青空文庫アーカイブ



海に生くる人々
葉山嘉樹

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)室蘭港《むろらんこう》が

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)汽船|万寿丸《まんじゅまる》は、

[#]:入力者注
(例)奥深く[#筑摩版では「奥深く広く」]入り込んだ
底本(岩波文庫、1971年改版)の誤記と思われるものに関して、「筑摩現代文学大系36 葉山嘉樹集」筑摩書房、1979)などと照合した。

*:伏せ字
底本の旧版(岩波文庫、1950年)に掲載された蔵原惟人氏による解説には、5字以下のものは*で表し、それ以上のものは、その字数を注記した、とある。
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     一

 室蘭港《むろらんこう》が奥深く[#「奥深く」は筑摩版では「奥深く広く」]入り込んだ、その太平洋への湾口《わんこう》に、大黒島《だいこくとう》が栓《せん》をしている。雪は、北海道の全土をおおうて地面から、雲までの厚さで横に降りまくった。
 汽船|万寿丸《まんじゅまる》は、その腹の中へ三千トンの石炭を詰め込んで、風雪の中を横浜へと進んだ。船は今大黒島をかわろうとしている。その島のかなたには大きな浪《なみ》が打っている。万寿丸はデッキまで沈んだその船体を、太平洋の怒濤《どとう》の中へこわごわのぞけて見た。そして思い切って、乗り出したのであった。彼女がその臨月のからだで走れる限りの速力が、ブリッジからエンジンへ命じられた。
 冬期における北海航路の天候は、いつでも非常に険悪であった。安全な航海、愉快な航海は冬期においては北部海岸では不可能なことであった。
 万寿丸|甲板部《かんぱんぶ》の水夫たちは、デッキに打ち上げる、ダイナマイトのような威力を持った波浪の飛沫《ひまつ》と戦って、甲板を洗っていた。ホースの尖端《せんたん》からは、沸騰点に近い熱湯がほとばしり出たが、それがデッキを五尺流れるうちには凍るのであった。五人の水夫は熱湯の凍らぬうちに、その渾身《こんしん》の精力を集めて、石炭塊を掃きやった。
 万寿丸は右手に北海道の山や、高原をながめて走った。雪は船と陸とをヴェールをもってさえぎった。悲壮な北海道の吹雪《ふぶき》は、マストに悲痛な叫びを上げさせた。
 生命のあらゆる危難の前に裸体となって、地下数千尺で掘られた石炭は、数万の炭坑労働者を踏み台にして地上に上がって来た。そして、今、海上では同じく生命の赤裸々な危険に、その全身を船体と共に暴露しつつある、船員の労働によって運送されるのであった。
 藤原六雄《ふじわらろくお》は、ランプ部屋《べや》へはいって、ランプの掃除《そうじ》をしていた。彼は、今年二十八歳のひどくだまりやの、気むずかしやであった。そして、一体彼は何か仕事をしているのか、どうか疑わしいほど、労働がきらいな性《しょう》のように見えた。彼の職務は倉庫番であった。
 ランプ部屋はブリッジに向かい合って、水夫室と火夫室の間に、みじめに、小さくこしらえられてあった。藤原はそこでランプのホヤをふきながら、水夫たちが、デッキを掃除しているのを見ていた。彼はこのごろボースンにも、一等運転士にも見込みが悪いことを知っていた。「ストキ(倉庫番)にもワシデッキの時には手伝ってもらわなきゃならん。一万トンも八千トンもある船とはちがうんだからな」と、いつか水夫たち全部がそろって飯を食ってる時にボースンにいわれたことがあった。
 「ふん、ストキとは倉庫番てことだ。倉庫番は倉庫の番さえしてりゃ、それで沢山だろう」と、彼は答えた。
 ――それ以来、どうも、おれは水夫たちの仲間からまでも受けがよくない――と、さびしそうに、ストキは考えた。

     二

 船のエンジンはフルスピードをかけていたが、風と浪とで速力がまるで出なかった。未明に出帆《しゅっぱん》したのに、夕方になってもまだ津軽《つがる》海峡沖を抜け切らなかった。
 その夜、高等船員側では室蘭へ引きかえそうかとの相談も行なわれたが、それは実行されるには至らなかった。
 水夫たちは、暴風雪がだんだん猛烈になって来るにつれて、その作業も平常とは趣を異《こと》にし初めた。船体は保険マーク以上に沈んでいるので、充分に抵抗的であって、波浪は一つも残らずデッキへと打ち上げた。そしてデッキは一面の海になってしまった。すくい込む水はなかなか小さな排水口から急には出て行かなかった。デッキには、ハッチの上を通るように、ライフライン(命綱)が張られた。いつデッキを通ろうと試みても、そこは外海と何ら異なるところはないからであった。
 浪はその山と山との間に船をはさんでしまう。その谷になった部分が船のヘッドから胴体へ進む時、次の山の部分がヘッドに打ちあたる。鉄製のわが万寿丸も、この苦悶《くもん》には堪《た》えかねて、断末魔の叫びをあげる。ミリミリ、ドタンーとうなる。その谷がやがて、ともへ行くと推進器は空中でから回りをする。推進器は、飛行機のプロペラーのように空中で回転する。凶暴なその船の太さほどの猛獣のようにほえる。特別装置のないどの棚《たな》からも、いろんなものが落ちる。ランプのカップからランプが踊り出る、舵機《だき》は非常にその効力を減じられる。速力は今ではもう推進器の空転の危険から、ほとんど三マイルぐらいに減じられて、ただ船首[#「船首」は底本では「船員」と誤記]を風の方向から転換しないようにのみすべての努力を尽くしていた。
 機関室の方も汽罐室《きかんしつ》の方も、非常な困難があった。油差しは、動揺のために、機械と機械との狭い部分に入り込むのに、神秘的な注意を払った。火夫はその汽罐の前で、ショベルを持って、よろけまいとして骨を折った。
 汽罐室のま上のコック場では、コックが、いつも一度で炊《た》く飯を五度ぐらいに分けて炊かねばならなかったし、お菜も同様な方法にしてなお、汁物は作るわけに行かなかった。
 コロッパス(石炭運び)は、石炭庫の中で、頭じゅうをこぶだらけにするのを、どうしても免れるわけには行かなかった。
 水夫らは、デッキを洗う波浪からダンブル内への浸水を護《まも》るために、ハッチカバー(船艙《せんそう》のおおい)や、それを押えた金具や、またその上から厳重にロープを通して縛らねばならなかった。それは危険な作業であった。そしてこの危険な作業なしには、この船全体が危険から免れうる方法がなかった。あだかも意地の悪い馬がなれぬ乗り手にするように、船体は猛烈にその背を振った。そしてそのたびに柄杓《ひしゃく》が水をすくうように、デッキは波浪をすくい込んだ。ロープはぬれて、固くなって操作に非常な困難と遅滞とを招いた。しかしそれは成し遂げなければならない仕事であった。ハッチが水を飲むということは、文句なしに、簡単|明瞭《めいりょう》に船体の沈没を意味するものであった。五人の水夫と、ボースンと、ストキと、大工との八人が総動員で、この仕事を遂げた。
 彼らはそのからだが、そのまま凍るような風の下に、メスのように光る、そして痛い波浪に刺された。そしてそれは、あまり動かない部分をカンカンに凍らせた。
 船体の危険と、船体と共にする自分自身の危険と、そして、てきめんに自分の凍えんとする肉体に対する危険とは、火事が中風《ちゅうふう》の婆《ばあ》さんに、石臼《いしうす》を屋外まで抱《かか》え出させたほどの目ざましい、超人間的な活動を、水夫たちに与えた。そして、船首のハッチ二つは完全にその防備ができ上がった。
 まだ二つのハッチが船尾の方に残っていた。そして、時間は今夕食に迫っていた。水夫たちは、飢えを感じた。けれども、海も飢えを感じて、わが万寿丸をのもうとしているのであった。
 船は絶えずもがき、マストは絶えず悲鳴を上げ、リギンは絶えず恐怖に叫んだ。船首の船底は、波浪と決闘するように打ち合った。船尾ではプロペラーが、その手を空《くう》に振り上げた。
 自然と人力とはその最大の力と、あらゆる知恵とをもって戦闘した。

     三

 船を一郭として、人間と機械とが完全に協力して、自然と戦っている時に、船員たちは、自分たちが、船《ふな》のりであることを、この時以上に癪《しゃく》にさわり、心細くなり、哀れに気の滅入《めい》ることはなかった。そして彼らは、あらゆる瞬間の極度の緊張と、注意とにもかかわらず、自分の運命を哀れむのであった。彼らは、まっ暗な闇《やみ》の中を電光が一時に、全く鮮明にパッと明るく照らすように、この困難な労働の間に、感ずるところの彼らの地位は、全くハッキリした賃銀労働者の正体であった。しかし、それは電光と全く同じであった。彼らは、すぐ、その仕事の方へと一切の注意を向けねばならなかった。
 水夫らは、船首の方を済まして、船尾のハッチへ行くために、サロンデッキに上《のぼ》った時であった。ブリッジにいたコーターマスターの小倉《おぐら》が、何かわからぬことを、からだじゅうで怒鳴りながら、物すごい勢いでブリッジから飛びおりて来て、サロンデッキを艫《とも》の方へかけて行って、そのタラップをまた飛びおりた。
 セーラーたちは、ビクリとした。のみならず、コック場のコックやボーイや交替で休んでいた機関長や、ブリッジの上の船長やは、全部が小倉の飛んでった行方《ゆくえ》を見守った。
 小倉は、船尾へ駆けつけた。そこには、ブリッジからあやつるスティームギーア(蒸気|舵機《だき》)の鎖と、そのカバーとの間に、わざとのように、水夫見習いが、右半身をうつ伏しにもぐり込ませていたのであった。
 小倉は、水夫見習いが楽に出るようにと思ったのであったが、しかし舵機は同位に船首を保つために、一刻も放擲《ほうてき》しては置けなかった。
 そこへ水夫らは全部かけつけた。あるものは、カバーの金板《かねいた》をバーで動かそうと試みた。この間にも波浪は、船首甲板ほどではないにしても三、四|度《たび》、ここを洗った。
 水夫全体の力と小倉との力は水夫見習いを、鎖とカバーの間から引っぱり出すことができた。けれども見習いは、引きずり上げられた溺死体《できしたい》のようにだらりとして、目ばかりを宙につっていた。彼は直ちに、水夫|二人《ふたり》にかつがれて、最も震動と、轟音《ごうおん》のはなはだしい船首の、彼の南京虫《なんきんむし》だらけの巣へ連れ込まれた。
 仕事着を彼から脱がせることは最大の急務であった。が同時に最大の困難でもあった。まるで帆布作りの仕事着ででもあるように、それは凍りついていたのである。ついて来た藤原は、その腰のメスを抜いて見習いの仕事着を上手《じょうず》に切り裂いた。そして、彼の寝間着が、上にかけられた。
 ボーイ長の右手と右の肺の部分に紫暗色の打撲傷ができていた。そして左足の拇指《ぼし》が砕けていた。
 ストーブがないために、水夫らははなはだしく寒かった。見習いは、傷と、凍えのために、もしこのままにして置くならば、必ず、始末は早くつくということを皆知っていた。そこでついて来たストキと、水夫二人は各水夫の巣から、ありったけの毛布を集めて、それをかけてやった。
 そして、そのまま、全部彼らは船尾ハッチのカバー作業に駆けて行った。
 船尾のハッチは船首のそれと同様の危険と困難さをもって、作業された。手の届きそうな低空を、雪雲が横飛びに飛んだ。中に、濃い雪雲は、マストに引っかかってそれを抜いてでも行くかのように、はげしくマストを揺すぶった。水平線は、頭上はるかにのぼるかと思うと、足下《あしもと》深く沈んだ。(船の動揺は、同時に水平線を動かすものだ)ボーイ長(水夫見習いをいう)の運命は、全甲板労働者の現在のすぐ背後に鱶《ふか》のように迫っているのであった。
 船尾部分のハッチはこの上もなく厳密に密閉された。そして、次のは、機関室と、その上部にある士官室、サロンデッキとの陰になっていたために、以前の三つに比べて、作業は楽であった。そこで、藤原は、ランプをともす準備をするために、再び「おもて」(船首部分)へ帰って行った。
 ランプ部屋へはいる前に、彼はまず水夫室へはいった。まだ十七歳の少年、水夫見習いは、痛さに堪《た》えかねて、「おかあ様、おとうさん」と、両親を叫び求めては、泣いていた。そしては、しばらく息を詰めて、死のような沈黙の中へ落ちて行くのだった。藤原は、ボーイ長の寝床の端板にもたれかかって、ボーイ長の顔をのぞき込んだ。けれども、見えなかった。一つの窓もあけられていない水夫室は、出入り口から星の夜のような光がかろうじてはい込み得ただけであった。ことにボーイ長のは二層|床《どこ》の下部に当たり、光の方を背にしていたので、最も暗かった。藤原は、自分の床から蝋燭《ろうそく》をとって、ボーイ長の枕《まくら》もとに立てた。彼は白ペンキのように青ざめて、そしてくらげのように衰えていた。
 まだ、チーフメートは、何らの手当てもしには来なかった。
 彼は、ボーイ長を慰めた。そしてすぐにチーフメートが「膏薬《こうやく》」を持って、のろのろ来やがるだろう、やつらには、労働者よりも、ブロックの方が比較にならぬほど重大なんだ、しかし、心配しないがいい、皆がついているからといって、ランプ部屋へしたくに行った。
 万寿丸は尻屋岬《しりやみさき》燈台沖にかかった。暴化《しけ》はその勢いを少しも収めなかった。
 水夫らはボートやサンパンを吹き飛ばされないように、それを、より一層ほとんど、吹き出したいくらいに、頑丈《がんじょう》に、これでは沈没した時に決して間に合わないと、証拠立てられるほど、それほど頑丈に、くどくどとデッキや煙突にまで、綱を引っぱった。そして、この仕事は、波浪の恐れは全然なかったが、動揺と、風と、おまけに「てすり」がないので、海へ落ちるという危険を伴った。ボートデッキは、船中で一番高い部分であって、それは士官室の屋根と天井とを兼ねていた。
 水夫たちは、一本のロープを持って、ボートの下へ仰向けにもぐり込んだり、ボートの外側――そこはデッキ板一枚の幅しかなくて、海面まで一直線にサイドなのだ――に、今縛りつける、そのボートにつかまって綱をからげるために、サイドへ足を踏んばって、海の方へからだを傾けたりした。
 ボースンは、すぐ前のブリッジから、船長が作業を見ていたために、その禿《は》げた頭を、章魚《たこ》のように赤くしてあわてたり、怒鳴ったり、あせったりした。

     四

 陰欝《いんうつ》な薄暗がりが、海上にはい出たために、右舷《うげん》に尻屋岬《しりやみさき》の燈台が感傷的にまたたき初めた。荒れに荒れる海上に、燈台の光をながむるほど、人の心を感傷的にするものはない。この海の上は、今にもわれわれの命を奪おうとするほど暴《あ》れ、わめいている。そして、われわれの家は宙天から地底《じぞこ》へまで揺れころぶ。そこには火もなく、灯《ともしび》さえもない。だのに、あそこには燈台が光る。その燈台は、しっかりと地上に立っていて、そこには家族がある。団欒《だんらん》がある。愛すべき子供がある。いとしい妻がある。そこには火鉢《ひばち》があるだろう。鉄瓶《てつびん》がかかってるだろう。正月の用意の餅《もち》が搗《つ》けてあるだろう。子供がそれをねだっているであろう。「もうねんねするんです。ね、夜食べると、ポンポンいたいたですよ。サ、ねんね」と、母は今年三つになった子供を膝《ひざ》の上に抱き上げるだろう。そうして、かわいくてたまらぬといったふうに、子供の頬《ほほ》にキッスするだろう。そうして、夫《おっと》と顔を見合わせてほほえむだろう。そして、「明日《あす》はまた随分沢山鳥が落ちてることでしょうね。こんなにしけるんだもの。鳥だって船だってかないませんわね」と、いって、火鉢から鉄瓶をおろして、茶でも入れるだろう。そして、子供に隠して、その父から一枚の煎餅《せんべい》を出してもらって「坊やはいい子ね、サ、お菓子」といって出し抜けに子供にそれを与えるだろう。
 だのに、おれたちは、凍えるような風と、メスのような浪《なみ》と、雪のように冷たい資本家や、氷のように冷酷な船長の下《もと》で、労働をしているんだ。おれは何だって船員になんぞなったんだろう。
 ことに家持ちの下級船員はそうであった。彼らは、そうでなくてさえも、その家庭にたまらなくひきつけられているのに、暴化《しけ》のときには、その心持ちは長い刑を言い渡された囚人が、その家族のことを身も心もやせ砕けるように恋い慕い、気づかうのと異なるところがなかった。全く、今では、両|舷《げん》から、鯨油を流してさえいるくらいであったから。鯨油を流すことは、暴化《しけ》もはなはだしくならないとやらないことであった。
 尻屋の燈台はセンチメンタルにまたたく。日は暮れかけて、闇《やみ》は、波と波との谷間から煙のように忍び出しては、白い波浪の飛沫《ひまつ》に、け飛ばされていた。
 舵手《だしゅ》の小倉は、船首を風位から変えないように、そのあらゆる努力を傾注していた。彼の目はコンパスと、船の行方《ゆくえ》とを、機械的に注視していた。
 と、本船の前|左舷《さげん》はるかな沖合に、一|艘《そう》の汽船が見えた。「あ、汽船が!」と、小倉は無意識に叫んだ。
 船長もチーフメートもだれもがブリッジの左舷へ集まって、望遠鏡のレンズを向けた。
 この少し前から、ボートデッキで、サンパンの下にもぐり込んで仕事していた、水夫の波田芳夫《はだよしお》というのも、今小倉が見つけたのを見つけて、一人《ひとり》でサンパンの下からながめていたのであった。
 ブリッジでは望遠鏡があるために、その汽船は救助信号を掲げて、難破漂流しつつあるものであることがわかった。
 ブリッジからは、直ちにエンジンへ向けて、フルスピードを命令した。一つ救助に出かけようというのであった。
 全乗組員は難破船が見えると、その救助に向かうことを直ちに知ってしまった。そして、全員はボートデッキへスタンバイした。
 わが勇敢な、しかも自分も腹半分水を飲んだ半|溺死人《できしにん》のような、万寿丸は、その臨月のからだで、目的の難破船に、わずかに船首を向けた。きわめて、それはわずかの程度であった。が、本船はグーッと傾いた。そして見る見るうちに、その舵《かじ》が向いてもいないにかかわらず、グングンその頭を振り初めた。そして、同時に物すごい怒濤《どとう》が、船首、船尾の全部をのもうとするように打ち上げて来た。
 船長は、今いったばかりであったにもかかわらず、方位を元へ返した。本船はきわめて短い五分とかからぬ間《ま》に、ほとんどコースを半回転しようとしたのであった。
 難破船のやや近くへ近づくことはできたが、本船はその船首を非常な努力の下《もと》に従前どおりの位置に返してしまった。
 難破船を救うということは、本船を一緒に沈める計画になるというので、船首はもうその向きを換えなかった。けれども哀れな兄弟《きょうだい》たちの乗り込んでいる妹の難破船は、だんだんわれわれの視野に大きく明瞭《めいりょう》にはいるようになった。われわれは、今のコースをもって進むならば、四マイルぐらいのそばを通過するであろう。
 波田《はだ》は、サンパンの下からはい出してなおも一生懸命に、煙突にもたれて、寒さと、つかみどころを同時に得ながら見入っていた。狂犬の口をおおう泡《あわ》のようなおそろしい波浪と、この夕暗《ゆうやみ》とに、あの船はのまれてしまうんだ。彼は自分が二度も沈没に際会した時の事を思い浮かべては、その難破船に射込むような目を投げていた。
 その小さな五百トンぐらいの小蒸汽船は、北海道沿岸回りの船らしかった。今やその煙筒からは燃え残りの煙草《たばこ》ほどの煙も出ていなかった。汽罐《きかん》に浸水したのはもうずっと早いことだったろう。そのマストの下の方には、桟橋に流れかかったぼろ布のように帆布が、まといついていた。汽罐に浸水してから、どこかのカバーでもはずしてマストに縛りつけたものであろう。わずかにデッキの上でバタバタと、その切れっ端《ぱじ》が洗濯《せんたく》したおしめのように振れていた。
 それにしても船員は、ブリッジにも、マストにも、デッキにも、どこにも見えなかった。津軽海峡を越す時に命を捨てて、ボートででも本船を捨てたのであったのかもしれない、または、その各《おのおの》の室に凍えたからだを、動揺のままに、お互いに打《ぶ》っつけ合ったり、追っかけ合ったりして、楽しみのなかった生前の労働者の運命をのろい悲しんでいるのかもしれない。しかし、この暴化《しけ》はそれほど長く続いたわけでもなかった。本船出帆の前日がその最高潮であったのだからまだ二昼夜しかたっていない。船員は、あるいは、一室に集まって、別れのための最後の貧しい食事でもしているのかもしれない。
 「ああ、おれは二度まで沈没船に乗っていた。一度は胴っ腹を乗り切られ、一度は衝突だった。が、どちらも瀬戸内海で、一度は春の末、一度は真夏であった。そして、そのどちらの時も救われた。けれども、北海道の冬の海ではとても助かりっこはあるまい。おれは、瀬戸内海で沈められた時に、海の中に飛び込みざま『助けてくれ』と怒鳴った悲鳴を今でも思い出せる。その叫びをあげる刹那《せつな》は全く、ありとあらゆる記憶、あらゆる感じ、それらのものが、一度に総勘定でもするように頭に浮かんで来た。そして、『十八ではまだ死ぬのに、二年早すぎる』と、おれは思った。何で二年早すぎたのか自分でもわからない。けれどもハッキリ自分は二年早すぎると思った。おお! もし、あの船の人たちが、死んだとすれば、皆おれと同じ感じを、抱《いだ》いて死んだことだろう。死ぬのには、人間は何歳になっても二年早すぎるのだと、自分はこのごろ考えるようになったが、全く、どのくらい多くの人が二年ずつ早く死んで行くことだろう。それにしても、この船長は何という冷酷、残忍なやつだろう。わずか四マイルや五マイルより離れていないのに、その最後を見届けようともしないとは。自分の悦楽《えつらく》のためにはこの船長はおれたちの生命を、いつでも鱶《ふか》の前に投げてやるだろうに。おれは、その沈没船に代わってでも、また、この船員たちのためにも、船長とたたかう時が必ず来ると信ずる」と、波田は考えにふけった。
 難破船はますます近づいた。日は暮れたけれども、まだ夕明りである。船は、今ならば、もっと難破船へ近づくことができるのであった。が、わが、勇敢な万寿丸は船員全体の希望にもかかわらず、船長の一言によって、冷ややかに姉妹の死を見捨てて去ることになった。そして、本船には、救助不能の信号が揚げられた。相手へ知らすためのでなく、乗組船員をごまかし、同時に海事日誌をごまかすための。
 実際、この時|暴化《しけ》はだんだん凪《な》いで来たのであった。船員は一時間前の勇敢なる船長の行動を不審に思うのであった。
 そのかわいい小柄な船は四十五度以上五十度近く傾いて、今にもそのまま、沈み行きそうに見えた。そして人はどこにも見えなかった。甲板の上は見事に掃除《そうじ》されて、その掃除手の怒濤《どとう》は、わずかに甲板のすみに凍りついて残っているのみであった。マストのカンバス(帆布)は、ハッチの上部カバーであった。それは全くさびしい姿であった。火のない船であった。人のいない船であった。生命のない捨てられた世界であった。われわれは皆サロンデッキに並んで、浪と運命を共にするであろう、その船に別れを告げた。だれの心にも黒い、寒い寂寥《せきりょう》が虫食った。
 これは、やがて、わが万寿丸の運命でもあった。われらが、船底に飢えと寒さとに倒れて漂流する時に、も少し大きな船がまた、われらの傍《かたわら》を通るであろう。われらは信号を掲げねばならぬことを知っているだろう。またわれらは、人間がその船室に凍えかけていることを、知らせる必要のあることを知っているであろう。それにもかかわらず、だれも甲板に出ないであろう。出られないのだ。途中でたおれてしまうのだ。
 そして、ようやく、最後の一人《ひとり》がデッキへはい出た時には、今汽笛を鳴らして通った船は、浮かべる一大不夜城の壮観を見せて、三マイルも行き過ぎているであろう。
 このようにして、わが万寿丸は汽笛を鳴らして通過した。その汽笛をかすかに聞いて、今立ち上がろうとして、その凍えたからだに最後の努力ともがきとを試みている兄弟が、その船の中にいないだろうか、そのたよりない捨てられた犬の子のように哀れな形をした船の中に。
 鐘が鳴った。夕食である。水夫は水夫室に、火夫は火夫室に、各《おのおの》はいって行った。
 難破船は、薄やみの中に、暴《あ》れ狂う怒濤《どとう》の中に、伝奇小説の中で語られた悲しき運命の船のごとくに、とり残された。
 藤原は、船尾にランプをつり上げながら、残された船を見送って、堪《た》えられない寂しさと、憤《いか》りとに心を燃やした。
 「あの船には、少なくとも二十人の乗組員はあっただろう。それが養っている、同じ数くらいの家族もあっただろう。あの中で二十人は凍死したか、ボートで溺死《できし》したか、どちらにしてもあの船の乗組員が助かるということは考えられないことだ。二十人はとうとう、その家族を残して、妻子はその主人に残されて逝《い》ってしまわれたんだ。そして、その船によって、最も重大な利害を感ずるはずの船主は、今その宅で雪見酒を飲んでいるのであろう。その二十人の不払い労働から、蓄《た》めて経営している会社の株のことを、電報がはいるとすぐに気にするだろう。遺族には、香典が二十円ずつぐらいは行くであろう。そして、船主は、二十人の人間のことよりも、その沈没するのが当然なほど腐朽し切った、ぼろ船の運命に対して、高利貸式の執拗《しつよう》さでくやしがってるだろう」
 「人間が生きて行くためには、どうしても人間の生命を失わねば生きて行けないのか、人柱《ひとばしら》! おれたちは皆人柱なんだ!」

     五

 水夫室では、水夫たちが、犬ころがうなり合いながら食べると同じように、騒ぎながら、夕飯を食っていた。
 負傷したボーイ長のそばには、藤原と、波田とがいた。波田のベッドは、ボーイ長のとL字形に隣り合っているので、自分のベッドで、頭をかがめながら、うまい夕食を摂《と》った。全く、字義どおりに「のどから手が出る」ほどであった。胃の腑《ふ》へ届く食物は、そのまま直ちに消化されて、血管を少女のような元気さと華《はな》やかさとで駆け回るように感じられた。彼は飯を口一杯に頬《ほお》ばりながら、ボーイ長の足もとに波田と並んで、これを頬ばっている藤原に話しかけた。
 「チーフメートは来たかい」
 「まだだよ」藤原は、まるでそれが波田のせいでありでもするかのように、ふくれっ面《つら》をもって、答えた。
 「随分無責任じゃないか[#「ないか」は筑摩版では「ないかい」]。三時間も打っちゃらかしとくなんて」
 「距離が遠いんだよ。距離が、やつらのはね」藤原はなぞのようにいった。
 「ハハハハ、なるほどね、サロンから、おもてまでじゃ三時間じゃ来られねえや」波田は、冗談だと思って笑った。
 「五感と、神経中枢との距離がさ。鼻と口との距離と同じほどなんだよ」
 ストキはひどく憤慨しているように見えた。「それに、こういうことになれて、無神経になるってことは、それが仲間のことであると、なおさらよくないね」
 藤原は、話がむずかしいので、有名であった。彼は漢語みたいなもの――仲間の間でそういった――を使いたがる癖が骨にしみ込んでいるのであった。
 まだ食事が、始められて間もなく、チーフメートは、ボーイに「救急箱」を持たせて[#「持たせて」は底本では「持せたて」と誤記]、「大急ぎ」で駆け込んで来た。
 水夫たちは食事を中止した。そして、水夫見習いのベッドを、チーフメートと一緒にとり巻いた。
 「ボースン! こんなに暗くちゃ何もわからんじゃないか、蝋燭《ろうそく》をつけて来い。五、六本!」と、チーフメートは一発放した。
 かくて、蝋燭はつけられた。ボーイ長がそこへ寝始めてから、三時間目に初めて、彼の室は燈《ともしび》で照らされた。彼が船へ持って来たものは、そのからだと、その切り捨てられた仕事着と、初期の禿頭病《とくとうびょう》とだけであった。
 彼は、陸上でひどく苦しんだ。彼の家はひどく貧乏の上に、兄弟が十一人もあった。彼は、小さい時分から、自分を養うのは自分でなければならぬことを感じさされて来たのであった。
 彼は、訴えるような目つきで、また、彼のそのような負傷にもかかわらず、チーフメートに直接物を言うことを恐れて、遠慮がちに「痛あーい」とうめいた。
 チーフメートは何でもかまわず、ボーイ長の左半身全体に、イヒチオールを塗りまくった。彼は一分間でも早く彼の義務が終わればいいのであった。医者のやるようなことが、彼の義務であることも癪《しゃく》にさわることであったが、それは、彼がそれでパンを得ている以上、仕方のない災難なのであった。彼は、彼もパンのために、そのいやな仕事を持っていることを知ると同時に、もっと悪い条件の下《もと》にパンを求めているものがあり、それが「おもてのならずもの」どもであることを知らねばならないはずであった。ところが、彼は、ブルジョアが、彼と自分とを区別してるとすっかり同じように、彼とセーラーらとを区別していた。「おれは紳士だが、やつらは労働者だ」あるいはもっと正確には「おれは人間だが、やつらはセーラーだ」と。
 チーフメートは、限りなき嫌悪《けんお》の情を含みながら、ボーイ長をめちゃくちゃに、イヒチオールで塗りまくることを、(面倒臭いあまりに、そうするのではない)というふうにセーラーたちに見せたかった。彼はなさなければならないことの形式だけをやって、しかも感謝の念をセーラーたちから盗もうとさえたくらんだのであった。
 黒川鉄男《くろかわてつお》、これがチーフメートであった。黒川は、イヒチオールを塗りまくる間に、口をきくことは、それほど仕事の能率を妨げないし、また、それ以上仕事を、きたなくも困難にもしないと考えた。そして、彼がどんなに、この「虫けら」のようなボーイ長に対してさえ、人道的であるかを見せてやることはいい。と彼は考えた。
 「おもては全く、寒いね、そしてまるでまっ暗じゃないか」と黒川は口を切った。彼はボーイ長の胸部にイヒチオールを塗布しながらいった。
 「満船の時はどうも仕方がありません」と、ボースンは鞠躬如《きっきゅうじょ》として答えた。まるで、まるで、寒くて、暗くて、きたなくて、狭いのは、ボースン自身の罪ででもあるように。
 「これじゃいくらお前らでもたまらないなあ」
 「なあに、メートさん、新造船だから、いい方ですよ」とボースンは答えた。
 「暗くて寒いことあ今始まったこっちゃないや、おまけに風呂《ふろ》だってありゃしない、これでもおれらは、人間並みは、人間並みなのかい」と藤原が後ろから、燃えるような毒舌を打《ぶ》っつけた。
 チーフメートは早速《さっそく》方向転換の必要を痛感した。
 「ボーイ長の傷は存外軽くてすんだね。おれはもうとてもだめだと思っていたんだよ、命拾いしたわけだね」
 「そうさ、すぐくたばりゃもっと傷が軽いわけさ、手がかからねえからな」また藤原が口を出した。
 セーラーたちは、何か起こりはしないかと内心好奇心に駆られて「事」の起こるのを待っていた。
 「黙ってろ! よけいな口をたたくな!」チーフメートはとうとう爆発した。
 「黙ってろ? 黙るさ、だが、手前《てめえ》らにゃ手前らの命は大切でも、人間の命が、どのくらい大切かってことはわかる時はあるまいよ。ヘッ」藤原はそのまま自分の巣へ上がって、煙草《たばこ》に火をつけた。彼は明白にチーフメートに挑戦した。
 戦争はすぐ開かれるか、あとで開かれるか、どんな形において開かれるか、それは水夫ら全体を興奮の極に追い上げた。
 黒川一等運転手は彼の策戦が失敗したことを承認した。そして、多分この事はこれだけで片がつかないだろうと、いうこともわかった。長びくような事件にならねばよいがと彼は心配していた。特にそれは、この場合では、彼にとって絶対に都合のわるいことであった。彼は、黙って、早く手当てを済ますに限ると思ったので、その手当てを急いだ。
 かくして、イヒチオールはそれが、その本来塗らるべきところであろうと、または、傷をなして赤い肉の出たところであろうと、出血しているところであろうと、おかまいなしに塗りたくられた。また、いかなることが起きても、起こらなくても、ボーイ長の左半身全体をまっ黒くするということは、彼の三時間にわたる熟慮の結果であった。
 そしてチーフメート黒川鉄男は、そのプログラムに従って他意なくやってのけた。何ら親味な情からでもなく人間的な気持ちからでもなく、安井《やすい》――水夫見習い――は、その全半身にただ気やすめだけのイヒチオールを塗布された。それは義務を果たすための一つの対象にすぎなかった。
 安井はうめいた。「おかあさん、おかあさん」と叫んで救いを求めた。そして目を開いては、絶望のどん底にまっ暗になって落ち込んでしまった。
 彼は、からだの傷《いた》みと共に、堪《た》え得ぬ渇と飢えとに迫られていたのだった。

     六

 安井の手当てがすむと、水夫たちは、改めて、食卓についた。そして、いつでもは安井がボーイ長の職務として、食事の準備、あと片づけ等はするのであったが、今日《きょう》は、波田《はだ》が引き受けた。
 「安井君、何か食べたくはないかい」と、波田はボーイ長にきいた。
 「のどがかわいて、腹がすいて、たまらない」と、彼はかろうじて答えた。
 「そいじゃ今持って来るから待ってくれよ」
 波田は、コックに、卵をくれるように頼んだ。
 「卵なんぞぜいたくなものが、おもてに使えるかい、ぼけなすめ!」波田は一撃の下《もと》に、卵なんぞ「おもて」の者の口に入《はい》りかねることを教えられた。しかし、もし、卵がなければ、流動物を与えるのに困るのであった。
 「どうだろう、ボーイ長が固い物は食べられないだろうと思うんだが、何か寝てて食べるようなものはないだろうか、とも(高級海員の事)のコーヒーへ入れるミルクを一|罐《かん》だけ分けてもらえないだろうかなあ」波田は食餌《しょくじ》のことは、チーフメートが医者ついでにやるべきものだと考えた。けれどもまた「やるべきこと」はおれたちだけにあるんだ。と思いかえした。
 「それじゃシチャード(司厨司《ステューワアード》)へ話して見ろよ! 一両ぐらい出しゃ分けられねえこともねえかな、ぐれえなとこだろうぜ」このコックはおもての食費をごまかすために、とものコックから、給料を下げてまでも、おもてへ一つ船で鞍《くら》がえした、途轍《とてつ》もない「悪《わる》」であった。
 「この野郎、鼻持ちのならねえ野郎だ」と思いながら、波田は、シチャードへ、ミルク一罐と、卵十個分けてもらえないかと交渉した。
 「ボーイ長にやるんだって、ああ、いいとも、持って行きな、そうかい、じゃあパンを一斤ばかり持ってって、牛乳と卵とで湿してやるといいや、ほら、ここに砂糖と、……それだけでいいかい、そしてどうだね、ボーイ長の容態は」シチャードは親切に倉庫から、それらのものを笊《ざる》へ出してくれた。
 「どうもありがとう。金はあとでおもてから払うからね、当分済まないが借しててくれないか」波田は全くうれしかった。
 「いいよ、そんなこたあ、気をつけてやりな、若いもんだ。先のあるもんだからな」
 「ああ、そいじゃ、ありがとうよ」
 波田は、ともかくそれらのものを持って来て、ボーイ長に与えた。
 彼は飢えた狼《おおかみ》のようにむさぼり飲んだ。ボーイ長が食欲を失っていないことが、波田には大層心強く思われた。
 彼が安井のために、食事のしたくをする間にだれもが食事を終わっていた。そして、茶碗《ちゃわん》や、徳利(醤油《しょうゆ》)はころばないように、各《おのおの》その始末さるべきところへとしまわれてあった。彼は、それから、また、自分の分を継続しなければならなかった。船の動揺ははなはだしかったが、満船している関係上、動揺以上に浪の打ち込みがはなはだしく、そのため、水夫室の頭上では、錨《いかり》が浪と衝突して少しでもゆるみが来ると、今にもサイドを押し割りそうに、メリメリッと鳴った。
 波田は、それらのことには、ほかのだれもと同じくなれ切っているので、二度目の夕食をうまく食うことができた。
 彼は、腹には詰め込みながら、耳には、セーラーたちの「煙草」の話を聞いた。しけたあとでは、きっと話がしんみりするのであった。いつでもふざけるにきまっている三上《みかみ》さえも、一、二度極端な、女郎に関するその話題を提供してみたが、反響がないので、それ以外に話すことを全然持たない彼は黙りこくって、すぐにその寝床にもぐりこんで、三十分間をぐっすりと寝ることに決めたらしかった。
 畳敷きにはできない形ではあるが、それをその面積に換えれば六畳ぐらいは敷けるだろうと思われる「おもて」には、上下二段にベッドを作りつけて、水夫長、大工、舵取《かじと》りを除いた、水夫五人と、おもてのコックが一人《ひとり》と、ストキとが寝るようにできていて、その中央に、テーブルと、ベンチとが作りつけてあった。で、おもてでは、一切|合切《がっさい》がギリギリ一杯であった。食卓は、用事が済むと、室のまん中に立っている柱に添うて上につり上げられるにしても、やはり一杯一杯であった。そして道具置き場は、その食卓の下をくぐって、船首のとがったところが、そうであった。
 わが万寿丸ははなはだしく団扇《うちわ》に似てるという定評があってさえ、やはり船の船首の部分は、いくらかとがっていることが、これで見てもわかるのであった。
 そして、窓はすべて、二重に厳密に閉ざされ、デッキへの鉄の扉《とびら》までが厳重に閉ざされたから、空気は全く動かなく通わなくなってしまった。そして、この、太鼓の内部のような船室は、皮であるべきサイドの鉄板が、波濤《はとう》にたたかれてたまらなくとどろくのであった。
 その間にボーイ長は、その負傷の疼痛《とうつう》を、陸上の父と母とに訴えた。摺子木《すりこぎ》のように円《まる》い神経の持ち主であるセーラーたちも、環境がかくのごとくであるために、ひとりでにしんみりしてしまうのであった。そして、彼らは、いつでも、しんみりするのを好まなかった。それは、彼らを、この世の中で一番詰まらない役割に引っぱり込んでしまうからであった。というのは、いつでも彼らは最も詰まらない役割であるのだが、それをほんとうに彼らに手きびしくさとらせるからである。だれでも、自分が踏みつけられ、ばかにされることを喜ぶものはない。わがセーラーたちも、しんみりする時必ず、そうであることがわかるようにひとりでに考えるのであった。そして、船乗りの気質として、そんなに自分たちを「コミヤル」(余剰労働を搾取するという意が含まれている船乗り言葉)やつは容赦しないはずであるのだが、それができ得ないところに、彼らが、しんみりしたたびにしょげ込み、次いで自暴自棄になるという結果が生まれるのであった。
 彼らは、自分たちが人間であることを知っていた。そして、人間らしからぬ生活に追いまくられていることを知っていた。そして、彼らはどうすれば、これらの不都合な生活から人間らしい生活へはいれるかを、絶えず考え、その機会をうかがっていた。そして彼らはその考えをまとめることも、機会を捕えることもできないで「小資本を貯《た》めるための、きわめて短い時間だけ、この危険な仕事によって金もうけをしよう」とした最初の考えは、そのまま彼らを怒濤《どとう》の上で老年にしてしまい、磨滅《まめつ》した心棒にしてしまうのであった。
 その夕、ボーイ長のベッドのそばに集まった藤原、波田、小倉の三人は、皆ひどくしんみりしていた。

     七

 「おれたちは何だってこんなに泥棒|猫《ねこ》扱いに、いじめられるんだろうなあ」と、藤原がため息と一緒に吐き出すようにいった。一時の興奮から、夕方ボーイ長のことで来たチーフメートとの事を思い出して、きっとよからぬ予感に襲われたのだろう。
 「それゃ君、泥棒猫だからさ」と小倉がひょうきんに答えた。彼は人に落胆させまいとして、いつでも骨を折る気のいい正直者であった。
 「どうしてなんだろう」藤原はおとなしくきいた。
 「十匹[#「十匹」は底本では「十四」と誤記]の猫の中の二匹が泥棒猫であっても、その全体が泥棒猫と思われるんだからな。まして君、十匹[#「十匹」は底本では「十四」と誤記]のうち八匹がそうだったら、もちろん泥棒猫団だろうよ」
 小倉は答えた。
 「それじゃ、僕らは一体、生まれつき泥棒猫だったろうかね」
 「多くはそうだね。つまり僕らが泥棒猫であったにしても、それは僕らの知ったことじゃないことになるわけだ」
 「というと」と藤原は小倉にききかえした。
 「つまりさ。僕らは、その飼い主から見れば役に立たない泥棒猫なんだ。ね、いつ主人のもの[#「もの」に白丸傍点]をかっぱらうか油断もすきもありゃしない、とこう、見られているんだ。だから、主人の方じゃ僕らを泥棒猫扱いするんだ。扱いだけじゃないんだ、僕らを真物《ほんもの》の泥棒猫か、もっと適切にいえば、去勢した馬車馬と考えてるんだ。だから、主人、つまり、資本家からいえばさね、僕らは、彼らが僕らをしようと思うままにされていることが、唯一の方法なんだ。だから、船主が『水夫らは昼飯を食わない方が労働能率を上げるだろう』と思えば、僕らから昼飯をとり上げてしまうし、室蘭、横浜間は三日で航海すべきだから、糧食はカッキリ三日分でよろしい。難破したり、遅航したりすれば、それはやつらの例の怠惰から来たもので、おれの方の損害の方が大きいから、それ以上の積み込みは相ならぬ、ということになれば、それも正しいのだ」小倉はきわめてまじめに、説法でもするように静かにいった。
 「フーン、して見ると、僕らもその考えに適応しなければならないのかい」藤原は、小倉にきいた。
 「適応する必要はもちろんないさ。しかしただ適応する者のあることだけは事実なんだ。僕は資本家が自分自身の肉体の構成と、労働者の肉体構成とが、全然、異なるものであると考えているだろうと思う」
 「それで、そうなら僕らはどうだってんだね」と藤原はきいた。
 「それで、僕らは、僕らとしての『意識』を持つ必要が生じて来るんだ。資本家や、資本家の傀儡《かいらい》どもが、商品を濫造《らんぞう》するように、濫造した、出来合いの御用思想だけが、思想だと思うことをやめて、僕らにゃ僕らの考え方、行ない方があることをハッキリ知らなきゃならないんだ」小倉は頭の中で、辞書のページでも繰ってるようにしていった。
 「どうして、それを考え、どうしてそれを知ればいいんだ」藤原は問いをやめなかった。
 「それは、あまり困難な問題だ。僕はそれで悩んでるんだ」と小倉は答えた。
 「小倉君『人間は万物の霊長なり』という人間の造った言葉があるだろう。そこでね。僕は、昔から、一番苦しい、貧しい、不幸な階級の中で、またことに貧しい不幸なのろわれた人々でも、万物の霊長だったんだろうか? と考えることがあるんだよ。『おれはあの犬になりたい』と奴隷《どれい》は主人の犬を見て思わなかっただろうか。『おれは燕《つばめ》になりたい』と、だれかが残虐な牢獄《ろうごく》の窓にすがって思わなかっただろうか。『おれは猿《さる》になりたい』と、詰まらぬ因襲と制度とから、切腹を命じられた武士は思わなかっただろうか。『おれは豚になりたい』と乞食《こじき》の子は思ったことはないだろうか。小倉君。僕は、行く行くはそうなることを信じているが、今では、人間は万物の霊長でもなんでもないと思ってるよ」藤原は煙草《たばこ》に火をつけた。
 「それや僕もそう思うなあ。僕だって鱶《ふか》になりたい、と思ったことがあるもんなあ」と、波田は初めて、その突拍子《とっぴょうし》もない口をきった。
 「人間は万物の霊長であるないにかかわらず、人間だってことは僕は信じるよ。だが、人間が万物の霊長だってことは、僕も、もっとも僕は今まで、そのことをそんなふうに問題にしたことがなかったがね、人間は、ともかく賢い動物だとは思っていたよ。賢いくせに、詰まらぬところに力こぶを入れたり、どんな劣等動物でもしないような詰まらないことを、人間の特徴と誇りながらしたりする動物だろう、人間ってものは。ハハハハハハ」これが小倉の人間観であった。
 「人間が万物の霊長だなんて問題に、コビリつくことはもうよそう。が、全く人間も他の動物と同様に食うため、生殖するために、地上で蠢動《しゅんどう》してるんだね」藤原は人間であることを悲しむようにこういった。
 「食うことと、生殖することだけで活動してるから、それで蠢動してるというのかい」今度は小倉が皮肉な聞き手になった。
 「まあそうだね」と藤原はちょっと苦笑した。
 「ところが君、ブルジョアはそれ以上の高利貸的官能のために、あるいはまた倒錯症的欲望のために、食わせないこと、と、生殖させないこととで蠢動してるんじゃないのかい」といって小倉は大声立てて笑ったが、フト気がついたように、ボーイ長の方を見やって口をつぐんだ。
 「安井君、痛むだろうね」と、波田はボーイ長にきいた。
 「ええ、痛くて、痛くて、他の人の痛くないのが不思議で……」と答えた。
 「困ったね。航海中だから、まあ、できないだろうけれど仕方がないから、我慢するんだね。横浜へついたら病院へ入院ができるさ」と波田が慰めた。
 「ところが、できないんだ。ボーイ長はまだ雇い入れがしてないんだ。これは確かに船長の失敗なんだ。この点から攻撃すれば、解雇手当や負傷手当などはもちろん、取りうると思うんだ」藤原はこういった。
 「雇い入れがしてなくったって、入院はできるさ。この重傷を入院ささんてことはないさ。それに、雇い入れと、負傷とは、どんな関係がありようもないじゃないかね」波田は、藤原が入院を拒みでもするように食ってかかった。
 セーラーの三上《みかみ》や西沢《にしざわ》、水夫長、大工、コックなどは、もうその寝床でグーグーいびきをかいていた。全く、何か特に興奮することでもない時は、食後は非常に眠いのであった。全く目があかないほど眠いのであった。幼子《おさなご》が夕食を食べながら居眠るように、幾日か続いた強行軍で、兵士が歩きながら眠るように、それと同じく眠いのであった。けれども、この三人は、今食後十分か二十分の熟眠どころではないのだった。今や、彼らはボーイ長が雇い入れなしに使役されていたという事実について、彼らの意見を発表し合う必要が生じたのであった。
 「そんなことは、海員手帳にチャンと書いてあるこった。議論の余地なんぞありゃしないさ」と、ストキの藤原はいった。(事実それは海員手帳に記入されてあることであった。そして、いかなる場合でも船長はこれを怠ってはならないのであった。法文の上でも、実際から行ってもそれはそうでなければならず、またそうあるべきであるのだったが、さて、それがそうされなかった場合は問題はどうなるかということは、ほぼ、そうあるべき通りに、行かないのであった。要するに、理論からも、実際からも、人間は、平等に、幸福でなければ困るが、一部の人間は、平等は困る。おれたちだけのぜいたくがいいんだ。搾取の痛快味こそ生活の意義だというので、わかり切ったことがわからなくなるように、ボーイ長の場合においても、明白に、ボーイ長が有利な立場にあるにもかかわらず、その全体の利益と権利とをフイにするところの一要素である「労働者」で、ボーイ長があった。だから、これは、それほど簡単に、数学的の結果を見ることは困難であろう。その代わりに、法律的ないしは、商業会議所式の結果を見るであろう)と、三人が話し合いの末、そこまで落ち着いたのであった。
 「だから、おれたちは、これに対してはたたかわなけりゃならん」と藤原はいった。
 この時、ブリッジからコーターマスターが降りて来た。そしてボースンの室の入り口から怒鳴った。
 「今から、ディープシーレット(深海測定器)を入れろッ」と、それから水夫室へ来てそのまん中で大声に「スタンバイ」と怒鳴った。

     八

 皆は、今日《きょう》昼中の労働がはげしかったので、夜は休みになるものだと考えていた。暴化《しけ》はややその勢いを静めはしたが、しかも、船首甲板などは一|浪《なみ》ごとに怒濤《どとう》が打ち上げて来た。そして、水火夫室の出入り口は、波の打ち上げるごとに、すばらしく水量の多い滝になって、上のデッキから落ちて来るので、一々その重い鉄の扉《とびら》を閉ざさねばならぬほどであった。それに、けさからのワシデッキとハッチの密閉とで水夫たちは、その着物の大部分をぬらしてしまった。(波田、三上のごときは、その全部を二重にぬらした、つまり一そろいの服を二度ぬらした。)それで、今、だれの仕事着も洗いすすがれて、汽罐場《きかんば》の手すりに、かわかされてあった。
 水夫たちは起きるとすぐ、猿股《さるまた》一つでか、あるいは素裸でか、寝間着かで、汽罐場まで、仕事着をとりに行かねばならなかった。けれども裸で、その寒さに道中はならなかった。
 波田は、自分の仕事着がまだ、今かわかされたばかりであるので、いくら汽罐場の上でもまだ生がわきであることを知っていた。従って彼は、猿股一つの上に合羽《かっぱ》を着て作業しようと[#「しようと」は筑摩版では「しよう」]決心でいた。ところが仕事着は小倉が彼に一つくれることにしようと申し込んだ。それで、彼は、油絵のカンバスのような、オーバーオールを一つ手に入れることができた。それにはペンキで未来派の絵のような模様が、ベタ一面にいろどられて、ゴワゴワしていた。
 「それでも、ロンドンで買ったんだぜ」小倉はいった。
 「舶来の乞食《こじき》が着てたんだろう。こいつあ具合がいいや」と彼はいった。
 水夫たちは皆|各《おのおの》スタンバイした。そして、ともへと出かけた。
 暗黒は海を横にも縦にも包んでいた。闇《やみ》は、その見えない力であらゆる物を縛り、締めつけ、引きずり、ころばしているように思えた。それはすべての物をまとめて引っくるみ、その中の部分をも締めつけた。風が波に打《ぶ》っつかり、マストに突き当たり、リギンに切られて、泣きわめいた。海はその知らぬ底で大きく低く、長く啀《いが》んでいた。
 わが万寿丸は、その一本の手をもって、相変わらず虚空《こくう》をつかんで行き悩んでいた。船尾[#「船尾」は底本では「船首」と誤記]の速度計は三マイルを示していた。
 水夫たちは、倉庫からグリスを取り出して、ウエスにつけてその手に握った。
 そして、ボースンが、ランプを持って、レットの機械を照らした。
 ともからは、波田が以前から、その後頭の左寄りのところにインチ丸ぐらいで深さ二寸ぐらいの穴を「ブチあけ」てやりたい、とつねづねねがっていたセキメーツ(二等運転手)が来た。
 ガラス管は沈錘《ちんすい》の中へ収められた。そして、バネがはずされた。凧《たこ》の緒《いと》のようなワイアを引っぱってレットは、ガラガラッと船尾から、逆巻く、まっ黒な中に、かみつかんばかりに白い泡《あわ》を吐く、波くずの中へと突進した。デッキの最高部はきわめて狭かった。従って、後部のハッチデッキを浪でおおう時は、われわれは、本船と切り離された板片《いたきれ》の上にすがっているような心細さを感じた。凍寒はナイフのように鋭く痛くわれらの薄着の肌《はだ》をついた。飛沫《ひまつ》は絶えず、全部の者を縮み上がらせた。
 レットが、その緒《いと》を引っぱる速度がゆるむと、それは、ハンドルによって止められる、そしてそのワイアの長さが、そこで読まれる。それを読み終わると、二つのハンドルでその沈錘《ちんすい》を巻き上げねばならない。それが水夫の仕事であった。深海測定器であるから、おまけに進行中であるから、錘は斜めに流れつつ海底に到達するのである。百メートル、二百メートルなどのワイアの長さを読み上げられた時、われわれは、海の深さより、それを巻き上げることの困難さに縮み上がる。
 それはきわめて、それそのものとしては軽いものであった。けれども船の進行と、浪の抵抗とは、釣った魚がいよいよ陸上に上がるまでは、その幾倍もの大きさのように思われる、より以上に、その小さな沈錘を重くした。そして、その手巻きウインチは、きわめて小さくできていたために、ワイアを、一回転に、きわめて小距離、最初は二インチ後に三インチぐらいより巻き取ることができなかった。そして、それが車軸へ来るまでに、二人《ふたり》の水夫は、グリスをもって、ワイアに塗らねばならなかった。これは、一々塗ることが不可能であるために、二人のセーラーはワイアをグリスのついたウエスで握ってるという形になって現われるのであった。
 巻き方は骨が折れた。と同時にグリスの塗工《とこう》も寒かった。そして、その全体の者にとって最も苦痛な点は、凍寒と、眠いということであった。
 寒さは全く著しかった。合羽《かっぱ》をバリバリに凍らせた。皮膚が方々痛かった。歯が合わなかった。からだがしびれて来るのだった。そして、眠りは、もっと強く、水夫たちを襲った。賃銀労働のあらゆる刹那《せつな》が必要労働と、余剰労働とに分割されうるように、あらゆる刹那に、寒さと、眠さとが、まるで相反した刺激を彼らに与えた。
 寒さに対しては、彼らは必要以上に、からだを揺り動かした。眠さに対しては、彼らは膝《ひざ》関節が、グラグラして、作業が空《くう》になるのであった。そして、それが、お互いに、いたちごっこをしているのであった。それはまるで、冗談半分にやってるとより思えない格好であった。
 セキメーツは絶えず、怒鳴り散らした。実際セキメーツにとっては、水夫らがそんな格好をすることは、仕事の能率の妨げになり、ことに「おれをばかにして」いるのであった。水夫らは、セキメーツの怒鳴るのと、波浪のほえるのと、スクルーの轟音《ごうおん》と、リギンの裂くような音とをゴッチャゴッチャに聞いてしまった。そして、依然として、彼らは、彼らの必然に従って、二つの反射運動を繰り返した。
 セキメーツは自分の怒鳴るごとに、わざと、一度ずつ余分に入れるようにしてやろうと計画した。「こいつらをあくる朝まで巻かせてやるぞ!」と彼は決めたほど怒《おこ》ってしまった。
 沈錘は長い間反抗して、とうとう上がって来た。錘の中からガラス管を取り出して、それに代わりを入れて、入り口を、グリスでしっかり塗るのである。そのガラス管が錘の内へ収まるやいなや、セキメーツは「レッコ」と怒鳴る。ボースンはバネをとる。沈錘と、ワイヤとは投げられた石のように飛んで行く。
 この作業を水夫らは繰り返さねばならなかった。それは我慢のならぬことであった。けれども我慢せねば、またならないことであった。
 水夫らは、八度、それを繰り返した。それは、八日、航海するよりも、八日拘留されるよりも長かった。その間に四時間半を費やした。彼らはぬれた麩《ふ》のように疲れ衰えてしまった。
 セキメーツは徹夜の決心を、自分のために撤回した。彼も今はぬれた麩であった。
 水夫がその南京虫《なんきんむし》の待ちくたびれている巣へもぐり込んだのは、午前一時前十五分であった。そこには眠りが眠った。

     九

 一切を夢の中に抱擁して、夜はふけた。夜、そのものは、それでいいのであるが、おもての船室は、一八六〇年代の英国におけるレース仕上げの家内労働者が、各|一人《ひとり》に対して六十七ないし百立方フィートしか空気を与えられていなかった――マルクス――のとくらべて、もっとはなはだしかった。われわれは、夜の明け方まで、死のような眠りにつく、そしてその死のような眠りからさめて、「罐詰《かんづめ》の蓋《ふた》」をあけて、外気を室内に吹き入れしめるときに「ああ、目がさめた」と思う代わりに「よくおれは蘇生《そせい》したものだ」と思うのであった。
 われわれはしけの場合は、ことにオゾーンが多いにもかかわらず、ほとんど窒息死の瀬戸ぎわまで眠る。そのために、われわれのからだじゅうは、一晩じゅうに鈍く重くなっている。そして、睡眠が与える元気回復ということは思いもよらないことであった。
 われわれは、水夫室なる罐詰の、扉《とびら》なる蓋《ふた》をあけて、初めて、人心地《ひとごこち》がつくのであった。――これは、本文と関係のないことであるが、この時乗り組んでいた人間のうち、藤原、波田、小倉、西沢、大工《だいく》、安井は皆肺結核患者であった――そして、この空気混濁は、そのことに起因して、肺疾患者を海上において生産する矛盾をあえてした。
 罐詰の内部に、生きたものがいるという結果は、どんなものであるかは、明らかにだれにでも想像のつくことであった。ただそれは、その蓋《ふた》をあけた時に、蓋の外の清浄さによって、非常に救われた。
 彼らが五時間眠っている間に、海は凪《な》いだ。アルプスのように骨ばっていた海面は、山梨《やまなし》高原のようにうねっていた。マストに、引っかかり打《ぶ》っつかった雲は、今は高く上の方へのぼって行った。
 発作の静まったあとのように、彼女はおとなしく、静かに進んだ。
 室蘭出帆の日は日曜であって、作業、それも並み並みならぬ難作業だったので、今日《きょう》の月曜は日曜繰り延べで休みにするように、「とも」へ頼みに行くことにしようではないかと「ならずもの」どもは、歯みがき楊子《ようじ》をくわえながら相談した。
 「それは願うまでもなく至当の事じゃないか。黙って休みゃいいさ」と藤原は闘争的に主張した。
 「これは、一々その都度都度、頼んだり願ったりしちゃ、面倒だし、そのたびにかけ合いに行く者が悪者になるようだから、一つ永久的の取りきめにしたら、『日曜日、出帆入港にて休日フイとなりたる節は、翌日を公休日となすこと』とか何とか、四角ばって、約束しといたら、そんなに、毎々まごつかないでも済むだろうじゃないか」波田は提案した。
 「そんなにしなくたって、そういつもあることじゃないんだから、今日だけ願っといたらいいじゃないか」とボースンはなだめた。
 哀れなボースンよ! 年は寄ってるし、子供は多いし、暮らしは苦しいし、かかあは病気だし、この憶病な禿《は》げのお爺《じ》さんに従うことに皆決めた。
 ボースンは、顔をあわてて洗うとそのまま、チーフメーツのところへ頼みに行った。
 船は大うねりに乗って、心持ちよく泳いで行く。右手にははるかに本州北部の山々が、その海岸まで突出して、豪壮なる姿をまっ白く見せた。寂しい山河《さんが》である。そこにはわれらの寄るべき港とてはほとんどないのであった。人煙まれなる森林地帯ででもあるように、原始的な草原ででもあるように感じさせる景色《けしき》であった。ボースンの返事のあるまで、水夫たちは、デッキへ上がって、なつかしき陸をながめ、昨日《きのう》困らされた海を見入るのであった。
 風は、今日は昨日ほど寒くなかった。黒潮の影響を受けているので、デッキへ上がって[#「て」は筑摩版では「ても」]、メスで頬《ほほ》の肉を裂かれるような痛さを感じることはなかった。
 水夫たちは皆、それぞれの嗜好《しこう》に従って、横浜へ着いてからの行動や、食物について空想に浸っていた。デッキの上では、彼らは陸にさえ上がれば、あらゆる快楽がある、それが待っていると思う。自分たちが縛られ、奴隷《どれい》扱いにされ、自由を略奪され、労働力を搾取されていることは、陸と、デッキとの間に海が横たわるからであると、無意識のうちに考えていた。それはちょうど牢獄《ろうごく》に監禁された囚人が、赤い高い煉瓦塀《れんがべい》のかなたには、絶対の自由がある。自分はそこでは自分の好む通りにすることができる。そこは、そのまま天国だと、考えるようなものであった。ところが監獄の塀《へい》の外にも、彼の考えたような自由はその影もなかったように、また甲板の上で考えたような自由と幸福とは、決して陸上にもありはしなかった。彼らは、それを、彼らが上陸するたびに味わった。そして、陸上で自分の財布を地面へたたきつけ、自分の着ているその無格好な汚《よご》れた着物を引き裂き、労働で荒れた、足の踵《かかと》のような手の皮を引んむいてやりたく思うのであった。それらが、彼らがせっかくあこがれ切った陸に上がったにかかわらず、彼らから自由と幸福とを追っぱらった。
 労働者は、自由や幸福や、人間性が、賃銀を得つつある間に自分に与えられ、あるいは自分からそれを得ようとすることが、全然不可能なことであることを知るようになる。人間が牛肉を食うと同じように、人間が人間を食う時代の存続する限り、労働者は、その生命が軛《くびき》の下《もと》にあることを自覚しなければならない。水夫らは、そんなふうなことを感じた。と思うと、そのすぐ次には「おれ一人《ひとり》でいくらあせって見ても始まらない話だ、坊主でも女郎買いをするではないか、おれらは人間の中のくず扱いにされているんだ」と、社会が自分に強制するところの職分及び生活範囲を、自分から容認してしまうのであった。
 彼らは、陸でも、これより月給がいいのに、おれは海の上でなぜこんなに少ないのだろう。おれも陸に上がって働けないだろうか、とても働けまい。口があるまい。と、彼らは法則どおりに思い込んでいるのであった。
 ボースンが「とも」から帰って来た。そして「特に今日は休暇を与える」といったことを伝えた。
 この報告は、何らの批評もなく皆に受け入れられ、喜ばれた。
 「ばかにしてやがらあ『特に』だとよ」と、うれしそうに叫びながら、だれもが、何をするためにともわからずに、そのベッドへと駆け込んで行った。
 そしてこの貴重なる、出し渋られた休日を彼らは大抵眠ってしまうのであった。全く、いつもの例のごとく、この時も、一人残らず、その巣へもぐるが早いか、眠ってしまったのであった。
 唯一の切実なる欲求を睡眠に置いているセーラーたちは、そのことから見ただけでも、どのくらい彼らが過労し、酷使されているかがわかる。

     一〇

 朝食は八時である。波田は、ボーイ長が負傷したため、仕事の間に炊事の方をやらねばならなかった。二時間ばかり間があるので、彼はその時間を、自分のベッドへともぐり込んだ。彼は、八時になると、コックから起こされた。彼は、おもての人たちが食べるように、大きなみそ汁|鍋《なべ》と、お鉢《はち》とを、コック場《ば》から抱いて来て、柱に添うてつり下げた、テーブルの上へそれを載せた。それから彼はあらゆる準備を終えて「飯だ!」と怒鳴った。
 ボーイ長には、昨夜どおりに、みそ汁を添えて与えて、彼は第一番に朝食についた。それは、全くうまい飯であった。みそ汁もうまかった。沢庵《たくあん》も、……
 波田が食っているうちに皆も眠い目をこすりこすり起きて、飯にとりかかった。
 船の飯はうまかった。それは、全く沢山食われた。それは味としては実にまずさこの上もないものであった。みそ汁にしろ、沢庵にしろ、味という点から味わう時にそれは零《ぜろ》であった。けれども、これがセーラーたちにはこの上もなくうまかった。彼らはよくそれほど多量に食べると思うほどむさぼり食った。
 ストキは波田に、セーラーたちが、まずいものを多く食べることには、心理的な部分も非常に手伝っているといったことがあった。ストキに従えばこうであった。
 セーラーは食物を定期に与えられる。彼らは、どの食事の前にも少なくとも、四時間の労働を課せられている。彼らは十分空腹である。時間が来ると、彼らは食卓へかけつける。食卓には、盛り切りの惣菜《そうざい》が一|皿《さら》ずつ置かれてある。やや充分に食べるためには、沢庵だけしかない。彼らは、いつでも、次の食事がはなはだしく待ち遠い。それは、空腹が待たせるよりも、も一つの重要な理由は、次の食事が来るということが、その日の労働をそれだけ成し終えたという、一つの安心を彼らに与えることと、その食事のあとにいくらかの時間が、彼らに与えられていることとである。彼らはこれらの心理[#「心理」は筑摩版では「心的」]作用によって、待ち兼ねた食事が済むと、すぐに次の食事を、ゲーゲーおくびを出しながら待つのである。彼らはまた食事と食事との間に、間食することができない。彼らは食事に際して、そこに盛られた量以上の菜は絶対に食い得ない。また、それ以外の菜も海上において求むべき方法がない。ちょうど彼らは囚人が、その胃腸を少食のためにそこないつつ、堪《た》えられない飢えを訴え、次の食事に対して焦燥を感じつつ待つのと、同様である。
 セーラーたちが、食事をそれほど待ち、むさぼるのは、それが自分自身のためにする(これは資本家のために、再生産することにもなる)唯一の生活手段であるからだ。自分のためにする何らの仕事のない時、ただ一つの自分自身の事があるならば、それはだれにでも、重大に取り扱われねばならないことだ。ことにそれがパンの問題に関する時は、なおさらそうでなければならない。
 実際彼らは、その食事を、実際より以上に、想像をもって調理して食うのである。じゃがいものうでたのが塩で味をつけて盛られてあると、彼らは、それをキントンと呼ぶのである。そして、それは全くきんとんのようにうまいのである。
 外国航路における船では、決してこんな状態ではないが、それにしても心理的には、やはりそうである。けれども、万寿丸は、これがはなはだしい。万寿丸では、船主は甲板部に豚を飼っているつもりででもあるらしい。
 「こんな状態では、だれでも、心細さからだけでも、のどまで詰め込みたくなることは事実である」と。これがストキのプロレタリア哲学であった。
 事実、ストキは質《たち》が悪い、第三者のつもりで、自分があらかじめ腹を作って置いて、その状態をながめる時に、ストキの観察及び批評は当たっていると、思わずにはいられないのである。
 食事は、藤原の皮肉なる観察のごとくにして終わった。終わるやいなやまた元のごとく寝床へ犬のようにもぐり込んだのが、三上であった。西沢は煙草《たばこ》に火をつけて、彼が最も得意とする、信州|岡谷《おかや》付近の紡績工場へ勤めていたころのローマンスの一くさりを語り始めた。彼の話は実にうまかった。講談師でもあれほどには話さないであろうと思われるほど、一切を創作的に述べるのであった。そして、その話がうまければうまいほど、初めの人は感心し、古顔は、にげ出してしまうのであった。
 今は、藤原も、波田も、にげ出すわけに行かなかった。ほかにだれも西沢のローマンスを引き受けてくれるものがないからであった。藤原は辛抱する気でこれもむやみに、煙草をふかした。
 西沢の話が、その巧妙なる山にはいって、今まさに落ちようとする時、藤原がいった。
 「君の話は大変うまい。そして大層おもしろい。ただ、一度だけ純粋なほんとの話をして聞かしてもらったら、なおおもしろいだろうと思うよ」
 「アハハハハ、君の皮肉の方が上手《じょうず》だよ。僕も一度ほんとうな話をしたいと思うんだが、どれがほんとだか、どこからがこしらえたんだか、今では自分にもわからなくなってしまったんだ。ハハハハハ」と気のよさそうに笑った。
 「君は全く、無産階級芸術家の宝玉だ。全くだよ」と藤原は、全くまじめにいった。
 「小銃だと受けこたえができるが、藤原君がタンクを使用し始めると、僕も退却以外に応戦の法がねえや。ハッハハハハ」
 西沢も、そのベッドへ上がって、ころがってしまった。
 「どうだい、だれもかも皆寝ちゃったね。『寝るほど楽はなかりけり、浮世のばかが起きて働く』って歌があるじゃないか、皆賢くなっちゃったね」といいながら波田は、自分の巣から本を持ち出して来て、それを、罐詰《かんづめ》の蓋《ふた》のところへ行って読み始めた。
 藤原はしばらく、暗い室の中で、煙草の火だけを、時々明るくさせては一人《ひとり》、何か考えているのであった。が、やがて彼は煙草を捨てて立ち上がった。
 「波田君、君は感心に本を読むね、それは何て本だい。航海学かい」
 「ナアニ、友人から借りて来たんだが、とてもむずかしくて、わからねえんだ」
 「ちょっと見せたまえ、ヘヘー、マルクス全集、第一巻2[#「2」はローマ数字]か、資本論か、それや君、社会主義の本じゃないかい」
 藤原は、自分もその本を非常に読みたく思っていたが、あまり高価なので今まで買うことができなかった。彼は中をめくって見ながら「おもしろいかい」ときいた。
 「おもしろいか、おもしろくないか、ためになるか、ならぬか、まるでわからぬよ。意味がわからないんだ。ところどころサーチライトで照らし出したほど部分的にわかるところがあるんだ。そこはね、本文の論旨を説明するために引例したところさ。その例だけはわかる。そしてすてきにおもしろい。おもしろいというより、何だか、僕たちのことが、僕たちの知ってるより以上にくわしく書かれているよ。だけど、その例以外はまるでわからないんだよ」波田は正直に答えた。
 「僕にも読ましてくれ、ね」藤原は頼んだ。
 「ああ、いいとも、読んでくれたまえ、まだ続きが三冊あるからね」
 「僕も本を読むことは好きだったよ。随分よく読んだものだよ」といって彼は、波田と並んで木のベンチへ腰をおろした。彼は、人を人とも思わないような、ブッキラ棒な男であった。そして必要以上は口をきくことがきらいなように見えた。
 「全く君は読書家だね」と波田は藤原に同意した。「そして、どんな本を君は好んで読んだかい」
 「僕はね。ありとあらゆる詰まらない本を読みあさったよ。珠算|独《ひと》り学びなどいう本まで、珠算なんてする気もなく読んだし、ドンキホーテも、渡辺崋山[#「崋山」は底本では「華山」と誤記]《わたなべかざん》も、占易《うらない》の本から、小学地理、歴史、修身、全く何でもかでも活字の並んでいるものは手当たり次第に読んだよ」と、藤原は、何だか、河《かわ》の堤防が決壊しでもしたように渦を巻いて彼の話を話し出した。

     一一

 藤原は、そのいつもの、無口な、無感情な、石のような性格から、一足飛びに、情熱的な、鉄火のような、雄弁家に変わって、その身の上を波田に向かって語り初めた。
 「僕が身の上を、だれかに聞いてもらおうなんて野心を起こしたのは、全く詰まらない感傷主義からだ。こんなことは、話し手も、聞き手も、その話のあとで、きっと妙なさびしい気に落ち入るものだ。そして、話し手は、『こんなことを話すんじゃなかった。おれはなんてくだらない、泣き言屋だろう』と思うし、一方では、『ああ、あんなに興奮して、あの男に話さすんじゃなかった。この話はあとあとの生活の間に何かの、悪い障害になるかしれない』と、思うに決まってる。ところがそんな結果をもたらすような話だけが、何かのはずみで、どうしても話さずにはいられない衝動を人に与えるものなんだ。あとで何でもないような話は、何かのはずみに、だれかを駆り立てて、話さずには置かないというような、興奮や衝動を与えはしないんだ。僕は、今日《きょう》、僕が本をむやみに読んだという話から、僕は我慢できなくなったんだ。それほど、僕は『本を読んだ』ことが、僕にばかげた気を与えたらしいんだ。『本を読んだ』ことは、僕が起きるのにも、眠るのにも、ものをいうのにも『本を読んでる』ような感じを人に与えるらしい。つまり僕は本の読んでならない乾燥したものばかりを読んだんだ。
 それで僕は見事に頭をこわしてしまった。今から考えると、そのころ、僕は何を読むかという大切な読書の要件がわかっていなかったんだ。時によると、図書館で、目録だけを半日かかって読んだ。そして結局、本を読むことは、僕に何も与えないことを知ったんだ。そして今になって考えると、そのころの僕には、生活がなかったんだ。生活が、このころの僕は煙みたいにフラフラして、地についていない、生意気な学生だったんだ。本を読むことのむだを知り、僕の頭の従って、カラッポであることを自覚した僕は、生活を得ようと考えたんだ。生活は学校を出て、その免状で月給にありついて、その範囲外は家からの補助で送るのが、生活じゃないことを僕はさとったんだ。生活とは、燃えるものだと僕は思ったんだ。焼け尽くすような、爆発するようなものが生活だと僕は考えたんだ。おれは親の金で教育を受けている。それやおれが生きてるという事にはならないんだ。おれが生きてるためには、おれが自分を活《い》かさなきゃならないんだ。おれは、おれの腕で食おう! と僕は決心したんだ。そこで、僕は毎朝、下宿を弁当を持って出て、友人の所へ書物を預けて置いて、工場を回り歩いた。そして、Aという工場に旋盤見習いではいった。
 工場生活は、非常に苦しかった。学生の生活とくらべて、溝《どぶ》のように悪かった。朝から夜まで、仲間の労働者さえも、見習いの僕を敵視するように思われた。単純に物事が運ばなかった。僕は、今ではあたり前だと思っているので、自分でも驚くのだが、『伍長《ごちょう》のところへ行って、グレインを借りて持って来い』などいわれて、どのくらいそのために恥をかいたり、方々駆けずり回ったりしたかしれなかった。僕は、ここにも生活はない、と思い初めていた。けれどもそこは、学生とちがったところがあった。真剣だった。そして、だれもが、心の底になにか雪雲のように陰欝《いんうつ》なものをたくわえていた。どんな若い労働者でも、不平をいっていた。そして、彼らは、その生活が悪いと考えていた。僕もはなはだ悪いと思っていた。そこで、僕らは、いい生活を考えるのだった。こんな生活はいけない。
 こんな生活は、あそこがこういけない、ここがあアいけないとすっかりわかってるんだ。そこで、いい生活はここをああ、あそこをこうと、旋盤をにらみながら一日に十四時間も十六時間も考えるんだ。それを、やっぱり仲間たちも、多いか少ないかだけで、考えるには考えているんだ。
 『いい生活を人類のために求める。そこにおれの生活があるんだ』と、こう僕は、フト旋盤に送りをかけて、腰をおろす途端に考えたんだ。それから僕は、本を読む代わりに、自分たちの生活を見つめるようになった。僕はまるで僕自身を仇敵《きゅうてき》のように白い目でにらんだんだ[#「にらんだんだ」は筑摩版では末尾の「んだ」なし]。工場へ五時に来てから、幾度も小便に行った。そのうちほんとうにしたかったのが幾度、あとは、とにかく場処を動きたかったからだ。倉庫番(工場の)のところまで何歩あるか、何秒かかるか、それだけをゆっくり歩くことを、なぜ職長はとがめるか、職長は労働者か、それとも何か、とそんなふうに愚の骨頂のようなことから、その他さまざまなことが、僕の頭を根限り追いまくった。
 そして僕には、僕が学生であった時代が恥ずかしくなった一時代が来た。僕はそれから、性格が一変したんだ。それまでは、僕は、ほとんどだれからも愛される質《たち》だったんだ。そして近づきやすい青年だった。ところが僕が、学生時代をのろい始めると共に、職工時代をものろい始めたんだ。つまり、その『恥ずべき学生のおれを、今の職工のおれたちが養っていたし、これからも養ってやらなきゃならないんだ』と、ちょうど僕が、この正体の知れない考えにとらわれた時に、一人《ひとり》の職工と知り合いになったんだ。
 『人間はなぜ働かねば食えないんだか知ってるか、お前』とそいつがいうんだ、僕はしばらく黙っていた。すると、
 『人間はなぜ働かねえやつがぜいたくだか知ってるか、え』とそいつがまたいうんだ。
 『人間は苦しんでるんだ』と僕がいったんだ。
 『そうだ。一人のために千人が、十人のために一万人が』とそいつがいったんだ。僕はわかった。その労働者は、白水《はくすい》という名前だった。
 それから僕はその男とつき合うようになったんだが、その白水という男は全く珍しく意志の強固な、感情を理知でたたき上げて、火のような革命的な思想を持ち、それを僕らが飯でも食うように、平気で、はた目からは習慣的に見えるほど、冷静に実行する男だった。A工場では、だれもその男を尊敬していた。会社では、その男を馘首《かくしゅ》しようとして、あらゆる手段をめぐらした。そして、それは白水も十分に感づいていたようだった。彼は、目だけを光らして、ほとんど上役と口をきくようなことがなかった。上役も彼を見ると、なるべく避けて歩いてるように見えた。彼は、朝から終業まで、熱心に旋盤にかじりついて、仕事をした。そして、不思議なことは、彼は、特に能率を上げたこともなく、下げたこともなかった。いつも一生懸命でやっていて、そして彼の能率は中ちょっと以下であった。彼の熟練には、職長も文句が出なかったんだ。彼はA工場の技師長[#「技師長」は底本では「技師」と誤記]と同期で大学を出た、といううわさがあったんだから。ところが白水は学校には、実際は行っていないらしいんだ。しかし、また驚くほど独学をやったらしいんだ。彼は僕と違って、読むべきものを知っていたんだ。探《さが》す目的を持っていたんだ。それに[#「それに」は底本では「それは」と誤記]、白水は、前科が四犯あったんだ。その各《おのおの》の入獄時代に外国語も研究したらしいんだ。年は見たところ三十にも見えるんだが、実際は二十六だった。彼は、資本家からも、労働者からも、別々な立場と意味とからで注目されていたんだ。それはきたない、暗い六畳の間だった。それを白水は借りたんだ。そして彼はそこで自炊を始めたんだ。しばらく彼がそうしているうちにその六畳の間は、いつでも夜になると、労働者が五、六人集まっていないことはなくなった」

     一二

 藤原は熱心に語った。彼は、白水を目の前に置いて、話してでもいるように、感激し、幸福そうに自分の話に酔っているのであった。彼は、ここまで話して来て、その好きな煙草《たばこ》に火をつけて、肺臓全体に煙の行きわたるように、深く鋭く、煙をすった。
 波田は、熱心に聞いていた。そして、白水というのは、藤原の前名のことではあるまいか、と、藤原の話の合い間合い間には疑ったりしていた。それは、藤原によって語られ、表わされる白水ではあるにしても、あまりによく藤原に似すぎていた。けれどもそれはどうでもいいことであった。
 「フーム、鉄工産業の労働者は頼もしいね」と、波田は詠嘆的にいった。
 「労働者は、主人になるんだからね、労働者の手によって、平和と幸福とがあがなわれるんだからね」ストキは、ホッとしたようにしていった。
 「それから、その男はどうしたんだね」と、波田は本をいじりながらきいた。
 「白水は、自分の六畳の薄暗いというより、ほとんどまっ暗な間《ま》を、夜間――昼間でもいいのだが、昼間は皆仕事に出るのであった。が、中には、昼間弁当を持って本を読みに来る者もあった――開放したのであった。そして、顔は変わっても、数はいつでも大抵五、六人、多い時は十五、六人も集まった。そして、そこでいろんな話が取りかわされた。僕も、その集まりには毎晩出たものだった。
 白水は、彼の室では、またはその集まりでは、まるで工場における彼とは別人のように柔和に、そして気軽になるのだった。最初の間は、だれでも不思議に思うのだった。だれかが『白水君は、工場と、家とに別々な全く異《ちが》った白水君を持ってるんだね』といった時、彼はこう答えた。
 『それや僕に限ったこっちゃないぜ。君だってそうじゃないか、機械の付属品たる君と、妻君のための君と、奴隷としての君と、君の主人としての君と、だれだって、労働者はこの二つの人格を持っていないものはないだろう。君だって、機械の付属部分として働いてる時の顔つきや気持ちと、今の、それ、細君や、子供のための君としての顔つきや気分の方が、どのくらいなつかしい、親しい人間だかわからないよ。燈台下暗しだぜ、ハッハッハハハ』と。そこに居合わせた者も、皆声をそろえて笑った。彼の説明は按摩《あんま》のように人を柔らかにし、その疑いを解いたんだ。
 そして、話はいつも、こういったふうな冗談から口を切られて、なぜ労働者が機械の付属部分であるか、という質問が生じて来るのだった。それには白水君がだれも返答しない時に、ゆっくりと、よくわかるように、説明を加えるんだ。
 こういうふうにして、そこに集まって来る労働者は、必ず、一つずつか、二つずつか、自分自身の身の上の解剖を会得して帰って行くようになった。
 こうしている間にも、白水は、絶えず、警察から、尾行されたり、張り込みされたり、呼び出しを受けたりするんだった。そして、それが、毎晩そこに集まることが原因であることが、そこへ集まってくる人たちにもわかって来るのだった。
 そのうちに、そこへ絶えず集まる者には、たとえばぼくらなどにも、時々警察の目が光るようになって来たんだ。それがなぜだかわからなかったんだ。しかし、若い者は警察からかれこれいわれることに対して、非常な反感と、従って、それを激成するような、立場になって行くのだった。彼らは今まで無邪気に聞いていた。しかし、警察が彼らの私宅を訪問したり、その工場を訪《たず》ねたりするようになると、彼らは真剣に聞くようになって来た。そして、警察をだんだん恐れぬようになって行った。
 『おれたち自身が何であるかを、おれたち自身で研究することが、なぜ悪いんだ』と、若い労働者たちは、警察の刺激の洗礼を受けると、一種の無産階級信念――を抱《いだ》くようになって来たんだ。
 そして、ついに、警察によって刺激された若人《わこうど》どもは、立派な『無産階級軍の前衛隊』となり、なお加えらるる試煉によって、牢獄《ろうごく》も、絞首台も、恐るるに足らずという、固い信念の中に、生きるようになったんだ。そうして、そうなると、そこに待っていたものは、彼らの尻《しり》を引ったたいた鞭《むち》が、こしらえて待っていた陥穽《おとしあな》であった。いよいよ彼らは、現実に牢獄の塀《へい》に打《ぶ》っ突からねばならなくなったんだ。
 ある年の秋だった。A工場のあるN市は、日本全国を襲った暴風雨の襲撃をこうむった。その程度は日本の諸都市中で最もみじめな部分に属するほどであった。
 風が強くて、雨が横から吹いて、傘《かさ》がさせなかった。屋根|瓦《がわら》が吹き飛ぶので、街《まち》に出られなかった。海岸部分は軒先まで浸水した。水がひくと同時に、壊崩《くず》れた家が無数だった。船が海岸へ打ち上げられて、おもちゃ屋の店先における船のようであった。目ぬきの方でも、小学校が崩壊した。民家が倒れた。市民は外にも出られなかった。内にもいられなかった。
 A工場[#「A工場」は底本では「N工場」と誤記]の労働者も、この天災から逃避し得なかった。のみならず、彼らはその住む地域の関係上、より一層はなはだしい程度に、その惨害を受けた。彼らは少し受け取って多く養うために、安い家賃を選んだ。そこは海岸の低地であったんだ。
 A工場の労働者で、白水と同じ部に出ている男が、十分にその浸水の塩の辛さをなめさされた。彼の家は床上二尺浸った。畳がまさに汚濁せる潮水のために浸ろうとする時、まさにその時期にかっきり達している彼の妻君は、生理上の法則に従って、赤ん坊を分娩《ぶんべん》した。その産褥《さんじょく》の隣に、十二年以前からいかなる場所へでも横になって行く、痛風の彼の老母が臥《ふ》せっていた。
 太陽がだれをも待たないと同様な公平さと、正確さとで、その汚濁した潮水は、その水量を増して来た。叫喚があった。失心があった。泣き声が上がった。
 この労働者は、盥《たらい》に赤ん坊を入れた。そして押入れの上段に、できるだけ深く老母を押し込んだ。次に彼の妻君を、その手前に押し込んだ。その上で、この男は、自分自身赤ん坊をぼろでふいて、父親の正当なる責任を果たした。きわめて簡単|明瞭《めいりょう》なる事実であったが、その[#「その」は筑摩版では「それが」]簡単であっても、その事のために入費がかかるということも明らかなことだった。ところが、どうしてこの男が母の薬代や妻のあと始末、それから子供への手当て、産婆への報礼などをすることができよう。それどころではなかった。彼は今まで、家族を養っていたA工場にも、出るに出られないありさまだった。畳はビショビショにぬれていた。床の下は魚《さかな》でも住んでいそうだった。便所と井戸水とが同居したのに、まだそれが掃除《そうじ》されていない。
 もし、この男が苦労になれなかったか、貧乏になれなかったかで、ちょっと神経質ででもあったのならば、僕らが考えても、首をくくった方が気がきいていそうに思われるくらいなんだ。ところが、この男は我慢したんだ。あとで知る事だが、この男は我慢するんだ、何でも、癪《しゃく》にさわるくらい我慢強いんだ。と僕らは、そう思ってたんだ。ところがどうだろう。まるっ切りやつは感じないんだ。
 彼は、この惨憺《さんたん》たる事実に対して、何物をも感じなかったようだった。ただ、金が少々あればいいのだった。それが万事を解決するだろう。君、長い間、人間はあまりみじめであると、感受性を全然失ってしまうものらしいんだ。この兄弟なんぞもやっぱりその一例だと見れる。人間がその苦痛に対して、ならされてしまう――何の必要もないのに――それが、どんなことだと君は思うんだ。馬が去勢されて生殖欲がなくなるように、人間が、縛りつけられて、型に押し込まれて、自由を奪われてしまった去勢された馬のように、感受性を失ってしまう。自分がどんな奴隷《どれい》だか知らずに、働けば楽になると思って働く。労働者たちは、皆この感受性を麻痺《まひ》させられてしまったのだ。労働者は働けば働くほど、自分を搾《しぼ》る資本に、それだけ多くの余剰労働は搾取され、資本を増大せしめるんだ。
 この去勢された、馬のようになり切った兄弟は、二、三日の後会社へ行ったんだ。
 『積善会の積立金をいただきとうございますが、こうこういうわけで』と事実の[#「事実の」は筑摩版では「事実」]ありのままを純客観的に――彼には、今では、彼自身のことが客観的にしか見えなくなったようだった――くどくどと述べ立てたんだ。
 この積善会ってのはね、労働者の賃銀の百分の五を毎月強制積み立てをさせるんだ。そして、その金を一定の額だけ、吉凶禍福に応じて、会社からいくらかの補助金と共に『給与』してもらうんだ。そして毎年一回この金で運動会を開いて、一金一封(五十銭)を酒代として、いただくんだ。工場法の役目を、労働者の負担に転化した型が、すなわちその積善会なるものだったんだ。その積善会のお金の中で私の積立金をくださいと、この男は申し出たんだ。
 もちろんそれは言下にはねつけられて、見舞料として、積善会から二円だけもらえたわけなんだ。ところが二円では何とも話が煮えんとその男はいうんだ。何とかならないでしょうかと、相談を白水に持って行ったんだ。
 『それは、積立金を取ったらいいだろう。積立金は職工の貯金だろう。それを取ったらいいだろう。積善会の方はまた話が何とかつくだろう』ということで、白水は事務所へ、その節くれ立った木の切り株のような男と一緒に行ったんだ。
 工務係の後明《こうめい》という妙な後光の差しそこなったような名前の男が、二人《ふたり》と相対して、何の話だときいたんだ。
 おふくろと、妻と赤ん坊とを、押入れへ押し上げた、この哀れな男は、くどくどと、なぜ波が敷居より上へ上がって来たか、とか、畳と畳の間から、まず汚《よご》れた水が、ブクブクと吹き出して来るものだとか、押入れへ、幸い、三人を入れましたので、とか、彼が、今そこで、そんな目に会ってでもいるように、細大もらさず、『客観的』に話し始めた。
 彼の話は、決して腹の立つべき質《たち》のものではなかった。けれども、その長さと、それから、繰り返しと、切りのないのとには、だれもが退屈をしなければならなかったし、それに、話の中に、いつのまにか、問題と、話の中心とが離れてしまうという困難な欠点があった。
 『それで、どうだというのだね』と後明は、この男にきいた。
 『へー、それで』と、この哀れな男はおうむ返しに答えた。そしてそれっ切りで先が出なくなってしまったのだ。彼はもう、自分の要件は今までの話の中で話した、それも繰り返し繰り返し話したような気がしていたのであった。もうこれ以上何を申し上げましょうといった顔つきをしていた。

     一三

 『そういう悲惨な事情であるから、自分の労働賃銀の一部を積み立ててある、積立金を払い戻してくださいというのです』白水が代わって話した。
 『君は頼まれて来たのかね』後明は、それの方が先決問題だというような顔つきできいた。
 『そうです』
 『そうかね』と、今度はその男にきいた。
 『へー』と、どっちだかわからぬ返事をその男はした。
 『その事が、その積立金払い戻しについて、それほど重大な先決問題じゃないではありませんか、問題はきわめて簡単でしょう。労働者がその売った労働力に対して支払った金額の一部を、会社が労働者のために積み立ててある、強制的に。その金額を、労働者が返してくれというのは、まるで一分の思考をも要しないことじゃありませんか』白水はまくし立てた。
 『そりゃね、だれも払わんとはいわんのだが、どういう手続きで持って行こうってんだね』
 『支払い伝票さえ書けばいいこっちゃありませんか』
 『つまり、退職しようというんだね』と、意地わるの後明人事係はいった。
 『退職! だれが、いつ退職なんていったんです』と白水は少しずつ興奮してやり始めた。
 『だが、会社の規則では、積立金は、退職の時に支払うということになってるもんだからね。従って、積立金を受け取る者は、同時に、賃銀の残額をも一緒に支給されることになるわけだね』と、その豚めは、いやに尻《しり》を落ちつけてやがった。
 『もちろん』と、白水は口を切ったんだ。やつが、何か心に決することがある時の重々しい口調でね。
 『労働者が退職して行く時に、積立金が賃銀と同時に支払われるのは、当然なんだ、それは工場法にも明記されてあることなんだ。しかし、それはいかなる事情があっても、会社に損害のかかった場合でも、それから差し引くことができない、性質の金なんだ。その金が本人退職後もなお会社に残っていたとすれば、明らかに委託金横領ではないか、その金が支払われるのが、いつも最後の例だからって、その金を受け取ることによって、辞職を意味するなんて、そんな詭弁《きべん》が、よくも人事係の君の口から吐けたもんだ。君のその論調と態度とが、今まで、労働者自身の金を、どんな必要があっても労働者へ返さなかった、という例を作ったまでのことだろう。君のその論調でやられたのならば、今まで、一時の入用のために、自分の預金を引き出すために、どのくらい多くの労働者を、君は馘首《かくしゅ》したことになるだろう。この会社の積立金がもし、糸切り歯のように、それをとると、命に関するというのであったなら、僕はわれわれの武器に訴えても、または工場法によって、法においても戦うつもりだ』
 白水がその重々しい論調で、肋骨《ろっこつ》の間から、心臓を目がけて、錐《きり》でも刺すように話していると、相手の後明は、最初はいやに横柄《おうへい》ぶって、虚勢を張っていたんだが、しまいには、おそろしくなったらしいんだ。
 『しかし、私はまだ、馘首《かくしゅ》するとも退職せよともいいはしないんですよ。ただそれは例のないこった、今まではこういう仕来たりであったといったまでですよ』と、その千枚張りの面《つら》の上に油をかけやがるんだ。
 『悪い例なら破ったらどうだというんだ。旧来の陋習《ろうしゅう》を破ったらどうだというんだ。一切|合切《がっさい》を前例に守っていたら、人間はいまだに、人間の肉を食って、生活しなければならないんだ。まだ人間が人間の肉を食っているんだが、それがなくなるためには、あらゆる旧来の陋習が破らるべきなんだ。ことに法律でさえ保障しているような範囲内にまで、労働者を搾取し劫略《ごうりゃく》することは、明らかに人間|嗜食《ししょく》の一形式だ』白水はますます彼の錐《きり》をもみ込んで行った。
 『いや、君のように興奮しちゃ困りますよ。そういうお気の毒な事情ならお払いするようにしましょうが、何しろ前例のないことですから、一度重役まで伺って見なければなりませんが、今すぐでなければいけないんですかね』と白水にいって、
 『オイ、どうだい、すぐいるのかい』と、哀れな切り株にきいた。
 『もちろんすぐです。今日《きょう》はもう三日後になってるんだから、おくれてるんですぜ』と、白水は、その切り株があわてて、ヘマな返事をすることだろうと思って、引き取って答えた。
 『それじゃお話しして来ますからしばらく待っててくれたまえ』といい残して、バリカンでいたずらに毛をきられたむく犬のような格好で、後明人事係は出て行ったんだ。
 長いこと待たせて後明は帰って来て、紙っ切れを渡して、
 『それへ金額を書いてください、そして、その金額は向こう三か月間に分割して、収入から差し引いて積み立てますから、そのつもりでいてください』と抜かしやがったんだ。
 『何をこのむく犬め』と、白水はいきなり怒鳴りつけて、そこにあった椅子《いす》を振り上げかけたが、切り株が止めた。
 『へえ、ありがとうごぜえます。今さえ助かりゃ、あとは三月で間違いなくお返しいたしますから』と、一方で白水を引っぱりながら、一方で後明に、承知をした上、ご丁寧なお辞儀を一つしたんだ。
 『へえ、何に、今の都合がつきゃあとはまた、まっ黒になってかせぎますから』と白水にいったんだ。
 その事件があって後の白水は、会社側からはなはだしく忌みきらわれた。そして白水の馘首《かくしゅ》が事務員から、重役の問題にまで進んだんだ。
 この家屋浸水事件後、僕と白水その他の多数の兄弟たちが、A工場に対して、N市における最初の大規模な応戦を試みて、全部が、見事に陣頭に倒れ、おまけに僕と白水とほかに四人の兄弟が、その争議のため、牢獄《ろうごく》の赤い煉瓦塀《れんがべい》をくぐることになったんだ。それは九月の末ごろであったろう。A工場の労働者たちは、切り株浸水事件の後に、白水が積善会の積立金の会計報告等が一切ないことを鳴らし、かつ工場[#「工場」は筑摩版では「工場法」]の扶助規則や未成年労働者使用等、規則違反が多いことなどを表面の理由として、資本家階級の間に、どんな策戦があるか探りを入れ始めたんだ。N市は地方色的に利己的なところであった。そのために争議も、一種の地方色を持っていたのだが、僕らは、最初の日の示威運動がすむとすぐに警察へ引っぱられ、そのまま、未決監へ送られたので、争議の経過は、まるで知らなかったんだ。だが、僕らが警察へ検束された翌日、ドシャ降りの雨の中を、A工場の兄弟たち千人が、警察へ示威運動に来て、警察へ委員を送って検束の理由を聞く一方労働者軍は、雨の中でその響きと和して革命歌を合唱してくれた時は、僕ら五人は中で思わず革命歌に合唱したんだ。そして、その日の夕方、その日の示威運動をリードした鈴木《すずき》君が、はだしで引っぱって来られたんだ。
 僕らは、警察から検事局、検事局から未決監、予審と、順を追うて進むべき道を進んだんだ。そして、そこへ送られた五人の初犯囚は、警察の恐るべきでないと知ったごとく、****なる[#「なる」は筑摩版では「る」]べきでないことをまた知るに至ったのであった。その争議は、N市に永久に、無産者運動を据えつける基礎になった。
 そして、その刑を終えると、同志はそれぞれ袂《たもと》を分かって、他の都会へ散って行ったんだ。そして、僕だけはこうして船乗りになっているんだ。白水は今は[#「今は」は筑摩版では「今」]どこで活動してるだろうと、よく僕は思うんだ。船における戦闘は、陸上とは全然趣を異にすることが、このごろ僕にはわかって来始めた。僕らは、百人分の米を作って、自分は飢え、千人分の布を織って自分は凍えたり、大建築を建てて自分は行きだおれしたりするような労働者の地位を全く改めうるまでは、不断の闘争が必要なんだ。そしてその時は必ず来るんだ。当然来るべきよきものを迎えないという法はない。われわれはそれの来るまで迎えるんだ」
 ストキはポケットから煙草《たばこ》をとり出して火をつけた。
 「波田君、僕の話がいや味になりやしなかったかい。うんざりしちゃったろうね」
 「いいや、おもしろかった。僕は、君らが経験した監獄の話を聞きたいんだ」
 「監獄の![#「!」は筑摩版では「?」] 監獄の話は単調なものだ。単調無為という苦痛だけさ。社会では、僕らの生命はそれを顧みる暇のないほど多忙に搾取され、その溝《どぶ》だまりに投げ込まれるが、監獄では、ただじっとそれを見詰めるというだけのものだ」藤原は、静かにデッキへ出て行った。
 「さあ、それじゃ、僕は昼食のしたくをしなきゃ」といって、波田は、コック部屋《へや》へと出て行った。
 デッキでは、藤原は、波よけにもたれて、荒涼たる本州北部の風光に見入っていた。

     一四

 わが万寿丸は、三日間の道を歩んで、その夜十一時ごろ横浜港外へ仮泊するはずだった。船は勝浦《かつうら》沖を通った。浦賀《うらが》沖を通った。やがて横浜港の明るい灯が見え初めるであろう。
 横浜は、水夫ら、火夫らの乳房《ちぶさ》であった。それを待ちあぐむ船員の心は、放免の前日における囚人の心にも似ていた。
 東京湾の波浪も、太平洋の余波と合して高かった。梅雨《つゆ》上がりの、田舎道《いなかみち》に蟇《がま》の子が、踏みつぶさねば歩けないほど出るのと同じように、沢山出ているはずの帆船や漁船は一|艘《そう》もいなかった。観音崎《かんのんざき》の燈台、浦賀、横須賀《よこすか》などの燈台や燈火が痛そうにまたたいているだけであった。しけのにおいが暗《やみ》の中を漂っていた。落伍《らくご》した雲の一団が全速力で追っかけていた。
 それでも、もう本船が、酔っぱらいのように動揺する。というようなことはなかった。本牧《ほんもく》の燈台をながめて、港口標光を前にながめながら、わが万寿丸は横浜港外に明朝検疫までを仮泊した。三千トンの重さと大きさとの、怪獣のうなりにも似た轟音《ごうおん》と共に錨《いかり》は投げられた。船はその動揺を止めた。
 一時に一切が静かになった。一切の興奮と緊張とが、一時に沈静した。
 「一切は明日《あす》なんだ。明日は幸福と解放の一切なんだ」とだれもが安心したのだ。
 水夫らは、船首上甲板に立っていたが、錨が投げられると共に、その各《おのおの》の巣へ飛び込み始めた。先頭の波田がタラップをおり切らぬうちに、ボースンは怒鳴った。
 「オーイ、これからサンパンをおろすんだぞ」
 あたかも強い電波にでも打たれたように水夫たちはこの言葉に打たれた。
 岩見《いわみ》武勇伝に出て来る鎮守《ちんじゅ》の神――その正体は狒々《ひひ》である――の生贄《いけにえ》として、白羽《しらは》の矢を立てられはせぬかと、戦々|兢々《きょうきょう》たる娘、及び娘を持てる親たちのような恐れと、哀れとを、水夫たちは一様に感じた。これは、夜横浜に着いたが最後必ず起こる現象であった。そしてまた、船長はいやでもおうでも夜横浜へつくように命令するのであった。朝着きそうな予定のときだけが、その通りに入港した。その他は必ず夜着くように犬吠《いぬぼう》沖か、勝浦沖かで彼女は散歩を強制せられるのであった。
 古今共に狒々《ひひ》が、出るためには、夜を選ぶのであった。そして、悲しむべきことは、わが万寿丸に岩見重太郎が乗り合わせていないことであった。十一時、サンパンは、その非常に危険な怒濤《どとう》の中におろされなければならなかった。二人《ふたり》の漕《こ》ぎ手が、水夫の中からつかみ出されなければならなかった。
 この漕ぎ手に白羽の矢が立ったのは、鰹船《かつおぶね》で鍛え上げた三上と、舵取《かじと》りの小倉とであった。三上は低能であった。小倉はおとなしかった。白羽の矢は、岩見武勇伝の場合と違って、大抵この二人に、恒例として当たるのであった。
 二人の漕ぎ手は、一里余の暗黒の海上を、サンパン止《ど》め――暴風雨にて港内通船危険につき港務課より一切の小舟通行を禁止する――の暴化《しけ》を冒して、船長を日本波止場まで、「秘密」に送りつけねばならぬのであった。
 船長は、「秘密」で、上陸して、その家庭へ帰るのであった。そして、その翌朝、「秘密」に、ランチで本船へ帰って、それから、「公然」入港するという手順になっていたのである。
 それらの面倒で危険な、一人《ひとり》のために何にも関係のない、もう二人の人間の生命を、危険に向かって暴露する。この「秘密」の冒険で、船長は十時間、あるいはもっと少なく八時間だけ、家庭における人となりうるのであった。
 船長は、船長室でしたくをしていた。彼は、彼の家庭についてだけ抱《いだ》きうる、彼の思想を、この船に対する他のあらゆる思想と、全然区別していた。彼は、「秘密」の彼の上陸の前には、対内的にのみ、船長から、人間に変わるのであった。彼は何もかもが、一切合切、妻のこと、子供のこと、その他で持ち切っていた。ことに、妻のことでは、彼は、「やきもち」をやいていたのであった。
 彼はトランクに種々のものを押し込んだ。そしてはまた出した。そしてため息をついた。「サンパンの準備は何だってこんなに手間取るんだ! わかり切ったことじゃないか、一度や二度のことじゃあるまいし、チェッ!」だが、彼は、まだ催促については我慢していた。そして彼は自分の室を見回した。
 船内において一番きれいな、広い、凝った、便利な室ではあった。が、彼にとってそれは、ビール箱の内側であった。それはすこしも愉快なものではなかった。それはかわいた荒蓆《あらむしろ》のように、彼の神経を埃《ほこり》っぽく、もやもやさせた。
 ボーイがコーヒーを持って来た。
 「まだ、したくはできないか、ボースンを呼べ!」と彼は、ボーイに命じた。そして、ボーイに対しても腹を立てた。「チョッ! こんな気の抜けたコーヒーを持って来やがって、コーヒーの保存法も知らないんだ、やつらは」彼は、煮えつくようなコーヒーにのどをうるおした。
 「ソーッと、出し抜けに、おれは帰らなきゃならん。自動車は家へ知れないくらいのところで、帰してしまわなくちゃ、そして……」船長は、絶えず妻にやきもちを焼いた。そして、彼も、それほど妻を愛してはいないことを、誇示するつもりで寄港地ごとに遊郭に行った。そこではよく、水夫と一つ女を買い当てたものだ!
 それは、全くおもしろい、こっけいな、喜劇の一幕を演ずるのだが、今は、サンパンが用意されようとしている。

     一五

 水夫らは、ともの、三番のウインチに二人《ふたり》ついた。ボートデッキに二人、各《おのおの》のロープについた。そして波田は、サンパンに乗った。それをタラップまで回航するためであった。かわいそうなドンキーは、また機関室へはいって、蒸気をウインチへ送らねばならなかった。火夫も火口に待っていねばならなかった。
 綱は少しずつ繰り延べられた。それは板の上へおろされるのであるならば、サンパンにかかっている鉤《かぎ》を、綱がゆるんだ時にはずしさえすれば、サンパンはそこに立派にすわっているのだが、それが波――ことにその夜のごとく、大きく鼓動している時――に向かっておろされる場合は、非常に困難であった。波の絶頂に上がった時に、一方の鉤だけをはずすならば次の瞬間には、そのサンパンは鮭《さけ》のようにつるされているだろう。それが、波の最低部にまでおろされることは、不可能であった。鉤がはずれるであろう。もし鉤がはずれなければ、本船のどてっ腹へその頭か、またはひよわいその腹を打《ぶ》っつけて、砕けてしまうだろう。
 ボートデッキで綱の操作をしている二人の水夫も、伝馬《てんま》の中にあって、しっかり、鉤のはずれないように握った、波田も字義どおりに「一生懸命」であった。波は、本船の船腹を蛇《へび》の泳ぐように、最高と最低との差を三間ぐらいに、うねりくねっていた。
 今、伝馬は波の斜面に乗った。波田はともの鉤《かぎ》をはずした。とその時に「スライキ、スライキ、レッコ」と怒鳴った。「延ばせ、延ばせ、打っちゃれ」という意味である。伝馬への本船からの臍《へそ》の緒《お》のごとき役を努めていた綱は今一方はずされ、どちらも延ばされた。波田はすぐに、船首の方の綱をも、うまくはずすことができた。そして、伝馬は、今や、本船と完全に独立した小舟になった。と同時に、伝馬は、すでに十間余りを押し流されていた。そしてそれは、盆の中で選《よ》り分けられる小豆《あずき》のように、ころころした。
 波田は、櫓《ろ》を入れた。船は、まっ黒い岩か何かのように、そこにどっしりしていた。そして、波の小舟は忙《せわ》しくころんだ。寂しい気持ちであった。彼は全身の力をこめて、櫓《ろ》を押した。船のともを回ろうとした時、伝馬はなかなかその頭を、どちらへも振り向けようとしなかった。一目散に逃げて行く犬の子のように、むやみに風に流されようとして、波田に反抗した。けれども彼の総身の努力は、そのからだに一杯の汗となってにじみ出たように、伝馬の頭をようやく風上《かざかみ》に向けることができた。が、ともすればそれは横に吹き流されそうであった。
 彼が伝馬をタラップにつけた時は、そのからだじゅうは洗ったように汗になっていた。波を削る風はナイフのように鋭かったが、それが、快く彼の頬《ほほ》を吹いた。彼はすぐおもてへはいって汗をふいた。
 おもてへは、みな帰って、船長が帰ることについて、ものうさそうに、一言か二言ずつの批評を加えていた。
 三上と小倉とは、からだじゅうを合羽《かっぱ》でくるんですっかりしたくができていた。
 「オーイ、行くぞーっ」と、当番のコーターマスターがブリッジから怒鳴った。
 「ジャ頼みます。ご苦労様、願います」と残る者は二人《ふたり》にいいながら、タラップまで見送った。
 二人の船頭さんは、船長の私用のために、船長の二倍だけの冒険をしなければならなかった。
 船長はボーイに導かれてタラップ口へ出て来た。
 彼が何かを入れたり、出して見たりしていたトランクを、ボーイはさながら貴重品ででもあるかのように、もったいらしく持っていた。
 船長は、やきもちをやきながら、ローマの凱旋《がいせん》将軍シーザーのごとくにサンパンに乗り移った。
 船長以外のすべての者は、鉛のように重い鈍い心に押えつけられた。伝馬の纜《ともづな》は解かれた。とすぐに、それは、流された。まっ暗な闇《やみ》の中に、小さなカンテラが一つボンヤリ見えた。そのそばから、小倉と三上との声で、エンヤヨイヤ、エンヤヨイヤ、と聞こえて来るのだった。
 水夫たちは、おもてへ帰った。そして船長を送り届けてサンパンの帰るまでは、眠ってもよいのであった。けれども、だれも黙って、ベンチへ並んで腰をおろして、狐《きつね》につままれでもしたようにボンヤリしていた。
 過度労働のために、水夫たちは、無抵抗的に催眠されていた。そしてそこには死のような倦怠《けんたい》以外に何もなかった。一切の望みを失った無期囚徒のように、習慣的であり、機械的であった。いわばへし折られた腕か何ぞのようにだらりとしていた。
 時々だれかの神経が少しさめると、そこにはその神経を待っていた多くの不快な刺激が、それをムズムズとくすぐるのだった。それは虱《しらみ》の食うような、または蚊がうるさく耳のそばで泣くような、そんなけちな、そのくせどうにもいやでたまらない、くだらない事柄ばかりが待ち構えているのだった。そして、この船室全体の構造と、彼らが一様に抱《いだ》かされる共通な基本的な感じとは、倦怠《けんたい》に虫ばまれ切った囚人が、やはり、ボンヤリ高い窓をみつめて、そのなれ切った倦怠と無感覚とを、鈍く感じてるのとよく似ていた。
 船員たちは、こんなことが「労働」だとは思っていなかった。彼らは、自分が寝るも起きるも賃銀労働者であることは知っていた。けれども、それを絶えず意識の中にしっかり、握り詰めているわけには行かなかった。ことにその労働場が船であったために、彼らは一軒の家に住んでいるように心得がちになるのであった。彼らは、えて、自分に課せられる不当な労働、支払われない労働を、ついうっかり、「つとめ」だと思い込んでしまうことが多かった。
 「一つ釜《かま》の飯を食ってるんだから」と水夫たちは思って、我慢しているのだった。そして、それは、とも[#「とも」に傍点]の連中、メーツたちをして、最上、最強の鞭《むち》にしてしまわせた。彼らはほかのどんな手段ででも、その「やせ馬」どもが、すねてがんばる時は、そのとっときの鞭を一つ食らわせれば、それで万事はいいのだった。
 そのうちに、一人《ひとり》ずつ、その寝箱の中へはまりに行った。どうしても、船長を送った伝馬は、二時半か三時、でなければ、早くても帰らないんだ。このしけでは、いつまでも帰らないかもしれないのだ。大体あまり、船長も家を恋しがりすぎるのだ!
 「あああ、人間がいやになったわい」と西沢は、一番奥の彼の巣からうなった。
 「どうだ、種馬になったら」と、波田が混ぜっかえして、そのまま、死のような倦怠《けんたい》へと、一切は吸い込まれてしまった。船長は、その家へ帰ったが、負傷にうめいているボーイ長は箱の中に、荷造りされたように寝ていた。

     一六

 本船を離れた伝馬は、その航海に本船が経験した、より以上の難航であった。港口は、すぐそこのように見えた。けれども、小倉と三上との腕のさえにもかかわらず、まるで港口に近づこうとはしなかった。船長はじれ切っていた。
 「あの灯のあたりがおれの家だ」と、乗って二十分ぐらいの間は、思っていた。ところが、いつまでたっても港口が近づかなかった。しかし、まっ暗やみであったが、櫓《ろ》の音も、二人《ふたり》の鼻息もすさまじい風の音を破って彼にまでも聞こえるのであった。
 伝馬は、仙台《せんだい》沖の鰹舟《かつおぶね》で鍛え上げた三上がともを押して、小倉が日本海|隠岐《おき》で鍛えた腕で、わきを押した。
 しかし、彼らは二人とも、本船を離れるが早いか、これはむずかしいと直感したのであった。櫓は、振り回す鞭《むち》のようにしわっても、伝馬は、港口から、流れ出る潮流に押し流されて、すこしも進まないのであった。で、彼らは、港口までは、逆流を利用しようと決心した。そこで、船首を本牧《ほんもく》の方へ向けた。伝馬は進んだ。しかし、それは激流を横ぎるような作用と共に進んだのであった。彼らは、本船を離れて三十分もたったころ、どこに本船があるかを、片方の手で額の汗をぬぐいながらさがして見た。
 本船は、黒く、小さく、港口の方に見えた。
 彼らは流されつつあることを知った。しかし、彼らは、彼らの持っている最大の力以上は出せなかった。その上彼らは三十分全力を尽くしたのだ。彼らは、その潮流と、その風とに到底打ち克《か》つことができないということをさとると、ぐっとその能率を引き下げた。そして、流れない程度にだけ押して、再び船首を横には向けなかった。
 一切の物がその息を潜め、その目をつぶっている。その時に、その何物も見得ない暗《やみ》の中で、懸命に波浪と潮流とに対抗することは、その運命を、牢獄《ろうごく》内に朽ちしめるように決定された、無期徒刑囚のような神経になりおおせた彼らであっても、なし得ない辛抱であった。
 ことにそれは、この闇《やみ》の中に、ボンヤリすわって時々、「シッカリしないか」とだけ怒鳴る船長の、利己心からのみ起こった一切だ、という感じが、いつのまにか、闇が産みつけでもしたように、二人の胸の中に食い入っていたのであった。
 今は、二人の漕《こ》ぎ手は、その櫓に対しての意識の集中を断念して、船長と称する不可解な、そのあいまいな、暗黒な形相をしていて、サンパンの中にすわっている、この生物に対して、「なぜおれたちは、こんなに苦しまねばならないのだ」という考えの周囲をさまよい始めたのであった。
 それは、だれもみてもいないし、聞いてもいないし、感ずることもできない、全く暗黒[#「暗黒」は底本では「黒暗」と誤記]な闇の中であった。そこには、どんな叫び声をも一のみにする嵐《あらし》と潮の叫喚があった。そこには、何物をも洗い流すところの急流があった。そこには人間を骨ごと食ってしまう鱶《ふか》がいるのであった。
 「そして、あいつは、たった一人《ひとり》だ。おまけに、あいつの腕の五本ぶり、おれの腕はある、あいつを五人さげることが、おれは平気だ! だのに……」
 獲物《えもの》のまわりにわざと遊びたわむれて、なかなか飛びつこうとせぬ狼《おおかみ》のように三上は、その考えのまわりをウロウロしていた。
 小倉は同じような考えを別な方から嗅《か》いでいた。飢餓がある。疾病がある。不具がある。負傷がある。そしてそれらのすべてが死へ行く道になっている。彼はこの道をブルジョアによって、他の無数の労働者と一緒に追われている。それを追って来るのは少数だ。追われているのはそれらの幾千倍も幾万倍もあるのに、その多くの労働者の群れには、牙《きば》をむいて自分のあとを振り向こうとする、たった一人の仲間さえもないのだ。労働者は、塩にあったなめくじだ。それはわけなく溶けてしまうんだ。ただ一人の労働者、それが十人に一人、十万人に一人もないのだ。それで、それでこそ、人間は、大量生産的に**されうるのだ。人間は自分のためには死ねないんだ。人間は、命令を好むものだ。命令の下にはすべての人間が死にうるが、自分からは一人の人間も、よく自分を殺し得ないものだ。一人の人間が、生きていたために、何十万の死んだ例がなかっただろうか。全世界の歴史が、このありがたからぬ、あるいはありがたいところの人間性の弱点によって、血で染め上げられ、肉で書かれたのではなかろうか。奴隷《どれい》の歴史を読んで、その主人の暴虐に憤る前に、人は、その奴隷の無知と、無活気なるを慨《なげ》かないだろうか。われら、賃銀労働者も、奴隷のように、農奴のように、われらの子孫をして拳《こぶし》を握らしめないであろうか。それは、人間の力をもっては、意思の力をもってしては、いかんともなし難いところのものであるか。
 おれが、人類の歴史を見て泣くように、おれはまた泣かねばならぬ歴史を、書き足しつつあるんだ。おれは、そういう汚《よご》れた歴史に邪魔者としてはいることは、今までできたのだ。また今でもできるのだ。だが、それができないところに人類の歴史が汚されるような大きな結果が持ち上がるのだ。だが、血と肉とで積み上げられた歴史は、その生贄《いけにえ》がはなはだしかっただけ、それだけ美しい花が咲くんだ。歴史が行く道をおれはついて行き、その歴史の櫓《ろ》を押せばいいのだ。
 「おい! 伝馬《てんま》はどんどん流れっちまうじゃないか、どうしたんだい」
 「船長! 引き潮だから、いくら押してもだめだ。港口に行きゃあ、また流れっちまうだけのもんだ。それよりゃ上げ潮を待った方がいいや」三上はまだ獲物のそばにでもいるように薄気味わるく、ぞんざいな言葉を使った。
 「ばかなことをいうな! 夜が明けちまうじゃないか、しっかり押せ!」
 「自分でやって見るといいや、これ以上おれたちの腕にゃ合わねえんだから」三上はいよいよ打《ぶ》っつけるようにいい切った。
 「何だ! やらないというのか! よし! 覚えておれ!」船長も仕方がなかった。こんなまっ暗がりの海の上でけんかをすれば自分が負けにきまっているのだった。彼は明日《あす》を待つことにした。
 「何だと! 覚えておれ? この野郎! 手前《てめえ》は何だって……今日《きょう》の暴化《しけ》がサンパン止めになってる事ぐらいを知らないか、この野郎、手前を海の中にたたき落とすのは造作ねえんだぞ、どこひょっとこめ!」三上は漕《こ》ぐ手を止めてしまった。
 三上は、低能だといわれていた。彼にはいろんな発作的の行動があるのだ。船長は、それを知っていた。それでいじけ込んでしまった。ばかに相手になってこの暗い海へほんとにたたき込まれたら、全くそれ切りだってことは、十分に船長も知っていた。
 「三上、そう怒《おこ》るものじゃない。え、浜につけば、気に入るようにしてやるから怒らずに、一生懸命やってくれ、え」
 「着けば『わかる』んだね。よし来た」仙台はまた、ぼつぼつと櫓《ろ》を押し始めた。
 小倉は、おかしかった。「着けばわかる!」三上の野郎首を切られるのがわかるだろう、ばか野郎め! せっかくおもしろいところまで筋が運んだと思ったら「わかる」で済ましちまやがった。フ、これが「労働者」なんだ。だれにでも、たった一言できれいにだまされちまうんだ。これだから、人間の歴史がいつまでも[#「いつまでも」は筑摩版では「いつでも」]、歯がゆくて癪《しゃく》にさわってたまらないんだ。あ、わかる、わかる、全く一切がよくわかる。
 しかし全く、心細い「航海」ではあった。海はすぐその足の下でうなっていた。啀《いが》んでいた。そしてそのからだをやけに揺すぶっていた。
 三上と、小倉とは、その生活の大部分がそうであると同じに、今もただ機械的に働いているに過ぎなかった。けれども、彼らは、恐ろしく磨滅《まめつ》して来た。いわゆる「焼けて」来たのであった。彼らは十分に栄養を採っているわけではなかったので、機械の油が切れてすぐ焼けて来るように、彼らの肉体も焼け始めたのであった。彼らは、ことに小倉は三上よりも体力が非常に劣っていたので、肩から背へかけた部分、大腿骨《だいたいこつ》の部分などに、熱を感じて来たのであった。それと共に、二人とも、非常な「だるさ」と、力の衰えることを感じた。彼らは「ままよ、なるようになれ!」と覚悟を決めてしまった。
 船長も、今は強圧的に、頭ごなしにやっつけるわけに行かなかった。もちろん[#筑摩版ではここに「彼は」が入る]、その精鋭なるピストルは本船に置いて来たのであった。このために彼は、幾分かその憶病さの度が募ったのでもあったが、何しろ、彼は、ただ一人であった。その権力――与えられたる――を保証し、それを暴力化せしめるところの背景が、全然、今、彼に与えられていなかったのだ。
 「力が一切を決定するのだ。民衆は、今恐ろしい勢いで力を得つつあるのだ。力が正しく働くか、力が悪く働くか、力が搾取的に働くか、力が共存的に働くか、によって、人類が幸福であるか、不幸であるか、惨虐であるか、平和であるかに分かれるんだ」
 小倉は、船内において最大、最高の、公、私、いずれにもわたる権力の所有者である船長が、その一切の暴力的背景を置き忘れて来たために、この短時間の間に、五倍の太さの腕を有する三上の一|喝《かつ》の下《もと》に、縮み上がらねばならぬという喜劇を見た。そして、そこに暴露されたる権力の正体を見た。
 「おれたちが力を個々には持っていても、それが組織されていない、訓練されていない、というところに一切の敗因が巣食っているのだ!」小倉は、それが個々に露頭の突き合ったおもしろさから、あとから、あとからと、それについての考えが、わき出て来るのだった。
 「だが、おれたちは、今、この万寿丸の状態で、労働者の個々の力を組織することができるだろうか、発作的な、衝動的な、同志打ち的な暴力の発動は、おれたちの仲間にある。(以下八字不明)はおれたちの上にあるのだ。おれたちは、十分に組織された暴力をもって傷つけられる上に、まだ足りないで、自分自身の暴力まで用いて、自分を傷つけるんだ」
 小さな伝馬は、その危険なる海上を、その暗黒の中に、船長の地位も権力をも完全に蹂躙《じゅうりん》して、まるで冗談のように、クルリクルリと揺れて、一つところにかろうじて漂い得ていた。
 船長は、亀《かめ》の子のように首を縮めていた。そして、質においても量においても、小倉と三上との二人分よりも沢山着込んでいるのに、寒さにふるえていた。そして、三上の一言に、まだその顔をほてらせながら、ギクギクしていた。そして今日の潮の長さを、しきりに癪《しゃく》にさわっていた。
 彼にとっては、三上が一秒間でも彼を侮辱したことは、三上の生涯を通じて所罰さるべきであり、そのそばに黙って櫓《ろ》を押していた小倉も、その侮辱を聞いたという廉《かど》によって、同罪であるべきであった。そして、彼は、横浜|碇泊《ていはく》中には、やつらが「何であるか」を思い知らせてやらねばならないと決心した。
 「それにしても身のほどを知らない、ゴロツキだ。一体このごろの労働者は生意気だったり、小癪《こしゃく》だったり、そうでなければ、仕方のないナラズ者のゴロツキだ。従順な性格を持ったやつは一人もありゃしない。やつらを一人ずつ所罰するのは手間でたまらないことだ。労働者が、これほど生意気になるのは、法律があまり甘やかしすぎるからだ。十五世紀から十九世紀までも英国で行なわれたような、労働立法を制定して、額に烙印《らくいん》を捺《お》すのが一等だ。鞭《むち》で打つのだ、耳を半分切り取ることだ。終身|奴隷《どれい》とすることだ、首に鉄の環《わ》をはめることだ」
 船長は、三上が癪にさわってたまらなかった。それはありうべからざることだ。想像だもつかないことなのだ。奴隷に等しいものが「どうも、これははなはだおもしろくない現象だ。そういうことは、根絶しなければならない。いや、全く法律が不完全だ」
 船長は、変わった解雇方法で三上をいじめてやろうと決心した。

     一七

 潮は今、引き潮の最頂点に達した。
 万寿丸の伝馬《てんま》も、三上と、小倉との経済速力をもって、港口へ近づき始めた。
 十一時におろされた伝馬は、今、十二時半まで、まっ黒やみの中に、吸いつかれでもしたように一つところに止まっていたのだった。
 日本波止場まで一時間はかかるのであった。
 小倉は勘定していた。「一時半について、それから三時に船に帰って、三時半に伝馬を巻き上げて、四時から、おれはワッチだ。チェッ! 畜生![#「畜生!」は底本では「!」なし] ここでこのままへたばって眠った方が気がきいてらあ、畜生!」
 三上は、この時すこぶるおめでたい、がしかし実際的な、そして架空的な、とっぴな計画を立てていた。そして、その計画は、船長が「わかる」ようにしてくれれば、やらずに済むのであったが、もし、おれをだましでもしたら、かまわないから、やってやろうとした、復讐的な意味をも含んだところのものであった。
 三上はこう考えた。船長はおれをきっと女郎買いにやってくれるつもりに相異ない。船長だっておれが上陸ごとに女郎買いに行くのは、知ってるんだから、それに今夜は、あんなふうにいってたんだから、きっと「サンパンは纜《もや》っといて、泊まって明朝帰ればいい、サア」といって十円は出すだろう。そこで、小倉は女郎買いには行かないに違いないから、やつを宿屋か何かにほうり込んで置いて、それから……と彼はうっかり笑った。
 「もし、万が一、そのままうっちゃらかしてでも行きゃがったら、その時はきっとやってやるから」と、すごい目つきを、闇《やみ》に向かって光らせて「見せた」。
 三上は、変態性欲的というか、あるいは不飽性性欲的というか、または、彼の肉体が立派なように、従ってその性欲も、船員のような性的に不都合きわまる条件の下《もと》に置かれては、あらゆる機会を血眼《ちまなこ》でさがし、それをおぼれる者が、藁《わら》をつかむように、しっかりとつかむのであった。彼は、その原始的教養の持ち主として、また、その性欲に関する奇行の創造者として、船内における人気者であった。
 彼が、もしその執拗《しつよう》さを今少し制御することができたならば、彼の人気は、も少し深い意味におけるものになり得たはずであったが、何をいうにも、そのしつこさにはだれでも参ってしまった。そして、彼のこの特徴は、彼が遊郭に行く時に、最もよく発揮された。
 西沢は、三上と一緒によく遊びに上がったものだが、それは、いくら西沢が逃げても隠れても、三上があとから、付いて行くことに原因したことだった。そして、三上は、西沢の室の前に、腹ばいになって、西沢の寝物語をすっかり聞いたりなどするのであった。それは、何のためであるかはだれにもわからない。ただ、西沢は、「おれと一緒に上がった晩」こういったというのだ。つまり「西沢が相手の女に向かって、『お前はどうしてお女郎になるような身になったんだ。いずれ、深い事情があるだろう』と、きいたところが、その女郎め『わしのうちは、おとうさんが百姓で貧乏だったところへ、不作が三年続いて、地主に掟米《おきてまい》が納められずに、苦しみ抜いたあげく、ついに私が身売りをして、地主に義理を立てることになったの』といったんだ。そして、その女め鼻声になって、『世の中に義理ほどつらいものはないわ』といったんだ」
 この話は三上の直接の、彼自身だけに関する露骨な淫猥《いんわい》な話よりも、聴衆に受けがよかった。で水夫たちは、西沢が全力をあげて混ぜっかえすにもかかわらず、三上をおだて上げて、その睦言《むつごと》の全部を繰り返させた。
 「そうすると、西沢のど助平め、何というかと思ったら『や、義理ほどつらいものは全くない。そして、そのつらい義理を守るのは貧乏人ばかりだ。義理を守るから貧乏にもなるんだ。私の家も貧乏で、ちょうどお前さんくらいの妹がある。その妹も、やはりお前さんのように、このつらい商売をして、私と一緒に信州の親たちに仕送っているんだ。私は妹からのたよりで、お前さんたちが、どんなにつらい境界《きょうがい》を送っているかよく知っている。ま、年《ねん》の明けるまで辛抱しなさいね。決して短気を起こしたりなんかしないでね』ってやがるんだ。畜生! ばかにしてやがらあ、そしたら女のやつしくしく泣きながら、『あんたのようによく物のわかった、親切な人はありゃしない。私は、あなたが私の兄《にい》さんのような気がする』といいながら、何かしていてあとは聞こえなかったが、今度は、西沢め、『おれもお前が、私の妹のように思えてならない』ってやがるんだ。それからはもうほんのコソコソ話になってわからんから、おれは障子に、指に唾《つば》をつけて、穴をあけてのぞいてやったんだ。そうしたらお前」と、三上一流の頭脳に映じた、その場の情景を、全くおおうところなく、すっかり、さすがの西沢もいたたまれないほどの、描写をもって、そこに再現してしまった。そして最後に、「よくよくこいつには妹が沢山あって、方々で女郎をしてやがるんだ。そしてまた、妹のように感じる女とどうして、やつはああいうことができるんだろう。ど助平めだよ、あいつは」とつけ加えたのであった。そして、この点に関しては三上のいうことは真実であった。
 わが兄弟たちは、船乗りになるまでに非常に多くの苦しい経験をなめて来ている。そして、小倉などは、一村の運命をになって志を立てようとしていた。地理的にいっても、社会的にいっても、海は最も低いところで、そこへ流れて来た「人間のくず」どもは、現社会の一切ののろいを引き受けて来ているように見えた。
 女郎買いをすることは、船員の常習[#「常習」は底本では「学習」と誤記]であるといわれていた。ことに下級船員は、そのために、全収入を蕩尽《とうじん》するのだと、社会は例外なく考えている。そして、それは、多くの場合事実である。が、それがどうしたというのだ。
 彼らも女郎買いをしたくはないのだ。愛人が必要なのだ。だが、今の社会で口のあいた靴《くつ》をはいて、油だらけの菜っ葉服を着て、足の踵《かかと》のように堅い手の皮を持った、金をそのくせ持っていない、「海坊主」を、だれが一体相手になってくれるんだ! いつ海の藻屑《もくず》と消えるか、いつ片手をもぎ取られるか、いつ、遠洋航路につくかわからない、無細工な「海坊主」どもを、どこの「娘」が相手になるか。
 ブルジョアどもは、その娘をダンスホールへ陳列し、プロレタリアの娘を、監獄のよりも高い煉瓦塀《れんがべい》の取りめぐらされた、工場の中に吸い込んでしまって、その中の上出来なのを、自分らの玩弄物《がんろうぶつ》なる「妾《めかけ》」にしてしまうんだ。
 ブルジョアどもは、人間を、自分たちを除いた一切の人間たちを、字義どおりの「馬車馬」的賃銀|奴隷《どれい》にしたいという、本能的な欲求を持っているんだ。
 そして、労働者は、生きたまま、何万馬力の電動機によって運転されている「挽《ひ》き肉器」の中へと、スクルーコンベーヤで運び込まれるのだ。
 こうして、賃銀奴隷は最後まで、人間でありたいという希望と努力を挽き砕かれて、無機物か何ぞのように、ブルジョア文化の路傍へほうり出されるんだ。そして、それは、ブルジョア道路を永久的にするためのコンクリート中の一石塊となって、永久に、道路の一部をなすように、計画されてあるのだ。
 だが、今はもうその計画どおりには行かないだろう! われらに教育がないということは、われらから、教育の機会を掠奪《りゃくだつ》したやつらに責任はあるが、やつらに責任を負わせたってそれで労働階級がどうなるんだ。今、われら自身でわれらを教育するんだ。今、われらは、すべてを自分の手でやって見せようと意気込んでいるんだ。われらを教えわれらを導き、われらの理想を作り、われらの戦術を考え、われらの道徳を定め、人類共同の社会を建設する。それらは皆、われら自身でやるんだ。そしてわれらとは、すべて額に汗して働くもののことだ!

     一八

 伝馬《てんま》はすべった。そして船長は寒くて、二人《ふたり》は汗まみれになって、日本波止場へついた。
 船長は、飛び上がった。トランクも投げ上げられた。
 小倉は、纜綱《ともづな》を波止場に纜《もや》った。そして二人ともその浮波止場に飛び上がった。
 船長は、まだ十分その権力が裏づけられていなかった。船長は、ポケットから、その金時計を出して、機械マッチで今が一時四十分であることを知った。彼は自動車で十五分、二時には家へ帰りつける。で早く、「この油断のならないナラズ者」どもを、本船へ帰してやらねばならなかった。
 彼はポケットから、五十銭銀貨を二枚つかみ出して、それが確かに二枚であることを知って、それを、小倉に渡した。
 「蕎麦《そば》でも食ったらすぐ帰れよ! おそくならんように」そういうと彼は、そのままトランクを持ってスタスタ歩き始めた。
 「船長!」と、三上は、思わず叫んだ。
 船長はビックリした。危うくトランクを取り落とそうとしたほどビックリした。そして何も考える間もなく、三上は船長の前に立ちふさがった。
 「どうしたんだ。わからねえや」三上は啀《か》むように怒鳴った。
 小倉は、静かに、黙って、成り行きを見ていた。「おれはこの場合すべき事を知っているんだ。ものは始まってからでなければ済むものではない。だが、それはまだ始まっていないんだ!」
 「小倉に金を渡しといたから、あれで何か食べて帰れ!」船長は、自分の立っているところが、まだ波止場であることは、非常に形勢を不利にすると、考えていた。――逃げるには逃げられぬわい――
 三上は、黙って、船長の前に突っ立っていたが、やがて、身を引いた。
 船長はホッとしながら歩きかけた。三上はまた突然その前へ行って立ちふさがった。
 ――今度は何か起こる――と、船長も、小倉もとっさに感じた。
 三上は万寿丸で、一番強力だった。横痃《よこね》のはじけそうな時でも、二人分の力持ちを、平気でやった男だ。
 「忘れちゃいないね」と、三上はうなった。
 「あ、そうか、そうか」と、船長はいって、またポケットへ手を突っ込んだ。そしてガサガサあわてながら、また五十銭銀貨を二枚つかみ出した。「スッカリ忘れてた」
 「まだ忘れてるよ」三上は押っかぶせるようにいった。
 船長は、五十銭玉を二つつかんだまま、ブルブル震えながら、そこへ突っ立っていた。早く帰りたいのになあ。チェッ!
 「いくらいるんだね」とうとう船長はごまかし切れなくなってきいた。
 「十円」三上は答えた。
 「十円!」船長は、すっかり驚いた。二円出したことが彼にとっては、とても思い切った奮発だったのに。三上は十円を要求するのである。
 「それや明日《あす》でよかないか」船長は明日は一切を解決することを知っていた。
 「明日は明日だ」といったが、三上の心中には、今、口から出したくらいでは、とてもはけ切れない激怒の情が、その全身の中に爆発した。
 「今夜帰れば途中で凍えるわい!」と、彼は、船長の頭の上から、ハンマーででも打ちおろしたように怒鳴りつけた。
 「手前《てめえ》は帰ってかかあと寝る! おれたちゃ帰りに凍えるわい! この汗を見ろ!」
 暗《やみ》に見えなかったが、二人は外は飛沫《ひまつ》にかかってぬれ、内は汗でぬれ、かわいたところは、その衣類にも皮膚にもなかった。彼らはそのまま、帰るということが不可能であることは、最初から感じたところであった。その合羽《かっぱ》はもちろん、その仕事着さえもパリパリと凍っていたのである。
 船長は十円に非常な執着を感じたが、それよりも彼はやっぱり、その命の方に団扇《うちわ》を上げた。彼は内ポケットから、十円札を出して三上に渡した。そして、何かいおうとしたが、ハッと口をつぐんだ。
 そして、彼はそのまま、波止場を出て、俥《くるま》の帳場へ行った。
 彼はそのまま、警察へ電話をかけようとしてまたやめた。今夜かけると、おれは家で寝るわけには行かなくなる。それにおれは今夜は上陸してはならないはずなんだ。それはごまかしはついても、とにかく、今夜は家へ!
 俥《くるま》の帳場は、同時に自動車屋を兼ねていた。船長は自動車によって、その家へと宙を飛んで帰った。そして、途中の計画をすっかり忘れて、自分の家の前まで自動車を乗りつけてしまった。
 彼は、暖かい家庭の人となった。妻は、彼がおそくなった事情は、「水夫の一人《ひとり》で三上という悪党がワザとそうしたのであって、おまけに主人から十二円を強奪した。そのために主人は一時身が危険であった。主人は、いつでも、家から出て行くと、まるで、強盗殺人の中へションボリ置かれているようなものだ」と思い込んでしまった。そのくせ彼女は、いつも今まで主人の口から「おれは船中で一番えらい地位を持っていて、船員ならどんなやつでもフン縛ることまでできるんだ。それで船ではおれは、いわば陸でいう王様のようなものだ! おれは自由に手足のように船員を使うんだ。そしておれがいないと、あの大きな汽船が、まるで動くことができないんだ。とまれ、万寿丸では王様だ」と聞いていたのだ。で、今は、そのどちらでもあるのだろう。「船の中には、まともな人間としては主人だけだろう。あとはナラズ者がそろっているのだろう」と、考えた。
 二人は床の中で夜の明けるまで話した。

     一九

 三上と小倉は、水からはい上がった犬のような格好で、サンパン小屋の前へ行った。そこは、ルンペンプロレタリアがサンパン押しとして、虱《しらみ》のように、ウヨウヨ小さな家の中に詰め込まれていた。そこは、昼も夜もなかった。そこに集まっている者はすべてが、永劫《えいごう》の昔から、無限の未来まで、そこで寝ころんででもいるというような感じを与えた。彼らは、あらゆる悪徳と、自暴自棄と、そうして飢餓との頂点から、いつでも、決して離れたことがなかった。
 死にかけた犬にも蚤《のみ》やだにがついているように、飢えたる彼らの周囲にも、飢えた小売り商人が大福|餅《もち》や巴《ともえ》焼きなどを、これもほとんど時なしに売っているのであった。
 その夜は、それらの夜店も見えなかった。
 三上と、小倉とは、その凍寒と、飢餓とから逃《のが》れるために、旅籠屋《はたごや》か、飲食店かをさがさねばならなかった。彼らは、それ以上、寒さにも飢えにも堪《た》え切れないように感じた。彼らは、そのよく知った地理によって、夜おそくまで、あるいは徹夜でも営業する飲食店が、どの辺にあるだろうとの見当はついていた。
 それは彼らが今さまよっている海岸付近か、でなければ遊郭の付近であった。
 彼らは、大通りに出た。そして十五、六間も歩いた時、その横丁に港町独特の飲食店がまだ起きているのを見いだした。二人はすぐ、そこにはいった。二人の異様な風態も、その凍えたぬれたところなども港町の飲食店はなれていた。幸いに、二人は、そこの一室へ、そのズブぬれの靴を脱ぎ、その着物をかわかしうることになった。二十七、八になる女中がすぐに火鉢《ひばち》へ火を入れて持って来た。
 「どうしたの、ちょいと、今ごろ、今入港したの! そうじゃない? まあ! 随分ぬれててね。若いからよ、ホホホホ。脱いでかわかしなさいな。ね、私、着物を持って来て上げるわ、泊まってくんでしょう。もちろんだわね。ホホホホホホ」
 彼女は全くの親切からのようにそういった。そして、下へ降りて行った。どてらでも持って来るのらしかった。
 三上はもちろん喜んだ。そして彼はもちろん泊まる気でいた。小倉も一人《ひとり》で帰るわけには行かなかった。それに彼は三上の今夜の事件を、どういうふうに処置をつけるか、考えねばならなかった。――船長は明朝になったら、三上を懲戒下船命令を発して、一年間あるいは三年間ぐらいは乗船不可能にしてしまうだろう。それだけでなく、それだけで済めばいいが、事によると、恐喝《きょうかつ》取財ぐらいで告訴するだろう。これらについても自分としては何とか考えをまとめて置かなければならない。それにとにかく、こんなにズブぬれのガツガツの飢えではしようがない。そこで、二人は腹をこしらえることを考えた。
 「ねえさん、おそくなって済まないがね、もしできたらすきやきがやりたいんだがね。寒いんだから、すきやきでないととても暖まらないからね」と小倉は注文した。
 「ええ、できるわ、きっと、あなたの事だから。ホホホホホ、お銚子《ちょうし》は?」と立ちながら、彼女は聞いた。
 「酒を持って来るんだ」三上が受けた。
 「ホホホホホ、一切合財皆もちろん、――だわね」と唄《うた》にしながら、下へ注文を通しにおりて行った。
 二人は、どてらに着換えて、その着てたもの全部を、柱にかけた。
 彼らは人が恋しかった。ことに女が恋しかった。どんな動機からであろうとも、彼らに優しい言葉をかけてくれる女性は、この地上に、もし生きていればその母か姉妹だけであった。
 けれども、彼らは、それらをまるで失ってしまっていたか、まるで知らなかったか、または、それをはるかに遠くへ残して来ているのであった。
 優しい女性! それは、彼らには、何物よりも貴《たっと》い宝玉であった。一切の歴史から虐《しいた》げられて来た、哀れなか弱い女性! 彼らが反抗する必要のない、彼らによってまでも愛護されなければならない、[#「、」は底本では「。」と誤記]虐げられたる女性、それは、虐げられさいなまれて来た労働階級と、よく似た運命を持っていた。
 彼らは女性を慕った。そして、それが娼婦《しょうふ》と淫売婦《いんばいふ》とに限られてあった。女の中でも最も弱い階級と、男の中で最も虐げられた階級との間には、ブルジョアがそれらに対する時と違って、どこかに共通な打ち解けた点があった。それは共同の敵を持っている味方同志であった。
 表面的の関係は買い、売った、ことになっても、彼らにきわめてわずかに残された人間性が、それを、人間的に引き戻す機会もあり得た。そして彼らはどちらも、プロレタリアであった。
 荒《すさ》みにすさんだ心に、落ちる一滴の涙は、どんなに悲しいものであるか。
 女はやがて牛肉を鉢《はち》に並べて持って来た。そしてそのあとから今一人若い二十二、三の女中がお燗《かん》のついた銚子を持ってはいって来た。
 女がいたり、酒があるということは三上を有頂天にした。彼は一人《ひとり》でしきりに飲んだ。女たちにもしいた。少しは彼女らも飲んだ。
 「どうしてあなたは少しも飲まないの」と、若い方のが、小倉にもたれかかりながらきいた。
 「その代わり食ってるだろう」
 「だって、私たちもいただいてるんですもの。少しは飲むものよ、男ってものは、ね」
 彼女は小倉が生《き》まじめで、肉ばかり食ってるのを見て、少し陽気にしてやろうと考えたらしいのだった。
 「ところが、僕は酒が飲めないんだ。船のりらしくもないだろう。でもやっぱり飲めないんだ。虫がきらいというんだろうね」といいながら、小倉は肉や葱《ねぎ》などをつつきながら、頭は纜《もや》いっ放しの伝馬《てんま》のことと、三上対船長との未解決のままの問題との方へばかり向いていた。
 で彼は、三上が、しきりに女をからかったり、例の変態的な性格でいやがらせたりしながらも、小倉の方に時々探るような目を注ぐのに気がつかないのだった。
 三上は、やはり、船長との一件で小倉の意見が聞きたかったのであったが、それよりも、彼は、その場の喜び、形式だけであるかもしれない、事実それに違いないところのその浅い喜び、ほとんど通常の陸上の人から考えると嘔吐《おうと》を催すかもしれない、その女たちの風体、態度、その他一切の条件にもかかわらず、それを長い間そのために一切を捨てて探《たず》ねあぐんだ冒険者が、金鉱でも発見したかのように、その喜び、その楽しみから、一歩も足を踏みはずしたくなかった。実際三上は、もし、ほんとうに三上を愛する女があったら、彼はその女のためにどんなことでも虚心平気にやってのけたに違いない。彼は、生まれてから、すぐにその生《うみ》の母親に死に分かれて、それっ切り、人間に愛があるということはおろか、子供に乳があるということすらも知らずに育ったのであった。彼はきわめて幼い時から、海べへ出て、漁夫の手伝いをした。そして自分の食う分は五つぐらいの時分から自分でかせいだ。そして彼は小学校へ行く代わりに鰹船《かつおぶね》で太平洋に乗り出した。沖を通っている、山のような船の中に「洋服」を着た人間が働いているのを見て、「自分も洋服を着て働きたい」というので、鰹船を捨てて、汽船乗りになったのであった。彼は、だれからも、ほんとに愛されたことのない人間であった。まただれもほんとに心から三上を愛する気にはなれないだろうと思えるほど、彼は異様にひねくれていた。そのくせ、彼は、「だれかがほんとにおれに親切にしてくれたら」と、どんな時間にでも思わぬことはないのであった。従って、彼は、西沢が女郎に愛されたという話を聞くと、きっと、彼はその女の名前をきき出して、次航海には、ソーッと一人《ひとり》で、「愛」とはどんなものかを探りに行くのであった。三上のこの心の秘密は、だれも知らなかった。であるから、彼は変態性欲者と、その真実の「愛」を求める原始的巡礼の状態を名づけられたのであった。で、彼は自分が、他にとって、決して真摯《しんし》な愛に相当しないことをさとって、自らもジョーカーとなったのである。
 三上は小倉を盗み見しては飲み、かつ、その年増《としま》の女を捕えて悪ふざけしていた。が、小倉は黙って食っていた。小倉の相手の女はとりつき端《は》がなくて、困っていた。三上が便所に立って、相手の女も続いて案内に立ったあとで、小倉のそばにいた若い女は、「どうしてあんたはそんなに黙ってるの、何かおもしろくないことがあって? も一人の人はあんなにはしゃいでるじゃないの、それとも、もうあんたは眠いの?」とその膝《ひざ》にもたれながら小倉にきいた。
 「あの男はね、かわいそうな男なんだよ。あの男の事を僕は心配してるんだ」と小倉は答えた。
 「どうして、あの人がかわいそうなの。私ならあんたの方がかわいそうだわ」と女は、しんみりといった。
 「陽気に見えたからって、その人間は何もかもが苦労がないわけじゃないだろう。あれはね、さびしくてたまらないからはしゃいでるんだよ。それにあの男にはね、苦労があるんだ。私もあの男のために一つの苦労を持っておるんだ」と小倉は女が、しいて彼のきげんをとるに及ばないことを暗示しようとした。
 「まあ! あんたは若いおじいさんね。あの人より若いんでしょう。だのに息子《むすこ》の事でも気にするように、あの人のことを気にしてるわ、でも、あなたは、いい人ね」と、だんだんまじめになりながら、女はそれでも、「ひやかすのよ」といった調子を含めていった。
 「どうしたんだ。大変おそいね、便所が」と、小倉は女にきいた。
 「あら!」と女はわざと驚いて見せて、「もうおやすみになったんだわ、あなたまだ厠《かわや》にいらっしゃらない」
 「もう幾時ごろだろう」
 「三時よ、もうじきに。やすみましょうよ。ね」
 「だけど、僕今夜じゅうに船にあの男と一緒に帰らなけれゃならないんだがなあ」小倉は困ったようにいった。
 「なぜ? 私がいやなの。だったら私代わってもいいわ。そんなこといわないでね。後生《ごしょう》だわ」
 女は、小倉が自分をきらって駄々《だだ》をこねるんだと思って、困り切っていた。
 「ねえさん。間違っちゃいけないよ。僕、ねえさんが、きらいでなんかありゃしないんだよ。ただ、船長がね、今夜じゅうに船に帰れといって、帰っちゃったんだよ。それにね、船じゃあ、みんなが、この暴化《しけ》だろう、だから気づかって待ってるだろうと思うんだよ。船長のいうことは、僕はどうでもいいけれど、船にいる僕たちの仲間はね、寝ずにいちゃ気の毒だろう。だから、あの男と二人で夜の明けないうちに帰りたいと思ってるんだけどね」
 「じゃ、あたし、そんなわけならあの人にきいて来て上げますわ。どうなさるかってね。だけど、ずいぶんしけてなくって? あぶないわね」といいながら障子を明けて出たが、それを締める時にちょっと振りかえって、「ちょっと待ってらっしゃいね」といって、三上の方へと行った。
 「無産階級には共通な感情がある」と小倉は思うと、急にセンチメンタルな気持ちになって、その女が帰って来たらいきなり熱いキッスを与えてやろうと思った。
 やがて女は帰って来た。そして、小倉のそばに遠慮がちにすわりながら、
 「ねえ、あの方、三上さんてえの、あなたが小倉さん、ね、小倉さん、三上さんはね、あなたを巻き添えにして済まないけれどね、とても今夜は帰れないんですって、明日《あす》になったって、どうだかわからないんだなんていっててよ。そして、済まないがとにかく明日の朝まで待ってくれるようにっていって、そのまま寝てしまいなすったわ」
 「ああ、いいよ。それじゃ僕も泊まらせてもらおうか。ねえさん。僕はね、ねえさんがきらいでなんぞないんだよ。抱きしめて、キッスしたいくらいだよ。だけど、僕にはね、僕が愛してると同じように僕を愛してる人があるんだよ。だから、僕は一人で寝るから、ねえさんは、帳場の具合が悪かったら、床を二つ敷いて、並んで寝ようね。そして寝物語に、ねえさんのほんとの恋人の話でも聞こうよ」といって、さびしく気の毒そうに小倉は笑った。
 「まあ!」と立って床を延べようとしていた女は、急に小倉の膝《ひざ》の上につっ伏《ぷ》した。そして泣き入るのだった。小倉はびっくりした。
 「どうしたの。一体、え、そんなに帳場に都合が悪けりゃ一緒だって、ちっともかまわないから、泣くのはおよしよ。ね」
 小倉は女を起こそうとした。女は起きなかった。そしてなおも泣き続けるのだった。
 「およし、ね。泣くのはもうおよし。どんな、苦しい事情があるか知らないが、聞かなけりゃわからない。泣くほどの事があるんだったら膝とも談合ってこともあるから、僕にでも話して気が紛れないこともないかもしれない。とても力にゃなれまいけれど、もし役に立つことがあったら、役に立つから、泣いてばかりいないで、話してごらんな。ね、僕明日の朝早く帰らなきゃならないんだからね。また二、三日か四、五日は碇泊《ていはく》してるから、毎日にでも来るから、ね。サア床を敷いておくれ」といって、小倉は女をその膝の上から抱《かか》え起こした。
 「ええ、今、床を敷くわ、ちょっと待っててね、片づけるから」ハンケチで目を押えてさびしそうに彼女はそこらの食べ散らしを片づけ始めた。小倉も彼女に手伝って、七輪《しちりん》などをかたわらへ寄せた。

     二〇

 寝床はそこへ敷かれた。それは一つであった。枕《まくら》も男枕が一つッ切りであった。
 「どうしたんだい、お前さんはなぜ泣いたりしたんだね」と小倉は、そのまま床の中へもぐり込みながら、気の毒そうに聞いた。
 「私はね。この家へ来てから、あんた見たいな人に会ったのは初めてなの。初めの間は、私もあなたを『お客』だと思ってたの」といいながら、彼女は枕もとの火鉢《ひばち》の前へ、生娘《きむすめ》がするように、つつましくすわって、はにかみながら話した。
 「だけど、だんだん話したり、聞いたり、見たりしたりしてるうちに、あなたは船乗り見たいじゃないように思えて来たの。私ね、こう思ったのよ。この人はきっと間違えてここへはいったんだ。そうでしょう。ほんとに牛肉のすきやきだけしか食べられないところだと思って来たのでしょう。そういう人の前へ出ることは私たちには恥だとはあなたは思わないの。相手が野獣であるときだけ、私たちだって野獣にもなれるのよ。私たちは、何でものろってやるわ、何でも、神様や仏様なんぞ、とっくの昔に、のろって、私はそばに寄せ付けないようにしてるわ。だけどもね、私たちの家に、私たちの肉以外のものを、まるで坊っちゃん見たいな、素直な気持ちで求めに来たあなたには、私たちの気持ちはわからないでしょうね。
 私たちはね、あなたのような人を見ることはないのよ。監獄にはいってる女の人が、男の人を見ることよりも、もっともっと、ずっと、私たちがあなた見たいな人を見ることの方が少ないのよ。それはね、男の人は、皆|獣《けだもの》だからなのよ。
 ええ、全く獣なのよ。私はそう断言できてよ。だけどね。それや男の人の罪でもないんだわ。それはね、神様や仏様の罪なんだわ。そうでしょう。ね、自分で人間を作って置いて、自分でこれはいいあれは悪いと決めて置いて、そして、自分の作った人間を、自分の作った罪悪の中へ、まるで陥穽《おとしあな》にでも落とすようにして、はめ込んでしまうのは、それや神仏の責任だわ。だから、私のこわいのは、神仏じゃないの」
 「じゃ何がこわいんだね」小倉は眠くてたまらなかったが、女の珍しい言葉につい興奮さされて起きていたのだった。
 「私寒いから、あなたのそばへはいってもいいでしょう。ね、ただはいるだけなのだから、ね、いいこと」
といいながら、女は帯も解かずに小倉の寝床へはいって来た。そして床のすみに小さく黄金虫《こがねむし》のように固まりながら、
 「私たちはね、ほんとに心から『愛そう』と思う人を見つけることができないのよ。
 私たちが、第一、選《よ》り好みする事がいけないって、あなたも考えて? 私たちだって、何かを見分ける力を持つことが、悪いってことはないでしょうね、よし悪くっても、それはあるものなんだわ、だから私たちは、心から人を愛するということはできないのよ。だけどもね、それは私たちの愛するだけの『価値』のある男が、この世の中にないってことじゃないのよ。そういう人もあるのよ。ええ、そういう人もあるのよ。そしてね、随分|癪《しゃく》にさわることはね、それは全く腹の立つ、癪にさわる生意気なことなのよ。そういう男はね、私たちが、ほんとにしんみりして、その人と愛し合いたいと思うような、そういう人はね、いつでもきっときまり切ってばかなのよ。ばかでのろまで、ぼうっとしてるの。でそういう男はね、私たちが、その男を愛してるってことがわからないのよ。そしてまた、その男は随分ばかね。私たち見たいな女は、男性を愛することは職業的以外にできないとでもいったように、無関心なのよ。全く、ばかにつける薬ってものは昔から、どこにもなかったのね」
 彼女は、まるで夢遊病者か何かのように、天井を向いたっきり、その大きく開いた目を、自分の頭蓋骨《ずがいこつ》の内部でも凝視しているように、じっと据えて、熱に浮かされてるように、早口に、熱心に、そして、一人《ひとり》で小火《ぼや》を消しでもしてるようにあせって、あわてて話した。そのくせ、彼女のからだはそこへ鋲《びょう》でねじつけられでもしたように、動かなかった。
 小倉は、よく話がわかった。そして、自分が、気取り屋でばかであることを、十分にこっぴどくやっつけられていることも知っていた。けれども、それにしても、「何という聡明《そうめい》な女だろう」と、彼はもうすっかり眠けを奪われてしまって、女の言葉の方向の動くがままに、その疲れ切った意識を引きずり回され、血みどろにされるのであった。
 「そしてね、そんなばかげたことは、あるはずがないのだけれどね、私たちも、また、ばかなのよ。なぜだと思って? それはね、私たちはいつでもきまり切ってばかだけに惚《ほ》れるのよ。そのばかはね、いつでもきまり切って、戸惑いした雀《すずめ》のように、間違って飛び込んで来るだけなのよ。ホホホホホ、ね、小倉さん、あなたはご自分が賢くって品行のいい、船のりには珍しい、堅い、善良な、そしても一つあるのよ、人類のためになる人間だと思ってるのね。ね、そうでしょう。そうよ、そうよ、私にはね、あなたが自分で知らないことまでわかるんだわ。だから、まあ聞いてらっしゃい。だけどね、小倉さん。あなたは、それだけじゃ三上さんよりも、まだだめな、役に立たない穀《ごく》つぶしよ! わかって。世の中にはね、この汚れた世の中をすこしもよくしようとしないで、ますます悪く、腐らせて行くためにだけ努力していて、それでいて自分は点の打ちどころのない善良な人間だと思ってる人が沢山あるのよ。帽子をキチンとかぶって、几帳面《きちょうめん》な、ガキガキと歩いて、一銭も人から借り倒さないで、乞食《こじき》には、きっと一銭――一銭より少なくも多くもないことよ――それっぱかしだけやって、女といえば、おかみさんだけしか知らないで、それも、まるで家の雑巾《ぞうきん》と同様に無趣味に乾《かわ》かし上げて、ね、若いうちから、決して女郎買いなどしないで、その代わり、小倉さんは航海学を読んでるでしょう。そして、高等海員の免状を受けようともくろんでるわね。勉強してることね。あんたは。ね、いいの、あんた見たいに、勉強して、そして、階段を上がろうとして骨を折るのよ。だけどね、その階段はね、滅亡への階段ってのよ。わかって。それをうまくのぼっても、その階段自身が滅亡する運命になってるし、それがまたある間は、その階段をささえる土台の方で、無数の人間が失われる滅亡の階段ってのよ。その階段てのが、一切の原《もと》なのよ。ね小倉さん。実は、ありもしない幻の階段のために、実在してる人間が、永劫《えいごう》に苦しむってことはいいことなの。あんたにはわかるはずだわ。あんたは、その階段からまるでその焼けつくような目を放したことがないんだもの。それは、あんたにはわからねばならないんだわ。あんたは、私や、その他ありとあらゆる不幸な、あんた自身も、その不幸者の第一人よ。よくって、その沢山の不幸な人間をもっと、もっとふやすために、あんたは、大骨折りで勉強して、そしてひとかど善人ぶってるのよ。ホホホホホホ、とうとう、私、あんたを、大ばか者にしてしまったわね。ご免なさいね。だけど、それはほんとに、あなたは大ばかなのよ。ホホホホホホ」女は全速力の船の、スクルーシャフトが回転してるようだった。
 「ああ、それはほんとの事だ!」と、小倉は口走った。
 「僕は、社会の、秩序という大きな看板に隠れて、自分の利欲のみを得ようとしていた。それは全くだ」
 「ほうら、白状してしまったわ。あなたはね。高々船長ぐらいになって、三上さん見たいな人をいじめて、ご自分はまた、自動車か何かに乗った耄碌爺《もうろくおやじ》からわけもわからないことをいっていじめられたいの。およしなさい。仰向いて唾《つば》を吐くのはやめるものよ。だけど、あんたが船長になると、今度は、ほんとに純粋な生娘が、あんたに惚《ほ》れてよ。そして、船が着くたんびに、あんたに、ダイヤモンドの指輪を『愛の表象』としてねだることよ、ホホホホホ。それは、あんたに幸福をもたらすわね。私みたいな、ええ、私は淫売《いんばい》よ、それが、どうしたっての、小倉さん、あんたは淫売よりも、一生涯を通じての娼妓《しょうぎ》がお好きな一人《ひとり》でしょうね、ホホホホ。だけど、あんたは、さっき『僕が愛してると同じように僕を愛してる女がある』っていったわね。私、私、私だってだれにも劣らない愛を持ってるんだわ、だけど、私は前科者なのよ。ホホホホホ。世の中の人間は、自分を縛ってる鉄の鎖が、人をも縛ってると思うと、安心して自分の鎖が軽くでもなるんだと見えるわ。それはね、奴隷《どれい》道徳の鎖よ。因襲の鎖ってのよ。だけどね、小倉さん。私には、そんなことはないのよ。
 私そんなこと、夢にも思わないんだけれど、たとえばね、もしか、私があんたを愛したくっても私が淫売ならその資格がないとでも、あんたはいいたいんだわね。いいえ、そうよ、ま、黙ってらっしゃい」彼女は、小倉が何もいおうとしてもいないのに、あわてて彼のいうのをさえぎった。
 「私はあんたに愛させてくれるように、頼む資格もないと思ってるのね。だけどね、小倉さん、私は幻の階段を追うような利己主義者は、私の方でいくら頼まれてもいやなのよ。それは意気地《いくじ》なしの考える生き方なんだもの。それは私たちが、こんな恥ずかしい商売をするよりも、もっともっと恥ずかしい、堕落した、外道《げどう》のやり口よ。
 だけどもね、小倉さん、もしあんたが、そうでなかったら、もしあんたが立派な人間で階段なんぞ認めない人だったら、私は、私は、あんた見たいな人に初めて会ったことを白状してよ。そして、私は、あんたを、世界じゅうで一番強い、弱い者の味方としてなら、私はあんたを愛したいの。だけどもね、何だって私はばかなんだろう。あんたにはいい人があったのね、私、私、私だって、私はね、小倉さん。あんたが高等海員の試験を受けて、船長に立身するように、試験を受けてでも、願ってでもなく、この商売に、むりやりにほうり込まれたんだわ。私のいうことがわかって、ホホホホホホ。私のいうことはね、こんな商売してても、それは私の知ったことじゃないってつもりなのよ。あなたが船乗りをしてるのも、私がこんな汚らわしいことをしてるのも、性質は同じなのよ。そしてね。私の方が、ほんとうは、もっと尊敬してもらわなければならないほど苦痛な部分を引き受けてるのよ。わかって? 人間が生きるためには、どんな苦痛でも忍ぶもんだわ。生きるためには、より早く死ぬ方法までに、飛びつくものよ。
 私なんぞ死ぬまでに、ほんとに自分のしたいと思ったことの、反対のことばかしさせられてとうとう死んじゃうんだ。自分の思う通りになることは一つだってありゃしないんだわ。私はね初めはね、あんたをただのお客と思ったの、そして次には坊っちゃんと思ったの、その次はほんとに物のわかったおとなしい人だと思ったの、そしてね、今ではね、あなたは、そうね、何だろう、何といえばいいだろう、私のおとうさんだわ。私を産んだ、私の知らない、ほんとの私のおとうさんだわ、ホホホホホホ……私おとうさんに……」

     二一

 その夜は全く悪魔につかれた夜であった。人間の神経を鏝《こて》で焼くように重苦しい、悩ましい、魅惑的な夜であった。極度の歓《よろこ》びと、限りなき苦しみとの、どろどろに溶け合ったような一夜であった。
 三上にも、小倉にも、それは回視するに忍びないような、各《おのおの》の思い出を、その夜は焼きつけた。それは永劫《えいごう》にさめることのないほどの夜であるべきであると思われた。それほどその夜は二人《ふたり》にとって大きな夜であった。
 人間の一生のうちに、その人の一切の事情を、一撃の下《もと》に転倒させるような重大な事件があり、社会においては、全社会を聳動《しょうどう》せしめるような大事件がある。そして、それらの事件が必ず夜か昼かに行なわれ、その事件とはまるで関係なしに、夜になったり、朝になったりすることは、個人として、社会として、その事件に当面したものに、ばかげた、不思議な感じをきっと起こさせるものだ。中には「ああ、おれにとって、あれほど重大なことがあったのに、どうだろう、夜が明けた」と思わせるのである。
 三上と、小倉とは、各《おのおの》が、そんなふうな感じをもって、朝の六時に起きた。二人ともはれぼったい目をしていた。
 一夜は明けた。そして、重大なる事件は未解決のままに、夜を持ち越して、明けたのであった。それは、一夜を持ち越したために、事実の形を千倍もの太さにしてしまった。一夜――五時間――伝馬繋留《てんまけいりゅう》――水夫睡眠――何でもないことであった。それは全くきわめて平凡な詰まらないことであった。
 ところが、それの舞台を、社会から、万寿丸にまで縮めると、問題が由々《ゆゆ》しく大きくなるのだった。
 とまれ、小倉は「階段」のことは忘れたにしても、一応は、本船へ帰ってから、万事を解決した方がいいと考えた。ところが、三上は、それはばかなやり方だ、と考えた。そこに、三上と小倉との差違があった。
 二人はその家を出た。そして、海岸を伝馬のある方へ逆に歩きながら、その事件の締めくくりについて考え合った。[#底本では「。」なし]
 「おらあ帰らんよ」と三上は、さっきからいい続けていた。
 「でも帰らなきゃ様子がわからないじゃないか」これは小倉の言い草だった。
 「様子はわからんでもいいよ。あの伝馬をたたき売るか、質に入れるかして、おれたちはどっかへ行った方がいいよ」三上は自分の計画を初めて口に出した。
 「でも、そいつあ困るなあ。僕は海員手帳が預けてあるし行李《こうり》もあるし、そいつあ弱るよ」小倉は全く困るのだった。彼は船長免状を取る試験のために、二度も沈没したりして、それに必要な履歴が実地として取ってあった。それは海員手帳に記入されてあった。
 「だから、さようならって僕がさっきからいうのに、いつまでも君がぐずぐず、ついて来るからよ。君はサンパンを雇って帰れ。そして、三上が伝馬を盗んだとでも、何とでもいって、置けばいいじゃないか。僕はこれを売って、どこかへ行くんだから。行李や、手帳なんぞほしくもないや。早く君は帰れ!」
 三上はクルッと反対の方を向いて、桟橋の方へ歩を返した。小倉も無意識にそれに従った。
 「だって、すこしも君だけが悪いことはないじゃないか、大体船長が無理なんじゃないか、だから、帰ったって何ともないよ。帰った方がいいよ」小倉は、しきりに穏便な方法をとることを三上にすすめた。
 「何でもかんでもいやだよ、おれは。もし帰る気になったら、出帆間ぎわに帰る。それまでおれは隠れてて船の様子を見ることにするよ」
 彼はこういってズンズン歩いて行った。
 小倉は夢でも見続けているように、ボンヤリしながら、三上のあとから無意識に歩いた。
 三上は波止場に来て、昨夜つないだ船の伝馬にヒョイッと飛び乗った。小倉も乗ろうとすると、手を振って「みんなに、出帆間ぎわにこれ――といって伝馬を指さして――で帰るからといっといてくれよ。なあ」といいながら、グーッと波止場を押して、離れてしまった。
 小倉は失心したようにたたずんでいた。
 三上は、その五人前もあるような腕に力をこめて橋の下をくぐって見えなくなってしまった。
 「なるほど、三上は帰れないはずだ。船長を脅《おど》かしたんだもんなあ、それを帰れといって、昨夜《ゆうべ》一晩泊まった、おれは何という白痴だったんだ。三上は、たとい理由があろうがあるまいが、どのみちやッつけられるに決まっていたんだ。三上は、伝馬を質に入れるなんて、やつ一流の計画を立てて行っちゃった。が、それがどんなこっけいなやり方であろうが、やつがのこのこ船へ帰るよりははるかにましなこった。知っていて、陥穽《おとしあな》に首を突っ込むにゃ当たらないもんなあ」小倉は行く先を忘れた田舎者《いなかもの》のように当惑げにそこへ突っ立っていた。彼の役割は、この上もなく奇妙な、こっけいないいようのない不思議なものになって来た。
 「船の伝馬に乗って来て、サンパンをやとって帰る! 一体どうしたんだ。そしてこの責任は、三上と僕とに、あるんだからなあ。どうなるんだ、一体。ままよ! 帰って見れやどうにかなるだろう」
 彼はサンパンをやとって、万寿丸へ行くように頼んだ。
 「万寿はいつはいったんだい」と虱《しらみ》小屋から、はい出した兄弟がきいた。
 「昨夜《ゆうべ》おそくよ」彼は答えた。
 「けさここへ纜《もや》ってあった伝馬は、万寿のじゃなかったかい」と、船頭はきいた。
 「こいつらも知ってら。へ、知ってるはずだ。七時だもんなあ。だが、一体|昨夜《ゆうべ》のことは、ほんとにこのおれが経験したこったろうか、それとも、……全く不思議だったなあ」小倉は昨夜の女のことを考えていた。彼女は賢いそして「純潔」な女だった。

     二二

 小倉は万寿丸へ帰った。当番のコーターマスターは、梯子《はしご》をのぼり切ると、すぐに、小倉を取っつかまえた。
 「どうしたんだい。心配したぜ、昨夜は、流されやしなかったかって。そして伝馬はどうしたんだ、やっぱりやられたのかい」
 船に残った者は、なるほど一切の事情を知らないはずであった。そして、サンパン止《ど》めくらいの荒れた夜中のことだから、伝馬をやられたために、夜帰れなかったんだと、船員たちは勝手に想像して気をもんでいたのだった。「伝馬は、船長を上陸させて置いて帰りに、橋をくぐる時に、打《ぶ》っつけて、こわれた――それほど古くも弱ってもいないんだが――といえば、船員たちには、どうにかこうにか、三上が帰って来ないで、サンパンの船頭がしゃべらない限りわかりはしないんだが、さてそれでは三上はどこへ行ったということになるし、何も隠し立てする必要もないから、すっかりぶちまけた方がいいだろう。それで悪かったら、またその時のことだ」と、小倉はとっさの間に考えた。
 「ナアに、やられやしないんだよ。妙なことになっちまって困ったんだよ」小倉はほんとに、今そのことについて、口を切って「実際これはおれの考えてるように簡単に片のつく問題じゃない、全く困ったことだ」ということを痛切に感じた。
 「どうしたんだ。一体、そして三上は?」
 「三上が伝馬で、けさ帰って来てるはずなんだよ」小倉は、三上が伝馬を売り飛ばすか質に入れるかするといった、その、とても実現できそうもない、彼の計画だけはいうまいと決心した。
 「冗談いっちゃいけない。だれも帰って来やしないぜ」
 「それじゃ、おもてでよく、すっかりその事情をくわしく話そう。ちょっと困ったことが起こったんだ。船長と三上とがけんかしたんだ。それを、今おもてで話そう。皆いるかなあ」小倉はこういいながら、もうおもてへのタラップを降りて、駆けて行った。
 おもてでは、ボースンから、大工、水夫たち、全部が、いつでも入港のできるように、準備を整えて、船長の帰るのを待っていた。それよりももっと、三上と小倉との消息について待ち切っていた。
 「どうも済まなかった。ただいま」と叫びながら小倉はそこへ駆け込んで来た。
 「どうしたい三上は」
 「さては女郎買いをしやがったな」
 「伝馬で帰ったのかい」
 「うまくやってやがらあ」
 各人が考え、想像していたことの最初の言葉が、彼のまわりに、桟橋から船に落ちる石炭のように轟然《ごうぜん》と、同時に飛びかかった。
 小倉は、かいつまんで昨夜の困難な航海から、船長の態度から、三上の行為から、宿屋へ――曖昧屋[#「曖昧屋」は底本では「瞹昧屋」と誤記]《あいまいや》とはいわなかった――泊まって、凍りついた服をかわかして、けさまでかわくのを待っていたこと、三上は、黙って、宿を先へ出て、宿の者へは一足先へ船の伝馬で帰るからといい置いて行ったこと。あわてて飛んで出て、波止場へ来たときには、もう三上は影も見えなかったこと。船長はどんな措置をとるか、打っちゃってはとても置かないだろうということなどを、簡単に、しかし要領を摘まんで話した。
 セーラーたちは黙って聞いていた。そうして、三上が一足先へ出て、まだ帰って来ないということを、小倉ほどに心配しないのみならず、むしろそれをひどく痛快がった。
 「いっそ本船へ乗って逃げたらおもしろかったな」などと茶化しさえした。一向だれもその事に対して「こうしたらいいだろう」という意見を持ち出す者はなかった。だれもが、その単調でない、奇抜な話を聞いて、その話と、事件とに満足してしまった。
 小倉はここでもまた彼が事柄をあまり簡単に見過ごしていたこと、今では彼|一人《ひとり》だけが、当の責任者に転化したことを痛感した。
 小倉は、非常に善良ではあるが、意志の弱い、そしていわゆる冷静な、分別のある若者だった。それで従っていつでも「事なかれ主義」であった。その逃避的な彼が、旋風的事件の中心に巻き込まれたのだから、たまらなかった。彼は何をどうしていいか、自分自身が何であるか、一体全体どうしたらいいんだか、さっぱり一切がわからなかった。
 だれもがそれまで打ち明けてもいないのに、いつでも、その人間の最も重大な秘密なことになって、自分の手で収まりがつきかねそうになると、だれもが、決して普段それほど親密でもないように見える、藤原へ、相談を持ちかけるのがきまり切った例になっていた。小倉も、この例によって、藤原へ意見を求めようと決心した。
 藤原は、今まで自分が中心になっていた、その話から、避けて、一方のすみで、黙ってその事件の話を聞いていた。そして、煙草《たばこ》を「尻《しり》からヤニの出る」ほどに、やけにふかしているのだった。
 「藤原君。君はどうしたらいいと思うかい」と、小倉は藤原と向かい合って腰をおろしながらきいた。
 「よくはまだわからないけれど、僕の知ってる範囲では、君にも、三上君にも何らの責任はないと思うよ」と彼は答えた。
 「そうだろうか、だけど、三上は十円無理じい見たいにして借りたもんなあ。それに、昨夜《ゆうべ》は帰らないで、今日《きょう》は伝馬をどっかへ持ってっちゃったしね。僕は今、一切が僕に責任がかかって来やしないかと思って心配してるんだよ、そら僕には責任があるんだけどね。どうしたらいいだろうか、船長が帰ったら、すぐにあやまりに行ったらどうだろう、ね」
 小倉は途方に暮れていた。彼はその事柄が帳消しになるためなら、今から裸になって、海へ飛び込めといわれれば、そうすることの方をはるかに喜んで、かつ安心したであろう。彼は「これほどの問題が、まだ片づかない」という、宙ぶらりんの状態であることを極度に恐れた。彼は、この問題が、「いつかは現われるが、まだいつかそれはわからない」ような状態で、一、二か月も続くとすれば、彼は自分と三上との二つの行為をくるめて、道徳的にも、法律的にも――もしありとすれば――物質的にも、一切合切を自分で責任を背負った方がどのくらい楽だったかしれなかった。
 「おれはもう、これが三年越し引き続いた事柄のように考えられる」小倉は、ヒステリーの女のように伝馬の事以外から頭を持ち出すことができなかった。
 「船長にあやまりに行く? それもいいだろう。だが、お前、何を一体あやまるつもりなんだい。雇い入れもしないボーイ長の負傷を打っちゃらかしといて、自分だけは、夜中に上陸したことをかい。難破船のそばをスレスレに涼しい顔をして通過したことをかい。あやまる理由と、事柄とがあるなら進んであやまるがいいさ。だがあやまることのない時にあやまるのは、自分の正しさを誇示することになるか、または、単なるオベッカに止《とど》まるよ。そんなに君あわてることはないだろう。事の起こりから、終わりまで、冷静に考えて見たまえ。勝敗は別として、理由の正邪はどっちにあるか、すぐわかることじゃないか。港務の許可なしに夜陰に乗じてコッソリ上陸したり、検疫前に上陸したりすることは、よし、どんな凪《なぎ》の晩の宵の中であっても悪いことに相違はないだろう。だから順序として、その点からまずあやまるべきだろうよ」
 藤原は、まるっ切りおれとは違った見方をしてる。だが、あれも一つの見方だ。随分乱暴な見方だが真実の見方だ。どうだろう。ほんとうに、ほんとうのことをやってもかまわないだろうか。と、小倉はまだ考えを決め得ずにいるのだった。
 「藤原のいうことは、昨夜《ゆうべ》の女のいったところと、どこか似てるところがあるぞ」と、小倉は、この時フト思った。「あの女は宝玉だ! だが、今はそれどころじゃない、だが、あの女がおれのことを『三上さんよりも穀つぶしよ、あんたは』といったっけなあ、だがそれや全くだった。おれはどうだ、自分のことさえ自分で考えがまるっきりつかないじゃないか、三上は一人で立派にやって行った。おれには、おれの頭にそむいて、尻尾《しっぽ》を振るブルジョア的の取引気分があるんだ。それが、すっかり、おれを台なしにするんだ、おれはなぜ藤原君のいうように、頭の命ずる通りに動かないのだろう。ああ、やっぱりおれはなめくじなんだ! おれは、労働者階級の悲惨を、決断と勇気と犠牲のないことに帰しているが、就中《なかんずく》、このおれがその中の最なるものだ。労働者階級を裏切る唯一の卑怯者《ひきょうもの》の典型を、おれはおれ自身の中に見いだした。おれは、思想として全体を憤慨する前に、おれ自身の恥さらしな、憶病者の、事大主義者の、裏切り者の、利己主義者の、資本主義の番頭のおれを、まず血祭りに上げねばならぬ。おれは、おれの村を、ブルジョアの番頭になれば、救えるという謬見《びゅうけん》を捨て去るべきだ。おれの救わなければならないのは、おれの村だけじゃなくて、この地上の一切だ」
 小倉は元気よく、まるで今にも、ブルジョアに出っくわしさえすれば飛びつきそうに、こう考えたが、それは彼には絶対に不可能な事であった。彼は、依然事大主義者だった。一切が腐ってしまっても、円《まる》くさえあればそれで、「安心」なのだった。
 小倉はその性格が煮え切らないところから、この事件の進展に対し、何らの役目を勤めることのできない一の木偶《でく》の坊《ぼう》に過ぎなかった。
 三上が船長に与えた、侮辱は、下級船員全体への復讐《ふくしゅう》の形を船長によって取られた。
 そして、この事が、ここに述べるところの、同盟|罷業《ひぎょう》を惹起《じゃっき》した。ブルジョアの番頭対、プロレタリア! 船では、ブルジョアは決して傭《やと》い主《ぬし》としてのその姿を労働者の前へ現わさなかった。

     二三

 三上は、伝馬を押して、一度|神奈川《かながわ》沖まで出たが、また引きかえして、堀川《ほりかわ》へはいった。彼は神奈川沖へ出た時に、伝馬にペンキで書かれてあった万寿丸を、シーナイフで削り取ってしまった。
 彼は、翁町《おきなまち》の、彼が泊まりつけのボーレンの、サンパンのつながれる場所へ、その伝馬をつないだ。そして、小林という、そのボーレンへ、のこのこ上がって行った。
 ボーレンのおやじは、笊《ざる》のような彼の唯一の財産なるサンパンに、チャンス取りに泊まってる宿料なしの水夫を船頭にして、沖へとチャンスを取りに出かけた留守であった。
 おばさんはいた。下手《へた》な田舎芝居《いなかしばい》の女形《おやま》を思わせる色の黒い、やせたヒョロヒョロの、南瓜《とうなす》のしなびた花のような、女郎上がりのおばさんだった。一口にいえば「サンマ」のおばさんだった。このおばさんはいた。
 このおばさんはおやじのおかみさんではなかった。おやじの世話で船に乗って、今外国船に乗って、ここ四年ほど前ハンブルグから、近いうちに帰るという手紙と、金二百円とを送ってよこした水夫の、おかみさんだった。
 そのおかみさんが、今帰るか、今帰るかと待ってるうちに、二百円と一年とが消えてなくなってしまった。そこで、三年ばかり前から、やもめの、ここのおやじのところへ、飯たきに来て、亭主の帰るのを「網を張って」待ってるのであった。
 「まあ、三上さんだったわね。どうしたの、いついらしったの?」
 三上が、のっそりはいったのを見たおばさんは、長火鉢《ながひばち》の前に吸いかけの長煙管《ながぎせる》を置いて、くるりと入り口の方を振りかえって、そういった。
 「おやじはチャンス取りか」三上はブッキラ棒にきいた。
 「ええ、相変わらず、急いでるの? それともゆっくりできて?」とおばさんはきいた。
 「急がねえよ、上がらしてもらおう」といって、彼はもうそこへ上がってるんだったが、長火鉢の前の座ぶとんの上へ「上がらしてもらって」おばさんの長煙管で、スパスパと煙草《たばこ》を吸い始めた。
 「随分ごぶさたね、三上さん。あっちにはこんなにごぶさたしやしないでしょうね。おこられるからね」
 「真金町《まがねちょう》? 毎航海さ、おやじはおそくなるだろうね。今幾人いる」
 「十一人、暮れに迫って、口はないし、はいるところはないし、おやじさん、困っててよ」と指で丸をこしらえて見せた。十一人の船員たちが今休んでいるのであった。
 「おばさんのご亭、まだ帰らないかい?」三上はきいた。
 「帰らないよ、まだ。向こうで髪の毛の赤い、青い目の女房でも持ってるだろうよ」
 「そのつもりで浮気をしてると、えらいことになるぜ。ハッハハハハ」
 「相手さえあればね。ホホホホホ」
 「僕は下船したんだから、当分また厄介になるよ。頼むよ、いいかい。チョッと出かけて来るから、おやじが帰ったらそういっといとおくれよ」三上が靴《くつ》をはいてると、
 「そして荷物は? 小屋? おやじさんこのごろ工面がよくないんだから、十でも十五でも入れないと、だめだよ。わかってるね」と、おばさんは、だめを押した。前金を十円か十五円は入れなけりゃ、とても置かないというのであった。
 「大丈夫だよ。そんなこたあ、いうだけ野暮《やぼ》さ。ヘッヘッヘヘヘヘ」三上は表へ出て行った。
 彼は近所の質屋へ行った。それは彼の常取引の質店であった。
 「いらっしゃい、しばらくで、お品物は?」主人はきいた。
 「実はね。品物はここまで持って来られないんだが、二日だけ、伝馬《てんま》で金を借りたいんだがね。ボースンが、融通してもらったところへ、現金を返すんだが、それが今足りないんだ。船は今ドックにはいってる××丸だから、伝馬を泛《うか》してあるんだ。それで、二日ばかり借りたいというんだがね。利息はいくら高くてもかまわないってんだ。どうだろう。見に行ってもらえんかね。そこにつないであるんだが」三上は、これを昨夜伝馬に乗る前から計画していたのであった。そして彼は、その計画を完全に信頼していたのであった。
 「伝馬じゃちょっと困りますね。蔵《くら》にはいりませんからね。それに船の伝馬じゃなおさら、何とも仕方がありませんね。どうぞ、それはまあ、何かまた別な品ででもございましたら」主人は一も二もなく断わってしまった。
 三上は、驚いた。彼は驚いたのである。彼は、まだ今度の事ほど綿密に、長い間かかって、企てたことはなかった。それは室蘭《むろらん》に碇泊《ていはく》しているころからの計画であった。その計画は、サンパンを占領するという点までは、彼の計画どおりに進行したのである。であるのに、最後の点に至って、これほど何でもない問題が拒まれるという、その事が彼を驚かした。「だが、この家は伝馬を扱うのになれていないと見える」と、すぐ、彼は思いかえした。
 「さよなら」彼はそこを飛び出した。そして今までより少し彼はあわてて歩いた。彼は歩きながら、これほどの船つき場でありながら、一軒もサンパン屋が店を出していないことを不便がった。「靴でさえ中古の夜店を出してるのに――」彼は全く残念であった。
 彼はその日一日、ありとあらゆる質屋で断わられ、貸舟屋で断わられ、全くみじめな気持ちになってしまった。
 「伝馬は売れねえや、急にはだめだな、だが、おやじになら売れるだろう」小突きまわされた犬のように、身も心もヘトヘトになりながら、彼はボーレンのおやじを目標に持って来た。彼には絶望がなかった。
 彼は夜十一時ごろ、ボーレンの表戸をあけた。
 おやじは起きていた。そして、彼が上がって行くのをじろりとながめた。三上は、長火鉢の前へ、すわって、煙草に火をつけた。そこは六畳の間であった。すみの方には、船員が二人《ふたり》寝ていた。
 おやじはしばらく黙って、これも煙草を吸っていた。
 「おやじさん。おらあ今日下船したぜ。また、しばらく頼むよ」三上は切り出した。
 「下船した。で、また船に乗る気なのかい」おやじは妙なふうに返事をした。
 船乗りが、下船してボーレンに休めば、次の船に乗るまでの間、そこに休んでその間に、口をさがすのが、その唯一の道であった。
 「ああ、万寿丸にゃもうあきたからなあ、今度はほんとうの遠洋航路だ」どうも、だが、おやじめ様子が怪しいぞ、今日万寿に行ったんじゃないかな、と思ったが、できるまで空っとぼけた方がいいと思いついた。
 「そうか、遠洋航路もいいだろう。だが、遠洋航路は履歴が美しくないといけないな。おまえの手帳をちょっと見せな、預かっとこう」
 手練の手裏剣見事に三上の胸元を刺した。
 「あ! 船員手帳!」と驚いて三上は膝《ひざ》をたたいた。「船に忘れて来たぞ」
 「冗談いっちゃいけない。三上、おれは今日万寿で、すっかり様子を聞いて来たんだぞ。いい加減にしろ、伝馬まで乗り逃げやりやがって。どうしたい伝馬なんか」
 「ええ! こうなりゃ癪《しゃく》だ、いっちまえ、畜生! 伝馬はつないであるよ」
 「どこにあるんだい」
 「おやじのサンパンのつないであるところさ」
 「何だってあんな邪魔っけなものを、のろのろと漕《こ》いで来たんだい」
 「売り飛ばすつもりなんだ!」
 「買い手はあるつもりかい」
 「売り物だったら買い手もあろうじゃないか」
 おやじは、もう三上と「まじめ」な話をすることは「やめた」と決めた。が、それにしても、こんな野郎に「踏み止《とど》まれちゃ」商売が上がってしまうのだった。
 「お前もう横浜じゃとてもだめだから、神戸《こうべ》へでも行って見たらどうだね、そのサンパンに乗ってさ。え」
 「おらあ、万寿が帰って来るまで待ってるよ。浜で。船員手帳はおれのもんだからなあ」
 「万寿の船長は、お前を監獄にほうり込んでやるといってたそうだぜ」
 「船長が、しかしそうはしないだろうよ。おれが監獄へほうり込まれる前に、やつが海ん中へたたっ込まれるだろうよ」
 「お前は、船長を、おどかしたってえじゃないか、『海ん中へたたっ込むぞっ』て。どえらいことをやったもんだなあ、だが、おもてはみな大喜びだったぜ。『何だったって三上はえらい、やる時になりゃあのくらいやるやつあない』ってさ。だが、少し気をつけないといけないぜ、しばらくお前は横浜を離れてた方がいいんだがなあ。どうだい神戸か長崎へでも行って見ちゃ」
 「おやじが海員手帳を取ってくれるかい?」
 「それや取ってやってもいいが、渡さねえだろう。おれんとこに、あれよりもよっぽどいい履歴のがあるから、それを持って行けよ」
 三上は、別人の手帳を持って、別人になって、神戸へ行った。伝馬は、ボーレンのおやじが預かって、万寿が入港したら返すことにした。
 海員の雇い入れは、その手続きが全く面倒であった。きわめて、厳格なる手続きの下《もと》に、きわめて厳格に取り締まられて、そして、彼らほど搾取される労働者は、多く他に例を見ないのであった。たとえば、三上は五年間汽船に乗っていて、ようやく月給十八円になったばかりであった。話にならないのだ。全く!
 しかも、それに対して、命はおおっぴらに投げ出してあるのだ!

     二四

 北海道万寿炭坑行きのボイラー三本を、万寿丸は、横浜から、室蘭への航海に、そのガラン洞《どう》の腹の中に吸い込んだ。それははなはだ手間の取れる厄介な積み込みであった。だが横浜には、そんな種類の荷役《にやく》になれた仲仕《なかし》は沢山あった。従って、水夫たちも安心して、その作業を手伝った。それに、チーフメーツもそれらのことを知っているから、それほど興奮もしなかった。
 珍しい荷物であったので、退屈を紛らし、単調を破って、その積み込みの終えた時は、何だか、愉快なことでもなし遂げたように、水夫らは感じたくらいであった。
 横浜から、室蘭へは、万寿丸は、その船体が室蘭から横浜への時の三倍の大きさに見えた。というのは、荷がないから、まるでその赤い腹のほとんど全部をむき出して、スクルーで浪《なみ》をけっ飛ばしながら游《およ》いで行くのであった。従ってデッキから水面までの距離が、うんと遠くなった。おもての海水ポンプは、まるで空気ポンプのように、シューシューいうばかりになってしまうのだった。
 こうなると、便所|掃除人《そうじにん》、波田は実に、その作業を百倍の困難さにされてしまうのであった。彼は一々ともまで、淡水ポンプをくみに行くか――それは見つかると大変やかましかったから、その方法はあまり取れなかった――または、石油|罐《かん》にロープを結びつけて、海からつり上げるのであった。これは全くいやなことだった。わずか石油罐一杯の水が、それほど重く、それほどいつまでも途中で、ぐずぐずしていなくてもよさそうなものだと思われるのだった。これをつり上げるのが億劫《おっくう》さに、夕方一度便所に水を通すことを怠けると、パイプに一杯の糞《ふん》が凍りついてしまうのだった。それが凍りついた日には、波田は字義どおりに「糞をつかむ」――船では詰まらない目に合うことを糞をつかむというのであった。
 パイプ――直径一尺ぐらいの鉄管は――下水だめが、そのまま凍ったような形において凍るのであった。それが凍った際は、波田は、何よりもまず機関場へおりて行って熱湯をもらって来るのであった。機関場から、おもてまでの距離の遠さよ――、第一、罐場までの上《のぼ》り下《くだ》りが、大変であった。ことに、熱湯の一杯はいった石油罐をブラ下げて、それを一滴も漏らさないように、もらすと下で火夫がやけどするのだ。そのすべる鉄の油だらけの梯子《はしご》をのぼらなければならなかった。これは周到な注意と、万全の用意とでなされた。彼は、それだけの作業、バケツを持っておりて、すべらぬようにもらさぬように、のぼって来る、それだけの作業を、夏の土用よりも熱い思いで汗をたらし、罐場を一足出るとすぐに、凍った便所の作業に移らねばならなかった。
 彼は熱湯と竹の棒とで、化学的及び物理的の作用を応用して、頑固《がんこ》に凍りついた兄弟たちのきたない物を排除する。
 彼は熱湯を打《ぶ》っかける前に、竹箒《たけぼうき》の柄をもって、猛烈に物理的操作を試みた。――物理的操作とはセコンドメートの口吻《こうふん》を借りたのである――そして、糞の分子と分子とがやや空隙《くうげき》を生ずる時において熱湯を――この時決して物惜しみしてチビチビあけてはならない、思い切って――どっと一時に打《ぶ》ちあけるのである。
 と、たちまちにして、はなはだしい臭気が、発煙硝酸の蓋《ふた》でもあけたように、水蒸気と共に立ちのぼる。そしてこの水蒸気が発煙硝酸と同じく、その煙までも黄色であるように感じられる。そして、この濛々《もうもう》たる蒸気と臭気とに伍《ご》して、ドーッと音がすれば、それは、汚物が流れ出した証拠である。もし不幸にして音が伴わなかった場合は、波田はそれと同じことを、幾度か繰りかえさなければならない。
 波田は、その熱湯を汚物の壺《つぼ》の中へ注ぐやいなや、彼は棒もバケツもそこへ打ち捨てて置いて、サイドから、汚物の飛び出すスカッパーの活動の状態をながめに行く。
 それはきたない仕事であった。そしていやな、困難な仕事であった。それはちょうどわれらが便所へかがむのと同様不愉快なことであった。それはまた、勢いよく、一切が飛び出すことは、われわれが便所へかがんだ時と同様、腹の中がきれいになることを意味し、かつ快いことであった。
 波田はスカッパーから、太平洋の波濤《はとう》を目がけて、飛び散って行く、汚物の滝をながめては、誠に、これは便所掃除人以外にだれも、味わえない痛快事であると思うのであった。
 「これでおれも気持ちがいいし、だれもがまた気持ちがいいわい」波田は、その着物を洗って乾《ほ》すために、罐場へ行った。
 そして彼は、その汚《よご》れた着物を洗う間に、「もし神があるなら、糞壺《ふんつぼ》にこそあるべきだ」と思った。
 「なぜならば、もし神や仏があるとしたならば、彼らが愛するところの人間が豚小屋に住み、あるいは寺院の床下に、神社の縁下に住む時に、どうして、自分だけが、そのだだっ広い場所を独占することができ得よう? もしそうしている神仏でもあるならば、それは岩見重太郎によって退治されねばならない神仏であって、決して真物《ほんもの》ではないのだ。今は、神仏よりも一段下であるべき人間でさえ、『万人がパンを得るまではだれもが菓子を持ってはならぬ』といっているではないか、神はまさに糞壺にこそあるべきだ!」
 波田によると神は恐ろしく、きたないところにもぐる必要があった。
 「おれは便所に神を見た。それ以外で見たことがない」と波田は、いつ、どこででも主張するのであった。
 「で、その神様は、おれのによく似た菜っ葉服を着て、おれより先にいつでも便所を掃除してる! それは労働者だった。賃銀をもらわない労働者の形をしていた!」と。
 「で、もし、神様が、労働者でもなく、便所にもいなかったら、おれは、とても上陸して寺院や社祠《しゃし》などへ、のそのそさがしになんぞ出かけてはいられないんだ。人間から現実のパンを奪って精神的な食べられもしない腹もふくれない、パンなんぞやるといってごまかすのは神じゃないんだ。それやブルジョアか、その親類だ」
 これが波田の宗教観であった。
 「その神様が賃銀を月八円ずつさえ得てれば、そのまま波田君なんだがなあ。惜しいことには、たった一つ違うんで困ったね」藤原はそういって笑ったものだ。
 船には、宗教を信ずるものは一人《ひとり》もいないといってよかった。ボースン、大工、この二人《ふたり》だけが、暴化時《しけどき》だけ寝台の下のひきだしの中から、金刀比羅大明神《こんぴらだいみょうじん》を引っぱり出して、利用した。彼らはもし、それらがいくらかでも役に立つなら、利用しなけれや「損だ」と習慣的に考えたのであった。
 板子《いたご》一枚下は地獄《じごく》である。超人間的な「神か仏」のような「物」にたよりたい気は、人には、特に船員などにはあり得たのであるが、しかも彼らはあまりにばかばかしい、それらのものを信じる気にはならなかった。宗教は今では全くくだらないものであるか、または、その正体をごまかすための神学や経典で、あいまいに詭弁的《きべんてき》に職業化されていた。宗教は今や高利貸や、マーダラーの手先になったり弁護人になったりすることによってのみその生命をかろうじて保っているにすぎなかった。
 話は飛んでもない傍路《わきみち》へそれたものだ。

     二五

 万寿丸は、室蘭の荷役を早く済まして、碇泊《ていはく》中そこで船のマストや何かをすっかり塗って、横浜へ帰って正月をする予定であった。そしてその予定は、一切のプログラムを最大速力でやって、順当に行けば、かろうじて大晦日《おおみそか》の晩横浜へ着くのであった。
 そんなわけであったから、わが、団扇《うちわ》のような万寿丸は、豚のようなからだを汗だくで、その全速力九ノットを出していた。そしてこの大速力のために、船体はパシフィックラインのエムロシアが、全速を出した時のような、自震動をブルブルと感じながら飛んで行くのであった。なぜ、たった九ノットの速力でゆれるかといえば、わが万寿丸は、なるべく多く石炭を頬《ほお》ばるべく、デッキから、ボットムまで、どちらを向いてもガラン洞《どう》で、支柱がないためなのだった。それはフットボールの内部のようなものだった。
 冬期の北海道は霧がはなはだしかった。汽船で鳴らす霧笛、燈台で鳴らす号砲のような霧信号。海へころがり込んだフットボールのような万寿丸は、霧のために、目隠しをされたものであるから、九マイルの速力をどうしても、もっと下げなければならないはずであった。けれどもそれは、正月のことを考える時に、船長はこれから上速力を下げるわけには行かなかった。その代わり彼はむやみやたらに霧笛を鳴らした。
 それは何かの事変の前兆を知らせるという、犬の遠ぼえに似ていた。それを聞くものに、きっと不安な予感に似たものを吹き込まねば置かぬ音色であった。同じ汽笛でも、出帆の汽笛は寂しく、入港の汽笛は、元気よく勝ち誇ったように聞こえるものだ。霧笛の場合は同じ汽笛でも、不吉な、落ちつかない、何だかソワソワした気持ちに人を引き込んだ。自らその糸をひいている船長自身が、その音色に追っかけられるようにあとからあとからと、糸をひいた。霧笛は、ますます深く、人から景色《けしき》を奪う霧のように、その心から光と落ち着きとを奪うのであった。
 精密なる海図と羅針盤《らしんばん》とがあるとはいえ、またそれが、めだかが湖に泳ぐような比例で海が広いとはいえ、とまれ先が見えないということは、安心のならないことであった。ことに水夫らにとっては、まるで盲人が杖《つえ》をかついで、文字どおり盲滅法に走っているように思われるのであった。
 西沢と波田とは、ブリッジに上がって、小倉の舵取《かじと》りを見学していた。
 自動車の運転手がそのハンドルを絶えず、回しているように、汽船の舵機《だき》も、前のコンパスとにらめっくらをしながら、絶えず、回され調節されていた。
 一時間九ノットの速力も、この船全体をその権力の下に支配する、船長の心理に及ぼす影響は、このブリッジにのぼって、一望ただ海波であり、一船これわが配下である時に、決してのろい速力ではなかった。団扇《うちわ》のようなこの小さな船も彼にとっては偉大であった。ことにかく霧の濃くかけた時は、船長は、二千トンのこの船を、二万トンに拡大して見ることもできた。なぜかなれば、船全体が霧のために、漠然《ばくぜん》たる輪郭をもってぼかされ、それを想像をもって拡大するからであった。
 暗がり中で、だれも見ていないと知ると、急に二歩ばかり威張って、警察署長のような格好に歩いて見ることが、大抵だれにもあるように、万寿丸は、巨船のごとくに気取って航行しているように見えた。
 が、それにしても不思議であった。室蘭港口に栓《せん》をしている大黒島は、もうそこに来ていなければならないはずの時間であり、コンパスであり、海図であった。にもかかわらず事実は、大黒島の燈台も霧信号音も、見えも聞こえもしないのであった。
 わが万寿丸は九ノットのフルスピードをもって、船長自身ブリッジに立って、小倉の舵《かじ》を命令していた。
 波田と、西沢とは各《おのおの》熱心にいかにして汽船の舵を取り、その方向を保って行くか、ということをながめ、心で研究していた。
 彼らは、何も見えない濃霧の中を、コンパスと海図とだけで、夢中になって飛んで行く船が不思議でたまらなかった。
 万寿丸は、その哀れな犬の遠ぼえを、絶えず吹き鳴らしながら、かくして進んで行った。
 霧の上に、夜の闇《やみ》が、その墨をまき始めた。一切のものが今にも失明しようとする者の、最後の視力のようにボンヤリしてしまった。
 と、突然、ブリッジに立ってる者は船長から、波田に至るまで急に飛び上がった。おそろしい速力を持った巨大な軍艦が、その主砲を打《ぶ》っ放して、その轟音《ごうおん》と共に、この哀れな万寿丸の舳《へさき》を目がけて、突進して来たのであった。それは全くとっさの場合であった。
 「ハールポール」と船長は、舵機《だき》をあやつっている小倉の前へ来て、飛び上がりざま叫んだ。その声は絶望的にブリッジに響きわたった。
 機関室への信号機は「フルスピードゴースターン」全速後退を命令して、チンチンチンチンとけたたましく鳴りわたった。
 船長初め、小倉らブリッジにあるすべては「打《ぶ》っつけた」と覚悟していた。
 波田に西沢は、何だかまるでわけがわからなかった。
 これらは息をつく間もない瞬間に一切が行なわれた。そして、本船はグッと回った。波田も西沢も、船長までもが、そのなれにかかわらずよろめいたほど急速に。そして、今にも衝突しそうに思えた、山のような怪物、(それは軍艦だと波田と西沢は思っていた)は全速力をもって、まるで風のように左舷《さげん》の方へ消え去った。と、その怪物からは続けざまにドンドンドンと轟然《ごうぜん》たる砲声が放たれた。
 哀れなる小犬のような、わが万寿丸は、今は立ちすくんでしまった。いわば、腰を抜かしたのである。むやみに非常汽笛を鳴らし、救いを求め、そこへ錨《いかり》をほうり込んだ。
 今、それほど万寿丸を驚かした、軍艦のように速力の速い怪物は、百年一日のごとく動かない大黒島であり、大砲は霧信号であった。
 わが万寿丸はその二十|間《けん》手前まで九ノットの速力で、大黒様のお尻《しり》の辺をねらってまっしぐらに突進して来たのだった。
 あぶなかった。錨がはいると、皆は、期せずしてホッとした。
 大黒島の燈台では、乱暴にも自分を目がけて勇敢に突進して来る船を認めたので、危険信号を乱発したのだった。幸いにして、この無法者は、間ぎわになってその乱暴を思い止《とど》まった。
 万寿丸は「動いてはあぶない」とばかりに、立ちすくんだ盲人のように、そこに投錨《とうびょう》して一夜を明かすことになった。
 奇妙きてれつなる一夜であった。船も高級船員もソワソワしていた。おもてのものだけは、一夜を楽に寝ることができた。

     二六

 翌朝万寿丸は、雪に照り映《は》えた、透徹した四囲の下《もと》に、自分の所在を発見した。それはすこぶる危険なところへ、彼女は首を突っ込んでいた。
 船員たちは、自分の目の前に、手の届きそうなところに、大黒島の雪におおわれた、[#「、」は底本では「。」と誤記]鷲《わし》の爪《つめ》のような岩石に向き合っており、左手に一体に海を黒く、魔物の目のように染める暗礁《あんしょう》を見いだした。
 彼女は、その醜体を見られるのが恥ずかしそうに、抜き足さし足で早朝、何食わぬ顔をして、室蘭港へはいった。
 すぐに石炭積み込み用の高架桟橋へ横付けになるべきであったが、ボイラーの荷役の済むまでは沖がかりになるので、室蘭湾のほとんどまん中へ、今抜いたばかりの錨を何食わぬ顔をして投げた。
 万寿丸が属する北海炭山会社のランチは、すぐに勢いよくやって来た。
 とも、おもてのサンパンも、赤|毛布《げっと》で作られた厚司《あつし》を着た、囚人のような船頭さんによって、漕《こ》ぎつけられた。沖売ろうの娘も逸早《いちはや》く上がって来た。
 水夫たちは、ボイラー揚陸の準備前に、朝食をするために、おもてへ帰って来た。
 食卓には飯とみそ汁と沢庵《たくあん》とが準備されてある。一方の腰かけのすみには、沖売ろう――船へ菓子や日用品を売り込みに来る小売り商人――の娘が、果物《くだもの》や駄菓子《だがし》などのはいった箱を積み上げて、いつ開こうかと待っているのであった。
 船員は、どんな酒好きな男でも、同時に菓子好きであった。それは、監獄の囚人が、昼食の代わりに食べるアンパンを持って通る看守を見て、看守はアンパンが食べられるだけ、この世の中で一番幸福な人間だと思うのと同じであった。監獄と、船中においては、甘いものは、ダイアモンドよりも貴《とうと》かった。
 波田は、その全収入をあげて、沖売ろうに奉公していた。彼は、船員としての因襲的な悪徳にはしみない性格であったが、「菓子で身を持ちくずす」のであった。彼はきわめて貧乏――月八円――であった。それだのに、彼は金つばを三十ぐらいは、どうしても食べないではいられないのであった。しかし、財政の方がそれほど食べることを許さないのであった。彼は沖売ろうがいっそのこと来ねばいいにと、いつも思うのであった。そのくせ沖売ろうの来ない日は、彼は元気がないのであった。全く彼は「甘いものに身を持ちくずす」のであった。
 この場合においても彼は、ソーッと、自分の棚《たな》から、状袋を出して、その中に五十銭玉が一つ光っていることを見ると、非常な誘惑を菓子箱に感じた。
 「どうしてもおれは仕事着と、靴《くつ》が一足いるんだがなあ」と考えはした。彼は、その全収入を菓子屋に奉公するために、仕事着は、二着っきり、靴はなく、どんな寒い時もゴム裏|足袋《たび》の、バリバリ凍ったのをはいていた。そして、ボースンの、ゴム長靴のペケを利用して、その脛《すね》の部分だけを、ゲートル流にはいていたのであった。も一つ、彼が菓子以外にいかに金を出さないか――出せないかということを知るには、彼の頭を見ればよかった。まるでそれは「はたき」のように延びて汚《よご》れ切っていた。ボースンはそれを気にして、彼は、特に、一円を理髪代として貸した――菓子屋の来た時に彼は月二割の利子をむさぼるところのボースンの金を、一円借りたのである。ボースンも彼には菓子代は決して貸さなかったが、波田は理髪代といった――彼はそれで、一度に金つばを食ってしまった。
 彼は、神様を便所から見つけたが、菓子箱には貧乏神がいるとこぼしていた。「しかし、正月になれば、それも何とかなるだろうさ、くよくよしたもんでもないや」
 彼は自分に言い訳をしながら、沖売ろうのねえさんの所有に属する、菓子箱へと近づいた。
 「どうだね、うまい菓子があるかね」
 「みんな、うまいかすだわね」菓子屋のねえさんは、東北弁まる出しで答えた。
 波田は、うまそうな菓子を一種ずつ取って食べた。そして、そのたんびに計算を腹のなかで忘れなかった。金つばが食いたかったが、これは沖売ろうは持って来なかった。
 室蘭では、東洋軒という、室蘭一の菓子屋が作るだけであった。彼はそこのケークホールへ、その格好で平気で押しかけるのであった。
 ろくに食べた気のしないうちに波田は五十銭の予定額だけを食い尽くした。それ以上は借款によるよりほかに道がないので、彼はやむを得ず、小倉が帰って来るまで待つことにした。
 波田にとっては、一切の欲望の最高なるものを菓子が占めていた。
 もし三上がいるとすれば、沖売ろうのねえさんは、ボースンと、大工と、三上との共同戦線の下《もと》に、かわいそうにいじめられるのであった。彼女は、それを覚悟で、二重に猿股《さるまた》をはいて、本船へ、彼女のパンを得《う》べく沖売ろうに来るのであった。
 彼女は、実に気の毒なほど醜かった。それは形容するのが惨憺《さんたん》なくらいに醜い女であった。年は二十三、四ぐらいに見えた。彼女は、女に生まれたことが全く不都合な事だった。彼女がその髪を延ばして置いて、鏡に向かってその髪を結ぶ時に、きっと彼女は自然をのろうだろうとおもわれた。彼女と一緒に本船の火夫室へ来る沖売ろうは、彼女とはまるで違っていた。年は同年ぐらいであったが、彼女は北国に見る美人型であった。
 彼女は、水夫たちから、ことに、彼女を見るも気の毒なくらいに恥ずかしめる、ボースンや大工らは、彼女が、「インド猿《ざる》」によく似てると、むきつけて、そうであることが、不都合きわまることのようにほんきに、彼女を罵倒《ばとう》し、そして恥ずかしい目にからかった。
 彼女は、それでも一緒になって、キャッキャッとはしゃぎながら、自分の商売の菓子箱のくつがえるのも忘れて、抵抗したりふざけたりするのだった。
 彼らは、薄暗いデッキの上を、小犬のようにころがり回ってふざけていた。
 彼女が菓子のほかに、彼女の肉をも売るということを、波田は耳にしたことがあったが、それは想像するだけでも不可能のように思えた。彼女は女性として男性に持たせうる、どんな魅力もないように見えた。きたない男よりも醜い彼女であった。
 だのに、彼女は、やはり、うわさのように菓子以外のものも、提供することがズッとあとになって波田にもわかった。それはボースンの部屋《へや》であった。
 これは、蜘蛛《くも》と蜘蛛とが、一つの瓶《びん》の中で互いに食い殺し合うのによく似てはいないだろうか。
 だが、その日は、それらのことは一切起こらなかった。彼女の菓子は、食事の済んだ水夫らによって一つ二つ摘ままれた。
 ボースンと大工とは、彼女を、波田の寝箱の中へ押し倒すことだけは、形式的に忘れなかった。波田の寝箱の隣では、負傷のために、弱り、やせたボーイ長が、まだうめいているのであった。
 波田は、ボーイ長に、朝鮮|飴《あめ》を二本買ってやった。ボーイ長は涙を流して喜んだ。
 疾病や負傷や死までが、生活に疲れ、苦痛になれた人たちにとっては軽視されるものだ。生活に疲れた人々は、その健全な状態においてさえ、疾病や負傷の時とあまり違わない苦痛にみたされているのだ。人間がそれほどであることは何のためか、だれのためか、なぜそれほどに人間は苦しまねばならないのか、それはここで論ずべきことじゃない。
 おもしろいことは、この沖売ろうの娘は、おもてのコックと後になって、――四年もこれの書かれた後――二週間だけ一緒になって世帯を持った。二週間の後彼女はコックのために酌婦に売り飛ばされて、夕張《ゆうばり》炭田に行き、コックは世帯道具を売って、ある寡婦《やもめ》の家へ入り婿となって、彼自身沖売ろうになり、日用品や、菓子などを舟に積んで、本船へ持って来るようになったことだ、が、これはズッと後の事だ。
 水夫たちの食事が終わると、ボースンは、チーフメーツのところへ仕事の順序をききに行った。
 チーフメーツは、クレインが来るから、それまでのあいだに、ボイラーの方を用意して置けと命じた。ボースンはおもてへ帰って来て「今からハッチの蓋《ふた》をとるぞ」
 そこで水夫らはデッキへと出て行った。

     二七

 おもてはストキから、ボースン、大工まで、全部出て行ったので、あとは傷を負って、むなしく一週間余りを暗室――それはほとんど暗室であった――の、寝箱の中でもだえ苦しんだ、ボーイ長の安井と、おもての通い船のおやじと、それから、沖売ろうのその娘とだけになった。
 沖売ろうの娘は、波田の寝箱の縁へ腰かけていた。サンパンの船頭は、ストーヴの前へ腰をおろして、皆黙々としていた。
 おもての、デッキでは、ビームがデッキへ打《ぶ》っ突かる音や、ウインチの回る音などで、まるで船全体が太鼓ででもあるように響きわたった。
 ボーイ長は、自分では大して自由にならないからだを持ち扱って退屈し切っていた。
 「ねえさん、わしに少し菓子をくれないか」ボーイ長は労《つか》れ切った声でささやくようにいった。
 「アア、びっくらしたよう。だれかおるだがよ、ここに」と彼女は飛び上がって、ボーイ長の暗室をのぞいた。そこにはボーイ長が確かに寝ているのであった。
 「あ、見習いさんでねえか、びっくりしただがよ」彼女は菓子箱を持って来て、ボーイ長の前へひろげて見せた。
 ボーイ長はそれを三十銭買った。そうして、うまそうに、むさぼり食べるのであった。
 「船頭さん! おれ今日《きょう》陸へ上がりたいが連れてっておくれよ」ボーイ長は船頭へ声をかけた。
 「ああ、いいとも、お女郎買いかい?」船頭はすばらしく大きいからだの、気のいい五十格好のじいさんだった。
 「うんにゃ。わしゃけがしたので、病院へ行くんだ」彼は今度こそ病院へ行けると思った。
 ボーイ長は思うのであった。「わしのけがをしたということは、もうだれも彼もみな忘れてしまっているのだろう。わしのけがをしたことは、全く他の人たちにとっては些細《ささい》なことなんだろう。だが、それやあまり不人情だろうと思われる。ことに、私の足は膿《う》んでしまって、痛くてたまらないんだ。わしは今日は、何としても船長さんに願って、病院へ入院させてもらわにゃならん。私のからだは、私が大切にしないでだれが大切にしてくれ手があろうか、私は船頭さんに病院まで負《おぶ》ってってもらおう。私はもう、何から何まで自分でやらなけれやだめだと知ったんだ」
 「船頭さん、室蘭にいい病院があるの?」ボーイ長はたずねた。
 「ああ、いい病院があるよ、室蘭病院てのが、山の手の高いところにあるよ」
 「そこまで、波止場から、どのくらいの道程《みちのり》があるの」
 「そうさなあ、十二、三町ぐらいなもんだろうなあ」
 それではとても一人《ひとり》の力で負《おぶ》ってなんぞ行けない。といって、ここでは橇《そり》ででもなければとてもだめだが、それもちょっとあるまいし、もし船長が身を入れてくれないと、今度こそは、自分は航海中に死なねばならないだろう。
 「市立病院かい、それは?」ボーイ長はたずねた。
 「市立じゃないけれど、公立だよ」船頭さんは答えた。「だけど、どうしてまたけがなどしたのかい」ときいた。
 「ほらこの前の航海ね。室蘭を出帆する日からしてえらい暴化《しけ》だったろう。あの航海に、舵機《だき》の鎖とカバーの間に食い込まれたんだよ」ボーイ長はあの時の様子を、ここで初めて語り始めた。
 「その日、私はともの倉庫にキャベツを出しに行ったんだよ。おもてのおやじが、とって来いというからね。で、キャベツを三つ笊《ざる》へ入れて、コック部屋《べや》の方へデッキを歩いてると、船が急に傾いたんで、左の足をウンと踏んばったんだよ。それがねちょうど都合悪くデッキが凍ってたもんだからすべって、つい鎖の方まではいってしまったんだよ。その時に舵機ががらがらと動いたもんだから、私ゃ鎖に食い込まれてしまって、カバーの中へからだを半分入れたらしいんだよ。そしてうつむけに引きずられたもんだから、胸をひどくデッキへたたきつけたらしいんだよ。わしは、ボーッとして気を失ってたから、足を食い込まれて、ひどくやられたことだけは知っていたんだけれど、こんなに胸や手やなどが痛むとは、助けられてからでも思わなかったんだよ。だけど、足はもうすっかりなおっても、ビッコを引かなけれや歩けないだろうと思うと、どうしていいかわからなくなるよ。おらあ、からだよりほかにもとでがねえからなあ、びっこをひくようになっちゃ、車も曳《ひ》けないからねえ、そうかって学問をする学資はないしね、家にゃまだ子供が八人もいて、小作のおやじはおふくろと一緒に、それこそまっ黒になって働いても、どうしてもやって行けねえで、小さな子まで子守奉公《こもりぼうこう》に出してあるんだよ。だからおれ、少しでもかせいで家に送ろうと思って、収入がいいという話を聞いたから、船に乗ったらこんな始末だろう。今後どうしてやって行くかまるでわからなくなってしまったよ。こんな時はいくら貧乏してもやっぱり、とうさんやかあさんがいると、気強いけれどなあ」と語って彼はホロリとした。
 労働力を売って生活するこの青年も、今その売ろうとする労働力が、大きな障害を与えられたことについては、どこかはっきりしない憤懣《ふんまん》を心の底に感ずるのであった。彼は、負傷後、イヒチオールを二、三回塗布され、足のガーゼを二、三度自分で取り換えただけであった。彼は傷の疼痛《とうつう》のために、非常にやせてしまった。彼はそのいたさに、彼の神経を極度に疲労させた。
 水夫たちが、仕事に出て行って、おもてにだれもいなくなると、彼は、今までためていた苦痛の叫びをあげるのであった。彼は、出任せに何でも叫んだ。そして自分の声に一生懸命聞き入った。彼の足の痛みは負傷後五、六時間を経て、はなはだしくなって来た。彼は、そのぬれた麩《ふ》のように力なく疲れたからだを、寝箱の中から危うくデッキへ落ちそうにまでもだえ狂った。彼は狂人のように叫んだ。そして、それは、彼自身でも、疼痛に対しては、非常にハッキリした意識を持っていたが、あまりに、そちらの方へのみあらゆる神経を集めたので、自分のもだえや叫喚には、ボンヤリしているのだった。
 水夫らは帰って来て、この苦悶《くもん》のさまを見ると「あまりあばれると、かえって傷が悪くなるから、じっと我慢しておれ」と、慰めるよりほかに道がなかった。水夫たちはボーイ長の負傷に対して、非常な嫌悪《けんお》の念を一様に感じていた。それは、彼がけがをしたのが、彼の過失だからというのではなかった。また、負傷したのが彼だからというのでもなかった。それは、ボーイ長が自分の負傷について、神経を全く疲労させ、身をのろい世をのろい、ついには絶望的に自分の足までものろうような、それと全く同じ感情が、水夫らにあったからであった。水夫らは、それを意識するとしないとにかかわらず、そこに、泣きわめき、狂い叫び、のた打ち回る自分自身の運命を、朝も夜も、食事にも眠りにも、焼けた鏝《こて》でも当てられるように、ジリジリと感じないではいられなかったからである。それから逃《のが》れる術《すべ》はなかったのである。
 水夫らは、自分の負傷のように、ボーイ長の負傷によって陰気にされていた。そして自分の負傷のように、いらいらさせられた。彼らは、それから逃れようとして、あせっていた。冷淡な、無関心な態度は、彼らが鈍らされた神経を持っていることと、も一つは「なれている」ことと、今一つは、その自分自身の運命を、あまりにハッキリ見せつけられることから、免れようとする心から出たことであった。
 波田は、石油|罐《かん》の二つに切ったので、便器をこしらえて、彼と、ボーイ長の寝箱とが※[#「※」は「L」を180度回転させた形、142-9]《かぎ》形をなしているすみへ置いてやった。
 安井は、だれも見えなくなると、その便器へ用を足した。その時の彼の努力は全くおびただしいものであった。彼は、用を達《た》したあとは、疲労と疼痛《とうつう》とで失心したような状態に陥るのであった。
 彼は、一切のことが、二度目であるというような幻覚にとらわれるのであった。それはちょうど、濁った方解石を透《とお》して物を見るように、一切がボンヤリして二重に見えるのであった。彼は、ズッと遠い以前からの歴史も、また、たった今何か考えた刹那的《せつなてき》な考えも、二度目であるように思った。その一度は、どこで経験し、どこで考えたかということを、彼は考えさかのぼるのであった。そうして、そこには、彼の以前の生活があった。ひもじい、寒い小作人の子としての絶え間なき窮乏の生活が、それも二重の形をもって展開されるのであった。小学校時代の暑中休暇のことが、彼の今の負傷して寝ている状態と、ゴッチャになってしまったりするのだった。「ちょうどおれは二度目だ」と彼はぼんやりけがのことを考えているのであった。「おれはあの時、ほかのだれもが休んでいるのにおれだけは、父《ちゃ》んと二人《ふたり》で田の草をとりに出かけたっけ。休まねばならぬ時に、おれは、煮えたぎる田の水の中で草とりをしたっけ。おれは休む時を持って生まれなかった。だが、あの時おれはけがをしたっけ。そして休んだっけ」それから、彼の哀れな、疲れ切った意識は、彼を暑中休暇の田の草とりから、彼を厳寒の万寿丸へ引き戻してしまった。そして彼はまたうめきもだえ狂わねばならなかった。
 彼はその疼痛の絶頂においては、感ずるのであった。
 「こんな苦痛をハッキリ味わわねばならないってのは、何て惨酷なことだろう。それよりも、もっとひどい苦痛を、もっとぼんやりの方がいいのに」などと、会体《えたい》の知れぬことを感じるのであった。だがしかし、必要もないのに、彼に、これほど長い間苦痛を、わざと見せつけることは、明らかに、船長の冷酷から来たことであった。
 船には、その船に対して、会社から、傷病費の予算が請求に応じて提供されてあるのだ。だがそれは、高級海員の家族の病気療養費、あるいは特別収入といった方が正当であった。そして、このための支出から、かくのごとき場合の負傷は、船長によって「節欲」せられるのであった。
 船における一切の事は、船長だけがトルコの回々《フイフイ》教の殿堂内における、サルタンと同様に知っているだけであった。より緊密でないことが高級海員に知られていた。そして、労働者たちは、自分たちに会社から支払うところの食糧費がいくらであるか、それすらも知らなかった。
 もし搾《しぼ》ろうとするならば、搾られる者が「何か」――それはきわめて詰まらぬことでいい、二と二とを加えると四となるということでも――知っているということは、それより悪いことを、搾るものが見つけるのが困難であろう。つまり何でも知らなきゃいいのだ。知ってると理屈が多くて困るのだ! かくておもての「ゴロツキ」どもは、完全に何も知らなかった。自分の手帳まで事務室に取り上げられてしまうのであった。そして、ついでに判も。かくて、彼らは、ゴロツキにされてしまうのであった。
 そこでは、何でもふんだくる者が紳士であることは、十八世紀の英国のゼントルマンとすこしも変わることはなかった。そして奪われるものは、いつでも、ゴロツキであるのだ! 全く奪われるものは、いつでも、ゴロツキであるのだ! 奪うものと奪われるものとの間、ゼントルマンとゴロツキとは絶えないのだ!
 「生存権すら主張ができない」ことは、どんなに、ボーイ長をいらだたせたことだろう。そこに人間の生命の疾患に対しての、病院がいくつも甍《いらか》を並べているのに、彼はそのまま、横浜からまた船で戻ってしまったのだ。そして、それは船長が自分の船のボーイ長がけがをしたことなどは、チーフメートから聞いたまま「忘れてしまった」ことが原因かもしれないのだ。またそんなものを病院なんぞに入れることはもちろん、そのけがが「なおらねばならない」必要を認めない、ことに起因するかもしれないのだ。そして、きっとそうなのだ。
 それは確かにそうあるべきだ。なぜかならばそれは「階級」と「身分」とが違うからであった。それはまたなぜかならば「階級」と「身分」とは人間と猿《さる》とをへだてるよりも、もっとひどく人間と人間をへだて、離したからだ。
 かくて、ボーイ長の負傷は、水夫らに何とはなしに、陰惨な印象を与え、白内障《そこひ》の目における障害のように、いくらふいてもふいてもとれなかった。そして、それはこのゴロツキどもを、布団《ふとん》に紛れ込んだ針のように、時々チクチクとつっ突いた。かつ針は、いつかはあまりの痛さに「ゴロツキ」どもを飛び上がらせずには置かないのであった。
 ボーイ長は、自分にとっては何よりも尊い自分の生命のために、相手は船長であれ何であれ、「今日《きょう》という今日は交渉しよう」と決心した。そしてそれは藤原に相談すべきであると思い決めた。

     二八

 一方水夫らは、ボイラー揚陸のために、ハッチの蓋《ふた》をとり、ビームをはずした。そして彼らは、マストの内部にとりつけてある足場を伝って、ダンブルの中へと降りて行った。それは厳重に荷造りがしてあった。水夫らは、それが航海中ゴロゴロあばれ出さないように、それをしっかり据え、方々から引っぱるための作業の困難で、とても面倒臭かったことを思いながら、それを取りはずすのだった。取りはずしは、取りつけから見ると、比較にならぬほど手軽に行った。
 クレインは今、室蘭駅の機関庫の見える方から、その怪物のような図体を、渋々とランチに引っぱられて、万寿丸を目がけて近づいて来るのであった。四角な浮き箱の上に、二十五トンの重さの物を引っぱり上げるだけの力と、骨組みとを持った鉄の腕と、ウインチが装置されてあるのだ、けし粒ほどの小蟻《こあり》が黄金虫《こがねむし》か何かを引っぱるように、小蒸汽はそれを曳《ひ》きなやみつつ、じりじりと近づいた。
 船の方では、いつでも、引き上げられるように、ボイラーはそのあらゆる拘束から釈放された。今はただ大きな腕が、自分をその牢獄《ろうごく》から引き出してくれるのを待つばかりだった。
 クレインは近づいた。そしてその偉大な腕を、ヌッと本船のハッチの上へ差し延べた。それから、ワイアロープがブラ下がって来た。そのロープの尖端《せんたん》には人間の腕まわりほどの太さの鉤《かぎ》がついていた。この鉤自体が一人《ひとり》ではとても動かないのであった。そこへ持って来て室蘭では、この種の荷役になれた仲仕がいなかった。その巨大な鉤が上からブラ下がって来て、下から何でもひっかかりさえすれば、引き上げようとしているのに、仲仕はただまごまごするだけであった。
 水夫たちも荷役に手伝った。が、何にしても足場は、ボイラーの円《まる》いペンキ塗りの上である。すべることこの上もないところへ、それを縛るワイアロープは、腕の太さほどであるのであった。まごつくとワイアに、はね飛ばされねばならぬ破目《はめ》になるのであった。おまけに鉤は一人で動かない、[#「動かない、」は筑摩版では「、」なし]やつであった。従って作業がはなはだしく困難であった。
 ところが、船長が、このボイラー揚陸に当てた時間は、きわめて短いのであった。それはチーフメーツも心得ていた。チーフだって正月は横浜でしたかったことはいうまでもないことだ。従って、これも、ボイラーを急いでいた。かくのごとく二重にボイラーは急がれていたが、仲仕は人数が少ない上に、横浜の仲仕ほどなれていなかった。なかなか仕事ははかどらなかった。チーフメーツはハッチに片足を載せて、
 「そのワイアを引っぱるんだ! ちがう! そっちからこっちへだ! ボースン、そのワイアをあれへかけて引っぱるんだ、そら、シャックルがはずれた! だめだ! ボースン! ばか! 違う! そらホックをかけて、ヒーボイ、チェッ、またはずれた。スライク、スライク!」彼はまっ赤《か》になってせり売りの商人のように怒鳴りまくった。
 彼のこの焦燥にもかかわらず、ボイラーはクレインからホックに、すこしも引っかかろうとしなかった。チーフメーツは、自分の声で、ホックをワイアに引っかけようとでもするように、だんだんその声を大きく張り上げた。そして、鉤の大きいのは、ボースンや水夫たちの責任ででもあるように、ボースンや水夫たちを口ぎたなくののしり始めた。
 紳士の番頭はその地金《じがね》を現わした。
 「大工、なぜすみへ行く、そのワイヤを抜くんだ! ボースン、何だ、まいまいつぶろ見たいに、グルグル回ってやがって、グルグル回ったって、ボイラーは上がりゃしないぞ、どこへ行くんだ、そら、ばか!」まるでボースンがばかであることをはやし立てているのであった。
 ボースンが、上から見るとただ、ボイラーのまわりをグルグル回るだけのように見えると同様に、チーフメーツはボースンの周囲をグルグル回りながら、ボースンがばかであることを、ハッキリ飲み込ませてしまったよりほかには、何もしなかった。
 ボースンはあわててしまった。どこから手を出していいか、わからなくなってしまったのだ。
 藤原はボイラーの上に上がって、鉤《かぎ》が当然引っかかるような状態になって来るのを待っていた。そして彼は、普段から、あまりに意気地《いくじ》のない、ボースンや大工が、チーフメーツに「くそみそ」にののしられているのに対して、なおさら腹を立てた。
 「ほんとに貴様らはばかだ! 奴隷《どれい》でもそれほど卑屈じゃないぞ! 水夫らからは月二割も搾《しぼ》りやがって、豚め! チーフメーツの野郎、なにかおれにいって見ろ! 思い知らしてやるから、高利貸の丁稚《でっち》め!」
 彼は、それこそ、抜けかけたボールトのように、ボイラーの上へ突っ立っていた。
 ホックはうまく彼と、向かい合って立ってる波田との間へおりた。波田は腕ほどの太さの、ワイアの鉤穴を持ち上げた。それは一秒間とは持ち続けることのできない重さであった。藤原は、ホックを、彼のからだの重みをもたせて、波田の持っている鉤穴の方へ揺るがした。それはちょうどそこへ行ったが、少しおり足らなかった。
 だめだった! はまらなかった。
 「何だ、ボケナス、どうしてはめないんだ! ばか! よせッ!」チーフメーツは頭から、ストキへ罵声《ばせい》を吐きかけた。
 「波田君、降りたまえ! チーフメーツがよせという命令だ」そのまま藤原は、ボイラーからワイアを伝って飛びおりた。波田も続いた。
 「どうした、ストキ、どこへ行くんだ! 畜生!」チーフメーツはまるで狂っていた。
 藤原は下へ降りて、西沢をデッキから見えないところへ呼んだ。
 「君、仕事があれでやれるかい、ばかとか、よせとか、怒鳴り散らされて? え? よそうじゃないか、おれたちあ、船を桟橋まで着けないで下船しちゃおう、ばかばかしいや! 奴隷じゃねえや」藤原はジロリとボースンをにらんだ。
 「よせ! よせ! 全く、こんなボロ船いつだっておりるぜ」西沢も賛成した。
 「ストライクか、それや、ぜひやらにゃならないこった」波田も賛成であった。
 チーフメーツはデッキの上で、餅《もち》をのどにつめでもしたように、あわててしまった。
 ボースンは下で癪《しゃく》を起こしそうに青くなった。そして、ストキのところへ飛んで行った。
 「ストキ、どうしたんだね、何か腹の立つことでもあったのかね」ボースンはまるでチーフメーツがも一人《ひとり》できた、といったようにオズオズしながらきいた。
 「ボースンはすこしもおこっていないようだね。おれたちゃ、チーフメーツから、仕事をやめろと命令されたから、今やめたまでの話さ。そして、荷役の加勢はもうよそう、ということに決めたんだ。陸から、そのために来た仲仕があるからね。それに、仲仕の前で、ああがなられちゃ仕事もできないしね」藤原は答えた。
 「そんなことをいわないで、頼む、あとで何とでも話をつけるから、気を直してやってくれ、わしなんぞはどうだ、まるで畜生だが、頼む、ナ、ストキ、やってくれ」ボースンは自分が畜生のようにいわれることを知ってはいたのだ。だが、ボースン対チーフメーツの関係と、水夫対チーフメーツとの関係はまるで違っていた。
 前者には、高利貸とその手代という関係があり、後者は、高利貸対労働者という関係であった。
 「やるもやらぬもねえじゃないか、いいつけを守って、やめてるだけのもんじゃないか、ボースンもさっきから大分やめろといわれてるようだが、よさないとあとでまたうるさいだろうぜ」
 全くボースンにとっては、どちらにしても、あとでうるさい、面倒な事になったものであった。
 ボースンは、ストキから、西沢、西沢から、波田へ、その禿《は》げた頭をつるつるなでながら、一生懸命で、仕事をしてくれるように頼んだ。
 デッキでは、チーフメーツは青くなってしまった。彼は様子が悪いことを見てとった。しかし、どうにもならなかった。クレインの方では、チーフメーツの合図一つで、いつでも巻き上げようと、腕をたくし上げて待ってるのであった。デッキの上に、チーフメーツの怒鳴るために、人のことながらウロウロしていた仲仕たちは、にわかにボイラーの上から、水夫たちがおりたので、ぼんやりしてしまった。

     二九

 チーフメーツはデッキから、「ボースン!」と怒鳴った。
 ボースンは、いよいよあわてて、いよいよ急にその禿《は》げ頭をなでて、頼むのであった。「ソラ怒鳴ってる! 後生だからこのボイラーだけ上げてくれ。そのあとでいくらでも話はつくじゃないか、ホラ、またわめいた。頼む、ストキ、西沢、な、波田頼む」
 彼はこんなことをしゃべりながらも、チーフメーツの声に応じて、そのたびに、マストの梯子《はしご》まで駆けて行っては、また、駆けて帰るのであった。「ね。おい、やってくれるだろう。な、おい、頼んだぜ」
 「おれたちゃチーフメーツの命令でやめただけのもんだ。ボースンからやれっていわれたってどうも、やるわけにゃ行かないぜ」ストキはがんばった。
 「困ったなあ、ほんとに、チョッ! 頼む、わしは今ちょっとチーフメーツさんが呼んでるから上がって来るから、その間頼むよ。いいかい。おれを助けると思って。な」
 ボースンは発育不良な、旅芸人のジョーカー見たいな格好で、マストにとりつけてある梯子《はしご》を上《のぼ》って行った。
 三人の水夫は、そこに腰をおろしてしまった。彼らは、彼らの力が偉大であるということを知った。わずか三人のセーラーであった。しかも、それが、ただ何ともいわずに、ボイラーからおりただけであった。それだけなのに、このボイラーが動かず、あのクレインがむなしく待ち、仲仕が徒手傍観し、本船の出帆がおくれ、チーフメーツは青くならなければならない。
 そして、これは、ただ労働を一時中止するというだけの簡単な理由からなのだ! そしてこれは、社会の一切の根本は、労働者の労働によって、維持される、ということを語るものだ。きわめて簡単であるのに、われわれの知らされない、唯一の事実なんだ!
 水夫たちはそんなふうに感じて、煙草《たばこ》に火をつけた。
 藤原は、西沢と波田とに、「これはまだ何でもないんだ。僕らは、こんな詰まらない理由でストライクには移れない。これは、労働者の発作的の痙攣《けいれん》だ。ストライクは発作的に無計画に起これば、必ず失敗するものだ。しかし、これでも、事によるとほんとうのストライクの、口火にはなるかもしれないけれどね。ストライクの総成員三名なんてのは、古今未聞だろうね」
 「僕らは、しかし、この船の船長や、チーフや、ボースンには、あらゆる機会に反抗しなきゃならないんだぜ。船長チーフメーツは共謀で、おれたちあての食費を、会社から前月末に受け取るものだから、それをボースンに月二割で、おもての者に貸しつけさせてるんだぜ。見ろ、だから借金しないと、給料も上がらないし、受けが悪いじゃないか。向こう半年も頭なしのやつはどんどん給料が上がるじゃないか。やつらは、借金の利子を回収するためだけで、給料を上げるんだ。だから、彼らはおれたちに女郎買いを奨励するんだ。借金があれば、月二割の途方もない利益があるのと、それに頭を上げられないし、足止めすることもできるんだからな。だから藤原君なんか、いつまでたってもストキなんだ。だから波田君なんざ、僕よりもいつも進給がおそいんだ」西沢は自分たちのことを例に話した。全く藤原はその驚くべき独学の努力のおかげで、学校出の船長などよりも、はるかによく社会的事情にも、一般学術的常識にも、通じていた。
 小倉は藤原から、英語、数学、その他の学科を習った。彼は高等海員の試験を受けるつもりで勉強しているのであった。小倉も頭はよかったので、一年余りでナショナルリーダーを五まで上げてしまい、代数は高次までやってしまったのであった。そして、船長にしろチーフにしろ、頭脳が明晰《めいせき》なために、その地位を得たのではないことを知ったのだった。だが、小倉は、自分の位置を、高めることによって、酷使と隷属《れいぞく》と侮辱とから、逃《のが》れようとしたのであった。そして、それは結局彼|一人《ひとり》を救うことすら至難であり不可能であることがあらゆる努力を尽くして後、彼を敗残の身にしたことによってわかったのであった。彼は非常に圧迫を憎んだが、身を挺《てい》して反抗しようとする代わりに、権力の壁にくっついて身を隠そうとたくらんだため、卑怯《ひきょう》になったのだと、水夫たちからいわれていた。
 ボースンはデッキからおりて来た。そして三人が煙草をのんでいるところへ来て、チーフメーツは非常におこって、すぐに下船を命ずるといっていたが、自分はやっと頼んで、やめてもらって来たから、どうか、一服したらすぐに荷役にとりかかってもらいたい、そうしないと、チーフメーツは、すぐボーレンへ代わりを連れに行く気でいるのだから、といって来た。
 藤原は、産業予備軍が海員においては、組織的に、ボーレンによって動員準備されてある、かつ事情不明のためストライク・ブレーキングが平気で行なわれることを知っていた。そしてこの場合もそれが行なわれうることを知っていた。で、彼は、仕事につくことが得策であることを知った。
 「それじゃ、一服したらやると、チーフメーツへ返事して来てくれ」と、わけなくストキが承諾したので、おどり上がったボースンはデッキへ上がって行った。
 藤原は、西沢と、波田とに、形勢は全く不利であるから、これは時期を見なければいけない、これほどの少数で、完全に勝つためには機会を握ることが第一だ。その時は今ではない。だから、その時を待って力を示すために、今は忍んだ方がいい。それに今はなんでもないことなんだからと、種々《いろいろ》と話をした。
 「だが、今はいい時だがなあ、正月前だし、横浜にはギリギリに帰れるかどうか、という時なんだからなあ。条件がそろってるんだがなあ、ただ冬であるってことが悪いだけだ。ボーイ長は雇い入れなしで負傷させて打っちゃってあるし、おれたちは、全く馬車馬か奴隷かで甘んずるなら、それでもいいだろうけれど、――それに、いま時分、室蘭に休む者はありゃしないと思うんだがなあ」と波田は主戦論を唱えた。
 「だから、今は仕事をしなければならないんだろう。今は、室蘭に休んでる者があるかないか、ハッキリしてないから、今は仕事をしなければならないんだろう。その代わり、今夜上陸した時に、僕らは休んでる者があるかないかを探ることができる。で、もしいないということになれば、出帆間ぎわに船を動かさないことができるだろう。横浜まで、電報でセーラーを呼ぶにしても、いくら早くても、四日や、五日はかかるだろう。おまけに正月だ。正月早々なんだ。ね。それに、ボーイ長を今日《きょう》どういうふうに取り扱うか、それを見なくちゃ、もしボーイ長に対して、全然船から救護しないということになれば、僕らは機関部の方にも檄《げき》を飛ばして、全船の問題としなければならないと思う。
 まずいのは、三上の問題が、未解決で残ってることなんだ。船長側では、それを仕掛けの種に使うだろうと思われるんだがね。
 要するに、ほんとに、僕らの力がその一切を現わしうるのは、一切の奴隷的条件が、僕らに痛切に感得され、彼らの野獣的|殺戮《さつりく》ぶりが暴露される時だけなんだ。その時は、当分来ないか、または明日《あす》の朝来るかは、僕らが、ジッと見張っていなければならないことなんだ。ね。だから今よりも、いつか、もっと彼らの暴虐が露骨に現われて、われわれの生命を直接にも、――間接にも顧慮することなく、かえって損傷するという事実がハッキリした時の方がいいだろう。と、僕は思うんだがね」藤原は条理を尽くしてその本質と、作戦とを述べた。
 ボースンは降りて来た。衆議は一決して、藤原と波田とはボイラーの上に、西沢は、船底でそれぞれの仕事の持ち場についた。
 ボイラーは、ハッチの口よりも長かったので、非常にその作業は困難であった。けれどもその日の夕方には、三本のボイラーをうまく無事に積みおろすことができた。
 さて、それから、万寿丸は、高架桟橋の、石炭|漏斗《じょうご》の下へ、そのハッチの口を持って行かねばならなかった。

     三〇

 ボイラーが、艀《はしけ》へ積み込まれるとすぐに、わが万寿丸は、高架桟橋へ横付けにするために、錨《いかり》を巻き始めた。
 錨を巻き始めると、おもての室の中は、一切合財がガラガラにゆるんでしまいはせぬかと、気がもめるほど震動した。とどろきわたった。ボーイ長は、その弱った神経がこわれるのを、心配するような格好で、耳に栓《せん》をするのだった。
 水夫室のまん中にある蓋《ふた》をとると、その下は錨鎖のはいる箱(チエンロッカー)になっていた。それはすっかりの鎖が出切った時、そこの広さは、横六尺、縦六尺五寸、高さ十尺ぐらいであった。そして、それが二つ並んでついていた。上で巻き上げる鎖は、デッキの穴を通って、この箱の中へ送り込まれるのであった。それをこの箱の中では、波田が、一々、鎖を順序よく並べなければならなかった。そうしないと、鎖が穴の下へたまってつかえてしまうのである。
 波田は、この箱のドブドブの中へ、カンテラをさげてはいるのであった。そして、金棒の先の鉤《かぎ》になったのを、落ちて来る鎖に引っかけては、順序よく並べねばならなかった。それは急がねばならぬし、力のいることだし、狭いところだし、ぬれていてすべることだし、暗くはあるし、油煙は立つし、息苦しくはあるし、そして、また、時々鎖から鉤がはずれると、肘《ひじ》で後ろの壁を力一杯つき飛ばすのであったし、鎖が一杯になって来ると、彼は、鎖の中に危うく身を構えて、それにはさまれぬように作業しなければならなかった。これは一航海に一度でもうんざりする仕事であった。それを、彼は、昨日《きのう》の朝から、二度目であるのだ。
 波田は暗い顔をして、チエンロッカーへおりて行った。彼は全く、それへはいる時は地獄《じごく》へおりて行くような気がするのであった。
 彼はチエンロッカーについて悲惨な物語を聞いていたが、それは、いつでも彼がチエンロッカーへはいる場合に、彼の記憶の中から、ムクムクと起き上がって来ては、彼を脅《おど》すのであった。
 それは一九一〇年代の事であった。英領植民地のシンガポーアの、マレーストリートとバンダストリートとの二街に、赤色|煉瓦《れんが》の三階建ての長屋が両側二町余にわたって続いていた。その長屋は全部日本人の娼婦《しょうふ》のいる家であった。そこは、わが国の大都会、たとえば、横浜とか神戸とかにおける遊郭よりも、数も多く、規模もはるかに大きかった。そのころは船員はゴロツキが多かった。それはほん者のゴロツキであって、陸を食いつめた博徒《ばくと》などが、船乗りになっていた。そして、船長などというのもいかがわしいのが多く、これらの船員と結託しては密航婦を、シンガポーアだとか、ホンコンだとか、またはアントワープだとかの遠方までも、大仕掛けで輸送したものだ。その運賃は高率であって、それに食費は向こう持ちであって、おまけに船員が航海中最も悩むところの性欲に対して、密航婦を積む以上、好都合なことはなかった。
 密航婦はどんな状態でも、我慢しなければならなかった。哀れな彼女らは、フォーアピークの中で、窒息して死んでしまったほどにも、我慢しなければならなかった、彼女らはビール箱の中で五昼夜も、いいようのない状態で、半死のどたん場まで我慢しなければならなかった。
 ことにチエンロッカーと彼女らとの関係は惨鼻《さんび》をきわめた。それは、密航婦を船長とボースンとが共謀で、チエンロッカーの中に隠したのであった。チエンロッカーは、出帆したが最後、入港までは用のないところなのだ、その暗室の鎖の上へ彼女らは、蓆《むしろ》を敷いて寝ていたのだ。彼女らはシンガポーアで上陸して、その遊郭に売られるのであった。水火夫らは毎夜、そのチエンロッカーの蓋《ふた》をあけてやった。彼女らは、運動に出された禁錮囚《きんこしゅう》のように喜んで、おもての船員たちの室へ来て出してもらった礼として、(以下十一字不明)。
 彼女らにとっても、その航海はビール箱や、フォーアピークなどよりも、**であったに違いなかった。船員たちは浮かれ気味の航海を続け、彼女らは一日も早く、動揺しない大地を踏みたいとねがっていた。
 ところが、ホンコン入港の時に、密航婦を、フォーアピークへ移しかえることを忘れなかったボースンは[#底本では「忘れなかった。ボースンは」と誤記]、何と考え違いしたものか、大切のシンガポーアで、有頂天になり過ぎていて、密航婦を、チエンロッカーから出すことを忘れてしまった。
 そこで状態は、投錨《とうびょう》の際に一度に悪化した。鎖の各片、人肉の各片、骨の各片、蓆《むしろ》の破片ともつれつ、くんずして、チエンホールから、あるいは虚空《こくう》へ、あるいは鎖と共に海へ、十三人の密航婦を分解、粉砕して、はね飛ばしてしまった。船首甲板に立ち並んでいたボースン、大工はもちろん、水夫、チーフメーツらは肉醤《にくしょう》を頭から浴びた。
 波田は、チエンロッカーが、そんな歴史を持っていることによって、その困難な労働をなお一層不快ないやな、堪《た》え難いものにした。それを思い出すと、彼は全くチエンロッカーにはいることが、何よりもいやであった。そして、はいって来る鎖の一片一片が、まるで、自分をねらって飛んででも来るように感じるのだった。
 彼は肉体的にはもちろんであるが、精神的にもこの上ない疲労を感じて、チエンロッカーから上がった時はまるで溺死《できし》しそこねた人のようであった。
 その仕事着には海底の粘土が、所きらわずにくっついていて、彼の手や顔は、それでいろどられて、くまどりしたように見えた。顔の色は劇動のために土色であった。心臓はむやみやたらに、はね上がった。頭が痛く、目がくらんで、彼は、しばらくデッキへ打《ぶ》っ倒れるか、その辺にあるどんなところへでも、打《ぶ》っ倒れるのが例であった。
 だれかが、このチエンロッカーにはいらなかったならば船は動き得ないのであった。波田は、破れそうな心臓に苦しみながら、どんなに多く与え、少し得ているかを思わずにはいられないのであった。
 「おれたちは死ぬほど苦しんで、こんなありさまだのに、遊び抜いて、住みもしない別荘を、十も持った人間が、この船を持ってるのだ!」
 万寿丸はかくして桟橋へ横付けになることができた。
 桟橋の上は、夕張炭田から、地下の坑夫[#「坑夫」は底本では「抗夫」と誤記]らの手によって、掘り出された石炭が、沢山の炭車に満載されて、船の上の漏斗《じょうご》へ来ては、それを吐き出して帰って行くのだった。
 数十間の高さに、海中に突き出している高架桟橋上の駅夫や、仲仕の仕事は、たとえように困るほど寒いものに相違なかった。
 人はストーブにあたって、暖かいコーヒー、暖かい肉を摂《と》るべき時候であった。そして多くの労働者は、それを作り出すために、各《おのおの》、危険と鼻面《はなづら》を突き合わせて、凍え、飢え、さまよいながら、労働すべきであった。で、一切はおめでたくその通りに進行し、幾千代かけてのどかなる年の初めが、十日の内には来るべきであり、また、めでたくも暦さえ間違いなくば来るのであった。
 そこでブルジョアどもは新年宴会をやるのであった。二次会が開かれるのであった。
 が、そんなところまで、話を飛び越えてはならない。

     三一

 ボイラーを吐き出すと、すぐに飯を食った水夫たちはそのまま船首甲板へ上がって、桟橋横付けの作業にとりかかった。ボーイ長は、食事の時に藤原に頼んで、
 「今夜はぜひ病院へやってもらうように、船長に頼んでくれませんか、もうこの上とても辛抱がなりません」というのであった。
 「いいよ。だがね、今から、桟橋だから、桟橋へついてからにした方がいいと思うよ。それにまず、そんなものはどうでもいいとしても、順序ってものがあるそうだから、ボースンに一度話して、ボースンから最初に話し込んでもらって、僕も、その時、一緒について行って話をつけたらいいと思うよ。ま、何にしても、苦しいだろうが、今夜まで待ってくれたまえね。今度は僕も、そのつもりでいるんだから」と藤原は快く、請け合ってくれた。ボーイ長は非常に喜んだ。
 桟橋にも、馬蹄形《ばていがた》の街《まち》にも、その後ろなる山も、高原も、みな、美しく、厚い、雪で念入りにおおわれ、雪面を吹きまくる北海道の風はしびれるように痛かった。
 万寿丸は桟橋へついた。桟橋の漏斗《じょうご》はその長いくちばしを、船のハッチの中へ差しのぞけた。それからは白い雪の代わりに黒い石炭が降って来た。
 船員たちは、船長から、水火夫に至るまで、自分を、完全に縛りつけている、その動揺する家屋から、解放しようとして、それぞれ準備に忙しかった。
 船長は、室蘭から少し内地へはいった登別《のぼりべつ》という温泉地へ、室蘭|碇泊《ていはく》中は必ず泊まり込んでいた。そこには、彼の妻や子供の代わりに、彼の愛妾《あいしょう》がいるのであった。
 一般に北海道に美人が多いかどうかは、わからないが、しかし、飛び抜けた美人を時々、われわれは北海道で見る。色が「抜ける」ほど白くて、顔立ちの非常に高雅な美人を、われわれは、雪に埋《うず》もれた山腹の遊郭にさえ見いだすことができた。それは寂しい情景であった。船員たちにとっては、彼らの手に負えない夢幻的な情緒であった。従って水夫たちにとっては、それは本能的な、肉欲的な、一対照より以外ではなかった。
 彼は、今夜も、そこへ行くために、汽車の時間表とにらめっこをしながら、したくを急いでいた。
 船長が、そのダイアモンドのピンを、ネクタイに「優雅」にさそうとしている時に、純白の服を着けたボーイは船長室の扉《とびら》をたたいた。
 「何だ?」船長は怒鳴った。
 「ボースンとストキとが、お目にかかりたいといって、サロンで待っております」
 「用事だったらチーフメーツへ話せ、といえ」彼はピンの格好について、研究を続けた。ボーイはサロンに待っていた、ボースンとストキに、その由を伝えた。
 「それじゃ」と、ボースンは、それをいいしおに、ストキにいいかけた時であった。
 「どうしても、会わなきゃならないんだ! ぜひ、会いたいって、も一度取り次いでくれたまえ」ストキは、ボースンをおさえてボーイにいった。
 ボーイは「何だい一体」とストキにきいた。
 「ナアに、ちょっと会って話せばいいことなんだよ」気軽に藤原は答えた。
 「奴《やっこ》さん、登別に行くんで、急いでるんだよ」
 「ところが、こっちはもっと急ぎの用事なんだ、ちょっと頼む」
 ボーイは再び船長室の扉をたたいた。
 「ぜひお目にかかりたいといっています」
 「だめだ! 時間がないんだ!」船長は鏡の中の自分に見入っていたが、チェッと舌打ちをした。
 「うるさいやつらだ、用事は何だときいて見ろ」ばか野郎めらが、と、彼は考えの中でつけ足した。――手前《てめえ》たち全体の運命は横浜までだ。代わりのボースンはもう横浜まで来てるんだのに、ばか野郎らが――船長は蛆虫《うじむし》どもの低能さに対して、ちょっと冷やかしてやってもいい、という気を起こしたほどであった。
 「ボーイ長の負傷の手当てをするために、室蘭公立病院へやっていただきたい、というのだそうでございます」
 「ボーイ長! そんなものはだめだ、と、そういっとけ」何だ一体ボーイ長の負傷とは、ばかな。そんなものは船の費用から出せるかい。べら棒な。冗談も休み休み、機《おり》を見ていうがいいんだ。時もあろうに、自分らの首の運命の決していようという時に。それに今は上陸間ぎわじゃないか、ゴロツキどもめが! 船長は、ボーイ長が負傷をしたことを、今、言われて見て、思い出すには出したのであった。そして、それは手当てをしなければならないであろう。――が、――それはこんな場合ではもちろんないはずだ! と彼は思ったのであった。
 一体それはいつのことだ。横浜でやるべきではないか、今ごろになってそんなことをいうのは因縁をつけるというものだ! しかし、これは彼の思い違いであった。横浜では船長に話す間がなかったし、それに、チーフメートは、船長に相談してからにするというので、横浜では、フイになったのであった。
 船長は、登別の温泉に、彼女――それは全く美しい若い女であった。そしてそれは、白樺《しらかば》のように、山のにおいの高い、澄んだ渓流のように作為のない、自然人であった。――をしっかりと、あのあらゆる力と情とをこめて、彼女を抱き締めることの回想と予想とで、血なまぐさい、汚《よご》れた、現実的な、ボーイ長の問題などは、その余地を頭の中へ置き得ようはずがないのであった。
 「どうしても、それが必要なら、それはチーフメーツがうまく片をつける事柄なんだ!」船長は、ズボン――押し出してしまったあとの絵の具チューブかなんぞのように、ピッタリ一|重《え》にくっついた――の中へ足を通した。
 「北海道じゃちょっと類がない、すがすがしい気持ちなもんだ。ズボンの折り目の立っているのは」彼はちょっと足を前へ踏み出すように振って見た。「上等」それで彼のズボンの試運転は通過した。
 彼は十八の少年のように急ぎながら、彼女に与える指輪を、自分の小指へ光らしながら、理想的に船長らしい、スッキリした立派な服装と、その姿勢とを、サロンデッキへ現わした。
 そこには、その寒さにもかかわらず、ストキとボースンとが立って、彼の出て来るのを待っていたのであった。彼はハッとして立ち止まった。
 ボースンは、とっつかまえられた、コソ泥棒みたいに、しきりに尻《しり》ごみしながら、ストキにつかまれ、励まされて待っていたのであった。が、彼は一体、何をいえばいいのだ! 彼には言うべきことはなかった。けがをしたのは見習いであって、女房子を持った哀れな、老いた彼ではなかった。「おれはこの船をほうり出されたらどこへ行くことができるんだろう。橋の上か、墓場かだけじゃないか、おれは今は、おれのためよりも、子供らや家内のために、働いているだけのものだのに、おれは、……ストキは全く困ったことをさせるわい。見習いのけがとおれと、一体何の、……そりゃ関係はあるにしても、船長が一度いかんと言ったものをナア……おれは、第一寒くてやり切れないや」
 ボースンは、ストキの顔をせっぱ詰まって拝むようにながめ、そしてまた、船長にあわてて敬礼をした。
 船長は黙って行きすぎようとして、タラップの方へ歩みかけた。
 ストキはボースンを小っぴどくつついた。ボースンは目だけをパチパチさせて、口は固くつぐんでいた。それは一秒おそくてもいけなかった。続いて第二発目のストキの拳固《げんこ》がボースンの横っ腹へ飛んで来た。と同時に、
 「船長」と太い、低い、重々しい声がおさえつけるように、ストキの口から呼ばれた。
 そしてストキは、ボースンを打っちゃらかしたまま、船長が今おりてゆこうとするその前へつっ立った。
 「船長! 水夫見習いの安井|昇《のぼる》ってのが負傷したのは知ってますか、それが、今日《きょう》は病院へやってもらいたいといってるんです」
 「それがどうしたんだ」と船長は頭のさきから、足の爪先《つまさき》まで、ストキの長さを目で測量した。
 「上陸禁止にでもなっているのか、そうでなかったら、今日でも明日《あす》でも病院へ行けるじゃないか、だが何だって、お前はそんなところに立ちふさがってるんだい」船長は、暴化《しけ》の時に、夜中、深海測定をやるのと同様に、厳密に、幾度も幾度もストキの長さを、全く腹が立って頭の熱くなるほどの、熱心さと冷静さとで測定した。
 藤原はそのあらゆる激怒と、憤懣《ふんまん》とを、船長の前で、そのしっかり踏んだ足の下に踏みつけて立っていた。
 「だが、負傷手当を船から出すべきじゃありませんか。それに、足を負傷して寝ているものが、この雪の中を歩いて行くというわけにも行きませんからね。俥《くるま》賃と、診察料とを払ってくださいまし。それに、……」
 船長は、爆発した。
 「負傷手当を船から『出すべき』だ? べきだとは何だ! べきだとは! そんな生意気な横柄《おうへい》なことをいうんだったら、どうとも勝手にしろ、おれは、手前《てめえ》らに相手になってる暇はないんだ! ばかな!」
 船長は怒鳴りつけると、そのまま、桟橋へとおりて行った。
 藤原は自分の足の下に踏んでいたかんしゃく玉を、そうと、やっぱりおさえつづけた。彼はアハハハハハと、船長の後ろ姿に向かって哄笑《こうしょう》を浴びせかけた。
 船長は桟橋の上へ飛び上がった。ポケットで金が鳴った。彼は、ひどく怒《おこ》りはしたが、先を急いでいた。
 「明日《あす》、片をつけてやるから」と自分をなだめながら、桟橋の闇《やみ》へと消えて行った。
 彼は、しばらくすると、ほとんど全速力で駆け足に移った。何だか、メスが、自分の心臓に向かって光りそうで気になってならないのであった。このごろはどうも、おかしい。三上――藤原――、どうもよくない傾向だ。彼は、後ろを振り向いた、狐《きつね》のように幾度も幾度も振り向いた、桟橋は黒く、まっ暗であった。本船の碇泊燈《ていはくとう》が、後ろに寒そうに悲しくまたたいていた。
 やがて桟橋が尽きて、海岸に出た。雪は二尺余り積もっていた。海岸に小溝《こみぞ》のように深く雪道が踏み固められてあった。
 室蘭の町は廃墟《はいきょ》のように、雪の灰の中からところどころのぞいていた。人魂《ひとだま》のように街《まち》の灯が、港の水に映っていた。のろいの声を揚げて風が波をつき刺した。彼は外套《がいとう》の襟《えり》を立て、首巻きを耳まで巻いてフルスピードで停車場の方へと急いだ。
 停車場は室蘭の町をズッと深く入り込んで、馬蹄形《ばていがた》の一端に寄った方にあった。さびしい、終点駅であった。停車場は海岸の低地にあって、その上の方には、遊郭の灯が特に明るく光っていた。
 冷酷な、荒涼たる自然であった。その前では人は互いにくっつき合い、互いが、互いに温《あたた》め合い、たすけ合わねばならないように感ぜしめられるのであった。
 何だか、人なつっこくなるのであった。
 船長はストキや船員を反撥《はんぱつ》して、登別へ引きつけられた。そこでは彼は自然の冷酷さからしばらく逃《のが》れうるのだ!
 ストキはわめくような笑いを船長に浴びせると、そのままグルリと振りかえって、おもての方へ帰って行った。ボースンは、すごすごとついて行った。
 おもてでは大工は、ボースンが来るのを、したくをすっかり済まして待っており、水夫たちは藤原の帰るのを待ちくたびれていた。
 藤原は、おもてへはいった。食卓の前のベンチへ倒れるように腰をおろした。
 「どうだったい」と皆はきいた。
 「だめだ! 今度はチーフメーツだ」と彼は答えた。もし彼は、彼がボーイ長が診察を受け、治療を受けるだけの金を持っていたならば、チーフメーツへなんぞ、再び交渉に行くわけがなかった。その結果は、あまりに彼にはハッキリ見え透いている。けれども、彼がもし、ボーイ長を自分の費用で連れて行き得ない限りは、彼はありとあらゆる手段を試みる必要があったのである、[#「、」は筑摩版では「。」]そして、それは、また、彼を救うと同時に、ボーイ長を絶望から、しばらくでも引き止めて置くところの、唯一の残された方法なのであった。
 「チーフメーツの方もどうなるかわからないから、もし、それがだめだったら、おもてで出し合うってことにしよう。そうすることは、まるで船主にロハでくれてやるようなもんだが、この際仕方が、ほかにあるまい。そして大丈夫チーフもだめだと思うんだ。船長の許さないものをおれが、というに相場はきまってるんだ。だから、一人《ひとり》頭二円ずつぐらい金を集めて置いてくれないか、それはボースンに頼もう。今持ち合わせのない者は、ボースンに立て替えて置いてもらうこと。ということにしていたらいいだろう。ね、僕は、チーフのところへ行って来るから、頼みますよ」
 彼は出て行った。波田は、彼が出て行ってしばらくすると、ボースンに、五円貸してくれと頼んだ。そして二円をボーイ長へ割《さ》いて、三円をふところへしまい込んだ。そして、彼は、デッキを通って、チーフメーツの室の付近へ行って、藤原の交渉を聞こうと試みた。しかし、チーフメーツの室は固く扉《とびら》に錠がおろされて、人の気配《けはい》がしなかった。彼はサロンデッキを一回りした。けれども何事も、そこでは起こってはいなかったし、また、だれもそこにはいなかった。
 波田は――それでは、藤原君はどこへ行ったんだ?――と思いながら、おもてへ帰って来た。
 藤原はもう帰って来て、水夫たちに、チーフメーツは、船長よりも先にサンパンで、海から上陸したあとだったことを報告したところであった。
 そこで、ボーイ長はどうしよう、という相談が水夫らと、四人の舵取《かじと》りの間に行なわれた。

     三二

 相談の結果、病院が夜では都合が悪くはないかという動議のあったため、なるほど、それは昼の方がいいだろう。では明日《あす》午前中に、行くことにして、ついでといっては済まないが、この事件の最初からの関係者として藤原君と、波田君とに、病院までついて行って、もらおうと言うことになった。金は五人の水夫と、四人の舵取りと、一人《ひとり》の大工とで二円ずつ出せば、二十円あるから、それで、もし必要ならば入院させて、「とも」で入費を持たないというようなことであったら、おもてで持とう。その代わり、とものやつらは覚悟をするがいいや、というようなことになった。
 安井は、そのきたない、暗い、寒い寝箱の中で、その傷の疼痛《とうつう》のために、時々顔をしかめながら、一生懸命にことの成り行きを聞いていた。そして、藤原のそれほどの努力にもかかわらず、また、明日に延びたと聞いて、彼は心持ち持ち上げていた、その頭をまたぐったりと落としてしまった。今夜は病院へ行けるという、彼にとっては唯一の歓《よろこ》びが消えてしまったのであった。彼は、今までと「同じ」一夜をまた、この船室で苦しみ通さなければならないということに、まっ黒い絶望を感じたのであった。
 しかし、何ともならなかった、事情は彼も聞いていた通りであった、「とも」の人間にとっては、彼は、その生命でも一顧の価値なきものだということが、念入りに繰りかえされて聞かされたに過ぎないのであった。そして、彼は、自分の生命がほとんど、生まれ落ちてから、一顧の価値だもなく、それはちょうど産みつけられた蛆《うじ》が大きくなるように、大きくなったのである。いつでも、彼の生きていることは、ほかのだれかの生きていることと、そのパンの分配の時に、おそろしく窮屈な思いをしなかったことのなかった、彼の全生涯――わずか[#「わずか」は底本では「わずが」と誤記]十八年ではあるが、その中の確かに十四、五年を占める――を、その傷の疼痛と共に、彼に手きびしく思い知らせた。
 「いっそ、産まれなければよかった」と思われるほど、あるいは事実において、その人間を餓死か、自殺かに導くような、「いっそ、死んでしまった方がましだ」と痛切に感ぜざるを得ないような状態が、なぜ存在するのか? そして、それは永久に存在しなければならないものか?
 一方には「腹がすかない」という「病気」のために、薬を飲む階級があり、一方には「飯が食えない」という「健康」のために死ぬ階級があるということは、地球が円《まる》くできてることと同様に、何ともしようのないことであるか? それは時が、種を植えており、その種が生《は》えており、すでに実っているところもあるのだ。だが、傍路《わきみち》へはいってはならない。そんなことはあまりにわかり切ったことなのだ。それはやっぱり、飯の食えない、健康体の人たち、すなわち労働者たちが、命じられている仕事の一つなのだ。
 藤原は、ボーイ長の寝箱のそばに腰をおろして、今日《きょう》の顛末《てんまつ》を話した。種々とその成り行きを述べて、こういった。
 「労働階級は、君の場合のように、ハッキリ現われた場合だけ、資本制生産のために、その生命の危難に面するということを覚《さと》るのだが、それは実はもうおそすぎてるんだ。賃銀労働者であることが、すでに生命を搾取されていることなんだ。だから、工場法にだって、生命を失った場合に、その生命に対する支払い額のミニマムが決めてあるじゃないか、それが、労働力、いいかえれば、人間の生命力の搾取に、その基礎を置いてなっているものであるならば、それが、どんな形において生命が消耗されようと、ブルジョアジーにとって、驚くべき理由がないだろう。君の生命は、君にとって永久に大切であるが、ブルジョアジーにとっては、君の生命が搾取されうる間だけ、役に立ちうるというだけなんだ! 産業予備軍は無数だ! 僕らは今、一切残らず、そういった境遇の下にあるんだ。そして、お互いにかみつき合おうとしている。ばかな話だ! 僕らは、生きる道を採るのだ。君の、今の直接の生きる道が医者にかかることにあるように、労働者階級は、階級としての、生命の道へまっしぐらに進むべき時なんだ!」
 それは、ボーイ長へ話してるというよりも、彼がひとり言をいってる、と言った方が正当であったくらいだった。
 波田、西沢、小倉などはまだ上陸をせずに、一緒に、彼の話を聞いていた。
 水夫では、波田、コーターマスターでは小倉が、今夜の当番であった。
 波田、小倉、西沢、藤原と、四人の中で、酒を飲む[#「飲む」は底本では「飯む」と誤記]のは西沢だけであった、あとの三人は酒よりも甘いものであった。特に波田と来ては、前にもいったように、菓子のために「身を持ちくずす」ほどだったのだ。
 「みんなで、東洋軒へ行って、お茶でも飲みながら、話をしようか」と、藤原は、皆が自分を待っててくれたのが、――上陸を十分延ばすことが、どんなにつらいことかは、読者は船長の例で知っているはずだ――気の毒になって、皆を菓子屋へ誘った。
 「よかろう」波田は、懐中の三円――その月末には二割の利子で月給から天引きされるところの借金――をおさえながら叫んだ。
 皆はそろって出かけた。出がけに、波田は、ボーイ長に言った。
 「すぐ帰って来るよ。菓子を買って来るぜ、待ってたまえよ。そして、明日《あす》は、午前中に病院へ行くんだ! すぐ帰るからね」彼は三人のあとを追っかけて、桟橋へとタラップを、猿《さる》のように伝って飛んで降りた。
 西沢たち三人はタラップを降り切ったところで彼を待っていた。
 それは寒い夜であった。水夫たちは不完全な防寒具で、皆震え上がっていた。オーバーを持っていたのは藤原と小倉とだけであった。彼らは、どこかの古着屋で、それを買ったのだ。藤原のは上着の大き過ぎるくらいに小さかったし、小倉のは米一斗袋に三升詰めたくらいにダブダブしていた。
 彼らは馬蹄型《ばていがた[#「ばていがた」は底本では「ばていがい」と誤記]》の海岸を一列に並んで、黙々として歩いた。歯が痛かった。風は頬《ほほ》を透《とお》して、歯の神経をひどく刺激するのであった。水夫たちは、彼らが貧乏であるために、必要以上に苦しまねばならないことを思っていた。
 「メリヤスの新しいシャツが一枚あれば」波田は「どのくらい暖かいだろうなあ」と思いながら油と垢《あか》とでガワガワになったズボンのポケットの中で、拳固《げんこ》を力一杯で握り固めたり、延ばしたりした。
 西沢はオーバーがない代わりに、スェーターを着込んでいた。それは、「買いかぶった」綿製の物であった。「随分商人はひどいことをしやがる」もっとも、彼はそれに一円二十銭を夜店で出したということは、あまり吹聴《ふいちょう》はしない方が賢いと思っていた。
 こうしてめいめいがはなはだしく貧弱な防寒具の下《もと》に、はなはだしく寒い、寂しい、荒涼たる、一口にいえば、といっても、いいようのない、そうだ、それは「死」にいやでも応でも考えを押しつけねば置かない関係、すなわち、プロレタリア対寒冷! の、本能的の寂しさの中を、四人は、港の街《まち》のさびしい通りの、明るい二階で暖かいお茶と、お菓子とが待ってることを思って急いで行くのであった。
 左側は、駅から迂回《うかい》して来た鉄路のある山腹の切断面、それから高架線、それらが万寿のかかってる方へ並行していた。積まれた石炭の上には雪がすっかり塗り上げをしていた。ところどころに、人足《にんそく》の茶飲み所兼監督の詰め所の交番ようのものが「置い」てあった。
 彼らは、石炭と海との親不知《おやしらず》、石炭と石炭との山の谿間《たにま》を通って、夕張《ゆうばり》炭山へ続いている鉄道線路を越して、室蘭の市街へ出た。その街《まち》は、昼も夜のように寂しい感じのする街であった。方角を忘れてしまったが、室蘭製鋼所のある反対側、桟橋を上がって右の方へ大通りをさびしく歩いて行くと、道が、上中下三段ぐらいに別れて、山の側面へ各《おのおの》の家の並びを持って並行についている。その中段の通りへ、東洋軒という、この町で見つけた初めビックリしたほど、立派な「文化的」な構えと「文化的」な菓子を売っている店があった。ガラス製の立派な箱が十五、六、その広い鋪《みせ》に並べてあって、その中には、外国人がクリスマスに食べるようなパイや、その他種々な生菓子が並べてあると、一方の棚《たな》の中には、栗饅頭《くりまんじゅう》や、金つばや、鹿《か》の子《こ》などという東京風の蒸し菓子が陳列してあった。その店の間から靴《くつ》を脱いで、階段をのぼると、二階二間がホールになっていた、はいって左側のは、大テーブルが一つと椅子《いす》がいくつか置いてあった。右の室は日本室で六畳であった。
 セーラーたちは、テーブルの方の室へ、油だらけな同勢を押し込んだ。けれども東洋軒は驚かなかったというのは、波田は、いつもその格好で来て、必ず二円ぐらいは食って行くからであった。
 テーブルには白い布がかけてあった。それを力をいれて指でこすると、黒くなるのであった。どんなに手に石鹸《せっけん》をつけて軽石でみがいたあとでも! 彼らはそれで用心をした。金つばと、栗饅頭とを小僧さんがお茶と一緒に持って来てくれた。
 彼らは、まるで飢饉《ききん》地方の住民のように、飛びついて、食べた。ことにその中でも、波田は仲間からさえ驚嘆されるのであった。しかし、彼らがそのものを要求するのは、囚人が甘いものを宝玉よりも数十倍も数千倍も、比較にならぬほど望み、ほしがるのと同じことだ。
 何かを人間から、奪うならば、たちまち奪われたものが、奪われたものにとっては一番切実な要求となり、願望となるのであろう。光線を奪えば光線、空気を奪えば空気を、活動、音声、嗜好品《しこうひん》、それらは、それが奪われるまでは第二義的であっても、奪われると同時に、それは一切第一義的な欲望に変わるのだ。自由を奪われたものは自由を生命より尊いと思うようになるものだ。
 菓子には、銀色の小さなフォークが楊枝《ようじ》代わりについていた。紅茶のコップは銀のスプーンがついていた。彼らは、これらの器物を汚《よご》さないように、気にしながら、たちまちのうちに第一の皿《さら》をあけて、第二番目が注文された。

     三三

 彼らは甘いものに対する渇望がややいやされた。そこでボーイ長へ持って帰る菓子が注文された。それから彼らは、ボーイ長の負傷について「とも」の取った態度について、われわれは、どういう形において抗議するか、また、三上のような、事件をひき起こさずには置かない、船長のめちゃくちゃな態度に対して、そしてこれらのことを交渉するならば、労働時間もハッキリと決めてもらうこと、それに賃銀がまるで相場はずれだから、も少し上げてもらうこと。――当時欧州大戦乱時代であって、石炭は水夫たちの寝るべき室にまで詰め込まれたほどであり、従って、汽船会社の利益は莫大《ばくだい》なものであった。――それに、日曜でも何でも出帆入港でとられれば、それで休日はおじゃんになるが、それは休日を翌日回しということにしてもらおう。これらのことは、ぜひ片をつけるべき性質のものであり、またつけねばならない状態に、われわれは追い迫られている。そこで、これらのことをいつ、交渉を始めるがいいかということの話が、彼らの間に、西沢によって口を切られて問題になった。
 「それは、交渉をチーフメーツに対してやるか、または最初っから船長に対してやるべきものか、それが問題だね」と小倉は言った。
 「もちろんそれは決定権を持っている船長との最初で最後の交渉にならねばならんだろう」藤原が答えた。
 「君の言うように、それが最初で最後であると言うならば、交渉を拒絶された場合には、どうなるんだろう」小倉はその点をおそれていた。もし交渉が不調になったりした場合、同盟下船とでもいうことになれば自分は明らかに乗船停止を食うだろう。そうすると、自分は高等海員の免状をとる資格がなくなってしまうんだ! 彼は苦しい立場にあった。彼はもし、高等海員になってやや多い収入を得ないならば、山陰道《さんいんどう》の山中で、冷酷な自然と、惨忍なる搾取との迫害から、その僻村《へきそん》全体が寒さのために凍死し、飢餓のために餓死しなければならないのであった。
 彼の村は、山陽道と山陰道を分ける中国の脊梁《せきりょう》山脈の北側に、熊笹《くまざさ》を背に、岩に腰をおろしてもたれかかっているような、人煙まれな険阻《けんそ》な寒村であった。その村の者は森林の産物をその生活資料としていた。ところがそれらの森林は国有林になってしまった。そこで、その村の者は、監獄へ行くか、餓えるかという二つの道のどちらかを取るようにしいられた。小倉の生まれた村の小径《こみち》とも、谷川ともわからない山径《やまみち》は、監獄の方へ続いていた。わずか三軒の家をもって成り立っているこの村は、その各家から戸主を監獄へ奪われた。村から最年少は六つ、最年長十六の間の、十三人の男児は滅亡に瀕《ひん》している故郷を救うために、社《やしろ》のように神寂《かみさ》びたその村をあとに、世の中を目がけて飛び出したのである。そして、村に金を送る代わりに、村から労働力を搾《しぼ》られに来たという形なのであった。
 でもし、彼が、これに参与して、この企てが失敗するならば、彼は、今まで三年間、全力を傾倒してそれに向かって進んだ高等海員どころでなく、下級船員からさえもその職業的生命を奪われることになるのであった。
 彼は三上とサンパンを押した時にも、同様な感じを味わった。深い憂悶《ゆうもん》と、人生に対する疑問とが彼を蜘蛛《くも》の網のように包みとり巻いた。
 「それは闘争になるだろう。僕らは、何の武器も持たないから、ただ固まって、何もしないだけの方法をとるだろう。そうすると、船では雇い止めして、乗船停止を食わすだろう。事によれば桟橋から道は監獄へ続いてるかもしれないよ」藤原は答えた。
 「それは僕らの生活の破滅にはならないだろうか、いや、僕らだけではなくて、僕らの背後にある老人や幼児たちの運命を破滅に導くだろう。僕は僕の故郷のことを考えると、どんな忍耐でもやりたいと思うよ」小倉は彼の哀れな気の毒な心の中に、涙と共に浮かぶ考えを述べるのであった。
 「そうだ! 君は君の忍びうる最大の『忍耐』をなし得た時に、君は君のなしうる最大の力で同胞を殺戮《さつりく》し、それからパンを奪ったという結果を見ることになるんだ」藤原はほとんど冷酷そのもののような顔つきになっていた。そしてその目だけは火のように燃えて、光っているのであった。
 「そうは思われないよ。僕が今職業を失えば、僕の故郷では、どんなに嘆くか知れやしないよ。それだけではないんだ。僕の家では食う物に困ってしまうんだ!」小倉は感情がたかぶって来た。彼の頭には、彼が村を去る時の悲痛な光景が涙に曇って浮かんで来るのであった。
 「同情する! 労働者はほとんどすべてが、罷工《ひこう》することのできない地位につき落とされているんだ! あらゆる組織がおれたちを簀巻《すま》きにしているんだ。そして、おれたちは首を切られても罷工もできないんだ。直立不動の姿勢を保って、なぐっても、けられても、それをくずせない新兵よりもおれたちは苦しいのだ。資本制は、労働者に一人《ひとり》残らず狭窄衣《きょうさくい》――監獄で狂暴な囚人に着せる革《かわ》の衣類、それを着ると、からだは自由がきかなくなって、非常な苦痛を感じる――を着せて、手錠、足錠をはめているのだ」藤原は、その目だけがますます然え上がった。が顔はそれと反対にだんだん血の気があせて青ざめて行った。
 「だが、小倉君、君はどっちにしてもだれかの死には、関係しないわけには行かないだろう、ボーイ長は、自分のパンを求めに来て、鉤《はり》のついた餌《えさ》を食った魚のように、自分を生命の危難に打《ぶ》っつけてしまった。それが、『今』の問題なんだ。これはボーイ長にその形をとって現われたのだが、パンを得るために、船のりになるなどと言うことは、針のついた餌に釣られた魚と同じことなんだ! それはわれわれ全体に一様に変わりのない運命なんだ。われわれには、鉤についた餅よりほかには、どこにも餌がないのだ。君も二度まで沈没船に乗っていたというじゃないか、その時に、もし万一君が死んでいたら、どのくらい君の家族は嘆いただろう。もしその時に、君がだれかに救われなかったとしたら、君は、その嘆きを家の者にかけなければならなかったんだ、そうではあるまいか。それは、どこへ行っても餌に鉤がついてるから起こることなんだ。
 だが、小倉君、君の言うことはわかる。僕らは馬車馬のように生活するか、餓死するかどちらかなんだ。ほんとうに、僕らが、僕らの持っている偉大な力に、自分から驚く時の来るまでは、いたずらに、僕らは犬死にをしなければならないんだ」上陸の時以外に彼らが口にすることのできない一杯の紅茶は、彼らを興奮せしめたように見えた。藤原は自分でもそう思いながら、自分に追っかけられて話しつづけるのであった。
 「わかったよ、藤原君! 僕らは、一飛びに跳《と》ぶことよりもジリジリ進む方がいいんだろう。自分だけがブルジョアになろうとするよりも、成功しなくてもプロレタリアの戦士で、倒れた方がいいんだ。僕には、それがよくわかるんだ。そしていつも君たちには敬服してるんだ。だが、僕には、その勇気と、決断と、信念とがないんだ! つまり憶病者なんだ! 僕は! 卑怯者《ひきょうもの》なんだ! だが、僕は、今度は、やるよ、やって見よう! コーターマスター四人をも起《た》たせて見よう。僕にもようやくわかったような気がするよ」小倉は、ようやく厄介なものを払いのけた、と言ったふうな顔つきをして残ってる菓子を摘まんだ。
 「それで」と西沢は口を切った。「だれが船長に打《ぶ》っつかるんだい」彼は、まるっ切り黙ってるわけにも行かない場合にしゃべるような、それと同じ気持ちで、同じようなことをそこへ吐き出した。
 「おれたちじゃとても太刀打《たちう》ちができねえから、やっぱりストキに頼むんだね」
 「じゃあ、今夜要求条件をこしらえて、それに全部で連印して、それを船長に提出しようじゃないか」波田がいった。
 「いいだろう」皆が賛成した。
 「だがそれはいつやるか? その時を選ぶことが、[#「、」は底本では「。」]勝つも負けるも、時を選定すると言うことになるだけだと僕は思うんだ、ことに、船長は帰りを急いでるからね。正月は目の前だしね。おれたちの用事がなくなった時に、おれたちが力を示そうとしたって、それやだめなことだから」藤原は、実戦家としての提案をした。
 「だがさっきも言ったことだが、要求がはねつけられた時はどういう対策を取るんだね」小倉はそれを聞いた。「始めることになれば、おれも徹底的にやらねばならん」と彼も覚悟したのであった。
 「それは、ストライクが皆の意志で決定されるように皆で、決定しなければならない重大な問題だ。要求条件を出しただけでは、まだなんでもないんだからね、それで容《い》れられない時に、休業するか、怠けるか、下船しちまうか、等の方法があるわけだね。こんなところで下船するというわけにも行かないから、それもやむを得ない時はもちろん、裸ででもこの雪の中へおりる覚悟はしているんだが、下船するということは、最後の場合にとって置いて、そう大切でない時は怠けて、これをやっては絶対にいけないというような仕事の日には休業しちまうんだね。これが一番効果の上がる方法だと思うんだ」リーダーは、実戦の闘士、藤原であった!
 「そんなことは、一体どこで相談をするんだい」西沢がたずねた。
 「それは、もし、コーターマスター全部が承知したら、コーターマスターの室でやろうじゃないか」と小倉が言った。
 「それはいいだろう」で、本部は三畳敷きに足りない舵取《かじと》りの室を第一の候補地にした。コーターマスターがはいらなかったら「おもてでいいさ」ということになった。
 「それで、いつ一体やるのかい」波田が今度は聞いた。
 「いつがいいと思う」と藤原は反問した。「それは皆が一番いいと思った時が、いいんだ」
 「おれは出帆の時がいいと思うぜ。出帆の時におれたちが遊んだら、第一ワイアやホーサーが桟橋からはずれっこねえんだからな。ヘッヘッヘヘヘヘ」と西沢は、戦闘を開始したような気でいた。
 「そうさなあ……出帆の間ぎわに要求書をブリッジへ持って行くか?」小倉が言った。「『これを承認してください。何でもあたり前のことです』とやるか」
 「そうじゃないよ。要求書を、やつの目の前へつきつけるんだよ。『やい見えるかい、え、これに判をつけ、さもねえと、正月は横浜じゃできねえぜ』と高飛車《たかびしゃ》に出たら随分痛快だろうね」西沢はいった。
 「出帆の時はいいだろう。第一、おれはチエンロッカーにはいらないよ」波田は、自分のあの困難な仕事が、船の出帆に際して、どうしても省略することのできない重大な作業であることを、ハッキリ見ることができた。「おれたちを月給|盗棒《どろぼう》みたいに考えることは、まるで違ってるってことをハッキリ思い知らせた方がいいだろうよ」彼は、何だかほんとうに、人間として、労働者として、貴《たっと》い犠牲的な、偉大な事業に、初めて携わりうるという晴れがましい誇りと、自信とを感じないわけには行かなかった。
 「だが、これがよし通ったにしても、これが最後の勝利ではないということを、よく考えて、なるたけ大事をとってくれないと困るよ。たとえば要求は通ったけれど、あとで気をゆるめたために、毎航海毎航海、一人《ひとり》ずつ下船させられたなんてことになると、二、三航海のうちに、また元々どおり、ほかの人間は搾《しぼ》られるし、僕らだってばかを見なけれやならないからね、争議は、その時も大切には相違ないが、跡始末がもっと大切なんだからね」藤原は、彼の苦い経験を思い起こした。「せっかくきれいに掃除《そうじ》しても塵取《ちりと》りですっかり取ってしまわないで、すみっこの方にためときでもすると、埃《ほこり》はすぐに飛び出して、前よりもきたなくなるようなものだからね。ことに、三上のような捨てっぱちなやり方は、残った同志のことを思えばやれないはずだと思うよ」藤原は、一切のプログラムを腹案しつつ言った。「でボースンやカムネ(カーペンター――大工――の訛《なま》り)はどうするんだね」波田はボースンや大工が裏切り者になりはしないかを恐れた。彼らは籠《かご》の中で孵《かえ》った目白のようなものであった。自分の牢獄《ろうごく》を出ることを拒む、その中で生まれた子供のようであった。彼らは船以外に絶対に、パンを得られないほど、船に同化されていた。たとえば彼らは、ちょうど人間ほどの太さのねじ釘《くぎ》にされてしまったのだ。それは船のどこかの部分に忘れられたようにはまり込んでいるのだ。そして、それは大切なねじ釘なんだ。だから錆《さ》びるまでそこへそのまま置かれるのだ。錆《さ》びると新しいのと取り換えられねばならない。
 彼らはねじ釘の本質に基づいて、船体に錆びついているものと見なければならなかった。
 「よっぽど例外ででもなけれや、あいつらが船長に闘争を宣言するなんてこたあないよ」とストキもいった。
 「それやあたり前さ、今夜だって、ボースン、大工は、チーフメーツに大黒楼に呼ばれて、そこで飲んでるんだぜ。もちろんやつらあ、ねじ釘さ! だがやつらはかえっていない方が足手まといがなくっていいよ。今夜は貸金の利子を勘定する日さ」西沢は、すばしこくスパイしていたのだった。
 「おれたちは毎月の収入の五分ノ一ずつ出し合って、やつらに芸者買いをさせ酒を飲ましとくんだなあ」波田が言った。
 「では」藤原が言った。「要求書は僕が原稿を作って、それがまとまった上で、清書して判をおして、それから提出ということにしようね。それまではもちろん、絶対に秘密、しかし内容を秘してコーターマスターを説くことは小倉、君に一任しよう。ね、それでいいかしら、ほかにまだ考えて置くことはなかったかしら」彼はちょっと頭を軽くたたいて考えた。
 「もういいようだね」西沢が答えた。「だが波田君には菓子が、僕には酒と女とが足りないような気がするね」彼は大口をあいて笑った。空気まで寂しさに凍りついたような、静けさを破って、声は通りへ響いた。
 「波田君、どうだい、そんなにいけるかい」藤原は立ちながらきいた。
 「もういいよ。でも食えば食えないことは無論ないけれどもね。財政が許さないさ。ハハハハ」と笑った。
 四人はおもてへ出た。西沢は「ひやかして、一杯ひっかけてくる」と言って坂を遊郭の方へ上がって行った。三人はそろって、どこか、そこが外国の町ででもあるような感じを抱《いだ》きながら、馬蹄形《ばていがた》にその船へ向かった。
 ボーイ長は波田から菓子のみやげをもらって喜んだ。
 三人は、紅茶のおかげで眠られぬままに、ボーイ長のそばで、ストーブに石炭をほうり込みながら、前のボースンが、直江津《なおえつ》でほうり上げられた悲惨な話を、思い起こしては語り合った。

     三四

 それは、ここに今書くべきことではないかもしれない。けれども、それは書いた方が都合がいい。船長とは一体何だ? それの答えの一部にはなるだろう。
 それは夏の終わり、秋の初めであった。時々暑い日があって、また、時々涼しすぎる夜があるような時であった。万寿丸は同じく吉竹《よしたけ》船長――これはやっぱりこの船のブリッジへ錆《さ》びついたねじ釘《くぎ》以外ではなかった――によって、搾《しぼ》ることを監督されていた。そして小樽《おたる》から、直江津へ石炭を運んだ時の、出来事であった。
 本船が秋田の酒田港《さかたこう》沖へかかった、午後の一時ごろであった。まるでだし抜けに滝にでも打《ぶ》っつかったか、氷嚢《ひょうのう》でも打《ぶ》ち破ったかと思われるような狂的な夕立にあった。その時、船首甲板には天幕《ウォーニン》が張ってあった。それが、その風にあおられて、今にも、デッキごとさらって行きそうにブリッジから見えた。船長はすっかりあわてた。そして、あれをすぐ取れと、命じた。その時、夕立前の暑さで、おもては皆裸で昼食後の眠りをとっていた。そこへ、コーターマスターが駆け込んで「ウォーニン」をとれと伝えた。
 波田、三上、藤原、西沢らは元気盛りではあるし、船長をそれほど「怖《おそ》」れてはいなかったので、猿股《さるまた》一つで飛び出した。仙台と波田とは全裸で、飛び出した。それは風呂《ふろ》のない船においてのいい行水《ぎょうずい》であった。だが、風が猛烈なので、仕事はすこぶる危険であった。ウッカリするとウォーニンのあおりを食って、海へ飛んで行かねばならなかった。それにしても、若い水夫らにとっては、それは、全裸であばれ回ることが「痛快」なことであった。彼らはしまいには、少々寒くなりながらも、裸でその作業をなし終えた。ところが、妙な船長だ! ボースンが裸ですぐ飛んで出なかったというので、ひどくボースンをしかったのだ!
 全くこれは予想外の悪い結果を水夫たちはもたらしたものだ。水夫たちでは、漁船じゃあるまいし、全裸で「船長」の見て「いられる」前で作業することは無礼だと、船長は考えるだろう。だが、ウォーニンを取りはずすことは、また急いでいるんだろう。だから、こういう時を利用して、やつの鼻先におれらの×を拝ませてやれというつもりだったのだ。
 ところがその晩ボースンは船長から「ねじ」のぐらつくほど「油をしぼられた」のであった。「そんなふうでは非常の時に役に立たない、かえって邪魔になるくらいなもんだ」というんだ。
 それにはボースンはひどくしょげた。水夫たちも、方角違いの飛ばっちりに、いささか、恐縮したのだった。
 だがそれは、問題にならずに、直江津に着いた。直江津の初秋! それは全く、日本海特有のさびしい景色《けしき》であった。さらでだに、人恋しい船のりは、寂しい人なつっこい自然の情景の前で、滅多に来る事のない直江津の陸をながめて恋い慕った。
 ところが困ったことには直江津の海はきわめて遠浅であって、おまけに少し風が吹くと、そこはのべったらな曲線をなした海岸であるために、汽船は錨《いかり》を巻いて、大急ぎで佐渡《さど》へと逃げねばならないのであった。
 佐渡へ避難する! それもまたセーラーたちには結構であった。そこにも、珍しい街《まち》、珍しい風俗があるのだ。
 万寿丸は別に錨を巻いて逃げるほどのことはないが、石炭積み取りの艀船《はしけ》は波で来られないという、はなはだじれったいあいまいな日が三、四日続いた。これには、船長はおろか、だれでも癇癪《かんしゃく》を起こした。
 そうかといって、わが万寿丸が、不良少年のように、ノコノコ佐渡までも女狂いには出かけられないのであった。
 ちょうど、その時日曜が来た。船長は直江津の艀船《はしけ》の腑甲斐《ふがい》なさを、冷やかす意味において、水火夫全体へ向かって、当番を除いたほかの者は、ボートと伝馬《てんま》とをおろして、練習していいという、本船初まって以来の計画と壮挙とが発表された。そこで、伝馬にはデッキ、カッターにはエンジンということに振り当てられた。
 この計画が発表されると、同時に、ボースンと、今の大工、三上の三人は逸早《いちはや》く隠謀をたくらんでしまった。それは、伝馬を、どんどん漕《こ》いでって、上陸して直江津の女郎買いを「後学のため」にして、朝帰って来ようというのであった。そのためには、グズグズしてると不純な分子藤原のごとき、小倉、波田のごときが乗り込んで来ると、いけないというので、気脈相通ずる火夫長とナンブトー(ナンバーツーオイルマン)とを誘惑して、伝馬を占領してしまった。これは無邪気なおもしろい企てであった。この企ては必ず喝采《かっさい》を博すると、彼らは考えた。
 直江津の町は、沖から見ると、砂浜から、松がところどころに上半身を表わしていて、街《まち》はほとんど、その姿を見せないようなところであった。それは、隠されるとなお見たくなるという人心をはげしく刺激した。おまけに、だれかが直江津へ一度来たことがあるのであった。
 「ここの女郎は、皆亭主持ちなんだぜ! そして、みんな自分の家を持ってるんだぜ、自分の家へ連れていくんだぜ、素人《しろうと》みたいなのや、かと思うと芸妓《げいぎ》も及ばないようなのがいるんだぜ。そして、皆素人素人してるんだぜ。まるで自分の家へ帰ったようなものだぜ。日本一だ! 全くここの女郎買いを知らないやつは船のりたあいえないくらいなんだぜ」それは、恐ろしく皆の者を興奮させた。有夫の女郎、素人の女郎! 人に飢えた船のりはもう有頂天にされてしまったのであった。それはまるで錦絵《にしきえ》の情緒じゃないか。
 それは、全くおそろしいほど、彼らの好奇心をそそった。素人の娼婦《しょうふ》! 一軒を持っている娼婦! それは全く独特のものであった。
 この興奮剤は、恐ろしい偉力を現わした。伝馬は直ちにおろされた。
 彼らは大騒ぎをしておろした。それは難なく、海面へおりた。そして、三上は、実際直江津の漁夫を笑うかのように、楽々とおもてへ漕《こ》ぎ寄せた。ボースン、ナンバン、ナンブトー、大工、という順序にロープを伝って乗り込んだ。
 櫓《ろ》が二|挺《ちょう》立てられた。三上と大工とがそれを押した。
 波の山、波の谷を、見えつ隠れつして、それを漕いで行った。
 そして、そのまま、どこへ行ったか、見えなくなってしまった。カッターはそのあとでおろされた。そしてそれは、サードメーツ、チーフメーツまで乗り込んで、ほんとうに漕ぎ方の練習をやった。「伝馬は」といって、チーフメーツはカッターの上へ立って方々をながめたが、それは見えなかった。
 カッターは引き上げられた。そして日は暮れた。伝馬はもちろん帰って来なかった。伝馬の連中が、もし、船長を連れて行ってるならば、このような問題は起こらないのだったが、船長は船に残っていたのだ。
 船長は、たたき落とされた熊蜂《くまばち》の巣みたいに、かっとなって憤《おこ》った!
 自分の妻君の姦通《かんつう》をかぎつけた亭主のように、その晩船長は一睡もしなかった。そして、そのおかげで、ボーイも眠れなかった。というのは、船長は、のべつに、ベッドから飛び上がっては、「ボースンはまだ帰らないか、帰ったらいつでもいいから、すぐにおれのところに連れて来い、わかったか」だの「伝馬はまだ見えないか」だのと、怒鳴り続け、ベルを鳴らし続けたからである。
 「まるで狂人病室だ! 看護人はたまらん」ボーイは背中をボリボリかきながらこぼした。
 全く船長にしてみれば、その誇りを傷つけられ、自分の優越感を裏切られ、自分の特権を蹂躙《じゅうりん》され、ことに彼さえもまだ遠慮していたのに、「女郎買い」に行ったことは、彼を「愚弄《ぐろう》」することはなはだしいものであった。それは、昔ならば「罪まさに死」に相当すべきであった!
 彼は時々ベッドから、飛び上がっては、ボーイを怒鳴った。それは足へ煮えたぎった湯でもかかった時のように飛び上がるのだった。そして、彼は飛び上がるたびごとに、「きゃつら」に対する復讐《ふくしゅう》を一層残忍にしようと考えるのだった。
 ボースン、ナンバンらが「出し抜いて」直江津の、自分自身の家を一軒独立に構えている女郎買いに行ったことは、憤怒の余り、船長を発作的の熱病患者みたいにした。
 わずか、しかし、このくらいの事で、何のために、それほどまでに船長が、憤《おこ》らねばならなかったか、それは、だれにもわからないのだ。それほどに憤慨しなければならない「理由」を、いまだに「発見ができない」とおもての者たちもいっているのだ。それは多分、「虫の居どころ」が悪かったのだろう。そして、虫の居どころが悪かったために次のような結果になってしまった。

     三五

 その夜は、船長にとっては、全く不愉快きわまる長い夜であった。その夜は、ボースン一行にとっては、全く愉快きわまる短い一夜であった。そして、おもての者たちにとっては、それは、灰色に塗りつぶされた、懲役囚の一夜のように惰力的な一夜であった。
 その夜が明けると、ボースンらは、陸地近くの、日本海特有のまき浪《なみ》の中から、その伝馬《てんま》の姿を見せた。浪は、その波のような色と幅を持って、沖の方から陸地の方へ巻きころがして行く反物《たんもの》のように見えた。伝馬は、陸近くでは、よくこの浪に見事にくつがえされるのであった。伝馬は巻き込まれるように見えた。が、すぐにヒョコリと現われた。芥子粒《けしつぶ》のような伝馬は、だんだん大きくなって来た。
 よせばいいのに、ボースン――海軍出のおもしろい男だった――は、伝馬の舳[#「舳」は底本では「軸」と誤記]《へさき》につっ立って、その功を誇りでもするように、ハンケチを振っていた。
 それは、客観的には浦島太郎が、龍宮の乙姫《おとひめ》様のところから、帰って来るのではないかと思われるほど、美しく、詩的であった。
 黒青い、大うねりのある海には、外には一|艘《そう》の船もなかった。空気は甘く、恋人の肌《はだ》のようににおった。空は海一杯を映した鏡のようだった。伝馬の背には、白い砂山の続きの間から、松と屋根とが延び上がってのぞいていた。
 一切が澄みわたって、静かであった。それは一九一四年のことではなくて、紀元二百年の日本海と名のつかない、前の海面であった。
 そしてボースンは乙姫様からもらった箱をさげて、ハンケチを振っていた。
 ボーイが、船長にボースンの伝馬が見えると報告した時の、彼の憤《おこ》り方の気持ちや、態度を説明するのには、匙《さじ》を投げる。
 彼は、ドイツ製の双眼鏡をオッ取って、ブリッジに駆けのぼった。彼の双眼鏡は伝馬を拡大した。
 「図々《ずうずう》しいにもほどがある、やつはハンケチを振っている!」彼はうなった。
 水夫たちも、火夫たちもデッキへ出て、悲惨な遊蕩児《ゆうとうじ》たちをながめた。伝馬は近づいた。大工は鼻歌をうたっていた。彼は、また声がいいのだ。それは、だれでも聞く者を、母にすがりついて乳を飲んでいたころの、甘い追憶を誘い出さずには置かなかった。
 彼らは、おもてからロープをおろしてもらって上がった。
 彼らが、皆まだ上がり切らないうちに、コーターマスターが飛んで来た。
 「伝馬はそのままにしといて、ボースンにすぐ来いって、船長が」とボースンにいって、
 「オイ、ボースン、気をつけないと、まっ赤《か》になって憤《おこ》ってるぜ」
 ボースンは、女房と、六人の子供が、打ち上げられた藻屑《もくず》のように、ゴタゴタしている、自分の家庭のことを思い出してしまった。「こいつあしまった。行かなきゃよかった」と、彼は思った。深刻に彼は悔いた。悪いと思ってでなく、より悪いことの誘因になったことを、彼は、……頭をデッキへ打《ぶ》っつけたかった。……心臓がまるで肋骨《ろっこつ》の外側についてるように、彼は、動悸《どうき》がした。捕《つか》まった犯罪人のように、彼は、自分の運命が決定したことを直感した。彼は、その破滅に瀕《ひん》した自分の家で、疲れ衰え弱った、妻や、子供らと一緒に飢え凍えている状態を想像して、震えながら、船長の所へと行った。
 彼の共犯者? たちも、霜寄りした魚のように、一つところに集まって「困った」のであった。三上だけが一人《ひとり》その中で、昨夜はいかにして遊んだかということを、仲間の者に発表する勇気と、発表せざるを得ない衝動とを持っていた。
 その話によると、若い船員たちにとっては、その歓《よろこ》びを得たことは、そのために首を切られることがあるにしても、なおかつ非常にいい、得難いことであった。なぜかならば、
 三上はこう説明した。「ほんとに、自分の亭主のように親切にした」と。
 彼らは、人間の「愛」には、うそにもほんとにも、沙漠《さばく》のように渇《かわ》き飢えていたのだ。沙漠にオアシスの蜃気楼《しんきろう》を旅人が見るように、彼らは「愛」の蜃気楼さえをもさがし求めたので。それは「愛」の形骸《けいがい》であったかもしれない。しかも彼らは、それ以上のものを知らなかったのだ。彼らは、そこへ持って来て、原始的な制度の残っている、いくらか何か真実らしいもののある――それは、彼らの幻影と、極端な想像とから来たものであろう――「愛」の一夜を過ごしたのだ。
 彼女らが、彼らに、ほんとに人間として、仲間として接近された時、彼女らも、時としては、その夜、強い反抗と、自暴自棄とから、涙の多いその女性としての一面をフト、見せることがあるものだ。それは、よくないことであろう。だが、それから先には、なおらないであろう。
 船長はサロンに待っていた。チーフメートもそこにいた。セコンド、サードもそこにいた、陳列されたように頭をそろえていた。船長はそれらの人間にとっても、犯すことのできない人間であった。従って、ボースンなどは「陪臣」であった。
 ボースンは落ちて来た煙火《はなび》の人形のように、ガッカリしていた。彼は、ドーアのところへ立って、マゴマゴしていた。彼はためらっていたが、死のような沈黙と、屍《かばね》のような冷たい目とが、集まっていたので、そのまま思いを決めて、中へはいった。
 そこは、まるで法廷のようであった。そこでは、善人と悪人とは決定されてあった。
 ボースンのしたことは、論ずる余地がなかった。
 「お前に下船を命ずる! 今からすぐに。荷をまとめて、あの伝馬で上陸して行け、合意下船ではないぞ、下船命令だ! それでよろしい」
 きわめて簡単であった。抗弁もなかった。ありもしなかった。余裕もなかった。船長は自分の室へ、赤くなった目を休めに引っ込んだ。それぞれメートらも幽霊のごとく引き取った。
 ボースンはおもてへかえった。そして、どっかと自分の寝箱の中へ、からだを投げつけた。一切は決定した。ボースンは業務怠慢で下船命令を食ったから、一年間乗船を海事局の名によって停止されるのだ。それだけの事実なのだ!
 悲惨なる事実は、新聞の三面に「死んだ人」の欄に一括して載せられる。ブルジョアの結婚が破れたことは、全紙を数日間にわたって埋《うず》める。それだけのことなのだ!
 (以下十九字不明)凍死し、飢え死にし、病死し、自殺し、殺戮《さつりく》されることは、その状態なのだ! (以下七字不明)! もし、新聞や、その他の社会が事実を顛倒《てんとう》してると考えるならば、それは、君が資本主義の社会を見ていないからだ。
 もし、それらの悲惨なる事実がなかったならば、それらの悲惨事の上にのみ建つ、ブルジョアの社会建築はどうなるのだ。それは、だから、実は悲惨事ではないのだ。貧窮のために死滅して行くことは、すこしも悲惨ではないのだ。死滅して行くほどに多数が貧窮であるからこそ、これほど、ブルジョアが富んでいるんだ!
 だから、一切は、最上の状態なので、「これを動かしてはならない!」のだ。
 ボースンは、そこらの物を片づけ始めた。帆布で作った袋の中へ、一切合財押し込み始めた。そして、その間に、アーッとため息をもらした。曇った夕暮れのように、どんよりと考え、どんよりと感じた。彼は寝床の下から、長いこと、そこにつっこんであった、破れたゴムの長靴《ながぐつ》をとり出して、それにながめ入っていた。白い粉のように、塩がフイていた。が、彼はその靴の事を考えているというわけでもなかった。彼は、それをぼんやりと見入っていた。
 ナンバン、大工などの連累者は、ボースンの命|乞《ご》いを計画して、それぞれ手分けをして頼み回っていた。ことに大工は、船長と同じ国の山口県の者であった。彼は、国者《くにもの》という、――何という哀れな、せせこましい、けちくさいことだろう、――理由で、船長のところへ、日ごろの寵《ちょう》を恃《たの》んで出かけて行った。
 「お前が、国の者でなかったら、お前も一緒なんだぞ!」大工は、船長にそう怒鳴りつけられて、失望したような、ホッと安心したような、何だか浮き浮きしてうれしそうな気にまでなりながら、おもてへかえって、「だめだった」ことを報告した。そして、心の中では口笛でも吹きたいような元気元気した気になった。
 三上は、何とも思わなかった。それは、人のことなのだ! ナンバン、ナンブトーも、同様であった。
 読者は、作者に対してこのことで憤《おこ》っては困る。作者が冷淡にしたわけではないのだ! もしまた、皆がそうでなかったら、ボースンがおろされるようなことも初めっから生じ得なかったろう。要するに、労働者が結合していないことを、作者に向かって憤られるのははなはだ迷惑だ。
 ボースンはばかな子が、その帯をくわえるように、その靴をいつまでもいじくっていた。
 しばらくして、彼は、その靴を床へ力一杯たたきつけた。そして、しばらくまた考えていたが、また、それを拾い上げて、その破け目を子細に調べて、ソーッと、下へ置いた。彼は、寝床の縁板《へりいた》のすみに、セルロイドの妻楊枝《つまようじ》を作って置いてあった。それは歯のためにいいだろうと、彼は自分で思い込んでいた。彼はまた、それへ目をつけた。これはどうしよう。彼は、それをとり上げて、また、子細に検査を始めるのであった。一切のものが急に、非常に重大な、貴重なものであるように、彼は感じ初めた。
 水夫たちは、ボースンの室をのぞいては、気の毒そうな顔をした。波田は、ボースンを、月二割も利子をとるので、船長の模型ぐらいに評価していたのであったが、彼が「馘首《かくしゅ》」されたことを聞いて、急に同情者になってしまった。
 彼は、梅雨時《つゆどき》の夕方みたいな気持ちでいる、ボースンの室へはいった。そして、何かと手伝ったのであった。――彼が、今時々足にはめるゴム長靴の「ゲートル」はこの時に、もらった記念品であった――。
 ともからは、ボースンはまだ上がらないかと、しきりに急《せ》き立てて来た。
 「人間ほどわからんものはない。ああ人間ほどわからんものはない」と、ボースンはため息と共に言った。
 ボースンは、三上に送られて、自分も一本の櫓《ろ》を押して、今帰ったばかりの直江津の街《まち》へ向かって漕《こ》ぎ去った。
 ブリッジからは、船長とチーフメーツが望遠鏡でこれを見送った。伝馬はだんだん小さく、波山と波谷との上にのりつつ見えつ、沈みつして行った。
 ちょうど、その日も荷役がなかった。また別に仕事もなかったので、水夫らは、船首甲板にウォーニンを張って、その下で寝ころびながら、ボースンの伝馬を見送っていた。
 伝馬はどんどん進んで行った。そして、陸岸近くなって、もう一、二間と、いうくらいのところまで進んだ時に、後ろから追っかけられた、例の巻き浪《なみ》に、くるまれて、旋風が埃《ちり》でも渦巻くように、ゴロゴロッと横にころがしてしまった。もちろん、船長とチーフメーツはこの上もなくおもしろがり、手を打って喜んだ。
 岸には、石炭の人足たちが、もう少し凪《な》いだらば、本船へ仕事に出かけようとして沢山集まって、そのありさまを見ていた。
 人足の四、五[#「四、五」は筑摩版では「四五」]の者は直ちにおどり入った。そして、二人《ふたり》は――三上は櫓《ろ》と抱き合って、ゴロゴロころがった、彼は、立とうとして二、三度試みたが、彼の四倍も長い重い櫓を抱《かか》えていたので立てないで、その代わりに潮を飲んだ。ボースンは、そのとっさの場合にも、荷物を流すまいとして、手を章魚《たこ》のように八方に広げて、手にさわるものをつかもうとしながら、グルグルと巻きころがされた。そして、彼は手に舟板《ふないた》一枚と洋傘《こうもり》一本とをしっかりと握りしめていた。
 もし、人足が助けてくれなかったならば、伝馬はもちろん、流されているし、ボースンにしても、三上にしても、死に得た。彼らは足が立たなかったといっていた。そのはずであった。どんな大男でも、海の幅ほど丈《たけ》のあるものはないからだ。つまり彼らは、横になりながら足を突っぱろうと試みたのだ。
 二人は、櫓と、舟板と洋傘とをしっかり握りしめて、人足に助け上げられた。
 ボースンの荷物は、布団《ふとん》一枚と毛布一枚との包みが取りとめられた。そして、帆木綿《ほもめん》の袋の方は流れた。そして、一切は残るくまなく完全にぬれてしまった。それは、吸い取り紙が完全にぬれたように、ほとんど一切を役に立たなくしてしまった。
 それは、ブリッジから、望遠鏡で見る時に、流れて行く行李《こうり》まで見えたくらいであった。
 「これは痛快だ、こいつあおもしろい、ワッハッハハハハハハ、ワッハッハッハハハハハ、とてもたまらない[#「たまらない」は底本では「たまらい」と誤記]、ワッハッハハハハハ、あれを見たまえ! 舟板を虎《とら》の子みたいに抱いてるぞ、ワッハッハハハハハ」船長はころげ歩くばかりに笑い狂った。全く、それは、関係のない者から見ると、おかしい情景でもあったろうさ。チーフメーツも笑った。
 おもてのウォーニンの下でも、砂丘の上の粒のような人間たちが、動揺し始めたことを見た。何だろう? と伝馬の行方《ゆくえ》をさがしたが見えない。そのうちに、ブリッジで、船長とチーフメーツが腹を抱《かか》えて笑いころげているのを見た。そこへ、ブリッジから、非番になったコーターマスターがおりて来て、ボースンの伝馬が、巻き浪に巻き込まれて顛覆《てんぷく》したが、人命だけは人足に救われたことを知らせた。
 彼らは、ウォーニンの柱やレールに上《のぼ》ったり、つかまったりして、それをながめようとした。けれども、波にさえぎられて見えなかった。彼らは下に降りて、寝そべりながら、彼らについて話し合った。
 夕方になって、三上は、ふくれっ面《つら》をしてボースンと共に、また帰って来て、船長に、子細を告げた。ボースンは、船長に損害賠償を要求しようとしたが、テンで、デッキまでも上がらされなかった。すでに彼は、万寿丸のデッキさえも踏み得なくなっていた。そして、一切は浪にさらわれた!
 三上は、再びボースンを送って行って、夜になって帰った。
 ボースンは、横浜へ帰って、全く、くず鉄の山の中の一本のねじ釘《くぎ》のように、わずかに存在しているに止《とど》まった。彼は、帆布の縫い工になって、一日七十銭を取っているのであった。
 これが、船長の偉業であり、これが、ボースンが、「当然」受けねばならない報いであった!

     三六

 私がまるで酔っぱらいのように、千鳥足で歩き、一つのことをクドクドと、繰り返している。だが、これは、私が船のりであるからで、小説家でないからのことだ。全く、こんなことを、いや、「書く」ということは、とてもむずかしいものだ!
 ボーイ長は、もうこれですっかり傷も、それから来た病気も、「これでいよいよなおるんだ!」と思った。それは、今から室蘭の公立病院に行くからであった。
 そこに行くためには、どうしたって、海も見るだろうし、家も見るだろうし、木々も見えるだろうし、また、町の人々も、そのほかいろいろなものを見ることができるんだ! そうだ、彼は頭の上の、上段の寝箱の底板ばかりを一週間ばかりながめつづけていたのだった。
 こんな場合には、人は恐らく、どんなものでも、見るもの一切がなつかしいものだ、どうかすると、自分にけんかを吹っかける、酔っぱらいでさえも。それは放免された囚人の心と同じであった。
 彼を連れて行く、藤原と、波田とはしたくをしていた。したくをしながら、二十五歳のキビキビした青年、波田は悲痛な冗談をいっていた。
 「病院には、看護婦がいるぜ、色の白い、無邪気な、それほど別嬪《べっぴん》ではないが、すてきにかわいい……」
 「何だい、こいつすみに置けねえなあ、君は病院に行ったことがあるかい」波田にしては珍しい話なので、藤原が一本突っ込んだ。
 「その目がいいんだ! 目がね、汚《よご》れたどんな塵《ちり》も映さない、山中のまだ発見されない、処女湖のような澄み切った、親切な目なんだ! その女は、全く、どの患者にでも、兄妹《きょうだい》のように、わざとらしからぬ親切さでもって、接するんだ!」波田は、すでに十度以上は、便所|掃除《そうじ》で汚《よご》した仕事着に腕を通しながら、自分の恋人のことを語るように言った。
 「似合わねえな。波田君、糞《くそ》だらけの服と、澄み切ったひとみの処女とは、どう工面して見たって、縁がねえなあ」と、藤原は冷やかした。ボーイ長までも、ウッカリほほえんだ。水夫たちも笑った。
 「マ、待ちたまえ、先回りしちゃいけないよ。実際だね。僕だって、もう二十五になるんだからね。恋も、愛も十分に知ってるさ。その時に、もし、そんな処女に病院で出会ったらだね。この糞のにおいのする仕事着にでも近づいて来るだろうかってことを考えてるんさ、ハッハハハハハ」彼は笑った。その笑顔《えがお》の中には全く、処女湖に宿す、処女林のような純な表情があった。
 「だって、君は、自分でも言ってるじゃないか、『女難|除《よ》け』にはこの菜ッ葉が一等だって、そうだと、もちろんその娘だって例外じゃないぜ」小倉が言った。
 「悲観悲観、おれが女のことなどいい出したのが、よくねえんだな、おれの妹だって、こんなきたない労働者とは結婚したがらねえだろうからな。ハッハッハハハハハ」
 「それは全くだよ、波田君」藤原は感に堪《た》えぬようにして言った。
 さてしたく、――それは、その通すべきところへ、手、足を通して、はめるべきところへボタン、靴《くつ》、帽子とはめればいい――はでき上がった。全く波田は「女難|除《よ》けのお守り」であった。新米の乞食《こじき》などは、彼より立派な風《ふう》をしていた。彼の髪と来たらなれた乞食と区別がつかなかった。
 波田は、ボーイ長を背中に負《おぶ》った。水夫たちは、ボーイ長を彼の背中に、そうっと乗せるようにした。
 「済みません」と、ボーイ長はうれし涙に詰まったような鼻声で言った。
 三人は、四本の足で出発した。
 子供を負んぶすることでさえも、非常に肩が痛く、また重いものである。ボーイ長の場合にははなはだしく重かった。そして、困ったことには、その胸が痛く、なおより悪いことは、砕けた左の足が、ともすればダラリと下がって、雪の中をひきずるのであった。ボーイ長は、足を引き上げていようとして、全身の注意を左足に集めて、それを、ひきずらすまいとしたが、だめであった。ボーイ長の足の下がると同様に、波田の手までが下がるのだった。
 波田が、ボーイ長を揺すり上げるのは、二十歩から十歩になり、今では一歩ごとに揺すり上げるようになった。ボーイ長は、痛さと寒さとのために、顔色をなくしていたが、それでも辛抱した。
 彼らは、桟橋から、二十間ぐらいのところにある、[#「、」は底本では「。」と誤記]番小屋へはいった。そして、ボーイ長をベンチへおろした波田は、額の汗をぬぐった。
 「アア、ご苦労様」藤原は言った。ボーイ長は、心臓の鼓動がくたびれていて、額から冷汗が出て、ものを言う気に、どうしてもなれなかった。ただ、アーッと小さくため息をもらした。
 番小屋で休んでいた男女の人足たちは、彼らが取りめぐっていた、ストーブの一辺をあけて三人に与えた。そして、ボーイ長の負傷に同情と憐愍《れんびん》の言葉を贈った。
 「おれたちあからだが資本《もとで》だでなあ、大切にしなけれや」と言い合った。「かわいそうにまあ、まだ子供だによ」と言った。
 ボーイ長の左足は、銃剣の尖《さき》のように、白木綿《しろもめん》でまん丸くふくれ上がっていた。その尖《さき》がストーブの暖かみで、溶けた雪粉によって湿らされていた。
 ボーイ長は、そこで、変わった人々の慰めの言葉を聞いて、涙ぐまれてしようがなかった。
 彼の母ぐらいの年配の老いたる婦人も、あの劇労に従うのであろう、ショベルを杖《つえ》にストーブのそばへ立っていた。彼は、恥ずかしい気持ちを感じた。なぜそうであったかはわからないが、彼がけがをして病院へ負われてなど行くということが、恥ずかしい気がしたのであっただろう。そこにいた人たちは、そんな大きなショベルを動かすさえ困難であったように見える、年配の人が多いのであった。それは皆四十を越しているか、そうでなければまだ十五、六の子供かであった――そんなのが娘さえも交じって四、五人いた――働き盛りの者はどこにいるだろう? と、人々は思わずにはいられなかった。
 働き盛りの者は、夕張《ゆうばり》炭田の、地下数千尺で命をかけて、石炭を掘っているのだ! それに、彼らの息子《むすこ》や娘が、そっちへ出かせぎに行っているのだ。そして、帰って来れば、不具者か敗残の病躯《びょうく》か、多くは屍《かばね》になって帰って来るのだ。
 「おれも、片輪になって帰らねばならないだろうか」ボーイ長は、灰になりかけた石炭のような、味気ないさびしさに心を虫食われた。
 「サア、行こうか、今度は僕が負《おぶ》うからね」藤原が言った。
 人足の人たちも手伝ってくれて、ボーイ長は藤原に負われた。三人は、また、四本の足をもって、馬蹄形《ばていがた》の海岸の石崖《いしがけ》の端を、とぼとぼと拾い歩きして行った。そうして、藤原は丈《たけ》が高かったにしても、雪は二尺から積もっていた。踏まれた道は狭かった。ボーイ長は、道ばたの高い雪へ、足で合図の印《しるし》でもつけるようにして、その足をひきずらねばならなかった。
 三人は、それほど黙っていないで、まれには一言ぐらい何か言ったらいいだろうと思われるほど、黙ってくっついて歩いた。三人も自分で、何かその不愉快な苦痛な沈黙に反抗したいとは思っても、口をきくだけの気力がないのであった。それは何か官庁の手続きででもあるように、非常に面倒臭いことのように思われるのであった。
 道は、藤原と、波田にとっては、昨夜歩いたと同じ道であるのに、道の方が先へ向こうへすべり抜けでもするように遠く思えた。
 しかし、彼らはやがて、第二の小屋まで来た。そこは、港の最奥部で、馬蹄形の頂点になっていた。その小屋からしばらく行くと、彼らは、左へ、海岸から離れて、石炭の連峰の間に、こしらえられたトンネルを抜けて、それから、室蘭駅の機関庫のある、数十条のレールの平原を横切って、街《まち》へ出るのであった。
 彼らの一行は、第二の小屋で息を入れた。
 そこにも、沢山の人足の人たちが、まっ赤《か》に焼けたストーブのまわりに、集まっていた。
 三人は、また、そこで、人足たちに席を与えられて、そして、前と同じようなことを繰りかえした。一休みごとに、彼らは、少しずつぬれるのであった。
 やがて、一行は、レールの平原を通り越して、街に出た。そこで、ボーイ長に俥《くるま》か橇《そり》かを雇いたかったが、そんなものはなかった。波田と藤原とは、かわるがわる汗だくになりながら坂を上《のぼ》り上って、もう少し上れば、半島の頸部《けいぶ》から、大洋の見えるほど、市街の高い部分へ上って行った。そこに公立病院があった。

     三七

 受付で、診察券を買って、外科の待合室で順番を待った。まるで、言葉の通わない国へ上陸したように、不案内であった。船の生活が、彼らを、だんだん陸上においては、不具者同様にするのだ。
 白い服を着て、看護婦たちはいた。そして、美しいのもいた。けれども、波田の考えたような夢のような、女はとうとう見つからなかった。けれども、彼らは、ペンキのにおいの代わりに薬のにおいをかいだ。殺風景の代わりに、清い女の声が流れ、看護服の裳《もすそ》がサラサラと鳴った。薬のにおいの中に、看護婦の顔からは、化粧水の芳香が、蜘蛛《くも》の糸のようにあとを引いて流れた。
 椅子《いす》には頭じゅう繃帯《ほうたい》したのや、手を肩から吊《つ》ったのだのが、二、三人かけて待っていた。
 そのうちに「安井さん」と呼ばれて、ボーイ長は二人《ふたり》に抱《かか》えられて、診察室へはいって行った。
 「どうしたんです」医者はきいた。
 ボーイ長は、かいつまんでけがをした時のようすと、痛いところとを話した。蒸気のラジエーターが、白い湯げを吐いていた。
 ボーイ長は、寝台の上で巨細に診察を受けた。そして、足は、改めてナイフで切り開かれたり、ピンセットで、神経を引っぱられたり、血管を引っぱり出して、それを糸で縛ったりした。
 「どうして、こんなに、いつまでもほっといたんです。夏だったら、もうこの辺から切り取らねばならぬようなことになってたかしれないよ」といって、膝《ひざ》の辺を指さした。
 「船長が、どうしても診《み》せることを許さないんです。それで、僕らは、自費で連れて来たんです」藤原は答えた。
 「何か、船長と、例のごとくけんかでもしてるんだろう。船では、よくあるこったからね。君たちも強く出たんだろう」若い医者は、近視眼鏡の奥で、その人のよさそうな目で、笑いながら言った。
 「そんなことじゃないんです。全く、話にならないんです」と、藤原は簡単に暴化《しけ》の話と、横浜の話をした。
 医者は、大きく、うなずきながら聞いていたが、
 「足は、これで一週間もすれば、糸を除《と》れるようになると思うんだが、胸の打撲傷のところは、一度、内科に、見てもらわないといけないね。どうも、そこは外科では、ちょっと困るからね」
といった。
 「それじゃ、胸を内科で診察してもらうんですか」波田がきいた。
 「そう、その方がいいね。足は絶対に動かしちゃいけないよ。五日か一週間のうちに、もう一度来てください」
 「は」と藤原は答えて、二人はボーイ長を抱《かか》えて、内科の方へ行った。
 一週間、以内なんぞに来られやしない――ことは皆を困らし、途方に暮れさせた。が、まあ、内科の方が、済んでから考えることにしようと、言い合わせたように、皆が考えた。それは、痛い傷に触れたくないような状態であった。
 内科の医者は「熱が夕方になると出るだろう」とたずねた。ところが船には、ともは知らずおもてには、検温器などは見たこともなかった。従って、熱もあるにはたしかにあるんだが、高すぎるのか、低すぎるのか、皆目見当がつかなかった。
 「計ったことがないんですが、実は、検温器がないんですから」藤原が答えた。
 「夕方になると、気分が悪くなったり、寒けがしたりしやしないかい」医者はきいた。
 「ええ、しょっちゅう傷は痛いんですが、気分がぼんやりして来るのは、夕方です。何だか、妙な夢なんぞ見て、うなされたりします。それに、寒けも夕方になると、きっと来ます」安井は答えた。
 医者は、背中から呼吸器を聴診しながら首を傾けていた。
 「入院ができるかい。入院をした方がいいんだがなあ」医者は、藤原の方に問いかけた。
 「何でございましょう病気は。入院も、できなかないと思いますが、船の方から経費が出ないと、私たちでは、入院費がとても支払えないと存じますので」藤原は、正直なところを打ち明けた。
 「病気ってのは、打撲から来たものだ、やっぱりね。足のように、中から骨と肉とででき上がったところはいいが、こういうところは、内部に複雑な、機関があるからね」といって、七面倒なむずかしい病名をいった。
 「で、病気の原因が、負傷から来たものだということがわかれば、船から出るのかね? 診断書を書いて上げようかね」といって、医者は、診断書を書いて渡した。
 「どうもありがとう、いずれ帰船して、相談いたしましてから」
 三人は、礼を言って、ボーイ長は、波田に負われそこを出た。
 診断書が、百通あってもだめだろうとは思ったが、とにかく、それは、一つの有力な味方であった。
 今では、実際の負傷や疾病よりも、診断書の方が、重大な意義を持っているのだ。ことに、それは、労働階級の負傷疾病の場合、そうであるのだ。工場医は、資本家の診断によって診断書を書く、という役目だけを勤める場合が多かった。
 資本家は、機械に截断《せつだん》された労働者、ベルトに巻き込まれて、砕けてしまった労働者、乾燥炉の中へおちて、焼き鳥のようになった労働者には驚かない。それの診断書だけに驚くのであった。
 炭坑主は、自分の炭坑が、ガス爆発をした時に、五百人の男女工が、坑内で蒸し焼きにされていることには、決して驚かないのだ。彼は、その坑口の密閉が三年後にか、五年後にか開かれた時、まだ掘る部分が焼けずに残されているか、どうかに心配しているのだ!
 汽船においても同じことだ。一緒に沈んだ人間は何でもない――しかし、船体は資本家にとって大きな永久の嘆きなのである。
 船長も、ボーイ長の負傷そのものに対しては、驚くべき「理由」がなかった。だが、この診断書は、幾分なりとも、何らかの衝動を与えまいものでもない、と三人は空頼みにした。
 小学校の子供たちが、本と弁当とを載せた小さい橇《そり》を引っぱって、笑ったり、わめいたりしながら、その高みにある学校から、ゾロゾロと帰って行った。道が、急な坂をなしているところになると、子供たちは、子供たちにとっても小さすぎる、その橇の上へ、両足をそろえて、まっしぐらに、下の街《まち》へすべり落ちて行って、曲がりそこねて、雑貨屋の店先に飛び込んだり、その破目板に打《ぶ》っつかったりした。中にはうまく曲がったは曲がったが、雪の掃きだめの山へ衝突して、煙のような粉雪をまき散らしたりする子もあった。
 これは、ボーイ長にとって、たまらぬほど、愉快なことであった。いい気散じであった。
 三、四年前までの彼の姿が、無数に雪の上をすべったり、ころんだりするのである。彼は、足のことを忘れてしまって、自分の負《おぶ》さっていることまで忘れていた。
 彼を負んぶした波田は、汗をたらしていた。
 「波田さん、菓子屋まで、まだ大分寄り道になるの」ボーイ長はフト菓子が食べたくなった。「きんつば」が食いたくなった。できれば、上等の蒸し菓子の中へ入れる餡《あん》だけが食べたくなった。彼は、甘いものを食べると、それは、血管を流れて行って、足の傷所《きず》で、皮になるように感ずるほど、それほど甘いものに飢えていた。それと一つは「上陸した以上は、煎餅《せんべい》一枚でも食わないと気が収まらん」と言う波田へ、その機会を与えたかった、と、休息したかったのと、最も彼を、この挙に出《い》でしめた重大な誘因は、一分でもおそく船へ帰りたかった、少しでも長く、陸の明るいところにいたかった。清い空気、ハッキリしたものの形、人間の生活、美しい一切のもの、それらと一刻も長く、一緒にいたかったのだ。
 「そいつあいい思いつきだ」波田は、そのつもりで航路をそっちへとっていた。
 東洋軒は、また、その日も、珍無類なお客を迎えた。
 ボーイ長は、足がきかないので、日本間の方に三人は通された。
 全く、波田がどのくらい甘いものに対して、真実の愛をささげているか、それは、私のよく表わし得ないところだ。彼は、ほんとの酒好きが、酒に目をなくす以上に、菓子には参っていた。それは「病的」だった。しかし、一体に、船員は、何物、何事に対してでも「病的」に欲望を持っていた。安井、藤原なども量的には、時とすると波田以上であっただろう。
 三人は、木炭の埋《い》けられた火鉢《ひばち》をはさんで、菓子をつまんだ。こういうことは、ボーイ長は、いまだかつて経験しなかったことだ。非常に惨憺《さんたん》たる生活をしていた労働者が、何かくだらぬ犯罪で、監獄にほうり込まれる。そこでは、彼は、いまだかつて食ったことのない豚肉や、魚肉やを食べさされた。そこの労働は、彼を今まで、苦しめたよりも楽であった。土地のやせた、産業のない、深い山中の谷間などから、四十を越してとらえられた、囚徒などの、やや低脳なのに、そう言うのがある。そして彼は、晩年を獄中で送ることを意に介しないように見える。
 一八六三年、法刑及び懲役にされた、囚徒の給養や労働状態について、英国政府が調査した結果からマルクスは、ポートランドの監獄囚徒が、農業労働者や、植字工などよりも、よい営養をとっていたことを証明している。(資、一ノ三、二三八ページ)
 一八五五年、ベルギーにおいても、デュクペシオー氏は、書物の中で、悲惨でないと思われている標準的の労働者が、同国における囚人の営養よりも、十三サンチームだけ営養が少なかったと書いている。(資、一ノ三、二二四ページ)
 世の中には、監獄よりも、食物や、労働においては、中には一切にわたって、苦しい、生活をしている者もあるのだ。
 ボーイ長は、負傷して、見舞金をもらって、初めて、そんな――炭火の埋《い》けられた、茶の道具の並んだ盆や、名前も知らない非常にうまい菓子を食べ、お茶を飲み、ゆっとりとした、――気分を味わうことができたのであった。これは、監獄にはいって来て初めて「豚の肉」に、ありついた哀れな労働者と似てはいないだろうか?
 ――私は、読者に、断わって置かねばならないのは、以上のことによって、監獄がいいところだということには、ならないことを承知してもらいたい、監獄よりも悪い条件が、あるということは、監獄が、いいということの、一つの条件にもなり得ないからだ。――
 ボーイ長は、その注意を足や胸から、しばらくの間は、引き離すことも、できるようになった。彼は、つまり、いくらかほかのことも、考えることができるようになった。というのは、手術をしたり、薬の香をかいだりしたのが、彼を、いたわったのだ。
 「船に乗ってるとこういうものは、とても食べられないね」などといって、彼は「鹿《か》の子《こ》」の小豆《あずき》を歯でかみとったりしていた。
 「全く、この家の菓子はうまいよ。横浜にだって、たんとありゃしないよ」波田は通がった。
 「菓子の鑑別にかけちゃ、波田君は、ブルジョア的の嗜好《しこう》を持ってるからなあ」藤原は笑った。
 三人は、胸の焼けるほど菓子を食った。その間に、疲労も回復された。そして、しばらくは、船のことや、一切のいやなことを、忘れてることもあった。が、藤原の心は、ストライクが、いつ起こさるべきであるかが、ほとんど、忘れられなかった。
 彼は、菓子を食いながら――「万人が、パンを獲るまでは、だれもが、菓子を持ってはならぬ」というモットーを思っていた。この言葉、このモットーは、どのくらい、藤原を教育したことであろう。この簡単でわかりのいいモットーは、全世界の、労働者たちの間に、どんなに、親しい響きをもって、口から口へ、村から街《まち》へと、またたく間に、広がって行くことだろう。そして、この言葉は「アーメン」を口にする人の数を、今でははるかに、抜いているのだ。そこには、新しい感激に燃える真理が、炬火《たいまつ》のごとくに、輝《ひか》っているのだ。――
 藤原は、勘定を払った。「済まないなあ、僕が、おれいにおごるつもりだったのに」とボーイ長は、藤原に負《おぶ》さりながら、真から恐縮して言った。
 ボーイ長のまっ白の繃帯《ほうたい》は、それでも血がにじんで来た。「膿《うみ》が出るよりはいいね」と、ボーイ長は笑う元気が出た。
 しかし、本船に帰り着いた時は、彼らは、グッタリくたびれていた。ボーイ長は、そのひきずった足のために、再びその神経は、かき荒らされてしまった。それは、美しい夢から目ざめた、牢獄《ろうごく》内の囚人の心に似ていた。
 一切は、また狭い、低い、騒々しい、不潔な、暗い、船室の生活へ帰った!

     三八

 万寿丸は、横浜へ帰ると、そのまま正月になるのであった。従って、船体は化粧をしなければならなかった。船側は、すでに塗られた。次はマストが、塗られねばならない。
 マストのシャボンふき、ペン塗り、――この仕事は、夏はよかったが、正月の準備などは、冬に決まっていたので、困難であった。シャボン水は凍ってヨーグルト見たいになるし、ブラシが凍るし、全く、始末に行かなかった。
 中でも、最も困ることは、からだの凍ることであった。
 冬の日電柱に寒風がうなり、吹雪《ふぶき》の朝、電柱の片面に、雪が吹きつけられて凍っているのがちょうどその面《おもて》に日でも当たっているように見える。その電柱の数倍の高さと太さとで、マストは海中、何のさえぎるものもないところに吹きさらしに突っ立っているのだ。
 全くそのマストを相手の仕事はあぶなくもあるし、寒くもあった。
 仕事は一番のマストから始められた。自分で自分のからだをロープに縛りつけて、それを、マストのテッペンへプロッコを縛りつけ、それへそのロープを通して、一端を自分が持っているのだ。塗りながらだんだんそのロープを延ばし、延ばしては塗り、塗っては延ばして下の方へ下がって来るのだ。
 われわれの仕事はペン塗りは夏においては、大変やりいいのである。それはペンキがのびるからである。だが、この場合、ペンキはいくら油でのばしても、夏の時よりも、はるかに濃い。波田は濃くて堅くて延びの悪いペン罐《かん》を腰のバンドに縛りつけて、マストのテッペンから塗り始めた。
 向こう側を西沢が塗っていた。
 高架桟橋は、マストのテッペンから四、五間下に見えた。
 「桟橋は高いようだが、マストよりは低いんだなあ」波田は西沢にいった。
 「そらそうだ、だがどうだい、寒いこたあ、手に感じなんぞありゃしないぜ」
 二人《ふたり》は、ペンブラッシュを子供が箸《はし》をつかむようにしてつかんで塗っていた。風のために彼らをつるしているロープは揺れた。彼らは機械体操をする人形のように、足をピンピンさせながらマストから、離れず、即《つ》かずのところで仕事をしなければならなかった。どうかすると二人の労働者は、マストの一つの側で打《ぶ》つかるのであった。
 「オイオイ、こっちはおれの領分だぜ!」
 「冗談言っちゃいけない」
 そこで二人は横をながめる。桟橋が左の方にあれば、西沢が正しいのだ。西沢は船首から船尾を向いて、船首部分を塗るのだった。
 彼らをつるしたロープまで、堅く凍ったように感ぜられた。彼らはもちろん「棒だら」のように凍って堅くならないのが不思議であった。
 「こんな団扇《うちわ》みたいなボロ船を化粧してどうするってんだろう。え、船長も物好きじゃねえかなあ、いくらお正月だって室蘭でマストのペンキ塗りなんざ、万寿丸の船長でなきゃ考え出せねえ名案だぜ」西沢がガタガタ震えながらそれでも、早く降りたいばかりに、盲目《めくら》が杖《つえ》を振り回しでもするようにむやみに塗り立てた。
 「やつあ、おいらが、マストにくっついて凍ったのが見たいんじゃなかろうかい? え、おれは、あいつの魂胆はてっきりそこだと思うよ」波田も震えていた。
 「きまってらあね、金魚が凍りついたのよりゃ、よっぽど、人間がマストへ凍りついた方が珍しいからね」西沢が答えた。
 大きなマストも、その高い部分では、随分揺れた。それは、その磨《みが》き澄ました日本刀のような寒風が揺するのだった。
 「はたちやそこらでペンカンさげて、マストにのぼるも――親のばちかね」西沢は坑夫の唄《うた》をもじって、怒鳴った。
 ――シューシュ、どころか今日《きょう》このごろは、五銭のバットもすいかねるシュッシュー――と波田もうたった。
 「何だ捨てられた小犬みてえな音を出してやがる」西沢が冷やかした。
 「おめえのはペン罐をたたいてるようだよ」波田がやりかえした。そして彼は下を見た。
 「オイ、まだ大分あるぜ、何とかうまい便法はねえかなあ」波田はこぼした。
 「あるぜすてきにいいことが」西沢がいった。
 「ヘッ! 下におりてストーブにあたるこったろう」
 「もっといいんだ。マストのテッペンから海へ飛び込むんだ! そうすれや、どんな難病でも、いやな仕事でも一度に片がついてしまわあ」
 「全くだ」
 彼らはほとんど、無意識に、マストを、こすっていた。水の中で金魚が凍るように、彼らは、宙天の空気の中で凍りそうであった。
 西沢と、波田とは、マストのペンキ塗りを「やりじまい」で命じられたのであった。「やりじまい」とは字のごとく、やってしまえば、その日の仕事のしまいということであった。つまり仕事を、請け負ってやることであった。
 それは大抵都合の悪いことであった。なぜかならば、仕事を当てがう方では、普通の一日行程ではなし遂げ得ないで、しかも急いでいる仕事を「やりじまい」に出すのであった。すると、出された方では、尻尾《しっぽ》に紐《ひも》を縛りつけられた犬のように、むやみにグルグル回ったり、飛びはねたりして、その仕事から免れようと狂うように働くのだ。
 「やりじまいだぞ、二時には済まあ」セコンドメートは、未熟の南瓜《とうなす》のような気味の悪い顔を妙にゆがめて、そう言って、自分の室へ行ってしまう。そうするとその仕事はきっと五時には済む。普通より一時間だけ余分に働いて、二倍以上の骨を折ったのだ!
 彼らは「やりじまい」という「わさびおろし」で自分をすりおろすのだ!
 それは、陸上における請負仕事、あるいは「せい分」仕事、と同じものだ。
 「やりじまい」の仕事で、時間のおくれるのは、それは労働者に「腕がない」のであった。仲間から言っても、それは「だらしのない」ことだった! 自分からいえばそれは「自業自得」であった。そして、資本家から言えば、「だからこれに限る」のだった。それで、「おれたちがもうかる」のであった。
 彼らは、ほとんど骨の髄までも冷たくなって、夕方、ほかの水夫たちが、飯を食ってしまったあとでようやく、その「やりじまい」を終えた。それは彼らの言うのが正当であった。「やりづらい!」と。

     三九

 一切はともかくも順当に行った。
 高架桟橋からは、予想以上に、石炭を吐き出した。それは黒い大雪崩《おおなだれ》となって、船艙《せんそう》へ文字どおりになだれ込んだ。仲仕は、その雪崩の下で、落ちて来る石炭を、すみの方へすみの方へと、ショベルでかき寄せた。上の漏斗《じょうご》からの出方が速くて量の多い時は、数十人の人夫のショベルの力は間に合わないで、船のハッチ口は石炭でふさがってしまい、人足たちは船艙の四すみのあいたところへ密閉されてしまった。
 彼らは、苦しさと暗さとから、その身を救うために、そのありたけの力で、石炭をすみの方へかき寄せた。そのショベルの音、石炭のザクザク鳴る音、彼らが何か呼ぶ声が、デッキの上をあるいていると、初めての者にはどこから聞こえて来るかわからないのと、その音がまるでもしあるなら冥土《めいど》からでも出ただろうといったふうな妙に陰気な響きであるので、必ず驚かされるほどであった。そしてハッチ口に山のように高く積んだ石炭は、うまくダンブルへ収まって、中の労働者が上へ上がることができるだろうかと、心配せずにはいられないほど高かった。
 労働者たちは、時とすると半日も石炭に密閉されて、隧道《トンネル》に密閉された土工のように、暗い中で働いているのであった。出て来ると、まるでからだじゅうが肺ででき上がった人形ででもあるように、幾度も幾度も飽かずに深呼吸をしているのであった。そして、ごま塩のついた、非常に大きな、――それは他のどこの港でも見られない――人間の頭ほどの太さの、整頓《せいとん》した、等辺三角形の、握り飯を一つずつ、親方から受け取って、船室へ持って来ては食っていた。
 それはセーラー中での食い頭《がしら》三上でさえも、一つはとても食べられなかった。それにはごま塩以外何にもおかずはついていないのであった。人足は夕食にその握り飯を一つもらうと、明け方までは、義務として、残業労働を、再びその窖《あな》の中で、「あの世」の人のごとくに続けねばならないのであった。
 石炭の運賃は、そのころ一トンについて室浜間が五円であった。従って、石炭は水夫室にまで積み込まれた。水夫の月給は八円ないし十六円であり、仲仕、人足らは八十銭の日賃銀をもらっていた。そしてその途方もない握り飯に釣られると、一円三十銭だけ、一昼夜でもらえるのであった! そして石炭の運賃はトン五円であった!
 ありとあらゆるすき間は石炭をもって填充《てんじゅう》された、保険マークはいつも波が洗って、見えなかった。そして、糧食は、かっきり予定航海日数だけが、積み込まれていた。
 船主や株主らにとっては、黄金時代であった。水夫たちや、労働者たちにとっても過度労働の黄金時代であった。
 たとえば、汽船はゼンマイ仕掛けのおもちゃのそれのようだった。ゼンマイのきいている間は、キチキチとすこしも休むことなく動いた、従って、水夫たちも船長にしても、同じようなことであった。船長はややそのために水火夫へ対して当たったのかもしれない、迷惑な話だ!
 人足たちは、桟橋から轟音《ごうおん》と共に落ちて来る石炭の雪崩《なだれ》の下で、その賃銀のためにではなく、その雪崩から自分を救うために一心に、血眼《ちまなこ》になって働いた。そして、そのために彼らの労働は一か月に二十日以上は、どんないい体格の者にも続けられないのであった。そして、彼らは粉炭を呼吸するのだ。
 しかし、よかった。一切がわからなかった。一切が知られなかった。馬車馬のように暗雲《やみくも》にかせぐのはいいことなのであった。そして、資本主にとってもこの事はこの上もなくよいことであったのだ。そして、そのころは欧州戦争が行なわれていたのだ。
 その時であった! わが日本帝国の富《とみ》が世界列強と互角するようになったのは!
 その時であった! 日本が富んだのは。その時であった、日本の資本主達が富んだのは! 労働者はその代わり過度労働ですっかり、からだをブチこわしてしまった!
 夕食は船ではとっくに済んだのに、昼ごろふさがってしまったハッチ口はまだ開かなかった。デッキの下では、――テーブルの下あたりでも、ボーイ長の寝箱の下あたりでも、あちこちで、ゴトゴトと、異様な響きが絶えず続いた。そして時々うなるような人声が聞こえた。そして、それらも七時を過ぎると、ようやく穴があいた。それは難治の腫《は》れ物が口を開いて膿《うみ》を出し切ったのと同じ喜びを人足たちに与えた。山の絶頂へでも登りついた人のように、彼らはショベルを杖《つえ》にして石炭を踏みしめて上《のぼ》って来た。
 そして、その例外に太い握り飯にありつくのであった。
 彼らはこうして、ダンブルの中で土蜂《どばち》のような作業に従って、窒息しそうな苦痛をなめている時に、その境涯をうらやんでいるものさえあった。
 それは高架桟橋上の労働者であった。それは船のマストと高さを競うほども高いのであるから、その風当たりのよいことは、送風機のパイプの中のようであった。
 彼らは、石炭車の底部にある蓋《ふた》をとる。石炭は桟橋へ作られた漏斗《じょうご》の上へ落ちる。そして、船のダンブルへドドッと雪崩《なだ》れ込むのである。彼らが労働する部分は皆鉄ででき上がっている。そして、その鉄は焼き鏝《ごて》のように、それに触れると肉を引んむいてしまう。彼らは帆布で作った大きな袋を足に「着て」いる。彼らはまた毛布と毛布との間に、綿や毛などを詰めた赤や灰色の仕事着を着ている。それは、彼らが、その目の回るような、過激な労働時間以外に着ている、唯一の防寒具である。彼らは、また、皆、鎮西八郎為朝《ちんぜいはちろうためとも》が、はめていただろうと思われるような、弓の手袋に似た革《かわ》手袋の中で、その手を泳がせている。
 北海道の寒風がりんごの皮を緻密《ちみつ》にし、その皮膚を赤く染めたように人足らも、その着物を厚くし、その頬《ほほ》を酒飲みの鼻の頭のようにしている。
 だが高速度鋼のカッターは、鋳物を、ナイフで大根でも削るように削る。と同様に北海道の寒風は、労働者たちから、その体温をどんどん奪ってしまう。桟橋の上で働いていることは、焔《ほのお》の中へ氷を置くのと反対な、しかし似合った作用をする。
 彼らは、その労働を終えた時、帰って行く、空《から》荷車の上へよじ登るのが困難なくらいに、からだが硬《かた》くなっているのだ。彼らの一人《ひとり》は言っていた。
 「まあ、生きながら凍ったようなものずら」と。
 しかし、労働者は、生きて行くためには死をおそれてはならなかった。

     四〇

 藤原は、自分の寝箱の中で、腹ばいになって、紙きれに何か書いていた。それは、何か本の抜き書きでもするように、そばには二、三冊書物が置いてあった。彼は、煙草《たばこ》をふかしていた。二本一緒にくわえたらいいだろうと思われるほどむやみにスパスパとふかしていた。彼一人でおもてを燻《くす》べ上げるに充分であった。
 ダンブルには、ほとんど石炭が一杯に詰まった。本船は、予定どおり、明朝出帆して、横浜へ帰って正月を迎えることができそうであった。横浜で正月を迎えることは、すべての船員の希望であった。「室蘭《むろらん》ではしようがない」のであった。
 横浜には船長も、機関長も、だれも彼もが、世帯を持っていた。その自分の世帯で、お正月を迎えたいということは人情として当然であった。万寿丸は、三十一日の午前十時ごろか、もっとおくれて横浜へ帰りつける予定であった。従って、その予定は、一時間も延長しうるものでなかった。
 明朝一番で船長は登別《のぼりべつ》の温泉から、その愛人と別れて、一番の列車で室蘭へ帰って来るはずであった。
 船長が、船へ上がり切ると同時に、ブリッジには、彼の姿が現われるだろう。そこで、彼は「ヒーボイ」と、錨《いかり》を巻くことを号令するであろう。
 それまでは、今までとすこしも変わらないだろう。だが、それからが変わるだろう。彼らは「横浜正月」が、すでに実現されうるものと信じていた。その安心を、はなはだしく揺り動かされ、のみならず、その他のことも一切が、まるで、プログラムと違った方向に脱線して、坐礁《ざしょう》したということを、さとらねばならないだろう。
 そして、それらの原因は、水夫らが、要求条件を提出して、目下交渉中であるから、彼らは、働いていないのだ。それで、船が動かないのだ! ということが、船内一般に知られるだろう。われわれの要求条件は、エンジンの労働者によっても、吟味せられるだろう。この要求条項は、彼らにも、何らかの衝動を与えるだろう。そして、そのために、この要求条件は、よく考えて、作られなければならない!
 藤原は、煙草の煙の間から、こんなことを考えていた。
 彼は、その紙っきれをながめた。それには、要求条件の原案らしい文句が、書かれてあった。労働時間の制定、労銀増額、公休日、出帆、入港は翌日休業、公傷、公病手当の規定及び励行、深夜サンパン不可、などが乱雑に書かれてあった。
 彼は今、それらの条項に、要求書としての形を与えるために、苦しんでいるのであった。「チェッ!」藤原は舌打ちをした。そして、煙草の灰を本の表紙の上に、やけに払い落とした。「こんなことを今さら、要求しなければならないなんて」
 彼は、その紙きれをポケットに入れて、寝箱からおりた。そして、波田へたずねた、「小倉君の方は、どうなったんだろう」
 「さあ、それを、まだ何とも聞かないんだがね」波田も、心配しているのであった。
 「小倉は、当番《ウアッチ》かい、今?」
 「どうだか」波田は、出入り口まで行ってブリッジを見た。
 小倉は、ブリッジを、アチコチ歩きまわっていた。
 「いるよ、海図室《チャートルーム》で、相談しようじゃないか」波田は、ストキに耳打ちをした。ストキはうなずいた。
 「じゃ僕が、都合はどうだか、きいて来るから、君は、エンジンの上で、待っててくれたまえ」
 波田は、そのまま、気軽に飛び出して行った。藤原は、一度奥まではいって、そこで、ベンチに腰をおろした。そして、煙草へ火をつけた。しばらくすると、フト何か、忘れものでも考えついたように、立ち上がって、デッキの方へ出て行った。
 幸いに、メーツらは、明朝出帆の名残《なごり》を惜しむために、皆、どこかへ行ってしまっていた。
 三人は、チャートルームへ集まった。
 「西沢君に来て、もらわなきゃ」小倉が言った。
 「今、女郎買いの話で、おもてを持てさせてるから、目立ったらいかんだろう、と思うんだがね」藤原が答えた。
 「あいつあ、全く、しようがないよ。女郎買いの話となったら、まるで、夢中になっちまやがるんだからね、も少しまじめな時は、まじめに、やってくれなくちゃ、困るんだけどなあ」波田は、くやしがった。
 「しかし、中には、中にはじゃないや、ほとんどだれもが、それ以外に何もないのに、それ以外のものを、あの男は持ってるだけ、いいじゃないか、味方に対しては、われわれは、徹底的に寛容な、態度を取らなきゃならないよ。そうしないと、味方の戦線から、自然に壊滅しちまうからね」藤原はなだめた。
 「で、コーターマスターの方はどうだろう。まだ、話してもらえなかったかしら」藤原は、小倉にきいた。
 「まだ、話さないんだよ。どこから切り出していいんだか、話が、すっかり、打《ぶ》ちまけられないので困っちゃったんだよ。だからね、要求書を出す間ぎわになって、それを見せて意見を聞いたら。そしてもし、コーターマスターとしての、提出要求でもあるということなら、それを追加して、提出するということにしたら」小倉は答えた。
 「そうだね。その方がいいだろうね」藤原は賛成した。「その方が、秘密を保つ上にも、かえっていいだろうよ」波田も賛成であった。
 「じゃあ、僕は、西沢君を連れて来よう。そして決めちまわなきゃ、明日《あす》のことになるのじゃないかい」波田は、何だか追っ立てられるように、心が急がしいのであった。
 「ちょっと」と小倉は手で制した。「僕は、もう十五分で非番だから、非番になったら、ともの倉庫で寄り合ったらどうだろう」時計は、八時前十五分[#「八時前十五分」は底本では「八時十五分」と誤記]をさしていた。
 「そう、そうしよう。一人ずつ、チョッと上陸すると、いった格好をして、出ればいいからなあ」
 「じゃあ、そうしよう」そこで、二人《ふたり》のセーラーは下へ降りた。
 おもてへ帰った波田は、西沢に、八時の鐘がなったら、ともの倉庫で、相談があるから、わからないように抜けて来て、くれるようにといった。西沢はうなずいた。
 ストキは、ベンチへ聴衆の一人と、いったような顔つきで腰をおろして、例によって、煙草をふかし続けた。

     四一

 八時が鳴った。その時には、もう藤原はいなかった。波田は、ボーイ長のそばに、腰をおろして話していた。「じゃ、正月までの菓子を、食いためて来るからね。おみやげを忘れやしないから、待っていたまえよ、え、相変わらず、東洋軒さ、ハハハハハ」と、波田は、ともの倉庫を東洋軒にしてしまった。
 「え」西沢は頓狂《とんきょう》な声を出した。「波田君! 僕も、たまにゃ連れて行けよ」そこで、二人は、連れ立って、倉庫へやって来た。
 藤原は、目玉ランプを抱《かか》えて、綱敷き天神みたいに、ホーサーの、巻き重ねてある上にすわっていた。やがて小倉もやって来た。
 それで、一切は動員された――というわけであった。
 「そこで、僕らは、いつ浪《なみ》にさらわれるか、ウインチでやられるか、どこで、やられるかわからない危険な労働をしているのに、ボーイ長のように、負傷はさせっ放し、死ねば死にっ放し、というような状態では、とても不安心で、落ちついていられないんだ。それで、僕は、公務疾病、傷害手当規約を本船に作って、それでもって、扶助すべきだと思う。それを諸君に、計りたいんだが。そして、ただ、そんなものを作ってもらいたいと、いうのだけでは役に立たないものを作るだろうから、こっちで二人《ふたり》、向こうで一人《ひとり》の委員を出して、その委員会によって、扶助規則を作るということにしたら、どうだろうと思うのだがね」藤原は言った。
 「そりゃ、ぜひ必要なこった」西沢が言った。
 「しかし、規則の点だが、委員会で、おもての意志が、はたして貫徹するだろうか、僕は、その点に疑いを持つよ」波田が言った。
 「そうだ、だから、こちらから二人、向こうから一人と、いう割合にしといたんだがね」藤原が答えた。
 「そりゃ、形ではそうなるけれども、実際に、その委員会は、ともの一人のために、おもての二人が支配されることに、なりはしないだろうか? もし、おもての二人が、支配されまいためには、僕は単に、その条件のみについても、一度ストライクが、起こされやしないかと思うんだよ。そうなれば、それは、二重の手間をとることになるからね」波田が言った。
 「そうさなあ、それじゃ、どうすればいいんだろう」小倉が言った。
 「なるほどね。こっちからの委員は、木偶《でく》の坊《ぼう》も同じだからね」藤原も賛成した。
 「で、結局、どういうふうにすればいいだろう」
 「僕の考えでは、こっちで作ってしまって、向こうには、ただ、それを承認するか、しないかの二つの回答のうち一つを、選ばせるだけでいいと思うんだがね。でないと、何しろ出帆前のとっさの間に、決する勝敗だから、出帆後に持ち越せば、こちらの負けになるに決まってるんだからなあ。だから一切の条件は、それを承諾するか、しないかどちらかにのみ、決定のできるように、ハッキリしたものにして置いて、そして出帆間ぎわの致命傷を突くということが、一等よかないかと思うんだがね」波田の考えはこれだった。
 「そう、その方法はいいと思うね、今室蘭には、一人も、休んでるものはないそうだ。二、三日前まで休んでいた者が、二人ばかりあったそうだが、仁威丸《じんいまる》に、便《びん》を借りて浜へ帰ったそうだ。室蘭なんぞじゃ雇い入れする船はないそうだ」小倉が言った。「だから、たとい四人でも五人でも、時機さえしっかりつかまえれば勝てると思うよ」
 「だから、その要求条件を、ここで作ろうじゃないか」西沢が言った。
 「それは、藤原君に草案が一任してあるから、それでもって作って行こうじゃないか」波田が言った。
 そこで、藤原の原案によって、新しい要求条件が、巻き重ねられたロープの上で、その夜十一時ごろまでかかって作り上げられた。
 それは、
[#ここから字下げ(「漢数字+読点」ではじまる文頭は2字下げ、それ以外は3字下げ)]
一、労働時間を八時間とすること。(現在十二時間以上無制限)
八時間以上は、必要なる場合労働するも一時間に付き、正規労働時間の倍額の賃銀を支給すること。
二、労働賃銀増額、――水火夫、舵手《だしゅ》、大工ら下級船員全体に対して、月支給額の二割を左の方法によって増給すること。
方法、下級(下級とは何だ!)船員全体の月収高の総計の二割を、下級船員の人頭数に平均に配分し、これを在来の賃銀に付加すること。
三、日曜日公休を励行すること。
四、公休日に出入港したる時は、その翌日を休日とすること。
五、作業命令は一人より発し、幾人ものメーツより同時に幾つも発せられぬようにすること。
六、横浜着港の際深夜、船長私用にてサンパンをもって、水夫を使用して、上陸することに対して、吾人《ごじん》これを拒絶すること。
七、公傷、公病に対しては、全治まで本船において、実費全部を負担し、月給をも支払うこと。
[#ここで字下げ終わり]
以  上[#「以  上」は36字下げ]

というようなものであった。それは、小倉が、舵手室へ帰って清書して、波田に手渡しする。交渉の順序は、明早朝、出帆準備にとりかかる前に、チーフメーツに手交して、われわれは全部の要求が承諾されるまでは船室から出ない――ということに決定した。
 要求条件は、労働時間と、労銀増額と、公傷病手当の三つは完全に利害をファヤマンの方と一致した。そして、その三つは、要求条項中重要なものであった。「だから、われわれは、この要求をファヤマンの方へ無断でやるというわけには行かないだろう」「もちろん」
 そこで、小倉がファヤマン(火夫)コロッパス(石炭運び)に報告し、藤原がオイルマン(油差し)に、水夫たちはこういう要求条件を出して戦う、戦線を共同してもらえれば、この上もない事だが、そうでなかったら応援をしてもらいたいと、いうことを申し込むことになった。しかし、それは、われわれの要求条件がチーフメーツの方へ持って行かれると、同時でなければなるまい。なぜかならば、それは、セーラーの方で計画実行しなければならなかったほど、セーラーによっては、緊密な要求だが、火夫の方では、ある者にとっては、そうでないかもしれないし、より一層われわれがおそれるのは、スパイだ。スパイに対しては、われわれは絶対に、気をつけねばならない。それはペストのバクテリヤよりもこわいんだから。スパイはいつでもいそうなところにいないことは、柳の下の鰌《どじょう》と同じことだから、なおさら、われわれは細心に注意しなければなるまい。だから、少し手おくれのようには思われるかもしれないが、明日《あす》の朝にした方が、よくはないか、それはどうしても、明日の朝でなければならない――という事も決定した。
 そして、今一つ重大なことが、決定された。それは、この要求提出を機会として、それが成功しようが失敗しようが、とにかく、要求を出したということにだけは、成功したわけなんだから、その記念として、われわれは海員組合――それがないならば作ろうし――へ加盟しようではないか。確か、それはごく最近生まれたように、おぼろげながら聞いた。それは、浜に帰った上で、早速《さっそく》調査して組合があれば、直ちに入会に決することになった。
 公傷病手当の規約については、直ちに実行するのは、もちろんであるが、ボーイ長の手当は、その新しく決定された規約によってなすこと、を忘れないように交渉すること、これも、その通りに決定した。
 彼らが、こうして、彼らの必要なる要求をするのに、何か、不都合ななすべからざる行為を企てでもしているように、彼ら、自身がまず、これを秘密にし、それが、ならない時は――という善後策をも考えねばならなかったことは、何を意味しているか。
 それが、何を意味していようが、私の知ったことじゃない。ただ、私は、彼らが、人間としてあたり前のことを最小限度に要求する時に当たって、いつでも、その企ては、慎重に秘密にされる習慣を知っている。だれでも、地獄に落ちたくはないのだ。だれが、人間をこんなに、コソコソするように仕込んでしまったのか。
 ちょうどこの時、船長は、そのマストがきれいになり、サイドが化粧し、うまい具合に満船したという報知を、チーフメーツから受け取って、彼女と、酒を飲んでいた。彼女は、「これが、この年のお別れで、来年は、また、すぐ会えるのね」と言ったふうな意味のことを言った。
 「おれは、お前の美しいのが好きだけれど、そこがまた、おれを心配させもするんだよ」と、彼は杯をなめた。それは登別の温泉宿の一室で、燃えるような、緋《ひ》の布団《ふとん》のかかった炬燵《こたつ》の中であった。
 ボーイ長は、その時、鉄のサイドが、同時に彼のベッドの一方である、その寝箱の中で、海のものとも山のものともつかない傷と、病《やまい》とのためにうなっていた。
 水夫らは、彼らを、あまりしっかり締めすぎる鎖を、少しゆるくするように、要求する相談の最中であった。
 三田子爵《みたししゃく》は、この汽船会社と、その炭坑との社長だった。彼はその時、何をしていたか、雲の上に隠れてしまって見えなかった。
 
     四二

 夜が明けた。風がヒューヒューうなっていた。灰色の空は、どこからともなく、山となく平原となく水平線となく、とけ合ってしまっていた。その間を粉のような灰色の雪が横っ飛びにケシ飛んでいた。だが、大した雪ではなかった。目も、鼻も、あけられないと言う、あの特徴的のやつではなかった。風は、大黒島を代われば必ず、前航海ほどには吹いているだろうとは想像された。
 ハッチは、まだその口をあけたままであった。それは粟《あわ》おこしを食った子供の口の辺に似ていた。デッキじゅうは石炭だらけであった。その各片はデッキの鋳瘤《いこぶ》のように、デッキへ堅く凍りついていた。
 ボースンはチーフメーツのところへ、その作業の順序を聞きに行った。すぐそのあとからストキ藤原が、清書された要求書を持って続いて行った。小倉は、起きると共に火夫室へ行った。
 水夫らは、それはいつもの朝とは何だか大変違った朝のような気がした。全く実際違った朝ではなかっただろうか。
 ボースンは、チーフメーツの室にはいった。そして彼はあとを締めようとすると、もうストキがすっかりそのからだを入れていた。そして扉《ドア》はあとからストキによって締められた。
 「お早うございます」とボースンはいった。
 「うんすぐ……」チーフメートが仕事の命令を発しようとすると、ストキはすぐに、チーフメートの机の上に、その要求条件を載せた。
「水夫一同は、その要求書どおり要求しますから、要求を容《い》れてください。そしてその要求書に判をおしてください。つまりそれが要求承認の意味になるのです」
 ボースンはそこへ凍りついた棒のように立っていた。
 チーフメーツは、暗礁《あんしょう》に乗り上げたよりももっともっと驚いた。
 それはありうることではなかった。暗礁はありうるが、水夫らが要求書を出すなんてことが! 彼は憤《おこ》ってしまった。
 「何だ、要求だ! どんな要求だ! 乗船停止の要求か!」チーフメーツは怒鳴った。
 ボースンは縮み上がった。彼は、私は知りませんと言いたかったが、――そこにストキが立っているではないか――ああ、困った。彼は字義どおり立ち往生した。
 ストキは平気だった、「初めやがった」と彼は思っていた。
 「そこに書かれてある通りの要求です。ご質問があればお答えいたします」
 ストキは「癪《しゃく》にさわる」ほど落ちついていた。
 「どんな要求でも今はいけない。横浜へ帰ってからだ!」チーフメーツは、事態が自分の考えてるように簡単でもなく、また予想どおりにも行かないだろうということをさとった。
 「私たちは、室蘭で片がつかなければ働かないだろうと思います。この要求はほとんど海事法に定められてある最小範囲から、きわめてわずか出ているか、いないくらいのものだし、その他の問題も普通の問題です。今ごろ要求するのは、われわれの迂愚《うぐ》であり、同時に万寿丸の恥辱でしょう。しかし、それは、われわれにとっては、全く切実な問題なのです。これは、あなた方にとって全く一顧の価値もない、軽易な問題でしょう。それがわれわれには重大な問題なのです。これをごらんの上承諾してくださるように希望します」
 ストキはまるで小学校の生徒が読まされる時のように、「まじめ」くさってそう言った。
 ボースンはもじもじしていた。逃げるにも逃げられないわけであった――
 「とにかく、おれには何とも返事ができない。船長が帰ってから、船長と相談して返答する。だが、ストキ、こんなこたあよした方がいいぜ、これはお前のためにおれは言うがなあ、もうお前も三十三なんだから、考えてもいい年じゃないか、これや全くよした方がいいぜ、船長がウンというはずがないと思うぜ。そうすれや、お前たちゃ一年か三年ぐらいの停船命令は食わにゃなるまいぜ、え、どうだ、おもてへかえって、水夫らに思いかえすようにすすめたら」
 チーフメーツは、そのコースを転換した。
 「私はそういうわけには行きません。ひっ込められるような、どうでもいいような要求を私たちは出しはしません。それはわれわれの生命や生活にとって切実な事柄ばかりなんですから。冗談や退屈しのぎ半分でこんなことをしはしません。私たちは乗船停止なんてことを今ごろ恐れているようでは、こんな要求ができないことを知っています。要するに、私たちは、この要求が、容《い》れられなければ、私たちとしては、どんな仕事にもつかないという申し合わせがしてありますから。私はただ、使いとしてこの要求書の提出とその説明とを引き受けて来たのです」ストキはチーフメーツの戦術にはつり込まれなかった。
 「それじゃどうしてもきかんというのなら、船長におれから渡すまでだ。だが、それは承認されないよ、そしておれの顔も踏みつぶすつもりなんだな」チーフメーツは自分の手で納めたかった。
 「そうです! 船長に渡してください。それから、あなたの顔をつぶすとかつぶさないとか言うのは、おかしいと思います。そんなことはどうだっていいようなものだけれど、誤解があるといけないからいっときますが、この要求書は最初あなたに出したんですよ。そうするとあなたはおれでは決められんから船長へといわれるのでしょう。で船長へ渡すことを頼めば『おれの顔をつぶす』といわれるのですね」
 「そうではないか、おれの言うことを聞かんじゃないか」チーフメーツは一つグッと押した。
 「それではあなたは、私たちの要求書の決定権を持たないというときながら、握りつぶす権利を持ってることになりはしませんか、握りつぶすことは否定することじゃありませんか、否定する権利だけ持っていて肯定する権利を持たないと言うことは、このごろの流行にしても、理屈には合わないじゃありませんか。だから、あなたに対して、今ではわれわれは何らの要求もしません。ただ取り次いでいただけばいいのです」ストキはやっぱりまじめに、急がず、何か相談でもしてるような調子で話した。
 それは全くチーフメーツの顔をつぶしてしまった。彼はうんともすんともいわなかった。
 「船長が帰ったら渡すよ」
 「どうぞ願います」ストキはいった。
 大工はフォックスル(おもての甲板)へ上がって揚錨機《キャプスタン》をゴットンゴットンと調節したり、油を差したりしていた。
 ボースンはチーフメーツの室で、おそろしくきまりの悪い思いをしながらまだ、そこに突っ立っていた。
 「どうしたんだい。ボースン、お前はこれを知らなかったのかい」チーフメーツはその机の上の要求書を指さしてきいた。
 「早いことをやるものです。私はまるで存じませんでした」ボースンはよみがえったように答えた。彼はもう先刻から、何でもいいから一言口がききたくてたまらなかったのだ。
 「すこしも知らないじゃ困るじゃないか、お前に責任があるんだぜ。一体どうするつもりなんだ。それに今日《きょう》出帆が遅れでもすると正月には横浜へ帰れやしないぜ。そんなことにでもなって見ろ、船長は、一人《ひとり》残らず下船を命じかねないから、お前はどうするつもりかい」チーフメーツはボースンから切りくずして行こうととっさに考えついた。
 「私は……、困りましたなあ、ボイラーを揚げる時もようやくなだめて仕事をさせたのですけれどもなあ、とにかく全く私もぬかっていたのですから、おもてへ行ってできるだけ仕事するように話して見ます……」彼は確信でもあるもののようにあわててそこを立ち去ろうとした。

     四三

 船長は帰って来た。
 ボースンは、水夫たちへ「無分別」をしないように頼みに行こうとしているところへボーイはチーフメートの室へ現われた。
 「チーフメートさん、スタンバイだそうです。船長は今ブリッジに上がられました」
 そのままボーイは去ってしまった。
 何と言うこったろう。「始末がつかない」ボースンも、チーフメーツもこれからなぐり合いでもしそうな格好で、二人《ふたり》向き合ってそこに突っ立っていた。
 「とにかく、お前はおもてへ行ってスタンバイしてくれ、何とでもごまかして水夫らを働かしてくれ! 僕もすぐ行くから」チーフメーツはようやくそういうと、急いで帽子をとった。
 ボースンは追っかけられた猫《ねこ》のように、おもてへ飛んで行った。
 チーフメーツはブリッジへ駆け上がった。右の手には要求書を引っつかんでいた。
 船長はスタンバイをかけたのに、チーフメーツがフォックスルに現われないので、彼女との別れ前からそのまま保っていた幸福感が、爆発しかけていたところであった。彼はチーフメーツが上がって来たのでチョッとニッコリした。
 「どうも、サア、スタートしよう」船長はいった。そうして息を切らしながら彼の前に突っ立っている、チーフがただじゃないのを見てとった。そしてその紙っきれへ目をつけた。
 「水夫めらが要求書を出しているのです。舵夫《だふ》まで二人はいっているのです」チーフメーツはようやくこれだけをいうことができた。彼は要求書を船長の前へ差し出した。
 水夫の出入り口では、三尺幅の出入り口へ、一尺幅のベンチを抱《かか》え出して、藤原が出入り口へ最も近く、波田、小倉、西沢、と腰をおろして、顕微鏡的なピケッティングラインを張っていた。藤原は船長とチーフメーツとが要求書のことを話しているのを、おもての出入り口からながめていた。
 船長はチーフメーツの要求書を見ようともしなかった。そんなものはチーフメーツが、引き破いてしまえばそれで円満解決が、船長に言わせるとつくのであった。それだのに、チーフは、そんなくだらないことまでもおれに持ち込んで来るのであった。
 「そんなものは、引き裂いちまいたまえ! そんなもの、大体君がビクビクしてるからいけないんだ! 万事は横浜へ帰ってから聞いてやるとそう言いたまえ」船長はまるでチーフメーツが指尺《さしがね》ででもあるように頭から足までを計った。
 「私もやって見たんです。ところが、それが容《い》れられるまでは絶対に働かないというのです。来年の春になっても働きゃしないとこうなんです。そしてそれは船長が決定権を持ってるんだから、あなたは船長へ渡してさえくれればいいんだ――と言うんです。私はどうせあとでわかることだからと思って取っといたのです」チーフメーツも、船長からガミガミやられると「何だこの野郎、おれだってあと一年で船長の免状がとれるんだぞっ」と思わざるを得ないのであった。「団扇《うちわ》見たいなボート見たいなチョコマン舟の船長で威張ってやがら。へん、ボースンといった方がよく似合うよ」と憤慨するのであった。が、それは思うだけのもので、何ともしかたがなかった。
 「どんな寝言が書いてあるんだか見せたまえ」船長は要求書を取った。
 「そら、やつは受け取ったぞ!」藤原が低い力のある声で言った。
 「フン、フン」船長は軽蔑《けいべつ》しきった心持ちを鼻から吹き出した。が、第六の条項、深夜サンパンを船長の「私用」では漕《こ》がない、と言う点に至っては彼は鼻を鳴らすことをやめた。これは彼自身に関することであった。由々《ゆゆ》しい大事であった。
 「セーラーを呼べ!」船長は無視するわけには行かなかった。無視すれば船も動かないだろうし、横浜で正月もできないし、それに、彼のサンパンに対して、文句をつけるとは全く、けしからぬのであった。
 船長は、スタンバイの命令を出しっ放して、サロンへはいって、そこで、水夫らを「とっちめ」てやろうと待ち構えた。船員手帳は、チーフメーツに持って来さして、テーブルの上へ積み上げた。
 かわいそうに、ボースンと大工は、フォックスルで鼻水を凍らせていた。
 機関長はエンジンへはいって、ハンドルへ、手をかけて待っていた。
 蒸気は、どんどん上がって来た。セーフチィヴァイヴァルヴが、吹きそうになって来た。サロンのテーブルにはメーツが船長の両側に並んだ。チーフ、セコンド、サードと。
 ボーイはおもてへ飛んで行った。
 「セーラー全部、ボースン、大工、コーターマスター、みな、残らず、サロンまで来てくれと、船長が言ってるよ。大至急!」煙のように、彼は、また、飛んで去った。
 そこで水夫らは出かけた。
 「やつは、高圧的に出るつもりだな」藤原は思った。波田、小倉、西沢、各《おのおの》は、別様の戦闘意志を持っていた。
 ボースン、大工も青くなって来た。
 この時、ファヤマンの方でも小倉が、持って行って見せた要求条件が、問題になって、主戦論と非戦論との猛烈な論戦が行なわれていた。だが、全体として階級闘争ということは、ハッキリ頭にはいっていなかった。従って、それは適当ではある、けれども、まだ直接の刺激、衝動が来ない、というような「感じ」が、彼らを、水夫らと共に立たせることを妨げた。しかし、彼らは、立たないにしても動揺はしていた。それは、立つまいものでもない気配に見えた。
 彼らの出入り口の前を水夫らが通る時に、彼らは、喊声《かんせい》をあげた。
 それは、サロンまで響き渡った。
 これらのことは、万寿丸ができて、海に泛《うか》んでから初めてのことであった。
 水夫たちは、笑《え》みを浮かべて、火夫たちに挨拶《あいさつ》しながら通った。それは、まるで、目をさました獅子《しし》の第一声のようでもあった。
 何となく、いつもと違っていた。スタンバイがかかったのに、船体はピク[#「ピク」は筑摩版では「ビク」]ともしない。罐《かん》前の火夫や石炭庫のコロッパスは、デッキまで孑孑《ぼうふら》のように、その頭を上げに来た。
 オイルマンは機関室からのぞいた。
 サロンでは、交渉が開始された。もっとも、船長は、一撃の下《もと》にやっつけるはずであって、交渉などをする気はテンデなかったのだ。ところが、どうしたはずみかいつのまにか、交渉の状態にはいった――のであった。

     四四

 「これは、だれが、書いたんだ! これは! この要求書は?」船長は、その一声をこの文句によって切って離した。
 「私が、書きました」舵手《だしゅ》の小倉が答えた。
 「お前が?」船長は、その回転|椅子《いす》から、無意識に腰を浮かしたほど驚いた。小倉は、コーターマスターの中で、彼の一番愛していた従順な青年であり、頭脳もよく仕事もできる、その上|風采《ふうさい》のいい、サッパリした男だった。
 「だれかが、お前に、それを書かしたんだろう。お前が自分で、こんなものを書くと言うわけがない、だれだ、この文章を作ったのは」彼はストキをにらんだ。
 「私が、作ったのです」ストキが今度は答えた。
 「そうだろう。お前だと思った。大体貴様は、横着だからな。貴様が、小倉や皆をおだててこんなものを出さしたんだろう」彼は裁判官のごとくに訊問《じんもん》した。
 「そんなことは、きわめて枝葉の問題と思います。私たちは、食うために船乗りになっているのです。であるのに、船の仕事のために負傷しても、手当をしてもらえないということになれば、私たちは、命をすててかかったも同然です。もっとも、船では命をすててかかってることは、当然だといえば当然ですがね。しかし、ただ、私たちだけが、命を安売りするということは、私たちにも、承知ができないことです」
 藤原は、最初の探照弾を打《ぶ》っ放した。
 「それじゃ、勝手に下船して行ったらどうだったい。だれが、いつお前に、どうぞ、下船しないで乗ってくださいと頼んだ! 頼んだのはどっちだったか、よく考えて見ろ」
 船長が言った。
 「私たちは、どこへ行っても、いいところはないのです。だから、自分の『今』の生活を、よりよくする方法をとるよりほかはないのです。この船ばかりへ日が照らないと言って、下船したところで、他の船でも、陸でも同じことです。だから、自分の今いるところで、より良い条件の下《もと》に、生活しようとするだけなんです」静かに彼は答えた。
 「私たちは、どこへ行ったっていいところはないのです? え、それは、一体、だれの責任だ。おれの責任だとお前は言いたいんだろう。おれは、今も言ったじゃないか、だれが、頼んで乗ってくれといったと。それに『よりいい条件』の生活がしたかったら、なぜもっと、勉強して上の方へ、昇《のぼ》るようにしないんだ。自業自得を、人の責任におっつけるのは、図々《ずうずう》しすぎるぜ」船長は、こいつ一つ脂《あぶら》をすっかりしぼりぬいてやろうと考えた。そして、それからつっ放す! と。
 「ご忠告は、ありがとうございますが、勉強して上へ上がって行く人間があまり多くなると、セーラーなんぞするものが、なくなるだろうと思いまして」彼は危うく笑おうとするところであったが、それだけは取りとめた。
 「ばか! お前は、おれを愚弄《ぐろう》してるつもりか! ばか! が、いくら勉強してもばかはばかなんだ。セーラーより上にはなれないんだ。だから、実力さえあったら人に遠慮などせずに、サッサと船長にでも機関長にでもなったらいいじゃないか」
 船長は、だんだんストキの話の相手になってしまった。
 「私たちは勉強しても、船長はおろかボースンにも、なれないだろうと思っているのです。ですから、なおさら、私たちは、今のままで、幾分でもいい条件の下《もと》で労働したいと思うのです。私たちには、決して、船主になったり船長になって、富《とみ》や、権利を、得ようという考えなんぞはないのです。私たちは、普通の労働者として、普通の人間としての、生活を要求するのです。人間として、船長は労働者よりもより特別なものだとは、われわれは考えません。われわれは、今では、階級と称せられているものは、一つの仕事の分担に、過ぎないものだと思っています。それだのに、今では、ある仕事を分担すると、同時に、人間を冒涜《ぼうとく》するようにさえなります。人間が、人間を虐《しいた》げ、踏みつけ、搾取することを、えらくなると考えることは、半世紀ばかり前の考えだと、私たちは思っています。私たちは、人類の生活の一部分の貴《たっと》い分担者として、自分を見ているのです。だが、あなた方は、私たちを資本家と思っている」ストキは、その話にだんだん熱と真摯《しんし》とを加えた。
 「資本家と思っている。お前らをか? ハッハッハハハハハ」とうとう船長も、あまりのストキの言葉にふき出してしまった。「恐ろしい資本家もあったものだ! ハッハッハハハハハ、蚤《のみ》と南京虫《なんきんむし》のだろう!」
 メーツらは皆笑った。セーラーたちが、資本家とは珍しい言葉だった。
 「もし、私たちを資本家だと思っていないのならば、奴隷《どれい》と思ってるだけです。私たちの売ることのできるものは、私たちの労働だけです。つまり『からだ』だけです。だが、それも、私たちのものでないと考えられるならば奴隷だ、と考えられることになるのでしょう。しかし、奴隷だったら、なぜその奴隷の生命を大切にしませんか。奴隷は、あなたたちの財産じゃありませんか。私たちの生命が、あなたたちにとって、まるで、どうでもいいものになったのは、私たちが奴隷から、資本家、すなわち賃銀奴隷になったからです。それは、とっかえるほど新しい、いい商品が、無限にあるからです。
 それに、私たちは、いつまでも、どんな奴隷ででもありたくはなくなったんです。どんな機会にでも私たちは、私たちを縛る鉄の鎖を打ち切る用意をしているのです。
 私たちは、人間として、生きようとしているのです。そこへ持って来て、どうです! 私たちは蚤と南京虫の資本家! なんでしょう、私たちは、その要求が通ればよし、通らなければ、私たちの力がどのくらいあるかを、お目にかけるまでです」
 ストキは最後の言葉に、力をこめて言い切った。
 「フン、それもよかろう。だが何かね。波田、おまえは自分から進んで、この要求書に捺印《なついん》したんじゃないだろうな。だれかが、お前を煽動《せんどう》したんだろうな」船長は、方向を転換した。
 「私は、どの船でもストライクの種を、見つける役目をするつもりで、船のりになったんです。私は、この船に乗った最初の日から、風呂場《ふろば》のないことでも、ストライクがやれると考えていたのです」便所|掃除人《そうじにん》波田は、風呂場のないことに、だれよりも、苦痛を感じていたのだ。それに、彼は、若くて新しい社会の空気を吸っていたのだ。船長はこの無邪気な、彼の便所を彼の居室よりも、金具などきれいにみがき上げるこのきれい好きな、忠実な青年が「過激派」であろうとは思わなかった。それに「こいつはストライクを見つけて歩くなどと、抜かしやがる! まるで、こいつらはパルチザンだ!」
 船長は、意外に、水夫らが結束を固めているのを見た。それは、発作でもなかったし、衝動でもなく、計画されたものであったのを知った。
 この時、火夫室ではまた、喊声《かんせい》が上がった。それがサロンへ響いて来た。
 出帆時刻は、どんどんとおそくなる! 正月はどんどん近くなる!
 船長は、いら立って来た。
 「西沢、貴様はどうだ。宇野《うの》(捺印した舵手《だしゅ》)、小倉、貴様らも同意した、捺印したんだな。よし、チーフメーツ! ボーレンへ至急行って、水夫四人、コーターマスター二人《ふたり》、ボースン一人《ひとり》、――とうとうボースンにも祟《たた》りは来た――すぐ、万寿丸へ、チャンスだといってくれたまえ、そして、こいつらを乗船停止を命じて、それを雇い入れてくれたまえ、出帆が、あまりおそくならないように、今からすぐかかってくれたまえ!」彼はチーフメーツに命じた。
 その結果は、水夫らは、昨日《きのう》からもう知っていたのだ! 室蘭じゅうのボーレン(それは半素人《はんしろうと》のも入れてたった三軒切りないのだ)――に、昔船のりだった、そのボーレンの主人が二人と、一人の沖売ろうとがいるだけなのだ! 彼らは、陸上に一軒を経営しているのだ! 彼らは、どんなことがあったって、十三円や十八円で、一家の生活を保とうとして船に乗る気づかいはなかった。ストライクブレーカーはおあいにくであった。「そのくらいのことは、おれたちだって気をつけてるよ」と藤原は言ってやりたかった。波田はもうムズムズしていた。
 ボースンは驚いた。その職業と、月二割の利子――もっともうち、一割はチーフメーツ(実は船長かもしれない)が、上前をはねるんだが――とが、フイになるのである。しかも、彼は、何をしたんだ! ただ、忠実な番犬だったのみではなかったか。彼は、功労こそあれ何の過失があったか、すでに、彼は、いったんの危急をチーフメーツのために、救助さえしたではないか。
 「しかし、これは船長に何かの深い考えがあることだろう。一度、皆の前でそう言って、ボースンは代わりがいない――と言うようなことにするつもりなんだろう。でなきゃ、船長だっておれの首を切れた義理じゃなかろう、おれがいなけゃ、あの妾《めかけ》だってあんな具合に、お安く手に入らなかったに違いないんだから」
 哀れなボースン、彼は憶病犬みたいに、半信半疑で、主人の心を探っていた。だが、ボースン、君が、君自身のことを考えるようには、他の人は決して君のことを考えてはいないんだ。君自身が食えなくて餓死する刹那《せつな》にだって、他の人は妾のことや、芸妓《げいぎ》のことなどを考えてるのだ! 他の人は、全く、他の人の身の上のことなど、てんきり考えはしないんだ。他の人とはお前を使うところの人だ、わかったか、ボースン!
 だが代わりは、ボースンに限ってないわけではなかった。それは、室蘭じゅうに一人のボーイ長の代わりだってなかった。
 チーフメーツはややこの点に、その考えを向けるだけの余裕を持っていた。
 「船長」と彼は、船長の回転椅子の背後から、低い声で船長を呼んだ。
 「チョッと」と彼はあとしざりした。
 「何だね? うん、ああそうか、じゃあ室へ」チーフメーツへ言った。チーフは船長室のドーアの中へ消えた。
 「お前らは、ここへ待ってろ!」水夫たちにこういうと、船長は、チーフメーツのあとを追って自分の室へはいった。
 船長も、その辞書の中から、不可能という字を、削る冒険はするくらいな男であった。従って、チーフは、船長に室蘭でそれだけの労働者を、即時に得るということは「不可能」だと、いいたかったのであった。が、船長は、全く、始末にいかぬタイラントであった。それは、コセコセしたちしゃの葉のような感じのするタイラントだ。
 「船長、室蘭にはボーレンが一軒切りありませんが、ね、……」彼は、どうだろうといったふうに、
 「正月前だから、休んでいるものがないだろうと思うんですがね」チーフメーツは切り出した。
 「もし、室蘭になかったら小樽《おたる》か、函館《はこだて》から呼ぶんだ。えーっと、しかし、そうすると横浜帰航が大変おそくなるね。だが、室蘭に五人や十人の船員がないってことはないだろう。君は調べて見たかね」船長はきいた。
 「実は、入港するとすぐきいて見たのですがね。二、三日前までは、三、四人休んでいたが、便をかりて横浜へ行ったとか言ってたんです。だから、それから一週間にもならないんだから、とてもだめだろうと思うのですよ。で、なけれや私もストキは、早く処分しなけりゃならないとは思っていたのですから、代わりさえあれば、ここで下船させるつもりだったんです。あれさえいなけりゃ、何《なあ》に他の連中は尻馬《しりうま》に、乗ってると言うだけのもんですからね。どうでしょうあいつだけを、下船させることにして、あとはチビチビやったら……でないと横浜正月がフイになりますよ」
 チーフメーツもボーレンを探っていたのだ!
 「そうだなあ! 僕も、浜で正月をしたいと思ってるんだが、それさえなけりゃ、十日や二十日|錨《いかり》を入れたってかまやしないんだけどなあ、じゃあ、応急手当として、ストキだけ下船さすか」船長も賛成した。
 「それがいいと、思うんですがね。ただ、その方法です。どういうふうにしたらいいか、皆の前でやるか、それとも一人だけ呼んでやるかですがね。で、もし、水夫ら全体があいつについて行くというような時には、二十か三十やって追っぱらうよりほかに、仕方がないと思うんですよ」チーフは何でもいいから、彼が、この船から「消えてなくなれ」ばいいと思うのであった。
 「そう! 何にしても、この際時間を争うんだからね。どんないい方法も遅れちゃいけないんだから。じゃ、ストキのやつに下船を命じよう」船長は言った。「だが、一体、やつらは何という不都合なやつらだろうな。これが横浜だったらなあ」
 船長は、横浜でないことを、返すがえすもくやしがった。やつらを「殺しても、あき足らないほどなのに、場合によっては、下船どころか金まで出すとは!」全く、彼のくやしがるのは理由《わけ》があった。
 「何にしても時が、悪いもんですからなあ。ところで、ストキが、海事局にボーイ長の雇い入れ未済のことと、負傷のこととを申告しやしないかと思うんですがね。そいつをやられると、どうもおもしろくないから、なるべくうまく、ごまかす必要があると思いますね」チーフメーツは、外に出ようとしながら言った。
 「だが、全く、癪《しゃく》にさわるじゃないか、停止も食わせないなんて、監獄にでもほうり込んで、やりたいくらいだ。治警に立派に、引っかかってるんだからね。畜生め?」
 それは、船長が憤《おこ》るのは、いうまでもない「ごもっとも」な話だ。
 二人は、まだ何かこそこそと話した。一々そんな話を書くのは、面倒臭くて堪《た》えられない話だ。先へ進もう。急げ、急げ。

     四五

 船長と、チーフメーツとはサロンへと出て行った。
 ところが、これはどうだ。サロンの入り口へ火夫たちがまっ黒に集まって、中をのぞき込んでいるのだ。口笛を鳴らす者があった。足踏みをするものがあった。
 船長とチーフメーツとがサロンへはいると、彼らは、水夫たちへの激励から、船長、チーフメーツへの示威運動へと移った。
 口笛が盛んに鳴った。足踏みが拍子《ひょうし》をとって、踏み鳴らされた。
 「何だ! そんなとこから、のぞき込みやがって、あっちへ行け?」船長は怒鳴りつけた。
 「何言ってやがるんだい(以下六字不明)!」だれかが後ろから叫んだ。
 これは早く、片をつける必要があると考えた。[#「。」は筑摩版では「、」]船長は、入り口の方へ、その「物すごい」目を一|閃《せん》放っておいて、椅子《いす》へ腰をおろした。
 「どうだろう。これは即答もできないから、横浜へつくまで保留したら」彼は切り出した。
 「船長、それはいけません。私たちは、これが室蘭だから、要求として成立することを知ってるのです。横浜まで行けば、産業予備軍が捨てるほどおります。私たちは、ここで要求が容《い》れられ[#「容《い》れられ」は底本では「容《い》られ」]なければ、労働をしません。それから、これはどうお考えになってもご随意ですが、私一人を馘首《かくしゅ》したにしても片はつきません、と言うことを申し上げときます。私たちは、何の相談もしないのに、機関部の方でもあんなに、動揺してるじゃありませんか。この要求は恥ずかしいほど、妥協的なおずおずした時代遅れの、要求ですよ。これが容れられないということになれば、『お前たち奴隷は、おれたちの(もの)だ』ということになりますよ。
 あなたたちが、一か月の俸給だけで四百円――彼はこれを聞くのに苦心したのだ――取って、戦時利益特別賞与が年四十五か月分ある。この現在、私たちが、月給十三円から十八円で、命をかけて労働するということは、私たちは、あまりいいこととは考えられません。あなた方は、自分の懐中の裕福なので、夢中になっていられる間に、私たちは俸給の三倍もの率で、物価が上がってるので、非常な減給を受けた形になっているのです。おまけに、労働時間は、船が忙しいと同じ比例で、私たちをかり立てています。一日に十四時間は、まるで、懲役囚よりも長時間です。その上公休日なしです。けがはしっ放し、死に放題、しけだろうが、夜中だろうが、おれは宅へ帰るからサンパンを押せ、お前たちは夜明け前に帰れ! これが私たちなんです。どうですか、聞いていて恥ずかしくなるような労働条件ではありませんか、実際、監獄だってこれよりは、はるかにいい待遇が与えられていますよ。その監獄よりひどいのが、万寿丸で、その船長が吉長武《よしながたけし》といわれては、あなたの名誉でもなかろうと考えます」
 藤原は、また思い切ってやったものだ!
 船長及び士官らの、憤慨ぶりは頂点に達していた。彼らは、椅子のクッションのように赤くなったり、海のように青くなったりした。彼らの憤慨と同じ比例で、水夫らは喜んだ。
 「全くだ!」とうとう波田が怒鳴ってしまった。
 「そうだ!」波田の気合のかかった言葉につり込まれた、扉《とびら》の外の火夫たちは、一斉に喊声《かんせい》をあげた。
 「第一、私たちは、肉体を売る資本家かもしれない! だが、要するに、私たちは生きているんです。おまけにまだこの上も、生きて行きたいと思っているんだ。生きて行きたくなけや、こんな船になんぞだれが乗るもんか、畜生!」波田は、まだまだ言わなければならないことが、山のようにあった。あまり言うことが多くて、彼の言葉がスラスラと出なかったために、畜生! で爆発してしまった。
 「だれが畜生だ! 失敬な」船長は、夢中になって立ち上がった。
 扉口《とぐち》の外からは、罵声《ばせい》と足踏みとが聞こえた。「燃やしちゃうぞ!」と聞こえた。
 私はこの「燃やしちゃうぞ」と言う言葉の来歴を話したいが、ごらんの通り今はとても忙《せわ》しくて。
 「そうではないか!」波田は立ち上がった。
 「尊い人間の生命を等閑にしたのは、どいつだ! ボーイ長でも、父と母とから生まれて、人間としての一切の条件を、貴様らとすこしも異なるところなく、具備しているんだ! それだのに、どうだ! ボーイ長が負傷してから、一度でも、貴様は、彼のことを考えたことがあったか、貴様に、人間の生命を軽蔑《けいべつ》することをだれが許したんだ!」
 彼は夢中になってしまった。
 「もし、貴様が、この上も、ボーイ長に対して、畜生の態度をとるなら、おれにも、覚悟がある! 貴様がボーイ長を見殺しにするなら、おれは……」とうとう波田は、その腰にさしていたシーナイフを引き抜いた。
 「あぶないっ!」と皆が叫ぶ前に、彼は、それをテーブルの上に、背も通れと突きさした。
 「おれは、畜生に対して、人間として振る舞われないんだ!」
 一座は、死んだように静かになった。扉の外の連中は、目ばかりになって、息を殺して成り行きを見張っていた。
 「貴様は、権利を持っている。この地上には、むやみに多くの権利が、他の権利を蹂躙《じゅうりん》することによって存在してる。だが、船長、いいか」彼はテーブルを、今度は拳骨《げんこつ》で食わせた。「人間を、軽蔑する権利は、だれもが許されていないんだ。また、他人の生命を否定するものは、その生命も、否定されるんだ! わかったか」彼は、そこにそのまま、すわることを忘れたようにつっ立っていた。彼はにらみ殺しでもしそうな目つきで船長を見据えていた。それは、まるで、燃える火の魂のように見えた。
 ストキは、波田の突き刺したナイフを静かにテーブルから抜き取った。そして、自分の席の前に置いた。
 船長は、ピストルを持って来なければならなかったが、そこを立つわけに行かなかった。彼は、初めて、彼が、ほとんど、歯牙《しが》にもかけなかった、低級な人間の中に、高級な彼をも威圧して射すくめてしまうだけの威厳を見た。それは、全く、何も持っていない、一人《ひとり》の労働者だ。地位も、金も、系累も、家も、それこそ何にもない、便所掃除の労働者の青二才じゃないか、だのに船長は椅子から立ち上がれなかった。
 彼は一度立ち上がって、途中で、グズグズとすわったことを悔いた。その、彼の前に立っている労働者が彼からその「煮える」ような眼光を放さなければ、彼は立てなかったのだ。
 それは、彼の職業的な、因襲的な、尊厳を傷つけるものであった。そして、一度負けたが最後頭の上がらない鶏のように、その後は、彼を永久に圧《おさ》えつける一種の不快な、重しになるであろう。それは脅迫観念にとらわれた病者が、何もないところに、恐るべき幻影を見て、狂い続けるのと同様であろう。それは見かけ倒しの立派な、芝居《しばい》の建て付けに、全身の信頼をもってもたれかかって、一緒に倒れるのと同じ人々の運命であらねばならぬ。彼は、芝居の建具によっかかっていたのだ!
 「貴様は、大きな錯覚に陥っていることを、自分で知らないんだ! 貴様だって、被搾取材料だ! でなきゃ[#「でなきゃ」は底本では「できなきゃ」と誤記]幇間《ほうかん》だ! 自分自身が何だってことを、内部からハッキリ見詰めろ! もしボーイ長を、この要求どおり、この要求は、あまり遠慮がしすぎてあるんだぞ、いいか、もし、これを許さなかったら、おれには覚悟があるんだ。おれが、覚悟を持ってることは、もう言わなくてもわかってるだろう。サア! くだらない筋だの、金ピカだのを除《と》って、人間として、人間の要求に応ずるがいい」
 波田はその椅子の上へ、ドカッと腰をおろした。そしてシーナイフを藤原の前から取って彼の尻《しり》っぺたにブラ下がっている、その帆布製の鞘《さや》に収めた。
 人々は初めてホッとした。彼がライオンのように、あばれ回らなくて幕になったことが、だれもを安心させた。実際、それはまあよかったとだれもを感じさせた。
 船長は、まるで、ばかにしたような態度を、要求書へ向けていたのだが、今では、それが非常に尊いものででもあるように、チーフメーツの前から、自分の前へ引き寄せて、ながめ初めたのであった。この紙っきれに、あの情熱と憤懣《ふんまん》とが織り込まれてあったのだ! 彼は、それを引き裂かなかったことを今になって喜んだ。
 それを引き裂きでもしていようものなら!
 「それで、その要求書にある条項を、一々説明しましょうか、もし、お求めになるならば」藤原は言った。
 「いいや、説明には及ばないだろう。大抵わかってるだろうから。しかし、一応メーツたちと相談しなければならないから、お前たちは、ここでちょっと待っててもらいたいね。ちょっと相談をして来るから」と藤原へ言って、「どうぞ私の室まで」とメーツらに目くばせをして、彼は船長室へ又候《またぞろ》はいって行った。メーツらは続いた。
 「波田ってやつあ、どえらいやつじゃねえか」とサロンの外では、波田の行動に対して、賞賛の辞を惜しまなかった。「あれに限るよ。あれで行きゃ、こちとらだって、いつでもこんなに苦労しなくても済むんだが」
 「そうさ、力の強いのが勝つんだ。おれたちゃのまれてるんだ」などと火夫たちは、その場から去ろうとはしなかった。
 水夫たちは、相手がいなくなったので、極度の緊張から解放されて、煙草《たばこ》に火をつけて、休憩した。
 「どうだい、ボースン、お前の代わりまでいいつけられたじゃないか」波田は、ボースンの方を向いて言った。ボースンは、まるで、ひどく頭でも打たれた者のように、ボンやりしていた。出し抜けに船長を斬《き》ったりするやつは、彼も見たことがあったが、口も手も、これほど達者なやつは見たことがなかった。「それにやつはまだ子供じゃないか」ボースンは、びっくりしてしまっていた。「いや、どうも知らなんだ」そのはずであった。
 波田は、酒も飲まず、女郎買いもせず、おとなしくして、よく仕事をする評判な青年だったのだ。「全く、人は見かけによらないものだ!」
 「え、どうだいボースン?」今度は藤原がぼんやりしてるボースンにきいた。
 「え、ああ、おれあぼんやりしてたよ」彼はほんとにぼんやりしていた。
 「冗談じゃないぜ、しっかりしてくれよ。皆大汗で働いてるんじゃないか」
 西沢と小倉と宇野と波田と、この四人は交渉条件のことについて、何かしきりに話し合っていた。
 そこへテーブルの上へ、機関部のボーイ長が、紙っきれを持って来て載せた。そして「これを機関部から」といってそのまま、逃げるようにして飛んで行った。
 西沢は、その紙っきれを開いて見た。
[#ここから3字下げ]
フントウ ヲ シャス、セイコー ヲ イノル、キカンブカフ 一ドー セーラー ショクン
[#ここで字下げ終わり]
と電報文みたいに片仮名で書いてあった。
 彼らはそれを見て、戸口の方を向いて、手をあげて合図をした。
 「徹底的にやれ、罷業《ひぎょう》になれば、火は焚《た》かんから」戸口の外からだれかが怒鳴った。
 四人はそれを藤原に見せた。彼は「ありがとう」と叫ぶのを忘れなかった。
 やがて、船長室に密議を凝らしに行ったメーツらはサロンへ引っかえして来た。
 要求条件には念入りにも、船長と、チーフメーツとの判が並べておしてあった。
 「皆と相談の結果、要求を容《い》れることにしたから、今からすぐに働いてもらいたい、ボーイ長は、横浜着港と共にすぐ入院させるし、その他の条件も、即時実行することにしたから」船長は、低い声で言った。彼は自ら進んでこの条件を、認容したのだといったふうに、見せかけたかったが、あまりにも狼狽《ろうばい》した彼にはその方法もできなかった。
 「バンザーイ」「態《ざま》を見ろ!」「労働者フレーフレー」などといいながら扉の外の火夫たちは、ドヤドヤと立ち去った。
 「それじゃ、今からすぐに仕事にかかってくれ」チーフメーツは言った。
 「ヘー、かしこまりました」ボースンは答えた。
 「どうもありがとう存じました」藤原は、判のおされた要求書を、ポケットに収めながら言った。
 彼らはおもてへ帰って行った。
 水夫らは勝利を得た。だが、何だか物足りない感がだれもの、心のすみにわだかまっていた。彼らは、何かの予感を感じていたのであった。
 火夫室の前では、彼らは、万歳を三唱してセーラーを迎えた。
 その日の出帆は、それでも、水夫らにとっては、「凱旋《がいせん》将軍の故国への船出」の感があった。

     四六

 その航海は異様な航海だった。水夫たちは人間として、取り扱われ初めたように見えた。命令を発するところのメーツらは、彼らが単に、作業の分担的任務から、行動するように命令した。そして、その内容も整頓《せいとん》され、そのために同一の効果に対して、水夫たちは以前の三分の二の労働と時間とで済むくらいになった。
 船長にしろ、ほかのどのメーツにしろ、今では「ゴロツキ」の下級船員たちが、ただもう「みじめに働いている」と言うことだけに、その興味を持たなくなったように見えた。下級船員たちが、「人間」らしくあるということが、今では、彼らの権威を傷つけるという、その妄想《もうそう》から彼らは、解放されたように見えた。
 どことなしに、いや、それどころではない、はっきりと彼らは、あまりに現金すぎるほどに、水夫たちはおろか火夫たちにまでも遠慮していた。
 それは、内実を知らない人々から見ると、平和であった。そして万事が控え目であった。「謙譲なるメーツらよ!」と知らない人は、それが労働者であっても、ほめたであろうほど、静かであった。従って、船員たちも「ゴロツキ」ではなかった。
 彼らも、彼らが人間らしく振る舞い得、また、そうすることを、禁じられさえしなければ、彼らは立派に――人間らしく振る舞った。
 水夫らは、自分らに酬《むく》いられる、労銀は何であるか? ある者は知り、多くは知らなかった。ただ彼らは、彼らの生活がはなはだしく脅かされる時だけ、仲間《ちゅうげん》のような彼らの忠実さから、彼らは、自身に立ちかえるのであった。そして、彼らは、それに成功することもあったが、多く失敗した。ことに決定的な立場から言えば、彼らは、まだ、要求してもいないのに、たたきつぶされたのであった。彼らは、三上のように、あるいは、波田のように、あるいは小倉のように、西沢のように、自分をだんだん強く羽がいじめにする、労働条件から免れようとして、個人的に行動した。
 彼らの行動はまるで相反するようにも見えた。そのことについて彼ら同志の間にけんかさえも起こった。だがそうしたのは、彼らの上に重っ苦しくおおいかぶさった「苦役」と、「困窮」とであった。それをあやつっている資本制の糸であった。彼らは、自分たちのやっていたことと、藤原のやっていたこととがまるっ切り違ったことであって、そのくせ一つものを目あてにしていたのだと言うことをさとった。彼らはものにはやり方があると言うことを教わった。
 これまでは彼らは「一つ釜《かま》の飯を食う」仲間の関係であった。だが今では、それ以外に「労働者としての階級」に属する同志だという感情がつけ加えられた。それは彼らの間を妙に強く緊《くく》りつけ、親密にしたようだった。
 「女郎買い」の友だちから「牢獄《ろうごく》まで」もの同志の関係に押し進められた。
 それは、藤原が説き奨《すす》めたためであっただろうか、あるいは彼が「煽動《せんどう》」したものであっただろうか。だれか一人《ひとり》の力がそれほど多くの人を動かしただろうか、それは、もしそうであるとしたら、その多くの人は自分自身の意志に反してまでもそうなったのであろうか。それは暑い空気の中で人々があえぎ、寒い空気の中で人々がふるえるのと同じく、資本制経済の下《もと》に労働者が一様に抱《いだ》いているところの、反抗の小爆発ではなかったか。
 私たちは、多くの労働争議が、唯物史観に基づいて行なわれ、唯物史観に基づいて罰せられることを知っている。
 この小さな物語も、その一つの定められたる軌道を出《い》で得ないことは、私の筆を、渋らせ、進み難くする。だが、それは、(以下八字不明)、***な勝利は得られるものでないという事実の前に忍従して、私は筆を進める!
 この航海は、暴化《しけ》の前の静けさであり、暴化のあとの寂しさであった。
 それは、そんなことのあとには普通のことであった。そしてその普通のことは、労働者階級にとっては悲しいことであり、つらいことであった。憤慨すべきことであった。が、資本家にとっては、まだ食い足りないことであり、手ぬるいことであり、歯がゆいことであったが、やや「愉快」なことでもあった。だが、それは何だ? 私はまたあまり先走りすぎた。それは横浜についてからのことだ!
 今度の航海――横浜入港は、どの船員の心にも大きな期待を持たれていた。そして出帆も四日ごろまでは早くてもかかるのだった。正月の一日はだれでも休むのだ。そして、彼らは一様に、――ちょうど炎天の下を強行軍する軍隊の兵士が一様に水を欲しているように、――陸上における、陸上であれば木賃宿でもいい、生活に飢えていたのだった。それに、そこは正月ではないか。そのために彼らの足は地についていなかった!
 本船は、立派に化粧して入港するのだ! 船は二、三日|碇泊《ていはく》するんだ。いくらかの月給のほかに、手当があるはずだ! あそこに行こう、ここに行こう、おれは東京まで行って来よう! 種々《いろいろ》に彼らは考えていた。
 高い鉄の窓、あるいは高い赤い煉瓦《れんが》の塀《へい》を越えて、囚人が社会の空を望む時に、彼らはそこに実際以上の自由があり幸福があるように考えると、ドストエーフスキーは言ったが、それは全くうまいことをいったものだ、それと同じく船のりたちも、陸には実際以上の憧憬《どうけい》を持った。彼らは、それが陸上でさえあればどんな幸福でもありうると、彼らが陸にいて苦しさのあまりかつては、海へ逃げ出したことさえも忘れて思うのであった。あの時分と今とは変わってるだろうと、またあの時分はおれがまずかったんだと。彼らは、夜の入港のように、陸の醜悪な事実を一切|闇《やみ》のおおうにまかせて、その明るい、港の魅惑的な燈火にあこがれてしまうのであった。そのくせ彼らは、どの上陸の際でも陸上の生活が、彼らと非常に縁遠いものだということを感じさされた。それはちょうど、陸上のすべての事物や人が、彼を突っ放すのだと感ぜずにはいられないのだった。
 それは左ねじの電球が、右ねじのソケットにはまらないのと同じく、彼らを専門的にし、不具的にしたのだ。
 万寿丸は一晩港外に仮泊しないでも済むように順序よく、進んだ。尻屋《しりや》の燈台、金華山《きんかざん》の燈台、釜石《かまいし》沖、犬吠《いぬぼう》沖、勝浦《かつうら》沖、観音崎《かんのんざき》、浦賀《うらが》、と通って来た。そして今|本牧《ほんもく》沖を静かに左舷《さげん》にながめて進んだ。
 水夫たちはフォックスルにスタンバイしていた。雪もよいの風は鋭く頬《ほほ》を削った。その針はどんな防寒具でも通すのだから、水夫らの仕事着などは、蚊帳《かや》のようであった。彼らは、雨も雪も降らないのに、合羽《かっぱ》を着ていた、それは寒さをも防ぐし、軽くもあるのだ。そして飛沫《ひまつ》をも除《よ》けることができるのだ。
 十二月三十一日、午前九時――全く、うまく行ったものだ――万寿丸は横浜港内深くはいって、ほとんど神奈川《かながわ》沖近くへ投錨《とうびょう》した。
 本船が港内にはいるや、すぐに会社からのランチが、本船のまわりを水ぐものようにグルグル回りながらついて来た。
 それは十二月三十一日であった。大晦日《おおみそか》であった。それは、いかなる労働も休んでいるはずであった。けれども、その当時は戦争が、ヨーロッパにおいて行なわれていた。そのために、狂的な経済的好況が、日本のブルジョア階級を、踊り菌《たけ》でも、食った人のように、夢中に止め度もなく踊り狂わせた。そして、その有頂天な踊りと、そのための労働者へ対しての節欲とが、その大晦日に、仲仕をして石炭荷揚げをなさしめた。すなわち、万寿丸には、仲仕が、ランチにひかれた艀《はしけ》の中に満載されて送りつけられた。仲仕――権三といわれていた――は、特別の賃銀を支払われると言う約束で、明日《あす》のお屠蘇《とそ》の余分の一杯をあてにしてやって来たのだ。
 人足の艀《はしけ》は本船へつけられた。ロープを伝って猿《さる》のように駆け上がる。彼らは、ただ競争するのだ。そのために得るところは彼らを駆って過度労働に追い込み、資本家をしてより一層その財布を重くせしめるだけのことだ。だが、彼らはわれ先にと飛び上がる!
 万寿丸は荷役を初めそうに見えた。ウインチは仲仕らにかかってはむやみに手荒く取り扱われる。バルブ明けっ放しで、ハンドル一つのゴーヘーゴースターンだ。
 私はこんなふうに書いていたら、切りがないだろうということに気がついた。私はまだ船長と三上とが、室蘭で同じ女郎を買い当てて兄弟になったということも、書くつもりでいた。が、そんなことは別に不思議なことでも珍しいことでもない。やめてしまおう。
 ランチから、会社員が船長室へはいって行った。そこで、彼らはコーヒーを飲みながら、なにか話した。
 船長は、水夫らの「不都合なる行為」について厳罰を与えようと、室蘭においてすでに決心していた。で、彼は会社から来た社員に対して、簡単に「水夫たちがいかに不当な要求を、横着な態度でした」かを話した。だから、彼ら、水夫ら全部を下船させると同時に、引っ縛ってやる必要がある。「ついでに三上の伝馬《てんま》事件も告発するつもりである」ことを、彼は告げた。だから、「会社へ帰ったら、秘書課長へその由を伝えて置いてもらいたい」と言うのであった。
 一方チーフメーツは投錨《とうびょう》と共に、通い船に乗って水上署へおもむいた。そして、そこで室蘭であった一部始終を話した。――彼はボーイ長のことは話すのを忘れた――それはきっと藤原の煽動《せんどう》だ。ことに波田はメスを抜いてわれわれを脅迫した。彼らはきっと暴行に訴えてもその実行を迫るだろうから、本船へ出張の上保護を加えてもらいたいと願い出た。
 水上署のランチは、チーフメーツと共に、屈強なる巡査五、六名を載せて、威勢よく出動した。
 ランチは万寿丸のタラップについた。チーフメーツは警官たちをサロンに案内した。そこで、巡査諸君は、りんごと、菓子と、コーヒーとの「前で」しばらく待たなければならなかった。
 水夫たちは、ウインチに油をさしたり、種々な道具類を片づけたりしていた。そして彼らは、「その夜は、明日《あす》の朝まで、つまり正月の朝まで帰らないでいい上陸ができる」と考えて、愉快な気持ちになって働いていた。確かに、彼らは、当分、船に帰らないでもいい上陸によって、待ち受けられていたのだ。
 船長は、今は、前航海の、夜中におけるサンパンの中の船長でも、出船前の室蘭における彼でもなかった。彼は今は暴力的であり得た。最も露骨なタイラントだった。
 船長の命を受けたとものボーイは、おもてへ来た。そして、ボースンに言った。
 「ボースン、荷物を片づけて、下船の用意をして、ボースンと、藤原と、波田と、西沢と、小倉と、宇野と、サロンまで来いと、船長がいったよ。それからね、オイ」彼は今度は彼自身の部分の話に移った。「水上署の巡査が十五、六人サロンへ来て待ってるぜ、きっと波田があばれると思って連れて来たんだぜ。すこしあばれた方がいいんだ全く。皆にそういってくれよ、いいかい」彼は、ともへと帰って行った。
 そのことは、もう皆に特に通知するまでもなかった。とものボーイが来れば、何かの命令だということはわかるので、水夫たちはボースンの室の前で立って聞いていた。
 「まずかった!」藤原は感じた。「しかし、これほど徹底的だとは思わなかった。これじゃまるで船はカラッポだ! だが!」彼はじっと我慢した。彼にはもう彼が歩いて行く道筋がハッキリわかっていた。それは白くかわいた埃《ほこり》っぽい道である。沙漠《さばく》のように、人類を飢餓と渇とに追いやるところの道であった。
 波田もさとった。おれたちは「それでは行くんだな」と思った。「おれたちの行く道は、右は餓死だ、左は牢獄《ろうごく》だ」彼は吐き出すようにいった。

     四七

 彼らは各《おのおの》自分の運命を知った。そしてその行李《こうり》へありったけの彼らの持ち物を詰めた。彼らは、その持っている者は、布団《ふとん》までも行李に詰めた。彼らの行李はなお余裕を持っていた。彼らは、全く簡単に、その世界一周旅行にでも上りうるのであった。船乗りの生活は乗客として見た場合には、全く異なった観を呈する。それは、水火夫に至っては、乗客から見たのではまるでわからないのだ。ことに貨物船においては、乗客がないのだ。乗客がないということは世間|態《てい》がないということになるのだ。風呂《ふろ》さえないのだ。搾《しぼ》りたいだけ搾るのだ。
 彼らは、食って着るだけでなお不足であったので、従って、その最初船に乗る時に買った行李、その中へ詰まっていた種々の物が、だんだん減っては行ってもふえて行くなどと言うことはほとんどなかった。
 その空隙《すきま》の多い、中実の少ない行李を引っかついだ彼らは、あたかも移住民の一列のように続いて彼らの塒《ねぐら》からサロンへとおもむいた。
 彼らの去ることを知ったボーイ長の悲嘆ははなはだしかった。彼は、藤原と、波田との手にすがって、何か言いたそうにしていたが、ようやく出た言葉は、はげしい嗚咽《おえつ》のために聞きとることができなかった。だが、彼は嗚咽を語ったのだ! 彼は一切を奪われた。その最初であると同時に最後のものである。彼の売ることのできる唯一の労働力さえも、彼が労働力を売ったことが原因となって、奪い去られてしまったのだ。
 そして、彼を保護し、愛してくれた人々は、今警官のいるところへ、船長に下船の用意をして来いといわれて、出かけて行くのだ。その船長は何だ! 自分の生命にさえ一顧を与えない勇猛果断な男だ。ボーイ長は、自由を奪われて以来病的に発達した神経によって、そこには何かよからぬことが待ち受けてるに違いない、ことを直感したのであった。藤原さんや、波田さんたちはもう下船させられるんだ。そして、おれは動けもしないこの足で、あの冷酷なメーツたちの下にどうなるんだろう。忘れっ放されるんだ! 彼は泣いた。
 泣くということは、それは船では今までなかったことだ。血気な青年が壮年の労働者たちの間に泣くということは見られないことであった。
 ボーイ長は歯を食いしばって、嗚咽《おえつ》を止めようとした。そして厚い礼も言いたい。彼らの今後の行動の予定も知りたい。どうすればどこで会えるか、その方法も知りたい。また取りあえずの所書きももらって置きたい。自分の所書きも渡したい。ああも、こうもしたかった。それだけなおさら、彼の涙は、あふれ落ちた。彼の泣き声は食いしばった歯の間から、鋭くもれた。
 藤原のほとんど冷酷な、動いたことのない意志そのもののような目の中にも、重く、鋭く、悲しみがひらめいた。
 波田も歯を食いしばった。そして力をこめてボーイ長の手を握った。そして、
 「からだを大切にして、早くなおりたまえね」と言った。が、彼は、自分たちが去ったあとではボーイ長はどうなるだろう、その傷や病《やまい》はだれが気をつけるのだろう、と思っては、「なおりたまえ」という言葉さえも惨酷な言葉であったと思うのだった。打っちゃらかしといて、どうしてけがや病がなおりうるか、だれがこの責任を負うのだ! と思うて、彼は思わず涙のにじみ出るのを覚えた。そして彼の心は、ますますのろいの焔《ほのお》を強く燃え立たせた。
 「またどこかで、会うこともあるだろう。それまで、お互いに丈夫でいようよ、じゃ大切にしたまえ、さようなら」藤原は一握して立ち去った。
 「からだを大切にしてください。さようなら」とボーイ長はいって、その枕《まくら》に頭を埋《うず》めた。「さびしいなあ」彼は、止め度もなくあふれる涙の中へ顔をいつまでも埋めていた。
 「資本主義制度は、くもの巣みたいに、おれたちを引っくるんでいるんだ。どうあがいてもそれは気味悪くからみついて来るばかりだ、畜生! 今に見ていろ土ぐもめ!」藤原は考えながらデッキを大またに歩いた。
 サロンには、船長以下メーツらは、その装飾した上陸姿を並べていた。
 警察の巡査は後ろの方に立っていた。
 「フン、無意識的にブルジョアやその(以下十四字不明)、(以下十字不明)!」藤原はその情景を外からながめて感じた。
 波田は、全身の血が頭に逆流した。彼は、心臓でもえぐるように、船長の顔に燃えるような目を注いだ。
 船長は、しかし、今は充分に「因襲的尊厳」の鎧《よろい》を着て、旗、差し物沢山で控えていた。
 一同は、その各《おのおの》の、行李をサロンの出入り口へ投げ出して、一様に不愉快な気持ちを抱《いだ》いてそこへ行った。
 「皆そろったね」と船長はチーフメーツに言った。
 「ええ、これで全部です」チーフメーツは答えた。
 「それじゃ、いい渡してください」
 「ボースン、小倉、宇野、西沢、とこの四人は、下船命令、藤原、波田も同様皆、僕と一緒に海事局まで行ってくれ、それから、藤原と波田とは海事局には行かないでよろしい。手帳はあとで渡すから。二人《ふたり》は警察の方で用事があるそうだから」それが宣告であった。そして彼は、つけ加えを忘れなかった。「だから、おれが室蘭で、よした方がいいと言ったんだ。お前らが、いくら威張ってもあかん。それよりおとなしくした方が得だ。おとなしくしとれば、人の憐《あわれ》みもかかるが、強いことをいうと、こういう際にだれも相手になり手がないからな」
 「自分によくいって聞かせとくがいいや、おれらのことならお世話にゃならないや。道が異《ちが》ってるんだからなあ。そのうちどんなお礼をするか覚えてろ!」波田は怒鳴りつけた。
 「あれが波田ってやつです。あんな乱暴なやつです!」船長が言った。
 「何を! べら棒め! 死にかけた人間を打っちゃらかしとくようなやつが、人のことがいえるかい。手前《てめえ》より乱暴なやつはねえんだぞ、圧搾器め!」波田は船長をも怒鳴りつけた。
 「マ、せいぜいあばれて、警察で油をしぼられるがいいさ」船長は言った。
 「おれの出て来るまで、手前は丈夫で生きているように、おれは祈ってらあ。途中で燃やされちゃわねえように気をつけな」
 だが、船長は、早速《さっそく》引っ込んでしまった。
 チーフメーツは、ボースン、小倉、宇野、西沢を連れて、二人の警官と共に海事局に行った。
 彼らはそこで物の見事に首を馘《き》られた。
 これが十二月三十一日だ。
 藤原と波田とはランチで水上署へ行った。
 正月の四日までは警察も休みだった。従って、藤原と波田は、留置所の中で正月を休むことができた。
 彼らは正月の仕事初めから、司法で調べを受けた。そして治安警察法で検事局へ送られた。
 検事は彼らを取り調べるために、彼らを監獄の未決監に拘禁した。
 彼らには面会人も差し入れもなかった。あたかも彼らは禁錮《きんこ》刑囚のように、監房の板壁をながめた。
 食事窓や、のぞき窓や、その他のすき間からは、剃刀《かみそり》の刃のような冷たい風がシュッシュッと吹き込んだ。
 彼らは、そこで刑の決定されるのを待った。
――終――[#「――終――」は35字下げ]



底本:「海に生くる人々」岩波文庫、岩波書店
   1950(昭和25)年8月10日第1刷発行
   1971(昭和46)年11月16日第12刷改版発行
   1986(昭和61)年7月16日第20刷発行
底本の親本:「葉山嘉樹全集」改造社
   1933(昭和8)年発行
※1950(昭和25)年発行の、底本旧版の解説によれば、親本は「作者が眼を通していると思われ、また初版本の誤字や仮名遣いのあやまりが修正されている」。また、底本では、若干の字句上(主として句読点)の修正及び若干のルビの復原を、初版本(1926年)と改造文庫本(1929年)を参照して行なったとされている。伏せ字を起こす作業には、戦後の小学館版「葉山嘉樹全集」も参照したとも書かれている。「海に生くる人々」初版本は、1926(大正15)年10月18日付けで、改造社より発行された。同書は「精選名著複刻全集近代文学館」の一冊として、1974(昭和49)年10月1日付けで、財団法人日本近代文学館より復刻刊行されている。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:大野裕
校正:かとうかおり
2000年3月7日公開
2001年8月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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