青空文庫アーカイブ

易と手相
菊池寛

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【テキスト中に現れる記号について】

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)たま/\
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 自分が、易や手相のことを書くと笑う人がいるかも知れないが、自分が一生に一度見て貰った手相は、実によく適中した。
 それは、時事新報社の記者をしている頃だった、久米が二十七歳前のことだから、十年近い昔である。久米と芥川と僕とで、晩食を共にした後でもあったろうか、湯島天神の境内を通るとき、彼処に出ている一人の易者に冗談半分に見て貰ったのである。むろん諸君も想像する通り、芥川だけは見て貰わなかった。私の手相の判断は、実によかった。私が三十を越してから、栄達し、一群の人の上に立つことを云い、金銭に不自由しないことを云い、その他身上に起る二三の事実を指摘した。当時貧乏でまだ文壇に出ることなどは、夢にも思っていなかった私は、悪いよりも良い判断を欣んだが、私が栄達するとか、金に不自由しなくなるなどとは、夢にも思っていなかった。それが、十年後の今日に、此の手相見の言葉が悉く適中したと云ってもいゝだろう。身上に起った事変なども、手相見の云う通りであった。
 久米に対する判断も、性格技能を語る点では実によく適中した。たゞそのときは、二十七歳前の久米を、三十七歳前だと、見誤ったためすっかり我々の信用を害い、我々はその他の判断まで、馬鹿にしてしまったが、私に対する判断は実に悉く適中した。つい先頃も、久米に逢ったとき彼は『あのとき君の手相はよく当った』と、三嘆したほどである。
 私は、此頃になって、手相があんなにまで当るものなら、少し学びたいとも思っている。茫漠たる人生の行路を思うとき、自分自身の運命について、おぼろげながらも知りたいと云う気がしている。先日も、岡栄一郎が座興に手相を見るのを見て、いよいよ手相を学びたいと思った。岡は、手相について多くを知らないが、その少しを学生時代の友人から学んだと云っている。その友人は、手相を専門に研究していたが、ある日自分の掌に肉親に不幸があるという兇相が現われたのである。駭いて帰郷の支度をしているとき、彼自身が喀血して死んだと云うのである。掌中の兇相は自分自身の身上であったことに気がつかなかったのである。その友人の死床に侍したと云う、岡の口からきけば、可なり凄壮な話である。私は、岡から、その話を聞いた翌日、たま/\その月の『文章倶楽部』を読むと、木村毅君の『手相』と云う小説が載っているので、読んで見ると作者即主人公が頗る手相学者なので、私は渡りに舟と未知の木村君に速達を出して、手相を教えてほしいと頼んだ。ところが、木村君の返事が、頗る心細いもので大に失望した。人間の運命が、掌中の紋様に現われるなど云うことは考えられないことであるが、しかし人間の身体についているものだけに、まだ易などよりは、信じられる。殊に私自身手相が当っているので手相が相当信じられるような気がするのである。
 易は、私は一度見て貰った。それは数年前、郵便貯金の通帳を失くしたときである。三百何円しか金額はなかった。私は数日家中を探したがないので、面白半分に易者に見て貰った。二人見て貰った。ところが二人とも判断が合っているので、私は感心した。『失くした物は出るが、形はくずれている』と云うのである。即ち、品物ならば、壊れて出る、貯金の通帳などは、お金は、盗られていると云うのである。
 私はそれを聞いて郵便局へ、通帳の紛失届を出し、通帳を再度下付して貰った所が、参百円以上あった金額は、六拾何円しかないのである。誰かが、私の通帳で二百五十円の金を盗み取ったに違いないのである。私は、易の適中を知って駭いたのである。
 私は、その二百五十円を何人に依って何処の郵便局で盗まれたかを検べるために、貯金局に願って、出入の明細表を作って貰った。ところが、その明細表で見ると、盗まれた形跡は少しもないのである。私は、オヤ/\と思ってよく見ると、私が前月に預け入れた二百五十円と云う金額が、脱落しているのである。即ち、私の預け入れた金が郵便局元帳に付落になっているのである。私は、駭いて預け入れの郵便局で検べて見たところ郵便局には、ちゃんと記帳済になっているので、預金局の誤ちと云うことが、直ぐ判明し、私は相当の手続を取って六十何円の通帳は、参百何円かの通帳に訂正されたのである。即ち、私が通帳を無くしたために、元帳にある記帳漏れが判ったことになり、私は一文も損をしなかったのである。私が感心していた『失くした物は出るが形はくずれている』はスッカリ駄目になったのである。『失くした物は出る、形はくずれているが、正味は変らない』と云わなければ当らなかったのだ。どうも、支那の古代に発見された易の判断は、通帳など云うものの、紛失に適用させるほど、デリケイトの物ではないのかも知れない。
 そんなことから、私は易よりも手相を信じている。ゼイチクなどを並べるのは、サイコロを振るのと同じく偶然が入りこんでいけない。そこへ行くと、手相は、その人についている。それなら、人相をもっと信じそうな訳だが、『週刊朝日』で僕を、ケチン坊だと観相した馬鹿な観相家があって以来、人相位馬鹿々々しいものはないと思っている。



底本:「日本の名随筆82 占」作品社
   1989(平成元)年8月25日第1刷発行
   1997(平成9)年5月20日第6刷発行
底本の親本:「菊池寛文学全集 第六巻」文藝春秋新社
   1960(昭和35)年6月
入力:前野さん
校正:門田裕志
2002年12月4日作成
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