青空文庫アーカイブ

幽霊塔
黒岩涙香

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)叔父|丸部朝夫《まるべあさお》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)叔父|丸部朝夫《まるべあさお》

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(例)※[#「※」は底本では、つつみがまえの中に夕、24-下11]《そう》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)嵩じ/\た果が
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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第一回 ドエライ宝

「有名な幽霊塔が売り物に出たぜ、新聞広告にも見えて居る」
 未だ多くの人が噂せぬ中に、直ちに買い取る気を起したのは、検事総長を辞して閑散に世を送って居る叔父|丸部朝夫《まるべあさお》である。「アノ様な恐ろしい、アノ様な荒れ果てた屋敷を何故買うか」など人に怪しまれるが夏蝿《うるさ》いとて、誰にも話さず直ぐに余を呼び附けて一切買い受けの任を引き受けろと云われた。余は早速家屋会社へ掛け合い夫々《それぞれ》の運びを附けた。
 素より叔父が買い度いと云うのは不思議で無い、幽霊塔の元来の持主は叔父の同姓の家筋で有る。昔から其の近辺では丸部の幽霊塔と称する程で有った。夫が其の家の零落から人手に渡り、今度再び売り物に出たのだから、叔父は兎も角も同姓の旧情を忘れ兼ね、自分の住居として子孫代々に伝えると云う気に成ったのだ。
 買い受けの相談、値段の打ち合せも略《ほ》ぼ済んでから余は単身で其の家の下検査に出掛けた、土地は都から四十里を隔てた山と川との間で、可なり風景には富んで居るが、何しろ一方《ひとかた》ならぬ荒れ様だ、大きな建物の中で目ぼしいのは其の玄関に立って居る古塔で有る。此の塔が英国で時計台の元祖だと云う事で、塔の半腹《なかほど》、地から八十尺も上の辺に奇妙な大時計が嵌《はま》って居て、元は此の時計が村中の人へ時間を知らせたものだ。塔は時計から上に猶七十尺も高く聳えて居る。夜などに此の塔を見ると、大きな化物の立った様に見え、爾《そう》して其の時計が丁度「一つ目」の様に輝いて居る。昼見ても随分物凄い有様だ。而し此の塔が幽霊塔と名の有るのは外部の物凄い為で無くて、内部に様々の幽霊が出ると言い伝えられて居る為で有る。
 管々《くだくだ》しけれど雑と此の話に関係の有る点だけを塔の履歴として述べて置こう。昔此の屋敷は国王から丸部家の先祖へ賜わった者だが、初代の丸部主人が、何か大いなる秘密を隠して置く為に此の時計台を建てたと云う事で有る。大いなる秘密とは世間を驚動する程のドエライ宝物で、夫《それ》を盗まれるが恐ろしいから深く隠して置く為に、十数年も智慧を絞って工夫を廻らせヤッと思い附いて此の時計台を建てたと云うのだ、所が出来上ると間も無く主人が行方知れずに成った、イヤ行方知れずでは無い、塔の底の秘密室へ(多分宝物を数える為に)降りて行ったが、余り中の仕組が旨く出来過ぎた為に、自分で出て来る事が出来ず、去《さ》ればとて外の人は何うして塔の中へ這入るか分らず、何でも時計の有る所まで行かれるけれど其の所限りで後は厚い壁に成って一歩も先へ進めぬから、救いに行く事も出来ぬ、其の当座幾日の間は、夜になると塔の中で助けて呉れ、助けて呉れと主人の泣く声が聞こえる様に思われたけれど、家内中唯悲しんで其の声を聞く許りで如何とも仕方が無い、塔を取り頽すと云う評議も仕たが、国中に内乱の起った場合で取り頽《くず》す人夫も無く其のまま主人を見殺し、イヤ聞き殺しにした、けれど真逆《まさか》に爾《そう》とも発表が出来ぬから、主人は内乱に紛れて行方知れずに成ったと云う事に噂を伏せて仕舞ったそうだ。
 其の後は此の主人が幽霊に成って出ると云う事で元は時計塔と云ったのが幽霊塔と云う綽名で通る事と為り、其の後の時計塔は諸所《しょじょ》に出来た者だから、単に時計塔とばかりでは分らず公《おおやけ》の書類にまで幽霊塔と書く事に成った、勿論ドエライ宝が有ると云う言い伝えの為にも其の後此の塔を頽そうかと目論《もくろ》む者が有ったけれど、別に証拠の無い事ゆえ頽《くず》した後で若し宝が出ねば詰まらぬとて、今以て幽霊塔は無事で居る。
 余が下検査の為此の土地へ着いたのは夏の末の日暮頃で有ったが、先ず塔の前へ立って見上げると如何にも化物然たる形で、扨は夜に入るとアノ時計が、目の玉の様に見えるのかと、此の様に思ううち、不思議や其の時計の長短二本の針がグルグルと自然に廻った。時計の針は廻るのが当り前とは云え、数年来住む人も無く永く留まって居る時計だのに、其の針が幾度も盤の面を廻るとは余り奇妙では無いか、元来此の時計は塔其の物と同じく秘密の仕組で、何《ど》うして捲き何うして針を動かすかは、代々此の家の主人の外に知る者無く、爾して主人は死に絶えた為に恐らくこの針を動かし得る人は此の世に無い筈だ、余の叔父さえも、数日来色々の旧記を取り調べて此の時計の捲き方を研究して居た、余は若《も》しや川から反射する夕日の作用で余の眼が欺されて居るのかと思い猶能く見るに、全く剣が唯独りで動いて居るのだ。真逆幽霊が時計を捲く訳でも有るまい。

第二回 幽霊の正体

 誰が何《どう》して戸を捲くかを知らぬ錆附いた時計の針が、塔の上で独りで動き始めるとは唯事で無い、併し余は是しきの事には恐れぬ、必ず仔細が有ろうから夫を見出して呉れようと思い、直ちに進んで塔の中へ這入った。
 勿論番人も無い、入口の戸も数年前に外した儘で、今以て鎖して無い、荒《あば》ら屋中の荒ら屋だ、頓《やが》て塔へ上る階段の許まで行くと、四辺が薄暗くて黴臭く芥《ごみ》臭く、如何にも幽霊の出そうな所だから、余は此の屋敷に就いての一番新しい幽霊話を思い出した、思うまいと思っても独り心へ浮んで来る。其の話たるや後々の関係も有るから茲に記して置くが、此の屋敷を本来の持主たる丸部家から買い取ったのは、其の家に奉公して居た輪田お紺と云う老女だ、何でも濠洲へ出稼ぎして居る自分の弟が死んで遺身《かたみ》として大金を送って来たと云う事で、其の金を以て主人の屋敷を買い取り、此の塔の時計室の直下《すぐした》に在る座敷を自分の居間にして、其の中で寝て居たが、或る夜自分の養女に殺されて仕舞った、夫《それ》は今より僅かに六年前の事で、其の時から今まで此の屋敷はガラ空になって居るが、其の老女の亡魂も矢張り幽霊に成って其の殺された室へ今以て現れると云う事だ、其の室は丁度余が立って居る所の頭の上だ、斯う思うと何だか頭の上を幽霊が歩いて居る様な気もする。
 爾して其の殺した方の養女と云うは直ぐに捕まり裁判に附せられたが、丁度余の叔父が検事をして居る頃で、叔父は我が為に本家とも云う可き同姓の元の住家へ又も不吉な椿事を起させた奴と睨み、多少は感情に動かされたが、厳重に死刑論を唱えて目的を達した。勿論其の女は決して自分が殺したので無いと甚《ひど》く言い張ったけれども何よりの証拠は左の手先の肉を、骨へまで死人に噛み取られて居て、死人の口に在る肉片と其の手の傷と同じ者で有った上幾多の似寄った証拠が有った為言い開きは立たず、死刑とは極ったが唯|丁年《ていねん》未満で有った為一等を減じて終身の禁錮《きんこ》になり、四年ほど牢の中に苦しんで終に病死した、其の女の名は確かお夏――爾だ輪田お夏と云った。
 余は此の忌わしい話を思い出し、少し気が怯《ひるん》だけれど、素より幽霊などの此の世に在る事を信せず、殊には腕力も常人には勝れ、今まで力自慢で友人などにも褒められて来た程だから「ナアニ平気な者サ」と故《わざ》と口で平気を唱え、階段を登り始めた。
 登り登りて四階まで行くと、茲が即ち老女輪田お紺の殺された室だ。伝説に由ると室の一方に寝台が有って、其の上からお紺が口に人の肉を咬え顋《あご》へ血を垂らしてソロソロ降りて来ると云う事だ、何分にも薄暗いから、先ず窓の盲戸を推開《おしあ》けたが、錆附いて居て好くは開かぬ。夫に最も夕刻だから大した明りは射さぬ。何処に其の寝台が有るか、此の上の時計の裏へは何して登られるかと、静かに透す様にして室の中を見て居ると、一方の隅で、人の着物を引き摺る様な音がする、其の中に眼も幾分か暗さに慣れたか、其の音の方に当り薄々と寝台の様な物も見える。
 すると其の寝台の上に、何だか人の姿が有って起き直る有様が殆ど伝説の通りで在る、此の様な時には暗いのが何より不利益(幽霊にとっては利益かも知らぬが)だから余は窓の方へ寄り、最《もう》一度|盲戸《めくらど》を今度は力一杯に推して見た、未だ盲戸は仲々開かぬに、怪しい姿はソロソロと寝台を下り、余の傍へ寄って来るが併し足音のする所を見ると幽霊では無さ相だ、けれど幽霊よりも却って薄気味が悪い。余は猶も力を込めて戸を推したが、メリメリと蝶番《ちょうつがい》が毀れて戸は下の屋根へ落ち、室の中が一時に明るく成った、とは云え夕明りで有るから昼間ほどには行かぬが幽霊の正体を見届けるには充分で有る。
「能く其の戸が脱《はず》れましたよ、私しも開け度いと思い、推して見ましたけれど女の力には合いませんでしたが」
 之が幽霊の発した初めての声で音楽の様に麗しい、余は荒々しく問い詰める積りで居たが、声の麗しさに、聊《いささ》か気抜けがして柔《やさ》しくなり、「今し方、大時計の針を動したのは貴女でしたか」
 と、問いつつ熟々《つくづく》其の姿を見ると、顔は声よりも猶麗しい、姿も婀娜《なよなよ》として貴婦人の様子が有る、若し厳重に批評すれば其の美しさは舞楽に用ゆる天女の仮面と云う様な塩梅《あんばい》で、生きた人間の顔としては余り規則が正し過ぎる。三十二相極めて行儀好く揃って居る。若しや此の女は何か護謨《ごむ》ででも拵え屈伸自在な仮面を被《かぶ》って居るのでは無かろうか、併し其の様な巧みな仮面は未だ発明されたと云う事を聞かぬ。愈々之が仮面で無くて本統の素顔とすれば絶世の美人である、余は自分の女房にと叔父や当人から推し附けられ、断り兼ねて居る女は有るけれど、断然其の女を捨てて此の女に取り替えねばならぬ、と殆ど是ほどまでに思った。真逆《まさか》に此の天女の様な美人が今まで主人無しに居る筈も無く、縦《よ》しや居たとてそう容易《たやす》く余に靡《なび》く筈は無く、思えば余の心は余り軽率過ぎたなれど、此の時は全く此の様にまで思った、夫だから此の美人の顔が仮面で有るか素顔で有るか、物を云う時には看《み》破らんと、熱心に目を光らせて待って居ると、美人は少し余の様子を頓狂に思ったか笑みを浮べて、
「ハイ今し方、此の時計を捲いたのは私ですよ」
 仮面で無い、仮面で無い、本統の素顔、素顔。

第三回 左の手

 此の美人は何者だろう、第一、此の荒れ果てた塔の中に、而も輪田お紺の幽霊が出ると云われる室の中に、丁度其のお紺の寝たと云う寝台の上に、唯一人で居たのが怪しい、第二には此の世に知った人の無い秘密、即ち時計の捲き方を知って居るのが怪しい、第三に、故《わざ》々其の時計を捲いたのが怪しい、余は初めに其の顔の美しさに感心し、外の事は心にも浮かばずに居たが、追々斯様な怪しさが浮かんで来た、猶此の外に怪しい箇条が有るかも知れぬ、怪しんで暫し茫然として居ると、塔の時計が鳴った、数えると七時である、自分の時計を出して眺めると如何にも七時だ、美人は余の怪訝な顔を見て、可笑しいのか「ホ、ホ」と笑み「塔の時計の合って居るのが不思議ですか」と余を揶揄《からか》う様に云った、其の笑顔の美しさ、全体此の様な辺鄙な土地へ是ほどの美人が来て居るのさえ怪しいと云う可しだ。
「貴女は全体何者です」と余は問い度《た》くて成らぬが、美人の優れた顔と姿とを見ては其の様な無躾な問いは出ぬ、咽喉の中で消えて仕舞う、総《すべ》ての様子総ての振舞が何と無く世の常の女より立ち勝り、世に云う水際が離れて居るから、余は我にもあらで躊躇して、唯|纔《わずか》に「貴女は何故に塔の時計をお捲き成されました」と問うた、美人「ハイ多分斯うすれば捲けるだろうと思い、自分の工風を実地に試験して見たのです」余「何の為に其の様な試験などを成さるのです」美人「誰も此の時計の捲き方を知った者が無いと云いますから試して置いて、爾《そう》して相当の人に教えて上げ度いと思いました」余「ですが全体貴女は何うして其の捲き方を考えました」美人「ホヽ夫《それ》は云う可き事柄で有りません」
 益《ます》々怪しいけれど、兎に角此の世に、此の時計の捲き方を知る人の有るは、調べ倦《あぐ》んで居た余の叔父に取っては非常の好都合に違い無い、余「では、私に教えて下さる訳には――」と言い掛けると美人は少し真面目になり「イヤ貴方は相当の人で有りますまい、此の捲き方は一つの秘密で、塔の主人より外へは知らせて成らぬと昔から云い伝えられて居る相ですから、私も塔の持主より外へ知らせる事は出来ません」余「近々、私の叔父が此の塔を買い取るのです」美人「夫では貴方の叔父さんへお伝え申しましょう、併し夫もお目に掛って直々《じきじき》にで無くては」余「イヤ叔父は定めし喜びましょう、私が屹《き》っと叔父を貴女へお目に掛らせる事に計らいますから、何《ど》うぞ其の節は」美人は少しも迷惑そうで無く、却って何だか満足の様子で「ハイお教え申しましょう」余「ですが貴女は此の塔に」美人「イイエ、私は此の塔に少しも関係は無い者です」余「けれど時計の捲き方まで心にお掛け成さるとは」美人「其の様に諄《くど》くお問いなさると私は怒りますよ、塔に少しも関係の無い者と申せば夫で好いでは有りませんか」柔しい中に犯し難い口調を罩《こ》めて言い切った、色々問い度い事ばかりだけれど此の後は問う訳に行かぬ、其の中に分る時が有るだろうと断念《あきら》めて口を噤んだ、スルト今度は美人から反対《あべこべ》に「貴方は此の塔の中を色々検査成さるお積りでしょうね」と問い掛けた、勿論其の積りでは有るけれど、最と能く美人の素性を見極め度いと思い「ハイ斯う日が暮れては検査も出来ませんから、明日の事として、是から貴女をお宿まで送りましょう」随分無躾な言い方では有るが美人は別に怒りもせず「イエ猶《ま》だ私は少し見度い所が有りますから」と答え、早や余に背を向けて塔の下へ降りて行く、余は急いで後に尾き、共々に階段を降ったが、美人は玄関の方へは出ず、裏庭の方へ出た、此の時既に七時を過ぎ、暮色蒼茫と云う時刻だ、美人は衣服の襞《ひだ》を探って地図の様な者を取り出し、独りで庭の方々を見廻す様子ゆえ、余は首を差し延べ、其の地図を窺いたが、能くは見えねど此の屋敷の略図らしい、一方には河が有り堀が有り、爾して庭の小径など記して有る、併し地図よりも猶目に付いたは、美人の身|姿《なり》だ、着物は高価な物では無い、不断着には違い無いが、肩から裳まで薄い灰色の無地だ、灰色は鼠色の一種で日影色とも云い、縁喜の能く無い色だと信じられて居て、殊に年の若い婦人などは之を厭がる、其の厭がるのを何故に着けて居るだろうと是も怪しさの一つに成ったが、頓て其の手を見ると、着物の怪しさを忘れて仕舞った、左右とも手袋を被《はめ》ては居るが左の手には異様な飾りが附いて居る、細かな金の鎖を網に編み、所々へ真珠を繋いで有って、夫《それ》が袖口の奥の方から出て来て、爾して手袋へ続いて居る、余は此の様な手袋は見た事が無い、飾り気の少しも無い総体の身姿にも不似合だ、何か此の手袋で隠して居るのでは無かろうかと此の様な気がして成らぬ、併し問い試ねる訳にも行かぬ。
 其のうちに美人は堀の土堤を、庭の奥の方へ歩み初め、一丁余も行って終に堤下に降りた、茲に大きな榎木が五六本聳えて居る、其の一本の下に余り古く無い石碑が立って居る、土の盛り方や石の色では昨年頃誰かを葬った者でも有ろうか、屋敷の中に墓の有るのも不思議、誰も住んで居ぬ空屋敷へ新墓の出来るも不思議、余は益々異様に思い、口の中で、思わずも「怪美人」と呟いた、実に怪美人だ、此の美人の身に就いての事は皆な「怪」だ言葉も振舞も着物も飾り物も、爾して妙に此の屋敷の秘密を知って居る事も地図などを持って居る事も、一の怪ならざるは無しだ、頓て美人は新墓の前に跪づいて、拝み初めたが、何だか非常に口惜しいと云う様子が見え、次には憫《あわれ》みを帯び来って両眼に涙を湛えるかと思われた、懐かしい情人の墓か、嫉ましい恋の敵の墓か、何しろ余ほど深く心を動かす様な事柄が有ると見える、余は美人の拝み終るを待ち兼ねて「誰の墓ですか」と云ってズウズウしく降りて行き、石碑の文字を読んだが、少し驚いた。「輪田夏子之墓」と有る。「明治二十九年七月十一日死、享年廿二歳」と左右に記して有る、輪田夏子とは誰、読者は前回の記事を記憶して居るだろう、此の家の主婦輪田お紺の養女で、お紺を殺し終身刑に処せられて牢の中で死んだ殺人者だ、養母殺しの罪人だ、成るほど考えて見ると其のお夏の死骸を、弁護士権田時介と云う者が、前年自分が弁護した由縁《ゆかり》で引き取って此の屋敷へ埋めたと云う事を其の頃の新聞で読んだ事が有る、其の様な汚らわしい者の墓へ此の美人が参詣とは是も怪だ。

第四回 誰の悪戯

 養母殺しの大罪人の墓へ参詣するなどは余り興の醒めた振舞ゆえ余は容赦なく「貴女は此の女の親類か友達ですか」と問うた、怪美人は「イイエ、親類でも知人でも有りません」と答えた。益々不思議だ、是が貞女烈女の墓とか賢人君子の墓とか云えば、知らぬ人でも肖《あや》かり度いと思って或いは参るかも知れぬが、人を殺して牢死した者の墓へ、親戚でも知人でも無い者が参るとは、全く有られも無い事だ、余「夫では何の為にお詣り成さる」怪美人は真面目に顔を上げ、
「其の様にお問いなさらずとも、分る時が来れば自然に分りますよ」と云い、其のまま今度は玄関の方を指し徐々《そろそろ》歩み始めたが、何だか意味の有り相《そう》な言葉だ。
 余は最《も》そっと深く此の美人の事が知り度く此のまま分れるは如何にも残念だから、猶此の後に附いて歩みながら、横手へ首を突き出して「貴女は先刻、私の叔父へ、時計の捲き方を教えて下さる様に仰有りましたが、何うかお名前などを伺い度く思います」美人は何事をか考え込んで、今までより無愛想に「私は姓名を知らぬ方に自分の姓名は申しません」成るほど余は未だ此の美人に姓名を告げなんだ、「イヤ、私は丸部道九郎と云う者です、叔父は丸部朝夫と申します」美人は少し柔かに「アア兼ねて聞いて居るお名前です、私は松谷秀子と申します」余「お住居は」美人「今夜は此の先の田舎ホテルと云う宿屋に泊ります」田舎ホテルとは余が茲へ来る時に、荷物を預けて来た宿屋で、余も今夜其所に泊る積りである。
「イヤ夫は不思議です、私も其の宿屋へ行くのです、御一緒に参りましょう」
 美人は宿屋まで送られるのを有難く思う様子も見えぬ、単に「爾ですか」と答えたが、併し別に拒まぬ所を見れば同意したも同じ事だ、此の時は既に夜に入り、道も充分には見えぬから、余は親切に「私の腕へお縋り成さっては如何です」美人「イイエ、夜道には慣れて居ます」食い切る様な言い方で、余は取り附く島も無い、詮方なく唯並んで無言の儘で歩いて居たが其の中にも色々と考えて見るに、松谷秀子と云うも本名か偽名か分らぬ、全体何の目的でアノ幽霊塔へ入り込んだ者であろう、真逆に時計を捲き試して相当の人へ教え度いと云う許りではあるまい、何にしても余ほど秘密の目的が有って、爾して其の身の上にも深い秘密が有るに違い無い、果して「分る時には自然に分る」だろうか、其の「分る時」が来るだろうか。
 此の様に思って歩むうち、忽ち横手の道から馬車の音が聞こえて、燈光がパッと余の顔を照らすかと思ったが、夫は少しの間で其の馬車は早や余等を追い越して仕舞った、併し余は其の少しの間に馬車の中の人を見て、思わず「アレ叔父が来ましたよ」と叫んだ、確かに馬車の中に余の叔父が乗って居る、尤も馬車の中から余の顔を見たと見え馬車は十間ほど先へ行って停り、其の窓から首を出して「アレ道さん、道さん」と余を呼ぶ者が有る。
「道さん」などと馴々《なれなれ》しく而も幼名《おさなな》を以て余を呼ぶ者は外に無い、幼い時から叔父の家で余と一緒に育てられた乳母の連れ子で、お浦と云う美人で有る、世間の人は確かに美人と褒め、当人も余ほど美人の積りでは居るけれど、余の目には爾は見えぬ、併し悲しい事には此の女が余の妻と云う約束に成って居る。何で其の様な約束が出来たか知らぬが、本来其の乳母と云うのが仲々剛い女で、叔父の家を切って廻して居たが、死ぬ前に叔父を説き附け、余が学校へ這入って居る留守中に余の未来の妻と云う約束を極めた相で、尤も余の叔父は人が願えば何事でも諾《うん》、諾と答える極めて人好しゆえ此の様な約束にも同意したのであろう、余は大恩ある叔父の言葉に背く訳にも行かず又今まで外に見|初《そ》めた女も無かったから其の約束に従い、何時でも余の定める日を以て婚礼すると云う事に成って居るが、余は余り進まぬから生涯其の日を定めずに居ようかと思って居る、美人でも何でも乳母の娘では、余り感心が出来ぬ、併しお浦は既に丸部夫人と云う気位で交際社会からも持て囃されるし、通例世間一般の女房たる者が酷く所天《おっと》を圧制する通りに余を圧制しようと試みる、余の為す事には何でも口を出す、愈々婚礼でも仕た後は余ほど蒼蝿《うるさ》い事だろうと覚悟して居る、併し閑話《あだしごと》は扨置いて、余は呼ばるる儘に急いで馬車の傍へ行こうとしたが、暫し怪美人に振り向いて「丁度叔父が来ましたから何うか今夜食事の後で時計の捲き方をお教え下さい、私が叔父へ話し、貴女へ面会を願わせますから」斯う云って怪美人に分れ、馬車の許へ駆けて行くと、叔父は怪訝な顔で「怪我は何うした、怪我は何うした」と畳み掛けて問わる。余「エ、怪我とは誰の」叔父「お前のよ」余「エ、私が怪我したなどとは夫は何かの間違いでしょう、此の通り無事ですが」叔父「無事なら何より結構だが、ハテな、誰の悪戯だろう、先ず此の電信を見よ」と云って一通の電信を差し出した、馬車の燈火に照して読むと「ドウクロウ、オオケガ、スグキタレ、イナカホテルヘ」と有り「叔父さん誰かが貴方を欺いて誘き寄せたのですよ、跡方も無い事です、併し此の様な悪戯者が有っては不安心です、貴方は直ぐに宿屋へお出なさい、私は直ぐに電信局へ行き、何の様な奴が此の電信を依頼したか聞いてから帰ります」叔父「四十里を通し汽車で、二時間半で此の先の停車場へ着いたが、己は疲れたから其の言葉に従おう」お浦は余が一言も掛けぬに少し不興の様子で「おや道さん四十里も故々《わざわざ》介抱に来た私には御挨拶も無いのですか、今一緒に歩んで居た美人にでも此の様に余所々々しいのですか」と、叔父の顔を顰《しか》めるにも構わず呶《ど》鳴った、余は単に「イヤ挨拶などの場合で無い」と言い捨てて電信局を指して走ったが、何うも変だ、何だか幽霊屋敷の近辺には合点の行かぬ事が満ちて居る様だ、併し今までの事は此の後の事に比ぶれば何でも無い。

第五回 神聖な密旨

 何者が何の為嘘の電報など作って余の叔父を呼び寄せたのだろう、余は電信局で篤《とく》と聞いて見たけれど分らぬ、唯十四五の穢い小僧が、頼信紙に認めたのを持って来たのだと云う、扨は発信人が自分で持って来ずに、路傍の小僧に金でも与えて頼んだ者と見える、更に其の頼信紙を見せて貰うと、鉛筆の走り書きではあるが文字は至って拙《つた》ない、露見を防ぐ為故と拙なく書いたのかも知らぬが、余の鑑定では自分の筆蹟を変えて書く程の力さえ無い人らしい、而も何だか女の筆らしい。
 是だけで肝腎の誰が発したかは分らぬ故、余は此の地の田舎新聞社に行き広告を依頼した、其の文句は「何月幾日の何時頃人に頼まれて此の土地の電信局へ行き、倫敦《ろんどん》のAMへ宛てた電信を差し出した小供は当田舎新聞社へまで申し来たれ、充分の褒美を与えん」と云う意味で、爾して新聞社へは充分の手数料を払い、若し其の小供が来たら、直ぐに倫敦の余の住居へ寄越して呉れと頼んで置いた。
 何も是ほどまで気に掛けるには及ばぬ事柄かは知らぬが斯う落も無く取り計ろうが余の流儀で、何事にも盡《つく》す丈の手を盡さねば気が済まぬから仕方が無い。
 是で宿へ帰り、是だけの事を叔父に話し、爾して更に、彼の時計の捲き方を知って居る人の有る事を話した、叔父は非常に喜び、若し其の人に逢う事が出来るなら贋電報に欺されて此の地へ来たのが却って幸いだと云い、是非とも晩餐を共にする様に計って呉れと云うから、余は彼《か》の怪美人を捜す為に室を出て帳場の方へ行くと丁度廊下で怪美人に行き合った、是々と叔父の請《こい》を伝えると怪美人は少し迷惑気に「私だけなら喜んでお招きに応じますが、実は外に一人の連れが有りますので」余「結構です、其のお連れとお二人」美人「ですが其の連れに附き物が有りますよ」附き物とは何であろう、余「エエ附き物」美人「ハイ、一匹、狐猿と云う動物を連れて居まして、何処へ行くにも離しませんから、人様の前などへは余り無躾で出られません」狐猿とは狐と猿に似た印度の野猫で、木へも登り、地をも馳け、鳥をも蛇をも捕って食う動物だが何うかすると人に懐《なつ》いて家の中へ飼って置かれると、兼ねて聞いた事はある、余「ナニ貴女、人の前へ飼犬を抱いて出る貴婦人も此の節は沢山あります、狐猿を連れて居たとて晩餐の招きに応ぜられぬ筈は有りません」美人は渋々に、「ではお招きに応じましょう、貴方の叔父様の様な名高い方には予てお目に掛り度いと思って居ますから」と約束は一決した。
 余は喜んで叔父の室へ帰ろうとすると、美人は何か思い出した様に追っ掛けて来て呼び留め「愈々叔父様が幽霊塔を買い取れば貴方もアノ屋敷へ棲む事になりますか」余「ハイ」美人「では必ず、今日私のお目に掛ったアノ室を貴方のお居間と為し、夜もあの室でお寝み成さい」実に不思議な忠告だ、余「エあの、お紺婆の殺されて、幽霊の出るという室ですか」美人「大丈夫です、幽霊などは出や致しません、私は先刻もお紺婆の寝たと云う寝台へ長い間寝て見ましたが何事も有りません」成るほど此の美人はあの寝台から幽霊の様に起きて来たので有った。併し余り不思議な註文ゆえ「ですが貴女は何故其の様な事をお望みなさる」美人「分る時には分りますよ」と、先刻も余に云った同じ言葉を繰り返し、更に続けて「貴方が若し此の事を承知為さらずば、私は貴方の叔父御にお目に掛りません」余「ト仰有っても幽霊の出る室、イヤ出ると言い伝えられて居る室を、私の居間にするとは其の訳を聞いた上で無ければ私もお約束は出来ません」美人「イヤ私は自分では神聖と思う程の或る密旨《みっし》を持って居るのですから、其の密旨を達した上で無ければ何事も貴方へ説明する事は出来ませんが――」密旨、密旨、今時に密旨などとは余り聞いた事も無い。併し此の美人のする事を見れば、如何にも密旨でも帯びて居そうだ、密旨、密命に使われて居るので無ければ、人の殺された寝台に寝たり、養母殺しの墓へ参詣したり其の様な振舞はせぬ筈だ、余「其の密旨とは人から頼まれたのですか」美人「イイエ、自分から心に誓い、何うしても果さねば成らぬ者と決して居るのです、是だけ打ち明けるさえ実は打ち明け過ぎるのですけれど、貴方は正直な方と見えますから打ち明けるのです」余「夫だけの打ち明け方では未だ足りません、約束は出来ません」美人「イエ、何も貴方の身に害になる事では無く、あの室を居間にさえ為されば必ず私に謝する時が有りますよ」外の人の言葉なら余は決して応ずる所で無いが、此の美人の言葉には、イヤ言葉のみで無い目にも顔にも何となく抵抗し難い所が有る、此の異様な請に応ずれば、其の中には此の美人の密旨の性質も分る時が来よう、幽霊の出る室へ寝るも亦一興と、多寡《たか》を括って「では約束します、あの室を居室と仕ましょう」美人「爾成されば、昔から那の家に伝って居る咒文が手に入りますから、其の咒文を暗誦して、能く其の意味をお考え成さい、必ず貴方に幸福が湧いて来ますよ」密使の上に咒文などとは、文明の世には聞いた事も無い言葉だ、余「其の咒文を暗誦すれば妖術を使う事でも出来ますか」美人「妖術よりも勝った力が出て来ます」余「其の様な力が今の世に有りましょうか」美人「有るか無いか、夫も分る時には分ります」
 何所までも人を蠱惑《こわく》する様な言い方では有るが、余は兎も角も其の言葉に従って怪美人の密旨をまで見究めようと思ったから、言いなりに成って夫から叔父の所へ帰り美人が一人の連れと共に晩餐の招きに応ずる旨を述べた、尤も此の美人の素性は語らず、単に余の知人で松谷秀子と云うのだと是だけを叔父には告げて置いた、叔父は直ちに別室を借り、之へ食事の用意を為さしめ、用意の整うと共に給使を遣って松谷秀子を招かせた、叔父は例の通り陰気に物静かだが、余の許嫁《いいなずけ》お浦は益々不機嫌だ、日頃の鋭い神経で、余の心が他の女に移る緒口《いとぐち》だと見たのでも有ろう、唯機嫌の好いのは余一人だ、三人三色の心持で、卓子《ていぶる》に附いて居ると、松谷秀子は、真に美人で無くては歩み得ぬ娜々《なよなよ》とした歩み振りで遣って来た、後に随いて来る其の連れは、余り貴婦人らしく無い下品な顔附きの女で年は四十八九だろう、成るほど非常に能く育った大きな狐猿を引き連れて居る、美人は第一に余に会釈し後に居る下品な女を目で指して、「是は私の連れです、虎井夫人と申します」と引き合わせた、苗字からして下品では無いか、併し其の様な批評は後にし、余は直ぐ様叔父に向い、美人を指して「是が松谷令嬢です」と引き合わせたが、叔父は立ち上って美人の顔を見るよりも、何の故か甚く打ち驚き、見る見る顔色を変えて仕舞ったが、頓《やが》て心まで顛倒したか、気絶の体で椅子の傍辺へ打ち仆《たお》れた。

第六回 異様な飾りの附いた手袋

 幾等驚いたにもせよ、余の叔父が男の癖に気絶するとは余り意気地の無い話だ、併し叔父の事情を知る者は無理と思わぬ、叔父は仲々不幸の身の上で近年甚く神経が昂ぶって居る、其の抑《そもそ》もの元はと云えば今より二十余年前に、双方少しの誤解から細君と不和を起し、嵩じ/\た果が細君は生まれて間も無い一人娘を抱いたまま家を出て米国へ出奔した、叔父は驚いて追い駆けて行ったが彼地へ着くと悲しや火事の為其の細君の居る宿屋が焼け細君も娘も焼け死んで、他の焼死人の骨と共に早や共同墓地へ葬られた後で有った、是は有名な事件で新聞紙などは焼死人一同の供養の為に義捐まで募った程で有ったが、叔父は共同墓地を発《ひら》き混雑した骨の中の幾片を拾い、此の国へ持ち帰って改めて埋葬したけれど、其の当座は宛で狂人の様で有ったと云う事だ、其のとき既に辞職を思い立ったけれど間も無く検事総長に成れると極って居る身ゆえ、同僚に忠告され辞職は思い留ったけれど、其の時から自分が罪人に直接すると云う事はせず唯書類に拠って他の検事に差図する丈で有った、是より後は兎角神経が鎮らず、偶には女の様に気絶する事も有り愈々昨年に至り斯う神経の穏かならぬ身では迚《とて》も此の職は務らぬとて官職を辞したのだ。
 此の様な人だから今夜も気絶したのだろう、兎に角余は驚いて抱き起こした、卓子の上の皿なども一二枚は落ちた、余は抱き起しつつ「水を、水を」と叫んだが、一番機転の利くのは怪美人で、直ぐに卓子の上の水瓶を取り硝盃《こっぷ》に注いで差し出した、夫と見てお浦は遮り、一つは嫉妬の為かとも思うが声荒く怪美人を叱り「貴女は叔父の身体に触る事は成りません、気絶させたのも貴女です」と云って更に余に向い「道さん、此の女に立ち去ってお貰いなさい」と甚い見幕だ、余は「道さん」では無い、道九郎《どうくろう》だ、「道さん」とは唯幼い頃に呼ばれたに過ぎぬのに、何故かお浦は兎角他人の前でも猶更余を「道さん」と呼びたがる、エラク度胸の据った女だから此の様な際にも、余を自分の手の中の物で有ると怪美人へ見せ附けて居るらしい。
 怪美人は余ほど立腹するかと思いの外、真実叔父を気の毒と思う様子で「イヤお騒がせ申して誠に済みません、敦《いず》れお詫びには出ますから」と云うて立ち去ろうとする、余「イヤ少しも貴女が騒がせたのでは有りません」とて引き留めようとする中に叔父は聊か正気に復った、併し猶半ばは夢中の様で手を差し延べ、何か確かな物に縋って身を起そうとする、此の時其の手が丁度怪美人の左の手に障った、読者が御存知の通り左の手は異様な飾りの附いた手袋で隠して居る、怪美人は少し遽《あわ》てた様で急いで左の手を引きこめ右の手で扶《たす》けた、お浦の鋭い目は直ぐに異様な手袋に目が附き、開き掛けた叔父の目も此の手袋に注いだ様子だ、けれど怪美人は再び左の手を使わず、右の手に取った叔父の手を、無言の儘お浦に渡し、一礼して立ち去り掛ける、叔父は全く我に復り一方ならず残り惜げに「イヤお立ち去りには及びません、何うぞ、何うぞ、お約束通り食事の終るまで」と叫んだ、其の声は宛で哀訴嘆願の様に聞こえた。
 美人も負《そむ》きかねた様子で「でも私の姿を見て貴方がアノ様にお驚き成されましては――」叔父「ハイ貴女のお姿に驚いたには相違ありませんが、ナニ近年神経が衰えて居ますので時々斯様なお恥かしい事を致します、でも驚きは一時の事で最う気が確かに成りました、全く常の通りです、実は貴女の御様子が、昔知って居た或人に余り能く似て居ますから、其の人が来たのかと思いました、ナニ最う一昔以前の事ですから、少し考えさえすれば其の人が貴女の様に、若く美しくて居る筈は有りませんが、夫でも貴女にお目に掛って初対面の心地はせず、全く久しい旧友にでも逢った様にお懐しゅう思います」ハテな、此の美人、叔父の知って居る何人に肖《に》て居るのだろう、叔父が斯うまで云うからには余ほど酷く肖て居るに違いない、何人に、何人に、と余は何故か深く此の事が気に掛った、併し叔父は其の事を説き明かさなんだ。
 叔父の其の言葉に美人も留まる気に成って、政治家の言葉で言えば茲に秩序が回復した、斯うなるとお浦を宥《なだ》めて機嫌好くせねば、折角の晩餐小会も角突き合いで、極めて不味く終る恐れが有るから、余は外交的手腕を振い、お浦に向って、「貴女が今夜の此の席の主婦人では有りませんか、何うか然る可く差し図して下さい」と、少し花を持せると、お浦は漸う機嫌も直り直ぐに鈴を鳴らして給仕を呼んだ、給仕は遣って来て皿の一二枚割って居るのを見て少し呆れた様子だが、誰も何と説明して好いかを知らぬ、互いに顔を見合わす様を、今まで無言で居た虎井夫人が引き受けて、半分は独言、半分は給仕に向っての様に「何うも此の節は婦人服の裳の広いのが流行る為に時々粗|※[#「※」は底本では、つつみがまえの中に夕、24-下11]《そう》が有りまして」と云いつつ一寸下を見て自分の裳を引き上げた、旨い、旨い、斯う云うと宛で裳が何かへ引っ掛って夫で皿が割れた様にも聞こえ、今の騒ぎはスッカリ此の夫人の裳の蔭へ隠れて仕舞う、裳の広いも仲々重宝だよ、だが併し余は見て取った、此の夫人、何うして一通りや二通りの女でない、嘘を吐く事が大名人で、何の様な場合でも場合相当の計略を回らせて、爾して自分の目的を達する質だ、恐らくは怪美人も或いは此の夫人に制御されるのでは有るまいか、怪美人が極めて美しく極めて優しいだけ此の夫人は隠険で、悪が勝って居る、斯う思うと怪美人と此の美人とを引き離して遣る方が怪美人の為かも知れぬ事に依るとアノ贋電報まで、怪美人が出た後で此の夫人が仕組んだ業では無いか知らん、何か怪美人を余の叔父に逢わせて一狂言書く積りでは無いのか知らんと、余は是ほどまでに疑ったが愈々晩餐には取り掛った。

第七回 全く真剣

 食事の間も叔父の目は絶えず怪美人の顔に注いで居る、余ほど怪美人に心を奪われた者と見える、斯うなると余も益々不審に思う、叔父が怪美人をば昔の知人に似て居ると云うたのは誰にだろう、叔父の心を奪うほども全体何人に似て居るだろう、是も怪美人の言い草では無いが分る時には自から分るか知らん。
 且食い且語る、其のうちに話は自然と幽霊塔の事に移った、叔父は怪美人を見て「貴女が塔の時計の捲き方を御存知とは不思議です、屡々アノ塔へ上った事がお有りですか」怪美人「ハイ以前は時々登りました、何しろ昔から名高い屋敷ですから、年々に荒れ果てるのを惜く、茲を斯う修復すればとか彼処を何う手入れすればとか、自分の物の様に種々考えた事なども有りました」叔父は熱心に「夫は此の上も無い幸いですよ、実は私が那の屋敷を買い取る事になりましたから、必ず貴女の御意見を伺って其の通りに手入れを致しましょう」怪美人「イエ実は先頃も甥御から事に由ると貴方がお買い取り成さるかも知れぬ様に伺いましたから、一度はお目に掛り私の知った事や思う事なども申し上げ度いと思いました」此の通り話の持てるは甚くお浦の癪は障ると見える、お浦は機さえ有れば此の話を遮り叔父と怪美人の間を引き割こうと待って居る有様で、眼の光り具合も常とは違う、叔父「孰れにしても此の後、屡々貴女へお逢い申し、又場合に依れば逗留の積りで塔へお出をも願い度いと思いますが、貴女のお住居は何ちらでしょう」怪美人は少し当惑の様で、「イエ住居は定らぬと申すより外は有りません、なれど是から大抵の宴会には招きに応ずる積りですから、貴方が交際社会へお出掛けにさえなれば、一週間とお目に掛らぬ事は有りますまい」叔父「イヤ私は更に左様な招きには応ぜぬ事にし、今まで宅に閉じ籠ってのみ居ましたが貴女にお目に掛れるとならば此の後は欠さず宴会には出席しましょう」此の丁寧な挨拶を傍から聞いて、お浦は耐え兼ね「叔父さん、其の様な勿体を附けて住居さえ明らかに云わぬ方の後を、何も追い掛るには及ばぬでは有りませんか」叔父は赫っと立腹したが直ぐに心を取り直して美人に謝し、「誠に我儘者で致し方が有りません、何うか此の女の云う事はお気に留めぬ様に」といい更に余に向ってお浦を取り鎮めよと云わぬ許りの目配《めくばせ》した、怪美人は謙遜し「イエ何に、あの様仰有るが当り前です、今の所私は少し住居を申し上げ兼ねる訳が有りまして、知らぬ方からは総て幾等か疑われます」叔父「貴女を疑うなどとは飛んでも無い、何うか何事もお気に留めず、幽霊塔に就いての貴女の設計や、時計の捲き方など充分にお知らせを願います」怪美人「ハイ夫は初めから申し上げる積りですから、必ず申し上げますが、夫にしても此の様な所では、イヤ貴方の外に何方も居ぬ時に申し上げましょう、甥御にもそうお断り申して置きました」お浦は前よりも声荒く「叔父さん、私は黙って居度いと思っても、黙っては居られません、今の其の方のお言葉は確かに私と道さんとを邪魔にするのです、晩餐に招かれて爾して主人の方の人々を邪魔にする様な無礼は、此の節余り流行りません、ハイ私はそう邪魔にされ慣れては居ませんから、此の座に耐えて居る事は出来ません、サア道さん私と一緒に退きましょう、此のお客様が我々とは列席して下されませぬよ」と全くの悪態と為った、叔父は何れほどか腹が立ったろうけれど、日頃の気質で充分に叱りは得せぬ、只管《ひたすら》怪美人に謝まろうと努めたが、怪美人も斯うまで云われては謙遜もして居られぬと見え、突と立って虎井夫人に目配せをし、其の様な言い掛りは受けませぬ、と言わぬ有様で静々と立ち去った、折角の晩餐も滅茶滅茶に終ったが、併し其の立ち去る風は実に何とも云い様の無い気高い様である、女王の瞋《いか》るのも此の様な者で有ろうか、夫に引き替えお浦の仕様は何うであろう、余は両女の氏と育ちとに確かに雲泥の相違が有るのを認めた。怪美人は決して乳婆などの連れ子ではない。
 叔父も非常な不機嫌で、余がお浦に成り代ってお詫びする間も無いうちに室へ退いて仕舞った、後に余はお浦に向い、荒々しく叱った位では迚も追い附かぬから、無言の儘目を見張って睨み附けた、此の時の余の呼吸はお浦の顔を焼くほどに熱かったに違い無い、本統に火焔を吐くほど腹が立ったのだ、お浦は少しも驚かぬ「貴方の其の大きな眼は何の為に光って居ます、貴方は叔父さんが何れほど深くあの何所の馬の骨とも知れぬ女を見初めたかを知りませんか、貴方は本統に明き盲目です、此のまま置けばアノ女に釣り込まれて叔父さんは二度目の婚礼までするに極って居ます、爾なれば叔父さんの身代を相続する為に待って居るお互いの身は何なります」エ、益々忌わしい根性を晒け出すワ余は決して叔父の身代に目を附ける様な男で無い、相続する為に待って居るお互いなどは余り汚らわしい言い様だ、幾ら乳婆の連れ子にもせよ斯くまで心が穢かろうとは知らなんだ、若し知ったなら決して今まで一つ屋根の下には住まわれぬ、余りの事に余は呆れて猶も無言のまま睨んで居たが、お浦は忽ち椅子を攫《つか》み、悔し相に身を震わせて「エ、憎い、憎い、アノ女は取り殺しても足らぬ奴だ、道さん見てお出で成さい、アノ女が猶も貴方や叔父さんに附き纒うなら、私は屹《きっ》と殺して禍いの根を留めますから」と云った、何もアノ女が余や叔父に附き纒っては居ぬ、若し附き纒って居るとすれば余や叔父の方がアノ女に附き纒って居るのだ、併し余はお浦の怪美人を殺すと云う言葉が全く真剣と云う事は此の後|面前《まのあた》り事実を見るまで信じ無かった、信じはせぬが併し余とお浦との間は是ぎりで絶えて仕舞った、余は勿論お浦は厭、お浦も厭で幸いと云う程だろう。

第八回 古山お酉

 折角の晩餐が斯う殺風景に終ったは実に残念だ、けれど今更仕方がない、余は兎も角も怪美人と虎井夫人とに逢い充分謝せねばならぬと思い、お浦を捨て置いて怪美人――イヤ最早怪美人ではない単に松谷秀子だ――其の松谷秀子の居る室の前まで行った、何と云って謝した者か、事に由ればお浦を狂女だと言い做しても好い、あの今夜の振舞は狂女よりも甚しい、爾だ狂女とでも言わねば到底充分に謝する道はない、と斯う思って少し戸の外で考える間に、中浦から異様な声が聞こえた。確かに松谷秀子と虎井夫人とが争って居る。「イイエ、貴女が何と仰有っても嘘を吐いたり人を欺いたりする事は私には出来ません。正直過ぎて夫が為に失敗するなら失敗が本望です」と健気《けなげ》にも言い切るは怪美人だ、扨は虎井夫人から余り正直すぎるとか何故人を欺さぬとか叱られて、夫に反対して居ると見える、何と感心な言葉ではないか、正直過ぎて失敗するなら失敗が本望だとは全く聖人の心掛けだ、余は一段も二段も怪美人を見上げたよ、次には虎井夫人の声で「場合が場合ですもの少し位は嘘を吐かねば、其の様な馬鹿正直な事ばっかり言って何うします」怪美人「イエ何の様な場合でも同じ事です、若し私の馬鹿正直が悪ければ是で貴女と分れましょう、貴女は貴女で御自分の思う様にし、私は独りで自分の思う通りにします、初めから貴女と私とは目的が別ですもの」斯う争って居る仲へ、日頃から懇意な人ならば兎も角、今日初めて逢った許りの余には真逆に飛び込んで行く訳に行かぬ、さればとて探偵然と立ち聞きをして居るのも厭だから、謝するのは明朝にしようと思い直し余は自分の室へ帰った、多分は叔父も明朝を以て篤と謝する積りで居るのであろう。
 翌朝は少し早目に食堂へ行って見た、お浦も早や遣って来て居たが、勿論余とは口を利かぬ。何でも給仕に金でも与えて、怪美人の素性を聞き糺して居たらしい、何だか余の顔を見て邪魔物が来たと云う様な当惑の様子も見えたが給仕は更に構いなく「ハイお紺婆を殺した養女お夏というは牢の中で死にましたが、同じ年頃の古山お酉と云う中働きが矢張り時計の捲き方を知って居た相です」お浦は耳寄りの事を聞き得たりと云う様子に熱心になり「その古山お酉とは美しい女で有ったの」給仕「ハイ之は最う非常な美人で、イヤ私が此の家へ雇われぬ先の事ゆえ自分で見た訳ではありませんが人の話に拠ると背もすらりとして宛《まる》で令嬢の様で有ったので、村の若衆からも大騒ぎをせられ、其の中に一人情人が出来たそうです、爾してお紺の殺される一ケ月ほど前に色男と共に駈落し、行方知れずに成って居たが、お紺の殺された後故郷|※州[#「※」は「あなかんむり+乙」、28-上21]《ウェールス》に居る事が分り其の色男と共に裁判所に引き出されてお調べを受けましたが、遠い※州[#「※」は「あなかんむり+乙」、28-上22]に居て此の土地の人殺しは関係の出来る筈もなく、唯証人として調べられたのみで直ちに放免せられました、何でも其の後色男と共に外国へ移ったと云う事です。今頃は米国か濠洲《おうすとらりや》にでも居るのでしょう」お浦「随分其の女は貴婦人の真似でも出来る様な質だったの」給仕「ハイ不断貴夫人の様に着飾ると、田舎者などに感心せられるのを大層嬉しがって居たと云う事です」お浦「今居れば幾齢ぐらいだろう」給仕「お紺婆の殺された時、十九か二十歳だったと云いますから今は二十五六でしょうが、併し美人に年齢無しとか云いますから矢張り若く見えて居る事でしょう」
 お浦は是だけで満足したか、問うのを止めて余の傍へ来て、最と勝ち誇った様子で「今の話を何と聞きました」余「何とも聞きませんよ」お浦「道さん、貴方の尊《うやま》う貴婦人は立派な素性です事ねエ。中働きの癖に情夫を拵えて出奔して、爾して古山お酉と云う本名を隠し松谷秀子などと勿体らしい名を附けてサ」余「エ、貴女は怪美――イヤ松谷嬢を其のお酉とやらだとお思いですか」お浦「私が思うのでは有りません、今は其のお酉より外に時計の捲き方を知った者もないと云うでは有りませんか、爾して松谷令嬢、オホホ大変な令嬢です事、其の令嬢も昨夜叔父さんに問い詰められ、以前に幾度も幽霊塔へ上ったと白状したでは有りませんか、同じ人でなくて何ですか」若し此の疑いの通りとせば真に興の醒めた話で有る、成る程アノ義母殺しの輪田夏子の墓へ参詣した所を見ると或いは此の疑いが当るかも知れぬ、仲働きを勤めて居て主人の養女夏子とは懇意で有った為、昔の事を思い出して参詣したのか、斯う思えば一言も無いけれど、余は何故かアノ怪美人を仲働きなどの末とは思わぬ、何となく別人の様な気がする、全体余は至って直覚の明らかな生まれ附きで、今まで斯うだろうと感じた事は余り間違った例がない、此の松谷秀子を古山お酉とやら云う仲働きと別人だと思う感じも、決して間違う筈がない、と自分だけは斯う思う。
 併し別に争い様もないから、無言の儘で、何とかお浦の疑いを挫く工夫は有るまいかと、悔しがって居ると、丁度叔父朝夫が這入って来た、叔父は甚く落胆の様子で「ア、今朝篤と松谷秀子嬢に逢い、昨夜の詫びも云い更《あらた》めて時計の秘密を聞き度いと思い其の室を尋ねたら、虎井夫人と共に早朝に此の宿を立った相だ、爾して行く先も分らぬ」お浦は益々勝ち誇って「爾でしょうよ、昔の素性を知った人が多勢居る土地に、そう長居は出来ぬ筈です」と独語の様に云い、更に余に向って「道さん、夜逃げよりも朝逃げの方が、貴方のお目には貴婦人らしく見えましょうネエ」何方まで余を遣り込める積りだろう、併し余は相手にせず、食事の終るまで無言で有ったが、頓て叔父は余に向い「来た序でだから是より幽霊塔の中を見て来よう」と云い、共々に出かける事とは成ったが、本統に幽霊塔を昼の中に検査するのは是が初めてだ、検査の上で何の様な事を発見するかは烱眼な読者にも想像が届くまい。

第九回 丸部家の咒文

 愈々幽霊塔の検査に行く事と為って、余は一番先に此の宿の店先まで出掛けた、叔父とお浦は未だ出て来ぬ、多分は叔父がお浦に向い、昨夜の小言を云って居るので有ろう、余の居る所で小言を云うのを余り気の毒だと思い、故と余を先へ出したらしい。
 余は待ちながら帳場に在る客帳を開いて見た、見ると松谷秀子と虎井夫人との名が余の直ぐ前へ記《つ》いて居る、即ち二人は余等より一日先に此の宿へ来た者だ、此の宿ではタッた二晩しか泊らなんだのだ、余は若しや此の客帳の字と昨夜の贋電報の字と同じ事では有るまいかと思い、能く能く鑑定して見たが全く違って居る、客帳のは余ほど綺麗な筆蹟で珍しい達筆と云っても好い、多分怪美人が自分で書いたので有ろう、仲々電報の頼信紙に在った様な悪筆では無い、余は猶帳場の者に少し鼻薬を遣り此の客帳は誰が記けたと問い、果して怪美人が記けたのだと聞いて、更に何か虎井夫人の書いた者は無いかと尋ねたが、生憎之は無い、若し有ったなら贋電報に関する余の疑いの当り外れが分っただろうに。
 夫から又怪美人は今朝何時頃に立ったかと問うた、帳場の返事では六時前に怪美人が一人で帳場へ来て二人の勘定を済ませ其のまま立ち去ったが七時頃に虎井夫人は怪しむ様子で降りて来て、既に怪美人が勘定まで済ませて立ったと聞き、驚いて二階へ行き例の狐猿と荷物とを携えて、※[#「※」は、つつみがまえの中に夕、29-下12]々《そこそこ》に其の後を追っ掛けて行ったという事だ、是で見ると昨夜余の漏れ聞いた争いの結果が到頭円満には纒らずに怪美人が虎井夫人を振り捨てて立ったのだろう、何の様な間柄かは知らぬけれど、余り気の合った同士とは思われぬ。
 其のうちに叔父もお浦も来て、共々に用意の馬車に乗り、間も無く幽霊塔には着いたが、別に異様な事もない、相変らず陰気な許りだ、塔の上は後として先ず下の室々から検《あらた》めたが、何しろ何代も続いた丸部家が、後から後からと建て足した者で座敷の数は仲々多く、其の癖座敷と座敷との関係などが余り旨く出来て居無くて、何の為だか訳が分らぬ室なども有るけれど叔父の気には充分入ったと見え、叔父「フム悉く雑作を仕直せば仲々面白い屋敷になる」と云い、愈々買い取る事にするとの意を洩した、下の検査は是だけにして今度は塔の上へ登ったが、検め検めて昨夕余が怪美人に逢った室迄行って見ると、昨夕は此の上に在る時計室へ上る道が分らなんだのに、今朝は壁の一方に在る秘密戸が開いて居て時計室が見えて居る、何うして此の秘密戸が開いたのかと敢て怪しむ迄もない、今朝六時に宿を立った怪美人が茲へ立ち寄り此の戸を開けて置いたので有ろう、怪美人が此の秘密戸の開閉の仕方を知って居る事は昨夕時計を捲いたので分って居る、此の戸の開け方を知らずに時計を捲く事は勿論出来ぬ筈だから。
 とは云え怪美人は何故に今朝故々此の塔へ来て此の秘密戸を開けたのだろう、余は何とやら余等に対する親切で故々此の戸を開けた儘で置いて呉れたのだと思う、爾すれば外にも猶室の中に何か怪美人の来た印が有るかも知れぬと思い、室の中を見廻すと、お紺婆の寝台の上に一輪の薔薇の花が落ちて居る、余よりも先にお浦が之を看て「オヤオヤ今朝か昨夜か此の寝台へ来た人が有ると見える此の花は未だ萎れて居ぬ」と云って取り上げた、全く余の思う通りだ、怪美人が今朝茲へ来たという事を余に知らせるのだ、余は親切の印ともいう可き此の花をお浦風情に我が物にされて成る者かと殆ど腕力盡で引奪《ひったくっ》たが、悲しい哉花よりも猶大切な者をお浦に取られて仕舞った、夫は花の下に伏せてあった一個の鍵である、お浦は花を余に取られて惜しみもせず、直ぐに又寝台に振り向き「ア、丁度花の下にこれ此の様な古い銅製の鍵が有ります」と云って、今時のよりは余ほど不細工に出来た鍵を取り上げた、扨は「怪美人が此の鍵を受け取れ」と余へ注意する為、鍵の上へ花を載せて目に附く様にして置いたのだ、余は此の鍵をも取り上げようと手を延べたのに、お浦「オット爾は了《いけ》ません、此の鍵は私が拾ったのだから、真の持主が現われるまで私が預ります、誰にも渡しません」と言い切り早や衣服の何所へか隠して仕舞った。
 爾して余と叔父とが上の時計室を検めて居る間に、其の鍵を方々の錠前へ試みたと見え忽ち声を上げ「オヤ茲に此の様な物が有ります」と叫ぶから行って見ると寝台の枕の方にある壁の戸棚を開けて居る、今の鍵は確かに此の戸棚に用うるのだ、戸棚の中には一冊の大きな本が有る、今度は余が此の本を取り出して見ると昔し昔しの厚い聖書だ、是ほど立派なのは図書館にも博物館にも多くはない、之を若し考古家に見せたら千金を抛っても書斎の飾り物にするだろう、何しろ珍しい書籍だから「是は丸部家の宝物の一つでしょうね」といゝつゝ表紙を開いて見ると、これは奇妙、表紙裏も総革で、金文字を打ち込んで有る、文字の中にも殊に目に附くは、最初に記した「咒語」の二字だ、思えば昨夜、怪美人がこの室に丸部家の咒文が有るといゝ余に暗誦せよと告げた、即ち此の咒語に違いない、咒語か、咒語か、何の様な事を書いて有る、文字は鮮《あざや》かで有るけれど、仲々難かしい、余は漸く読み下した。
[#以下14行表罫囲み、本文とのアキなし]
明珠百斛 めいしゆ    王錫嘉福 わうかふく
     ひやくこく        をたまふ
妖※偸奪 えうこん    夜水竜哭 やすゐ
     たうだつ         りようこくす
言探湖底 こゝにこていを 家珍還※ かちん
     さぐり          とくにかへる
逆焔仍熾 ぎやくえん   深蔵諸屋 ふかくこれを
     なほさかんなり      をくにざうす
鐘鳴緑揺 しようなり   微光閃※ びくわう
     みどりうごく       せんよく
載升載降 すなはちのぼり 階廊迂曲 かいらう
     すなはちくだる      うきよく
神秘攸在 しんひの    黙披図※ もくして
     あるところ        とろくをひらけ
[#ここで表罫囲み終わり]
[#妖※偸奪「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、30-下16]
[#家珍還※「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、30-下17]
[#微光閃※「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、30-下19]
[#黙披図※「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、30-下21]
 何の意味であろう、先ず読者にも考えて貰い度い。

第十回 図 ※ [#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31-上2]

 何にしても此の咒文は幽霊塔の秘密を読み込んで有るに違いない、この意味が分れば、幽霊塔の秘密も分るに違いない。
「明珠百斛《めいしゅひゃっこく》、王錫嘉福《おうしかふく》、妖※偸奪《ようこんとうだつ》、夜水竜哭《やすいりょうこく》、言探湖底《げんたんこてい》、家珍還※《かちんかんとく》、逆焔仍熾《ぎゃくえんじょうし》、深蔵諸屋《しんぞうしょおく》、鐘鳴緑揺《しょうめいりょくよう》、微光閃※《びこうせんよく》、載升載降《さいしょうさいこう》、階廊迂曲《かいろううきょく》、神秘攸在《しんぴしゅうざい》、黙披図※《もくひとろく》」
[#妖※偸奪「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、31-上5]
[#家珍還※「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、31-上6]
[#微光閃※「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、31-上6]
[#黙披図※「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31-上7]
 昔の韻文で、今人の日常には使用せぬ文字も多いが、併し兼ねて余が聞き噛って居る幽霊塔の奇談と引き合せて考えれば、初めの方だけは薄々に斯う云う意味だろうかと推量は附く、平たく云えば「沢山な宝を(第一句)国王から恵まれた(第二句)怪しい悪僧が盗み去って(第三句)暗い水の中へ落した(第四句)いま水海の底を探して(第五句)我が家の宝が元の箱へ還った(第六句)今は物騒な世の中だから(第七句)人の知らぬ様に家の中へ隠して置く(第八句)」と、此の様な事でも有ろうか、併し此の次の四句は更に分らぬ、鐘が鳴るの、緑が動くの、微かな光が閃めくの、昇るの降るのとて、全体何の事だ、此の四句が能く分れば多分は其の宝の在る所へ行く路も分り、従って其の宝と云う物は全くあるかないか此の伝説が虚か誠かと云う事を見極める事も出来ようけれど、到底此の意味は分らぬから仕方がない、唯余に分らぬのみでなく恐らくは誰にも分らぬで有ろう、分らねばこそ今まで何百年も秘密と為って存して居るのだ、とは云え末二句には聊か頼もしい所がある「神秘の在る所、黙して図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31-上23]を披け」と云うは「詳しい事は図面で見よ」と云う様な心ではあるまいか、爾とすれば其の図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、31-下1]とか云う図面を見れば、最《もっ》と能く分り相に思われる。
 此の様に考え回す所へ、叔父は時計室から降りて来て「何う見ても時計の捲き方は分らぬ、夜前の松谷秀子嬢に最一度逢って教えて貰うより外はない」と云ったが、頓て背後から此の咒語此の聖書を見、驚いて「ヤ、ヤ、是は大変な物が出て来た、此の聖書は昔から丸部家の家督を相続する者に伝えて来た宝の一だ、咒語は到底何の事だか分らぬけれど丸部家の当主たる者は誕生日毎に此の咒語を暗誦して其の意味を考えねばならぬと云う事に成って居たのだ、全体此の聖書は何所から出た」余「今此の戸棚に在りました」叔父「それは益々もって不思議だ、此の聖書は輪田お紺婆が此の塔を買い取るより数年前に紛失して、時の当主は大金を掛けて詮索したが到頭出ずに仕舞ったのだ、若しその時に此の戸棚に在ったなら直ぐに当主が見出す可き筈で有る、勿論此の戸棚などは空にして探したけれど出て来なんだ、何でも一旦紛失した物が時を経て茲へ返ったのだ、聖書が独りで返る筈はないから誰かが持って来て密っと入れたのだ」余は益々怪美人の言葉を思い合せ、彼の美人が余に此の咒語を解かせ度いとでも云う親切で此の聖書を茲へ入れたに違いないと思う、併し彼の美人が何うして此の聖書を持って居たかなど云う点は更に分らぬ、分らぬけれど分らぬ事だらけの怪美人のする事だから、何も是のみを怪しむにも及ばぬ訳サ。
 叔父は聖書の表紙などを検めて「表紙に塵などが溜って居ぬ所を見ると此の頃まで人手に掛って居た者だ、何うも己の推量が当って居る様だ」余「エ、貴方の推量とは」叔父「昔、此の書が紛失したと聞いた時、己は多分其の頃老女を勤めて居たお紺婆が盗んだのだと思った、アノ婆は非常な慾張りで有ったから、此の塔に宝物が隠れて有ると云う伝説を聞き、咒語さえ見れば其の宝の在る所が分る事と思い、先ず此の聖書を盗み、爾して其の後此の塔を買い取ったのだ」余「では此の聖書が何うして茲に在ります」叔父「多分はお紺の相棒が有ったのだろう、お紺自身は咒語を読む事などは出来ぬから其の相棒へ之を渡して研究でもさせたのだ、其の相棒が研究しても分らぬから終に絶望して聖書を茲へ返したのだろう」果して其の推量の通りならば、怪美人が其の相棒と云う事になる、余は何うも爾は思わぬ。アノ様な美しい女が其の様な悪事に加担する筈はない、若し加担したのならば此の聖書を余の手に這入る様に茲へ入れて置く筈はない、叔父とても若しアノ美人が此の聖書を茲へ置いた者と知れば、お紺の相棒などと云う疑いは起さぬに違いない、併し余は今、アノ美人の事を叔父に告げ、美人が此の聖書を持って来たらしいなどと知らせる事は出来ぬから、唯無言で聞いて居ると、智慧逞しいお浦は其の辺の事情を察したのか「爾です叔父さんの御推量の通りでしょう」と云い更に余にのみ聞える様に「是で益々アノ松谷秀子が、お紺の仲働き古山お酉だと云う事に成るでは有りませんか、何でもアノお酉が自分一人の力では行かぬから貴方をタラシ込んで相棒に引き込む為、薔薇の花も銅製の鍵も置いて行ったのです、あの女は叔父さんが此の屋敷を買う事を知り、叔父さんの家族の中に相棒がなくては了ぬと思って居ます、若し貴方を相棒にする事が出来ねば直接に叔父さんを欺し、後々此の家へ自由自在に入り込む道を開いて爾して宝を盗み取る積りです、叔父さんへ贋電報を掛けたのもあの女ですよ」
 余は此の疑いには賛成せぬけれど、爾でないと云えば八かましくなる故、無言《だまっ》て聞き流したが、其の間に叔父は咒語を繰返し「何でも図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下2]という者がある筈だ図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下2]は此の本の中へ秘して有ると兼ねて聞いて居たが」と云い、本の小口を下に向けて振って見た、すると中から一尺四方ほどの一枚の古い古い図面が出た、図面には「丸部家図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下5]」と書いてある、是だ、是だ、是さえあれば何事も分るだろう。

第十一回 チャリネの虎

 図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下7]とは何の様な者だろう、余も叔父も首を差しのばして検めたが、全く幽霊塔の内部を写した図面であるが、悲しい事には写し掛けて中途で止めた者で、即ち出来上らぬ下画《したえ》と云うに過ぎぬ、是では何の役にも立ぬ、咒文を読んで分らぬ所は図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下10]を見ても矢張り分らぬ、叔父の説では幽霊塔を立てた人が、先ず咒文を作って次に図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下11]を作り始めたが、中途で自ら塔の中へ落ち、此の世へ出ずに死んだから、夫で図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下13]だけは此の通り出来上らずに仕舞ったと云う事だ。
 併し叔父が此の塔を買おうと云うのは元々咒文や図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下14]の為ではない。噂に伝わる宝とても初めから叔父の眼中にはないので有る、図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下16]が充分に分らぬからとて何も失望する事はない、けれど兎に角此の図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、32-下17]は聖書と共に丸部家の血筋へ伝え来たった者で、今では叔父が其の最も近い血筋だから之を預って保管して置くと云う事に成った、之にはお浦も故障を入れる事は出来ぬ、併しお浦の拾い上げた銅製の鍵だけはお浦が何うしても放さぬ「他日必ず役に立ててお目に掛けます」と余に向って断言した。ハテな、何の様な役に立てる積りなのか。
 塔の検査は之だけで終り、吾々三人直ちに倫敦へ帰ったが、翌々日は早や買い受けの約条も終り、何の故障もなしに幽霊塔は本来の持主丸部家の血筋へ復った、是からは修繕に取り掛る可きで有るが、叔父は修繕の設計に付いては是非とも松谷秀子の意見を聞き度いと云い、此の後は何の様な招待にも必らず応じて出掛けて行く事にした、是は総ての招待に応ずれば一週間と経ぬ中に廻り逢う様に言ったあの怪美人の言葉を当てにしての事らしい、勿論余も最一度怪美人に、逢い度いから必ず叔父に随いて行く、お浦も同じく逢い度いのか随いて行く、けれど仲々廻り逢う事が出来ぬ、其の中に叔父は何所で探ったか一冊の本を買って来て余に示したが、其の本は「秘書官」と題した小説(だか実験談だか)で、米国で出版した者だ、著者は「松谷秀子」とある、叔父は之を余に示して「アノ方は米国の令嬢と見える、爾して此の様な書を著す所を見ると仲々学問も有る、事に依ると女ながらも米国政治家の私雇の書記でも勤めて居た者では有るまいか」と云われた、余は受け取って其の本を読んで見た、小説としては少しも面白い所はないが、如何にも米国の政治家の内幕を能く穿った者で、文章の美しい事は非常で有る、大体の目的は米国の平民主義の共和政治とを嘲り暗に英国の貴族制度と王政とに心を寄せた者だ、此の様な書は米国で好く言われまいけれど、英国の読書家には非常に歓迎せられるだろうと、余は此の様に思ったが、果せる哉是より数日を経て評論雑誌に此の書の評が出て、甚く著者の才筆を褒め、猶此の書の著者が先頃より此の英国へ来て居る、一部の交際社会に厚く待遇されて居ることや、目下サリー地方を漫遊して居る事まで書き加えて有る。
 此の時宛も其のサリー地方の朝倉と云う家から叔父の許へ奇妙な招待状が来て居た、奇妙とは兼ねて色々な遊芸を好む其の家の主人(朝倉男爵)が此の頃新たに覚えた手品を見せ度いと云うので有る、素人手品は総ての素人芸と同じく当人には甚く面白いが拝見や拝聴を仰せ付けられる客仁に取っては余り有難い者でない、朝倉男爵は通人だけに其の辺の思い遣りも有ると見え、猶隣の郷へ恰もチャリネとて虎や獅子などを使う伊太利の獣苑興行人が来て居るから夫をも見せると書き添えて有る、虎にしろ獅子にしろ叔父は余り其の様な事を好まぬ気質で、此の招待は断るなどと云って居たが、評論雑誌の記事を見てから急に行く気になり、相変らず余とお浦とは附き随われて出掛けて行ったが、途中で大変な事件を聞いた、夫は外でもない、チャリネ先生が印度とか亜弗利加とかから生け捕って来た大きな虎が、夜の間に柵を破って行方知らずと成ったと云う事で、警官などが容易ならぬ顔をして立ち騒ぎ、旅人にも夫々注意を与えて居る、実に是は容易ならぬ、寧《いっ》そ行かずに引き返す方が安全だ、未だ虎に食われて死に度くはない。
 斯う云う評議に成って暫く途中で停ったが、常の場合ならば無論引き返す所だけれど彼の評論雑誌の記事を思い出すと如何にも引き返えすのは惜しい、事に由れば才媛と云われる「秘書官」の著者も朝倉家へ来て居るかも知れぬ、猶深く気遣えば若しや其の才媛が其の虎に食われるかも知れぬ、真逆に斯くまでは口に出さぬが叔父もこの通りの考えと見え、思い切って行く事に成った、お浦だけは少し苦情を唱えたけれど、余と叔父とが行くと云えば決して自分一人帰りはせぬ、併し此の評議の為、予定の時間より余ほど後れ、愈々朝倉家へ着いたのは夜の九時であった。
 着くと朝倉夫人が独り出迎え、三人の遅いのを気遣って居た旨を述べて「サア丁度手品が是から興に入る所です、今お客の中で籖を引き、一人其の手品の種に使われる約束で、大変な方が其の籖に中《あた》ったから、実に大騒ぎでしたよ」と、自分の亭主の素人芸を唯一人で面白がり、客には口も開かせぬのは、随分世間に在る形だ、三人は烟に捲かれた心持で、電燈の光まばゆき廊下を通り、笑い動揺めく声が波の様に聞えて居る大広間へ這入ろうとすると、此の時満堂の電燈が一時に消えて全く暗《やみ》の世界となった、余も叔父も驚けばお浦も「アレー」と叫んだが主夫人は暗の中で説明し「ナニお驚くに及びませんよ、是が手品の前置きですよ、丁度パノラマへ這入る前にお客の目を暗まして置いて夫から大変な者を見せるのと同じ事です」とて、探りに探りに三人を大広間へ入れたが暫くすると堂の中が少しずつ明るくなり、正面の青白い幕へ、幻燈の画の様に、美人の姿が現われて動き始めた、尤も此の美人は背の高さが僅かに二尺位だから本統の美人で無く、幻燈の影であるに極って居る、所が篤と見て居る中に其の影が段々大きくなり、遂に本統の美人と為って、嫣然《にっこり》と一笑したが、読者よ、何うであろう、其の美人は擬《まご》う方も無い松谷秀子であった、余も叔父も逢い度いと思って居た怪美人だ、成るほど客の中から一人籖に中り手品の種に使われる事に成ったを今主夫人の云ったのが此の才媛で有ったと見える。

第十二回 化けるのがお上手

 幻燈の影が何時の間にか本統の美人と為るのは別に珍しくは無い芸だ、併し素人としては仲々の手際だから客一同は喝采した。真に満堂割るる許りの喝采で、中には「朝倉男爵万歳」とまで褒める者も有った。猶も見て居る中に此の美人、即ち松谷秀子は、充分主人に頼まれた者と見え、其の所に在る音楽台に行き、客一同に会釈して音楽を奏し始めた、その上手な事は実に非常だ、爾して謡う声も鶯喉《おうこう》に珠を転すとやら東洋の詩人なら評する程だ、満堂又も割れる許りの喝采が起った、今度の喝采は全く怪美人の芸を褒めるので、主人男爵は与《あず》からぬのだ、頓て音楽が終ると美人の身体は段々に小さくなり何時の間にか幻燈の影と変って、羽の生えた天人の子供と為り天上の楽園の舞と成って終った、イヤサ黒人の幻燈なら此の通り手際好く終る所で有ろうが、流石は素人――イヤ流石などと褒めるには及ばぬ――其所は素人の悲しさで、幻燈の影を美人と差し替える事は出来るが、其の美人を逆戻しに段々小さくして元の幻燈の影にする事は出来ぬ、実は音楽の終ると共に手取り早くパッと燈光を消して満堂を元の暗にして結局を附けた、寧そ此の方が厭味が無くて好いと客の半分ほどは止むを得ずお世辞を云った、仲々お世辞の言い方は有る者だ。
 再び満堂が明るくなると松谷秀子は元の席へ復って居る、客は口々に主人を褒め又秀子を褒めたが、主人の芸は最一度と所望する人無けれど松谷秀子の音楽は是非最一度と後をネダる人が多い、シテ見ると秀子の芸が主人よりも上か知らん、其のうちにも余の叔父は嬉し相に立って行き再会の歓びを述べて最う一回をと言葉を添えたが其の様は恋人の有様で有る、秀子も甚く余の叔父を懐かしく思う様子で、特別の笑顔を現わしたが併し「私の音楽は二度目をお聞きに入れると荒が出ます」と謙遜して所望に応ぜぬ、其の辺の応対の様や物の言い振りの仇けない所を見ると余は実に矢も楯も耐らぬ、自分の魂が鎔けて直ちに秀子の魂に同化するような気がした、勿論余は秀子の身に何か秘密の有る事は知って居る、余自ら怪美人と云う綽名を加えた程だから、玲瓏《れいろう》と透き徹った身の上とは思わぬ。「秘書官」と云う著者で文学の嗜みのある事も分り今夜の芸で音楽の素養の有る事も分ったとは云え、或る方面から見れば之さえも怪しさの一つでは有るが、併し幾等怪しくても立派な令嬢には違いない、誰の妻としても決して非難すべき者ではない、自分自ら「私は密旨を帯びて居ます」など有体に云う所を見ても嘘偽りなどを云う様な暗い心でない事も分って居る、余は斯う思うと余り叔父と秀子との仲の好いのが気に掛かり、邪魔すると云う訳ではないが同じく秀子の傍へ行って、叔父を推し退ける程にして挨拶した。
 すると此の時、余の背後で、満場の人々に聞こえよがしに、大きな声をする者がある、それは浦原嬢だ、イヤ浦原嬢と許りでは読者に分るまい、例のお浦である、お浦の本姓は浦原と云い他人からは浦原嬢と呼ばれて居るのだ、浦原嬢は強いて此の怪美人の傍へ来るは見識に障ると思ったか顋《あご》で松谷嬢を指して「本統に貴女は化けるのがお上手です」と叫んだ、褒め様も有ろうのに化けるのがお上手とは余り耳障りの言葉ではないか、満場の人は異様に聞き耳を立てた様だ、松谷嬢は気にも留めず唯軽く笑って「私が化けたのではなく幻燈の光が化けさせて呉れたのです」浦原嬢は此の返事を待ち設けて居た様子で「アレ彼の様におとぼけ成さる、今夜の事では有りませんよ、仲働きが令嬢に化けるを云うのですよ」扨はお浦め、此の美人を昔のお紺婆の雇人古山お酉とやら云う仲働きとの兼ねての疑いを稠人《ちょうじん》満座の中で発《あば》いて恥を掻せる積りと見える、去れば怪美人は全く其の意味が分らぬ風で「エ貴女の仰有る事は、何だか私には」お浦「お分りに成りませんか、私は又仲働きとさえ云えば直ぐにお紺婆の仲働きとお悟り成さって何も詳しく申して貴女に赤面させずに済むだろうと思いましたのに、お分りがないなら詮方なく分る様申しましょう、婆あ殺し詮議の時に色男と共に法廷へ引き出された古山お酉と云う仲働きの事ですよ、ハイ下女の事ですよ、其のお酉が下女の癖に旨く令嬢に化け果《おわ》せたから夫で呆れる、イヤ感心すると褒めたのです」余は此の言葉を聞きお浦を擲倒《はりたお》して遣り度い程に思ったが爾も成らず、且は此の美人が果してお酉で有るか否やを見極め度いと云う心も少しは有る、何も自分だけは好い児に成ってお浦が確かめて呉れるのを待つと云う猾い了見ではないけれど、唯其の心が少し許りある為に、お浦を擲り倒すのを聊か猶予した、聊か猶予の間に争いは恐しく亢じて仕舞った。

第十三回 毛髪悉く逆立つ

 お浦の言い方は実に毒々しい、乙に言葉を搦《から》んでは有るけれど全く抉《えぐ》る様に聞こえる、此の抉り方は女の専売で、男には何うしても出来ぬ事だ、若し怪美人が真に古山お酉と云う下女で旨く令嬢姿に化けて居る者とすれば迚も此の言葉に敵する事は出来ぬ、顔を赤めるとか遽《あわ》ててマゴつくとかする筈だ、処が怪美人は少しもマゴつかぬ、唯単に合点の行かぬと云う風で而も極めて穏かにお浦に振り向き「オヤ貴女の仰有る事を聴くと、何だか私が其の古山お酉だと云う様にも聞こえますが――」お浦「などと幾等おとぼけ成すっても無益ですよ、お酉が其の後米国へ渡った事まで知って居る人が有るのですから」怪美人は宛もお浦を狂気とでも思ったか全く相手にするに足らぬと云う風で「オヤ爾ですか」と云い、頬笑んで止んで仕舞った、若し此の頬笑みが通例の顔ならばセセラ笑とも見えるで有ろうが、非常に美しい此の美人の顔にはセセラ笑いなどと云う失敬な笑いは少しも浮ばぬ。何所迄も愛嬌のある頬笑だ、余は此の有様を見て全く此の美人松谷秀子が古山お酉でないと云う事を見て取った。尤も此の様を見ずとても下女や仲働きが「秘書官」と云う様な文章も観察と共に優れた本を著わし得る筈はない故、少し考えればお酉でないと充分に分る所では有るのサ。
 斯う軽く受け流されて浦原嬢は全く焦気《やっき》だ「オヤ、オヤ、夫では貴女はお酉を知らぬなどと白ばくれ成さるのですか」怪美人「イイエ私はお酉を能く知って居ますよ、今は何所に居るか知りませんけれど幼い時は友達の様に仲能く致しました」この打ち明けた而も訳もない返事に、お浦はギャフンと参った、ギャフンと参って何うするかと思うと「エ、悔しい」と云って立ち上り「何方も私には加勢して下さらぬ、道さんまで知らぬ顔で居るのだもの」と恨めし相に泣き出した、思えば可哀相にも有る、全く自分の間違った疑いの為自ら招いた失敗だとは云え満座の中で大声に言い出した事が少しも功能無しに終るとは成るほど悔しくも有ろう。
 叔父も非常に当惑の様子、余も捨て置き難い事に思い、お浦を取り鎭めようとすると、物慣れた当家の夫人がお浦を抱いて、宛で、小供を取り扱う様に「貴女は未だ幼い時から我儘に育った癖がお失せ成さらぬから了ません、第一其の様に人を疑う者ではなく、疑ったとて此の様な所で口に出す者では有りません、口に出せば自分の方が恥ずかしい思いをするに極って居ますよ、殊に松谷さんは「秘書官」の著者でも有り立派な紹介を以て此の国へ来た方ですもの」此の当然な戒めに少しは合点が行ったか「ハイ私が悪う御座いました、相手は下女の癖に大勢の人様に、全くの令嬢だと思わせる様に智慧に逞しい女ですもの私一人の力に余るは知れた事です、爾と気附かずに相手にして此の様な目に逢ったは全く私が馬鹿な為です」と何処までも怪美人を下女にして仕まって憤々と怒ッて此の室を出た。
 余は松谷秀子にも済まぬが兎も角お浦を捨て置く訳に行かぬから引き続いて室を出たが、見るとお浦は当家の夫人に送られて、慰められつつ自分に充行《あてがわ》れてある二階の室へ這入って仕舞った、余は直ぐに元の客間へ帰って行くも何となく極りが悪く、少し廊下でグズグズして凡そ二十分も経った頃一同の前へ出たが、一同は余ほど興を覚し、単に一座のテレ隠しの為に松谷秀子を強いて再び音楽台へ推し上せたと見えて、秀子が又も琴台に登って居る、けれど秀子も何となく沈んだ様子で音楽も甚だ引き立たぬ、其の傍に附き切りで秀子の為に譜の本を開いて遣りなどする親切な紳士は年にも恥じぬ余の叔父で有る、叔父は余の居ぬ間に余っぽど秀子にお詫びを申したらしい。
 其のうちに客も一人二人と次第に退き去り、全く残り少なと為って愈々会も終りになった、秀子は曲を終って降りて来たが、第一に余の傍へ来て「本統に私は浦原嬢にアノ様に立腹させて済みませんでした、直ぐに私も自分の室へ退こうと思いましたが皆様が夫では猶更本統の喧嘩らしくなるとて達ってお留め成さる者ですから」余「イエ何も貴女が済まぬなど仰有る事はありません、全くお浦が貴女へアノ様な無礼な言い掛りをしたのですよ」秀子「此の様な時は虎井夫人でも居て呉れますと又何とか皆様へお詫びをして呉れますのに」余は此の言葉を聞き、初めて虎井夫人の居ぬに気が附き「オヤあの夫人は何うしました」秀子「ハイ獣苑の虎が抜け出したと聞いて、若しも大事の狐猿を噛み殺されては成らぬと云い倫敦まで逃げて帰りました」
 言って居る所へ給使の一人が何か書き附けの様な者を持って来て秀子に渡し「直ぐに御覧を願います」と言い捨て立ち去った、秀子は「誰が寄越したのだろう」と云って開き読んだが、余はチラと其の文字を見て確かにお浦が寄越したのだと知った、扨は男ならば決闘状の様な者では有るまいかと、此の様に思ううち秀子は読み終って立ち去ろうとする、余「お浦から呼びに寄越したのなら、何もお出なさるに及びません、私が貴女に代ってお浦に逢いましょう」秀子「イヽエ、自分で行かねば宜く有りません、益々我が身に暗い所でも有る様に思われましては」と、斯う云い捨て廊下へ出た、此の時叔父は外の紳士と何事をか話して居て秀子を送る様子も無いから、余は自分で送ろうと思い続いて廊下へ出た、実はお浦と秀子の間に又何の様な争いが有ろうかと多少は心配にも堪えぬのだ、爾して廊下へ出ると早や秀子はズット先に居て右の方へ曲ろうとして居る、其所まで行くと又既に先の方の階段の所まで行って、丁度其の階段の下に在る銃器室とて鉄砲ばかり置いて有る室の中へ這入って仕舞った、銃器室で面談とは奇妙だと思ううち、階段の影から女の姿が忍び出た、之はお浦だ、其の忍び出る様は宛も泥坊猫が物を盗みでもする時の姿の様に見えた、扨は続いて銃器室へ這入るのかと思って居るうちお浦は這入りはせず、外から銃器室の戸へ錠を卸した、オヤオヤお浦は怪美人を銃器室へ閉じ込めたのだ、何の為だか少しも分らぬ、余は足を早めて其の所へ行ったが此のときお浦は早や階段の中程より上まで登り、其所から銃器室の窓を瞰下《みおろ》して爾して二階へ登り去って見えなく成った、余は益々お浦の所行を怪しみ、銃器室の戸を推して見ると全く怪美人は此の中へ閉じ籠められたに違いない、戸には錠が卸りて仲々開かぬ、鍵はお浦が持ち去ったので茲にはない、何にしても秀子の身の上が気遣われるから余は詮方なく階段を上り、丁度お浦が瞰《のぞ》いた通りに、銃器室の窓から其の中を窺《のぞ》いて見た、読者諸君よ、此の時の余の驚きは、仲々「驚き」など云う人間の言葉で盡され可き訳な者でない、毛髪悉く逆立った、其のまま身体が化石するかと疑った、何うだろう銃器室の一方に大きな虎が居て、今や怪美人に飛び附こうと前足を短くして狙って居るのだ、分った、お浦は此の室に虎が紛れ込んで居るのを見て松谷秀子を此の室へ誘き入れたのだ。

第十四回 虎は早や余の上へ

 余は何れほど驚いたかは、読者自ら此の時の余の地位に成り代わって考えれば分るだろう、此の時の驚きは到底筆や口に盡す事は出来ぬ。読者銘々の想像に任せるより外はない。
 真に咄嗟の間では有るけれど余が心は四方八方に駈け廻った、第一お浦の邪慳なのに驚いた、如何に腹が立ったにもせよ人を虎穴も同様な所へ欺き入れ、爾して外から錠を卸して立ち去るとは何事だろう、余はお浦を斯くまでも邪慳な女とは思わなんだが実に愛想が盡きて仕舞った。今まで仮初《かりそめ》にも許嫁と云う約束を以て同じ屋根の下に暮して来たのが、忌々しい、併し夫よりも差し迫った問題は何うして此の松谷秀子を虎の顋から救い出すかと云うに在るのだ、余は秀子の様を見て其の最と静かに落ち着いて居るにも驚いた、秀子は虎の恐ろしい事を知って居るか知って居ないか、見た所では殆ど知って居ないと思わるるほど落ち着いて、虎に向ったまま睨み合って居る、真に泰然自若とは此の事だ、感じの有る人間に、何うして此の様な場合に斯うも落ち着く事が出来るだろう、余りの事に虎までも少し呆気に取られ、相手の胆略を計り兼ねて大事を取って居るらしい、併し何時まで虎が猶予して居る者ではない、助けるなら今の間だ、今の間に何とかせねば成らぬ。
 何とかとて何と仕様もないけれど、ないと捨て置く事は出来ぬ、余は必死と考えて、何うしても余自から虎と秀子との間へ飛び降り自分を秀子の身代りとして虎に噛ませ、爾して其の間に秀子を逃げさせる外はないと決心した、余の今瞰いて居る窓から、銃器室へ飛び降りるは左まで六ずかしいことでない、けれど飛び降りると、虎と秀子との間へは行かず、丁度虎の背後へ落ちる事になる、併し夫も好かろう、虎は自分の背後へ急に何者か落ちて来たを知り、驚いて振り向くに違いない。振り向いて何うするだろう、直ちに余を取って押えて噛み殺すが一つ、驚いて元自分の這入って来た窓から逃げ出すが一つだ、若し逃げ出すとせば此の上もない幸いよ、丁度虎の這入って来たと思われる窓は、秀子の這入って来た入口と相対し、庭の方に開け放しに成って居る、虎が立ち去る気に成れば、何時でも立ち去ることは出来るのだ、唯少し工合の悪い事は、其の窓から立ち去るには、背後に落ちた余の身体を踏み越して行かねばならぬ、虎が少しも余を害せずに穏かに踏み越して行く様な事をするだろうか、少々覚束無いけれど仕方がない、運を天に任せて遣って見るのサ。
 余が此の通り決心したのは少しの間だ、話すには長く掛かるけれど、実際は二分とは経って居ぬ、余は何事も決心すると同時に実行する流儀ゆえ、思案の定まるが否や直ぐに窓の横木へ手を掛けて足から先へ虎の背後の方へブラ下り、自分の身を真直ぐに垂れて置いて爾して手を離し、丁度虎の背後へドシリと大きな音をさせて落ちた、兼ねて余は体操に熟達して居る故、是しきの事は訳も無く不断ならば下へ落ちて倒れもせずに其のまま立って居る所だのに、此の時は余ほど心が騒いで居たと見え、落ちると共に※[#「※」は「てへん+堂」、読みは「どう」、38-下5]と横様に倒れて仕舞った、今まで泰然自若として虎と睨み合っていた松谷秀子も是には痛く驚いたと見え、声を立てて打ち叫んだ、何でも「アレ丸部様」と云った様で有った、併し其の声と殆ど同時に虎は早や余の上へ傘の様に被さって来た、余は殺されても仕方がないと断念めては居る者の、何の抵抗もせずに阿容《おめ》々々と食われて仕舞うは否だ、叶わぬ迄も力の限りを盡して雌雄を決して見ねば成らぬ、ナンの虎ぐらいがと跳ね返して飛び起きようとしたが、早や虎の蒸苦しい様な臭気がプーンと鼻に入り、爾して其の熱い息が湯気の様に顔に掛かる、余は是だけで既に気が遠くなり雌雄を決するなどは扨て置いて此のまま命が盡きると思った、動物園などで虎を見た人は爾まで臭いものとは思うまいが、実際虎に組み伏せられて見ると実に驚く、何うせ命がけの場合だから、痛いことや恐ろしい事は何とも思わぬけれど、臭い許りは如何とも仕方が無い、殆ど目へ浸みるかと思われる程で呼吸さえもする事が出来ぬ、余は悶いても駄目だと悟った、若し此の臭気さえなくば虎の目へ指を突っ込んでなりとも一時の勝を制する工風も有ろうが、余は最う身動きも得せぬ中に殺されて仕舞うに違いない、彼は余の身体を一揉に揉み転し、柱の様な重い前足に余を踏まえ爾して口を開いて余の顔を噛み砕こうとしたが、余の運が虎の運より強かったと見え、此の時一発の銃声、余の耳下で聞こえると共に、虎は自ら転りて跳ね退き、実に凄まじい怒りの声を発して咆哮《ほえたけ》ったが、第二発目に聞える銃声と共に一躍り躍り揚って大山の頽れる様に其の所へ死んで仕舞った、誰が虎を射殺して呉れたのだろう。

第十五回 聊か不審

 誰が虎を射殺して呉れただろう其の人こそは実に余が命の親だ。
 全体余は、単に怪美人の危急を救い度い一心で自分の力をも計らずに此の室へ飛び込んだ者の、思えば乱暴極った話で、如何に腕力が強くとも赤手空拳で虎を制する事の出来る筈がない、若し此の通り虎を射殺して呉れる人がなかったなら、余は唯自分が殺されるのみでない、怪美人秀子までも虎に遣られて、余の助け度く思う本来の念願も届かぬ所だ、爾すれば今此の虎を射留めて呉れた人は秀子に対しても命の親だ、イヤイヤ斯う云う中にも秀子は実際何うしただろう、果して助かって居るか知らんと、余は起き上って見廻したが、直ぐに我が目の前に、鉄砲を手に持ったまま立って居るは確かに秀子だ、余は呆れて一語をも発し得ぬ間に、秀子は落ち着いた声で「オヽ貴方はお怪我がなかったのですか、万一にも貴方を射ては為らぬと私は深く心配しましたが」と、早や鉄砲を一方の卓子の上に置き、介抱でも仕ようと云う面持で余の傍へ寄って来る、嗚呼余は怪美人を助ける積りで却って怪美人に助けられた、扨は余が命の親は此の美人で有ったかと思えば憎うはない、余「実に貴女の落ち付いて居らっしゃるには驚きました、全く其のお蔭で私は助かりました」怪美人は頬笑みて「貴方は私を助けて下さる為に、アノ窓から飛び込んだのでしょう」余「ハイそうでは有りますが、迚も私の力で虎を退治する事は出来ず、反対に貴女に助けて戴いたのは」怪美人「イヽエ、全く私が貴方に助けられたのです。私は此の室に這入って初めて虎の居るのに気の附いたとき、射殺すより外はないと思いましたが、若し遽てて鉄砲を取り上ぐれば虎が悟って直ぐに飛び附くだろうと思い、何うかして虎が少しの間でも他の方角へ振り向く時は有るまいかと唯夫を待って居たのです、或る旅行家の話に何でも猛獣に出会ったとき少しでも恐れを示しては到底助からず、極静かに大胆に先の眼を睨み附けて居れば先も容易に飛び附く事は出来ず、ジッと此方の様子を伺って居る者だと兼ねて聞いて居ましたから私は其の通りにして居たら、貴方が飛び込んで下さって、虎が貴方へ振り向きましたから夫で初めて鉄砲を取り上げる隙が出来たのです、取り上げてからは、モッと早く射る事も出来ましたけれど何でも急所を狙って一発で射留めねば成らぬと思い、夫に若し誤って貴方を射てはと、充分に狙いを附けた者ですから」余「イヤ夫にしても能く弾丸《たま》を籠めた鉄砲が有りましたネ」怪美人「ハイ是は今朝、獣苑の虎が逃げたと聞いた時、此の家の主人が若しも何の様な事で此の辺へ迷って来ぬとも限らぬから、何時でも間に合う様に弾丸を籠めて置くと云い、兼ねて此の家に逗留して居る数人の客を此の室へ連れて来て、誰でも虎を見次第《みしだい》直ぐに他の者へ合図を与え、爾して此の室へ駆け附けて鉄砲を取り出す事を約束を致しました、私も両三日以前から此の家へ逗留して居る者ですから、其の時に此の室へ来て居たのです」余は何にも云わず、唯主人の周到な注意に感服し情が余りて我知らず秀子の両手を我が両手に捉え「アヽ有難い」と心底から感謝した。
 此の時鉄砲の音に驚き、此の室へ駆け附けた人は多勢有った、其の真先に立つは此の家の主人で、外から此の室の戸を推排《おしひら》こうとして「オヤ是は怪しからぬ、先刻誰にも開く様に鍵を錠の穴へ押し込んで置いたのに其の鍵が見えないが」と云って更に何処からか合鍵を取って来て戸を開き中へ這入った、主人「今のは確に先刻約束した合図でしょうネ、虎は何処に居ます」とて、煙に満ちた室中を見廻して「ヤヤ、最う丸部君が射殺したのですか流石に日頃銃猟自慢を成さる丈の手際は有る」余「イヤ私ではなく松谷嬢が射留めました」主人「夫は愈々感服です、成るほど嬢は米国に居らしった丈け銃猟も男子に劣らぬ程と見えます、何しろ私が此の虎猟に洩れたのは遺憾です」と云い、少しも余と秀子が此の室へ這入った異様な事情には気が附かぬ様子だ、尤も気の附く筈もない、虎の居るを知って人を誘き込む人や上の窓から虎の背後へ天降る狂気じみた人などは余り世間に類がないからネエ。
 客一同も口々に「何うして一発や二発で射殺しました」「何うして虎を見附けました」「虎は何だって此の室へ這入って居ました」など、宛も余と秀子とが虎の心まで知って居る様に問う者さえ有ったけれど、秀子は敢て浦原お浦に疑いの掛るを好まぬと見え、成る丈け事もなげに答えた故、客一同は虎が此の室で眠って居るのを余と秀子とが見附け忍び寄って射留めたのだと思って仕舞った、斯う思わせたのは全く秀子の力で、余は益々深く其の心栄の美しいに感心したが、客の中に唯一人心の底で聊か事情を疑った人が有る、夫は余の叔父だ、叔父は物静かでは有るけれど多年検事を勤めただけ、斯様な場合には幾分か当年の鋭い所が未だ残って居る、叔父「夫にしても此の室の戸へ外から錠を卸し爾して鍵まで見えなく成って居たのが聊か不審ではないか」と言いだした。

第十六回 重い荷物

 叔父の不審は成るほど有理《もっとも》至極であるが、併し真逆に余と怪美人とを此の室へ閉じ籠めて外から、錠を卸して去る様な悪戯者が有ろうとは、誰とて思い寄る筈がない、殊に客一同は虎の死骸を取り囲んで思い思いに評をして居る場合ゆえ、此の様な陰気な問には耳を傾けぬ、纔《わずか》に其のうちの一人が「ナニ此の様な遽てた時には必ず後で合点の行かぬ様な椿談が有るもんだよ、多分朝倉男爵が戸の引き手を廻さずに唯無暗と引っ張ったから、錠の卸りて居ぬ者を卸りて居る様に思ったのだろう」と云った。スルト二人ほど「爾だ、爾だ、是も話の種を増したと云う者だ」とて打ち笑った、主人男爵は何か弁解し相に構えたけれど、若し深く洗い立てして客の中の誰かの名誉にでも障る様な事が有っては主人の役が済まぬと思ったか、夫とも真実に自分の思い違いと思ったか同じく打ち笑って「夫にしても合い鍵の用意が有って仕合せでした、合い鍵を右へ廻したか左へ廻したか夫さえ覚えぬ程ですけれど、若し合鍵がなかろう者なら、益々|周章《あわて》て、錠の卸りて居もせぬ戸を、自分の腕が脱けるまで引っ張る所だったかも知れませんアハヽヽヽ」と訳もなく腹を抱えたので、叔父の疑いは煙に捲かれた様に消えた。
 併し叔父自身は猶疑いの解けぬ様で、客一同が或いは虎の死骸を評し或いは松谷嬢の狙いを褒め或いは昼間より鉄砲を籠めて万一に備えて置いた主人男爵の注意を称するなど我れ先に多舌《しゃべ》り立てて居る間に、切《しき》りに室の中を詮索する様子で有った、余は眼の角から、見ぬ振りで見て居たが到頭叔父は卓子の下に落ちて居る紙切れの様な者を拾い衣嚢の中へ入れた様だ。
 此の外には別に記すほどの事もなく此の夜は済んだ、翌朝余は早くに叔父の室へ機嫌伺いに行った、叔父は余よりも早く起きたと見え既に卓子に向い、宛も昔検事で居た頃、罪案を研究した様に、深く何事をか考え込んで居たが、余に振り向いて、言葉短かに「お浦を是へ呼んで来い」と云った。扨は早やお浦の仕業に気が附いたかと、少し驚きながら其の命に従ったが、何うだろうお浦は叔父よりも猶早く起きたと見え、今朝早々に荷物を纒め倫敦へ立ったとの事だ、風を喰って逃げたとは此の事だろうか。
 余は直ぐに叔父へ其の旨を復命した、叔父は聞き終って別に驚きもせず前よりは更に厳《おごそ》かな声で「夜前の事はお浦の詐略だろう」余「エヽ何と」叔父「イヤ、己は昨夜松谷嬢の元へ給使が手紙を持って来た時、既にお浦が害意を以て嬢を呼び出すのでは有るまいかと疑ったが、其の方が直ぐに後から附いて行った様子ゆえ間違いもなかろうと思ったのに、アノ通りだ、其の方が彼の室へ這入ると直ぐにお浦が外から戸をしめたに違いない、お浦は虎の居る事を知って居たので有ろう」真逆に余が窓から天降った事までは推量し得ぬと見えるが、何しろ其の活眼には敬服だ、余「何うして其の様にお疑いです」叔父「是を見よ」とて差し出さるるは一片の紙切れで有る、文句は「至急御話し申し度き事有之候間、直ぐに銃器室まで御出被下度候、若し私を恐れて躊躇なされ候わば夫が何よりも、御身が古山お酉たる証拠に候、浦原浦子より」と有る。扨は叔父が昨夜拾ったのは此の書き附けだ、秀子が手に持ったままアノ室へ這入り、鉄砲を取る時に落した者と見える、此の書き附けが何も彼も説明して居るのだろう、余はグウの音も出ぬ、唯叔父に向って頭を垂れる許りだ、叔父「其の方は直ぐに倫敦へ行ってお浦を呼んで来い、一応当人を詰問した上で、松谷秀子に向い、己から充分に謝せねば成らぬ」是も有理至極の言い分で有る、余「ハイ直ぐに倫敦へ行きますが若しお浦が茲へ来ぬと言い張れば」叔父「其の時は己が行く」凛然と言い切った、逆らう余地もない。
 余は直ぐに倫敦へ帰ったが、お浦は早や茲でも荷物を引き纒めて出奔した後だ、唯余に一通の走り書きを残して有る「貴方が命を捨ててまで折角の私の計略を邪魔するとは驚き入り候、貴方がアノ女を何れほど愛するか又私を何れほど愛せぬかは明らかに分り候、勿論私も御存じの通り初めより貴方を愛する心はなく、唯丸部家の相続が全く他人に渡るを惜しみ貴方と夫婦約束をなせしまでゆえ、今は約束を取り消して綺麗に他人となり互いに誰と婚礼するも自由自在の身に帰る可く候。愛無くして夫婦と為らば末は互いに妨げ合いて不愉快に終ること既に昨夜までの事にて思い知られ候、私は根西夫人に従い今日出発して大陸へ旅立ち、貴方が私に分れて如何に淋しきかを思い知る頃帰り来る可く候、私の留守中にあの仲働が叔父様を(併せて貴方を)鎔《とろ》かし丸部家を横領するは目に見えたる所なれど如何とも致し方無く候、今既に貴方も叔父様も心の鎔けたる者に御座候、彼女は確かに幽霊塔の底に在りと云う宝物まで奪い去る大望に候、彼の女の身に深い秘密の有ることは、左の手に異様な手袋を嵌め、何の場合にも夫を脱がぬ丈にても明白の次第に候、貴方なり叔父様なり彼の女と婚礼の約束を成さるには彼の手袋を取らせたる上にて成さる可く候、是だけ御誡《おんいまし》め申し置き、猶貴方が彼の女に陥られる事あらば※[#「※」は「研」のつくりの部分に同じ、読みは「そ」、42-下24」は全く陥めらるる貴方の過ちゆえ私は知り申さず候」
 余は「何の小癪な」と嘲笑ったが、兎に角お浦から夫婦約束を解かれて自由自在の身と為ったのが嬉しい、此の後は最う何れほど秀子を恋慕い、縦しや夫婦約束を仕たとても差し支えは無い、斯う思って重い荷物を解き捨てた様な気がしたが併し自分の仕合せを喜んでのみ居る場合で無い、兎に角お浦に逢わねばと直ぐに兼ねて知る根西夫人と云う人の許を尋ねたが間の悪い時は悪い者で、一歩違いに行違い、追い掛けて行く先々で毎もお浦の立った後へ行って、到頭一日無駄に暮した、勿論叔父には其の旨を電報した、爾して翌日も日の暮まで馳せ廻ったが逢う事は出来ず、三日目にはドバの港まで追い掛けたが是も一船先にお浦と根西夫人との一行が立った後で有った、落胆して倫敦の叔父の家まで帰って見ると、叔父からは「最う来るには及ばぬ、己は近日帰る」と云う電報が来て居る、来るには及ばぬとは何事ぞ。人に之ほどの苦労を掛けて、扨は余の便を待たずに怪美人へは充分に詫びをして其の心を解く事が出来たと見える、爾すれば最う倫敦へ帰る筈だのに近日帰るとは是も何事ぞ、扨は、扨は、怪美人松谷秀子と分るるに忍びずして便々と日を送る気か。事に由ると是はお浦の手紙に在る事が当るか知らんなど、余は気が揉めて成らぬけれど、来るに及ばぬと明らかに制して来たのを、押し掛けて行く事も出来ず、身を掻きむしる程の思いで控えて居ると二日、三日、四日を経って、叔父はニコニコ者で帰って来た、帰って来て直ぐに余を一室へ呼び、今迄の陰気な顔を、見違える程若返らせて「コレ道九郎、其の方に祝して貰わねば成らぬ事が有る、何しろ目出度いよ」余は悸《ぎょっ》とした、「ハイ、夫ほどお目出度い事ならお祝い申しますが」と返事の声も何となく咽に詰った、叔父「己は此の年に成って此の様に嬉しい事はない」余に取っては少しも嬉しくはない、叔父「本統に嬉しいよ、アノ『秘書官』の著者よなア」余「エヽエヽ松谷秀子ですか」叔父「爾よ、其の松谷秀子がよ、己の親切に絆《ほだ》されて、到頭約束をして呉れた」余は全く声が出ぬ、漸く縊《くび》られる様な思いで「何時御婚礼を成されます」と問い返した辛さは真に察して貰い度い。

第十七回 小利口な前置き

「何時御婚礼を為されます」との余の問いに、叔父は甚く驚いた様子で「其の方は何を云うのだ婚礼などと」余は怪訝に思い「松谷秀子と貴方の御婚礼は」叔父「アハヽ是は可笑しい、其の方は五十に余った己が再び婚礼すると思うのか、爾ではないよ、松谷秀子を己の養女にするのだよ」斯う聞いては実に極りが悪い、極りは悪いが併し嬉しい、彼の秀子が此の叔父の養女として永く此の家に、余と一緒に棲む事と為れば、其のうちに又何の様な好い風の吹くまい者でもない。
 叔父は猶説明して「己は直ぐにも披露し度いけれど、当人の望みに由り、愈々幽霊塔の修繕が出来上り己が引き移って転居祝いの宴会を開く時に、一緒に養女の披露をする。夫まで秀子は今まで通り此の土地の宿屋に居て日々此の家へ来る筈だ」余「何しに来ます」叔父「己の書き物などを手伝いに来るのサ実は朝倉家に居る間も手紙の代筆などを頼んで見たが流石『秘書官』の著者だけに、己が在官中に使って居た書記よりも筆蹟文章ともに旨い。是から日々此の家へ来て幽霊塔の修繕に就いての考案などを己と相談し其の傍ら己の書斎をも整理して呉れる筈だ、其の様な事柄には仲々面白い意見を持って居るよ、己は先ア娘兼帯の秘書官を得た様な者だ」と云い、更に思い出した様に「シタがお浦は何うした」と問うた。余はお浦が根西夫人と共に外国へ行った一部始終を告げ、且《かつ》は余とお浦との間の許婚も取り消しに成った事を話した、叔父は真面目に「己もお浦を彼の様に恐ろしい心とは思わず其の方と夫婦にしたら好かろうと其の様に計ったが、今では其の約束の解けるのは当然で有る、其の代り其の方には更に立派な許婚が出来るだろう」と様子ありげに云うた、何でも立派な許婚とは確かに秀子を指して居るらしい、余は襟元がゾクゾクした。
 話の漸《ようや》く終る所へ、取り次の者が来て、異様な風体の子供が余に面会を求めて居ると伝えた、或いは慈善を乞う乞食の子ででも有ろうかと思い、余は叔父の前を退いて直ぐに玄関へ出て見ると成るほど十五六歳に見える穢い子供が立って居て、卒然と一枚の田舎新聞を出し「此の広告に在る電報を人に頼まれて掛けたのは私ですが、頼み主を白状すれば幾等お銭呉れるのです」と、憎いほど露出《むきだ》しに問い掛けた、余は今以て、余の叔父を幽霊塔の近辺へ誘き出した彼の贋電報の作者が誰で有るかと怪しんで居る事ゆえ、聊か喜び、先ず子供の身姿を見て、是ならば充分と思う値を附け「三|磅《ぽんど》遣《や》るよ」と云うに、子供は単に「夫ではお話に成りません」と云って早やスタスタ立ち去り掛けた「コレ、コレ待て、貴様は幾等欲しいのか」子供「十磅」余「エ、夫は余り高過る」子供「でも頼んだ人から手紙が来て、此の広告を知らぬ顔で居れば今から二月の後、五磅遣ると云って来ました、其の方に従うが得ですもの」五磅と云う分外の報酬を此の子に遣り口留めを仕ようとする所を見ると先も余ほど自分の名を厭う者に違いない、爾すれば愈々彼の贋電報は深い目的が有って掛けた者ゆえ余も愈々差出人を知らねば成らぬ。「好し、十磅は茲に在る」と云って夫だけの紙幣を差し出して示すと、小供は「是だけ戴いても茲へ来る旅費も掛って居ますから余り旨い事は有りません」小利口な前置きを置いて爾して、説き出した。

第十八回 異様な花道

 小供の説き出した所に由ると、幽霊塔から僅かに七八丁離れた所に、草花を作って細々に暮して居るお皺婆と云う寡婦が有る、其の家は千艸屋《ちぐさや》と云って近辺で聞けば直ぐ分る、此の小供は其の家に雇われ草花の配達をして居る小僧である、或る時其の家へ年頃五十位の背の低い婦人が来て草花を買い、帰りがけに密《そっ》と小僧を物影に呼び、誰にも知らさずに此の電報を打って呉れと頼み、後々までも無言で居る様にとて口留めの金を一磅呉れた、其の翌朝、草花を配達して田舎ホテルへ行った所、其の婦人が犬猫よりも大きい狐猿を抱いて宿を立つ所で有ったと、是だけの事である、シテ見れば贋電報の本人は全く松谷秀子の附添人虎井夫人だ、勿論小僧の言葉に疑いは無いけれど、念の為に何か汝の言葉が証拠が有るかと問うた所、証拠は無いが五日程経て此の手紙が来た、と云って小僧の差し出すのを見ると、全く余が電信局で見た頼信紙の拙い文字と同じ筆蹟で「電信の事、誰にも云うな新聞の広告にも返事するな、誰にも知られぬ様に伏せ果せたなら今より二月の後、持って行って褒美を五磅遣る、きっとだよ」と書いて有る、是で充分だから余は約束の金を与え小僧を帰した。考えると余り愉快では無い、勿論怪美人、イヤ最う怪美人とは云うまい松谷秀子だ、其の秀子が知った事では無く全く秀子に隠して仕た事に相違は無いが、兎も角秀子の附添人が此の様な事を仕たかと思えば余の心中は何と無く穏かならぬ、贋電報まで作って余の叔父を誘き寄せる所を見ると叔父に対して何か軽からぬ目的を持って居るとしか思われぬ、爾すればお浦の疑った事も幾分か事実らしくも成る、併しナニ、併しナニ、秀子の知らぬ事だから何も虎井夫人の罪の為に秀子を疑う可き道はないなど、余は成る可く我が心で疑いを掻き消す様にしたが、実際秀子に逢って其の美しい顔を見ると、其の様な疑いは自分で掻き消す迄も無く独りで消えて仕舞った、決して悪事をする様な顔ではない。
 此ののち秀子は毎日又――一日置きほどに此の家へ来た、多くは虎井夫人が附いて居る、偶には一人の時も有る、叔父とは既に養父養女の約束が出来て居るから親密なは当り前だが、余とも仲々親密に成った、彼の虎殺しの一条から余は秀子を命の親と思い、イヤ余の方は何うでも好い、虎殺しがなくとも何がなくとも秀子を命の親と思う、秀子が顔を見せて呉れねば余の命は長く続かぬ、秀子も自ら余の為に助かった様に思う、殊に余が一身の危険をも構わずに虎の背後に飛び降りた心意気を深く喜び、此の後とても余にさえ縋って居れば何の様な敵をも防いで呉れると思って居るらしい、余は実に有難くて耐えられぬ、勿論何の様な敵だとて防いで遣る、遣るは遣るが余も其の防いで遣る可き権利の有る身分に早く成り度い、敵に向って「何故己の妻でも何でもない女を窘《いじ》めるか」では移りが悪い、保護するには何うしても我が物と云う動かぬ証拠を踏まえてからでなくば肝腎の所で足許がグラついて力が抜ける、尤も此の権利を得るのを今では爾まで六つかしいと思わぬ、折を得て余から縁談を言い込めば難なく整い相に見えるが併し、斯う思う度に、妙に心へ浮んで来て、気に成るのはお浦の言葉だ、お浦は甚く秀子の素性を怪しんだが、実際全く何者だろう、叔父は養女にまでしたのだから定めし素性を聞いたでは有ろうが余は未だ聞かぬ、時々言葉を其の方へ向けるけれど秀子は夫となく最と巧みに返事を避け、話を外の方へ振り向けて仕舞う。僅かに聞き得たのは、此の国へ来るまで米国のルイジヤナ州の州会議員から挙げられた行政官何某の秘書を勤めて居て、爾して彼の「秘書官」と云う書を著し、其の書の出版前に米国を出たと云う一事だけだ。
 先ず此の様な様で幾月をか経たが其のうちに幽霊塔の大修繕が出来上り、愈々引き移って、茲に転居の祝いと秀子を養女に仕た披露とを兼ね宴会を開く事に成った、叔父は一方ならぬ喜びで、最う恨みだの悲しみだのと云う事は一切忘れ、成る丈世を広く、余命を面白く送ると云い、朋友は勿論、是まで疎遠に成って居る人や多少の恨みの有る人にまで招状を発し、来る者は拒まずと云う珍しい開放主義を取った、余は今まで幽霊塔、幽霊塔と世人から薄気味悪く思われた屋敷が斯くも快豁《かいかつ》な宴会の場所と為り又此の後の余等の住居になるかと思えば何とやら不思議な国へ住居する様な心地がしてただ物新しい感じがする、居心《いごころ》は何の様だろう、何の様な事柄に出会すだろうと此の様に怪しんで、其の当日宴会の刻限より余ほど早く、未だ午後五時に成らぬうち汽車で塔の村へ着いた、停車場から凡そ二哩半の道を馬車も雇わずブラブラと歩んで行ったが、今思うと是が全く一家一族、最と異様な舞台へ入る花道の様なもので有った。

第十九回 鳥巣庵

 ブラブラと歩み、幽霊塔の間近まで行くと聊か余の注意を引いた事がある。幽霊塔には隣と云う可き家がない、一番近い人家は、小さい別荘風の建物で、土地の人が鳥巣庵《とりのすあん》と呼ぶ家である、此の家と幽霊塔とは二丁の余も離れて居れど、其の間に人家はない樹木ばかりだ、だから之を隣家と云えば云っても好い、聞く所に由ると昔都の贅沢家が唯夏ばかり遊びに来る為に建てた消夏亭で有るけれど先年幽霊塔でお紺婆が殺されて以来持主は其の様な近所は気味が悪いと云い、雑作まで取り外して他の別荘へ運んで仕舞い、爾して此の家は幽霊塔同様に立ち腐れに成って居た相だ。今まで余が此の土地へ来る度に其の家の壁に「雑作なし、貸し家」と云う朽ち掛けた札の下って居るのを見た、所が今度は、是も幽霊塔同様に誰か借り手が出来たと見え、其の札もなくなり、爾して中へは一通り雑作を仕た様子で、内外の掃除も届き、一目で以て中に人の気の有る事が分るのみならず矢張り今日が引越しと見え、多少の荷物などを停車場の辺から車で引いて来て箱に入れて居る、ハテ扨、此の借受人は何者で有ろうと、余計な事ながら余は其の家の窓を見たが、窓に誰だか人が居て、遽てて其の戸を締めて了った、何でも窓から首を出し余の様子を見て居たらしい、それが反対に余から認められるが厭だと思い急に戸を占めたのでは有るまいか、勿論誰だか分らぬけれど瞰《のぞ》いて居たのは若い婦人らしい、戸を締める途端に、華美な赤い着物が余の目へチラと見えた。
 けれど取り糺す訳に行かぬから余は其のまま去って幽霊塔まで行ったが、前に見た時とは大違い、手入れ一つで斯うも立派に成る者かと怪しまるる程に、塔の年齢が三四代若返って居る、殊に屋敷の周囲に在る生垣などは、乱雑に生え茂って垣の形のない程に廃れて居たのが、今は綺麗に刈り込んで結び直し、恐らく英国中に是ほど趣きの有る生垣は有るまいと自慢じゃないが思われる、余は内よりも先に外の有様を検め度いと思い、生垣に添うて一廻り巡って、終に裏庭から堀端へ出て土堤を上った、土堤を猶も伝うて行くと、読者の知っての通り、お紺婆を殺して牢死した殺人女輪田夏子の墓が有る、先に怪美人が此の墓に詣でたのを見て余は非常に怪しんだが、今度も亦詣でて居る人が有る、イヤ詣でたか詣でぬかは知らぬが、様子有りげに墓の前にたたずんで居るが、此の人は女でない。三十四五歳に見ゆる立派な紳士だ。
 余の足音を聞き、悪い所を見られたとでも思ったか素知らぬ顔で立ち去ろうとする、勿論余は引き留める事も出来ぬが、何うか其の顔を見たいと思い、顔の見える方へ足を早めた。先は真逆に逃げ走る訳にも行くまい、墓より少し離れた所で三間ほど隔てて余と顔を合わせたが、余は最早此の後十年を経て此の人を人込の中で見るとも決して見違える恐れはない、別に異様な顔ではないけれど、妙に妙に、ノッペリして、宛かも女子供に大騒ぎせられる俳優《やくしゃ》の顔とでも云い相だ、何となく滑らかで、何となく厭らしい、美男子は美男子だが余は好まぬ、恐らくは秀子とても決して好みはすまい、此の人は余と顔を合わせて宛も挨拶でも仕たそうに見えた、併し余が余り怪しむ顔をして居た為か思い直した様子で、徐々と立ち去り掛けた、何所へ立ち去る積りであろう、余は何うも見届けねば、気が済まぬ。夫とはなく見送って居ると、余が来た通りの道を取り土堤から生垣の外へ降り、頓て姿が隠れて了った、余は其の間に走って生垣の所へ行くと、先は後をも見ずに、何事をか考え考え外へ出る、是ならば振り向く気遣いもなかろうと余は猶も尾けて行ったが、或いは尾けられると知って故と背後を向かぬかも知れぬ、何うも爾らしい、爾して到頭彼の鳥巣庵へ這入って仕舞った、扨は是が鳥巣庵の主人かな、縦しや主人ではなくとも、夏子の墓の辺に徘徊する所を見ると何か一種の目的が有ってではなかろうか、鳥巣庵の窓から余を瞰《のぞ》いて居た女の影と云い、鳥巣庵が急に塞った所と云い、それこれを考え合わすと何だか偶然ではなさそうにも思われる。

第二十回 意外な人々

 余は何うも鳥巣庵の事が気に掛かる、誰が借りたで有ろう、何故に借りたで有ろう、彼の窓から余を瞰いた女は誰で有ろう、爾して彼の家に住む一人が殺人女の墓を見て居たのは何の為で有ろう。
 其のうちに宴会の時刻と為った。叔父は此の前日に数名の下部《しもべ》を引き連れて此の家へ来、松谷秀子も今朝来たと云うことで二人とも非常な好い機嫌である、来客も中々多く、後から後からと遣って来る、やがて叔父より客一同に対して、此の度松谷秀子を養女にしたとの披露も終り、客より夫々の祝詞なども済み、爾して愈々舞踏に取り掛る場合と成った、勿論客の眼は一番多く秀子に注ぎ、誰も彼も先に秀子と共に躍《おどろ》うと思い其の旨を申し込むけれど、秀子は充分に返事をせぬ。何だか物思わしげに控えて誰をか待って居る様子に見える、扨は最初の相手に余を選ぶ積りで夫で他の人を断って居るのだな、と余は斯う思って秀子の傍に行き「秀子さん何うか最初の踊りを私と御一緒に」と云うに、秀子は少しも喜ぶ様子が無い。「イイエ先刻から皆様に御断り申して居ります、今に否と云われぬ人が来るだろうと思いますから」オヤオヤ余より猶其の様な人が有るだろうか、余は聊か嫉ましい様な気がした、「其の人は誰ですか。以前から今夜の会に共に躍ると約束して有るのですか」秀子「イイエ約束はして有りませんが、若し其の人が所望すれば私は断る事が出来ません、其の人の許しを得ぬうち他の人と踊れば後で叱られるかも知れませんから」と益々異様な言い様だ。後で叱るなどとは父か所天《おっと》で無くては出来ぬ事だ、余「其の人は誰ですか。私の叔父ですか」秀子「イイエ、阿父《おとう》様では有りません」早や阿父様と云うは聊か耳立って聞こえるけれど、是は先日既に余の叔父が、爾後は阿父様と呼ぶ様に厳重に言い渡したので有る、余「叔父でなければ誰ですか、誰ですか、其の人の名を仰有《おっしゃ》い」秀子は余の熱心な有様が可笑いのか「オホホホ、其の様に仰有らずとも今に分ります」余「分る事なら今仰有い」秀子「権田時介と云う弁護士ですよ」余「エ、権田時介ですか」と余は驚いて叫び「権田時介なら私も知って居ますが彼はアノ殺人女の――」秀子「ハイ人殺しの裁判を受けた輪田お夏を弁護した其の人です」余「何故貴女は彼を夫ほど尊敬します、彼は貴女の何ですか」秀子は少し口籠って「何で有ろうとあの方の差図には、私は従わねば成りません」余「分りました、彼は貴女の未来の良人ですね」若し未来の所天ならずば、何で差し図などする者か、するとも何で従わねば成らぬ筈が有る者か、余は今までに此の女に許嫁の所天などが有ろうとは思いも寄らず、深く取糺しもせずに只管心を寄せたのが余り馬鹿馬鹿しい、余は何たる愚人だろう、夫にしても秀子とても、既に主の有る体なり、今までに余に打ち明けてよさ相な者だ、余の思いが日一日に深くなる事は秀子自ら知って居ねば成らぬのにと、余は殆ど恨めしく思うたが、秀子は静かに「エ、私の未来の所天、飛んでも無い事を仰有る、私は未だ所天などを定められる身の上では有りません」
 所天で無くて差し図するとは聊か怪しいけれど未だ未来の所天が定まらぬとは何よりも安心だ、余は我知らず笑顔と為って、今疑った詫びを述べようとして居ると、此の所へ遽ただしく虎井夫人が遣って来た、夫人はいきなり秀子の手を取り「大変ですよ、あの人達が来ましたよ、早くお逃げなさい、サア早く」と秀子を引き立て、殆ど悔しそうに「茲まで漕ぎ着けて彼の人に逢うとは実に残念です」何の事やら余には少しも分らぬが、早く逃げよとは尋常の事では無い、虎井夫人は秀子が急に逃げようともせぬを悶《もど》かしがり「到底逢わぬ訳には行きますまいが、兎に角、暫し他の室に避け心を落ち着けて夫からお逢いなさい、ソレ斯う云う中に最う彼処へ遣って来ますよ」と云って無理に秀子を引き立てる様にして盆栽室の方へ行って了った。余は全体何者を斯う恐れるのかと振り向いて見ると、茲へ這入って来る一組の客は実に意外な人々で有る。一番先に立つのが余の元の許嫁浦原お浦で、お浦と手を引いて居るは、先刻殺人女輪田お夏の墓の辺にたたずんで居て余に認められた、彼の鳥巣庵の住人、ノッペリした紳士で有る、其の背後からお浦と共に外国に行って居た根西夫妻が遣って来る、扨は秀子が逃げたのは此の一行を恐れたに違い無い、真逆にお浦から仲働きの古山お酉などと疑われるが辛くての事でも有るまいが、兎に角余はお浦に逢って其の手を引ける紳士の名をも知らねば成らぬと思い、進み出でお浦の前に立った、お浦は平気な顔で「道さん貴方は此の方を御存じですか、之は此の塔の前の持主、不幸なお紺婆の養子で高輪田長三と云う方です、叔父さんへ此の塔を売り渡したのも此の方です」扨は是がお紺婆の相続人であるのかと、余は初めて知ったが、是でお浦の目的も分った、此の人ならば無論仲働きお酉の顔を知って居る故、夫で秀子を此の人に見せ、爾して化の皮を引剥《ひんむ》くと云う積りである、其の執念の深いには驚くが、夫にしても秀子が此の人を恐れて逃げたのは何故だろう、虎井夫人の言った事を考え合わすと、何だか看破せられるを恐れると云う様子も無きにしもあらずだ。

第二十一回 時計の音盆

 お浦は全く秀子に対し戦争の仕直しに遣って来たのに違い無い、前の戦争は秀子を虎の顋に推し附け充分の勝利と云う間際で失敗した、今度は高輪田長三と云う恐る可き後押しを連れて居る、万に一つも失敗せぬ積りで有ろう。
 成るほど、若しもお浦の疑う通り秀子を仲働き古山お酉とやらに化けた者とすれば、此の高輪田長三に一目見られたなら直ぐに看破される筈だ、夫にしてもお浦は何うして此の様な屈強な味方を得たで有ろう、後で聞けば、お浦が根西夫人と三ケ月ほど旅行して居るうち偶然に伊太利の宿屋で懇意に成ったと云う事だ、道理で分った、お浦は先頃より頻りに叔父の所へ詫び手紙を寄越して居た、一刻も早く此の高輪田長三を連れて秀子の化の皮を引剥《ひんむ》きたいと思った為で有ろう、叔父はそう執念深く人を怨まぬ気質で、一時はお浦の所業を怒ったけれど間も無く心が解け、帰参を許す気に成った、併しお浦へ帰参を許すは秀子に対して聊か憚る可き様に思い少し躊躇して居た様子で有ったが何に付けても思い遣りの有る秀子が夫と察し、若し私の為にお浦さんが何時までも此の家へ出入りが叶わぬ様では何だか私がお浦さんを恐れて邪魔でもする様に当り誠に心苦しいから何うか早速にお浦さんを許して上げて下さいと此の様に叔父に嘆願したと云う事だ、此の辺から見ると秀子は決して古山お酉では無い、若しお酉ならば益々お浦を避けこそすれ故々《わざわざ》口を利いて其の帰参に骨を折る筈は、決してない、トサ余は今まで全く斯う思い詰めて居たけれども、今し方、秀子が遽てて逃げた所を見ると何だか心もとなくもある、若しや秀子は、お浦には看破される恐れはないが高輪田長三に逢っては迚も叶わぬと斯う思ったのでは有るまいか。爾すれば矢張お酉かしらん。
 真逆にとは思うけれど余は何となく心配で寧そ叔父が何時迄もお浦の帰参を許さねば好かったのにと、今更残念だけれど仕方がない、お浦は余に反し最う全くの勝利が見えたと安心してか、充分落ち着いて居て、今迄の様に粗暴でない、真に貴婦人の如く、物静かだ、言葉も振舞いも一寸と奥底の計り難い所がある、猶も余に向い説き明す様に「此の高輪田さんは輪田お紺の養子ですから此の頃まで単に輪田長三と云ったのですが、養子になる前の姓が高田と云い、此の頃実家の相続をも兼ねてせねば成らぬ事と成った為、実家の姓と養家の姓とを合わせて高輪田と改めた相です。今夜は私の知って居る方へは大抵お引き合せ申す筈です」とて、言葉の中へ秀子にも引き合わせろと云う意味をこめて居るらしい、余は唯「爾ですか」と云うより上の言葉は出ぬ、お浦「爾して此の度根西さんが此の隣の鳥巣庵を借り、私も高輪田さんも、根西夫人が再び旅行に出る迄は一緒に居る筈ですから、此の後は最う隣同志で、毎日お目に掛られます」余は呆れて「アア根西夫妻が隣の家を借りましたか。分りました。先刻窓から私を見て急に姿を隠したのは浦原さん、貴女でしたネ」と極めて他人行儀に恭々しく云うた、お浦「爾です、彼処に居る事を知らさずに不意に来た方が貴方も叔父様もお喜びなさるだろうと思いましたから認められぬ様に姿を隠しましたのさ」旨く口実を設けるけれど、全くの所は秀子へ少しも覚らせずに出し抜けに来て看破すると云う計略の為で有ったに違いない、斯う云う中にもお浦は夫となく室中を見廻して居る、秀子は何処に居るだろうと夫とはなく捜して居るのだけれども秀子の姿は見えぬ、終には耐り兼ねたか「今夜は秀子さんにも逢ってお祝いを述べましょう、ナニ道さん、イヤ丸部さん、私は少しも秀子さんを恨みはしませんよ、元は私が此の家の娘分で、今は追い出されて、其の後を秀子さんが塞いだと云えば世間の人は定めし私が恨む様に思うかも知れませんが夫は邪推です、御存じの通り私は叔父に追い出されたのではなく、自分から出たのですもの、叔父の圧制に堪え兼ねて。夫ですから後へ養女の出来たのを寧そ嬉しいと思って居ます、ハイ全くです」と余に向って斯まで空々しく云うは余り甚い、恨みの満ち満ちた置き手紙を残して置いた癖に、最う夫さえ忘れたのかしらんと、余は之にも聊か呆れた、幼い頃は我儘でこそ有れ斯う嘘など云う女ではなかったのに、イヤイヤ人を欺いて虎の居る室へ追い込み、爾して外から戸の錠を卸して去る様な女だもの、偽りを云う位は何で不思議がある者か。
 お浦は、夫となく再び問うた、「エ、丸部さん、今夜の女主人公は何処に居ます、松谷秀子さんは」余は止むを得ず「多分舞踏場に誰かと踊って居るのでしょう」お浦は思い出した様に「ドレ私も舞踏しましょう、サア高輪田さん」と云って、高輪田を引き立てる様にして舞踏室の方へ行こうとする、此の時丁度塔の上の時計が、一種無類の音を発して時の数を打ち始めた、何故だか知らぬけれど、高輪田は、此の音に、震い上る程に驚き、歩み掛けた足をも止め「ア十二時か知らん」と殆ど我知らずの様に呟いて其の数を指で算《かぞ》え始めた、十二時が何故恐ろしいか、彼の顔は全く色を失い、幽霊にでも出会ったと云う様に戦いて居る、頓て時計は十一だけ打って止んだ「アア十一時か」と彼はホッと安心の息を吐き、初めて自分の異様な振舞いに気が附いた様子で「此の時計は巻き方に秘密が有るとの事で、養母お紺が生存中は誰にも巻かせませんでした。此の音を聞くと其の頃のことを思い出して、私は何だか神経が昂ぶります」と云うた、併し此の言い開き丈では何故特に十二時を恐れて、十一時と知って安心したかを証明するに足らぬ、お浦は気にも留めずに振り向いて「少し舞踏でもすれば直ぐに神経は強くなりますよ、サア行きましょう」と高輪田を引っ立てて舞踏室へ這入った、余は兎に角も秀子の様子を見届けねば成らぬと思いお浦の姿の見えなくなるを待って、多分秀子が潜んで居るだろうと思う盆栽室へ、密《そっ》と行った、茲でも矢っ張り容易ならぬ事に出会《でっくわ》した。

第二十二回 盆栽の蔭

 盆栽室は中に様々の仕切などが有って、密話密談には極々都合の好い所だ、舞踏室で舞踏が進む丈益々此の室へ休息に来る人が多くなる、中には茲で縁談の緒《いと》口を開く紳士も有ろう、情人と細語《ささめごと》する婦人もないとは限らぬ、併し余が秀子を尋ねて此の室へ入った頃は猶だ舞踏が始まったばかりの所ゆえ誰も来て居ぬ、隈なく尋ねて見たけれど、確かに茲へ来た様に思われる秀子さえも来ては居ぬ、扨は猶だ舞踏室にマゴマゴして居て若しやお浦に捕まったのでは有るまいかと、更に舞踏室へ引き返して見たが、茲にも確か秀子は居ないで、只お浦が余の叔父に向って彼の高輪田を紹介して頻りと何事をか語って居る、多分は叔父に秀子の居所を聞き、連れて行って逢わせて呉れと迫って居るので有ろう。兎も角秀子の姿が見えぬ丈は先ず安心だ、何でも秀子はお浦を避けて自分の室へでも隠れたので有ろう、爾ならば余も強いて秀子に逢わねば成らぬと云う事はない、再び盆栽室へ退いて、植木の香気に精神を養うて爾して篤と秀子の事を考えて見よう、真に今夜の様な時は、何の様な事件が起ろうも知れぬから咄嗟の間に好い分別の出る様に余ほど心を爽かにして置かねば成らぬ。
 此の様に思って再び盆栽室へ這入り、植木などの最も沢山に茂って居る所へ腰を卸し、悠《ゆっ》たりと休んで居た、スルト余が右手に在る大窓から絹服の音が聞こえ、其の後に紳士の靴音が続いて忍びやかに這入って来た、之は確かに舞踏室から庭へ出て庭から茲へ廻って来たので有る、女は誰、男は誰、室の内は明るいけれど物に隔てられて余の所からは見えぬ、先からも余を見る事は出来ぬ筈だ、余は人の密話を偸み聴くは好まぬから密と立ち去り度く思ったけれど、既に遅い、男女は早や余と一間とは離れぬ所へ腰を卸し「本統に権田さん何うしたら好いでしょう、私は最う運のつきだと思いますよ」と云うのは確かに秀子だ、余は全身の血が頭へ突き上る様に覚えた、全く秀子は彼の弁護士の権田時介に身の振り方を相談する為に連れ立って茲へ来たのだ、権田、権田、彼が秀子の身に差し図する権利が有るとは先刻秀子が明らかに余に告げた所だ、権田の為に、秀子は誰とも舞踏の約束をせずに待って居たほどである、余は最早ぬすみ聴かぬ訳には行かぬ、縦しや聴くまいとしても自から聞こえるのだ。
「ナニ運のつきと云う事は有りません、今まで物事が極めて好く運び、先ず思ったより寧ろ旨く行って居るでは有りませんか」と聊か慰める様に云うは全く権田時介だ、余は久しく彼の声を聞かぬけれど充分に覚えて居る、彼は猶語を継いで「私は寧ろ運が貴女を助けて居るのだと思いますが」秀子「運が助けて呉れるならどうして此の様な辛いことに成りましょう」権田「左様さ貴女の身の上も随分不思議は不思議ですネエ」秀子「ハイ是ほど異《かわ》った身の上は二人と此の世に有りますまい、私は最う一切の力が盡きて仕舞いました」権田「夫だから私が助けて上げようと云うのです」秀子「ダッテ貴方は――」権田「イヤ何も「ダッテ」などと仰有ることは有りません、今まで一切、無報酬で助けて上げたのですから最う報酬を請求しても好い頃です」秀子「報酬は差し上げて有るでは有りませんか、金銭の報酬は決して受けぬと貴方が仰有るし、夫なら以来何事でも貴方のお差し図に従うと云って――」権田「アハハハ一身の命令権を私へ与えたのですか」秀子「ハイ夫が報酬でなくて何で有りましょう、私は何の様な場合でも貴方のお差し図を待つ積りで今夜なども――」権田「舞踏の相手を定めずにお待ち下さったと云うのですか、イヤ夫は有難いと謝せねば成りません、謝する事は謝しますが爾まで私の意を重んじて下さるのに、タッタ一つ肝腎の願いを聞き入れて下さらぬとは何故です、何も六かしい事ではなく、唯後に至って私の妻に成ると約束して下されば好いのです、其の約束をさえ得れば、貴女の身に火が降り掛って来ようとも必ず無難に助けて上げます。何の様な場合でも場合相応に手段を廻らせ、助かる道を開くのは私の得意です、云わずとも貴女は御存知の筈ですが、秀子さん、何で私の妻になる約束が出来ませんか」秀子は殆ど恨めしげに嘆息して「男と云う者は、何で愛だの妻だのと云う無理な事ばかり望むのでしょう、男と男と助け合う様に、又は女と女と助け合う様に、少しも愛などと云う約束なしに真の友達か兄妹の様に為って女を助ける事は出来ぬ者でしょうか」権田「夫は出来ぬとも限りませんが、貴女に向っては出来ぬ事です、貴女の様な美しい方に向い、木石でない以上は唯友達と云う丈で満足して居る事は誰とても出来ません、決して男の罪ではなく、男を酔わせる様な姿に生まれて居るが貴女の不運です」秀子は全く泣き声と為って「エ、此の様な顔に、此の様な顔に」と云い、後は声さえも続かぬが、何だか自分の顔の美しいのを恨む様だ、権田「此の様な顔にとて、元から美人に生まれて居るから誰も恨む事は有りません、若し貴女は、私の言葉を聞かず、妻と云う約束をせずに、私を敵に取ったら何うなると思います、今でさえ御自分で運の盡きだと云う程の敵が有りますのに私から恨まれれば」秀子「ハイ貴方に恨まれたら此の世に居る事さえ出来ません、夫は貴方が能く御存じです」権田「それ御覧なさい。私を敵に取っては貴女の身も立ちますまい、夫だのに何故生涯を私の保護の下に置く事が出来ません、夫婦と為らねば決して長い生涯を助け合うと云う道はないのです」秀子「貴方は恐迫なさるのです、困って居る女を恐迫するとは紳士の成され方で有りません、貴方が紳士らしくない振舞を為さって爾して私に愛せよとは御無理です、紳士の心のない人を所天とする事は出来ません」
 権田「ハイ紳士か紳士でないか知らぬが、有らゆる手を盡していけぬ時は私も恐迫も用います、腕力も用います」
 争いは次第に荒々しく成って権田は終に秀子の手を捕えようとした様子だ、秀子は逃げる様に立って、丁度余の居る所へ馳せて来た、余は茲に潜んで居た事を知られ、秀子に紳士らしくないと思われるは辛いけれど最早立ち上らぬ訳に行かぬ、秀子を保護したい一心で、殆ど其の他の事は打ち忘れて秀子の前へ立ち上った、権田も秀子を追う様にして茲へ来た、硝燈《らんぷ》の光まで青く映ずる盆栽の蔭で三人顔と顔とを見合わせた。

第二十三回 少しの間

 顔見合わせた三人の中、一番驚かなかったのは秀子である。一旦は驚いたが直ぐに鎮まり、宛も余の保護を請う様に余の蔭へ立ち寄った、実に女にしては珍しいほど胆の据った落ち着いた気質で有る、男にしても珍しかろう。
 権田時介は殆ど譬え様の無いほど驚いた。暫くは無言で余の顔を見て居たが、頓て余と知るが否や、「ヤ、ヤ、丸部道九郎君」と云って途切れ「人もあろうに、丸部君が茲に居られたとは、エ、不注意過ぎました」と、非常に、余に立ち聴せられたのを悔む体だが、併し流石は男だ、愚痴も何にも云わずに庭の方へ立ち去った。
 余は何う考えても権田と秀子の関係が分らぬ、夫婦約束などのない事は無論で有る、思い思われる仲ですらないのだ、イヤ権田の方は一生懸命に思って居るけれど秀子の方では何とも思って居ない、夫だのに秀子が一身の命令権を権田に与えて有るのは何の訳だろう、権田の秀子に迫ったのは恐迫と云えば恐迫で有るけれど、破落漢《ならずもの》が貴人の秘密を手に入れて強談するなどとは調子が違う、殆ど兄妹の様な親密な言葉附きで互いに何も彼も知り合った仲の様だ、実に不思議だ、若し此の二人の間柄の委細が分れば秀子の身の上の秘密、所謂「密旨」「密命」など云える事の性質も分るだろう、けれど二人の間柄の委細は勿論知る可き道がない、余には想像さえも及ばぬ。
 秀子は余の蔭に寄り添うたを恥ずかしく思ったか、権田の立ち去ると共に身を退いて、舞踏室の方へ行こうとする、其の様子は余ほど打ち萎れて居る、余は其の前へ廻り「秀子さん、私は立ち聞きしたのでは有りません、私の居る所へ貴女と権田君とが来て、私は立ち去る機会を失ったのです」秀子は簡単に「ハイ貴方が立ち聞きの為に茲へ来たとは思いません」余「ですが秀子さん、貴女は今、男が無報酬で女を助ける事は出来まいかと此の様にお嘆き成さったが、他人は知らず此の丸部道九郎ばかりは全く兄と妹の様な清い心で、貴女を助け度いと思います、貴女の敵とか運の盡きとか云うのは何ですか、助ける事の出来る様に私へ打ち明けて下さらば」秀子「イイエ貴方では私を助ける事は出来ません、権田さんの外には私を助ける事の出来る人はないのです」余「でも権田は貴女の応じ得ぬ様な無理な報酬を迫るではありませんか、私ならば、貴女を妹と思って助けます、尤も何時までも妹と云う丈で満足する事は出来ぬかも知れませんけれど」秀子は打ち萎れた仲から異様に笑みて「オホホホ、妹と云う丈で満足の出来ぬ時が来るなら権田さんも同じ事です、生涯愛などを説かぬ男は此の世にないと断念《あきら》めました」斯う云って余を振り捨てた。
 けれど余は猶も後に随って行ったが、秀子は愈々舞踏室へ歩み入った、果せる哉だ、第一に秀子の前へ遣って来たのはお浦だ。大敵――だろうと余の鑑定する――高輪田長三も一緒である、余の叔父も附き添って居る、秀子は高輪田長三に逢うのを覚悟の上で茲へ来たのか、夫とも長三に逢いは仕まいと油断しての事だろうか、或いは又逢って見破られるなら夫までと絶望の余り度胸を据えての事だろうか、余は心配に堪えられぬ、若し秀子が実は古山お酉で、茲で高輪田に見破られる様なら、全く姿を変じて人を欺くと云う者で、女詐偽師も同様だから少しも憐れむには及ばぬとは云う様な者の、夫でも何だか気懸りに堪えられぬ、若しも高輪田長三の口から無礼な言葉でも出ようなら一語をも終らぬ中に彼を叩き殺して呉れようか知らんと、余は此の様にまで思って一歩も去らずに秀子の傍に附いて居る。
 叔父が先ず秀子に向って「実は是なるお浦が是非とも和女《そなた》に逢い、前の無礼を親しく詫びたいと云い、私に和女の居る所を捜して呉れと頼むから、イヤ断っても、日頃の気短い気性で仲々聴かぬから、此の通り連れ立って和女の居所を探して居たのだ」叔父が斯う云って居る中に秀子の目は夫とも知らずに一寸高輪田の眼に注いだ様だ、爾して何だか悸《ぎょっ》と驚いたかの様にも思われたけれど、是は多分余の心の迷いから此の様な気がしたので有ろう、爾かと思って見直して見るに秀子の顔は相変らず静かで、恐れも喜びも何も浮べては居ぬ、唯品格の有る態度で「左様ですか、けれど浦原嬢からお詫びなど受ける様な事は少しも有りませんが」お浦は茲ぞと云う風で進み出た。言葉の言い廻しも甚だ旨い、「秀子さん貴女にそう仰有られると私は恨まれるより猶辛く、ホンに消え入り度く思いますよ、朝倉男爵の手品会の席で、貴女を仲働きだと、途方もない事を申しまして今考えると私は貴女に何れほど恨まれても仕方がないと、イイエ実に後悔に堪えません」秀子は極めて低い声で「イイエ、私は貴女の御笑談《ごじょうだん》としか思っては居ませんのです、気にも留めねば最う忘れて居りました」此方も仲々鷹揚な言い振りだが、真逆忘れるほど気に留めぬ訳でも有るまい、併し是は斯る場合の紋切形の口上だ、お浦「其の代り今日はお詫びの記しに貴女の昔友達を誘うて参りました、是は貴女からお礼を云うて戴かねば成りません、オホホホ」と追従か世辞の様に笑うけれど、実は全く勝誇った笑いなのだ、愈々化けの皮を引剥《ひんむ》いて恨みを晴らす時が来たと、嬉しさに腹の中から込み上げる笑いを世辞に紛らせて了うのだ、此の様な事は総て女の長所だが取り分けてお浦の長所だ、余は此の笑い声を聞いてゾッとした、最う万事休すだと絶望した、併し秀子は気も附かぬ様子で「エ、私の昔友達とは」と怪しんで問い返した、声に応じて高輪田は進んで出た、お浦は軽く引き合わせた「ハイ貴女が昔御存じの高輪田さんです、高輪田さん、此の令嬢は今は当家の養女です」声と同時に秀子と高輪田とは顔が合った、余は動悸の音が自分の耳へ聞こえる程だ、本統に必死の場合とは茲のことだ、余は全く自分の事の様に思い、眸を凝らして秀子の様子を見た、静かだ、実に静かだ、恐れとか驚きとか云う様には顔の一筋だも揺《うごき》はせぬ、泰然と落ち着いた令嬢は猶記憶して居るや否や、余は始めて秀子に逢った時若しや仮面でも被って居るではなかろうかと此の様に疑ったが、勿論其の疑いは直ぐに解けて仕舞ったけれど今も秀子の顔を見て、其の余《あん》まり何ともなさすぎる静けさに、若しや仮面かとも同じ疑いを起し掛けた、併し勿論少しの間さ。

第二十四回 X光線の様に

 後で考えるに、人の活々《いきいき》した顔を、仮面ではあるまいかなどと疑うは余り馬鹿げて居る、勿論仮面ではない、血と肉と筋と皮とで天然に育った当り前の顔である、余とても必ずしも疑ったと云う程ではない、唯殆ど仮面かとも思われる程に美しいと斯う思った迄の事さ、決して若しや仮面ではなかろうかと探偵が罪人を疑うように疑った訳ではない、断じてない、茲の区別は読者に呑み込んで貰わねばならぬ。
 仮面ではないが此の時の秀子の顔は何となく人間以上に見えた、殆ど凄い程の処がある、と云うて別に当人が、強いて顔の様子を作って居る訳でもなく、少し高輪田を怪しむ様は見えるけれど其の外は唯平気に静かなのだ、其の平気な静かな所に一種の凄味が有るから妙だ、余は此の時高輪田の顔をも見た、彼は同様な心を以て秀子の顔を見て居るだろう。
 彼の顔は前にも云った通り、男としては珍しいほど滑らかで、余り波瀾の現われぬ質では有るがそれでも初めて秀子の顔を見た時には確かに彼の顔に一種の悪意が浮動した、何でも彼は兼ねてお浦から、此の秀子は古山お酉に違いないと云われて、全くお酉に逢う事とのみ思い詰め、己れ面の皮を引剥いて遣ろうと楽しんで遣って来たに違いない、爾なくば顔に斯う悪意の浮動する筈がない、所が彼は一目見て痛く驚いた、悪意は消えて寧ろ恐れと云う様な色になった、何でも人違いと覚ったが為らしい、併し彼仲々根強い気質と見え、怯《ひる》み掛けて又思い直した様子で、一層眼に力を込めて再び秀子の顔を見詰めた、此の時の彼の目は実に鋭い、非常な熱心が籠って居る、若し眼の光がX光線の様に物の内部まで入り込む事が出来る者なら、此の時の彼の眼光は確かに秀子の腹の中を透かして背中まで貫徹《ぬけとお》ったで有ろう、けれども彼は終に満足の様子を示さぬ。
 余も心配だが、余よりもお浦に至っては殆ど必死だ、高輪田よりも猶一層眼を輝かせる、と云う事は到底人間の目には出来ぬけれど、若し出来る者とすれば、必ず高輪田よりも猶強く輝かせる所で有ろう、余の叔父も何だか対面の様子が変だから少し怪しみ掛けたのか怪訝な顔をして居る、中で一番平気、一番何ともない様なのは秀子だ、秀子は最早高輪田が充分顔を見盡くしたかと思う頃、静かに口を開き「私は何も合点が行きませぬ、私の昔の友達と仰有った様に思いますが、幾等考えても分りません、多分私がお見忘れ申したのでしょう、失礼ですが何処でお目に掛りましたかネエ」とあどけなく問うた、高輪田は何と返事する言葉さえ知らぬ様子だ「左様です、私も、何うも、イヤ何とも、考えが附きません」秀子「夫に私は高輪田さんと仰有る御苗字さえ今聞くが初めての様に思いますが」
 余は全くホッと息した、秀子は此の恐ろしい試験、イヤ当人は恐ろしくも有るまいが、余の心には非常に恐ろしく感じた、此の大試験も苦もなく通り越したと云う者だ、お浦の疑う様な仲働きでない、古山お酉でない、姿を変えて人を欺く女詐偽師ではない、幽霊塔の前の持主たる高輪田長三さえ見た事のない全くの松谷秀子だ、米国で政治家の秘書を勤めて居た事も確か立派な書籍を著わしたことさえも確かだから、無論良家の処女である、夫を疑ったお浦も無理だ、一時たりとも此の試験に落第するかの様に心配した余とても余り秀子に対して無礼すぎた。
 古い事を説く様では有るが、聞く所に由ると此の高輪田長三は幼い頃からお紺殺しの夏子と云う女と共にお紺婆に育てられた男で、お紺婆の心では夏子と夫婦にする積りで有ったのだ、所が何う云う訳か物心の附く頃から夏子が長三を嫌い、何うしても婚礼するとは云わぬ、婆は色々と夏子の機嫌を取り、遂に夏子を自分の相続人と定め、遺言状へ自分の財産一切を夏子の物にすると書き入れた相だ、夏子は大層有難がって婆には孝行を盡したけれど長三を嫌う事は依然として直らぬ、長三は婆が自分を相続人とせぬのを痛く立腹し、是から道楽を初めて果ては家を飛び出し倫敦へ行ったまま帰らぬ事に成った、婆は余ほど夏子を大事にして居た者と見え、長三が家出の後でも猶夏子を賺《すか》しつ欺しつし、遂に其の手段として、自分の所有金を悉く銀行から引き集め、それを夏子の目の前へ積み上げて、此の家の財産は現金だけでも是ほどある、和女が長三の妻に成れば、之は総て和女の物だし若し否と云えば遺言状を書き直して長三を相続人にすると斯う云った、随分下品な仕方では有るけれど下女から出世したお紺婆としては怪しむに足らぬのさ、夏子は自分が相続人でなくなるのを甚く辛がって、泣いたり詫びたりしたけれどそれでも長三の妻に為るとは云わぬから、お紺は詮方なく愈々遺言状を書き替えるに決心し、倫敦へ代言人を呼びに遣った、其の代言人が明日来ると云う今夜の十二時にお紺は何者にか殺されて了ったが、調べの結果様々の証拠が上り終にお夏の仕業と為った、お夏は固く自分でないと言い張ったけれど争われぬ証拠の為前に記した通り有罪の宣告を受け終身禁錮の苦刑中に牢の中で死んで了った、此の事件に長三も調べられたけれど彼は当夜倫敦に居た証拠も有り、又お紺を殺して少しも利益する所はなく、却って明日迄お紺を活せて置かねば成らぬ身ゆえ勿論疑いは直ぐに解けた、爾してお紺の財産は罪人夏子の物に成ったけれど、夏子死すれば夏子の子へ夏子に子なくば長三へ、と遺言状の中に但し書きが有った為、夏子が牢死した時に長三の物に成ったと云う事だ。
 是だけが余の知って居る長三の履歴である、けれど此の様な事は何うでも好い、話の本筋に立ち返ろう。
 高輪田と秀子とが全く見知らぬ人と分ったに付いてお浦の失望は見物で有ったけれど、流石はお浦だ、何うやら斯うやら胡魔化して秀子に向い「オヤ爾ですか、夫にしても高輪田さんは此の屋敷の前の持主で塔の事など能く知って居ますから必ず貴女とお話が合いましょう、是から何うかお互いに昔なじみも同様に、サア高輪田さん秀子さんと握手して御懇意をお願い成さい、ネエ秀子さん、ネエ叔父さん、爾して下さらねば私が余り極りが悪いでは有りませんか」と極めて外交的に場合を繕った、高輪田は声に応じて手を差し延べた、秀子も厭々ながらこの様に手を出したが、高輪田の手に障るや否や、宛も蛇蝎《まむし》にでも障る様に身震いし、其の静かな美しい顔に得も言えぬ擯斥《ひんせき》の色を浮かべて直ぐに手を引き、倒れる様に叔父の肩に縋り「阿父様、私は最う立って居る力もありません」とて顔を叔父の胸の辺へ隠した、確かに声を呑んで忍び泣きに泣いて居る、何で泣くやら分らぬが多分は今夜の様々の心配に神経が余り甚く動いたのであろう、叔父は傷《いた》わって其のまま連れて去ったが、高輪田は此のとき不意に恐れだか驚きだか、宛も天に叫ぶ様な音調で、「オオ、神よ」と一声叫んだ、見れば彼の眼は又もX光線の様に、秀子の彼の真珠を以て飾った左の手の手袋へ注いで居る。

第二十五回 之が幽霊か知らん

 秀子と長三との対面が、兎も角も秀子の勝利となって終ったは嬉しい、けれど余は何となく気遣わしい、猶何所にか禍の種が残って居はせぬか、再び何か不愉快な事が起りはせぬかと、此の様な気がしてならぬ、其の心持は宛も、少し風が吹罷《ふきやん》で更に此の後へ大きな暴風《あらし》が来はせぬか、此の凪《なぎ》が却って大暴《おおあれ》の前兆ではないかと気遣われる様な者だ。
 此の気遣いは当ったにも、当ったにも、実に当り過ぎるほど当った、読む人も後に到れば、成るほど当り様が余り甚すぎると驚くときが有るだろう、併し夫は余程後の事だ。
 此の夜は事もなく済み、客一同も「非常の盛会であった」の「充分歓を盡した」のと世辞を述べて二時頃から帰り始めた、余も頓て寝床に就く事になった。
 寝床と云うは、彼のお紺婆の殺された塔の四階だ、時計室の直ぐ下の室である、余自ら好みはせぬが秀子の勧めで此の室を余の室にし、造作なども及ぶだけは取り替えて何うやら斯うやら紳士の居室《いま》らしく拵らえてある、初めて見た時ほど陰気な薄気味の悪い室ではない、若し虚心平気で寝たならば随分眠られようと思うけれど、余は此の夜虚心平気でないと見え熟くは眠られぬ、殆ど夢と現《うつつ》との境で凡そ三十分も居たかと思うが、何やら余り大きくはないが物音がしたと思って目が覚めた、枕頭の蝋燭も早や消えて、何の音で有ったか更に当りが附かぬけれど、暗《やみ》の中に眸《ひとみ》を定めて見ると、影の様な者が壁に添うて徐々動いて居る様だ、ア、之が此の塔の幽霊か知らんと一時は聊か肝を冷した。
 が余は幽霊などを信じ得ぬ教育を受けた男ゆえ、自分の目の所為とは思ったけれど念の為|燐燵《まっち》を手探りに捜し、火を摺って見た、能くは見えぬが何も居ぬらしい、唯燐燵の消え掛った時に壁の中程に在る画板《ぱねる》の間から人の手の様な者が出て居るかと思った、勿論薄ぐらい所では木の株が人の頭に見えたり、脱ぎ捨てた着物が死骸に見えたりする事が好く有る奴だから、朝に成って見直せば定めし詰まらぬ事だろうと思い直して其のまま再び寝て十分も立つか立たぬうち又物音が聞こえた、今度は確かに聞き取ったが、サラサラと壁に障って何物かが動いて居る音である。
 茲で一寸と此の室の大体を云って置きたい、此の室は塔の半腹に在るので、昇り降りの人が此の室へ這入るに及ばぬ様に室の四方が四方とも廊下に成って居る、塔の中でなくば恐らく此の様な室はない、けれど四方のうち一方だけは何時の頃直した者か物置きの様にして此の室で使う可き雑な道具を置く事に成って居る、此の様な作りだから今の物音が壁の外か壁の内かは余に判断が付かぬ、余は又も燐燧を摺り、今度は新しい蝋燭へ点火《とぼ》したが、此の時更に聞こえた、イヤ聞こえる様な気のしたのは人の溜息とも云う可き、厭あな声である、実に厭だ、溜息と来ては此の様な場合に泣き声よりも気味悪く聞こえる、或いはお紺婆が化けて出て、自分の室を占領されたのを嘆息して居るので有ろうか、真逆。
 余は蝋燭を手に持ち、寝台、読書室、談話室と三つに仕切ってある其の三つとも隈なく廻ったが、室の中には異状はない、壁の画板《ぱねる》をも叩いて見たが、古びては居れど之にも異状はない、シテ見れば室の外だ、廊下の中は何処で有ろう、室の外なら故々検めるには及ばぬと、其のまま再び寝床の許へ帰り、寝直そうと手燭を枕頭《まくらもと》の台の上へ置いたが、流石の余もゾッとする事がある、余の新しい白い枕の上へ、二三点血が落ちて居る、此の血は余が起きてから今まで僅か五分とも経たぬ間に落ちたのに違いない、猶能く見れば、褥《しとね》の上にも二三点、云わば雨滴が落ちたかと云う様な形になって居る、余は又も自分の目を疑ったが何う見直しても血の痕だ、何所から落ちた、天井からか、画板からか、押入れからか、天井は此の室と上の時計室との間から、人ならば匍匐《はっ》て這入れる様に成って居るから或いは誰か這入ったかも知れぬ、併し下から見た所では天井に血の浸《しみ》はない、多分は画板の間からでも、迸《ほとばし》ったので有ろう、と斯うは思っても真逆に血の落ちて居る寝床の上へ寝る訳にも行かぬ、或いは虎井夫人の連れて居る例の狐猿が壁の間か何処かで鼠でも捕ったのかと、此の様に思ったけれど狐猿が溜息を吐くなどは余り聞いた事がない。

第二十六回 愈々分らぬ

 雨滴《あまだれ》の様に幾点か落ちて居る血を手巾《はんけち》で拭っては見たが、真逆に其の寝床へ再び寝るほどの勇気は出ぬ、斯うも臆病とは余り情けないと自分の身を叱って見たけれど、縦し無理に寝た所で迚も眠れはせぬだろうと思い直し、到頭其のまま起きて了った。
 爾して廊下へ出、窓を開くと最う夜が明け掛けて居る、何者の血で有るか、真にお紺婆の幽霊が出たのか、篤《とく》と調べては見たいけれど、神経の静かならぬ此の様な時に調べたとて我と我が心に欺かれる計りだから少し早過ぎるけれど外へ出て、充分に運動して其の上の事よと思い、余り音のせぬ様に階下へ降り、庭に出て、夫から堀の辺まで散歩した、堀の岸には舟小屋が有って、未だ誰も乗った事のない、新しい小舟が有る、之を卸して進水式を遣らかすも妙だろうと、独りで曳《えい》やッと引き卸し、朝風の冷々するにも構わず楫《かい》を両手に取って堀の中を漕ぎ廻した、其のうち凡そ一時間の余も経ったであろうか、身体は汗肌と為って気も爽やかに、幽霊の事も忘れる程に成った、最う好かろうと舟を繋いで土堤へ上って見ると、目に附くは例の殺人女夏子の墓だ、墓の前に又詣で居る人が有る。
 誰ぞと怪しむ迄もなく其の姿の優《しなや》かなのと着物の日影色とで分って居る、無論秀子だ、何の為に秀子が此の墓へ参るかは兼ねて不思議の一つだが、而も未だ誰も起きぬ中に参るとは成る可く此の参詣を人に知らさぬ為で有ろう、爾すれば余も知らぬ顔で居るが好いと其のまま立ち去り掛けて居ると、忽ち墓の背後から一人の男が現われた、是は確かに、昨夜秀子を看破する積りで当ての外れた高輪田長三で有る、秀子は驚いて起き上る、長三は帽子を脱いで礼をする、秀子は其のまま家の方へ立ち去ろうとする、長三は其の前へ立ち塞《ふさ》がる、何うも穏かならぬ様子だから余は飛び出して秀子を保護しようと思ったが、イヤ未だ急ぐ事ではない、長三は握手の積りか手を差し出す、秀子は否と云う風で両手を自分の背へ廻す、長三は怯まずに猶も進む、秀子は右の手を出して長三を突き退ける、長三は再び身を立て直して取っ掛り、依然として秀子が背後へ隠して居る左の手を取ろうとする、通例の女なら助けをも呼ぶ可き場合だろうが秀子は別に声も立てず、唯逃れようと悶く許りだ、最早見て居る場合でない、余は飛んで行って横手から長三を突き飛ばした、自分ながら我が力に驚いた、長三は倒れんとするほどに蹌踉《よろ》めいた。
 余は彼が足を踏み直すを待ち、砕けるほどに彼の手を握った、秀子は真実に有り難そうに余の顔を見て「此の方は昨夜初めて逢った許りだのに、護衛のない女と見て実に無礼な事を成されます」長三も余に向い「イヤ別に無礼と云うでは有りませんが、少し合点の行かぬ事が有って見極め度いと思いまして」余「夫が無礼と云う者です、私の眼の前で、此の令嬢にお謝し成さい」長「ハイ貴方には謝しますが、此の令嬢には――篤と見届けて疑いの晴れた上で無ければ」余「謝さねば私が相手ですよ」と云って余は益々堅く彼の手を握り緊めた、彼は少し立腹の体で有ったが此の様な優さ男、素より余の力に敵し得る筈はない、夫でも勇気ある男なら真逆に黙して止む事は出来まいに、彼は存外臆病な男と見え「イヤ、貴方が爾までに仰有れば謝しますよ、謝しますよ」とて秀子に向い「実に無礼を致しました、何うか此の場限りにして下さる様、只管《ひたすら》に謝罪します」と云って極り悪げに行って了った。
 余は秀子の手を取って、慰さめ慰さめ家の方へ帰ろうとした、若し是が余でなくて叔父だったら秀子は必ず昨夜の様に取り縋って泣き、顔を余の胸へ隠すだろう、真に泣き出しそうな顔をして居る、けれども真逆に余に縋り附く訳に行かぬ、唯手を引かれたまま首を垂れて居る、余は実に断腸の思いだ、憐みの心が胸一ぱいに湧き起った、殆ど我れ知らずに片手で秀子の背を撫で「秀子さん貴女は迚も独りでは此の様な敵に中《あた》る事は出来ません、私に保護させて下さいな、深い仔細は知りませんけれど此の後とてもお独りでは心細い事ばかりだろうと思われます、保護する丈の権利を私に与えてさえ下されば」と云い掛けると、秀子は恟《びっく》りして余より離れ「貴方も矢張り権田さんの様な事を仰有る、保護して下さるは有難くとも私は其の様な約束は出来ません」実に余は権田が秀子に言うた通りの事を言い度くなった、心に権田を笑った癖に唯一夜明けた丈で自分が其の権田に成り代わるとは成るほど秀子が承知の出来ぬ筈だと思い「イヤ夫では最う其の様な事は言いませんが、貴女は今私の出て来たのを有難いとお思いですか」秀子「夫は思いますとも、貴方が来て下さらねば私の生涯は此のまま盡きる所だったかも知れません」余「夫ならば貴女から何の約束を得ずとも此の後私は影身に成って守りましょう」秀子「でも私から何うぞとお願い申す事は出来ません、私は自分で密旨を果たさねば成らぬのですから、ハイ多分は果たし得ずに、何の様な目に逢って此の世を去るかも知れませぬけれど、固く心に誓って居るのだから致し方が有りません」と云う中にも眼は涙に閉じられて居る、何の密旨だか愈々分らぬ事には成ったが、或いは夏子の生存中に、夏子から何事をか頼まれたので有ろうか、夫で此の墓へ度々参るのでは有るまいか、孰れにしても余は最う助けずには居られない。

第二十七回 目に見えぬ危険

 若し公平に考えたら、秀子の身には定めし怪しむ可き所が多かろう、密旨などと云うも分らず、夏子の墓へ参るも分らず、高輪田長三から異様に疑われて居る其の仔細も分らぬ、併し余は少しも疑わぬ、第一秀子の美しい顔が余の目には深く浸み込んで居る。決して人に疑われる様な暗い心を持った女でない、成るほど自分で云う通り何か密旨は帯びて居るだろうよ、併し人を害する様な質《たち》の悪い密旨では決してなかろう、第二には秀子が曾て「分る時には自然に分る」と云ったのを余は深く信じて居る、自然に分る時の来るを何も気短く疑って見るには及ばぬ。
 斯う思うと唯可哀相だ、女の身で兎も角も密旨の為に働き「何の様な目に逢って此の世を去るかも知れぬ」とまで覚悟して居るとは傷々《いたいた》しいと云っても好い、助けられる者なら助けて遣り度い、と云って事情も知らず、自分の妻でも何でもないのに深く助ける訳にも行かぬ、今日の様な目に見えて危い事が有れば助けもするが、当人の様子から考えると目に見える危険より目に見えぬ危険の方が定めし多かろう。
 余は此の様に思いつつ秀子を家の内へ送り入れた、頓て朝|餐《さん》も済み、又一回り運動して、爾して愈々昨夜(寧ろ今朝)出た幽霊の跡を検めて見る積りで塔の四階へ上って行ったが、余よりも先に秀子が居て、物思わしげに廊下を徘徊して居る、余は「何うかしましたか」と問い掛けたが秀子は返事をせず眼で以て差し図する様に、余を連れて余の室へ這入り、少し、言葉を更めて「貴方が此の室を居間に成すったのは私の言葉に従って下さったのではありましょうが――」余「全く爾です」秀子「貴方は此の外の事も私が申した通りに仕て居らっしゃるのですか」余「此の外の事とは」秀子「此の室で丸部家の咒語や図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、60-上10]などをお見出し成さったでしょう」余「ハイ見出しました」とて見出した時の様を掻摘《かいつまん》で話した、秀子「爾して其の咒語を暗誦なされましたか」余「イヤ暗誦はしませんが長くもない文句ですから大方は覚えて居ますよ、何でも明珠百斛、王錫嘉福、妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、60-上14]偸奪、夜水竜哭などと云って――」秀子「イヤ夫ほど覚えて居らっしゃれば好いですが其の意味は分りましたか」余「意味は到底分りませんよ、末の方の文句等は恐らく無意味だろうと思われます、彼の咒語を作った此の家の先祖が幾分か神経でも狂って居たのでは有りますまいか」秀子「そうお思い成さると間違います、何うか熱心にお考え下さい、私は毎日のように咒語と図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、60-上19]とを研究して居ますが、自分だけの力では少し届き兼ねることが有ります、貴方ならば博学ゆえ――」余「イヤ私は腕力こそ自慢ですが学問は少しも博くないのです、ですが何故に其の様な事をお急ぎ成さるのです」秀子「実は大変な事が出来ました、私は昨日の昼間も茲へ来て、塔の実際をアノ図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、60-上24]と咒語とに考え合せ、自分で合点の行った事だけを手帳へ書き、爾して此の廊下の外の壁にある秘密の穴へ隠して置きました、猶調べたい事が有って今上って来ました所、其の手帳が紛失して居るのです、若し悪人が其の手帳を見て咒語を解釈でもすれば大変です、是非とも悪人より先に貴方か私かが解釈せねば、夫は最う貴方に取っても阿父様に取っても、又私の身に取っても取り返しの附かぬ事に成ります」余「其の手帳を盗んだのは悪人ですか」秀子「誰だか少しも分りませんが、何うせ人の手帳など盗むからは悪人でしょう、殊にアノ咒語を解釈して、爾して何か利益を計ろうと云う人に違い有りません」余「イヤ盗んだとて決して解釈は出来ますまい、貴女が毎日考えてさえ分らぬ程の、咒語ですもの」秀子「左様、咒語の本文と図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、60-下10]の原図とを見ねば幾等智恵の逞しい悪人でも悉く合点する事は出来ぬだろうとも思われます、けれど私の手帳を見れば、何れほど私が苦心して居るかが分り、これほど苦心するのだから必ず苦心する丈の値打ちはあると、是だけは見て取ります」
 余は何うも秀子の云う事が充分には合点行かぬ、アノ咒語に解釈の出来るほどの確かな意味が籠めて居ようとも思わず、縦し解釈した所で此の家の為になる事もなかろう、従って他人に解釈せられた所で爾まで害にも成りはしまいと唯之ぐらいに思う丈だ、秀子「誰が盗んだか、実に分りませんよ、若し昨夜変った事でも有りはしませんでしたか――」余「イエ別に――」と言い掛けたが忽ち思い出して、「ナニ大変な事が有りました」とて幽霊の一部始終を語った、秀子は直ぐに合点して「其の幽霊が盗坊《どろぼう》です、溜息を吐いたり壁を撫でたりするのは貴方を威《おど》かして、此の室で寝ぬ様にさせ、爾して又|緩々《ゆるゆる》と来る積りです、血の落ちて居たのは必ず其の盗坊が何うかして怪我をしたのでしょう」
 成るほど爾だ、少しも疑う所はない、余「イヤ貴女の眼力には感心です」秀子「イエ眼力ではなく、熱心です、熱心に心配して居る者ですから此の様な考えが附くのです、けれど丸部さん、貴方が此の室を退きさえすれば幽霊は必ず毎夜の様に此の塔へ上って来て私の手帳に引き合せて此の塔を研究します、貴方は此の室を空けては可ませんよ」余「併し恐れた振りをして誘き寄せ爾して捕えるのも一策では有りませんか」秀子「イイエ夫は非常に危険です。最う一夜でも其の幽霊を再び此の塔へ上らせたら何の様な事をせられるかも知れません」と云って少し考え、考え「貴方が、若しお厭なら、貴方は下の室へお寝《やす》み成さい、当分私が此の室へ寝る事に致しましょう」熱心も勇気も実に感心する外はない、余は断乎として「イエ其の御心配に及びません、是から一晩でも欠さずに私が茲へ寝ますよ、爾して昼間でも決して此の塔へ他人を上らせぬ事にします」と答えたが、後で落ち着いて考えて見ると真逆に此の古塔に盗人が目を附けるほどの値打も有るまいと思われる。

第二十八回 中の品物は何

 盗人が幽霊の真似をするとは全く例のない事ではない、余は誰かの話に聞いた、併し実際|出会《でっくわ》したは初めてだ。
 夫にしても其の盗坊は誰であろう、昨夜此の家へ泊った客は随分あるけれど、それは皆紳士貴婦人とも云う可きで、仲には品行の宜しくない人も有りは仕ようが、真逆に盗坊をする様な人はない、爾すれば此の盗坊は外から這入ったので有ろうか、イヤ其の様な形跡も見えぬ、実に不思議千万な事だ、余は猶も秀子に向い「若しも心当りはないのか」と繰り返して問うたが、秀子の様子では何だか腹の中で誰かを疑って居るらしい、けれど口には発せぬ、口では唯、少しも心当りがないと云って居る。
 此の後余は秀子へ約束した通り、誰をも塔の上へ揚げぬ事にし、自分は番人に成った積りで成る可く此の室を離れぬ様に勉めた、其の為再び幽霊らしい者は出なんだ。
 併し幽霊の出るよりも猶厭な猶恐ろしい事は沢山あった、先ず順を追って話して行こう。
 此の日の夕暮、余は日頃見知らぬ一紳士が此の家へ這入って来るのを見た、取り次の者に聞いて見ると此の土地の医者だと云う事、成るほど後には多少懇意に成ったが全くの医者であった、何の為に迎えられたと問えば、秀子の附添人虎井夫人が病気だと云う事だ、そう聞けば昼飯の席へも虎井夫人は見えなんだ。晩餐の時に至り夫人は出て来たが顔の色が何となく引き立たぬ、余は其の傍に行き「御病気だと聞きましたが、如何です」と問うた、夫人は少し怪しむ様に余の顔を見て「病気だなどと誰が、云いました」余「でも先ほど此の村の医師が来たでは有りませんか」夫人「そう知れては仕方が有りません、余り極りの悪い話で、誰にも隠して居ましたが、病気ではなく怪我ですよ、アノ狐猿に甚く手先を引っ掻れました。自分の飼って居る者に傷つけられるとは年甲斐もなく余り不注意ですから」余「併し相手が是非の弁《わきまえ》もない獣類で有って見れば、引っ掻れたとて別に恥じる事も有りますまい、シタが余ほどのお怪我ですか」夫人「大した事も有りませんが痛みが劇《はげ》しいのです、痛みさえなくなれば、医者にも及びませぬけれど」成るほど見れば右の手へ繃帯を施して居る。
 是から数日の間、夫人は一室へ籠った儘だ、何でも狐猿の爪の毒に中《あて》られたとか云う事で、益々容体が悪い様子だ、兎に角も此の家の客分だから、余は知らぬ顔で居る訳に行かず、或る時其の室へ見舞いに行った、夫人は非常に喜んだけれど、起き直る程の力はない、床の中から痛くない片手を出し余を拝む様にして「好く来て下さった、貴方に折り入ってお願いが有りますが、病人の頼みだと思い何うか聞き入れて下されませんか」何の頼みだか、来る勿々に此の様に言われるは少し意外で有る、それに余は彼の贋電報で此の夫人の仕業と分って以来、甚だ此の夫人を好まぬけれど、身動きも出来兼ねる病人の頼みを無下に斥ける訳にも行かず「ハイ何なりと聞き入れて上げましょう」夫人「では申しますが、其所に、ソレ掛かって居る私の着物の衣嚢《かくし》に大切な品物が入れて有りますから、貴方は何うか中を見ずに、其の衣嚢を裏から握り爾して破り取って下さいまし」実に異様な頼みかな、衣嚢の中の品物か衣嚢ぐるみに※[#「※」は「てへん+劣」、読みは「むし」、62-上13]《むし》り取って呉れとは、今まで聞いた事もない。
 嫌な仕事だとは思ったが、一旦男が承知した事だから怯《ひる》みも成らず、立って行って壁に掛けた着物を取り、言葉の通りに其の裏から衣嚢を握って引き※[#「※」は「てへん+劣」、62-上17]《むし》り、爾して夫人の傍へ持って行くと、夫人は又も枕許の手文庫を指し「其の中に小さい箱が有りますから箱の中へ其の衣嚢を入れ、封をして、私の言う宛名を認め、そうして何うか小包郵便に出して下さる様に願います」益々厄介な事を云うが、詮方なく其の通りにして、余「宛名は」夫人「ハイ申しますよ」とて余に書かしめたは「ハント郡、ペイトン市の在にて養蟲園主人穴川甚蔵殿」と云う宛名だ、余は他日何かの参考にも成ろうかと思い其の名を我記憶に留めたが、養蟲園と云えば虫を飼って繁殖させる所であろうが、余り類のない園名である、夫人「何うぞ密《そっ》と差し出して、誰にも云わぬ様に願います」余は此の夫人の秘密に与るのは厭で厭でならぬけれど、詮方なく其の言葉に従い、自分で郵便にまで托して遣ったが、衣嚢の中の品物は何であろう、怪しむまいと思っても何うも怪しい。
 郵便に差し出して家に帰ると又も廊下で彼の医者に逢った、余は一礼して「先生、何うも狐猿の毒は恐ろしい者ですネエ」医者は合点の行かぬ顔で「エ、狐猿とは」余「貴方に掛かって居ます虎井夫人の怪我の事です」医者「アア、あれですか、あれは何でも古釘で引っ掻いた者です、錆びた鉄物《かなもの》の傷は何うかすると甚く禍いを遺します」余は唯「爾ですか」と調子を合わせて分れたけれど深く心を動かした、果して錆びた釘か何ぞで引っ掻いたものならば、何故虎井夫人が狐猿に引っ掻れたなどと言って居るのだろう、若しや先きの夜、余の寝床へ血を落したのは此の夫人では有るまいか、画板の間から手を出したとすれば古釘に引っ掻れる事は随分ある、オヤ、オヤ、爾するとアノ衣嚢の中に在った品は、秀子の盗まれたと云う手帳では有るまいか、今更疑っても既に遅い、イヤイヤ必ずしも遅くはない、必要となれば養蟲園穴川と云う家を尋ねて行っても好いのだ。

第二十九回 壁の中から剣

 若し此の翌日、恐ろしい一事件が起らなんだら、余は必ず養蟲園へ行き、穴川甚蔵と云う者が何の様な男かを見届けた上で少しでも怪しむ可き所があれば、第一に秀子に話して虎井夫人が此の甚蔵に送った小包が果して秀子の盗まれた手帳であるや否や究めねばならぬ。
 併し養蟲園へ行く前に、一応調べて見たいのは狐猿の爪に果して毒があるや否やの一条だ、若し毒が有って、之に引っ掻れたなら古釘で傷つけられたと同様の害を為すと云う事でも分れば、虎井夫人に対する余の疑いは大いに弱くなる。
 余の書斎には斯る事を調べる丈の参考書はないけれど当丸部家の書斎には必ずある、尤も引越※[#「※」は「つつみがまえの中に夕」、読みは「そう」、64-上6]々で未だ書斎は整理して居ぬ、けれど其の室だけは定《きま》って居て、既に本箱などをヤタラに投げ込んである、其の室は昔此の家の主人が自分の居室にする為に建てたので、相変らず内部に様々の秘密な構造が有ると言い伝えられて居る、此の言い伝えさえなくば叔父が自分の居室とする所で有ったが叔父は秘密などのある室は否だとて到頭書斎に充《あ》てたのだ、室の内部は三所に仕切って有って書斎には余り都合が好くないけれど仲々立派な普請である。
 余が此の室へ入ろうとする時、室の中に人声が有って、戸を開くと、同時に、余の耳へ「ナニ私の心を疑う事は有りませんよ、安心の者ですよ」との言葉が聞こえ、一方の窓の外から庭へ走り去る人の姿がチラリと見えた、少し怪しんで中へ入ると窓に靠《もた》れてお浦が居る、余「オヤ浦原さん何うして茲に」お浦「貴方に逢い度いと思いまして、ハイ多分貴方が此の室で書見でもして居らっしゃるだろうと考えましたから」余「でも戸の閉めてある室へ何うして這入る事が出来ました」お浦「私は鳥巣庵から庭伝いに茲へ来て、爾して此の窓から入りました」成るほど窓から入られぬ事はない、余「今茲で貴女と話をして居たのは誰ですか」お浦「誰も話などは仕て居ませんよ、ああ分った、私が独言を仕て居たから貴方は其の声をお聞き成さったのでしょう」余「イエ、人の立ち去る姿がチラリと見えた様に思います」お浦は正面からは返事せず、唯「小さい時から私が物を考えるに独言を云う事は貴方が能く御存じでは有りませんか」と胡魔化した、勿論たって問い詰める程の事でないから余も敢えて争わずに止めた。
 余「シタが、私に逢いに来たと云う其の御用事は」お浦「折入ってお詫びに来たのです、先ア其の様な恐い顔をせずと、何うか憐れと思ってお聞き下さい」と余ほど打ち萎れた様で余を一方の隅へ連れ行きて腰を卸させ、自分も坐を占めて、直ちに余の両手を握り「済みませんが道さん、何うぞ昔の約束に返って下さい」余「エ、昔の約束とは」お浦「貴方と私は末は夫婦と云う約束で育てられたでは有りませんか」余が驚いて只一言に断ろうとするを推し留め「先ア否だなどと仰有らずに聞いて下さい。少しも貴方を愛せぬなどと言い切って私はアノ約束を取り消し、爾して外国へ立ち去りましたけれど、アレは貴方が素性も知れぬ松谷秀子に心を寄せて居る様に思いましたから嫉妬の余りに云うた事です、外国へ行って居ると益々貴方が恋しくなり、今では後悔に堪えません、夫に此の家の養女で居る時は、何処へ出ても人から大騒ぎをせられましたが、今では誰も構い附けて呉れず、実に残念に堪えません、今までは我儘ばかりでお気に入らぬ事も有りましたろうが、是からは心を入替え、貴方の為ばかりを考えますから、何うぞアノ約束の取り消しを取り消して下さいな、ネエ、道さん」と余の顔を差し窺いたが、余は余りズウズウしいに呆れ、容易には返辞も出ぬ、お浦「道さん、お返事は出来ませんか」余「イエ返事は出来ますけれど貴女の望む様な返事は出来ません」お浦は恨めしげに「私は、斯まで貴方に嫌われる様な厭な女でしょうかネエ、あの高輪田さんなどは、私の外に女はない様に云い蒼蝿《うるさ》く縁談を言い込みますのに」余「夫は爾でしょうとも、貴女は立派な美人ですもの、余所へ心の傾いて居ぬ人なら必ず貴女に心を寄せますよ」お浦は忽ちに怒って立ち上り「分りました、余所へ心の傾いて居ぬ内なら承知も仕ようが己は最う松谷秀子を愛して居るからお前の言葉は聴き入られぬと、斯う仰有るのですね」余「そう云うのとも違いますけどナニそうお取り成さっても大した間違いは有りません」お浦は大声に「エ、悔しい、あの怪美人めが人の所天《おっと》を偸んで了った」と叫び、身を掻きむしる様にして、悶き悶き窓の許へ走って行って、窓から外へ飛び出して庭の面を遠く、堀の方へ馳せ去った、定めし身を投げるかの様に見せ掛けて、余に走り出させて留めさせ度いと云う狂言だろうが、今まで散々お浦の狂言に載せられた余だもの、最う其の手を喰うものか、余は邪魔者を追っ払った気で其のまま次の室へ入り、散らばって居る本箱の間を潜り、先ず壁の際に在るのから順に調べる積りで、但《と》ある本箱の横手へ蹐《しゃがん》だが、此の時壁の中からでも剣が突き出た様に、忽ち余の傍腹を斜めに背後の方から衝《つき》刺したものがある、余は咄嗟の間にそうまでも思い得なんだけれど不意に傍腹へ鋭い痛みを感じ、其の所へノメッて了った、傷は爾まで甚いとも思わぬけれど、切口は宛で火の燃る様に熱く痛い、爾して殊に奇妙なは、助けを呼び度くも声が出ぬ、傷口を押え度くても手が動かぬ、手ばかりでなく足も胴もイヤ身体じゅう一切の感じが麻痺したと見え、倒れたままで少しの身動きさえも出来ぬ。

第三十回 此の様な、此の様な

 余は何故に、何者に、斯くは刺されたのであろう、是既に容易ならぬ疑問であるが、是よりも猶怪しいは余が創《きず》の小さい割合に痛みが強く、爾して其の痛みの為に全身が痺《しび》れて了った一事である。人の身体が、斯も痺れる者とは今まで思い寄らなんだ、声の出ぬのは勿論の事、瞼までも痺れて仕舞い目を開き度くとも開く力さえなく、強いて開こうとしても瞼が直ぐに弛く垂れて眼を蔽うて了い、唯|辛《ようや》くに糸ほど細く開いた間から外の明りを見るに過ぎぬ。
 曾て或る書物で読んだ事がある、印度の或る部落に住む土人が妙な草の葉を搾《しぼ》り其の汁を以て痺れ薬を製するが、之を刃に附けて人を刺せば傷口は火の燃える様に熱く、爾して全身は痺れて了う、若し水に混ぜて此の薬を半グラムも飲めば殆ど何の痕跡をも止めずに死んで了う、数年前迄は医者さえも此の薬で毒殺せられた死骸を検査して毒殺と看破する事は出来なんだと云う事だ、印度の土人は此の草を「悪魔の舌」と呼ぶ相だ、何となく気味の悪い名前である、若しや余の刺された兇器にも此の草の汁を塗ってあったではなかろうか、爾なくば創口の痛みと全身の痺れ工合が到底説明する事が出来ぬ、誰にもせよ斯る危険な毒薬を持った者が此の辺に出没するとせば、見|遁《のが》して置かれぬ訳だ。
 併し余は耳も聞こえる、心も全く確かである、誰か来て助けて呉れれば好いと只管心に祈って居ると、次の室へ誰だか庭の方から這入って来た、直ぐ話声で分ったがお浦と秀子と二人である、何の為に来たのであろう、それも二人の話で分る、秀子「浦原さん、貴女は道九郎さんがお出でだと仰有ったが、茲には見えぬでは有りませんか」お浦「確かに居ましたが、何所へか行きましたか」秀子「貴女は道九郎さんの前で私に話したい事があると仰有ったけれど、アノ方がお出でなければ其のお話とやらも出来ますまい」と、云って秀子は立ち去ろうとする様子だ、お浦「イイエ、お待ちなさい、道九郎さんが居なくとも話して置きましょう」秀子「何のお話か知りませんが成る可く言葉短かに願います」
 双方何となく殺気を帯びて居る、お浦「ハイ言葉短かに言いますが、私と道さんとが、夫婦になる筈であったのを御存じでしょう」秀子「道さんとは道九郎さんの事ですか、夫ならばハイ聞いて知って居ます」お浦「貴女が其の仲を割いたのは実に――」秀子「怪しからぬ事を仰有る」お浦「イエ、貴女が御自分で道さんの妻になり度い為道さんを迷わせたのは私共の仲を割いたも同じ事です」秀子「私は道九郎さんの妻になり度いなどと其の様な心を起した事は有りません、殊にアノ方を迷わせるなどと余り甚いお疑いです」
 お浦「夫なら貴女は道さんの前へ出て「丸部さん決して貴方の妻に成る事は出来ません」と言い切りますか」秀子「ハイ言い切ります、けれどアノ方が私へ妻に成れとも何とも仰有らぬに、私から其の様な事を云うとは余り可笑しいでは有りませんか」お浦「唯云えば可笑しいでしょうが私と一緒に道さんの前へ行き、爾して私が道さんに「貴方は此の婦人をゆくゆくは妻にするお積りですか」と問いますから、道さんが何と返事するかに拘わらず貴女が其所で断われば好いのです」秀子「貴女の仰有る事は、罪人をでも取り扱う様な風で、常ならば私は決して応ずる事は出来ませんが、唯貴女が根もない嫉妬を起し、爾して様々の邪推をお廻し成さるのがお気の毒ですからお言葉に従いましょう」お浦「爾して道さんに向い、猶私の肩を持って『是非此の方と元の通り夫婦の約束にお立ち帰り成さい』と勧めて呉ねば可ませんよ」秀子は少し笑いを催した様子で「ハイ」と答えた、お浦「夫だけでは未だいけません、貴女は私が此の家の娘分で有った事も御存じでしょう」秀子「ハイ、夫も聞いて知っています」お浦「夫だのに私の追い出された後へ貴女が更に娘分と為ったのですから、是も辞退して貰わねばなりません」秀子「エエ」お浦「イイエ矢張り叔父に向い『最う此の家の娘分で居る事は出来ません』と言い切って、爾して此の家を立ち去らねば了ません、貴女さえ立ち去れば自然と私が元の通り此の家の娘分と云う地位へ復《かえ》る事が出来ますから、私は自分の権利として貴女へ請求するのです」秀子「夫ばかりは出来ません、何と仰有ても出来ません」お浦は言葉を厳重にして「出来ぬとて貴女は此の家の娘分に成れる様に立派な素性では有りません、貴女を置いては此の家が汚れます」秀子「汚れるか汚れぬか夫は阿父様が御存じです、貴女が裁判する事柄で有りません」お浦「イイエ此の裁判は叔父には出来ず、ハイ私の外にする者はないのです、叔父は只管に貴女を昔失った妻の顔に似て居ると云い眼が眩んで居るのですもの」秀子「似て居ようが似て居まいが貴女から故障を云われる道はなく、爾して――」
 お浦「イエ、有ります、顔などは何うでも好い、貴女の素性が――」秀子「私の素性を御存じも成さらずに、矢張り古山お酉と云う以前の此の家の奉公人だと仰有るのですか、猶篤と高輪田さんとやらに見究めて戴くがお宜しいでしょう」お浦「ハイ高輪田さんはお紺婆の殺される頃まで仲働きお酉や養女お夏などと一緒に此の家に居たのですが、不幸にして貴女を見破る事が出来なんだのです、けれど貴女の身に就いて、猶恐ろしい疑いを抱き、貴女の左の手を包んで居る其の異様な手袋を取りさえすれば必ず分ると云って居ます、ナニ高輪田さんより私が見究めて上げますよ」と云って、余の察する所では、出し抜けに秀子の左の手へ飛び附き、手首を捕えて其の手袋を引き抜こうとしたらしい、秀子「余り乱暴な事をなさる」お浦「ナニ乱暴も何も有りません」と云って、何だか組み打ちでも始めた様に、暫し床板を踏み鳴らす音が聞こえる、余はお浦の憎さに堪えぬ、起って行って叩き殺し度いほどにも思うが、身動きさえも叶わぬから如何ともする事が出来ぬ、併し組み打ちも少しの間で、何しろ不意を襲うた事とてお浦の勝利に帰したと見え、お浦は「オー抜き取った、貴女の秘密は此の手に在ります」と勝ち誇る様に叫んだが、此の手とは定めし秀子の左の手の事で有ろう、秀子の左の手に何の秘密が有ったか知らぬがお浦は其の秘密に一方ならず驚いた様子で又一声「オオ恐ろしい、恐ろしい、此の様な此の様な」と云ったまま、後の語を発し得ぬ。

第三十一回 悔むとも帰らぬ目

 秀子の左の手の手袋の下に何が隠れて居たであろう、お浦は何の様な秘密を見たのであろう、余は実に怪しさの想いに堪えぬ。
 暫くしてお浦は全く敵を我が手の中に取り押えたと云う口調で「此の秘密を見届けたからは秀子さん貴女は最う死骸も同様です、私に抵抗する事も出来ず、イイエ娘分として此の家に居る事さえ出来ますまい、何れ緩々《ゆるゆる》と叔父にも道さんにも此の秘密を話して驚かせて遣りましょう」と憎々しく云うた、秀子は必死の声で「ハイ話すに話されぬ様にして上げます」と云って、遽しく室の中を馳せ廻る様子だ、何の為かと思ったら全く室の出口出口の戸を悉く閉め切ってお浦を此の室より外へ出さぬ為であった、総ての戸に或いは錠を卸し或いは閂木《かんぬき》を施すなどの音が聞こえた、頓て秀子は「サア是で出たくとも出られません」お浦「貴女の出る時に一緒に出て行く迄の事です」秀子「一緒には出しません。此の秘密を見られた上は、貴女が決して口外せぬと云う誓いを立てねば」お浦「其の様な誓いが立てられますものか、私は口外せずには居られません」秀子は物凄いほど熱心な声と為って「貴女が口外なさらずとも、私は自分の密旨を果しさえすれば自分から誰にでも知らせます、それ迄の所は何の様な事をしてでも貴女の口を留めて了います、サア私が言葉を授けますから其の言葉通りにお誓い為さい、誓いなされなければ幾等破ろうとて破る事が出来ません、破れば生涯貴女の身に恐ろしい不幸が絶えません」秀子が何の様にして居るかは知らぬが、お浦は聊か恐れを催した様子で「戸を開けて下さい、私を出して下さい」秀子「出して上げるのは誓いを立てた上ですよ、誓いますか誓いませぬか、今誓わねば、未来永久幾等貴女が後悔しても到底帰らぬ目に遭わせますよ」
 未来永久、悔んでも帰らぬ目とは何の様な目に遭わせる積りだろう、茲で殺すぞと云う様な意味にも聞こえる、孰れにしても余の身体が自由でさえあればと、余は心の中で地団駄踏むほどに悶くけれど仕方がない、只紙一重を隔てられて何うしても其の紙を破る事の出来ぬ様な気がする、実に情けない、お浦は一声「其の鍵をお渡し成さい」と叫んだが直ちに秀子に飛び附いた様子だ、再び組み打ちの音が聞こえる、何方が勝つかは分らぬが双方とも必死と見える、頓て一方は、足を踏み辷らせた様子で「アッ」と云って床の上に倒れた、其の声は確かにお浦の方であった。
 余は此のとき、悶きに悶いて、辛《や》っと半分起き上って、前へ踏み出そうとしたが足に少しも力が無く、直ちにドシンと倒れて了った、倒れる拍子に、初めて「ウーン」と云う呻きの声が口から洩れたが、其のまま気が遠くなって了った。
 極めて少しの間ではあるが、自分と世間とが遠く遠く離れるかと思った、死んで魂魄《たましい》が身体から離れるは此の様な気持ではあるまいか、併し余の呻き声に、直ちに秀子が駈け附けたと見え「丸部さん丸部さん、オヤ先ア傍腹を刺されたと見え、此の血は、オオ恐ろしい何者が貴方を此の様な目に遭わせました」と驚く声が幽かに聞こえた。
 少しは身体の痺れが薄らいだか、此の声で目を開く事も出来た、聊かながら声を出す事も出来た、余「オヽ秀子さんですか」と云う中にも秀子の左の手に何の様な秘密が有るか知らんと、見ぬ振りで見た、けれど秀子は手巾《はんけち》で巧みに左の手先を隠していて分らぬ、此の様な隙でも斯う用心する程ゆえ、お浦に見られて必死に成ったのも無理はない、次に余の口から発した言葉は「お浦は何うしました」と云う問いであった、秀子は気が附いた様に「オヽ私より浦子さんが当然介抱なさらねばならぬ方です」と云って、更に今喧嘩をした室に向い「浦子さん、浦子さん、丸部さんのお声が貴女には聞こえませんか、大変ですからサア早く茲へ来て下さい、エ浦子さん丸部さんが呼んで居ますよ」と云えどお浦は何したか返事をせぬ、少しの物音さえもせぬ、秀子は怪しみ「オヤ、私の傍へ来るのがお厭ですか、其の様な場合では有りません」猶もお浦は音沙汰なしだ、秀子「今の喧嘩は私が悪かったから、ヨウ浦子さん、茲へ来て下さいな、私一人では何うする事も出来ません、私の秘密などは最う何うなさろうと貴女の御勝手ですからサア、浦子さん、浦子さん、それほど私の傍へ寄るがお否ならサア今の鍵を上げますから、之を以て戸を開き、早く誰かを呼んで来て下さいな」と云って鍵を次の間へ投げて遣った、けれどお浦は返事をせぬ、秀子は非常に当惑の様子で「本統に仕ようがない事ネエ、此のままで丸部さんをお置き申せば益々血が出て何の様な事に成るも知れず、早く寝台へでもお移し申して充分の手当をせねば、と申して私の力では貴方を抱き上げて行く事も出来ませず」とて、途方に呉れて四辺を見廻した上「では私が行って誰かを呼んで来ましょう」と云い、其の辺の卓子に掛って居た獣の皮を取って巻き、それを枕として余の身体を穏やかな位置に直し、爾して自分で立って行ったが、其の巧者な塩梅は専門の看護婦にも劣らぬ程だ。
 余の居直った所から次の室の出口は一直線に見える、余は秀子が何うするかと見て居ると、今投げた鍵を拾い上げて、室の中を見廻し「先ア浦子さんも余り子供らしいでは有りませんか、此の様な場合に何所かへ隠れてお了い成さってサ」と云い捨て、其の鍵で戸を開けて出て行った、余は其の後で何もお浦に来て貰い度くはないけれど、或いは介抱に来るかと思い、絶えず次の室を見て居たけれど遂に遣って来ぬ、去ればとて秀子が開け放して行った出口から出で去る様子もない、扨は日頃の捻けた了見で又も何事をか企んで居るのかと思ううちに、秀子が二人の下部を連れて帰って来て「オヤ浦子さんは私の後でも未だ貴方のお傍へ来ませんか」と云いつつ余の傍へ跼《ひざま》ずいた、余は二人の下部に余の身に手を着けるより前に先ず次の間でお浦を探して引き出して来いと命じたが、下部は怪しみつつ捜した、隅から隅まで凡そ人の隠れるに足る物影は悉く捜した様子だけれど、お浦は居ぬ、全く蒸発でもして了ったかと云うほどにお浦其の者がなくなった、跡方もなく消えるとは此の事だろう、或いは秀子が、悔むとも帰らぬ目に逢わせると云ったのが此の事では有るまいか、何の様な手段かは知らぬがお浦の身体を揉み消したではなかろうか、併し其の様な事をする暇もなかった。

第三十二回 専門の刺客

 余は直ちに、二人の下部に舁《かつ》がれて此の室から運び去られた。
 余の怪我と聞いて、頓て叔父を初め大勢の人も馳け附けた、叔父は取り敢えず余を一番近い寝間へ寝かせようと云ったけれど、余は矢張り塔の四階に在る余の寝間へ連れて行って貰い度いと言い張った、怪我人の癖に塔の四階とは不便だけれど、余は兼ねて秀子に約束し、必ず塔の四階に寝ると云ってあるから、其の約束を守る積りだ、四階に寝て居れば又何の様な怪しい、寧ろ面白い事があるかも知れぬ。
 間もなく余は塔の四階へ舁ぎ上げられたが、何となく気に掛かるは、お浦の消えて了った一条だ、幾等考えてもアノ室より外へ出た筈はなく室の中で消えたに違いないけれど、人一人が燈火の様に吹き消される筈はないから、或いは何う云う事でアノ室を抜け出て鳥巣庵へ帰ったかも知れぬ、念の為だから鳥巣庵へ人を遣って見ねば成らぬと思い、叔父に其の事を頼んだ所、叔父は、「何も茲へお浦が来るには及ぶまい」と云ったけれど又思い直したか、
「爾だ、医者の所へ遣る使いの者に、帰りに鳥巣庵へ寄る様に言い附けよう」と、斯う云って下へ降りた。
 三十分ほどを経て、其の使いは帰って来たが、お浦は未だ鳥巣庵へも帰って居らぬと云う事だ、余は熟々《つくづく》と考えたが実に奇妙だ、何うして消えたのか到底想像する事も出来ぬ、併し明日にもなれば現われて来るかも知れぬ、ナニ現われて来ずとも少しも構いはせぬ、あの様な横着な女を寧ろ是きり現われて来ぬ方が幸いかも知れぬけれど、若し現われて来れば何うしてアノ室で身を掻き消したかと云う次第が分る、お浦に逢い度くはないが其の次第だけ知り度い。
 併し猶能く考えて見ると、お浦の紛失よりも余の怪我の方が一入不思議だ、アノ室にはアノ時余の外に誰も居なんだ、今思うと刺される前に余の背後で微かな物音が聞こえたかとも思うけれど、刺された後で逃げ去る人の姿さえ見えなんだ、宛《あたか》も壁から剣が出た様に思った、果して壁から剣が出れば剣の出る丈の穴が壁になくては成らぬけれど無論其の様な穴はない、爾すれば余を刺したのは目に見えぬ幽霊の仕業か知らん、昔から奇談は多いが、目に見えぬ一物に刺されたと云う事は聞かぬ、既に是だけの不思議な事が有って見ればお浦の身体が消えたのも怪しむには足らぬ。
 其のうちに叔父は医師と共に又上がって来た。医師の診断に由ると、余の傷は剃刀よりも薄い非常に鋭利な両刃の兇器で刺したのだと云う、其の様な刃物が何所にあるだろうと聞くと、昔|伊国《いたりや》などで、女の刺客が何うかすると此の様なのを用いたが、極めて鋭いから少しの力で人を刺す事が出来るけれど、其の代り創口が余り微妙で、出血が少いから急所さえ外れて居れば存外早く直る、余の怪我も大事にすれば一週間で床を離れる事が出来ようと云われた、シテ見れば驚くほどの大怪我ではない。
 大怪我ではないのに創口の燃える様に痛く、爾して全身の機関が働きを失ったは何う云う者だろう、医師の説は余の考えと同じく印度に産する Curare と云う草と Granil と云う草の液を混ぜて調合した毒薬を剣の刃に塗って有ったに違いないとの事だ、医師は語を継いで「之は専門の刺客のする業です。イヤ刺客に専門と云う事はないが、兎に角余ほど人を刺す術に通じて居る者で無くば、此の様な事は出来ません、薄い刃物で人を刺すには今云う通り遣り損ずる事が有ります、刃《やいば》へ此の毒を塗って置けば遣り損じた所で其の人が働きを失って追っ掛けて来る事が出来ません、其れだから仕損じる恐れの有る場合に、此の様な毒を塗って置くのです、之は臆病の刺客の秘伝だと云いますが、その様な秘伝まで知った刺客が徘徊する室では実に安心が成りませんから、之は丸部さん、其の筋の探偵に詮議させずには置かれますまい」と末の一句は叔父に向って忠告の様に云った。
 叔父は其の言葉に従い翌日直ぐに倫敦へ電報で探偵を一人注文して遣った、翌々日に注文に応じて来着した探偵は、森|主水《もんど》と云って、此の前にお紺婆の殺されたとき此の家へ出張して犯人夏子を取押えた人で、此の幽霊塔の境内の地理や家の間取りなどは充分に知って居るとの事だから最も妙だ、所が此の人の来着して後までもお浦の姿は現われぬ、消えてから既に二昼二夜になるのだから愈々以て唯事ではない、依って森主水は、余の刺客を調べると同時にお浦の消滅の次第をも取り調べる事になった、森の心では或いは此の二事件の間に何等かの連絡がある者と思ったかも知れぬ。

第三十三回 千円の懸賞

 森探偵は其の道に掛けては評判の老練家ゆえ、余の刺された件に就いてもお浦の消滅した件に就いても遺憾なく取り調べるに違いない。
 彼が余の寝室へ上って来たのは、既に下で以て秀子に様々の事を聞いてから後であったとの事だ、余は何と問わるるも有りの儘に答えねば成らぬ、が、若し有りの儘では秀子の身に何等かの疑いが掛りはすまいか、お浦の紛失する前に秀子とお浦との間に一方ならぬ争いが有って、秀子がお浦を永久悔むとも帰らぬ目に遭わせるぞと言い切った一条などは探偵の心へ何う響くか知らん、勿論余の知って居る所では、お浦の紛失は秀子の仕業ではない、お浦が床の上へ仆れると同時に秀子は余の傍へ馳け附けて来た、其の後でお浦が紛失した、爾して秀子は暫く経って後までもお浦が何処かへ隠れて居るのだと信じて居た事は其の時の挙動に分って居る、それだから秀子がお浦の紛失に関係のない事は余がそれに関係のないのと同じ事だけれど、探偵はそうは思うまい。
 余はお浦と秀子との争いを何の様に言い立てて好いか未だ思案が定まらぬに探偵は早や余の枕許へ遣って来た、幸いに彼は秀子の事を問わぬ、余の刺された件のみを問い始めた、余は有りの儘を答え、全く壁から剣が出た様に思ったと云い、猶刃物や毒薬の事に就いては医師の説を其のまま繰り返して耳に入れた、彼は職業柄に似合わず打ち解けた男で、自分の意見を隠そうとせず「イヤ毒薬などの事は、来る道筋で医師の家を尋ねて聞いて来ました、けれど貴方自身が壁から剣が出た様だと云うのでは少しの手掛りも有りませんねエ、シテ見ると矢張り手掛りの有る方から詮議せねば」余「手掛りの有る方とは」探偵「浦原浦女の失踪です」余「お浦の紛失には手掛りが有るのですか」探偵「ハイ手掛りと云う程でなくとも、兎に角、浦女と喧嘩して、永久悔むとも帰らぬ目に遭わせるとまで威した人が有りますから」余「エ、エ、其の様な事を誰に聞きました」探偵「其の当人に聞きました。松谷秀子嬢に」余「秀子が其の様な事を云いましたか」探偵「オオ貴方がそう熱心に仰有る所を見ると貴方と秀子さんは満更の他人では有りませんネ、浦原浦女は貴方の以前の許婚だと云うし両女の間に嫉妬などの有った事は勿論の事ですネ」余は寝床の中から目を剥《む》いて「秀子は私の何でも有りません、全くの他人です、お浦の方には嫉妬が有ったかも知れませんが、若し秀子の方に嫉妬の心などあった様に思ってお調べなさっては必ず大なる違いに陥りますよ」
 探偵は少し笑って「オオ忘れて居ました、貴方に今、心を動かせる様な事は云っては可けぬと医師から堅く断られて来たのです」と云って巧みに此の場を切り抜けて去って了った、後で余は倩々《つくづく》と考えたが秀子は既に自分の口からアノ時の争いの一部始終を告げたと見える、自分の身に疑いの掛るのも知らないで何だって告げたのだろうと、余は残念に堪えぬけれど、又思うと畢竟《ひっきょう》秀子の心が清いから打ち明けたのだ、堅く自分の潔白を信じ、縦し疑われても危険はないと全く安心をして居るのだ、イヤ本来が、何の様な場合にも嘘などは吐かぬ極々正直な心根だよ。
 暫くすると今度は秀子が上って来た、余はアノ左の手を何うしたろうと思い、夫とはなく目を注ぐに、例の異様な手袋はお浦に取られてお浦と共に消えて了ったと見え、別に新しい手袋を被めて居るが、此の手袋も通例のとは違い、スッカリ腕まで包む様に出来て居る、けれど余は其の様な事には気も附かぬ振りで「秀子さん貴女は森探偵にお浦と争った事を話したと見えますネ」秀子「ハイ浦子さんの失踪に付き何か心当りの事はないかと問われましたが、アノ争いより外には何も知った事は有りませんから争いの事を告げました」余「貴女が御自分で密旨を帯びて居らっしゃる事も告げましたか」秀子「イイエ私の密旨は少しも浦子さんには関係はなく、爾して探偵などに告げ可き事柄で有りませんから告げません」余は聊か安心した、密旨などと云うと其の性質の如何には拘わらず、探偵などの疑いを引く者だ、夫を言われなんだは切《せめ》てもだ。
 此の所へ余の叔父も上って来た、続いて彼の鳥巣庵を借り、昔からお浦に一方ならず目を掛けて呉れる根西夫婦も遣って来た、此の度の事件に就いては、全《まる》で余の室が万事の中心点になって居る、頓て又余の嫌いな高輪田長三も遣って来た、根西夫妻が余を慰問して居る間に高輪田は叔父に向って「丸部さん、浦原浦子の失踪に就いて、差し出がましくは有りますが貴方にお願いが有りまして」叔父「貴方のお願いとなら、聞かぬうちに承諾します」高輪田「実は初めから申さねば成りません、私は外国の旅行先で初めて是なる根西夫人と浦原嬢とに逢いました時に、浦原嬢に心を寄せ、其ののち幾度も縁談を申し込みました、所が此の三日前になり嬢は漸く承諾の意を述べて呉れましたから、私はヤレ嬉しやと思いましたら、直ぐに失踪して了いました、私の悲しみをお察し下さい」と殆ど泣き相な顔附きで云って居る、是は実に耳新しい話である、お浦はアノ時も余に向って昔の約束に立ち返って呉れと嘆いたのに其の時既に高輪田の妻たる事を承諾して居たのか知らん、イヤナニ是は怪しむに足らん、お浦の性質として人と約束したり約束を破ったりするのを何とも思わぬ、成るほど余にも高輪田に縁談を言い込まれた事を話した、シテ見ると余と高輪田とへ両天秤を掛けて運動して居たと見える、酷い女だ。
 根西夫人も少し驚いた様子で「オヤ高輪田さん貴方はあの朝、又も浦子さんに縁談を申し込んだのですか、私が尚早いから気永く成さいとアレほど貴方に忠告して置きましたのに」高輪田「でも尚早くは有りませなんだ、嬢の承諾して呉れたのが何よりも証拠です」根西夫人「承諾しても失踪したのが尚早かった証拠でしょう、承諾したのを後悔して夫で姿を隠したでは有りますまいか」此の言葉で見ると此の夫人も余ほど高輪田を憎んで居ると見える、高輪田は顔を赤らめたが其のまま叔父に向って言葉を継ぎ「此の様な訳ですから私は何うしても浦子嬢を探し出さねば成りません、夫に就いては今度の森探偵へ千円の懸賞を附したいと思いますが、何うか貴方の御承諾を」叔父「其の様な事なら私から、願いこそすれ故障などは有りません」高輪田「そうして此の探偵が終る迄は私は此の土地に留まります」根西夫人は又聞き咎め「此の土地に留まるとて私共は近々鳥巣庵を引き払いますよ、彼の家を借りたのも全く浦原嬢の望みに出た事で、嬢の行方が知れぬとあれば、アノ家に居るも不愉快ですから、倫敦へ引き上げる積りですが、爾なれば貴方は何所へ逗留なさるのです」と根城から攻め立られ、高輪田は当惑げに、唯「爾なれば――、左様さ爾なれば」と口籠るばかりだ、叔父は見兼ねて「イヤ其の時は此の家へ御逗留なさる様に」高輪田は渡りに船を得た面持で「そう願われれば此の上もない幸いです」と喜んだが、此の男を此の家へ逗留させる事に成っては何の様に不幸が来るかも知れぬと余は窃に眉を顰《ひそ》めた、秀子も無論同じ思いの様だ。

第三十四回 衣嚢《かくし》は何所に

 高輪田長三は余ほどお浦に執心で居た者と見え、愈々千円の懸賞を其の探偵に賭けた、爾して全で血眼の様で探偵の後を附け廻って、鳥巣庵へは帰らずに大概は此の家に居る、尤も鳥巣庵の主人根西夫婦は未だ鳥巣庵を引き払いはせず、時々余の病気見舞などに来る、余の叔父朝夫も、出来る丈は探偵と高輪田との便利を与える様にして居る。
 探偵は千円の懸賞の為には一入《ひとしお》熱心を増した様だ、けれど少しの手掛りも得ぬ。余を刺した兇徒は何者、お浦の紛失は何の為、依然として黒暗々だ、強いて手掛りと名を附ければ名も附こうかと思われるは堀端の土堤の芝草が一ケ所滅茶滅茶に蹂みにじられてあると云う一事ばかりだ、是は高輪田が見出したので、当人の鑑定では若しお浦が此の土堤で何等かの暴行に遭ったのでは有るまいかと云うので余の叔父は聊か賛成しかけて居るけれど、森探偵は賛成せぬ、余の意見では何しろお浦の紛失は締め切った室の中で少しの間に消えて了ったのだから、尋常一様な詮索で説き明かすことは出来まい。森探偵はそう思って居る様子だが悲しい事には其の時同じ室に居たと云う為に、秀子に疑いを掛け、時々余の前でも秀子を詮議せぬと可けぬと云わぬ許りの口調を用うる、是は余の心を引く為で有ろう、余は併し真逆に秀子が人間一人を吹き消す事が出来ようとも思わぬから其のたびに秀子を弁護するのだ。
 斯う云う様では迚も探偵が進みはせぬ、と云って外に探偵の仕ようもないから、一同余の室へ落ち合っては唯不思議だ不思議だと云う許りだ、其のうちに一週間の日は経ったが、余は医者の云うた通り寝床を離れて運動する事の出来る様になった、自分の気持では最う平生の通りで、何の様な労にも堪えるけれど医者が未だ甚く力を使っては可けぬと云うから先ず大事を取って戸外へは出ぬ、けれど階段の昇降などは平気で遣って居る。
 斯うなると余は又余だけの仕事が有る、お浦の紛失などは何でも好い、怪我する前に仕掛けて置いた取り調べを片附けて了い度い、取り調べとは果して狐猿に引っ掻れた傷が古釘の創と似寄った禍いをするか否やの一件だ、余が之を取り調べる為に書籍室へ行き、書籍を尋ねる間に壁から剣の出た事は読む人が猶覚えて居るだろう、お浦の紛失と云う大問題の出来た今と為って此の様な小問題は殆ど取るに足らぬけど、大問題を取り調べる手掛りがないのだから、小問題と雖《いえど》も捨て置くには優るだろう、此の様に思って第一に余は彼の虎井夫人の室に行ったが、夫人は真に憐れむ可き有様に痩せ衰え今日明日も知れぬ境涯だ、医者も詰め切って居る、秀子も詰め切って居る、狐猿も詰め切って――イヤ狐猿は秀子の注意で、箪笥の許へ縛り附けられて再び人を引っ掻く事の出来ぬ有様と為って居る、医者の言葉では、若し今日に成って熱が下らねば虎井夫人は到底此の世の者ではない所で有ったが、今朝から熱が下ったから此の後は最う恢復に向う一方だと云う事だ、是には秀子も愁いの眉を展《ひら》いた様子だ。
 余が此の室を去ると共に秀子は、廊下まで附いて来て、余を引き留め、小さい声で「変な事を伺いますが若しや貴方は過日虎井夫人に頼まれて夫人の被物《きもの》の衣嚢を、裏から※[#「※」は「てへん+劣」、73-上19]取《もぎとっ》て遣りは成されませんでしたか」成るほど其の様な事が有った、余は秘密を守る積りで居たが今は爾も成らず「何うして其の様な事が分ります」秀子「イエ先日私が此の室を出て少し阿父様の傍へ行った間に、夫人の被物の衣嚢が無くなって居りました、勿論夫人が自分で起き上って被物の傍まで行く力はなく、誰かに頼んで仕て貰ったに違いないのですから、夫となく聞き糺して見ますと私の居ぬ間に丁度貴方がアノ室へ夫人の病気見舞に行ったと云う事が分りました」余「其の通りです」秀子「貴方は衣嚢の中を見ましたか」余「イイエ」秀子「その中には私の盗まれた手帳が入って居るに違い有りません」余の思った所と全く同じ事だけれど、余は故と「では幽霊の真似をして私を驚かせた――」秀子「ハイ其の盗坊《どろぼう》は虎井夫人です、私は初めから疑って居ましたが、衣嚢の紛失を見て愈々爾だと思いました、夫人は狐猿に引っ掻れたと云うのも実はあの時古釘に引っ掻れたのだろうと思います、私は過日来図書室へ入り狐猿の事を記した書籍等を調べて見ましたが狐猿の爪に毒が有るなどと云う事は何の書籍にも書いてありません」余は今に初めぬ事では有るが秀子の万事に行き届くに感心し「オオ最うお調べになりましたか、実は私も其の事を調べ度いと思って居ました」秀子「シタガ其の衣嚢は何うしました、中に確かに私の品が有りますから、縦しや夫人の秘密にもせよ私は其の衣嚢を検めて誰にも咎められる事はないと思います、エ、其の衣嚢は何所に在ります」と余ほど決心した様子である、余「其の衣嚢は最う此の家には有りません」秀子「エ、此の家にない――」余「ハイ私が夫人の頼みに応じ直ぐに小包郵便で送り出しました」秀子は今迄そう端下なく顔色など変りはせぬのに、此の時ばかりは顔色を変えて「夫は大変な事を成されました、爾して送った先は若しや蜘蛛屋では有りませんか」蜘蛛屋とは聞いた事もない名前ゆえ、余「エ、蜘蛛屋とは」秀子「ペイトン市在の」余「爾です。ペイトン市在の養蟲園と宛名を書きました」秀子「其の養蟲園と云うのが蜘蛛屋です、貴方は先ア大変な事を成されました、アノ手帳が蜘蛛屋の手へ這入っては」余「イヤ夫ほど大変なら私が其の蜘蛛屋へ行って――爾々主人の名を穴川甚蔵と書いた事も覚えて居ますから其の穴川に逢うて取り返して参ります」秀子「飛んでもない事を仰有る、アノ家へ入らっしゃれば毒蜘蛛に喰い殺されます、蜘蛛の糸に巻かれ身動きも出来ぬ様になり、迚も活きては返られません」今の文明の世に、昔の怪談めきたる毒蜘蛛を養いて人を其の糸に巻き殺させるなどと云う事が有るだろうか、秀子は思い出しても恐ろしいと云う様に、言葉と共に身震いをした。

第三十五回 身の毛が逆立つよ

 養蟲園とは真に蜘蛛を養う所であろうか、蜘蛛屋とは聞いた事もない商売柄だ、爾して人を大きな蜘蛛に与えて其の糸で巻かせて了うだろうか、余は秀子が恐ろしげに身震いする様を見て思わずゾッと全身を寒くした、猛き虎に出合ってさえ泰然自若として其の難を逃れた秀子が、話にさえ身を震わす程だから、余ほど恐ろしい所に違いない、とは云え昔の怪談では有るまいし今の世に人間を喰うほどの大きな蜘蛛が有る筈はない、猛獣や毒蛇ばかり跋扈《ばっこ》して居る大の野蛮国なら知らぬ事、文明の絶頂に達した此の英国に、何で秀子の云う様な毒蜘蛛が居る者かと、少しの間に思い直しは直したけれど、余は何うも其の養蟲園へ行って見たい、秀子の手帳を取返し得るや否やは扨置いて、毒蜘蛛の糸に巻かれ身動きも出来ないで喰い殺されると秀子の形容する其の実際の有様を見究め度い、併し今の此の身体では仕方がない、是ならば大丈夫と医師から許しを得る様になれば余は必ず行って見よう。
 併し之よりも差し当り余が不審に思うのは虎井夫人と秀子との間柄だ、問うは今だと思い「ですが秀子さん、虎井夫人は貴女の附添人であるのに貴女の手帳を盗むとは余り甚いでは有りませんか」秀子「ハイ私の附添人ですけれど少しも気の許されぬ人ですよ、身体の健康な時には色々の事を目論見《もくろみ》まして、幾度私と喧嘩するかも知れません」勿論余は秀子と虎井夫人と意見の衝突する場合の有るのを知って居る、初めて此の土地の宿屋に泊った夜なども、既に記した通り夫人と秀子とが甚く争って居るのを聞いた、だから秀子の此の言葉は少しも偽りのない所であろう、けれど夫ならば何故に暇を遣らぬのであろう、余「其れほど気の許されぬ方なら何故雇うてお置き成さる」秀子「私が雇うて置くという訳でなく、先が離れぬのです、昨日や今日の間柄でないのですから、私も詮方なく我慢をして居ます」余は猶充分の不審を帯びて「ヘヘエ、爾ですか」と云う計りだ、秀子は説き明かす様に「私の乳婆《うば》だものですから」と言い足した、成るほど成るほど、夫で読めた、乳婆ならば何となく秀子を監督する様な素振りの見ゆるも尤もだ、乳婆ならば振り放したとて向うが平気で随って居る事もあろう、殊には幼い時から秀子の身の秘密をも知って居るので猶秀子から解傭《かいよう》する事は出来まい。
 此の日は是で済んだが、翌日は例のお浦の消滅一条を詮索する為此の屋敷の堀の底を網で探ると云う事になった、真逆にお浦が死骸になって堀の底に沈んで居ようとは思われぬ、成るほどお浦が余に約束の回復を迫った末、身でも投げるかの様に見せ掛けて堀の方を指し走って行った事の有るのは余は知って居るけれど仲々身投げなどする女ではない、其の後で直ぐに秀子を誘って引返して来た丈でも分って居る、或いは誰かに投げ込まれた者とせんか、それも取るに足らぬ考えだ、お浦の消滅は閉じ切った室の中で起った事件で、少しも堀などに関係はない、だから余は堀の底を探ると聞いて直ぐに叔父に問うた「何の為に堀の底と云う見当を附けたのです」と、叔父は少し当惑の体で「イヤ見当を附けたのではない、何の手掛りもなくて探偵も高輪田氏も甚く心配して居て、此の方は其の心配を坐視するに忍びぬから、高輪田に向い「最早尋ねる所がないから念の為堀の底でも探って見ますか」と云うた、すると高輪田氏は飛び附く様に「私も実は堀の底を探り度いと思って居ましたが御主人が其の御了見なら早速探らせて頂き度い」とて先に立って探偵に説き付けた、探偵は躊躇の気味で「何の手掛りも得ずに、唯深い堀が有るからと云って堀を探るは職業上の恥辱だ」と答えたけれど何しろ千円の懸賞をまで出した人の言葉を無下に聞き流す事も出来なんだか夫に又高輪田氏が「ナニ手掛りのないのに困じて堀を探るのではなく、既に土堤の芝草を踏みにじった所が有ったではないか、是だけの形跡が有れば、兎にも角にも探らずには置かれまい」と云い此の方も自分の口から言い出した事だから傍から賛成の意を表した、夫で探偵も遂に同意し、既に先刻から其の用意を始め、舟も艇庫《ていこ》から出し、此の土地の巡査なども監督の為に出張して居る、最う大方着手する所だろう」と斯う答えた、勿論余は異存など云う可きでなく、最しや腹の中でも無益だろうと思っても念の為探る方が当然には違いないから、唯「アア爾ですか」とのみ答えたが、探って愈々何の様な結果になるだろうとは、神の様な炯眼の読者でも知る事は出来まい、今思うと実に此の様に意外に、恐ろしい結果は又と有るまい、本統に身の毛が逆立つよ。

第三十六回 大変な事を発明

 堀の底から何が出るか、既に捜索に着手して居ると云うから、余は行って見たく思うけれど、猶だ医者から外出の許しを得て居ぬゆえ、塔の上から見るとしよう、ナニ堀端まで行った位で余の身体が悪く成る気遣いはないけれど、今は充分に此の身を自重せねば成らぬ時際《とき》だ、是から何の様な闘いに臨まねば成らぬかも知れぬ、毒蜘蛛の巣窟と云う蜘蛛屋へも行かねば成らぬかも知れぬ、秀子の為に骨身を砕かねば成らぬかも知れぬ、何でも大事に大事を取って、一日も早く此の身を鉄の様に丈夫な日頃に癒して了わねばならぬ。
 塔の四階に在る自分の室へ登ったけれど、少しの事で充分には見えぬ、もう一階上へ行けばと日頃メッタに昇った事のない時計室へ上って見たが茲ならば先ず我慢が出来る。堀から堤《どて》の九部通りは目の中に在る、堀の中には三艘の小舟があって、一艘は探偵が乗って差図をし、二艘は此の土地の巡査らしい人が乗って網を引き廻して居る、幾等捜したとて消滅した浦原お浦が死骸と為って其の底に沈んで居る筈はない、鯰でも捕える位が関の山だからと此の様には思うけれど何となく終りまで見て居たい。之が人情と云う者だろう。
 見て居るうちに余の頭の上で、大きな鳥が羽叩きでもするかと思われる様な物音がした、之は兼ねて秘密の組織と云う此の塔の時計が時を報ずる間際なので、先ず此の様な音を発するのだ、傍で聞くと物凄い程に聞こえる、余は今まで秀子の忠告は受けたけれど深く此の時計の組織などを研究した事はないが、時を打つ時には何か異様な事が有るか知らんと思って、立って検めて見たが、時計の大きさは直径一丈ほども有る、下から見るよりは三倍も大きいのだ、而して其の時刻盤の裏の片隅に直径三尺ほどの丸い鉄板を張ってある、何故か此の鉄板は緑色に塗って有る、何の為の板であろう、時計の機械に甚く関係のある様にも思われぬが、或いは取り脱す事でも出来るか知らんと、力を籠めて動かして見ると仲々動く所ではない、叩いて見ると厚さも可なり厚いと見え、宛も鉄の戸扉を叩く様な音だ。
 何しろ余り類のない組織だから余は一時、堀の事を打ち忘れる程になって其の鉄板を検めたが、板の真中に、辛《やっ》と人の手が這入る程の穴がある、併し穴の中は真暗だ、余は之に手を入れようとしたが、女か子供の手なら格別、余の様な武骨な手は到底這入らぬ、殊に穴の周辺《ぐるり》が既に錆びてザラザラして居るから、女でも此の穴へ手を入れれば必ず引っ掻かれて怪我するに極って居る、と斯う思うと忽ち思い当ったのは虎井夫人の事だ、夫人が手を引っ掻かれて居るのは、幽霊の真似をして此の塔へ上り、此の穴へ手を入れたのだ、爾だ、爾だ爾だ、爾して秀子は此の穴の事を知って居るのだから、直ぐに夫と看破して彼の夫人を疑う事になったのだ。
 夫にしても虎井夫人が何の為に夜深けに此の塔へ上り、鉄板の穴へ手を入れて見る様な異様な事をしたのだろうと、今更の如く怪しんで居るうち、時計は時を打ち始めた、時は即ち午後の四時である、所が奇妙な事には、時計の鐘が一つ打つ毎に、其の鉄板が少し動いて、自然に右の方へ廻る、若し時計が十二時を打つ時には鉄板は必ず一廻りだけ回って了うだろう、爾して其の廻る度に真中の穴へ外から光明が洩れて来る、変だなと、余は光明の洩れる度に其の穴へ目を当てて窺いて見たが光明は上の方から、斜めに指すので、全く天の光明《あかり》だ、暗の夜ならば決して光明は射さぬであろう、併し其の穴から直接に空を見る事は出来ぬ、穴は唯真向うを見る許りで、奥の方に何があるかは能く見て取る事が出来ぬ、其の中に時計は唯四声打って止んだから鉄板も動き止んだ、穴も元の通り真暗に成って了ったけれど余は大変な事を発明した。
 外でもない、丸部家の咒語の中に、全く無意味かと思われる句が有ったが其の句は全く此の時計の此の鉄板と此の穴とを指した者だ、読者は覚えて居るだろう、第九句に「鐘鳴緑揺」とあって第十句に「微光閃※[#「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、77-下4]」とあった事を、是だ是だ、鐘鳴りとは時計の時を打つ事で、緑揺くとは時計の緑色に塗った鉄板が動くと云う事、爾して微光が穴から閃いて輝いた、アア知らなんだ、知らなんだ、是で見るとアノ咒語は決して狂人の作った囈言《たわごと》ではない、確かな謎が籠って居るのだ、丸部家が先祖代々から其の当主にアノ咒語を暗誦させたも無理はない、秀子が切に余に向って咒語と図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、77-下9]とを研究せよと勧めたのも茲の事だ「名珠百斛[#著者による「明珠」の間違いかと思われる]、王錫嘉福」などと云うも夫々確かな意味のあるのに違いない、是からは真面目に咒語と図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、77-下11]とを研究して見よう「神秘攸在、黙披図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、77-下12]」などと云う文句も俄かに恭々しき意味が出て来た様に思われる、虎井夫人が鉄板の穴で手を引っ掻いた抔《など》も矢張り内々で此の咒語を解釈したいと研究して居る為だ、秀子の手帳を盗んだもそれ、秀子が手帳の事を痛く心配するも矢張りそれだ。
 成るほど、秀子がアア心配する所を見るとアノ手帳には余ほど詳しく書いて有ったに違いない、夫も其の筈よ、一寸と茲へ登って来た許りの余ですらも是だけ発明するのだから、久しい以前から毎日の様に研究して居る秀子は、事に由ると最う悉く秘密を解釈し盡くして居るも知れぬ、是は堀の中の詮索よりも、塔の上の詮索の方が遙かに好い結果を来すのだ哩《わい》と余は独り黙首《うなづ》いて居たが、此の時堀の方から人々の異様に叫ぶ声が聞こえた、何の事だか勿論聞き分ける事は出来ぬけれど、直ちに又廊下へ出て見ると、何だか大きな物が網に掛かり、舟へ引き上げようとして居る所だ、余は遽てて下の居室へ降り、双眼鏡を取って又上って来、度を合せて見直したが実に驚いたよ、サア網に掛かって上ったのは何であろう、読者も銘々に推量して見るも亦一興だろう、次回には分るのだから。

第三十七回 切口も見事だ

 網に掛かって揚《あが》ったのは、余の双眼鏡で見た所では大きな不恰好な風呂敷包みの様な物である、勿論多少は泥に塗《まみ》れて居るが、併し此の堀は上下とも流れ河に通じて居て水門こそ毀れて居れど常に水が流れ替わって居る故、底も幾分か清い、世間に有りふれた、水の替わらぬ溷泥《どぶどろ》の様な、衛生の害になる堀とは少し違う、引き上げた品が泥に汚れて居るとは云え、其の正体を見分け難い程ではない。何でも風呂敷包みだ、爾まで古くない風呂敷包みだ、サテ中の品物は何であろう。巡査の船へ引き揚げると探偵の舟も遽てて其の所へ漕ぎ附け探偵が何か差し図して居る。
 其のうちにヤットの事で網から其の品物を取り脱して船の中へ入れたが、オヤオヤ不恰好な其の包みの一方から何か長い物が突き出て居る、何であろう、何であろうと、余は双眼鏡の玉を拭いて見直したが、何だか人間の足らしい、泥の附いた合間々々が青白く見えて居る所は何うも女の足らしい、扨は叔父や高輪田などの見込みが当たって、全くお浦が死骸と為って水底に沈んで居たのだろうか。
 余は実に気持が悪い、けれど双眼鏡を自分の目から離す事は出来ぬ、探偵も巡査も余ほど驚いた様子である、頓て舟は土堤の下へ漕ぎ附けた、大勢が其の所へ馳せて行った、風呂敷包みは土堤へ上げられた、余の叔父は見るに忍びぬと云う様で顔を傍向《そむ》けた、高輪田も熱心に探偵に向って何事をか云って居る、探偵は更に余の叔父に振り向いた、叔父と探偵との間に暫く相談が始まった様に見える。
 後で聞いたら此の相談は、風呂敷包みを直ぐに其の所で開こうか家の中へ運び入れて開こうかとの評議であった相だ、警察の規則では総て斯様な品は現場から少しも動かさずに検査せねば成らぬので巡査等は家の中に運び入れては可けぬと言い張ったけれど余の叔父が事に由りては一家の家名に拘わろうも知れぬから、是非とも他人の見ぬ所で検めて呉れとて探偵に頼み、漸くに聴かれた相だ。
 暫くすると巡査数人が風呂敷包みを舁いで此の家の方へ来る、最早塔の上に居たとて仕方がない、余は双眼鏡を衣嚢に納めて下へ降りて行った、風呂敷包みは玉突き室の隣に在る土間へ入れられ、茲で開かれる事になったが、余は第一に其の風呂敷包みを見て驚いた、何故と云うに尋常の風呂敷ではなく、東洋の立派な織物で、実は先の日お浦が消滅した時、其の室の卓子に掛かって居た卓子掛けである、其の卓子掛けは確かにお浦の消滅する時まで無事で有ったが、お浦と共に紛失したと云う事で、余は病床に居る間に其の事を聞いた、確かに叔父が「大事の卓子掛けが無く成ったが其の方が何所か外の室へ持って行きはせなんだか」と余に聞かれた事がある、是が即ちその卓子掛けである。
 探偵が先ず此の場合の主人公と云う位置を占め、其の包みを解《ほど》き始めた、突き出て居る足は確かに女の足である、其の足の方から順に上へ上へと解いて行くのだ、少し解くと直ぐに着物の端が現われたが、是も余には見覚えがある、消滅の時にお浦のきて居た着物である、探偵は呑み込み顔に「アア水死した者ではない、少しも水は呑んで居ぬ、死骸に成った上で堀に投げ込まれたのだ」と云った、次には腰の辺へ大きな石を縛り附けてあるのが現われた、死骸の浮き上らぬ用心たる事は無論である、叔父は殆ど見兼ねたけれど必死の勇を鼓して辛くに見てるらしい、次には左右の手の所まで解いたが、探偵ばかりは全く落ち着きくさって居て、静かに死骸の其の両の手を悉く熟視した、手には左右とも二個ずつの指環がはまってある、探偵「此の指環に見覚えは有りませんか」と叔父に問うた、勿論見覚えがある。余は幾年来、お浦の両手に都合四個の此の指環が輝いて居るのも見飽きた一人だ、叔父は前にも記した通り検事を勤めた昔と違い、非常に神経が弱く成って、充分に返事は為し得ず、単に「私が買って遣ったのです」と答えた、お浦の名さえも口に得出さぬ、探偵「誰に買って遣ったのです」と飽くまで抉《えぐ》る様に聞くから余は見兼ねて「浦原浦子にです」と代言した。
 何しろ余り無惨な有様に、叔父は勿論余さえも此の上見て居る勇気はない、水の中で恨みを呑んで沈んで居たお浦の顔を見るのが如何にも辛い次第だから、俯向《うつむ》いて暫く目を閉じて居たが、其のうちに探偵は「アッ」と叫んだ、落ち着きくさった探偵が斯うも叫ぶほどだから余ほどの事が有るに違いない、数人の巡査も口々に「是は余りだ」と叫んだ、何事だろうと余も顔を見上げてたが、実に戦慄せずに居られぬ、お浦には顔がない、首の所をプッつり切って、頭だけなくなって居る、余ほど鋭い刃物で切ったに違いない、切口も美事なものだ、何だとて斯うも惨酷な事をしたのであろう。人を殺して首だけ切り取って何所かへ隠し、爾して首のない死骸だけを堀の中へ沈めて置くとは、人間の仕業でない、鬼の仕業だ。

第三十八回 首の無い死骸

 読者は未だ首のない死骸を見た事は有るまい、非常に恐ろしく見ゆるは勿論の事、非常に背丈の短く、非常に不恰好に見ゆる者だ、お浦は随分背も高く、スラリとした好い姿で有ったが、何となく優美な所を失った様に見える、成るほど身体の中の第一に位する首と云う大切の権衡《つりあい》がなくなったのだから全体が頽《くず》れるのは当然だ。
 何しろ此の恐ろしい有様に一同は暫しの間、一言をも発し得ぬ、顔と顔とを見合わす事も出来ぬ程だ、ミルトンの所謂、自分の恐れを他人の顔で読むのを気遣うとは、茲の事だ、其のうち第一に口を開いたのは探偵森主水だ、彼は独言の様に「是が愈々浦原浦子の死骸とすれば実に失望だよ」と云った、何故の失望だろう、彼は更に語を継いで「今までこうああと心に描いた推量が悉く間違って了う事になる」と云うた、此の語で見ると彼は今までお浦が未だ死んでは居ぬと思って居た者と見える。
 探偵の言葉を聞き、今迄|屏息《へいそく》して居た高輪田は、螺旋《らせん》にでも跳ねられたかの様に飛び上って爾して情ないと云う声で「是が何で浦原嬢の死骸でない事は有りません、無事で居たなら今頃は私の妻ですのに」と云い、涙をハラハラと滴《こぼ》して更にお浦の死骸に蹙《しが》み附き「誰に此の様な目に遭わされました、浦子さん、浦子さん、此の敵《かたき》は必ず高輪田長三が打ちますから」と誓う様に云うたけれど首のない者が返事する筈もない。
 余の叔父は最早此の有様を見ては能《よ》う居ぬと思ったか何時の間にか居なくなって了った、探偵は猶独語を続けて「併し斯う意外な事柄が現われると大いに探偵が仕易くなる、一つも捕え所がなくては何の思案の加え様もないが、兎に角死骸――而も首のない死骸が出ては是程明白の手掛かりはないのだから、爾だ、探偵の面白みは減ずるかも知れぬが成功の見込みは増して来る、高輪田さん千円の懸賞は遠からず私が頂きますよ」高輪田は夢中の様だ「千円が二千円でも宜しい。早く下手人を探して下さい、早く早く」と泣き声でせがんで居る、探偵は益々落ち着いて「斯う成れば最う此の土地で探すよりも倫敦で探す方が早や分りだ」と、独語にしては、高過ぎる程の声で云うた。
 此の土地の犯罪を倫敦で捜すとは余り飛び離れた言葉だから、余「此の犯罪は何か倫敦に関係が有ると云うお見込みですか」探偵「イヤ未だ何の見込みも定まりませんが、今までの経験で、小さい犯罪は其の土地限りで有りますけれど此の様な重大な異様な犯罪は必ず倫敦で取り調べる探偵に勝ちを得られます」余「では倫敦へお出ですか」探偵「ハイ、ですが、兎に角検屍官が此の死骸を何う検査するか其の結果を見た上でなければ私の実の判断は定まりません」
 斯う云って猶綿密に死骸の諸々方々を検めたが、頓て「オヤオヤ、此の様な物が」と云って、探偵は死骸の着物の衣嚢から何やら凋《しな》びた様な物を取り出した、熟く見ると彼の松谷秀子が左の手に被《はめ》て居た異様な手袋である、高輪田長三は目を見開き「ヤ、ヤ、森探偵。此の品には確かに私が見覚えの有る様に思います」探偵「爾ですか、愈々見覚えがお有り成されば夫こそ屈強の手掛かりです」高輪田「見覚えが有っても軽率には云われません、私は生涯此の手袋は忘れません」余も生涯此の手袋を忘れる事は出来ぬ、此の手袋がお浦の衣嚢に在るは、全くお浦が消滅する前に無理に秀子より奪い取ったので怪しむには足らぬけれど秀子の身に取っては、何れほど重大な嫌疑の元となるかも知れぬ。
 余も今は殆ど此の所に居かねて、探偵に其の旨を告げて退いたが、家の内の人々は孰れも青い顔して、少しの物音を立てるさえ憚る如く、言葉も細語《ささやき》の声でなくては発せぬ、室の内を歩むにも爪立てて歩む程だ、言わず語らず家の中へ「恐れ」と云う事が満ちて了った、が、其の恐れの中にも最も重い疑いは秀子の身に掛かって居る、誰も口には出さぬけれどお浦の死んだのは秀子に責任があると云う様に心の中で思って居るらしい、「恐れ」が家に充満して居ると同じく「疑い」も家の内に満ちて居る、其の中に早や日も暮れたが余は探偵から呼ばれたに就いて再び死骸の室へ行って見ると、死骸には早や白い布を着せてある、探偵「ナニしろ此の死骸は水底で既に一週間ほど経た者ゆえ、斯うして置く訳に行かず直ぐに検屍を請いましたけれど、本統の取り調べは、既に日も暮れた事ですから明朝でなくては行われません、依って充分に防腐などの手数をも盡くして置きました」余「今夜誰にか番をさせましょうか」探偵「ハイ番は数人の巡査が交代して致します、私は唯明日の検屍の事を申して置きたいので」余「ハイ伺って置きましょう」探偵「明日の検屍には貴方の叔父さん、貴方、高輪田長三、根西夫妻、夫から松谷秀子と是だけが呼び出されますから其のお積りで」と特に秀子の名に力を籠めて云うは或いは到底秀子の罪は逃れぬから今から其の用心せよとの謎ではあるまいか、余は唯「左様ですか」と云って分れたが、此の死骸が何所まで人を驚かす事であろう、翌日の検屍には首のないよりも猶一層重大な事柄が発見された。

第三十九回 事件の眼目

 明日の死骸検査で、何の様な事が分って来るか知らぬが、余は何うしても心に安んずる事が出来ぬ、此の夜は殆ど眠らずに考えた、けれども取り留めた思案は出ぬ。
 全体誰がお浦を殺しただろう、秀子が殺したとすれば何も彼も明白だ、秀子は実際お浦を殺さねば成らぬ場合に迫って居た、お浦に何事かの秘密を看破せられ、殺す外には口留めの工夫がなく、殺すと云って恐迫《おどし》て居た、真に殺し兼ねざる決心の様も現われて居た、爾してお浦と攫み合いの喧嘩を始め、お浦を床の上へ投げ倒した、其の後は何うしたか知らぬけれど其の時限りお浦の姿が見えなくなって今日初めて堀底から現われたのだ。
 是だけで考えて見ると何うも秀子の仕業と見認《みと》めぬ訳に行かぬ、けれど少し合点の行き難いは、何うして何時の間にお浦を殺し何時の間にアノ室で其の死骸を隠し、何時の間に死骸の首を刎《はね》て爾して何時の間に堀の底へ沈めただろう、勿論余は秀子の一挙一動を監視して居る訳ではなく其の後一週間も寝て居たのだから其の間に秀子が何の様なことをしたかも知れぬ、或いはお浦を投げ倒したとき、実は床板をでも外して有って、余の耳に投げ倒した様に聞こえたのは其の実床の下へ投げ込んで置いたので夜に入って床下から引き出し卓子掛けに包んで堀へ持って行ったのかも知れぬ。
 けれど余は秀子が其の様な事をする女とは思わぬ、イヤ少くとも此の時は未だ思わなんだ、アノ美しい顔で、若しも此の様な事をするとせば、人間第一の看板とも云う可き顔の美しさは何の値打ちもなくなって了う、尤も今までとても顔の美しさに似ぬ心の恐ろしい女は有りはするけれど、顔は七部通りまで愛情の標準にもなる、大抵の愛は顔を見交したり又は顔に現われる喜怒哀楽を察し合ったりする所から起こる者だ、若し秀子の様な美しい顔が美しい心の目録でないとすれば、全く人間の愛情や尊敬などの標準は七部まで破壊されて了うではないか。
 と云った所で、秀子の外にお浦を殺す者が有ろうとは猶更思われぬ、秀子でなくば誰だろう、自殺だろうか、お浦が自分で自分の首を切り、其の首を何所かへ隠し、爾して自分の腰へ石を結び、身体へ卓子掛けを捲き附け、堀へ行って飛び込んだ、イヤ首のない身体で是ほどの働きは出来ぬ、然らば誰が殺した、と云って誰と目指す可き者は一人もない。
 余は此の様に色々と翌朝まで思い廻して、漸くに只一つ思い附いたは、お浦の首は何うなっただろうとの疑いだ、又思うと何故に首のない者に仕て了っただろう、全体探偵が此の様な所を怪しまぬは不行き届きだと、斯う思ったから翌朝第一に探偵を尋ねた、けれど何所に居るか分らぬから、廊下をそちこちと歩んで居ると探偵は彼の虎井夫人の室から出て来た、オヤオヤと思い其の傍に行って「貴方は何で虎井夫人の室に居ました」探偵「秀子さんの素性を詳しく聞きたいと思いまして」余「シタが夫人は病気ゆえ好く答える事は出来なんだでしょう」探偵「イエ病気は昨日熱が引いてから大いに好くなったと云い差し支えなく問答が出来ました、アノ様子では今明に起きるでしょう、心配で最う寝て居られぬなどと云って居ました」余「爾して秀子の素性を詳しく聞きましたか」探偵「イイエ彼の夫人は唯附添人として雇われた丈で詳しくは知らぬと云いました」扨は彼の夫人、自分が秀子の乳婆であった事を推し隠し、昨今の知り合いの様に云ったと見える、余「貴方は余ほど秀子を疑うと見えますネ」探偵「イエ探偵と云う者は人を疑っては間違います、私は誰をも疑わず唯公平に証拠を詮索するばかりですが、併し秀子さんは今の所確かに誰からも疑われる地位に立って居ます、浦子さんと劇《はげ》しく喧嘩した事実なども多勢に知られて居ますから」余「ですが森さん、お浦の死骸に首のないのは何う云う訳でしょう」
 何故か此の問いに森探偵は殆ど急所でも衝かれたと云う様にビクリとして、能く喋る其の口を噤んで了った、余「首は何うしたのでしょう」探偵は漸くに「其所が此の事件の眼目ですよ、特に其の点へお気が附いたとすれば貴方は余ほど着眼がお上手です」褒められても何の為に是が此の事件の眼目か余には分らぬ、余があたふたとする様を見て探偵は、扨は何の故もなくただ首のないのを怪しんだ丈かと見て取った様子で、少し軽侮の口調と為り「多分は殺した丈で未だ恨み癒えず、復讐の積りで殊更に首まで切ったのでしょう、首と胴と別々に埋めれば魂が浮ばれぬなどと能く世間で云うでは有りませんか。此の様な事をするのは女に限って居ますよ、嫉妬などの為に此の顔の美しいのが恨めしいなどと云って殺した上で顔を寸断寸断《ずたずた》に切るなどの例が幾等もありますよ」誠らしくは云うけれど、森が死骸に首のなきを此の事件の眼目とするは決して斯様な浅薄な理由の為でないのは明白だ、余は其の真の理由を知りたい者と、我が智恵袋を絞る様に考え廻しても到底思い到る事が出来ぬ、余「首は何所に在るのでしょう、エ、何所へ隠してあるのでしょう」探偵「サア、其所です、私が倫敦で詮索せねば分らぬと云うのは其所の事です」と之は真の熱心を以て言い切った、余は益々分らぬけれど、そう諄くは聞く事も出来ぬから、其のまま無言《だま》って了ったが、其のうちに愈々検屍の時刻とはなった。

第四十回 三十ぐらい

 愈々お浦の死骸検査は始まった、余は読者に対し茲で死骸検査の事柄を簡単に説明して置きたい。
 死骸検査とは一種の裁判の様な者だ、検査官の外に警察医の立ち会うは勿論の事、十二名の陪審員がある、此の陪審員が種々の事を判断するので、決して死骸を検査するのみではない、第一に此の死骸は誰の死骸か、第二に自分で死んだのか他人に殺されたのか、第三に殺されたとすれば謀殺か、故殺か、第四に之を殺した下手人は何者か、第五に其の殺した者の目的は何であるか、第六に其の者を本統の裁判に持ち出す可きや否やと、凡そ第六条を詮議するのだ、だから通例の死骸検査で以て嫌疑者が定まり、裁判に移す値打ちの有るかないかも定まる、若しも陪審員の疑いが松谷秀子に掛かっては大変だ、秀子は到底、裁判所へ引き出されずには済まぬ、余は何うか秀子を助けて遣り度い、自分が証人として此の検査官の前で審問せられるを幸いに、何うか秀子の利益になる事を申し立て、陪審員をして此の死骸に就いては一人も嫌疑者を見出す事が出来ぬと云う判決を下させ度い、所が悲しい事には秀子の利益に成る様な事柄は一個もない、余が知って居るだけの事を述べ立てたら秀子は決して助かりッこがない、イイエ此の女は悪事などする様な者では有りませんと余の信ずる所を述べたとて何の益にも立たぬ。
 家の人誰も彼も、殆ど残らずと云っても好いほどに秀子を疑って居るのだから何うも陪審員なども秀子を疑うであろう、殊に高輪田長三などは秀子を捕縛せしむるまでは休《や》まぬであろう。
 余は此の様に思って、只管検屍を恐れたが、恐れても其の甲斐はない、定めの時刻に少しも違わずに検屍は始まった、場所は彼の玉突き場の隣に在る広間である、お浦の死骸も其所に在るのだ。
 証人として第一に呼び出されたのが余の叔父だ、叔父は堀の底を探っては何うだと言い出した発頭人である為、何故に堀の底へ目を附けたかとの廉《かど》を問われるのだ、次が高輪田、次が根西夫人、次が秀子、最後が余と云う順序である、余は是等の人々が検査官の問いに対し、何の様に答えたか勿論知る事は出来ぬけれど、後で聞いた所に由れば、叔父は「此の死骸を誰と見るや」との問いに「先の養女お浦と認める」と答え高輪田は「首のない屍骸ゆえ誰とも認める事は出来ません」と少し理窟っぽく答え、「然らば此の死骸に附いて居る衣服其の他の品物に見覚えはないか」と問われ、「品物は悉く見覚えが有ります」とてお浦が失踪の当日身に着けて居た品だと答えたので、極めて明瞭な答えだと褒められた相だ、根西夫人も、秀子も、余の叔父と同様に、死骸は勿論お浦の死骸だと云い、品物にも覚えがあるとて有りの儘を答えたが、検査官は殊に秀子には目を附けて、猶彼の異様な手袋の事を問うた、秀子は少しも隠さずに、其の手袋は自分の物で、お浦が失踪の当日自分の手から取ったのだと云い、お浦が此の家の書斎で消滅する様に居なくなった次第も云い、猶問われて自分とお浦と喧嘩した事も云った、唯、喧嘩の原因だけは、何と問われても云わず、単に「お認めに任せます」と云うたので、検査官は多分嫉妬の為だろうと云い、全く秀子を嫌疑者とするに足ると思い詰め、陪審員なども、殆ど最早此の上を詮索するに及ばぬとまで細語《ささや》いたと云う事だ。
 秀子が退くと引き違えて余は呼び入れられたが、何と言い立てる思案もないから胸は波の様に起伏した、検査の室を指して行く間も、屠所に入る羊の想いも斯くやと自分で疑った、室の入口へ行くと中から森探偵と警察医とが何か細語つつ出て来るのに逢った、摺れ違い様、余は警察医の言葉の中に「三十位」と云う語の有ったのを一寸と小耳に挾んだ、「三十位」とは何の事だろう、此の一語が何の役に立とうとも思わなんだが、後になって見ると大変な事柄の元と為った、頓て検査官の前に立ち、式の通りに聖書を嘗めて「嘘は言いませぬ」との誓いを立てたが、検査官は第一に此の死骸を誰と思うとの事を聞いた、余も前の幾証人の通り「浦原浦子と思います」と答えようとしたが、此の時忽ち「三十位」の一語を思い出し、少し躊躇して、「能く見た上でなければ誰とも答える事が出来ません」と少し捻くった答をした、幾等熟く見たとて何の甲斐もないには極って居るけれど「お浦の死骸だ」と答えるのは殆ど「秀子が殺しました」と答えると同じ様に検査官や陪審員に聞こえはせぬかと思い如何にも心苦しい、一寸でも其の答えを伸したい、検査官は尤と云う風で「では篤と見るが好い」と云われた、余「何れほど検めても差し支えは有りませんか」と問い「ない」との返事を得た上で余はお浦の死骸を、手から足から、充分に調べたが、読者よ、余は実に此の暗澹たる事件をして更に一入不思議ならしむる最も異様な事を発見した、読者は是からして余が検査官に答える言葉を真実心の底から発する者とは思い得ぬかも知れぬ、けれど全くの真実で有る、余は思うままを知るままを答えるのである、余が再び検査官に向って、第一に答えた言葉は「此の死骸は誰のであるか少しも認めが附きません」と云うに在った、検査官は疑いを帯びた様子で「是までの証人等は其の方の前の許婚浦原浦子の死骸だと認めて居るが其の方は爾は思わぬか」余「爾う認めた証人等の認め違いです、私は断言します、此の死骸は決して浦原浦子の死骸では有りません」

第四十一回 自らさえ嘘の様に

 此の死骸がお浦の死骸でないと云う事は、余自らさえ嘘の様に思う、お浦の着物を着、お浦の指環をはめ、此の家の一品たる卓子掛けに包まれて居て、爾してお浦でないなどは、理に於いて有られもなく思われる、けれどもお浦でない、余は確かにお浦でない証拠を見出した。
 勿論検査官は驚いた、陪審員も驚いた、満場誰一人驚かぬ者はないと云っても好い程だ、検査官は暫く考えた末、余に向い「何故にお浦でないと認めるか」と問うた、余は明細に説明した。昔余が十二三の頃、叔父が余とお浦とを連れてシセックと云う土地へ避暑に行った事がある、其の時お浦は余と共に土地の谷川へ這入って居て(勿論跣足で)足の裏へ甚い怪我をした事がある。其の頃は其の谷川の上手の山から石を切り出して居たので、切石の屑片《かけら》が川の底に転って居てお浦は運悪く其の角を踏んで辷ったのだ、何でも足の裏を一寸ほども切った、其の傷が生長してまで残って居たのみか、足が育つと共に創の痕も育ち、殆ど二寸程の痕になって居るとは、今より余り遠くもない以前に余とお浦と幼い頃の昔話をして居てお浦が余に話した所である、然るに此の死骸の足の裏には毛ほどの創の痕もないのだ。
 是よりも猶確かな証拠は、お浦が十六七の時で有った、余は自分の懇意な水夫に繍身《ほりもの》の術を習い自分の腕へ錨の図を繍って入墨した、お浦は羨ましがり自分の腕へも繍って呉れと云うから、余は其の望みに従い、お浦の手の腋に隠れる辺へ草花を繍って遣った、尤も之は唯外囲いの線を繍った丈で、後で痛くて耐えられぬと云うから彩色せずに止したけれど其の線へは墨だけ入れて置いた、最も去年の夏と思う、お浦が夕衣《いぶにんぐどれす》を着けて居るとき余は其の草花の外囲いが歴々《ありあり》と存《のこ》って居るのを見た、殊に余のみではなく、お浦の知人中には折々之を見た人が有ろう、根西夫人なども確かに其の一人だ、所が此の死骸の腕には何の繍身もない。
 余が此の二カ条を言い立てると検査官は驚き、直ぐに又叔父を呼び出して、尋問したが叔父も足の裏の大創の事は覚えて居た、次に根西夫人を呼び出して又尋問したが夫人も成るほど浦原嬢の腕に繍身が有って夕衣を着て居る時には何うかすると見えた事を今思い出したと陳べた。
 畢竟するに余が此の死骸を斯うまで検める事に成ったのは、唯、入口で医師が「三十位」と探偵に細語くのを洩れ聞いた為である、誰も彼も死骸の事にのみ気を奪われて居る際ゆえ「三十位」と云うのは死骸の事に違いないが、扨死骸の何が三十位であろう、或いは其の年齢では有るまいか、果たして年齢とすれば若しやお浦と別人ではなかろうかと此の様な疑いが一寸と浮かんだ、若し此の言葉をさえ洩れ聞かなんだら、一も二もなくお浦と思い、二ケ条の事柄さえ殆ど思い出さずに終ったかも知れぬ。
 読者は何と思うか知らぬが此の死骸がお浦でないとすれば実に大変な事になる。
 第一にお浦の消滅に関する今までの探偵は全く水の泡に帰し、お浦の行衛《ゆくえ》、お浦の生死は依然として分らぬのだ、第二に此の死骸、当人は誰か、何の為に斯くも無惨な目に逢わされたかと云う疑いが起る、第三には此の女が何でお浦の着物をき、お浦の指環まではめて居るかとの不審が起る。
 第三の不審は実に重大だ、此の死骸へお浦の着物を被せるには、お浦を捕えて着物や指環を剥ぎ取った者があるか、左なくばお浦自らが自分の着物や指環を脱ぎ、此の者に着せたに違いない、着せて置いて殺したのか、殺した後で着せたのか、孰れにしても奇中の奇と云う者だ。
 併し其の辺は先ず捨て置いて、何の為に斯様な事が出来たであろう、目的なしにお浦の着物を他の女へ着せ、堀の底へ沈めるなどと云う筈はない、何でも此の死骸と見せ掛けて人を欺き度いと云う目的に違いない、夫なら何故に人を欺き度いのであろうか、第一はお浦が死んだ者と見せ掛けて置いて、お浦自身が遠く落ち延びるとか或いは何か忍びの仕事をするとか云う目的ではあるまいか、第二には若しやお浦が死んだ様に粧い、人殺しの嫌疑を誰かに掛けると云う魂胆《こんたん》では有るまいか、若し其の魂胆とすれば、秀子を憎む者の所為に違いない、前後の事情が自然と秀子へ疑いの掛かる様になって居るから。
 愈々秀子に疑いを掛ける為とすればお浦自身の仕業でなくて誰の仕業だ、お浦は秀子を虎の穴へ閉じ込めて殺そうとまで計《たくら》んだ女ではないか、併しまさかに女の手で、幾等大胆にもせよ斯様な惨酷な仕業《しわざ》は出来ようとも思われぬ、夫ともまさかの時には女の方が男よりも思い切った事をするとは茲の事か知らん。
 孰れにしても、余や秀子の為には、否、丸部一家の為には、物事が益々暗く、暗くなる許りだ、此の様な次第では此の末何の様な事になるかも知れぬ。
 併し此の間に於いて、唯一つ余の合点の行ったのは死骸に首のない一条だ、首を附けて置いては、直ぐにお浦でない事が分る、幾等お浦の着物を被せても、幾等お浦の指環をはめさせても駄目な事だ、首を取ったのは全く着物を被せ指環をはめさせたのと同一の了見から出た事だ、成るほど、成るほど、是で森探偵の言葉も分る、彼は余が何故に死骸の首がないだろうと尋ねたとき、異様に驚き、旨い所へ目を掛けたと云う様に余を褒めたが、彼奴既にアノ時から、此の死骸がお浦でないと疑い、首のないのが即ちお浦でない証拠だと思って居たに違いない、道理で彼は初めて此の死骸を見た時に、是が浦子の死骸なら失望だと云い、自分の今までの推量が悉く間違って来るなどと呟いたのだ、流石は彼だ、シテ見ると彼は初めから此の事件に就いて余ほどの見込みを附け、確かに斯くと見抜いて居る所があるに違いない、何の様に見抜いて居るか聞き度い者だ、と云って聞かせて呉れる筈も有るまい、唯事件の成り行きを待つ外はないか知らん、夫も余り待ち遠しい話だよ。

第四十二回 一言の酬い

 疑わしい廉《かど》は数々あっても、此の死骸がお浦でないと云う事だけは最早確かだ、到底余の陳述を打ち消す事は出来ぬ、爾れば一時間と経ぬうちに陪審員は左の通り判決した。
「何者とも知れざる一婦人に対し、何者とも知れざる一人又は数人の行いたる殺人犯」
 殺した人も殺された人も分らぬは、検査官も残念であろうが仕方がない、直ちに此の死骸は共同墓地へ埋められる事となって此の家から持ち去られた、陪審員も解散した、探偵森主水は、愈々此の事件は倫敦へ帰って探らねば此の上の事を知る事は出来ぬと云って立ち去った、根西夫妻も此の様な恐ろしい土地には居られぬと云って鳥巣庵を引き上げ倫敦の邸へ帰った、高輪田長三は死骸がお浦で無かったのは先ず好かったとて一度は安心したが、夫に附けても本統のお浦は何所に居るだろうとて甚く心配の体ではある、尤も之は鳥巣庵に居る事が出来なくなったに就いて、当分(お浦の行方を探るに必要な間だけ)叔父との約束の通り此の家に逗留する事になった、余は何となく此の事が気に喰わぬ、秀子とて、無論其の通りであろう、併し広い家の事だから食事時の外は彼の顔を見ぬ様にするのは容易だ。
 兎に角も検屍官が「何者とも知れぬ者の死骸、何者とも知れぬ者の殺人犯」と判決したに付いて秀子に対する恐ろしい嫌疑は消えて了った、余は直ちに此の事を秀子に知らせて喜ばせたいと思い、早速其の室へ行こうとすると廊下で虎井夫人に逢った、夫人は遽しく余を引き留めて「お浦さんの死骸ではない様に貴方が言い立てたと聞きましたが、其の言い立てが通りましたか、判決は何うなりました」余「判決は何者とも知れぬ女となりました」夫人「オオ夫は有難い、松谷嬢もさぞ喜びましょう、嬢は先ほどから此の様な疑いを受けて悔しいと何んなに嘆いて居るでしょう」余「夫にしても貴女は病気の身で」夫人「イイエ熱が冷めましたから最う病気ではないのです、御覧の通りヨボヨボしては居ますが、松谷嬢が傷わしゅうて、知らぬ顔で居られませんゆえ、先刻から検屍の模様を立ち聞きしては嬢に知らせて遣って居ます」悪人でも流石は乳婆だ、嬢の事がそうまでも気になるかと思えば余は聊か不憫に思うた、余「では直ぐに判決の事を貴女の口から嬢に知らせてお遣りなさい」夫人「イイエ最う私は安心して力が盡きました、室へ帰って休まねば耐りませんから嬢へは何うぞ貴方から」と言い捨て、全く力の盡き果てた様でひょろひょろして自分の室の方へ退いた。
 余は其の足で直ぐに秀子の室へ行ったが、秀子は全く顔も青ざめ、一方ならず心配に沈んで居る、余の姿を見ても立ち上る気力もないから、余は其の背を撫でる様にして「秀子さんお歓《よろこ》び成さい、あの死骸はお浦のでなく加害者も被害者も何者か分らぬと判決になりました」秀子は打って代ったほど力を得て立ち上り「アア本統に有難いと思います、貴方には命を助けられ、今は又命より大切な事を助けられました」余「ナニ是しきの事を何も有難いなどと云うには足りませんよ」秀子「イエ貴方は何も御存じがないからそう仰有るのです、若し私に嫌疑でもかかれば、幾等自分が潔白でも私は活きて居られぬと思いました、イエ本統ですよ、夫だから亡き後の事を頼む積りで権田時介を呼んで置きました」猶だ余よりも彼の権田弁護士を真逆の時の頼みにするかと思えば余は何となく不愉快だ、余「シテ権田は最う来ましたか」秀子「ハイ最う多分着く時分です」余「私は権田の身に成りたいと思います、若し権田の様に私を信任して下さらば権田の百倍も貴女の為に盡しますが」秀子「アレ信任などと、私は――何れほど、貴方を頼みにして居るか知れませんのに」余「頼みにするとて私へ愛と云う一言をすらお酬い下さらぬでは有りませんか」是が嫉妬と云う者か、余は斯様な事を言う積りでなかったのに、知らず知らず口が辷った、秀子「私の様な到底人の妻と為られぬ者の愛を得たとて何に成ります」余「妻になる成らぬは構いませぬ、唯貴女に愛せられて居るとさえ思えば――」秀子「ではそうお思いに成って宜《よ》いのです」と云ったが、是も言うて成らぬ事を云ったと思ったのか直ちに余の胸に前額《ひたい》を隠した。
 余は夢の様に恍惚として「秀子さん、其のお言葉を聞けば私は身を捨てても――イヤ貴女の身に人の妻と為られぬ何の様な事情が有ろうとも其の事情を払い退けます、如何なる困難を冒して成りとも」秀子は飛び離れて「了ません、丸部さん、私は大変な事を忘れて居ました、此の度の事は貴方のお蔭で助かりましたが、之よりも恐ろしい、到底《とて》も助かる路がなかろうと思う様な事柄に攻められて居るのです、妻にもなれず、永く此の世に居る事も出来ません」秀子の言葉は常に秘密の中に包まれ何事だか察することも出来ぬけれど今まで偽りの有った事がない、分らぬながらも皆誠だ、余「人として此の世に居る事の出来ぬ様な其んな事柄が有りますものか、今までは他人ゆえ、深く貴女に問う事も出来ませんでしたが、愛と云うお言葉を聞いた上は最う自分の事として其の困難に当ります、何の様な事ですか、何の様な事ですか」秀子は首を垂れて考え込み、顔も見せねば返事もせぬ、余「其の事柄が若し今直ぐに聞かして下さる事が出来ぬとならば、其の方は後として、其の前に貴女が人の妻に成られぬと云う其の訳を伺いましょう、私を愛しても私の妻に成れぬとは何故です、間を隔てる人でも有るのですか、有れば其の人は誰ですか」
「権田弁護士」と取り次の者の名乗る声が此の時聞こえた、引き続いて権田時介が此の室へ入って来た。

第四十三回 空な約束

 権田時介が来た為に、余は実に肝腎の話を妨げられた、若し彼の来るのが半時間も遅かったら、余は必ず秀子を説き伏せて末は夫婦と云う約束を結んだのに、惜しい事をした。
 時介が秀子に何を云うか、又秀子が時介に何を頼むか、余は茲に居て聞き取り度いと思ったけれどもまさかにそうも出来ぬ。既に秀子から故々《わざわざ》時介を呼びに遣ったと聞いて居る丈に、厭でも茲を立ち去らねばならぬ、恨み恨み彼の顔を眺むれば彼も余と秀子との間に何か親密な話でも有ったのかと嫉む様に余の顔を見る、余「イヤ権田さん」時介「イヤ丸部さん」と互いに挨拶の言葉だけは親しげに交えたけれど腹の底は火と火の衝突だ、互いに焼き合いだ。
 余は詮方なく此の室を退いて、我が心を鎮める為庭に出て徘徊したが心は到底鎮まらぬ、益々秀子の事が気に掛かる一方だ、何で秀子は権田の様な者を呼び寄せただろう、余に打ち明ければ何の様な事でもして遣るのに、何でも権田は秀子の身の秘密に、久しく関係して居るに違いない、今初めて怪しむ訳ではないが其の秘密は何であろう、秀子は到底此の世に活きて居られぬと迄に云った、シテ見ると余ほど切迫して居る事に違いない、唯一度余に打ち明けて呉れさえすれば余は骨身を粉にしても助けて遣るのに、権田には打ち明けて余には隠して居る、何の秘密だか少しも見当が附かぬ、見当が附かぬのに助けると云う訳には行かず、と云って助けずに、知らぬ顔で済ます訳にも猶更行かぬ、困った、実に困った、只問う丈では幾度問うたとて打ち明ける事ではなし、矢張り此の上は、秘密にも何にも構わずに、余の妻になると云う約束をさせ、爾して許婚の所天と云う資格を以て充分の親切を盡くし、追々に其の信任を得て、爾して打ち明けさせるより外はないか知らん、追々と云う様な気の永い話では此の切迫して居る今の場合に間に合わぬかも知れぬけれど、外には何の道もないから仕方がない。
 余は此の様に思って再び秀子の室へ行ったが、中は大層静かだ、猶だ権田と話して居るか知らん、斯うも静かな様では余ほど湿やかな話と見える、余が這入るのは勿論悪い、悪いけど此の様な大事の場合に権田の都合の好い様に許りはしては居られぬと、今思うと半ば殆ど狂気の様で、戸を推し開いて中へ這入った、オヤオヤ、オヤ、権田は居ぬ、秀子が一人で泣いて居る、余は安心もしたが拍子も抜け「権田弁護士は何うしました」秀子は泣き顔を隠して「疾《と》うに話が済んで帰りました」彼が来てから三十分とも経たぬ程だのに「疾うに話が済んだ」と云う所を見ると、纔《わずか》に五分か十分で事が分ったと見え、二人の間は余ほど深く合点し合って居るのだなと、斯う思うと余り権田の早く帰ったのが又忌々しい、余「では権田は虎井夫人の室へでも行ったのですか」秀子「イイエ此の家を立ち去ったのです」余「叔父さんにも会わずに」秀子「ハイ誰にも会わずに」
 彼の急いで去ったのは愈々秘密が切迫して居る為と見る外はない、余の運動も、少しも早くなくては可けぬと、余は咄嗟の間に思案を定めて、我が思う丈の事を秀子に述べた、秀子は一時「其の様なお話を聞いて居れる時では有りません」と云って、腹を立てて、余に出て行って呉れと云わん許りの様を示したが、併し余の今までの忠実と親切とは充分腹に浸みて居るに違いない、此の後とても余の親切は多少嘉納するに足ると思って居るらしい、腹を立ったも少しの間で再び余の言葉に耳を貸す事に成ったが、愈々論じ詰めた結果が、何時も云う「到底人の妻に成れぬ身です」との一語に帰した、それならそれで宜しいから「若しも人の妻になる事の出来る時が来たなら私の妻になりますか」と云うと「其の様な時は決して来ません」「其の来ぬ者が若しも来る者と仮りに定めれば」「其の時は貴方の妻にでも誰の妻にでも成りますよ」「誰の妻にでもでは了けぬ、私の妻になるとお約束成さい」「約束したとて履行と云う時のない約束だから無益です」「無益でも宜しいから約束なさい」「其の様な空《くう》な約束が何か貴方のお為になりますか」「成りますとも、空でも是が貴女の出来る中の一番近い約束と思えば私に満足ドコロでは有りません、世界を得たほど嬉しく思います」秀子は涙の未だ乾き果てぬ目|許《もと》で異様に笑い「オホホホ可笑い方です事ネエ」余「可笑くても宜いから約束なさい」秀子「ハイ其の様な空な約束なら幾等でも致しますよ」
 空とは云っても空ではない、既に此の約束がある以上は、秀子は生涯|所天《おっと》を持たずに終わるかはた余の妻になるかの二つだ、余の妻にならずして他人の妻になると云う事は決して出来ず、又生涯所天を持たぬと云う事は余の叔父が許すまい、叔父は只管此の家に然る可き後嗣ぎの出来て子孫の繁栄する事を祈って居るから。
 殊に又秀子の心も此の約束で分って居る、幾等空な約束にせよ、真実余を嫌って居るなら承諾する筈がない、成るほど本心は生涯所天などを持つ様な安楽な事は来ぬと充分覚悟を仕て居るだろうよ、覚悟は仕て居るだろうけれど、若しも婚礼の出来る時が来れば余と婚礼すると云う積りに違いない、之を如何ぞ余たる者|豈《あ》に砕身粉骨して秀子の難を払わざる可けんやだ、余は雀躍《こおどり》して此の室を出て叔父の許に行き、未だ婚礼の時は極らぬけれど秀子と夫婦約束だけは出来たと告げた、叔父は大いに喜んで、秀子と余とを半々に此の家の相続人として早速遺言状を書き替えると云った、果たして三日と経たぬうちに其の通りに仕て了った。
 けれど秀子の災難は余の思ったより切迫して居て、又実際余の力で払い除ける事の出来ぬ様な恐ろしい秘密的の性質であった。

第四十四回 星の様な光

 余は秀子に向って、問い度い事、言い度い事、様々にあるけれど、此の日も翌日も其の暇を得なんだ。と云う訳は、首のない死骸の事件が遠近《えんきん》へ聞こえたと見え、見舞いに来る客も仲々多い、其の死骸がお浦でなかったと聞いて安心する人も有り怪しむ人も有った様子だが、兎に角是等の客の応接に秀子の手の空いた時は余が忙しく、余の暇な時は秀子が差し支えると云う有様だ、今から考えて見ると秀子の身には真に恐ろしい秘密事件が差し迫って居たのだが能くも秀子は其の心配の中で平気で客の待遇などが仕て居られた者だ、尤も客と談笑する間には夫となく心配気に見ゆる所は確かにあった。他人には分るまいが余の目には暗に分った、夫だから余は折さえ有れば慰めもし問いもしたいと唯此の様に思って居たが、此の日も暮れて早や夜の十二時を過ぎたろう、秀子は客が雑談などに夢中になって居るのを見定め、密《そっ》と客間から忍び出た。
 イヤ忍び出たのではない当り前に出たけれど余の目には忍び出る様に見えた、若しや秘密とか密旨とか云う事の為では有るまいかと、余も引き続いて出て見たが、早や廊下には秀子の姿が見えぬ、居間へ行っても居らぬ、或いは虎井夫人の許かと又其の室へ尋ねて行けば、虎井夫人さえも居らぬ、既に病気は直ったと自分では云って居ても未だ客の前へも出得ない夫人が夜の十二時過ぎに室を空けるとは、何うも尋常の事ではない、若しやと思って余は庭へ出たが、月のない夜の事とて樹の下の闇が甚だ暗く、何と見定める事も出来ぬけれど、其所此所を辿って居るうち、一方の茂みの蔭から、密々《ひそひそ》と話しつつ来る二人の人の声が聞こえる、清いのが秀子の声で濁ったのが虎井夫人の声だ。
 二人は余の居る所から二三間先まで来て、立ち止った、余が居るを疑っての為ではなく、話が大変な所へ掛った為足を運ぶのを忘れたのだ、秀子の声「幾等大胆でも真逆に茲へは来ませんよ」虎井夫人の声「来ますとも、開放も同様の此の家ですもの、庭まで来たとて誰に見咎められる恐れもなく」秀子「恐れがないから来るが好いと貴女が云うて遣ったのでしょう」夫人「ナニ私が云うて遣りますものか」秀子「夫なら決して来る筈は有りません、自分の身に悪事が重なって居るのですもの」夫人「論より証拠実は最う来て居ますよ、先刻から向うの榎木の蔭で貴女の出て来るのを待って居ます」
 何者の事かは知らぬが、何うせ秀子の身に害を為す奴に違いないから、余は其の榎木の蔭へ馳せ附けて引捕えて遣ろうかと思ったが、爾も出来ぬ、承諾も得ずに横合いから手を出して、後で秀子に喜ばれるか恨まれるか夫も分らぬから先ア静かに事の成り行きを見て、秀子が甚く当惑するとか其の者が暴行でもする場合に現われようと、此の様に思い直して、暗の中で自分の身へ力を入れて見るのに、創は勿論既に癒えて、力も充分に回復したらしい、何うも其の様な気がする、是なら悪人の一人や二人を擲倒《なぐりたお》すは造作もない。
 秀子は、既に来て居るとの虎井夫人の言葉に余ほど驚いた様子で「エ、今夜来て居るのですか」と叫んだ。虎井夫人「私にも制する事が出来ぬから致し方が有りません、最う逃れぬ所と断念《あきら》めてお了いなさい」オヤオヤ此の夫人まで秀子の敵に成って、悪者に力を添えて居るのだな、尤も今までとても彼の蜘蛛屋とか云う所へ秀子の手帳を盗んで送って遣ったなどで分っては居るけれど余は事新しい様に感じた、暫くして秀子は「断念めよとて何う断念めるのです」夫人「断念めて向うの請求に応じますのサ、夫も六かしい事ではなく、唯貴女の知って居る秘密を一言彼の耳へ細語いて遣るだけですワ、貴女に取っては損もなく彼に取っては大層な利益です、爾して貴女の身も後々が安楽では有りませんか」秀子「可《い》けません、私の口から一言でも洩す事は出来ませんよ」夫人「其の様な事を仰有って、若し彼が立腹すれば、イヤ最う立腹はして居ますけれど、此の上に少しも容赦せぬ事に成れば貴女の身は何うなると思います」秀子「最う既に容赦せぬ事に成って居るでは有りませんか。夜に紛れて此の庭へ忍び入り、爾して私に逢い度いなどと、ナニ構いません。私こそ最う断念めて居るのですから、彼が何の様な事をするか思う存分な目に逢いましょう、彼を恐れて、彼のユスリに従い、縦しや一言でも秘密を教えて遣れば私の密旨は大事の目的を失います、私が密旨の為に生きて居る事は貴女が知って居るでは有りませんか、密旨を捨てて安楽を得るよりも、密旨の為に殺されるのが初めからの願いです、最う此の密旨も様々の所から思わぬ邪魔ばかり出て遂に果し得ずに終るだろうと此の頃は覚悟を極めて居ますから、何と威《おど》されても恐ろしくは有りません、密旨に忠義を立て通して密旨と共に情死をする許りです、金銭ででも済む事なら、イヤ今まで彼と貴女には云うが儘に金銭の報酬を与え、此の上遣るにも及びませぬ、けれど未だ御存じの通り自分の金子が銀行に在りますから惜しいとは思いません、金銭の外の頼みには、応ずるよりも死ぬる方を先にしますから、何うか彼に爾云って下さい、アノ様な者には逢うのも厭です」夫人「厭ですとて、最うソレ、返事の遅いのを待兼ねて彼所《あすこ》へ遣って来ました」
 暗の中で何を指さして、彼処へ遣って来たなどと云うかと思い、余は四辺を見廻したが、三十間ほども離れた彼方に、一点星の様な光が有って、何だか此方へ寄って来る様子だ、分った、葉巻煙草を咬《くわ》えて居るのだ、光るのは煙草の火だ、人の屋敷へ忍び入って咬煙草などして居るとは余程横着な奴と見える、其のうちに安煙草の悪い臭気が余の居る所へまでも届いた。

第四十五回 拳骨と気転

 安煙草の臭気と共に星の様な光は段々と寄って来る、ハテな何の様な男だろう、秀子との間に何の様な応対があるだろう、全体此の場の一|埓《らつ》は何の様に終わるだろう、余は息を殺して居ながらも全身の筋肉が躍る様な想いである。秀子は再び虎井夫人に向い「厭ですよ。アノ様な人に逢うのは、ナニ初めから来て居ると知れば茲へ出て来る所ではなかったのです、私を欺して連れ出すとは余り甚いではありませんか」と叱る様に云うた、夫人「でも逢わせるのが貴女の為だと思いました、悪気でお連れ出し申したではなく」秀子「何うか貴女から彼にそう云って下さい、金子の外のユスリには決して応ずる事は出来ぬと」夫人「そう云えば決闘状を送るのも同じです、彼は決して容赦せぬ気になりますよ」秀子「構いません、今云う通り、最早密旨の成就する見込みは絶えましたから、愈々の果ては斯うと充分覚悟を極めて居ます、何うか彼に窘《いじ》めて呉れと私から言伝てだと云って下さい」言い捨てて秀子は虎井夫人を振り放し、家の方へ去って了った、何と見上げた勇気ではないか、成るほど是だけの勇気がなければ、女の身として唯一人で、何の様な密旨か知らぬけれど密旨に身を委ねるなどと云う堅い決心は起し得ぬ筈だよ。
 虎井夫人は「仕ようがない事ネエ」と呟いたが、病後の身で秀子を追い掛けたり引き留めたりする事は出来ぬと見え、其のまま呟き呟き星の光の方へ行って了った、サア余は何うしたら好かろう、夫人と同じく星の光の方へ行き、彼の男を捕えて呉れ様か、イヤ捕えたとて仕方がない、夫より彼奴の立ち去るを待ちその後を附けて彼奴の何者かと云う事を見届けて呉れよう、何でも此の様な悪人だから身に様々の旧悪が在るに違いない、何うかして其の旧悪の一を捕えて置けば幾等秀子に仇《あだ》しようとても爾はさせぬ、アベコベに彼奴を取り挫《ひし》ぐ事も出来ると斯う思案を極めて了った、其のうちに彼と虎井夫人は、余の居る所から十間ほど離れた所で逢った様子だ、姿は見えぬが何か言葉急しく細語き合う声が聞こえ、爾して巻煙草は口から手へ持ち替られたと見え、星の光が低くなり胸の辺かとも思われる見当で輝いて居る、暫くすると話は終り、二人は分れて、夫人は内へ、男は外の方へと立ち去った、余は直ぐに彼の後を尾けて行こうかと思ったが、秀子の有様も気に掛る、家に這入って何の様な事をして居るか一応は見届けて置き度い。
 一先ず家へ帰って客間を窺いて見ると、秀子は何気もない体で、猶起き残る宵ッぱりの紳士三四人の相手になり笑い興じて居る、実に胸中に何れ程余裕のある女か分らぬ、是ならば秀子の事は差し当って心配するにも及ばぬと思い、其のまま戸表《おもて》へ駆出した、勿論彼の男が庭から裏の方へ立ち去った事は知って居るが、裏からは何所へも行く事が出来ぬから、必ず表の道へ出て、停車場の方へ行くに違いない、縦しや姿は見えずとも人通りのない夜の最う一時過ぎだから人違いなどする気遣いはない心の底で多寡《たか》を括って居ると、例の安煙草が何処からか臭って来る、ア、是だ、猟犬が臭いを嗅いで獲物の通った道を尾けるは全く此の工合だと、余は臭いを便りに徐々と終に停車場まで行った。
 見ると安煙草は早や切符を買い、橋を渡って線路の向う側へ行き、上り汽車を待って居る、時間表に依ると上り汽車は夜の十二時から先は唯二時五分に茲に通過するのが有る許りだ、未だ半時間ほどの猶予がある、何でも彼が如きシレ者を附けるには余ほど用心して掛らねば可けぬと思い、ズッと心を落ち着けて先ず前後を見廻すと、第一に不都合なは余の衣服だ。余は客間に居た儘で来たので小礼服を着けて居る、是では疑われるに極って居るが、家へ引っ返す事は出来ず止むを得ず駅夫に向い、五ポンドの貨幣を二片見せ、夜寒の用意にお前の着替えを売って呉れぬかと云うと存外早く承知して、何所へか走って行き、間もなく風呂敷包みを持って来て、是ではと差し出すのを開けて見ると少し着古したけれど着るに着られぬ事はない、紺色の外被《こうと》と筒袴《ずぼん》が入って居る、筒袴は要らぬと外被だけを取って、上へ着たが寸法も可なり合って居る。
 それから切符を、先ず倫敦まで買ったが、先の人が何所まで買ったかと思い、夫となく今の駅夫に聞いて見るとローストン駅まで買ったと云う事だ、扨は倫敦迄行くのではないと見えるが、何でもローストン駅は何処かへ分れる乗り替える場所だ、是も駅夫に聞いて見ると、駅夫は今の売物で非常に機嫌が好く為って居るので、其の乗替えの汽車が通過する駅々を、指を折りつつ読み上る様に話して呉れた。外の名前は耳に留まらぬけれど其の五番目に数えたペイトン市と云うのが何だか余の耳に此の頃聞いた所の様に感じた、爾だ、爾だペイトン市在の養蟲園と虎井夫人の手紙の上封へ書いて遣ったのだ、扨は彼の男、其の蜘蛛屋とか云う処から来たのであろうか、人を食い殺す毒蜘蛛が網を張って居るとて秀子の身震いをした其の養蟲園へ、余は彼の悪人の後に就いて歩み入る事になるか知らん、斯う思うとわれ知らず右の手が腰の短銃、衣嚢の処へ廻った、撫でて見ると残念な事には短銃を持って居ぬ、エエ何うなる者か、真逆の時には此の拳骨と気転とに頼るまでさ。

第四十六回 奇と云えば

 其のうちに二時五分の上り汽車が来る刻限と為ったから、余も橋を渡り、線路の向う側へ行き、頓て彼と同じ汽車へ乗り込んだが、幸か不幸か外に相乗りはない、車室の内に余と彼の只二人である。
 車室を照らす電燈の光に余は初めて能く彼の姿を見たが、年は五十位でもあろうか、背が低くて丸々と肥え太って居る。顔の色は紅を差した様に真赤だ、蓋し酒に焼けたのであろう、酒好きの人には得てある色だ、爾して顔の趣きは、恐ろしげと云い度いが実に恐ろしげでなく存外柔和だ、ニコニコとして子供でも懐《なつ》き相な所がある、誰やらの著書に、悪相を備えたる人は一見して人に疑わる、故に真の悪人たる能わず、真の悪人には人を油断せしむる如き愛らしき所のある者なりとの、意味を記してあるのを見たが、此の男などが或いは其の一例では有るまいか、併し能く見ると眼の底に一種の凄い光を隠しては居る、是は博奕などに耽る人に能くある目附きだよ、何うしても尋常の人間ではない。
 余は余り彼の様子を見るも宜くないから、唯夫となく一通り見た儘で、彼の反対の側に身を安置し、背後へ寄り掛って眠そうな風を示して居た、茲で読者に断って置くが、昨年の秋ローストンの附近で、線路の故障の為に汽車が転覆した事は、読者が新聞紙で読んだ所であろう、此の汽車が即ち其の汽車で、余も乗り合わして居る一人であったが、勿論其の場に着き其の事変に逢うまでは神ならぬ身の露知らずであった、夫は扨置いて余が眠そうに背後へ寄り掛って居る間に、彼、安煙草は安煙草を咬えた儘で、腰掛けの上へゴロリと横に為ったが、悪人ながらも仲々気楽な質と見え直ちに雷の如き鼾を発して本統に眠って了った、尤も夜の二時より三時の間だから、誰しも眠くなる時ではあるのだ。
 彼の鼾と汽車の音と轟々相い競うて、物思う余の耳には誠に蒼蝿く感じたが、余も何時の間にやら眠って了った、何時間経ったか此の時は知らなんだが後で思うと二時間余も寝たと見え、フト目の覚めたは夜の引き明ける五時頃であった、見ると彼、安煙草が早や余よりも先に起き直って余の寝顔をジッと見詰めて居る、勿論別に悪気が有っての為ではなかろう、余り所在のない時に、同乗の客の顔を見て居るなどは、誰もする事である、余は茲ぞ彼と話を始める機会と思い、ナニ彼が何も言わなんだのは知って居るけれど、故と「オヤ貴方は今、何か私に仰有いましたか」と寝ぼけた様に問うた、彼は平気で「イイエ何も言いは致しませんよ」と、返事する言葉は此の国此の近辺の声ではなく、確かに仏国の訛を帯びて居る、多分本国を喰い詰めて、此の国に渡って来た人であろう、余「併し最う何時でしょう。夜汽車は随分淋しい者ですネエ」と言うを手初めに話の口を開いたが、彼は宵のユスリの旨く行かなんだを猶だ気に障《さ》えて居るのか、顔の柔和さに比べては何となく不機嫌である、話に釣り込れようとはせぬ。
 けれど其のうちに彼は新しい安煙草に火を附け直し、一寸近くも吸うた上で漸くに「貴方は塔の村の停車場から乗りましたネ」と余に問い掛けた、占めたぞ此奴幽霊塔を自分の出稼ぎ場か戦場の様に思って居るので其の近辺の事柄を問う積りと見える、斯なれば余り口数を利かぬ方が却って安心させる元だろうと思い、唯「ハイ」とのみ答えた、果して彼は進み出て「アノ土地に住んで居ますか」余「ハイ彼の村の盡処《はずれ》に昨年から住んで居ます」彼「名高い幽霊塔の中は御覧なさったでしょうね」余「彼の様な恐ろしい噂ばかり有ります所を誰が見ますものか」彼「では少しも塔の事を知りませんか」余「先頃から都の金持が引き移って大層立派に普請した様子ですが未だ招かれた事は有りませんから」彼「アレは丸部朝夫と言う官吏揚りです、彼処に此の頃養女に貰われた女がありますが――」余「爾々大層な美人だとて村の者は評判します」彼は嘲笑って「ヘン、美しくて評判、ナニ美しいよりも最と評判される事が有るのですワ」余「ヘエ貴方は能く御存じですねエ」感心した様に目を見張り、馬鹿になって彼の顔を見揚げるに、彼は悪人には似合わしからぬほど得意げに「世間に私ほど、能く彼の女の事を知った者は有りません、実は彼の女に古い貸し金が有って前夜も催促に行きましたが、最う立派な身分に成ったと思い、高ぶって居て私を相手に仕ませんワ」
 全く悪人にしては少し喋り過ぎる様だけれど、余は夫よりも異様に感じたは秀子の素性だ、此奴に何か秘密を知られて居るのは無論であろうが、夫にしても決して賤しい身分ではなく、生れ附き立派な令嬢であろうと余は確かに思い詰めて居るのに、此奴の言葉では何だか賤しい素性の様にも聞こえる。「立派な身分になったと思い」などの言葉はそうとしか思われぬ、彼は猶言葉を継いで「旨く仮面などを被って居やがって、ヘン仮面を剥って見るが好いワ、イヤ仮面は剥らずとも、左の手の手袋を脱いで見るが好い、中から何の様な秘密が出て来るか、夫こそ丸部の養女では居られまい。如何な養父も驚いて目を廻すわい」と今は全くの独語となり、いと腹立しげに呟いて居る。
 仮面を被るとは勿論譬えの言葉で、地金を隠して居ると言う意味に違いない、秀子が本統に仮面など被って居る筈はない、併し余は此の言葉を聞き、余は初めて秀子に薄暗い所で逢って、余り其の顔が異様に美しいから若しや仮面では有るまいかと思った時の事を思い出す、勿論其の後は見慣れたから、何とも思わず、唯絶世の美人と尊敬する許りではあるが、夫にしても偶然に此の男が仮面という言葉を用うるも、奇と言えば奇だ。
 併し彼様な偶中《ぐうちゅう》は有り中の事で畢竟気に掛ける余が神経の落ち着いて居ぬ為である、夫は兎も角も此の男が斯うも秀子の事を悪く言うは許婚も同様な余の身として甚だ聞き捨て難い所がある、此奴め、最っと深い巧みのある悪人かと思ったら、腹立ち紛れに何も彼も口外する、存外浅薄な、存外|与《くみ》し易い奴である、茲で一言に叱り附けて呉れようかとも思ったが、此の時忽ち思い附いた、イヤイヤ仲々浅薄どころではない深い深い、底の知れぬほど横着な奴だ、浅薄と思ったのが、余の浅薄だ。
 此奴め、昨夜旨く秀子を劫えさせる事が出来なんだので、先ず近辺へ秀子の身に秘密があると言う噂を立たせ爾して秀子に驚かせて置いて再び行く積りである、余を近所の者と思う為、是くらい聞かせて置けば、余の口から村中へ好い加減に広まって爾して秀子が不安の想いをする時が来ると此の様に思って居るのだ、手もなく余を道具に使う積りだ、人つけ、汝等の道具に使われて耐る者かと腹の底で嘲り、更に彼に向い、然る可く返辞せんと思う折しも、汽車は何物にか衝突して、真に百雷の一時に落ちるかと思われる程の響きを発し、オヤと叫ぶ間もない中に早や顛覆し破砕した。乗客一同粉々に為ったかと余は疑うた。

第四十七回 穴川甚蔵

 汽車の転覆は、遺憾ながら随分例の有る事ゆえ、管々しく書き立てずとも、何の様な者か能く読者が知って居られる筈だ、此の度の転覆は僅かに一間ばかりある小河の橋が落ちて居るのを気附かずに進んだ為に起ったと言うことだ、怪我人は十四五人あったが幸いに死人は無かった、怪我人の中の最も重い一人は余と同車して居る例の安煙草で、無難の中の最も無難な一人は余であった。
 勿論余も汽車の衝動と共に逆筋斗《さかもんどり》を打って、何所へか身体を打ち附けて暫しが程は何事だか殆ど合点の行かぬ程ではあったけれど、汽車の転覆と気の附いた時は早や毀《こわ》れ毀れの材木の間に立ち上って居た、唯気の毒なは安煙草である、悪人は斯る場合にも自然の憎しみを受けて、人より余計に甚い目に遭うと言う訳ではあるまいが、覆《くつがえ》った車室の台板に圧し附けられ、最《いと》ど赤い顔の猶一層赤くなったのを板の下から出して、額の筋をも痛みに膨らませて、爾して気絶して居ると言う仲々御念の入った有様だ。
 此奴死んで了ったのか知らん、兎も角斯の様な目に遭えば当分秀子を虐めに来る事は出来ぬと有体に云えば余は聊か嬉しかった、けれど助けぬ訳には行かぬ、茲で恩を着せて置けば後々此奴を取り挫ぐに何の様な便宜を得るかも知れぬと得手勝手な慈悲心を起して台板を持ち挙げて遣った、軽い物かと思ったら仲々重い、力自慢の余の腕にさえヤットである、此の重みに圧《おさ》れては身体は寸断寸断《ずたずた》であろうと思ったが、爾ほどでもなく、拾い集めずとも身体だけ纒って居る、扶けつつ起して見ると肩も腰も骨が挫けて居る様子で少しの感覚もない。水でも呑ませば生き返るかと、四辺を見ると誰のか知らんが、酒を入れる旅行持の革袋が飛び散って居る、是屈強と取り上げて口を開けるとブランデー酒の匂いがあるから、之を彼の口に注ぎ込んだが、死んだ蛙の生き返る様に生き返った。
 何しろ混雑の中で、余一人の力では此のうえ何うする事は出来ぬが、幸い近村の人も馳け附けて来たから、其の一人に番を頼んで置いて、余は遠くもあらぬローストンの町へ馳け附け自分の馬車と医者とを呼んで来た。兎も角も停車場のある所まで馬車で此の者を運んで行く外はない、医者の見立てでは此の者は余ほど大怪我だから早速家へ送り届け、厚く手当をせねば可けぬとの事だ、家とて何所が此の者の家だろう、多分ペイトン在の蜘蛛屋であろうとは既に察しては居るけれど、若し衣嚢の中には姓名を書いた手帳でもあろうかと探って見ると手帳もある名刺もある、名刺の表面を見ると覚悟した。余も流石に胸を騒がせた、真中に「博士穴川甚蔵」とあって端の方にペイトン在養蟲園とある、是が養蟲園の主人で、曾て余が虎井夫人の為に手紙の宛名として認めて遣った其の穴川甚蔵であるのだ。
 軈《やが》て余は彼を馬車に乗せ、停車場まで連れて行った。勿論差し支えはないと云う医者の言葉を聞いた上だ、何をするにも費用の掛かる事だから若し電信為替で金子を取り寄せねば可けまいかと自分の紙入れを検めて見ると嬉しい事には五円の札が厚ぼったいほど這入って居る、是ならば好し、此の穴川を養蟲園まで送り届け、人を食い殺す様な毒蜘蛛の巣をも見よう、爾するには一日や二日掛かるかも知れぬ。家では定めし叔父も秀子も気遣って、余の紛失を前のお浦の紛失と同様に思い做して居ようも知れぬと、先ず電信を認めて叔父に宛て、急用の為倫敦へ行くが用の済み次第に帰るから心配するなと書いて発し、爾して穴川を連れてローストン駅まで上等の汽車に乗った。
 穴川は辛《やっ》と言葉を発する有様で、苦痛の中から余に向い時々「有難い」と云う言葉を洩した。余は「艱難には相見互いだ」と答え、口を利くと宜くないから成る可く無言で居ろと親切げに制止した。彼も口を利かぬ方が自分の勝手だと見え、其のうちに全くの無言となり、目をも閉じて了った。余は看護人の如く其の頭の辺に控え、彼の様子を見て、猶様々に思い廻すに、彼此の頃は好い悪事のないのに窮して居るかと、衣服其の他の上に何となく「財政困難」と言う意味が浮んで居る。余の察する通り仏蘭西の人とすれば煙草なども上等を呑む可きに、甚い安煙草で間に合わせて居るなどが何よりの証拠だ、爾して姓名の上に博士とあるのは何故だろう。是も怪しむには足らぬ、誰にも素性を知られて居ぬを幸いに、博士などと冒称して居るのだ。悪人の中で少し智恵の捷《はしこ》い奴は、能く此の様な白痴威《こけおどし》の称号を用うるよ。汽車がペイトンの停車場へ着いたのは早や昼過ぎである。是から穴川の家まで再び馬車を雇う外はないから、穴川を待合室へ抱き入れて置いて、余は外へ出て馬車を呼び、此の在の養蟲園まで行くのだと言うと、馬丁は妙な顔して「エ、養蟲園ですか」と推して問うた。其の様は「アノ様な恐ろしい所へ」と訝り問うように見えた。

第四十八回 婆の顔

 養蟲園と聞いて馬丁まで好い顔をせぬ所を見ると余り評判の宜くない家と言う事が分る、余は様々に聞き糺したが今の主人「穴川甚蔵」は六七年前に此の土地へ来た者で、何所から移住して来たかは誰も知る者がなく、殊に町から離れた淋しい土地だから誰も度外に置いてあるとの事だ。
 併し馬車は余が充分の賃銭を約束したから行く事になった。馬丁は「アノ様な淋しい所で帰りに乗せる客があるではなし、余計に貰わねば引き合わぬ」と呟いた。余は馬車の中で喫《たべ》る為に、幾種の食品を買い調え、馬丁に手伝わせて大事に甚蔵を馬車に乗せ、車体の動揺せぬ様に徐々《そろそろ》と養蟲園を指して進んだ。
 成るほど淋しい所である、町を離れて野原を過ぎ、陰気な林の中に分け入って、凡そ五哩も行ったかと思う頃、養蟲園へ達した。見れば草の茫々と茂った中に、昔の大きな石礎などが残って居る、問うまでもなく零落した古跡の一つで、元は必ず大きな屋敷であっただろう、それが火事に逢って家の一部分だけ焼け残ったのを、其のまま修繕して住居に直したらしく、家の横手に高大な煉瓦の壁だけが所々に立って、低く崩れたもあり高く聳えたもある、但し焼けたのは今より五七十年も前だろうと余の目では鑑定する。
 今住居と為って居る家だけでも可なり広い、家の背後は山、左は林、右は焼跡から矢張り林へ連なって居るが、何しろ人里から離れた土地で山賊でも住んで居そうだ、爾して焼けた古煉瓦を無造作に積み上げたのが門の様に成って居て戸が締って居る、誰も此の様な家へ侵入する者はあるまいに戸には錠までも卸してある、後で分ったが外から入る人を防ぐよりも、寧ろ内から出る者を妨げる為であった、不束ながら門に続いて疎な丸木の垣がある、犬猫なら潜って出る事は出来ようが人間には六かしい。
 余は門を推してもあかぬから軽く叩いて見ると馬車の中から、今まで無言で居た甚蔵が声を出したから「何事ぞ」と返って問うと「此の鍵がなければ開きません」とて鉄の大きな鍵を差し出した、彼は肩も腰も骨を挫かれて居るけれど右の手だけは達者で、自分で衣嚢を探り鍵などを取り出す事が出来るのだ、何しろ主人が外へ出ると、門に錠を卸してその鍵を持って去るとは全で番人のない家の様だが、内はガラ空か知らんと、此の様に思いつつ進み入ろうとすると、甚蔵は馬車の中から又呻いて余を呼び「門が開いたらその鍵を返して下さい」と請求した、半死半生の癖に仲々厳重な男である、是も何か家の中に秘密がある為に、斯う用心の深い癖と成ったのに違いない、余はその秘密を看て取る迄は此の家を去らぬ事に仕よう。
 鍵を返して門を入れば玄関に案内の鐘を吊り、小さい槌を添えてある、槌を取って鐘を叩いたが中からは返事がなく、唯何所からか犬の吠える声が聞こえる、幾度叩いても同じ事だ、再び馬車に返って甚蔵に問うと、彼は鍵を取り返して安心したのか、痛く力が脱けた様子で、唯「裏へ、裏へ」と云う声を微かに洩し、差し図する様に顋を動かす許りである、今度は其の意に従って家の裏口へ廻って見ると茲も戸が閉って居るが、窓の硝子越しに窺くと薄暗い中に、何とも評し様のないほど醜い老人の顔が見えて居る。人間よりは寧ろ獣に近い様だと、怪しんで見直したが獣に近い筈よ犬だもの、此の国にては余り見ぬが仏蘭西には偶に居る、昔から伝わるボルドウ種と云う犬の一類で、身体も珍しいほど大きいが顔が取り分けて大きいのである、爾して大犬の中では此の種類が一番賢いと云う事だ、併し幾等賢いにせよ犬一匹に留守をさせるは余り不思議だと、更に台所の方の窓を窺くと、居るわ、居るわ、是は犬でない全くの人間だ、年頃は七十以上であろう、白髪頭の老婆である、其の顔と来たら実に恐《こわ》らしく、今見た犬の方が猶だ余っぽど慈悲深く見ゆる程だけれど、その顔に何処となく余の目に慣れた処がある、余の知って居る人に似て居るのだ、それは誰に、虎井夫人にサ、若しや此の婆が虎井夫人の母では有るまいか、猶能く考えると穴川甚蔵も此の婆の子で夫人と同胞《はらから》ではあるまいか、甚蔵の顔には愛嬌は有るが彼の創所《きずしょ》の痛みの為にその顔を蹙めた時は此の婆に幾等か似て居る、甚蔵は父の容貌を受け夫人は母の容貌を受けたとすれば別に怪しむに足らぬ、夫人の顔を二分、甚蔵の苦痛の顔を二分、今の犬の顔を二分爾して残る三分は邪慳な心を以て加えたなら十分に此の婆の顔が出来よう。

第四十九回 壁も柱も天井も

 余は窓の硝子を叩きつつ、婆に向いて「穴川甚蔵が怪我したから、茲を開けて入れて下さい」と大声に叫んだが、婆は一寸顔を上げた許りで返事をせず、其のまま立って犬の居る方を振り向いた、爾して馳せて来る犬を随がえ、次の室の入口とも思われる一方の戸を開いて、素知らぬ顔で引込んで了い、待っても待っても出ては来ぬ。
 余り腹の立つ仕打ちだから、余は憤々《ぷんぷん》と怒って門へ引返し、甚蔵の寝て居る馬車を連れて再び此の台所口まで帰って来た、馬丁《べっとう》の力を借り、共々に戸を叩き破る積りで馬丁にその旨を告げると穴川が目を開いて「硝子窓の戸を持ち上げて家の中に入れば次の間の卓子の上に鍵があります」と云うた、然らばとその言葉に従い、窓の戸を持ち上げた所、中から待ち兼ねて居た様に彼の犬が飛び出した、初めは余に飛び掛る積りかと思い、余は叩き倒さんと見構えしたが、犬は余には振りも向かず一直線に主人の馬車の許へ行った、余はその後で窓を乗り越え台所から次の室の中へ這入ったが薄暗くて宜くは見えぬけれど、第一に余の目に映じたは、壁も柱も、異様に動いて居る一条だ。
 余は此の様な有様を見た事がない、壁の表面、柱の表面、総て右往左往と動き、静かな様で少しも静かでない、殊に天井の下に横たわって居る梁などは恰で大きな巨蛇《うわばみ》が背《せな》の鱗を動かして居るかと疑われる許りだ、余は自分が眩暈でもする為に此の様に見えるのかと思い、暫し卓子へ手を附いて居ると、何やらソロソロと手へ這上った者がある、払い落して宜く見ると二銭銅貨ほどの大きさのある一匹の蜘蛛である。ハテなと更に壁に寄って見たが、何うだろう壁一面に細い銅網《かなあみ》が張ってあってその中に幾百幾千万とも数の知れぬ蜘蛛が隊を成して動いて居る、壁その物は少しも見えず唯蜘蛛に包まれて居ると云う有様だ、壁の所々に棚もあり穴もある様だけれどその棚その穴悉く蜘蛛に埋められて居るのだ、養蟲園と云い蜘蛛屋と云う名前で凡そ分って居る筈では有るが、実際是ほど蜘蛛を養って居ようとは思わなんだ、又蜘蛛が斯うまで厭らしく恐ろしく見える者とは思わなんだ、勿論蜘蛛は見て余り気持の好い者ではないが併しその一匹や二匹を見た丈では実際に壁一面、天井一面家の中一面に広がって居る蜘蛛の隊が何れほど厭らしいと云う事は想像が届かぬ、余は頭から足の先までもゾッとした、若し女だったら、絶叫して目を廻す所だろう、男だけに目は廻さぬが、而し立って居る力もなく再び卓子の上へ手を突いたが、見れば此の卓子も蜘蛛の台だ、上へ硝子の蓋をした木の箱が幾個となく並んで居て中には大小幾十百種類の蜘蛛が仕切に隔てられて蠢《うごめ》いて居る、是は見本の箱でもあろう。
 余は兎に角も能く心を鎮めた上でなければ、此の室に永くは得留まらぬ、真逆に蜘蛛が銅網を破って追い掛けて来る訳ではなけれど、逃る様に室を出てその戸を閉め切り、爾して先刻婆の居た台所の一方に立った、此の時は最う眼も暗いに慣れて、暗いと感ぜぬ様になったから、茲にもかと四辺を見廻すに茲には蜘蛛らしい物は見えず、却って余の求める鍵が、戸の錠前の穴へ差し込んだ儘であるのが目に入った、多分は婆が次の間に在ったのを持って来て是へ填て置いたのであろう、婆の姿は何所へ行ったか更に見えぬ。
 若し余に深い目的がないのなら此の家へは再び這入らぬ、秀子と同様に、此の家の事を思い出してさえ身震いをするであろう、けれど余は再びも三たびも、此の家の秘密を腹へ入れる迄は這入らねば成らぬ、此の家の秘密を知れば秀子の身の秘密も自然に分るに違いない、斯う思って、腹の中で「ナニ蜘蛛などが恐ろしい者か」と繰り返してお題目の様に唱え、馬車の所へ復《かえ》って来て、穴川甚蔵に、寝間は何所に在るかと聞いた、早く彼を家の中へ寝かして遣らねば成らぬから。
「寝間は二階の二室目です」と彼は答えたが、此の怪我人を二階まで運び上げる訳には行かぬ。下の何所かへ寝台だけ降して来て寝かさねばならぬ、更に其の由《よし》を甚蔵に告げて置いて又も家に入り、其所此所を見廻すと、曩《さき》に犬の居た室を隔て其の次に階段がある、狭い裏階子の様な者だ。此の辺にも若し蜘蛛が居はせぬかと見廻しながら階段を上ったが見廻して居て仕合せだったよ、若し見廻さずに昇ろう者なら飛んでもない目に逢う所であった。

第五十回 閉じ込んで置く者

 見廻しつゝ登ると階段の中程の横手の壁に潜戸《くぐりど》の様な所がある、何か秘密の一室へでも通ずる隠し道ではあるまいか、戸の色と壁の色と一様に燻《くすぶ》って閉じてあれば、容易には見分けも附くまいが、開いて居る為余の目には留まった。
 余が其の前を過ぎようとすると、中から誰か黒い石片《いしきれ》の様な者を投げ附けた、余は大いに用心して居る際ゆえ手早く身体を転《かわ》して何の怪我もせなんだが、後で見たら危ない哉、石片の様に見えたは古い手斧の頭であった、何者の仕業かと少し躊躇して居ると、潜戸の中から以前の婆が、手に斧の柄だけを以て立ち現われ、階段を遮って、寄らば打たんと云う見幕で、其の斧柄《おのえ》を振り上げ「茲へ入っては可けません」と叫び横手の潜戸を尻目に見た、誰も入ろうとは云わぬのに、アア分った此の婆は多少精神が錯乱して居て、爾して多分日頃から甚蔵に、此の潜戸へ人を入れては成らぬと言い附けられて居るのだ、爾すれば此の潜戸の中に此の家の秘密を押し隠してあるのではなかろうかと、此の様に思ったけれど今は穿鑿する時でない、先ず婆を取り押えようと、三つ四つは擲《なぐ》られる積りで敢然と進んで行くと婆は少年の様に身を軽く潜戸の中へ隠れて了った。
 余は其の前を通って二階に入り、甚蔵の寝室と云うへ行って見ると、茲も一方ならず荒れて居て古い寝台二脚の外に蒲団|毛布《けっと》寝巻などの類が五六点、散らばって居る、其のうちの好さ相な毛布《けっと》を二枚選び寝台に載せて持ち上げたが、余の大力にも仲々重いけど、下まで運ばれぬことはない、運ぼうとして俯向いて居ると、背後から出し抜けに余の頭をしたたか擲った者がある、振り向いて見ると今の婆で早や二度目を打ち下そうと彼の斧の柄を振り上げて居る、余は遽てて其の痩せた凋《しな》びた手を捕え鋭く叱り附ける調子で「何を成さる、私を敵とでも思ってですか」と云いつゝ篤と其の顔を見ると婆は柄にない子供の様な声で「オヤ甚蔵の敵ではないの」と問い返した、愈々以って狂人だ、余「敵ならば大怪我をした貴女の息子を何で故々馬車に乗せてここまで送って来ますものか」婆は驚き「エ甚蔵が怪我をした、アノ馬車に寝て居ますか」と云って捕えた手を振り離して下へ行った、狂人でも親子の情は別と見える、是で以て婆が甚蔵の母と云う事も分った、後には余が寝台を引きずり、斜めに階段の上をすべらせて下へ卸しつつも、潜戸の所を見ると早や戸を閉めて壁だか戸だか一寸と見分け難い程になって居る、狂人の用心深いも驚く可しだ、ナニ今に此の潜戸の中を検める時も来るだろうと呟き、其のまま下へ降りて廊下を其処此処と検めたが、漸く然る可き一室を見出して、甚蔵を寝かせる丈の用意を済ませた、茲には幸い余の嫌いな蜘蛛も居ぬ。爾して再び馬車の許へ行き、犬と婆とを押し退けて馬丁に手伝わせ、甚蔵の頭と足とを持って叮嚀に家の中へ運んだが、此の叮嚀には大いに婆と犬とに信用せられたと見え、双方とも有難相に尾を振って(イヤ婆は手を――振って)転々《ころころ》と随いて来る、頓て甚蔵を寝台に上せ、馬車には定めの上の賃銀を与え猶ペイトン市から至急に医者を寄越して呉れと言い附けて帰し、爾して余は婆や犬やに対するには却って権柄を示すが宜いと思い、殆ど主人風を吹かせて甚蔵の頭元《まくらもと》へ座を占めたが、甚蔵は家に帰り着いた安心の為好く眠り込んだ、婆は唯|茫乎《ぼんやり》して甚蔵の寝顔を見て居る、爾して犬は獰猛な質に似ず、余の膝へ頭を擦り附けて居る。
 婆は此の様を見て「アア貴方は甚蔵の敵でない、敵なら此の犬が斯うは狃染《なじ》みません」余は口軽く「ナニ甚蔵に敵などある者か」と云いて口占《くちうら》を引くに、婆「でも此の家へ来る者は皆敵だから誰も入れては可けぬと甚蔵が云いますもの、閉じ込んで置く者の外は誰も入れません」閉じ込んで置くとは何を指して云うのだろう、余は又軽く「閉じ込んで置くとは蜘蛛の事ですか」婆「ナニ此の上のですよ」と云って天井を見上げたが何の意味か益々分らぬ、婆は語を継いで「閉じ込むのは貴方の様に昼間は来ませんよ。夜半に蓋をした馬車で甚蔵か医学士かが連れて来るのです」医学士とは何の謂いにや、甚蔵自ら博士と称し、外に医学士と称する相棒でも有ると見える、余「連れて来られたのは男――女」婆「女はアノ美しい若いのが来た時から、一人も来ませんよ、本統に美しい顔で私は貴婦人だろうと思いました、けれど馬車から抱き降された時の顔は真青で、死骸かと思いましたよ」狂人の云う事ゆえ分らぬは当然だ。一々之に解釈を試むるは愚の至りの様では有るが、併し狂人とて全く根のない事は云うまい、若しや此の美しい女と云うは秀子の事ではあるまいか、秀子が何等かの事情の為に昔夜中に馬車に乗せられ此の家へ連れて来られた事でも有るのではなかろうか、其の事は何時頃であったのだろう、ズッと近くか若しや又、行方知れずに為ったお浦の事ではなかろうかなど、兎に角自分の知った事柄へ引き寄せて考えるのが人間の癖でも有ろうか、余は其の事の余程以前か将《は》た此の頃かを確かめ度いと思い「男は其の後も随分来ましたネ」婆「エエ男は最う去年も一昨年も今年も、馬車の音さえすれば必ず男の子供です」愈々幾年か昔の事に違いないが、併し総体の上から何の為に、夜半に馬車で人を連れて来るのか更に見当が附かぬ、子供と云い閉じ込めるなどと云った今の言葉に思い合わすと益々分らぬ。

第五十一回 天井の上の音

 気の違って居る婆の言葉を茲へ一々記すにも及ばぬが、其の中に、医学士と云う言葉が二三度あり、又夜半に甚蔵が庭の木の下へ穴を掘り何物をか埋めたと云う様な言葉もあった、何を埋めたのかと此の点は特に問い直したが、何だか人を殺して埋めたかの様にも思われる、而も其の事は一度ならず二度も三度も有ったらしい。
 若し此の辺の秘密が一つでも、充分に分ったならば、彼の運命を余の手の中に握ったも同様ゆえ、此の後決して彼に頭を擡げさせぬのに、能く分らぬは惜しい者だ、此の上は唯先刻の潜戸を開き其の中を検める外は有るまい、アノ中には、秘密其の者か将《は》た秘密を明らかにする証拠物とか参考品とか云う様な物が有るに違いない、何かして中へ入って見たい。
 此の様に思って猶も婆の話を引き出す様に仕向けて見たが、此の婆全くの狂気ではない。狂と不狂との間に在るので、時々は常の人と余り変らぬほど心の爽かな場合もある、後で聞いた所に由ると数年前に二階から落ちて頭を打ち、一時は全くの狂人と為って了ったが、此の頃は幾分か軽くなり、偶に精神の爽やかな時が来ると云う事だ、併し此の様な事は何うでも好い、唯甚蔵の咽喉を握る様な秘密をさえ手に入るれば。
 斯くて暫く話の途切れた頃、頭の上の方で、何だか緩《にぶ》い足音とも云う様な響きが聞こえた、或いは天井の上を、ソッと何者かが歩いたのでは有るまいか、若し爾すれば、益々彼の潜戸の中へ這入る必要が出て来る、彼の中へ入れば自然此の室の上などへも来る事が出来ようも知れぬ。
 余は殆ど思案の暇もなしに、仰いで天井を眺め「オヤ今の音は何だろう」と問うたが、此の一言は忽ち婆の暗い脳髄を明るくする力があったと見え、婆は急に容《かたち》を更め「貴方はアノ音を知りませんか、夫では矢張り甚蔵の敵だ、敵だ、此の家の事を何にも知らぬのだ、知らずに聞いて居なさるのだ、ハイ此の家の内事を知らぬ者は皆敵だから決して内へ入れては了けぬと甚蔵が言いました、先ア敵の癖に、優しい言葉で油断をさせて」と恨めしげに言い募ろうとするから、余「ナニ悪事をせぬ人に、何で敵がある者か」婆「イイエ、貴方は甚蔵が何か悪事でもするかと思い、様々に問うて居るのですよ、甚蔵は悪事は致しません、世間の人と同じ様に正直に稼いで正直に暮して居るのです、商売は蜘蛛を育てるのです、蜘蛛を育てて何にするか、ハイ買う人に売るのです、同業の少い商売だから悪事はせずとも充分に立って行きます」
 早口に弁ずる様は通常の人でもないが今までの狂人とも思われぬ、併し蜘蛛を育てるが何の様な商業に成るだろう、是も後で分ったが、酒造家などが、自分の貯えてある酒の瓶へ、時代の附いて居る様に見せる為様々の蜘蛛を其の貯蔵室へ入れる相だ、スルと蜘蛛が何の瓶へも、何の瓶へも絲を附け、一年も経ると百年も経た瓶の様に見えるので、買人《かいて》が直ぐに幾十年の古酒だとか幾百年続いて居る貯蔵室だとか云う様に信ずると云う事だ、其のほか物を貯蔵する穴倉へ蜘蛛を欲しがる商売は随分あり、夫に又此の節は蜘蛛の糸を紡績する方法が発明せられ、其の試験や実行に用うる人も多いので此の虫の買人《かいて》が仏国や米国などに現われた、幾等も輸出もする事になり、随分蜘蛛を養って、商売にはなるのだとさ、けれど甚蔵が養うのはそれのみの目的ではない、人が厭がる虫を飼って我家へ他人の来ぬ様にしたいと云うのが主になって居る。
 夫は扨置き婆は暫く弁解の様に、又余を攻撃する様に、述べ立てて居るうち、其の弱い脳髄は早や疲れたと見え、徐々と言葉の筋道が立たなくなり、最後に「オヤ、私は何を云って居たか知らん」と云い少し考え込んだまま元の狂人に復って了った、此の様を見ると多少は気の毒にもなる。
 婆に再び問い試みたとて此の上好結果を得る見込みはない、余は無言と為って甚蔵の枕許に控えて居たが、彼は傷から熱を発しでもしたか、目は醒したけれど囈言《うわごと》の様な事を云って居る、もはや先刻馬車の馬丁に頼んで遣ったペイトン市の医者が来そうな者だのに未だ来ない。其のうちに日も暮れた、腹も幾分か空いて来た、何とか思案をせねば可けぬ、併し思案とて外にない。余自らペイトン市へ、行って来る一方だ。医者とても馬丁に頼んだ丈ゆえ果して通じて居るか否か覚束ない、ナニ余の足でなら一走りだ、行って来ようと決心し、分る人に云う様に婆に甚蔵の介抱に就いての注意を与え、爾して外へ出て見たが、秋の天気は変り易く、雨もボツボツ降り、風も出て居る。
 暗さも暗いけれど、迷うほどの込み入った路ではない、只管《ひたすら》に急いで凡そ一里ほども行くと林から続いて小高い丘がある、来る時に馬車で越した所だから勿論丘と名を附け兼ねるほどの小さい丘ではあるが、余が此方から登る途端に、向うから来て丁度其の一番高い所へ来掛けた人があり、下の方から透して見ると、何だか鞄の様な物を提げて居るらしい。其の風附《ふうつき》が何うしても医者である、医者でなくては夜に入って此の辺へ来る筈がない、余は咄嗟の間に一種の考えが浮んだから、間近くなるを待って此方から声を掛け「其所へ来るのは医学士では有りませんか」と云った。婆の云うた医学士と此の医者と或いは同人では有るまいかと試して見るのだ、彼は声に応じ「オヽ私を呼ぶのは何方です」と問い返した。

第五十二回 木の下へ穴

 此奴が穴川甚蔵と云う立派な博士の相棒の其の医学士とすれば、余は後々の為に此奴の素性や挙動までも一応は探って置き度く思うから、今は此奴に成る可く油断をさせて置かねばならぬ。
 咄嗟の間に此の様に思案を定め、余は口から出任せの名を名乗り、実は偶然穴川と同車して彼の怪我を救い、其の家まで送り届け、医者を迎えに遣ったけれど、其の来ようが余り遅い故、何時までも待つ訳に行かず、自分で医者の家へ立ち寄った上、其のまま立ち去る積りであるとの旨を答えた、彼は聞き終って「でも私を医学士と呼び掛けたは何う云う訳です」と問い返した。ヘンお出でだな、此奴が世間一般に医学士として知られて居る男なら、誰に医学士と呼び掛けられても自ら怪しみは仕まいけれど、医学士と云うは唯穴川などから呼ばれる一種の綽名か符牒の様な者なので、呼び掛けられて自分で少し後暗く思うのだ、余は是も言葉巧みに「イヤ彼の家に変な婆さんが居て、最う医学士が来そうな者だなと云って居ましたゆえ、夫で私は医学士ですかとお尋ね申したのです」彼は合点し「爾でしたか。私は唯知らぬ人から医学士と呼び掛けられ、別に自分の肩へ医学士と云う建札をして居る訳でもないのに、何うして分ったかと怪しみましたが、併し貴方は私と共に彼の家へ引き返しますか」余「ハイ引き返さねば済みませんが、実は取り忙いだ用事を控えて居ますので、成ろう事なら、此のまま立ち去り度いと思います、素人の私が怪我人の枕許に居たとて貴方のお手伝いも出来ませず」と非常に当惑の体を粧うて云うた。彼は少し考え「貴方は別に荷物などを彼の家へ残しては有りませんか」勿論荷物とては初めから一点も持って居らぬけれど「イヤ荷物は悉く停車場へ預けて有ります、其の中には日を経ると傷む者も有りますので猶更グズグズは仕て居られません」彼「御尤も、夫では宜しい怪我人は私が引き受けました」と一通りの挨拶を言って其のまま医学士は進んで行った。
 余は直ぐに彼の後を見え隠れに尾けて帰ろうかと思ったが、外に多少の用意もあるから爾はせずに真直ぐにペイトン市へ行き第一には食事を済ませ、第二には人の家へ忍び込むとき足音のせぬ様に、漉毛《すきげ》で作った靴を買い、第三には若しもの用意に色々な道具の附いた小刀を一挺買い求めた。事に寄ると余は随分盗賊にも探偵にも成れる男かも知れぬと、此の様に思って独り可笑く感じたが、併し無駄事を考えて居る場合でないから直ぐ様元の養蟲園へ引っ返した、第一に目指す所は無論彼の潜戸の中に在るのだ。
 再び養蟲園へ着いたは夜の十二時頃で有った。若し彼の潜戸の中が何れほど恐ろしい所かと云う事を前以て知って居たなら余は斯う引き返す勇気は出なんだかも知れぬ、茲が世に云う盲蛇だ、知らぬほど強い者はない、愈々帰り着いて様子を見ると、宵に少しばかり降った雨も歇《や》んで風の音の外は森として何の聞こゆる響きもない、医学士はもう立ち去ったか知らん、兎に角も案内は既に知って居るから裏口へ廻り、中を窺くと先刻甚蔵を舁ぎ込んだ台所の戸が猶だ開いた儘で居る、実は初めて這入った時の様に窓から這入る積りであったが、窓には及ばぬ、直ちに忍びの靴を着けて其所から入ったが、目の届く限りには誰も居ぬけれど、彼の恐ろしい蜘蛛の室からは話し声も洩れ、爾して其の戸の鍵穴からは燈光も射して居る、耳を着けて聞いて見ると、医学士が猶だ居るのだ、怪我人の手当を終った後で、此の室へ来て婆と話をして居る者と見える「随分甚い怪我だよ、何所の奴だか知らぬが、直ぐに救って呉れんなら、今頃は庭の松の木の下へ例の穴でも掘って居る所だアハハハ」と打ち笑うは医学士の声だ。此の言葉で見ると庭の木の下へ穴を掘るのは余の想像した通り全く死骸を埋めるのだ、余も事に由ると埋められる者と成りは仕まいか、真逆。

第五十三回 忘れたよ

 話は聞こえるが勿論姿は見えぬ、医学士は婆と何の様な事をして居るだろう、烏酒《ういすきい》でも飲みながら話して居るのか、成ろう事ならソッと戸を開けて窺いて見たい、けれど窺いたら大変だ、アベコベに見附けられて、硝燈《らんぷ》でも持って出て来られたなら、余は何の様な目に逢うも知れぬ。
 医学士は猶言葉を継いで「大事な時に怪我をしたなあ、何でも甚蔵は美人に逢いに行って、其の帰りに汽車が転覆したのだ、美人の口から彼の秘密を聞き取ったか知らん、博士の腕前だからよもや聞き取らずに帰りは仕まいが、聞いたのなら己も早く聞かせて貰い度い、生憎|囈言《うわごと》の外に何にも云わず、問うたとて仕方がない、若しや婆さん、お前に何か云わなんだか、甚蔵がアノ美人の事に就いてさ」美人とは確かに秀子の事である、秀子の敵が此の様な所に居て様々の狂言を仕組んで居ようとは実に意外千万な訳だ。けれど余は此の意外の所へ、意外の事で来た為に、此の様な密事を知る事が出来るのだ、云わば鉱脈に掘り当てた様な者だから余は何処までも此の脈を手繰って、鉱のある丈は掘り盡さねば成らぬ。
 婆は例の間の抜けた声で「美人とは誰だネ、倅が情婦でも拵えたのかネ」と問うた、医学士は腹立しげに舌鼓して「エエお前もそう老耄《おいぼ》れては仕方がない、頭を打たぬ以前は娘より十倍も捷《かしこ》い女であったが今は何うだ、虎井夫人の十分の一の智慧もないワ」愈々虎井夫人も此の婆の娘で、甚蔵の姉か妹である事が分る、丁度似た年頃で何方が上だか分らぬが、虎井夫人の方が姉だろう、女は八十に成っても矢張り若く見られたがって、若作りをする者だから、男と同じ年頃に見えるなら必ず女の方が年上だ。婆は諄《くど》くも「でもお前さんは甚蔵は美人に逢いに行ったと云うたじゃないか。美人とは何所の美人だエ」医学士「本統に呆れて了うなア、何れ思い出させて遣ろう、昔大雨大風の晩に、此の家へ馬車が着いただろう」婆「ウム馬車か」医学士「中から先ず馭者が出てよ、毛皮の襟を外して顔を出すと唯の馭者ではなくてよ」婆「オオ、爾々、馭者ではなくてお前だった」医学士「ソレ覚えて居るではないか、己だって、此の事件の為には馭者までも勤めて骨を折って居るのだから、茲まで漕ぎ附けて旨く行かねば間職に合う者か、爾して其の馬車の中から続いて出たのは誰で有った」婆「分かったよ、分ったよ、美人だったよ、爾だ先刻も其の事を誰かに話したのに最う忘れて居た」医学士「エ、エ、彼の事を人に話した、此の様な大秘密を仕様がないなア、夫だからお前に留守はさせられぬと己が常に甚蔵に言い附けて置くのだ、何処へ行って誰に何の様な事を饒舌るかも知れぬ、此の耄碌婆め、お前は甚蔵の留守に外へでも出て行ったのか」婆「ナニ出ては行かぬ門の戸まで甚蔵が例の通り閉めて行ったから」医学士「それでは誰に話しただろう」婆「忘れたよ」医学士「忘れたよもない者だ、ハテな、真逆に甚蔵を乗せて来た馬車の馬丁にでもあるまいネ」婆「アそう、そう、思い出した、甚蔵を送って来た美しい若者に話したんだ」医学士「ア途中で己を呼び掛けたアノ男にか、ハテな、彼奴真逆に探偵では有るまい、通例の商人なら、少しぐらい聞いたとて唯聞き流す丈の事だが、爾して何かコレ婆さん、其の男は根掘り葉掘り色々の事を聞きはせなんだか」婆「忘れたよ」
 忘れたは余に取って幸いである。若し覚え居て有の儘を話したら、悪に鋭い此の医学士は決して余を尋常《ただ》の若者とは思いは仕まい。医学士「エエ、好いわ、誰の目にも狂人と分り過ぎるほど分って居るお前だもの、何を云ったって人が真逆に気に留めもせぬだろう」と自ら慰める様に云い、良《やや》あって「所で婆さん、初めの話に帰るのだが、其の美人は誰が抱いて出たえ、馬車の中から」
 是が秀子の過ぎし身の事かと思えば、余の身体は石の様になり、爾して此の後は何の様な事を聞くかと、動悸が胸を張り裂く様に打った。婆「誰だったか忘れたよ」医学士「虎井夫人で有ったじゃないか」婆「爾だ、爾だ、娘だった、オオ最う何も彼も思いだした、爾してお前が、第一に仮面を被せねば了けぬと云って」医学士「エエ、思い出す時には余計な事まで思い出す、其の様な事は忘れて居るが好い」婆「爾して私が、其の美人の左の手を見ると、ネエ医学士、其の時には私の智恵が一同から褒められたじゃないか、アノ左の手にさ、エ医学士、お前は忘れなさったか」扨は愈々秀子が身の秘密まで今此の悪人等の口より聞くかと、余は凝り固まって我れ知らず身動きしたが、自分では何の響をさせたとも知らぬけれど、中に居る例の犬が早くも聞き附けたと見え、異様に警報を伝える様に一声吠えた、医学士「オヤ此の犬が吠えるとは奇妙だぞ、婆さん、お前の耳には、何か聞こえたか」婆「イイエ」医学士「真逆に戸の外で誰も聞いて居る訳でもあるまいが」と云って早や立って来る様子である。

第五十四回 人だか獣物だか

 余は実に失敗《しくじ》ったと思った。医学士が立って来れば余は暗がりへ隠れる一方だが、それも硝燈を持って来らるればそれ迄だ。折角茲まで漕ぎ附けたのに肝腎の時と為って見現わされるのかと、本統に遺憾骨髄に徹したけれど仕方がない。所が中で婆の声が聞こえた。「ナニ誰が居る者かよ、甚蔵が傍に居ないと此の犬は時々アノ様な声を出すのだよ、上の室でアレの動く音でも聞こえたのだろう」アレとは何であろうと余は此の際疾《きわど》い場合にも怪しむのを耐え得ぬ、医学士「ウム例のか、動きなど仕やがって、仕ようがないなア、最っと鉄鎖を緊《きつ》くして置くが宜い」斯う言って、出て来るのを止めた様子だ、有難い、有難い、余は真に助かった、再び此の様な事のない中に早く目的の潜戸の中へ潜り込まねば。
 斯う思ううちにも「例のか」と言い「鉄鎖を緊く」など云った医学士の言葉が耳に残って居る。何だか薄気味の悪い言葉だ、併し此の意味も其のうちには分るだろうと、跼《ぬ》き足して此所を立ち去り、見て置いた階段の方へ行ったが、四辺は全くの闇である。別に躓く物も有るまいとは思うけれど手探りに進む外はない、昼間は明るかった所為か斯う広いとは思わなんだが、探って行くと階段まで仲々遠いけれど、何うか斯うか無事に着いた。
 又手探りと跼き足で階段を上って行き、茲辺だと思う所で壁を探った。潜戸は有るには有るが堅く締って居て、動かざること巌の如しだ。最早|燐燧《まっち》を擦って検める外はない、茲で燐燧を擦るとは随分危険な事で、若しや犬でも婆でも医学士でも廊下へ出て来たらお仕まいだ。余は胸がドキドキする、是を思うと余は迚も盗坊などに成れる性質でない、最愛《いとお》しの秀子が為なればこそ斯様な事もするが金銭の慾などの為なら、寧ろ餓え死ぬ方が幾等気楽かも知れぬ。
 恐々ながら燐燧を擦った、爾して潜戸を見ると鍵穴は有るけれど鍵は填めてない、真逆の時には錠前を捻じ開ける積りで、様々の道具の附いた小刀は買って来たけれど、何うしても此の危険な所で此の戸を捻じ開けて見ようと云う度胸は出ぬ。兎も角も先ず廊下へ誰が出たとて容易には見附からぬ無難な所へ身を隠して篤と考えて見ねばならぬ、夫には二階へ上り、甚蔵の元の寝間に入るが第一だ。
 思い定めて二階へ登り甚蔵の寝間の空いて居るのへ這入り、真っ暗の中で先ず胸を撫でて気を鎮めた、爾して色々と思い廻すにアノ潜戸を開ける事は到底出来ぬ。何でも彼は内から錠を卸して有る者に違いない、愈々内からとすれば、外の方面に最う一つ出這入りの戸がなくては成らぬ、宜し宜し、表口は捨てて置いて其の裏口を探して遣ろう。
 是から二階の廊下へ出て、相変らず手探りと跼き足とで、奥へ奥へと進んで見た、所々では燐燧を擦ったが、実に奇妙な構造だよ、普通の感覚から遠く離れた昔の貴族か何かが建った家でなければ此の様な不思議なのはない、廊下を界《さかい》として一つ屋根の下が二階と三階とに建て分けて有るのだ、廊下を奥へ突き当たって左へ曲った所に余り高くない階《はしご》が有って三階へ登る様に成って居る。之へ上れば丁度潜戸の方へ向って行く様に思う、事に依ると秘密の在る所の最う一階上へ出るかも知れぬ、何でも試さぬ事は分らぬと余は三階へ上った。茲にも廊下の左右に戸を閉じた室が幾個もある、戸の引き手を旋して見ると敦れも錠が卸りて居るが、中に唯一つ爾でないのが有るから、戸を開いて首を入れて見ると蜘蛛の巣がゾロリと顔に掛った。
 エエ茲も厭な蜘蛛室であると見える、余は遽てて戸を締め、更に廊下をズッと奥へ行くと行き止りに戸が閉って幸に鍵穴に鍵が填って居る。之を取って戸を開けば、下へ降りる様に成って居る、降りれば果して中二階らしい、何う考えても茲が彼の潜戸の中に当たる。
 占めた、占めた、最う秘密は手近で有ろうと又も燐燧を擦って見ると只の広い板の間で少し先の方に室らしい処が見え、入口の戸が新しく目立って居る、是だなと其の前へ立ち、暫く戸に耳を当てて居たが、其のうちに微かながらも異様な声が内から聞こえた。人だか獣だか夫までは分らぬけれど、長く引く呻吟《うめき》の声だ、其の物凄い事は何とも云えぬ。唯ゾッとする許りである。

第五十五回 暗《やみ》の中の一物

 余が何よりの失念は蝋燭を買い調えて来なんだ一事で有る。此の様な時に燐燧の明かりほど便りない者は無い、少しの間、少しの場所を照すけれど、直ぐに燃えて了って其の後は一層暗くなる様な感じがする。若し衣嚢の中に忍び蝋燭が一挺あったら、何れほどか助かるだろうに、殊に心細い事は、生憎余が持って居る燐燧が残り少なく成って居る、数えて見ると僅かに十二本しか無いのだ、十二本の燐燧で暗い暗い此の蜘蛛屋の大秘密を見究める事が出来ようか。
 けれど唯一つ幸いなは戸の鍵穴に鍵が填った儘である、猶予すれば益々恐ろしく成って気が怯む許りだから余り何事も考えずに、目を瞑って猛進するが宜かろうと、余は直ぐに其の戸を明けて中へ這入った。仲々重い戸である、牢獄の戸かとも思われる戸の中が、暫しの間矢張り廊下になって居る様子だが、狭い事は非常である、決して二人並んで通る事は出来ぬ。余は此の狭い所をば、挾まれる様になって三間ほども歩んでヤッと広い所へ出た。茲が即ち室に違い無い。獣類だか人だか分らぬ声を発したも此の室の中に住んで居る何かの業であろう。
 多分此の室は今、医学士の婆と話して居る頭の上に当たるらしい。「アレが動くのだ」と云った物音も此の室だろう。アレの本体も此の室で分るだろう。余は狭い所から身体を半分出して様子を伺ったが、室の中には不潔極まる臭気が満ちて居るけれど、何の物音もせぬ。茲こそはと、燐燧を擦《こ》すると、未だ其の火が燃えも揚らぬ中に、忽ち右手の暗から黒い一物が飛び出し、余の前を掠めて左の暗へ跳ねて這入った。余の燐燧は消されて了った。のみならず其の物が強く余の手に触れた為、余は肝腎の燐燧の入物を何所へか叩き落された。
 暗がりでは命にも譬う可き燐燧を、箱ぐるみ叩き落されては、何うする事も出来ぬ。余は真に途方に暮れ、唯身を蹐めて床の上を探る許りだ、何でも燐燧の箱を探し出さぬ事には一寸の身動きもせられぬ場合だ。
 ソロソロと探る手先に、塗れ附く様な気のするのは床の埃で、仰山に云えば五六分も積んで居ようか。此の様な所で、人にもせよ獣にもせよ、能く命が続いたものだ。燐燧の箱も或いは埃の中へ埋まったかも知れぬ、夫とも何処かへ飛び散ったのか、余の手の届く丈の場所には無い。斯して居る間にも何者かが暗の中から余の挙動を伺って居る者と見え、手に取る様に其の呼吸が聞えるのみならず、呼吸の風が温かに余の頬に触わるかとも疑われる。
 余は漸くに燐燧の箱を探り当てたが、何うだろう中は全く飛び散って空になって居る、之には全く絶望した。箱さえも埋まるかと思う埃の中で、細い燐燧に何うして探り当てる事が出来よう。と云って探らずには居られぬから、今は自狂《やけ》の様で、前へ進み出で、右に左に探るうち今度は更に今の怪しい生物に探り当てた。何だか匍匐《よつんばい》に這って居る様子だが獣物でなく、人の様だ。寒いのか恐ろしいのかブルブルと震えて居る、今の時候では未だ震える程の寒さではないが、爾すれば全く余を恐れての事と見える。
 斯う思うと余は聊か気丈夫に成った。先が余を恐れるならナニも余が先を恐れるには及ばぬ、寧ろ声を掛けて安心さして遣るが宜いと、低い声で「コレ何も己を恐れる事はない、お前の敵ではなく味方だよ、助けに来たのだよ」と云った、けれど少しも通ぜぬ様子だ、シテ見ると或いは人ではなく、矢張り獣物だか知らんと、又一応探り廻して見ると確かに被物《きもの》、而も襤褸《ぼろ》を着ては居るが背中に大きな堅い瘤の様な者がある。ハテな脊僂《せむし》ででも有ろうかと其の瘤を探り直すと、出し抜けに彼は余を跳ね返した。
 余は不意の事に、思わず背後へ手を突いたが、有難い其の手の下に正に一本の燐燧がある。早速に之を取り上げ、自分の被物で擦って見ると、明かりと共に余の目に映ずるは双個の光る眼である。次には大きな口から白い歯を露出《むきだ》して光らせて居るのも見える、人間は人間だが、余ほど異様な人間である。エエ最う一本燐燧が有ればと思う折しも、背後の方に荒い足音が聞こえて誰かヅカヅカと這入って来た。見咎められて捕われては大変ゆえ余は直ぐに燃え残る燐燧を吹き消し、遽てて背後を向いて見たが、狭い彼の入口から手燭を持って、医学士と其の後に婆が続いて入り来るのであった。

第五十六回 兵法のいろは

 医学士は早や狭い廊下を通り盡して此の室の入口に全身を現わした。其の腋の辺から彼の婆が首を出して窺いて居る、彼は左の手に燭を持ち右には抜身の光る長剣を提げて居る、余を殺す積りか知らん。
 併し彼は、余の姿を見て驚いた様子だ、多分此の室に此の様な他人が居ようとは思わず、唯何だか物音のするを聞き、此の室の兼ねての住者が騒ぐ者とのみ思い、威かして取り鎮める積りで長剣を光らせて来たので有ろう。余は彼の驚き怪しむ顔色を見て確かに爾だと見て取った。
 彼は暫く余の姿を眺めた末、厳重な余の身体に少し恐れを催したか、身を引いて狭い入口の道へ這入った。スハと云えば逃げ出す覚悟と思われる。成るほど思えば尤もではある。医学者などと云う者は縦しや如何ほど悪党でも、腕力で以て直接に人と格闘して取り挫ぐなど云う了簡はないもので、一身の危い様な場合には兎角に逡巡《しりごみ》する者だよ、殊に此の様な室へ余が独りで忍び込んで居る所を見ては、何の様な命知らずだろうと奥底を計り兼ね、余が彼を恐れるよりも彼一層余を恐れたと見える。
 医学士の姿を見て此の室の住者は、全く畏縮して余の背後へ小さく隠れた。余は斯る間にも、医学士の持って居る手燭のお蔭で聊か看て取る事を得たが住者は全く人間で有る、獣物ではない、爾して鎖で繋がれて居た者と見え、一方に鎖が横たわって居る、併し其の鎖は切れて居る、是で先刻医学士が、最っと鎖を緊ねば可けぬなど云った意味も分る。
 頓て医学士は顔に怪しみの色を浮かべたままで婆に振り向き「オヤオヤ婆さん茲に此の様な紳士がいるぜ」と云った。紳士とは痛み入る叮嚀なお言葉だが、商売柄だけ誰を見ても紳士と云うのが口癖に成って居ると見える、婆は医学士の背後から「イエイエ、お待ちなさいよ、グリムを呼んで来て噛み殺させるから」と云い早や立ち去ろうとする様子だ。グリムとは例の犬の名と察せられる、男たる物が犬を相手に、而も彼の猛き中の最も猛きボルドー種の犬を相手に、命の取り遣りをせねば成らぬかと思えば余り好い気持でない、医学士は之を留めて「イヤ婆さん、お前は此の紳士を知って居るのか」
 婆「アア先っき伜を馬車に乗せて連れて来た人だよ」医学士「爾かい。では先刻途中で私を医学士とお呼び掛け成すったは貴方ですか」と是だけは余に向って云った。余は勿論叮嚀に、且つ厳かに、「ハイ私です」
 医学士「ハハハハ停車場《すていしょん》へ、預けてある荷物を受け取らねば成らぬと仰有ったが茲は停車場では有りませんよ、貴方の商用とは大変な商用ですネエ」嘲けるよりも寧ろ打ち解けて笑談《じょうだん》を云う様な口調で云うた。是も彼が日頃の職業柄で慣れて居る口調であろう。余「ハイ有体に申せば、此の家へ忍び込む為に貴方を欺いたのです」
 彼は急に真面目になり「成るほど私に油断をさせたのですネ、夫は兵法の「いろは」ですが、併し何で此の家へ忍び入り度いと思ったのです、貴方は探偵ですか」余「イイエ」医学士「成るほど探偵ではない、物の言い振りで分って居るが、矢張り唯の紳士ですな、唯の紳士が何の為に他人の家へ、物取りですか」余「先ア其の様な事とお思いなさい。兎も角私は忍び込んで既に多少見届ける所が有りましたから目的の一部は達しました。之で此の室の住者と共に茲を立ち去りますから、サア其所を退いてお通しなさい」
 余は全く此の住者を連れて立ち去る積りである、此の住者が、何者か又何の為に茲に居るか、少しも考えは附かぬけれど、鎖まで附けて繋いである所を見れば、当人の意に背いて引き留めてある事は確かだから此の者を連れて去るのは此の者を救うのも同様だ。医学士は考えつつ「イヤ勿論貴方の立ち去るのを吾々が邪魔する権利は有りませんから勝手にお立ち去りなされですが、併し私は此の家の主人ではなく、只主人と懇意な間柄と云う許りで、御存知の通り主人は大怪我の為前後も知らず寝て居ますから、後で正気に返った時、若し私に向い、何故に他人の家へ忍び入る紳士を其のまま帰したかと問わるれば私は一応の返事もせねば成りません。其の時何と返事を致しましょう、是だけは貴方から伺って置かねば成りません」余「其の時は――左様サ、私が一枚の名刺を残して置きますから私の許へ親しく聞きに来いと言って下されば宜しいのです」医学士「では茲へ此の手燭を置きますから、余り時間の経たぬ中にお立ち去りを願います。お名札は下で戴きましょう、其の節猶一言申し度い事も有りますから」
 斯う云って狭い出口を悠々と去って了った。婆は気を揉んで「お前、アノ様な者を何故立ち去らせる。お前は好かろうが、後で私が甚蔵から何の様な目に遭うかも知れぬ」と頻りに苦情を云う声も聞こえた。けれど何の甲斐もなく医学士に連れ出されて了った。
 とさ、斯う思って居る中に早や外から入口の戸を犇々《ひしひし》と締める音が聞こえる、サア大変だ。余は医学士に一ぱい陥《は》められた。

第五十七回 後は真の暗闇

 戸を閉じる音を聞きて余はハット驚いた、若しや医学士に一ぱい陥められたのではなかろうか、斯う思って狭い廊下を、戸口の所へ馳せ附けたが、残念、残念、事既に遅しである。外から既に戸に閂木を差し了った後である。
 今思うと余は実に愚かであった、医学士が意外に弱い音を吐いて、少しも余の立ち去るのを妨げぬ様に云った時、余は彼の心に一物ある可きを看て取らねば成らぬ処であった。真逆に少しも疑わなんだ訳でもないが、斯様な巧みとまでは気附かなんだ、殊に手燭を置いて行かれた嬉しさに、此の燈光で室の中を見ようと思い、イヤ見ようと思うほどの暇もなく、只浮っかり見廻して居る間に、早くも斯様な目に逢ったのだ。
 戸の外には未だ医学士と婆とが居るらしいから、余は戸を叩いて「モシモシ何で此の戸をお締めなさる」と叫んだ。医学士は鍵穴の辺へ口を接近させた様子で「イヤ貴方は其の室の中の住者を大層お可愛がり成さる様子だから当分同居させて上げようと思いまして」と無体極まる言葉を吐いて呵《から》々と打ち笑った、余は怒髪冠を衝くと云う程の鋭い声で「実に貴方がたは失敬です、人を一室へ閉じ込むなどと」医学士「左様、夜中に他人の家へ忍び込むのと大体似寄った仕打ちでしょう、私の方ばかりが失礼でも有りませんよ」余「余り卑怯です。私の所業に咎む可き所が有れば公公然とお咎め成さい。逃げも隠れもする男では有りません、裁判所の召喚にでも、決闘の挑発書にでも、ハイ何にでも応じます」医学士「爾でしょうよ、決闘などは仲々お強そうだ、今では迚も私は叶いませんから最う四五日も経てばお相手致しますよ。先ア其の室に四五日居て御覧なさい、幾等貴方が強くとも飢えと云う奴には勝てませんよ、好い加減に身体が弱って、決闘するなどの心がなくなりますから、ハイ其の節緩くり御意見を伺いに参りましょう」
 此の様な横着な、狡猾な、爾して癪に障る仕打ちが又と有ろうか、余を飢えさせて弱らせて其の上で相手にする積りで居やあがる、余「では四五日も私を此の室へ閉じ籠めて置くと云うのですか」医学士「ハイ抵抗力のなくなるまでお宿を致す外は有りません」余「実は貴方がたのする事は人間に有るまじき所業です、何等の卑劣、何等の卑怯です、私の立ち去るのを少しも邪魔せぬなどと云い欺いて油断させて置いて、出し抜けに私を此の室へ閉じ込むなどと」医学士「ハイ夫が貴方に教わった兵法のいろはですよ。確か停車場へ荷物を取りに行くとか云って私に油断させ、爾して此の家へ忍び込んだは貴方でしたねえ、唯貴方の名刺を頂かなんだは残念ですが、夫を戴いたりする間に気が附かれては成らぬと、何れほどか私の心が迫《せ》かれたでしょう。ナニ名刺は今戴かずとも貴方が抵抗力のなくなった頃、衣嚢を探れば分ります。何しろ貴方のお得意の此の兵法のいろはと云うは、用いて見ると仲々功能が有りますねエ」余は悔しさに地団太を踏んだ。余「エエ、其の様な無礼な言葉は聞きたく有りません、口数に及ばず一言でお返辞なさい。此の戸を開けますか開けませんか」医学士「ハイ一言で申します、開けません」とせんの語音に非常の力を込めて云う憎さ、余「開けねば内から叩き破ります」医学士「何うかそう願います」余は我が身が微塵と成っても宜いと、全身の力を込めて戸に突き当ったが宛で石の壁に突き当てたる様な者だ、音はするけれどビクともせぬ、外からは医学士が「オオ中々力がお強い、今に戸が破れますから精出してお突き当り成さい」
 無益とは知っても斯う冷かされては其の儘止む訳に行かぬ、最一度突き当たって驚かせて遣ろうと、身構えをして居ると、忽ち室の中が暗くなって来た。余は此の時までも気附かずに居たが、医学士の置いて行った手燭の短い蝋燭が段々に燃え下り、到頭燃え盡きて了ったのだ。エエ残念な事をしたと、是も今更後悔の念に堪えぬけれど仕方がない、医学士は鍵穴から此の様を窺いて知ったと見え「サア婆さん最う行こうよ、己はな、油断させる為に手燭を室の中へ置いて来たから、夫が気に成り何でも蝋燭の盡きるまで調弄《からこ》うて居るが得策だと思ったが最う調弄うて居る必要もなくなった」と云い捨てて全く立ち去る様子である。彼何所迄悪智恵の行き届く悪人だろう。到底余の如きの手に終える奴ではない、余は只管に呆れつつも「お待ちなさい、お待ちなさい」と呼び立てた。けれど彼は耳にも掛けずに去って了った。後は深山の様に静かで、爾して真の暗闇である。

第五十八回 絵姿の眼

 余は実に痛い目に遭った、真暗な一室へ閉じ籠められ、今は如何ともする事が出来ぬ。
 何うすれば好いだろうと様々に考えても何の思案も浮んで来ぬ。此のまま茲に飢死にせねば成らぬだろうか。そうだ何うも飢え死ぬるまで此の室の囚人となって居る外はない、余を閉じ籠めた悪医学士の目的は分って居る、余に此の家の秘密を探られ自分等の罪悪を察せられたと思うから、唯余を此の世になき者とする一方だ、徒らに余を窃《いじ》めたり威したりする訳ではなく真に余の一命を取る積りで掛って居るのだ、何も爾としか思われぬ。
 誰か余を助けて呉れる者は有るまいか。イヤ有る筈がない。余が此の家に居る事は誰も知らぬ。真の夜中に、誰一人知らぬ間に我が家を脱出し、尤も途中でローストンの停車場から秀子に宛て電報を出したけれど用事の為|倫敦《ろんどん》へ行く様に書いて置いた。余が数日帰らねば必ず倫敦を探すに違いないが、倫敦に居ぬとなれば其の上の探し様はない。
 此の家の奴等は人を殺すのを商売の様にして居るのだから、余一人を殺すのを爾まで臆劫にも思うまい。庭の樹の下へ穴を掘ると婆の喋ったので分って居る、今まで幾人も此の室で殺して屋敷うちへ埋めたに違いない、余が此の通りの目に遭ったとて、誰がそうと知る事が出来よう。単に倫敦から行衛知れずに成った者と見做されて了うのだ。
 実に辛い、残念だ、自分の死ぬるを厭わぬとしても、後で秀子が何の様な目に遭うだろうか。余の外に保護者とてはなく、叔父は有ってもなきが如しだ、少しも真逆の時の役には立たぬ。事に寄ると今既に秀子は肝腎の時に余が不在と為ったのを心細く思って居るかも知れぬ。
 お浦が紛失して未だ幾日も経たぬのに、又も余が消滅したのならば、世間の人が幽霊塔を何の様に言うだろう。叔父も住み兼ねて他へ引き移るかも知れぬ。
 併し空しく考えたとて詮ない訳だ、何とかして逃げ出さねば成らぬ。命の残って居る限りは逃げ出す道も求めねば成らぬ、併し此の暗やみで室の中の様子さえ分らぬでは道を求める由もないのだ。何時まで暗い訳ではなく、五六時間も経てば自ら夜は明ける、とは云え昼間では益々逃げ出すに都合が悪い。扨は明日の晩まで此の室に居ねば成らぬのか知らん。
 如何にも癪に障る訳だ、夜の明けるまで寝るとしても埃の一寸も溜って居る室の中に身を横たえる訳に行かず、室の何所かに寝台でも有れば好いのに、爾だ、手探りに探って見よう、探って少しでも能く室の様子を知り、縦し身を横たえる所はないにしても少しでも早く逃げ出る道を得ねばならぬ、斯う思って余は探り探り元の室へ来、中の住者にも構わず、只管四方の壁を探ったが、一方には昔火を焚いたと思われる燈炉《すとうぶ》の様な所も有る、窓も有る、窓には大きな鉄の棒を竪に幾本もはめて有る、昔は多分立派な居室ででも有っただろうが今は全く牢屋も同様だ。窓の鉄の棒などの頑丈なことは、宛で熊でも縋り相だ。
 又一方の壁には入口と違って通常の戸の締った出口の様な所が有る。アア此の室は一室ではなく、幾室か続いて一組の座敷を為して居るのであろう。次の室、居室、寝室と元は立派に備わって居たのかも知れぬと、更に其の戸を開けて見ると錠も卸りて居ぬ、全く次の室らしい、之へ歩み入って又探ると、茲は前の室と違い、様々の造作がある、押入、戸棚、化粧台の様な物も手に触わる、爾して片方には、オヤオヤ寝台がある、最一つ次の室が有ろうかと探って見ると、成るほど一つの戸口は有るけれど、此は固く締って居る、此の上に探ったとて同じ事よ、先ず寝台の有るのを幸いに、矢張り夜の明けるまで寝るより外は仕方がない。
 寝台は爾ほど汚れても居ぬ様に思われる、埃の臭気は鼻に慣れて別に感じぬが、其の外に何だか鼻なれぬ香いがある、扨は女が此の間に居て今に化粧品でも残って居るのか知らん、余り心持の悪くない香いだ、臭気ではなく寧ろ香気だ、爾だ爾だ化粧台の有ったのを見ても女の住んだ事は分る、斯う思うと幾分か心の中も寛《ゆるや》かになり其のまま寝台へ上ったが、香気は極微弱では有るけれど余の神経へ最と妙なる影響を及ぼした。確かに此の香いは秀子が常に愛して居る香料と同じ者だ、秀子の室へ這入る度に余が精神の爽かになるのを覚えるのは確かにこれだ、扨は此の室が即ち秀子の居た室か知らん、秀子が此の家に居た事は様々の事柄で察せられるのみならず、宵の程幾度か婆の口から美人と云ったのも秀子の様だ、シテ見ると此の寝台が秀子の寝た跡かも知れぬ。
 余は唯是だけの事に大いに心を打ち寛《くつろ》ぎ、何時の間にか眠って了った、僅かに二三十分も眠ったかと思う心持だのに、目が覚めて見れば早や、古い窓の戸の透《すき》から朗かな旭日の影が射して居る、余に取っては蘇生の想いだ、気も軽く寝台より下り、室中を見廻したが、室に在る多少の小道具などを見ると茲に秀子の身の秘密が幾等か残って居る様に思われた。併し此等よりも猶余の心を惹く一物は寝台の枕の方に当たる壁に、大きく貼り附けてある異様な絵姿である、イヤ其の絵姿の眼である。

第五十九回 次の間の住者

 絵姿は余り古くもなく勿論見事でもない。多分は名もない絵工が内職に描いたのであろう。併し大きさは絵絹が勿体ないほど大きい、姿は女の立った所である、何も別に取り所とてはないが、唯其の眼が、真成に生きた様な光を発し、余を瞰《み》下して居る様に見える、顔にも容《かたち》にも生気はないが眼だけには実に異様な不似合な生気が有る、画の眼とは思われぬ。
 余が今の境遇は、知りもせぬ女の画姿などに気を留めて居るべきでない、夫だのに何となく其の眼だけが気に掛かる、扨は余が未だ寝呆けて居るのか知らんと自分ながら怪しんで自分の目を擦って見た。爾して再び頭を上げて見直したが、是は何うだ、画姿の眼の生気は全く失せて居る、何の意味も何の光もなく、矢張り画相応に無趣味無筆力の眼である、余は何うしても合点が行かぬ、或いは寝呆けて見誤ったのかも知れぬが、併し此の画像の眼に何等かの曰くがあるに違いない、決して自分の見損いとのみは思えぬ。
 けれど其の詮索は、今は仕て居られぬ、第一に見たいのは昨夜の、次の室の住者である、彼は何者か何の様な姿形か、斯う思って次の室へ行って見たが、室の向うの片隅に小さくなって背屈《しゃが》んで居る、夜前思うた通り脊僂《せむし》の男、イヤ未だ男とも云い難い十五六の子供であるが、其の穢く汚れて居る事は譬うるに物もない、髪の毛は何時剃刀を入れたとも知れず、蓬々と延びて塵に塗り、猩《しょう》々の毛の様に顔に被さり、皮膚の色は殆ど煤がかった鼠色である。斯うも不衛生な有様で能く先ア活きて居られることだ。余は色々と声を掛けたが、全くの白痴と見えて一言の返事もせぬ、唯異国から連れて来た動物が檻の中から珍し相に人間の顔を眺めるのと略ぼ同じ面持を示して居る。何故に此の様な者を匿まって置くであろう、分った多分は可なり財産の有る家に生まれたので、其の親が世間体の為に此の様な子を家に置く訳にも行かず、と云って慈善院などへ入れるのも世間へ知れる恐れがあるので、金を附けて此の家へ預けたのでも有ろう。爾だ、此の家は総て人の秘密を食物にして居るので、此の様な者を預り、親から金をユスリ取る事の出来る間は活かして置き、金が出ぬ様になれば殺してひそかに庭の木の下へ穴を掘って埋めるのだ。世間に満ざら類のない商売でもない、物の本では折々読んだ事もある。
 先ア何しろ此の態では可哀相だ、救い出して人間並みの待遇を受ける事に仕て遣り度い。縦しや秘密の場所へ隠すにしても、是では遙かに犬猫に劣る仕向だから、若し余が茲を脱け出る事が出来れば必ず此の者を連れて出よう、夫が出来ずば此の者と共に留まり自分の手で傷わって遣ろうと、余は今までに覚えぬほど惻隠の心を起した。
 切《せめ》ては此の室の中で窓の隙から日の光の差す辺へでも坐らせて置き度いと思い、手を取って引くと、オヤ其の手に麺麭《ぱん》の屑《かけら》を持って居る。扨は今朝既に食物の差し入れが有ったと見える、斯う思うと誠に賤しい話では有るが余には未だ差し入れがない、時計を見れば、早朝かと思ったのに既に九時を過ぎて居る。余は俄かに空腹を感じたが、何でも余は医学士の言葉の通り断食の儘で、身体の弱り果てるまで置かれる事と見える、今からひもじいなど思う様では仕方がないと、忽ち思い直して再び彼の手を引き立てると、彼の足には鎖が附いて重さが七八貫も有ろうかと思われる鉛の錘《おもり》へ、極短く結び附けられて居るのだ。
 夜前は飛んだり跳ねたりして居たのに、アア爾だ今朝食物の差し入れの時、更に繋ぎ直されたのだ、誰が此の様な事をするか、是も医学士だ、シテ見ると医学士が今朝茲へ這入って来たのだ。実に大胆不敵な奴、余が此の室に居るのも構わず、イヤ夫とも余の眠って居たのを知って居たか知らん、爾だ知って居た、知って居た、爾なくば到底も這入って来はせぬ、併し待てよ余の眠ったを知って居たとすれば、何処かからひそかに余の挙動を窺いて居ると見える、ハテ其の様な窺く所があるか知らん。オオ、分ったぞ、分ったぞ、アノ絵姿の眼がそれだ、目の所が抉抜《くりぬ》いて有って、丁度外から其の目へ目を当てて中を窺くのだ、余り面白くもない工風を仕た者だ、宜し、斯うと分れば余にも亦余だけの工風がある。
 余は胸の中に工風をたたみ、先ず此の住者の足の鎖を解いて遣ろうと、衣嚢から例の小刀を取り出して、其の中の錐や旋抜きなどを、鎖に附けて有る錠前に当て、智恵の限りを盡して見たが凡そ三十分の余に及んで到頭錠前を外して了った。
 白痴ながら住者は甚《ひど》く喜んで室の一方の隅へ行き、何か拾って握って来て、お礼と云う見得で余に差し出した。其の手を開かして見ると、有難い、昨夜余が翻《こぼ》した燐燧を拾い集めた者で其の数が七本ある。余は涙の出るほど有難い、早速受け取って、一本の葉巻|莨《たばこ》を燻らせたが、是でも蘇生の想いがある、ナニ空腹も大した苦痛ではない。
 余は何か返礼をと思い、次の室へ行った、化粧台の中にある小箱や抽斗の戸などを外して来て夫等を砕いて煖炉に火を焚いて遣った。ナニ此の室の造作は悉く薪にしても惜しくはない、手当り次第に持って来て投げ込むと中々大きな火が燃え出したが、秋とは云えど朝などは早や肌寒を覚える頃だから、彼白痴の喜ぶ事、手を拍って煖炉の前で雀躍《こおどり》して居る、是が多分は余が生まれて以来第一等の功徳であろう。

第六十回 後に三本

 煖炉の燃えて居る間に余は次の室に行き戸棚の中を検査したが、殆ど無一物の有様では有るけれど棚の隅に二三の薬壜が埃に埋まった儘である。若し余の想像の通り秀子が此の室に入った事が有るとすれば或いは是等の薬を呑んだかも知れぬと、取り出して埃を吹き払い、其の貼紙を見ると、一個は「阿片|丁幾《ちんき》(毒薬)」と記して有る、一個は「発病の際|頓服《とんぷく》す可し」とあり、残る一個は単に「興奮薬」とのみ記して有る。医学の心得のある人なら是だけで何等かの想像も附くだろうが、余には別に手掛りと云う程の手掛りにもならぬ、次に押入を開いて見たが、下の隅に着物を丸めて突込んだと云う様な一塊がある。取り出すと非常に黴臭いが、確かに女の着物で、是も二三種は有る様だ。先ず別々に取り分けたが、其の内の一枚は秀子のに相違ない、秀子が何時も着て居る日影色の無地である、今一枚は少し短くて幅が広いかと思われる、之は仕立の粗末な所が何うも出来合いの安物を買ったのらしい。或いは虎井夫人が着たのでは有るまいか、此の着物と一緒に成って、白布の上っ張がある、之は看護婦などの着けるのだ、扨は秀子が此の室で病気をして看護婦でも呼んだのであろうか、夫とも秀子か虎井夫人かが之を着けたのであろう、執れとも判り兼ねる。
 今一枚、妙な浅黄色のが有るから最後にそれを検めると、余は実に気分が悪くなった。何うだろう、其の服は英国の監獄署で女の囚人が着ける仕着せである。真逆に秀子が此の様な物を被た筈はない。虎井夫人であろう、爾だ虎井夫人だ、虎井夫人だ、念の為衣嚢を引っ繰返して見れば、或いは中から誰のだか分る様な品物が出るかも知れぬ、ドレ引っ繰返そうかと余は手を出したけれど容易にそれほどの勇気が出ぬ、万に一つも秀子のと云う証拠でも出たなら取り返しが附かぬ、イヤ其の様な筈はない、何で秀子が囚人の服などを着ける者かと、又思い直して終に其の中を取り調べたが有難い事には中に何にもない。矢張り誰のとも分らぬのだ、エエ余計な心配をしたと、つまらぬ事を安心して是から残らずの着物の衣嚢を検めたが、唯一つ秀子のと思われる日影色の着物から一枚の名刺が出た、唯夫だけの事だ。
 名刺の活字は鉛筆で甚く消して有る。けれど熟く視れば読める、「医学士大場連斎」とある、これが彼の医学士であろうか、更に名刺の裏を見ると、同じ鉛筆の文字で細かく「今の境遇にて真に御身を助け得る人は仏国巴里ラセニイル街二十九番館ポール・レペル氏の外には決して之なく候、既に同氏へ御身の事を通信致し置き候間、直々に行きて御申込成さる可く候」とある。何の事だか分らぬけれどこれこそは大切の手掛りとも云う可きだ。余が此の室を逃げ出し得ずして死んで了えばそれ迄だが、若し死骸と為らずして此の室を出る事が出来たなら必ず此のポール・レペルと云う巴里人をも尋ねて見よう。秀子を助け得るは此の人の外に無いと云う意味だから、秀子が何の様な境遇で何の様に助けられたのか夫とも茲に「御身」とあるは、秀子ではないのか、其の辺の事を突き留めずには居られぬ。
 其のうちに早や午後と為り日暮と為った。余は空腹が益々空腹と為る許りだ。此の上に取り調べる所もないから、もう逃げ出す道を求める一方だが、さて何うしたら逃げ出されよう、少しも見込みが附かぬ。
 考えながら次の室へ行って見ると、彼の白痴は煖炉の前に仆れ、眠ったかと思えば可哀相にサ、余が眠らぬ為此の者にまで食物の差し入れがないと見え弱り果てて、物欲し相にサ、余の顔を眺める許りだ。余は傷《いた》わって「今に私が此の室から連れ出して上げるから、ヨ、辛くても少しの間、辛抱して居るのだよ」と言い聞かせた。彼は聞き分けたと見え、重そうに起き上った、爾して自分の足と繋がれて居た鎖とを、暫しの間見較べて、頓て余の今まで居た次の間の方へ行った。
 見れば既に煖炉の火も消えて居る。猶焚く物は有るのだから、再び火を起すのは容易だが、何しろ燐燧が乏しいから夜に入って寒くなるまで此のままに置くが好かろう。
 夜に入らぬうち逃げ道を探すのが肝腎だと、余は又立って室中の窓を悉く検めたが、孰れも真の牢屋の様に、鉄の棒を入れてある棒の中に、若しや上下の弛んで居るのはなかろうかと、一本々々を揺さぶって見るけれど孰れも堅固だ。幾等余の力を加えたとて其の甲斐はない。最早落胆せざらんと欲するも得ずだ。其のうちに愈々夜に入った、万感|交々《こもごも》胸に迫るとは此の様な場合を云うだろうか。勿論腹は益々空く一方だが、寒さも追々に強く感ずる、何しろ腹に応えがなくては寒さを凌ぐ力もないと見える。最う煖炉を焚かずには居られぬ、丈夫な余さえも此の通りだから彼の白痴は猶更耐え難いだろうと思い、再び煖炉を焚き附けて次の室へ行き、残り少ない燐燧を奢って見廻すと白痴は居ぬ、扨は何所か出て行く所があるだろうかと二本目の燐燧を擦った。心細い事には最う後に三本しか残って居ぬ。

第六十一回 余の身代り

 何処に出口が有って彼の白痴は居なく成ったか。二度目の燐燧《まっち》で照らし見ると、居なくなったのではなく、余の寝た寝台の上に寝て居るのだ、此の様な境遇を爾まで辛くも思わぬ、其の眠りの安々と心地好げに見ゆることは、ホンに羨ましいと云っても宜い。余は寧っそ白痴に生まれたなら、苦痛を苦痛とも感ぜぬだけ却って仕合せで有ったかも知れぬが、今更それ愚痴に過ぎない。
 斯う旨々と眠て居る者を、起すのも罪だから其のまま余は煖炉の前にかえり燃える火を眺めて居たが、余ほど身体が疲れたと見え、椅子に凭《よ》ったまま居眠った。幾時の後にか目が覚めて見ると煖炉が全く消えて、室の中は昨夜の様な暗闇と為り、寒さは宛かも背中から水を浴びせられる様だ。暁方まで何うして凌ごうかと思って居るうち、何所からか此の暗闇の室へ散らりと燈光が射した。熟く見ると、庭に向った方の窓の戸の隙から洩れて来るのだ、最う何時か知らぬけれど此の夜更に誰が何の為に庭へ出て居るだろうと窓の所へ行き、鉄の棒に顔を当て戸の隙の最も大きい所から窺いて見るとズッと向うの樹の下に燈りを持って居るのは婆で、其の燈光をたよりに彼の医学士が鍬を以って大きな穴を掘って居る。
 是だ、是だ、穴を掘って死骸を埋めるとは、此の事だ、ハテな今夜は誰を埋めるのだろう、考える迄もない。余を埋める積りなのだ。医学士の言葉では余が空腹の為疲れるのを待ち、爾して取って押えると云う事で有ったから四五日は間があるかと思ったが、何かそう長く待たれぬ事情でも出来たのか、夫とも余が既に疲れて了ったと見込んだのか、ナアニ、未だ中々彼等の手に取り拉れる男ではない。来るならば来て見るが好いと、腹立たしさと共に俄かに勇気が出、身を引き緊めて瞰て居ると、穴は最う余ほど前から掘って居た者と見え、早や掘り上げて、医学士は身を延ばして見直した上、婆と共に家の方へ帰って来た。
 サア、愈々余を殺しに来るのだと、余は彼の小刀を手に持って、入口の戸の所へ行き立って居ると忽ち次の室に当たり、非常な物音が聞こえた。何の物音とも判断は附かぬが、何しろ尋常ではないと思い、徐々次の室に行き、三本残る燐燧のうち一本を擦って見たが、余は余りの事に「アッ」と叫んだ。何うだろう、彼の白痴が寝て居た寝台がなくなって床へ夫だけの穴が開いて居る、全く、彼の寝台が陥穽で、床が外れて、寝て居る人ぐるみ下へ落っこちる様になって居るのだ。
 此の様な惨酷な仕組みが有ろうとは思わなんだが、何でも昔此の家へ住んだ貴族か何かが敵を殺す為に此の様な秘密の仕掛を作って置いたのだ、夫を医学士が利用して、今まで幾人の命を奪ったであろう、実に残忍極まる奴等だ、夫にしても何が為にアノ白痴を此の仕掛けで殺しただろう。殆ど鶏を割くに牛の刀を以ってする様な者だと、余は少し怪しんだが、アア分った、彼等は此の寝台に白痴が寝て居ようとは思わず、全く余が寝て居ると思ったのだ。
 余は其の穴へ近づいて下を瞰いたが、真っ暗で何れほど深いか更に分らぬ。仕方なく手に有る燃え残りの燐燧を其のまま落して見ると、凡そ二丈ばかりの深さはあるかと思われる。燐燧は光を放ちつつ落ちて妙な音がして消えて了った。是で見ると下は水だ、何でも古井戸の様な者で、白痴は余の身代りと為り其の中へ入って水死したのだ。
 実に可哀相な事をした、と云って此のまま居れば遠からず人違いと云う事が分り、彼の医学士が驚いて何の様な事をするかも知れぬ、成るにもせよ成らぬにもせよ、何とか此の室を出る工風をせねば成らぬ、彼が充分に用意して、余を殺し直しに来るのを便々と待って居て耐《たま》る者かと、余は全く死物狂いになった。勿論何所から逃げると云う見込みはないが、聊か便りとするは寝台の枕許に当る絵姿である、寝台は先刻煖炉を焚いた室の方へ足を向ける方向に据って居たから絵姿の背後は廊下に違いない。爾して絵姿の眼から内を窺く眼が、丁度絵姿の目の様に見えた所から察すると、之を貼り附けて有るのは壁ではなく、板であろう、板ならば叩き破られぬ事はないと、先ず試みに叩いて見た。思ったよりも薄い様な音だ、余の力ならば一破りだ。
 余は先ず小刀を以って抉って見たが、大して骨も折れずに其の刃が突串《つきとお》った。板の厚さは僅かに四分位である、是ならばと所々に穴を開け、頓て全身に力を籠めて、推しつ叩きつした。初めてから三十分と経ぬうちに其の板を推し破った。此の様な事なら、早く気が附けば好かったのに、併し夫は今思うても帰らぬ事、兎に角室を脱け出すは勝利の第一歩だから、何の様な所かと又も燐燧の二本のうち一本を擦って見ると思った通り廊下であるが、此の廊下はダラダラと雪崩の様に向うの方へ傾いて居る。偖《さて》は穴倉へでも通じて居るのかそれとも下の室へ出られるのかと、下へ下へと降りて行くと突き当たる所に又戸がある。アア是で分った、絵姿の所の板が薄かったのも、全くはアノ板を破ったとて茲に此の様な戸が有って到底外へ出られぬ様に成って居る為である。アノ板戸はホンの身を隠して中を瞰《のぞ》く便利の為仕切りだけに設けたのだ。
 爾すればアノ戸を破ったのも実際何の役にも立たぬかと、聊か残念におもい、先ず四辺《あたり》の様子を考えるに、此の戸の前へは横手からも廊下が来て居て、茲で「丁」の字形になって居るらしい。横手へ行ったとて矢張り、突き当りに戸が有るのに極って居るから、先ず此の戸から試そうと、厚い薄いを叩き試みるに、戸の先に人の声がする。「ナニ医学士、其の様に甚く叩かずとも其の戸は先ほど婆さんが瞰きに行ったとき開けた儘で、錠は卸りて居ないのだよ」此の声は確かに穴川甚蔵である。錠が卸りて居ないとは何たる仕合せだろう。余は蘇生の心地をして「医学士ではなく私ですよ」と云いつつ其の戸を開いて内へ這入った、果して甚蔵の寝て居る室である。

第六十二回 毒蜘蛛

 今考えて見ると彼の絵姿を貼ってあった所は元の戸口で有ったけれど、其の戸がなくなったので板を填めそうして壁の色の違うのを隠す為に詰まらぬ絵を貼り、旁々外から内の様子を窺く便利に供して置いたのだ。つまり彼の室の内で一番破り易い所であった。余が彼処へ目を附けたのは幸いで有った。其の上に丁度甚蔵の寝室の戸の開いて居る時に出て来たのは殆ど天の助けとも云う可きだ。
 余が甚蔵の室へ這入ると、彼は寝て居ながら直ちに短銃《ぴすとる》を取って余を狙い「身動きをすると命がないぞ」と威かした。余は落ち着いた調子で「穴川さん、貴方は馬車で此の家へ帰り着くまで、有難いの、命の親だと私を拝まぬ許りで有ったのに、短銃を以てその謝意を表するのですか」穴川は余の顔を打ちながめて、「エ、エ、貴方ですか、大場医学士が貴方だとは云わぬ者だから」と言訳の様に云いつつも猶短銃を下げようとはせぬ。余は此の忙しい間にも大場と云う名を耳に留め、偖《さて》は秀子の服と思われる彼の日影色の被物から出た名刺に大場連斎とあったのが全く此の悪医者だなと、心の底にうなずいて「ハイ汽車の中から此の家まで貴方を介抱して来た当人です、ナニ未だ逃げもせず、貴方を害しもせぬから暫く其の短銃をお下げなさい」穴川「イヤ此の身体では此の外に頼りとする者も有りませんから下げません。けれどナニ貴方が正直にさえ仕て居れば、必ず射殺すと云う訳でもないから」余「では有体に云いますが、貴方に少し話が有るから、外の人に妨げられぬ様に此の室の戸を閉じなさい」余「鍵は何所にありますか」穴川「鍵は其の戸に附いた儘で有る筈です」成るほど錠前の穴へ填った儘である。余は全く此の家を立ち去る前に厳しく穴川に談判して置かねば成らぬと思う為、医学士の這入り得ぬ様、中から確かに錠を卸した。爾して室の中を見廻すと、穴川の枕許に、小卓の上へ、食物を盛った皿や飲物などが出て居る。多分は医学士が仕事を了った上で夜食する積りであろう。けれど遠慮する場合で無い。「穴川さん今日一日|食干《ひぼし》に遭った為、空腹で言葉の順序さえ間違い相です。先ず御馳走に與かりますよ、話は腹の出来た上に致しますから」と云い、卓子に就いて遠慮無く喫《た》べ始めた。勿論粗末な品では有るが、此の様な旨い思いは、覚えてから仕た事がない。甚蔵は感心した様子で「アア好い度胸だ、立派な悪党に成れる」と独語《ひとりごと》の様に云うて居る。余「ナニ悪党などに成り度くは有りませんが、腹の空いた時に喫いたいのは度胸の有無に係わりませんのさ」
 余が喫べて居る間に室の外では頻りに足音がする。何でも医学士と婆とだろう。音の様子では余の閉じ籠められて居た室を検めに行ったらしい。今に驚いて降りて来るだろうと思う間もなく、果たしてドサクサと降りて来て室の外から「博士、博士、大変だよ、彼奴巧みに様子を察し、身代りを立てて置いて逃げて了った」確かに医学士の声だ。穴川「ナニ逃げはせぬ、今此の室で、貴殿の用意して置いた、夜食を喫べて居るのよ」医学士「エエ彼奴がか、余っぽど腹が空いたと見える、拙者の今までの経験では空腹ほど人を意気地なくする者はない。先ア好かった拙者は最う、貴殿が彼奴に絞め殺されては居ぬかと気遣ったが」穴川「ナニ身体は利かずとも短銃を持って居るからそう易々絞め殺される様な事はない、安心したまえ」医学士「でも茲を開けて呉れと云って貴殿が起きて来て開ける事は出来ず、全体此の戸は何うして錠を卸したのだ」云いつつ、頻りに戸の引き手を廻して居る。穴川「ナニ短銃で差図して彼奴に鎖《とざ》させたのだよ」医学士「では再び短銃で差図して開かさして貰おう」穴川「イヤ少し拙者と彼の間に話があるのだ、それの済むまで、例の室に控えて居て貰いたい」医学士「仕様がないなあ」と呟きつつ往生する様子であるが、今度は婆の声で「甚蔵や、甚蔵や、今度は大層旨く穴が掘れたよ。段々慣れて来る者だから次第に医学士の手際が好く成ってサ」穴川「エエ、其の様な余計な事を云うに及ばぬ」
 叱り附ける声で、婆も黙って了った。余も此の時、器だけを残して丁度食事を終ったが、是等の有様に依り熟々感じた。成るほど秀子が、毒蜘蛛が網を張って居て、人を捕えて逃がさぬ様に話したのは茲の事だ、毒蜘蛛と云ったのは全く言葉の上の比喩《たとえ》で有ったけれど、学士と云い博士と云い、爾して博士の母までも全くの毒蜘蛛だ。秀子も一度は此の網に掛ったに違いない、イヤ今以て未だ其の網から脱け得ては居ないのだ、それを脱け得させて遣るのが余が目的だ。余とても同じ網に掛ったけれど、幸い何うやら斯うやら脱けて出られ相に成った。今まで脱け得ずして毒蜘蛛の餌食と為って果てた者は幾人であろう。死骸を埋める穴を掘るのに慣れて、医学士の手際が上ったなどとは、唯短い言葉だけれど、能く思えば実に千万無量の恐ろしさが籠って居る、其の代り余が脱け出たなら此の毒蜘蛛の巣窟に大掃除を施さずには置かぬ、これから愈々其の談判に取り掛かるのだ。

第六十三回 応か否か

 余は穴川に大談判をせねば成らぬが、兎に角彼の手に在る短銃が気に掛かる。折さえ有れば奪い取り度い、アレを取って了いさえせば、彼は骨も筋もない海月《くらげ》同様の者になるのだ。
 余は故と短銃に少しも頓着せぬ様な風を見せて、愈々言葉を発した。「扨穴川さん、私が貴方と汽車に同乗して貴方を助け、爾して此の家へ来る様に成ったのは偶然の様で、偶然でない、実は貴方と談判を開く積りで幽霊塔から尾けて来たのだよ」と云って先ず余の名刺を出して渡した。彼は幽霊塔と云う言葉に既に驚いた様子であったが、余の名刺を見て益々驚き「エ、エ、貴方が丸部道九郎さんですか」と呆れた様な顔をした。是が彼の運の盡きで有った、呆れる拍子に少しの隙が有ったから、余は直ぐに彼の手から短銃を※[#「※」は「てへん+劣」、読みは「も」、120-上5]ぎ取った、真に咄嗟の間で、彼に少しも抵抗の猶予を与えなんだのは我ながら手際で有った。
 彼が立腹の一語をも発し得ぬ間に、余「此の様な物が有っては話の邪魔に成って仕方がない。話の済むまで私が預って置きましょう」彼「夫は非道い、出し抜けに奪い取るとは紳士に有るまじき――」余「イヤ紳士の談話には短銃の囃《はやし》など用いません」彼「でも夫がなくては私は怪我人で身体も利かず」余「イヤ身体は利かずとも口さえ利けば沢山です」彼「宛で貴方の手の裏に入った様な者で、貴方の強迫なさる儘に」余「イヤ私は短銃を以て人を強迫するのは嫌いです、其の証拠には此の通り短銃を衣嚢の中へ収います」と云いつつ早や腰の辺にあるピストルをポケットへ入れて了った。
 唯是だけで、早や主客処を異にした有様と為った。彼は猶グズグズ云うを「お黙り成さい、男らしくもない」と一言に叱り鎮めて置いて「実は私は茲で貴方に射殺されて了い度いのだ。勿論生きては還らぬ積りで、夫々後の用意をして貴方を尾けて来たのですから」甚蔵は独語の如くに「アア夫だから秀子が意地が強かったのだ、何の様な目に逢っても面会はせぬから勝手にするが好いなどと、失敬な返事を言伝にして」余「或いはそうかも知れません、兎に角私は叔父朝夫に相談して、此の身が若し三日目までに帰らなんだら、殺された者だから直ぐに其の筋へ訴えて捕吏を此の養蟲園へ差し向けて呉れと云うて有ります。夫だから何うしても明日中に帰らねば好くないのです、今夜此の通りアノ室を脱け出したのは私よりも寧ろ貴方の為と云う者です」穴川「だって短銃を取られた上は、貴方を殺す訳にも行かず、捕吏が来たとて私を捕える廉《かど》は――」余「有るかないか捕吏の方で判断するから茲で争うには及びません。先ず私の話からお聞きなさい」穴川「ハイ其の様に云わずとも聞くより外に仕方のない場合です」余「では云いますが、貴方は今から三十日以内に、此の土地を去り、外国へ移住なさい、再び此の国へ足踏みせぬと云う約束の上で、旅費は私が二百|磅《ぽんど》出しますから」穴川「夫は何う云う訳で」余「何う云う訳とて、貴方が此の国に居ては秀子の幸福に邪魔に成ります」彼は何等かの決心を呼び起そうとする様に暫く無言で考えたが、頓て「左様さ邪魔にもなり助けにもなり、夫は私の心一つです、けれど否と云えば何うします」余「厭と云えば捕吏を差し向ける許りの事です。私が此の室へ忍び込んだのも、捕吏《ほり》を差し向ける丈の罪跡を得たいばかりの一念です。今は充分の罪跡《ざいせき》を見届けたから、貴方の否応は大して私に利害はなく、応と云えば無事に外国へ逃がして上げるし、否と云えば死刑と云う法律の手を仮りて人間の外へ、ハイ此の世の外へ引越して戴く許りです。サア何方を択《えら》びますか、敢て私から何方にせよと勧める訳ではない、唯貴方の随意の一言を聞けば好いのです、応ですか、否ですか」
 彼の顔附きは見るも憐れな有様である。立腹と当惑と、決心と恐れとが戦って居る、頓て彼は弁解する様な口調で「罪跡とて私に何の罪跡が有るのです、正直に蜘蛛を養って一家を立てて居る殖産家ですが、エ、二階に白痴を留め置いたのが罪跡ですか。彼は私の知った事ではなく、唯大場医学士、イヤ医学士ではないけれど仮に医学士と云いますが、監獄医大場連斎の頼みに応じ二階の空間を貸した迄で、貸した室へ大場が何を入れて置くか私の知った事では有りません」偖は彼の医学士は監獄の医者を勤めて居た者と見える、余「勿論大場の罪と云う事は逃れますまいが――」穴川「イイエ大場とても爾ほどの罪ではないのです、世間の医者が誰もする一通りの事をして居るのです」余「エ、世間一通りの事」穴川「ハイ夫は最う素人が聞けば驚きましょうが、医者と云う他人の家へ立ち入る商売から云えば当り前です。孰れの家にも随分家名に障る様な家族は有る者で、公の養育院や瘋癲院《ふうてんいん》などへは入れ兼ねる場合に医者に頼むのです。医者は頼まれて真逆に人一人を殺して了う訳にも行かず、仕方なく尤も秘密の場所を求めて隠し飼殺しにするのです。だから繁昌する医者は、大抵此のような秘密の場所を特約して有るのです」余「アノ贋医学士は其の様な繁昌する医者ですか」穴川「イヤ繁昌は何うだか知りませんが、彼は昔監獄医を勤めた丈に、人の家の秘密を他の医師よりは余計に知って居て、自然に秘密事件を頼まれることも多いのです。今居る白痴なども其の一です、成るほど白痴に対して多少は不行届きも有り、手当の悪いと云う非難は免れぬかも知れませぬけれど、それを罪跡などとは」余「成るほど私の思い違いかも知れません、併し罪跡か否やの鑑定は貴方と私と素人同志で茲で争ったとて果てしがないから先刻も云う通り其の筋の判断に任せましょう、寝台が陥穽に成って居て、眠って居る者を出し抜けに古井戸へ落し込んだり、或いは当主の母が燈火を持って、庭へ穴を掘り、爾して公の手続きも経ずに埋めた死骸が数の知れぬ程あるなどは、其の筋で医者の普通と認めるか、縦し又普通と認めた所で、家の当主には何の構いもない者か、其の辺の所は直ぐに分りますから、其の方が早道です。ドレ穴川さん誠に長座を致しました」と故と謝する様に云い、余は胸の中に充分の勝利を畳んで、座を立ちかけた。

第六十四回 新たな生命

 余が愈々立ち去ろうとするを見て、穴川はあわてて熱心に引き留めた。「お待ち成さい、お待ち成さい丸部さん、少し云う事が有りますから」
 偖は彼全く閉口したと見える、余は言葉短かに「何ですか」穴川「貴方は未だ秀子の身の上を知らぬのです、私を追い払えば秀子が助かると思うから間違いです。秀子の身の幸福にする事の出来るは広い世界に唯一人しかないのです、其の人は私では有りません」実に異様な言い分で、余は合点し兼ねるけれど、何だか口調が嘘らしくも見えぬから「エ、何ですと」穴川「其の人の許へ行って頼みさえすれば、イヤ其の人が諾《うん》と承諾しさえすれば、誰が何と云ったとて秀子をどうする事も出来ません。私が此の国に居ようが居まいが少しも関係はないのです。又其の人の承諾を得ぬ限りは貴方が何の様に骨折ったとて少しも秀子の身を幸いにする事は出来ません、云わば秀子が神の使いの様な者で神の意一つで幸福にも不幸福にも成るのです。其の神へ願わずに他人が小刀細工を施したとて何うなりますものか」是だけ云いて余が猶充分に信ぜぬ様を見、「丸部さん、貴方は秀子が密旨を帯びて居ると云うのを聞いた事は有りませんか。それを聞いた事がなくば私の話は分りませんが、若しも聞いた事が有るなら必ずお分りになりますよ」益々奇妙な事を云うが、併し秀子の密旨などを持ち出す所を見れば聞き捨てる訳にも行かぬ。余「ハイ聞きました」穴川「命に代えても行い度いと云う程の密旨ですから一通りの事では有りません。其の密旨を誰が秀子に授けました。私の今云うた神様です、サア其の神様は秀子に命をも捧げさせようと云うのですから一通りや二通り秀子の身の運命を握って居るのではなく、全く秀子を、自分の思う儘にする事が出来るのです。秀子を助けると助けぬとは、其の人に縋るか其の人を度外に置くかの区別です、嘘と思って其の人にあって御覧なさい、縦しや秀子が死んだとても其の人なら新しい命を与えて秀子を生き返らせる事が出来ると云っても好い程です」
 余は問い返さぬ訳に行かぬ。
「其の人は誰ですか」穴川「サア其処が私の秘密ですよ、只は聞かせる事が出来ません、貴方から堅い約束を得た上でなくては」余「何の様な約束です」穴川「私を其の筋へ訴えたり、又は外国へまで遣ったりする前に、屹度其の人の所へ行くという約束です」余「其の様な約束が何になります」穴川「私に取っては重大な事柄です」余「何んで」穴川「貴方が其の人の所へ行って頼みさえすれば成るほど是では穴川を窘《いじめ》るにも訴えるにも及ばぬと云う合点が行って、私の有無を構わぬ事に成りますから」余「若し其の人の所へ行って、貴方の言葉が嘘だと分ったなら」穴川「其の時には私を訴えようと、何うなさろうと御随意です、勿論此の通りの身体ですから貴方が其の人の所へ行って来る間に逃げ隠れをする訳にも行かず、帰って来て捕えようと裁判所へ引き出そうと、ハイ何の様な目にも遭わす事が出来るのです」
 成るほど夫もそうである、其の人に逢って見て、若し余が穴川に欺されたと分れば其の上で散々に穴川に仇を復す事が出来る。欺される気で、其の人に逢って見るも一策だ。余「では其の人の住所姓名を聞かせて下さい」穴川「佶《きっ》と其の人の所へ行くと約束しますか」余「します」穴川「行くなどといって、行かずに其のまま私を訴えたりすればそれこそ秀子は助かりませんよ。秀子は其の人から新しい命を貰わねば助かり様のない身体です。今までも既に一度新しい命を貰って、其の恩返しに、密旨の為に働いて居るのだから今度も矢張り新しい命を貰い、爾して幸福の中へ更に生まれ返った様に成らねば無益です」
 余り異様な言葉だから、多分は余を馬鹿にする積りだろうと幾度か思い直したけれど、実地に試さねば分らぬ事、エエ欺されて見ようと思い「必ず其の人の許へ行く事を約束しますから住所姓名を聞かせて下さい、サア誰ですか」穴川は此の際になり、嘘か誠か、惜し相に少し躊躇し「仕方がない、私の身には大変な損害ですけれど云いましょう。巴里のラセニール街二十九番に住んで居るポール・レペル先生です」扨は日影色の着物から出た彼の医学士の名刺に、御身を助けるは広い世界に此の人の外にないと書いて有った其の人だ、事の符号して居る所を見ると満更嘘らしくもない。縦しや嘘にしても、多少は此の人が秀子の身の秘密に関係して居る丈は、確からしいから兎に角逢っては置く可きだと、余が心に思案する間に、甚蔵は全く残念に堪えぬ様子で「エ、此の人が再び秀子を保護し、新たな生命を与えたなら、最う秀子をユスる事も何うする事も出来ぬ、大事の金の蔓に離れる様な者だけれど、背に腹は替えれぬから仕方がない」と呟いた。余「では成る可く早く其の人の所へ行く事に仕よう」と口にも云い心にも思いて、甚蔵に分れを告げ、直ぐに此の室の窓を開いて其所から出て、爾して窓の外から先程の短銃をば「サア確かに返しますよ」と云って内へ投げ込み、ヤッと此の厭な養蟲園を立ち出でた。

第六十五回 今は又――今は又

 養蟲園を出て、余は直ぐにも巴里へ行き度い程に思ったが、併し先ず秀子の顔を見たい。既に二日も秀子に逢わぬから、何だか他の世界へでも入った様な気がする、平たく云えば秀子の顔が恋しいのだ。
 此の時は既に夜明けで、夫から歩んで停車場へ着いたのが丁度一番汽車の出る時であった。直ぐに乗って午後の二時頃に幽霊塔へ帰り着いた、玄関へ歩み入ると番人が異様な顔して「秀子様も旦那様も貴方の行く先の分らぬのを大層御心配でした」と云う。其の言葉には語句の外に尋常《ただ》ならぬ所が見える、若しや余の留守に何か又忌わしい事件でも起こったのかと余は毎《いつ》になく胸騒ぎを覚え、唯「爾か」と答え捨てゝ後は聞かずに秀子の室へ馳せて入った。
 何事にも用心の行き届く日頃に似ず、室の戸も開け放して有る、中に入れば隅の方の傾斜椅子に、秀子は身を仰向けて倚り掛り、天井を眺めて、散し髪を椅子から背後へ垂らし、そうして両手を頭の上へ載せて組んで居る。実に絶望とも何ともいい様の無い有様である。殆んど余の来た事さえ気が附かぬ程に見えるから、余「秀子さん何う成さった」秀子は驚いた様に飛び起きて「オオ好う早く帰って下さった」と云い其のまま余の胸へ縋り附いた。不断は仲々此の様な事をせず、恐れでも悲しみでも又は嬉しさでも総て自分の胸へ畳み、最と静かに、何気なく構えて居る質だのに、今に限り斯うまでするは能く能くの事に違いない。「どうしました、先ア静かに話して下さい」と背を撫でて傷わるに、秀子「最うとても助かりません天運です、広い世界に、何で私だけ此の様な目にのみ逢うのでしょう。前には浦子さんを殺したなどという疑いを受け、今は又――今は又」と云い掛け、後の言葉は泣き声と成って了った。余「今は又何うしました、エ秀子さん又何かに疑いでも掛りましたか」秀子「掛りましたとも、ハイ私が父上を毒害したなどと云いまして」父を毒害とは何の事ぞ。余は「エ、エ」と叫んで我れ知らず秀子を推し退け「叔父の身に何か事変が有りましたか」
 秀子「ハイ、私の注いで上げた葡萄酒に毒が有ったとの事で、一昨日から御病気です」余「エ、一昨日から、爾して今は」秀子「今は何の様な御病体だか、下女などの話に少しお宜しい様には聞きますけれど――私が直々に介抱して上げたいと思っても、私を其の室へ入れては又も毒薬でも用いる様に疑い、近づけてさえ呉れません、此のまま父上が若しもお亡くなりなされば、秀子の毒害の為だと云い、又お直り遊ばせば秀子を遠ざけて、毒害を続けさせなんだ為だと云います、何方《どっち》にしても私は――」余「ですが、誰が貴女を父上の室へ入れません」秀子「附いて居る看病人です、多分は警察から探偵をば看病人の様に姿を変えさせて寄越したのだろうと私は初めから疑って居りますが」余「夫にしても余り乱暴な疑いでは有りませんか、何も父上を殺すべき謂われがないのに」秀子「イイエ其の謂われが有るのだから、運の盡と申すのです。何から何まで私が父上を殺さねばならぬ様に総て仕組が行き届いて居ます。誰か私を憎む者が――イヤ真逆に其の様な人が有ろうとは思われませんけれど、有るとでも思わねば合点が行きませんもの」
 余は恐ろしい夢を見て居る様な気持だ。「イエ秀子さん、誰が何と仕ようとも又運が何の様に悪かろうとも、最う私が居るなら、大丈夫です、決して貴女へ其の様な疑いを掛からせて置きは仕ません。既にお浦の事件でも貴女にアレ程重く疑いの掛かって居たのを私の言葉で粉微塵にしたでは有りませんか。少しも心配なさらずに全く私へ任せてお置きなさい」
 秀子「其の様に行けば、何ほどか嬉しかろうと思いますけれど、今度の事ばかりは、何方の力にも合いません」
 云う中にも余を便りにして幾分かは落ち着く様子が見える。余は何にしても叔父の容体が気に掛かるから、幾度も秀子に向い「全く安心してお出でなさい」と念を推した上、更に叔父の病室へ遣って行った。
 余が戸口まで行くと恰も中から看護人の服を着けた男が出て来た。看護に疲れて交代する所らしい、余は此の人の顔に確かに見覚えがある、けれど其の誰と云う事は今は云うまい、先ず急《せわ》しく其の男を引き留めて「イヤ一寸伺いますが、今此の病室へ入って好いでしょうか」看護人「可けません、ヤットお眠りに成った所ですから」余「では目の覚めた頃にしましょうか。併し今貴方に少し伺い度い事が有ります」看護人は怪しげに余の顔を見たけれど「貴方は誰方です」余「ハイ病人の甥丸部道九郎です」看護人「では何なりとお返事致しましょう」余は此の者を連れて、密話に最も都合の好い一室に入り、先ず一椅子を指して「サア立って居ては話も出来ません、之へお掛けなさい、エ、森主水《もりもんど》さん」と名を指した。

第六十六回 何を証拠

 姿は異って居るけれど確かに此の看護人は先にお浦の事件にも関係した探偵森主水である。余は彼の目の底に一種の慧敏《けいびん》な光が有るので看て取った。
 彼は名を指されて痛く驚いたが強いて空とぼけもせぬ。忽ち笑って「イヤ姿を変えるのは私の不得手では有りますが、けれど素人に見現わされたは二十年来初めてです。貴方の眼力には驚きました」と褒める様に云い、直ぐに調子を変えて「所で私へのお話とは何事です」と軽く問うた。
 余は何事も腹蔵なく打ち明け呉れと頼んで置いて、爾して何故に秀子へ恐ろしい嫌疑が掛かったかと詳しく聞いたが、成るほど仔細を聞けば尤もな所も有る。
 彼の言葉に依ると余が彼の穴川甚蔵を追跡して此の家を去った日の未だ暮れぬうち、余の叔父は兼ねて言って居た通り法律家を呼んで遺言書を作り、余と秀子とを丸部家の相続人に定め、余には未だ言い渡さぬけれど秀子には直ぐに其の場で全文を読み聞かせたと云う事だ。スルト翌日の朝になり、彼の高輪田長三が叔父の手へ何事か細々と認めた手紙の様な者を渡した。其の中には何でも秀子の身の素性や秘密などを書いて有った相で、叔父は非常に驚いて、直ぐに秀子を呼び附け、其の方は此の様な事の覚えが有るかと問い詰めた。秀子は暫くの間、唯当惑の様を示すばかりで何と返事もし得なかったが、頓て深く決心した様子で有体に白状した。
 サア其の決心と云うのが、探偵の鑑定に由ると叔父を殺すと云う決心らしい。茲では白状して叔父に安心させ油断させて置いて、後で窃かに毒殺すれば好いと斯う大根《おおね》を括ったのだ。叔父は真逆秀子に此の様な事は有るまいと思ったのが、意外に事実で有ったので、余りの事に気色を損じ、秀子を退けて一室へ閉じ籠った儘と為った。
 其の有様を察すると、前日の遺言状の旨を後悔し、迚も秀子を相続人にする事は出来ぬから、何とか定め直さねば成らぬと独り思案をして居たのかも知れぬ。随分其の様に言えたので、秀子は多分、其の遺言状を書き直さぬうちに叔父を殺さねば其の身が大身代の相続権を失うが上に、又此の家から放逐せられ、身の置き所もない事になると思っただろう、数時間の後再び叔父の室へ行き、二言三言機嫌を取った末、余り叔父の血色が悪いからとて、葡萄酒でもお上り成さいと勧め、棚の硝盃《こっぷ》を自分で取って自分で酒を注ぎ爾して自分の手で叔父に与えた、叔父は受け取って呑むと其のまま身体が痺れた。
 幸い叔父は皆まで呑まずに気が附いたから其の時は唯身体の痺れたくらいで済んだ、爾して直ぐに此の酒には毒があると云い、呑み掛けた硝盃と酒の瓶とへ両手を掛け人を呼んで封をさせて了った、夫だけがやっとの事で其の中に痺れが総身へ廻り、後は何事も為し得ぬ容体と為った。
 けれども是も少しの間であった。医者の手当の好かった為か、宛も酒の酔の醒める様に数時間の後は醒めて了ったが、叔父は少しも之を秀子の仕業とは思わず、猶も秀子に介抱などさせて居たが、唯叔父を診察した医者が容易ならぬ事に思い、其の帰り道に偶然警察署長に逢ったを幸い、兎に角も内々で注意して呉れと頼んだ相だ。丁度其の署長が警察署へ帰った時に、此の森探偵が来合わせて居て其の話を聞き、既にお浦の紛失の事件も自分が調べ掛けて其のままに成って居るし、何しろ幽霊塔には合点の行かぬ事が多いから暫く此の事件を自分へ任せて呉れと云い、漸く其の承諾を得て此の土地の探偵一名を手下とし、看護人の様で、右の医者から此の家へ住み込ませて貰ったと云う事である。
 爾して第一に彼の呑み掛けの盃《こっぷ》と酒の瓶とを分析させた所、瓶の酒には異状がないが盃に在る呑み残りの分には毒が混って居ると分った。シテ見れば酒を注ぐ時にソッと毒薬を盃へ入れた者としか鑑定は出来ぬ。殊に其の毒が不思議にも此の国にはない印度の植物でグラニルと云う草の液であると分った。
 余は是まで聞き「グラニル」とは曩《さき》に余が刺された時、其の刃に塗って有った毒薬である事を思い出し、其の旨を森に告げると森は点頭いて「其処ですて、何しろ此の様な珍しい毒薬に、少しの間に二度も而も同じ家で出会わすとは余り不思議ですから充分手下に調べさせましたが、其の出所が分りました。此の村の盡処《はずれ》に千艸屋《ちぐさや》と云って草花を作って居る家の有るのは御存じでしょう」成る程余は知って居る、曾て其の家の小僧が偽電報の件を余に知らせて来て十ポンドの褒美を得て去った事まで此の話の初めの方へ書き込んで置いた積りだ。余「ハイ知って居ます」森「其の家の主人はお皺婆と云い、昔印度に居た事も有り、今でも印度の草を作って居ます、其の中にグラニルも有るのです」余「ソレがどうしました」森「ソレから此の家に居る人でアノ家へ折々行く人が有ります」余「それは誰です」森「秀子さんの附添虎井夫人です」余「夫人は病気ですが」森「イエ病気は既に大方直りました。昨日も此の夫人がアノ家へ行ったのです」余「何の為に」森「アノ婆が狐猿の飼方や其の病気の時の手当て方をも心得て居るとの事で、毎も表面はそれを問いに行くのです」余「グラニルを買いに行くのではないでしょう」森「ハイそれは買おうにも売りませんから盗む外はないのです」余「では婦人が其の草を盗んで来て」森「イイエ、真逆に自分で盗みも仕ますまいが、アノ夫人はアノ家の小僧に窃かに小使銭を与えて居ます」余「爾としても叔父を毒害したのが秀子だと云う証拠には成りますまい」森「勿論之は証拠ではないのです。唯グラニルの出所をお話し申したのです」余「では何を証拠に秀子を疑いますか」森「生憎其のグラニルの液を入れた小さい瓶が、秀子さんの室から出たのです」

第六十七回 前科者

 毒薬の瓶が秀子の室に隠して有ったとは実に意外な事柄である、流石の余も弁解する事は出来ぬ。
 併し余は必死となり「けれど森さん、世に疑獄と云い探偵の過ちと云う事は随分有る例です。是こそは動かぬ証拠と裁判官まで認めた証拠が豈《あに》図らんや全くの間違いで有ったなどと云う話は、聞いた事がお有りでしょう」森「左様です、其の様な事柄は貴方より私が能く知って居ます」余「夫だのに貴方は唯毒薬の瓶一個で、既に秀子を疑いますか」森「唯瓶一つではなく、今まで申す通り様々の事情が総て秀子を指して居るのです」余「様々の事情とて、又一方から見れば秀子の仕業でないと云う事を指して居る事情も沢山有りましょう」森「平たく云えば反対の証拠が沢山あると云うのですね」余「そうです。縦しや反対の証拠と云うには足らずとも、反対の事情と云うには足るのです」森「何れ、何の様な反対の事情です、沢山の中の一二を挙げて御覧なさい」
 サテ斯う云われては、之が反対の事情だと指して示す程の事柄は一つもない。余はドギマギと考えつつ「え譬えばさ」森「ハイ譬えば」余「お浦の紛失に就いても秀子が疑われたでは有りませんか、シテ見れば誰か秀子に犯罪の疑いを掛け度いと企んで居る人が有るかも知れません」森「有るかも知れずないかも知れず、其の様な事は数えるに足りません。夫から」余「夫から、左様さ此の家には素性履歴の分らぬ人間も随分あります。夫等の人間が何かの目的を以て秀子に疑いの掛かるように仕組まぬとは云えますまい」森「其の人間は誰ですか、先ず多勢ある者と見做して其の中のたった一人で宜いから名指して御覧なさい」余「譬えば高輪田長三の如き」
 余は言い来《きた》って、余りに自分の大胆なるに呆れ、言葉を止めて森探偵の顔を見た。探偵も亦余の顔を見た。けれど彼は別に呆れる様子もなく、余が思ったより寧ろ深く余の言葉に動かされた様子で、是から暫しが間、無言で何事をか考えたが頓て「成るほど根西夫妻が鳥巣庵《とりのすあん》を引き払って以来、高輪田氏が此の家の客と為って逗留して居るのは何う云う心か私にも聊か合点の行かぬ所は有ります。けれど彼が此の件に関係して居ようとは思われません」余は此の言葉に聊か力を得て「関係して居ぬとは云えますまい、第一彼が叔父へ密書を送ったと仰有ったではありませんか、夫が此の事件の初《はじま》りでしょう」森「所が其の密書は秀子を憎む為ではなく、全く秀子の為を思って親切から仕た事だとは貴方の叔父上が能く認めて居るのです」余「エ、秀子へ親切の為に秀子のことを悪様に叔父へ密告したのですか」森「イヤ悪様にと云うと違います。尤も私自ら其の密書を見た訳ではなく、唯叔父上の話に由ると、単に事実を書いたので、秀子の口から叔父上へ云わねば成らぬ事柄だのに秀子自ら云い得ぬ為、見るに見兼ねて云って遣ったのだと云う事です。全く秀子の身の為になり相です」
 其の様な密告がある筈が無いと思うけれど、実際何事の密告で有ったか余も森も知らぬから言い争うわけにも行かぬ。森は猶言葉を継いで「夫に高輪田氏は一昨日此の家の二階から落ち、私が扶け起して遣りましたが、殆ど身動きも出来ぬ程と為り、一室に寝て居ます。医者の言葉に由ると外に心臓の持病もあり、夫が大分に亢じて居る様子で此の様な事に関係する力も無いのです」余の言い立つる所より森のいう所が何うも力が強そうだ、余「縦しや高輪田が関係せぬにしても、秀子の仕業と云う証拠にはなりません」森「所が秀子は叔父上の室へ出入りを止められて居るにも拘わらず、昨朝も病気見舞に托して叔父上の傍に行き今度は盃へ水を注いで呑ませましたが、其の水にも又毒が有ったと見え叔父上は前と同様に身体が麻痺しました」
 余は唯驚くばかりだ。何と弁解する事も出来ぬ、泣き度い様な声を発して、全くの必死と為って「だって森さん、人を疑うには其の人の日頃をお考えなさい、日頃秀子が、人を毒殺する様な女ですか、又高輪田長三の日頃をもお考えなさい」森「サア日頃を考えるから猶更秀子に疑いが落ちるのです」余「エエ、秀子に日頃何の様な欠点が有ると仰有る」森は直接には之に答えず「高輪田氏の日頃は一の紳士として少しも疑う所はなく、此の幽霊塔の前の持主で、お紺婆に育てられて、尤も一時は大分放蕩をした様ですが夫も若気のいたずらで随分有り勝ちの事、其の頃から今までも一通りの取り調べは附いて居ますが、別に紳士の身分に恥ずべき振舞いとてはありません、之に反して秀子の身は」余「エ、秀子の身が何故『之に反して』です」森「貴方には云わぬ積りでしたが、イヤ貴方はお知りなさるまいが、秀子は前科者ですぜ」余「エエ、前科者とは何の事です」森「イヤ、既決囚として監獄の中で苦役した事のある女ですぜ」此の恐ろしい言葉には、余一言も発する能わず。

第六十八回 而も脱獄

 前科者、此の美しい、虫も殺さぬ様な秀子が、懲役から出て来た身だなどと誰が其の様な事を信ずる者か。
 とは云え、信ぜぬ訳にも行かぬ。余は養蟲園の一室で、秀子が着たと思われる日影色の着物と一緒に、牢屋で着る女囚の服の有るのを見た。其の時は或いは虎井夫人でも着たのかと思ったが、アレが秀子ので有ったのか、全く秀子が懲役に行って居たのか。
 懲役に行ったとて牢屋の着物を外まで被て出る者はない、牢屋の着物は監獄のお仕着せだ、縦しや着て居たいと思ったとてそうは行かぬ、之を着て出るのは牢破りの逃走者ばかりだ、若しアノ服を秀子の着たものとすれば秀子は牢破りの罪人か知らん、アノ服を着けたまま監獄から忍び出て来たのか知らん、思えば思うほど恐ろしい。
 待てよ秀子の着物の中には医学士と自称する大場連斎の名札が有った。連斎は一頃監獄医を勤めたと穴川が云って居た。此の辺の事柄を集めて見ると一概に森主水の言葉を斥ける訳に行かぬ。秀子は前科者で無いとは限らぬ、而も脱獄の秘密まで有るが為で、夫に今までも甚蔵等にユスられる境涯を脱し得ぬので有ろうか。
 余は腹の中は煮え返るほど様々に考えた末、森に向い「では是から何うなさるのです」と問うた。森「する事は極って居ます、繩掛けて引立てる迄の事です」余「だって秀子が前科者で有る無しは今の所単に貴方の推量では有りませんか、推量の為に人を拘引するなどは」余「イヤ前科者で有る無しは別問題です、縦しや前科者と極った所が既に服する丈の刑を服して来たのならかれこれ私が問う訳はなく、其の点は唯心得までに調べさせて有る丈です。其の点の如何に拘わらず、既に貴方の叔父御に毒害を試みたという明白な罪跡が分りますから、此の儘に捨て置く事は出来ません」余「何時拘引するのです」森「是から私が詳細の報告書を作って倫敦へ送り其の筋から逮捕状を得ねばならぬのですから、多分は明後日になりましょう。是は職務上の秘密ですけれど真逆《まさか》に貴方が秀子に知らせて逃亡させる様な事は有るまいと信ずるからお打ち明け申すのです。其の間に若し秀子が逃亡すれば貴方が幇助した者と認めますよ」
 余「私は飽くまで其の嫌疑の無根な事を信じますもの、何で逃亡を勧めますものか、又秀子とても其の身の潔白さえ恃《たの》んで居ますもの。何で逃亡など仕ますものか」と余は立派に言い切ったけれど実は心細い。どうかして逃亡させる工風はあるまいかと思いたくはないけれど独りそう思われる。
 けれど若し逃亡せねばならぬ様な身上の女なら勿論愛想の盡きた話で、逃亡させる必要もなく寧ろ余から繩を掛けて出さねばならぬが、秀子に限って其の様な事は決してない、どうしても余の力で其の潔白を証明して遣らねばならぬ、何うすれば其の証明が出来るだろう、余が唯一つの頼みとするは甚蔵から聞いた彼の巴里のポール・レペル先生だ。兎に角も此の人に相談する外はない。若し此の人が深く秀子の日頃を知り、決して前科者でなく、決して毒薬など用うる女でないといえば此の土地へ伴うて来て証言させる。此の人と秀子との関係は分らぬけれど、秀子に新しい命を与えるとまで云われる人だから、此所で其の新しい命を与え、死中に活を得て秀子の危急を救うて貰わねばならぬ。
 余は堅く決心して、森に向い、何うか秀子の拘引を今より三日猶予して呉れと請い、其の間には必ず反対の証拠を示しますと断言した。森「イヤ今から三日ならば大方私の思う通りですから、別に貴方の請いに応じて猶予して上げるという程でもありません。反対の証拠が(若しあるなら)充分にお集めなさい、併し三日より上の猶予は決してありませんよ」余「宜しい」森「何うして貴方から決して秀子に逃亡させぬという事を誓って貰わねばなりません」余「誓います、決して逃亡はさせません」先ず相談一決した様な者だ。巴里へ行って何の様な事になるかは知れぬけれど外に何の工風もないから、余は早速巴里を指し出発する事とした。

第六十九回 悪魔の世界

 心矢竹《こころやたけ》に逸《はや》るとは此の時の余の思いであろう。一刻も早く巴里へ行きレペル先生とやらに逢って、一刻も早く秀子を救う手段を得たいとはいえ、真逆《まさか》に死に掛って居るという我が叔父の顔をも見ずに出発するわけにも行かぬ。叔父の目の覚めるまでは何うしても待って居ねばならぬ。
 待つ間を、秀子の室に行ったが、探偵の云った事を其の儘秀子の耳に入れる訳には行かぬ。御身は果たして前科者なるやと、茲で問えば分る事では有るが、余の口が腐っても其の様な事は能う問わぬ。前科者でないに極って居るのに何も気まずく問うに及ばぬ、又茲で逃亡を勧めるのも最と易い、けれど是も必要のない事だ、潔白と極って居る者に、逃亡など勧める馬鹿が有る者か、其の潔白の証拠を集めるのが此の巴里行の余の目的ではないか。
 余は唯秀子に向い、何も彼も余が引き受けたから少しも心配するに及ばぬ、親船に乗った気で居るが好いとの旨を、繰返し繰返して云い聞かせた、秀子は誰一人同情を寄せて呉れる者のない今の境涯に、此の言葉を聞き深く余の親切に感ずる様子では有るが、併し親船に乗った気には成れぬと見える、兎角に心配の様子が消えぬ。
 其のうちに叔父が目を覚ましたと、女中の者が知らせて来た。余は秀子に向い、止むを得ず巴里へ行くけれど一夜泊で帰ると云い猶留守中に何事もない様に充分計って置いたからと、保証する様な言葉を残し、直ちに叔父の寝室をさして行ったが、廊下で又も森主水に逢った。彼は用ありげに余を引き留め「丸部さん、先刻秀子を引き立てるには猶だ三日の猶予が有る様に申しましたが事に由るとそれ丈の猶予がないこととなるかも知れません」余「エ、事に由ると、貴方はあれほど堅く約束して今更事に由るとなどは何の口で仰有るか」森「イヤ一つ言い忘れた事が有ります。若しも叔父上は明日にも病死なされば、既に毒害という事が其の筋の耳に入って居ますから、必ず検屍が居るのです、検屍の結果として直ちに其の場から秀子が引き立てられる様な場合となれば私の力で、如何ともする事が出来ませんから是だけ断って置くのです」成るほど其の様な場合には森の力には合うまいけれど、此の言葉は実に余の胸へ剣を刺した様な者だ。
 叔父の身は果たして三日の間も持ち兼ねる様な容体であろうか。若し爾ならば見捨てて旅立する訳には行かぬ。秀子を救い度い余の盡力も全く時機を失するのだ、実に残念に堪えぬけれど仕方がないと、余は甚く落胆したままで叔父の病室へ入った。叔父は目を覚まして居る。「オオ、道九郎か、今女中に呼びに遣ったが」余「ハイ叔父さん、御気分は何うですか」叔父「一眠りした為か大層宜く成った。此の向きなら四五日も経てば平生に復るだろう」成るほど大分宜さ相だ。真逆に探偵の云った様な三日や四日の中に検屍が有り相には思われぬ。余は聊か力を得て「若し叔父さんの御用がなくば、私は止むを得ぬ用事の為大急ぎで巴里へ行って来たいと思いますが」叔父は目を張り開いて余の顔を見「又旅行か」と殆ど嘆息の様に云うは余ほど余の不在を心細く思うと見える。余「ハイ行き度くは有りませんが止むを得ぬ用事です」叔父「其の方が居なくては定めし秀子は困るだろう」秀子の事を斯うまでに云うは、猶だ秀子を見限っても居ぬと見える、余は其の心中を確かめる様に「ハイ何だか秀子が様々の疑いを受けて居る様に聞きますが」叔父「ナニ秀子は己に毒などを侑《すす》める者か、外の事は兎も角も、其の様な事をする女ではない」叔父が疑って居ぬのは何よりの強みで有る。併し「外の事は兎も角も」の一句で見れば、外に何か秀子の身に疑う所が有って、今まで程に信任しては居ぬらしい、何うか余は秀子の為に警察の疑いを解くのみならず、叔父の信任をも回復する様にして遣りたい。
 叔父は熟々《つくづく》と何事にか感じた様な語調で「併し秀子も可哀想な身の上だ。若し己れが死にでもすれば何の様な事に成り行くやら」余「叔父さんがお死に成さるなどと其の様な事が有りますものか、縦しや有っても秀子は私が保護しますから」叔父は余が秀子を保護するを好まぬか、一言も返事をせぬ。今まで余と秀子とを早く夫婦にも仕たい様に折々言葉の端に見えたとは大きな違いだ、叔父は又感じた様に「アア此の世の事は兎角思う様に行かぬ、全く悪魔の世界だよ、悪魔が人間を弄ぶのだ、己は最う何事もなり行きに任せて、遺言状も書き替えぬ、書き替えたとて又も悪魔が干渉すれば無益だからよ」
 言葉に籠る深い意味は察する事が出来ぬけれど、甚く此の世に不満足を感じて居るは確かだ。或いは余が秀子を思い始めたのを悪魔の干渉とでもいうのだろうか。秀子に身代を遣るという遺言状を書き替え度いのは見えて居るが夫を書き替えれば余の身の利害にも関係するから、夫ゆえ書き替えずに断念《あきら》めると云う意味であろうか。余は聊かながら直接に余の父から伝えられた余の財産が有るから、縦しや遺言を書き替えられても別に苦痛とは思わぬが、茲で其の旨を云うのは却って叔父の気に障るか知らんなど、取つ置いつ思案して右左《とこう》の挨拶も口には出ぬ。叔父「アア又眠くなった、医者が眠れるだけ眠れと云うから、幾分か好い兆候と見える、話は此の後に幾等もする時が有るから巴里へ行くなら早く行って来い」といい褥の上に身を横たえた。余は去るに忍びぬ心地もするが、情に駆られて居る場合でない。「叔父さん何事も御心配に及びません」との一語を残して、静かに此の室を退き、仕度もそこそこに愈々此の家を出発した。巴里に行って果たして何の様な事になるか殆ど無我夢中である。

第七十回 鏡に写る背影《うしろかげ》

 ポール・レペル先生とは何の先生であろう。余は夫さえも知らぬ。全く無我夢中ではあるけれど唯何となく其の人に逢いさえすれば秀子が助かる様に思う、尤も外に秀子を助くべき道はないから何が何でも此の人に逢って見ねばならぬ。
 此の様な決心で塔を出て、夜に入って倫敦へは着いたが、最う終列車の出た後だ、一夜を無駄に明かすも惜しい程の場合だから、何か此の土地で秀子の為になる仕事は有るまいかと思案して、思い出したは彼の弁護士権田時介の事だ。
 今まで彼の事を思い出さなんだが不思議だ。彼が秀子の秘密を知り且は一方ならず秀子の為を計って居る事は今まで能く知れた事実で、此の様な時には秀子の為に熱心に働くに違いない。のみならず余よりも工夫に富んで居る、余は巴里へ行く前に彼に相談するが然るべきだ。唯彼は秀子に対する余の競争者である、恋の敵である、此の点が少し気掛りで聊か忌まわしくも思われるけれど、今は其の競争に余が勝って居るのだから、彼を忌むよりは寧ろ大目に見るべき場合だ、殊に秀子の為なれば区々たる其の様な感情は云って居られぬ。何れほど好ましからぬ相手とでも協同一致せねばならぬ。
 夜深《よふけ》では有るけれど、叩き起して、語り明かしても好いという決心で彼の宿を尋ねた。けれど不在だ、倶楽部をも尋ねた、同じく不在だ、或いは彼余と同じく既に秀子の事に奔走して夫が為に何処かへ行ったのではあるまいかと、余は此の様な疑いを起したけれど不在の人ばかりは如何ともする事が出来ぬ、宿へも倶楽部へも、名刺の裏へ、緊急な用事のため至急に面会したいとの意を書いて残して置いた。
 此の翌日の午後には早や巴里へ着した、ラセニール街二十九番館へ尋ねて行った。街は至って静かな所で殊に二十九番館は人が住むか狐が住むか、外から見ては判じ兼ねる様な荒れ屋敷で、門の戸も殆ど人の出入りする跡が見えぬ。或いはレペル先生が茲に住んだのは数年前の事で今は何処へか引越したかも知れぬと思ったけれど、潜りから入って陰気な玄関の戸を叩いた。暫くして出て来る取り次は年の頃六十程で、衣服も余ほど年を取って居る、此の向きではレペル先生というも余り世間に交際せぬ老人らしい、其の様な人が、どうして遠く英国に居る秀子を助ける事が出来ようと、余は初めて危ぶむ念を起したけれど、今は当って見る一方だ、余は唯「先生は御在宅ですか」と問うた。取り次の言い様が面白い「ハイお客に依っては御在宅ですが」とて穴の明くほど余の相恰を見た上で「貴方は何方です」余「ポール・レペル先生の知り人から紹介を得て、遠く英国からたずねて来ました」取り次「英国ならば、別に遠くはありません、当家の先生へは濠洲其の他世界の果てから尋ねて来る客もあります」とて、先ず主人が世界に名を知られた身の上なるを匂《ほのめ》かし、次に余の差し出す名刺を威儀正しく受け取って退いたが、思ったよりも早く余は客待室へ通された。
 室の中は外の荒れ果てた様とは打って変り注意周到に造作も掃除も行届いて、爾して室の所々に様々の鏡を配列してある。何だか其の配列が幾何学的に出来て居る様に思われる、鏡から鏡へ、反射又反射して、遠く離れた場所の物影が写って見える、余り類のない仕組である、唯是だけでも主人が一通りの人でない事が分るが、又思うと余が茲にウロウロ鏡を眺めて感心して居る様が遠く主人の室に写り、今正に主人に検査せられて居るかも知れぬ。
 斯う思うと急に身構えを直したくなるも可笑しいけれど、主人の室から余の姿が見えれば此の室へも主人の姿が写るだろうと又見廻したが、天井も処々に鏡をはめて有って、爾して天井際の壁に、イヤ壁と天井との接する辺に、幅一尺ほどの隙間がクルリと四方へ廻って居る、此の隙間が、此の室と外との物の影が往き通う路であるに違いない。併し人の姿らしい者は何の鏡にも写っては居ぬ。
 余は身構えを正して許り居る訳には行かず、只管鏡に映る幾面幾色の影を、かれこれと見て廻って居たが其の中に、影の一面へ忽ち人の姿が写った、其の姿たるやだ、旅行服を着けた背の高い紳士で小脇に方一尺ほどの箱の様な物を挾み、急いで立ち去る様な有様で有るが、生憎に背姿で顔は分らぬ、けれど確かに余が目に見覚えのある人らしく思われる。
 ハテな誰だろう、此方《こっち》へ向けば好いと、気を揉んで待ったけれど、歩む許りで此方へ向かず、早や鏡から離れ相に成った。残念だと思う拍子に忽ち気が附き、自ら振り向いて見ると有難い、一方の鏡に反映して、其の人の正面が写って居る、余は実に驚いた、其の人は外でもない彼の権田時介である。

第七十一回 童顔鶴髪

 権田時介、権田時介、余は英国を立つ時にも彼を尋ねて逢い得なんだのに、今此の家から彼の立ち去るを見とむるとは実に勿怪の幸いである。暫し彼を引き留め度いと思い、室の外へ走り出て見たが、鏡に写った彼の影が、実際何処に居る者やら少しも当りが附かぬ、廊下には何の人影もない、更に庭へ降りて門の辺まで行って見たけれど早や彼の立ち去った後と見え、四辺寂寞として静かである。
 彼が何の為に此の家へ来たのか、云う迄もなく秀子の為であろう。併しどうして此のポール・レペル先生に頼る事を知ったであろう。余さえも唯非常な事情を経て漸く知り得た所であるのにイヤ是を見ても彼が余よりも深く秀子の素性を知って居るは確かである。恐らく彼は穴川甚蔵や医師大場連斎などと同じく秀子の身の上を知り盡して居るであろう、然るに余は、然るに余は――そうだ、全くの所秀子が何者であるかと云う事さえ知らぬ、幽霊塔へ現われる前、秀子は何所に何うして居た女であろう。思えば実に余の位置は空に立つ様な者である。実を云えば此のポール・レペル先生がどうして秀子を助け得るやをさえ知らぬのだ。
 併し先生に逢えば何も彼も分るであろうと独り思い直して元の室へ帰った。暫くすると前の取り次の男が再び来て、先生の手がすいたから此方へと云い、奥深く余を連れて行きとある一室の中に入れた、此の室は今まで居た室と大違い、最と風雅に作り立て、沢山古器物杯を飾り、其の中に仙人の様に坐して居る一老人は確かにポール先生であろう、童顔鶴髪と云う語を其のまま実物にしたとも云う可き様で、年は七十にも近かろうが、顔に極めて強壮な色艶が見えて居て、頭は全くの白髪で有る、余は人相を観ることは出来ぬけれど、此の先生確かに猶太人《ゆだやじん》の血と西班牙人《すぺいんじん》の血を受けて居る、決して純粋の仏国人ではない、先ず余を見て子供に対する様な笑みを浮べて「私の知人から紹介せられたと聞きましたが知人とは誰ですか」
 誰と答えて好かろうかと少し躊躇する間に熟々先生の顔を見るに、実に異様な感じがする、初めて秀子を見た時に、余り美しいから若しや仮面を被って居るのでは有るまいかと怪しんだが、今此の先生の顔を見ても矢張り其の様な気がするのだ、或いは此の人が秀子の父ででもあろうか、イヤ其の様な筈は決して無い、此の様な勢力の有る人が秀子の父なら、何で今まで、秀子が様々の苦境に立つのを見脱して居る者か、秀子は既に父母を失った身の上で有る事が様々の事柄に現われて居る。
 余は此の様に思いつつ、詮方なく「ハイ穴川甚蔵から聞きまして」と云った。先生は少しも合点の行かぬ様子で「ハテな、穴川甚蔵と、其の姓名は私の耳に、左様さ貴方の顔が私の目に新しいと同様に新しいのです」余「エエ」先生「イヤ初めて聞く姓名です」と云って、少し余を油断のならぬ人間と思う様な素振りが見えた。余は大事の場合と言葉を改めた、「ハイ其の穴川と云うは医師大場連斎氏の親友です」先生「アア大場連斎ならば分りました、久しく彼から便りを聞きませんけれど数年前は度々私の門を叩きました、彼の紹介ならば心置きなくお話し致しましょうが、イヤ好うこそお出で下さった、此の様な場合に根本から救う事の出来るのは広い世界に私より外はないのです」
 根本から救うと云う所を見れば、早や余の目的を知って居るのか知らん、余は聊か気を奪われ、少し戦《おのの》く様な語調で「実は貴方が御存じの様に聞きます松谷秀子の件も大場氏から聞きましたが」と半分云えば先生は思い出した様に「アア秀子、彼の美人ですか、イイエ彼の件は何うも私の不手際でしたよ、救い方が聊か不充分で有った為、或いは今以て多少の禍いが残りはせぬかと、時々気に掛る場合が有ります、何しろ本来が美人ですから何うも六かしい所が有りました、けれど大抵の事では大丈夫だろうと思って居ます、それにしても貴方は」と云い掛けて熱心に余の顔を眺め「貴方も実に困難なお望みですよ、殆ど秀子と同じ場合で実に惜しむ可き所が有りますから私が充分の力を施し兼ねます、併し秀子の場合で御合点でしょうが、全く根本的に救うのですから決して後悔なさる様な事はありません。秀子とても其ののち何の様な境遇に遭ったかも知れませんが兎に角私を命の親だと思って居ましょう」
 余「ハイ貴方を命の親の様に思えばこそ、遙々救うて戴きに来たのですが」
 先生「では早速条件を定めて其の上で着手致しましょう。多少の出来不出来こそあれ、万に一つも全く仕損ずると云う事は私の手腕にはないのですから」充分保証する言葉の中にも何だか腑に落ちぬ所が有る。着手するの仕損じがないのと、此の先生は直接に余の身体へ、何うか云う風に手を下す積りでは有るまいか、斯う思うと何だか余は自分の肉が縮み込む様な気持に禁《た》えぬ。

第七十二回 又と此の世に

 何うも先生の言葉に、余の腑に落ちぬ所がある。余は秀子を助けて貰う積りで来て、若しや飛んでもない事に成りはせぬかと気遣わしい心が起きた。併し余よりも先に権田時介が来た所を見れば此の先生が秀子を助け得る事は確からしくも思われる、全体権田は何の様に此の先生へ頼み込んだであろう。それさえ聞けば大いに余の参考にも成るのにと、此の様に思ううち先生は独語の様に「妙な事も有る者です、松谷秀子の名前は、久しく思い出さずに居たのですが今日は久し振りで、二人の紳士から別々に其の名を聞きますよ」余は隙《すか》さず「二人の紳士とは、一人は私で今一人は只今此の家を立ち去った権田時介でしょう、彼は私の知人ですが、秀子の事に就いて何を先生へ願いましたか」先生は急に面持を厳かにし「イヤそれはお返事が出来ません、頼って来る人の秘密を守らねば此のポール・レペルの天職は行われません、縦しや此の後で貴方の親兄弟が来て、貴方が私へ何を頼んだかと聞いても私は其の様な事は知らぬと答える許りです」余は聊か赤面して直ちに自分の問い過ぎを謝した。けれど先生に対する信用はやや深くなり、是ならば成るほど秀子を助ける事が出来ようかと又思い直した。
 余「では先生、貴方にお頼み申せば、何の様な事件でも助けて下されましょうか」先生は猶も厳かに「無論です、けれど私は依頼者から充分事情を聞き取った上で無ければ承諾せぬのです、少しでも私へ隠し立てをすればそれでお分れですが」余「勿論一切の事情を打ち明けます」先生「詰まり助ける人と助けられる人とは一身同体とも云う可き者で、全く利害を共にする故、双方の間に充分信じ合う所が無くては成りません、所が私は未だ貴方の姓名をさえ知らぬのです」余「ハイ、私は丸部道九郎と云う者です」
 先生「様子を見た所では多分英国の貴族でしょうが、私は平生貴族名鑑などを読みませんから、丸部という姓へ何れほどの尊敬を加えて好いか少しも見当が附きません」余「イヤ別に尊敬せられたくは有りませんが」
 先生「爾でしょう、爾でしょう、尊敬を得るよりも救いを得るのがお望みでしょう、分りました、シテ見ると貴方は決闘でもして法律に触れたのですか、或いは人を殺したのですか、私に救いを求める所を見れば、今にも逮捕される恐れが有るに違い有りませんが」余「爾です、法律上逃れるに逃れられぬ場合ですから」先生「夫なら実に私の所へ来たのが貴方の幸いです、私の外に決して救い得る者は有りません」
 実に奇妙な言葉では有る。法律に攻《せめ》られて居る者を何の様にして救うだろう。余「ですが先生確かに救われましょうか」先生「夫は最う一点の曇りも残らぬ様に、左様さ、いわば罪も何も無い清浄無垢の世界へ生まれ替った様にして上げます、全く新たな命を与えるのですから」新たな生命とは甚蔵が云った言葉にも符合して居る。秀子に新たな生命を与え全く生まれ替った様に救うはポール先生の外にないと、彼は確かに余に告げたのだ。
 余「併し先生、救って戴くのは私自身ではないのです」先生「エエ、貴方自身でない、では誰をです」余「今申した松谷秀子をです」先生は驚いた様子で「エ、秀子を最一度、ハテな今まで同じ人を二度救うた事は有りませんが、と云うのは一度救えば夫で生涯を救うのですから再び私へ救いを求める必要のない事に成る筈」余「では二度救う事は出来ぬと仰有りますか」先生「イヤ爾ではない、二度が三度でも救う事は出来ますが」余「では最う一度秀子を救うて戴きましょう、秀子は目下一方ならぬ困難な位置に落ち、殆ど救い様のない程の有様に立ち到って居るのですから」先生は嘆息して「アア夫は可哀想です、先ア彼の様な異様な身の上は又と此の世に有るまいと思いましたが、夫が再び困難に落ちるとは何たる不幸な女でしょう。けれどナニ助からぬ事は有りませんよ」余「何うすれば助かりましょう、何うかその方法を聞かせて下さい」
 先生は又聊か改まりて「何うすれば、サア其所が私の職業ですから、先ず報酬の相談を極めた上でなければ此の上は一言も申す事が出来ません」余「報酬は幾等でも厭いませんが、真に貴方の力で、相違なく助かりましょうか」先生「諄《くど》くお問い成さるに及びません、私の力ならば助けるぐらいは愚かな事、何の様にでも貴方の望む通りに救って上げます、が其の代り驚くほど報酬が高いのです」余「高いとて幾万|磅《ぽんど》を要するのですか」先生は打ち笑い「イヤ爾までは要しませんが三千ポンド戴きます」

第七十三回 背後は暗室

 此の場に臨んで報酬の高いのに驚かぬ。真に秀子が助かるなら、財産は愚かな事、命までも捧げても厭わぬが余の決心だ。
 余は少しも躊躇せずに承諾した。とは云え三千ポンドは決して安い金ではない、医師の報酬や弁護士の手数料などに較ぶれば、殆ど比較にならぬほどの多額だ。余は承諾しながらも心の底に此の様な想いがする、先生は見て取ったか「全く高い報酬でしょう、ナニ実際の費用と云えば、幾等も受け取らずに出来ますけれど、人を法律の外へ救い出すのは随分危険な事柄で、動《やや》ともすれば私自身が其の筋の探偵から睨まれます、探偵が依頼者の真似をして私を陥れるなどいう事は随分有る例です。夫で私は到底探偵風情の払い得ぬ程に報酬を高くして有るのです、幾等探偵が熱心でも千と名の附く金は払い得ません、今までも報酬で幾人の探偵を追っ払ったかも知れませんが、貴方は真逆《まさか》に探偵ではあるまいけれど報酬の受け渡しが終らねば、此の上一歩も話を進める事が出来ません」
 報酬の受け渡しと云って、勿論余は其の様な大金を持っては居ぬ。けれど融通の附かぬ事はない、余は僅かながら親譲りの財産が有る、其の財産は父の遺命で悉く金に替え、倫敦の銀行へ托し、利殖させて有る、其の額が今は一万ポンドの上になり、余に使われるのを待って居るのだ、今こそは使って遣る可き時である、幸に此の巴里にも叔父の懇意な取引銀行が有って其の頭取は曾て英国へ来て叔父に招かれ余と同席したのみならず、余も叔父と共に其の後巴里へ来て其の頭取に饗応せられた事もある、此の人に話せば大金とはいえナニ三千や五千、一時の融通は附けてくれる。
 その旨を先生に話すと先生も兼ねて其の銀行頭取を知って居るとの事だ、併し其の金を我に払うとの旨は決して頭取へも何人へも話す可からずと口留めをせられた。素より誰にも話すべき事でない、それではと愈々茲を立とうとすると先生は自分の馬車を貸して呉れた。馬車には先刻見た取り次の老人が御者役を勤めて居る、察する所此の老人は先生の真の腹心だ、先生は猶幾分か余を疑い若しや探偵ではないかと思う為、実は此の様な事をして腹心の者に余の挙動を見届けさせる積りらしい。
 頓て銀行へ行った、余は来たり。余は観、余は勝てりという該撤《しいざあ》の有様で、万事旨く行って少しの間に金も手に入った。勿論利子を附けて返す筈である。夫も一週間を過ぎぬと云う約束だから余り余の信用を誇るには足らぬ、爾して先生の許へ帰って行くと、先生は暫く次の間へ退いたが、御者から余の挙動を聞き取る為であったと見える、其の結果に満足したか十分間も経たぬうちに又余の前へ来た。今度は前よりも打ち解けた様に、顔の締りも幾分か弛んで居る。「サア直ぐに事務に取り掛りましょう。此方へ」との案内が先生の最初の言葉であった。之に応じて先生の後へ随き、更に奥まりたる一室へ通ったが茲にも種々の鏡を備えてある、先生は誇り顔に笑みて「茲は、私の書斎です、茲に居れば来訪する客の姿が悉く分ります」といい、更に「貴方の様子もお目に掛る前、此の鏡に写し一応検めましたが、逢っても危険のない人だと見て取りました。権田時介の姿を見て、急いで外へ出た時の様子などが、何うも素人らしくて探偵などとは違って居ました」
 今は斯くあろうと思って居た故、別に驚きもせぬが、此の室で何をするのか更に合点が行かぬ故「先生、茲で報酬を差し上げましょうか」先生「イヤ報酬は無難な所へ行って戴きます、此の室へは下僕でも誰でも這入って来ますから」云いつつ先生は一方の棚から二個の手燭を取って火を点した。猶だ昼だのに手燭を何にするのだろう、頓て「サア是を持って私と一緒に来るのですよ」と教え、書棚の中から厚い本を二冊ほど抜き出した。爾して其の本の抜けた後の空所へ手を差し入れたが、秘密の鈕《ぼたん》でも推したのか忽ち本箱が扉の様に両方へ開いた。其の背後は暗室になって居る、成るほど秘密の仕事をする人の用心は又格別だと、余が感心する間に先生は暗室へ入って余を呼んだ、余も続いて其の中へ這入った、スルト先生は又も何所かの鈕を推したらしいが、扉の書棚は元の通り閉じて了った。秀子を救うのと此の暗室と何の関係が有るだろう。余と先生と、暗室の中に全くの差し向いである。

第七十四回 前身と後身

 余を此の暗室へ連れ込んで何をするのか、余は少しも合点が行かぬ。
 先生はそれと見て説明した。「私が何の様にして松谷秀子嬢を救うか貴方には少しも分りますまい、此の暗室の中で其の手段だけを見せて上げるのです、見せて上げれば此の前に私が何の様にして嬢を救ったか、救われる前の嬢の有様は何うで有ったか、ポール・レペルの手際が何れほどで有るか総て分ります」
 斯う聞いては早く其の手段を見せて貰い度い。取り分けて此の先生に救われる前の秀子の有様などは最も知り度い、扨は此の暗室の中で詳しく秀子の素性成長などが分るのかと早や胸が躍って来た。
 先生「茲は猶だ入口です。サア、ズッと深くお進み成さい」言葉に応じ手燭を振り照らして見ると、成る程茲は穴倉の入口と見える、少しむこうの方に、下へ降りる石段が有る、気味は悪いが余は先に立って之を降った、降り盡すと鉄の戸が有って、固く人を遮って居る。先生は戸に不似合なほど小さい鍵を取り出して此の戸を開いた。中は十畳敷ほどの空な室になって居る、此の室へ這入ると先生は又も戸を閉じ「茲が私の秘密事務を取る室です、茲までは私の外に誰も来ません、金庫も此の室へ備えて有ります」と、茲で報酬を差し出せと云わぬ許りの口調なれば、余は彼の三千ポンドを出して渡した。
 不思議にも此の室には電燈が備えて有る、先生は電燈の鈕を推して忽ち室を昼の様にした。余は手燭を消そうとしたが、先生は遽てて「イヤ未だ消しては可けません、茲より奥には電燈がないのですから」余「猶だ此の奥が有るのですか」先生「無論です」とて先生の指さす方を見ると成るほど一方の壁に第二の鉄の扉が有る、斯うまで奥深く出来て居るとは実に用心堅固の至りだ、其のうちに先生は報酬の金を数え盡し隅の方の金庫へ納め、もっと嬉し相に頬笑みて「イヤ三千ポンドは大金です、実は私も取る年齢ゆえ、最早隠退したいと思い、数年来、金子を溜めて居りますが今の三千ポンドで丁度、兼ねての予算額に達したのです、今まで随分人を救い、危険な想いをしましたから此の一回が救い納めです、再び貴方が来《いら》しってもポール・レペルは多分此の家に住んで居ないでしょう、田舎へ地所を買い、楽隠居として浮世の波風を知らずに暮らすは何ほどか気安い事でしょう」
 述懐し了って、再び第二の鉄扉を開き余と共に又中へ降り入ったが、茲は余程地の下深くへ入って居ると見え、空気も何となく湿やかで余り好い心地はせぬ、墓の底へでも這入ったなら或いは此の様な気持で有ろうか、兎に角も人間の地獄である、此の様な所に秀子の秘密が籠って居るのかとおもえば、早く取り出だして日の光に当てて遣り度い。
 気の所為か手燭の光まで、威勢がなく、四辺の様が充分には見て取られぬ、けれど何だか廊下の様に成って居て、左右にズラリと戸棚がつらなり、其の戸に一々貼紙をして何事をか書き附けてあるが、文字は総て暗号らしい、余には何の意味だか分らぬ。頓て先生は、壁の一方に懸けてある鍵の束を取り卸し、其の中から真鍮製の最も頑丈なのを余に渡し「サア此の鍵の札と、戸棚の貼紙とを見較べてお捜し成さい、そうして記号の合った戸棚を開けば宜いのです」余は全く夢を見る様な心地だ、訳も知らずに只其の差図に従い一々左右の戸棚の戸を検めた末、ヤッと記号の合った戸を見い出した。先生「サア其の鍵で其の戸をお開き成さい」
 此の戸の中に何が入って居る、之を開いて何の様な事になる、若し洞看《みぬ》く事が出来たなら、縦し又燃える火に我が手を差し入れる事はするとも、此の鍵穴へ錠を突き入れる事はせぬ所で有っただろう、けれど悲しい哉、爾まで見抜く眼力はない、只何となく悪い気持がするけれど、躊躇しても詮ない事と、差し図の儘に鍵を入れ、此の戸を開いた、中は幅も深さも二間ほど有って左の壁には棚が有り右の壁には棚が有り右の壁には又小さい戸棚が有る、云わば仏壇の様な作り方だ、爾して左の棚には白木で作った三個の箱が有る、方一尺ほどで扁《ひら》たく出来て、先ず硯箱の聊か大きい様なものだ、先刻権田時介が小脇に挾んで去った品も或いは此の類の箱ではなかったか知らん。
 只是だけの事で、何の驚く可き所もないけれど余は身体の神髄から、ゾッと寒気を催して、身震いを制し得ぬ、先生も何だか神経の穏かならぬ様な声で「茲に秀子の前身と後身が有るのです」と云い、今度は自分で彼の仏壇の様な戸を開き掛けた、余は物に臆した事のない男だけれど、自分で合点の行かぬほど気が怯《ひるん》だ、何でも今が、恐ろしい秘密の露《あらわ》れ来る間際に違いない、人生に於ける暗と明との界であろう、先生の此の次の言葉が恐ろしい、恐ろしいけれど又待ち遠い、胸の底から全身が固くなって殆ど息を継ぐ事も出来ぬ。

第七十五回 死人の顔形

 仏壇の様な戸の中も、略ぼ左の棚と同じ工合で、白木の箱が二個乗って居る。
 何の箱であるか更に合点が行かぬ、けれど唯気味が悪い、先生は暫く双方の棚を見比べて居たが頓て決定した様子で「矢張り前身を先にお見せ申しましょう、爾すれば私の手腕が分り、成るほど新しい生命を与える人だと合点が行きます」
 斯う云って左の棚から其の箱を取り卸した。「サア此の箱を開けて御覧なさい」余は開ける丈の勇気が出ぬ、「ハイ」と云ったまま躊躇して居ると先生はじれった相に「では私が開けて上げましょう」とて余の手に在る鍵の束から一個の鍵を選り出し「ソレ此の鍵の札と此の箱の記号とが同じことでしょう、貴方には是が分りませんか」と叱りつつ箱を開いた、兎に角之ほど用心に用心して納《しま》って居る箱だから中には一方ならぬ秘密を隠して有るに違いない、鬼が出るか蛇が出るか余は恐々に其の中を窺いて見た。
 第一に目に留まるは白い布だ、白い布で中の品物を包んで有るのだ、先生は箱の中に手を入れて其の布を取り除き、布の下の品物を引き起した、何でも箱の中に柱が有って、蓋する時には其の柱を寝かせ、蓋を取れば引き起す事の出来る様に成って居るのだ。
 引き起された其の品は何であろう、女の顔である、余は一時、生首だろうかと怪しんだが生首では無い、蝋細工の仮面である、死んだ人の顔を仮面に写して保存して置く事は昔から世に在る習いで其の仮面を「死人の顔形」と称する由であるが、此の蝋細工は即ちそれである、誰の顔形だか兎に角も顔形である、余は一目見て確かに見覚えの有る顔と思ったが、見直すとそうでない、円く頬なども豊かで先ず可なりの美人では有るが、病後とでも云う様で気の引き立たぬ所が有る、寧ろ窶《やつ》れたとも云う可きである。
 先生は更に箱の中から、少し許りの髪の毛を取り出した、死人の遺身《かたみ》かと思われる、其の色は緑がかって聊か黒味を帯びて居る、随分世に類の多い髪の毛だ、先生「此の仮面と此の髪の毛を見て何と思います」余「別に何とも思いませんが」先生は聊か気の落ちた様子で「ハテナ」と小首を傾け更に「仮面の裏を能く御覧なさい」とて仮面を柱から外して、余に渡した。余は其の言葉通り仮面の裏を見たが貼り紙が有って何事をか認めて有る、其の文字を読むと驚くべしだ。「輪田|阿夏《おなつ》」とあって、更に「殺人罪を以て裁判に附せられ有罪の宣告を経て終身の刑に処せらる」とあり、次の項に「千八百九十六年七月二十五日大場連斎氏の紹介、権田時介氏連れ来る。同年同月十一日に故あって獄を出たる者なりと云う」との文字がある。
 輪田お夏とは幽霊塔の前の持主お紺婆を殺した養女である、千八百九十六年に牢の中で病死し其の死骸は幽霊塔の庭の片隅に葬られ、石の墓と為って残って居る、秀子が屡々其の墓へ詣で居たのみならず、同じお紺婆の養子高輪田長三も其の墓の辺に徘徊して居た事は余が既に話した所である、墓の表面には確か七月十一日死すとの日附が有った、茲には其のお夏が同じ日に出獄した様に記し、其の月の二十五日に権田時介が茲へ連れて来た様に記して有るのは何の間違いであろう。
 余は叫んだ。「先生、先生、貴方は欺かれたのです、殺人女輪田お夏が茲へ連れられて来るなどとは実際に有り得ぬ事です、死骸と為って地の下へ埋って今は其の上へ石碑まで立って居ますが」先生は少しも怪しむ様子がない。
「勿論石碑も立って居ましょうか、併し夫は事柄の表面さ、アノ墓をあばいて御覧なさい、空の棺が埋って居る許りです」余「エ、何と仰有る」先生「イヤ此のお夏は一旦死んで、爾して私の与えた新しい生命で蘇生《よみがえ》ったのです、死んだお夏は此の顔形で分って居ますが更に、其の蘇生った時の顔をお目に掛けましょう」云うより早く先生は仏壇の様な中から又彼の白木の箱を取り卸し、前と同じ事をして同じ顔形を引き起した。「サア是を見れば、云わずとも事の次第が分りましょう、エ丸部さん合点が行きましたか」余は更に其の顔形を見たが、此の方は松谷秀子である、秀子の顔を、ソックリ其の儘蝋の仮面に写したのである。

第七十六回 真の素性

 勿論、愛らしい活々した秀子の美しさが蝋細工の顔形へ悉く写し取らるる筈はない、此の顔形を真の秀子に比ぶれば、確かに玉と石ほどの相違はある、けれど秀子の顔を写した者には違いない、人間業で秀子の顔を、他の品物へ写すとすれば是より上に似せる事は到底出来ぬ。
 けれど、何が為に秀子の顔形が人殺しの牢死人輪田夏子の顔形と共に、此の先生に保存せられ、余の眼前へ持ち出されたであろう、夏子を秀子の前身だといい、秀子を夏子の後身だというのだろうか、其の様な意味にも聞こえたけれど余りの事で合点する事が出来ぬ、牢の中で死んだ夏子と、余の未来の妻として活きて居る秀子と、何うして同じである、養母を殺すほどの邪慳な夏子と一点も女の道に欠けた所のない完全な秀子と何うして同じ人間である、余は遽しく先生に問うた。
「秀子の顔形と夏子の顔形との間に何の関係があるというのです」
 先生は少しも騒がぬ、少しも驚かぬ、寧ろひとしお落ち着いて、誇る様な顔附きで「是で私の手腕が分ったでしょう、斯様な事に掛けては、此のポール・レペルは今日の学者が未だ究め得ぬ所をまで究めて居ります、電気、化学、医療手術等の作用で一人の顔が、斯うも変化する事は、殆ど何人も信じません、政府と雖も信じません、信ぜねばこそ今までポール・レペルの職業が大した妨げを受けずに来たのです」余「では秀子と夏子と同じ女だと仰有るか」先生「勿論一人です、秀子が即ち夏子です。夏子が牢を出て、其のままの顔では世に出る道もない為に私へ頼み、今の秀子の姿にして貰ったのです、名を替えた通りに姿をまで変えたので」
 余は只恐ろしさに襲われて、訳もなく二足三足背後の方へ蹌踉《しりぞ》いた、けれど又思えば余り忘誕《ぼうたん》な話である、頓て恐ろしさは腹立たしさとなり「エエ人を欺すにも程があります、秀子と夏子と同人だなどと誰が其の様な事を信じますものか」と叫んだ、殆どポール・レペルを攫み殺さん程の見幕で又前へ進み出た。「悪党、悪党」と罵る声は思わず余の口から洩れた、先生は怪しむ様な顔で余の顔を見「オヤ、オヤ、貴方は今まで、秀子の真の素性をさえ知らなんだのですか、秀子と夏子と同人だという事を、エ、それさえ知らずに夏子をイヤ秀子を助けたいと思い、私の許へ来たのですか。其の様な事ならば私は迂闊に此の秘密を知らせるのではなかったのです、秀子に聞き合わせた上にするのでした」余「嘘です、嘘です、夏子が牢の中で死んだ事には一点の疑いもないのです」
 云い切っても先生の顔には、少しも嘘を云って居る様な色は見えぬ、何所迄も事実を守って居る人の様に、其の心底に最も強い所が見える。
 頓て先生は思い定めた調子で「イヤ是まで口外した以上は、最早秘密が破れた者です、詳しく説き明かして、秀子夏子の同一人という次第を、貴方へ能く呑み込せる外はないのです、先ず今通って来た金庫室までお帰りなさい、話は彼処で致しましょう」と云って二個の顔形を箱のまま重ねて持ち、余には振り向きもせずに、サッサと元来た方へ遣って行く、余は随いて行かぬ訳には行かぬ、足も地に附かぬ様で、フラフラと随いて行くと、先生は愈々金庫室へ入り、電燈を再び点《とも》して「先ず此の明るい所で熟く二個の顔形をお見較べなさい、爾すれば、私の説明が幾分か分りましょう」と云って、隅の方から卓子を持ち出して来た、其の上へ顔形と顔形とを静かに置いた、是から詳しく説き明かす積りと見える。

第七十七回 同中の異

 卓子の上に置いた二個の顔形を、余は電気の光に依りつくづくと見較べた、夏子の顔と秀子の顔、何《いず》れを優る美しさと云って善かろう、夏子は秀子より肥って居る、丸形である、秀子は楕円である、丸形の方には顎に笑靨《えくぼ》がある、顎の笑靨は頬の笑靨より尚《とうと》いと或る詩人が云ってあるけれど、秀子の頬の笑靨は決して夏子の顎の笑靨に見劣りはせぬ、夏子は若く水々して愛らしく、秀子は洗って研ぎ出した様に垢|脱《ぬ》けがして美しい、生際は夏子の方が優って居るが口許は確かに秀子に及ばぬ、勿論両人全く別人の人である、けれど能く見て居れば似寄った所が有る、初見には全くの別人で見るに従い似寄った所が多くなり或いは姉妹でも有ろうかと思われる程にも見える。
 先生は秀子の顔形の箱から又髪の毛を取り出して卓子の上に並べ「御覧なさい。双方の髪の毛が此の通り違って居ます、夏子のは緑が勝って色が重く、秀子のは黄が勝って色が軽いけれど、其の艶は一つです、毛筋の大小も優《しなや》かさも、少しも異った所はなく、若し目を閉じて撫でて見れば誰でも同じ髪毛としか思いません」
 と云いつつ自ら目を閉じて双方の髪毛を撫で較べて居る、余は胸に何とも譬え様のない感が迫って来て殆ど涙の出る様な気持になった。「けれど先生」とて争い掛けたけれど後の言葉は咽喉より出ぬ。
 先生は静かに腰を卸し「詳しく言いますから先ずお聞き成さい、全体私は脳の働きが推理的に発達して居ると見え、許多《あまた》の事柄の中で似寄った点を見出し、此の事は彼の事の結果だとか、これはかれの変態だとか云う事を見破るのが極めて早いのです、夫ですから自然犯罪の記事などを読み自分一身の見解を作るが好きで、今まで余り外れた事がないのです、此の夏子の老婆殺し事件なども初めから英国の新聞紙で読み自分一個の考えを定め、絶えず後の成行如何と気に掛けて居ましたが、其のうちに夏子牢死の報が伝わり又間もなく、私の許へその夏子が救いを求めに来る事になりました」
 是まで云いて思想の順序を附けるためか、又目を閉じて暫く考え「先刻も申しました通り、私の仕事は全く依頼者と利害を一にする様な性質で、私は依頼者から何も彼も打ち明けて貰った上でなければ仕事を始めませぬゆえ、此の件に就いて当人と、当人を連れて来た弁護士権田時介氏に充分今までの成り来たりを聞きました、両人ともには多少隠す所が有りましたけれど、大抵の事は既に私が見貫いて居て、急所急所を質問するのですから、果ては洩れなく話しました、其の話や其の後私の仕た事を陳《の》べれば、幾等貴方が疑い深くとも疑う事は出来ません、成るほど夏子と秀子とは同人だと信じます」
 此の様に順序を立てて言い来たられては、或いは信ぜぬ訳に行かぬ事となるかも知れぬ、と余も此の様に思い始めた、先生は余が心の斯く聊か動かんとするを見て取った様子で「先ず私の仕事から話しましょう、私は篤《とく》と夏子の顔を見ましたが、如何にも美人で、作り直す事が勿体ない、見る影もない醜婦にする事は容易ですが、それでは造化の美術を傷つける様な者で天に対して恐れが多い、何うか天然の美術を傷つけぬ様に、爾して全く別人と見える様に生れ替らせ度いと色々苦心を仕ましたが此の苦心の為に却って私の手際が不断ほど現われなんだのです、通例の顔ならば誰が何う見ても同一人とは見えぬ様に生れ替わらせる事が出来ますけれど、何しろ美しい者を美しい儘で変形させようというのですから、手際を現わす範囲が至って狭い、異中に異を求めるのでなく、同中に異を求めるのですから、全体云えば無理な話ですけれど、私は仕遂げました、とは云え何うも二人の顔に似寄った所が大変に残って居ます、既に鼻などは少しも変る事が出来ん。変れば必ず見劣りがするのです、歯並びなども其の通りで、真に天然の完全に達して居る者をば、其の完全を傷つけずに並べ変えると云う事は、如何なる彫刻師も出来ますまい、試みに双方の顔形に就き鼻の形を御覧なさい、何所にか違った所が有りますか」
 余「有りません」と答うる外はない、成るほど何う見ても違っては居ぬ、先生「ソレ御覧なさい。同じ事でしょう、歯は閉じた唇に隠れて、較べる事が出来ませんけれど若し出来たなら、是も貴方は私の言葉に服する外はないのです、サア此の様な訳ですから全く生れ替らせたとは云う者の、真に能く夏子の顔を知って居る人が、秀子の顔を見れば、真逆に同人だとも思わずとも、何等かの疑いを起すかも知れません、是のみは今までも私の気に掛けて居た所です、併し此の点をさえ見許して戴けば外の点は充分私の手際が現われて居ます、再び同じ程の美人を連れて来て此の顔を同じ程の美人に作り直して呉れと云った所で、私は再び是だけの手際を現わす事は殆ど出来まいと思って居ます、では何うして活きた人間の顔を作り直すかとお問いでしょう、仮面を被せるのか、肉を削るのか左様さマアマア仮面を被せる様な者、肉を削ったり殖《ふや》したりする様な者、其所が即ち学者も未だ研究し得ぬ此のポール・レペルの秘術です」

第七十八回 発明の実益

 先生「今の学者が若し専心に、私と同様の事を研究したなら、人間の顔を作り直す事が出来るのですけれど、彼等は唯名誉を揚げるが先で、上部だけは様々の研究もしますけれど、名誉の外に立ち、世間から隠れて学術と情死する程の決心を以て必死に研究する事は致しません、だから私の専門の技術に於いて、私に及ばぬのです、ナニ私としても名誉を好む心があれば此の発明を世に知らせます、之を知らせたなら空前の発明だとか、学術上の大進歩だとか云って私の前へ拝跪《はいき》する人が沢山出来ましょう、世界中の医学新誌などは争うて私の肖像を掲げましょう、けれど私は夫は嫌いだ、嫉妬の多い学者社会に名を出して面倒の競争をするよりも、静かに我が発明の実益を収めるが好い、此の術を世間に知らさず唯独りで秘めて居れば、隠す者は現われる道理で夫から夫へ聞き伝え、貴方の様に権田時介の様に、輪田夏子の様に、密かに尋ねて来る人が一年に十五人や三十人は必ずあり通例名誉ある医者や学者の二人前位は実益を収める事が出来るでしょう」
 滔々《とうとう》と述べ立てる先生の有様は、宛も気焔を吐きたくて、誰か聞いて呉れる人を待って居たとでもいう風である、余は唯我が心の中は旋風《つむじかぜ》の吹き捲《まく》る様な気持で、思いも未だ定まらねば、先生の言葉に対し批評の語を発する事を得せぬ、先生「今の学者には学閥という者がありまして、同じ学校から出た同士とか、同じ目的を持って居る同士とかいう様な工合に友達から友達へ縁を引き、陰然として一つの団体、一つの当派を作って居り、爾して盛んに毛嫌いをするのです、当派の中から出た発明は詰らぬ事でも互いに称揚して大きな事の様に言い做し、寄って集《たか》って広く売り附ける様にしますが当派の外から現われた発明は、非難に非難を加え、何うやら斯うやら信用を失わせて了います、今私の様な独学孤立の人間が、此の様な発明をしたと云って学者の間へ出て行って御覧なさい、一時は今もいう通り、世界中の新聞雑誌にまで書き立てられましょう、けれど私の名が揚がれば揚がる丈、学閥の猜《そね》みは益々加わり、第一に私を山師だといい、私の術を実用する事の出来ぬ様にして了い、夫で足らずば、次には学閥の中から、是はポール・レペルの法よりも一層完全な発明で、実はレペルより先に成就して居たのだ、レペルは窃《ひそか》に其の法を盗んだのだなどと本家を奪いに掛かるもありましょう、中には此の様な法は罪人に姿を変えさするに通ずるのみで詰り犯罪を奨励して国家社会を危くする者だと叫ぶ者も出来、夫は夫は私を滅さねば止まぬのです」
 いう所に多少は大き過ぎる言葉もあるけれど、今日の学者社会に幾分か斯様な傾きのあるのは事実らしい、先生は茲まで述べてやや調子を下げ「今日の社会が、私に此の秘術を公《おおやけ》にさせたいとならば少くとも学者社会をば、最う少し真理を愛する様に作り直して来ねば了ません、今の様では縦しや専売特許などの保護法が備わって居ると云っても、私の様な発明は危険で、顔を出す事が出来ぬのです、だから私の発明が何であるか、何の様な秘術であるかという事は誰にも話す事が出来ません、唯貴方だけには、左様さ素人に分る丈の範囲に於いて話しますが、術の一半は電気です、残る一半は薬物の作用です、電気で以て人間の毛を根本から滅して了う事は、大抵の学者が出来る事だろうと思って居ます、けれど実際私程其の事を実地に研究した者はない、私の法に由ると頭の毛を悉く枯らさせて其の皮膚を顔と同様にするのは易い事です、又人の筋肉を永久に伸し又は縮めるも、爾まで困難ではありません、サア是だけ聞けば分りましょう、輪田夏子は大層眉の生えた所が長く、殆ど両の眉が真中で出合う程に成って居ました、其の眉の両端を私が短く縮めて秀子の眉にしたのです、疑わしくば篤と両方の顔形をお見較べなさい、眉に長短の別は有っても其の実は同じ眉です、次には額の生え際を御覧なさい、夏子のは真中へ垂れ下って来て居て、真に美人の相に叶って居ましたが、惜しいけれど是を私が切り捨てて左右へ多少の伸縮を施し、秀子の生え際にしたのです、秀子の生え際は唯尋常の恰好で別に美人の相という程でありませんが、茲が聊か私の不手際でしたけれど、尋常としては尚だ最上の生え際です、其の代り、イヤ生え際が聊か劣った代りに髪の色艶で立優らせてある積りです、秀子の髪の色を御覧なさい。全く昔の女神と同じ事です、夏子の重い色より幾倍も優って居ます、尤も夏子の丸顔には重い色が似合いますけれど、軽く行かねば神仙的の高尚な美しさがありません、夫ならば扨、髪の色は何うして変る、之は世間の婦人達が生涯気を揉んで研究して居る所です、仲々婦人達には分りません、けれど此のポール・レペルに取っては極く極く容易な問題です、髪の性質を変ずる丈でも近頃は毎日一人以上の貴婦人客が尋ねて来ます」

第七十九回 一点の望み

 先生は語を継いで「通例髪の毛の色を直すには染料を用います、けれど染めて直すのは誰にでも出来る事、学者を以て自ら居る私の様な者が研究すれば恥になります、髪の延びるに従って幾度も染め直さねばならぬ様な方法は技術ではありません、学術的とはいわれません、私の方法は、或る薬剤の注射により、髪の根にある色素という奴を変性させるのです、根本的の手段です、一旦色素が変性すれば幾度髪の毛が生え替えても又幾等長く延びて来ても其の色は一つです、一度直せば生涯再び手を入れるに及びません、いわば先ず造化の仕事で人間業ではないと云っても好いのです、唯其の中に難易があり、薄い色素を濃くするは易しいですが、濃い色を薄くするは極めて困難な事柄です、秀子嬢の髪の毛は濃い色を薄くしたので、仲々手数が掛かりましたけれど、充分の報酬を得ましたから少しも申し分はないのです。
「次は顔の形ですが、先ず其の顔形を見較べて私の言葉の嘘か実《まこと》かを判断して戴きましょう、私は兼ねて小さい動物に試験して身体を細くする術を発明しました、是も薬剤の力です、或る薬剤を食事の度に肉類と一緒に腹へ入れるのですが、急には行きませんけれど、月日を経るに従って肥えた身体が細くなり、円い顔は楕円となります、爾して少しも健康に害を及ぼしません、夏子の丸い顔が其の手段の為に秀子の楕円の顔と為ったのです、次は口許です、夏子の口許は真に愛嬌の泉ともいうべきで、之を変ずるは惜しい者だと思いましたが、変ぜずには置かれませんから、上唇を少し緊《し》めて聊か形を変え、爾して微かに口の両脇の筋を詰めてキリリとした締まりを見せました、全体筋を詰めたり弛《ゆる》めたりする事は世間の医者には出来ませんが、是も電気作用で、私に取っては左まで六かしい事ではないのです、笑靨をなくしたり拵えたりするは皆其の働きです、筋が詰まれば平らな所へ凹《くぼ》みが出来、筋を延せば凹んだ所が平らになります、私も夏子嬢の髪の色から生え際から、眉や口許や頬の様まで変って了って最う之で済んだのだと思いましたが、何うも笑靨の位置を変えねば、猶或いは之が為に人に見破られる恐れがあると思い顎の笑靨を消して了って其の代りに頬の笑靨を作りました。之が手術の大尾でした。
「私の斯る手術で、第一号の顔形にある輪田夏子が第二号の顔形にある松谷秀子に生れ変ったのです、誰が見たとて同人と思わぬは無理もありません、けれど造化の作った夏子の美しさと私の直した秀子の美しさと何方《どちら》が優って居るでしょう、素より夏子の美しさは此の上のない階級でしたが秀子のも矢張り此の上の階級はありますまい、私は之で以て造化の美術的傑作品をポール・レペルが傷つけたという非難は逃れ得た積りです、若し強いて双方の間に優劣があるとすれば、夏子は美しさよりも愛らしさが優り、秀子は愛らしさよりも美しさが優って居るとでもいうのでしょう、一方は天真爛漫の美で、一方は研《みが》ける丈研き揚げた美という者です、是だけの違いは有っても、其の実は同じ者だという事が、能く其の顔形を見較べれば自ら合点が行きましょう、エ、丸部さん、未だお疑いですか。夏子と秀子を全く別の人だなどと、まさかに最う、些《すこ》しの疑う余地もありますまい」
 勝ち誇る様な口調で、先生は長々の講釈を結んで了った、余は実に情けない、余が世界に又とない美人と思い、未来の妻ぞと今が今まで思い詰めた松谷秀子が其の実は養母殺しの罪に汚れ、監獄の中に埋まって居た輪田夏子だとは抑《そもそ》も何たる因果であろう、顔は幾等美しくとも心の醜さは分って居る、其の醜さを隠して、余を欺き余の叔父をまで誑《たぶら》かして居るかと思えば、実に譬え様のない横着な仕打ち天性人を欺くに妙を得た者に違いない、真に秀子が夏子の化けたのに相違ないであろうか。
 二個の顔付きは全く違って居るとはいえ、能く見れば同じ事だ、先生の言葉に引き合わせて、見較ぶれば悲しい哉、争うに争われぬ、余は顔形を見詰めたまま目には涙、胸には得もいえぬ絶望の念が込み上げて来たが能く思うと、未だ一点の望みはある、なるほど第二号の顔形が第一号の変形には相違あるまい、けれど其の第一号が全く輪田お夏という証拠は少しもない、第二号も秀子なら、第一号も本来の秀子で、決して輪田夏子ではないかも知れぬ。
 余は迫き立てる様に先生を呼び「ですが先生、第一号が輪田夏子だという証拠は何所に在ります。唯貴方の許へ其の様に名乗って来たというに過ぎぬのでしょう、偶然に名乗った姓名が殺人女と暗号したか、或いは自分の本姓本名を秘する為に殊更に世に知られた殺人女の名を用いたのか其の点は貴方に分りますまい」

第八十回 千貫の重み

 第二号の顔形と第一号の顔形とは如何にも先生の謂う通り同人である、是だけは最早言い争う余地がない、けれど其の第一号が果たして殺人女輪田夏子だと云う事は何の証拠もない。
 まさかに松谷秀子が其の殺人女だとは受け取れぬ、何の様な証拠が有るにもせよ、争われるだけは争い、疑われるだけは疑って見ねば成らぬ。
 とは云え、今までの事を能く考え合わせて見ると先生の言葉には千貫の重みが有る、余が言葉は殆ど何の根拠とする所もない。
 余は幽霊塔に入って後、幾度も塔の村の人々から輪田夏子の容貌などを聞いた事が有る、丸い顔で眉が長くて顎に笑靨が有ったなどと、全く第一号の顔形と符合して居る、しかのみならず夏子はお紺婆を殺したとき、左の手の肉を骨に達するまで噛み取られたと云う事だが、夫ほどの傷なら今以て残って居ねばならず、秀子が全く夏子なら秀子の手に其の傷が有るはずだ、実際秀子の手に其の様な傷が有るだろうか、待てよ、待てよ、秀子の左の手は毎も長い異様な手袋に隠れて居る、此の手袋の下に秘密が有るとはお浦が幾度も疑った所で、或る時は其の手袋を奪い取り、愈々秘密を見届けた様に叫んだ事も有る。
 其の秘密を見られたが為に秀子がどれほど立腹したか、お浦を殺すとまで劫《おびや》かした事は余が確かに聞いた所だ、其の時秀子は余の許へ来てさえも手巾《はんけち》を以て巧みに左の手を隠して居た、左の手に恐ろしい証拠の傷が有るにあらずば、何が為に斯くまでも左の手を隠すだろう、是だけで余が唯一点の望みも何うやら消えて了う様だ。
 高輪田長三が初めて来た時に、虎井夫人が非常に恐れの色を現わし、遽てて秀子を逃がした事も有る、是も輪田夏子と云う本性を長三に見現されるかも知れぬと気遣うた為では有るまいか、秀子が屡々夏子の墓へ参詣するも、夏子の死んだ事を何所までも誠しやかに思わせる為では有るまいか、或いは又何か心に思う所が有って、我と自ら我が墓に誓うのでは有るまいか、長三が此のたび余の叔父に手紙を遣り、秀子の素性をあばき立て叔父が痛く驚いたと云う、秀子が争い得ずして白状したと云うも、実は輪田夏子だと云う素性の事では有るまいか、是等は唯推量に止まるとするも外に余が直々《じきじき》に見た事柄も多少は有る。
 松谷秀子が幽霊塔の時計の巻き方をまで知って居たのは何の為だ、輪田夏子ならば充分知って居る筈では有るが、夏子でなくば知って居るいわれがない、其のほか塔の秘密に属する事を誰よりも多く知って居るなどは幼い時から塔の持主お紺婆に養女として育てられた輪田夏子に悉く当てはまる、更に近頃に至っては養蟲園の一室に秀子の着物と、監獄で着る女の着物と一所に在ったなども一方ならぬ参考である、秀子が其の実夏子だとすれば少しも怪しむ可き点はない、夏子であればこそ屡々穴川甚蔵に強請《ゆす》られもするのだ、甚蔵の姉(だか妹だか)に当る虎井夫人を憎みながらも猶自分の傍より追い退ける事が出来ぬのだ。
 唯穴川甚蔵が余を此の先生の許へ差し向けた一条だけが聊か合点の行かぬ様にも思われるが、イヤ是とても能く考えれば分って居る、甚蔵は甚く余に劫《おびや》かされ、最早逃れる路は唯余に秀子の素性を知らせ、愛想を盡かさせるに限ると見て取り、止むを得ず、余を茲へ寄越したのだ、まさかに殺人女と知った上で、余が猶も秀子を愛し、秀子の為に人を劫かし、又は法律の力を借りなどする事は有るまいと見て取ったのだ、秀子が若し夏子でなければ、成るほど甚蔵は余に巴里へ行けなど呉々《くれぐれ》も云う筈はない。
 斯様に思い廻して見ると、今まで秀子を輪田夏子だと気の附かなんだが鈍《おぞ》ましい、秀子が夏子だと云う事は殆ど到る処に現われて居る、余は恋と云う妄念に目が眩み、是ほど明白な事実を見る事が出来なんだであろうか、余りの事に余は絶望とも何とも形容の出来ぬ恨みが胸に満ち、我が身を掻きむしりたい思いがする、ポール・レペル先生が何事をか頻りに説明して居る様であるけれど少しも耳に入らずして全く聞き損じて了った。

第八十一回 古新聞

 余は全く先生の言葉を聞き損じたから、尚一度繰り返して呉れと請うた、何でも先生は第一号の顔形が全く輪田夏子だと云う事を充分に説明したらしい。
 先生は返事もせずに室の隅に行き、古新聞の様なものを持ち出して来て無言のまま余の前に差し附けた、余も無言の儘で之を見たが、案の如く数年前の倫敦の新聞紙で、輪田夏子が裁判に附せられた時の記事が有る、記事の中に肖像が有って「老婆殺し輪田夏子」の最新の写真と書き入れて有る、能く見ると其の顔は殆ど幼な顔とも云う可きほど若いけれど第一号の顔形と同人と云う事は争われぬ。
 余は殆どグーの音も出ぬ、只呆れて、我知らず椅子を離れて立ち上った、最早少しの疑いを挾む所はない、秀子は全く夏子の化けた者である、心の底には猶承知し兼ねる所が有る様な気もするけれど、是だけの証拠が有っては到底承知せぬ訳に行かぬ、承知の仕にくいのは余の愚痴、余の未練と云う者だ、エエ男たる者が斯うも未練では仕方がない、と余は奮然として云い直し「己れ人殺しの悪女め、能くも淑女に化け替って今まで余と叔父とを誑《たぶら》かした、是からは其の手は食わぬぞ」と口の内で罵った。
 先生は嘲笑う様な調子で「何うです、最う迷いが醒めましたか」余「ハイ全く醒めました、少しの疑いも存《のこ》りません」先生「では秀子のイヤ夏子が此の家へ来てから、秀子と云う新しい生命を得て立ち去った迄の次第を一通り聞かせて上げますから、先ず落ち着いてお聞きなさい」とて再び余を、取り鎮める様にして椅子に凭《よ》らせ扨明細に説き出した。
「余計な事は省きまして千八百九十六年の七月の初めでした、医師大場連斎の手紙を持って英国の弁護士権田時介が私の許へ参りました、私は兼ねて権田氏の名だけは新聞の上で知り、且殺人女輪田夏子を熱心に弁護した人だと云う事も覚えて居ました。来訪の用事は、或る美人の顔を作り直して貰い度いが、全く同人と見えぬ様に作り直す事が出来るか、其の価は幾等であるか爾して其の秘密は何時までも無難に保たれるかと云う問合せの為でした。
「勿論総ての点を私は満足に答え、今まで私の手を経た人は再び見破られた例《ためし》がないと云いました。イイエ是は決して手前味噌では有りません、私が此の手術を発明して以来、牢を脱けたり、法律を逃れたりした人達が、私から新たな生命を受けたのは殆ど数え切れぬほどで其の顔形は既に今見た穴倉の両側の押入れに満ちて居る程ですが、中には英人も仏人も露人米人、濠洲人に至るまで殆ど全世界の人が有ります、けれど孰れも今は全くの別人と為り済まして無事に世を送って居ます、甚しいのは死刑の宣告を受け、上告中に脱獄して、爾して私の救いを受け、一年と経ぬうちに、然る可き履歴書を作って、直ぐに其の同じ牢屋の監獄医に採用せられた人も有るのです」
 是、暗に大場連斎を指す者に違いない、扨は彼も一たび死刑の宣告まで受けた身の上であるのか、是で見ると此のポール・レペル先生自身も自分に新生命を与えた一人かも知れぬ、此の様な発明は最初に人の身体へ試験する事は出来ず必ず自分の身に実験して、爾して此の通り法律の網を潜る事が出来るぞと罪人社会へ手本を示した者であろう、斯う思うと先生の称号を加えるが何となく忌わしい心地もする。
 先生「是程手広く人を救うて能くも此の職業の秘密が世間へ洩れずに居る事を怪しむでしょうが、夫は最う充分に大事を取って有るのです。私が先ず腹蔵なく依頼者の秘密を聞いた上でなければ需《もとめ》に応ぜぬは是が為です、依頼者は既に私は自分の悪事を聞き取られた上に前身の顔形と後身の顔形とを取られて居ますゆえ、全で私に咽喉首を握られて居る様な者で決して私の事を口外し得ないのです、口外すれば自分の生命がないのです、夫だから私の職業の秘密は其の人の生命と同じほど大切に守られて来たのです、イヤ是は話が横道へ反《そ》れました、是から権田時介の来て後の次第を申しましょう」

第八十二回 美少年

 先生の言葉は次の如く引き続いた、「扨私が何の様にでも女の顔を作り直して遣ると答えた者ですから、権田時介は大いに喜び、それでは近々連れて来るから宜しく頼むとて立ち去りました、是より二週間も経て後ですが、英国の新聞に、殺人女輪田夏子が牢死したという事が出ました、私は之を見て、自然に権田時介の事を思い出し、様々に考えて様々の想像を附けましたが、それから二週間ほどすると、権田時介が一人の少年を連れて参りました。
「初めは美人と云う話で有ったのに、美少年であるのかと私は聊か怪しみましたが、能く見ると、顔の美しさ丈でも明白です、男に化けた女です、牢の中に居た為に頭の毛を短く刈られ、あんまり見っともない者だから、男にしたのかと私は斯う思いましたが、実はそれより猶深い理由が有ったのです、其の時権田は私へ向い、「是なる少年が、兼ねてお願い申して置いた松谷秀子嬢です」といいました。私は何気無く聞き取りましたが愈々手術に取り掛かる約定を極める時と為って権田に向い、「腹蔵なく依頼者の身の上を聞いた上でなくては」と主張し「第一権田さん、依頼者の松谷秀子という姓名では了ません。輪田夏子と云う本名でなくては」と皮肉に急所を突いて遣りました、是には権田も驚きましたよ。
「到底私を欺く事は出来ぬと見て権田は打ち明けました、実は輪田夏子では有るけれど何うか此の秘密を守って呉れといいますから、勿論だと答え、夫から権田は立ち去って夏子だけが私の許へ残りました、其の後で夏子から詳しく事情を聞きましたが、兼ねて夏子は脱獄の考えが有って、権田時介に其の旨を打ち明け、時介から充分其の目的の達する様にして遣るとの約束を得て居ましたけれど好機会を得ぬ為に遷延《せんえん》して居たのです、所が監獄の医を勤めて居る彼の大場連斎が権田の意に加担し、好い工夫が有ると云い兼ねて自分の手下とする一人の老看護婦を連れて来ました、爾して謀事《はかりごと》の委細を夏子に伝えた者ですから、夏子は其の差し図に従い病気を言い立て診察願いを出しました、診察は即ち大場連斎がするのですから、成るほど是は容易ならぬ病症《びょうき》で、外面には爾までにも見えぬけれど心臓に余ほどの危険な所があるなどといい、一も二もなく監獄の病院へ入れました。
「つまり夏子を死人にして監獄病院から担ぎ出すという計略で、夏子へ極めて危険な薬剤を与えました、其の薬剤には印度に産するグラニルという草から製した麻薬ですが極めて人身へ異様な影響を及ぼすのです、或る分量を服すれば即死しますが、又分量を変ずれば死人同様の姿と為り、脈も呼吸も停《とま》って了い、爾して四十時間乃至五十時間の後に、酒の酔いの醒める様に蘇生します、蘇生すると蘇生せぬとの分量の差という者は極めて僅かの者で、若し之を服用する人の身体に、医師の知らぬ弱い所でも有ったなら、蘇生の分量でも蘇生せずに本統の死人と成るのです、此の薬は私が連斎に教えたのですが、彼は其ののち幾度も実用して分量の加減などは私よりも上手に成ったと見えますよ。
「夏子は中々勇気の有る女と見え、その危険な薬を、怯《ひる》みもせずに呑んだ相ですが、無論死人同様の有様に成ったと云います、折から七月の炎天の際故、一時も早く葬らねば死骸が腐敗すると云う口実を以て、権田時介が外面から運動し、少なからぬ賄賂《わいろ》を使い、其の力で到頭病院から死骸を引き取り、外の所へ葬ると云う許可を得たのです、爾して死骸を連れ出して、直ちに幽霊塔の庭へ葬った様に見せ掛けたが、実は薬の分量が宜しきを得た者か、予想の通りに蘇生して私の許へ来る事になったのです。
「サア斯様な訳ですから、夏子其のままの姿では一歩も外へ出る訳に行かず、尤も病院を出た時には髪の毛などもかなりに長く延びて居た相ですけれど、私の許へ連れて来るのに何うしても男姿として人目を眩《くら》ます外はないとて頭髪を短く刈ったのだと云いました、私の許に居る中に髪の毛は長く延び、其の第一号の顔型の箱へ、剪《き》って入れて有る通りに成りました」

第八十三回 一生の燈明

 先生は猶語り続けた。「延びた髪の毛も前に申した通り、薬の力で色が変わり、其のうちに顔の総体も私の手術で全く別人の様になりました。尤も其の間に権田時介は二度ほど秀子の許を尋ねて来ました、毎も私が立ち会った上で面会させました、権田の用事は一つは私の手術を進むを見届けるのと秀子の其の後の身の振り方を相談するとに在ったのです。
「勿論私の手術には彼一方ならず驚き、秀子の顔を見て全く見違える様に成ったと云いました、それから相談の結果で、秀子は兎に角も米国へ行き、同国で多少の地位とか履歴とかを作った上で此の国へ帰ると云う手筈に定まりました、夫から権田は其の次に来た時に、米国の弁護士や政治家などに宛てて幾通の紹介状を作って秀子に渡し、恐らく今まで渡米した英国の婦人で斯くまで充分の紹介状を持って行った者は有るまいと云い、猶秀子に向って全くの一人旅とは違い、事に慣れた伽《とぎ》が一人附いて行くから心細い事はないなどと励ます様に云いました、其の伽とは監獄の病院で大場連斎の手下に成って秀子の脱獄を助けた老看護婦で、本名は知りませんが虎井夫人と偽名する様な打ち合わせでした」
 扨は彼の虎井夫人は其の時から秀子の附添いと為ったのか、是で夫人と秀子との関係も分った、先生「けれど秀子は少しも心細い様子はなく、ナニ米国は日頃から私の好む国ですから云わば故郷へ行く様な心持ですなどと答え、又権田も爾でしょうとも、貴女の様に読み書きも音楽も、人並優れて能く出来る身なら何所へ行くとも故郷へ還ると同じ事ですなどと云いました、それより間もなく米国を指し私の許を立ち去りましたが、其の時の姿の美しさは私自身さえ我が手術の巧妙に驚く程でした、散髪頭で遣って来た美少年姿の輪田夏子とは縦《よ》し多少の似た所は有るとも全くの別人と見え、是ならば新しい生命を与えた者と云って少しも差し支えはないと思いました。
「斯う全く別人に生れ替りましたから最早再び法律に触れる事などは有るまいと思いましたのに矢張り犯罪者は天性罪を犯す事に其の性質が出来て居ると見え、又も法律に触れて再び私に其の顔を作り直して貰わねば成らぬ事に成ったのですか、何たる因果な女でしょう、併しナニ其の様な事を批評するは私の職業で有りません、私は唯貴方がたのお頼みに応じ再び新たに生命を賦《ふ》して遣る丈の事です、何時でも宜しいから当人を連れてお出で成さい」
 先生の言葉は是だけで終ったが、余は何と返事して好いか分らぬ、此の時の余の気持は真に察して貰い度い、今まで女の手本とも人間の儀表《ぎひょう》とも崇め、此の女に見習って我が心を清くしようと、旦夕《あけくれ》拝む様にして居た其の女が人殺し、牢破りの怪物だとは、世に是ほどの意外な事が又と有ろうか、余は一生の燈明が忽ち消えて暗黒の中へ身を投じた様な思いがした。
 今までは証拠に証拠を積み重ねるとも秀子に悪事が有るなどとは決して信ぜず、之が為には全世界と闘うも辞せぬ程に思ったが今は先に立って秀子を罵らねば成らぬ、責めねばならぬ、素性が分れば心の中も能く分った、其の様な悪女で有ればこそ様々に手を盡してついに余の叔父の養女と為ったのだ、其の目的は外でもない、叔父が検事の職分を以て輪田夏子の罪案に対し、死刑を主張した者だから、自分の罪は思わずに唯叔父を恨み、何うかして仇を復そうとて先ず叔父の懐の中へ這入ったのだ、時々密旨を帯びて居る様に云う其の密旨は叔父へ復讐するに在るのだ、夫だからこそ夏子の墓へ詣でるのだ、詣でて死刑の悔しさや怨めしさを毎朝自分の心へ呼び起し復讐の熱心の一刻も冷めぬ様にして居るのだ、思えば、思えば恐ろしい毒々しい根性も有れば有る者、爾して其の心で時々余を煽動《おだて》て、暗に自分の密旨を手伝うて呉れろと云う様に勧め、猶其の上に、或る時は他人の事の様に夏子の事を物語り、又或る時は叔父が何れほど彼の死刑を主張したかと聞き出そうと勉めるなど、思い当る節も多い、爾して今は、何うか斯うか其の目的を達し、到々叔父を毒害する迄に至ったのだ、夫を知らずに唯秀子を助け度い一心で奔走に奔走した余の愚かさも愛想が盡きる。何で今まで気が附かずに居たのだろう。

第八十四回 最後の一言

 余は全く自分の愚かさと、秀子が素性の穢らわしさとに愛想を盡したと云え、深く心の底に根を卸した愛の情は仲々是しきの事で消えて了う者では無い、唯残念だ、唯情け無い、真に手の裡《うち》の珠をでもなくした様な気持がして、急に身の上が、淋しく心細く成って了った。アア彼の様な者を愛せねば宜ったのに、愛しさえせずば其の素性を聞き、驚きはしようとも斯う絶望はせぬ筈だのに。
 残念、残念と幾度か呟いて、泣き出したい様な気になり、暫し何事も心に移らぬ様で有ったが、頓て先生の声に気が附いた、先生は余の肩を推し「モシ丸部さん、丸部さん、貴方は再び秀子嬢の顔を作り直して貰う為に来たではないのですか、その為でなくば何の為です、貴方の目的は何所に在ります」余は身を悶えて「エエ、其の様な目的ではないのです、貴方に逢えば秀子の素性の清浄潔白な事が分るかと思ってハイ其の清浄潔白を世に知らせる確かな証拠を得たいと思って」先生「オヤオヤ夫はお気の毒です、少しでも秀子の素性を潔白らしく認めたくば私の許へ足踏みをしては成らぬのです、茲は穢い素性ばかり集めてある畜蔵所の様な者ですから、手もなく貴方は反対の方角へ来たのです」余「ハイ是で自分の愚かさに愛想が盡きまして」先生「そう仰有られては私も、何とも早やお気の毒に堪えませんが、と云って先刻受け取った報酬をお返し申す訳には行きません、私は何所までもアノ報酬に対し自分の勤むべき丈勤める覚悟のみならず報酬を得た上で無くば打ち明けられぬ貴重な秘密を打ち明けて、云わば貴方に活殺《かっさつ》の灸所を握られたと一般ですから」
 勿論報酬を返して貰い度いなどとは思わぬ、唯何となく悔しくて殆ど身の置き所もない程故、余は何の当ても決心もなく、徒《いたずら》に室の中を駆け廻った、今思うと定めし気違いじみて居た事だろう。
 頓て余は、再び卓子の前に立ち留り、愛らしい夏子の顔形と美しい秀子の顔形とを見較べた、是さえなくば此の様な辛い思いもせぬだろうにと、男にも有るまじき愚痴の念が湧いて来た、余「先生、先生、貴方が秀子と夏子と同人だという事を証拠立てる品物は、唯此の二個の顔形と、裏に書き附けてある貼紙とだけですか」先生は怪しむ様子で「ハイ勿論是だけです、是だけとはいう者の、之が幾十幾百の他の証拠より有力です」余は少しの間だけれど真に発狂して居たかも知れぬ、「是さえなければ秀子の素性を証明する事は六かしいのですネ」先生「爾ですとも是さえ無くば、少くとも秀子と夏子と同人だと云う事を証明するは、六かしいのみならず殆ど出来ぬ事でしょう」余は此の語を聞くよりも直ちに二個の顔形を手に取り上げ裏の貼紙を引き剥《めく》りて、爾して其の顔形を力に任せて床の上に叩き附けた。
 先生はびっくりして、余の手を遮り「何をなさる、何を成さる」と叫んだけれど後の祭りだ、顔形は極|脆《もろ》い蝋の細工ゆえ、早や床の上で粉微塵に砕けて了った、余は猶も飽き足らず先生の手を振り払って顔形の屑《かけら》を粉々に踏み砕いた、先生は呆気に取られ、呆然と見て居たが、又忽ち余を捕え「貴方は余りな事を為さる。其の顔形をなくして置いて、爾して私を其の筋へでも訴える気で」余「イエ、爾では有りません、先刻の三千ポンドで此の秘密を買ったのですから、私の自由に秘密を消滅させて了うのです。此の顔形は私の買い受け品です」先生は余の顔と砕けた顔形、否寧ろ蝋の粉とを見較べた末、聊か安心する所が有った様子で、「イヤまさかに貴方が、私を其の筋へ訴えもなさるまい、顔形を砕かれたのは残念ですが、成るほど三千ポンドの代りと思えば致し方が有りません、断念《あきら》めましょう、貴方も最う長居する用事は有りますまい、サア御勝手にお帰り成さい」云いつつ此の室の鉄の戸を開き余に指し示した。余「勿論長居する事は有りません、帰ります」後をも見ずに立ち去ろうとすると先生は最後の一言を吐いた。「念の為申して置きます、若し是で最う秀子の素性を証明する物がないなどと安心して私をイヤ私の職業を其の筋へ訴えなど成さると間違いますよ、此の顔形は此の頃権田時介氏の注文に由り、別に一組同じ物を作りましたから」

第八十五回 帽子を眉深に

 権田時介に頼まれて同じ顔形を作ったと云う先生の最後の一語は、嘘か実か、或いは余をおびやかして其の筋へ訴えるのを妨げん計略の様にもあれど、又思えば権田が先に小腋に挾んで去った品が、如何にも此の顔形の箱と同じ物の様にも見えた。
 併し余は深く考える心はない、唯「其の様な事は何うでも宜しい」と言い捨てて此の家を立ち出でた、余ほど時間の経った者と見え、早や夜|深《ふ》けて、町の往来も絶えて居る。
 夜中は何うする事も出来ぬ故、宿を尋ねて一夜を明かし、翌日直ぐに英国へ帰って来たが倫敦へ着いたのは、夜の九時頃である、途々の船の中、汽車の中、唯心を動かすは松谷秀子の事ばかりで全体此の後を何う処分して好い事か更に取り留めた思案は出ぬ、秀子が人殺しと脱獄の罪を犯した恐ろしい女で有る事も確かで、復讐の為幽霊塔へ入り込んで既に余の叔父を毒害せんと試みた事も確かである、是だけの所から云えば探偵森主水に次第を告げ秀子を捕縛させる一方である、併し又他の方面から考えれば秀子と余との間は夫婦約束の成り立って居る事も事実、秀子が愈々捕縛せらるれば余と叔父との丸部一家に拭う可からざる不名誉を来たすのも事実である。
 縦し不名誉にもせよ罪人を保護する訳には行かぬ、まして叔父の命を狙い、恐ろしい毒草を隠して居る罪人を、若し保護するに於いては全く人間の道を逆行する者である、と斯う迄は幾度も思い定めるけれど余の心中には猶一点の未練が有る、自分で掻き消すにも掻き消されぬ、勿論斯う成った以上は秀子を余が妻にする訳には行かぬ、けれど何だか可哀相でも有る、茲の思案が決せぬ間は家に帰って叔父に逢う訳にも行かぬ、秀子に逢う訳には猶更行かぬ、余は倫敦へ着いた者の其の後は何うして宜いか暫しがほど躊躇したが、漸くに思い定めたのは、兎に角に権田時介に逢って見ようとの一念である。
 彼|抑《そもそ》も何が為に余に先んじてポール・レペル先生を尋ねたか、果たして顔形を得る為とすれば何が為に其の顔形を要し、何が為に其の復写を作らせたのであるか、或いは彼、秀子を余に取られた悔しさに、其の顔形を以て秀子をおびやかす積りかも知れぬ、爾だ、何うせ爾とより外は思われぬ、若し其の様な心とすれば、彼と余との間に於いて秀子の問題を決着させねば成らぬ、孰れにしても逢って話せば分る事だ。
 愈々権田時介の住居の前に着いたのは夜の十時頃である、雨も蕭々《しょぼしょぼ》と降って居て、町の様も静かであるのに、唯不思議なは、何者だか権田が家の入口に立ち、探偵又は盗賊《どろぼう》など総て忍びの職業をする者が用うる様な忍び提灯を高く差し附け門札の文字を読んで居る、爾して余の近づく足音に、其の者は直ちに提灯を消し、コソコソと暗《やみ》の中へ隠れて了った、何者であるか更に想像は附かぬけれど確かに帽子を眉《ま》深に冠り、目には大きな目鏡を掛けて居た様に思われる、通例の人ではなく、他人に認められるを厭う人だと云う事は是だけで分って居る。
 併し余は自分の身に疚《やま》しい所がないから、敢えて恐れぬ、深く詮索の必要が有ろうとも思わぬ、縦しや有った所で実に詮索する便りもないのだ、其のまま余は中に入り権田の室の戸を叩くと、中には何だか話し声が聞こえて居たが、戸の音に連れ、其の声は忽ち止まり、遽しく物など片付ける様な音が聞こえた、余の察する所では密話の相手を次の間か何所かへ退かせたのだ。
 爾して置いて中から戸を開いたのは権田自身である、戸の間から差す燈の光に見れば、彼は肝腎の話を妨げられて忌々《いまいま》しと云う風で顔に一方ならぬ不機嫌の色を浮べて居る、殆ど眉の間に八の字の皺を寄せて居ると云っても好い、彼は余の顔を見て「オヤ丸部さんですか」と云ったが「サアお這入りなさい」とは言わぬ、寧ろ「お帰りなさい」と云い度げに構えて居る、余も爾《さ》る者だ、「御覧の通りです、他の人では有りません」と答えて無躾に戸に手を掛け引き開けて、殆ど権田を拒退《おしの》ける様にして室の中に入り、「先《ま》あ掛けさせて呉れ給え」と有り合わす椅子の上に腰を卸した。

第八十六回 差し当りの問題

 無理に室の中へ入って、無理に腰を卸した余の無遠慮な振舞いに権田時介は少し立腹の様子で目に角立てて余の顔を見詰めたけれど頓て思い直したと見え「アア何うせ貴方とは充分に話をせねば成りません、寧《いっ》そ今茲で云う丈の事を云い、聞く丈の事を聞くとしましょう」とて、始めて座に就いた。
 余は先ず来意を述べ「今夜来たのは松谷秀子の身に就いて篤と御相談の為ですが、第一に伺い度いは、貴方の両三日来の振舞いです、貴方は巴里のレペル先生の許から顔形を持って来た相ですが其の顔形を何うしました」
 随分短兵急の言葉ではあるが、権田は物に動ぜぬ日頃の持ち前に似ず、殆ど椅子から飛び離れんとする迄に驚いて「エ、巴里のレペル先生とな、何うして其の様な事を御存知です」余は言葉短かに養蟲園の事柄から巴里へ行って来た次第をまで述べ終り、「多分貴方が秀子を劫《おびや》かす為に顔形の複写を作らせただろうと鑑定しましたが、其の複写を何うしました」権田「お察しの通りに致しました、帰ると直ぐに秀子の許へ送りました」余「エ、既にですか」権田「ハイ既にです」余「爾して其の結果は何うなりましたか」権田「私の予期した通りになりました」
 余は今以て秀子を気遣う心が失せぬ、畢竟其の心が失せねばこそ、此の通り権田の許へも立ち寄った訳では有るが、此の言葉を聞いては猶更気遣わしい心が増した、秀子が余の叔父に毒害を試みた事が何うも確からしいとは云えそれでも無暗《むやみ》に秀子を窘《いじ》めて懲らせようとは思わぬ、何うか穏便な取り計いで、余り窘めずに方を附けたい、余「権田さん、夫は甚いと云う者です、秀子は昨今身に余る程の心配を持って居ますのに夫を又劫かすなどとは余り察しのない仕方では有りませんか」権田「イヤそれもこれも総て貴方の所為です、貴方が秀子の心を奪うたから私は止むを得ず邪慳な挙動に出るのです」余「エ何と、私が秀子の心を奪うた」権田「勿論です、秀子は本来私の妻たる可き女です、最う貴方は秀子の素性を能く御存じゆえ、少しも隠さずに云いますが、牢から秀子を連れ出したも私の力、今の通り無事に此の世に居られる事にしたのも私の力です、私は権利として秀子を自分の妻、自分の物と言い張る事は出来ますけれど、唯私の恩を感ずるのみで、私を愛すると云う情の起らぬ者を妻とするも不本意ゆえ、其のうちには愛の心も出るだろうと気永く親切を盡して居るうち、貴方が横合いから出て秀子の心を奪ったのです、全体此の様な事と知れば秀子を貴方の叔父上の家へ入り込ませる所ではなかったのです、唯当人が是非ともと云うに任せ、真逆に貴方に奪われるだろうとは気も附かず其の望みを許したのが私の間違いでした」余は殆ど茲へ故々権田を尋ねて来た主意さえ忘れ「自分の間違いなら間違いで、断念《あきら》めるが好いでは有りませんか、猶も未練を残し、非常な手段を取って、劫かすなどとは何たる仕方《しうち》です」
 権田「イヤ其の様なお説教は今更貴方から受けるには及びません、茲で差し当りの問題は秀子が貴方の物か将《は》た私の物かと云うを極めるに在るのでしょう」余「夫は爾ですが――」権田「爾ならば余計の問題は入りません。唯一言で決します、貴方は秀子の素性を知った上で、猶秀子を妻にする勇気が有りますか」余はグッと詰った。「サアそれは」権田「それはもこれはも入りません、貴方は明日にも叔父上の前へ出て秀子は全くの所、昔幽霊塔の持主お紺婆を殺した犯罪者として裁判所に引き出され、叔父上貴方が死刑を主張した輪田夏子ですが、私は家名よりも夏子を深く愛しますから、直ぐに彼の女と結婚しますと立派に言って、爾して立派に秀子を妻とする丈の勇気が有りますか」余は身を震わせて「妻とする事は最う断念せねば成りませんが、夫でも秀子を愛する事は誰にも劣りません、私は最う秀子の素性を知り、自分の理想が消えて了い、殆ど生きて居る甲斐もない程に思うのです、何うか此の後の秀子の身の落ち着きを安楽にして遣り度いと思い」
 権田「イヤ妻にする事が出来ねば最う何にも仰有るな、秀子の身の上に口を出す権利はないのです、貴方に反して私は、明日にも秀子が承諾すれば、世間へ叫び立てて自分の妻にするのです、之が為に名誉を失おうと地位信用を落そうと其の様な事は構いません、秀子に対する私の愛は貴方の愛に百倍して居るのです」余は大声に「貴方の愛は野蛮人の愛と云う者です、名誉にも道理にも構わず、唯我意を達すれば好いと云う丈で、心ある女は決して其の様な愛を有難いとは思いません、何うして其の様な野蛮人に秀子を任せて置く事が出来ます者か」と云ううち次の室《ま》から何やら物音が聞こえたゆえ、驚いて振り向くと何時からか知らぬが、秀子が次の室と此の室との界《さかい》に立って、余と権田との争いの様を眺めて居る、余は今まで自分の熱心に心が暗み、少しも気が附かなんだけれど、先刻から茲に居たのに違いない。

第八十七回 三日月形

 秀子が茲に来て居ようとはホンに思いも寄らなんだ、而も一々余の言葉を聞いて居たとは実に気の毒な次第である。
 アア分った、余が此の室の入口へ来た時に、中で何だか話して居る様な声がしたのは秀子であった、外から叩く戸の音に、余が来たとは知らぬから時介が遽てて次の室へ隠したのだ、爾して次の室で聞いて居ると余だと分った故、室の境まで出て来たが、其の身に関する大変な談話だから、出もならず去りもならず、立ちすくんで聞いて居たのだ。
 爾と知ったら余は最っと物柔かに云う所であった、最早妻にする事は出来ぬの、牢を出た身であるのと気色に障る様な言葉は吐かぬ所であった、斯様な言葉をのみ聞いて何れほどか辛く感じたであろう、定めし居|耐《たた》まらぬ想いをしたに違いない、いま物音をさせたのも余りの事に聞きかねて気絶しかけ、身の中心を失って蹌踉《よろめ》いた為ではあるまいか、何うも其の様な音であった。
 斯う思って見ると、秀子は全く身を支えかね、今や仆《たお》れんとする様である、其の顔色の青い事其の態度の力なげに見ゆる事は本統に痛々しい、仆れもせずに立って居られるが不思議である。
 秀子の眼は余の顔に注いで居るか権田時介の顔に注いで居るか、寧ろ二人の間の空間を見詰めて爾して目ばたきもせずに居る、アア早や半ば気絶して居るのだ、気が遠くなって、感じが身体から離れ掛けて居るのだ。
 余が斯う見て取ると同時に其の身体は横の方へ傾いて、宛も立木の倒れる様に、床の上へ※[#「※」は「てへん+堂」、156-上9]《どう》と仆れた、余は驚いて馳せ寄ったが、余よりも権田の方が早く、手を拡げて余を遮り「可けません、可けません、貴方は今自分の口で明らかに秀子を捨てて了いました、秀子の身体に手を触れる権利はないのです、介抱は私が仕ますから、退いてお出でなさい」嫉妬の所為だか将た発狂したのか権田は全く夢中の有様で、秀子を抱き起して一方の長椅子の上へ靠《もた》れさせた。
 見れば秀子は左の前額《ひたい》に少しばかり怪我をして血が浸《にじ》んで居る、仆れる拍子に何所かで打ったのであろう、余は手巾を取り出し、其の血を拭いて遣ろうとするに、之をも権田が引っ奪《たく》って自分で拭いて遣った、全く此の男の恋は野蛮人の恋であると、余は此の様に思いながら熟々と秀子の顔を見たが、真に断腸の想いとは此の事であろう、其の美しい事は今更云う迄もないが、美しさの外に、汚れに染まぬ清い高貴な所が有る、世に美人は幾等も有ろうが斯くまで清浄に見ゆる高貴な相は又と有るまい、顔を何の様に美しくするとも将た醜くするとも、此の何とのう高貴に感ぜられる所だけは取り除ける事も出来ず、附け添える事も出来ぬ、本統に心の底の清い泉から自然に湧いて溢れ出る無形の真清水とも云う可きである。
 或る人の説に相《そう》は心から出る者で、艱難が積れば自ら艱難の相が現れ悪事が心に満つれば、顔の醜美に拘わらず自ら悪相と為り、又善事にのみ心を委ね、一切の私慾を離れて唯良心の満足をのみ求めて居る人は、自ずから顔に高貴の相が出来、俳優《やくしゃ》も真似する事が出来ず画工も彫刻師も写す事の出来ぬ宏壮な優妙な所の備わって来ると云ってある、此の秀子の事が正しく其の宏壮な優妙な所の備わった者ではあるまいか、人を殺し牢を破る様な女が、私慾を離れて良心の満足を求めるなどとは余り不似合に思われもするけれど、何う見ても宏壮で爾して優妙である、悪心などは一点も現れて居ぬ。
 若し、一点だも此の顔に悪意悪心の認む可き所が有ったら、余は何れほど安心したかも知れぬが、唯一点も其の様の所のない為に全身を切り刻まれる様な想いがした、何うして此の女を思い切ることが出来よう、此の女の外には世に「清い」と云う可き者はない、罪あっても罪に染《そ》む顔でない、汚れても汚れはせぬ、之に悪人悪女の様に思うては罰が当るとは、殆ど空|畏《おそろ》しい程に思い、腹の底から「オオ秀子さん許して下さい、私は今と云う今、自分の不実、自分の愚かさを思い知りました」と我知らず打ち叫んで、再び権田を跳ね退けて、秀子の身に縋り附こうとすると、権田は猶も強情に遮って「丸部さん、今更何と後悔しても及びません、其の証拠には、コレ之を御覧なさい」と云いつつ、秀子の左手を取って、其の長い手袋を脱《はず》し爾して手首の所を露出《むきだし》にして余に示した、示されて余は見ぬ訳に行かぬ、見たも見たも歴々《ありあり》と見たのだが、是こそは秀子が生涯の秘密として今まで堅く人に隠して居た旧悪の証跡である、お浦が秘密を見届けたと叫んだも之であろう、高輪田長三が曾て夏子の墓の辺で秀子の手を取り争うて居たのも此の証跡を見ん為で有っただろう、証跡とは他ではない、お紺婆が臨終の苦痛に噛み附いたと云う歯の痕である、肉は死骸の口に残り、生涯不治の痕を遺したと幾度か人の話に聞いて居る、見れば全く骨までも達した者で、三日月形に肉が滅して最とも異様に癒え上って居る、余は二目と見る勇気がない、権田時介は余の顰《しか》む顔を見て「ソレネ、是が貴方と秀子とを離隔する遮欄《しゃらん》です、それに反して私は、之がなくば秀子を我が物とする事が出来なんだかと思い之を月下氷人とも崇め做すのです」と云いつつ其の手を取り上げて熱心に其の傷の所に接吻した、余はゾッと身の震うを制し得ぬ。

第八十八回 逃れる工夫を

 三日月形の創の痕を甞め廻して、権田は聊か心が沈着《おちつ》いたのか、余り気狂いじみた様子も見えなくなった、静かに秀子の其の創の手を弄ぶ様にして居る、爾して彼は説き明かす口調で「丸部さん、私がアノ顔形の復写を何うしたとお思いです、直ぐに私は無名で以て秀子に送り届けました、定めし秀子は驚いたでしょうが、驚かせるのが私の目的です、驚かせて遣らねば秀子は私の許へ来ませんもの」是だけ云って余の顔を見、余が聞き入って居るを見届けて「イヤ全くですよ、秀子は近来、貴方にさえ保護されれば此の世に少しも恐い者はないと思ったか、私へ対しての振舞いが甚く冷淡に成りました。用事の有る時は相談も仕ますけれど、不断は殆ど捨てて顧みぬ有様です、併し私はそう冷淡に取り扱わる可き筈で無い、秀子の為に命の親とも云うべき者です、夫だから何うか此の家へ呼び寄せて悠《ゆっく》り諭し度いと思い、色々考えて見ましたが、夫には顔形を以て威かすに限る、無名で以てアノ顔形を送りさえすれば、秀子は自分の身の弱点を思い出し、此の秘密が消えぬ以上は何うしても権田時介の保護を離れる訳に行かぬと思い、且は顔形の送り主が何者であるか之に対して何の様な処分をすれば宜いか此の辺の相談に必ず私の許へ馳け付けて来よう、来れば何の様な話でも出来ると私は斯う思いました、斯う思って此の通りに仕た所、果して秀子は私の所へ遣って来て纔《わず》かに話を始めた所へ又貴方が来たのです、貴方の為に肝腎の話を妨げられたは遺憾でしたが、イヤナニ今思えば結句幸いになりましたよ、貴方の口から秀子を妻にする事は出来ぬとの一言を私が聞いたのみならず確かに秀子も聞きました、御存じの通り秀子は仲々気位の高い女ですから、アノ一言を聞いた以上は決して貴方の妻には成りません、此の後貴方が何の様に詫びたとて無益な事です」
 余は殆ど死刑の宣告を聞く様な気持がした。余の一言を秀子が此の様に怒るだろうか、怒って何の様な詫びにも心が解けぬ事になるだろうか、斯う思うと実に心細い、今現に目の前に秀子の美しい顔と、其の気絶した傷々しい様とを見て、此の女から生涯疎まれる事に成るかと思うと殆ど一世界を失う様な心地がする、エエ残念、残念と思うに連れ、秀子の犯した罪さえも、何だか左程咎めるに足らぬ様な気がして、腹の中で其の軽重を計って見ると、決して悪意でお紺婆を殺した訳では有るまい、善悪の区別も未だ充分には呑み込めぬ我儘盛りの年頃で、甚く心の動く事が有って我知らず殺すに至ったとすれば随分其の罪を赦しても宜い、殊に其の罪の為に死刑、終身刑の宣告まで受け、牢の中に憂月日を送ったとすれば既に罪だけを償った者では有るまいか、況《ま》してや死人と為って、生まれ変って来て見れば、全く別人の様な者で、前身の輪田夏子の罪の為に、後身の松谷秀子が生涯罪人の様に見做さるるは、視做す方が余り邪慳だ、決して慈悲ある人間の道では無いと、一方から此の様な気が込み上げて来れば又一方からは、幼い時から家庭、学庭、境遇、口碑などに仕込まれた是非善悪の本念が湧き起り、何が何でも罪人を敬愛する道はないと思い、余が心の裡は殆ど火水の戦争である。
 其のうちに秀子は気が附いて、徐ろに目を開き、第一に硝燈の光を見、次に室中を見、権田時介を見、最後に余の顔を見た、幸い手の古傷は権田が既に包み直した後で有った為自ら見なんだ、見廻す中に今までの事を思い出したか、小児の様な力無げな口調で「貴方がたお両人が喧嘩でも成さるかと気遣って茲の境に立って居るうち、アア気絶したと見えますよ。此の様な心弱い事では仕方がないけれど、此の頃苦労な事ばかり引き続いた者ですから」と自分の気絶を詫びる様に云うた。余は茲ぞと思い「ナニ秀子さん最う何の様な苦労が有ろうと心配に及びません、私が附いて居ますから」と云い、権田を推し退けて其の傍に近づくと、何の気力も為さ相に見えた秀子は、殆ど電気に打たれた様に身を起し、腹立たしげ恨めしげに余の顔を見詰めて「再び私の身にお障り成さるな、私は輪田夏子です」と最と苦い言葉を吐いた、如何にも権田の云った通り、気位の高い女で、痛く余の言葉を気に障え、再び余とは交わらぬ程に思って居ると見える、余は憐れむ可き有様と他人が見たら言い相な有様と為り必死の声を絞って「秀子さん、秀子さん、お腹も立ちましょうが其の様に云わずと過ぎ去った昔の事は全然《すっか》り忘れて――」秀子「ハイ貴方と一旦お近づきに成った事まで忘れましょう、最う茲に居る用は有りません、丸部さん、貴方にはおさらば[#「おさらば」に傍点]です、爾して権田さん貴方には又お目に掛ります」両人へ別様に挨拶して、未だ定まり兼ねる足を蹈みしめ早や此の室を立ち去ろうとする様子である、余は熱心に「イヤ秀子さん、茲を立ち去る前に何とか無事の地へ逃れる丈の工風を相談して定めませねば」余は秀子が明日にも探偵森主水の為に捕縛されるだろうとの念が有る為に斯う云うた、全く何処か無事の地へ、縦しや当分の間なりとも逃して置く外はない、秀子は此の声に又|一入《ひとしお》腹を立つ様に、余に振り向いて「逃れるとは何を逃れるのです、罪もないのに」余「イヤ、探偵森主水が貴女を捕縛する許りに成って居るのをヤット私が二日だけ猶予を請うたのです、二日の間に私は貴女の清浄潔白な証拠か証人かを得る為に巴里へ行き、今帰る所ですが、既にお聞きの通り其の目的を達せずに来たのですから、茲で三人の智恵を以て、何うか当分の貴女の身の隠れ場所及び其の方法を定めねば」余の言葉の未だ終らぬに戸の外から「イヤ二日の猶予は既に切れたのですから其の相談の無益と云う事をお知らせに、ハイ此の森主水が参りました」と云って此の室へ這入って来る者が有る、見れば確かに、先刻忍び提灯で此の家の門札を読んで居た怪しい男である、是が森主水であったとは驚いた。

第八十九回 呼吸の根

 探偵森主水は何しに来た、松谷秀子を捕縛に来た、エエ、彼の来るのが今半時も遅かったなら、余は充分秀子を逃す丈の手続きを運んだ者を、其の相談の未だ定まらぬ中に遣って来たとは、其所が探偵の機敏な所とは云え折も折、時も時だ、実に余は驚いた、余のみでない権田時介も驚いた、松谷秀子も驚いた、暫し三人で顔見合わす許りである。
 一人驚かぬは森主水だ、彼は先にも記した通り大きな眼鏡を掛け、自分の面相を変えては居るが三人の驚く様を平気で見て憎らしいほど落ち着いて、徐ろに其の眼鏡を取り外し、冷かに笑って「アハハハ、此の眼鏡が大層役に立ちました、是がなければ丸部さん此の門口で貴方に気附かれる所でしたよ、実は此の婦人が」と云いつつ秀子の方を目で指して「幽霊塔を出る様子ゆえ、或いは世に云う風を喰って逃げ出すのでは有るまいかと、姿を変えて後を尾けて来たのですが、イヤ逃げ出す為ではなかったけれど、尾けて来た甲斐は有りましたよ、何も彼も戸の外で立ち聴きして、今まで合点の行かぬと思ったことも皆合点が行きました、全体立ち聴きと云う奴は余り気持の好い者でなく、又、余り安心して居られぬ仕事でも有りませんけれど、此の様な功能があるから、此の職業では用いずに居られません、丸部さん、丸部さん、貴方も口ほどには信用の出来ぬ方ですねえ、決して松谷秀子を逃さぬと私へ固く保証し、其の保証の為に二日間の猶予を得て置いて爾して御自分が先に立って秀子を無事の地に逃れさせる議を持ち出すなどとは、併しナニ茲が痴情の然らしむる所でしょう、私としても貴方の地位に立てば貴方と同様のことを目論むかも知れませんから先ア深くは咎めますまい、兎も角も貴方の其の目論見を妨げて、貴方が法律上の罪人に成るのを喰い止めたのは何よりも幸いです、他日貴方も痴情が醒め、静かに考え廻して見れば実に好い所へ森主水が来て邪魔して呉れた、彼が来なくば全く罪人を逃亡させる容易ならぬ罪に触れる所で有ったと御自分で私を有難くお思いなさる、ハイ夫は必ずですよ」
 自問自答の様に述べ終って、更に容儀を正して爾して秀子の方へ振り向いた、此の時まで余は唯呆気に取られ殆ど茫然として居たが、彼が容儀を正すを見て、初めて真成に秀子の身の危険な事を暁《さと》った、彼は容儀の改まると共に、全く厳めしい法律の手先と云う威厳が備わり、何となく近づき難い所が現われた、権田時介も余と同様に、此の時初めて秀子の危険を知り、容易ならぬ場合と思ったか、電光の様に余に目配せした、余も同じく目配せした、目配せの中には暗々《やみやみ》秀子を渡して成る者かと云う意味が籠り充分互いに通じて居る。
 森主水は秀子に向かって「モシ、輪田夏子さん綽名《あだな》松谷秀子嬢、貴女を茲で捕縛するは私の最も辛く思う所ですが、私情の為に公の職務を怠る訳には行きません、養父丸部朝夫に対し毒害を試みた嫌疑の為に、貴女は唯今から私の捕縛を受けた者とお心得なさい」丁寧な言葉では有るけれど、其の意味は「御用だぞ、神妙にせよ」と叱り附けるのと少しも違いはない。
 アア養母殺しの輪田夏子、死刑終身刑の宣告を受け、首尾よく牢を脱け出だして松谷秀子と生まれ代わり今は又養父殺しの罪に捕わる、業か因果か、無実の罪か抑《そもそ》も又|覿面《てきめん》の天罰か。
 余と権田とは再び眼を見交わせた、船を同じくして敵に合わば呉越も兄弟、今まで競い争うた恋の敵も、秀子捕縛の声の為には忽ち兄弟の様に成って、言い合わせる暇もないが、早くも二人の間に分業の課が定まり、時介は飛鳥の様に室の入口に飛んで行き、其の戸に堅く錠を卸し、猶念の為にと自分で戸を守って居る、此の心は探偵を其の室から此のままは帰さぬ積りであろう、余も其の呼吸に少しも後れず、直ちに後ろから森主水に飛び附いて、抱きすくめ、爾して其の顎をば拉《ひし》げるほどにしめ附けた、之は声を立てさせぬ用心である。此の様な事には余の大力が最も適して居る、権田とても随分頑丈な男では有るが、荒仕事に掛けては大力の評判の有る余に及ぶ筈はない、彼自らそうと知って其の身は戸を守る役を勤め荒仕事を余に振り分けたは当意即妙と賞めても好い、探偵は余の手の内で悶くけれども宛も悪戯児供の手に掛かった人形の様である、グーの音も出る事でない、権田は此の様を見て「好く遣った、其の手を少しでもお弛め成さるな、探偵などと云う者は得て呼子の笛を鳴らします、其の笛を鳴らしたら、万事|休焉《きゅうす》です、今に私が呼吸の根を止める道具を持って来ますから」と云って次の室へ退いた。

第九十回 鸚鵡返し

 探偵森主水の呼吸の根を止めると云って、権田時介は何の様な道具を持って来る積りか知らん、次の室へ這入って了った。まさかに探偵の息の根を本統に止める訳には行かぬ、余には余だけの考えがある。
 けれど森主水は必死の場合と思ったか、時介の恐ろしい言葉を聞いて益々悶掻き始めた、余は実に気の毒に堪えぬ、然り余の心には充分の慈悲があるけれど余の手先には少しも慈悲がない、彼が悶掻けば悶掻くだけ益々しめ附ける許りである、此の様を見兼ねたか、松谷秀子は青い顔で余の前に立ち「此の方が幽霊塔で私の挙動を見張って居た探偵ですか、若しそうならば何うか其の様な手荒な事を仕て下さるな、私の為に人一人を苦しめるとは非道です、私は捕縛せられようと、何うされようと最う少しも構いません」健げなる言い分では有るけれど余は唯「ナアニ」と云って聞き流した、思えば実に邪慳な乱暴な振舞いでは有る、余は自分で自分が非常な悪人に成った様に感じた、若し他人が女の為に探偵を此の様な目に逢わせたならば余は其の人を何と云うであろう、決して紳士と崇めは仕まい、それもこれも皆秀子の為だから仕方がない。
 其の中に時介は次の間から出て来た、見れば四五人の人を捕縛しても余る程の長い麻繩と、白木綿の切れとを持って居る、彼は縛った上で猿轡を食《は》ませて置く積りと見える、余の了見とても詰りそれに外ならぬ、唯秀子を無事に落ち延びさせる迄此の探偵の手足の自由を奪い、爾して声を出させぬ様に仕て置けば宜いのだ、時介は余に向かい「丸部さん、少しも手を弛めては了ません、足の方から私が縛りますから、ナニ私は水夫から習って繩を結ぶ術を心得て居りますよ、私の結んだ繩は容易に解ける事では有りません」と云い早や探偵の両足を取り、グルグル巻に巻きしめて縛り始めた。
 森主水は幾等悶掻いても到底余の力には叶わぬと断念《あきら》めたか悶掻く事は止めた、其の代わり彼の眼には容易ならぬ怒りの色を浮かべ、余の顔を睨み詰めた、人を睨み殺す事の出来る者なら余は此の時睨み殺されたに違いない、たとい決心はして居る身でも、斯う睨まれては余り宜い心地はせぬ、何とか、言葉だけででも慰めて遣り度い、余「森さん、森さん、恨めしくも有りましょうけれど、ナニ全く貴方の為ですから我慢なさい、今此の通り貴方の自由を奪わねば、貴方は罪のない秀子を捕縛し、職務上の失策として後々まで人に笑われますよ、先刻貴方は好意を以て、私が罪人を助ける罪を妨げて遣るのだと仰有ったが、今は其のお礼です、私も厚意を以て、貴方の職務上の大失策を妨げて上げるのです、ナニ秀子が無事に落ち延びて、貴方の手の届かぬ所へ行けば、直ぐに貴方を解いて上げます、其の時には解いたとて貴方が失策をする種が有りませんから」と殆ど鸚鵡返しの様に云うた、彼の心が此の言葉に解けたか否やは判然せぬ。
 彼は物言いたげに口を動かそうとするけれど、其の顎をしめ附けて居る余の手が少しも弛まぬから如何ともする事が出来ぬ、唯犬の唸る様な呻き声を発する許りだ、秀子は此の様を見、此の声を聞き「丸部さん、何うあっても其の方を許して上げぬのですか」と云い、更に権田時介に向かい「貴方は紳士の名に背く様な卑怯な振舞いはせぬと先刻も仰有ったでは有りませんか、此の様な振舞いが何で卑怯で有りませんか、何で紳士の名に負《そむ》きませんか、私の名を傷つけまいと思うなら、何うか其の繩をお捨てなさい」権田も一様に聞き流して、早や腰から手から首の所まで、宛も簀巻《すまき》の様に森主水を縛って了い、最後に猿轡をまで食ませ終った、権田「サア丸部さん是ならば呼吸の根を止めたのも同様です、次の間へ運んで暫く押入れの中へ投げ込んで置きましょう」言葉に応じて余は彼の首を、権田は彼の足の方を、双方から捕えて舁ぎ上げ、次の間へ運んで行き、瓦礫《がらくた》道具でも扱う様に押入れの中へ投げ込んで戸を閉じた。

第九十一回 真に烈女

 手も足も首も胴も、長い繩でグルグル巻に巻き縛られては、幾等機敏な森主水でも如何ともする事は出来ぬ、余と権田とに舁ぎ上げられ、手もなく次の室へ運ばれて押入れへ投げ込まれたは、実に見じめな有様である。
 余は彼を次の室へ運びつつも、秀子が何の様に思うて居るかと、横目で其の様を見たが、秀子は青い顔を益々青くし、唇を噛みしめて、爾して一方の壁に靠《もた》れ、眼は只室内を見詰めて居る、全く心中に容易ならぬ苦しみが有って、非常の決心を呼び起こそうとして居るのだ、或いは自殺でもする気では有るまいか。
 之を見ると実に可哀相である、世間の娘達は、猶だ是位の年頃では浮世に艱難の有る事を知らず、芝居や夜会や衣服や飾物に夢中と為って騒いで居るのに、如何なれば此の秀子は牢にも入り死人とも為り、聞くも恐ろしい様な境涯にのみ入るのであろう、犯せる罪の為、心柄の為とは云う者の、斯くまで苦しき思いをすれば大抵の罪は亡ぶる筈だ、最う既に亡び盡して清浄無垢の履歴の人より猶一層清浄に成って居るかも知れぬ。
 此の様に思いつつ元の室へ出て来ようとすると権田は背後から余を引き止め「お待ちなさい、茲で相談を極めて置く事が有ります」余「エ茲で、茲では森主水に聞かれますが」権田「構いません、爾ほど秘密のことではなく、殊に秀子の前では言いにくい事柄ですから」余「では聞きましょう、何の相談です」権田は今探偵を投げ込んだ其の押入れの直ぐ前に立ったまま「是から秀子を逃がすとしても、只一人で逃がす訳にも行かず、貴方か私か随いて行って、愈々之で無難と見届けの附く迄は一身を以て保護して遣らねば成りませんが、其の任は何方が引き受けます、貴方ですか、私ですか」
 余は縦しや秀子を我が妻には為し得ぬ迄も、永く後々まで有難い人だと秀子の心に善く思われたい、茲で保護の役を引き受ければ外の事は兎も角も充分恩を被せる事が出来るから、少しも躊躇せず「夫は無論私が勤めます、貴方は弁護士と云う繁忙な身分ですから」権田「イヤお為ごかしは御免です、職業などは捨てても構わない決心です」余「そう仰有れば私の方は命でも捨てて宜い決心ですが」権田「イヤ斯う争えば果てしがない、寧その事、秀子に選ばせる事に仕ましょう、選ばせるとは聊か心細い手段では有るけれど仕方がない」余「宜しい」と云って承知し、二人で元の室へ帰って見た。
 オヤオヤ何時の間にか肝腎の秀子が、居なくなって居る、察するに秀子は、今し方唇を噛みしめて非常な決心を呼び起こそうと仕て居る様に見えたが、全く決心が定まって何処へか立ち去った者と見える、錠を卸して有った入口の戸が明け放されて居る、兼ねて権田が、何時でも自分の室へ随意に出入りの出来る様に合鍵を渡してある事も之で分る、余「オヤオヤ若し自殺でもする積りで馳け出したのでは有るまいか」権田「馳け出したには相違ないが自殺の為では有りません、自殺する様な気の弱い女なら今までに自殺して居ます、深く自分に信ずる所が有って、其の所信を貫く為に牢まで出たほどの女ですもの、容易に自殺などしますものか」余「兎に角も其の後を追い掛けねば」権田「お待ちなさい。何でも是から何処かへ身を隠す積りでしょうが、非常に用心深い気質ですから、後で人に見られて悪い様な書類や品物を焼き捨てる為に幽霊塔へ引き返したに違い有りません」余「では私は直ぐに幽霊塔へ帰ります、兎に角、停車場まで行って見ます」
 早や立ち上ろうとすると権田は又も引き留めて「ナニ幽霊塔へ行ったなら、此の通り森主水を押さえて有るから秀子が直ぐに捕縛される恐れはなく、猶だ一日や二日は安心です、緩々私と相談を極めた上でお帰りなさい」余「左様さ愈々幽霊塔へ行ったのなら一時間や二時間を争う訳では有りませんが、若し幽霊塔へ行かずに直ぐに出奔したなら大変です、兎に角停車場まで行き、見届けて来るとしましょう」権田「ではそう成さい、ですが、若し停車場で秀子に逢っても貴方が一緒に幽霊塔へ帰っては了ませんよ、唯秀子に、猶二三日は大丈夫だから落ち着いて幽霊塔に居ろ、其のうちに安全な道を開いて遣るからと斯う云って安心させ、爾して此の家へ引き返してお出でなさい」成るほど是が尤もな思案である、余と権田との間に、未だ少しも相談の極まった所がないから、最う一度引き返して来べきである。「宜しい、好く分りました」との一語を残して余は直ぐにパヂントンの停車場へ馳せ附けたが、生憎塔の村へ行く汽車の出る所だ、一髪の事で余は後《おく》れたのだ、ハテな秀子が此の汽車へ乗ったか乗らぬかと気遣いつつ其の汽車を見て居ると、一等室の窓からチラリと秀子の姿が見えた、さては全く幽霊塔へ帰るのだナと是だけは先ず安心し、次の汽車は何時かと時間表を検めると今のが真夜中の汽車で、次のは午前一時半の終列車だ、猶だ一時間半だけは権田と相談する事が出来ると、気を落ち着けて、茲で電報を認め、秀子へ向けて兎も角も一二日は安心だから余の帰るまで幽霊塔を去る勿れとの文意を送り、爾して約の如く又権田の許へ引き返した、全体権田が何の様な事を云う積りだか、聞き度くも有り聞き度くもなしだ。
 権田はイヤに落ち着いて煙草を燻らせて居たが、余から停車場での事柄を聞き取り終わって「ソレ御覧なさい、私の云うた通りです、秀子のする事は自分の事の様に私の心へ分ります」余「其の様な自慢話は聞くに及びません、早く相談の次第を」権田「云いますとも、サア此の通り私には秀子の心が分って居るに附いて、有体に打ち明ければ、イヤお驚き成さるなよ、残念ながら秀子の心は少しも私へ属せず深く貴方へ属して居るのです」恋の敵から斯様な白状を聞くは聊か意外では有るけれど余は当り前よと云う風で「夫が何うしたのです」権田「全くの所、秀子が先刻気絶したのも貴方に自分の旧悪を知られ、貴方が到底此の女を妻には出来ぬと断言した為、絶望して茲に至ったのですけれど、お聞きなさい、貴方は到底秀子に愛せられる資格はない、既に旧悪の為愛想を盡したのだから、エ爾でしょう、夫に反して此の権田時介は先刻も云った通り少しも旧悪に愛想を盡さぬのみか、其の旧悪をすら信じては居ぬのです」余「エ、旧悪を信ぜぬとは」権田「詳しく云えば秀子は人殺しの罪は愚か何等の罪をも犯した事のない清浄潔白の女です」余「何と仰有る、裁判まで受けたのに」権田「其の裁判が全く間違いで、外に本統の罪人が有るのに周囲の事情に誤られて、無実の秀子を罰したのだから、夫で私が秀子を憐れむのです。否寧ろ尊敬するのです、秀子は真の烈女ですよ」

第九十二回 貴方は人間

「秀子が清浄、秀子が潔白」余は思わず知らず声を立て、跳ね起きて室中を飛び廻った、真に秀子を何の罪をも犯した事無く、唯間違った裁判の為牢に入れられたとすれば少しも秀子を疎んず可き所は無い、寧ろ憐れむ可く愛す可く尊敬す可きだ、権田の云う通り全くの烈女である、世にも稀なる傑女である。
 とは云え意外千万とは此の事である、如何に裁判には間違いが多いとは云え何の罪をも犯さぬ者が、人殺しの罪人として、罪人ならぬ証拠が立たず、宣告せられ処刑せられる様な怪しからぬ間違いがあるだろうか、余りと云えば受け取り難い話である。
 若しも秀子の人柄を知らずして此の様な話を聞けば余は一も二も無く嘲り笑って斥ける所である、今の世の裁判に其の様な不都合が有る者かと誰でも思うに違い無いけれど、秀子の人柄を知って居るだけに、そう斥ける事が出来ぬ、何う見ても秀子は罪など犯す質では無く、其の顔容、其の振舞い見れば見るほど清くして殆ど超凡脱俗とも云い度い所がある、此の様な稀世の婦人が何で賤しい罪などを犯す者か。
 余が初めて秀子の犯罪をポール・レペル先生から聞いた時、何れほど之を信ずるに躊躇したかは読者の知って居る所である、余は顔形の証拠に圧倒せられ、止むを得ず信じはしたが、決して心服して信じたでは無い、夫だから信ずる中にも心底に猶不信な所があって動《やや》ともすれば我が心が根本から、覆《くつがえ》り相にグラついた、其の故は外で無い、唯秀子其の人の何の所にか、到底罪人と信ず可からざる明烱々《めいけいけい》の光が有って、包むにも包まれず打ち消すにも打ち消されぬ如く感ぜられる為で有る。
 爾れば意外であるけれど、其の意外は決して、罪人と聞いた時の意外の様に我が心に融解し難い意外では無い、罪人と聞いた時には余は清き水が油を受けた様に心の底から嫌悪と云う厭な気持が湧き起こって、真に嘔吐を催す様な感じがした、決して我が心に馴染まなんだ、今度は全く之に反し、一道の春光が暖かに心中に溶け入って、意外の為に全身が浮き上る様に思った、極めて身に馴染む意外である、此の様な意外なら幾等でも持って来いだ、多ければ多いだけ好い、縦しや信じまいとした所で信ぜぬ訳に行かぬ、心が之を信ぜぬ前に早や魂魄が其の方へ傾いて、全く爾に違い無いと思って了った。
「エ、貴方は真に其の事を知って居ますか」とは余が第一に発した言葉である、権田「知って居ますとも、今では其の犯罪人が秀子で無い、此の通り外に有るのだと証明する事が出来ます、貴方に向かっても世間へ向かっても、法律に向かっても立派に証拠が見せられるのです、其の証拠を見せるのも、見せぬのも別言すれば罪人が外に在るなと証明するも証明せぬも、単に私の心一つですと云い度いが、実は丸部さん貴方の心一つですよ」余「エ、エ、貴方は、其の様な証拠を握って居ながら、今までそれを証明せずに秀子を苦しませて置いたのですか、全体貴方は人間ですか」と余は目の球を露き出して問い返した。
 権田「イヤ先ア、そう遽て成さるな、決して知り乍ら故と証明せずに居た訳では無い、纔かに此の頃に至って其の証拠を得たのです、尤も私は秀子の件イヤ輪田夏子の件を弁護した当人ですから其の当時幾度も秀子即ち夏子の口から全く此の人殺しは自分で無いとの言葉を聞き大方其の言葉を信じました、信ずればこそ一生懸命に肩を入れ充分弁護しましたけれど、如何せん其の時は総ての事情が秀子に指さして居る様に見え、私も反対の証拠を上げ得なんだ者ですから、弁護も全く無功に帰し、秀子即ち夏子は殺人の刑名を受けましたけれど、其の時私は秀子に向かい、真に貴女が殺さぬ者なら、遅かれ早かれ終には誠の罪人の現われ、何所にか其の証拠が有りましょうから、貴女が牢に入って居る間に私が其の証拠を捜しますと受け合い、秀子も亦、甘んじて此の乱暴な裁判に服する事は出来ぬから、何の様な事をしてなりと牢を抜け出で、盡くすだけの手を盡くして、縦んば唯の一人なりとも此の世に輪田夏子は殺人の罪人でないと信ずる人の出来る様にせねば置かぬ、此の目的の為には自分の生涯を費やす覚悟だと殆ど眼に朱を注いで私へ語りました、即ち秀子が牢を脱け出たも其の結果です、牢に居ねばならぬ義務の有るのに牢を抜け出る世間の脱獄者とは聊か違うのです、牢に居る可き筈がないのに唯法律の暴力の為に圧せられて、止むを得ず牢に居るから及ぶ丈の力を以て其の暴力の範囲から脱け出たのです、脱け出て後も、今日まで全力を其の目的の為に注いで居たのでしょう」
 是で見れば秀子が密旨と云ったのも多分は其の辺に在ったであろう、尤もそれだけとしては猶多少合点の行かぬ所も有りはするけれど、兎に角大体の筋道だけは分った、余は殆ど目の覚めた気持がする。

第九十三回 そこが相談

 余は何も彼も打ち忘れて喜んだ、「成るほど権田さん、アノ裁判は間違いに違いない、秀子が人殺しなど云う憎む可き罪を犯す女でない事は誰の目にも分って居ますよ」権田は嘲笑って「爾ですか、誰の目にも分って居りますか、実に貴方は感心ですよ、自分の妻と約束までした女を、ポール・レペル先生から人殺しの罪人だと聞けば直ぐに其の気になり、今又私から罪人でないと聞けば、何の証拠も見ぬうちに又成るほどと合点成さる、実に暁《さと》りが早いですネエ」余は殆ど赤面はしたけれど「ハイ証拠を見ずとも是ばかりは信じます、秀子の容貌、秀子の振舞いなどが百の証拠より優って居ます」
 斯う云い切って更に考え見れば、唯喜んでのみ居る可き場合でない、愈々其の様な清浄無垢の女なら早く其の清浄無垢が世に分る様に取り計って遣らねばならぬ、余「イヤ権田さん、私が軽々しく有罪と信じ又無罪と信ずる反覆は如何にも可笑しいでしょう、之は何の様な嘲りでも甘受しますが、夫よりも先に其の秀子の清浄な証拠と云うのを世に示そうでは有りませんか、世に示して秀子の濡衣を乾して遣りましょう」権田は何故か返事をせぬ、余は迫き込んで「エ、権田さん、二人で声の続く限り世間へ対して叫ぼうでは有りませんか、殊に秀子は今既に養父殺しと云う二度目の恐ろしい嫌疑をさえ受けて居りますから、差し当りアノ森主水にも其の証拠を示し秀子が少しも罪など犯す汚れた履歴でない事を知らせ、此の差し掛かった厄難を払って爾して取り敢えず秀子の身を安泰にして遣りましょう、サア其の証拠は何所に在ります茲へお出しなさい、サア茲へ」
 権田は重々しく落ち着いて「其所が即ち相談です、貴方と私との間に確たる相談の極った上でなくては」余「相談は極ったも同じ事です、私は何の様な相談にでも応じますよ」権田「そう早まらずと、静かに私の言葉からお聞き成さい、第一貴方は秀子を救い度いと断言しますか」余は燥《いら》って「何で其の様な余計な事をお問い成さる、秀子を救わずに何としましょう」権田「所が之を救うには余ほどの決心が要るのですよ、非常に辛い事を耐えねば可けませんよ」余「何の様な事でも平気で耐えます」権田「宜しい、其の一言を聞けば安心して言いますが、秀子を救うには、是から貴方は幽霊塔に帰り、秀子に向かって明らかに宣告成さい、和女《そなた》は人殺しの罪に汚れた身で到底此の丸部道九郎の妻には出来ぬのみか此の家へ置くも汚らわしいから用意の出来次第に此の家を立ち去って呉れと」余「エ、夫は何の事です」権田「何の事でもない、秀子を救う第一着の準備です」
 奇怪な事を云う者かな、罪人でない者に、罪人と言い聞けるが濡衣を乾す準備とは真に有られもない言い種である、余「何で其の様な事が準備です」
 権田「そう云わねば、秀子が貴方へ愛想を盡さぬのです、先刻既に貴方へ愛想を盡した様に見えましたけれど、アレは真正に愛想を盡したのではなく、一時腹を立てたのです、貴方を恨んだのです、恨むとか腹を立てるとか云うのは猶だ充分貴方を愛して居る証拠で、愛想を盡すときと余ほどの違いです、真に愛想を盡したなら恨みもせず怒りもせず、只賤しんで、最早取るにも足らぬ男だと全く貴方を度外に置くのです、貴方は真に秀子を救い度いなら、此の通り度外に置かれる事になる様にお仕向けなさい」余「ダッテ権田さん秀子はアノ通り心の堅固な女ですから一旦私に愛想を盡せば、縦しや其の身が救われた後と成っても、決して其の盡した愛想を回復することは有りません、生涯私を度外に置きますが」
 権田「無論です、生涯貴方を度外に置き、秀子の眼中に全く丸部道九郎と云う男のない様に成らねば救うことは出来ません」
 此の様な奇怪な言い分が世に有ろうか、世は唯呆気に取られ「権田さん貴方の言う事は少しも私に分りません、何で秀子が生涯私を賤しむ様にならねば其の濡衣を乾す事が出来ませんか。其の様な其の様な理由は何所に在ります、夫も明白に説き明かし、私の心へ成るほど合点の行く様に言い立てねば、私は遺憾ながら貴方を狂人と認めます、貴方の言葉は少しも辻褄が合わず全く狂人の囈語《たわごと》です」権田は怒る様子もなく「左様さ、狂人の囈語なら少しも貴方へお気の毒な思いは致しませんが、狂人の囈語でなく、全く此の外に秀子を救う道がないから残念です」余「とは何故です、何故です」
 権田「一口に申せば、貴方へ心底から愛想を盡さぬ以上は、秀子は決して此の権田時介の妻に成りません、時介の妻にならねば、時介は決して救うて遣る事は出来ません。持って居る証拠を握り潰します、ハイ是は最う男子の一言で断言します、是でお分りに成りましたか」アア彼の言葉は全く嫉妬に狂する鬼の言葉だ。

第九十四回 血を吐く思い

 人が井戸の中に落ち込んで居るを見て、誰か救うて遣り度いと思わぬ人が有ろうか、人が無実の濡衣に苦しんで居るのを見て、誰か其の濡衣を乾して遣り度いと思わぬ者が有ろうか、若し有れば其の人は鬼である。
 況《ま》して其の濡衣たるや養母殺し養父殺しと云う大罪で其の人は自分の愛し憐れみ尊敬する女である、其の女を大罪大嫌疑から救い出すのに、自分の妻に成らねば厭だとは是が人間の言葉で有ろうか、余は暫し呆れて権田時介の顔を見詰めて、殆ど一語も発する事が出来なんだが、彼も余の言葉を聞く迄はと云う風で一語を発せぬ。何時まで黙って居たとて果てしが無いから余は竟《つい》に「権田さん貴方の云う事は余り甚いでは有りませんか、秀子が自分の妻に成らねば救うて遣る事は出来ぬなどと」権田「左様さ、或いは甚いかも知れませんけれど、是は他人から評す可きで貴方から評せらる可き事柄では有りません」余「何んで」権田「其の甚さは貴方とても同じ事ですもの、貴方とても仔細に心の裡を解剖して見れば矢張り自分の妻にせねば救わぬと云うに帰するでは有りませんか」余「ナアニ私は其の様な卑劣な了見では――」権田「其の様な卑劣な了見ではないとならば、直ちに幽霊塔へかえり、私の申す通り、秀子に心底から愛想を盡される様にお仕向け成さい、貴方が秀子に愛想を盡させさえせば秀子は終に私の妻、サア私の妻に極まりさえせば三日と経ぬうちに其の汚名は消えますから」余「だって夫は」権田「だって夫はと云う其の心が即ち私と同じ心では有りませんか、秀子を救うて自分の妻に仕たい、縦しや救うにも自分の妻にせねば詰らぬと斯う云うに帰着します、自分の妻にせねば救わぬと云う私の心と何の違いが有りますか、若し違うとならば茲で明らかに私に向かい、秀子を妻にせずとも宜いから何うか汚名だけ助けて呉れと何故斯う仰有いません」
 なるほど斯う云われて見れば、余の心とても権田の心と大した違いはないか知らん、妻にせずして唯救うだけでは何だか飽き足らぬ所が有る、エエ余自らも人と云われぬ鬼心に成ったのか、茲で全く秀子を思い切り、秀子に生涯の愛想を盡される様にして爾して秀子の助かる道を開かねば成るまいか、折角清浄無垢の尊敬す可き女と分った所で、直ちに愛想を盡される仕向けをせねば成らぬとは余り残念な次第では有るが、之を残念と思うだけ余の心も権田の鬼心に近づくか知らん、残念残念、何とも譬え様のない残念な場合に迫ったものだと身を掻きむしる程に思うけれど仕方がない、「権田さん貴方の言葉は実に無慈悲な論理です」権田「貴方の言葉もサ」
 余は太い溜息を吐いて「権田さん、権田さん、私が若し茲で、何うしても生涯秀子に愛想を盡される様な其の様な仕向けは出来ませんと言い切れば何と成さいます」権田「爾言い切れば何とも致しませんよ、私は貴方の様に何時までも女々しく未練らしくするは嫌ですから、夫なら御随意に婚礼成さい、お目出度うと云って祝詞を述べてお分れにする許りです」余「夫で貴方は満足が出来ますか」権田「出来ますよ、恋には負けても復讐には勝ちますから、ハイ恋は一時の負、復讐は生涯の勝」余「復讐とは何の様な」
 権田「貴方と秀子と婚礼するのが即ち復讐に成りますよ、先ア能くお考えなさい、貴方が秀子を妻に仕ましょう、貴方は秀子を潔白な女と思っても世間では爾は思いません、何時何人の手に依ってアノ顔形が世間に洩れ今の丸部夫人は昔養母殺しで有罪の裁判を経た輪田夏子だと世間の人が承知する事に成るかも知れず、イヤ縦し顔形は現われぬとしても探偵森主水の口から夫だけの事が直ぐに公の筋へ伝わります、秀子は無論此の国に居る事が出来ず貴方と共に此の国此の社会と交通のない他国の果てへ逃げて行く一方です、逃げて行っても何時逮捕せられるか一刻も安心と云う事がなく風の音雨の声にもビクビクして、三年と経たぬうちに年が寄ります、早く衰えて此の世の楽しみと云う事を知らぬ身に成って了います、爾して貴方に対しても妻らしい嬉しげな笑顔は絶えてなく夜になると恐ろしい夢に魘《うな》され、眠って居て叫び声を発する様な憐れな境界に成るは必定です、此の様な事に成って夫婦の幸いが何所に有りましょう、爾して貴方は此の妻が少しも斯様に世間や物事を恐れるに及ばぬ身だと知って居ながら少しも夫を証明する事は出来ず、少しも妻の苦痛を軽くする事は出来ず、アノ権田の妻に仕て置いたなら女傑とも烈女とも云われ充分尊敬せられて世を渡る事の出来る者を、己の妻と仕た許りで此の様な苦しみをさせるものだと、自分で気を咎める念が一日は一日より強くなり、貴方も安き日とてはなく、丁度自分の妻と能く似た陰気な夫婦が出来ましょう、私は之を思うて満足します、イヤ一時の恋の失敗を耐えるのです、モシ丸部さん貴方は本統に人間です、決して鬼では有りませんよ、自分の愛する女が、立派に此の世を送られる道があるのに只自分の一時の満足の為に其の女の生涯の幸福を奪い、人殺しと云う恐ろしい罪名の下へ女の一生を葬って了おうと云うのですから、貴方の愛は毒々しい愛と云う者です、人を殺す様な愛です、女に一生を誤らせる様な愛です、秀子も後で此の様な次第を知れば定めし有難いと思いましょう、爾して貴方を邪慳な人だなどと恨みはしまい、何つか其の愛で秀子を濡衣の中にお埋めなさい」
 何たる恐ろしい言葉ぞや、余は此の時介を敵としては到底秀子の生涯に何の幸福もないを知った、余が秀子と婚礼すれば其の日から此の男は直ちに復讐の運動を始め、真に余と秀子とを不幸の底へ落とさねば止まぬであろう、日頃は仲々度量の広い、男らしい男で、幾分の義侠心を持って居るのに恋には斯うまで人間が変る者か、真に此の男の愛は余の愛よりも強いには違いない、夫を知って猶も秀子を我が妻とし、今此の男の云うた様な儚い有様に若しも沈ませる事が有っては、全く余の愛は毒々しい愛と為る、幾等残念でも此の男に勝利を譲る外はない、余は断乎として「承知しました、権田さん、秀子を貴方の妻になさい」血を吐く想いで言い切った。

第九十五回 証拠とは何の様な

 余は全く降参した。「秀子を貴方の妻になさい」と権田に向かって言い切った、真に血を吐く想いでは有るけれど是より外に仕方がない、斯うせねば到底秀子の汚名を雪《そそ》ぎ、秀子に其の身相当の幸福な生涯を送らせることは出来ない、斯うするのが秀子に対する真性の愛情と云うものだ。
 権田は別に嬉し相にもせぬ、宛も訴訟依頼人に対して手数料の相談でも取り極める様な調子で「なるほど流石は貴方です、夫でこそ清い愛情と云う者です、併し一歩でも今の言葉に背いては了ませんよ、秀子に対して、何所までも其の有罪を信ずる様に見せ掛け貴方の方から愛想を盡したと云う様に仕て居ねばなりません、爾して居れば秀子は必ず貴方を賤しみ、斯うも軽薄な、斯うも不実な、斯うも浅薄な男を今まで我が未来の所天《おっと》の様に思って居たは情け無いと、貴方の傍へも来ぬ事になりますから、其の後は私の運動一つです、其の機を見て私が親切を盡せば、貴方の不実と私の実意とを見較べて、漸く心が私の方へ転じ今日貴方を愛する様に私を愛し始めます、宜しいか、少しも貴方は秀子に向かい機嫌を取る様な素振りを見せては了ませんよ、秀子の貴方に愛想を盡す事が一日遅ければ、其の汚名も一日長く成るとお思いなさい、長くなる中に時機を失えば取り返しが附きませんから」余は涙を呑んで「宜しい、分りました、けれど秀子を救うのは直ぐに着手して下さらねば」権田「無論です、私の未来の妻ですもの、貴方から催促が無くとも早速に着手します、救うて遣って親切に感じさせる外に私の手段は有りませんから」
 余は何とやら不安心の想いに堪えぬ、「けれど権田さん秀子を救う事は万に一つも遣り損じは有りますまいね」権田「其の問いはくど過ぎます、兎角に貴方は未練が失せぬと見えますが能く物の道理をお考え成さい、貴方と秀子との近づきは、云わば昨今の事ですよ、私は八年前から彼の女に実意を盡くし、唯弁護に骨折った許りでなく、牢を脱け出させた事から其の後今まで何れほど苦労して居るか分りません、此の苦労に免じても秀子は当然私の妻たる可き者、夫を思えば決して未練を残す可き道はないのです」余「イヤ一旦思い切った上は未練を残しはしませんが唯果たして助かるや否やが気掛かりです、貴方が確かな証拠と云うは、全体何の様な証拠ですか、一応夫も聞いて置き度く思いますが」権田「証拠の中で最も争い難い一物です、即ち私はお紺婆を殺した其の本人を突き留め、何時でも其の者を其の筋へ突き出す事が出来るのです、のみならず其の事が自分でないなどと強情を張る事の出来ぬ様に、何も彼も調べ上げて有りますから、多くの月日を経ぬうちに目的を達します、其の男が愈々白状して有罪と極まって御覧なさい、全社会が秀子の前に平身低頭して今までの見損じを謝し、秀子は罪なくして罪を忍んだ憐れむ可き犠牲と云われ、全国第一の名高い女と為り、非常な尊敬を博します。サア斯うまで位置が転倒して、貴方の愛する女が不名誉の極点から、名誉の極点に飛び上るかと思えば、貴方は秀子を私へ譲ったのを嬉しいと思わねば成りません、エこれが嬉しくは有りませんか」
 彼は余を慰める積りであるか将た冷やかす積りであるか、余には更に分らぬけれど、真に其の通りとすれば、余は嬉しい、然り残念ながら嬉しいのだ。
「ハイ権田さん、喜んで私は其の事を貴方に托します、斯う云ううちにも最う汽車の時間ですから立ち去りますが、直ぐにも何うか其の手続きを」権田「ハイ手続きの手初めは先刻の森主水の捕縛を解き彼の耳へ誠の罪人の姓名を細語いても済むのです」彼は斯く云いつつ、次の間の戸を開いたが、驚く可し森主水は、グルグル巻に縛られたまま、何うしてか此の戸の外まで転がって来て居る、多分二人の話を又も立ち聴き、イヤ寝聴きして居たので有ろう、寝聴きして何と思ったか知らぬけれど其の顔には相変らず怒りの色が現われて居る、併し余は彼に拘って居る暇はないから其のまま権田に分れを告げたが、権田は余の背影を見送りつつ「安心なさい丸部さん、此の探偵吏の始末も悉皆私が引き受けました、猶私は明日にも貴方の後を追い幽霊塔へ秀子に逢いに行きますから、其の時に若し秀子が少しも貴方に愛想を盡した様子がなければ、貴方は不徳なる違約者として充分に責めますよ」と云った、彼の声は絶望した余の耳へ警鐘の様に響いて居た。

第九十六回 颯《さっ》と戸帳を

 余は権田時介の声を聞き流して二階を降りた、後で権田と森主水との間に何の様な応対が有ったかは知らぬ、唯早く幽霊塔へ帰って見度い一心で停車場へ駆け附けて、やっと終列車に間に合った。
 汽車の中で漸く気を落ち着けて見ると、秀子が清浄潔白の女と分ったのは実に有難い、之だけは神にも謝したい程の気がする、けれど其の清浄潔白の女を、猶も疑う様に見せ掛け、其の女から生涯賤しまれる様に、愛想を盡され度外に措かれる様に、仕向けねば成らぬとは何たる情け無い始末で有ろう、泣いて好いか笑って好いか、我が身で我が身が分らぬとは茲の事だ。
 併し其のうちに汽車の中で眠って了い、塔の村の停車場へ着いた時、初めて目が覚めた、早や朝の七時である、何でも秀子は夜の明けぬうちに茲へ着いた筈では有るが、実際此の地へ来たか知らん、途中で何所かの停車場から降りたでは有るまいかなど、様々に気遣われ、急いで幽霊塔へ帰って見た、爾して門の番人に、第一に秀子が帰ったかと問うて見たが、昨夜遅くに倫敦から秀子に宛てた電報の来た事は知って居るが、秀子の帰った事は知らぬとの返事、其の電報が即ち余の発したのに違い無いから、シテそれを何うしたと問えば虎井夫人に渡したとの事である、自分の室へも入らずに其のまま夫人の居室に行くと夫人は例の狐猿に顔を洗って遣って居る、其の様甚だ優長には見ゆるけれど併し心の中に何か穏やかならぬ所の有るは、余の顔を見ての眼の動き工合でも分る、扨は此の夫人、既に余が養蟲園へ行き夫人の身許まで探ったのを知り、居起《いたた》まらぬ気でもするのか、夫とも外に気に掛かる所が有るか知らんと、余は疑う色を推し隠して「秀子さんは」と極く軽く問うた、夫人は狐猿の顔を拭い終わって「サア昨日何処へか出て未だ帰りませんが、倫敦から電報なども来て居ますから、早く帰れば好いと思って居るのです」云う様が毎もの嘘ではないらしい、是で見ると秀子が此の家へ帰り着かぬのが本統だろう、夫とも夜が引き明けに、丁度番人の怠って居る時に着き、其のまま自分の室へでも隠れたのか知らん。
 若し彼の電報を見たのなら、兎に角余が安心させる様に認めて置いたから落ち着いて居るだろうが、彼の電報が猶秀子の手に渡らずに有って見れば、当人は今以て心も心ならずに居るで有ろう、早く逢って安心させて遣り度い、イヤ今は安心させる訳にも行かず、逢えば唯余に愛想を盡す様に仕向けねばならぬのだけど、夫でも逢い度い、逢って顔見ねば何だか物足らぬ所が有る。
 是から余は秀子の室へも行き猶家中をも尋ねたけれど、秀子の姿は見えぬ、此の上は再び停車場へ引き返して、誰か秀子の下車したのを見た者はないか聞き合わして見ねば成らぬ、トは云え余自ら此の家へ帰り、猶生死の程も分らぬ叔父の病気を見舞わぬ訳に行かぬから、先ず其の病室へ行き看護人に尋ねて見た所、叔父は日増しに快くなる許りであるが今は眠って居るゆえ、二時間程経ねば逢う訳に行くまいとの事だ、夫では停車場へ行って来ての上にしようと、先ず馬厩へ行き、日頃乗り慣れた一頭を引き出したが、三四日誰も乗らぬ為、余ほど奮《はず》んで、殆ど張り切って居ると云う様である、鞍置かせて乗るが否や、鞭も当てぬに一散に駆け出して少しの間に停車場へは着いた、茲で少し許り聞き合わせて見ると直ぐに分ったが、秀子は確かに今朝早くの汽車で此の停車場へ降り、居合わす馬車の御者が、乗る様に勧めたけれど、それに及ばぬと断って幽霊塔の方を指して歩み去ったとの事で、其の御者さえ猶だ茲に居合わせた、サア分らぬ、愈々着いて幽霊塔の方へ行ったとすれば、何う成っただろう、曾て浦原お浦が消滅した様に、消えて了ったのか知らん、或いは停車場と幽霊塔との間で何か用達しでも仕て居るのか、何さま合点行かぬ次第だから余は又馬のまま引き返して村の方へ来ると、少し先の方で歩んで居る小僧が有る、町で朝の買物をして帰る所とでも云う様に手に物を提げて居る、近づいて見れば後姿で分って居るが、其の小僧は確かに先頃余に贋電報の発信人を密告した、彼の千艸屋と云う草花売りの婆の雇人で、手に持って居る品が、此の辺の人の持たぬ貴夫人持ちの提皮包《さげかばん》である、秀子が昨夜此の様な皮包を提げて居たか否やは覚えぬけれど、若しや秀子が草花屋へ立ち寄って此の小僧に何か買物を托したでは有るまいかと思い、馬を猶も其の方に近づけると、小僧は足音に驚いて振り向いた、振り向く途端に馬は驚き、常よりも張り切って居る為に、忽ち逸して、余が手綱を引きしめる暇もないうち横道へ走り出した、後で思うと何か人間以上の力が此の馬を導いたかとも怪しまれる程である、馬は走り走った揚句、遂に其の草花屋へ駆け込んで其の庭で踏み留まった、是だけでは別に怪しむにも足らぬけれど、此の時此の家の奥の室とも云う可き所に方《あた》る一つの窓の戸帳《とばり》を内から颯《さっ》と開いた者が有る、何でも遽しい余の馬の足音に驚き何事かと外を窺いた者らしい、併し其の者、余の姿を見て又遽しく其の戸帳を閉め、内に姿を隠したが、余は自分にも信じられぬほど目早く、チラリと其の顔を見た、見て殆ど馬から落ちんとする程に驚き、思わず「ヤ、ヤ」と声を発した、此の様な所で此の様な顔を見るとは、余りの事で自分の眼を疑い度いけれど、余の眼は見損じなどする眼でない、今まで幽霊塔に満ちて居る秘密の一部分と云い度いが寧ろ大部分が今窓の中に隠れた其の顔に包まれて居るのだ、読者は此の顔を誰のと思う。

第九十七回 彼奴とは彼奴

 窓に隠れた其の顔は、実に意外千万な人である、余は一時、秀子が事をさえ忘れる程に打ち驚き、直ちに馬を庭木に繋いで其の家の玄関とも云う可き所の戸を推し開き中に這入った、中は空間同様で誰も居ぬゆえ、今しも件の顔を見た奥の間の方へ行こうとするに界の戸に錠が卸りて居る。
 戸を叩き破っても奥へ入って見ねばならぬ、余は昨夜探偵森主水を縛った事を思えば人の家宅へ闖入する罪を犯す位は今更恐れるにも足らぬ所だ、戸に手を掛けて一生懸命に揺って居ると、一方の窓から「貴方は何をなさる」と咎めつつ六十にも近く見ゆる老婆が出て来た、見れば其の手に幾個の鍵を束ねて持って居る、多分是が此の家の主婦人であろう、余は「奥の室に居る人に合わねばならぬ用事があります」と云い其の婆の持って居る鍵を奪い、婆が驚いて妨げる間もないうちに早や界の戸を開いた、此の戸の中が確かに彼の顔の隠れた室である。
 婆の足許に鍵を投げ遣って置いて戸の中へ入ると、猫に追い詰められた鼠の様に隅の方に蹙《すく》んで居るは彼の顔の持主である、最早詮方のない所と断念したのか、立ち上って余に向かい「貴方は余り邪慳です。乱暴です、人の許しも得ずに此の室へ這入って来て」と余を叱る様に云うは、正しく窮鼠の猫を噛む有様である、此の窮鼠を誰とする、読者は大概推量し得たであろう、消失して更に成り行きの知れなんだ浦原お浦である。
 お浦が何うして紛失した、何うして此の家に隠れて居た、多分は種々の秘密が之に繋がって居る事で有ろう、余は何も彼も説明される時の来た如く思い、捕吏が罪人を捕える様にお浦の手を捕り「ハイ邪慳に乱暴に、私が此の室へ闖入するのを貴女は拒む権利が有りますか、お浦さん、貴女は実に女の身に有るまじき振舞いを為し他人に非常の損害を与えました、今は其の損害を償い、神妙に謝罪の意を表す可き時が来たのです」
 お浦「エ損害と仰有るか、謝罪と仰有るか、私こそ一方ならぬ損害を受けた女です」怒る様には云うけれど、実際怒る丈の勇気はなく、事の全く破れたを知って、絶望の余り空元気を粧うて居る事は其の声の恐れを帯びて震えて居るにも分って居る、余「其の様な空々しい偽りを吐く者では有りません、損害を掛けたのは貴女で、損害を受けたのは外の女だと云う事は貴女自ら能く知って居るでは有りませんか」お浦は悔しげに余の手を払い退け「貴方は爾うまで私が憎いのですか、爾までアノ女が可愛いのですか」と打ち叫んだ、余は厳重に「憎いの可愛いのと云う事は別問題です、私は愛憎に拘らず貴女を責めるのです、斯く云えば矢張り松谷秀子を愛する為に私が云う様にお思いでしょうが、秀子を愛すると云う事は過ぎ去った夢になりました、此の後再び秀子の顔を見るか否かさえ分りません」
 お浦は驚いて一歩前に進み出で「アア到頭貴方は松谷秀子の汚らわしい素性を看破りましたか」余「看破りも何も致しません、唯松谷秀子が無実の罪を被、長い間濡衣に苦しんで居た不幸なるイヤ清浄潔白な女だと云う事を知ったのです、夫は知りましたれど、秀子は私の者ではなく全く他人の者に成りました」お浦「エ他人の、とは弁護士権田時介氏の事でしょう」余「爾です、秀子は権田時介の妻とする事に定まりました」
 お浦は何事か合点し得ぬ様に暫し余の顔を見詰めて居たが、忽ちワッと泣き出した。「エエ、欺された、欺された、アノ悪人に、彼奴め復讐をさせて遣るの秀子を滅して遣るのと云い、初めから人を欺き、爾して今は其の復讐さえも出来ずして終わるとは」余は女の涙には極めて脆い性分である、お浦の様な忌む可く憎む可き女の顔にもまこと涙の流れるを見ては甚く叱り附ける勇気がない、少しは言葉を柔らげて「貴女は誰の事を其の様に云うのです、彼奴めとは誰を指します」お浦「彼奴めとは彼奴めですよ、彼の悪人ですよ、私の所天《おっと》ですよ」余「エ、エ貴女は既に所天を持ったのですか、貴女は所天が有るのですか」お浦「ハイ彼奴が私を欺いて無理に婚礼させました、御存じの通り私は自分の過ちの為とは云え貴方に捨てられ、其の腹立たしさやら絶望の余りに益々深く彼奴の様な悪人の言葉を聴き、彼奴が貴方に対して充分恨みを晴させて遣るの、秀子を滅して遣るのと云うにツイ載せられて、ハイ私は彼奴の為に道具に使われまして、今までとても気が附いては居ましたが、今ほど明らかに彼奴の憎さが分った事は有りません」余「だけれど其の彼奴と云うのが誰の事か未だ私には分りませんが」お浦「オヤ貴方に分りませんか、彼奴とは高輪田長三の事ですよ」高輪田長三に違いないと余は勿論推量して居た、推量しては居たけれど、お浦が随意に自分の口から言い切るのを聞こうとて待って居たのだ、愈々幽霊塔にあった此の頃の幾秘密は、彼高輪田長三に繋がって居るに違いはなく、お浦の口から分って来るに違いはない。

第九十八回 危険な問題

 幾等悪心のお浦にもせよ、高輪田長三の妻に成ったとは聊か憐れむ可き堕落である、余は思わず嘆息して「貴女は罪な事、邪魔な事ばかりを目《もく》ろむから此の様な始末に成ったのです」と慰めるのか罵しるのか自分にも分らぬ様な言葉を吐いた。
 お浦は此の言葉にワッと泣き伏した、爾して泣き声と共に叫んだ、「道さん、道さん」斯うは云ったが流石に余を「道さん」などと幼名を以て慣々しく呼ぶのが気恥ずかしく成ったのか「丸部さん」と云い直して更に「貴方は何にも知らぬから其の様に私をお責め成さるのです、聞いて下さい、何も彼も云いますから」勿論余は聞かねば成らぬ、全体お浦が何うして幽霊塔の書斎の中で紛失したか、又其の後お浦の死骸として堀の中から引き上げられた女の死骸が何うしてお浦でなかったのか、此の辺のことは奇中の奇で、お浦自身の説明を聞く外はない、余「ハイ聞きましょう、貴女も有体に云う方が、罪が滅びます」とは云えお浦は仲々話などの出来そうな様ではない、顔の色青冷めて全身が震えて居る、余は此の様な悪人に手を触れるさえ汚らわしい程に思って居れど、此のまま置いては何の様な事に成ろうとも知れぬ故、先ず助け起こし長椅子へ息《やす》ませようと思い、其の手を取るとお浦は溺れる人の様に余の手に獅噛《しが》み附き、身体の重みを余の腕に打ち掛けた、余は彼の書斎でお浦が紛失した少し前に、丁度此の様に手に縋られ喃々《なんなん》と説かれた時の様を思い出した、余り好い気持はせぬから成る丈早く此の荷物を長椅子へ任せて了った。
 けれど猶話し得そうにも見えぬから、葡萄酒でも呑ませたらと思い、室中を見廻しつつ「浦原さん飲物でも欲しくは有りませんか」お浦は人生の恨みを唯此の一刻に引き集めた様に呻き「ハイ毒薬ならば飲みましょう」と云ったが、更に「イエ、イエ、私は生まれ附き臆病です、飲み度くとも毒薬などは飲み得ません、死ぬる苦痛が恐ろしい、死ねば真暗に成った様な気持がするだろうと夫が恐ろしいのです、道さん、イヤ丸部さん、何にも要らぬから、話す間貴方の手を握らせて置いて下さい、貴方と私は幼な友達では有りませんか」と云い半分ほど身を起こして爾して聊か声を確かにして「私は本統に過ち許り重ねましたが、其の過ちは総て愛と嫉妬から出たのですよ、云わば貴方の為ですよ」
 何から出たにせよ罪は罪、悪事は悪事、少しも許す所は無いが、併し愛と云い嫉妬と云い、事実には違いない、此の女が小児の頃から何かに就けて嫉妬の深かった事は余が知り過ぎるほどに知って居る、殊に其の嫉妬が余が為と云われては、余の身にも幾分か責任のある様に思われ、余は言い訳の如くに「私の為とて、私は貴女に愛せられて居るなどと少しも気が附かずに居たのですもの、又気の附く筈も有りませんワ、既に貴女から爾云ったでは有りませんか、到底私を愛する事が出来ぬから、無理な許婚を取り消して分れよう、其の方がお互いに清々すると」お浦「ハイ爾は云いましたけれど心の中は爾でなく、唯貴方と松谷秀子とが何だか親しい様に見え、夫が気に障って成りませんから、彼の様に云って分れて居れば其のうちに貴方の心が此方へ向く事に成るかと思い夫で伊国《イタリア》へ行きました。帰って来て貴方と秀子の益々親しい様を聞きも視もした時には自分で発狂するかと思いました、ハイ憎い二人、イヤ貴方と秀子とを取り殺して遣り度いと思いました」
 幾等嫉妬の為にもせよ人間の道を踏み迷うに至っては、全く一人前の善心がない者で、善よりも他の念が強いのだから、即ち悪人である、斥けねば成らぬ人間である。それは兎も角も、何しろ余に取っては極めて迷惑な、又極めて危険な問題であるから余は之を聞き度くない、余「イヤ浦原さん過ぎ去った感情はお互いに云わぬ事とし、事実だけを伺いましょう」冷淡過ぎるかは知らぬけれど、余は明らかに斯う云い切って、爾して自分の掛けて居る椅子を少しばかりお浦の傍へ引き寄せ、願いの通り握らせる様に、余の手だけを差し延べて遣った、お浦は幾分か力を得た様子で「ハイ感情は云う丈気分を損じます、忘れましょう、忘れましょう、爾して事実だけ申しましょう」とて余の手を取った、云わば頼みの綱に縋る様な風である。

第九十九回 今以て大疑問

 余は早く合点の行かぬ廉々《かどかど》から聞き度いと思い「全体貴女が、何うして彼の書斎で消えて了ったか、其が今以て大疑問と為って居ますが」と言い掛けるに、お浦は「イイエ、事の初めから順を追うて申しましょう」と断り、さて愈々説き出した。
「私と根西夫人と伊国の旅館で初めて高輪田長三に逢いました。其の時は何者とも知りませんでしたが、私が幽霊塔の話をすると、彼は忽ち自分が其の塔の今までの持主で、此のほど丸部朝夫氏へ売り渡したのだと云いました、彼は私が其の丸部の養女だと知ってから急に私の機嫌を取る様に成りましたが、私が松谷秀子の身の上を知るに屈強の人に逢ったと思い、充分懇意に致しました、爾して或る時秀子の事を話し、多分古山お酉と云う女中で其ののち米国へ行ったのが、金でも儲けて令嬢に化けて此の国へ帰ったのだと思うが、何うだろうと問いますと、彼は秀子の様子の容貌などを詳しく聞き、イヤ夫はお酉とは違う様だ、若しや其の女の左の手に、異《かわ》った所はないかと問い返しました、左の手は斯々で異様な手袋に隠して居ると云いました所、彼は顔色を変えて驚き、頓て、事に由ると養母殺しの輪田夏子が、何うか云う次第で生き返り姿を変じて現われたのかも知れぬと云いました。
「其のうちに彼は私が深く秀子を恨んで居る事を見て取り、果ては自分の妻たる事を承諾さえすれば共々に力を合わせて其の秀子の化けの皮を剥ぎ、何の様な目にでも逢わせて遣ると云いました、勿論私は彼の妻などに成る気は有りませんけれど一時の手段と心得、夫は随分妻に成らぬ事もないが兎も角も貴方の手際を見ねばとて成るだけ彼を釣る様に答え一緒に此の国へ帰って来たのは貴方が御覧なさった通りです。
「彼は唯一目秀子の顔を見さえすれば直ぐに輪田夏子と云う事を看破すると云い、其の積りで幽霊塔の夜会へ出ましたが、愈々秀子に逢って見ると彼は気を失うほど驚きました、何うでも輪田夏子に違いない様にも見えるけれど、能く見れば又何うしても夏子ではない様に思われる、此の様な不思議な事はない、此の上は左の手の手袋を奪い其の下に何を隠して居るかを見る一方で、之をさえ見れば確かな所を断言する事は出来ると云いました。
「之より私は唯秀子の手袋を奪うのと、貴方に逢って能く自分の心の中を打ち明けることを目的とし其の機をのみ待って居るうち、貴方の仰有る私の紛失の日が来たのです。
「アノ日私は多分貴方か又は秀子かが読書の為に来るだろうと思い、独り書斎へ忍び込んで居りますと、兼ねて長三は私が貴方に心を寄せて居る事を疑い、嫉妬の様な心を以て窃に見張って居ると見え、窓の外へ来て、恨む様な言葉を吐きました、若し彼様な所を貴方にでも秀子にでも見られては何事も面白く行かぬと思い私は長三に其の旨を説き、ヤッと彼を追っ払いました、彼が立ち去ると引き違えて貴方が一方の戸の所から這入って来ました。
「其の後の事は申さずとも御存じの通りです。夫から私は貴方の言葉に失望して、庭の方へ立ち去ると松谷秀子に逢いましたから、寧ろ此の女を貴方の前へ連れて行って、無理にでも左の手袋を取らせるが近道かと思い、話が有るからと云って誘い、引き連れて再び書斎へ行って見ますと最う貴方は居ないのです、居ないのではなく、後で分りましたが大怪我をして声も立たぬほどの有様となって本箱の蔭に倒れ、私と秀子との問答を聞いておいでなさったのです。
「最う序でですから何も彼も申して置きますが貴方の怪我も長三の仕業です、彼は私に追い払われて一旦窓から立ち去りましたけれど、立ち去ったと見せて又引き返し、アノ室の仕組は誰よりも能く知って居る者ですから、壁の間に秘密の道が有ると知り其所へ潜り込んで爾して様子を窺って居た相です、窺って居ると私が貴方に向かいアノ通りの事を云いましたから、彼は貴方が世に有る間は到底《とて》も私を自分の妻にする事は出来ぬと思いましたか、自分では嫉妬の一念に目が眩んだと云いますが私の立ち去った後、貴方が壁の傍へ来て、丁度長三の居る所へ背を向けて立ったのを幸い、ソッと秘密の戸を開き貴方を刺したのだと申す事です」
 長三が其の様な事をするは余に取って左まで意外な事ではない、けれど余は今が今まで確かに彼とは思い得ず、又壁の間などに秘密の戸や秘密の道などが有る事も知らねば、到底説き明かす事の出来ぬ不可思議の事件だと思って居た、是で見るとお浦の口から未だ何の様な意外の事件が説明せられるかも知れぬ。

第百回 成功の種

 勿論幽霊塔は、奇妙な建築で、秘密の場所のみ多いけれど、彼の書斎の壁の背後に人の隠れる様な所の有るは知らなんだ、探偵森主水さえ看破る事が出来なんだ、此の向きでは猶何の様な不思議の事を聞くかも知れぬと、余が耳を傾くると共にお浦は徐々《しずしず》語り続けた。
「貴方が怪我して、イヤ刺されて本箱の蔭に仆れて居ようとは私も秀子も其の時は未だ知りませんから、誰も聞く人はないと思い、云い度い儘を云い、争い度い儘に争った事は定めし御存じでしょう、爾して争いは私の勝と為り終に秀子の左の手袋を奪い取り其の下を見ましたが、全くお紺婆に噛み附かれた歯の痕が三日月形に残って居て、確かに輪田夏子だと分りました、夏子は痛く驚き怒って、此の秘密を他言せぬ様に堅く誓いを立てねば此の室を出さぬなど云い、甚い剣幕で私へ迫りました。私は之が養母をまで殺し、牢から脱け出て来た女かと思えば、唯の一刻も差し向かいで居るのが恐ろしくなり、何うかして室の鍵を奪い、戸を開いて逃げ出し度いと思い、再び争いを始めました、今度は口だけの争いではなく、身体と身体との争いです、私は鍵を取ろうとする、向こうは取られまいとする、組んづ解《ほぐ》れつ闘いますうち私は滑らかな床に足を辷らせ、自分で※[#「※」は「てへん+堂」、読みは「どう」、177-上6]と倒れました、此の時次の室の片隅から苦痛に耐えぬ声が聞こえました。
「是は貴方の声でしたが二人はそうとは知らず、さて聞いて居る人が有ったのかと一方ならず驚きました、けれど何方かと云えば秀子の方が私よりも深く驚いたのです、私は人に聞かれたとて大した迷惑は有りませんのに、秀子は誰にでも聞かれては全く身分を支える事が出来なくなります、夫ゆえ秀子は声を聞いて其の方へ馳せて行きましたが、其のあとで私の紛失と云う奇妙な事が出来たのです。
「お浦の紛失とか浦原嬢の消滅とか云って非常に世間が怪しんだ相ですが、爾まで怪しむにも及びません、私が床に仆れて起き上ろうとして居ると、横手の方から又異様な物音が、最と微かに聞こえました、振り向いて見ると、今まで戸も何もなかった壁の一方に、葢《ふた》を開けた様に戸が明いて居て、爾して、其の所から高輪田長三が顔を出して居るのです、私は何うして此の戸を脱け出そうかと苦心して居る時ゆえ此の様を見て嬉しく思いました、長三は総て様子を聞いて居たと見え、唇へ指を当てて私を招くのです、其の心は声を立てずに密に茲まで来いと云うのです、其の通りに私はソッと立って其所へ行きましたが長三は壁の間の暗い所へ私を引き入れ、何の音もせずに其の戸をしめて了い、爾して云いました、此の様な秘密の道の有る事は自分の外に知る者がないのだから是切り姿を隠して了えば充分秀子を窘《いじ》められると。
「私は、唯秀子を窘めると云う言葉が嬉しく、何分宜しく頼みますと答えました所、長三は私の手を引き壁の間から床の下へ降り、爾して穴倉の様な所へ私を入れて置いて、後ほど迎えに来るから夫まで静かに茲に居ろと云い、其の身は直ぐに立ち去りました、私は何処を何うすれば外へ出られるか少しも案内を知りませんから唯長三の言葉に従い彼の迎えに来るのを待って居る外はなかったのです。
「夜に入って後、彼は迎えに参りました、此の時は忍び提灯を持って居ましたから分りましたが、彼は一方の手に、書斎に在った卓子掛けを持って居るのです、兼ねて私も見覚えの有る印度の織物ですから、何んの為に其を持って来たと問いましたら、無言《だまっ》て見てお出でなさい、これが成功の種に成るのですと答えました、此の時は合点が行きませんでしたけれど、後で分りましたが、堀の中へ或る女の死骸を投げ込んだとき、其の卓子掛けに包みました」
 余は是まで聞いて殆ど恐ろしい想いがした、堀から出た彼の死骸も高輪田長三の仕業で有ったのか、彼の悪事は何れほど底が深いかも知れぬけれど、恐ろしさより先に立つは不審の一念だ、彼の死骸が何者であるかは今以て解釈の出来ぬ問題で、森主水は其の時、死骸に首の無いだけ却って手掛かりが得易いと云い、又其の首は倫敦で尋ねればなどと云ったが、果たして倫敦で充分の手掛かりを得たのであるか、未だ其の辺の事情を聞かぬけれど、兎に角も其の怪しさは今猶昨の如しである、之が今茲でお浦の口から分るかと思えば殆ど後の言葉が待ち遠しく思われ「シタが彼の時の女の死骸は全体何者でしたか」と余は問い掛けた。

第百一回 本統の悪魔

「彼の時の女の死骸は全体何者でしたか」と余の問う言葉に、お浦「彼は高輪田が倫敦から得たのです」倫敦から得たと云えば、何うやら森主水の其の時の言葉が全く無根でもなさそうだ、余「エ倫敦から」お浦「ハイ能くは知りませんけれど、何でも解剖院の助手に賄賂を遣り、アノ様な死骸を買って来たのです」開いた口が塞がらぬとは此の事だろう、解剖院から窃に死骸を買い取るなどは何所まで悪智恵の逞しい男だろう。
 お浦「私の見た時は、既に首がなかったのです、多分首は倫敦で其の助手に切り捨てさせ、外の死骸と共に焼くか何か仕たのでしょう、夫だから彼の死骸が何所の何者だと云う事は分りません、何所かの貧民病院で何かの病気で死んだ女だろうと思われます」余「貴女が其の様な恐ろしい目ろみに賛成したとは驚きました」口に斯くは云う者のお浦の今までの挙動を考えて見れば、実は驚くにも足らぬのだ、曾ては秀子を虎の居る室に誘い入れ、其の生命を奪おうとまで仕たではないか、人殺しをさえ目ろむ女が、何事に躊躇する者か、お浦「私も余り恐ろしい事と思い、少しは争いましたけれど、是をせねば秀子に恨みを返す事が出来ぬと云われ、ツイ其の言葉に従う気になり、自分の指環や着物|抔《など》を与えました、高輪田は其の指環や着物を以て死骸を私と見擬《みまが》う様にし、彼の印度の織物に包んで堀の中へ投じました」余「此の様な悪事に賛成するほど秀子が憎いとは貴女も能く能くの因果です、秀子の命を奪わねば到底満足が出来ぬと見えますネ」お浦「でも秀子は当然此の世に住む権利のない人間では有りませんか、之を殺すのは唯の人を殺すとは違い天罰を補うのだと高輪田が云いました、私も成るほどと思いましたけれど今では後悔します、ハイ後悔に堪えねばこそ此の通り何も彼も打ち明けて貴方へ申すのです」
 是だけは嘘らしくない、余ほどの後悔に責めらるるに非ずば仲々斯うまで打ち明ける事はせぬ、余「後悔が遅過ぎましたネ」お浦「本統に遅過ぎました、其の後と云う者は犇々《ひしひし》天罰が自分の身へ落ちて来るのかと思われました、アノ死骸が頓て堀から引き出され、貴方の証言で浦原お浦の死骸ではないと分って、全く高輪田の計略が外れたと知れた時は、私は世界の果てへでも逃げて行き度い程に思い、高輪田に其の心を伝えましたけれど、彼は猶慰めて、まだ様々の工夫が有るのだから、気長く仕揚げまで見て居ろと云い、爾して一方では私へ婚礼を迫りました、初めの中なら無論断りましたけれど、斯うまで彼と共に悪事へ深入りをしては最う断る事は出来ません、殊に彼は二言目には私を嚇かし、妻にならずば此の家へ隠れて居る事を世間へ知らせるの、又は自分へ縋って居ねば再び世間へ顔を出す時は来ぬのと様々の事を云いますから、到頭彼の言葉に従い彼と婚礼する事になりました」
 余「エ、此の様に隠れて居て、能く婚礼が出来ましたネ」お浦「ハイ夫は高輪田が巧みに計らいました、彼は私の姿を変えさせ、引き連れて夜汽車に乗り、此の隣りの州へ行き、矢張り之も賄賂の力で貧しい寺の和尚を説き、婚礼の式を挙げさせ、爾して翌々日の晩に此の土地へ帰って来ました」余「其の様に式まで行うた夫婦なら生涯彼の愛を頼みとする外は有りますまい」
 お浦は益々恨めしげに「エ、エ、彼の愛、彼に愛の心などが有りますものか、彼の目的は唯私を元の通り丸部の養女にして爾して叔父の財産を手に入れるのみに在るのです、彼は叔父さんが秀子の為に遺言状を作らぬ先に事を運ばねば了けぬから夫で当分は丸部家へ入り込んで居ねば成らぬと云い、私の許へは帰っても来ぬほどです、私は一人此の室に居て彼の心を考え、次第に恐ろしくなりまして、今では何うしたら宜かろうと唯途方に暮れて居るのです」
 余は是だけ聞いて殆ど目の醒めた想いがした、今まで高輪田長三を何となく怪しい奴とは睨んで居たが斯うまでの悪人とは思わなんだ、是で見ると過る頃から幽霊塔に引き続いた不思議の数々は悉く彼の仕業である、余の怪我も彼、お浦の紛失も彼、怪しの死骸も彼、シテ見れば叔父を毒害する者も彼に違いない、爾だ彼は叔父を殺して其の疑いを秀子に掛けさえすれば、丸部家の財産は、少くとも半分までお浦の物に成ると信じて居る、夫が為に幽霊塔へ詰め切って居るのである、夫が為に此の際疾《きわど》い場合に於てお浦を自分の妻にしたのである、猶此の上に叔父が秀子の為に先頃作った遺言状まで盗んで揉み消して了う積りで居るに違いない、是ほどの悪事を今まで察し得なんだとは我ながら愚の至りである。
 是で見ると彼は生得の大悪人だ、人間の皮を着た本統の悪魔である、幽霊塔へ来ぬ以前とても定めし悪事のみを為して世を渡って居た者に違いないと、余は知らず知らず以前の事まで遡って考えるに連れ、又大変な事を暁《さと》り得た、今の秀子、即ち其の頃の夏子が殺したと為って居るお紺婆の殺害者も若しや彼では有るまいか、叔父を毒害して其の疑いを秀子に被せようとする今の所行と、養母を殺して其の罪を夏子に着せた其の時の行いと何の相違が有る、正しく同じ人の心に出て、同じ人の手に成った、同一の事柄である、爾だ、愈々爾だ、昨夜権田時介も現に本統の罪人は此の人だと指示《さししめ》す事が出来ると云った、其の本統の罪人が此の高輪田長三でなくば、何うして此の人と指示す事が出来よう、エエ知らなんだ、知らなんだ。

第百二回 毒薬か、ハイ

 お紺婆を殺したのが果たして高輪田長三だと云う事は、別に証拠の有る訳ではない、けれど余はそう感ずる、只感ずる丈では何の当てにも成らぬとは云え、宛も磁石が北の方を感ずる様に、天然自然に感ずるので、之に間違いが有ろうとは思われぬ。
 何故此の感じが最っと以前に起こらなんだで有ろう、切《せめ》て今一日早かったなら、秀子を権田時介に救わせずして自分で救う事の出来た者を、縦しや救い得ぬ迄も権田時介に彼様迄は譲歩せずに済んだ者を、今と為っては如何とも仕方がない。
 余は之を思うと、何がなしに只悔しく只腹立たしい、殆ど誰れ彼れの容赦もないほどの見幕で、お浦に向かっても最と邪慳に「お浦さん、貴女は実に大変な者を良人としました、貴女は未だ高輪田長三の悪事を十分の一をも知らぬのです、彼が秀子を傷つける為に、堀へ死骸を投げ込んだ位な事は極々罪が軽いのです、彼は過日来、私の叔父を毒害しようと仕て居ます、幽霊塔へ入り込んで帰らぬのは夫が為です、それに又八年以前にお紺婆を殺したのも彼の所為です、彼は通例の悪人と違い恐ろしく悪智悪才に長けて居て、自分が悪事を為すには必ず他人へ其の疑いの掛かる様に仕組んで置いて其の上でなすのです、叔父を毒害するにも其の疑いが秀子へ掛かる様に仕組んで置きました、お紺婆を殺した時も矢張り其の伝です、輪田夏子へ一切の疑いを掛けて了い、爾して自分は何事もなく助かったのです」お浦は打ち叫んだ「エエ、お紺婆を殺したのが彼の仕業、爾して叔父さんをまで毒害しようと、本統に其の様な悪人ですか、爾して私が其の悪人の妻に成ったとは」
 お浦自ら長三に劣らぬ悪人なりとは云え流石、女だけ、気の弱い所が有って、男ほどには行かぬと見え、此の語を発したまま気絶して、長椅子の上へ反返《そりかえ》った。
 余は何が何でもお浦には構って居られぬ、是だけの事が分ったに就いては益々早く秀子を尋ね出さねばならぬ。
 イヤ、待てよ、秀子を尋ね出した所で、猶権田時介との約束に縛られて居るのだから、少しも慰めの言葉を発する事は出来ず、飽く迄も秀子を汚らわしい罪人と信じて居る様に見せ掛けて居ねばならぬ、お紺婆を殺した下手人が分ったの、叔父に毒薬を与えた本人が知れたのとは※[#「※」は「くちへん+愛」、180-上14]《おくび》にも出されぬ訳だ、何たる辛い場合だろう、併し夫にしても秀子を探し出さぬ訳には行かぬ、探し出して何とかせぬ訳には行かぬ。
 幸い其のうちにお浦は人心地に復った、此の上は捨て置いても自分で回復するだろう、余は斯う見て取ったから「今誰か介抱する者を寄越します」と言い捨てて此の室を出で、此の家の女主《あるじ》を呼び、一応介抱の事を言い附けて戸表《おもて》へ出た、何うしたか知らぬけれど庭木に繋いで置いた余の馬が見えぬ、併し馬にも構って居る場合でない、其のまま外へ出て了ったが、向こうの方から慌ただしく余の馬を引いて来るは例の小僧だ、彼手柄顔に「旦那が疎漏《ぞんざい》にお繋ぎ成さった者だから、放れて飛び出しましたのを私が追い掛けてヤッと此の通り捕えて来ました」何を云うのだ自分で繋ぎを解いて乗り廻したに違いない、爾して例の通り褒美の欲しさに此の様な事を云うのだと、余は深く疑がったけれど、其のまま小銀貨を投げ与えて其の馬を受け取った、彼は猶余の顔を差し窺き「最う是だけ下されば、旦那が知り度いと思って居る大変な事を知らせて上げますけれど」余は秀子の身に就き少しの手掛かりでも得たいと思う場合ゆえ「大変な事とは何だ」小僧「貴方の尋ねて居る美人の事です、アノ日影色の着物を被た」余「己が其の美人を尋ねて居るなどと何うして知れた」小僧「今此の馬に乗って停車場まで、イヤ此の馬を追い掛けて停車場まで行き、馬車の御者から聞きました」余「シテ汝が何の様な事を知って居る」小僧「確かに銀貨二個ほどの価値の有る事を知って居ます」余は又銀貨を出して与えた、小僧「では言いますが、アノ美人が今朝早く此の家へ来ましたよ」余「此の家へ来て夫から」小僧「婆さんに逢って、大変な品物を小瓶へ一杯、買って行きました」「大変な品物とは」小僧「婆さんが容易に人に売り渡さぬ品物です、巡査にも分らぬ様にして折々内所で売る品です」余「毒薬か」小僧「ハイ」
 真に秀子が毒薬を買ったとすれば今度こそは自分で呑む積りに違いない、自殺などする女でないと確かに権田が言い切ったけれど、夫は時と場合に由る事、秀子の様に、其の身の寃罪《えんざい》を解こうとする大密旨を持って居る女が、其の密旨の到底遂げるに由なきのみか又更に別に寃罪を受けんとして之を逃れる道もなきを見ては、決して自殺せぬと限らぬ、余が自ら秀子の位置に立ったとして考えても殆ど自殺の外に道がない、秀子は其の毒薬を持って何所へ行ったか知らぬけれど、兎に角も早く捜し出して自殺だけは妨げて遣らねばならぬ、と云う中に早や日は正午を過ぎた、既に自殺した後かも知れぬ、余「シテ夫は何時頃で有った」小僧「今朝私が起きた許りの時ですから、今より六時間も以前です」余「夫から其の美人が何方へ行ったかを知って居るか」
 小僧「知って居ますとも落ち着く先まで私は見届けましたが、之は確かに銀貨三個の価が有り相です」

第百三回 何の謎

 斯うなっては小僧の請うが儘に賃銀を与えて秀子の行く先を問い詰める外は無い、余は巾着から五六個を攫み出して彼に与え「シテ其の美人は何処へ行った」小僧「人に見られては成らぬと思ったか大道へは出ずに茲から直ぐに裏路へ這入りました」余「裏路へ入ってそれから」小僧「夫からハイ塔の方へ行きました」余「幽霊塔の方へか」小僧「ハイ」余「爾して其の後は知らぬのか」小僧「イイエ、若し大道へ出たならば私は気にも留めぬ所でしたが裏路へ曲がった丈に何所へ行くのだろうと見届ける気に成りました、コレは此の家の婆さんが常に私に言い附けるのです、隠れも何もせぬ人は見届けるに及ばぬけれど、隠れようとする人は必ず見届ける様にせよ、金儲けの種になるからと、イイエ本統ですよ、夫だから私は見え隠れに其の後を尾けて行きました、所が幽霊塔の裏庭へ這入り、堀端に在る輪田夏子の墓の前へ蹐《しゃが》み、二十分ほど泣いて居ました、爾して堀に向かった方の窓を開き其の中へ這入って了いました、何でも玄関からでは人に見られるから、誰にも知らさぬ様に、故々窓から這入ったのですよ」
 愈々怪しむ可き次第である、自分の家へ帰るのに裏の窓から忍ぶ様にして這入るとは決して唯事ではない、而かも毒薬を買って提《たずさ》えて居たとすれば、益々余の想像の通り人知れずに自殺する為と云う事が事実らしく成って来る、最早此の上を聞くには及ばぬ、早く幽霊塔へ馳せ返って様子を見る一方だ、とは云え其の事は既に五時間余、六時間ほども前とすれば、或いは早や自殺をした後かも知らぬ、余は遽しく馬の手綱を受け取り、之に乗ろうとするに、小僧「是が話のお仕舞いでは有りません、私は未だ此の後を見たのです」余は又も銀貨を与えて「知って居るだけ早く云って了え」小僧「ハイ私は何うも変だと思いましたゆえ、先刻も外へ出た帰りに故々幽霊塔の方へ廻り、暫く中の様子を見て居ました所、妙な所の窓からアノ方が顔を出しました」余「何処の窓から」小僧「アノ大時計の直ぐに下に在る室の窓です」さては余の室である、或いは余の室で自殺したのでは有るまいか、余「それ切りか」小僧「ハイ一寸と顔を出して直ぐに引っ込めました、其の後で暫く見て居ましたけれど再びは出しませんでした」余「それは何時頃の事で有った」小僧「貴方が此の家へ来て後ですから、今より一時間ほど前になります」
 一時間前に生きて居たとすれば今も未だ自害はせぬかも知れぬ、或いは余の室で書き置きでも認めて居るだろうか、最早此の上を聞く必要は無い、余は直ちに馬に飛び乗り、殆ど弾丸の早さを以て幽霊塔に帰った、聊か思う仔細があるから、塔の室へ上る前に先ず下僕に向かい「高輪田長三は何うした」と聞いた、下僕「アノ方は先日から心臓病が起こったとて御自分の室に寝て居ます」余「彼は今朝己が此の家へ帰った事を知って居るだろうか」下僕「イヤ知って居る筈は有りません」余「知らねば夫で宜いから、決して知らさぬ様にして置け」
 心臓病で寝て居るなら猶当分は此の家に居るだろう、何しろ彼の身が今は万事の中心と為って居る有様ゆえ、取り逃がさぬ工風をせねばならぬ、彼未だ余が彼の罪悪を看破した事に気が附かぬ故、猶も此の家に踏み留って悪事を続ける積りに違い無い、逃げ去る恐れは万々《ばんばん》ないけれど、余の帰った事を知らざるに如くは無いと、余は此の様な考えで、下僕に前の通り差し図したが、彼が余の帰ったと知らぬ為に又恐ろしい一場の悲劇を演じ出そうとは神ならぬ余の思い得ぬ所であった。
 余は其の足で直ぐに塔の上の余の室へ上って行った、茲に秀子が居るか知らんと思ったは空頼みで、秀子は影も形も無い、けれど小僧の云った通り茲に居たのは確かである、余の机に倚りて何か書き認めた者と見え、筆の先が新たな墨色を帯びて居る、爾して一方には絹の手巾が有る、秀子の常に用うる香水の匂いで秀子の品と分る、取り上げて見れば是も猶湿った儘であるが、此の湿りは何であろう、問うまでも無く涙である。泣きながら何事をか書いたとすれば、愈々書き置きらしく思われるが、其の書き置きは何所へ置いたで有ろうと、余は余ほど捜したけれど見当らぬ。捜し盡くして再び卓子の所へ返ると卓子の片端に大きな一冊の本が表紙だけ開いてある、見れば余が初めて叔父と共に此の塔へ来た時に此の室で見出した祖先伝来の彼の聖書で、其の表紙の裏に在る咒文が出て居る「明珠百斛、王錫嘉福、妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、182-上21]偸奪、夜水竜哭」云々の文句は余が今も猶記憶して居る通りで有る、特に此の咒語を茲へ開いて於てあるのは、何かの謎で、秀子が余に悟らせんとの為で有るまいかと此の様に思うに連れ益々気遣わしい、若しや秀子は、此の家の先祖が落ち込んで再び出る事の出来ずして其の死骸さえ現われぬと云う此の幽霊塔の底へ身を投げたではあるまいか、其の知らせに此の咒語を開いたでは有るまいか。

第百四回 目に留る一物

 此の幽霊塔を建てた当人さえ、一たび落ち込んでは終に出ることが出来ずして「助けて呉れ、助けて呉れ」との叫び声を、空しく外に洩しつつ悶き死んだと言い伝えられて居る此の塔の底に松谷秀子が身を投げたで有ろうか、唯想像するさえも恐ろしい程だから、真逆にとは思うけれど、前後の事情を考え合わせば、何うも身を投げたとしか思われぬ。
 真に身を投げたのなら、今頃は塔のドン底で何の様な有様と為って居るやら、彼の千艸屋で買ったと云う毒薬を呑み、最う既に何の苦痛をも知らぬ冥界《あのよ》の人と為って了ったであろうか、夫とも猶だ死にはせず、其の身の不幸や、浮世の邪慳な事などを思い廻し、一人で思う存分に泣き入って居るで有ろうか、孰れにしても実に早まった次第である、僅かに一時間か、二時間か、余が茲へ来るまで待って居たなら、其の身に掛かる恐ろしい濡衣が、乾すに乾されぬ事のない次第も分り、死なずとも済む事が腑に落ちて、大した愁きもなく収まる所であったのに、エエ、残念とも心外とも今更譬うる言葉もない、思えば実に不運不幸な女ではある、幾年幾月、艱難辛苦、唯其の身の濡衣を乾し度いばかりに、自ら密旨と称して命がけの誓いを立て、屈せず撓《たゆ》まず只管に自分を苦しめ、ヤッと其の密旨の届く可き間際まで漕ぎ附けたのに、却って悪人や悪き事情などの為に妨げられ、到頭密旨の届かぬ者と断念し、其の絶望の余りに、遂に還らぬ冥界へ身を投げたとは、真に千古の恨事と云う者、此の様な哀れが又有ろうか、思えば思うだけ、察すれば察するだけ、余は益々秀子の傷わしさが身に徹《こた》え何が何でも此の儘に捨て置く訳には行かぬ、余自らも塔の底へ降って見よう、出る事が出来ずして秀子と共に死ねば死ねだ。
 今から思えば実に乱暴な決心ではある、併し此の時は乱暴とは思わぬ、秀子の後を追い塔の底へ降る外には、広い世界に余に行き所はない様な気に成って了った、降って行って、間に合うやら合わぬやら、其の様な事は夢中である、既に秀子の死んだ後で、余は其の死骸の傍へ着き、呼《よ》び活《い》かする事も出来ず、余自ら死ぬるにも死ぬる道なく、生きて塔の外へ返るにも返る道のない、如何とも仕難い場合に立ち到りはせぬかなどとは露ほども心に浮かばぬ、唯一心に塔の底、塔の底と叫びつつ、上の時計室へ登って行った。
 時計室へ登って、何うして塔の底へ降る事が出来る、昔から塔の底にありと言い伝えらるる大なる秘密を探らんがため、降り行かんと企てた者が幾人と云う数知れずで、而も一人たりとも降り得た者はない、若し有れば昔に於ては此の塔を建てた此の家の先祖一人、而も其の人は出る事が出来ずに死に、今の世では秀子一人であるけれど、余は唯彼の咒語にある「鐘鳴緑揺」と云う文句が便りだ、時計の鐘の鳴る時に、緑色の丸い戸の様な盤が動き出し、其の間から「微光閃※[#「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、よみは「よく」、184-上21]」と有る通り、外の明かりが差し込んで見ゆる事は曾て見届けた所である、其ののちも其の前にも秀子から能く此の咒語を研究せよと告げられたのを今まで研究も何もせずに捨て置いたのは残念であるけれど、ナニ熱心に考えて見れば分らぬ事が有る者か、何でも緑盤の動くのが出発点だ、薄明かりの差す其の穴から潜り込めば「載升[#底本では「載昇」]載降階廊迂曲」など有った通り、昇ったり降ったり、迂《めぐ》り曲った道が有るに違いない、最う何でも時計の鐘の鳴る刻限だから長く待つにも及ぶまいと、先ず自分の時計を検めると丁度午後の一時より五分前だ。
 一時の鳴るが合図であると、殆ど競馬の馬が出発の号砲を待つ様に、余は張り切って緑盤の許に行き、今にも一時の鐘が鳴るか、今にも一時の鐘が鳴るか、今にも緑盤が動くかと、見詰める目に忽ち留る一物は、緑盤の縁に介《はさ》まって食出《はみだ》して居る絹の切れで有る、見紛う様もない日影色の地合は確かに秀子の着物である。
 余は之を見ると共に胸が張り裂ける様に躍った、今更怪しむ迄もない様な物の之で見れば秀子が此の緑盤を潜って塔の底へ降った事は最早火を見るより明らかと云う者だ、此の所を潜る時に、被物の端が緑盤へ引っ掛かったのを、秀子は其のまま引きちぎって進んだのだ、愈々以て猶予はならぬと、余は其の絹切れを手に握り、時計の鳴るを待つ間もなく、一時とはなった、時計の鐘は鳴った、緑盤は動いた、手に握って居る日影色の絹は盤の動くと共に脱け出て余の手の中に帰した。

第百五回 時計の囚人

 時計の音と共に此の緑盤の動くを見るのは今が二度目だ、此の前にタッた一度しか見た事は無い、何処まで動いて其のあとが何の様になる事か其の辺は少しも知らぬ、けれど動く途端に其の隙間から潜り込めば宜いに違いないと余は唯此の様に思い詰めて居る、午後の一時を打つ時計の音はサア潜り込む合図である。
 余は嬉しやと緑盤に手を掛けた、所が緑盤は僅かに全面の十分の一にも足らぬほど開いて其のまま止まって了った、全面の直径《さしわたし》は凡そ二尺余りも有ろうか、切めて是が七八分通りも動き、隙間が一尺五寸ほどにでもなれば潜り込む事は出来るけれど、僅か十分の一即ち二寸ぐらい開いた丈では、余は手品師でないから到底潜り込む訳に行かぬ、併し日頃自慢の大力で無理にも引き開くれば開かぬ事も有るまいと、宛かも東洋の神話に在る手力雄尊《たちからおのみこと》が天の岩戸を引き開けた様な権幕で緑盤を開けに掛かった。所が緑盤は仲々堅い、余の力も全く無益である、のみならず頓て時の鐘の響が段々に消えると共に緑盤は後戻りを始め、次第に塞がって了おうとする、幾等抵抗しても其の甲斐がない、達って抵抗して居れば余の手が秀子の被物の様に挾み剪《き》られて了うばかりである、エエ残念だと泣かぬ許りに余は手を放した、緑盤は元の通りに塞がった。
 実に合点が行かぬ、何故緑盤は是だけしか開かぬで有ろう、此の前に見た時は随分潜り込む事も出来るほど開いたのに、さては秀子が、若しや自分の後を余に追っ掛けられるかも知れぬと察して、何うか云う工合に機械を狂わせ、充分には開かぬ事に仕て了ったのか知らん、夫とも少し許り開いた所で其の中へ手でも入れ、何処かに隠れて居る錠前を脱すとか、機械の一部分を止めるとかせば旨く緑盤が脱れて了うのか知らん。
 様々に心を絞るけれど仕方がない、緑盤は全く鉄壁の有様だ、此の上は唯二時の鳴るのを待つ外はないであろう、遺憾ながら余は二時を待った、一刻千秋の思いとは此の事であるけれど、終に千秋は経た、二時は鳴った、緑盤は再び動いたけれど、悲しい哉、其の動き方は殆ど前と同じ事で唯前に比べて見れば一寸ほど余計に開いたに止るのだ、二寸に二寸、合わせて四寸の隙間とは、前よりは丁度倍であるけれど、四寸の穴からは未だ潜り入る事が出来ぬ、此の時も矢張り一時の時と同じ事で余は唯失望を重ねる許り、又も千秋二千秋の思いで三時を待ち、三時に失望して四時を待った、此の様な詰らぬ事は前後にない。
 併し三時四時と待った為に聊か発明した所が有る、緑盤は時計の鐘が一つ打つ毎に二寸位づつ動くので二時の時は一時より二寸多く開き、三時は二時より又二寸多く、四時は又夫よりも二寸を増し凡そ八寸程開いた、此の割で見ると五時には一尺、六時には一尺二寸爾して十二時には終に全く開いて了うのだ、必ずしも秀子が機械を狂わせた訳ではなく、機械の本来の仕組が爾成って居るのだ。
 斯う思うと共に余は二個の事を発明した、其の一つは、秀子が此所を潜ったのは朝の十時から昼の十二時までの間である、即ち余が茲へ来るより少し許り前であった、十時より前には緑盤の隙間が狭いから如何に女の優かな身体と雖《いえど》も這入る事の出来なんだ筈である、其の二つは、余が潜るにも今夜の十時以後でなくばならぬ、十時には二尺開くだろうから、何うか斯うか潜れよう。今から、十時まで空しく待つとは殆ど堪え難い所である、けれども待つ外に仕方がない、十時までの間に塔の底で、秀子の身が何の様になるかと思えば真に矢も楯も耐まらぬ思いである、けれど力の及ばぬ事は嘆いても詮がないゆえ、漸く我慢して十時を待つと云う事には決心したが、さて斯うなって見ると、初めて自分の身体が一方ならず疲れて居る事が分る、腹も空いて居る、眠さも余ほど目に借り越しになって居る、今まで夫を感ぜずに悶いて居られたが不思議である。
 兎も角身体の精力を回復せねばと、此所を立ち去って食事もした、余所ながら叔父の病状をも見舞って、最早気遣わしい事もないとの旨を聞き定めた、爾して自分の居間に入り、九時半には起こして呉れる様に目覚時計を強く掛けて置いて、身を横にした。
 三〇分と経ぬ様に思ったけれど目覚しに起こされて跳ね起きるや早九時半で、何だか電気の鬱積した様に甚く頭が重い、窓を開けて外を見ると、冬の季には珍しい天候で、空は墨を流す様に黒く、爾して雲の割れ目から時々電光が閃き、遠い雷の音も聞こえる、是が真の荒れ模様と云うのだろうと余は気象の事には素人なれど斯う思ったが、後に千八百九十八年の異様なる天候として気象雑誌などに甚く書き立てられたのは即ち此の夜の天候である、此のとき英国に居た人は此の夜が如何なる荒れ方で有ったかを充分覚えて居るだろう、けれど余は天候などは気にも留めず、唯是より塔の中へ入るに就いては、先に養蟲園の経験も有り、燈明の用意だけは充分にして置かねばならぬと思い燐燧の箱を詰め替えて、爾して忍びの蝋燭も半打《はんだあす》の包を其のまま衣嚢に入れ、愈々冥途の探険と云う覚悟で再び時計室へ登って行ったが丁度十時を打つ時で、有難や緑盤は余の思った通り二尺ほど開いた、其の中へ入って其の後は何うなるか其の様な事には頓着せぬ、蛇の這う様にして何うやら斯うやら其の中へ這入ったが、穴の内部には釘を連ねた忍び返しの様な遮りが有って余の着物は之に掛かった、秀子の被物がちぎれて居たのも之が為であろう、併し斯の様な事は物ともせぬ、被物は割ける儘に引きちぎったが唯驚いたは緑盤の内部である、緑盤の内部は即ち時計の内部で、前後左右に様々の機械が有って、動く度に突き当り、身を伸す事も出来ぬ、爾《さ》りとて背後に引き返さすには早や緑盤が塞がって了い、上にも下にも是より先へ行く可き道はない、全く窄《せま》い穴の中に這入ったので、時計の内部へ囚人と為ったのと同じことだ。

第百六回 塔の底の秘密

 時計の中の囚人とは、余り聞いた事のない境遇である、余は茲で読者に告げて置くが、十時より十二時まで、即ち満二時間の長き間余は囚人の儘で居たのである。
 第一に余は蝋燭を点して見たが、天地は四尺ほどである、無論起って歩む事は出来ぬ、左右は壁で、叩いて見ると厚い石の様である、勿論破る事も動かす事も出来ようとは思われぬ、奥行は幾間あるか暗くて見えぬけれど、此の突き当りは即ち時計の時刻盤の裏に違いないから深くも二間以上ではあるまい、余を囚人にして此の牢屋は四尺の天地左右で二間足らずの奥行きなのだ、而も此の隘《せま》い所に鉄の棒や歯の附いた車の様な物が所々に突き出て居る、云わば一種の機械工場とも云う可き光景なのだ。
 余の前に松谷秀子が此の仮想的牢屋へ入ったに違いないが、茲から何所へ行っただろう、此の中で蒸発して了うに非ざるよりは何所にも脱け路がない様に思われる、咒語の文句を考え合すと「鐘鳴緑揺」の次に「載升載降」と有るけれど登る所も降る所もない様に思われる「階廊迂曲」などとは何の階廊であろう。
 若し単に物好きの為に此所へ入ったのなら、余は恐ろしさの為に少しも前へ進む心は出ず、必ず十一時の鳴るを待ち、緑盤の揺く間から元の室へ逃げ帰ろうと云う一心になる所であるけれど、物好きドコロではなく、秀子が此所から塔の底へ潜り込んだかと思えば微塵も引き返す心はない、何うしても此の時計の中の秘密を解き、進めるだけ進む路を見出さねば成らぬ、進んで此の家の先祖と同じく終に還る路を失い、塔の底で叫び死ぬるは少しも厭わぬ、否、厭わぬではない、ドダイ其の様な気の弱い事は思い出しさえもせぬのだ、心が全く秀子の事に満ち塞って居るのだから思い出す空地もないのだ。
 何でも何所かに秘密の路が有ろうと蝋燭を振り照らして改めると、聊か思い当る所が有る、時計の音と共に揺いた彼の緑盤の裏に、大きな鉄の鎖が附いて居る、何の為の鎖だろうと第一に怪しむ気が出た、緑盤の動くと共に此の鎖も動く事は必然だが、爾すれば鎖の先に何物をか繋いであって、其の物も亦動くで有ろう、此の鎖が何よりの手係りで有ると、其の鎖を握って引いて見ると、勿論ビクとも動きはせぬけれど、ズッと此の室の奥の方まで行って居る事は分る、奥の方の何所へ行って居る、隘い所に身を屈めて深入りして見ると、分った、鎖は一個の鉄の歯車へ着いて居る、此の歯車が廻るに従い鎖が之へ捲き附いて短くなるから夫で緑盤が揺くのだ、シタが此の歯車の歯は何の為に附いて居るだろう、更に他の車を廻す為か或いは他の車に廻される為としか思われぬ、爾だ此の歯車の次にズッと小さい歯車が有り、其れから又鎖を引いて、其の鎖の端が横手の石の壁へ繋いで居る。
 是は不思議だ、石の壁が動けば兎も角、若し動かぬなら此の鎖も動かぬから小歯車も大歯車も、従っては緑盤も、動き得ぬ筈である、ハテなと思って精密に石の壁を検めると、読めたぞ、読めたぞ、壁の其所が何うやら戸に成って居る様だ、アア時計の音に連れ此の戸が開くのだ、開くからして其れに連れて鎖も大小の歯車も緑盤も皆動くのだ、余は之だけの発明に大なる力を得て、更に綿密に其の辺を検めたが、歯車の割合で考えて見ると緑盤が一尺動くと共に此の壁の石の戸が僅かに三寸しか開かぬ勘定だ、是は聊か心細い、縦しや時計が十二時を打って緑盤が皆開いて了ったとて此の戸は凡そ七寸位しか開かぬ、七寸だけ開いたでは通り脱ける事は出来ず、殆ど何の役にも立たぬが併し秀子が此の室に居ぬからは茲を脱けたに相違なく、猶余の目に見えぬ所に、何等かの仕組が有るに相違ない、十一時の鳴る時には自から合点の行く所も有ろうから夫までに猶篤と検めて置かねば成らぬ。
 斯う決心して一入熱心に検めたが此の上は別に合点の行く所もない、唯一つ分ったのは、戸の一方に、半鐘としては小さく呼鈴としては、大きい鳴物が附いて居る、之が時を報ずる鐘であろう、此の鐘も戸の動くと共に鳴るのだ「鐘鳴緑揺」の意味も益々明白に成って来る、シタが此の鐘を打つ撞木《しゅもく》は何所に有ろう、アア戸の表に十有二個の凸《つき》出た所が有る、此の凸点が順々に鐘に当るのだ、併し此の凸点が有る以上は、之が邪魔して戸が壁へ這入る事が出来まいと思われるが、其れとも鐘の鳴る頃には壁の一部が何うか成って此の凸点が邪魔に成らずに戸が壁へ這入るか知らん、此の辺の細かい事は到底鐘の鳴る時までは分らぬ。
 最早鐘の鳴る時を待つ一方だと、気を落ち着けて蝋燭を床へ立て、爾して自分の時計を出して検めると、茲へ入って確かに一時間は経った様な気がするけれど未だ三〇分しか経って居ぬ、僅かに十時三〇分である。
 猶だ更に是ほどの時間が経たねば鐘は鳴らぬか、待ち遠しい事だと思って、待って居ると、天井の何所かから電光《いなびかり》が差し込んで、続いて一方ならぬ雷が聞こえる、此の向きでは外では定めし風も吹いて居よう、雨も降って居よう、併し鉄と石とで堅めた室だけに雨風の音は分らぬが、雷の響は非常である、余は思わず頭《こうべ》を垂れて居たところ、其のうちに今までの蝋燭が燃えて了って室は真暗な闇と為ったけど蝋燭の用意は充分だから敢て驚かぬ、悠々と次の蝋燭を取り出そうと、衣嚢の中を探って居ると、此の時又更に大きな雷光が差し殆ど目の眩めくほどに光った。之が天の助と云う者か、此のお影で今迄蝋燭の光に見えなんだ深い深い塔の底の秘密が殆ど歴々《ありあり》と余の目に見えた。

第百七回 一種の叫び声

 何が幸いになるかも知れぬ、差し込んだ雷光が余の為には天の詫宣《おつげ》であった、此の光で塔の底の秘密が見えた。
 此の時まで余は、自分の蹈んで居る床が何の様に為って居るか少しも心附かなんだが、俯向いて居る所へ何千何百万燭光とも譬え様のない強い光が閃き込んだので、床の有様が歴々と見えた、即ち角な木を格子の様に組んだ者で木と木との十文字の間に網の目の様に穴が明いて居る、何の為だか知らぬけれど或は埃の溜らぬ用心ででも有ろうか、此の穴から光は尚深く、底の底まで差し込んだ、勿論少しの間では有るけれど、余はチラリと見て取った、其の底の底に何でも石の階段とも云う様な段々が有る、是が咒語に在る「階廊迂曲」に当るのだろう。
 爾して其の下に人だか何だか兎に角着物を被た者が横たわって居る、或は之が秀子では有るまいか、勿論見直す暇のない間に電光は消えて、元の暗闇になったから、少しも取り留めた所はないが或いは秀子が早や毒薬を呑んで、死んで斃れて居る姿であったかも知れぬ、斯う思うと真に気が迫られる、一刻も早く塔の底へ降って行き度い。
 けれど十一時が打たねば何うする事も出来ぬ、再び蝋燭を点し、時計の鐘が鳴れば直ぐにと用意の調った所で、嬉しや十一時は打ち初めた、見て居ると予算の通りだ、鐘の音の一点毎に壁の戸が六七分ぐらいづつ開く、全く緑盤の動き方の三分一ほどに当るのだ、併し是では十一度打った所で一尺とは開かぬが、何うか開け放す工夫は有るまいかと、手を添えて戸を引き開ける様にするけれど、戸は余の力では少しも動かぬ、唯鐘の声と一所に動くばかりである、爾して其の動く度に、壁の端に空所が出来て、戸の表に有る十二個の凸点が差し支えずに一個々々其の空所を通って行く、実に精巧な仕掛けである。
 頓て凸点は十一だけ壁の中へ隠れて了った、戸は七八寸開いた、茲ぞと思って余は再び戸に力を加えたけれど悲しや、早や凸点の通過する壁の空所が塞って、最後に残って居る一個の凸点が之に支え、到底開く可き見込みがない、アア待ちに待った十一時は鳴ったけれど、余は此の関所を通り越す事が出来ぬ、恨めしいとも情けないとも殆ど言い盡す言葉がない。
 けれど余は漸く合点が行った、今のは十一時で有ったから、十二の凸点が一個残り、之が閊《つか》えて戸を開け放す事が出来なんだけれど、若し十二時になれば意地の悪い凸点が悉く隠れるから戸は人の力で充分開け放す事が出来るのだ、斯う思って再び戸を見ると戸は自然に後へ返り、早や元の通りに閉じて了った、幾等泣いても悶いても仕方がない、唯十二時を待つ許りだ、十時に這入って此の窮屈な所に十二時まで待つとは、日頃なら到底出来ぬ辛抱だ、と云って出る所もないのだから出来ぬ辛抱を余儀なく強いられるのだ。
 此の間の余の煩悶は管々しく書くに及ばぬが凡そ三千年も経ったかと思う頃漸く十二時とは為った、全く余の見抜いた通りである、鐘の音の十二鳴り盡くすと共に十二の凸点が隠れて了ったから、余は戸に手を掛けて引き開けたが、意外に軽く、突き当るほどに開け放れた、一人も二人も通過する事の出来る広さである、余は雀躍《こおどり》して茲を抜けたが、是で見ると此の関所は十二時でなければ出入りの出来ぬ所だ、秀子が茲を通ったのは真昼の十二時で有ったのか、爾すると明日の真昼までは此所を出る事が出来ぬか知らん。
 戸の外は矢張り、立つ事の出来ぬ、狭い低い穴である、併し之から塔の底へ行かれるに違いないから、余はホッと安心したが、雷は少しづつ鳴って居る、其の音の塔の中へ響ける様は、宛も塔の霊が余の這入ったのを怒って、唸るのかと疑われる、頓て穴を一間も歩むと、頭の支える広い所へ出て、下へ降る階段の上へ立った、余は一歩之を降り掛けて考えた、咒語には「載升載降」と有った、降る前に何処か登る所の有る可き様に思われるが、少しも登らずに直ぐに降るとは、本統の道で有るまい、若しや此の前に何方へか登る路が有りはせぬかと、今度は左右の壁を検めつつ取って返した、有るぞ有るぞ、狭い穴の右手の壁に、更に狭い穴が有って岐路《えだみち》になって居る、見れば斜に上の方へ登るのである、何でも之に違いないと其の穴へ潜り入ったが、其の狭い事は全く筒の中を抜ける様で這って行く外はない、けれど幸いに之は短く、僅かに一間半ほど行くと、又も立って歩まれる丈の広さと成った、余は暫く立って、若しや塔の底から何かの物音が聞えはせぬかと耳を澄して居たが、此の時、又も強い雷が霹靂《なりはため》いて、爾して何所から聞えるか知らぬけれど、一種の非常に鋭い叫び声が聞えた、人の声か獣の声か、殆ど判断出来ぬ、其の物凄い事は人ならば確かに絶命の声である、決して平生に出そうとて出る声でない、獣ならば他の強い獣に捕われ、締殺される時の悲鳴ででも有ろう、其の長引く様が、余の全身の神経へ悉く響き渡った、余は殆ど進むにも進まれぬ思いがした、抑も何の声であろう。

第百八回 宝の意味

 何者の叫ぶ声だか、余は深く懼れを催した、けれど到底確かめる事は出来ぬ、或は秀子が塔の底で何か危い目にでも遭ったのかと此の様な疑いも湧き起った「秀子さん、秀子さん」と二声呼んで見たけれど、自分の声さえ恐ろしげに響くばかりで何の返事もない。
 兎に角此の様な事に時を費して居られぬから其のまま歩み続けたが、茲から先は唯一筋の階段で塔の上へ登る許りだ、別に迷う様な岐路もない、軈て塔の絶頂だろうと思う所へ着いた、茲は五六畳かと思われた座敷に成って居る、定めし外を眺める窓なども有ろう、昼間茲から眺望すれば何れほどか宜い景色だろうと、世話しい間にも此の様な事などを思ったが、此の座敷を一巡して見ると一方に、今来た路より更に険しく降る所がある、アア「載升載降」とは之だと思い、此所を降り初めた、大凡の見当で、元来たよりも幾分か余計に降ったと思う頃、又も一個の室とも云う可き平な床へ降り着いた、熟く視ると此の室は八角に出来て居て、其の一角ごとに一個の潜戸が附いて居る、詰る所、余は上から降りて来て茲へ這入った戸口の外に七ケ所の戸口が有るのだ、どの戸口を潜れば好いか更に当りが附かぬ、又も咒語に頼る外はないと思い、能く考えて見ると確か「神秘攸在、黙披図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-上2]」とあって図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-上2]をさえ見れば分ると云う意味で有ろう、成ほどアノ図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-上3]は唯見てこそ分らぬが、此の室へまでの道路の秘密を心得た上此の室で披《ひら》いて見れば随分思い当る所が有ったかも知れぬが、悲しい事には今はないのだ、虎井夫人が竊《ぬすん》で養蟲園へ送って遣ったのだ、其ののち何う成った事で有ろう、今更悔んでも仕方はないが、此の様な事と知らば、アノ図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-上7]をも咒語と同様に暗記して置く所で有った、爾だ秀子が能く図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-上8]を研究なさいと云ったよ、其の言葉にさえ従って置けば此の様な当惑もせぬのにと、余は心底から後悔した。
 何でも此の様な時には気を落ち着けねば可けぬ、急げば急ぐだけ益々迷うのだからと、静かに時計を取り出して磁を検め方角を判断した、方角は分ったが其の上の事は更に分らぬ、併し此の室は塔の何の辺に当るで有ろう、何うも時計室の直ぐの下に在る余の居間と凡そ並んで居るではなかろうか、升《のぼ》り降りは階段や廊下の長さで大抵其れ位に考えられる。
 果たしてそうとすれば、之が余の室の背後である、余の室は既に記した通り、四方とも縁側の様な廊下に成って居て、其の一方だけが、塞がれて物置きとせられて居るが、其の物置きの背後が何の様に成って居るかは今まで深く考えた事もない、単に余の室より外に室はない事の様に思って居たけれど塔の面積から考え合わすと仲々其の様な事ではない、物置きの背後の方に、余の室の倍より以上の室が有り得べき筈だ、今升ったり降ったりして来た道を考えても塔の中に様々の室があることが分る。
 此の様に思案して居ると、再び以前の物凄い叫び声が聞えた、今度は前ほど鋭くなく、殆ど病人の呻吟《うめ》き声かとも思われ、爾して続き方も以前ほど長くなく少しの暇に止んで了った、余の見当に由ると何うしても今の声は余の居間で発した者だ、決して塔の底の方でもなければ上の方でもない、ハテナ、余の居間へ如何なる怪物が入り込んで居るだろう、斯う思うと引っ返して見届け度いような気もする、けれど明日の昼の十二時までは塔の此の部分から出る事は出来ぬのだから我が居間の事などは思うだけ無益である、其れよりは早く塔の底へ降らねば成らぬ。
 図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-下9]がなくては如何とも仕方はないが、兎に角、八所《やところ》の戸を悉く開いて検めるが第一だ、其のうち一ケ所は今上から降りて来て這入った所だから検めるには及ばぬ。
 残る七ケ所を一々検めた、中には鼠が巣を作った跡の見える所も有る、成るほど鼠なら此の塔の秘密を知って居よう、鼠が言葉を解する者なら問うて見るのになど呟きつつ検めて最後の一ケ所と成ったが、有難い、此所には熟く視ると埃に印して足跡が附いて居る、確かに女の穿く踵の小さい靴である、之が秀子の足跡でなくて何であるか、余は真に神に謝した、最う秀子の居る所は分った、彼女は兼ねて充分に図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、190-下18]をも研究して居たに違いないから、迷いもせず一筋に塔の底へ降ったのだ、此の上は此の足跡を見損ぜぬ様に、尾けて行けば其れで良い、蝋燭を振り照し、宛も猟犬が獲物の足跡を尋ぬる様に、注意に注意して降った、イヤ是から先の入り組んで居る事は、八陣を布いた様だ、小路の上に小路があり、或いは右、或いは左、忽ち登り忽ち降ると云う様で、足跡の助けなくば到底も行かれる事ではない、全体先あ何の必要が有って斯うも迷い易い面倒な道を仕組んだので有ろう、若し言い伝えられて居る通り大きな宝を隠す為とせば、其の宝は余ほど貴重の物でなくては成らぬ、咒語に「明珠百斛」などと有ったが、是が其の宝の意味か知らんと、余は益々怪しく思った。

第百九回 骸骨が錦を被て

 真に八陣の様に入り組んだ廊下や階段を廻っては降り、降っては又廻り余は遂に之が最後の降り路で有ろうと思われる大理石の階段の上に立った。
 茲で熟く考えて見ると、大抵此の辺が塔外《そと》の地盤と平均して居るらしく思われる、是から下は地へ掘込んだ穴倉の様な所に違いない。
 何れほど深く穴倉へ這入るのかと、怪しみつつ其の石段を降り初めたが、又思うと此の石段が、確かに先刻|電光《いなびかり》が差し込んで、深く深く余の目に映じた其の階段に違いない、勿論アノ時は唯チラリと見た許りで、能くは見て取り得なんだ、けれど頗る様子が似た様に思われる、シテ見ると、人だか何だか着物を被た者が横たわって居る様に見たのも、此の石段の下で有る、若しや秀子で有ろうかと見直したけれど、其の時は早や電閃《いなずま》の光が消えて見る事が出来なんだが、之を降り盡せば其の横たわって居る一物を確と見届ける事が出来る、爾う思うと余は神気平なる能わずと云う様で、何となく薄気味悪く、胸も切に騒ぎ出した。
 一段、又一段、愈よ段の下に着いた、正しく人の様な者が横たわって居る、蝋燭の光で見ると、其の着物が昔の錦襴の様な織物で有る、秀子の衣服とは全で違う、ハテなと思って余は、其の背だか何所だか手の当るに任せて引き上げて見たが、着物は余ほど古いと見え、朽た木の葉の破れる様に音もなく裂けて来る。
 此の時、大方蝋燭が盡き、殆ど手に持って居るが六かしくなったから、更に新たなのを点け替て、此の人の頭の方を検めに掛かったが、余は尻餅を搗《つ》かぬ許りに驚いた、何うだろう、人と思ったのは幾年を経た骸骨で、晒しも切らずに黒く固まって居る、アア骸骨が錦を着て塔の底に寝て居るとは聞いた事がない。
 けれど余は直ぐに思い出した、此の骸骨が昔此の幽霊塔を立てた此の家の先祖に違いない、塔の底へ這入ったまま、出る事が出来ずして、助けを呼びながら死んで了い、其の死骸は今日まで取り出す事が出来ずに在ると世の伝説に残って居るのが此の不幸な骸骨である、死ぬるまでに何れほどか残念であったやら、何れほどか悶いたやら、定めし其の恨みが今も消え得まいと思えば哀れにも有り、恐ろしくも有る、けれど余は猶此の上を見極めずに此の所を離れる事は出来ぬ、宛も目に見えぬ縄を以て死骸の傍へ縛り附けられた様な工合に、只|躄《すく》み込んで殆ど身動きも得せずに其の死骸の顔を見るに、何れほどか恨めしく睨んだであろうと思われる其の眼は単に大きな穴を留むるのみで、逞しい頬骨が最と悔しげに隆起して居るのも、其の時の痛苦の想像せられる種になる。
 爾して猶だ驚いた一事は、骸骨の右の手が、堅く握った儘で、其の握りの中に古い銅製の大きな鍵を持って居る、何の鍵かは知らぬけれど、若し咒語に在る「明珠百斛、王錫嘉福」の語が、此の塔の底へ宝を隠して有る謎とせば、此の鍵は其の宝を取り出す為の鍵であろう、アア此の人や、生前に其の宝を隠さんが為に、斯様な異趣異様の塔を立て、自ら其の底に死し、猶足らずして、白骨と為って後までも宝庫の鍵を確《かた》く持ち、爾して髑髏の目を凹まして此の入口に見張って居るとは、宝に奇妙な因縁の生まれでは有ると、余は感慨に堪えぬ想いがした。
 兎も角も此のまま置くとは何とやら其の人の冥福にも障る様な気がしたから余は手巾を取り出し、骸骨の顔を蔽《かく》し、回向《えこう》の心で口の中に一篇の哀歌を唱えた。
 何分にも永居するに堪ぬから起き上り、最早此の辺に秀子の居る可き筈であると四辺を見廻したけれど何分にも蝋燭の光が弱く、一間と先は見えぬ、蝋燭を高く持てば自然と遠く其の光が達する筈と、頭の上へ差し上ようとしたが、忽ち天井へ支えて燈は消えた、爾だ茲は穴倉である、天井と床との間が僅かに六尺ほどしかない、三たび燈光を点け直し、静かに検めると、此の室の広さは分らぬけれど、壁に添うてズッと奥まで緋羅紗で張った腰掛台が列《つらな》って居て、其の前に確かに棺だろうと思われる大きな箱が、布の蔽に隠されて並んで居る、此の箱に何が収って居るかは余の問う所でない、余は唯、秀子は、秀子はと目を配るに腰掛台の端の方に伏俯向いた一人の姿は、見擬う可くもない秀子である、秀子、秀子、何が為に俯向いて居る、何が為に身動きもせぬ、若しや既に事切れとなった後にはあらぬかと、余は其の所へ馳せ寄った、爾して秀子の手を取ったが、悲しや其の手は全く冷え切って居る。

第百十回 毒蛇でも捨てる様に

 取った手先の冷え切って居るのは全く事切れた後の様では有るけれど、余は何となく秀子の身体に猶だ命が籠って居ると思う。
 真に秀子が死んだのなら、余は自ら制し得ぬ程に絶望すること無論であるけれど、何と云う訳か爾ほどには絶望せぬ、随分呼び活《い》ければ生き返る様な気がする。
 片手に冷えた手を持った儘に四辺を見ると、多分は秀子が持って来たのであろう、腰掛台の上に手燭がある、蝋燭は今より幾十分か前に燃えて了った物らしい、依って余は自分の持って居る蝋燭を其の手燭の上に立てた、猶見れば秀子の頭の辺に当り極小さい瓶がある、之が千艸屋から買って来た毒薬に違いない、既に之を呑んだであろうかとは第一に余の心に起った疑問だが、有難い未だ呑んだ者ではなく、瓶の口も其の儘なら中の薬剤《くすり》も其のままである。
 余は自分の体温を以て秀子を温め活す程に両手を以て死人同様の其の体を抱き上げた、オヤオヤ手先の様に身体は冷えて居ぬ、通例の人の温さも有れば何だか脈なども打って居るようだ「秀子さん、秀子さん」穏かに呼んで見ると、秀子は薄く目を開き、聞えるか聞えぬか分らぬ程の細い声で、全くの独語の様に「茲は死んだ後の世界か知らん」と呟いた、余は此の様に身も魂も溺れる程の愛情が湧き起り、充分親切な言葉を以て慰めて遣り度く思ったけれど、悲しや権田時介との堅い約束が有って、露ほども情の有る親切な言葉を掛けては成らぬ、アノ約束の辛い事が今更のように浸々《しみじみ》と身に徹《こたえ》たけれども仕方がない、唯当り前の言葉を以て「イイエ死んだのでは有りません、私が助けに来て、ヤッと間に合ったのです、茲は未だ此の世です」聞えは聞える様だけれど猶半ばは独言で「未だ死なぬ、其れは――其れは大変です、何うしても死なねば成りません、皆なの為に」と呟いた。
 夢寐《むび》の間にも此の語を吐くは如何に思い決して居るかが分る、殊に「皆なの為」の一言は実に秀子の今の辛い境遇を説明して余り有るのだ、其の身に懸る二重の汚名が、到底雪ぐ可き由はなくして其の筋に捕わるれば自分のみか此の家の家名にも、続いては物の数ならぬ余の名前にまでも障る訳だ、四方八方へ気を兼ねて終に死ぬる一方と決心したのは全く余が見て取った通りである、余は熱心ならじとすれば熱心ならぬ訳には行かぬ「イイエ秀子さん、死ぬるには及びません、貴女の濡衣は全く晴れました、ハイ一切の疑いが無実であったと云う事を証拠立ることも出来ます、だから私は其の事を貴女へ告げに来たのです」
 秀子は初めて人心地に返った様で、怪しげに四辺を見廻したが、漸く我が地位を思い出したと見え「アア分りました、茲は猶だ塔の底でしたか、けれど何して貴方が茲へ来る事が出来ました」問う声は依然として細いけれど余ほど力は附いて来た、余「ハイ何うしてとて、貴女の行く先も目的も凡そ推量が附きましたから後を追っ掛けて来たのです、ハイ貴女が茲へ来たのと同じ事をして」秀子「私は茲へ来るのに八時間掛かりました、昼の十二時から夜の八時過まで、ハイ来る路に分らぬ所や錠の錆附いて、開かぬ戸などが幾何《いくつ》も有りまして、寧そ途中で死んだ方が好ったのに」余「最う死ぬなどと其の様な事を云うにも及びません、私は唯貴女の足跡を附けて来たのですから爾ほどの苦労も無かったのですが、夫でも昼の十二時過ぎから今まで掛かりました、時計の秘密を解くことが出来ぬ為に」秀子「でも貴方には到頭、時計の秘密が分りましたネ、何うか早く此の秘密をお解き成さる様にと一頃は祈りましたけれど、今は貴方に此の秘密を悟られぬが好いと思い、私は来る時に、一切の機械を元の通りに直し、十二時が来て自然に戸の開く時までは何うにも仕様のない様に仕て置きましたのに」斯かる問答は岐路《えだみち》と知りつつも「エエ、何うかして、十二時でなくも出這入りする工夫が有るのですか、其れを知らぬ者だから随分甚い目に逢いました」秀子は益々常の心地に復《か》えるに連れ、愈々其の身の位地に当惑する如く「貴方、貴方、丸部さん」と最と鋭く叫んだ、余「ハイ何ですか」秀子「貴方は、日頃の慈悲がお有り成されば是限り何うか私の後を追わぬ様に仕て下さい、此のまま私を立ち去らせて下さい」
 素より承知の出来る請ではない、と云って秀子は余の承知と不承知に拘らず茲を去る決心であることは言葉の調子にも現われて居る。思えば其の決心も決して無理ではない、一旦夫婦約束まで出来て居た余に汚らわしい女と思われ愛の言葉さえ掛けられぬ様に成ったと知って、何うして茲に居られよう、殊に心の澄み渡るほど綺麗な秀子の気質としては、唯此の一事のみの為にも深く心を決す可き筈である。
 之を思うと余は愚痴の様だけれど益々権田時介との約束が恨めしい、茲で情けある言葉を掛け我が愛にも尊敬にも、少しも変る所はないから矢張り未来の妻として茲に留まって居て呉れと、何うして言わずに居られよう、約束は何うなろうと、エエ儘よとの一念に余は心も顛倒し、蹙《しが》み附く様に再び秀子の手を取った、然り再び秀子の手を取ったけれども、又思い出して、茲で若し約束を破り其が為に権田時介を怨ませて、彼の恨が余と秀子との上に降り下る事に成れば何うで有ろう、秀子は養母殺しの罪人として、養父殺し未遂の罪人として、牢破りまで企てた稀代の毒婦として再び如何の責苦に遭うも知れぬのみか縦しや世界の果てまで逃れても生涯安心の時はないと、権田の言葉が其のまま胸に浮んで見ると、茲で情ある言葉を掛けるは決して秀子の為ではなく却って其の仇に成ると云う者、真に秀子を愛するならば、邪慳に余所々々しく突き放して了わねば成らぬ、と忽ち斯う思って余は秀子の手を投げ捨てる様に放して了った、何たる人を馬鹿にした仕打ちと見えるだろう、秀子若し心が落ち着いて居て、余が斯く毒蛇でも捨てる様に秀子の手を投げ捨てた仕打ちに気が附いたなら是切りで心底から余に愛想を盡すだろう、イヤ昨夜より既に愛想を盡して居るけれど、更に其の上に生涯の敵だとまで余を憎み賤むに至るであろう、余の地位の辛さも決して秀子に劣りはせぬ。

第百十一回 密旨の一部分

 秀子は心の騒いで居る際ゆえ、余が毒蛇でも捨てる様に其の手を放した振舞には気の附かぬ様子である、之だけは有難い、けれど其の手の放されたを幸いに早や立ち去ろうと身構えて居る。
 余は厳重な言葉で「秀子さん命を捨てるの身を隠すのと少しも其の様な事をするに及びません」と云いつつ、秀子が置いて有った彼の毒薬の瓶を手早く取り上げ、自分の衣嚢へ隠して了った、秀子は其れと見たけれど強いて取り返そうともせず、唯何か合点の行かぬ様に考え「オヤ私は――貴方の来る前に何で其の薬を呑まなんだでしょう、貴方の来た時私は何様な事をして居ました」と問うた。
 成ほど是だけは余も合点が行かぬ、余の来る前に何故に毒薬を呑まなんだで有ろう、毒薬を呑まぬ者が何故死人同様の有様で茲へ倒れて居ただろう、秀子は漸く思い出したと見え「アア分りました、瓶を取り出したけれど、此の世を去る前に、神に祈り此の身の未来を捧げねば成らぬと思い、長い間祈って居ました、爾して愈々と其の瓶を取り上げた時に、恐ろしい電光が差し込み、此の室まで昼の様に明るく成ったと思いました」如何にも、余が塔の時計の中から、遙の真下に此の室の石段を窺き得たのと同じ時で有ったに違いない。
 秀子「其の時限り何うしたのか、私は何事もおぼえませんでした」
 扨は其の時電気に感じて忽ち気を失って居たのである、直接に電気に打たるれば即死し、打たれる迄に至らずして震撼せらるれば気を失うこと、外にも例の有る所である。
 其れにしても実に不思議と云わねば成らぬ、丁度毒薬を呑む間際に気を失い、余が助けに来た時まで、毒薬をも呑まず何事をも知らずに倒れて居たとは天の助けとも何とも譬え様がない、若しアノ時に強い電光が差し込まなんだなら何うであろう、余は茲へ来て秀子の死骸を見出す所であった、之を思うと真実神に謝する心が起った、余「秀子さん其れこそ神が貴女の祈りを聞し召して救いの御手を差し延したと云う者です、斯くまで厚く神の恵みを得る人は千人に一人と云い度いが、実は万人に一人もない程です、之に対しても貴女は死ぬの、身を隠すのと其の様な了見を起しては成りません」
 此の諭しには深く感じた様子で、立ち去ろうと構えて居た身を、再び腰掛の上に卸し、暫く目を閉じ胸を撫で、漸く心の落ち着くと共に更めて神に謝した、余も共々に祈って居た。
 頓て祈り終ると徐に余に向い「丸部さん、貴方が茲へ来て下さったので私の密旨の一部分は届きました」余は合点の行かぬまま「エエ」秀子「イエ私の密旨は三つ有りますが、三つとも届かずに此の世を去る事と思いましたのに一つだけ届く事に成ったのは、成ほど神の救いです」余「一つだけとは何の事です」秀子「ハイ此の塔の秘密として茲に隠されて居る宝を世に出し度いと云うのです、初めは自分で取り出すと云う積りでしたが、貴方にお目に掛かって後は、貴方に取り出させるのが当然だと思い、咒語の意味をお判じ為さいとか、図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、196-上4]を能く研究なさい抔と屡ばお勧め申しました」なるほど爾う勧めたのみでなく、実際咒語と図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、196-上5]とを余の目に触る様にしたのも此の秀子である、余「爾でしたか、私は爾とまで思いませず、図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、196-上7]も咒語も充分には研究せずに」秀子「其れだから私は歯痒い様に思って居ましたが、今は貴方が塔の底の此の室迄お出成さったからは、実際に咒語を解いたも同じ事です」と云い又も言葉を更ためて「丸部さん、私は自分の穢れた名の為に、貴方のお名をも父上のお名をも穢し、申し訳が有りませんが、唯此の塔の底の宝が貴方の手で取り出される事に成ったと思えば、聊か罪を償う事が出来た様におもい、幾等か心が軽くなります」
 言葉の意味は分って居るが、塔の底の宝とは何の事であるか合点が行かぬ、余「エ、塔の底の宝とは」と問い返すと、秀子は呆れる様に目を見開き「オヤ、貴方には未だ之が分りませんか」

第百十二回 夜水竜哭

 真に此の塔の底に其の様な宝が有るだろうか、余は半信半疑である、秀子は此の様を見て悶《もど》かしげに「貴方は其を疑いますか、若し宝を隠す為でなければ何の為に此の様な、人の出入る事の出来ぬ塔を立てたとおおもいなさる」余「イヤ何等かの秘密を隠す為とは思いますけれど、其の秘密が果たして宝で有るとも見認《みと》め得ませんが」秀子「其れだから私が咒語を研究なさいとお勧め申したのです、咒語の意味を能く考えれば明白に分ります」余「何うも私には爾まで明白に解釈する事が出来ません」秀子「では私が此の家に存《のこ》って居る記録や古来人の口に存って居る所などを寄々に取り調べて自分で合点して居るだけの事を申しましょう、最う長く話して居る時間も有りませんから、掻い摘んで申しますが」と、斯う云って秀子は説き初めた。
 秀子「此の家の第一の先祖が昔の国王ランカスター家の血筋から出て居る事は勿論御存じで有りましょうが、其のランカスター家の最後の王であった顕理《へんりい》六世が死する時に、後の王位をヨーク家より争われ相に見えましたから、六世は昔から朝廷に伝わって居る金銀珠玉を取り纒めて悉く此の家の先祖へ与え斯うして置けば縦しや王位はヨーク家に伝わるとも王位よりも値打ちの有る宝物は依然として我が血筋に伝わる訳だと申しました、夫だから咒語に「明珠百斛、王嘉福を錫う」とあるのです、其ののち果たしてヨーク家から王位を争う内乱を起しまして此の家の先祖は朝廷を立ち退き身を隠す事と為りました、其の頃朝廷に出入りする僧侶のうち慾心の逞しい者が有りまして、内乱の軍が猶朝廷へ推し寄せぬ間に、其の宝を取り、之は自分が保管を頼まれたのだと称し、幾頭幾台の馬や車に附けて奪い去ったのです、咒語に有る妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、196-下19]《ようこん》とは此の僧侶を指したのです、けれど此の僧侶も取り出した者の何しろ王位よりも貴《たっと》いと云われる程の宝ゆえ、隠して置く所もなく、殊には内乱の徒が軍資にする為其の宝へ目を附ける恐れが有りますから、止むを得ずして湖水の底へ沈めたと申します、誠に此の先祖と云うは不幸な人で、逃げたまま再び世に出る事が出来ず、配所同様の侘しい所で、空しく宝の安否を気遣いながら死んだとの事ですが、然し其の配所の様な所で実子を一人儲けました、其の実子は父から宝の事を聞いては居ますけれど、何所に何う成って在るかは知らず、是も我子に宝の行方を詮索せよと遺言して死に、其ののち代々子も孫も唯宝の行方を尋ねるのみを生涯の目的とし子々孫々同じ様で暮しましたが、遂に此の塔を立てた人の世と為り、漸く僧侶の仕業で水の底へ沈んで居る事を調べ上げました「妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、197-上6]奪い去りて、夜水竜哭す」とは即ち僧侶が水底に沈めた事を指したのでしょう「言《ここ》に湖底を探って、家珍※[#「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、197-上7]に還る」と有るので、遂に其の人が湖水の中から其の宝を取り出した事が分るでは有りませんか」
 成るほど爾う聞いて見れば咒語の意味は実に明白である、今まで無意味の文字と云われ、或いは狂人が囈言《たわごと》を記したに過ぎぬなどと笑われた彼の咒語は、其の実苦心惨憺の余に成った者で、之を作った当人は一字一字に心血を注いだに違いない、余は之まで聞いて、思わず目の覚めた様な気がして、腹の中に彼の咒語を誦しつつシテ「逆焔仍熾なり、深く諸を屋に蔵す」とは何の意味ですと問い掛けた。
 秀子は事もなげに「其れが此の塔を立てた事を指すのでしょう、記録も色々に成っていて、諸説|区々《まちまち》と云う有様で確かに斯うと断言は出来ませんが、私の最も確実と云うのは此の塔を建てた時代が丁度|閣竜英《くろんうぇる》の革命の時で有っただろうと思います、此の革命と前に宝を盗まれた時の内乱とは二百六七十年ほど時代も違い事柄も違って居ますけれど「逆焔仍熾なり」とは逆徒の勢が仲々盛んだとは閣竜英の徒を指したのでしょう、閣竜英の改革は御存じの通り千六百四十年代の事ですから今より凡そ二百五十年以前です爾すれば此の塔の年齢も今は三百五十歳ほどに当るのです、世間では数千年を経た塔だと云いますけれど爾うは経て居ぬのです、若し其の時に宝が水の底から出たなどと分れば閣竜英に没取せられる事は無論ですから、何うか之を無事に隠して置きたいと云うので此の様な塔を立て、爾して暗に自分の子孫へ知らせる様に、咒語を作ったのです「深く諸を屋に蔵す」との語の中に、深く塔の底へ蔵めて置くと云う意味が見えて居るでは有りませんか」

第百十三回 人生の沙漠

 是だけの説明を聞いて見れば最早咒語の意味は疑う隙間がない、読者は覚えて居るだろうけれど茲に其の全文を再録せん。
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  明珠百斛、王錫嘉福、妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、197-下9]偸奪、夜水竜哭、言探湖底、家珍還※[#家珍還※「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、197-下10]、逆焔仍熾、
  深蔵諸屋、鐘鳴緑揺、微光閃※[#微光閃※「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、197-下11]、載升載降、階廊迂曲、神秘攸在、黙披図※[#黙披図※「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、197-下12]、
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 全く此の家の先祖が国王より賜わった莫大の宝物を此の塔へ隠して置いて、爾して其の旨を子孫へ暁らせる為に作ったのである、先祖代々此の家の当主が相続の時に必ず咒語を暗誦せねば成らぬ事に成って居た仔細も分る、此の塔の底なる、今余と秀子との立って居る此の室に其の宝が隠れて居るのだ。
 秀子は説き終って「此の咒語を解き明して宝を取り出す道を開いたのが、私の密旨の一部です、一部だけでも仕遂げたのは未だしもの幸いゆえ、之を父上と貴方とへの万一の御恩返しと致します」斯う云って未練もなく立ち上った、之で全く此の所を、イヤ此の家を立ち去る積りと見える、余は再び叫んだ「貴女は先刻私が、貴女の身に掛かる濡衣が総て晴れる事と成ったと云ったのを何とお聞きでした、昔の汚名も新しい疑いも悉く無実であると云う事が明白に分る事と為って居ますのに」誠ならば嬉しやとの心、顔には現われねど、何所にか動き立つ様に見えた、秀子「誰れが其の無実と云う事を証明して呉れますか」余「夫は権田時介が」秀子は唯怪訝に、「ヘエ」と云った儘だ。
 余は自惚かも知れぬけれど「私が証明します」と答えたなら秀子が定めし喜んだで有ろうけれど、権田時介が証明するとでは余り嬉しくないと見え、確かに失望の様が見えた、爾して「でも権田さんは其れを証明する代りに何うせよとか斯うせよとか報酬の様に何か条件を附けるのでしょう」其れは勿論である、救うて遣る代りに己の妻と為れと云うのが彼の唯一の目的である、けれど決して妻に成らねば救わぬと云うではない、又救うた報酬に無理に妻にしようと云うでもない、唯救うて遣って其の上に猶及ぶ丈の親切を盡したなら其のうちには秀子が自然と恩に感じ、自分を愛する事に成るだろうと、極めて気永く、極めて優しく、決心して居るに外ならぬ。実に秀子に対しては此の上の恩愛はないので全くの無条件で有る、然り秀子に対しては全くの無条件で、条件は唯余に対してのみ有るのだ、決して秀子の愛を横合いから偸むな、何うでも秀子に愛想を盡される様にせよと唯是だけが余への条件、余が之を守りさえせば秀子は何の約束をもするに及ばぬ、何の条件にも縛られる事はない、余は斯様に思い廻し「イイエ権田は貴女に対しては何の条件もないのです」と貴女に対してはの一語へ、聊か力を込めて云うた。
 無条件と聞いて秀子は初めて安心した様子である「エエ無条件ですか、其れは聊か不審ですが――イヤ私から何の約束をするには及ばぬと、全く爾う云うのですか」念を推すも尤もである、余「無論です」秀子は暫し考えて、何とやら言いにくげに、何とやら物静かに「ですが貴方は」と余に問うた、「……ですが貴方は」アア此の短い一語実は千万無量の意味が有る、秀子は権田が何の条件を望まぬと知って、確かに之は余から充分の報酬を約束した者と見て取った、余が其の通り報酬を約束するからには、条件は余から持ち出す者だろうと思った、其れだから「ですが貴方は」と問うのである、此の言葉を通例の言葉に引き延せば「権田さんが、私を妻にするなどの条件は出さぬとすれば、貴方は其の条件を出しませぬか」と云うに帰するのだ、此の身を妻にする気はないかと問うのも同じ事である。勿論昨日までも夫婦約束が出来て居た間であるもの斯う問うは尤もである、余は心底から嬉しさの波が全身を揺ぶる様に覚えたけれど、悲しや何の返事する事も出来ぬ、茲で嬉しい顔色を見せてすら権田への約束を破るのである、秀子の生涯を誤らせるのである、罪に汚れた見下げ果てた女を何うして妻などにせられる者かと全く愛想を盡した様な容子を見せよ、と云うのが権田からの註文である、真逆其の様な容子を見せる事は出来ぬけれども、何と返辞して宜い事やら、返辞の言葉がグッと余の咽に支えた、余は応とも否とも何とも云わず、顔を傍向《そむ》けて徒らに目を白黒した。
 斯様な時に女ほど早く人の心の向背《こうはい》を見て取り、女ほど深く不興を感ずる者はない、秀子は忽ち余の心変りを見て取った、勿論|態々《わざわざ》余の昨日からの不実らしい所業を許して呉れようとて、余に許しの言葉を掛けたのを余が雀躍して飛び附きはせずに却って顔を反したのだから怒るのも無理はない、之を怒らねば秀子でない、秀子以下の女である、けれど又其の怒りを陽《あらわ》に現わすのも秀子でない、秀子以下だ、秀子は再び何にも云わぬ、唯静かに手燭を取り上げた、余は今更熱心の色を示されもせず唯当り前に「ドレ私が送りましょう」と云った、秀子は実に冷淡である、唯「イイエ、独りで歩まれます」此の一語が余に対して生涯の勘当状である、余も単に「爾うですか」と味のない返事をしたが、此の時初めて、秀子の愛を失うが何ほど辛いかと云う事を思い知った、今までとても権田の条件に服して以来秀子を失わねば成らぬ者と幾度か嘆きは嘆いたけれど実際に秀子の愛を失うたのは今が初めてである、全く余が心は宇宙の太陽系統から太陽を引き去った様に、最暗黒と為って了った、滋味もない露気もない、此の後の生涯は、生涯の搾滓《しめかす》である、人間一人が生きながらの搾滓と為って了ったのだ、清風も有り清水も有り、萠え出る草の緑も咲き盛る花の紅も有る絶景の沃野を通り盡して索々《さくさく》の沙漠に入ったのだ、本統に死んで了い度く成った、何にも言わずに秀子より先に立って此の室を去ろうとした、秀子は全くの他人に向かう調子で「ですが丸部さん、貴方は此の塔の底に宝の有る事を知りながら其の宝が塔の底の何所に、何の様に成ってあるか其の実質は何であるか、其れを見届けずにお立ち去りなさるのですか」と問うた、余「ハイ見届ける必要は有りません、幾百年此の底に隠れて居た者ですから、其の儘に隠れさせて置きましょう、縁が有れば誰か又外の人が取り出すでしょう」後は野となれ山と為れ、人間世界を捨てた様な此の身に宝などが要る者か、腹の中は全く自狂《やけ》の有様である。

第百十四回 第一号家珍

 縦しや王位よりも貴い宝にせよ、既に人間の搾滓と為った余に取っては何の必要もない、余は全く塔の底の宝を、手にも附けずに捨て置いて立ち去る積りである。
 秀子は斯くと見て「イイエ開かずに置いては了いません、兎に角も私が見出したゆえ、私から貴方へ請うのです、サア何うか開いて、其の宝が何であるかを見届けて下さい、其の上で去るならばお去りなさい」殆ど命令かとも思うほど言葉に強い所が有る、余は其れでもと言い張る勇気はない、余「では検めましょう、其の宝は何処に在ります」秀子「コレ茲に、並んで居る棺の様な箱が皆、宝の入れ物です、此の蓋を開けば分ります」云いつつ秀子は手燭を少しく高く上げ、室の中を見廻す様にした。
 此の室の中央に棺の様な柩が、布に蔽われて並んで居る事は、前に一寸記して置いた、けれども熟くは視もせなんだが、之を真に宝の箱とせば全く莫大な宝である、恐らくは何所の国へ行ったとて一人の目で一時に是ほどの宝を見ると云う事は出来ぬだろう、是ほどの宝が又と有る筈でない。
 秀子は手燭を上げたまま箱の数を算えて居る、余も同じく算えたが都合で十七個ある、其の十七個に多少の大小は有るけれど、一番小さいのが大形の棺ほどに見えて居る、余「何うして之を開きましょう、定めし錠が卸りて居ましょうが」秀子「錠は此の家の先祖が今も猶握って居る鍵で開く事が出来ましょう、借りてお出で成さい」と云って、彼の先祖の倒れて居る石段の方を見向いた、死骸の握って居る鍵を取るとは何とやら気が進まぬけれど、秀子の言葉が毎もより断乎として宛も兵卒に対する将軍の号令の様である、余の神経が揺《うご》いて居る為此の様に聞えるのか、将た秀子の決心が非常に強い為自から此の様な声を発するのかも知らぬけれど、背く事の出来ぬ命令である、余は先に自分で其の顔に手巾を被せて置いた彼の亡骸《なきがら》の傍へ生き、震える手先で鍵を取った。爾して箱の所へ返ると、秀子は余を励《はげま》す気か「此の箱を開くのに少しも気の咎める所は有りません、開かずに置いてこそ済まぬと云う者です、サア先ず此の箱からお開き成さい」
 指さしたのは一方の隅に当る一番大きな箱である、余は秀子の挙げて居る手燭の光りの下で、布の蔽を取り除けた、鍵穴をも見出した、之を開くに多少の困難は有ったけれど記すには足らぬ、頓て箱の蓋を開き得た、箱は何の飾もない白木である。
 蓋を開くと共に、得も云えぬ香気が馥郁《ふくいく》と立ち上った、是は宝と共に何か高貴な香料を詰めて有るのであろう、後世此の箱を開く我が子孫に厭な想いをさせまいと云う先祖の行き届いた注意らしく思われる、第一に目に附くは此の室の腰掛けを張って有ると同じ様な緋羅紗である、腰掛は全く色が褪めて居るけれど、箱の中のは猶だ燈立《もえた》つ様に赤く見ゆる、此の緋羅紗を取り除くと下に一枚の板がある、之が中蓋であろう、此の中蓋の上に洋革紙を貼り附けて総目録と書いてある、先ず是を読んで見ると、箱の番号を一から十七まで記し、各番号の下に「金銀」だの「珠玉」だの「領地の献品」だのと云う文字がある、中には何年何月某国に対する戦勝の捕獲品と書いたのも一個あり、又美術品と記したのも有る、けれど一番多いのは金銀である、十七個のうち半分までは此の文字が見える。
 余の開いたのは十七箱の総目録の入って居る所を見ると無論第一号である。余は目録を読み、口の中で「第一号のは家珍」と呟いた、家珍と云えば多分は金銭にも替え難く丸部家の子々孫々に伝う可き品で有ろう、斯う思うて「宝などは」と見限って居た身も自から動悸で高く成って来る、愈々中蓋を開くと、其の下には又其れぞれに小さい箱詰になって居る、其の一番上の箱から昔の王冠が出た、無論金製である。
 之は割れたのを纒めて入れて有ったと見え、取り出すと共に四個に割れて了った、併し如何にも家珍の一である、是で此の家の先祖が王族から出た事が分る、爾して此の王冠のグルリに幾個となく珠玉が輝いて居て、其の真中の一個は、火の燃えるかと疑われる紅宝石《るびい》である、径一寸ほども有ろう、其の質の優れた事は単に是のみでも巨万の富である、是より取り出し又取り出すと袋も有る、箱も有る、袋の一個には香料が入って居たのだ、今の馥郁と立ち上った香気の元も分った、王冠の外に女王の冠も有る、之も価の積り切れぬ多くの珠玉の飾りである、次から次へ、頸輪《くびわ》も出た、腕飾も出た、指環や金釦などを初め衣服の粧飾品や、文房具の様な物や、孰れも金製又は銀製にて、今の世には求めて得られぬ高貴の珠玉を鏤入《ちりばめ》て有るので、是だけでもランカスター朝廷の一切の宝を集め盡くしたのではないかと疑われる。

第百十五回 猶だ無用心

 箱の中の宝の数々は茲に記し盡くす事は出来ぬ、金目に積る事さえ六かしかろう。
 此の箱一個にさえ是ほどなれば総て十七個の箱を悉く開いたら何れほどの宝が出よう、幸いにして余は、イヤ不幸にして余は宝も何も惜からぬ今の位地に立って居る故、唯宝の多いのに驚くだけで済むけれど、若しも今日以前の如く浮世の慾の猶絶えぬ人間で有ったならば必ず気絶する所だろう、我が物ならば嬉しさに、人の物ならば羨ましさに、或いは発狂までもするか分らぬ。
 斯うなっては、箱を開くさえ無益だと思った先刻の様に引き替え、何だか外の箱をも窺いて見たい、決して宝の欲しい訳ではないが、云わば我が眼に贅沢をさせ度いのである、是ほどの宝を眸瞼《ひとみ》へ写すと云う事は王侯貴人でも先ず出来まい、秀子は余の気を察したか「念の為之と之を開けて御覧なさい」と云い次に並ぶ二個の箱を指さして、即ち「第二号金銀」と目録に在る箱と「第三号、珠玉」とある箱で有る。
 金銀、珠玉、ハテな何の様な金銀だろう、何の様な珠玉だろう、慾のない身も胴震いのする様な気持と為った、先ず第二号を開いたが、蓋も中蓋も前の通りで、唯中の実物だけ違って居る中には竪に九個の区画をして有って、其の一画毎に何々時代の金貨などと貼り紙が附き、昔の通貨が全く満々て居る、其の区画の六個は金貨で、残る三個が銀貨である、余は余りの事で手を触れると神聖を汚す様に思い、唯小声で「アアわかりました」と云った切り蓋を閉じた、猶心は鎮まらぬけれど、何となく長居するのが恐ろしく成って直ぐに次の「第三号」を開いた、之には区画もない唯幾個となく袋が入って居る。
 袋の中が定めし珠玉だろうと思い、試みに一番上の手頃なのを引き上げようとすると、知らなんだ、袋は既に朽ち果てて、中の物の重みの為、脆く破れた、破れたと共に余は「キャッ」と叫び目を塞いで退いた、是が退かずに居られようか、袋の中から戛然《かつぜん》の音と共に散乱して溢れ出たのは目を衝く様な無数の光る物である、薄暗い室の中に、秀子の持って居る手燭の光を反映し、殆ど天上の星を悉く茲へ落したかと怪しまるる許りである、唯|燦々《きらきら》と暈《まぶ》しく輝くのみである、此の正体は問う迄もなく夜光珠《だいやもんど》で、中には十二乗を照すとも評す可き巨《でか》いのもある。
 秀子も余ほど驚いた様子で無言のまま立って居る、余は溢れた珠玉を元の袋に納めるも無益と知って其のまま蓋を閉じ「サア秀子さん、兎も角も茲を立ち去りましょう」と云った、秀子は仲々落ち着いて居る「イエ未だ」と云い暫くして「初めに開いた第一号の中に何か書き附けが有った様です、アレを読んで御覧なさい、其の上で立ち去りましょう」言葉に従い余は再び第一号の箱に向かい前に見た目録を取って調べると「珠玉」と記した箱は都合三個「金銀」と記したのが七個、残る七個は様々である、一箱のうちに纔《わずか》に一袋さえアノ通りなら一切で何れ程で有ろう、王侯よりも貴いと云うのは無理もない、全く全英国の国家ほどの値打ちが有る、是ほどの宝ならば、成ほど塔を立て此の様にして保蔵する外は有るまい、今まで此の塔の伝説を聞く者が、此の家の先祖を狂人の如くに云い其の用心の深過ぎるを笑ったとか云う事だが此れだけの宝を得て狂人に止まったのは猶心の確かな人と云わねば成らぬ、殊に其の用心とても此の宝に対しても猶無用心と云っても宜い、増して其の時代が閣竜英の乱の時で国王は弑せられ貴族は憎まれ、贅沢品は容赦なく取り上げられる物騒の極で有った事を思えば、縦んば余自身が其の人で有ろうとしても充分是くらいの、否是より以上の用心をする所である、と云って実は是より以上の用心とは聊か其の工夫にも困る訳だテ。
 余は目録を持ったまま此の様な事を思って暫し茫乎《ぼんやり》として居たが、秀子は背後から「其の目録では有りません、ソレ香料の袋の下に別に羊革紙が見えるでは有りませんか、其れに何を書いてあるかお読みなさいと云うのです」余は初めて我に復り、香料の袋の下を見ると成ほど羊革紙が見えて居る、宛も遺言状の様に丁寧に巻いてある、引き延して之を読むと、
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「丸部家第十四世の孫|朝秀《あさひで》、茲に誠意を以て証明す、此の塔に蓄うる金銀珠玉一切の宝物は正統の権利に依り、何人も争う可からざる丸部家の所有なり。
 事の仔細は別に当家の記録に明かなり、余は先祖代々の志を嗣ぎ、幾年の辛苦を以って、夜陰に之を水底より取り集め得たり
 「此の宝、水底に在りし事、凡そ二百五十年なり、貴重なる絵画、絹布等祖先の目録に存する者は、惜む可し悉く水の為に敗し去りて痕跡なし、唯金銀珠玉の如き、年を経て朽ざる者のみ満足に存したれば、余は十有七個の箱に入れ、之を此の塔の底に蔵《かく》す
 「余の子孫之を取り出す事を得ば、余の祝福は宝と共に其の身に加わらん
 「余の子孫ならざる者、若し之を取り去らんか、余丸部朝秀の亡霊は其の人に禍せざれば止まざらんとす
 願くは子々孫々之に依りて永遠限りなき幸福を享けよ」
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 之だけの文句であるが、此の宝が丸部家の物である事を知るには充分である。

第百十六回 声も言葉も――出ぬ

 読んで了った此の書き附けは、先祖の遺骸の握って居た鍵と共に持って行って叔父に渡すが至当だろうと、軈《やが》て余と秀子との間に相談が極《きま》った、叔父に渡せば、宝を取り出すなら取り出す、遺骸を改葬するなら改葬すると、夫々処分も定まるだろう。
 何しろ余り莫大の宝だから此の上茲に長居するは空恐ろしい、余は第一号の箱をも成可く元の通りに蓋をして、手燭を以て先に進む秀子の後に随って茲を去った、頓て塔の出口間近くまで進むと秀子は余を顧み「是だけの宝が今まで人手に渡らなんだのは全く先祖の霊が保護して居たのでしょう、昔からの伝説を聞き込んで此の宝を取り出そうと計企《たく》らんだ人は何人あるかも知れません、既にお紺婆なども其の一人で実は宝を目当に此の塔を買ったのですが、生憎無学で咒語を読む事さえ出来ず、息子の高輪田長三へ相談しましたけれど長三は一口に伝説を蹶做《けな》して了いました、其だから彼は此の塔を売る気にも成ったのでしょう、若し彼がお紺婆と同じ心に成ったなら此の塔は再び丸部家の血筋の者へは復らぬ所でした」余「成ほど先祖の冥護にも依るでしょうが、全く貴女の熱心の為ですよ、貴女の智慧に依らぬ限りは、此の宝は永久地の底へ埋って了う所でした」
 語る間に、道も迷わず漸く時計の機械室の外に在る石の壁の所へ着いた、思えば此の塔を建てた当人さえ出る事が出来ずして悶き死んだ程の所を無事に茲まで出て来たのは之も冥護に因るだろうか併し何方かと云えば余は冥護のない方が望ましかった、出る事が出来ぬとならば、秀子と一所に死ぬる事も出来、又死に際には権田時介との約束に縛られて其れが為に秀子に賤《いやし》まれる様に仕向けた次第を打ち明け、充分に詫びて秀子の心を解く事も出来得るで有った者を、儘ならぬ浮世とは此の事だろう、併し未だ石の戸の関所が有る、此の関所は真逆に冥護では動くまいと思って居ると、秀子は説明《ときあか》す様に「アノ緑盤は重い此の戸に引かれて居ますから動かす事は出来ませんが此の戸を動かしさえすれば緑盤は自然に開きます」と云い、更に壁を検めて「確か図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、203-上1]に由ると此の辺に、戸の凸点を遮って居る壁の障子を外す穴が有る筈です、内部からは何うにも仕様がなく、唯十一時を待つ一方ですが、茲からならば何時でも開かれましょう、此の一事を見ても先祖朝秀卿の行き届いた苦心が分ります」とて、暫し壁を探って居て「アア有りました、サア」と云い石の戸を開けて了った。
 余り苦もなく開いたのに聊か呆気に取られる心地はしたが、最早機械室の中へ這入らぬ訳に行かぬ、這入って見ると成ほど緑盤も開いて居る、秀子は先ず余に緑盤の所を潜らせ、後で時計の機械を何うかして居る様で有ったが間もなく其の身も潜って出た、出ると直ちに石の戸も、之に引かれて居る緑盤も塞がった、余と秀子は余の居室の真上に当る所謂時計室の広い所へ立ったが、思わずも顔と顔とを見合わした、余の己惚かは知らぬけれど秀子の眼にも寧ろ無事に出られたのを悔む色が見えて居る。
 是より余の居室の外に在る縁側へ下ると、怪しや、中から此の室の戸を引っ掻く様な音が聞こえる、余は初めて此の室に寝た時、画板《えいた》の間から怪しい手(後に分った虎井夫人の手)の出た事など思い出し、又近く昨夜に、確か此の室から神経を掻き紊す様な恐ろしい叫び声の聞こえた事を思い出し、何か室の中に尋常《ただ》ならぬ事が有りはせぬかと気遣った、併し之は秀子に見せ可き次第でないから、後で独りで検めて見ようと思い「オオ最う大方夜が開け放れました、サア秀子さん、貴女は定めしお疲れでしょう、兎に角一休み成さらねば、エ、お居室《いま》まで私が送りましょうか」秀子は淋しげに笑み「左様です、思って見ると昨日の朝から未だ食事も致しません」全く疲れが顔の面に蒼白く現われて居る、余「サア送って上げましょう」
 全くの他人同様と為って了って、余に送られるのを果たして承諾するや否やと、余は聊か気遣ったが、秀子は承知とも不承知とも言わぬ、唯余の居室の方へ耳を傾け「オヤ、此の室の中には」と云った切りである。余「ナニ何事も有りませんよ」秀子は断乎として「此の戸をお開きなさい、お開きなさい」当惑に思うけれど拒む訳に行かぬ、其のうちに益々物音が高くなるから、止むを得ず戸を開いたが、秀子は余よりも先に、猶手燭を持った儘で進み入った、入ると同時に痛く打ち驚いた様子で、忽ち足を留めて突っ立った、余も続いて這入ったが、目に留る有様の余り非常である為に同じく足が留って了った。暫しは声も言葉も出ぬ。

第百十七回 天の裁判

 若し秀子よりも先に余が此の室に入ったのならば、余は決して此の室に秀子を入れはせぬ、此の有様を見せはせぬ、何とか口実を設けて閾《しきい》の外から立ち去らせる所で有ったけれど、悲しや余よりも秀子が先に入って、此の様を見たのだから今更如何ともする事が出来ぬ。
 それでも余は猶何とかして秀子を立ち去らせ度い者と、其の肩に手を掛けて「サア秀子さん彼方へ行きましょう」と引き退ける様にした、此の時忽ち余の足許をば、矢を射る様に通り過して縁側に飛び出した一物が有る、それは虎井夫人の彼の狐猿で有る、今此の室の戸を内から引っ掻いて居たのも即ち此の狐猿であろう。
 秀子は石の柱の様に突っ立って少しも動かぬ、肩を推しても無益である、爾して恐ろしさに見開いた其の眼を宙に注ぎ、遠く眼前の以外に在る何事をか見詰めて居る様である、アア秀子は室の中の様に驚き、今は何事をか連想して、心を遠い遠い事柄に注いで居ると見える、宛《まる》で醒めながら夢でも見る有様で何事も移らぬのである。
 秀子を斯くまで驚かせた室の中の光景は如何である、余の常に倚《よ》る安楽椅子に、背様《うしろざま》に靠《もた》れ、一人の男が顔に得も云えぬ苦痛の色を浮かべ、目を見張った儘に死んで居る、爾して所々に血が附いて居て、殊に其の頬の辺に噛まれたか掻かれたか痛々しい傷が有る、之も確かに狐猿の仕業で有ろう、猶好く見れば其の手先も痛く噛まれて居る、抑も此の男は誰、余は容易に判じ得なんだが、見て居る中に高輪田長三と分って来た、生き顔と死顔とは相恰が変るとは云え斯くまで甚く変るとは思わなんだ、傷の為苦痛の為最っと醜く筋々が伸縮して居る外に猶、不断とは全く違って見える所が有る、本来彼の顔は美しくて滑らかで底に薄気味の悪い所が有りはするけれど、悪人程には見えなんだが死顔は全く大悪の相である、生前は余ほど容子を作り、自ら善人に善人にと見せ掛けて居た為に此の大悪の相恰《そうごう》が現われなんだのか知らん、兎に角も恐ろしい顔である。余が未だ充分には明け切らぬ薄暗い室の中で蝋燭の光で見ては猶更恐ろしく感ぜられる。
 アア彼何が為此の余の居間へ入ったのか何が為に死んだのか、真逆の狐猿の仕業で人一人を噛み殺す事は出来ぬ、合点の行かぬ事では有るが、昨夜の叫び声の出所だけは之で分った、彼の死に際の声で有った、爾すれば彼は夜の十二時が打って間もなく死んだものだ。
 余が斯の様に思いつつ猶死因を考えて居る間に秀子は忽ち身を躍らせて「分りました、分りました」と打ち叫んだ、何が分ったか知らぬけれど余ほど心の騒ぐと見え、日頃の落ち着いた様とは打って変り、発狂でもしたではないかと気遣わるる程である、余「何が分りました、秀子さん」
 秀子の耳に余の問いが聞こえたのか聞こえぬのか秀子は、猶も夢中の人の語る有様で「分りました、八年前に此の室で、養母お紺を殺したのは此の高輪田です、此の長三です、私一人其の声を聞き附けて此の室へ走って来ましたが、真暗の中で何者にか突き当たりました、これが確かに曲者とは思いましたけれど私を突き退けて逃げ去りました、女ながらもそれを追う為私が馳け出そうとする所を、暗の中から死に際の声で、曲者と云って私の手を捕え左の小腕へ噛み附いたのがお紺でして、死に際の苦痛と云い殊には暗の中と云い人の差別も分らなんだのでしょうが、私は唯痛さと恐ろしさに気を失い、自ら逃げるのか曲者を追い掛けるのか、夢中の様で駆け降りて堀の端まで行き、倒れました、翌朝我に復《かえ》って見ると早や養母殺しの罪人として警官の手に捕われて居たのです、外に罪人の有る事は知りながらも誰と指して云う事は出来ず、争いは争いましたが、手に残る歯形と云い、肉が老婆の口に残って居た事と云い、似寄った事情と間違った推量とが証拠と為って、自分の言い立ては少しも通らず、云えば云うだけ偽りを作るに巧みな天生の毒婦だと罵しられ、遂に人殺しの罪人として宣告を受けました、未丁《みてい》年の為死刑を一等だけ減じ終身刑に処するから有難く思えと言い渡されました。女王陛下にまで哀願しても許されず、終いに罪なき清浄の一少女が稀代の毒婦輪田お夏とて全国に唱われました」
 千古の恨みを吐き出して其の声は人間の界《さかい》を貫き深く深く冥界と相通ずるかと疑われる様な音である、余は感動せずに聞く事は出来ぬ、知らず知らず一身が秀子の声と相融和して自ら恨みの中の人と為り、共に悔しい想いがする、秀子は猶も同じ調子で「牢を抜け出て後、私の密旨の一つは誠の罪人を探し出し天の如き裁判を彼に加えて一身の無実を雪《そそ》ぐに在りましたが、今は其の罪人が有りました、彼に相当した通りに天の裁判が降りました、彼は此の高輪田長三です、多少彼では有るまいかと疑ぐった事は有りますけれど今此の天の裁判を見て初めて彼と確かに知る事が出来たのです、天の裁判が如何に彼に降ったか此の様を見れば分ります」真に秀子は其の熱心を以て、人の目に見えぬ所をまで見て取り得たのか、斯く叫ぶ間も、猶其の眼を、人間以外に注ぐ様に宇宙に浮かべて居る。

第百十八回 シテ密旨の第三は

 成るほど秀子の「密旨」の一つが、お紺殺しの真の罪人を探し出し、自分の汚名を雪ぐに在ったのは尤も千万な次第である、塔の宝を見極めるが密旨の第一、罪人を突き留めるが同じく第二、シテ其の第三は何であろう、確か密旨が三個ある様な口振りで有った、第一第二は既に届いたも同じ事、第三の何とも未だ知れぬ密旨も果たして届く事で有ろうかと、余は世話しい中にも此の様な思案の浮かぶのを禁じ得なんだ。
 秀子は猶も夢中の様で言葉を継いだ。「此の天罰が何の様に彼の身に降り下ったとお思いなさる、私の目には面前《まのあた》り見る様に分ります、先年彼が養母お紺を殺したのは丁度此の塔の時計が夜の十二時を打った時でした、私が時計の音に目を覚まし、寝返りをして居ると此の室から養母の叫び声が聞こえたのです、それで私が馳せ上って来たのです、彼は其の後も此の時計の十二時を聞く度に其の夜の事を思い出すと見え、顔に恐れの色を浮かべます、彼が根西夫人に連れられ初めて此の家の宴会に来ましたとき、彼が挨拶の中途で言葉を留め、我知らず指を折って時計の音を数えた事は定めし貴方も御存じでしょう、彼は何故に時計の音が十一で止んだのを見て安心の色を浮かべました、十二時かと思ったのが未だ十二時より一時間前だと分った為漸く其の神経が鎮まったのです、彼若し養母を殺した本人ならずば十二時の音を斯うも恐るる筈は有りません、其の後彼は此の家へ出入し悪人同志は懇意と為るも早いと見え、虎井夫人と懇意に成りました、アノ夫人は兼ねて私が此の塔の秘密を解くに心を注いで居る事を知り、塔の宝を取り出したなら其の割前に与《あずか》る積りで兄の穴川甚蔵等と様々に私を威して居たのですが、其の威しの利かぬ為果ては自分で取り出すと云う非望を起し、遂に図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、205-下12]を盗み取り兄の許へ送った事は貴方が御存じの通りです、けれど一昨夜貴方が権田時介へお話の通り、兄も貴方に攻められて思う仕事が出来ぬ事と為りましたから、妹虎井夫人は兄の代りに高輪田長三を抱き込む気に成り、長三へ秘密を打ち明けたのです、長三は塔の底に宝が有るなどと昔は信じませんでしたが、夫人の言葉で信ずる事に成りました、それは此の頃彼と、虎井夫人とが折々|密々《ひそひそ》話などして居た様子で私が見て取りました、彼全く虎井夫人と同じ気に成り、夜更けて人の寝鎮まるを待ち、自分の力で塔の秘密が解ける様に思い、貴方が此の家へ帰った事を知らず留守の間に仕事をする積りで昨夜此の室へ忍び込んだのが此の通り天罰を受ける元に成ったのです」
 理を推し情を尋ねて云う言葉、一々に順序あり脈絡あり、そうでなしと争う可き余地もない程に述べ来るは全く熱心の迸《ほとば》しりて知らず知らず茲に至る者と見える、余は唯聞き惚れて一言をも挿《さしは》さまぬ、秀子「此の室へ来て貴方の書類を探したり咒語の意味を考えたりする為に、自分で戸を〆切ったのですが、何うか云う事で虎井夫人の彼の狐猿が紛れ込み一緒に閉じ込められたのです、爾とも知らず彼様々に思案して居るうち直ぐに自分の頭の上で、時計が十二時を打ち、昔お紺婆を殺した時と同じ様に聞こえましたから、彼は必ず神経を騒がせました、其の時宛も室の隅か何所かで狐猿が異様な物音をさせたのでしょう、彼が何れほど驚いたかは茲に燃えさしの蝋燭が消えて居るのでも分ります、彼手燭を持って立ち上がらんとし其のまま取り落したのです、或いは其のとき彼の紊《みだ》れて居る神経へお紺婆の死に際の顔でも浮かんだかも知れません、彼は狼狽の余り怪物と思って狐猿を攫《つか》むか何うかしたのでしょう、狐猿も死に物狂いに彼の頬を掻き彼の手に噛み附いたのは此の有様で分って居ます」
 爾すれば昨夜十二時の打った後で、余が二度までも異様な悲鳴の声を聞いたは、確かに狐猿の声と彼の叫びとの混じたので有っただろう、秀子の考えに寸分の相違はない、秀子「真暗の処に入れば唯の人さえ恐れを生じますのに況《ま》して彼は自分が養母を殺した此の室に入り、手燭は消え時計の響きは残り、何んとも知れぬ狐猿は騒ぎ廻りますから、必ず逃げ出そうとして戸などを探りましても彼の知って居た頃とは此の室の案内も違い、暗闇で仲々戸を開けられる者では有りません、それに狐猿は或る国では雷獣とも名づけられて居るほどで、雷の鳴る時は甚《いた》く電気を感じ全く発狂の体と為るとも申しますゆえ、定めし散々に荒れ廻り彼の前、彼の背後などから飛び附いたり躍り掛かったりしたのでしょう、彼は子供の折から心臓に異状が有り、殊に此の頃は其の発病の為、若し甚く身体や心を動かしては心臓破裂に為るとて医師に誡められて居るほどゆえ、其の騒ぎに遂に此の通り死んだのでしょう、彼の仕業の為私が手の肉を噛み取られた此の室で、夜の同じ刻限に彼自ら狐猿に悩まされ所々を噛み切られて爾して最期を遂げるとは是が天の裁判では有りませんか、丸部さん私は誠の罪人を探し出して明らかに白状させて爾して自分の汚名を清め度いと思いましたが、彼の死んだ後で是だけの事を知り得たのは残念ですけれど、到底私の手では是だけの罰を彼に帰せる事は出来ず天が代って罰して呉れたかと思えば全く密旨の此の一部分も届いた者として深く感謝する外は有りません」と再び天に手を挙げて礼拝する様にした、余は只管感に打たれるばかりである。

第百十九回 此の世へ暇を

 全く秀子の云う通りで有る、彼高輪田長三は天罰を受けて居たのだ。
 余は秀子に向かい「貴女の熱心が天に届いたのです、けれど秀子さん茲に長居する必要は有りません、死骸の後の処分などは私が致しますから、サア貴女は早く室へ行って一休みすると成さい、余ほどお疲れで有りましょう、ソレに又二人が塔の底へ忍び込んだ事が分り、塔の秘密を人に悟られる様な事が有っては宜く有りませんから」と云うに、秀子は今まで引き立てて居た気も弛んだか全く他愛も無いほど疲れた様で「ハイ、兎も角も暫し休みましょう、爾せねば私は、最う何の考えも定りません」実に其の筈である、二十四時間の上、食事もせず、而も人の一生にも無い程に心を動かした事なれば、如何に健《けな》げな女でも最早堪え難いであろう。
 余も疲れては居るけれど、余の心には大なる不平が有る、漸く秀子の念願が届き掛け其の身の上が幸福に成ろうと云う時に当って、自分から秀子に賤しまれる様に仕向け、秀子を失わねば成らぬかと思えば、仲々気の弛むトコロで無い、休もうとて休まれもせず、独りで篤と此の後の身の振り方なども考えて見ねば成らぬ。
 此の様に思いつつ秀子を送って塔を降り、此の家の二階へは着いた、秀子の室は未だ遠いけれど矢張り此の二階続きに在るのだ、秀子は最う送って貰うに及ばぬと謝して独りで立ち去った、余に愛想を盡さぬ前なら、何も其の室の入口まで余の送って行くのを邪魔だとも思うまいに、アア唯一時、意外な高輪田長三の死に様に驚いて居た間だけは、外の事を打ち忘れて、余に殆ど以前の通り打ち解けた様な容子に語ったけれど、其の驚きが過ぎ去って、心が常の水平に返れば直ぐに余を賤しむ心が戻り、口をきくのも好ましく思わぬと見える、実に権田時介との約束には甚い目に遭った。
 空しく秀子の姿が見えずなる迄見送って、兎に角誰かに高輪田長三の死を伝えねば成らぬがなど思案しつつ、徐々と、下に降る階子《はしご》段の所まで行った、此の時は既に窓の外が明るくなり、日の出る刻限であるけれど下では誰も起き出て居ぬ様子である、未だ降りて行ったとて仕様が無いか知らんと、暫し足を留め、段の上の横手に佇立《たたずん》で居ると、下から誰やら登って来る足音がする、下僕でも起きたのかと思えば爾でも無い、此の人も余と同じく何事をか思案して居る者か歩む足が甚だ捗々《はかばか》しく無い、一段上っては休み、休んでは又上る様である、誰だろうと暫し静かにして待って居ると、漸く其の頭より半身が上に現われた、是は何うだ権田時介である。
 彼は全く何の思案にか暮れて茫然として歩んで居る、余は驚いて、殆ど我知らず走り寄り「オヤ権田さん」と出し抜けに呼び掛けた、彼は恟《びっく》り驚いて「オオ」と云い、其の顔を上げる拍子に、身体の中心を失って、階子段を踏み外し、真逆様《まっさかさま》に下へ落ちはせぬけれど殆ど落ちん有様で有った、若し余が抱き留めねば必ず落ちる所で有った、余は遽てて抱き留めたが、権田は性根の附いた様に背後を向き今上って来た階段の高さを見て「オオ、貴方が抱き留めて呉れねば頭を砕いて此の世へ暇を告げる所でした、本統に一命を救われました」といい、彼に有るまじく思われるほど感謝の様を現わしたが、頓て「アア貴方は、抱き止めずに放って置けば手も無く恋の敵をなき者とする所で有ったのに、エ、爾では有りませんか、抱き止めずとも誰も貴方を咎める者は無く、私が自分の疎相で階段から落ちて死ぬのだから、私自身とても貴方を恨む訳には行きません、私が貴方なら決して抱き留めはせぬのです」
 真面目に云って、益々深く余の親切に感じて居る、余「成るほど爾でした。惜しい事を仕ましたよ、併し今貴方をなくしては、秀子の汚名を雪ぐに充分な反証を持って居る者がないから」権田「イヤ其の心配も今は消滅したのですよ」余「エ何と」権田「イヤ其の反証は既に悉く相当の手へ渡して了いました」余「相当の手とは誰の事です」
 権田「ハイ探偵森主水と、貴方の叔父朝夫君です」とて是より権田の説き明かす所を聞けば、一昨夜余が権田の許を辞して後、権田は彼の森主水を、次の間からクルクル巻に縛ったまま引き出して、細々と秀子、イヤ輪田夏子の事を話し、昔お紺婆を殺したのは其の実高輪田長三だとて、有る丈の事を語り、有る丈の証拠を示した所、森主水は証拠の争う可からざるに全く己れの過ちを悟り「好うこそ私を此の様に捕えて縛り、職務を行い得ぬ様に妨げて下さった、若し貴方がたが、此の断乎たる非常策を施さなんだなら、森主水は今までに無い職務上の大失策を遣らかし、同僚の物笑いと為って、探偵としての名誉を全く地に委《い》する所でした」とて深く謝したと云う事である、夫から森主水の繩を解いて遣ると彼は至急に運動せねば可けぬとて、其の夜の中から昨日へ掛け一生懸命に奔走して、其の反証が全く真物《ほんもの》で有る事を夫々突き留め、其の上に彼の高輪田長三が其の後も秀子を陥しいるる為に倫敦の解剖院の助手に賄賂して、女の死骸を買い取った事までも分り、昨日の昼頃礼|旁々《かたがた》にそれ等の次第を報じて権田の許へ来たに依り、権田は直ぐ様同道して此の土地へ出張し、既に其の夜の中に余の叔父に逢いて、前に森主水に告げた丈の事実を悉く叔父にも告げたとの事である、爾して猶彼は、要を摘まむに慣れた弁護士の弁舌で、余の知らぬ様々の事を語った。

第百二十回 思案も智慧も

 権田時介は言葉を継いだ。「私と一緒に来た森主水は第一に高輪田長三を逃さぬ様にせねばならぬとて彼長三の室へ行って見ると、流石悪人だけ、自分の身の危い事を知ったと見え、早や逃げ去った後でした、其処へ丁度此の土地の警察から森主水の手下が来て、先に消滅した浦原お浦嬢が此の土地の千艸《ちぐさ》屋に潜んで居るとの事を告げましたから、扨は長三め、必ずお浦嬢の所へ行っただろうと森主水は直ちに又其の家へ馳せ附けましたが其の家にも長三は居ず、其の上にお浦嬢の姿さえ見えぬので、甚く失望して帰って来ました、後で医者の言葉を聞くと長三は数日来、持病の心臓が起り、物に驚きでもすれば頓死すると云いました、シテ見ると逃げ去る途中で死ぬるかも知れません」余は話に釣り込まれ「ハイ彼長三は既に心臓病の為に昨夜死んで了ったのです」と云い、此の権田には隠すにも及ばぬ訳だから事の次第を詳しく語った、権田は合点の行った様に「それでは昨夜私が、貴方の叔父朝夫君に詳しく秀子嬢の身の上を語り終り、其の枕許で椅子に凭《よっ》たまま微睡《まどろん》で居ると、何か異様な叫び声が微かに聞こえた様に思いましたが其の声が彼長三の死に際の悲鳴でしたな」と驚きつつ点頭《うなず》いた。
 余「では最う叔父は詳しく秀子の事を知って居ますな」権田「ハイ叔父御は秀子が其の実輪田夏子だと云う事を先日高輪田長三の毒舌で聞されて非常に心を痛めて居たのですから私が悉く其の輪田夏子の清浄潔白な次第を告げたのです、それを聞いて叔父御の喜びは一方ならず、是で最う病気も癒ると云い、私を引き留めて放さぬのです、到頭私は叔父御の枕許で夜明かし同様に明かしました、ですが丸部さん肝腎の私自身が未だ秀子の其の後の有様を知らぬのです、今は何所に居るのですか」余「甚く疲れて居室へ退きましたから多分今は寝て居るのでしょう」権田「シタが貴方の約束は」余は少し不機嫌に「ハイ厳重に履行しました、秀子は全く私を恨み、不幸の境遇に陥った女を憐れむ事さえ知らぬ見下げ果てた男だと本統に愛想を盡して居るのです」
 之を聞いて権田は痛く打ち喜ぶかと思いの外聊か面目なげに「実に邪慳な約束でお気の毒に思いますが」と、一昨夜の様に代え、頭を掻いて何だか打ち萎れた様子である、余は猶も腹の底に癒え兼ねる所が有るから未練ではあるけれど「貴方は定めし満足でしょう」と聊か厭味の語を洩らした、権田「イヤ私は失礼ながら貴方を見損なって居ましたよ、斯うまで身を犠牲にして約束を守るとは、アア今時に珍しい真に愛す可く尊う可きお気質です」と云って暫し考えた末「併し叔父御が頻りに貴方の事を気遣い、何所へ行ったのだろうなどと云って居ますから、他の話は後にして先ず叔父御の寝室へお出でなさい」
 余は其の意に従いて彼と共に叔父の室へ行った、叔父は随分病み耄《ほう》けて居るけれど、余ほど回復したと見え、床の上へ起き直り「オオ道九郎か、何より先に其の方へ頼み度いは何うか秀子を探して来て、己に代わって詫びをして呉れ、己は秀子を疑ぐって済まなんだ、昨夜此の権田氏から聞けば権田氏が今まで秀子の為に盡されたも感心だが、秀子の清浄潔白なのも感心だ、夫を知らずに己は秀子が其の輪田夏子だと聞いて、数日来胸が悪く思って居た、実に相済まん訳である、殊に其の昔第一に輪田夏子の死刑を主張したのは此の己だが、其の罪が夏子でなかったとすれば重々己の過ちだ、孫子の末まで裁判官などを勤めさせる者ではない、それに就けても憎いのはアノ高輪田長三だ、彼は養母お紺が毎年一度銀行から一切の財産を引き出して検める事を知り、それを窃む為に倫敦から忍び返ってお紺を殺したのだ、其の疑いを輪田夏子へ掛け自分は其の金を隠して置き年を経るに従って漸々《だんだん》に引き出して自分の物にして了ったのだ、其の金を隠して有った所から其の引き出した度数と月日まで此の権田|氏《うじ》が取り調べて悉く証拠を得たので最早高輪田を処刑し、秀子の寃《えん》を雪ぐ事が容易である、けれど道九郎、それに就いて又一つ困難なは高輪田を処刑するには勢い再び秀子を人の口端に掛かる様な位置に立たさねば成らぬ、最早今日では輪田夏子は牢死した者と偽り其の墓まで其の屋敷に在るのだから、今更世間の人へ其の墓が空だと云う事を知らせ爾して夏子が今の秀子で有ると云う事を悟らせるも辛し、夫かとて長三を裁判へ引き出す日にはそれを悟られずには済まぬ訳だし、此の辺の事に就いても其の方の智恵を借らねば、己は最う思案も智慧も盡きて居る」後悔やら当惑やら全く持て余したる体である、余「イエ叔父さん、少しも其の様な御心配には及びません、高輪田長三は既に相当の裁判に服しました、爾して秀子も其の裁判を見て既に満足したのです」叔父は、寝台も揺ぐほど驚いて「エ、エ、何と」

第百二十一回 寧ろ兄妹

 叔父は容易に驚きが鎮まらぬ、「エ、高輪田長三が相当の裁判に服したとな、其の様な筈はない」余「イエ叔父さん此の世の裁判ではなく天の裁判です、昨夜彼は心臓破裂の為頓死しました」
 余は此の事を先ず暫くは叔父の耳へ入れずに置く積りで有ったけれど、今は叔父の心配を弛める事に事細《ことこまか》に語って了った、叔父は安堵の胸を撫で「本統に天の裁判だ、それは何より安心だ、是で最う秀子を再び人の口端に掛からせるに及ばぬ、若しも他日秀子と夏子と同人だなど疑う人が有れば、其の時に夏子の潔白を証明し誠の罪人は高輪田だったと知らせれば好いのだ、夫を知らせる材料は既に権田氏が取り揃えて呉れたのだから、併しナニ其の高輪田が死んで見れば、彼冥途から毒舌を振うて秀子を傷つける事も出来ず、誰も秀子の前身を疑いなどする者はない、アア人の死んだを目出度いと云う事はないけれど高輪田の死は全く天の干渉だ、先ず先ず目出度い」暫く安心の息を吐いて居たが又思い出した様に打ち萎れ「それに就けても己は益々秀子に済まぬ、充分に詫びをして秀子の心の解ける様にせねば」と云い、容易に落ち着く気色も見えぬ、余は慰めて「イエ叔父さん、済まぬのはお互いでしょう、秀子とても今まで幾分か貴方を欺いて居たでは有りませんか」叔父は断乎として「イヤイヤ秀子は少しも人を欺かぬ、既に己が高輪田長三から秀子と夏子と同人だと聞いたとき詰問したのに秀子は有体にハイ私は元の輪田夏子に相違有りませんと答えた一言でも嘘言を吐いた事のないのは恐らく秀子だろう、若し幾分でも秀子の為に吾々が欺かれた事が有るとすれば、それは秀子が欺いたではなく、吾々が自ら思い違いをしたのだ、其の思い違いをば秀子がそれは思い違いですと説き明かして吾々の迷いを解く事はせなんだかも知れぬが、自分から進んで人を欺いた事は決してない」成るほどそう云えば爾で有る、唯秀子が此の方の思い違いや認め違いを、其のまま正さずに放って置いた事は有るが夫は秀子の罪でなく此方の不明と云う者だ、初めて逢った時から今日まで秀子の言行は唯誠で貫いて居る。
 余が斯様に考えて居る間に叔父は余を迫立《せきた》てて「何うか道九郎、茲へ秀子を連れて来て己と共々に其方の口から詫びて呉れ、其方ならば遠からず秀子の所天《おっと》になるのだから、所天の言葉と思って秀子も心が解けるであろう、さァ直ぐに呼んで来て呉れ」
 余が秀子の所天と既に定まった様に云っては、権田時介が何の様に思うだろう、余は時介に対しても此の言葉を黙って居る訳に行かぬ。「イエ叔父さん私と秀子とは未来の夫婦ではないのです」叔父「エ」余「ハイ少し仔細が有って其の約束を取り消しました、奇麗に全くの他人、寧ろ兄妹の様に成る事に、既に秀子と相談を極めました、夫ですから秀子を茲へ呼ぶなら何うか此の権田氏にお呼《よば》せ下さい」
 是だけ云えば、扨は権田が秀子の所天に成る訳かと大抵叔父が覚り相な者である、縦し覚らずとも余は此の上の説明をする勇気がないから「それに私は尚だ捨て置き難き用事が有りますから」と云って叔父が問い返す暇のない間に此の室を立ち去った、秀子に関する一切の事は最う権田に任せて置く外はない。
 茲を立ち去り直ぐに自分の居間へ帰ったが、最早全く秀子を権田に渡して了ったと思えば、此の世の楽しみが悉く消え失せて殆ど生きて居る張り合いもない、と云って真逆に死ぬる訳にも行かぬから、当分此の国を立ち去って、心の傷の癒えるまで外国を旅行しよう、父から遺された財産が尚だ幾分か存して居るから其の中には何うか身を定める工夫も附くだろうと、独り陰気に考え込んで居る間に、昨夜来の疲れと見え、卓子に臂《ひじ》を突いたまま眠って了った。
 暫くして人の足音に目を覚して見ると傍に彼の森主水が立って居る。彼は権田に謝した通りに余にも謝し、一昨夜手痛く此の身を捕縛して呉れたのが有難かったなどと云い更に「叔父上が切《しき》りに貴方をお召しです」と云った、再び叔父の室へは行くまいと思うけれど爾も成らず、余「叔父の室には権田と秀子とが居るのでしょう」と問うと、森「イイエ、先刻権田氏が松谷嬢の室へ行ったら嬢は熟睡して居る相です、目を覚まさせるも心ない業と、権田氏は叔父上の室へ帰り、若しやと気遣って念の為に医者を遣りました所、医者の見立てでは何も病気ではなく唯疲労の為だから充分に眠らせて置くが好いと云った相です」余は叔父の前にて再び秀子に逢うが何より辛い、何うせ此の国を立ち去るなら、逢わずに立ち去る事にし度いけれど、秀子が居ぬとならば最う一度叔父に逢い余所ながら暇を告げて置く可きだと思い、顔を洗って再び叔父の病室へ行った、此の時は先刻茲を去ってから既に五時間も経って居る、余は卓子に凭れて纔《わず》かに卅分ほど微睡《まどろ》んだ積りだけれど四時間の余眠ったと見える、頓て叔父の室に入ると、茲へ来て居ぬと思った秀子が来て居る、爾して権田と二人で叔父の枕許に立って居る、扨は既に権田の妻と為る気にでも成って叔父に其の辺の事情でも訴えて居るのか知らんと、余は何となく気が廻る、此の様な事なら来るのではなかったのにと思い、直ぐに引っ返そうとすると「コレ、コレ、道九郎」と早くも叔父に呼び留められた。

第百二十二回 猶此の奥に

 呼び留められて真さか逃げ去る事も出来ぬ、厭々ながら叔父の室に歩み入ると、叔父「道九郎、宜い所へ来て呉れた、丁度今、秀子も起きて来たのだから、己は先刻話した通り、充分に詫びを仕ようと思うて居る、其の方も、何うか言葉を添えて呉れ」真に叔父の言葉は秀子に対し、子を愛する様な愛と詫び入る人の誠心《まごころ》とを籠めて居る。
 叔父が此の様に云うて秀子の手を取ると、秀子は「勿体ない、私に詫びるなどと、お詫びは数々私から申さねば成りませぬ」と云い、叔父の手を払い退けて寝台の前に膝を折った、此の時の秀子の様は先刻高輪田長三の天罰を叫んだ時とは又全く変って居る、多分は一眠りして心の休まった為でも有ろうが、併し夫ばかりではない、何となく寛《ゆるや》かに落ち着いて、云わば神の使いに天降った天津乙女《えんじぇる》が其の使命を果たし、恭々しく復命する時の様も斯くやと、思われる所が有る、殆ど全く日頃の顔附きとも違って美しさは非常に美しく、爾して而も凛として侵し難い風采も見える、何でも一方ならぬ事柄を言い出す決心に違いない。
 秀子の言葉は、先ず「父上」と呼び掛ける声に始まった、日頃呼ぶ父上との言葉より又一種の深い心情が洩れて居る。
「父上、私こそ偽りの身を以て此の家に入り込んで居たのです、ハイ全く皆様を欺いて居たのも同じ事で、早くお詫びをする時が来れば好いと心にそれのみを待って居ましたが、今は私が輪田夏子で有ると云う事の分ったと共に、人殺しなど云う恐ろしい罪を犯した者でない事も分り、云わば誰に恥じるにも及ばぬ潔白の身と為りましたから、之がお詫びの時だろうと思います、ハイ兼ねて私は我が心に誓って居ました、此の身の潔白が分れば好し、若し分らずばそれを分らせる為に此の世と戦いながら死ぬる者と、ハイ死ぬ迄も自分の本統の素性、本統の身分姓名は打ち明けずに終ろうと」
 本統の素性、姓名は即ち輪田夏子で有るのに斯う聞けば猶此の奥に、別に本統の素性、姓名が有るのかと怪しまれる、斯う思うて聞くうちに秀子の声は、細けれど益々明らかな音調を帯びて来る人間の声ではなく殆ど天の音楽の声である「私は之が為に、今まで若い女の着る様な美しい着物は被ず、世に日影色と云われる墨染の服を着け、自分で日影より出ぬ心を示して居ました、それにもこれにも皆深い訳が有り、其の訳の為に自然と皆様を欺くに当る事とも成り素性を隠すにも立ち到りました、能くお聞き下さいまし、今より二十年余りの昔、不幸な一婦人が有りました、所天《おっと》との間に少しの事から思い違いを生じ、所天が自分を愛せぬ者と思い詰め、涙ながらに唯一人の幼い娘を懐き、所天の家を忍び出て米国へ渡りました」
 余り縁も由かりもなさ相な事柄では有るけれど、是が輪田夏子の真の素性を語るのかと思えば余は熱心に聞き入りて、殆ど膝の進むも覚えぬ程である、何しろ此の秀子、此の輪田夏子には、お紺婆の養女で有ったと云うよりも猶以前に何等かの生長《おいたち》がなくては成らぬ、何うやら其の成長から語る積りらしい、権田時介も余と同じく傾聴して居る、余の叔父に至っては殆ど全身が耳ばかりに成った様である、秀子「其の婦人が米国に着き、未だ身の落ち着きも定まらず、宿屋に日を暮して居ますうち、其の土地に大火事が有り、宿屋は焼け、多くの旅人が焼け死にました、其の婦人も娘と共に焼け死んだうちへ数えられたと云う事ですけれど、実は幸いに助かって、怪我をしたままで或る人に救われました」
「其の救うた人と云うのが私の養母輪田お紺です、お紺は素性の賤しい女では有りましたけれど親戚とやら遺産を受け継ぎ一方ならぬ金持と為って、此の塔を買い取り、爾して猶有り余る金を旅費とし、一年ほど諸国を旅行し、遂に米国に参り、今申す火事の時、丁度其の土地に居わせし為、直ぐに怪我人の中から右の婦人と其の娘とを引き取ったのです、中々お紺は人を救う様な女では無かったと世間の人が申しますけれど、元々其の婦人の家筋に奉公し其の婦人を主人として、爾して其の婦人から恩を受けた事が有るとか申しまして多分は其の恩返しの為ででも有ったのでしょう、一説に由ると恩返しなどの為ではなく、実は幽霊塔の底に宝の有る事を知り其の宝を取り出した時に法律の上から争いが起こっては困るから、夫ゆえ幽霊塔の持主の血筋を引いて居る者を自分の手許へ育って置く為で有ったとも申しますが私は其のお紺の養女として其の養母の事を悪し様に判断する事は出来ませんから、真さかに爾とは思いません」
 叔父は是まで聞き最早黙し兼ねたと見え、否寧ろ心の底より湧き起こる真情の為、堅く結びし唇を内より突き破かれし者と思《おぼ》しく、噴火の如く声を発して「左すれば其の婦人が丸部家の総本家の血筋を引ける者であったか」秀子「ハイ左様です」叔父「シテ其の婦人は」秀子「所天を恨んだ我が過ちを深く悔い所天に謝罪《わび》をする折を待つうち、空しく五年を経、此の幽霊塔でお紺の世話に成ったまま死にました、実は其の間に所天へ謝罪する折も有っただろうと思います、けれどお紺が毎も之を遮り、所天の怒りが仲々に強いから未だ其の時ではない、ない、と云い、気永く待つが肝腎だとて一年又一年と延しました、其のうちに死んだのです、死に際に、其の時丁度六歳になる娘へ懇々と言い含め、我が亡き後で、何うか父上に廻り逢い、我が身に代えて謝罪て呉れ其の謝罪の叶うまでは、死んでも浮かぶ事が出来ぬと云いました、父上は心の堅いお方ゆえ、娘よ、和女が立派な人と為り、自然と交際の上でお目に掛かる様にでも成らねば仲々逢っては下さるまい、何うか大人しく成長して、立派な身分に成る様に、成るようにと云いつつ亡くなられました」叔父「シテ其の娘は何した今でも未だ活きて居るのか、何所に居る、何所に居る」秀子「ハイ其の娘は、立派な身分に成りはせず、十七の年、世にも恐ろしい疑いを受け、養母殺しの罪人だとて終身の刑に処せられました、それでも此のまま牢死しては母の死に際の頼みを果たす事が出来ぬと思い、様々の事をして牢を脱け出し、今貴方の前に母にかわってお謝罪をして居るのです」叔父は寝台より辷り降り「オオ我が娘で有ったのか」と、抱き上げて熱い涙を真に雨の様に秀子の背に潜々《さめざめ》と降らせ落とした。

第百二十三回 大団円

 秀子の物語には叔父のみでなく余も泣いた、権田時介も泣いた、殊に時介は、一種奇妙な義侠心の有る男で、自分の感情の為には命でも身代でも惜しまぬと云う意気を備え、既に秀子が為に業務を抛《なげう》つ程にまで働いたのも愛の為とは云え平生其の意気の有る人でなくては出来ぬ事、従っては斯る場合の感動も人一倍強いと見え、顔に当てた手巾《はんけち》の中から歔欷《すすりなき》の声を洩らした。
 実に秀子の今までの境遇を考えて見れば是が泣かずに居られようか、我が父に逢って母の遺言を果たし度いとそれのみを心掛けて居るうちに、無実の罪に捕えられ何と言い開くも聴かれずして遂に牢の中の人と為り、命掛けの手段を以て漸く牢を出てからも人の一生に見た事もないほどの艱難辛苦を嘗めて居る、之を思うと余は最愛《いと》しさが百倍するけれど、悲しや其の人は既に他人の物、余は其の最愛しさを憎さと見せて居ねば成らぬ。
 若し秀子が艱難も漸く届き今は其の身の潔白が分ると共に父に向かって母の死に際の願いを伝える事に立ち到ったのである、悲しさを別にして嬉しさのみの為にも涙が出る。
 是で今まで合点の行かなんだ様々の事も分る、密旨の第三は確かに、父と親子の名乗りをして母の言葉を伝えるに在ったのだ、又叔父が初めて秀子に逢ったとき、分れた妻に似て居ると云って、殆ど我が子の様に思い、手を盡くして遂に養女にしたのも尤もである。
 秀子は父の泣き鎮まり、其の身の心も稍や落ち着くを待って又説き始めた、「私をお紺の養女にする事は、勿論母が拒みました、けれどお紺が云うには本名の儘で母子が茲に忍んで居ると分れば父上が何れほど立腹遊ばすかも知れぬゆえ、後々は兎も角も帰参の叶う時までは自分の子にして、人に何者とも悟られぬ様にして置かねば成らぬなど言葉巧みに説きまして遂に私を輪田の姓に直し、本名の春子をも夏子と改めて了いました、私は松谷秀子でもなく輪田夏子でもなく生まれてからの丸部春子です」叔父は春子と云う其の名さえも懐かしいと見え「オオ春子、春子、此の己が妻と相談して附けた名だ」秀子は此の言葉にも話の筋道を失わず「多分はお紺が私を養女にして置けば、絶えた丸部総本家の遺産が世に現われても法律の事から人に争われるに及ばぬと思っての為でしょう、其の様な事は後に成って気が附きました、それから程経て、牢に入った時私は輪田の姓を名乗って居て好かったと思いました、若し丸部春子と云う名前で此の様な嫌疑を受ければ、昔から汚れた事のない丸部一家の名を、私に至って初めて汚し先祖に対しても父上に対しても申し訳のない所でした、けれど牢に入った其の時から何う有ってももう一度此の世に出ねば成らぬ、出た上で此の罪が自分でない事を知らせ、爾して母上の遺命を果たさねば成らぬと固く心に誓いました」
 此の様な深い仔細の有る女と誰が思いも寄ろう者ぞ、「其の後漸く牢からは出ましたけれど、愈々此の身の潔白を知らせる事が出来るや否や覚束なく、幾度か絶望して、迚も念願が届かぬ様なら寧《いっ》そ輪田夏子の儘で、汚名を被せられた儘で、終わったが好かったのにと思いました、若し此の汚名が晴れぬ間は、ハイ其の誠の罪人を探し出し、全く輪田夏子は無実の罪で刑せられたと誰に向かっても明らかに言い切る事の出来る様に成らぬ間は、決して此の身の素性を知らせては成らず、縦しや父上に逢ったとて母の遺言を果たす事が出来ぬもの、此の身は自分の姓名でない姓名の下に生涯を送らねば成らぬ者と、斯う思い定めました、それが為に、父上をも世間の人をも欺かねば成らぬ事と為り今が今まで偽りし身を以て此の家に入り込んで居ましたのは母上の罪と共に幾重にもお許しを願います」
 叔父は「オオ娘で有ったのか」と幾度も繰り返して、小児《こども》を抱く様に秀子、イヤ春子を抱き、春子も亦親に親しむ小児の様に父の胸に顔を当て只涙に暮れて居た、其のうちに叔父は気を取り直した様子で余に向かい「此の子が丸部春子と分れば、勿論此の家の後継で有る、コレ道九郎、兼ねて後継として養子にして有る其の方と夫婦たる可き事は無論である、殊に其の夫婦約束までしていた者を、俄に他人同様と為ったとは何う云う訳だ、定めし仔細も有ろうけれど――」と言い掛けて猶言葉も終わらぬに、聞いて居た権田時介は全く感奮した様で身を投げ捨てる様に立ち上った、悪人が翻然として善人に立ち返るは此の様な時で有ろう、況《ま》して彼は悪人でなく、聊か感情の強いのみで殊に義侠の気さえ有る男ゆえ、面前《まのあたり》に見る有様の為全く其の義侠の心が絶頂に達したのであろう、断乎たる決心の籠った声で「ハイ其の仔細は私が二人を引き放したのです、秀イヤ春子嬢の潔白な事を証明するから其の代わり、道九郎君は嬢に憎まれる様に仕向けよと、私が無理に約束を結ばせました、けれど今は到底二人を引き離す事の出来ぬのを曉《さと》りました、ハイ道九郎君が何れほど辛い想いをして何れほど正直に其の約束を守ったかを考えれば私とてもそれに劣らぬ辛い想いに堪え得る事を示さねば成りません、サア道九郎君、嬢は全く貴方の外に嬢の所天《おっと》たる可き人はないのです、約束は消滅しました」と云って嬢と余の手を握り合わさせた、余は嬉しさに夢中と為り何時の間に権田が立ち去ったか知らなんだ。

 此の上の事は話すに及ばぬ、幽霊塔の話は是で終わった、後は唯其の後の成り行きを摘《つま》んで記そう。
 虎井夫人は又此の家へ、帰って来ると云わぬ許りに狐猿を後に残し、人に油断をさせて置いて立ち去ったまま帰って来ぬ、森主水の探った所では自分の弟穴川甚蔵の許へ逃げて行き、甚蔵及び彼の医学士大場連斎と共に、濠洲へ出奔したらしいとの事、兎に角養蟲園はガラ空で、彼の幾百千とも数知れぬ蜘蛛が巣を張るのみである。狐猿は今千艸屋に飼われて居る、浦原お浦は米国へ行き女役者の群に入り何所か西部の村々を打ち廻って居る相だ、天然に狂言の旨い女だから本統の嵌役《はまりやく》と云う者だろう、時介は直ちに外国へ漫遊に出て未だ帰らぬ、余と春子の間には玉の様な男の子、イヤ是は読者が羨むから云わずに置こう。
 シテ彼の塔の底の宝は、然し彼の宝は血統《ちすじ》の上から余の物でも叔父の物でもなく、全く春子の物である、其の仔細は叔父朝夫は丸部総本家から数代前に分れた家筋で血筋が遠い、血筋の一番近いのは叔父の妻で有った夫人で、其の死んだ後は其の腹に出来た春子が当然の権利者で有る、殊に血筋を離れて云うも、幽霊塔の前の持主輪田お紺の遺言に養女輪田夏子、実は春子、を相続人として有ったので、此の方から見るも幽霊塔全体が夏子の物だ、唯夏子が牢死したとなった為自然高輪田長三の物に成って居たが、夏子が生きて居れば長三の権利さえ権利とは云われぬ質の権利で有った、爾れば春子は塔の境内に宝物|庫《くら》を建て、一先ず彼の十七有個の箱を塔から取り出して之を納め、第一号の家珍は子孫へ伝える事とし、金銀は全英国の慈善事業総体へ寄附し猶欧洲大陸、及び東洋南洋の殖民地の教会へも寄附し、其の他世界中の慈善事業へ今以て寄附して居る、併し叔父の領地即ち余の領地も之が為に大いに広がったことは事実である、領地には一郷々々に悉く小学校を建てた、其の費用も春子が支弁して居るが、中には毎月五百ポンドほど掛かる、大きな学校も有る、けれど仲々それだけでは使い切れぬ、猶大部分は、珠玉などまで銀行の倉庫に在って、利に利を産んで居るが、他日若し英国正義の進路の為に国運を賭して他国と戦争する時が有らば決して課税などを引き揚げさせぬと春子は云って居る、言い替えれば軍費に献納する積りである、何と目出度い訳ではないか。



底本:「別冊・幻影城 黒岩涙香 幽霊塔・無惨・紳士のゆくえ」幻影城
   1977(昭和52)年12月25日発行  
底本の親本:「幽霊塔」前編、後編、続編 扶桑堂
   1901(明治34)年初版発行
参考図書:「幽霊塔」旺文社文庫、旺文社
   1980(昭和55)年2月1日初版発行
※誤記等の確認に旺文社文庫版「幽霊塔」を参考とした。また、旺文社文庫版をもとに難読な語にルビを追加した。
入力:地田尚
校正:かとうかおり
1999年11月5日公開
2000年7月17日修正
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