青空文庫アーカイブ

作家は戦争挑発とたたかう
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蹶起《けっき》

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(例)[#地付き]〔一九四九年八月〕
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 去る六月十一日、読売新聞の「世界への反逆」という文章で中島健蔵氏が、記録文学の名のもとにジャーナリズムにあらわれはじめた戦記ものの本質について注意をよびおこしたのは適切であった。
 本年のはじめごろ『雄鶏通信』が国外のルポルタージュ文学特集を行ったが、その内容について何かの関心をおこさせられた読者は、わたし一人でなかったろうと思う。中島氏の文章はサロン五月号にのった吉田満氏の「軍艦大和」が「全く戦時型スタイル」であることを中心にしたものだった。梅崎春生氏がその作品をよまないで推薦したことについての自己批判も同じ日の文化欄に発表された。このことについて梅崎氏は、他の二三のところでも責任を明らかにしたが、同じく「軍艦大和」を「絶讚した」吉川英治、林房雄などからは何の発言もない。
 八月号の『世界評論』丹羽文雄氏の小説「一時機」と、七、八月『時論』にのった山口一太郎元大尉の二・二六事件の真相「嵐はかくして起きた」「嵐のあとさき」をよみくらべた人はそこに不可解な一つの重複というか、複写版というか問題があることに気づかずにいられなかっただろう。山口一太郎氏の二篇の実録をよむと、この人が二・二六事件をクライマックスとする陸軍部内の青年将校の諸陰謀事件に、密接な関係をもっていたことがはっきり書かれている。同氏は二・二六事件の本質を、陸軍内部の国体原理主義者――皇道派(天保銭反対論者)と、人民覇道派――統制派との闘争とし、敗北した二・二六事件の本質を、労働者農民の窮乏に痛憤した青年将校の蹶起《けっき》、侵略戦争に反対し、陸軍内の閥と幕僚を排撃して、陸軍の自由を愛好する分子の挙げたこととして、こんにち語りはじめているのである。
 丹羽文雄氏の「一時機」は、「天保銭の行方」の一部として「一切私が口をはさまない」「Y君の話」実録的な小説として発表されている。「一時機」が五・一五から語り出され「チミはナヌスとったか」と侮蔑的に第一部長の東北弁をまねられているところも、「嵐のあとさき」昭和七年度の記述と、ほとんどそのままである。山口氏の文章の片仮名が、丹羽氏の小説では平仮名にかかれ、いくらか内面的な記述が加わっているが。
 山口一太郎氏の二・二六真相が、どうしてこういう風な形で同時にいくところへもあらわれたのだろう。中島健蔵氏が「世界への反逆」でふれているように、編輯者たちのルーズさ、作家のうかつさというわけなのだろうか。
 こんにち日本は、一つの危険な不幸な状態におかれている。花山信勝の「平和の発見」が、そこに一つも平和への誠意がないことを批判されつつ特に九州や東北の農村でひろくよまれているし、ソ同盟からの復員者たちは、船から上陸する前に、まず、次の戦争への挑発にあっている。人民生活の収奪のひどさに苦しむ一般の感情に乗じて、きょうの日本のファシストは左からぐるっと右へまわった愛国主義の鼓舞、民族主義、内閣打倒を思っている。
 丹羽文雄氏は、作家として戦争に反対する立場を社会に向って明らかにした。したがって作家として本質的な作品に関しても、その社会的立場と一致した関心がはらわれるのが自然であると思う。一切私が口を插《はさ》まないという態度が、作家の客観性を保証することでないのは自明である。丹羽氏は現実に対して作家の人間的自主的な評価の責任を放棄した過去の受動的リアリズムをすてて、「生きかたの問題」としての文学創作に歩み出ているのであるから、文学作品と、こんにち日本の人民にとって最も悲劇的な軍国主義の復活、戦争挑発の影響の関係について、真剣な考慮を払うべきである。作家は自身の文学の現実によってこそ、ファシズムと戦争挑発に反対する仕事をすすめなければならない。[#地付き]〔一九四九年八月〕



底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年11月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
   1952(昭和27)年5月発行
初出:「文学新聞」
   1949(昭和24)年8月15日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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