね」
「左様さ、あれは数百年に一度ある山の怒りでございまして、これは山の息抜きですから性質が違います。そのうち、わしは焼《やけ》へ参って噴火の本元を見届けて来ようと思いますが、今日は皆さんの御見舞を兼ねて、ひとつ皆さんの安心のために、山神の祓《はら》いをして上げたいと思って来ました」
「それは有難いことです、何よりのお願いですな、ぜひどうぞ、お足をお取り下さい」
「はい、はい」
 この時、はじめて神主は足をとって上りこみました。
 この連中、何程の信仰心と、清浄心を持っているかは疑問だが、この際、お祓いをしてやろうという神主様の好意には随喜渇仰の有難味を感じたと見え、それから神主のために祓いの座を設け、有合せではあるが、なるべく清浄な青物類を神前に盛り上げ、御幣《ごへい》も型の如くしつらえました。
 かくて、鐙小屋の神主は恭《うやうや》しく「山神祓《さんじんばらい》」をよみ上げる――
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「高天原《たかまのはら》に神留《かんづま》ります皇親《すめらがむつ》、神漏岐《かむろぎ》、神漏美《かむろみ》の命《みこと》をもちて、大山祇大神《おほやまつみのおほんかみ》をあふぎまつりて、青体《あをと》の和幣三本《にきてみもと》、白体《しろと》の和幣三本を一行《ひとつら》に置き立て、種々《くさぐさ》のそなへ物高成《ものたかな》して神祈《かむほぎ》に祈ぎ給へば、はや納受《きこしめ》して、禍事咎祟《あしきこととがたた》りはあらじものをと、祓ひ給ひ清め給ふ由を、八百万神《やほよろづのかみ》たち、もろともに聞し召せと申す――」
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 さすが信心ごころの程を疑われるイカモノ共も、この時ばかりは、神主の御祈祷に、満腔の感激と感涙とを浮べたものです。
 祓いが終ってから、一座を見廻して、神主が言いました、
「弁信さんはどうしましたか」
「あ!」
 この時に、はじめて一座が舌を捲きました。
 弁信! そうだ、忘れていた、あのこまっしゃくれたお喋《しゃべ》り小法師はこの際どうしている、それは人から尋ねられることではない、こちらが気がついておらねばならぬ、呉越も助け合うべきこの危険の際の、同じ屋根の棟の下の一人ではないか、良斎はじめこの一座が、面を見合わせて言いました――
「ほんとに弁信君は、どうした」
「あの子は眠っています」
「眠っている!」
「ええ、今日で三日目です」
「三日目、その間、飲まず食わず?」
「三日の間は、いかなることがあっても起してくれるなと言いました」
「だって、この際――」
「忘れていました」
「起して来ましょうか」
「そうさ、いくら起すなと頼まれたからといって、この非常の際じゃないか」
 良斎はじめ一座が、自分たちながら忘れ方もここまで来ては、むしろ非人情に近いことを慚《は》じねばならない。それを鐙小屋《あぶみごや》の神主は、
「いやいや、あの子は大分疲れているから、当人がそういう望みでしたら、やっぱり寝られるだけ寝かして、起さない方がようございましょう」
「でも、あんまり長い」
「三日ぐらい寝通すことはなんでもありませんよ、わたしなんぞは、六日一日寝通したことでございましたっけ」
「眠り死ぬということはないですかね」
「眼を醒《さ》ますつもりで寝ていれば、いくら眠っても、眠り死ぬことはございませんよ」
「でも……この際のことですから、弁信さんを起しましょう」
「起さない方がいいです、あんな人は、醒めていい時にはきっと醒めますから、起すまでのことはないです」
「そうですか」
 神主は、弁信の眠りを妨げようとする一座の者を固くいましめて置いて、
「さて、わしは、久しぶりで、お湯をよばれます」
と言って、そのままスタスタと湯殿の方へ行ってしまいました。
 あとでは、炉辺の一座が、この時、はじめて弁信の噂《うわさ》を盛んに唇頭に上せてきました。何ということだ、今まで、小さくともあの人間一人の存在を忘れていたのは、何というおぞましいことだ、こうして家を同じうして、天災に遭《あ》ってみれば、死なばもろともという覚悟をきめて、かたまっていたはずなのに、そのなかの一人を忘れてしまうとは情けないことではないか、もし我々すべてが助かって、あの不具な小法師ひとりを見殺しにしたとあっては、世間への面目はもとより、我々の良心が許さないではないか。
 神主様はああは言うけれども、忘れていたのは我々の落度だから、ともかく彼の熟睡を醒まして、この天変地異を告げて、我々と運命を共にすることに相助け相励ますの誠を尽さなければ、天理人情に反くというものじゃないか。
 誰か行って起して来給え――
 なるほどもう三日目だ、三日眠り通している、「よく寝れば寝るとて親は子を思ひ」という古句もある、この天変地異がなくとも、万一の安否を見てやるのが同宿の相身互《あいみたがい》、かまわないから、誰か行って弁信君を起して来給え。
「心得た」
 そこで、堤一郎は直ちに立って弁信を起すべく、三階の源氏香の間へと走《は》せつけましたが、ややあって、足どり忙しく立戻って来て、
「諸君――いません、あの小法師の姿があの部屋に見えません」
「え」
「次の間にもいません、夜具蒲団《やぐふとん》はちゃんといま畳んだように、きれいに畳んでありますが、本人はいずれにも見えません」
「はて……」
 この際に於ても、これはひと事として捨てては置けない。つづいて二三の人が、追いかけてまた三階へ行きました。
 それらの人が戻って来た時も、前の堤と同様の視察で、寝具はキチンと整理してあるが、人間のかけらはどこにも見えないという報告は同じことです。
「どうしたろう」
「不思議だ」
 この時、裏口から面《かお》を出した風呂番の嘉七おやじが、
「弁信さんなら、もうちっとさっき、一人で風呂に入っていなさるのがそれでがんしょう――もうかなり長いこと、おとなしく湯槽《ゆぶね》につかっていなさるようですが、もう上ったかと見ると、音がしたり、念仏の声なんぞが出てまいります」
「ああそうか」
「なあんだ」
 それで安心したような、気を抜かれたようなあんばいで、一座ががっかりしました。

         四十九

 嘉七の報告通り、もうずっと以前、ちょうど鐙小屋の神主が抜からぬ面で、この炉辺を訪れた時分に、弁信はいつ起きたのか、ぶらりとやって来て、大一番の湯槽の中を、我れ一人の天下とばかり身をぶちこんでおりました。
 適度の湯加減になっている槽を選んで、それに身を浸けた弁信は、仰ぐともなく明り取りの窓のあたりを仰ぎ、ゆるゆる首筋を洗いながら、物を考えているかと思えば、念仏か念経《ねんきん》かの声がする。
 山の鳴動から、この湯壺の底までが地響きをすると言って、一座のイカモノさえ気持悪がって逃げたこの湯槽の中に、弁信は一向そんなことにお感じがないようです。しかし、弁信としては目こそ見えね、耳と勘とは超人的に働くのですから、醒めて起き出でた以上は、この異常な天変地異を感得していないはずはないのです。そうだとすれば普通の五官を持っている人と同様に、多少の恐怖をもって湯に向わねばならないはずなのに、そのことがありません。見えない目を向けた窓のあたりから、昼を暗くする雲煙が濛々《もうもう》と立ちのぼり、灰が降っていることをも感得しているはずながら、それも別段にいぶせきこととも感じてはいないようです。
 そこへ、やにわにガラリと浴室の戸があいて、太陽のようなかがやきが転がり込みました。これぞ、お湯をよばれるといって炉辺を辞した鐙小屋の神主でありました。
「おやおや弁信さん、お目醒めでしたかいな」
「はいはい、そうおっしゃるお声は、鐙小屋《あぶみごや》の神主様でございましたね。先日はあなた様によって命を助けられまして、ほんとうに有難いことでございました、あの時の浅からぬ因縁は、忘れようとしても忘れられないのでございますが、それよりも今もって、私の気について離れられないのは、あなた様のお手はまあ、なんという温かいお手でございましたろう、それからまたあの時にお恵み下さったお粥《かゆ》がまた、なんという温かいお粥でございましたろう、温かいのはあたりまえの炉の火までが、あの時の温か味は全く味が違いました。たとえばでございますね、世間の火で焚いた風呂の温か味と、自然に湧き出づるこうした温泉の温か味とは、同じ温か味でも温か味が違いますように、あなた様のお助けの手はほんとうに温かいものでございまして、あの時に、わたくしの身内に朝日の光がうらうらとさし込んで参りましたような気持が致しました」
 例によって弁信法師は、最初の御挨拶の返事だけがこれです。
「そうでしたか、それこそ朝日権現の御利益《ごりやく》というものですね、つまり朝日権現のあらたかな御光というものが、わしの身を通してお前さんの身にとおったというわけなのですよ」
「左様でございましょう、人間の身体といたしましては、たれしもそう変ったものでございませんけれども、神仏のお恵みを受けると受けないとによって、温か味が違わなければならない道理でございますね。あなた様のお恵みのすべて温かいのは、朝日権現の利益とおっしゃるお言葉を、わたくしは無条件に信ずることができるのでございます、朝日権現様はつまり大日如来の御垂迹《ごすいじゃく》でございましょうな」
「は、は、は、左様でござらぬ、朝日権現は、すなわち天照大神の御分身じゃ」
「天照大神はすなわち大日如来でいらせられると、たしか行基菩薩も左様に仰せでございました」
「は、は、は、お前さんのは、それは両部というものでしてな、わしはいただきませんよ」
「左様でございますか、しかし……」
 弁信法師が、なお何をか続けようとした時に、ズドーンと大鉄槌を谷底へ落したような音がしましたので、
「たいそう、今日は山鳴りがいたします」
 今になって山鳴りがいたしますでもあるまいが、ここではじめて弁信の頭が、天変地異の方へ向いて来たようです。
「今日ではありませんよ、昨日からですよ。弁信さん、お前さんには分るまいが、この上の方に硫黄岳、焼ヶ岳という火山があってね、それが昨日から鳴り出したのです」
「左様でございますか、道理で、空気に異常があると思っておりました、灰もずいぶん降っているようでございますね」
「みんな心配しているが、たいしたことはないから安心なさい」
「はいはい。では火を噴《ふ》く山が近辺にあるのでございますね。わたくしも、ある学者から聞いたことがございまして、山のうちには、現在火を噴いている山と、昔は火を噴いたが、今は火を噴かない山と、今こそ火を噴かないが、またいつ噴き出すかわからない山とがあるようでございますね」
「それはありますよ、現に、わたしが諸国を実地に見たところでも……」
 神主がなお続けようとしたところへ、また浴室の戸があいて、池田良斎が裸体で手拭をさげてやって来ました。

         五十

「湯加減はいかがですか……弁信さん、ようやくお目が醒めたようですね」
「はい、はい、良斎先生でございましたね。おかげさまで、ぐっすり三日の間というもの心置きなく休ませていただいて、ようやく只今、眼が醒めましたところでございます」
「食事はどうしました、いくらなんでも三日の間、飲まず食わず寝たんではお腹が空いたでしょう」
「ええええ、それはなんでございます、休ませていただく前にお蕎麦《そば》の粉を用意しておりましたから、これを枕許へ置いて食事に換えました」
「そうですか。で、起きる早々、こんなに長くお湯につかっていていいのですか」
「鐙小屋の神主様に、いろいろとお話を聞かせていただいておりましたから、時の経つのを忘れておりました」
「身体に障《さわ》りさえしなければ、いくら長くいてもかまいませんがね」
 その時、三人が四角の湯槽の三方を占めて、おのおの割拠の形に離れて湯につかり、形だけはちょっと三すくみのようになって、暫く無言でしたが、余人はともあれ、このお喋《しゃべ》り坊主に長く沈黙が守っていられようはずがありません。
「わたくしが或る学者から承ったところによりますと、ヨーロッパにイタルという国がございまして、そのイタルという国にペスビューという山がございました。最初は誰も火を噴いたのを見たものがなかった山だそうでございましたが、今よりおよそ二千年の昔に当って、この山が突然火を噴き出したそうでございます。その時に、山の麓にありましたポンプという大きな町が、あっ! という間もなくそっくり埋ってしまったそうでございますが、さだめてそれほどの町でございますから、何万という人がすんでいたのでございましょうが、それが、やはり、あっ! という隙もなく一人も残らず熱い泥で埋ってしまったそうでございますが、火を噴く山の勢いというものは、聞いてさえ怖ろしいものでございます」
 聞いてさえ怖ろしい――ではない、事実、その怖ろしいものが、眼前でなければ耳頭に聞えているに拘らず、弁信の述べたところは、全く客観の出来事を語るに斉《ひと》しいものですから、いくらか安心した池田良斎をして歯痒《はがゆ》い思いをさせずにはおかないと見えて、
「皆さんの前ですが、こうして神や仏が在《おわ》しますこの世界に、人間が左様に自然の惨虐に苦しめられなければならないのはどうしたものでしょうかね、罪も咎《とが》もない生霊《いきりょう》が何千何万というもの、あっ! という間もなく、地獄のるつぼに投げ込まれる理由が、我々共にはわかりません。悪い者が罪を蒙《こうむ》るのは仕方がないとしても、その何万何千と生きながら葬られるものの中には、全く罪を知らない良民や、行いのすぐれた善人や、罪も報いもない子供たちも多分にいたことでしょうに、神仏というものが在しましながら、それらをお救いなさらぬことの理由は、凡夫でなくても疑ってみたくなるではございませんか」
「人間界のもろもろの幸や、不幸や、天災地変といったものを、人間が人間だけの眼で、限りあるだけの狭い世界の間だけしか見ないで判断をするのが誤りの基でございます――人は一人として、罪を持たずに生きている者はございません、もろもろの災難はみな、人間の増上慢心を砕く仏菩薩のお慈悲の力なんでございます」
 弁信法師が息をもつかず答えてのけると、鐙小屋の神主が、それに横槍を入れました、
「いやいや、罪なんていうものは元来無いものなんですよ、人間界にもどこにも罪なんていうものはありませんよ。生き通しのお光があるばかりじゃ、天照大神の御分身が充ち満ちているばかりじゃ。天照大神はすなわち日の御神じゃ、八百万神《やおよろずのかみ》をはじめ、我々人間に至るまで、大もとはみな天照大神のお光の御分身じゃ、天照大神が万物の親神で、その御陽気が天地の間に充ち渡り、充ち渡り、それによって一切万物が光明温暖のうちに生き育てられるのじゃ。このお光を受けさえ致せば罪という罪、けがれというけがれ、病という病は、みんな祓《はら》い清めらるるにきまったものじゃ、『罪という罪、咎という咎はあらじ』と中臣《なかとみ》のお祓いにもござる、物という物、事という事が有難いお光ばかりの世界なのでござるよ」
 それを聞いて良斎は、けげんな面《かお》をして、
「これは大変な相違です、弁信さんは、一人として罪なきものは無しと言い、神主様は、罪という罪はあらじとおっしゃる、大変な相違ですね。少なくとも有ると無いとの相違ですが、でも拙者としては、あなた方のどっちにも服することのできないのが残念でござる」
 神主はそれを軽く受けて、
「これほどはっきりした天地生き通しの光がわからないと言われるのが、すなわち闇じゃ。光はこの通り輝きわたっているのに、それを光と見えんのじゃ」
「けれども神主様……」
 池田良斎が続けて言いました。
「平田篤胤《ひらたあつたね》の俗神道大意に、真如《しんによ》ノ無明《むみやう》ハ生ズルトイフモイトイト心得ズ、真如ナラムニハ無明ハ生ズマジキコトナルニ、何ニシテ生ズルカ、其理コソ聞カマホシケレ……とあったのを覚えていますが、そこですね、弁信さんのおっしゃるように、三千世界が仏菩薩のお慈悲ということならば、罪悪の出所が無く、神主様は物みなは天照大神のお光とおっしゃるけれども、夜は闇になり、罪もけがれも、病気もあって、人が現に悩んでいます、やっぱり平田|大人《うし》と同様に、拙者にも、真如から無明の出所がわからない、生き通しのお光から闇とけがれが出るという理がわかりません」
 神主様がまたこれに答えました、
「池田先生、あなたは平田篤胤大人なんぞを引合いにお出しなさる心持がもういけません、あの人を学者とお思いなさるか知れないが、あの人は本当の学者ではありません、議論家のようで、理窟屋の部類を出ない人なんですからね、まして本当の神道家でありようはずはありませんよ、日の神の恵みを本当に身に受けた行者でもなんでもありません、日本の古神道の道を唱えた功はありましょうが、神徳を実際に身に体験した人ではないのですよ。そこへ行くと両部もいけません。では、日本で本当に天照大神のお光をわが身に体験した先達《せんだつ》は誰かとお尋ねになれば、それは黒住宗忠公でございますね。あなたが神の道を学びたいとのお心なら、それはどうしても黒住宗忠公から出立なさらなくてはいけません、平田|大人《うし》ではお話になりませんよ」
 そこへ弁信が口を出して、
「わたくしは、平田篤胤大人というお方はお名前は承っておりますが、まだその御著書を拝承したことはございませんから、果して神主様のおっしゃる通り、学者であって本当の学者ではなく、議論家であって、理窟屋の範囲を出でないお方で、また果して真に神道を体得したお方であるかないか、そのことは存じませんが、もし真如と無明との御解釈を御了解になりたいならば、それは馬鳴菩薩《めみょうぼさつ》の大乗起信論をお聴きなさるに越したことはなかろうと存じますのでございます……」

         五十一

「大乗起信論と申しますのは……」
 ここまで来ると、弁信法師の広長舌が無制限、無頓着に繰出されることを覚悟しなければなりません。
 鐙小屋の神主も、池田良斎も、お喋《しゃべ》り坊主のお喋り坊主たる所以《ゆえん》を知っても知らなくても、この際弁信のために、饒舌《じょうぜつ》の時とところとを与えて控えるのは、やむを得ないことでもあり、また二人としても、この奇怪なるお喋り坊主から聞くだけ聞いてみないことにはと観念もしたらしく、鐙小屋の神主は相変らず夷様《えびすさま》の再来のように輝き渡っているし、池田良斎は一隅に割拠したまま沈黙して、湯の中で身体《からだ》をこすっています。
 さてまた、一方の湯槽《ゆぶね》の隅に短身と裸背を立てかけた弁信は、果して滑らかな舌が連続的に鳴り出して来ました、
「御承知の通り、馬鳴菩薩のお作でございまして、釈尊滅後六百年の後小乗が漸《ようや》く盛んになりまして大乗が漸く衰え行くのを歎いて、馬鳴菩薩が大乗の妙理すなわち真如即万法、万法即真如の義理を信ずる心を起さしめんがためにお作りになったものだそうでございまして、真如と無明との縁起がくわしく説いてございます。わたくしは清澄のお寺におりました折に老僧からその大乗起信論の講義を承ったことがございますが、真如、無明、頼耶《らいや》の法門のことなどは、なかなか弁信如きの頭では、その一片でさえこなしきれるはずのものではございませんが、不思議と老僧の講義を聴いておりまするうちに、しみじみと清水の湧くような融釈の念が起ってまいりまして、およそ論部の講義であのくらいわたしの頭にしみた講義はございませんでした。ちょうど只今、真如と無明の争いを承っておりますうちに、その講義の当時のことが思い出されてまいりました。真如が果して真如ならば、無明はそれいずれのところより起る、という平田先生並びに池田先生のお疑いは決して今日の問題ではございませんでした。真如の中に無明があって、真如を動かすものといたしますと、もはや真如ではございません、もしまた真如の外に無明が存在していて、真如を薫習《くんじゅう》いたすものならば、万法は真如と無明の合成でございまして、仏性一如《ぶっしょういちにょ》とは申されませぬ。真如法性《しんにょほっしょう》は即ち一ということはわかりましても、無明によって業相《ごうそう》の起る所以がわかりませぬ。真如即無明といたしますれば、無明を真如に働かせる力は何物でございましょう。真如は大海の水の如く、無明は業風によって起る波浪の如しと申しますれば、水のほかに浪無く、浪のほかに水無く、海水波浪一如なる道理のほどはわかりますが、円満なる大海の水を、波濤として湧き立たせる業風は、そもいずれより来《きた》るということがわかりませぬ。この風を起信論では薫習と申しているようでございますが、薫習の源が、また真如無明一如の外になければならぬ理窟となるのをなんと致しましょう。世間でよく譬《たと》えに用いまするところの、蛇、縄、麻の三つでございますが、麻が形を変えますと縄になりますが、本来、麻も、縄も、同じものなのでございます。真如と無明とがまたその通り、一仏性が二つの形に姿を変えたものでございますが、その縄を蛇と見て驚くのが即ち人の妄想でございます……と申しましても、巧妙な譬えには巧妙な譬えでございますが、やはり良斎先生の御質問には御満足を与え得ないと存じます。つまり、麻と縄との同質異相は疑いないと致しましても、そのまま縄を蛇と見るものは衆生《しゅじょう》の妄想といたしましても……現実多くの人の煩悩《ぼんのう》は、怖るべからざるものを怖れ、正しく見るべきものを歪《ゆが》めて見るところから起るのでございまして、多くは皆縄を蛇と間違えて諸煩悩の中に生きているものには相違ございませんが――それは事実上の世界のことでございまして、只今の究竟的御質問には触れてまいらぬのでございます。良斎先生はその二つの譬喩《ひゆ》をお疑いになるのではなく、ただ麻が縄となるその外縁がわからぬようにおっしゃるのでございましょう。麻と縄とが同じものだということはお疑いにならなくとも、では、何者が麻を縄にしたか、その力を知りたいとおっしゃるのでございましょう。そこで、真如はただ絶対にして、動もなく、不動もなく、生もなく、死もなく、始めもなく、終りもなき大遍満の存在と致しまして、それに無明が働くことによってのみこの世界にもろもろの現象が起る、その現象が人間世界にもさまざまの悲喜哀楽を捲き起す――何の力が無明を働かして左様な現象を起さしめるのか、それがわからないとおっしゃるのでございましょう――」
 弁信が一息にこれだけを言って、ちょっと息をきった時に、神妙に聞いていた池田良斎が、ようやく一語をハサムの機会を得まして、
「いかにも、その通りです、真如絶対だけなら、絶対だから文句はありませんが、この通り世間相――一切万法と言いますかな、吾々までの存在が、その絶対のうちから起ったのはすなわち真如へ無明が働きかけたものに相違ないとすれば、その無明の起るところ、仮りに水と波との如く、麻と縄との如く、真如と無明とは同一物の変形であるとしても、その同一物を変形せしめた力、すなわち海の水を波立たせる業風と言いますか、麻を縄にする指さきと言いますか、その起るところがわからないのです」
 弁信は透かさずこれに答えました、
「御尤《ごもっと》もの質問ではございますが、せっかく御質問なさるならば、もう少しく細かくごらんになって、真如と無明を分つ力をお調べになる前に、真如を真如とし、無明を無明としてながむる、その見方の立場をさきにごらんになる必要があると存じます。真如とか、無明とかを分ち見る心が即ち阿梨耶識《ありやしき》と申すのでございましょう。真如によって無明がありといたしましても、真如は真如、無明は無明でございまして、それを迷うとすれば別に迷い手がなければなりますまい、その迷うところのものが即ち梨耶でございまして……すでに、真如と無明を分つ以上は、ここにまた一つの阿梨耶識という分ち手を加えなければなりますまい。そこで、問題が二つではなく、また三つになってしまいましたのでございます」
「なるほど」
 良斎は深く頷《うなず》いてみたものの、ようやく領分が拡がって、自分が最初に提出した問題が、自分の頭におえないほどひろがって行くのに焦《じ》らされているらしい。それにも拘らず弁信は一向ひるまないのです。
「と申しましても、この三つが全く三つではないのでございます、種が実となり、また実が種となるのでございます、三つと申しましても一つでございます。一つであると申しましても、なぜ一つであるかはやっぱりおわかりにならないでございましょう、それはまたお分りにならないのが当然でございましょう。わたくしは、起信論のうち、別してここが大事というところを承りまして、その御文章を暗記いたしておりますが……それは、無明薫習《むみょうくんじゅう》ニ依ッテ起ス所ノ識《しき》トハ、凡夫ノ能《よ》ク知ルトコロニ非《あら》ズ、また、二乗ノ智恵ノ覚スル所ニ非ズ、謂《いわ》ク、菩薩ニ依ッテ初ノ正信ヨリ発心観察シ、若《も》シ法身ヲ証スレバ少分知ルコトヲ得、乃至菩薩|究竟地《くきょうち》ニモ尽《ことごと》ク知ルコト能ワズ、唯《ただ》仏ノミ窮了ス――とあるそれでございます、これが即ち真如、無明、梨耶、三体一味の帰結なのでございます」
 その時、池田良斎が、うなだれながら手を挙げて、
「いや、少し待って下さい弁信さん、あなたの言うことを一々ついて行ってみたが、もうちょっと追いきれなくなりましたが、しかし、結論はやっぱりわからないところはどうしても分らない、凡夫や二乗にはわからない、菩薩でもわからないところがある、仏にならなければ……ということになってしまっているようですね」
「もう一応お聞き下さいまし、いかにも只今の御文章によりますると、凡夫二乗のやからのとうてい歯のたつところではない、菩薩の境涯でさえもやっとわかるかわからないか、所詮《しょせん》仏如来そのものだけが一切を御窮尽あそばす、とこういうのでございますが、それで絶望をなすってはいけません。そうしますると仏様のみが御承知になっているということを知っているのは誰でございましょう。馬鳴菩薩《めみょうぼさつ》がお書きになった起信論でございますから、仏様のみ御承知の世界を御保証になった馬鳴菩薩は、またその境涯の存在を御存じでなければならないはずではございませんか、仏の持ち給う宝を菩薩が御保証をなさるのでございます。すでに菩薩の御指量をお許しになるとすれば、二乗凡夫のともがらもまたその宝の所在を窺《うかが》い知ることを許されねばならぬ約束ではございませんか。知識は至らずとも、信仰は至るものでございます――起信論の終りに念仏を説かれた古徳の到れり尽せる御親切のほどを思うと、投地礼拝して感泣するよりほかはございません。まことに起信論は論議のための論議ではございません、理窟のための理窟ではございません、闘争のために葛藤を捲き起された次第ではございませんで、功徳の如法性を普《あまね》く一切衆生界に回向《えこう》せられんがための思召《おぼしめ》しで馬鳴菩薩がお作りになったものでございますから、それで、わたくしたちの頭にも、あの一万七百二十七字の御著作の精神が、清水の湧くように融釈して参るのでございましょうかと存じます」
 弁信はここまで喋《しゃべ》り来ったが、それで喋り尽きたというわけでもなし、喋り疲れたというのでもありませんでした。
「で、つまり、わたくしが聞き覚えましたところの起信論の要領というものがだいたい左様なものでございまして、真如が無明によって薫習《くんじゅう》せられて、この一切世間相を生じてまいります。ここに薫習という言葉は梨耶とは別に、また起信論の中の一つの言葉でございますから、これを究めるもまた容易ならぬ論議を生じて参るのでございましょう。同じ薫習の見方でも、唯識論《ゆいしきろん》の方と、起信論の方とは大分ちがいまして、唯識論の方では、能薫《のうくん》となるものは所薫とならず、所薫となるものは能薫とならず、ということに決っているそうでございますが、起信論の方でございますと、能薫となるものもまた所薫となり、所薫となるものもまた能薫となるように説いてございますそうで、そこで、唯識論は、真如をもって能薫の力もなく、所薫の議もなきものとし、真如は薫習に関係のないものとしておりますけれど、起信論によりますと、真如は能薫ともなり、所薫ともなるように説いてございます。また唯識論では、無明というものは能薫とはなるけれども、所薫とはならないとあるのに、起信論では、無明が能薫ともなれば、所薫ともなるように説いてあるそうでございまして、これが、権大乗《ごんだいじょう》と実大乗《じつだいじょう》との教えに区別のあるところだそうでございます……」
 そこへ池田良斎が一つ、くさびを入れました、
「大乗にも権と実とがあるのですか……」
「え、え、ございますとも。従って、小乗にもまた勝と劣とがございますのはやむを得ないとは申せ、同じ一つの仏教のうちに、大乗尊くして小乗のみ卑しとするは当りませぬ、大乗の中に小乗あり、小乗の戒行なくしては、大乗の欣求《ごんぐ》もあり得ないわけでございます、大乗は易《い》にして、小乗は難《なん》なりと偏執《へんしゅう》してはなりませぬ、難がなければ易はありませぬ、易に堕《だ》しては難が釈《と》けませぬ、光があればこその闇でございまして、闇がなければ光もございませぬ……」
「は、は、は、は」
 この時、朗かに鐙小屋の神主さんの笑いが響き渡りました。
「そうです、そうです、弁信様の言われる通り、光があればこその闇で、闇がなければ光もないのじゃ。それを、もう一枚つきつめてしまうと、すべてがお光ばかりで、闇なんというものは無いのじゃ」
 池田良斎は、なんだか頭がくらくらして、議論も、反駁も、ちょっと手のつけられない心持になり、ともかくこの問題は、もう一ぺんも二へんもよく考え直した上で、改めて提出を試みねばならぬという気になりました。
 浴槽の中で三人がこうして論議に我を忘れ、環境を忘れている間、炉辺を守るところの他のすべての連中は、相変らず山の鳴動に胆を冷し、濛々《もうもう》たる灰煙の降りそそぐのに窒息を感じていたが、三人の湯がばかに長いのを思い出して、心配のあまり、様子をうかがいに来て見るとこの有様で、いつ果つべしとも思われぬ長広舌が展開されていることに、呆《あき》れ返らざるを得ませんでした。

         五十二

 それらのことよりも、もう一倍これらの人々を驚き呆れしめたところの出来事は、この三人のうちの二人が、お湯から上ると早々、足ごしらえをはじめ出したことです。
 三人のうちの二人というのは、弁信と鐙小屋《あぶみごや》の神主とのことで、この二人は別段、申し合わせたわけではないが、同時に発足の用意をはじめましたから、一座があわててその発足の理由をたしかめると、鐙小屋の神主さんは、これから焼ヶ岳の噴火の現場へ登れるだけ登って見届けて来るとのこと、弁信法師はといえば、これから安房峠《あぼうとうげ》を越えて、飛騨の平湯の温泉へ参りますとのこと。
 これには良斎はじめ一座が、眼前へ焼ヶ岳の爆破の一片が裂けて飛んででも来たほどに驚きました。驚いたうちにも、神主様の方はまあ修行が積んでいることでもあるし、この辺の主のようなものだからいいとして、弁信の奴がこの鳴動の真只中を出立するとは、いくら盲《めく》ら滅法といっても度が過ぎると感じないわけにはゆきません。ことにあれほど疲労して、三日間も動けなかったものが、起きると、いつのまにか、たぶん口から先に湯の中にもぐり込み、湯の中では、のべつにお喋りをし、湯を出ると早や草鞋《わらじ》をはいて、この鳴動の中をただ一人で出立しようというのだから、呆《あき》れがお礼に来たと思うよりほかはありません。
 そこで、一座が口を揃えて、
「弁信さん、なんぼなんでもお前さんだけは、やめたらどうです、神主様は覚えがあるのだからいいが、お前さん、この道はあたりまえの道とはちがって、日本第一の山奥なんですぜ、それこそ鳥も通わぬといっていい山道なんですぜ、北原君なんぞも、黒部平の品右衛門さんという、山道きっての案内の神様のような人に導かれて行ってさえ、崖から辷《すべ》り落ちて大怪我をしたんですぜ、それにお前さんがこの際、あの通り山鳴りがし、この通り地鳴りがして灰が降っている中を、一人で出かけるなんて、そりゃ大胆でもなんでもありゃしませんよ、無茶というものですよ、馬鹿というものですよ、悪いことは言わないからおやめなさい」
 しかし、草鞋を結ぶことをやめない弁信法師は、法然頭を左右に振り立て振り立てて言いました、
「御親切は有難うございますが、御心配は致し下さいますな。山鳴りのことは神主様が保証して下さいました、山ヌケでございますから、地の裂けて人を陥す憂いは無いそうでございます。でございますから、皆様も御安心なさいませ、わたくしも安心をいたしました。安心を致してみますと、いつまでわたくしもこうして皆様の御厄介になってばかりもおられる身ではございませぬ、とうに出立を致さねばならないのが、今日まで延び延びになりましたのは申しわけがございませぬ。なあに、あなた、険山難路を軽んずるわけではござりませぬが、白骨から平湯の間は三里の路と承りました、それに三日前に人間の通った道でござりますれば、わたくしにそのあとが追えないというはずはござりますまい。食事の方もお気づかい下さいますな、これが先日いただきました蕎麦粉《そばこ》でございますが、お腹のすいた時分にこれを水で掻《か》いていただきますと、まだ私の食と致しましては五日ぶんはたっぷりあるのでございますから、それを身につけてまいる上は仔細ござりませぬ。では皆様、御機嫌よろしく。はからぬ御縁で、この白骨の谷に、皆様のあらゆる御好意の下に弁信は、三日を心ゆくばかり休ませていただきました。いずれに致せ、電光朝露の人の身、今日別れて明日のことは、はかりがたなき世の中でござりまするが、御再会の期がないとは申されませぬ、では、どうぞ御機嫌よろしく……」
 これだけの減らず口を叩いて、呆れが礼に来る一座を後にして、弁信は鐙小屋の神主と相伴うてこの白骨の宿を出てしまいました。
 宿を出る時こそ一緒ではあったが、やがて当然、二人の目的地は違います。すなわち鐙小屋の神主は硫黄岳、焼ヶ岳の鳴動の実地調査のために北へ一向きに――弁信はとりあえず飛騨の平湯を指して、西へ向ってひとり行かねばなりません。
 二人が出立したけれど、山の鳴動と、雲煙と、降灰とのほとんど咫尺《しせき》を弁ぜぬ色は変りません。神主はああ言ってわが物顔に天変地異の安全を保証顔に説き立てるけれども、要するに人間の智力ではないか――白骨谷に残る一団は、二人が去ってみると、また不安の念の襲い来るのを如何《いかん》ともすることができません。まして気休めにしろ、こういう保証も、安心も、与える者のない平湯の温泉場の人心の動揺といっては思いやられるばかりであります。

         五十三

 これより先、代官屋敷からの二梃の駕籠《かご》は、郡上街道《ぐじょうかいどう》を南にと言われたはずなのに、益田街道を一散に走りました。
 彼等はもう、走りさえすればよいと考えているのでしょう。行先地の目的なんぞは、走り疲れた上で尋ぬべきことだとでも思っているのでしょう。
 無性に飛んで、久々野《くぐの》に近いところでしょう、左に社があって、右は崖路になっていて、その周囲いっぱいに森々たる杉の木立をつき抜けて走りました。
「おい、待て、その駕籠!」
 木立の前から鋭い声がかかったので、駕籠屋どももそれには胆《きも》を奪われないわけにはゆきません。
「待て!」
 ひた走りの八本の足が、ぴったりと急ブレーキで止まりました。
 闇の中、行手に立ち塞がったのは、一人は雲つくばかりの大男で、一人は中背の一書生でした。
「まだこの通り夜も暗いのに、どこへ急ぐのだ」
「はい、はい……」
 駕籠屋は早くも歯の根が合わないようです。
「怪しい乗物と認めたぞ」
「いいえ、どういたしまして」
「行先はドコだ」
「出発点はいずれだ」
 前に立ち塞がってこもごも詰問する二人の高圧には、駕籠屋《かごや》は、もう駕籠を地べたへ伏せて、すくん[#「すくん」に傍点]で尻ごみの体《てい》です。
 これは尋常出来星の追剥の類《たぐい》ではない、前の逞《たくま》しいのは、すごい両刀をたばさんでいる、それに附添うたのもかいがいしい旅姿で、それだけでも雲助四人の手には合わないことはわかっている。
「だ、だ、だ、代官屋敷から参りました」
「ナニ、代官屋敷から来た! 高山の郡代から来たのか……」
「はい、はい……」
「して、どこへ行くのだ」
「そ、そ、それは、お客様にお聞き下さいまし」
「ナニ、乗り手に聞けというのか、貴様たちは行先を知らんのか」
「存じませんので」
「は、は、は、おおよそ、行先を言わないで駕籠に乗る奴もあるまい、行先を聞かないで、駕籠に乗せる奴もあるまいではないか。のう、丸山、行先を知らさずに飛ばす駕籠は確かに怪しい旅の者と認めて異議はあるまい」
「いかにも怪しい」
 立ち塞がった二人の声に聞覚えのあるのも道理、前なる逞しいのは仏頂寺弥助で、後ろなる書生は丸山勇仙でした。
 この二人、先日は越中街道の道を尋ねながら、ここ宮川の岸をふらふらしていたが、いまだにまだ、こんなところを彷徨《ほうこう》している。亡者共だから是非もあるまいが、なんで、天下の往来を行く乗物を遮《さえぎ》るのだ――窮して濫《らん》する小人の習い――夜盗追剥稼ぎでもはじめたかな。まさか二人ともまだそこまでは堕落すまい。
「わしらあ、存じません、駕籠ん中のお客さんに聞いてくださんせ」
 四人の駕籠屋どもは、申し合わせたように同音にこう言い捨てるや、脱兎《だっと》の如く逃げ出しました。
 逃げ出した方向は、もと来た方をめざしたのでしょうが、前後が動顛していたものと見え、四人とも一度に杉の木立の崖の下へ転び落ち、落ち重なり走るものと、また急速度で落ち込むものとがあるようでしたが、暫くして烈しい砂|辷《すべ》りがあって、水に落ちた物音が聞えました。
「あ、は、は、は、は」
 仏頂寺弥助の高笑いしたのが、こだまに響くと、
「虫めら――」
 丸山勇仙があざ笑う声もよく聞えます。
 さてこれから、乗り主の吟味にかかるのだ。仏頂寺、丸山が窮しての末、夜盗追剥の類にまで堕落したとすれば、当然、次の段取りは、駕籠の中に向って、強面《こわもて》の合力を申し入れるか、或いは身ぐるみ脱いで置いて行けとかの型になるのだが、その事はなく、高笑いした仏頂寺は存外なごやかな声で、
「これは失礼いたしました、拙者共はなにも、人を嚇《おど》し、物を掠《かす》めようとして駕籠先をおかしたのではござらぬ、時ならぬ時に、急ぎようが尋常でないから、仔細ぞあらんとお呼びとめ申してみたまでの分じゃ、それを駕籠屋ども、無茶に驚きよって雲助霞助《くもすけかすみすけ》と逃げかかったは笑止千万、乗主殿にはさだめて御迷惑でござろうが、悪意はござらぬ、ふしょうさっしゃい」
 駕籠の中へこう申し入れたのは、かえって陳謝の意味に響くのですから、中の乗客もさだめて相当に安心したことでしょう。
 丸山勇仙が続いて、それにつぎ足して言いました、
「ただいま同行の申す通り、我々は決してうろんの者ではない、かえっておのおの方の乗物が時ならぬ時に急ぎようが尋常でないためにお呼留めを申してみたまでのことじゃ……駕籠屋め、尋常に申開きをすればなんでもないことを、泡を食って逃げ出したのが笑止千万……しかし、おのおの方の御迷惑はお察し申す、いずれへお越しのつもりでござったかな」
とたずねた時に、後ろなる駕籠の中から、
「下呂《げろ》の湯島《ゆのしま》まで急がせるつもりでした、病人がありましてな」
 答えたのは落着いた男の声です。
「は、はあ、下呂温泉まで、御病者を連れてのお早立ちかな、なるほど……それははや、駕籠屋に逃げられては、いや、どうも我々共の粗忽《そこつ》から飛んだ御迷惑をかけ申した。が、さりとて、我々が駕籠屋に代って御身方の乗物を担いで行くというわけには参らぬ。是非に及ばぬ、我々は一足先に行手の村里へ参り、しかるべき人夫を頼んでこれへ遣《つか》わし申そう。いやはや、飛んだ御迷惑お察し申す、暫時、これにて御辛抱あれ、あちらの村里より迎えの者を遣わし申す」
と言うかと思えば、二人の豪の者は、さっさと行手の闇に進んで行ってしまった気色《けしき》であります。
 社頭の森の深い木立の前に置きっぱなされた二つの駕籠、その迷惑は全く思いやられるばかりだが、これでも案外なことの一つに、立ち塞がったいたずら者が、少しも危険性を帯びていなかったということだけが不幸中の幸いでしょう。
 駕籠はやや暫くというもの、ぽつねんと置き据えられたままでありました。

         五十四

 暫くすると、いつのまに出たか竜之助の姿は、前のお蘭の駕籠の上にのしかかって、頬杖をついているのであります。
 それは、駕籠屋には置捨てられたけれども、駕籠そのものはどちらも異状がないのみならず、駕籠の棒鼻に吊《つる》された提灯《ちょうちん》までが安全無事で、駕籠中の蝋燭の光も安全に保存していたところから、竜之助の輪郭をうっすらと闇の中へ描き出しているのでよくわかります。
 お蘭の駕籠の上へ、重く、静かにのしかかった竜之助は言いました、
「お蘭さん、お蘭さん」
 下なる駕籠の中で女の返事がしました、
「はい……」
「これから、どうしような」
「あなた様はいったい、どなた様でいらっしゃいますか」
「わしかね……わしの一代記を言うとなかなか長いがね」
「何のためにこんなことをなさいましたか」
「それは、お前の仕えている胡見沢《くるみざわ》という新お代官のために、こんなことになったのだ」
「あなたは、殿様に何ぞお恨みでもあって、あんなことをなさいましたか」
「何も、別段に深い恨みというものもなかったが、つい、ちょっとしたことから、敵に持たねばならなかったのだ、つまり、わしの大事にしている妹を、あの代官が屋敷へ連れて行ってしまったことに始まるのだ」
「まあ……それでは」
「それがために、よんどころなく人を手引にして、あの代官屋敷まで忍んで行って見るとな」
「あ、わかりました」
「たずねる妹は見当らなかったが、その身代りでもあるまいが、お前というものが与えられたようなものだ」
「それで、あなた様は、これから、どちらへわたしを連れていらっしゃるおつもりでございますか」
「さあ、それは、わしにはわからないのだ、お前に聞きたいのだ」
「わたくしにわかろうはずがござりませぬ。ああ、あなた様があんなにまでなさりさえしなければ、またどうにか道はございましたろうに、ああまでなされてしまった上は、もうほかにのがれる道はありませぬ」
「あれは、よんどころない」
「でも、あんまりむごたらしい。この上わたしをお連れになって、どうなさるおつもりでございますか」
「どうしようも、こうしようもない、妹が取戻せないその埋合せに与えられた、お前という相手次第のものだ」
「では、わたしというものを人質として、お妹様とお引換えなさる御了見でございましたか」
「いや、そういう商売気もなかったのだ。あったとしてみたところで、これは人違いだ、引換えてもらいたいと言っていまさら代官所へもお願いにも出られまいから」
「あなた様は、やけ[#「やけ」に傍点]をおっしゃいます、ほかの意趣や遺恨《いこん》とちがいまして、相手はかりそめにも土地のお代官でございます、ここまで来られたのが不思議なくらいでございますが、どう間違っても国境《くにざかい》へ出るまでには、きっと捕まってしまいます」
「だが、その時はお前も逃げられまい」
「わたしは、わたしは代官の身内の者でございます」
「ははあ、その身内というのも、代官が生きておればこそだろう、今となっては屋敷中の疑いは、わしの身よりもお前の身に集まっているに相違ない」
「え、え、どうして左様なことがございますものか、罪人はあなたでございます、わたしは何も存じませぬ」
「いやいや、わしの何者であるかは、誰ひとりとして屋敷の中で知っているものはあるまいが、代官が討たれて、お前だけがいない――わしは逃れられない限りもないが、お前の疑いだけは解けない。よし疑いは解けても、お前を嫉《ねた》む者のたくさんある中から、かばう者は一人もあるまい。何はともあれ、罪の中のいちばん重いのにかけられるにきまっている、まあ軽くって磔刑《はりつけ》かな」
「いやでございます」
「それから、お前の兄の嘉助というのもあぶない」
「まあ、どうして嘉助のことを御存じですか」
「お前の親類中がみんなあぶない、お前が生きていなければよろしい、あの代官と枕を並べて討たれていたならば、まだし、親類中は助かったかも知れない」
「わからなくなりました、あなた様は、何かお怨《うら》みがあって殿様を殺害においでになったのですか、ただお妹さんを取返しにおいでになったのですか、それともわたしというものを、かどわかすために屋敷へおいでになったのでございますか、わからなくなりました」
「行当りばったり……めくら[#「めくら」に傍点]さがしに手にさわったところに縁があるのだから、おたがいにもう逃れられない」
「まさかあなた様は、お代官様になさったような酷《むご》たらしいことを、わたしに向ってなさるつもりでお連れになったのではございますまい」
「そうするくらいならば、ここまでは来まいが、或いは一思いにそうするよりも、これが悪かったかも知れない」
「たとえどうなりましょうとも、死ぬよりはましでございます、わたしは殺されることはいやでございますから、どうぞお助け下さいませ、生命《いのち》あっての物種でございますもの」
「実はお前を助けるために連れて来たのではない、わしが助けられたいために、こうして来たようなものですよ」
「何とおっしゃいます、あなた様のお言葉は、どういう意味に取ってよろしいか、わたしには全くわかりませんが、どちらでもよろしうございます、わたしは助けられさえ致せば、どんな仰せにでも従います」
「ここは往来だから、こうしているうちに人が通る――さっき逃げ去った駕籠屋ども、それから前の村から人をよこすと言ったあのおどかしの旅の者、どちらにしても人目にかかってはよくないな、わしのためにも、お前のためにもよくあるまい」
「ああ、その通りでございます、もうこうなりましては、夜の明けない先に、行けても、行けなくても、せめて国境を越してしまわなければなりませんでした」
「国境までは何里あります」
「それは大変でございます、ここは久々野の村外れとしましても、美濃の国境の金山《かなやま》までまだ二十里もございます」
「二十里?」
「はい――横道を信州へ出る道もございますが、これも山の間を十里からございます、道のりは十里でも、道の悪さは一層でございますから、その道はとても通ることはできません」
「そのほかには……」
「そのほかには、もう一ぺん高山へ引返して、北国へ走るよりほかはございません、それは全くできないことでございます」
「では、結局、近いところへ隠れるよりほかはないのだ」
「それよりほかはございません。が、隠れるにしても、あなた様があれほどな大罪を犯しなさらなければ、わたしの身体が欲しいと思召《おぼしめ》すならば、わたしの身体だけを奪ってお持ちになればいいのに、飛騨の国のお代官を殺してしまっては、飛騨一国の小石の下にも、草の根本にも、身を置くところはございません」
「困ったな!」
「全く、あなた様は悪いことをなさり過ぎました」
「といって、ここで捕まるのを、わざわざ待っているのも愚だ――ともかくもお前は土地の案内知り、隠れてみようではないか」
「それより仕方はございませぬ、この近いところにいくらもわたしの知った人はございますけれども、頼めばかえっておたがいの迷惑――ただ小坂《おさか》というところに一人頼み甲斐のありそうな人がありますから、それを頼って行きたいものですが――それまでの間……」
 お蘭はようよう駕籠《かご》を這《は》い出して来ました。そうして、自分のしどけない姿を顧みる暇もなく、今まで声のみに応対していた相手の人の姿を、のしかかっている駕籠の上で認めました。
 それを認めたのは、つまり、完全に保留されていた駕籠提灯の蝋燭《ろうそく》の余光で、闇のうちにうっすりと描き出されていたその輪郭に接すると、何とはなしに身の毛がよだつ思いがしました。
 というのは、別段に異形異装の目を驚かすものがあったというわけではなく、貪淫惨忍なる形相《ぎょうそう》を予想したのが、目《ま》のあたり的中したことに仰天したようなわけでもなく、その男が冷々淡々として自分の駕籠にのしかかって、中にいた、まだ見ず知らずであるべきはずの自分というものに向って話しかけている形勢が、ちょうど十年も馴染《なじみ》の女郎の膝にもたれながら、熟しきった痴話に燃えさしの炎の花を咲かせているようなふうで、ちっとも動揺したところはなく、まして今の先、飛騨の郡代の首を水を掻《か》くように打ち落して、それを塵芥《ごみ》を捨てるように、わざわざ中橋の真中へ持って行って置いて来たほどの当人と思うわけにはゆかなかったからです。
 のみならず、自分がようやく駕籠を抜け出して来てみても、その冷々たる面《かお》はいよいよ冷々たるもので、特に自分が抜け出して来たものだから、眼を据えて見ようとも、見直そうとも心構えを直したのではない、ほんとうに、よらずさわらずの人をあしらうと同じ呼吸でいるようで、その頭巾にこぼれた半ば以上の面を見ると、白いこと、蒼《あお》いこと――そうしてその眼は沈みきって、あらぬ方を向いている、決して自分一人に眼をくれているのではないということです。
 お蘭は何とも言えず、寄るともなく、引かれるのでもなく、目が廻るようになって、自分は男の傍によると、それにしがみついていました。
「お待ちなさい、人声がする」
 その声をまずききとがめたのはお蘭でなく、竜之助でありました。
「どちらから聞えます」
 二人は、じっと静かに耳をすましていたが、お蘭が、
「向うからです、久々野の方からでございます、あれ、提灯の光も見えだしました」
「では、いま、立ち塞がった二人の者が、人夫をつれて来たのだろう」
「そうだとしますと……」
 万一、それが逆に出て、高山方面からの追手では助からないが、前途のことだけにいささか心丈夫なものがある。
「あの二人の者が、約束通り人を頼んでよこしたものだろう、だとすれば……駕籠を抜け出して隠れるより、従前の通り駕籠にいて、為すがままに任せていた方がよい」
「それもそうでございますね」
「それに越したことはない」
「逃げて逃げそこねるよりは、まさかの時まで知らぬ面をしていましょうか」
「それが上分別」
「では、あなた様も」
「お前も平気の面をして元通り駕籠に納まっておいでなさい、ただし、姿は決して見せないように」
「はい」
 二人はここで左右に別れました。竜之助も、お蘭も、最初置据えられたままの位置で駕籠の中に納まりきってしまいました。棒鼻の提灯の蝋燭はまだ六分の寿命を保ち、その炎の色も、光も、たしかなものでした。
 果して間もなくこれへ舞い戻った仏頂寺弥助と丸山勇仙――感心にも約束の通り、四人の人夫をかり集めて来ました。
「いや、これはさだめしお待遠いことでござったろうな、我々のついした咎《とが》めが利《き》き過ぎた、御迷惑をお察し申した故に、久々野の外《はず》れへ参り、人を四人だけかり催してまいったによって、御安心なさい」
 それは仏頂寺の声で、こちらは駕籠の中から、
「それはそれは御苦労の儀でござった、しからばせっかくの好意に任せて、このまま御無礼を致します」
 竜之助の返事右の通り。
「ずいぶん心置きなく。身共らは、これより少々まだ心残りがござる故に高山まで引返し申す、御無事に」
「御免あれ」
 こう言い捨てて仏頂寺、丸山は、煙の如く闇の中をすり抜けて、高山方面へ戻り行くもののようです。
 あとで、駕籠屋に向ってお蘭が駕籠の中から言いました、
「下呂の湯までずっと通したいのですが、途中、小坂の問屋へちょっと寄って下さい、頼みます」
「承知いたしました」
 難なく二個の駕籠は、ここで宿次《しゅくつぎ》の形になって、まだ明けやらぬ森林の闇に向って飛ばせるのです。

         五十五

 小坂の町に黒川屋という大きな中継問屋《なかつぎどんや》がありました。
 これは大きくいえば飛騨一国の物産を他国に出し、また他国の物資を飛騨に入れる会所であって、矢田権四郎がこれを司《つかさど》っている。
 従ってそれに相応する店の構えと、百数十の人馬が絶えず出入りして、店頭はいつも賑《にぎ》わっている。主人に代って若いおかみさんが帳場に坐って、帳面をひろげ、筆をとっている。この若いおかみさんは、主人不在の時は主人に代って帳場を司っている。
 そのおかみさんが今、店頭の賑わいを前にして帳合《ちょうあい》をしている横の方から、若い女中が一人出て来て、おかみさんに向って私語《ささや》きましたから、おかみさんが、
「なに、ちょっと内証《ないしょ》で、わたしに会いたい人が中庭に来ていますって……」
 筆を休めて女中の方へ向きました。
 そこで女中が、また小さな声で、おかみさんの耳元へ私語きましたけれど、これは店頭の物音に紛れてよく聞えません。
 が、おかみさんは、退引ならぬと見えて、帳面の間へ筆を置いて、ついと立ち上りました。間もなく女中の案内で、広い座敷を抜けて本宅の裏庭へ来てみると、土蔵と袖垣とのこちらに引添って、二つの駕籠が置かれてありました。
 庭下駄を突っかけて、その駕籠の傍へ寄って来たおかみさんは、何か後ろめたいように見返しました時、前の駕籠の垂《たれ》が細目にあいて、
「おかみさん――」
 極めて忍びやかな女の声。
「まあ、お蘭様じゃございませんか」
「おかみさん、くわしいことは何もお聞きにならずに、本当に内証でわたしの後生一生の頼みをお聞き下さいまし」
「まあ、何かは存じませんが、ちょっとお上りください、ちょっと……」
「いいえ、それができません、これから直ぐに通さなければなりません、仔細はあとでおわかりになりますが、おかみさん、あなたの着古しでもなんでもよろしうございますから、上から下までそっくり一重《ひとかさ》ねと、それからあなたのお手許で御都合のできるだけのお金をお貸し下さいませ」
「そんなことはお安いことでございますが、いったいこれはどうしたのでございます、ちょっとはよろしうございましょう……ちょっとは」
「いいえ、そうしてはいられないのでございます、全く委細を申し上げている暇はございませんのですから、只今のお願いだけを直ぐにお聞届け下さいまし」
「ではまあ、そのまま、お待ち下さいませ」
 おかみさんは、人を憚《はばか》りながら引返しましたが、やがて手ずから一包みの衣類と、一封の金と、小出しの巾着《きんちゃく》とをまとめて、忙がわしく持って出て駕籠の中へ差入れました。
 それをおしいただいたお蘭は、
「まあ、ほんとうに有難うございます。それからおかみさん、なお済みませんが、久々野のこの駕籠を担いで来た若い衆たちに固く口止めをして帰してやっていただきたいのと、お家の信用のおける若い衆を肩代りに、これから先美濃の金山まで、お頼み申したいのですが、後生ついでにこれもお頼み申します」
「まあ、お蘭様、何も聞くなとおっしゃるあなたのお頼みを、押返すような野暮《やぼ》はいたしませんが、それでも一言お話し下さいまし、あんまり気がかりでございます」
「実は、おかみさん、わたしはついつい怖ろしい人殺しの巻添えになってしまいまして、どうしてもこの国にはおられませんのです、一刻も早く他国領へ出て、それからさきのことはそれから先のことでございますが、今はこの通り寝まきのままで、走らなければなりません」
「何ということでしょう、それにはよくよくの事情がございましょうけれど、全く、それを伺っている場合ではございますまい、万事あなたのお頼みのようにするがこの場の親切と存じますから、御安心下さい」
 気丈なおかみさんは、それだけで納得して、また忙がわしく本宅へ引込んでしまいました。
 そうすると間もなく、六人の屈強な山方を庭に連れて来て、
「お急ぎなのに、ちと御用向の筋が筋だからよく心得てね――もし、何か面倒なことを言いかける者があったら、黒川屋の扱いで高山御坊だと言いきってしまって、さっさとお通りなさい。ああそうそう、あの桐油《とうゆ》をかけておいで、きっと雨が降るよ、お前たちも、うちの印のついた合羽《かっぱ》を着て行くといい」
 こう言っておかみさんが若い衆――とは言うけれど、老巧のものが多いようです、二人の肩代りを添えて六人までつけてくれた上に、途中万一の嫌疑を、高山御坊の威勢と、中継問屋の幅でくらませようとの心遣《こころづか》いまでがはっきりと読める。
 駕籠の隙間《すきま》から、お蘭は手を合わせておかみさんを拝んでいる。
 若い衆が桐油を取りに行ったその隙を見て、おかみさんは駕籠の隙間から、一枚の切手を投げ込みました。
 若い衆の持って来た桐油には杏葉牡丹《ぎょうようぼたん》かなにかがついている。これは本願寺御坊専用の品か知ら……飛騨の国に於ての門徒の勢力がこの桐油だけで、道中の安全を保証する便りは充分あるのだと思わせられる。
 かくしてこの夕べを二つの駕籠は、一切の雨ごしらえで、ゆっくりと出立し、途中になって急馬力で走り出しました。
 あとに残った、心利いた黒川屋のおかみさんの取りしきりぶりに見ると、久々野からここまで駕籠をつけさせた、例の仏頂寺、丸山が徴発して来たところの四人の者には、充分の鼻薬と口止めが利いているのに相違なく、これから送り行く六人の者は、みな黒川屋譜代恩顧の者共だから、万一の際にも、口の割れる気づかいはないはず。

         五十六

 委細も聞きもせず、言われもしないのに、のみ込んで背負い切り、こうして駕籠を送り出して後、また帳場に坐ったおかみさんは、何といっても、いやまして行く不審に相当の思いわずらいをしないわけにはゆきません。
 ああして、あの人が、ああ折入って頼んだのは、よくよくのことに相違ないが、自分として、ああまで言われてみれば、全く退引《のっぴき》はできないではないか。
 それは、こうした商売上、お蘭さんの手を通じて、お代官所でもずいぶん好意ある取扱いを受けていたのである。どうしても取引上の必要、官の要路者の意を得ておかなければならないものがあるので、なにも特別に悪く取入るという次第ではないが、商売上ぜひもないことで、旧友のお蘭さんと腐れ合っているわけでもなんでもないが、昔馴染《むかしなじみ》の友誼上、おたがいに相当の便宜もはかり、利用もしあっている。
 もとよりここのおかみさんは、お蘭の身の上風聞についてずいぶん耳に入れていることはあるが、それはなにも自分がかかわったことではなし、このおかみさんは決してお蘭のような聞苦しい評判を立てられる人ではないが、やっぱり生立ちからの友達は友達――そんな評判には触れずに、いつもよくつき合っていたので、そこには人柄は別でも、どこか気の合ったところがあると見なければならぬ。それが、今、ああして頼まれてみれば、突き放すわけにはゆかないのは分りきっている。
 それにしても内容のほどはてんでわからないが、人殺しの巻添えということだけは聞かされた。なるほど、評判に聞く通りの身持だとすれば、お蘭さんにも何かことが出来なければいいがと心配をしないではなかった。何か色恋から飛ばっちりを受けてあんなになってしまったに違いない。ああして一時他領へ逃げることだけで外《そ》らせればいいが、何しろお代官様が背後にいらっしゃるから、そのうち何とか取計らいがつくに相違ない――お蘭さんもいったい世間の評判通り、このごろはおごってきなすったせいだろう、少しはおつつしみなさらなければいけない。
 おかみさんは、どこまでも好意に解して、幼ななじみの友につつがなかれかしと心に念じながらも、出入りの人の口《くち》の端《は》をしきりに気にとめて見ました。
 それは、そのうちきっと、店へ入りこむ者のうちから、高山方面の変事が報告されるに相違ないことを期待しているからです。でも、その夜は何事もありませんでしたが、いよいよ店の戸を締めようとする時に、お触れが廻ってしまいました。
 それは、この際、他国者であったり、また土地の者にしても他国へ出ようとする者は、一切通行差止めをするように、との高山代官所からのお達しでしたから、さてはとおかみさんの胸を打ちました。
 その翌朝になると、未明から集まる者がこの噂《うわさ》でもちきりです。
 それを帳場に坐ったおかみさんが、いちいち聞漏さじと注意していると、要するにこんなことです――
 高山の御城下では、いま農兵が謀叛《むほん》を起して、代官所を襲わんとしたと言い、もう焼打ちをかけたとも言い、お代官が殺されようとしたとも言い、すでに殺されて首になってしまったとも言うのです。
 それでは、そのほとばしりで、お蘭さんが逃げ出したのだ。なんでも高山では、新お代官の圧制から暴動が起りそうだ起りそうだということは、かねて聞いていたが、ではいよいよそれが起ってしまいましたかね。
 愚図愚図していればお蘭さんも目のかたきにされて、殺されてしまっていたに相違ないが、あの人のことだから、素早く抜け出して来たのはまあよかった。
 おかみさんはこうも胸を撫でおろしてみたが、そのうちにも、店へ入代り立代る人の噂がみんな別々です。
 農兵の暴動ではない、盗賊がお代官屋敷へ忍び込んで、お代官の大事なものを盗んで逃げてしまって、まだつかまらないのだ、と言うものがあるかと思えば、いや盗賊ではない、浪人者がお代官屋敷へ乱入して、お代官を斬ったとか、傷つけたとかいうことを伝えて来るものもある。
 皆それぞれ風聞を聞き伝えて来たのだが、僅か六七里の間に、いろいろ想像や捏造《ねつぞう》が加わっているらしいのを、いずれも見て来たように伝えるものだから、おかみさんも迷わざるを得ません。
 その本当の要領こそ掴《つか》めなかったが、事件の中心が代官お陣屋にあることだけは疑いがない。疑いがないどころではない、現に自分はその本元から逃げて来た人を保護してやっていた――おかみさんは、いっそ人を高山までやって実地を調べさせようと思ったが、そうまでするのも、なんだか不安を見せるようで心もとないと考えているうちに、また容易ならぬ二つの風聞を店頭へ持ち込むものがありました。
 その一つは、高い声では言われないが、実は高山のお代官は殺されて、しかもその首を中橋の真中まで持って来て曝《さら》されたことは、見たものが多いから隠そうとするほど隠れないことになっている――そうして、お代官を殺したのは農兵の暴動でもなければ、浪人者の乱入でもない、実に予想外の人に疑いがかかればかかるもので、その犯人は、このごろお代官の寵《ちょう》を専らにしている愛妾のお蘭の方が情人を手引して殺させ、一緒に北国の方へ逃げてしまったのだ!
 それを聞いて、さしもの気丈なおかみさんが、座に堪えないほどになっていると、つづいてまたそれを打消す有力なる一説が伝えられて来ました。
 それによると、お代官の殺されたことは本当である、お陣屋ではあらゆる手段を尽して、討たれたのはお代官ではないということを言うているけれども、事実上、その首が曝されているのを見た者が一人や二人ではないのだから、人の口は塞げても、その心持はどうすることもできない。
 もうお代官の殺されないということ、あれは別人だというような揉消し宣伝は誰も一人も信ずる者はないけれども、その何者によって殺されたということだけは、今までかいくれわからず、徒《いたず》らに臆測と流言蜚語《りゅうげんひご》が伝わって、あれだ、これだと影のみ徒らに大きくなったが、今朝に至ってそれが全くわかりました。お代官殺しの下手人がすっかりわかって、それが捕まりましたからまず一安心です。
 それを聞いておかみさんが、どうしても帳場から乗出さないわけにはゆきませんでした。
「お代官様が殺されたとは、本当ですか。そうして下手人が捕まった? それも本当ですか。いったいそれは何者なの?」
「それは、おかみさん、今朝になって、捕まってしまいました、浪人者でございます、なんでも越中の者で、仏頂寺弥助という浪人と、それからもう一人、丸山なんとかというその連れの書生と、二人だそうでございます」
「その二人っきりですか」
「へえ、その二人で、お代官をやったのだそうでございます、丸山の方はさほどではありませんが、仏頂寺というのは、トテモ腕の利《き》いた浪人者だそうでございますよ」
「そのほかには仲間はないのですか」
「え、え、そのほかにはございませんそうでございます」
 おかみさんはそれを聞いて、熱湯を呑んでいるような胸をやっと撫でおろしました。
 いずれにしても、この下手人とか、犯人とか、嫌疑者とかいうものに、お蘭の名が加わっていないのがよろしい。ことに高山でつかまって浪人者だということになってみれば、火元は少し遠いようだ――でも、
「確かに罪人はそれときまったのですか」
「え、それはもう疑いがございませんそうで、前にも時々、お代官をおどしに来たそうでございます、とても手癖の悪い、そのくせ、手の利いたことは日本一といってもいいくらいの剣術使いだそうですから」
 それより以上は、やっぱり人を高山にやって調べさせるよりほかはない。
 おかみさんは、その気持になりましたが、何はともあれ、このおかみさんにだけは後難のかからないようにしたいものです。

         五十七

 この際、机竜之助とお蘭の二人が、無事に飛騨の国を抜け出して、美濃の金山の本陣に着いてしまったのは、僥倖《ぎょうこう》といえば僥倖ですが、それは一に黒川屋のおかみさんの侠気と、それに伴う心尽しの甲斐でなければなりません。
 二人を無事にここまで落ち延びさせることを得せしめた黒川屋のおかみさんの働きは、善事であったか、悪事であったか、それはわかりませんが、その動機としては、あのおかみさんの功徳《くどく》を思わなければなりません。自然あの人には一切の後難を及ぼしたくないというのは人情です。
 それはそれとして、ともかくもこうして国一つ越してしまった二人の悪縁はいったいこれからどうなるのだ、お蘭というぽっと出、この物語に於てはまだほんのぽっと出に過ぎない淫婦のこれらの運命は、自業自得というものでもあり、こんな女には、いっそ、これからの凄まじい世界を見せてやることが薬になるか、ならないか、それはわからないが、純な少女の空想に従って、白山の山高くも登るべかりし身が、こういう女を道しるべとして、山の飛騨の国をこれよりまたみずほの実る美濃の国に追い出され、またも涯《かぎ》りなく四通八達のところへ投げ出されねばならなくなった机竜之助というものの運命の悪戯《いたずら》のほども、いいかげんにしなければならぬ。
 美濃の金山は、美濃とはいっても飛騨谷の一区劃で、それでまた飛騨とはおのずから天地を別にしているような世界であります。そこへ着いた前日に、果して黒川屋のおかみさんが予想した通りの雨でありました。
 黒川屋の面《かお》や、本願寺高山御坊の名がきいて、ここの本陣で雨の日夜をしめやかな宿りについた二人はいかに。
 お蘭はここに着いて、はじめて竜之助の目の見えない人であることを知りました。
 眼の見えない人であることを知ると共に、この人がいい男であることを見てしまいました。
 いい男というのは、どういう意味にとるべきかは知らない。本来が机竜之助という男は美男子であったか、悪男子であったか、そのことはよくわからない、よく女に惚《ほ》れられた男であるか、嫌われた男であるか、そのこともよくわからないのです。だが、今日まで女のためにずいぶん苦労をさせられて来た男であること、また女に向ってずいぶん苦労をさせ通して来た男であることも間違いはありません。そうして今では、人を殺して血を見ずに終るか、そうでなければ女を与えて助けてやらなければ生きていられないようになっていることも、万人の知るところだろうと思います。
 ただ、当人は盲目的ではない、盲目そのものに生きているのだから是非もないとしても、その刃先に立てられた人命と、その相手に選ばれた女というものこそ不幸の至りというべきに、事実は、その不幸なる犠牲がいつになっても尽きるということなく、時としては喜んでその犠牲にかかりたがるのではないかとさえ疑われる。
 その夕べ、風呂から上って、だだっ広い本陣の一間に、この時の男女は不思議な形をしておのおの割拠してしまいました。
 竜之助は丹前を羽織って床柱に背をもたせ、例によって例の如くでしたが、お蘭がわりあいに悪怯《わるび》れてはいないのです。
 黒川屋のおかみさんが投げ込んでくれた一重ねは、そんなに野暮《やぼ》ったいものではありませんでした。貸してくれた金を、封を切って見ると、まとまったのが百両に、別に小出しが十五六両はあります。宿の取持ちはなんらの隔意が無くてよろしい、小娘が運ぶ膳部には川の肴《さかな》に一陶の山酒をさえ供えてある。
 外の雨はしとしとと春雨の気分がある。ちょっと障子をあけて見ると、飛騨谷の山が雨にけぶり、飛騨川の断崖に紅葉が燃えている。お蘭はここで、かねがねお代官を喜ばしていた爪弾《つまび》きの一手をでも出してみたい心意気になる。
「ねえ、あなた」
 ちゃぶ台のこちらで、身をくの字にしながら、この思いがけない道づれに向ってしなだれかかるような調子は、この女の天性です。飛騨の高山へ生れさせないで、江戸の深川か、京の膳所裏《ぜぜうら》あたりで育てたらと思われるばかりの女です。
「あぶない思いも、こうなってみると変じゃありませんか、なんだか嬉しいような気がして、あの怖ろしかった晩のことが、まるで夢のようでございます、あなたと二人で道行でもしているような気持になってしまいました、夢でしょうか、現在でしょうか、ねえ、あなた」
 お蘭はこう言いながら、竜之助の表情の動かない面《かお》をまじまじと見つめ、何となしいい心持になってゆくと見えて、
「黒川屋のおかみさんという人、ほんとうに感心な人じゃありませんか、頼もしい人ね。幼な馴染《なじみ》は親兄弟よりも頼み甲斐のあるということを、わたしは今日、しみじみさとりました。それはわたしとしても日頃少しは尽してあげたこともありますが、こうなってみると、親兄弟よりも他人の方が本当の力になります。ごらん下さい――こんなにお金を、小出しの当座のお小遣《こづかい》まで心にかけて下さったのは、苦労人でなければできません。こんなことと知ったらあの時、わたしの手文庫にあった分だけでも掻き集めて持ち出せばと思われないでもありませんが、それは慾の上の慾というものです、あのおかみさんが貸してくれたこれだけのお金があれば、これからの旅はもう大丈夫ですから御安心ください。二十日あまりに四十両という浄るりがございました、その勘定で行きますと、どんなにしてもこれだけあれば、二人で一月の路用は充分でございます。どうなるものですか、これで京から大阪の方へ、奈良のはたご、三輪の茶屋も悪くありません、遊べるだけ遊んで参りましょう」
と言ってこの女は、これから行く先の日取りまで数えている。
 明日は上有知《かみうち》泊り、それから長良川《ながらがわ》を河渡《こうど》まで舟で下って赤坂泊りは苦《く》にならぬ。
 その翌日は赤坂を立って、関ヶ原あたりでお中食の後、ゆっくりと近江路へ入って越川《こしかわ》泊り、翌日、越川を立って守山《もりやま》でおひる、湖へかかって矢橋から大津まで渡《わたし》、その日のうちに京へ着くのは楽なもの。
 つまり、これから四日|乃至《ないし》五日目には京の土地が踏める、もし、さのみ京へ急ぐことがないならば、途中、近江八景をゆるゆる日程のうちへ入れるのも悪くはありません。
 そうでした、京都のこのごろは、物騒千万で怖ろしいということを聞いている。逢坂山のこちら、滋賀の海、大津の都、三井の鐘、石山の月……竹生島《ちくぶじま》の弁天様へ舟で参詣もよろしうございます。
 それとも、真直ぐに近江路へ行かずに、変った道草が食ってみたいなら、これから木曾川を船で下って、犬山上りの名古屋見物も異なものではありませんか。
 酒がさせる業か、今の身で行先の旅の楽しさに喋々《ちょうちょう》と浮れ出す女の話を聞いていると、お雪ちゃんのことが、竜之助の眼に浮んで来ました。
 こんな図々しい女に引きずられて、またも京洛《けいらく》の天地に業《ごう》を曝《さら》しに行くくらいなら、いっそ畜生谷へ落ちようとも、山を下らないのがよかった。
 なんにしても、この女も、今晩のうちに殺してしまわねばならぬ女だ。

         五十八

 しかし、その夜の明け方に、竜之助がうなされたのは、水を飲まんとして、とある山蔭を下って来た時のことであります。
 眼の前に展開する大いなる湖を見ました。その周囲の山は、いつぞやお雪ちゃんに導かれて、越中の大蓮華《だいれんげ》であるの、加賀の白山であるのと指示された、それとほぼ同様でありましたけれども、その山脚が悉《ことごと》くこの湖水の中に没していることが違います。
 山の飛騨の国を一歩だけ出で、水の美濃の国に一歩だけ入ったとは言いながら、右の夢には、これから導かれようとする京洛の天地も、東海の海もうつらずに、やっぱり山又山の中の湖水でありました。
 暁の咽喉《のど》がかわいたから、酔覚めの水を飲みたいつもりで、山を下りて、この湖辺まで来たのですが、さて、飲もうとして汀《みぎわ》に跪《ひざまず》いて見ると、その湖水の色がみんな血でありました。
「あ、これでは飲めない」
 竜之助は、差入れようとした掌を控えました。こうして改めて見渡す限りの漫々たる湖が血であることをしかと認め、そうして、これぞ世にいう血の池なるものであろうと気がつきました。
 よく地獄の底に血の池というのがあるということを聞かされていた、こいつだな。
 漫々たる血の池は、静かなものです。小皺《こじわ》ほどの波も立たず、打見たところでは真黒ですが、掌を入れてみると血だということがわかる、その血がベトベトとして生温かいものであることを感得する。
 この深紅色の面《おもて》を見渡していると、その湖一面に、ふわりと白いものが浮き出して来た。それは海月《くらげ》のような形をしているが、あんな透明なつめたいものでなく、搗《つ》きたてのお供餅のような濃厚なのが二つずつ重なったままで、ふわりふわりと次から次へ幾つともなく漂い来《きた》ります。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 山の峡《かい》や、湖面に打浸《うちひた》された山脚の山から、海嘯《つなみ》のように音が起って来ました。この音につれて、前のベトベトした搗きたてのお供餅のようなのが、一重ねずつになって無数に連絡し、湖面のいずれからともなく漂泊として漂い来るのです。手近いのに杖をさしてみると、それが意外にも人間の臀部《でんぶ》であることを知りました。しかも色の白い、肉の肥えた女の体の一部分だけが、無数にこうして漂い来るのであることを知ると、竜之助は嘲《あざけ》られたように、自分を嘲り返すことを忘れませんでした。
 その持てる杖で、ぐんぐん湖面を掻きまわすと、その杖の先について来た藻のようなもののそれが、昆布のようにどろどろになった女の黒髪であることを見て、怒ってその竹の杖を湖面に打込んだが、杖は池の底深くくぐり入って、再び現われては来ません。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
という風の音か、波の音か、それが山の峡《かい》と、山の脚との間から、絶えず襲い来るもののように聞えるけれども、その風と波とは、少しもこのところまで押寄せては来ないで、ただその真白い搗《つ》きたての餅のような一重ねのみが、深紅な湖面にベットリと浮いたまま、あとからあとから限りなく自分の眼前を過ぎて行くばかりです。
 かねて聞いたところによると、男は水に溺れた場合には腹を下にして漂うが、女というものは、それの反対の方を上にして流れるものだという、まだ自分は、それを実際に見たことはなかったが、この池に漂うすべての女は、腹と面《かお》とを見せたものは一つもなく、みんな下へ向いている。
 その疑念も久しいことではなく、ややあって、浮んでいたのも漂うていたのも、一様に水底に沈んでしまいました。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
という波の音(?)のみは消えては起り、起っては消えているが、それとても以前のように耳に襲い入るのではない。
 なんにしてもそれは徒《いたず》らに気を悪くする見世物に過ぎない、現実として裂けるほど渇いているこの咽喉を、この血の池がどうともしてくれるのではない、右を見ても、左を見ても、小川の流れらしいものも、清浄な水たまりらしいものも見えはしない、いまさし当っての仕事は、血の池地獄にからかっていることではなく、この湖畔のすべてを巡り尽してなりとも、一滴の清水を求めなければならないことだ。
 そうして、竜之助は、かなりいらいらした気持で湖畔の山脚をたどりたどり歩いて行きましたが、別段巌石の足を噛むものもなく、茨《いばら》の袖を引留むるものもない。岩々石々、みな氷白の色をなしているばかり、雪かと思ってその一片を摘んでみれば、灰のように飛んでしまい、氷かと疑って、その一塊を噛んでみると鉄より固い。
 見上げるところの高山大岳、すべて同じく氷白の色です。
 いつしか自分の身体が、いつぞやお雪ちゃんに導かれて白馬ヶ岳を登った夢の場面と同じような、白衣《びゃくえ》の装いになって、金剛杖をつき鳴らしつつ、この湖畔を歩んでいるのだが、今はもとより導いて行く人もなく、上へ登ろうとするようで登るのではなく、下ろうとするようで下るのでもなく、湖畔の山脚の高低を、徒らに巡りめぐって水を求めているのだが、求める水は一滴も見出せないのみならず、白馬を登る時に見たような、眼のさめるほどの美しい高山の植物もなければ、人なつこいかもしか[#「かもしか」に傍点]や、人を怖れない雷鳥のたぐいも出て来るのではない、生けるものといって、虫けらでさえが一つ眼に落ちて来るものはないのです。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 曲々浦汀から起る波(?)の音が、またひとしきり聞え出してきては、また納まる。その度毎に血の池の水の色が、猩紅《しょうこう》になったり、緋色《ひいろ》になったりするだけの変化はある。
 水を求めあぐねて、ついに張り裂けるばかりの咽喉《のど》を抑えて、もしやと掌を池の中へ入れてみたが、ベトベトとして餅のようにからまる水は見るからに唐紅《からくれない》、口へ持って行けば火になりそうだ。
 湖畔をめぐりめぐってついに一つの谷へ来ると、ついに堪え得ず、どっかとその岸に倒れてしまいました。倒れたけれども気性だけはしっかりしたもので、行手の谷をじっと睨《にら》みつけていると、真白いと見た谷は、いっぱいに骨で埋まっていることを知りました。
 それも、髑髏《どくろ》の形を備えた骨ででもあってくれれば、まだ多少の人間味もあろうものを、焼けつぶされて粉末に砕かれた骨ばかりをもって、岸の上から反《そ》り下ろされた満眼の谷が、すべて埋めつぶされていると見なければならない。
 ああ、こんな骨灰《こつばい》の中を、千尺掘ったからとても、清水の一滴も湧いて出ようはずはない!
 絶望|困憊《こんぱい》の極みのところに、いずれよりともなく清冷たる鈴の音が聞えました。
 これはまさしく、聴覚上の清水でありました。
 味覚の上では、いよいよかわいてめぐまれないが、聞く耳の上では清冷きわまる清水、甘露の響。それはまさしくこの谷つづきの峯の上あたりから降り来《きた》る物の音です。しかも、見上げたところの四囲の絶壁――曾《かつ》て白馬の頂で夢に見た弘法大師が、千足の草鞋《わらじ》を用意して、なお登り得なかったという越中の剣山《つるぎざん》に何十倍すると思われる連脈の上より、何という清冷なる鈴の音だろう。この一つの鈴のみが、天上より落ち来る唯一の物象であり、物心であり、妙音であり、甘露であります。
「たれか来るのだな」
 竜之助が、その峯つづきを見上げると、わけて覚円峯のようにすっきりした大巌山の上より、まさしく一箇の物があって動いて来るのを認めました。
 その高い峯の上から、絶壁を伝って通して下って来る者、しかもその者によって、この清冷なる物の音が起されていることも疑いありません。
 みるみる一点の黒いものが、その灰白の幾千万丈の巌石の間から徐々《そろそろ》と下りて来る、人だ!
 あのまた懸絶のところを、一人で降りて来る奴がある。あいつが、この鈴を鳴らしているのだ。
 驚いた命知らずだが、なんにしてもこの鈴の音はいいな、何といういい音をさせる奴だろう。
 咽喉の渇きを癒《いや》すことの代りに、耳の響によってうるおされた竜之助。その音に吸い入れられると共に、その物の影から目をはなすことではありません。
 あ、坊主だ!
 全く、命知らずの冒険とより見るほかはありません。あの清らかな鈴の音をさせつつ、あの懸崖絶壁を、ひとり、すがりつまろびつ下りて来る。その人は法師の姿であること紛れもなく、しかも、その法師の姿も人並よりはどう見てもずっと小ぶりな、痛々しい姿のものが、前に案内の者もなく、後ろに護衛のとももなく、一歩をあやまらば、この眼前にある骨灰の中へ、更に微塵《みじん》を加えて落ち込むことがわかっているところへ、徐々として下りて来ることが明らかになりました。
 竜之助は、自分の咽喉の焼けるのを忘れて、その小法師の大胆と、無智と、それより来《きた》る危険のほどを思わずにはおられません。

         五十九

 断崖絶壁から下りて来るところの小坊主の姿は、蟻のように、雪渓まで伝わって来たが、それから勾配の道をたどたどとこちらへ向いて来るのがよくわかります。清冷なる鈴の音は、いよいよ近く耳朶《じだ》について来る、心地のよいこと。
 やがて、はっきりとその姿も見られるようになる。あの高いところからでは、いかに下りでも優に一里程と見ていたのに、急ぐとはなしに、もう眼前近くその姿が見られるところまで来ていた。
 骨灰の中に、ズブズブと踝《くるぶし》まで隠してやって来る小坊主の腰で、その鈴が鳴りつづけているのです。手にはやっぱり金剛杖をついていて、背中から頭高《かしらだか》に背負いなしたものの、最初はそれを琵琶かと思いましたが、琵琶ではなくて、小法師の身にふさわしからぬ大きさを持った銀の一つの壺であります。
 竜之助と、つい雪渓一つを隔てた直前まで下り立った小坊主は、
「こんにちは……」
と言って、向うから先に言葉をかけたものですから、
「はーい」
 小法師は、谷間をまっしぐらにかけ下りて来ましたが、それを上から見ると、背中に背負った、身に応じない銀の壺に押しつぶされてでもいるようでしたが、忽《たちま》ちかけ上って竜之助の眼前に立ち上りました。
「ここに、どなたかおいでなさると思って来てみましたら、案の定……」
「わしの方でも、あの高いところから蟻のように下りて来るお前さんの姿を見つづけていましたよ」
「なかなか危ない道でございましたが、それでも御方便に、無事にこれへたどりついてまいりました」
「まあ、お休みなさい」
 竜之助も、自分の身に引比べてそれを労《いたわ》らずにはおられません。
「はい、有難うございます」
 二人は、ここで岩をはさんで相対座しましたが、小坊主がまず小首をかたげて、
「あなた様は、どちらからおいでになりましたか、どうも、あなた様を、わたくしはどちらかでお見受け申したことがあるように思われてなりません」
「そう言えば、わしもな、お前さんの声をどこかで聞いたようだ」
 二人はこう言って、また面《かお》を見合わせました。小坊主の眼もぱっちりと開いているし、竜之助の切れの長い眼も、よく冴《さ》えて見える。そのくせ、二人はどうも思いうちにあって、外に思い出せないらしい。
「たしかに、どこかでお目にかかりましたに相違ございません」
「わしもそう思うのだ」
「或いは前世でございましたかしら」
「そうさなあ……」
 竜之助は少しく勘考しました。
「わかりません」
「わからないな」
「わたしは、清澄山の弁信でございますが……」
「弁信?」
「おわかりになりませんか」
「そうさ、聞いたこともあるようだが、なんだか遠い昔のような気がする」
「生れないさきのような心持は致しませんか」
「左様、そんな気もしないではないが……」
「おたがい同士、まだ生れないさきのお友達であったのではないでしょうか」
「そうして、お前さんはいったい、こんなところへ何しに来たのだね」
 竜之助が尋ねると、弁信と呼ばれた小法師は、
「はい、血の池を見にまいりましたが、血の池はいったい、どちらにございます」
「血の池――血の池というのはついそこの、それがそうだ」
 竜之助が崖下のところを見せると、伸び上った弁信が、
「あ、あれでございますか、なるほど、まあ、何という鮮やかな色でしょう」
 竜之助が最初見た時と、今とはまた違いました。赤い色としては違わないけれども、以前は猩血のようなのが、今は緋縮緬《ひぢりめん》のように、臙脂《えんじ》のように、目のさめるほどあざやかな色をしていました。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 またしても、いやらしい波の音(?)が起ってまいりました。
 弁信法師は、またたきもせず血の池を見入っていたが、竜之助は、
「お前さんは血の池を見に来たようだが、わたしは一杯の清水が欲しい」
「それは、お安いことです」
 弁信は背中につけていた銀壺を卸して竜之助の前に置き、
「さあ召上れ、このまま口づけに召上れ――杯《さかずき》も、柄杓《ひしゃく》もござりませぬ」
「では、遠慮なく……」
 竜之助は、その銀壺を取って飲みはじめました。
「あ、腸《はらわた》にしみる、いい心持だ――何といういい心持だろう、この味は……」
「あの山の頂に、金剛水がございましたから、それを汲んで参りましたのです」
「みんな飲んでしまってもいいかね」
「よろしうございますとも、いくらお飲みになっても飲み尽すという心配はございませぬ」
「でも、みんな飲んでしまっては、お前さんがまた困るだろう」
「いいえ……」
と言いながらも、弁信は、漫々たる血の池の面ばかりを見つめています。
 竜之助は、諒解《りょうかい》を得た意味にとって、その銀壺の水を傾け尽そうとして、早くも満腹になりました。
「まだ、ある」
 さしも貪《むさぼ》り飲んだ銀壺の水が、まだ若干を余している。
 弁信は、せっかくの金剛水を、みんな飲まれてしまうことには頓着なしに、漫々たる緋縮緬の池の面ばかりを見つめている。
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 そうら、また白い搗《つ》きたての、べっとりしたお供餅のような一対ずつが、無数に現われ出して来たぞ。
「いったい、君は、血の池を見るために、わざわざあの雪峯を越えて来たのかね」
 焼けつく咽喉を全く癒《いや》しつくされた竜之助は、弁信の注視するところに向って、自分の念頭を置くようになると、
「はい、わざわざ血の池を見物に参ったのではございません、実は少々尋ねる人がございまして、もしや、この池の中に……と思ったものでございますから、それを探しにまいったようなわけでございます」
 弁信が答えますと、竜之助がそれについて、
「そうですか、誰です、そのたずねる人というのは――」
「お雪ちゃんです。もし、あの子がこの池へ落ちていやしないかと思いましてね」
「お雪ちゃん?」
「え、万々そんなことはないとは思っておりますが、それでも、あちらの道が修羅《しゅら》の巷《ちまた》で通りにくうございますから、道をまげてこちらへまいる途中でございます。もしや、お雪ちゃんらしい人を、この池の中でお見かけにはなりませんでしたか」
「君はいったい、お雪ちゃんという子を、どうして知っているのだ」
「よく知っています。あちらの修羅の巷では戦《いくさ》がはじまって、男同士が殺し合っております、おそらくあのままで置きましたら、この地上に男の種が絶えてしまうのではないかと疑われます。それにひきかえて、この池は女ばかりでございます。男はみんなああして戦って死にます、女はこうして、身投げをするのですね。ごらんなさい、あの肉体はみんな、この池へ身を投げた女人たちでございます。もしやお雪ちゃんも、そのなかの一人となっているのではないかと、そんなような気がしましたものですから……」

         六十

 その時、どちらがどうしたはずみか、中に置いた銀壺を覆《くつがえ》して、その水を地上にぶちまけてしまいました。
「あっ!」
 竜之助が、驚いてそれを引起そうとすると、弁信が、
「いいえ、かまいません」
 弁信にとっては与えるほどの水だが、竜之助にとっては、その一滴も救生の水でありましたから、さすがこの人も勿体《もったい》ないと感じたのでしょう。
「惜しい、惜しい、この水一滴あれば、人一人の命が助かるのだ」
 竜之助は倒れた壺を引起しながら、こう言うと、弁信が、
「全く水は貴いものでございます、人は食物が無くても一カ月余りも死なないでおりますが、三十六時間、水がなければ、斃《たお》れてしまいます」
「その通り――惜しいことをした、この水……」
「いいえ」
 一方がしきりに惜しがるを、一方は事もなげにしている。
「ああ、この水のあとが青くなった」
 竜之助は眼をすまして地上を見ました。いま銀の壺をひっくり返した水の流れのあとだけが骨灰の間に青くなっている。草だ、その部分だけ草が青々と生えているのだ。
 弁信は池を見ながらこう言いました、
「困ったものでございますね、あちらの谷ではいま申します通り、修羅の巷《ちまた》で人々が無制限に殺し合っているのでございますよ。その争いのもとはよくわかりませんが、なんに致せ、この世に人命ほど貴いものはないのでございます、いかなる大事も、人間の生命に価するほどの大事はなかろうはずでございますのに、ああして千万の人間の生命を犠牲にして、無制限な戦いをしておいでなさる。それからまた、こちらの谷では、道を得さえすれば、霧のように晴れてゆくはずの迷いが悟りきれないで、われと我が身をこの血の池に投げて、あたらの身を亡ぼしてしまうのでございます。ほんとうに困ったものではございませんか」
「左様――」
「みんな一つの増上慢心から起るのでございます――すべての罪のうちの罪、悪のうちの悪の源は、増上慢心でございます。この世に戦いより男子を救い、罪の淵から女人をなくするためには、何を措《お》いてもまず、この目に見えぬ一切の悪の源である増上慢心を亡ぼさなければなりません――三千人の人を殺すより、一点の増上慢心の芽ばえが悪いのでございます。あの修羅の巷の人と人との殺し合いも、この底知れない血の池の深さも、もとはといえば、その隣りの人に示す人間の誇りが、芽ばえでないということはございません。一人に誇る優越が、万人の羨《うらや》みとなり、嫉《ねた》みとなる時に、早や千業万悪の種が蒔《ま》かれたのでございます」
「いったい、人間が多過ぎるのだ」
 竜之助がやや荒っぽく言いました。
 その時またもや、山の峡《かい》と、山脚とから、
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
「でんぶ」
 波の音だけが起りはじめました。
 途端に、弁信も、竜之助も、あっ! と言って湖面を見たのは、千尋《せんじん》の断崖の一方から、今しこの湖水をめがけて、ざんぶと飛び込んだ者があります。
 申すまでもなくそれは女で、あざやかな帯と着物だけが空中に舞い、肉体は血の池深く落ち込んで、漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1-87-6]《さざなみ》をただよわせると見れば、竜之助の夢もそれで破れました。
 すべてが消えて、人里で鶏の啼《な》く音がする、と思うと、竜之助は自分の唇に焼けつくような熱を感じ、夢に見たすべては消えたのに、血の池に浮ぶ生温かいお供餅が、海月《くらげ》のようになってこの室に迷い込み、臼《うす》の如く我を圧迫するのを感じ、
「人間が多過ぎるのだ」
 いくら殺しても、斬って捨てても、あとからあとから生きうごめいて来る人間に対する憎悪心が、潮のようにこみ上げて来るのを押えることができません。

         六十一

 駒井甚三郎の無名丸《むめいまる》が今、北緯――度、東経――度あたりの海を北へ向って走っている。
 日本内地の地点からいえば、それは鹿島洋《かしまなだ》を去る遠からず、近からぬところあたりであろうと思われるが、この船の上では、陸地はいずれの眼界にも見られない。見渡す限りの青海原《あおうなばら》で、他の船の帆の影さえ一つも見えない。見えるものは、空と、雲と、水と、それから空を飛ぶ信天翁《あほうどり》と、鴎《かもめ》だけのものです。
 しかし、天気は穏かで、海は静かなものなのです。静かだといっても、時々ローリングというやつがやって来て、慣れない船客の足を悩ますことはあるが、それもその心得でさえあれば何のことはないのです。
 今、無名丸の――まだこの船には名がついていないから、これは駒井甚三郎が、田山白雲に諮《はか》って適当な名乗りを選択してもらうはずでしたが、白雲を待ちきれないうちに船が出てしまったものだから、当分は無名丸――で置くことにしました。この無名丸のメーンマストの下には、柱を囲んで幾人かの人が嬉々として語り合っているのを見ます。
 それを数えてみると、お松がいる、金椎《キンツイ》がいる、乳母が登を抱いている、茂太郎がここでも般若《はんにゃ》の面を放さないでいる、それとマストの前にはマドロス君が頑張っている。マドロス君の頭の上には三尺に四尺ぐらいの黒板が吊されてある。
 その背後にはムク犬がうずくまっている。
 まず、メーンマストの下を囲んだのは、これだけの面《かお》ぶれのようです。駒井甚三郎がいないのは、これは船長としての職務もあり、職務以外の研究もあるし、そのほか、機関方、船大工連もここには見えないのは、それぞれ手放せない仕事の方面を持っているから当然のことではあるけれども、兵部の娘がいないことは、物足りないようです――でも、それも船酔いで引籠《ひきこも》っているのだと聞いてみれば、さのみ心配はなく、とにかく、これだけが打揃ってメーンマストを囲んだというよりは、そのメーンマストにはマドロス氏が寄りかかって、頭上に黒板を吊しているのだから、マドロス君を囲んでこれらの同勢が、何か問題を授かりつつあるようにも見えます。
 事実もまたそうなのです――マドロス君は今これらの連中を前にして、学問を授けているところでありました。学問を授けるといっても、このウスノロ氏は、そう大して人の師たるに足る教養があるというわけではないことは分っていますが、マドロスがマドロスであるだけまた、前に控えた連中が、いずれも女子供としての、海の初心者であるということによって、マドロス氏に教えを乞うべきものが多々あるのはやむを得ません。
 マドロス君は今、頭上の黒板に、絵とも字ともつかない妙なものを書きました。
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[#ここで字下げ終わり]
 これだけの文字を横の方から持って行って白墨で書いて、
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ワン
ツー
スリー
フォーア
ファイヴ
シキス
セヴン
エイト
ナイン
[#ここで字下げ終わり]
 それを擂粉木《すりこぎ》のような棒で、いちいちコツコツと叩きながら一通り読み立て、
「サア、茂ツァン、読ンデミナサイ」
と言って1を指すと、茂太郎は勢いよく、
「棒!」
と大声で言いました。
「棒デアリマセン、ワンデス」
「犬も歩けば棒に当るから、ワンも棒も同じことです」
「茂ツァン、マジメニナルヨロシイ。次ニコレハ?」
 マドロス君が今度は8を指すと、茂太郎は、
「瓢箪《ひようたん》!」
「イケマセン、瓢箪チガウ、エイト、日本ノ八デス。コレハ」
 マドロスがその次に6を指すと、茂太郎は、
「鼻!」
「マタ違イマス、鼻イケマセン、シキス、日本ノ六ノ字デス。サア、皆サン、イッショニ読ミマショウ」
 かくて、マドロスの音頭で、お松も、乳母も、茂太郎も、金椎だけは別、ワン、ツー、スリー、フォーア、ファイヴ、シキス、セヴン、エイト、ナイン――
 幾度も繰返して、
「コレガ日本ノ数字、一、二、三、四、五、六、七、八、九デス、ヨク覚エナサイ」
「先生! 十がありません」
 茂太郎が叫ぶ。
「十ハコノ次デス、アシタカラデス」
「今日教えて下さい、そうしないと数が合わなくていけません」
「デハ、教エテ上ゲルヨロシイ」
といって、マドロスは黒板の上に、
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10[#「10」は縦中横]
[#ここで字下げ終わり]
を書いて、
「テン」
「テン――十はテンですか、棒と球ですね」
 茂太郎の首には小さな石盤があります。般若《はんにゃ》の面を頭の上へあげると共に、その石盤を胸におろして、黒板の文字をうつしとりながら、
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棒だと思えば一
棒に当ればワン
の一と書けば二
二はツー、ツー、ツー
るの字の頭をちょっと曲げると三
三はスリ
巾着切り、かっぱらい
挟箱《はさみばこ》だと思うと違います
4は四の字でございます
フォーア、フォーア、フォーア
ふかしたてのお饅頭《まんじゅう》、フォア、フォア、フォア
五の字は人の面《かお》
6は鼻です
7は鍵
8は瓢箪《ひょうたん》ポックリコ
[#ここで字下げ終わり]
 茂太郎はこんな出鱈目《でたらめ》の下に、文字を書き且つ習いつつあったが、
「さあ、皆さんがよく御勉強をなさいましたから、今日はこれでお休みの時間にして上げます、お休みの時間には、わたくしが踊りをおどってごらんに入れます」
 先生を圧迫して、自分が放課を宣告し、右の手を差す手、引く手にして足踏みおかしくはじめると、乳母の膝なる登が笑いました。
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登様が笑いました
登様が笑いました
登様が御機嫌よく笑いました
わたしの踊りを見て笑いました
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 茂太郎はこう言って、今度は頭の上にのせておいた般若の面を顔へおろして、登の前へ出す。登がイヤイヤと言って泣き出しそうになる。
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ああ、登様が泣きます
泣きます――
ではよしましょう
別のを踊りましょう
[#ここで字下げ終わり]
と口拍子で言いながら、般若の面を小脇に抱え直し、
「マドロスさん、ハーモニカを吹いて下さい、わたしが踊ります、でなければフリュートをつき合って下さい、越後獅子を踊りましょうか、さあ皆さん、越後獅子を踊りますよ」
 ウスノロのマドロス君は、茂太郎に引廻されて、訓導の任をおっぽり出して、越後獅子を吹かせられることになり、甲板の前は大陽気です。
 茂太郎独特の越後獅子と、怪しげなマドロス君の吹奏が終ると、今度は先生が一倍嬉しくなってしまい、笛をおっぽり出して、茂太郎の手をとり、ダンスをはじめてしまいました。
 見物は大よろこびです。
 お松も笑いながら見ていましたが、いいかげんにして、ひとり船首の方へ歩いて行きましたが、横振りを手すりにつかまって避けながら、いい気持で海を眺めながら、デッキを渡って来て見ると、そこに船長室が見えて、駒井が熱心に何か仕事をしているのが見られます。

         六十二

 船長室のデスクの上で、駒井甚三郎が一心に見つめているのは海図であるらしい。
 駒井は海図を見つめた目をはなして、海を眺めようとして、その近いところに人の彳《たたず》むのを見ました。その人はここまで来たけれども、駒井の熱心な研究ぶりに遠慮をして彳んでいたもののようです。そこで、駒井が窓を開いて言葉をかけました、
「お松さん、お入りなさい」
「お邪魔にはなりませんか」
「かまいません」
「でも、毎日、天気がよろしくて何よりでございます」
「全くそれが何よりです、この分では、目的地の石巻へ遅くも三日の後には着きます」
「左様でございますか、今はどの辺の海にいるのでございましょうね」
 この時は、お松はもう船長室に入っていて、デスクの右の方の椅子へ腰をかけしめられていたのです。
「この図面をごらんなさい」
 駒井は自分が今まで熱心に見ていた海図であろうところのものを、お松の前にさしつけました。
 駒井は自分の研究事項に対しては、その人をさえ得れば非常に親切な開放心を持っていて、素人《しろうと》に向っても諄々《じゅんじゅん》として説くことを厭《いと》わない気風を持っている。そこで、お松の前に海図がつきつけられたけれど、ただそれだけでは、当人が当惑しているのを見てとって、言葉を添えました、
「これは海図といって、海の道を写したものです。陸地には地図とか、絵図とかいうものがありましょう、それと同じことに、海にも海図というものがあって、航海者のたよりとなっているのです。ごらんなさい……こっちが陸で、こっちが海です。そうして我々のこの船は今、海の中の、ちょうどこの辺のところを走っているのです」
 駒井は指で、海図の上のある一端を指摘しました。
「左様でございますか」
 指差されたところを注視したけれど、お松としては、やはり茫洋《ぼうよう》たる海の中に置かれたと同様な心持で、さっぱり観念を得ることができないから、
「こんなに陸に近いのでございますか。それでも、ここにいますと、どちらを見ても陸地は少しも見えないではございませんか」
「全くその通りです、地図で見れば、ちょうどこの船のあるところは、磐城平《いわきだいら》に近い塩屋崎というところの沖に当りますが、ここにいては東西南北みんな海で陸地は見えません、またなるべく陸地の見えないようにと船をやっているのです。もっと近く陸地の見えるところを通れば通れるのですが、わざと見えないように船をやっているというわけはわかりますか。それは第一この船長が航海に慣れないのと、陸地からなるべく船の形を認められないようにとの用心のためなのですよ」
 駒井は噛《か》んで含めるように説明はするのだが、お松には、その親切はわかっても、意味はよく呑込めないのです。
「それでも、なるべく陸地に近いところをお通りなさる方が安心ではございませんか、万一の時にも――」
「それは、やはり素人《しろうと》考えなのです、船は沖にいるほど安心で、陸へ近づくほどあぶないものです。素人は陸地が見えさえすればやれ安心と思い、少々は無理をしても早く港入りをしたいように焦《あせ》るけれども、実はそれが最もあぶないのです。海路の案内を充分に心得た人なら、陸に近いところを通ってもいいが、我々のような駈出しの船長はなるべく陸に遠いところを通っているのが無事なのです。ですから、こうして毎日陸の見えないところばかりを通っていますが、それでもいま言った鹿島、磐城の海岸からさして遠くはないのです。それともう一つの理由はね、普通の和船ならばとにかく――この船は少し洋風の形が変っていますから、陸上で見咎《みとが》められると困ることがあります。あちらの常陸《ひたち》は水戸家の領で、あの辺では、外国船と見ると一も二もなく打ちはらってしまえということになっている、水戸に限ったことはない、異形《いぎょう》の船が通ると見れば、どこの藩でも注意していて、手に合わないと見れば、伝馬で駅次に報告するからあぶない。よって我々はこの船を、それらの人の注意をそらすためにも、わざわざ遠くを走らせているのです」
 小骨を抜いてお肴《さかな》を食べさせるような説明ぶりですから、お松もなるほどと感じ入っていると、駒井がつづいて、
「ですが、これが仙台領へ入ると安心なわけがあります。石巻の木野という人が、仙台の船を預かっていて、あれは、わたしと同学だから、仙台領へ行くまでに故障を起しさえしなければ占めたものです、この分なら、申し分なく目的を遂げられることと思う」
 こう言って、駒井は片手を伸ばして、座右にあった遠眼鏡を取りあげ、
「これでひとつ見てごらんなさい、雲だと見えるところに陸があるかも知れません、あの鳥は知っていましょう、茂太郎がお馴染《なじみ》のアルバトロスというやつです」
と、お松の前にその遠眼鏡をつきつけました。

         六十三

「大へん近く見えますこと、あのアルバトロスなんぞも……それにしても、どこもかしこもみんな海でございます、海というものはこうも広いものでございましょうか」
「それは広いですとも、世界の陸地をみんな合わせても、海の広さに遥かに及ばない」
「全く見とおしがつきません、遠眼鏡で見てさえこれなんでございますもの」
「どうして、遠眼鏡を知らないものは信用を置き過ぎて、江戸の築地の異人館の楼上で、アメリカやオロシャが見えるなんぞと言うが、そんなものではない」
「やはり、どちらを見ても海でございます」
 先刻、磐城平に近い塩屋崎の方面だと海図で教えられた方向を眺めても、やっぱり山の形は見えないようです。見えるとすれば、この間を隔たる幾日かの前後に、田山白雲を※[#「彳+低のつくり」、第3水準1-84-31]徊《ていかい》顧望せしめた、勿来《なこそ》、平潟《ひらかた》のあたりの雲煙が見えなければならないはずだが、
「今までは、陸地でばっかり海を見ましたから、海の本当の姿がわかりませんでしたが、こうして海の真中にいて見ますと、海というものが、どのくらい広いものだか、幅も底も知れないということがわかります」
 お松がこう言いながら、その無制限に広い海の姿を、遠眼鏡をとおして見ることの興味にいよいよ熱中している。そこで駒井は言いました、
「それは広い、日本内地でも武蔵野の真中に立つと、ちょっと茫々たる感じがして、古人も、月の入るべき山もなし、なんぞと歌いましたが、それでも武蔵野を一日歩けば、どこかの山へ突きあたりますよ。ところが海となると、二日や、三日や、一月や、半年、こうして歩いても突き当るところがないのです」
「海の広さは、陸地のおおよそ何倍ぐらいあるのでございます」
「それは三倍以上あります」
「それでは、この海いっぱいになって、海の洪水が出て来た時は、陸地がみんな沈んでしまいはしないでしょうか」
「いや、そんな心配はありません」
「でも、陸地の河という河は、みんな海に出るのではございませんか、それが世界中に雨が降りつづいた時なんぞは、いつ海がいっぱいになるかわかりません」
「いや、川は溢《あふ》れるということがあるが、海には溢れるということはないのです。水という水がみんな海へ集まるにしても、またこの広い海の表を、この太陽が絶えず照らして、水を蒸発させてしまいます。つまり、あの洗濯物を竿にかけて置くと、いつのまにか水気がなくなってしまいましょう、あの通り、この太陽の光が海の表から絶えず水を吸いあげていますから、決して海は溢れるということはありません」
「では、その吸い上げた海の水分はどうなりますか」
「それはまた雲となり、霧となり、雨となって、下に落ちて海へ戻って来ます。つまり、そういうふうにして循環しているから、海が溢れて、陸地が沈んでしまうなんていうことはない」
「よくしたものでございますねえ」
「今度は海ばかり見ないで、雲を少しごらんなさい」
 駒井はお松に向って遠眼鏡を天上に向けることをすすめましたが、お松はそれに従わないで、
「あれ――舟が見えました、はじめて、あれは舟ではございますまいか」
「舟! どんな形をしています」
「たしか舟だろうと思いますが、見慣れた日本の舟の形をしています、黒船ではございません」
「どれ――」
 駒井は、お松の手から遠眼鏡を受取って、
「なるほど、舟にはちがいない」
「ね、舟でございましょう」
「舟だ――お前の見た通り和船だ、漁師船だな、鰹《かつお》でも釣りに出たのだろう……あ、面白いぞ、面白いぞ、お松さんごらん、すてきなものが出て来ましたぞ」
「何でございますか」
「まあ、ごらん、いま見た舟よりずっと南の方を」
「南はどちらでございますか」
「右の手の方が南です、そら、あの辺をごらん」
と言って、再び駒井はお松に遠眼鏡を手渡しました。
 指さされた方を一心に見ていたお松は、
「あ、黒船がまいりました」
「黒船ではないよ」
「いいえ、黒船でございます、間違いなく」
「船ではないのだ、あれが鯨というものだ」
「まあ、あれが鯨でございますか――大きな魚もあればあるものでございますねえ」
「鯨によっては身長百尺というのがあるそうだから、ちょうどこの船と同じぐらいのやつがあるはずです」
「奈良の大仏さまよりも大きいということを話に聞きましたけれども、生きたのをはじめて見ました。あれ、まだあとからも続いて参ります」
 遠眼鏡は、もうお松の占有に帰して、いつ離されるかわからない時、
「サラ、ホイノホイノホイ」
 不意に、一種異様なる鼻唄の聞え出したのは、例の茂太郎の出鱈目《でたらめ》ではなく、マドロス君がマドロス服で、おかしい節をつけながら、海の中から錘《おもり》をひきあげているのです。
 数学の教授終り、茂太郎と社交ダンスの時間も切れ、今はこうして職業にいそしんでいるものらしい。
「おい、マドロス君!」
と駒井が声高く呼び立てると、けげんな面《かお》をしてこっちを眺めながら、錘をたぐり上げている。
「鯨が出たよ、ホエール、ホエール」
「ホエール」
 マドロスは、故郷の友達でもやって来たような晴々しい面色になる。
「ハズカム、ホエール、ハズカム」
「鯨、鯨、鯨が出たってさ!」
 いつしか茂太郎の人寄せ声が甲板でけたたましい。

         六十四

 と見れば百メートルのところに、思いもよらず押寄せていた抹香鯨《まっこうくじら》、それは十間以上十五間はあろうところの一団が、しおを吹いて南へ向って行くのです。
「ワン」
 その声は茂太郎の声。思いがけないところから起ったので、見上げるとマストの中程に上っていました。
「ツー、スリー、フォーア、ファイヴ、シキス、セヴン、エイト、ナイン……」
 ここでとぎれて、暫くして、
「みんなで九つであります、九頭の鯨が押寄せたのであります、素敵! 素敵! 田山先生に描かせたいものだなあ」
 多分この計算は間違いないでしょう、高いところにいて、ことに物を見る目の敏《さと》い茂太郎の勘定ですから、報告にあやまりないものと見てよろしかろうと思います。
 九頭の鯨が、悠々《ゆうゆう》として大洋を乗りきって行く壮観は、無名丸の船中を総出にして、手を拍《う》たせ、眼をすまさせました。
 日本沿岸の太平洋も、この頃はまだ捕鯨船の圧迫が烈しくなかったから、海のすべてを警戒しながら海を渡るの必要はなく、たまたまここに現われた、ほぼ自分たちと同形の無名丸の一隻の如きは、ほとんど眼中になく、ために鯨と船とが舷々相摩《げんげんあいま》する形になって、南へそれて行くのがすばらしいものでした。もしこの船が鯨と同じ方向に、その中に挟まれて鯨の行く通りに遊弋《ゆうよく》することができたら、なお一層の愉快だと感ぜしめずにはおきません。
 その時、またマストの上に声がある、
「皆さん、海の方ばかりごらんなさらずに陸の方もごらんなさい」
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ああ、七兵衛おやじが
かけるわ、かけるわ!
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 茂太郎が叫び立てるから下で、
「茂ちゃん、見えもしないくせに、人を驚かせちゃいけませんよ」
「でも……」
 茂太郎は頓着なしに、仰々しく叫び立てています。

[#ここから2字下げ]
七兵衛おやじが
かけるわ、かけるわ
矢のようにかけて
勿来《なこそ》の関を通りぬけた
おやじはどこへ行くつもりで
あんなに道を急いでいるのか
それは言わずと知れた
陸前の石巻へ向けて
この無名丸と
かけっこをしようというのです

つまり、無名丸が先に
陸前の石巻に着くか
七兵衛おやじが先に
同じところへ着いて待ってるか
その二つのうちの
いずれかの一つなのだ
だが、船には
天候というものがある
それからまた
七兵衛おやじは七兵衛おやじで
田山先生を見つけなければならぬ義務がある

七兵衛おやじは
どうかして田山先生を
見つけ出して
一緒に石巻へ
連れて行ってあげたいと思います

だけれども
田山先生のあとを追うのは
白雲を掴むようなものですから
首尾よく見つけ出したらお慰み……
ヒュー
[#ここで字下げ終わり]

 ここまで歌い来《きた》った茂太郎が、急に歌をやめて、ヒューと口笛を一つ鳴らしました。
 いつか茂太郎の手に、一つの海鳥が抱かれていました。
「マドロスさん、こりゃ何だい、この鳥は何だか知っているかい、アルバトロスの雛《ひな》じゃあるまいね」
「海猫《うみねこ》!」
と高く叫んだのは、マドロスの声ではありませんでした。

         六十五

 駒井甚三郎は今、お松に於て、最もよき秘書を兼ねての助手を得ました。
 その前後から、お松は船長附専務のようになって、絶えず駒井のために働き、また同時に自分を教育することになったのは、どちらにとっても幸いです。
 この子は、お君女のように感傷に落ちるところがなく、兵部の娘のようにだらしのない空想家とも違い、聡明であって、そうして教養があって、理解が深くて、同情心にも富んでいるという得易《えやす》からぬ徳を備えておりました。
 海を走りながら、海についての知識だけではなく、駒井は折にふれての見聞と感想とを、或る時は断片的に、或る時はまた論述的に、お松を相手に説いて聞かせるのであります。
 お松にとっては、それを聞くことが、何物よりも自分を教育することになると共に、駒井甚三郎その人の理想と人格とを理解するに最もよき機会でありました。
 お松は駒井能登守の時代から、この人を尊敬すべき人格者とは信じていたけれども、その内容の価値に至っては審《つまびら》かにせず、ただ、品位あるが故に、地位高きがために、態度高尚なるが故に、人に対して親切であるが故に、感化せられていたようなものでしたけれども、ここに至って、駒井その人の遠大なる理想と、豊富なる学識というものに接してみると、また異った尊敬をこの人の上に置かねばならないし、同時に自分というものの世界もまた、曾《かつ》てなかった眼界を開かれて行くということを感ぜずにはおられません。
 船長室には種々の掛図や機具があるほかに、最も大きなる世界の地図が掲げてあります。
 話題のついでにはいつもこの世界地図が有力なくさびを成さないということはありません。
 今も駒井はこの地図に就いて、お松に向ってこんなことを話しているのです、
「年々人は殖《ふ》えてゆきます、陸地は少しも殖えません、今はまだ世界に空地がいくらもありますけれど、人間の殖える勢いはすばらしいものだから、いつか土地の争いが起るにきまっている、国と国との争いというものも、つまりはそこから起るのです。我々はどうかして戦争のない国へ行きたい、いや、どうかして戦争のない国を作りたいものです」
「本当でございます、相助けて行かなければならないはずの人間が、殺し合うなんてどう考えてもいいことではありません」
「いい事ではないが、弱くしていると国をとられてしまうから、勢い強くならなければならん、それがために、国はいつも戦争の準備をしていなければならないのです。今、日本が乱れかかっているのも、やはり、外国のために取られはしないか、取られてはならない、という心配が基なのです」
「外国というものは、みんなそう人の国ばかり取りたがるものでございましょうかねえ」
「いや、外国人だとて、好んで人の国を取りたがるわけではなかろうが、未開の国を通って歩いて、それを開いて自分のものにしようとするのは人情の自然ですからね。すると土着の人がそれを好まないで、敵対の色を現わすのも人情だから、そこで、戦争とか、侵略とかいうものが始まるのです。日本も今、その手にかかろうとしているが、日本は日本として決して野蛮国でも、未開国でもない、ただ暫く国として眠っていたばかりなのですから、そうやすやすと外国人の手には乗りません」
「日本が取られてしまうようなことはございますまいね」
「そんなことはない、日本は二千五百年来鍛えられている国だから、取られるようなことはないが、しかし無用の争いはしたくないものだ、無用の争いをする暇を以て、新天地を開拓することにしたいものだ、世界は狭いとはいえ、まだまだ至るところに沃野《よくや》が待っている」
「けれども、殿様、このお船だけで知らぬ外国へ行けば、かえってわたしたちが、その土地の人に殺されてしまうようなことはございますまいか」
「それはね、我々が大砲をのせたり、軍艦に乗ったりして行けば、先方でも驚いて警戒するだろうが、こうして漂いつけば、かえって渡る世間に鬼はなしという道理で、鬼ヶ島へ漂いついたにしたところが珍しがってくれるだろうと思う。もし、また、全く人のいないところへ着けば、そこに鍬《くわ》を下ろしはじめて、我々が開国の先祖となって働くのじゃ」
「それはいいお考えでございます、どうかして嫌われない土地か、人のいない島へ着きたいものでございますが、もし日本のように尊王攘夷で、外国の人と見れば打ち払えという国へ着いては大変でございます」
「いや、日本人だって、そう無茶に外国人を打ち払いはしない、外国と交際をしない国になっているところへ、先方が、軍艦や大砲で来るから、一時混乱しているまでのことだ。尋常に来た漂流船には、食料や水を与えていたわって帰すことになっている。だから我々は、軍艦や大砲の代りに、鍬と鋤《すき》を持って行くつもりです」
と言って、駒井甚三郎は、世界地図の西半球の部分の、大きな二つの陸地続きを鞭で指し示して言いました、
「これが北|亜米利加《アメリカ》と、南亜米利加とです。今、日本人がメリケンといって怖れている国。嘉永六年にはじめて浦賀の港へやって来て、日本中の眠りをさましましたペルリという海軍大将は、この国の、この部分から来たのですが、日本よりずっと国は新しいくせに、ずんずん開けています。それに引きかえて、この南亜米利加の方は存外開けないのです。南|亜米利加《アメリカ》も土地は肥え、気候もいいのだが、北アメリカがずんずん開けるのに、南がそのわりでないのは、一方は剣や大砲でおどかしたおかげであり、一方は鋤《すき》と鍬《くわ》を持って行って開いたからです。つまり今日のメリケンすなわち北アメリカという国を開いたのは、剣と鉄砲の力ではなく、鋤と鍬との力なのです。剣をもって開いた土地は剣で亡びると言います、それに反して、鋤と鍬で開いた土地は、永久の宝を開くわけですからね。私たちは国を開くのに、なるべく剣と鉄砲とを避けなければならないと思います」
 駒井の弁は熱を帯びて、その理想を説くのは、ただにお松を相手にしているのみとは思われません。

         六十六

「剣をもって国を取りに行くのは、戦争の種を蒔《ま》きに行くようなものですけれど、鍬をもって土地を拓《ひら》きに行くのは、平和の実を収穫《とりいれ》に行くのと同じです。たとえば……」
 駒井は、前途の洋々たる海面を油断なく見渡しながら、諄々《じゅんじゅん》として語るには、
「今より約三百年の昔、ヨーロッパの西班牙《スペイン》という国で、最初にこのアメリカを見つけてから、コルテツとか、ピザロとかいう豪傑が押しかけて行ったのですが、これが土地を拓くつもりではなく、全く掠奪のつもりで行きました。掠奪に伴うものは虐殺でしてね、コルテツなんていう男は全くの無学に加うるに六十一歳という年であって、僅かに百八十人の人と、二十五頭の馬を持って行って、この南アメリカの秘魯《ペリウ》という国に侵入してその国を亡ぼし、その宝をみんな奪ってしまったのです。そうして西班牙では五十年間に数億の財宝を奪い、四千万の土人を殺したというから、驚くではありませんか」
「四千万て、たいした人数でございましょうね」
「口でこそ四千万だが、今の日本の国の老幼男女のすべてを合わせても四千万にはなりません。そのほかに生捕って来て奴隷に売った数はいくらあるか知れません。そういうことをして荒したのですから、この土地も拓けません、本国も悪銭身につかずで、決して栄えはしなかったのです。ところが、この北の方へやって来た人間は、最初からして種がちがいました、掠奪と虐殺を目的としてやって来たのではなかったのです」
 駒井が鞭で指し示したところは、今の北米のケープコッドの、プロビンス・タウンからプリモスのあたりであります。
「西洋の紀元でいえば千六百二十年、日本でいうと元和六年の頃でしたね、もう豊臣家は全く亡びて、徳川家の治世になっていた時分です、こちらの欧羅巴《ヨーロッパ》のイギリスという国からたった一艘《いっそう》の船が、この大陸の岸につきました、この辺がその上陸点のプリモスというところです」
 お松は駒井の指す鞭の頭から眼をはなさず、そうして、よく噂にきくイギリスという国が、こんな小さな島国かということを訝《いぶか》りながら、そこから渡って来た人のあるという大陸の、とても大きいことの比較を見比べていると、駒井はいよいよ調子よく、
「このイギリスから、その時、メー・フラワーという小さな一艘の船――小さいといっても、これよりは大きいですが、無論その時は蒸気はなくて帆前船でした、それに百人余りの人が乗って、この大西洋という大海原を六十日余りで乗りきってここへ着いたのです。その船の乗組の人は前にも言ったように掠奪と虐殺とを目的に来たのではなく、自分たちが信ずるお宗旨を自由に信じたいためだったのですね。どこにもお宗旨争いというものはあるものでしてね、イギリスにいて、自分たちの信ずる教えを正直に信じて、まじめに働いていると圧制があるものだから、そこで、堅い決心をもってこの国に来て、無人の土地を拓《ひら》こうとしたのです。自分たちが、政府や、郷国人から圧制を受けず、正直に信じ、まじめに働きたい目的からこの土地へやって来たものです。ですから、その人たちはみんな正直な、小さなお百姓、小さな商人などであって、軍《いくさ》の上手な人や、人の財を奪う野心家はなかったのです。そこで彼等は非常な刻苦勉強をして、このプリモスという附近に鍬を下ろして、自分たちの食物を正直に自分たちの汗で得ることから出立しました。そういうところに、今日のメリケンの国の強さがあるのです。その国の子孫であるペルリという人が、日本へ来るのに夥《おびただ》しい軍艦と兵隊とをつれて来たということは少し変ですが、とにかく、その国の起りは南の方とちがって、剣ではなく、鍬であったというわけであり、そうして今日になって見ると、掠奪とか虐殺が成功しているか、鍬と労働が成功しているかの実例が、太陽の如く明瞭に示されているというわけです」

         六十七

 兵部の娘だけが出て来ないのは、船酔いということだけではないようです。
 それは階下の船室に寝ていることは寝ているが、常の船酔いがするようにそんなに苦しがっていないくせに、この一室にのみ引籠《ひきこも》って、食堂へも、甲板へも、ほとんど出て来ることはないのです。乗組の人が時々見舞には来ますけれども、それともあまり親しみを取らないようだから、自然、見舞に来る者も少なくなっていますから、ほとんど独《ひと》りぽっちのようなものです。
 実のところ、この娘は少し拗《す》ね気味なのであります。最初から船酔いばかりではなく、拗ねて人並にならない原因は、どうもお松が来てから後にはじまっているようです。ことに船に乗込んでから、一層それが船酔いにからんできたもののようです。
 お松のみが駒井に信用されて、自分が虐待を蒙《こうむ》るという次第になったというわけではないが、お松の方が、駒井の左右には最も適しているところから、兵部の娘の御機嫌が悪くなったのでありましょう。
 そうして、船室に引籠ってみると、誰とてこの娘の御機嫌ばかり取ってはおられないのです。それぞれ持分もあり、仕事もある。ことに駒井などは、船長として、寝る間も油断ができない地位にいるから、このやんちゃ娘のお見舞などが御無沙汰《ごぶさた》がちになるのは無理もないことで、他の乗組とてもこの娘を邪魔物にする人は一人もいないけれども、そうそうかしずいてはおられないのみならず、甲板の上の海上の空気が、またなく人を快活にするものですから、茂太郎でさえ、この娘の方よりは、甲板と、マストと、帆と、ダンスとに親しみが深くなって、もゆる子の病床に来ることは、ホンの思い出した時ばっかりというようなことになったのが、この娘の船酔いをいよいよこじらしてしまったもののようです。
 ところが、ひとりこうしてわれと我が身を拗《す》ねて、他の者からそうでもない冷遇を受けているとひが[#「ひが」に傍点]んでいる娘のところへ、忘れずにしげしげと見舞に来たり、以前よりはいっそう親切に世話をしたりしに来る一人の頼もしい男がありました。
 その、たった一人の頼もしい男というのはほかではありません、それはウスノロ氏のマドロス君であります。マドロス君は仕事の合間合間には、必ずこの娘のところへ来て、御機嫌を取ったり、御馳走を持って来てくれたり、また暇な時には、歌を唄ったり、手ごしらえの変った楽器を鳴らしたりして慰めてくれるのです。
 兵部の娘は、このマドロス君を、最初からウスノロだとは認めきっている。現にこのウスノロのために、自分があられもない辱《はずかし》め(?)を蒙った苦い体験があるに拘《かかわ》らず、本来そんなにこの先生を憎んではいないのです。もゆる子という娘は、性質が悪くひねくれているわけではないが、どこか厳粛なる貞操観念――とでもいったようなものが欠けているらしい。
 それは病気のせいか、境遇のためか知らないが、深刻に物を憎み切るということができないようです。ウスノロに無体な襲撃を受けた時も必死になって抵抗もし、のがれようともしたけれども、その罪を問う段になると、存外寛容で、男として性慾に悩まされるのは、あながち無理もない、生立ちの相違で、品がよく見えたり、見えなかったりするまでのことで、性慾に対する男の執着というものは誰も同じようなものだ、大目に見てやってもいい――というような観念を自分から表白してしまって、駒井甚三郎あたりのせっかくの厳粛なる制裁心を鈍らせてしまうことになる。
 本来ならば、マドロスに対しても、従来受けた仕打ちからいって、いやな奴、助平な奴、危険な奴として擯斥《ひんせき》すべきはずなのに、その後は忘れたように寛大な待遇をしているのですから、この際の病床を慰めに来てくれる唯一の友人として、マドロスを拒《こば》む模様はありません。
 マドロス君は世界の国々を渡り歩いているために、変った唄を数多く知っている。それから、何かと変った楽器を弄《ろう》することを心得ているのもこの男の一得です。もとより渡り者のマドロス上りだから、高尚な音楽の趣味があるはずはないけれども、粗野と、低調ながら、異国情調を漂わせて見せるだけは本物です。
 これがもゆる子の拗《す》ねた病床を大いによろこばせました。この娘のよろこびをもって、マドロス君がまたウスノロの本色を現わして、相好《そうごう》をくずしました。
 おかしなもので、こうして二人がようやく熟して行くのです。拗ねた病床に於てのもゆる子は、マドロスが早く来てくれないことを待遠しがるようになり、マドロスはまたもゆる子の病床を訪う仕事の合間を見つけると脱兎の如く、この拗ねた病室へやって来るという有様でした。
 駒井が船橋《ブリッジ》の上で、お松を相手に熱心に植民を説いている時分、マドロスは料理場から金椎《キンツイ》が得意の腕を振《ふる》ってこしらえた大きな真白いお饅頭《まんじゅう》を五つばかり貰って、それを抱えると、もゆる子の拗ねた病室へ飛び込んで行きました。
「もゆるサン、アナタ饅頭ヲ食ベルヨロシイ」
「どうも有難う」
「金椎サン、料理ウマイ、コノオ饅頭マタトクベツ旨《うま》イ」
「ほんとにおいしそうですね」
「色ガ白イ」
「ほんと」
「ヨク、フクレテイル」
「ほんとに、ふっくりしています、日本のお饅頭よりもおいしそうね」
「見カケモヨイ、中身モヨイ、ウマイデス、アナタ半分食ベルヨロシイ、ワタシ半分ズツタベマス」
といって、マドロスは饅頭の皮を剥いて、ふっくりしたのを二つに割る。
「サア、オアガリ、オイシイ」
「有難う、ほんとにふっくりして、おいしそうなこと」
「オ饅頭、支那ガ本場アリマス、金椎サン上手、オイシイコト請合イ」
 かくて二人は、ふっくりしたお饅頭を二つに割って、半分ずつ旨そうに食べている。
「モウ一ツオ食ベナサイ、オ嬢サン」
「ええ、いただきましょう」
「ワタシオ相伴スル、嬉シイ」
 また、色の白いふっくりしたお饅頭を、二つに割って、半分ずつ、ふたりなかよく夢中で食べ合っている。
「もゆる子サン、モウ一ツ食ベマショ」
「もう、わたしたくさん」
「モウ一ツ食ベナサルコトヨロシイ、残レバワタシ食ベル」
「では、もう一つ割って――みて下さい」
 マドロスは、三つ目の色の白いふっくりしたお饅頭を割って、またも半分ずつ二人で仲よく食べようとすると、入口のところで、いきなり、
「マドロスさん、どこにいるかと思ったら、こんなところに――やあ、お嬢さんと二人で旨《うま》そうなお饅頭を食べていやがらあ、隠れて自分たちばかり、おいしいお饅頭を食べるなんて罪だぜ」
 遠慮なく大きな声をして、二人をびっくりさせるのは、清澄の茂太郎でありました。

         六十八

 船を送り出して、自分ひとりは田山白雲のあとを追って陸路をとった七兵衛は、難なく九十九里の浜を突破して、香取、鹿島に着きました。
 たずぬる人の行方《ゆくえ》は、漠然たるようで、実はなかなか掴まえどころがありました。香取でも、鹿島でも、足あとを手繰ってみると、まさしく、それらしい人の当りのつかないというところはありません。それというのは、一つは天性盗癖ある者は、同時に機敏な探偵眼をも備えていて、七兵衛の追い方とたずね方が要領を得ていたせいかも知れないが、もう一つは、白雲そのものの人品骨柄が、目立たざるを得ない特徴が物を言い、到るところで、
「その武者修行のお方なら、かくかくで、これこれのところへおいでになりましたのが、それに違いごんすまい」
 画家という者はなく、武者修行の剣客とのみ見られている。事実また当人も画家と言わず、剣術修行を標榜して渡って来たのかとも思われる。そこで七兵衛は、上手な猟犬が獲物を追うと同じことで、あとをたどりたどり、臭いをかぎかぎ、ついに勿来《なこそ》の関まで来てしまいました。
 勿来の関へ来てみたところで、七兵衛には、白雲のような史的回顧も、詩的感傷も起らないのだが、それでも、ここが有名な古関の跡と聞いてみると一服する気になって、松の根方へ腰を下ろして煙草をのみはじめたものです。
 そうしていると、白雲ほどの内容ある感傷は起さなかったが、ただなんとなく、人間も楽はできないものだとしみじみおもわせられました。
 現に駒井の殿様なんぞが、あれだけの器量と、学問と、門閥とを持ちながら、江戸にも甲州にもおられずに、あの房州の辺鄙《へんぴ》にひとり研究をしていらっしゃる、そのことすらも邪魔をされて、結局日本の土地にいつかれないのだ、ということを考えさせられてみると、自分たちの如きが世間を狭くするのも、やむを得ないことだが、また、前途の新しい生涯のことを考えると勇みをなさないではおられません。
 駒井の殿様は、船で海外のいずれにか新天地を開きなさるについては、どうしても百姓からはじめなければならぬ、それには万事お前に頼む、お前の指図によって、自分も痩腕《やせうで》で農業を覚えるのだ、お前に農業を仕込んでもらうことが、わしの事業の第一歩の学問だからよろしく頼む、と言われた。
 どうも、有難いやら、勿体《もったい》ないやら、たまらない気持がした。なにも駒井の殿様が農業をなさるからといって、そんなに有難い、勿体ないはずはないのだが、天子様でさえも、百姓を大御宝《おおみたから》とおっしゃって、御自分も鍬《くわ》をとって儀式をなさる例もあると聞いていたのだから、駒井の殿様に限って、それを勿体ながるはずはないが、それでもなんだか、自分が尊くも勇ましくも感じて、涙がこぼれるほどであったのだ、自慢ではないが百姓ならば本業で、武蔵野の原で鍛えた腕に覚えがある、内職の方の興味と宿業が、ついつい今日までの深みにはまらせてしまったのだが、自分は本来、百姓が好きなのだ、好きな百姓を好きなように稼げない運命のほどが、自分の曲った内職を助長する結果になってしまったのだが、これから誰|憚《はばか》らず本職に立戻れる愉快。
 駒井の殿様から頼まれて、農具の類《たぐい》もあとから買い集めて船へ積込んで置いたが、なお不足の部分は石巻へ行って買い足すことにしてある――種物類も、得られるだけは集めておいたが、なお奥州辺には変った良種があるだろう、この途中でもその辺を心がけておきたいもの。
 そういうことを考えて、七兵衛は腰を上げて、勿来の関を下って聞いてみると、ここで田山白雲の影がいっそう鮮かになってしまいました。
 今までは武者修行の、剣客の類であろうとのみ見られていたのが、ここでは明らかに絵師としての記憶に残っていて、その人を現に小名浜の網旦那の許まで送り込んだという現証人さえある。七兵衛は直ちに小名浜の網旦那をたずねてみると、なおいっそう明快にその消息がわかりました。
 ここに逗留すること二日、山形の奇士と会して共に北上したということを聞いて、そのあとを追ったが、それから先が茫としてわからなくなりました。
 七兵衛は、提灯《ちょうちん》が消える前に一度パッと明るくなるような感じがしました。小名浜でハッキリしたものが、平《たいら》へ来るとさっぱりわからなくなってしまったのです。
 それというのは、小名浜までは白雲先生一人旅であったが、あれから道づれが出来たことになっている。一人旅としての目的は陸前の松島へ行くことに間違いなかったが、二人連れとなってから誘惑を蒙《こうむ》ったものらしい。そうしてその一人の奇士に誘われて、どうも松島行きの道を枉《ま》げることになってしまったらしい。
 してみると、ここでも七兵衛は亡羊の感に堪えられません。
 いずれ目的は松島にあることに相違はないと聞いているが、あの人のことは、気分本位でどう変化するかわからないし、職業本位としても、必ずしも沿道を飛脚のように行くべき責任はないのだから、さあ、この磐城平《いわきだいら》を分岐点として、海岸伝いにずんずん北へ行ったものか、或いは左へ廻って奥州安達ヶ原の方へでもそれたものか。
 ここで七兵衛は種々なる探偵眼と猟犬性を働かしてみたけれども、さっぱり効《き》き目がありませんでした。或いはこの町へかからずに間道をまわったのではないか、そうでなければこの町のいずれかに足をとめているのではないかとさえ疑われたが、とうとうもてあました七兵衛、どのみち、道草にしても大したことはあるまい、行先は陸前の松島の観瀾亭《かんらんてい》というのにあることは、小名浜の網主の家でよく確めて来たから、先廻りをしてあちらに着いて、仙台の城下でも見物しながら待っているのが上分別――と、七兵衛はついに思案を定めて、ひとり快足力に馬力をかけて磐城平を海岸にとり、北へ向って一文字に進みました。

         六十九

 磐城平で七兵衛を迷わしめたも道理、田山白雲は、当然行くべかりし海岸道をそれて、意外な方面に道草を食うことになっていました。
 その消息は、駒井甚三郎に宛てた次の手紙を見るとよくわかります。
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「(前略)鹿島の神宮に詣《まう》で候へば、つい鹿島の洋《なだ》を外《よそ》に致し難く、すでに鹿島洋に出でて、その豪宕《がうたう》なる海と、太古さながらの景を見るうちに、縁あつて陸奥の松島まで遊意飛躍|仕《つかまつ》り候事、やみ難き性癖と御許し下され度候。
かくて北上、勿来の関を過ぎて旅情とみに傷《いた》み候へ共、小名浜の漁村に至りて、ここに計らずも雲井なにがしと名乗る山形の一奇士と会し、相携へて出発、同氏にそそのかされて、磐城平より当然海岸伝ひに北上いたすべき道を左に枉《ま》げ候事、好会また期し難き興もこれあり候次第、悪《あ》しからず御諒察下され度候。
松島の月も心にかかり候へども、この辺まで来ては白河の関、安達ヶ原、忍《しの》ぶ文字摺《もじずり》の古音捨て難く候ことと、同行の奇士の談論風発、傾聴するに足るべきものいと多きものから、横行逆行して、つひに今夜白河城下に参り、都をば霞と共に出でしかど、秋風ぞ吹くといふ古関のあとに、徘徊《はいかい》去るに忍びざるものを見出し申候。
白河の関址と申すところは、一の広袤《くわうぼう》ある丘陵を成し、樹木|鬱蒼《うつさう》として、古来|斧斤《ふきん》を入れざるものあり、巨大なる山桜のさるをがせを垂れたるもの、花の頃ぞさこそと思はれ申候。この森を中に入り歩む心地、出でて遠くながむる風情《ふぜい》、いかにも優雅なる画趣|有之《これあり》、北地のものとは見えず、これに悠長なる王朝風の旅人を配すれば、そのまま泰平の春を謳《うた》ふ好個の画題に御座候。
これより須賀川、郡山、福島を経て仙台に出づる予定に御座候。
沿道に見るべきものとしては、二本松附近に例の鬼の棲むてふ安達ヶ原の黒塚なるもの有之《これあり》候、今ささやかなる寺と、宝物と称するもの多少残り居り候由。
文字摺石《もじずりいし》、岩屋観音にも詣で参るべく、須賀川は牡丹園として海内《かいだい》屈指と聞けど、今は花の頃にあらず、さりながら、数百年を経たる牡丹の老樹の枝ぶりだけにても観賞の価値は充分有之と存じ居候間、これにも参りて一見を惜しまざるつもりなれど、儲《まう》け物としては、この須賀川の地が亜欧堂田善《あおうだうでんぜん》の生地なりと聞いてはそのままには済まされず候。
御承知の如く亜欧堂田善は司馬江漢と共に日本洋画の親とも称すべき人物に御座候。遠くは天草乱時代に山田右衛門作なるもの洋画を以て聞えたる例これありといへどもその証跡に乏しく、近代の実際としては田善、江漢を以て陳呉と致すこと何人も異存は無きものと存候。
且又、田善は洋画のみならず、洋風の銅版を製することに於て、日本最初の人に有之候。その苦心のほどを聞く処によれば、適当の銅板なきために、自ら槌《つち》を振つて延板を作り、以て銅板の素地を作り候由、蝋《らふ》を使用する代りに、漆《うるし》を一面に塗り、それに鼠の歯を以て彫刻を施し候由、而して出来上り候原版を腐蝕せしむる薬品としては、自身多大なる苦心の上に発明候由、なほ一層苦心したるは右印刷に用ゆるインキにて、種々の試みのうちには、芸妓の三味線の撥《ばち》を購《あがな》ひ来りてそれを黒焼にしてみたることなども有之候由、何によらずその道に対する創始者の苦心容易ならざるもの有之、これ等の点は特に貴下御肝照の事と存じ申候。
また文晁《ぶんてう》の如きもこの地に遊跡あり、福島の堀切氏、大島氏等はその大作を所蔵する事多しと聞き候、これも一覧を乞はばやと存じ候。
それとは別の方面なれど、白河に於ける楽翁公、山形の鷹山公等について同行の奇士より種々逸伝評論を聞き、大いに啓発を蒙り候点も有之候へ共、秋田の佐藤信淵の人物及抱負については、特に感激するもの有之候。聞くところによれば、佐藤信淵の経国策はかねて貴下より伺ひ候渡辺崋山の無人島説どころのものにあらず、規模雄大を極めたるものにて、特に『宇内《うだい》混同秘策』なる論説の如きは、日本が世界を経綸すべき方策を論じたるものにして、その論旨としては第一の順序として日本は北|樺太《カラフト》と黒竜洲を有として満洲に南下し、それより朝鮮を占め、満洲と相応じ、一は台湾を以て南方|亜細亜《アジア》大陸に発展するの根拠地とし、更に一方は比律賓《ヒリツピン》を策源として南洋を鎮め、斯《か》く南北相応じて亜細亜大陸を抱き、支那民族を誘導して終に世界統一の政策を実行すべしといふ事にある由、その論旨も、軍国主義或は侵略手段によるにあらずして、経済と開拓とを主とする穏健説の由。
方今、日本に於ては朝幕と相わかれ、各々蝸牛角上の争ひに熱狂して我を忘れつつある間に、東北の一隅にかかる大経綸策を立つる豪傑の存在することは、懦夫《だふ》を起たしむる概あるものには無之候哉。
なほ又、当時、日本の人物は西南にのみ偏在するかの如く見る者有之やうに候へ共、北東の地また決して人材に乏しきものに非ず、上述の亜欧堂の如きは一画工に過ぎずといへども、なお以て我より祖をなすの工夫あり、信淵の如きは宇内《うだい》を呑吐《どんと》するの見識あり、小生偶然同行の雲井なにがしの如きは、白面の一書生には候へ共、気概勃々として、上杉謙信の再来を思はしむるものあり、快心の至りと存じ居り申候。
会津へも行きたし、秋田へも廻りたきもの、道草もさうなつては浸淫に堕し候、よつて以上の見聞を終り候はば、一路直ちに松島に直行し、あこがれの古永徳に見参し、それより海岸をわき目もふらず房州御膝下に帰趨《きすう》不可疑候。今夜白河の城下に宿を求め候処、右も左も馬の話にて、遠近より馬市に来たる者群り候うち、ふと下総の木更津の者といふのに出会ひ、これ幸便と、燈下に句々の筆を走らせて、右馬買ひの者に托し申候。
馬と申せばこの道中は、三春、白河等、皆名立たる馬の名所にて、野に走る牧馬の群はさることながら、途中茅野原を分け行き候へば、鹿毛《かげ》なる駒の二歳位なるが、ひとり忽然《こつぜん》として現はれ、我も驚き、彼も驚く風情なかなかに興多く候。
あはれ、画料数百貫を剰《あま》し得て、駿馬一頭を伯楽し、それに馭して以て房州の海に帰り候はば欣快至極と存じ候へ共、これは当になり申さず、但し画嚢《ぐわなう》の方は、騰驤磊落《とうじやうらいらく》三万匹を以て満たされ居り候へば、この中に乗黄もあるべく、昭夜白も存すべく、はた未来の生※[#「口+妾」、第4水準2-4-1]《いけずき》、磨墨《するすみ》も活躍致すべく候へば、自今、馬を描くに於ては、敢《あ》へて江都王に譲らざるの夜郎を贏《か》ち得たることにのみ御一笑下され度候――(後略)」
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 右の如くにして、白河の城下を立ち出でた白雲は、同行の奇士雲井なにがしとは、これより先いずれのところで袂をわかったかわからないが、白雲|飄々《ひょうひょう》の旅を、行けという者も、とまれと呼ぶ者もありません。



底本:「大菩薩峠13」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年6月24日第1刷発行
   「大菩薩峠14」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年6月24日第1刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 八」筑摩書房
   1976(昭和51)年6月20日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2004年1月9日作成
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