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雁《かり》の童子《どうじ》
宮沢賢治
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[表記について]
●底本に従い、小学校1・2年の学習配当漢字を除く漢字にはルビをつけた。ただし、同一語句についてはルビは初出のみにつけた。
●ルビは「漢字《ルビ》」の形式で処理した。
●[※番号]は、入力者の補注を示す。補注は、ファイルの末尾に置いた。
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 流沙《るさ》[※1]の南の、楊《やなぎ》で囲まれた小さな泉《いずみ》で、私は、いった麦粉《むぎこ》を水にといて、昼の食事《しょくじ》をしておりました。
 そのとき、一人の巡礼《じゅんれい》のおじいさんが、やっぱり食事のために、そこへやって来ました。私たちはだまって軽《かる》く礼をしました。
 けれども、半日まるっきり人にも出会《であ》わないそんな旅《たび》でしたから、私は食事がすんでも、すぐに泉とその年老《としと》った巡礼とから、別《わか》れてしまいたくはありませんでした。
 私はしばらくその老人《ろうじん》の、高い咽喉仏《のどぼとけ》のぎくぎく動《うご》くのを、見るともなしに見ていました。何か話し掛《か》けたいと思いましたが、どうもあんまり向《むこ》うが寂《しず》かなので、私は少しきゅうくつにも思いました。
 けれども、ふと私は泉のうしろに、小さな祠《ほこら》のあるのを見付《みつ》けました。それは大へん小さくて、地理学者や探険家《たんけんか》ならばちょっと標本《ひょうほん》に持《も》って行けそうなものではありましたがまだ全《まった》くあたらしく黄いろと赤のペンキさえ塗《ぬ》られていかにも異様《いよう》に思われ、その前には、粗末《そまつ》ながら一本の幡《はた》も立っていました。
 私は老人が、もう食事も終《おわ》りそうなのを見てたずねました。
「失礼《しつれい》ですがあのお堂《どう》はどなたをおまつりしたのですか。」
 その老人も、たしかに何か、私に話しかけたくていたのです。だまって二、三度うなずきながら、そのたべものをのみ下して、低《ひく》く言いました。
「……童子のです。」
「童子ってどう云《い》う方ですか。」
「雁の童子と仰《お》っしゃるのは。」老人は食器《しょっき》をしまい、屈《かが》んで泉の水をすくい、きれいに口をそそいでからまた云いました。
「雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこの頃《ごろ》あった昔《むかし》ばなしのようなのです。この地方にこのごろ降《お》りられました天童子《てんどうじ》だというのです。このお堂はこのごろ流沙の向う側《がわ》にも、あちこち建《た》っております。」
「天のこどもが、降りたのですか。罪《つみ》があって天から流《なが》されたのですか。」
「さあ、よくわかりませんが、よくこの辺《へん》でそう申します。多分そうでございましょう。」
「いかがでしょう、聞かせて下さいませんか。お急《いそ》ぎでさえなかったら。」
「いいえ、急ぎはいたしません。私の聴《き》いただけお話いたしましょう。
 沙車《さしゃ》[※2]に、須利耶圭《すりやけい》という人がございました。名門《めいもん》ではございましたそうですが、おちぶれて奥《おく》さまと二人、ご自分は昔からの写経《しゃきょう》をなさり、奥さまは機《はた》を織《お》って、しずかにくらしていられました。
 ある明方《あけがた》、須利耶さまが鉄砲《てっぽう》をもったご自分の従弟《いとこ》のかたとご一緒《いっしょ》に、野原を歩いていられました。地面《じめん》はごく麗《うる》わしい青い石で、空がぼうっと白く見え、雪もま近《ぢか》でございました。
 須利耶さまがお従弟さまに仰《お》っしゃるには、お前もさような慰《なぐさ》みの殺生《せっしょう》を、もういい加減《かげん》やめたらどうだと、斯《こ》うでございました。
 ところが従弟の方が、まるですげなく、やめられないと、ご返事《へんじ》です。
(お前はずいぶんむごいやつだ、お前の傷《いた》めたり殺《ころ》したりするものが、一体どんなものだかわかっているか、どんなものでもいのちは悲《かな》しいものなのだぞ。)と、須利耶さまは重《かさ》ねておさとしになりました。
(そうかもしれないよ。けれどもそうでないかもしれない。そうだとすればおれは一層《いっそう》おもしろいのだ、まあそんな下らない話はやめろ、そんなことは昔の坊主《ぼうず》どもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは仕止《しと》めて見せる。)と従弟のかたは鉄砲を構《かま》えて、走って見えなくなりました。
 須利耶さまは、その大きな黒い雁の列《れつ》を、じっと眺《なが》めて立たれました。
 そのとき俄《にわ》かに向うから、黒い尖《とが》った弾丸《だんがん》が昇《のぼ》って、まっ先きの雁の胸《むね》を射《い》ました。
 雁は二、三べん揺《ゆ》らぎました。見る見るからだに火が燃《も》え出し、世《よ》にも悲しく叫《さけ》びながら、落《お》ちて参《まい》ったのでございます。
 弾丸がまた昇って次《つぎ》の雁の胸をつらぬきました。それでもどの雁も、遁《に》げはいたしませんでした。
 却《かえ》って泣《な》き叫びながらも、落ちて来る雁に随《したが》いました。
 第三の弾丸が昇り、
 第四の弾丸がまた昇りました。
 六発の弾丸が六疋《ぴき》の雁を傷つけまして、一ばんしまいの小さな一疋だけが、傷つかずに残《のこ》っていたのでございます。燃え叫ぶ六疋は、悶《もだ》えながら空を沈《しず》み、しまいの一疋は泣いて随い、それでも雁の正しい列は、決《けっ》して乱《みだ》れはいたしません。
 そのとき須利耶さまの愕《おど》ろきには、いつか雁がみな空を飛《と》ぶ人の形に変《かわ》っておりました。
 赤い焔《ほのお》に包《つつ》まれて、歎《なげ》き叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに只《ただ》一人、完《まった》いものは可愛らしい天の子供《こども》でございました。
 そして須利耶さまは、たしかにその子供に見覚《みおぼ》えがございました。最初《さいしょ》のものは、もはや地面《じめん》に達《たっ》しまする。それは白い鬚《ひげ》の老人で、倒《たお》れて燃えながら、骨立《ほねだ》った両手《りょうて》を合《あわ》せ、須利耶さまを拝《おが》むようにして、切なく叫びますのには、
(須利耶さま、須利耶さま、おねがいでございます。どうか私の孫《まご》をお連《つ》れ下さいませ。)
 もちろん須利耶さまは、馳《は》せ寄《よ》って申されました。《いいとも、いいとも、確《たし》かにおれが引き取《と》ってやろう。しかし一体お前らは、どうしたのだ。》そのとき次々《つぎつぎ》に雁が地面に落ちて来て燃えました。大人もあれば美しい瓔珞《ようらく》をかけた女子《おなご》もございました。その女子はまっかな焔に燃えながら、手をあのおしまいの子にのばし、子供は泣《な》いてそのまわりをはせめぐったと申《もう》しまする。雁の老人が重ねて申しますには、
(私共は天の眷属《けんぞく》[※3]でございます。罪があってただいままで雁の形を受けておりました。只今|報《むく》いを果《はた》しました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは縁《えん》のあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお育《そだ》てを願《ねが》います。おねがいでございます。)と斯うでございます。
 須利耶さまが申されました。
(いいとも。すっかり判《わか》った。引き受けた。安心《あんしん》してくれ。)
 すると老人は手を擦《こす》って地面に頭を垂《た》れたと思うと、もう燃えつきて、影《かげ》もかたちもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったままぼんやりと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに夢を見たのかとも思われましたそうですがあとで従弟さまの申されますにはその鉄砲はまだ熱《あつ》く弾丸は減《へ》っておりそのみんなのひざまずいた所《ところ》の草はたしかに倒《たお》れておったそうでございます。
 そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。須利耶さまはわれにかえって童子に向って云われました。
(お前は今日《きょう》からおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前のお母《かあ》さんや兄さんたちは、立派《りっぱ》な国に昇《のぼ》って行かれた。さあおいで。)
 須利耶さまはごじぶんのうちへ戻《もど》られました。途中《とちゅう》の野原は青い石でしんとして子供は泣きながら随《つ》いて参りました。
 須利耶さまは奥《おく》さまとご相談で、何と名前をつけようか、三、四日お考えでございましたが、そのうち、話はもう沙車全体にひろがり、みんなは子供を雁の童子と呼《よ》びましたので、須利耶さまも仕方なくそう呼んでおいででございました。」
 老人はちょっと息《いき》を切《き》りました。私は足もとの小さな苔《こけ》を見ながら、この怪《あや》しい空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの姿《すがた》を、はっきりと思い浮《うか》べました。老人はしばらく私を見ていましたが、また語りつづけました。
「沙車の春の終りには、野原いちめん楊の花が光って飛びます。遠くの氷《こおり》の山からは、白い何とも云えず瞳《ひとみ》を痛《いた》くするような光が、日光の中を這《は》ってまいります。それから果樹《かじゅ》がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄《ぶどう》いろの重《おも》い雲の下を、影法師《かげぼうし》の蝙蝠《こうもり》がひらひらと飛んで過《す》ぎました。
 子供らが長い棒《ぼう》に紐《ひも》をつけて、それを追いました。
(雁の童子だ。雁の童子だ。)
 子供らは棒を棄《す》て手をつなぎ合って大きな環《わ》になり須利耶さま親子を囲《かこ》みました。
 須利耶さまは笑っておいででございました。
 子供らは声を揃《そろ》えていつものようにはやしまする。
  (雁の子、雁の子雁童子、
  空から須利耶におりて来た。)と斯うでございます。けれども一人の子供が冗談《じょうだん》に申しまするには、
  (雁のすてご、雁のすてご、
  春になってもまだ居《い》るか。)
 みんなはどっと笑いましてそれからどう云うわけか小さな石が一つ飛んで来て童子の頬《ほお》を打ちました。須利耶さまは童子をかばってみんなに申されますのには、
 おまえたちは何をするんだ、この子供は何か悪《わる》いことをしたか、冗談にも石を投《な》げるなんていけないぞ。
 子供らが叫んでばらばら走って来て童子に詫《わ》びたり慰めたりいたしました。或《あ》る子は前掛《まえか》けの衣嚢《かくし》から干《ほ》した無花果《いちじく》を出して遣《や》ろうといたしました。
 童子は初《はじ》めからお了《しま》いまでにこにこ笑《わら》っておられました。須利耶さまもお笑いになりみんなを赦《ゆる》して童子を連れて其処《そこ》をはなれなさいました。
 そして浅黄《あさぎ》の瑪瑙《めのう》の、しずかな夕もやの中でいわれました。
(よくお前はさっき泣かなかったな。)その時童子はお父さまにすがりながら、
(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに弾丸《たま》を七つ持っていたよ。)と斯う申されたと伝えます。」
 巡礼の老人は私の顔を見ました。
 私もじっと老人のうるんだ眼を見あげておりました。老人はまた語りつづけました。
「また或る晩《ばん》のこと童子は寝付《ねつ》けないでいつまでも床《とこ》の上でもがきなさいました。(おっかさんねむられないよう。)と仰っしゃりまする、須利耶の奥さまは立って行って静かに頭を撫《な》でておやりなさいました。童子さまの脳《のう》はもうすっかり疲《つか》れて、白い網《あみ》のようになって、ぶるぶるゆれ、その中に赤い大きな三日月《みかづき》が浮かんだり、そのへん一杯《いっぱい》にぜんまいの芽《め》のようなものが見えたり、また四角な変に柔《やわ》らかな白いものが、だんだん拡《ひろ》がって恐ろしい大きな箱になったりするのでございました。母さまはその額《ひたい》が余り熱いといって心配《しんぱい》なさいました。須利耶さまは写《うつ》しかけの経文《きょうもん》に、掌《て》を合せて立ちあがられ、それから童子さまを立たせて、紅革《べにがわ》の帯を結《むす》んでやり表へ連れてお出になりました。駅《えき》のどの家ももう戸を閉《し》めてしまって、一面《いちめん》の星の下に、棟々《むねむね》が黒く列《なら》びました。その時童子はふと水の流れる音を聞かれました。そしてしばらく考えてから、
(お父さん、水は夜でも流れるのですか。)とお尋《たず》ねです。須利耶さまは沙漠の向うから昇って来た大きな青い星を眺めながらお答えなされます。
(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、平《たい》らな所でさえなかったら、いつまでもいつまでも流れるのだ。)
 童子の脳は急《きゅう》にすっかり静《しず》まって、そして今度は早く母さまの処にお帰りなりとうなりまする。
(お父さん。もう帰ろうよ。)と申されながら須利耶さまの袂《たもと》を引っ張《ぱ》りなさいます。お二人は家に入り、母さまが迎《むか》えなされて戸の環を嵌《は》めておられますうちに、童子はいつかご自分の床に登って、着換えもせずにぐっすり眠ってしまわれました。
 また次のようなことも申します。
 ある日須利耶さまは童子と食卓《しょくたく》にお座《すわ》りなさいました。食品の中に、蜜《みつ》で煮《に》た二つの鮒《ふな》がございました。須利耶の奥さまは、一つを須利耶さまの前に置かれ、一つを童子にお与《あた》えなされました。
(喰《た》べたくないよおっかさん。)童子が申されました。(おいしいのだよ。どれ、箸《はし》をお貸《か》し。)
 須利耶の奥さまは童子の箸をとって、魚を小さく砕《くだ》きながら、(さあおあがり、おいしいよ。)と勧《すす》められます。童子は母さまの魚を砕く間、じっとその横顔を見ていられましたが、俄かに胸が変な工合《ぐあい》に迫《せま》ってきて気の毒《どく》なような悲しいような何とも堪《たま》らなくなりました。くるっと立って鉄砲玉《てっぽうだま》のように外へ走って出られました。そしてまっ白な雲の一杯に充《み》ちた空に向って、大きな声で泣き出しました。まあどうしたのでしょう、と須利耶の奥さまが愕ろかれます。どうしたのだろう行ってみろ、と須利耶さまも気づかわれます。そこで須利耶の奥さまは戸口にお立ちになりましたら童子はもう泣きやんで笑っていられましたとそんなことも申し伝《つた》えます。
 またある時、須利耶さまは童子をつれて、馬市《うまいち》の中を通られましたら、一疋の仔馬《こうま》が乳《ちち》を呑《の》んでおったと申します。黒い粗布《あらぬの》を着た馬商人《うましょうにん》が来て、仔馬を引きはなしもう一疋の仔馬に結びつけ、そして黙《だま》ってそれを引いて行こうと致《いた》しまする。母親の馬はびっくりして高く鳴きました。なれども仔馬はぐんぐん連れて行かれまする。向うの角《かど》を曲《まが》ろうとして、仔馬は急《いそ》いで後肢《あとあし》を一方あげて、腹《はら》の蝿《はえ》を叩《たた》きました。
 童子は母馬の茶いろな瞳を、ちらっと横眼《よこめ》で見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお叱《しか》りなさいませんでした。ご自分の袖《そで》で童子の頭をつつむようにして、馬市を通りすぎてから河岸《かわぎし》の青い草の上に童子を座《すわ》らせて杏《あんず》の実《み》を出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。
(お前はさっきどうして泣いたの。)
(だってお父さん。みんなが仔馬をむりに連れて行くんだもの。)
(馬は仕方《しかた》ない。もう大きくなったからこれから独《ひと》りで働《はた》らくんだ。)
(あの馬はまだ乳を呑んでいたよ。)
(それはそばに置いてはいつまでも甘《あま》えるから仕方ない。)
(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで荷物を一杯つけてひどい山を連れて行くんだ。それから食べ物がなくなると殺《ころ》して食べてしまうんだろう。)
 須利耶さまは何気《なにげ》ないふうで、そんな成人《おとな》のようなことを云うもんじゃないとは仰っしゃいましたが、本統《ほんとう》は少しその天の子供が恐《おそ》ろしくもお思いでしたと、まあそう申し伝えます。
 須利耶さまは童子を十二のとき、少し離《はな》れた首都《しゅと》のある外道《げどう》[※4]の塾《じゅく》にお入れなさいました。
 童子の母さまは、一生けん命機を織って、塾料《じゅくりょう》や小遣《こづか》いやらを拵《こし》らえてお送りなさいました。
 冬が近くて、天山[※5]はもうまっ白になり、桑《くわ》の葉《は》が黄いろに枯《か》れてカサカサ落ちました頃《ころ》、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが窓《まど》から目敏《めざと》く見付けて出て行かれました。
 須利耶さまは知らないふりで写経を続けておいてです。
(まあお前は今ごろどうしたのです。)
(私、もうお母さんと一緒《いっしょ》に働《はた》らこうと思います。勉強《べんきょう》している暇《ひま》はないんです。)
 母さまは、須利耶さまのほうに気兼《きが》ねしながら申されました。
(お前はまたそんなおとなのようなことを云って、仕方《しかた》ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの為《ため》にならないとなりません。)
(だっておっかさん。おっかさんの手はそんなにガサガサしているのでしょう。それだのに私の手はこんななんでしょう。)
(そんなことをお前が云わなくてもいいのです。誰《だれ》でも年を老《と》れば手は荒《あ》れます。そんなことより、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になることばかり私には楽《たのし》みなんだから。お父さんがお聞きになると叱られますよ。ね。さあ、おいで。)と斯う申されます。
 童子はしょんぼり庭から出られました。それでも、また立ち停《どま》ってしまわれましたので、母さまも出て行かれてもっと向うまでお連れになりました。そこは沼地《ぬまち》でございました。母さまは戻《もど》ろうとしてまた(さあ、おいで早く。)と仰っしゃったのでしたが童子はやっぱり停《と》まったまま、家の方をぼんやり見ておられますので、母さまも仕方なくまた振《ふ》り返《かえ》って、蘆《あし》を一本|抜《ぬ》いて小さな笛《ふえ》をつくり、それをお持たせになりました。
 童子はやっと歩き出されました。そして、遥《はる》かに冷《つめ》たい縞《しま》をつくる雲のこちらに、蘆がそよいで、やがて童子の姿が、小さく小さくなってしまわれました。俄かに空を羽音がして、雁の一列が通りました時、須利耶さまは窓からそれを見て、思わずどきっとなされました。
 そうして冬に入りましたのでございます。その厳《きび》しい冬が過ぎますと、まず楊の芽《め》が温和《おとな》しく光り、沙漠には砂糖水《さとうみず》のような陽炎《かげろう》が徘徊《はいかい》いたしまする。杏やすももの白い花が咲《さ》き、次《つい》では木立《こだち》も草地もまっ青《さお》になり、もはや玉髄《ぎょくずい》の雲の峯《みね》が、四方の空を繞《めぐ》る頃《ころ》となりました。
 ちょうどそのころ沙車の町はずれの砂《すな》の中から、古い沙車大寺のあとが掘《ほ》り出されたとのことでございました。一つの壁《かべ》がまだそのままで見附けられ、そこには三人の天童子が描《えが》かれ、ことにその一人はまるで生きたようだとみんなが評判《ひょうばん》しましたそうです。或るよく晴れた日、須利耶さまは都に出られ、童子の師匠《ししょう》を訪ねて色々|礼《れい》を述《の》べ、また三巻《みまき》の粗布を贈り、それから半日、童子を連れて歩きたいと申されました。
 お二人は雑沓《ざっとう》の通りを過ぎて行かれました。
 須利耶さまが歩きながら、何気《なにげ》なく云われますには、
(どうだ、今日の空の碧《あお》いことは、お前がたの年は、丁度《ちょうど》今あのそらへ飛びあがろうとして羽をばたばた云わせているようなものだ。)
 童子が大へんに沈《しず》んで答えられました。
(お父さん。私はお父さんとはなれてどこへも行きたくありません。)
 須利耶さまはお笑いになりました。
(勿論《もちろん》だ。この人の大きな旅《たび》では、自分だけひとり遠い光の空へ飛び去《さ》ることはいけないのだ。)
(いいえ、お父さん。私はどこへも行きたくありません。そして誰もどこへも行かないでいいのでしょうか。)とこう云う不思議《ふしぎ》なお尋ねでございます。
(誰もどこへも行かないでいいかってどう云うことだ。)
(誰もね、ひとりで離《はな》れてどこへも行かないでいいのでしょうか。)
(うん。それは行かないでいいだろう。)と須利耶さまは何の気もなくぼんやりと斯うお答えでした。
 そしてお二人は町の広場を通り抜けて、だんだん郊外《こうがい》に来られました。沙《すな》がずうっとひろがっておりました。その砂《すな》が一ところ深《ふか》く掘られて、沢山《たくさん》の人がその中に立ってございました。お二人も下りて行かれたのです。そこに古い一つの壁がありました。色はあせてはいましたが、三人の天の童子たちがかいてございました。須利耶さまは思わずどきっとなりました。何か大きい重《おも》いものが、遠くの空からばったりかぶさったように思われましたのです。それでも何気なく申されますには、
(なるほど立派なもんだ。あまりよく出来てなんだか恐《こわ》いようだ。この天童《てんどう》はどこかお前に肖《に》ているよ。)
 須利耶さまは童子をふりかえりました。そしたら童子はなんだかわらったまま、倒れかかっていられました。須利耶さまは愕ろいて急いで抱《だ》き留《と》められました。童子はお父さんの腕の中で夢《ゆめ》のようにつぶやかれました。
(おじいさんがお迎《むか》いをよこしたのです。)
 須利耶さまは急いで叫ばれました。
(お前どうしたのだ。どこへも行ってはいけないよ。)
 童子が微《かす》かに云われました。
(お父さん。お許《ゆる》し下さい。私はあなたの子です。この壁は前にお父さんが書いたのです。そのとき私は王の……だったのですがこの絵ができてから王さまは殺されわたくしどもはいっしょに出家《しゅっけ》したのでしたが敵王《てきおう》がきて寺を焼《や》くとき二日ほど俗服《ぞくふく》を着てかくれているうちわたくしは恋人《こいびと》があってこのまま出家にかえるのをやめようかと思ったのです。)
 人々が集《あつま》って口々に叫びました。
(雁の童子だ。雁の童子だ。)
 童子はも一度、少し唇《くちびる》をうごかして、何かつぶやいたようでございましたが、須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかったと申します。
 私の知っておりますのはただこれだけでございます。」
 老人はもう行かなければならないようでした。私はほんとうに名残《なご》り惜《お》しく思い、まっすぐに立って合掌《がっしょう》して申しました。
「尊《とうと》いお物語《ものがたり》をありがとうございました。まことにお互《たが》い、ちょっと沙漠のへりの泉で、お眼にかかって、ただ一時を、一緒《いっしょ》に過ごしただけではございますが、これもかりそめのことではないと存《ぞん》じます。ほんの通りがかりの二人の旅人《たびびと》とは見えますが、実はお互がどんなものかもよくわからないのでございます。いずれはもろともに、善逝《スガタ》[※6]の示《しめ》された光の道を進み、かの無上菩提《むじょうぼだい》[※7]に至《いた》ることでございます。それではお別れいたします。さようなら。」
 老人は、黙って礼を返しました。何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の荒地《あれち》にとぼとぼ歩き出しました。私もまた、丁度《ちょうど》その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。
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●入力者注
※1 流沙=中国のタクラマカン砂漠を指す。
※2 沙車=タクラマカン砂漠にあったといわれる古代の都市。
※3 眷属=一族の意味。
※4 外道=他教の信者の意味。仏教徒が他教の信者を指す際に使う。
※5 天山=中国・キルギスタンの国境近くにある山脈を指す。
※6 善逝=梵語で、悟りに到達した者の意味。
※7 無上菩提=無上はこの上ない、菩提は悟りのこと。
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底本:「インドラの網」角川文庫、角川書店
   1996(平成8)年6月20日再版
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
   1995(平成7)年5月発行
入力:浜野智
校正:浜野智
1999年7月26日公開
2001年10月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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