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反宗教運動とは?
――質問に答えて――
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地付き]〔一九三一年十月〕
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 宗教が何処の国でも、その支配階級の道具として使われていることは、難かしい色々の理屈をいわないでも、吾々の日常生活の中にはっきり現れていると思います。
 この間も、ラジオの昼間放送を聞いていたら、何処かの偉い坊さんが喋っている。どういうことを云っているかと聞いてみると、「金持が妾をおいたり、別荘をもったり贅沢三昧をしているのは、魂の安住と云うことを知らぬ哀れなことだ。それを皆さんが羨やんだり憎んだりするのはまちがいで、貧しい者こそ心がけ一つで魂の安住が得られるのだ。だから、昨今のように世の中が険しくなって、社会主義だのプロレタリア解放運動だのやかましい時代に生きる吾々としては、自分の貧しさを魂の安住の方便として仏が与えてくれたものと考え、宜しく仏の加護を信じて魂の平安を期さなければならない。」
 ところで、若し、あなたが俸給生活者であり、又は工場労働者で、毎日職場でブルジョア産業合理化による首きりの不安と、安い労働賃銀の苦しみにさらされている時、この説法をきいて成程、とどうして思うことが出来るでしょう。現代反動政府とそれを支配しているブルジョアとは、あらゆる機会に坊さん、いわゆる道徳家牧師を動員して世界経済恐慌によって起るプロレタリアの攻勢を何とかして胡麻化そうと、かかっているのです。反宗教運動は、プロレタリア文化運動の一翼として、当然起ってくる活動です。
 吾々の日常生活を脅やかしている敵は何者か。それは、世界の資本家、資本主義的社会組織だと知った時には、宗教も亦、敵の武器として日夜大衆にむかって目に見えぬ催涙弾の働きをしていることを理解せずにはいられません。
 日本における反宗教運動はまだ新しい。従って技術的にまだ幾らかの不備な点もあることはありますが、プロレタリア解放運動の一面に反宗教運動は、必然的に起る文化活動です。
 現代の矛盾だらけな、苦しい社会に生きる吾々は、苦痛そのものの原因を取り去ってくれるものを見つけそれを信じ、そのために働かなければなりません。資本主義社会の被搾取階級が苦しんでいる苦しみから、具体的に経済的に解放してくれるものは、線香の煙で黒光りになった一個の仏像ではありません。減俸はお釈迦の考え出したことではありません。従ってお釈迦の力で減俸案をどうも出来なかった事実は、現実に幾分かずつ軽くなった吾々の財布にあらわれています。プロレタリアートの組織的な正しい指導に従って行われる解放運動がある丈です。[#地付き]〔一九三一年十月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「女人芸術」
   1931(昭和6)年10月号
※「女人芸術」の読者から寄せられた、反宗教運動の根本的な意義に対する質問への回答。
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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