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大菩薩峠
慢心和尚の巻
中里介山

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)某《それがし》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)信玄公|被管《ひくわん》の内にて

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#「口+愛」、第3水準1-15-23]
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         一

 お銀様は今、竜之助のために甲陽軍鑑の一冊を読みはじめました。
[#ここから1字下げ]
「某《それがし》は高坂弾正《かうさかだんじやう》と申して、信玄公|被管《ひくわん》の内にて一の臆病者也、仔細は下々《しもじも》にて童子《わらべこ》どものざれごとに、保科《ほしな》弾正|鑓《やり》弾正、高坂弾正|逃《にげ》弾正と申しならはすげに候、我等が元来を申すに、父は春日大隅《かすがおほすみ》とて……」
[#ここで字下げ終わり]
 それは巻の二の品《ほん》の第五を、はじめから、お銀様はスラスラと読みました。
 竜之助がおとなしく聞いているために、品の第六を読み了《おわ》って第七にかかろうとする時分に、
「有難う、もうよろしい」
「夜分には、また源氏物語を読んでお聞かせしましょう」
 二人ともに満足して、その読書を終りました。お銀様は書物に疲れた眼を何心なく裏庭の方へ向けると、小泉家の後ろには竹藪《たけやぶ》があって、その蔭にまだお銀様の好きな椿《つばき》の花が咲いておりました。お銀様はそれを見るとわざわざ庭へ下りて、その一輪を摘み取って来ました。重々しい赤い花に二つの葉が開いています。
「お目が見えると、この花を御覧に入れるのだけれど」
 柱に凭《もた》れていた竜之助の前へ、お銀様はその花を持って来ました。
「何の花」
「椿の花」
 お銀様はその花を指先に挿んで、子供が弥次郎兵衛を弄《もてあそ》ぶようにしていました。
「たあいもない」
 竜之助はその花を手に取ろうともしません。お銀様は、ただ一人でその花をいじくりながら無心にながめていました。
 さてお銀様は、机の上をながめたけれども、そこに、有野村の家の居間にあるような、一輪差しの花活《はないけ》も何もありません。
「お銀」
 竜之助はお銀様の名を呼びました。それは己《おの》が妻の名を呼ぶような呼び方であります。
「はい」
 お銀様はこう呼ばれてこう答えることを喜んでいました。自分から願うてそのように呼ばれて、このように答えることを望んでいるらしい。
 けれども竜之助は呼び放しで、あとを何の用とも言いませんでした。ただ名を呼んでみて、呼んでしまっては、もうそのことを忘れてしまっているようでしたが、実はそうではありません。
「あなた」
 お銀様は椿の花を面《かお》に当てて、その二つの葉の間から竜之助の面をながめました。
「この花をどうしましょう、わたしの一番好きな椿の花」
 お銀様はクルクルと、椿の花を指先で操《あやつ》りました。
 竜之助は返事をしません。けれどもお銀様はそれで満足しました。
「生けておきたいけれども、何もございませんもの」
 お銀様は、わざとらしくその花を持ち扱って、机の上や室の隅などを見廻しました。この一間に仏壇があることは、お銀様も前から知っていました。けれども、この花は仏に捧げようと思って摘んで来た花ではありません。ところが、持余《もてあま》し気味になってみると、そこがこの花の自然の納まり場所であるらしい。
 お銀様はその一花二葉の椿を持って、仏壇の扉をあけた時に、まだそんなに古くはない白木の位牌《いはい》がたった一つだけ、薄暗いところに安置されてあるのを見ました。位牌が古くないだけにその文字も、骨を折らずに読むことができます。
「悪女大姉《あくじょだいし》」
と読んでお銀様は、手に持っていた椿の花を取落しました。
「悪女大姉」の戒名《かいみょう》は、尋常の戒名ではありません。
 不貞の女をもなお且つ貞女にし、不孝の子をもなお孝子として、彼方《あなた》の世界へ送るのが人情でもあり、回向《えこう》でもあるべきに、これはあまりに執念《しゅうねん》の残る戒名であります。
 何の怨みあってその近親の人が、この位牌を祀《まつ》るのだかその気が知れないと思いました。また何の意趣があって、引導の坊さんがこの戒名を択《えら》んだのだか、その気も知れないと思いました。
 それがお銀様にとっては、単に文字の示す悪い意味の不快な感じだけでは留まりませんでした。悪女! お銀様はむらむらとして、ここにまで自分を見せつけられる憤《いきどお》りから忍ぶことができないもののようです。けれども、この位牌はお銀様に見せつけるために置かれたものでないことは、その木の肌を見ても、墨の色を見てもわかることであります。
 お銀様がここへ来るずっと前から、たった一つ、こうしてここに置かれてあったのだということも、いかに逞《たくま》しい邪推を以て見てもそれは疑えないのであります。
 お銀様は、悪女の文字から来る不快と悪感《おかん》とをこらえて、そのことは竜之助に向って一言も言いません。せっかくの椿の花を拾い上げて、わざと後向きに花立へ差して、仏壇の扉を締めてしまいました。
 その晩のこと、お銀様は竜之助を慰めるために話の種の一つとして、ふと、このことを言い出す気になって、
「そこにお仏壇がありまする、その中に、妙な戒名を書いたお位牌がたった一つだけ入れてありました、何のつもりで、あんな戒名をつけたのだか、わたしにはどうしてもわかりませぬ」
「何という戒名」
「悪女大姉というのでございます」
「悪女大姉? どういう文字が書いてあります」
「悪というのは善悪の悪でございます、女というのは女という字」
「なるほど、悪女大姉、それは妙な戒名じゃ」
「ほんとにいやな戒名ではござんせぬか」
「戒名には、つとめて有難がりそうな文字をつけるのに」
「それが悪女とはどうでございます、死んだ後まで、悪女と位牌に書かれる女は、よほどの悪いことをしたのでございましょう」
「誰かの悪戯《いたずら》だろう」
「いいえ、そうではございませぬ、立派な位牌にその通り記《しる》してあるのでございます」
「はて」
「もしわが子ならば親が無言《だま》ってはおりますまい、妻ならば夫たる人が、悪女と戒名をつけられて無言《だま》っていよう道理がございませぬ」
「どうも解《げ》せぬ、読み違えではないか」
「いいえ」
「その悪女の悪という字が、たとえば慈とか悲とかいう文字が、墨のかげんでそう見えるのではないか」
「そうではございませぬ」
「慈女大姉、悲女大姉、その辺ならばありそうな戒名だが、好んで悪女と附ける者はなかろう、それは御身の読み違えに相違ない」
「いいえ、確かに」
 お銀様は、確かに自分の眼の間違いでないことを主張したけれども、そう言われてみると、懸念《けねん》が起りました。
「そんならば、もう一度見て参りましょう」
 お銀様はそれを曖昧《あいまい》に済ますことができない性質《たち》です。立って仏壇をあけて見ましたけれども、仏壇の中は暗くありました。
「それごらんあそばせ、悪女」
 取り出してよいものか悪いものか懸念をしながら、お銀様は自説の誤らないことを保証するために、行燈の光までその位牌を持ち出しました。
「確かに悪女? そうして裏には……」
 竜之助に言われて、お銀様が位牌の裏を返して見ると、そこには「二十一、酉《とり》の女」と記してありました。

 その翌朝、竜之助は、お銀様に手を引かれて、小泉家の裏山へ上りました。
 径《こみち》を辿《たど》って丘陵の上まで来ると、そこに思いがけなく墓地がありました。林に囲まれた芝地の広い間には、多くの石塔といくつかの土饅頭《どまんじゅう》が築かれてありました。墓地ではあったけれども、そこは日当りがよくて眺めがよい。そこから眺めると目の下に、笛吹川沿岸の峡東《こうとう》の村々が手に取るように見えます。その笛吹川沿岸の村々を隔てて、甲武信《こぶし》ケ岳《たけ》から例の大菩薩嶺、小金沢、笹子、御坂《みさか》、富士の方までが、前面に大屏風《おおびょうぶ》をめぐらしたように重なっています。それらの山々は雲を被《かぶ》っているのもあれば、雪をいただいているのもあります。
 お銀様は、その山岳の重畳と風景の展望に、心を躍らせて眺め入りました。
 山岳にも河川にも用のない机竜之助は、日当りのよいことが何より結構で、お銀様が風景に見恍《みと》れている時に、竜之助はよい気持であたりの芝生の上へ腰を卸して、日の光を真面《まとも》に浴びている。
「あなた、そこはお墓でございますよ」
 お銀様に言われて、そうかと思ったけれども、敢《あえ》て立とうとはしません。
 竜之助の腰を卸していたところは墓に違いありません。ほかの墓とは別に、孤島《はなれじま》のように少しばかり土を盛り上げたところに、無縫塔《むほうとう》のような形をした高さ一尺ばかりの石が一つ置いてあるだけでありました。その前には、竹の花立があったけれど、誰も香花《こうげ》を手向《たむ》けた様子は見えず、腐りかけた雨水がいっぱいに溜っているだけです。
 竜之助が動かないから、お銀様もまた、その近いところへ蹲《うずく》まりました。ここは誰も人の来る憂えのないところです。天の日は二人ばかりのために照らし、地の上は二人ばかりを載せているもののようです。
 あたりの林も静かでありました。丸腰で来た竜之助は、ついにそこへゴロリと横になって肱枕《ひじまくら》をしてしまいました。竜之助の横になって肱枕をしたその頭のあたりがちょうど、無縫塔の形をした石塔のあるところであります。
 それだから竜之助は、墓を枕にして寝ているもののようです。寝ている竜之助はそれをなんとも思ってはいないらしいが、傍で見たお銀様は、快い形と見ることができません。この人に墓を枕にして眠らせるということが、好ましいことではありません。それとも知らずに竜之助は、
「こんなところで死にたいな」
と言いました。けれどもそれは嘘《うそ》です。竜之助がこう言ったのは、それは、あんまり日の当りがよくて、そこに足腰をゆるゆると伸ばした心持が譬え様がないから、そう言ったのだけれど、お銀様は、やはりその言葉を不吉の意味があるもののように聞いて、
「石になっては詰《つま》りませぬ」
 お銀様はこう言いながら、ほとんど二人並んで寝るように片手を伸べて、竜之助の頭の石塔の石を撫《な》でました。石を撫でながら、なにげなく石の裏を見ると、そこに、「二十一、酉《とり》の女の墓」と小さく刻んであるのが、図《はか》らず眼に触れてゾッとしました。その気になって見れば、この石塔の前面には何の文字もなくて、裏にだけ遠慮をしたもののように「二十一、酉の女の墓」と刻んであるのが異様です。なお他にある総ての墓とは、ほとんど除物《のけもの》のようにされて、この墓だけが一つ、ここに置かれてあることも異様です。
 それよりもまた、お銀様の胸を打ったのは、昨夜調べてみた「悪女大姉」の位牌の裏の文字が、これと同じことの「二十一、酉の女」の文字であったことです。
 この文字を見た時にお銀様は、蛇を踏んだような心持になりました。寝ていた机竜之助は、何を思ったか、むっくりと頭を上げて起き直り、
「お銀どの」
「はい」
「あの、ここは何村というのであったかな」
「ここは東山梨の八幡《やわた》村」
「東山梨の八幡村?」
「八幡村の大字《おおあざ》は江曾原《えそはら》と申すところでございます」
「八幡村の江曾原!」
 竜之助がいま改めてそれを聞くのはあまりに事が改まり過ぎる。ここへ来てからも相当の日数があるのだから、仮りにも現在の己《おの》れのいる土地の名前を記憶しておらぬということはあるまい。けれどもこの人は、初めてそれを聞くもののように、念を押して尋ねて再びそれを繰返しました。
「して、いま我々が厄介になっている家の主人の名は」
「小泉と申します」
「小泉……それに違いないか」
「いまさら、そのような御念を」
「八幡村の小泉家――そこへ、拙者も、お前も、今まで世話になっていたのか」
「それがどうかなさいましたか」
「小泉の主人というのは、拙者の身の上も、お前の身の上もみんな承知で世話をしているのか」
「いいえ、わたしの身の上は知っておりますけれど、あなたのことは少しも」
「それと知らずにこうして、隠して置いてくれるのか」
「左様でございます」
「お銀どの、そなたの家は甲州でも聞えた大家であるそうじゃ」
「改めて左様なことをお聞きになりますのは?」
「お前はここからその実家《うち》へ帰ってくれ」
「まあ、何をおっしゃいます」
「小泉の主人に頼んで、実家へ詫《わ》びをして帰るがよい、今のうちに」
「わたしに帰れとおっしゃるのでございますか、わたし一人を有野村へ帰してしまおうとなさるのでございますか」
「生命《いのち》が惜しいと思うならば、一刻も早く帰るがよい、もし生命が惜しくないならば……それにしても帰るがよい」
「何のことやらさっぱりわかりませぬ」
「わからないうちに帰るがよい、危ないことじゃ、これから先へ行くと、お前も悪女になる」
「悪女とは?」
「悪女大姉、二十一、酉《とり》の女がいま思い当ったよ」
「あなたのお言葉が、いよいよわたしにはわからなくなりました」
「わかるまい、悪女大姉、二十一、酉の女というのは、拙者にも今までわからなかった」
「あれはどうしたわけなのでございます」
「あれはな」
「はい」
「あれは、人に殺された女よ」
「かわいそうに。そうしてどんな悪いことをしましたの」
「お前がしたような悪いことをした」
「妾《わたし》がしたような悪いこととは?」
「男の魂を取って、それを自分のものにしようとしたからだ」
「妾はそんなことは致しませぬ」
「いまに思い知る時が来る」
 竜之助が石塔の頭へ手をかけて立ち上った時に、どこからともなく一陣の風が吹き上げて来ました。その風が、颶風《つむじかぜ》のように颯《さっ》と四辺《あたり》の枯葉を捲き上げました。紛乱《ふんらん》として舞い上る枯葉の中に立った竜之助は、今その墓から出て来たもののようであります。
「なんだか、わたしは怖ろしうございます」
 日はかがやいているのに、お銀様はその周囲《まわり》が鉛のように暗くなることを感じました。

         二

 机竜之助はその晩、ふらふらとして小泉の家を出でました。
 お銀様は竜之助の出たことを知りませんでした。それは竜之助がお銀様の熟睡を見すまして、密《そっ》と抜け出でたからであります。
 小泉の家の裏手を忍び出でた竜之助は、腰に手柄山正繁の刀を差していました。これは神尾主膳から貰ったものであります。手には竹の杖を持っていました。これも甲府以来、外へ出る時には離さなかったものであります。面《かお》は例によって頭巾《ずきん》で包んでいました。
 その歩き方は、甲府において辻斬を試みた時の歩き方と同じであります。あるところはほとんど杖なしで飛ぶように見えました。あるところは物蔭に隠れて動かないのでありました。自然、甲府でしたことを、ここへ来ても繰返すもののように見えます。
 けれどもここは甲府と違って、人家も疎《まば》らな田舎道《いなかみち》であります。笛吹川へ注ぐ小流れに沿って竜之助は、やや下って行ったけれど誰も人には会いません。人には逢うことなくして、水車の車のめぐる音を聞きました。竜之助がその水車の壁に身を寄せた時に、一方の戸がガタガタと音をして開きました。
「それでは新作さん、行って来ますよ」
 それは若い女の声。
「ああ、気をつけておいで」
 それは若い男の声。
「ずいぶん暗いこと」
 若い女は外の闇へ足を踏み出しました。手拭を姉《あね》さん被《かぶ》りにして、粉物を入れた箕《み》を小脇にし、若い女の人は甲斐甲斐《かいがい》しく外へ出て、外から戸を締めようとしました。
 小屋の中で臼《うす》のあたりを小箒《こぼうき》で掃いていた若い男は、その手を休めてこちらを向いて、
「狸《たぬき》に見込まれないようにしろや」
と言って笑うと、
「大丈夫だよ、わたしなんぞを見込む狸はいないから」
 女もまた、小屋の中を見込んで笑いながら戸を締めました。
 女はこう言い捨ててスタスタと草履《ぞうり》の音を立てながら、小流れの堤を上の方へと歩いて行きます。
 この水車はある一箇の人の持物ではなくて、この八幡村一郷の物であります。一軒の家が一昼夜ずつの権利を持っている共有物でありました。その当番に当った家では、その機会においてなるべく多くの米を搗《つ》き、麦を挽《ひ》かねばなりませんでした。これがために、いつもこの水車小屋には徹夜の働き手がいます。
 もし若い娘がその当番の夜に働いていたならば、それと馴染《なじみ》の若い男が手伝いに来たがります。馴染でない若い男もやって来たがります。もしまた出来てしまった間柄である時には、その馴染であるとないとに拘《かかわ》らず、手を引いてこの水車小屋の一夜を、水入らずの稼《かせ》ぎ場《ば》として許すのであります。
 右の若い女が土手道をスタスタと歩いて行く時に、机竜之助は壁の下から軽く飛んで出でました。いくばくもなくその娘のあとから追いつきました。追いついたというけれど、それはほとんど風のようです。風は微風でも音がするけれど、竜之助の追いついた時までは音がしませんでした。
 でも女はその音を聞かないわけにはゆきません。
「おや?」
 箕《み》を抱えたままで振返ると、そこに真黒い人影が、いっぱいに立ちはだかっているのを見ました。
「物を尋ねたい」
「はい」
 女はワナワナと慄《ふる》えました。
 女はワナワナと慄えて、立っていられないために地面へ竦《すく》んでしまおうとした時に、竜之助は右の猿臂《えんぴ》を伸ばして、女の首筋を抱えてしまいました。
「あれ!」
と叫ぶ口を、竜之助は無雑作《むぞうさ》に押えてしまいました。女は箕を取落して、そこら一面に濛々《もうもう》と粉が散乱しました。
「お前は小泉という家を知っているか」
 こう言いながら竜之助は、いったん固く押えた女の口を緩《ゆる》めました。
「はい……」
 女は再び叫びを立てるほどの気力がありません。
「それはどこだ」
「小泉の旦那様は……」
「小泉の主人を尋ねるのではない、小泉の家にお浜という女があったはず、それをお前は知っているか」
「小泉のお浜様は……もうあのお家にはおいでがございません」
「どこへ行った」
「お嫁入りをなさいました」
「それから?」
「それからのことは存じませぬ」
「知らぬということはあるまい」
「存じませぬ」
「人の噂《うわさ》ではそれをなんと言っている」
「人の噂では……」
「気を落つけて、人の噂をしている通りを、わしに聞かしてくれ」
「人の噂では、お浜様はよくない死に方をなされたそうでございます」
「よくない死に方とは?」
「悪い奴に殺されたのだなんぞと、村では噂をしているものもありますけれど、わたしはそんなことは知りませぬ」
「悪い奴に殺されたと? どこで……」
「はい、お江戸とやらで殺されて、骨になったのを、こっそりとこの村へ届けた人があって、それでお浜様の幽霊が出るなんぞと若い衆が言っていますけれど、わたしなんぞは何も存じませんから、どうか御免なすって下さいまし」
「お前はどこの娘だ」
「わたしは……」
「お前の歳は?」
「十八でございます、助けて下さいまし」
「十八……それで名は?」
「名前なんか申し上げるようなものではございません」
「いま水車小屋にいた若い男はありゃ、お前の兄弟か、亭主か」
「あれは新作さんでございます」
「新作というのは?」
「この村の若い者」
「お前はあの男を可愛いと思うか」
「それは、あの人はゆくゆくわたしと一緒になる人……」
「うむ、わしはこの通り眼が見えないけれど、感で見ると、お前は可愛い娘らしい、お前に可愛がられる若い男は仕合せ者じゃ」
「あなた様は、わたしをどうなさるんでございます」
「小泉のお浜を殺したのは拙者《おれ》だ」
「エ、エ!」
「その供養《くよう》のために、お前を頼むのだ」
「ああ怖い」
「これから後、拙者の差している刀に血の乾いた時は、拙者の命の絶えた時じゃ」
「わたしを殺すのでございますか、わたしをなぜ殺すんでございます、いま死んでは新作さんに済みませぬ」
「それは拙者の知ったことでない、こうせねばお浜への供養が済まぬ」
「あれ!」
「斬ってしまえば雑作《ぞうさ》はないけれど、これはお浜へ供養の血」
「苦しい!」
「存分に苦しがれ」
「ああ苦しい!」

 夜中過ぎに机竜之助は帰って来ましたけれども、竜之助が帰って来た時までお銀様は、竜之助の出たことを知りませんでした。
 そっと帰って来て、行燈《あんどん》の下で頭巾《ずきん》を取ろうとした時にお銀様は眼が醒《さ》めました。醒めてこの体《てい》を見ると怪しまずにはおられません。
「どこへかおいであそばしたの」
「ついそこまで」
「お一人で?」
「一人で」
「何の御用に」
「眠れないから歩いて来た」
「そんなら、わたしをお起しなさればよいに」
「あまりよく寝ている故、起すも気の毒と思って」
「そんなことはございません」
「ああ、咽喉《のど》が乾いた、水が一杯飲みたいものだ」
「お待ちなさい、いま上げますから」
 お銀様は、水指《みずさし》を取るべく起きて寝衣《ねまき》を締め直しました。
「まだお火がありますから」
とお銀様は火鉢の灰を掻《か》き起しました。
「お銀どの」
 竜之助はうまそうに、水を一杯飲んでしまってから、
「紙があったはず、それから筆と墨と」
「何かお書きなさるの」
 お銀様は竜之助の請求を怪しみながらも、手近の硯箱《すずりばこ》と一帖の紙とを取寄せて机の上に載せながら、
「わたしが書いて上げましょう、用向きをおっしゃって下さい」
「ええと、その紙で帳面をこしらえてもらいたい、半紙を横に折って長く逆綴《ぎゃくとじ》にしてもらいたい」
「横に折って長く逆綴に? そうして何にするのでございます」
 お銀様は、竜之助に頼まれた通りに帳面をこしらえ始めました。紙撚《こより》をよってそれを綴じてしまって机の上へ置き、
「逆綴というのは、これはお葬いやなにかの時にするものでございましょう」
「死んだ人へ供養のためにするのじゃ」
「供養のために?」
 お銀様は、いよいよ竜之助の挙動と言語とを怪しまずにはおられませんでした。
「今日の日は何日《いつ》であったろう」
「二月の十四日」
「それでは、そこへ初筆《しょふで》に二月十四日の夜と書いて……」
「二月十四日の夜、と書きました」
「その次へ、甲州八幡村にてと……」
「はい、甲州八幡村にて」
「その次へ、少し頭を下げて、名の知れぬ女と書いて」
「名の知れぬ女」
「十八歳と小さく」
 お銀様は、竜之助に言われる通りにこれだけのことを書きました。
「これだけでよろしいのでございますか」
「まだ……左の乳の下と」
「左の乳の下、それから?」
「それでよろしい」
「これがどうして供養になるのでございます」
 竜之助はそれには答えることがなく、
「今夜、拙者が外出したことは誰にも語らぬように。この後とてもその通り」
「あなたを一人歩きさせたのは、わたしの罪でございますもの」
「寝よう」
 その時に何の拍子か、行燈《あんどん》の火がフッと消えました。
 八幡村を震撼《しんかん》させるような恐怖が起ったのは、その翌日の夕方のことでありました。
 昨夜、水車小屋から出て行方知れずになったという村の娘が一人、水車場より程遠からぬ流れの叢《くさむら》の蔭に、見るも無惨《むざん》に殺されて漂っていたのが発見されて、全村の人は震駭《しんがい》しました。
 慄え上って噂をするのを聞いていると、それは大方、恋の恨みだろうということです。
 その娘は村でも指折りの愛嬌者に数えられて、新作と約束が出来るまでに、思いをかけた若い者も少なくはなかったということ、それらの恋の恨みであろうということに一致すると、青年たちはいずれも痛くない腹を探られる思いをして、恐怖と無気味と復讐心とに駈られて、村の中は不安の雲が弥《いや》が上に捲き起ります。
 小泉の家は名主《なぬし》でありますから、何者よりも先にそこへ駈けつけて、その処分に骨を折らなければなりません。
 主人の妻はお銀様に向って、
「まあ、当分は夜分など、外へおいでなさることではありませぬ」
と言いました。
 その出来事の物語を聞いたお銀様は胸を打たれました。
 その時に机竜之助は、眠っているのかどうか知らないが横になっていました。
 お銀様は行燈の下の机によって、忙《せわ》しく昨晩こしらえた横綴の帳面を繰りひろげて見ました。
「もし、あなた」
 お銀様は机竜之助の面《おもて》を睨《にら》んで、
「もし、あなた」
 二度まで竜之助を呼びました。
「何だ」
 竜之助は懶《ものう》げな返事をします。
「あなたは昨晩《ゆうべ》どこへおいでになりました、もしやあの向うの水車小屋の方へおいでになりはしませんか」
「水車小屋の方へ行った」
「そうしてそこで何をなさいました」
「そこで何もしない」
「何かごらんになりはしませんでしたか」
「別に何も……見ようと思っても見えはせぬわい」
「あの十八になる村の娘さんと、道で行きあうようなことはありませんでしたろうね」
「はははは」
 竜之助は笑いました。何の意味ある笑い方であったか、お銀様には少しもわかりませんでした。
「ああ怖ろしい」
 お銀様は総身《そうみ》へ水をかけられたようになりました。
 竜之助はクルリと背を向けて返事をしませんでした。
 お銀様は怖ろしい形相《ぎょうそう》をして、寝返りを打った竜之助の後ろ姿と、それから、自分が昨夜、怪しみながらも竜之助に言いつけられた通りを書いた帳面を見比べていましたが、やがて、荒々しく立って竜之助を揺《ゆ》り起して、その帳面を見えない眼先へ突きつけて、
「左の乳の下……かわいそうに、罪もない村の娘さんの左の乳の下を抉《えぐ》って殺して、お濠《ほり》とやらへ投げ込んだのはあなたでございましょう、ナゼあなたは、そのようなことをなさいました、そのようなことをしなければならないというのはどうしたわけでございます、そうしておいて帰って来て、わたしにこの帳面を書かせようとは、そりゃまあ何という仕様でございます」
「それは今に始まったことではない」
と竜之助は言いました。そう言いながら起き上りました。
「甲府にいたとき噂にも聞いたろうが、夜な夜な辻斬をして市中を騒がせたのは、みんな拙者の仕業《しわざ》じゃ」
「エエ! あなたがあの辻斬の本人?」
「それをいま知って驚いたからとて遅い、昨夜はまたむらむらとその病が起って、居ても立ってもおられぬから、ついあんなことをしでかした」
「ああ、なんという怖ろしいこと、人を殺したいが病とは」
「病ではない、それが拙者の仕事じゃ、今までの仕事もそれ、これからの仕事もそれ、人を斬ってみるよりほかにおれの仕事はない、人を殺すよりほかに楽しみもない、生甲斐もないのだ」
「わたしはなんと言ってよいかわかりませぬ、あなたは人間ではありませぬ」
「もとより人間の心ではない、人間というやつがこうしてウヨウヨ生きてはいるけれど、何一つしでかす奴等ではない」
「あなたはそれほど人間が憎いのですか」
「ばかなこと、憎いというのは、いくらか見どころがあるからじゃ、憎むにも足らぬ奴、何人斬ったからとて、殺したからとて、咎《とが》にも罪にもなる代物《しろもの》ではないのだ」
「本気でそういうことをおっしゃるのでございますか」
「もちろん本気、世間には位を欲しがって生きている奴がある、金を貯めたいから生きている奴がある、おれは人が斬りたいから生きているのだ」
「ああ、神も仏もない世の中、それで生きて行かれるならば……」
「神や仏、そんなものが有るか無いか、拙者は知らん、ちょっと水が出たからとて百人千人はブン流されるほどの人の命じゃ、疫病神《やくびょうがみ》が出て采配《さいはい》を一つ振れば、五万十万の要《い》らない命が直ぐにそこへ集まるではないか、これからの拙者が一日に一人ずつ斬ってみたからとて知れたものじゃ」
「おお怖ろしい」
「真実、それが怖ろしければ、いまのうちにここを去るがよい」
「それでも、こうなった上は……」
「こうなった上はぜひがないと知ったならば、お前は、拙者のすることを黙って見ているがよい」
「ああ、わたしはいっそ、あなたにここで殺されてしまいたい」
「いつかそういう時もあろう、その帳面のいちばん終《しま》いへ、お前の名を書いて歳を入れずにおくがよい」
「ああ、わたしは地獄へ引き落されて行くのでございます」
「地獄の道づれがいやか」
「否《いや》と言っても応《おう》と言っても、こうなったからは仕方がございませぬ、わたしはどうしたらようございましょう」
「なんと言っても甲州の天地は狭いから、ともかくもこれから江戸へ行くのじゃ、おそらくお前は生涯、拙者の面倒を見なければなるまい」
「わたしは怖ろしくてたまりません、けれどもどうしてよいかわかりません、それでもわたしはあなたと離れようとは思いません」
「黙って拙者のすることを見ていてくれ」
「黙って見てはいられません、わたしもあなたと一緒に生きている間は、あなたのような悪人にならなければ、生きてはおられませぬ」

         三

 恵林寺《えりんじ》の師家《しけ》に慢心和尚《まんしんおしょう》というのがあります。
 恵林寺が夢窓国師《むそうこくし》の開山であって、信玄の帰依《きえ》の寺であり、柳沢甲斐守の菩提寺《ぼだいじ》であるということ、信長がこの寺を焼いた時、例の快川国師《かいせんこくし》が、
[#ここから2字下げ]
安禅必不須山水《あんぜんかならずしもさんすいをもちゐず》
滅却心頭火自涼《しんとうめつきやくひもおのづからすずし》
[#ここで字下げ終わり]
の偈《げ》を唱えて火中に入定《にゅうじょう》したというような話は、有名な話であります。
 宇津木兵馬は駒井能登守から添書《てんしょ》を貰って、ここの寺の慢心和尚の許《もと》へ身を寄せることになりました。
 慢心和尚というけれども、和尚自身が慢心しているわけではありません。和尚は人から話を聞いていて、それが終ると、非常に丁寧なお辞儀をする人でありました。非常に丁寧なお辞儀をしてしまってから後に、
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
 王城の地へ上って行列を拝した時にも、和尚は恭《うやうや》しく尊敬の限りを尽しましたけれども、そのあとで、
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
と言って帰りました。
 領主や大名へ招かれた時でも、そうでありました。御馳走になったあとでは、非常に丁寧なお辞儀をして、帰る時に、
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
 諸仏菩薩を拝んだあとでも、また同じようなことを言いました。
「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」
 慢心和尚の名は、おそらくその辺から出て呼びならわしになったものと思われます。慢心してはいけませんというのは、人に向って言うのではなく、自分に向って言うのらしいから、それで誰も慢心和尚の不敬を咎《とが》めるものはありませんでした。
 慢心和尚の面《かお》はまん[#「まん」に傍点]円いと言うても、またこのくらいまん[#「まん」に傍点]円いのは無いものでありました。面の全体がブン廻シで描いたと同じような円さを持っていました。そうしてそのまん[#「まん」に傍点]円い面のまん[#「まん」に傍点]中に鼻があるにはあるけれども、眼と眉は有るといえば有る、無いといえば無いで通るくらいであります。
 ほんのりと霞がかかったように、細い眉が漂うている。その代りでもあるまいけれど、口は特に大きいのです。和尚の拳《こぶし》は小さい方ではないけれど、その小さい方でない拳を固めて、それを包容し得るほどに、和尚の口は大きいのでありました。それがお師家《しけ》さんで通るのだから、大した学問とか隠れたる徳行とかいうものを持っているのかと思えば、それが大間違いであります。学問は門前の小僧よりも出来ない人でありました。書入れをしたり仮名《かな》をつけたりして、やっと読むことのできる語録を二三冊持っていることが、和尚の虎の巻で、それを取り上げてしまえば、水をあがった河童《かっぱ》同様で、講義も提唱もできないのであります。
 隠れたる徳行にも、隠れざる徳行にも、和尚の人を驚かす仕事は、ただ自分の拳を自分の口の中へ入れて見せるくらいのものであります。これだけは尋常の人にはできないことでありました。けれども和尚は決して、そんなことを自慢にしてはいません。自分の拳が、自分の口の中へ入るというようなことを※[#「口+愛」、第3水準1-15-23]《おくび》にも人に示したことはありませんから、はじめて和尚を見た人は、さても円い面の人があるものだと驚き、次に大きな口もあればあるものだと驚き、あとで人から、あの口へあの拳が入るのだと聞いて、三たび驚くのでありました。
 宇津木兵馬もこの和尚に相見《しょうけん》の時から、三箇《みっつ》の驚きを経過しました。慢心和尚は宇津木兵馬からその身の上と目的を聞いて後、例の慢心は持ち出さないでこう言いました。
「わしはその敵討《かたきうち》というのが大嫌いじゃ」
 兵馬は和尚のその言葉に、平らかなることを得ませんでした。
「しからば悪人を、いつまでもそのままに置いてよろしいか」
「よろしい」
「それがために善人が苦しめられ、罪なき者が難渋《なんじゅう》し、人の道は廃《すた》り、武士道が亡びても苦しうござらぬか」
「苦しうござらぬ」
「これは意外な仰せを承る」
「この世に敵討ということほどばかばかしいことはない、それを忠臣の孝子のと賞《ほ》める奴が気に食わぬ」
「和尚、御冗談《ごじょうだん》をおっしゃるな」
と兵馬は、慢心和尚の言うことを本気には受取ることができません。今まで自分を励まして、力をつけてくれる人はあったけれども、こんなことを言って聞かせた人は一人もありません。
「冗談どころではない、わしは敵討という話を聞くと虫唾《むしず》が走るほどいやだ、誰が流行《はや》らせたか、あんなことを流行らせたおかげに、いいかげん馬鹿な人間が、また馬鹿になってしまった」
「和尚は、世間のことにあずからず、こうしてかけ離れて暮しておらるる故、そのような出まかせを申されるけれど、現在、恥辱を受け、恨みを呑む人の身になって見給え」
 兵馬として、和尚の出まかせを忍容することができないのは当然のことであります。それにもかかわらず和尚は、兵馬の苦心や覚悟に少しの同情の色をも表わすことをしませんで、寧《むし》ろ冷笑のような語気であります。
「誰の身になっても同じことよ、わしは敵討をするひまがあれば昼寝をする」
「しからば和尚には、親を討たれ、兄弟を討たれても、無念とも残念とも思召《おぼしめ》されないか」
「そんなことは討たれてみなけりゃわからぬわい、その時の場合によって、無念とも思い、残念とも思い、どうもこれ仕方がないとも思うだろう」
「言語道断《ごんごどうだん》」
 兵馬はこの坊主を相手にしても仕方がないと思いました。仕方がないとは思ったけれども、多年の鬱憤《うっぷん》と苦心とを、こんなに露骨に冷笑されてしまったのは初めてのことでありました。それだから、その心中は決して平らかではありません。
 和尚の言葉は、敵討そのものを嘲《あざけ》るのではなくて、寧ろいつまでもこうして、本望《ほんもう》を達することのできない自分の腑甲斐《ふがい》なさを嘲るために、こう言ったものだろうと思われるのです。
 そう思ってみると、嘲らるるのも詮《せん》ないことかと我自ら情けなくなるのであります。それと共に、過ぎにし恨みや辛いことが胸に迫って来るのであります。兵馬は全く、自分の腑甲斐ないことに泣きたくなりました。
 ともかくも和尚の前を辞して、定められたる書院の一室に落着いた後までも、兵馬はこの泣きたい心持から離れることができません。
 ついには、こうして、永久に自分は兄の敵《かたき》を討つことができないで了《おわ》るのかと思いました。そうして、討つことのできない兄の敵を、東奔西走して尋ね廻った自分は、それでけっきょく一生がどうなるのだということをも、考えさせられてしまいました。
 それだけの意味ならば、敵討《かたきうち》はばかばかしいと、昼寝をするにも劣るように罵った和尚の言葉が当らないでもない。そうして畢竟《ひっきょう》、悪いことをした奴は、悪いことをしただけが仕得《しどく》で、人間の応報の怖るべきことを思い知る制裁を与えらるることなしに済んでしまうとしたら、この世の中は不公平なものだ、ばかばかしいものだ。兵馬はそんなことを考えると頭が重くなって、経机《きょうづくえ》の上に両手でその重い頭を押えて俯伏《うつむ》いた時、ハラハラと涙がこぼれました。
 宇津木兵馬はその晩、泣いてしまいました。それは自分の腑甲斐ないことばかりではなく、過ぎにしいろいろのことが思い出されると、涙をハラハラとこぼしはじめて、やがて留度《とめど》もなく泣けて仕方がありません。
 兵馬自身にも、その悲しいことがわかりませんでした。慢心和尚に言われたことの腹立ちは忘れて、ただただ無限に悲しくなるのでありました。それだから経机の上へ突伏《つっぷ》して、いつまでも眠ることもしないで泣き暮していました。
 いっそのこと、刀も投げ出し、お松を連れてどこへか行ってしまおうかしら。そうして小店《こだな》でも開いて、町人になってしまおうかとも思わせられました。そうでなければ髪を剃りこぼって、こんなお寺のお小僧になってしまった方が気楽だろうとも考えさせられました。
 兵馬の心は、今日まで張りつめた敵討の心に疲れが出て来たのかしら。人を悪《にく》む心よりは、人恋しく思うようになって泣きました。
 張りつめていたから、今までお松と、ほとんど同じところに起臥《きが》していても、その間にあやまちはありませんでしたが、今こうして見れば、お松の今まで尽してくれた親切と、異性の懐しみとが犇《ひし》と身に応《こた》えるのであります。これは思いがけないことで、この寺で坊さんに嘲られてから、兵馬自身に、女を恋しく思う心が起りました。
 すでに敵《かたき》を討つということをないものにすれば、自分はこれから一生を、なるたけ無事に、なるたけ楽しく、そうしてなるたけ長く生きて行きさえすればよいことになる。それをするにはお松という女は、実によい相手であるとさえ思わせられないではありません。
 もし、ここの和尚が言ったように、敵を討つことがばかばかしいことであるとするならば、この方法を取って、なるべく長く生きるのが賢い方法であって、その方法はいくらでもあることを、兵馬は無意味に考えさせられました。
 お松の心はすでに、そうなっているとさえ、兵馬には想像されるのであります。「いっそ、命を的の敵討などはやめにして……お前と一緒に末長く暮そうか」「それは、本当でございますか」そう言ってお松の赧《あか》らむ面《かお》が眼に見えるようです。お松の内心では、疾《と》うからそこへ兵馬を引いて行きたいように見えないではありません。
 すこしも早く本望を遂げた上は、兵馬に然るべき主取りをさせて、自分もその落着きを楽しみたい心が歴々《ありあり》と見えることもある。
 もしまた本望を遂げないで刀を捨てる時は、たとえ八百屋、小間物屋をはじめたからとて、お松はそれをいやという女でないことも思わせられてくる。
 この時、兵馬は、竜之助を追い求むる心よりも、お松を思いやる心が痛切になりました。明日の晩は甲府へ入って、お松を訪ねてやろうという心が、むらむらと起りました。
 慢心和尚という坊主が、よけいなことを言ったおかげで、せっかくの兵馬の若い心持をこんな方へ向けてしまったとすれば、不届きな坊主であります。けれども、その不届きな坊主の無礼な言葉をも忘れてしまったほど、兵馬はお松のことが思われてなりませんでした。

         四

 果して兵馬はその翌日、またも甲府へ向って忍んで行きました。
 それは雲水の姿をして行きました。網代笠《あじろがさ》を深く被《かぶ》って袈裟文庫《けさぶんこ》をかけて、草鞋穿《わらじばき》で、錫杖《しゃくじょう》という打扮《いでたち》です。
 机竜之助を探るのは二の次で、お松のいるところまでというのが、この時の兵馬の第一の心持であります。
 甲府の市中へ入ったのは夜で、甲府へ入ると兵馬は、駒井能登守を訪ねようとはしないで、神尾主膳の邸の方へ、心覚えの経文を誦《ず》しながら歩いて行きました。
 神尾の門前を二度三度通ってみました。またその邸の周囲を、さりげなく廻ってみました。しかしながら、それだけではお松の姿を見ることもできず、それに合図をする便りもありませんでした。
 前にも一度、兵馬はこの家を覘《ねろ》うて、それがために御金蔵破りの嫌疑を蒙《こうむ》って、獄中に繋がれた苦い経験を思い出さないわけにはゆきません。一度は神尾の屋敷のまわりを廻ってみたけれども、この姿で二度と廻ることは危ない、と言って、声を出して呼んでみることは無論できない。わざと経文を声高く誦《ず》してみたところで、それは、またあらぬ人の怪しみを買うばかりで、お松の耳に届こうわけもないのであります。ぜひなく兵馬は、神尾の屋敷から引返して、甲府の市中を当もなく歩きます。忍ぶ身になってみると、無性《むしょう》に懐かしくなって、お松に会いたくてたまらなくなりました。
 それをするのに最も便宜な方法は、駒井能登守の屋敷を訪ねることであります。能登守の邸を訪ねてみれば、万事を心得ているお君が、言わずともよく計らってくれないはずがない。兵馬はそれを知りつつも、どうも能登守の屋敷へは行けないのであります。行って行けないことはないけれども、今は行くべき必要が無いはずなのであります。
 それで兵馬は空《むな》しく経文を誦しつつ、徒《いたず》らに甲府の町を歩きました。歩き歩いているうちに、いつしか駒井能登守の屋敷の後ろへ来てしまったことに気がつきました。
 やや歩いて行って振返った時に、駒井の屋敷の長屋塀のある門前から左の方に、高く二階家の燈《ともしび》の光の射すのを遠目にながめました。そこは自分が獄中から出て病を養うたところである。
 それから右の方へ廻って後ろになって能登守の居間があり、お君の方《かた》のお部屋がある。お君という女はもと賤《いや》しい歌唄いの女、それと知ってか知らずにか、能登守ほどの人が寵愛《ちょうあい》していることを、兵馬はその時分も異様に思いました。
 能登守は無論お君の素性《すじょう》を知らないのだろう。知らないとすれば、それが現われた時はどうなるだろう。これは能登守の生涯の浮沈に関する大問題に相違ないのであります。
 兵馬はその時分に、能登守のために諫言《かんげん》をしようかとも思いました。
 けれどもその機会を得ずに邸を去りました。思い切ってその諫言をしないで邸を去った腑甲斐なさを、ここでも悔む心になりました。
 あれほどの人でも女に溺れると、目がなくなるものかと情けなくもなります。溺れる心はないが、今の自分もやはりお松という女に、苟且《かりそめ》ながら引かれて来たことを思うと、そこにも情けないものがあるようです。恰《あたか》もよし、この時、兵馬の空想を破るものが足許から起って来ました。
 恰もよし、とは言うけれども、実際それは善かったか悪かったかは疑問であります。
 兵馬の足許に現われた黒い物は、ムク犬であります。
「ムク」
 兵馬は低い声でその名を呼んで頭を撫《な》でました。ムクは尾を振って喜びました。
 兵馬とムク犬との間柄の、よく熟していることは、久しい前からのことでありました。お君を理解し、お松を理解し、また米友を理解するムク犬が、いつまでも兵馬に対して敵意を持っていようはずがありません。兵馬はこの犬を見て、このさい最もよき使者の役目をつとめるのは、この犬のほかにないと喜びました。
「ムク、こっちへ来い」
 兵馬は素早く歩き出しました。その旨《むね》を心得てかムク犬は、兵馬のあとを跟《つ》いて行きました。
 憐れむべきムク犬は、いま不遇の地位にいるのであります。間《あい》の山《やま》以来の主人は、すでに他に愛せらるべき人を得て、以前ほどにこの犬の面倒を見てやることができません。
 代ってこの犬を養うべき女たちは、元の主人ほどに親身を以て世話をすることはできないのであります。時としては叱り罵ることさえあり、時としては自分たちのした粗忽《そこつ》を、犬にかずけ[#「かずけ」に傍点]て責めをのがれようとすることさえあるのであります。
 さしもに黒い毛を、以前はお君が絶えず精出して洗ってやったから、漆《うるし》のように光沢《つや》がありました。このごろは、手を下《くだ》して滅多に洗ってやる者がないから、汚れた時は汚れたままでいることがあります。食事でさえも、その時その時に忘れられて与えられないことがあるのであり、ムクは巨大の犬であるだけに、食物の分量もまた多量を要する。食を細くされてから後は、餓えを感ずることがしばしばあって、催促がましく台所へ現われる時は、心なき女どもはそれを侮《あなど》りうるさがることもあるのであります。それでもお君の眼に触れた時は、女中に言いつけてよく世話をさせるにはさせます。そのほかの時は、神尾の屋敷でお松に愛されることによって、ムク犬はお君に失い、米友に行かれた空虚を補うことができるらしくありました。
 お米倉の構外《かまえそと》まで来た時に、兵馬はムク犬を顧みてこう言いました。
「ムク、お前は賢い犬だ、神尾の屋敷から、お松の便りをしてくれたのはお前だそうだ、今日は、わしからお松の許《もと》まで、お前に使を頼む」
 兵馬は、紙と矢立を取り出してサラサラと一筆|認《したた》め、それを紐《ひも》でムク犬の首に結《ゆわ》いつけました。
 ムクは確かに神尾の屋敷の中へ入って行ったけれども、容易にその返事を齎《もたら》しませんでした。兵馬は長くそこに立っていることがけねんに堪えられない。人目に触れないように、行きつ戻りつしていたけれど、ムクは容易に戻って来ませんのです。兵馬はここに人を待つ身となりました。
 待つ身になってみると、来る人が一層恋しくなるものか知ら。兵馬は早くお松に会いたい会いたいという心が、今までになかったほど胸に響きます。
 お松から愛せらるることの多かった兵馬。今はお松を慕う心が、我ながら怪しいほどに切《せつ》になってゆくようです。
 お松の身になってみると、この頃は立場に迷う姿であります。立場に迷うというだけならば迷ったなりで、ともかく、その日を過ごして行けるけれども、居ても立ってもいられないようなことばかり、その周囲に降って湧きました。
 第一は兵馬に去られたことであります。駒井家を立退くということは早晩そうあらねばならぬことだけれども、あまりに急なことでありました。ことにその行先の知れないということが、お松にとっては、どのくらい残念であり心細くあるか知れません。それと同時に、降って湧いたような気の毒な風聞が、今のいちばん親しい友達であるお君の身の上にかかって来たことであります。
 その風聞というのは、このごろ士人一般の間に取沙汰せられている、お松の親愛なお君の方が、ほいと[#「ほいと」に傍点]の娘だという噂であります。あれは人交《ひとまじわ》りのできぬ素性の者であるに拘らず、能登守を欺《あざむ》いて、その寵愛《ちょうあい》をほしいままにしている汚《けが》らわしい女、横着《おうちゃく》な女という評判が立っていることであります。
 それと共に、能登守ともあろう者が、ほいと[#「ほいと」に傍点]の娘を寵愛して鼻毛を読まれているとは、さてさて思いがけない馬鹿殿様という噂も、折助どもやなにかの間に立っていることです。
 これは単に噂だけとしても容易な噂ではありません。お君と併せて能登守の生涯を葬るに足る噂です。
 この場合に、自分としてはどういう処置を取っていいのだか、ほとほと思案に余りました。それと忠告しなければこの後の御災難が思いやられるし、そうかと言って明《あか》らさまに忠告すれば、その愛情に水を差すようなものだし、またほかのことと違って、お前の素性《すじょう》はこれこれだろうと露出《むきだし》には女の口から言えないし、いっそお君様が自分から御辞退申せばよいのにと、お君の心をさえ情けなくも思ったりしました。
 けれども、その噂はいよいよ密々に拡がるばかりで、ことに神尾家の折助などはこのことを、いちばん恰好《かっこう》な笑い草にして、おおっぴらで嘲弄していました。お松はそれを聞くと、どうしても本人に忠告をしなければならないことだと思いました。たとえ自分は悪《にく》まれ者になっても、このままで聞き捨てにはならないから、今晩は、お君様を尋ねてそのことを言ってしまおうと思って、出かけようとする時に、例のムク犬が庭先へ尋ねて来ました。
 早くも眼にとまったのは、ムク犬の首に結《ゆわ》いつけられた紙片《かみきれ》であります。
 お松は心得てその紙片を取って見ると、それに「静馬《しずま》」と記してありました。
 それだからお松はハッとしました。兵馬さんが訪ねて来ていると思うと、気がソワソワとして落着かなくなりました。これから駒井家を訪れようということなども忘れてしまいました。
 急いでこのムク犬の導いて行くところへ行かなければならない。お松はソコソコに身仕度をして、履物《はきもの》を突っかけようとする時に、
「お松」
と言って奥の方から出て来たのは、お絹でありました。
「はい」
「お前はどこへ行きます」
「ちょっと、あのお長屋まで……」
 お松は、悪いところへお師匠様が出て来てくれたと思わないわけにはゆきません。
「少しお待ち、お前に頼みたいことがあるから」
「はい……」
 お松にとっては、いよいよ悪い機会でありましたから、その返事もいつものように歯切れよくはゆきませんでした。それでもと言って、出かけて行く口実にも窮してしまいました。
「まあ、こっちへおいで、わたしのところへおいでなさい」
 お絹はわざと、お松に猶予《ゆうよ》と口実を与えないかのように見えました。そうして退引《のっぴき》させずにお松を自分の居間へ連れて来てしまいました。お松はどうすることもできませんから、そこへ畏《かしこ》まって早くお師匠様が用事を言いつけて下さるようにと、腹の中でそれを焦《せ》き立てていましたけれど、なぜかお師匠様なる人は、いつもより悠長に構え込んでいるもののようであります。
「あの、御用向きは何でございましょう」
 お松は堪《たま》り兼ねて催促してみました。その時に、お師匠様なる人はようやく、
「お前、あのお長屋へ行くというのは嘘だろう」
と微笑しながら、お松の面《かお》に疑いの眼を向けました。
「いいえ」
 お松は見られて煙たいような心持です。
「お長屋へあの乳呑子《ちのみご》を見に行くと言っておいて、お前は時々、駒井様のお邸へ遊びに行くそうな」
「左様なことはござりませぬ」
 この時もお松は、しどろもどろな打消しを試みましたけれど、その打消しは自分ながら、まずいものだと思わないわけにはゆきません。
「あってはなりませぬ、あのお邸へ遊びに行くことは、お前のためになりませぬ故、これからさしとめまする」
 お絹の口から、キッパリとさしとめの言葉が出ました。温順なお松も、こんなにキッパリと言われてみると、はい、と言いきることはできませんでした。
「あのお邸には、わたしのお友達がおりまするものでございますから……」
「そのお友達がいけませぬ、そのお友達とお前が附合っていると、お前の身の上ばかりではない、わたしの身の上も、こちらの殿様のお身の上までも汚《けが》れるようなことが出来まする、それ故、今までのことはぜひもないが、これからはプッツリと縁を切って、途中で会っても口を利《き》かないようにしなければなりませぬ。わたしがこういってお前をさしとめるわけは、もう少したてば、きっとわかって参ります、なるほど危ないことであったと、お前はあとから気がついてくるでありましょう。わたしは意地悪くお前にこんなことを言うのではありませぬ」
 その言いつけに対しても申し分はあるけれども、お松はそれをかれこれと気に留めていられないほど、外のことが気になるのであります。
 それにも拘らず、お師匠様なる人は相変らず悠長に構えて、別に差当っての用事を頼むのでなく、意見を加えがてら、話し相手のお伽《とぎ》にするようなあんばいで、
「お前は、まだ知るまいが、あの駒井様という殿様のお家は、近いうちに潰《つぶ》れます、いま甲府では飛ぶ鳥を落すほどの御支配様だけれど、遠からず、お家をつぶされて、お預けになるか、または御切腹……これはまだ内密のことだから誰にも話してはなりませぬ……そうなるとこちらの殿様が、そのあとをついで御支配に御出世なさるようにきまっている、だからお前も、そのつもりで、うちの殿様のお面《かお》にかかるようなことをしてはなりませぬ、まあ、じっとして、もう暫らく見ておいで」
と言っているお絹は、何か企《たくら》むことがあって、やがてそれが成就《じょうじゅ》した時を楽しみにしているように見えます。その企みというのは、駒井家に、何か重大な変事が出来るだろうとの暗示で推察することができます。今いう通り、遠からずお家を取りつぶされて、その上に殿様がお預けになるか、または御切腹になるかというほどの大事、お松は、いよいよ胸がつぶれる思いで、この風聞の裏には権力を争う嫉《ねた》みや罠《わな》が幾つも幾つもあって、駒井の殿様はうまうまとその罠にかかって知らずにおいでなさるということを、お気の毒に思わないわけにはゆきませんでした。それもあるけれど、差当ってもっと痛切にお松は、外へ出て見なければならない必要が迫っております。ところがお師匠様なる人は相変らず、お松を話し相手のつもりにして、べんべんと話を繰り出し、座を立たせないのであります。
「男も女も身分の低い者を相手にしてはなりませぬ。駒井の殿様などは、あの通り男ぶりはお立派であるし、学問はおありなさるし、人品はお高いし、これから若年寄、御老中とどこまで御出世なさるやら知れないお方でいらっしゃるのに、あろうことか身分違いの女を御寵愛になったために、あたら一生を廃《すた》り物《もの》にしておしまいなされた、ほんとにお気の毒ともなんとも申し上げようがありませぬ。とは言え、これも身から出た錆《さび》で、誰をお怨み申そう様もない。お家には堂上方からおいでになった立派な奥方様を持ちながら、あんな女芸人上りの身分違いの女へお手をかけられたために、御身の上ばかりか、死んだ後までも、御先祖へまでも、恥を与えるようなことになってしまいました。それにつけてもお前なども、仕合せに堅くて結構だけれども、間違いのないうちに何とかして上げたいと、わたしは常々それを思っています。それ故、今の殿様のお側へはなるたけお前を上げないようにしてあるけれども、いつまでもそうしておられるものではない、わたしもいろいろとお前の身の上を考えているうちに、あの御支配の上席の太田筑前守様の奥方が、お前をお側に欲しいとこうおっしゃるから、わたしはどうしようか、今お前を呼んだのは、そのことを相談してみたいから……」
 ようやくここへ来て、お松を呼び寄せた相談の緒《いとぐち》が開かれたのでありました。お松はそれどころではないのであります。お松がソワソワとするのを、これは駒井の邸へ密《そっ》と行きたいからであろうと見て取ったお絹は、わざと話を長くして、意見のような、教誡のような、お為ごかしのようなことを言って、お松に席を立たせまいとするのであります。
 お松は針の莚《むしろ》に坐っているようにして、それを聞かされているけれども、てんで耳へは入りません。ようやくお絹の相談というのが済んで、お松は解放されました。お辞儀をソコソコにして帰って見ると、ムク犬はまだ待っていました。そのムクを先に立てて、お松は裏門から走り出でて見ました。けれどもその時分には、もう宇津木兵馬の姿をいずれのところでも見ることができないで、町の門々や辻々に集まった多くの人が、
「また出た、また出た」
と噪《さわ》いで、お城の方をながめているのを見ました。
 お松はその人出のなかを、あれかこれかと尋ね廻りましたけれど、とうとう兵馬の姿を発見することが出来ないので、失望し、ムクを先に立てて、今も行ってならぬと差止められた駒井能登守の邸の方へ、知らず知らず足が向いて行きました。
 その間も例の人出は、
「それ出た、また出た」
とお城の方をながめながら罵《ののし》り噪いでいます。これは今宵に限ったことではない、町の人はこの二三日の晩のある一定の時刻になると、こうして門並《かどなみ》に立って、
「それ出た、それ出た」
というのであります。
 何が出たのかと言えば、真紅《まっか》な提灯《ちょうちん》がたった一つ、お城の天守の屋根の天辺《てっぺん》でクルクル廻っているのであります。大方、提灯だろうと思われるけれども、それとも天狗様の玉子かも知れない。もし提灯だとすれば、それを持って、あの高いところまで上る人がなければならぬ。そんなことは誰にだって出来るはずではないのであります。警固の役人がその提灯をみとめると、直ちに取調べに行くのでありますが、天守の上まで登る時分には、もう提灯は消えてしまって、人の気配などはさらにないのであります。それですから大方、天狗様の卵だろうということに、ほぼ多くの人の意見は一致して、それが毎晩、一定の時を定めて出て来ると、こうして町中総出の姿で、門並《かどなみ》に立って見物するのであります。
 なるほど、御本丸の天守台の上で、紅い提灯がクルクルと廻っています。お松もやはり、その提灯が何者であるかということを、不思議に思わないわけにゆきません。
 人中を歩いて行くうちに人の噂を聞けば、天狗様の卵だというものもあるし、近いうち大火事があるのを、稲荷様が知らせて下さるのだと言う者もあり、また勤番のお侍のうちに、いたずら者があって、長い竿へ提灯をぶらさげて、町民を驚かして面白がるのだろうと言うものもありました。
 けれどもこの提灯をこうして噪いで見ているうちに、市中の到るところを盗賊が荒していたことを知ったのは、その後のことでありました。
 そのうちにお松は、ムク犬を先にして駒井家の邸前まで来て考えているうちに、ムク犬にひかされて裏門から邸の中へ入ってしまいました。
 ここでもまた、お城の屋根の上の提灯を問題にして、家中《かちゅう》の侍や足軽などが立って見ていました。
「うちの殿様は、天狗だとか稲荷様だとかいうことをお信じにならぬ、では何でございましょうとお尋ねすると、ただ笑っておいでなさる」
「殿様は鉄砲の名人でいらっしゃるから、殿様の狙《ねら》いで、あれを撃ち落してごらんになれば、直ぐにエタイ[#「エタイ」に傍点]が知れるでござりましょう」
 こんなことを話し合っていました。
 その中へ入って行ったけれども、ムク犬の附いていることと、常に奥へ出入りすることに慣れているお松のことでしたから、誰も咎《とが》めるものはありません。

 僧体をした宇津木兵馬は、神尾の邸の裏に待っていたけれども、お松に会えない先に、四辺《あたり》の人が噪《さわ》ぎ出したので驚きました。それは自分を発見した人があって噪いだのではないけれども、
「それ提灯《ちょうちん》が出た」
と言う声と共に人が集まる様子だから、うかとそこにおられません。心を残して町の方へ向って行くと、そこでもここでも人が出て、
「それ提灯が出た」
 だから兵馬もその人々の見ている方向を見ると、お城の天守台あたりの屋根の上に赤く一点の火があって、それがクルクルと廻るのであります。
 確かに提灯であろうとは認められるけれども、その提灯ならば何者がどうして、あんなところへ上ったかということが疑問であります。巷《ちまた》の人々の噂は信ずることが出来ません。
 いったん町へ出た兵馬は、どうしたものか再び駒井能登守の邸の後ろへ来てしまって気がつきました。見上げると、三階になったところの戸が開かれ、そこから火の洩《も》れてることが見えます。
 あれは能登守が物見のために建てたところで、あの三階へは、能登守自身のほかは登れないことにしてあるのだから、そこで火の光のすることは、まさしく能登守がそこにいて、何事かを調べているのだということがわかります。
 それ故、兵馬は懐しく思って三階の上を暫らく見上げていると、その開かれた戸から人の半身が見えました。それは一見して能登守の姿であることがわかりました。
 今、能登守は、そこから面《かお》を出してお城の方をながめている。お城の方といえば無論、その天守台の櫓《やぐら》の屋根の上の疑問の提灯の火であります。その提灯の火は、さきほどはクルクルと廻っていましたけれど、今は高いところでブラブラと横に揺れています。
 兵馬は三階の上なる能登守と、天守台の上なる疑問の提灯とを興味を以て見比べていました。いったい能登守という人は、妖怪変化《ようかいへんげ》を信ずることのない人であるから、あの提灯についてはいかなる解釈を下しているのだろうと、その心持を兵馬は忖度《そんたく》してみないでもありません。
 窓から半身を出した能登守は、ややしばらくの間、その疑問の提灯を見定めている様子でありましたが、やがて取り直したと見えるのがまさしく一挺《いっちょう》の鉄砲であります。
「さてこそ」
 あれだ、能登守の疑問の提灯に対する解釈はあれだと、兵馬は少なからぬ好奇心を加えました。
 能登守は聞ゆる射撃の名人。あの銃口《つつさき》に提灯の疑問が破られて、同時に、市民の迷信が解かれるのだと、兵馬は頼もしく思って固唾《かたず》を飲みました。
 鉄砲を取り直して構えた能登守の姿勢は無雑作《むぞうさ》に見えました。暫らくして轟然《ごうぜん》と一発!
 兵馬は天守台の櫓《やぐら》の屋根の上から、疑問の提灯が切って落したように真一文字に直下するのを見ました。
 しかも直下する途中で提灯の体へ火がついたから、一団の火の玉が九仞《きゅうじん》の底に落つるような光景を、兵馬はめざましく見物しました。おそらく、ほかの市中の人もそれをめざましく見物したでしょう。

         五

 その翌日、城中の御番所で勤番の総寄合《そうよりあい》がありました。
 月に少なくも一度はある詰合《つめあい》でありましたけれど、その日の寄合は、特に念入りの寄合ということであります。
 御老中が見えるということもあるし、また御老中の名代《みょうだい》に、駿府《すんぷ》の御城代が立寄るという噂《うわさ》もあるし、それらの接待の準備や、また先日の流鏑馬《やぶさめ》の催しについての跡始末やなにかの相談もあるのであります。駒井能登守も無論、その総寄合に立会わねばならない。それでお供の者はお供の用意を整えて、主人のお出ましを待っていました。
 ここに訝《いぶか》しいことは、まだお君の方が今朝から枕を上げないことであります。殿様の御出仕には、いつも人手を借らずにお世話を申し上げる寵愛《ちょうあい》のお君が、どうしたものか今朝は気分が悪いというて、能登守の前へ姿を現わすことをしませんでした。それだから能登守は、ほかの女中の手によって世話をされながら、
「どこが悪いのじゃ」
と訊《たず》ねました。
「どこがお悪いのでございますか、急に……」
と言って、訊ねられた女中も、お君の方の病気の程度を知らないもののようであります。
 能登守はそれを物足らず思い、また事実、お君の病気が甚だ軽いものでなかろうということを心配しながら、出仕の時間に迫られて邸を出ました。
 この日の詰合には、当番も非番もみな集まるのでしたから、追手《おうて》の門は賑わいました。二の丸の下にある御番所の大広間は、これらの詰合でいっぱいになりました。能登守の一行も御番所へ着いた時分には、大方その席が満ちていました。上席の太田筑前守もまた別席に休憩して、会議の開かれる時刻を待っていました。御番所というのは、大手の門を入ると少しばかり行ったところの左手にあります。その右は二の丸で、後ろは楽屋曲輪《がくやくるわ》、表門の左右にはお長屋があり、お長屋の前には腰掛があって、足軽が固めていました。
 能登守はこの御番所の表門から入って、お長屋へお供を待たせて、刀を提げて玄関へかかりました。出迎えの者は、いつもするように上役に対する礼儀を尽して能登守を迎えました。これは今日に始まったことではないけれど、なぜか能登守はこの時に胸騒ぎがしました。一種の不安な気持がヒヤリと能登守の胸を刺して、玄関の大障子に何か暗い色が漂うているように見えたから、それで能登守はなんとなく胸騒ぎがしたのであります。
 思い返してみるとその不安は、今朝に限ってお君の姿を見せなかったことから起る心配の変形であると弁解ができないではありません。ああ、出がけに一度、お君の病状を見舞ってやればよかった、今日はここへ医者も詰めているはずだから、それを急に見舞に遣《つか》わそうというようなことを思いながら、能登守は刀を提げて大広間へ進み入ると、五百人足らず集まった勤番のいずれもが能登守に対して、上役の出席という敬意を表したけれども、その席の上のいずれかに、やはり冷たい色が漂うように見えて、まだ能登守の胸騒ぎが止まりませんでした。
 これより先、この席の一隅で問題になっていたものがあります。それは一つの壊《こわ》れた赤い提灯であります。
 その提灯は壊れた上に、大半は焼けてしまっていました。それを手から手に渡して、しきりに話し合っていましたところへ能登守が見えたので、その話も止みました。その時分にどういうつもりか、右の焼けて壊れた提灯は、この席でも上の方にいる神尾主膳の手に渡って、留保されるもののように膝の上に載せられます。
 やがて太田筑前守も出席するし、それと並んで駒井能登守、そのほか組頭や奉行の面々以下、勤番の人までが、それぞれ順序によってその大広間に居流れて、やがて会議が始まりました。
 筑前守が席の長者で一通りの挨拶があり、駒井能登守もまた、それに次いで両支配の訓示様のことから会議が開かれ、各組頭や奉行の報告様のことで無事に進行し、その間はいつもする会議の通り極めて月並なもので、末席の連中はしびれ[#「しびれ」に傍点]を切らせ、あくび[#「あくび」に傍点]を噛み殺していました。
 訓示と報告とが一通り済んだ時分、もうこれで散会になるだろうと、しびれ[#「しびれ」に傍点]を切らしたり、あくび[#「あくび」に傍点]を噛み殺していた連中がホッと息を吐《つ》いた時分、
「御支配並びに列座のおのおの方」
と甲走《かんばし》った声が聞えました。誰の発言かと見れば、それは焼けて壊れた提灯を膝の上に載せていた神尾主膳の口から出たものであります。神尾の面付《かおつき》の緊張しているのと、その発言の甲走っていることによって察すれば、何かこの男が緊急動議を提出するものらしい。
「神尾殿」
と言って議長ぶりの太田筑前守が主膳の名を呼び、その言わんとするところを言わせようと催促しました。
「ちとお聞きづらいことのようではござるが、言わんとして言わでやむは武士の本意でない、その上に、このことは甲府城を預かる我々一統の面目にもかかることと存ずる故、この席で両支配並びに列座のおのおの方の御所存を承りたい」
 神尾の意気込みは烈しいのに、太田筑前守はそれをさのみ気には留めないようであります。駒井能登守は神尾の気色《けしき》のただならぬのと、それから武士の面目呼ばわりをすることが穏かでないのを、上席の筑前守が応対しないから自分で引受けて、
「我々一同の面目にかかるというのは一大事、何事かは存ぜねど、神尾殿の御腹蔵なき御意見が承りたい」
と言いました。
 能登守からこう言われて主膳は、さもこそという面付《かおつき》で、膝の上にさいぜんから後生大事に保管していた焼け残りの提灯を取り上げました。
「近頃、この甲府城の内外は甚だ物騒なことでござる、城下の町々で辻斬がほしいままに行われるかと思えば、破牢の大罪人があって人心を騒がす、その辻斬の曲者《くせもの》も未だ行方が判然せず、破牢の重《おも》なる罪人は影も形もなし、これ我々を在って無きが如く致す者共の振舞。その以前、御金蔵の金子《きんす》が紛失致したとやら、その盗賊の詮議《せんぎ》も今以て埒《らち》が明かず。あれと言いこれと言い、不祥千万《ふしょうせんばん》。その上に、このごろは毎夜の通り、この天守台の上に提灯が現われる、心なき町民どもは天狗魔物の為す業《わざ》と申しおれど、これ以て人間の為せし悪戯《いたずら》、我々を愚弄するにも程のあったもの。余《よ》のことは扨置《さてお》き、まず天守台の提灯から御詮議あって然るべく存じ申す」
 神尾主膳は、焼けた提灯を捻《ひね》くり廻しながらこう言いました。
 神尾主膳のこの発言は無遠慮に聞えました。列座の誰をも不愉快に感じさせましたけれど、その言うことには筋道がありました。神尾がいま並べたようなことは、その一つがあっても、役人の重き越度《おちど》と言わなければなりません。神尾とてもその責めを分つべき勤番のうちの上席の方の身分でありながら、それをこの席へ持ち出すということは、あまりに無遠慮であると思いました。
 太田筑前守がそれを抑《おさ》えないのも気の知れないことだと眼を※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]《みは》るものもありました。駒井能登守は主膳の無遠慮な発言を聞いて、やはり沈黙していました。
 そうすると神尾主膳は、先程はやや甲走《かんばし》っていた声がようやく落着いて、提灯を枷《かせ》に使いながら、一人舞台のように主張をはじめてしまいました。
「まさしく何者かがあって、この提灯を夜な夜な天守の上へ掲げて我々を愚弄したものと相見える、奇怪千万のことと申さねばならぬ、この用捨し難き悪戯は、何者の手によって為されたかきっと訊《ただ》さねばならぬ。しかし、これと言うも末のこと、斯様《かよう》に我々を愚弄致すものがあるのは、つまり上《うえ》が悪い、上の風儀が乱れているが故に、下これを侮《あなど》る、まず以て上の士風から正さねば相成るまい、上に立つ者の風儀が乱れていては、いくらそれぞれの係の者が骨を折ったからとて所詮《しょせん》無益、一向に人のしめし[#「しめし」に傍点]にはならぬ、かえっていよいよ軽侮《けいぶ》を加えるのみじゃ、まず以て上流の風儀が肝腎《かんじん》」
と言って神尾主膳は、駒井能登守を尻目にかけるようにしました。これは、いよいよ無遠慮な言い分に相違ないことであります。
 上流の士風というようなことを、別人ならぬ神尾主膳の口から聞くことは、淫婦の口から貞操が説かれ、折助の口から仁義が論ぜらるるようなものであるけれど、それにしても、この席で神尾の上流としては、太田筑前守と駒井能登守があるくらいのものであります。これらの上席をそこへ置いて、こんなことを言うのは、この上もなき礼を失した言語挙動であります。神尾とても、そのくらいの礼儀を弁《わきま》えない男ではなかろうけれど、それを満座の中でかく主張するからには、やはり例の通り、何かの魂胆があることと見なければならないのであります。
 神尾の言い分も怪《け》しからんものであるけれど、それをまた抑えようとも咎《とが》めようともしない太田筑前守の座長ぶりもまた、気の知れないものであります。筑前守の態度は、神尾に言うだけのことを言わせてしまおうという態度のように見えることであります。その無礼と無作法とを黙認していることのように見えることであります。
 筑前守のこの煮え切らない座長ぶりは、自然に神尾の無作法を嗜《たしな》める責任が駒井能登守の手に落ちて来るようになりました。上席の責任上、こういうことを神尾一人に言わしておくのは、その威厳にもかかるし、列席の不愉快を招くことが大きいのであります。やむことなく駒井能登守が、神尾主膳の矢表《やおもて》に立つことになりました。
「神尾殿、貴殿の御意見は一応|御尤《ごもっと》もなれど、それではどうやらこの甲府城内の上流の者に、風儀を乱すものがあるように聞えて甚だ聞苦《ききぐる》しい、角《かど》の立たぬように、御意見のあるところだけを述べて欲しいものじゃ」
 駒井能登守からこういわれたのを機会に、神尾主膳は、能登守の方へ向いて正面を切りました。
「これは御支配の駒井殿、お言葉ながら拙者は元来、礼に嫻《なら》わぬ男、ついついお気に触《さわ》るようなことを申さぬとも限らぬ、これというも城内の士分の風儀を重んずる心から致すこと、別意あってのことではござらぬ、お咎めを蒙《こうむ》った上流の者のよくない風儀ということにも、ちと心当りあればこそ申すこと、これを大目に見逃しては、旗本の名誉が地に落つる……」
「それは聞捨てになり難い」
 神尾主膳からこう挑戦的に出られてみると、駒井能登守も意気込まないわけにはゆきません。
 こうして引き出されて神尾の手に載せられることは、能登守にとっては極めて不利益なのはわかっているが、私の場合においては避けて避けられることも、こうなっては避けられないのであります。
「いかにも聞捨てになり難いことでござる」
 神尾主膳は膝を進ませました。
 列席の人々は、意外の光景になって行くのを見ました。駒井能登守対神尾主膳の取組みのような形になって行くのを見ました。神尾が、能登守の上席に対して不平であって、事毎にそれに楯を突こうとするの形勢は、大抵の勤番は知っていました。能登守がまたそれに相手にならず、勉《つと》めて避けている態度を、奥床《おくゆか》しいとも歯痒《はがゆ》いとも見ている人もありました。しかし、公《おおやけ》の席で、こんなふうに正面《まとも》にぶつかりそうになる形勢は初めて見ることであります。ことに今日は神尾主膳から仕掛けて行って、敵を引張り出そうとする形勢が歴々《ありあり》と見えるから、能登守のために密《ひそ》かに心配する者もありました。それを太田筑前守がなんとも言わないのは、いよいよ以て怪《け》しからんことです。両々共に騎虎の場合になって退引《のっぴき》ならないのでありますから、この時に、太田筑前守がなんとか言って調停しさえすれば、とにかく鶴の一声でこの場は納まるべきはずであります。それを無言《だま》っている筑前守の気が知れないのであります。
 筑前守が調停しないものを、それ以下の者が口を出すわけにはゆきません。それを神尾はいよいよ得意になって、
「列席のおのおの方にもさだめてお聞きづらいことでござろうけれど、さいぜんも申す通り、これを聞捨てに致し見捨てに致す時は、我々旗本の名誉が地に落つる、それ故、言い難きを忍んで申し上げる、おのおのにもお聞きづらきを忍んでお聞き下されたい。さて、御支配、駒井殿、ここでそれを申しても苦しうござりますまいか」
「勿論《もちろん》のこと、旗本の名誉が地に落つるというほどの重大事ならば、誰に遠慮も要らぬ、明白に承りたい」
「しからば申し上げる、近頃、この城中の重き役人にて、身分違いの女を愛する者があるやに専《もっぱ》らの噂」
「なんと申さるる」
「身分違いの女子を寵愛《ちょうあい》して、妻妾《さいしょう》の位に置くものがあるとやら」
「ははは、何事かと思えば家庭の一小事、そのようなことはこの席に持ち出すべきものでござるまい」
と言って駒井能登守は、笑ってその言いがかりを打消そうとしましたが、神尾主膳は冷笑を以てそれに酬《むく》いました。
「その人にとっては家庭の一小事か知らねど、武士の体面よりすれば、なかなか一小事ではござらぬ。いかにおのおの方に承りたい、たとえば旗本の身分の者が、仮りにほいと[#「ほいと」に傍点]賤人の女を取って妻妾となし、それにうつつを抜かして世の人に後ろ指ささるるようなことがあらば、それが家庭の一小事で済まされようや、また左様な人物が上に立つ時に、いかで下々《しもじも》の侮りがなくて済もうや、これが一大事でなければ、もはや武士とほいと[#「ほいと」に傍点]賤人との区別はない、士風の根本が崩れ申す」
 神尾主膳は、駒井能登守の面《おもて》を見つめました。「これでもか」という表情と冷笑と、それから勝ち誇ったような下劣な得意とを満面に漲《みなぎ》らせていました。
 列席の者は、神尾の言い分の道理あるやなきやの問題ではなく、その言うことに不快を感じて座に堪えられないようなものもありました。駒井能登守は神尾にこう言われて、一時《いっとき》沈黙して眼をつぶりました。企《たく》んだな! とこう思って駒井能登守のために同情し、神尾の挙動を悪《にく》む者も少なくはありません。
 確かにこれは駒井能登守が窮地に陥ったなと、予《かね》ての噂を聞いている者は、ひとごとながら見てはいられない気の毒の感じを起したものも少なくはありません。
 この場合、能登守を救うのは、誰よりも先に太田筑前守の義務でなければならぬ。今まで神尾にこういうことを言わせて置いたことでさえが緩慢の至りであるのに、ここでなお黙っていて能登守の急を救わなければ、それは武士の情けを知らないのみならず、寧《むし》ろ神尾と腹を合せて、神尾をして充分に能登守を弾劾させようとする策略があると言われても申しわけがありません。それでも、やはり筑前守は知らぬまねして、神尾の一言一句にも干渉することをしませんでした。
 一座は白け渡ってしまいました。その中には、眼の色を変えて能登守のために、神尾に飛びかかろうという権幕のものも見えました。また神尾の言うことを小気味よしとして、能登守が窮したのを内心快くながめている者もあるようです。
 一時沈黙して眼を閉じていた駒井能登守は、やがて眼を開きました。
「神尾殿、近ごろ苦々しき噂をお聞き申す、しかしともかくそれは一大事。して左様な噂を立てられた人物というのは何者にや、してまたその人物が寵愛するという身分違いの女子《おなご》の素性《すじょう》というのはいかなる者にや、その辺を委《くわ》しくお聞き申したい、それらの者の姓名もお包みなく、これにてお明かし下されたい」
 能登守の声は、少しばかり顫《ふる》えを帯びていたようであります。けれども終《しま》いはキッパリとして、神尾主膳の面を篤《とく》と見つめながら言葉も色も動きませんでした。
「それは申し上げぬが花と存じ申す。しかしながら、言い出した拙者の面目、軽々しく世上の根無《ねな》し言《ごと》を、この公けの席へ持ち出したとあっては迷惑、それ故、噂は噂として、その噂の中より拙者の見届けた真実だけを申し上げる。拙者がまだ当地へ参らぬ以前のこと、伊勢の国の大神宮へ参拝致した、その途中、かの間《あい》の山《やま》と申すところに、名物のお杉お玉と申すものがおって、三味を弾《ひ》いて歌をうたい、客の投げ与うる銭を乞うていた、そのお杉お玉両女のうち、お玉と申すのがことのほか姿容《きりょう》がよい、それによく間の山節という歌をうたい申す、拙者も旅の徒然《つれづれ》に、右のお玉を旅宿に招《よ》んで歌を聞き申した、なるほど姿は鄙《ひな》に珍らしい、その歌も哀れに悲しい歌で涙を催した。しかるに近頃思いがけなくもこの甲州の土地へ来て、全く思いがけぬところでそのお玉という女子を見申した。それはただいま現在に、この甲府でさる重い役人の寵愛《ちょうあい》を受けているということを聞いて、いよいよ思いがけない思いを致した。おのおの方、そのお玉という者をいかなる素性の女子と思召す、姿こそ美しけれ、歌こそ上手なれ、それは彼地《かのち》にてほいと[#「ほいと」に傍点]というて人交りのならぬ身分の者、一夜泊りの旅人さえも容易に相手に致さぬ者を、知らぬ土地とはいえ、この甲府へ来て、あの出世、氏《うじ》のうして玉の輿《こし》とはよく言うたもの。ただし女は出世で済まそうとも、済まぬは我々旗本の身分、ほいと[#「ほいと」に傍点]賤人を寵愛して閨《ねや》の伽《とぎ》をさせるはすなわちほいと[#「ほいと」に傍点]賤人に落ちたも同然、もし我々同族のうちに、左様な人物がありとすれば、同席さえも汚《けが》れではござるまいか。左様なことはないことを望む、左様な人物はあってはならぬけれど、左様な人物あるがために士風を汚し、庶民の侮《あなどり》を買うような仕儀に到らば打捨てては置かれまい、よし一人の私情は忍び難くとも、流れ清き徳川の旗本の面目のために……」
 主膳は今日を晴れとこんなことを絶叫しました。能登守は静粛《じっ》として聞いていたけれども、座中にはもう聞くに堪えない者が多くなって、雲行きが穏かでないのを、太田筑前守が、この時になってようやく調停がましき口を利き出しました。
 今ごろになって調停がましい口を利き出すなぞは、かなりばかばかしいことであります。
 気の毒なことに駒井能登守は、すっかり彼等が企みの罠《わな》にかかってしまいました。ここに至るまでには一から十まで企みに企んであった仕掛を、能登守は一つも覚《さと》ることなくしてこの場に身を置くようになったのは、返す返すも気の毒なことであります。
 太田筑前守は程よくこの会議を切上げる挨拶を述べ、神尾主膳は勝ち誇った態度で揚々と座を立ち、そのほか集まる人々がおおかた席を退いたけれども、駒井能登守は柱に凭《もた》れ腕組みをして俯向《うつむ》いていました。
 すべての人が席を退いたあとで、能登守はそこを立ち上りました。その時に面色《かおいろ》は蒼ざめていました。足許がよろよろするのを、辛《かろ》うじて刀を杖にして立ったように見えました。さすがにこの人とても非常なる心の動揺を鎮めるのに、多少の苦しみを外へ現わさないではいられないのでしょう。それでも玄関へ出た時分には、なにげない面色で家来たちを安心させました。お供の家来たちは、不幸にして主人の受けた恥辱と、その心の中の苦痛を知らないのであります。
 こんなわけで、能登守の乗物は無事に邸へ帰るのは帰ったけれど、その時になって大きな騒ぎが起りました。主人が御番所において受けた容易ならぬ恥辱を、お供の者が知らない先に、邸へ知らせたものがありました。そこで家老とお供頭《ともがしら》との間に、烈しい口論がありました。口論ではなく家老がお供の者たちを罵《ののし》って、
「腰抜け! たわけ者! ナゼその場で神尾主膳を討って取らぬ、その場で討つことが叶《かな》わずば、途中においてナゼ神尾主膳の同列へ斬り込んで討死をせぬ、よくもおめおめとお供をして帰って来られたものじゃ」
 家老のお叱りにあって、お供の者は一言もないのであります。家老のお叱りそのものが何を意味するのだかを合点することができませんでした。
 これは無理のないことで、たとえば毒を飲まされた時に、飲まされた当人が黙って堪《こら》えている以上は、外から見て、その苦痛や惨烈の程度がわからないのはあたりまえのことであります。
 駒井家の邸内は沸騰しました。これから神尾主膳の邸へ斬り込まんとする殺気が立ちました。それを厳しく押えた能登守は、追って自分の沙汰《さた》するところを待てと言って、例の研究室へ入ってしまいました。その邸内がこんなに混雑したのみならず、この噂は城下一般に燃え立ちました。駒井能登守の家来が、今にも神尾主膳の屋敷へ斬り込んで来るという噂が立ちました。神尾の屋敷では、それこそ面白い、そうなれば能登守が恥の上塗り、見事、斬り込んで来るなら来てみろという意気込みで、人を集めて待ちうけました。
 その附近の家々では家財道具を押片附けて、今にも戦争が始まるかのように慌《あわ》てるものもありました。しかし、その形跡がないうちに、またも噂が立ちました。
「駒井能登守が自殺した」
という噂が立つと、神尾家の者共は、それ見たことかと得意満面でありました。まもなく自殺は嘘で、心中だ! という噂も立ちました。そうだろう、心中だろう、相手がよいからそんなことだろうと言って、また笑ったり囃《はや》したりしました。
 ところが、それらの噂はみんな嘘で、能登守は相変らず研究室へ籠《こも》って大砲の研究をしていると言うものもあって、何が何だかわからなくなりました。
 邸の中はひっそり[#「ひっそり」に傍点]していましたけれど、邸の外は囂々《ごうごう》として上も下もこの噂で持切りでありました。このことからして、能登守の信望は地を払ってしまいました。
 能登守に幾分か同情を持っている者は、お君という女が、人交りのならぬ分際の者でありながら、素性《すじょう》を包んで能登守を騙《たぶらか》し、それを窮地に陥れたことを、悪《にく》むべき女、横着の女であるとし、それをうかと信用して疑わなかったのは、つまりは能登守の宏量《こうりょう》なる所以《ゆえん》であって、罪は一《いつ》にお君にあるように言っていました。
 つまりその宏量というのは世間を知らないということで、どのみち素性を隠してお妾になろうというほどの女だから、旨《うま》い物を食って、いい着物を着せて貰いさえすれば、殿様であろうと、折助であろうと、誰でも相手にする女郎と同じことの女を寵愛してお部屋様に引上げ、それがために家門を潰《つぶ》すようなことにまでなるのは、お気の毒とは言いながら、よっぽどおめでたく出来ている殿様だと口穢《くちぎたな》く罵る者もありました。殊に例の折助社会に至っては、こんなことは待っていましたという程に喜ばしい出来事で、あらゆる醜陋《しゅうろう》と下劣の言葉で、皮肉と嘲弄の材料にしていました。
 こんな塩梅《あんばい》で、士分の間にも、町民の間にも、能登守に同情を寄せる者は一人もなくなってしまいました。内心は同情を寄せる者があっても、それを口にすると自分もまたほいと[#「ほいと」に傍点]であり賤人であるかの如くさげすまれるのが辛いから、御多分に洩れず口々に、能登守の行いを汚らわしいものとして罵っていました。見かけ倒しの惚《のろ》い殿様だといって、世間の口の端《は》に調子を合わせては笑い物にするのが多いのであります。
 能登守の邸はその当座閉門同様です。なんでもあの席から帰ったあとへ、若年寄からの伝達があって、不日、能登守は江戸へ呼びつけられるのだということです。
 それでいま頻《しき》りに邸内の整理をし、暇を遣《つか》わすべき家来たちには暇を遣わし、引次ぐべき事務は引次ぎ、邸外へ送り出すべき荷物は毎日送り出して、頻りに始末を急いでいるのだということであります。それで、いよいよひっそり[#「ひっそり」に傍点]している邸内の模様にひきかえて、外の評判は刻一刻に高まって行くのでありました。その評判を煽《あお》るのは神尾主膳の一派であるらしく、汚らわしい者を妾にかかえたのみならず、破牢の罪人を隠匿《かくま》って逃がしてやったり、甚だしいのは盗賊を出没させて城中城下から金を盗ませ、それをひそかに蓄えて、他日この甲府を根城に、事を起す時の軍用金として準備しているというようなことまで言い触らす者があります。
 神尾主膳は、あれだけでは飽き足らないで、あらゆる流言を放ってこの機会に、駒井能登守というものを士民の間の憎悪《ぞうお》と怨府《えんぷ》とにしてしまおうという策略のように見えました。
 この策略が図に当って、駒井能登守は逆賊の片割れであり、屠者賤民の保護者であるように思われてきました。
 能登守の邸の中へ、外から石が降りはじめたのは、いくらも経たないうちのことであります。その石の雨が一晩毎に殖《ふ》えてゆきました。それでも能登守の屋敷内はなぜかひっそり[#「ひっそり」に傍点]したものでありましたから、いい気になって石の雨が昼も邸の中へ降って来る有様とまでなってしまいます。
 夜はようやく人が出て面白半分に石や瓦を投げ込むのであります。そうして聞くに堪えない罵詈讒謗《ばりざんぼう》を加えては哄《どっ》と鬨《とき》の声を揚げる有様は、まるで一揆《いっき》のような有様でありました。
 しかし、遠巻きにしてこんな乱暴を加えるだけで、誰も近づいては来ませんでした。それはこの邸には大砲というものがあるし、また主人の能登守は無双の鉄砲上手であるということが、怖れの重《おも》なる理由であるらしい。
 そうしているうちにある日、駒井家の門が八文字に開きました。そこから威勢よく馬を乗り出したのは、例の通り筒袖の羽織に陣笠をいただいた駒井能登守でありました。
 それに従うた家来が十人ばかり、いずれも徒歩《かち》でありました。この一行は勢いよく表門を乗り出して、八日市通りを東に向って練り出しました。
 それと気のついた者は早くも立ち出でて、
「御支配が江戸へお引上げになる」
といって騒ぎました。騒いだけれども、一行の威風に呑まれて、夜陰《やいん》屋敷へ来てするように罵ったり、石を投げたりする者はなく、ただ一種異様の眼を以て見送っているうちに、馬蹄《ばてい》の音は消えて、一行は早くも甲府の城下を去ってしまいました。
 一行の姿が見えなくなってから、また噂は喧《かまびす》しくなりました。
 ああしてこの甲府から引上げた能登守は、問題のあの身分ちがいのお部屋様というのを、どう処分なされたのだろうということが評判の種とならずにはいません。
 そのうちに恐ろしい噂が立ちました。
 それはお部屋様のお君が自害してしまったという噂と、殿様のお手討に遭《あ》ってしまったという二説であります。自害説よりは、お手討説の方が有力でありました。
 駒井能登守はその立退きに当って、寵愛のお君の方を斬って二つにし、井戸へ投げ込んで立去られたと、見て来たように言う者もありました。そうではない、家臣の者がお君の方を刺し殺して、井戸へ投げ込んで引上げたのだという者もありました。
 ともかく、すべての者にお暇が出て、そのうちの一部の者は殿様がつれてお引上げになるうちに、ついにお君という女がどうなったかは、誰もその行方《ゆくえ》を知るものがありません。ことにその行方を知りたがって細作《しのび》をこしらえておく神尾派の者までが、ついにその消息を知ることができませんでした。
 総て知りたがっていることがわからないのだから、それでさまざまの揣摩《しま》と臆測とが、まことのように伝えられて来るのはもっとものことであります。
 そこで駒井能登守の屋敷は実際上の明家《あきや》となってしまい、筑前守の手に暫らく預かることになりました。二三の番人が置かれることになったけれども、その番人が夜になると淋《さび》しがってたまりません。
「お化けが出る」
という噂が、またパッと立ちはじめました。そのお化けを見たものがあるのだそうです。一人や二人でなく、幾人もそのお化けをみたという人が出て来ました。
 その説明によると、お化けは若い美しい凄いお化けで、手に三味線を持っているということです。
 それが肩先を斬られて血みどろになって、井戸の中から出て来て、屋敷をさがし歩いては泣くということであります。
 人の口《くち》の端《は》というものは、それからそれと枝葉が出るもので、能登守が馬に乗って門を出た時に、若い女の姿が真白な着物を着て、烟のようになって、能登守の馬のあとから追って行ったのを見たという者まで出ました。
 その当座は、またまたその噂で持切りで、能登守の屋敷あとは、金箔付の化物屋敷にされてしまい、そのお君の方を斬り込んだと伝えられる井戸は固く封ぜられ、ついにはその屋敷の前を通る者さえ少なくなりました。
 宇治山田の米友がこの噂を聞いたらどうだろう――そう言えば、袖切坂下で下駄を持ちあつかったあの男は、今どうしている。

         六

 わが親愛なる宇治山田の米友は、袖切坂で拾ったお角の下駄を持ちあつかって、一里の間も二里の間も持ち歩いていました。
 いつまでもその下駄を持って歩いたところで仕方がないから、ついに笛吹川の上流にあたって、とある淵の中へ思い切ってその下駄を投げ込んでしまいました。
 それから米友は大菩薩峠を登りにかかりました。
 例の跛足《びっこ》を俊敏な体と手慣れた杖とに乗せて、苦もなく峠を登って、やがて大菩薩峠の頂に着きました。
 頂上には妙見の社《やしろ》があって、その左の方に二間に三間ぐらいの作事小屋《さくじごや》があります。
「やれやれ」
 作事小屋には、誰か仕事をしかけて置いてあるらしく、切石がいくつも転がって、石鑿《いしのみ》なども放り出されてありました。
 石工《いしく》の坐ったと思われるところの蓆《むしろ》の上へ米友は坐り込んで、背中の風呂敷から、お角の家でこしらえてもらった竹の皮包の胡麻《ごま》のついた握飯《むすび》を取り出して、眼を円くしていましたが、やがてパクリと一口に頬張りました。
 握飯は大きなのが五つ拵《こしら》えてありました。それですから米友が、いま一つ頬張ってムシャムシャ喰っていると、竹の皮包の中には四つ残るのであります。
 その大きなのを一つ食べてしまってから、米友は峠の下から汲んで来た竹筒の水を取って飲みました。それからまた握飯を一つ取って頬張りました。それを食べてしまうと、また竹筒の水を取って飲みました。三つ目の握飯を米友が食べてしまった時に、惜しいことには竹筒の中の水を飲みつくしてしまいました。これは握飯の塩が利き過ぎていたせいか、或いは米友の咽喉が乾き過ぎていたせいか知らないが、ともかく、米友としては少し飲み過ぎた傾きがないではありません。
 胡麻のついた握飯は、まだあとに二個残っているのであります。それだのに水は早や尽きてしまいました。それは米友でなくても、山路を旅して腹の減った時分に、握飯を噛《かじ》るほどおいしい[#「おいしい」に傍点]ものはおそらくこの世になかろうはずのものであります。まして小兵《こひょう》ながら健啖《けんたん》な米友が、この場合に五箇《いつつ》の握飯を三箇《みっつ》だけ食べて、あとを残すというようなことがあろうとも思われませんのです。けれども水は尽きてしまいました。
「ちょッ、水がなくなってしまやがった」
 しばらく思案していた米友は、さいぜん登って来る路のつい近いところで、水の流れる音を聞いたことを思い出しました。それを思い出すと竹筒を取り上げて、杖なしで、さっさと峠道を少しばかり下りて行きました。それは竹筒へ水を汲まんがためであることは察するまでもありません。
 この小説の、いちばん最初の時に、巡礼の姿であったお松という少女が、これと同じようなことを、これと同じところで繰返していたのであります。その時の少女は、老人の巡礼につれられていましたけれど、今の米友はたった一人であることと、その時のお松は瓢箪《ひょうたん》へ水を汲みに行ったけれど、今の米友は竹筒を持って行ったことが、違えば違うようなものです。
 曾《かつ》てお松が、この下の黄金沢《こがねざわ》の清水を瓢箪に満たして、欣々として帰って来たその間に、連れの老巡礼は見るも無惨な最期《さいご》を遂げていました。
 それらの出来事は、いっこう米友の知ったことではありません。米友もまた、期せずして前にお松が汲んだろうと思われるあたりの沢の清水を竹筒に満たして、欣々として、もとのところへ帰って来たけれど、そこにはなんらの意外な変事も起っていた模様も見えません。
「おや」
 なんらの変事もないと思ったのは、米友がこの峠を初めての旅人であったからであります。竹筒を持って作事小屋の中へ入った時までは気がつかなかったけれど、そこへ来て見ると、今の米友にとってはかなり重大な変事が起っていることを知りました。
「握飯《むすび》がねえや」
 五箇《いつつ》の握飯のうち三箇を食べてしまって、あと二箇を残しておいたことは紛れもなき事実であります。その二箇とても、なにも嫌《いや》で残したわけではない、食べたくて食べたくてたまらないのだけれど、それをなるべくうまく食べようと思って、わざわざ途中で休んで水を汲みに行ったものであります。その取って置きの二箇の握飯、しかも胡麻《ごま》のついた大きなのが、わずかの間に消えてなくなっていたのだから、さすがの米友も力を落さないわけにはゆきません。
 しかし、米友の気象《きしょう》として、一時は力を落しても、そのまま引込んでいることはできないのであります。
「太え奴だ、誰が盗《と》りやがった、人の大切の胡麻のついた握飯《むすび》を盗んだ奴はどこにいる、こっちは嫌で残しておいたんじゃねえや、これから水を一杯《いっぺい》飲みながら、旨《うま》く食べようと思って取って置いたんだ、それを持主に黙って盗った奴はどこにいる、遠くへ逃げる隙があるわけでねえから、どこかそこらにいやがるんだろう、この堂の中か、堂の後ろあたりに隠れていやがるだろう、やい、人の大切の胡麻のついた握飯《むすび》を盗った奴はどこにいる、ここへ出て来い」
 米友は眼をクルクルして堂の中や、堂の後ろを見廻したけれども、人の気配は無いのであります。それで米友も、怒ってはみたけれど、拍子抜けのようでもあり、自分ながら解《げ》せないのであります。人通りの多かるべきところでもないこの山路で、こんなにすばしっこく握飯を掠《かす》められようとは、米友としても思い設けぬことでもあり、ことにその傍には、ほかに荷物を入れた風呂敷包もあれば、笠や杖もあるのに、それらには眼も触れないで、握飯だけを取って行ってしまったのは、よほど食辛棒《くいしんぼう》の泥棒か、そうでなければ、飢えに迫っての旅人の仕業《しわざ》としか思われないのであります。そのいずれにしても、この僅かの間にそれをせしめるというのは、敏捷を以て誇りとする米友には、癪《しゃく》な芸当であると思いましたから、米友は、一旦は怒って、それから後は空《むな》しく竹の皮の亡骸《なきがら》を見つめて思案に暮れていました。
 米友はじっと腕組みをして思案に暮れている時に、頭の上の栗の大樹の梢で、
「キャッキャッ」
という声。米友が頭を上げるとその大樹の幹に、一群の動物がいることを知りました。
「畜生、こいつら、手前《てめえ》たちの仕業だな」
 米友はそれを見るより勃然として怒りました。見上げる栗の大樹の梢にたかっている一群の動物は猿であります。その猿どもが、大切の胡麻のついた握り飯を持って、それを一口食っては米友に見せ、二口食っては米友に見せているのであります。それからほかの猿はまた尻を米友の方へ向けてバタバタ叩いたり、木の枝を揺《ゆす》ったりして、しきりに米友に向って挑戦をするらしいのであります。
「畜生!」
 米友は歯噛《はがみ》をしました。僅かの間に畜生どもにばかにされたかと思うと、米友の気象ではたまらないのであります。直ちに手慣れた杖を取り上げましたけれど、不幸にして彼等はあまり高いところにいるのであります。さすが手練の米友の槍も、距離においてどうすることもできません。
「よし、こん畜生!」
 米友は杖を捨てて石を拾いました。拾った時、石はすでに空《くう》を飛んでいました。
 その覘《ねら》いは過つことなく、米友が石を拾ったかと思うと、ほとんど一緒に、
「キャッ」
と叫ぶ声が樹の上でして、※[#「てへん+堂」、第4水準2-13-41]《どう》という音が米友の足許でしました。
「こん畜生」
 その時、米友は一匹の大猿の首筋を後ろからギュウと抑えて、膝の下へ組み敷きました。抑えられた猿は苦しさに絶叫したけれど、浅ましいことに、胡麻のついた握飯《むすび》をその手から放すことではありません。
「手前たちは憎らしい畜生だ」
と言って米友は、猿の頭を二つ三つぶんなぐりました。猿は殺されることかと思って、苦叫絶叫して悶掻《もが》いたけれど、米友は懲《こ》らしめるだけで、事実殺す気はなかったものらしくあります。少しばかり懲らしめて突っ放してやるつもりで、二ツ三ツぶんなぐったのを、当の猿は殺されるのだろうと思って、あらん限りの絶叫をしました。
 そうすると樹の上に見ていた猿どもが、バラバラと樹から飛んで下り、一様にキャッキャッと物凄い叫びを立てました。
 その物凄い叫びを聞くと、どこにいたか知れない無数の猿が、谷から谷、樹から樹を潜《くぐ》って、続々として走《は》せ集まって来ました。その面《つら》の色は、いずれも物凄い色をして眼を剥《む》き出し、白い歯を剥き出して、丸くなって米友をめがけて襲いかかって来ました。
 米友は猿を怖れるのではありませんでしたけれど、その数の多いのを見ては驚かないわけにはゆきません。そうして彼等の面《つら》が、いずれも獰悪《どうあく》な色を現わしていることを見て取らないわけにはゆきませんでした。
「この奴ら、俺《おい》らに手向えをするつもりだな。こん畜生」
 正直な米友はまた、この猿どもの不遜な挙動を憎まないわけにはゆかないのであります。人の物を盗んでおきながら、その懲《こ》らしめを怖れずにかえって反抗し来《きた》るとは、身の程知らぬ猿どもだと思ってムキになりました。
 それで米友は、抑えつけていた大猿の頭を、一つガンと食《くら》わせました。大猿はギューと言って息が絶えた様子であります。その時に猛《たけ》り立った群猿は、八方から一時に米友をめがけて飛びかかりました。
「猪口才《ちょこざい》な、こん畜生め」
 米友はその大猿を片手で掴んで群猿の中へ投げ込んで、例の手慣れた杖槍を押取《おっと》りました。
「こいつら!」
 その杖槍を縦横に打振ると、猿どもはバタバタとひっくり返ったり飛び散ったりするが、直ぐにまたその後から後から後詰《ごづめ》が出で来るのであります。或る者は木の上へ登ってそこから木の枝を投げおろしました。或る者は妙見の社や作事小屋へ登って石ころの雨を降らせました。米友はその杖槍をりゅうりゅうと揮《ふる》って、その傍へ猿どもを寄せつけないのであったけれど、この騒ぎと猿どもの絶叫を聞いて、附近の山々谷々から続々と集まって来る猿の数の夥《おびただ》しいことと、その面色《めんしょく》の穏かならぬことにはいよいよ驚かないわけにはゆかないのであります。
「こうなりゃ、一匹残らず突殺してやるから覚えていやがれ」
 米友はとうとうその杖槍に、しかと穂先を穿《は》めました。それを下段に構えて、当るところのものを幸い、一匹残らず槍玉に揚げて、峠の谷を埋めてやろうと決心しました。
 多勢を恃《たの》む猿どもはいよいよ驕慢《きょうまん》でありました。けれど怜悧《れいり》な彼等は、いつも相手の実力を見るのに鋭敏でありました。ですから米友はギラギラ光る穂先を杖の先にすげて、一匹残らずという手強い決心をしたのを見て取って、急いで木の上や、堂の上や、作事小屋の上へ飛び上り、そこから眼を丸くし、歯を剥き出して、米友を睨めてキャッキャッと叫んでいます。
 満山の猿は、米友一人を遠巻きに押取囲《おっとりかこ》んでしまいました。
 米友が少しでも隙を見せれば、彼等は一度にドッと押包んで、取って食おうというような形勢であります。
 単身を以てすれば猿に劣らぬ俊敏な米友も、こう多数を相手にしては、ドレを目当に懲《こ》らしていいか、わからないのであります。それで米友は歯噛《はが》みをしました。
 かわいそうに米友も、畜類を相手にして立竦《たちすく》んでしまわねばならなくなりました。
 この時、どこからともなく、
「ホーイホイ」
という声。猿どもがキャッキャッと言っている中で、その声は、はじめは米友の耳へ入りませんでした。つづいて、
「ホーイホイ」
という声。それが耳に入ったのは米友より先に、米友を取囲んだ猿どもであります。
「ホーイホイ」
 その時に、米友も風の声かと思いました。
「ホーイホイ」
 人間の声であることは紛れもないのであります。人ならば二三十人の声でありましょう。それが何人《なにびと》であって何のためにする声だかわかりません。こちらへ来る人の声であるか、またはどこかへ一団《ひとかたま》りになっている人々の声であるかもよくわかりませんでしたが、
「ホーイホイ」
という声がようやく聞え出して来た時に猿どもが、遽《にわ》かにどよめき出したことがよくわかります。
 米友の気象としては、敢《あえ》てこの猿どもを相手に取ることにおいて、人の加勢を願おうとは思わないのであります。それだから人の声がしたからとて、それに助けを得たとは思われたくないのであります。人が来ようが来まいが、こうなった上は一匹残らずこの傲慢不遜《ごうまんふそん》な猿どもを退治てやらなければ、虫がおさまらないと思っているのであります。ただどこから形《かた》をつけていいか、余りにその数が多いことによって、戸惑いをしているのに過ぎないのでありました。
「ホーイホイ」
 その声は相変らず、遠くもなく近くもなく、纏《まと》まって響いて来るのであります。猿どもは米友を睨めると共に、しきりにその声のする方を気にしているようです。
 そのうちにどうしたものか、猿どもの陣形が忽ち崩れ出しました。ひとたび陣形が崩れ出すと共に、畜生の浅ましさであろう、今までの擬勢が一時に摧《くだ》けて、我勝ちに逃げ出しはじめました。その崩れたのと逃げ足との、あまりに慌《あわただ》しいのは、米友をして呆気《あっけ》に取らせるほどでありました。
「ホーイホイ」
 その声が敢て近寄ったというわけでもありませんのに。だから米友も少しく拍子抜けの体《てい》でいた時分に、やや離れたところへ大きなものが一つ現われました。
「こんちは、ずいぶんいい天気でございますねえ」
 その大きなものは、米友とかなり隔たったところにいながら、こう言って米友に挨拶しました。
「いい天気だよ」
 米友もまた仏頂面《ぶっちょうづら》で返事はしましたけれども、その大きな物体を、なんとなく間抜けた男だと思わないわけにはゆきません。なぜならばその大きな男は、牛みたような体格をしている上に、面《つら》つきがいかにも暢気《のんき》らしく、その上に、自分でいい天気だと言いながら、この昼日中のいい天気に、松明《たいまつ》の大きなのに火をつけて携えているのですから、かなり間抜け野郎だと米友は見て取ってしまいました。
 なおその上に間抜けなことは、背中に大きな石地蔵を一つ背負《しょ》っていることで、それを背負ってウンウン唸りながら、ここまで登って来たと思われる御苦労さであります。
「こんちは」
 その大きな物体は、今、背中の石地蔵を作事小屋の中へ運び入れて、台の上へ寝かしておいてから、額の汗を拭き拭きまた米友の前へ来て、二度目に、こんちは、と言いました。
「こんちは」
 米友もまた妙な面《かお》をして、この男に挨拶を返しました。
「お前さんは、この峠をお通りなさるのは初めてでござんすべえ」
と間抜けた男がニコニコしながら、米友にこう言いました。
「ああ、初めてだよ」
「だからお前さん、猿におどかされなすったのだ」
「ほんに憎い畜生よ」
 米友の余憤は容易に去らないのであります。
「何か猿が悪戯《いたずら》をしましたかね」
「俺《おい》らがここに置いた、胡麻《ごま》のついた握飯《むすび》を盗んで行きやがった」
「それをお前さんが調戯《からか》いなすったんでございましょう。だから猿がああして、仲間をつれて来て嚇《おどか》すんでございますよ」
「人をばかにしてやがる」
「ナーニ、猿だってそんなに悪い者じゃありましねえよ」
 この男は、なにげなき体《てい》でニコニコしていることが、米友には幾分か癪にさわらないではありません。この米友をさえ怖れなかった猿どもが、この間抜けた男が来たために逃げ出したとすれば、米友の沽券《こけん》にかかわらないという限りはない。米友は自分の実力でこの猿どもを懲らすことができないで、外来の人から追っ払ってもらって、それでようやく危急を逃《のが》れたというように見られることは心外でしょう。それですから米友は、よけいなお世話と言わぬばかりの面をして、大きな男を睨めました。
「猿を追っ払うには、力ずくではいけねえのでございますよ。初めての人は、この松明《たいまつ》がいちばんいいのでございますよ、松脂でもいいのでございますよ、猿は人間よりか火の方を怖がりますから、こうして火を持って歩くと、傍へ寄れねえのでございます。だからここを通る旅の人は、みんな松明を用心しているのでございますが、お前さんはそのことをお知りなさらねえから、それで猿がああして集まって来たのでございましょうよ」
「なるほど」
 この説明を聞いて米友は、なるほどと合点《がてん》しました。これによって見れば猿が逃げたのは、自分の実力よりもこの大男の実力を怖れたからではなく、全く火を持っているのといないのとの相違で、人物の如何《いかん》にはかかわらないのだという保証がついたようなものだから、それで米友はいくらか安心しました。そうしてみると、このよい天気に松明をつけて来たということが必ずしも間抜けではなく、それを間抜けと見た自分の無智であるということを悟らないわけにはゆきませんでした。そう悟ってみると、この男がいま背中へ背負《しょ》って来た大きな石の地蔵尊に、大した重味があることに気がついて、どこから背負って来たか知らないが、ともかく、この石の地蔵尊を背中につけて、この難渋な峠を登りつめたものとすれば、この大男の力量の測り知るべからざることに、今となって舌を捲かないわけにはゆかないのであります。
「こりゃなにかえ、お前が、この地蔵様をなにかえ、下から背負い上げたのかえ」
「エエ、左様でございますよ」
「一人で背負い上げたのかえ」
「エヘヘ」
「うーん」
 米友は唸《うな》って、その地蔵様と大男とを見比べました。米友は四尺足らずの精悍《せいかん》な小男であるのに、その男は牛のような大男で、それで年は自分と同じぐらいに見れば見られないこともないので、まだ前髪があるといえばあるのであります。
 米友も、自分の力においては自負しているところがあるつもりだけれど、この地蔵様を背負って、この六里の嶮道を越えるということは、残念ながら覚束《おぼつか》ないことであります。第一、自分の身の丈が許さないのであります。それですから、
「うーん」
と唸って、大男の面《かお》を見つめていました。
「お前はなかなか力がある。それでなにかい、槍も使えるのかい」
「槍?」
 大男は妙なことを言うと思って、米友の面《かお》を見ました。
「そうさ、力はあっても、槍を自由に使いこなすことはできないだろう」
「そんなことはできねえでございます、槍だの、剣術だのというものは、俺にはできねえでございます」
「そうだろう、こりゃなかなか生れつきなんだからな、力ばかりあったって、上手に使えるというわけのものでねえんだ」
 力の分量においてこの大男に及ばないことを自覚しかけた米友は、技《わざ》において優れていることを自負しようとしているもののようであります。
「お前さんはこれからどっちへおいでなさるんだね」
 大男は力や槍や剣術のことには取合わないで、米友のこれから行くべき方向をたずねるのでありました。
「俺《おい》らか、俺らはこれから江戸へ行こうというんだ」
「江戸へ。そうしてどっちからおいでなすったのだね」
「甲州から来たんだ」
「そうでございますか、それでは俺も、これから武州路を帰るのでございますから、一緒にお伴《とも》をして帰りましょう」
「そりゃ有難え」
「ホーイホイ」
「何だい、先からあの声は」
「猪《しし》が畑を荒すから、それを村方で追っ払っているのでござんすべえ」
 この大男が、沢井の水車番の与八であることは申すまでもありませんです。
 与八が背負って来たお地蔵様は、いつぞや東妙和尚が手ずから刻んだお地蔵様であることも、推察するに難くないことであります。
 肥大なる与八と、短小なる米友が打連れて歩くところは、当人たちは至極無事のつもりだけれど、他目《よそめ》で見ればかなりの奇観を呈しているのでありました。与八の歩くのは牛のようでありましたけれども、しかも大股でありました。米友の走るのは二十日鼠のようであって、しかも跛足《びっこ》なのであります。与八を煙草入とすれば、米友はその根付のようなものであります。与八を三味線とすれば、米友はその撥《ばち》みたようなものです。もしまた与八をお供餅《そなえもち》とすれば、米友は団子みたようなものであります。与八を猪八戒《ちょはっかい》として、米友を孫悟空《そんごくう》に見立てることは、やや巧者な見立て方であるけれど、与八は八戒よりも大きく、米友は悟空よりも小さいくらいの比較でなければなりません。
「お前、江戸に親類があるって?」
 悟空がたずねました。
「俺の親類は下谷にあるんでございます」
 八戒が答える。
「下谷? 俺らもその下谷へ訪ねて行こうと思うんだが、下谷はどこだい」
 悟空が再びたずねました。
「下谷は長者町というところなんでございますよ」
 八戒は念入りに再び答える。
「おや、下谷の長者町。俺らのこれから尋ねて行こうというところもやっぱりその下谷の長者町なんだが」
「そうでございますか、お前さんもその長者町に親類がおありなさるんでございますか」
「親類というわけじゃねえんだけれども、ちっとばかり世話になった人があるんだ」
「そうでございますか。そうしてお前さんの訪ねておいでなさるお家の商売は何でございますね」
「商売は医者だ」
「おやおや、俺の親類もお医者さんでございますよ」
「何だって。お前も同じ町内の同じお医者さん、それで名は何というお医者さんだい」
「道庵先生」
「道庵先生だって」
「そうでございますよ」
「俺らの尋ねて行くのもその道庵先生の許《とこ》なんだ」
 与八と米友とは偶然、その訪ねようとする目的の家を一つにしました。与八と米友はここで初対面のようでありましたけれど、実は初対面ではないのであります。
 前に一度、対面は済んでいるのでありました。しかしその対面は与八もそれを知らず、米友もまたそれを知らないのであります。与八はその時に米友を日本人として見てはいませんでした。米友もまたその時の見物にこの人があったことは覚えているはずがありません。それを知るものは道庵先生ばかりであります。この両人は途中の話頭《わとう》によって、おたがいに行く先の暗合を奇なりとして驚きました。
 それから山路を歩く間、二人の会話を聞いていると、かなり人間離れのした受け渡しがあるのであります。

         七

 恵林寺《えりんじ》の僧堂では、若い雲水たちが集って雑談に耽《ふけ》っておりました。彼等とても、真面目《まじめ》な経文や禅学の話ばかりはしていないのであります。夜になってこうして面《かお》を合せた時には、思い切って人間味のありそうな話に興を湧かすのであります。人間味というのは、なにも色恋の沙汰ばかりではないけれども、ここでは特にそうなるのであります。
 厳粛な僧堂生活の反動というわけではない。彼等とても強健な身体《からだ》に青年の血を湛《たた》えているのですから、そんな話に興味を起すことは無理もないのであります。それも話に興味を起すだけでは満足ができないで、事実においてこれらの連中には、垣根を越えて寺の外へ迷い出すものが少なくないのであります。
 そうして附近の遊廓や茶屋小屋へこっそりと遊びに行ったり、土地の女たちに通ったりする者がないではありません。それをする時に体《てい》よく組を別けて、一組は留守を守り、一組は垣根を越えて行くのでありました。こうして外へ迷い出して歩くものを、彼等の仲間で亡者《もうじゃ》と呼んでいました。
 これらを取締るのは例の慢心和尚の役目であります。けれどもあの和尚は、弟子どもがこんな人間味を味わいはじめたのを、まだ知らない様子であります。或いは知っていてもこの和尚は、それを大目に見ているのかとも思われないではありません。或いはあの通り図々しい和尚のことだから、遣《や》れ遣れ、若いうちはウンと遣ってみるがいい、なんかと言って蔭で奨励しているのだかも知れません。しかし、苟《いやし》くも宗門の師家《しけ》としてそんなことがあろうはずはありません。たとえ若気《わかげ》の至りとは言いながら、雲水たちの一部に、こんな人間味が行われはじめたということを知った以上は、和尚として儼乎《げんこ》たる処置を取ることでありましょう。
 この晩、右の若い雲水たちは、またも垣根を越えはじめました。垣根を越える時には、留守の当番に当った者が、垣根の下に立つのであります。外へ迷い出す者は、その留守の当番に当った者の肩を踏台にして、垣根を乗り越えることになっているのであります。もしその踏台の背が低い時には、肩でなく頭へ足を載せて乗り越えるのであります。今宵またその通りにして、五人の若い雲水が垣根を乗り越えました。踏台になった雲水は、明晩は自分の当番だということを楽しみにして帰り、その五人の者の寝床を、さも本物であるように拵《こしら》えておきました。そうして自分は蒲団《ふとん》の中に潜り込んで休みながら、こんなことを考えていました。
「このごろ、向岳寺の尼寺へ、素敵な別嬪《べっぴん》が来たとか来ないとか言って仲間の者共が騒いでいるが、ほんとに来たものだか来ないものだか、その辺はとんと疑問じゃ、よしよし明晩は行って、おれが見届けてやる、見届けたところで、どうしようというわけではない、俗人どものように張ってみようとか、振られて帰ろうとかいうような、そんなケチな了簡《りょうけん》で見届けに行くのではない、これも修業のためである、僧堂の中で慢心和尚の出鱈目《でたらめ》を聞いているばかりが修業ではない、和尚|来《きた》れば和尚、美人来れば美人……」
 こんなことをひとりで考え込んで力んでいるとその時、オホンという咳が聞えました。この咳は確かに慢心和尚の咳でありました。それを聞いた若い雲水はハッとして、ひとり言の気焔と北叟笑《ほくそえ》みとが消えてしまいました。和尚来れば和尚……と言って力んではいたけれど、その咳の声だけで縮み上ったところを見ると、美人が来ればやっぱり魂を抜かれてしまうでありましょう。そこでこの雲水は気焔と独り笑いとをやめて、蒲団を頭から被《かぶ》っているうちに、昼の疲れでグッスリと寝込んでしまいます。
 寝込んでしまってはいけないのです。実は迷い出した五人の亡者が戻るまで眠らないでいて、戻った合図を聞いた時には、また踏台として出て行かねばならぬ義務があるのであります。それを忘れて寝込んでしまいました。
 かくとも知らず、迷い出でた五人の亡者は、立戻って来て垣根の外へ立ちました。
 合図にトントンと垣根を叩くと案《あん》の定《じょう》、中からもトントンと垣根を叩いて答えます。
 外にいた亡者は、仲間の者の肩を踏台にして中へ入ると、中にまた踏台が待ち構えています。
 第一に乗り越えたものが、足を卸《おろ》して、中にいる踏台の肩を踏もうとして、勝手を間違えて頭を踏台にしてしまいました。これは間違ったと思ったけれども横着な心が出て、そのまま両足を頭へ載せてしまいました。下になった踏台はそれでも別に不平は言わないのであります。なぜならば明晩は、自分が同じようにして人の頭を踏台にすることができるのだから、鎌倉権五郎《かまくらごんごろう》のような野暮《やぼ》を言うものはありません。
 しかし、この頭は踏台としてはあまりに円くありました。坊主の頭に円くないのは無いようなものだけれども、それにしてもあまりにまる過ぎたから、危なくツルツルと辷《すべ》りそうなのを、体《たい》を転じて辛《から》くも飛び下りました。
 第二の亡者はそれでも幸いに肩を踏んで無事に入りました。第三のはまたツルツルした頭を踏台にして、第一と同じように危なく飛び下りました。そのほか、第四、第五も、肩を踏台にしたり頭を踏台にしたりして、ともかく迷い出でた五人の亡者は、また無事に寺へ舞い戻ったのであります。
 勿論《もちろん》、これは深更のことであり、また秘密の行いでありますから、極めて物静かに行われたのであります。外から来た亡者はもとより口を利《き》かず、中にいた踏台もまた一言半句を言わないで、あちらを向いて従容《しょうよう》として踏台の役目を果してしまったのであります。
 そうして彼等は無言のうちに寝室へと急ぎ、踏台もまた、いつか知らない間にどこへか片づいてしまいました。広い寺の境内は森閑として、静かなものになってしまいました。
 ここに寝室へ帰って来た五人の亡者が、ハッと度胆《どぎも》を抜かれた出来事が一つありました。今、ここで雷のような鼾《いびき》をかいて口をあいて寝ている雲水は、たしかにいま踏台になったはずの雲水なのであります。明晩は亡者となって迷い歩くべき権利の保留者であって、今晩は踏台となるべき義務者なのであります。たったいま踏台となった男が、自分たちより先廻りをして、もうここに鼾をかいて口をあいて寝ているということは、悪戯《いたずら》にしてもあまりに敏捷な悪戯でありました。ましてそれは悪戯ではなく、事実そこに今まで寝込んでいたものと見るよりほかはないのでありましたから、五人の亡者は面《かお》を見合せて、なんとなく気味の悪い思い入れであります。
 この踏台がここに寝込んでいたのなら、今の踏台は何者であったろうと、彼等は言わず語らず、その踏台を訝《いぶか》りました。
「おい愚蔵《ぐぞう》、起きろ」
と言って揺り起すと、
「うーん」
と言って眼を醒《さ》ますと共に、
「あっ、失敗《しま》った!」
と言って刎起《はねお》きました。自分が踏台となるべき義務を忘れて寝込んでしまった怠慢を、さすがに慚愧《ざんき》に堪えないものと見えて、その周章《あわ》て方は尋常ではありませんでした。しかし五人の亡者が踏台無しに帰ってみれば、やはり解《げ》せないのは同じことで、誰か自分に代って踏台になった者があると見なさなければなりません。
 もとより当番であるとは言いながら、踏台となることは歓迎されていないのであります。なるべくならば踏台となる義務だけを免《まぬか》れて、亡者となる権利だけを持っていたいというのが人情であります。人の亡者株を奪ってさえやりたいという世の中に、自分から進んで踏台を引受ける者があろうとは、それはあまりに殊勝な振舞と言わなければなりません。
 六人は、ここで面《かお》を見合せたが、そのとき思い出したのは、道理でその頭の辷《すべ》り方が少し変であったわいというくらいのところで、別にその殊勝なる踏台の何者であるかを考えてみるまでに至らずに、寝込んでしまいました。
 その翌日の定刻に、慢心和尚は講義をするといって、例の二三冊の振仮名《ふりがな》の書物を持ち出しましたけれど、その本を開かないで、円い頭をツルリと一撫でして、細い目でジロリと席を見渡しました。
「愚蔵《ぐぞう》、連十《れんじゅう》、英翁《えいおう》、甲論《こうろん》、乙伯《おつはく》、この頭をよく見てくれ」
と言い出したから、集まった雲水たちは今更のように慢心和尚の面を見ました。和尚の面も頭も、いつも見慣れている頭や面であるけれど、そう言われて見れば見るほど円いものであります。和尚はその円い頭を撫でながら、細い眼で一座の連中を見廻して、ニヤリニヤリと笑っているのであります。そうすると、
「あっ!」
 席の一隅に、思わず、あっ! と叫んで面色《かおいろ》を変えたものが六人ありました。この六人は、あっ! と言って面の色を変えて、我を忘れて和尚と同じように、自分たちの頭を撫でました。
「オホホ」
と慢心和尚は面白そうに笑いました。この和尚の、オホホという笑い方は、握拳《にぎりこぶし》を口の中へ入れるのと同じように、余人に真似のできない愛嬌がある。
「あっ!」と言って自分たちの頭を撫で廻している六人というのは、そのうちの五人は昨夜の亡者であって、他の一人はその亡者の踏台となるべき義務を怠った雲水でありました。
「オホホ」
 和尚は再び笑いました。六人の顔色はいよいよ土のようでありました。自分たちの円い頭を自暴《やけ》になって撫で廻しているけれど、その円さにおいて、とうてい慢心和尚に匹敵するものではありません。
 そうすると和尚は、妙な手つきをはじめてしまいました。それは両手を幽霊でも出たように上の方からぶらさげて、自分の円い頭の上へ持って来て、そこでツルリと辷《すべ》らしてみるのであります。それも一度でよせばよいのに、ゆっくりゆっくりやって、二度も三度も同じことを繰返して、
「オホホ」
と笑うのであります。やりきれないのは五人の亡者と一人の踏台でありました。もうたくさんだと思っているのに、意地のよくない慢心和尚は、五度も六度も繰返すのだから真にたまらないのであります。
 こうして六人の人間は、やりきれない土壇場《どたんば》に迫って、九死一生の思いをしているのに、ほかの連中は一向そのことを解することができませんでした。これはお師家《しけ》さんが何か深甚の意味を寓《ぐう》するために、手真似を以て公案を示しているのだと解する者もありました。
 倶胝《ぐてい》和尚は指を竪《た》て、趙州《じょうしゅう》和尚は柏《かしわ》の樹を指さしたということだから、慢心和尚がああして幽霊のような手つきをして、自分の円い頭を辷らしているところに、三世十方《さんぜじっぽう》を坐断する活作略《かつさりゃく》があるのではなかろうか。これは一番、骨を折らずばなるまいと、汗水を流して本気になって、慢心和尚の妙な手つきをながめながら唸《うな》っている真面目な修業者もありました。
「オホホ」
 ようやくのことで、慢心和尚はその妙な手つきをやめてしまいました。五人の亡者と一人の踏台はホッと息を吐《つ》きました。
「さあ、お前たち、これができるようになったら、裏口から忍んで出るには及ばない、大手を振って山門を突き抜けて通るがよいぞ」
と言いながら、和尚はその拳を固めて、あなやと見ているまにその拳を、ポカリと口の中へ入れて見せました。
 これには一同、
「あっ!」
と言って驚きました。

         八

 昨晩、踏台の身代りになったのは、この慢心和尚であったことを、いま思い出しても遅いのであります。師家の頭を踏台にして迷い帰った亡者こそ、いい面《つら》の皮でありました。けれども、このことからして、亡者がお寺から迷い出すことがなくなってしまったのは、これ慢心和尚の道力《どうりき》と申すべきものでありましょう。
 迷い出すことだけは、ピッタリととまったけれども、若い雲水たちの間に、その都度《つど》噂に上るのは、向岳寺の尼寺のことであります。向岳寺の尼寺へ、非常に美しい新尼《にいあま》が来たということを、誰がいつのまに見たのか聞いたのか、そのことが善き意味にも悪しき意味にも、話の種に上って来るのであります。
 その向岳寺の新尼とは何者! それよりも先に、向岳寺の尼寺というものの存在を説くの必要がありましょう。
 向岳寺の開山は、抜隊禅師《ばっすいぜんじ》、臨済宗《りんざいしゅう》のうちにも抜隊流の本山であります。そこの尼寺を開いたのは赤松入道円心の息女であるということであります。
 播磨《はりま》の国赤松入道円心の息女、その姫の名は何というたかわからぬ。また一説には入道円心の娘ではなくその孫であると。ともかくもその当時において屈指の大名であった赤松家の息女が、尼となることを志したのは、よくよくの事情があったことであろうが、その事情もよくわかりません。
 この寺へ訪ねて来て、抜隊禅師に出家の願いを申し出でたところが、その願いを聞いた禅師は、「出家は大丈夫のこと、女なんぞは思いも寄らぬ」と言いました。
 けれどもこの姫の決心は強いものでありました。そこで花のように美しい面《かお》へ、無惨にも我れと焼鏝《やきごて》を当てて焼いてしまいました。その強い決心にめでて禅師も、ついに姫の尼となる望みを許したということであります。その赤松の息女の歌として伝えられるのに、
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面《おもて》をば恨みてぞ焼くしほの山
 あまの煙と人はいふらん
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 その赤松の姫君がこの尼寺の開基ということであります。それは南北時代のことであるから、かなり時が経っています。
 今の庵主は五十|許《ばかり》の品のよい老女で、この老女がこの頃になって何か胸に思い余ることがありげに、しきりに心を苦しめているのが、そう思って見れば他目《よそめ》にも見えます。
 老尼の住んでいる庵《いおり》は、昔から伝えられた名をそのままに燈外庵と呼ばれていました。珠数《じゅず》を爪繰《つまぐ》りながら老尼が燈外庵の庵を出ようとすると、若い尼が、
「御庵主様、いずれへおいであそばしまする」
と尋ねました。
「はい、わしはこれから、ちょっと恵林寺まで行って参りまする」
「左様でございますか、お供を致しましょうか」
「それには及びませぬ……しかし、曾光尼《そこうに》、あの、わしが留守の間をよく気をつけて給《たも》れ」
 老尼は若い尼の耳に口をつけて何をか囁《ささや》くと、
「畏《かしこ》まりました、お大切《だいじ》に行っておいであそばしませ」
 そのあと、この若い尼は池の傍に立って鯉を見ているけれども、心は鯉にあるのではなく、老庵主から頼まれた何者かの見守りに当るらしくありました。
 暫らくした時に、池に向いた方の書院の障子がスラスラと開きました。その開いた間から見えるのは、やはり若い尼で、しかもこちらにいる若い尼さんよりも一層美しいものでありました。頭のかざりを下ろした尼さんとは見えません。頭巾《ずきん》を被っていた頬のあたりへ鬢《びん》の毛のほつれが見えます。永い尼寺生活をした寂しい人ではなく、まだ色香のこぼれるような美しい人であります。
 その姿を見ると、池のほとりの尼は手を振って何か合図をすると、せっかく開きかけた障子を閉めて、再び姿を現わすことをしませんでした。この美しい尼ならぬ尼は、駒井能登守の寵者《おもいもの》のお君の方《かた》であります。お君は、恵林寺へ寄進の長持と見せて、その中へ入れられてここまで送り届けられたものであります。しかもその送り届けられた後まで、お君はそのことを知りませんでした。
 お君は、あの晩に、お松の口から思い切った忠告を聞いて、お松が帰ったあとで咽喉《のど》を突いて自殺しようとしました。それは老女の手によって止められましたけれど、その後のお君は、気が狂うたと思われるばかりであります。
 その物狂わしさが静まった時分に、お君は死んでいました。自殺したのではなく、誰かの手で死なされていました。誰かの手、それはおそらく駒井能登守の手でありましょう。能登守は、老女に言いつけて、物狂わしいお君の息の根を止めさせたものと思われます。何かの薬を与えて、それによってお君は殺されていました。
 お君が再び我に帰ったのはこの尼寺へ着いた後のことで、自分は寄進物の長持の中へ入れられて、ここに送られたということもその後に庵主から聞かされました。

 慢心和尚が、宇津木兵馬を呼んで、
「お前さんに一つ頼みがある」
 兵馬は一旦この坊主から腹を立てさせられましたが、今になってみると腹も立たないのがこの坊主です。何の頼みかと思って聞いていると、
「向岳寺の尼寺から、八幡村の江曾原《えそはら》まで人を送ってもらいたい」
ということです。なおその人というのは何者であるかを兵馬に尋ねられない先に、和尚が語って聞かせるところによると、
「向岳寺の燈外庵へこのごろ泊った若い婦人がある、燈外庵の庵主は、その若い婦人を預かるには預かったけれども始末に困っている――尼寺というところは、罪を犯した女でも、一旦そこへ身を投じた以上は誰も指をさすことはできないのだが、その尼寺でもてあましている女というのは……実は、お前さんだから話すが身重《みおも》になっている――」
ということであります。和尚は真面目でありました。
「それじゃによって、尼寺でも始末に困る、あの寺でお産をさせるわけにはゆかない、よってどこぞへ預けるところはないかと、わしがところへ相談に来た、そこで、わしが思い当ったことは、この八幡村の江曾原に小泉という家がある、そこへその女を連れて行って預けるのだが……」
と言われて兵馬は奇異なる思いをしました。八幡村の小泉は、もとの自分の縁家《えんか》である。ここへ来る時も思い出のかかった家である。今その家の名をこの和尚の口から聞き、しかも身重の女を守護してその家を訪ねよと請《こ》わるることは、兵馬にとって奇異なる思いをせずにはいられないのであります。
「小泉の主人が、いつぞやわしのところへ来て、和尚様、悪い女のために戒名《かいみょう》を一つ附けてやって下さいというから、わしは、よしよし、悪い女ならば悪女大姉《あくじょだいし》とつけてやろうと言うたら、有難うございます、そんなら悪女大姉とつけていただきますと言って帰った、その悪女大姉の家へ、また悪女を一人送り込むというのも因縁《いんねん》じゃ。この役はほかの者ではつとまらぬ、お前さんでなくてはつとまらぬ」
 兵馬は、いよいよ奇異なる思いをして、とかくの返事に迷いましたけれど、思い切って承知をしました。
「よろしうございます、たしかにお引受け致します」
「有難い。では、夜分になって、八幡まではそんなに遠くもないところだから、宵《よい》の口に行って戻るがよい。しかし、聞くところによるとその女はなかなか曰《いわ》くつきの女で、おまけに別嬪《べっぴん》さんだそうだから、甲府あたりから狼が二三匹ついているということだから、その辺はお前さんもよく気をつけてな」
と念を押しました。
 兵馬が委細を承って、やはり例の僧形《そうぎょう》で、恵林寺から向岳寺へ向って行ったのは、その日の宵の口であります。
 まもなく一挺の駕籠《かご》が向岳寺から出て、僧形の宇津木兵馬はその駕籠に附添うて寺の門を出て行くのを見ました。
 宇津木兵馬はその駕籠を守って、差出《さしで》の磯《いそ》にさしかかります。
 ここへ来た時分には、月が皎々《こうこう》と上っていました。
 差出の磯の亀甲橋《きっこうばし》というのはかなりに長い橋であります。下を流れるのは笛吹川であります。行手には亀甲岩が高く聳《そび》えて、その下は松原続きであります。
 なるほど、耳を澄ますと、どこかで千鳥が鳴くような心持がします。亀甲橋へ渡りかかった時に、
「右や左のお旦那様」
 兵馬はその声を聞流しにする。駕籠屋も無論そんな者には取合わないで行くと、
「右や左のお旦那様」
 また一人、菰《こも》をかぶって橋の欄干《らんかん》の下から物哀れな声を出しました。兵馬も駕籠舁《かごかき》もそんな者にはいよいよ取合わないでいるうちに、またしても、
「右や左のお旦那様」
 橋の両側に菰をかぶったのが幾人もいて、通りかかる兵馬の一行を見てしきりに物哀れな声を出す。
「もうし、たよりの無い者でござりまする、もうし、もうし」
 菰を刎《は》ね退けて一人が、駕籠の前へ立ちふさがった体《てい》は、尋常とは見られません。
 兵馬は、手に突いていた金剛杖を、ズッと立ち塞がる怪しいお菰《こも》の前へ突き出しました。
 それが合図となったのか、今まで前後に菰を被っていたのが、一時に刎《は》ね起きました。
「何をする」
 兵馬はその金剛杖を振り上げました。
「その駕籠をこちらへ渡せ」
 菰を刎ねのけたのを見れば、それは乞食体の者ではありません。それぞれ用心して来たらしい仲間体《ちゅうげんてい》のものでありました。
 委細を知らない兵馬は、和尚が自分を選んで附けたのは、こんな場合のことであるなと思ったから、
「エイ」
と言って金剛杖で、先に進んだ一人を苦もなく打ち倒しました。
「この坊主」
 兵馬の手並を知ってか知らないでか、怪しの悪者はバラバラと組みついて来ました。
「エイ、無礼な奴」
 兵馬は身をかわして、組みついて来るのを発矢発矢《はっしはっし》と左右へ打ち倒しました。それは兵馬の働きとして敢て苦しいことではなく、彼等を打つことは、大地を打つのと同じことに、それをかわすのは、縄飛びの遊びをするのと大して変ったことはありません。
 驚いて逃げ足をした駕籠舁《かごかき》も、兵馬の手並に心強く、息杖《いきづえ》を振《ふる》って加勢するくらいになったから、悪者どもは命からがら逃げ出し、或いは橋の下の河原へ落ちて、這々《ほうほう》の体《てい》で逃げ散ってしまいました。
 それから兵馬は、駕籠の先に立って行手の方をうかがうと、その時分に向うから、また橋を渡って来る人影のあることを認めました。
 駕籠屋を励まして長蛇のような亀甲橋を渡り切ろうとすると、左は高い岩で、右は松原から差出の磯の河原につづくのであります。月は中空に円く澄んでいました。向うから歩いて来るのは僅かに一個《ひとつ》だけの人影であります。
「少々……物をお尋ね申したいが」
 笠を深く被《かぶ》って両刀を差して、袴《はかま》を着けて足を固めたまだ若い侍体《さむらいてい》の人、おそらく兵馬より若かろうと思われるほどの形でもあり、姿でもあり、またその声は、女かと思われるほどに優しい響きを持っておりました。
「はい」
 兵馬はたちどまりました。駕籠はこころもち足を緩めただけで進んで行きました。
「あの、七里村の恵林寺と申すのはいずれでござりましょうな」
「恵林寺は、これを真直ぐに進んで行き、塩山駅へ出で、再び尋ねてみられるがよい、大きな寺ゆえ、直ぐに知れ申す」
「それは忝《かたじけ》のうござる」
 若い侍は一礼して通り過ぎました。兵馬はその声が、なんとなく覚えのあるような声だと耳に留まったけれど、自分は近頃、あの年ばえの友達を持った覚えがありません。
「雲水様」
 駕籠屋が兵馬を呼びかけました。
「何だ」
「今のあの旅の若いお侍は、ありゃ何だとお思いなさる」
「何でもなかろう、やはり旅の若い侍」
「ところが違いますね」
「何が違う」
「何が違うと言ったって雲水様、こちとらは商売柄でござんすから、その足どりを一目見れば見当がつくんでございます」
「うむ、何と見当をつけた」
「左様でござんすねえ、ありゃ女でござんすぜ、雲水様」
「女だ?」
「左様でございますよ、男の姿をしているけれども、あの足つきはありゃ男じゃあございません、たしかに女が男の姿をして逃げ出したものでございますねえ」
「なるほど」
「当人はすっかり化《ば》けたつもりでも、見る奴が見れば、一眼でそれと見破られちまうんでござんす。これから大方、江戸表へでも落ちようというんでございましょうが、道中筋で飛んでもねえ目に会わされるのは鏡にかけて見るようだ」
「なるほど」
 兵馬は、さすがに駕籠屋が商売柄で、物を見ることの早いのに感心をし、そう言われてみると言葉の端々《はしばし》にも、男とは思われないようなものがあることを思い出して、長蛇のような亀甲橋を振返って、その後ろ姿を見送ります。
 兵馬はその後ろ姿を見送って、異様な心を起しました。
 橋を渡り終って松原へかかると、駕籠屋はまた不意に悸《ぎょっ》としました。
 松林の中で焚火をしている者があります。焚火の炎が見えないほどに、幾人かの人が焚火の周囲《まわり》に群がっていて、それが今まで一言も物を言わなかったというのは、まさしく人を待ち構えているものと見なさなければなりません。それですから駕籠屋は、ギョッとして立ち竦《すく》みました。
 しかし、宇津木兵馬はそのことあるのを前から感づいて、
「構わず、ズンズン遣《や》ってくれ」
と駕籠屋を促《うなが》しました。
「おい、その駕籠、待ってくれ」
 果して焚火の周囲から声がかかります。
「構わずやれ」
 兵馬は小さな声で、またも駕籠屋を促しました。
「おい、待たねえか」
「何用じゃ」
「その駕籠の主は何の誰だか、名乗って通って貰いてえ」
「無礼千万、其方《そのほう》たちに名乗るべき筋はない」
「そっちで名乗るがいやならこっちから名乗って聞かせようか、その駕籠の中身は女であろう」
「女であろうと男であろうと、其方どもの知ったことではない。駕籠屋、早くやれ」
「おっと、おっと、ただは通さねえ、ほかでもねえが、その女をこっちへ温和《おとな》しく返してもらわなければ、お前たちにちっと痛い目を見せるんだ。向岳寺の尼寺から送り出して行く先はどこだか知らねえが、ここへかかると網を張って、附いて来た坊主の手並がどのくらいのものやら、さっき向うの橋の袂《たもと》でちょっと小手調べをやらせたが、あれがこっちの本芸だと思うと大間違い。さあさあ、痛い目をしないうちに、早く渡したり、渡したり」
「憎《にっく》い奴等」
 兵馬は金剛杖を握り締めると、彼等はバラバラと焚火の傍から走り出して、兵馬を取囲みました。兵馬は金剛杖を揮《ふる》って、駕籠をめがけて来る曲者《くせもの》を発矢《はっし》と打ち、つづいてかかる悪者の眉間《みけん》を突いて突き倒し、返す金剛杖で縦横に打ち払いました。
 この悪者どもは、たしかこのあたりに住む博徒の群れか、或いは渡り仲間《ちゅうげん》の質《たち》のよくない者共と思われます。
 兵馬は、やはりそれらを相手にすることに、さして苦しみはありませんでした。片手に打振る金剛杖で思うままに彼等を打ち倒し、突き倒すことは寧ろ面白いほどでありました。
 けれども、本文通り……敵は大勢であって、これをいつまでも相手に争うていることは、兵馬の本意ではありません。兵馬は彼等を相手にしているうちに、駕籠だけは前へ進ませようとします。
 悪者どもは、兵馬よりは駕籠をめざしているものと見えました。駕籠を守る兵馬は一人、それをやらじとする悪者は、松林の中から続々と湧いて来るようであります。
 しかし、多勢もまた兵馬の敵ではなく、その神変不思議な一本の金剛杖で支えられて、近寄ることができないで、離れてしきりに噪《さわ》いでいました。
 兵馬とても、彼等を近寄らせないことはなんの雑作もないけれども、さりとて、遠巻きのようになっているところを、どこへどう斬り抜けてよいのだか、その見当はついていないのであります。駕籠屋は駕籠を担《かつ》いだままで、ウロウロするばかり、逃げ出す勇気もありません。
「やい、しっかりやれ、敵はたった一人の痩坊主《やせぼうず》だ」
 親方らしいのが、棒を揮《ふる》って飛び出すと、それに励まされて丸くなった五六人が、兵馬を目蒐《めが》けて突貫して来ました。
 兵馬はよく見澄まして例の金剛杖で、バタバタと左右へ打ち倒す時に、不意に松葉の中から風を切って一筋の矢が、兵馬へ向いて飛んで来ました。
 危ないこと。しかし兵馬の金剛杖は、その思いがけない一筋の矢を、一髪《いっぱつ》の間《かん》に打ち落すことができました。
「この坊主は拙者が引受けるから、早く駕籠を片づけろ」
 同じく松林の中から、覆面した袴《はかま》の二人の姿が現われました。これは今までのと違って両刀、それに袴、まさしく武士のはしくれであります。それと同時に、
「それ担《かつ》げ、わっしょ、わっしょ」
 無頼者《ならずもの》の一隊は、早くも駕籠を奪ってそのままに、神輿《みこし》を担ぐように大勢して舁《かつ》ぎ上げたようです。
 兵馬がハッとする時に、左の覆面が切り込みました。
 兵馬は金剛杖でそれを横に払いました。その瞬間に、右の覆面が斬り込んで来ました。兵馬は後ろに飛び退いて小手を払いました。
 兵馬に小手を打たれてその覆面は太刀《たち》を取落したその隙に、兵馬は飛び越えて駕籠を奪い返すべく走《は》せ出すと、続いて二人の覆面はやらじと追いかけます。
 兵馬は金剛杖を打ち振り打ち振り後ろの敵に備えながら、只走《ひたばし》りに駕籠を追いかけると、かなたの松原でワーッという人声であります。駕籠も人も見えないで、その人声がひときわ高く揚りました。兵馬は気が気ではありません。
 飛んで来て見ると、橋の袂のところで、今、一場の大格闘が開かれているところであります。月が明るいから、こっちから、絵のようにその光景を見て取ることができます。それはいま奪って行った駕籠を真中にして、それを奪って行った悪者どもが、入り乱れて組み合っているのでありました。しかもこの悪者どもが相手にしているのは、たった一人の人間に過ぎないようであります。一人の人間を相手にして、寄って集《たか》って組んずほぐれつしているらしいが、その一人の人間が非常に豪傑であるらしい。
 その一人の豪傑は、遠目で見たところではなんらの武器を持っていないらしい。徒手空拳で、つまり拳《こぶし》を振り廻して、片っぱしから悪者どもを撲《なぐ》り散らしているものらしいのです。兵馬は天の助けと喜びました。偶然、通りかかった旅の豪傑が、悪者どもの狼藉《ろうぜき》を見咎《みとが》めて、それを遮《さえぎ》ってくれたものだろうと喜び勇んで来て見ると、その豪傑の強いこと。遠くで見た通り、拳を固めて悪者どもの頭を、ポカリポカリと撲っているのであります。
 一つ撲られたその痛さがよほど徹《こた》えると見えて、飛びついて来たり、組みついて来たりする奴等が、一つ撲られると、二三間も向うへケシ飛ばされて起き上れない有様であります。
 兵馬はその勇力にも驚きましたけれども、同時に、それが自分と同じことに僧形《そうぎょう》をしている人物であると見て、なお不思議に思いながら近づいて見ると意外、それは頭と顔の円いので見紛《みまご》うべくもあらぬ師家の慢心和尚であろうとは。
「老和尚」
と言って兵馬は近づいて呼びました。
「宇津木どん」
 慢心和尚はその時、悪者どもを片っぱしから撲りつけてしまって、駕籠の前に立って、抜からぬ面《かお》で兵馬を待っていました。
「どうしてここへ」
「お前さんに頼みは頼んだが、あぶないと思うから、あとを跟《つ》けて来たのさ、跟いて来て見るとこの始末さ、オホホ」
「すんでのことに、この駕籠を奪われるところでした」
「危ないところ、オホホ」
 和尚は例の愛嬌のある笑い方をしました。この和尚の面の円いことと口の大きいことと、その口の中へ拳が出入りするということはかなり驚かされていたけれど、その拳の力がこれほど強かろうとは、今まで知らなかったことであり、聞きもしなかったことであります。なんとも見当のつかない使者の役目を吩附《いいつ》けておいて、あとからノコノコと跟いて来るという挙動も、なんだか人を見縊《みくび》ったようでもあります。
「それ、また危ない」
 この時、疾風《はやて》のように、白刃が兵馬の頭上に飛んで来ました。それは前の覆面の二人のさむらい。兵馬が身をかわすと、慢心和尚は、うどん切りをするように、ポンポンと二人を続けさまに亀甲橋の上から、笛吹川へ落っことしてしまいました。
「オホホ」
 実に要領を得ない坊主であります。兵馬は舌を捲くばかりでありました。慢心和尚は、
「さあ、兵馬さん、これからだ。八幡村へ持って行けと言ったのは、大方こんなことが起るだろうと思ったから、奴等を出し抜いたのだがね、こうして毒を抜いておけば、あとの心配がない、これからほかの方へ持って行くのだ、さあいいかえ、兵馬さん、わしの後ろへ跟《つ》いておいで」
 何をするかと思って見ている間に、慢心和尚は、駕籠の棒へ手をかけて、それをグーッと一方を詰めて一方を長くしました。
「これ女人衆《おなごしゅ》や、少しの間、窮屈でもあろうがの、こういう場合だからぜひもないことじゃて。しっかりぶらさがっておいでよ」
と言って慢心和尚は、その棒の長くした方へ肩を入れて、ウンと担いでしまいました。
 いくら女一人の身ではあるといえ、それを片棒で、一人で担いでしまうにはかなりの力がなければできないことであります。兵馬は、やはり呆気《あっけ》に取られていると、和尚は、両掛けの荷物でもぶらさげた気取りで、先に立ってサッサと歩き出しました。
 しかもその歩き出す方向が、今まで来た八幡村へ行く方向とはまるっきり違って、東の方――またしても亀甲橋を渡り直して、もと来た方へ帰って行くのであります。初めは常の足どりで歩いていたのが、ようやく早足になりはじめます。
 兵馬は後《おく》れじと和尚について走りました。あまりのことに、兵馬は和尚がどこへ行こうとするのだか尋ねる気にもなりません。
 しかしながら和尚は、恵林寺へ帰るのでもなし、また尼寺へ立戻ろうとするのでもないらしく、甲州街道をどうやら勝沼の方まで出かけようとするらしいから、兵馬は怺《こら》えきれないで、
「老和尚、いったいどこへおいでなさるつもり」
と尋ねました。
「甲斐の国|石和《いさわ》川まで」
「石和川というのは?」
「この川が石和川じゃ」
「その石和川へ何しに」
 兵馬は、いよいよ解《げ》せないことに思いました。
「この背中にある女をそこへつれて行って、沈めにかけるのじゃ」
「沈めにかけるとは?」
「水の中へブクブクと沈めて、殺してしまうのだ、オホホ」
「エッ」
 なんと下らないことを言う坊主ではありませんか。兵馬が驚くのも無理はありません。それを坊主は平気でオホホと笑い、
「何も驚くことはない、昔から例のあることじゃ、この石和川で禁断の殺生《せっしょう》したために、生きながら沈めにかけられた鵜飼《うかい》の話が謡《うたい》の中にもあるわい。殺生も悪いけれど邪淫《じゃいん》もよくない、女という奴、十悪と五障の身を持ちながら、あたら男を迷わして無限の魔道へ引張り込む、その罪は禁断の場所で鵜を使って雑魚《ざこ》を捕ったどころの罪ではない。一人の女を生かしておくとこの後、好い男が幾人|創物《きずもの》になるか知れたものではない、それ故に、女と見たら取捉《とっつか》まえて沈めにかけておくのがよろしい。お前さんに手伝ってもらって、この女を沈めにかけようというのはそれだ、なまじいの慈悲心を出して命乞いなどをしなさんなよ、オホホ」
「老和尚、またしても冗談《じょうだん》を」
「冗談ではないよ」
 冗談にしても兵馬は、いい気持がしませんでした。ましてや駕籠に乗っている女の人が、それを聞いて、いい気持はしますまい。

         九

 けれどもこの和尚が、この駕籠に乗っている女を沈めにかける目的でないということは、川の方向は疾《と》うに通り越してしまって、それとは違った勝沼の町の方へ、サッサと歩いて行くことでわかります。
 兵馬は、いよいよ呆《あき》れ返ってしまいました。その大力と洒落洒落《しゃあしゃあ》としたところは、どう見ても人間界の代物《しろもの》とは思われないのであります。呆れ返りながら兵馬は、金剛杖を突き鳴らして和尚のあとをついて行くうちに、ふと思い当ったことがありました。
 ああ、この和尚こそ、まさにその人ではないかと思いました。その人に違いないと思いました。
 その頃、知られた大力の坊主に物外《もつがい》和尚というのがありました。この和尚は拳骨の名人であります。拳を固めて物を打てば、その物がみな凹《へこ》むから、一名を拳骨和尚とつけられました。
 この拳骨和尚がまだ若い時分に、越前の永平寺に安居《あんご》していました。その時にある夜、和尚はいたずらをしました。そのいたずらは鐘楼から釣鐘を下ろして、それを山門の外へ持って行って打捨《うっちゃ》ったのであります。翌《あく》る朝になって寺の坊さんたちが驚きました。誰がこんないたずらをしたか知らないけれども、とにかく、元の通りに鐘楼へ持って行ってかけねばならぬと、大勢して騒いでいるとなにくわぬ面《かお》をしてそこへ現われた拳骨和尚は、
「僅か一つの鐘を、そんなに大勢して騒いでも仕方がないではないか」
と言って、からからと笑いました。
「僅か一つと言うけれど、その一つが釣鐘だ、笑っていないで何とか知恵があったら知恵を貸せ」
「それはお安い御用よ、おれに茶飯を振舞いさえすれば、一人で片づけてやる」
 この和尚の力のあることは坊さんたちがみんな聞いていたから、ともかく、茶飯を食わせてみようではないかということになって、充分に茶飯を振舞うと、和尚は軽々とその鐘を差し上げて、元の通り鐘楼の上へ持って来てかけてしまった。
 その後、たびたびこの釣鐘が山門の外まで動き出すので、
「さては、あの物外《もつがい》めが、茶飯を食いたいばかりに悪戯《いたずら》をする」
 一山の者が大笑いをしました。
 この拳骨和尚が京都へ出た時分に、壬生《みぶ》の新撰組を訪ねて、近藤勇《こんどういさみ》を驚かした話はそのころ有名な話であります。
 或る時、壬生の新撰組の屯《たむろ》の前へ、みすぼらしい坊主が、一蓋《いちがい》の檜木笠《ひのきがさ》を被って、手に鉄如意《てつにょい》を携えてやって来て、新撰組の浪士たちが武術を練っている道場を、武者窓から覗《のぞ》いていました。
 出家とは言いながら、あまり無遠慮な覗き方であったから、忽《たちま》ち浪士たちに咎《とが》められてしまいました。
「我々の剣術を覗いて見るくらいでは、さだめてその心得があるのであろう、とにかく、道場の中へ入って一太刀合せてみろ」
 強《し》いて和尚を、道場の中へ引張り込んでしまいました。
 もとより名代《なだい》の壬生浪人のことですから、面白半分にこの坊主をいましめてくれようと、我勝ちに得物《えもの》を取って立ち向うのを、拳骨和尚は噪《さわ》げる色もなく、携えた鉄如意を振《ふる》って、瞬《またた》く間《ま》に数十人を叩き伏せてしまった。
 この時、上座にいたのが、隊長の近藤勇でありました。この体《てい》を見て、
「これはこれは、驚き入った和尚の腕前。拙者は近藤勇、いざお相手を仕《つかまつ》る」
というわけで、二間柄の槍を執って近藤勇が、道場の真中に立ち出でるということになりました。
 それを聞くと、拳骨和尚は平伏して、
「これはこれは、先生が名に負う近藤勇殿でござったか、鬼神と鳴りひびく近藤先生のお名前、世捨人《よすてびと》の山僧までも承り奉る、いかで先生のお相手がつとまるべき、許させ給え」
と殊勝な御辞退ぶりです。
 しかし、近藤勇ともあるべきものが、それで承知すべきはずがなく、今は辞するに由《よし》なくて、和尚は、また前の鉄如意を取って立ち上るという段取りになりますと、その時に近藤が、
「およそ武術の勝負には、それぞれの器《うつわ》がある、貴僧もその如意を捨てて、竹刀《しない》にあれ、木刀にあれ、好むところを持って立たるるがよろしかろう」
と言われて、和尚は首を振り、
「我は僧侶の身であるから、あながちに武器を取りたいとも思い申さぬ、やはりこれでお相手を仕《つかまつ》りたい」
 鉄如意を離さなかったけれど、近藤勇は頑《がん》としてきかなかった。ぜひ、他の得物《えもの》を取れと勧めたから和尚は、
「しからば」
と言って鉄如意を下へ置いて、改めて頭陀袋《ずだぶくろ》へ手を入れて何を取り出すかと思えば、木のお椀《わん》を二つ取り出しました。その二つの椀を左右の手に持って立ち上り、
「如意でお悪ければ、この品でお相手を致すでござろう」
 あまりと言えば人をばかにした仕業《しわざ》である。相手もあろうに、今は京都で泣く子も黙る近藤勇を相手に取るに、木の椀を以てするとは何事であろう。勇は烈火の如く怒って、一突きに突き倒してくれようと槍を構えましたが、和尚は二つの椀を左右の手に持って、
「いざいざ、いずれよりなりとも突きたまえ」
といって椀をかざしている体《てい》は、傍若無人《ぼうじゃくぶじん》を極めたものであります。しかしながら、近藤勇ほどのものが、ついにこの傍若無人な坊主を突き倒す隙を見出すことができませんでした。半時ばかりの間、瞬きもせずに睨《にら》んでいたが、やがていかなる隙を見出しけん、巌《いわお》も通れと突き出す槍先、和尚の胸板《むないた》を微塵《みじん》に砕いたと思いきや、和尚が軽く身を開いて、両の手に持った椀を合せて槍の蛭巻《ひるまき》をグッと挟んでしまいました。仕損じたと近藤がその槍を外そうとしたけれど遅かった。突いても、引いても、押しても、捻《ひね》っても、動かばこそ、汗は滝のように流れ出した。槍を挟まれた近藤は、空《むな》しく金剛力を絞り尽すことまた半時あまり、その時に拳骨和尚が大喝一声ともろともに椀を放すと、さしもの近藤が後ろに尻餅つき、槍は畳三四枚ほどの距離をあっちへ飛んだ。勇は、あまりのことに呆れ果てたけれども、彼もまた豪傑であった、恭《うやうや》しく礼を正して和尚に尋ねた。
「まことに万人に優れたお腕前、感服の至りでござる。そもそも貴僧はいずれのお方に候や、名乗らせ給え」
「お尋ねを蒙《こうむ》るほどの者には候わず、愚僧は備後《びんご》尾道《おのみち》の物外《もつがい》と申す雲水の身にて候」
と聞いて、近藤はじめ、さては聞き及ぶ拳骨和尚とはこの人かと、懇《ねんご》ろにもてなしたということであります。
 嘘か、まことか、この話は今に至るまでかなりに有名な話でありました。
 宇津木兵馬は、その和尚のことを思い出したから、もしや右の拳骨和尚が、慢心和尚と変名して、この地に逗留しているのではないかとさえ思いました。そうでなければ、こんな勇力ある坊主が、二人とあるべきはずのものではなかろうと思いました。
 それで兵馬は慢心和尚に向って、
「老和尚はもしや、備後尾道の物外和尚ではござりませぬか」
と尋ねました。
「そんな者ではない、そんな者は知らん」
と言いながら慢心和尚は、駕籠を担いでサッサと行くのであります。それですから、一度はそれと尋ねてみたけれど、二の句は継げません。こうして金剛杖を突いて、やっぱりあとを追っかけて行くうちに勝沼の町へ入りました。
 その時分、もう夜は更《ふ》けきっていたのであります。勝沼へ来て柏尾坂《かしおざか》の上で和尚が、はじめて駕籠を肩から卸して土の上に置き、その駕籠の上に頬杖をつきながら、
「宇津木さん、これから先は、この中の人をお前さんに引渡しますよ、どうかして江戸へつれて行って上げるのがいちばんよかろうと思いますよ。この中の人には向岳寺の方から手形が出ているし、お前さんは、わしの寺からということにしてあるから、道中も無事に江戸へ行けるだろうが、出家姿で女を連れて歩くというのも異《い》なものだから、あたりまえの武士の風《なり》をして行くがよかろう。この町で富永屋庄右衛門というのをわしは知っているから、それを起して今晩は泊めてもらい、そこで両人とも支度をととのえて、明朝にも江戸へ出かけることにしてもらいたいね。その行先は両人で相談してみるがよい。そうして兵馬さんの方は御用は済んだら、またこっちへ帰って来て、敵討《かたきうち》というやつをおやんなすったらよかろう」
 こう言いましたから、兵馬は、やっぱり呆気《あっけ》に取られていると、
「さあ、そういうことにして、これから富永屋を叩き起そう、宿屋が商売だから、いつなんどきでも叩き起して、いやな面《かお》をするはずはない、ことに恵林寺の慢心が来たといえば、庄右衛門は喜んで出迎える」
 とにかく、こうして駕籠《かご》は勝沼の町の富永屋庄右衛門という宿屋の前へ来て、再び土の上へ置かれました。
 慢心和尚はその宿屋の前へ立って、拳を上げてトントンと戸を叩きましたけれど起きませんでした。大抵の場合には、時刻を過ぎては狸寝入りをして、知っていても起きないことがあるのでしたから、慢心和尚は、やや荒く戸を叩いて、
「富永屋、富永屋……庄右衛門、庄右衛門、恵林寺の慢心だよ、慢心が出て来たのだよ、起きさっしゃい」
 こういうと慢心の利目《ききめ》が即座に現われて、家中が急に混雑をはじめました。
 慢心和尚はここの家へ二人を送り込んでから、スーッと帰ってしまいます。
 駕籠の中の主が、お君であったということを、兵馬はこの宿屋の一室へ来て、はじめて知りました。お君はその前から感づいていたけれど、口に出して言うことはできませんでした。兵馬にとっては意外千万のことです。ことに神尾主膳のために駒井能登守が陥《おとしい》れられた一条を聞いて、兵馬は気の毒と腹立ちとに堪ゆることができません。
 またその後のお松の身の上を聞いてみると、やはり危険が刻々と迫っていて、今日は逃げ出そうか、明日は忍び出そうかと、そのことのみ考えているということを聞いて、それも心配に堪えられませんでした。
 けれども、さし当っての問題は、預けられたこの女をどうするかということであります。執念深い神尾主膳の一味はこの女を生捕《いけど》って、また何か恥辱を与えんとするものらしい。さすがに尼寺は荒せなかったけれど、一歩踏み出すとあの始末です。
 甚だ迷惑千万ながら、兵馬としては、やはりこの駕籠を江戸まで送り届けることを、ともかくもしなければならないなりゆきになってしまいました。お君は、もう弱り切っていました。兵馬はお君を先に休ませて、明日の駕籠や乗物の事を心配しました。明朝と言っても、もう間もないことだから、今からどうしようという手筈《てはず》もつかないのであります。且《かつ》又《また》、弱り切ったお君の姿を見ると、このうえ駕籠に揺られて、険《けわ》しい山越しをさせることは考えものであります。
 そこで兵馬は、明日一日はここに逗留《とうりゅう》して隠れていようと思いました。その間に準備をととのえ、お君にも休息の暇を与えて、明後日の早朝に出立しようと考えたのであります。
 駕籠の中には兵馬の衣服大小の類も、路用の金も入れてありましたから、兵馬はそれを取り出して調べました。
 江戸へ送り届けて後のこの女の処分も、考えればまるで雲を掴《つか》むようなものです。まさかに能登守の本邸へ送り届けるわけにはゆくまいし、さりとて、江戸はこの女の故郷ではない。江戸へ連れ出してみての問題だが、ともかく、江戸へ連れ出しさえすればどうにかなるだろうと思いました。
 そうしてこの女を江戸へ届けて、ともかくも落着けてみてからの兵馬自身の行動は、直ちにまたこの甲州へ舞い戻って来ることであります。最も怪しむべきは神尾主膳である。駒井能登守を陥れた手段の如きは、聞いてさえその陰険卑劣なことに腹が立つ。わが狙《ねら》う仇も、確かにあの神尾が行方《ゆくえ》を知っているもののように思われてならぬ。こうなってみると、今は神尾を中心として当ってみることが最上である。場合によっては、あの邸へ斬り込んで……とまで兵馬は決心しました。
 疲れ切ったお君は、傍《かたわら》にスヤスヤと寝ているけれど、兵馬は寝もやらずに考えています。

         十

 その翌日は、あまり大降りではないけれども、とにかく雨が降りました。宇津木兵馬にとってはこの雨がかえって仕合せなくらいでありました。兵馬はお君をここで、できるだけ休養させようとしました。お君は病人のようで、兵馬はその看護をしているもののようにして、旅の用意を調えつつ、その日一日を暮らしました。
 ちょうどこの時に、この富永屋という宿屋に、一人の年増《としま》の女が逗留《とうりゅう》していました。
 この間、絹商人だという亭主らしい人と一緒に来て、その亭主らしい人はどこかへ出て行って、まだ帰って来ない間を、その年増の女がたった一人で幾日も待っているのであります。
 けれども、その亭主らしいのが幾日も帰っては来ないうちに、帳場へ懇意になり、主人の庄右衛門とも心安くなりました。
 そうしているうちに番頭が病気になると、この女が帳場へ坐り込みました。帳場へ坐り込んだと言ったところで、主人を籠絡《ろうらく》したり、番頭を押しのけて坐り込んだわけではなく、自分の暇つぶしに懇意ずくで、手助けをしてやるような調子で働いてやっていました。
 ところがこの女は、人を遣《つか》うことが上手、客を扱うことに慣れきっていました。その技倆から言えば、前の番頭などは比較になるものではありません。このくらいの宿屋を三ツ四ツ預けたとて、物の数とも思わないくらいの冴《さ》えた腕を持っているように見えましたから、主人は舌を捲いていました。雇人たちは喜んでそれに使われるようになりました。それに、番頭の病気が捗々《はかばか》しくなくて湯治《とうじ》に出かけるというほどであったから、そのあとを主人も頼むようにし、当人も退屈まぎれの気になって、この女が今では、ほとんどこの店を預かっているのであります。この女というのは、別人ではなく――両国で女軽業師の親方をしていたお角であります。
 その雨の降る日に、お角は帳場に坐っていました。
「お千代さん、それでは三番のお客様も、今日は御逗留なのだね」
と言って、お千代という女中に尋ねました。
「はい、今朝は早くとおっしゃっておいででございましたが、お足が痛いからとおっしゃって、もう一日お泊りなさるそうでございます」
「そりゃそうでしょう、あのお御足《みあし》では……あまり旅にお慣れなさらないお方のようですね」
「ほんとに女のようなお若い、お美しいお侍《ひと》でいらっしゃるのに、お足を、あんなにお痛めなすっては、おかわいそうでございます」
「お見舞に上ってみましょう」
 お角はこう言って、その足を痛めた美しい侍の、三番の室というのを見舞に行こうとしました。
 ここで話題に上った三番の室というのは、それは兵馬とお君との部屋をいうのではありません。二人のいるのは一番の室であります。今の話の三番の室には刀架《かたなかけ》があって、大小の刀が置いてあります。その前の床柱に凭《もた》れてキチンと坐っているのは、兵馬よりは二ツ三ツも若かろうと思われるほどの美少年であります。
「御免下さりませ」
と言ってお角がそこへ訪ねて来ました。
「これはどなた」
という声は、少年にしてはあまりに優しい声であります。
「生憎《あいにく》の雨で、さだめて御退屈でいらせられましょう」
「これは御内儀でござったか。生憎の雨のこと故、もう一日、出立を見合せまする」
「どうぞ御悠《ごゆる》りとお留まり下さりませ、なにしろ、音に聞えたこの笹子峠でござりまする、お天気の時でさえ御難渋の道でござりまする」
「明朝は駕籠を頼み申しまする」
「はい畏《かしこ》まりました。あの、明朝はこのように雨が降りましても、やはり御出立でござりますか」
「左様……雨が降っては」
「雨が続きましたら、もう一日御逗留なさいませ、ごらんの通りの山家《やまが》、お構い申し上げることはできませんけれど」
「しかし……ちと急ぐこともある故、もし明朝は雨が降っても峠を越したいと思いまする」
「左様でござりまするか。左様ならばそのように駕籠を申しつけておきましょう」
「よろしく頼みまする」
「それではそのおつもりで……どうぞ御悠《ごゆる》りと」
 お角はお辞儀をして出て行こうとすると、
「あの、御内儀……」
 美少年は何か頼みたいことがあるもののように、立ちかけたお角を呼び留めました。
「はい」
「ちとお尋ね致したいが、あの峠へかかるまでにお関所がありましたな」
「はい、駒飼《こまかい》と申すところにお関所がござりまする」
「あの、その関所は、手形が無くては通してくれまいか」
「それはあなた様、お関所にはどちらにもお関所の御規則がありまして」
「それをどうぞして、抜けて通る路はあるまいか」
「あの、お関所の前をお通りなされずに?」
「粗忽千万《そこつせんばん》のことながら、その手形というものを途中で失うて困難の身の上、何と御内儀、よい知恵はござるまいか」
 美少年は一生懸命でこれだけのことを言いました。よほどの勇気をもってこの宿の主婦と見たお角にこのことを打明けて、相談をしてみる気になったものであります。
 しかし、これだけの相談として見れば、それだけの相談だけれど、表向きに言えば、お関所破りの相談であります。どうしたらお関所破りができるか教えてくれというようなものであります。お角はこの少年の面《かお》を篤《とく》と見ないわけにはゆきませんでした。
「それはそれはお困りのことでござりましょう、ほかのことと違いまして」
 お角も、さすがに即答がなり兼ねるらしくあります。少年はきまりが悪いのか、窮したせいか、下を向いていると、
「お関所の抜け路をお通りなさることや……また殿方が女の風《なり》をなさったり、女のお方が殿方にこしらえたりして、お関所をお通りになることが現われますると、それは大罪になることでござりまする」
 お角にこう言われて、少年の面《かお》の色が火のように紅くなりました。
 その痛々しい若い侍の室を出たお角は、しきりに小首を傾《かし》げていました。そうして何か思案することありげに廊下を渡って、一番の室へ見舞に行こうとしました。そこには同じく、雨で逗留している宇津木兵馬とお君の二人がいるのであります。
 お角がそこへ行こうと思って廊下を渡ると、表の方で大声が聞えました。それも図抜けて大きな声で、
「さあさあ、大変大変、峠へ狼が出て二人半食い殺されてしまった、いやもう道中は大騒ぎ、大騒ぎ」
と言うのであります。あまりに無遠慮に大きな声でありましたから、お角の耳にも入ったし、その他の人にもみんな聞えたでありましょう。一番の室へ行こうとしたお角はこの声で直ぐに引返して、兵馬やお君を見舞わずに帳場へ帰って来ました。
 その今の大きな声の持主は、この街道を往来する馬方であります。それが地声の大きいのを一層大きくして、この店へ怒鳴り込んだのであります。
 宇津木兵馬の耳にもその大きな声が聞えたから愕然《がくぜん》として驚きました。スヤスヤと眠っていたお君の眼を醒《さ》まさせるくらいに大きな声でありました。
「宇津木様、何でございます、あの騒ぎは」
「峠へ狼が出たそうな」
「怖いこと、狼が?」
「そうして人を二人半食い殺したと聞えたけれど、二人はよいが、半というがちとおかしい」
 兵馬とお君とはこう言って話をしている間に、例の地声の大きな馬方は店の方で、お角やその他の者を相手に、盛んに大声をあげてその講釈をしているらしくありました。それが洩れて聞えるところによれば、狼に食い殺されたのは笹子峠の七曲《ななまが》りあたりであって、食い殺された人は一人の薬売りと、それから魚屋と、もう一人危なく逃げたのは道中師であるらしく聞えます。半というのはおそらくその道中師が命からがら逃げたから、それで半と言ったのだろうと思われます。
 兵馬は、その前路を控えた身で、こんな話を聞くことは、さすがに快しとはしませんでした。狼というものの存在はかねて聞いてはいるし、またこのあたりの山々にはそれが住んでいて、時あっては人里までも出て来るという話も聞きました。けれども、そんな話をお君に聞かせることはよくないと思って、それで不快の感じがしたのであります。
「夜道などをするから悪いのじゃ、悠《ゆっ》くりと宿を取って日のうちに出で、日のうちに越えてしまいさえすれば、なんのことはなかろうに、無理をするからそんなことになる」
 兵馬はそう思いました。一体深山に棲《す》む狼は群れを成しているものだそうだけれど、兵馬は今までの旅に狼というものに出逢ったことがありません。狼に出逢ったことがないばかりでなく、狼というものの生きたのも死んだのもその実物を見たことはありませんでした。それは絵にかいたものだけによって、そう信じているだけでありました。
 こうは言うものの、明日、この女をつれて峠を越える時に、不意にそれらの悪獣に襲われたとしたら……それに対する用意をしておかなければならないのだと思いました。
 いったん帳場へ帰って、狼が人を食った話を馬方の口から詳細に聞いたあとで、お角はまた再び第一番の室、すなわち兵馬とお君のいるところへ見舞に行こうとして廊下を渡って行くと、
「ちょッ、ちょっと、お角」
 裏の垣根越しに呼び留めたものがあります。
「どなた」
 お角がその垣根越しを振返って見ると、雨の中を笠をかぶって合羽《かっぱ》を着た人。
「おや、お前は百さんじゃないか」
「叱《し》ッ、静かに」
「誰も見ていないから、早くその土蔵の蔭から七番の方へお廻り」
「大丈夫かえ」
「大丈夫だよ、あの裏木戸から入って」
「合点《がってん》だ」
 その垣根越しの笠と合羽は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵であることに紛《まぎ》れもありません。
 二度まで見舞に行こうとして出端《でばな》を折られたお角は、またしても第一番の室へ行こうとした足を引返して、七番の座敷へ舞い戻って来ました。この七番の座敷というのは、自分の部屋として借りてある座敷です。
 お角がそこへ戻って来た時分に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、もう草鞋《わらじ》を脱いで縁の下へ突っ込んで、合羽を抱えてその座敷へ入り込んでいました。
「おっそろしい目に逢ったよ」
「何がどうしたの」
「昨日の夕方はお前、笹子峠の七曲りで狼に出逢《でっくわ》して、命からがらで逃げて来たんだ」
「そうかね、お前さんかえ。今、馬方が来ての話に二人半食い殺されたというから、その半というのはどういうわけだと聞いたら、それは食われ損なって逃げた人があるんだと言っていた、それがお前さんとは気がつかなかった。何しろ命拾いをしてよかったね」
「まあよかったというものだ。大丈夫かえ、誰にも気取《けど》られるようなことはありゃしめえな」
「大丈夫。まあその合羽をお出し」
 お角はがんりき[#「がんりき」に傍点]の手から、雨に濡れた合羽を受取って、そっと裏の方から竿にかけました。
「やれやれ」
 旅装を取ったがんりき[#「がんりき」に傍点]は火鉢の前へ坐りました。お角もまた火鉢によりかかりました。それから、ひそひそ話で、時々|目面《めがお》で笑ったり睨めたりして、かなり永いこと話が続きましたが、
「それじゃ、今夜は泊り込むとしよう、だが明日の朝は、また鳥沢まで行かなくちゃあならねえのだ」
「ほんとうに落着かない人だ、いくら足が自慢だからと言って、そうして飛び廻ってばかりしているのも因果な話」
「どうも仕方がねえや、こうしてせわしなく出来ている身体だ」
「あ、そりゃそうとお前さん[#「お前さん」は底本では「前さん」]、鳥沢へ行くのなら、お客様を一人、案内して上げてくれないか、まだお若いお侍だけれど、手形を失くしてしまって困っておいでなさる様子、抜け道を聞かしてもらいたいとわたしに頼むくらいだから、ほんとうに旅慣れない初心《うぶ》な女のような若いお侍だよ」
「なるほど、そりゃ案内してやっても悪くはねえが、こちとらと違って、あとで出世の妨げになってもよくあるめえからな、それを承知で、よくよくの事情なら、ずいぶん抜け道を案内してやらねえものでもねえ」
「そりゃお前さん、よくよくの事情があるらしいね、手形を失くしたというのは嘘《うそ》で、持たずに逃げ出して来たんだね、それで、どうやら追手がかかるものらしく、外へも出ないで隠れている様子が、あんまり痛々しいから、お前さん、ひとつ助けておやりよ、女のような優しいお侍だからかわいそうになってしまう」

         十一

 その翌朝になっても雨はしとしとと降っていましたが、それにも拘らず宇津木兵馬は、駕籠を雇ってこの宿を立ち出でました。
 兵馬は合羽を着て徒歩でこの宿を出て、尋常に甲州街道を下って行くのでありましたが、兵馬とお君の駕籠がこの宿を尋常に出かけた前に、まだ暗いうちに同じくこの宿を出でて、東へ向って下った二人の旅人がありました。
 前のは旅慣れた片手の無い男で、あとに従ったのは前髪の女にも見まほしい美少年。前のはがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵で、後のは昨日三番の室で関所の抜け道を問うた少年であります。
 兵馬お君の一行が、本街道の関所のあるところを大手を振って通るのに、がんりき[#「がんりき」に傍点]と美少年は裏へ廻って、関所のない抜け道を通ることが違っているのであります。
 本道を通ることは例外で、抜け道を通ることのみがその本職であった百蔵は、こんなことには心得たものです。
 女にも見まほしき美少年は、足を痛めたとはいうけれど、やはり旅には慣れているもののようです。しかし、両刀の重味がどうにも身にこたえるようで、それを抱えるようにして、がんりき[#「がんりき」に傍点]のあとをついて行くと、
「これでもこれ、お関所のあるべきところを無いことにして通るんでございますから、表向きにむずかしく言えばお関所破りになるのでございますね、お関所破りの罪を表向きにやかましく詮議《せんぎ》すれば、そのお関所のあるところで磔刑《はりつけ》になるのが御定法《ごじょうほう》ですから、あなた様も、わっしどもも、御定法通りにいえばこれで磔刑ものなんでございますよ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の言うことは少年をして、薄気味の悪い心持を起させないわけにはゆきません。がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれをこともなげに言って、少年が気にかける様子を尻目にかけて、
「しかし、お役人とても、そんなに野暮《やぼ》な仕打《しうち》ばかりはございません、こんなことでいちいちお関所破りをつかまえて、磔刑にかけた日には、関所の廻りは磔刑柱の林になってしまいます、旅に慣れたわっしどものようなものでなくても土地に近い人などは、わざわざ関所を通っていちいち御挨拶を申し上げてもおられないから、その抜け道や裏道を突っ切ってしまうのでございます。そんなものは、笑ってお眼こぼしでございます。それでも、こうして渡って歩くうちに、どうかして間違ってお上《かみ》の手で調べられた時には、こんなふうに言い抜けをするんでございますね、実はあの勝沼の町から出まして、駒飼のお関所へかかろうと思う途中で、ついつい道を取違えて山の中へ入ってしまいました、そこでどうして本道へ出たものかと迷っているうちに、山の中から樵夫《きこり》が出て参りました、その樵夫に尋ねてようやく本道へ出て参ることができましたけれど、その時は知らず知らずお関所を通り越しておりました、済まないこととは思いましたけれど、また先を急ぐ旅でございますから立戻るというわけにもいかず、ついついそのまま通り過ぎてしまいました、こういって言い抜けをするんでございますね。そうすると、しからば其方《そのほう》に道を教えた樵夫というのは何村の何の誰じゃとお尋ねがある、その時は、いやそれを聞こうとしているうちに、樵夫は山奥深く分け入って影も形も見えなくなりました、とこんなふうに申し上げればそれでことが済むんでございます、お関所にも抜け道があり、お調べにも言い抜けの道があるんでございますがね、やかましいのは入鉄砲《いりでっぽう》に出女《でおんな》といって、鉄砲がお関所を越して江戸の方へ入る時と、女が江戸の方からお関所を越えて乗り出す時は、なかなか詮議《せんぎ》が厳《きび》しかったものでございますがね、それも昔のことで、今はそんなでもありませんよ。そんなではないと言ったところで、このごろは世間が物騒でございますから、男が女の風《なり》をしたり、女が男の風をしたりしてお関所を晦《くら》ますようなことがあると、なかなか面倒には面倒になるんでございますね」
 こんなことを言っている間に、いつか関所の裏道を抜けてしまって、本道へ出て笹子峠を上りにかかっていました。
 なお、がんりき[#「がんりき」に傍点]は途中、いろいろの話をしてこの少年に聞かせました。丁度、そんなような雨のことですから、旅人も少ないもので、山また山が重なる笹子の峠道は、昼とは思われないほどに暗いものでありました。峠を登って行くと坊主沢のあたりへ出ました。この辺は橋が幾つもあって、下には渓流が左右から流れ下っているところもあります。
 やがて、もう峠の頂上へも近づこうとする時分に、
「こいつはいけねえ」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]が言いました。
 いま峠の上から、一隊の人が下りてくるらしくあります。この一隊の人というのは、尋常の人ではなく何か役目を帯びた人らしくあります。がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを振仰いで、
「あれは八州様の組だ、うっかりこうしてはいられません、少しばかり姿を忍ばせましょう」
 こう言って坊主沢を左に切れて、傍道《わきみち》へ入りました。少年もまた、同じようにしないわけにはゆきません。
 なるほど、それは八州の役人らしい。幸いにしてこの役人たちは、いま横へ切れた二人の姿を見咎《みとが》めもしませんで、やはり雨の中を粛々として甲州の方へ向けて下りて行くのは、何か大捕物でもあるらしき気配であります。
「どうも危ねえ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はその横道を先に立って行きました。これは多分、天目山の方へ行かるべき路であろうと思われます。
 八州の捕方《とりかた》を避けて横道につれ込まれた少年は、この案内者に相当の信用を置いているらしいが、気味の悪い感じも相当に伴わないではありません。しかしどこまでも弱味を見せないつもりで、それに従って行くと、さして大木ではないけれども、杉の木立の暗い細道へかかりました。
 その杉の木立の中に、山神の祠《ほこら》といったような小《ささ》やかな社のあるのを指して、
「あれで暫らく休んで参りましょう、どのみち本道へかからなくてはなりません、そのうち雨も歇《や》むことでございましょう」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が先に立ってその祠の縁へ腰をかけ、
「ずいぶんお疲れなすったことでございましょうねえ」
「いいえ、それほどに疲れはしませぬ」
と言ったけれども少年は、かなりに疲れているらしくありました。
「なにしろ、お若いに一人旅ということはなさるものではございません、あなた様が男でいらっしゃるからいいようなものの、もし女でもあって御覧《ごろう》じろ、道中には狼がたくさんいますからな」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]にこう言われた時に、少年はギクッとしたようでした。そう言ったがんりき[#「がんりき」に傍点]自身もまた、妙に気がひけたらしく、
「狼、狼といえば、この山にはほんものの狼がいるんでございます、そう思うと何だか急に気味が悪くなって来た」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、わざとらしい身ぶるいをして前後を見廻しました。前後は杉の木立で、足下では沢の水が淙々《そうそう》と鳴って、空山《くうざん》の間に響きます。
 少年は、なんとなし居堪《いたたま》らないような心持になって、
「ともかく、本道へ戻ろうではござりませぬか」
「まあようござんす、まあ休んでおいでなさいまし、どんなことをしたからと言ったって、日のあるうちに越せねえ峠じゃあございませんや、八州のお方が立戻ってでも来ようものなら、今度はちょっと抜け道がねえのでございます、もう少し休んでいらっしゃいまし」
と言いながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]は少年の手首をとりました。
「あれ――」
 少年は思わずこう言って叫びを立てました。
「そんなに吃驚《びっくり》なさることはござんすまい、お武家様、あなたは男の姿をしておいでなさるけれど、実は女でございましょう」
「左様なものではない」
「いけません、わっしは道中師でございます、旅をなさるお方の一から十まで、ちゃあんと睨《にら》んで少しの外《はず》れもないんでございますから、お隠しなすっても駄目でございます」
「隠すことはない」
「それ、それがお隠しなさるんでございます、あなた様は女でないとおっしゃっても、これが……」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はその片手を伸べて、乳のあたりを探るようにしましたから、
「無礼をするとようしゃはせぬ」
 少年はツト立ち退いて刀の柄《つか》に手をかけました。がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを驚く模様は更になく、
「ははは、たとえあなた様が男でござりましょうとも、女でいらっしゃいましょうとも、それをどうしようというわっしどもではございませぬ、御安心下さいまし。しかし、こうしてお伴《つれ》になってみるというと、その本当のところを確めておいておもらい申さぬと、臨機のかけひきというやつがうまくいかねえんでございますから」
「もう、雨も小歇《こや》みになった様子、早く本道へ戻りましょう」
「まあ、もう少しお休みなさいませ。いったい、あなた様は女の身で……どうしてまた、わざわざ一人旅をなさるんでございます、それをお聞き申したいんでございますがね。次第によっては、これでも男の端くれ、ずいぶんお力になって上げない限りもございません」
「さあ、早くあちらへ参ろう」
「まあ、よろしいじゃあございませんか、私がこうしてお聞き申すのは、実は、あなた様をどこぞでお見受け申したことがあるからでございます」
「えッ」
「たしか、あなた様を甲府の神尾主膳様のお邸のうちで、お見かけ申したことがあるように存じておりまする」
「知らぬ、知らぬ」
「あなた様は知らぬとおっしゃいますけれど、私の方では、あなた様の御主人の神尾様にも御懇意に願っておりまするし、それから、あなた様の伯母さんだかお師匠さんだか存じませんが、あのお絹さんというのは、かくべつ御懇意なんでございます、間違ったら御免下さいまし、そのお内で、たしかお松様とおっしゃるのが、あなた様にそのままのお方でございましたよ」
「どうしてそれを」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵と言ってお聞きになれば、あなた様のお近づきの人はみんな、なるほどと御承知をなさるでございましょう」
「ああ、それではぜひもない」
 少年はホッと息をついて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の面《かお》を見ていたが、遽《にわ》かに声も言葉も打って変り、
「いかにも、わたしが神尾の邸におりました松でござりまする、こうして姿をかえて邸を脱《ぬ》けて出ましたのは、よくよくの事情があればのこと、どうぞお見のがし下さいませ」
「それそれ、それで私も安心を致しましたよ、神尾様のお身内なら、なんの、失礼ながら御親類も同様、これから、お力になってどこへなりと、あなた様のお望みのところへ落着きあそばすまで、このがんりき[#「がんりき」に傍点]が及ばずながら御案内を致しまする」
「なにぶん、お頼み致しまする」
 なにぶん、頼んでいいのだか悪いのだか知らないが、この場合、お松はこう言ってがんりき[#「がんりき」に傍点]に頼みました。
「ようございますとも。さあ、そう事がわかったら、こんな窮屈なところに長居をするではございません、本道をサッサと参りましょう」
 それから後は存外無事でありました。無事ではあったけれども、こんなに見透《みすか》されてしまった上に、これが肩書附きの人間であることがわかってみれば、決して気味のよい道づれではありません。
 しかし、こうなってみると、急にこの気味の悪い道づれと離れることもできないで、お松は笹子峠を越してしまいました。
 何事か起るべくして、何事も起らずに峠を越してしまいました。人にも咎《とが》められず、狼にも襲われることがありませんでした。ただこの道案内であり道づれである男が、かえって追手の者よりも恐ろしいものであり、或いは狼よりも怖《こわ》いものであるかどうかは、まだわからないことです。
 そうして黒野田の宿《しゅく》へ無事に着いて、まだ二三駅はらくに行ける時刻であったけれども、そこでひとまず泊ることになりました。がんりき[#「がんりき」に傍点]がお松を案内したのは、前の本陣の宿ではなく、林屋という宿でありました。
 ここへ着いての思い出は、お松にとって少なからぬものがあります。ここの本陣へ駒井能登守と共に泊り合せた一夜の出来事は、鮮《あざや》かにその記憶に残っているのであります。
 お師匠様のお絹がここで何者にか浚《さら》われて大騒ぎを起しました。狼も棲《す》むというし、天狗も出没するという、このあたりに来た時は、あんなことがあり、帰る時にこんなことになって、剣呑《けんのん》な道づれに案内されて同じところの宿へ泊るというのも、お松にとって心強いものではありませんです。
 ところが、この宿へ着いて旅装を解くと、まもなくがんりき[#「がんりき」に傍点]の姿が見えなくなってしまいました。お松は心には充分の警戒をして、万一の時は身を殺してもと思っているのですけれども、その警戒の相手が不意になくなってみると、なんとなく拍子抜けのようでもありました。いく時たっても、がんりき[#「がんりき」に傍点]は帰って来ませんでした。ついに夕飯の時になって見ると、その食膳は一人前であります。
 これを以て見れば宿でもまた、自分に連れのあることは認めていないものと見なければなりません。またお連れ様はとも尋ねてみないことを以て見れば、この宿では全然、自分に連れのあったことをさえ想像していないらしくあります。
 お松は合点《がてん》のゆかないことに思いながらも、食事を済ましてしまいました。
 日が暮れても、風呂が済んでも、いよいよ寝る時刻になっても、とうとうがんりき[#「がんりき」に傍点]は姿を見せないのであります。
 お松はそれを合点がゆかないことに思ったけれども、また多少安心をする気にもなりました。なぜならば、あんな気味の悪い男に導かれて行くことの不安心は、慣れぬ一人旅をして歩く不安心よりも、一層不安心であるからです。
 前途はとにかく、あの男と離れたことが、かえって幸いであったと、寝床に就いた時分にホッと息をつきました。
 お松がこんな装《よそお》いをしてまで、甲府を逃れ出さねばならなかった理由は、全くあっちでは行詰《ゆきづま》ってしまったからであることは申すまでもありません。内には神尾の圧迫があり、外には筑前守へ奉公の強要があり、自分としては兵馬やお君の事が気にかかり、能登守の運命にも同情したり、主人の神尾の挙動には、身ぶるいするほどに怖れと嫌気とを催して、どうしても居堪《いたたま》らないから、この非常手段で逃げ出したものであります。
 兵馬が恵林寺に留まっていることがわかりさえすれば何のことはなかったろうけれど、それをお松は知ることができませんでした。ただこうして行くうちに、兵馬の行方《ゆくえ》を知る由もあろうかと思い、それがわからぬ時は、いっそ、江戸へ出て、外《よそ》ながら能登守やお君の身の上について知りたい、また例の与八という男の許をも尋ねてみようかというような心持でありました。
 その翌日、早朝に宿を出立すると、どうでしょう、阿弥陀《あみだ》街道の外れへ来た時分に、もうそこに、旅の装いをして、がんりき[#「がんりき」に傍点]がちゃあんと待っているではありませんか。もっとも今日は雨が降りません。がんりき[#「がんりき」に傍点]が待っていたのは、阿弥陀街道を過ぎて、笹子川の橋詰のところであります。
 お松も、はじめはそれとは気がつきませんでした。近寄って見た時に、それと知ってギョッとしました。
「お早うございます」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は挨拶をしました。
「これは、まあ」
と言ってお松は呆気《あっけ》に取られました。
「お待ち申しておりました」
 この分では、この男に見込まれたようなものだ。
「昨夜はどこへお泊りなさいました」
とお松は尋ねました。
「ツイこの近いところに知合いがあるんでございます」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれだけしか答えません。お松もその上は問うことをしませんでしたが、どうしてもこの男の道づれを断わるわけにはゆきません。
「ここは橋詰というところでございます、この次がよしケ久保と申しまして、あすこにあるのが虚空蔵《こくぞう》様で、それと違ったこっちの方に毒蛇済度《どくじゃさいど》の経石《きょういし》というものがございます、それから白の原に白野、天神坂を通って立川原へ出て橋を渡ると神戸《ごうど》、それから中初狩に下初狩、上花咲に下花咲、大月橋を渡って大月」
 こんなことを言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]は細かな道案内をしながら歩いて行きます。暢気《のんき》に歩いて行くようだけれども、絶えず往来と前後とに気を配っていることは、お松が見てもよくわかります。ことに前後から来る人の容貌を遠くから見定めようとすることと、通りすがる人を横目に見やる眼つきなんぞは、気味が悪いばかりです。
 そのうち大月の手前まで来ると不意に、
「どうか一足先においでなさいまし、私は少しばかり廻り道をして参りますから」
と言うかと思えば、がんりき[#「がんりき」に傍点]はツイと横道へ切れてしまいました。お松と一緒に歩いている時は、そんなでもなかったけれど、一人で横道へ切れる時の足の早いこと、あ、と言う間もなくいずれへか姿を消してしまいました。
 それから、お松はまた一人で歩いて行きました。この男は、確かに道中の胡麻《ごま》の蠅《はえ》というものだろうと思いました。飛んでもないものに附き纏《まと》われてしまったと、泣きたいにも泣けない心持で、心細い旅を歩きます。
 笹子の山中で、右の男は道すがら、自分はこう見えても女に餓えているような男でないから、一人旅をなさるお前様を、取って喰おうの煮て喰おうのという了見《りょうけん》はございませんと言った言葉を思い起しました。事実、あの男が自分を女と知った上で、無礼を加えるつもりならば、今までにその機会もあったろう。殊に昨夜の泊りで、わざと外してしまったのが不思議であるなどと、お松は考えて歩きます。
 しかし、気味の悪い男は気味の悪い男である、どうしてもあの男と道づれの縁を切ってしまわねばならぬと思いました。それをするにはいかなる手段を取ったらばよいだろうかと、そのことをそれからそれと考えて、大月から駒橋、横尾、殿上《とのうえ》と通って、ようやく猿橋の宿まで入ることができました。
 お松は幼《いとけ》ない時分から諸国の旅をして歩きました。それ故に、はじめのほどは辛かったけれど足が慣れてみれば、世の常の女のように道に悩むことが少ないのであります。ただ腰に差し慣れない両刀の重荷が苦しく、人の見ないところでは、それを抱えるようにして歩きましたが、猿橋の宿へ来て、とある茶店へ入って一息つきました。
「許せよ」
 お松がこの店に休みながら考えたのは、やはりこの後いかにして、がんりき[#「がんりき」に傍点]という気味の悪い道づれを撒《ま》こうかということでありました。お松の思案では、幸いに、この道中でしかるべき有力な旅の人を見つけて、その従者に加えてもらうか、或いは同行に入れてもらえば、これから先の道中も無事であるし、あの気味の悪い男も寄りつくまいということであります。
 ここで中食《ちゅうじき》をしている間にも、お松はその心持で街道の方を眺めていました。
 暫くした時に、その前をズッシズッシと通ったのは、昨日、笹子峠の坊主沢のあたりで遣《や》り過ごした八州の役人という一隊でありました。その一隊の人が、ズッシズッシと通って行く光景はなんとなく穏かでありません。昨日あれからどこまで行ったのか、甲府までは行くまいけれども、勝沼あたりまでは行って、それからまた引返して来たものに相違ないのであります。
 いかに同行の人を求めたいからと言って、あの一行の中へ駆け込むわけにもゆかないから、お松はそれの通り過ぐる間は隠れるようにして、それが遠く離れたと思われる時分まで、わざとこの店に隙《ひま》をつぶしていると、そこへ頬冠《ほおかぶ》りをした逞《たくま》しい馬子《まご》が一人、馬を曳《ひ》いてやって来ました。
「御免なさいよ」
と言って頬冠りを取った馬子の面《かお》は日に焼けて髯《ひげ》だらけであるけれども、厳《いか》めしい面で、眼つきが尋常の馬子とは違うように見えます。眼つきが違うといっても、悪い方に違うのではありません。がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は身なりを小綺麗にしているにかかわらず、なんとなく小気味が悪い男であるけれど、いま入って来た馬子は、容貌が怖ろしげなのにかかわらず、一見して気味の悪いという感じをお松に与えないで、そのお粗末な服装の中に、どこやらに親しみのある人品が備わるように見えないでもありません。無雑作《むぞうさ》に入って来たけれども、そこにお松のあることを見て、丁寧に小腰をかがめました。
 この店の親方とは、心安い間柄と見えて、話しぶりも打解けたものです。その話を聞くと、笹子まで客を送って行って、これから鳥沢へ帰るところであるということです。
 この馬子は隅っこへ腰をかけて、お松の方を遠慮深く見ていたようでしたが、
「もし、お武家様」
と言って言葉をかけました。
「はい」
 お松は馬子から言葉をかけられたので、少しうろたえて返事をしました。
「失礼でございますが、あなた様は、これからどちらへお越しでございます」
「江戸へ下ります」
「左様でございますか、お一人で……」
「はい」
「いかがでございましょう、どのみち帰りでございますから、お馬にお乗りなすっておくんなさいますまいか」
と言われて、お松は馬子の面《かお》をチラと見ました。人の悪い馬方や雲助の多いことでは、郡内は名うてのところであります。ですから、なるべく今まで馬も駕籠も傭わないことにしていました。がんりき[#「がんりき」に傍点]がついていたから、それでも今まで通って来たけれど、これからさき一人で歩こうものなら、どんなうるさい勧め方をされるかわからないし、万一、自分が女と知られた上は、またどんな目に遭うか知れたものでないと思いました。
 今、ここでこの馬子から馬に乗れと言われてみると、もうこれが悪強《わるじ》いの最初ではないかと思われて、その馬子の面を見たのですけれど、主人の話しぶりを見ても、その人柄を見ても、性質《たち》の悪い馬子とは見えません。
 お松は心をきめて、とうとうその馬に乗ることに約束しました。
 馬子は喜びました。どのみち帰り馬のことだから、賃銭も安くするようなことを言いました。お松はどこまでというきまりをここではつけませんでした。けれど、実は上野原まで一気に行ってしまおうという心で、この馬に乗ることにしました。
 この馬子の面はどこやら、先に甲府の牢を破った南条という奇異なる武士の面影《おもかげ》には似ているけれども、それはお松とは更に交渉のあることではありません。
 ほどなく例の猿橋まで来ました。こちらへ入る時にお松は、この有名な橋の傍へ駕籠をとどめて見て過ぎました。今、馬上からそれを見るとまた趣が変ったものであります。馬子は、この橋が水際まで三十三|尋《ひろ》あること、水の深さもまた三十三尋あること、橋の長さは十七間あることなどを、どの客人にも説いて聞かせるように、お松にも説いて聞かせました。
 山谷《さんや》の立場《たてば》で休んで犬目《いぬめ》へ向けて歩ませた時分に、傍道《わきみち》から不意に姿を現わした旅人がありました。お松は早くもその旅人ががんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵であることに気がついて、ヒヤリとしました。
 百蔵もまたズカズカと馬の傍へ寄って、お松に向って馴々《なれなれ》しく口を利《き》き出そうとした時に、前に手綱《たづな》を曳いていた馬子が、不意に後ろを向きました。近寄って来たがんりき[#「がんりき」に傍点]がハタと面《かお》を見合せたところ、おかしいことに、がんりき[#「がんりき」に傍点]が甚だしく狼狽《ろうばい》しました。ともかく相当の悪党を以て自任しているらしいがんりき[#「がんりき」に傍点]が、この馬子の面を見ての狼狽《あわ》て方は尋常とは見えません。
 それがために、せっかくお松に寄ろうとして来たがんりき[#「がんりき」に傍点]が、一言も物を言う遑《いとま》がなく、タジタジとさがって苦《にが》い面をしたが、そのまま前へ突き抜けて、トットと早足に行ってしまう有様は、逃げて行くもののようであります。がんりき[#「がんりき」に傍点]が、しかく狼狽するにかかわらず、馬子は、
「あははは、足の早い野郎だ」
と笑っていました。
 なるほど、足の早い野郎で、忽《たちま》ちに後ろ影さえ見えなくなってしまいました。
「お武家様、お前様は、あの男に見込まれなさいましたね、お気をつけなさらなくちゃあいけませんぜ、あいつは執拗《しつこ》い奴でございますからなあ」
「馬子どの、お前は、あの人を知っておいでなのか」
「知っておりますよ、いやに悪党がって喜んでいる、たあいもない奴でございます」
「実は、あの者に取りつかれて困っています、なんとか遠ざける工夫はなかろうか」
 お松は、ついこのことを馬子に向って口走りました。
「左様でございますねえ、こんど出て来たら取捉まえて、なんとかしてみましょう」
と馬子は言いました。なんとかしてみるというのは、どうしてみるつもりなのだろう。けれどもこの馬子ががんりき[#「がんりき」に傍点]を怖れないと反対に、がんりき[#「がんりき」に傍点]がこの馬子を怖れて逃げたことは今の挙動でわかるのですから、お松はなんとなくこの馬子を心強いものに思います。
 この馬に乗ったお松は、犬目新田も過ぎ、矢壺《やつぼ》の座頭《ざとう》ころがしの険も無事に通って、例の鶴川の渡し場まで来ました。
 ここは、その前の時分に宇治山田の米友が坊主にされたところであります。ここまで来る間に、どうしたのかがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵はまるきり音沙汰がありません。
 前の時には、大勢の川越し人足がいたけれども、今は水の出も少ないし、人足でなしに、橋を架《か》けて橋銭を取って渡していました。定めの橋銭を払って、この橋を渡りきると、以前、川越し人足が詰めていた小屋があります。その小屋の中に休んでいたのは例の八州の役人と手先とでありました。
「これ待て」
 お松を乗せた馬がこの前を通った時に呼びかけました。南条に似た馬子は、その声を聞いて聞かないようなふりして行こうとするのを、
「その馬待て」
 二度呼び留めましたけれども、馬子はやはり聞かないふりをして行ってしまいます。役人はあとを追っかけて来るかと思うと、それっきりなんの音沙汰もありませんでした。だからお松の乗った馬は、無事に渡し場を越えて上野原の宿へ入りました。
 ここで若松屋という宿屋へ、この馬子によって案内されました。これから江戸へ行くまで、放したくない馬子だと思いました。けれども、そういうわけにはゆかないから、お松はこの馬子に定めの賃銀と若干の酒料《さかて》とを与えて、自分は、また一人で心細い宿屋の一室へ隠れるようにしています。
 さてこうしてみると、がんりき[#「がんりき」に傍点]のことが思い出されます。あの馬子の面《かお》を見て逃げた狼狽さもおかしいけれど、それっきりで出て来ないという男ではないはずであります。馬子を帰してしまってこれからの道も心細いが、またあの男に出て来られることも気味が悪い。お松がその両方を考えているところへ、
「お客様、まことに恐れ入りまする、八州様の御用が参りました」
「八州様の御用とは?」
「この辺をお見廻りのお手先でございます」
「役人に調べられるような筋はないが」
「さあ、どういうわけでございますか、先刻お馬でお着きになった若いお武家の方にお目にかかりたいと申して、店へお出向きになりましてございます」
「はて、先刻馬で着いたといえば、どうやらわし一人のような……」
「左様でござりまする、ほかにお馬でお着きになったお方もござりますれど、若いお武家様とおっしゃられると、あなた様のほかにはござりませぬ」
「わしに何の用向きか知らんが、会いたくないものじゃ」
「それでも、ちゃんと、おあとを見届けておいでになったものでございますから、外様《ほかさま》と違いまして、お断わり申すことはできないので困っておりまする……」
「そんならぜひもない、会いましょう、これへお通し下されたい」
とお松は言って番頭を帰しました。
 けれどもこれは安からぬ思いであります。この際に役人から取調べを受けるということは一大事であります。しかしこうなってみては逃れることができません。断わることもできません。断われば職権を以て踏み込むに相違ない、逃るれば手分けをして引捕えるに相違ない、会ってみるよりほかはどうにも仕方がないのであります。このくらいなら、いっそ、がんりき[#「がんりき」に傍点]と連れになっていた方が、まだ知恵もあったろうにと思われる。そうして胸を痛めているところへ案内につれて、八州の役人と手先がズカズカと入って来ました。
 お松は胸が噪《さわ》いで、気が嚇《かっ》と逆上《のぼせ》るようであります。
「ちと、お尋ね致したいが、其許様《そこもとさま》はいずれからお越しになりました」
 入って来た八州の役人というのは、わりあいに丁寧な物の尋ね様です。
「拙者は甲府より参りました」
 お松も一生懸命で、度胸をきめて返事をしはじめました。
「甲府はいずれのお身分」
「勤番支配駒井能登守の家中の者にござりまする」
「駒井能登守殿の御家中とな、失礼ながら御姓名は?」
「和田静馬と申しまする」
「和田静馬殿……」
と言って役人は小首を傾けましたが、
「して、これよりいずれへお越し」
「主人能登守のあとを慕うて、江戸まで出まする途中」
「ただお一人にて?」
「左様。それには少々事情ありて、主人の一行に後《おく》れました」
「ともかく、少々|御意《ぎょい》得たきことがござる故、本陣まで御足労下さるまいか」
「それは迷惑な」
「強《た》ってとはお願い申さぬ、実は貴殿のお身の上と言い、ただいま承ったところと申し、ちと不審の儀がござる」
「不審と仰せらるるのは?」
「よろしい、しからば後刻また改めてお伺い致そう、御迷惑ながらそれまでは、このお宿をお立ち出でなさらぬように願いたい」
「心得ました」
「これは御無礼の段、御用捨」
と言って役人と手先とは、ゾロゾロと帰ってしまいました。
 ともかくも帰ってしまったから、お松はホッと息をつきました。ホッと息はついたけれどこれは、いよいよ安心がならないのであります。存外、立入って調べることはしなかったけれども、実はここへ検束されてしまったのと同じことであります。後刻というのはいつ頃のことか知らないが、その時に来て委細を調べられてしまえば、何もかも曝露《ばくろ》されてしまうことであります。関所を抜けて来たことも表向きになってしまわねばならぬ。駒井能登守家中ということや、和田静馬ということの化けの皮もたちどころに剥《は》がれてしまわねばならず、その上に、あられもない男装して神尾の家を抜け出したことの一部始終は、たあいもなく露見してしまうのであります。お松はようやく、絶体絶命のようなところへ追い詰められる気持に迫られて、いざといえば自害をして果てるばかりと、小刀を膝のところへ取り上げて、その後の成行を怖ろしい思いで待っていました。
 けれども、待ち構えている役人も手先も、容易にやって来る模様は見えませんでした。かなり身体も心も疲れているから、もう寝てしまいたい時刻であったけれど、いつ役人が押しかけて来るか知れないのだから、寝てしまうわけにもゆきませんでした。
 行燈《あんどん》の影に、ぼんやりと小刀を膝の上へ載せたままで、限りのない心細い思いと、それから危険を前にした一種の張りきった心とで、お松は事のなりゆきを待っています。
 甲府から江戸までは僅かに三十余里の旅、前に長い旅をしていた経験から、それをあまりにたかを括《くく》った無謀を、ことごとにお松は覚《さと》ってくるのでありました。
「もし、役人に引き立てられて、本陣とやらへ行かねばならぬ場合には自害する、いっそ、こうなっては、その前にここで死んでしまった方がよいかも知れぬ」
 お松は、調べられて一切が曝露した暁に恥辱を取るよりは、それより前に死んでしまった方がと、さしもに気が張っているお松も、とても逃れぬ運命と死を覚悟してみると、一時に心弱くなってきて涙を落しました。
 その時に、役人の来るべき表口でなく、障子を隔てた廊下の方で人の気配がするようであります。

         十二

 お松がこうして宿に着いた時よりは少し遅れて、同じような客がこの上野原の本陣へ、同じような方向から来て宿を取りました。それはお松のように忍びやかに来たのではなく、大手を振らないまでも、旅路には心置きのない人のようであります。
 その客は、お松と同じような若い侍の姿をしていましたけれど、お松のように単独の旅ではなく、ほかに一挺の駕籠《かご》と共に、自分もここへ着く時は駕籠へは乗って来たけれども、寧《むし》ろほかの一挺の駕籠を守護して来たもののようであります。
 本陣へ着いてまもなく、守って来たほかの一挺の駕籠の人を隠すように別間へ置き、自分はその次の一室を占めました。申すまでもなく、その隠すように守護されて来た人というのはお君で、それに附いて来た人は宇津木兵馬であります。兵馬がその一室に控えている時に、これもお松が受けたと同じように、例の八州の役人の見舞を受けました。
「はて、八州の役人が何用あって、我々を詮議《せんぎ》する」
と兵馬は訝《いぶか》りましたけれど、それに応対する用意は充分であって、表面上はなんらの咎め立てを蒙《こうむ》るべき由もないのであるから、お松のような不安な心でなしに、たちどころにその役人を迎えました。
 役人は、またお松にしたように、そのいずれより来りいずれへ行くやを尋ねました。また兵馬に向って身分と姓名とを尋ねました。その時、兵馬は答えました。
「甲府勤番支配駒井能登守の家中、和田静馬と申す者」
「ナニ、貴殿が和田静馬殿と申される?」
 役人は眼を丸くしました。その上に念を押して、
「お間違いではござるまいな、しかと貴殿が和田静馬殿か」
「御念には及び申さぬ、元、駒井能登守の家中にて和田静馬と申すは、拙者のほかにはござらぬ」
「ところが、その和田静馬殿が二人ござるから、物の不思議でござる」
「なんと言われる」
「しかも、同じくこの上野原の宿屋へ今日泊り合せた客人に、同じく駒井能登守殿の家中にて、和田静馬と名乗る御仁《ごじん》がござる」
「これは不思議千万、その者はいずれの宿にいて、何を苦しんで拙者の名を騙《かた》るのか」
「それはただいま、我々が確かに会うてその名乗りを承って参った、当所の若松屋というのに、今も尋常に控えておらるる」
「はて怪しい、してその者の年頃は」
「貴殿よりは一つ二つお若うござるかな」
「それほどの年にしては大胆な。ともかく、それは心あってすることか、或いはまた旅路のいたずら心から、わざと拙者の名を用いるものか、これへ同道して突き合わせて御覧あればすぐにわかること」
「いかにも、貴殿がまことの和田静馬殿であることは、恵林寺の先触《さきぶれ》でも毛頭《もうとう》疑いのないところ、若松屋の若者こそ、甚だ怪しい、篤《とく》と吟味を致さねばならぬ」
「引捕えてこれへおつれあらば、拙者から懲《こ》らして済むものならば懲らしめ、意見して追い放すべき者ならば、意見を加えてみるも苦しうござらぬ」
「しからばその者を引捕えて、これへ連れて参ろう」
 役人や手先が立ち上った時に、兵馬はふと、何事か胸に浮んだらしく、
「お待ち下さい、なんにせよ、承れば年若の者、無下に恥辱を与えるも不憫《ふびん》ゆえ、拙者これより同道致し、穏かにその者に会うてみたい」
「それは御随意」
 兵馬は身仕度をして、わが変名の変名を名乗る若者の、何者であるかを見定めようとしました。
 若松屋の一室に和田静馬と名乗ったお松は、非常の覚悟をしています。
 和田静馬の名は、或る時において兵馬が仮りに名乗る名前でありました。お松はその名をこの場合に利用したことが、こんな風に喰い違ったことを知ろうはずがありません。
 再び役人の来るべき時を予想して待っていると役人は来ないで、障子の外に人の気配がしたかと思うと、密《そっ》とそこを開いて、
「御免なさいまし」
 小さい声で言いながら面《かお》を出したのは、思いきや、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百でありました。
「…………」
 お松は呆気《あっけ》に取られていると、
「また参りました」
 来なくてもよい男であります。お松は苦《にが》りきっていました。
「また参りましたのは、大変が出来たからなんでございます。大変というのは、わたしどもの方の大変ではございません、あなた様の方の大変なのでございます、そのあなた様がこうして落着いておいでになる気が知れません、一刻も早くこの場をお逃げ出しになりませんと、命までが危のうございますよ。それで、わたしどもがまた迎えに上ったんでございます。早くお逃げなさいまし、わたしと一緒にこの宿屋をお逃げなさいまし、取る物も取り敢えずお逃げなさらなくてはいけません。第一お関所破りだけで、命と釣替《つりかえ》がものはあるんでございますから、是が非でも逃げなくてはなりません、さあ、お逃げなさいまし」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は執念深くお松を連れ出しに来たものとも思えるし、また一種の親切で逃がしに来たものとも思われるのであります。けれどもお松は、さすがにこの男の言いなりにそれではと言って、逃げ出す気にはなれないでいると、
「何を考えておいでなさるんでございます。実はこういうわけなんでございます、あなた様が、この宿屋へ駒井能登守様の御家来だといってお泊りなさっていると、丁度本陣の方へ、その本物の能登守様の御家来が、ちゃあんと着いておいでなさるんだ、役人から、あなた様のお話を聞いて、能登守の家中に左様な者があるとは訝《おか》しいとあって、今こちらへ調べにおいでなさるところなんでございます、それにつかまって御覧《ごろう》じろ、退引《のっぴき》がなりません、それを聞き込んだから、わたしはこうして抜けがけをして御注進に上ったわけなんでございます、悪いことは申し上げません、ともかくもこの場だけは外さなければ、あなた様の動きが取れません、決して悪いことを申し上げるんではございません」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]にこう言われてせき立てられてみると、お松の心が動かないわけにはゆきません。どのみち危ない道を踏んだ以上は、手を束《つか》ねて捕われの身になることもいやです。所詮《しょせん》、死を決したからには、逃げられるだけは逃げた方が怜悧《りこう》ではないかとさえ思われるのであります。しかし、人もあろうに、この男の手引で夜分逃げ出すということは、いくらなんでも、まだその気にはなれないでいるところへ、表の戸をドンドンと叩いて、
「先刻、お尋ねした和田静馬殿にお目にかかりたい」
 それは紛れもなき役人たちの声であります。お松はこの声を聞くと、さすがに狼狽《うろた》えて立ちかけたところを、がんりき[#「がんりき」に傍点]はその左の手でお松の手首をとって、
「逃げなくちゃいけません、お逃げにならなくちゃ損でございます、馬鹿正直も時によりけりでございます」
 早や表の方では、役人たちが案内されてこっちへ来る足音が聞えます。お松は我を忘れて大小を抱えると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は早くもお松の荷物を取って肩にかけていて、再びその手を取って、引きずるように廊下へ飛び出しました。
 事の急なるがためにお松は、心ならずも、がんりき[#「がんりき」に傍点]に引摺られるようにして、この家を外に飛び出しました。
 外に出て見ると外は真暗です。その真暗な中を、がんりき[#「がんりき」に傍点]は案内を知っていると見えて、お松の手を引きながらズンズンと進んで行ったが、
「誰だッ」
 途中で不意に異様な声を立てて、お松の手を放してしまいました。
「ア痛ッ」
 最初、誰だッと言った時に、がんりき[#「がんりき」に傍点]は何者にか一撃を加えられたようでありましたが、二度目にア痛ッと言った時には、たしかに大地へ打ち倒されていたものであります。
「うーん」
と言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]が地上で唸っているのを聞けば、打ち倒された上に、手強く締めつけられているもののようでありました。さては役人の手が、もうここまで廻っていたかとお松は驚いて、木蔭に身を忍ばせました。それにしても不思議なのは、もし役人であるならば、御用だとか、神妙にとか言葉をかけて打ってかかるべきはずであり、なにも、がんりき[#「がんりき」に傍点]一人だけを狙《ねら》わないで、当の自分にも、言葉がかかりそうなものです。それを不意に闇の中から出て、がんりき[#「がんりき」に傍点]一人だけを打ち倒したのはどういうつもりであるか、さっぱりわかりません。
「覚えてやがれ」
 ややあって、こう言ったそれは、がんりき[#「がんりき」に傍点]の声でありました。それは少しばかり遠いところへ離れて聞えました。大地へ打ち倒されたのがどうかして起き上って、命からがら逃げ出した捨台詞《すてぜりふ》のように聞えて、それから後は静かになりました。お松は身体を固くして木蔭に隠れていると、
「もしもし、若いお武家」
 それは聞いたような声であります。聞いたような声で、たしかに自分を呼ぶのだとは思いましたけれども、お松はこの場合に咄嗟《とっさ》に返事をすることができませんでした。それ故になおも身を固くして木蔭にひそんでいると、どうやらその者が自分に近く探り寄って来るらしくあります。
 お松はそれで身構えをしました。がんりき[#「がんりき」に傍点]をさえ取って押えるくらいの者に、自分が身構えをしたところで甲斐のないこととは思ったけれど、それでも身構えをしていると、その者はすぐに近寄っては来ないで、そこへ蹲《うずくま》って、カチカチと燧《ひ》を切りはじめました。そしてその火を小田原提灯にうつしていることがよくわかるのであります。
 提灯をつけられてはたまらない、もう絶体絶命と思って、お松はその提灯の光を慄《ふる》えながら見ていると、意外にもその提灯の光にうつる人の面《かお》は見たようなと思うも道理、それは今日、猿橋の宿から、この上野原まで自分をのせて来た馬子でありました。この馬子を見た最初にがんりき[#「がんりき」に傍点]は逃げ出してしまいました。この次に逢った時は取って押えてやると言っていました。昨夕《ゆうべ》あの宿へ自分を送りつけた後は、鳥沢とやらへ帰ってしまったものと思っていたら、まだあの宿に泊っていたものらしい。
「どうなさいました、怖い者ではござらぬよ」
 馬子は提灯をさしつけて、お松の隠れている木下闇《このしたやみ》を照しました。お松の足は、ひとりでにその木下闇から離れて、馬子の提灯の方に引き寄せられました。
 この時に、がんりき[#「がんりき」に傍点]はどこへ行ってしまったか、姿も形も見えません。
「これから私が案内をして上げます、御安心なさいまし」
 馬子はお松の先に立って、崖道《がけみち》を桂川の岸へと下りて行きます。
 しばらくしてこの馬子は、桂川の岸にある船小屋のところまで来ました。そこで振返ってお松の面を見て莞爾《にっこり》と笑いました。お松は提灯の光でその面を見たけれども、その意味を解すことができませんでした。
 小屋の中には誰も住んではいません。炉の中には火もなければ、燃えさしもありません。
 馬子は提灯を羽目《はめ》の一端にかけて置いて、床板を上げるその中から、空俵を程よくからげたのを一つ取り出しました。それを手早く解《ほぐ》して開くと、その中にいつ用意してあったのか、一組の衣類と、見苦しからぬ拵《こしら》えの大小一腰が現われました。
 馬子は自分の衣裳を脱ぎ捨てて、空俵に包んであった衣類を着替えてしまいました。それもまた見苦しからぬ武士の着る衣裳であります。衣裳を着替えて、帯を締めて、それから足をこしらえにかかる手順が慣れたものであります。
 身仕度をしてしまってから、腰をかけて草鞋《わらじ》を二足取って、その一足をお松の前に投げ出し、
「これをお穿《は》きなさい」
 お松にあてがって、自分もまたその一足を穿く。
 お松はただこの奇異なる人の為すところを夢見るような心持で見て、その為せというままに従うよりほかはありませんでした。
「これから御身と共に、拙者も江戸立ちじゃ」
と言って、サッサと先に立って、例の提灯を持ってこの舟小屋を立ち出でました。お松も無論そのあとに従いました。小屋を出て河原の町の方を見上げると、提灯の影がいくつも飛んで、人の罵《ののし》る声などもします。
 それを見ていた奇異なる武士は、なんと思ってか自分の小田原提灯をフッと吹き消しました。四辺《あたり》はやはり真暗で、桂川の川波のみが音を立てて噪《さわ》いでいます。その暗い中で、奇異なる武士は無言にお松の手を取って引き立てました。しかしその疲れきっているのを認めて、
「拙者の背中をお貸し申そう、遠慮なさるには及ばぬ、それがたがいに楽でよろしい」
 奇異なる武士はお松を背負うて、桂川の岸の大石小石の歩きづらい中を飛び越えて、流れと共に下って行くのであります。



底本:「大菩薩峠4」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年1月24日第1刷発行
   「大菩薩峠5」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年2月22日第1刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 三」筑摩書房
   1976(昭和51)年6月20日初版発行
※「甲武信《こぶし》ケ岳《たけ》」「よしケ久保」の「ケ」を小書きしない扱いは、底本通りにしました。
入力:tatsuki(一〜七)、(株)モモ(八〜十二)
校正:原田頌子
2002年9月21日作成
2003年6月1日修正
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