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「小学生全集」について
菊池寛

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 新聞の広告でも御承知のことと、思ふが、今度自分は芥川の援助をも乞うて、「小学生全集」なるものを編輯することになつた。
 曾て、自分は「小学童話読本」八巻を編輯した。清新にして健全なる童話を精選して、児童の読物に供するつもりであつた。二年近き歳月を費して、漸く完成したが、自分の蒐めた小学生の読物は、その何分の一しか収めることが出来なかつた。そして、完全なる小学生読物は、可なりの大部数を要することが分つた。
 今度「小学童話読本」の出版元なる興文社が、小学生の読物方面に大量出版の出版事業を敢行せんとするに当つて、自分は相談を受けた。「小学童話読本」の編輯であらゆる児童読物に目を通してゐる自分は、全力を以て、その編輯に当ることを決心した。
 自分は文学者であるから、此の全集の中に、世界の少年少女文学の傑作は悉く集めることにした。「クオレ」「少公子」「ジャングル・ブック」「家なき子」「ピイタア・パン」などは、面白いこと無類で、これをよむとよまないで、子供の性格や情操に差違が生じはしないかと思はれるほど、強い感銘を与へるものだと思ふ。
「アレビアン・ナイツ」「イソップ」「アンデルセン」「ロビンソン・クルーソー」はいづれも童話の聖書であるから、これをのぞくことは出来ない。
 自分は少年時代歴史を愛読した。その意味で私は「歴史童話集」に三巻を割いて、歴史的大事件を童話風にかいて見ようと思ふ。
 少年少女の科学智識に対する傾向は、近来殊に著しいやうだ。その意味で、電気、動植物、物理化学、生物学、生理衛生、等子供に分る範囲で、その概略を説明して貰ふことにした。石川千代松、厚木勝基、横山桐郎、山本清、正木不如丘、山本忠興、田丸卓郎、牧野富太郎、兼常清佐、鷹司信輔、辻村太郎氏等の諸学者等、自分とは一面識もない方々が、執筆を快諾して下さつた。御厚意は何とも感謝の外はない。
 興文社は、世間周知の通り最も確実なる書肆で、同社の石川寅治君は「日本名著全集」でも知られる通《とほり》、良書の第一をモットーとし、利害を度外に置いてゐる人であり、その上資力充実してゐるから、全八十巻を完全に出版し得ると思ふ。その上、文藝春秋社も裏書をする意味で、名前を列べることにした、予約について充分の責任を負はんためである。最初は、四六版の計画であつたが、発表前後に、共同印刷所へ、全|頁《ページ》四度刷と云ふ破天荒な機械が輸入されたので、(その機械は菊版でなければかゝらないので)急に菊版に模様がへした。第一|頁《ページ》から奥附まで、四度刷に出来るのだから、色刷の挿画を毎|頁《ページ》にだつて入れることが出来るのである。従つて、出版界の革命を起すだらうと思はれる。
 その上、定価は三十五銭である。菊判三百|頁《ページ》で、三十五銭であるから、廉い/\と云はれる如何なる全集も、到底比べものにはならないだらう。
 だが、その破天荒の廉価は、たゞ大量生産に依つてのみ、支持されるのであるから、二十万部三十万部では損失は免れないのである。従つて、出来るだけの予約者を得たいから、本誌の読者諸君に挙つて尽力していたゞきたいと思ふ。
 今度は、自分も全力をつくしてやるつもりだ。今月中には、宣伝のための講演も、各地でやりたいと思ふ。何かにつけて、御尽力を願ひたい。
 実際かうした廉価出版は、今だけで前後にないものかもしれない。さう云ふ意味で出来るだけ予約して貰ひたいと思ふ。
[#地から1字上げ](昭和二年五月)



底本:「菊池寛全集 第二十四巻」高松市菊池寛記念館、文藝春秋
   1995(平成7)年8月30日発行
初出:「文藝春秋」文藝春秋
   1927(昭和2)年5月号
入力:大久保ゆう
校正:門田裕志
2004年5月18日作成
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